ソードアート・オンライン ある鍛冶屋の物語 (DNA)
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本編
第一話 それしか能が無い


はじめまして。

色々と至らぬところもございますが、楽しんでいって頂ければ幸いです。


 ゲームが“遊び”から“サバイバル”に変わった日から二ヶ月が経過したある日。

 

 一緒にログインし、ここまでなんとか生き残ってきた友人はこの世界からの脱出を願い、ゲームクリアを目的とした集団である<攻略組>への参加を決意した。

 一緒に行こうと言ったアイツの誘いを断って、俺は現実への帰還よりも武器製作への探究心が勝っている旨を伝える。現実ではありえない事が起こりうるこの世界ならば、“あの剣”の製造や使用が可能なのではないかと...。

 もし完成したらお前に一番に譲るという約束を交わし、「期待せずに待ってる」と言ったアイツに手を振って別れた。

 

 それからしばらくして、俺は他店では扱わない特殊効果付きの武器専門鍛冶屋としてそこそこ名が売れ、ぽつりぽつりと固定客もついた頃に事件が起こった。

 

 <ラフィン・コフィン>と呼ばれる殺人ギルドの討伐。

 

 その際討伐隊にかなりの犠牲者が出たと聞く。

 正義感の強いアイツも勿論参加していた。そして俺が作った<傷枝剣・残針(しょうしけん・ざんしん)>という武器により殺されてしまった。

 この剣は斬りつけた標的に対し、刃に取り付けられた枝のような針が突き刺さることで残り、継続ダメージを与える武器である。設計思想はフランベルジェに近い。

 本来の用途は前衛が効率よく敵モンスターのヘイトを稼ぐ為のギミックだが、対人戦での使用した場合、解毒等で解除できない継続ダメージによる残虐な攻撃が出来る。

 

 痛覚が現実とは比べ物にならないほど鈍いこの世界でも、解除不能の持続的なダメージによって自分のヒットポイントゲージが削れていく様がプレイヤーに与える恐怖は想像を絶する。

 他にも類似したギミックを持った俺の製作した武器は残虐性を好むラフコフの連中に愛用されていたようで、アイツ以外にも俺の製作した武器により殺された討伐隊メンバーは多かったようだ。

 

 謝罪や弁明をするよりも早く、この事実は商売敵により広く流布され、俺に対する誹謗中傷が殺到し、謝罪後も犠牲者の友人達の怨恨は晴れる事はなかった。

 街中で見知らぬ連中に囲まれそうになった時、俺は考えるよりも先に店に戻らず、人気の少ない第二十二層へ逃げ込んだ。そしてフィールド上にある森の中に隠れ住んで幾月か経つ。

 

 名が売れて、得意げになり、碌に客を視て売らなかった俺のせいで被害者達は要らぬ苦痛や恐怖に塗れ命を散らしてしまった。この事に対し森の中で一人、罪悪感から何を為すべきかを考えていた。

 

 しかしいくら考えても死んだ彼らへ何か償いが出来るとは思わないし、遺族の怨恨を一身に受け止めて命を散らそうというヒロイックな精神も持ち合わせていない。

 ならばせめて、アイツとの約束ぐらいは守ろうと、再び“あの剣”を製作するという結論に至ったのはこの世界に捕らわれて二年がたったときだ。

 アイツの墓前に供える為に...。

 

 現実では存在せず、だが物語には良く登場する誰にも作れなかった架空の武器“蛇腹剣”。

 カッターナイフのように複数に分断した刀身をワイヤーによって繋ぐことで剣としての切れ味と鞭としての中距離攻撃性能を兼ね備えた剣。

 鞭使いだったアイツの為の武器だ。

 

 

 

 まず取りかかったのは店に置いてきた資材や資料の回収だった。相当の時間放置していた為、どうなっているかは分からないが、少しでも何か残っていることを期待してプレイヤーが寝静まる深夜に忍び込んだ。

 所有権が切れて他者の侵入を許した店内、全ての物は奪われたのか、それとも壊されたのか、何も残っていないように見えた。

 そんな中ただひと振りの剣が地面に倒れているのを見つける。ぱっと見の外見は何の変哲もないバスタードソード。だが、この剣は蛇腹剣製作の為に、ただひたすらに耐久力の高さだけを求めて実験的に製作したひと振りだ。

 

 名を<インドミタブルソード>という。

 

 意味は折れぬ剣、不屈の剣といったところか。

 性能的には要求筋力の割に攻撃力が低く使いにくい代物で、武器としては失敗作である。しかしその耐久力が幸いしてか、これだけは破壊することが出来なかったらしい。

 俺はそれを回収すると、足早に店を出た。

 

 次に向かった先は第五十層アルゲードにあるエギルの雑貨屋だ。

 上層での掘り出し物が多い彼の店にはよく素材の購入に訪れたものだ。彼からの依頼で何本か武器も納品した事もあった。

 そしてあの事件以後も俺の身を案じてくれた数少ない人間でもある。

 

 一階にある店の明りは落ちているが、二階の居住スペースの明かりが付いていたので店の扉をノックする。

 すぐに一階の明かりが灯り、懐かしい強面が姿を現す。その顔が驚きに染まりつつも即座にエギルは俺を店内に招き入れてくれた。

 

「あれからぱったり連絡が途絶えたもんだから心配したぞ」

 

 そう言って店の奥から銅で出来たカップを2つ、コーヒーを入れて持ってきてくれた。

 

「こんな時間に突然訪ねてきて悪かった、だが昼間に出歩ける身じゃなくなっちまったんでね」

 

 遠慮なく木製の椅子に腰かけると顔を隠していたフードを脱ぎ、熱いブラックに口をつける。鼻孔に広がる香ばしい豆の香りとえぐみの少ない爽やかな酸味が緊張した意識を解してくれる。

 

「生存報告に来たって訳じゃないんだろう?」

「嗚呼、少々入用になってね、お前ぐらいしか頼れる奴がいなかった」

 

 そう言って必要な物資をまとめたメモをエギルに渡す。それは俺が再び剣を鍛える為に必要な物である。

 

「あんな事があって、まだ剣を作るか...」

「それしか能が無い。それに作るのは友人に供えるひと振りさ」

「...そうか」

「済まんが代金はこれで頼む」

 

 そう言ってアイテムストレージからある鉱石をとり出す。逃げ出した際に肌身離さず持ち運んでいたS級素材の一つだ。

 

「S級の上物じゃねーか。いいのか、また作るんだろう?」

「なに、それはレイピア用でもう不要な代物だ。俺が今作ろうとしているやつには関係ない」

「お前の店にはもう行ったのか?」

「嗚呼、コイツを残して綺麗さっぱり無くなってた。今さら俺の銘が入った武器を使おうなんて奴はいないだろうから壊されたんだろうがな」

 

 自嘲気味に笑いながら背負っていたインドミタブルソードを差し出す。

 

「すまんな、お前の私物を回収してやりたかったんだが...」

「エギル、お前だって客商売してるんだ。態々店の看板に傷つける必要は無いよ」

 

 外見とは裏腹にこの男の性根は酷く優しい。利益の殆どを中層ゾーンのプレイヤーの育成支援に注ぎ込み、本人も一流の斧使いとして前線攻略に何度も赴いている。

 そんな男だからこそ、今こうして俺の急な訪問に対し嫌な顔一つせず迎え入れてくれたのだ。

 

「不屈の剣か...お前らしいな」

 

 エギルは俺の差し出した剣を鑑定し終えると改めてメモを見る。

 

「六日、いや四日で揃える、それまでどうする、俺のところにいるか?」

「いや、そこまで迷惑はかけられないよ。それまで今の武器製造情報がどうなっているか調べたいしな、少々見て回るさ。素材に関して追加発注するかもしれない、その時は頼む」

「分かった、ちょっと待ってろ...」

 

 そういってエギルはウィンドウを操作すると最新の素材リストを俺に転送してくれた。更にメモに何やら書き記して俺に差し出す。

 

「俺の知り合いの鍛冶屋だ、信用出来ると思うから覗いてみるといい」

 

 そこにはこう書かれていた。

 “第四十八層主街区リンダース<リズベット武具店>”と。




この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。


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第二話 何故あんたは

エギルからの紹介で<リズベット武具店>を訪ねようとするある鍛冶屋の御話。

独自解釈が入っていますのでご注意を。


 あれから俺がエギルの店を出て第二十二層のねぐらに戻る頃には朝日が顔を出していた。昼前まで惰眠を貪った後、昨日渡されたメモに再び目を通す。

 この時間なら大抵のプレイヤーは狩りに出ている頃合いだ。鍛冶屋や武器屋の繁盛時を外れていれば他人に発見される確率は低いのではないだろうかと頭を掻きながら思案する。

 手早く寝袋を畳み、野宿アイテムを全部アイテムストレージに放り込むと足早に主街区に向けて歩き出した。

 歩きながらコンソールを操作し、アイテムストレージから<砂漠の民のマント>を装備する。

 多少の熱気耐性こそあれ、防御性能が無いに等しいが、全身を覆う深い茶色のフード付きのマントは容姿を隠すにはうってつけだ。

 取引やパーティ結成要請、決闘など行わなければ基本的にプレイヤーの名前が割れる事は無いとはいえ、どこで俺の顔を知っている人間と出会うか分からないとあれば用心するに越したことは無い。

 一見すると怪しさが勝る風体で注目を集めると思われる格好だが、自分の容姿にコンプレックスがある人間の数は多く、そういった人間はあの日を境にこのような格好で自身の姿を隠している事が少なくない為か現実ほど怪しまれない。

 かくいう俺も自身の容姿にコンプレックスがあるのでこの格好は一石二鳥といえよう。

 

 

 昼過ぎには主街区の転送広場に到着し、エギルのメモを見ながら目的の場所へ向かう。

 

 第四十八層主街区<リンダース>、緑と街の随所に流れる小川、それを跨ぐ石造りのアーチ橋や水車付きの白塗り家屋が並ぶここは現代日本では到底お目にかかれない風景を作り出している。

 この層に店を構えた主人はよっぽどこの景色を気にいったのだろう、どこの家屋を見ても売値は200~400万コルと顔が引き攣る価格設定だ。賃貸物件も俺の店の賃料の5倍はする。

 当時は利益の殆どを素材費用に費やしていた俺には到底手が出せん...等と考えていると<リズベット武具店>と書かれた看板を発見する。

 どうやら無事に目的の店に辿りつけたようだ。一応索敵スキルを使用して店内を窺い客がいない事を確認する。

 静かに店の扉を開いた...つもりだったのだが壮大にドア・チャイムを鳴らしてしまう。

 後悔先に立たず、フードの中の顔が自分でも分かるほど歪んだことを認識するのと店の奥から檜皮色のパフスリーブに純白のエプロンを着た童顔の少女がピンク色の髪をたなびかせ、笑顔と共に出てきたのはほぼ同時であった。

 

「リズベット武具店へようこそ!」

 

 明るく利発そうな良く通る声が耳に届くと反射的にフードを深く被り直す。

 これは反則だろ!女性に対して免疫の無い人間はひとたまりもない。無愛想に接客をこなしていた俺とは大違いだ。

 

