まちカド暗黒神 (伝説の超三毛猫)
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目覚めた男!? 今日から神様の子孫です…ってコイツ邪神じゃねーかふざけんな!チェンジだ馬鹿野郎!

このお話は、アニメまでの設定を考えて作っております。ちょっとした矛盾(もしかしたら致命的かも)やキャラ崩壊があるかもしれませんが寛容な心でお願いします。


今回のあらすじ

暗黒神ラプソーンがあらわれた!



※2020-1-7:キャラクター紹介を追記しました。
※2020-4-13:あらすじを追記しました。
※2020-11-12:本文の誤植を修正しました。
※2022-6-29:誤字報告をいただき、誤字を修正しました。


 ジリリリ、ジリリリ、と目覚まし時計が鳴る。

 

 重い目を擦って、布団から上半身を起こす。

 

 寝巻から制服に着替えて、自作の朝食を食べた後は、何の変哲もない一軒家から学校へ行くための駅へと歩いていく。

 

 そして。

 

『ようやく起きたかわが子孫よ! 今日こそ我を封印した賢者の一族の血を絶やし、我の復活の足掛かりといこうではないか!!』

 

 俺の後ろにぴったりついてきて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら聞くからに中二的なことをのたまう()を―――

 

「黙れゴミ先祖。殺人教唆は犯罪だっつってんだろーが」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

 ―――両腕と膝を使ってへし折る。

 

 これが、俺、神原黒男(かんばらくろお)の日常だ。 ………認めたくないけど。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 始まりは数ヶ月前。あまりに突然のことだった。

 

『初めまして我が子孫よ! 我が名は暗黒神ラプソーン! 我の力をもって、光の世界と闇の世界を支配してみないか?』

 

 いつものように目が覚めたと思ったら、血のように真っ赤な宝珠を咥えた鳥の頭を(かたど)った木製の杖にそう言われた。

 

 何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。

 

 まず自分の頬をつねった。痛かった。夢じゃあなかった。

 その後、俺は杖本人(?)に「お前は誰だ」と素性を聞いてみた。

 杖は、自分自身を「暗黒神ラプソーン」と名乗った。

 

 暗黒神ラプソーン。

 それは、かつて人間がサヘラントロプス*1であった頃から闇の世界に存在していた、邪神の中の最高神であるらしい。

 「あいつが羨ましい」「だれそれが憎い」「闘争に勝ち残りたい」といった思いを反映し、人々に争いを振りまいた。光の一族の巫女(のちの魔法少女)の中の、強力な7人の巫女(ラプソーンはこれを“賢者”と呼び、敵視している)によって、魂を杖に封印されたのだという。俺は、そんな暗黒神の唯一の末裔なのだそうだ。

 封印から解かれる方法はただひとつ。ラプソーンが封じられた杖を使い賢者全員の末裔を殺し、血筋を絶たせることだという。

 

 俺はこの話を長々と自慢気に胸を張るような杖から聞いてこう思った。

 

 アホくせぇと。

 

 いやだって、暗黒神とか光・闇の世界とか、封印とか魔法少女とかそんな中学生が思いつきそうな設定がリアルである訳ねーだろ。

 それに、仮にこの杖の言った事が本当だったとして、だ。封印の解除方法が物騒すぎる。要するに賢者の末裔を殺せってことだよね? 俺へのメリット皆無どころの話じゃあない。普通に殺人罪だよバカヤロウ。

 

 とどのつまり、俺はこの杖を全くもって信用しなかった。

 この杖の言っている事を真面目に取り合うのはやめよう、と杖をへし折って燃えるゴミに出すべく杖を両手で持った時、更なる異変に気づいた。

 

「な、なんっ!!? な……なんだコリャああああああ!!!?」

 

 ―――右手だけが、溶鉱炉の炎のような白に近い黄色に変色していたのだ。

 

『そうそう、その右手のビジュアルなのだが……我の力を受け取った代償と思ってくれたまえ。どうせ我の説明だけでは信じぬだろう?』

 

 杖曰く、寝ている間に子孫たる俺に力の一端を無理やり押しつけた証として、右手を変色させたそう。何てことしてくれてんだ。

 後にこの右手、見た目さえ気にしなければ普通に日常生活に支障はない(ただし、メチャクチャ目立つ)ことに気づくが、当時の俺は気が気でなかった。

 外国を転々としながら勤務しておられる両親にこのことをテレビ電話で相談したところ、母に「寂しいのならそう言ってくれ。時間を作って必ず帰る」と精神の心配をされた。泣きそう。父がコッソリ「父さんも一時期そういう幻視・幻聴に悩まされた」と教えてくれたけど、それ絶対ラプソーンとやらの声をそう思い続けただけだな。

 杖に確認を取ったところ、『神原騎一(かんばらきいち)(俺の父の名前だ)は最後まで我を幻聴扱いしおった』と嘆いていたから間違いない。

 

 両親もマトモに取り合ってくれなかった以上、混沌とした我が家の事情をなんとかする手は一つしかなかった。

 

 

「……幻聴に幻覚?」

 

「そうなんだよミカン。馬鹿馬鹿しいかもしれないけど……」

 

 そう。幼馴染に相談することである。

 陽夏木(ひなつき)ミカン。

 物心ついた時から親の都合で一人だった俺と一緒に遊んだ、オレンジ色のお団子ヘアーがトレードマークの少女である。神原家と陽夏木家では家族ぐるみの付き合いをしており、数えるのが面倒になるほど同じ屋根の下で寝泊まりした。俺のことは「クロ」と呼ぶ。お互い両親が家を空けていることが多いので気づけば大体同じ家にいるのだ。なんなら親の顔よりもミカンの顔を見ているまである。故に、微妙な災難に何度も巻き込まれている。

 

『馬鹿馬鹿しいとは何だ愚か者! それに、お前、魔法少女と付き合っているというのか!!?』

 

「ほら、また喋った。右手の色もおかしいままだし、俺、疲れてるのかな……」

 

「……ちょっ、それラプソーンの杖じゃない!!?」

 

「…………え、ちょっと、なにその反応?」

 

 ミカンの部屋に……正確には()()()()()()()、だな。また()()()()()()()。見上げれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女はいつもこうだ。

 ミカンが慌てたり動揺したりして、精神が揺さぶられると、決まって俺は雨に降られる。しかも、俺以外はまったく濡れないという理不尽つきだ。それはもう慣れたんだが、今回の降り具合と風の強さからして、いつも以上に動揺しているな。なんでだ?

 

「まさか……クロがラプソーンの!?」

 

「なんだ? お前までこの杖の言う事を信じるってのか? もしかしてアレか、あらゆる料理にレモンを振りかけるもんだから、遂に味覚だけじゃなくて頭もおかしくなったか?」

 

「違うわよ!! というか、味覚については料理どころか果物にまでマヨネーズをかけるあなたに言われたくない!!」

 

「ミカンが勝手に俺の分の飯にまでレモンをかけるからだろうが。この前だって唐揚げ全部にレモンかけやがって…!」

 

「そのレモンをかけた唐揚げ全部にマヨネーズかけた人が言う、普通!?」

 

『おいバカ舌共。我を無視して痴話喧嘩するな』

 

「誰がバカ舌だ!? あんまマヨネーズ馬鹿にしてるとへし折って燃やすぞ!!」

 

「そうよ、レモン美味しいじゃない!!」

 

『ギャアアアアア!? 折ってる! もう折ってる!! というかコレ我が悪いの!!?』

 

 当たり前だろ。

 マヨラーとレモラー*2を敵に回した自称暗黒神の杖は、あわれ見事にへし折られ、「燃えるゴミ」の袋にぶち込まれた。

 

 

「それで、話を戻すんだけれど。クロはさっきの杖に、『お前は暗黒神ラプソーンの子孫だ』って言われたのよね?」

「お、おう……そうだけど…?」

 

 ミカンが念を押すように確認をしてくる。またレモンの過剰摂取で脳まで麻痺したか、と茶化そうと思ったが、俺の思った以上に大真面目な幼馴染の雰囲気に飲まれ、普通に答えてしまう。

 

「あのね。―――暗黒神ラプソーンは、実在していたの」

 

「───────は??」

 

 十年以上の付き合いの幼馴染の口からそう聞いた時、俺はしばし言葉を失った。

 

 それからミカンは、様々なことを……本当に様々なことを話してくれた。

 

 光の一族のこと。

 闇の一族のこと。

 数百年前、突如暗黒神ラプソーンなる邪神が、闇の世界から現れたこと。

 ラプソーンが、今俺らがいる世界(光の世界)もう一つの世界(闇の世界)をひとつにしようとしたこと。

 光の一族は勿論、一部の闇の一族も協力して、ラプソーンに立ち向かったこと。

 多大な犠牲を払い、ようやくラプソーンを杖に封印することに成功したこと。

 封印を強化するために、7人の魔法少女が血筋の封印を重ね掛けし、ほぼ突破不可能な封印に仕立てたこと。

 そうしてラプソーンが封印された杖が、さきほど俺がへし折り、「燃えるゴミ」の袋にブチ込んだ杖であること。

 

 話の(ことごと)くが、まるで別の世界の御伽(おとぎ)話のようだった。

 到底、信じられない。だが、信じるしかないだろう。

 だって………

 

「流石に、目の前で変身されたら信じるしかないな……」

 

 これが証拠だと言わんばかりにミカンが変身したのだから。

 一瞬で姿が変わり、ボウガンのような武器も自在に取り出せる。しかも、下手なマジックよりもクオリティが高すぎる。それと杖や俺の右手の異変を鑑みたら、もう夢だ幻覚だとか言ってられなかった。

 ちなみに、ミカンが慌てると雨が降ったり強風が吹いたりするアレは本人曰わく呪いらしい。

 

「信じるしかないと思ったのは私のほうよ。ただでさえ桃からの頼みもあるのに、まさかクロが暗黒神ラプソーンの子孫だったなんて」

 

『ククク………悲しいなぁ、魔法少女よ。我はこうみえてしぶとくてな。封印前に子孫くらい残しておるわ。

 それに……我とそなたら光の一族はかつて世界と命を賭けて闘った仲ではないか。それを忘れるなんてとても悲しい』

 

「悲しいのはおめーの頭の中だろ」

 

 頭を抱えるミカンをこれでもかと煽るラプソーン(杖)。というか、さっき俺がへし折ったはずなのに、それが何事もなかったかのように直ってやがる。

 

『さぁ、我が子孫・クロオよ! 我の封印を解き放つ為、我を封じた忌々しい杖を賢者の末裔どもの血に染め上げるのだ!!』

「…………」

 

 ラプソーン(杖)が高らかに俺に向かって期待の眼差しを向けて(いるような気がする)、ミカンが俺を心配そうに見つめる中、俺は杖を手に取った。

 

『そうだ、それでいい、クロオ! 我の力を存分に……ってアレ? 聞いてる?』

「………………………」

 

 全く学習していない俺の先祖に対する答えは一つ。

 

「地獄へ落ちろゴミ先祖」

『ちょ!? や、やめ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』

 

 その一言と共に俺は杖を再びへし折った。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「……そんな感じで、俺はこの杖ことゴミ先祖と会ったんだ」

「な、なるほど……クロさんにはそんな事が……」

「確かに神原くんのご先祖はゴミだね。性根が」

『我の扱い、酷くない!!?』

 

 河原に腰かけて、数ヶ月前の出来事を懐かしむように話すと、その隣で俺の話を聞いていた、転校先で出会った新しい友人二人はそれぞれ個性的な感想を口にした。

 

 吉田優子(よしだゆうこ)

 渦を巻いた角を頭に生やした彼女は、俺と同じように数ヶ月前からまぞく――闇の一族のことだ――に目覚めた少女だ。『シャドウミストレス優子』と名乗っており、略してシャミ子と呼ばれている(俺もそう呼んでいる)。

 

 千代田(ちよだ)(もも)

 桃色のショートヘアの彼女は、ミカンと同じ魔法少女の一人だ。ミカンがクロスボウを使った遠距離型なら、千代田はガチの近接戦闘型で、殴り合いで戦う魔法少女らしい。その力は、片手でダンプカーを止めるほどだとか。

 

 二人は、ミカンが友人に頼まれたことがきっかけで一緒に多魔市せいいき桜ヶ丘に引っ越した際にできた友人だ。

 シャミ子と千代田の二人は、お互い「月4万円生活の呪い」を受けたまぞくと呪いをかけ封印した魔法少女という関係で、いわば宿敵…………らしい。

 らしい、といったのは俺から見て、二人にはそんな因縁があるとは到底思えなかったからだ。

 シャミ子は筋金入りの病弱体質で、千代田は前述したとおりの脳筋(チョット失礼だが)なのだ。勝負になるわけがない。そこでシャミ子は千代田からトレーニングを受け、鍛えてもらっているのだが……あまりにも仲睦まじいのだ。

 

 

 

 例えば、こうして二人に俺とゴミ先祖の出会いの話をする前に千代田の家に失礼した時に……

 

『桃ー、足どけてください』

『ん』

『足上げるだけじゃなくて。ソファに足乗っけてください』

『ん』

『……そうだ、桃。今日のお昼はどうしますか?』

『なんでもいい』

『なんでもいいって…それが一番困ります』

 

 玄関から目に入ったのは、主婦のような恰好で世話を焼くシャミ子とソファに寝っ転がる千代田。二人の会話は、まるで『休日の旦那と家事をしながらお節介を焼く奥さん』、控えめに見積もっても『休日に彼氏の世話を焼く彼女』のそれで………

 

 俺は玄関の扉をそっ閉じした。

 ミカンから千代田の家に来るよう連絡を受けた筈なのに、いざ来てみたらシャミ子と千代田が距離感のおかしいやり取りをしていたら当然だ。

 

 その後、玄関の扉を開けたシャミ子に気づかれ、「クロさんも入ってきていいですよ」と言われた時にうっかり「入れるワケねーだろ超気まずい」って答えちゃった俺は絶対に悪くないと思う。

 

 

 

『ええい、図に乗るなよ人間ども! 我を誰と心得るか!!』

 

 あのままの関係が続いたらいつか千代田がシャミ子を押し倒すかもしれないな……と冗談半分な妄想していたところで、ラプソーン(杖)の怒り心頭の声によって現実に引き戻される。またゴミ先祖が二人に迷惑かけてんのか。

 

「なに偉ぶってんだゴミ先祖。ゴミ先祖はゴミ先祖だろうが鬱陶しい。いい加減にしないとマジで燃えるゴミに出すぞゴミ先祖」

 

『ゴミゴミ連呼するなぁ! 大体お前からは御先祖への敬意や畏怖が一ミリたりとも感じられないんだよ! そこのしゃみ子は自分の御先祖を大事にしてるというに! しゃみ子を見習え!!』

 

「シャミ子のご先祖はまだ可愛げがあんだろーが。お前は世界の敵しかしてねーだろ? 千代田と初めて会った時も、『賢者の末裔、覚悟!』っつって一人で特攻した挙句、木屑にされたくせに」

 

『お・ま・え・が! 我が子孫としての役割を果たそうとしないからだろ!! 自分の力と立ち位置を分かっておるのか、馬鹿者!!』

 

「千代田、ゴミ先祖の杖、折る?」

「折らない。筋トレにならないから。」

「え? でも、シャミ子はこの杖、折れなかったって……」

「シャミ子はまだよわよわまぞくだから」

 

「なにをーー!!」

『聞かんかぁ!!』

 

 シャミ子とラプソーン(ゴミせんぞ)の怒鳴り声が河原に響く。

 というか、このゴミ先祖は、かつて自分が何をしでかそうとしたか分かっているのだろうか?

 光の世界と闇の世界の融合とほざいているが、ようするに世界征服だ。それも魔法少女とまぞくの両方を相手にした。

 ご先祖が両サイドに喧嘩を売った身からすれば、聖と魔が共存するこの街を出入り禁止にされるのではないかと不安に思っていたが、「元凶は厳重に封印されている上に子孫のクロは悪い人じゃないから」とミカンが励ましてくれた時は気持ちが楽になった。現にこうしてこの街で日常生活が送れているのは、暗にこの街に認められている証だろう。

 

 

「さ、トレーニング再開するよ、シャミ子」

 

「望むところです! 今日はもう少し頑張れそうですからね!」

 

「じゃあ今日こそはこれ引っ張って走ってみよう」

 

「それは無理です~~~~~~ッ!!?」

 

 千代田が立ち上がり、シャミ子を連れてなぜここにあるのか分からないロードローラーをくくりつけようとする。多魔川の河原にシャミ子の弱音が響いた。

 

 

『しかし、お主も難儀なやつだな、クロオ』

「リリスさん?」

 

 千代田とシャミ子がトレーニングを再開すると、片方欠けた角を生やした独特な形の像に話しかけられる。

 この話す像はリリスさんと言い、封印されているシャミ子のご先祖なのだそうだ。「他人の夢に潜り、夢を操る能力」を持つまぞくだという。

 

『余を完全に解き放つには魔法少女の生き血だけで十分なのに、ラプソーンは賢者とやらの後継者七人を絶やさねばならないのだろう?』

 

「うちのゴミ先祖の所業を考えれば当然だと思いますがね」

 

『お陰で我は杖を持った者に力の10%も与えることができんのだぞ! 一人でも賢者の後継を絶やしていればもっと力を引き出せたものを……!』

 

『くやしいのう、ラプソーン? 今のお主は余以下かも知れないな? お?』

 

『クロオ! 我を手に取れ! このガラクタ、粉々に打ち砕いてくれるわッ!!』

 

「やってられるかゴミ先祖」

 

『アッーーーーーーーーーー!!!!?』

 

 リリスさんの挑発に見事に釣られ、逆上するラプソーン(杖)をへし折って、そばに捨てる。

 

『ラプソーンは兎も角、お主はどうするのだ?』

「どうする、って?」

『決まっておろう。杖の封印のことだ』

 

 俺の杖をちょいと見た後でリリスさんが封印について尋ねてくる。

 杖の封印のこと……はっきり言うなら、「迷惑」以外の何者でもないだろう。いきなり現れたと思ったら賢者の血を絶やせって殺人教唆そのものをしでかしてくる。杖だから警察にも相談できないし、折っても燃やしてもなぜかすぐ復活するから尚更面倒だ。

 

「…このままでいいでしょう。

 俺は、大切な人達と平穏に過ごせればそれでいいんです。

 行き過ぎた力は平穏を必ず遠ざける。だから俺にはゴミ先祖の封印を解く気もゴミ先祖の力を継ぐ気もありませんよ」

 

『…ま、それがクロオの望むことならそうするがよい。うちのシャミ子にはもうちょい頑張って貰いたいけどな』

 

「…リリスさんはゴミ先祖から『取るに足らない阿呆』と聞かされてましたが普通にいい人ですね。俺の祖先とチェンジしたいくらいです」

 

『ラプソーン貴様ァ!!』

 

 

 リリスさんの像が修復中のラプソーンに突っかかるのを皮切りに、二人の口喧嘩が始まる。

 その様子はどこかコミカルかつシュールで、笑いながらずっと見ていられた。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「今日も異常なかったよ、ミカン」

 

「ありがと、クロ」

 

 シャミ子と桃のトレーニングが終わってから暫く。

 俺は合流したミカンに今日の二人の様子を報告していた。

 そもそも、ミカンがここ、多魔市に来たのには理由がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 多魔市は聖なるものと魔なるものが出会わないように結界が張ってある。歩合制であることをいいことにまぞくを狩りまくろうとしている好戦的な魔法少女からまぞくを守るためにあるのだそうだ。

 そして、その多魔市の魔法少女・千代田が最近弱体化してきているせいで結界が不安定になりつつあるのだという。そこで千代田は、元々別の市に住んでいたミカンに助っ人を頼んだ。

 

 ちなみに俺は、ミカンの付き添い兼連絡係として一緒に来た。というか気がついたらミカンのご両親とうちの両親が勝手に話をつけてた。いいのかそれで。

 

 

『しかし、千代田桃はなにゆえしゃみ子を鍛えようとしているのだ? いずれ己に剣を向けるであろう宿敵を育てようなんざ理解できん。我だったら不穏分子は育つ前に刈るぞ』

 

「てめーと一緒にすんな」

 

「桃はシャミ子と契約しているんだって」

 

『契約?』

 

「シャミ子は桃と一緒に街を守ったり、桜さんを探したりする為に強くなる。桃はシャミ子を鍛えて守る。最近そういう関係になったらしいのよ」

 

 桜さんというのは千代田の姉と聞いた。10年くらい前に行方不明になっている千代田の前の魔法少女なんだとか。

 

『ほほぅ……人間特有の“献身”というヤツか……いつの時代の人間の献身も、理解に苦しむ。』

 

「お前ぼっちだもんな」

 

『貴様、言ってはならんことを!!! 我は断じてぼっちなどではない! ジャハガロスとかゲモンとか他にも沢山いるから!!』

 

「ジャハガロスにゲモン………それ、多分両方とも配下よね。対等なお友達は?」

 

『…………………………………………………神は唯一にして絶対であるからな。』

 

「やっぱりぼっちなんじゃねえか」

 

 というか、こいつは腐っても神様なんだから人間の献身は「自分への信仰」って形で理解してそうなもんだけどな。

 そんなことを考えている時であった。

 

 

 ―――ミカンがこれまでにないほど警戒しだしたのは。

 

「クロ、逃げて!」

 

「は???」

 

 突然変身し、振り返ったミカンの言葉の意図を理解するよりも先に、土煙が上がり、強風が駆け抜けた。

 

「「!!?」」

 

 土煙が晴れた先に現れたのは、青いロングヘアの少女。年齢はパッと見俺と同じくらいで、スカイブルーを基調としたコスチュームを着ていることから、彼女も魔法少女であること、そして彼女が土煙の正体であることを理解した。

 ただ、彼女は明確にこちらに敵意を向けている。一体何があったのだろうか?

 

『ほう! まさかこうも簡単に賢者の子孫が釣れるとは! 結界をすり抜けて、我がオーラをアピールした甲斐があったというものよ!』

 

「………………………」

 

 つまり、ラプソーンが結界をすり抜けてアピールした結果、それを探知した賢者の子孫たる魔法少女がすっ飛んできた、と。

 ……100%てめぇの仕業じゃねえか。

 大馬鹿をやらかしたゴミ先祖をへし折りたくなる気持ちを抑えながら、ミカンの言うとおり俺は少しずつ下がっていく。

 

「逃がしませんわよ、暗黒神の末裔!」

 

 ……が、駄目だった。どうやら逃げられないようだ。

 

「あー、誤解です、青髪の人。オーラを出していたのも、うちのゴミ先――」

 

『フハハハ!! 悲しいなぁ賢者の末裔よ! 我に気づかれぬよう日陰で生き続けていればよいものを、のこのこ現れるとは! さぁ、そなたの魂と引き裂かれるほどの悲しみを、この暗黒神ラプソーンに捧げるが良い!!』

 

「……………………」

 

 煽るなこの馬鹿野郎! お陰でミカンも青髪魔法少女も目が点になってるだろーが!!

 

「……やはり、ここで滅ぼすべき、ですわね…!」

 

 だが、青髪魔法少女は手元に片刃の剣のような武器を召喚しながら殺気を込めた目でこちらを睨んでくる。

 やっぱりこうなるんじゃねえかよ!

 俺の杖をチラ見したが、ラプソーン(杖)はどこ吹く風と言わんばかりに闘争心をむき出しにしていた。お前、杖単体じゃあ何もできないくせに、なんでそんな偉そうなんだよ。

 

「待って」

 

 しかし、ここで待ったがかかる。ミカンだ。

 

「この街は聖と魔が共存する場所なの。荒事はお引き取り願えないかしら?」

 

「なりませんわ。暗黒神ラプソーンは、必ず滅ぼさなくてはならない人類の敵。封印を解かれたら、世界は闇に包まれる。わたくしたち魔法少女は、暗黒神の復活する可能性を摘み取らなくてはなりません。」

 

 ミカンの説得にも耳を貸さないこの青髪魔法少女は、どうやら俺を狩ることが目的らしい。

 おまけに彼女、かなり厳格で潔癖、自分の使命や義務感を他の魔法少女に押し付けがちなタイプとみた。こんな人がシャミ子と出会ってしまったら、一瞬でシャミ子がブチ転がされる未来しか見えない。というか先に俺がブチ転がされる。

 

「ラプソーンはもう封印されたわ。彼に………クロに封印を解く意思はない!」

 

「どうかしらね。何より重要なのはする・しないではなくできるか否か…だと思いますけどねッ!!」

 

 その言葉とともに、青髪魔法少女は、俺に向かって剣を振り下ろし魔法を放つ。

 青い光の斬撃のようなものだ。それも複数。

 

 いきなり攻撃されて戸惑っているうちに、ミカンが持っていたボウガンですべてを撃ち落とす。

 

「クロ! 下がってて!!」

 

「わ、悪い…!」

 

『気をつけろクロオよ。あの攻撃、全盛期の我なら兎も角、お前が一発食らえば致命傷間違いなしの威力だぞ』

 

「はぁ!!?」

 

 冗談じゃない。

 魔法一発で死ぬとか勘弁してほしいので、ミカンとラプソーンの言うとおり下がっておく。

 

『クロオ! 我が力を使え!』

 

「ダメだ。どうせあの青髪を殺すつもりなんだろ!? それに、俺達に戦う理由なんてない!」

 

『このバカ子孫が…!!』

 

 ラプソーンが憤っているが、本当に戦う理由なんてない。

 こういう時のために、千代田はミカンを呼んだんだ。

 俺は大人しく下がって、ミカンの戦いの邪魔をしないように専念するべきだ。ましてや、戦うなんて言語道断。どさくさに紛れてラプソーンが何かしでかす可能性が高いし。

 異変を察知した千代田も、もうじきここへ来るはず。

 あとはミカンと千代田がなんとか守ってくれる―――

 

 

「はあああああっ!!!」

 

「くっ………!!」

 

 ――!?

 ミカンが……押されている、だと!?

 確かにミカンの武器は見るからに遠距離向けで、相手は見るからに近距離が得意そうな剣持ちだけど、そんなことがあるのか……?

 

 突風が吹き抜ける。

 青髪魔法少女が放つ魔法の嵐を紙一重で避けながらミカンはボウガンによる攻撃を放つ―――そのはずが、なぜかミカンの攻撃は青髪魔法少女のいない所に着弾し、盛大に砂煙を上げるばかり。

 まさかミカン、さっきのやりとりの内に、何らかの妨害魔法を食らったんじゃあ……!!

 

『いや、違うな、クロオ。』

 

「違うって、何が!?」

 

『陽夏木ミカンを見てみよ。あの娘、緊張のせいかさっきからまともに敵に狙いを定められておらぬ。なまじ強い力を持っているだけにもったいないぞ』

 

 ラプソーン(杖)に言われてめまぐるしく変化する二人の攻防をよく見てみると、確かにミカンの射撃は、青髪魔法少女の足元付近に着弾している。もっとも、矢の軌道が早すぎて全く見えない上、魔法少女の戦いにおいてど素人な俺目線ではどうも「惜しい」ようにしか見えない。

 

『戦いにおいて「惜しい」攻撃は隙を生み死に繋がる。

 尤も、本命の攻撃を当てる為にブラフを蒔くことはあるが、陽夏木ミカンのアレはブラフどころではない。場数は踏んでいるのだろうが、おそらく近距離で戦ったことがないのだろう。もったいないことだ。

 それに、相手の魔法少女も、流石賢者の末裔というべきか、陽夏木ミカンよりも戦いに慣れているというべきか――』

 

 なんか急に解説し始めたラプソーンを見て、何だか少し冷静さを取り戻せたような気がする。

 しかし、それも束の間。

 

「きゃあああああ!!」

 

「ミカン!!?」

 

 爆発音がしたかと思ったら、ミカンが青髪魔法少女の魔法に当たったのか思い切り吹き飛ばされる。それを皮切りに、青髪魔法少女は、ミカンに追撃の魔法を加え―――思わず目を逸らしてしまいたくなる程の大爆発を起こした。

 ミカンの体は一度ゴム鞠のように地面を跳ねると、そのまま倒れ伏した。いくら待っても起き上がる気配が見えない。

 

 

「み、かん………?」

 

 嘘だろ?

 嘘だって言えよ。

 何度そう思っても、ミカンは動かなかった。

 雨が降り始める。それはやがて、豪雨といっても差し支えないほどに激しくなる。

 雨に塗れたせいか、目の前の光景を信じたくないからか、全身から体温がなくなっていく感覚がする。

 

 ……ま、まさか………死―――

 

『落ち着け! 陽夏木ミカンは気絶しただけだ。我の知る魔法少女はあの程度では死なん。

 現にこの雨は―――』

 

「邪魔者はいなくなりましたわね」

 

「っ!!!?」

 

 落ち着かせようとするラプソーンの声を遮るように、青髪魔法少女が俺の目の前に立ちふさがる。

 

 どうしようもない、死の予感が、背筋に走る。

 目の前の少女の目に迷いはない。

 きっと、俺を一太刀に殺すだろう。

 

 ―――暗黒神を、永遠に封印するために。

 

「あなたに恨みはありませんが……世界を守る為。ラプソーンの封印を確実なものにするためにも……死んでいただきます。」

 

 青髪の少女は剣を振り上げる。

 

 暗黒神ラプソーンが光の一族にとってどんなものかは知らない。けれど、見ず知らずの魔法少女がここまで警戒するんだ。それだけ、光の世界と闇の世界の融合はおぞましい行為だったんだろう。

 そんなコトをしようとしたヤツの復活が出来るのは俺だけ。俺が死んだら……きっと、ラプソーンは二度と復活できなくなるだろう。

 それなら、ここで斬られても、仕方ない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――って思う訳ねえだろ。

 ふざけんな。

 ふざけんな――ッ!!

 

「ふざけんなよ!! 俺が一体…何をしたんだよッ!!

 俺はただ……皆と…家族と、生きたかっただけなのに……っ!!

 何が暗黒神の子孫だっ!何が魔法少女だっ! お前のやろうとしてることは―――ただの人殺しだろうがっ!!」

 

「―――ッ!!!」

『…………』

 

 ひざをついて、みっともなく慟哭する。

 それを聞いて青髪魔法少女の表情は弱点を突かれたような、悲痛なものになり、ラプソーンは何も答えない。

 

 当然だろう。

 いくら暗黒神が凶悪だろうが、俺にとってはただのコミカルなゴミ先祖にすぎない。そんなもののために殺されてたまるか。

 でも、俺は戦えない。だから、当たり前の事を言うしかなかった。

 

 人を殺したら罪。そんな当たり前のことを。

 

 そして……何十分とも思える沈黙の末に、青髪魔法少女は、重い口をようやく開いた。

 

「……分かっています。貴方が何も悪くない事は。

 でも……わたくしと貴方の命で世界の全ての人を永遠に救えるのなら……これほど割に合うものはない……っ!」

 

 彼女も彼女なりに苦悩していたのだろう。

 一族総出で準備していたに違いない。

 暗黒神の子孫が現れた時、いつでも戦えるように。いつでも殺せるように。いつでも十字架を背負えるように。

 

 ―――でも、彼女はなにも分かっていない…!

 

「でも、せめてわたくしの口から、魔法少女を代表して一言だけ。

 本当に……本当に申し訳ございません……っ!」

 

 今にも泣きそうな顔をしながら振り下ろされた魔法少女の剣は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの駄目に決まってるでしょ」

 

 

 振り下ろそうとした魔法少女ごと、桃色の突風に吹っ飛ばされた。

 見上げると、そこには変身を済ませ、ピンクの魔法少女フォームに身を包んだ千代田の姿があった。

 

「千代田………!!」

 

「ミカン以外の魔法少女の反応を感じ取ったから飛んできた。

 まぁ……間に合ったとは言えないみたいだけど」

 

 未だに倒れているミカンを見ながら千代田は言う。その言葉には、怒りが孕んでいた。

 

「そこの同僚さん。これ以上痛い目に会いたくなかったら―――お引き取りを。」

 

「わたくしは………暗黒神を封印した者の末裔として、為すべき事を為すのみ! 貴方もそのはずでしょう!!」

 

「私に以前の力は残っていません。

 出来るのは……大切な人を、守ることくらいです。」

 

「だったら……引っ込んでてくださいませ!!」

 

 青髪魔法少女が千代田に突進したかと思えば、青の光と桃色の光が激突した。

 

 パンチが、キックが、肘鉄が、斬撃が、貫突が。台風のように二人の間に絶えず巻き起こり、千代田には切り傷が、青髪の魔法少女には擦り傷が増えていく。

 端から見たら、二人の両手両足が残像を持っている。

 俺はそれを、呆けたようにただ見ているだけだった。

 

「………すげえ」

 

『クロオ、クロオ』

 

「……!」

 

 ラプソーンの呼び声に気づく。

 俺は二人に気づかれないように会話を始めた。

 

「何だよ、今度は」

 

『今のうちに我が力を借り受け、我が魔法であの青髪のを倒すのだ』

 

「いや、もう千代田に任せればいいだろ」

 

『それでは駄目だ。二人の足元を見てみよ』

 

 チラリと激戦が起こっている二人の足元を見てみた。

 すると、荒れている地面が青髪魔法少女の後ろにあった。

 どういうことか分からずにじっくり見ると、少しずつ……ほんの少しずつだが、千代田が押されているのが分かった。

 弱体化されているっていうミカンの話、本当だったのか……!!

 

「千代田………!!」

 

『解ったようだな。このままでは、千代田桃は変身時間切れまでにあの女を行動不能に出来ん。』

 

「じゃあ、どうすれば……!!」

 

『我が力を得たお前ならできる』

 

「!!?」

 

 いきなりコイツは何を言っているんだ!?

 弱点を突かれたとはいえミカンがやられ、千代田さえ苦戦する相手に俺がどうこうできるとは思えない。

 

『今のクロオは杖を通して我が力を受け取っても反動で爆散しない状態に体を作り替えただけだ。

 まだ一割ほどだが、実際に我が今使える魔力をお前に流し込めば、恐らくあの女程度何てことない』

 

 成る程。だからあれほど余裕ぶっこいて挑発したりミカンを分析したりできたのか。

 さらっと聞き捨てならない事が聞こえたが細かいことは後だ。

 

「……で、どうすればいい?」

 

『クロオには暗黒神の後継としてコードネーム、及び変身の掛け声を決めて貰う』

 

「は!? なんで今そんな事を――」

 

『正式にこの二つを決めねば我が魔力が使えぬのだ! 

 何でもいいから早く決めよ!』

 

「えええええええっ!? んな事イキナリ言われても……」

 

 ラプソーンから飛んできた凄まじいキラーパスに頭を悩ませる。

 このタイミングであまりにふざけた条件だが、ラプソーンの声色はマジだし、早く決めなければ千代田がやられてしまうかもしれない。

 

「はぁっ!」

 

「うっ!? ……はっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

『むぅ、千代田桃が押され始めた……辛うじてまだなんとかなる、が……』

 

 ここで千代田に青髪魔法少女の肘鉄が入った。千代田が殴り返したことで再び持ち直したが―――

 ヤバい。千代田が負けたら次は俺だ。変身前のままでは、普通に瞬殺される。

 ―――仕方ない。拘っている時間なんてない…!

 

「頼むよ、()()()

 

『待ちかねたぞ、我が子孫…!』

 

 

 

「“トランスフォーム・クロウ”!!!」

 

「「―――ッ!!!?」」

 

 トランスフォーム(変身)クロウ()という単純な掛け声だったが、ラプソーンはしっかり力を与えてくれた。

 

 身につけているものが変わっていく。

 

 上下のジャージは、紫と黒のカラスを模したような鎧になり。

 右手だけでなく左手も溶鉱炉の炎のような白っぽい黄色になり。

 頭には鳥の頭を模して鳥の羽根があしらわれた兜が現れ。

 黒と赤の裏地の、翼のようなマントが背中から生えた。

 黒いカラスか大鷲をイメージしたかのようなコスチューム。

 

 これが―――俺の戦闘フォーム。

 今は余裕ないから後でじっくり鏡見よう。

 

「させませんわッ!!」

「―――っ! 神原くん!!」

 

 ここで、千代田と戦っていた青髪魔法少女が、千代田を振り切って俺に向かって剣を振り抜こうと肉薄してくる。

 

 しかし……どういうことか。

 スローモーションで見える。

 

(我が子孫よ、戦いのいろはを教えてしんぜよう。

 まず戦いで一番重要な事は、落ち着くことだ。いつ、如何なる時も)

 

 脳内からご先祖の声が聞こえる。

 戦闘のチュートリアルってことか、ありがたい。

 

(最初は目の前の少女の剣の一閃を、最低限の動きでかわすのだ。)

 

 声の導かれるまま、剣の縦振りを、体を少し捻ることで攻撃の射程から逃れる。

 

(そして相手を見据え、杖を向けたら呪文を唱えるのだ。

 現役時代の我が使っていた呪文を教えるから、脳裏に浮かんだままのソレを唱えてみよ…!!)

 

 そして、声の言うとおりに脳裏に浮かんだ呪文を―――唱える!

 

 

極大爆裂呪文(イオナズン)―――ッ!!」

 

「「っ!!!?」」

 

 次の瞬間、目の前が真っ白になった。

 凄まじい光が、爆発と共に発生したのだ。

 それは、つまるところ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――どうあがいても、光をモロに見ることを意味していた。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!?」

「うわあああああああああああああああああああああああああああっ、ぐああああああああああっ!?」

 

 凄まじい爆発音と青髪魔法少女の絹を裂くような悲鳴と、俺の悲鳴が同時に響いた。

 

 

 

 

 

 ひとしきり全てが収まった後。俺は目を押さえていた。

 目が痛い。

 

「あああああっ、目がぁっ、目があああああああああああああああああああああああ!!!」

 

『大袈裟な奴よ。おのれの魔法で失明などせんというに』

「二人は大袈裟というよりやり過ぎだよ」

 

 目の苦痛に耐えていると、ラプソーンと千代田が声をかけてくる。

 

『流石、我が子孫。全盛期の我の爆裂呪文(イオ)くらい出たな。修練次第では地球を抉ることも可能になるだろう』

 

「ラプさん、何だったんですかさっきの魔法。私もミカンも巻き込まれるかと思いましたけど」

 

『かつて我が不届きもの共を拠点ごと吹き飛ばすのに使っていた、大爆発を起こす魔法だ』

 

「神原くんに何使わせてるんですか」

 

「お、おい二人とも、一体これは…?」

 

「神原くん、目大丈夫?

 ……さっきの呪文で、とんでもないことになってるよ」

 

「へ?」

 

 回復した視力が映したものは、俺を絶句させた。

 目の前の緑豊かだったはずの河原が、一帯焼け野原になっていたのだ。

 確かに凄まじい光だったし、青髪魔法少女もさっきので倒せたとは思うが……ここまで周囲の被害がデカいなんて聞いてない。

 パッと見、家が一軒も巻き込まれていないのが不幸中の幸いか。

 

「―――そうだ、ミカンは!!?」

 

 まさか、これに巻き込まれたんじゃあないだろうな!? もしそうだったらいくらご先祖でも許さん。

 

「大丈夫。私が移動させた。」

 

 顔から血が引いていく俺に再び千代田が後ろから声をかける。

 見ると、千代田がミカンを安静に寝かせていた。

 安堵の息が漏れる。

 

「……ご先祖、回復とか、できるか?」

 

『あまり得意ではないが……不可能ではない』

 

「じゃあ、頼む」

 

 俺の頼みに呼応するように杖に光が収束する。でもそれは、さっきとは違う、やさしそうで、温かな光だった。

 

「…大回復呪文(ベホイミ)

 

 その一言で、俺自身から力が抜けるような感覚と共に、ミカンの体を杖の光が包んだ。

 ミカンが戦いで受けた傷がみるみるうちに塞がっていく。

 

「………さて」

 

 ミカンの安全も確保したし、あとは……

 目の前に倒れている、青髪魔法少女だけだな。

 彼女は倒れたまま、動かない。ただ、苦しそうに息をしているだけだ。

 俺は彼女の方へ歩き始める。

 

「……殺しなさい」

 

 息も絶え絶えで、声を出すのがやっとの筈なのに、喉の力を振り絞って彼女はそう言った。

 俺は杖をゆっくりと高く掲げる。

 

「―――っ!!? 神原くん、ダメッ!!」

 

 千代田が何かを察したように俺に掴みかかろうとするが、それより先に、俺は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラプソーンの杖をへし折った。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 何でェェェッ!!!?』

 

「「!?!?!?!?」」

 

 杖が折れると同時に、俺の戦闘フォームも、元のジャージに戻る。

 二人は理解できないものをみたかのように固まっている。

 周囲に沈黙が訪れる。

 

「青髪の人。俺は………ぶっちゃけ、封印なんてどうでもいいんです。」

 

 だが、二人とも黙っているということはこっちの言う事が聞こえるということ。

 だから、思いのたけをここで全て言ってやろう。

 

「そりゃあ、確かにうちのゴミ先祖は小うるさいし、隙あらば魔法少女に突貫するし、俺に殺人を教唆する最低なゴミ先祖ですが……だからと言って俺は手を汚したりしませんよ。

 俺が欲しいのは大切な人たちと過ごす穏やかな日々なんです」

 

「神原くん……」

「…………」

 

『な!? じゃあ何か? 我の封印を解くつもりは微塵もないと!!?』

 

「当たり前だろゴミ先祖。大体今日は好き勝手なことばっかりしやがって。お陰で死にかけたわ!」

 

『ギャアアアアーーーー!? 痛い痛い!!!』

 

 余計に出しゃばってくるラプソーン(ゴミせんぞ)を踏みつけて続きに移る…………どうしたの、二人とも。そのジトっとした目はなに? まぁいいか。

 

「俺は今の毎日で十分なんです。

 封印を解くつもりも、力を継ぐつもりもない。

 でも……ミカンを…俺の大切な人を傷つけるような奴が現れたとしたら……

 きっと俺は、その人を守るために戦います。」

 

 

 そして……ソイツには、死んでも消えない恐怖を、魂に刻み付けてやる。

 

 まぁ流石にそこまでは言わないしやらないけど。実行しちゃったらもはや魔王だよ。

 風が強くなり、大雨が降り始める。

 

「大切な、人を、守る……」

 

「はい。俺にとっては、ミカンがそうなんです。

 青髪の人にも―――」

 

「実里……」

 

「ん?」

 

不二(ふじ)実里(みのり)。それがわたくしの、名前ですわ。」

 

「……不二さんにもあるはずです。

 守りたい人が………」

 

「………………………えぇ。仰るとおり……」

 

 そう言って、青髪魔法少女―――不二実里は、目を閉じた。きっと気絶したのだろう。

 

「神原くん………」

 

 千代田が駆け寄ってくる。

 その表情は、なぜだかおかしいものを堪えているように見える。この雰囲気にはそぐわないものだ。

 

「? どうした、千代田? そんな顔をして?」

 

「その辺にしてあげて。ミカンが大変だよ」

 

「はぁ? それってどういう―――」

 

 そこまで言って気づいた。

 先程から雨が降っているにも関わらず、千代田が全く濡れていないことに。

 俺は千代田に促されミカンを見た。すると、そこには……

 

 目を見開き、顔を真っ赤にし、震えながらこっちを見ているミカンが。

 

「あ、あの……ミカン、さん?」

 

「ひゃいいっ!!?」

 

 降っている雨がもっとひどくなる。それで漸く気づいた。

 この雨、ミカンの呪いだ。

 それにしても何なんだよ本当に。こっちを見ていたんたら、声をかけられることくらいわかるだろうに。

 

「…何か俺、変なこと言ったか?」

 

「~~~~~~~~~~ッ!!」

 

「黙ってたって分からないよミカン。はっきり言ってくれないとぶるあああああああああああっ!!!?」

 

「クロの馬鹿っ!!!」

 

 返事はミカンの鉄拳だった。

 世界が回って、意識が遠くなった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 不二実里は、多魔市から帰っていった。

 ちゃっかり千代田とミカンとメアドを交換してから、「暗黒神復活の危険性はぐっと減りましたから」と言ってもといた街に帰ったそうだ。あと、なんか俺のメアドリストに「不二実里」の名前がいつの間に追加されてた時は超たまげた。

 俺達さっきまで戦ってたよね? よくメアド交換なんてしたもんだ。まぁどうせワケを聞いてもなぁなぁにされるだけだろうからいいけどさ。

 

 でだ。今、俺は何をしているかというと…

 

「なぁミカン。もう動いても良くないか? 家ん中なら問題なく歩き回れるしよ」

 

「ダメに決まってるでしょ! クロはまだ怪我人なんだから!」

 

『そうだ。それに我が呪文によるクロウは魔力消費は予想以上だった。回復にはまだ時間がかかるぞ』

 

「クロウさん、あんまりミカンさんに迷惑かけちゃだめですよ」

 

 ―――新たに構えた自宅にて、ミカンとラプソーン(杖)から看病を受けていた。お見舞いに千代田とシャミ子も来ている。

 ……聞いたところによると、ミカンのパンチで俺の意識が吹っ飛んだあと、千代田を追いかけてきたシャミ子と合流した二人は、シャミ子がラプソーンの杖を、千代田が俺と不二の二人を担いで不二を千代田の家に、俺を自宅に放り込んだ後、手当てをしたんだそうだ。不二はすぐに目覚め、千代田とミカンの話を聞いた後帰っていったが、俺は起きるのに丸一日たった上、まだ本調子じゃあないみたいで、今に至っている。

 

 不二との戦い以降、ラプソーンとシャミ子は俺のことを「クロウ」と呼ぶようになった。あの土壇場で思いついた、何の捻りもないコードネームだけれども、ラプソーンにとっては「立派な後継の名前」なんだそうだ。シャミ子については、ラプソーンから「闇の者同士コードネームで呼び合うのが礼儀」と吹き込まれたことが原因だった。勝手なことしやがってあの野郎。

 

「はい、クロ。早く元気になってね」

 

「お、おお。ありがと、ミカン」

 

 そんなことを考えていると、ミカンからお粥の乗ったプレートが手渡される。特に体調は悪くないから問題なく食えると思うんだけど……

 

「ねえ、神原くん」

 

「ん? なんだ千代田」

 

「これから、どうするの?」

 

「はい? これから、って?」

 

「ほら、ラプさんのせいで暗黒神の子孫をアピールしちゃったでしょ?

 実里さんには戦う意思はないって伝えたけど……そこら辺は神原くんはどうするのかなって」

 

『そ、そうだぞクロウ! 我の封印を解かないなどと言っていたが、アレは何かの間違いか方便なのだろう!?

 なぁ、そうだと言ってくれ!!』

 

 ああ、そんなこともあったっけか。

 とりあえず、アレの過失は100%ゴミ先祖なのは確実。だが、やっちゃったもんはしょうがない。

 

「封印を解かない方向で行くのは確実として、だ。

 でもまあ、あんま変わらないよ。シャミ子や千代田、ミカンと一緒に色々楽しい事や馬鹿やったり。それだけさ。

 ただ……俺は、暗黒神ラプソーンについてもっと知るべきなのかな、とは思うよ」

 

「「「!!」」」

 

「ほんの少し前まで、俺は光の一族も闇の一族も、自分のご先祖についても何も知らなかった。今でも、まだ知らないことの方が多い。

 だから、少しでも多くのことを知りたい。」

 

『なぁんだ! 暗黒神の事なら我が一番よく知っておる! なんてったって我こそが暗黒神ラプソーンなのだからな! 何でも聞くがよい!』

 

「……まぁ、ラプソーンがどう伝わっているかを知るのも重要かなって思うし、何より俺自身の力に不明な点が多すぎる。それを知りたいかな。

 いざという時、大切なものを守りたいから」

 

「―――っ!!」

 

『おやおや、お熱いのう、クロウ? 友人だけでなく偉大なご先祖にまで見せつけてくれるとは…将来は大物だな』

 

「黙れゴミ先祖」

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

 出刃亀じみたことを抜かすごみ先祖をへし折り、顔の紅潮を誤魔化すようにお粥を口に運ぶ。

 そのお粥の味は、温かくも自分の今の心のように酸っぱく……アレ? これ、本当に酸っぱいぞ。

 

「……ミカン?」

 

「な、なに!?」

 

「これに何入れた?」

 

「え? えー…っと……ライム、だけど…」

 

「はああああ! これだから柑橘バカは!

 米といったらマヨネーズと相場が決まってんだろうが!」

 

「決まってないわよ! なにその特殊な相場は! せっかく人が作ってあげたのに!」

 

「せめてかけるかどうか一言いってくれよ!」

 

 

「お、お二人とも! 喧嘩しないでください~~!!」

「二人ともおかしいよ、味覚……」

『言わぬが花ぞ千代田桃よ。我が指摘したら二人に袋叩きにされてしもうた』

『本当に仲が良いな、あの二人』

 

 

 こうして、暗黒神の子孫兼後継になって初めての初夏が過ぎ去ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ!自分の選んだ道は困難ではあるが、不可能ではない!大切な人を守れるりっぱな暗黒神になるのだ!

 

*1
紀元前600万~700万年前にアフリカに生息していた霊長類の一種。トゥーマイ猿人とも呼ばれている

*2
レモンばっかりかける人のこと。ミカンがそうだ




オリジナル&ゲストキャラ紹介

神原(かんばら)黒男(くろお)/クロウ
 オリ主。わけあって暗黒神ラプソーンの子孫としての力に目覚めた(というか力を押し付けられた)男。好きなものはマヨネーズ(某副長に負けないほどのマヨラー)と家族。
 もともと争いを好まない性格だったが、ラプソーンの破天荒な性格がきっかけで訪れる苦難の数々に頭を悩ませる。そのおかげで、基本的にラプソーンを「ゴミ先祖」と呼び、辛辣かつぞんざいな扱いをしてきた。だが、不二との戦いを通して、「暗黒神の力を知り、大切なものを守れるようになる」ことを目標に立てた。
 「クロウ」は即座に思いついた闇の者としてのコードネームであり、シャミ子で言うところの「シャドウミストレス優子」のようなものである。
誕生日/血液型:7月13日生まれ、蟹座のA型だ。
趣味:本を読んだり、出会った猫を愛でたりするけど……これは趣味って言えるのかな…?
座右の銘:人生一度きり。


ラプソーン
 ドラゴンクエストⅧに登場する、世界を闇に包まんとする邪神にしてラスボス。拙作では、大体の元の設定をそのままに、「光の世界に住まう、光の一族と闇の一族に対して喧嘩を売った結果、7人の魔法少女によって一振りの杖に封印された」という設定にした。
 隙あらば黒男に封印解除のカギとなる賢者の末裔の抹殺を唆したり、特攻したりと自分本位な行動ばかりする(封印されている杖の状態では戦闘力は皆無に等しいので問題はない)ので、黒男から疎まれている。しかし、仮にも世界征服を企んだ邪神として、戦いの年季はすさまじく、目覚めたてのクロウに戦いの手ほどきを施した。
 シャミ子のご先祖であるリリスとは旧知の仲で、「取るに足らない阿呆」と思っている。
 また、ゲモンやジャハガロスという配下がいる(現在は双方とも消息不明)。
誕生日/血液型:太陽暦どころか太陰暦もなかったからな。謎でよい。
趣味:子孫をいかに我が後継にするか考えること。今はこれだな。
座右の銘:皆は一人の為に。オール・フォー・ワンというやつだ。


不二(ふじ)実里(みのり)
 オリジナル魔法少女。青いロングヘアで青いコスチュームを身にまとい、片刃の剣で戦う。どこぞのさ〇かちゃんではない。
 ラプソーンを封印した魔法少女の一族の末裔であり、暗黒神を完全に封印するために暗黒神の末裔が現れた時に動けるよう準備していた。クロウに倒された後、桃とミカンの説得により改心しもといた街に帰る。
 ナビゲーターは「ラファエル」という名前の、青と白のセキセイインコである。
 ちなみに名前の由来は同名のブドウの品種「藤稔」から。
誕生日:12月24日。クリスマスイヴが誕生日ですわ。
血液型:AB型ですわ。皆さんに意外と言われますの。
趣味:茶葉をブレンドしてオリジナル紅茶を作ることでしょうか。
座右の銘:ノブリス・オブリージュ。魔法少女の使命ですわ。


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暗黒子孫学校にはばかる! 小倉しおんの恐るべき本性!……俺、ご先祖を生贄に帰ってもいいですか?

作者「よーし、元ネタ探しのためにまちカドまぞく買うぞー!」

一週間後

作者「どこにも置いてねえ………桃シャミどこ…?」

そんな気持ちを込めて書きました。



今回のあらすじ

小倉しおんのわるだくみ!



※2020-4-13:あらすじを追記しました。


「神原クロウくーん」

「あーい」

 

 先生に呼ばれ、返ってきたテストを受け取る。

 言い忘れていたが俺は、ミカンと一緒に千代田の助っ人のために多魔市に移り住んだ時、同じタイミングで転校生として迎え入れられている。俺のクラスは1年D組。シャミ子と同じだ。今は、生物学の授業でテスト返しが行われている。

 

佐田(さた)杏里(あんり)さーん」

「はーい」

 

 朱色の丸とバツが彩られた答案を見ると、名前の隣には88点と書かれていた。うーん……ミスがちょっと気になるな、今回のテスト。帰ったら復習するか、と溶鉱炉のように変わり果てた色の右手で頭を抱える。

 気になると言えば、さっき先生が俺を呼んだ時も、なんかイントネーションがおかしかったような気がするが……気のせいか―――

 

 

「シャドウミストレス優子さーん」

「はい」

 

(ぶっ!!?)

 

 気のせいじゃねえ!!?

 なんでシャミ子のやつ、学校で、先生に、あたかもそれが本名であるかのように、「シャドウミストレス優子さん」って呼ばれてんの!!? そんでもって、何で普通に返事してんの!? 闇の一族っていう奴は、誰にも気づかれないように活動するのがセオリーなんじゃあないの!?

 

『それはとんだ偏見だぞ、クロウよ』

 

(偏見?)

 

 そんな混乱を察知したのか、傘のように机に立てかけてあったラプソーン(杖)からテレパシーが伝わってくる。

 

『魔族、魔神、魔王、あらゆる闇の一族は、知名度が高ければ高いほどおのれの実力や人望、支配領域が高い事を意味する。それは、被支配種族の筆頭である人間どもを支配しやすくなるという利点も持っておるのだ。』

 

 相変わらず尊大で恐れ知らずな口ぶりで、闇の一族の事情を説明する。つまり、有名であればあるほど闇の一族としては優秀なのか。はっきり言って勉強になった。

 

(そうなのか。ラプソーンにも信者とかはいたのか?)

 

『当然。我は暗黒神であるからして、人の負の感情や命の他に、我を奉ずる教徒の信仰心もエネルギーにしたものだ。もっとも、いまでは我を信ずるものは駆逐されてそうだがな』

 

(要するに……ここら辺はもうシャミ子の勢力下かも、と?)

 

『かもな。あの夢の中でしか威張れない阿呆の子孫と思って侮っていたが、案外やり手なのかもしれないぞ、しゃみ子は』

 

 うーん……シャミ子の実力は置いといて、闇の一族の意外とオープンな事情をまた一つ理解できたかもしれないな。

 

「クロウ君? 聞いてますか?」

 

「へ? あっ!? す。すいません!!」

 

「もー、もう一回説明するから聞いててくださいね?」

 

 やべっ、ラプソーン(杖)との念話に夢中で聞いてなかった。すぐさま念話を打ち切り、先生の解説を聞くために答案と向き合った。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 結果からいうと、俺とラプソーンの立てた推測は、お昼休みにシャミ子に会いに来たという千代田とミカンによって「それはない、よわよわまぞくだから」と完全に否定された。当のシャミ子はというと、千代田に対して「なにおー! いずれ魔法少女を倒せるまで強くなってやりますよ! ぽがー!」と全く威厳のない宣言をしていた。リリスさんにそれとなく尋ねると、「そ、そんな事情……あったな」と、目を泳がせながら言葉を濁らせた。あれ、絶対何も考えてなかったって顔だな。

 

「ところで、ゴミ先祖には配下がいたんだよな。なんて名前だっけ」

 

『ゲモンとジャハガロスのことか』

 

「そいつらについて教えてくんない?」

 

「「!!」」

『フハハ、良かろう』

 

 弁当をあらかた食べ終えた俺の質問に千代田、ミカン、リリスさんの三人(二人と一個?)が神妙な雰囲気になり、ラプソーン(杖)は良機嫌に笑う。なお、シャミ子はいつも通り何も分かっていなさそうな顔でしっぽを揺らしている。

 俺は、この前の魔法少女・不二(ふじ)実里(みのり)との戦い以降、暗黒神ラプソーンについて知り、力をどう扱うかを知ろうと思ったのだ。封印を解くつもりは相変わらずないが、知っておいて損のない家庭の事情だと思ったからだ。

 

『まずゲモンからだが……あやつは我がラプソーン軍の優秀な参謀であった。』

 

「参謀……?」

 

 なるほど、つまり……そのゲモンって奴は、軍を率いるうえで重要なポジションにいたってことか。

 今まで学んできた歴史においても、諸葛亮然り、竹中半兵衛然り、山本勘助然り、名軍師というものは戦いや政治運営などにおいても国家の未来を決める重要な官位だった。それがラプソーンにとってはゲモンだったわけか。

 

『あやつは人間の心を熟知していた。光の一族と戦った時も、作戦立案は主にゲモンだった。

 魔法少女の一部の家族を人質に取って同士討ちさせる作戦も、

 魔法少女をおびき寄せるため一般の人間を殺戮する作戦も、

 戦略的撤退時に敵を拠点に閉じ込めて爆破させる作戦も、すべてゲモンが立案したものだ。

 光の世界陣営との最終決戦時の作戦もなかなかのものだった。なにせ――』

 

「おい待てゴミ先祖」

 

 そいつただのゲス野郎じゃねえか。話を聞いてた皆も眉をひそめてドン引きしてるし。シャミ子に至ってはゲモンの作戦とは名ばかりの残忍かつ卑怯な手段のエグさに涙目で震え上がってしまっている。シャミ子の腕に抱かれているリリスさんまで一緒に震えてるのは何故か知らんけど。

 

「ううぅ……なんて恐ろしい事考えるんですか……良はここまで怖くなりませんよね、ごせんぞ…?」

 

『あああああ当たり前であろう。げ、ゲモンがおかしいだけ、だ』

 

「神原くん。ラプさんへし折っていい?」

 

「まあ待て千代田。9割9分有罪だが話はまだ終わってない。へし折るならその後だ」

 

『折られる事前提!!?』

 

 シャミ子を怯えさせた事でブチ切れ寸前の千代田を抑えるが、話が終わった頃にはまたゴミ先祖は木屑と化すだろう。でもそれは、話が終わってからだ。

 

「さ、今すぐ千代田にへし折られたくなければ、とっとともう一人の配下について話せ。」

 

『この子孫、ご先祖を脅迫してきよった!!?

 貴様、そんなことが許されると―――』

 

「千代田ー、折っていいぞー」

 

『なああああああああああちょっと待ってエエエエエエ!!!?

 話す! 話すからそれだけはァァァァァアアアアア!!!

 あー、オホン。た、確かジャハガロスのことだったな。』

 

 千代田に折られたくない一心でラプソーン(杖)は、もう一人の腹心について話し出した。

 

『ジャハガロスは、我がラプソーン軍いちの猛将だった。

 体力と力に自信を持っていたあやつは、戦場の前線の切り込み隊長や撤退時の殿を進んで申し出て、一騎当千の活躍をした。』

 

 ふむ、つまりさっきのゲモンが知略に長けているとするならば、ジャハガロスという奴は力自慢の腹心だったという訳か。

 本来は魔法少女の敵であり、彼女達にとっては間違いなく数々の仲間を散らされた強敵だった筈なのに、ラプソーン(杖)の語りようはまるで歴史上の武将を語っているようだ。

 

『ジャハガロスは我への忠誠も高かった。

 我の招集にいち早く参上し、我の頼みは何でも聞いてくれた。我の後押しをしてくれたことも数え切れぬほどある。己のすべてよりも、我の作戦や任務、身辺警護を優先してくれる、頼もしい者であった。』

 

 過去を懐かしむようにそう話すラプソーンに目を輝かせるのは、シャミ子といつの間に話を聞いていたクラスでは見かけない女子……確かシャミ子に興味を持っていた奴だったか? ……その二人だ。残りのメンバーはというと、千代田もミカンも佐田も、「アレ? なんかおかしいぞ?」って顔をしている。おおかた、ジャハガロスの性格的な違和感を感じ取ったんだろうが………俺にはなんとなく、その違和感の正体がわかってしまった。

 

 そのジャハガロスってやつ、忠誠心高いどころかぶっちぎってるタイプのヤツじゃないの?

 ラプソーンから見たら忠実なしもべかもしれないけど、端から見たらただのやべー奴だよ。

 まさか現実にそんなヤツがマジで実在していたとは。現実は小説よりも奇なりとはよくいったもんだ。信じたくなかったけど。

 

『あやつは「ラプソーン様の為に命すら捧げる所存だ」とも言っていたな。比喩であろうとはいえ、あんなセリフを嘘偽りなく言えるのは大したものだと思うぞ』

 

「っ!!?」

 

 それ絶対比喩じゃねーよ、大マジだよ。

 ここでようやく、シャミ子がジャハガロスのヤバさに気づいたようだ。千代田達三人も、自分たちの感じていた違和感が間違ってなかったと確信する。

 ヤベェ。このゴミ先祖の腹心、まともなのがいねえ。ゴミ先祖自体がまともじゃあないからそんなの期待するだけ無駄なんだろうけどさ。

 

『クロウも我のように腹心を集めてみてはどうだ? ゲモンもジャハガロスも我はスカウトしたのだ、お前ならあやつら以上の実力者をスカウトできるだろう!

 まぁ友人から始めても良いのだがな!』

 

「嫌だよ! 何が悲しくてゲス野郎や忠誠心ぶっちぎったやべーやつとコネクション繋げなきゃいけねーの!?

 そいつら、ちゃんと封印されたか倒されたかしたんだろうな!!?」

 

『いや、ゲモンはまだ闇の世界で生き延びているだろうな。ジャハガロスの方は我が先に封印されたから知らぬが』

 

「はあああああーッ!?」

 

 最悪だ。両方とも健在の可能性アリかよ。

 知らねばならないと意気込んだ情報だが、ぶっちゃけ知らなきゃ良かったと思わずにいられないくらいの情報しか得られていない。

 

「あわわわ………やばいです、ごせんぞ」

『あわわわ………シャミ子や、あやつの部下には絶対関わらないようにしよう、な?』

 

 シャミ子がリリスさんを抱きかかえて完全に怯えきってしまっている。もうラプソーン(杖)は有罪(ギルティ)だ。

 千代田がゆっくりと死刑執行人のような無表情で、こちらに近寄ってくる。要件は分かる。

 

「話は終わった。好きにしろ、千代田」

 

「言われなくとも」

 

『ま、待て、千代田桃! 話せば……話せば分かる!

 だから―――』

 

「問答無用」

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』

 

 どこかの総理大臣みたいな言い訳をスルーされたゴミ先祖は、無事に千代田によって粉々の木屑になりましたとさ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 千代田によって粉々になったゴミ先祖が復活したのは、二日後のことだった。

 いつも通り学校へ行こうと思ったら玄関前にいた。どうやら、多魔川の下流付近からようやく帰ってこれたらしい。一生帰ってこなくていいのに。

 

「珍しいな、ゴミ先祖。いつも俺がへし折った時には一時間足らずで復活するのに」

 

『千代田桃のやつ、我を木屑にするだけでは飽き足らず、多魔川に捨てていきおったのだぞ!! お陰で復活した後戻ってくるのが大変だったわ! というか、一切助けようとしなかった貴様も貴様だろうが!!!』

 

「千代田の前でシャミ子を怖がらせたのが悪い」

 

『あの程度の話で怯える善良さこそ、闇の一族たるしゃみ子には要らぬものだろう! あやつは精進が足りん! クソ、千代田桃め、楽には死なさんぞ………!』

 

 千代田の抹殺宣言だけじゃ飽き足らず、シャミ子への責任転嫁もすんのかよ。

 コイツはとことんゴミ先祖だなと思いながら学校への道をラプソーン(杖)と歩いていると、長い黒髪にリボンを巻いた眼鏡少女が俺に近づいてくる。もちろん俺は彼女を知らない。

 

「あの、あなたが神原君よね? ラプソーンさんの子孫の」

 

「ああ、そうだよ………残念なことにな。それで……あんたは確か………?」

 

小倉(おぐら)しおん。ほら、この前、あなたのご先祖様のお話を聞いたでしょ?」

 

 そこまで聞いて、思い出した。

 ラプソーンからゲモンとジャハガロスについて聞いた時、確かにこの人もいた。

 ゲモンのゲスさやジャハガロスのぶっちぎった忠誠心を聞いても尚、引かなかった人だ。それを見て、「意外と肝っ玉のデカい同級生だな」と思ったから覚えてる。

 でも、確か彼女はシャミ子の友達だったはずだ。

 

「あぁ……確かにいたな。それで……俺に何の用だ?」

 

「あなたの体とご先祖様を実験道具にして色々弄りたいんだけど、いいかな!?」

 

「『……………』」

 

 ……シャミ子よ。君は、彼女―――小倉しおんを本当に友達だと思っているのか??

 

 

 

 

 あの後、なぁなぁな態度でのらりくらりと躱していた俺だが、その日の放課後、ミカンと一緒に帰ろうとしていたところを遂に小倉に見つかり、ゴミ先祖の杖ともども誘拐された。その時にミカンに助けを呼んだからきっと彼女もくることだろう。

 

 連れてこられた場所は、一言で言えば「どこかの研究機関の実験室」といった感じで、俺は今から改造でもされるんじゃあないかという気持ちになっていた。なに、どうすればいいの? 改造されたあとに抜け出して仮面ライダーやればいいの?

 

「私、呪術とか悪魔とかの研究部を作っていて、ここで色々やってるんだー」

 

「小倉、ここは―――」

 

「私の部のラボだよー」

 

 俺の質問に重なるほどに、それでいておざなりに即答すると、そのまま続ける。

 

「もともとシャミ子ちゃんやそのご先祖様、あとは……まぁ色々調べてたんだけどね。そこに、すごいひとがやってきたの。」

 

「……それが俺達か」

 

「そう! だから、神原君の体のサンプルとか、実験データとかいろいろ取りたいの!!」

 

 まっすぐ、そういうことを俺に言い迫ってくる小倉の瞳に俺は戦慄を覚えた。

 それと同時に、小倉の誘いをテキトーにいなしていた過去の自分に後悔した。

 

 噂で聞いたことがある。

 この学校には、倫理学以外が優秀だがその価値観ゆえに世間から守る形で在学させている奴がいる、と。

 確かめるため、時間を稼ぐために口を回す。

 

「小倉……お前、自分のテストの成績とか、覚えてるか?」

「学年一位だよ。なぜか倫理だけ点取れないけど」

『クロウよ。おそらくこの女が、お前の考えているだろう噂の生徒だ』

 

 小倉の返事とラプソーンの言葉で確信する。

 コイツはヤバい。異常だ。

 肝っ玉がデカいとか間違いなくそんな可愛いレベルじゃあない。

 こいつぁマジで仮面ライダーにされかねない。

 逃げなければ。

 

『それで、小倉しおんよ。この我とクロウを調べ上げるつもりか』

 

「うん。そうだけど問題ある?」

 

 臆面もなく、ラプソーンは器用に杖状態で立ちふさがり小倉に問いているが今だけはやめてくれ。心臓がもたない。

 

『我らを何者と心得ての発言だ?』

 

「うーん……千代田さんの後を追ってあの戦場?を見て調べたんだけど……」

 

 最悪だ。不二と戦った時、小倉もあそこにいたのか!?

 まさか、小倉に俺の戦っている姿とかを見られたんじゃあ………

 

「……着いた時には全部終わってたし、分からないかな。神原くんとラプソーンさんって、()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……!!」

 

 小倉の答えと同時に、俺の前に立っていたラプソーン(杖)の、赤い宝珠を加えた鳥をかたどった部分が一瞬だけこっちを向いた。

 ―――ご先祖、マジナイス。

 

「小倉、よく聞いてくれ」

 

「なに?」

 

「―――ラプソーンは()()()だ」

「!!!?」

 

 今回は、この話で小倉を乗り切る。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「暗黒…神………?」

「そうだ。言っとくがマジだぞ。こんな事で嘘つく必要性ないからな」

『何なら我が暗黒神について、一から話してやろうか?』

 

 結果から言えば、俺の作戦―――名付けて、『ゴミ先祖の生い立ちと侵略の歴史を語って、本来の狙いをはぐらかしてしまおう大作戦』は目論見通り成功した。

 暗黒神というワードに反応した小倉は、面白いくらいにラプソーン(杖)の話に食いついた。

 

 暗黒神とは何なのか。

 どのような身体構成をしていたのか。

 どのように子孫を残したのか。

 

 ラプソーン(杖)が提供した話は、小倉だけでなく、俺自身にとっても初耳な情報がいくつかあった。

 

 例えば、光と闇の世界のこと。

 

「こことは別に、他の世界があるってこと?」

『そうだ。ここと瓜二つの世界だが、全てが闇に包まれており、真なる闇の一族のこれ以上ない住処となっている。我らは便宜上「闇の世界」と呼んでいる』

「他に『闇の世界』とここの違いは? そこへの行き方は!?」

『落ち着け。どちらも不明だ。研究者がいなかったからな。ただ、全盛期の我は反復横飛びをするようにここと「闇の世界」を行き来できたし、他の者がここと「闇の世界」を行き来するには神の如き存在に縋る必要があると判明している』

「なるほど……」

「まるでゲームの話だな……」

 

 封印のこと。

 

「血の封印……確かにそんな封印方法はあるし、シャミ子ちゃんもハンカチで拭き取った千代田さんの血でリリスさんをちょっと復活させたらしいし」

『我の場合はただ血を吸わせればよいものではない』

「後継者を絶やすんだよね。しかも七人か……一人なら兎も角、七人は多すぎるね……」

「おいコイツ一人なら兎も角っつったぞ。というか、他に方法とか抜け道はないのか? 殺人は犯罪だぞ」

『クロウよ、バレなきゃ』

「犯罪に決まってんだろゴミ先祖。ルールは守らなきゃ意味ねーんだよ」

「封印の抜け道、か………古いものなら、ガタがきて抜け道ができる場合はあるかも。この話題持ち帰っていい?」

『好きにしろ』

 

 光と闇の世界の融合―――かつてラプソーンが企んだ、世界征服のこと。

 

「どうして二つの世界を融合させたいと思ったの?」

『趣味だ』

「はぁぁぁ!? 趣味!?」

『暗黒神を冠する我としては、闇の世界だけでなく、光の世界も統べるべきと考えた。(みな)、我の下に平等であるべき。それを実現せんとした』

「ふーん」

『……軽いな。』

「興味ないんだよ、小倉にとっては。……俺にとっては、初耳だったけど」

『そうか! なら、この後じっくり』

「黙って小倉のインタビューを受けろ」

 

 そして、全盛期のラプソーンの実力のことや、呪文のこと。

 

『小倉しおん、貴様もあの焦げた河原を見たのであろう? 全盛期の我なら爆裂呪文(イオ)くらいでああなる』

「いお?」

『簡単に言えば爆発呪文だ。』

「呪文!? ラプソーンさんって、呪文使えるの!!?」

『然り。魔法は爆裂呪文(イオ)系ひとつとっても奥深い。』

「今の人間には信じられてない代物が奥深い、ねえ。」

『人間で軽々しく呪文を使える者はおらぬからな。小倉しおんよ、貴様は呪文について何から聞きたい?』

「じゃあ、人間が呪文を使えない理由について、からで」

『良かろう。これは元々、光の一族と闇の一族…そして、闇の世界の住人が大きく関係している。この三種類は呪文・魔法に対する適性があってだな―――』

 

 ぶっちゃけ、得られたものは大きかった。

 もし―――ひとつだけ、誤算があったとするならば………

 

 この議論に夢中になった結果、小倉が元々どんな奴だったかを忘れかけてしまった、ってことだろう。

 

「今日はありがとう、ラプソーンさん! また神原君と来てね!」

 

『良かろう。次回はクロウをモルモットに』

 

「何言いかけてんのゴミ先祖!? ふざけてるとマジでぶっ飛ばすよ!!?」

 

「あ、そうだ神原君。これ食べて? 魔力がゴリッゴリ上がりそうなお団子」

 

「え? いや、いらな―――」

 

 いらないと言おうとした口に、小倉は黒くて丸い何かをねじ込んできやがった。

 それはあまりに不意を突かれたため、吐き出すことも噛まずに飲み込む事もできず―――

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

『く、クロウ!?』

 

 ―――結果、俺は宇宙の捲れた部分を見ながら意識を手放した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 目を覚ました時には、俺はミカンに背負われながら、夕陽のオレンジに染まった通学路の多魔川沿いを歩いていた。ラプソーン(杖)がその隣をピョンピョン歩いている。

 

「……んん…?」

 

「あ、起きた! クロ、大丈夫?」

 

「あ、ああ……帰り際に小倉に変なモン食わされたくらいだ。」

 

 下手すりゃ改造されかねなかったから、まだマシかもしれないな。

 そう言うとミカンは呪いが発動しないように、「そういうものなの?」と苦笑いを浮かべていた。

 俺は、ミカンの背中から降りた後、ラプソーン(杖)に気になることをきいてみた。

 

「そういえば、なんでゴミ先祖は小倉とあそこまで積極的に話せたんだ。」

 

『……フフフ。クロウよ、まだ気づかないのか?』

 

「気づかないって何が?」

 

『あそこまで()()()()()、どこにもいないぞ』

 

「やっぱりそれか!!」

 

 そんなこったろーと思ったよ!! このゴミ先祖はどこまでも自分にとって都合のいい動きしかしないからな!

 

『頭脳明晰にして呪文や暗黒神、闇の世界に対する理解も深い。一番いいのは、あやつに倫理観が存在しないことだ。倫理という邪魔な足枷に引っ張られることなく、合理的な作戦も立てられる。』

 

「倫理観を『邪魔な足枷』って言った……」

 

『クロウ、小倉しおんを早めに我らが陣営に取り込むことを勧める。早くしないとしゃみ子に取られてしまうぞ』

 

「シャミ子だってあいつはいらねーだろ………」

 

 というか誰が好き好んであんなマッドサイエンティストを仲間にしたがるのか。とはいえ、敵に回したくないのも事実。俺としては、小倉とはつかず離れずの距離をとりつつ味方にしておいた方がいいと思うけどな。

 

『……クロウよ。そんなに我を復活させ、力を受け継ぐのが嫌か?』

「当たり前だ」

 

 俺の顔を覗き込んだ杖がそう尋ねてくる。答えは決まっている。

 

「ミカンとは戦いたくない」

 

「……!」

 

「ゴミ先祖の復活のためには賢者の子孫の命を奪わなくちゃいけないんだろ? まずそれが嫌なんだ。きっとミカンは、そんなの認めないだろうからな」

 

「……そうね。もしクロがそんなことをするなら…私は戦うわ。あなたを止めるために」

 

 俺の言葉に、ミカンが答える。

 そこには、確かに覚悟が宿っていた。

 

「安心しろ、ミカン。俺はこれからも―――」

 

『そうか! なら先に、陽夏木ミカンを懐柔すればいいのか! 我としたことが、見落としておったわ!!』

 

「「……………」」

 

 

 俺達二人は、この後空気の読めないゴミ先祖を四つ折りにし、多魔川へ流した。

 

 その翌日からしばらくの間、学校へ行くたびに小倉がまとわりついてきたことは、言わずともわかるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ!この出来事を糧に、懐の深い暗黒神になるのだ!




オリジナル&ゲストキャラ紹介

神原クロウ
 サラッと先生にコードネーム呼びされたオリ主。シャミ子もそうであったことから、きっとクロウにも同じ現象が起こることだろう。
 ちなみにキャラ毎に彼の呼び方を変えていたりする。小説では結構重要なこと。

シャミ子 → クロウさん
桃    → 神原くん
ミカン  → クロ
佐田   → クロウ君
小倉   → 神原君
ラプソーン、リリス→ クロウ


ゲモン
 ドラゴンクエストⅧに登場した、暗黒神の腹心。戦闘での名前は「妖魔ゲモン」。
 卑怯で邪悪な魔物とされている(公式の攻略本に記述)。原作ではラプソーン復活前から闇の世界で暗躍していたので、拙作でも封印や討伐から逃れている、という設定に。


ジャハガロス
 3DS版ドラクエⅧに登場する、ラプソーンのもうひとりの腹心。一人称は「我輩」。ストーリーの追加要素として、とある時期から戦えるようになる。その都合上、ゲモンよりも強いため、拙作では「力自慢の将軍」的なポジションにした。封印されていたが、ラプソーンよりも後だったため、ラプソーンは彼がどうなったかまでは知らない、という設定に。


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暗黒子孫の友人たち! ラプソーンの謎を追え!……ってゴミ先祖はゴミ先祖だろ、それ以上でもそれ以下でもねぇよ

今の作者「まちカドまぞくの単行本はどこだアアアアアアアアアああああああああ!!?」

えー、未だに原作を手に入れることが出来てないマンが通ります。


 私、吉田優子は家庭の事情で闇の一族・シャドウミストレス優子として魔法少女と戦う使命を受けました。

 最初はダメダメまぞくでしたが、月4万円生活の呪いを解くためです。めげてはいられません!

 杏里ちゃんや桃の助けもあり、少しずつ強くなっている……気がします………たぶん。

 

 でも、桃を手当てした時の血でごせんぞが喋れるようになり、桃が弱くなってからは、一緒に強くなってこの街を守り、桜さんを探すことになりました。

 

 その時期にやってきた桃の助っ人は、ミカンさんという魔法少女と―――クロウさんという暗黒神の末裔の男の人でした。

 

 クロウさんは、私と同じ闇の一族の末裔なんだそうです。

 ご先祖様の名前はラプソーン。

 暗黒神という、なんかすさまじい二つ名を持つ凶悪なまぞく(ごせんぞによると厳密には違うみたいですが)なんですって。部下もたくさんいるようで、この前二人の幹部の話を聞きました。

 ………どっちも怖いまぞくでしたけど。なんですか家族を人質に同士討ちって。なんですか魔法少女相手に一騎当千って。やばすぎます。鬼です。アクマです。おそろしまぞくです。

 

 そんなおそろしすぎる二人を従えたラプソーンさんを、クロウさんはあんまり尊敬してないみたいです。むしろ「ゴミ先祖」とか言って、しょっちゅう封印されてる杖をへし折ってます。

 どうして自分のご先祖を尊敬してないんですかと聞いたことがあります。

 

「息をするように殺人を唆してくるゴミ先祖なんぞ尊敬できるか」

 

 その一言で納得しました。

 ラプソーンさんを封印から解くにはラプソーンさんを倒した魔法少女の末裔を7人殺さなきゃならないそうです。うちのごせんぞよりも封印がガチガチだぁ。

 

「人を殺したら殺人罪。当たり前のことだ。あのゴミ先祖は俺が法律を破ることを期待してんだよ。まったく……世界の敵が祖先にいると苦労するぜ」

 

 クロウさんの苦労が少し分かった気がします……

 ……ダジャレじゃないですよ。私はさむまぞくではありませんからね。

 

 あと、クロウさんはミカンさんととても仲が良いです。クラスも一緒ですし、常に一緒に行動している気がします。たまにご飯にかける調味料でケンカしてますけど。杏里ちゃんやほかのクラスメイト(特に男子)から、「付き合ってるんじゃないのか」と言われるほどです。

 初めてそういう噂を聞いた時はビックリしましたけど、ミカンさんが必死に「違う」と言ってましたし、クロウさんも否定してましたのでそういう関係ではないようです。

 

 

 ただ……クロウさん自身、どんな力を持っているのか、よくわかりません。

 

 少し前、桃が怖い顔をして変身し、すっ飛んでいったことがありました。

 「ミカン以外の魔法少女が出た。シャミ子は帰ってて」とひとこと言って消えるように走っていったんです。

 魔法少女は、桃やミカンさんみたいに優しい人だけじゃないことは何度も桃から聞きました。点数稼ぎのためにまぞくを問答無用でぶち転がす魔法少女もいると。だからこそ、この街に「すぎこしの結界」があることも。

 でも私は―――嫌な予感がしたんです。

 

『おいシャミ子! お前は家に帰っていろ! 桃も言ってただろう!』

 

『嫌な予感がするんです! 桃が心配です!! 眷属を心配するのは当たり前でしょう!!?』

 

 

 帰るように促すごせんぞの声を振り切った私は、にぶい両足と運動神経を働かせてしらみつぶしに桃を探し回りました。

 やっとの思いで多魔川の河原に着いた時、目撃したのは……焼け焦げている河原にクロウさんを背負うミカンさん、ひとりでにぴょんぴょん跳び置いてかれまいとしているラプソーンさんの杖、そして―――青髪の見知らぬ魔法少女を背負う桃でした。

 

 ことのあらましを全部聞いて一瞬血の気が引きましたが、クロウさんも見知らぬ魔法少女も生きているとわかりほっとしました。もちろん、後から桃にめちゃくちゃ怒られましたが。

 

 そうして説教され、青色魔法少女が帰っていったあと、桃に聞いてみたんです。

 

『桃、あの河原の件なのですが…』

 

『ああ……私の言う事を無視しちゃったわるまぞくの』

 

『うっ…それは、ごめんなさい……でも、桃が無事で良かったです。もし桃にもしものことがあったら、私は……』

 

『………それで、要件は?』

 

『あの焼け野原、一体何が起こったんですか?』

 

 桃は、数拍の沈黙ののち、私の質問にこう答えたんです。

 

『……神原くんがやった。呪文を唱えた瞬間、あの河原一帯が爆発した』

 

『爆発!?!?』

 

 あの焼け焦げた跡、かなり広かったですよ!? それを、あのクロウさんが!?

 意外すぎます。てっきり、桃とミカンさんと青色魔法少女の三人の戦いの余波だと思っていたんですが。

 

『あと、ミカンに治癒魔法もかけたんだ、彼』

 

『クロウさんって何者なんですか……』

 

『暗黒神の末裔だよ』

 

 その暗黒神の末裔が何者なのかを知りたかったのですけれど、爆発に治癒とスケールが大きすぎて言葉を失った私に、それ以上聞くことは出来ませんでした。

 

 一日たってクロウさんが目覚めた後、桃とお見舞いに行った時、桃に「これからどうするの」と聞かれたのに対して彼はこう言ったんです。

 

『あんま変わらないよ。シャミ子や千代田、ミカンと一緒に色々楽しい事や馬鹿やったり。それだけさ。

 ただ……俺は、暗黒神ラプソーンについてもっと知るべきなのかな、とは思うよ』

『ほんの少し前まで、俺は光の一族も闇の一族も、自分のご先祖についても何も知らなかった。今でも、まだ知らないことの方が多い。

 だから、少しでも多くのことを知りたい。』

『何より俺自身の力に不明な点が多すぎる。それを知りたいかな。

 いざという時、大切なものを守りたいから』

 

 それで、何となく分かってしまったのです。

 クロウさんは、まだまぞくとしての生活に慣れてないんじゃないかと。

 私だって、初めてまぞくとして目覚めた時は、いきなり生えたしっぽや角で重心が変わったり魔法少女と戦う使命と聞いて分からないことがあったりしました。

 でもおかーさんや良子、杏里ちゃんや桃(あと小倉さんもいるけど、カウントしていいか怪しいです)に教えて貰ったからこそ、今の私があるんだと思います。

 

 聞けば、クロウさんは私よりも後にまぞくに目覚め、ミカンさんやラプソーンさん以外からはほとんど教えてもらってない状況(クロウさんのご両親は海外にいらっしゃるそうです)だったそうです。

 

 まぞくの先輩としてクロウさんに教えられるように、これまで以上に強く賢くならないと!

 ……後輩が爆発とか回復とかできる超エリートまぞくっぽいけど、がんばるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれシャミ子!エリート(?)な後輩にも憧れられる強いまぞくになるのだ!

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 私、千代田桃にとって、神原クロウ君は……よく分からない存在だ。

 

 初めは、ミカンからの一本の電話だった。

 それは……私のお願いに対する返事だけじゃなくて、爆弾のような情報をもたらした。

 

『私の幼馴染が、暗黒神の子孫に目覚めちゃったのよ……!』

 

 電話越しから呪いが降りかかりそうな慌てようは、それが紛れもない真実であることを雄弁に語っていた。

 

 暗黒神ラプソーン。

 なんやかんやで世界を救った私でも、あんまり聞かなかった名だ。

 でも、ミカンから聞けば聞くほど、ソイツの力が強大であることがなんとなく分かった。だから私は、その暗黒神の子孫も監視のために桜ヶ丘(こっち)に来ることを提案した。

 

 彼―――神原黒男くんと会ったのは、ミカンが桜ヶ丘へやってきて、一緒にうちへ招いたその日だった。

 

 

『貴様、賢者の子孫だな?』

 

『………喋る、杖?』

 

 呼び鈴に反応してドアを開けた先にいたのは、ひとりでに立っている赤い玉をくわえた鳥をかたどった杖だった。

 

『我はラプソーン。貴様の名を聞こうか』

 

『………………千代田桃』

 

『そうか……………………賢者の子孫、覚悟おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!』

 

『えいっ』

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

『え、なにこれ?』

 

 いきなり襲い掛かってきたので変身して殴ったら粉々になった。

 わけがわからずに木屑を眺めていると、そこにやってきたのは………

 

『クロ! ラプソーンをしっかり押さえててって言ったでしょ!』

 

『ゴメンって! あいつめっちゃ抵抗するもんだから………あぁ、遅かったか………』

 

『えっと、ミカンと、あなたは……?』

 

『電話で話したじゃない。彼が「暗黒神の子孫」よ』

 

『えっと…うちのゴミ先祖が、スミマセン………』

 

 ミカンと、黒い髪の男の人だった。

 それが、神原くんとのファーストコンタクトだ。

 それからは、ミカンと一緒に同じ学校に転校してきた彼について、本当に様々なことを知った。

 

『お! 千代田お前、猫飼ってるの?』

 

『ナビゲーターのメタ子だよ。9割7分普通の猫だけど、たまに喋るの』

 

『喋る? なんだそりゃ、ネコちゃんが喋るのか? どんな風にしゃべるんだいメタ子? んん?』

 

『時は来た』

 

『どわーーーーーーーーーーー!!!? なに!? と、時は来たって、お、俺を裁く時が来たって、そういう…?』

 

『メタ子は「時は来た」しか喋らないよ』

 

『そ………そうなのか…?』

 

『…時は来た』

 

『ほんとだ…』

 

 動物……特に猫が大好きで、メタ子に一目惚れしたくせして、メタ子が喋っただけでシャミ子以上に驚くちょっとビビりなところ。

 

『シャミ子、千代田、お前らそれが今日の昼飯なのか?』

 

『……? そうだけど?』

 

『何か問題でも?』

 

『よくもまぁ二人揃ってそんな味気ない飯が食えるもんだ。これやるから飲んでおけ………………………マヨネーズ』

 

『飲まないよ…』

 

『なんでだ!? 人類史上最高の発明にして最強の調味料兼飲み物じゃないか! 飲むだろ普通!』

 

『『マヨネーズは飲み物じゃないよ(ありません)!!』』

 

 とんでもないマヨラーで、事あるごとにマヨネーズを飲むというどう見ても聞いても不健康そのもののような食習慣を勧めようとしてくること。(本人がやるのが当たり前みたいな言動しているところが逆に本当にやってそうで怖い…)

 

『クロウよ! 今日こそ賢者の血を絶やし、我の復活の足がかりにしようではないか!!』

 

『くどいわゴミ先祖』

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』

 

『おはよう神原くん。またラプさん折ってるの?』

 

『いつもの事よ、桃』

 

『頼むからこのゴミ先祖なんとかしてくれよ、ミカン、千代田……』

 

『慣れるしかない』

 

 自分のご先祖様をこれでもかというほどにぞんざいに扱っていること。

 

 

極大爆裂呪文(イオナズン)―――ッ!!』

 

『『!!!?』』

 

 

 そして―――私も見たことのない、未知で強大な力を秘めていること。

 そう……世界を救った経験のある私が、見たことがないのだ。

 あの時、ミカンの応援のためにたどり着いた私は、別の街に住む魔法少女・不二実里と戦っている最中に神原くんが変身し、爆発を起こしたさまを見たのだ。

 

 とてつもない爆音のあと、目に入ったものは、至近距離で爆発を食らっていたために戦闘不能になった不二さんと、見るも無残に焼け焦げた河原一帯。

 

『流石、我が子孫。全盛期の我の爆裂呪文(イオ)くらい出たな。修練次第では地球を抉ることも可能になるだろう』

 

 感心するようにさらっと言うラプさんに、それはきっと神原くんやラプさんが本気になったらできるんだろうなとなんとなく確信するとともに、不二さんが必死になって彼の命を狙う理由が分かった気がした。

 

 イオやイオナズンについては、後でラプさんを揺さぶったところ、両方とも爆発を起こす呪文であることが判明した。イオは小爆発程度で、イオナズンの方が威力が圧倒的に上らしい。あの神原くんの呪文が、全盛期のラプさんの小爆発程度、と考えると。

 全盛期のラプさん……いや、ラプソーンは、一体どれくらいの強さなのだろう。きっとやる気をなくす前の私でも勝てないかもしれない。

 

 そんなものが今復活したら………きっと、世界は間違いなく滅ぶだろう。

 

 でも……神原くんは多分そんなことはしないと思う。

 だって―――

 

 

『俺は今の毎日で十分なんです。

 封印を解くつもりも、力を継ぐつもりもない。

 でも……ミカンを…俺の大切な人を傷つけるような奴が現れたとしたら……

 きっと俺は、その人を守るために戦います。』

 

 

 ―――彼は、大切な人と過ごす日常が大好きみたいだから。

 大切な人だってさ、ミカン。結婚式には呼んでね。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 私の幼馴染が暗黒神の子孫として目覚めた。

 それが発覚した時、どうすればいいか分からなかった。

 魔法少女になった時、暗黒神については大体のことは知っていた。わずかながら、ラプソーンが復活する可能性についても。

 

 まさか、子孫に賢者の末裔を狙わせるという手を使ってくるとは思わなかった。

 しかも…よりによって、クロが、その子孫に選ばれるなんて。

 私の呪いは、発動しっぱなしだった。

 

 暗黒神の子孫が無力なまま現れた。しかも、本人はその事実をテレビでやる怪談を笑い飛ばすかのようにまったく信じていない。

 

 そんなコトが他の魔法少女―――特に賢者の末裔に知られでもしたら。

 きっと、全力をもって私の幼馴染の命を狙いに来るだろう。

 

 私は、彼を守るために手を打つことにした。

 光と闇の一族と暗黒神ラプソーンについて、知っていることの全てを教え、目の前で変身して信じてもらった。

 桃の助っ人を受けるついでに、彼と一緒に多魔市せいいき桜ヶ丘に引っ越しした。

 常に彼と一緒に行動して、いつでも彼を守れるように動いた。

 

 

 でも……甘かった。

 

 

 クロの命を狙いに来たという青い魔法少女(のちに不二実里さんという名を知った)に苦手な接近戦を押し付けられ、最終的に吹き飛ばされた時、意識を手放す前に思ったのは、クロのことだった。

 

 

 守ってあげられなくて、ごめんね…………と。

 

 次に目が覚めた時に彼が無事でいますようにと、蜘蛛の糸のような望みを思いながら意識の暗闇に沈んだあと、全身を包むあたたかな感覚とともに目が覚めた時に見えたのは、見覚えのない鳥のような兜ごしに安心したかのような顔をしたクロだった。

 包まれるかのような温かい感覚のおかげか思ったより体が痛くなかった。

 

 ひょっとして、私は夢を見ているのか、はたまた天国かなにかに来てしまったのだろうかという時に。

 

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 何でェェェッ!!!?』

 

『『!?!?!?!?』』

 

 

 ラプソーンの悲鳴で完全に目が覚めた。

 目の前には、ジャージ姿で立っているクロと、焼け焦げた河原に力なく倒れている青い魔法少女・不二実里だった。

 わけが分からなかった。

 

『青髪の人。俺は………ぶっちゃけ、封印なんてどうでもいいんです。俺が欲しいのは、大切な人たちと過ごす穏やかな日々なんです』

 

 クロは、目覚めた私に気づいていないのか、でしゃばってきたラプソーンに気を取られながらも倒れている不二さんに話を続ける。

 

『俺は今の毎日で十分なんです。

 封印を解くつもりも、力を継ぐつもりもない。

 でも……ミカンを…俺の大切な人を傷つけるような奴が現れたとしたら……

 きっと俺は、その人を守るために戦います。』

 

『大切な人を、守る………』

 

『はい。俺にとっては、ミカンがそうなんです。』

 

 まさか、クロがそんな決意をしていたなんて。

 守るつもりが、守られていたなんて。

 そう考えていると、耳元から別の声が聞こえてきた。

 

『大切な人だって。ミカン?』

 

『ッ!!?』

 

 桃の意味深な言葉の意図がなんとなくわかり、反論したかったが病み上がりのためか声がでない。しかも、呪いがクロに思いっきり雨となって降りかかっているせいで桃に動揺してると悟られてしまう。

 

 大切な人……確かにクロはそう言った。

 でもそれってどういう意味?

 幼い頃から一緒に過ごしていたけど、どういうこと?

 幼馴染? そんなものは分かり切っている。

 恋人? いや、そんな仲じゃない。お互い泊まる頻度は多いけど、それだけでしょ?

 それなら―――

 

『あ、あの……ミカン、さん?』

 

『ひゃいいっ!!?』

 

 考えてる途中でクロに声をかけられ、変な声がでてしまった。彼を見ると、きょとんとしている。い、一体なにを言うつもりなの………

 

『…何か俺、変なこと言ったか?』

 

『~~~~~~~~~~ッ!!』

 

『黙ってたって分からないよミカン。はっきり言ってくれないとぶるあああああああああああっ!!!?』

 

『クロの馬鹿っ!!!』

 

 と、思ったところでクロがあまりに無神経なセリフをいったため、つい手が出てしまった。

 

 

 ―――でも、クロがこれから何をしたいか。どうしたいか。

 それは、この前の一件でよく分かった。

 暗黒神ラプソーンについて知りたい。私やシャミ子、桃や他のクラスメイトと普通に暮らしたい。そして―――いざという時は、大切なものを守りたい、かぁ。

 

 クロ、私も魔法少女として、その願いを叶える手助けをさせて。私にも助けさせてね。私も一緒に強くなるから。

 守られっぱなしじゃ、魔法少女の面目が立たないでしょ?

 

 あとマヨネーズは控えてね。いつか絶対体壊しちゃうから。レモンとかビタミンCをちゃんと取ってよ?

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 我の子孫は、ここのところ不良で、我の言う事を一向に聞いてくれなくて困る。

 

 神原(かんばら)騎一(きいち)は、我の呼びかけをことごとく無視し、結婚して子をなし、あらゆる国を転々するために我を実家の奥の奥に閉じ込めおった。

 その息子の神原(かんばら)黒男(くろお)は、父親以上の問題児だ。

 

 まず、我を一ミリたりとも敬ってはいない。『ゴミ先祖』などという不名誉かつ見下す気しかないあだ名をつけるわ、我の偉大なる啓示を一掃するわ、おまけに我の封印されている杖をよくへし折ってきおる。アレはどういうワケか折られた時の衝撃が我が魂に痛みとして反映されるからやめてくれと言っているのに、あやつは嬉々としてやりおる。

 

 次に、我を魔法少女に売ることだ。よく千代田桃に我の杖を貧弱魔族のシャドウミストレス優子……長いからしゃみ子でいいか……そのトレーニング道具に差し出すのだ! あれほど我の杖を折るなと口を酸っぱくして言った後でもだ! あやつには暗黒神としての心がないのか!?

 

 おまけに……我の力を継がせたのにも関わらず、我の封印を解く気も我が力を継ぐ気もないときた。あきれて物も言えぬ。

 不二実里に襲われた時、千代田桃の不利を利用して暗黒神としてのコードネームを決めさせ、正式な後継者『クロウ』にしたは良いものの、我の封印の解放に消極的なのは困るのだ。

 

 

 ―――む? なら何故、クロウを後継者にしたのか、だと?

 緊急事態だったからというのもあるが、れっきとした理由もあるのだ。

 

 一つ、奴は我の力を最初からある程度使いこなせていた。戦闘フォームを覚えてすぐに我が教えた「極大爆裂呪文(イオナズン)」と「大回復呪文(ベホイミ)」が使えればかなり上出来だ。歴代の子孫で一番優秀と言ってもいい。

 

 二つ、一瞬だが、我はクロウの心の底の―――闇の部分に触れた。

 大切な人を守るという意志の裏にあった、「大切」に手を出そうとする未来の敵に対する殺意と闘志………

 「死してなお消えぬ永遠の恐怖を魂に刻みつける」という言葉……

 実に良かった。暗黒神としての素質は最高だ。

 

 

 あやつは、陽夏木ミカンの事を好いている。一人の女として、と言っても過言ではないだろう。

 もし、彼女に何かあったとしたら……おそらく、クロウは簡単に我が力を継ぐだろう。暗黒神たるもの、()()()()()()()()()()()()()()()()()しな。ま、我からアクションは取れないし、我からは何も出来ないが。

 その日は、いずれやってくるであろうか?

 実に、楽しみだ。

 

 

「……………ハッ!!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!? クロウ貴様! なぜ今我を折った!?』

「いや……ゴミ先祖、なんか企んでそうだったから」

『仮にそうであっても杖の姿(この状態)の我は何も出来ぬであろう!?』

「それもそうか……よし、じゃもういっちょ」

『ま、待て! 四つ折りだけはやめ……』

「あらよっと」

『グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!?』

 

 



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青色再び!? クロウと不二のジャハガロス会談!……このインコ、殺害予告しかしねぇじゃねえか!

明けましておめでとうございます。もう片方の連載を執筆していたら、こっちが遅くなりました。これも単行本が買えなかった作者が悪いんだよ。

―――でも、もう大丈夫! 買った!!!
が、早速いくつか矛盾を見つけてしまった……これ以上事故らないように書いてくしかない!


今回のあらすじ

青色魔法少女があらわれた!
しゃべるインコがあらわれた!


※2020-4-13:あらすじを追記しました。


 ある日の朝の事。

 いつも通りの休み時間、スマホの電源を入れると、()()()()()()R()I()N()E()がそこにはあった。

 

『ラプソーンの配下について、聞きたい事があるんだ。うちのゴミ先祖に知られるのも厄介だから、直接会って話がしたい』

『お返事が遅くなってしまい申し訳ございません。

 話したい事について、理解致しました。ラプソーンの目に付くかもしれないRINEで話しづらいとのことでしたら、今週の土曜日我が家付近の喫茶店でお会いするのはいかがでしょうか? それなら、お母様や召使いたちに迷惑はかかりませんわ!』

 

 千代田やミカンが絶対に使わなそうな言葉遣いの返信に目を白黒させつつ、トーク相手の欄を見てみると、そこには『不二実里』と書かれていた。

 

 何度も何度も見返した。

 え、不二実里って、俺が暗黒神の子孫になって多魔市に来て間もない頃に、命を狙おうとしてきた魔法少女だよね? なんでこう、友達感覚で返信が来てんの!?

 あの襲撃以降、メアドの交換こそしたものの、メッセなど送ったことがない。

 

 

 確かに今日の朝、「うちのゴミ先祖の前じゃ話しづらいことだから直接聞きたい」という主旨の文をこのアプリで打って送ったのは、履歴から見れば明らかだ。

 ただ……

 

「千代田に送ったつもりだったんだけどなぁ……」

 

 俺は寝起きがよくない。ゴミ先祖に見つからないように朝早くに起きてメールをしたはいいものの、肝心の送る相手を間違えたに違いない。きっとそうだ。

 マズいな。不二の家ってどこだっけ? 俺の素性の都合上、せいいき桜ヶ丘から離れるのは良くないと思うんだけど……仕方ない。「RINEを送る相手を間違えた。申し訳ない」って断りのメールを入れて……

 

 と、思った時にスマホが新しい通知を受信した。開くとそこには……

 

『こちらのお店に貸し切りでご予約いたしましたわ。わたくしのお気に入りの喫茶店ですの。ホームページのURLとマップを添付しますのでご確認くださいね。』

 

 ……と追い打ちとURLが書かれていた。

 ―――ってアホか! ()()()()()()()()だと!? どんだけブルジョワなんだよ不二実里ッ!!

 非常にヤバい。これは超断りづらい。貸し切りのキャンセル料なんて、馴染みがなさすぎてまったく想像できないから怖い。

 

 誰に相談すればいいんだ、この状況!?

 シャミ子? 金銭的な意味でこんなモノ見せられない。

 ミカン? 超気まずい。不二に一回負けたし、俺も戦ったから相談できやしない。したら魔法少女の立場で反対されるに決まっている。同じ理由で千代田もナシ。

 ゴミ先祖? いや、これはもともとゴミ先祖には秘密での相談事だ。メールが見つかったらついていきたがるに決まってる。

 佐田や小倉は論外だ。佐田とはあんまり話せてないし、小倉は聞きもしないだろう。

 他の男子も望み薄だな。俺は学校ではミカンと付き合ってる上に何股もかけてるだの好き放題言われている。このメールが見つかろうものなら、他校にも女を作ったと騒ぐに違いない。

 

 最悪だ。誰に見せても地獄絵図じゃねえか。

 一体どうしたものか、と頭を悩ませていると。

 

「…クロ、そのメールなに?」

 

 呆気なく、一番相談しづらい人にメールが見つかってしまった。

 

 

 

 ミカンに不二からのメールが見つかった俺は、話さなければちぎなげするというミカンの脅しに負け、観念して話すことになった。気分は取り調べを受ける犯罪者のそれであった。

 何故か同じクラスの佐田やシャミ子だけでなく、千代田や小倉も同伴で、俺の取り調べに参加している。その結果、俺の悩み事が見事全員にバレた。

 

「つまり……間違ってメールを送っちゃった上に引くに引けない状況になったと言いたいワケ?」

 

「あ、あぁ……千代田にジャハガロスの事を尋ねるつもりだったのに……」

 

「まぁ、確かにその、不二さん?に悪いもんね、断るの。それにしても喫茶店を貸し切りなんてね……」

 

「はわわわ………金持ちです、かねもち魔法少女です……」

 

 佐田は思ったよりも親身に聞いてくれ、シャミ子は案の定不二のブルジョワ具合に震え上がっている。貧乏まぞくでゆきだるまぞくらしいからそこら辺の価値観がまるまる違うのだろう。とりあえずシャミ子、震えるのをやめてくれ。俺は千代田に裁かれたくない……〆鯖(シメサバ)のように。

 

 で、肝心のミカンはというと……

 

「………ふーーん……」

 

 完全に拗ねていた。

 

「ご、ごめんって。だってよ、俺だって不二に送ったとは思ってなかったんだ。てっきり千代田に送ったとばっかし……」

 

「すぐに確認すれば良かったじゃない」

 

「うっ!」

 

 全くもってその通りな反論に二の句がつげられず、黙ってしまう。

 

「……でも、逆に都合良くない?」

 

「千代田?」

 

「私、あんまりラプソーンには詳しくないし、神原くんが私に尋ねようとしたってことは、ミカンに聞いた後だからでしょ? ジャハガロスのこと」

 

「桃……それは、そうだけど……」

 

「…ってことは、残る魔法少女でジャハガロスのことを知ってる可能性があり、連絡取れるのは実里さんだけって事にならない?」

 

 ラプソーンの幹部には二人のまぞくがいた。それぞれ、ゲモンとジャハガロスという。ゲモンの方は闇の世界にて顕在であるとラプソーン本人から聞いた。ジャハガロスの所在は上司(ラプソーン)すらも分からない状態だ。

 

 だから俺は、千代田の言うとおりまずミカンにその事について訊いてみたのだ。結果は空振り。だから次は、千代田にメッセを送ろうとした。それが、今回の件の発端である。

 

「でも、危険よ! 一度はクロの命を狙った魔法少女じゃない!」

 

「分かってる。でも、あの一件で二人で説得したでしょ? あの人も、一応は分かってくれた。」

 

 ミカンの言うことはもっともだ。俺も、未だに不二が苦手である。俺は知らないけど、千代田とミカンが説得したとはいえ、かなり不安だ。

 

「だから―――喫茶店の件は、悪いけどキャンセルしてもらって、こっちに来てもらおう」

「そうね。そうしましょう。」

 

「「!?!?!?」」

 

 千代田が言い出し、ミカンが賛同した割とトンデモな提案に、俺とシャミ子があまりの驚愕に席を立った。

 

「もっ、も、桃っ、い、いくらかねもち魔法少女でもそれはとんでもなく勿体ない気がします……!!」

 

「そっ、そ、そうだぜ、千代田……大体、その手の店って…キャンセル料、ウン千万はするんじゃあねーのか………!!?」

 

「二人してそこに引っかからなくても良くない……?」

 

 

 そう言いながら千代田は俺のスマホを奪い取り、メッセージを打っていく。そして、待つこと数分。千代田が見せてきた画面には……

 

『申し訳ございません、気が回らなくて。そういう事でしたら、わたくしがそちらに向かいますわね。』

 

 ―――と、書かれていた。

 

「こ……コイツ、貸し切った店を簡単にキャンセルしやがった………」

 

 どこまでブルジョワなんだよ、この人……

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 待ち合わせた場所は、ショッピングセンターマルマにある、フードコート前だ。せいいき桜ヶ丘駅から歩いて1、2分程の所にあるこのショッピングセンターは、今日もまた、多くの人で賑わっている。

 

 今日はあの不二に間違い連絡を行った日から数日後の、約束の日である。俺は、フードコート前で不二を待っている。

 

 ゴミ先祖は、千代田の家のミカンに預けた。本人は文句を言っていたが、ミカンがナビゲーターであるカエルのミカエルを呼び出し、杖とじゃれさせると数分で簡単に意志を曲げた。なんでも、ミカエルは触ると死ぬ毒を皮膚に持っているという。それが杖を通してゴミ先祖の魂に染み込んだらしく、死ぬ程の痛みをじゃれてる間味わい続けたのだそうだ。

 ミカンのナビゲーターはこの時初めて見たが、千代田のメタ子みたいなのを想像していただけあり、かなり衝撃的だった。

 

 千代田やミカンが、俺と不二が二人きりで会うことについて心配してくれたが、大丈夫だ。あの時の俺の言葉がちゃんと届いていると思うし、千代田やミカンも話しているらしい。

 

 

「何より、あいつは千代田やミカン達ともう一度事を構えようとする程バカには見えないんだよな。」

 

 そう。

 この街の人達は、ひと癖もふた癖もある連中ばかりだ。

 魔法少女の千代田やミカンみたいな強い人達がいる。

 佐田やシャミ子みたいな優しい人達がいる。

 ……まぁ、稀に小倉みたいなヤベー……じゃない、おかしな人もいるけど。

 とにかく、みんな穏やかでスルー力のある人ばかりだ。

 そんな街中で、どうしてピリピリできようか。

 

 ここ、多魔市せいいき桜ヶ丘は、まぞくと魔法少女の戦いから外れた中立地帯だと、千代田から少し聞いた。それが、ここの人達だけでなく、引っ越してきた俺やミカンにも影響を与えているのだとしたら。

 

「ここに一度来た不二はこの街がどういう場所かを知ったとは思うんだけど―――」

 

「わるまぞく……貴様を殺す…!」

 

「――っ!!!?」

 

 いきなり、右後ろから恐ろしい声が聞こえた。

 声から推測するに、30代半ばくらいの男。

 突然の殺害予告に、背筋が凍り、息を呑む。

 

 振り向いて声の正体を確かめてみても、そこには()()()()()

 

「貴様を殺す……! 貴様を殺す……!!」

 

「なっ! 誰もいない所から声だと…!?」

 

 ま、まさか、姿を消す力を持った誰かが、俺の命を狙っているというのか!?

 俺自身が命を狙われる心当たりが一応あるから、余計疑心暗鬼を生む。それとも、実は精神的に疲れていて、さっきの殺害予告もその疲労が生んだ幻聴とか……

 

 

「わるまぞく……貴様を殺すッ……!!」

 

「わああああーーーーーーーーッ!!? やっぱり幻聴じゃあないィィーーーーッ!!!」

 

「こら! ラファエル! また人様を怖がらせて!!」

 

 テキトーな現実逃避が無駄だと気づき、謎の声に恐怖に慄いた時、凛とし透き通る声が誰かを諌める。

 声の主は、整った顔つきに白を基調とし、水色と紫を上品にコーディネートされたワンピースを着た少女だった。彼女の特徴的な青いロングヘアに見覚えがあった。

 

「ふ、不二……なのか…?」

 

「申し訳ございません。わたくしのナビゲーターがまたご迷惑をおかけしましたようで………」

 

「な、ナビゲーター…?」

 

「セキセイインコなのですが………わたくしの荷物に紛れ込んでしまったみたいなんです……」

 

「ど、どゆこと?」

 

 状況が理解できずにいると、不二の肩に飛んでいた一羽のインコが止まった。青と白のセキセイインコで、そいつは俺と目が会うと……

 

「貴様を殺す……! 貴様を殺す……!!」

 

 丸いクチバシから、さっきの殺害宣言を言い放った。メタ子とは別ベクトルのイケボだった。

 

「ナビゲーターのラファエルです。…普段は『貴様を殺す』しか言いませんが、根は良い子なんですよ」

 

 いや不二さんよ。そのどストレートに物騒な口癖の鳥をなんでナビゲーターにしたんや。マジで。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 フードコートに不二のナビゲーター(インコ)を連れ込んでも大丈夫かと少し心配になりながら入るが、案外誰も指摘しない。まるで誰もラファエルに気づいていないかのようにいつも通りに振る舞っている。まぁ、まぞくや魔法少女に対してもスルーすることの多いここの住人なら、インコ一羽くらい今更なのかもしれないけど。

 ラファエルもラファエルで、さっきから不二の肩に止まったままだ。

 

「飛び回ったりしないんだな」

 

「ラファエルは賢い子です。時と場合を(わきま)えて飛ばなければ、迷惑にもなるし自分の体力を浪費するだけと学習していますの」

 

「ふーん……学習するんだな、インコって」

 

「…貴様を殺す」

 

「ごめんなさいラファエル」

 

「ちょっ!? あ、謝らないで下さいまし! 土下座はおやめになって!?」

 

「……怒ってないのか?」

 

「ラファエルは好奇心は旺盛ですが分別のつく穏やかな子ですわ! 今だって、久しぶりに外に出れて喜んでますのよ!」

 

「貴様を殺す……! 貴様を殺す……!!」

 

「……………………………ほんとか?」

 

 俺には、どうも不倶戴天の敵に地雷を踏まれて静かに、しかしマリアナ海溝よりも深く怒っているようにしか見えない。「貴様を殺す」しか言わないからだろうか?

 

 そんなラファエルを肩に止めた不二は、天ぷらうどんを注文し、カツ丼を頼んだ俺の向かいの席に座って、麺をすすり始める。ブルジョワではこういう所には行かないだろうから、口に合うかどうか心配だったが、目を見開いて彼女は唸った。

 

「美味しい……!」

 

「マジか。不二はこういうとこ行かないだろうから口に合うか分からなかったんだ」

 

「行きつけのお店やウチの料理人の料理も大好きですが、こういったリーズナブルな食堂も料理のクオリティが上がっていて美味しいのですわ。

 ……ところで神原さん、その手に持っているのは?」

 

「マイマヨネーズだよ。いつもコレをかけて食べるんだ」

 

「………………変わった食べ方をなさいますのね」

 

「………ラファエルには負けるよ」

 

 生まれてこの方、あらゆる食べ物にマヨネーズをかけて食べてきた。なぜかそのせいで両親や親族、ミカンやミカンの両親、千代田やシャミ子、最近では佐田にまで味覚を酷評されてきたが、流石にラファエルのリンゴの食べ方には敵わない自覚はある。

 カットされたリンゴを、「紅玉リンゴ、貴様を殺す……!」と言いながらスタイリッシュにしゃくしゃく食べるインコなんて絶対面白いに決まってるだろうが。この絵面より面白い食事シーンなど、世界中どこを探しても見つからないだろう。

 

 

「……それで、本日はわたくしにどういったお話なのでしょうか? ラプソーンの配下のお話と聞きましたが……?」

 

 うどんを大方食べ終わった不二が、ラファエルがリンゴを食べ終わった頃を見計らって本題の話を振ってきた。

 切っ掛けは送信相手間違いだったとはいえ、呼び寄せたのは俺だ。相応の礼儀として真面目に話を始めよう。

 

「その通りだ。今日、不二を呼んだのは、その件について聞きたい事があったからだ。」

 

 箸を置き、マイマヨネーズをしまい、両手をテーブルの上で組んで真っすぐ不二を見据える。湧き上がる緊張を深呼吸で紛らわせたあと、言葉を続けた。

 

「ラプソーンの幹部のひとり、ジャハガロスの所在を知っていたら教えてほしい」

 

 単刀直入の頼み。この謎を解く鍵を持っているのは、現段階でおそらく不二だけだ。

 不二は祖先にラプソーンを封印した魔法少女がいて、強く、家のこともよく知っている。ミカンも千代田も知らなかった以上、ジャハガロスについて訊くことができるのは、もう不二しかいないのだ。

 

「……どうして、その質問を今ここで? あなたのご友人に魔法少女が二人もいらっしゃるではありませんか。それに、ラプソーンはどうなさったのですか?」

 

「二人はこの件については何も知らなかった。あと、ゴミ先祖は置いてきた。情報を悪用されると思ったからだ」

 

「……本当にそれだけですの?」

 

 その言葉に少し、間が空いてしまう。が、(やま)しい事ではない。理由はラプソーンが悪用する危険性を防ぐことだけではない。ただ、ちょっと不二には言いづらい事なのだ。

 でも―――言わなければならない。

 

「信じてもらう、ためだ。」

 

「信じてもらう……?」

 

「今の俺は、変身ができない。戦うことも、河原で不二を吹き飛ばしたあの魔法を使うこともできない。その気になれば、お前がいつでも殺せる状態だ」

 

「!!」

 

「俺は、俺の祖先の事情を全く知らない。なにせ数ヶ月前に魔族になったばかりのひよっこだ。だから、色々知るべきだと思ったんだ。そうすれば、何が危険か、どうすれば安全かが分かるから。

 ゴミ先祖本人から聞くにも限界があるし、情報が偏る。それで、不二に尋ねた時に、本人がいると信じてもらえねぇかもしれないだろ?

 これは礼儀だ、不二。相手に信じて貰うために先にこちらから誠意を見せる……そういう当たり前のことだ。

 

 ―――もし、これでも信用できないんなら、俺を暗殺するなりすればいい」

 

 そこで俺の意志を締めくくると、不二は真剣な表情で黙ったまま、時が流れていく。ラファエルもまた、ときおり頭をかくだけで、何も言おうとしない。空気を読んだのだろうか?

 そうして、永遠にも感じる沈黙の時間が流れ続け、重い雰囲気になりつつあった時、不二が沈黙を破った。

 

 

「―――神原さん。あなたの覚悟と誠意は十分伝わりましたわ。

 ただ、わたくし達魔法少女は、魔族を狩るべき存在。本来ならば、ここで丸腰の魔族を斬るべきなのですが……

 

 ―――しかし、あなたには借りがございます。魔族に借りを持ったままでは、魔法少女の名が廃りますわ。」

 

「!!」

 

 

「わたくしは、あなたを黙認し、知恵をお貸しすることに致します。これで、貸し借りナシですわ」

 

「ありがとう」

 

 頭を下げる。

 不二は少し厳しめな言葉とは裏腹に、穏やかな表情を保ったまま、俺の行動を止めるでもなく、ただ見届けていた。感謝を受け取った、ということだろうな。

 

「ですが! もしあなたが悪の道に進もうとするならば、わたくしは全力をもってあなたをシバき倒しますわよ!!」

 

「貴様を殺す……!」

「ですわ!」

 

「息ピッタリだな」

 

 結構厳格なことを言われたはずなのに、ナビゲーターとの完璧なコンビネーションを見せつけられて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「とにかく、不二に信じてもらえるように頑張るよ、俺」

 

「え、ええ………でも……信頼を得ようとしているのはお互い様です。わたくしも、千代田さんや陽夏木さんからあまり信用されていないようですから。

 ……話が逸れましたわね。ジャハガロスのことでしたか」

 

 そうだった。不二に信じてもらうことに精一杯で、言われなければ忘れるところだった。

 

「ジャハガロスは、わたくしの祖先を含めた賢者達が最後に封印したとされております」

 

「ほんとか!?」

 

 良かった。配下の一人であるゲス野郎・ゲモンは健在と聞いて、もう片方の配下にして忠誠心やべーやつたるジャハガロスも健在だったらどうしようと思ってたところだ。封印されててよかった。

 

「ええ。ラプソーンを封印したのち、ジャハガロスの捨て身の侵攻に対して最後の力を振り絞り、封印したとわたくしの家には伝わっておりますわ。正確な場所や封印方法までは伝わっておりませんが……」

 

「きっと、封印を解かせないように当代だけの秘密にしたんじゃないか?」

 

「おそらくそうだと思います」

 

 不二は、さっき言ってた『借り』を返すかのように快く答えてくれる。というか、『借り』に心当たりがないんだけど。初めて会って戦った時くらいにしか……

 まぁいい。それは後で聞こう。

 

「そうだったのか。俺の家にはラプソーン関連の言い伝えなんて皆無だったから、助かったよ。」

 

「神原さんはご両親からなにも聞いておりませんの?」

 

「何にも聞いてないんだよ。ウチの両親は年末年始以外は外国にいるし、オカルトなんて信じない人達だからな。特に母親が」

 

「どちらの国にお勤めか尋ねても?」

 

「……わからねーんだよ。この前『今ブラジルにいる』って手紙がカナダから届いてな。同封されてた荷物にはタイムズスクエアをバックに撮った夫婦写真と大量のチョリソーとマトリョーシカ、あと四川(しせん)の唐辛子の数々が入ってたんだぜ?」

 

「えぇ………」

 

「それでキレそうになって『今どこにいんだ』ってRINEで訊いたら『マドリードにいる』って写真付きで返信されてさ。国際電話で訊いたら『トルコでドンドゥルマ*1を食ってた』ときたもんだ。」

 

「それはそれは………」

 

「もう諦めたね、どこにいるか聞くのは。……年末帰ってきたら絶対説教してやる…」

 

 ぶっちゃけ、息子が引っ越し、先祖返りした上に命を狙われたというのに、心配こそすれ戻って来ない両親も両親だと思う。

 帰ってきたら地味にキツい呪文でもかけてやろうかな。何かこう、嫌がらせ程度の呪文みたいなの、ないのかな。ちょっとした冷風の呪文とか、オナラを出させる呪文とか、顎がしゃくれる呪文とか。

 

「………あの、ご両親にはほどほどにしておいてくださいまし?」

 

「……ん、そんな顔してたか?」

 

「ええ。わる魔族の悪巧みする顔そのものでした」

 

「………こ、殺される……コロッケのように……」

 

「そんな事しませんわよ!?」

 

 この後、食べ終わった食器を返して、つつがなく会談は終わった。取り敢えず、生還する事ができて、すごくホッとした。

 

「今日はありがとうな、不二」

 

「こちらこそ、誘ってくださりありがとうございました。あ、あと、最後になるのですが――――――」

 

「???」

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー」

「おかえり、クロ」

『ようやく帰ってきたか、クロウ!! 我、もう死ぬかと思ったぞ!!』

 

 ゴミ先祖の回収に千代田の家に顔を出せば、相変わらず杖が泣きそうな声をあげながらミカエルに弄ばれていた。もう大丈夫だとミカエルにひとこと言うと、ミカエルは「あばよー」と姿を消した。触ると死ぬから、ミカンも大変なナビゲーターを持ったなぁと思ったが、姿のオンオフが自在ならそんなに不便じゃないのかもとも思う。

 

 それよりも。俺は、不二と最後に交わした会話が気になっていた。

 

 

 

 

 

 

『神原さん、身内に魔法少女がいらっしゃったりしますか?』

『は? ……おいおい不二、俺は暗黒神の後継だぜ? 闇の一族に近しいものは感じても、光の魔法少女の力なんて感じやしないだろ』

『わたくしもそう思うのですが……爆発を受けたあの時、なにか強大な力を感じたのです。なんというか……魂に魔法少女の力の名残がある、というか。そんな感覚を覚えたのです』

 

 不二の言うことに違和感を覚えた俺は、一応両親の名前を教えておいたのだ。すると―――

 

『念の為、ご両親のお名前を伺っても?』

『あ、あぁ。父は神原騎一(かんばらきいち)。母は玲奈(れいな)という』

『神原、玲奈………!? 失礼ですが、お母上の旧姓は!!?』

『ウチは父さんが改姓した珍しい家庭なんだよ。旧姓は……「入魔(いるま)」だったかな…』

『………!!!』

『……? 不二、どうした?』

『実は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「千代田、ミカン、あと………ご先祖。ちょっといいか?」

 

「なに?」

「どうしたの?」

『なんだクロウよ。改まった態度をして』

 

 不二は、間違いなくこう言ったのだ。

 

神原(かんばら)玲奈(れいな)は、わたくしの知る中で最強の()()()()ですわ。神鳥レティスに功績を認められるほどの……。』

 

 

 俺は、もしかしたら。

 

 

「今から母さんに電話をかける。それに立ち会ってくれないか?」

 

 

「? いいけど……」

「え? なに、どういうこと?」

『もう少し伝わるように説明しろ』

 

「すぐに分かる」

 

プルルルル……

 

『あら、黒男? どうかしたのかしら。お母さんが恋しくなった?』

 

「母さん。………今からする質問に正直に答えてくれ。

 

 ―――神鳥レティスに認められた魔法少女・神原玲奈は、母さんで間違いないか?」

 

「「『!!!!!!?』」」

 

 

 

 

 自分の両親が何者かすらも、知らないまま生きてきたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 灯台下暗しとは、よく言ったものだ! 注意深く観察し、真実を暴くんだ!

