機動戦士ガンダム 死のデスティニー (ひきがやもとまち)
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PHASE-1

最近、ガンダム二次作の更新が滞っていましたので、お詫びと言ってはなんですが前にご要望があった『死のデスティニー』だけを独立させて限定的に連載化してみました。内容が内容ですので一先ずは限定公開とさせて頂いてますのでご了承くださいませ。


 屋敷が火に包まれている。夜空の漆黒が血と炎と憎しみの赤で染め上げられている。

 

《こんなことは、もう本当に終わりにしましょう! 我々は殺し合いたいわけではない! こんな大量の兵器など持たずとも、人は生きていけます! 戦い続けなくとも、生きていけるはずなのです!》

 

 街頭に設置されたモニターから、プラントのデュランダル議長による演説の映像が垂れ流されて、地球の各所では市民たちによる暴動が多発していた。

 

“ロゴスを倒せ! ロゴスを殺せ!

 奴らこそ平和と俺たち市民すべてにとっての敵なんだ!”

 

 ――と、皆一様に目を血走らせて手近にあった凶器を携えて、デュランダルが『対話に応じて頂くため』『やむを得ず公開した』彼らの素性と住所にあった屋敷を襲撃するため、自分たちを勝手な理由で死なせてきたバカな連中を皆殺しにしてやるために屋敷を包囲して数の力で押し潰しにいく。

 少数の警備兵は銃で武装しているが、構うことはない。多少の犠牲なんて奴らに殺された人々の数と、これからも殺され続けていたかもしれない死体の数を思えば今このときだけは端数として割り切れる。

 悼むのも悲しむのも、敵討ちと復讐を終えた後でいい。

 

 今はただ・・・・・・殺しまくりたい。

 それだけが暴徒と化した群衆たちの嘘偽らざる本心だったから・・・・・・。

 

「た、助けてく――ぎゃぁぁぁっ!?」

「死ね! ロゴスの悪魔め! 死んで地獄に落ちて後悔しやがれ!」

 

 また一つ、ロゴスのメンバーが所有する屋敷が落ちて、本人が暴徒たちに手で射殺される。

 彼の家族もまた同様だ。自分たちの家族を殺して得ていた金で肥え太った豚のようなガキと女など殺されて当然。いや、むしろ殺して敵を討つことだけが自分たちに奪われることなく残されていた、たった一つの権利なのだと彼らは信じて疑わずに、また一つ。また一つとロゴスの屋敷を血の海に変え、地獄の業火で焼き尽くしてから去って行く。

 

 ・・・そんな地獄を創りに来た者たちが、ここにもまた一団。

 

「オラァッ! ここがロゴスの屋敷かぁ!? 殺してやるから隠れてないで出てきやがれ悪魔共!」

 

 扉を蹴破り、建物の中へと突入する群衆。

 そこは他のメンバーの屋敷と違い、比較的近代建築様式が用いられたペンションのような外観を持つ、ロゴスメンバーが住むには異色の建物だったが暴徒たちは気にもしなかった。

 

 どうせ燃やして、殺して、壊しまくるためだけに訪れた場所なのだ。跡形もなく消え去ることが確定しているモノがどの様なモノであろうと意味はない。どうせこれから自分たちの手で壊し尽くされ殺し尽くされるだけのガラクタに変わってしまうのだから。――そう思っていた。

 

「え・・・?」

 

 しかし彼らは屋敷に突入した瞬間、意外すぎる光景に騒ぐのも叫ぶのもやめて、虚を突かれたように黙り込まされてしまっていた。

 明かされたロゴスの真実と、目の前に広がる現実の風景があまりにも懸け離れすぎたモノだったから―――

 

「ようこそ、皆さん。歓迎いたします。ご馳走を用意しておきましたので、ごゆるりとどうぞ」

 

 そう言って、ゲストを迎えるパーティー主催者のごとき丁重な態度で両手を広げて指し示してくる先にあった物は――ホール全体を敷き詰められるように並べられている、ご馳走の山。

 テーブルの上に載せられている出来たてホヤホヤの湯気を立てている、テレビでしか見たことがない酒池肉林の数々。

 その芳しい匂いに鼻腔をくすぐられ、屋敷を襲いに来た暴徒の一人が思わず「ゴクリ」と喉を鳴らす。

 

「安心して下さい。毒などは入っていません。これは所謂、賄賂という奴ですから」

「ワイロ?」

「はい」

 

 その人物――写真付きで公開された、年寄りばかりのロゴスメンバーの中で唯一の“子供”だった少女。

 銀髪と青い瞳と古風な軍服が印象的な小さな女の子は、暴徒たちの代表格をジッと見つめ返しながら自分からの要求を突きつける。

 

「こちらが求める条件はただ一つです。・・・私を見逃して頂けませんかね? もちろん無傷で。

 代わりと言っては何ですが屋敷にあるモノはすべてあなた方に差し上げますし、警備兵には拳銃一発撃たせないことをお約束させて頂きます。謝れと言うんでしたら、いくらでも謝罪いたしましょう。

 どうです? 悪くない条件だと思われませんかね? そうすればお互い誰一人死ぬことなくここから逃げ出せます。私は無駄な人死にがとてもとても嫌いなんですよ」

 

 平然と宣うロゴス最年少メンバーの言葉に、暴徒たちの代表格は言うべき言葉を見失い――次いで激高した。

 

「ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 あまりにも身勝手でバカな言い分。自分たちを無駄に殺しまくってきたくせに、今更になって主張する言葉ではなかったし、自分たちの怒りが物と金で収まるなら警察はいらない!

 

「あれだけ殺しておきながら、自分が殺されそうになったら命乞いだと!? ふざけるな!

 ベルリンでお前たちに殺された人たちの家族にも、同じ言葉を言うつもりなのかテメェらは!?」

「ええ、もちろんです。アレの担当はロード・ジブリールさんで、私には一切知らされぬまま進められていた作戦でしたからね。

 あんな馬鹿げた作戦をもし知っていたなら間違いなく止めていたでしょうし、そう思ったからこそ彼も私に内緒で事を進めてたんでしょうから、軍事部門の作戦立案が担当だった私にはどうすることもできない事案でしたからねぇ。

 可哀想だとは思いますし、愚行に巻き込んでしまって申し訳ないとは思いますけど、死人を生き返らせられる訳でもありませんのでね。ゲームと違ってお金で人は甦りませんから、どうしようもありません。

 私が遺族に言えることは一つだけ『これ以上無駄な被害を出さないようご協力下さい』と、頭を下げてお願いをする。その程度ですよ、ロゴスの持つ力なんてものはね」

 

 被っていた軍帽を脱いで顔を煽ぎながら平然とした口調で宣う、民衆にとっては勝手極まりない理屈。

 自分は知らなかったから、どうしようもなかったから、だから仕方がなかったんだ、諦めろ? ――ふざけるなっ!

 それをどうにかするのが政治家たちだろうがよ! そのために俺たちは税金を払ってお前らを養ってやってんだ! 給料分は働け税金泥棒共! できなけりゃ俺たちに金返せ!

 命を返せ! 家族を返せ! 返せないならせめて―――俺たちの手で殺されてしまえぇぇぇぇっ!!!!

 

 

「死んで地獄へ降ちやがれぇぇぇぇぇっ!!!!!」

「交渉決裂ですか。残念ですよ、本当に・・・。――と言う訳なので、撃ってよし」

 

 

 自分に向かって迫り来る群衆のことなど気にもせず、軽く指を振り下ろして誰かに対して少女が何かを命令した次の瞬間。

 

 破砕音が響くとともに暴徒たちは、少女の背後にあったマジックミラーの壁が打ち砕かれて、中から現れた数十名の完全武装した兵士たちによって次々と蜂の巣に変えられていき、訳もわからないまま殺されていく哀れな殺人被害者の群れと成り果てていく。

 

 数十秒後、その場で生き残っているものが無傷の加害者たちだけになっていた頃。屋敷の周囲から喧噪の叫び声は途絶えていた。

 変わって響いてくるのは、悲鳴と絶叫と命乞いの金切り声と、そして銃声。

 

 伏せていた兵たちが合図と共に一斉に立ち上がり、屋敷を取り囲んでいた暴徒たちの背後から半包囲して退路を断ち、完全包囲の輪の中に閉じ込めてから『自ら銃を持ち敵を殺すため戦場に赴いてきた“敵”』として殲滅させていく。

 

 

「ひぃぃぃっ!? 助けて! 助けて! 殺さないでブジャ!?」

「お、お願い! 私はどうなってもいいけど、この子だけはオギャッ!?」

「わ、私は自分の意思でここに来たわけじゃないんだ! ただデュランダルに乗せられグベハァッ!?」

「お、お、お、お金! お金あげます! いくらでもお金あげますから殺さないでお願いします! 死にたくなギニャァッ!?」

 

 

 ・・・つい先ほど、自分たちのリーダー格が命乞いしてきた敵に対して、どのような返事を返したかなど彼らは知らない。知ろうとも思わないし、知る必要性すらないと確信しきってこの場所に来たのだろう。

 それが仇となり、自らの死刑執行書にリーダー格が舌でサインしてしまったことなど知る由もないまま殺されていく群衆。

 

 やがて偽装されたシャッターが開いて、屋内から装甲車まで出てくる光景を目撃させられた彼らに、抵抗する意思や勇気など残っているはずもない。 

 仇討ちの復讐という名目の元、一方的な虐殺をおこなう加害者となれることを想定して、それ以外には想定しないまま襲撃に参加してしまった感情任せの群衆たちに、数の上でも装備の面でも上を行かれた完全武装の軍隊相手に完全包囲まで敷かれた体制下で「権利と自由を守るために戦え!」と言う方が無理なのである。

 

 一人、また一人と殺されていく暴徒たち。

 安全に距離を保ったまま反撃を許さぬ統制射撃で殺し尽くしていく兵士たちのヘルメットで隠された心境は、殺されていく被害者たちが思っている以上に苦々しい。

 

 彼らとてロゴスのやり方に心から賛同しているわけではなかったのだ。直属の上司は冷徹非情だが公正であり、軍人としては非常に正しく責任感にもあふれている。

 やらされる作戦内容が多少血生臭すぎることは問題であっても、殺されていく連中がクズばかりなので然程の問題とは思ってこなかった者たち。

 

 だが今回のこれは余りにも―――見苦しすぎる・・・・・・。

 

「死にたくねぇよぉ――っ!! 母ちゃぁぁぁぁぁぁっんブベバァッ!?」

 

 また一人、暴徒が叫び、暴徒が射殺されていく。

 その断末魔の叫び声が彼らの不快さを一層刺激させられる。――ふざけるな、と。

 

 自分たちだって死にたくはない。愉しみで人を殺す変態になった覚えもない。

 軍人だから、命令だからやっているだけだ。

 それなのに何故、ロゴスの悪魔と同類呼ばわりされて、まとめてリンチで殺されるのが当然だと決めつけられなけりゃならないのか?

 

「畜生! お前らは悪魔だ! ロゴスに飼われて尻尾を振る飼い犬共! 地獄に落ちやがベグギャッ!?」

 

 仲間を蹴飛ばし、自分だけでも逃げ延びようとした暴徒の一人が足を撃ち抜かれ、逃げられないと悟って最期に放った恨み言を言い終わる前に頭部を吹き飛ばして射殺した兵士の一人がつぶやき捨てる。

 

「・・・俺たちが悪魔なら、お前たちは餓鬼だ。いるべき場所へ帰れ。地獄へな・・・」

 

 彼はジブリールが電源すら切らずに放置したまま避難していった屋敷の映像から、自分の同僚が民衆に殺され、死体に唾を吐きかけられる様を目撃していた一人だったのである。

 

 彼らに言わせれば、今になって殺せ殺せと喚き立てるぐらいなら、何故もっと早く殺してしまわなかったのかと思わざるを得ない。

 戦争で儲けようなんて考えている碌でなしの集まりが、ロゴスのメンバーなのだ。普段から表の顔だけでも十分すぎるほど黒い噂は立っていた。それらを糾弾する声も当然ながら複数あったのだ。

 

 それら全てに眉をひそめながらも、結局は「どうしようもない」で終わらせてきたのは何処の何奴だ? 不平不満をため込んでも金で矛を収めてやってきたのは何処の誰様たちだった? 隣の家に住む反戦主義者の隣人が非道な報復を受けているのを知りながら、見て見ぬフリをして今まで放置し続けてきたのは、何処の誰で何奴らだったのか?

 

 ――答えたくないか? なら言ってやる。教えてやる。

 他の誰でもない、お前たち自身だ!! お前たちこそ殺人者の仲間たちだ!

 俺たちに地獄へ落ちろというなら、お前たちも一緒に落ちろ! それが筋ってもんだし、人の道だろうがクソ野郎共!!

 

 

 ・・・やがて残った最期の一人が、友人なのか他人なのか下半身を失った血まみれの上半身だけを抱きしめながら瞳一杯に血涙を湛えて自分を囲んで銃を突きつける兵士たちを睨み据え、この世全ての不公平と理不尽を恨む呪詛をロゴスと彼らの仲間たちへの非難の形を借りて顕現させる。

 

「――貴様ら権力者はいつもそうだ! 多数を救うために少数の犠牲が必要だったんだと自己正当化して、俺たち民衆を政治の道具として使い捨てる! だが、貴様らの親兄弟が犠牲となった少数の中に含まれてたことが一度でもあったと言えるのか!?」

「・・・・・・」

「構いません、言わせてお上げなさい」

 

 糾弾し、弾劾する彼に向けて引き金を引こうとする兵士たちをやんわりと制し、近くの兵士の腰に差してた軍用ナイフを一本借りてノンビリとした歩調で近づいてくる軍服の少女。

 

「世の中は不公平だ! 理屈に合わない! 戦争で何万人殺そうと勝ちさえすれば英雄と称えられる!

 都市を燃やして住人を虐殺しても『国家のために、平和のためには必要だった』と言えば正当化されて裁判にかけられることもない!

 なのに俺たち民衆が家族を殺された復讐したら殺人鬼扱いか! 反逆者呼ばわりか! お前らの方がよっぽど人殺しじゃないか! 殺人鬼じゃないか! 戦争犯罪人と呼ばれるべきなのはお前たちの側じゃないのか!

 どれだけ俺たち民衆を殺しまくって犠牲をだそうと、勝ちさえすれば英雄と呼ばれる世の中全部が間違っている!!!」

 

「なら、あなたが世の中の誤りを正して見せなさい」

 

 スパッと、刃物が肉を切る音が聞こえて、ブシャー!と噴水のように水分が吹き出す音が響き、頸動脈を切られて事切れた男の死体を軽く蹴飛ばすと、持っていた上半身だけの死体がゴロリと横に転がり落ちる。

 

 ――そして出てくるのは、死体で隠して見えなくしていた、男の腹に巻かれた大量のTNT火薬。

 ライフルで死体ごと撃ち抜いていたら今頃どうなっていたかと怯える兵士たちに向かって、軍服姿の少女は軽く肩をすくめて見せる。

 

「夜中に子供のいる家を囲んで「正義正義」と騒ぎたて、社会批判をしたがる大人のやる事なんて、この程度のものです。

 世の中が間違っていると思うなら、自分が正しいと信じる在り方に変えてしまえばいいだけのこと。

 やるべきことも成そうともせず、他人にされたことばかりを批判して、自分が今やっているのがテロでしかないと言う現実を見ようともしない口先だけの詭弁家が唱える正しい世の中なんてご都合主義社会に決まっているのですからね・・・バカバカしいですよ、こんな人の自己陶酔にまじめに取り合って心中させられるなんて言うのはね」

「・・・・・・」

 

 無言のまま、気持ち悪いものでも見るかのように男の死体を距離を置いて見下ろしていた兵士たちの元に、やがて数機の軍用ヘリが到着する。

 

「セレニア様、お迎えに上がりました。遅れて申し訳ございません、離陸を邪魔しようとする暴徒どもの駆除に手間取ってしまったものですから・・・」

「構いませんよ、多少の遅れは想定の内です。――皆様方は?」

「全員、ヘブンズ・ベースを目指して逃走中とのことであります。ジブリール様からも、一刻も早く合流して欲しいとの嘆願と言いますか、悲鳴が届けられておりました。詳細はこちらに」

「結構です。では行きましょうか。今のところ他に行ける場所もなさそうですからね」

『ハッ! 承知しました!!』

 

 それぞれが分かれて所定の移動用ヘリに搭乗し、南極にある地球連合軍の一大拠点ヘブンズ・ベースを目指して機を浮上させていく。

 ロゴスを見捨てるにしろ何にしろ、今のままでは部下たちを降伏させてあげても報復の対象として生け贄代わりに殺されかねない。なんとか彼らの今後の生活保障と命の安全を確保してあげるのが上に立つ者、指揮官としての義務と責任というものだろう。

 

 やがて機が一定の高度まで浮上すると警告が発せられてくる。この屋敷がある国の政府がプラントに寝返るため、手土産となるロゴスメンバーの身柄を要求してきたのである。

 

『――プラント側に引き渡されるまでの間、貴殿と部下の方々の安全は我が国が責任を持って保証する。

 貴官らにも人として良心があるはず。自らに非なしと主張するならば尚のこと、国際法廷の場で自らの潔白を主張し、正義と真実の名の下、公平な裁きにより無罪を勝ち取るべ――』

「対艦ミサイルを発射してください。目標はこの国の国防拠点です。位置は事前に入力しておいたデータがあるはずですから、Nジャマーは障害になりませんよ」

「了解。発射します。ファイヤ」

 

 黙々と命令を実行し、政府所有の建造物を破壊させた軍服の少女はマイクを手に取り、途中から沈黙したままの相手に返事を返してやる。

 

「黙って私たちが逃げるのを見て見ぬフリしなさい。今まで通りと変わらず最期のお勤めです。そうすればこれ以上は撃ちません。言い訳も用意してあげますよ」

『・・・・・・』

「はぁ・・・、判りました。じゃあ――私の言うこと聞かないと自暴自棄になって市街地を無差別爆撃しちゃうぞー。無辜の市民に大勢の戦争被害者を発生させたくないなら、無駄な抵抗はやめて私たちを通しなさーい。本当に撃っちゃいますからね~? なんならもう一発いきますか~?」

『市民を人質にするとは何と非道な連中だ! ロゴスとはやはりそう言う奴らだったと言うことだな! やむを得ん! 市民を守る義務がある我々としては諸君らの逃亡を見逃してやらざるをえんだろう! だが、心得ておけ!

 非道な手段で自らの過ちを正当化しようとする者たちは、いずれ必ず正義の刃で裁かれる運命にあるのだということを! この屈辱は忘れない! いずれまた戦場で決着を付け――』

 

 ブチンッ。

 

「失礼、セレニア様。周波数を間違えて、ラジオが放送していたバラエティー番組に合わせてしまっていたようです。調整し直しますので、この国の制空権を出るまで今しばらくお待ちくださいませ」

「・・・別にいいですよ、消しておいたままで。どうせバラエティー以外に放送してても茶番でしょ? 同じようなもんですから聞かなくていいです。あと適当にどうぞ」

「了解。適当に任務を遂行いたします」

 

 適当な指示だけを出して横になり、低い天井を見上げる軍服の少女。

 目をつむって考えてみるのは、この戦争の行く末のみ。

 

 

 一体、このバーレスクはどのような三文芝居で幕を閉じるよう脚本には書かれているのだろう・・・? もうすぐ地球に降りてきそうな脚本家殿に訊ねてみたい・・・。

 

 そんなことを考えながら、彼女の乗った軍用ヘリの一団は市街地上空を平然と通過していきながら、政府所有の建物だけを攻撃して治安機関を黙らせていく。

 

 国民を守るための軍隊が政府しか守らなくなった世界の末路を眼下に見下ろしながらヘリは飛んでいく。

 

 何が正義で、誰が悪なのか?

 その答えを知るものは誰もいない。

 

 ただ、それを知りたいと望み希求する群衆たちだけが、満天の星空の下でひしめき合いながら怒号と悲鳴を叫び合い続けている・・・・・・。



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PHASE-2

 鉛色の雲に空を覆われたアイスランド沖に、大小無数の艦船が浮かんでいた。

 ヘブンズベース・・・前大戦において壊滅したアラスカ基地に代わる連合軍の指令本部に逃げ込んだロゴス残党を拿捕するためザフト地上軍と連合から脱退した艦船群とが合流した大同盟艦隊による総攻撃が行われようとしていたのである。

 

 

「要求への回答期限まで、あと5時間・・・・・・」

 

 ミネルバの艦橋において、タリア・グラディス艦長が時計を確認しながら呟きを発する。

 ・・・もともとザフト軍の中でもインパルスガンダムを有する艦として中心的な役割を果たすようになっていたミネルバは、ロゴス討伐のため地球へと降りてきたデュランダル議長が座乗艦に指名したことから名実ともに同盟艦隊の総旗艦としての地位を与えられていた。

 

 その船の艦長である彼女は、開戦初期のように若造として侮られることもなくなり、尊敬の念と憧れと・・・それと同質同量の嫉妬と妬みを向けられる立場に今ではなっている。

 

「やはり、無理かな?」

 

 そんな彼女にゲスト席からお声がかかる。振り返った先にプラント最高評議会議長デュランダルが困ったような笑顔を浮かべて席に座り自分を見つめてきていた。

 彼は今回の作戦開始に先立ち、ジブラルタル基地を出発するおり「ヘブンズベース」に対して降伏勧告を通達していたのであるが、未だ何の回答も返されないままなのである。

 

『最後まで諦めることなく平和的解決の道を探り続ける』とする、彼の政策方針に則った行動ではあるものの、艦橋から見上げれば民間のヘリコプターが空を飛び、氷の海には明らかに軍属とは思えない船舶の姿があちらこちらに見受けられ、さらにはテレビの生中継により今回の壮大な包囲殲滅戦の経緯が世界中に放送されながら戦うことになる状況を客観的視点で見たならば。

 

(・・・まるで子供のゴッコ遊びよね・・・)

 

 と、不味い皮肉の一つも浮かんできてこざるを得ないのが現状におけるグラディス艦長の立場であり、素直にそうとは言えず沈黙を返さざるを得ないのもまた彼女の難しい立場というものでもあった。

 

「戦わずにすめば、それがいちばん良いのだがね・・・・・・」

 

 やりきれない表情でひとりごちながら、一瞬だけ議長が考えていたのは別のこと。

 ・・・先日、ロゴスメンバーの情報を公開して市民を暴徒化し、テレビ中継による演説で煽り立てることで襲撃させたときのことだ。99パーセントまで計画通りに推移していた計算に、たった一点だけ黒ずんだ不快なシミが付けられていた。

 

 ロゴスの中で最年少メンバーの屋敷を襲撃した暴徒たちが返り討ちに遭い、逆に全滅させられてしまったのである。

 そこまでは想定の範囲内であり、選択肢の変更で対処できる程度の誤差でしかなく、むしろ被害者たちを悼む想いが、対ロゴス連合軍にあらたな憎しみと正義の炎を宿してくれると敵自らが掘った墓穴に祝杯を挙げたくなったものだが、現場の映像を見せられた瞬間、そんな想いは1ミクロンの塵も残さずこの世からきえてなくなってしまった。

 

 ヒドかった。余りにも酷い有様だった。それこそ、こんなものを誰かの目に触れさせてしまえば折角燃え上がった対ロゴスへの怒りと憎しみの炎に冷や水をぶっかけられることは間違いようのないほどに凄惨すぎる光景。

 

 それは、ロドニアにあった研究所を見たことがある者でさえ吐き気を堪えられなくなるほど悲惨すぎるスプラッター映像がごとき現実の光景。

 串刺しにされて野晒しにされた一般市民の死体を切り刻み、被害者たち自身の血文字で綴られていた文章にはこう記されていた。

 

『我々をこうしたいのなら、こうされる覚悟を持って攻めてきなさい』

 

 ・・・デュランダルは映像を見たその場で証拠隠滅と、この件に関しての徹底した情報管制を敷かせるよう厳命した。

 

(あんな真似が出来てしまう人間が、ロゴスにいたとは予想外だった・・・可能であれば、余計な小細工を労する時間的余裕を与えず一気呵成に攻めかかり殲滅してしまいたいのが本音なのだがね・・・)

 

 そう思いながら、彼もまた本音を口に出す訳にはいかない立場にある身である。

 今は個人的感情で先走っていいときではない。

 このあと数時間後には、新しい世界を始めるための狼煙となる戦闘がはじまるのだから・・・・・・

 

 

 

『こちらヘブンズベース上空です! デュランダル議長の示した要求への回答期限まで、後三時間と少しを残すところとなりました』

 

 上空を旋回しながら戦況を撮影し、コメントまでしてくれる親切なマスコミを乗せたヘリコプターが同盟艦隊直上を飛行しながら全世界に向けて生中継を行っている。

 

『――が、未だ連合軍側からは何のコメントもありません。

 このまま刻限を迎えるようなことになれば、自ら陣頭指揮に立つデュランダル議長を最高司令官としたザフト、および対ロゴス同盟軍によるヘブンズベース攻撃が開始されることになる訳ですが・・・・・・おや? あれは―――』

「・・・? なんだ・・・?」

 

 アナウンサーによる実況解説の声が途中で止まり、不審げな呟きが発せられるのを艦内放送で垂れ流しにされていたものを聞き流していたデュランダルの耳にも入る。

 卑劣極まるロゴスらしい通告抜きでの先制攻撃でも仕掛けてきてくれたのかなと、艦隊後方の安全圏内に旗艦を配置していた彼は気楽にそう考えていたのだが、実際に目にした光景はやや意表を突くものであった。

 

「・・・光?」

 

 デュランダルが目にしたもの、それは雲に向かって照射された光だった。より正確に表現すれば、鉛色の雲をスクリーンにして映し出される、どこかの国で撮影された何かの映像。

 それは映像だけで音は付属していなかったが、ヘブンズベース側から流されてきた音声により映像の内容と一致してリアリティと説得力が付与されていた。

 

 その映像の第1シーンは、こういうセリフから始まる。

 

 

『――気をつけろ、ステラ! そいつはフリーダムだ! 手強いぞ!!』

 

 

「な・・・にぃぃ・・・・・・っ!?」

 

 

 その映像を見せられ、その音声を聞かされたとき。デュランダルはその一言だけを呟くのがやっとの心理的窮状に追い込まれていた。

 

 それはロゴスを炙り出すために彼が使ったのと同じ、燃えさかるベルリンの映像。

 ――そのノーカット版が、今全世界に向けて同時生中継がなされている前で無料再放送で垂れ流されている。

 ジブリールの屋敷を占拠した部隊が回収したはずの映像が、自分たちが突入するより大分前にロゴスメンバーが全員で観戦していたその映像を、どこかの誰かが録画させ続けていたもの。

 

 それが今、ザフト軍の手で連合政府が秘匿し続けてきたロゴスという真実を公開された市民たちの前に、連合軍の側からも提供できる真実として情報公開されたことにより・・・・・・一つにまとまりかけた世界に再び大混乱をもたらそうとしていたのである。

 

 憎しみという名の友情で結ばれた対ロゴス同盟軍の絆は、真実によって軛を打たれ、亀裂を入れられてしまった。

 事実を公開された議長としては、自身が隠していたフリーダムとアークエンジェルの存在について何らかの納得のいく説明を味方になってくれた者たちに対してしなければならない。

 事実を上回る真実性を持った『虚構』によって、彼は自らのついた嘘を正当化して事実に対抗しなければならなくされてしまったのである。

 

 偽りの団結によって結ばれた、憎しみの同盟軍の絆に亀裂が入るまであと残り三秒・・・・・・

 

 

 

 

 悪い意味で盛り上がりだした対ロゴス同盟艦隊を横目に見ながら、対極に立つヘブンズベース内のロゴスメンバーは白けた気持ちで、一人の若者を眺めていた。

 盛り下がるメンバーの中で、一人だけ心の底から楽しそうに嬌笑を上げ続けている若者。

 ブルーコスモス盟主、ロード・ジブリール。

 彼は自らが選んで軍事部門を一任していた少女の手腕に、心からの拍手喝采を送りながら、憎むべき宿敵デュランダルの晒す醜態振りを見下しながら大声出して笑い転げていたのである。

 

「ふはははははっ! 見てください皆さん! ご覧ください皆様方! あのいけ好かないデュランダルと、奴の口車に乗せられてノコノコこんな所まで出張ってきたお調子者の寄せ集めどもが右往左往していますよ! どちらの方が正しくて真実なのかと、怒鳴り散らしながらね。近来にない名喜劇だとは思われませんか?」

「ハッピーエンドで終われなければ、喜劇とは言えんじゃろうな」

 

 若者の先走りを窘めるように、皮肉るようにロゴスの一人である老人が葉巻に火を付けながら軽い口調で嫌みを言った。

 もっとも、今このときのテンションが絶好調にあるジブリールに対して、たかだか嫌み一つで効果が上げられるなら苦労しない。

 彼は「フッ!」とせせら笑うとモニターの一つに映し出された、愛娘とも呼ぶべき最愛の少女型敵対勢力自動殲滅マシーンに対して心からの笑顔を向けて言葉を発する。

 

「見事だ! セレニア君! これで敵の団結はバラバラ・・・正義の味方や神のような人間などいないのだという事実を額縁付きで我々から教えてもらえた民衆は、偽りの絆を保つことなどもはや出来はすまい・・・」

『・・・どーも。お褒めいただき恐悦の至りです』

 

 いつも通り、やる気を感じさせない口調と態度は今まで彼を苛つかせることが多かったものだが、こうなってみるといかなる窮状に追い込まれても冷静さを失わない落ち着き払った名将の素質が彼女にあったことを証明するもののように思えてくる。

 

 ――やはり自分の目に狂いはなかった! 彼女を抜擢した自分は正しい!