「両手剣、それと鞭はどこに...」

 

 たどたどしく訊ねると笑顔は崩さずにこちらになりますと案内される。

 だが、同業者だから分かる。瞳の奥では冷静にこちらを値踏みしている。今頃彼女の頭脳は俺のおおよそのLvや所持金を計算している頃だろう。

 案内された場所にあるのは比較的安価だが使い勝手が良さそうな武器が並んだ場所だった。品質も問題ない。この店舗を購入出来るだけの腕は伊達では無いようだが、安く見られたもんだ。

 まぁ、間違いではないが...。

 

「すまないがここにあるよりも耐久と切れ味のバランスがいい両手剣と最高クラスの耐久度を持った鞭を見せてほしい」

 

 武器から女店主に顔を向けると先ほどまでの笑顔はどこへいったのやら、怪訝そうな顔つきに変わった彼女が視界に入る。

 

「同業者相手に一方的に手の内を晒すほど私は御人好しじゃないわよ?」

 

 なるほど、彼女の観察眼は大したものだ。

 

「どうして分かった?」

「鑑定が早すぎるのよ、これだけ上げてるとなると普通のプレイヤーじゃないわ」

 

 後は鎌掛けね、あっさり認めてくれたみたいだけど、と続ける。これには両手を上げるしかなさそうだ。

 

「すまない、少し製造の現場から離れていてね。現状がどうなっているか見てみたかったんだ。帰れと言うなら引き上げるよ」

「別に見せないとは言ってないわ。そうね、私が納得するだけのあんたの製作物を見せてくれたなら良いわよ」

 

 しばし思案を巡らす。俺の作った武器を見せるということは俺の銘も見せるということだ。

 あの事件から大分時間が経過したとはいえ、未だに俺に恨みを抱いている人間はいるだろう。俺がここに来た事を彼女が誰かに知らせたら...。嫌な考えが頭を過ぎる。

 

「俺の知り合いの鍛冶屋だ、信用出来ると思うから覗いてみるといい」

 

 エギルの言葉を思い出す。

 それに彼女の作った武具を見れば彼女の人となりも多少は分かる。これが外れたなら俺に人を見る目が無いということだ。

 

「分かった、だが人目に付くのはあまり好きではない」

「いいわ、工房に案内する」

 

 結局はエギルと自分を信じることに決めた。

 長い隠遁生活のお陰で索敵と隠密スキルが鍛えられている。いざとなれば逃げ切る自信もあると自分に言い聞かせ、接客をNPCに任せた彼女に続いて店の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 明るくおしゃれな店内とは打って変わって石造りの無骨な部屋に通される。

 恐らく外の水車から動力を得ているであろう回転砥石と良く使い込まれている金床、赫灼と炉が燃える光景は赤の他人の工房とはいえ強い郷愁を感じてしまう。

 

「本当に鍛冶からは離れていたみたいね、懐かしい?」

「俺の工房はこんなに小奇麗じゃなかった」

「そりゃどうも」

 

 先ほどまで初対面だった人間同士だというのに、それを感じさせないのはひとえに彼女の能力だろう。

 

「さて、それじゃあ早速見せてもらいましょうか。あんたの自信作をさ!」

「それは構わんが、一つ約束してくれ」

「なによ」

「俺と関わった事は口外しないでくれ」

 

 自分の為でもあるし、彼女の為でもある。

 人間の憎悪というものはロジックから外れた動きをするものだ。何が起こるか分からないならば、何も起きないようにすることが安牌といえる。

 訝しがる彼女も好奇心には勝てなかったのか、了承した。

 

「とはいっても手持ちは殆どなくてな、これともうひと振りしかないが...」

 

 そういって背負っていた両手剣<インドミタブルソード>を差し出す。

 

「重いから気をつけて」

 

 という忠告が意味を為したかどうか分からないが、彼女は取り落としそうになりながらもなんとか堪えることに成功した。

 落としたところでコイツが壊れるとも思わないが、鍛冶屋の意地だろう、しっかりと保持したまま製作机に丁寧に置くと鑑定を始める。

 

「すっごい要求筋力値の割に大した事の無い攻撃性能ねぇ...ってなにこの耐久値!?まるで大盾、いや壁盾クラスじゃない!まったくどういう用途で製作したのよ...銘は...!?」

 

 武器の性能が表示されたポップアップウィンドウから顔を上げ、驚愕の表情で俺を見る。

 

「あんたが...Eule(オイレ)だったの」

 

 彼女の口から零れた、独語で梟を意味する俺のあだ名から作った名前。

 

 福田一郎(ふくだいちろう)、略してフクロウ。

 中学時代に今は亡き友人が俺をそう呼んでいた。俺もそれを気にいってハンドルネームとして採用したのだ。結果大学生となった今も相変わらず使用させてもらっている。

 

「俺の悪名もまだまだ轟いているようだ」

 

 俺は自嘲気味に笑って答えると被っていたフードを脱ぐと仰々しく口を開き名乗りを上げる。

 

「では改めまして、私(わたくし)は梟奇剣廠(きょうきけんしょう)が主、オイレと申します。以後お見知りおきを」

 

 

 

 SAOの武器製造方法はいくつかある。

 一つめは素材から単純に製造する方法。二つめは既存武器に素材を放り込む事で強化・改造を施す方法。

 そして俺が得意としている三つめ、複数の武器同士を掛け合わせることで別種の武器を製造する方法だ。

最初の二つと比べるとリスクの割に性能の伸び代が少なく、掛け合わせる前の武器よりも性能が下がる事が多いこの方法に手を出す鍛冶屋は少ない。

 これの成否を決めるのは掛け合わせた武器同士の設計理念や構造を読み解く必要性がある。つまりある程度の設計能力が無ければ売り物レベルの武器は作れないのだ。

 現実で工科大学に通っており、機械設計が多少は行える俺は他の一般的な鍛冶屋と比べるとこの能力に秀でていた。これも一種のシステム外スキルである。

 俺はこれを利用して探究心任せに数多の奇剣・珍剣を作り販売していたのだ。

 

 

 彼女は少し思いつめたような表情を浮かべると、ポッドから琥珀色の液体をカップに注ぐと俺の前に無造作に置いた。

 

「あんたに会ったら聞こうと思っていた事があるの」

 

 そう言った彼女はアイテムストレージからひと振りの片手剣を取りだす。

 俺はそれをエギルの店で飲んだものとは違う香りを漂わせるコーヒーを味わいながら机の向こう側にいる彼女の紡ぐ言葉を待つ。少し酸味が強く感じられたのは豆の違いか、それともこの場の空気のせいか。

 

「かなり前に知り合いの雑貨屋で手に入れた剣でね、私はメイス使いなんだけれど手に取った時、吃驚するほど手に馴染んだの」

 

 彼女の手にある剣の刀身は薄い蒼色が滲んだ金属で、木製の柄はブラックウォールナットのような重硬で、美しい木理と艶を放っていた。

 

「なんでも中層クラスのプレイヤー用に何本か仕入れた扱いやすさ重視の片手剣って言うじゃない。私に話が来なかった悔しさもあったけど、持った瞬間に納得しちゃったわ」

 

 そう言ってその剣を俺の前に差し出す。

 

「この剣を作った人はどんな人なんだろうって、銘を見て驚いたわ。普段はもっと違う武器を作っている人だったんだもの」

「懐かしいな、馴染みの店の主の依頼で作った物だ」

 

 それは紛れもなく過去に俺が鍛えた剣だ。エギルからの依頼で十数本納めた、中層プレイヤーが使う為だけの、いつかは捨てられる為の剣だ。

 

「何故あんたはあんな禍々しい武器を作ってラフコフに売ったの?」

 

 そう、それは彼女の様な人の為に武器を作る鍛冶屋には分からないであろう事、故に彼女は何故にと問うた。ならば俺は故にと答えるだけだ。

 

「その問いに見合う答えかどうかは分からないが...」

 

 俺は手の中で遊んでいたカップを机に置く。

 

「元々は人に使われる事なんて考えてなかったんだよ。探究心から効率良くモンスターのヘイトを稼ぐ、効率良くモンスターを弱らせる、その為にどうすればいいかと考えて作った武器だった」

 

 今度は彼女が黙って俺の話に耳を傾ける。コーヒーの入ったコップを掌で抱えながら。

 

「そのうち奇剣作りで名が売れて、天狗になった俺はひたすらに作った。作った後は勝手に売れていくものだと思うようになって、気がついたら工房に籠りきって客を見ることは少なくなっていった。...ラフコフの連中が愛用していたのを知ったのは全てが終わった後だ」

 

 答え終えた俺は深い琥珀色の液体に視線を落とす。

 

「それで罪悪感から作るのを辞めていたのに、何故また武器を作ろうとしているの?」

 

 同じ鍛冶屋だ、俺が消えた後の事はお見通しという訳か。

 

「俺の作った剣によって殺された友人と交わした約束を果たす為、アイツの墓前に供えるひと振りを作る為だ」

 

 落としていた視線は気がつけば彼女の眼を見ていた。彼女も瞳をそらさず、こちらを覗き込んでいる。

 

「それで今の製造界隈がどうなっているかを調べる為にここに来たと...。これは光栄と思うべき事なのかしら?」

「腕のいい鍛冶屋がいるという紹介を受けてね。確かに評判通り、腕も心も、そして良く客を見る良い鍛冶屋だ」

 

 俺も君のようになれたら違っていたのだろうかと出かかった台詞を飲み込むと彼女の顔に笑みが戻る。

 

「あんたが名乗って私が名乗らないってーのは失礼よね。リズベットよ」

 

 店の名前見てるなら分かってる事だろうけどと続ける彼女の台詞を遮るように店舗側からドア・チャイムが鳴るが接客NPCがいるからか彼女は表に出ようとしなかった。

 しかし、索敵スキルを上げている俺は気が付いている。今入店した人物は一直線に店の奥、つまりは俺達がいるここを目指しているプレイヤーだということに。

 

 咄嗟にフードを被り直すと、部屋に入ってきた時に確認しておいた裏口へと駆ける。後ろで彼女が何かを叫んでいるようだが、俺の耳には入ってこない。

 店を飛び出し、走りながらも隠密スキルを駆使して逃げる。

 店に入ってきた人物は俺を追跡してはこないようだったが、別方向から接近するプレイヤーをギリギリ探知する事が出来た。俺の居場所を正確に把握して、かつ俺の探知にひっかかるかひっかからないかということは両方のスキルが相当高いプレイヤーのようだ。

 これでは俊敏性があまり高くない俺では追いつかれるのも時間の問題だろう。

 主街区でのPK行為は基本的に出来ないが、例外的な方法は既に何個か発見されている。

 転移結晶は持っているが、これは緊急時以外は使用したくない。何分長い隠遁生活で貯金は裕福ではないのだ。

 

 そしてここで今更ながら自分の迂闊さを呪った。リズベットの店にインドミタブルソードを忘れてきたのだ。

 仕方なくアイテムストレージから俺が持っている最後のひと振りを呼び出し装備するべくコンソールに指を走らせ、<イミテイトソード>と表記された“鞭”を取りだした。

 

 これは鍛冶屋時代に“蛇腹剣”に最もにじり寄った作品だ。

 