*1
トルコで作られるアイスクリーム。砂糖、羊乳、サーレップ(トルコに自生する塊根を乾燥させて砕いた粉)で作るため、他のアイスよりよく伸び、溶けにくい




オリジナル&ゲストキャラ紹介

神原クロウ
マヨラー設定とビビリ設定を強くしたオリ主。ジャハガロスだけでなく、母親についての情報も得てしまい、ちょっとした混乱状態。

不二実里
クロウと会った魔法少女。クロウの誠意と覚悟を受け、借りを返す形でクロウに協力する事に。魔法少女・神原玲奈と神鳥レティスを知っている様だが……? イメージCVは井○麻里○さん。

ラファエル
不二実里の魔法少女ナビゲーター。青と白のセキセイインコで、『貴様を殺す』しか言わない。リンゴ(特に紅玉)が好物。しかし『貴様を殺す』しか言わない。不二本人以上にキャラを濃くしてしまった感はある。イメージCVは梶○貴さん。

神原玲奈(れいな)
ついに名前が明らかになったクロウの母親。不二との会談の結果、魔法少女疑惑が浮かび上がる。それも超弩級の。一話から、クロウ曰く『オカルトは信じない』人だというが……?

神鳥レティス
ドラゴンクエストⅧに登場する、伝説の大陸【レティシア】に住まう神鳥。藤色の大鷲の姿をした巨大な鳥で、性別はメス。「神鳥」は人々がつけたあだ名。厳密には神ではないが、暗黒神ラプソーンを七賢者と共に封印する程強い。が、ラプソーン封印で力を使い果たした結果闇の世界に取り残され、ゲモンに卵を人質に取られてやむなく街を襲っていた。
その実結構な腕白さんで、「主人公たちの力を試す」と言いながらかなり本気で殺しに来たり、神鳥の巣へ主人公たちを移動させる際は馬車を鷲掴みにしたりする。
かつては、別の名前で呼ばれていたらしいが……?
拙作では、どこまでまちカドにトレース出来るかは検討中。


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まさかの真実! 母さんは魔法少女!?……少女の意味がゲシュタルト崩壊して…やめよう。俺は裁かれたくないしシバかれたくもない。

原作ではミカンが転校してきたのが夏休み明けからだけど、ここではもう少し早めです。これも全部単行本買う前に見切り発車した作者が悪いんだよ。


今回のあらすじ

なんと 神原玲奈は魔法少女だった!


※2020-4-13:あらすじを追記しました。


「―――神鳥レティスに認められた魔法少女・神原玲奈は、母さんで間違いないか?」

 

 

 その質問は、千代田にもミカンにもご先祖のラプソーンにも、等しく沈黙をもたらした。

 信じられないことだろう。だって俺は暗黒神の子孫にして後継なんだから。普通なら、母親が魔法少女なんて、あり得る訳がない。

 

『……黒男、何を言ってるの? しんちょう? とか魔法少女? とか、いる訳ないじゃない。頭打った?』

 

 母さんがそんな事を言ってとぼけてくる。しかし、もうその手は通じない。

 

「もう誤魔化されねーぞ。既に3人の魔法少女に会った。ミカンに千代田、そして不二実里だ。不二から、母さんの事を聞いたんだ」

 

『…不二、か………………黒男、やっぱりあなた騙されてるんじゃあないかしら?』

 

 クソ、まだとぼけるか。今何か聞こえた気もするが、「同姓同名の他人じゃないかしら」とか言われたら、追及出来なくなりそうだ。

 そう思ったところで、電話に思わぬ助っ人が入る。

 

「神原くん、ちょっと代わってもいい?」

 

「千代田?」

 

「声で確信が持てた。神原くんのお母さんは魔法少女だよ」

 

 千代田だ。周囲に声が届くように設定したから、声が聞こえたのだろう。俺のスマホの前に陣取り、電話の先の母さんへ話しかけた。

 

「お久しぶりです、玲奈さん。私です。千代田桃です。」

 

『………あら! かわいい声! お友達かしら? 黒男も隅に置けないわね―――』

 

「それ以上とぼけるつもりなら魔法少女時代の魔族スレイヤーな玲奈さんを余すとこなくクロウくんに暴露しますよ」

『待って!? 早まらないで桃ちゃん!! 話す! 話すから待って!!』

 

 あっという間に陥落した。

 え、なに? 千代田がワールドワイドな魔法少女な事は佐田やシャミ子から聞いてたけど、母さんとも知り合いだったのか!? つーか何だ「魔族スレイヤー」って!!?

 いや、待てよ。それよりもだ。千代田の今やったやり方って……

 

『……流石だな、千代田桃。見事に我らのやり方だ』

「だよね、ゴミ先祖。下手なまぞくよりも魔族寄りだったよね」

「………そこは引っかからなくていい」

 

 

 ―――かくして、俺達は隠されていた母さんの秘密を目の当たりにすることになった。

 

 

 

 

『―――実は母さんは魔法少女なのです』

 

「マジだったんだ……オカルト信じない人だと思ってたんだが」

 

『光の一族と闇の一族の抗争に息子を巻き込まない為の演技に決まってるでしょ』

 

「私も初耳よ、世界最強の魔法少女だったなんて」

 

『世界最強といえども、10年近く前の話よ。レティス様に認められたのも、それと同じかちょっと前の話だったか……』

 

「出会った魔族は片っ端から粉々にしてましたもんね。それで暗黒神陣営の残党だけじゃなくて闇の一族も減って、レティス様に『少し自重してくれ』って言われるほどだったとか」

 

「片っ端から粉々にするって何!? レティスとやらには認められたんじゃあなかったの!!?」

 

『桃ちゃあああああん!!? 言わないでって言わなかったっけぇぇぇぇ!!?』

 

 オカルト信じない言動が演技だと知り、ついでに母さんの恐ろしすぎる過激な昔話も明らかになった。ゴミ先祖も『我らに容赦のない神鳥に自重しろと言われる程か……』と若干引いている。

 しかし、10年前の最強魔法少女な母さんか。今、母さんは3(ピー)歳だから、大体2(ピー)歳頃の話―――

 

『黒男、なにか言ったかしら?』

 

「え、何が?」

 

 あ、あぶねぇ。なんて勘をしているんだ。電話越しだぞ? 口に出してないことだぞ?

 ……この辺りの事はあんまり考えない方が良さそうだ。寿命をわざわざ縮めることもないしな。

 

「いやな、10年前は最強だったって事は、今は違うのかなって思っただけだよ」

 

『10年前にね、ちょっと愛に目覚めてからは、魔法の攻撃力が日に日に落ちてっちゃってね。今はパパの護衛を完璧にこなす程度しか出来ません』

 

「普通逆だろ」

 

 魔法少女って、愛と平和の為に戦うイメージがあるんだけど。愛に目覚めたら強くなるのが普通じゃないの? 愛を捨てたら闇落ちしそうなんだけど。しかも護衛を完璧にこなす“程度”って何だ。

 

「玲奈さんは当時魔族と聞いた瞬間にぶち転がすような人だったと姉から聞きました。『一匹残らず根絶やしにしてやる』とか『私の前に現れない魔族だけが良い魔族』とかよく言ってた事も」

 

『桜ちゃあああああん!? 妹になに吹き込んでるのーーー!!』

 

 イヤ当時の言動のことごとくが悪役か狂戦士(バーサーカー)のソレなんですけど?

 千代田の不穏すぎるエピソードを大慌てで諌めようとする母さん。リアクションからしてマジっぽいぞ、オイ。ウチの母親がここまで過激な魔法少女だと思わなかった。というかわかるかこんなの。そんな人だったら神鳥レティスに自重しろと言われ……もとい、認められるのは当然だと思うけど。

 

 

「……つーか神鳥レティスって何者なの?」

 

『あれ、黒男。知ってる(てい)で話してなかった?』

 

「不二からちょっと聞いただけだよ。何でも『賢者と一緒に暗黒神を封印した鳥』なんだと」

 

 ちょくちょく話には出てきたけど、初めて不二からそのワードを聞いた時は、なにそれ、と思った。不二も直接会ったことはないそうで詳しく知らなかったからか、言い伝え程度の説明しかしてくれなかったけど。

 

『物凄いざっくりな説明………まぁ合ってるけどね。もっと厳密に言うと、レティスは光の一族が崇めていた神の一柱で、地球が生まれるよりも前からいた巨鳥なのよ』

 

「巨鳥? そんなでっかいのか?」

 

『最後に会った時は東京のスカイツリーくらいあったわよ』

 

「デカすぎない!!?」

 

『しかもめっちゃ強かったわよね。私と桃ちゃんと桜さんと実里ちゃんのお母さんで戦ったけど、軽くあしらわれたものね』

 

「戦っ………!!?」

 

 それはもう鳥というレベルじゃあないな。巨鳥と呼ぶにも怪しいくらいかもしれない。というか、そんなのが降臨したら色んな国に目撃されそうではあるが。

 

「……桃、レティス様と戦ったとか知らないんだけど」

「…………そこは引っかからなくていい」

「引っかかるわよ! なに神鳥と戦ってるの!!?」

『大丈夫よミカンちゃん。簡単な手合わせみたいなものだったから』

「手合わせで神鳥と戦えるのがおかしいんです!!」

 

 ミカンが、呪いで雨やらゴミやらを現在進行形で受けている千代田につかみかかって迫っている。ミカンといえど、知らないところで魔法少女歴の長い千代田が神鳥と戦った事があると知ればそうなるか。取り敢えず呪いの余波からマイスマートフォンを守るためにミカンからスマホを遠ざける。

 

『神鳥レティスか…………我が封印されたあの時なら昨日の事のように思い出される。あの藤色の巨体と煩わしい程の声は、何があっても忘れる事は無い』

 

「お、封印された本人。どーした?」

 

『間違ってはおらぬが言葉を選べ!!

 ……ったく。えーとだな、かつて直接戦った我から言わせて貰うが、アレの強さは別次元のものだ。』

 

「別次元??」

 

『神原玲奈は軽いノリで言っているが、きゃつらがやったことはノミ数匹でティラノサウルスに挑むくらいに無謀なことだ。全盛期の我ですらやや押され気味だったのだからな』

 

「それは、また……」

 

 確かに別次元だ。別次元すぎて勝負の判定が分からなくなるくらいには。全盛期のゴミ先祖がどれくらいなのかまったく想像つかないが、ノミ数匹がティラノサウルスに、とは確かに頭がおかしいだろうな。

 

『まぁ、でも全部昔の話です。今は、パパと仕事兼夫婦旅行で外国を巡る日々を送っています♪』

 

「神原くんのお父さんって仕事何なの?」

 

「外交官だよ。有能すぎて引き抜きが多いタイプの。ホントかな……まぁとにかく、母さん、今は父さんと何処にいるの?」

 

『今? フィジーにいるわ』

 

「…………この前トルコにいるって言ってたよな?」

 

『あら、そうだったかしら?』

 

「「『…………………』」」

 

 短時間でトルコからフィジーへ行けるはずないことにすっとぼける母さんに、千代田もミカンもゴミ先祖も、みんな沈黙するしかなかった。

 

 

 

 母さんの意外すぎる魔法少女改め魔族スレイヤーなエピソードを聞きたかったが、母さんが頑なに俺達の暮らしを聞きたがるため、熱意に負けた俺は多魔市についてから起こった事を少しずつ、順序立てて話すことにした。

 

 

 突然、暗黒神の子孫に目覚めたこと。

 ミカンが魔法少女だと知ったこと。

 多魔市の桜ヶ丘に引っ越したこと。

 まぞくにも魔法少女にも一般ピープルにも、友人ができたこと。

 魔法少女のナビゲーターが個性的でかわいいこと(約一羽ほど、口癖的にかわいいとは言えないのもいたが)。

 よその街の魔法少女に襲われたこと。土壇場で力を使って勝利したこと。

 

 すべての話を、千代田やミカンと共に話した。母さんは、うん、うん、と相槌を打って聞いてくれていた。

 

 そして、一言こう言った。

 

『頑張ったね、黒男』

 

 その言葉に、心がすっと軽くなるような感覚を覚える。一気に日常に非日常が混ざりこんで、命の危機を覚えて、それを切り抜けて。数ヶ月も経ってないのに1年近く経ったような日々で。

 でも、それを潜り抜けてきて本当に良かったと思える。

 

「ありがとう、母さん」

 

 緩みそうになる涙腺を必死に抑えて、それだけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ところで神原玲奈よ。貴様はまだ魔法少女を引退しておらぬのか?』

 

『……私はまだ引退してませんよ? 私よりも年上だけど現役の魔法少女とか結構いるし』

 

「………なに訊いてるの?」

 

『なぁるほどな………!

 クロウよ!「少女」の定義で悩まずともよい! 我ら男には関係ない話だ!』

 

 突然、ゴミ先祖がそんな事を言い始めた。

 なんだろう。何だかよく分からないけど、とんでもなく嫌な予感がする。

 

「………ゴミ先祖、さっきから何言ってるの……?」

 

『貴様が胸の奥で悩んでいたことだ!! 母が「魔法少女」を名乗っていて引っかかっていた事ではないか! だが魔法少女に年は関係ないようだぞ! 例え5歳未満だろうが30代だろうが「少女」と自称すれば「少女」なのだ!』

 

「―――ッ!!?」

 

 畜生! このゴミ先祖、最近大人しいと思っていたら、一番言っちゃいけないタイミングで一番言っちゃいけないコトを言いやがった!!

 

「何でそれを今言った!!!?」

 

『貴様が気になっていた事だからだろう? 気の利くご先祖に感謝しまくるがよい!!』

 

 仮にそうだったとしても、今言うことじゃないと思う。感謝なんか出来るわけがない。後でゴミ先祖は四つ折りにして多魔川に捨ててやる!

 それはともかく、女性はいつになっても年齢にだけは敏感だ。さっきのゴミ先祖みたいな事を言おうものなら……

 

 

「神原くん………それはどうかと思うよ……?」

「クロ、話があるからここに座ってくれない? 大丈夫危害は加えないから」

『黒男、あなたをそんなデリカシーのない子に育てた覚えはありません』

 

「やっぱりこうなるよね!!!」

 

 

 案の定、女性陣は皆激オコだ。しかも何故か矛先は全部俺に。

 母さん、悪いのは全部ゴミ先祖です。俺は悪くない。だから許してください。

 千代田、ミカン、変身すんな。そんな姿と昏い目で「危害は加えない」とか言われても1マイクロも信用出来ませんけど!?

 もう説得は不可能だ。ゴミ先祖を生贄にして、逃げるしかない!

 

 

「うっ! き、急用を思い出した……! 必ず戻って来るから、待っててぐえっ」

 

「行かせないわよ」

 

 ミカンに首根っこを掴まれる。必死に暴れるが魔法少女特有のパワーなのか、全くほどけない。

 

「い、嫌だーー!!! 行かせてくれ! 急用に行かせてーー!!」

 

「今日は帰さない」

「帰すわけないわね」

 

『あら、羨ましいわ黒男。女の子二人に「帰さない」って言われるなんて、両手に花かしら? 桃もミカンも花が咲くし』

 

「上手くないわ! このタイミングで言われても怖いだけだよ! 俺の知ってる桃と蜜柑の花じゃないよ!!」

 

『諦めよクロウ。これが運命だ』

 

「150%テメェのせいだろうがゴミ先祖!! ま、待て、来るんじゃあない! 俺のそばに近寄るなァァァーーーーーーーッ!!!」

 

 

 ―――この日。俺は、千代田とミカンと母さんと。3人の魔法少女によってOHANASHIされたのであった。

 しばらくの間、「魔法少女」というワードがトラウマになったのは言うまでもない。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 騒がしい電話が終わり、スマホの通話終了ボタンを押す。隣を見れば、17年連れ添った夫が、優しい笑みを浮かべている。私は彼に、スマホを渡した。

 

「とうとう、私が魔法少女だと気づいたわ、黒男が」

 

「そうか………いつかこんな日が来るとは思っていたが……」

 

 そして、私が黒男の成長を報告すれば、夫は淋しそうな顔をする。

 

「黒男はぼくが出来なかった事をやってのけたな……」

 

「そんな事を言わないで」

 

 騎一さん……夫は、かつて聞こえてたラプソーンの声に悩み苦しんだ果てに、外交官へ『逃げる』道を―――先祖から力を受け取ることを拒否し、杖を日本に置いて海外で働く道を選んだ。その結果、払わなかったツケを払わされるように黒男が暗黒神の後継になった事に、罪悪感を抱いているみたい。

 でも………

 

「あなたは既に………()()()()()()()()()()()

 

「一体、いつ………?」

 

「私を庇ってくれた時よ。私にとっては何でもない攻撃で傷ついて、なんで庇ったのって聞いた時の答え、覚えてる?」

 

「え? えぇっと………だね? うーーーーん………」

 

「『覚えてるけど恥ずかしい』って顔ね」

 

 私は、夫と出会う前は心があってないような状態だった。魔族……闇の一族や暗黒神陣営の残党を()()()()()()()()()()()()。でも、夫との出会いがそれを変えた。

 

 目を瞑れば、今でも思い出す。あの、青臭かったやりとりを。

 

『なっ……!? 何をしてるの! あんな攻撃、平気なのに……どうして、なんの力もないあなたが庇うの!』

『大切、だからだよ………』

『何をっ……! 自分の命よりも大切なものなんて、ないでしょう!!?』

『あるよ……ぼくには。……命よりも大切なものが。』

『えっ――――――』

『神原さん、にも……あるだろう? 大…切な……もの、が………』

 

 今までの私の生き方を変え、人生を変え、そして、()()()()()()()()()()、あの言葉を。

 

 

「ぼくも、信じてみていいかな? 君の『既に救った』って言葉と、あの子を。」

 

「信じてあげなよ。お父さん、でしょう?」

 

「あぁ、そうだね。」

 

「……といっても、あの子は桜ちゃんの街のどこかで平穏に暮らすだけでしょうけど」

 

「黒男は優しい子だからなぁ。ご近所付き合いが心配かな」

 

「きっと大丈夫よ、私の息子だもん」

 

 日が落ちたフィジーの海岸は潮風が冷たくなってきたからと、夫と目配せをし、街道端に停めてあった車の助手席に乗り込む。夫がキーを差し込んで回すと、心地良いエンジンの音がフィジーの夜に響いた。

 

「……それで、次はどこだっけ?」

 

「台湾だ。3ヶ月はそこにいる予定だから、やっとゆっくりできるよ」

 

「良かったぁ〜、やっとだよ! 黒男にお土産を送れるね!」

 

「……何を入れてもいいけど、せめて『台湾にいる』って手紙くらいは台湾から送りたいね」

 

「じゃあフィジーのココナッツオイルと、トルコで買ったティーバッグの数々、中国で買ったスイーツ達に……あとスペインの寄木細工(タラセア)も入れちゃおっと!」

 

「また黒男に怒られるぞ………?」

 

 そんな会話を載せて、1台の車は、空港へ向かって走っていった。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 後日。

 学校が夏休みに突入した俺の元に台湾から荷物が届いた。

 中には『台湾で仲良く休養中』という手紙と、九份や龍山寺で撮った夫婦写真が入っていた。これまでの荷物と違って、ちゃんと両親がどこにいるのかを把握できるのは、地味に安心したかのような嬉しさがあった。これで安心して「時差ボケした体を治しとけ」ってメッセを送れる………!

 

 ただし―――

 

北京(ペキン)のドライフルーツに月餅、トルコの紅茶・アップルティー・ハーブティー、おまけにココナッツオイルか……ははっ、チョリソーと唐辛子軍団もまだ終わってないのに、一人でこんな食いきれねーっての」

 

 ―――お土産の出身地は、相変わらずバラバラだったけど。

 こんなに食べ物系のお土産が重なると、賞味期限が心配になってしまう。

 

 

「……しょうがねぇな。お裾分けするか」

 

 ミカンと千代田に分けてやろう。最悪ミカンに押しつければ何とかしてくれる。

 

 まずは最近引っ越して『ばんだ荘』とやらの部屋を借りたミカンの所へ向かう。

 

『クロウよ。陽夏木ミカンはここを借りたのか? ………どこをどう見ても、廃墟ではないか』

 

「言うな」

 

 ばんだ荘。俺の家の近所にあった、どっからどう見ても廃墟にしか見えないアパート。ミカン曰く光闇割で超格安で借りることが出来たのだという。大事故物件とかじゃあなけりゃいいんだけど……

 

「ミカン? …………………いねぇな………」

 

『入れ違ったのやもしれんぞ』

 

 ミカンの部屋の呼び鈴を何度か鳴らすが、返事どころか足音もしない。しまったな、お出かけ中か。こりゃ、ゴミ先祖の言うとおり、どこかで入れ違ったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、あんまり呼び鈴を鳴らすと、隣にも響くので、出来れば控えていただけると……」

 

「あ、お隣さんですか? 申し訳―――」

 

 呼び鈴を押したミカンの部屋の扉の、隣の扉が開き、そう言われる。

 苦情に対して謝るためにその方向へ向くと。

 

 そこにいたのは、頭にクロワッサンなような巻き角を生やし、悪魔のしっぽを揺らした背の小さな女の子で。

 俺はそいつを、何度か学校で見かけたことがあった。

 

 

「………………シャミ子?」

 

「……クロウさん? どうしてここに……?」

 

 そう。クラスメイトのシャミ子が、そこにはいたのだ。

 

「シャミ子、何して…………神原くん?」

 

「千代田まで……?? どういう状況……?」

 

 おまけに千代田まで出てきて、まぞくも魔法少女も暗黒神の後継も、しばしその場で固まった。

 

『フハハハハ!! まさか住んでおるのか!? こんなあからさまな廃墟に住んっギャアアァァァ!!?

 

「ご近所迷惑!!」

 

 取り敢えず暗黒神がまた空気を読まなかったのでへし折っておいた。

 これが、俺が吉田家主催の『隣人歓迎すき焼きパーティー』に参加することになった経緯である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! ご近所付き合いが円滑に出来る暗黒神になるんだ!

 

 




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ/黒男
 ばんだ荘の近くのなんてことない一軒家に住んでいる暗黒神の末裔にして後継者。母親の秘密を知り衝撃を受けた一方で、ようやく自分の身に起きたことを信じて貰えて安堵した。代償として、「魔法()()」というワードがしばらくの間トラウマになったが。

神原玲奈
 かつては「魔族スレイヤー」と呼ばれるほどに苛烈だったとされる魔法少女にして、一児の母。10年前に「愛に目覚めて」からは魔法の攻撃力が日に日に落ちて、現在は外交官の夫・騎一のボディーガードを勤めている。千代田姉妹や不二実里の母とも知り合いで、神鳥レティスとは手合わせが出来るほどの仲。
誕生日/血液型:1月3日生まれ。O型よ。
趣味:海外の面白い工芸品やらお菓子やらを探すことかしら。
座右の銘:諦めたらそこで試合終了ですよ、かな。

神鳥レティス
拙作では、光の一族が崇めていた神の一柱で、地球が生まれるよりも前からいた、藤色の巨鳥という設定。七賢者と一緒に、ラプソーンを封印したという過去も持っている。神原玲奈だけでなく、千代田桜や千代田桃、不二実里の母とも面識がある。玲奈とラプソーン曰わく、『東京のスカイツリー並みの大きさ』と『次元が違うというべきレベルの強さ』を持つそうだ。やはりあの名前でも呼ばれていたのだろうか……?
なお、玲奈達と会い、手合わせして以降現れていないという。


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かつてのミカンの古巣に迫る! 千代田桜と過去の記憶を探れ!……すき焼きもあるよ!というか一番最初がすき焼きだろ!編

今回の話は超長くなったので2つに分けました。


今回のあらすじ

吉田一家のすきやきアタック!


※2020-4-13:あらすじを追記しました。


 ミカンと千代田にお裾分けしようとしたら、シャミ子に出会ってしまった。

 

 何してるのと聞いたところ、千代田がシャミ子の隣に越してきた記念品に送った牛肉ですき焼きパーティーを行う事になったのだという。ミカンは、シャミ子の妹と買い出しに行っているそうだ。多分牛肉あたりにレモン汁かけようとして厄介払いされたな。

 

「……そういうクロウさんは?」

 

「両親から貰ったお土産のお裾分けだ。食べ物メインでな。」

 

 紙袋から色々と出していく。

 チョリソーに唐辛子、唐辛子パウダーに月餅、ドライフルーツの数々、紅茶のティーバッグ、ココナッツオイル、そしてマヨネーズだ。

 そしてそれらを、落ち着いた雰囲気の大人の女性―――シャミ子のお母さんに差し出す。

 

「あの、シャミ子のお母さん、こちらを。少し前に越してきて、挨拶も遅れてしまった上につまらないものですが………」

 

「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。」

 

「いえ、当然の礼儀というものです」

 

「クロウさん!?」

 

 慌てふためくシャミ子をよそに、シャミ子のお母さんは俺のお裾分けを快くいただいてくれた。

 ミカンの借家の隣から出てきたシャミ子と千代田に会った後、シャミ子のお母さんまで出てきて、お裾分けをする流れになったのだ。しかも―――

 

「――しかし、良いのですか? 俺まですき焼きパーティーに招いてくださるなんて」

 

「新しいご近所さんですもの。それに、お父さんも隣人とは分かち合え的な事を言っていましたし!

 神原くん、チョリソーを数本くださいますか?」

 

「あ、はい」

 

 俺からチョリソーを受け取ると、シャミ子のお母さんはそれを斜めに切っていく。その後ろ姿から、先日話したばかりの母さんを思い出した。

 

 現実主義者で、オカルトを信じない人だとばっかり思っていたのに、イメージが逆転してしまった。不二と千代田の協力によって、母さんが魔法少女であることが判明したのだ。……しかもかなりヤベーイタイプの。

 今はだいぶ…いや、超丸くなったと思われるとはいえ、衝撃的だった事には間違いない。こうなってくると、父さんの方にも何かあるな。というか父さん側が暗黒神の血筋だと思われる。暗黒神の血筋の持ち主が光の一族と契約なんて結べなさそうだし。

 

「クロウさん、何考えてたんですか?」

 

「ん? ……ちょっと、母さんのことをな」

 

「おかーさんの? そういえば、クロウさんのおかーさんってどんな人なんですか?」

 

 両親はまだ何か隠してるのかなとか考えていると、食材の盛り付けをしているシャミ子からそんな質問をされる。

 どんな、と言われても……数日前に印象がガラリと変わったからな……なんて答えるべきか。パーティーに使うテーブルを用意し、布巾で拭きながら考える。とはいえ、嘘をつく理由もないし、普通に答えちゃおうか。

 

「父さんと世界各地を回って仕事してる人だよ。最近大ベテランの魔法少女だって判明した」

 

「魔法少女だったんですか!?」

 

「俺も驚きだよ…」

 

 しかも過去にかなりの事をしでかしてる可能性大だからな。まぞくには聞かせられないレベルで。

 

「どんな魔法少女だったんですか!? 教えて教えてー!!」

 

「教えられない」

 

「何でですかー!!」

 

「黙秘する。どうしてもと言うなら千代田に聞いてくれ」

 

 だから、具体的な情報は出せない。『魔族スレイヤーと言われる程にまぞくをちぎって投げる人でした』なんて言おうものなら、シャミ子に怖がられてつまみ出されるかもしれないからな。

 

「ただいまー」

 

「あら、おかえり良、ミカンさん」

 

 シャミ子を我ながら上手く千代田に押し付けた所で、幼い声とシャミ子のお母さんの声が聞こえてきた。玄関の方へ振り向くと、そこには買い物袋を抱えたミカンと小さな女の子が立っていた。女の子の方は、どことなくシャミ子に似ている。

 

「クロ!? 何でここに?」

 

「ミカンにお裾分けしようとしたら入れ違った上に色々あってな。俺もパーティーに参加させていただくことになった」

 

「その色々を教えなさいよ」

 

「色々は色々だ。はいこれミカンへのお裾分け、ティーバッグと唐辛子軍団とドライフルーツ」

 

「えっ!? 急になんなの? 唐辛子軍団って何!?」

 

 ミカンに量の多かったお土産をお裾分けす(押しつけ)ると、シャミ子似の小さな子がこちらを見ているのに気がついた。

 

「えーと、はじめまして、だよね?

 俺は神原クロウ。シャミ子や千代田、ミカンの友達で暗黒神の後継者だ」

 

「吉田良子です。優子の妹です」

 

 良子ちゃんか。学校でよく見る、千代田に勝負を挑んでは返り討ちにされるお姉さんからは想像できないくらいの良い子のオーラが―――

 

「クロウさんはお姉の軍門のまぞくなんですか?」

 

 ―――はい?

 ぐんもんって、軍の門って書いて軍門? この子、何を言うとるんだろうか?

 

『貴様、出会い頭に何を言って痛ァァァァァァァァァァァァイ!?!?!?!?』

 

「クロ、ちょっといい?」

 

「はいぃ!!?」

 

 いきなりな質問に混乱している間に、ミカンがラプソーン(杖)をへし折り、体を引っ張る。状況が飲み込めてない俺からすれば、ただただ戸惑うばかりだ。一体なんなの?

 

「良ちゃんの話に合わせて、お願い!」

 

「お、おう……?」

 

「良ちゃんの夢はシャミ子の軍師になる事だからそれを壊さない方向で行く協力をして」

 

「千代田まで……何があったんだ……?」

 

 何だかよく分からないけど、魔法少女二人がここまで必死になることに、友人として協力しない訳にもいかないよな。

 

 

「お姉すごい……! 暗黒神さんって言う強そうな男の人まで配下にしちゃうなんて…!」

 

「ハハハ、まだ後継者だけどね。これからよろしこ、シャドウミストレスさん」

 

「プレッシャーをかけるなきさま!」

 

『うぅ……我の子孫がどこの馬の骨とも知れぬ木っ端魔族の配下に…………』

 

『誰の子孫が木っ端まぞくだラプソーン!!!』

 

 こうして俺は、小さな軍師の夢を守るためにシャミ子の配下(仮)になりました。一応、千代田とミカンも良子ちゃんの前ではシャミ子の配下として通してるらしい。ま、子供の夢は壊しちゃダメだよね。

 あと封印されてるコンビは静かにしててね。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 買い出しと盛り付けが終わり、全員が席についた。そして、シャミ子のお母さんの号令のもと、乾杯の音頭があがり、パーティーが始まった。

 大きめのテーブルの真ん中にある鍋の中で、醤油と砂糖とみりんで作られたすき焼きのタレがひと煮立ちすると、ネギや椎茸、レタスや人参や豆腐、牛肉にカットされたチョリソーが投入される。ぐつぐつと心地良い音と、醤油とみりん独特の良い香りが、小さな部屋に充満する。野菜がしなっと熱が通り、牛肉の色が完全に変わると、それらは各自の皿の溶き卵の中に移された。

 

「私牛すき焼きって初めて食べま……………………!」

 

「シャミ子!!?」

 

「はっ!? ごめんなさい、キャパ以上の旨味で変な感じに……!」

 

 シャミ子はすき焼きの旨さにフリーズを起こして、千代田に心配されていた。俺も続いて牛肉を食べてみるが、キャパオーバーは起こさない。あいつは今、何を見たんだろうか?

 

「良ちゃん、レモン入れてみる? 酸味が増して美味しくなるわよ」

 

「結構ですミカンさん」

 

 ミカンは相変わらずというべきか、柑橘バカを発揮して良子ちゃんにレモンを勧めていた。まったく、純真無垢な子供に変な味覚を覚えさせようとするんじゃねーよ。

 

「ミカン………お前な、あんまり良ちゃんに変な事を吹き込むなよ?」

 

「変な事とは何よ? 私はただ親切心で……」

 

「ハードルが高いって言ってるの。どこにレモンを足してすき焼きを食べる人がいるのさ。もっとメジャーなものを教えるべきだ」

 

「メジャーってマヨネーズの事じゃないでしょうね?」

 

「むしろそれ以外の何があるというんだ。はい良ちゃん、マヨネーズ」

 

「結構ですクロウさん」

 

「クロだって良ちゃんにおかしな味覚教えこもうとしてるじゃないの!」

 

 相変わらず失礼な事を言う。マヨネーズをつかまえて「おかしな味覚」とは喧嘩を売っているのか? 買うぞ? ただしガチの喧嘩はしないけど。

 

「二人とも、そういうのは自分のお皿でやってくださいね」

「……あ、はい、すみません……」

「ご、ごめんなさい……」

 

 しかし、俺とミカンによる第X次(何度もやったから何度目か忘れた)レモン・マヨネーズ論争は焼酎で顔が赤くなりつつあるシャミ子のお母さんによって勃発する前に終戦した。

 

 

 

 仕方ないから席を外し、厨房へ行って余った牛肉で何か作ることにする。引っ越す前はミカンと当番制で料理を作ってたし、今は一人暮らしだからな。自炊はできる。

 ブロッコリーと合わせて、マヨネーズ炒めにするとしようか。これはマヨネーズを使えば使うほど美味しくなる料理だ。牛肉が高いからあまり作らない分味は格別なんだよな。

 ま、良子ちゃんがいるしシャミ子のお母さんの貰い物なのでマヨネーズ控えめに―――

 

「クロ」

 

 切った牛肉にマヨネーズをかけようとした所で、マヨネーズを持った右手が動かなくなる。右手を見ると、俺の右手を隣に立つミカンがガッチリと掴んでいた。

 

「……一応聞くけどなにしてるの?」

 

「見て分からないのか? マヨネーズ炒めを作ろうとしてるに決まってるだろ? ちゃんとシャミ子母には許可を取ったから。手を離して」

 

「駄目よ。クロのマヨネーズ炒め、マヨネーズが多すぎてほぼマヨネーズだもの。食べ物を粗末にしないで」

 

「流石に良ちゃんにアレは早いだろ。マヨネーズは控えめにするつもりだ」

 

「マヨネーズ2本使うのを1本半にする程度よね? それでも十分かけすぎなの。控えめとは言わないの。」

 

「ミカンこそ、なにしにここへ来たんだよ」

 

「話を逸らさない。私も塩レモン焼きを作るつもりだったけど」

 

 ミカンも似たような事考えてるじゃあないか。余った牛肉でレモン料理を作るなんて、余った牛肉でマヨネーズ料理を作るのと何が違うんだ? レモンかマヨネーズかの違いしかないでしょうに。

 でもまぁ、ミカンも料理しに来たというのなら。

 

「なら両方作るか」

 

「えっ?」

 

「それなら塩レモンもマヨ炒めもできんだろ。どっちかだけなんて物足りないだろうが。」

 

「クロ……」

 

 ミカンが意外そうな顔をする。まぁ、こういうのは今までどっちかが折れるまでお互い譲らなかったしね。

 俺は暗黒神の後継者であるからして……という訳ではないが、懐を深くしようと最近、思ったんだ。色々あったしね。色々と……

 

「それに、美味いマヨ炒めをミカンに教えるいい機会だと思ったんでな!」

 

「まったく、調子いいわね……」

 

 そして、二人で並んで料理を始めようとしたところで。

 

「あれ? クロ、フライパンが一個しかないわよ?」

「え?」

「うちは基本的な調理器具は一個しかないですよ」

「えっえっ」

 

 良子ちゃんによって非情な現実を思い知らされた。塩レモン焼きもマヨネーズ炒めもフライパンを使う。それはつまり、どっちかの完成が遅れるということに他ならず……

 

「…………どうするの?」

 

「言いたい事は色々あるがまたシャミ子母のご迷惑になるのもアレだ。ジャンケンで決めようぜ」

 

「望むところよ」

 

 厳正にして神聖なる相談(ジャンケン)の結果、ミカンが先に塩レモン焼きを作ることになった。正直泣きそうだった。

 

『すまないな、吉田清子よ。我にまですき焼きを振る舞っ(そなえ)てくれるとはな。ハッハッハ』

「いえいえ〜、大事なお隣さんですから〜〜」

『ラプソーン貴様、余の義子孫(しそん)に何させているのだ!』

『お? ネギと豆腐が食べ頃だな。早く片付けてうどんとやらに移行しようではないか!』

『余の家のすき焼きだぞ!! きさまが舵を取るなッ!!!』

 

 ゴミ先祖はゴミ先祖で図々しいことしてんじゃねーよ。

 

 

 

 シャミ子達に後から出来たマヨネーズ炒めを振る舞いつつ、ゴミ先祖の傍若無人な態度について謝っていると、シャミ子がダンボールの上にすき焼きやら塩レモン焼きやらを乗っけているのを見つけた。「おとーさんにも美味しいものをお供えしないと」とか言っている。

 

 何でシャミ子の父親がダンボールなのかは知らないが、俺はそのシンプルなみかんがデザインされているダンボールに見覚えがあった。

 

「なぁミカン」

 

「なに?」

 

「あの箱、ミカンのおやっさんの工場のじゃあねーか?」

 

「……あ、ほんとだわ! うちの実家の工場で使ってる箱とおそろい……」

 

「「えっ!?」」

 

 陽夏木の工場の梱包用ダンボールについて話していると、シャミ子と千代田が二人して素っ頓狂な声をあげる。

 

「どうしたんだ、二人して?」

「い、今……ミカンさんの工場で使ってたって……」

「今も私の部屋にいくつかあるわよ? 引っ越しする時に持ってきたから」

 

 ミカンが部屋からダンボールを持ってきて見せてみれば、確かにシャミ子が「おとーさん」と呼んでいたダンボールとデザインが瓜二つであり、千代田はどういう訳か頭を抱え始めた。

 

「意味が分からない……つまり、えっと…………姉は……ヨシュアさんを流通用のダンボールに封印したってこと、でしょうか………?」

 

 あれ。

 ひょっとしてこれ、あんまり俺が聞いちゃいけないタイプのやつですか? 千代田家と吉田家の事情、ってやつか?

 

「あの、俺……お暇した方が良いですか?」

 

「このタイミングで!?」

 

「神原さん、お気遣いなら無用です。同じ魔族の方なのでしょう?」

 

「た、確かにそうですが………」

 

 シャミ子のお母さんはもう顔が真っ赤で(したた)かに酔っている事がひと目で分かる。ほら、お父さんとやらでシャッフルクイズやりだしたし。あんまり長居するのも良くないと思うんだけどなぁ。

 

『何を言うかクロウ! 千代田桃としゃみ子のオトクな情報が手に入るこの機会をみすみす逃すつもりか!?』

 

「ゴミ先祖はいい加減自重しろや」

 

『ギャアアアアァァァァァッ!!!!!!?』

 

 調子に乗って最低な打算を練りだしたゴミ先祖をへし折って、俺は帰ることにした。

 その後、俺はミカンからのRINEで、千代田の姉で桜さんという魔法少女が、シャミ子の父親・ヨシュアをやむをえず封印した事を知った。

 ちなみに母さんに千代田桜さんについて聞いてみたところ……

 

 

『桜ちゃん? 面白い子だったわよ〜、出会った頃はちょっとアレだったけど、桃ちゃんを引き取ってからはすごく仲良くなれたんだから!』

「アレって何だアレって」

『あとね〜〜、結界や呪いをいじったり、敵を死なない程度に面白くボコるのが得意な子だったわ〜。私も桜ちゃんから面白いボコり方を教わったようなものよ〜』

「聞けよ」

 

 

 ―――とのこと。まったく要領を得なかった。とゆーか、ちょっとアレとか、千代田を引き取ったとか、死なない程度に面白くボコるとか、気になるワードを連発してきたせいで話がほとんど入ってこなかった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 翌日、ミカンからの連絡で多魔市の外れにあるミカンの旧実家を調べることになったと知り、ミカンに会ったり千代田桜さんについて調べるために、地図にあった陽夏木工場の跡地へ向かった。

 俺がシャミ子や千代田と一緒に千代田桜さんを探そうと思ったのはラプソーンや母さんについて訊くためだ。

 ゴミ先祖は反対しなかった。むしろ、ゴミ先祖自身も知りたいことが出来たのだという。

 

『クロウは気づかなかったようだが、神原玲奈は、「千代田桜は千代田桃を引き取った」と示唆する事を言っていた。これが事実なら、我の復活の条件が大きく変わるやもしれぬ』

 

「どういう事だ?」

 

『我を封印したのが七賢者と神鳥レティスであり、封印を解く方法が全ての賢者の血を絶やすしかないという事は伝えたな? しかし、千代田桜と千代田桃に直接的な血縁はないかもしれない……となると、他の賢者の子孫は必ずしも魔法少女とは限らぬという事になる』

 

「なるほど」

 

『我はこれまで、「賢者の子孫は魔法少女」だと思っていた。事実、千代田桃や不二実里がそうだったからな。しかし………賢者の子孫とやらは、闇の一族やどちらにも属さない一般人の中にもいるかもしれない』

 

 つまり、賢者自身は魔法少女だったとしても、時が流れていくにつれ、闇の一族と混ざったり、光と闇の抗争から遠ざかったりした可能性もあるワケだ。もっとも、俺はゴミ先祖の封印を解く気はないのでどうでもいいが。

 

「あっそ。俺にはあんま関係ない話だね」

 

『むしろ貴様が一番関係ある話だ!!』

 

 ゴミ先祖の怒鳴り声をスルーしながら歩みを進めると、廃工場とその前で立っている二人の少女が見えてきた。言うまでもなくミカンとシャミ子だ。二人は何かを話している。

 

「よぅ、ミカン、シャミ―――」

 

「まぞくのトラウマ製造工場っ……!!」

 

 マジかよ!? 引っ越しする前はそんなもん作ってたのか!?

 陽夏木家は、神原家とは深い付き合いだが、本格的に付き合いだしたのは陽夏木家が引っ越してきてからだ。幼かった俺は、何度か引っ越す前の暮らしを聞いたことがある。しかし、ミカンもおやっさんもミカンのママも、誰一人として「工場をやってたこと」以外は答えてくれなかった。詳しく聞こうとしても常にはぐらかされてしまっていたのだ。その正体が魔族のトラウマ製造工場なら納得がいく。

 

 

「…家族ぐるみで隠してたというのか………」

 

「違うわよっ! そんなもん作ってない!! 素敵なお菓子をいっぱい作ってました!!」

 

 あれ、違った。

 その後聞いた話によると、シャミ子がまぞくに目覚めたての頃、千代田とここで修行してただけのことだという。なんだよ驚かせやがって。

 

「しっかしこの工場、派手にぶっ壊れてるなぁ……

 …………ミカン、本当に―――」

 

「くどいわね!! ただの素敵なお菓子工場だったって言ってるでしょっ!!」

 

「……でも、工場が壊れるなんて……いったい何があったんですか?」

 

 シャミ子のその質問で、ミカンは語り始めた。多魔市に工場があった頃の過去を。俺と出会う前のミカンの話を。

 

「……昔ね、工場の経営が傾いた事があって。追い詰められたうちのパパが……手を出してはいけない儀式に手を染めたの」

 

 ミカンのおやっさんは、背の高く男らしい顔つきと体型をしており、ヒゲがよく似合う男だ。ハードボイルドなドラマに出てくる、タバコを吸いながら世の犯罪を憂う刑事役の俳優さんとかによく似てる。まぁ、実際は吸ってないらしいけど。

 

「儀式ってなんですか!? どんな儀式ですか!? ミカンさんのパパとは!?」

「儀式は悪魔召喚系……うちのパパは衛生服が似合う素敵なヒゲダンディーで……」

「もっとくわしくだッ!!!」

「どうしてそんなにコーフンしてるの!?」

「すみません何かわくわくする単語がいっぱい出てきて!!」

 

 シャミ子がミカンにグイグイ迫っている。確かに儀式をするダンディーなミカンのおやっさんとか、ロマンを感じる気持ちは分からんでもないが、今はそこに引っかからなくていいだろ。

 

「……悪魔召喚?」

 

「うん。パパの望みは『工場と家族を守る』こと。見よう見まねの作法と裏道の触媒で――――呼び出された悪魔がけっこうキてる存在だったの。

 その子はパパの望みを超解釈して『一人っ子の私を困らせたものを無制限に破壊する』呪いをかけた」

 

「どうしてそうなった……」

「ひどい! 国語ならマイナス100点です!」

 

 かつておやっさんが呼び出したという悪魔が願いを解釈してミカンに呪いをかけたという所業。その本末転倒さに俺は呆れ、シャミ子は憤慨した。しかし、そんな状況で笑っていやがる奴がいた。

 

『あっはっはっはっはっはっ!! 悲しいなぁ……人間のサガというやつは!』

 

 そう。このゴミ先祖である。こいつは確かに人の欲望につけこみ人の悲しみを食らう暗黒神ではあるが、時と場合と相手を考えろ。

 

「なにがおかしいんですか!」

 

『決まっておろうがシャドウミストレス優子よ。陽夏木ミカンの父親は、工場と家族を守ろうとしたばかりに娘に呪いをかける結果をもたらしたのだ。これが笑わずにいられるか!!』

 

 案の定ラプソーンに噛み付くシャミ子に対して、ラプソーンはミカンのおやっさんの動機と結果を強調しつつあざ笑う。俺にはそれが、ひどく不快で仕方がない。

 黙ったままゴミ先祖の杖を手に取る。

 

『人間とは楽をしたがる生き物だ。得られる結果がデカければデカいほどそれが顕著になる。そういう手合いは一番利用しやす痛ッだァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!?』

 

 そしてそのまま、力を加える。まるで、ゆっくりと木の枝を折るかのように、木の繊維ひとつひとつを千切るかのように。

 

『クロウ、へし折ろうとするな! 地味に痛いではないか!?』

「へし折ろうとする? 違うな、今から『ゆっくりとへし折る』んだ」

『待て、待つのだ! どうせ折るならひと思いにやれ! ゆっくりとやられるのは普通に折られるよりも痛いのだ!!』

「ふーん、ゴミ先祖には珍しく殊勝な態度だな。だが無意味だ」

『ギィヤアアアアアアアァァァァァァーーー!!!?』

 

 やかましいゴミ先祖をひとしきり二つ折りにすると、今度は四つ折りにすべくゆっくりと杖に力を入れながら、ミカンに声をかけた。

 

「………ミカン、怒るなら怒っていいんだぞ?」

 

「大丈夫。クロ、いま結構怒ってるでしょ?」

 

「おこってないよ」

 

「怒ってるじゃない。それに、私も分かってるから。近道で大きな願いを叶えようなんて、つけこみポイント以外の何物でもないし、叶った所でまがいものだもの」

 

「…………」

 

 そう言うミカンは、暗く影がさしていたが、無理をしているわけではなく、「悟った」といった面持ちだった。あと、シャミ子は何故メモを取っている?

 

「……話がちと逸れたな。それで、その後どうなったんだ?」

 

「悪魔が私の心を勝手に間借りして、壊したもののエネルギーを吸いながら成長しだしたの。……それで桜さんに相談がいったのよ。そのときに私は初めて桃に会ったわ」

 

「桃!! 小さかった頃の桃ってどんな感じだったんですか?」

 

「一言で言うなら大天使」

 

「あの千代田が!!!?」

「天使の桃!!!」

 

 そんな馬鹿な。シャミ子にハードなトレーニングを課して、頑なに筋肉をつけさせようとし、時たま「たまさくらちゃん」とかいうマイナーなゆるキャラを推してくるあの千代田が、『大天使』だと……? あり得ないッ!

 いや、待てよ………? 母さんも10年前は「魔族スレイヤー」と呼ばれる魔法少女で、片っ端からまぞくを粉々にしていたという。それが今では、ゆるゆるな俺の母さんだ。勿論、今のあの人から「魔族スレイヤー」は到底連想できない。

 10年もあれば、性格の大変身など、あってもおかしくないというのか。

 

 

 そう思いながら、嬉々としたミカンによるミニ千代田の話が始まった。

 

 曰く、呪いが酷くミカンのママにすら怪我をさせたこと。

 曰く、呪いで周りを傷つけるのを恐れて倉庫に籠もっていたこと。

 そこに千代田がやってきて、呪いを喰らいつつもミカンの手を取ったこと。

 「泣いてもいいから独りになるな」と言ったこと。

 桜さんによって、ミカンの悪魔が沈静化したこと。

 千代田のおにぎりの味だけ奇麗さっぱり記憶から消えていること。

 

 その思い出話から、俺はミニ千代田の人物像が浮かび上がってきた。

 例え拒絶されても、呪いを喰らっても、平気な顔をして手を差し伸べる姿。絶望している人に希望の灯火をつけるような言葉。

 

 そっか。

 ミカンにとって、千代田はヒーローなんだな。

 

 こんな事を言うと、ミカンの呪いで服がずぶ濡れになるだろうから言わないでおくか。

 と思ったところで千代田がやってきて、ミニ千代田の思い出話はお開きになってしまった。

 

 

 

 千代田は、廃工場の鍵を持ってきていたのだという。

 ミカンが悪魔に取り憑かれた事件の際、桜さんが工場を大破させたので陽夏木家から買い取ったのだそうだ。

 

 人っ子一人いない雰囲気を醸し出す、ヒビの入った建物の数々や上半分が吹き飛び、下半分に花のような穴が空いてる建物の壁だったもの……そして、粉々になっているコンクリートの地面に放置したせいか雑草が生え放題になっている様子が、間違いなくこの工場が今は使われていないことを示していた。

 

 

「壊れてるー!!?」

 

 荒れ放題な廃工場に目を奪われていると、突然ミカンの悲鳴が響き渡った。

 

「無い! 甘くて酸っぱい蜜柑味の思い出の倉庫が……綺麗さっぱりぶっ壊されてるわ!!」

 

 視線を向けると、ミカンが千代田に雨を降らしながら壁だったものを見て狼狽していた……って!! 俺の服まで濡れている!

 

「ミカン! 俺にも呪いかかってる!! ゲリラ豪雨止めてー!!!」

 

「ごめんクロ! でも文句は桃に言って!! なんで私の思い出が消し飛んでるのよ!」

 

 呪いの雨が止んで、ミカンが千代田に詰め寄ると、千代田は「姉がミカンの悪魔を抑えた時に工場をぶっ壊した」と答えた。

 

「私の事件で壊れたのは工場の機関部とインフラ! この倉庫は壊れてなかった! 引っ越す前に目に焼き付けたんだから! そこは忘れないわよ!」

 

「勘違いしてるんじゃないの?」

 

「……ピンク飯で記憶が消えたのでは」

 

「あれは意図的に消してるだけよっ!」

 

「二人とも私のごはんの話はやめない?」

 

 壊れた、壊れてなかったで言い争うミカンと千代田。シャミ子が千代田のごはんのせいではとか言っているが、そんなに千代田の飯はアレなのだろうか?興味は湧くがミカンやシャミ子が酷評するものを食べる勇気は沸かない。

 まぁミカンの事件の時はどうあれ、現在目の前には残骸しかないのは確か。俺なりにフォローを入れておくとしようか。

 

「……形がなくなろうが思い出は心に残り続けるものだろ」

「いい感じ風にまとめないでクロ!!」

 

 いい感じにまとめるのは逆効果だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 的確に空気を読んで、フォローもイケてるいい男になるんだ!



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かつてのミカンの古巣に迫る! 千代田桜と過去の記憶を探れ!……オモチャの祠と突然の炎、そして悲しい慟哭編

お待たせしました。後編になります。


今回のあらすじ

さまようたましいがあらわれた!


※2020-4-13:あらすじを追記しました。


 花の形にえぐれた倉庫の壁を観察していたシャミ子が、えぐれた形が桜の花ではないかと言ったことで、桜さん捜査が一歩進展した。

 ミカン曰く千代田桜さんの大技『サクラメントキャノン』という、火力高めな極太レーザーが放たれた跡ではないかという。ついでに「フレッシュピーチハートシャワー」についても話そうとしていたが、千代田に黙らせられた。……名前からして千代田の技か?

 

「つまり…これは桜さんの失踪直前の痕跡……」

 

「倉庫を調べよう。大したものが見つかるとは思わないけど………一番ベストなのはコアが見つかること」

 

 シャミ子はまじまじと倉庫跡を見ており、千代田が調べる場所を決めた。なんか初めて聞くワードが出てきたな。

 

「コアってなんだ?」

 

「魔法少女にはコアがあって、魔力が散らされてもコアだけは残るのよ」

 

 俺の質問にミカンが答える。

 つまり、コアっていうのは魔法少女の心臓みたいなものだろうか。

 

「コアってどんな形なんですか?」

 

「わからない……その人の心の形による」

 

「形が分からないものを探すんですか…………道に転がる軍手やセミさんみたいな形だったらどうしよう」

 

「そういう脈絡のない形は取らない。魔法っぽい形になる……はずだから」

 

 流石にセミや軍手はないと思うが、脈絡さえあればどんな形でもありうる、となるとコア探しは難航しそうだな。

 ちなみに、この時に「セミや軍手に脈絡のある魔法少女って……」とセミデザインの魔法少女や軍手が似合う魔法少女をちょっと想像してしまったのは内緒だ。

 

 

 俺たち四人は、倉庫跡でコアを探し始めた。

 シャミ子やミカンは桜型に穴が空いた壁の周辺を、俺は倉庫の外壁があったであろう草むらを、千代田は埋まっていた大岩を掘ってそれぞれ探すが、魔法少女のコアと思わしきものはおろか、倉庫跡には不自然なものなどどこからも見つからず、思った通りに難航していた。

 というか千代田は明らかに同年代の少女だと持てない岩を軽々と持ち上げてるけどそれは魔法少女として正しいのか?

 

 

「………? なぁゴミ先祖、あれ……」

 

『なんだクロウ。一体何を見つけ……!』

 

 そう思いながらコアを探す作業に戻ろうとした時、何かが視界に入ったのだ。

 背の高い草が生えっぱなしになっている―――その奥。チラッと、石製の何かが見えた。邪魔な草をかきわけると、その先にあったものは……

 

「………これは……祠、なのか?」

 

 それは、いったい何を祀っているんだ、子供のお遊びで作ったものなんじゃあないかと思えるほどに、小さな祠だった。CDケースと同じくらいの大きさしかない、立方体の家っぽい何かに、小さな木枠の鏡と盃が入っているだけの、小さなものだ。それが、よく探さないと見落としそうな場所にぽつんと置いてあった。

 

『あぁ、そうだなクロウ。コレは祠だ』

 

「え、ただのオモチャじゃなくて?」

 

『信仰の証だ。神たる我なら分かる。何を祀っているかは知らんがな。』

 

 うーん……コレに桜さんの手がかりがあるとは思えないけど……念のためだ。

 祀られてる神様には悪いが、千代田やミカンに見せてみよう。もしかしたら何か分かるかもしれない。

 

 

「じゃ、コレを持ってって見せてみると―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ッ!! クロウ、ちょっと待て!!!』

 

「え?」

 

 ゴミ先祖が鋭い声で警告を出したのと俺が祠(仮)に近づくために一歩踏み出したのはほぼ同時で。

 

 

 踏みしめた瞬間―――まるで映像が切り替わったかのように、周囲の景色が一変した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「なっ………!!? こ、これは……」

 

『クロウ、待てと言ったはずだぞ!!』

 

 さっきまで工場の隅の草むらにいたはずなのに、草などひとつも生えていない紫色の空間に、俺はいた。

 あまりに突然の出来事に、俺はただ、目の前で起こったことが把握しきれずに、ただきょろきょろするばかりだった。

 

「悪い、ご先祖………俺、もう既に何かかけられたか…!?」

 

『いや……今は閉じ込められただけだな。見ろ』

 

 真剣な声色に切り替わったご先祖が杖で指した方向を見れば、そこにはさっき見つけた小さな祠だけが、変化する前の景色と同じようにポツンと置いてあった。

 

「……さっきのオモチャ……!」

 

『否、人ひとりと杖一振りを閉じ込める芸当が出来る玩具など存在しない。アレはれっきとした祠だったのだ。おそらく、アレに何か仕掛けられていたな……!

 ―――気を引き締めろクロウ、()()()()ぞ』

 

 ご先祖にそう言われ、祠のほうをじっと見つめていると、青い霧のようなものが現れ、一か所に集まりだした。

 一か所に集まったソレは、青い炎の……人魂、と呼ばれるものの形を成すと、不気味な目と口を作り、ノイズの混じった声でこう言ってきた。

 

 

許サヌ……光ノ巫女……許サヌ………巫女ニ与スル者ドモ……!

 

「……あいつは…? 『()()()()』って…」

 

『襲ってくるぞ! 変身して迎撃しろ!』

 

 ご先祖がそう言うやいなや、人魂がこっちに向かって突進してきた。

 

「っ……! “トランスフォーム”……ぐあっ!?」

 

 

 間一髪、変身が間に合ったものの、人魂の突撃から身を守ることができず、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 

 

『クロウ!?』

 

「大丈夫……なぜか痛くない、から………」

 

『攻撃力については不二実里よりも低いからだな。変身が間にあったのもあるだろうが』

 

 ダメージはなかったが、全くもって安心できない。

 いきなり訳のわからない空間に閉じ込められた上に「光の巫女許さぬ」みたいな恨み言をつぶやく人魂が目の前にいるから。とっとと帰りたい。

 

許サヌ……光ノ巫女……許サヌ………巫女ニ与スル者ドモ……!

 

 俺に体当たりのダメージがないと分かると、人魂は光の巫女への恨み言を呟きながら、今度はオレンジ色の炎を生成し、こちらへ放ってくる!

 

「一体何者なんだコイツ!? うぉあっちィ!?」

『炎の呪文だ! まともに喰らえば熱いぞ!』

「だろうな、掠っただけで焦げるかと思ったもん!!」

『落ち着くのだクロウ! 熱いが死にはしない! 冷静にかわすのだ!』

 

 変身して上がったであろう身体能力で炎の群れをかわしていく。だが、俺だって黙って攻撃されっぱなしじゃあないんだよ!

 魔法なら俺も使えるんだ。咄嗟の事だったが、不二と戦った時に、彼女を吹き飛ばした魔法。人魂の炎なんざとは比べ物にならない威力のアレならば、絶対に勝てる!

 

「くらえ人魂! “極大爆裂(イオナ)”―――」

 

『待て馬鹿者!!』

 

 しかし、人魂に杖を向け、詠唱しようとしたところでご先祖がおでこに向かって飛んできた。

 

「痛い!!?」

 

 あまりに突然の、しかも意識外からの衝撃で思わず詠唱がキャンセルされる。

 

「何すんだご先祖!?」

 

『クロウお前、あの人魂と共に自分まで吹き飛ばすつもりか!?』

 

「!!」

 

極大爆裂呪文(イオナズン)は確かに強力な呪文だ。後継者になりたてのクロウには場違いと言っていいほどのな。

 だが、そのぶん攻撃範囲も広い! こんな狭いところで使ったら、むしろ己の首を締めてしまう!』

 

「そ、それもそうか………っと!!」

 

 人魂の炎を避けつつ、ご先祖の話を聞いて不二戦を思い出す。確かに、あの呪文を使った後、多魔川の河原一帯が焼け焦げていたな。

 いきなり謎な空間に飛ばされたからか、冷静になれば分かることが思いつかなかった。

 

「じゃあ、不二と戦ったタイミングでいきなりあの呪文を俺に教えたのは……」

 

『後継者を守るための応急処置だ。クロウの潜在能力を利用した一種の裏技と言ってもいい。本来なら魔力を飛ばす訓練からすべきだったのだが………お前が頑なに我が後継になろうとしなかったからな。』

 

「お、おう……」

 

 なんか、「暗黒神の後継として修行をしなかったお前のせいだ」と暗に言われてしまった。でもそれは、世界の宿敵の道を進むことにもなりそうだからやらなかった訳であってだな……

 

『まぁよい。魔力であの人魂を退治するのだ!』

「ま、魔力で退治!? ……えーと、普通に杖で殴っちゃ駄目?」

『それは我が痛いから却下!』

「私情かよ!」

 

 魔力を出して攻撃、か。確かに杖で殴るのは違う気がするし、基本的っぽいから早く知りたい、が。

 

許サヌ……光ノ巫女……! 許サヌ………巫女ニ与スル者ドモォ……!!

 

 

「おいご先祖! アイツの様子がおかしいぞ!?」

 

『マズいな……あの人魂、暴走寸前だったのやもしれん……!!』

 

「暴走寸前!!?」

 

『我らが見つけなければ無差別に人を襲う怨霊になっていただろうな……! 地味に弱かったしおそらく死者の魂だったから今まで魔法少女に見つからなかったのだ!』

 

 思った以上に目の前の人魂が深刻な事になっていた。無差別に人を襲う怨霊に進化する直前の人魂だって? 勘弁してほしい。

 

「……で、魔力で攻撃ってどうやるの!?」

 

『己の魔力解放のキーワードがある! それを叫ぶのだ! 「イオナズン」とか「フレッシュピーチハートシャワー」とか「サクラメントキャノン」とか!!』

 

「それなんて厨ニ発表会!!?」

 

 い、イヤすぎる。だが、目の前で荒ぶっている人魂が、何かをため続けているのが気になる。早く成功させなければ、ヤバい事になるかもしれない。

 魔力解放のキーワード……魔法少女達の必殺技の名前からして、暗黒神らしき技名をこの場で考えろってことか……? なんて無茶振りだ! だが、やってやる!!

 

 

え、え〜と…

 だ、ダークネス・バレット!!!」

 

 

 杖を人魂に向けて、即興で思いついた技名を叫ぶ。

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

 ………しかしなにもおこらなかった。

 

 ―――って!!

 

「何も出ねーじゃねーか殴るぞゴミ先祖ぉぉぉおおおお!!」

 

『ま、待て待て待て待て!!? 今我を折るのはダメだと思うぞ!!』

 

「誰のせいだと思ってんだぁぁぁぁ!!!」

 

 暗黒神なら、それっぽい事を言って、厨ニのセンスを見ようとか考えてそうだ。後継者の危機だってのに、それはないと思うんですけど。

 

『クロウ! 我はさっき「魔力解放のキーワード」と言ったのだ、技名とは言ってない!!』

 

「はぁ?」

 

『思いついた文言なら何でもいい! 一番重要なのは心の資質とそれを本心から思っているかという事だ!!』

 

「心の資質と本心………」

 

『時間がない! 早く何か言え!』

 

 ご先祖の言葉を反芻する。

 人魂の方を見ると、複数の紅い炎が、今にも襲いかからんとしているかのように人魂の周囲を浮遊していた。

 焦りはある。でも、嫌な気持ちはなくなっていた。

 心の資質と本心、か。

 

「マヨネーズうまい!

 両親の日本にいる期間が短い!

 右手が地味に目立つ!

 ゴミ先祖が日常的にウザい!

 暗黒神の座なんて継ぎたくない!!

 平穏に暮らしたい!!!」

 

『クロウ!?!?』

 

 ご先祖の言うとおり、思いついた文言を片っ端から言っていく。断っておくが、決してふざけている訳ではない。

 だが、ここまでしても杖から何かが出てくる気配はない。

 

 このままじゃマズい、と思った時。

 

『み、かん………?』

 

 脳裏をよぎったのは、ミカンが不二に吹き飛ばされ、気絶した時の姿。俺が無力だったばかりに、彼女を傷つけてしまったあの戦い。魔法少女の圧倒的な強さを前に、俺が―――何を考えたか。

 

「――――――俺は、」

 

 杖に紫色の光が集う。

 そして、思ったことをそのまま―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカンを…友達を守れるくらい強くなるんだーーーッ!!!」

 

 

 口にした。

 

 紫色の光は、バチバチっと紫電のように迸り、まっすぐ人魂へ飛んでいき、炎の数々を飲み込んで。

 

 

グワアアアアアアアアアアアアアッ!!?

 

 

 ―――人魂に炸裂した。

 

 

「で……出た……!」

『……やればできるではないか…!』

 

 暴走する人魂をこれで止められればいいんだけど……

 

「だ、大丈夫、かな…? いま、結構デカいのが飛んでったよね? ……殺しちゃってない?」

 

『落ち着けクロウ。人魂というのは死んでいるものだ』

 

 煙が晴れると、青い炎の人魂は手のひらサイズともいうべきレベルに小さくなっていた。

 近づいてみても、害意は感じ取れない。むしろ、風前の灯火という言葉そのものとでもいうかのように、それは弱々しく揺らめいていた。

 

コンナ、トコロデ、私ハ…………

 

「こいつ……なんで『光の巫女』とやらを……魔法少女を憎んでいたんだ……?」

 

『魔法少女というものは闇の一族や闇の世界の者から恨まれて当然の存在だぞ』

 

 ラプソーンが人魂が怨霊になりつつあった人魂にそう言うが、俺が聞きたかったのはそういう問題じゃあない。もっとこう、内面的というか、具体的というか…そういう所を知りたいんだけどなぁ。

 

モウシワケ、ゴザイマセ……ラ…ソーン……様……………

 

「はああっ!!!?」

 

 

 コイツ、今なんつった!!?

 俺の耳がおかしくなってなきゃ、今………!!

 

 

「ラプソーンだと!!?」

 

『何!? 我ぇ!!? ま、まさか……!!』

 

…………? ラプソーン、様ガドウカ…シタノカ…………?

 

 消えかかっている人魂がラプソーンに様付けをした。

 それが意味するところは、もうひとつしかない。

 

「コイツ、ご先祖の信徒だったのか………!」

 

 ぶっちゃけ、半信半疑だった。暗黒神の後継に目覚めてからというもの、ゴミ先祖と一緒に生活してきたが、蔑んだりウザがったりする人はいても、信じたり崇めたりする人がいるとは到底思えなかったのだ。

 

『なんという偶然……我の信徒がここにいたとは……!』

 

「……………」

 

『……クロウ、何だその目は?』

 

「…………………………いや、別に?」

 

 もっとも、こんなの崇める奴の気が知れないけど。

 

ラプソーン様………!? ソコニ…イラッシャルノ、デスカ…………!?

 

『如何にも。死してなお、我を崇めるその信仰心、実に大義であった』

 

アリガタキオ言葉……………!

 

「オイコラゴミ先祖、会話すんな」

 

 ソイツはゴミ先祖を崇めるがあまり暴走しかかって無差別傷害を起こしかねない怨霊だぞ? 自分の信徒だと分かった瞬間手のひらを返すのはやめてほしい。

 

『その大義に答えるべく、来世の土産に良い事を教えてやろう。

 現在、我を封印してある杖を持つこの男。彼は、我の後継者だ。名をクロウという』

 

後継者、様………!

 

「え、ちょっと待って!?」

 

『我が後継者からそなたへと慰安の言葉を送りたい』

 

アリガタキ幸セ……!

 

「ええええええええええええええっ!!!?」

 

 おいィィィィ!! 何言ってんのこのゴミ先祖!?

 俺は早くこの空間から帰りたいんですけど! こんな得体の知れない人魂、消えかかっている上にラプソーンの信者なんだろ? 絶対に言葉を交わしたくない!

 

「ざけんな!! 何で俺がこいつに言葉かけねーといけないの!? というか慰安の言葉って……」

 

『それらしければ何でも良い。さ、我が信者に言葉をかけてやれ』

 

「丸投げのアドリブかよ!!? ったく………」

 

 信者の人魂は、俺の言葉を聞く前に消えてたまるかと言わんばかりに必死に形を保とうとしている。諦めた俺は、その人(?)に話しはじめた。

 

 

「えーと……後継者のクロウです。あなたがどうしてそんな姿になったのか……その姿になってから何年目になるのか……光の巫女を、魔法少女を恨む理由を……教えてくれませんか?」

 

奪ワレタノダ……25年前、全テヲ奪ワレタノダ!!

 

 25年前、全てを奪われた、か。この人はこの人なりに、必死に生きようとしていたのだろう。そして、魔族を狙う魔法少女に殺されたんだと思う。俺にはそう想像するしかできないんだけど……

 

「俺は………その嘆きに共感することは出来ません。ほんの少し前まで、ただの人間だった俺には……。」

 

『クロウ………』

 

 昔の魔族と魔法少女の戦いなどわかるはずもない。ただ、分かることといえば………

 この人もこの人を滅した魔法少女も、同じ人間だったということくらいだろう。

 

「でも、せめてもの慰みとして、祈らせてください。暗黒神の後継者と信者としてではなく、同じ人として。」

 

同ジ、人……

 

 杖を手放し、小さな人魂を祠に置いて、軽く掃除する。そして、手を合わせた。

 

「名も無き魂よ、どうか安らかに。

 そして………次の生では、平穏無事な人生を過ごせることを。」

 

 静かにそれだけ言う。

 すると―――

 

 

ナント…、ナンと、慈悲深いコトカ……!

 暗黒神様ノ後継者様が、私ノ為ニ祈ッテクダさるとは…………!!

 

 小さかった人魂の青い炎が、一旦大きく燃え上がったかと思うと……

 

 

ありがとうございます………若き、後継者、様………………

 

 

 燃料が切れたかのように、燃え尽きてしまった。

 感謝を告げた最後の言葉は、ノイズが奇麗になくなっていた。

 

「…………これでいいのか? ゴミ先祖」

 

『ゴミ先祖ではない、偉大なる御先祖様だ。

 ………まあ、今回のアレはまぁまぁといったところか。

 暗黒神の後継たるもの、自信なさげな慰め方はやめろ』

 

「純然たる事実を言っただけなんだけどなぁ」

 

 気がつけば、紫色の空間はなくなり、周りの景色はさっきまでの出来事が夢か幻かのように、元通り草ボーボーな廃工場のそれになっていた。ただ、ほんの少し整理された小さな祠が、さっきの出来事を事実だというように奇麗にされたままそこにあった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 倉庫跡に戻ると、ミカンだけがそこにおり、俺を見つけるなり駆け寄ってきて「どこに行ってたの!?」と詰め寄ってきた。

 何でも、途中で俺が行方不明になり、シャミ子が倉庫跡でフォークを見つけ、千代田と共に家に帰っても見つからなかったのだという。そろそろ1時間が経過しようとしていたそうだ。それを証明するかのように、日は殆ど沈んでしまっていた。あの空間内の体感時間やばいな。

 

 俺はゴミ先祖と話した結果、ミカンに俺の身に起こったことを説明することにした。

 祠に近づいたら、変な空間に閉じ込められたこと。

 人魂に襲われたこと。

 何とかして倒したが、その人魂がラプソーンの信者だったこと。

 かつて人魂は、魔法少女に殺されたと思われること。

 その全てを話した。

 

 

「……じゃあつまり、ずっとその……人魂と戦ってたってこと!?」

 

「体感時間的に15分かそこらのつもりだったけどな。それが1時間の失踪か……」

 

「無事だったから良かったけどさ……あんまり一人で無茶しようとしないでよ?」

 

「俺だってあの祠は千代田やミカンと調べるつもりだったさ。今回は巻き込まれたんだよ」

 

『よく言う。我の忠告を無視して窮地に陥ったクセに』

 

「それはゴミ先祖の忠告が―――」

 

「クロ?」

 

「違うんだミカン! 忠告が遅すぎたんだよ!」

 

「もう! みんな心配したんだからね!! 桃とシャミ子に連絡入れといてよ?」

 

「…それは……悪い……」

 

 

 当然のことながら、ミカンに怒られた。俺はそれを受け入れた。巻き込まれ事故だったとはいえ、ミカンや千代田に黙っていなくなったのは事実だから。

 

 ミカンに言われた通りに千代田とシャミ子に電話をしたら、案の定二人にも怒られた。千代田には「神原くんはおばかなのかな」と言われつつも、ミカンやシャミ子がどれくらい心配してたかを教えてくれた。シャミ子には泣きそうな声で色々言われたが、人魂を撃退したと知るや、「さすがエリートまぞく……」と呟かれた。俺はエリートじゃあないと思うよ。

 ちなみに、シャミ子が見つけたフォークは、どうやらシャミ子の家に伝わる伝説の武器だという。名前は誰も思い出せないそう。リリスさん頑張れや。

 

「今日はいろんな人に迷惑かけちゃったな……」

 

『そんな事を気にしているのかクロウよ?』

 

「人はそういう生き物だからね」

 

『不便な生物だな』

 

 迷惑をかけちゃった分、強くならないといけないかな。あの人魂が経験したであろう記憶のような悲劇を減らせるならば尚更だ。ミカンとばんだ荘で別れた後、そんな事を思いながら自宅への帰路につく。

 この日はトラブルこそあったものの、いつものように家に帰れる事に感謝しよう。明日からどうしようかと考えながら、歩みを進めた。

 

 

「そういやゴミ先祖」

『ゴミ先祖じゃない、御先祖様だ。して、どうした?』

「3人に人魂の正体話した時さ―――」

 

 

 

 

 

 

『暗黒神ラプソーンの信徒!? …………………………………………………………まさか本当にいたとはね……!』

『神原くん……それは…ジョークとか、聞き間違いとかじゃなくて?』

『え、ラプソーンさんに、信者がいたんですか!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――誰も信じてくれなかったね」

『やかましい!! どいつもこいつも…我を何だと思っておるのだ!!?』

「………喋る面白マスコット?」

『誰が面白マスコットだ!! おのれアイツら、我が復活した暁には真っ先に我の信徒にしてくれる!!

 これで勝ったと思うなよ〜〜〜〜〜ッ!!!』

「それをお前が言うのかよ……」

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 余談になるが、帰った後に母さんに千代田桜さんの行方について聞いてみた。もしかしたら、何か知っていると思ったからだ。

 

 

『……ごめんね黒男、母さんも流石にそこまでは分からないの。10年前のクリスマス・イブに桜ちゃんから電話貰って以降、連絡つかないし………』

 

「…流石に簡単には手がかりは掴めないか………」

 

 紅茶を飲みつつため息をつく。10年も行方不明となると、すぐには見つからない。基本的に行方不明者というのは、7年見つからなきゃ戸籍上は死人になっちゃうしな。

 

『黒男、お土産はどうだったかしら?』

「届いたよ。少しずつ消費してる。でも、紅茶が多いよ。ミカンと吉田家に分けたけど、まだあるもん」

『……じゃあ、不二さん()に送りつければ?』

「不二さん………不二実里んトコか?」

『そう。住所と電話番号分かる?』

「番号は交換した。住所は知らない」

『じゃあ、住所教えるわね。○○県七王子市の―――』

 

 桜さんの謎は結局分からないまま、母さんから不二の家の住所をメモることにした。………あとで不二に送っていいか確認取ろう……。

 

 

 しかし、俺はこの時、既に桜さんの行方について重大なヒントを母さんから受け取っていたのだ。

 ―――それに気付くのは、もうちょい先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 紅茶は、缶に蓋をしてしまっておくと味や香りが変化しにくいぞ!!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 千代田桜の手がかりを探すつもりが、人魂と戦っていた暗黒神後継者。密室に近い状況でイオナズンが使えず、防戦一方だったが、魔力を放つ基本的な攻撃で勝利を収める。この攻撃のモデルはドラクエⅧの第一形態ラプソーンの通常攻撃。


さまようたましい
 死した人の魂が、成仏せずに彷徨っている魔物。ドラクエでは大体まごついていたり様子を見たりで何もしてこないが、時折自爆する。ドラクエⅧでは、闇の遺跡に暗黒神の信者の魂といてこいつがいるので、拙作でも『暗黒神の信者の魂』という設定を採用。
 拙作では炎の呪文(メラやメラミ)を使っていたが、それは色違いのモンスターであるメラゴーストの役目。メラゴーストがメラミ使ったらメラミゴーストになっちゃうでしょうがとかツッコンではいけない。
 


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クロウの魔法修行! 暗黒神の力の真髄を体得せよ!……蜜柑と葡萄って色合い的には良さげだけど、食べ合わせ的にはどうなの?

今話あらすじ

クロウは じゅもんを おぼえた!




 薄暗く、紫を基調とした床に、赤い生地に金で縁取られた豪華な玉座のある、奥行きのある部屋。

 明かりの役割は、周囲にある溶岩のような光り輝く液体が務めている。

 そんな不思議な空間の玉座に、俺は座っていた。

 

 

 目の前には、明らかに露出度の高い格好をしたシャミ子と変身した千代田とミカン、そして片方が欠けた長い角とウェーブのついた金髪が特徴的な女性が立っていて、こちらを睨んでいる。誰だこの女?

 

『…待ちかねたぞ。幾度となく我が道を遮ろうとした愚かなる者たちよ。』

 

 しかし、そんな俺の意思とは裏腹に、口が勝手にそう喋りだす。

 

『思えば完全な力を得るために長い旅をしたものだ。

 旅の途中、お互い幾度もの悲しみを味わったな。………だが今日は互いに喜び合おうじゃあないか。

 この日より光の世界と闇の世界は一つとなり、一柱の神を迎える。―――新たなる神の名は暗黒神クロウ!』

 

 我ながら何を言ってるんだろう?

 声色は間違いなく俺のものだ。でも、俺の意志に反して言葉を発する口は、まるで別人のもののようだ。

 そう思っていると、目の前の少女達がそれぞれ口を開く。

 

「そうはさせない。神原くんは私達が取り戻す!」

 

「クロ……もうやめよう……もう終わらせましょう。こんな悲しい事、続けてちゃあいけないわ!」

 

「余の支配する予定の世界をメチャクチャにしおって。落とし前はつけさせてもらうぞ?」

 

「クロウさん……貴方を倒します。私達の大切な街角を、守るために…!!!」

 

 

 その言葉に、俺は心がぐちゃぐちゃになる。誤解だと言いたかった。今の言葉は、俺の本意じゃあないと。ミカンも、千代田も、シャミ子も、俺の知っている彼女達とはまるで違って、外見だけを似せた別人のように思えた。あと一人は誰だか知らないけど。

 

 

『―――どうしても俺の前に立ちはだかるというんだな。

 よかろう! 我を崇めぬというのなら……その身を引き裂かれるほどの悲しみを……このわたしに捧げるがいいッ!!』

 

 

 俺の口は、悲しみを呟くとラプソーンのような尊大な口振りで彼女達に命じた。

 杖から稲妻がほとばしる。

 それと同時に、4人が武器を取り出して構えた。

 わけのわからぬまま、5人による戦いが始まる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――と、思ったところで。

 

「……………んぅ?」

 

 場面が切り替わった。

 そこは、見覚えのある壁と天井。そして……布団。

 

「………??」

 

 さっきまでの不思議で不気味で、心がぐちゃぐちゃにかき乱されるほど嫌なシチュエーションが夢である事に気づいたのに、あと5分はかかった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「……というワケで、朝から悪いがくたばれゴミ先祖」

『なにがというワケで、だぁぁぁっ!!? 全くもって意味がわからぬ! え、なに? 我がその夢とやらを見せたと本気で思っておるのか!? 濡れ衣にもほどがあるぞぉぉぉぉっ!!?』

 

 意識が完全に覚醒し、朝食を食べた後も嫌なモヤモヤした気分が収まらなかったので、俺は元凶を叩くことにした。ひとりでに動くゴミ先祖の杖を追いかけ回す。一見するとただの八つ当たりだろうが、俺の言い分も聞いてほしい。

 

 何度も言ってきたことだが、俺は暗黒神の座を継ぐ気はない。後継者になったのは魔法少女に襲われ緊急的になったことであるし、ミカンや千代田、シャミ子といった友達の為に強くなることにしたとはいえ、道を違えるつもりはない。

 つまり、俺が「光と闇を一つにし、唯一神として降臨する」という夢を見てしまったのは、間違いなくコイツの仕業なのだ。だから悪いのはゴミ先祖だ。俺は悪くない。

 

「光と闇を一つにして唯一神になることがゴミ先祖の目標でしょ?」

 

『だからといってクロウにそんなピンポイントな夢を見せる事など出来ぬ!!』

 

「えぇ〜、そうかなぁ? 暗黒神たるもの、どんな分野でもある程度力業で何とか出来そうだけど」

 

『貴様、こういう時に限って暗黒神を持ち出すのは卑怯だぞ!? いくら力業には慣れてると言えども、流石に指定した人に具体的な夢を見せることなど全盛期の我でも出来ぬわ!! 精々洗脳して人格を書き換えるくらいしか……』

 

「え、ゴミ先祖、そんな事出来るの?」

 

『し…しまったッ! つい口が滑って……』

 

「もう有罪でいいな、このゴミ先祖」

 

 とゆーか、隙を突いて俺を乗っ取ろうとしたんじゃないのかコイツ? そろそろ焼却して反省してもらおうかな。

 そう思っていると、玄関のチャイムが鳴った。誰かわからないが、ちょうど良い。

 

「クロー、起きてるー?」

 

「おう、おはようミカン。ちょうど良かった、ゴミ先祖を焼却処分すんの手伝ってー」

 

「……………は?」

 

 俺のお願いに、玄関の前にいた人物―――ミカンは、ぽかんとしていた。

 

 

 

 単刀直入な俺のお願いをミカンはなかなか理解してくれなかったので、面倒だがいちから詳しく説明することにした。大体の説明が終わると、ミカンは深いため息をついた。そして、こう言った。

 

「……それは流石にクロの八つ当たりだと思うわ」

 

「がァーーーん……!! う、嘘だ……!」

 

「いや嘘じゃないし、こんな事で嘘をつく必要性私にはないからね。」

 

『だから言ったであろう! クロウの夢には一切関与していないと! 確かにクロウの見た夢は我が悲願であり、クロウが進むべき未来ではあるが、我が干渉した結果などではないし、偶然の産物であるということになるのだ!!』

 

 ミカンが断言すると、ゴミ先祖はその尻馬に乗って俺の事を煽りまくる。どうしよう、超殴りたい。

 

「ラプソーンはラプソーンでかなりヤバい切り札持ってたみたいだけどね」

 

『うっ!! ………陽夏木ミカンよ、忘れてはくれまいか? クロウよ、確かアールグレイティーがまだあった筈だ、それを彼女に』

 

「賄賂で誤魔化していい能力じゃあないのよ」

 

 しかし、ミカンは俺の夢の件よりもゴミ先祖の『洗脳して人格を書き換える能力』を危険視したようだ。

 

「ラプソーン。今、クロを操れる?」

 

『む、無理に決まっておろう!! だいいち我は封印されているのだ! どれだけ頑張っても、今の我は口しか出せぬしクロウの補助しか出来ぬ!』

 

「………クロ、どう思う?」

 

 ミカンの危惧も分かる。俺はゴミ先祖の復活に消極的だが、ゴミ先祖本人は復活を誰よりも望んでいる。そうなると、最悪俺を直接乗っ取って、賢者を皆殺しにかかる可能性もある。

 ミカンの真剣な質問にゴミ先祖が答えると、次は俺にその質問を振ってきた。真面目な意見を言うべく、必死に暗黒神の子孫に目覚めてからの記憶を辿る。

 

「…限りなく怪しい。が、今まで俺が操られたことはない。」

 

「そう……本当に使えないのか、あるいは隠しているか……」

 

『本当に使えないの! 我、封印中ぞ!? この忌々しい杖に絶賛封印中だぞ!!?』

 

 ゴミ先祖がなにかわめくが、ぶっちゃけコイツは前科しかないので全くもって信用できない。

 だから、信用できる情報源に頼んでみようかな。

 

「……クロ、どこに電話かけるの?」

「暗黒神について信用出来る情報の持ち主だよ」

 

 電話帳から、番号を探す。この時間なら、彼女も起きていることだろう。再びこちらの都合で呼び出す形になってしまうが、ラプソーンの情報交換という名目なら、快く引き受けてくれるに違いない。

 通話ボタンをタッチすると、スマホのコール音が数回鳴り響く。そして、ガチャリと電話を取る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『暗黒神…貴様を殺す…!』

 

「ンブッフ…!」

「クロ……?」

 

 ごめん。流石にそれは予測出来なかった。不二にかけたと思ったのにペット……じゃない、ナビゲーターが出てくるとは思わんわ。

 突如耳元から聞こえてきた絶妙に良い声………もとい、インコのイケボに吹き出してしまう。心配してくれたミカンを手で制し、平静を装って会話を試みる。………このインコに話が通用するとは思えないけど。

 

「えーと……不二さんのおたくでしょうか……?」

 

『わるまぞく……貴様を殺す…!』

 

「実里さんにご用があるのですが……」

 

『貴様を殺す……貴様を殺す…!』

 

「………………………ラファエル、お前それ、ご主人のスマホじゃあねーのかよ」

 

『…………………貴様を殺す…ッ!』

 

「早く不二に繫いで」

『貴様を殺すッ!!!』

「…っ…………ずっるいわ……」

 

「クロ…何で笑ってるの……?」

 

 ミカンにちょっと引かれてしまう。色んな意味で俺は悪くないので超弁明したい。やはり、「貴様を殺す」しか喋れないインコと会話を試みた俺がバカだったのかなぁ。

 

『こら! ラファエル! またわたくしのスマホで遊んで…!』

『貴様を殺す……』

『……え? 電話?』

 

 スマホに話しかけるラファエルを見つけたのか、不二の声が小さく聞こえてくる。彼女は、ラファエルとどうやって会話してるんだろうか?

 

『…お電話変わりました。先ほどは申し訳ございません。うちのインコがご迷惑を……』

 

 ついに電話の相手がラファエルから不二へ変わった。これ以上ラファエルの殺害宣言に悩まされることのなくなった俺は―――

 

「……不二。お前はズルいな。ずる魔法少女だな。」

 

『はい!? ずる魔法少女とは一体……?』

 

 ―――そう、不二に言ってやった。

 ラファエルの殺害宣言のゴリ押しで受けた風評被害がそこそこあったので、飼い主にこれくらい言ってもいいと思う。

 

 

 

 お前はズルいと言った後で、ラプソーンが力を隠し持ってやがったからちょっと立ち会って聞いて欲しいとお願いしたところ、「多魔川の河原でお待ちしております」と快く引き受けてくれた。あとラファエルがしでかした謝罪も。

 

 ただ、ミカンに電話の相手を告げると、苦虫を噛んだような顔をされた。

 

「……クロ、本当に大丈夫なの? その人……」

 

「不二とは契約をしたんだ。俺の黙認と情報交換という契約をさ。それに、母さんが魔法少女だって事や神鳥レティスについて教えてくれたのも不二なんだぜ?」

 

 先日の会談の内容も交えてミカンに説明する。でもどこか納得していないらしく、ミカンも着いてきてくれるみたいだ。ま、もとよりミカンも同行させるつもりだったけど。

 ちなみにいちおう千代田にも連絡したが、シャミ子へのネットリテラシー講座中だから行けないと断られた。それでいいのか魔法少女。

 

 

「タマゴはエライッ! 誰がなんと言おうがタマゴの方がえらいわっ!」

「いーや、ニワトリの方が断然エラいねッ!!」

 

「………クロ、お隣から声が……」

「無視でいい。なんかアレに関わるのは良くないって勘が告げてるんだ」

 

 よく分からない事でケンカしているお隣さんをよそに、家を出た俺とミカンは多魔川の河原へ歩き出した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 河原へ辿り着くと、そこには既にワンピース姿の不二がいた。川の流れとスマホを見ながら俺達を待っていたようで、俺達が現れると彼女はスマホをしまってこちらを見た。

 

「待たせたな、不二」

 

「いいえ……わたくしも先程こちらに来たばかりですので」

 

 俺の挨拶に返事をすると、ミカンの方を見て―――

 

「おはようございます、陽夏木さん。先日はご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」

 

 会釈つきの挨拶をした。

 挨拶だけでここまで優雅で気品のある立ち振る舞いをするとは、流石ブルジョワ魔法少女。余程、失った信頼(少なくとも不二は失ったと思っている)を取り戻したいようだ。

 

「……えぇ、おはよう、不二さん」

 

 不二の挨拶にミカンはそっけなく返す。千代田や俺相手とはえらい違いだ。

 ……なんか、気まずいなぁ。どうにかして、和解できないモンかな……俺が原因だから、尚の事何とかしてやりたい。

 

 でも、取り敢えずはゴミ先祖の案件が先だ。

 

「さぁ、ゴミ先祖。きりきり吐け」

 

『クロウ、お前本当に我の子孫か!!? 御先祖様に対する何かこう……ないのか!?』

 

「そういうのはあるけどお前に対してはないかな」

 

 しかし、思った通りというか、ゴミ先祖は渋る。脅して、貶すだけじゃあきっとコイツは教えてくれないだろうしなぁ。

 あんまり気は進まないけど、仕方ないか。

 

「ゴミ先祖。何かやりたい事、あるか?」

 

『え、なに急に? ………ふむ、そうだなぁ―――』

 

「勿論封印解除以外でな」

 

『心を読まれた!? 待てクロウよ、それ以外だとすぐには思いつか―――』

 

 鞭が駄目なら飴作戦。やりたい事をやらせる代わりに乗っ取りについて教えて貰おうという算段だ。コイツのやりたい事をやらせたらいつか俺が世界の宿敵になりそうで怖いが、ミカンと不二にラプソーンの隠した技を教える為だ。

 といっても、コイツにはやりたい事なんてすぐに浮かぶわけが……

 

『……………クロウよ。我の魔法適正チェックとそれに伴う魔法の修行を受けてくれ。それなら良いだろう?』

 

 なん……だと……!?

 このゴミ先祖が封印解除以外でやりたい事が浮かんだ……!?

 一体、何を企んでいるんだ!?

 

 

「み、ミカン……不二……どうしよう、ゴミ先祖がまた何か企んでるよ……!」

「よし、粉々にしましょ」

「助太刀いたします」

 

『クロウ!!! お前から言ってきた事だろうが!!!!』

 

「ごめんごめん。冗談だよ、冗談」

 

 不二とミカンに武器を降ろさせた後、ゴミ先祖の真意を聞いてみる。魔法の適正とは一体……?

 

『適正と言ったが、まぁ簡単に言ってしまえばその人それぞれの魔法の形といったところだ。陽夏木ミカンが遠距離射撃を、不二実里が二刀流を交えた魔法を、千代田桃が拳の魔法を得意とするのと同じようなものだ』

 

「千代田の拳の魔法………?」

 

「聞いたことないわよ…?」

 

『あの物理が得意な魔法少女のことだ。「フレッシュピーチハートシャワー」とやらもどうせ拳の雨だろう』

 

「桃に言っとくわね」

 

『待て陽夏木ミカンよ、本気にするな。暗黒神ジョークだろうが』

 

 あーあ、ゴミ先祖は後で千代田に粉々にされること確定だな。俺知ーらないっと。

 

「要するに、俺が得意な魔法をこれからゴミ先祖が調べるって事なのか。」

 

『そうだ。クロウにはその適正調査と修行に付き合って貰う。その代わり、我の乗っ取りの秘術について嘘偽りなく陽夏木ミカンと不二実里だけに教えようではないか!

 こんなことは特別だぞ、光栄に思うがいい…!』

 

 

 特別とか言ってオトク感を演出してるけど、絶対これミカンや不二が仲間に漏らすぞ。

 俺は内心でそんなツッコミを入れながら、ゴミ先祖の言葉の続きを聞く。

 

 

『この秘術は魔力を込めた杖などを通して対象に言葉をかけ、その者の持つ欲望を増幅させ、理性のブレーキを徐々に壊していく、というものだ。』

 

「ふーん……今は使えないのか?」

 

『クロウが我が力を行使することは出来ても、レティスが我を封じ込めたこの杖自体に、我は魔力を込めることが出来ぬ。前提条件を満たせぬ以上、誰かを乗っ取ることは出来ぬのだ』

 

「………不二、ほんとか?」

 

「はい。先祖代々から伝わる日記や魔導書の情報に、その記述がありましたわ」

 

 どうやら、レティスや七賢者は、ラプソーンの「人を洗脳して操る秘術」をしっかり把握し、封印した時に対策をしていたようだ。ひとまず、俺が知らぬ間に洗脳され、凶行に及ぶようなことはないと判明し、安心のため息をつく。

 

 

「………その秘術で、だれか操ったことある?」

 

 ミカンからそんな質問がゴミ先祖に投げかけられる。

 

 

『何度かやったが………一番上手くいったのは封印される少し前……ドルマゲスの時だな』

 

 ラプソーンは杖の鳥の頭の部分をミカンに向けると、さらりと答えた。

 

「ドルマゲス?」

 

『奴はかつて錬金術師の弟子であった。しかし、驚くほど才能がなくてだな。いつも師に怒られていた。奴なりに努力はしていたが認める人間はいなくてな。そして奴は我に願ったのだ………みなを見返すほどの力を。』

 

「おいゴミ先祖、まさかお前………」

 

『与えたぞ? 力』

 

「典型的にダメなやつ!!!」

 

 そういう虐げられたり不遇な扱いを受けてた人が、周りを見返すために力を得るなんて、ロクでもない結果になると相場が決まっている。むしろ、そういう結果になると分かっていてやっていたのか、コイツは?

 

「……ともあれ、現在はその忌むべき力はしっかり神鳥レティスと七賢者達が封印した、と。取り敢えずは、ひと安心ってところね。

 ―――良かった。もし乗っ取られる危険性があったら全力で杖を消し飛ばしてたところよ」

 

『あれ? ひょっとして我、さっきまで命の危機だった??』

 

 

 まぁミカンと不二の言うとおり、本当にゴミ先祖に乗っ取られる可能性がないということは証明されたから、一応は大丈夫か。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ラプソーンの隠していた能力の詳細が明らかになり、それがしっかり封印されてると知った後、俺は約束通りラプソーンの魔法適正調査と魔法修行を受けることとなった。不二やミカンは残って様子を見てくれるらしい。

 

『では早速適正を調べるぞ。変身してくれ』

 

「お、おう………“トランスフォーム”」

 

 変身してカラス風のコスチュームを身に纏うと、杖がひとりでに俺の目の前に立ち、そのまま静かになった。おそらく俺の中の何かを調べているんだろう。

 性根がゴミなラプソーンが珍しく真面目にやっている事は分かる。分かるんだけど………

 

「…………ミカン、不二? この絵面、大丈夫? 俺、怪しくない?」

 

 

 黒や紫の、鳥をモチーフにした鎧兜を身に着けた男が突っ立ち……目の前には紅い宝珠をくわえた鳥の頭が象られた杖がまっすぐ立っている。

 想像するだけで一般ピープルが二度見するタイプの絵面だと思う。

 

 

「え、えーと……怪しくない、と思うわ」

 

「そう、ですね……初めて見た方からすれば『何かのイベントかコスプレか?』と思うくらいで……法的には…問題ないかと」

 

「おいこっちを見ろ魔法少女」

 

 流石に目を逸らしながらその答えは「怪しい」と言ってるようなモンだろうが。

 ミカンはそれなりにフォローができる人だと思っていたのに、完全に俺へのフォローを諦めている。

 不二に至ってはフォローのつもりが全くフォローになっていない。何かのイベントかコスプレと思われる時点で大分アウトなんですけど。あと法的に問題ないのは当たり前だもんね、ちょっと職務質問されるだけだもんねってバカ野郎。

 このままでは俺が回覧板デビューしてしまいかねないので、リテイクした方が良さそうだなぁ、このコスチューム。

 

「…………ご先祖」

 

『少し静かにしろクロウ』

 

 まだなにも言ってないのに。解せぬ。

 

 

 

 そうして俺はゴミ先祖の杖の前で立ち続けた。通りすがった犬が吠え、その飼い主に二度見されても、街の子供たちにすげーかっけーと囃したてられても、魔法の適正のために弁明することなく静かにただ立っていた。不二とミカンが何かを話していても、俺は内容を聞くことの出来ないまま、数分の時は流れた。

 

 ――そして。

 

『……うむ、把握できた。もう動いて良いぞクロウ』

 

 ようやく、不動の時間から解放された。

 

『クロウ、前々から思っていたが、お前才能あるぞ。特にメラ系やヒャド系、イオ系や回復が最高だ』

 

 ゴミ先祖は興奮気味にそう告げるが、回復以外が全く分からない。イオ系はなんとなく予想つくけど。

 

『メラ系は炎。火の玉で敵を攻撃する魔法だ。攻撃力が高く、ダメージを与えやすい傾向にある。メラの派生で広範囲の炎で敵を焼く閃熱呪文(ギラ)系にも発展するぞ。』

 

 つまり……この前戦った人魂が使ってきたみたいな呪文か。

 

『ヒャド系は氷。敵を凍らせ凍傷を与えたり拘束することが可能という特徴を持つ。』

 

「…………で、イオ系と回復というのは不二と戦った時の爆発系……」

 

『然り。練度を上げれば爆発の威力がより出て、より良き回復ができるだろうがな。』

 

 なるほどな。

 それらの呪文が俺の覚えやすい魔法、と。

 

 

「……火が使えるならガス代が浮くか。氷もものを冷やせるからやり方次第で電気代の節約になる……回復も使えそうだな……」

 

「……え?」

「く、クロ?」

 

 不二があり得ないものを見る目でこっちを見てくる。ミカンも、なにやら変な人を見るような目だ。

 なに? どうかしたのか?

 

「いえ…その……随分………えと……家庭的な使い方だなと…思いまして」

 

「そういう魔法の使い方するまぞく初めて見たわ」

 

 なに言ってんのこの人たち。日常使いできるものは日常使いするのは当たり前でしょ?

 

 

『……………………クロウよ。お前は馬鹿なのか? おバカなのだな?

 そんなチャチい魔法を我が教える訳なかろうが。全て戦闘用の魔法だ』

 

「え、俺がおかしいの?」

 

 その質問に、ミカンも不二もゴミ先祖も、全力で首を縦に振ったのであった。全くもって納得いかない。

 後で聞いたことなのだが、魔力・魔法といえば、魔法少女の体(高濃度のエーテル体)を形作るものだったり、攻撃の手段だったりしたのであって、日常使いはあんまりしないという。また、ミカンや不二は、悪意を持つまぞくと何度か武器を交えた事があるらしく、その全てが魔力を悪用していたのだそうだ。故に、俺みたいに魔法を家庭的に使おうとした奴は初めて見たんだと。やっぱり納得いかねぇ。

 

『早速だがクロウよ。火の魔法と氷の魔法を使ってみるのだ』

 

「え、えーと………メラとヒャド、だよね。」

 

 ゴミ先祖がそう言うので、納得いかない部分を頭の隅に押し込めながら、右手を広げる。

 

 

「―――火呪文(メラ)

 

 人魂が放ってきた炎を思い出しながら魔力を感じ、呪文を唱える。すると、広げた手の上で、手のひら大の火の玉がボウっと燃え上がり、ボールの形を維持したままそこに現れた。

 

 

「おおお!! 出た! ミカン、不二!!! 出たよ、火の玉!!!」

 

「わ、分かったからこっち向けないで! 見てるだけで熱いわ!!」

 

「んえ? ………………」

 

 ミカンにそう言われ、出した火の玉をジッと見つめてみる。真ん丸の火球は、めらめらと燃えている。周りが赤く、中心に行けば行くほど白に近くなっていって…………夏の日差しもあり、とても暑い。

 

 

 

「―――()っっっっつァァァァ!!!!? 今、夏だった!!」

 

 慌てて火の玉を投げ捨て、魔法を解除した。

 そうだ……今は夏休みの真っ只中だった。しかもいい天気。そら、こんな炎天下で火の呪文使ったら熱いに決まってるよ!!

 

『…………クロウ、次は氷だ。早くしろ』

 

 ゴミ先祖が呆れ果てたような声で言ってくる。今のは俺の自業自得だけど、なんかムカつく。

 それはともかく、早く氷を出して、涼しくなりたい所だ。イメージは………コンビニとかで売っている、透明度の高いヤツ、だろうか………?

 

「―――氷呪文(ヒャド)

 

 

 再び呪文を唱えると、今度は目の前に身長の半分くらいの氷がひとりでに現れた。

 

 

「うおっ!? で、デカくないか……?」

 

『別に問題ないだろうが……氷の方が制御が甘いな。火の方が上手く行ったのは、人魂戦で火の魔法を見たからイメージしやすかったのだろう』

 

 おもむろに氷に触ってみる。

 本物の氷のようにひんやりと冷たく、暑いこの日には心地いい。

 ………良いこと思いついた。

 

 

「ヒャド………ヒャド………!!」

 

『クロウ??』

 

 魔力の無理が祟らない程度に氷の群れを製造する。

 その中から、ちょうど座れるような場所を見つけると、俺は氷をイスのように座り、氷の壁に身をもたれた。

 

 すると全身に伝わってきたのは―――爽やかな冷たさ。真夏日の中魔法でできたそれは、普通の氷に比べて溶けにくいのか、天国の空間を再現していた。冷気に抱かれているかのような心地よさは、俺からここから抜け出す気力を奪っていく。

 

『……何をしているのだ?』

 

「見て解らなければ訊いても分からん……!」

 

『見て解らぬから訊いているのだが』

 

「おーいミカン、不二!! こっち来いよ、最高だぜ〜〜!!!」

 

 ゴミ先祖をスルーした俺の呼びかけに、ミカンと不二がやって来る。二人とも俺製造の氷の群れに驚いていたが、氷に触り始めると二人の表情に快感が宿り始めた。

 

「わっ! 冷たい!涼しい!! これ、クロが作ったの!?」

「あんまりこれに浸っていると、風邪を引きますわよ? ……でも、冷たくて夏には快適ですわ……!」

「だろ? しばらくコレで涼もうぜ?」

 

 こうして俺達三人は、なんの変哲もない高校生特有のバカげたノリで魔法の氷と冷気を堪能したのであった。

 

『それで良いのか後継者と魔法少女!!!』

 

 

 うっせえゴミ先祖燃やすぞ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ひとしきり氷で涼んだ後は日が傾き始めたこともあって不二は帰り際に「お紅茶、ご馳走様でした」とお礼を言ってから帰っていき、俺達も家に帰ることになった。

 

「―――なぁミカン」

「なに?」

「俺が魔法適正調査で動けなかった時さ、不二となに話してたの?」

 

 帰路についている途中、そんな事を聞いてみた。

 

「……クロと二人で会った時にね、何話したのって聞いてたの。

 『ジャハガロスの所在を尋ねた』って事と、不二さんがクロと契約したってことをね……答えてくれた。その理由もね。」

「そういや、俺には借りがある、って言ってたな」

「クロと初めて会った時、不二さんは相討ちする覚悟で来たそうよ。……ラプソーンの子孫と戦うって、そういう意味があったって。」

 

 そんな事を言っていたのか。じゃあつまり、俺と不二が初めて出会ったあの日、アイツは死を覚悟してあそこに来たって事になる。となると、不二が言ってた「借り」とは一体……?

 

「借りっていうのは……見逃してもらったこと、なのかな?」

『いや、不二実里は千代田桃や陽夏木ミカンと比べて魔の者に対する態度は未だ固い。むしろ宿敵に見逃されたら矜持(プライド)が許さないだろうな』

「不二さんは、私達と出会ったあの日に気付かされたんだって………『まぞくにも大切なものや人や日常があって、それを守るために戦うんだ』ってこと」

「そうだったのか……!?」

 

 全くもって想像つかなかった。俺が極大爆裂呪文(イオナズン)でぶっ飛ばした後言ったあの言葉が、不二の態度の軟化の原因だったなんて。

 

「『青天の霹靂でしたわ』って言ってた。『今までは平和維持の為にただまぞくを倒していただけでしたので』とも。でも、クロを知った事で戸惑ってたんだって。そこで、クロから誘いの連絡が来たって言ってたわ」

「あの間違いRINEの件か………」

 

 要するに、俺みたいなタイプを初めて知って迷っているところで俺は不二を呼んだってわけか。何だか悪いことしちゃったかなぁ。

 

「ミカンは、それで納得したか?」

「……正直、まだ信用してないわ。でも、クロが行動したからこそ、不二さんの中の何かが変わり始めてるって事を知れた事は……良かったと思う」

「そっか」

 

 完全に仲直りするまでまだ時間が要る……というと、色々語弊を生みそうだけど、二人の間の溝をほんの少し埋めることが出来たみたいで、気まずい気持ちが少しだけ雲散した気がした。

 

「あ、そうだミカン。この動画見るかい?」

「え、なんの動画?」

「不二のナビゲーターの動画なんだがな。ラファエルっつうインコらしい。確かここに保存した気が……あった」

「どれどれ?」

『紅玉リンゴ…貴様を殺す…! シャクシャク……貴様を殺しゅっシャクシャク』

「ぷッッアハハハハハ!! なんでこのインコ『リンゴ貴様を殺す』って言いながらリンゴ食べてるの!!」

「コイツと意思疎通出来るらしいぜ、不二」

「どうやって!!!? 色々ツッコミ所しかないわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――帰宅後。俺は早速、氷呪文(ヒャド)で冷凍庫を一杯にして電気代水道代の節約を図ろうとしたのだが………

 

『クロウ、何だこの有様は?』

「うううっ………氷を作ろうと思ったら冷凍庫とチルドが……冷蔵庫の下半分が凍っちまった……」

『馬鹿だな。魔法の氷はなかなか溶けんぞ? どうするつもりだ』

「仕方ない、火呪文(メラ)で溶かして」

『冷蔵庫をオシャカにする気かド阿呆が。大人しく溶けるのを待つことだな』

 

 制御がまだ甘いせいで、冷蔵庫半分が暫く使えなくなってしまった。ドチクショウ。

 

「くそぅ………これで勝ったと思うなよ……」

『何にだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 魔法の制御をマスターして、練度の高い暗黒神になるのだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 ついに魔法が使えるようになったオリ主。メラ系は前回のさまようたましい戦で見た経験から簡単に使えるようになるが、ヒャド系はイメージ不足のため制御不能。楽しようとした結果冷蔵庫を半分凍らせてしまった。

不二実里
 まだクロウを暗黒神の後継者として見ている隣町の青色魔法少女。ミカンとは気まずい関係だったものの、今回のミカンとの会話で少し距離感が掴めるようになった。いずれ、彼女がメインの回を書きたいところだが、今はまだシャミ子に会わせられないので気長に書いていき桃やミカンよりの穏健派に育てていくしかない。

ラファエル
 スマートフォンで電話を取るというインコどころかほぼすべてのペットでも不可能ではないかという所業をやってのけた光の御使いインコ。しかし、やっぱり「貴様を殺す」しか言わない。もうラファエルはこのネタのゴリ押しでいく予定。

ドルマゲス
 ドラゴンクエストⅧにおける、主人公たちの宿敵。テラ子安。
「悲しいなぁ」を口癖とし、賢者の子孫の命を狙っている道化師姿の男。3DS版ではその衝撃的な過去も明らかになる。というか、ネタバレ甚だしい描写してしまった。え?ラプソーンの時点でお察し?まさかぁ。
 拙作では、どうしても設定を噛み合わせることが出来なかったので、泣く泣く過去の人に。声といいキャラといいすごく立っていただけあり、我ながらとても残念。



今回の呪文辞典

・メラ
 敵一体に火の玉を放ち、ダメージを与える。

・ヒャド
 敵一体に氷の刃(または氷塊)を放ち、ダメージを与える。

・イオナズン
 比類なき大爆発を起こして、敵全体に大ダメージを与える。





あとがき
今回のお話は、次回以降のフラグ建築と説明回でした。ちなみに、ドラクエⅧ以外から何故か出張してきてる奴らもいるぞ!分かったら作者と握手だ!


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小さき猫を救え! ゴミ先祖の怪しき慈善事業!……おのれ、ここには悪魔しかいないのか!?

今話あらすじ

あらたな なかまが くわわった!


※2020-1-29:日間ランキング20位を獲得しました。応援ありがとうございます。


 

 

 

 

 ―――これから述べるのは全て俺の主観だが。

 

 

 俺、神原黒男(クロウ)は友達付き合い『は』良い方だと自負している。

 

 隣に越してきたミカンとあっという間に親友になり、転校前の学校でも、それなりに上手く世渡りできていた。転校後は千代田やシャミ子、佐田とすぐに仲良くなり、男子ともある程度話す間柄になれた。……特に仲いい奴がミカンだからか、今も昔も「陽夏木はお前の彼女なのかァ? おおん?」って誤解が多いけど。え、小倉? 知らんわ。

 

 

 陽夏木ミカンは、人付き合いがとても上手だ。

 

 俺がミカンと同居するまでの間柄になったのは、互いの親が家を空けてたのもそうだが、ミカン自身が俺をある程度受け入れてくれたからだと思う。また、小さい頃から女子のグループに入っていける人だ。感情が大きく揺れると呪いが出るため、呪いが出ないように色々と努力こそしているが、本来は喜怒哀楽が豊かな人なのだ。俺を含めてミカンと長い付き合いの人はそれを見抜いている。

 

 

 千代田桃は、基本的に物静かな少女だと考える。

 

 シャミ子と共に行動してることが多い千代田だが、決まってシャミ子がパパパッて喋り、千代田が嬉しそうに相槌を打つ、という形が基本的だ。ただ、シャミ子は「筋肉とたまさくらちゃんの話をする時の桃はよく喋る」とも言っていたので、全く話せないという訳ではないらしい。取り敢えず千代田に筋肉やたまさくらちゃんの話を振るときは気をつけよう。

 

 

 小倉しおんは、恐らく人に合わせるということをしないだろう。

 

 一に実験、二に実験、三四がなくて五に人体実験みたいな奴だ。オマケに、倫理観らしい倫理観も持ち合わせていない。マッドサイエンティストという言葉が恐ろしくピッタリ合う彼女に、協調性を求めるだけ無駄だとさえ思う。

 

 

 

 

 ―――まぁ色々と言ってきた訳だが。

 

 そんな俺たちが今どうなっているかというと。

 

 

 

「神原くん……その猫をこっちに渡してくれないかな?」

「クロ………お願い。桃の言うとおりにして」

 

「ま……待て! この子をどうするつもりだ!! まだ…生まれたての命なんだぞ!」

 

「この街の為なの。お願い」

 

「クソッ……小倉、なんとかして……小倉?」

『小倉しおんなら魔法少女どものカチコミが来るだいぶ前に帰ったぞ』

「小倉ァァァァァ!!!!!」

「ニャー」

 

 

 学校にある小倉のラボにて、二人の変身済魔法少女から背中の猫を俺は必死で守ろうとしていた。魔法陣の中心にいた豹柄の子猫は、ただ今の事態を全く分かっていないかのようにニャーと鳴いているだけだ。

 

 ……どうして、こんな状況が生まれたのか?

 

 それを説明するには、この日の昼頃まで時計の針を巻き戻す必要がある。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 その日は、多魔市の事についてよく調べるため、家をゴミ先祖に任せて普段は寄らないような学校付近を散策していたのだ。

 

 すると突然、スマホが震えて電話の呼び出しBGMが流れた。

 

 

「……もしもし?」

 

『あ、神原君? 今ヒマ? ちょっとラプソーンさんと一緒に付き合って欲しい実験』

 

 すぐさま電話を切った。

 ……俺、小倉に電話番号教えてないはずなんだけど。というか今、ゴミ先祖の名前まで出た気がする。

 しかし、すぐにスマホが震える。着信先はやっぱり小倉。

 

『神原君。人の電話を途中で切るの、良くないと思うんだけど』

 

「……人をロクでもない実験に―――」

 

『そうそう。でね、実験に付き合ってほしいんだけど』

 

 再び電話を切る。

 やっぱり、コイツに話は通用しないわ。俺は前回小倉と話した時の「気を失うほどの猛毒団子事件」を忘れてないからな。

 

「……ったく。小倉は着信拒否した方が良さそうだな」

 

「えー。そんなの傷つくなぁ、神原君」

 

「おめーが人の話を聞かなかったり倫理を無視したりするからだろうが」

 

「その必要性を感じないよねぇ」

 

「いつか警察に捕まるぞおま…………………ん??」

 

 

 ………ちょっと待て。今…俺は誰と話している? しかも、電話の声と似ているような………

 首をゆっくり、油が切れて錆びついたブリキ人形のように声のした方に向ける。すると、そこには女子制服の上から黒い外套を羽織った―――小倉が。

 

「こんにちわ、神原君」

 

「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! で、出たアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」

 

「ふふっ、何そのオバケを見たみたいな反応」

 

「オバケの10倍はタチ悪いのに出くわしたんだよ! 今!」

 

 しかも何故俺がここにいると分かったんだ!?

 小倉はニコニコしながら答えを言う。

 

「神原君のスマホに発信器仕込んでおいて良かった♪」

 

「いつ付けたの!? 怖いッ!!」

 

 

 

 恐怖に震える俺を、小倉は相変わらずニコニコしながら引っ張っていく。何処に連れて行かれるのかと思ったら、思った通りというか、いつか連れてこられた学校にある小倉のラボだった。

 

『待ちかねたぞ、クロウ。そして小倉しおんよ』

 

 しかもなんかそこに留守番してる筈のゴミ先祖までいた。

 

「おいなんでテメーがここにいんだゴミ先祖」

 

『家には鍵をかけたから安心するが良い』

 

「そこじゃねーわ」

 

 家に鍵をかけてきてくれたのは地味にありがたいけどさ。

 俺は、小倉とゴミ先祖にラボへ俺を連れてきた理由を問いただす。二人の言い分はこうだった。

 

『先日の適正調査でクロウが回復も得意である事が判明した。回復は戦闘の生命線。欠かせば己や仲間の死に繋がる。ゆえに、今のうちに練習すべきと判断した。小倉しおんは協力者だ』

 

「言いたいことは分かるけどさ……」

 

「私、回復呪文を間近で見てデータを取りたいでーす!」

 

「アー小倉サンハ素直デヨロシイデスネー」

 

 ゴミ先祖の言い分は今後のことを考えると合理的ではある。たとえ攻撃魔法がまだ未熟でも、回復を習得することができれば千代田やミカンのサポートに回ることができるからだ。あと小倉は小倉で素直すぎて後が怖い。

 

 

「……それで? 回復魔法の練習って何やるのさ?」

 

「この子に協力してもらいまーす」

 

 小倉が持ってきたのは、ドーム状の鳥かご。中には、クチバシのとがった黒い鳥がいた。ラファエルと比べて、体が全体的に丸い。

 小倉が鳥かごを開けると、その鳥が彼女の指先に止まる。

 

「トリタロウくんでーす」

「ボクハトリタロウ」

 

「わっ、喋った! ……小倉、この子をどこで」

 

「千代田さんが譲ってもらったのを引き取ったんだー」

 

 へぇ。千代田が誰から譲って貰ったのか知らないけど、マトモに喋る鳥とは珍しいな。……喋る鳥にいい思い出ないけど、これならいい思い出になりそうだ。

 

『では小倉しおん。早速始めてほしい』

 

「え、始めるって何を―――」

 

「はーい!」

「ボクハトリタグワーーーッ!!!

 

「!?!?!?!?」

 

 

 目の前で起きた事に動揺を隠せなかった。

 何故って―――小倉がどこからか取り出したサバイバルナイフで、トリタロウ君の背中をぶっ刺したのだから。

 トリタロウ君の悲鳴がラボ内に響き渡り、小倉の指先からトリタロウ君がぽとりと落ちる。

 

 

「な…何してんの!? 小倉、なにしてるの!!?」

 

「トリタロウくんをちょっと刺したんだよ」

 

「その意図を聞いたつもりなんですけど!!?」

 

『魔法の反復使用だ。基本にして王道。繰り返すことで練度を高める訓練だ。

 ―――さぁ、早くトリタロウを回復してやれ。それとも……見殺しにするつもりか?』

 

「………こんのゴミ先祖!」

 

 愉悦に浸るゴミ先祖を一瞥すると、俺はすぐさまピクピク震えるトリタロウ君に両手を添える。……まだ温かい体温の感覚と視界に映る血で吐きそうだ。

 

 

大回復呪文(ベホイミ)!」

 

 

 吐き気を我慢して魔法を行使する。両手が穏やかに光ると、その光がトリタロウ君の刺し傷を塞いでいく。周囲の血も、逆再生のようにトリタロウ君の体に戻っていく。

 

 

「―――よし、できた!」

 

「すごーい神原君! じゃあ()()()()()()激し目にいくね?」

 

「えっ、今度はって――」

 

「ボクハグワーーーッ!!!

 

「トリタロウくーーーーーーーんッ!!?」

 

 なんてこった! 小倉のやつ、トリタロウ君を治した側からナイフを突き立てやがった! しかもさっきより激しく!!