 

 ・・・愛娘をウソ偽りなき本心から褒め称えながら、同時に自分自身の先見の明を自画自賛する器用さを発揮させながら、それでもジブリ―ルの有頂天振りは止まらない。

 

「しかし、空に浮かぶ雲に光で映像を映し出す演出か・・・・・・アルミューレ・リュミエールの光波防御帯技術の応用に、こんな使い道があったとは思いもしなかったな。今度は私もなにかの折に採用してみたいほど美しい技術だよ、セレニア君」

『であるなら、まずは今を乗り越えることに全力を尽くすといたしましょう。“今度”を迎える前に死んでしまったら堪りませんからね』

「乗り越える・・・? ハッ! 何を言っているのかね、セレニア君。我々は攻めるのだよ。奴を、今日ここからね。

 そのためにこそ君が立案した万全の迎撃作戦であり、誘い込まれた獲物を捕らえるためのトラップなのだろう? ――私は君を信頼しているのだよ・・・セレニア君。

 君“は”、私の信頼を裏切らないでほしいのだがね・・・?」

 

 ベルリンで失敗したファントムペインのネオ・ロアノークを引き合いに出して脅しをかけるように言ってくるジブリ―ルだったが、事この少女相手には糠に釘だ。

 軽く肩をすくめて見せて、いつも通り覇気に欠ける返事を返してくるだけである。

 

『失敗したときの処罰はご自由に。責任者とはそう言うものですからね。別に責任逃れをする気はありませんし、逃げるつもりもないですので適当にどうぞ。

 今は失敗したときのことより、勝つための準備に全身全霊を傾けたい時ですのでね』

 

 老人たちとは違う表現で皮肉を返してくるセレニアに、ジブリ―ルはまたも「フッ!」と鼻を鳴らす。

 

『とにかく皆様方は待っていらっしゃれば宜しいのですよ。映像を見せられた敵軍が右往左往している姿をご覧になりながら、ノンビリと葉巻でも吸いながらごゆっくりと・・・ね?』

 

 ゴホッ、ゴホッ、と。一部のロゴスメンバーから咳き込む声が聞こえてくるのをさり気なく無視するため、VIPルームに同席していた連合軍の高官がジブリ―ルとセレニアに確認とも報告とも判然としない言い方で話しかけてくる。

 

「・・・デュランダルは映像を我々が加工したデマであると味方に説明し、我が方に対しても映像が真実であることの証明と、偽の映像で人心を惑わす悪辣さを糾弾する通信を呼びかけ続けてきておりますが、如何いたしましょう?」

『完全無視です。好きなだけ吠えさせてお上げなさい。飽きたらそのうち勝手に攻めてきますよ。その為に来た人たちですからね。手ぶらじゃ帰れませんし、議長さんの立場がそれを許してくれないと思いますから。

 ――ああ、でも最初に届けられてた降伏勧告にだけは返事をしておいてください。“拒否します”とね。

 “この上は武人らしく正々堂々剣によって雌雄を決しましょう。約束の刻限まで互いに英気を養い、悔いの残らぬ戦をすることを連合の名においてお約束いたします”・・・とかも付けちゃっていいかもしれません。言っても損にならない社交辞令は言っとくべきです』

「・・・了解しました。先方にはそのように通信を送り返し、それ以外の通信はすべて聞き流すよう担当者には通達しておきます」

 

 礼儀正しく述べながらも、その高官の表情は露骨すぎるほど「エゲツねぇ~・・・」と書かれていたが、声に出してなければ問題にはならない。それが大人の社会で守るべきマナーという名のルールと言うものである。

 

 

 

『おそらく敵は、脱走艦は出すことなく一応の団結は保ったまま攻撃を開始すると思われます。その際には引きつけて撃つを味方に徹底しておいてくださいね? わざわざ要塞に立てこもっている側から好き好んで地の利を捨て、出戦を仕掛ける必要性もとくにありませんから。

 デストロイ三機が出れば、通常の機体でアレに対抗できないことは既に知ってるザフト軍としても対抗できる数少ない駒、インパルスを出してくるでしょう。あるいは開戦から結構経ちますし、そろそろ新型の高性能機を完成させている可能性もありますから、性能的に我が方が有利とも限りません』

 

 

『なので待ち戦です。敵艦隊と機動戦力を分断させて各個に撃破するオーソドックスな手法でいきますよ。各員は油断することなく、落ち着いて指示に従ってください。そうすりゃ簡単には死にませんし、死なせないよう私もできる限り努力しますから。

 ――我が方は現在のところ負けていますが・・・・・・まぁ、チェックをかけられただけでチェックメイトはまだされていません。諦めるにはまだ早いでしょう。

 それでは皆さん、自分が死なないように頑張って戦かってくださいね。以上』



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PHASE-3

「――時間だッ!!」

 

 ミネルバの艦橋でデュランダルは座席から立ち上がって宣言した。

 彼が指定して敵が受け入れた開戦時間がようやく訪れ、両軍からの攻撃が開始されたのである。

 

 ――敵の手で秘匿していたウソを暴かれた彼は、ここに至るまで味方してくれた同盟軍各位に対して『今はロゴスを討つことが何よりも優先』『戦い終わった後に正式な説明と謝罪を約束する』・・・という論法で不承不承ながらも納得させて引き下がらせていた。

 そのお陰で同盟軍から今のところ脱落者は出ていなかったが、デュランダルを見る彼らの視線に厳しいものが混じってしまうのは仕方のないことであっただろう。

 

 刻限を迎えたヘブンズベースから、一秒の狂いもなく撃ち出されるミサイルの雨を目視した瞬間に、ザフト、対ロゴス同盟軍も敵の動きに呼応して動き出す。

 

「我らもただちに攻撃を開始する! ミサイル発射! 降下揚陸隊を発進準備させろ!」

「――コンディションレッド発令! 総対戦用意!!」

 

 グラディス艦長が事務的な表情の仮面で、言いたいこと聞きたいことの山にフタをしてから、議長の攻撃開始命令に従い同盟全軍に個別の指示を下し出す。

 

 ――誰が間違っていて悪いにせよ、とにかくは勝って生きて帰ることが先決だ!

 

 艦長として部下たちの命を預かる者の立場が言わせた攻撃命令。それに従って同盟軍先頭集団からモビルスーツ隊が発進されていき、敵部隊と正面からぶつかり合う。

 刻限を守って正面からぶつかり合うオーソドックスな始まり方をした戦闘は、両軍共に有利でも不利でもない形での開戦だったが、すぐにザフト軍モビルスーツ隊の方が優位に立ち始めた。

 

 当然だ。個人の能力がものを言う戦い方で、コーディネーターがナチュラルに後れを取るわけがない。不意打ちでもされない限り、正面決戦でザフト軍が連合側に圧勝するのは必然的帰結と言っていい。

 敵も遅まきながら事実を認識できたのか、次々と機首を翻して元来た道を尻尾を巻いて逃げ帰り始める。

 ある意味では、潔く良い退き方と言えないこともなかったが、威勢よく掛かってきた割には「口ほどにもない」感は拭えない。ザフト軍のパイロットたちも、やはりそう思った。

 

「よぉし、今だ! 撤退する敵の背後から食らいつき、敵要塞に肉薄しろ! 追撃戦だ! 急げ!」

 

 議長からの命令に、今度はグラディスは即応せずに振り返る。

 

「議長、それでは作戦が――」

 

 成り立たなくなる――そう続けようとした彼女の言葉を議長は穏やかな笑顔で手を上げることで制止させる。

 

「わかっているよ、艦長。私もこの攻撃で敵要塞すべてを攻略させようなどとは考えていない。

 だが、降下揚陸部隊が軌道上から降りてきたときに挟撃できるよう、敵要塞の一角を橋頭堡として確保しておくことは無駄にならないだろう?」

「・・・・・・」

 

 グラディス艦長は用心深く沈黙を保ち、軍帽をかぶり直すフリをしながら敵要塞の見える窓の方に身体ごと視線を戻す。

 ・・・議長の言ってることも間違いではない。たしかに敵の砲手も逃げてくる味方ごと敵を撃つのはためらわざるを得ないはずだ。

 あるいはロゴスやブルー・コスモスなら躊躇うことなく撃ってくる可能性もあるが、それを言い出したら切りがない。何でも有りになってしまう。それでは作戦もクソもない。

 

 ――それに・・・だ。

 

(・・・何より議長の求心力が低下してしまっているのが大問題だわ。ここは何も言わずに彼の命令に従って作戦を成功に導くことに貢献する以外にないわね・・・)

 

 そう思い、彼女は自分の不満を納得させた。・・・と言うよりも、納得させざるをえない状況に置かれていた。

 デュランダルが嘘をついていたのは事実だし、彼女も彼には言いたいことや聞きたいことが山のようにあるが、それでも彼が失脚してもらっては困ると言うのが同盟全軍にとっての素直な本音だったからである。

 ――彼が抜けた穴を埋められる人材が他にいないからだ。同格の第三人者はいくらでもいるが、第一人者は彼しかおらず、第二人者にいたっては一人もいない。彼が責任を取って引責辞任をした後に、せっかく築いた連合からの脱退組とプラント本国とを結びつけられる存在は残念ながら今のプラントには皆無だ。今までの状態に戻すことなら可能だが、今の友好関係は維持できない。

 

 どれほど怪しく疑問に思える部分が数多かろうとも、デュランダルはザフト軍と対ロゴス同盟軍を纏め上げたカリスマなのは事実だったから・・・・・・

 

 

 

 

 一方その頃、ヘブンズベース司令室。

 

「味方の第一陣が、敵の追撃部隊を引き連れて全速力で撤退してくるのを確認しました。背後の敵部隊、イエロー・ゾーンを突破」

「予定通りだな・・・。よし、セレニア司令の作戦案に従って避難口に指定されたMSハッチを開け。各モビルスーツ隊は所定のハッチから到着した順番に逃げ込んでくるよう命令を伝達しろ。余計な色気は出さずまっすぐ逃げ帰ってくればそれでいいとな」

「ハッ、了解しました。伝えます」

 

 オペレーターからの返事を聞きながら、司令官は軍帽を脱いで顔を煽ぐと、何かを諦めたような表情でポツリとつぶやきを発していた。

 

「・・・偽装銃座による十字砲火の火線上に敵を呼び込む誘い水役、ごくろーさん・・・」

 

 

 

 斯くして戦況は一変させられる・・・・・・。

 

 逃げる敵を追って追撃していたザフト軍の水陸両用モビルスーツ隊は、正面から撃たれないよう細長い列に並んで敵要塞に肉薄していたのだが、ヘブンズベースの砲手たちは作戦通り、敵の細長い脇腹めがけて集中砲火を浴びせ損害を与えた。

 

 さしものザフト軍パイロットたちも、柔らかい脇腹を突かれるとは思っておらず体勢を立て直すため前進を止めて集結し直したところ、今度は基地の地上部分から対潜ミサイルが雨のように撃ち出され、爆発深度を設定されていたそれの被害から逃れるため『コンピューターで予測しやすい正確な回避機動』を取ってしまい更なるダメージを追加で受けさせられてしまう。

 

 モビルスーツが従来の既存兵器を圧倒したのは、敵の攻撃をかいくぐり急速接近してくる複雑な機動を可能ならしめた圧倒的な機動力あってこそのものであり、狙った場所に自分から突っ込んでくるだけでは単なる鉄の的に等しい。

 

 傷だらけになりながらも何とか戦場を離脱して、敵要塞の射程距離外まで逃げ延びてきた彼らは死者数こそ少なかったが、無傷で生き延びれた者の数は更に少なくなっており、そこへ偽りの後退を止めて反転し総反撃するため自分たちの方へ向かってくる連合軍の水中用モビルスーツ部隊を目にしたことで自分たちが罠に誘い込まれたという事実に気づかされ唇を噛みしめながら全速力で元来た道を引き返し始める。

 

 そんな彼らの左右から、来るときには岩場に隠れてエンジンを切り、黙って通してやった連合軍モビルスーツ隊が次々と機体を再起動させて逃げるザフト軍に左右から中距離射撃用の魚雷をつかった挟撃を開始する。

 

 近づいてくればまだしも、水中戦で中距離では当てずっぽうで魚雷を撃ちまくり牽制するぐらいしか出来ることがないザフト軍水中部隊は、『今は敵を倒すよりも逃げる方が先決だ』と判断して攻撃される中をまっすぐ突っ切る道を選択した。

 

 やがて味方の窮地に慌てて駆けつけてきた援軍と合流して安全を確保した頃には、敵軍は既に要塞内へと逃げ帰ってしまった後であり、ピエロを演じさせられるだけで終わったザフト軍パイロットたちはヘルメットを床に叩きつけて怒りに身を震わせた。

 

 

 その頃、同盟軍臨時総旗艦ミネルバの艦橋では。

 

「何ということだ、ジブリールめ!」

 

 デュランダルが語気荒く敵将を罵る声を響かせていたが、誤解である。

 今おこなわれた作戦に於いてジブリールは何もしていない。ただ敵の無様さを眺めながら笑い転げていただけである。

 だが、そんなロゴス側の人事事情など知るはずもないデュランダル配下のザフト軍将校が、焦った声で口を挟む。

 

「議長、これでは・・・!」

「ああ、わかっている――やむを得ん! 彼らにもただちに戦闘を開始してもらおう! デスティニー、レジェンド、インパルスを発進させろ!」

「・・・!! 議長! それでは作戦が・・・っ」

「わかっている・・・っ」

 

 苛立たしげに艦長の声を遮ると、彼は立ち上がってミネルバの窓に歩み寄りながら諭すような声で言ってくる。

 

「君の言いたいことは分かっている。確かにそれが道理だろう・・・。だが、このまま我らが負けてしまったら世界はどうなる?

 今ここでヤツらを討たねば戦争はなくならない。この世界がロゴスの物になる前に我々の手で終わらない負の連鎖を断ち切らなければならないのだよタリア・・・っ!!」

「・・・・・・」

「糾弾もいい、理想もいい。――だが、すべては勝たなければ意味がない。“古から全ては勝者のものと決まっている”・・・そんな歪んだ信念の持ち主たちをここで撃ち逃す訳にはいかないのだよ、タリア・・・っ。どうか分かって欲しい・・・」

 

 返答に窮するグラディス艦長。そんな彼女に決断を促したのは、意外なことに議長でもシン・アスカたちエースパイロットでもなく、単なるオペレーターの一人がもたらした報告によってであった。

 

「・・・!! ヘブンズベース地表部分に高熱源反応を確認しました! これは・・・まさか!?

 ベルリンの悪魔です! あの巨大モビルスーツが出現しました! 同型機を五機確認!」

「ええぇぇーっ!? アレが、五機も!?」

 

 ミネルバ副長のアーサー・トラインが、艦長の代わりに言いたかった言葉を叫んでくれた。

 まったく、何てことだろうか! たった一機でベルリンの町を壊滅させた悪魔が五機も同時に現れるだなんて悪夢としか言いようがない。

 このままでは降下部隊が来るまで持ちこたえることさえ危ういだろう。

 

 ――ならば・・・・・・っ。

 

「シン、準備できてる? 出撃よ! 無理を言って悪いけど、なんとかアレを足止めしないと戦線が崩壊してしまうわ! 急いで!」

『わかってます艦長! 行けます! 行かせてください! 早く発進をっ!』

 

 艦内モニターに映し出されたシンに呼びかけ、即答を得た艦長。最前の攻撃を自分の目でも見たのだろう。怒りに赤い瞳を燃やして逆に出撃許可を求めてくる。

 

 ・・・だが、彼ほどの怒りと憎しみをレイとルナマリアは共有できていなかったようである。

 彼女らも十分早い反応速度で機体に乗り込み、発進準備を進めていたのだが、スタッフの方が彼らの尋常ではなく素早い反応に対応しきれなかった。

 レジェンドとインパルスの発進には、まだわずかに時間が必要となる・・・っ。

 

(――どうするか・・・!? シンだけでも出撃させて敵を足止めできるなら、やらせてみる価値はあるかも知れない・・・っ、けど・・・っ!)

 

 悩む艦長。

 その悩みを議長が一言で一刀両断する。

 

「頼む」

 

 それで全てが決した。

 デスティニーがミネルバから発進していき、少し遅れてインパルスとレジェンドも大空へと飛び立ち出撃していく。

 

 

 ――この出撃順序の変更は、あきらかに敵の作戦立案者の計算を狂わせるものであり、未だデスティニーとレジェンドの存在を知りようもない“彼女”を倒すため議長の一言によって変更が決まった決断は大きな役割を果たすことが出来た可能性もあっただろう。

 

 

 ・・・ただし。それはデュランダルが事前に呼びかけて集まってもらっていたマスコミ船に、どこよりも早く真相と正確な情報をお届けする親切な名も知らぬ小国から派遣されてきた零細艦隊の同盟軍参加を拒否していた場合に限っての話である・・・・・・

 

 

「・・・二機の発艦を確認しました。作戦が始まる前に議長から渡されていた敵味方識別コードによれば、敵機体のコードは“インパルス”と、“レジェンド”だそうです」

「よし、随行してきているマスコミ船に今すぐリークしろ。大至急だ。急げよ」

「ハッ! 急いでチクリに行って参ります!」

 

「・・・・・・悪く思わないでいただきたい、議長・・・。我々はあなたを裏切る訳ではない・・・。あなたに言われたとおりの行動をしているだけです。

 その結果、全世界同時生放送されているテレビの映像と音声を受信した一人が、ロゴス最年少メンバーだったとして、どうして我々が責められねばならぬ道理がありましょうか・・・?

 我々の小国は、こういう風にして生き延びねばならぬのですよ・・・たとえ乞食と蔑まれようとも、正義の騎士として死ぬわけにはいかんのです。

 我々は何としても生き延びねばなりません・・・我々を乞食と呼んで蔑みながら死んでいった大国の勇者たちが死ぬ姿を見届けるためにね・・・・・・」

 

 

 

 

 

 そして、そんな小国から情報をリークされた、どこよりも早く新鮮な情報を視聴者に流すことで誰よりも多くの視聴率を得たいと願う人気テレビ局の生放送を受信した船の艦橋で、こんな会話が交わされていたことを世界はまだ知らない。

 

 

「インパルス発進を確認しました。情報通り・・・いえ、情報よりも二機多いようです」

「・・・ミネルバ隊のエースさんたちは三人だったはずですから、機体数だけは前と同じになったわけですか・・・。

 海軍の人たちは数さえそろっていると安心できるとかなんとか聞いたことありますけど、相手があの“ミネルバ”と“インパルス”じゃあ不安にしかなりませんね~。やっぱり新型機が与えられて乗り換えたってことなんでしょうか?

 だとすれば、図体がデカくてウスノロな分デストロイの方が不利・・・時間との勝負になりましたねぇ。こっちが片付く前にデストロイが全部倒されてしまったらゲームオーバーですよ。シンプルなゲームじゃないのは面倒くさいですよね・・・」

 

「ま、いいでしょう。どのみち私たちのやることは変わりませんからね。

 ――全艦浮上、アップトリム最大。浮上しながらミサイル発射管注水開始、海面に出る寸前に一斉射して、こちらに敵の目を向けさせなさい。

 それで光波防御帯技術を積んだ工作船の映し出す映像に意識を集中させなさい」

 

「・・・ああ、それから偽装艦が見た目だけ本物と同じくしただけで中身空っぽのガランドウ船だと敵にバレたら終わりですので、絶対に全艦同一速度で敵に近づいて心理的に圧迫させることを徹底しておくこと。突出したら全滅させられますからね、気をつけなさい。

 一定間隔ごとに配置した本物だけが、ウチの分艦隊がもつ全戦力なんて敵に知られたら一巻の終わりです。工作艦による映像でカモフラージュしながら近づいていき、内部崩壊を誘うのが主目的であることをくれぐれもお忘れなきように」

 

 

「さぁ・・・敵の皆さんにモビルスーツのない艦隊がどうなるか教えてあげに行くとしましょうか。攻撃開始です。ファイエル」



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PHASE-4

「クソッ! なんなのだ!? これは! 一体!?」

 

 ザフト軍の、ナスカ級高速戦闘艦《ボルテール》の艦橋に怒声が轟く。

 今では白服をまとう隊長にまで出世したイザーク・ジュールが、オペレーターから伝え聞かされたヘブンズ・ベース攻略戦の戦況に憤り、怒鳴り声を上げていたのである。

 

「味方は何をやっている!? 敵に先手先手を読まれて・・・これでは無駄に損害が増すばかりじゃないか!!」

 

 バンッ!と、掌を戦術モニターを映し出させていた机にたたきつけて大きな音を立てるイザーク。

 傍らに立つ副官と言うより女房役のディアッカ・エルスマンも正直、心情的には上官でもある親友の意見に賛成なのだが、声に出しては諫めなければならない立場でもあり、本心を殺して皮肉じみた諫言のみを口に出す。

 

「・・・つっても、しょうがないじゃん? ここでいくら怒鳴ってみたところで今から地上に助けにいけるわけでもないんだしさ。オレ達はオレ達で、やることやるしかないでしょ?」

 

 彼らは今、衛星軌道上に集結を完了させたザフト軍宇宙艦隊から、ヘブンズベース攻略部隊を支援するためモビルスーツ部隊を降下させるという目的でこの場に来ている。その部隊の降下準備が完了していない現状においては出来ることは準備を急ぐよう指示するだけ・・・それが現実の作戦指揮というものだろう。

 

「その程度のことは言われんでもわかっている! 降下部隊の準備を急がせろと言っているだけだ!!」

 

 親友に対して、先ほどよりさらに大きな声で怒鳴り返してそっぽを向くイザーク・ジュール。

 実際、彼もディアッカに言われた程度のことは理解した上で言った言葉であり、諫めてくれる女房役あってこその“甘え”であった。それが理解できているからこそ、周囲も彼の短気と感情論を受け入れられている。怒鳴り散らしはしても指揮官としての冷静な判断力までは失わないヤツだと解ってくれているから・・・・・・。

 

 

 ――だが、結果的に見てこのとき彼らの下した判断は間違っていたことが、しばらくして判明させられる。前大戦経験者であるイザークやディアッカを含む彼ら全員は、このとき忘れていたのだ。

 

 こちらが敵を滅ぼすため、味方の被害を可能な限り少なくするため準備万端ととのえてから出撃させようと努力している時。

 ――敵もまた、同じことを同じように迎撃準備を余念なく進めているものだという当たり前の現実を、彼らはこのとき一時的に失念していたという苦い現実を・・・・・・。

 

 その油断と思い上がりが、一機残らず全滅させられた降下部隊という分かり易い結果によって彼らに苦い教訓を与えさせられることになるのである・・・。

 

 

 

 

 

 一方、地上のヘブンズ・ベース攻略部隊内においても味方の置かれた状況に憤って叫び声を上げている一人のザフト軍兵士がいた。

 最新鋭機《デスティニー》のパイロット、シン・アスカである。

 

 レイとルナマリアを置いて先に単独出撃していた彼は、デスティニーの圧倒的性能にモノを言わせて迎撃に出てきた敵部隊を次々と撃破しながらヘブンズベース上空へと向かっていた。

 

「クソォッ!! コイツらぁ!!」

 

 ・・・もっとも。彼の場合は一方的にやられてばかりの味方に不甲斐なさを感じる気持ちは微塵もなく、ただただ仲間たちを『身勝手でバカな理由』で殺しまくってくる悪い奴らロゴスと、その手先たちの理不尽な暴力に対しての殺意と憎しみだけがそこにある・・・。

 

 ――この時、彼は自覚していない。

 自分が今戦っている敵からすれば、自分こそがデストロイなのだという事実をだ。

 

 自分たちを追い詰めて、大勢で取り囲んで逃げ道を塞ぎ、「撃て」と命令されたから必死の思いで出撃してきただけの自分や仲間たちを殺戮しながら無傷のままで突き進み、命を捨てて抵抗しても掠り傷一つ追わせられない彼こそが。

 ――敵にとっては『赤い翼を持つ悪魔のような大量殺戮者』でしかない事実を、この時の彼には理解できない。したくない――

 

「もう好きになんかさせるかァッ!!」

 

 右手に持ったMA-BAR73/S高エネルギービームライフルを連射して数機がかりで迎撃に出た敵のウィンダム部隊を羽虫のように落としまくり、多くの犠牲を払いながらも火線を掻い潜り抜けて一矢報いようとした一機を腰部に据えられたM20000GX高エネルギー超射程砲で撃ち貫き爆散させ、通常兵器しか保有しない量産機ウィンダムを独特の軌道を描いて飛来する特殊武装RQM60Fフラッシュエッジ2ビームブーメランで二機まとめて両断しながら、“味方を一方的に蹂躙している黒い巨人を倒すため”先を急ぐ《デスティニー》とシン・アスカ・・・。

 そして、敵に多くの無駄な犠牲を払わせながらもヘブンズベース上空に到着した彼の眼下で、黒色で禍々しい姿をした敵の巨人《X1デストロイ》の圧倒的火力と防御力の前に数機まとめて爆散させられていく味方の最期の姿が目に映る。

 

「コイツぅっ! くっそぉ!!」

 

 自分が出撃した目的――『倒すべき敵』の姿を前にして、彼の感情は激しく燃え上がり激情となる。

 

「お前たちは・・・っ、お前たちも・・・・・・っ!!」

 

 だが、その心にデストロイへの憎しみと怒りはあっても、ベルリンで出撃したときのようなパイロットまでも憎む気持ちはわずかもなく、むしろ哀れみと同情と・・・・・・殺すことでしか救うことができない自分の無力さから来る罪悪感がそこにある。

 

 ――思い出されるのは、ステラ・ルーシェの名を持つ少女。

 ベルリンでデストロイのパイロットだった女の子。自分が『守る』と約束しながら死なせることしか出来なかった悲運の少女。

 遺伝子操作を忌み嫌う連合・ブルーコスモスが、薬やその他の様々な手段を使って作り上げている生きた兵器。戦うためだけの人間。

 一定期間内になにか特殊な措置を施さないと身体機能を維持できなくされてしまった哀れな戦争の被害者たる子供たち・・・・・・。

 

 シンが『守るために』『死なせないために』手に入れた《デスティニー》の力では、『殺すことでしか』守れないし救うことも出来ない『強さが無意味になる存在』・・・・・・

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 はたして、その罵倒は誰に対して向けられたモノであったのだろうか?