 俺は雑木林に飛び込むとイミテイトソードを構え、すぐ後ろにまで迫った追跡者との遭遇に備えた。




この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

ここで主人公の名前が登場します。
初対面の人には名乗らないと失礼ですからね。

また次話にて御目にかかれれば幸い。


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第三話 それが通用する世界でない

オイレは追撃してきた謎の人物と相対する。
自身よりも能力が高そうな相手に、一体どう立ち向かうのか。

オリジナルのソードスキルが出てきますのでご注意を。


 雑木林に飛び込み追跡者との接触に備える。

 視界の開けた街路で騒ぎを起こして人を集めたくないと考え、視界を遮る配置物が多いこの場に踏み込んだが吉と出るか凶と出るか。

 通常アンチクリミナルコード有効圏内ではPKこそ出来ないが、攻撃によって相手に衝撃を与え吹き飛ばすことは出来る。その際回廊結晶を使用し、強力なモンスターが蔓延るエリアや襲撃者の仲間が待ち構えているPK可能エリアへ移動する場所へ叩きこむ事が出来る。

 通称<ポータルPK>と呼ばれる手口だ。

 現在の追跡者は一人だが、街中で俺に怨恨がある人間に発見されたら加勢されかねない。一対一ならば防ぎようがあるが、多対一をこなせるほど俺は強くない為、増援が呼びにくく、包囲され難いこの場を選んだのだが...。

 

 数瞬の後、黒い影が飛び込んできた。そして悠然と、しかし一分の隙も無く俺に相対する。

そこにいるのは全身を黒衣に包んだ剣士だ。

 まだあどけなさが残り、濡羽色の美しい黒髪が中性的な顔立ちをより引きたてる。

なんだ餓鬼じゃないかという思考を彼の物腰や目つき、発する殺気によって即座に否定した。

 これではまるで紛争地帯の少年兵だ。俺が同じ年齢のときはもっと年相応に能天気だったと思うと少し悲しくなる。

 15歳以上推奨という年齢制限があるSAOはプレイヤーの平均年齢が比較的高い。俺が過去に接してきた連中は自分と同じぐらいか、自分よりも年上と思われる人間しかいなかった。しかしながら今相対している少年は、その誰よりも強く危険だと俺の脳味噌は判断を下す。

 今日出会ったリズベットといい外見や年齢など当てにできんなと自嘲する。

 

「俺に何か用か?」

 

 臨戦状態のまま問う。問答でこの場が収められるならそれに越したことはない。

 

「知り合いの店から不審人物が飛び出してきたんだ、問い質したくもなるさ」

「確かにそうだが、ただ話をしていただけだ」

 

 少年に気圧されて、じりじりと後退する。俺を追跡してきた速度を考えれば、この距離は未だ少年の間合いだ。

 嫌な汗が噴き出しているような不快感が全身を伝う、衝動的に逃げ出したい欲求に駆られるが、これはナーヴギアが俺の脳味噌に与えている欺瞞情報だ、落ち着けと自分に言い聞かせなんとかこの場に止まる。

 

「だから見逃せと?」

「疑わしきは罰せずは刑事裁判の原則だろう?」

「それが通用する世界でないことはお前だって分かってるだろうに」

 

 距離を取る俺に対し、少年はその場から動かずにこちらを見据える。

 

「あまり表に出たく無い身だ。近寄るなと言われれば二度とあの店には近付かない。それじゃ駄目か?」

 

 現状で時間は俺にとっての敵でしかない。目標を果たせなかったことは口惜しいが、早めに譲歩する。俺にはまだやりたい事がある、ここで目立つ訳にも、死ぬ訳にはいかない。

 

「それをお前が守るという根拠は?」

「無いな、だが俺も信用できない人間に自分を明かすことはしたくない」

 

 これ以上の譲歩は無いことを告げる。右手に<イミテイトソード>を構え、左手には転移結晶を握っていることを再度確認する。

 最悪の場合、一戦交えて、隙を見て五十層辺りに転移、再度別階層を経由して二十二層に戻るか...と思案しているとプレイヤーが二人こちらに接近してくることを感知する。

 

「...リト...く...」

 

 という声に少年の耳が反応した。感情表現がオーバーに行われるSAOでは些細な反応も隠す事は出来ない。関係者でない事を祈ったが残念ながら外れたようだ。

 

 咄嗟に地面を蹴って後ろへ跳ぶ。黒衣の剣士がそれを見逃すはずもなく、投擲剣を放ち牽制してきた。正確無比な軌道で俺の身体に投擲剣が吸い込まれる。だが、その程度の攻撃では動きを止めるだけの衝撃にはならないと判断する。

 迫りくる投擲剣を無視して、構えていた右手のイミテイトソードを横なぎに払えるよう自分の後ろへと振るう。その行動を阻害することも出来ず、青白いエフェクトに阻まれ投擲剣は地面に落ちていく。

 それを見越して彼は俺の着地点へ爆ぜるように地を蹴る。牽制だけして終わりならばそれは牽制ではない。次にとる行動を成功させる為に相手の注意を逸らす攻撃を牽制と言うのだ。

 そう、彼は自身の俊敏性を最大に利用し一気に彼我の距離を詰める為に地面を“蹴った”。俺はそれを確認すると彼が自分の間合いにも入っていないにも関わらずイミテイトソードを左になぎ払う。そして人差し指にかけていたトリガーを引く。

 刀身と柄を固定していた留め金が外れ、振るった方向へ慣性の法則に従い刀身が飛び出していく。

 地面を蹴って跳んでしまったが故に急激な方向転換も、衝撃を受け止めて踏ん張る事も出来ない彼へ向かって刀身が迫る。咄嗟に反応した彼は、黒い片手剣でそれを受け、襲いかかった刀身を叩き落とす。

 恐るべきはそれだけで終わらず、彼はその衝撃を利用し更にこちらに向けて跳躍してみせた。何という豪胆さだろうか。

 

 だが、イミテイトソードは“剣”ではなく“鞭”だ。

 

 既に地面に着地している俺は、踏ん張りを利かせ右上方へと振り、人差し指で引いていたトリガーを離し、刀身に繋がれたワイヤーを巻き取ることで刀身の直撃ポイントを操作する。。

地に落ちた刀身は柄に繋がれた金属製のワイヤーに操られ再び空中にいる黒衣の剣士に襲いかかる。

 しかし彼は振り返る事をせず、身を捩り再び黒剣で刀身を受け止めた。流石にこれ以上滞空することは不利と悟ったか、受けた衝撃を極力逃しつつ着地すると息を切らした様子もなく再び黒剣を構える。

 俺は巻き上げを完了したイミテイトソードを再度構え対峙した。

 

 一対一ならば防ぎようがあるだって?思い違いも甚だしい。こちらは既に手の内を晒してしまったが、彼は何一つ見せていない。初撃のアドバンテージを失った俺に、あれほどの技量を持つ男と対峙し続けることは不可能だ。

 今の剣戟の音を聞きつけて増援がここへ来る前に、一刻も早く目の前の剣士を吹き飛ばした隙に転移で逃げる。その為に次の一撃で勝負を決めるしかない。

 最後の一撃、俺はこの<剣を模造している物(イミテイトソード)>に相応しいソードスキルを発動する予備動作に入った。

 

 鞭のソードスキル<シャープ・シザーズ>。

 

 戦闘機が空中で行う機動(マニューバ)から名付けられたこのスキルはその名の通り鞭が鋭い蛇行を行い、残像と本体の軌跡が交差しながら相手に4連続攻撃を行うというものだ。

発動後の隙は少なく、攻撃回数も片手剣の同クラススキルと比較すると多い。

 一見優秀そうに見えるが、元々攻撃力が少ない鞭ではダメージの伸びは悪い。だが鞭としては攻撃力が高いイミテイトソードならばその道理は覆る。

 そしてこのスキルの予備動作は片手剣のソードスキル<サベージ・フルクラム>と同一モーションとなっている。

 

 恐らく、俺の持つ武器が特殊な機能を持ったものであることは相手も気がついているだろう。しかし、この武器の本質までは理解してはいないはずだ。射出機能がある片手剣程度に思っていれば勝機はある。

 何せ目の前にある武器は片手剣の姿をしているのだから。同一動作から放たれる全く別種の技、対応を誤れば直撃し、吹き飛ばされる。

 俺の構えを察し、ならばと黒衣の剣士が持つ黒剣にも光が燈る。

 今この瞬間だ、反射にも似た一閃の思考、俺の腕が撓る。茜色に輝く鞭がシステムの力を借りて瞬間的に加速。それに呼応し黒剣も動く。

 

 予備動作は終わり、ソードスキルが発動する瞬間、意志とは無関係に指はトリガーを引き、刀身に込められた殺意が相手に向かう。

 もう遅い、黒剣がイミテイトソードをいなす動作を行うが放たれた刀身の動きを止めること叶わず。

 

 サベージ・フルクラムと読んで対応したのが仇となったな!

 

 俺は準備していた転移結晶を起動させるべく目的地の詠唱を行おうと左手を口に近付けようとした。だが、転移することは出来なかった。

 俺の身体は凄まじい衝撃を受けて吹き飛び、背後の大木に激突することで止まる。

 何が起きた!?痛覚こそ無いが思考は止まる。そして突きつけられた黒剣によって語られるのは俺が負けたという事実。

 敗北を受け入れたお陰で冷静になったのか、右手の違和感に気付いた。右手に握られているはずのイミテイトソードがない。

 

「<武器破壊(アームブラスト)>...か」

 

 俺を見下ろす剣士に問う。

 

「そうだ」

 

 そっけない返答だが、こんな芸当が出来るプレイヤーが果たして何人いるのやら。

 確かに下手な二択をするよりも、端から武器破壊一択に狙いを絞る事は正しい。付け加えるならば、イミテイトソードの耐久値は低く、この戦闘を長引かせることを躊躇った要因の一つでもあった。

 

「キリト!」「キリトくん!」

 

 駆け寄ってきた二人の人影に眼をやる。一人はつい先ほど俺が飛び出してきた店の女主人であるリズベット。

 もう一人は、流石の俺でも知っている。攻略組トップクランの<血盟騎士団>副団長、“閃光”のアスナだった。

 

「なるほど、俺は人を見る目が無かったようだ...そういうことか...」

 

 殺人ギルド<ラフィン・コフィン>討伐を主導したクランの副団長自らお出ましとは俺も大きく見られたもんだと自嘲的に笑いながら呟く。

 しかし帰ってきた返答は俺の予想とは別の答えだった。

 

「へ?私あなたなんか追ってないけど?」

「...は?」

 

 俺は盛大に間抜け面を晒し、全てを理解したリズベットはため息を吐く。俺に剣を突き付けていたキリトと呼ばれた男は既に剣士の顔では無く、年齢相応の少年の顔に戻っていた。

 

 

 あれから、すぐにリズベット武具店に戻り、工房内で4人コーヒーを啜る。

 

「つまり、アスナさんとキリト君が結婚するに当たって報告に来たと...そしたら突然工房から怪しい人影が飛び出した」

「何かあったと思ってアスナにリズベットを任せて追っただけで、貴方を捕まえるつもりなんて端っからありませんよ、オイレさん」

「結局過敏に反応したあんたが事態を複雑にしちゃったわけ、いきなり工房に飛び込もうとしたアスナもアスナなんだけどねぇ」

「う~、悪かったと思ってるわよ~」

 