 

「やめろ小倉! トリタロウ君が死んじまうッ!!」

 

『ならさっさと治さないか、クロウ!』

 

「……ちくしょうッ!!」

 

 俺は再び傷ついたトリタロウ君を大回復呪文(ベホイミ)で回復する。しかし、また回復したそばから小倉がトリタロウ君を刺そうとする。

 

「やめてくれ! トリタロウ君のHP(ヒットポイント)はもうゼロだ!」

 

「神原君どいて? トリタロウくんに刺せない」

 

「刺したら駄目だから! 動物愛護団体に訴えられるから!!」

 

『ならば我が』

 

グワーーーッ!!!

 

「トリタロォォォォォォォォ!!? ゴミ先祖テメエェェ!!!」

 

 踏んづけるようにトリタロウ君を先端で貫いたゴミ先祖(杖)を殴り飛ばして、トリタロウ君に回復呪文を施す。

 ―――最悪だ。ここには、トリタロウ君を傷つけようとする悪魔が二人いる! ひとり暗黒神だけど。

 

 

「もう十分だろ? トリタロウ君は許してやれよ!!」

 

「神原君の魔力とトリタロウくんの体力的にあと10回はできるよぉ」

 

「トリタロウ君が死んじゃうよ!!!」

 

『いい加減にしないか、クロウ』

 

 いい加減にするのはお前らだよ。

 そう思いながらも、言葉が出てこない。さっきから繰り広げられる悲惨な光景に喉が辛くなった証左だ。

 

『回復呪文というのはだな、練習がしにくい上に取り返しがつかない戦場で重宝するのだ。

 攻撃呪文は少しずつ練習し確実にモノにすれば良い。だが、回復呪文がここぞという時に機能しなかったら―――お前が言っていた「大切なもの」を守ることが出来なくなるぞ?』

 

「!!!」

 

 不二や人魂と戦う時に言っていた事が脳裏に思い浮かぶ。次に、倒れたミカンや不二に押されていく千代田の姿が浮かぶ。あの時に、回復呪文が上手く使えれば、あるいは……

 

『選べクロウよ。今ここでトリタロウ君を使い回復の練習をするか―――さもなくば、陽夏木ミカンが傷ついた時にぶっつけ本番で回復呪文を使うか』

 

「いや………そんな極端な二択、あるわけ」

 

『ない、とは言わせぬぞ? さぁ、選べ』

 

「……………」

 

 

 俺は、ゴミ先祖が提示した究極の二択に反論出来なかった。それはゴミ先祖が提示した二択が有り得ないと断言出来なかった事であり、俺が最悪な未来を想像してしまった事を意味していた。

 確かに千代田やミカンは強い。ゴミ先祖の杖を一瞬で粉々に出来ることから明らかだ。しかし、常に自分に有利に戦える訳じゃない。

 例えば、この前の人魂戦。狭い謎空間に閉じ込められた俺は地形の狭さから極大爆裂呪文(イオナズン)が使えず、実質的に魔法を封じられた。もしあの時に魔力で攻撃する事が上手くいかなかったら、俺はゴミ先祖の希望を無視して杖で殴って戦うことを強いられていただろう。

 

 故に俺は、何も言えなかった。

 それからはただ、感情を押し殺して目の前で傷つけられたトリタロウ君を治し続ける機械に徹した。

 

「えいっ」

グワーーーッ!!!

大回復呪文(ベホイミ)

 

「えい」

グワーーーッ!!

「…大回復呪文(ベホイミ)

 

「……」

グワーーッ!

「………回復呪文(ホイミ)

 

 

 回数を重ねるうちに精神が摩耗している俺はもちろん、小倉まで無言になって、ラボ内にはトリタロウ君の弱くなっていく悲鳴と無機質な俺の詠唱しか音がしなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

『協力感謝するぞ、小倉しおん』

 

「いいよぉ〜〜! 私もほいみとべほいみのデータ取れたし! シャミ子ちゃん達もそうだけど、神原君とラプソーンさんも面白いねぇ!」

 

『これから()()()()()()()()を見せてやろう。小倉しおんよ、()()()()は準備できたか』

 

「うん。でもどうして()()を……?」

 

『すぐに分かる』

 

 

 トリタロウ君が体力の限界になり、回復呪文の練習(地獄)から解放されると、俺はラボのイスに力なくもたれかかっていた。もう、ゴミ先祖と小倉の企みに注意する気力も残っていない。

 ……で、今度は何をするつもりだ……?

 

 

『クロウ、休めたか?』

 

「他人事のように……っ!」

 

『さぁ、次の実験に行くぞ!』

 

「もう……やめて……許して……」

 

『なんだその虐待された犬みたいなリアクションは。お前は癒やしてただけだろう』

 

 やり方が最悪なんだよ。大抵の悪人がもう少しは自重するだろってくらいえげつない事をされ続けたら、こうなるのも無理ないと思う。

 

『安心せよ、これから行うのは命を救う実験だ』

 

「………命を救う?」

 

 ゴミ先祖から出た全くもってらしくない言葉に首を傾げる。どう考えても怪しさムンムンなんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、まず用意しますは、カラスに襲われていたものの我が助け小倉しおんの投薬で辛うじて生きている子猫~!』

 

 ………思った通り、最初から最悪だった。小倉が嬉しそうに黄色い瀕死の子猫を横たえる。

 なんだよゴミ先祖が助けたって超怪しい。あと小倉の投薬で辛うじて生きてるって、それ小倉の薬がトドメ寸前まで行ってるの間違いでないの?

 

『これからこの子猫を“転生”させる』

 

「転生?」

 

 再び聞き慣れないワードだ。少なくとも、神様がやりそうなことではなさそうだが……いや、待て。

 

「暗黒『神』だから……できるというつもりか……?」

 

『然り。最も、転生のクオリティはクロウ次第だけどな』

 

 小倉が魔法陣を床に描いているのをよそに、ゴミ先祖は続ける。

 

『お前は子猫を癒やすのに集中すれば良い。完全回復呪文(ベホマ)はまだできないにしても、大回復呪文(ベホイミ)の練度は上がっている。不安なら魔力が尽きるまで連打すれば良い。

 我が細かい調節と詠唱を行い、この子猫をお前の眷属に生まれ変わらせてやろうじゃあないか!!』

 

「大丈夫なんだろうな……色々と」

 

 眷属というのは、魂の家族的なものだと聞いた。つまり……ゴミ先祖は、この死にかけの子猫を最初から俺の眷属にするつもりで助けたのだ。文句しかなかったが、今更何を言ったって小倉もゴミ先祖も止まりそうにないし、何より傷ついた動物を見殺しにはできない……………できないんだ。

 ―――ネコのエサ代ってどれくらいだろう。

 

 

「準備できたよー」

 

『……行くぞ、クロウ。子猫が死んでは我と小倉しおんの延命措置が水泡に()す』

 

「……分かってる」

 

 俺自身、憔悴しきってるだろうなと思いつつも、小さな命を救うために魔法陣の中心に横たえてある、子猫のすぐそばに立った。

 杖を立てて、俺は深呼吸をする。

 ……見ててくれ、トリタロウ君。キミの命の痛みは、決して無駄にはしないッ!!

 

 

「―――大回復呪文(ベホイミ)

 

『万物の神たるラプソーンが命じる。

 消えゆく命よ、我らの力を持って新たなる生に目覚めよ……

 祖先たるラプソーンと父たるクロウの御名において生まれよ……』

 

 

 今まで聞いたこともないほど真剣な声色で詠唱するご先祖に気を取られぬよう、子猫を回復することに専念する。大回復呪文(ベホイミ)の効果が切れそうになるのを見計らって再び癒やしの魔法をかける。

 子猫の傷は見る見るうちに癒えていくが、動き出す気配はない。

 

 

『我らが手となり足となり、魂の眷属への祝福をここに授けん!

 今ここに転生せよ!

 

 

 ――――――()()()()()()()!!!』

 

 

「はアァ!!!?」

 

 変な声が出る。それと共に、子猫が光に包まれた。

 ……このゴミ先祖、最後の最後でぶっこみやがった!

 

「なんだキラーパンサーって!? なに呼び出しやがった!!? 名前からして明らかに不穏なヤツじゃねーか!!」

 

『クックック……クロウよ、見てみるがいい、件の子猫を』

 

 

 ゴミ先祖をへし折ろうとして子猫を思い出し、さっきまで子猫が横たわっていた場所を見やる。殺し屋(キラー)(パンサー)なんて勘弁して欲しいと願いながら。

 

 ―――そこには、変わり果てた姿の子猫が座っていた。

 黄色の体毛には、黒い豹柄模様が浮かび。首からしっぽの付け根にわたって、背中にちょっとした赤いたてがみが生え揃っている。

 猫の体型(フォルム)や特有のつぶらな瞳、座り方は俺のイメージ通りの猫だが……………まるでソイツは、ヒョウの子供のようであった。

 

「ニャーン」

 

「かわいい」

 

 ……訂正、元気になった子猫だった。

 

『……一応、成功だ。そやつは転生したのだ。キラーパンサーの子供に』

 

「こんなかわいい子猫ちゃんのどこがキラーパンサーなのよ。確かに違う意味でキラーしそうだけどさ。なぁ?」

 

「ごろごろ」

 

『…………お前な』

 

 下あごを撫でてやると、目を閉じて心地よさそうに鳴く。まんま猫じゃん。ゴミ先祖が「キラーパンサー」なんて言うからヤバい実験に手を貸しちまったんじゃあないかと思ったけど、生まれたのがヒョウ柄の猫ちゃんで良かった。

 

『……クロウ、最後に名前をつけてやれ。それで契約は成立―――』

 

 

 ゴミ先祖がそう言い終える瞬間、バタン!! と。

 

「!!?」

 

 ラボの扉が開かれた。

 入口を見ると、そこにいたのは千代田とミカンだった。しかも変身姿の。

 

「え………?」

 

『チッ…………魔法少女め、もう嗅ぎつけたか』

 

「ゴミ先祖?」

 

 何故舌打ちした? あと嗅ぎつけたって何だ? 俺……なんか悪いことをしちゃったのだろうか…?

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 ―――そして、今に至る。

 

「儀式の光が見えたと思ってやってきたら……ラプさんと神原くんが絡んでいたなんてね」

 

「クロ、早くその子猫を渡して。お願い」

 

 千代田とミカンは、逃しはしないと言わんばかりにじりじりと近寄ってくる。こいつら、子猫ちゃんを捕まえてどうするつもりだ? ま、まさか……

 

 

「…俺より先に抱っこしてモフるつもりなのか……!!」

「違うけど」

 

 あれ、違った。なら、一体……

 

 

「99%ラプさんの仕業だろうけど……まさか、この街で『地獄の殺し屋』を呼ぶなんてね」

 

「は?」

 

 地獄の殺し屋? この子猫ちゃんが? ウソだろ?

 ゴミ先祖を見やる。杖は、不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「え、そうなの?」

 

『……そうだ。クロウの戦力として、申し分ない』

 

「何を想定してんだゴミ先祖!」

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?』

 

 馬鹿げたことを抜かすゴミ先祖をへし折る。こんな可愛い子猫ちゃんを戦力とか頭イカレてんのか? イカレてんのは最初からなんだろうけど。

 

「でもクロ、あなたキラーパンサーって知ってる?」

 

「……生憎(あいにく)、知らないしゴミ先祖からも何も聞かされてない」

 

「別名『地獄の殺し屋』。猫を使い魔化させた時に稀に変化する魔物。滅多に人に懐かず、疾風のように獲物を狩る存在よ」

 

 どうやらゴミ先祖は、俺をダマクラかしてそいつを呼び出し、何かの駒に使うつもりだったのだろう。

 ミカンが説明する限りでは、キラーパンサーという魔物は相当ヤバいヤツのようだが………

 

「………あれがか? ミカン……」

 

「ごろごろごろ………」

 

「…………………えっと」

 

 俺をすり抜けていつの間にか近づいてた千代田の足にスインスインと頭を擦り付けているあの子猫ちゃんが、そうとは思えないんだよなぁ。千代田も千代田で、そんなことされると思ってなかったのか、困ったように子猫を見つめたまま、固まってしまっている。

 その様子に困惑しだしたのは、さっきへし折られた所を少しずつ再生しているゴミ先祖だ。

 

『お、おかしいぞ……キラーパンサーの子はもう少しヤンチャだと思ったのだが…』

 

「あ……神原くん、ミカン、この子不完全だよ」

 

『何ィ!!?』

 

 再生中のゴミ先祖が千代田の言葉に驚く。

 

「不完全とは?」

 

「体毛とかたてがみはキラーパンサーのそれだけど、体格や性格まではラプさんの魔の手が及んでいない……力とかも、普通の猫よりちょっと強い程度かな?

 多分、術者が途中で集中を切らしちゃったからだと思う。この手の儀式は集中力がとても必要だから。あと単純に魔力が足りなかったのもある」

 

「あっ、あの時……!」

 

 儀式の最中、ゴミ先祖が「キラーパンサー」というヤバめの単語を出した時、俺がそれに反応してしまったことで、儀式が不完全になったってことか。つまり……

 

『クロウ……貴様が最後の最後で集中を切らさなければ、キラーパンサーを召喚できたというのに……!!』

 

「いや単純な魔力不足もあるだろ。俺にはまだ早い超上級儀式だったってことだ」

 

「そうね」

 

 本物のキラーパンサーは、どう足掻いても召喚出来なかったって事だ。小倉も半分近くそれを察してたから魔法陣を描いたあとで帰っちゃったのかなぁ。まぁこの様子も何かを通して見てそうだけど。

 

 

「まぁこの子はキラーパンサー似で神原くんの眷属だけど今はただの子猫ってことだね。危険はないかな」

 

『…………クロウ、やり直しだ。ソイツに名前をつけたら取り返しが―――』

 

「認める訳ないでしょ!」

 

『グワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!?』

 

「……なら、あとは名前をつけるだけだな。可愛いし、俺が飼ってもいいでしょ?」

 

 ゴミ先祖を魔法の矢で粉砕したミカンをチラ見しつつ千代田に尋ねると、千代田が頷く。これで、ゴミ先祖の企むキラーパンサー計画を阻止できるなら、俺は喜んでこの子の飼い主になろう。

 

 

 名前……名前ねぇ……………

 

 

「待ってクロ。……その子猫になんて名付けるつもりなの?」

 

「え? 『ゲレゲレ』か『ボロンゴ』の二択で迷ってるんだけど……」

 

「か…神原くん……その名前、本気?」

 

「え、千代田? なんか問題か?」

 

「…………流石、小学校のメダカに『グリル』『フライ』『ボイル』って名付けようとしただけはあるわね。

 悪いけど、私と桃がこの子の名付け親になるわ」

 

「なんでだよッ!!!」

 

 ゲレゲレやボロンゴの何がダメなんだよ!!?

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 ―――あの後、俺はなんちゃってキラーパンサーの子猫を飼うことにした。両親に事情を説明したら、少し驚かれ「責任は持てよ」と念を押されたものの、最終的に飼うことを認めてくれた。

 

 また千代田の希望で、シャミ子とリリスさんにも子猫を紹介することにした。

 

「かわいいです! クロウさん、この子なんてお名前なんですか?」

 

「『チロル』ちゃんだ。存分に遊んでやれ」

 

 猫じゃらしで子猫―――チロルと遊ぶ、目をこれでもかと輝かせたシャミ子に、俺はそう告げた。

 

 あの後、千代田とミカンが名付け親になるとは言ったものの、出てくる名前がことごとく柑橘系だったり頑なに「たまさくらちゃん」にちなんだ名前だったりでうんざりした俺は、再び名付け親になろうとした。「プックル」や「アンドレ」、「ソロ」で惨敗し、第6候補の「チロル」でやっと勝利をもぎ取ったのである。

 

 

『心遣いは有難いがクロウよ。余はチロルちゃんと遊ぶ事ができないのだが……』

 

「ニャーン」

 

『お?』

 

 文字通り手も足も出ないリリスさんの像にチロルは近寄ると、前足で像を倒す。

 あ、なんとなくこの後が想像できた、と思った所で。

 

「にゃっ!」

 

『ぬおああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 余は子猫ちゃんの遊び道具ではなぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!』

 

「ごせんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」

 

 チロルはリリスさん像をヒョイヒョイと転がし、ドリブルしながら部屋中を駆け回り始めた。ドタバタという楽しげな音とリリスさんとシャミ子の悲鳴が聞こえる。

 

 

「クロウさぁぁぁん!! ごせんぞを助けてください!」

 

「お断る」

 

「きさまどっちの味方なのだ!!?」

 

「チロルちゃんに決まってるでしょ」

 

「おのれ暗黒神! これで勝ったと思うなよーーーーーーーーーーーっ!!」

『ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!』

 

「あっはっはっはっはっ!」

 

 シャミ子がリリスさんで遊ぶチロルを追いかけ回しながらその台詞を言う光景に、俺は笑いが溢れたのであった。

 ……ゴミ先祖? 残骸を庭に埋めておいた。まぁ、明日になれば復活するっしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれまぞくたち! 頼れる仲間を増やして強くなっていくんだ!!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 メンタルの弱さとネーミングセンスが課題になっている暗黒神後継者。ベホイミの反復練習ついでにトンデモないものを召喚してしまったと思ったら、ただの可愛い子猫で安心している。ちなみに、彼にチーム名を考えさせたらモリー並に面白い事になること間違いなしだが、どのタイミングで入れるべきか……?

キラーパンサー
 ドラゴンクエストⅤやⅧなどで登場する、赤いタテガミのヒョウの魔物。Ⅴでは「ベビーパンサー」というキラーパンサーの子供も登場する。『地獄の殺し屋』と恐れられ、人には懐かないが、主人公にのみ認められる上、名前も決められる特別な仲間として扱われる。Ⅷではラパンハウスなどで飼育されている上に、「バウムレンの鈴」でキラーパンサーに乗ることができる。また、このような乗り物兼相棒的な役割ではⅪでも登場し、スライムやドラキーに続いて愛されているモンスターの一匹だと伺える。

キラーパンサーの名前
 オリジナル版のⅤでは「ボロンゴ」「プックル」「チロル」「ゲレゲレ」の4種類。リメイク版に「アンドレ」「ソロ」等が追加される。Ⅷではスカウトモンスターに「ゲレゲレ」として登場。ドラクエの創始者は「ゲレゲレ」がイチオシらしい。


今回の呪文辞典

・ホイミ
 味方ひとりのHPを少し回復する。

・ベホイミ
 味方ひとりのHPを中程度回復する。

・ベホマ
 味方ひとりのHPを完全に回復する。


あとがき
さーて、次はリコくん&店長編だね。どうしようかな。


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まぞく大捜査線! 俺とシャミ子の新たなる人探し!……卵とニワトリどっちが…あっ!親子丼が好きです!……え?そういう玉虫色の答えはナシ?…デスヨネー

今回のあらすじ

エッグラがあらわれた!
チキーラがあらわれた!





 

 

 ばんだ荘、吉田家のもう片方のお隣、千代田の部屋にて。

 

 

「今日は町に出てまぞくを探そう」

 

「? まぞくならここに二人います」

 

 千代田の思い立ったような言葉にシャミ子がナントカの杖を指さし棒に変化させて自分と俺を指す。どう見てもフォークにしか見えない杖が指さし棒に変化する瞬間始めて見た。なんかシュールだな。

 

「そうじゃなくて、シャミ子言ってたよね、この町にいるまぞくを探して千代田桜を探し出すって」

 

 忘れちゃったのかな? と千代田が指さし棒に変化したナントカの杖でシャミ子を指す。まぁ夏休み入ってからすき焼きやったり人魂と戦ったりチロルを召喚したりで色々あったから、結構時間が経った気もするが。あ、人魂とチロルは俺だけか?

 

「今回の捜索はシャミ子と神原くんに任せる形になる。昔からいるまぞくは姉の結界に守られてるから魔法少女が同行すると近づけない」

 

 結界を見つけたら様子だけ見てくればいいと言っていたが、シャミ子がそんな器用なことできるとは思えないな。

 

「神原くんもほら、お願いね」

 

「気が進まねぇ……チロルとメタ子に埋もれてたいよ……」

 

「駄目よクロ。シャミ子だけに仕事押し付けるのは感心しないわ」

「時は来た」

「…ってことよ! さぁ、キリキリと働きなさい!」

 

「というか何でここにチロルを連れてきたの?」

 

「だってチロルが『一人は寂しい』って言うから」

 

「分かるの? 言葉」

 

 そう。俺は何となくだが、チロルの言ってることが分かるのだ。眷属だからか、大体の感情と意志が鳴き声から伝わってくる。俺がここに来ようとした時も「おいてかないでー、ひとりにしないでー」って脳内に伝わってきた。そんなん連れてきちゃうに決まってるやろがい。

 

「はいはい。じゃあ、メタ子とチロルは私が相手しといてあげるから、行ってらっしゃいな」

 

「……チロルを取るなよ?」

 

「神原くんチロルが絡むと面倒くさいね」

 

「冗談だよ。とりあえず、チロルの教育に悪そうなゴミ先祖はへし折って捨ててから行ってくる」

 

『今までの話の流れで我がへし折られる理由がわからないんですけど!!?』

 

「それも私がやるから。ラプさん、私の中技(フレッシュピーチハートシャワー)のこと拳の雨って言ったでしょ」

 

『あれは我渾身の暗黒神ジョークぞ!!? 本気になるんじゃあない千代田桃!!』

 

「じゃあ行ってきまーす」

「行ってきます!」

 

『クロぉぉぉぉウ! しゃみ子ぉぉぉぉ!! 助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

 チロルをミカンに預け、ゴミ先祖の処刑を千代田に任せた俺達まぞくタッグは、この多魔市に昔から住むまぞくを探しに行くことにした。

 

 

「よし……多魔市まぞく捜索部隊・『ハリキリやりくり団』、出動!」

 

「クロウさんなんですかそのネーミングセンス!」

 

「気に入った?」

 

「はい!! なんか語呂が良いです!」

 

 良かった。ミカンは俺のネーミングセンスあんまり好きじゃないみたいだし、シャミ子に気に入って貰えて何よりだ。

 さて、意気揚々と出発したはいいものの、何か手がかりがなくてはまぞくを探しようがない。こういう時は情報を集めるのが定石なのだが……顔が広い人に連絡すればなにか得られるだろうか。

 

「最初に佐田に電話したいと思う」

 

「なるほど! 杏里ちゃんならなにか知ってそうですね!」

 

 

 

 電話をかければ3コールで佐田の明るい声が聞こえてきた。この町のまぞくについて聞きたいから会えないかと尋ねれば、部活の休憩時間が空いているからそこで会って話をしようという流れになり。学校まで歩いていけば、校門前で佐田がテニスボールを弄っていた。こっちを見つけるなり、「おーい」と手を振ってくる。

 

「クロウ君から聞いたよ! まぞくのすみかが知りたいんだって?」

 

「ごめんなさい、練習で忙しいのに……」

 

「ほんとだよな。まぁ、知ってるんだけどね。魔族のすみか」

 

「さらっと言ったね?」

 

 もっと勿体ぶるかと思ったんだが、案外あっさりと教えてくれた。

 

「商店街の喫茶店にね、『あすら』って店があるの。そこのマスターが魔族だよ」

 

 しかも商店街って。俺ん家からちょっと歩いたところだよな?

 そんな近くにまぞくがいるとは。引っ越してきたばかりとはいえ、喫茶店なんて滅多に行かないから全くわからなかった。

 

「あそこのマスターけっこうパンチ強いから行くなら気を付けてね。」

 

「はい。ありがとうございます、杏里ちゃん」

 

「あ、あとね…」

 

「?」

 

「数年前から変な二人組を町内で見かける人が増えてるんだって。」

 

 なんだその情報は。まぞくを探すために急いでいるのだが、関係あることなのだろうか?

 

「あたしは回覧板の情報でしか見たことないんだけど、もしかしたらそっちもまぞくかもしれないからさ。一応伝えておくよ」

 

「もうちょっと詳しく教えてくれないか?」

 

「背の高いモヒカン男と背の低い頭巾をした男の二人組だそうだよ」

 

 それただの不審者じゃないの? まぞくの出る幕じゃあないよね、事案だよね。確実にポリスメンのお仕事だよね? 回覧板に出てるとか、不審者情報でしかないじゃねーか。

 

「あっ! 思い出した! その回覧板なら私も何度か見たことあります!」

 

「え、シャミ子?」

 

「ニワトリとかタマゴとか言ってたって目撃情報もあったみたいです。もしかしたらニワトリと卵のまぞくなのかもしれません……!」

 

「ニワトリと卵の魔族とは一体………」

 

 うそでしょ。もしかして、その不審者情報知らないの俺だけなの? 地味にショックだな。あと、この町の治安がちょっと不安になってきた。

 モヤモヤした気分のまま佐田にお礼を告げて、俺達は情報が確実な方である、商店街の喫茶店「あすら」を目指すことにした。

 

 ……ニワトリと卵に聞き覚えがあるのは気のせいだろうか?

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「喫茶店『あすら』……一体どんなまぞくがいるのでしょう」

 

「佐田をして『パンチが強い』と言わしめるからな。ひと目で分かるんじゃあないか?」

 

 佐田から有益な情報を貰った俺達は、まだ見ぬまぞくに思いを馳せながら、歩みを進めていた。俺の家の目の前を通りすぎれば、商店街まであと少しだ。

 

「そういえばクロウさんはどうして千代田桜さんを探しているのですか?」

 

「あれ、シャミ子には言わなかったっけ?

 ……ラプソーンと母さんの事について聞きたいからだよ」

 

「あ、そうだ! 桃にクロウさんのおかーさんについて尋ねたら『クロウさんに訊いて』って突き返されましたよ? たらい回しは良くないと思います」

 

 俺の母さんについては、すき焼きパーティの時に説明を千代田に任せたはずなのに、千代田は千代田で俺に投げ返してきやがった。え、「魔族スレイヤー」の件、俺が伝えないといけないの? 

 うーん、どうしよう。どこまでオブラートに包めばいい?

 

「……………俺の母さんは今は優しい人だよ。ほぼ毎日電話はかけてきてくれるし、お土産もくれる。それを踏まえて言うんだけどな……

 ……昔、『魔族スレイヤー』なんて呼ばれる過激派だったらしい」

 

 オブラートに梱包できるだけ梱包して、伝えてみる。

 ……思った通りと言うべきか、二人の間を沈黙が支配した。

 なんか申し訳なくなってきたから、目をチラリとシャミ子に向けると……

 

 

「ま………まぞくスレイヤーとは……!!!?」

 

「わあぁぁぁシャミ子!? 泣くな! 泣かないで!? 昔の話! 昔の話だから!! 今は違うから! どこにでもいる優しいお母さんだから!!!」

 

 こうなるから話したくなかったのに……「あすら」に行く前にシャミ子に戦意喪失されたら超困る!

 泣きそうになるシャミ子をどうやって慰めようか、と考えていた時だった。

 

 

「お前はタマゴの愛らしさ・美しさ・つるつるの美学がお前にはわからんのかッ!」

 

「たとえ何を言われてもしょせんニワトリの羽毛とカラーリングには敵わんぞぅ!」

 

 俺の家のお隣さんからケンカの声が聞こえてきたのは。

 俺はあまりに偶然すぎるこの状況を恨んだ。シャミ子の精神は今、俺の「魔族スレイヤー(お母さん)」の話で折れかかっている。こんな時に男二人のケンカ声を聞いたらポッキリ逝ってしまう!!

 

 おそるおそるシャミ子を見る。どうか折れてませんようにと。だが……シャミ子本人は、俺の想像とは違って涙を引っ込めて、何かを見つけた時のような表情で言った。

 

「クロウさん……今の声、ニワトリと卵のまぞくかもしれません……!」

 

「いや、ただのお隣さんのケンカだから」

 

 思った以上にたくましかった。つーか、佐田とシャミ子が言ってたニワトリと卵のまぞく疑惑の人って、お隣さんだったの!?

 

「あとさ、お隣さんはあくまでまぞく()()の人だろ? 佐田が確信を持って言ってた『あすら』の方はどうするんだよ」

 

「あっ……! そ、そうですよね…でも、なんかニワトリと卵の人も気になります……」

 

「タマゴはニワトリから生まれるのだからな!」

 

「あほかお前は!? ニワトリこそタマゴから生まれるに決まっとるだろうが!」

 

「ほら! なんかすごく難しい話をしていますし! ケンカしてるからちょっと怖いまぞくなのかもしれません!」

 

 アレを難しい話と捉えちゃうんだ、シャミ子。ただの好みの違いからのケンカだとばっかし思ってたんだけど。

 でもなぁ。俺としては、お隣さんもだけど「あすら」も十分気になる。優先順位は「あすら」の方が上だ。

 

「……なら、こうしよう。シャミ子はまっすぐ『あすら』に行ってくれ。俺はこのお隣さんに結界がないか調べて、ないと分かったらすぐに追いかける」

 

「大丈夫ですか、クロウさん? ちょっと怖い人達ですよ? そ、それに……あっちのまぞくも怖い人だったらどうしよう……」

 

「パンチが強いとは言ってたが佐田が仲良くできる人達だ。別に戦いにいくわけじゃあない、そこまで悪い人たちじゃあないはずだ。それに俺もいちおう、戦うことはできるしな」

 

 シャミ子の懸念に指パッチンで火を出し、そのまま火を振り消した。ゴミ先祖の魔法訓練が生きたのか、変身せずとも軽い魔法くらいは出せるようになった。目くらまし程度には使えるだろう。いざとなったら逃げればいい。

 ……俺とてあのお隣さんに関わりたくはないが、シャミ子がお隣さんと関わるのはもっとヤバい予感がした。

 

「………分かりました。クロウさん、気を付けてくださいね?」

 

「あぁ。シャミ子も注意しろよ」

 

 

 商店街へ向かうシャミ子を見送る。

 さて、俺もお隣さんを調べるとしよう。なんか罪悪感があるが、門や玄関を調べて結界らしいものがなければそのまま「あすら」へ向かえばよし、もしあったら写真を撮って後で千代田やミカンに見せて確認すればいい。あんまり時間を取るのもお隣さんに悪いしな。

 

 まずは外観をパッと眺める。

 特になんの変哲もない、二階建ての一軒家だ。こうして見てると、ただの一般人の家に見えてくる。塀に囲まれており、入口らしいところには簡易な柵の門が備え付けられている。門には結界らしいものは見られない。

 

「あとは玄関だな……」

 

 門に手をかけると簡単に開く。鍵はかけられてないようだ。不用心だなと思いつつも、不法侵入しているような背徳感が湧いたため、半開きの門越しに玄関を見てみると―――やはりというべきか、シャミ子の家の扉に貼ってあるような結界は見当たらなかった。

 

「……外れか」

 

 いくら聖と魔が共存する多魔市といえども、そう簡単にまぞくが見つかるわけないな、と門を閉めて商店街へ行こうとしたその時。

 

 

 

 

 

 

「おい! そこの少年!!」

 

 体がビクッと跳ねた。

 ま、マズい。お隣さんに見つかった……!?

 

 ゆっくり振り返ると、そこには二人の男がいた。二人とも奇抜な格好をしており、凄まじい印象を俺に与えた。

 

 一人は、俺よりも背が高い。真っ赤なモヒカンヘアーとあごひげ、目元には赤い隈取りをとった筋肉質な男だ。

 

 もう一人は、俺の半分ほどしか身長がない。頭をすっぽり覆ってしまう緑の帽子を被った、小太りの男で、ハンプティ・ダンプティといった感じだ。

 

 

(………なるほど…!)

 

 これが佐田とシャミ子の言ってたまぞく疑惑のある人か、と納得してしまう。こんな人たちが町を歩いていたら、回覧板に不審者情報として登録されてもおかしくないな、と。

 それと同時に、勝手に入ってきてしまって申し訳ないなと思っていると。

 

「お前さん、ワシらの隣に越してきた少年じゃろ?」

 

「え? あ、はい……神原と申します」

 

「ちょうど良いところに来てくれた!」

 

「え? えーっと……?」

 

「お前さん、タマゴとニワトリ、どっちが好きだ?」

 

「は?」

 

 パンチの強すぎる男二人に門の中に入れられたかと思うと、わけの分からない質問を問われた。しかも二人してイイ笑顔で。

 何とかして話を有耶無耶にして超逃げたい……!

 

「ニワトリだろ?」

 

 モヒカンヘアの大男が問う。

 

「タマゴだよな?」

 

 盗賊のような小男が問う。

 

 馬鹿真面目にどっちかを答えてどちらかの恨みを買いたくないので、ここは折衷案でお茶を濁して誤魔化すしかない!

 

「……俺はお」

 

「おっとぉ、面白い冗談だな、少年! まさか『()()()』というつもりはなかろうて!!」

「あっはっはっはっ! いくらなんでも、そんな()()()()()()()を言うはずないじゃろうがよ!!」

 

 

 ………1秒で逃げ道を封じられた。

 

「「……で、どっちなんだ??」」

 

 

 もう冷や汗ダラダラだ。足が自然に後ずさる。ジリジリと近寄ってくる二人に色んな意味で恐怖する。しかし、いつまでも後ろに逃げてはいられない。塀にぶつかり、追い詰められたと思ったその時。

 

「………ん?」

 

「これは……マヨネーズ?」

 

「あっ……それ、俺の……!!」

 

 ついうっかり落としたマイマヨネーズを、小太りの男に拾われてしまった。

 

「「………………………」」

 

「……………??」

 

 二人が固まる。いつまでも動かない二人に声をかけるか迷いながらも、おそるおそる話しかけようとして―――

 

 

「………フン、タマゴ派か……」

「なぁぁんじゃ!! タマゴ派なら最初からそう言わないか!」

 

「え?」

 

「マヨネーズはタマゴが原料! そんなものを普段から持ち歩くのであれば当然、お前はタマゴ派じゃて!!」

 

 大男が若干不機嫌そうに家の中に入り、小男が嬉しそうに俺の両手を捕まえて握手をしだした。一体なんなの?

 

「え、えーと……あのでっかい人? が機嫌悪くしちゃったんですけど、いいんですか?」

 

「よいよい! アイツはタマゴ派が増えるといつもああだからな!!

 ……あ! 自己紹介がまだじゃったか! ワシはエッグラ! いまスネて家ン中に入っちまったのがチキーラよ!」

 

「……………神原クロウと申します」

 

 ツッコミどころしかない二人の言動や豪快に笑うエッグラさんを前に、俺はもう死んだ目で自己紹介を返すしかなかった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「……で、お前さんはどうして今ここに来たんじゃ?」

 

 あの後、エッグラさんに縁側に通された俺は彼の隣に座って、二人を訪ねた事情を説明したのである。

 

「本来はとある魔法少女を探すためにこの町に昔からいるまぞくを探していたんです。

 友人から『ニワトリやらタマゴやら言い争ってる、モヒカンの男と頭巾をした男』の不審者情報を聞いて、まぞくかどうか確かめるためにここに」

 

「ほぉ〜〜〜〜、なるほどな。

 おいチキーラ! 言われとるぞ、『不審者』だって! わっはっはっはっ!」

 

 奥の方へエッグラさんが声をかけると、俺とエッグラさんの間にドン! と皿が置かれた。皿を置いた手の主は、未だに機嫌が治っていないチキーラさんだ。

 

「…ぬかせエッグラ。その不審者情報、どう考えてもお前のことだろうが」

 

 いや、十中八九どころか十中十でお二人のことだと思います。

 そう言いたいのを我慢して、皿の上を見てみれば、そこには真っ白な蒸し鶏たちが。しかも、ご丁寧に梅干しが乗っけてある。

 

「……食っていきな。そんで、ニワトリの良さをしっかり噛みしめるんだ。マヨネーズ抜きでな」

 

「あ、あの、どうして……」

 

「ニワトリの良さを味わうには素材本来の良さを味わうのが一番だ。そのうちの一つがこの蒸し鶏よ」

 

 そういう事を聞いてるんじゃないんですけど。こういう時は普通お茶を出すんじゃないの?

 聞きたいのは山々だったが、俺の反対側の隣に座った、機嫌の悪そうなチキーラさんを前にそれを聞けそうにはなかった。

 

「…………いただきます」

 

 蒸し鶏をひとつ手に取りかぶりつく。すると、しっとりとしたちょうどいい食感と淡泊で素朴な鶏の脂が口の中いっぱいに染み渡った。さっぱりとした梅干しが良いアクセントになっている。この手の蒸し鶏は口の中の水分が持ってかれるイメージを持っていたから驚きだ。

 

「………美味しい……!!」

 

「だろ? わしの育てたニワトリちゃんを甘く見るでないわ!」

 

「育てた?」

 

「わしとエッグラは多魔市の端っこでニワトリを育てているのだ!」

 

 蒸し鶏の素直な感想に機嫌が戻ったチキーラさんが、「詳しくはこのチラシを見てみぃ!」とチラシを俺に押し付けた。そこには『卵も鶏も丹精こめて育ててます』のキャッチコピーと共に『ゴッドサイド養鶏場』という名前が。ネーミングからして超強そう。

 

「……で、エッグラ? こやつはなぜウチに来たって?」

 

「なんでも魔法少女を探してるらしい」

 

「魔法少女……魔法少女ねぇ…」

 

「『千代田桜』っていうんですけど、心当たりはありませんか?」

 

 魔法少女の名前を出すと、二人は腕を組み、目を閉じてうんうんと唸り始めた。まさかこの人達、魔法少女と会ったことがあるのだろうか?

 

「……すまんのぅ。7年前にここに越してくるまでは各地を転々としてたから魔法少女には結構会ったんじゃが……」

「……『千代田桜』と名乗る魔法少女には会ってないのぉ」

「……そうですか」

 

 ダメで元々というのは分かってはいたのだが、情報収集が空振りになると少し残念な気分になる。今頃「あすら」で色々聞いているであろうシャミ子に申し訳が立たない………

 

 …………待てよ?

 

 ―――シャミ子、ちゃんと情報収集出来てるのか?

 

 

「あ、あの! 俺、ちょっと用事を思い出したのでここら辺で失礼―――」

 

 ポンコツまぞくのことを思い出して喫茶「あすら」へ急ごうとするも、両手をチキーラさんとエッグラさんに掴まれてしまう。

 

「まぁ待てよ、少年」

「もう少しわしらの話に付き合ってくれんか」

 

「いえ、そういう訳にもいきません。友人が困っているかもしれないんです。『千代田桜』さんの事をちゃんと聞き出せてるかどうか、見に行かないと…」

 

「なら少年。ひとつ勝負といこうか」

 

「へ? …………っ!!!!?」

 

 勝負という単語に、俺は振り向くと、チキーラさんとエッグラさんの表情が好戦的なそれへと変わっていた。思わず身震いがする。

 

「なに、真剣勝負などではない。ちょっとした()()()()()()……もとい、()()()()じゃよ」

 

「ルールは簡単。お前さんは商店街まで走る。ワシとチキーラがそれを追いかける。入口まで逃げ切れたらお前さんの勝ち。捕まったらワシらの勝ちじゃ」

 

「な、何を…勝手に……」

 

「これでも結構譲歩した方だ。なんなら、門から出て30秒…40秒……いや、50秒くらいはハンデをくれてやってもいいんじゃよ?」

 

 そう言う二人の雰囲気は、さっきまでのニワトリとタマゴ好きのオッサンとは思えなかった。まるで、地獄の底からラプソーンのような純度の高い力が湧き出てきたかのような、底知れぬ何かがあると感じた………いや、()()()()()()()

 

「……ここから50秒走ったら、もう商店街は目と鼻の先ですよ?」

 

「構わん。それでも問題ないわい」

 

 何をもってこの人達はここまで自信たっぷりに断言するのだろうか? 分からないが、ルールを決めてハンデまで貰ったこの状況でなお、勝てる気がしなかった。かといって、断れる空気でもない。

 

「………お手柔らかにお願いします」

 

 ……選択肢は、一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 勝負は、俺が門を出た瞬間。それから計測が始まり、50秒たったらチキーラさんとエッグラさんが追いかけてくる、とのことだった。

 深呼吸をして息を整える。俺の50メートル走の成績はクラス順位で中くらいだ。早くもなければ決して遅くはない。たまさくら商店街など、1分もあれば走って辿り着ける。しかし……

 

「準備ができたらいつでもいいぞ」

「全力で逃げてくれよ、ガハハハ!」

 

 二人が動き出す残り10秒で、何が起こるか分からない。

 

 一応、二人からは殺気を感じなかったので勝負に応じたが、全力を出したほうが良さそうだ。

 

 

 門を飛び出た瞬間、雰囲気が変わる。

 全力で両手と両足を動かす。商店街が見えてくると共に、緊張感が全身を走り、魔力が両手にこもるのを感じる。

 

 30秒、いまだに追ってくる気配はない。

 

 

 40秒、いつもはすぐ近くに感じられるたまさくら商店街の入口が遠い。そして、そろそろ二人が追ってくる時間帯だ。いつでも対応できるようにしなければ。

 

 

 

 ―――そして、50秒―――

 

 

「―――っ!!?」

 

 

 ……理由はなかった。ただなんとなくなのか、本能的な危機を感じたからか、体をほんの少し、一歩分、右にずらした。

 

 その次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほぉ」

 

(――――――ウッソだろ)

 

 さっきまで俺がいた場所を、跳び蹴りの姿勢をしたチキーラさんが通り過ぎた。そして……商店街の入口のド真ん中に着地した。

 

 思わず走っていた足が止まる。

 

(そんなんアリなの…!?)

 

 1秒。それがチキーラさんが50秒かけて走った俺に追いつくまでの時間だった。彼は入口に立つと、ここから先は通さんと言わんばかりにファイティングポーズをとる。

 

(戦って切り抜けろって事か……!!)

 

 

 すぐさまその意味を理解した俺は、チキーラさんに向かって魔力の紫電を放つ。

 

「うぐっ………!?」

 

 しかし。それが手元を離れた瞬間、頭に何者かの衝撃を受けた俺は、倒れゆく視界の端で着地するエッグラさんを見つけて。

 

(これは、勝てないわ………)

 

 

 力の差を悟った直後、意識を手放した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「……………う、ん……あれ、ここは……?」

 

 気がついたら、そこはチキーラさんとエッグラさんの家の縁側だった。

 

「おお! 気がついたか少年! 手加減はしたつもりだったが、つい強く打ちすぎたかと肝を冷やしたぞ!」

 

「………何が起こったんです? 体感的にワケもわからぬまま負けた記憶しかないんですけど」

 

「まずわしが跳び蹴りをかましたが、少年は避けた。で、わしと戦おうと身構えた隙にエッグラが後ろからゴツンよ」

 

 チキーラさんが説明するも、まったく頭に入ってこない。とにかく、レベルが違いすぎたことしか理解できなかった。おまけにあの勝負は二人がかりだったから……

 

「…………勝たせる気ありませんでしたよね」

 

「わっはっはっ! そう言うな! ワシらとて、面白い魔力を持ったまぞくだと思って期待してしまったんだよ!」

 

「……俺がまぞくだって分かるんですか?」

 

「おう。わしらと会う前に、ちょっと火ィ起こしてたろ? アレを感じたら誰だって分かるってものよ」

 

「!!?」

 

 チキーラさんが言ってるのって、ちょっとシャミ子に見せた指パッチンチャッカマンの事か!? まさか、アレで感知されたというのか!?

 別に隠してるつもりはなかったが、魔法は慎重に使わないといけなくなりそうだなぁ。

 ……それにしても。

 

「お二人は一体何者なんですか?」

 

「「わしらはただの養鶏業者の一般人だよ」」

 

 お前らみたいな一般人がいてたまるか。

 スゴいツッコミたいが、負けたものは負けなので言い訳はやめておこう。

 

「……それで、話ってなんですか?」

 

「お前さん、あの魔法少女……えっと…、神原玲奈、じゃったか。……を知っているかね?」

 

「―――っ!!!?」

 

 本日何度目か分からないほどの驚きと衝撃が身を走る。かつて世界最強魔法少女だったとされる母さんの、知り合いだというのだろうか。それならば……あの一般人………もとい逸般人具合も理解できるかもしれない。

 

「母さんを………母を知ってるんですか!?」

 

「母さん? となるとお前、黒男くんか?」

 

「え、俺の事知ってるんですか?」

 

「まぁの。君のお母さんとは今でも年賀状を贈り合う仲じゃて」

 

 あっけらかんとエッグラさんが答え、一枚の年賀状を渡される。それは、両親と俺が写った、今年の1月の年賀状だった。なんでこの人達に年賀状送ってんだあの人。

 

「しかし…世の中分からんもんじゃの。冷酷無比と思われてたあの神原玲奈が、今や旦那と子持ちとはな!」

 

「ワシらと剣を交えた『魔族スレイヤー』とは思えんな!」

 

 年賀状を掘り出しながら笑うチキーラさんとエッグラさん。気になる事がさらっと出てきたが……

 

「剣を交えた? ………って事はお二人はまぞくなんですか?」

 

「「いいや、違うぞ?」」

 

 時が止まった。正確には、俺が固まっただけなんだけど。アレだけの実力を持っていながら、まぞくじゃない?

 

「え? え? う……うそだぁ……俺のことを一瞬でノシておいて………あれ?」

 

「ウソじゃないぞ。ワシらの実力は、お互いがお互いに負けないように研鑽しあった結果なのじゃよ」

「というか言ったはずだろう。わしらは一般人だと」

 

「じゃあ……『魔族スレイヤー』だった頃の母さんと戦ったことがある、って…………?」

 

「あれは……17、8年くらい前じゃったかな。二人がかりで戦ったよ。」

 

 魔族でもないのに、チキーラさんとエッグラさんが魔法少女である母さんと戦った。一体なぜ……?

 

 

「晩メシの卵料理が血の臭いで台無しになりそうだったから」

「晩メシの鶏料理が血の臭いで台無しになりそうだったから」

 

「だと思った!!!」

 

 この人達はニワトリとタマゴのどっちが好きかで言い争うような変人だった。その程度の事でケンカを売るなんて十分にありえる話だ。

 

「その日のメシの時間にな、魔法少女が()()()()()()()()()()()()()()魔族を狩りまくる様子を見て、おかしいと気づいたワシがチキーラを誘って取り押さえようとしたのだ」

 

「違うぞエッグラ! 玲奈ちゃんの様子がおかしいと先に気づいたのはわしだろが!」

 

「どっちでもいいです。……それにしても、取り憑かれたように、ですか……」

 

「ワシが思うにあの時の玲奈ちゃんを突き動かしてたのは()()()だったんじゃないか? と思うのだ」

「意見が合うな。わしもそう思ってたところだ」

 

「憎しみ…………!?」

 

 母さんは、昔まぞくに何かされたのだろうか? 相当のことをされなければ、それこそ取り憑かれたように魔族を狩りまくる事もしないだろう。でも皆目検討もつかない話だ。

 

「………母さんに訊いたら、教えてくれるでしょうか。まぞくをそこまで憎んでた理由を…?」

 

「「!」」

 

「俺の知っている神原玲奈は、とても優しい母さんです。それが、かつてはそこまで過激だったのが信じられないんです。」

 

 母さんがかつて過激な魔法少女だった事は分かった。でも、どうしてそんな過激になったのか、『魔族をどうして恨んでいたのか』、『今の優しい母さんになるまでに何があったのか』を俺は知りたい。でも……尋ねるにも答えるにもかなりの勇気がいるだろうな。

 

「………それは、分からんの。全ては玲奈ちゃん次第じゃ」

「焦ることはないぞ、黒男くん。いつか必ず、教えてもらえる時が来るさ。」

 

 お二人の答えは、まぁ当たり障りのないものではあった。しかし……それが心なしか不安が取り除かれ、落ち着いていくような気持ちにさせた。

 

 ―――母さん。昔のことを知られるのを嫌がっている様子はあったけど、いつか俺に教えてくれる時がくるだろうか?

 もし、憎しみが消えないのならば、それが和らぐように手を貸したいと思うのは、余計なお世話だろうか?

 

 

 

 

「……ちなみに、母さんとお二人の戦いはどうなったんですか?」

 

「ワシらの勝利条件を満たせたから、ワシらの勝ち、かのぅ?

 ワシらは玲奈ちゃんを落ち着かせる為に卵料理と鶏料理を無理やり食わせたからな」

「いやー、食わせるまでが大変だった! 話は聞かないわ、普通に殺しに来るわでな!」

 

「お二人ともちょっと何言ってるかわからないです」

 

 憎しみに取り憑かれたように魔族を狩りまくる魔法少女(魔族スレイヤー)にタマゴと鶏を食わせるとかどんな神経してたらそんな発想が思いつくの?

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 その日は、日が沈みかけてた事もあり、チキーラさんとエッグラさんに別れを告げた後、「あすら」に行くのは諦めて千代田とミカンとチロルが待つばんだ荘に引き上げることにした。

 

 母さんについての思わぬ収穫こそあったものの、千代田桜さんについての収穫はゼロ。他に得たものといえば、チキーラさんとエッグラさんに貰った手土産の鶏肉と卵のみ(これも、彼らの養鶏場で育てたものらしい)。

 

 

 俺の残念な報告に肩を落としつつも、明日があると励ましてくれた千代田とミカンに感謝し、バイトが決まったというシャミ子を祝いながら貰った肉と卵で料理しようとした時。

 ……帰り際のやり取りを思い出してしまった。

 

 

『そうだ、黒男くん! 手土産にコレを持っていくといい!』

 

『ありがとうございます。鶏肉と卵と……このバッジは?』

 

『タマゴバッジじゃ。お前さん、タマゴ派だったからな。ワシ手書きのお手製缶バッジをプレゼントしよう!

 これを機にお前さんも恋人にも聞いてみるといい! タマゴとニワトリ、どっちが好きかをな!』

 

『こ、恋人??』

 

『ほら、今朝わしらの家の前で別れた巻き角の女の子だよ!』

 

『シャミ子はただの友人です!』

 

『じゃあ、あれかの? 時折お前さん()に来る、ミカン色の髪の女の子……』

 

『ミカンはただの幼馴染です!!』

 

 

 

「……………っ」

 

 そう。ミカンはただの幼馴染だ。引っ越す前だって同じ屋根の下で何日過ごした? 深く考えることはないだろうが。いつものことだ。いつものこと……そのはずなのに、顔が熱い。

 なにか聞かれる前に誤魔化さなければ。

 

 

「なぁ、三人とも」

 

「はい?」

「ん?」

「なに?」

 

「お前ら、タマゴとニワトリどっちが好きだ?」

 

 

 鶏肉と卵を取り出しながら尋ねれば、あたりに沈黙が訪れる。シャミ子もミカンも千代田も、たいへんおかしなものを見たって顔をしている。

 ………うん、そうだよね。普通、こんな質問されたらそういう顔するよね。

 

「クロウさん、何で今その質問を………??」

 

「ちょっとクロ、なに言ってるの? 頭打った?」

 

「どちらかというとニワトリだけど……なんでいきなりそんな事聞くの……?」

 

 そうそう。そういう答えするよね。

 あ、なんか恥ずかしくなってきた。

 

 

「そうだよな………普通、そう答えるよな……」

 

「え、なに? ホントにどうしたの?」

 

 

 だから、この顔の熱さは今ヘンなことを聞いたことに対する羞恥心から来たものだ。そうに決まってる。絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 鶏肉と卵は、意外とポテンシャルがある食材だから知識と経験量を増やして豊かな料理を作るんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 ニワトリとタマゴの極地(笑)を見た暗黒神後継者。千代田桜の情報収集をしていたつもりが、母親の秘密をまたひとつ知った。なお、クロウがエッグラ&チキーラと色々やってた時と同じ頃、シャミ子はしっかり「あすら」に雇われている。

エッグラ
 ドラゴンクエストⅣに登場する、緑の帽子を被った盗賊風の小太りの男。チキーラと「タマゴとニワトリ、どっちが偉いか」で日々議論しており、彼はタマゴ派。ふざけた格好とは裏腹に裏ボスを勤めるほどに強く、かがやく息や灼熱の炎、メダパニダンスやベホマラー、ザオラルと多彩な技を放ってくる。拙作では、クロウのお隣さんにして養鶏場を経営するイッパン人のオッサンとして登場。
誕生日/血液型:6月9日、タマゴの日生まれのO型だ。
趣味:タマゴを極めることかの。
座右の銘:卵が先。

チキーラ
 ドラゴンクエストⅣに登場する、赤いモヒカンヘアとあごひげ、赤い隈取りをとった筋肉質な男。エッグラと「タマゴとニワトリ、どっちが偉いか」で日々議論しており、彼はニワトリ派。ふざけた格好とは裏腹に裏ボスを勤めるほどに強く、岩石落としや回し蹴り、痛恨の一撃や体当たりなど鍛え上げた肉体にモノを言わせた猛攻を行う。拙作では、クロウのお隣さんにして養鶏場を経営するイッパン人のオッサンとして登場。
誕生日/血液型:2月8日、ニワトリの日生まれのB型だ。
趣味:ニワトリを極めることだな。
座右の銘:鶏が先。


今日の呪文辞典

・ベホマラー
 味方全体のHPを100〜回復する。
※本編には出てないがあとがきに出したので一応登録。

・ザオラル
 味方ひとりを50%の確率で生き返らせる。
※本編には出てないがあとがきに出したので一応登録。



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新種見たり! 新たなまぞくは獣系!……料理に何かの混ぜものとか、バレたら店潰れて再起不能になる系じゃないのか?

今回のあらすじ

リコくんがあらわれた!
白澤さんがあらわれた!



※2020-7-27:過去回想のシーン表現を修正しました。
※2021-4-29:本文を一部修正しました。


 

 まぞく捜索二日目。

 俺は昨日、エッグラさんとチキーラさんに捕まった挙げ句思い出話を聞いていたというのに、シャミ子はまぞくが営む喫茶店「あすら」に就職したという。

 

 ……なんか出遅れてる感が半端ないが、収穫がなかった訳ではない。ないったらないのだ。

 とはいえ、早いところ本筋に戻らねばなるまい。

 

「今日は俺も『あすら』に向かおうと思う。出来るだけ客としてフォローに回るから、よろしく頼む」

 

「分かりました。よろしくお願いします、クロウさん」

 

「あい分かった」

 

 シャミ子は昨日、バイトに夢中で『あすら』に住むまぞくと交渉するのを忘れたみたいだから、俺がフォローに回ることにした。

 幸い、俺のまぞくとしての特徴は溶鉱炉みたいな色の右手だけなので、長袖長ズボンで手袋をつければ一般人に見えなくもない。

 

『クロウよ。…………暑くないのか?』

 

「くそ暑いに決まってんだろ。叶うなら着替えたい」

 

 ……ただし、この季節でその格好は暑いけど。仕方ないだろ、別に積極的に隠すつもりはないけど、要らん混乱を招く訳にはいかないんだ。多魔市の人達にはあんまり意味ないかもだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまさくら商店街。駅の東口側に古くからある商店街であり、店もレトロで味のあるものが多い。レトロゲーの店や商品が表に出ている八百屋・魚屋、木造建築の駄菓子屋などが並び、ハイカラな看板・装飾は、よそから引っ越してきた俺さえノスタルジックな気持ちにさせる。

 そういう時代に埋もれそうな商店街にも関わらず、老若問わず客足は途絶えない。その理由の一つは商店街のゆるキャラ「たまさくらちゃん」だろう。

 この街の大きな桜の古木から生まれた妖精。特技は「バク宙あつあつおでん」。持っている茶碗からは中毒性の高いアメちゃんが無限に溢れ出して子供を洗脳………ってなんだこの設定。おおよそゆるキャラに向いてないんですけど!?

 

「……あそこか。喫茶店『あすら』…」

 

『今のお前はただでさえ季節感ガン無視の怪しい格好だからな。今日は普通に客として入りつつ無難に行こう』

 

「ゴミ先祖もあんま喋んなよ?」

 

 とりあえず今、俺とゴミ先祖は件の喫茶店前までやってきた。魔法少女よけの結界も玄関正面に貼ってある。

 ゴミ先祖は『留守番をしていたら魔法少女二人に粉々にされたりメタトロンやチロルの爪研ぎにされてしまう!』と無理矢理俺についてきた。魔法少女に粉々にされるくだりは確実に余計なことを言ったからじゃないか? 賭けてもいいぞ。

 

 

 

 そんな事を考えながら開店時間になった店の扉を開く。

 カランコロンと古き良き音が鳴る。

 するとそこには、喫茶店の制服を着た青みがかった銀髪の少女が。

 

「いらっしゃい〜、何名?」

 

「1人だ」

 

「優子はん、おきゃく1名〜」

 

 その少女が京都だか大阪あたりの関西訛りでそう言うと、「はい!」とシャミ子の声が聞こえた。俺はその隙にチラリと少女を見る。

 

 千代田やミカン、不二みたいな「美少女」にカテゴリーされる女の子だ。マイペースというか、はんなりというか、独特の雰囲気を感じる普通の少女だろう。

 

 

 ―――その頭と腰からキツネの耳と尻尾が生えてなければ、だが。

 

(あれがここのまぞくか…)

 

 そう思いながらも必要以上に見ることはせず、案内された窓際の席のひとつにつく。

 

『クロウよ、アレは間違いない。魔族だ。しかも相当腕が立つぞ』

 

(あの子が、腕の立つまぞく?)

 

『あぁ。クロウが勝てるビジョンがまったく浮かばん。例えるなら―――レベル10のキャラ一人で冒険中盤の中ボスに挑むようなものだ』

 

(成すすべなく全滅コースじゃねえか)

 

 ゴミ先祖と脳内で念話しながら、シャミ子が席に水を置くのを待ってメニューを開く。そして、どれを頼もうか迷っている普通のお客さんのフリをしながら、キッチンの方を盗み見た。

 

 厨房の方で鍋を振っている、頭に葉っぱを乗せた狐耳の少女は、どうしてもそこまでの力を持つまぞくだとは到底思えない。まぁ、ミカンや千代田、果ては母さんまでもが見た目からは想像出来ない魔法少女なのでまぞくも似たようなものなのかもしれないが。

 

 注文しないのもアレなので、メモを取り出して必要事項を書いてから呼び出しボタンでシャミ子を呼び出す。

 

 

「お待たせしました、おきゃ……あ、クロウさん!」

 

「しっ、注文だ。この…Bランチのカレーとデザートのパフェを一つ。あと……」

 

 やって来たシャミ子に普通に注文する。途中でメニューに指を指すフリをして、メモを指さした。

 

『千代田桜さんについてここのまぞくと交渉はしたか?』

 

 ……と書かれたメモを。

 

「これもお願い出来るかな?」

 

「……かしこまりました! Bランチのカレーとパフェですね!」

 

 メモをしっかり見たシャミ子がぱたぱたと厨房に入っていった。

 

 

『クロウ。臨戦態勢くらいは整えておけ。』

 

(やだよ、あの子と戦うなんて。全滅コース一直線のヤツと戦うくらいなら俺は全速力で逃げる)

 

『なら逃げる準備だ!』

 

 それもなんだか食い逃げの準備してるみたいで嫌なんだけどなぁ。それに、コソコソしてたら逆に怪しまれる。確信を持たれていないならもっと堂々とするべきじゃないか?

 

「お待たせしましたー! ご注文のBランチカレーです! パフェはもう暫くお待ちください!」

 

 考えている内にシャミ子がカレーとシャレオツなおかずを持ってきた。

 香辛料の良い香りと、できたてを思わせる湯気が食欲をそそる。

 

「いただきます」

 

 カレーを一口、スプーンでよそって食べる。

 

 

 

 

 

 

 

 ………美味しい。

 

「なんて味だ……具材のひとつひとつのエキスが、スパイシーなカレーと混ざり合っている……! 肉、野菜、あらゆる具が混ざったこのカレーが、またふっくらと炊きあがった米とよく合う……!!」

 

 手が止まらない。まるで新たな扉を開いたかのような味の快楽に、俺は酔いしれる。

 

「頭の芯から―――心の底から癒やされて、ほぐされていくこの感じ……やみつきになるッ!!」

 

 そして、カレーを半分ほど食べ、残りも食べてしまおうと思ったがその時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『待てクロウ、それ以上は食べるな』

 

 あろうことかゴミ先祖がテレパシーでストップをかけてきた。

 

「なんだよゴミ先祖。良いところで止めないでくんない!?」

 

『その料理……なにかマズいものが入っているぞ』

 

「失礼なことを言うな! めちゃくちゃ美味いだろうがここの料理は!」

 

 つーか、マズいものが混入してたらそれはそれで大事件だぞ。料理店としては致命傷を受けて再起不能になる。最近はSNSでデマ情報も流せるからな、テキトーなひと言がお店の人の人生を狂わせかねない。

 

『……ちょっと我に供えてみよ』

 

(なんだ、食べたかっただけかよ! それならそう言えよな!)

 

 ゴミ先祖の失礼な一言で声を上げてしまったが、供えてみろってんなら供えてやるよ。

 食べかけのカレーをゴミ先祖の前に置きながら、他のおかずに手をつけ始める。

 ………お、他の料理も美味いじゃあないか。

 

 一体これに何が入っているというのか……

 

『これは…………微量だが、()()()()()()()()()()な』

 

 ゴミ先祖の断言に、スプーンを動かす手が止まった。それが、何を意味しているのか分からなかったのだ。

 

(……どういう事?)

 

『文字通りの事だ。魔力を込めて調理されているのだ。よく調整されているからか、一食分程度なら悪影響は出ないだろうが、クロウはあまり口にするべきではないだろう。おそらくあの狐がやっていることだろうが………なかなかやりおる、我が軍の料理人に欲しいな』

 

(おいこら最後)

 

 とことん有能な人材を引っこ抜こうとすんな。小倉の時と言い、今回と言い、余計なことをしないでほしいのだけれども。

 

「お待たせしましたー! パフェになります!」

 

 ゴミ先祖のヘッドハンティング計画とそれに伴う論争は、シャミ子がパフェを持ってきたことで有耶無耶になった。

 

「ありがと。シャミ子、ちゃんと仕事できてるか?」

 

「はい! 店長もリコさんも優しいですから!」

 

「あー……そっちじゃなくてさ」

 

「……?? なんのことですか?」

 

 おいおい大丈夫か?

 千代田やミカンが信頼しているからあんまり手出し口出しはしたくないし、本人もそういうのは望まないだろうけど、ちょっと不安になってきたぞ。

 もう一度メモを見せれば、シャミ子は思い出したように「情報を聞く…情報を聞く…」とぶつぶつ呟きながら店の奥に再び入っていった。

 

(大丈夫かなぁ? また忘れなきゃいいけど……)

 

『あのポンコツまぞくめ。クロウに余計な手間をかけさせおって……』

 

(メモを渡しておけば良かったな…)

 

 シャミ子に辛辣なゴミ先祖はさておき、どこか抜けているシャミ子のためにさっきのメモを渡した方が良かったかもしれないな。

 

 

 

 ゴミ先祖の反対を押し切ってカレーの残りやパフェを食べ終わり、幸せ気分な俺はふわふわした気分のままおあいそして会計を行うことにした。

 

「1500円になりますー」

 

「ほい」

 

 狐耳のまぞくの女の子に千円札と500円硬貨を渡す。それを受け取った彼女はお釣りの出ないお支払いをキャッシャーに入れる。あとは、シャミ子次第だろう。上手く交渉してくれることを祈るしかない。

 

「あんさん暑くないん?その手袋」

 

「肌が弱いんですよ。暑いけど仕方ありません」

 

「まぞくなんにそうは見えへんなぁ」

 

 ドキッ、と。

 狐耳の子に指摘されたことに心臓が跳ねた。用意した言い訳とはいえ、簡単に見破られた上に正体まで見抜かれたのだ、無理もない。

 

「………分かってたんですか? 俺がまぞくだって事」

 

「……キツネをダマくらかそうなんて万年早いで。でもお互い様やろ。おたくも途中からウチの料理に気づいてたみたいやし」

 

「……美味しかったですよ」

 

「おおきに。ウチの()()()()()料理やさかい、褒めてくれて嬉しいわ。……あんさん、名前は?」

 

「神原クロウ。そちらは?」

 

「ウチはリコ。シャミ子はんとはどんな仲なん?」

 

「友達です」

 

「そ。今度は()()()()格好で来てな」

 

 表面上はにこやかに微笑むリコに気まずさを覚え、俺は逃げるように店を後にしたのだった。心の落ち着きとかふわふわした気分とかが全部吹っ飛んだが、あのご飯を食べ残さなくて良かったと五体満足で思えるだけマシかもしれない。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「ただいま帰りましたー!」

 

「おかえりシャミ子。情報は聞いてきたのか?」

 

「……………あっ!!!」

 

『また忘れたのか。やはり先祖共々ポンコツまぞくだな』

 

「誰がポンコツまぞくかー!!」

『今さらっと余までポンコツ扱いしたかラプソーン!!』

 

 シャミ子が帰宅すると、千代田の部屋が騒がしくなる。ゴミ先祖は相変わらず人を煽る言い方で吉田家をディスる。やめてくれないかな。

 

「大丈夫だよシャミ子。また明日聞けばいい」

 

「でも本当に大丈夫かしら。食べ物になにか混ぜられてるらしいけど……」

 

『クロウが動けなくなった以上、シャミ子に任せるしかあるまい』

 

「………なんかごめんな、余計なことしちゃったみたいで」

 

「気にしないでくださいクロウさん!」

 

 先に帰還していた俺は、リコという魔族の容姿や会話したことなどを既に千代田やミカンに報告していた。彼女の料理についてもほんの少し仄めかしながら。

 なお、俺はゴミ先祖に『あすら』に行くことを禁じられた。なんでも―――

 

『リコはおそらくクロウに対する警戒心を上げたはずだ。我としてもこれ以上リコの好感度が下がるのは好まない。暫くシャミ子に任せ慎重に行こう』

 

 ―――とのこと。

 まぁ、それには俺も異論はないかな。

 

 

 

 

 あれから、『あすら』をシャミ子に任せることにしたのだが……妙な事態が発生した。

 

 シャミ子が何度も調査をド忘れし続けているのだ。

 

 俺が『あすら』に行った2日目はもちろん、3日目も4日目も調査を忘れてしまうのだ。今、シャミ子を見送って5日目になる。2日目くらいまではまぁそんな事もあるかなと思ったのだが、4日連続となると流石に話は変わってくる。

 

「家でも元気そうなのに言ってることが要領を得ないのよね。昨日なんて店員さんスイッチが入りっぱなしだったのよ」

 

「そうだな……あれは流石におかしすぎる」

 

 昨日のシャミ子との会話が思い出される。

 

◆  ◆  ◆

 

『ねぇ、シャミ子? あなたちょっと大丈夫??』

『疲れてるんじゃあないのか?』

 

『……あっ! お客様、ご注文はなにになさいますか?』

『…レモンティーとレモンケーキをお願いするわ!』

『それじゃあワタクシは季節のフルーツポンチをお願いできるかしら?』

 

 気がつけば3人でカフェセレブごっこを小一時間くらいやっていた。その後ミカンに「淑女(レディー)を甘く見てるの?」って説教された。解せぬ。

 

◆  ◆  ◆

 

「いや二人して何で乗っかったの? あと神原くんのその気持ち悪い口調はなに?」

「……………………不二のモノマネ」

「おばかなのかな?」

 

『昨日といえば、余もシャミ子の意識に入ろうとしたのだが……入口が見つからなかった』

 

『……確定だな。あのリコとかいう狐娘の料理に盛られてた魔力に毒されたのだ』

 

 シャミ子の夢に入れなかったというリリスさんに、魔力が練られた料理の疑いを確実なものにするゴミ先祖。

 

「結界を強行突破してシャミ子を奪還しようと思う」

 

 ついに、というべきか。魔法少女が動き出した。

 

「二人とも出かける準備をして」

 

 リリスさんの人形のような依代(よりしろ)に魂を込めスポーツバッグを持った千代田にならい、俺とミカンも準備を始めた。

 

 それから3人で出向いた先は……桜ヶ丘にある高台公園。位置的に考えると、喫茶店『あすら』とは正反対の方向だ。

 

「……で、ここからどうするつもりだ?」

 

「今からミカンには結界を狙撃してもらう。ここに来たのは『あすら』の結界の範囲外だから」

 

「なるほど…?」

 

 変身したミカンを視界の端におさめながら千代田の作戦に納得する。確かにミカンは遠距離攻撃が得意な魔法少女だと聞く。その本領を発揮する、ということか。

 千代田がリリスさんにハートの宝石がついたステッキを渡す。

 

「この棒で結界をゴシゴシすれば結界の上書きができる。今からミカンの矢にリリスさんを乗せて『あすら』に飛ばします」

 

『は!!!?』

 

 千代田が告げた、リリスさんにとってはなかなかハードな作戦にリリスさんが面食らう。

 

『余、飛ぶの!? 今から!!? 聞いてないんですけど!!?』

 

「だって聞いてたら来なかったでしょ」

 

『当然であろう!? というかこの棒で結界が書き換えられるなら何故シャミ子かクロウにこれを持たせない!!?』

 

「結界を書き変えようとすると反撃が来ます。防御も出来ないからシャミ子や神原くんが確実に粉々になる。」

 

「こ、コナゴナ………!!」

 

 吉田家や『あすら』で見たあの結界にそんな恐ろしいセキュリティがあったとは。下手に触っていたらどうなっていたかなど想像もしたくない。

 

「ラプさんは依代がないから棒を持てない。リリスさんしか適任がいないんです。反撃まで数秒かかるから高速で範囲内に入って速攻で書き換える必要がある。」

 

「ここから『あすら』まで約1キロ……私の矢なら1秒でお届けできるわ」

 

『つまり余は今から秒速1000メートルで飛ばされるの!?』

 

 そんなセコムやALS○Kも真っ青なセキュリティを前に「失敗したらどうするのか」と訊いてみれば、千代田はリリスさんの()()を持ってきているとのこと。スポーツバッグのチャックを開けば、そこには今動いているリリスさんの依代と瓜二つな依代がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。……夢に出そう。

 

「この残機があるうちは挑戦できる」

「………なるほど、物量作戦か」

『余の残機で物量作戦……』

「さぁ、シャミ子奪還作戦を始めるわよ…!」

 

 軽く絶望しかけて哲学者のような顔をしたリリスさんは、ミカンの矢に乗せられて秒速1000000ミリメートルで飛んでいった。涙目の悲鳴がエコーで高台に響き渡る。十数秒すると残機のひとつがガバッと起き上がり、再び棒を持ってミカンの矢で『あすら』へ送られていく。

 

 何度もリリスさんの悲鳴を聞き続け、最後の一機でようやく成功すると、千代田が大急ぎで変身して跳んでいった。ミカンも矢に手紙をくくりつけて発射する。

 

「……なんか、あっという間に終わったな」

 

「あとは桃に任せましょ」

 

 高台に残ったのは俺とミカン、そしてゴミ先祖だけだ。

 しばらく沈黙が続いていたが、最初に沈黙を破ったのはミカンだった。

 

「ねぇ、クロ」

「ん?」

 

「なんで、あの暑い格好で『あすら』に行ったの?」

 

「暑いのは俺も思ったから触れないでくれない?」

 

 暑い格好だったのは理解してるんだよ。多分真面目な質問なんだろうけどあんまりそこには突っ込まないでくれると助かる。

 

『決まっておろう、陽夏木ミカンよ。クロウがこの暗黒神ラプソーンの子孫である事を隠すためだ。』

 

 そんでもってラプソーンは勝手にミカンの質問に答えんな。俺が答えるべき質問だろうが。

 

『我の復活には邪魔者が多い。魔法少女が世襲制でない以上、七賢者の子孫は魔法少女にも、魔族にも、一般人にもいる可能性がある。これ以上ソイツらに暗黒神の子孫とバレる事は命の危機に繋がる。

 命を守るのは当然であろうが』

 

「……とか言ってるけど本当は余計な混乱招かないようにしてただけだよ。」

 

「ほんと…?」

 

「あぁ。誓って嘘じゃない」

 

 ミカンを見るが、表情はなんというか、浮かばない感じだった。

 

「何か困った事があったら私達に相談してね」

 

「当たり前だろ。ミカンこそ、一人で悩まないで相談してくれよな。呪いのこととかさ」

 

「クロ……」

 

「光と闇の事情を知ったのはつい最近だけど、もともと10年来の付き合いなんだ。話せることは話してくれよ」

 

「………うん。ありがと」

 

 ミカンが笑顔を向ける。でも、その様子はなんともおかしいものだった。何かをこらえているような感じのそれだった。呪いが発動しないようにするためかな?

 

 

 その後、千代田から無事にシャミ子を回収したと連絡が来た。やはりというべきか、彼女はぼーっとしている様子だそうだ。なんでも、リコの料理を持ち帰って大量に食べていた事が原因でハイになり、寝不足が続いていたらしい。その連絡を受けた俺達も、高台公園から撤退することにした。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――翌日。

 

 俺は、シャミ子のお見舞いにゴミ先祖と共にばんだ荘へ向かう。そこで、奇妙すぎるものを見た。

 それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「続けぇーーーーッ!!!」

「ええっ!?」

「イヤやー」

 

 

 

 ばんだ荘の2階から身投げをしたバクであった。

 身を投げたバクは、そのまま地面と激突し、「ぐふっ」とうめき声をあげてそのままうずくまる。

 何があったらこうなるんだ、マジで!?

 

「だ……大丈夫ですか!?」

 

「う、うぅ……ど、どなたか…知りませんがありがとうございます。」

 

 助け起こしたバクが喋った。

 左手?前足?にギブスをしており、ただでさえケガをしている状態が伺えるのが、更にボロボロになっていた。

 何を言っているのか分からないと思うが、本当に何なんだこれは。

 

「あら、クロウはん。おはようさん」

 

「り、リコさん……?」

 

 そこにリコもやって来る。なぜ、ここに彼女がいる?

 

「ううっ……り、リコくんの知り合いかね、彼は?」

 

「この前来てくれはったお客や」

 

「えー、と………貴方は?」

 

「こんな形での自己紹介になって済まないが……

 白澤(しろさわ)だ。喫茶店『あすら』のマスターをしている」

 

「あ、わざわざどうも。神原クロウといいます。高校生です」

 

 喋るバクが意外にも紳士的な挨拶をしてきたので、こちらも紳士的な自己紹介を返した。

 

 白澤さんを助け起こして軽く傷の手当をしたあと、何故二人がここに来たかを尋ねると、どうやらシャミ子に迷惑をかけたお詫びをしに来たのだという。

 

「リコくんの料理を10倍食べると色々忘れることはつい最近知ったことだが、それでも不手際は不手際だ。店長として、優子くんには謝罪しなければならない。

 彼女からも聞きたいことがあったようだしこちらから出向こうと思ってね」

 

 責任感の強い人だなぁ。うちのゴミ先祖とはエラい違いだ。なんというか、こういう御先祖様なら敬えるのにな。

 

『クロウ、いま失礼なことを考えなかったか?』

 

「自業自得でしょ、ゴミ先祖の場合」

 

 ゴミ先祖の疑いの眼差しを華麗にスルーし、シャミ子の家の呼び鈴を鳴らす。呼び出しに応じたのはシャミ子とそのお母さんだ。

 白澤さんは自分の立場と訪ねた事情を懇切丁寧に説明する。すると、シャミ子のお母さんが一度引っ込んだかと思えば野菜を乗せた皿を持って戻ってきた。

 

「アニマル系のお客様は初めてですので……お口に合うか分かりませんが……」

 

「あっ、お母様……雑食なのでお構いなく………」

 

 いくら白澤さんがバクそのものだからって、キャベツや人参をそのまま持ってくるのはなんか違うと思うんだけど。

 

 

 

「うちは酢抜きのおいなりさんとかでええよ〜〜」

『吉田清子よ、我へのお供えはまだか? その野菜を油炒めする程度で良い』

 

「リコくんやめたまえっっ!!!!」

「やめろゴミ先祖ッ!!!!」

 

 客の立場でとんでもなく図々しい事を言うリコとゴミ先祖を諌める声がハモる。

 ハモった声の主をチラッと見れば、同じくこっちを見る白澤さんと目が合う。それで、お互いが確信を得た。

 

 ………俺、白澤さんとは仲良くできそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ!新たなまぞくとも仲良くできる暗黒神になるのだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 あらたなまぞくと出会った暗黒神後継者。リコはちょっと苦手だけど、白澤さんとは仲良くなれそう。

クロウの印象
リコ→ウチの変化と料理を見抜くなんて、おもろい子やわぁ。
白澤→お互い苦労するみたいだね……君は若いのに。

暗黒神ラプソーン
 あいも変わらず図々しい暗黒神。リコの『丹精込めた』料理や実力を見抜くことなどわけないわ。それはそれとして、新たな魔族には利用価値があるだろうか……? と最低なことしか考えてない。


もしもまちカド暗黒神がドラクエチックになったら味方のステータスは

シャミ子
→大器晩成型。最初は驚くほど簡単に落ちるネタ的弱さだけど、レベルが上がるごとに手堅い強さを得ていく…と思う。特に洗脳系は超強そう。ちょっとピーキーな主人公タイプ。


→燃費と火力の高い攻撃型。強い特技で魔物を殲滅しそう。お誂え向きな『フレッシュピーチハートシャワー』とかあるし。ただし、闇堕ちしたりする都合上燃費が悪い。魔法の聖水やエルフの飲み薬必須。

ミカン
→火力兼サポート型。サンライズアローみたいな必殺技がある上、バイキルトとかフバーハとか覚えそう。ドラクエにおいて弓スキルは個人的にマイナーだからイメージがなかなか沸かない。でもシャイニングアローは間違いなく覚えそう。

クロウ
→典型的な賢者型。最初からイオナズン覚えるとか半端ない上にメラ系、ヒャド系、回復系までも覚える。強敵戦では確実にクリフトやミネア、ククールのような回復役の立ち回りになる。

リコ君
→火力兼妨害系補助型。白澤店長との関係上仲間になるのは後っぽそう。その分お釣りが出るほどに強そう。痺れる(マヒ)・寝る(ラリホー)・火照る(ぱふぱふの上位互換?)・サイケデリックな幻覚(マヌーサ)と幅広い妨害ができる。あと個人的にザキ系覚えそう。

不二実里
→双剣使いなだけあって優遇されそう。超はやぶさ斬りとかデュアルスライサーとか。育て方とバフ次第でDQ11のカミュみたいな化け物火力が出せちゃいそう。でも仲間にするには魔族への宥和が必要。さて、どう懐柔してやろうかな……


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シャミ子を救え! 魔族の覚醒と桃の決意……かくして、魔法少女は闇に堕ちる。

ウイルスの影響凄まじいですね。大々的に報道されたからか、どこもかしこも自粛ムード。大相撲も無観客試合で不自然感パなかった。
マスクはしてもウイルス素通りだと思ってるんで作者は手洗いうがいを徹底させてます。あとアルコールも。皆様もお気をつけて。




今回のあらすじ

シャミ子は ねむっている!
桃は やみおちした!




 

 

 シャミ子の家に来た白澤さんに、シャミ子と千代田は話す。行方不明になっているという千代田桜さんの話を。

 千代田はずっと姉の桜さんの事を探し続けていた。色んな方法で多魔市を捜すもなかなか見つからない。今はおそらくコアの状態なんじゃあないか、と。

 夏休みの自由研究で桜さんのことをプロジェクタでまとめようとしている良ちゃんがすごく気になるが、今は記憶をひねり出そうとしてる白澤さんに集中だ。

 

「桜どのとは僕も数回しか会ってない。最後に会ったのは10年前のクリスマス……喫茶店開店直前のことだ」

 

 10年前のクリスマス……それで俺は母さんの事を思い出した。確か…『10年前のクリスマス・イブに桜さんから電話を貰った』と言ってたはずだ。ただ話の脱線を防ぐため今は白澤さんの話の続きを聞こう。

 

「当時、僕はこの町に来て間もなく桜どのの斡旋で働く準備をしていた。開店準備中……桜どのは結界のバージョンアップを教えてくれたのだ。なんでも『天災らしいもの』が来ると言ってな、戸締まりをするようにと顔を出したのだ」

 

「天災………? それは、どんなものだったのですか?」

 

「さぁ……僕も詳しく聞く前に行ってしまったから分からないな。ちなみに、その時桜どのから押し付けられたのがリコくんだ。

 ……それ以降、僕たちは桜どのには会っていない」

 

「ウチの料理、食べに来てくれんかった。約束やったのに……」

 

 参ったなぁ。10年前のクリスマスに見たという証言、ほとんどちょこっと顔を出した程度じゃあないか。

 

「桜はん……どこにおるんやろ。コアは動くし探すのも難儀やなぁ」

 

「………コアって動くものなのか?」

 

「うちが見たもんはチョウチョと子猿さんだったの。どっちも味方の巫女はんに抱えられて逃げてったわ」

 

 衝撃的な事を口走るリコ。俺達は、今までコアは動かないものとばっかし思ってたので意外だ。千代田も動物形態は知らなかったみたいで、「()()()()()()()水晶の形で動かなかった」と言う。

 

 しかし……動いて逃げる「動物系」のコアか。母さんに訊けばまたなにか分かるかもしれないな。

 

「そうだ。お近づきの印にこれを……」

 

「……わー! たまさくらちゃんだ! 桃が大好きなんです!ね、桃?」

 

「……好きではないです。生活に差し障る程度に気になるだけで」

 

 それを大好きというのだぞ、千代田。

 それにしても、あのたまさくらちゃんを好き、かぁ。大ファンたる千代田の前で考えるのは申し訳ないが、俺にはちょっとその感性は理解できない。アレは特技と設定が謎すぎるんだよなぁ。バク宙からのあつあつおでんとか想像できないし、子供を洗脳するアメちゃんとかテレビで放送できるもんじゃないと思う。

 

「いやぁー嬉しいなぁ、こんな所にもファンがいるなんて。実はたまさくらちゃんをデザインしたのは僕なんだよ」

 

「店長がたまさくらちゃんの生みの親!?」

 

 ごめんなさい、生みの親の前で結構失礼なことを考えてました。こんな簡単に町のゆるキャラの生みの親に会えるとかどんな確率なの。

 俺がそんな考え事をしているうちに千代田は、シャミ子の労働力を白澤さんにたまさくらちゃん限定グッズの数々で買収される。

 

「でもどうしてそんなにたまさくらちゃんが好きなんですか?」

 

「たまさくらちゃんが……お姉ちゃんに似てたから」

 

 たまさくらちゃんとは、紅白のしめ縄のような首輪がデザインされている猫のゆるキャラである。その容姿や設定から考え出される『似てる』とは、つまり………

 

 ―――桜さんは、中毒性のアメちゃんを出せる猫耳…?

 

「千代田桜さんがわからなくなってきた……」

「なぁ千代田……桜さんって人間、だよな?」

「…似てたかなぁ」

 

「色合いとかパーツが似てるの!! 姿かたちじゃなくて! それと神原くんちょっと後でお話があるんだけどいいかな!?」

 

 ヤベェ。俺終わった。ちぎなげコースじゃないかどうあがいても。

 

「たまさくらちゃんって姉がモデルなんですか?」

 

「違う。僕は桜どのの変身姿は見たことがない。たまさくらちゃんのモデルは僕が見た妖精さんだ」

 

 白澤さんはたまさくらちゃんの元となった『妖精』とやらについて話し始める。

 なんでも、開店日にショッピングセンターマルマまで買い物に行ったとき、紅白の変わった首輪をしたネコを見たのだという。足跡がなく歩いた道に花びらが散る神秘的なネコだったそうで、白澤に一礼してから隣の建物の壁に溶けるように消えていったのだそうだ。

 

「ソレを見てから店は繁盛! あれはきっと、幸運を運ぶ妖精さんだったん―――」

 

バクさんいまの話もういっかい!!!

 

「ピエエェェェェェェェッ!!?」

 

「「「!!?」」」

 

 突然、良ちゃんが白澤さんの鼻をしぼりだした。白澤さんのとんでもない高音な悲鳴が響く。シャミ子の妹とは思えない行動にただ混乱する。

 

「り…良! お客様の鼻を絞るのは……」

 

「だって、バクさんものすごい大切なこと言ってる!

 バクさん、そのネコさんを見た日はいつ!?」

 

「か、開店日は10年前の12月28日だ……」

 

「キツネさんは『コアは動く動物型もある』って言ってた。それに普通のネコは足跡に花びらは出ないし壁に溶けるように消えたりしない……

 桜さんがあすらに来たのは10年前の12月25日……だから、そのネコさん、桜さんのコアだったんじゃないかな!?」

 

 良ちゃんのその推理で、俺を含めた全員が息を呑む。

 確かに、良ちゃんが今言ったことはほとんど当たっている。リコは動物系のコアもあると言ってたし、桜さんのコアがネコである、というのもありえない話じゃあない。

 良ちゃんは小学生とは思えないほどの猛烈な勢いでキーボードを叩き、なにかを記録したあと円柱状に丸めてあった紙を広げる。そこには、駅前のマップがこと細かに描かれていた。

 

「……地図? クオリティ高くない?」

「良の自由研究です」

「バクさん、ネコさんはどこを歩いてどの建物に行ったの?」

「ええと確か……ショッピングセンターマルマ前の噴水広場を通って、向かいの建物……」

 

 白澤さんの言葉通りに地図の上を指でなぞる。良ちゃんが指をさしたその場所とは―――

 

「―――せいいき記念病院」

 

 え、病院?

 マルマ付近の様子を思い出して……あぁ、確かにあったな、大きめのあの病院か。しかし、桜さんのコアだと思われるネコちゃんが病院に何の用なんだ?

 

「あっ……ここ、私が小さい頃入院してたとこです」

 

「「!!」」

 

 なんと、シャミ子がポロリと言ったのだ。

 しかし、どうして入院なんかしていたんだ?

 

「お姉は昔、体が弱かったんだって。おかーさんが言ってた」

「そ、そうだったのか。じゃあ、シャミ子はもしかしたらそのネコを見ていたかも知れないぞ」

「いや、ぜんぜん覚えてないです!」

 

「……私、病院で優子がネコさんの話をしたのを覚えています」

 

 その時、ずっと話に入ってこなかったシャミ子のお母さんがそう言いながらやって来た話に入ってきたのだ。ご丁寧にお稲荷さんと野菜炒めの乗った皿を持ってきながら。

 ……持ってこなくてもいいのに。

 

「ある日、目を覚ました優子が私に言ったんです。

『へやに白ネコがきました』って。『お話したけど、すぐにいなくなっちゃった』って。

 当時の優子は呼吸器も良くなかっ(アレだっ)たので看護師さんと病院を探したんですが……ネコどころか、痕跡さえも見つからなかったんです。

 時期は良子の臨月だったので…10年前の年末です」

 

『白澤の目撃情報の直後だな。それが正しければ……しゃみ子は千代田桜のコアと会っている可能性がある。しかも、何らかの会話もして、な。』

 

 野菜炒めを備えられてるゴミ先祖が言うとおり、シャミ子はもしかしたら千代田桜さんに会っているのかもしれない。もちろん確定とは言えないが、まさか、こんな近くに重大な手がかりがあるなんて思わなかった。

 

「…う〜ん、優子君の夢だったんじゃあないか?

 動物が喋るなんてありえないよ!」

『……白澤よ、それは新手のまぞくジョークか?』

「鏡見るんや、マスター」

 

 ……シュールなコントを繰り広げているあすらの二人とリリスさんをよそに、俺は一足先に失礼することにした。

 ちなみに野菜炒めは少しだけ分けてもらった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 翌日。俺がチロルとゴミ先祖と共に千代田の部屋にお邪魔すると、部屋の主とシャミ子とミカンが集まり、シャミ子の記憶の会議を繰り広げている最中だった。

 

「……シャミ子、なに食べてるの?」

「レモンです。でも何も思い出せません。」

「うーん、マヨネーズが足りないからだろう。どれ、かけてやる。マヨネーズとレモンって、意外と会うん゛っっ」

「間に合ってる! 間に合ってるから!!」

 

 流れるように懐からマヨネーズを抜刀したらミカンに羽交い締めにされた。ふわっと柑橘系の香りが鼻をくすぐり、柔らかいものに動きを縛られる。

 

「み……ミカン…離して……離して……」

「ならマヨネーズをしまいなさい、クロ」

『柑橘馬鹿とマヨネーズ馬鹿はほっといて、シャミ子の記憶については他に手は打てぬのか?』

『打てるには打てるのだが……シャミ子の力はまぞく的に部外秘だから桃とミカンの前で説明したくなーい』

 

「リリスさん、ここによりしろチケットのおかわりがあります」

『詳しく説明しようッッ!!!』

 

 ミカンと俺がレモン・マヨネーズ論争をしている間にリリスさんが千代田に能力を買収されてた。よりしろチケットってなんぞ?千代田が依代を作る券か?

 

『シャミ子の力は「夢に潜る力」と言ったが……アレは実はものすごく噛み砕いた説明なのだ。ちゃんと説明しても多分シャミ子はついてこれないからな』

 

「大丈夫です! ちゃんとついてこれます!」

 

『余たちの能力を正確に表現すると、人・生物・無生物―――「あらゆる有情非情の無意識に侵入する能力」だ』

 

 ふむ。あらゆるうじょーひじょーのむいしきにせんにゅー。

 有情非情の無意識にせんにゅー。

 有情非情【うじょう-ひじょう】:人間や動物、植物に加えて、命を持たない石や水などを含めた世界に存在する全てのもののこと。

 

『無意識というのは人間でいうと個々の心の中のスッゴい深い所で、記憶とか先天的知識とかが蓄積されてる。余たちの一族はそこに入り込んで勝手に覗き見たり改ざんしたりできるわけだ』

 

 夢というのは、そんな無意識と入り口みたいなものゆえ、リリスさんの一族を『夢魔』とも呼ぶらしい。

 有情非情の言葉の意味と、そんなリリスさんのいう『無意識』とを考えて、俺は思った。

 

(………強すぎないか!?

 

 

 例えば、民衆一人ひとりの夢に毎晩入って、「この流行り病・不景気・社会の不安は全部現政権のせいだ」と囁けば、あっと言う間にデモ組織とテロ組織の温床が出来上がる。憎い相手が出てきたら別の人間にそいつへの憎しみや殺意を植え付ければ、勝手に不穏な芽を摘んでくれる。おまけに、能力を使った本人の両手は真っ白のまま。無意識に侵入する力だから、洗脳された本人も洗脳された自覚がなく、現実世界では足もつかないため、警察が捕捉するのはまず不可能だ。

 ありとあらゆる犯罪をリスクなく教唆できる、悪魔的な力だ。使い方次第では、国すら相手にできる。………なんでシャミ子みたいな根の優しい人がこんな力を持っているのか。

 

 でもこんなことを言うなら……俺の暗黒神の力も、余裕で世界を物理的に壊せる力なので悪魔度具合はどっこいどっこいだけどな。それに。

 

「えぇと……うじょーひじょーという、生物? むいしき? せんてんてきちしき………

 あのごせんぞ! うじょーひじょーの辺りからもう一回説明してください!」

『お主はまだそこで躓いてたのか!?

 ………つまり、だな。シャミ子の力をシャミ子自身に使えば、10年前の記憶を見ることができるかもしれない、ということだ』

 

 本人は自分の持った力の凄さに全く気づいていない。

 ホッとしたような、ちょっと怖いような。まぁ……しばらく彼女はこのままでいいだろ。

 

 

 

 シャミ子は自分自身の記憶から桜さんのコアの情報をサルベージするため、ソファに布団を敷いて寝る準備を始めた。「私の勇姿を見ているがいい!」とか言っているけど、昼寝している姿を勇姿といっていいものなのか。

 

「なぁリリスさん。うちのゴミ先祖や俺が、シャミ子がいまどこにいるかとかシャミ子の様子とかを見ることは出来ないんですか?」

『無理だな。シャミ子の身内でないクロウやラプソーンではシャミ子の夢には入れない。余のような魂の身内でないと干渉は難しいだろうな』

 

「そうですか……ねぇゴミ先祖、ゴミ先祖特有の力技でなんとかならない?」

『やったことはないが………仮に出来たとしても夢の中をマッピングした後で潜水艦のソナーのようにしゃみ子を探す、といった程度しか出来ぬだろう』

 

「……だって。どうかな、千代田?」

 

「うーん……ぶっつけ本番はちょっと怖いから、また後でね」

 

 そう言われては仕方がない。大人しくシャミ子が起きるのを待つしかないみたいだ。

 

 ―――そう思っていた。

 

 

『ま、まずい……シャミ子を見失った!』

「な!? ど、どうして……」

『本人も忘れてたいやな記憶が大量に出てきたのだ………想定外だ』

 

 リリスさんからそんな報告が出て来るまでは。

 

「シャミ子はどうなるの?」

『自分の心の深部でしばらく迷子になって……数日眠ることになる。

 その間ずっといやな記憶に追われるだろう。……初心者の夢魔にはよくある失敗だ』

「そんなのダメよ!! なんとかして起こしてあげないと…!」

 

 ミカンが眠るシャミ子を起こそうとレモン汁を振りかけるも、夢の中がすっぱくなるだけだ。そんな中、一番最初にシャミ子を助けに行こうとしたのは、やはり千代田だ。

 

「……迎えにいく方法を考えよう。」

 

『数日で自然に起きるのだぞ? 余だって助けたいのだ。だが捜索のコストを考えると―――』

 

『別に命を落とすわけでもなし、日程的にも問題ない。助けに行く必要などないだろう。エネルギーの無駄だ』

 

 リリスさんは、シャミ子を助けるのに手間がかかると、あまりいい顔をしていない。そしてゴミ先祖は、相変わらず言葉選びが最悪だ。まるで「積極的に見捨てる」と言ってるみたいだ。

 千代田が言葉を続ける。

 

「以前私はシャミ子に夢の中で助けられた……気がするんです。もしこの状況でなにもしなかったら、私はこの子の顔をまともに見れなくなる。それは嫌だから」

 

『だが、余だけで探すとそれこそ数日がかりだ。ラプソーンとクロウの手を借りても、シャミ子を簡単に見つけ出せるとは思えん』

 

『然り。潜水艦のソナーとて、万能ではない。それに我らのこのやり方は一度もやった事がないただの思いつきゆえ、安定して探すには向いていない』

 

「……じゃあ、血を出せばいいんだよね?

 何ガロン必要?」

 

『待て待て待て待て待て待て待て待て待て!! 血はやめよ!!!』

 

 千代田が杖を腕の脈に当てる真似を始めたので、流石に俺もミカンの呪いで濡れるのを構わず千代田の手を押さえつけ―――強っ!? 力つよっ!!? 押さえられない、完全に力負けしてやがるッ!?

 

「…神原くん?」

 

「ううっ、強い…力強い……………ち、千代田。いくら何でも自分の為に血をドバドバ流したって知ったらシャミ子だって千代田の顔を見れなくなるだろ」

 

「そ、そうかな……………ごめん」

 

 シャミ子は闇の女帝たらんとしているが、基本的にいい子だ―――と思う。自分のために血を流したなんて思ったら絶対に気負ってしまう。

 だったらどうすればいいかといえば、一応考えてある。

 ちょっと後が怖いけど、この際千代田とミカンの希望に答えられれば何でも良い!

 

『もしもし? あなたの小倉でーす』

 

「今ヒマか? シャミ子がピンチなんだ、助けてほしい!」

 

『……今どんな状況になってるの?』

 

 電話をかけた相手―――小倉しおんに、俺はシャミ子達が現在置かれている状況の説明を始めた。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 小倉に事情を話すと、ラボに来てほしいと言われたので、眠ったままのシャミ子を背負った千代田とミカンと共に小倉のラボを訪ねる。

 出迎えてきたのは黒いローブを纏い不気味なトリのお面を持った小倉と元気になったのだろうトリタロウ君だ。サラッと「ボクハトリダッタ…」とか言った気がしたがそんな事を気にしている場合じゃない。

 

「だいたいの事情は神原君から聞いたよ〜、シャミ子ちゃんが夢の中で迷子になっちゃったんだよね?」

 

「あぁ。何とかならないかな? リリスさんによると魂の身内にしか夢の中に入れないみたいなんだけど」

 

「なら、誰かを眷属にすれば解決だね。夢の中に行くなら、精神だけをシャミ子ちゃんの眷属にすればいいし」

 

『流石だな、小倉しおんよ。どうだ、我が軍の専属研究者になって光と闇の世界を解き明かす気はないか?』

 

「ごめんねぇラプソーンさん、それは見送ってもいい?」

 

 流れるようにスカウトしようとするゴミ先祖を振りながら、小倉はてきぱきと準備を始める。立脚つきのカメラを立て、ビンに入った謎の黒い丸薬を取り出す。

 

「属性的に神原君が眷属になるのが一番カンタンなんだけど……」

 

「私が助けに行きたい」

 

「そう言うと思ったよ。今のシャミ子ちゃんは眠ってるから精神だけ闇堕ちさせてから寝ればいけると思うよ〜。

 まずはこの丸薬を全部飲んでもらいまーす」

 

「丸薬? 毒か猛毒かどくどくヘドロじゃなくて?」

 

「丸薬だよ〜。で、次にリリスさん主導のもと千代田さんには精神だけ闇堕ちしてもらいまーす。神原君とラプソーンさんは魔力を補ってね」

 

「がってん」

 

「……で、シャミ子ちゃんを救出した後は陽夏木さんが光の友情パワーで千代田さんをもとに戻す! 過去の伝承にもあるし、この方法がオススメだよ〜」

 

『そんな方法があるとは……

 ―――しかし本当に出来るのか…?』

「でも、もし戻れなかったらその後は―――!」

「分かってる」

 

 ミカンの懸念に千代田が頷く。このやり方は、千代田の精神―――つまりコアを一時的に闇に染めるやり方。魔法少女の肉体がエーテル体の塊である以上、すぐに光属性に戻さなければ消滅する危険もあるのだという。

 

「姉のコアを取り戻すとか、そのためにこの町を守るとか……今だって諦めてないけど。

 でも、それより大事にしたいものができたから。………やれるだけやってみる。」

 

 千代田がシャミ子の手を握る。シャミ子はもう、千代田の中では大きな存在なんだろうな。

 

「それじゃあ、真夏のわくわく大実験(まつ)……じゃない、『シャミ子ちゃん救出大作戦』を始めるよ〜!」

「おいコラ小倉」

 

 そして、トリノバケモノのコスプレをした(小倉曰く中世の医者のコスプレらしい。どうでもいいな)小倉から丸薬の入ったビンを受け取ってフタを取ると、それを一気に口に放り込んだ。

 千代田の表情が苦痛に歪む。「まずい……」と呟いたことからおそらく小倉の丸薬がクソマズい味だったのだろう。そして、千代田が丸薬を飲み込んだら、次のステップに移る。

 

『千代田桃。闇の魔女リリスの名において……一時的に、シャドウミストレス優子の眷属となることを認める』

 

 俺の手に乗ったよりしろ人形のリリスさんが、闇のエネルギーを千代田に向ける。俺とゴミ先祖も、魔力をリリスさんに譲渡する。やりすぎには注意せねば。千代田を俺の眷属にしてしまっては意味がない。

 

「『『おいでませ……千代田桃!』』」

 

「……うっ!? ぐっ! ああああああああああああああああああああああっ!!?」

 

 エネルギーが千代田に直撃すると、少し苦しむ様子を見せたかと思えば、彼女の雰囲気が変わっていく。具体的には、ピンクで羽が生えたような髪飾りがコウモリの翼を彷彿とさせるデザインに変化していく……!

 肩で息をする千代田。ミカンがそこに駆け寄る。

 

「桃!! 大丈夫…?」

 

「うん。……これでシャミ子を助けに行ける…!」

 

『ならすぐさまシャミ子の隣で横になれ! 余が案内するぞ!』

 

 リリスさんの指示に従い、小倉の計画は第2段階に進んだ。

 

 

 

 その後しばらくすれば、シャミ子が目を覚ました。それは即ち、千代田のシャミ子救出作戦が成功したことを意味していた。

 千代田が目を覚ませば、変身したミカンが魔力の矢で千代田にショックを与え、光側に戻した。ただ、その時にかかったプレッシャーは凄まじいものだ。

 

「ミカン…嫌な役目させてごめん」

 

「いいってことよ! ……このミカンちゃんの偉大な友情ぱわーに感謝しなさい」

 

「みんな、さっさとここから撤退するぞ。ミカン、無理すんなとまでは言わないが、分かってるはずだろう」

 

「う、うん、そうね……呪いが…………もうダメです」

 

「ぎゃあああああああああぁぁぁぁっ!!!!?」

 

 ミカンの手を引いてラボから避難する。

 直後、ミカンの呪いによって、小倉のラボが突如生えてきた木々に破壊し尽くされる。シャミ子が迷惑をかけたと謝っているが、「学校の備品だから大丈夫」と気にしてなさげだ。むしろそこが一番ダメなはずなんだけど。

 

「ううぅ……ごめんなさい………また、呪いが……」

 

「気にすんなミカン。俺達は全員無事だ」

 

『クロウー。我がぶじじゃないぞー』

 

「……あの、クロウさん。ラプソーンさんはどうしたんですか」

 

「……………………あ」

 

『クロウ〜〜、たすけてくれー』

 

「「「「「………………」」」」」

 

 小倉のラボ跡地を見れば、瓦礫の奥の奥に鳥を模した見慣れた杖が見事に埋もれていた。

 

『ひどいぞクロウ……我より陽夏木ミカンを選ぶなんて……』

 

「ちょっ!!? 言い方!!」

 

 なんてこと言いやがるこのゴミ先祖…!

 そういうつもりでミカンの手を引いたわけじゃあないのに、誤解されるだろうが!!

 

『我とは、遊びだったのだな……』

 

「やめろっつーの!! その言い方絶対わざとだろ!?絶対誤解される言葉を意図的に選んで話してるだろ!!」

 

 周りを見れば、千代田がシャミ子の目を塞いでこっちにかつてない目を向けている。小倉は楽しそうだ。誤解を招く発言を訂正する気はないらしい。ミカンはというと……

 

「え、クロ…………私のこと、す、いや、えっと……

 ……ラプソーンさん、ごめんなさい?」

 

『黙れ泥棒猫!』

 

 ……………。

 

「……俺、光属性に闇堕ちしようかな……」

「光属性に闇堕ちってなんですか!!?」

 

 シャミ子のツッコミが鋭く決まった事以外は思い出したくない。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 その後、シャミ子から俺と千代田とミカンに話された事は、桜さんの居場所だった。なんでも、桜さんのコアは、10年前にシャミ子の命を支えることにしており、今もシャミ子と共に生きているのだという。妹の千代田には既に話した事だが、協力してくれたお礼ということで話してくれた。

 俺は、心配しているであろう母さんにこの事を教えても良いか尋ねた。二人は少し悩むそぶりをしたが、最終的には許可してくれた。

 

『そうだったの…。魔法少女とまぞくが仲良くなることを夢見た桜ちゃんらしいわね………羨ましいわ』

 

「羨ましい?」

 

『私が自分のコアで同じ真似が出来るとは思えないもの。せいぜいまぞくを血祭(ちまつ)…じゃない、ボコることしか出来ないもの』

 

 いま血祭りって聞こえたんだけど。国際電話の調子が悪いのかな?もしくは現地の音を拾ったとかか? 頼むからそうだと言ってくれ。

 

「コアって戦えるの?」

 

「無理に決まってるわよ。クロは何を言ってるの?」

 

『そう? 私は意外とイケたわよ、ミカンちゃん。敵の攻撃に当たらないように敵を物理的にちぎって投げればいいんだし。

 これでも私、コアのまま30体くらいまぞくひねったわよ』

 

「玲奈さん基準で考えないでください………」

 

 え?どゆこと? 魔法少女って、コアになったら戦えないんだよね?戦っちゃダメなんだよね?

 そう目配せすれば、ミカンも千代田も全力で首を縦に振った。コアは魔法少女の心臓部のはず。その状態で敵と戦うなんて考えられない。

 

「……母さん。冗談だよね? 魔法少ジョークなんでしょ?」

 

『いいえ、違うわよ?』

 

「…即答かよ…………考えるのをやめたくなってきた」

「気持ちは分かるわ……」

「玲奈さんやっぱりおかしいです」

「お、おそるべきまぞくスレイヤー………これで勝ったと思うなよ……!」

 

 勘弁してくれよ。ウチのお母さんがこんなにチートなわけがない。マジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 仲間と共に切磋琢磨し強くなっていくんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
シャミ子の救出作戦において、リリスさんの闇堕ち用の魔力庫的な役割を果たした暗黒神後継者。桜については、これからもシャミ子をよろしくお願いしますという感情を持っている。ラプソーンの誤解を招く発言と母親のチート具合に凹み、『光属性に闇堕ち』という意味不なパワーワードを作った。何気にシャミ子の力の凄さに初見で気づいている。

神原玲奈
桜の所在を知って安心した子持ち魔法少女。「まぞくスレイヤー」時代には、コアのまま30体ものまぞくを撃破したという。レティスに注意を受け手合わせしたことと言い、見事に人間をやめている。



アイテム大図鑑

どくどくヘドロ   種別:錬金素材
毒にまみれた泥のかたまり。くさったしたいなどのゾンビ系モンスターが落とす。毒蛾のナイフや毒針、おかしな薬などの素材になる。



あとがき
 お待たせしました。活動報告のほうに、「この作品に出してほしいドラクエのモンスターのリクエスト」を募集したいと思います。(感想欄に書くと運営=サンが消しにかかるため)奮ってコメしてくださいね。


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力の開発!? まぞくの必殺技を作り出せ!……占いって、当たり障りのないこと言ってればいい訳じゃないんですけど?そんなの占いですらないんだけど!?

おはようございます。
4月からは、社会人として投稿していきます。あと、活動報告ではまちカド暗黒神に登場するモンスターの募集をしております。詳細は活動報告にて。




今回のあらすじ

実況の人「これはァーーっ! 必殺技を放つようです!」



「闇の女王らしい“ひっさつわざ”を考えたいです!」

 

 

 始まりは昼休み中に放ったシャミ子の一言からだった。

 千代田がガタッとシャミ子に急接近し、佐田がスマホのカメラを立ち上げる。

 

「私さいきん追いかけられる事が多くって。ピンチの時に出せるとっておきの一発があればなって」

 

 シャミ子いわく、自分自身の記憶に潜入した時も、いやな記憶に追いかけ回されたのが原因で迷子になったそうだ。自分自身の嫌な記憶に追われるってなんか嫌だな。

 

「『シャドウなんちゃら』! みたいな技名がいいです」

 

「技を考える前に……シャミ子がピンチの時堅実に出せるモノを把握しないと」

 

 そんな話を聞きながら、俺がピンチの時堅実に出せるモノはなんだろうかと考える。思い出されたのは、チキーラさんに1秒で追い抜かれた時。あの時出てきたのは……純粋な魔力だったな。紫電のような魔力を利用した技とか良いかもしれない。

 ちなみに、シャミ子がピンチの時堅実に出せるモノって……

 

「……夢無しとなると…………………………堅実に出せるのは涙くらいです」

 

「…じゃあシャドウぽろぽろ涙で行こっか」

 

「いいのかそれ」

 

 完全に負け犬ムードじゃねえか。必殺技放つ前に必殺技放たれて敗けそうなんですけど??

 

「ピンチの時は焦ってるから普段の力は出せない。状況によって適切な対処法も違う。」

 

 だが千代田のその発言はあまりにも理にかなっていた。流石、ワールドワイドで百戦錬磨な魔法少女だ。説得力が違う。どこぞの暗黒神が同じ説明をしたところで、ここまで納得しただろうか。

 

「ちょっと練習しよっか。

 まず胸倉を掴まれた時はこう!」

 

「もぺっ」

 

「暴れる人を無力化する時はこう!」

 

「ぬぺっほ」

 

「うわぁすごい」

 

 口頭で説明した後実践練習をする。

 千代田がキレのある格闘技でシャミ子を振り回していく。佐田はその間写真を撮るだけだ。助けてあげてもいいのに。

 

「シャドウぽろぽろ涙が止まらない……」

 

「じゃあ交代ね」

 

 ……ん? 今「交代」って言った? ミカンにでも代わるのだろうか?

 周囲を見渡してみる。しかし、この場にミカンはいない。関係ありそうなのは泣いているシャミ子とスマホを構える佐田、あとはこっちに近づいてくる千代田しかいない……

 

 こっちに近づいてくる千代田…

 すぐさま席を立つ。しかし、千代田に左手を掴まれてしまった。これでは逃げられない……!

 

「神原くん」

 

「イヤです」

 

「シャミ子の為なの、お願い」

 

「イヤです」

 

「…………」

 

「…………??」

 

「……逃げる人を取り押さえる時はこうッ!!!」

 

「ギャア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーっ!!!?」

 

 床に押さえつけられ関節を極められた。イヤですって言ったよねぇ!!?

 ちなみに、佐田はやっぱり写真を撮るだけである。助けてくれてもいいよねぇ!?

 

「だ、大丈夫、ですか……?」

 

「全身がまんべんなく痛い……」

 

「…今の経験を踏まえて………

 相手は基本格闘技で攻撃してこないので今までの技は使えません。一旦忘れよう」

「おい千代田」

「きさま」

 

 散々シャミ子を振り回し、俺の関節を極めた千代田が言ったことはこれである。キレていいかな?

 

 

『貴様ら、さっきから何をしているのだ?』

 

 そんなキレそうになっているところに、先程までは教室にいなかったラプソーンが現れる。昼休みが始まった瞬間に教室を出ていたから、一体どこで何をしていたのか気になるけども。

 

「ゴミ先祖。実はな―――」

 

 戻ってきたラプソーンに俺はシャミ子が必殺技を欲しがっている事を説明する。

 一通り説明を終えると、ラプソーンはうぅむと唸ってから話しだした。

 

『よいかクロウ、そしてしゃみ子よ。必殺技とは切り札の一つだ。発動したらある程度こっちの有利に持っていけるような技にしなければならん。

 例えばクロウの極大爆裂呪文(イオナズン)なんかは必殺技といっていいだろう』

 

 …確かに、アレはなかなか強力だ。千代田との戦いで消耗してたとはいえ、不二を戦闘不能にできる程の威力の魔法など、そうそうあっていいわけがない。

 

「く、クロウさん……必殺技持ってるんですか!?」

 

 あ、シャミ子が反応した。

 

『必殺技が欲しいか、シャドウミストレス優子よ……』

「欲しいです!!」

「シャミ子を誑かさないでラプさん」

 

 千代田の冷徹な声で咳払いをするゴミ先祖。止めてくれなかったら何か吹き込みそうな勢いだったから助かる。

 

『落ち着くのだ千代田桃よ。なにもしゃみ子を籠絡したい訳ではない。我が知っている必殺技を少々、必殺技を作る参考として教えたいだけだ』

 

「必殺技の参考!! 教えて教えてー! 教えよ!!」

 

 長い時を生きた暗黒神から必殺技のサンプルをご教授できると聞いて、シャミ子のしっぽが暴れだす。スイッチが入って興奮気味の彼女を見たからか、千代田も止めるタイミングを失っていた。

 かくいう俺も、ゴミ先祖がどんな必殺技を見てきたのかを知りたい。たとえ闇の世界の必殺技だったとしても、学ぶ価値はあるとみた。…………教える必殺技がマトモだったらの話だけど。

 

 

『まず教えておくのが“全体死の呪文(ザラキ)”や“全体昇天呪文(ザラキーマ)”といった魔法だ』

 

「ざらき…?ざらきーま?」

 

『然り。死の言葉を投げかけて、敵の集団を戦わずして葬ることができる上級魔法―――待て、二人とも!?手をおろせ!魔力を収めよ!』

 

 

 

 ……前言撤回。コイツの辞書に「マトモ」の文字は存在しなかった。いくらなんでも必ず殺すタイプの必殺技は求めてねーっつーの。

 咄嗟に出せる魔力の紫電とどこからともなく取り出したステッキをゴミ先祖に向けて、俺は笑顔で、千代田は無表情で威圧する。

 

「ごめんごめん、いくらゴミ先祖でも冗談が悪質だったなぁって思って、つい」

「そうですよラプさん。シャミ子の教育に悪すぎます」

 

『……………そ、そうだな! 流石に我も冗談が過ぎたと思っている!』

 

 ゴミ先祖は、俺と千代田の殺気を感じ取ったのか、長い沈黙ののちにそう言い切った。コイツの言い方からして本気で俺とシャミ子に危ない呪文を教えようとしたみたいだが、口にしたらまた粉々にされると思ったからか話を合わせたのだろう。いい進歩である。

 

『えー、では………しゃみ子とクロウの参考になりそうなものとなると…アレだな。

 まずしゃみ子よ。お前、確か家に伝わる武器があったな?』

 

「なんとかの杖の事ですか?」

 

『杖の名前を知らぬのか……? とにかく、ソレはどういった能力を持っているのだ?』

 

「え……でも、うちの杖ですし……おいそれと能力を教えるわけには………」

 

 改めてゴミ先祖が先日シャミ子が手に入れたという杖について言及してきた。やっぱりというべきか、プライベートが強いので杖の能力を教えるのを渋っているシャミ子である。

 

『では必殺技は教えられぬなぁ。杖の力が分からなければ、手っ取り早く手堅い必殺技を作ることも叶わぬ』

「で、でも……」

『我の知識には貴様らでは記憶しきれぬ程の武器の記憶も魔法の記憶も、果ては必殺技のノウハウもある。それを借りたいと思わないのか?』

「う、うぐぐ……わ、私は私の力で」

『闇の女帝になると? では我が知識は後継者たるクロウのみに教えるとしよう。そして貴様を圧倒してみせよう。せいぜい、我が後継者の下で甲斐甲斐しく働いてくれたまえ。

 ……あぁそうだ、その際は千代田桃は我の眷属として闇堕ちさせて、消えない程度に飼いならしてやろう』

 

 ……………コイツ、止めるべきだよな?

 必殺技の参考を教えるだけのはずなのに、なんでコイツはここまで偉そうなの? なんでシャミ子をこれでもかと煽ってるの? そして俺を引き合いに出すのはやめてくれないかな?

 静かにキレた千代田が立ち上がり、ゴミ先祖に近づく。その手が杖をへし折る前にシャミ子は「待ってください」と声をかけ、杖の力を俺に教えてくれる事になった。なんでも、千代田桜さんを探すのを手伝ってくれたお礼だという。

 

 シャミ子の武器・なんとかの杖………その能力は、「あらゆる棒状のものに変化すること」。それを聞いたゴミ先祖は、何かを閃いたのか、堰をきったように考察しだした。

 

 

『強い……強いぞその力。

 棒状の武器………すなわち、剣・短剣・槍・斧・ハンマー・棍・杖・鞭、これらの殆どに変化できるのか…! 斧とハンマーはしゃみ子の貧弱さから考えないにしても、優秀な武器には違いない!

 その武器、我の知識をもってすれば最強だぞ。

 はぐれメタルの剣、銀河の(つるぎ)砂塵(さじん)の槍、閻魔(えんま)魔槍(まそう)如来(にょらい)の棍、キラーピアス、いかずちの杖、海鳴りの杖、復活の杖、グリンガムの鞭。

 ―――これらの全てを再現できるのだからな!』

 

「多いです情報が多い!!!」

「ゴミ先祖生き生きしすぎじゃねーか?」

 

 聞いたことのない武器達の名前が続出してシャミ子も俺も情報量がパンクする。ここまで長台詞を吐いたの、初めてなんじゃあないだろうか? ゴミ先祖の目には、シャミ子の杖がどう映っているのかが少し心配になるのであった。

 

「ちょっといいですか、ラプさん。私、魔法少女歴長いけど、今挙げた武器の名前はどれも聞いたことがありません。実在するものなのですか?」

『まことか、千代田桃よ? キラーピアスとかいかずちの杖くらい聞いたことはあるだろう?』

 

 ……で、魔法少女と暗黒神は何故スルー力高いのこんなに?

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ゴミ先祖からの武器の詳細は後ほどシャミ子に連絡することになった。その際、ゴミ先祖から特徴を聞いて描きだす担当は俺になった。解せぬ。

 

 その後、話は戻って俺の必殺技はこれからゴミ先祖との修練の間に鍛えることで開発することにした。

 

「ウチらの必殺技?」

 

「はい! リコさんと店長にも何かないかなぁと思いまして……私のひっさつわざの参考にしたいんです!」

 

 他の人にも聞いてみようとなって、俺達は喫茶店『あすら』に向かい、リコと白澤さんにも必殺技を聞いてみることにしたのだ。

 

「ぼくは人間よりも弱いけど……一族の特技みたいなものはある」

 

 最初に答えてくれたのは白澤さんだ。バクの身体で皿を拭きながら説明してくれる。

 

「予言や占いだ。元々いた大陸では偉い人の家に居候してその能力で銀山を探り当てるとかして生計を立てていた。詳しくは『白澤(はくたく)』でググってくれたまえ」

 

「占いですか…!? 見てみたいです!!」

 

「最盛期ほど力はないが……お見せしよう」

 

 白澤さんは、店のテーブルの一つに占いの館にありそうな紫のテーブルクロスをのせ、占いに使うのであろうそれっぽい道具を取り出すと、シャミ子を座らせ、自分も反対側の席についた。そして、占いを始めた……

 

「時々自信がなくなる」

「凄い!当たってます!!」

「よく断れないタイプって言われる」

「凄い!!当たってます!!」

「シャミ子はん簡単やわぁ」

 

 

 ……なんか、俺の知ってる占いとはちょっと違う気がする。リコも何気にシャミ子をディスってるし。俺も手を上げて白澤さんに近づく。

 

「白澤さん、ちょっと俺も占って貰ってもいいですか?」

 

「もちろんだとも。優子くん、交代してもらってもいいかね?」

 

 そして、俺も占ってもらうべく、シャミ子と席を代わる。

 

「人との争いや競争を好まない」

「…当たってます」

「1つのものごとを好きでい続けられるタイプと言われる」

「……当たってます」

「どんな人とも仲良くなれると信じている」

「白澤さん」

「なにかな?」

「もっとこう、別のことを占って貰えますか?