 事実をあらためて認識した瞬間に彼の頭は冴え渡り、激情は一気に冷却されて冷静さを保ちながらも敵への憎しみは失われていない。

 新型エンジンを最大出力で稼働させて、赤い翼状のビーム光を背部にまとわせたデスティニーにMMI-714アロンダイト対艦刀を構えさせる。

 

「こんなことをする・・・こんなことをする奴ら、ロゴス!!」

 

 そして、すべての元凶たるロゴスを討つため、目の前に立ち塞がり彼らを守ろうとする黒い巨人X-1デストロイを倒してでも先へ進む決意を固めさせる。

 

 すべての責任はロゴスにあると信じて。すべての悲劇の原因はロゴスにあると信じて。

 ステラも、ハイネも、マユも、父さんも母さんもみんなみんな、戦争なんかで死ぬ必要のなかった良い人たちが死んでしまったのは、自分たちの身勝手でバカな理由で世界を戦争に巻き込もうとするロゴスこそが・・・・・・すべての原因!!

 

 

「許すもんかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」

 

 

 叫んで、機体をデストロイに向け加速させるシン・アスカ。

 デストロイ一号機に乗る生体CPUスティング・オークレーが彼に気づいて迎撃しようとするが、如何せん。

 出力と口径が大きすぎるデストロイの射撃武装は迎撃に向いておらず、斜角の自由も利かないため、デストロイと比べれば遙かに小型であるデスティニーには掠り傷一つ追わせられないまま容易に懐の内側へと入り込まれてしまう。

 

 敵が狙いづらいよう急降下しながら接近して、鈍重な敵の目の前まで到達したら逆に急上昇をかけてからアロンダイトを振り下ろす!!

 

 

 今まで積もり積もった行き場のない怒りと憎しみをすべて込めて彼は叫び、斬撃を放つ!

 すべての戦争の元凶であるロゴスを討ち、世界を平和にするために!! 二度と戦争を起こす必要のない平和な世界を築くために!

 今まで払ってきた犠牲を無駄にしない為にも! 戦争で死んでいった人たちの為にも!!

 

 たとえ、その為にデストロイに乗せられた哀れな被害者の少年少女たちを殺すことになろうとも、彼らのような犠牲者を二度と出さずに済むため! 戦争を終わらせるため!! ロゴスを討つのだ!! 絶対に! 何があっても! 誰を倒すことになったとしても!!

 

 

『ロゴスさえ討てば戦争は終わり、平和な世界がやってくる――』

 

 

 ディランダル議長の言葉が彼の脳裏によみがえり、そしてまた――彼は“すがる”。

 

 彼は気づいていない。自分が彼の言葉を『信じたわけではない』という事実に。

 ただ、それが真実なのだと『信じたいから信じただけ』でしかない自分自身の真実に。

 

 正義の味方や神のような人間がいて欲しいと願った彼に、『自分がそうだ』と言ってくれた人がいて。

 

 悪の軍団や魔王のような人間たちがいて、そいつらさえ倒せば世界が平和になるような、分かり易い悪党たちがいて欲しいと願った彼に、『ロゴスこそがそうだ』と、その人が世界が隠してきた真実を教えてくれたから。

 

 そうであって欲しいと願ったから。

 それが真実であってくれたら良いと願い求めたから。

 

 だから彼を信じた。彼の言葉にすがりついた。

 それが彼にとって最も都合がよかったから・・・・・・。

 

 だから信じた。

 自分の夢が、理想が、信じ貫きたい正しさこそが『正しいのだ』と言ってくれた人間の甘言を。美辞麗句を。自分にとって都合のいい言い分を。

 すべては自分の願望を全肯定してくれたから!! だから―――ッ!!!

 

 

「お前たちなんかがいるから!! 世界はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 だから、だからこそ。

 ―――世界は彼の“甘え”を許容してくれる人間ばかりは用意してくれないのだ。絶対に・・・・・・。

 

 

『・・・迂闊な人ですねぇ~。飛んでるんですから、下にも目をつけとかないと撃たれちゃいますよぉ~?』

 

 

「――!? 反応! 真下か!?」

 

 突然、コクピット内に全方位チャンネルによる誰かの声が届けられたと思った次の瞬間に、今度は危機を告げる警報が鳴り響いてシンの意表を突く。慌てたシンが機体に再度の急上昇をかけさせる!

 

 今自分が飛び上がってきたばかりの位置に、雪を上からかぶせてエンジンを切った敵機が隠れ潜んでいたのである!

 その敵がビームライフルの安全装置を外して、急上昇させたデスティーが切り下ろしのため急降下に移った瞬間を狙い澄まして待ち続けていたタイミングに発砲してきた以上、彼のとるべき選択肢は斜め上への急上昇しか他にない。

 

 なまじ、刃渡りがデカすぎる対艦刀のアロンダイトは斬撃パターンの数が少なく、切り払うか、切り下ろすか、振り上げるか、あるいは切っ先を突き出しながら突撃するかの四パターンだけしかなく、どれも途中で横合いから邪魔が入り止められてしまうと、いったん後退して距離をおいての仕切り直しが要求される武装だからだ。

 

(チクショウ! せっかくここまで来たって言うのに!!)

 

 不条理な敵の奇襲に怒りの声を心の中で絶叫しながらも、彼は声に出しては何も言わない。

 言えなくなっていたからだ。

 いくらナチュラルと比べて頑丈に出来ていようと、コーディネーター用の特別機であるデスティニーで急上昇をかけ急降下に移らせた直後に再度の急上昇をかけさせたのでは機体はよくてもパイロットの体が保たない。

 猛烈なGが負荷としてシンの肉体に与えられ、彼はその衝撃を耐え抜くために歯を食いしばって我慢しづけるしかなかったのだ。

 

 翼の力も借りて、残り二機のデストロイからの追撃も回避して安全圏まで後退することに成功したデスティニーのコクピットの中でシンは、口の中にかすかな血の味を感じて舌打ちした。

 

 そして、ヘルメットのバイザーを上げてから「ペッ!」と、口内に生まれた異物を吐き出した。

 それは高Gに耐えるために全力で噛みしめた末に折れ砕け散った、自分の奥歯の残骸だった・・・。

 

 彼は自分で自分を傷つけさせた敵に、さらなる怒りと闘志を燃えたぎらせながら、先ほど自分を待ち構えて撃ってきた敵に、相手と同じ全方位チャンネルで呼びかける。

 

「誰だ!? 俺の邪魔をするヤツはァッ!!!」

 

 これから殺そうとしている敵に対して、「殺してやるから出てこい!」と告げているのと同義な質問。答えるバカな敵などいるはずがない。――本来ならば。

 

 

『――シン・アスカさんですねェ・・・?

 ザフト軍の赤服エースパイロットで、元はインパルスに乗っていた方の・・・。

 そして、ステラ・ルーシェさんを我々に返していただいた優しい男性・・・』

 

 

 本来ならば返ってくるはずのない、敵からの返事。

 だがこの敵には、返事を返すべき目的があった。

 返事をするため、相手に問わせなければいけない理由があった。

 

 

『はじめましてェ~、私は大西洋連合第八一独立機動群、通称《ファントム・ペイン》所属の・・・まっ、要するにブルー・コスモスが浚ってきたナチュラルの子供改造してロゴスの私兵集団として使ってた部隊の一員であり、ステラさんの元同僚ってヤツでしてねェ~。あなたに一言お礼を申し上げたくて待たせていただいてましたァ~。』

 

 

 そう、すべては『与えられた任務』を果たすために。

 デストロイを護衛して、敵に落とされないよう直援機として周囲に潜み、近づいてくる敵は『足止めして時間稼ぎに徹する』という任務を果たすために。

 

 

『ありがとうございました、シン・アスカさん。あなたのおかげで我々はベルリンを焼くことが出来ました。あなたが協力してくれたからこそ、ベルリンの虐殺は行うことが出来たのです。

 感謝しますよ、憎しみと怒りで敵を殺しまくるオレ達の同胞よ。アンタはオレ達の英雄だ。ベルリンを殺戮した最大の功労者で血まみれの英雄サマだ。

 どうだ? いっそのことオレ達の側につかないか? 歓迎するぜ、アンタはこっちの方が似合うと思うしな。

 自分が悪いと思った奴らを命令とか無視して撃って、自分が良いと思った奴らを組織の都合とか無視して生かして殺して、全部自分で決められる特権。

 善悪の基準を自分一人で決めちまって良い神の立場・・・それがアンタの望み求めていた至上価値のはずだ。今ならそれが手に入れられる、与えてもらえるし奪い取ることだって出来る。

 なぁ、一緒に来いよオレ達とさァ~。ロゴスとかデュランダルとか、安全な場所から命令出すだけで人に人を殺させまくる戦争指導者どもとか全部ぶっ殺してやってさァ~。自分たちが正しいと思ったことする権利ってヤツを、力尽くでもぎ取ってやってオレたち哀れで可哀想な被害者な子供たちのための世界創りに行こうぜよォ~? なァ~? きっと愉しいと思うぜェ~。どうするよォ~? え~?

 デュランダルに言われた通りに敵を殺しまくって褒められまくって最新鋭機まで与えてもらえたザフト軍のエースで、戦争指導者デュランダルの私兵シン・アスカさまよゥッ!!』

 

 

 ・・・ザフト軍が大々的に流している英雄シン・アスカのプロフィールをネタに使って、嫌がらせの『口先三寸』で精神面から攻撃することで一秒でも長く時間を稼ぐ。

 

 それが彼に与えられた上司からの命令。その為の人選。その為にこそ行わせておいた敵のエースパイロット、シン・アスカの身辺調査だったのだから・・・。

 

 

 

 

 

「――薄らデカい上に鈍くさくて、しかも乗ってるパイロットは自我を奪われたモビルスーツを動かすための生体部品でしかないデストロイを狙ってくるなら、敵の進路を限定することはある程度までは可能です。

 その為の策を授けておいた彼が上手くやってくれているなら、多少は時間が稼げているはず……私たちはその間に、私たちの作戦を遂行しますよ。

 インパルスの発進は確認できましたか?」

「ハッ! 先ほどミネルバからの発進を確認しました! 未確認の新型も同時に発進した模様であります!」

「・・・おそらくそれが敵の切り札的最高戦力と見て良いと思われます。敵の主力が留守の間に、敵本体を襲いますよ。『背水の陣・調虎離山』です。

 こんな時代でもノスタルジーはたまには良いモノですからね・・・第二幕上演開始!!」

「ハッ! ホログロフィー用工作艦、第二幕を上映開始いたします!」

 

 

 

 ・・・こうして戦いは再び変化の刻を迎える。

 連合軍の最後衛に配置されていた艦が、後輩から迫り来ていた敵艦隊による危機を味方に伝え、デュランダルが必死に統制を取り戻すため『今ロゴスを討たなければ!』と唱え続けている中で。

 

 ――灰色の雲で覆われた空に、その時の映像が静かに映し出されていく・・・・・・

 

 今度の映像は望遠レンズで撮影されていたモノらしく、音声はない。

 だが、そんなモノは必要なかった。そんなモノのあるなしなど問題にならないくらいに衝撃的な映像が。隠されていた真実が。無音の中で大空に映し出されていたからである・・・・・・。

 

 

 ――それは、どこかの島国の映像だ。

 どこかの島国にある瀟洒な洋館の映像であると同時に、その洋館がザフト正規軍が今次大戦から正式採用した最新鋭機《アッシュ》部隊によって取り囲まれて一方的に砲撃を受けている映像でもあり、そして攻撃を受けたのか撮影途中で途切れる映像でもあった――

 

 

「ば、バカな・・・そんなバカなこと有るわけがない・・・ッ」

 

 その映像を撮影していたカメラマンの“サクラ”が、デュランダル議長に招かれたテレビ局スタッフのリポーターの相方だからついてきただけの戦災で家族を失って困窮していた下っ端スタッフが、生中継しているカメラにも聞こえてしまう位置から呻くような声で『真実だけ』を大声で口にする。

 

 

「あれは・・・あの映像に映し出されていた砂浜はオーブの砂浜だぞ!! なんでザフト軍がオーブの民間人を攻撃してるんだ! おかしいじゃないか! 議長は・・・デュランダル議長は最後まで平和的解決を望んでいた平和な世界を目指している人じゃなかったのか!!

 だとしたら俺の家族は! 息子は! 父さんや母さんや妹たちは!!

 ザフト軍との戦闘に巻き込まれて死んでいった俺の家族たちの恨みや憎しみは誰に対してぶつければいいと言うんだ―――――――ッ!!!!」

 

 

 

 ――その誰でも視ようとと思えば視ることが出来る民需放送を垂れ流しながら聞いていた潜水艦のブリッジにいたクルーたちの視線が一斉に、自分たちを率いる新司令官セレニアに集まってくるのを目視で認識させられながらセレニアは軽く肩をすくめて、こう答えるのみ。

 

 

「・・・こちらが買収したにせよ、敵の謀略で招かれたにせよ、敵の軍事工廠内に忍び込んで新型機を強奪するまでやってのけた私たちロゴスが保有する特殊部隊です。

 オーブの笊と言うより枠みたいに穴だらけな国境監視網ぐらい合法非合法問わずいくらでも潜り抜けられるぐらいはできますよ。

 戦争で家族を奪われた哀れな男性に真実を教えて自分たちのために利用するぐらいのことも含めて、別に敵の専売特許って訳でもないですしね。

 ――では、下準備が整ったところで私たちも始めるとましょうか・・・・・・全艦、第二戦速、攻撃開始。撃ちはじめて下さい」

 

 

 こうして、ザフト軍にとっての終わりが幕を開けた。

 開けられてしまったのである・・・・・・・・・。

 

つづく

 

 

オマケ『オリジナルキャラクター設定紹介』

フェイ・ウォン(ファントム・ペイン隊員)

 大西洋連合第八一独立機動群、通称《ファントム・ペイン》所属のパイロットであると同時にセレニア子飼いの部下でもある青年。

 ガンダム系の機体に乗ってはいるが、実はブーステッドマンでもエクステンデッドでもなく、簡単な処置を施しただけで改造までには至っていない強化ナチュラル。モビルスーツを操縦できているのは単なる偶然で適正を持っていたからに過ぎない(切り裂きエドなど、一部にはそういうナチュラルが実在しており、その内の一人という設定)

 

 もともとエクステンデッドは、ブルー・コスモスの前盟主ムルタ・アズラエルが設立させた施設で開発されたブーステッドマンの技術を、彼の死とともに没落した組織の再興すると同時にジブリールが継承し発展させていったモノだった。

 その継承時の混乱でいくつかの施設が記録ごと忘れ去られてしまっていたのだが、セレニアがその内の一部を分け前として接収していたため彼の存在が誕生することに繋がっていくことになる。

 

 プラント非理事国の生まれで、エネルギー不足と貧困故に勃発していた内戦の最中、危険な国内から脱出しようとプラント理事国行きの船に密航していたところをブルー・コスモスのテロに対するコーディネーター側からの報復攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされた母親の胎内から引きずり出されて生を受けたという複雑すぎる生まれの事情を持っており、兵士として生きてくる以外に生きる道を許されてこなかった。

 その後、セレニアに見出されて施設へと招かれ、簡単な強化処置を終えてからファントム・ペインに配属された。ステラたちとは部署が異なり、どちらかと言えばスウェン・カル・バヤンたちの方と面識がある。

 

 地獄の中を生き残ってきたため、今では人の血を見なくては収まりのつかない性格になってしまっており、改造されようがされなかろうが人が殺せる戦争が出来るなら誰にだって付くつもりでいる。

 主義主張や民俗宗教その他諸々はどーでもいいことだと感じている人物で、コーディネーターだろうとナチュラルだろうと、流れる血が赤ければそれでいいとさえ断言してしまえる程の危険人物。

 

乗っている機体名は《カミナシ》

 前大戦時の《カラミティ》《フォビドゥン》《レイダー》の三つの機体の特徴を併せ持たせた特殊戦タイプの機体でありながら攻撃力が低く、フェイズシフト装甲が基本のガンダムタイプを相手取るにはビーム兵器が不足している代わりとして、騙し討ちのような武装で時間稼ぎに特化させた武装が選出して装備されている。

 

 

 ・・・あくまで殺すこと、敵に血を流させることのみに特化して、手段や経過にこだわりを持たないフェイにとって、敵を殺すよりも先に殺されてしまったのでは殺せなくて愉しめないからこそ、この機体を悦んで受領した経緯を持っている。

 

 ある意味で、シンが罵る『身勝手でバカな理由で人を殺す悪そのもの』な男なのだが、そんな自分を自覚しており、普通の人間が持つべき倫理観が崩壊していることも解っていて、それでも『殺さなければ我慢できないからこそ殺している男』であり、人殺しは悪いことだと理解した上で『心の底から愉しんで殺っている』人物でもある。

 

 

 ――尚、機体名には当初ジブリールが別の名前を付ける予定になっていたのだが、パイロットがエクステンデッドではない特殊な事情もちナチュラルのフェイが選ばれたことから仕様が一部変更となり、その際にセレニアが識別のために変えさせたという経緯が存在している。

 が、一方で連合軍兵士たちの間では『形式主義が苦手なセレニアが神話系の名前ばかりから引用したがるザフト連合双方の首脳陣に付き合い切れなくなったからテキトーな名付け方に変えたかっただけではないのか?』という噂話が実しやかに囁かれていたりもする…。



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PHASE-5

久方ぶりの更新となります。なんか間が開きすぎたせいでアイデアが溜まり過ぎちゃったせいか混乱気味になってしまいましたので決着は次回以降に持ち越しました。
情報量が多すぎて削り過ぎたため説明不足な部分が出ているかもしれませんが、今の私的には最善を尽くしたつもりでおります。では次回にでも!


 シン・アスカが敵のパイロット、フェイ・ウォンの思わぬ言葉によって衝撃を受け立ち竦まされていたのと同じ頃。

 彼は知らなかったが、最前線より遠く離れた『絶対安全なはず』の最後方にある大本営は、思わぬ苦戦のただ中に叩き落とされていた。

 

 突如として敵の大艦隊が出現して背後を襲われ、集まった各国指揮官たちには自分たち対ロゴス同盟軍が罠にはまって挟撃されたように映っていたからである。

 

「落ち着いてください! これは敵の陽動作戦です! 乗せられてしまえば我々は本当に全滅させられてしまうのですよ!?

 もっと冷静に敵を見て、正しい判断をお願いしたい!!」

 

 怒号と悲鳴と対応を求める声が飛び交う、文字通りの戦場へと一変してしまったミネルバの艦橋にデュランダル議長の叫び声が木霊する。

 それは崩れかかった軍の統制を回復するため、後方を含めた連合軍全体に届くよう全てのチャンネルを開いてデュランダル自身が呼びかけていた、正確な分析と正しい判断に基づく適切な応急処置方法。

 

「連合加盟国から離反して我が軍に参加を表明してくれた皆様方を失った敵に、短期間でこれだけの数の艦艇を揃えるなど不可能です!

 敵の大半は偽装艦です! その証拠に敵は同一速度でゆっくりとしか接近しておりません! 嘘がバレないために必死だからです!」

 

 その指摘は正しく、敵の作戦を完全に看破していたところは、流石に嘘と真実を武器として使ってロゴスを追い詰めたプラント最高評議会議長の手腕と称すべきものがあっただろう。

 

「敵は追い詰められています! ここを我々が耐え凌ぎ、味方のMS部隊がヘブンズ・ベースを攻略すれば本拠地を失った艦隊は抵抗を諦め降伏する道を選ぶに違いないのです!」

 

 その予測もまた正しく、事実として背後に現れた敵艦隊を率いる指揮官セレニアは、「もしそうなった時にはそうするよう」副司令官たちには指示を出した上で出撃してきている。この時のデュランダルは、この戦いが始まって初めてセレニアの作戦を完全に見抜いて上回ったと誇ってもよかったのかもしれない。

 

 ―――しかし・・・・・・。

 

「あと少しなのです! ここでロゴスを討てなければ戦いは続き、今まで流してきた全ての同胞たちの血と犠牲は無駄になる!

 今少しの我慢でロゴスは倒れ、犠牲は報われ、争いのない平和な世界が皆さんの手に入るのです! どうか皆さん、落ち着いて私の指示に従ってください。

 平和な世界を手に入れるために、誰も戦争の犠牲にならなくてすむ世界にするために! 今一息! 皆様方の力を私に貸していただきたい!!」

 

 誠実な思いと、切実な危機感。理想実現のために、勝つために、自分たち自身が生き延びるためにも嘘は何一つ吐かない必死の呼びかけと、正しく適切な指示。

 

 ―――だが、この時。彼の正しい指示は、味方に対して徹底しなかった。

 今まで吐き続けてきた嘘が、彼の語る『正しい言葉』から説得力を奪い去ってしまっていたからである・・・。

 

 今までの嘘はまだ許せた。世界と民衆を彼が騙していたのは確かだったが、別にその嘘で“自分たち個人個人が命の危険に”さらされた訳でもない。騙されたのは世界であり、騙されたせいで死んでいったのは民衆たちがほとんどだった。

 指揮官たちや国家主権者たち、人々の上に立つ者たちにとっても騙されたのは許せないし賠償責任と説明とを求める気持ちに嘘はなかったが、別に彼らの誰かがデュランダルの嘘で殺されたという事例はない。

 

 だが、今は違う。明確に自分たちの命が危険にさらされている状況に陥らされている。

 真実は貴く、政治家が国民を騙すために嘘を吐いていたことを許すべきではない。――まして政治家の嘘を信じて“自分が死ぬかもしれない時”には尚更だ。

 

 正しい判断のように聞こえるが、また何か隠しているのではないか? まだ何か言っていない部分があるのではないか?

 彼だけが知っている真実を自分たちに隠して、何かの秘密を独り占めしようとしているだけなのではないだろうか・・・?

 

 たとえば―――『自分たち連合の裏切り者国家をロゴスに売り渡す見返りとして、プラントに有利な条件での和平交渉をまとめるための材料に利用しようとしている』―――とか。

 

 なまじ配属された国の違う各軍から離脱した義勇艦隊を無差別に味方として迎え入れてしまったことが、ここに来て徒となってしまっていた。

 各参加者たちには全体の規模が把握できておらず、連合軍全体がどれほどの艦艇を保有していたのか、連合から寝返っても戦犯として処罰される恐れがない程度には奥の院がのぞける立場になかった彼らには確認する術がなく、デュランダルの語る言葉が真実であると判断する材料が不足していたのだ。

 敵艦隊の頭上に投影されていた映像が切り替わり、前回流された内容が大音量とともに再び再上映され始めたという事情もある。

 対ロゴス同盟軍の憎しみによって結ばれた偽りの握手は、実際の脅威という目に見える真実の登場によって砂の城よりも脆く崩れ去り、他人や世界よりも自身の安泰だけを求めて敵前逃亡を図るエゴイズムに取って代わられる寸前にまで追い詰められていたのだった。

 

 

「そんなものですよ、人々にとっての真実なんて代物の価値はね。

 ――今の人々が連合を見限り、デュランダル議長を支持している理由が分かりますか?」

 

 今回の作戦計画について実行面での責任者に説明するとき、セレニアは相手に自分の意図について開陳している。

 

「今まで我々が隠していた真実をデュランダルが民衆に公開したからでありましょう。民衆という生き物は昔から権力者の隠していた不正だの陰謀だのが大好きなのが定番でしたから」

「違いますよ。彼が、私たちロゴスを殺してくれるからです」

 

 民衆に対して露骨すぎる偏見でもって決めつけた相手さえ、思わずギョッとさせれてしまった回答を、セレニアは眉一つ動かすことなく普通の口調で詳しく解説してくれた。

 

「人々が議長に対して送っている声援は、私たち人々を殺して苦しめてきたロゴスと連合に対する憎悪と反感が裏返しになってるだけに過ぎません。

 彼が信頼を裏切って人々を無駄死にさせるだけの為政者になったときには、たちまち彼を称えるバンザイの叫びは『独裁者を吊せ!』に一変するでしょう。

 民衆は民衆の都合で支配者たちを支持し、裏切り、断罪して処刑する。――そんなものです、民衆の心理なんてものはね。この作戦は、その時に使える民衆側の武器を与えてあげようというだけの代物に過ぎませんよ」

 

 ・・・実のところ、デュランダルの隠していた真実と嘘のストックなら他に幾つかなら確保してある。それを使わずに二つだけ公開したのは、それ以上は必要なかっただけのことだ。

 真実を教えてもらう側の民衆が、それ以上は必要としていないから。だから提供してやっても意味がない。

 

 重要なのは、人々が議長に不審を抱いたときに使える『口実』を与えておくことだった。

 彼らが議長の命令に従いたくなくなったとき、「お前だって俺たちを騙して利用してたじゃないか!」という正当性と証拠を全ての人々に持たせておくことだけだった。

 あとは彼らそれぞれが勝手にやることだろう。サボタージュする者もいれば、敵前逃亡する者もいるかもしれないし、裏切る者も出てくるかもしれない。

 

 

 ・・・それだけでいい。それだけ人々の心に隙間があれば乗じられる自信が自分にはある。

 だから公開する真相は、2つか3つで十分すぎるのだ。どうせ民衆は最初にすこし騒ぐだけで、すぐに飽きる。飽きて次の真実を求め出す。

 一人だけで真実と正しさを貫き通すことには勇気と力がいるけど、皆で貫くなら怖くない。勇気百倍、正義と正しさのヒーローマンになれるのが民衆という生き物なのだから。

 そんな連中にストック全てを出し尽くすなんて調べるのに掛かった費用と手間の無駄遣いでしかない・・・・・・。

 

 

 

「デスティニーの動きはどうか!?」

「先ほどまでと変化なし! 敵基地の頭上に到着してから動きを停止したままです! 連絡もつきません!!」

「レイたちのレジェンドとインパルスは!?」

「デスティニー支援のため発艦させてから三分が経過しました! 到着予測時間まで残り二十三秒!」

「く・・・ッ! 私としたことが敵の策に乗せられてしまうとは・・・ッ!!」

 

 歯がみして、デュランダルは悔しがる。

 シンだけを先行出撃させてしまった先の命令が悔やまれてならない。

 

 もともと彼の理想実現のため最重要の駒として用いるつもりだった、あの少年は能力的にキラ・ヤマトを超えてもらう必要があったが、精神的には自分かレイに依存してくる程度に弱いままで居続けさせる必要が存在していた。

 だからこそ彼はシンに対して、ザフト軍の綺麗な面だけを見せて、戦争の醜悪な部分はすべて連合とロゴスの責任に押しつけさせ、彼が正しいと信じて行う行動をすべて許させ、他者が彼を裁けば擁護し、この上ない後ろ盾となって彼の信じる正義も理想もすべて全肯定してスポイルし続けた。

 

 そうすることでシンの中に、自分を神のように崇めて信じて疑わなくなるよう誘導して、洗脳してきたつもりであったが・・・どうやら敵の中に余計な“真実”を彼に語る者がいたらしい。

 自分たち自身は綺麗なものしかないように見せ続けてきたから、自分たちにも薄汚い醜悪な側面がある事実を突きつけられると今のシンでは逆上して理も正義もなく斬りかかっていくことは出来ないだろう。『今はまだ』

 

(やはり、レイだけでも共に出撃できるまで思い止まらせるべきだったか・・・ッ。あの二人はもともとシンを補完させるために作り出したタッグだった。まだ一人で戦わせるには早すぎたと言うことか!)

 

 自分が近くに来れない時にはレイが、シンにとっての精神安定剤になるよう調整する。そして大きく事態を動かさなければならない時には自分自身が赴いて全面的なオーバーホールを行う。

 それが彼ら二人で考え出されたシン・アスカという名のデュランダル体制を支える最強兵器の作り方。それが完了していないうちに厄介な邪魔者に介入されてしまった。何重の意味でも腹立たしい!