 うな垂れる“閃光”、あっけらかんと笑う“黒ずくめ”、呆れ果てた“童顔少女”という三者三様の反応にすっかり毒気を抜かれてしまった俺。

 既に俺の過去の事は彼らに話した。納得したかどうかは分からないが、理解はしてくれたようだ。

 そしてまさかキリトも過去に、ラフコフ討伐で俺の剣に相対していたとは、世間は狭いもんだ。

 

「逃げ隠れに慣れちまってな。まぁうん、すまんかった。あ、今さらながらご結婚おめでとうございます」

「あ、どうも...いや、不用意に追い掛け回した俺も悪いです。それと、剣壊しちゃってすいません...」

 

 こうやって照れる様を見ている分には先ほどまでの凄まじい殺気を放っていた人間とはまるで別人としか思えない。

 しかし彼、キリトが噂で聞いていたトッププレイヤー“黒ずくめ(ブラッキー)先生”だったとは、つまるところ戦闘という手段を選択した時点で俺の敗北は決定していたと言える。

 まったく、外見じゃ人間分からないもんだ。

 

「何、あれは本来作るべき物の過程で出来た代物だ。作り方は覚えているし、元より壊れやすい欠陥品だよ、気にする事は無い」

「あたしには到底作れない物を欠陥品呼ばわりとは梟さんも中々御人が悪い」

 

 リズベットに睨まれて言葉に詰まる。キリトへの慰めなんだ、揚げ足を取らないで頂きたい。

 

「そ、それにしても面白い仕掛けの剣...いや鞭でしたね!俺も闘っててツイ熱くなっちゃいましたよ、ははははは」

「私も見てみたかったなぁ~聞いた事無いよ、剣みたいな鞭なんて」

「本当は私が先に見るつもりだったのに、こいつはまた他人の武器を叩き壊すんだから。ちょっとは鍛冶屋(つくりて)の気持ちを考えなさいよ」

 

 自然と頬が緩むのを感じる、久々に流れる穏やかで平和な空気と自分の作った物への評価。どちらもここ最近は縁の無かった物だ。

 

「...それじゃあ、もう一度お見せしようかね。リズベットに見せると約束したのだし」

「リズでいいわよ、それにあんたもう手持ちの武器無いんでしょ?素材から作るもんだったの?」

「片手剣と鞭、一本づつ貰ってもよろしいか?何、高価なものじゃなくて大丈夫だ」

 

 一瞬渋るも、了承を出すリズベットに感謝した。そうして俺とリズベットは店内に行き、中級品が置いてある棚から片手剣と鞭を吟味する。どれもこれも中級品とは思えない高い品質を誇るそれらの中から一本づつ、適した物を手に取ると工房へ戻った。

 アイテムストレージから大判の紙と製図用の木炭を取りだすと作業机の一角を借りて図面を起こしていく。概算が出来たところでリズベットの製作した武器を再度鑑定する。

 この武器の設計理念、用途、特性、そして製作時の作り手の心理。それを読み解きながら自分の頭の中に入っている設計図に修正したものを紙へ再び描いていく。

 カリカリと小気味良い音が工房に木霊する。リズベットもキリトもアスナも一言も発する事無く俺の作業を見ている。最初は慣れない環境で緊張したが、製図に取りかかれば周囲の事など気にならなくなり、30分程で図面自体は完成した。

 後は二つの武器を組み合わせるだけだが、こちらはシステムがオートマチックに実行するので即座に終わる。

 リズベットの作った二つの武器を金床に乗せ、アイテムストレージから二つの武器を融和させる触媒素材を取りだす。この3つの組み合わせが正しければ、出来あがる武器は図面通りの性能を発揮するはずだ。

 

 リズベットからハンマーを借り受け、素材を武器で挟んだ物を叩く。彼女の理念を捻じ曲げないように、その一心で叩く。

 探究心で作るのではなく、人の為に作る。

 俺の脳味噌はこんなことを思ってハンマー叩いても、システムがそれに答えると考えてはいない。だが、俺の心は自己満足でいいじゃないかと一心不乱にハンマーを叩かせた。

 

 10回目、形が崩れた武具同士が光り輝き融合エフェクトがかかる。

 エフェクトが収束すると皆が見守る中、そこには再び<イミテイトソード>が現れる。

 外見こそキリトに折られた物と全く同一だが、ステータスは比べ物にならないほど上昇している。なんと全てのステータスが計算した理論値以上の数値を叩きだしていた。

 単なる製作時のランダム要素で当たりを引いただけと言われればそれまでだが、彼女の理念が宿ったからこそ“本物”の<イミテイトソード>が産まれたのだと思いたい。

 

「これが、あんたの最高傑作?」

 

 後ろからリズベットに声を掛けられる。

 

「現状...での...だ...」

 

 俺は精神的な疲労から近くの壁に寄りかかり、たどたどしくそれに答える。ふぅーんと素っ気なく答え、リズベットはイミテイトソードを弄り回す。

 それを今度はアスナに渡すと、壁にへたり込んでいる俺に近づき彼女は笑顔で言い放つ。

 

「いいわ、あんたに見せてあげる!私の最高傑作を!」




この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

自身の及ぶ範囲で原作破壊にならない様に極力努力はしたつもりですが、果たして成果は表れたのだろうか?

また次話にて御目にかかれれば幸い。


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第四話 くだらないものなんかじゃ決してない!

 オイレの<イミテイトソード>を見たリズベットが応える。
 その“剣”に負けぬ“剣”をご覧に入れましょうと...。


「いいわ、あんたに見せてあげる!私の最高傑作を!」

 

 壁にへたり込んでいる俺に向けて笑顔で言い放つリズベット。一瞬何のことかと惚けてしまうが、元々俺がここに来た目的を思い出す。

 笑顔というものは本来攻撃的なものだと誰かが言っていた気がするが、確かにこれは強烈な精神攻撃(マインドアタック)だ。

 

「御眼鏡に適いましたか、鍛冶屋(ブラックスミス)さん?」

「ええ、それはもう。その生意気な鼻っ柱へし折って差し上げますわ、鍛冶屋(ブラックスミス)さん」

 

 俺の[挑発/隠蔽工作]に対して更に攻撃的な笑顔で返答し、リズベットは店内へと去って行く。「それに御代は既に貰っていたしね」と背中越しにつぶやく彼女に苦笑する。義理堅いというかなんというか。

 

「ブラックスミスって皆こうなのかしら...」

「さぁ?単に二人が負けず嫌いってだけじゃないのか?」

 

 言ってろ。

 

 ややあって店内から一本の鞭を持って来たリズベット。彼女は俺の「あれ、両手剣は?」という疑問を口が発する前に人差し指を立ててこういった。

 

「悔しいけど、あの両手剣を見れば私の作った両手剣を見る必要は無いわ。おそらくあんたの期待には応えられるだけの物はウチの店には無い」

 

 そういうと<イミテイトソード>を弄っていたキリトを強引に引っ張って俺の前に連れてくる。「なんだよリズ、まだ見てるのに...」と不貞腐れるキリトなどお構いなしだ。

 

「<エリシュデータ>と<ダークリパルサー>を出して」

 

 キリトは背中に背負っていた黒い片手剣、俺のイミテイトソードを壊した剣をリズベットに渡すとアイテムストレージから更にもう一本の純白に輝く片手剣を取り出す。全身黒ずくめの彼には不似合いだな等と思いつつも、まずは差し出されたエリシュデータを鑑定する。

 手にズッシリとくる重量感に相応しい攻撃力と耐久度、ドロップ品の中でも相当の上物、いや魔剣クラスの代物だ。

 これを基に一本生成してみたい...という欲求をどうにか押さえ込む。別に俺の作った武器を潰したこの剣を製造という名の行為をもってこの世から永遠に抹消したいという意味ではない、あしからず。

 その思考がSAOの稼動しているサーバーを介してキリトに伝わったのだろうか、鑑定が終わると彼はそそくさとエリシュデータを装備しなおし、背中の鞘に収めてしまった。

 

「あんた、今すごく悪い顔してたわよ」

「顔が悪いのは元からだ」

 

 次は白い片手剣を受け取る。Dark Repulser、<闇の撃退者>いや、<闇を祓うもの(ダークリパルサー)>といったところか...。

 これが彼女の最高傑作らしい。銘に刻まれたリズベットという名がより一層誇らしく映し出されているように思えた。

 先ほどの魔剣に勝るとも劣らないステータス、これだけを見ても彼女が一級の鍛冶屋職人であることの証左となろう。

 だが、この剣を持ったとき先ほどの魔剣には無い“暖かさ”を感じた。そして、それは彼女の作った他の武具達とも異なる感覚だ。恐らくは彼の為だけの剣なのだろう。ちらっとリズベットの方を見ると視線が合った。彼女がすぐに逸らすところを見るとそういうことなのだ。

 鑑定を終えて丁重にキリトへ返す。

 

「いい剣だ、俺には作れん。キリト君、大事に使えよ」

「やけにあっさり認めるのね」

 

 好敵手のあっけない敗北宣言に拍子抜けしたかのような反応を見せるリズベット。

 

「俺は“そういう気持ち”で剣を作ったことはないし、今のところ“そういう気持ち”を込める人間もいない」

「な゛っ!?」

 

 SAOでは感情表現がオーバーになる仕様を最大限に利用した俺の反撃に燃え滾る炉もかくやという顔になるリズベットと鼻をかくキリト、頭にクエスチョンマークを浮かべるアスナ。

 

「どういうこと?」

「何、彼女がいかに素晴らしい鍛冶屋かということを褒め称えているだけさ」

「それは当然よー!なんたって私がもっとも信頼する友達なんだから!」

 

 アスナの<究極神拳(フェイタリティ)>が決まりダメージは更に加速、いやリズベットのライフはとっくに0になっているから、そこにはズタズタにされたピンク髪の乙女がいた。が正しいか。俺は彼女に力なく握られていた鞭も鑑定し、いまだに動けぬ彼女に近づきこう囁いた。

 

「ジュースをおごってやろう(大人を舐めるな)」

 

 

 その後リズベットに襟首をつかまれた俺は工房の裏口から外に叩き出され、決闘を申し込まれる羽目になる。初撃決着モードだったのは彼女が心優しい乙女である事の証であり、彼女の性格に付け込んで大人気ない真似をした俺は人の風上にも置けない屑野郎です。

 彼女の鬼気迫、もとい美しいメイス捌きに一歩も動けず一撃で半殺、もといヒットポイントの半分を持っていかれるという恐ろしい目に遭いましたとさ。

 

 

「で、結局参考になったわけ?」

 

 ヒットポイントが回復しきってない状態の俺が町のNPC商人が経営する雑貨屋で購入した果物の搾り汁を啜りながら問うリズベット。調子ぶっこき過ぎてた結果を十二分に味わった俺はそれに応える。

 