 例えば……そう、今週の運勢とか、金運とか」

 

 

 思い切って言ってみた。占いや予言が特技とはいえ、最盛期の力がないという白澤さんにこんな事を言うのはやや心が痛む。でも、俺の知ってる占いのイメージがどうしても白澤の特技にフィルターをかけてしまうのだ。

 リコも意外そうな顔で驚く。白澤さんは少し間を置いて、口を開いた。

 

 

「………すまないね。それは専門外なんだ」

 

「銀山探り当てたのに!?」

 

 というか占いに専門とかあるんか。

 

「代わりと言ってはなんだが、少し昔話をしてあげよう」

「昔話?」

 

 白澤さんが申し訳なさそうにそんな話を始める。白澤さんやリコのようなまぞくは、総じて長生きなのだという。そんな彼が話す昔話とはなんだろうか。

 

「僕がこことは違う大陸にいた頃、聞いた話でね。闇の世界から真っ黒なまぞくたちが侵攻してきた話だ。暗黒神ラプソーンなるものが首領だったという」

「んぐふっ」

「黒男くん?」

「大丈夫です。つ、続けてください……」

 

 聞き覚えのある話だった。というかゴミ先祖の話だった。シャミ子も話していいのか迷っているのか、こっちをチラチラ見ている。千代田も困ったような顔をしている。シャミ子と千代田に「待て」の合図を出して、白澤さんに続きを促す。

 

「僕の元に黒いまぞくが来ることはなかったが、世界各地で被害が出てたからか全世界が自粛ムードだったよ。噂で聞く限りでは真っ黒な鳥や樹、影の魔物が出たという。

 1年後に暗黒神ラプソーンが封印されるまで、そんな空気が続いたかな。当時は僕も幼かったから、細かい事は覚えてないがね」

 

 白澤さんは懐かしむかのように「こんなことしか話せなくてすまないね」と締めくくった。謝りたいのはこっちなんですけど。俺その暗黒神の子孫なんだけど。なんなら暗黒神本人が杖としてここにいるんだけど。

 

「お………俺のご先祖がご迷惑をおかけしました……………」

 

「なに? 黒男くんのご先祖様が?」

 

「ええ。なんなら……」

 

 俺は指をさす。その方向には―――

 

 

「ふぅん。これが暗黒神かぁ。あんまたいそーなモンには見えへんけどなぁ」

『ま、待つのだリコよ!! わ、我は、何もしてないぞ! 貴様の主人にもしゃみ子にも何もしてない!!』

「別にどうでもええわ〜、折れたり壊したりしても再生するのがおもろいからしばき倒しとるだけやし」

『シャミ子! 千代田桃! 助けてください!!』

 

 

 ―――ラプソーン(杖)をへし折って、再生する様子を見つめながら面白そうな笑みを浮かべるリコと、そのリコになすがままにされてるゴミ先祖の杖が。

 

「……封印された挙げ句、いまリコさんに散々遊ばれていますが」

「リコ君!! その杖から離れたまえっ!!!」

 

 この後、リコがどうやって作るのか分からないが物理的に虹色をしている液体を取り出し千代田に飲ませようとしたり、店の床に落とし穴を掘って白澤さんに怒られたりした。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 『あすら』での必殺技取材を終え、帰路に着こうとすると、シャミ子は小倉と佐田にも必殺技について聞いてみることにするという。佐田は非戦闘員だし、小倉は小倉だから人選が間違っているような気がしてならないが、シャミ子と千代田についていき、先に小倉のもとへ向かうことにした。

 のだが。

 

 

「必殺技…? 必ず殺すやつね。シャミ子ちゃん達がそんな事を私に聞きに来てくれるなんて嬉しいなぁ」

 

「よし帰ろう二人とも帰ろう」

 

「なんでよぉ」

 

 やはり小倉は狂気(小倉)だった。

 小倉さん、「なんでよぉ」じゃありません。必殺技に対する認識がほぼ暗黒神と同レベルってどういうことなの。

 

「必殺技への認識がゴミ先祖と一緒なのが問題なの。法律に引っかかるものは認められねーからな」

 

「そんなこと言わずに見てって欲しいな〜、私の『ゆうきごうせい』」

 

「ゆうきごうせい? なんだか必殺技っぽい名前!!!」

 

 シャミ子のそんなリアクションに意気揚々な小倉。本当に大丈夫なんだろうな。せめて法律は守って―――

 

 

「まず●●●(ピ―――――)から個人輸入した■■■(ピ―――――)と高純度の【コンプライアンス違反(ピ―――――――――――――――――――)】とゆ〜っくりと混ぜて……

 理科室から【自主規制(ピ―――――――)】と【規制(ピ―――)】を借りて蒸気を▲▲(ピ―――)

 この時【アウトに限りなく近いアウト】で脱水して。で、合法のひっさつパウダーを作って」

 

アウトォォォォーーーーー!!?

 

 

 もう色々とダメじゃねえか。法律を守れとは思ったけど、間違いなく「法整備がまだだから実質法は守ってるよぉ」精神だろうが! それは法律は守ってるかもしれないけど、それ以外の人間として超えちゃあいけない一線をぶっちぎってるじゃねーか!!

 

 

『小倉しおんよ。我が思うに、そのひっさつパウダーにばくだん岩のカケラとヘルホーネットのマヒ毒を合わせれば更に必殺性が増すのではないか?』

「あぁ、なるほど!!! 流石暗黒神さま、まものの知識がすごいですねぇ」

 

「やめろゴミ先祖は黙ってろ!!」

「やめてくださいラプさん!!」

 

 

 ほんとにこのゴミ先祖は、嫌な方面で小倉と気が合うんだから、勘弁して欲しい所である。俺の預かり知らぬ所で小倉と生物兵器でも作り上げちゃったら、どう責任取ればいいの?

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「―――と言う事があってさぁ」

 

「あ、あははは……それは災難だったわね、クロ」

 

 後日。俺はミカンの部屋にチロルと共に失礼し、ミカンに必殺技を取材した日に起こったことを報告していた。

 

「それで、その鶏肉はどうしたの?」

「必要以上に買いすぎたから分けに来た。まさか、一般人のはずの佐田も必殺技を持っていたとは」

「はい?」

 

 小倉から逃げ帰った後、3人でマルマの精肉店に寄った時、店番をしていた佐田から鶏肉をお勧めされたのだ。

 クスリの取引をしてる時のような悪い顔で「ゴッドサイド養鶏場の良い鶏肉が入ってるよ〜」とか「力が欲しいか〜?欲しいならば〜?」とか「男の子なら〜〜?よんひゃく〜?ごひゃく〜?」とか語りかけてくる佐田からは何か交渉術で光るものを感じた。そして、気がついたら鶏肉を500グラムも買っていた。これが、佐田の必殺技「お肉マシマシスペシャル」だそうだ。げに恐ろしきは人間である。

 

 

「それにしても、ラプソーンの言っていた武器が気になるわね。私も聞いたことのない名前ばっかし」

 

「なんなら俺が描いたヤツ見る? ゴミ先祖からのヒアリングを元に再現した武器の絵」

 

「え、あるの? どれどれ………え!? クロ…絵上手くない!!?」

 

「それでもまだ再現度は高くないみたいだ」

 

 

 正直、まさか本当にやらされるとは思っていなかった。どんだけゴミ先祖はシャミ子のなんとかの杖が気に入ったんだよ。お陰でめちゃめちゃ描かされたわ。俺も心なしか絵のスキルが上がったような気がするけど。

 

 しかし、千代田にゴミ先祖、白澤さんにリコ、小倉、果ては佐田にまで必殺技を聞きに回っていたが、俺の新たな必殺技の明確なビジョンを完成させるには至らなかったなぁ。もう少し、研究と経験が必要かもしれない。

 

 ……あ、そうだ。

 

 

「ミカン、お前必殺技とか持ってたりしない?」

 

 一番身近な魔法少女に聞くのを忘れていた。ミカンにも、必殺技の一つや二つはあるだろう。

 

「え? あるわよ。サンライズアローとか」

 

「他には?」

 

「え、他? うーーんと……あんまり言いたくないんだけど…」

 

「どうしてだ?」

 

「ど、どうしてって……」

 

「こんな事もあろうかとゴミ先祖は俺ん家に置いてきた。暗黒神に手の内がバレなきゃ問題ない」

 

「で、でも……」

 

 ミカンが後退るのと同時に俺は少しずつ進んでいく。どうして足が後ろに下がっていっているのかが分からないが、ここは室内。いずれ限界が来る。

 ミカンが隅っこの壁際まで移動する。俺はすぐさま、ミカンに逃げられてはぐらかされないように、片手を壁について彼女を真っ直ぐ見る。

 

 

「く、クロ!!?」

 

「…頼む。教えてくれ。その代わりといっちゃあ何だが、俺が知ったこと、ぜんぶ教えるから」

 

「な、ななななな!!!?」

 

 

 ミカンの顔が赤い。熱だろうか?

 いくら体が丈夫な魔法少女もいえども、風邪はひく。シャミ子が千代田が体調を崩した時、看病をしていた事を話してくれたのだ。ミカンもそうなる可能性はある。後で熱を測らなきゃな。

 

 

「せ……」

 

「せ?」

 

 

セクシャルハラスメント!!!

ごぶぁっ!!!?

 

 突如、金ダライが俺の頭を直撃する。大蛇が押しかけるように入ってきて俺の体を締め付け、スコールのような大雨が全身に吹き付けた……

 体制を崩され、右手以外を大蛇に締め付けられて足がもつれて部屋に倒れ込む。

 

「なに考えてるのクロはっ!このいやらしまぞく!!」

「ご……ごめんなさい…でした……ぐふっ」

 

 ……別に俺はいやらしまぞくではないのだが、女性の機嫌を損ねた場合、男が謝るべきなのだ。母さんが口を酸っぱくして言っていた。

 大蛇に締め付けられている肺の中の空気を絞り出すように、そう言って俺は力尽きたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 積極的かつ気遣いのできる男前な暗黒神になるんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 みんなの必殺技を見て色々学んだ暗黒神後継者。生き生きして大暴れするご先祖様に振り回される。ミカンに対しては天然ジゴロな一面も。

暗黒神ラプソーン
 シャミ子の杖の力を言葉巧みに聞き出したり、好きあらばヤベーイ呪文を教えようとした暗黒神。自分の知識を生かせる場面がやってきてテンションが上がっている。

あんこくちょう
 闇の世界を飛び回る、漆黒の魔鳥。ベホマラーやスクルト、バシルーラなどの多彩な呪文を使いこなす。拙作では、暗黒神侵攻時の尖兵として光の世界にやってきていた。

まかいじゅ
 闇の世界にて死を司る、真っ黒な大樹。頭に茂るまかいじゅの葉で倒れた仲間を生き返らせる。拙作では、暗黒神侵攻時の尖兵として光の世界にやってきていた。

シャドー
 闇から生まれた、影の魔物。つめたい息や凍りつく息を吐く。拙作では、暗黒神侵攻時の尖兵として光の世界にやってきていた。

ばくだん岩
 いかつい顔に笑みを浮かべる、丸い岩石のような魔物。ご存知、脅威の自爆呪文・メガンテの使い手。戦車や海賊船の弾になったり、破片が爆薬代わりになったりと、活躍の幅が意外と広い。

ヘルホーネット
 赤と黄色の縞模様をした、巨大なハチのモンスター。腹部の針を突き刺して、マヒさせようとしてくる。



今回の呪文辞典

・ザラキ
 敵1グループの息の根を止める。

・ザラキーマ
 敵全体の息の根を止める。


アイテム大図鑑

はぐれメタルの剣   種別:武器・剣
恐るべき硬さと鋭さを兼ね備える剣。人間界最強の剣と噂されており、一説にははぐれメタルを材料にしたんじゃないかとされるほど。

銀河の剣   種別:武器・剣
銀河の如き煌めきと無限の可能性を秘めた剣。この剣で斬られるとあまりの美しさに防御を緩めると言われている。

砂塵の槍   種別:武器・槍
砂の渦のような模様が描かれたヤリ。砂煙を巻き上げて敵の目をくらませるという、不思議な力を持つ。

えんまのまそう   種別:武器・槍
槍頭が大きく金色に輝いており、さらに刃の外側に棘がついた、非常に派手派手しいデザインの槍。死者の審判を下す閻魔大王の武器だとも噂される。

にょらいのこん   種別:武器・棍
眩いばかりの金色をした、幻の棍。如来が説法をして回った際に持っていたものとされ、実態のない敵すら打ちのめす。

キラーピアス   種別:武器・短剣
イヤリングのようにも見える、きらびやかな短剣。手にした者の動きを早める魔力が込められている。

いかずちの杖   種別:武器・杖
雷の力が込められた魔法の杖。天に向かってかざすと、激しい稲妻が降り注ぐ。

海鳴りの杖   種別:武器・杖
波がデザインされた魔法の杖。振りかざした敵に津波やコーラルレインが襲いかかるとされている。

復活の杖   種別:武器・杖
高位の天使から授かった伝説がある、聖なる杖。倒れた仲間を復活させるほどの偉大な力を持つ。

グリンガムのムチ   種別:武器・鞭
3本の鞭を一つに束ねた伝説のムチ。意思を持つかのような動きで、あたりの敵全てを薙ぎ払う。


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つかの間の休息! 暗黒神たちの夏祭り!……浴衣や屋台の特別感は好きだ。若干の高値も許そう。ただしゴミ先祖、テメーはダメだ!

今回のあらすじ

シャミ子
E なつかぜのゆかた

もも
E 桜のゆかた

ミカン
E かんきつのゆかた




 ―――夏休み。

 

 猛暑の続く中、この神原クロウは何をしているのかというと。

 

 

「あづい…動きたくたい………死にそうだ……ヒャド」

「ニャー」

『貴様ら! 暗黒神一党のくせにだらだら怠けおって! 涼をとるためにヒャドを使うんじゃあない、この馬鹿者!!!』

 

 ……あまりの暑さにくたばっていた。

 例年とはうってかわって猛烈に熱くなった夏休みの気候は、俺達日本人からやる気と水分とミネラルと、ときどき命を奪っていく。

 

「そうは言ってもよゴミ先祖。ここんところ猛暑の中修行続きだったんだぜ? たまにはゴロゴロしててもいいだろう? こんな毎日だ、チロルが熱中症にでもなったら大変だ」

「ニャーン」

『だからといって限度があるだろう! みっともない姿を偉大な御先祖様に見せるなダメ子孫が!』

 

「……なんだとコラ、しゃべる杖の分際で…表に出ろ、焼き尽くしてやるゴミ先祖」

『やってみろ! 礼儀の面から叩き直してくれるわ!!』

 

 

 ―――暑さは、俺からマトモな判断力も奪っていったようで、ゴミ先祖と喧嘩することを選んでしまった。今になって思えば、なんとも大人気ない。なにせ、相手は物理的に手も足も出せない杖なのだから。

 

 喧嘩をふっかけた俺は、ゴミ先祖を火呪文(メラ)でさんざん焼きまくった。その過程で閃熱呪文(ギラ)火球呪文(メラミ)もやってみたらなんか出来たので、冷静さが蒸発した状態での勢いに乗るのは結構危険だと分かった。分かってしまった。

 

 

「……………はぁ〜、アホくさ。

 で、なんでそこまでだらだら堕落するのが嫌なの?」

 

『何もしないと怠けグセがつくのだ。休むこと自体に異論はないが、休み方なるものがある』

 

「例えば?」

 

『古き闇の世界の休日はもっぱらウォッカを飲んでいた』

 

「他のやつで」

 

 ゴミ先祖が休み方があるというので聞いてみたら、未成年にはできない休み方だった。

 

『そうだな……他の場合だと……………テキーラを飲んでいた』

 

「さっきと同じじゃねーか。その理屈だと未成年は大人になるまで休めねーんだけど? 他の休み方ないの??」

 

『ビールを飲んで―――』

 

「それも酒じゃねーか!! なんで闇の世界の人達頑なに酒飲んでるの? いい加減酒から離れろや!!!」

 

 このゴミ先祖のことだから、『15歳も18歳も20歳も大して変わらぬ』とか言って飲酒を勧めてきそうだ。さながら、年末年始にやってくる親戚のおじさんのように。世界の敵の子孫として、せめて社会的に恥ずかしくない生き方をしたい俺にとっては迷惑なものだ。

 

『冗談は兎も角、今夜はたまさくら商店街で納涼祭が行われるらしい。行ってみたらどうだ?』

 

「…どうやら俺は連日の暑さに耳までやられたらしい。もう一回言ってくれないか?」

 

『貴様は我を何だと思っているのだ? 息抜きに納涼祭に行ってみよと言ったのだ。「あすら」に行けば詳細くらい教えてくれるだろう。白澤が』

 

 日頃の行いの自業自得に憤慨しているゴミ先祖が、『取りあえずお前は納涼祭に赴き若人らしい夏休みを過ごせ』と言いながら俺を家から締め出した。チロルの体調管理はやっておくらしいのだが、俺に対する気遣いはまったくない。炎天下の中放り出すとか馬鹿なのかな?

 

「おや、黒男くん。何をしているのかな?」

「元気にやっているかね?」

 

 追い出されて途方に暮れているところに、隣の家から出てきたチキーラさんとエッグラさんが話しかけてくる。

 

「……実は、今夜の納涼祭に出てみないかとゴミ……ご先祖に言われまして」

 

「ほう!」

 

「納涼祭に参加、とな!!」

 

 あれ。

 俺が納涼祭について話した途端、チキーラさんとエッグラさんの目が輝き出したぞ。なんか、どことなくデジャヴを感じる。初対面で似たような顔をされてたような………

 

 

「黒男くん!! わしらに少しだけ、力を貸してくれんかね?」

「働きによっては報酬も出すぞ! だから頼む!!」

「えっ、と……なんの事なんですか?」

 

 勢いに押されるまま、お二人に頼まれたある事を了承した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 たまさくら商店街の納涼祭。

 そこでは、様々な露店が出店される。チョコバナナ、たこ焼き、フランクフルト、わたあめ、焼きそば、射的、お面、金魚すくい、ヨーヨー釣りなど、有名どころはほぼ全て出店する。

 

 その立ち並ぶ露店の一つに―――

 

 

「黒男くん! 次はかわ2本とねぎま3本だ!」

「はい!」

「ここら辺のタマゴ、今のうちに鍋から出しておきな!」

「はい!」

 

 ―――焼き鳥屋は、もちろんある。

 その露店の焼き鳥は、皮・むね・もも・ささみ等の素材から厳選されている。それは、ねぎまに使われるネギも例外ではない。

 鶏肉は全て、ゴッドサイド養鶏場から取り寄せたブランド鶏「バードファイター」を使用。ネギも、多魔市で育てたものを使用している。その2つが、今夜しか味わえない極上のねぎまを生み出しているのだそう。

 しかも珍しいことに、その焼き鳥屋では、半熟味玉子も提供している。こちらも、ゴッドサイド養鶏場の「バードファイター」から採れた栄養満点の卵を茹で、醤油・味醂・砂糖などの特別なタレにつけたものだそうだ。

 

 その店の人気を示すかのように、祭りにやってきた人々が焼けた鶏肉と炭火の匂いにつられて店前に並び、自分の焼き鳥や味玉子が出来上がるのを今か今かと待っている。いつもよりちょびっと高い値段などお構いなしにだ。そんな客をさばく店員は3人。

 

「かわ2本ねぎま3本お待ち!」

「良いぞ! 次は味玉子ともも2本だ!」

「それならそこに!」

 

 まず、せわしなく焼き鳥を炭火で焼いたり、味玉子を鍋に入れて温めてるねじり鉢巻をした少年。というか俺である。

 二人目は、カウンターからひょっこり顔を出して、客の注文を取っていくずんぐりむっくりな男・エッグラさん。

 そして三人目は、焼き鳥や味玉子の箱を開けたり、串に指したり、出来上がったものをお客さんに出していく大男・チキーラさん。

 

 そう。俺は今、焼き鳥屋のバイトをしていた。

 

「ありがとね黒男くん! 去年よりスムーズにいけてるよ!」

 

「いま結構並んでませんか? 注文止まりませんよ!」

 

「いつもはこれと同じかそれ以上の人数をわしらだけでさばいてたからな!」

 

 今でも注文が止まないのに例年はこれ以上を二人で対応か。流石、母さんとも渡り合った逸般人というべきか。客をさばいていくさまは歴戦の勇士を想像させる。

 

 

「すみません、もも串と味玉を一つずつ……クロウさん?」

 

「………え?」

 

 名前を呼ばれて、炭火に焼かれている焼き鳥から目を話してそっちを見てみると、そこには、ピンク色で桜がデザインされている浴衣を着たシャミ子が。誰かと一緒にいる様子もない。

 

「何してるんだ?」

 

「夏を満喫している……と思います」

 

 俺の質問になんか言葉を濁す。よく似合っている浴衣姿の割に、どういうわけか元気を感じない。しっぽも大人しいというか、力が入ってない感じだし、何かあったのだろうか。

 

「ほう! 君がシャミ子くんかね!」

 

「え!? ど、どちらさまでしょうか…?」

 

「わしはチキーラ! そんであっちのチビがエッグラじゃ! ときにシャミ子くん、ニワトリと卵、どっちが好きかね?」

 

「あの!! 後にしてくれますか!? お客さんまだいるんですけど!!!」

 

 チキーラさんが例の話をシャミ子に持ちかけようとした所で、俺は焼き上がったもも串と味玉をシャミ子に差し出して次を促した。

 

 

 客足が落ち着き始めた頃、チキーラさんとエッグラさんからお店はもう大丈夫だから祭りを見てくるといいと言われた。無理してませんかと確認を取ったら、「わしらではなく友達と祭りを楽しむといい」とバイト代まで出してくれたのだ。焼き鳥屋も悪くない体験だったので、感謝感激である。

 

 シャミ子を探せば、すぐに見つかった。巻き角としっぽを生やした女子なので混みいった中でも割と目についた。しかも、腰に光る刀のオモチャを差していたから尚更だ。カッコいいよね、わかる。

 

 

「―――何かがしっくりこない?」

 

 さっきお二人から貰った焼き鳥を二人で食べながらシャミ子が店に来た時に言っていた「夏を満喫してると思う」発言について追及してみると、そんな答えが返ってきたのだ。

 

「色々な店に回ったというのに、なぜか何かがむなしいんです。こんなに夏っぽいアイテムで武装しているのに……」

 

 武装て。

 

「昔はこんな気分になったことないのに……」

 

 シャミ子の昔。良ちゃんから少しだけ聞いたが、病院から離れられない生活を送っていたという。それなら、もしかすると……

 

「なぁ、シャミ子。お祭りとかって、行ったことあるか?」

 

「? いえ、今年が初めてです。昔はお祭りに行く余裕がありませんでしたから」

 

 やっぱりか。お祭りに関して、シャミ子は初心者まぞくなのだ。ここは、お祭り経験者の俺から少しアドバイスしておこう。

 

「俺、こっちに越してくる前は何度かお祭りに行ったことあるんだけどな。そん時は、たいてい男友達とバカ騒ぎしながら楽しんだモンだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ……みんなで行ったお祭りは楽しかった。まぞくだろうと魔法少女だろうとお祭りの楽しみ方は変わらないと思うんだ」

 

「なるほど……」

 

 昔の思い出を語ると、シャミ子が神妙な顔になったと思うと、たこ焼きをひとつ、差し出してきた。どういうことかたこ焼きとシャミ子を交互に見るも、真っすぐこっちを見つめてくる。

 

「シャミ子、なにしてんの?」

 

「まぞくたこやき。クロウさんのお祭りの楽しみ方は参考にしたいと思います。これはお礼ですので大人しく食らうがいい」

 

「……そういうことなら」

 

 大人しく食らってもいいだろう。

 シャミ子から差し出されたたこ焼きを、貰うことにした。その味は、とてもアツかった。

 

 

 

『―――続いては迷子のお知らせです。

 たま市からお越しのシャドウミストレス優子ちゃん15歳―

 特徴は小柄で天パな巻き角の女の子――』

 

 

「「!!?」」

 

 吹き出しそうになった。

 両手で口元を抑え、たこ焼きを必死に飲み込む。

 

『配下のおふたりが探しています。

 お心当たりのある方は至急本部まで―――』

 

「ぶっ」

 

 『配下の二人』でもう駄目だった。ほんの少し吹き出してしまう。しかし、たこ焼きの大部分はさっき飲み込んだので悲惨なことにはなっていないが。

 

「……クロウさんいま笑いました?」

「笑ってない」

「笑いましたよね?」

「わらっ…てない……っ」

「やっぱり笑ってるなきさま! 著しく配慮に欠けた放送をしてるやつより先に貴様からぶち転がしたろーか!!」

 

 

 笑った、笑ってないと言い争いながらも、俺とシャミ子は本部に向かう。

 そこには。

 

 

「やっぱり貴様か桃色魔法少…女?」

「お、ミカン!」

「シャミ子! 探したよ」

「クロ! 見つけたわ!」

 

 千代田とミカンが浴衣姿で待っていた。千代田の紫に桜が描かれている浴衣も、ミカンの柑橘類をイメージした爽やかな橙色の浴衣も似合っている。

 

「すごいな、その浴衣。よく似合ってるよ、綺麗だ」

 

「ふふ、どうも。喫茶店でリコさんに着せてもらったのよ」

 

「謎の術でまったくほどけない……」

 

「なるほど、着崩れ防止か」

 

 頼もしい限りである。リコがそんな便利な術を持っているのなら、他にもないのかな。できれば男性が使えそうなテクニックを。

 千代田が「そうじゃなくて」って言ったけど、何が問題なのだろうか? 着崩れない分には問題なさそうだけど、女性ならではの何かがあるのか?

 

「クロはなにしてたの?」

 

「俺? 実は、焼き鳥屋でバイトしててな。行列のできてた焼き鳥屋があったろう? あそこでさっきまで焼き鳥焼いてたんだ」

 

「あ!あそこ? 桃と二人きりで来た時は行列が長すぎて並ぶの諦めたのよ。」

 

 ミカンには俺の行動を聞かれたのでチキーラさんとエッグラさんの焼き鳥屋でバイトしていた事を教えた。あのとんでもない行列が千代田やミカンに目撃されていたのも驚きだ。

 

「クロウさん!桃! どうしたんですか行きますよ! ばか騒ぎとまでは行かなくても夏を分かち合いましょう!!」

 

「……神原くん?」

 

「待て千代田。その疑いの眼をやめろ。俺はただ―――」

「はやくしてくださいー!」

 

「……シャミ子に何を吹き込んだか後で色々聞かせてもらうから」

 

 シャミ子の急かす声に引っ張られる形で、千代田もシャミ子のもとへ行ってしまった。……千代田に妙な誤解を植え付けたまま。

 

「……まぁ、折角だ。俺たちもお祭りを楽しまないか?」

 

「ええ。そうしましょ」

 

 ミカンが苦笑した。

 

 

 

 その後は、俺達はお祭りの露店を四人で巡った。

 ミカンがかき氷の蜜柑シロップに驚いたり、俺が焼きそばにマヨネーズをかけようとして全員に止められたり、シャミ子が買ったわたあめを千代田に押しつけたり、射的で千代田が無双し、ボール入れで千代田が無双し、金魚すくいで千代田が更に無双する。店の人の血の気が引いていくのが見てられないから自重くらいして欲しい。

 

 

 そんなこんなで暫く歩いて、シャミ子と千代田との距離が空いていく。

 隣にいたミカンに手を差し出せば、おずおずとそれを握り返してくる。温かな感触が返ってくる。仄かに柑橘類の香りがした。

 

 

「クロ」

「なんだ?」

「私ね、少し怖いの」

 

 お祭りの喧騒にかき消されそうな声が、俺の耳に確かに届いた。ミカン?って聞き返しそうになるのを堪える。

 

「ここは良いところだわ。皆が優しいし、魔法少女にも理解がある」

 

「まぞくや暗黒神にも寛容だしな」

 

「でももし、これから呪いで迷惑をかけちゃったらと思うと……ここに来ない方が良かったかもしれないって考えちゃうの」

 

 それは、間違いのないミカンの本音だった。いつも快活で優しい少女が呪いの裏に隠していた、確かな怯え。

 根が優しいが故に感情が揺れると発動する呪いの影響を「自分のせいだ」と思ってしまう。

 ミカンの学校生活は、今までは上手くいっている。しかし、それが続くとは限らないのだ。動揺ひとつで災難が降りかかる。酷い時は全てをめちゃめちゃにできるのだ……ミカンの意思とは関係なしに。

 

 でも。

 俺にとっては今更だ。

 何年付き合っていると思っているのか。ミカンの「ささやかな災難がふり捧ぐ呪い」を、光と闇の事情を知る前から受けまくっている。面白なコスプレからこっ恥ずなコスプレまでやった。お陰で話題には事欠かなかったけど。

 

 

 

「ミカン。

 ―――俺は迷惑だとは思わない。

 今まで何度も呪いを受けたんだ。これからもきっと耐えられる」

 

「で、でも、笑えない呪いが出るかも―――!」

 

「忘れたのか? 俺は暗黒神の後継者だぞ。これからもっと強くなる。それこそ呪いなんて気にならなくなる程にな。

 それでも不安なら―――俺の、俺達の修行を見ていてくれないか?」

 

 

 花火が上がる。多魔市の空に、光の花が咲き、遅れてドン、と心地よい爆音が轟く。

 

 ミカンがいなければ、俺は暗黒神という存在すら信じなかっただろう。現実的でないというだけで、自分に眠るものに気づくことすらなく……そして、ある日突然七賢者の子孫の魔法少女あたりに暗殺されていたに違いない。それだけじゃない。不二が襲ってきた時も最初に守ってくれたのはミカンだ。そういう意味では、ミカンは俺の恩人だ。

 

 ―――だから今度は、俺がミカンを助けたい。

 自らの呪いに苦しむミカンの、力になりたい。

 その為には、ゴミ先祖や千代田、ミカンともっと修行していかないとな。

 

 

 

「―――ありがと」

 

 

 

 俺の手を握る力が強くなった。

 それと同時に言ったミカンの言葉は、やはり祭りの騒がしい人々の声や音にかき消されてしまうほどに小さかった。

 けれど、この前高台公園で聞いた時とは違い、何かをこらえるような雰囲気などではなかった。それだけは、確かに感じることができた。

 

 

 

 

 

 

『続いてはお客様のお呼び出しです。

 たま市からお越しの腹黒魔法少女フレッシュピーチ様。

 歌って踊れるかわいいよりしろ人形のリリスちゃんがお呼びです。至急本部までお越しください』

 

 

「「……………」」

 

「フレッシュピーチ? って確か桃の……」

「………いや、別人だよ?」

「いい笑顔で帰ろうとしないで!!」

 

 リリスさん、何やってんだよ。千代田まで呼び出して…

 あと歌って踊れるかわいいとか自分で言うか。

 この後めちゃくちゃ駄々をこねているであろうリリスさんを四人で迎えに行き、再び祭りを満喫したのであった。

 

 ちなみにミカンはニワトリ派だった。鶏肉がレモンと合うからだそうだ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――後日。

 たまたま俺が喫茶店「あすら」で寛いでいると、ミカンが紙袋を持ってやって来た。そして、リコに差し出す。

 

「リコさん、これこの前の浴衣。ありがとうね」

 

 ミカンがあの納涼祭の日に着ていた浴衣は、リコが着付けてくれたものだと言っていた。きちんと返しに来るあたり律儀である。

 

「あら!? 返さなくてもエエのに。

 ―――これ()()()()()やし」

 

「え?」

「は?」

 

「とうっ!!」

 

 リコの意味不な発言に俺とミカンの声が被る。

 リコが浴衣を振ると、浴衣だったものがポンッという小気味よい音と少々の煙とともに一枚の葉っぱに変わった。文字通り、リコの言うとおり、ミカンが着ていたのは葉っぱだったのだ。

 

「…な? これが狐狸精秘伝の幻術や〜〜!」

 

 ……ミカンの表情がざわついて、泣きそうになっている。それが意味する事が分かってしまったようだ。

 つ、つまり………ミカンのあのお祭りの夜、葉っぱだけをその身につけ……………………

 

 

「フンッ!!!!!!!」

 

「「!!?」」

 

 咄嗟に頭をカウンターに叩きつける。

 何を想像したんだこの馬鹿野郎! 名実ともにいやらしまぞくに成り下がるな、神原クロウ!!

 

「クロ!!? な、なにしてんの!!?」

 

「邪念を発散した」

 

「じゃ、邪念?? なんか、血が出てるわよ!?」

 

「じゃあ血液まで発散するか」

 

「死んじゃうわよ!!!」

 

「アカンわぁ〜クロウはん、いまマスター呼んでくるの」

 

 

 ミカンだけじゃなくてリコにまで心配されているが、これは俺の問題だ。ミカンでよこしまな事を考えかけていた俺への罰なのだから。

 

「リコ君いったいどうし―――クロウ君!!? なんだねそのケガは!? しっかりしたまえ、クロウ君!!!」

 

 俺は、ゴミ先祖よりも、紳士的で立派な、暗黒神に…

 あれ、まだお昼なのに目の前が暗くなってきた……

 

「クロぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!」

「クロウくーーーーーーーーんっ!!!!!」

 

 

 目が覚めた後滅茶苦茶ミカンに怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 楽しく遊んでメリハリのある活動をするんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 納涼祭を楽しんだ暗黒神後継者。
 ミカン。俺はきっと、君の力になってみせるよ。

エッグラ&チキーラ
 多魔市によく馴染んでいる逸般人。納涼祭になると、焼き鳥屋を開いて焼き鳥と味玉を売るそうだ。しかも、その味から、リピーターが続出し、多魔市民の心を掴んで離さない。

バードファイター
 人のように武装した妙にリアルな鳥人の魔物。全身茶色の羽のチャボのような姿。かまいたちや剣を使って戦う。拙作では、エッグラ&チキーラ経営のゴッドサイド養鶏場で飼育されている、鶏の品種として登場。妙にリアルな鳥人ではない。



今回の呪文辞典

ギラ
・敵一グループに炎を放ち、ダメージを与える。

メラミ
・敵一体に複数の炎または大きな火の玉を放ち、中ダメージを与える。


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いざ突撃! 逸般養鶏業者のお手伝い!!……バードファイターとロビンと鋼鉄の友情―――そして時々青色と。

ゴールデンウィークも自粛が続く中、お元気ですか?
私は、執筆が遅れることもありますし、生活リズムの調整が大変ですが元気です。決して、中古で買った世界樹の迷宮Ⅴが面白かったからとか、モンストのエヴァコラボで使徒を周回してたからとかじゃあないですからね?




今回のあらすじ

おおにわとりが あらわれた!
マンルースターが あらわれた!
キラーマシンが あらわれた!



 

 

 ゴッドサイド養鶏場。

 

 それは、多魔市の端にある、ひときわ大きな養鶏場である。

 そんな大きな養鶏場を信じられないことに基本的には二人で経営している。しかも、そこで育てられた鶏と卵がブランドものになっているから驚きだ。

 今日は、いつもの二人の他に、二人の少年少女がこの養鶏場に来ている。

 

 

「……不二…なんでお前、いるの?」

「学校の職業見学ですわ。第一次産業は第二・第三の産業を支える基礎ですので、ここを学ぶべきと判断しました。神原さんは何故ここに?」

「………露店手伝ったら気に入られた」

「そ、それはそれは………」

 

 というか俺と何故か不二がゴッドサイド養鶏場に来ていた。二人とも、見学・作業のためにツナギに着換えている。

 先日、俺はたまさくら商店街の納涼祭でチキーラさんとエッグラさんの焼き鳥屋さんのアルバイトをした。数多くの客をさばくためにテキパキ動いていたのだが、「良ければ今度は養鶏場に来ないか?」と言われ、半分拉致に近い形でここまで来たのである。

 しかも、そのタイミングが不二の学校の夏季休業中の職場体験学習に被り、今に至るのである。

 

「千代田さんからお聞きしましたわ。キラーパンサーのこと」

「チロルはもうほとんど猫みたいなもんだよ。写メでも送ったろう。なんなら、今度うちに撫でに来るか?」

「行きませんわ! なぜ、魔法少女たるわたくしが地獄の殺し屋など……!」

「チロルは地獄の殺し屋じゃないから。天国の殺し屋だから。あったらもうイチコロよ」

「意味が分かりませんわ!何ですか天国の殺し屋って!! 大体―――」

 

「いやぁ、待たせたね黒男くん、実里ちゃん!」

 

 俺と不二がチロルについて話しているところに、いつもの奇天烈な姿のチキーラさんとエッグラさんが現れる。ま、まさかその格好のまま仕事をするつもりなのか?

 

「え、お、お二人のその格好って……仕事着、なんですか……?」

 

「まぁ、似たようなもんじゃ。黒男くんと実里ちゃんで何か話していたみたいだが、知り合いかの?」

 

「不二は知り合いの魔法少女なんだ」

 

「ちょ、神原さん!?」

 

「あぁ〜〜、魔法少女ね!! なんだ、それならそうと言ってくれれば良いのに……!」

 

 チキーラさんとエッグラさんは、魔法少女に理解がある。まぞくにも理解がある。それでいて、とんでもない実力者だ。ハンデを持ったまま俺を一瞬でノしたほどである。だから、まぞくと魔法少女についてある程度は話しても問題ない。

 不二が「魔法少女をご存知なのですか?」と尋ねれば、お二人がかつて俺に話してくれた神原玲奈(母さん)とのエピソードを話してくれた。不二は引いた。まぁそうだよな。襲ってきた魔法少女に鶏肉と卵を食わせるとかよく分からないよな。

 

 

「あの、神原さん。ここ、大丈夫なのでしょうか? わたくし…ここに来たことを後悔し始めているのですが」

 

「心折れるな、諦めんな不二。きっと大丈夫、ブランド鶏を扱ってるとはいえ、所詮は鶏だ。これ以上常識外れが起こるわけねーよ」

 

 いくら言動が非常識といえども、養鶏場という体裁をとっている以上、養鶏場自体は普通のはずだ。頼むからそうあってくれ。

 チキーラさんとエッグラさんが戻ってくる。

 

「今日二人に頼みたいことはな……

 突然変異した鶏を沈静化することだ」

 

「待ってくださいちょっと待ってください」

 

 俺の不二への励ましが早くも崩れ去ろうとしている。鶏の突然変異とはなんだ。あと沈静化ってイヤな予感しかしねぇ。

 

「鶏を育ててるとたまになるんだよな。羽が真っ黒になったり図体がでかくなったりして、暴れだすんだ。まぁワシらならパンチ一発で黙らせられるがな」

 

「普通の鶏は突然変異して暴れだしませんけど」

 

 ほんとに何したらそうなんだよマジで。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「……なぁ不二、こういうのも魔法少女の使命に含まれるのか?」

 

「そんなわけありませんわ! 突然変異した鶏と戦ったことなんてありません!!」

 

 だよな。むしろあったらリアクションに困る。

 そんな俺達の目の前には、鶏達が見渡す限りの平原に放し飼いされている。逃走防止の柵が見えない当たり、かなり広い敷地で飼育されているみたいだ。

 

 

「君達にはあいつらを全員小屋へ戻す作業をしてもらいたいんだ」

 

「犬を使えば大半はラクにできるのだが、突然変異したヤツに返り討ちにされる事も多い。故に、この機械も使ってくれて構わん」

 

 エッグラさんは、一機の機械を俺達によこした。

 そいつは、ブルーメタルのボディに、真ん中から赤いモノアイがのぞいている。両手には反りの深い木刀とボウガンが装備されており、4つの足がしっかりとそれらを支えている。

 

「これ大丈夫なのか? なかなか物々しいデザインだぞ?」

 

「自立思考ができる自動農作業マシンの『ロビン』だ。ちょいとキラーマシンを改造したものだが頼もしい機械じゃよ」

 

「ほんとに大丈夫なの!? キルされないよね?後ろからばっさりとキルしてこないよね!?」

 

「ほれ、そろそろ奴らが来るぞ。戦う準備をせんか」

 

「ねぇなんで答えないの?なんでスルーするの!?」

 

 というか、今回の仕事に木刀とボウガンがどう活躍するのか予想もつかないんですけど。なんなの?突然変異した鶏って、そんなにやベェーの??

 

 しかし、そんな戸惑う俺を鶏たちが待ってくれるわけもなく、農業マシンに追われた鶏が放牧から戻ってくる。

 大体が白の体に赤いトサカの鶏だ。―――その中に、ひときわ大きな鶏が数羽。ひときわ大きくて青い鶏が数羽。そして、色を失ったかのような真っ黒な鶏がちらほら。

 

 

「「……………」」

「黒男くんと実里ちゃんは大きいのを頼むぞ!

 わしらは普通のと黒いのを何とかするからの!間違っても黒いのには手を出すなよ!」

 

 この時点でもう帰りたい。

 というのも、大きい鶏が俺や不二の……ひいては人間の身長を優に超えている。2m(メーター)50cm(センチ)はあるんじゃないかな?

 しかも2つの翼で低空飛行しているのだ。見上げるほどの大鶏が普通の鶏の中に混じっている絵面も、なかなかにショッキングかつシュールなものだ。

 

 そして、このタイミングで、最悪なことに気づく。

 

「…あっ」

「神原さん? 如何なさいましたか?」

「……杖、忘れた」

「はぁ!!?」

 

 ―――ゴミ先祖が、この場にいない。

 ゴミのような先祖だけれども、アレでも杖なのだ。ゴミ先祖の助力なしで変身は出来ないし、マトモな力を引き出せるかと言われると怪しい。

 

「どうして武器をお忘れに!!」

「だって半分くらい拉致られた形だったから…」

「なんじゃ、武器がないのか、黒男くん!! そうならそうと言わんか!ほれこれ使え!!」

 

 エッグラさんから何かを手渡された。それは杖のようだった。よく分からないけどないよりマシだ!

 

「行きますわよ!」

「まぁ、やりますか」

 

 変身した不二と共に、鶏との戦闘を始めた。

 

 

 まず、飛び出した不二が手にした双剣でおおにわとりを一羽、一閃ののちに切り伏せた。目立った傷が見えないから、峰打ちだろう。その後も、次から次へとやってくる鶏に対して、峰打ちで捌き倒していく。

 

 俺も負けていられない。エッグラさんから渡された杖に魔力を集める。

 放つは氷の魔法。自分の周囲に冷気が集まって、何もない場所から氷の礫を生成する。

 

氷呪文(ヒャド)

 

 撃ち出された氷は、まだ立っているおおにわとりに寸分違わずに命中し、そいつを打ちのめす。浮力を失ったデカい図体がずしん、と地面に沈んだ。

 

 ロビンとやらの機械はというと、ボウガンでおおにわとりを牽制し、木刀で殴り倒し、果ては目からレーザーまで放っている。レーザーが通った箇所が爆発して、普通の鶏もろともおおにわとり達を吹っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――いやアレ良いの?明らかに普通の鶏巻き込んでるんだけど!? みんなまとめてボコしてないか!!?

 

「神原さん!! 余所見はおやめください!!」

 

「いや、でもあれおかしくないか!? あのロボット一切自重してねーぞ!?」

 

「いいから!!お気になさらず!!!」

 

「イヤ気にした方が良くね!? レーザーで鶏をまとめて吹き飛ばすとか良い訳ねーだろ!!?」

 

 目の前に集中することに専念できるる不二がちょっと羨ましい。得体の知れない機械(味方)の過多な情報量にこっちは困っているというのに。というか、もう全部アイツ一機で良いんじゃ……いや駄目そうだな。

 

 

「神原さん! 早く魔法の援護を……うっ!?」

 

「不二!?」

 

 さっきまで大暴れしていたはずの不二が突然、膝をついてしまう。すぐさま駆け寄り、容体を確認する。

 

「大丈夫か!?」

 

「すい、ません………いきなり、睡…魔が……」

 

「睡魔?」

 

 どういう事だ。

 こんなタイミングで睡魔なんてどう考えてもおかしい。寝不足にしてはさっきまでの会話も表情も眠そうではなかった。だとすると……

 

「コッコッコッコッ!!」

 

「………やはりコイツらの仕業か」

 

 睡魔に抗う不二とそれを支える俺を、愉快そうに見下ろす、青色のおおにわとり。鶏特有の鳴き声のはずなのに、違和感が半端ないが……その鶏たちが何かしたに違いない。

 

「コッコッコッコッコッコッ!」

 

「ちっ……邪魔すんな!!」

 

 襲いくるおおにわとり達に広範囲に広がる(ギラ)を放てば、その熱量に怯み、たたらを踏む。炎系の魔法は普通の鶏たちを巻き込みそうだから使用を控えていたが、今は周りにおおにわとりしかいないし問題ないだろ。

 この隙にどうにかして不二を起こしたいところだが、ペチペチとほっぺを叩いても「んゅぅ…」と眠たげに呟くだけで効果は期待できなさそうだ。かくなる上は、もっと強めに……

 

 

 

 

 

「オイオイ、ソレジャ彼女ハ起キナイゼ?」

 

「何でそんなことがわか……???」

 

 今周囲に口がついていて、なおかつ人間の言葉を話せるような存在は俺と不二を除いていない。その不二も、さっきの魔法で睡魔に強襲され、「うぅみゅ」ととても小さな、眠たげな声を出している。だとすると候補はおおにわとりくらいのものだが、アイツらは鳥の鳴き声しか出せない。となると残りは……?

 

 

「ソノ娘は催眠魔法(ラリホー)デ眠ラサレテル。手ッ取リ早ク起コスニハ解眠魔法『ザメハ』が効果的ダ」

 

 

 視線を眠りかけてる不二から上に上げると、ブルーメタルのボディと赤く光るモノアイが特徴的なロボットが立っていた。

 なるほど、どうりでさっきの言葉が妙に電子的だったのか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアシャベッタァァァァアアア!!?」

 

「機械ガ喋ッテ何ガ悪イ?」

 

 いや悪すぎんだろ! 悪すぎて思いっきり変な声が出たわ。

 まったく喋ると思っていなかった農作業用キラーマシンことロビンは、動揺する俺を待ってはくれない。

 

「ココカラハ私ガ斬リ込ンデ時間ヲ稼グ。

 オ前ハ可能ナ限リ強力ナ攻撃魔法デヤツラヲ吹キ飛バセ」

 

 えっ待って。なんでそんな饒舌なの。

 なんでそんな事をしようと判断したの。

 なんでそこまで格好いい真似がナチュラルにできんの…!?

 

「俺のイオナズンじゃあ、いくら何でもお前を巻き込んでしまうんじゃ……!?」

「問題ナイ。機械ノ体ハイクラデモ作リ直セル」

 

 え、マジでそういうキャラなの?

 機械ってもっとこう、人の心が分からない感じじゃないのか? 今のロビン、めちゃくちゃ俺の心境を読み取ってるんですけど。自分を巻き込んでいいとか男前すぎません??

 

 

「…………分かった。死ぬなよ!」

「無論!」

 

 合図をし合うと、ロビンは敵陣に突っ込んでいくと、全身を回転させながら木刀を振るう。彼を中心に竜巻のような連撃が放たれて、巨大な鶏たちの意識を刈り取っていく。ロビンから距離を離したおおにわとりも、ボウガンの狙い撃ちで昏倒する。

 

 

(集中だ……思い出すべきは、不二を吹き飛ばした大魔法………あれを、もっと規模小さめに!)

 

 

 ロビン本人(?)は巻き込んでもいいと言っていたが、それでも巻き込まないに越したことはない。ロビンを避け、おおにわとりの群れだけを吹き飛ばすために……全力で、かつ慎重に魔法を作り上げる。すると、自然とというべきか、集まる魔力が減ってきたような気がした。

 

 ゴミ先祖から呪文の名前だけでも聞いてきておいて良かった。知っているのと知らないのとではイメージが全く変わってくる。

 そして……今、俺とゴミ先祖の魔法特訓の成果を見せる時!

 

 

「―――大爆発呪文(イオラ)!!」

 

 

 瞬間、光が爆ぜる。視界が真っ白になって、鼓膜をうるさい爆音が揺すった。しかし、不二戦の時ほどじゃあない。そして、魔力の消耗も極大爆発呪文(イオナズン)ほどではない。

 

 そして爆発が収まった後見えてきたのは……やや煤けたロビンと、力なく地面に倒れるおおにわとりの群れであった。

 

 上手く行ったのだ。魔力の制御ができた証拠である。

 

 

「よっしゃああ!!」

「威力ヲ抑エタノカ」

「あぁ! イオ系はイオナズンしか覚えなかったからな。制御ができて良かったよ!」

 

 

 これでやや狭い所での戦闘や連発出来ないといった欠点を少しは補う事が出来るという訳だ。

 大方のおおにわとりを倒すこともできたし、この仕事もそろそろ終わりか。不二を叩き起こして、あのお二人に報告をしに―――

 

 

 

 

「危ナイ!!!」

「え?」

 

 突然、電子的な声が響いたと思えば、俺の目の前にロビンが立ちふさがる。何事かと思う間もなく、そのブルーメタルの体が、巨大な鶏の拳を受け止めた。

 まだ一匹、残っていたのだ。拳の主である青いおおにわとりは、愉快そうにコッコッと笑っている。

 

 

「―――は?

 お、おいロビン……」

 

「最後ノ……一体…ダ…、ピガガ、オ前ガトドメヲ………刺セ……」

 

「ノイズ入ってんじゃねーか! 無茶しやがって!! なんで庇ったりした!!」

 

「私ハ……壊レテモ直セル…ダガ、人はソウハイカナイ…………」

 

「!!!」

 

「早ク……ピガガコイ…ツノ…手ヲ……受ケ止メ…テ…イル……隙ニ……ピーー

 

 ロビンは、全身をスパークさせ、途切れ途切れの電子音でそう言った。

 なんて奴だ。

 ここまで己の身を顧みずに戦えるなんて誰がわかるものなのか。知らなかったよ、ロビン。お前が、そこまでの覚悟を持っていたなんて。

 

 

「ロビン。俺、お前の事を誤解してたよ。そこまで人間のようなマシンは初めて見た」

 

 

 それだけロビンに向かって言うと、杖に魔力を集中させる。魔法を放つときのそれではない。さまよう魂と戦った時に初めて出した、紫電のような純粋な魔力だ。

 

 

 そして、その時不思議なことが起こった。

 

 

 借りた杖が俺の魔力を吸収したかと思えば、杖の先端からビームサーベルのような光の刃が生まれたのだ。

 

 

「!!?」

「コッ……コッ…………!」

 

 

 バチバチと雷の音のする紫の光が、ロビンの体から出るスパークを吸収して更に明るい光となる。その光景に、さっきまで余裕そうだった青いおおにわとりも、笑うのを止めて、全身を震わせながら光る剣を見つめている。

 

 

 ―――行クゾ。

 

おう! おらああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァ!!!!!!

 

 ロビンの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 そして……大上段に振り上げたビームサーベルを、恐怖で硬直しきった最後の一羽に振り下ろした―――

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 全てのおおにわとりを鎮圧したとチキーラさんとエッグラさんに報告して暫く。

 

 見事な仕事ぶりに大満足したチキーラさんがおおにわとり達の回収に行った。なんでも、食用に出来ないか調べて、ブランドにするか隠れた名産にするか検討するのだという。皆が持つ「勇者のイメージ」の、遥か斜め上を行く勇者がそこにはいた。

 戦闘終了時に眠り続けていた不二も、エッグラさん曰く「もうじき目覚めるし、後遺症もないだろう」とのことだ。

 

 その一方で、俺は何をしているのかというと……

 

 

 

 

 

「………ロビン。俺は、やりきったぞ」

 

 

 戦場の跡にて、共に戦った戦友(ロビン)に、全て(のおおにわとりの鎮圧)が終わったことを報告していた。ボロボロになったブルーメタルのボディはやはり動かず……夕陽を反射して輝くのみ。モノアイが光っていた所には、もう光が灯ることもない。

 

 

「全部、ロビンのおかげだよ」

 

 

 エッグラさんから貸してもらった杖とか、不二の前半の無双とかの要素もあったが、不二が眠らされてからの巻き返し、および最後のひと押しは、やっぱりロビンの強力あってのものだ。

 

 だが―――どういう訳か、俺の心に穴が空いてしまっている。理由は言うまでもない。

 確かにロビンは「機械だから替えがきく」と言っていた。「直せば元通りだ」とも。だがそれが自分を粗末に扱って良い理由にはならないだろ。

 

 

「そんなボロボロになってまで、守ってくれてありがとな」

 

 

 だが、それがロビンの生き様であり、彼の望みであるのならばああだこうだ言うまい。俺に出来ることは、ロビンという機械―――否。友人を、忘れないでいてやること。彼を胸に生かし、生きていくこと。それだけだ。

 

 

「神原さん」

「あ…不二! 起きたのか」

 

 そこに、呪文の効果が解けたのか目を覚ました不二が制服姿でやってくる。

 

「はい。今回はご迷惑をおかけしたようで……申し訳ありませんでした」

「気にするな。お互い無事で仕事を終わらせられたんだからそれで良しとしようじゃあないか。まぁそれもこれも全部―――コイツのおかげだがな」

 

 

 動かなくなったロビンを見ながら俺は、不二に経緯を説明した。

 ロビンが喋ったこと、共闘したこと、そして身を粉にして庇ってくれたこと。そして、その果ても。

 

 

「そういうわけでな。今、俺はロビンに全てのおおにわとりを鎮圧できたって報告を―――」

 

「なるほど。ピンチに陥った人を背に戦うプログラムですか」

 

 

 ――――――は?

 

 

「壊れても修理が可能な戦闘機械――人の命とのコストを考えると、合理的な判断に感じますね。機械の損傷なら修理代で済みますが、誰かが怪我をしたとなったら不祥事ですから」

 

 

 待ってくれ不二。お前、まさか―――

 

 

 

 

「このキラーマシンも、丈夫でローコストで済む素材でできている……のでしょうか。こういう畜産現場も機械化が―――」

 

 

「おい不二」

 

「はい? なんでしょうか」

 

「――お前もう喋るな」

「はい!!? な、何なんですかいきなり」

「それ以上続けたらいくらお前でも怒るぞ」

「な!? わ、わたくし、何かお気に障ることでも!!?」

「あぁ。特大の地雷だよ。お前には心も閉ざしたい」

「そこまで!!!?」

 

 

 男のロマンを踏みにじるお前が悪い。例え自覚がなかろうと、夢の欠片もないことを連発するのはギルティだ。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 不二と別れ、すっかり日も暮れた頃に自宅に帰ると、待ち構えていたのはゴミ先祖のしつこい質問攻めであった。

 

『クロウ!!! 偉大なるこの我を置いて、キサマ一体どこをほっつき歩いていたのだ! せめて連絡くらいするべきだろう!! 日中に顔を出したしゃみ子と千代田桃と陽夏木ミカンにどう説明すればいいかも分からぬまま、三人を困らせる羽目になった我の身にもなってみろ!!!』

 

 うーん。今回の件、悪いのは俺を拉致ったチキーラさんエッグラさんと断り切れなかった俺にあるので、反論しようにも反論できない。ただし、『「気がついたらいなくなってた」と説明したのに我が疑われた』と騒ぐ部分に関しては完全にゴミ先祖の日頃の行いが悪いと思う。

 

『そうだ。奴らに連絡を入れねば』

 

 

 と、固定電話に飛び乗ったかと思うと、杖の先を利用してボタンを一つずつポチポチ押し、受話器を跳ね上げて本体の隣に置いたかと思えば、そこに寝そべり電話をかける体勢になった。どうやんのそれ。器用すぎない?

 

『もしもし! 千代田桃か?

 先ほどクロウが帰ってきた! これから彼に尋問する故、しゃみ子と陽夏木ミカンを連れて我が家に来るがいい!』

 

「電話をかける人の態度じゃねーだろ!」

 

『ギャアアアアアアアアア!!!?』

 

 予想通りに失礼なゴミ先祖をへし折って、電話を切った。

 

 

 

 

 

 日も沈んだというのに、ゴミ先祖の失礼な呼びかけに答えて来てくれた3人に対して、今日はチキーラさんとエッグラさんの養鶏場に行っていた事を話した。拉致に近い形で朝早くに連れて行かれた為、ゴミ先祖とすら連絡が出来なかったことも含めて。

 

「…結局、チキーラさんとエッグラさんって何者なの?」

「俺の隣に住んでいる、ただの()般人……だそうだ」

「「「………???」」」

「……まぁそういう顔するよね。俺も未だに納得いかないし」

 

 特に実力は頭おかしい。アレが一般なら、多魔市はとんだ人外魔境になってしまう。

 と、それは置いといて、続いては二人の養鶏場―――ゴッドサイド養鶏場での話になった。

 

 青色魔法少女こと不二実里と出会ったこと。

 手伝いの一環でとてつもなくデカい鶏と戦ったこと。

 そして―――ロビンのこと。

 

 

「流石チキーラさんとエッグラさんの養鶏場……名前も鶏も強そうです……でもロビンさんはめちゃカッコ良かったです!!」

 

「だよな。あの時のロビンの勇姿を皆にも見せたかった」

 

 シャミ子はしっぽを振って、ロビンとの絆に共感してくれた。ロマンの分かる女子は嫌いじゃないぜ。

 

「クロ、大丈夫だったの?」

 

「ああ!問題ない! 爆発魔法の制御が上手く行ったし、ビームサーベルも使えるようになったからな!」

 

「ビームサーベル!!!」

 

 ミカンは俺の身を心配してくれた。有り難いことではあるが、大事ない事を説明したら、今度はシャミ子がビームサーベルという単語に食いついた。後日ゴミ先祖の杖でビームサーベルが出来るか試してみよう。

 

 

「いや、光の剣なんて魔法少女ではメジャーだよ。それに、機械に感情があるとは思えない」

 

「…………」

 

 そして、千代田、だが………

 

 

 

「千代田、その手の話をするのはそこら辺にしておこうか」

「?」

「俺はお前にまで心を閉ざしたくない」

「え、神原くん!?」

「クロウさん!? め、目から光が消えかかってます!!?」

「桃、そういうところよ。分かってなくても言っちゃ駄目でしょう」

 

 機械関連のロマンについて、何度説明しても理解してはくれなかった。

 これで勝ったと思うなよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 何があってもめげることのない、芯の強い暗黒神になるんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 不二やロビンと戦い、絆を結んだ暗黒神後継者。男らしいロボット系のアツいロマンやハードボイルドは好物。何気に理解を示してくれたシャミ子が心のオアシスとなった。

不二実里
 とんでもない職場体験学習を経た魔法少女。ちなみに彼女の学校は当然シャミ子たちの通う学校とは違い、格式高いお嬢様高校である。しかし、「世間知らずなお嬢様は育てるつもりはない」と、職場体験学習等の働く現場へ積極的に行く体験学習が多いようだ。

チキーラ&エッグラ
 あいも変わらぬ裏ボスコンビ。クロウや不二が戦っている裏で強力な「真っ黒な鶏の魔物」を片っ端から倒している。本当に一般人なのかコイツら。

おおにわとり
 巨大に成長した鶏の魔物。食べられそうな見た目をしている。序盤の壁の一つであり、高めの攻撃力とタフさ、そして眠り攻撃でライアンを苦しめた。拙作ではゴッドサイド養鶏場の鶏の突然変異種(笑)として登場。

マンルースター
 呪文を覚えたおおにわとり。こちらは全身が青色に染まっており、お世辞にも美味しそうな見た目とはいえない。ラリホーやラリホーマを覚える。拙作ではゴッドサイド養鶏場の鶏の突然変異種(笑)として登場。

キラーマシン
 Dr.デロトが開発したといわれる、冷酷無比な殺人機械。青い機械ボディとモノアイが特徴的。様々な剣技やボウガン、モノアイから放たれるレーザーなどの強力な攻撃を1ターンに2回してくる。ドラクエビルダーズ2では野菜収穫機と化しているらしい。拙作ではゴッドサイド養鶏場の補助機械・戦闘機械として登場。名前は「ロビン」。



今回の呪文辞典

・ラリホー
 敵1グループを眠らせる。

・ザメハ
 味方全体を眠りから覚ます。

・イオラ
 大爆発を起こし、敵全体にダメージを与える。


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胃袋をつかめ! まぞく秘密の超ビックリドッキリレシピ!……料理を作りに来たのであってスライムの餌を作りに来たわけじゃないんですけど?

一月かかってしまった……



今回のあらすじ

スライムが あらわれた!




『クロウよ、何をしておるのだ?』

「え? えっと、弁当を作っているんだ」

 

 ゴッドサイド養鶏場を(ほぼ強制的に)尋ねた数日後。俺は弁当の試作をしていた。

 というのも、シャミ子から「多魔動物公園のVIPチケットが手に入ったので一緒に行きましょう」とお誘いがあったからだ。予定日を空けるために絵日記以外の宿題を瞬殺した後、当日持っていくための弁当に入れる料理を作っているというワケ。

 

『別にクロウが作らずとも良いだろう。料理など女性陣に任せれば』

「時代遅れだなぁゴミ先祖は。イマドキは男子も料理を作る時代になってんのよ」

 

 あと、千代田の料理が、ミカン曰く「思い出したくない味」なんだそう。だが、俺はその件については口にしない。命は大切にしないとな。

 

 

 もともと、俺は料理ができる。両親が滅多に日本に帰ってこない都合上ある程度の料理はしてきた。ゆえに、お弁当を作ることなど朝飯前なのだが、魔力を込めるリコの料理に興味が湧いた。

 そこでなんとなくの感覚で作ってみようとしたのだが―――

 

「……あぁ、ダメだ。また光っちまった」

 

 ―――これが加減が出来ず、なかなか上手くいかない。リコさんは当たり前のように作ってたんだが、そう簡単にはいかないのか。

 

「どうするのだクロウ。人が食べようものなら間違いなく悪影響を及ぼすぞ? チロルにでも食べさせるか?」

 

「…それでチロルがキラーパンサーになっちゃったらどう責任取ってくれるの?」

 

「ハッハッハ! 責任など取る必要などないだろう!!」

 

「お、こんな所に丁度いい薪が」

 

「待たんかクロォォォウ!? 我は薪ではなァァァァァァァい!!!! というか我が家のコンロはIHだろうがーーーーッ!!?」

 

「ニャー」

 

 

 煽るゴミ先祖はともかく、調理の過程で爆誕した謎料理(光)をなんとかしなければ。リコの料理をシャミ子が食べすぎた時のことを考えると、誰かに食べさせるというのはあまりに危険だ。どうすればいい?

 

 

「ピキー」

 

「……? 食べてくれるのか?」

 

「ピキー!」

 

「そうかそうか、助か……る?????」

 

 

 目を疑った。

 そこにいたのは、玉ねぎのような形をした、青いゼリーじみた生き物。サイズは、一般男子高校生の拳よりもやや大きい程度。

 つぶらな目と口を持ったそんな生命体? が、俺の失敗作の魔力料理をムシャムシャと食べていた。

 

「な、何だコイツはァァァアアアアァァァァ!!!?」

 

 響いた悲鳴が、ご近所迷惑にならない事を祈りたい。

 

 

 その悲鳴を聞いた直後で助かったのは、ゴミ先祖がこのゼリー状のモンスターの正体を教えてくれたことである。

 

「ほぅ……クロウ。お前の料理がスライムを呼び寄せるとはな。喜べ、スライム系は魔物の中で最も人に懐く存在だ」

 

「いや、何を喜べばいいのか分からないけど……とにかく、コイツの事を他の人にも訊いてみるとしようぜ」

 

「陽夏木ミカンの元へ行くか?」

 

「いや……今日は魔力料理の修行も兼ねて、あそこに行こうと思う。」

 

 

 スライムに「ついて行くか?」と聞くと嬉しそうに「ピキー♪」と鳴く。準備を済ませると、俺はゴミ先祖とスライム、あと付いてきたチロルと共に出発した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「ふわぁ……かわいいです! あと感触がつめたい!!」

 

「ピキー♪」

「ニャー」

 

「なんと……この街にスライムとキラーパンサーがいたとはね…!」

 

「あらぁ、珍しいこともあるもんやなぁ。昔は結構おったんやけど、最近見いひんようになったさかい」

 

 ―――喫茶店『あすら』。

 チリンチリンとドアベルを鳴らして入った途端にシャミ子と白澤さんとリコにスライムとチロルが見つかって、あっという間に2匹は捕まった。シャミ子はスライムのひんやりした感覚に夢中になり、リコはチロルとゆったり追いかけっこを始め、白澤さんは連れてきた2匹を物珍しそうに交互に見ている。

 

「珍しいんですか?」

 

「元々珍しい生き物じゃあないんだが……争いの激しい場所には現れない傾向がある。近年は見かけなくなったのは事実だね」

 

「なるほどなぁ…どおりでウチはどこへ行ってもスライムちゃんが寄り付かん訳や」

 

「リコ君……君、ここに来る前何をしていたのだね!?」

 

 リコがここに来る前かぁ…あまり聞いても良い事なさそうだし、俺は本題の「魔力料理」についてリコに訊く事にした。

 事情を聞いた彼女は、的確なアドバイスをくれた。曰く「『美味しく食べてほしい』っちゅー気持ちをこめる事が大事」なんだそうだ。……試しに彼女が握ったおにぎりがなんか光ってるけど………

 

「店長〜食べて〜〜」

 

「えっ……ヤダ…………」

 

「食べて〜」

 

 頑なに実食を拒む白澤さんに光るおにぎりをリコが無理やり食わせる。すると、白澤さんの様子があっという間におかしくなった。

 

「り…リコくぅん

 お空に虹色の葉っぱがたくさん浮いてるよぉ」

 

「鮮やかやろ〜シャミ子はん、クロウはん」

 

「麻薬じゃねーか!!」

「すいません別なの教えてください!!」

 

 白澤さんのリアクションがまんま麻薬中毒者だった。流石にコレは料理には使えない。

 

 ちなみに、その後の酸味・甘味・塩味を分けるとか色は赤・黄・緑・白・黒と被らないようにするといいとか、まともなアドバイスだった。彼女曰く、各地を転々としたからいろんな場所の料理を覚えたのだそう。でも、追われる状況がありありと想像できるのが怖い。雇用主にサイケデリックな幻覚を見せるとか、雇用主に一服盛って発情させたりとか。

 

「ウチ、マスターのこと大好きやから奇麗なものを見せてあげたかっただけなの」

 

「許すっ!」

 

「許すのか……」

 

 そんな各地で追われているリコを受け入れている白澤さんの器の広さは尊敬モノだ。よそでは滅多に見られないだろう。

 

「魔法少女ってなんなんでしょう?」

 

 リコの多魔市に流れ着いたいきさつを聞いていると、ふとシャミ子がそんなことを呟く。それは、まぞくなら最も知りたい事だった。

 

「誰から頼まれて戦っているんですか?

 まぞくを倒すと何かごほうびがあるんですか?」

 

『む……そんな事は考えた事がなかったな。我が偉大な野望の邪魔をする羽虫程度にしか考えなかったわ!』

 

「ゴミ先祖…自分の主観で魔法少女を語るな」

 

 手前勝手な魔法少女観を語るゴミ先祖をよそに、白澤さんが咳払いをして語る事には―――

 

「彼女らは普通の人間の子が『光の一族』と契約して戦っている……みたいだ。

 契約する子は生き物の体に憑依した『光の一族の御使い』が選んでいるらしいよ」

 

 ―――とのこと。

 

「あー成る程。千代田やミカン、不二はメタ子やミカエル、ラファエルなんかに『僕達と契約して魔法少女になってよ』って言われて、OKしたから魔法少女やってる訳だ」

 

「う〜ん、まぁそうだねクロウ君」

 

「光の一族とは……?」

 

「分からなぁい」

「分からへ〜ん」

 

「…ゴミ先祖は知ってるんじゃあないの? 光の一族」

 

『我がいた闇の世界では特定の巫女の一族がそう呼ばれていた。今はもう一人も残っていないがな。こちらの世界の魔法少女が世襲制でないことを知った時は驚いたぞ』

 

 魔法少女に関わりの深いのが「光の一族」のようだが、その「光の一族」が何かまでは白澤さんもリコも分からないようだ。闇の世界の「光の一族」とも違うらしく、詳しいことは千代田やミカン、そして母さんに訊くしかないようだ。

 

「ごほうびについて言うなら…魔法少女は僕達を弱らせて行動不能にすると、御使いから『倒した証』みたいなものを貰えるんだ。

 これを沢山集めるとごほうびがあるようだね。」

 

「『証』……」

 

「証を集めれば集めるほど大きな願いが叶う」

 

「「………!!」」

 

 まぞくをたくさん倒すと願いが叶う……!?

 それは、なんと美味いことなのだろうか。ウマすぎて裏があるか疑ってしまうレベルだ。

 

「願い事が叶う!? す…すごく美味しいです」

 

「そうなのだ……僕らは歩くボーナスなのだ…

 でも今は穏便な子が多いから、ご近所の秩序を乱さなければ大丈夫なはず……」

 

『―――気に食わんな』

 

「ゴミ先祖?」

 

 突然、ゴミ先祖が会話に割って入ってきた。シャミ子も白澤さんも驚いて杖を見ている。鳥を模した飾りが、いつもより険しい表情をしている気がした。

 

『まるで我ら闇に住まう者達の命を願い事を叶える道具の様に扱い……

 願い事を餌に無垢なる少女達を唆して闘争を招く……

 オマケに願い事を叶える為の努力の方向性を歪める仕組みまで作ったときた。

 冷酷無比な者を悪魔と呼ぶ風習がこの世界にはあるようだが……だとするなら光の一族こそ悪魔そのものよ』

 

「ラプソーン殿……しかし、先程も申し上げましたが、近年は穏便な魔法少女が多数を占めております」

 

 おお。ゴミ先祖にしては珍しく、なんか説得力を持つ言葉だ。一度聞いてみると、「う〜ん、確かにそういう見方がないとも限らないケド…」となりそう。

 

 

『だからクロウ! 我と共に暗黒神の力を鍛え上げ、我を封印から開放して光の一族が支配する世界を変えてみなイギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!?』

 

「ま、最終的にそこに行きつくよね」

 

 ダメだよ、と諭しながら思いきりゴミ先祖の杖をへし折った。白澤さんにも「このゴミ先祖に敬語なんか使わなくていいんですよ」と言ったけど複雑そうな顔をされた。

 

 ちなみに、その後は俺とシャミ子がひたすらにお弁当の練習をして、リコはその教育係。白澤さんが監修で、チロルが応援。スライムが残飯処理班として料理教室の時間を過ごしていった。時折リコが「笑いが止まらへんようになるキノコ〜」とか言ってボケに走ったが、ほぼ上手くいったんじゃあないかと思う。

 

「お鍋なら作れそうです…ほいっ」

 

「な……か、完璧に育ちきった中華鍋や…

 油の膜が覆っとる」

 

「なんだこれは……いろんな法則をガン無視した変形をしたぞ…!?」

 

「すげー力の無駄遣いすんなシャミ子」

 

『しゃみ子よ、我が情報を渡しておいた武器には変形できるようにはなったか?』

 

「あっ、それはちょっと」

 

「ゴミ先祖は自重しろっつってんだろーが」

 

 料理中に一族秘伝であろう杖を中華鍋に変形させるのはやや力の無駄遣いっぽいけどな。

 

「これ貰ってエエ?」

 

「えっ、それもちょっと」

 

「リコ君そういう所は徐々に直していこう!!!」

 

 ―――やっぱりシャミ子の杖は規格外のようだな。ゴミ先祖が目をつけるワケだよ。

 

 

 

 試作おかずが完成すると、リコが綺麗な重箱に詰め込んでくれて、お弁当が完成した。その際に何か悪いことを思いついたらしいけど、白澤さんならなんとか止めてくれるだろう。その後、スライムとシャミ子がじゃれ始めた最中に発した一言がまた波乱を呼んだ。

 

「このスライムは、なんて名前なんですか?」

 

「ピキー?」

 

 俺が答えに困っているところを見た途端、リコが立ち上がった。

 

台葉(タイヨウ)っちゅーのはどうやろか?」

 

「リコ君! 真っ先に料理名をつけようとするのはやめたまえ!!」

 

「ピキー……」

 

 リコの気迫に、本気で食べられると思ったのかスライムは俺の足に隠れてぷるぷる震えだした。

 

「あ!じゃあじゃあ、スラリンっていうのはどうですか!?」

 

「シャミ子?」

 

「なんだかぽんっと浮かんだんです!

 なんかスラリンっぽいじゃないですか!」

 

 「スラリンっぽい」ってのはよく分からないが、当のスライム本人は嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。コレはもう決まったようなものだろ。名付け親の座を奪われてしまったのは少々残念だが、本人(スライム)が気に入っているなら異論はない。

 

「アキーラって名付けるつもりだったけど……スラリンの方が良いか?」

 

「ピキー!!!」

 

「そ、そうか……」

 

 スライム改めスラリンに聞くと、「スラリンの方が良い!!!」と言わんばかりにいい返事を貰い、ちょっとヘコんだ。彼(?)の子供のようなリアクションは、どこまでも素直で、そして残酷だった。泣きそう。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 リコのお料理教室が終わった帰り道にて。

 

「いやぁ、良いものを学べたな」

 

『然り。クロウの収穫もだが、我にとっても良い収穫がたくさんあった。

 光の一族の実態の一部しかり、リコの精神構造しかり』

 

「……ゴミ先祖?」

 

 ゴミ先祖に話を振ると、気になる話を持ち出してきた。リコの精神構造とは一体?

 

『リコの言動の端々から、白澤への好意を感じたぞ。仲間意識としてではない。アレは……雌が好みの雄を見つめるようなものだった』

 

「あー、ゴミ先祖?

 それってもしや、生々しい話?」

 

『否。リコという魔族の本質的な話だ。

 争いを好まないスライム系が寄り付かない事、白澤への行為、シャミ子の杖を遠慮なく欲しがった事……奴はこれ以上なく利己的だ』

 

 リコ的……か。

 ゴミ先祖の言葉は、相変わらずゴミのくせに的を射ているように聞こえる。性根の腐りきった暗黒神でも、長年の経験だけはしっかりモノを言わせているのだ。

 

『そんな利己的な彼女が、白澤を好きになる……どんな手を使ってでも手に入れたいと願うはずだろう』

 

「でも……そういう男女関係って、一方通行の愛だけじゃあ成り立たないしつまらないって聞いたぞ」

 

『リコはそう思っていまい。たとえ洗脳してでも、白澤を手に入れる事が出来ればそれで良いのだ。利己的に生きるとはそういうことだ』

 

 納得いかない。

 いくら自分が愛する人を愛する事が出来たとしても、相手側から何も返ってこなければ、ただただ虚しいだけだろうに。

 

「そういうもの、なのか? 全くもって納得いかない」

 

『それで良い。納得できずとも、「そのような人物がいる」と理解できれば良いのだ。』

 

 まぁ、世の中色々な人がいるのは確かだ。でも、そこまで利己的な人を受け入れるのはなんか違う気がするけれど。

 

 

『リコは誰かに組したり属したりするようなタマではないようだ。だが、()()()()()は見えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも―――』

 

 

 

「ゴミ先祖」

 

 杖が言い終わる前に、全身に紫電が走っていた。ゴミ先祖はその様子に息を飲む。

 ……うちのゴミ先祖が色々とアウトな価値観を持っているのは分かる。周りが少しずつそれを受け入れていっているのも、まぁ分かる。でも―――

 

 ――――――今の発言は駄目だろう。

 

 

「―――それは()()()()()()?」

 

 

 まったく、懲りないヤツなんだから。

 確かにリコの生き方は俺のとは全くかけ離れているのかもしれない。

 でも光の一族を『無垢な少女を利用する悪魔』呼ばわりしておいて、リコを利用するような真似を堂々と考えちゃあ……そりゃあ、その『悪魔』と同類になっちゃうだろ。コイツ暗黒神だけど。

 

 

『む…………

 ………すまなかったなクロウ。お前にそういう顔をして欲しかった訳ではないのだ』

 

 俺の一言に、『何故だ』とか『だって〜』とか言わずに、珍しくも謝る事をしたラプソーン。それは、今まで接してきた傲岸不遜な暗黒神とはまた違った一面だった。

 

『……なんだその顔は』

 

「いや…………お前、素直に謝ること出来たんだな、って思って」

 

『貴様は我を馬鹿にしているのか?

 我は暗黒神であるからして、優秀な後継者には優しくしておきたいのだ!!』

 

「あーはいはい、そーゆーことにしとくわ」

 

『信じてないな貴様!!?』

 

 そーゆーことにしておいて話を切り上げ、家路を歩いていく。

 

 

 

 ―――そうしてリコの料理教室から帰った次の日。

 

 俺は目を疑う光景を目にしてしまった。

 ……増えていたのだ。庭先のスライムが。

 元々いた青色のスラリンに加え、オレンジ色のスライムが一匹、そして銀色のツヤのあるスライムが一匹。三匹揃って、俺の家の庭先で眠っていた。

 

 これの意味するところはつまり―――アレか。

 

 

「……………………おやすみなさ〜い」

 

『二度寝して現実逃避をしようとしても無駄だクロウ。

 スライムは三匹になっている』

 

「分かってたよちくしょー!

 なして!? どーして増えてるんですかねぇ!!?」

 

『おおかた貴様の魔力料理が気に入ったのだろう。仲間を呼んだのだ。しかし喜べ、レア種のメタルスライムがいる』

 

「聞いてねーよ!? 人の家を食堂かなんかと勘違いしてんじゃねーかコイツら!!」

 

 俺はスライムの餌を作るために魔力料理を学んだワケじゃねぇよ!!!

 

「コレで勝ったと思うなよ……!!!」

『だから何にだ』

 

 ちなみに、写真を撮ってクラスRINEで皆に送ったところ、女子を中心に大人気になった。その反面、男子からは「天誅するべきハーレム王」を見るような嫉妬の視線に晒される羽目になった。ただスライムを載せただけの俺が一体何をしたというんだ………

 

 あ、名前?

 オレンジ色のスライムが「ナツミ(ミカン命名)」、銀色のメタルスライムが「メタぞう(佐田命名)」になった。千代田と小倉については詳細は伏せるが、あの二人ネーミングセンス壊滅だな。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――そんな料理教室やスライム騒ぎがなんやかんやで過ぎ去り。

 

 動物園ツアー当日。

 俺は待ち合わせ場所に来たのだが。

 ……千代田の様子がどうもおかしい。

 なんか、いつもよりもオシャレしてね!? そういうのに無頓着な女子だとばっかり思っていたから驚きだ。

 

「桃!! ミカンさん! おはようございます!」

 

「シャミ子…!」

 

 シャミ子の登場に千代田が目を輝かせた―――のも束の間。

 

「桃はんおはようさ〜ん!

 今日はよろしゅうなぁ〜」

 

「申し訳ない……リコ君を止めきれず申し訳ない………」

 

 リコの登場(しかも動物園ツアーに同行するみたいな口ぶり)にあっという間に瞳を曇らせた。しかも「なんで今日かいらし〜格好してはるん?ねぇなんでなん?」とか聞いたせいで千代田は着替えにすっこんでしまった。

 

「お……お疲れ様です、白澤さん」

 

「かたじけない、クロウ君……そして申し訳ない…」

 

 とりあえず、白澤さんにはこう言っておいたが…

 

「ねぇクロ、これどうかしら?」

 

「え? ……普通に似合ってるんじゃあないか?」

 

「………もう、こういう事女の子に言わせないでよね。

 あとよそ見禁止」

 

「え? よ、余所見?? な、なんかごめん…」

 

 ミカンがここでちょっとご機嫌斜めになった理由は、未だに分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 君は今ちょっと失敗をした! ここのミスは、動物園で挽回するんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 魔力料理を学んだと思ったらスライムのごちそうのスキルアップをしていた暗黒神後継者。集まったスライムを写真に収め、つぶやいたーやRINEに公開したら女子人気が上がった。なお、最後のミカンの不機嫌さについての理由はまだ気づいていない。

暗黒神ラプソーン
 光の一族の実態とリコの精神を分析したヤツ。流石に闇の世界を統べ、負の感情を糧とする神なのか、リコ的な生き方をしてきた彼女を早い段階で見抜いている。

スライム
 ドラゴンクエストといえばこのモンスターといっても過言ではないレベルで有名となったモンスター。種類は増えに増え、今でも新種が発見されているとか。ちなみに、ドラクエのスライムの可愛いフォルムは、イラスト担当の鳥○明氏のアドリブなんだそう。

スライムベス
 突然変異で赤くなったスライム。青い種類よりもほんの少し強い。

メタルスライム
 突然変異で滑らかでかつ硬い体を手にいれた銀色のスライム。足が早く臆病で、すぐに逃げ出すという。その代わり経験値が豊富で、冒険者に狙われる事もある。


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火花散る!? 光と闇の合同遠足!……現れるは空飛ぶ巨大ワニ…ってそんな事とはなんだ!フライングビッグアリゲーターを「そんな事」で片付けるな!

今回のあらすじ

ワニバーンが あらわれた!








※2020-7-25:ミカンの呪いが地味に発動している描写を追記しました。


 

 ――前回までのあらすじ!

 今日は楽しい動物園になるはずだった。

 

 ……そう、()()()()()、である。

 

 

「…………。」

 

 まず、千代田の雰囲気が重い。目が死んでるし、なにかブツブツ言ってる。このままじゃ闇堕ちしそう。

 

「今日は楽しんでいきましょう!」

 

 しかも、シャミ子がそれをあまり問題視してなさげである。気にしてやれや。

 

「楽しみやわ〜動物園!」

 

 そして、待ってましたと言わんばかりにはんなりとそう表明するリコ―――おいコラ元凶。千代田の不機嫌の原因になってる自覚あります?

 

「ウチらが来たんは桃はんへの純粋な親切心からなの。それなんにえらいヒリついてて悲しいわ〜」

 

「手短に」

 

「桃はん動物が好きなんやろ? ウチらもかあいい動物や! せやからウチらが来れば桃はんが喜ぶ!」

 

「なるほど」

 

 そして件のリコは、千代田にこれでもかと追い打ちをかける。千代田は千代田でただでさえ光を失った目を更に昏くして流している。

 というか、自分で「かあいい動物」とかいうリコが何言ってるか分からないんだけど。千代田も同じ気持ちだろう。なんなら千代田はリコが何言ってるか分からな過ぎてナニイッテルカワカリマセン共和国の人になってそう。

 

「違うだろうリコ君! もっと大事な目的があるだろう!! 僕たちは魔法少女くんのハァン!!?

 

「白澤さん!!?」

 

「す……済まない……腰が…腰がっ……!!」

 

「大丈夫ですか白澤さん!」

 

 ぎっくり腰になってしまった白澤さんを介護しつつ、動物園に入る。白澤さんの顔色から察するに相当強く痛めてしまったようだ。

 

「ぼ、僕の事は放っておいていいから…君たちだけでも楽しんできてくれたまえ………」

 

 どうやら白澤さんはどこまでも紳士のようだ。

 こんな素敵な人を置いていくなんてできない。

 

「大丈夫だ白澤さん。俺が肩を貸すよ」

「いいのかね……クロウくん…?」

「私、荷物持つわ」

「私も何か手伝う事があれば!!」

「優子くんもミカンどのもすまない……すまない……」

 

 ところで、さっきから千代田が「え、このまま続行するの?」って目をしてるけど……さては白澤さんの介護にかこつけてリコを追い払うつもりだったな。それだと白澤さんが可哀相だろうが、もっとこう……上手くリコだけを帰せるような口実を作らないとダメだろうに。

 

「クロウはん、ウチどこも痛くあらへんよ?」

「……!? お、おう、そうか……」

 

 ……口に出してないからどんな地獄耳でも聞かれないはずなんだが!? そんないかにも意味深な発言はやめてくれませんかねぇリコさん!!?

 なんだか、俺の周りの女性陣はこんなんばっかな気がする。なんなの、読心能力はデフォルトなの?

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 その後しばらくは、白澤さんの腰痛トラブルがあったものの、おおむね動物園を楽しむことが出来たのではないかと思う。

 

「あれ、白澤さんバク見てるんですか?」

「あぁ。やはり落ち着くのでね」

「……端から見たらすごい光景ですが」

「僕達の種族は元々4足歩行でね。そこを無理やり2足歩行にしているからよくコシを言わすのだ」

「無理しないでくださいね。ただでさえ、さっき痛めてシップ貼ったばっかなんですから」

「人間界で二度見されない為には、これくらいの無理をする必要があるのだよ。とても辛いことだがね」

「………………………大変ですね」

 

 白澤さんと園内のバクを眺めながら、「ほぼバクが2足歩行してたら誰もが二、三度見しそうだな」と思わなくもない会話を交わしたり。

 

「マレーバクの赤ちゃんの柄はとんでもなくトリッキーなんだよ!」

「ほんとだ、大人と全然違うわ!」

「これはすごいな」

 

「桃はんちっこい生き物好きなん?」

「えぇ、まぁ…」

「うちも好き〜〜

 …火が通りやすいから煮てよし焼いてよし揚げてよしや」

「!?」

「分かり合えませんね」

 

 白澤さんのマレーバク談義の隣でヒメネズミを見ていたリコと千代田から聞いたことを後悔するレベルの会話を耳にしてしまったり。

 

「す、すげえ! 見てくれミカン、あれ!」

「あれは…ワニバーン?」

「たてがみ生やして空飛んでんだぜ!? 翼が生えてりゃドラゴンだろ!! とゆーかほぼドラゴンだろ!?」

「それよりも、白澤さんがどこかに行っちゃって…」

「それよりってミカンお前……

 あ、千代田! あのワニ見てあのワニ!」

「え? ………あぁ、ワニバーンか。珍しいね、あんなのが動物園にいるなんて。

 そんな事より、シャミ子はどこ?」

 

「………お前らさぁ、ロマンって知ってる?」

 

「ほわぁーーー!!!凄いです桃、クロウさん! 飛んでます!空を自由に飛んでます!!」

 

「男のロマンがあるならば、シャミ子(あれ)くらい反応して当然じゃないのか?」

 

「「私は女よ!!(だよ…?)」」

 

 空を飛ぶ疑似ドラゴン(ロマンの塊)ことワニバーンに対するロマンの見解の相違に呆れ果てたり(とゆーか、ミカンも千代田も何故このロマンを理解できないのか。誠に遺憾である)。

 

「ああっ!? 白澤さんが囲まれてるー!!?」

「バクだー」

「バクー」

「僕はふれあいコーナーの動物じゃないよ……ふれあってもいいけど………」

 

「写真は一枚1800円やー

 …あ!クロウはんも手伝ってくれん? コレが1800円、こっちが900円、オプション付きで2700円やでー」

「いや、これ……どう見てもぼったくりじゃねえか? とゆーかこんな事して良いモンなのか…?」

 

「駄目に決まっているだろうクロウ君!リコ君を止めておいてほしい!!

 リコ君も阿漕な商売はやめたまえっっっ!!!」

 

「バクが逃げたって聞きました!」

「あっ、僕は園外のバクです!」

「園外のバク…?」

 

 白澤さんが動物園のバクと勘違いされて子どもたちに囲まれていたり、飼育員さんに捕獲されかけたりした。

 

 そんなこんなで楽しんでいた折、ふと赤ちゃんトラの触れ合いコーナーについて思い出したのでミカンにひとこと「ちょっとこの辺をぶらついてくる」と言ってから離れる事にした。

 赤ちゃんトラの触れ合いコーナー。シャミ子が白澤さんから譲ってもらったというチケットには、それに参加できるというVIP待遇があったのだ。俺達は全員チケットで入園しているので、行く事ができる。チロルを飼っているとはいえ、触れ合わないなどあり得ない。

 

 触れ合いコーナーへ行く途中にあるワニコーナーにいた、浮遊するワニバーンに一礼してから(そうしたらなんと礼を返してきたのだ。さすがロマンの塊)、VIPの証たるゴムの腕輪を見せて触れ合いコーナーの中に入る。

 

「こ……これはっ!!」

 

 

 中に入ると、そこは天国だった。

 わらわらと群れるトラの赤ちゃん達。親と同じような縞模様の他に、白や黒のトラの赤ちゃんもいる。

 短い手足に猫のような顔立ち、それがよちよちと歩くさまは見る人を癒やすこと間違いなしだ。

 これを抱っこ出来るというのだから、VIP待遇の凄まじさは語りきれないものだろう。

 

 

「最高かよ」

 

 早速、近くにいた黒い一匹を抱き上げる。確か…名前はブラッキーだったか。簡単に壊れていまいそうな赤ちゃんを、まるで割れ物を扱うように丁寧に懐へ抱く。喉を優しく撫でてやると、嬉しそうに目を細めるのだ。

 なんて可愛さだ。ウチのチロルもなかなかだが、ここにはそのハイレベル可愛いが群れをなしている。まさに天国だ。

 寝っ転がってみれば、黒いのを中心にわらわらと子トラが集まってくる。

 

「はあぁぁぁあ〜〜〜、カワイイ……」

 

 キャラをかなぐり捨てて愛でる。もう触れ合いコーナーの時間が終わるまでここを出たくないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すみやかに起き上がるのだ、()(きみ)。他の客が迷惑している』

 

「ふぁっ!!!!?」

 

 

 すみやかに起き上がる。そして、声の主を探す。だが、どこにもそれらしい姿がない。比較的低めな女声だったんだが、一体どこの誰の―――

 

 

『ここだ、我が君』

 

 声が下の方から聞こえた。視線を下げて、再び探す。

 …が、やはりそこにいるのは可愛すぎる子トラ達だけだ。トラ柄、白柄、黒柄………嗚呼、目が奪われる。声のことなんて忘れそうだ。というか忘れよう。

 1つだけ、寝っ転がらないように留意しながら、妙に懐いている感じの黒い子トラをもう一度抱き上げた。

 

「……まぁ、さっきの声は気のせいか。ね?ブラッキー」

 

『気のせいではない。私が呼んだのだ、我が君』

 

「」

 

 声がした。目の前から。

 正確には―――俺が()()()()()()()()()()()()()

 

『どうした? 信じられないようなモノを見たような顔をしているぞ』

 

「フォォォォォォ!!!?」

 

 

 ……今日一ビックリした。

 アイエエエエエ!? 喋る赤ちゃんトラ!? 喋る赤ちゃんトラナンデ!?!?!?

 

「というか『我が君』って何ですか? 俺達初対面だよね、ブラッキーちゃん!?」

 

『暗黒神ラプソーン……その力を受け継ぐものに出会えたのだ。初対面だろうが主君と仰ぐのは当然だろう』

 

 怖すぎる。

 なにこの子。生まれて間もなくして忠誠心が極まりすぎだろ。

 そもそも、俺はゴミ先祖の力を受け継いだつもりはない。仮に受け継いだのだとしても、その単語の後に(同意なしの無理やり)が付いてくる。

 よって、この黒トラちゃんの要望には答えることは出来ない。

 

『我々は一家揃って暗黒神様のご生還をお待ちしておりました。

 ……さぁ、私にご命令を。父上と母上の元まで案内しましょうか? それとも、この動物園を血で染め上げましょうか?』

 

 

 ど、ど、どうしよう。早く答えないと、大変なことになりそうだ。周りの人は、黒トラちゃんの物騒すぎる発言に動揺すらしていない。まるで、そんな発言が聞こえないかのように。むしろ、俺に向かって変な人を見るかのような目をして来ているぞ。

 

「……君は、今の生活に満足しているか?」

『?』

「今の動物園の人気者としての生活は好きかい、と聞いているんだ」

『え、ええっと……』

「正直に答えていいよ」

『満足です! カワイイフリをしていれば子供たちと遊べるし、美味しいご飯と綺麗な寝床をタダで貰えるのはボロい商売だと思っている!』

 

 あ、意外と子供っぽくチョロい。

 ボロい商売とかどこで覚えたって単語もあるけれど、これならなんとか説得出来そうだぞ。

 

 

「……なら、これまで通りの生活を送ってほしい」

 

『……本当に良いのですか?』

 

「ああ。

 俺は今、とても大切な試みをしている」

 

 そう前置きをして、話を始める。係員さんがなんか声をかけてきたが、「後にしてください!」と追い払っておいて、だ。

 

「俺の友達の中にね、シャミ子とロビンって人がいるんだ。

 シャミ子は桜さん……とある魔法少女に『魔法少女とまぞくが共存する町を守ってほしい』と頼まれたんだ。既に協力者もいる。

 ロビンは俺の一番の戦友だ。今は修理中らしいが、誰かの為に体を張れるアイツは並の人間よりも人間らしい奴だ。」

 

『……』

 

「俺は友達や大切な人たちが幸せに毎日を過ごすために頑張るつもりだよ。

 ゴミ先…じゃなかった、暗黒神風に言ってみれば、『支配するのに表立って武力対立する必要はない』ってことだ」

 

 桜さんから頼まれたシャミ子の願いを叶えるお手伝いなら喜んでしよう。

 ここが聖魔中立じゃあなくなったら俺の身も危ういし……それに、平和ってなによりも素晴らしい。不二と戦って、和解した時から考えていたことだ。本当だぞ。

 

『……よく分かりませんが、そういう事ならお安いご用です。』

 

 分かってくれたようで安心した。

 さて、思わぬハプニングで驚かされたが、引き続きトラちゃん達を愛でるとしましょうかね―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロ!!!!!!」

 

「ほわーーーーーーーーっっっっ!?!?!?」

 

 突然の知り合いの大声に変な悲鳴をあげて振り返る。するとそこには、不機嫌そうな顔をした幼馴染がいた。

 あっという間に手首を掴まれる。

 

 

「桃とリコさんがいなくなったというのにトラの赤ちゃんに夢中になって!

 係員さんから長居されて迷惑してるって怒られたのよ!!」

 

「え、ウソ、そうなのミカン!?」

 

「まったく……早く二人を探すわよ!」

 

『おや、連れがいたのか我が君。恋人か?それとも奥方か? まぁ……大切になさってくださいませ』

 

「「………」」

 

 

 最後の最後で盛大にませた台詞を言いやがった黒トラの赤ちゃんをまるっと無視して、ミカンに手を引かれる形で触れ合いコーナーを後にした。

 ……振り向かなかったミカンの耳が、さっきよりも赤くなっている気がした。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 触れ合いコーナーから出ていった俺達。

 ミカンのスマホにシャミ子から「桃とリコさんを見つけました!」という連絡が来たため、そのチャットで決めた集合場所まで歩いていっている。そのためか、ミカンは機嫌がちょっと良さげだ。

 

「なぁミカン」

 

 そのタイミングで声をかけたら、あっという間に機嫌が悪くなってしまった。何故だ。

 い、いや! こんな所でめげてたまるか!

 

「み、ミカンさんや……俺が悪かったから、機嫌を直してくんねーかな……?」

「いーわよ別に。桃を見てたりトラの赤ちゃんを見てたりしてたクロなんてもう気にしてませんよーだ」

 

 うわぁ……絶対気にしてんじゃん。

 トラの赤ちゃんの件は俺が悪かったとしか言えないしなぁ。しかし、なんて言えば―――ん?

 千代田を見てた? 俺が千代田を見てた事でミカンの機嫌を損なうこと? それって…………あ。

 

 

「あー、ミカン? 千代田の件だが、きっと誤解だぞ」

「何が?」

「そもそも千代田って、オシャレとかするタマなのか? 違うだろ?」

「………まぁ、そうだけど」

「そんなズボラ魔法少女が、人が変わったかのように身だしなみを変えてきたんだ。俺はそれが目に入って、驚いただけなんだよ」

「…そうね、桃はそういうところあるから」

 

 誤解を解くために丁寧に説明すれば、ミカンの機嫌メーターがちょっと上がった気がした。よし、このままたたみかければ機嫌を回復させられるかも!

 

「例えるなら……そうだな。

 優しさの欠片もない、喧嘩に明け暮れる札付きの不良が、雨の中捨て猫に傘を差してあげているのを見たかのような衝撃だ。」

「随分ベタね……」

「我ながらそう思った。でも、あの千代田がオシャレとか、何かの見間違いかと疑うレベルだ。」

「い、言いすぎじゃないかしら?」

「そうか? でも、ズボラなことはすぐに分かったのは事実だしなぁ。そんなズボラ魔法少女が、あんな―――」

 

 

ズボラ魔法少女で悪かったね

 

「そう思うんなら、日頃の行いをぬわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!?!?!?!?!?

「ひゃっ!?」

 

 

 気がついたら…う、後ろに、目の…目の昏い桃色魔法少女さんが!!

 つい近くのものと抱き合いたくなるほどの恐怖に襲われ、いい年した男の断末魔のような悲鳴を再びあげた。

 

 

「ち、ちちちち千代田ァ!? 何故こんなとこに!!?」

 

「ここが約束の場所だよ。ミカンとおしゃべりしてたから気づかなかったかな?」

 

「え? ……あ、ほんとだ。

 それにしても…千代田の体調不良が分かって良かったじゃあないか」

 

 俺たちは、シャミ子とのRINEのやり取り(in ミカンのスマホ)で千代田とリコに何があったのかは既に把握していた。

 千代田のコアの不調。

 白澤さんとリコは、何度か会うことで動物系まぞく特有の器官でそれに気づいたらしいのだ。

 そして、リコがシャミ子に化けて薬膳を食べさせようとしたのだという。白澤さん曰く、「リコ君は基本的に善意で動く子なのだ」とのこと。だったらもうちょいコントロールして欲しかったかな。

 

「まぁ、確かにそれは良かったんだけど……

 神原くん、離してあげなよ」

 

「え?」

 

 

 

「ほわわわわー!? く、クロウさんとミカンさんが!? 大胆です!!」

「ひゅーひゅー、そのまま押し倒しぃやー」

「リコ君シャミ子君、出歯亀はやめたまえ! 見ないふりだ見ないふり!」

 

 

 

 

 

 ……い、嫌な予感がする。

 千代田に言われて気がついたが、妙に胸の中が温かい。そして、柑橘系のいい匂いがさっきから鼻をくすぐるのだ。あとは……なんか、水?これは、雨か?なんかピンポイントで俺と千代田だけに降り注いでいるような―――

 そう思いながらいい香りのする方を見てみれば……ミカンが近い。顔も真っ赤だし、こっちを見ようともしない。

 自分の腕を確認すれば…………思いっきし、彼女の後ろに回してしまっていた。

 

 

 ―――つまり抱きしめていた。俺が、ミカンを。

 

 

 

「………………………………………………バカ」

 

「!!!!!!!!」

 

 

 か細い声で正気に戻った俺は。

 

 

「うわあぁぁぁぁ!! ごめんなさいでしたァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」

 

 

 人生何度目かの土下座を敢行した。

 なお、「わざとじゃないこと」を全面的に押して謝り倒したら許してくれた。

 

 

 

 

 ……取り敢えずご飯がまだだったので、リコと千代田の件とさっきの俺の不祥事を含めてお弁当を食べて仲直りすることにした。その最中でリコが千代田に薬膳を食べさせようとしたのだが……

 

「ちゃんと説明してくれれば薬くらい飲むのに」

 

「ほんまに〜? じゃあ食前に800枚な」

 

「やっぱり分かり合えないようですね」

 

「…リコさんよ、もうちょい効率的に行けないんですか? 葉っぱ800枚とかもう牛が食む量ですよ」

 

「堪忍なぁ〜、これがいっちゃん効率的なんよ」

 

「マジか…」

「リコ君が本当にすまない……………」

 

 また俺が頭を痛め、白澤さんがヨガ土下座で謝る事態となった。

 

 

 それと、千代田がここに来た目的のVIP限定トラの赤ちゃん抱っこin触れ合いコーナーだが……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

CLOSE

VIP動物ふれあいコーナーは

14時で終了しました

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 あえなく時間で終了となっており、ミカンから冷たい視線を向けられた。

 

 ち、違うぞ、ミカン。これは結果的に抜け駆けって形になっちゃっただけで、元からそんなことするつもりはなかったんだ。すぐに出るつもりだったんだ。大体、トラの赤ちゃんの中に暗黒神ラプソーンの配下だった魔物の子がいて、その子と話し込んでしまうなんて誰も予測できねーだろ? 危うく黒トラの魔物達が俺への忠誠心のせいで脱走して大事件を起こす所だったんだぞ?

 ―――そう弁明したものの、信じてくれたかどうかは怪しい。

 

 

 仕方がないから、ワニバーンに一礼してから帰ることにした。シャミ子とリコ、白澤さんも一礼に付き合ってくれ、ワニバーンが礼を返してくれたことに驚きを隠せずにいた。

 

 千代田のもふもふ不足は、リコが狐状態に変身することで補うことになったそうだ。俺も千代田とミカンの後に抱き上げたのだが、なるほどこれは癒される。あの胡散臭いキツネ少女と同一とは思えなかった。

 

 

「……ところでクロウはん」

「なんだ、リコさん?」

「ミカンはんのこと、好きなん?」

「ンンンンッ!!!!!!!!!」

「あぁん、痛い〜、狐状態の時は優しく抱いてほしいの」

「す、すまない……」

「で、どうなん?」

「……………黙秘する」

「え〜〜、教えてくれてもエエやん」

「100%面倒くさいことになるからヤダ。

 ミカンとは幼馴染ってだけだ。」

「ほんまかいな〜?」

「ほんまやで!!」

 

 ………やっぱり胡散臭くて面倒くさい少女だこの子。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 ―――たった一日で色々あった動物園ツアー。

 白澤さんが見つけたという桃の不調。歪みを放置していると必ず良くないことが起こる、という事。

 

 それだけじゃない。今日はクロが勝手に動きすぎだと思う。勝手にトラの赤ちゃんの所へ行ってしまうし、そこからなかなか出てこないし。

 戻ってこないから心配になるわ、係員に怒られるわ。おまけに―――

 

 

『おや、連れがいたのか我が君。恋人か?それとも奥方か? まぁ……大切になさってくださいませ』

 

 ―――変なからかいを受けた。

 黒いトラの赤ちゃんが何故かクロのことを「我が君」と言い、私のことをそう……断じたこと。

 こんなもの、気にするのがおかしい。だって、黒いトラの赤ちゃんなのよ? どうせ、お父さんかお母さんから聞いた事を使いたがるおませさんに決まっているのに。

 忘れるのが自然なのに、どうして()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それに……私がクロに抱きつかれた時。

 まぁ、桃が突然現れて驚いた拍子にうっかり、っていうのは分かっているんだけど。

 

 ()()()()()()()

 

 クロの腕に包まれた時、何故か嫌悪感や不快感が湧いてこなかった。なぜかは分からない。

 

 振り払うことも魔法少女パワーでふっ飛ばすことも出来たはず。なのに、それをしなかった。

 それは、まぁ、クロが怪我しないように考えれば当然なんでしょう。でも……()()()()()()()? 

 

 ―――そう思ってしまうこの気持ちはなんだろう。

 

 

「このワニバーンな、一礼すると返してくれるんだ」

『……』ペコリ

「ほんとだ!! すごいですクロウさん! 私もやって良いですか?」

「ウチもやる〜」

「白澤さんも是非!」

「え、僕も? 別に構わないよ」

 

 シャミ子やリコさん、白澤さんと一緒にワニバーンにお辞儀をするクロの後ろ姿を見ても、答えなど出るはずもない。

 

 それもそのはず、答えが出るのはもう少し………かなり?先の話なのだから。

 

 

 帰り際にワニバーンに軽くお辞儀をしたら、しっかり返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれミカンさん! 食卓を囲んで柑橘類でわだかまりをなくすんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 動物園にて、ワニバーンという空を飛ぶワニにロマンを感じたり、幼き配下に自分の夢を伝えたり、幼馴染に誤解を受けたりイチャイチャしたりした暗黒神後継者。

ワニバーン
 空中を浮遊する、赤いたてがみの大きなワニの魔物。『ドラゴンクエストⅧ』の隔絶された大地に登場し、かみつきやボディプレスで攻撃してくる。一体しか出てこない代わりにステータスが馬鹿みたいに高い。拙作では、たま動物園の動物として、多魔市民の人気者の一人となっている。

シャドウパンサー
 狙った獲物を必ず仕留めると言われている、闇の世界の漆黒の魔獣。キラーパンサーの色違いであり、高いすばやさと攻撃力でこちらを仕留めにかかる。拙作では、動物園の人気者の子供として、VIP限定の赤ちゃん抱っこのコーナーにシャドウパンサーの子供が登場。両親も動物園の看板として健在である。





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再来! ダークネス千代田桃の魔力騒動!……ダイナミック危険人物・小倉とチート魔法少女の母を添えて

お待たせしてしまいました。ほかの執筆に集中していたり、ただでさえいっぱい投稿しているのに二重人格になった花名ちゃんの話とか夢の内容を描くだけで人気漫画家になったこみっくがーるの話とかの妄想をしていたせいで、この『まちカド暗黒神』の執筆が遅れました。
いつの間にか『まちカドまぞく』第二期も放送決定がされるし、その記念に何もできないし……
再発防止のため、不要不急の妄想は自重します←





今回のあらすじ

闇に堕ちた桃が あらわれた!





 

 

 

『…………………〜ん』

 

「…………ん?」

 

 

 どこからか音がする。真っ暗な闇の中、それが初めて聞いた音だった。

 

『………らく〜ん』

 

「………???」

 

 しばらくすると、それは誰かの『声』らしきものであると分かった。誰が、誰を呼んでいるんだ?

 

 

『か…ばらく〜ん』

 

「…………俺、か?」

 

 どうやら俺を呼んでいる……と思われる。もう少し声に集中して聞かなきゃ―――

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「おはよう、神原君」

 

 ベッドからむくりと起き上がると、そんな声がする。

 高めの女声だ。俺は、誰かと同居はしていないはずだ。チロルやスラリンではあり得ない。人語を話せないからな。

 

 眠い目をこすってピントを合わせるようにそっちを見れば、整った顔立ちに眼鏡のロングヘア女子………

 

「や〜っと起きたね。神原君のお寝坊さん♪」

 

「うるせーな。俺は朝強くねーんだよ……休日くらい勘弁してくれ小倉…………

 ……………………ん?小倉???」

 

 ん? んっ!!!?うん!?!?!?!?

 小倉!? 小倉しおん!!?

 なんっで、俺の家に―――!?

 

「ギャアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアア!?!?!? な、何で家に入ってんだ小倉ァァァァァ!!!?」

 

「合鍵を作って入ってきたの。

 それにしても、朝からドロボーにでも入られたみたいなリアクションだったね?」

 

「ドロボーの120倍はタチ悪いのに入られてんだよ! 今!」

 

 ドロボー程度ならばチロルやスラリンでどうにでもなりそうだし、ゴミ先祖装備の俺でも対処できるが、小倉となると話は別である。色んな意味で手に負えない。というか、不法侵入で捕まりたいのかこの子。

 

「……で、何の用だよ、こんな朝っぱらから?」

「千代田さんの魔力のコアが危なくてね。もう少しで闇墜ちしそうなの」

 

「―――は?」

 

 反射的にそう言ったのは、起きた瞬間から理解の範疇を軽く超えている出来事(小倉とか不法侵入とか小倉とか)が起こっていて、寝起きの頭じゃあ情報を収納し切れなかったからだと、思いたかった。

 

 

 

「……詳しく事情を話せ小倉」

「はーい♪」

 

 詳細を求められた小倉はそれはそれは意気揚々と、楽しそうに現状の説明を始めた。

 

 

 曰く―――千代田が闇堕ちしそうである事。

 闇墜ちというのは、光の一族と契約した魔法少女が、とある負の感情――例えば嫉妬・猜疑・強欲など――をきっかけに闇の一面に堕ちてしまうことを言うらしい。古来から、光の一族の関係者が負の感情に呑み込まれた時にひとりでに闇堕ちした伝承が山ほどあるのだとか。

 闇堕ちした魔法少女は、魔力の蛇口が常に全開になっているため、強力だがすぐに魔力が無くなってコアになってしまうのだという。

 ……『崖っぷちに立つ千代田』という、微妙に手の込んだ絵図を使って説明してくれました。さてはコイツこの事態を予期しながらスルーしやがったな…

 

 

『それで小倉しおんよ。なにゆえ我らの家にやってきたのだ?』

「これって理由があるわけじゃないけど〜、何か連れてった方が面白くなりそうだな〜って思って」

「おい千代田が一大事のはずだろ」

『ふむ…千代田桃が闇堕ちしたならば、クロウが手を下さずとも()が封印が解ける可能性があるということか。』

 

 ゴミ先祖の相変わらずなゴミ発言は兎も角、小倉も小倉で緊張感がないような。

 

「そもそも小倉よ、なんで千代田が危ないって分かるんだ?」

 

「シャミ子ちゃんの邪神像に仕込んだ小型マイクから聞いてたの。

 あとたまたまシャミ子ちゃんの近所を週5で巡回していて…そのルートに神原君の家もあったから―――」

 

「……よし、後で通報してやる」

 

『待てい!!! 小倉しおんを通報するなど許さん!!!!!』

 

「何でだよ!! 通報すべきだろコレは! ポリスメン案件だろーが確実に!!!」

 

『優秀な研究員を摘みとろうとするんじゃあない、早まるな!!』

 

 いや妥当な判断だろ。アレを優秀な研究員に留めるとか、ゴミ先祖は人を見る目がないのか?

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 小倉の情報をもとに、ばんだ荘へ急いで辿り着いた俺たち。シャミ子の部屋まで辿り着くと先頭を歩く小倉が躊躇なくドアを開ける。「欲されたみたいだから来ちゃったよ〜〜」とか言いながら。その後「神原君もいらっしゃい〜」と言いおったので、非常に気は進まないが小倉に続く羽目になった。

 部屋にはシャミ子とリリスさん、ミカン、そして…様子の変わった千代田がいた。

 

「神原くん……どうして、小倉さんと一緒にいるの?」

 

 

 そこで、まず目についたのが千代田の格好だ。俺の知っている千代田の変身姿とはまるで違う。

 全体的にピンクと白が基調だった姿の面影はどこにもない。黒いマントとミニスカート、ハイソックスと黒を中心に、アクセントに濃いピンクを混ぜたような姿になっている。おまけに、髪飾りから悪魔の羽が。

 

 

「朝起きたら小倉がそばにいた。俺は悪くない」

「うん、確実に通報モノだねそれ。あと、多分ラプさんが手引きしたんじゃないかな」

『ギクッ』

「……通報とか尋問はこのゴタゴタの後だ。それより小倉。千代田の闇堕ちについて教えてやってくれないか」

「はぁい」

 

 

 そして再び小倉がやけに手の込んだイラストパネルを使用して説明を始める。皆がみんな、ジト目で嬉々とした小倉の説明を聞いている。さてはみんな、だいぶ手の込んだ図から仕組んでいたことを察したな。俺と一緒だ。

 ひととおり説明が終わり、最初に沈黙を破ったのは千代田だった。

 

 

「……どうすれば戻れる?」

 

「千代田さんは今、コアが闇属性にすべり落ちて光の一族とのリンクが途切れた状態なんだ。

 だから…直近に感じた負の感情を清算してごきげんになれば、光の一族との繋がりが戻ってきてこの場を凌げる!!…かも

 

 

 小倉の説明は、思っていたよりまともだった。いつもの素行はかなり……いや、すごく問題があるのに、こういう事態で分かりやすく説明できているから、小倉はタチが悪いんだよな。

 

 

「つまり?」

 

「『千代田さんが最近スゲェ嫌だった事』をここで洗いざらい吐き出しちゃって!」

 

そういう感じなら戻んなくていいっす

 

「千代田ァ!?!?」

「きさま諦めるな!!」

 

 

 なんで解決策を提示したのに断っちゃってんですかねぇ!!?

 いや、気持ちはわからないでもないよ!? 恥をかくのは嫌だよね、俺もそうだよ? でも、流石に命には代えられないと思うんだ!

 

 

「さっき最善を尽くすと言っただろう!!?」

『大恥をかいてこその人生だ!』

『然り、然り!千代田桃よ、我は貴様の弱みが知りたいぞ!』

「私、貴方が消えたら泣くわよ!!」

 

 オイちょっと待て。リリスさんとゴミ先祖は千代田を助けたいのか貶めたいのか分からないんですけど。余計に拗れる未来しか見えなくなるから黙っててくれませんかね…!?

 

 

「千代田、頼むよ。シャミ子とミカンを助けると思ってさ。………ゴミ先祖は、俺が責任を持って焼却するから」

『焼却!!!!?』

 

「……………っ、

 ………昨日は―――」

 

 

 だが、何とか3人の説得の甲斐あって千代田は話してくれた。

 

 なになに、昨日動物園に行ったときに……シャミ子のお弁当を味わって食べられなかったと。まぁ………あの時はリコさんと白澤さんが急遽参加してきたからね。しかもリコさんは散々千代田をイジり倒してきただろ? まぁ、アレははたから見ても流石にどうかと思ったさ。

 …で、他には? …………え、無い…? それだけ? むしろ、心当たりがソレだって?

 

 

『……そんな事で闇堕ちしたのか? かわいいな、おぬし』

『あー……我、聞かなかったコトにしても良いだろうか? …駄目、だろうか?』

 

「私は器の小さいつまんない人間です………」

 

 ……何というか、意外と拍子抜けた理由だった。リリスさんの言う通り「かわいい」って表現が一番似合うのだけど、ソレを口にするのは少々酷だろう。あとゴミ先祖は地味に傷つける言い回しをすんな。次余計な事を言ったら今ここで燃やすぞ。

 

 

「可及的速やかにこの世から消えたい…」

 

「ち、千代田、気をしっかり持て! なんか透け始めてるぞ! 千代田の向こう側の背景が見えちゃってるから!!」

 

「なんか色々な意味で桃が消えそうだからお弁当を与えましょう」

 

「は、はい分かりました!!」

 

 

 シャミ子がたたたたーっとキッチンの方へ走っていった。

 な、何とかなる…よな。千代田の闇堕ちの件は完全にシャミ子に任せるしかないから、不安なところがある。

 

 

「―――神原くん」

「え、なに?―――おわっ!!?」

 

 千代田に呼ばれたかと思えば、イキナリ首根っこを掴まれて壁に叩きつけられたんですけど!?

 

「ぐっ……ちょ、ち、千代田さん…………?」

「この前の動物園さ、神原くんはなに一人で触れ合いコーナーを楽しんできてるのかな! ずるくない? ずるまぞくだよね!?」

「うっ……!」

 

 反論できない。あの件は、完全に俺が悪い。あのコーナー内でラプソーンの部下に出会ったというイレギュラーな事態こそ起きていたものの、そもそもの責任の比重は変わらない。

 

「た、確かに何も言わなかった俺が悪かったよ。でも、あのコーナーの中でゴミ先祖の部下に出会ったから、それで出てくるのが遅れたんだよ」

「…………ラプソーンの部下…?」

『我の部下だと!? クロウ貴様、何故あの時の動物園に連れて行ってくれなかったのだ!!!』

 

 

 ゴミ先祖の前で話すと面倒くささが倍増するのは目に見えていたから話したくはなかったが仕方ない。

 

「…動物園にしれっと混ざっていた。彼は命令一つでたま動物公園の人達を血祭りにあげてたかもしれない」

「……それ、詳しく」

 

 俺は、千代田に触れ合いコーナーで出会った黒い豹の赤ちゃんについて語り始めた。

 暗黒神ラプソーンに相当心酔していること。初見で俺を暗黒神の子孫と見抜いていたこと。その時に彼に話していた事―――シャミ子に託された願いに協力を惜しまない事や、ロビンのように人を守れる人になること―――そのすべてを。そして、肝心の黒豹ちゃんは俺の意思を尊重してくれたこと。俺の首根っこを抑えていた手は、いつの間にか離れていた。

 

 

「………だから、今のところあの黒豹の赤ちゃんについて危険性はない。

 まぁ……こんなのはただの言い訳だ。お詫びといっちゃあなんだけど、良かったらまた皆で動物園に行こうよ」

 

「…………約束だよ?」

 

「ああ」

 

 

 そうこうしているうちにシャミ子がお弁当を持ってきて、あーんして食べさせると、あっという間に千代田が一瞬でもとのカラーリングに戻っていったのである。

 

 

「……なぁ千代田。いまのあーんのことについてちょっと聞きたいんだけど…」

「それ以上追及したらまた闇堕ちするよ?」

「変なことは聞かねぇよ!? ゴミ先祖と一緒にすんな!! パワーについてだパワーについて!」

 

 千代田の闇堕ちが一時的に収まった後、小倉がサラッと「とうぶん闇堕ちしやすい体質になるだろうからまたデータ取らせてねー」って言いながら去っていったけど、アイツに人の心はねーのか。

 

 ちなみにこの後小倉の件は通報したしゴミ先祖は焼却処分した。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 それから数日後。

 シャミ子と千代田が我が家を訪ねてきた。

 

「……桜さんの隠し泉?」

「はい。それで桃の魔力が回復するかもしれないんです!」

「そんなRPGの回復スポットみたいなのあんの?」

 

 シャミ子が言うには、傷ついた魔法少女が浸かることでエーテル体が回復する泉が多魔の山奥にあるらしいのだ。一体どこ情報なんだと聞けば、千代田桜さんのメモ帳を小倉に解読させたところ判明したと言う。小倉の人間性に問題があるから疑ってしまいそうだが、アイツの知識は確かなんだよなぁ。

 

「ミカンさんには断られてしまいましたが、クロウさんは今日は大丈夫でしょうか?」

 

「…あぁ、ミカンは今日面接だからな。俺は昨日終わったから大丈夫だけども」

 

 俺達転校生組は、昨日今日で学校生活についての面接があった。「転入してから困っていることはないか」「何か気になっていることはないか」「学校生活は楽しいか」など色々なことを聞かれたのだ。俺自身は特に困ったことはなかったので変わったことは言わなかった。

 

 さて、そんなことはさておいて、だ。

 

 

『話は聞かせて貰った! 千代田桜の秘泉はこの暗黒神が戴くぞ!!』

「お前だけ置いてくぞ?」

『酷い!!?』

 

 問題はこのゴミ先祖だ。ご存じの通り野望たっぷりの暗黒神入りの杖を連れてっても良いものか?

 最悪チロルやスラリンは連れてってコイツだけ置いていくことも視野に入れていかないと……

 

「良いよ。ラプさん連れてっても」

「え、ほんとか? でも…」

「それがなかったら神原くん戦えないでしょ?」

「むむむ……」

 

 確かにそうなのだ。俺はゴミ先祖が封印されてる杖がないと戦闘フォルムに変身できない。普通の姿で戦うこともできなくはないが、やっぱり戦闘力が心もとない。でもな…桜さんの場所に悪意の塊みたいなゴミ先祖を連れてっても良いものか?

 

『フハハハハハ!!我、許された! やったぁやったぁ!!』

「ふん」

『やギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?』

 

 悩んでいると、なんと千代田がゴミ先祖をあっという間に5等分にして、どこからか取り出した風呂敷に包んでそれを俺に渡したではないか。

 

「はい、神原くん。これで安心」

「お、おう……」

 

 あっという間に5等分とか風呂敷とかどうやったんだ……?

 それは置いといて、これなら魔法少女的にも安心なのだろう。ゴミ先祖の残骸が入っている風呂敷を受け取り、「付いていくー!」とねだるチロルとスラリンに苦笑いして……二匹とも連れていくことにした。シャミ子が大賛成してくれたのは嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そんなわけでやってきたのは奥々多魔。

 

 とある電車の終点の同名の駅で降りた山奥にある、大きな山。そのうちの一つが、なんと千代田桜さんの私有地だというのだ。恐るべし桜さん。

 山道から道なりに行くことができるものだが、それなりに距離があるらしいから、チロルとスラリンがはぐれたり疲れたりしないようにしないとな。基本的に自分の足で冒険したいだろうが、疲れたら背負ってきたリュックに入るよう言っておく。そして、山の入り口にあった看板だが………

 


 

警告

 

ここから先は私有地です。

貴重な資源が眠っているため

盗難防止や単なる趣味で

大量の罠を仕掛けています。

 

…ですがどうしても進みたいなら

進んで宝を掴み取るがいい!

どうせここに来る奴なんて

身内しかいないしね!