 

「“アリゾナ”と“ペンシルバニア”を東アジア共和国艦の前に出してスペースを開けさせ、その隙間から彼らの艦を本隊と合流するために移動。“キャリホルニア”はそのまま待機。現状維持を厳命せよ。下手に動けば味方にぶつかって沈没すると付け加えておやりなさい!」

「りょ、了解しました艦長!」

 

 タリアもまた、艦の命令権を持たないデュランダルの越権的な発言に対して特権乱用と苦言を呈する余裕もなく、各部署への指示に忙殺されていた。

 只でさえ今までにない大軍勢を率いての大遠征。敵勢力最大の軍事拠点とはいえ、たった一つの基地を攻略するためには過剰なまでの兵力を統率しながらも実際に前線で戦っているのはモビルスーツ部隊ばかりで艦隊は後方に控えたまま開戦からこっち動いていない。

 

 狭い海峡内に味方艦が足の踏み場もないほどひしめき合ってしまって、動くに動けない状況下で後背からの襲撃に対処するなど、いくらタリアが経験豊富な艦長とはいえ出来ることにも限度がある。

 今の状況下では、その場しのぎの対処法的な指示を行い続けるだけの作業に没頭せざるを得ず、今は一刻も早く自由な行動を可能にしないと動くことさえままならないまま敗走する味方に巻き込まれかねない。

 

「それからデスティニーとの通信回復を急がせろ! ヘブンズ・ベース直上に到着しているシンが攻撃を再開してくれれば味方も勢いを取り戻せる!!」

「やっていますが、敵の妨害が激しすぎて我々の腕ではとても・・・」

「く・・・っ、電子戦とは時代錯誤な!!」

 

 タリアが解決しようと悪戦苦闘している問題は幾つもあったが、その内の一つが最前線に到着した直後から、シンのデスティニーと連絡が途絶したことで。

 これはセレニアの指示より、要塞の利を生かし持ちうる限りの情報士官を総動員してミネルバからデスティニーに発信されている通信の全てを妨害するため電子戦を仕掛けさせていたことが原因で生じている事態だった。

 ザフト軍が前大戦初期において核攻撃を不可能にするため地上へ撃ち込んだ無数のニュートロンジャマーにより電波障害が発生してレーダーや無線などの電波装置が大幅に使用を制限されて久しい昨今だが、もともとニュートロンジャマーによる電波障害は予想外に発生した偶然の産物であり、ザフト軍がはじめから想定した上で撃ち込んだというわけでもない。

 そのためザフト軍には、ニュートロンジャマーによりレーダーが無力化された状況下での戦術に熟練している反面、対電子戦の経験者がほとんどいないという目立ちづらい欠点を抱え込んでもいたのである。

 またヤキン・ドゥーエ会戦や、サイクロプスによるアラスカの自爆、連合軍による核攻撃などで大人の軍人たちを大勢失わされたザフト軍は戦後、大規模な少年兵たちの徴募と増員をおこなっている。

 大人不足に陥った軍隊が少年兵によって数の補充をおこなうとき、その教育課程で無駄と判断された部分は今まで使っていた教科書から削られるのは歴史の必然である。

 まして数の差を質で補うコーディネーターの軍隊ザフト軍の戦艦に、余剰人員などいるわけもなく、当然のようにオペレーターも一人しか連れてきていない。

 数百人単位で電子戦を仕掛けてきている連合軍の数の暴力に対して、たった一人のオペレーターで対電子戦をおこなうのは不可能に近く、他の者に頼ろうにも電子戦について知ってる者から探さなければならない状態ではどうにもならない。

 それでも可能な限り呼びかけを行って人員を集めさせて入るものの、艦と艦との距離が近すぎる自陣営の状況下では人員を移送することさえままならない。

 

 とにかく今は、艦の自由を回復するしかない。

 そう考えることで自分を納得させ、最善を尽くすしかなくなっている。それが今のタリアの実情だった。

 

 

 逃げるのに邪魔だからと昨日まで手を取り合っていた者たち同士が互いを罵倒し、罵り合い、その中で一部に人々が賢明に崩れゆく組織の屋台骨を支えようと苦闘している努力を無為にさせていく・・・・・・。

 

 ・・・・・・それら人間の浅ましさ醜さが形となって現出され、人の本性がぶつかり合い挽きつぶし合う戦場の光景というものは多くの人たちにとっては、あまり見ていて気持ちがよくなる景色ではなかったであろう。

 

 

 ――だが、世の中には例外というものが存在しているのが常である。

 敵軍の無様すぎる醜態と、人間の浅ましさ愚かさこそが人の本性としてぶつかり合う戦場を俯瞰した映像を笑い転げながら楽しそうに見物できる人物も中に入る。

 

 たとえば、このロード・ジブリールという見た目と肩書きだけは紳士風の人物は、その代表例と呼ぶべき存在だったと言えるだろう。

 

 

「素晴らしい! 素晴らしすぎるぞセレニア君! まさに芸術的と言って良いほどに!!」

 

 

 大声で賞賛して激賞して、絶賛する言葉を惜しまない彼は、先ほどまで笑い転げすぎて浮かんだままになってしまっている目尻の涙を拭いもせぬまま、血走らせた眼で戦場を映すスクリーンを睨み付けるように凝視して、心から嬉しそうにけたたましく笑い転げる作業に再び舞い戻っていく。

 

『・・・・・・・・・』

 

 もはやロゴスメンバーの老人たちには付いていけない若者の暴走というより、狂態と読んだ方が正しく思えてきたジブリールの姿に吐息すら漏らす気がなくなって、ただ黙然とお茶をすするか葉巻を吸うかのどちらかしか動かなくなって久しい。

 そんな彼らの存在など綺麗サッパリ忘れ去り、ジブリールはこの世の春を謳歌していた。

 今この瞬間こそが彼の人生の中での絶頂期。今を心の底から喜べなければ彼の人生に華はない。

 

 あらためて自分だけでも逃げだそうとしていた艦の一隻が味方に衝突して、自分自身は無事で済んだが、衝突された艦の方は航行に重大な損傷を受けたらしく退艦準備を始めさせている姿が映った。

 ジブリールの瞳がキラリと光る。自分の出番が訪れたことを彼は敏感に察知して、主演男優らしく颯爽と登壇して良いところを掻っ攫ってやろうと基地司令官に上から目線で尊大な口調で声がけを行いに赴いてくる。

 

「君、敵から逃げ出そうとしている艦たちに向かって通信回線を開く準備をしてくれたまえ。人の上に立つ者の義務として、私が直接彼らに正しき本道へ回帰するよう説得してやろうと思うのだよ」

 

 大見得切って胸を反らし、今まで笑うばかりで何もやってこなかった自分のことなど過去の出来事として忘れ去り、その大らかな心を持って裏切り者共にも寛大な処置を施してやろうという器を見せつける。

 ――無論、罪を許してやるために必要な手土産として、デュランダルの首ぐらい取ってくるのが支配者に対しての礼儀というものではあったが、その程度のことは礼儀知らずのコーディネーター共を背中から撃ってでも持ってくるのが一度は王を裏切った謀反人として当然の義務であるだろう。

 

「ま、ちょっとはもののわかった人間ならね――すぐに見抜くはずだ。あんなデュランダルの欺瞞は。

 たとえ、それが出来なかったもののわからない愚かな人間であろうとも、今の惨状を見せられれば流石に気づけるだろう。ヤツの支配する世界などになったら、今のヤツらにとっても居場所はすでにないことぐらいはね・・・・・・」

 

 二度の裏切り、連合とロゴスを見限ってプラント側に回っても尚、危なくなったら自分だけでも生き延びるため逃げ出そうとする浅ましさ。

 その姿を眺めてジブリールは内心、苦笑する。

 まぁ所詮こういった連中は、世界のことより自身の安泰が重要なのだ。誰だって自分が一番かわいいものだ。決まっている。

 なればこそ、そういった愚かな民衆共を正しく導いてやる指導者は、鞭だけでなく時に寛大さという飴をチラつかせて優しくあやしてやらねばならない義務がある・・・・・・。

 

「まあ、何にでも見込み違いということはある。ロアノークたちがミネルバを討ってくれていれば、彼らも今回のような軽挙妄動にはしる気にはなれなかったろうからね・・・。

 仕える相手を選ぶチャンスを与えてやろうと思うのだよ」

「は、はぁ・・・。それが・・・そのぉ・・・」

「・・・・・・?? どうした? なにか私に意見でもあるのかね?」

 

 今の今までセレニアの言うとおりにしか動こうとしなかった従順な基地の副司令から曖昧な反応を返されて、ジブリールは僅かに両眉を寄せて顔をしかめ、不機嫌そうな表情を浮かべたが彼の場合はただの癖であり、見た目ほど不快だったわけではなく意外に思った程度だったが見知らぬ人間が見て察せれるほど判りやすい愛嬌は持っていない。

 

「も、申し訳ありませんジブリール様ッ! じ、実はその・・・セレニア司令よりジブリール様からそのご命令をいただいた時には、しばしお待ちいただくよう言付かっておりまりして、私ごときの判断ではそのえーとぉ・・・」

「なに? セレニアからの命令だと?」

 

 その返事を聞いてジブリールは、今度はハッキリと不快さを表す八の字に眉を寄せる。

 彼は確かにセレニアの軍事面における作戦指揮能力を高く評価してはいるが、だからといって自分の命令を無視するよう先んじて部下に命じておくなど許しがたい越権行為と呼ぶべき増長だろう。

 これは少し、身の程というものを教えてやった方が今後の彼女のためにもなるかもしれない・・・そうとまで考えていたとき、恐縮して頭を下げたままだった副司令から、眉の角度を正常に戻すだけの言付かっていた“続き”を聞かされる。

 

「し、司令はこう仰っておられました。“もし今しばらくの猶予をいただければ、より愉快な光景をご覧いただいてから登壇できます。主役は劇の一番最後のフィナーレを飾るものだと相場が決まっているものです”・・・とのことで御座いましで、そのあのえーとぉ・・・」

「・・・なるほど・・・。フフフ・・・やはり持つべきものは自分の身の程を弁えている部下と言うことだな・・・。ふふ、愛い奴だよ本当にね・・・」

 

 そして、急下降しかけていた機嫌を一気に急上昇させ、楽しそうな笑顔で自分の席へと戻っていく。

 

「・・・・・・ん?」

 

 そして戻る途中で、モニターの一つに映し出されていた光景を目にして完全に機嫌を直し、鷹揚な気持ちで開戦から始めて貴賓室のソファへと向かうと深く座り込み、満足の吐息と言葉を同時に放っていた。

 

「たしかに、私の判断は浅慮すぎたようだな。命令は取り消させてもらおう、セレニア君。

 しかし・・・フフフ・・・、あまり大人をからかうのは感心しないぞ? 劇で一番盛り上がる瞬間にサプライズを持ち込むにしても度が過ぎているからな。私でなければ君を危険人物として粛正してしまうような映像だぞ? これはね・・・・・・ハハハ・・・ハァーハッハッハ!!!」

 

 

 

 

 ヘブンズ・ベースの地下深くで狂人が一人芝居にうつつを抜かし、開戦から始めて同席する羽目になってしまったロゴスメンバーの老人たちを迷惑がらせていた時も尚、基地の外側の海上では激戦が続いていた。

 

 タリアが適切な指示を飛ばしているとはいえ、恐怖と混乱によって通信が入り乱れ、矛盾した指示が飛び交う状況に陥りかけていた同盟軍の惨状にあっては彼女一人だけでできることは限られている。

 それでも圧倒的な大軍勢に比較すれば微々たる数の逃亡艦が出そうになる程度の被害ですんでいるのは、彼女だけではなく連合からの離脱組の中にも有能な指揮官や艦長が少数ながら存在しており、議長の話を聞くよう味方に呼びかけ、正しく対応して軍の秩序を回復するため尽力していた者たちが存在してくれていたからこその功績だった。

 

 

「敵の中心で偽装艦を率いている艦に向けてミサイルを発射しろ! 敵の大半がダミーでしかないことを目に見える形で証明すれば日和見共の混乱は一挙に収まる!! 目に見える姿ごときに惑わされて狼狽え騒ぐ醜態を見せるなぁ!!」

「りょ、了解しました艦長!!」

 

 慌てて指示を伝えに走る、先ほどまで小うるさかった副官を舌打ちと共に見送って、筋骨隆々でヒゲ面の艦長は渋面を作る。

 彼らの国は連合加盟国ではあったが、席次は低く扱いも悪かった。前大戦でも今次大戦でも損な役割ばかりを押しつけられて嫌気がさしていたために国を捨てることに抵抗感は少なくて済んだのだが。

 

(――まさか、こんな所で死にそうな目に遭うとは思ってもみなかったぜ・・・。これは選択を誤っちまったのかもしれねぇなぁ・・・)

 

 そう思い、後悔もしたが今さら過去の戻るわけにもいかない以上、今を生き延びて明日へと希望をつなぐ以外に彼らにとっても道はない。

 そのためにもデュランダル議長とザフト軍への信頼を少しでも回復してやることは必要だったのだ。たとえ信用できなくなっていたとしても、連合とロゴスに対抗できる勢力は彼以外にはおらず、一度は裏切り弓引いた自分たちが帰参したところで連合が元通りの地位と扱いを回復してくれるほどお優しい支配者どもであった記憶など一秒たりとも存在しない以上は議長に味方してロゴスと連合を倒して分け前をもらう。それ以外に自分たちが生き延びて栄達する道はない。・・・・・・そう腹をくくっている彼だった。

 

「オラァ! そこのスカンジナビア艦! 無秩序に退こうとするんじゃねぇ! 順番守って列に並んで行儀よく秩序だって後退して陣形を再編しろ! この渋滞の中でバラバラに逃げようなんてしちまったら収拾つかなくなって却って死ぬぞ! 死にたくなきゃ軍隊らしく秩序を守りやがれェい!!」

 

 不甲斐ない醜態をさらす味方を罵りながらも的確な指示を飛ばしてやり、後退しながら敵への砲撃を同時に行わせる優れた手腕も見せつけてやる。

 連合から捨て駒扱いされた下っ端人生の長い彼は、自分自身を戦場の酸いも甘いも嗅ぎ分けられるベテランなんだと自負していた。それが出来なければ今までの人生で何度死んでいたか判らないほど彼の人生は苦労に満ちていたからだ。

 

(苦労知らずのエリート共には分からねぇことでも俺には分かる! それが分かるからこそ俺は生き延びてこられたんだからな! 肩書きだなんだと偉そうな顔したところで、実際の現場じゃ役に立たないんだってことを教えてやr――――)

「か、艦長ォォォッ!!!」

「なんだァッ!?」

 

 怒鳴り声で応じて、悲鳴を上げた部下を叱咤してやろうと振り向いた彼は絶句して立ち竦み動きと思考の全てを止める。

 艦橋の肉視鏡から見える外の景色いっぱいに、敵の偽装艦以外の実物潜水艦から発射された対艦ミサイルを含む雨のようなミサイルの雨が目前まで迫ってきていて回避するには遅すぎるタイミングになってしまった後だと気づかされたからだった。

 

「嘘だ・・・たかが一隻の戦艦相手にこんなに大量のミサイルを撃つわけがな―――」

 

 彼の放った人生最後の叫び声は、残念ながら誰の耳にも届くことはなかった。

 より大きな怒声で味方に危機を伝えるオペレーターの悲鳴が彼らの鼓膜を占領し尽くしていたからである。

 

「ミサイル群接近、本艦に向かって急速接近中!!

 対応不能! 数が多すぎる!! ――い、イヤだァァァッ!? 助けてくれぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

「敵戦艦、撃沈を確認しました。生存者はなしの模様です」

「そうですか」

 

 潜水艦の狭苦しいブリッジ内で、のんびりと艦長席に座りながら副長からの報告にうなずきで返し、続いて確認のために艦長の方へと顔を向けるロゴス軍の少女指揮官セレニア。

 

「味方の混乱を静めようと叫んでいた敵艦は、今沈めたので最後でしたっけかね? 艦長さん」

「はい。少なくとも敵艦隊が発信している意味不明な通信内容の中で、意味ある言葉を使って指示を飛ばしていたことが確認できた艦は今沈めたヤツであります。司令官閣下」

「そうですか。・・・敵将が誰かは存じませんが―――」

 

 ふぅ、と深く息をついてから頭に乗せた軍帽を脱いで団扇のように仰ぎながら、セレニアは今まで自分たちが沈めてきたコチラの作戦を看破して正しい対応を指示していた離反者たちグループの艦艇、その全てのキャプテンたちのことを評して言った。

 

「アホな人でしたねぇ~。右往左往する大勢の味方の中で数少ない秩序だって動く人が、その集団の秩序をかろうじて保っている支柱であることくらい、素人やバカでも分かりそうなものでしょうに。オマケに全てのチャンネル開いて大声で指示出してたんじゃ、誘導弾で狙ってくれと言ってるようなものですよ。ド素人のバカな典型例としか言い様がない愚行でしたよ」

「ですが、秩序を失った軍隊が無秩序に壊乱するのを防ぐためには誰かがやらなくてはいけないことでもあります。彼らは彼らなりに軍人としての職責を全うしていたと、軍艦乗りの私としては褒めてやりたい気持ちにならざるをえません」

「その結果、数少ない秩序を保って行動できる自分だけが死んで、混乱して足を引っ張り合う味方だけが無数の残されてもですか? 本末転倒だと私なんかは思うんですけどねー」

 

 そう言われてしまうと艦長としては反論に窮するしかない。軍人として、軍事ロマンチシズムに傾倒する評価基準は忌むべきだとは思うが、やはりロマンを感じてしまうのは避けられない自分自身を実感させられたようで微妙な心地にさせられてしまうより他ない。

 

「軍人の最期として、美しい死に様だったと思うのは無能の現れと言うことですか・・・」

「立派だったし、美しかったとは私も思いますよ? 美しいだけだったとも思いますけどね。

 プライドを優先して玉砕覚悟の抵抗をするのも美学ではあるのでしょうけど、ただ美しいだけで意味は全くありません。

 生き残っていれば何かチャンスが生まれるかもしれないものです。諦めずに抵抗を続けるためならプライドなど捨てて構わないと言える人じゃないと私は尊敬する気になれないタイプですからね~」

 

 気楽な口調で言い切られた艦長は、戦術指揮官と戦略を見ることができる戦略家との違いをあらためて思い知らされながら、自分は絶対ソチラ側にいけそうにないなぁ―との思いを新たにしていたところ、ようやく部下の一人から待ちに待った報告が届けられた。

 

 鉄のプレートに焼き付けられたそれを見た艦長は、ようやく安心した表情で肩の荷を下ろし、セレニアにプレートを手渡しながら今までの心労を振り返るように慨嘆する。

 

「Sフィールドに潜ませていた小型艦から中継装置を経由して報告がもたらされました。例のアレが到着したそうです。速度と進行方向ともに変わらず。目標海域への到着はタイムスケジュール通り、今から二分後になるそうですよ・・・」

「ようやくですか。最初から分かっていたとはいえ、やはりハラハラさせられましたねぇ。アレが到着するより先に私たちが全滅させられてたら意味なくなっちゃうところでしたし」

「まったくです。オマケに自然現象ですからコチラからは急がせることができない以上は、あちらの到着時間にコチラが合わせるより他に手はなし。

 無駄話でもして不安を押さえつけないと発狂するところでしたが・・・これで私たち全員の

心労もやっと報われるというものです」

「ですね~。本当に全くそうですよねぇ~」

 

 にわかに和やかムードに包まれ始めたセレニア分艦隊の旗艦艦橋。

 それに比例したわけではないが、ようやくタリア指揮するザフト艦隊も秩序を回復させ、お荷物な離脱艦に道を空けてもらい、レイたちもどうやらシンと合流できたことを確認して、さぁこれから敵と本腰入れて戦ってやるぞと、クルーたちが溜まりに溜まった鬱憤を晴らすためにも活気づいていた丁度そのとき。

 

(・・・変ね。敵の動きが鈍すぎる・・・。こちらが反撃態勢を整えるのが終わるまで速度を変えないだけでなく、砲撃まで今まで通りを繰り返していたのは何故・・・?

 まるで、“何かを待っているかのような”、この停滞ぶりは一体・・・・・・)

 

 その疑問をタリアが抱き、不思議に思いながらも反撃を命じようとしたのもその瞬間。

 同盟軍艦隊の側面――連合軍からはSフィールドと呼称されていた海域――に近い位置に配置していたザフト艦の一隻から、妙なものを発見したとの報告が届けられた。

 写真付きだったため、その妙な物の姿をタリアは実物同然で確認することができ、先ほどより更に不審さを増した声音と表情で其れに付けられた名前を呟くことしかできなくなっていた。

 

 

「・・・・・・海に浮かんだ・・・氷?」

 

 

 

「艦長! 艦隊の再編作業が完了したとの報告がありました! 連合からの邪魔な居候どもを退かす作業も完了したとのことです! いつでもいけます!」

「よーし! ヤツらに今までの借りを万倍にして返してやるぞ! 地ベタにへばり付くだけでは飽き足らず、海の底まで逃げ隠れしやがってた連中に思い切り熱いのかましてやれ!」

「それと艦長、Sフィールドの向こう側から流れてきた例の物については、先ほどミネルバに報告しておきました」

「そうか。まぁ、たしかに危険でないとはいえ障害物であることは確かだからな。俺たちはともかく離脱組の戦艦たちにとっては厄介だろう。注意を喚起しとくに超したことはない」

 

 

 そう言って彼らが余裕を持って笑い合っているのは、『流氷』についてだった。

 遠くの海から流れてきたらしい、氷の大群が自分たちの艦隊が陣を構えているこの海域にゆっくりと流れてきている光景を見つけたから一応報告しておいたのだ。

 海に浮かぶ氷の塊に過ぎない石っころだろうとも、物によっては結構大きい物も混じっている場合があるのだ。同じ海に浮かぶ巨大建造物として戦艦たちが警戒しなきゃいけないのは理解できる。

 

「後顧の憂いはそれで全て解決したな? なら後はクソッたれなロゴスの奴らを降伏させるか全滅するだけだ! 地ベタにも海でもなく、穴蔵に引きこもって俺たちの宇宙まで支配しようとしたモグラ共に目に物見せてやれ!」

『応ッ!!』

 

 だが、生憎とザフト軍に潜水艦はあっても戦艦はない。ならば流氷を警戒すべきなのは連合からの離脱組だけで、自分たちザフト軍は敵と戦って倒すことのみに集中すればそれでいい・・・・・・

 

「では・・・攻撃開始! 我らに天の加護を! ザフトのために!」

『ザフトのために!!!』

 

 クルーたちがそう叫んで、艦を発進させようとしていたザフト軍潜水艦の一隻の表面に、流氷の小さな一つが「コツン」と音を立ててぶつかってきたのは、その時であり。

 

 

 

 

 ―――その直後に水柱をあげて大爆発を起こした流氷と共に、潜水艦と乗組員たちの全員は自分たちに何が起きたかも分からないまま、対ロゴス同盟軍に危機を教えてやるための狼煙の材料として天へと打ち上げられて消滅していった。

 

 

 

 誰もが唖然として沈黙のうちに見上げるしかなかった、その光景を只一人、計画者であり実行を命じた側の少女が頬杖をつきながら静かな声で、説明と終劇とを同義語として紡ぐ声が海のなかで呟かれていたことを知る者は少ない。

 

 

 

 

「海を漂っていた適当な流氷に推進器を取り付けて質量弾にしてみました。海なので海上からは見えづらいと思いますし、折角でしたので何割かには氷の中に爆弾を埋め込んであります。

 どれが誰に当たるかは運次第の確率論兵器ですけど、沈んだ艦は潜水艦にとっても邪魔になるでしょうね。

 まぁ、頑張って生き延びてくださいザフトの皆さん。応援しております。

 ――では、出番の終わった私たちは後退。本気で敵軍と正面衝突したら全滅するだけですので逃げますよ? ちゃんと偽装艦は敵艦隊に向けて特攻させるのを忘れないでくださいね?

 車も氷も無人の中身空っぽ潜水艦も一度火を入れちゃったら、止めるよりも爆発させた方が綺麗な花火になりますからね~。リサイクル、リサイクル~♪」

『・・・・・・はぁ。イエス・マァ~ム・・・・・・』

 

 

 いい加減、慣れてきた潜水分艦隊の旗艦クルーたちの心労だけは終わりそうにない―――。

 

つづく

 

オマケ【今話の中でシン・アスカVSフェイ・ウォンが交わしてた会話】

 

「なん・・・だっ、て・・・・・・?」

 

 ザフト軍のエースにして最新鋭機デスティニーを与えられたパイロット、シン・アスカは、フェイ・ウォンと名乗った敵の言葉に衝撃を受けていた。

 

 自分がベルリンを焼かせた人殺し・・・? 人殺し・・・・・・ヒトゴロシ!?

 

「――違うッ!!!」

『違わねぇよ!!!』

 

 反射的にシンは叫び返し、叫んだ直後に怒鳴り返され、その気迫に気圧された彼は思わず黙り込まされてしまう。

 

『お前も俺とおんなじなんだよ。だから言ったろうが、アンタとは気が合いそうだってな。

 その高性能な新型機を与えてもらうために今まで何人の敵を殺してきた? 敵の死体で山を築いた報酬によって手に入れた新しい機体で、次はどれだけ人を殺したい? 世界を平和にするために!