「おかげさまで、なんとか8通りまで組み合わせを絞り込めた。鞭の形状や耐久度から逆算すると<ノブレス・ローズブランシュ>か、さっき見せてもらった<スピリットオブエッジ>と同系統を使用するのがよさそうだ。」

 

 右手に持った木炭で大判用紙かかれた数多の計算式と文字の羅列から蛇腹剣が製作出来そうものに印をつけていく。

 

「特に<ダークリパルサー>を見せてもらったのは大きいね。ここに書かれた数値を見てもらえば分かるけど合成時の武装ステータス差異によるジャンル分別を行う閾値の穴に大分迫れた。両手剣だとステータスは満たされるんだけど、鞭と相性が悪くてな。どの融合補助素材使っても駄目で、正直もうお手上げだったところだ。ただそのままでは使えないから何かしらの加工かこいつの原料素材を使って別の剣を...っと失礼」

 

 俺は顔を計算用紙から上げると、矢継ぎ早に喋るあまりついて来れなかった面々を視界に捕らえて赤面する。

 

「つまり、リズベットのお陰で今まででは考えられないぐらい蛇腹剣が製作できる可能性が高まったってこった」

 

 ちなみにこれが経験則から導き出した合成製造時に使う秘伝の略式な。と別の紙にそれを書いて3人に渡す。

 

「なるほど、この式の結果が±2未満の範囲になると合成した武器の双方の属性を合わせ持った武器が出来るわけですね」

 

 そう言ってキリトは俺が書き殴った方の紙を見ては頷きながら俺の理論を理解し始める。頭の回転はかなり速いようだ。

 基本的にゲームというもののステータス関係は四則演算が出来れば求めることができる内容であることが多い。何故ならば複雑にしすぎるとプログラム製作時にバグが出やすくなるだけでなく、プレイヤーの理解と回答が得られなくなるからだ。

 ゲームとは製作者からの問いであり、製作者はプレイヤーからの答えを求める生き物である。ナーヴギアによる圧倒的臨場感と今までに無い体感型戦闘が可能なMMORPGであるソードアート・オンラインでもそれは変わらない。

 “遊び”ではないが、これは“現実”ではなく“ゲーム”である。

 様々な要素に非常に緻密なランダム要素が入るが、各種判定に使用される根幹は到って単純なものが多い。

 

「大雑把に言うと直刀系と曲刀系の剣を合成して日本刀を作ると思ってくれればいい。実際そこでの経験でこの式を導き出した訳だ」

 

 比較的合成製造での難易度が低い日本刀の製作、それを4ヶ月続けてゲーム上での処理法則の解析を行ってきた。多少のランダムや武器別に色々係数こそ変われど基本は同じである事も確認済みだ。

 問題は剣同士ならこの数値の調整が容易なのだが、異種武器同士の合成となると中々成功しない。理由は簡単、合成後の武器が実装されてるかどうかは分からないのだ。つまり、ゲームシステム上に蛇腹剣、もしくは同種の武器が存在しない限り俺は一生夢を適える事が出来ないといえる。

 

「あとは実際作ってみて出来るか出来ないかだ。こればっかしはSAO製作者、茅場晶彦の作ったプログラムに賭けるしかない。本来なら憎悪すべき対象に自分の夢が懸かってると思うと心中複雑だがな」

 

 創造主の敷いたレールを必死になって見つけようとする俺のような存在は創造主にとってはさぞ滑稽な存在だろう。そしてまるで自分が新しい物を編み出しているかのような錯覚に捕らわれるほどこの“ゲーム”はよく出来ている。

 そんな後ろめいた思考の渦は即座に中断させられた。

 

「でも、それだけじゃない。私の<ダークリパルサー>はそんなものだけで出来た“剣”じゃないわ!」

「そうよ、私のこの“剣”だってリズの気持ちがちゃんと籠ってる!プログラムで生成されただけの産物、そんなくだらないものなんかじゃ決してない!」

 

 リズベットとアスナが叫ぶ。

 確かにそうだ。武器を作った人間の想いはプログラムではない。リズベットの武器に籠った“暖かさ”は作られたステータスでもランダム生成された数値が作り出す幻影などでは断じてない。彼女が作り、封じ込めた想いだ。

 考えれば考えるほど暗い方向に傾く思考を彼女達は容易く払いのける。ならばそれに応えなくては男が廃るというもの。

 この場で俺は改めて決意を固める。

 

「そうだな...その通りだ。ならば俺は“執念”で創ろう。この想いで必ず“剣”を創り上げてやる!」




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 是でリズベット武具店編は終了。アスナが空気だったのは私の力量の無さの故に...。

 また次話にて御目にかかれれば幸い。

 


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箸休め
第四話までの登場した独自武装の解説


 果たして需要があるのか?
 単なる設定厨の作者が作る箸休め。

 しかし一体誰の為の箸休めなのだろう?

 物語のきりがいいのでこちらに移動。


<傷枝剣・残針>

 しょうしけん・ざんしんと読む特殊効果を持った異形の諸刃片手剣。

 諸刃といっても片側は何本もの返しを持った針のような刃がノコギリのように付いている。この刃は斬撃の際折れることにより、敵に突き刺さったまま継続ダメージを与える仕組みになっており、前衛系プレイヤーが効率良く敵モンスターのヘイトを稼げるようになっている。

 この仕様を逆手にとって対人戦での使用した場合、解毒等で解除できず、多量の継続ダメージによる残虐な攻撃が出来る。レベル差によっては初撃決着モードの決闘でも即座に回復措置を取らねば対戦相手を死亡させる事が可能。

 

 作中にもある通り設計思想はフランベルジェ等の斬りつけた相手の出血を主目的とした剣に近い。

 SAOでは出血による継続ダメージという表現がアニメを見ていると(劇中設定での15歳以上推奨というレーティングと相まって)無さそうなのでこのような形になりました。

 

 

<インドミタブルソード>

 凄まじい耐久力を誇るバスタードソード型の両手剣。

 要求筋力はエリシュデータを凌ぐ。筋力タイプのプレイヤーでなければ使用することは難しい。

 そのくせ攻撃力は五段階ほど下位の両手剣に劣る始末。

 代わりに耐久力は前衛のタンク型プレイヤーが使用する大型の盾に匹敵する。それでも要求筋力からしたら盾としても一段階ほど落ちる耐久力でしかない。

 これはオイレが攻撃することを全く考慮せず、限界まで耐久度を高めた剣を製作するという実験で製作された結果である。

 

 作者はこういうお莫迦武器が大好物なのです。

 ただ一人、主人の帰りを待っていた愛すべき娘といったところでしょうか。そしてそれを他人の店に置き忘れる完成系の剣にしか興味が無い外道主人公。

 

 

 

<イミテイトソード>

 片手剣のように見えるが武器としての種別は鞭。この為通常攻撃で斬りつける事は出来ても片手剣スキルは使用できない。

 全金属製武装で柄の最下部にはワイヤーが巻きつけてあるリールが内蔵されている。

 柄を握った際に人差し指付近にあるトリガーを引く事で刀身を柄に固定しているロックを外し、刀身を飛ばすことが可能。トリガーから指を離すことでワイヤー巻き上げ動作が作動する仕組みになっている。

 鞭カテゴリーとしての攻撃力は高いが、武器自体の耐久度は低め。挙句一回射出するごとに全体の25%も耐久値が減少してしまう。

 

 

 イミテイションソード(模造刀)ではありません。

 作中にも登場しましたが、「剣を模造している物」という意味を込めてみました。

 どっちも同じだって?

 なーにー?きこえんなー。

 

 

<ノブレス・ローズブランシュ>

 高貴なる者の白薔薇という意味を持つ鞭。

 白薔薇の名の通り、純白の鞭には薔薇のとげをあしらった針が、先端には薔薇の花弁をあしらった刃が付いている。

 武器としての性能は耐久度寄りバランスタイプ。

 拘束系ソードスキル使用時に追加で継続ダメージが入る特殊効果を有する。

 使用者が少ない鞭というカテゴリーの中ではベストセラー、愛用者も多い。

 

 ドイツ語は少しだけ習ったがフランス語はノータッチな作者がいい加減に名付けているので真に受けないでください。

 テストで書いてもきっと間違います。

 

 

<スピリットオブエッジ>

 エッジシリーズと呼ばれ、一見すると剣のように思える名を持つ鞭。

 刃が付いた菱型の金属が連なり鞭としての形を有しており、鞭としては珍しく打撃属性ではなく斬撃属性を持った攻撃となる。

 この下位装備である<ピーコックオブエッジ>を見てオイレは蛇腹剣の可能性を模索し始めた。

 製作するには超硬質系のA級素材が必要だが、素材自体は素材調達系プレイヤーの努力により比較的容易に入手する方法が確立されている。

 耐久値は高いが、定期的に整備しないと攻撃力が激減する仕様となっている。

 

 比較的蛇腹剣に近い形状を持った武器。剣としては使用できないし、現実であったら金属製の篭手をはめないと自分の手を切りそうで恐ろしい。

 ユリエールさんが鞭を持っているのを見て、これ蛇腹いけんじゃね?と作者は勝手に思い立ったのであった。

 




 もしかしたら今後の話の展開で設定改変があり得る為、あっそふーんぐらいに思って頂けたら幸い。

 何で書いたかだって?作中でクドクド説明してたら話が進まないからです。
 いつもの後書きとテンションと違くねだって?後書きグダグダ書く前に本文の誤字脱字変な表現直すのにテンパってるのです。ここは作者が自制していた己の内を垂れ流す魔瘴気に満ちた空間なのだ。


 こんなの書く前に第四話の前書きをしっかり書けとリズベットさんに怒られそうだが...そういう考えは頭の隅っこへ押しやります。
 プロットでは3000文字程度のSS5話程度で完結予定だったのに気が付けば前半で使い切るとは...深夜のテンションとは恐ろしいものよのぉ。
 原作者さん!リズベットが本編並びに短編集で活躍する様に期待してます!某カブトボーグの使い捨てヒロインみたいな扱いはやめて!


この場を借りてお気に入り登録や評価をして下さっている読者様に感謝を!
読んで下さる方々の為にこれからもより一層の邁進する所存であります。


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本編
第五話 俺は冒険のプロだぜ!