 

地主 千代田

 


 

 ……ちょっと何言ってるか分からない。

 何言ってるか分からな過ぎてナニイッテルカワカリマセン共和国の人になりそう。

 

 

「…なぁ千代田。解読してくれないか? お前の姉ちゃんなんだろう?」

 

「ごめん神原くん。私もこれはちょっと分からない……でも盗難防止の罠ってあるから魔力トラップや使い魔が出てくるんじゃないかな」

 

「つ…使い魔!?」

 

「姉の性格上死なない程度に面白くボコられると思う。今の私弱ってて戦えないから何か出てきたらお願いね、二人とも」

 

「わ、私これから死なない程度に面白くボコられるんですか!!?」

「ああ、分かった」

「クロウさん!?」

 

 

 シャミ子はあまり乗り気じゃないが、千代田が大変な時なのだから、代わりに戦うくらいわけはない。俺自身の戦いの経験になると思えば儲けものだ。そんな状況なのに自ら先頭に立とうとする千代田は流石世界レベルの魔法少女なだけある―――

 

 

「さぁ行こう、二人とも゛ッ!!?

 

「ももぉーーーーーーーー!!?」

「千代田ァァーーーーーー!!?」

 

 

 …早速千代田が落とし穴に落ちていった。落ちた先には四角い発泡スチロールみたいなヤツが満ちており、千代田が踏み抜いた地面もまた発泡スチロールで偽装したヤツだったようだ。

 

 

「まんまバラエティのセットじゃねぇか……」

「魔力じゃないんかい……っ!」

 

 シャミ子とスラリンと共に千代田を救出する。これから先、こんなトラップがあるなら、俺が先頭に立つことも考えないといけないな。

 

「…これは姉からの挑戦状……わりと腹立つけどこの奥の秘宝を手に入れたい……!!」

 

「桃……変なスイッチ入ってませんか?」

 

「千代田。ここから先は俺が先頭に立つよ。だから後ろから案内してくれ」

 

「さすが神原くん。男前だね」

 

「桃…クロウさんをいけにえにする気ですか……?」

 

「そんなこと無いよ。落とし穴の機会均等だよ。ちなみに神原くんが罠にかかったら次はシャミ子が前ね」

 

「きさま卑怯だぞ!!」

 

 …なんか千代田が地味に姑息なことを言ったような気がするが、気にしたら負けだろうと思い先頭を進もうとする……が。

 

 

きゃぁあ!?

 

「もももぉーーーーーーーーー!!?」

「千代田さーーーーーーーんッ!!?」

 

 

 ……また千代田が罠にかかった。しかも今度は、ネットの中に後続の対象を捕まえて吊り上げるタイプの罠である。千代田はまんまとその中にかかって果物ネットに入ったリンゴか梨みたいになってしまった。桃だけど。

 

 

「もぉ帰ろっかな…………」

「諦めないで千代田さん!!?」

「そうだきさま、諦めるな魔法少女!!」

 

 スイッチが入って燃えてた魔法少女が早速鎮火しそうなのをまぞく二人で励ます。スラリンとチロルが軽々と木に登って果物ネットを破こうと試みる。

 と、その時。

 

 

侵入者…

 

「「…え?」」

 

 なんか出てきた。黒がかった紫色で、塗り壁みたいな体にのっぺりとした手足がついている。大きさはシャミ子の2倍くらいはある。首(?)には、勾玉の形の何かを下げていた。

 

シンニュ…シンニュ…シシシシ侵入……、オヒキトリ……オヒキトリ…オヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオヒオ

 

「「ぎゃあああっ!! 何か出たあぁぁぁぁ!!?」」

 

「あ、ちゃんとしたの出てきた」

 

 コレがちゃんとした奴!? まともに呂律が回ってないじゃねーか! しっかり喋れるやつを予想してたから、コレは完全に予想外だよ!!

 

 

曲者…くせもの……カエッテ…カエカエカエカエカエカエッテカエッカエッテカエッカエッ

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

「今度は呂律がぶっ壊れたランタンが出たぁぁぁぁぁ!!?」

 

「あ、気を付けて。そのランタンたぶんさっき出た使い魔より強いよ」

 

「強さの順位付けおかしくない!!?」

 

 

 普通はサイズ的に考えてランタンが雑魚で塗り壁がそれなりに強いタイプが鉄板じゃないのか!?

 見た目もつぶらな一つ目と尖ってないデザインで弱そうとか思ってたのに!!

 

 

「戦え、シャドウミストレスさん、暗黒神さん!」

「ほげえええ! 急にゴリゴリのバトル展開!?」

「俺は暗黒神じゃなーーい!!」

 

 塗り壁がシャミ子に、ランタンが俺に襲い掛かってくる。嫌な展開だが、千代田の情報が正しければ、塗り壁よりもランタンの方が強いのだという。ソイツがシャミ子の方に向かうよりはマシかもしれない。

 ちなみに千代田は、スラリンやチロルと一緒に木の枝の上に避難していて、シャミ子に指示を出している。俺は俺で、一人で戦うしかないようだ。

 

 

「こ、こっちだランタン小僧! 炎なんて捨ててかかってこい!」

 

くせもの…くせもカエッテ…カエカエカエカエカ

 

 すると―――ランタンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を吐き出し―――

 

 ………

 ……

 …

 

 ………回避ィィィ!!!!

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!? そこまで本気でかかってこいとは言ってないイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!!!」

「神原くん、挑発しないの!おばか!」

 

 なんとかかわせたけど、このまま奴に攻撃をさせ続けたんじゃあ、山が全焼しちまうぞ!? 早いところケリをつけたいところだ……!

 

『クロウ!我を使え!』

 

 ……ゴミ先祖…! 再生したのか!だがナイスタイミングだ!!

 

「トランスフォーム、氷結呪文(ヒャダルコ)!」

 

 

 杖を風呂敷から取り出して変身。そして、目の前のランタンに向かって即座に氷呪文を放った。

 地面から次々と生えるように現れる氷塊にランタンが閉じ込められていく。

 

く…せ…もの…カエッ…テ…カ…エ―――

 

 

 ランタンは氷に抗うようにしばらくもぞもぞ動いていたが、ランタンの炎が消えると同時に動かなくなり、氷の中で光の粒子となって消えた。あとに残ったのは、火のないカクカクとした調度品のようなランタンのみ。

 

「か……勝った…のか?」

 

 氷を溶かしても、ランタンは重力に従って落ちるのみ。つまり……

 

「勝ったーーーッ!!」

『油断大敵だ、クロウ。念のためランタンは破壊しよう』

「それを壊すなんてとんでもない! コイツは俺の勝利記念だぜ!持って帰るに決まってんだろ?」

『…後で後悔しても知らんぞ?』

 

 うるせいやい。とりあえずシャミ子の安否確認だ。

 

 塗り壁とシャミ子の方へ目を向けると、ちょうどシャミ子が弓らしきものから放つ光の矢で塗り壁を倒しているところだった。なかなかイケてる攻撃じゃないか。

 

 

「すげぇ! シャミ子、それなんだ??」

「なんとかの杖、ミカンさんの武器コピーモードです!」

「え、コレがなんとかの杖? た、確かにミカンの武器っぽいぞ……」

 

 あくまでそれっぽいだけだ。実際のものと比べると細部がだいぶ違うだろう。それでもあの塗り壁は倒せるくらいは攻撃力あるみたいだな。

 

「神原くん。いくら弱いからって、煽っちゃダメだよ」

「う、すまん……って、弱い? あの壁とランタンが?」

「シャミ子と戦った方はかなり弱く設定されてた。ランタンの方も魔法がちょっと強いけど死なない程度だし、行動ルーチンも単純だったでしょ」

「え………」

 

 「そうなんだ」、と言えなかった。ランタンが放ったアレ、かなりデカかったんだけどなぁ……

 ま、このことは置いておこう。シャミ子自身は初勝利に超喜んでるし、それに水をさすこともないだろう。

 

「桃!クロウさん!見てください、まぞく初勝利の記念品です!」

「お、シャミ子もそんなの手に入れてたのか!どれどれ……これは?」

「あの使い魔が持ってました! こっちは勝った場所の土です!」

「そうか!良いモン手に入れたな! 俺もさっきランタンを倒したら古代のランタンをドロップしてな……」

「古代のランタン!!?ドロップ品なんですか!? 見せて見せて!ちょっと出して見せてみて!」

 

「……良いのかなコレ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、小倉情報に導かれるままゴール地点である桜さんの泉に辿り着いた訳だけども。

 

「思ったより滝ですね」

「うん、滝だね」

「滝だな」

 

 滝だった。なんなのコレ。魔法少女はココで滝行しろってか?桜さん面白すぎでしょ。

 

「脱ぐんですか?水着ですか? 白装束?それともふんどし一丁!?」

「あーーー……俺、後ろ向いとくわ」

 

「おばかなのかなシャミ子は!? そのままに決まってるでしょ! あと神原くんは気が利いてるね、良いって言うまでこっち見ないでね!!」

 

 俺は大人しく後ろを向くことになった……はずなのだが。

 

 

『フハハハハハ!! ぬかったな千代田桜!泉の中へ、さあ行くぞッ!!』

「ピキーーーーーーー!」

 

「あっ……し、しまった!! 千代田、いまそっちにゴミ先祖が―――」

 

 ゴミ先祖とスラリンが行ってしまったことに慌てて振り向いた。すると、その先にあった光景は―――

 

 

「……神原くん。ラプさんは破壊しといたから―――そっち向いてて良かったのに………」

『うぼぁ……』

「ピキー」

 

「…………」

 

 ラプソーンの杖を滝に打たれながら拳で破壊した千代田とぷかぷかと泉に浮いているスラリンだった。

 スラリンはゴミ先祖とは違い、千代田からのお咎め(物理)はなかったから良かったけど……

 

「……すまん」

 

 滝に濡れて服が透けて張り付いた千代田を見てしまった罪悪感を口にして、再び後ろを向くことにした。

 

 帰りの最中、シャミ子と千代田を見るのが物凄く怖かった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 所かわって、ここは自宅。

 魔力を回復させ、霊水を汲んだシャミ子と千代田と別れて、戦利品を整理してる最中に、ふと桜さんの泉に行く原因を思い出して、母さんにスマホでリモート電話をかけたのだ。

 

 千代田が闇堕ちして、桜さんの秘泉に行ったことを話すと、興奮しながら聞いてくれた。お土産ある?とか水汲んできた?とか土持って帰ってきた?とか。水は汲んできたけど土は持って帰ってきてないぞ。シャミ子じゃあるまいし。

 

『ランタンこぞうを倒すなんてすごいのね、黒男!』

「ランタンこぞう?」

『黒男が持って帰ってきたランタンを触媒に私が作った使い魔。デフォルトで魔法が大きく見えるように設計したの。桜ちゃんに譲ったんだぁ』

「アレあんたが作ったのかよ!!」

 

 お陰でかなり心臓に悪い経験しちゃったわ!! いたずらが成功したみたいな笑みで「ごめんごめん」と画面越しに笑う母さん。

 

『しかし……桃ちゃんが闇堕ち、ねぇ』

「シャミ子の弁当を食えなかったからなったんだと。そんなんあるの?」

『今までの正義感が変わるほどその人を大好きになれば普通になるわよ』

「……母さんは、闇堕ちしたことあんのか?『まぞくスレイヤー』だった頃」

 

 

 魔法少女は、負の感情によって闇堕ちする。小倉が言っていたことだ。

 千代田は、シャミ子のお弁当が満足に食べられなかった…不満?で闇堕ちした。ぶっちゃけ、そんな事で闇堕ちすんの?ってレベルで。

 

 なら、母さんは?

 まぞくをバーサーカーのように狩りまくり、『まぞくスレイヤー』とまで呼ばれて、チキーラとエッグラさんをして「まぞくを憎んでいた」とまで言わしめた母さんは?

 闇堕ちについて知っていない訳がない。魔力の放出がコントロールできない闇堕ち形態ならコアになるのも納得だ。母さんは、かつて言っていた…………「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()3()0()()()()()()()」……と。

 

 なぜそんな事が言えるのか? 答えは簡単だ。

 ()()()()()()()()に他ならない。

 

 

『…黒男』

 

 

 母さんが真面目なトーンになる。

 

 

『私はね…普通とは違う、かなり特殊な状況で魔法少女になったの』

「………それは、光の一族と契約以外で、ってことか?」

『あぁ、そうじゃないわ。私はちゃんと契約して魔法少女になったし、ナビゲーターもいるのよ。アフリカワシミミズクのカマエルっていうんだけどね』

 

 あ、母さんのナビゲーターってミミズクだったんだ。ちょっと見てみたいかも。

 まあ、それは置いといて。

 

「?? じゃあ、一体何が違うんだ?」

『普通、魔法少女は正の感情をもって光の一族とコアが繋がってるって話は知ってるわね?』

「あ、あぁ。それで、負の感情が振り切れると闇堕ちするとか………はっ」

 

 まさか。そんな事が、あるのか?

 最初が正の感情で契約したから感情が負に振り切った時に闇堕ちする。

 ならば……

 

『気づいたみたいね?

 ……私ね、最初「憎しみ」の感情をもってカマエルと契約したの』

 

 そんな、こと―――

 

「…ありえないだろ。光の一族が闇の感情どっぷりの人間を勧誘するワケがない」

『私もそう思ったんだけどね……まぁ、考えないことにしたわ。分からないし』

 

 ず、ずいぶんとサッパリしてるなぁ。サッパリしすぎてドロドロ具合がまったく感じないんだけど。

 しかし、となるとますます分からないな。カマエルとやらは何を考えてるんだ?

 ……ミミズクの外見に騙されないようにしよっと。

 

『愛に目覚めてから力が落ちたのはそういう事情があったからなのよ。

 ま、気にしないでね黒男。どうせもう過ぎたことだし……何より、私は今幸せだわ』

 

「……整理に時間がかかりそうな爆弾情報いくつも投げといてよく言うよ」

 

『…あ、じゃあ明るい話でもしましょ! そうね…去年、お父さんとミコノス島に行った時の話とか!』

 

「それいつもの惚気話でしょーが。巻いてくれ」

 

『ひ、ひどいわ!?』

 

 

 なお、その後は母さんに押し切られて結局父さんとの惚気話をたっぷり聞く羽目になった。

 ………ちょっと羨ましいと思ったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 君も両想いの恋人が出来た日には、かなり惚気るタイプになるぞ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 しおんに巻き込まれたり、桃の回復スポットに同行した暗黒神後継者。母親の魔法少女化の詳細にはかなり驚いているが、直後の惚気話にウザがった。しかし、いつか恋人が出来たらそんな事が出来るかもしれないし、高校生から見ても羨ましすぎるシチュエーションだとちょっぴり考えてしまう辺り、親子である。

暗黒神ラプソーン
 千代田桃の闇堕ちを積極的に歓迎したゴミ先祖。千代田桜の泉も戴きたかったが、桃に阻止された。なお、いつも通り望んだ成果は得られなかった。

ランタンこぞう
 打ち捨てられたランタンに怨念が宿った魔物。ドラゴンクエスト11に登場した新参者である。人をランタンのフリして騙すため、炎の熱さにも耐える案外ガッツのある魔物だ。
 拙作では、玲奈の使い魔として桜の使い魔と共に登場。

神原玲奈
 自分の魔法少女としてのルーツをちょっとだけ息子に話した子持ち魔法少女(3●)。相変わらず息子が引くレベルで旦那が大好き。もともと「憎しみ」100%で契約したため、闇堕ちがデフォルトだったため、桃のように短時間で消滅するとかはない。愛に目覚めて力が落ちたのもこのため。普通、光の一族はそんな人とは契約しなさそうだが………?


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時は来た! 対黒き流星専用結界・エリュシオン!……同時上映!リリスちゃんのごせんぞドリーミン道場!

どーも。ミカンママの誕生日に間に合わなかった三毛猫でございます。
そしてお久しぶりです。




今回のあらすじ

ヤツが現れた!
ヤツが現れた!


※2020-11-10:日間ランキング8位を獲得しました。応援ありがとうございます。


 朝、起きて窓を開けたら―――セミ2匹と顔面衝突した。……しかも、ご丁寧に両目に。

 

「ぐわああああああああああ!!? 目がぁッ…目がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 その痛みに悶えながら階段から下りた時、足を踏み外して転げ落ち、人をダメにするビーズクッションへダイブインした。

 痛む所を冷やすため水道へ向かって蛇口をひねったら最大出力の水が顔に直撃した。

 濡れた体を拭くためのタオルが………あるべき場所になかった。

 

 こんなにたて続けにささやかな困難が起こるなんて……考えられるのは、一つしかない……!

 

「ミカンの身に何かがあったのか…!?」

『断言できんぞ。クロウ貴様、陽夏木ミカンのこと好きすぎだろう?』

「好きじゃない!!!」

『ギャアアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!? 何故に折られた我ぇ!?』

 

 スカタンなことを抜かすゴミをへし折って庭先の墓標にする。『クロウ貴様どこへ行く!?』という抗議を無視して軽く身支度すると、すぐさまばんだ荘へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の頭上だけに降るという、超局地的なゲリラ雨に降られながら走っていると、果たして、ばんだ荘のミカンの部屋前で大声をあげているミカンとシャミ子が見えてきた。

 

 

「つまむ!!? Gちゃんを!? ザ・異文化!!」

 

「おーい、朝から元気だなミカン。元気すぎて………呪いが出てんぞ」

「く、クロ!!おはよー!あと呪いはごめんねー!!」

「なんとなく想像はつくが……シャミ子、これは…?」

「ミカンさんの部屋にゴキブリが出たそうなんです」

 

 相変わらずミスターGが大嫌いなミカンと、女の子にしては何か冷静すぎるリアクションをするシャミ子。なんで?どーしてそんなに落ち着いてんの? 俺でも落ち着くのに2年はかかったよ??

 

「……シャミ子、平気なのか? ミスターG」

「小さな生き物には慣れてますし、ゴキブリは攻撃力がないので。クロウさんは?」

「…隣でミスターが出るたび騒ぎまくる子と暮らしてたから耐性ついた」

「お……お騒がせしています…………」

 

 ミスターGが出るたびに俺に泣きついてくるものだから、俺ももう慣れた。今では、仮に不意打ちで出てきても眉一つ動かさずに始末できる自信がある。

 しかし、シャミ子とミカンの会話がちょっと聞こえてきたが、どうもシャミ子はミスターGをつまんで逃がすようなのだ。悪・即・斬ならぬG・即・殺を掲げている俺とはどうも違うらしい。

 

「ちっとだけ聞こえてきたが……ミスターGをつまむのか?」

「はい!ゴキブリは噛まないのでコレで行けます! ハチやアブやカミキリムシはそうは行きませんが………」

 

 そしてシャミ子はミカンにティッシュを勧めていた。なるほど、その為のティッシュなのか。

 

「でもよ、なんで頑なにミスターGを殺らないんだ?

 G・即・殺の方が手っ取り早いだろ」

「G・即・殺って何よ……」

「え…クロウさん、やっつけちゃうんですか?ゴキブリ」

 

 な、なんだよ、その目は……シャミ子。

 なんかいけない事でも言ったのか、俺は??

 

「今までは、そうしてきたけど………?」

「生まれただけで、出てきただけで叩かれるなんて……まぞくみたいでかわいそう……」

「――――――ッ!?!?!?!?」

 

 ば…馬鹿な。シャミ子、お前……ミスターGをそんな目で見ていたのか……!?

 仮にそうだとしたら、彼女はとても慈悲深い生き方をしてきたことになる。

 対して俺はと言えば、ミカンの悲鳴が聞こえる度にミスターGを処理してきた。その際のGの行く末は………言わずともわかるだろう。

 だが―――っ!

 

「…ミスターGには帰巣本能がある。一度家から追い出しても、良い環境と認めた時はまた帰ってくるんだよ。そうなったらもう……命を奪うしかないだろ…?」

「それは違います!! ゴキブリに対して殺すか殺されるかという考えを持つこと自体が誤りなんです!

 良い環境、結構じゃあないですか! 我々まぞくも良い生活が出来てる証拠です!!」

 

 なん……だと…まさか、そんな風に考えていたのかッ!!

 じゃあ、俺がミカンに助けを求められる度に抹殺していたミスターG達の犠牲は一体……

 

「そうか……これが罪を犯した…命を奪った者の末路なのか…」

「え、どしたのクロ?なにを言ってるの??」

「クロウさん……まだ間に合います!! これから心を入れ替えれば、いままでクロウさんが殺ってきたゴキブリたちも浮かばれます!」

「ゴキブリが浮かばれるって何?別に浮かばれなくても良くない??」

 

「「ミカン(さん)!!」」

 

「え、ナニコレ…? 私が間違ってるの???」

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんなコントはさておいて。

 本格的にミカンの部屋の掃除を始めることにした。

 

「…しかし、やばいな……ぶっ壊れてたドアといい、このゴミの量といい。ミスターGが出て当然といったところか」

 

「うう……もし出たらまたお願いしてもいい……?」

 

「任された…と言いたいとこだけど、シャミ子がいるからな…」

 

「やっぱりつまみましょう」

 

「却下!!!」

 

 頑なにつまむの嫌がるよな。

 ちなみに、壊れたドアは千代田がやったらしい。俺が小倉に侵入された時の一件で、ミカンに光属性ショックを与えてもらうのに入り込んだんだとか。

 

 

「心配だったんです。ミカンさんって、いつも桃に無茶ぶりされてる印象がありましたから」

 

「……そうなのか? 俺はミカンと10年近く暮らしてきたけど、そんな感じしなかったけどな」

 

「クロには隠してたけど、桃とは10年、無茶ぶりしあってた仲なのよ。心配いらないわ。」

 

 まぁ……俺としては今更な感じするけど、魔法少女のミカンってあんま知らないんだよな…

 千代田に訊けば、魔法少女として戦ってきたミカンの姿を知ることができるんだろうか?

 

「私が桃に千以上のまぞくの足止めを頼んだり、桃が私に数千キロ離れた狙撃を振ってきたりと色々あったんだから」

 

「「色々!!?」」

 

「ミカンさんミカンさん! その桃の足止めの様子を詳しくお願いします!!」

「ミカン、狙撃ってお前……やったことあるのかよ!? すげえ!完全に始末屋(スイーパー)じゃん!!!」

 

「あぁもう!!掃除するわよ! 二人してそこに引っかからんでいい!!!」

 

 しょーがねーじゃん、気になるワードが出てきたんだから。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ミカンの昔話をちょこっと聞きながら、俺たちはゴミ掃除を始める。

 

 

「あ、チラシ頂いてもいいですか?」

「よくってよ。何に使うの?」

「ちっさいゴミ箱を作ります」

「なにそれ?」

「これをこーして……こういうヤツです。料理中に出たゴミをそのまま捨てられます」

「なるほど、すごく便利ね!!」

「シャミ子、作り方教えてくれないか?」

「いいですよ!」

 

 

 チラシで作るゴミ箱の作り方を身に着けるべく、ミカンの部屋にあった要らないチラシをすべてちっさいゴミ箱にしたり。

 

 

「あと、チラシは紙鉄砲や手裏剣にもなります!」

「ごめん、それはちょっと使い道が分からないわ」

「シャミ子! これ知ってるか?

 ……ジャーン! カブト!」

「あ、クロウさんもこういうの良く作ったクチですか!?」

「まーな。紙鉄砲も作りたかったけど作り方わからん」

「じゃあ教えます!!」

「……あんたら、掃除のこと忘れてるでしょ!!?」

 

 

 チラシで紙鉄砲や兜や手裏剣や刀にしたり(なお、その後ミカンにほぼ全て捨てられた。解せぬ)。

 

 

「おりゃおりゃおりゃーー!!」

「お。ゴミ捨てにえらい気合入ってんな」

「心のゴミを捨ててます!」

「じゃ、俺も捨てるか。心のゴミ」

 

「「おりゃおりゃおりゃおりゃーー!!」」

「ちょ、二人ともなに!!?」

 

 

 二人で心のゴミを捨てたり。

 

 

「きゃああああああああああああああ!! またGちゃんが出た!!」

「わかりました! それなら―――」

「だぁからつまむのは止めぇゆーとるじゃろーが!」

「だったら、仕方ない―――」

「クロウさん!! ダメです!ゴキブリを殺さないで!!」

「わ、分かった分かった。冗談だから、その目をやめてくれ…」

 

 

 再びミスターGが現れた時は流石に対応に困ってしまった。

 つまむのはミカンが嫌がるからNG。叩くなどしてやっつけるのもシャミ子が嫌がるからNG。あのカサカサ動くミスターをつままずに、かつ生かして追い出すのは流石の俺でも無理だった。

 

 

「Gちゃんの夢に入って暗示をかけて動かせないの!?」

 

「いったん熟睡しないと無理です」

 

「熟睡したらできるんかい」

 

「今すぐそこで横に――」

 

「…ねぇ

 さっきっからミカンの呪いがずっっっ~~~~と降りかかってきてるんだけど」

 

 

 Gをなんとかせんと色々騒いでいるところに、千代田がやってきたのだ。どういうわけか、全身ずぶ濡れになっている。

 

 

「ど、どうした千代田!その姿は―――」

 

「水道管が破裂したしどぶ板に穴があいてはまっちゃったしシャミ子が私の米を炊き忘れてた」

 

「お、おう……」

 

「桃……あなた、シャミ子に米を炊かせてるの?」

 

「闇堕ちしそうだから話題を切り替えよう」

 

「あっズルい!ズルいわこの子!!」

 

 

 なんかもう突っ込む気にもならん。ミカン宅のゴミ掃除で体力使ったのもそうだが、千代田がまた闇堕ちとか洒落にならんし。

 それで、災難に遭ってて後からやってきた千代田によると虫除けの結界なるものがあるらしい。コンパスやら定規やら製図道具を使ってルールに則って紋章を作図し、魔力を流し込む事で作れるらしい。

 

「そんなもんがあるなんてな……千代田、ちょっと結界ルール教えてくんね?」

 

「良いよ。私も姉の結界のゴムかけやベタ塗りやってたから、教えられる。シャミ子も実践しながら教えるから見てて」

 

「ゴムかけって何……?ベタ塗りって何……?」

「ノリが完全に漫画家じゃねぇか………」

 

 なんだか現実的な話が見えてきたところで、漫画……もとい、結界の作成に入ることになった。千代田と俺とシャミ子で実演指導を交えながらどんどん描いていく。

 

「シャミ子、そこ違うよ」

「ほえ?」

「針を刺す側がもっと外側。神原くんくらいに」

「えーーと、こうですか?」

「千代田、コレでいいか?」

「待ってね。裏面を透かして見れば歪みがわかる……」

「みかんティー入ったわよ〜」

 

 千代田に指摘された間違いを直しながら描いていくシャミ子、割とてきぱき描いていく俺、まるで職人の手作業のように書いた結界を見直して手直していく千代田、そして俺達にみかんティーを入れてくれたミカン。

 それぞれがそれぞれの為すべきを為していき……時間は流れていく。

 

「あとは仕上げを残すのみだね。シャミ子、神原くん、コレに魔力吹き込んで」

 

「えっ、私が!?」

「お、俺もか?」

 

「武器で触れてなんとなく念じるだけでいいから」

 

「だりゃー!」

 

「ゴミ先祖………はいないから、なんかそれっぽいものないか?」

 

「え、ラプさんどうしたの?」

 

「馬鹿やらかしたからうちで墓標やってる」

 

「何があったの!!?」

 

「デリカシーを闇の世界に置いてきたゴミに同情はいらん」

 

 結局、俺は千代田の杖をお借りして、シャミ子と共にG除けの結界を作り続けた。ちなみに、俺の結界の魔力はそこそこ良いらしい。ゴミ先祖がいきなり教えてきたイオナズンを使えるだけはあったようだ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――ミカンのミスターG騒動が俺とシャミ子の虫よけ結界で収まってきたので、自宅に帰ってきた俺は、魔力鍛錬の一環で自分の家にも対G結界を作ることにした。

 

『クロウ! 我をほっぽってどこをふらついていたのだ! 我へのおそなえもまだだし……』

 

「はいおそなえ」

 

『カップ麺ではないか!!? 雑だしお湯がないぞ!!』

 

「暗黒神ほどになれば、お湯なしでカップ麺食えるだろ」

 

『すさまじい無茶を言うな!!!!』

 

 やかましいゴミ先祖を適当にあしらいながら、千代田から教わった作図ルールを元に大きめの紙に魔法陣を描いていく。黙々と行う作業風景に、ゴミ先祖も途中から静かになったようだ。また、視界の端でチロルとスライム達が俺が何かやっているのを察知し、作業を見に来ている。

 

「ニャー?」

 

「これはな、シャミ子らん所で教わってきた虫よけ結界の改訂版だ」

 

『虫よけ結界………?』

 

「ミカンのトコでGが出たんだよ」

 

やはりこやつ、陽夏木ミカンが好きなのでは……?

 

 

 癪に障るゴミ先祖を無視して一気に描き上げたそれは、中央に『G』の字が書いてあること以外は至って普通の……高級インテリアかなんかにありそうな紋章だ。凝りに凝ったため、無駄にデカくなってしまった自覚はあるが。

 

 だが、その分効果は抜群だ。

 見せてやる! 俺が千代田から得たノウハウを元に編み出した、特殊結界を!!

 

 

「手伝え、ゴミ先祖!」

 

『えっ、ちょ、なになに!?』

 

「結界・エリュシオン―――起動!!!」

 

『何事ーーーーーーーーーーーー!!!!!?』

 

 

 結界が光輝く。

 数秒間、まぶしくなったと思ったら、光が淡くなってきて…そして、そのまま光度がキープされた。

 よし、成功だ!

 

『く、クロウ! これは一体なんなのだ!!?』

 

「―――よくぞ聞いてくれた!

 これこそ、俺が千代田家の結界のノウハウを元に作成した設置結界だ!

 家の中にいるミスターGの帰巣本能に呼び掛けて、出ていきたくなるようにする……不殺の結界!

 Gにすら優しい理想郷の結界!! その名を、『エリュシオン』!!!」

 

『……………』

「ニャーン」

「ピキー」

 

 

 ……フ、あまりのすごさに声も出ないか!

 まぁ? 俺は暗黒神の後継であるからして? この巨大結界を作って起動させるくらい訳ないのだよ!!

 

 

『………クロウ。

 お前は―――おばかなのか?』

 

「は?」

 

『市販のゴキ○リホ○ホイで何とでもなるだろうに……何故こんなもの作った……??

 まぁ、魔力の訓練出来るから良いけどな……』

 

 

 ……………。

 ………。

 …。

 

「…………………ギr」

『待て待て待てェェェェェ!!!! 我をここで燃やさないでえええええええ!! 色んなものに燃え移って一大事になっちゃうからァァァァァァァァァァァァアアアア!!!!!』

「……それもそうか。よし―――外で焼くか」

『焼くこと前提っ!?!?!?』

 

 

 うちの庭はゴミ先祖を燃やすために防火対策はしっかりしているんだ。だから安心して燃やされたまえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れラプソーン!自分の身をもって子孫に火の用心を伝えるんだ!

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 こんにちは、シャドウミストレス優子です。

 現在、なんとかの杖の練習をしています………ごせんぞの封印空間の中で。

 

 きっかけは、桃が杖のマトモな使い方を考えてと言ったことです。物干し竿は結構マトモな使い方だと思ったんですけどね。そこで棒状のものに変化するというふわっとした力をもっと理解するために修行することになりました。

 良とともに潜ったごせんぞの封印空間で行われた修行法とは……

 

「リリスちゃん百人組手サンドバック!! かもーーーん!!!

 シャミ子よ! 余のさびしさをこねこねして作ったこの軍勢……お主の杖で塵にしてみせよ!」

 

 

 まさかの百人組手でした。しかも、百人と言いながら現れたのは3万のごせん像の群れでした。

 

 

「なんてヤケクソな数!おりゃっ、おりゃっ………」

 

 杖で一体ずつ殴って行っても、全然減りません!どうすれば……!?

 

「あの……お姉?」

「良?」

「お姉が大好きな昔のゲームの武器とか……あと、クロウさんに貰った絵の武器とかをイメージすればいいんじゃないかな…?」

「ゲームの武器!」

 

 さすが良です!ゲームの武器ならば、簡単に想像できる気がします! それに、クロウさんから頂いた地味にクオリティの高いイラスト付きなら猶更いけそうです!! では、さっそく我が杖に念じて………!

 

 

「いきます! ずるい武器―――“グリンガムのムチ”!!!」

 

「!!!?」

 

 

 クロウさんから貰った武器の案のうち、ゲームにも出てきたヤツの名前を叫ぶ。

 ポン! と景気の良い音が鳴ったかと思えば、握っていたものがフォークとはまったく違うものに変化していました。

 しっかりとした柄は、しなやかさを持ったものへと変わり。

 尖った先端は、ムチの先についたひし形の刃になり。

 フォークをそのままおっきくしたような形のなんとかの杖は、ムチを三本束ねたようなフォルムの豪華なムチとなっていました。

 

 

「シャミ子!? そ、それは………!!?」

 

「クロウさんとラプソーンさんから聞きました! ちょー強いムチだそうです!」

 

「すんごいざっくり!!?」

 

「いきます!! うおりゃーーーーーーー!!!」

 

 

 ムチの使い方なんて分かりませんが、とにかく振り回します!

 

 すると―――なんということでしょう。

 台風みたいな音が鳴り響き、数えきれないほどのごせん像が……ほどんどすべて薙ぎ倒されていきます!!

 

 

「お……お姉すごい!! 数万の軍勢がもう……数えられるほどに!」

 

「な、なんてデタラメな武器だ………!」

 

 

 あれ…? もしかして私、強い? つよつよまぞくなのでは?

 ふ、ふはははは! 桃に勝つ日も近いぞ、これは!!

 やったぁ! まぞくに希望の光が見えました!!

 よーし、とりあえず残ったごせん像を薙ぎ倒すべく、もうひと振り―――

 

 

「………あれ?」

 

 

 膝が地面につきました。

 さっきまでムチだったなんとかの杖も、もうただのフォークに戻っています!

 ま、まさか……魔力がもう残っていない!?

 

 

「アレだけすさまじい武器をブン回したのだ。魔力の消費も大きいだろう」

「お姉、大丈夫……? 立てる……?」

「立つのがかなりしんどいです…! 杖の変化も……お、おやつタイムの杖くらいしか出せません……」

「必要か? その杖」

 

 

 ちなみにですが、残ったごせん像は、おやつタイムの杖でみんな浄化されました。

 真に寂しさを和らげるのは甘いものだった………??

 

 

「グリンガムのムチ………余の知らない武器だ。

 ラプソーンのやつ……何をどこまで知っておるのだ…?」

 

 

 最後にごせんぞが何か言ってましたが、魔力を使い果たしてヘロヘロな私の耳には届きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れシャミ子! 色々と盛って自由自在に武器を使えるまぞくになるんだ!

 




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原黒男/クロウ
 ミカンの危機(笑)に駆け付け、シャミ子レベルのG耐性を見せてみせた暗黒神後継者。今まではG・即・殺を掲げていたが、シャミ子と交流するうちに考えが変わり、G退散結界「エリュシオン」を製作するまでに至った。

ラプソーン
 珍しいことに子孫に振り回されてた暗黒神。今回はほぼクロウの自宅の庭に突き刺さって身動きが取れなかったり燃やされたりした。



シャミ子の『ずるい武器』に使う魔力
神話の武器を消費MP100、その他のゲームの杖(おやつタイムの杖含め)を10とすると、今回使ったグリンガムのムチの消費MPは80くらい。ちなみに、ラプソーンが知っているのもクロウが描いたのもシャミ子が変化させたのもドラクエⅦ以降のデザインのグリンガムである。


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大騒ぎ!? 新たな行事に従事せよ!……委員会に体育祭、男友達にチェス!猫に群がられるのはダメですか?

今年最後の投稿に間に合いました。2020年、ご愛読ありがとうございました。2021年もよしなに。




今回のあらすじ

一般ピープルAがあらわれた!
一般ピープルBがあらわれた!
一般ピープルCがあらわれた!
一般ピープルDがあらわれた!
なんと一般ピープルたちはクロウの友人だった!


 夏休みが終わり。新たな生活が始まる。

 制服に着替え、家を出てみれば……そこには、見知った仲間たちが。

 

「おはよう、クロ!」

「待っていたぞ、クロウさん!」

「行こうか、神原くん」

 

「おう、待たせたな三人とも。一緒に行こうぜ?」

 

 久しぶりに、この四人で登校できることに、嬉しく思う。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「よーぅ神原!久しぶり!」

 

「…ダイか。確かに、夏休み中は会ってなかったな。

 久しぶり」

 

 夏休み明け最初のホームルーム前、一人の男子生徒が気さくに話しかけてくる。

 こいつは、夏休み前、転校してきた時にできた俺の男友達のひとり。

 名前は――遊元(あすもと)泰庵(だいあん)

 どんなヤツかというと……

 

「なぁ〜神原よぉ〜

 お前また女の子を侍らせたんだって!?」

 

「お前な……なんて言い方してんだ」

 

「いいじゃあね~かよぉ~!!

 リアルでハーレムなんて羨ましいぜ、俺はよォ」

 

「ハーレムじゃないって何度言ったら分かるんだ」

 

「ただでさえお前には陽夏木ってカワイイ彼女がいるんだしさあ?

 頼むからそれで満足してくれよォ~~~~~~!それ以上を求めるなんて、欲張り過ぎるぜェ〜〜なぁ〜〜!?」

 

「ミカンは彼女じゃないっつーの。あと涙拭け」

 

 ……まぁ、こんなヤツである。

 おめでたい頭の中を表しているかのようなまっ金々な髪の毛と、軽すぎて風に飛ばされそうなキャラが特徴だ。常日頃から「カワイイ彼女が欲しい」と涙ながらに嘆いてる女好きで、同級生の中では有名だ。だが、彼の心情を理解できる男子が多いのと、ビックリするほどのお人よしさのおかげで、彼は友人の多い……いわゆるクラスの中心的な存在になっている。

 

「そんな事言ってよ、俺は分かってるんだぜ?

 お前ら二人が転校してきた日の自己紹介!アレで俺を含めた男子全員がどれだけ絶望したことか!!」

 

「………?? なんか言ったっけ?」

 

「自覚ナシかよ!!

 アレだよアレ! 初日に陽夏木と自己紹介した時の!!」

 

 あぁ、アレか。

 でも別に、これといって取り立てるほどのものじゃあないと思うけど。

 

◆  ◆  ◆

 

 あの時はまだ多魔市に慣れなくって、自己紹介すら不安だったからな。

 

『陽夏木ミカンです。魔法少女です! よろしくお願いします』

『神原黒男です。えーと、今年の4月から暗黒神の子孫になりました。よろしくお願いします』

 

 この自己紹介が通じるかどうかさえ分からなかったからなぁ。今思えば、この自己紹介を変にからかわれなかったのは幸いだったかもしれない。

 

『目玉焼きに何かける派ですか?』

『朝から揚げ物食べられる人ですか?』

『身体はどこから洗うんですか!』

『ハハハハ!遊元お前ストレートすぎだろ!』

『ちょっと男子~自重してよ!』

『サイテ~』

 

 むしろ、みんなのスルースキルが高すぎて俺もミカンも困惑するレベルだった。

 もっと魔法少女関係のことを聞いてもいいのよとミカンが言っても『頭のふしぎリボンの構造はどうなってるの~?』とかいう質問しかしてこないし、かつて世界征服を企んだ暗黒神関連の質問についても………

 

『魔法的なサムシングは使えますか~?』

 

『え゛……えーと、なりたてだからまだ使えません。経験値が足りない…のかな?多分』

 

『闇の世界に美女はいますか!!?』

 

『……今夜ゴミ先祖に聞いてくるから、答えは明日まで待ってくれると助かります』

 

『ひ、陽夏木さんとは……どういった間柄なのですか!? キャー!』

 

『…たんなる幼馴染です』

 

 こんなレベルの質問に戸惑いながら答えた記憶がある。

 そんな感じでクラスに来た二人への質問タイムが終わって、担任が「最後になにかひとことありますか?」って聞いた時だ。俺が代表でみんなにこう言ったんだ。

 

 

『分からないこともいっぱいあると思いますので、色々教えてください。

 ……あと、さっきミカンにセクハラ質問した人はちょっと話があるから来て欲しい』

 

『クロ!!?』

 

『大丈夫、話だけだ。俺が喧嘩とか嫌いなのは知ってるだろう』

 

『…穏便にね?』

 

『当たり前だろ』

 

 ミカンとのいつもの距離感のまま、俺達の自己紹介は、こうして終わった。

 なお、ダイとはこの直後に出会って仲良くなったのだ。

 

◆  ◆  ◆

 

 

「……なんもおかしなことは言ってなかったと思うが」

 

「おかしいのはお前の女との距離感だ!!

 大体、陽夏木とお前、話すとき若干近いんだよ!!

 何なのお前! モテない俺や男子たちへの当てつけなの!?

 俺なんて女子と話すのにだいぶ勇気いる上にさ!長続きしねーんだぜ!?」

 

 ダイにブチ切れられる。

 でも知らねーよ、話が長続きするしないなんて。ミカンとは長い付き合いだし、シャミ子や千代田と話す時も別に特段意識してることなんてないぞ?

 だがしかし、こんな事を言っても女に飢えまくっているダイには火に灯油を注ぐようなものなので、言わないでおく。

 まったく、コイツも言動がまともになれば彼女の一人や二人簡単にできそうなもんだけどな。地味に俺なんかよりイケメンだし。

 

 

「夏休み中だってシャミ子と佐田と学校で会ったらしいじゃねーかよ! 彼女持ちが浮気しやがってよォ!? 陽夏木に謝りやがれ、このタコ!!」

 

「なんてこと言うんだこの馬鹿野郎!アレはまぞくを探してたんだって言っただろ!

 あとミカンはまだ彼女じゃない!」

 

「じゃあなんで俺には何も言わねぇんだよ〜!」

 

「おまえその日は部活の合宿だっただろ!!」

 

「うるせ〜うるせ〜!!!

 お前みたいな奴は一旦もげれば痛ェ!!!?」

 

 面倒くさくなってきたダイの頭を、健康観察板が直撃した。うんざりしたような顔つきの先生が、ダイを睨んでいる。

 

「遊元くん、神原くんにつっかかる前に引っかかりまくったテストの直しを出しなさい」

 

 あーあ、かわいそうに。これからお前は、休み時間という休み時間をすべて奪われ、放課後まで補習地獄に振り回されるんだな……

 そんな気分になりながら、引っ張られていくダイを優しく見送ってやった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ダイがしめやかに先生に連行されるさまを見届けた俺は、シャミ子とミカンが集まってるトコに行ってみた。そこには、千代田と佐田もいる。

 

「魔法少女は運動においてはバランスブレイカーだから人に混じってスポーツとかできないのよ」

 

 ミカンのそんな声が聞こえる。

 思えば、小学校・中学校の頃はミカンはあんまスポーツに参加しないタイプだったな。運動神経いいのにもったいない、と光と闇の事情を知る前の当時の俺は考えてたっけ。

 

「でもでも、魔法少女同士のテニス勝負とか見てみたくない!?」

 

「佐田、ちょっとその話詳しく」

「見てみたいです!!」

 

 佐田のロマンあふれる話に色めき立つまぞく二人。

 千代田もミカンも一般ピープルに比べて力が半端ないから、ボールが心配だがそこは俺が魔力コーティングすれば何とかなるのでは……!?

 

「桃、今から外に―――」

「ミカン、ボールは魔力でコーティングするから―――」 

 

「サーブでボールが爆散して終わりだよ」

「私と桃のパワーに耐えられるコーティングしたら試合で死人が出るわよ?」

 

「「キサマ等それでも夢と希望の魔法少女か!!!」」

 

 本当に、この魔法少女どもは……契約した時に夢とロマンをどこに置いてきたんだ……!

 

 

『今日はこれから委員会会議があります。各委員会は集合場所に集まってください』

「あ、時間だ。じゃあ私はこれで」

 

 委員会とやらの放送と共に千代田がどっかへ行ってしまった。というか……

 

「「委員会?」」

 

 こっちに転校してきて日の浅い俺とミカンには何のことやら、って感じだ。前の学校にもあったから単語自体は知ってるんだが……

 

「うちの学校はどこかの委員会に所属する決まりなんだ。

 でも、クロウ君もミカンちゃんもどこに行くか決まってないよね?」

「ああ、まぁな」

「待ってて、せんせー呼んでくる。せんせ~~っ」

 

「あら、陽夏木さんと神原くんがまだ委員会に入ってなかったのね。どこか希望はあるかしら?」

 

 先生の一言で、わらわらと生徒が集まってきた。クラスメイトから他クラスの人までいる……まさか、委員会関連のお誘いか!?

 

「ぜひとも人体標本磨き委員会に―――!」

 

 眼鏡の女子が必死に迫る。

 いやなんだその委員会。誰がどう喜ぶねん。

 

「つるむらさき栽培委員会が人手不足だよ!」

 

 薄紫色の髪の体育会系女子がハキハキと言う。

 そのマニアックな植物?はなんだよ。つるむらさきってなんぞ…?

 

「ゾンビ対策マニュアル作成委員会はどう……?」

 

 小倉とは別路線の長い黒髪の女子が物欲しそうに見つめてくる。

 ゾンビ対策ってなんだ!? 出るの?まさか出るの!?

 勘弁してくれ。俺は暗黒神と魔物で満腹寸前なんだ!追加でゾンビ系はいりません!かえれ! ……まぁ、委員会の業務と称して「バイオハ○ード」やってんなら話は別だけどさ?

 

「君たちには是非、委員会研究委員会に入って頂きたく!」

 

 髪を整え、四角い眼鏡をかけた生真面目そうな男子が声高々に言う。

 お前に至っては「委員会」って単語がゲシュタルト崩壊してるだろーが!意味不明過ぎて論外だよこのおバカ!!

 

 

 なお、先生が笑って言う事には、生徒が見つけた仕事に対して、委員会を作っていい事になっているらしい。その敷居がけっこう低く、誰でも作れるそうだ。だから少々変わった委員会もあるのだそうだ。

 俺達を誘ってきたヘンテコ委員会たちは「少々変わった」レベルじゃあないけどな、明らかに。

 

「つまり、ミカン栽培委員会も作っていいってこと…!?」

「いやでもさ、あれって実がなるまで4、5年かかるんじゃなかったっけ?」

「陽夏木さん、卒業までに収穫間に合わないと受理できないわよ」

「ままならないわ…」

 

 つまり、俺はそんなスーパーヤベイ委員会も混じった中からひとつを選んで入らなくてはならないのだ。いくら新たな委員会が作りやすいからって流石に新しく作る気はない。いまミカンがミカン栽培委員会を作ろうとしたら収穫時期が卒業に間に合わなくて却下されたみたいに上手くいくとは限らないし、俺のマヨネーズ関係は委員会の業務というより人生の一部だ。委員会にするにはなんか違う。

 

「先生、俺……ちょっと色んな委員会を見て回っても良いですか? 決めるのはそれからってことにして……」

 

「良いわよ。いっぱいあるから、しっかり考えてくださいね」

 

 

 俺は、ひとまずカオスな――もとい、バリエーション豊かな委員会を知るため、最初の集まりは様々な委員会のもとへ顔を出すことにした。

 ……もちろん、先ほどアピールしてきたヤバい委員会は絶対スルーすると心に決めて。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 体育、保険、会計、安全………色々な委員会の会議を見て回った俺だったが、いまひとつピンとくるものはなかった。最悪、無難なトコならどこでも良いが、これといった決め手に欠ける状況だ。

 

「……やっぱり、ここは適当に決めるべきかな」

 

 そう思った矢先、教室のひとつに、妙な貼り紙をされているのを見つけた。

 近づいて見てみれば、貼り紙にはこう書かれていた。

 

 

『超常対策委員会』

 

 

 …………あー……、コレはあれか。

 さっき俺とミカンがフリーだって知った途端に絡んできた、ヤベー委員会の仲間か。

 見なかったことにして、適当に委員会を決めちゃうか。

 踵を返して……「にげる」を選択!!

 

 

「あ、待ってくれ神原。君にちょっと話がある」

 

 

 ……しかしまわりこまれてしまった……ッ!!

 逃げるのに失敗した俺は、その声に振り向く。

 雪のように真っ白なセミロングの髪と紫色の瞳に見覚えがあった。確か、クラスが一緒だった気が…

 

「君は、同じクラスの……」

 

篇瀬(へんぜ)吹雪(ふぶき)。同じクラスだってことは覚えていてくれたんだね」

 

 そうだった。転校したての頃、苗字が読めなくって「うぅん???」ってなった記憶がある。

 だが、俺自身彼女とはあんまり付き合いがなかったからな。ちょっと忘れかけてたわ。

 

「…それで、篇瀬はどうしてこんなところに?」

「フブキで構わない。なんなら、『ふーちゃん』と呼んでくれても良いぞ?」

「いや、それはちょっと」

 

 なんでそんなにグイグイ行けるのか。ミカンももうちょい遠慮すると思うんだけど?

 

「それで、篇瀬は―――」

「フブキ」

「え? ……いや、あの…へん」

「フブキ」

「………フブキは、なんでこんなトコにいるんだ?」

 

「なんでもなにも、この委員会に所属してるからさ」

 

 チクショウ、やっぱりか。

 クラスで見かけた時は、目立つ髪と目をしてるなー、とは思ったけれど、所詮はさっきの「人体模型磨き」とか「ナントカ栽培委員会」とかと同じってわけか!?

 ……どうする? 早いとこ逃げなければ、この意味の分からん委員会に引き込まれてしまうぞ……?

 

「あ、あの、俺はそういう事は……」

 

「いや、確かに我が委員会もメンバーを募集してるが、君に声をかけたのはそういう目的じゃあないんだ」

 

「? それは、どういう……?」

 

「神原……いや、私だけ名前呼びされるのも不公平か………クロ君にはちょっと、やってほしいことがあるんだ」

 

 やってほしいこと?

 それは一体、という前にフブキは教室に入っていった。

 そして……

 

「私と一局チェスに付き合ってくれないか?」

 

 チェスボードを持ってきて、いい笑顔でそう言った。

 

 

 

 結局、言われるがまま、チェスボードにコマを並べて一局勝負する事になった。

 俺はチェスは…テレビかなんかで見たことしかないし、戦略どころかコマの名前や動かし方が分かるか怪しい始末だ。そんなんでいいのかとフブキに言ったら、彼女は「コマの動かし方くらい教えるさ」とのことで。

 

 少しの間、コトンコトンと木製の駒が盤場を歩く音が教室に響く。

 フブキは、やっぱり強い。……まぁ、俺がチェスをやりたてのド素人だから話にならなくて当然だけど。

 

 

「ねぇ………クロ君。君は優しい人だね」

「はい?」

 

 

 突然、フブキがそんなことを言い出す。

 いきなり何言ってんだこの人。ヤベェ、考えてることがさっぱり分からん。

 

 

「なぁ……フブキ。急にそんなこと言った意図を教えてくんないか?」

 

「チェスの盤面を見てたら次第に分かるものなのさ。どの駒をどう動かすかで人柄が見えてくる。

 君はとても優しい―――お人好しなヒトさ。どうして暗黒神の後継なんかやってるか分からないくらいにはね」

 

「……後継者の件は半ばゴミ先祖から押し付けられたようなモンだしな。暗黒神を知りたいのも、力の使い方を知りたいからだ」

 

「大切な人を守るためか。例えば………陽夏木さんとか」

 

「!!?」

 

 力を知る目的を言い当てられ、ミカンを守りたいことも言い当てられ、俺は驚きのあまりフブキを見る。フブキは、意味深に笑いながら続ける。

 

「ふふ、当たりかい?」

 

「なんで―――」

 

「ダイアンが君が羨ましいって言っててね。陽夏木さんと付き合ってるとも聞いたかな。それで」

 

「ダイ情報かよ!!!」

 

 あの野郎、いくらカワイイ彼女が欲しいからって俺の情報で好き勝手しやがって。ミカンとはそういう関係じゃあないって耳にタコができるほど言ったってのに、全く信じてないな。アイツにはあとで、グリグリを食らわせてやる必要があるな、これは。

 

「…で、付き合ってるのかい? クロ君と陽夏木さん」

 

「ダイが勝手に言ってるだけだ。俺とミカンはそういう仲じゃない。ただの幼馴染ってだけだ」

 

「そっか。ならいいや」

 

 フブキはその話を切り上げると、再びチェス盤に視線を落とし、木製のビショップを動かした。

 俺の番が回ってきたことをうけ、クイーンで一気に攻めようと持ち上げる。

 

「クロ君、チェックだからね」

「うっ………!」

 

 ……そして、クイーンを元あった場所において、キングの逃げ道を探すべく王冠を被ったコマに手を触れた。

 その後のことだが、あっという間に詰まされたのは言うまでもない。チェス始めたての素人相手に本気を出さないでくれないだろうか………

 

「クロ君」

 

「ん?」

 

「もし…もしだよ?

 もし何らかの悩みがあるのであれば……相談することを勧めるよ。

 私じゃあなくっても、陽夏木さん……はダメか。シャミ子とか佐田さんとか小倉さんとかにね」

 

「ふ、フブキ? 一体なんのことを言って―――」

 

「陽夏木さんの呪い。なんとかしたいんでしょう?」

 

「―――っ!!? お、お前、どこまで知って…」

 

「あ。急用を思い出した。必ず戻ってくるからね!!」

 

「イヤそれ逃げるヤツーーーー!!!?」

 

 対局後、俺に質問する暇さえ与えずチェス盤を片付けて颯爽と走り去ってしまったフブキ。

 まったく、小倉とは違う意味で面倒なやつめ。お陰で、アイツの言いたかったことが半分も分かりやしないぜ。………でも。

 

「……………またチェスでもしに来ようかな」

 

 

 見透かされたことに、悪い気がしなかったのは何故だろうか。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 フブキとのチェスで時間を食ってしまったことに気づいた俺は、校舎の裏で猫達と戯れている千代田を発見した。

 

「………千代田? いったい、何してんだ?」

 

「委員会の業務中」

 

「どんな業務だ」

 

「ねこに群がられ委員会」

 

 うーん。イヤそれ、どっからどう見ても、ねこちゃん達に群がられて遊んでるようにしか見えない。

 

「学校に必要ないだろ」

 

「………そんなことないよ、すっごく必要だよ」

 

「こっちを見て理由を言え魔法少女」

 

「が、学校周辺に住む猫が……一匹一匹…元気なことを確認することで街の平和? が間接的に―――」

 

「はぁ…」

 

 もう少しマシな言い方と理由があるだろうが。

 こんなんじゃあ、騙されやすいシャミ子ですら騙せんぞ。

 だから―――

 

「なぁ、千代田」

「なに?」

「俺もその委員会、入っていいか」

「!!?」

 

 ―――俺もそれに助力しよう。

 そもそも、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 むしろ、自分で雇用を創出したクリエイティブな発想を褒めたいくらいだ。だが、新しい発想は時に理解されないことの方が多い。だから、説得力のある説明は重要になるのだ。

 俺は口がうまいって自信を持つほどではないが、つっかえつっかえで自分に嘘をつきながらの千代田の説明よりもっとマシな説得が出来る自信がある。

 

「………人員は間に合っています」

 

 千代田があからさまに「一人分の取り分が減るからヤダ」って顔をしているが、こっちには取引の材料はいくらでもある。

 

 

「先生はどう誤魔化したんだ? それにシャミ子は兎も角、他のメンツにさっきの言い訳じゃあ苦しいぞ」

 

「……っ!」

 

 言葉に詰まる千代田に「これだ」と一枚の紙を見せつける。

 それは、委員会設立申請書だった。委員会の見学に行く際に、先生から「もし自分で委員会を作りたくなったらそれ使ってね~」と貰ったものだ。使う機会など来ないだろうと思ったが、まさかここで使うことになろうとは。

 この申請書の委員長欄に千代田の名を、副委員長欄に俺の名前を書く。活動目的には、「この学校周辺に住む猫の状態を確認することで、学校周辺の平和の状態や迫る危機を未然に察知する事」みたいなことを堅っ苦しい表現で書く。

 極めつけに、備考欄にはこう書いた。

 

『特別委員:メタ子、チロル

 彼らは猫でありながら知能を持ち、日本語を用いたテレパシー及び発声を行うことが可能であるので、猫と人間の言語の壁を越えることが容易になる。よって彼らは本委員会の業務に必要不可欠なメンバーである』

 

「!? か、神原くん……まさか!?」

「チロルとメタ子の存在……コレが切り札だ。こう書けば『人間と猫の意思疎通ができる』と思わせることができる。嘘は1ナノも書いてないから自信を持って堂々とできるしな」

 

 そう。ここのミソは『嘘を一切書いていないこと』にある。

 チロルと俺が意思疎通できるのは紛れもない事実だし、メタ子に至っては千代田のナビゲーターだからか日本語を喋ることが可能だ。「時は来た」としか言えないだけで。

 だが嘘は書かない。『日本語で会話ができる』とは書かず、『日本語を喋ることが出来る』と書く。こうすることで「言葉で意思疎通ができる猫ちゃんがいるなら業務が成り立つな!」と思わせることが出来るのだ!!

 

 あとはコレを出すだけ。先生を味方につければこっちのもんよ!

 

 

「ふふふ……神原くん、いつからそんな悪知恵が回るわるまぞくになったのかな?」

「なんのことだ? 俺は事実を書いただけ。新たな雇用を生み出したわる魔法少女ほどではないさ」

 

 俺も千代田も、猫に埋もれながらの笑いが止まらない。そのさまは「越後屋、お主もワルよのう」「いえいえ、お代官様ほどでは」とアヤしい取引をする商人とお代官を彷彿とさせる。

 

 

 だがしかし。そこに邪魔者が現れた。

 

 

「あ、桃、クロウさん……何してるの!?」

 

 シャミ子だ。ミカンと佐田もついてきている。しかし、俺達の野望……もとい、委員会は誰にも止められない!

 

「わー、クロウ君もちよもももすっごい悪い顔ー」

 

「失礼な。俺たちは今、新たに生まれる委員会の業務中だぞ」

 

「何の!?」

 

「ねこに群がられ委員会」

 

「どういう仕事!? 学校に必要ないですよね!?」

 

 予想通りの反応をする三人に、こちらに目配せをしてくる千代田。

 期待されたからには、仕事はしなくっちゃあな。

 

「必要ない? そんなことはない。

 猫には予知能力があるとされている。それを利用し、猫の様子を観察することでこの街の平和を確認し、未然の危機を察知するのが俺らの委員会だ!」

 

「デタラメ言っても騙されませんよ、クロウさん!」

「そうよクロ! おサボりは駄目よ!!」

「だいたいさー、猫と意思疎通が出来ないと意味ないよねー」

 

 

 簡単には納得してはくれないか。だが佐田よ。お前はいま良い事言ってくれたな。

 

 

「……忘れたのか? 俺には意思疎通ができる猫がいることを……!」

 

「え?………あ! まさかチロル…!!」

 

「そうだ。人間と猫で会話ができなくとも、チロルが俺とテレパシーで会話できる限り、猫が何を見てきたのか、危機が迫っているか否か、知ることができるのだッ!!!」

 

「なんですとーーー!!?」

 

 よし、シャミ子をまるめこみまぞくにすることには成功だな。チョロいなワハハ。

 あとは佐田とミカンを説得するのみ!

 

「ど、どうしましょうミカンさん杏里ちゃん!? クロウさんと桃はサボってませんでした!」

 

「そうだ二人とも。現に俺は今からこの申請書を先生に出しに行くところだったんだぞ」

 

「先生がどうかしましたか、神原くん?」

 

 なんということ。天はどこまでも俺と千代田に味方してくれてるみたいだな。このまま申請書を出して、俺らの委員会を認めてもらうとしよう。そうすれば、ミカンも佐田も口出しできない!!

 

「新たな委員会の申請をしたくてですね……」

「あら、そうなの?意外ね。わかったわ―――」

 

 申請書を先生の手に渡す。勝ったッ!!

 

 

「―――待ってください先生!!!」

 

 

 ―――渡ったと思われた申請書が、なぜかミカンの手に!? しかもミカンが、いつの間にか制服から魔法少女のコスチュームになっている!?

 ま、まさか…今のやりとりで変身して、目には見えない身体能力で俺と先生の間に割って入ったと言うのか!?

 なんてこった!! そんな真似が千代田以外にできたヤツがいたとは!!

 

「千代田! いますぐミカンから申請書を取り返して―――」

 

 急いで千代田のほうに振り替えれば、千代田は再び猫に埋もれていた。しかも、膝の上にネコちゃんがいるから、迂闊に動けないのか! ええい、タイミングの悪い!!

 

 

「……あ、先生!ここの記述、ウソが書いてあります!!」

「ウソ?」

 

「うわあああああああああミカン!!? それ以上は言うな! やめろオオオオォォォォ!!」

「正確にはウソじゃないけど、不都合な事だけが省かれているんです。メタ子は『時は来た』しか話せませんし、チロルはまだ生まれて間もない子猫です! これでは意思疎通はできません!!」

 

 

 お、終わった。これでもかというくらいにしっかりと終わった。

 まさか……まさかミカンが早業という千代田みたいな真似をしてくるなんて………ッ!!

 

 

「千代田さん、神原くん。意思疎通ができないなら、申請は却下ですね~

 書類にもどうやら、ちょーっと不備があったみたいだし」

「そ、そんな………!」

「せんせ~、ちよももとクロウ君を体育委員会に引き込んでもいいですか~?」

 

「や、ヤダ………………」

「これで勝ったと思うなよ……」

「クロも桃も異論ないみたいです」

「なら許可します~」

 

 

 こうして、俺の委員会選び……そして、猫に群がられ委員会という名の二人の野望は、あっけなく終わったのであった。

 

「あ、それと陽夏木さん。校内では変身禁止ね」

「あっ…ご、ごめんなさい……!」

「よーし、魔法少女と暗黒神後継ゲット~!君達にもガンガン手伝って頂こうか」

「ヤダ……」

「あぁ…理想郷が遠ざかる……」

「二人とも!サボっちゃだめですからね!!」

 

 

 ………泣けるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 次は最後の最後の詰めまで甘くならないように注意するんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 委員会に選んで入るにあたり、とっておきの作戦で桃と二人で欲望を満たそうとした暗黒神後継者。桃の委員会(笑)を知るまではどこでもいいと思っており、桃と比べると執着はなかったようだが、それでも「ねこに群がられ委員会」を作れなかったのは相当悔しく思っている。申請書を書く際に使った『ウソを使わずに人を騙す』作戦は、やっぱりゴミ先祖ことラプソーンに教えられたもの。
 また、今回はクロウ独自の交友関係を増やしてみた。シャミ子たちの学校を共学設定にした以上男友達が欲しいなと思い、泰庵を作り出すに至った。


遊元(あすもと)泰庵(だいあん)
 クロウが転校先で仲良くなった一般生徒。種族は杏里やしおんと同じ人間。
 とんでもない女好きで、四六時中「彼女が欲しい」と嘆いている非リアの代表のような男。だが、金髪にイケてるフェイスとルックスは決して悪くなく、むしろ残念な性格が災いして女子にお断りされている節がある。
 名前のモデルは色欲の悪魔・アスモデウス。杏里やしおんが悪魔の名前をモデルにしている説があった(佐田杏里→サタン、小倉しおん→グシオン)ので彼もその例(?)にならった。
誕生日/血液型:11月11日、AB型だ!
趣味:流行のファッションとモテテクを確認すること…でいいのか?今思いついたんだけど。
座右の銘:愛して失恋する方が、まったく愛さないよりも良い!


篇瀬(へんぜ)吹雪(ふぶき)
 クロウが転校先で知り合った一般生徒。種族はこれまた人間。
 雪のような白い髪と紫色の瞳、そして飄々とした話し方が特徴的な、一風変わった女子生徒。
 名前のモデルは暴食の悪魔・ベルゼブブ。
誕生日/血液型:2月9日、B型さ。
趣味:誰かとチェスをすること、かな。一局やれば人柄が見えてくる。
座右の銘:意志あるところに道は拓ける。




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蜜柑を救え! 暗黒神とまぞくと眷属の決意!!……ま、待つんだ佐田。救いたいのは俺の偽りのない本心だ。だから通報は勘弁してくれェェ!!

 あけおめでーす。今年も『まちカド暗黒神』をよろしくお願いします!
 ……ってもう1月終わって2月になるじゃねーかアアアアア!!!
 はい、すみませんでした。他の作品と同時進行したせいです、確実に。
 今年もこの不定期更新になりそうな「まちカド暗黒神」をよろしくお願いします!!!!





今回のあらすじ

ウガルルがあらわれた!
ラプソーンはなにかをつぶやいた!
なんとスラリンは通信機に変身した!



「ねークロ」

「ミカン、ハサミならプレートの下に隠れちゃってるぞ」

「わ、ホントだ。ありがとうクロ。 ……そうそう、スズランテープなら遊元くんがさっき持ってってたから」

「マジか。さっきから探してたんだよな……助かる、ミカン」

 

 俺達はいま、体育祭の大道具作りと小道具作りと競技のシミュレーションとその他諸々の準備を進めていた。

 俺と千代田が(ほぼ強制的に)体育委員会に参加させられてから、体育祭の準備が急ピッチで進められている。うちの学校は、夏休み終わってすぐに体育祭だから毎年の事ながらこの時期の体育委員会がクソ忙しくなるらしい。

 

「陽夏木さーん、シミュレーション手伝ってー」

 

「はーい、今行きまーす!」

「ミカン、行ってこい。こっちの装飾は任せろ。

 ……オレンジの絵でいいのか?」

「頼んで良いかしら?」

 

「……………あの、お二人さん?」

 

「? どうした佐田」

 

 ミカンがシミュレーションで駆り出されようとしている時に佐田が声をかけてきた。なんだろうか?

 

「二人って、ホントに付き合ってないの? 息ピッタリ過ぎるんだけど」

 

「またそれか。付き合ってないって言ってるだろ。幼馴染ならこれくらい当然だ」

 

「いや、だからって何も言ってない上にノールックなのにお互いの探し物が分かったり要件が分かるのは相当だよ。夫婦かな?って疑うくらいには」

 

「「夫婦じゃない!」」

 

「わー、息ピッタリー」

「あ、ごめんなさい陽夏木さん神原くん、私達お邪魔だったかしら?」

 

「お邪魔じゃない! ミカン、シミュレーション行きまくっててくれ! こっちはなんとかするから!!」

「ええ、わかったわ!!!」

 

「仲良すぎなんだよなー」

 

 ド(やかま)しいわ、佐田杏里。口じゃあなくて手を進めろや。

 千代田を見てみろ。アイツ、猛烈にミシンでタスキを縫ってるぞ? しかも相当凝っていると見た。

 

「千代田、タスキありがとな」

「桃、けっこう楽しんでますね?」

「そんなことないよ、早く切り上げたいだけだよ」

「あー、それはわかるマンだわ」

 

 早く切り上げて猫にただいまを言いたいんだろう、分かるぞ。俺も半分は早く切り上げたい気持ちでいっぱいだ。

 もう半分はというと……ミカンのこと。別に心配とかはしてないが、クラスに馴染めてるか分からなかったからな。前の学校の時、ミカンの呪いが降りかかってきたときの良い言い訳とか超苦労したもん。その時は呪いと知らなかったから尚更に。

 しかし……ミカンも、この学校では問題なく馴染めているようだ。

 

「ミカンさんってカッコいいよね~」

「スタイルいいよね~」

「走る姿も綺麗だし」

「ホントだよな~、俺らん学校の美女ランキングトップ狙えるんじゃね?」

「彼女にするならあぁいう人だよな~!」

「ミカンちゃんもアレで彼氏がいなければなァ~~!!!」

 

 男女問わず、ミカンは人気のようだ。前の学校でも思ってたことだけど、アイツ華があるし面倒見いいからな。女子にも好かれるタイプなんだろう。あとミカンに彼氏はいないぞ。

 そう思っていると、準備に参加してた男子たちの視線がいっせいにこっちを向いた。

 

「「「「「神原、死すべし!!」」」」」

 

「何でだよ!!?」

 

 誰がミカンの彼氏だ!!

 

「まぁまぁ、もう白状した方が良いんじゃないかな? ミカンの彼氏だって」

「違うって言ってんだろ!! なんでそんなにくっつけたがるの君ら!?」

「少なくともミカン推しの最筆頭だよね、クロウ君は。ちよもも推しのシャミ子と同じ立ち位置だよ」

「こっちに飛び火させるな! あと私に推しとかありません!!」

 

 シャミ子まで巻き込んで雑談に花を咲かせながら、プレートや校庭の壁にかけるでっかい看板の仕上げに取り掛かっていく。

 すると、突然ドターン! と音がする。

 大きな音に振り向くと………

 

「ミカン!!!?」

 

 ミカンが倒れていた。

 なんでだ。何で倒れてる?

 不二の時のように、誰かにやられたのか?

 いや、そんな事より早く彼女に回復を―――

 

「待ってみんな!! ミカンは気絶した時が呪いが一番……」

 

 千代田が言い切るより先に黒く禍々しいエネルギーがミカンに集まる。

 嫌な予感がして、咄嗟に魔力を前面に展開した。

 

 瞬間、破裂したエネルギーが魔力のバリアを逸れるように通り抜けていき、暴風が巻き起こった。

 

「うおおおおっ!!? こ、これは一体………ミカンは!?」

「ミカンさん大丈夫ですか!!?」

 

 シャミ子と一緒にミカンに駆け寄って診てみたが、頭を打ったらしきところも特にぱっと見大怪我ではなさそうであり、冷やしておけば大事にはならなそうではある。

 

「あぁ、看板が壊れて……」

「ごめんなさい…」

「ミカンちゃん悪くないよ!後ろ見ずにペンキ持ったから…」

「というか騎馬から落ちたよね?大丈夫!?」

「そうだな……看板なんぞよりも、そっちが大切だ。佐田、なんか冷やせるモン持ってないか?」

「さらっと看板なんぞって言ったね……ま、凍ったペットボトルあるからこれ使いなよ!」

「ありがとな」

 

 その後、ミカンの頭を冷やしながら千代田から事情を聞いたのだが、ミカンの持つ呪いというのは、気絶した時に一番暴発しやすくなるとのこと。不二との戦いの時は今回の時ほど暴発しなかったから完全に油断してたわ……

 

 その後の作業は特に何事もなく終わることができたものの、ミカンの「影が差した」という表現がピッタリなくらいの様子は気にせずにはいられなかった。

 

「ミカン…あのよ……」

「今日は一旦距離を取りましょう。今はどんな呪いが出るか分からないし……誰かが怪我するなんて嫌だから……。クロやシャミ子や桃…それに他のみんなも、私大好きだから……先に、行くわね」

「………………」

 

 ―――こんな事を言われてしまったら、何とかしたくなって当たり前だ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー……と。これは―――どういうこと?」

 

 

 時はやや流れて夜7時、ばんだ荘、ミカンの部屋にて。佐田が呆然として呟く。

 無理もないだろう。彼女が部屋に入った途端目に飛び込んできたのは………

 

 まず、シャミ子と千代田とミカンが三人で川の字で寝ていて。

 ミカンの頭を正座した膝に乗っけて――いわゆる、膝枕と言うヤツだ――いる俺。

 そして、横になったミカンに乗っかっているスラリン、リリスさん像、ゴミ先祖の杖。

 

 これだけ見ればどう取られてもおかしくはない。おかしくはないが………

 表情がするりと落ちた佐田が、スマホの画面を見せてくる。そして。

 

 

 

「とりあえず……こういう事で良いのかな?」

 

「待ってくれ佐田ァァァァァァァァァァァァァァ!!!! 弁明…じゃない、状況を説明したいからその110番通報1秒前のスマホから手を放してくれええええええええ!!!」

 

「いや、だって……どう見ても、寝込みを襲ってるようにしか……」

 

「襲ってないから!! 頼むからスマホを置いてくれェェェ!!!」

 

 ここで無理矢理にでも事情を教えなければ、俺はポリスメンのお世話になっちまう。そんなの絶対にお断りなのですぐさま説明を始めた。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 こうなったきっかけは、俺が帰宅後に起こった出来事をゴミ先祖に話したことにある。ひとしきり話を聞いたゴミ先祖は、一言こう尋ねた。

 

『……それで、お前はどうしたい?』

 

 意外だ、と思った。

 こういう時、普段のゴミ先祖なら『陽夏木ミカンが弱ってる今がチャ〜ンス! 口説いて闇堕ちさせるのだ!!』とか言いそうなものだが。そんな心情を読み取ったのか、こう続けた。

 

『暗黒神の後継者たるもの、時には重要な判断を己の意志で決める経験も積むべきだ。我はその気になれば傀儡などいくらでも用意できるゆえ、そこら辺はしっかりするぞ』

 

 何だか裏がありそうだが、ミカンをどうしたいか……など、迷う訳がなかった。

 今の彼女は、一人で背負おうとしている。自分の呪いなのだから不自然ではないが、それ故に俺達を離れさせようとしている。

 でも……俺は誓った。呪いなんぞ気にならなくなるほど強くなると。ここで何もしないのは、その約束を破ることを意味する。

 

「俺は…ミカンを助けたい。約束を守る。暗黒神の後継たるもの―――あの呪い程度でミカンを諦めてたまるか!!」

『その意気だ、我が子孫!!!』

 

 そこからの行動は早かった。ゴミ先祖の杖を掴み、すぐに家を飛び出す。後ろからスラリンがついてくる気配を察しながらもミカンの部屋の前まで行けば、そこでシャミ子と千代田と合流した。そして、その勢いでミカンの部屋へ突入。

 

「暗黒神(後継)だ!手を上げろ!」

「えっ!?急に何!?」

 

 俺は諦めたくない一心でミカンの元に行ったのに対し、シャミ子には考えがあるようで、夢の中に行きミカンの呪いの元を何とかする気だったようだ。ミカンに取り憑いているものは「ウガルル」と言うらしく、メソポタの怪物から取った使い魔らしい。ミカンのおやっさんは似たような依り代に簡単なルーチンをつけてミカンを守ろうとしたそうだ。

 だがミカンの実家跡地の探索の時に聞いたように雑な儀式のせいで事故ってミカンの中で制御不能になり、そこに千代田と桜さんが駆け付けて、今に至るのだという。

 シャミ子がおふとんタイムに突入する為に布団を敷く……のだが、ここで問題が発生。

 

「ねぇ、シャミ子や桃はともかく…クロはどうやって夢の中に突入するつもりなの?」

「あっ……!」

「確かに…!」

「まぁ………そこだよな」

 

 夢魔と関係を持ってない俺に、ミカンの夢の中に行く方法がないこと。

 俺としては、一時的にシャミ子の眷属になって同行するプランを考えていた。魔法少女の千代田と違い、同じ闇の者同士なため抵抗はなくシャミ子とリリスさんが許可を出せば問題ないと思った。のだが。

 

『そんなのヤ〜ダ〜!! 我の子孫は誰の眷属にもさせんぞ!!しゃみ子達が許してもこの我が許さん!!!』

 

 ……うちの燃えるゴミが駄々をこねだしたのだ。

 ミカンの危機だっつってるのに、手段を選んでる余裕がある訳ねーだろ。

 

「…そういうなら、代わりにどうするかとかは考えてあるんでしょうね?」

『当然。反対するなら代案を用意するのは社会人―――否、暗黒神として常識だ』

「嫌な常識だなオイ」

『そう言うな。その為のスラリンなのだから』

「え?」

 

 ゴミ先祖が考えてる代案とやらとなんかついてきたスラリンに何の関係があるんだ?

 

「ピキッ?」

 

 スラリンの方を向くと「どうかしたの?」と言わんばかりに鳴くばかり。「可愛い…!」と呟いたミカンと目が離せていない千代田、しっぽが暴れているシャミ子を理性を振り絞って見なかったことにし、ゴミ先祖に尋ねる。

 

「……スラリンで何するつもりなんだ?」

『まぁ待て。取り敢えずしゃみ子に千代田桃、貴様らは陽夏木ミカンの夢に先行しててくれまいか?

 クロウは…そうだな、スラリンのチューニングが終わり次第向かうことになる』

 

 不思議な顔をした女性陣を横にさせたゴミ先祖は、スラリンに近づくと何やらボソボソ呟いて何かを始める。そして、その何かが終わると同時にスラリンがシャットダウンしたかのように動かなくなる。

 

「お、おい、ゴミ先祖!一体何を……」

『スラリンを覗いてみよ。すぐに分かる。』

 

 言われるがままにスラリンを覗いてみれば、何かが映し出されていた。

 薄暗い空間。そこに起き上がったらしい私服のシャミ子と闇堕ちフォームの千代田。

 

「こ……これは一体…!?」

【えっ!! す、スラリンからクロウさんの声が!?】

【ほんとだ……神原くん、聞こえる?】

 

 どうなっているんだ?? なんで、スラリン越しにシャミ子と千代田が見える……? それに、スラリンから俺の声がするって……??

 

『これぞスラリン通信機! クロウを眷属化させぬまましゃみ子への夢へと突入する方法よ!

 今回はコレで二人を補助する形になる!』

 

【す…すごいですラプソーンさん!】

【で、でも…スラリンがなんでミカンの夢の中に……?】

『スライム族は本来聖にも魔にも属さぬ。それはつまり、あらゆる状況に適応できることを意味しておるのだ。

 それにスラリンはクロウの魔力料理を日頃から食べていたからな。あと、先日千代田桜の泉に浸かっただろう? スラリンを送り込んで、現実の我らと中継を繋げて操作することなど出来て当然といったところか』

 

 それは、俺の本来のプランとは別の方向ですさまじいものだった。

 まさか、スラリン達にご飯をあげ続けていたことがこんな形になって返ってくるとは。かつて世界の宿敵だった暗黒神ラプソーンは、存外器用でかつ頭が良いようだ。

 

『…余の一族の力に干渉するなんて、他のまぞくでも出来んぞ? ラプソーン、貴様は自分のやったことを理解しておるのか?』

 

『リリスよ。我は暗黒神であるからして、夢魔程度とは格が段違いなのだ。本来の力を発揮できれば、世の理など思いのままよ』

 

「……とりあえず、今回はこんな形でシャミ子をサポートして、ミカンを助けたいと思います。いいですか、リリスさん?」

 

『…勝手にしろ。足だけは引っ張るんじゃないぞ』

 

 リリスさんのお許しも出たところで、ミカンの夢の世界の探索を始めるとしよう。

 

『あぁ、そうだクロウ。お前には、スラリンの操作方法も教えておかないとな。

 基本的にAボタンが通常攻撃でBボタンが必殺技。スマッシュはABの同時押しだ。空前と横スマは威力もふっとばし力も高いし時にはメテオにもなるから覚えておけ』

「スマッシュって何?空前とかメテオとかなんの話だ!?」

 

 シャミ子と千代田の移動中、後ろをついていきながら操作方法を教わるとは思っていなかった。専門用語もあって半分近く意味わからんかったし。

 

【あれは…ミカンさん!?】

「何っ!!」

 

 わかった情報だけでスラリンを操作してシャミ子の頭に乗っかってシャミ子の視線の先を見てみれば、そこにはミカンがいた。目を閉じていて動く様子はなく、しかも周りの黒いモヤのせいでよく見えない。

 

【よく見てシャミ子、神原くん。あれを見てどう思う?】

【ミカンさんがかわいい】

「いや、まぁ…間違ってないけど、その前にミカンの周りの黒いのはなんだ」

【うん、神原くんと私がいなかったらシャミ子即死だったね】

【即死!!?】

 

 千代田によると、ミカンを守るように蠢いている特濃の霧は、ミカンを守る力場の本丸なんだそう。

 不用意に足を勧めていれば霧が襲い掛かり、シャミ子や俺をまぞくの開きにしていただろうとのこと。怖すぎる。

 

【まずは遠くからコミュニケーションを試してみて】

【エクスキューズミー、あいわんびーゆあふれんど!あいはばかしおーり!】

「シャミ子、菓子折りは英語だとcase of cakesだろ」

【いやまず何で英語にした】

【外国出身と聞きまして】

 

 ここで話が通じてくれれば良かったのだが、黒い霧は俺達を敵と認識し、攻撃しだした。

 

【やっぱり襲ってくるか!二人とも、時間稼ぐから説得して!】

【ウガルルさん!ミカンさんが困ってるんです!】

『駄目だ、こやつは存在が溶けてしまっておる!視覚も聴覚もない!おそらくよその魔力に反応して攻撃してるだけだ!』

「なんだって……!? じゃあ、説得の意味がねーってことかよ!なんとかならないのか、リリスさん、ゴミ先祖!」

『ミカンの魔力と混ざっちゃってる以上、下手に削るとミカン自身にまで悪影響だ!』

 

 リリスさんによって状況が悪いことがどんどん判明していく。

 俺もスラリンを操作して霧を散らさない程度に防御して、千代田を手助けしているが時間の問題でしかない。

 くそ、どうにもならないのか?

 リリスさんが撤退を呼び掛けたその時、黙っていたままのゴミ先祖がスラリン越しに言った。

 

『聞こえるか、シャドウミストレス優子よ!貴様の『ずるい武器』で、如来の棍を作り出せ!!』

「は!? お前、何を言って―――」

 

『あの棍なら実体のないウガルルだけを祓える!! 陽夏木ミカンを救いたいのなら早くしろ!!』

 

【ラプソーンさん…? 何を言ってるんですか!?】

 

『大義を見誤るな。我は現段階で最も効率的な手を案じただけだ。手をこまねいていても状況が悪化するだけ………さっさとやれ!それとも…()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「!!?」

 

 あまりにもな提案に一瞬、俺もシャミ子も言葉に窮してしまう。

 如来の棍―――それは、シャミ子の杖の能力が明らかになった時にゴミ先祖が挙げていた武器のひとつ。その効果は……『実体のない敵すらもうちのめす』こと。

 いま、この武器を「ずるい武器」で作り出すことは……ミカンの中に溶けてしまっている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今はこんなでもかつてはミカンを守るためにおやっさんが呼び出したものだぞ? それを……儀式の不手際で制御不能になったからって、そんな……壊れた機械を廃品回収に出すのとはワケが違うんだぞ? もっとマシな手があってもいいじゃあないか!!

 

「…もうそれしかないのか? 溶けたモンをもっかい固めるとか、もっとなんかないのか?」

『くどいぞ我が子孫。我が提示したのは最適解―――』

【溶けた……固める?………! 桃、クロウさん、もう少し時間を稼いでもらえますか? 溶けた混沌を固める――武器をつくります】

「―――マジか!!」

 

 スラリンのコントローラー(というと違和感があるけど)を握る手が熱くなる。

 千代田とやる気が復活した俺がシャミ子を守りつつ、時間を稼ぎ。確保した時間でシャミ子が作り出したその武器は。

 

【いきます……!

 ずるい武器―――天沼矛(あめのぬぼこ)〜〜!!!】

 

 スラリンの空前と横スマ動作を覚えた労力に見合いすぎて、大量にお釣りが来ることを、俺はまだ知らない。

 ……ただ、シャミ子は泡だて器を武器だと思っているのか? もしそうなら、後でしっかりと教えておかないといけないのかもだけど。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「……なるほどねぇ。そんな事があったのか」

 

「それで、裁判長……判決は?」

 

「判決前にひとつ訊くけど、シャミ子とちよももとミカン、誰の寝顔に惹かれた?」

 

「ね、寝顔に惹かれたってお前な……」

 

「はい有罪。執行猶予はつけるけど」

 

「そんな馬鹿な!!?」

 

 ―――で、今に至る。

 あの後、シャミ子がミカンの混沌を固めることには成功したものの、その直後に扉が開く音がしたから振り向いて見てみれば、そこには俺を通報する2秒前の佐田がいた。だから事情を話して無実を立証したはずなのに有罪をかっ食らったのはなんでだ。

 

「寝顔を意識した時点で執行猶予付きの有罪に決まってるでしょ。

 ミカンの返信がないから様子見に来たと思ったら、死屍累々だわクロウ君は寝込みを襲う体勢だわシャミ先は止めないわ、ラプソーンがいるわスラリンがいるわ………思わず通報しちゃうかと思ったよ」

 

「それはマジで勘弁してくれ………あと俺は襲ってない」

 

『クロウが襲うか否かは置いといて、状況としてはクロウの説明で大体あっておるぞ。同じ女性である余が保証する』

 

『然り。クロウはそう簡単に女性に手を出せる肉食系ではない。寝込みを襲うなど論外。遊元泰庵とかいう輩とは違うのだ。そこも我が保証しよう』

 

「え~~。ラプソーンが保証してもな~」

 

『佐田杏里貴様、我をなんだと思っているのだ!』

 

「喋る杖」

 

 漫才はおいといて、現在の状況も良くなったが油断はできない。

 佐田が来る直前に使い魔ウガルルの固まった姿を少し見たのだが、獣成分の混じった少女の姿をしていた。

 シャミ子のずるい武器・天沼矛(あめのぬぼこ)は成功し、なんとか話をできそうな状況に持って行けたが円満に出ていってもらうにはここからが本番だ。

 正直あの二人では不安が残る。シャミ子は天沼矛(あめのぬぼこ)を使った反動が来てるかもしれない&腹の探り合いが絶対に出来なさそうだし、千代田は話し合いよりも話し合い(物理)が得意そうなイメージだ。俺が目を離してる間に交渉決裂とか笑えない。

 

「―――というわけだから佐田、見逃してくれないかな……?」

 

「良いよ。さっきのことも黙っとく。…でも執行猶予として、三人が起きるまでスラリンサポートは私に交代ね。近づくのも禁止」

 

「泣きそう」

 

「起きたら(ミカン)に慰めて貰え」

 

「誰が夫婦だ」

 

 この宣言の通り、ここから先は佐田にスラリンのコントローラーを奪われた。

 ゴミ先祖とリリスさんが生き生きと佐田に指示を出しているのを部屋の隅でただ眺める。そして、窓から満月が見えて、ほろりと涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「杏里ちゃん、来てくれたんですね!

 あの、今から新たなる命の召喚を手伝ってください!!」

 

「よっしゃー任せろ……じゃねーだろ!!

 なにそれ!? 完全にやべー事じゃん!説明してくれ!!」

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

 起き抜けにスーパーイカれたお手伝いをお願いしてきたシャミ子が言うには、スラリンサポートを俺から佐田に交代して手持ち無沙汰になり、月を眺めて黄昏れてる間にシャミ子と千代田と半覚醒のミカンがウガルルを説得し、現実世界で今夜中に召喚し直して新たな仕事を与える「ウガルル再雇用プロジェクト」を行うことになったんだという。

 かつてミカンの家でウガルルを召喚した時は魔法陣が小さく、依り代も脆かった上にお供えのから揚げも魔力スカスカ&レモン臭かったということで事故ったらしい。故に正しい召喚が必要になるのだという。

 だが俺はその「正しい召喚儀式のやり方」なんて知らないし、他の四人も知ってる様子はない。

 

「ゴミ先祖、なんか知らないか? 暗黒神なんだろ?」

 

『我の場合、おそなえは死にたてホヤホヤの生贄で―――』

 

「あ、もういいや。お前に訊いたのが間違いだった」

 

『何故だ!!!?』

 

「ラプソーンさん、命ロスト系のやばい儀式はちょっと」

 

 シャミ子の言う通りだ。新たなる命の為に人命ロストする類の儀式はお呼びではない。魔法少女も俺もシャミ子も許すわけなかろうが。

 通信機から元に戻ったスラリンは「ピキー!」と跳び回るばかり。仕方ない、アイツを呼ぶか。

 

「小倉!どうせ聞いてるんだろ、早く出てこい!」

「は~い! 儀式の材料だよね、ちょっと待ってて」

 

 う~ん、さすがというべきか、話を理解してまとめるのがすごいスピードで行われていく。リリスさんの像か俺のスマホで盗聴とかしてたんだろうけど。小倉が屋根裏から出てきたことに色々となんでだよって顔を佐田がしているが、気にしたら負けだ。俺の家の屋根裏にもアジトがあるかもとか考えたくないし。あと『やはり小倉しおんは我らの軍に入れるべきだ…!』と悪い顔でほざいているゴミ先祖は全力でスルーした。

 

 でも、小倉の尽力もあって儀式の準備は着々と進んだ。

 

 

「佐田、お前ん家精肉店だったよな?」

「そーだよー」

「『バードファイター』は取り扱ってるか?」

「えっ、あれ? うーん、少しはあったと思うけど」

「頼んでもいいか?俺が知ってる鶏肉であれ以上のものは知らない」

 

「あ、なら私がお肉持って『あすら』に行きます!事情を話してきます」

「お願いね、シャミ子」

 

 最高級鶏肉を使った魔力料理と動物系まぞくの毛をシャミ子に頼み。

 

「千代田さんペンキ仕上げおねがいしまーす」

「わかった」

「千代田よぉ……ちょっと俺にスパルタ過ぎやしねぇか…?」

「遊元くんさっさと手を動かして」

「ひぃぃぃぃぃ…」

 

 体育祭のメンバーを集結させて魔法陣を描き。(ダイも来てくれたが、ミカンとシャミ子にセクハラ紛いな言動をしたせいで千代田にスパルタされていた。ざまぁ)

 

「クロウさん…この人誰……?」

「ん~、天井裏のウィッチレディかな。かしこさだけはカンストしてるから頼りにはなるよ」

「神原君も言うよねぇ~」

「ストーキングされたり家に侵入されたりしたら誰だってこうなる」

「やっほ、クロ君。来ちゃった」

「フブキ!? お前、なんでここに……」

「勘、かな」

 

 良ちゃんやフブキまで手伝いに来てくれた。よりしろ粘土をこねこねしながら小倉と良ちゃんとフブキとの4人で人の姿を模していく。

 

 そうして、ウガルルの召喚には成功した。

 新しい体はすぐに崩壊することなく、本人曰くよく馴染むと。

 コレで、ミカンは呪いから解放されたんだな。

 

 

「神原!」

「…ダイか」

「さっさと陽夏木んところへ行ってこいよ!」

 

 舟を漕いでいた良ちゃんを吉田家に送り届け、ばんだ荘の壁に寄りかかったところでダイに声をかけられた。

 

「……でも、俺は」

「いーの!役に立とうが立つまいが、みんな仲良くが一番だろ!

 それに―――嬉しい事を一緒に喜んであげるのも、良い彼氏の秘訣だぜ!!」

 

 肩をバンバン叩いて笑うダイ。

 まだ何も言ってないだろとか、お前に彼女が出来たことないだろとか、色々言いたくなったが………そうだな。今は、一緒に喜んでもいいんだろうな。

 

「………誰がミカンの彼氏だ」

 

 ふ、と自然に出た笑みと一緒にひとこと、ダイに言って、今後の事を話しているミカンとウガルルの元へと歩いて行った。

 

 

「…初めまして、ウガルル」

「んガっ、ハジメマシテ…?」

「俺は神原クロウ。ミカンの……友達だ」

 

 おいそこ、彼氏じゃないんだとか言ってひそひそすんな。

 ダイと一緒にはっ倒すぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ!新たな街の仲間も優しく受け入れていくんだ!

 




オリジナル&ゲストキャラクター紹介


神原クロウ
 ミカンの危機に動き、ミカンの心の中をスラリンで駆け回った暗黒神後継者。ミカンの呪いを解くことができて満足しているからか、ミカンがミカンママになったことにまだ気づいていない。
 ちなみに後日、シャミ子に格ゲー対戦を挑むが、ボロ負けの憂き目に遭い、そこでコマンド技の存在を知る。

暗黒神ラプソーン
 クロウの意志を尊重し、ミカンの呪いを解く手助けをした暗黒神。だが、シャミ子にウガルルを祓うように命じるという目的のために容赦のない一面も。忘れてるかもしれないがコイツはかつて世界征服を企んだ邪神。優先順位をつけ、合理的な戦略をとることが出来なければ闇の世界を束ねる立場は務まらないのだ。

スラリン
 クロウのコントローラーになったりミカンの心の中に入ったりしたスライム。操作方法はもろスマブラで、カービィやプリンに近い軽量級タイプとなっている()。

遊元泰庵
 杏里やしおんと一緒にウガルル召喚を手伝った一般ピープル。シャミ子に余計な口説き文句を言ったせいで桃に酷使された。

篇瀬吹雪
 杏里やしおんと一緒にウガルル召喚を手伝った一般ピープル。勘でばんだ荘まで辿り着き、良子・クロウ・しおんと一緒に依り代を作った。

ウィッチレディ
 人間の女性の姿を模した、魔女の魔物。様々な攻撃呪文を使うほか、女の奥義「ぱふぱふ」を使う。極上のソレは身動きをたやすく奪うとされており、子供には刺激的なことで有名。
 拙作ではクロウが小倉をそう例えて呼んだ。魔術・儀式に精通し倫理観のなくなった魔女的な一面があるが、「ぱふぱふ」ができるのかとか考えてはいけない。



アイテム大辞典

にょらいのこん   種別:武器・棍
眩いばかりの金色をした、幻の棍。如来が説法をして回った際に持っていたものとされ、実態のない敵すら打ちのめす。ドラクエでは「実体のない敵」=エレメント系(さまようたましい、シャドー、ギズモ、ほのおの戦士など)とカウントされているが、エレメント系が「不定形な敵」なので、拙作では霧状態のウガルルもカウントされると判断する。





おまけのまぞく

くろ「シャミ子、ここ最近ずっと思ってた事だけど、千代田の事けっこう好きなのか?」
しゃみこ「へっっっ!?!? な、何を言ってるんですか!!桃は私の宿敵です! 確かに最近眷属になってくれたしカッコいいし私のご飯を美味しく食べてくれますし私的に華があるけど別にその、す、すすすすすっすきすきすきなんてことはありません!!!」
くろ「超大好きじゃん」
しゃみこ「なにおー!!そーいうクロウさんだってどうなんですか!ミカンさんのこと大好きでしょう!!?」
くろ「はああぁっ!!?べ、べべべべ別にそんなんじゃない!ただの幼馴染だっつってんだろ! ちょっと…気が合うし息も合うし一緒にいてて凄く楽しいしそばにいたいと思うくらいで他意はない!」
しゃみこ「とても大好きじゃないですかー!」

もんも「シャミ子と神原くん、何の話してるんだろう?」
みかん「ちょっとコッソリ近づいてみましょうか」

この後、惚気を振りまきながら大暴走する嫁/旦那を赤面しながら押さえる羽目になった魔法少女であった。


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がんばれミカン! 新人ママ魔法少女とウガルルの適材適所大作戦!……って誰がパパだ!悪乗りも大概にしろ!!

ようやくドラクエ11をプレイできている作者から、皆様にお久方ぶりのまちカド暗黒神にございます。
今更ですが、ラプソーンのCVは高木渉さん(3DS版のプチソーンを担当しています)です。
クロウのイメージCVは筆者自身が男性声優に詳しくないのもありますが……個人的には松岡禎丞さんを考えています。




今回のあらすじ

あんり「ここはお肉屋さんだよ。どんな用?」
ウガルル「→買いにきた
      売りにきた
      やめる



 ウガルルの一件があって以降、ミカンの呪いはすっかり消えていた。

 それもそのはず、呪いの原因はウガルルであり、「ミカンを守る」という命令に従い動揺した時に周囲の人間に攻撃していた結果だったのだから。

 

「よ~ミカン。色々持ってきたぞ~!」

「クロ、ありがと~」

 

 そんなウガルルも、なんやかんやあってミカンの部屋で一緒に暮らしている。

 

「お、ウガルル…髪の毛さっぱりしたね!」

「ミカンに整えられタ!! お前がクローだナ!」

「うん、まぁそうだよ」

 

 最初はミカンから離れようとしたものの、「10年も心の中に居たんだから今更よ!」と言わんばかりに同居を許して、今はすっかり元気なようだ。

 

「オレ、お前のコト知ってル! ミカンが心震えた時いつモお前いタ!…ト思ウ。なんでダ?」

 

 

 

 …? ウガルルが俺のことを……あぁ、そうか。

 10年もミカンの心の中にいたってことはつまり……俺がミカンと初めて出会った時点で、既にミカンの心の中に、ってか。

 引っ越す前では俺とミカンで同じ家の中で過ごしてたと思ったら、実はウガルルもいたってことなんだな。

 

「ウガルル、多分俺と君が初めて出会った時にはウガルルはミカンの中にいたんだ。

 だからなんとなく知ってたんじゃあないかな?」

 

「んがっ………ンー? なるほド?」

「ははは、ちょっと難しかったかな?」

『…む? ちょ、ちょっと待てクロウ』

 

 ゴミ先祖が口を挟んでくる。何かに気づいたような言い方だが……

 

『つまり、クロウはウガルルの父親ということになるのか?』

「はぁ!!?」

「ほあっ!!?」

 

 変な声が出た。

 コイツは……このゴミ先祖は何を言っているんだ!?

 

「オイオイオイオイ待て待てゴミ先祖!?

 なんで…俺がウガルルのパパなんですかねぇ…!?」

『そもそもウガルルが陽夏木ミカンの娘なのは分かるな?』

「いやまずそこから分からんのだけど」

「娘ってやめてもらえるかしら??」

 

 というか娘って何の事だ。俺の幼馴染が知らぬ間にママになってるとか何の冗談なのか。

 

『魔力をもって魂的なものを育んだらそれはもう魂のパパ・ママなのだ。我等もそのようにして子孫を増やし、血を繋いできた』

「そうだったの!!?」

『腹をくくるのだ陽夏木ミカンよ。貴様はどうあがいても15歳ママ魔法少女の宿命は変えられん。ウガルルを認知してやらねばな』

「ママはやめて!!あと認知って言い方良くないわ!!!」

 

 まさかのゴミ先祖の子作り云々の秘密がここに明らかになる。

 ゴミ先祖の言い分が本当なら、マジにミカンに子供ができたことになるけども。

 でも、ウガルル誕生に俺は関係ないはずだ。

 

「そうか。仮に3歩譲ってミカンがママだったとして、だ。俺がパパだという根拠はあるのか?」

「クロ?それは流石に譲りすぎじゃない? あと97歩くらいなんとかならないの?」

『クロウよ。リコの魔力料理の件の前、陽夏木ミカンに料理を振る舞ったことは?』

「数え切れないほどあるけど………まさか」

『うむ。二人で同棲していた頃、クロウの料理に魔力が僅かにでも紛れ込んで、陽夏木ミカン経由でウガルルに与えられてもおかしくはない』

「そ…そうかもだけど………同棲って言うのやめろォ!!」

 

 暗黒神の子孫に目覚める前は普通の一般ピープルと同じように過ごしてきたため、魔力が扱えたとは思えない。でも、分からなくなってきたぞ。

 リコは料理に魔力を込める事を「丹精込める」とも言っていた。まぞくになる前は比喩表現的に丹精込めて料理した事あったから、そん時にウガルルの元へ魔力がわずかでも送られたとはあり得るのかもしれない。

 でも、元一般ピープルだぞ? そんな事あるのか? やはり、ミカンシングルマザー説の方が強そうだけどなぁ……

 

「………子持ちミカン………」

「聞こえたわよこのおばか! ウガルルのいない場所で覚悟しておきなさい!!」

「ちょ、待つんだミカン!今のは悪かった!! ほんの出来心で―――」

『言っておくがクロウ、貴様も子持ちだぞ?』

 

「え?」

「は??」

 

『チロルがいるだろう? 魔力による儀式で生み出したんだからチロルにとってはクロウは父親同然だ』

 

「「……………」」

 

 悲報、俺も親だった。

 いやーーでも待ってくれ!! 相手はチロルだぞ!?

 ウガルルみたいな人型じゃない、どっからどう見ても猫なんだぞ!

 

「……クロ? 私をミカンママってからかえなくなったわね?」

「そんな訳ないだろう!! ウガルルみたいな人型と違って、チロルは猫だぞ! 人の子供が動物でしたとか、そんな北欧神話じゃあないんだから……」

「あら、それはチロルに訊けば良いんじゃないかしら?」

「くっ………!!」

 

 チロルがここにいなくて良かった。

 もしここにいたら、チロルが俺の事をなんと思ってるかが試されて、最悪ミカンと同じように16歳パパまぞくにされていたかもしれない………!

 

『ウガルルよ、我がラプソーンだ!お前のお爺ちゃんでもある!』

「んが…らぷ、そーん? おじーちゃんってなんダ?」

『お爺ちゃんとはパパのパパ、もしくはママのパパである!』

「ンー…パパのパパ、ママのパパ、ママでパパ……??」

『要するに、我はウガルルの父・クロウのご先祖だから我はお爺ちゃんなのだ!』

 

「「何教えてんだ(の)暗黒神!!!」」

 

 とりあえず、ウガルルに祖父を刷り込もうとしているゴミ先祖は二人で協同的にしばき倒す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ウガルルを変な事を教え込む輩から守るためにいろいろ教えたいと思います」

 

「賛成ー」

 

「オー!」

 

 ゴミ先祖みたいに変な刷り込みをされても困るので、俺とミカンはウガルルに基本的なアレコレを教えることにした。

 

「まずは何よりも、言葉を教えることから始めようか」

「そうしましょうか」

 

 まずは基本中の基本、言葉だな。

 ウガルルはこの街に呼び出された夜、ミカンから「仕事を探す仕事」を命じられた。ウガルルは当然、そんなざっくりしてふわっとした仕事など簡単に分かるはずもない。だが何を探すにしても、最低限読み書き出来なきゃ始まらない。

 

「じゃあまずは漢字を…」

「待たんかコラ」

 

 すぐさま漢字を…それも柑橘系漢字が書かれたノートを取り出して教えようとするミカンを羽交い締めにする。

 柑橘……蜜柑……檸檬……レベルが高すぎるだろうが。ゲームでもそうだが、最初の街のモンスターは弱くて当然だろう。いきなり漢字なんて難敵やってられるワケがない。

 

「なにイキナリ難読漢字を見せてるんだ?なんなの、脳みそがクエン酸で溶かされちゃったの?」

「柑橘系へのアツい風評被害やめなさいよ!大事じゃない!」

「日本語は難しい。ひらがなカタカナから教えないとまず覚えられない。だからそこから初めて…」

「クロだってマヨネーズの単語を覚えさせたいだけじゃないの!!」

 

 至って普通の日本語講座を始めようとしたらミカンにヘッドロックを食らった。俺は真面目にウガルルの為を思ってやろうとしてるんだぞ?

 確かにマヨネーズに漢字は使わないし、ひらがなカタカナを覚える以上覚えやすくなるけど、それとこれとは何の関係もない!

 

「待て待てミカン、それは関係ない!マジでひらがなの方がカンタンだから…」

「それだと柑橘系を覚えられないかもしれないでしょ!」

「いや…みかんもレモンも漢字で覚える必要なくない?」

「言ったわね!?覚える必要ないならそもそも漢字が生まれてないわよ!頭に悪い脂の塊ばっかり採ってるからそこまで頭が回らないのかしら!?」

「…言うに事欠いてマヨネーズを頭に悪い脂の塊と言ったかこの魔法少女!ちょっとしたお灸がお望みならそう言えよなぁ?」

「望むところよ、返り討ちにしてやるわ!」

 

『……おいクロウ、陽夏木ミカン』

 

「「なに!!?」」

 

『夫婦ゲンカは後にしろ!!犬も食わないモノを子供に見せるんじゃあない!』

「らぷそーん、フーフゲンカってなんダ?そンな食えないほドまズいのカ?」

 

「「……………」」

 

 ゴミ先祖の一喝で場が静かになる。今回ばっかりはコイツが正しいばかりに、二人とも反論できなかった。

 とりあえず、ウガルルの教育方針はひらがなカタカナから始めることにした。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ウガルルの教育だが、順調とは言い難かった。

 もともと戦闘系が得意なまぞくだったからか、字を読むことはそれなりに出来るようになったが、漢字はほぼ読めず、数字も10から先でつまづいてしまう。

 それでも、勉強の甲斐はあったようで、かしこさは上がっているような気がする。

 

 現に、ウガルルはスラリン*1やナツミ*2と一緒ならおつかいに行くことが出来る。ある意味、これは大きな進歩だろう。ミカンの心の中に10年間いた事を考えても、知能はほぼ生まれたてと言っても過言ではない。

 

 だが、一人ではやはり心もとないと言わざるを得ない。何故なら、最初に一人きりでおつかいに行かせた際、「佐田の店で鳥モモを買ってきて」と頼んだのだが、ウガルルは鶏肉となんと桃を買ってきたのだから。しかも鶏肉は胸だったし。

 その後鶏むね肉も桃も美味しくいただいたし、本人もその夜ごはんの鶏唐揚げにご満悦だったので厳しく言えず間違ってるよと指摘できなかったんだけど………やっぱり、正しくおつかいして欲しいよね。

 

 というわけで、今回はウガルルに再び、おつかいを頼みたいと思います!

 

「ウガルル、またおつかいたのんでもいいかい?」

「いいゾ!」

「今日はちょっと難しくなるぞ~二つだ!」

 

 今までは一回につき一つ頼んでいたのを二つにする。何事も少しずつレベルアップだ。今は一つが二つになっただけだが、やがて頼む数を増やしたりルートを考えるようにしていけば、かしこさはうなぎ登りとなるに違いない。

 

「行くゾ!」

「行ってらっしゃ~い」

 

 ウガルルがバッグを下げて家を出る。

 今回頼んだのは鳥モモと小松菜だ。前回のリベンジも兼ねて、バッチリ買ってきて欲しい所である。

 

「………………」

 

 ウガルルならできると信じている。だから俺が今、ウガルルの後ろからコッソリついていってるのだって、おつかいができるか否かへの不安ではなく、不審者とばったり会わないか散歩ついでに見守るためである。ウガルルの腕っぷしならそんじょそこらの不審者に遅れは取らないだろうが、絶対なんてものはない。

 

「鳥モモ!コマツナ!鳥モモ!コマツナ!」

「………………」

「鳥ダ………モモ? コメ…ツナ?」

「……………」

 

 おやおや?怪しくなってきたぞ?

 小倉のとこのトリタロウ君を見たせいで鶏ももの鶏が抜けて桃に変化し、小松菜のはずが米とツナに分離しだした。このままだと桃と米とツナを買ってきてしまう。

 

 だが俺は訂正しない。ここで俺が出てってしまったら、おつかいの意味が無くなってしまうからだ。本人は気にしなさそうだけど、彼女のためにならない。でもその代わりに手は打ってある。

 

「ピキー!」

「スラリン?」

「ピキー!」

「コレハ………!!」

 

 ウガルルの前に現れたスラリンが、彼女に紙を見せる。それを手に取りしっかりと読むと、ウガルルは納得する。

 

「……鳥モモとコマツナ! ソうカ!!」

「ピキー♪」

 

 そう。実は、予めひらがなで書いた買い物メモをスラリンに持たせていたのだ。

 そして、ウガルルの後についていき、買う物を忘れそうになったタイミングでウガルルに見せる。こうすることで買い物の成功率が格段に上がるのだ。人間ですら買う物をウッカリ忘れてしまうことがあるのだ。受肉一か月の使い魔?なら尚更だろう。

 さっき言及した、『ウガルルはスラリンかナツミが一緒なら買い物ができる』とは、こういうことだったのだ。メタぞう*3?あいつはどうもシャイな所があるのか、商店街のような人前に出たがらないのだ。こればっかりは本人(スライム)の意思が関わるのでどうこう言えない。

 

 買う物を思い出したウガルルは、まっすぐ八百屋に向かっていく。これで、今回は買う物を間違えずにおつかいを果たせるだろう。

 

 

「……………何してんだ? 神原」

「!?!?!?!?!?」

 

 突然声をかけられた事に心臓が飛び出そうになりながら、振り向きざまに両手に闇の魔力を纏う。ま、まさか不審者―――

 

「わぁーーーーーーーーー!!!? 待て待てまてまてまて!!! 俺だ!遊元だ!!」

「………ダイ?」

 

 はて? なんでこんな所にダイがいるのか。

 ダイはいつもの制服姿とは異なり私服姿であることから、コイツは何らかの目的でここに来ているのは明らかだが……

 

「……あー、またナンパしてたのか?悪いことは言わないから、この辺でやるのは諦めろ」

「違うわ!!今回はたまたま買い物にきた帰りだし!! そういう神原は何でここにいんだよ?奇妙な変装?までして」

 

 ダイのことだからどうせまた懲りずにナンパでもしてるのかと思ったが、今回は本当に目的があってたまさくら商店街に来ているらしい。奇妙な変装してまで何してんだと問われるが、俺がしてる変装はサングラスだけだ。それ以上やったら逆に怪しまれて、全く嬉しくない回覧板デビューを果たしてしまう。

 

「ウガルルのおつかいを見守ってたんだよ」

「ウガルル?………あぁ、この前シャミ子が召喚した陽夏木の子供か」

「…それ絶対本人の前で言うなよ。で、ウガルルはまだ日本語が上手じゃないからな。スラリンと一緒に買い物できてるかをちょっと見てたわけだ」

「…パパじゃんか」

「パパじゃない」

 

 なんなんだよマジで。俺はまだ16歳パパまぞくじゃないんですけど。なんでそうまでして俺を父親にしたがるんだ……

 

「―――あ、しまった…見失った!」

「いーじゃんかよ。もともとおつかいだったんだろ? 早く家に戻っておいた方が良いんじゃないか?」

 

 俺がダイと話している間にウガルルとスラリンが別のお店に行ったからか、再び見た時には二人(一人と一匹)の姿がこつぜんと消えていた。なんてこった。これでは、これ以上ウガルル達をコッソリ追うことなんてできない!

 

「…仕方ない。帰るしかないな」

「じゃ、途中まで一緒に帰ろうぜ。召喚されてからのウガルルちゃんの事、知りたいからな」

「……あの子に手を出したら、ぶん殴ってやる」

「出さないよ!死にたくないし!!」

「ちょっと信用できないな」

「怖ええーーーーーーーよ!! 手をバチバチさせながら凄まないで!!?」

 

 出会ってダチになってからほぼ毎日『彼女が欲しい』と嘆いてたヤツの人徳のなさを指摘すれば、逆に無意識で魔法が出かかっていたことを指摘される。腕を見ると、黒い雷のようなものがバリバリ言っていた。それはゴミ先祖との特訓やこれまでの戦いで得た咄嗟に出せるものであって、意識すればすぐに引っ込めることができたので問題ないけど。

 

「あの後、俺とミカンで言葉を教えたんだ。ミカンったらいきなり柑橘系漢字を教えようとしててビックリしたぜ」

「もうパパとママじゃねーか」

「違う。『仕事を見つける仕事』に役立つし変な事を吹き込む暗黒神からの自衛の第一歩でもあるだけだ。でも、あんま結果が芳しくなくてな。ひらがなカタカナもまだ覚え終わってない」

「そうなのか……まぁあの儀式があってまだ一か月くらいしか経ってないんだ。地道にやった方が良いんじゃないか?」

「それもそうだな……!」

 

 この後、買い物袋を両手に持つダイにウガルルのその後をあっさりと教えながら帰宅した。

 

「あ、そうだ神原…ちょっと頼みがあるんだ」

「なんだ?」

「今日だけでいい! このムフフ本を預かっていて欲しいんだ!!」

「………………」

 

 ただ、別れ際にムフフ本を押し付けて押し返す隙もなくささっと逃げ帰ってしまったダイは、後日催眠呪文(ラリホー)混乱呪文(メダパニ)の実験台にしてやると心の中で誓った。

 それから俺は、ばんだ荘前から俺の家までの距離を、押し付けられたムフフ本を隠しながらどうやって帰ろうかと四苦八苦した。とてつもなく人目が怖かったし、長くない距離のハズなのにその日だけはばんだ荘からマイハウスまでの道がとんでもなく長く感じた。しかも、家に着いてからゴミ先祖やチロル、スラリン達(あと小倉)の存在に気がつき、アイツらに見つからない隠し場所に再び数十分悩みだすのであった。

 

 

 あぁそうそう、ウガルルとスラリンのおつかいの結果なのだが……

 

「おぉ、ちゃんと買ってきてくれたね!!」

「どうダ!オレ頑張ったダロ?」

「あぁ、よくできました!ありがとう!…………あれ、思った以上にお金減ってる…?」

「ン?」

「…ウガルル、何買ったの?」

「鳥モモと、コマツナト…コロッケ!」

「コロッケ?」

「コロッケ、マジウマダッタ!!!」

「…そうなの、スラリン?」

「ピキー♪」

「………そっか」

 

 予想外の出費だったが、あげカスがほっぺについてるのがかわいいから良しとした。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――ウガルル&スラリンのおつかい後、帰宅後の我が家にて。

 

『ムフフフフフフフフフフ………』

 

 ゴミ先祖の気持ち悪い笑いを聞いた俺は、咄嗟にチロルの耳を塞いだ。

 それと共に、最悪なパターンが頭をよぎる。そんな笑いがひとまず止むと、杖の足音(というと変かもしれないが)がこっちにやってくる。俺は闇の電撃を右腕の指先に集める。

 そして赤い玉をくわえた鳥を模した杖が扉に入ってきた途端―――ソレにぶっぱなした。

 

『ギャアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!? クロウウウウウウウウ!!何故いきなり我を攻撃したーーーーーーーッ!!!?』

「チロルの教育に悪い声を響かせたからに決まってんだろ。お前のせいでスラリン達も何事かとビビってるし」

 

 特にメタぞうなんかはクローゼットの奥へ走り去ったしな。アイツほんとにビビりなんだから。まぁ、それを差し引いても今のゴミ先祖の笑い声は、汚い欲望に塗れた人間が出すような下品な笑いだったのでスラリン達やチロルには刺激が強すぎるが。

 

『なんだよ!せっかく現代のムフフ本を見つけたのだから、過去と今とのムフフ本思い出話を振ってやろうかと思ったのに!!』

「!!!」

 

 何たることぞ。俺がダイから(無理やり)預かっ(押し付けられ)たムフフ本の、小一時間かけて作った隠し場所をこうもあっさりと見破るなんて…!

 しかもかなりマズいことに、その話をチロル達がいる前でしてくるとは……! 汚いな流石暗黒神きたないと言わざるを得ない。

 

『クロウよ……貴様とて、ああいうのに興味があるんだなぁ?』

「あの本はダイから押し付けられたんだよ」

『ふははははははははははこやつめ。定番の言い訳まで言いおって、恥ずかしがらんでもよかろう? ぱふぱふの仕方まで載っていたぞ?』

「マジに押し付けられたんだよ。あとぱふぱふってなんだ」

『ふはっはははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!』

 

 事実を話しても全く信じてもらえず、恥ずかしがっていると思われている。その会話の中で出てきた絶妙に耳に残るワードについて尋ねると、なんと壊れたように笑いだした。ウゼェ。

 

「ニャー」

「え!? えーと、チロルにはまだ早いかなー?」

 

 ほらぁ、チロルがムフフ本やらぱふぱふやらのワードに興味を持っちゃったじゃんかー。ゴミ先祖の野郎、後で5回ぐらい焼き尽くしてやろうか。

 

『すまんすまん…で、ぱふぱふだったな。ぱふぱふとは…古代より伝わる秘技の一つ。有史以来女性にしか修得が叶わなかったという――相手の意識を奪うことに特化した最強の技術よッ!!』

「語感的にそうは思えないんだけど……」

『詳しくは魔法少女に訊くがいい』

「え?」

 

 魔法少女が知ってるのか?ぱふぱふを??

 良く分からないが、ゴミ先祖が『魔法少女に訊け』ともったいぶっている以上、コイツにこれ以上訊いてものらりくらりと躱されるだけだ。ならゴミ先祖以外に訊くしかないな。でも元々ムフフ本に書いてあったことだろ? そんなの……ミカンや千代田に訊いてもいいのか?でもなぁ、他に良い手は―――あ、そうだ。

 

 ふと降って湧いた様に良い事を思いついた俺は、その案を行動に移すことにした。この時間帯なら、まだ大丈夫なはずだと、電話をかける。

 

『もしもし、黒男か?珍しいな』

『元気~?』

「久しぶり父さん、母さん。突然なんだけど、『ぱふぱふ』って知ってる?」

 

 そう。魔法少女はうちの身内にもいるのである。

 最近知ったが母さんは超がつくほどベテラン魔法少女なわけだし、ゴミ先祖が魔法少女の方が詳しいと言っている以上、人選は間違ってない筈だ。ただ、電話しだしてからなんだか変な慌てようなのは気になるケド。

 

『え、ぱ、ぱふぱふだって…?』

『……黒男、誰から聞いたの?』

「ゴミ先祖から」

『そう。……よく聞いてね黒男。ぱふぱふっていうのはね―――ひと言で言えば、エッチなことよ』

「やっぱりか………ありがとう」

 

 じゃあねー、と言いながら電話を切る。

 危なかった。もし咄嗟に良い事を思いつけず、ミカンや千代田、不二に電話してぱふぱふの事を聞いていたなら、セクハラされたと思われていやらしまぞくの烙印を押されていただろう。

 ――――――さて。

 

 

「…表へ出ようかゴミ先祖」

『うわあぁぁーーーーッ!?!? ま、待つんだクロウ!これにはふかーーーい訳が……』

「無いだろう?どーせ『楽しみたかった』とかそんなんだろ」

『ご、誤解だァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!』

 

 ゴミ先祖の杖を捕まえて、すぐさま庭へ。杖だというのに、くねくね身体(?)をよじらせて抵抗するも俺の握力には敵うまい。この後俺は、ゴミ先祖にしこたま火球呪文(メラミ)大閃熱呪文(ベギラマ)をブチ込んでやった。

 

 余談になるが、その夜ミカンのお母さんから「娘とのぱふぱふは付き合ってからね☆」という謎の電話が来た。誰から聞いたのかなんとなく分かってしまった俺は、「ミカン本人に伝えるのは勘弁してください」と答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ!アダルティックな情報を正しく知って、健全な生活を営んでいくんだ!

 

 

*1
俺の家に住み着いたスライム

*2
俺の家に住み着いたスライムベス

*3
俺の家に住み着いたメタルスライム




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 ウガルルのお世話をミカンとしたり、急に押し付けられたムフフ本の扱いに悩んだりした暗黒神後継者。チロルにはついに「君のパパは誰だい?」と訊けなかったが、ウガルルへの振る舞いが完全にパパまぞくだってことにはまだ気づいていない。

暗黒神ラプソーン
 ウガルルに祖父を刷り込めませようとしたり、クロウに無自覚セクハラをそそのかしたりと相も変わらぬ暗黒神。ミカンに折檻されたりクロウに燃やされたりするが、絶対にへこたれない。長生き(?)しているだけあって、ぱふぱふの意味を熟知している。

遊元泰庵
 買い物帰りにウガルル&スラリンを見守るクロウに偶然出くわした一般ピープル。帰る直前にクロウにムフフ本を預ける。お陰で彼の家族に本が見つかることはなかったが、翌日クロウにラリホーとメダパニをしっかりかけられた。


今回の呪文辞典

ベギラマ
・敵一グループに激しい炎を放ち、ダメージを与える。

ラリホー
・敵一グループ(または一体)を眠らせる。

メダパニ
・敵一グループ(または一体)を混乱させる。


アイテム大辞典

ムフフ本   種別:その他・本
要するにエッチな本と思われる。『ドラクエⅪ』から登場したワードであり、寛容な時が過ぎ去ってしまったことを受けて「エッチな本」から改名したと推測できる。ちなみにダイがクロウに押し付けたのも「数あるムフフ本の中でも最高と名高い『ピチピチ☆バニー』」であったりする。女性陣に見つかろうものなら名誉がゼロを通り越してマイナスに突入するだろう。


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まぞくの誕生祭!! 最高のプレゼントを探せ!……愛の戦士の急襲!?というかお前は誰だ!!