 自分の好きな奴らを殺した憎ったらしい奴らを敵として殺しまくって、嫌いな奴らのいなくなった世界を作り上げるために! 自分に都合のいい優しい奴しかいない世界を手に入れるために! 一体これからアンタはあと何千人殺せば気が済むんだろうなぁ!? えぇ!? シン・アスカさんよゥッ!!』

「違う! 俺は・・・・・・俺はァァァァッッ!!!」

 

 ひたすらに軍人という職業の持つ『人殺し』としての側面を強調して語り続けるフェイの糾弾に、シンは呻くばかりで動くことのできない精神へと追い詰められていく。

 それは知らず知らずのうちに刷り込まれていた、シンが持つ心の弱さの一つを突かれた結果だった。

 自分の家族を殺した連合軍と戦う『自分たちザフト軍は正義の軍隊』・・・そのイメージを肯定してやるため、ザフト軍の綺麗なところだけを見せて、連合軍は汚いだけを見えるように調整し続けた結果として気づかぬうちに抱かされてしまっていた『ザフト軍は正義のヒーロー』というザフト軍の制服を纏った彼の願望。

 

 戦争による痛みしか人に教えられないアスラン・ザラを教師という名の鞭として起用して、同世代の少年レイ・ザ・バレルを友達として飴の役割を担わせて、飴と鞭とを使い分けながら甘やかしてスポイルさせ続けた。

 自分が正しいと信じて行って、それを叱られた時には彼をかばい、より上位にある者がそれを許し、彼の正しさを保証する。

 インパルスという彼の求めていた『力』として与えてやり、憎むべき敵は殺しても悪ではない状況を作り上げ、成果を出せば結果論によって問題行動を免罪して、より大きな力と地位を与え続ける・・・・・・。

 

 そんな環境に置かれ続けては、どんな英明な子供であろうとスポイルされてしまうのは当然の結実でしかない。

 肉体能力や知能においてナチュラルを遙かに上回るが故に、成人として認められる年齢が早いコーディネーターといえども、人としての心である『精神年齢』まで一足飛びに大人になれる訳ではないのだから当然のことなのだから―――。



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PHASE-6

久々の更新となります。前々から書いてはいたのですけど、なかなか前に進まなくて…。
少しずつ書き進めて今に至った内容のため、前回のラストと少し矛盾するかもしれませんが…今回は妥協してくださいませ。
流石に色々とやらせ過ぎました……(反省)

尚、今話で新たな仲間キャラクターが登場します。ロゴスと連合だけだと戦力的にキツ過ぎました故に……。


 コズミック・イラ73に行われた連合軍最後の拠点ヘブンズ・ベースを巡る攻防戦は、ロゴス側優位に推移しながらも混沌の度合いを深めつつ未だ終幕には至っていなかった。

 

 未来のコズミック・イラにおいて歴史家たちが戦いの記録を振り返るとき、戦闘中に起きていた出来事を時系列順に並べようとして苦心させられる代名詞となっていくのが、このヘブンズ・ベース攻防戦でもあった。

 あまりにも多くの出来事が、複数の場所で短時間の内に同時多発的に発生したため、それぞれの繋がりを読み解くのに相応以上の労力と根気が求められる戦局だったからである。

 

 その原因の多くは、ザフト軍の実質的総司令官を務めたギルバート・ディランダル議長にあると言わざるを得ないというのが後世の定説でもある。

 彼は『人類共通の敵』と定めたロゴスを世界国家の大同盟軍を以て討つことで、種族間を超えた新たな絆を世界に示そうとしたが、そのために対ロゴス同盟軍の隊列はあまりにも長くなり、実際に敵と戦っていたのはザフト軍MSばかりで連合からの投降艦は後方でお荷物となっていただけになってしまっていた。地上と宇宙との距離がありすぎたことも問題である。

 これら編成の不備を見抜いたロゴス軍司令官代理セレニアが、情報撹乱によって部隊間の通信網を断ったことから各々の部隊は孤立させられてしまい、同盟軍は途中から後方と前線と宇宙という三つの部隊に別れて独自に判断と行動を取らざるを得なくなってしまっていたのである。

 

 そのような事態に至り、遂にザフト軍の総司令デュランダルは自ら陣頭指揮を執ることで崩れそうになる戦線を必死に支え、死戦せざるを得ない状況へと陥らされていくことになる。

 

 

「――退くなッ! 今退けば戦線は一気に崩壊して全軍総崩れとなるだろう!」

 

 ミネルバの艦橋でデュランダルが仁王立ちになり、強い口調で味方を叱咤し、崩れそうになる戦線を言葉によって支える、心理的防衛戦の役割を必死に果たしていた。

 

「あと僅かなのだ! あと少しだけ持ちこたえれば我が軍は勝てる! 既に勝つための準備は完了した! 支えきれば味方が勝つ! もう一息なのです! 今少しだけ諸君らの力を私に貸して頂きたい!!」

 

 この状況にいたって尚、デュランダルの言葉には確固たる自信が感じられ、それを聞かされた将兵たちは萎えかかった心をギリギリのところで持ち堪え、既に脱走艦が出始めている戦場の中で中核となるザフト軍だけは軍としての統制を維持することができていた。

 実際、デュランダルの言葉は負け惜しみでも、その場凌ぎでもなく、確実に戦局を打開できる一手を完成させることに成功した故の大言壮語であったからだ。

 

 ――先頃ようやく通信が回復して、軌道上の艦隊との連絡が可能になり、MS部隊の即時降下開始を指示することがやっと出来たのである。

 妨害電波によって地上の戦況がわからなくなった挙げ句、セレニアによって意図的にもたらされた相互矛盾する誤報も複数確認され、動くに動けなくなっていたジュール隊長率いる軌道艦隊は、降下準備を完了していた部隊を順次発進させている。あと数分で彼らがヘブンズベース直上へと姿を現し戦局を一変させてくれることだろう。

 

 ――むしろ、そうなってくれなければ困るのだ。

 “アレ”の準備が完了してしまってからでは、手遅れになってしまうのだから・・・・・・。

 

(・・・連合の秘匿兵器コードネーム《N》・・・。連合が制宙権を失ったときのために開発したという、新型対空砲。その性能如何で我々の命運も決してしまうという訳か・・・っ)

 

 声には出さず、心の中だけで彼はつぶやき捨てて、胸中にある不安材料の最たるものを無理矢理に喉の奥へと流し込んだ。

 デュランダルの情報網をもってさえ完全には全容を掴みきれなかった、連合地上軍の切り札とも呼ぶべき対空掃射砲。

 コーディネーターの庭とも呼ぶべき宇宙空間で造られず、地上のロゴス勢力が最も強く根を張っていた絶海の孤島の拠点地下深くで建造されたことから“今一つの切り札”よりも入手できた情報が少なすぎたことが懸念材料となっていたソレは、だがしかし。

 想定されるスペックだけでも、完全な照射がおこなわれてしまえば降下部隊すべてを消滅させることが可能だろうという試算結果が出されている代物だ。

 ただ、その膨大な威力故に照射までに必要なエネルギーチャージ時間もまた通常のビーム砲の比ではなく、照射される前に降下させることさえ出来れば不利な戦局を一変させることも可能ではあるはずだった。

 

 その為にも―――ッ

 

「シンのデスティニーは何をやっている!? レイはまだ到着できんのか!?」

「先ほど通信が回復して連絡が届きました! 敵の守りを突破! シンと合流するとのことです!」

「――よしっ!」

 

 デュランダルは不適な笑みを浮かべ、この不利な状況からの逆転劇と、自らの勝利を確信する。

 入手した情報だけでも、秘匿兵器《N》の弱点は明らかだった。それは照射に必要な膨大なエネルギーを集めるため、基地内の各所から電力を掻き集めざるを得ないという点だ。

 

 必然的に、砲へとエネルギーを供給している主要なチューブのひとつ、あるいは変電施設の一つでも破壊すればNは停止は無理でも威力は大きく減衰して、上手くすれば発射までの時間を遅らせることも可能かも知れない。

 

「レイを通してシンに通達! ヘブンズベース内にあるエネルギー供給施設と思しき建物を、どこでもいい。見つけ次第叩くよう伝達してくれ。彼の腕と機体の性能を持ってすれば、必ずや我が軍に勝利をもたらしてくれるだろう」

 

 新任の通信士官である女性兵士を安心させるよう、途中から優しげな笑顔を浮かべて爽やかに指示を出した議長を相手に、僅かながら頬を赤くし「つ、伝えますっ」と復唱しながら通信機器の操作へと戻る部下を見つめる。

 

 そんな時だ。ふと、タリアと目が合った。

 事実上ザフト軍の臨時旗艦となっているミネルバの艦長として、休みなく現場の指揮に専念し続けていた彼女は、喉を休ませるためにもアーサー副官から飲み物を受け取って口にくわえた直後であり、互いに偶然にも口と時間に余裕ができた。その短い数舜での出来事だった。

 

「大丈夫だ、タリア。彼らなら必ず我々の期待に応えてくれる」

「そうでしょうね」

 

 素っ気なく答えて、一時の休憩に戻っていく美人艦長。

 彼女としては前線の現場指揮官として、“お偉方”へのリップサービスをしてやれるほど心の余裕を保てる戦況ではなくなってきており、また現実に相手の言葉にも自分の返答にも絶対の自信を懐くことができなかったという事情もある。

 

 ――ここまで自分たちを翻弄してきた敵司令官だ。あと一つか二つぐらい、隠し球があってもおかしくはない・・・・・・。無論ないなら、それが一番ありがたいのだけれど―――

 

 そんなタリアの声には出せない心境とは無関係に戦況は一進一退を続けながら、混沌の度合いをも増していくことになる。

 

 

 

 そんな各所で分断され、それぞれが自分の担当している戦区で全力を尽くす以上のことは出来なくなりつつある戦場。その一部の担当者にフェイ・ウォンという名の連合軍に雇われた傭兵の姿があった。

 

 

『なん・・・だっ、て・・・・・・?』

 

 ザフト軍のエースに与えられたらしい最新鋭機、デスティニーのパイロットである少年シン・アスカの声がスピーカー越しに聞こえてきて、フェイは嗤う。

 

「お前も俺とおんなじなんだよ。だから言ったろうが、アンタとは気が合いそうだってな」

 

 マイクを通して、敵機のパイロットに届くように言いながらもフェイは心の中で思っていた。

 

 ――コイツは、化け物だ―――

 

 と。

 

「その高性能な新型機を与えてもらうために今まで何人の敵を殺してきた? 敵の死体で山を築いた報酬によって手に入れた新しい機体で、次はどれだけ人を殺したい? 世界を平和にするために!

 自分の好きな奴らを殺した憎ったらしい奴らを敵として殺しまくって、嫌いな奴らのいなくなった世界を作り上げるために! 自分に都合のいい優しい奴しかいない世界を手に入れるために!」

 

 雇い主から教えられていた情報を元にした罵り言葉で罵倒し、相手のパイロットが言葉の刃如きで動きを止められ、自らの機体が持つ超巨大な化け物刀の刃を一向に振り下ろせなくなっていく姿をモニター画面で視認しながら。

 

 ――フェイは先程から、ガチガチと鳴り続けている奥歯の音が敵に聞こえぬようスピーカーを調整しながら、震える身体に渇を入れ、真っ白になるまで握りしめた右手を反対側の左手で軽く握りしめて力を込める。

 

「一体これからアンタはあと何千人殺せば気が済むんだろうなぁ!? えぇ!? シン・アスカさんよゥッ!!」

『違う! 俺は・・・・・・俺はァァァァッッ!!!』

 

 ひたすらに軍人という職業の持つ『人殺し』としての側面を強調して語り続けるフェイの糾弾に、傷つくばかりで動くことのできない精神へと追い詰められていくシン・アスカ。

 

 ――フェイから見て、シンという少年は精神的には、ただのガキでしかない存在だ。

 戦争をする者たちを口汚く非難する反面、妙に戦争への子供じみた憧れを感じさせる要素が見受けられ、ヒーローごっこと言うより子供向け童話に出てくる王子様にでもなりたがってるような、そんな印象を短い接触と少ない情報からでもヒシヒシと感じさせてくる・・・そんな少年。

 

 ある日いきなり、醜悪で好戦的なエイリアンが理由も原因もなく侵略してきたので、平和と正義を愛する人々はやむを得ず抵抗を決意し、その為に強力な兵器や施設が必要だ・・・・・・古今東西無数に存在し続けてきた通俗的なストーリーを本気で信じ込み、童話のレベルで現実の政治を考えようとして、それが軍事ロマンチシズムの軍国主義だとはチリほども考えていないような、身勝手でバカな妄想と現実の区別がつかなくなっている、ただのガキ。

 

 主観的正義で脳味噌を汚染され尽くした中毒患者で、自覚のない戦争賛美論者。・・・それがフェイ・ウォンが下したシン・アスカの人格に対する客観的評価。

 

『オレだって彼女を殺したくなんてなかった! 救ってあげたかった! 助けようと頑張ったんだ! だけど―――』

「じゃ何故、ザフト軍に入った? なんで力を求めて、その機体に乗って彼女を殺す役目を担ってたんだ?

 ・・・・・・ステラ達と違って強制されたんじゃねぇぞ! 自分の意思でサインしたんだろうが! えぇッ!?」

『ぐわ・・・ぁ・・・あ・・・・・・』

 

 スピーカーから聞こえてくる敵パイロットの呻き声を聞かされながら、だが一方でフェイ・ウォンは相手に対して、こうも思っていたのだ。

 

“コイツは化け物だ。人間じゃねェ・・・・・・っ!!”

 

 ―――と。

 今まで戦場で生き延び続けてきたベテラン傭兵の勘が、さっきから五月蠅いほどにサイレンを鳴らしまくっていて、全速力でこの場から逃げ出したくて仕方がないほど本能的に目の前の相手がもたらす「死」に怯えさせてきていたのが、そう思った理由だった。

 

(・・・震えが止まんねぇなァ・・・・・・怖くてよゥ・・・ッ)

 

 ガタガタと震える指先を必死に抑えてコントロールレバーを握りしめ、自分に厄介な仕事を依頼してきやがったお得意さんのチビには臨時報酬を追加要求しないと割が合わないことを心の底から思い知らされている最中だったからでもある。

 

 彼は生まれついての才能と、経験豊富な今までの戦いで稼いできた場数によってナチュラルでありながら大抵のコーディネーターパイロット相手なら楽に屠れる程度の技量に今ではなっているという自負があり、たとえ赤服のエースであっても工夫次第では勝つことも可能だろうと信じてもいる。

 

 だが、どこまで行っても彼はナチュラルであって、コーディネーターではない。

 ましてや、スーパーコーディネーターとやらを倒したと聞かされている相手とやり合って勝てると思えるほど身の程知らずにも成れていない。

 

 彼には今まで戦場で幾度も命を拾ってきた勘働きによって、シンが恐るべき力を秘めたパイロットであることを本能によって感じ取っており、『コイツには自分を必殺できる能力がある』という事実を受け入れられる種族意識の薄さがあった。

 

 だからこそ今、言葉でシンを責めることで時間稼ぎに徹している。

 皮肉なことだが、どうやら依頼主から与えられたコミュニケーション詐術を忠実に守っていいることが命を長らえれる最善の道であることまでもを勘によって解っている彼にとっては他に方法がなかったからだ。

 

 人格と能力はイコールではない。優れた人格を持つ人道家が、敵を一方的に殺戮できる軍事的英雄も兼ねているなら人格と才能の不一致でしかない。

 完璧超人のヒーローを求める民衆には良くとも、本人にとっては不幸でしかないのだ。

 それは人格破綻者の傭兵でしかない自分自身こそが、一番よく心得ている。

 

 黙れば戦いが再開されて殺される。言い過ぎれば暴走して殺されるだろう。

 言葉の先を可能な限り丸めた針で傷つける・・・・・・タイトロープのような内実の弾劾だったものの、どうやらそれも今少しで終われそうであることを、彼は勘ではなくレーダーによって感知していた。

 

「だからこそテメェは―――うおッ!?」

 

 予期していたとは言え、ギリギリのところで回避することが出来た新手の攻撃に心底から冷や汗をかかされるフェイ・ウォン。

 敵の援軍が自分を倒すことより味方と合流することを優先してくれたお陰で、何とか助かったようなものであったが・・・・・・どうやら自分のラッキー運もここまでのようだと覚悟を決めずにはいられないのも確かではありそうだった。

 

 後退した自分を援護するためにか、手柄を横取りしたかったのかは分からないが、味方機のモビルアーマーが今し方まで釘付けにしていたデスティニーを下方から撃ち抜こうと発射されたビーム砲を、新たに乱入してきた敵の援軍が光り輝くシールドで防ぎきるのを見せられては、そう感じざるをえなかったからである。

 

『シン、何をしている! 迂闊だぞ、飛行しているからには下からも撃たれるッ!』

『――っ、レイかっ!?』

 

 スピーカーから流れてくる、至近で交わされた敵同士の会話。その中に出てきた名前、「レイ」というのがおそらく敵の新型機のパイロットであり、ザフト軍の宣伝工作としてミネルバ隊所属のエースとして紹介されていた少年兵でもあるのが彼なのだろう。

 どちらにしろフェイとしては、「詰んだ」としか言いようのない状況に変化させられてしまったようだった。

 

  ・・・・・・見慣れぬ敵の新型機で、新装備であるビームシールド搭載機・・・見た目は違うがデスティニーと同タイプか準ずる機体と見て間違いなかろう。

 無論、最新の高性能機に準ずる機体にナンバー2を乗せるのは、4位以下に与えるよりかは合理的で正しい判断と呼ぶべきだろう。

 5位以下であれば勝ち目が出てくると考えていた、シンより格下のフェイとしては腹をくくるより他にない。

 先の一弾だけで分かるほど、敵の技量は優れており、自分との差がありすぎる。

 

 所詮はモビルスーツ操縦の適性を運良く生まれ持っていただけのナチュラルでしかない自分に勝てる相手ではない。

 残念ながら“自分の出番”は、ここまでのようだった。

 

『シン! 議長からの命令だ、ともかく敵のエネルギー供給施設を潰すんだ! 切り込めるか!?』

『――ああッ!!』

『よし、ならコイツは俺が相手をする。行けッ!!』

 

「・・・・・・」

 

 敵機同士で交わされている会話を、特殊機故に性能のいい集音装置で拾いながらも、フェイは“動かない”

 

『ええいッ! この程度の機体に・・・ッ!!』

「・・・・・・」

 

 敵の援軍が、なにやら苦み走ったものでも感じているかのような叫び声を上げながら、ビームサーベルを抜いて斬りかかってきても、それは変わらない。

 

 ただ、飛んでいるだけで立ったままだ。棒立ちした状態で、敵に向かって切ってくださいと言わんばかりの態勢のまま、呆然と立ち尽くしたままで立ち止まっている。

 

 

「へ・・・ヘヘヘ・・・・・・俺、の・・・・・・ッ!!」

 

 だが無論のこと、フェイ・ウォンは潔く自分の死と敗北を受け入れられるほど優れた人格者では全くない。高潔な魂を持った戦士でもない。

 単なる金目当てで戦う、他人は殺しまくっても自分の命は惜しい傭兵でしかない身の上だ。

 ガタガタ震える身体で、意味のない言葉を喚きながら必死に恐怖を耐え凌ぎ、一番生き残れる“かもしれない可能性”が高くなるよう計算された今の場所で立ち尽くすより他に道がなかっただけなのだ。

 

『はああッ!!』

「・・・・・・~~~~ッ!!!!」

 

 それでも尚、敵機が目の前まで迫ってビームサーベルを自分ごと機体を真っ二つにしようとした瞬間には怖さのあまり逃げ出したい衝動を堪えることが遂に出来なくなりかけたが・・・・・・どうやら“見捨てないでくれた”らしい。

 

 

 自分に向かって灼熱のビームの刃が振り下ろされようとした、その刹那。

 横から一瞬の光が割り込んできてスパークし、粒子の衝突による共食い現象が生じて余波に巻き込まれ、為す術もなく機体を吹っ飛ばされながらモニターの半分が死んでしまったコクピットの中でフェイは嗤って、その光景を眺める。

 

 自分を斬り殺す寸前まできていた敵機が、突如として現れた新たな《カミナシ》によってビームの刃を防がれて、驚愕が機体の動きに現れている姿を嗤いながら見物し続け――不意に聞こえてきた、偶然にも生き残っていたらしいスピーカーから二機のモビルスーツのパイロットたちが交わし合う会話に耳を澄ます。・・・それ以外にやることも出来ることも既になくなっていたから。

 

『なにッ!? 貴様っ』

『ハイ、邪魔させて頂きました』

『――ふざけるなッ!』

『心外ですね~、ワタシはいつでも真剣ですよ?』

 

 

 いつも通りのマイペースな商売敵の言動に苦笑しながら、ただ落下していく機体に乗って無事に骨折ぐらいで済むよう信じてもいない神に祈りながら、フェイの耳に距離が開いて最後に聞こえることが出来た二機の会話、その最後の一筋だけが不吉な尾を引く流星のように鼓膜に残った。

 

 

『貴様は・・・・・・いったい何者だっ!?』

 

『ロゴス側のコーディネーター、キョウヤ・ヒグチです☆』

 

 

 

 ――そして通信は途絶え、彼らの声が届く距離からフェイは脱落し、この戦闘における彼の出番が完全に終わりを告げることとなる。

 

 

 

 

 

 

 そして、その僅かに前の時間帯。

 ヘブンズベースの司令部に近く、基地内で交わされる通信の傍受などが比較的簡単で安全な後方に配置されていた偽装ハンガーの中に鎮座する一機のモビルスーツの中で、一人の男が出撃準備を完了させていた。

 

「――プッ!」

 

 咥えていた煙草を吐き捨て、商売敵が敵に追い詰められて殺されそうになっているところを基地の望遠モニターを使って楽しそうに見物していた彼は、蛇のように陰湿そうな瞳をギョロリと剥いて自分の機体に火を入れる。

 

「では、ワタシもそろそろ動くとしましょうかネ」

 

 その瞬間、周囲の敵味方ほぼ全員のレーダーに自分の居場所が露見することになってしまったが、別に構わない。

 既に見ているだけでいい「楽な仕事」の時間は終わった。次は追加報酬をせしめる為にも敵を一機でも多く食い殺してやらなければならない勤務時間が訪れたのだから。

 

『はああッ!!』

『・・・・・・~~~~ッ!!!!』

 

「ふひッ☆」

 

 スピーカーから流れてくる、静かな中に深い殺意を満たした敵の叫びと、今回は味方になった商売敵が無言で放つ命の雄叫びを聞きながら、さも愉快そうに唇をひん曲げて性格の悪そうなあくどい笑みとともに依頼内容を全うするため全速力で予定ポイントまでの最短距離を加速させていく。

 

 フェイの乗る《カミナシ》に止めを刺す寸前までいっていたレイの前に、新型装備であるビームシールドを展開させながら割り込んでくる。

 

『なっ!?』

「フ・・・ッ」

 

 ザフト軍の最新鋭機であるレジェンドに乗った自分の一撃を完全に防がれて驚愕したらしい敵のパイロット。

 その若さ故の未熟さをせせら笑いながらも、シールドが持つエネルギー量の表示が大幅に削れていくゲージを見下ろし、保ってあと数秒かと思った以上に脆い新装備の出来の方には嫌気がさしてくる。

 

 デストロイの独立可動型腕部ビームシールドを携行可能にした、一二回使える程度の高価な癖して割に合わない性能しか持たせられなかった使い捨て兵器だから仕方ないのかも知れないが・・・・・・もう少し役に立つ兵器を造ってほしいものだと思わずにはいられない。

 

 また、助けてやった味方機が衝撃で吹き飛ばされ、地上へと落ちていく姿も視界には入っていたのだが、まぁいいかと割り切って見捨てて、目の前の敵に集中することとする。

 

 ――あの男も、アレでそれなりに腕の立つ同業者だ。運が良ければ生き残れるはず。

 死んでしまった時には、運が悪かったと思って諦めてもらおう。傭兵家業とはそういうものだと、彼は心底から信じているタイプの人間だったから。

 

『チィッ!!』

 

 動かぬ敵機が囮であったことを悟ったらしいザフト軍機が、いったん距離を置いて仕切り直すと、どうやら得意としているらしい射撃戦で自分を狙い撃つため背中のビーム砲を複数同時に発砲してくるのが見えた。

 

 その射線は正確で、ナチュラルばかりの連合兵士であったならば、改造兵士のエクステンデットか、もしくは前大戦で使われたとか言うブーステッドマン以外では避けきれることは不可能だっただろう。

 

 ――しかし。

 

『なんだとッ!? バカなっ!!』

 

 敵パイロットの驚いたような声がスピーカーから漏れ聞こえてきて、彼は嗤う。

 距離が開いたせいで雑音混じりの感度が悪いものになってしまったが、ギリギリで会話自体は可能な距離。

 

 だからこそレイは問う。

 新型OSの補助によってナチュラルでもMSを動かせるようになったとは言え、補助なしでは動かせない故に連合制のMSはどうしても動きのパターンが限定されてしまう欠点を追っており、それを突いた一斉射撃によって確実に相手を撃ち落とそうとしたのが先のビーム攻撃だったからだ。

 

 ナチュラルである限り、完全には避けきれるはずのない攻撃。

 それを避けきって見せた以上、この敵の正体はエクステンデットかブーステッドマンのどちらかでしかあり得ない。

 どちらだろうと、彼にとってもシンにとっても、そして彼にとっての全てとも呼ぶべき議長の計画から見ても看過できかねる存在だったのだ。

 

 ――こんな奴がいたのでは、議長のプランにとって障害になる・・・!!

 

『貴様・・・いったい何者だッ!?』

 

 そう問われ、彼は生まれつき歪んだ形の唇に歪んだ嗤いを浮かび上がらせ、魔女が腰掛けて笑みを浮かべた三日月のように不吉なカーブを描かせながら――相手の求める正しい答えを愉悦とともに与えてやった。

 

 

「ロゴス側のコーディネーター、キョウヤ・ヒグチです☆」

 

『なっ!? なんだと・・・・・・ッ!?』

『!? どうしたんだ! レイ!』

 

 レイは驚愕したように動きを止め、その様子を訝しんだらしいデスティニーも基地の変電施設に向かっていた機体を一時停止させる。

 

『貴様ッ! コーディネーターでありながらロゴスに・・・ブルー・コスモスに味方したというのか!? 何故だ!』

「それは勿論お金のためですよ。報酬の額という点でロゴス以上の存在は現在の人類社会にはおりませんからねェ。

 幸いなことにワタシの上司となったお嬢様は、そこら辺のことは気にしないタイプでしたので上手く誤魔化してもらいながら結構オイシイ生活をさせてもらってますよ。

 どうです? アナタも一緒にいらっしゃいませんか? 今からでも遅くはないと思われますヨ~?」

『俺たちを倒して利用する価値がなくなったら捨てられるだけだ! それが貴様には分からないのか!?』

「おやおや、これはこれは。本気で言っているとは思えないセリフを仰られる」

 

 クツクツと嗤いながら、わざわざ画像まで開いて自分の顔を見せてくれながら糾弾してくる敵の若いパイロットの“矛盾した言い様”に、若さとは所詮こういうものかと、心の中で冷笑。――実に、身勝手でバカで泥臭い屁理屈だと心の底から侮辱しながら。

 

 

「兵士なんてものは所詮、戦争が終わるまで生きてられる方が少ない生き物でしょうに。

 勝った後のことまで考えて、今の豊かな生活手放して結局途中で死んで、他人たちから自分の豊かな幸せのために死んでくれてありがとうとか言われて、そんなに嬉しいですかァ?」

『―――ッ』

「アナタだってここに来るまで、大勢の人間の人生を途中下車させてきたのでしょうに。

 年取った順に寿命で死ねるなんて、兵士にとっては至上の幸福。一部の選ばれた者だけが享受できる特権中の特権。早死にするのが当たり前、それが今のような時代というものでしょうに。

 その中で兵士になる道を選び、さらにはエースになるまで他人の命を食いまくってきた人殺しでしかないアナタが、今さら途中で死ぬかもしれない選択肢を選ぶことを否定されるのですかァ~? 自分たちの敵組織を選んだだけで? 傲慢ですねェ~」

『ぐ・・・・・・あ、が・・・・・・』

 

『レイ! レイ!? どうしたんだ! しっかりしろォッ!!』

 

 敵同士のなれ合いが続いている。途中まで離れていた最初の機体も戻ってきて援護射撃をおこなってくるが、接近戦を主体としたマシーンらしく射撃武装は大味なものが多く、精密射撃は苦手とするタイプらしい。

 

 普通のコーディネーターならば、いざしらず。自分には、この程度の射撃はまず当てられない。

 “そういう風になれること”を目的として、自分は造られていた存在なのだから――ッ。

 

 ――このままでも目の前の機体の足だけなら止められそうだが、もう一機を同時に相手取るには自分の実力では不足だなと割り切ると、彼は再び『敵の弱い部分』を利用して、敵自身で敵の足を止めさせるために役立ってもらうため、自分たちの雇い主が考えついたアイデアを実行に移すことにする。

 

 戻ってきた機体への対応に意識の大部分を先ながら、通信相手だけを灰色の亀のようなバックパックを背負った敵機に合わせると、彼は用意されていたセリフをパイロットに向かって聞かせてやる。

 

「――しかし、アナタの声はどこかで聞き覚えがある気がしますねェ~。もしかしてアナタ、“ラウ・ル・クルーゼ”さんのご親戚かなにかだったりします?」

『―――!!! 貴様! ラウを知っているのか!?』

『レイ! 落ち着けよ! さっきから一体何を―――』

『黙っていろシン!』

 

 ――かかった。

 敵機たちの会話を盗み聞きしながら、ロゴス側に雇われたコーディネーターの傭兵キョウヤ・ヒグチは心の中で密かに、ほくそ笑む。

 

 

 ・・・・・・それは雇い主が古い記録を調べ直している最中に、偶然見つけた記録の断片。

 よほど嬉しかったのか、本人が直筆で書き残していた勝利と栄光を確信した、人生の最高潮に達した日々の輝かしい記録。

 

 その人物が記した日記の中で、“一番の恩人であり功労者”として描かれていた人物のデータの中で、反射的動作や射撃タイミングなど生まれ持ったスペックを同レベルで必要とする戦闘記録。

 

 名高き敵のエース・オブ・エースだったから膨大に残されていた、それらの個人データーの内97パーセント以上の確率で一致した赤の他人のはずのパイロット“レイ・ザ・バレル”という名の少年兵を、実力や機体性能に関係なく“味方の動きを正中させるのに利用するため”に用意されていたミネルバ隊対策のひとつ。

 

 

「ええ、勿論存じておりますとも。当然でしょう?