 リズベットの元を訪れた二日後、オイレはある人間と二人で雪に覆われた険しい山の中にいた。

 間が空きましたが雪山編開始。


 唐突な話になるが、雪山登山を行う人間は馬鹿か、自殺志願者か、自分に対してよっぽどのサディズムに満ちている人間であるかのどれかだろう。

 インドア派で精神的ヒキコモリのモヤシである現実の俺とは違い、外見こそ変わらないが筋力重視のステータスを持つこの世界の俺でも辛いのだ。

 あたり一面美しい銀世界を堪能したのは山に入っての数分だけで、後は己の足を前に出すことに精一杯で景色を楽しむ余裕は消えうせ、むしろこの銀世界に対して憎悪にも似た感情を抱くようになった。

 

「雪が降った日の大人達の気持ちがよく分かった。あれは憎悪だ。これから雪かきをしなければならなくなってしまう原因に対しての...」

 

 さて、どうしてこんな雪山にNotアウトドア派な俺が居るのかというと、2日前にリズベットの元を訪ねたところに話を戻す必要がある。

 このときリズベットが製作した片手剣<ダークリパルサー>について彼女から直々に教えて貰った訳だが、剣はもとより製作に必要な素材も未だ市場に出回っておらず、その素材を入手するには大型ドラゴン系のモンスターの寝床(ご丁寧にも転移結晶の使用が不可能)に侵入する必要があること。

 侵入方法はモンスターからの吹き飛ばし系ブレス攻撃を喰らい、ヒットポイントが危険域になるほど深い穴を落下する必要があること。

 脱出方法は巣穴に帰ってきたモンスターに剣を突き刺して飛び乗り、十二分に上昇したところでドラゴンから飛び降りた後に転移結晶を使用すること。

 

 聞いた際...そりゃ誰も気が付かないってと呆れ返ってしまった、普通はモンスター倒して戦利品としての入手が素材調達の手法なのだ。

 

 本当はキリト達にもう一回行ってもらいたかったが、彼らの新婚生活をお邪魔するのは気が引ける。

 話を伺うと彼らも相当に大変な目に遭って、結婚を機にしばらく休息しようと思っているらしい。それを聞いたら益々手伝ってくれとは言えなかった。(よりにもよって俺が潜伏していた第二十二層に居を構えるそうだ)

 しょうがないので、事件以降顔を合わせていなかったある男に協力を依頼した。

 

 ゲーム上での名前はSparrow(スパロー)、本名を鈴木一(すずきはじめ)という。

 コイツも中学時代からの付き合いがある古い友人の一人だ。

「スズキハジメ...お前はスズメだな!」とケラケラ笑いながら付けられた渾名で呼ばれる度に不機嫌な面を作っていたが、キャラクターネームに採用している所をみるとある程度は気に入っているらしい。

 アイツによって攻略組に誘われた際、スパローはギルドによる束縛を嫌ってソロプレイヤーとなり、攻略組への参加だけでなくこの世界を探検して回っているらしい。

よくお土産といって市場に出回っていない希少な武器製作用素材を持って俺の店に寄ってくれた。

 事件が起きた際もエギルと同じく「誰か別の人間が作ったショーもない剣に殺られるぐらいなら、お前が作った最高の剣で死ねたんだ、本望だろう」と不器用ながら慰めてくれた男だ。

 久しぶりに連絡をとって、用件を話すと二つ返事で来てくれた。

「俺は素材という形で供えることにしよう、楽でいい」と照れ隠しをする素振りを見て相変わらずだと安心した。

 素材の入手方法を教えると「あー五十五層の...あれ俺も討伐したことあるぜ。そんな方法じゃねーと出ねぇのかよ、製作者の悪意を感じるな!」と言っていた、まったくもってその通り。

 ここまでならばコイツに任せておけばいいだけの話に聞こえるが、素材入手時の状況を再現する為にはマスタースミス級プレイヤーとパーティを組む必要があった。

こういう理由で俺も雪山登山をする破目になったということだ。

 

 

「まぁそう言うな。俺という経験者がいるんだ、お前にとっての苦行は直ぐに終わるさ」

 

 スパローは俺と違い苦も無く雪道を進みながら「俺は冒険のプロだぜ!」と前で能天気に叫んでいる。

 実際その台詞は伊達ではなく既に俺はコイツによって助けられている。今羽織っているこの雪上迷彩柄のマントも、彼から借り受けたものだ。

 高い冷気耐性だけでなく雪中での隠密度に補正をかける優秀な装備のお陰で殆どモンスターと遭遇することなくここまで来れた。

 この装備はレアなモンスタードロップらしいが、何故か同じものを4枚も所持しており、その理由を聞くと「壊れた際の保険でもあるが、ソロで冒険してると遭難者と遭遇することも多くてな、彼らの為に余分に持つことにしている」とのこと。

 

 <グラン・サン・ベルナール峠の救助犬(セント・バーナード)>か貴様は...。

 

 お陰でお前も楽できているだろうと返されることが分かりきっているので口から出かかったこの言葉はぐっと飲み込んだ。

 そもそも殺人剣を作っていた俺と比べれば数多の人命を救ってきた彼は聖人に等しい。

 始まりこそ一緒だが、この2年で俺達が進んできた道は余りに異なることを認識させられる。

 一人は正義感からこの世界に捕らわれた人々の解放を願い、一人は自由を求めて流離いの日々を続け、一人は己の探究心と好奇心から魔剣を作り出した。

 自分の為に生きた二人が生き残り、他人の為に生きた一人が死ぬという結果。なんという皮肉。神様がいたとして、俺達を見たら悲劇と悲しむのだろうか、悪質な喜劇と笑うのだろうか。

 

この劇を楽しんでいるであろう[神/茅場晶彦]、お前は一体どう思う?

 

「にしてもフクローよ、死んでは居ないと分かっていたがどこにいたんだ?少し探したんだぜ、俺」

 

 不意に声を掛けられる、第二十二層の森の中と応えるとあそこかーいいところだよなーと返ってきた。

 別段涙もろくない俺だが、久々に会った心配してくれている旧友の台詞に目頭が熱くなる。

 

「お前に作ってもらった剣がついぞ折れてな、今も代用品なんだがいまいちシックリこねーんだわ。また作って」

 

 周囲の冷気も手伝って急速に冷める。そういえばコイツはこういう奴だった。表情が消え去った顔で俺はアイテムストレージに収納していた<インドミタブルソード>を取り出し、渡す。

 

「今手元にある両手剣はこいつだけだ」

「お、懐かしい。フクローお手製キ印良品。そうそう、これこれこの感じ。ありがたく使わせて貰うぜー」

 

 そう言いながらスパローは高い筋力要求値をものともせずインドミタブルソードを振り回し、最後にウムと頷いて装備しなおした。

 コイツは高い耐久値を誇るタンク型プレイヤーには珍しい両手剣士であり、この剣を最初に見た時、「これぞ俺の求めていた剣!」と言って俺にもう一振り作ることを要求してきたのだった。

 あれからコイツに渡した方の剣はどのような使われ方をし、どのような最後を迎えたのだろうか。

 

「人助けだ」

「え?」

「お前が作ってくれたあの馬鹿みたいに硬い剣。それが折れた理由だ」

 

 顔に出ていたのだろう、コイツはこれで結構鋭いところがある人間だ。

 

「あれはお前から連絡を貰う前に行った第六十八...」

 

 突如話を中断し、辺りを伺う。どうしたと尋ねようとするも人差し指を突きつけられ黙れと制止させられる。

 

「女の声だ...そう遠くないぞ」

「俺にはまったく聴こえなかったが...」

「隠遁鍛冶屋のお前と俺とじゃ索敵スキルに差があるだろーが、雪に音が吸われちまって何言ってるかは分からねーけど確かに聴こえた」

 

 そういってマップを開くと指で丸印を描く。恐らくは聴こえた声の主が居るであろう場所だ。

 俺が聴き取れなかった音を聴き取り、即座に場所に当たりをつける、派手では無いが一線級プレイヤーの実力を目の前で見せ付けられ、俺はコイツを頼って正解だったなと今更ながら思った。

 

「少し寄り道になるが放っておく訳にもいかねー、行くぞ」

「お人よしめ!」

「何か言ったかー?」「何も!」

 

 駆け出したスパローの後を追う。剣が折れた理由を聞きそびれたが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 この世界で人が死ねば、現実では病院のベットで眠っている人間の脳にナーヴギアからマイクロ波が照射される。脳みそをレンジでチンされた人間の結果は言うまでも無いことだ。

 助けられる状況ならば助けたいと思う。それに他人を見捨てて作った剣を供えたところでアイツは喜ばないだろう。

 そう考えながら俺は疲労が蓄積している両足に鞭を打ち、雪道を駆ける。背中に背負った<イミテイトソード>をいつでも抜刀できる様、右手を柄に掛けながら。




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 リアルの立て込み、プロットの修正、色々あって遅くなりました。
 待っていて下さった方々、遅くなって申し訳ありません。作者は基本的に劣化富樫だと思って下さい。

 また次話にて御目にかかれれば幸い。


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第六話 私は...

 声が聴こえたと言うスパローと共に、その主の下へと走るオイレとスパロー。
 これはある鍛冶屋と冒険家による物語。



 駆ける、ただひたすらに雪道を転げるように駆ける。

 自分の俊敏性で走れる限界速度で走っているのだがスパローには追いつけない。それどころか時折こちらを気にするような仕草を見せるところから察するに俺に歩調を合わせてくれているらしい。慣れない雪山に一人で置いていく訳にはいかないと思っているのか。

 

「お前が当たりをつけたマップ情報をくれ、後で追いつく!」

「雪山なめんな!レベル的に安全だからって油断してると死ぬぞ!」

「俺を舐めるな!お前だけでも間に合えば助けられる場合もあるだろうに!」

 

 数瞬の思慮の後、「無理するな」とだけ呟いてスパローは速度を上げる。タンク型とは思えないその速度に自分とコイツとのレベル差を思い知らされる。

 

「かなり差がついちまったな」

 

 スパローの背中を見送りながら呟く。

 いやレベル差だけではない、数多の層を一人で探索してきたのだ。踏んでいる場数、プレイヤースキルの差、それを悔しいと感じるのは同じゲーマーとしてのプライドだ。

 俺は走る速度は緩めずに送られてきたマップ情報を再確認しながら周囲の状況を想定を開始する。現場に到着してスパローの足を引っ張ることだけは避けたい。

 <スパローとの別行動(こういう場合)>も想定して第五十五層に来る前に1日かけてエギルに相談し、装備とマップ情報を収集と整理を行ったのだ。

 主戦闘タイプのプレイヤーではないからこそ、俺は素材収集等でダンジョンに赴く際は入念に準備を行う。

 ゲームというものは装備やステータスだけでその優劣が決まるものではない。情報と思索、この二つが無ければ如何に装備とステータスが優れていようとも宝の持ち腐れとなろう。

 

(等高線をみるとずいぶん傾斜がきつい場所の様だが...)

 

 赤い印に囲まれた場所は俺たちが登頂していたルートとは違い比較的険しい山道だ。主にレベル上げやモンスターからのドロップ品を収集する為にこのルートを選択するパーティは多いと聞く。

 

 モンスターが大沸きしてパーティが対処できなくなったのか?否、このエリアはモンスターが大量に沸くことは無い。安全マージンをしっかりと考慮しているプレイヤーならば問題は起きないはず。

 誤って崖から転落したのか?否、マップを見ると傾斜こそきついが崖や穴などは存在していない。

 ならば、一体何であろうか?

 

(雪山、傾斜...まさか、このゲームでそんなことがありえるのか?)