お待たせしました。今更言いますが桃シャミ派の作者です。きららファンタジアの二次創作の方が良い感じにラストスパートなのでこっちが手薄になるんです……ユルシテ・・・ユルシテ…



今回のあらすじ

スライムナイトがなかまになりたそうにこちらをみている!




 とある日。俺はグルチャに送られたミカンのメッセージに気づいた。

 

『きたる9月28日、シャミ子の生誕祭を開催します!

 皆でまぞくを愛でましょう

 

 日時:9月28日

 場所:A組教室

 持ち物

 ・お菓子飲み物好きなだけ

 ・プレゼント

 ・なんかボドゲとか遊べそうなもの』

 

 ……毎朝未読400件の中に紛れ込んだ大事な情報に俺が気づいたのは、生誕祭の4日前だ。正直、俺がこのメッセージに気づけたのは奇跡的とも言えるだろう。なにせミカンの痛い絵文字の乱舞に杏里のイミフな肉スタンプ、そして俺が招待した(ことにしないと誰が招待したか分からない)小倉とフブキの参戦………薄すぎてほぼ味のないトークの中に紛れた重要情報だ。それに気づけた俺自身を褒めたいぐらいだ。

 

 

 ミカンに電話で確認してみれば―――

 

「あら、既読ついてたからてっきりわかってるもんだと思ったわ」

 

 ――とのこと。「あんなどーでもいいトーク内に超重要な話を紛れ込ますな」とツッコんで電話を切った俺は、一日家でチロル達と遊ぶ予定だった今日という日を使ってショッピングに出かける事にした………シャミ子の誕生祝いの品を買うために。

 

 でも……女の子のプレゼントか。ミカンの誕生日の際はシャレオツで柑橘系の匂いのするヤツを送ればなんとかなったが、今回渡す相手はシャミ子だ。柑橘系がウケるとは限らない。とりあえず、何を用意するつもりなのか、他の皆にRINEの個チャで聞いてみるか。

 

 

 


 

『シャミ子の誕プレ何買う予定なん?』

 

おミカン

『バスソープとキャンドルとネックレスよ』

 

さたあんり

『私とお揃いのスポーツウェア!

 あと焼肉券!』

 

小倉しおん

『手作りのうごめく人形だよ』

 

フブキ

『カラフルかつレトロチックな

 ペンセットをあげるつもりだよ』

 

千代田桃

『え?

 なんのこと?』

 


 

 

「…………」

『…………』

 

 頼れる仲間たちの十人十色な答えに、俺も途中からスマホを覗いてたゴミ先祖も絶句する。

 なんだ蠢く人形って。それはプレゼントになっていいものなのか?

 あと千代田に至っては何のことと来たぞ。アイツ大丈夫か?……まぁ、あと3日は猶予あるみたいだし、今気づけば何かしら買いに行けるだろう。

 

「とはいえ、日用品・服・食事券・文房具が既に取られてるか……プレゼント選びは難航しそうだな」

 

『あぁ。さすがの我も、しゃみ子のような女子にあげるプレゼントに覚えはないからな……どうしたものか』

 

 この時点では結論は出ず、ショッピングモールを回りながらプレゼントを探すことにしよう、という話になった。ゴミ先祖もそれに異論はないらしく、シャミ子のプレゼントを出かけながら決めることにした。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ショッピングセンターマルマ。

 ここには、かつて不二と会談したフードコートの他にも、シャレオツな店が数多く並んでいる。

 ここなら何かあるはずだ。シャミ子が気に入りそうで、なおかつ誰とも被らないプレゼントが…!

 

『…む、クロウよ。スマホが震えたぞ。』

 

「お? チャットか?」

 

 


 

おミカン

『クロ、わかってると思うけど

 マヨネーズだけはやめてよ?』

 

さたあんり

『誕プレにマヨネーズは無しだからな~』

 

小倉しおん

『マヨネーズは避けた方がいいよ~』

 

フブキ

『シャミ子のことだ、

 マヨネーズ以外なら

 何でも喜んでくれるよ』

 


 

 

「……………………………。」

 

『……っ、…!!』

 

 おい、いくらこの神原クロウといえども、誕生日プレゼントにマヨネーズは選ばねーわ。

 アイツらまったく俺の事を何だと思ってやがるんだ。今はプレゼント選びを優先させてもらうけど、いつか絶対マヨネーズのフルコースをお見舞いしてやろうか。

 

 腹を抱えて(?)いるゴミ先祖をスルーしながらも、最初に辿り着いたのは調理用品売り場だ。

 

「ここなら何か見つからないか?」

 

『な、なんなのだここは……魔道具売り場か?』

 

「いや魔道具ってなんだよ逆に」

 

 ゴミ先祖に料理するイメージなんてないからな。

 確かに、料理できない系の存在にとってはここは謎しかないエリアだろう。

 だが俺は何を隠そう自炊できるまぞくなので、ここらの道具が何に使われる物なのかがだいたいわかるのだ。

 シャミ子ん家は確か基本的な調理器具が1個ずつしかなかったはず。なにか買っていって誕プレにしてもいいだろう。

 

『おい、クロウよ……フライパンだけで結構数あるぞ…? こんなに必要なのか?』

 

「え? ……あぁ、鉄製だけじゃなくて、フッ素樹脂加工のフライパンがあるからな。火に強いのとIH対応のフライパンもそれぞれ違うし。シャミ子んトコのコンロはガスコンロだったから……買うならコレかな」

 

『こっちは包丁が並びまくっているぞ!?』

 

「包丁って一口で言っても色々あるんだ。牛刀出刃パン切ペティに菜切中華……切るものによって切りやすさとかも変わるからな……ほら、剣って言っても色んな形あるだろ?アレと一緒だ」

 

『そうか………!! おいクロウ!! この包丁カッコいいぞ!しゃみ子の誕プレにひとつどうだろうか?』

 

「…それウナギ切る用の包丁だよ?」

 

 ―――なんて会話をしながら買うものを決めていく。

 シャミ子の家にはコレはあったな、アレはなかったな……とすき焼きパーティ際にキッチンにお邪魔した記憶をたぐりながら、彼女の家にはなかっただろうものをいくつか見繕っていく。

 そして、レジに並んで会計をしよう……と思った時。

 

『……む、待て、クロウ』

 

「ん?」

 

『しゃみ子の誕プレだが……違うのにしよう』

 

「えっ!?」

 

 突然、ゴミ先祖が折角決まったプレゼントを選びなおそうと言ってきたのだ。

 どういうことだ…? ここに来てやっぱナシ、だと…?

 

「おい待てゴミ先祖、それは一体どういうことだ…?」

 

『思えば……しゃみ子はもう持っているではないか。完璧な中華鍋に変化できる「なんとかの杖」を』

 

「………あっ!!!」

 

 そ、そうだった!!

 シャミ子の『なんとかの杖』は、あらゆる棒状のものに変化できるんだった。

 スラリン達が俺の庭に迷い込んできた時期に『あすら』に寄ってリコから料理を教わった時に見たはずなのに、なんで今まで忘れていたんだ……

 ―――と、なると棒状のプレゼントは避けた方が良いか。あらゆる包丁は軒並み棒だし、中華鍋のような取っ手のついているものは全てボツということになる。

 そもそも、キッチン用品の中で棒状じゃないヤツなんてまな板しかない。流石にそれはあの家にあった。これでは、調理器具をプレゼントしてもあんまり意味がない。

 

「う~ん……なかなかいい案だと思ったんだけどなぁ…」

 

『仕方あるまい。会計する前に気づけただけ良しとしよう。

 別のジャンルからプレゼントを探すほかないようだな』

 

「別の………別の、かぁ」

 

 日用品・インテリア・アクセサリーはミカンと被る。

 食事券と服は佐田と被る。

 筆記用具はフブキと被る。

 ……困ったぞ。誰とも被らず、かつシャミ子が喜びそうなのがなかなか浮かばない。

 いっそ、なんとかの杖が一つしかない事を利用して併用できそうな調理器具をもっかい探し直すか?………そう思った時。

 

 

 

「いらっしゃい〜、そこのお兄さん!

 誕生日プレゼントならこの雑貨屋で探すのはいかがだろうか?」

 

 

 ――と、声をかけられた。

 周囲を見回すが、誰もいない。

 

「下を見るのだ、下を!」

 

 視線を下に移すと、そこには中世にでも出てきそうなフルフェイスの兜を被り、鎧を着込んだ小さな騎士のような男?が、緑色のスライムと並び立っていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!? 誰だコイツは!!!」

 

『おお、スライムナイトではないか。珍しい』

 

「おぉ、杖のお方…私の種族を知っているとは、よほど光と闇の事情に詳しいとお見受けするが……」

 

『我は暗黒神ラプソーン。杖の持ち主で貴様にぶったまげている男が我が後継・神原クロウだ』

 

「いや待ってゴミ先祖!!! スライムナイトとはなんぞ!? スラリン達の仲間か!?」

 

『そうだ。スライム族と親交の深い騎士の一族。まさかこの市でお目にかかれるとはな』

 

 やや置いてけぼりな俺をよそに、ゴミ先祖は早速こちらの紹介を終えていた。

 スライムナイトなる魔族? の突然の登場に頭が追い付いてないのにもかかわらず、ゴミ先祖から自己紹介を受けたスライムナイトは、無駄にスタイリッシュに緑色のスライムにまたがると、腰に下げた小さな剣を抜いて堂々と名乗りを上げた。

 

「遠くのものは耳に聞け!近くのものは刮目せよ!

 我こそは! スライム族の誇り高き騎士!!

 “愛の戦士”!!! ピエールなりィィィ!!!」

 

「………………」

 

 滅茶苦茶うるせェ。

 

「おいバイト!客引きの声がうるさいぞ!」

 

「あっ、店長殿!申し訳ない!!」

 

「『………………………』」

 

 しかも、直後に店長に怒られるバイトのその姿は、到底まぞくには見えなかった。

 だが、店長の声がしてきた、ピエールと名乗ったスライムナイトが雇われているのであろうお店は、所謂ディスカウントショップのようなもので、誕生日プレゼントになり得るものもあるのかもしれない。

 

 取りあえず、誕プレになりそうなものを探すために、俺達はピエールについていく形でお店に入っていった。

 

 

 

 

「……して、我が暗黒神よ。此度はどういった経緯で私が働くこのディスカウントストアにお越しになったのでしょう?」

 

「いや、それよりなに敬ってるの。そんなに気を遣わなくていいよ」

 

「これが私の素ですので、お構いなく」

 

「………しょうがないな」

 

 お店の中は、あらゆる商品がところ狭しと並んでいる。天井に吊り下げてるものから、床に置いてあるものまで、相当な品数だ。

 そんな中、俺はシャミ子の誕生日パーティーのプレゼントについて考えている事を告げた。もちろん、ピエールは何も知らないだろうから、友人たちをかるーく紹介した上での事情を話している。

 

「―――と言う訳で、誕生日プレゼントが必要なんだ」

 

「成る程。我が暗黒神は配下を労う為に彼女達の誕生を祝う品を直々に贈っているのですか。そして、来たる9月28日……4日後には、色魔将軍シャドウミストレス誕生の祝宴が行われる故、その日に間に合わせたいと。この様な感じですかな?」

 

「5割近く違えよ」

 

 しかし ピエールにはうまく伝わらなかった!

 ……おかしいなぁ。俺、説明下手とか言葉足らずとか今まで一度も言われた事がない筈だし、ミカンやダイにも自分の説明で文句言われた事がないぞ。

 つまり、普通に説明したはずなのに、ピエールにああ受け取られた。まるで意味が分からん。

 

「というか何だよ『色魔将軍シャドウミストレス』って」

 

「私の趣味だ。良いでしょう?」

 

「良いワケねーだろ馬鹿か」

 

 シャミ子本人に聞かれたらぽがーと怒りそうなあだ名を当たり前のようにつけるピエールは、しかし大元の説明の『友達のシャミ子の誕生日が近いから、その為のプレゼントが欲しい』というニュアンスは理解してくれた………と思いたい。

 説明が終わるとピエールは、積まれていた品々の中から、一つのタンバリンを取り出した。星とハートが組み合わさったような形をしており、鈴がついている。

 

「これなど如何でしょう?

 振り鳴らすと聞いた者の闘争心を奮い立たせるタンバリン。名付けて『ふしぎなタンバリン』! お聞きした限りでは色魔将軍シャドウミストレスは変幻自在な家伝の杖をお持ちとの事でしたので、棒状のプレゼントを避けたチョイスとなりました」

 

 おお。意外とマトモ? なプレゼント紹介をしてきた。てっきりまたふざけた武器やら物騒なアイテムやらを押し売りしてくるかとばかり思っていたので、良い意味で拍子抜けだ。

 

「でも闘争心を奮い立たせるって何?」

 

「テンションが上がります」

 

「パリピ装備かよ」

 

「いえ、確かにそういう使い道もございますが…」

 

 シャミ子がパリピかといえば……なんか違う気がする。佐田は間違いなくパリピかそれに近い部類の人間(陽キャ)だけど。

 棒状のプレゼントを避けたという点ではイイ感じだが、コレと決めるにはまだ早そうだ。もうちょっと他の品も見ておきたい。

 

「他には何かないか?」

 

「ふむ……でしたら、こういったものは如何でしょう? 『まほうのせいすい』なのですが…」

 

「魔法の聖水?」

 

「はい。魔力に富んだふしぎなきのみを、悪意を持つものを退ける聖水で煎じたものにございます。主に魔力回復に使われまして、最近では様々な味がついております」

 

 そんなのあるんだ。こっちはなかなか、イイ感じだ。

 丸いフラスコのような瓶に入った、透き通るような青い液体を見た感想は、そんな感情だ。

 魔力回復薬という、ゲームとかで案外重宝するアイテムがなぜこの街のディスカウントストアにあるのかは定かではないが、シャミ子もなんとかの杖の変化に魔力を使う以上、貰っても無用の長物になることはまずないだろうな。

 用途や価値によっては、誕プレに選んでもいいかもしれないな。消耗品なのがちょっと気になるが、箱買い……少なくとも複数個買えば少しはマシになりそうだ。

 

「いくつか買いたい」

 

「ありがとうございます、我が暗黒神」

 

 瓶のデザインも波や水を思い立たせるシャレオツなものだから、シャミ子も好むだろうか。

 とりあえず、プレゼントをひとつ買う事には成功だ。だが、これで買い物を終わりにするのも……なんか、違う気がする。もう一つ、メインになるものを買っておきたいところだ。

 

「他にも何かお求めになりますか?」

 

「そうだね………あ」

 

『クロウ、どうした?』

 

 空きスペースがほぼない商品ディスプレイの中にあった、とある物がたまたま目に入った俺は、ミカンにちょこっと個チャで質問。そして―――そこにあった品をメインのバースデープレゼントとして購入したのであった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「へぇ~、プレゼント、日曜に買ったんだ」

 

「あん時気付けたから良かったよ。ミカンも小倉もお前もさ…あんな重要情報、400件未読の真夜中トークに紛れ込ますのやめてくれないかな?」

 

「そんな事言われてもー」

 

 

 そして、とうとう9月28日―――シャミ子の誕生日が来た。プレゼントも忘れず持ってきたし、段取りも佐田やミカンから聞き出せているので、放課後の教室でパーティーを行うこともきちんと分かっている。

 だから、問題はない……はずなんだけど。

 

「クロウ君はなにをプレゼントにしたの〜?」

 

「パーティーまでのお楽しみ。ミカンにはちょっと相談したけどね」

 

「なに〜〜!また夫婦の内輪でイチャイチャしやがってーー!!」

 

「「夫婦じゃない!」」

 

「リアクションがお揃なのになに言ってんだか。

 ……ところで―――」

 

 

「ふむ…ここが我が暗黒神が通う高校か。なかなかどうして、小綺麗で小洒落た、イケてるスクールではありませんか」

 

「―――今日ずっと気になってたんだけど、コイツ誰?」

 

 なぜか、高校にピエールが来ていた。

 あのお店の一件以降、ピエールはスラリン達と一緒に俺の家に来るようになった。ここまではいい。だが今日に限ってなぜこの学校に来たし。

 しかも、俺の知らないうちに突然やってきたようで、1時限目が終わる頃には後ろのロッカーに腰かけて、先生の授業に「最近の人間は奇妙な事を学ぶのですね、記号と数字が入り混じった数式を解くことが、どのように役に立つのですか?」などとのたまっていた。しかもご丁寧に、首に『来校者』って名札をぶら下げながら、だ。

 それ以降の授業時も、先生方はピエールの存在に目を見開いたり、「貴方はどちら様で?」と訊いたりと不思議そうにしていたが、誰も彼もピエールが「ご心配なく。私はクロウ様の関係者にございます」と言っただけで納得して授業に戻っていってしまった。先生もっと頑張れや。

 

「私は“愛の戦士”ピエール。スライムナイトという種族ではあるが、名前で呼んでいただけると有難い」

 

「ピエールね。私は佐田杏里。よろしくー」

 

「サタン…? 男だと思っていたが………まぁ良い。仲良くしようではないか、レディサタン殿」

 

「杏里な! ねぇクロウ君!早速この人に変なあだ名つけられたんだけど!?」

 

「気持ちはすんごい分かるけど直してくれないから諦めた」

 

「諦めんなよお前!!!」

 

 ピエールの俺以外へあだ名をつける行為だが、「私の趣味だ」の一点張りでやめる気が毛頭ないらしく、あまりの頑固さに俺が折れた。「恥ずかしいから自重して」と言っても「何故、どのように恥ずかしいのですか」と言語化を求められたら答えに詰まるに決まっている。結局、ピエールのあだ名呼びが変わることはなかった。ただ、ミカンのことを「妃殿」と呼ぼうとした時は全力で止めたが。

 それ以降、ピエールの中二的なあだ名はできるだけスルーすることにした。下手にツッコんで巻き込まれたくないし、やめるよう説得するにも割に合わない。そんな結論を出した俺の首根っこを、佐田はどこかのテニス選手みたいなことを言いながらガクガク揺する。

 

「ほわぁ~~……!ピエールさんも私を祝いに来てくれたんですか!」

 

「そうだ。本日、我が暗黒神が貴殿に誕生日プレゼントを渡すと知り、私も些細ながら品を用意してある」

 

「ほんとですか!! 楽しみです!ありがとうございます!ピエールさん!!!」

 

 尚、当のシャミ子は突然のスライムナイトの参戦に目を輝かせて、貰える誕生日プレゼントが増えることの嬉しさで尻尾が暴れている。まぁ、本人が良ければそれでいっか。

 

 

「今日シャミ子の誕生日会なの!?」

 

 

 ―――おや?

 

 

「…千代田?ミカンも。 何があったんだ?」

 

 声の主は千代田で、ミカンが困ったような顔をしている。

 俺は佐田と一緒に何が起こったのかと二人の会話に混ざった。

 すると、衝撃的な事が判明したのだ。

 

 …ミカン曰く。千代田はシャミ子の誕生日会が今日あることを今の今まで知らなかったのだという。当然、プレゼントも用意していない。そもそも、400件未読グルチャのメッセに気づかなかったようだ。ミカンと佐田が「ありえなくなーい?」って感じでヒソヒソしているが、俺は千代田の気持ちがよく分かる。

 

 

「…千代田。気持ちは分かるぞ。流石に数百件未読とかやってらんないよな」

 

「か、神原くん!分かってくれるの……?」

 

「ミカンはメッセに絵文字が多すぎて痛い。佐田は肉のスタンプを連打しすぎだ」

 

「そうだよね……! あと、小倉と篇瀬は……?」

 

「俺が誘った」

 

「えっ」

 

「―――ってことにしておいてくれないか……? そうじゃないとホラーすぎて敵わない」

 

「ええぇ………」

 

「見てくださいラプソーン様! ご子孫様が汚名を自ら被りましたぞ!?」

『気の知れた仲間の安寧の為、自らを犠牲にするか………素晴らしい心がけだが、程々にしておけよ、クロウ。

 トップたる暗黒神はまず己が倒れぬ事が絶対条件。配下を庇いすぎて己が倒れるなど本末転倒だ』

 

 ピエールもゴミ先祖も余計な事を言うんじゃあないよ黙ってろ。

 ちなみに千代田だが、俺がメッセに気づけたのは奇跡と言ってもいいと断言した上で「とはいえ何の準備もないのは流石に良くないよ」と諭した事によって、昼休み中に腹痛(精神的な意味で)で早退する事と相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ちなみに、その日の誕生日会にて。

 

「わぁあ!お財布!」

「シャミ子いつも透明の袋みたいなのにお金入れてたでしょ? だから…これを使ってくれると嬉しい」

「本当に嬉しいです!! 大事にします! ずっとずっと大事にします!!!」

 

 千代田は無事、シャミ子の誕生日プレゼントを用意することに成功した。ほんっとにギリギリのギリだったけど、畳まないタイプのオットナ~な財布を選んだ千代田はとてつもなく頑張った事だろう。

 …え? 俺の誕生日プレゼントは何かって? それはだな………

 

「ほわああ!! こ…これ、『ダークエ』のフィギュア……!! クロウさん、これをどこで…!?」

 

「マルマのディスカウントストアで売ってたよ」

 

「あ…ありがとうございます、クロウさん!!!」

 

「あとコレ、まほうのせいすい。なんとかの杖使って魔力消耗した時に飲んでね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 シャミ子の好きな昔のゲーム…『ダーククエストアドベンチャー』の主人公(勇者)とラスボス(キングドラゴン)のフィギュアである。俺がディスカウントストアでコレを見つけた時、ミカンに確認したのだ。「これって、シャミ子の好きなゲームキャラじゃないか?」…と。案の定予想は当たり、見事誕生日プレゼントに選ばれたのだ。

 

「良かったですね、我が暗黒神。シャドウミストレス殿もご満悦ですね!!」

 

「あぁ。悩みまくって選んだかいがあったよ。」

 

「あ、ピエールさんの中の人も、このつめたい〝すらいむぜりー〟をありがとうございます!!」

 

「中の人などいないッッ!!!」

 

 ちなみにだが、ピエールがシャミ子に渡したものは『スライムゼリー』という、スライムの形をした、青いプルプルのゼリーだった。シャミ子が両手でぷにぷにしており、癒されている。シャミ子にそういう表情って、なんか和むな。写真撮っとこ。

 

「ほげえええええええええええ!!? ぷ、ぷぷぷぷぷプレイキャスト2!!? いっいいいいいいいいいいいいいんですか!!?」

 

「ゆーてもマスターのおさがりやからね~。3買うたしホコリ被ったままなんもアレやから使ったげて~」

 

「ほがぁ!?」

 

「あとこれ遊び終わったソフトな」

 

「ほげぇ!ほげぇ!!」

 

 ちなみにだが、一番シャミ子の心を掴んだのは、シャミ子にプレイキャスト2をプレゼントしたリコだった。千代田にも、俺にも見たことのないテンションで、しっぽが暴走するくらいに喜んでいた。

 ま、いずれにせよ、シャミ子にとって一番イイ思い出の誕生日会になったのだとしたら、それに勝る喜びはないさ。

 

 

「これで勝ったと思うなよ……」

 

「………………………」

 

 …こらそこ、千代田さん。嫉妬しないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれ桃さん!追加で百輪の薔薇の花をお見舞いするんだ!

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 ……携帯が震える。

 スワイプして開くと、そこには満面の笑みを浮かべた巻き角の女の子と、そのお友達と思われる方々。そして、千代田さんと陽夏木さんも写っています。

 

 そして、追加できたメッセには……

 


 

クロウ

『友達の誕生会なう!!

 ってね』

 


 

 ……と、書いてありました。

 わたくし、神原さんには先日機嫌を損ねてしまったこともあり、なんと声をかければいいかわかりませんでしたが……そうですね…

 


 

『とても、楽しそうですわね』

『わたくしの知るまぞくとは思えません…』

 

クロウ

『そりゃそうでしょ。

 俺の母さんだって、憎しみ

 100%で契約したらしいし』

『いろいろ事情があんのは、

 魔族も魔法少女も一緒じゃないかな?』

 

『そうですね。』

『先日はすみませんでした』

 

クロウ

『え、なにが?急にどったの?』

 

『職業見学の帰り際に、』

『特大の地雷を踏んでしまった事です』

 

クロウ

『あーアレな』

『とりあえず』

『・コー○○アス

 ・○動○士○ン○ム

 ・天○○破グ○ン○ガン

 この辺りのアニメ見てこい』

 


 

 

「……???」

 

 機嫌を損ねたことを謝ったはずですのに、どういうわけかアニメを勧められました。

 しかし、わたくしはドラマは良く見ますが、アニメは詳しくはありませんから……

 

「きど○、せ○し、が○だむ、と」

 

 まずは会員登録している○マゾン○○イムで検索してみることにしました。

 数多く出てきましたが、神原さん曰く初代と逆襲の○ャアのみで良いとのことです。

 これで、神原さんがキラーマシン関連であれほど怒った理由が明らかになるのでしょうか?

 そう思いながら、最初のお話の再生を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張れ不二さん!今夜は徹夜だぞ!!

 




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 シャミ子の誕生日プレゼントに悩んだ暗黒神後継者。ミカン達のうすっぺらぺらトークの中の重要事項に奇跡的に気づいたお陰で、プレゼント選びは余裕を持って行えた。なお、スライム系の配下が一人増えた事に関しては全力でスルーすることにしている。

暗黒神ラプソーン
 料理しない系暗黒神。第1形態も第2形態も明らかに料理に適する体型ではないため、現代日本のフライパンと包丁のレパートリーに舌を巻く。

不二実里
 隣町に住むちょっとお硬めの青色魔法少女。クロウからシャミ子の誕生日パーティーの写真が送られてきた事をきっかけに先日の件も含めてトークをしたが、何故かロボットアニメを勧められた。素直に見る事にしたが、あのストーリーの数々が彼女にウケたかどうかはご想像にお任せします。

ピエール
 “愛の戦士”を自称するスライムナイト。当たり前のようにクロウを次期暗黒神として敬う一方で、クロウの周りの人々を勝手なあだ名で呼んだり堂々と学校に侵入したりと騎士らしい(らしからぬ?)強ハートを持って好き放題しているが、相棒のスライムを気遣ったり、人の全力の懇願をしっかり守る等最低限の騎士道精神は持ち合わせている。ちなみに、ピエールの呼び方は

シャミ子→色魔将軍シャドウミストレス
桃   →堕天剣士ダークネスピーチ
ミカン →妃殿(と呼ぼうとしたけどクロウに全力で止めろと懇願されたからやめた)
    →ミカン殿
佐田  →熱鬼将軍レディサタン
小倉  →魔軍司令オグシオン
ラプソーン→ラプソーン様(基本様付け)

 ―――となっている。たまに略すこともあるが基本的な呼び名は変わらない。



アイテム大辞典

まほうのせいすい    種別:道具
使うと魔力を回復する、ボス戦等で僧侶や魔法使いに欠かせないマジックアイテム。ドラクエ8あたりでは、確か作るのに聖水とふしぎなきのみを錬金釜にブチ込む必要があったはず。

ふしぎなタンバリン   種別:道具
使うと全員のテンションが1段階上がる、陽キャ向けのマジックアイテム。全体効果があるため、普通にためるよりも重宝するが、手に入れるには太陽の冠を使うなどのレア装備を素材にして錬金で生み出す必要がある。

スライムゼリー     種別:素材
スライムのようにぷるぷるした涙型の青いゼリー。使用するとプニプニしだして独特のストレス解消になる(?)が、入手方法や具体的な正体は謎に包まれている。



おまけのまぞく
もしクロウたちに『恥ずかしい呪い』がかかったら?

クロウ
『クロウは うっかりミカンをママと呼びそうになったことを 思い出した。』
『クロウは なぜか急に両親が恋しくなってきた。』
『クロウは 急に自分がどうしようもないヤツに思えてきた。』
『クロウは うっかりだれにぱふぱふしてもらうか 考えてしまった!』

シャミ子
『シャミ子は 急に自分の格好が恥ずかしくなってきた!』
『シャミ子は 自身の魔力が筋肉注射のように痛かったことを 思い出した。』
『シャミ子は はじめて桃と戦った時の事を 思い出した。』
『シャミ子は 桃を眷属に誘った時の言葉を 思い出した! あ、あれはプロポーズじゃない~!』


『桃は 変身時の髪型をツインテールにしたことをいまさら後悔しはじめた。』
『桃は むかし変身ポーズを盛大に褒められたことを 思い出した。』
『桃は 闇堕ちした理由がしょうもなさすぎることを 思い出した。』
『桃は シャミ子が人気すぎる事に嫉妬している! あぁ、また闇堕ちしそう…』

ミカン
『ミカンは ノリノリのダンスをクロウに見られた時のことを 思い出した。』
『ミカンは 急に桃の光るおにぎりの味を 思い出した。』
『ミカンは 急に魔物に柑橘類を勧めたくなってしまった!』
『ミカンは 理想の結婚について考えてみた! なんと夫にクロウがよぎってしまった!』

ダイ
『ダイは 学校のマドンナをくどこうとして撃沈した時のことを 思い出した。』
『ダイは 食べ物の好き嫌いが同級生よりも多すぎる気がしてきた。』
『ダイは とっておきのひとりあそびを見られた時のことを 思い出した。』
『ダイは 自分の部屋のムフフ本が出しっぱなしだったことを 思い出した。』

フブキ
『フブキは 急にクロウのことが気になりだしてしまった!』
『フブキは 間違えてチェスのルールで将棋をやっていたことを 思い出した。』
『フブキは ノリノリで着た私服がダサいと言われた時のことを 思い出した。』
『フブキは 呪文をとなえようとした・・・が思いっきり噛んでしまった!』

不二実里
『実里は 急に自分の語尾が痛々しいような気がしてきた。』
『実里は こっそり書いたポエムが見つかった時のことを 思い出した。』
『実里は ラファエルの鳴き声に本気で身構えた時のことを 思い出した。』
『実里は 子供のころに考えた必殺技がとてつもなくダサかったことを 思い出した。』


 シャミ子・桃・ミカンあたりはまだまだ探せばありそうですね~。
 杏里ちゃんと小倉さんはまたの機会に考えてみよーっと。


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封印はつらいよ! ごせんぞ達の休日……イヤ、封印とかそんなんどうでもいいな!それよりガチャだ!乱闘だ!!

約2ヵ月ぶりの投稿になってしまいました。許してヒヤシンス☆
……はい、マジですいません。きらファンの二次創作のストーリーが終わったので、こっちに集中できると信じたい。



今回のあらすじ

ラプソーン「ドラ○エの勇者がスマ○ラに参戦してるからってここでも大乱闘するのはやめろォ!」




 

 

「くっ……クロ、ちょっと近すぎなんじゃないの?」

 

「近づかなきゃしょうがないだろ…?」

 

「ちょっ……! 待って、そんなに近いと…!」

 

「さて、こっから一気に決めさせてもらう」

 

「みんなが見てるのよ…!」

 

「関係ないな、いつも通りにやるだけだ」

 

 

 俺の家にて。ミカンと俺が手に汗握っている。

 シャミ子とダイとフブキに千代田、あとウガルルもいるが、俺は俺なりに攻めさせてもらおう。

 さぁ、ミカン…この試合―――貰うぞ。

 

 

「さて、ミカン。覚悟するんだな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――はいメテオ」

 

「うわああああああ! やられたぁ!!」

 

 俺の操作キャラの両足キックが、ミカンの操作キャラを奈落の底へ叩き落し、試合終了。何度目かの俺の勝利となったのだ。

 ……そう。俺達は今、○天○ス○ッチ版の大乱闘で、多人数乱闘を楽しんでいる最中である!!

 

「クロウさん、強いですね……」

 

「中学時代にちょっとな。スマ○ラはガ○ンド○フで全員殴れば優勝だ*1って聞いて練習しまくったのよ」

 

「待て神原。その歪んだスマ○ラ理論誰から聞いた?」

 

「父さんから」

 

「それお前の親父がガ○ン使いなだけだろ!!?」

 

 失礼な。この手のゲームは火力と吹っ飛ばしが強い奴が最強と相場が決まってるんだよ*2。俺の使っているキャラはそれがダントツだ。ダイやフブキが使う隼やふうせんポケ○ンなんざ目じゃないぜ。

 

「分かってないなクロ君。スマ○ラはプ○ンで眠らせるゲームだ*3と何度言ったら」

 

「プ○ン使いも黙ってろ!?」

 

「篇瀬さんも強かったわね……まさか、『ねむる』にあんな撃墜性能があったなんて」

 

「陽夏木さんも使ってみる? ハマるよ」

 

「ま、また今度ね…」

 

 ―――まぁ、フブキが予想を遥かに超えてガチ強だったからビックリしたけどな。毎乱闘一回は俺に『ねむる』当ててきたし。フブキがガチ勢と判明してからは初っ端に他のみんなと協力して落とすようにしている。でないと全員もれなく眠らされてしまう……が、それでもたまに勝ち残るあたり、フブキのスマ○ラの強さが伺える。

 

 このスマ○ラ、流石というべきか。観戦しているだけのウガルルやチロル、スライムたちも楽しむことができている。みんな笑顔なのは良いコトだ。………そんな中、明らかに不満げな人がひとり。

 

『…………ぐぬぬぬ』

 

 意外や意外、リリスさんだった。なんだろうか、さっきまでのスマ○ラの中に不満な要素でもあったのか?

 

 

『余がどうして怒ってるかわかるか………?』

 

「なぁ、次どうするー?」

 

「遊元くん、代わってくれる? 私スマホで10連ガチャ引きたい」

 

「おー、良いぜ! 今度こそ勝ってやる!」

 

『聞かぬか!!!』

 

 速やかに次の乱闘の準備を進めていると、なんかリリスさんに怒られた。

 

「ごせんぞ、怒っているんですか?」

 

『そうだ! 余は最近ごきげん斜めなのだ!! なんでか分かるか!?』

 

「さっぱりっす。あ、星5演出……!」

 

『聞けって言ってるだろ! 人のお怒り中にガチャを引くな!!』

 

 

 リリスさんの最近の機嫌の悪さは、しかし、スマホゲーのガチャの演出に夢中になっている千代田を始め、ほぼ誰もマトモに話を聞いていない。例外は子孫のシャミ子くらいなものである。

 

 

『ウガルル召喚の時、余はやたらと協力的だったろう!! しかるべきご褒美があってもいいではないか! つまり!!余にも等身大で長持ちするボディーをよこせ!!!』

 

「………リリスさん。スマ○ラやりたいならそう言えば良いじゃないですか」

 

『そうじゃ……ないわけでもないけど、せめてこっちを見ろクロウ!!!』

 

 それは無理。だって、今の乱闘ほぼ俺とフブキの決闘みたいになってるから。みんなのストックが残ってる時にフブキのプ○ンを削れなかったんだ。そんな状況で目を離したらあっという間に………あっ

 

「いただき、クロ君!」

「あっっっ!!! フブキ覚えてろよ…やり返す!!」

『一回乱闘をやめよお主ら!!!』

 

 あっという間に復帰阻止を決められ、ストックが不利になった。このままでは負けてしまう……!

 

『そうだクロウよ! 我もスラリンのチューニングとか頑張ったであろうに!!』

 

「お前がシャミ子の眷属化に反対したからだろうが!ホントなら俺が直接行く予定だったんだぞ!」

 

『何を言うか馬鹿者!貴様がしゃみ子の眷属となったら大幅パワーダウンは免れられん!そうなったら我の目標が遠のくだろうが。貴様は暗黒神になりたくないのか!』

 

「なりたくない!!」

 

『言い切るな!!』

 

「あっ、ヤベエちょっと崖端から抜け出せ…」

「おやすみ」

「あああ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」

『いっぺん乱闘をやめろと言うとろうが貴様ら!!!!』

 

 フブキのプリンに眠らされて試合が終わったところで、お互いコントローラーを置いて話に参加することになった。

 ………あの回避読みの『ねむる』は強すぎだ……

 

 

「……で、何だっけ? リリスさんもスマ○ラしたいから実物大のよりしろが〜とかなんとか」

 

『一回スマ○ラから離れるのだ! 余は別にスマ○ラがやりたいから依り代が欲しいわけではない!』

 

「そうなんですか? ドリャおじ使えばハマる*4のに…」

 

『誘うな!! 余は生まれてこのかた封印空間での生活しかしてないから自由になるべくよりしろがほしいだけなのだ!スマ○ラだけが目的ではない!!』

 

 ふむ。俺のゴミ先祖(爆笑)から受け継いだ闇(笑)への誘い(爆)を振り払ったリリスさんは、どうやら封印されてる時間の方が長いらしく、普通の日常生活に憧れを持っているみたいだな。

 でも、千代田によるとリリスさんの魂の封印はメチャクチャ強いらしく、ずっと大きいよりしろに憑依することは出来ないのだそう。

 

「つまり千代田、今までリリスさんがよりしろに憑依できたのはよりしろ自体がちっさかったからなのか?」

 

「うん。大きなよりしろを作って憑依させ続けるはそれだけの魔力と良い素材が必要だから……普通に作ったら秒でまぬけな像に引き戻される」

 

『まぬけって言うな!』

 

「ごせん像、私はかっこいいと思いますよ?」

 

『下手くそなフォローはやめろシャミ子!!』

 

 シャミ子の美的センスの有無はともかく、確かにリリスさんはミカンの件で色々手伝ってくれたからお礼のひとつやふたつはしたいが……

 そう思っていると、ゆーーっくりと天井から何かが釣り下がってくる。それは直方体型の土台に丸いスイッチがついている代物だった。俺はそこに書いてあるボタンの名前――『おぐらボタン』である――を見るやいなや、ハサミでスイッチをぶら下げていた麻糸を切って、スイッチをゴミ箱に投擲した。

 

 

「ちょ、ちょっとぉー! 神原君、それはないんじゃないかなぁ!?」

 

 すると…案の定というべきか、天井裏から小倉が出てきた。いつの間に住み着いたお前。今年越してきたばっかだぞ?

 

「うわあぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 小倉さん!!? 小倉さんナンデ!?!?」

 

「やだなー遊元君、妖怪に出会ったみたいな反応して」

 

「妖怪の60倍は怖ェー奴を見ちゃったからな、今。つーか、天井裏から出てくるヤツがソレを言うな。家賃取るぞ?」

 

「千代田さんに立て替えてもらってー」

 

「当たり前のように金の無心をするのやめてもらっていいすか小倉さん」

 

 

 突然の小倉の登場に腰を抜かすダイとは裏腹に、俺は比較的落ち着いて勝手に屋根裏に住み着いたお代を頂こうとしたら、小倉は千代田をスケープゴートにしてきやがった。特に関係ない請求が千代田を襲うのは可哀想だから半分くらい冗談だが、小倉はマジで千代田から建て替えそうだな、オイ。

 

 

「な、何で神原は平気なんだよぉ…!?」

 

「割と平気じゃない、鳥肌立ちまくりだよ。だから家賃要求したんだろが」

 

「いや、その理屈変じゃない…?」

 

「…で? なんの用なんだ、小倉」

 

「リリスさんとラプソーンさんのよりしろなら作れるよぉ〜って話〜」

 

「「「「「!!」」」」」

 

 

 小倉の言葉に目を見開く。

 彼女の説明によると、ウガルルを呼び出した際の素材がまだちょっと余っているらしく、それを使えば等身大よりしろを作ることは可能らしい。

 

 

「あの素材は薄めて使ってもかなりの濃ゆさの魔力素材になるから、お二人の古代封印に多少は対抗できるかも~」

 

「成程な。でも、そんな高級素材使って良いのか?」

 

「大丈夫~」

 

「まぁ……リリスさんには色々手伝ってもらってるし、お礼ってことで使ってもイイかな」

 

『桃…おぬし…!』

 

「本人達もああ言ってるしね!」

 

 

 千代田とリリスさんの許可が下りた以上、高級素材を使った依り代作りを行う事に異論はない。ただな小倉……息をするように柱にドリルで捨てたはずの『おぐらボタン』を取り付けるのはやめろ。俺ん家だぞ。『まぁまぁ、いつでも私を呼べるから☆』じゃないからね。お前は過半数以上の人間にとって出来る限り関わりあいたくないタイプの人間なんだぞ。そこんトコロ分かってるのか?

 

 まぁ納得いかない小倉の寄行をよそに、リリスさんの等身大よりしろ作りが始まった。

 

「まず…リリスさんってどんな姿してるの?」

 

『身長は182センチ、おぬしを優に見下ろすモデル風美少女だ!』

 

 千代田の質問の答えから察するに、リリスさんはスラっとした人だったんだなぁ。シャミ子の祖先って言うからもっとちっこい系かと思ったけど、メソポタ出身らしいし、大昔の話なので遺伝子がだいぶ混ざったんだろう。

 

「そういや俺…ゴミ先祖の容姿知らないわ」

 

『む? そういえば、言ってなかったか。

 封印前の我は身長700メートル、肌は程よく焼けた、筋肉モリモリマッチョマンのハンサムだ』

 

「………本当か?」

 

 俺のそういえばって感じの発言のお陰でゴミ先祖の見た目の詳細が明らかになった………が、どう考えても身長がおかしい上に筋肉モリモリだのハンサムだの自分で言い出してきおった。だいぶ見た目とか盛ってないか?

 

 

「本来の魂の形に近づけないとよりしろ寿命が減るけど大丈夫?」

 

「…シャミ子、本当は?」

 

「…身長はリンゴ17個分…見た目は私そっくりで日焼けした感じです」

 

「……ゴミ先祖、本当の事を言え」

 

『…………クロウの右手のような色とスパークが特徴のクリオネボディと、大きな角持ちです』

 

 小倉がよりしろの寿命の制約を言えば、ゴミ先祖はあっという間に自身を大きく盛っていたことを自供した。クリオネのどこが筋肉モリモリマッチョマンなんだよ。リリスさんもリリスさんで、シャミ子の口から盛っていたことをバラされてるし。

 

「まったく…年齢のサバ読みじゃあるまいし、二人ともかなりいい年してるクセに、引く程盛りまくって恥ずかしくないんですか?」

 

『『グハァァァァッ!!?』』

 

「ごせんぞー!!?」

 

 思っていたことを言えば、どうやら封印されてる勢に会心の一撃が決まったようだ。

 

 

「とりあえず、リリスさんはシャミ子系のかわいい感じで作るね」

「かわッ!!? きさ、ほめっ、はぼぼぼ」

「シャミ子ちゃーんデリケートな素材だから強く捏ねないで」

「お、小倉! これくらいか?」

「神原君はもっと力入れていいよー」

「え、じゃあこうか……フンッ!」

「力入れすぎー」

 

 年長者二人がしおれている間に、よりしろ素材を粘土にして、身体を作るためにこねこねすることとなった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「というわけでおまたせー! 余、降臨だ!!」

 

 よりしろ粘土こねこねによって完成した依り代に憑依したリリスさんの姿に、俺はデジャヴを覚えた。

 片方が欠けた長い角、ウェーブがかかった金髪……そしてシャミ子によく似た顔立ち。リリスさんが現世に降臨して間もなく、俺は謎の違和感の正体に気が付いた。

 

「あ、この人…前に夢に出てきた人だ」

 

『夢?』

 

「ほら、俺が変な夢を見せたゴミ先祖を燃やそうとした時あったろ? そん時に見た夢に出てきたんだよ」

 

『正確にはクロウの誤解だからな。しかし、見知らぬ者の容姿を夢で見れるとは、まるで予知ではないか』

 

「俺はアレが予知だと思いたくねーぞ…」

 

 暗黒神になって世界征服をしようとした上にミカン達と敵対するのが予知夢であってたまるか。

 俺ら男どもがそんなことを考えているとはつゆ知らず、リリスさんはシャミ子と徹夜した千代田を巻き込んで世界征服を企んでいる。

 すると、小倉がリリスさんに近づいて衝撃的な事実を告げた。

 

「その身体、七日で死ぬよ」

 

「おやっ?」

 

「これでもがんばって活動寿命を延ばしたんだよぉ~。

 魔力筋力その他もろもろ、色んなところをカットして……

 だからその身体、昆虫並みの戦闘力しか出せないようになってるからねぇ。

 それでも良いなら世界征服頑張ってね~」

 

「昆虫レベルの戦闘力……七日で死ぬ………」

 

 小倉をもってしても、等身大よりしろは一週間持たせるのが限界なのか。

 やっぱり等身大依り代は難しいのかと考えるべきか、それともリリスさんの封印が強力すぎると考えるべきなのか。

 いずれにせよ、外の世界で活動する体を得たことで、リリスさんが夢に入り込む力を使って世界の支配者になるという懸念はまず必要なくなったってことだな。

 

「ちなみに小倉、こっちのゴミ先祖は…?」

 

「ごめんねぇ、素材が足りなくなっちゃった」

 

『…小倉しおんよ。何故我から先に作らなかった? お陰で……』

 

 ゴミ先祖が恨みがましく小倉を見据える。

 その姿は、俺という人間の先祖とは思えない程の……異形だった。上半身は人形(ひとがた)ではあるが、下半身にあるべき足がなく、クリオネの形をしている。色は俺の右手と同じ溶鉱炉色。そして、頭からはヤギのような角が生えていた。

 更に、肌の色は俺ら人間のような暖かい色とは正反対の、青色だった。顔付きからは、杖だった頃の性格の悪さが伺える。

 全くもって同じ人間とは言えないビジュアルだが、おぞましさ等はぜんぜん感じない。何故なら………

 

『手乗りサイズではないか!!?』

 

「まぁ、コレはコレで助かったよ、小倉」

 

「でしょ?」

 

 よりしろが、消しゴム並みに小さいからだ。

 さっき述べたゴミ先祖の身体的特徴の角やら肌やらクリオネの身体やらも、ものすごく小さいお陰でぜんっぜん怖くない。むしろどっかのアニメのショボい悪役じみているまである。

 

『クロウ…貴様、果てしなく失礼な事を考えておらぬか?』

 

「え、何のこと?」

 

 なので、睨まれてもへっちゃらなわけだ。

 

 

『まぁ良い。して、クロウよ。我らも世界征服…もとい、七賢者の子孫探しを始めようか』

 

「ラプソーンさん、その身体の力、昆虫以下だよ」

 

『なに?』

 

「当然でしょ。そもそもがリリスさんのよりしろ作りの余りから作ったんだからぁ。魔力の濃さもリリスさんのに使ったものと同じなんだから、戦闘力も落ちて当然だよぉ、寿命も3日くらいしかないし」

 

『昆虫以下……?3日の寿命……? 我、なんだか…セミにも劣っていないか……?』

 

「………」

 

 

 ゴミ先祖が懲りることなく封印解除のための七賢者の子孫探しをしようと思ったら、小倉からまさかの事実が伝えられる。もともとウガルルの為のよりしろの余りだし、リリスさんを先に作ってあげてよと言ったのは俺だ。余りでリリスさんを作ったのだ、ゴミ先祖の分の材料が残っているだけ幸いなんだ。寿命と戦闘力が昆虫スペックのリリスさん以下になるのも無理はないのだろう。

 しかしまぁ、1週間及び3日でよりしろ寿命が尽きる古代勢には同情を禁じ得なかったのは確かだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ゴミ先祖のよりしろが完成した後、リリスさんとゴミ先祖の『銭湯に入りたい』という要望が一致したため、俺達はたま健康ランドに行くこととなった。特にリリスさんは一週間という時間で満喫したいらしく、徹夜明けの千代田まで引っ張っていっていた。哀れなり千代田。

 

 そんなこんなで銭湯に辿り着いた俺達は、いったんシャミ子たちと別れ、男湯の暖簾をくぐって温泉に浸かりに来たわけだ。

 

 ポカーンという音が似合うレベルで、俺達は湯船に浸かっていた。

 客はまばらで、ゆっくりこの暖かさを堪能できるレベルだ。

 

 

「しかし、よりしろ溶けないな。かなり助かるけど」

 

『流石、小倉しおんというものだ。まぁ念のため、三日目は風呂に入らぬ方が良いかもな。折角の身体が湯に溶けだしてはたまらん』

 

「うまのふんとか使ってたしな、ソレ」

 

『……言わねば気にしなかったことを…!』

 

 消しゴムサイズのゴミ先祖が、俺の目の前に浮かべた木桶の中を泳いでいる。普通なら「湯船で泳ぐな!」と番頭さんあたりに怒られそうなものだが、サイズ感のせいでまったく問題にもならない。いちおう木桶を使っているけど。

 

「…それで、湯加減はどう?」

 

『最高である。生まれて初めての温泉が、宇宙のような広さのものであるから尚更に』

 

 たま温泉の感想だが、ゴミ先祖は大いに気に入ってくれたようだ。消しゴムサイズだったのが功を奏したお陰か、人間サイズの俺でも広い温泉が、ミニサイズの暗黒神にとっては海並みに広い超・大温泉になっているようだ。

 

「今度、スラリン達も誘ってみるかな……あ、でもアイツ等どっちなんだろ? 性別」

 

『クロウよ、そろそろ露天風呂へ行ってみないか?』

 

「はいはい、分かった」

 

 ゴミ先祖の入っている木桶を片手に、露天風呂のある外へ向かう。

 足裏からの、石の冷たい感覚を味わいながら、ガラス戸を開けると、涼しくなっている風が全身を撫でた。

 露天風呂コーナーには、大理石と自然の岩で囲まれた湯船と、ドラム缶風呂的なモノがあり、切り揃えられた木が2、3本生えていて、日本人の趣向をこれでもかとくすぐる風景だった。

 

 

『おぉ、ドラム缶風呂があるではないか! まずはそこへ行こう!』

 

「えぇ…ここはあのデカい湯船へ直行するのがセオリーじゃないのか?」

 

『そう言うな! 我はドラム缶風呂に入りたいのだ!!』

 

「はぁー…ワガママなヤツ……ん?」

 

『む、どうした?』

 

 

 どの風呂に入るか迷っていると、ドラム缶風呂の近く、立派に生えている木の根元に、なにやら両手で持てる程度のサイズの(やしろ)的な何かがあるのに気が付いた。

 

「……なぁ。アレ、なんだと思う?」

 

『ただのオプションだろう。こういうのがあれば、なんかウケると調べたぞ』

 

「え? いつ、そんなことを?」

 

『クロウのスマホを少々拝借してな』

 

「何勝手な事してんだ!」

 

 

 人のスマホを勝手に覗き込んだゴミ先祖と、風でやや冷えた体を、ドラム缶風呂の湯船に沈める。冷えた体を、再び湧き上がる温泉が芯から温めていく。

 やべぇここ。超快適なんだけど。うっかりしてたら意識が遠のきそうなレベルで気分がいい。このまま目を閉じたら、マジで寝ちまいそうだ―――

 

 

『おい、気を確かに持て。死ぬぞ』

 

「!!!?」

 

 急に声をかけられ、立ち上がる。周囲を見渡すも、ザバァという音が響くだけ。周りには誰もいやしない。

 

 

「…ゴミ先祖、いま何か言ったか?」

 

『さっきの言葉なら、我ではないぞ』

 

「聞こえたのか?」

 

『ああ』

 

 

 なんと、さっきの言葉は、ゴミ先祖にも聞こえたらしい。まさかの状態に引っかかる。ゴミ先祖じゃなけりゃあ、一体誰だったんだ?

 だが、さっきの人物(?)の言葉は十分に的を射ている。ここで寝落ちるのは危険だ。もうちょっと浸かったら、ちゃんと風呂から出て水分補給しないとな。

 

 俺達はその後、声をかけてくれた謎の人物の正体が引っかかりながらも、露天風呂を堪能したのであった。ドラム缶風呂の一件以降ゴミ先祖がうんうん唸っていたけど、どうかしたんだろうか?

 

 

 

 

 風呂から上がった俺達はコーヒー牛乳を片手に、ロビーでシャミ子やリリスさん、千代田を探した。しかし、三人はどこを探しても見つかることはなかった。……まだ入ってるのかな? そう思っていると、声をかけられた。―――意外なる人物に。

 

 

「やぁ、クロ君」

 

「あれ、フブキ!? どうしてここに?」

 

「たまたまだよ。君は?」

 

「シャミ子達と来てたんだ」

 

「えっ?シャミ子達と? あの子達ならだいぶ前に出ていったけど?」

 

「なんだって?」

 

 

 随分とスピーディーな入浴をしていたんだ、女子たち。

 俺は俺で、ゴミ先祖の魂を杖からよりしろ(SSSサイズ)に移すことに成功し、その後の希望で銭湯に入っていたことをフブキに話した。入浴中に謎の声が聞こえた事を話すかどうか迷ったが……ゴミ先祖が勝手に喋りやがった。

 

『我らがドラム缶風呂に入ってきたとき、クロウに話しかける者がいてな。

 我には……やはり、あの者の声にしか聞こえんかった』

 

 何やってんだと思いながらも、俺はその発言に違和感を覚えた。その言い方だと…まるで、話しかけてきたのが誰だか分かっているかのようではないか。

 

 

「ねぇ、ラプソーンさん。言い方から察するに、その声をかけてきた人は知り合いなのかな?」

 

『うむ、その通りだ篇瀬吹雪よ。暗黒神たるもの、部下の声は絶対に聞き違えん。

 あの声は……我がこの世界を侵略せんとしていた時代、争いの日々の中の作戦会議で幾度となく聞いたからな……尚更、気のせいなどではない』

 

「ま…まさか。まさかそれって………!!」

 

 

 フブキが投げかけた質問に答えるミニよりしろに、まるで突然の夕立にも見舞われるかのように嫌な予感が即座に沸き起こる。そして、それは―――

 

 

『―――ゲモン。我が腹心にして、権謀術数に長けた最高度の妖魔だ』

 

 のちに、見事に的中することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 新たな仲間の予感がしているぞ!チャンスをものにしてみせるんだ!

*1
個人の意見です

*2
個人の見解です

*3
個人の主張です

*4
あくまで個人の意見です




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 父親の影響でガ○ン使いになった暗黒神後継者。ゲームの実力はかなりのもので、ガ○ン○ロフを復帰阻止メテオおじさんとして巧みに操り、当たり前のようにおじストンプや裏拳で安易な復帰を潰すことに長けている。
 銭湯は好き。和風ごり押しみたいなタイプが一番好きで、ドラム缶風呂や石畳の露天風呂はドンピシャ。極上の湯加減に昇天しそうになったところを、誰かに引き止められる。

暗黒神ラプソーン
 三日間だけ期間限定復活を果たしたラスボス。ただし依り代の戦闘力はまちカド5巻で作られたリリスさんの貧弱ボディ以下。しかも、リリスの依り代の余りで作られたためサイズは消しゴム並み。だが、今回はその小ささのお陰で銭湯を小学生の主観以上の広さで堪能することができた。その後、腹心の部下の声をキャッチする。

遊元泰庵
 スマ○ラは様々なキャラを触りつつメインではファ○コを使っている一般男子。勝負に熱中しすぎると上Bが横Bに化けるクセを持つ。

篇瀬吹雪
 スマ○ラの事をプ○ンの『ねむる』をいかに当てるか競うゲームだと称している一般人女子。ただし、そう豪語するだけあって、スマ○ラの実力は折り紙付きで、クロウとほぼ互角に戦った。





まちカド時空でのス○ブラ
 リアルのゲームとの大きな違いは、DLCに『ドラゴンクエストの勇者』がいないこと。その代わりに『ダーククエストアドベンチャーの勇者』が参戦している。そのことを知ったシャミ子はその勇者をスマ○ラのメインにした。ただし、ドラクエ勇者同様運とテクニックが求められる性能なため練習中の身である。

まちカドまぞくの子たちがスマブラで使いそうなキャラ
シャミ子→ダークエの勇者か、カー○ィのようなかわいいマスコットキャラ
もんも→CFあたりの細マッチョキャラ。ただしゲーム経験軽め
リリスさん→デ○デやキングク○ールのようなポップ的可愛さを兼ね備えた重量級を使いそう。
ミカン→かわいい系ファイター。ピー○とかホムヒカとか、見た目重視。
杏里→一般ピープルなだけあって一番予測しづらい。でもクセのないキャラ使いそう。マ○オとかパ○テナとかピッ○とか。
しおん→超クセのあるキャラを選びそう。そして真っ先に自滅するかしぶとく生き残ると思われる。



アイテム大図鑑

うまのふん   種別:錬金素材
読んで字のごとく馬の糞、つまりは馬糞。DQ7以前は使い道がほとんどなく、売れても1ゴールドにしかならない無用の長物だったが、DQ8、9では錬金釜の素材として扱われるようになった。しかし、使い道は作物の肥料程度しかない。
小倉あたりは、ホムンクルスの材料としてラボに置いておきそう。というか、漫画にそういう描写があったはず。


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闇からのいざない! 現れし智将・妖魔ゲモンのたのしい暗黒神講座!……って勘弁してくれ!俺は平穏に生きたいんDA!

今回は時系列的に言うとごせんぞが秒単位で外を楽しんでるのとほぼ同時です。



今回のあらすじ

妖魔ゲモンがあらわれた!


 妖魔ゲモン。

 それは、俺のゴミ先祖こと暗黒神ラプソーンが腹心として信頼されたとされる、かつて闇の世界からこの世界に侵略に来た暗黒神軍の参謀的存在である。

 だが、光の一族と契約した魔法少女達と戦った時には、随分と卑怯な手を使っていたようだ。人質を取るのは当たり前、敵の隙を突いて倒すためなら使えるものは何でも使い、残忍な方法であろうと使う事を躊躇わなかったと聞く。

 その後は、ゴミ先祖によると、魔法少女の追撃を逃れ、闇の世界に潜伏しているとのことだったが………

 

 

「ゲモンが、なんでここにいるんだ!?」

 

『分からぬ。だが、声だけ聞こえた事を考えると、この世界―――光の世界で好きに動けるとは考えにくい』

 

「ゲモンって、確かラプソーンさんの配下なんだよね? しおんから聞いたよ」

 

「アイツに情報リテラシーとかねーのか…?」

 

 

 ゴミ先祖の配下の情報をいとも簡単にフブキに教えた小倉に愚痴を垂れながらさっきの出来事……ドラム缶風呂に入る前の出来事を思い出す。景色を明確に思い出して、会話を思いかえす。

 あの露天風呂には確か……大理石と自然の岩で囲まれた湯船と、ドラム缶風呂的なモノがあって、切り揃えられた木が2、3本生えていて………その根元に―――!!

 

 

「…あ! あの社!! アレじゃねーか?」

 

『む……あの手乗りサイズの家か。だが、あそこにあるのは建物だけだ。アレだけでは、声を届かせるにはまだ足りない』

 

「え…アレだけじゃダメなの?」

 

『せめて魔力が潤沢に籠った鏡か何かがあれば良いのだが……』

 

「鏡?」

 

「ほら、クロ君、鏡ってさ、昔は別世界との入り口って考えられていたんだよ。光の反射なんてまだ解明されてなかったんだから、昔の人は自分自身が映る鏡の内側が、誰も見てないときにどうなってたかって色々考えられていたわけだし。ちょっと手鏡を買って、それを元に儀式するのはどうだろう」

 

「お、おう……そうなんだ?」

 

 

 鏡の古代のトリビアを聞かされた俺は、フブキの提案する手鏡で何をするかは知らないものの、さっきの声の正体を探れる方法に納得していた。でも鏡なんて持ってないし、儀式なんてなにも分からんよ?

 

 

「大丈夫、こういう時、頼りになる人なら知ってるでしょ?」

 

「……小倉だけだと不安なのでミカンとか呼んでくんね?」

 

「分かってるよ。ベタ惚れだね?」

 

「違う」

 

 

 フブキと俺は、ゲモン(暫定)を見つけたので来て欲しいという呼び出しを知り合いにかけてみる。

 小倉は当然快諾。ミカンにもOKを貰えたが、シャミ子と千代田は返事が遅れた挙句に断られてしまい、いちおう電話した不二にも断られてしまった。何でも「用事がある」らしいけど詳しくは聞かなかった。

 結果やってきたのはミカンとウガルル、そして小倉だけであったが、ロビーが華やかになった気がする。

 

 

「ラプソーンさんの部下、見つかって良かったですねぇ」

 

『ご苦労であった、小倉しおんよ。先程話した通り、ゲモンとの連絡をここで取れる可能性が高いゆえ、連絡できるものの製作を頼みたいのだ』

 

「わかったぁ~、依頼料は……………ね!」

 

『うむ。クロウにつける故、心配は無用だ。足りぬというなら……………』

 

 

 闇の世界に潜んでいるというゲモンに会えるかもしれないとのことで、やる気満々の小倉にゴミ先祖の杖が勝手に何か耳打ちをしているが、俺はあの会話に参加した方が良いのだろうか? 怖すぎて参加する勇気も湧いてこないぞ。

 

 

「でも、どうするつもりなの? まさか、ゲモンをこっちの世界に呼び込むつもりじゃあないでしょうね?」

 

『そのような事は今の我には不可能だ、陽夏木ミカンよ。全盛期ならともかく、封印中の身にできることは非常に少ないし、クロウや小倉しおんを以てしても不可能だと断言する。ゲモンは貴様らの想像の30倍は遥かに超える高等な魔族なのだからな』

 

「…そもそも、マジでゲモンと話さないといけないのか?」

 

『今更怖気づくな、クロウよ。我の後継になった以上、必要なことだ。

 あやつなら、今の貴様に必要なものを与えてくれるやもしれぬ』

 

「不要な事だけを吹き込まれそうな気がする」

 

 

 不安のうちに漏らした一言に、ミカンが深く同意した。

 俺、ゲモンが魔法少女相手にゲスな手を使いまくったゲス野郎だってこと、忘れてないからね。というか、忘れられるワケないからね?

 

 

『直接召喚することは不可能であることは言ったはずだ。

 だから、アプローチを変えてあやつが操作できる“こちらでの身体”を用意する。

 いわば、先日貴様らが作ったリリスの依り代と似たようなものよ』

 

「成程……それなら、戦闘力の面は問題ないかもね。

 でも、ゲモンのホントの怖さはそこじゃないでしょ?」

 

 

 ミカンの言う通りだ。

 ゲモンの恐ろしさは多分、その類まれなる(悪い意味で)頭脳を用いた戦略・作戦を練ってくること。

 人質を取って同士討ちとか、基地爆破で生き埋めとか、普通の人生送ってたらまず思いつかないような手段を思いつくような相手に、ただの戦闘力を封じることにどれだけの意味があるだろうか?

 

 

『クロウ、そして陽夏木ミカンよ。確かにゲモンは数々の奇策で数多の魔法少女を葬ってきた実績がある。

 しかしだ。ゲモンの頭脳は、必ずしも戦闘にのみ発揮されるものではない』

 

「というと?」

 

『内政におけるあやつの功績も大きいということだ。税制、公共事業、福祉……その他、人心を掌握するような政策を生み出し、また輔弼してきたのがゲモンという魔族なのだ』

 

「俄かには信じがたいぜ………」

 

『事実だ。証明は難しいが、我もあやつも自覚しておる』

 

 

 敵に回したらえげつない手ばかり使ってきたゲモンが、内政で人気だったとか、それはいったいいつの時代の軍事国家だと思ってしまう。平和主義の日本における暗黒神後継(不本意)の身の振り方として大丈夫なんだろうか?

 

 

「呼んでみようよ」

 

「フブキ!!?」

 

「クロ君はラプソーンさんの子孫なんでしょ? 後継者でもあるんだから、ゲモンに何もされないと思うよ。後継者でもあるんなら、尚更でしょ」

 

「………」

 

 

 フブキが、ゲモン召喚を促してくる。確かに、俺の立場上ゲモンは俺に手出しはできないかもしれない。でも口出しされない保証もどこにもないんだぞ。しかし、そう反論しようとした瞬間―――

 

「フブキちゃーん!セッティング終わったよー!」

 

「お、流石しおん! 仕事が早いね」

 

「「は!?!?」」

 

 

 小倉の不穏な内容の会話に、俺と魔法少女は小倉の声をした方向を見る。

 すると、センターのロビーの片隅に、無駄にでっかい祭壇を作り上げた小倉がいた。

 ま、待て待て!仕事が早すぎる! こっちはゲモンを呼ぶかどうかすらまだ迷ってるってのに!!

 

 

『依り代はあるのだろうな、小倉しおん?』

 

「ゲモンさんって、どんな姿してるのー?」

 

『大鷲の頭に獅子の胴体。そして、ユニコーンの如き角を三本、頭から生やしている。色はモノクロだ』

 

「…めんどくさそうだからこのグリフォンのぬいぐるみで良くない?」

 

『えっ』

 

「う~ん……できると思うけど、結構雑な術式になるよ?寿命も伸び悩みそう」

 

 

 さっそく依り代づくりの話題に入るな!!

 ゲモンの特徴を丁寧に教えたのに部下の依り代を雑~にされてるゴミ先祖はおいといても、俺はまだ「ゲモンを呼ぶ」って決めてないよ!?

 

 

「クロ、どうするの?」

 

「どうって……どうすりゃあいいんだろ…?」

 

「神原君、ちょっといいかな?」

 

「なんにも良くねーよ小倉」

 

 

 勝手に召喚儀式のセッティングをして、ここの職員さんや他のお客さんに盛大に迷惑をかけている小倉は、俺の言葉などお構いなしと言わんばかりに俺に近づいて耳打ちをした。

 

 

「ゲモンを監視するって考えればいいんだよぉ」

 

 

 ―――それが、一種の悪魔のささやきに聞こえたのは、気のせいだからか、それとも相手が小倉だからなのか。

 小倉の言う事は……間違っていない。むしろ正しいまである。ゲモンはもともとゴミ先祖ことラプソーンの配下だ。ゲモンって奴が何をどれだけ知っているかは分からないが、後継者である俺を邪険にすることはないだろうし、ここで放っておいて、後で俺らの知らぬところで何らかの悪だくみをされても面倒だ。そういう意味では、ゲモンを召喚するのも悪手とは限らないのかもしれない。

 俺は久々に、小倉のどこまでも自分本位な生き方に、ちょっとだけ戦慄というものを思い出すことになった。

 

 

「……何が目的だ、小倉?」

 

「闇の世界の住人を見てみたい~♪」

 

「ですよね~」

 

「でも、本当にクロはそれでいいの?」

 

「…確かに、小倉の口車に乗せられてるみたいでアレだけどさ。

 ゲモンを手元に置いておいて、俺の事も話しておけば、少なくとも敵にはならないと思うんだ」

 

「……そう?……………さっき小倉さんめっちゃ近かったわね…

 

「? なんか言ったか?」

 

「い、いいえ! なにも?」

 

 

 かくして、俺達は職員さんと他に来ていたお客さんに奇異の目で見られ&謝り倒しながら、ラプソーンの腹心・妖魔ゲモンを召喚する事となった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 儀式を始めると、すぐにグリフォン人形に変化が現れた。

 人形の色がくすんだかと思えば、そのまま色がなくなって、白黒のモノトーンカラーになってしまった。まるで……その人形だけが、白黒写真からでてきたかのように。

 更に、人形の額に三本の短い角が生えたかと思えば―――ついに、動き出した。

 

 

『……もしもし』

 

「「「来た!!!?」」」

「何故電話とったみたいなことを!!?」

『………ゲモンか!?』

 

 

 多種多様なリアクションを相手にモノクロぬいぐるみ―――ゲモンが最初にとった行動は………ゴミ先祖の方を向いて膝をつき、頭を垂れる……まさに臣下の礼そのものであった。

 

 

『……お久しぶりにございます。ラプソーン様』

 

『うむ。大義であった。面を上げよ、ゲモン』

 

『はっ。………ところで、現在のこの状況は一体…?』

 

『順を追って話すぞ。心して聞くが良い』

 

 そこから、ゴミ先祖がゲモンに今の状況を詳しく話していく。

 戦いから何年たっているか、ここはどこか、周りにいる人間たちは何者か……を、かる~く。

 あらかた現状を話し終えると、ゲモンがひとつ頷いた。

 

『なるほど……封印されてしまった時はどうしたものかと思いましたが、再起の目途を既に立ててらっしゃったのですね。』

 

「あの…ゲモンさん? 今のこっちの事情は分かったでしょう?」

 

『ほう…確かお前はラプソーン様の後継者か』

 

「神原クロウといいます」

 

『オレの自己紹介はいらないな。ここにいる連中は知っているようだし』

 

「銭湯の時はありがとうございました」

 

『礼はいらん。たまたま目に入った闇の者に声をかけただけの気まぐれよ。こうして呼ばれるまでの不安定な電波の中、光の世界を探っていた最中に偶然目にしただけのな』

 

 

 銭湯で声をかけてもらって、意識を持ってかれそうになったのを助けてもらった礼を言った後、本題に移る。

 だが、ゴミ先祖の説明に任せてコイツに色々師事したらヤバい事態になるのは目に見えている。平和的に、かつゲモンが何らかの悪事を企てることが出来ぬように味方に引き込めないものか。具体的には小倉っぽいポジションで。

 

 

「俺達が貴方を呼び出したのは他でもない。貴方の力を借りたいんだ」

 

『ほう?』

「クロ!!?」

 

 俺の頼みにミカンが声をあげた。

 一瞬だけミカンを見て、「大丈夫」と視線で合図する。彼女の確認をする前にゲモンに向き直って続けた。

 

「今のこの世界は、光と闇の闘争はとうに終わり、互いに不干渉で暮らしている。でも…確執はまだある。そんな世の中なんだ。

 貴方の活躍はゴ…ご先祖から聞いた。戦いだけじゃなく、闇の世界の内政にも素晴らしい功績を収めている、と。俺達の目的は、光も闇も受け入れる、良い街を作ること……でも俺は、できれば戦わない道を選んでいきたい。」

 

「クロ……」

 

「甘いと思うかもしれない。でも、戦わずに済むならそれが良いし、その為にはゲモン…貴方の知恵が要る! どうか…力を貸してくれないか!!?」

 

 

 対象を「俺達」にすることで、変な入れ知恵を未然に防ぎ……教えてくれ、ではなく力を貸してくれと頼む。気休め程度ではあるが、コレなら小倉ポジに収めることが出来るかもしれない。

 さて………ゲモンの反応はどうだ!?

 

 

『……………45点』

 

「「「「…は?」」」」

 

 

 ゲモンの返事は、YESでもNOでもなく、点数であった。

 いや、いったいどういうことだ? てか45点って、なにが45点?

 

 

『お前の説得だよ。こういうのは、説得するヤツの前情報を集めてからやるのが鉄板なんだが……ここは、まぁ及第点だな。「戦わずして勝つ」のがこのゲモンのやり方ではあるしな。

 ―――だが、建前が本音を隠しきれていないんだよ。顔に書いてあったぜ?「オレを目に見える場所に置いといて監視しときたい」ってな?』

 

「「「「!!!!?」」」」

 

 

 み、見抜かれた!!?

 

 

『提案したのは……そこのメガネの娘か? フフ、随分といい仲間に恵まれたな、後継者さん?』

 

「………」

 

 当たり前だが、小倉が俺にささやいたことも、それを最終的に俺が賛成したことも、ゲモンは知らない筈だ。だというのに、なぜこんな簡単に当てられるんだ……!?

 

 

『何を驚いている? こんなもの、オレの実績とこの状況を照らし合わせれば余裕で推測できるだろーが』

 

「なん…だって…!?」

 

『ラプソーン様。今、このゲモンの力を欲した理由が分かりました。

 この説得において不甲斐ない後継者の“教育”……それを求めたのでしょう?』

 

『その通りだゲモンよ。そういう意味では、クロウの言い方も間違ってはおらぬ。

 クロウ、ゲモンには………貴様の家庭教師になって貰う。幸い、こやつは魔法力の才能はダントツだ。逃さぬ手はないぞ、ゲモンよ』

 

『かしこまりました』

 

 

 ヤベェ。一番最悪な展開になりつつある。

 目で助けを求めたところ、小倉とフブキは困った顔をされたが、ミカンは頷く。しかし。

 

 

『陽夏木ミカンだったか。物騒なマネはやめた方が良いぞ。街と娘を人質にとられたくはないだろう?』

 

「娘って言い方やめなさいっての!!!」

 

 

 一瞬で無力化され、俺はゲモンに師事する事になった。

 また一歩、暗黒神街道を進んでいる気がして嫌だってのに………

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「ゲモンに師事って……本当に大丈夫なの?」

 

『千代田桃、貴様我が腹心を危険人物みたいに言うんじゃあない!!』

 

「いやいやいや、ゲモンもお前も世界征服未遂の危険人物だからね?」

 

 

 翌日・学校にて、ゲモン召喚時に健康センターにはいなかったシャミ子と千代田に事のあらましを説明した。千代田が露骨に心配してくるが、気持ちは非常にわかる。俺も、昨日のあの授業がなければ、思いっきり警戒しただろう。

 

 そう。俺は昨日ゲモンを健康センターで召喚して帰宅した後、早速第一回の授業を受けたのだ。

 半ば無理矢理席に座らされたようなモンだったが、肝心の中身は、至って普通だったのだ。

 光の世界に実在した戦略家と、彼らが使用してきた戦法。その背景。それらを理路整然と、分かりやすくまとめたものだった。

 これには、俺も面食らった。てっきり、マトモじゃあない説法をSAN値を守りながら耐え抜く苦行を想像していたから、なんだか肩透かしを食らった気分だ。

 

 

「…気持ちは分かるよ。でも、本当にマトモな授業だったんだ。

 ゴミ先祖を持ち上げたり、アイツ自身の策略を自慢げに話したりしたわけじゃあない。

 気になるんなら、学校の後でウチに来るかい?」

 

「……分かったわ。そういう事なら、お邪魔しに行ってもいいかしら?」

 

「私も行くよ」

 

「私も行きます!なんか、クロウさんだけ色々教わるのはずるいです!」

 

「面白そうだから行きたい!」

 

 

 ミカン・千代田・シャミ子・佐田が放課後にウチに来ると言ってくれた。男子の嫉妬の視線がヤバいが、もっとヤバそうな俺の未来がかかっているんだから、大した事は無い。

 

 

「待て待て神原!! 彼女持ちがそんな、更に4人もの女子を家にお持ち帰りだと!!?

 そんなの羨ま……じゃなかった、許せる訳ないだろう!! 俺もついていくぞ!!」

 

「お、ダイお前も行くの? それならよろしく。あと俺は―――」

「私は彼女じゃない!!!」

 

 彼女持ちじゃない、と言う前にミカンが食って掛かり、教室内が沈黙する。

 え、ど、どういうことだ?

 

「…陽夏木、俺は『お前が神原の彼女だ』ってひとことも言ってないぞ?」

 

「…………!! ~~~~~~暴徒鎮圧用・サンライズアロー!!!」

 

「グッハァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」

 

「ダーーーーーーーーーイ!!!? ちょ、ミカンさーん!? 何してくれてんの!!!?」

 

 

 ミカンがいきなりダイを吹っ飛ばした!!?

 突然の魔法少女の暴走? に戸惑いながらも、介抱したダイがウチに来ることができなくなっちゃったと残念に思った。

 ちなみに、ベホイミを使おうとしたら千代田とミカンに止められた。ダイの人徳のなさが災いしてるな、オイ。

 

 

 

『―――成る程。それで今日はここまでゲストが多いのか』

 

 放課後。俺はミカン達を家に上げて、ゲモンに事情を話した。

 そんな真っ黒のグリフォン人形と化しているゲモンを見つめるのは、シャミ子・千代田・ミカン・佐田・フブキ………そして、良ちゃん。

 いやなんで良ちゃん来てるの。なぜに良ちゃん?

 

 

「おかーさんや良に行き先を伝えたら良が付いていくと言い出しまして……ごめんなさい、迷惑をおかけして…」

 

「参謀になってお姉を支える人として、本物の軍師さんに教わる機会は絶対ものにしたい。今日は宜しくお願いします!」

 

『……良いだろう。魔族に味方する優秀な人間が増えるのは良いことだ』

 

「良いんだ……」

 

 

 ちなみにだが、ウガルルは上の階でスラリン達やチロルと遊んでいる。

 ダイが見たら血涙を流しながら羨みそうなメンツで、ゲモンの授業とその参観が始まった。

 

 

『では本日は、授業参観みたいなこの雰囲気を使って授業をしてみようか。

 貴様ら、教育を受けているのであれば、「織田信長」という名前くらいは知っておろう?』

 

「お? 私達をナメてらっしゃるゲモンさん? そんなの当然じゃないの!」

 

『ほう。貴様…佐田杏里だったか。では信長が天下布武を目指したきっかけとなった「桶狭間の戦い」で、信長が今川義元に勝利した理由を詳しく話してみろと言ったら、話せるか?』

 

「ん? それは…確か、奇襲とかじゃなかったっけ?」

 

『ンッン~、その程度では20点もあげられんな。

 このゲモンが戦術の授業を行う以上、そのようなフワッとした回答はノーカンだと思え』

 

「なんだそりゃ~~!!?」

 

『クロウ、回答の手本を……む? 分かると言うのか、良子、だったか』

 

「ひとつ、織田軍は戦う前に情報を集めた事。大軍の中の大将・今川義元がいる本陣を、嵐で休息中のタイミングで攻撃した事からそれがわかる。

 ふたつ、分散させた敵勢力の本陣を一点突破したこと。織田軍は今川軍よりも遥かに数が少なかったから、大将を討ち取ることに全力を賭した。

 こんな感じでいいですか?」

 

『ほぅ…………この中で最も幼いのによくやりおる。

 諸説あるが…基本は抑えられているし、的をしっかり射ている。90点だ』

 

「よしっ!」

 

 

 そう。この授業、なかなかに理不尽な採点基準だが、それさえクリアすれば好成績を出せるものなのだ。

 その基準とは、先ほど良ちゃんが良い評価貰ったように、筋道を立てて答えを論じていけばOKを貰えるタイプのそれである。その為、うろ覚えだったり、知ったかぶってフワッとした答えを出しても佐田のように一刀両断されるだけということだ。

 

 

『物事は偶然に見えても、それらは必然を積み重ねていった先にあるものだ。

 自軍の最低4倍以上の大軍相手に織田軍が勝利を掴めたのも、諦めずに積み重ねるべきを積み重ねたからだ。

 これからこのオレが行うのは、闘いを含めた全ての営みの中で人や我らが積み重ねてきたものの総復習だ。興味のない者は上でスライム達と戯れているがいい』

 

 

 ――堂々と告げるゲモンの言葉に、上への階段を上る者は、この場にいなかった。

 

 その後のゲモンの授業もまた、マトモであった。

 この日は織田信長の戦や政策が中心の話だったが、座学だけでなく、教訓になりそうな事を話し合ったり、たま市のマップを広げて活用出来そうなものはないか探るなど、お前教師になった方が良いんじゃないかってくらいにハイクオリティだった。

 これには魔法少女の千代田やミカンも舌を巻くしかなく、目を輝かせた良ちゃんに巻き込まれつつも話し合いに参加してくれていた。

 

 

『―――では、本日はこの辺にしておこう。

 次回は、人心掌握の基礎……主に、好かれるスピーチの仕方を浚っていくぞ。』

 

「ゲモンさん! 次の授業も受けたい!!」

 

『よし。日程は貴様の都合が合うよう調整しておこう』

 

「あの、ゲモンさん!! 良とクロウさんに悪影響をおよぼさない範囲でお願いします!!」

 

『当然だ。人心掌握術や戦術は、最終的に本人が使うものだからな』

 

 

 授業が終わり、他の皆が帰り始める頃。

 良ちゃんに尊敬され、シャミ子に心配されながらも、ゲモンは資料らしきものをまとめる作業に移っていく。

 

 

「ゲモンのやつ…意外とマトモに授業してったわね…」

 

『ゲモンは学者肌なのだ。ジャハガロスほど力に才のないぶん、知恵を磨きに磨いた結果であろう』

 

 ミカンとゴミ先祖の会話を聞きながら思った事がある。

 確かに、ゲモンは勝利の為に手段を選ばず、魔法少女や光の人間にとってえげつない手を打つ事もあるのかもしれない。

 でも、もしそれがこういう“積み重ね”の結果だったとしたら。その中から、効果的・効率的な手を選んでいるだけに過ぎないのだとしたら。

 ……ひとえに『ただのゲス野郎』と断ずる事ができるだろうか?

 

 

『………なぁ、クロウよ』

「ん?」

『ゲモンのやつ、我よりも歓迎されてないか?』

「あー……まぁ当然だろ。あんなマジ授業されちゃあ」

『当然って貴様ァ!! 我のことをなんだと思っているのだ!』

「燃えるゴミ」

『コノヤロウッ!!!!』

 

 

 ……まぁでも、この燃えるゴミ先祖の部下だしな。

 授業内容はともかく、性格まで信用するのはアレか。千代田もミカンもそんな雰囲気だったし。

 

 

『16歳二児のパパまぞくのくせして生意気なッ!!』

 

「誰が16歳二児のパパまぞくだこのゴミ先祖!!表に引っ張り出してメラミとベギラマのフルコースを―――」

 

『喧嘩は止めてください二人とも。』

 

「『ゲモン!?』」

 

『子孫にディスられた程度で大人げないですよラプソーン様。

 それでもってクロウは16歳で父親になった程度でなんだと言うのだ。闇の世界では14、5歳くらいから親になるのは当たり前の常識だぞ?』

 

「「「「「「「!?!?!?!?!?」」」」」」」

 

 

 喧嘩を仲裁しようとしたゲモンの聞き捨てならない言葉に、光の世界の人間達(含まぞく&魔法少女)が一斉に石化でもしたように固まって信じられないって顔をしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 先人たちから素晴らしい知恵を学んでいくんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 なんだかんだでゲモンから戦術やら人心掌握やらを学ぶ羽目になった暗黒神後継者。しかし、その内容があまりにもマトモだった為に肩透かしを食らって驚き戸惑っている。

暗黒神ラプソーン
 部下を一人呼び出すことに成功してご満悦なラスボス。ただし、依り代の寿命が残りわずかであり、再び杖に戻される事をすっかり忘れている。

妖魔ゲモン
 暗黒神の腹心をつとめる、卑怯で邪悪な魔物。ドラクエ8に初登場し、レティスの卵を人質にレティスに人を襲わせた。DQMシリーズでは、チンピラのボスにまで格下げしたり地味な性能だったりと雑な扱いを受けている。
 拙作ではDQ8の通りラプソーンの幹部として登場。策略をもって魔法少女と戦ったまぞくとしてラプソーンの信頼を得ており、クロウの家庭教師としてマトモな戦術や人心掌握術の授業を展開して良子にも尊敬された。

篇瀬吹雪&遊元泰庵
 ゲモン召喚に立ち会った一般ピープルとクロウのハーレム状態に嫉妬して鎮圧された一般ピープル。泰庵はゲモンを見ることが叶わなかったが、フブキはこの時点でクロウが16歳パパまぞく疑惑を持っていることを知る。
 


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封印はつらいよ! おくおくたま慕情とリリスさん漢気の夜……明かされる、光と闇の一族の謎。

ハーメルンよ、私は帰ってきた!

すぎやまこういち先生、我々の心に永遠に残る、不朽の楽曲の数々をありがとう。揺るぎない尊敬の念とささやかな哀悼の意を込めて、敬礼。



今回のあらすじ

奥々多魔の蛟があらわれた!


 ゴミ先祖の消しゴムサイズの依り代が寿命を迎え、朝起きたら土の塊になっていたその日の放課後の帰宅途中、俺はばんだ荘の前でレジャーシートを敷き、悟ったような顔で安酒を開けているリリスさんを見つけた。

 

 

『いちおう訊くがリリスよ。……何があった?』

 

 

 魂が杖に戻ったゴミ先祖がついうっかりそう声をかけてしまうくらいには様子がおかしい。

 そんなゴミ先祖の質問に、リリスさんは表情を穏やかな悟り顔を崩さぬままこっちを見ていった。

 

 

「あぁ……お帰り、クロウや。

 なんかね…余が求めてるのと違うの」

 

「は?」

 

「ごせんぞおおおおお!? どうしたんですか!!?」

 

 

 不気味すぎる雰囲気のまま、どうすればいいか分からない空気が流れると、シャミ子の声が聞こえてきた。魂が文字通り抜けかかっているリリスさんの嘆きが始まる。

 

 

「シャミ子……精一杯楽しんでるのにぜんぜん心がはずまないのだ……疲れた…もう封印世界に帰りたい…」

 

「……シャミ子、リリスさんが何でこうなったのか知らないか?」

 

「…ひょっとして――」

 

 なんでこんなことになっているのか聞くと、心当たりがあったのかすぐに教えてくれた。

 なんでも、受肉した日から数分単位でスケジュールを組み、ありとあらゆるアクティビティやら何やらを周っていたらしい。

 楽しみ方は人それぞれだと思うが、大盛ラーメンの後にホットヨガはよく考えなくてもダメだろ。全部戻しちゃいそうだよ?

 

「余はもうここで安酒をあおって残りの人生を過ごすの……」

 

「「……………」」

 

 完全にこの世界に疲れ切ってヤケ酒をおっぱじめているリリスさんに、そこはかとないいたたまれなさを覚えた。

 

「あの、最後くらいは自然豊かな所でゆっくりするのはどうですか?」

 

「そうだね…私も協力するよ。リリスさんは少し休んだ方が良い」

 

 すると、シャミ子と千代田がそんな提案をしたのだ。

 二人とも優しいなぁ、なんて思っていると。

 

「山で死んでくれた方が、遺体の処理も楽だし」

 

「言い方ァァァ!!!!」

 

 最悪だ!まるで今から殺しに行くみたいな言い方じゃねーか!!

 ちょっ…だ、誰かに聞かれてないよな? 聞かれたら間違いなく誤解されるタイプだぞ! 同級生がポリスメンのお世話になるのは勘弁してほしい!

 

 

 

 ひとまず千代田の殺害宣言(誤解)が第三者に聞かれてないことを確認したシャミ子たち一行はリリスさんのためにおくおくたまでBBQキャンプを企画することにしたそうだ。

 ただ、キャンプするのに「石を枕にして川辺で寝る予定でした」はないだろ。キャンプにあんま詳しくない俺でもそれはダメだと分かる。佐田が電話越しに騒いでいたが、10月の山で寝ると凍死するんだな。これは、俺もキャンプ道具を引っ張り出さないといけない。必要に応じて新しく毛布とか買う必要も出てくるかもな。

 

「…で、どうすんだ?キャンプ道具」

 

「杏里ちゃんが何とかしてくれるようです!」

 

「俺もテントとか持ってきとくか」

 

「クロウさんも持って来るんですか?」

 

「……シャミ子、お前…高校生の男女が一つテントの中はダメだろ。常識的に考えて」

 

「!!!」

 

 懇切丁寧に説明してやっと気づくあたり、ほんとにキャンプ知識ゼロだったのな、シャミ子。千代田もうんうんと頷いている。

 とにかく、女子組は佐田がテントを用意し、また俺も俺でテントを用意して持っていく形で落ち着いた。シャミ子から「クロウさんがひとりぼっちになるじゃないですか」って意見も出たけど、女子に混じって一人は流石にこっちの気が引けるよ。

 あと、小倉は不参加らしい。おくおくたまに行くって伝えたら、「霊水汲んできてねぇ」ってシャミ子に頼んでいたけど。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「うわーーーーーーーーー!めっちゃ山ーーーーー!」

 

「山だからな」

 

「やっほーーーーーーーーーーーーー!!」

 

「うっせえ」

 

 最終的にキャンプに参加することになったのは、俺・シャミ子・千代田・ミカン・佐田・ウガルル・チロル・リリスさんの計7人(?)だ。

 スラリンを含めたスライム達とゲモンはお留守番だ。なんか行く直前にピエールが上がりこんでいて、「我が暗黒神のご自宅の警備はお任せあれ!!」って言ってたけど、まぁいい。ネットで変なモン買うとかしない限りはいいだろう。

 周囲の開けた景色も圧巻だ。広い草原に川の流れ。雨ざらしにされボロついたちっちゃな祠。まさに大自然の中に入ってきたかのようで空気も澄んでいるかのようだ。

 

「あったか~い!」

 

「焚火もイイね~」

 

 佐田がノリでちっちゃな祠におそなえをした後に、テントを設営開始。バーベキューセットを展開して、しかるのちに木炭を積んで着火剤に火をつける。炎が揺らめきと共にだんだん大きくなっていって、周囲の空気を暖かくする。

 

『熱い…うるさいぞ。我が眠りを妨げるのは誰ぞ…』

 

「…? ゴミ先祖、なんか言ったか?」

 

『え、我じゃないぞ?』

 

「?? まぁいいか」

 

 途中なんか聞こえた気がしたが、バーベキューは決行する。

 

「いまからこの巨大牛肉を~、ダッチオーブンでローストしまーす!」

 

「おお~~~~~!!」

 

「ニ…肉……ゴクリ」

 

「待つんだウガルル。ステイだステイ」

 

「クロ、そのマヨネーズをしまいなさい」

 

「ミカンだってそのかんきつ類をしまえよ」

 

「2人そろってその手の余計なモンをおろしなさい」

 

 メガビーフをローストしたり、各々持ってきた野菜に火を通しながら、俺達は食事を楽しんだ。

 

「杏里よ、これを丁度良く燗してくれ」

 

「うちお酒は分からんから自分でやって」

 

 …中には、未成年にお酒をつけさせようとするダメ魔族も………否、

 

「クロウよ、我にも何か用意せい。具体的には強めの果実酒を希望する!」

 

「俺が持ってきてるワケねーだろこのゴミ先祖」

 

 ダメ暗黒神もいたわけだが。

 ミカンが持ってきてくれた飲み物を飲みながら俺も肉を焼くためにパックの肉をトングで掴もうとして。

 

 

「ねぇクロ!それ、ホットカクテルよ!」

 

 ミカンの焦る声が聞こえた途端、頭がふわっとしてきた。

 目の前の少女の、蜜柑色の髪が、ツヤのある唇が、綺麗な目が、シャレたファッションが……いつも以上に美しく見える。

 あれ?ミカンって、こんなに可愛かったっけ?10年くらいの付き合いだけど今までそんな風に思った事なかったのに……

 さっき喉を通った温かい飲み物が、全身を温めていって、思考が回らなくなってきた。でも、それでも良い気がした。

 

「ミカン……美味しいよ、これ」

 

「え……あ、ありがと?」

 

 首をかしげてちょっと困ったような顔をするミカン。可愛いな。もっとそういう顔を見てみたい。

 

「おかわり貰ってもイイ?」

 

「え…だ、ダメよ! 未成年飲酒はダメなのよ!?」

 

 飲み物のおかわりを要求したらミカンは首を横に振って、ダメって言われて貰えなかった。いいじゃないか、おかわりしても。

 

「そんな顔をしないでくれよ、ミカン。もっと笑って?」

 

「く、クロ!? 一体何を…」

 

「可愛いんだよ、笑顔が。普段から思ってた事なんだけどさ……」

 

「ほんとに何を言っちゃってるのかしら!!?」

 

 ミカンの顔がどんどん赤くなる。何か変な事を言っただろうか?

 近づいて話を聞きたいが、ミカンに逃げられた上に座った俺の膝にチロルが乗っているから動くこともできない。

 

「? どうしたんだ、ミカン。俺はおかしなことを言ったか?」

 

「おかしなこと言ったっつーか、クロがおかしくなってるっつーの!」

 

「おかしい?なにを言ってるんだミカン。俺は本当のことしか言ってないぞ」

 

「ほ、本当のこと!!?」

 

 一体、何を焦っているんだ。ミカンが焦って騒いだことで佐田やシャミ子や千代田まで寄ってきて、俺の顔をマジマジと見てくる。

 佐田と千代田は呆れたような顔で、シャミ子は困っているように見える。

 

「クロウ君……なに飲んだのさ」

 

「実は、リリスさん用に作ったホットカクテルを間違って飲んじゃったみたいで…」

 

「お酒じゃないですか! それで、クロウさんはこんなにへべれけに…」

 

「俺は酔ってない!」

 

「酔っぱらいの台詞だよそれ」

 

 口を揃えて酔っ払いだのへべれけだの失礼な奴らめ。俺は飲み物飲んだだけだぞ?アルコールなんて口にしていない!仮に飲んだとしても、あの程度で酔ってたまるか!

 

『く、クロウよ…流石に酔っているだろう?』

 

「ゴミ先祖までそんなこと言うのかよ……俺は酔ってないぞ!」

 

『いや、酔っている。我の知る限り、陽夏木ミカンを堂々と口説く貴様など今まで見たことがない。アルコールで頭があっぱらぱーになっている証拠だ』

 

「誰があっぱらぱーだこの野郎!」

 

『うわぁ!待て!メラで脅すな馬鹿者!!』

 

「ちょっ!アルコールに火が移る!!」

「待って神原くん!今だけはそれはダメ!」

「火事になっちゃいますよ!!」

 

 いつものとおりにゴミ先祖を燃やそうとしたら何故か止められた。抵抗するが、魔法少女が二人がかりの時点で俺にはなすすべもない。

 仕方ないから、この場でゴミ先祖を燃やすことは諦めることにした。頭のふわふわ感がさっきよりも増してきた気がするし、瞼も重くなってきた。焚き火もあったかいから、意識が滑り落ちそう………

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

『みなさーーん!聞こえますかーー!!!』

 

「ほわーーーーーーーー!!?」

 

 しばらくして、俺は音響兵器のような声で叩き起こされた。

 全員が跳ね起きた俺同様突然脳内に響いた声にビックリしていた。

 

『あっ成功っぽい!! 朝に見た古い祠まで来られますかー?』

 

『…テレパス初心者め、音量を下げろ』

 

 え?リリスさん、テレパスってなんの―――

 

『…えっ? どうやるんですかー!!?』

 

「ぎゃーーーーーーーー!!!」

「「フギャーーーーーーー!!?」」

 

 立て続けに襲い来る音響兵器。俺は2連撃でまどろみが完全にどこかへ行ってしまった。ウガルルとチロルに至っては悲鳴とともに目を回してぶっ倒れてしまってる…!

 

「お…おい、ミカン!これはどういう事だ!?」

 

「お、起きたのね、クロ」

 

「さっきの声で、起きない、方が…無理だろ」

 

『まったく、あれしきの度数の酒で意識を手放しおって馬鹿者が。いいか、今少々厄介な事になっている』

 

「ゴミ先祖?」

 

 厄介な事になっていると言うのでどういうことかと、ウガルルを休めながら詳しく聞いてみる。

 なんでも、シャミ子がリリスさんの酔い覚ましの散歩から帰ってきた時にはシャミ子の意識が無かったという。

 同行していたリリスさんが言うには、カップを川に落とした瞬間に何者かに怒られ、その直後に倒れたのだという。リリスさんが触れても夢に入れないことから魂が抜き取られていると思われ、このままじゃあシャミ子の脳みそがおばかになってしまうってところであのテレパシーが来たらしい。

 

「魂を抜かれた!!?」

 

『然り。魂とは、そいつ自身の重要なアイデンティティーなのだ。我らの使用する魔法には死んだものを生き返らせる魔法があるが……魂を持っていかれては蘇生魔法(ザオラル)完全蘇生魔法(ザオリク)も意味をなさぬ。

 だがしゃみ子自身も言っていたように、祠に何かがあるようだ。とはいえ、この件はリリスと千代田桃に任せよう』

 

「俺も行った方が―――っ、」

 

 立ち上がったところで、自分自身がグラついた。

 ミカンが咄嗟に支えてくれなかったら、ぶっ倒れていたかもしれない。

 けど、こんなところで倒れる訳には……!

 

「クロ!無茶しないで!」

 

「でも…シャミ子の、魂が」

 

『今行ったところでなんになると言うのだ。フラッフラの貴様に出来ることは何もないぞ』

 

「ちょっとラプソーン!」

 

『事実ではないか、陽夏木ミカンよ。佐田杏里も、そのような顔をするでない。交渉にはリリスと千代田桃が向かったのだ、何とかするだろう、筋肉で』

 

「筋肉で交渉はできねーだろ………」

 

 ゴミ先祖の言葉にツッコミながら立ち上がろうとする。が、今度は頭が痛くなる。うぅ、さっきの飲み物のせいか?う、動けそうにない………!!

 

「無理しちゃダメよ。

 私、ここでウガルルとチロルを見てる係だから、あなたも一緒に休んでなさい」

 

「でも…」

 

「でもじゃない。さっさと横になる!」

 

「うわっ」

 

 ……力づくで、ウガルルとチロルの隣で横にされてしまった。毛布もかけられ、完全にお休みタイムみたいになっている。さっき寝落ちしたからか、眠気は襲ってこなかった。

 

「大丈夫。桃達と交渉してるやつ、狙えそうだったらここから撃つわ」

 

「暴力はやめてもらっていいすか…?」

 

 千代田といいミカンといい、魔法少女はパッパパワァで解決しすぎじゃありませんか?

 魔法使えよ。いや、魔法っちゃ魔法なんだろうけどさぁ…もっとこう、攻撃魔法以外で何とかできないのか?

 その後、ずっと眠っていたシャミ子が目覚め、リリスさんと千代田が戻ってきた。

 リリスさんが身を呈して封印されていた蛟を説得したことで、シャミ子の魂を取り戻すことに成功したんだとか。

 ……俺、何もできなかったなぁ。

 その事実が、小さいけど、確かなしこりを心に残していった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 キャンプが終わった後、リリスさんの体が中々朽ちないことに疑問を覚えた俺達は、リリスさん本人から体を張って蛇と交渉した状況を詳しく聞いていた。

 

 ふむふむ…シャミ子を返すときに、何だか珠を埋め込まれた? 約定の龍玉?とか言って、毎日三貫のゴミ拾いを命じられて、お酒のお供えも頼まれたと……なるほど。あと三日で土に還ると思って逃げ切れると思ったのか、リリスさん。

 

「……フブキ、小倉。どう思う?」

 

「100万%その龍玉の効果なんじゃないかな?」

 

「蛇は古来より龍の子供として人々に崇められてきた…。龍の宝を受け取った人が不老不死になった伝承もあるし、リリスさんの体が崩れないのはその龍玉の効力だと思うよぉ」

 

「え!!? つまり余、ずっとこのまま!?」

 

「約定破ったら焼かれるのもほんとだと思う」

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 吉田家は、新しく布団を買わなくちゃいけなくなったみたいだ。

 

 

 

 

 

 リリスさんの新たな戦いが始まったのを見届けてから、俺は俺で気になることができたので、おくおくたまの祠の前に来ていた。

 おそなえの日本酒と煮干を置いて、鏡を持って念じてみた。

 すると、鏡には俺自身ではなく、とぐろを巻いた大きな蛇が映った。

 

 

「おぉ、やっぱりリリスさんの言うとおりに映った」

 

『我を起こすのは何者だ……』

 

「あ、えーと……俺、神原クロウです。

 ちょっと前に貴方が拉致ったシャミ子の友達の」

 

『嗚呼、あの者の連れか………何用だ、我への御礼参りか?』

 

「違います。聞きたいことがあったから来たんだ」

 

『聞きたいこと…?』

 

「光の一族・闇の一族って何なんです?」

 

 

 聞きたかったこと……光と闇の事について蛇に尋ねると、蛇はしばし沈黙した。

 このことを尋ねたのは、シャミ子に「蛇と一緒にいたとき、なにがあったんだ?」と聞いた際に、それっぽい話をしていたのを思い出したからだ。ただ、シャミ子の説明はふわふわ過ぎてまったく頭に入ってこなかったので蛇に直接聞きに来たという訳だ。

 

 

『闇の一族とは――光の一族が定めた世界の(のり)から外れた者たちのことだ』

 

「のり……」

 

仮令(たとい)今の世で害がなくとも、異形の者・異能の者・まつろわぬ者…それらは古代の(じょう)により誅せられるのだ』

 

「たとい………じょう………」

 

(じょう)を定めた者共は、世界開闢(かいびゃく)の時に世界に融け消えた。魔力が人に融けた現代もなお、神話の(のり)だけが残っているだけなのだ。蛇の抜け殻のようにな』

 

「…………」

 

『…………』

 

「…………………………あ、あの、蛇さん」

 

『…………? なんだ』

 

「もうちょっと分かりやすく話してくれませんか?」

 

 

 蛇さんの答えを聞いていた俺がそう言うと、蛇さんは封印空間の中で体をずっこけさせた。同行していたゴミ先祖も、『クロぉぉぉぉウ!!!?』と素っ頓狂な悲鳴をあげる。

 

 

『お前ェ! このタイミングでそれはないだろう!? もっと空気読めよ!!!』

 

「いや、しょうがねーだろ。だってこの蛇さんの言う事、ほとんど古っぽくて分からなかったんだもんさー」

 

『……そんなに、難しかった?』

 

「はい…」

 

『威厳ある話し方に真っ正面からケンカを売るんじゃあない! 我ら魔族や暗黒神には必要なことだぞ!!』

 

「気持ちはわかるけど、意味も伝わらないと」

 

 

 ロマンを求めたい気持ちは十分分かっているつもりだが、それと今回のこれは話が別だ。ゴミ先祖は『なんてことを言うんだ貴様は!』と憤っているが、蛇さんの方は存外優しかった。

 

 

『つまりね、世界が生まれた時にルールを作ったのが光の一族で、そのルールから外れてるのが我ら闇の一族ってこと』

 

「あ~」

 

『そのルールだけが今も残ってるから、光の一族・闇の一族もまたこの世にいるってこと』

 

「なるほど~」

 

『ほら見ろ!! 分かりやすさ重視でいったら威厳とか色んなものが台無しになってしまうのだ!!』

 

 

 ゴミ先祖の言う威厳云々はともかく、これで光の一族と闇の一族がどういうものかは大体分かった。

 しっかし、最初にルールを定めた者が光の一族だったのか…

 なんというか………

 

 

「それだけ聞くと、まるでルール作ったモン勝ち、みたいですね……」

 

『そうなんだよ。そのルールに則ってるから汝も闇の一族として扱われるんだよね。汝は、普通の闇の一族とはまったく違うというのに』

 

「! わかるんですか?」

 

『汝の魂、まるでこの世界の住人じゃないみたいだよ?』

 

『然り、然り!! 多魔の大蛟よ、我こそは暗黒神ラプソーン!この光の世界とは別の「闇の世界」の主宰神である! そしてこの少年は、その暗黒神の正当なる後継者・神原クロウであるのだ!』

 

 

 ゴミ先祖が意気揚々かつ堂々と俺達の自己紹介をする様子を見て、蛇さんは「なるほど~」などと言っているが、俺はこのゴミ先祖の力を継ぐ気はないからな?

 ごめんなさい蛇さん。うちのゴミ先祖が迷惑かけてごめんなさい。こういう(ひと)なんです、コイツ。

 

 

「ごめんなさいねうちのご先祖様が」

 

『その言い方はなんだ貴様ァ!! 我が誰かに迷惑をかけているとでも言うつもりか!』

 

「自覚症状ねーとか本格的に重症じゃねーか」

 

『黙れ愚か者ォ!! 大体貴様、力に無頓着すぎるぞ!それで本当に良いと思っているのか!!』

 

「当たり前だろっと」

 

『ホギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?!?』

 

 

 ゴミ先祖をへし折って持ってきたゴミ袋の中に入れた。

 

 

『な、汝……もうちょっとこう、ご先祖様大切にした方がいいんじゃないの?』

 

「いいんですよ。隙あらば復活してこの世界を支配しようと考えるようなご先祖様なので」

 

『えぇ……』

 

「それじゃあ、俺はこの辺で。お話聞かせてくれてありがとうございます」

 

 

 蛇さんはその様子に疑問を呈したけど、俺とゴミ先祖いつもこんな感じだから。

 そういう風に振る舞うと、蛇さんは引いた。リリスさんが身を張ってシャミ子を助けようとしたのを見た後だからそういう風に見えるのかもしれない。

 聞きたいことも聞けたし、帰ろうかと思った時、蛇さんは口を開いて―――

 

 

『待たれよ、神を継ぐ小さき者よ』

 

「蛇さん?」

 

『我は、暗黒神を知らぬゆえ口出し出来る事は少ないが……これだけは忠告しておこう。

 ―――力を得る事に躊躇しては、ならぬ』

 

「え……」

 

 帰り際にちょっと威厳の増した蛇さんはそう言った。

 力を得ることに躊躇すんなって……どういうことだ?

 

『150年前、人は我が領域に鉱毒を流した。我は怒り、暴れ―――巫女に封じられた。これがどういう意味か、分からぬ訳ではあるまい?』

 

「巫女……つまり魔法少女か。それに封印されたってことは……負けたん、ですよね?」

 

『口惜しきことにな。今もなお人は川にゴミを捨てている。川が汚れれば森や魚や、それらを糧にしている生き物たちが死ぬ。

 我はそれをこれまで、ちっさい封印空間の窓から眺める事しか出来なかった。―――すべて、巫女に敗れ封印を受けた結末よ』

 

「……」

 

『人が力を畏怖するのはある意味、古代から続く本能のようなものだ。それを今更否定はせぬ…が。

 力なき者は時に、力あるものや理不尽を前に膝を屈するしかなくなる。これもまた、光の一族が定めた世界の矩であるのだ。

 力を使わずとも往ける道があるように……力によってしか切り拓けぬ道もある。汝の目的が何かにもよるが…』

 

「俺の目的は、この街で皆と平穏に暮らす事です!」

 

『なればその目的を果たす為に出来るだけの事はするべきだと言っておこう』

 

 

 蛇さんの言っている事は…良くわかった。さっきのような古っぽい言葉が少なかったからな。

 つまり……暗黒神の力を得ることを恐れるなと言っている。強くなれと言っている。へし折ったはずのゴミ先祖が、露骨にゴミ袋から顔(杖の頭部)を出してこっちを見ている。蛇さんの意外な助言に気を良くして調子に乗っていそうだし、純粋に腹立つから燃やしておきたかったが、蛇さん自身が大真面目にアドバイスをしているのでそれは勘弁しておいた。

 

 

「……ありがとうございました。あと、おそなえの好みとかあったら言ってください」

 

『そうだね…肉と魚のおそなえを交互に持ってきてくれると嬉しいかな。あと、昔はなかったお菓子とかあるとなお良し』

 

「わかりました」

 

 

 お礼だけ言うと、俺は山から立ち去った。

 下山が終わった後、誰もいない野外ホームで夕陽に照らされながら電車を待っていると、ふとゴミ先祖が口を開いた。

 

 

『クロウよ。貴様が力を得る事を後回しするのは勝手だ。

 だが、所詮この世は弱肉強食。我としては、貴様には強き立場にあってほしいのだ。暗黒神の血を絶やすわけにはいかぬからな』

 

 相変わらずの腹の立つ言い方で、地味に反論しづらい事を言ってきやがった。

 表情は見えないが、明らかに笑っている。俺を諭す真剣さよりも、自分の正しさが証明された時のような愉悦が、声色から伝わってきた。

 だから俺も、黙っているわけにはいかなかった。

 

 

「ゴミ先祖。確かに『この世は弱肉強食』なんて言われたら、簡単に否定できなくなっちまうのは確かだ」

 

『ならば……』

 

「でも、ホントに弱肉強食なのか?

 もし、そうだとするなら……シャミ子はどうなる」

 

 俺の友人のひとりを思い出す。ポンコツだけど、俺やミカンに良くしてくれる友達の一人だ。夢魔としての力はあるみたいだけど、リアルの戦闘力は低い。

 

「白澤さんはどうなる」

 

 俺の通う喫茶店の、バクの店長を思い出す。

 あの人は、自分自身で「戦う力はない」と言っていた。特技はあったみたいだけど、それも戦いとは無縁のものだ。

 

「チロルやスラリン達はどうなる」

 

 はじめて俺の手で救った、まだ小さい子猫を思い出す。

 本来はゴミ先祖がキラーパンサーを呼び出す為に用意した生贄だったが、俺の家に住み着いて懐いている。

 スラリン達もそうだ。俺の料理目当てで集まって、気づけば俺ん家の家族の仲間入りだ。彼らも、そこまで強くはないのだろう。アレで実は魔族の精鋭でしたとかなったら俺は心折れるぞ。

 

「桜さんはどうなる」

 

 そして……この街のシステムを作り、シャミ子の命を救った魔法少女を思い出す。

 あの人は、魔族と魔法少女の共存の為にこの街を作った筈だ。それは、ひとえに……どうにかしたかったんじゃないのだろうか? 今の、光と闇の現状を。

 

 ゴミ先祖の言っている事は、おそらく長年世界を見てきたことで知っている現実問題なのかもしれない。まぁただの老害の偏見かもしれんけど。でも………

 

 

「弱肉強食を受け入れて、強い立場になろうとするだけじゃあ、そういった人たちをないがしろにするだろう。それじゃダメだと思うんだ。

 ゴミ先祖……俺は、俺なりのやり方で生きてみようと思う。その結果、暗黒神になってしまったら……それはそれで、今までとは違う、最善の神として生きてみせるよ」

 

 

 自分の意志を、再確認する。

 ゴミ先祖のような暗黒神になるつもりはない。でも、その時その時の最善を尽くした結果暗黒神を継いじゃったとしたら……その時は、正しく生きてみようと思う。皆が幸せに生きていけるように。

 

 

『………フン、好きにするがいい』

 

 俺の言葉を聞いたゴミ先祖は、ちょっと機嫌悪そうに、鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 新たな目標を胸に人生を生きるんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 シャミ子の蛇騒動を受け、力を得ることも模索し始めた暗黒神後継者。今までは何だかんだで強くなるのをどこか恐れていたが、今回で少し強くなってみようと考える。当然、七賢者の子孫を狙う気はない。
 酒耐性はほぼない。秒で酔うカクテルを飲むと口が回りやすくなる。

暗黒神ラプソーン
 久しぶりのゴミ先祖。クロウには暗黒神を継いで貰いたいが、まだまだ甘いと考える。封印解除には七賢者の子孫を殺る必要があるのだぞクロウよ。

多魔の蛟
原作でシャミ子を閉じ込めた蛇。尊大で威厳ある言い回しをするが、相手に伝わらないと分かると分かりやすく言い換えたりする寛大さも持つ。


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奇々怪々!! 無断欠席の謎を解き明かせ!……意味不明なコスチューム談義&迷子の女の子を安心させろ!!編

今回は、原作のコスチューム談義も踏まえつつオリジナル物語序盤です。



今回のあらすじ

少女メルが こちらを見つめている!


「「危機管理フォームが使えなくなった?」」

 

 

 その日、俺と千代田は、佐田とミカンが顔を若干腫らして泣いているシャミ子を連れながらそう言ってきたのを聞いて、揃って声をあげた。

 なんでも、シャミ子たちD組女子の今日の体育の授業でやったバレーで、シャミ子がレシーブする為に危機管理フォームに変身しようと思ったところ、何故か変身できずに顔面レシーブしてしまったそうだ。

 

 

『おそらくだが…しゃみ子よ、リリスが貴様の変身に関わっていたからではないか?』

 

 

 シャミ子の事情を聞いたゴミ先祖がそう答えた。

 なんでそんなことが分かるんだ、コイツ?

 

『魔法少女や魔族の変身は「強い自分自身」を意識して変身するのだ。どんな姿になるにせよイメージ力が大切だ。魔法もイメージ力がモノを言う事例など数多い。まぁ、詳しくはリリス本人に聞くことだな』

 

「…ひょっとして、俺の変身もそうなのか?」

 

『然り。良い機会だ、しゃみ子もクロウも、自力で変身できるように特訓してみてはどうだろうか?』

 

 

 自力で変身するには、『強い自分のイメージ』を現実に持って来るようにする………つまり、自分で変身した後の姿を想像する必要があるようで。

 シャミ子の変身姿は……詳しくは知らないけど、前に一回見てみたいって言ったら、千代田とミカンに「変態」呼ばわりされたことがあった。なんなの、そんなにイカンの? 男の俺が見るにはやばい格好なの? 尋ねても、詳細は教えてくれなかったっけか。

 

「そういえば神原くん。遊元君はどうしたの?」

 

「あぁ…アイツ、今日欠席なんだよ」

 

「珍しいこともあるもんだよねー」

 

 千代田がさらっとそんな話題を振ってきたが、ダイはなんか今日休みなんだよな。俺の知る中で初めてだったから新鮮だ。先生は詳しい事を教えてくれなかったが、妙に気になるな。

 そんなことよりも、シャミ子と俺の変身の自立だ。バレーボールの一件を共有した後、俺はゲモンに事情を説明するために、シャミ子と千代田はリリスさんに変身の詳細を聞くために、一旦別れた。

 

 …俺の方だが、自力で変身は上手くいった。ゴミ先祖考案(と今初めて知った)の、不二と戦ってから使っていた最初のフォームを見た目ちょっと軽量化した感じだ。

 

「…なんか、上手く行っちゃった」

 

『イメージがしっかりしていれば、容易いものだ』

 

『クロウよ!何故デザインを変更した!! 我考案の鎧の何が気に食わなんだ!!』

 

「顔隠れるのはダメだって。職質食らうって」

 

 最初の鎧は、性能はいいんだけど見た目がね~。少なくとも顔出しできるものにはしておきたかったから、成功出来て良かった。

 だが、シャミ子の方は上手くいかなかったらしい。RINEで本人達に聞いたところ、「恥ずかしくないかわいいやつが思いつかない」「魔力外装は存在そのものを魔力で補強する皮膜だけど、シャミ子はまだ抵抗があるみたい」などと教えてくれた。詳しくは聞かなかったぞ。前みたいに何がセクハラになるか分からないからな。

 ……で、翌日のことなんだが。

 

 

シャミ子プロデュース会議を始める!!

 

「はい????」

 

 

 何故かリリスさんがいた。何でいるんだ。

 

「この学校、川の近くなのでゴミを拾えるのだ。シャミ子の顔が見たいと言ったら通してくれたぞ。ついでに生徒の籍も貰ってきた」

 

「生徒籍もッ!!!!?」

 

 だ、大丈夫かこの学校。シャミ子をシャミ子と認識するのはまだいいが、ピエールを受け入れたりリリスさんを受け入れたりと緩すぎるだろう。生徒の籍なんていくらなんでもやりすぎでは……?

 話を戻そう。なかなか急展開的に生徒になったリリスさんは、昼休みの時間にシャミ子の教室に俺らを集めて「プロデュース会議」なるものの開始を宣言したのだが。

 

 

「妖魔女王シャドウリリスよ。色魔将軍シャドウミストレスのプロデュースと言ったが、具体的に何を話すつもりなのでしょうか?」

 

「色魔将軍ってなんですか!?!?」

 

「おぉ、スライムナイトのピエールか。実は、シャミ子が変身フォームを変えたいと言ってな。肌の露出のないタイプの意見をみなに募るために会議を開いたのだ」

 

「肌を出すことと変身フォームに何か関係でも?」

 

「余たちの一族は肌を出した方が戦闘力が上がる。前のへそ出し変身フォームはバランスが取れてて良いと思ったのだが、シャミ子が嫌がってな…」

 

「成る程。それで、露出の少ない意見の徴募ですか」

 

「無視しないでー!」

 

 

 ぽがーってなっているシャミ子をスルーして、リリスさんとピエール(また保護者枠で来たのかコイツ)が話を進めていく。つまり……前の変身フォームは人前でお見せできるものではなかったってことか?

 道理で千代田とミカンが俺に変身後のシャミ子を見せようとしなかったわけだ。これからは、人前に出れる変身フォームを考えようってコトなんだな! そういう事なら、是非とも力になってやりたい。

 しかし、ここで壁が立ちはだかる。シャミ子本人は露出の少ないコスチュームをご所望だが、シャミ子の一族はリリスさん曰く布面積を大きくしたらそれだけ弱体化するそうだ。肌を出す設計にすればシャミ子のメンタルが、露出を避ける方向性で行けばシャミ子の戦闘力が犠牲になる。ジレンマだ。

 

 

「裏フリースあったかジャージみたいに肌を全面的に隠そうものなら、地面にめり込むから留意してくれ」

 

「地面にめり込むの!!!?」

 

 

 一体それはどんな状況だと聞きたかったが、リリスさんとシャミ子が待っている以上、俺はどうにかして人前に出れて、且つ適度に露出のあるフォームを考えないといけない。

 でもそんなのパッと出てこないぞ!? こういうのって、ミカンの方が為になること言えそうなんだよなぁ。私服が肩出しのとかあるし。

 

「肩とかは出してんのか?」

 

「肩はもう以前の危機管理フォームからだしておるぞ」

 

「ごめん、ちょっと力になれそうにない…」

 

「クロウさん諦めないで!!」

 

『ウブなやつ…クク』

 

 肩がもう既に出ているとなると、俺はもう諦めるしかない。下手な部位を言ってセクハラカウントされようものなら後が怖い。というか肩の時点でもうギリギリだし。あとゴミ先祖、聞こえてるぞ。

 

「あ、じゃあスポーツウェアっぽいのはどう? 肌が多くてもえっちくないし足も速くなりそう」

 

「おぉー、あの駅伝みたいなヤツか! いけるんじゃないか!?」

 

「杏里ちゃん私をえっちだと思ってたんですか?」

 

 なるほど、スポーツウェアみたいな恰好なら肌は出るけれどスポーティーな感じを前に押し出せるから、抵抗なくいけるかもしれない!

 佐田の提案を受けて、シャミ子はさっそく変身する。その名も―――

 

 

シャドウミストレス優子! 山の神フォ―――ムゴモッッ!!!

 

「シャミ子ぉぉぉぉぉ!!!?」

 

速すぎて無理…!

 

「大丈夫かぁぁ!!?」

 

 

 い…今、シャミ子が駅伝走者の格好になったと思ったら教室の壁に激突してヒビ作ったぞ!!?

 顔が真っ赤になって目も回しておられる……なんてこった、今のスピード、俺にも見えなかったぞ!?

 

 

『流石だな、しゃみ子よ……今、はぐれメタルに負けず劣らずの速度が出ておったぞ。それを採用するのはどうだ?』

 

「わ、私が、速さについていけま、せん………!」

 

『貧弱な奴め』

 

「イヤ、今のは貧弱じゃなくても無理だろ」

 

 千代田か不二でもないとあのスピードを即使いこなすなんてできない。他の案を募った方が良さそうだ。

 シャミ子の注文は「恥ずかしくなくって強くなれそうなやつ」。それで集まったみんなに案を募っていたな。

 シャミ子自身も「かわいくて強くなれそうなアイデアをお願いします」って言ったところで、とりあえず、俺が思いついた事を言ってみるか。

 

 

「筋肉は最高の(スーツ)

「手を10本足を6本生やして手数をふやそっ」

「射程50キロあれば大体勝てるわ」

「シールド○ットとファン○ルはロマン」

「装備する武器は最高級のものにすべきでしょう」

「武器を弾く超魔生物の皮膚と魔法を弾く超結界を兼ね備えては如何(どう)かな」

『巨大化すればすべてが解決する』

 

「かわいくって言葉聞こえてましたか!!?」

 

 

 千代田・小倉・ミカン・俺・ピエール・フブキ・ゴミ先祖が次々に意見を述べる。

 おい、意見出しておいてなんだけど、千代田と小倉の意見はなんなんだよ。強くなれそうなアイデアだぞ、分かってんのか?