 “我らが地球連合軍勝利のためにザフト軍へと侵入しNジャマーキャンセラーを盗み出してきた英雄”の名前を!!

 前大戦時にコーデネーネーターの少年兵たちを核の炎で大勢焼き殺すことに貢献した、偉大なる“連合軍の英雄”の名前を!!

 宇宙の鳥籠に自ら入りたがる囚人共の絶滅こそ全人類と子供たちの未来のためになるのだと考えられたブルーコスモス最大の英雄です!

 青き清浄なる世界のためにねェェェェェェッ!!!!」

 

 

 

『ぐ・・・あ・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁッ!!!!

 き、貴様ァァァァァァァァァッ!!!!』

 

 

『レェェェェェェッイ!?』

 

 

 レイは叫び、シンが叫び、キョウヤが高らかに笑い声を上げて―――そして。

 勝敗は決した。

 彼らの戦いとは関係なしに、この戦場の勝敗を決定づける最後の一撃が、天に向かって撃ち放たれたのは、まさにこの瞬間であった。

 

 

 

 

「フハハハハハハッ!!

 さぁ、時間ですッ!!!」

 

 ヘブンズベース内にある貴賓室の中で、待ちかねていたときの到来を予期したジブリ―ルが、高笑いとともに演技力たっぷりに周囲の自分を見つめるロゴスメンバーや連合軍人たちからの視線を大いに意識しながら宣言する眼下で、基地司令部の機器操作要員たちが今までで一番慌ただしく報告と命令と復唱とを交わし合っている姿が繰り広げられている。

 

 

「直上に、ザフト軍降下ポット現出。ルート26から31に展開」

「《ニーベルング》へのパワー供給が完了」

「ニーベルング発射用意」

「ハッ、現時点を以てニーベルング・システムの安全装置を解除する。退避命令を発令せよ」

「偽装シャッター解放っ!」

 

 

 ・・・・・・古より続く神々の支配する世界に終焉をもたらすため行われるとされる、神々の黄昏《ラグナロック》。

 ザフト軍のデュランダルは、この降下作戦の名前にその名を冠したと諜報部から報告を受けていた彼だったが、聞いた瞬間にはなんとも皮肉なものだと思わずにはいられなかったことを今の自軍有利な戦況を前にして思い出さずにはいられない。

 

 一度はキリスト教による異教弾圧によって滅ぼされたゲルマン神話の最終戦争ラグナロック、それを再び世に蘇らせることに貢献した最大の名作であるワーグナーの戯曲《ニーベルングの指輪》

 

 滅ぼしに来る側が、復活させたものを破滅させるために天から降り立ち、そして裁きの光によって焼き滅ぼされる!!

 その流れに《運命》を感じずにいられないほど、ジブリ―ルは世界に夢を懐かない現実的な人間ではなかったのだから。

 

 

「糾弾も良い、理想も良い。・・・が、全ては勝たねば意味がない。

 この一撃で宇宙からの援軍が消滅させられるのを見れば、ザフトの宇宙人ども以外は命惜しさで逃げ出す者しかいなくなるでしょう。

 古から、全ては勝者のものと決まっているのですからね。小綺麗な理想という泥船にしがみついたまま、共に溺れ死にしたがる者など、正義の味方や神のような人間ですらない。

 ただの世界を読み切れなかった愚か者の群れに過ぎなくなるのですからね・・・ククク・・・」

 

 

 表情にサディスティックな笑みを浮かべながら、ジブリールは嗤う。

 目の前で頼りにしていた援軍を焼き尽くされ、デュランダルの言葉を信じる根拠がどこにもなくなってしまった裏切り者どもの群れに、もはや制止の声も正論も、糾弾や理想さえも届くことはなくなっていることだろう。

 しょせん、時世が変わったからというだけで昨日までの敵に寝返るような連中は、口でどれほど綺麗事を唱えたところで、世界のことより自信の安泰の方が重要だっただけの保身主義者の群れに過ぎないのだから。

 

 ――だが、そうなったとしてもジブリ―ルは彼らを笑う気にはなれなかった。・・・心中で苦笑する程度はするかもしれないと思ってはいたが。

 

 逃げたければ自分で手はずを整えておくのは人として当然のことだからだ。

 ものの分からないノロマな連中が時間を稼いでくれている間に、助かりたい者たちは逃げる。それだけだ。

 

 ――その程度のことも出来なかったから、アズラエルは滅んだのだ・・・。

 

 と、前任者の後継として組織の立て直しに全力を傾けざるを得なくされた落日のブルー・コスモス中興の祖たる彼は思う。

 

 ――だが、私は違う。私は奴とは異なるのだ。

 

(・・・私はただ、“勝ちたいだけ”だ。戦いたい訳ではない。前線にノコノコと出てきて身を危険にさらす野蛮極まるアズラエルやデュランダル如き戦争狂共と私は異なる・・・)

 

 そう思って感慨に浸っていた、彼の耳に。

 破滅を告げる声が響き渡る。

 

 対ロゴス連合軍にとっての破滅の声が。

 古き時代の神を殺して、その死体の上に、死体の肉を食ったウジ虫たちが築き上げようとした新世界が今。

 

 破滅の光と共に、音を立てて崩れ去る《新世界最後の日の終末》を告げる、二つの正義と正しさの矛盾に満ちた音が、世界中の見ている前で全人類の鼓膜に響き渡った。

 

 

『照射角、20から32。ニーベルング、発射準備完了。

 ―――発射ッ!!!』

 

 

 

 天へと光が伸び、一瞬にして全てを終わらせる。

 ザフト軍にとっての《最終戦争》に、最終決着をもたらすための一撃が天から降り注いできた無数の天使たちを焼き滅ぼす様を見せつけられて、デュランダルはただ沈黙し、ただ唇を噛みしめる。

 

 

「議長・・・・・・」

 

 タリアが振り返り、視線だけで問うてくる。

 それは決断を促す視線であった。

 

 デュランダルは太い息を吐いて椅子へと戻り、腰掛けながら求められている唯一の選択肢を彼らの前に提示させた。

 

 

「やむを得ん・・・・・・作戦は失敗した。全軍に撤退命令を」

 

 

 

 

 

 

 

 そして時を同じくして、同じ光景を異なる角度から、相手より下の位置で眺めていた人物の元にも同じ報告がもたらされる。

 

 

「最後まで抵抗を諦めずにいた部隊も撤退を開始したようです」

「そうですか」

「なお、他の艦艇は散り散りに逃げて統制も何もありませんが、敵の本体だけは秩序を乱すことなく整然と撤退をおこなっている模様です。どうされますか? セレニア代理司令閣下」

 

 艦長からの報告を受け取って、セレニアは疲れ切ったように身体を伸ばして肩をほぐし、『ようやく帰ってくれますか・・・』とでも言い足そうな中間管理職めいたお役所仕事のような視線で部下たちからの視線を見返すと、この戦い最後の命令を彼らへと下して残りの色は現場の人間に任せる選択肢を選ぶことにしてしまった。

 

 

「どうするもなにも、逃げる敵さんには追撃が基本でしょう? 降伏しないで逃げてく以上は撃つ他に私たちには選択肢がありませんって。

 ただし、敵の前に立ちはだかって逃げ道塞ぐのだけは禁止します。破った者は即刻銃殺、例外はなし。

 わざわざ尻尾巻いて逃げる敵さんを追い詰めて、死兵にさせる利敵行為を働く裏切り者は死ぬ以外に運命は無くすことになると心得なさい。

 後はテキトーに、逃げる敵の中で楽に沈められる敵だけ確実に落としていきゃいいですよ。当たらない敵に撃っても弾の無駄なので無視してよし。

 あと任せます。私は少し寝てきますので安全第一の追撃指揮よろしく。

 ・・・・・・とにかく疲れました・・・・・・子供には揺り籠で眠る時間が必要なんですよ・・・・・・ふぁ」

 

 

つづく

 

 

 

オマケ【今作オリジナルのキャラ紹介】

 

【キョウヤ・ヒグチ】

ロゴス側に雇われているコーディネーターの傭兵で、提出した記録などはナチュラルのものを使用しており、キョウヤというのも殺して奪ったナチュラルが持っていた身分証を流用したものに過ぎない。本名不明。

実はスーパーコーディネーター計画の中で造られた被験体の一体で、カナード・パルスの一応は兄弟のような関係性の人物ではある。

セレニア直々の指示による(脅迫とも言う)データ改竄と賄賂によってジブリールには正体を悟られていない。

真実を教えてやる義理や理由は、彼にも雇い主のセレニアにも無い。

 

性格は対照的で、狡猾かつ残忍。その一方で反発心や反抗的な態度を取る同年齢たちのプライドを「負け犬の遠吠え」と嗤って見下す、世渡り上手な側面を持つ。

元々はカナードと同じように別の研究所によって確保され、過酷なデータ取りのための実験を強制されていた被害者の少年だったが、カナードと違って反抗的な態度を取らずに煽て上げて誑かして扇動し、蛇のような誘惑で相手たちの内輪揉めを誘発した後、追い詰められた責任者を救ってやる報酬として首輪を外すことを前払いで支払わせる手法を取っている。

この時、複数の主要人物を誘拐して拷問することで聞きだしておいた情報から、相手の言葉の矛盾を見つけやすくし、自分を騙して殺そうとした嘘を見抜いた上でかかってやるフリをするなど演出にも長けている。

その後は結局、ほぼ全員を口封じに殺してしまい、残った僅かなメンバーに車を運転させて移動した後、ソイツらも殺して研究所の追手たちに別方向へ逃げた証拠としてくれてやっていた。

 

狡賢い犯罪者思考の人物で、傭兵であると同時に要人たち御用達の暗殺者も副業でこなしていた経験があり、その時の伝手でロゴスとも繋がりがあったため今回の登場と相成った。

豊かで贅沢な生活が死ぬまで出来ればそれでよく、自分が死んだ後に世界がどうなろうと関係ないからどうでもいいとしか思っていないエゴイストの青年。

 

フェイ・ウォンとは同業者で何度か戦場を共にしており、その内の幾度かは敵同士だった。

そのため相手の悪運と勘の良さだけは高く評価しており、自分が仕留め損ねた数少ない相手として敵になったら今度こそ殺してやろうと目論んでいる。

 

が、金にならない殺しに興味はなく、敵にならない限りはどうでもよいと割り切ってもいる純粋極まる拝金主義者。

モデルとなったのは言うまでもなく、【スクライド】の【無常矜持】

 

寺田アヤセとか、少年少女たちの改造ネタつながりで使ってみたいと前から思っていた、ロゴス側で戦うコーディネーター設定の兵士です。

尚、キャラ名には「キラ・ヤマト」や「シン・アスカ」を基にした近い物を用いることで、【彼らが自分個人のために戦うコーディネーターだったら?】というIF未来の一つを体現して見せた存在ともなっております。



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PHASE-7

深夜にエロ作を書いてたら途中で止まってしまったため、他の続きを書いてたら完成したので投稿しておきます。
深夜テンションで書いたことと、やや片手間な心理状態で仕上げてしまったことを反省中。ダメそうだったら書き直しますね。

今回の話にサブタイ付けるとしたら【デュランダルの野望 ザフトの脅威】かな? 
ロゴス・セレニアに手玉に取られた議長の方でも策謀を開始する話ですね。そして主人公は出ないと(苦笑)


完成する少し前で止まってたのを完成させただけですので、これから元の作業に戻りま~す。


 ヘブンズベースを巡る攻防戦の勝敗は決した。

 勝利者は勝ち鬨を上げ、現場指揮官は部下に事後処理を委ねて寝に入り、極度の緊張と死の恐怖から解き放たれた連合の兵士たちには、さながら消化試合のような雰囲気が流れるようになっていた。

 

 ――だが、しかし。

 

 連合軍に負けた側の対ロゴス同盟軍にとって、戦いはまだまだ終わってなどいなかった。寧ろ、ここからが本番とも呼ぶべき戦況にこそ彼らはあったのだ。

 

 流氷機雷の群れと、役目を終えた偽装艦による特攻と自爆、さらには追撃部隊から計算尽くで発射されてくるミサイルの雨というトリプルパンチでしたたかに頬をブン殴られた同盟軍への寝返り組たちは軍律も秩序もなく、ただ我が身一人の命惜しさで順序も航路も後方確認さえも禄にせぬままデタラメな方向へと逃げ惑い、逃げようとしていた別の艦に追突して却って混乱に拍車をかけることに貢献するだけの為体となっていたからである。

 

『何をしておるか! 回避だッ! 緊急回避ーッ!! 流氷が来ているのだぞォォ!?』

『取り舵だぁ! 取り舵ィィッ!! う、うわぁぁぁっ!?』

『――こちら――艦、モンテレ! 我、敵の追撃による損傷で操舵不能。救援を乞う!至急、救援を乞うッ!』

『チクショウ! このままで何隻生きて帰れるってんだ!?』

 

 デュランダルに対する『信頼』によって集まってきていた大同盟軍は、その信頼が失われたことで頭数が多いだけの個人の群れに成り下がってしまい、統制が保てているザフト軍が撤退する邪魔にさえなってしまう程の烏合の衆にすぎなくなってしまっていた。

 

 よく言えば『昨日の敵は今日の友』とも呼ぶべき世界の敵ロゴスを倒すための大同盟軍も、悪く言えば『ごった煮の寄せ集め集団』でしかないのも側面的な事実ではある。

 数ある戦いの中で最も難しい戦闘形態として知られているのが、撤退戦だ。

 互いに互いの背中を守り合って敵に牽制を加えて足止めしながら一隊、また一隊と離脱させることができなければ撤退戦を成功させるなど愚者の夢にしかなり得ない。

 

 上への信頼と同僚たち同士の絆がなければ成しえない高度な作戦。それを今の大同盟群に求めても不可能であると判断したミネルバ艦長タリア・グラディスは、無駄な犠牲を増やすばかりで遅々として進まない撤退状況を踏まえて決然と顔を上げると、命令と決断を同時に下した。

 

「ミネルバ急速浮上! 投降艦たちの頭上を飛び越えて、この海域より離脱する!!」

 

 

 タリアが下した、その命令を聞いたとき。

 ミネルバ艦橋のクルーたちと、同席していたVIPたちから寄せられた感情は、身分や立場を超えて統一されていた。

 

 ―――正気か!?・・・と。

 

「し、しかし艦長! 今飛んでは敵基地の対空砲火とデストロイのビーム双方から餌食になってしまいますよ!?」

 

 皆を代表してアーサー副長が意見を具申し、デュランダル議長でさえ彼の意見に賛成だった。

 たしかに目の前に敵拠点があり、対MS戦闘よりも艦隊攻撃にこそ向いていると思しき巨大兵器デストロイたちが健在な状態でミネルバ一艦だけが飛び上がれば良い的になってしまうのは明らかだろう。

 それを懸念した副長の意見は間違っていないが、大前提として「撃たれる可能性」だの「危険性」だのと言っていられるほど余裕は今の自分たちにない。

 

「味方に邪魔されて身動きもとれない今のままでいるなら同じことよ! 空に浮き上がれば撃たれる危険はあっても自由は利く! それに本艦が上がることでスペースも空くわ。

 このまま動くに動けず敵の前に棒立ちし続けるのと、敵に狙われる覚悟で空を飛んで逃げのびる方に賭けるのと、貴方ならどちらの方が安全だと思うの!?」

「そ、それは・・・」

 

 質問に対して、逆に問い返された副長は声を失い、喘ぐように自分たち全員の上司に当たる人物に救いを求める目を向けたが、相手の方は彼のことなど見てはいなかった。

 ただ真っ直ぐ嘗て知ったる古いパートナーの瞳と見つめ合い、優しげな微笑みを浮かべて小さく首肯する。

 

「・・・わかった。君の判断が正しいだろうね。他の飛行可能な艦にも同様の命令を伝えてくれ。モビルスーツ部隊にもだ。少しでも艦を軽くし、標的を増やした方が生き延びられる可能性は高くなるだろう。必要なら私の名前を使ってくれてかまわない。」

「ありがとうございます、議長。・・・アーサー!」

「は、ハッ!!」

「潜水艦部隊にも、議長の名前で命令を通達してちょうだい! 全艦急速潜行、投降艦隊の足下をくぐり抜けながら各艦長の判断で最適なルートを選び戦場を離脱せよと。

 沈められた艦がある方角なら少しは機雷の数も少ないはずよ。最終的にカーペンタリアで合流できればそれでいい!」

「は、ハッ! ただちに伝えますッ!! 通信手ーっ」

 

 慌ただしく新任のクルーの元へと駆け寄っていく副長の姿と、眼下に見下ろしながら形の上ではおいていかざるを得なくなった各国からの投降艦たちに事情を説明し始めている議長の姿を視界の隅に納めながらタリアはそっと溜息を吐く。

 

「・・・・・・後は私たちの運と、敵指揮官の価値基準次第ということかしらね・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 誰にも気づかれぬよう小声で呟かれたタリアの独白を傍受したわけではなかったものの。

 ザフト軍の動きを潜望鏡とレーダーで逐一確認し続けていたセレニア分艦隊旗艦の艦長は、敵拠点を前にして無謀にも飛行し始めたミネルバの姿に勝利者側として評価を下していた。

 

 ――舌打ちという形で、である。

 

「・・・チッ。思ったよりも判断が素早い、流石はザフト軍と言うところか。もう少しぐらいマゴついてくれると期待していたのだが・・・」

 

 彼から見て忌々しいことではあったが、敵に正しい選択を選ばれてしまったらしく、彼率いる追撃部隊ではザフト軍を落とすことは諦めざるを得なくなったようである。

 せいぜい沈められるのは、連合からの離脱艦のみとなってしまった敵の判断に対して艦長は諦めざるを得ないと現状を受け入れてはいたものの、不満を残す者もいる。

 旗艦の副長が、その一人目となったようだ。

 

「しかし艦長、敵は浮上したばかりで高度は低く、ヘブンズ・ベースからの対空砲もありますし、今なら敵旗艦の撃沈も不可能ではないのではありませんか?」

「たしかにな。貴官の判断は正しい・・・あくまで我が艦隊に対空用の対艦ミサイルが多ければの話だが・・・」

「――あっ!?」

 

 言われて副長は声を上げる。自分たちの懐具合を思い出したのだ。

 もともとセレニア率いる分艦隊は、対ロゴス同盟軍に対して『政治的理由での撤退』を余儀なくさせることを戦略目的として編成され、出港してきている。

 ヘブンズベースでの戦いそのものが、デュランダル議長からの不意打ちに近い情報公開から始まっているものでもあり準備期間が満足に得られぬまま、用意できる物だけでやり繰りする必要性もあり、使う可能性が低かった海上の上を飛ぶ飛行戦艦を撃ち落とすための対空対艦ミサイルは多く持ってきてはいないのだ。

 

 加えて潜水艦は戦艦よりもサイズが小さく、弾薬を詰める量も必然的に少ない。一発だけで多くのスペースを占有する対艦用の巨大ミサイルなど早々詰める物でもなかったのだ。

 

「それに何より、あの艦を撃ち落とそうとすれば怖い奴らに邪魔されて、逆に撃たれる。大人しく見送るのが互いのためだ」

「怖い奴ら・・・とは? いったい・・・」

「分からんか? お嬢さま司令官閣下が気にしておられた“羽付き”と“甲羅付き”の二機だよ。母艦が撤退するのに直援を前線に張り付かせ続ける理由も特にあるまい」

「・・・成る程・・・」

 

 副長はうなり、上司の指示を全面的に受け入れて各部署に指示を与えるため狭い艦橋から外へと駆け出していく。

 その背中を見送りながら艦長は、だが自分たち全体の盟主ということになってはいる相手の拘りぶりを考慮して、一応の砲撃も加えておくよう指示を付け加えながら副長が向かったのとは逆の方向にある司令官用の個室の方へと視線だけを向けながら。

 

「・・・まっ、命あってのなんとやらと受け入れるべきものなのでしょうな。

 生きていればこそ、次の戦いで逃した敵を沈められる機会も得られるという物でもありますし・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてまた、別の戦場では別の事態も発生していた。

 勝利した側が、敗北した側の敵旗艦が逃げるのを見送るしかない己を、諦めて受け入れることができたとしても、負けた側が憎むべき怨敵を倒すことなく退却することを潔しとするとは限らなかったことで起きていた戦闘継続という事態がである。

 

 

「撤退信号!? ミネルバが退っていく・・・クソッ! レイ、撤退だ! 撤退するミネルバを守らないとっ」

「邪魔をするな、シン! 俺はコイツを・・・コイツだけは倒さなければならないんだ! コイツだけはァァァァッ!!!」

 

『アッハハハハハハハぁッ!!!!!』

 

 それはキョウヤの挑発によって誘発され、感情的になったレイが撤退命令を無視して敵機の撃墜に拘らされてしまったことで発生していた矛盾した事態。

 

 シンにとって友人を侮辱するキョウヤは許しがたい男であったが、最初から逃げに徹して時間稼ぎのみに偏らせた敵の戦い方が感情的な怒りを完全には激発させるに至っておらず、キョウヤがレイの攻撃を避けて逃げる方向がヘブンズベース奥深くというミネルバとは逆方向に向かっていることも彼の思考を集中させない要素になってしまってもいたのだ。

 

 オーブ海戦での暴走や、過去のファントム・ペインとの交戦記録などから見ても、シンには明らかに仲間や母艦を守り抜くことへ強い感情を抱いていることが読み取れる。

 それは多くの場合、『味方を殺そうとする敵を倒すことで守り抜く』という形で発生している回数が多かった現象だ。

 

 ならば、それを両立できない状況へと追い込んでしまえばいい。

 守るべき対象の危機的状況と、倒すべき敵とが両極端な遠い位置関係になってしまったとき、彼はどのような行動をとり選択をするか?

 一パイロットとして、常軌を逸した戦果を上げることのあるシン・アスカを負けることなく撤退に追い込むための作戦だったのだ。

 

 前例がないため、確実性の乏しい方法であったが上手くいってくれたようで良かったと、計画立案者のセレニアは夢の中で心安からに安堵していたのかもしれないが、計画を仕掛けられた側としては到底、心を穏やかにしたい気持ちにはなれていなかった。

 

 

『そうです! その怒りです! その悲しみです! その強き信念ですッ! それが人を滅ぼす心の闇を育て上げ、コーディネーターに裁きの核を撃ち放たせたラゥ・ル・クルーゼさんへと至らしめたのです!!

 さぁ、開きましょう・・・新しい世界の扉を! 青き清浄なる世界を創るために!

 でないと、英雄ラゥさんの死はムダになってしまいますよォ~? 任務失敗と言うことでねェー!』

「き、貴様ァァァァッ!! まだ言うか―――ッ!!!」

「レェェェッイ!!!!」

『アーッハハハぁッ!!!!』

 

 ひたすらに煽り続け、逃げ続け、シンには一言も侮蔑の言葉を放とうとしないキョウヤの計算尽くな時間稼ぎ。

 事情を知らず、クルーゼという名前も前大戦に関する記録の一部として聞いたことがあるだけのシンには友の怒りに共感して一緒に怒ってやることができずにいたが、それが逆に有効な方へと作用する場合も時にはある。

 

「落ち着けよ、レイ! ミネルバが退いてる! 俺たちが戻らないと一体誰が皆と議長を守るって言うんだ!?」

「く・・・・・・ッ。―――ギルっ」

 

 相手のプライベートな事情までは知らないシンが、偶然にも放った常識的な見解がレイにとって強制的に冷静さを取り戻させて戦闘を中止させる言葉、『ブロックワード』が含まれていたことなど知るよしもない彼ではあったが、ひとまずは目的を達成し、敵の目的をくじくことに成功したのである。

 

『オヤオヤ、逃げるのですか? せっかくブルーコスモスの英雄を尊敬する者同士として、思い出話に花を咲かせていたというのに~?』

「く・・・・・・撤退する!!」

 

 今度は挑発にも乗ってくることなく、一言だけを残して全速力で撤退していき、相手の捨て台詞を合図にしたのか、追い打とうとしたキョウヤの機体にシンが牽制射撃をかけてきて足止めをしたたため追撃できず、ただ指を咥えて見ていることしかできなくなってしまったのは今度は自分の番となってしまったようだった。

 

 

「・・・チッ。たとえ一瞬とはいえ、この私を躊躇わせるとは・・・」

 

 デスティニーとレジェンドの二機が、一定以上の距離まで遠ざかったことを確認すると、キョウヤは危険を冒してまで追撃することを辞め、適当な丘の一つに降り立つと彼らの健闘ぶりを称えながらも、次こそは必ず狙った獲物を逃さないことを己に課す。

 

 眼下では、友軍が未だに敵との交戦を続けており、追い詰められた敵の中には自棄になって反撃してきたため一部には窮地に陥る部隊や撃沈される味方艦の姿も視界の中には映ってはいたものの、そんなものは彼の眼中にはなく意識してやる理由もない。

 

 彼の興味があるのは、片方だけでも仕留めるつもりでいたのに逃げ切れられてしまった二機の敵機と、彼らにロゴスから掛けられている一生遊んで暮らせる賞金額のみ。

 

 

「まぁ、いいでしょう。

 次の機会には必ずや彼を落とし、掛けられている賞金をこの手に・・・ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの思惑と、政治的理由と理想、そして個人的な欲望とが複雑に絡み合って行われたヘブンズベース攻防戦はこうして終結した。

 

 ジブラルタル基地まで帰投することができた対ロゴス同盟軍は、惨憺たる敗残の身を軍港に並べ、昨日の昼には世界中の艦隊が一堂に集まっていたかのような活気あふれていた港にも空白の席が目立って見えて仕方がない。

 本来は合流を予定していたカーペンタリアではなく、最寄りのジブラルタルに変更したのも、数的な消耗が予想を上回るものだったことが大きな一因となってのものだった。

 

「・・・正確な数は分かりかねますが、被害総数は別として我が軍の撃墜された機体や艦艇、戦死した者は多くありません。・・・しかし・・・」

「連合からの離脱者たちは絶望的、か・・・・・・」

「・・・・・・・・・残念ながら」

 

 沈痛な表情で報告してくる側近たちの言葉を聞きながら、ジブラルタル基地の作戦会議室でデュランダルも痛恨を禁じ得ぬ思いを共有していた。

 窓から港の風景に視線を移すと、寒々しい空白の席が視界に映り込み、彼の心に悲しい隙間風を吹きすさぶ。

 

 ロゴス討伐戦に参陣してくれた兵力の内、ジブラルタルで合流できたものは半数未満という惨状を呈している現状において、彼らの表情も仕方のないことではあったかもしれない。

 

 だが実際のところ、彼らの表情の暗さには純軍事的なもの以上に、政治的要素が多分に加わっていたこともまた否めない。

 

 実は数字だけで見た場合に、ヘブンズベースから脱出できた投降艦はそれなりの数が生き残って逃げ延びることができていた。

 戦記小説などでは全滅という単語が軽々しく使われることがあるが、たとえ惨敗だろうと一隻残らず沈められることなど実際の戦闘では滅多にない。

 降伏する者もいれば、拿捕される船などの捕虜も何割かは必ずいる。それらの処理に手間取っている間に逃げ延びられる者も少なくはない。

 まして対ロゴス同盟軍は、あれ程の大艦隊で攻め寄せたのだ。仮に6割の艦が沈められたとしても、生き残った4割だけでヘブンズベースに駐留していた連合軍艦隊を上回れる数は残っていたことだろう。

 

 だが生き残った彼らのほとんどは、近くの港か適当な海岸を一時的な寄港地として艦と乗員たちを休ませて、残りは独自の判断でそれぞれの祖国へと長距離航海して帰国する道を選んでしまっている。

 生き残っていた連合からの離脱組の中で、カーペンタリアからジブラルタルへ目的地の変更指示を受け入れて集まりなおしてくれた数は1割にも満たない程度。

 

 理由は簡単だ。「デュランダルを信用できなくなった」それだけである。

 

 いくつも隠し続けてきた真相と、連合に勝ち続けてきた常勝軍としての名声。

 最後に結果論としてだが、味方をおいて一人だけ逃げ延びようとしてしまった醜態(投降艦からの主観でしかなかったが・・・)それらが重なり、彼らからデュランダルを見る目に黒く分厚い色眼鏡がかかってしまうのは仕方がない状況に陥ってしまっていたからである。

 

 人は『勝った時にすべてを忘れ、敗れた時にすべての恨みを思い出す』という。

 ヘブンズベースで大敗を喫したことで地球各国の人々は、「自分たちがナチュラル」で「ザフト軍はコーディネーターなのだ」という違いを急激に思い出して意識の色グラスにかけるようになってしまったようだった。

 

 もはや今の段階で、双方の間に生じた心理的亀裂を塞ぐことは不可能だろう。

 最終目標であったプラン実行のための布石として行った攻略戦が、思わぬ形で致命傷となってしまった訳である。

 

「我が軍の被害が少なかったことだけが、不幸中の幸いと呼ぶべきなのだろうな・・・・・・犠牲になってしまった者たちには申し訳ないことをしてしまったがね・・・」

「・・・はい。幸いなことに戦死者数も多くはなく、機体も修復作業をすれば使える物がほとんどです。次の軍事行動に移ること自体は数日もあれば可能だと報告が来ております」

「それだけが、せめてもの救いか・・・・・・」

 

 机の上で腕を組み、戦死者たちに哀悼の意を表するデュランダル。

 彼とて、犠牲となった者たちを悼む思いや悲しむ気持ちに嘘偽りはなく、残念な結果になってしまったことを心から悔やんでいることに変わりはない。

 

 それは彼に、計画の変更を決断せざるを得ないほど、大きすぎる犠牲だったのだ。

 軍艦はいい。どのみちジブリールなり連合なりが自分たちコーディネーターを滅ぼすためには宇宙へと攻め上がってくるしか道はなく、地球制圧しか役立たない海上戦力は今後の戦闘で使う機会は多くないと予測される。

 

 ・・・・・・だが、人々に与えた『惨敗』というインパクトは大きいだろう。

 あれだけの数をそろえて、絆を強調してもなお敗れたという点も無視できない。

 

 自分が陣を構えるジブラルタルまで帰投してきた投降艦が少なかったため、戦闘開始直前に約束した「これまでのことの事情説明」をしなくてよくなったことだけは助かったものの、戦乱の裏側で推移させてきたプランの実現が、当初の予定通り完成することは既に不可能になってしまったと認めざるを得まい。

 

(・・・できることなら、手荒な手段を選びたくはなかったのだがな・・・)

 

 デュランダルは心の中で、そう呟き。決断を下す。

 自らが立案して用意周到に進めてきた、計画の一部を変更する決意を固めたのである。

 

 ――第2パターンに。

 

 

 

「こうなっては、やむを得ん。軍の再編が終了次第、我が軍はオーブを攻略する」

 

 静かな声でそう断言された時、ナチュラルより生まれながらに優れた知能を有するはずのコーディネーターの中から選抜されたザフト軍幹部たちでさえ、言っている言葉の意味が理解できた者は一人たりと存在しなかった。

 

 ――ロゴスを滅ぼそうとして連合に敗れた自分たちが、オーブを!?