 

 SAOの環境管理プログラムには最新の物理エンジンが搭載されている。これは元々気象予測等に開発された代物だったと聞く。

 この世界は擬似的ながらも現実と同じように気候があるのだ。ならば“ソレ”も十二分に起こりうる事態であった。

 

 スパローに遅れること数分、現場付近に到着するとこのエリア特有の水晶を模したマップ配置物がまったく存在しないことに気がついた。ところどころ露出した岩場のようなものも見て取れる。

 マップ上でスパローがいる直前の曲がり角を曲がると、そこに広がっていた光景は俺が想像していた通りのものだった。

 

「雪崩か...」

 

 未だに晴れぬ舞い上がった雪は煙のように周囲に立ち込め、自然の暴力が振るわれた場所は美しく穏やかな雪原とは違い、雪の塊と押し流された障害物による荒々しい凹凸が目立つ。

 崩れた場所を確認し、下手にもう一度雪崩を起こさないよう慎重に歩みを進める。

 

「フクロー!こっちだ!手を貸してくれ!」

 

 スパローの呼ぶ声が聞こえた。その声の他にもなにやらピーピーと動物の鳴き声のようなものも聴こえる。それらが発せられた場所を凝視すると白い物体がなにやらモソモソと動いているのが分かった。

 なまじ雪上迷彩染みた格好をしているため目視での発見は難しい。マップ表示されたマーカーが無ければ気がつかないだろう。

 

「どうした、何か見つけたのか?」

「俺が聴いた声の正体とご対面出来そうだ!掘り出すの手伝ってくれ!」

 

 駆け寄るとそこにはスパローの他に小さな竜がいた。モンスターだが、敵対行動をとっているわけではない。噂で聞いたことがあるがこれがテイムモンスターなのだろうか?

 小さな竜はなにやら必死に訴えるかのごとく鳴いている。どうやらコレのご主人様が雪崩に巻き込まれたようだ。

 スパローに掘り返された場所に短剣の柄が見える。俺も必死に雪を掘る。

 現実では雪崩に巻き込まれた人間の生存率は15分を境に急激に落ちると聞く。これは圧死や凍傷よりも呼吸空間が確保できずに窒息してしまうからだ。

 勿論このゲームでどのように再現されているかは分からない、だからといって悠長にしていられるとは思えなかった。何故ならこのゲームの製作者はフェアだが意地が悪い。

 声を聴き、ここに駆けつけるまでかかった時間はおよそ8分、あと7分でデッドラインに入る。

 

 大急ぎで掘り出すことに成功したのは10分後、雪中に埋もれていたのはまだ顔にあどけなさが残る少女だった。彼女は気絶こそしているものの命に別状は無いように思える。

「素材探しは後回しだ、早めにビバークするが構わんよな?」という問いに当たり前だと返答するとスパローは俺達を安全な場所に誘導した後に彼女のパーティメンバーがいないかどうか一人で確認しに向かった。

 彼女一人を救助して安心した表情を見せた俺と違い、スパローの表情は未だに緊張を続けていた。

 俺も手伝うと言ったが、彼女の面倒を誰が見る気だ?と言われれば引き下がるしかない。

 

 雪を掘って作った雪洞の中、ツェルト(小型のテント)を張り居住スペースを確保した後に持ってきた俺の愛用品である小型の携帯コンロで赤銅色に輝く銅製のポッドを火にかける。

 そこいらの雪を少量とシナモンに似た風味が特徴のヘイナスの実や、生姜に似たパスケラの葉というスパイスを投入して紅茶を煮出す。すぐさま狭い雪洞にアッサムが発する柔らかい香りとシナモンと生姜が奏でるスパイシーな香りが充満する。

これらが合わさることで西洋の中世風情が漂うアインクラッドでは珍しいエスニックな香りが場を支配する。

 下手な装備よりも高価だった秘蔵っ子、最高品質と名高いセカンド・フラッシュの茶葉だ。

 俺はコーヒーよりも紅茶派である、この世界に紅茶が、しかも茶葉名もそのままで存在したことを罵倒しながら茅場晶彦に感謝したものだ。付け加えるならば俺よりも更に紅茶党のスパローは俺以上に汚い罵倒をしながら感謝していた。

 本来は旧友との再会を祝して淹れるつもりだったが、こういう時に出し惜しみをするつもりは無い。

 不幸な目に遭った女性には優しくするのが<英国紳士(ジョンブル)>だと聞く。いや、生粋の日本人だけどね、最近の連中とは異なり生粋の農耕民族顔をしているけれどもね。

 三分後、アイテムストレージから牛乳を取り出してポッドに入れ、更に煮出す。英国紳士と言っておきながら作るのはインドのチャイだ。旧植民地だからいいか、別に...。

 本来ならば今煮出している茶葉はチャイには向いていない。埃の様に細かい、どちらかといえば低品質の茶葉で作る方が美味しいのだ。しかしながら今そういった茶葉は持っておらず、先ほどまで雪に埋もれて寒い思いをした人間には普通のミルクティーよりも暖まるこちらの方が良いと判断した結果だ。

 ポッドの中身が再沸騰したことを確認すると火から降ろす。後は少し蒸らせば完成である。

 その香りのせいかどうかは分からんが毛布に包み、先ほどまで寝息を立てていた少女がゴソゴソと起き上がる。

 

「お、目が覚めたか」

 

 そういって茶漉しを通しブリキ製のカップにチャイを注ぎ、多めの砂糖を入れて渡す。

 

「...ここは?...ピナ!ピナは...小さいドラゴンの子供はどこですか!?」

 

 微睡んでいた意識が即座に吹っ飛び覚醒した少女は狂乱気味にテイムモンスターの名前叫んだ。現在の自分の状況よりもAIである使い魔の安否を気にする少女に少々呆れて彼女の膝がある場所を指差す。そこにはとぐろを巻いて眠る竜がいた。

 

「君の位置を知らせる為に必死に叫んでいた、疲れているようだし寝かせておいてやれ」

 

 そういってもう一度カップを差し出すと自分もチャイを啜る。鼻腔に広がる豊かな香りは緊張を解し、暖かい液体は冷えた身体を暖める。

 彼女が触る直前に熱いぞ、と警告しておいた。銅ほどじゃないにしろ、陶器と違い熱伝導率が高いブリキ製のカップ故にもち手も熱くなっていることが多い。しかし陶器と違って割れず、頑丈で、そのまま火にかけることも出来る為旅のお供には最適だ。

 

「た、助けてくださってありがとうございます!突然雪崩に巻き込まれて転移結晶を使おうとしたんですが岩に頭をぶつけてしまって...」

 

 第一声に謝辞が出なかったことを恥じるかのように捲くし立てる彼女に手を左右で振り、構わないことを告げる。

 ようやくチャイに口をつけた彼女はしばしの驚愕の後、ほっとしたのか緊張が解けて肩が下がる。

 

「オ...梟だ。君の存在に気がついたのは今はいない連れのスパロー。帰ってきたらそいつに礼を言ってやってくれ」

「はい、いえでも倒れていた私を介抱して下さって、さらにこんなに美味しいミルクティーをご馳走して頂いてありがとうございます。私はシリカと言います。この子はピナ、私の大切な友達です」

 

 そういって眠っている竜をやさしく撫でるシリカ。その光景を見て俺はAI制御されている単なるモンスターとして彼女が接していないことが分かる。このゲームが始まって約2年、決して短くない時間の中で彼女はこの竜と様々な経験をしてきたことが伝わる。シリカにとってのピナは体のいい使い魔ではなく衣食を共にし、死線を潜り抜けた相棒なのだろう。

 

「雪崩に巻き込まれたのは君一人?他に巻き込まれたパーティメンバーがいると思ってスパローがまだ捜索しているんだ。転移結晶使って脱出してるなら君も結晶使って帰るといい」

 

 無いなら俺の予備を渡そうと言ったがシリカはそれを丁重に断った。

 

「いえまだちゃんと転移結晶は持ってます。それとここにはソロで来ていました。他に巻き込まれた人はいないと思います、周囲は私とピナしかいませんでしたから」

 

 安全マージンはとっていたのですがこんな目に遭うなんて...と呟く彼女。スパローの言葉を思い出す。レベル的に安全だからといって絶対ではないのだ。俺たちは常にこの世界で薄氷渡りをしていることを忘れてはならない。

 

「どーりで他に人がいる形跡がねーと思った。お嬢ちゃん一人だったんか」

 

 噂の人物、スパローは雪洞の入り口に立っていた。

 

「いつから居た?」

「ついさっき。お?チャイかー、フレーバーに負けないこの香り...オータムナル・フラッシュと見た!」

「ハズレ、セカンド・フラッシュだ。ほらよ」

 

 マジかよ!大盤振る舞いだな!と応え、俺が差し出したチャイを啜るスパロー。五臓六腑に染み渡るぜぇとオヤジ臭く床に胡坐をかく。

 

「こいつがさっき言ってた君を発見した俺の連れ」

「スパローだ、この世界を歩いて回ってる。冒険家だと思ってくれてかまわないぜ」

「シリカといいます、今回は助けてくださってありがとうございました」

 

 自己紹介を済ませると俺はアイテムストレージから保存食を取り出すと携帯コンロに銅で出来た鍋を載せ、他の食材と一緒に放り込み蓋をして煮込む。

 そのままでも食すことは出来る物しか持ってこなかったが、一手間加えれば味は段違いに良くなる。

 SAOは味覚エンジンといって様々な味を脳みそに直接信号を送ることで感じることが出来るシステムがある。

 娯楽が少ないSAOにおいて食事とはプレイヤーの数少ない楽しみの一つと言っても過言ではない。数少ない楽しみを得る機会を手間を惜しんで棒に振ることは愚か者のすることだ。

 それに調理といっても多少の下ごしらえこそあれ現実世界と異なり基本はアイテムを放り込んで終いだ。一人暮らしではないが多少なりとも自炊が出来る人間からすれば大した手間ではない。料理が出来る人間からすると料理のしがいがないと言っていたが...。

 

 鍋に放り込んで5分と経たずして、目の前にはグツグツと煮えたぎるインド風のサラサラとしたスープカレーが姿を表す。

 最初はホワイトシチューにするかと思ったが、食前に出したのがチャイだったのでそれに合わせることにした。

 先ほどまでのチャイの香りに代わって12種類のスパイスが奏でる食欲を刺激する独特の香りが場を支配する。これを保存食系のアイテムで再現するまでに数多の食材を生贄に捧げ続けた、ある意味俺の森篭り(?)の成果である。

 どこからとも無く、誰からとも無く腹のなる音が聞こえる。詮索するのは野暮というものだろう。火を止めて先ほどまでチャイが入っていたブリキ製のコップと同型のものにそれに盛り付ける。後は保存食の中から硬いパンを取り出して各自に配った。

 

 無言、各々が疲労と空腹を癒すためにただ只管に喰らう。まるで蟹を食べるときのように食べ物を食べる音だけが雪洞に木霊する。

 そうしてひと段落し、落ち着いた二人から食事に関しての礼と感想を述べられる。二人の食べっぷりを見ていれば言うまでも無いことだが、こうして改めて言われると嬉しいものだ。それも野郎だけでなく可愛らしい少女から言われれば自然と頬も緩むというもの。

 

「さてと、腹も満ちたし話をしよう。安全マージンはとってるみたいだけど、お嬢ちゃんは何で一人でこんな雪山下りまできてたんだ?」

「その雪山下りに来てる俺たちが言うのもあれな話だが、場慣れしてないなら信頼できる人間の一人や二人連れてこないと駄目だぜ?コイツみたいにな」

 

 食後のお茶を飲みながら疑問を口にする二人。

 SAOプレイヤーの実力に年齢は関係無いことを先日否が応でも味わった俺だが、目の前にいる彼女は余りに幼く、装備を見るに俺よりも下のように思える。

 そんな子供がこんな場所に居るのは正気の沙汰ではない、場合によっては彼女を連れて即座に山を降りるつもりだ。

 俺達二人の疑問を聞いたシリカの顔が若干曇る。ややあってから彼女は口を開いた。

 

「私は...強くなるためにここに来たんです!」




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 さて、ここまでお読みいただけた諸兄姉の皆様ならもうお分かりでしょう。
 「MORE DEBAN」のDEBAN担当シリカさんにご登場いただきました。
 基本的にこの二人の話が作りたくて書き始めたこの物語。これである意味初期目標は遂行できました。
 あとは完結するまでこれ以上私めが原作と彼女達を汚さぬように頑張るだけですね。

 また次話にて御目にかかれれば幸い。


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第七話 あなたは答えがでたの?