 リリスさんが持っていたスケッチブックに何か書き込んでいってるけど、まさか二人の意見も書き込んでいるわけじゃないよな?

 

「設計してみたぞ」

 

 リリスさんが見せたスケッチブックには、俺の予想外のものが描き込まれていた。

 なんと、手が10本・足が6本あり、筋肉モリモリで肌の色が人間のものじゃないシャミ子が、無駄に豪華で強力そうな武器を装備している絵だった。しかも周囲をシールドビッ○とフ○ンネルが固め、オマケに下には、全長が40km(キロメートル)あることを示す縮尺が。

 オーイなんだよコレは。おそらくさっきの要素を全部詰め込んでくれたんだろうが………もう原型留めてないどころか、神話の化け物じゃねーか。

 

「正気度が下がりまくるッッッ!!!!!」

 

「これ絶対小倉と千代田のせいだろ。邪神って言われても納得するぞこの絵」

 

「何言ってるのさぁ神原君。あなたのファ○ネルも大概じゃないかなぁ」

 

「そうだよ。筋肉は悪くない」

 

「悪いのはきさまらの発想でしょーが!!こんなの全部ボツです!!!」

 

 シャミ子にまとめてツッコまれ、今までの強くなれる案が全部ボツ扱いされた後、彼女は「そもそも、私新しいコスチュームの構想はもうできてるんです!!」と言ってスケッチブックの白紙に描き込んでいく。

 

 

「これです!こういう感じ!ヒラっとしてまぁかわくって軽装!!」

 

 

 目を輝かせ、どうだと言わんばかりに見せた絵は、どこかで見たことのあるような、ピンク基調のフリフリコーデな格好をしたシャミ子の絵だった。

 というか千代田の魔法少女コスチュームだった。

 

「………似てね? 千代田の服に…」

 

「違います! 最適解がこれだっただけです!」

 

「……」

 

 …うん。明らかに似せに行っている。ペアコーデにしようとしている。

 ミカンも佐田もピエールもフブキもその事に察したのか各々何か言いたげな様子だったが、これには千代田がすぐにこう言った。

 

「ヒラヒラが重くて邪魔になりそうだね」

 

「え………」

 

「慣れ親しんだフォームの方がいいと思うよ。戦闘に可愛さとか必要ないし」

 

「………いやっ、でも…」

 

 ……あれ、千代田さん?

 もしかして、シャミ子の案が千代田とお揃いになっているの、気づいていない感じですか?

 なんだか、まるで無意識にシャミ子が傷つくことを言っているように見えるのだが……

 

「………わ、私は桃とおそろの服がいいんです!!」

 

「え、なんでそんな建設的でないことを」

 

「え、ちよ、おまっ―――」

 

………シャドウミストレス優子・心の壁フォーム……

 

「「「シャミ子ォォォーーーーーーーーーーー!!!!!」」」

 

 

 オイィィィィ!最悪だ! 千代田のやつ、マジで気づいていなかった!

 しかも、それだけに飽き足らず、シャミ子の願望を思いっきり叩き潰す真似をしおったー!!

 千代田の言葉に心底傷ついたシャミ子は、巨大な二枚貝の中に閉じこもってしまった。

 

「しゃ、シャミ子~?」

 

「きさまはロマンをわかっていない」

 

「シャミ子…」

 

「今の私はホタテ貝です」

 

「えぇ…」

 

 千代田以外の全員は分かっているが、これは明らかに千代田が悪い。

 シャミ子のおそろがいいってロマンをバリバリ無視したのだ。理解できない方がどうかしている。

 なんでこう、魔法少女ってこうなんだろうな。千代田といい不二といい………あっ、ミカンは違うよ。ミカンはロビンの一件を分かってくれたからな。

 

 巨大な貝に閉じこもって拗ねてしまったシャミ子相手に千代田は再び口を開く。

 

 

「ご、ごめんね……でも、シャミ子には自分で自分自身を守ってほしいんだ………光闇系の人って、気づいたらいなくなってたなんて事がザラだから」

 

「……」

 

 千代田から出た大真面目な話に、俺はミカンを見やる。

 光闇系の人が急にいなくなるかもしれない……そう言った千代田の言葉を、確かめたかったから。

 

「ミカン…」

 

「クロ………ええ、魔法少女界隈では急にいなくなるって言うの、ザラだったわ。玲奈さんも分かってると思う」

 

 やっぱりそうなのか……千代田もミカンも母さんも魔法少女として戦ってきた。

 だがそれは、魔族に敗北する=死ぬことと隣り合わせだったのだろう。そしてそれは、おそらく壮絶だったのだろう。俺からすれば、『想像できないくらいに壮絶だった』ことしか推測できない。

 千代田のそんな経験から来ていると思われる説得に、シャミ子はようやく二枚貝のフタを開けて、そこから涙目状態の顔をひょっこりと出した。

 

「ごめんなさい…私もちょっとわがままでした」

 

「たるんだお腹を出すのが嫌ならまず筋肉と言う鎧をまとって」

 

心の壁フォーム・MkⅡ(マークツー)!!!!

 

「シャミ子ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」

「オォォォイ!! 千代田さーーーーん!!!!!」

 

 だからなんで千代田は傷心のシャミ子にそういうことが言えるんだぁ!!?

 さっきっからおそろにしたいって言ってるんだから、ちょっとは気持ちを汲んでやってもいいだろうと千代田に懇切丁寧に説明する。

 結局、この話は千代田がシャミ子のイメージに合わせてリビルドする形で幕が下りた。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 シャミ子の変身姿談義があってから数日。

 俺達は、奇妙な話を耳にすることになる。

 

「遊元君がまた休み!?」

 

「ここんとこ最近来てねーんだよ。流石におかしいと思ってアイツの部活のメンバーに聞いたら『寄り道した日から見かけてない』んだと」

 

 ダイが学校に来ていない。

 2日くらいなら随分風邪が長引くなとなるが、それ以上となると流石に異変を感じる。

 もしやと思い部活のメンバーに聞いたら気になる情報が出てきたのだ。更に、特ダネかもしれない情報は1つだけじゃない。

 

「ダイのやつ、家にも帰ってきてないらしい」

 

「家にも帰ってないんですか!?」

 

「誰かのところに泊まっているとかは?」

 

「片っ端から聞いたが、誰もダイを泊めてないときた。

 アイツ、どこで何をしてんだよ……!!」

 

 明らかにマズい状態だと知った俺は、すぐにダイを探すべく、シャミ子達にも声をかけた。

 家にすら帰ってきてないという事実は、シャミ子は勿論、千代田達魔法少女にも協力を取り付ける事に成功させた。

 

「でも、遊元くんが何処にいるか、とか分かるの?」

 

「まだ分からない。けど、ダイの部活仲間から『寄り道の行き先』は聞いてきた」

 

「! それって、どこ!?」

 

「多魔せいいき記念館。ちょうどイベントがあったみたいで、ソレを見に行ったらしい」

 

 それ以降ダイが欠席になっているようだから、間違いなくそれが原因だとしか思えない。考えすぎなのかもしれないが。

 とにかく、手がかりを探さないとどうにもならないだろう。俺達は、さっそくその博物館に行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 多魔せいいき記念館に到着してすぐに、目立った広告に目が行った。

 

『幸せを運ぶ大壁画! 期間限定展覧会!!

 金運・恋愛・開運万事解決! お見逃しなく!』

 

 ポスターに描かれたメソポタちっくな紫ドレスの美女の壁画が、否が応でも目に映る。

 ……胡散臭すぎる。

 ド派手に彩られたポスターを見つけるなり、千代田もミカンも佐田もジト目になっちゃってるんだけど。

 まさかだけど……ダイのやつ、モテなさ過ぎて運頼みに走ったのか? アイツの場合、ソレで何とかなるとは到底思えないけど。

 

「ダイさん、これ見に行ったんでしょうか?」

 

「まさか。それだったらここで働く女の学芸員さんに一目惚れしたって言った方が信じられるぜ」

 

「とりあえず、遊元くんを探しましょう。誰か見てるかもしれないわ」

 

 早速ダイ探しの聞き込みを始めた……のだが。

 やっぱりそう簡単には見つからないようだった。

 

「金髪の男子生徒? 見てないねぇ…」

「ごめんなさい。ちょっと力になれそうにないわ」

「この絵画はのォ~、キュビズムで描かれたももんじゃの絵なんじゃよ。それでの~…え、少年? え~~~と……なんだっけ?」

「あぁ? 俺様は今飾られてる壁画のご利益でビッグになる予定があんだよ!学生なんざ知るか!」

「ワンモアプリーズ。ナニイッテルカワカリマセーン」

 

 やはり一日経ってしまったからなのか、目ぼしい情報が入ってこない。

 期間限定の展覧をしているからか客自体は多いが、ダイを見た人は殆どいない。

 やけに若い人たちが多いなとは思ったが、それでも、ダイを見たって人はいなかった。

 

 

「う~~ん……見つからないなぁ……」

 

「うぅ……ぐす…」

 

「?」

 

 女の子のすすり泣く声が聞こえた。

 そっちを向くといたのは、青い髪をした女の子だった。小学3年生くらいだろうか?

 周りに大人がいない。どうやら、あの子ははぐれてしまったようだ…

 

「ねぇ、きみ」

 

「…ぐす……パパ…ママ……」

 

「迷子、なのか?」

 

「うぅぅ………」

 

「ほら、泣かないで。俺がついてるから。

 …ね? だから名前を教えてくれない?」

 

「メル……」

 

 迷子になっちゃってぐずって泣いていた女の子は、自分のことをメルと言った。外人の子かな。

 そして、自分がどうして迷子になったのかを話してくれた。それによると……

 

「わたし、ここにはパパとママときたの……

 でも、へきがのごりやくでおかねもちになるんだって、言って…

 パパもママも、どこかに行っちゃったの…………」

 

 ―――とのこと。

 こんな小さな子を置いてご利益目当てに壁画に行くとは、とんだ親だなと思ったが、それよりも寂しい想いをしているであろうこの子を親の元へ送ってあげるのが先決だ。

 

「大丈夫! お兄ちゃんが、必ずパパとママを見つけ出してあげるからね!」

 

 そう言えば、メルの泣きはらした顔が少しだけ安心したような表情になった…気がした。

 そうだ。この事をシャミ子達にもRINEで知らせておこう。人手は多い方が良いだろうからな。

 こうして、友達を探しに来ただけのはずの俺が、小さな迷子の親探しをやることになった。ただまぁ、まんざら悪い事でもない。この子を放置したままなんて気が引けるし、人として当然の行いだって、思ったんだ。

 

『おい、クロウ!余計な事を引き受けるな! 貴様は遊元泰庵を探すことに集中すればいいだろう! そんな子供など放っておけ!』

 

「うわぁぁぁぁああん!」

 

「ゴミ先祖!!! 子供を泣かすな!!!」

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?!?!?!?!?!?!?』

 

「だ、大丈夫だからね、メルちゃん!

 この、イジワルな杖の言う事なんて気にしなくって良いからね!!」

 

 ―――なお、このゴミ先祖の余計な一言のせいで、RINEを見たミカンと佐田が駆け付けるまでメルを泣き止ませようと慰めなければならなくなったけど。

 ほんっとにこのゴミ先祖は……!!!

 

「クロ!…いた!」

 

「クロウくーん! 迷子を見つけたって…うわぁ!これどういう状況!?」

 

「迷子になっちゃったみたいなんだよ」

 

「おにいちゃん……このひとたち、誰…?」

 

「お兄ちゃんのお友達だ。一緒にパパとママを探してくれるって」

 

「ほんと……?」

 

 メルの涙目ながらのその言葉に、佐田もミカンも彼女の両親探しをする気になってくれたようであった。

 シャミ子と千代田はRINEを見てないのか? ま、それならそれで合流した際に言えば良いか。

 

 

「ちなみに…なんでラプソーンはあそこで粉々になってるの?」

 

「迷子を捨て置けとかほざいたから」

 

「妥当ね」

 

 なお、ゴミ先祖の扱いは相変わらずだった。だが別に可哀そうとか思わないかな。

 そもそも、迷子を見つけて尚ほっとけとか言った方が悪い。

 

 

 

 合流した後、ミカンがメルと一緒に迷子センターに赴き、俺と佐田で博物館の奥を探すことになった。

 

「……どうだった?」

 

「うぅん……こっちは全然だめ。クロウ君は?」

 

「こっちも空振りだ。まったく、あの子を置いてどこ行ったんだよ。二人そろって…!」

 

 佐田と一緒に博物館の奥へ進みながら道ゆく人に聞いてみたが、メルの親だと名乗る人はやっぱり現れない。あの子の両親といいダイといいマジでどこ行ったし。

 

「クロウ君、ほんとの父親みたいだねー」

 

「おまっ…ホントにやめろ! メルは両親と来たって言ってるだろ!」

 

「でもさ。普通、親が子供置いて壁画を見に行くかな?」

 

「………」

 

 佐田の言いたいことは分かる。子供を置いてどこかに行く親など、よく考えなくてもイイ顔をされないに決まっている。

 俺の両親も……そういう意味では、「イイ親ではない」と思われていたり、言われたりしているのかもしれないが。それでも、俺は両親とも尊敬しているし、ちゃんと帰ってきてくれるから問題はない。

 佐田の「私だったらゼッタイ自分の子は置いていかないよー」と言いながら意味深にこっちを見てきたのはスルーして、俺は最後の探し場所を確認した。

 博物館の地図によると、ポスターで大々的に宣伝していた壁画のある場所だ。

 部屋の中に入ると、目に飛び込んできたのは、博物館の天井にまで届くんじゃないかってくらいの壁画だ。その真ん中には、ポスターに書かれていたドレス姿の女性が独特な笑みを浮かべている。首にかけてある鍵の飾りが目立っていた。

 やがて、それを見ていた人だかりの中に、シャミ子と千代田がいるのを発見した。

 

「見てください桃、ごいすーな迫力で…クロウさん?」

 

「あれ、神原くんに佐田さんじゃん。ミカンはどうしたの?」

 

「実は―――」

 

 俺が事情を話すと、千代田はちょっと呆れたように肩を揺らした。

 

「遊元くんの件もあるのに、迷子の両親も探してるの?」

 

「ほっとける訳ないだろ。一人ぼっちで泣いてたんだ」

 

「そうだぞちよもも。探してあげないと」

 

「…別に探すなとは言ってない。ただ、遊元くんの事忘れてない?って言っただけ」

 

「アイツも一緒に探すんだよ。共にここで行方不明になったくらいだ。手がかりくらいあるだろう」

 

「分かりました!私も一緒に探しましょう!いざって時は私の力を使えばいーんです!」

 

 シャミ子はメルの両親を探すことを承諾してくれた。千代田も流石は魔法少女なだけあって、なんだかんだ言いながら一緒に探してくれるようだ。

 これだけ人が集まったんだ。案外、メルのご両親もダイも簡単に見つかるかもしれない。

 この時の俺は……まだ、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 迷子の少女の両親を必ず見つけるんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 シャミ子と違って自力の変身があっさりできるようになったオリ主。ダイ捜索時には、ダイの部活仲間から話を聞き出し、彼が“寄り道”した場所を聞き出した。そして行き先である博物館でダイを探していると、そこで迷子の少女と出会う。

暗黒神ラプソーン
 シャミ子のコスチューム談義でイラっとする発言を連発したり、迷子などスルーしろと言ったりと人としての倫理道徳を疑う……というか暗黒神そのもの。迷子を放っておけないクロウと意見がぶつかり、へし折られる。

ピエール
 シャミ子のコスチューム談義に参加したスライムナイト。装備する武器の品質について述べたが、この回でシャミ子のことを「色魔将軍シャドウミストレス」と呼んでいたのが本人にバレる。

遊元泰庵
 クロウの友達で女好きな男子生徒。ここしばらく欠席で、多魔せいいき記念館に行ってからというもの行方が分からなくなっているが…?




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奇々怪々!! 無断欠席の謎を解き明かせ!……お前は、それが芸術だって言うつもりか!?編

さて、いよいよオリジナルストーリーのガチバトル編………にしたかった。
救出までで時間がかかりすぎなんだよなぁ……



今回のあらすじ

リビングデッドが あらわれた!




 ここ数日で行方不明になっていたダイの手がかりを探すべく、多魔せいいき記念館に足を運ぶ。そこで俺はメルと名乗る迷子の女の子と出会った。両親とはぐれたという彼女を安心させるため、ミカンや佐田、シャミ子や千代田の協力を取り付けることに成功したのであった。

 

 さて、そろそろミカンが迷子センターに着いた頃だ。俺達もそろそろ、この壁画のフロアにいるであろう、ダイやメルの両親を見つけないといけないな。

 

「さて、早速探すのを手伝って……?」

 

「どうしたんですか、クロウさん?」

 

「いやな…あれ」

 

 俺がふと目に入って気になったのは、壁画の一部分だ。

 真ん中には紫ドレスの女性が椅子に座っているのだが、その周りには彼女を讃えるよう人々の絵が描かれている。ところどころ傷が入ってるけど、思ったより保存状態は良さそうだ。

 そんな絵の中に―――なんだか、金髪の男性の絵が描かれていた。デフォルメされたその男の特徴が、なんかダイに似ていたんだ。

 

「? あの絵がどうかしたんですか?」

 

「…いや、何でもない。」

 

 流石に絵に描かれてる男ががダイに似てるとか言うわけにはいかないけど…今は現実の話だ。

 ミカンがメルちゃんを連れて迷子センターへ連れてってくれるから、そっちからの連絡を待ちつつもう一度この場所にダイやメルちゃんのご両親がいないか探して―――

 

「あの、クロウさん」

 

「なんだ?」

 

「あの…女の人の胸元、なにか光ってませんか?」

 

「え?」

 

 シャミ子が言った事を確かめるために、もう一度壁画を見る……

 

「あれは…鍵、か?」

 

「確かにちょっとキラッとしてるけど……壁画の装飾か何かじゃあないの?」

 

 まぁ、そんなのは後にするか…と思ったところで、なんとミカンが息を切らしながらここにやってきたのだ。

 どういうことだ? 確かミカンは、メルと一緒に記念館の迷子センターに連れてって貰っているはずじゃなかったのか?

 

「ミカン? メルはどうしたんだ?」

 

「それが…目を離した隙にいなくなっちゃったのよ!」

 

「「「「!!!!?」」」」

 

 な、なんだって!? このタイミングで…メルとはぐれただと!?

 

「何やってるんですかミカンさん!」

 

「目を離したって…どれくらい目離したんだ!」

 

「ほ、ほんのちょっとよ! 2、3秒くらいでしかないわ!」

 

 それでもダメなものはダメだろう!

 迷子センターに行くというのに、迷子を手放してどうするんだ。

 だが、ミカンのその様子は嘘をついてるでも誇張しているでもなく、ホントに一瞬でいなくなっちまったみたいじゃんか。

 これ以上ミカンをせっついても仕方ないので、俺達はミカンがメルを見失ったという場所まで移動した。

 

 

 

「ここで見失ったんですか?」

 

 やがて辿り着いた場所は、記念館の中でも記憶に新しく、印象に残る場所だった。なぜなら、そこは―――

 

「俺がメルとあった場所だ…!」

 

「ここで会ったの?」

 

「あぁ、人混みの中に泣いてるあの子を見つけてな…………!!! メルちゃん!」

 

 たまたま、見覚えのある髪色と身長が見えた。

 呼びかけた少女がこちらに振り返ったことで、人違いではないことが判明する。

 

「あれが、メルちゃん…!」

 

「メルちゃん! 私だよ、杏里だよ!」

 

「一体どうしてここに―――」

 

「………」

 

 あ、あれ? メルちゃんが、俺達を見つけるなり憂いを帯びた顔を背けて記念館の奥へ走って行っちゃったぞ!?

 

「ちょっ!?」

 

「待って!」

 

 皆して追いかける。

 両親に合わせようとした迷子がまたいなくなり、ようやっと見つけたと思ったらまた何処かへ行こうとする。流石に何度も迷子になられては困る。

 追っても追っても逃げていくメル。来た道を戻るように記念館の奥へ行き、最終的には壁画のあったところに逃げ込んでいった。

 

「あれ……メルちゃんは?」

 

 そこは、俺が千代田とシャミ子と合流した壁画のフロアだった。

 出入り口は一つしか無いはずなのに、そこに入ったハズのメルは影も形もなく、さっき多くの人で混んでいたのが嘘みたいにがらんとしていた。

 

「なんで…今、ここに入ってったハズなのに!?」

 

「姿の見えない魔法でも使われたのかな?」

 

「いや、そんな形跡がない。でも、なんかイヤな予感がする…」

 

「あの、桃……変なコト聞いてもいいですか?」

 

 そんな中、シャミ子が壁画を指差して、こう言ったのだ。

 

「あの壁画…あんなに人いましたっけ?」

 

「「「え?」」」

 

 一度壁画を見た俺はそう言われて初めて気が付いた。

 ……あの壁画、さっき見た時よりも、真ん中の女性を讃える人々が()()()()()()()()()

 シャミ子と一緒に壁画を見ていたのであろう千代田も、異変に気が付いたようだ。

 

「!! ナイスシャミ子、さっさとここから逃げ出そう」

 

 振り返って出口に走り出した千代田だが、それに続こうとした時点で、俺達は信じられないものを目の当たりにした。なんと、出口のドアが急にひとりでに動き、千代田が出る直前にバタァンと音を立てて閉まってしまったのだ。千代田が思いきりドアにぶつかったが、動く様子はない。

 ……つまり、俺達はもう閉じ込められてしまったのだ。この、壁画の間に。振り返った千代田の顔が、今まで見たことないくらいに、焦っていた。

 

「…やられた。まさか、もう術中だったとはね」

 

「桃?」

 

「みんな、周りに注意して。どこから仕掛けてくるかわからないから」

 

「仕掛ける!? だだだだ誰が仕掛けてくるんですか!?!?」

 

「み、みんなアレ見てよ! めっちゃ光ってる!!?」

 

 佐田の声が聞こえた瞬間、鍵が光り輝いた。

 それも、眩しいなんてレベルではなく、周囲一帯が真っ白に染まったのかと錯覚するレベルでだ。

 視界が全部潰された俺は、ただ皆が動揺して悲鳴をあげるのを聞きながら、その場にとどまることしかできなかった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 ―――目が覚めた時、俺は倒れていた。そして、周りにシャミ子とミカンが倒れてるのも見えた。

 最初に意識が戻ったらしい俺は、立ち上がってみんなの無事を確認した。千代田に、佐田。あとさっき再生したばっかのゴミ先祖…………うん、全員いるな。そこは大丈夫そうだ。問題は……

 

「……どこだここ」

 

 さっきまで記念館の壁画の間にいた筈なのに、全く見覚えのない謎の空間にいることだ。

 六角形の石畳とそれらを繋ぐ廊下のような道。ところどころにある石柱や燭台から火が出ている。恐らく明かりだろう。そして……最も奇妙な点は、その床や廊下や、石柱や燭台が()()()()()ことだ。上を見てみればあるのは天井ではなく濁った空だ。まるで、黒と青の絵の具をありったけ水に溶かしたようだ。

 

「変な空間ね……まるで絵の中に入ってしまったよう…」

 

「『まるで』じゃなくって、本当に絵の中に連れてこられたんじゃないですか!?」

 

「なんでちょっと興奮してんだシャミ子ー?」

 

「だって、絵の中ですよ! ゲームに出てきそうなダンジョンですよ!?」

 

 他の皆も、意識を取り戻してこの光景の不思議さに各々思った事を口にする。

 シャミ子の興奮ぶりは分からなくもない。絵の中に入るなんて、ゲームでもなかなかない展開だよな。けど、今はちょっとそれどころじゃなくなりそうだ。それに……もしかしたらって考えが浮かぶ。

 

「なあ…メルちゃんがここに来てるかもしれないぞ?」

 

「!」

 

「ちょっと何があるか分からないから怖いけど……探してみないか?」

 

「そうね。さっきのメルちゃんの様子のちょっとおかしかったし、気になるわ」

 

『………』

 

 ゴミ先祖以外はメルちゃんを探すのに賛成のようだ。ゴミ先祖が何も言わないのが気になるが、足を進めよう。

 廊下はまっすぐ進んでおり、分かれ道とかも一切ない。一歩踏み外したら黒と青の絵の具の空へ真っ逆さまに落ちそうなものだが、踏み外せないように、何か謎の力にブロックされている。メルちゃんがいるなら、見落とすわけがないし、誤ってどこかに落ちてしまったようにも考えられない。

 

「ずーーっと続いてるな。この先には何があるんだ?」

 

「…! 見えてきた。女の壁画と………人?」

 

 このままずっと続くんじゃないかという錯覚を佐田が口にした時、千代田の指差した方向に違う光景が見えた。

 俺らの背よりも遥かに大きい壁画に跪いて崇めている人々。老若男女問わず崇めていて、なんかみんながみんなマトモな様子じゃない。そして……あの女の絵を崇めてる連中の中に、俺達の目的の人物がいた。

 

「ダイ!」

 

「えっ、遊元さん!?」

 

「おい、ダイ! こんなところで何やってんだ!」

 

「…………」

 

「おい聞いてんのか? おい!」

 

 そう。ダイがいたのだ。アイツも他の連中に混ざって絵の女を崇めている。声をかけても肩を揺すってもまったくこちらに気にかけない。いくらなんでもこれは異常だ。本来のダイは友達付き合いは大事にするヤツだ。まぁ…たまに女子関係でめんどくさくなるが、それでも俺を無視なんておかしすぎる。

 

「…ダメね、まるでこっちの存在そのものに気付いていないみたいだわ」

 

「おいおい…お前らしくねぇぞ!あんな絵に夢中になっちまって……絵なんかよりも、女の学芸員さんに興味ありそうなお前が……」

 

「神原くん、それはそれでどうなの―――」

 

『―――カカカ。この美しさがわからぬとは、おろかよのぅ…

 

「「「「「!!!!?」」」」」

 

 突然、声が響いた。低めの声と高めの声が混じった不気味な…だが、女の声だ。

 いきなり聞こえた声の主を探す……が、周りにそれらしき人影はない。

 

カカカ、どこを見ておる? こっちじゃ、戯けめ

 

「ねぇ……あれ!!」

 

「絵が…」

 

「動いてるわ………!!」

 

 最初に気付いた千代田が見上げた方向にあったもの……それは、さっきまでダイを含めた人々が崇めていた絵が、瞳を動かしてこちらを見下ろしている様子だった。

 本当に絵が動いている……全く動かないはずの、絵の中の女性の…目が妖しく光り、こっちを見るように動いている…!!

 

ひい…ふう…みい………ふむ、5色か。

 カカカ、汚い色ばかりで飽いていたところだ。歓迎するぞ。ようこそ我が世界へ

 

「しゃ、喋った………」

 

どの者も素晴らしい…美しい色になりそうだ。

 先だってわらわに魅了された者ども同様、残らず吸収しわらわの美を支える一部としてくれよう…!

 

「きゅ、吸収、ですって…!?

 おいきさま! それはどういうことだ!」

 

どのような色になるのか…楽しみにしておるぞ。カカカ……カッカッカ…!

 

「そうはさせない!」

 

 ミカンが矢を放つ。しかし、それが壁画に命中するよりも先に壁画がフッと消えて、矢はそのままどこかへ飛んでいった。そして、絵が消えたことで、奥へと続く道が見えた。

 それと同時に、絵を崇めていた人がその道……つまり奥へ向かってふらふらと歩いていくではないか。しかも、その中には、しっかりダイもいやがる!!

 

「待て、ダイ! そっちに行くな!!」

 

 しがみついて行かせまいとしても、無理矢理俺ごと引きずってでも進もうとしている!

 な、なんだ、こいつ……普段からこんな力あったのか!? だがここでダイを離したら、なんだかとてつもなく嫌な予感が―――

 

「ぎゃーーーーーーーー!!クロウさん!前!前!」

 

「え……うおあああああ!!?」

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……

 

 急に視界に現れた手がひっかいてくるのを避ける。その拍子にダイを手放してしまい、あいつが奥へと歩いていく。だがそれよりも俺は、目の前のショッキングなヤツに言葉を失った。なぜならそいつは、人としての肌のツヤと色をしておらず、目は虚ろで、明らかに命のないものであるにも関わらず、動いて襲ってきているからだ。

 

「「ヒィィィィィーーーーーーー!! ゾンビィィィィィ!!!!!?」」

 

「な、なんだこいつは!!?」

 

「多分……あの壁画に吸収された人のなれの果て……かも」

 

「ウチらこうなっちゃうの!? 絶対イヤなんですけど!!!」

 

「ゴミ先祖!」

 

『ゴミではないご先祖だ!』

 

 同感だ、佐田。俺だって、こんなゾンビの仲間入りはゴメンだぜ。

 ゴミ先祖に合図を送って戦闘態勢をとり、戦闘服に変身する。そして、ゆっくりとこっちに近づくゾンビ達を前にして―――

 

大閃熱呪文(ベギラマ)!!」

 

 呪文を―――炎を放った。

 ベギラマのレーザーのような炎に焼かれたゾンビ達は、悲鳴代わりにうめき声をあげながら、その身を消滅させていった。

 

「く、クロウさん!! その人は…!」

 

『いや、これで良いのだしゃみ子よ。身体が腐敗しゾンビと成り果てた者はいかなる蘇生も受け付けん。それに、今はおのれの身を優先すべきだ!』

 

「ラプさんの言う通りだよ。ここは私達がやるから、他のみんなは下がってて!」

 

「気持ち悪いからとっととどきなさい、ゾンビ共!」

 

 俺の魔法に続くようにミカンと千代田が変身してゾンビを蹴散らしていく。俺とシャミ子と佐田はそれについていくように走り出した。時折千代田とミカンの攻撃をすり抜けてこっちに近づきそうなヤツをベギラマで燃やし尽くす。

 

「悪いな……こんな雑な火葬しかできなくてよ…!」

 

「このままじゃあ遊元までデロデロのゾンビにされちゃうかも…!?」

 

「想像させないでくれよ…!」

 

 ダイをこんなゾンビ達の仲間になどさせるものか。その意志を絶やさぬまま前に進む。

 その過程で現れるゾンビが絶え間なく現れる。それは殆ど千代田とミカンが倒してくれたけど、やっぱり人の姿をしているものを攻撃するのは……生きていた人を攻撃するのは…キツイな。シャミ子と佐田が心配だ。

 

「うわ、なんだこのマッチョ!?」

 

「ムキムキだ!」

 

「ムキムキです!!」

 

 ……幸い、2人の顔色は悪くなってはいたものの、時折現れる筋肉モリモリの四つ腕マッチョマンのお陰か最悪の事態は免れたようだ。千代田とミカンの無双な雰囲気のまま、この世界の深部へ足を進めることが出来た。

 

「ダイ!」

 

「なんでしょう……すごく嫌な予感がします…」

 

 人間ほどある太さのイバラに囲まれたその空間では、ダイを含めた壁画に魅了されたのだろう人々が心ここにあらずといった感じで突っ立って並んでいた。…まるで、何かの順番を待つかのように。そして、その行列を見て嫌な予感がしたのは、シャミ子だけじゃない。

 何かが起こる前に、ダイをここから引っ張り出してでも元の世界に連れて帰ろうとした………その時だ。

 

 ―――イバラの中から、花のつぼみのような触手が現れたのは。

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

 そいつは、つぼみの部分がかぱりと開いて、まるで竜のような口をあらわにした。

 そして、意思のない人々に向かって口を向けると、人々がUFOにでも攫われるかのように中に浮かんで、触手の口の中へ吸い込まれていく。やがて吸い込まれた人は、コーヒーでもかき混ぜるかのように溶けていった。

 ―――見ているだけでおぞましい画だ。血とかのグロ表現は一切ないが、下手なグロ表現よりもえげつない。

 壁画の女は……こんなのが芸術だというつもりなのか!!?

 

「させるかよ!」

 

 ダイに飛びつき、触手の口へと吸い込まれないようにしがみつく。

 でも……コイツ、俺ごと吸い込もうとしてきやがる!?

 

「神原くん!」

 

「クロウさん!!!」

 

「クロ!!?」

 

『ま、待て待て待てクロウ!! 早く遊元泰庵を離せ!!

 このままじゃあ、我が食われてしまうぞォォ!?!?』

 

 俺の足さえ床から離れて、みんなの悲鳴が聞こえてくる。このままじゃあ、俺もダイと一緒に水に浸かった絵の具みたいに溶かされてしまうだろう。

 ゴミ先祖も泣きながら俺の手の中で暴れているが……このまま俺が、UFOキャッチャーの景品みたいに大人しくしていると思っているのか?

 落ち着いてくれゴミ先祖。あんまり暴れられると、折角の呪文が外れるだろ。

 

 

「食えるモンなら食ってみろ―――極大爆裂呪文(イオナズン)!!!

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 触手の口に向かって放った大爆発呪文。

 それをマトモに受けて、口の内部から爆発したソイツは、怪獣みたいな悲鳴をあげながら崩れ落ちていく。

 ダイとしがみついていた俺も、重力を取り戻したように落下して、自由の身に戻っていた。

 

『クロウ貴様! そういう事やるならやると言え!!ちょーヒヤヒヤしたんだぞ!!!』

 

「ふぅ……上手くいって良かった。

 みんな! 早くこっから逃げよう!」

 

「意識のない人は私達で確保しておいたわ! さぁ早く!」

 

「ミカンさんの手際!!!」

 

 ミカンはどうやら触手に食われていない、他の人たちの救出を済ませていたようで、あとはその人達やダイを連れながらこの絵の世界?を抜け出すだけみたいだな。

 要救助者を引っぱりながら来た道……はイバラで塞がっていたため、千代田が力業で切り拓いた道を進んでいく。やがてその先で、澱んだ空に切れ目がある場所に通りかかる。その切れ目からは、眩しいほどの光が差していた。

 

「これは……?」

 

「もしかすると、元の世界への出口なのかもしれないわ…!」

 

「よ、よかった……これなら、ここから記念館へ戻れるかもしれませんね!」

 

「ん…、待って。ここにある石碑は…」

 

「佐田?」

 

 佐田の動きが止まったので、どういうことかと思ってみてみれば、視線の先にはところどころ崩れかかった石碑があった。

 みんなも気づいたようで、集まって石碑に目をやる。……どうやら、何か書いてあるようだ。

 

「それは?」

 

「日本語で書いてあるんだよ。えっと―――」

 

 


 

 

私が偶然にも郊外にて発見した

数千年前に滅亡した古代バビロニア王国の

不思議な壁画……これを使えば

都市に人が集まり栄えるはずだった。

―――だがそれは大きな過ちだった。

壁画は邪悪に呪われていたのだ。

壁画は人間の命を自らの糧とする為、

人々の欲望を不思議なチカラで叶え、惑わし、

その御利益にあやかろうとする者を吸収する。

また欲深くない者には少女の姿で現れ、

人の善意につけこみ欺き壁画の中へ引きずり込むのだ……

 

 


 

 

「『壁画は邪悪に呪われていた』か……」

 

 つまり、記念館に飾られていたあの壁画は、最初から悪いタイプのそれだったってことか。

 だいぶ前から人を糧にしている壁画とか、もはや呪いの類じゃないか。なんでそんなのが多魔市に流れ込んできたんだ?

 

「少女の姿で現れ、人の善意につけこみ………って、それってメルちゃんのこと!!?」

 

 一緒に石碑を読んでいたミカンが、信じられない事を言った。

 いま…何て言った? メルちゃんのことって、それじゃあまるで……

 

「お、オイ…何を言ってんだ?

 メルに限ってそんなこと、あるわけないだろ?」

 

 ―――まるで、メルちゃんが呪いの壁画の元凶みたいじゃないか。あの子は両親とはぐれただけの迷子じゃないのか!!?

 

「クロ………気持ちは分かるけどね。

 私や桃は、こういう人をダマすタイプのまぞくと何度もやりあってきたから、もしかしたらって思っちゃうのよ」

 

「そんなの…ミカンさんの考えすぎ、じゃないんですか……?」

 

「でも私達……この世界に来てから、一度もメルちゃんに会ってないよ。もしただの迷子なら……遊元くん達と同じ場所にいたはずだよ?」

 

 シャミ子の考えすぎって意見も、千代田の反論に速攻で両断される。

 千代田の言う通り、俺はこの世界に来てから一度もメルちゃんに会ってないのだ。

 ならば「もう吸収されちゃった後なのでは」という、割と考えたくない展開を思いついたが、それだとメルちゃんが行方不明になるだいぶ前から消息を絶っていたダイが今ここで無事にいる意味が分からない。

 ヤバい。どんどん、考えたくない可能性が近づいてきている!! まさか、本当にあの子が……

 

「―――シャミ子、神原くん。どうやら、あっちは考える時間をあんまりあげてくれないみたい」

 

「「ギャアアアアアアまた触手だァァァァァァァ!?!?!?」」

 

 そんな事を考えている内に、さっきブッ飛ばしたハズの触手と同じ形の触手が迫っているのが見えた。

 千代田の言う通り、急いでこっから脱出しないといけない!

 

『ぬああああああああああああヤバいぞ! どうするのだッ!?』

 

「イチかバチかだけど、あの切れ目に飛び込むしかない」

 

『そう言いながら助けた人を切れ目にぽいぽい放り込むとは鬼畜魔法少女!』

 

「言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 確かにこれは考えている時間はない。

 俺はいまだボーっとしているダイと戸惑っているシャミ子の手を掴み、切れ目に飛び込んだ。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 光に包まれた後、俺達は記念館の壁画の間に倒れていたが、すぐに意識を取り戻し、周囲を確認したところ……特に、誰かが欠けたわけでもなく、助けた人はみんな無事な用だ。強いて言えばゴミ先祖が千代田にひったくられてボキボキにされたことくらいか。鬼畜魔法少女とか言うから……

 

 

「いやー、ハラッハラだったわ、今日の体験」

「その一言で済ませられる佐田のメンタルよ」

「この壁画のおそろしい真相をみんなに伝えないといけないわね…」

「あんな恐ろしい事が起きているなんて…」

「……………あ、あれ!? 俺、いったい何を…??」

 

 やっと正気を取り戻したらしいダイに、これまでの事情を説明しようとしたところで―――学芸員さんに「もう閉館ですよ」と記念館を追い出されてしまった。陽はとっくのとうに沈んでおり、時計を見れば、7時をもう回っていた。

 

「今日はもう遅いから、一旦帰って体を休めよう。あの壁画をどうするかは…休日にでも考えようよ」

 

 千代田のその一言で解散する道すがら、俺は考えていた。

 メルちゃんが……人々を絵の中に取り込んで吸収しているかもしれないという、ミカンの推測。

 もしそれが当たっているというなら。俺達は、見事に一杯食わされたことになる。あの迷子の姿も、心細いと流した涙も、全部俺達を取り込むための演技だったという事になる。

 

『クロウよ、我は、千代田桃や陽夏木ミカンの言い分が正しいと思っているぞ』

 

「………そうだろうな」

 

 ゴミ先祖の意見を聞く気になれない俺は、これまでよりも……これまでよりも一番憂鬱な帰り道を歩いて行った。

 ただし、足取りは全く重くなく。むしろ、この一件を誰かに聞いてもらいたい気分だったから、それだけが救いだったのだと、思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 困ったときは、必ず誰かと相談をするんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 壁画における衝撃的な疑惑が浮かび上がり、動揺が隠せない主人公。いちばんメルを気にかけていたので、裏切られていたのではとショックを受けた。いち早くこの事を誰かに相談したい。自分の騎士とか策士の師とか母親とか。

暗黒神ラプソーン
 若干ヘタレた暗黒神。ただし、メルが壁画の変身した姿で、クロウ達をダマしていたではないかというミカンや桃の予想は全面的に支持している。なんせ昔、自分も魔法少女同志を同士討ちさせてたし(ゲモンの作戦で)。

リビングデッド
 生ける屍となって魔物になり下がった、元人間の魔物。オリジナルカラーは髪が茶色、肌は肌色で緑服。「生ける」屍と言うだけあってか、色違いモンスターの「くさったしたい」や「どくどくゾンビ」、「グール」に比べて屍にしてはえらく肌の血色が良い。
 拙作では壁画の世界に登場する、『壁画に吸収された人間のなれの果て』として登場。ここまで腐敗すると手遅れ状態であり、作中でクロウがやったように火葬したりぶちのめすしかない。

マッスルガード
 ドラゴンクエスト11で登場した、四本腕に筋骨隆々の体躯を備えた一つ目の巨人で、魔物達のボディガードを務める。顔がギガンテスに似ているが口はなく、兜を被っている。
 拙作でもドラクエ11同様、壁画世界で出現する。



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奇々怪々!! 無断欠席の謎を解き明かせ!……決戦・傲慢なる美の化身編

アニメを追っかけ再生中なんですが、白澤さんの声が案外ダンディで驚きました。
今度こそ、オリジナルストーリーの後編にしてガチバトル編です!


今回のあらすじ

メルトアが あらわれた!


※2022-6-22:誤字を修正し、描写を追記しました。
※2022-6-23:二次創作日間ランキングで91位を獲得しました。ご愛読ありがとうございます。


 メルちゃんが壁画の世界の黒幕かもしれない。

 ミカンや千代田の言っていた疑惑を、どうしても確かめたかった俺は、壁画の世界からダイを連れ戻した翌日、その身に起こった事について相談するため、家にいるヤツらを集めて、父さんと母さんに電話をかけた。

 

「どうなさったのですか、我が暗黒神」

 

『どうしたのかしら黒男。急に相談なんて…』

 

「オレに聞きたいことね………何があった」

 

「どしたの、神原君〜?」

 

「実は―――」

 

 俺は、全てを話した。

 ダイが最近行方不明だったこと。

 その手がかりを探しに記念館に行ったこと。

 そこで、メルちゃんという迷子に出会ったこと。そして、その奇妙な行動も。

 さらに、最近飾られたという壁画から、奇妙な世界へ送り出されたこと。

 そこからダイを助けて、命からがら脱出したこと。

 壁画の世界にあった石碑の内容から、メルちゃんが怪しいということ。そして、壁画の世界でメルちゃんが見つからなかったことも。

 

 静かに聞いてくれたピエール・ゲモン・小倉・父さん・母さんは静かに聞いてくれた。全て話し終えて、皆から意見を聞こうとした時、最初に口を開いたのはゲモンだった。

 

 

『…100%そのメルという少女が、壁画の世界に人を取り込む元凶だな』

 

「………っ」

 

 なんとなくコイツはそう言うだろうなとは思っていた。でも…実際に言われると、結構きつい。

 

「…根拠は?」

 

『石碑の内容。壁画の世界に行く前のメルの行動も怪しいし、壁画の世界にそいつがいなかった事自体怪しすぎる。疑ってくださいと言っているようなものだ。

 ……分かり切ったことを訊くんじゃあない。お前がソレを信じたくないだけだろう?』

 

『そこまでよ、妖魔ゲモン。うちの息子をいじめるんじゃありません』

 

『…フン』

 

 母さんが割って入ったことでゲモンはそれ以上は言わなかったが、ゲモンの主張はまざまざと見せつけられた。俺がまだ、甘い考えを持って半ば現実逃避をしているであろうことも。

 

『……とはいえね、黒男。私、10代の頃に聞いたことがあるのよ。その、人を取り込む壁画の話は。

 「少女の姿で人を誘って、その人を取り込んで壁画の一部にしている」………戦ったけど苦戦して逃げ帰ってきたって仲間の体験談よ。

 黒男の経験談からして、そのメルちゃんが体験談の時の壁画である可能性は高いと思うわ』

 

「マジか………」

 

 しかし、ゲモンを止めて母さんが言ったことも、ゲモンとほぼ同じ「メルちゃん黒幕説」だった。とはいえ、こっちは具体的な体験談を仲間から聞いたって話だから、より説得力があった。説得力がありすぎて辛かった。

 

「我が暗黒神…」

 

「ピエール?」

 

「貴方が気に病む気持ちは理解できます。迷子の少女を放っておかない……私でもそうしたでしょう。騎士道を進む者として、貴方の行動を全面的に肯定します」

 

「ピエール………ありがとう」

 

「礼を言われるほどではありません。私は、メルという少女について、是も非も言う事が出来ないだけに過ぎません。私程度では、そのメルという彼女がただの迷子なのか壁画の魔物なのか、現時点でも分からないのですから」

 

 ピエールはメルちゃんのことについては何も言わず、俺の迷子への対応を肯定してくれた。彼自身は力になれていないと言うが、ピエールの言葉だけで俺の心は幾段と軽くなったような気がした。

 そんな中、更に意見を出したのは、小倉だった。

 

「神原君。私としてはその壁画を持って帰って来て欲しいんだけど……」

 

「………お前、事の重大さが分かってんのか?」

 

「分かってるよぉもちろん!! 人が絵になるなんて、現実では起こり得ないことだよ! 三次元と二次元の移動…壁画の世界……いい研究対象になりそうだねぇ…!!!」

 

「………」

 

 やはりというか何というか、小倉は自分の研究のために人の健康やら命やらを軽視している節があるんだよなぁ。もうちょっと空気読めよお前。母さんのプレッシャーが電話越しでもヤバいのが分からねーのか??

 小倉のKY発言のせいでこの場の雰囲気は最悪だ。ゲモンもピエールも、母さんの不機嫌を電話越しに感じ取っていたらしく、押し黙ってしまう。だが、そこで助け舟を出してくれたのは、父さんだった。

 

 

『黒男。もし、そのメルちゃんを疑うのが嫌だというのなら……信じる為に動けばいい』

 

「信じる、為に?」

 

『そうだ。疑ってかかるんじゃなくて、最後まで信じるんだ。決定的な証拠が出てこない限りは、メルちゃんはただの迷子ということにすればいい。父さんとしては、この件からは手を引いて欲しいけど………そう言っても聞かないだろ?』

 

「そう………だな。ダイは助けたけど、このまま引き下がれないよ。多分、シャミ子も千代田もミカンも同じだと思う」

 

 ダイの心配はもう要らないけど、根本的な問題の壁画そのものがまだ残ってるからな。父さんは俺を心配してくれているんだろうけど、俺はこのままダチだけ助けてそのまま壁画の一件をスルーなんてできない。

 

『そう…か。だったら、父さんから言う事は一つだ。』

 

「なに?」

 

『必ず、皆で生きて帰ってきてくれ』

 

「もちろんだよ」

 

 父さんに強く返事を返すと、俺はゴミ先祖の杖を持って、玄関へ向かった。

 

「我が暗黒神。微力ながら、このピエールも同行いたします!」

「「「ピキー!」」」

「ニャー!」

『待てクロウ。行くならオレにも一枚噛ませろ。具体的にはお前にちょいと仕掛けがしたい』

「神原君、行くならコレ食べといて? 魔力アップのお団子改良版」

 

「待ってゲモン、小倉、それはムグッ!!?」

 

 父さんと母さんはもちろん、俺の家に住んでいる面々は、俺の決断を応援してくれた。しかも、ピエールは助太刀まで志願してくれたのがありがたい。…………行く寸前にゲモンと小倉に変なモノを食わされたけど。味? 思い出したくない…

 

 

 

 

 

 向かったばんだ荘では、千代田とミカン、そして意外にもシャミ子が準備を終えていて、俺を待っていてくれたようで、俺を見つけると声をかけてくれた。

 

「あ、クロウさん! やっぱり来てくれましたね!」

 

 シャミ子はこういうの苦手そうなんだけどな。そう言うと、シャミ子のところもひと悶着あったらしく、その時のことを話してくれた。

 

「最初おかーさんと……桃に反対されました。『危険すぎると思う』って。でも、この街のボスとして、桜さんとの約束を守る為に、危険な壁画をなんとかしたいって説得して、ミカンさんやクロウさんも手伝ってくれるって分かったら、納得してくれました」

 

「ねぇ、クロ。不二さんにはこの事、話したの?」

 

「あぁ…話したんだが………移動するのに時間かかるらしくってな。ちょっと遅れるかもしれないって言ってたぜ」

 

 なんでも公共交通機関を使うみたいで、到着まで時間がかかるって言っていた。「魔法少女なんだから変身してとっとと来れば良いのに」って言ったら、「魔法少女だからって人々の生活に迷惑をかけていいワケではありませんことよ」と言っていた。メンドくさいな。

 ちなみに、リコと白澤さんにも話したみたいだが、どうやら直接戦いには参加してくれないみたい。白澤さんは戦いは苦手だって言ってたし、リコはリコで面倒くさがったんだって。それで良いのか。

 

 兎も角、全員そろったことを確認して、俺達は記念館に足を踏み入れた。

 すぐに周りの人々に注意を向ける。絵画に憑りつかれた人々を探すというのもそうだが、メルちゃんを探すためだ。

 父さんの言う通り、メルちゃんを信じるにしろ何にしろ、まずメルちゃん本人がいないと始まらない。

 

「本当かい、お嬢ちゃん?」

 

「うん、ほんとだよ!」

 

 …! いた!

 

「あのへきがにおねがいをしたら、わたしの体、良くなったんだよ! パパとママも喜んでくれたの!

 だから、おじいちゃんもすぐに元気になるよ!」

 

「そうかい。それは良いことを聞いたよ、ありがとの〜」

 

 お爺さんに身体が良くなると言っていたメルちゃんに、昨日までの、両親とはぐれて心細さに泣いている様子は全くなかった。しかも、お爺さんに言ったことが、昨日俺に話してくれた事と矛盾している。

 昨日は両親は自分に構わず壁画のご利益を授かりに行ったって言ってたじゃないか。

 俺は突っかかろうとしたシャミ子と千代田を抑え……意を決して話しかけた。

 

「やぁメルちゃん。随分と元気そうだね。ご両親には会えたのかな?」

 

「!!! ……うん。皆のおかげだよ!あの後おとうさんにもおかあさんにもあえたんだよ!!」

 

 一瞬だけ「どうしてここに!?」みたいな顔をしたが、バレてないと思っているのか、そう言葉を続ける。

 俺は信じる為に……目の前の少女がただの迷子である事を確かめる為に……さっきの表情の真意を、ここで確かめる。

 

「そっか……良かったね。昨日の事を話したいから――君のご両親を連れてきてくれないか?」

 

「おとうさんとおかあさんならね、またへきがのとこにいると思うよ! だからそこへ行って……」

 

「いいや。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!?」

 

「……お父さんとお母さんはどんな顔してるんだ? 名前は? 俺たちの事を話したんだろう?なら、会いに来る理由は一応あるはずだけど?」

 

「そうね……親なら、迷子の娘を守ってくれた人達にお礼くらい言いたいものよ」

 

「そういう事だ。だから連れてきてくれるかな? それとも…それができない理由でもあるのかい?」

 

 ミカンの援護射撃を交えた俺の言及を受けたメルちゃんは、答えられるはずの質問に何も答えない。それの意味する事は、答えられないという事……………両親とはぐれたって話自体が、でっち上げた話だということだ。………信じたくなかったけど。

 その様子に、千代田が待ってましたと言わんばかりに杖を取り出した。

 

「…やっぱり壁画の悪霊だったんだね。となるとおじいさんにしてた話もウソか。元気になるのはあの人じゃなくってお腹を満たした壁画だもんね」

 

「な…何を言ってるの…!? 違うよ!わたし、そんなんじゃない!」

 

「ネタは割れてるんだよね。観念して正体を見せたらどうなの?」

 

「違う…違う…………おにいちゃん!おにいちゃんなら、わたしを信じてくれる…よね? おねがい…しんじて………」

 

 今度は俺に縋りつくメルちゃん。それは、自分に親身になってくれた俺なら甘い判断を下すと思っての事なのだろうか。

 だけど……俺はもう、自分の中で判断を下していた。

 

「…俺も君を信じたかった。

 でも…先に信頼を裏切ったのは、君だ」

 

「…!」

 

「いい加減に絵に取り込んだ人達を解放しろ。

 そうすれば、軽いお仕置き程度で済むんだから…」

 

 この子は…コイツは、壁画の正体だ。

 人を取り込み、吸収する、邪悪な呪いだと。

 俺の答えに俯くメル。その子は、そのまま黙って静かにしていると思えば。

 

カカカカ…!!

 

「「「「!!!!」」」」

 

 先程の少女からは想像もできないような、腹から来るような邪悪な笑いが、俺達の耳に響いた。

 

折角の獲物を開放しろ、じゃと…?

 思い上がるなよ、たかが塗料風情が…!!

 

「……それが、君の…お前の本性か」

 

文句があるならわらわの世界に来るがよい。

 今度こそはきさまら全員まとめて我が糧にしてくれるわ…!!

 

 そこにただ両親とはぐれたか弱い少女などいなかった。いたのは、人を取り込み食らう、恐るべき怪物だった。

 豹変したメルはそれだけ言うと、真っ黒い絵の具のようなオーラに包まれて消えてしまった。

 

「……壁画の世界に帰ったわね」

 

「な…なんか、足がふふふ、震えてきました……も、ももももも桃…!」

 

「落ち着いて。どうやらあいつ、直接あの世界でケリをつけるつもりみたい」

 

「罠、かな」

 

「分かりません。ですが我が暗黒神。ここまで来たら、ただ奴と戦い、勝つことしかないのではないでしょうか」

 

 メルが俺達を騙していた事に思うことはある。人を取り込む理由とかもまだ分からないし。

 けど、それらは全て、壁画の世界で本性を出したメルと対峙することからだ。

 ダイの行方不明から始まったこの騒動に決着をつけるため、俺達は壁画から絵の世界へ足を踏み入れた。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 壁画の世界から、更に奥へ奥へと進んだ先で。

 俺達は、円形に広がった空間にたどり着いた。真ん中には、澱んだ水を吹き出す石膏製のような噴水がある。

 そして……その噴水の縁に優雅に腰掛けるメルを見つけた。

 

「ここまでだよ、壁画の悪霊さん。観念したら?」

 

カカカ…観念しろ、だと?

 わざわざエサの方からディナーの皿にやって来ただけだというのに、愚かな子供じゃのう…

 

 千代田な強気な言葉にも、不敵にそう返すメルに、俺は……俺とシャミ子は質問せずにはいられなかった。

 

「なぁ……メル。どうして、人を取り込んで吸収するんだ…!?」

「そうですよ! そんなおそろしげで悪趣味なコトをする理由って何ですか!!?」

 

カカカ…カカカカ……!!!

 何を言うかと思えば、そんな事か…?

 

「そんな事、だって…!?」

 

何故貴様らは米やパンを食う?

 家畜の皮を剥ぎ、肉を貪る理由は?

 魚を捌き、命を奪う理由はなんだ?

 

「な…なにを、言ってるんですか…?」

 

貴様が尋ねた事はそれとおんなじだ、戯けめ。

 人間など、わらわを彩るための塗料に過ぎぬ。

 それ以外に、あんな無駄に数だけはいる生き物の存在価値などないわ!

 

「…ッ!!」

 

 ―――どうやらこの少女…もとい壁画は、俺の想像をはるかに上回る、ドス黒い怪物のようだ。

 人を取り込み吸収する。それそのものが目的ではなく手段だというのか。コイツは自分自身のドレスアップの為だけに、まるで日常生活の一部のように人を取り込むという訳か……!!

 

わらわはメルトア。この世で最も麗しき美の化身である。

 貴様らのその眼に焼きつけるがよい……わらわの美しき真の姿を!!

 

 メルが空中を舞い、光り出した。

 目が眩むほどの光がおさまった後にそこにいたのは、俺達の身長を優に超える、見上げる程巨大な女性の人形であった。紫を基調に金色の縁取りをしたドレスと、鳥籠のような下半身、そして緑のウェーブがかった長髪を飾る黄金のティアラと胸元に輝く銀のカギが目立った、しかし生気を感じない、恐ろしい姿であった。

 

未来永劫わらわのとひとつになり、その永遠の美を飾る一部となれること……

 それこそが、壁画がもたらすまことの幸福と知るがよい! カカカカカ…!!!

 

「シャミ子、私の後ろに!来るよ!!」

 

 その言葉を合図に、俺達全員が変身したのと同時に。

 変貌したメル―――否、メルトアが、襲い掛かってきた。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 メルトアの髪の毛が棘のように鋭く尖り、ミサイルのように飛び出した。

 おびただしい数のミサイルに対して、桃とミカン、クロウが各々の魔力で弾き飛ばす。

 だが、そのあまりの苛烈さに、三人とも息をつく暇がなくなってしまう。最初からこの展開はマズいと、百戦錬磨の桃とミカンは感じていた。

 

「はぁっ―――火炎呪文(メラミ)!」

 

そんな見え見えの魔法、効かぬわ!!

 

 クロウが隙間を塗って放った魔法は、メルトアの無機質な人形の手で払われる。

 攻められながらの苦し紛れというのもあるが、あまりに愚直な一撃に持っている杖から叱責が飛んだ。

 

『バカか貴様は! あんなテキトーな攻撃、当たる筈なかろう!』

 

「でも、このまま攻撃され続けたら、いつかやられちゃうだろ!」

 

『なればこそ慎重にならないか! 神原玲奈の言を忘れたか!』

 

 その言葉にはっとなる。

 そうだ、母さんは言っていたじゃないか。戦ったけど逃げ帰ってきた仲間から体験談を聞いた、と。

 それ即ち―――母の仲間だったであろう魔法少女が、束になっても敵わなかったという実体験があるということなのだ。

 確かにクロウは強くなった。しかし目の前にいるのは……紛れもない強敵だ。下手すれば……不二実里よりも。一瞬の気の緩みが、命取りになりかねない。

 クロウは知っている。ラプソーンは普段は己の復活だけを考えるゴミ先祖だが、いざ戦いとなれば有用なアドバイスをしてくれる暗黒神であることを。

 

「はぁっ!」

 

 桃が一瞬で飛び込み、メルトアのボディーに向けて放ったのは、フェイントも何もないただのジャブだ。おそらく、敵の小手調べといったところなのだろう。

 ガンッ、と金属同士が当たる音がする。しかし、メルトアは特段気にしている様子もない。それどころか、桃を服に止まった蚊のように叩き潰そうと平手を放つ。

 バァァン、とすさまじい音がしたが、メルトアの手がドレスにぶつかった時には、桃は既にシャミ子の前に立っていた。

 

うっとうしい女だ……!

 

「そこっ!」

 

 ミカンが魔法の矢を放つ。それが何発かメルトアの服に着弾するが、メルトアは意にも介していない。

 メルトアが指を鳴らす。それに呼応するように先日クロウ達が撃退した触手がどこからともなく伸びあがり、口をがばっと開いてミカンに襲い掛かる。

 だがミカンも歴戦の魔法少女。それにすぐさま反応して飛びのきつつ、噛みつきをからぶった触手に反撃の矢を与える姿は流石である。直撃こそしていないものの、触手は危機を察知して、それ以上の追撃をやめてメルトアの影に帰っていった。

 

小賢しい。一匹ずつ仕留めて取り込んでくれよう

 

 桃とミカンの戦いぶりを確認したメルトアはそう言うと、今まで動いていなかった少女………シャミ子を見定め、右手を伸ばす―――その巨大な中指を、親指で抑えた、デコピン3秒前の形で。

 

「シャミ子っ!」

 

「ほ、ほわーーーーー!?!?」

 

「シャドウミストレス殿!」

 

 メルトアの手とシャミ子の間に一匹のスライムナイトが割り込んだ。そして、目にも止まらぬ早業で床を斬り取って即席の壁を作り上げる。続いて飛んできたクロウと共にシャミ子を避難させることも忘れない。

 

ドッグォォオオ!!

 

「ぎゃーーーーーーーーーーー!?!?!?」

「うわぁぁーーーーーーーーー!?!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

「シャミ子!!!」

 

「クロ!!」

 

 次の瞬間放たれたデコピンは、人間の放つそれとはまったくの別物と言っても良いほどの威力を発揮した。

 即席の壁はもちろん、周囲一帯の床すら破壊して、瓦礫を塵へと帰した。クロウとシャミ子は戦慄した。あんなものを1発でも貰おうものなら、全身の骨が粉々になってしまう。

 

「た…助かった、ピエール」

 

「あ、ありがとうござい……て、手が、ふるふるふる震えて」

 

「落ち着くのですシャドウミストレス殿。貴方の『なんとかの杖』で、ダークネスピーチとミカン殿のサポートを」

 

「え、えーと、サポート………」

 

「防御アップの杖とか、攻撃強化とか、何でも構いません」

 

「どっちもぶっつけ本番です!」

 

「何でも良い! ゲームに出てきそうなやつでも良いから!」

 

「……っ、わ、わかった!やればいいのだろうやれば!

 行けー! えーと、か、かみなりの杖ー!!」

 

 シャミ子は恐怖に負けそうになりつつも、ピエールのフォローを貰いつつ家宝の杖を振り上げる。

 するとどういうわけか、フォークにしか見えないそれは雷モチーフのスタッフに姿を変え、メルトアに雷を次々と落としていくではないか。

 

何ィィィ!? ぬうううううっ!!

 

「えぇぇぇ!? で、出来た!?何故ぇ!?」

 

「シャミ子、できると思ってなかったの!!?」

 

『イヤ、これはおそらくここが現実的な空間ではないからだ。夢とは違うだろうが、魔力が充満しているからこそ、慣れぬ者でも魔法が使えるのであろう』

 

 ラプソーンの言っている事は、実は正しい。

 シャミ子は現実において、なんとかの杖を実用的な武器に実現化させることは不可能だ。夢魔の血を引くものにとって、夢……つまり現実でない空間こそホームグラウンドである。

 その点、メルトアの壁画の世界は、現実であって現実でない。シャミ子が意外にも力を引き出しやすいのである。

 降ってわいたようなチャンスだが、千代田桃と陽夏木ミカンはメルトアが雷に怯んだ隙を見逃さない。

 

「フレッシュピーチ・ハートシャワー!」

 

「スプラッシュアロー!」

 

 桃の放った魔法の雨と、流星のごとく次々と放たれる矢が、メルトアに直撃した。

 高貴な紫のドレスがボロボロになり、メルトアの言動に余裕がなくなってきた。

 

おのれぇぇ……! 美しきわらわに対して、こんな暴虐―――』

 

大火炎呪文(メラゾーマ)!!!

 

なっ!? ぐおおおおっ!!

 

 メルトアが激高する寸前、クロウが呪文を唱えた。

 クロウが桃とミカンの追撃に気付いた形で追撃したので不意打ちみたいな形になったが、それでもクロウは躊躇はしなかった。

 放ったのは、炎の最上級呪文・メラゾーマ。クロウの掌から放たれたメラミよりも巨大な炎の玉が、メルトアの顔に迫る。

 メルトアは直前で気付き咄嗟に顔を逸らしたが………髪とティアラに直撃し、大炎上した。

 

うわあああああああああああああッ!わ、わらわの髪がァァァ!!?

 よくも……よくもわらわの芸術的な髪をォォォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!

 

「人の命を奪って作った、偽りの芸術でしょ」

 

 メルトアは、生まれてこのかた、大きな傷を負ったことはなかった。

 ドレスがややほつれても、今まで吸収してきた人間の魂のストックがあれば容易く修復できたものだ。

 しかし、この日受けた傷は、女の命である髪とそれを美しく飾るティアラを焼かれ、髪は生々しくも鮮やかなビリジアンから炭化したような無惨な黒にかわってしまった。しかも、焼かれた髪付近の肌も、焼けただれてしまっている。

 この事実が彼女のプライドを傷つけ、怒りを爆発させていく。

 そして、桃の指摘も耳に入らぬと言わんばかりに、目から高熱の光線をクロウ達に向けて放った。

 

「みんな、逃げて!」

 

 ミカンの叫びと共に、シャミ子達が散開する。

 彼女らがいたところに光線が通り過ぎ、床が高熱で赤く光ったかと思えば―――爆発した。

 

「ほわーーーーー!!!? め、めっちゃ怒ってますよメルちゃん!! あ、謝れば許してくれますかね…?」

 

「どうあがいても無理でしょうね。問答無用で転がされるのがオチよ」

 

「ですよねーーー!!! お、怒らないでくださいぃぃぃ!!」

 

許さぬ……もう生かしてはおけぬ!!

 

 ガチビビリのシャミ子の謝罪もむなしく、髪を焼かれた怒りを絶叫する勢いで、メルトアが胸元にかけていた鍵を高く掲げた。

 次の瞬間、クロウ達全員は、なにか自分の大事なものが封印されたかのような嫌な感覚が背筋を走った。

 そして、その違和感はすぐにその身で理解することとなる。

 

「あ、あれ? なんとかの杖がフォークの姿に!?

 へ…変化がで、出来ません! さっきまでできたのに何故!?」

 

「う、うそ…魔法の矢が……」

 

「これ、まさか…!!」

 

カカカ…貴様らの魔法力を封じさせてもらったぞ。これでもう、忌々しい魔法など撃てぬ!!

 

 家宝の杖の変化が出来なくなったシャミ子。

 クロスボウの次弾を充填出来なくなったミカン。

 あらゆる呪文を封じられてしまったクロウ。

 三者三様に狼狽えた隙を見逃さぬと言わんばかりに、メルトアは触手達を呼び出し3人に襲わせた。

 

「くっ…!」

 

「皆! 私の後ろへ!!」

 

 前に出たのは、魔法力を封じられても純粋な戦闘力で戦える桃と、もともと剣技の方が得意なピエール。

 桃の拳とピエールの剣が振るわれ、襲い来る触手を殴り倒したり、切り伏せたりする。

 だが、メルトアの触手は容赦がない。しかも、ミカンやクロウ、シャミ子に襲ってくる分が二人にのしかかってくるため、2人の負担はすさまじいものだ。

 

「桃!!!」

 

「くそっ、このままじゃ千代田とピエールがやられてしまう!」

 

わらわの美貌を穢した罰じゃ……このままなぶり殺しにはせぬぞ!

 

 再び鍵を掲げるメルトア。今度は鍵が恐ろしいピンク色の光を放ち、それがクロウを包む。

 すると、クロウ自身に異変が起こった。

 

「うぐっ……!?」

 

「クロ!!?」

 

「み、み……かん……離、れ―――」

 

カカカ…カーッカカカカカカ…!!

 

「なっ…クロウさん!」

 

「メルトア!! 神原くんに何したの!!?」

 

 彼はミカンに逃げるよう言うも、意識が落ちた。かと思えば、抜け落ちたような無表情をさっきまでの味方に向けた。シャミ子が言葉をかけても返事がない。

 高笑いするメルトアがその異変の仕業だと真っ先に気付いた桃が、メルトアに向き直って叫ぶように問い詰める。すると、恐るべき答えが返ってきたのだ。

 

カカカ……なに、そやつの心の鍵を解き放っただけのこと。

 心の鍵を解き放たれた者は最早わらわの虜。命令一つで意のままに動く傀儡よ!!

 

「そんな……!」

 

 敵を操り人形のごとく洗脳する恐ろしい術。

 メルトアに隠された奥の手に、ミカンから絶望の声が漏れる。そして、それは他の全員にも広がっていく。

 

魔法少女なら、この手が使えることは知っておった。いつだったかわらわを討ちに来たお優しい魔法少女もそうであったよ。

 仲間がわらわの木偶になった途端、攻撃することができなくなってしまうのだからなァ……! カッカッカッカッカ…!!

 

「…下衆が…!」

 

なんとでも言うがよい。反撃しても良いぞ? この男が死ぬだけだからな!

 さぁ、わらわの人形よ!わらわを侮辱した女どもを、皆殺しにせよ! 手始めに………そこの蜜柑色の娘から殺れ!!

 

 同士討ちを誘うあまりに卑怯な手に、流石の桃も吐き捨てるようにそう言う事しかできない。

 それすらも愉悦の材料であるかのように、メルトアはひとしきり厭らしく嗤った後、クロウに攻撃を命じた。

 絶体絶命の大ピンチ。シャミ子もミカンも桃もピエールも、言葉が出ず、どうやってこの状況を打開するかを考え、または諦めかけた………その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――クロウの動きが止まった。

 

「…………今、なんつった?」

 

!!?

 

 沈黙を破ったのは、クロウだった。

 

「誰に命令している……! しかも、俺の大切な人を殺せだと…!!?」

 

な…なぜだ!? なぜ…

 

「まだ燃やされ足りなかったのか、メルトアァァァァァァ!!!!」

 

なぜわらわの“魅了”が効いておらぬッ!!!?

 

 炎を吐くのを幻視するレベルで怒り狂うクロウ。それは、メルトアの思い描いた思うがままの傀儡とは大きくかけ離れていた。

 自身の鍵を使った魅了攻撃に抗える人間は誰一人としていなかったはずなのに。長生きであるがゆえに、初めて訪れた予想外の事態は、メルトアを混乱に陥れた。

 無論、暗黒神の血を引くクロウがそれだけでメルトアの心の鍵に抗えるわけではない。ちゃんと、理由がある。

 

「く、クロウさんがキレた!!?」

 

「神原くん…まさか、さっきの催眠を自力で!?」

 

『違うな、しゃみ子、そして千代田桃よ。

 出立前にゲモンと小倉しおんがクロウに仕込んだ薬品が原因だろう。

 おそらくは…特製の超万能薬だったのか。あやつらも味なマネをする』

 

 そう。ゲモンとしおんが出かける前のクロウに無理矢理食べさせた“丸薬”だ。

 遅効性かつどんな状態異常にも効くように調合された超万能薬は、最も欲すべきタイミングでクロウを助けたのである。

 そうとも知らないクロウは、怒りの目をメルトアに向け―――五指をかざした。

 

「メ」

 

 詠唱を始める。クロウのかざした左手の五指の中の、人差し指の先に炎が灯る。

 

「ラ」

 

 詠唱二文字目。人差し指の隣、中指に火が灯った。

 

「ゾ」

 

 それは、先程メルトアの髪を焼いた呪文の一部。だが、掌に炎の玉ができるのではなく、薬指の先だけに轟々と炎が燃え上がった。

 

「-マ」

 

 最後の詠唱で、呪文を言い切った。そこで、小指の先と親指の先にも火の玉が灯った。先に現れた三つの炎も、勢いそのまま燃え続けている。

 クロウが振りかぶったところで、メルトアが混乱から立ち直り、今まさに見知らぬ魔法を放とうとしている彼に気が付いた。彼女はそれを見た瞬間、身の毛もよだつ感覚を覚えたのだ。

 

 ―――まずい! アレを食らったら絶対マズい!!!

 メルトアはクロウの呪文を阻止すべく、触手の攻撃先をクロウに向けさせた。しかし……クロウに触手達が辿り着くより先に、それらは派手に切り刻まれた。

 

な、なに!?

 

「間に合った、という事で宜しいのですわよね?」

 

「あぁ。助かったよ―――不二」

 

 桃色でも蜜柑色でもない、青色の魔法少女―――不二実里が片刃剣を両手に参上した。そして、この一瞬が、勝負を分けることとなる。

 

「…その手の炎は?」

 

「今から見せてやる。俺の必殺技だ!」

 

させぬ!!

 

 メルトアが拳を振り下ろす。しかし、それより先に……クロウの魔法が炸裂した。

 

五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)!!!

 

 メジャーリーガーの投げた魔球のように投げられたのは、5つのメラゾーマ。1本ずつの指に灯っていた業火が、メルトアに向かって突撃していく。

 1つずつのメラゾーマが、対象にぶつかった時、他の火球も連鎖するように大爆発を起こす。

 そうして起こった爆炎が、メルトアを激しく燃やしていく。

 

グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!?!?!?

 

 炎上していく壁画の魔女(メルトア)

 数多の人々の命を使って飾り付けたドレスが、生々しい髪が、整った顔が、灰塵に帰していく。それでも金切り声の悲鳴をあげ、原型を保ち続けているのは大したものだ。

 しかし、激しい炎に包まれて苦しんでいるメルトアが、鍵の力を維持して魔法を封じ続けることなどできるはずがない。まして、次の攻撃を見極める余裕があろうはずもない。

 

 不二実里と千代田桃が跳躍し、陽夏木ミカンが矢をつがえる。

 

「はああああああっ!」

「トドメっ、サンライズアロー!!」

「ミラクルセイバー!!」

 

 現在進行形で燃え上がっているメルトアに桃の拳が突き刺さり、ミカンの矢が腹に風穴をあけ、不二の二振りの剣がメルトアを縦に斬り裂いた。

 

ば…か……な…!

 幾千年も栄えた……美の化身、たる、わらわが…………滅ぶ、など

 

 そこから先の言葉が出てこないまま、燃えながら沈んでいくメルトア。

 やがて全身の火が鎮火すると同時に、メルトア自身が粒子になって空中に分解され………最初からなにもなかったかのように消えていった。

 勝負は、決まったのである。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 ―――こうして、ダイの行方不明事件から始まった呪いの壁画騒動は幕を閉じた。

 メルトアを撃破したあとの壁画は、最初から描かれてなかったかのように美女の絵が消えたり、壁画の世界からかろうじて帰還した人たちから噂が広まったりして一時的には客足が遠のいたようだが………その後、「呪いの壁画フェア」をやって客足を奪い返していた。商魂たくましすぎだろ。

 

 ちなみに不二だが、あの後シャミ子については一切触れずに帰っていった。多魔市内のルールを守ってくれたというのもあるが、「借りはお返し致しました」とも言っていた。不二に貸しなんて作ったっけとも思ったが、上手くいったならそれでいいか。

 

 まぁともかく、俺達の平穏な日々は戻ってきたのだ!

 

「……それにしても、私達メルさんと戦って帰ってこれたんですね…」

 

「…まぁ、強敵だったのは事実だよ」

 

「クロのあのすっごい魔法がなかったらどうなってたか」

 

「イヤイヤ、ゲモンが保険で薬を飲ませたからこそだよ。

 それに、千代田やピエールが庇ってくれたし、シャミ子の杖も強かったし、ミカンはばっちり決めてくれたじゃないか。

 だから―――」

 

 俺がポケットから鍵を取り出す。それは凝った装飾がされた銀の鍵で、メルトアが首にかけてたものと同じものだったのだ。

 メルトアを倒した直後、彼女がいた場所にぽつんと落ちていたものだ。拾って帰ってきたんだけど、何か分からなかったので小倉に渡す為と俺が預かっている、んだけど。

 

「……俺がこんなん貰っちゃって良かったのか?」

 

「なに言ってるんですか! クロウさんの魔法、すごかったんですよ!

 MVPですよ! たしかその、『ふぃんがーふれあ……」

 

「や、やめてくれ……その場のノリで名付けたモノを復唱しないで…!」

 

「フィンガーフレアボムズ」

 

「やめてって言ってるでしょ! なんで覚えてんのミカン!!」

 

「かっこよかったわよ」

 

「ほんとにやめて……」

 

「あら、スタールビー*1並みに真っ赤よ、クロ?」

 

「やめてくださいミカンさん…」

 

「せんせー、神原くんと陽夏木さんが作業サボってイチャイチャ―――」

 

「「してない!!!」」

 

 千代田まで何言っちゃってんの! そういう余計な事を言うのは佐田とダイだけで十分だってのに! お陰で美術の先生に「サボらないでねー」って怒られたわ!

 文句のひとつでも言ってやろうかと思ったところで、ダイが割り込んで入ってきた。

 

「なんだ、お前らまだ終わってなかったのか? 絵の課題」

 

「ダイは終わったのかよ?」

 

「おう。見ろ!この―――美女の絵を!!」

 

 そう言って自信満々に見せてきた絵は、椅子に座った美女が笑みを湛えている絵だった。

 決してヘタクソではなく、なかなかに上手いところがある。普段からウザいダイにしては上出来だった。

 ―――ドレスが紫で、髪がビリジアンでなければ。

 

「「「いやぁァァーーーーーー!?!?!?」」」

 

「えっ!!!? なに!? なにごと!!?」

 

「お……っまえ!! なんてカラーリングにしてんだこのバカ野郎!!!」

 

「色が悪いの!!? ちょ、どういうことなんだ千代田!」

 

「ご、ごめん遊元くん……しばらくそれ、私達に見せないで」

 

「何故ェェェェェーーーーーーーーーーー!!!!?」

 

 このタイミングでなんでメルトアっぽいの描いたんだこの馬鹿!!!

 俺達はしばらくあの激戦を忘れたいってのによ!!

 

 ちなみにだが―――この授業でできたメルトア(偽)の絵、学年イラコンで金賞を獲得してた。

 その事実に俺達まぞくと魔法少女(+一般人ひとり)はなんとも言えない顔をしたのはいうまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ達! 新しい力と道具と芸術性を手に入れ、互いに強くなっていくんだ!

*1
グレープフルーツの品種。普通のより赤い果肉をしている。




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 メルを信じていた暗黒神後継者。しかしメルトアの本性を知ってからは戦う事を躊躇わず、強力な炎魔法で勝利に貢献する。フィンガーフレアボムズが急に使えるようになったのは、決して怒りのパワーとかその場の勢いだけではない。ちなみに、技名は独特のセンスがあるが、勢いでつけた技名はイジられると恥ずかしいタイプ。

暗黒神ラプソーン
 クロウをサポートし続けた暗黒神。メルトアが強敵である以上子孫を死なせる訳にはいかなんだ。ちなみにだが、メルトア撃破後、何故か目に見えてごきげんになったみたいだが……?

メルトア
 ドラゴンクエスト11に登場した、トラウマイベントのボス。ネタバレ回避のために詳細は伏せる………え、今更? ドラクエをプレイした勇者達はおそらくここで苦戦した人も多いはず。まほうのカギを悪用して特技封印やみりょう攻撃をしてくる。また、デコピンが痛恨の一撃になる。ドラクエ史上初のまほうのカギを悪用したボス。
 拙作では記念館に展示された壁画として登場。クロウ達全員とガチバトルした数少ない敵として大暴れした。



今回の呪文辞典

メラゾーマ
・巨大な炎の球を放ち、敵一体に大ダメージ。

フィンガーフレアボムズ
・5本の指でメラゾーマを同時に放つ。生半可な防御魔法なら貫通する破壊力をもつ。



アイテム大図鑑

超ばんのうやく  種別:どうぐ
あらゆる状態異常を回復し、HPを完全に回復させる一人用回復薬では最上級のアイテム。拙作ではゲモンと小倉の特別製の合作が登場し、みりょう予防に役立った。

まほうのカギ  種別:だいじなもの
人間の技術ではなく魔法で作られた特殊なカギ。魔法で閉ざされた扉や宝箱を開けることが可能である。


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勇気をふりしぼれ! メタぞうの新しい挑戦!……付け合わせは混乱みかんとお野菜スライムの盛り合わせ!

まちカドまぞく2期が終わってしまう…3期はまだかいな??←


今回のあらすじ

メタぞうのゆうきが 5あがった!

マンドラが あらわれた!
トマトマーレが あらわれた!
アラウネが あらわれた!
黄泉の花が あらわれた!



 俺の家には、スライムが3匹暮らしている。リコのところで魔力料理を教わるきっかけになった際に、俺ん家の敷地に現れ、魔力料理を与えてからはあと2匹が1匹目に呼ばれた形で住み着いている。

 

 1匹目は、スラリン。

 青いスライムで、最初に俺の家に出てきたのも彼だ。ミカンのウガルル騒動の際にはあんな形で役に立つとは思っていなかった。スライムは聖にも魔にも属さないとゴミ先祖が言っていたが、彼のポテンシャルはどこまであるのだろうか。

 

 2匹目は、ナツミ。

 スラリンが連れてきたスライムベスという、オレンジ色のスライムで、なかなかに人懐っこい。遊びに来たミカンやウガルルやシャミ子にも近づいて行って、すぐに仲良くなるのだ。

 

 で、3匹目だが……

 

 

「おはよークロ……あっ」

 

「メタぞう! …あぁ、またクローゼットの中に行っちゃった」

 

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったのだけど…」

 

「元々、あいつは人見知りするヤツなんだけどな…」

 

 

 ミカンがいつものように朝、顔を出した瞬間に、俺の膝から飛び出すように逃げ、クローゼットに隠れてしまうのだ。

 3匹目の名前は、メタぞう。

 この通り、ナツミとは正反対に超人見知りするタイプの、銀色のスライムなのだ。ちょっと前に俺には懐くようになったんだが、未だにそれ以外の人とは関わろうとせず、すぐに逃げ出してしまうのだ。逃げている最中のメタぞうのスピードは俺どころか千代田でも追いつけないらしい。

 

「どうにかして、人見知りをちょっとでも克服できないもんかな…」

 

「そうね……私、メタぞうとも仲良くなりたいわ」

 

 人見知りも度が過ぎるんじゃないかって思うんだ。外に出るのも、俺と一緒じゃなきゃ出ようとしないし、人混みの多い場所は苦手だ。このままじゃあ、自立できないんじゃないだろうか?

 そう考えるが、やはりこういうのは本人の意志が重要だと思うんだ。無理矢理連れ出しても逆効果になりそうなんだよなぁ……

 

 

「ところで、今日はどうしたんだ?」

 

「シャミ子がね、白澤さん達のことで話があるんですって」

 

「え?」

 

 

 メタぞうをナツミとスラリンに任せて、俺達はばんだ荘に向かう。すると、シャミ子の部屋の前でうなだれている白澤さんとなんだか嬉しそうなリコがいた。

 

 

「…どうしたんです、白澤さん」

 

「あぁ、クロウ君か。実は僕たちは―――」

 

 うなだれる訳を聞いたら、あっさり話してくれた。

 なになに……店をボロボロにしちゃったから追い出される事になった!? リコが何度も店を料理したことを合わせて今回で累積退場!? そんで、シャミ子に話したら格安で借りられるばんだ荘にやってきて、移住するって話になったのか………

 ちなみに、追い出されるきっかけになったボロボロの傷は、ウガルルがつけちゃったんだそう。シャミ子とお仕事探しをした過程で起こった必要経費と言っていた。俺の知らぬ間に何やってんだか……

 

「桃どのや優子君のご厚意に甘える形になってしまって申し訳がたたないが……せめて迷惑をかけないように善処していくつもりだ」

 

「桃は~ん、大きい家の風呂、たまに使(つこ)うてもエエ?」

 

「あ゛ぁん?」

 

「リコ君やめたまえッッ!!!」

 

「……大丈夫なんですか?」

 

 リコが千代田の機嫌を当たり前のように損ねている辺り、白澤さんの「迷惑をかけないようにする」という宣言がほんとに守られるのか不安になってきた。とは言っても、大体リコが迷惑かけて白澤さんがその謝罪に回るんだろうか? だとしたら、ちょっと……否、だいぶいたたまれないんですけど。

 

「契約をしてきたら後は荷物を運んでくることにするよ。」

 

「あの、良かったら引っ越し手伝わせてください!」

 

 俺は、ついそんなことを言っていた。ミカンもシャミ子も千代田も目を見開いていたが、あまりにも白澤さんが不憫だから、俺のせめてもの本心だ。

 その言葉にリコは笑顔を見せるが、白澤さんは困ったような表情を見せた。

 

「え~!ホンマに? 助かるわ~」

 

「駄目だリコ君。……クロウ君、流石にそこまで甘えるワケにはいかないよ。申し出は有難いが……」

 

「だって…白澤さんが店を追い出されたのって、ウガルルが店を切り刻んだからって聞いたし…」

 

 その先を言いかけて、手を引っ張られる感覚を覚えた。

 

「クロ、あんまり白澤さんを困らせちゃダメよ」

 

「ミカン」

 

「ここで『あすら』が開店したら、そのお祝いで何かあげましょ。そっちの方が白澤さんも楽だと思うわ」

 

「そ、そうかな……」

 

「ミカンママとクロウパパ…」

 

「ママじゃない!」

「パパじゃない!」

 

 シャミ子に茶々を入れられたところで、白澤さんは「それじゃ、今日はこの辺で」と言って、リコを連れて去っていった。

 そのバクの背中が、いつもよりも小さく、寂しそうに見えた。

 

 

 

 それからというもの、喫茶店あすら付近は騒がしくなったという噂を聞いた。白澤さん達の引っ越しが始まったのだ。

 引っ越しの手伝いは出来なくなったが、顔を出す程度のことはしても大丈夫だろう。

 

「メタぞう、一緒に行くか?」

 

「ピ!!!?」

 

 急に声をかけられたメタぞうは「僕が行くの!?!?」みたいな声を出した。まぁ、スラリンみたいにすんなり行くとは思ってないのでこっちも手は考えた。

 

「人目が気になるならさ……ほら、バッグの中に入って出かければいいじゃないか。

 いくらこの街の人でも、スライムをバッグに入れてるなんて思わないだろうから」

 

「ピィー……」

 

 財布やらクッション代わりのタオルやら水筒やらを入れた、肩掛けのトートバッグを見せれば、メタぞうから「それならまぁ…いっか」みたいな肯定を貰った。

 トートバッグを下げた俺は、傍から見たら買い物に出かける男子高校生だ。この姿でメタルスライムを隠し連れているなど、誰も思うまい。

 ゴミ先祖? あいつは例のごとく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まぁ、今夜あたりには復活してるだろ。

 とは言っても、買い物に行く予定はない。俺が行く先は…ボロボロになってしまった、喫茶店あすらだ。

 

「白澤さ~ん、大丈夫ですか?」

 

「く、クロウ君!?」

 

 扉を開けると、荷造り中の白澤さんが驚いた様子でこちらを見た。メタぞうに気付いた様子はない。あと、リコはいないみたいだ。どこかに出かけてるのかな?

 

「引っ越しの手伝いはしなくていいと言ったはずだぞ!?」

 

「分かっています。俺がここに来たのは白澤さんに用があるからです」

 

「僕に?」

 

「ええ。お忙しいのは承知の上なんですけど、相談に乗って欲しくってですね………女子に話しづらい話題なものですから、同じ男である白澤さんにと」

 

「そうか…わかった。でも僕も荷造りを1秒でも早く済ませないといけないからね。

 作業しながらでも良いなら、聞くよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ……とは言ったものの、実は何も考えていない。

 相談がある云々は、白澤さん達のもとに顔を出す為の建前にすぎないからだ。とはいえ、早めに何か話さないと、白澤さんに申し訳がない。

 

「えーと………」

 

「急ぐ必要はない。誰かに相談するって、すごく勇気がいるからね……話せるようになったらで良いよ」

 

 焦っている俺のことを、「相談すると決めたものの、あと一歩勇気が足らず躊躇っている」ように見えたのか、そんなことを言ってくれる白澤さんは、この街の良心のように心が広い。

 そんな白澤さんを建前でとはいえダマしているように錯覚する自分に罪悪感が湧くが………イヤ、待て。話す事ならあったぞ。

 

「記念館の、壁画のことは聞いていますか?」

 

「…あぁ。優子君から聞いたよ。

 メルトアという悪霊を、魔法少女どのや君と協力して倒したと」

 

 実はあの時、俺には気になる事があったのだ。

 それは、五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)のことだ。大火炎呪文(メラゾーマ)を覚えた直後であんなの使えるのか―――まぁ使えたんだけど、そんな都合の良いことが起こるのか?と、メルトア討伐後からやけに機嫌の良いゴミ先祖に聞いてみた。すると、驚くべき事実が明らかになったのだ。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

『実はだな。クロウがメルトアに心の鍵を開けられた直後―――我の、()()()()()()()()()()()()()()のだよ』

『―――は?』

『最初は気のせいかとも思ったが……メルトアを撃破した直後に本格的に解放されたからな。我は嬉しくてたまらんのだ!

 封印の一部が解除されたので……クロウの扱う魔法力も格段に強くなったという寸法だ』

『ハァァァァァァ!?!? じゃあ何か?あのメルトアが、ゴミ先祖を封印した七賢者の末裔だったってのか!!?』

 

 最初それを聞いた時、メルトアみたいな極悪な悪霊(?)がかつてはゴミ先祖を封じたとか何の冗談だとも思った。

 だが、俺の推測にゴミ先祖が首を振る。

 

『イヤ違う。多分「メルトアが七賢者の末裔の魂をひとつ()()()()()」のだろう』

『どういうことだ?』

『おそらく……かつて、メルトアを討伐しようとした者は過去にもいたのだろう。そして、その結果返り討ちに遭い吸収されてしまった者も。

 その“返り討ちに遭ってしまった魔法少女”の中に………()()()()()()()()()のではないだろうか?』

『つまり……あの時までずっとメルトアの一部として飾られ続けていた“七賢者の魂”が、倒したことで解放されてゴミ先祖の封印も解いたってことか?』

『然り』

 

 こ、こいつ…! なんで己の身に起こった事を、そこまで推測出来るのにも関わらず黙っていたんだ!

 そう尋ねた結果、返ってきたのがこの答えだ。

 

『だって訊かれてないんだもん』

『「だもん」じゃねぇーよ!! 焼き尽くしてやるこのゴミ先祖!!!』

『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?』

 

 子孫にまで重要情報を黙っていたゴミ先祖を覚えたてのメラゾーマで成敗して、この場はスッキリしたのだった。

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

「成る程……メルトアの被害者に、七賢者の末裔もいたというのか……」

 

 メルトアを倒した時の状況から、ゴミ先祖が意図的に黙っていた衝撃の事実を伝えて、俺は白澤さんを見やる。彼はいつの間にか荷造りを終えたらしく、真摯に真っ直ぐこっちを見て話を聞いてくれていた。

 

「俺は…この事を、千代田やミカンに話しづらくなってしまったんです」

 

「優子君や君のご両親にはこの事は話したのかい?」

 

「両親には話しました。でも、『その力の付き合い方も引っくるめて自分で考えろ』と言われてですね……」

 

 厳密には母さんに、だけど。父さんは何か言いたげだったけど、母さんになにやら説得されて押し負けてしまったようなのだ。

 シャミ子もシャミ子で、「封印解除!? 凄いです!見せて見せて!見せてみて!」と話を盛大に逸らされそうだったから話せていない。

 

「この手の話は、リコ君の方が有用なアドバイスをあげられそうなのだがね……」

 

「リコさんは今、どちらに?」

 

「買い出しに行っている。買い物メモと携帯を渡しておいたから大丈夫なはずだ。

 …知ってるかと思うが、僕は弱い。チカラとの付き合い方については、力になれそうにない。

 だから…『その件を話すか否か』について、僕の意見を言わせてもらうよ」

 

 白澤さんは、大人っぽい声を更に真面目にして、言葉を続ける。

 

「僕に占いを教えてくれた師匠はね、『人生は問題集みたいなものだ』って言っていたんだ」

 

「問題集?」

 

「あぁ。問題は酷いし、選択肢も酷いし、おまけに制限時間もある。夢みたいな答えを探して占っても、ただの無駄骨でしたなんてザラだとね。

 僕もそれなりに長く生きている。なのでそういった『酷い問題』にぶち当たった事は、両手で数えられないほどあってね。

 その経験から言わせてもらうと……イチバン酷い結果を招くのは、『時間切れ』だと思っている」

 

「……時間切れ…………」

 

「例えば、そうだね……自分が住んでいる街に、凶悪なまぞくや強盗がやってきたとする。そして、目の前でおじいさんと子供が、それぞれ別のワルモノに襲われる場面に出くわしたとしよう。

 ―――君なら、どうするかね?」

 

「そ、れは………」

 

 言われた通りのシチュエーションを想像してみる。

 でも、いきなりそんな事、想像しづらいし、ましてやおじいさんと子供が別々の悪者に襲われるって……

 

「はい時間切れ。君はどちらも助けられなかった」

 

「早!!? そんな事あります!?」

 

「少なくとも僕の時はそうだったよ」

 

「!!! まさか白澤さん、貴方そういう場面に出くわして………!」

 

「一歩踏み出せなくってね。まぁ非力なバクが助けられたかどうかは分からないし、今考えてもぶっちゃけ無理ゲーだと思うが。

 それでも、『戸惑っているうちに結果的に時間切れにな(二人を見殺しにしてしま)ったこと』は今でも後悔する日はある」

 

 答える前に白澤さんに時間切れと宣言され、彼らしくない突然の理不尽に驚いたが、それが白澤さん自身の経験から来るものだと知って、それ以上の反論が出来なくなった。

 なんというか、自分の体験談を引っ張り出してきてまで、ここまで真摯に答えてくれる紳士的な白澤さんに、何か文句を言う気も失せたのだ。

 

「クロウ君。今回だけとは言わず、もし何か迷ったとしても、君自身の意思で答えを出して欲しいんだ。

 君にとって、桃どのやミカンどのはどんな存在かね?」

 

「千代田は頼もしい魔法少女で、勉強を教えあえる友達だし、ミカンは幼い頃から世話になった幼馴染で、ラプソーンの事を教えてくれた恩人だよ」

 

「では、やるべき事は決まっているんじゃないかね。

 焦らなくて良いが、『時間切れ』だけは避けるようにしたまえ」

 

「……ありがとうございます」

 

 白澤さんのアドバイスは本当に考えさせられた。

 …「時間切れ」になる前に話せよ、か。ちょっと怖いけど、そうしないと駄目か。世話になった白澤さんにお礼を言ってから、『あすら』の扉を開いて出ていこうとした―――その時だ。

 

 ボロボロになった壁が、白澤さんに向かって倒れかかってきたのが目に入ってきたのは。

 

「白澤さんっ!!!」

 

「!!!!?」

 

 即座に白澤さんの前に立って、崩れて倒れてきた壁を両手で抑えた。

 お……重い! こんなのが倒れてきて…もし直撃でもしてたら、白澤さんもただじゃすまない!

 

「く、クロウ君!!?」

 

「だ…大丈夫ですか!! 今のうちに…逃げてください!」

 

「わ、わかっ―――アアアァァァン!!?

 

「えっ!!?」

 

「こ…こんな時に……コシがっ!」

 

「うそだろっ!?」

 

 なんて運のない! このタイミングで助けるべき白澤さんが腰をいわして動けなくなるなんてどうすればいいんだ!?

 このままじゃあ俺の体力が持たない。かといって魔法で壁をふっ飛ばすわけにはいかない。メラ系は火事の可能性があるし、イオ系は使ったら間違いなく俺も白澤さんも大怪我を追うから論外だ。それ以外の魔法はゴミ先祖の杖抜きでやったことがない。

 

「ぼ…僕のことはいいから、そこをどきたまえ!」

 

「バカ言うな! この状況で力を抜いたら、仲良く下敷きだ!

 それに……あの話の後で、白澤さんを見捨てられるワケねーだろ!!」

 

「クロウ君…!」

 

 とは言ったものの、マジでどうすればいいんだ?

 こんな時、近くにもう一人誰かいれば、助けを呼びに―――

 

 ……あ。待てよ。

 いる! この場に一人、()()()()()()()()()()()!!!

 

メタぞう!!!

 

「ピィッッ!?!?!?」

 

「なっ…クロウ君のバッグから、スライムが…!」

 

 そう。一緒に出掛けていた、メタぞうだ。外に慣れさせるためにバッグに入れていたが、こんな事が起こって彼に頼ることになるとは。

 だが、大丈夫だろうか? メタぞうは超の付く人見知りだ。白澤さんがメタぞうの存在に気付いただけで逃げ出しそうだ。

 ―――イヤ、この際彼に頼るしかない!! メタぞうを信じるしかない!!!

 

「メタぞう………俺のバッグから、スマホを出して、白澤さん……そのバクさんに渡してくれ。電話をかけるのはやってくれるから…」

 

「ピ……ピ…」

 

「頼む……いま、頼れるのはお前しかいないんだ…!

 君がやってくれないと、壁が………ッ!」

 

「クロウ君!!」

 

 もうメタぞうを見る余裕もない。

 「信じるぞ!」と振り絞るように言うと、魔力を使い切る勢いで、壁を抑えることに集中した。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 メタぞうは、クロウに突然頼まれたことに戸惑っていた。

 スマホを渡すだけとはいえ、見知らぬ人に近づくなど、考えられない。

 だが―――メタぞうも、バッグの中で、白澤の「時間切れになる前に判断しろ」という話を聞いていた。

 

「ピ…ピィィ…」

 

 しかも、崩れかかった壁を支えるのは自分を大事にしてくれるクロウだ。

 メタルスライムという、臆病な種族に生まれた彼は、最悪の展開を想像していた。

 それは…即ちクロウが壁の崩壊に巻き込まれて大怪我をする未来。

 

「ピィ…」

 

 メタぞうはそれだけは絶対に避けないと、と思う。

 それと同時に……白澤がクロウに言っていた、「時間切れになる前に判断しろ」という話の意味を、なんとなく理解した。

 

「ピィッ!」

 

 恐怖を振り払い、勇気をふりしぼって、バッグの中のスマホを探り当てる。

 そして……おっかなびっくり、しかし確実に白澤に近づく。

 やがて、白澤の手が届く場所まで近づくと、そっと地面に置くように、白澤に電話を渡したのである。

 

「助かったよ、メタぞう君………電話をかけるのは、僕がやるからね」

 

 白澤がリコ君とやらに電話をかけたことで、2人は……クロウは助かると、メタぞうはこの時直感で確信したのであった。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 白澤さんがリコに電話をかけてからは、あっという間だった。

 リコが血相を変えて飛び込むように店内に戻ってきたかと思えば、白澤さんだけを危険地帯から救出した。………欲を言えば壁を壊して欲しかったが、白澤さんを巻き込む危険がなくなったので、残った魔力で壁をぶっ壊した。

 

「クロウはんありがとな~、マスター守ってくれて」

 

「………白澤さんに怪我がなくて良かったよ」

 

 俺も助けて欲しかったけど、魔力をいつも以上に消費した以外にケガとかなかったから結果オーライかな。

 それもこれも、メタぞうのおかげだ。あいつが電話を持ってきてくれたおかげで、動けなかった白澤さんが助けを呼べた。

 バッグに戻ってしまったメタルスライムを見やれば、メタぞうは恥ずかしそうにこっちを見たのであった。

 

「クロウはん、その子貰ってもエエ?」

「リコさん!!?」

「ピィーーーーー!?!?!?!?」

「リコ君やめたまえっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれメタぞう! 勇気の一歩を踏み出せた今日と言う日を、大事にするんだ!

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 メタぞうの勇気ある一歩を踏み出せた、その翌日。

 学校の委員会活動中に、仲間に呼ばれたのだ。

 

「神原くん助けてー!」

 

「神原くーん!」

 

「陽夏木さんの彼氏さーん!」

 

「南野に永山…落合も。

 あと俺はミカンの彼氏じゃないからね?」

 

「その陽夏木さんがおかしくなっちゃったのよ~」

 

「おかしくなった??」

 

 ミカンがおかしくなったという、おかしな話を耳にした俺は、3人から詳しい話を聞いてみることにする。

 

「園芸部が変な植物ができたって騒いでてー」

「近くにいた魔法少女の陽夏木さんに助けを求めたんだよー」

「それで調べてた陽夏木さんもおかしくなっちゃってー」

 

「成程。園芸部とミカンの他におかしくなっちゃった人はいないのか?」

 

「う、うん……」

 

「ちょっと調べてみるか…」

 

 百戦錬磨のはずのミカンがおかしくされちゃうなんて、学校の園芸部のトコに何ができたんだ。

 俺に頼まれたとはいえ、油断はしちゃいけない気がするぞ。

 

『ひとまず千代田桃としゃみ子にも声をかけておいた方が良いのではないか?』

 

「あ、ゴミ先祖だー」

「神原くんのゴミ先祖だー」

「ゴミ先祖ー」

 

『貴様ら人間にその呼び名を許可した覚えはないぞ!!!』

 

「はいはい、とっとと調査しちゃおうぜ。落合、千代田にも事情を話しといてー」

 

「はーい」

 

『聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!』

 

 話に来てくれた子の一人に助っ人を頼みつつ、案内してもらってミカンがおかしくなった現場に向かう事にした。ゴミ先祖、うるさいから黙ってて。学校での呼び名に「ゴミ先祖」が定着したくらい何だってんだ。そんなことより、ミカンの安否の問題だろ。

 

 

「ここなんだけど…」

 

「こ、これは……!?」

 

 案内された場所に着いた俺は、言葉を失った。

 まず、花壇の上には顔のついた小さな球根みたいな植物たちがゆらゆらと踊るように浮遊していて。

 その周りには、園芸部であろう生徒たちがひとり残らず眠っていて。

 

あは♪ クロだぁ…♡

 

 唯一意識のあったミカンが、とろんとした目を向け、だいぶおかしな口調で怪しいことを口走っていたからだ。流石の俺も、あまりのカオスっぷりに何を言えばいいか分からん。

 

「み、ミカン…?」

 

えへへ……クロ♡

 

「……ミカンさん?」

 

つーかまーえたっ♪

 ふふふ、あったかいのね、クロは…

 

「ミカンさん!?!?!?」

 

 ど、どどどどど、どうなってるんだコレは。

 俺を見つけるなり、真っ先にこっちに近づいて抱きしめてきたぞ!? ま、まるで動物園の時とは真逆っ……!!

 

「ミカン! 落ち着けって! 何やってるんだよ!!?」

 

どうして?

 

「いや、どうしてって……」

 

あの時は……動物園の時はクロの方から抱きしめてくれたくせに…

 

「ちょ、違っ……アレは…!!」

 

 や、ヤバい。首から上が沸騰してるかのように熱いからか、まともに言葉が出てこない。

 南野!永山!「キャーー!!」じゃない! アレは桃色のおそろし魔法少女のせいだったからね!!「やっぱり付き合ってるんだ…!」じゃないんだよ!!

 佐田!ちょっと助け……写真を撮るなッ!! 今すぐその写真を消せッ!!!

 

「クロウさん!お待たせしまし……何やってるんですか??」

 

「……神原くん、余裕そうだね」

 

違うんだ二人とも……俺が来た時からミカンがこうだっただけなの……

 

シャミ子?桃?………クロならあげないわよ?

 

「取らないよ……」

「何故その話に!? 意味がわからない!!」

 

 心情はシャミ子の言葉のまんまだった。

 意味が分からないし離してほしいし見ないでほしい。

 恥ずかしすぎて消えてしまいたい……

 

ねぇ…好きよ、クロ

 

「……………」

 

 トドメとばかりにミカンに告白されちゃったけど、俺はミカンがおかしくなっちゃったから口が滑ってあることないこと喋っただけなんだと思い込むことにした。そうでもしないとやってられないから。

 

 

 

 

 

 で、肝心の浮遊する植物なんだけど、しばらくして満足したのか、あっさり千代田に捕獲されたそう。

 千代田とたまたま通りすがったというフブキによると、彼らが放つ花粉に、催眠や混乱、身体の麻痺を招く作用がある事が判明した。

 そんな花粉を放った犯人たちだが………

 

「かわいいです!! ね!桃!!」

「うん、そうだね。でも花粉がヤバいからね」

「かわいいねー」

「かわいー」

「こんな顔でヤバい花粉撒いてたとは思えねー…」

 

 …そのビジュアルから、女子どころか男子からも人気を得ていた。

 5匹いたのだが、その5匹ともがスラリン達みたいな顔と玉ねぎ型のシルエット、そして身体代わりの球根と両手代わりの葉っぱを持っていて、とてもミカンを混乱させたり園芸部を眠らせたり出来そうには見えなかった。

 

「おや、我らの同族ではありませんか!」

 

「ピエール、知ってるのか? こいつらのこと」

 

「球根植物タイプのスライムです。右からマンドラ、トマトマーレ、アラウネ、黄泉の花と言います」

 

「よ、黄泉の花?」

 

「黄泉の花です」

 

 ピエールによっても詳細が明らかになり、それによると「彼らは温厚だが気まぐれで花粉をまくため、今回の件でも悪意で花粉をまいたのではないだろう」とのこと。

 

「……ちなみに、こっちの蜜柑色の植物スライムは?」

 

「私は見たことがありません。おそらく新種かと」

 

「「「「「新種!?!?!?」」」」」

 

 そんな事ある!? 新種が見つかるの簡単すぎない!?

 そんなこちらの思惑など知らないように、蜜柑色の植物スライムはふわふわしながらこっちに近づき、つぶらな目でこちらを見つめてくる。

 

「かわいいな…」

 

 そう呟いて撫でると、蜜柑スライムは嬉しそうに笑顔を浮かべ―――

 

「痛い!!」

 

 こ、後頭部に衝撃!? 一体なにが……

 

「な、なななななにを言っちゃってるのかしら貴方!?

 クロの馬鹿! スケコマシまぞく!!」

 

「スケコマシまぞくって何!?!?」

 

 み、ミカンが理不尽すぎた……。

 ちなみにだけど、植物スライム達は、引き続き学校で育てることになった。新種ちゃん含めた全員に名前をつけた事で、クラス全員のアイドルみたいな存在になった。

 これをきっかけに、俺も園芸部に顔を出すようになったが、小倉から「たまに借りてもいい?」って聞かれた時は「命と尊厳の危険がありそうだから駄目だ」って拒否っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! ガーデニングの趣味も生やして、豊かな暗黒神になるんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 白澤さんを気にかけたり、メタぞうを気にかけたり、植物スライムを気にかけたりしている暗黒神後継者。特にメタぞうにはもっと色んな人と関わってほしいと思っている。みんな良い人なんだしさ。

暗黒神ラプソーン
 学校で『ゴミ先祖』のあだ名が定着しつつある暗黒神。我は許可していないぞ!あと、何気に賢者の封印が一つ解けたことを聞かれるまで黙っていた性根の腐った大戦犯をかましている。そういうとこだぞお前。

メタぞう/メタルスライム
 クロウの他に、白澤さんにも懐くようになった。といってもすぐに逃げないようになっただけ。ちなみに、リコ相手には更に逃げるようになった。

マンドラ
 ドラクエ11に新登場したスライム。球根型の植物の見た目をしており、スライムらしい玉ねぎ型のフォルムも残っている。おたけびでひるませる姿から、マンドレイクにちなんだ名前がつけられた。
 拙作では、「ドーラ」という名の学園花壇のアイドルとして育てられている。

トマトマーレ
 ドラクエ11に初登場したスライム。マンドラの色違い。名前の通りトマトのように赤く熟したボディをしており、美味しそうである。頭頂部の花からは、催眠作用のある花粉を撒き散らす。
 拙作では、「マーレ」という名の学園花壇のアイドルとして育てられている。

アラウネ
 ドラクエ11に初登場したスライム。青い顔に白いボディとなんとも涼し気な姿で、水のキレイな場所でしか育たないという。リリスのごみ拾いが功を奏したのだろうか。頭頂部の花からは、傷を癒やす効果の花粉を撒き散らす。
 拙作では、「ライネ」という名の学園花壇のアイドルとして育てられている。

黄泉の花
 ドラクエ11に初登場したスライム。アラウネの転生モンスターで、紫の葉に黄色のボディ、頭頂部の花も正体不明と可愛さの中に禍々しさもあるカラーリングとなっている。頭頂部の花からは、身体を痺れさせる麻痺毒のような花粉を撒き散らす。
 拙作では、「ヨミちゃん」という名の学園花壇のアイドルとして育てられている。

マンデリーヌ
 拙作オリジナルのスライム。アラウネ系のスライムの色違い(挿絵中央)。
 蜜柑のようなボディと蜜柑の葉のような深緑色の葉が特徴的。頭頂部の蜜柑の花からは、錯乱・混乱効果のある花粉を撒き散らす。
 名付け親はクロウとミカン。蜜柑の英語「mandarin」から取った。あだ名は「マンデリちゃん」。

【挿絵表示】


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一触即発! あすら再開と紅色騒動!……ウッカリから始まる魔法少女カチコミ大事件編

今回のあらすじ

朱紅玉が あらわれた!



 ―――喫茶店あすら、再開。

 

 その情報を受け、俺とミカンは早速ばんだ荘1階に開かれたというNEWあすらに行ってみた。

 

「白澤さん、やってるかい?」

 

「おぉ、クロウ君! これから開店準備ってところなんだ!」

 

「そうですか。何か手伝えることがあったら言ってくださいね!」

 

「私ウガルルの同居人だから……何か力になりたいわ」

 

「あ! ミカンママとクロウパパ」

 

「ママじゃない」

「パパじゃない」

 

 シャミ子はなんで俺らをパパママって呼ぶの?

 ウガルル関係ならミカンはともかく俺が巻き込まれる必要性ある?

 まぁ、それは置いといて……白澤さんが店を再開できる場所を見つけて、早いところ引っ越さないといけないと知った時は不安だったけど、無事再開できたようで良かった。

 

 

「白澤さん、開店祝として受け取ってください」

 

「ありがとうクロウ君………これは…マヨネーズ??」

 

「はい。日本製だけでなく、ありとあらゆる国から輸入してきたマヨネーズです。隠し味に役立てればと」

 

「……全てマヨネーズだね」

 

「? 何か問題でしたか?」

 

 

 なんか、マズいことしたかなと思っていると、お腹に衝撃が。

 何かと思っていたら、ミカンが呆れた顔をしていた。

 どうやら、軽く肘でつつかれたようだ。

 

 

「あのね、こんなにマヨネーズを使うワケないでしょ。大量に余らせたところで腐らせるだけだわ」

 

「知らないのか?マヨネーズは腐らない」

 

「だとしても、ここまで要らないわよ。飲食店でも何か月で使い切れるか分からないわよ」

 

「え、これくらい1、2週間で使い切るだろ普通」

 

「クロウ君、高血圧になりたくなければマヨネーズを控えてくれたまえ…」

 

「え?」

 

 なんで急に高血圧の心配されたんだ?

 訳が分からないまま、今度はミカンが白澤さんに実家の商品カタログを渡す。

 ミカンはミカンで、柑橘類を営業したいだけじゃないかな?

 

「み、ミカンどのも…糖質の取り過ぎで将来困るから柑橘類の過剰摂取はやめたまえ…」

 

「え、これくらい大丈夫ですって!」

 

「イヤ大丈夫じゃないからね? 明らかに余らせる量じゃねーか」

 

「これくらい1、2週間で使い切るでしょ?」

 

「デジャブを感じます………」

 

 明らかに1、2週間で使い切れる量じゃない柑橘系を手にそう言ったミカンにツッコむのをやめて、新しい「あすら」の内装を伺うことにした。

 

 新しい「あすら」の内装…それは一言で言うなら、「隠れ家的古民家カフェ」だ。

 前のお店と比べると狭くなったけど、どこかそこはかとなく秘密基地みたいな雰囲気が出ていて、俺は結構好みだ。前のレトロチックでノスタルジックな内装も好きだったけど、ここはレトロな雰囲気はそのままに、更に古民家っぽさと秘密基地感が出ていて良い。

 

 ミカンと千代田は、そんな新生あすらのスタッフとして急遽働き始めたワケだが…

 

「じゃーん! どう?似合うかしら?」

 

「……………」

 

「ほら、クロ!どうなの?」

 

「えっ!? と、とても似合ってるよ!!!」

 

「本当かしら?」

 

 …本当だよ。

 ウェイトレスな姿のミカンが信じられないほど似合っていて、少し声を出すのも忘れてしまった程なんだから。

 

『陽夏木ミカンよ、安心するがいい。クロウは貴様にみドギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?!?!?

 

「本当に良く似合ってるよ。千代田もイイ感じじゃないか」

 

「…なんか私のことついでみたいに言ってない?」

 

「ついでじゃないよ」

 

「クロウさん貴様! 桃だって華があるんだぞ!ついでみたいに言うな!」

 

「分かった、分かったから、ついでじゃないってば」

 

 千代田とシャミ子の追及をかわして宥めながらも、そういえばこのお店は客が来るんだろうかと考えていた。その際に、余計なことを言いかけたゴミ先祖の杖をへし折ったんだけど、ほぼ誰もツッコまなかった(佐田は急にどうしたって顔をしてたけど)あたり、もうゴミ先祖の杖の事が定番になりつつあるな。

 

 だが、そんな不安とは裏腹に、リコが厨房でフライパンを振り始めると、良い匂いが漂い、わらわらと客が寄り始めて、あっという間にほぼ満席状態になった。

 

「千代田さん可愛いねぇ、いちごパフェひとつ~~あと鳥の餌」

 

「イイ格好してるじゃんか桃、私はサンドイッチセットをひとつ。あとスマイルもくれたまえ」

 

「……………鳥さんは外で」

 

 小倉やフブキまでやってきて、千代田をからかいながら注文までする。小倉は頭に乗っけた鳥のごはんまで注文し、フブキに至ってはマッ○かよと言わんばかりの注文をする。千代田本人は凄く嫌そうな顔しながら承ってたけど。……アレは接客として大丈夫なんだろうか?

 

カレー…カレー…あすらのかれー……かれぇ……うま……

パフェパフェパフェパフェパフェパフェパフェ………

はんばーーーーーーーーーーーーーーーーぐ……!

「マスター、なんかガスが火ィ噴いた~」

「ハァァンリコ君仕事が早いね!!!」

 

「…………イヤ、このお店自体が大丈夫か?」

 

 小倉とフブキを見つけたから周りに目を向けてみたんだけど、明らかに様子がおかしいんだけど。

 誰もかれもが、焦点の合ってない目でうわごとを呟きながら飯を食べてるんだけど?

 ここの料理大丈夫か!? いや、前偵察に行った時はゴミ先祖から「魔力が練り込まれてる」って聞いたんだけど、明らかに魔力以外のヤベー薬でも盛られてるんじゃないか!?

 おまけにリコがまた厨房を料理してしまったらしい。また潰れないといいんだけどな…

 

「パパ! オレになんか仕事くレ!!」

 

「ブファッ!!!!?」

 

 耳を疑う言葉が出てきて、つい口にした水を吹いてしまった。

 い……今、ウガルルは俺のことなんつった!!?

 ミカンは……気づいてないか。大事になる前に、なんとかしないと…

 

「し……仕事なら、シャミ子に言った方が良いんじゃ…?」

 

「ボスなラさっき「あー!」って言っテどっか行っタ!」

 

 どっか行った……? 確かに、そんな事になってたっけな。現に、今の店内のどこを探しても、シャミ子がいない。

 

「あと……なんで俺のこと『パパ』って呼んだの…?」

 

「あそコのメガネの女と白い頭の女が言ってたゾ! オレにはパパとママがいるっテ!」

 

「小倉ァァ!!!フブキィィィ!!!」

 

 余計な事吹き込むんじゃねぇよあいつら!!

 火呪文(メラ)氷呪文(ヒャド)使って魔法の湯気作って、その目をスチームしてやろうか!!?

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 そんな、ドタバタなオープン初日から数日が経ち、『あすら』の客足も落ち着いてきた頃。

 お店はどうなっているかというと………

 

「桃~極上スマイル3兆個ください~」

「千代田さん~スマイル800個~」

「私にもすてきスマイルちょうだいな」

「……ははっ」

 

「うわぁ………」

 

 完全に千代田が遊ばれていた。シャミ子もミカンも小倉も、千代田にスマイルを注文しまくり、疲れたような半ば諦めたような顔の千代田がそれにイヤイヤ答えるという、一種のイジメみたいな光景が広がっていた。しかも壁紙にまで、「桃はんのスマイル 無料や」って書かれているし。多分リコの仕業だろこれ。

 

『千代田桃! 我もスマイルを所望する!

 そうだな、手始めに…2500個ください!』

 

「…はっ」

 

 ヤバい。ゴミ先祖が水を得た魚のように、勝手に注文を始めやがった。

 コイツ、人の弱みを見つけるとすぐにこうなんだから……このままだと千代田が闇堕ちしそうだな………焼け石に水かもしれないが、俺がカバーするしかない。

 

「千代田。スマイルの代金(物理)だが……このゴミ先祖につけといてくれ」

 

『クロォォォウ!?!?!? 代金(物理)ってなに!!?』

 

「あと、俺にはいちごパフェをひとつ」

 

「…………なんか、気つかわせちゃって、ごめん」

 

「謝るなよ。後でゴミ先祖を好きなだけ粉砕していいから」

 

『良くない!!! 貴様、何勝手にトンデモない額をご先祖に奢らせようとしているのだ!!』

 

「神様なんだから、これくらい押し付けても罰は当たらないよ」

 

「そう、なのかな?」

 

『都合の良いときだけ暗黒神として祭り上げるな!!!』

 

 喧しい。こういう時くらい住人の一人や二人救えないで暗黒神が務まるワケねーだろ。

 

「クロウは~ん、ちょっとよろし?」

 

「リコさん?」

 

 そうやってゴミ先祖に負債を押し付けながら、千代田が持ってきたパフェを食べていると、リコが唐突に俺を呼んできた。

 何か話があるのかと思って席を立ったが、「座ったままでええよ~」と声が聞こえ、席で待っていると、リコが何か紙を手渡してきた。

 なんだなんだ、一体なんなんだ? 急に紙を手渡してきて、一体なんの―――

 


ミカンはんが           

オムライスに           

好きなメッセージ     120円

 

ミカンはんとデュエット  120円

 

ミカンはんの変身バンク      

(スロー再生)      170円

 

ミカンはんのラブ注入   220円

 

ミカンはんのドンペリタワー300円


 

ブッフォウ!?!?!?

 

『ぎゃあああああああ!? クロウ何をする!!? 噴き出したパフェが全部我に!!!』

 

 何だこのメニューは!? 聞いてないんですけど!!?

 マジで何がしたいんですかあのキツネさんは!! み、ミカンで……こ、こんな商売をやる気だと!!?

 これ…喫茶店どころか、別のなんかちょっといかがわしいお店になっちゃってんじゃねーか!!

 

『うぅぅ……急になんだと……………ほぅ…? あ~~~~~~~~~~!』

 

「…なんだその顔は? 珍しくウザいくらいに機嫌治った意図を聞かせてもらおうかゴミ先祖」

 

『下手に紳士ぶるなよクロウ。注文すればいいではないか。好きなもの、な~んでも』

 

「くっ………!!」

 

 イヤ、考えなかったと言えばウソになる。

 ウソになる……けど、これは流石にダメな気がする。

 確かに、ずーっと学校では恋人扱いされてたし、ウガルルを召喚してからはパパママといじられたこともあったし、最近だと(マンデリーヌの花粉で混乱してたとはいえ)ミカンに告白されたさ。でも、だからってそういうのがOKかと言われれば違うだろう!

 特に告白なんて、精神がマトモじゃなかった時のことだからノーカンだ! 変なコトをして、「うわ、勘違いしてるのかしら?」とか思われたら、千代田より先に闇堕ちするかもしれない。

 どうにかして、何も注文せずにこの場を乗り切れないか―――

 

「リコさん! 『桃が闇堕ちコスプレでシンプルにデレデレ』を追加していただけませんか!」

 

「ん~~、1200円や~」

 

「くっ…バイト代から落としてください」

 

「シャミ子????」

 

「吉田さんンンンンンンンンンン!?!?!?!?」

 

 俺の混乱中になに注文してんだあの人!?

 というか、千代田が闇堕ちコスでデレデレってなんだ!?

 まさか、リコはシャミ子にも似たようなの渡してて、なんか注文促したってのか!!?