 まさかそんな・・・一体なぜ・・・?

 

 先の敗戦でのショックから立ち直り切れていない彼らの頭で、まず思ったのはそんな疑問ばかりだった。

 

「ですが議長、それは・・・・・・」

「ああ、君の言いたいことはよく解っているつもりだ。

 私も連合に敗れた腹いせにオーブを攻撃しよう、などと言うつもりはないよ」

 

 そんな彼らの疑問に先手を打つようにして、柔らかい笑みを浮かべながら片手を上げて見せたプラント評議会議長の言葉に、数人の側近たちが僅かに顔と目線をそらして気まずそうに表情を歪ませるのをデュランダルの爽やかな瞳はハッキリと捉えていた。

 

 全員ではない。半数にも満たないであろう人数ではあったが、昨日まで自分の精錬潔癖さを信じて疑わなかった者たちの心に、今の自分は“そういう事をするかもしれない人物”として印象づけられてしまっていることを側近たちの反応から正確に見抜いたデュランダルは、何事も気づかなかった風を装ったまま先を続ける。

 

「我が軍は確かにヘブンズベースで連合軍に敗れ、対ロゴス同盟の絆は修復不可能なまでに瓦解させられてしまった認めざるを得ないだろう。それは事実だ。

 ――が、逆に言えば連合とロゴスにとって“それだけでしかない勝利だった”とも言える程度のものでしかなったのもまた事実だ」

 

 デュランダルは穏やかな声で力強く、自信を失いかけていた側近たちに断言してみせてやる。

 彼が、そう断言できるのには理由がある。間違いようのなく、確かな事実という絶対的根拠たり得る理由がだ。

 

 実際問題として、ヘブンスベースに籠もっていた連合の地上残党勢力は、確かに攻め寄せてきたザフト軍と大同盟軍の攻撃を押し返し、迎撃に成功することは成し遂げている。

 だが言い換えるなら、それは単に「要塞を一つ守りきった」というだけであって、一辺の領土も、たった一つの加盟国すらも連合傘下に取り戻せたというわけでもない。

 

 彼らが「守るだけ」ではなく、自分たちザフト軍とプラントに対して「攻める側」へと攻守ところを入れ替えるためには経過はどうあれ宇宙に上がる必要が絶対的に存在している。

 だが今回の作戦に先立って地球へと降下し、各国から条約交渉の打診を受け入れる際、地球上にある宇宙への玄関口マスドライバーの全てはプラント理事国だけでなく非理事国のものも含めて接収済み。

 

 先の大戦で激戦区となったパナマほどではなくとも、宇宙港の周りには防衛用の部隊が配備され、敵の奇襲を受けた際には近くの基地や理事国に配置させた兵力が援軍を派遣する準備は完了させている。

 

 加えて、先日公開していた全地球向けのロゴスメンバー素性晒しの効果は未だ健在であり、デュランダルのことは信じ切れなくなったものの、今までの所業を思い出せばロゴス側へと出戻りする決断もなかなか取りづらい。

 

 結果的に今の地球上には、「中立」という名目での日和見たちの国が大半を占める状況になっており、連合としても地盤を取り戻すため軌道上からMS部隊がいつでも降下させてこられてしまえる現状のザフト宇宙艦隊は目障りなはずで、マスドライバーのどれかを早期に奪回することが急務とならざるを得ない状況に彼らもまた立たされている。

 

 が、しかし。先に述べた理由によって理事国・非理事国に関係なく地球上のマスドライバーは全てザフト軍の占領下にあり、短時間の奇襲によって奪取することは不可能に近い。

 となれば、連合としては別の手を考えてくることを考慮すべき状況に変化したと、デュランダルは看破していた。

 

「あの放送が流された今の世界で、明確に“連合への支持”を表明しているのは、あの自由の国だけだ。

 そしてオーブには先の大戦で自爆したマスドライバー《カグヤ》が修復を完了している。二正面作戦を避け、我々だけに兵力を集中させたい連合としては、自分たちの勢力圏に加わっているオーブのものを使用するのが一番効率がいいだろう。とすれば・・・・・・」

 

 自分たちのトップである議長の説明を聞きながら、側近たちの顔に冷静さと理解の色が急速に取り戻されていく。

 確かに、他国のマスドライバーを奪取するため兵力を派遣するより、自分たちに好意的な現在のオーブ・セイラン政権を頼った方が彼らとしても無駄な消耗は押さえられ、現地の国々を再びザフト側へと回る決意を固めさせるリスクを被らずに済むだろう。

 

 ましてオーブは先年、正式に連合傘下に加わる旨と、プラントに対しての宣戦布告を宣言している。

 名実共に「敵国」という地位と立場にある国なのだ。根を絶てば枝葉は枯れるものと、ロゴス討伐を優先しただけであって、別に連合残党と同盟を組み続けているオーブを討つことは法律的にも道徳的にもなんら非のある悪行ではない。

 

 戦略的必要性、政治的な条件。そのどちら共が揃っている今の情勢でならオーブ侵攻を躊躇う理由はいささかもない。

 もし、それがあるとするならば―――

 

「し、しかし議長・・・・・・オーブを攻める際の名分は如何いたしましょう・・・?」

 

 側近の一人が気弱そうな声でおずおずと言ってきた発言に、幾人かの同僚が見下しの視線を向けてきたが、議長がそれを押さえて発言の続きを促してやると、相手は恐縮して先程より臆病そうになりながらも意見そのものは最後まで言い終えることができたようだった。

 

「も、もちろん先ほど仰っていました通り、我が軍がオーブへと侵攻することは法律的にも条約的にも何ら問題のない正当な権利だと私も理解しております。

 ですが、時期が時期です。ヘブンズベースをせめて失敗し、敗れた直後に連合よりも格下のオーブを攻めるとあっては、世論がどう言い出すものかと・・・・・・愚考した次第です・・・」

 

 同僚たちに睨み付けられ、最後は小声となって聞き取れなくなってしまっていたが、一考の余地ある意見だったと議長自身は彼への評価を高めながら耳を傾けていた。

 確かに考慮に値する、解決すべき命題だと彼も思ったからである。

 

 国民や世論というものは、国や政治家の言動に対して正当性や法の遵守などを求めてくることが多い反面、実際に法の適用範囲や条約というものの内訳は禄に知らぬままに語ってくることの方が多い事実を彼は熟知していたからだ。

 

 なにしろ今の状況を作り上げるため、市民たちの正義と無知を利用してきたのは他ならぬ議長自身だったからである。

 

 国民たちというものは、夢のない現実的な法律や条約の条文よりも、分かりやすい勧善懲悪の物語をこそ好むもの。それを理解していたからこそ、自分は誰の目にも分かりやすい子供向けの童話のようにして世界の姿を人々の前に示して見せてきた。

 

 インド洋前線基地におけるシン・アスカの行動を容認したのが、その方針の一例と言える。

 あの時シンが取った行動には非難され、罰せられるに値する部分が確かにあった。

 『連合に捕らわれていた人々を救出すること』と『MS部隊を全機撃墜され抵抗する術を失った連合の歩兵たちをMSで一方的に虐殺すること』は全く別の問題でしかないからだ。

 

 それをデュランダルは利用した。

 恩を着せ、彼の独断専行を容認し続け、『自分への信頼』と『シンのやりたい事をやらせてくれる擁護者への依存心』とを混同させ続けて助長させた。

 ステラ・ルーシェの釈放を事後承認したのは、その積み重ねの結実と言える。

 

 結果的に容認するのなら、シンが独断で捕虜を解放してしまうより先にしてもよかったのだが、この場合は「シンの勝手な行動を許す」という形式が必要だったからである。

 

 

 

「・・・・・・ふっ」

 

 しばらく沈思黙考した後、デュランダルは小さく、冷笑的な鋭い笑みを浮かべた。

 だが側近たちにも見えるよう顔を上げ時には、いつもの爽やかで人好きのするハンサムで裏表のない笑顔へと戻っていた。

 

「たしか、現在のオーブ政権を率いている人たちはウナト・セイラン氏と、ユウナ・セイラン元首代行だったかな? 彼らの引き渡しのみをオーブには要求するとしよう。

 オーブの連合参加を主導していたのは彼らだったと聞いているし、実際に調印を行ったのもミネルバ討伐協力の指揮を執っていたのも彼らだったという話だ。

 まして、あの時の海戦で敗北して以来セイラン家はオーブ国民から支持を失いつつあるという。

 彼らをオーブの権力から遠ざけることさえできれば、これ以上オーブが連合に与し続ける理由はなくなる。そうなれば攻める必要性も消滅するだろう。

 私とて好きでオーブを攻めたいわけではないし、一般市民を巻き込むことは本意ではないからね」

 

 優しく微笑んでみせる議長の笑顔に邪気はなく、側近たちも納得を抱かせるとナニカを議長に感じ取り、大きく頷いて賛成の意を表す。

 

「我々はあくまで、セイラン家親子の引き渡し要求のためだけにオーブへ出撃する。

 その際には、親子の逃亡防止と連合残党からの介入を防ぎきるため一定の戦力を連れて行かざるを得ないが、あくまでオーブ攻撃のためではないことを諸君らは肝に銘じておいて欲しい。オーブを攻撃するのは、“せざるを得なくなった時だけ”に限られる。それを忘れるな!」

『ハッ!! 了解しました議長!』

 

 敬礼してから部屋を退室して各々の準備のために部署へと散っていく側近たち。

 その後ろ姿を見送りながら、デュランダルは口元だけで歪んだ微笑を小さく閃かせていた。

 ――これでいい、と。

 

 セイラン家は確かに落ち目ではあるが、むしろ落ち目だからこそ『自らの身を守るため自分たち親子を生け贄にして戦争を避けたがる市民たち』と激しく対立してオーブ国内は分裂せざるを得なくなるだろう。

 そうなれば、セイラン家に従う一部のオーブ軍兵士から攻撃を受けた市民たちからの救援要請という形でオーブ国内へ治安回復のため軍を進めるもよし、あくまでセイラン家を匿い続けるオーブそのものをロゴスの共犯者に仕立て上げて占領してしまうのもよし。

 

 オーブ自身が決めたことの結果としてのみ、ザフト軍は動く。

 保身的な権力者の虐殺行為と、暴徒と化した市民たちの暴走が人目を引きつけ、多量に流れる血の色が『正しさを求める世論』を生み出し、現実的な解決策よりも感情的な善悪の方を由としたがる風潮が蔓延させられる。

 

 どちらにしろ、プラントの印象に必要以上の泥がつくことはない。

 非道を見て正しさを求め出す人の感傷が、却って政治的に正しい判断と政治責任の追及とを遠ざけさせる。

 今次大戦においてデュランダルが十八番とした手だ。失敗はしない。

 それらの行動が戦時下の混乱あってこそ可能なもので、戦後の世界では問題視されるのは避けられない行為であったとしても考慮する必要は微塵もない。

 

 

 

 ――何故なら、それらの行動に対する責任を取る日など来ないからだ。

 ―――“アレ”を手に入れてさえしまえば、戦時中に何をやったとしても、戦後世界でどうとでも出来るようになってしまうのだから・・・・・・。

 

 

 

 心の中で彼はつぶやき、会心の笑みを浮かべる。

 

 

 ・・・できればジブリ―ルに使わせることで、独裁者の手から大量殺戮兵器を奪い取るという形で確保するのが理想的だったが・・・・・・事ここに至っては、平和的に全体からの自主的な賛同を得た上でプランを実現するため一番善い計画案は破棄せざるを得なくなってしまったのだから致し方がない。

 

 

「――始まりが、恐怖政治による独裁支配というのは私の主義には反するのだがね。

 まぁ、仕方がない。人類が二度と戦争をしなくて良くなる新世界を築くためだ。

 今この時の犠牲を少しでも減らしたいと願った私の個人的願望など、後の世に生きる大勢の子供たちの未来と比べれば拘るほどの価値はない・・・・・・」

 

 

 そう。自分のプランで戦争がなくなった後の世に生きる人類全体の数と比べれば、自分一人の感傷など取るに足らない。

 撃つとすれば、オーブと連合の残存戦力ぐらいだろうと予想していた旧時代最後の犠牲と新世界創造のための生け贄の数が、予定より大幅に増えてしまうリスクを負ってしまったが・・・・・・それでも尚、これからも続いていく人類全体の歴史から戦争がなくなったことで死なずに済む人たちの数と比べたら太陽の前の惑星さながらに輝きを失うのは当然の数量差。

 

 

 ヘブンズベースでは敗れた、ナチュラル達からの信頼も失ってしまった、連合から離反した投降者たちとの絆を修復することも自分の代では不可能かもしれない。

 

 ――だが、連合対ザフトの図式による戦争を崩されることなく持ち堪えさせるだけなら現有戦力でも十分可能なのだ。

 たとえ、どれほどの不利。どれほどの戦況悪化。国家の疲弊。敵側有利の情勢に置かれようとも、“アレ”を手に入れてしまえば戦況は一気に逆転させられる。

 

 既存の戦争など必要としなくなる程の威力を持った、『戦争にすらない戦争兵器』

 そんな最悪のジョーカーを手にするために、デュランダルもまた動き出す。

 今までとは異なる、他人を後ろから操り待望を成さんと欲する操り手としてだけでなく、『戦時国家の主導者』として国軍を指揮して自らの理想という名の野望を実現するために・・・っ。

 

 

 【平和を唱えながら、その手に銃を取る】それは矛盾だと承知しながら、矛盾を承知でデュランダルは決断を下す。

 戦争はイヤだと、いつの持代も叫び続けながらもなくすことの出来ない戦争の歴史。

 それを終わらせるために。果てなき負の連鎖を断ち切るために。

 

 

 

 

 

 

「できれば、使いたくはない手だ。だが討つべき時には討たなければならないだろう。

 オーブよ・・・少し早まってしまったが、新たなる世界の礎となるため滅びてくれたまえ。

 人類の変革と、永遠の戦争根絶のために。

 そして、“永遠になった平和を守るため”に―――」

 

 

 

 

 

 

 戦争になれば、ミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれ、様々な物が破壊されてゆき、壊された物以上の数を作り出しては戦場に送り、両軍共にまた壊す。

 

 それを戦争である以上、【仕方がないことだ】と納得させられ、受け入れさせられる。

 あれは敵だ、危険だ、戦おう。撃たれた、許せない、戦おう。

 ・・・・・・そう叫ばれて戦い続け、いつまで経っても終わらせられない戦争を続けさせられていれば誰もが思うようになるだろう。

 

 

【戦争はもうイヤだ】【沢山だ】と。

【こんなにも自分たちを苦しめるだけの戦争を行わせる者たちこそが敵だ】と。

【こんなに苦しくて辛いのが戦争なら、それを無くすことができるなら何でもしたい】と。

 

 

 ・・・・・・だが、戦争が終われば?

 自分たちが今は平和に暮らせているのに【戦争をなくすためには絶対必要なことだから】と、今の暮らしよりも窮屈になるのを我慢して今の生活を捨て去る決断を選べる人たちが、どれ程いると言うのだろう?

 

 

 人類が今後絶対に戦争を繰り返さないような社会を築くためには、人々が戦争に抱く憎しみがいる。戦争をさせる者たちへの憎しみがいる。

 戦争で儲けていた支配者たちを支配される側が焼き滅ぼしてしまうほどの熱量を持った憎しみの炎と、戦争という敵への憎しみで結ばれた絆。

 

 その二つが、せっかく終わらせた戦争を復活させない世界を築き直すためには必要なのだ。

 それが出来る社会を人々が受け入れても良いと思える状況として、戦争の悪化と更なる犠牲。

 

 

 それが自分の悲願である【人類救済のための最後にして最終的な防衛計画】

 【ディスティニー・プラン】を実現させるためには絶対必要な燃焼剤なのだから・・・・・・。

 

 

 

つづく



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PHASE-8

いい加減、更新が滞り過ぎてしまって思いついてたアイデアも忘れかけてきちゃったので、止まり過ぎてる作品だけでも更新してから作業に戻るつもり作品の一作目がコレになりました。
相変わらず長い上に、今回のもオリジナル色が強くなりすぎました。長く置きすぎるとホント駄目ですよね…(猛省せよぉ…)


 ロゴスの存在暴露という衝撃によって地球上の国々は連合から離反し、地球プラント間の対立が一気に『世界の敵ロゴスを討つべし!』という方向へと傾く中で行われたヘブンズベース攻略戦。

 だが、この戦いが数で勝る対ロゴス同盟軍が敗退したことで、連合軍側へとミリタリーバランスは傾きを戻し、終わりが見えたかと思われた戦争の勝敗は再び混迷の闇の中へと姿を没してしまったように世界中の人々の目には映っていたかもしれない・・・・・・。

 

 そんな短期間の内に勢力図が大きく激変した世界情勢の中で、最も大きく当初の予測を裏切られたと感じていた者がいるとしたら・・・・・・その一人は恐らくオーブ首長国連邦の宰相《ウナト・エマ・セイラン》であったのだろう。

 

 

 彼は、この戦争を途中経過はどうあろうとも最終的には国力で圧倒的に勝る連合が勝利して終わると踏み、当時は代表首長だった強情なカガリ・ユラ・アスハを説き伏せて連合側につくための条約調印までこぎ着けさせた過去がある。

 デュランダルがロゴスのことをすっぽ抜いた時にこそヒヤリとさせられたものの、結局はヘブンズベース戦では物量に勝る連合が勝利してザフト軍を敗退せしめた。

 

 そこまでは彼の予測通りに事が進んでいた。多少の齟齬はあったものの、大枠としては彼の期待した通りの結果がヘブンズベース戦の勝利によってもたらされた。そのはずだったのである。

 

 だが今、彼の予測した通りの出来事が行われた結果として生じた世界は、彼とオーブに期待していたものとは全く異なる苦い現実という形で、選択のツケを支払うよう求めて来つつあるようだった・・・・・・。

 

 

『―――ま、ちょっともののわかった人間ならね。すぐに見抜くはずだ。あんな、デュランダルの欺瞞などは』

「え・・・・・・ええ」

 

 自分の邸宅の居間に座しながらウナトは窮屈そうな思いを隠すため、汗で曇ったゴーグルを外して拭くことで時間を稼ぎ、『招かれざる客』からの頼みを“どう断るか?”と考えあぐね続けていた。

 

『そして事実、そうなった。見なさい、現状のこの世界を。

 民衆どもの望み通り、我々の管理する世界から逃げ出し、“我々を討てば戦争は終わる”と信じて盾突いて・・・・・・その結果が今ですよ。

 所構わず好き放題にしている者たちが蔓延る世界。これが望みだという者がいますか? “これぞ平和だ”と―――』

 

 モニターの向こう側からウナトに向かって蕩々と語り語りかけてきている若い男。

 ゆったりとソファに座ってくつろぎながら、膝に乗せた猫の背を撫でつつワインを傾けている人物。

 連合の軍部を手中に収め、実質的なロゴス軍盟主の座に今となってはなりつつある影の黒幕とも呼ぶべき若者、ロード・ジブリール。

 

 その彼の話の大半を、ウナトは聞いているだけで意識していない。

 出だしに放たれた、最初の要求こそが彼の心を占めている一番にして最大の厄介事を持ち込まれてしまった案件だったからである。

 ジブリールは、オーブに向かう艦隊の旗艦からウナト宛てに送ってきた通信の中で、いきなりトンデモナイ要求を投じてきたのだ。

 

 

『オーブ本国で再建なったマスドライバー《カグヤ》を用いて連合艦隊を宇宙へと打ち上げ、地球軌道上の制宙権奪還のための拠点として使用したい。

 連合軍戦力をオーブ本島に駐留させ、新たなる政治拠点として機能させるため、正式に連合の国土の一部として譲渡して欲しい』

 

 

 ・・・・・・というのが要求の内容であった。

 オーブの自主独立のみならず、国そのものを領土ごと明け渡せと言うのである。無茶ぶりもいいところな暴論だった。

 

 ただでさえヘブンズベース陥落こそ免れたとは言え、デュランダルを戦場で討つことが叶わなかった以上、戦局は元の混沌に戻ったと言うだけであって勝敗の行方は未だ見えてこない。

 その状況下の中でブルーコスモス盟主が、よりによってオーブの自分たちに頼ってきて、国土まで割譲しろなどと言う無茶ぶりを要求してくるなどとウナトは想像すらしていなかった事態である。

 

『まあ、心配せずとも我らはすぐ反撃に出ます。そのとき勝ち残っている側について、次の楽しいステップへと“我々と共に進むため”にはどうすれば良いか、聡明なあなたにはよくお分かりのはずでしょう・・・ウナト・エマ殿?』

「・・・・・・し、しかしジブリール氏は、そう仰られるが・・・」

 

 喘ぐようにウナトは抗弁を試みる。

 確かに相手の言う通りになるのであれば魅力的な商談だろうとは思う。

 戦後世界で自分たちに都合のいい社会システムを構築する支配者の一員になれるなら、オーブを国ごと売り払ってしまっても先行投資として十分な見返りは得たと言える。

 

 ・・・・・・だが、それはあくまで『そうなればの話』であって、現状では“そうなる”とまでは断言できない状況までしか作り出すことができていないのだ。

 どちらが勝つか予断を許さない現状の中、これ以上ジブリールに加担しすぎる選択は避けたいというのがウナトの正直な想いだった。

 もしジブリールが敗れた時、彼自身が無残な最期を遂げさせられるのは自業自得として構わないにしても、自分達ごとオーブが地獄への道連れにされるのは御免である。

 

 何よりウナトは、それほどの決断をする覚悟も度胸も持ち合わせている人物ではなかった。

 連合と組もうと提言したのも、彼なりにオーブを守るための選択であり、その過程で自家をオーブ最大の権力者一族へと躍進させるという野心ぐらいは当然持っていたものの、それ以上のものでは全くなかった。

 自分達の利益のためなら代表の恩人や同盟国を売ることはしよう。

 だが、自分達の利益のため世界を壊し、屍の山の上に新世界を構築するなどという大それた野心も理想も、彼ら一族には全くの無縁な怖さのあまり逃げ出したくなってしまうほどの巨大すぎる野望だった。

 

 そんなものに手をつけられるほど、ウナト・エマ・セイランは良くも悪くも大物ではなかった。それが彼がジブリールからの提案を蹴りたいと願った、一番の理由だったのである。

 

 

「我が国は、黒海においてミネルバ撃沈のため艦隊を派遣して欲しいという貴方の要望にお応えし、世界中の国々がその・・・・・・れ、連合からの離反を余儀なくされる中で同盟を破棄することなく支持を表明し続けておりました。

 それにジブラルタル沖の戦いで我が軍は、連合へ恭順の意思を示すため壮絶なる特攻をおこなった兵まで出しておりますし、我々なりにできる限りのことを支援してきております。

 流石に、これ以上をお求めになるのは、その・・・・・・」

 

 言いづらそうに口籠もりながら、それでもウナトは拒絶する意思だけは固めていた。どう断るかだけが彼の悩んでいる問題の全てだったのだ。

 もともとウナトは、ジブリールと面識があるものの、これほど無茶な要求をされる対象として頼られるほど親しい間柄になった覚えなどない。

 以前にオーブとも関係するロゴス幹部との話し合いの場で、顔を合わせたことが何度かある程度の浅い付き合いしかなく、親交と呼べるほどの絆を交わした記憶などは一切なかった。

 単に連合をバックにもつ相手を無碍に追い払える力を持っていなかったから、仕方なく対話に応じるため通信に出ただけのことだ。

 

 一方的にオーブばかりが負担を背負わされ、リターンは成功報酬で勝った時だけ支払われるというのでは割に合わない。商談は双方にとってWin-Winが基本である。

 オーブを経済面から支えることで成り上がることに成功した官僚一族セイラン家の当主として、ウナトは自分の考えを妥当なものと信じていたし、オーブという国としても理不尽な理由で要求を突っぱねる立場になることはない。そう思っていた。

 

 だが、のらりくらりと相手の言葉の矛先をかわして問題を先送りにする、今までオーブ国内で通じてきたやり方を貫こうとしてくるウナトの予測に大きく反し、ジブリールから放たれた次なる言葉は彼の意表を突くものだった。

 

 

『―――ヘブンズベース攻略戦のとき、あなた方はどこにいましたか?』

「・・・・・・は?」

 

 

 相手から放たれた突然の言葉に、ウナトはキョトンとしてモニター越しに映る相手の顔を見つめ、ジブリールは演出たっぷりに大仰な仕草で足を組み直しながらオーブにとって、ウナト個人にとって致命的となる言葉を彼に向かって小さく放たせる。

 ――言葉の毒が塗られた鏃として・・・・・・。

 

 

『我々がデュランダルに扇動された暴徒たちに屋敷を襲われ、家族を殺され、取るものも取らずヘブンスベースまで落ち延びて、デュランダル率いる圧倒的な大軍に取り囲まれ、生きるか死ぬかの瀬戸際に陥っていた時。

 ――あなた方オーブは、どこで何をしていましたかな? 私の記憶する限りでは、オーブは一隻の戦艦も一兵の援軍も同盟国に派兵してくれた覚えはないのですがね・・・・・・?』

 

 

 グラスを傾けながら微笑みと共に優しい口調で放たれたジブリールの言葉。

 だが、穏やかに放たれた短い言葉によって彼の顔面と心胆は蒼白なまでに青く染まり尽くし、魂の底まで震え上がらせられるには十分すぎる威力を、その糾弾の言葉は持っているものだったのだ。

 

 無論のこと、オーブの側にも言い分はある。

 デュランダルからのロゴス存在暴露は完全なる不意打ちであったし、南海に浮かぶ島国のオーブからアイスランドにあるヘブンズベースまでの距離は遠く、世界中が連合の敵へと旗色を変えつつあった情勢下で援軍派兵が誰にも気づかれずに行えるわけもない。

 ましてオーブ国内でも放送の影響は少なからず波及し、暴動までは発生しなかったもののロゴスに関わりを持っていた者たちが批判の対象になるのは避けようがなく、足下の火事を鎮火するので精一杯だった彼らに、少数の兵を差し向けて無駄死にさせるような愚策を選択をしている余裕は些かもなかったのである。

 

『あの時、我々が敵に追い詰められ、乾坤一擲の覚悟でもって戦いを挑まんとしている中。

 “たとえ勝てぬ戦いと解っていても援軍を出すのが友好国というものではないのか?”