 強さを求める少女に、強さを求めた成れの果てが語る。引かれた線の先にあるものを...。



 シリカさん好きにはもしかしたら受け入れられない話かもしれません。
 万全を期して警告タグに「アンチ・ヘイト」を追加しました。
 作者のエゴで彼女を汚してしまったことを先にお詫びします。


「私は...強くなるためにここに来たんです!」

 

 決意に満ちた表情で言い放つシリカに冷ややかな視線を送るスパロー。

 

 嗚呼、この娘はきっと勘違いをしている。

 

「ふーん、何で?」

 

 抑揚の無いスパローの問いに対し、彼女は過去を語りだす。

 自分の慢心から相棒であるピナを殺してしまい、運良くあるソロプレイヤーに助けられた。その経験から彼のように強くなって、他人を助けられるだけの強さを身に着けたいと思うようになった。そしてパーティに頼らずソロで修練するようになったという。

 ここに来たのも修練と、そして噂に聞いたレア素材を手に入れて装備を充実させるのが目的だと。

 

 しかし話の中に登場する人物について語るときの彼女の表情は熱を帯びていた。傍から見ても分かる、助けてもらった王子様に彼女は恋をしているのだ。

 

 俺は焚き火代わりに使用しているコンロの燃料が少なくなった事を確認すると継ぎ足した。今夜は長くなるだろう。何、燃料に使う油は俺とスパローで合わせると二週間分は持ってきてある。

 

「強さとは、手段だ」

 

 味わうことを拒否し、胃袋へと捨てるかのごとく紅茶を飲み干すとスパローが話し始める。

 

「お嬢ちゃん、君は勘違いをしている」

 

 容赦無く言い放つスパロー。コンロの炎に照らされた顔は、炎の揺らぎと相まって険しさを増す。

 

 コイツは昔からこういう男だった。一見すると能天気で、自己中心的で、好い加減で、根拠の無い自信に溢れていて...

 

「助けてもらった王子様に憧憬するのはいい。だが、お前の行動理念はまやかしだ」

 

 だが誰よりも現実主義者で、困っている人間がいれば不器用ながら手を差し伸べる事を惜しまず...

 

「お前は単に彼と自分を重ねたいだけだ。彼に相応しい女になりたいだけだ。他者を助けたい?自分も禄に守れねー雑魚がよく言うぜ」

 

 そして苛烈なまでに容赦が無い。

 

「いいか、そもそもソロプレイってのは強くなるために行うプレイスタイルじゃねーんだ。他人の存在が邪魔な人間がしょうがなく行うスタイルなんだよ!」

 

 数多の死線を越えてきた[冒険家/ソロプレイヤー]はソロを舐めんじゃねぇ!と怒気を強める。

 

「それに本当の強さってゆーのはな、レベルやステータスじゃねー。コイツのように安全マージンをとっていてもだ、慣れない場所に行く際は入念に事前準備をし、起こりうる最悪の事態を常に想定し、自分の力量を弁えて素直に他者に助けを求める事が出来る人間のことを言うんだよ...」

 

 スパローの口撃はシリカの自己意識を守る外殻はおろか内部にまで容赦無く刺し貫く。

赤の他人に自分の理想を蹂躙された彼女も黙ってはいない。認められる訳が無いのだ、コイツの言うことを認めたならばそれは自分の理想を自分で否定することになる。

 

「でも、彼は<戦闘回復(バトルヒーリング)スキル>を持っていたんですよ!極限まで自分を追い込んだからそこまで強くなったんじゃないんですか!?」

 

 高みとは、強さとはそういうものじゃないんですか!とシリカは叫ぶ。

 

「馬鹿かお前は!?<戦闘回復スキル(アレ)>は自ら取るもんじゃねー!己の馬鹿さ加減の結果取っちまうものなんだよ!」

 

 そうして昔スパローがそのスキルを取った時のことを語ったように、後悔と痛みが入り混じった顔で彼女に伝える。

 

「俺は自分の力に胡坐をかいていた、他人を助けられる強さがあると思い込んでいた。モンスターの大群に囲まれ窮地に陥っていたパーティを意気揚々と助けに飛び込んで、結局助けられなかった。他人を助けるどころじゃない、自分を守るのに必死で助けに入ったパーティは結局全滅した。アレはそんときの愚かな俺への戒めだ!」

 

 死線とはそういうものだ。それを越えてしまった人間に憧憬を覚えるのは越えたことの無い人間だけ、<越えてしまった人間(英雄)>は逆に<向こう側(人間)>を羨み、この身に堕ちた自分の過去を呪うのだ。

 

「それはあなたが彼を知らないから!」

「確かに俺はそいつを知らねーよ?だが他の奴も似たようなもんさ、友人見捨てて生き残っちまった奴や自暴自棄に陥って、死ぬつもりでモンスターの群れに飛び込み、その結果他人に迷惑と心配をかけた奴がそんときに手に入れたと暗い顔で言うものなんだよ、“アレ”は!だから隠すのさ!その噂の彼も、何か後ろめたいことがある顔はしてなかったか?えぇ?」

 

 その言葉にシリカは詰まる。勝敗は決した。彼女の理想は砕かれた。だが、彼女が悪いわけではない。これが“遊び”だったなら、その姿勢は非難されるべきものではない。

 人間は誰でも強者に憧れ、自分を磨く、そして周囲に、より特別な人間に認めて欲しいものだ。

 

 だが、この世界は“遊び”ではなくなってしまった。

 

 人があっけなく死に、人をあっけなく殺せるこの世界で、取り返しのつかない事態の度合いは現実以上となった。だから、一線を越えてしまった俺達は彼女に同じ思いをさせたくないのだ。

 

「強くなって他人を助ける?お前は自身の力量の無さから他人を見殺しにしちまうよーな環境に自分から飛び込む気か?それとも自分は違うと全員助け出せると思い上がってるのか?こんなことしてる暇があったら素直に自分の気持ちを伝えに行った方がよっぽど有意義だと思うぜ!」

 

 涙すら浮かべられないシリカを見ると鼻を鳴らし、「外で飲んでくる」とスパローは雪洞を出て行った。

 スパローの言もまた間違ってはいない。だが、彼は強者故に弱者を理解することが出来ない。

 

「あいつは無茶な行いは自身とその周囲を滅ぼし、他人を助けるためには他人を見捨てることを覚悟しなければいけないという事を言いたかったんだと思う」

 

 あいつは口が悪くてなと俺は苦笑いを浮かべながら呟くように言う。

 

「俺も昔、強さを求めていた時期があった。レベルやステータスじゃなくて鍛冶屋だったからもっと強い武器、もっと効率の良い武器を求め、作り続けていた」

 

 ポッドの中に残っていた最後のチャイをブリキ製のコップに入れて飲む。既に茶葉からはえぐ味が染み出していたが構わず口に流し込む。

 今はこのえぐ味が心地よい。

 

「そして、ある日俺の作った剣が人殺しに使われた。俺とスパローの共通の友達も俺の作った剣で死んだ」

 

 何人も、何人も死んだ。

 モンスターを殺し、人間を守る為の剣はあろうことが守るべき者を殺めた。

 

「俺が作り上げたのは普通の剣じゃない、使われた者に恐怖と苦痛を与える魔剣だった。人に対して使われるなんて考えなかった。いや違うな、これは嘘だ。もし人に使われたらと頭を過ぎることはあった。だけど、探究心が勝り、そういった考えを頭の片隅に追いやったんだよ」

 

 まるで原爆を作った人間達の様に...。端くれと言えど、科学の道を進む者があろうことか最も忘れてはならないことを忘れてしまっていたのだ。

 

「強さ、英知、力への憧れが悪だとは俺も思わない、それが人間をここまで進化させてきた。だが、憧れだけで力を求めるのは危険なことだ」

 

 彼女に言うのではない、俺は自分に言っているのだ。

 

「何故力を求めるのか、本当にその力は必要なのか、それを自分に対してよく問い詰める必要がある」

 

“今からお前が行おうとしていることは本当に必要なことなのか?”と。

 

「あなたは答えがでたの?」

 

 震える声が耳に届く。

 

「嗚呼、結構かかっちまったがな...」

「私も見つかるかな」

「分からん、明日にでも見つかるかもしれないし、年単位の時間をかけて見つかるかもしれない。もしかしたら死ぬまで分からないかもな」

「ふふ、ひっどいんだぁ」

「俺もまだまだ餓鬼だってことさ、長くなったな。疲れただろ、もう寝ろ」

 

 そういってコンロの火を止め、唯一この雪洞を照らすランタンをシリカに渡すと俺もスパローが居るであろう外へと向かおうとする。

 だが、忘れていたことを思い出して立ち止まる。

 

「俺の本当の名前はオイレという、梟という意味だ。騙して悪かった」

「気にしないよ、ウソツキフクローさん」

 

 ふふっと笑う彼女を背に俺はスパローの元へと向かった。

 

 

 星明りを反射して煌く雪原を見ながら、酒瓶で豪快に酒を飲んでいる男を見つける。

 

「言い過ぎたと後悔しているのか?」

 

 その声に振り返りもせず、更に酒を呷る。酔うことなど出来ない仕様にも関わらず浴びる様に飲むスパローに呆れつつ俺も懐からスキットルを取り出した。

 

「悪い癖だと自覚はしている」

「まぁ、俺たちも人にどうこう言えるほど大人ではないな」

 

 嬉々として購入したゲームに捕らわれた情けない大学生二人。社会人にもなってない人間が子供に説教できるとは思えない。だが、放っておくことが出来なかったのだ、例え余計なお節介と罵られようが...。

 

「彼女の明日へ...」

「俺達の過去へ...」

 

「「乾杯」」

 

 

 男二人、酔えぬ酒を呷って夜は耽る。こんな恥ずかしい姿を、少女には見せられないとせめてもの格好付け。

 だが、それを観る視線に気がつかない馬鹿な男達を少女は笑った。




 この駄文に最後まで目を通して頂き感謝感激、恐悦至極。

 色々なシリカを書きたいという欲望に負け、書いてしまったこの話。
 話の中の「今からお前が行おうとしていることは本当に必要なことなのか?」は俺に向けられての言。
 他人の土俵で相撲を取っている癖に、土俵に向かって唾を吐いてもいいものか...考えすぎでしょうか?

 また次話にて御目にかかれれば幸い。


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