 目の前で経験値モンスターがさそうおどりをしてるのを見たかのような、あっけにとられた様子であり得ないものを注文したシャミ子の方を振り向くと、リコと目が合った。そして、いたずらっぽい笑みでこっちに近づき……

 

「―――クロウはんも、なんか注文決まった~?」

 

 …と、言ってきた!

 ど、どどどどどどどうすればいいんだコレ。

 絶対なんか言わないといけない流れだ。でも、この紙に書いてあるのなんて頼めるか!

 

「こんなの頼めないよ、ミカンの前で…」

 

『イヤ、そもそも陽夏木ミカンが関わっているのだから、陽夏木ミカンがいる前でしか頼めんだろ』

 

「ぐ……!」

 

 せ、正論ばっか言ってきやがってこのゴミ先祖!

 マジでどうすれば…………あ、そうだ。

 

「り、リコさん! ミカンの変身バンクの、闇堕ちバージョンを……()()()()()()()()って!

 

『え!?』

 

「あら、ラプソーンはん、そうなん?」

 

『え、え、別に、我はそんなの頼んギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?

 

「頼みます」

 

「クロ!? 何を言っちゃってるのかしら!!?」

 

「ゴミ先祖のワガママだ」

 

 ゴミ先祖に全部なすりつける! そして、注文内容でミカンに無茶ブリをさせて、当のミカン本人に拒否させてノーカンにする!

 これでお互いにダメージのない注文ができるってワケだ! ……さっき、千代田に闇堕ち注文していたシャミ子を見ていなければ、「ミカンが闇堕ち」という無茶ぶりも思いつかなかったことを考えると、シャミ子には感謝しかない。

 千代田には申し訳ないが、勝手にメニューに追加されてるだろうミカンを守る為だ。え、ゴミ先祖?黙ってスケープゴートにされてろ。

 

「はい、かしこまり~。ミカンはん、闇堕ち変身バンク一丁~」

 

「そんなもんありませんけど!!?」

 

「クロウさんもミカンさんの闇堕ちに興味アリですか!!?」

 

「シャミ子!? 違う、俺じゃなくって、ゴミ先祖がどうしてもって言ってだな…!」

 

 シャミ子が闇堕ちって単語で食いついて来て、誤解が生まれかけたが想定内だ。本人が杖を折られて黙っている内に「ゴミ先祖のリクエスト」を強調して、誤解を解けば大丈夫……

 

「ふふ、したたかだね、クロ君。

 でも―――聞いた通りだ。委員会の時といい、詰めが甘い」

 

「…フブキ?」

 

「リコさん! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「フブキさん!!!!?」

「篇瀬さん!?!?!?!?」

 

「はいよ~」

 

 ここで突然、理解不能な注文をフブキがしだしたぞ!?

 なんで、フブキが「俺とミカンのデュエット」を注文してるんだよ!!?

 しかも、何故リコは「承りました」って顔をしている!?

 

「ラプソーンさんの注文をクロ君が出来ると言うのなら……クロ君の注文を他の誰かがやってもいい……って事にならないかい?」

 

「ならないだろ!? てゆーか、いつの間に俺の隣に来たんだ!?」

 

「そのリストと睨めっこしているときにね。気になったからちょっと覗かせて貰った」

 

「こ、この卑怯者!!」

 

 そう言っても、フブキは得意そうな笑みをするだけ。

 フブキを卑怯とは言ったが、確かに先にゴミ先祖を身代わりにしたのは俺だ。やはり、勝手に人の注文を頼むこと自体良くない事だったのか…!?

 

「そんで、曲目は何にするん?」

 

「DA○○Y DA○○Y D○はあるかい?」

 

「あるで~」

 

「チョイスまで最悪だァァァ!!!?」

 

 このタイミングでデュエットの選曲にラブソングを選ぶあたりタチが悪いぞコイツら!?

 くそ、俺の言い出しっぺのルールを逆手にとって好き勝手頼みやがって、フブキ……!

 もう一回あの湯気のおしおきをやるしかない……

 

「クロ、歌いましょ!」

 

「え!!? い、良いのか?」

 

「こうなったらヤケよ!それとも…嫌、かしら?」

 

「!! い、イヤなものか!むしろ、ミカンはイヤじゃないのか?」

 

「大丈夫。カラオケはそれなりにやってるからね」

 

『ふ、フフ、夫婦のデュエットか、楽しみだな!!』

 

「「ゴミ先祖(ラプソーン)は黙ってろ(て)!!!!」」

 

『ホギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?』

 

 この後某恋愛頭脳戦のラブソングの、カラオケデュエットが始まった。

 なお、歌い終わった後に白澤さんがやってきて、リコに「従業員に特殊な接待をさせるのはやめたまえ」と注意して、シャミ子と俺から、特殊なメニュー表を回収していった。

 ………儚い夢にしては、実感のあるものだったな。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 カラオケの後、白澤さんに連れられて、お店で出すドリンクの仕入れに来ていた。人手が必要だということで、シャミ子も来ている。その際に、シャミ子が気になる事を言ったのだ。

 

「そういえば、引っ越しの時に結界を持って来るのを忘れてしまって……2日くらいあっちに置きっぱだったんですよね」

 

「…! そうなのか?」

 

「まぁ、2、3日結界の保護から外れたくらいで、魔法少女のカチコミが来るわけないけどね!」

 

 この街に住んでいるまぞくの家にある結界……「すぎこしの結界」は、まぞくと魔法少女が運命レベルで会えないようにするという効果があるという。

 いつだったか、シャミ子が「あー!!!」と大声を出しながらどっかへ行ったのは、旧店舗に結界を置き忘れているのに気が付いて、新店舗に結界を持ってきたためだったらしいのだ。成程、それは確かに大声を上げたくなるほどのウッカリだな。俺も気づかなかった…。

 このウッカリについて千代田は、「特定の魔法少女にめっちゃストーキングでもされてない限り基本的には問題ないはず」と言っていたっけか。

 

「…桃どのは心配性だな!そうは思わないかい、優子君、クロウ君!

 魔法少女なんてきっと来ない…………………来ないよね? 来ないと言ってくれ二人とも!!」

 

「急に自信無くなるのやめません…?」

 

 確かに千代田や白澤さんの言う通り、結界の加護から外れてたのはたったの2日だ。でも、2日も捕捉できる時間はあったと取る事もできそうなんだよな。魔法少女の情報リテラシーがどこまで進んでるか分からんけども、100%大丈夫はないんじゃないか?99%大丈夫ではありそうだけど。

 話すうちにだんだん自信がなくなる白澤さんをシャミ子と眺め、顔を見合わせる。

 

「…どう思う、シャミ子?」

 

「あの言い方は映画だと来るやつです」

 

「優子くぅぅぅん!!?」

 

「あぁ、『すぐに結界を移し替えたんだ、いくらなんでも…』ってヤツか」

 

「はい」

 

「クロウくぅぅぅん!!?」

 

 まぁそんなフラグ云々なんてものは創作の中での話なんだし、実際にそんな都合よく事件など起こるわけがない。

 

 

 ……と思っていたのだが。

 

「な、なんですかこの騒音は!」

 

「お店の方からだ!」

 

「おいおい…言ったそばからフラグ回収か!?」

 

「縁起でもないことを言わないでくれたまえ!! 僕もひょっとしたらって思っちゃうだろ!!?」

 

 ―――急に、ドドドドドドドドドという、何かが命中したような騒音が。

 まさか……こんなタイミングでなんらかの敵襲なのか!?

 戦いになっていないか、千代田やミカンは無事か、他に巻き込まれた人はいないか!?

 もし仮に、良ちゃんでも巻き込まれてたりしたら、俺ですら冷静でいられるかわからない。千代田やミカンがやられるとは考えづらいが、絶対はない………

 

「シャミ子ちゃ~ん、神原君~」

 

「小倉!? フブキも!!」

 

「小倉さんどうしたんですかその顔色!?」

 

 店の方から、小倉とフブキが走ってきた。

 並々ならぬ様子だ。特に小倉は走り慣れてないのか、死にそうな顔色で息切れしながら寄ってくる。いったい、俺らが買い出しに行っている間に何が起こったというのか?

 

「……今ね、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええっ!?」

「何だと!?」

 

「いけないっ、リコ君が!!

 リコくぅーーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

「白澤さん!!?」

 

 よその魔法少女のカチコミだと!?

 マジでフラグを回収してしまった事態に、白澤さんは買った物さえ放り投げ、お店の方に走っていった。

 でも、白澤さんに戦う力なんてない。なのでと、メルトアと戦って生き残った俺らまぞく二人もそれに続こうとした、その時。

 

「シャミ子ちゃんストップ!!」

「ほげぇ!?」

 

「クロ君もストップだ」

「ぬわっち!?」

 

 シャミ子は尻尾を小倉に引っ張られ、俺はフブキに右手を引っ張られる形で、進む足を止められた。

 

「一般の方のまぞく停止ヒモの使用はご遠慮ねがいたいっ!」

 

「ど、どうしたんだよ小倉。いつものお前らしくねぇ。もっとハチャメチャに実験するじゃねーか普段は。

 フブキもフブキだ。どうして、俺達を止めるんだ!?」

 

「そ、そうですよ小倉さん! 私ピンクヒスイ事件忘れてませんからね!!」

 

「それは安全を十分に確保してるから……」

 

「それに、シャミ子。君の家には結界があったのを忘れたのかい?」

 

「「!!?」」

 

 フブキの言葉に、まぞく二人は固まった。

 

「しおんに見せてもらったんだがね。あの結界…もう古くてボロボロだ。

 シャミ子…君が望むなら、きっとその魔法少女には会えるだろう。でも、それを繰り返すと結界の意義がなくなって……最後には破けちゃうそうなんだ。

 クロ君もクロ君だ。君は、結界に守られていない。にも関わらず魔法少女のカチコミを受けていない。それは恐らく、暗黒神ラプソーンの影響なんだろうが……それでも、周囲の人の結界は、一つでも無事な方が良い」

 

「お前……!?」

 

「フブキさん…どうして、結界のこと…」

 

「しおんから聞いたんだ。さっきのも、全部しおんの考察そのままさ」

 

「そういうこと…………だからさ、終わるまでここで待ってよ?」

 

「大丈夫だ、桃もミカンもリコさんも、あの魔法少女に遅れは取っていないし、他の一般人も巻き込まれていない……なんなら、ボコられてたのは知らない魔法少女の方だったからね」

 

 小倉は心底嫌そうな顔をして、フブキは俺達に言い聞かせるように、店に行かないように促している。

 だが…2人の言う事に、はいわかりましたというワケにはいかない。

 

「そうはいかない、フブキ。今向かった白澤さんが何かの拍子に(アレ)されちゃうかもしれないし……多分、リコさんはこういう時容赦しない。

 知り合いがアレされるのも嫌だけど、知り合いが誰かをアレするのだって気分が良くないだろうがよ」

 

「私…桜さんからこの街を任されてるんです。だからそういうつまらないことは止めないと………というか、小倉さんも何かできそうなら手伝って!!!」

 

 俺達にも俺達なりの理由がある。そう言うと、「考え直したまえ」と引き止めようとするフブキと「やだぁ…」と駄々を捏ねる小倉を引っ張りながら、あすらを目指していった。

 

 

 

◆  ◇  ◆

 

 

 

 シャミ子とクロウが小倉とフブキを引っ張っていた頃。

 喫茶店『あすら』の店内は、なかなかの修羅場になっていた。

 

「うううぅぅ~………」

 

「さ、事情を説明していただけますか?」

 

 店員服姿の千代田桃が、新たにやってきた紅い魔法少女―――朱紅玉(シュホンユー)に説明を要求していた。

 魔法少女姿で来店した紅玉は、料理を口にして店に「ヤツ」がいることを確信……しかし、桃は既に手を打っていた。

 他の魔法少女……陽夏木ミカンを店からやや離れた場所でスタンバらせ、合図と共に狙撃するようにしていたのだ。

 そのことを知るよしもない紅玉は、まんまと店に突入し……

 

『ここは先代魔法少女が築いた、聖魔共存の街……不要不急のカチコミは厳禁です。お引き取りを』

 

『暴徒鎮圧用・スプラッシュアロー!!』

 

『にょわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?』

 

 …あっという間に鎮圧されたのであった。

 後は事情を聞いてそれ相応の対応をするはずだった………だが、そこにリコが現れたことで状況は一変する。

 

「リコ!!」

 

「…リコさんの知り合い?」

 

「ん~どなたやろ?」

 

「…眼中にもないってことか……でも、それが命取りや…!」

 

 紅玉がリコの名を叫ぶ。

 当のリコ本人は覚えがないようだが、それが逆に、紅玉の逆鱗に触れた。

 紅い魔法少女のチョーカーに飾られた宝石に触ると、眩い光が辺りに満ちる。

 

「アンタを封印して、じーちゃんの洗脳を解いたるわ!

 覚悟せいっ、リコーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

「り、リコくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」

 

 そして、その光がリコに向けられ。

 光が更に強くなる……寸前に、一匹のバクがリコの前に躍り出たかと思ったら。

 

「皆さん!ケンカは止めてください!

 ………って…え、これ…………バクの、オブジェ?」

 

 リコの前に飛び出た筈のバク……白澤の姿はなく。

 その代わりに、掌大の小さなバクのオブジェが転がっていた。

 

「うそやろ……なんであの動物、割って入ってきたんや……こんな、こんな、つもりじゃ、」

 

「え、そんな、じゃあこれって、店長―――」

 

「―――アホちゃう? なんで?なんで店長、ウチを庇ったん? 避けれたのに…」

 

 紅玉の言っていた「封印」という単語、消えた白澤、突然現れて転がっているバクの置物。

 それで起こった事を理解したリコが、震える手でバクのオブジェを手に取り、抱きしめる。

 

「―――しょーもな。もうどーでもええわ」

 

 リコの全身から、禍々しい魔力が溢れ出した。

 どうでもいい―――リコが口にしたその言葉は、あらゆる感情が入り混じってドロドロになっているかのようで、心の底からどうでも良くなってしまったみたいだ。

 そしてその魔力が、紅玉を、店を、この街を、破壊せんと襲い掛かろうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リコ君!! 止まりたまえーーーーっ!!」

 

「きゅっ」

 

「他の人もその場で一旦停止ーーーーー!!!」

 

 シャミ子が、いつの間にか持っていた拡声器でその場に爆音のような音声を響かせた。

 その直後、シャミ子は「失礼!」と言いつつシャミ子本人が隠れられるようなホタテ貝――心の壁フォーム――になって身を隠す。

 突然のシャミ子の行動の意味が分からず停止したリコや魔法少女達に…………窓から投げ入れられたフラスコから飛び散った液体が降りかかる。

 

 液体を食らった魔法少女たちやリコは……まるで電気のブレーカーが落ちたかのように、訳も分からぬまま、意識を失っていった。

 その場にいた者たちが意識を手放して動かなくなり、ホタテ貝からシャミ子が出てくると、店の中に三人の人物が入ってきた。

 

「制圧できたねぇ」

 

「間一髪ってところか」

 

「というか小倉。あの薬はなんだったんだよ」

 

「別のモノ作るつもりだった失敗作に、マーレ*1ちゃんの花粉を混ぜたものなんだけど……上手く効果が出て良かったぁ~」

 

 小倉しおん・篇瀬吹雪(フブキ)・そして神原クロウの三人だ。

 実は先程のシャミ子の行動、小倉の作戦によるものだったのだ。全員の気を一瞬だけでも引いたシャミ子は、小倉がスマホをワン切りしたら、心の壁フォームで外気を遮断する手筈になっていた。その間に小倉が、魔力の流れを遮断する薬を流し込む。これによってシャミ子以外の店内の人物を全員一時的に昏倒させることに成功したのだ。

 

「こっここここ怖かったーーーーー! もう二度とやりたくない!!!」

 

「さて……これ、どうするんだい? 皆」

 

 矢面に立ったシャミ子が本音を漏らす一方で、フブキは店内の状況を眺めた。それにつられてシャミ子・クロウ・小倉も倒れた人々を見回す。そこに目を移すと……

 

 案件①:事情を抱えた紅色魔法少女(ぜんぜん知らない人)

 案件②:ブチ切れリコ君

 案件③:封印されし店長(しろさわさん)

 案件④:アドバイザー&火力役(リリス・桃・ミカン)気絶中

 

 ―――と、目を覆いたくなるようというか、見なかった事にしたくなるような、死屍累々の有様であった。

 

 

「……リリスさんは寝かさない方が良かったねぇ」

 

「寝かす対象を選べませんでした……!」

 

「…ダメだ、ゴミ先祖も反応がない。こんな事なら買い出しの時持っていけばよかったな…」

 

「どうするんだい、シャミ子、クロ君?

 コレ、私達では割と詰んでるように見えるが」

 

「だ、だだだ大丈夫です! まぞくは追い込まれた方が強い!!」

 

「お、落ち着いて考えれば活路は開ける。安心しろ二人とも、こういう時、落ち着く方法ならダイから習ってる。素数を数えればいいんだってな! 1、2、3、5、7、11…………」

 

「シャミ子ちゃん顔色わるいよぉ。

 あと神原君、1は素数じゃないからね」

 

 なお…ここで意識を保ってるまぞく達は、争いが起きそうなこの場を収める方法の実行に精一杯で、この後の展開を一切考えていなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれまぞくタッグ! 知恵を借り智慧を振り絞って、三方丸く収めるんだ!

*1
シャミ子やクロウの学校で栽培しているトマトマーレ




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 白澤さんところの再開店祝にマヨネーズをしこたまプレゼントしたり、ミカン関係のメニューにドギマギした主人公。ミカンと自分の名誉を守る為、今回は特にラプソーンには厳しく当たっている。

暗黒神ラプソーン
 クロウに散々な目に遭わされた暗黒神。クロウに注文されたことになってしまったが、クロウが思い付きで言った「陽夏木ミカン闇堕ち」という単語にちょっとだけ興味を持った。そう言えば魔法少女は闇堕ちするのであったな……

篇瀬吹雪
 小倉しおんとタッグで行動した銀髪一般ピープル。何故か小倉の研究内容を知っており、シャミ子とクロウに結界の危惧を代わって伝えた。本来はウガルルに親という概念を教えたり、クロウの注文を捏造したりと、ちゃっかりしたお茶目な面を持つ。


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一触即発! あすら再開と紅色騒動!……騒動の決着とはじめての冷酷な策略編

今回のあらすじ

クロウはレベルがあがった!
かしこさが10あがった! ざいあくかんが1あがった!

ピエールはレベルがあがった!
ちからが1あがった! きようさが3あがった!
三枚おろしを覚えた!



 一通り素数を数え終わった後、冷静になれた(気がする)俺は、早速この戦争の跡地みたいな悲惨な現場での状況の整理を始めた。

 

「ひとまず……封印されてる白澤さんをなんとかしないといけないな…」

 

「そうじゃないとリコさんが止まらないですもんね…」

 

 白澤さんが封印された後のリコさんなら、俺も店の窓越しに見た。その目も言葉に乗る感情も無。全てを無に帰してやろうと言う意志に満ちていた。それは、メルトアのような本物の悪意とは別ベクトルの、恐ろしいものだった。

 何より、それを知り合いがやってのけたって言うんだからより恐ろしい。叶うことなら、二度とああいう顔と魔力は見たくない。

 

「リコさんと紅色魔法少女が起きたらまた修羅場です」

 

「一番のカベはそこだよな…」

 

「桃とミカンは放っておけば目が覚めるから大丈夫だろうしね……」

 

「なぁ小倉、フブキ……何か、いい案はないか?」

 

「そうだねぇ~。

 まず寝てる魔法少女の頸動脈をスパッといってー、生き血ぶっかけて店長を生き返らせるー」

 

「オイ」

 

「それでコアになった魔法少女を多魔川に流せばハッピーエンド~」

 

「「それは何もハッピーじゃない!!!!」」

 

 小倉が提案した第一の策を、まぞくタッグで即否定した。

 ぶっ倒れてる紅色魔法少女の事はなんにも知らないけど、それは一番ダメだろ!?

 つまりこの魔法少女一人アレするってことだよね? 絶対だめだからな!!

 

「というかそもそも、封印って魔法少女の血でしか解けないんですか?」

 

 小倉の一番ハードルの低く、倫理観を明後日の方向に投げ捨てた提案を全力拒否した後でシャミ子が封印について聞いた。

 魔法少女の血以外で封印を解けるものがあれば、それを活用したいものだ。だが、小倉が桜さんのメモを使って言う事には……

 

「光のエネルギーは光のエネルギーの等価交換で溶かすのが効率がいいんだよぉ。

 油性ペンで書いた文字を、水と油のどっちで落とせばいいかなって話だよねぇ。

 闇と光って、水と油みたいな関係なんだよぉ!」

 

 …とのこと。

 その理論で行くと、油性ペンを落とす時にクレンジングオイルや除光液を使わなければなかなか落ちないように、光属性による封印を闇属性で破るには果てしなく時間がかかるということになる。皆が眠っている内に何とかしなければならない以上、この方法はナシだ。

 手がかりはないかと手荷物を失礼させてもらうと、免許証が出てきたので、そこで名前を確認する。

 

「じ、じゃあ!! 二つの間はできませんか!?」

 

「間?」

 

「この魔法少女……えと、朱紅玉(しゅこうぎょく)?」

 

「チャイニーズだ。読みは…朱紅玉(シュホンユー)さん、かな」

 

「そう! この(ホン)さんは…リコさん以外を巻き込むつもりはなかったそうです。

 だから私が紅さんの夢の中に入って、事情を聞いて来ます! それで、ギリギリまで血を分けて貰えるように頼みます!

 それで、残りの封印はまぞくの力でどうにかこうにかして店長救出!………みたいなプランはどうでしょう?」

 

 おお。それはまさしく、夢の中に入れるシャミ子らしい案だ。

 さっきの小倉の、刀傷沙汰&殺人&隠蔽の3アウトコンボの6000万倍はマシじゃあないか!

 

「それ、良いな。やってみる価値大アリだぞ」

 

「ホントですか!?」

 

「でも、見知らぬ魔法少女の夢の中だよ? ひとりで大丈夫?」

 

「それに、どうにかこうにかって、どうするつもりだ?」

 

「俺ん家にはスライム達がいる。スラリンにナツミにメタぞうにピエール……

 あと、外でスタンバってたウガルルもいたしな。最悪、ゲモンに知恵を借りるわ」

 

「…どうして最初からゲモンさんの力借りないのぉ?」

 

「ゲモンは真っ先にお前の最初の意見に賛成しそうだからだよ。

 しかもその案にえげつない補強とかやらかした上でな」

 

 とりあえず、使える助っ人は全員使う気概で、シャミ子が示してくれたこの策に乗らなければ、ばんだ荘どころかこの街まで崩壊しそうだしな。

 シャミ子はまず先に紅玉さんの夢に突入するべく、彼女の隣に横になって目を閉じた。

 さて、俺も俺で起きてるヤツが出来ることをやらないといけないな。

 

「小倉、フブキ……俺、仲間呼んでくる」

 

「さっきのスライム達か。頼んだよ。

 私としおんで、シャミ子見ていよう」

 

「あ、神原君~、ウガルルちゃんも呼んどいて」

 

「おう」

 

 シャミ子が夢の中で紅玉さんの事を探っている間に、店を出た俺は自宅に電話をかけた。

 

『もしもし』

 

「ピエールか? ちょっと厄介な事態が起こった、動けるヤツを全員連れて『あすら』……ばんだ荘まで来てくれ!」

 

『我が暗黒神!? 一体何が…』

 

「詳しい事は来てから話す!」

 

『…分かりました。ただ、留守番にナツミとメタぞうを置いていきます』

 

 良し、これでピエールとスラリン、チロルは来てくれるな。後は……

 

「ウガルル!」

 

「んがっ!」

 

 俺の呼び声ひとつで、ウガルルは隣の屋根からばんだ荘の庭までひとっ飛びでやってきた。

 ミカンの指示でずっと待っていたんだろう。

 

「ついて来てくれ。ウガルルの力が必要になるかもしれない」

 

「わかっタ!!」

 

 ウガルルを呼んだ後、程なくしてスラリンとピエール、そしてゲモンまでやってきた。約1名ほど予定外なのがいるが、準備はOKだ。

 後はシャミ子が目が覚めるのを待つ……というか連絡手段が欲しいな。ミカンの時はスラリンが通信機代わりになったから連絡が取れたが、今回はスラリンがスターティングメンバーにいないから、シャミ子の様子が分からん。スラリンを送る方法も詳しい調整が分からないし。シャミ子の隣で寝かせれば良いのか?

 そう思ってると、俺のスマホが震えた。なんだこんな時に。相手は……

 

「……シャミ子、だと?」

 

 シャミ子は現在夢の中に潜っているハズ。

 そう思いながらも、通話ボタンをタップして電話に出た。

 

「…もしもし」

 

【……小倉さん、吹雪さん、クロウさん聞こえてますか?】

 

「シャミ子? お前どうやって連絡してんだ!?」

 

「シャミ子ちゃん?」

 

「電話が来てるのか!!? 偽物ではなく!?」

 

【わ、わたし本物のシャドウミストレス優子です!

 そっちこそ私の幻聴とかじゃありませんよね…?】

 

「??? 何言ってるか分かんないけど、こちとらリアルガチでモノホンの神原クロウだが」

 

 だいぶ参っている様子のシャミ子の声が、電話越しに聞こえてくる。あとなんか、コツコツという、そこそこ硬いもの同士がぶつかってるような音が。

 夢の中で一体何が起きているのか? スラリンみたいな映像付きじゃないからさっぱり分からん。でも、通話できるならそれでいい!

 

「今、何が起きてる?」

 

【現在進行形で金魚の群れに襲われてます! ホタテが割れそうです! 助けて助けて励まして!!】

 

「「「!」」」

 

 どうやら、夢の中は俺が思っていたよりもだいぶピンチな状況になっているようだ。

 どうにかしてやらなければ、シャミ子がヤバい。金魚の群れに襲われてると言ってたから……

 ……!! そうだ! 魔法少女の中にいたヤツなら、ここにいる!!

 

「小倉! 電話代わってくれ!」

 

「…ウガルルちゃんを送り込むんだね?」

 

「話が早いな……そういうことだ!」

 

「では我が暗黒神。我々も同行しましょう」

 

「ピエール…できるのか?」

 

「おそらく。本来、スライム族は聖にも魔にも属さぬ者。ならば、まぞくを辿って魔法少女の夢の中へ行くこと自体は可能だと思います」

 

「頼むぜ…!」

 

 ウガルルとピエール、そしてスラリンをシャミ子の横に連れてきて、シャミ子の隣で横になるよう指示する。すると、俺のスマホから勇ましい声が聞こえてきた!

 

【んがッッ! 仕事ダ!!!】

【そこをどけいッ! 金魚の魔物どもッ!!】

 

【ウガルルさん!? ピエールさん!? どうして…】

 

「成功だよ~」

 

「良しッ! 聞こえるかシャミ子!

 今、助っ人を送り込んだ! これで大丈夫か!?」

 

 助っ人を送り込めたことを受け、すぐにスラリンのモニターを見る。するとそこには、金魚たちを次々と輪切りにするウガルルとピエール、そしてホタテ貝から出てきたシャミ子がいた。

 

【ピエール! オレの刺身を取るな!!】

 

【安心せよ、コレを食うのはウガルル殿だけである!

 来い、金魚ども! シャドウミストレスの邪魔をしようものなら……全員、三枚おろしにして舟盛りにしてくれる!!!】

 

【ふ、舟盛り…ゴクリ】

 

【二人とも、ありがとうございます!!】

 

 ウガルルは金魚も食べるのかとか、ピエールは何を目指してるんだとか、舟盛りの舟はどこから調達する気だとか、細かいツッコミどころが一瞬で山ほど生まれたが、それらを全て彼方へうっちゃりつつ、シャミ子が記憶の奥へと向かっているのを確認する。

 ここから先は、シャミ子にしか出来ないことだ。俺ら暗黒神後継+一般ピーポー二人は、シャミ子の説得の成功を祈りつつ、スラリンモニターに映るウガルルとピエールの殺陣を眺めて……

 

『ピエールに誘われるままここに来たが……クロウよ。この状況をひとまず説明しろ』

 

「!! ゲモン…」

 

『お前がオレの力を借りるのを躊躇う理由は察しが付く。

 だが、流石のオレもノーヒントのノー情報では、立てられる作戦も立てられん。

 お互い、言うだけならタダだ。話してみろ』

 

「………分かった」

 

 小倉とフブキがスラリンモニターにくっついている傍らで、俺はゲモンにこれまでのいきさつを分かる範囲で説明した。

 紅色魔法少女・朱紅玉が来店したこと、千代田とミカンにしばかれたらしい事、紅玉さんがリコを封印しようとして誤って白澤さんを封じてしまった事、それにリコがガチギレした事………ゲモンに話すことで嫌な予感がしたが、この際形振り構ってられないのも事実だった。

 

『…オレからしてみたら、小倉しおんの案も次善策としては良いと思ったんだがな。コアを4分割してからまぞくの儀式で封印。しかるのちに川へ流せばもう二度と復活できまい』

 

「………言っとくケド、それは真っ先に俺とシャミ子で拒否ったからな」

 

『贅沢言ってられる状況か阿呆め。リコが目覚めたら即・ゲームオーバーなこの盤面で、白澤の封印解除が最優先事項だってことを分かってるのか?』

 

「当然だろ。だから今、シャミ子が紅玉さんの説得をしているんじゃないか」

 

『そう上手くいけばいいがな。小倉しおん、篇瀬吹雪。状況はどうだ?』

 

「今ね、クロ君の携帯越しに話を聞いてたんだけど…」

 

「待って、小倉のヤツ俺の携帯に変なの仕込んでないよな???」

 

 一瞬で生まれた俺の一沫の不安をスルーしてフブキが話したのは、シャミ子が見た紅玉さんの過去と、その交渉の様子だった。

 なんでも、リコに大事なものを奪われた上に、祖父まで洗脳されたと思い込んでいたらしい。後者の洗脳の件はシャミ子が誤解を解いたみたいだが。紅玉さんも白澤さんを巻き込んだのは不本意らしく、白澤さんの封印解除に協力してくれるらしい。

 ただ、その条件としてリコに大事な鍋――リコが奪ってったものだという――を返してもらい、一言謝ることを要求してきたそうだ。

 まぁ、それくらいなら……とシャミ子も引き受けたそうだが。

 

「ひ…ひとこと謝って鍋を返却?()()()()()?」

 

 ―――無理じゃね?

 

『フッフッフ……丁度いい。さぁ、面倒な難題のお出ましだ。

 クロウ。オレの授業を受けてる身としてちょうど良い中間課題じゃあないか。

 リコを説得してみせろ。出来なかったら、問答無用で小倉しおんとオレの次善策の実行だ』

 

「………リアルマジで言ってる?」

 

 唐突に振られたゲモンからの難題に、俺は顔色が青ざめていくのを感じた。

 ……この腹心、楽しんでやってやがる…! しかも、退くに退けなくなった。

 どうしてこうなった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 シャミ子とピエール、ウガルルが戻ってきた時に、俺は俺でヤバい状況になったことをシャミ子に話す。

 俺のことを心配してくれたが、すぐにリコの夢の中へ行くように促した。

 

「だ、だだだ大丈夫なんですか、クロウさん!?」

 

「俺も一緒に説得の方法考えるから、先にリコの夢の中に行っててくれ。

 ……プレッシャーをかけたいわけじゃないけど、ミスったらゲモンが紅玉さんを(アレ)しちゃうのは考えなくていいからな」

 

「ウルトラプレッシャーじゃないですかー!!

 なんでそんな事を言うんですかクロウさんのおばかー!!」

 

 文句を言いつつも、シャミ子はリコの隣に横になって眠り始めた……小倉がバットを取り出した理由は何だかよく分からなかったが……。

 だが、ここで問題が発生する。

 

「ほげぇ!!」

 

「シャミ子!?」

 

「何があったんだい?」

 

「強制的に追い出されました……こんなの初めてです…」

 

 潰れたカエルみたいな悲鳴をあげてシャミ子が飛び起きたのだ。何があったのかと問えば、リコの心の中が超大型台風みたいで、ドロの掃除(?)や説得どころではなかったという。しかも夢の中でスマホが浸水して連絡が取れなくなる始末だ。

 参ったな………一筋縄ではいかないことは何となく分かっていたが、まさかの対話拒否とは。

 だが、ここで諦めたらゲモンが紅玉さんをアレしてしまう。「中間課題」とか言ってたし、あとあとより面倒になるのは確定だ。

 

「ていうかゲモンさん、貴方暗黒神の参謀ではないのか?だったら、この場をなんとかできる手を…」

 

『リコの超大型台風のような心中を治める方法ならある。だが、すぐに言ってはクロウの為にならん』

 

「そ、そこをなんとか……」

 

『ほう。クロウがそう言うということは、中間課題は0点ってことで良いんだな? 次善策(紅玉のアレ)と補修地獄をどうしてもお望みと言うのなら……』

 

「あ、やっぱもうちょっと粘ります!!!」

 

「クロ君!!?」

 

「オレ思いついタ! 店長ならリコを説得できるんじゃないカ? ボスのボスだしナ!」

 

「ウガルルちゃん健気かわいいねぇ~

 店長さんは今封印されてるんだよぉ~」

 

 ゲモンのやつ、俺に課題を課す先生のつもりなのか、策を考えてるには考えてそうなくせに、力を貸してくれる気配がない。

 ウガルルも頑張って提案してくれるが、白澤さんは絶賛封印中なのでこのままじゃあ説得に加われないんだよなぁ。

 でも、今のブチギレたリコを説得できそうなのって、白澤さんくらいしかいないような気がする。

 

「デモ山のヘビ封印されててモ話せたゾ!」

 

「それは昔の人かなんかが、祠作って鏡を置いて窓にしたからであってだな……」

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

「「あーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」

 

 

 そうじゃないか!

 封印に穴は作れる!

 奥々多魔の蛇みたいに、神社建てて信仰を作れば、白澤さんとコンタクトが取れる!!

 

「吹雪ちゃん! 儀式セットとよりしろ!!」

 

「任せてくれ。なる早で神社を立てる!」

 

 小倉とフブキもそれに気付いたようで、即座に祠?儀式台?の設営に取り掛かった。俺も設営作業に加わりつつ、次の行動を小倉に尋ねた。

 封印に穴を作る為には、鏡とか社・祠的なサムシングの他に、信仰を作れば良いらしい。

 

「信仰ってどうやって作るの?」

 

「バク神さまぁぁー」

「バク神さまー」

 

「…え、それで良いの?」

 

「神様への奉納舞や、お供えもあればグッド!!」

 

「お、おう。じゃあ、えっと……バク神さまァァァァァァーーーーーッ」

 

 バクのオブジェに鏡やらバクのよりしろやらを祀った即席の祠に向かってバク神さまぁーと祈祷を始めたシャミ子と小倉。そしてこれでもかとお供えを並べまくるフブキを見ながら、俺も即席の踊りを踊りつつ、祈りを始めた。

 その祈り通じてか、バクのよりしろが動き出し、ダンディな声を出した…………つまり、成功だ。

 

「ぼ…僕は一体……って怖ッ!!」

 

「バク神さまぁぁぁぁ」

 

「怖いよ優子君!!」

 

「バク神さまアァァァァーーーッ」

 

「怖いってクロウ君!!」

 

「あ、白澤さん気づきましたか。

 ちょっと力を貸してください」

 

「うわぁぁ! 急に素に戻るのはやめたまえ!!?」

 

 よりしろに白澤さんの意識が戻ると、すぐに状況の説明を始めた。紅玉さんとリコの和解のために説得に協力して欲しいと言ったら快諾してくれたのはさすが白澤さんって感じだ。

 その後ウガルルが勝手にシャミ子の携帯を2回線持ちにしたりと、後でクーリングオフしないといけない事態が発生したりしたが、とりあえずリコの説得の糸口を掴めた俺達は、再びシャミ子と、追加で白澤さんとスラリンを夢の中に送り込んだ。

 リコの夢の中は、一言で言えば、台風で荒れ狂う濁流の河。再びシャミ子を追い出そうとする激流は、白澤さんの声でどんどん収まっていく。そして、白澤さんの声に反応するようにリコの本体も現れた。

 良し………白澤さんがいることで、話が出来る状況に持って行けている!

 

紅玉(ホンユー)どのは血を譲ってくれるそうだ! その為には君の謝罪と鍋の返却が必要だ!!】

 

【あぁ、あの子(ホン)ちゃんだったの。人間の子は成長早いわ~】

 

 でもな、とリコの声のトーンが下がったのを感じる。

 それと共に、交渉がこのまますんなりいかない予感も、感じてしまった。

 

【ウチの方が強いんやから、鍋返す必要も謝る必要もあらへんやん。なんでそうせんの?】

 

「え………」

 

 そのリコの言葉に、声が詰まった。

 紅玉さんより強い自分が、謝る必要なんてないし、なんなら好き放題ぶんどっても良い。

 その言い方に疑問の余地すら抱いていないような………そんな言い方の、あまりにリコ的な主張に。

 この時…俺は思い出していた。

 

『リコという魔族の本質的な話だ。

 争いを好まないスライム系が寄り付かない事、白澤への行為、シャミ子の杖を遠慮なく欲しがった事……奴はこれ以上なく利己的だ』

『好きになったものは、どんな手を使ってでも手に入れたいと願う。』

『利己的に生きるとはそういうことだ』

 

 ゴミ先祖による、リコへの人物評を。

 俺には理解しがたい、利己的な人のサガっていうのを、たった今まざまざと見せつけられていた。

 白澤さんが「それじゃあダメなんだよ!」と言っても、リコは「絶対謝らん」と言っている。

 くそ、これをどう説得しろってんだ。ゲモンのヤツ、えげつない説得を俺に丸投げしやがって―――

 

()()()()()()()()()()()()! それを封印されて、怒らんワケないやろ!?】

 

【え!? 彼氏じゃないよ!!!?】

 

「―――ん?」

 

 待って。今ちょっと、信じがたいワードが出てきたぞ!?

 リコ、白澤さんの事彼氏だと思ってたの!?

 こ、れ、は………解決しづらい新たな問題の発生か?

 オーイ勘弁してくれ。ただのリコの説得から、こんな厄ネタが出ると誰が予測できるんだ!!?

 

リコ君に愛はあるし一生養うつもりだったが……店に住み着いた野良フェネックという認識だったよ!

 

【??? だ、だって、さっきもウチをかばって…】

 

アレは紅玉どのを庇ったんだよ!? リコ君あのまま紅玉どのを(アレ)しそうな勢いだったからね!!

 背中で牛刀構えてる子は流石に恋愛対象外だ!

 

 や、ヤバい。白澤さんが無意識にリコに追い打ちをかけている。

 ゴミ先祖から聞いていて、なんとなーくリコって白澤さんの事好きなのかなって思ってたけど、白澤さんからすればペット的な認識だったんだな。

 ……っと、そうじゃない。いくらリコでも、コレはあまりにもあんまりだ。流石に泣いちゃうんじゃないか?

 そうなったら、もはや正攻法の説得など無理になってしまう。なんでもいい、考えろ、考え―――

 

 

『ウチはどこへ行ってもスライムちゃんが寄り付かん訳や』

『リコ君……君、ここに来る前何をしていたのだね!?』

 あすらに来る前のリコ………争いを好まないスライムが寄り付かない……

 

『ウチ、マスターのこと大好きやから奇麗なものを見せてあげたかっただけなの』

()()()()()()()()()()()()!』

 白澤さんの事が好きなリコ………

 

『背中で牛刀構えてる子は流石に恋愛対象外だ!』

 白澤さんの恋愛対象…………

 

『白澤をリコの虜にすれば、リコを駒にすることも……』

 虜とまではいかなくとも、仲を取り持てば……

 

 

 ―――思いついた。

 いい案が、浮かんだ。でも。

 …………これは、良いのか? 実行しても良いものなのか?

 分かってる。迷ってる暇はない。リコの説得が不可能になったら、紅玉さんをアレするしかなくなる。そんなのは御免だ。だから……

 

「………クロ君?」

 

「……………シャミ子、メール送ったから見てくれ」

 

【え、あ、クロウさん…分かりました】

 

 出来るだけ素早く打ち込んだメールを、シャミ子のメアドに送った。メールタイトルに………『この方法でリコを説得してくれ』と添えて。

 そして数秒後、予想通り、ケータイの通話越しにシャミ子の息を呑む声が聞こえた。

 

【く、クロウ、さん………これ】

 

「……頼む。今この方法が出来るのはシャミ子だけだ」

 

 この方法は、タイトルでは無難な表現をしたとはいえ、ほぼ操ってるのと同義だ。だから、シャミ子が狼狽えた理由も解る。『これ…良いのかな?』………俺もおんなじ思いだ。

 だが、こうでもしないとリコを説得できる気がしなかった。現に白澤さんにフラれたリコはシャミ子に『マスターを操ってウチの夫にして』とまで頼んでいる。だからか……

 

【リコさん。もっと良い方法がありますよ】

 

【?】

 

【…リコさんがおリコうさんになれば良いんです

 

 シャミ子は、俺の案をしっかり呑んでくれた。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 夢から帰ってきたシャミ子は、何だか不安そうな顔をしていた。

 その口では、リコも紅玉さんも納得して、和解するだろう事を言っていた。街の平和はなんとか守られた事を意味する結果を持ってきたシャミ子を、俺はこれでもかと労った。

 

「お疲れ、シャミ子。

 ……俺の、あの策を実行してくれてありがとう」

 

 俺が土壇場で思いついた作戦。

 それは…「おリコうさんになって白澤さんのタイプになろう作戦」。

 この場で鍋を返す利口な道を選ぶことで、白澤さんの恋愛対象(性格的な意味で)になるし、客とのトラブルが減りお店が長続きして、ピカピカの鍋も手に入る…とメリットを提示して、リコにリコうな解決策を選ばせる………

 俺は、この作戦をシャミ子に指示し、シャミ子はそれを実行して、結果リコに条件を飲ませる事に成功したのだ。

 

「そ、そんな……私だけじゃなんにも浮かびませんでした! クロウさんの策がなかったら、今頃うちは更地になってたかもしれないのに……」

 

「今度、ちょっと高めのアイスか何か奢らせてくれよ」

 

「………ありがとうございます」

 

「…責任を感じてるのか?」

 

「………」

 

「クロ君、その辺に」

 

「でも…」

 

「彼女の責任を背負おうとか考えないでくれたまえよ。はっきり言って逆効果だ」

 

 言葉が少なくなったシャミ子をなんとかしたかったが、やけに察しの良いフブキに止められそれも叶わなかった。

 不完全燃焼のような会話を気にしている間にも、リコと紅玉さんの仲直りの儀式は進んでいく。リコが鍋を返し(あと利子とか言ってまな板も渡してた)、後は目覚めた紅玉さんに封印を血でギリギリまで解除させ、最後の一押しをまぞくが破る……!

 

「神原君、ウガルルちゃん達を『お供え』するよー」

 

「! 今行く、小倉」

 

 その一押しをするのは―――ウガルルだ。

 ウガルルには魂がなく、厳密には無生物らしい。だから、白澤さんに「お供え」をすることで、封印空間に入れると推測していたという。

 

「クロウ! 言ってくるゾ!」

 

「あぁ、行ってらっしゃい。…必ず、白澤さんを助け出すんだぞ」

 

「んがっ!」

 

 こうして、白澤さんを助け出すためにウガルルを送ったこの瞬間も、なんか、色んなことがぐるぐるしている。

 ウガルルが白澤さんを連れて、封印を破った時でさえも、なんだか気持ちは晴れなかった。

 

「ジキエル…アタシ、魔法少女引退するわ」

 

「残念やけど…しゃーなしや。

 契約切ったら数日で元の身体にもどるんで、ケガ治りにくくなるから。

 ほな、さいなら」

 

 紅玉さんが魔法少女を引退している最中でも、俺は俺で、あの決断が正しかったのか測りかねていた。

 

 

『クロウよ。我の意識がトンでた時の事はゲモンから聞いた』

 

「……今その話は聞きたくない」

 

『ゲモンのやつ、絶賛していたぞ?貴様の策を。

 我も聞いた限りになるが、素晴らしいと思っている』

 

「聞きたくないっつってんだろ」

 

『あ、おい、クロウ!』

 

 もはやゴミ先祖をへし折る気力も湧かず、ちょっと一人で静かな……それも、高い所に行きたい気分だ。

 だからこっそりと、誰にも気づかれないように、ゴミ先祖も置き去りにして…『あすら』から外に出た。

 

 

 

 小学校高学年くらいからだったかな……嫌な事があったら、どこか高い所に行く習慣みたいなのがあった。

 例えば、母さんにガチで怒られた時とか、ミカンと初めて大喧嘩した時とか、帰ってくる予定だった父さんが急に帰ってこれなくなって、電話越しに謝られた日とか。

 多魔市(こっち)に来てからはこういうの初めてだったな………まぁ、色々あっても、不二に襲われた時でさえ、後に尾を引かなかったからな。ここが住みやすい証…なんだろう。

 高い所から街を見下ろすと、なんとなく心地よくて、まるで自分が途轍もなくデカい存在になったみたいで、悩みが小さく感じられたものだ。だから、高い場所は好きな方だ。現に今も、街々の奥の地平線に向かって、オレンジ色の太陽が沈んでいくさまを、たま市の桜ケ丘の高台公園から、じっと眺めている。あの太陽が沈み切ったら、今日は帰ろう。そんで、寝て起きたら、それからはまたいつも通りの俺になる筈だ。

 

「こんなところにいた! クロ!」

 

「ミカン」

 

 聞きなれた声に振り向いた。そこには、やや息を上げた様子の、10年来の幼馴染がいた。

 

「皆が心配していたわよ」

 

「…………もうちょっと、ここにいさせてくれ」

 

「…そうね。貴方、死にそうな顔色をしているもの」

 

 「ただちょっと、話しかけるタイミングをはかっているうちに、どこかへ行っちゃうのはやめてほしいわ」……と呟いた彼女に、そういえばその手の連絡を立ち去る前にしてなかったなと思って、今更ながらにちょっと悪い事したなと思ってしまう。

 

「今日のことは、篇瀬さんから聞いたわ。色々あったけど、頑張っていたそうじゃない」

 

「じゃあ、リコさんに何をしたのかも聞いたんだろう?」

 

「!!」

 

「俺さ、今日のこと褒められたんだ。ゴミ先祖に」

 

「ラプソーンに?」

 

「リコの恋心につけこんで、説得させたんだ。シャミ子にこう説得しろって指示して。

 あのままのリコが起きたらヤバいのは知ってたし、なかなかシャミ子や白澤さんの言う事を聞いてくれなかったから、他に良い手が思いつかなかったんだ。

 だからちょっと作戦を練った。その事を、ゴミ先祖に褒められたんだ。素晴らしいって。ゲモンも絶賛してたってさ。

 ……それがすごく嫌なんだ。ゴミ先祖とおんなじ暗黒神に近づいているようで。」

 

「………」

 

「メルトアの一件だってそうだ。

 あのゴミ先祖……メルトアが七賢者の魂持ってた事も黙ってたんだぜ?

 『訊かれてないから』なんて言いやがって……ホントに、ふざけてる」

 

 気が付けば、ミカンにそう切り出していた。

 そして、全てを話していた。

 今回のことも……そして、メルトアの件で七賢者の封印が一個解けていた事も。

 

「力で何とかできる案件じゃなかったし、結果的には皆、仲良く出来たけど。

 シャミ子を利用して、リコさんの恋心や白澤さんの優しさまで利用して………自分が嫌いになりそうだ」

 

 ゲモンの奴は、策を練るたびにこんな気分を味わっていたのか?

 それとも、別に操ったヤツなど知らんとばかりに気にしていないのか?

 こんな策を大手を振って歓迎するような暗黒神と同じになるなんて、絶対に…

 

 

 

 

 

「クロ、こっちむいて」

 

「え、どうし―――ぎゃッッ!!?

 

「思い上がるなまぞく!!」

 

 ミカンに呼ばれたと思ったら、デコピン0.2秒前の指に派手にデコピンを食らわされた。

 それと同時に、ミカンの聞いたこともない声が公園内に響く。

 

「良い、クロ? 暗黒神は、後にも先にもラプソーンだけよ!」

 

「ふぇ?」

 

「闇の世界から現れて、勝手に光の世界を侵略した……エラソーで、人の弱点が大好きで、空気の読めない暗黒神にクロがなれる訳ないって事よ!」

 

「め、めちゃくちゃ言うね……」

 

「でも当たってるでしょ?」

 

 確かに。ゴミ先祖は偉そうに振る舞うし、千代田やミカンの弱点を見つければ鬼の首を狙うようにそこをイジるし、空気を意図的に読んでないのかって位に自分本位だ。

 

「つまりね。例えラプソーンの力を取り戻したとしても……クロはクロ…貴方のままだって事よ!

 ひとりで怯えないで、私達と一緒にいる限りはね。今回のことだってそうよ。

 貴方のやったことは……きっと、皆を守るため、だったんでしょ?」

 

「ま、守るなんて……ただ、アレはちゃんと解決しないとリコさんも白澤さんも紅玉さんも救われないし、千代田もミカンも嫌だろうし、何より俺自身が嫌だったから…」

 

「それでも、『誰かのため』に動いたクロを…私は間違いだって思わないし………誰にも間違いだなんて言わせない!」

 

「!!!」

 

 間違いだって思わないし、間違いだなんて言わせない―――

 その言葉が、心にジーンと染み渡るのを感じる。ミカンの言葉が、正真正銘、本心から出たものなんだって、感じる。

 それは……初めて冷酷な策略を使った俺に対する、一種の赦しのように思えた。

 

「それに…もし、クロが道を間違えても、私達がいるわ。

 世界の宿敵になる前に、私達がぶっとばしちゃうんだから」

 

「それは、頼もしいな……」

 

 嬉しくて、言葉が出なくなりそうだから。

 というより、必要以上になにか言うと涙が出そうだ。

 流石に女の子の前でそれは恥ずかしいけど…せめて、この言葉だけは、伝える。

 

「――ありがと、ミカン」

 

「良いって事よ! 10年来の付き合いのミカンちゃんに感謝なさい!」

 

 ウインクするミカンに、何か良い返しをとも思ったが、これ以上は目汁がポロりそうだったから、軽く手を差し出す。

 

「…帰りましょ。もう暗くなっちゃうしね」

 

 なんの躊躇いもなく手を握り返してくれた柑橘系魔法少女が、いつの間にか公園の街灯に照らされていた事に気付いて、そろそろ帰ろうかという彼女に、俺は頷いて答えた。

 公園からの帰り道……涙が引っ込んだ後で見上げた夜空は、いつもより煌めいているような気がした。

 

「…良い星空だな。月も綺麗だ」

 

「!! ……そうね。綺麗な月だわ」

 

 ミカンの、俺の手を握る手に若干力がこもったのを感じて、俺はそれに答えるように手を握り返した。

 ばんだ荘に帰る俺達を、星々が見守ってくれている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! より良い道を歩みより良い街を作っていくんだ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 初めて策略を練った暗黒神後継者。それの成功を受け、自分の中で罪悪感がむくむくと湧き出ていたが、ミカンママの励ましによってわだかまりを無くす。これによって、ただでさえカンストしていたミカンとの親愛度が更に上昇する。
 ちなみに、バク神さまへの奉納舞は炭坑節バンデルフォン音頭。

暗黒神ラプソーン
 ほぼ出番のなかった空気暗黒神。本人のあずかり知らぬところでミカンに散々な言われようをしているが、事実だから仕方がない。なお、この後メルトアの際の封印解除の事をミカンに脅されて白状し、しっかりぶち転がされた。

妖魔ゲモン
 クロウの成長を後ろから見守っていた暗黒神参謀。基本的に進んで案を出す事を敢えてしなかったが、どうしようもなくなった時は行動する気でいた。小倉の案をコアの封印という補強を施した上で。
 だが、クロウが土壇場での活躍を見せたためご満悦。その後の悩みについては「時に心と指を切り離せなければ意味がない」と敢えてスルーしていたご様子。ちなみにこの後、主人ともどもブチ転がされた。

篇瀬吹雪
 小倉と一緒に事に当たった(現段階では)一般人。やけに察しが良く、クロウがシャミ子に落ち着かないままアフターフォローをしようとしていたのを程々で止めた。もし彼女がいなかったら、「あれは策を立てた俺の責任だ!」「違います!その策を実行した私です!」とケンカしていただろう。





おまけのまぞく
もしも、まちカド暗黒神のみんなが『さそうおどり』を受けたら?

シャミ子
→2期OPで清子さんがやってた踊りをする。遺伝やで。


→経験はないけど、センスはありそう。キレッキレなさそうおどり。

ミカン
→昨今のアイドルがやりそうなパフォーマンス。Ni○iUとか。

リリス
→ベリーダンスを踊る。メソポタミア文明からあったらしい(ガチ)。

クロウ
→伝家の宝刀・炭坑節バンデルフォン音頭。

小倉さん
→ドラクエ主人公みたいな、絶妙にセンスのないダンス。

良ちゃん
→ベロニカダンスを踊って欲しくないかい???

リコ君
→セクシーな中国風の民族舞踊踊ってくれそう。

白澤さん
→ロウ爺さんの盆踊り。バクの体型がよく活きる。

不二実里
→良いトコのお嬢様がやるバレエを踊る。目が回りそう。

泰庵
→ロボットダンス。地味にクオリティが高い。

フブキ
→フラメンコ風な踊りを踊る。詳細はマルティナさんを参照。

ゴミ先祖
→踊る身体がない。


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悪戯か超悪戯か!? 篇瀬吹雪の奇妙な超常依頼!……ハロウィン直前で死霊・ゾンビのガチスリラーとか、当日は何がどれくらい襲ってくるって言うんだ!絶対トリック&トリックだろ!!?

今回のあらすじ

くさったしたいが あらわれた!
がいこつが あらわれた!
ぼうれい剣士が あらわれた!
ブラッドマミーが あらわれた!



 紅色魔法少女こと朱紅玉(シュホンユー)さんは、あの後ばんだ荘に住むことになった。リコとの和解後、彼女の味を盗むべく喫茶店『あすら』の新店員として働くことにしたみたいだ。

 

 それと、ゴミ先祖と俺がひた隠しにしていた、メルトア戦以降の封印解除も、千代田とミカンに話す事になった。

 

「さぁ、キリキリ吐きなさい!」

 

『も、もう全部話しました…』

 

『な、何故オレまで…』

 

「ゲモンの行動は神原くんから聞きましたよ。観念してください」

 

「クロウさん!どうして早く話さなかったんですか!

 封印解除て! 封印解除って!! なんか、ちょっと羨ましいです!」

 

「あー……七つのうちの1つだし、シャミ子もいちおうちょっと封印解いてるんだろ?」

 

 ゴミ先祖とゲモンは、ミカンと千代田の魔法少女タッグによってしこたまぶち転がされている一方で、シャミ子に封印が解除された事を羨ましがられた。シャミ子も封印は解いているらしいんだけど、リリスさんの像が話せるようになっただけなんだって。

 

「でも、七分の一だからって油断は出来ない。神原くんが何ができるようになったか分からないと危険なんだよ。ラプさんその辺分かってる?」

 

『また魔法少女が襲ってきたら返り討ちにすればいい』

 

「返り討ち!!?」

 

「これは分かってないな」

 

「分かってないわね」

 

「もう30回転がすか」

 

『うわぁぁぁぁ待って! もう言わない!もう言わないからホギャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』

 

 ゴミ先祖がまた派手にブチ転がされた後で、千代田の標的が俺に変わったのか、急に掴みかかるように詰め寄ってきた。動物公園後のお説教をなんとなく思い出す。

 

「それで、神原くん? 何が出来るようになったの?」

 

「え、そんなの……分かるワケないだろ?

 そもそも、そんな全力出した時なんて、数えるくらいしか…」

 

「メルトアと戦った時。鍵で弄られた後、何か変化はあった?」

 

「…あ」

 

 その質問に対する答えに、心当たりがある。

 メルトアにトドメを刺す突破口になった、五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)だ。

 五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)。それは、片手の指先全てから、ほぼ同時にメラゾーマを放つという技である。その場のノリと、メルトアへの怒りで何とかできたものだと思っていたけど、ゴミ先祖が黙っていた事実を元に考えれば、今できてもおかしくないのかもしれない。……ちなみにちょっと恥ずかしかったから改名したかったが、ゴミ先祖とゲモン、更にはピエールにまで反対されたから叶わなかった。

 早速千代田に促されて、自宅の庭に出た俺はそんな五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)の再現を行って……

 

「……………出来ちゃった」

 

 俺が思っている以上にあっさりと出来てしまった。5本の指先にごうごうと燃え盛る、メラゾーマの火種をぽかんと見つめている。

 他の皆も、アサリ以上にあっさりした強力な魔法?の成功に絶句していたが。

 

「すごいすごい! カッコイイですクロウさん!」

 

「そうだね、かっこいいね。でもそれ以上に洒落にならない事が起こってるよ」

 

「…桃?」

 

「ミカン。あれ、できる?」

 

「出来る訳ないでしょ……あんなのやったら腕が壊れちゃうわ」

 

「「う、腕が壊れる!!?」」

 

 今の所指先が燃えている腕になんの違和感もないが、ミカンが放った爆弾発言に、俺は咄嗟に火を消した。シャミ子も一瞬で表情が驚きに変わる。

 っていうか、ミカンでも使えないって、この五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)はどんな代物なんだ!?

 

『クロウよ。メルトア戦と今ので確信したことだが……五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)、かなり無茶をした魔法だ』

 

「ラプさん?」

 

『そもそも、魔法は腕一本につき一発が大前提……なぜなら、それ以上に設定すると腕の負担が大きすぎるからだ。

 かつてのわが軍の中にも、魔法の同時発動を片腕でやった結果、晩年肩肘に爆弾を抱えるハメになったヤツが何人かいた。

 クロウよ。これ以降、片手の指で魔法の同時発動はやめておけ。特に5本指全てで…となると最悪、寿命が縮むレベルの代償を支払いかねんぞ』

 

「「「じ、寿命が縮む!?!?!?」」」

 

「お、おれあと何年生きられる……? あの1発と今ので数十年なくなったとかないよね……?」

 

『そこまで極端ではない。せいぜい1発放つごとに半年縮むかどうかであろう』

 

「十分すぎる!!!!」

 

 じょ、冗談じゃねぇ!?

 つ…つまり、俺はもう、メルトア戦のアレで寿命が半年も縮んでるって事!? ひぇぇーーーーー嫌すぎる!!!

 強力な魔法にあったシャレにならないデメリットを提示された俺は、俺が生み出して名付けた魔法に対して、もう二度と使うまいと心の奥で誓う。

 ミカンと千代田は見たこともない顔でゴミ先祖ににじり寄っているし、シャミ子はシャミ子で俺に掴みかかって揺さぶってくる。

 

「こわすぎる!こわすぎるからもうあの必殺技は使わないで!」

 

「言われなくてももう使わねぇよ!? 寿命削るとかヤダ!!!」

 

「ねぇ、桃…この(ひと)どうしようか。処す?」

 

「うん。もう30回転がすつもりだったけど、まだ足りてないみたいだしね」

 

『待て! 待つのだ魔法少女!!

 我とて後継者の寿命を縮めるマネくらい咎めるわ!!

 知らなかったの! 今の今までデメリットに確信が持てなかったの!!

 だからやめ―――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?

 

 

 ゴミ先祖が必死に弁明するのも空しく、千代田とミカンはあっという間に変身したかと思うと、手元の光を杖に叩き込んで、それを粉々の木屑にしたのであった。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 そんな後始末的なドタバタがあった後、俺はある日の学校でフブキに呼ばれた。

 何の用かと訊けば、教室に来てくれと言われ、その流れのまま『超常対策委員会』の教室に招かれた。

 チェスの準備をしながら、フブキは用件を切り出した。

 

「実はね、クロ君。君に、頼みたいことがあるんだ」

 

「頼みたい事?」

 

「たま市の外れにある遺跡……そこの供養をお願いしたいんだ」

 

 遺跡の供養?

 同級生から頼まれた、奇妙な依頼に思わず首をかしげた。

 

「私はちょっとしたツテで多魔市を含めたこの辺の伝承やら何やらを調べていてね。丁ある遺跡から暗黒神関連のモノがあるかもしれないという話が出てきたんだ。なので調査をしたいんだが……どうやらあそこ、出るらしいんだよ」

 

「で……出るって、何が?」

 

 そう尋ねると、フブキは意味深な笑いを浮かべて……しかし、何も答えようとしない。

 おーい、やめろよ。そういう、なんか意味深に引っ張るのは。ほん怖みたいな雰囲気になりかけてるじゃねぇか。

 フブキが黙りこくって、数秒が数十秒にも感じられる。やがて、ずっと注目していた唇が動いた―――と思えば、がたんと立ち上がりかっと目を見開いた。

 

「ゾンビ……骸骨……幽霊……

 この世のものとは思えないものがぁぁぁぁあああああっ!」

 

「うわっ!? ビックリした。

 …それにしてもゾンビとかオバケって、マジで言ってる? にわかには信じられないぜ」

 

「……ビックリしたって言う割にはリアクションが淡白じゃないか。ちょっとヘコむよ?」

 

「悪い悪い、オバケ系統も俺よりビビる人を知ってるからな………なんか耐性ついちゃったんだよね」

 

 俺のオバケ関連の耐性については、ミスターG耐性と同じく、超ニガテなミカンが隣でワーワー騒いで怯えてたのを見てたからか、ある程度は身につけている。なので、オバケそのものよりも、どちらかといえば急に出てくるドッキリ系の方が苦手だ。なんならいつだかミカンとお化け屋敷に行ったとき、お化けよりミカンの悲鳴の方にビビったまである。

 

「成程、陽夏木さんはオバケも苦手なんだね…」

 

「おい、フブキ。ミカンを怖がらせたらしばくぞ」

 

「恋人思いだね」

 

「まだ恋人じゃないっ!」

 

「でも、恋人いながら私の口元をじっと見つめるのも良くないよ。それは立派な浮気行為だ」

 

「違うっつってんだろ!!」

 

 ウガルルの件も相まって誤解はいまだ加速中だけど、俺とミカンはそんな熱い仲じゃないからな!?

 ゴミ先祖からもなんか言ってくれ!!

 

『任せろクロウ。よいか篇瀬吹雪よ。

 我らが闇の世界において、権力者が側室を複数従えるのは至極当然なのだ。

 我は性別の概念がないから良いとして、次期暗黒神たるクロウが側室を従えても、それは浮気には―――』

 

「なるに決まってんだろ!!

 フザけた援護射撃すんじゃねーよ!!!」

 

『ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?』

 

 誤解を更に深めそうなゴミ先祖を叩き折って始末したのち、フブキからの依頼内容を再確認して、俺は委員会の教室を後にした。

 ……これ、魔法少女に話したところで、協力をしてもらえるだろうか?

 

 

 

 

「「ええぇぇぇぇーーーーーっ!!? オバケェェェェッ!?!?!?」」

 

 ―――クラスに悲鳴が響いた。

 悲鳴の主……シャミ子とミカンは、腰の抜けた子鹿のように震えながらお互いを抱き合っていた。

 

「無理! 無理無理無理無理無理! ぜったい行かない!行きたくない!!」

 

「ゆ、ゆるしてください……ゾンビだけはゆるして…」

 

「人聞きの悪い事を言うなよ。別に無理矢理にでも連れてくってんじゃないんだ。

 嫌なら千代田や不二を当たれば良い。ただな……何があるか分からないから、戦える人が俺以外にいれば心強いってだけなんだよ」

 

 なんとなく予想はしていたし、片方に至っては案の定といったレベルで分かり切っていたことだが、最初にフブキの依頼の協力をお願いしたミカンとシャミ子は、全力で行きたくないと拒否を決め込んでしまった。ここまでされて、強引に連れていくほど俺も鬼じゃない。仕方ないから二人は不参加ということにして、俺は千代田のいるクラスに入って千代田に話してみた。

 

「それは…まぞくや暗黒神が関わっていることなのかな?」

 

「あー、それな。詳しく聞いてみたところ、どうも関係あるらしいんだよ。

 なんでも、暗黒神の信仰の拠点だった可能性が高いんだって」

 

『そう言う事だ、千代田桃よ。

 行きたくないなら拒否でも良いぞ?

 これから行く遺跡は、我が信仰されていた建築物……貴様も陽夏木ミカンのように、オバケに怯えて引っ込んでいるが良い!』

 

「分かった、そう言う事なら行くよ」

 

『行くのォォォォ!!!?』

 

 何でお前はついて来て欲しくなさそうな言い方すんだ、ゴミ先祖。

 とはいえ、千代田がついて来てくれるというのは有難い。オバケ嫌いなミカンの同行が望み薄だった以上、魔法少女がついて来てくれるのは頼もしいことこの上ない。

 あとは……不二だな。電話かけて、予定の空いてる日を聞いておこう。

 

『もしもし、不二です』

 

「よう、不二。神原だ」

 

『あら、神原さん。今日はいったい、どのような要件で?』

 

「実は―――」

 

 事情を説明する。

 暗黒神関係の遺跡の調査を受けたから手伝って欲しい。そちらも、暗黒神を追う身としては損はないはずだ、と。

 それに、会って直接話したいこともある。不二には、メルトアの一件で七賢者の封印が既に1個外れている事を伝えていない。こういうのは、顔を合わせて直接話すべきだろう。そっちの方が誠意が伝わりそうだし。

 

『成程。そういう事でしたら向かわせて頂きますわ。しばらく予定もありませんでしたし』

 

「おう。まぁ遺跡にはオバケが出るって噂もあるけど、所詮噂だし―――」

 

『お、オバケ!!!!?』

 

「魔法少女なら………不二さん?」

 

『す…すみません………その日は予定があるんでした…』

 

「え? いや、さっき予定はないって…」

 

『急用を思い出しまして……』

 

 う、ウソをつけーーー!!!

 マジかよ不二さん!? 君、まさか……ミカン同様、オバケ無理系の魔法少女なんですか!!?

 予想外の掌の返しようには、俺も驚きのあまり咄嗟に二の句が出てこない。

 で、でも……この状況で、不二の協力も得られないとなると、かなりヤバいぞ!?

 

「ま、待ってくれ! 今不二にまで断られると、行けるの俺と千代田の二人きりになるんですけど!!?」

 

「桃が二人きり!!?」

「クロが二人きり!!?」

 

『それが何だというのです! とにかく、わたくしは行きませんからね!!!』

 

 や、やばい。このままだと、本当に俺と千代田だけで行かないと行けなくなってしまう。………仕方ない。メルトアの一件をちょっと話して、それをネタに来てもらうしかないか…!

 

「不二、メルトアと賢者の封印の件で話が―――」

 

「不二さん! 来てもらうわよ!

 ここから狙い撃ちにされたくなかったらはよ来なさい!!」

 

「ミカンさん!?」

 

 な、急にどうしたミカン!!?

 俺からスマホをひったくるように奪ったミカンは、普段の様子からは考えられないような緊迫した様子でありえない脅迫を始めた。

 なぜイキナリ脅迫したんだこの魔法少女!? そんなことしないでも、メルトアの一件だけで釣れると踏んでいたのに!

 

「私の矢は掠っただけでも即死ものだからね!

 どれだけ逃げても無駄だと思いなさい!」

 

「おい! ちょ、何を言ってるんですか!!?」

 

『ひ、陽夏木さん!? 何を言って……』

 

「どうするの不二さん! 来るの?来ないの?

 っていうか来て! 来ないとぶっとばすわよ!」

 

「ホントになに言ってんだーーーーッ!!?」

 

『〜〜〜〜〜〜っ、あぁもう、わかりましたわ!

 行けば良いのでしょう、行けば!!』

 

 その返事を聞くやいなや、即座に電話を切ってやりきった……という顔をするミカン。やりきったじゃないからね。やらかしてるからね!?

 

「なんで脅したのお前!?」

 

「私とシャミ子の気が変わったのよ……行かせて貰うわ、その遺跡調査とやらに!」

 

「え?」

 

「その時に、一人でも仲間が多い方が良いじゃない!」

 

「………無理してないか?」

 

 オバケがGと同じくらいに苦手なミカンが、どういうわけかオバケが出る噂の遺跡調査に同行するなんてありえない事だと思ったのだが、何をもってあんな事をしたのかが分からない。

 

「ミカン、無理しなくても良いんだよ? 怖いなら、別に…」

 

「余計なお世話だ桃! 私もミカンさんも、行くと決めたら行くんです! オバケとかゾンビとか関係あるか!」

 

「そうよ! 不二さんも誘った事だし、みんながいれば怖くないわ!!」

 

「…………」

 

 誘ったというより、ミカンが脅したんだろう。

 でも、今ここで言っても何も変わらないし、ミカンもシャミ子も手が震えてるのにそんな事を……なんだか、自分を奮い立たせているかのように言っているのを見て、水を差すような事を言う気が失せたのだ。

 なにより、どんな形であれ不二が来てくれるのはありがたい………と思うことにしよう。メルトアの件は来てくれた時に話せばいいしな。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

「うぅ……嫌だわオバケなんて」

 

「大丈夫ですミカンさん…オバケなんて…オバケなんてただの妄想です!!」

 

「ゾンビはいたけどね。メルトアの世界に」

 

「「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!!」」

 

「…大丈夫か?」

 

 

 遺跡の供養決行日。

 俺達は、フブキに指定された遺跡に行くため、ミカンの両親の旧工場跡の前に集合していた。そこから行くのが、一番近いのだ。不二との集合場所も、ここに指定してある。

 参加者は俺と千代田、ゴミ先祖、シャミ子、ミカン、ウガルル………そして不二だ。リリスさんは朝のゴミ拾いの日課があるから不参加。スラリン達は例のごとく俺の家で留守番している。

 ただ、先日はその場の勢いで一緒に行くと決めてたらしいミカンとシャミ子は、やはり遺跡にオバケがでるかもしれないと思い震えている。

 そして千代田さんや、そんな様子の二人に、メルトアの絵画世界にいたゾンビの話を掘り返すのはやめて差し上げろ。せっかく決めた覚悟を粉々にする気か。

 

「うぅぅぅぅ~~~、なんでわたくしがこんな目に……」

 

「き、気にしないでください! 一緒にメルちゃんと戦った仲じゃないですか!」

 

「そうですけどぉ~………あ、名前、聞いてませんでしたわね」

 

「吉田優子です! シャドウミストレス優子としてまぞくをやっております!」

 

「不二実里、ですわ……活動名はプリンシスピオーネ…」

 

「かっこいいです! 必殺技はどのようなものがありますか? あと変身! 変身見たいです!見せてみて!」

 

「あ、あの、千代田さん陽夏木さん! この人押しが強くありませんこと!?」

 

「それが素のシャミ子だよ、諦めて不二さん」

 

 ほぼ初対面の魔法少女相手にあそこまで行けるのはすごいことだ。俺と不二のファーストコンタクトなんて、殺意マンマンで襲われたからな。

 それが今では一緒に遺跡調査に出かけようとしているなど、当時の俺やミカンは信じないだろうな。ミカンによると、不二は俺との出会いで考え方が変わったって言ってたけど、あんまり実感ないと言うか、何と言うか………

 まぁ、今はそんな事はいいかな。

 

「なぁ、そろそろ行こうぜ」

 

「「「嫌(です)!!!」」」

 

「……あのなぁ、俺は3人が怖がるだろうと思って、()()()()()()()()()()()()!?

 この時間帯なら、間違いなくオバケは出てこないだろうからな!」

 

 ぼちぼち目的の遺跡へ出発するのを拒否した3人に、腕時計をしっかりと見せつける。

 その時計の二つの針は、朝9時を指していた。陽が沈むどころか、陽が昇ってきたばっかの時間帯だぞ。

 

「オバケみたいなのは夜出てくるのが鉄板だろうが。少なくとも、俺は朝昼に堂々と出て回るオバケなんぞ見たことがない」

 

「ねぇ、早く行こう3人とも。早く行かないと…………オバケの時間が始まっちゃうよ?

 

「「「行きます!!!」」」

 

「脅すな千代田!!!」

 

 そういうやり方はあまりやりたくないんだよ!

 だがこの千代田の脅迫は恐ろしいほどに効果抜群で、シャミ子・ミカン・不二のオバケ苦手組(暫定)の足を動かすには十分すぎた。

 

「なァ、パパ」

 

「やめろってその呼び名……不二に聞かれたらどうすんだ………で、どうしたの?」

 

「なんデ、ミカンはおばけ?を怖がってるんダ?」

 

「………なんでだろうな」

 

 ウガルルが純真な目でミカンがオバケを怖がる訳を尋ねてくるが、こればっかりは俺にも分からない。別にミカンほどオバケが怖いわけではないからだ。ドッキリ系はビックリするけど。そうでなくても、怖い理由って、なんだか言葉で説明しにくい。

 

「怖いものは怖いのよウガルル!」

 

「ンガ…?」

 

 現に、オバケ怖い系魔法少女のミカンが、オバケが怖い理由を本人視点で語る。シャミ子がうんうんと無言の同意をしているが、ウガルルは勿論俺や千代田にも要領を得ない説明になっているな。うーん哲学。

 

「な、ななな情けないですわね、魔法少女ともあろう者が、お、オバケ程度に怯えるなんて…」

 

「不二さん、昨日遺跡行くの拒否ってたよね?」

 

「……あ、不二、ちょうどそこに幽霊が」

 

イヤァァァァァァァァァァッ!!!?

 どこ!! どこにいるんですか!!!?」

 

「うっそー」

 

「神原さんっ!!!!!!!」

「きさま、そういうの本当にやめろ!!」

「クロ!!次やったら張り倒すわよ!!?」

 

 不二が下手に強がっていたので、それを解きほぐしリラックスさせる意味でもちょっとしたジョークを言ってみたのだが、言われた不二だけでなく、シャミ子やミカンにもマジで怒られてしまった。 

 

「ふ、不二さん…オバケ、怖いんですか?」

 

「何が悪いのですか!! わたくしだって、キライなものくらいあります!!!」

 

「別に悪いとは言ってないでしょ……あ、シャミ子そこにっ―――」

 

ぎゃぁぁあああああああ!?!?!?

 

「―――段差あるから気をつけてって言おうとしただけじゃん」

 

「紛らわしいからやめてください!」

 

「………」

 

 ……いちおう言っておくが、これ、朝のやり取りである。日が沈んだ後の夜の出来事ではない。なのに、シャミ子は千代田の注意に勘違いして悲鳴をあげたり、不二は俺の幽霊報告(嘘)に震え上がっていたり、ミカンはいつ現れるか分からないオバケに戦々恐々としている。夜行ってたらこの3人死んでたんじゃなかろうか。

 

『クロウ、千代田桃……もしや貴様ら、ちょっと楽しんでるな?』

 

「「……………………」」

 

 ゴミ先祖の呟きを聞かなかった事にしながら、俺達は遺跡への道をどんどん歩いていった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで歩く事30分。

 地図を頼りに人気のない方向へどんどん進んでった俺達は、ついにフブキが言っていた暗黒神の信仰拠点疑惑のあった遺跡にたどり着くことに成功した。

 

「結構大きいね…」

 

「あの、すぐそばに祭壇とかありませんか!? すぐに供養して終わらせて帰りましょう!」

 

「ううん、多分そういうのは一番奥にあると思う」

 

「「「奥!!!!?」」」

 

 シャミ子はすぐさま帰りたいのか、遺跡の入ってすぐ辺りに祭壇があるといいなぁ~という期待を口にした。でも残念ながら、千代田の言う通りそんな都合の良い展開がある訳がない。

 

「フブキから入り口付近の地図は貰っているけど……描かれている範囲で、祭壇らしい場所はないんだよな」

 

「そんなぁ!?」

 

「っていうか、何この地図!? ホントに入り口付近しか描いてないじゃないの! 奥の方は!? そこまでの道のりは!!?」

 

「…自分で確かめて描けってことなのかな?」

 

「いやぁー! 嫌すぎる!

 なんで調べなかったの篇瀬さーん!!!」

 

「千代田、殿(しんがり)任せていいか?」

 

「良いよ、任せて」

 

 ミカンが地図の未完成さを呪う。

 でもそうしていても何も始まらないので、遺跡の中に入ってみよう。

 遺跡の中は、入る前の予想通りに暗いので、懐中電灯を点けて周囲を照らし、ところどころに備え付けあった、火の消えた燭台に明かりを灯していく。

 先頭の俺が明かりを確保することで、後ろのオバケ怖い系女子の恐怖心を紛らわせる事が出来るって寸法だ。3人の後ろでは千代田がしっかり見張っているからとりあえず大丈夫だと思う。

 まだ朝とはいえ遺跡は光を取り込まない設計なのか、中は明かりがないと本当に暗い。頻繁に立ち止まっては地図を書き、後ろを確認してついてくるのを待たないといけないな。

 

「おーい3人とも、ついてこれてるかー?」

 

「は、はい…」

「なんとか……!」

「わ、わたくしは大丈夫わたくしは大丈夫…!」

 

 カタンッ

 

「「「ひっっっっっっ!!!?」」」

 

「…ごめん、私がなんか蹴っちゃったみたい」

 

「もう、千代田さんっっ!!」

「心臓がフライアウェルかと思いますホントに!!」

「桃っ、それ以上やったらしばくわよ!!?」

 

 …3人に地図を任せる事も考えたが、それどころじゃなさそうだし。

 あまりに怯えすぎて、なにか蹴っちゃっただけの千代田に対して寄ってたかって詰め寄って責めている。早いところ祭壇を見つけてしまった方が良さそうだ。

 

「ま、待って、クロ……ちょっと、早い…!」

 

「!! そうか、悪い悪い。

 みんな的にも、ここには長居したくないだろうから急いだつもりだったんだが」

 

「神原くん、気持ちは分かるけど落ち着いて。

 ミカン達が怖がってる」

 

 ミカンの後ろから千代田の声が聞こえた。

 うーむ…確かに、俺は先を急いでいた。ミカンが怖がってるし、シャミ子や不二にとってもここはいち早く出ていきたい場所には違いない。だが、恐怖によって、足が竦んでいたみたいだ。

 事実、3人の足取りが遺跡に入る前よりもだいぶ遅いのに今になって気がついた。

 

 全員が到着するまでちょっと待っておこう。

 それまで、人数確認でもするか。これまで通ったところに敵どころか生き物らしい生き物なんて出てこなかったが、誰かいなかったら一大事だからな。

 

「1、2、3、4…………よし。ちゃんと6人いるな。誰もはぐれてない」

 

「こ、怖いこと言わないでよ…」

 

「大丈夫。オバケなんて出てこないし、今まで通った道は明るい。千代田もいるから怖がらなくていい」

 

「クロ…」

 

「神原くん、あのさ」

 

「どうした千代田」

 

「いま、自分数えた?」

 

「え?」

 

 やっと追いついた千代田が何を言うかと思えば、さっきの人数確認のことか。

 俺、千代田、シャミ子、ミカン、不二、ウガルル、ゴミ先祖だ。ゴミ先祖は俺が持ってるから、6人いれば良いハズだ。さっき数えたから、間違いないと思うんだけど。

 

『いいや、クロウ。さっき貴様、自分を数えてなかったぞ?』

 

「…そ、そうだったかな?」

 

「ラプソーン、怖い事言わないでくださいまし!」

 

 不二の言う通りだ。

 ただでさえ3人が限界に近いのに、変なことを言うな。

 疑惑を払拭するために、1人ずつ指差し確認しながら、もう一度数え直した。

 

 まず俺だろ。

 

 そして巻き角の生えたまぞく。

 

 桃色魔法少女。

 

 ビビりすぎて変身中のミカン色の魔法少女。

 

 同じくビビッてもう変身してる青色魔法少女。

 

 空を飛ぶ青いマント。

 

 頼もしき獣系の使い魔。

 

 

 うん。大丈夫だ、減ってない。減ってな―――

 ……………ん? なにかおかしい。そう思って、もう一度ゆっくり確認した。

 

 

 俺。

 

 シャミ子。

 

 千代田。

 

 ミカン。

 

 不二。

 

 宙に浮く青マント。

 

 ウガルル。

 

 ()()()()()()()()

 

 

「~~~~~ッ!?!?!?」

 

 目を疑った。二度見した。

 なぜならそこには……俺の仲間に紛れて、かなりボロついたマントと、錆びついた剣だけが、フワフワと浮かんでいたのだから。

 

「「「イィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」」」

 

 3色の悲鳴が、遺跡中に響き渡った。

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 いつの間にかいた青マントには驚いた。

 まぁ『驚いた』の一言で済まないくらいにビックリしたんだが……それ以上の大声でビックリし、その直後にそれどころじゃなくなってしまったんだ。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「もう嫌ァ、帰るぅーーーーっ!」

 

「待てミカン!不二!」

 

「うガーーっ!!」

 

 そう。あの青マントを見たミカン・不二・シャミ子があの場から逃げ出してしまったんだ。

 はぐれるワケにはいかないから追い掛け回したんだが、アイツ等が魔法少女だからか、まったく追いつける気がしない。ちょっとでも足を止めたら撒かれそうだ。

 やがてシャミ子と不二・ミカンで別々の方向へ逃げ始めたから、シャミ子を千代田に任せ、俺はウガルルと共に、ミカンと不二を追っている。

 

「くそ、早ええアイツら! 待て、話を聞け!」

 

『無理だな、今の陽夏木ミカンと不二実里にそんな余裕はない!』

 

 ゴミ先祖の冷静な分析の間にも、ミカンと不二は遺跡内を爆走していく。

 くそ、こういうことはしたくなかったけど仕方がない!

 ゴミ先祖の杖に力を込める。2人に放つのは……ゴッドサイド養鶏場で見て、ダイで練習しまくった、あの魔法!

 

催眠魔法(ラリホー)!」

 

 放たれた眠りの魔法は、渦を巻きながら2人の魔法少女に命中。これで二人とも眠ってくれればいいが……

 

「「…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」」

 

「だ、ダメか!?」

 

 一瞬だけ足が止まった程度で、魔法少女たちは意識を手放してはくれなかった。こ、こういう時に歴戦の魔法少女の耐性が足を引っ張るってどうなんだ!?

 じゃあ次はこれだ! あの2人はオバケ(?)を見た恐怖で思いっきり混乱している。なら………

 

精神回復(キアラル)!」

 

「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁー!」」

 

「き、効いてねぇだと!?」

 

『クロウ! 精神回復(キアラル)が効く混乱は魔法や麻薬が引き起こすものだけだ! ただオバケにビビり散らかしているだけのあやつらに効くわけがなかろう!』

 

「そうだったの!?」

 

 最近覚えた魔法だったのに、混乱を回復するって、そう言う意味じゃなかったのか!?

 マズい……こうなったら、どうすればいいんだ? 魔法で足を止めるにしても、ラリホーもキアラルも効かないなんて。世の中には速度低下魔法(ボミオス)とやらの魔法があるらしいが俺は覚えてないし、ラリホーの上位互換のラリホーマもまだ練習していない。ぶっつけ本番でしくじったら、その隙に2人に距離を離されてしまう。

 

「ウガルル! どっちか捕まえられるか!?」

 

「んがっ! ならオレ、ミカン押えル! あの青色魔法少女をたのム!」

 

「分かった!」

 

 止め方はいまだ分からないが、隣にはウガルルがいる。手を借りる以外の選択肢はないな。

 なにより早く落ち着かせないと、俺の体力が尽きる!!

 直接かけられる魔法は効果が薄い。なら、魔法の使い方を工夫すればいい! どんな形であれ、不二の足を止められれば良いんだから―――

 

氷呪文(ヒャド)!」

 

「あっ―――きゃあっ!?」

 

 不二の足元に、氷塊を生成し、床を凍らせる。すると不二は、氷塊に足が躓き、もう片方の足も氷に取られて滑る。そして……転ばせることに成功。その隙に、両手を押さえこめば―――よし。不二を確保した。

 

「んガッ!!!」

 

「ぐえっ!!!?」

 

 ウガルルも素の身体能力でミカンに追いつき、捕まえることが出来たようだ。

 後は落ち着かせて、千代田とシャミ子と合流するだけ…!

 

「は、離してください!」

 

「暴れんな。近くにいてくれないと困る」

 

「でも……!」

 

「大丈夫。俺に任せろ。俺達が、そばで守ってやる。

 だから……俺らのそばから離れるな」

 

「か、神原さん…!?」

 

 説得の甲斐あってか不二がおとなしくなった。

 立ち上がって周囲を見る………が。

 

「やば…」

 

「ひっ…」

 

 なんと、来た通路や前の通路から、オーソドックスなゾンビやガイコツ、真っ赤な包帯で全身を包んだミイラ男などがやってきていた。つまり……囲まれた。

 不二から恐怖の声が漏れ、ミカンからの反応がない。ちらっと見たが、あまりの怖さに気絶しているようだ。

 

「ウガルル! こいつらをぶっ飛ばすぞ!」

 

「コイツら、マズそう……」

 

「お腹壊すから食べちゃいけません! いいか、絶対だからな!」

 

「んがっ!」

 

 正直、ゾンビ軍団と戦うのは怖いからやりたくない。だが、後ろの不二とミカンは戦えそうにない。ならば、やらないわけにはいかないだろう。

 ウガルルだけに任せるというのも格好つかない。父親(違うけど、ウガルルはそう呼んでる)として、情けない姿は晒せないしな……

 

「食らえ! 閃熱呪文(ギラ)!」

 

「がぁぁっ!!」

 

「「「「あ゛あ゛あ゛……!?」」」」

 

 よし、効いてる効いてる。

 俺が放った地を這う炎がゾンビや赤ミイラ男達を牽制し、ウガルルがうろたえたそいつらをバラバラにする。

 メルトアの世界の道中で習ったことだ。ゾンビ系は火に弱い。ミカンに悪い事しようとする奴らは、全員焼き尽くしてやるぜ!

 

 しかし。

 突如、地面を燃えていた炎が凄まじい風圧に押されて消えた。

 

「お前…さっきの……」

 

「身のないマント男……!」

 

 空飛ぶ青マントだ。ミカンと不二を盛大に驚かした、あの青マント。風圧のもとはどうやら、コイツの古びた剣の一太刀だったようだ。

 只者ではないと察し、杖を向ける。剣を振り上げて襲いかかろうとするのだろうと思っていたが、青マントは驚きの行動に出た。

 

 なんと、剣を床に突き刺して、マントの裾を地面につけたのだ。マントそのものが空中から着地したかのように。

 

「………え?」

 

「んが?」

 

『こやつ、この姿勢………

 クロウ、マントと剣だけでかなり分かりにくいかと思うが…どうやらコイツ。“臣下の礼”をしているようだ』

 

「……は?」

 

『騎士が忠誠を誓う時に行う礼だな……大丈夫だ、こやつが危害を与えることはない。次期暗黒神として、応えてやれ』

 

「は?」

 

 ゴミ先祖が話すが、俺からしてみれば、全くもってついていけない状況だった。

 ……マジでどういうこと??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれクロウ! 次回はどうやら、遺跡のオバケ達の事情が明らかになりそうだぞ!




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 友達に遺跡調査&供養を依頼された次期暗黒神。オバケ耐性もしっかり存在しており、正気を失ったミカンや不二を(一応)捕まえている。とりあえず不二は落ち着かせた。

暗黒神ラプソーン
 ちよももやミカンに徹底的に制裁された暗黒神。五指爆裂弾(フィンガーフレアボムズ)という危険な魔法を覚えさせた疑惑をかけられるが、流石に後継者に寿命を縮める禁呪法を勧めるほど鬼畜ではない。しかし、弁明をする前にへし折られてしまった。まぁ日頃の行いが悪すぎて妥当ではある。

不二実里
 青色魔法少女。活動名をプリンシスピオーネ。そして、ミカン同様オバケ無理系魔法少女。どれくらい無理かというと、バイオハ○ードは勿論のこと、有名なホラーゲームが大体落ち着いて出来ない程無理。ミカンに脅されて遺跡調査に参加するものの、青いマントの亡霊(?)に精神がやられた。

篇瀬吹雪
 クロウに遺跡調査を依頼した一般ピーポー。オバケネタでおどかしたり、クロウをミカンとの関係でからかったり、浮気を窘めた(違)りと、お茶目さを出してみた。

ぼうれい剣士
 剣士の霊が、マントに取り付いた魔物。物理的な肉体が一切存在せず、見えない亡霊がマントを羽織っているかのように空中を浮遊している。剣技に精通しており、またいなずまを呼び出したり、それを剣に纏う事も出来る。拙作では、どうやらクロウに臣下の礼を始めた、それなりの実力者にも見えるが…?

がいこつ
文字通りそのまま、がいこつが動き出した魔物。古めのナンバリングからの古参モンスターで、タイトルによって武器を持ってたり持ってなかったりする。また、ルカナンを唱えて守備力を下げることもある。

くさったしたい
 読んで字のごとく、腐った死体が動き出した魔物。これといって変わった攻撃とかはないが、地味にタフなモンスター。仲間モンスターとしての名前「スミス」は界隈では有名。特に小説版ドラクエ5では、生前はイケメンだっただろって位に男気に溢れていた。

ブラッドマミー
 血を彷彿とさせる真っ赤な包帯をぐるぐる巻きにした、おぞましい色のマミー。見た目がミイラ男やマミーと比べてホラー方向に強化されたほか、呪いの玉を出して行動不能にしてくることもしばしば。



今回の呪文辞典

キアラル
・味方全員の混乱を治す。

ボミオス
・敵全員のすばやさを下げる。


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悪戯か超悪戯か!? 篇瀬吹雪の奇妙な超常依頼!……目覚めよ!新たなる仲間たちと少年の永遠のロマンたる、超巨大ロボ!!!

あけましておめでとうございます。
他の連載を優先してしまい、こっちの更新が遅れる時もありましたが、こんな亀更新でも「まちカド暗黒神」をよろしくお願いいたします。



今回のあらすじ

サージタウスが あらわれた!



 前回までのあらすじ。

 俺は調査依頼された遺跡で、マントと剣しか持ってない亡霊に臣下の礼をされた。……………どう言うことだ!? まるで意味がわからないんですけど!!!?

 

「え、え〜と……どうして、俺なんぞに礼を尽くすの?」

 

「……………」

 

『…喋れないか。何か、意思疎通のできるモノが必要だな』

 

「え、そんなこと言われても…」

 

 礼をするマントの真意を探りたいんだけど、あいにく手ごろなやつがないんだよな。ペンも紙も、地図描く用のしか俺は持ってきていない。他の人が持ってる可能性はあるけど、千代田もシャミ子もここにいないし、ミカンと不二はそれどころじゃない。ウガルルは色んな意味で論外だ。

 しょうがないから、地図の裏に書くように指示する。すると、青マントがペンを持って、渡した地図の裏に文字を書き始めた。

 なになに……

 

「『おまちしておりました あんこくしん』……!?」

 

『やはり、思った通りか…!!』

 

「お待ちしておりましたって、歓迎ってことなのか?」

 

『そうだろう。恐らく、このマントは既に我と貴様の正体に感づいているに違いない』

 

 そんなことがありえるのだろうか。

 だがしかし、事実目の前の青マントからは一切の敵意を感じないし、周りにいるゾンビ達もそれに従ってか襲ってくる気配がもうなくなってきている。

 それに、俺とゴミ先祖のことをあんこくしん………つまり『暗黒神』と言ったのだ。

 

「『あとへついてきてください』……?」

 

『深部への案内だろうな。奴らに敵意はない。行くぞ』

 

「んがっ!」

 

「ひぃぃぃ…! 無理無理無理無理!無理ですぅ…」

 

「落ち着け。無害らしいぞ、こいつら。

 というかたった今無害になったから大丈夫だ」

 

 ビビり散らかしている不二の手を引き、気絶してるミカンを背負っているウガルルがついてきているのを確認しながら、ふよふよ浮かぶ青いマントの背中についていく。

 もちろん不安はある。だが、危機察知に定評のあるゴミ先祖が警戒アラートを出していないのと、先程までの魔法少女のビビりっぷりをさんざん見ている身からすれば、今更この程度怖くもなんともない。

 靴が石畳をテンポよく叩く音しか聞こえない。しばらく燭台の火だけが光源の、仄暗い石の回廊を歩いていくと、やがて大きな広間に出た。そこは、まるで予めついていたかのように、謎の明かりが灯っていた。

 そして、驚くことに、そこにはなんと先客がいた。

 

「千代田! シャミ子!」

 

「神原くん」

 

「え! クロウさんですか!!?」

 

 ミカンと不二がビビって逃げたその時にはぐれた筈の、シャミ子と千代田だった。青マントについていく時に二人の事も心配していたので、案内された先にいたのは安心だけど…

 

「二人とも、どうしてここに?」

 

「シャミ子を捕まえた後で囲んできたゾンビ達をボコってね。どうしてこんなことをしたのか聞いたら、ここに連れてくるのが目的だったんだって。今来たところだよ」

 

『流石は脳筋魔法少女だな……』

 

「待って、そもそもアイツら会話出来たの?」

 

 ゾンビ達が話せたのが意外過ぎたが、千代田はここで暴れる気満々みたいだったから、それを止めて説明から始めることにした。

 もともとここが暗黒神の信者の拠点だった可能性が高い事。

 宙に浮く青いマントが、俺に敬礼をしてきた事。

 それに案内されるがままここに来た事。

 それを説明していくと、千代田も文明的な解決が可能だと分かったのか、ひとまず臨戦態勢だけは解いてくれた。

 

「暗黒神はアレだけど…神原くんの味方っぽいなら大丈夫かな。多分」

 

「いやぁ……わたくしはまだ怖いですわ…」

 

「ほ、ホントですよねクロウさん…? ここのオバケは襲ってこない…?」

 

 俺達全員が戦闘態勢を解いた事を理解したのか、青いマントは大きな広間の奥へ奥へと進もうとする。時折、こちらを振り向いて(マントの向きでかろうじて分かる)付いてくるよう促している。

 そうして付いていくと、やがて、下へと続く階段が見えてきた。青いマントは何のためらいもなく階段と降りていく。俺と千代田とシャミ子は顔を見合わせて、それに続いていく。ウガルルもそれに従う。不二だけは「いやぁぁ無理無理」と言って動こうとしなかったが、千代田の「じゃあ置いてくよ」の一言で黙ってついていくだけの機械と化した。鬼か。

 

「…不二さん? なんで俺にしがみついてくるんですか?」

 

「…………」

 

 あ、駄目だ。怖すぎて口がきけなくなっている。

 俺にしがみついているだけで精一杯そうだ。振りほどこうとしたら発狂するかもしれないから、そのままにしておこうか。

 そうして階段を下りていった先にあった広間。

 そこに広がっていたのは………

 

「こ…これはッ!!」

 

「っ…!?」

 

「な…な……」

 

 ブルーメタルなボディ。

 見上げる程の胴体の上に付いたモノアイの上からは、立派な黄金のモヒカンのようなヘルム。

 4本の巨大な腕。うち2本には立派なクロスボウとなっている。

 機械の馬のような下半身は、白銀の輝きが謎の明かりに反射されていた。

 それは、紛れもなく―――

 

「「ロボットだーーーーーー!!!!!!!」」

 

 ―――巨大ロボットだった。

 俺とシャミ子の声が重なる。

 

「すごい!すごいです!

 見てください桃! ロボット! ロボットですよ!!」

 

「千代田!不二!見ろ!!

 デカいロボットだぞ!! 乗れるかな!!?」

 

「うんそうだねロボットだね。分かったから落ち着いてね」

 

「の、乗れるんですかね!?」

 

「乗れると良いよな!!?」

 

「なんかちょっと二人ともウザキャラになってない!!?」

 

 何を言うんだ千代田。

 巨大ロボットはロマンの塊みたいなモンだろ。搭乗することができれば完璧だろ。

 シャミ子は分かっている。やっぱり、分かるやつには分かるのだ。千代田にはそこら辺分かってほしいし、不二に至ってはロボットアニメを紹介して見るよう促したのに、子鹿のように震えるだけだ。情けない魔法少女め。

 

 混乱している千代田と不二をどうしたものかと考えていると、青マントが筆談で話しかけてきた(?)。

 

「ん?なになに……『こちらはけっせんへいき、さーじたうす』……

 さーじたうす……サージタウスね。サジタリウスのもじりかな」

 

「いや、それより…決戦兵器!?」

 

 明らかに動揺して変身し、サージタウスに近づく千代田。

 それを引きずってでも止めようとする俺とシャミ子と青マント。

 俺に引きずられる不二。

 それを見ているだけのウガルルと背負われたまんまのミカン。

 

「神原くん!?シャミ子!? 何をするのかな!?」

 

「そりゃこっちの台詞だ千代田! アレをどうするつもりだったんだ!?」

 

「危ないから破壊する」

 

「「あれをぶっこわすなんてとんでもない!!!」」

 

「えぇ…」

 

 何てことをしようとすんだこの桃色魔法少女。

 こんな、洗練されたロマンの塊を目にできるチャンスなんて人生1回あるかないかだぞ。それを破壊するとは、どこまでも感性が終わっているようだ。

 確かに俺達はここにこんなロボットに会いに来たワケじゃなかったけれど、壊す必要などどこにもないだろうが。兵器としての使い道はなくとも、存在するだけで価値がある。

 巨大ロボットって、そういうモンだろうが……!

 

「えーとそうだ、そこの青マントの………名前訊くの忘れてた…えーっと…」

 

くらーく

 

「くらーく……クラークか。じゃあクラーク、これ乗れるのか!?」

 

「聞くところそこ!!?」

 

はい

 

「やったぁぁぁーーーーーーーーー! 乗れるんだ!!!!!」

 

「しかも乗れるんかいっ!!!」

 

 流石すぎる。

 サージタウス、俺お前の事好きだよ。まだ起動すらしてないけどさ。

 あと、ここまで案内してくれた青マント……改めクラークにも感謝したい。

 

「え、ええええええええええええっっ!!?

 く、クロウさん……乗るんですか?

 まさかアレに、乗るんですかッ!!?」

 

「乗っていいの? クラーク」

 

はい

 

「よっしゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」

 

「えーーーーーーーっ!? いいなぁーーーー!!

 ずるい!ずるいですクロウさん! 私も乗りたい!

 クラークさん! あのサージタウスってやつ、私も乗れる系ですか!?」

 

はい

 

「やったあああああああああああああああああ!!!!」

 

「シャミ子も乗ろうとしない! 小学10年生か!!」

 

「「痛い!」」

 

 鋭いツッコミと共に、俺とシャミ子の後頭部が衝撃に襲われた。

 見る者を惹きつけてやまない巨大ロボとそれに乗れると保証したクラークから振り返って見てみる。

 そこには、手を振り下ろした姿勢で、息を切らした千代田がいた。

 

「二人とも、ここに何しに来たのか分かってるの!?」

 

「え〜と……なんでしたっけ?」

 

 シャミ子は元々の目的が何なのか忘れているようだが、俺は違うぞ。

 ミカンと不二の暴走とか色々あったが、ちゃんとここに何しに来たかくらい覚えているとも。

 

「この巨大ロボの復活と現代の活用法を探りに来たんだろ」

 

「違う! この遺跡の供養に来たんでしょ!!

 というか発起人の神原くんが忘れてどうすんの! おばか!!」

 

 おっと、そうだった。

 もうちょっとで忘れるところでした。というか一瞬忘れてた。

 ロボットに乗りたい気持ちは100億%あるけど、ソッチは本来の目的を果たしてからにするか。

 

「なぁ、クラーク。

 俺達この遺跡の供養に来たんだ。

 遺跡の祭壇的な場所はどっかにないかな?」

 

 そう尋ねると、クラークはマントだけの身体で少し考える素振り(?)をし、ペンを取って何かを書き込んでいく。

 しばらくして俺達に見せた紙の、ペン先が示した場所には、こう書かれていた。

 

さいだんのま なら、このさきです

 ただし、さーじたうすをうごかして

 とおりみちをかくほするひつようがありますが

 

 祭壇の間なら、この先。

 ただし、そこへ行くためには、この巨大ロボット―――サージタウスを動かして道を確保する必要があるのだそうだ。

 それは…つまり。

 

「「ロボットに乗れるぞぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」」

 

「……はいはい、良かったね」

 

『アホだこいつら』

 

 まぞく二人の歓声が、どうにでもなーれと言わんばかりの魔法少女と暗黒神の呆れ声をかき消した。

 ちなみにウガルルは置いてけぼりだった。

 でもまぁ、そうと決まれば乗らないワケにはいかないよなぁ!!?

 

 千代田とウガルルを待機させ、俺とシャミ子と、あと何故か離れてくれない不二さんも、クラークに案内されながら、なんとかコックピットに辿り着くことに成功した。

 入っただけで電気のような何かで明かりがついた、メカメカしい内部のそれは、サージタウスの胸部………頭部よりもやや下にあたる。

 

「うおおおおおおおおっ!! 俺は今…ロボットのコックピットにいる!」

 

「すごいすごい! あとで代わってください!」

 

「………はっ!? ここは誰!?わたくしは何処!?」

 

 あ、なんか不二がようやく口を開いた。

 けどこれ重症だな。サージタウスから外に出た時が心配だ。

 お前は不二実里、ここはサージタウスのコックピットだと答えたが、場所を微塵も理解してくれなかったらしい。要するにガン○ムの中だと言ったら理解した。それは分かるのね。

 

「ど、どうしてこんな場所に……」

 

「遺跡の奥のさいだんに行くためにこのロボットを動かす必要があるからです」

 

「成程……」

 

「それで、クラーク。

 これどうやって起動すれば良いんだ?」

 

てがた、かお、なまえをとうろくしてください

 

「!!?…………きゅう」

 

「実里さん!!!?」

 

『馬鹿め、耐性もないのにぼうれい剣士など見るからだ』

 

 ……気絶魔法少女が一人から二人に増えた。

 俺に起動方法を教えようとしたクラークを近くで直接、ハッキリと見たせいだな。シャミ子が即座に支えに入ったお陰でコックピットにそのまま体を叩きつけることはなかったものの、これでは何もできないだろ。

 不二のことはシャミ子に任せてしまう形になってしまったが、後で席を代わることを約束して、何気に不二をディスるゴミ先祖と共に、初期設定を進めていく。

 

「しかし、手形・顔・名前か………高度だな」

 

『遺跡もかなり年季が入っていた。おそらく、闇の世界からやってきたヤツが、技術を持ってきたのだろう』

 

 このサージタウスってのが何年前に造り出されたのかは知らんけど、名前だけじゃなくて手形や顔まで認証に組み込まれてるってスゲーな。

 とりあえず、手形を認証する台っぽいところに置いて、反応を待つ。ピコンといい感じの電子音が鳴り、次は顔を認証してくださいと出てくる。

 

「よし、次は顔認証を……ぎゃっ!!?」

 

 顔を近づけようとしたところで、操縦席から弾き飛ばされた。

 何事かと思って、操縦席を見てみると……そこにはなんと、気絶している筈のミカンが座って、クラークを無視して顔認証を行っていた。いつの間に気絶から復活してたのか。

 

「おいおいおいおい!」

 

 すぐに顔認証をやめさせようとするも、ピコンという小気味のよい電子音が鳴り……名前の入力欄が出てきてしまった。

 

「ミカンさん何やってるの!!?」

 

「話は桃から聞かせて貰ったわ。

 クロに全部任せたら、勝手に起動されちゃいそうですもの。悪いけど、顔認証はさせてもらったわ」

 

「な、なんて事を!!」

 

「あと名前なんだけど、桃の名前を入れておくわね」

 

 そ、そんなことさせるか!

 ミカンの凶行をやめさせようとするも、気が付いたら千代田に押さえつけられていた。腕一本で。

 

「ち、千代田さんンンン!!?

 は、話してください!お願いします!!」

 

「駄目だよ。こんなオーバーテクノロジーロボット、簡単に起動させて良いワケないでしょ」

 

「シャミ子、助けて!」

 

「無理です! 停止ヒモを掴まれて、ミカンさんの元まで行けません!!」

 

 なんてこった。

 まぞく二人が、千代田に取り押さえられるだと!?

 しかもクラークは、登録さえしてくれれば良いと思ってるのか、止めてくれる気配がない。

 やがて、ピーッ、という音と共に初期設定が完了したことが伝えられた。嗚呼、俺のロボット……

 

「そんな顔しないの。こんなの、使う機会が来ない方が平和ってことだわ」

 

「そうだけどさぁ……そうじゃないの!!」

 

「どういうこと?」

 

「ロボットにはロマンがあんだよぉ…」

 

 それなのに、ミカンの顔や千代田の名前が無いと起動できないとかないだろ。

 名前の方はどうにでもなるが、顔認証は俺の顔じゃ突破できない以上、どうしようもない。

 だが、初期設定が終わったお陰か、コックピット内が妙に明るくなってきた。

 

きどうできました

 

「そうみたいだな……じゃあ、操作方法を教えてくれ。

 あ、そうだ。武装!武装はどのボタンだ、クラーク!?」

 

「今使う必要ないでしょ!?」

 

「でもサージタウスの弓超気になりませんか!?」

 

「絶対使わないわよね!?」

 

 そりゃ使わないけどさ。

 でもそこにあるだけで価値があるだろうが。

 改めて、歩く方法を教わって、レバーを倒してサージタウスを動かすことに成功した俺達であった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 サージタウスの間を抜けた先に見えたのは。

 何かの祭壇っぽい場所。その大部屋の空間を所せましと飛び回る、人魂的な何か。

 

「「ヒッ…!?」」

 

「落ち着いて。クラーク、あいつら誰か分かるか?」

 

ぜんいん なかま どうし

 

『全員、仲間、同志……つまりは我の信奉者か。

 後継のクロウがいるし、クラークも認めているから害はないだろう』

 

「……だとよ。害は無いから気をしっかり持て」

 

「うぅぅ………頑張るぅ…」

 

「ウガルル、不二を起こしてくれ」

 

「わかっタ」

 

 フブキの依頼の為に必要な場所まで来た俺達は、全員が気を持っていることを確認してから順番に入っていくことにした。

 まず先頭がクラーク。2番目に俺。その次にシャミ子。そして不二、千代田、ミカン、ウガルルと隊列を組んで、祭壇の間に足を進めていく。

 空飛ぶ人魂たちが、俺達を見て(?)せわしなくぐるぐる回っているのが見える。色めき立っているのか、それとも騒ぎ立てているのか……数が多いな。夜空の星並みに数があるぞ。………ごめん、今のなし。人魂を星に見立てるのはどうあがいても無理があった。でもそれくらい数いる。

 

 そんな数だけはいる人魂たちだが、あっちへビュンビュン、こっちへビュンビュン飛び回るだけで、こっちに対して何かしてくる気配が一切ない。ミカンと不二とシャミ子は怖いのかよく見ていないから分からないだろうが。

 とにかく、俺達が部屋に入ってから祭壇の目の前まで歩いていくのに、まったく妨害がなかったのだ。

 お陰で、すぐに祭壇の前まで行くことが出来た。

 

「…それで、これから私達は何をすれば良いの?」

 

「フブキから貰ったお供え物がある。

 それを置いたら、お賽銭入れて、普通に手を合わせるだけで良いんだと」

 

「ここでお参りやります普通!?」

 

「俺もそう思う」

 

 明らかに神社でお参りって雰囲気じゃないが、フブキが指定した方法なので、これで大丈夫だと思いたい。

 賽銭箱に向かって、小銭を放り込む。それと木がぶつかり合った、小さな音がやけにこの室内に響いた。

 フブキの指定した作法を終わらせても、何かが変わる気配がない。

 失敗したか……? そう思っていると。

 トンデモないことをぶっこむヤツが現れた。

 

「…いやに静かですわね…」

 

「……これでいいのかしら?」

 

「多分………」

 

『…つまらんな。誰でも良いから、なにか一発ギャグをせよ』

 

 そう。このゴミ先祖である。

 コイツ、こんな状態でボケられる状態だとでも本気で思っているのか?

 もうちょっと空気読む努力をしろよこの野郎。

 

『ここに集まってる我が教徒たちもそう思っているぞ。

 久しぶりに誰か来たかと思えば、お供えして祈って、え、もう帰るの?

 なんかしていってけよ、って思っている顔だぞ、アレ』

 

「そんな嘘に惑わされませんよ」

 

『嘘ではない。見て分からんのか、アイツらが退屈していたのを』

 

 いや分からんて。どう見ても人魂は意志なく飛び交っているようにしか見えないし、ゴミ先祖も俺らをダマして恥ずかしい事をさせようとしているようにしか見えない。いつも以上に真剣な口調をしている分ホントか嘘か見分けがつかねぇ。タチの悪い野郎だな。

 

「そ、そういうことなら…まぞく、一発ギャグ行きます!」

 

「シャミ子乗らなくていいからね」

 

「えー、まぞくの細かくて伝わらないあるあるシリーズ!」

 

「シャミ子?」

 

「『リラックス中に自分のしっぽをデカめの虫と勘違いしてびっくりダンシング』~」

 

「シャミ子!?」

 

 シャミ子は、ゴミ先祖の言葉を真に受けて、そのまま謎の一発ギャグを放っていった。

 それを見た人魂のリアクションは………………だめだ、表情どころか顔が存在してないからウケてるのかスベってるのかよく分からない。

 ただ、シャミ子の細かすぎて伝わらない一発ギャグをしたことで、雰囲気がなんとなく変わった事だけは読み取れた。

 

『……そこそこウケたな。大方、生前しっぽのあるまぞくだった魂でもいたのだろう』

 

「え、これウケてんの?」

 

『我の言う事が信用できんと言う気か?』

 

「うん。全く」

 

『コイツ…………分かっておるのか?

 しゃみ子のギャグが終わったら次は貴様だぞ』

 

「は?」

 

『なにを呆けておる。しゃみ子がそこそこいいギャグをしたことで、他の者の持ちネタも期待されてるぞ。クロウも何かやってやれ』

 

「いやいやいやいやいや……!?」

 

 な、なんて無茶ブリだ。

 この状況で、表情が一切分からないどころか人の形すら持っていない人魂相手に!?

 何かやれって、具体的に何を!?

 「何でも良い」が一番困るのは、当たり前の常識だろうが!

 

『早くしないか。この際、一発ギャグじゃなくても構わん、早くしろ!

 しゃみ子が身を削ってあっためた場が、冷えてしまうだろうが。

 この際マジックでも特技でもなんでも良いから!』

 

 そんなこと言われても…!

 ギャグじゃなくても良いから、なんて………あ。

 

「じゃあ…俺、花火打ち上げます!」

 

『出来るのか?』

 

「分からない。でも、出来なくはないと思う」

 

 アレだって火薬を使って打ち上げて、バーンってやる系だろう。

 だったら、爆発系の呪文を覚えてる俺なら、似たようなことが出来ても良いハズだ。

 

「いくぞ~………それッ!」

 

 真上に打ち上げた光が、やけに高い天井との間くらいにまで登り、そこで起爆させる。

 

 

 ―――ぱしゅ。

 

「あ……あれ…?」

 

 ……だが、それで起こったのは、綺麗な花火ではなく、地味で小さな火花だけだった。

 思っていたのと違う、地味すぎる花火に、全身の血の気が引いていく。

 ま、まさか…失敗した…のか!?

 

 気まずい。後ろを見れないし、人魂たちも見れない。

 ラプソーンの信徒だったとか言ってた以上、危害はないかもだけど、それでもこんなのって……

 

「ねぇ、クロがやりたかったのって、こんな感じ?」

 

「えっ」

 

 聞き慣れた声に隣を見ると、ミカンが指先からぽん、と光を放った。

 それは上へ上へと昇っていくと、パンと弾けて、綺麗な光の花を咲かせた。

 一瞬で消えたそれは、まさしく俺の記憶にある花火そのものだ。

 

「ミカンさんすごい!」

 

「す…すげぇ!!? どうやったの!?」

 

「ちょっとした攻撃魔法の応用よ。

 クロも良い線行ってたけど、爆発を意識しすぎたのかしらね」

 

 いつも通りに微笑むミカンを見ていたら、緊張感が吹っ飛んだ。

 もう一度、花火の魔法を撃ってみる。今度は、爆発を意識しすぎないように……!

 

 

 ―――パン!

 

「で…できた!!」

 

「ミカンのよりはちっちゃいけど、いい花火だね」

 

『流石だな、クロウ……人魂たちも応援しがいがあったと言っているぞ』

 

 良かった。

 この勢いに乗って、もう少し花火をあげてみよう。

 千代田の言う通り、ミカンのよりは小さかった花火だが、連射すれば………!

 

 

 ―――パン!パパパパパンッ!

 

「おぉぉぉぉぉ……! すごいすごい! クロウさんすごいです!

 いいなぁ…私も花火撃てるようになりたいです!!」

 

「帰ったら、うんと修行しないとね」

 

「綺麗……」

 

 花火大会とかでよく見る、連続して弾けるヤツの出来上がりだ。

 これには、人魂たちも激しく空中を泳ぐように飛び回っていた。

 それが、嬉しさからくるものであるものなんだということを、なんとなく感じた。

 観客は人間ですらなかった(というより、元、なのか?)けれど、喜んでもらえて。

 俺も、とても嬉しかった。

 

『さ、次は千代田桃と不二実里だな』

 

「え゛」

 

「わ、わたくしも!?」

 

『当たり前であろう。なに「自分は関係ないからいいや~」的な顔をしておるのだ。

 さっさと何かしないか』

 

「無茶ぶりすぎる!!」

 

『お~い、ラプソーン様の信徒たちよ!

 こっちの桃色と青色の魔法少女も何かしてくれるそうだぞ!』

 

「余計なことを言うなッ!」

 

「に、逃げ道が………」

 

 

 ゴミ先祖お前さぁ、良いトコロに水を差すなよ!!

 

 

 

◇  ◆  ◇

 

 

 

 全員分の宴会芸(?)が終わり、遺跡から脱出してフブキに詳細を報告。依頼は完了となった。

 ……え、千代田と不二の一発芸の結果? 言わないぞ俺は。

 そもそも、あの2人が日常生活において、何か面白い冗談を言ったり、エンターテインメント的な事をする魔法少女だっただろうか?………ってことだ。

 学校が違う不二は兎も角、千代田についてのその重大な事実に気付いたのは、全てが終わって、二人をけしかけた元凶たるゴミ先祖が、遺跡を出た直後に千代田と不二によって粉々にされた後だったのだ。

 正直、あの2人には申し訳ないことをしたというか何と言うか………後で何か個人的に埋め合わせがしたいと思える程にアレだった。

 

 フブキにサージタウスを報告した際には、目を輝かせて「是非詳しい話を聞きたいものだ」と迫られた。

 なんでも、サージタウスについては彼女も知らなかったらしく、今後はあの巨大ロボの研究対象に入れて、再活用できるかどうか検討していくという。武装や見た目などもかなりお気に召したようだ。

 

「エネルギーや武装関係も、調べておこう。

 復活できる日が、うんと近づいたといっても過言ではないよ」

 

「君は話が分かるなぁ………!!」

 

「クロ君…!」

 

「フブキ!」

 

 そんな勢いに任せた同盟も出来てたりする。

 

 

 …あと、この遺跡調査の後、大きな変化があった。

 

「マントがボロボロですね……これ、新しいマントに買い替えた方が良いでしょう」

 

そこを なんとか

 

「と、言われましてもですね、クラーク殿。生地もかなり年季が入って痛んでおりますし、無視できない傷もいくつかあります。無事な部分の方が少ない以上、致し方ないかと」

 

 ―――そう。クラークがうちに住み着くようになったのだ。

 うちのゴミ先祖が勝手に面接を行い、「近衛騎士」のひとりとして雇い入れやがったからだ。

 まぁ本人に悪気はないみたいだし、俺に話がいったとしても、なんだかんだ迎え入れていた気がする。

 だから、遺跡であった頃から身に付けていたマントをどうするかという相談をピエールに持ちかけ、やけに家庭的なアドバイスを受けているクラークを見ても、特に不満はないのである。あるとしたら俺に黙ってことを進めたゴミ先祖だ。

 

 ちなみに、クラーク加入に伴って、話すことが出来ないから小さなホワイトボードとペンを買い与えた。お陰で他の仲間とのコミュニケーションも取れているようで何よりだ。

 

「クロ~、グレープフルーツとシークワーサーいる?」

 

「お、ミカン! おーい、誰かお茶持ってきてくれ!」

 

『む、おーい、手の空いている者はいないかー?』

 

 俺とゴミ先祖の声に誰か反応したのか、コップ二つ分と急須が乗ったプレートが……

 

「あ」

 

「~~~~~~!!!?」

 

「おいクラーク、ちょっと待っ……」

 

 持ってきてくれたのは、クラークだった。

 ただし、彼は今、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 それはつまり……実体が見えないということで。

 はたから見れば、コップと急須が乗ったプレートがひとりでにやってきたようにしか見えないのだ。そのままお茶を淹れてしまえば、透明人間がお茶を淹れているかのような怪奇現象以外の何者でもない。

 

「――――――きゅ~」

 

ミカーーーーン!?!?!?!?

 

『耐性なさすぎだろコイツ』

 

 それを目の前で目撃したミカンは、しめやかに気を失い。

 俺は、大慌てでミカンの介護を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれミカンさん! ホラー耐性は、アウトプットをすることで慣れとして身に付いていくらしいぞ!

 

 




オリジナル&ゲストキャラクター紹介

神原クロウ
 遺跡にてラプソーンの信仰度と、ロマンの塊に会うことが出来た暗黒神後継。サージタウスに会うことが出来て光栄だと思っているし、いつの日か使う日を夢見ている。

暗黒神ラプソーン
 祭壇の間にて、人魂と化した信徒たちを楽しませるために、クロウ一行に無茶ブリをした暗黒神。それを乗り切った者もいたが、乗り切れなかった桃色&青色魔法少女によって粉☆砕された。でも、一向に懲りていない。

ぼうれい剣士/クラーク
 剣士の霊が、マントに取り付いた魔物。物理的な肉体が一切存在せず、見えない亡霊がマントを羽織っているかのように空中を浮遊している。剣技に精通しており、またいなずまを呼び出したり、それを剣に纏う事も出来る。拙作では、かつてラプソーンを信奉していた剣士の魂として登場。クロウ達を案内した後、そのままクロウの家に住み着いた。食事いらずのコスパ最強の身体(!?)をしている。「クラーク」という名前は、ドラクエ8のスカウトモンスターの名前から。

サージタウス
 キラーマシン系とよく似たブルーメタルボディとモノアイを持つ巨大な機械の人馬。胸元にいて座のマークがある。「ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカー2」に登場し、問答無用先手を取れる特性やマイナス補正のないスキル構成、そして何より秀逸なデザインから、登場時からトップクラスで有名モンスターになった。以降のモンスターズシリーズでも、ほぼ登場している。
 拙作では、暗黒神の信者の遺跡に眠っていた、決戦兵器として登場。平和の世であるたま市において、兵器としての出番は来ないか当分先。ちなみにだが、サージタウスは活動報告から来ていたリクエストを採用して登場した。


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