 “友人が苦しい時、追い詰められている時に援助の手を差し伸べずして何が対等な同盟国か!”

 ・・・・・・と、糾弾する声も私の周りには少なからず存在していましてね。なかなか対応に苦慮している次第なのですよ』

 

 だが、それらはあくまでオーブの都合であり、オーブの事情でしかない。

 実際問題として、世界中に見放され孤立無援で敵の大軍と相対せねばならなくなった連合軍将兵たちにしてみれば、オーブがやったことは『絶対に見捨てない!』と力強く宣言しておきながら、現実には兵士一人の援軍も、拳銃一発の支援さえも届けることなく、ただ口先だけで友情と対等な関係を維持しようとする『自分さえ良ければ』のエゴイズムとして映ったとしても不思議はなかった。

 

 今ジブリールが言っているのは、まさにその懸念があることについてなのだから――。 

 

「い、いえあの・・・で、ですがあの時、私どもオーブは連合への支持を表明し続けておりましたし、そ、それに援軍を派遣したとしても我が軍の戦艦数隻が加わったところで戦局に影響できるような敵の数では・・・・・・」

『ええ、無論それは私も解っておりますよウナト殿。ですから、そうご心配なさらずに。顔色の悪さは老体には毒になりますよ?』

 

 穏やかな声音で寛容に、あるいは嬲るような口調で蛇のようにジブリールは、安心させてやるようにウナトの発言を肯定してやり、オーブが援軍を派遣しなかったことは“自分は気にしていないこと”を明言してやっておく。

 

『たしかにミネルバとの戦闘で一隻の戦艦も落とせずに敗退した、あなた方の国の戦艦が一隻や二隻援軍に来たところで、恩知らずな裏切り者共が徒党を組んだ大艦隊相手に蚊ほどの意味をもたらすものではなかったでしょう。無駄な犠牲を出すだけのこと。戦略として、貴方の判断は非常に正しく的確なものだったと私は判断しておりますよ。私はね?』

「で、では―――」

『しかし・・・・・・』

 

 ウナトからの縋るような表情と声音で放たれた嘆願を最後まで聞くことなく椅子から立ち上がったジブリールは、モニターに背を向け背後に置いてあったブランデーが並んだ棚へと歩み寄りながら、

 

『私はともかく、命がけで敵と戦った同士たちを守り抜いた我が軍兵士たちが、あなたがたを許すかどうかまでは保証しようのない問題ですからねぇ・・・・・・。

 如何に我々ロゴスといえども、仲間や家族を失って嘆き悲しむ人の怒りによる憎しみの絆までは、どうすることもできない難題ですのでねぇー・・・・・・さて、どうなることか』

 

 楽しそうに笑い声を上げながら、背を向けたままブランデーを傾けているジブリールの言葉に、ウナトは本心から蒼白にさせられ―――危険な想いに囚われ始める自分を自覚しつつもあった。

 

 ―――潮時かもしれない、と。

 

 世界中が連合を見放す中で最後まで支持を表明し続けたオーブは、他の国々よりも立場が悪く、数少ないプラントとの同盟国だった身でありながら一方的に同盟を破棄して敵である連合に通じたものとして世界中から非難を受ける事になるのは確実だろう。

 

 だが、なればこそ今以上にジブリールとの関係を強めてしまえば、抜け出せなくなってしまう。もしプラントが戦争に勝ってしまった時には、連合との同盟を進めた自分たち親子は失脚を免れないだろうが、命は長らえることができるだろう。

 だがもし、ジブリールの要求を飲んだ上でプラントが勝ってしまった場合。命の保証はどこにもなくなることは目に見えている・・・。

 

 無論、今までの自分達がザフト軍相手――特にミネルバに対してやってきたことを考えれば簡単に許してもらえるとは到底思えない。

 だが、手土産があればどうだろうか・・・・

 

 ――たとえば、自分の国の明け渡すため本島へとやってくる、プラントに核を撃たせたブルー・コスモス盟主の首という手土産があったならば・・・・・・

 

 

『―――まぁいいでしょう。オーブにはオーブの理由があり事情があり、優先順位というものがあるでしょうからな。あまり無理強いしても意味などない・・・』

 

 ウナトが後ろ暗い思想に囚われて、半ば本気で「暗殺と裏切り」という、最低最悪の政治的非常手段について本気で検討し始めた瞬間。

 まるで自分の表情の変化を、背中を見せたまま把握し続けてタイミングを計っていたかのような笑顔で、朗らかに振り返ってウナトに向かい笑いかけてくるロード・ジブリール。

 

『自分達が納得するまで、存分に考えられるがよろしいでしょう。

 ・・・・・・もっとも、猶予時間を無限に与えてくれる気は“オーブを敵視する者”にはないようですがね・・・』

「そ、それはどういう意味なのでしょうか? ジブリール氏」

 

 相手の言葉から不吉なものを感じ取らされ、やや強張った顔つきで問いただしてくる初老政治家。

 ジブリールは楽しそうに見物しながら、オーブ軍がまだ捕捉できていない距離にいる敵の情報についてウナトに提供してやることで―――追い詰めにかかってくる。

 

 

『先ほど、我が軍の偵察機がジブラルタル基地より発進してオーブへと向かって進軍を始めた、ザフト軍主力部隊を発見しております。

 貴方の方にも、そろそろ撮影させた写真が届くと思われますのでご確認は好きにどうぞ』

「なっ!? ザフト軍が我が国を!? 一体なぜ・・・、い、いいえ。今はそんなことよりも我が国の防衛を!

 連合が我が国のマスドライバーを欲する以上は、当然手伝っていただけるのでしょうな!? ジブリール氏!!!」

『ええ、無論です。我らが連合は恭順の意思を示してくれたオーブを見捨てるようなことは決してしません。

 既に敵の動きを察知した私の腹心が、オーブに向けて艦隊を差し向け勝利する手はずを整えました。ヘブンズベースで宇宙のバケモノ共に身の程を叩き込んだ名将です。一切の心配はありません。

 ・・・・・・しかし・・・・・・』

 

 再び、わざとらしい区切りを入れて不安を煽り、ジブリールはウナトにとって最後通達となり得る言葉をはっきりと吐き、

 

『――それも貴国が我々連合に、恭順の意思を示し続けてくれる同盟国なればこそだ。

 流石に友を裏切り、自分の身一国だけ助かればそれでよいからと敵の同盟国の地位に寝返り尚した国となってしまっていたならば・・・・・・援軍というのは些か難しいと言わざるを得ないでしょうな』

 

 ウナトは相手の言葉を聞いた瞬間、怒鳴り声で返すのを我慢できたのは賞賛に値する忍耐の結果であった。

 白々しいことを!と、額に青筋浮かべて返されるのが当然の話の流れなのだ。

 先の要求を聞かされた上で、今になってこの様な話を切り出してくる相手の悪辣さに反吐が出る想いを禁じられない。

 

 だがウナトには――オーブ国には感情的になる訳にはいかない戦略上の事情というものがある。

 最悪、ザフトに降伏を受け入れてもらえることなく、連合からも造反者の一味として切り捨てられる可能性とて0ではないのだ。

 今の時点でジブリールの不興を被り、激発されるのは拙い。なんとか彼を誘き出して捕らえるか、もしくは連合軍を招き入れてオーブをザフト軍から守ってもらえる体制を整えなくてはならない。

 オーブ単独だけで国と自分たち親子を守り切れると信じるほどにはウナトは自惚れすぎる事ができない程度には己の弱さを自覚する存在だったのだから・・・・・・。

 

 

 だが、今日のジブリールは今までの彼と違って変則的で、多種多様な方向から奇襲することを愉しんでいるかのようだった。

 

『無論、国の存亡という危機的状況に陥っているキミたちが、自分達の身を守るために我々との約束を反故にして、プラントのデュランダルに寝返り命だけでも長らえようとすることを我々は止めることはできない・・・私は神ではなく、万能でもないのでね。

 流石に洋上にある艦艇から、キミたちの国の動きを掣肘することは人の身にできることではない』

 

 自分の後ろめたい内心を読んでいるかのような言葉に、ウナトは首筋を冷たい風に撫でられたような恐怖をかき立てられる。「ご冗談を・・・」という返答も今ばかりは我ながら嘘くさい。

 

『ですがデュランダルがもし我々に勝利して、ヤツが支配する世界などになったなら、あなた方の生きる場所を残しておいてくれますかな?

 あんな放送を流し、暴徒化した民衆の手で我々をなぶり殺させようとしておきながら、「自分は手を下すつもりはない」などと白々しく宣う男です。

 降伏を受け入れてくれたとして、果たしてその後もあなた方の身は安泰でいさせてくれるかどうか・・・』

 

 グラスを見つめながら視線を向けずに語りかけてくるジブリールの言葉に、ウナトの顔色はもはや青くなりようがないほど真っ青に染まりきっていた。

 

 ・・・そうだ。あの男なら、やりかねない。

 虫も殺さぬような優男を演じながら、裏では何をしているか知れたものではない謀略家こそギルバート・デュランダルという男なのだ。

 現に当時はまだ同盟関係にあったオーブ国内に新型MSを潜入させ、要人らしき人物の屋敷を攻撃させていた事実がヘブンズベースで公開された情報によって明らかになっているではないか。

 

 今はまだ自分達にオーブの方針を決定する権力があるが、降伏した後はどうなるか?

 用済みとなった自分達親子に、全ての責任と悪行と罪をなすりつけ、使い終わった古道具として排除するに決まっている。

 

 さぞ体裁を綺麗に取り繕った、自分が決して傷を負わずに済むような殺させ方で・・・・・・そんな男が大戦の勝利者となった世界で、自分達親子が今降伏したところで未来など無い。

 その上でオーブを『欲深き者たちから解放された親しき友好国として』間接統治の元に起き、事実上はプラントの地球上における属国としてしまえばいい。

 

 そういう筋書きで踊らされる役になることだけは確定されてしまう・・・あの世界を演劇のように見なしている男デュランダルに降伏すると言うことは、そういう事だった。

 

『どう判断されるかは無論、あなた方セイラン親子のご自由にどうぞ。私はただオーブが命がけで示してくれた恭順の意思への返礼として、親しい友人に忠告しているだけのこと。

 ヤツの馬鹿げた茶番に付き合って、間抜けな端役の悪役として殺されてもよいと言うのであれば、それもまたオーブの選べる自由の道の一つでしょう。

 では、出来ることなら生きて貴方と再会できることを楽しみに』

 

 そう言って通信は、相手の方から一方的に切られ、灰色の画面だけがウナトの眼前には残されていた。

 

「・・・・・・父さん・・・・・・」

 

 いつの間に入室していたのか、息子でありオーブの国防を担う最高司令官の職に就いているユウナ・ロマ・セイランが、父親を気遣う表情と、自分自身の未来を憂う不安とで二色化された顔色を青くさせて自分のことを見つめていた。

 

 どちらの顔にも差し迫った事態に対する恐怖の感情が色濃く渦巻いていたが・・・・・・一方で、事態を解決するための具体策となり得る妙案を持ち合わせていないことだけは、双方共に明らかだった。

 

 彼らは共に、自分達が最善と信じて選び取った選択が、世界を敵に回した者たちに味方して生き残る可能性に賭けるか?

 それとも国民の命と引き換えに、自分達と国という形だけが死んで終わりにしてもらうか?

 

 覚悟も野心も中途半端なまま、逃れる術のない選択を迫られる戦争へと踏み込んでしまった彼らに、明確な答えなど出せる問題ではない。

 だが回答期限は徐々に、だが確実に彼らに選択の時を迫ってきていた。

 

 自分達が敵にしてしまった男、ギルバート・デュランダルという微笑みの断罪者がオノゴロ島近海まで接近するまでには、彼らは明確な答えを用意しておく義務が国家と国軍を代表する宰相と最高司令官として課せられてしまっていた。

 

 判断と選択を誤れば、責任を取らされて“物理的に”首になって並べられることになるであろう、命がけの戦略ゲームで駒を差配する責任と義務を・・・・・・。

 

 

 一国と一軍全ての命を預かる者としての責任と義務を、生まれて初めて痛感させられた二人は、あまりの重責の重さに胃を抑え、ユウナは吐いた。

 苦しみに満ちた嗚咽だけが、混沌の闇へと迷い込んだオーブ最高権力者の邸宅に空しく響き続けていた。

 

 まるで、地の底から響く亡者たちの恨みに満ちた呪詛のように・・・・・・。

 

 

 

 

 

 ―――そして。

 南海の浮かぶ楽園オーブ国の邸宅で、政治と軍事のトップ二人が蒼白な顔をして短い言葉を交わし合っていたのと丁度同じ頃。

 

 オーブより遙か北の北海に浮かぶ艦隊旗艦の中にある、豪奢な作りのVIP専用ルームでも、異なる国の政治と軍事のトップ二人がセイラン家親子とは異なる内容の会話を交わし合っていた。

 

「――ふむ。こんなものでどうだったかな? セレニア君」

「ええ、申し分ありませんでした。名演技でしたよ、ジブリールさん」

「なかなか、悪くないものだ・・・・・・」

 

 灰色の盤と化したモニターの前に置かれた椅子から立ち上がり、肩を軽く動かして「疲れたよ?」という意味を込めたジェスチャーをしつつ、恩着せがましい口調ながら満更でもない様子でジブリールは、今の今まで自分がやっていた茶番を自画自賛する。

 

「他人の書いた筋書き通りに踊るため、演じるというのもね。たまには悪くはない――見たかね? セイランのあの無様な顔を。私の期待に背き続け、刃向かい続けた国として当然の報いというものだ」

「でしょうね。私もそう思います」

 

 口先だけでセレニアはジブリールに追従し、既に目的を果たした『長広舌の長時間通信』をザフト軍が探知してくれたであろうことを確信して、駒を次のステージに進める次期が来たことを感じ取っていた。

 

 これほど離れた距離同士で、あれだけ長い時間ムダな会話を続けていたのだ。

 如何にニュートロンジャマーの妨害がある中でも使用可能な専用の装置を使った通信だったとは言え、余程の間抜けでもない限り敵に傍受されていたと見るのが常識的判断というものだったろう。

 

 これで敵の動きに制限を加えることが出来る。

 連合の艦隊もオーブに向けて軍を進めていることを知ったデュランダル議長は、選択を迫られることになる。

 

 オーブ・セイラン政権を攻めるため自分たち連合艦隊に背を向けるか? あるいは先日の雪辱を晴らすため自分達を待ち受けて艦隊決戦で勝負を挑み、オーブ軍に背を向けるか? 軍を二手に分けて攻撃する二正面作戦をとるか? 時間差をつけて敵を各個撃破する賭けに出るか? 戦況不利と見て撤退するか?

 

 どの道を選ぶにせよ、表面上は未だに『講和路線』を継続している格好付けのプラント議長殿である。

 たとえ連合軍が背後から接近しつつあるとは言え、降伏勧告やセイラン家の引き渡し要求もなしにオーブ本島への攻撃を開始することはないと見てよい。

 後は相手の選択に合わせ、こちらの動きも変えるだけだが・・・・・・どちらにしろ自分達には『絶対に損はない作戦』なのである。

 やっておいて損はないからやるだけの作戦で、そこまで気張る必要性もないことか。セレニアはそういう風に割り切っていた。

 

「オーブは・・・と言うより、セイラン家は欲をかいて多くを望みすぎました。そのしっぺ返しが今来るようになっただけのことです。

 市民たちはともかく、政府に対して容赦なく利用してしまっても構わないでしょう」

 

 セレニアは確信を持って、そう言い切る。

 オーブ国の――オーブ・セイラン政権の腹の内は当初から読めていた。

 

 連合の物量によってプラントが征服され、再統合された世界の中で、オーブの形式的な自主独立のみを売り渡して今より高い地位に就くことを欲していた。――只それだけでしかなかった目論見をである。

 

 ヘブンズベース戦におけるオーブの対応は、その方針を現していた顕著な例だったろう。

 連合の力でザフト軍を倒し、デュランダル議長を討ち取ってもらい、自分達はただ『不利な中でも見捨てることなく応援してました』というだけで手柄顔をして、戦後世界の論功行賞にありつこうと、そう願っていたというのがセイラン家による連合参加の実情だった。

 

 国が滅びるかも知れぬほどの危険は、連合やザフト軍に任せて、自分達は金と兵力と中立国の地位を失うだけで、それ以上は何も失うことなく今以上の立ち位置につくことを望んでいたのである。

 

 今の自分達が失ってもいいと判断した代償分までしか支払うことなく、今の自分達のまま今の自分達よりも良い待遇と地位を手に入れたいと望み、それを対等な取引、自分達も犠牲を被り代償を支払っているのだから当然の権利だと信じて疑わないのがオーブ国人たちの考え方であるようだった。少なくとも現オーブ政府はそうだった。

 

 セレニアとしては、増長するのもいい加減にしろと言ってやりたくて仕方がない。

 自然、彼女の言葉と語調も強まってしまう。

 

「あの国は、自分達にとってだけ都合のいい理屈を“現実的な判断だ”と思い込みすぎました。

 世界は、自分達の考える合理的計算だけが正しく合理的な回答というわけではないのだという現実を、彼らはいい加減に知るべきです。

 今より多くを得たいと欲するのなら、相応の試練を受けるべきは道理。耐えられなければ滅びるだけのこと・・・何ら同情に値する結果ではないと私だったら考えますね」

 

 そうセレニアは、はっきりとジブリールに断言して切り捨てる。

 彼女とてオーブが、それなりのデメリットを背負う覚悟で事に挑んでいる事実は認めてはいる。

 黒海やクレタでの艦隊派遣要請に応じて損害を被っており、世界中が連合から離反する中で支持を表明し続けるのも楽ではなかっただろう。

 

 だがハッキリ言ってしまえば、彼らは連合を見限ってプラントに寝返るべきだったのだ。

 連合やロゴスと運命共同体になるほどの覚悟がないのなら、オーブ自身のためにもそうすべきだった。

 そうすれば少なくとも此度の、ザフト軍によるオーブ侵攻という危機だけは回避できたかも知れぬものを・・・・・・。

 

 セイラン家は欲をかきすぎたために、判断すべき時を見誤ってしまった。

 どっちつかずの半端な同盟維持のため無用なリスクを被り、連合へと恩を着せるのにも失敗した。半端な恭順の意思表示は相手を不快にさせるだけだということが、官僚一族出身らしい彼らには今一わかっていない。

 

 彼らにも一応の代償と痛みを被る覚悟があろうとも、望み欲して得たいと願う成功報酬と比べたら、捨て値で最高級品を手に入れたいと求めるボッタクリの発想でしかない。

 支払う覚悟がある代償も、所詮は彼らが許容範囲として許せる範囲と定めたまでしか失う気はなく、大した無理をすることなしに、今までより大きなものを得られる地位と待遇を彼らは欲して、戦争に参加したのだ。

 

 その甘ったれた幻想に彼らが浸かりきるのは勝手だが、他人である自分たちまで付き合ってやる義理はない。

 オーブを守り切り、マスドライバーを使わせてくれたのなら、それで良し。相応の待遇と能力と実績に応じた地位と権限も与える用意は調えてある。

 

 後はセイラン家自身の力量次第。

 滅ぼされるか? 自分達の到着まで生き残れるか? 全ては彼ら自身の判断と選択が決めることになるだろう。

 どちらにせよ、自分たち連合軍はただオーブと、そしてオーブを重視しているらしいザフト軍双方の認識を利用してやるだけの立場なのだから。

 

 

「・・・・・・成る程、よく分かった」

 

 それまで黙って話を聞いていたジブリールが、何かを感じ入ったように頷きながら、厳かに言葉を発する。

 どう解釈して、何を感じ入ったのか。それはセレニアの関知するところではない。

 だが、現時点で連合の軍部を手中に収めているのは彼であり、作戦発動のためには影の黒幕から表側の最高指導者に成り上がったジブリールからの決定と指示は必要不可欠なのだ。

 セレニアは黙って一歩退き頭を垂れ、片手を恭しく横に伸ばす古風な敬礼の仕草を、社交辞令として形式的に完璧にやってのけると家臣として、指導者からの下知を待つ。

 

 

「さて、それでは始めにいくとしようか。我々からデュランダルへの反撃に打って出るために。

 あんなコロニーなどと言う、無様で馬鹿な塊をドカドカ宇宙に造ったコーディネーター共に思い知らせてやるためのプランを、以前よりもっと強化した君の作戦によって今度こそ叩きのめし、その力を完全に奪いさってやるために!!

 この私たちまでもを顔色を変えて逃げ回らねばならない窮地へと追い込んだ屈辱を晴らしてやるためのプランを!!!

 私はここに発動を宣言する! 【オペレーション・ブルー・コスモス】を開始するのだ!!」

 

 

「了解しました。全ては青き清浄なる世界のために・・・・・・」

 

 

 恭しい仕草と礼儀作法でセレニアは、誠意のなさと共感する意思の欠乏を補った。

 そして思うのだ。

 

 

 

【今より多くを得たいと欲するのなら、相応の試練を受けるべきは道理。

 耐えられなければ滅びるだけ。何ら同情に値する結果ではない―――】

 

 

 

 あの言葉は、誰“たち”に向けて放ったものであったか。

 この人が気づく日は、恐らく永遠にくることはないのだろうな・・・・・・と。

 

 

つづく



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PHASE-9

今作でも久々の更新となります。
本当はオーブ戦まで一気に行きたかったんですけど…流石にキラたちが出ないと難易度が上がり過ぎますし、盛り上がりにも欠けてしまう。
キラたちを出すんだったらキラ側サイドも一度ぐらい書いといた方が良いかなと思い直して構想練ってた次第です。


 『アスラン・ザラ』は、地球プラント間で生じた戦争で名をはせた人物の一人として、カガリ・ユラ・アスハと並んで後世からの評価がもっとも賛否別れる人物として世に知られている。

 そうなった責任の多くは、彼の主張と行動が一貫しない部分にあると言わざるを得ないだろう。

 

 彼が当初ザフト軍へと舞い戻ったのは、あくまで自己の目的である『ザフトと連合の戦いを止めるため』であり、それ故に議長からは独自行動が許可された【FAITH】の地位を与えられ、軍の命令に自身の行動が制約されるものでないことを明言されている。

 

 だが現実に彼が、【FAITH】としての権限を行使して、停戦なり休戦のため活動していた記録は今のところ発見されていない。

 大戦後期に入る頃には、ギルバート・デュランダルに対する不信感を抱きはじめたようであったが、内偵を行ったことを示す証拠はなく、疑問を感じはじめた後も彼はミネルバに留まり続け、最前線で連合との戦いに貢献することだけに終始し続けている。

 この当時の彼には、完全にザフト軍のエースとしての行動しか見られない。

 

 親友キラと再会した際、帰参するよう求めてきた相手に彼が答えたやり取りが、ミネルバ所属時代の同僚ルナマリア・ホークが密命を受けて盗聴した記録として残されている。

 

『それは・・・ラクスが狙われたというのなら、それは確かに本当にとんでもないことだ。

 だが、だからって議長が信じられない、プラントも信じられないというのは、ちょっと早計すぎるんじゃないのか?

 プラントにだって色々な想いの人間がいる。ユニウス・セブンの犯人達のように。

 その襲撃のことだって、議長のご存じない極一部の人間が勝手にやったことかもしれないじゃないか』

 

 ――この発言内容から見ても、この時点での彼はデュランダル議長の甘言に誑かされ、シン・アスカと同じく『議長個人の私兵』に成り下がってしまっていた事が窺い知れる。

 

 そんな彼が、ミネルバを脱走してスパイとして撃墜された後、アークエンジェルの医務室で意識を取り戻したのは、ヘブンズベース攻防戦が行われている最中でのことだった。

 

 

 

「う・・・ぐ・・・・・・」

「アスラン・・・・・・っ!」

「っ・・・キ・・・・・・ラ・・・? おまえ・・・・・・死ん・・・だ」

 

 暗く渦を巻く熱い夢から覚め、夜より深き地獄の悪夢から意識を浮かび上がらせたアスラン・ザラは、自分たちが殺してしまったと思っていた親友の生存を知り、恋人との再会を喜び合った後、瀕死の重傷で回収されて意識を取り戻したばかりだった事から再び眠りに落ちることになる。

 

 ――この時期にデュランダル議長が、アスラン離反の危険性を伴ってでもアークエンジェル撃沈に拘ったのには、ヘブンズベース攻略戦中に後方を扼されるのを警戒したためだろうと後世の戦史研究家たちは推測している。

 

【その目的も示さぬまま、ただイタズラに戦局を混乱させ、戦火を拡大させる存在】

 

 それがプラント本国が彼の艦に与えていた評価だったが、ロゴスの存在暴露によって状況が変わった。

 フリーダムを意図的に削除させた映像を流すことによって、相手に自分の隠された意図があることを推測させ、巣穴から飛び出してきたところを完全な包囲網に追い詰めた後、撃沈させる。

 そういう目的で加工させた映像だったが、一方でそれはデュランダル自身の行動にも制限を課す諸刃の剣でもあり、世界中からの信頼と支持が集中される身となった自分が『皆にウソを吐いていた証拠』が空を飛んで戦場まで出しゃばられては甚だ迷惑な段階に今ではなってしまった後だったのだ。

 

 おそらく、それがデュランダル議長がヘブンズベース決戦を前にして多数の戦力をさいてまで、アークエンジェルを先に沈めておくことに固執した理由だったのだろう。

 

 ただ反面、アークエンジェルを討つに足る大義名分がないにのも事実ではあった。

 確かに彼の船は幾度かザフト軍に不利益な行動をとって損害を与えられてはいたが、ザフト軍の禄を食んでもいない元連合の脱走艦が、ザフトの利益になるよう動かねばならぬ義理などあるはずもない。

 

 また、アークエンジェルによってザフト軍が被らされた被害と損失が、『ミネルバ一隻だけ』と関係者たちに集中していたという事情も影響してしまい、ミネルバクルーたち以外のザフト軍全体にとって、アークエンジェルは『綺麗に撃沈するための口実』が足りない存在にしかなっていなかったのである。

 

 結果としてデュランダルは、ロゴス打倒を叫んでしまった以上は時間的猶予も限られるという事情もあり、『本国の決定』という形で上意下達を無理やり現場に押しつける強引な手段に訴え出ることとなる。

 

 その反動としてアスランの離反を招き、セレニアの策に引っかかる余地を与えてしまうことにも繋がる羽目になっていく・・・・・・

 

 

 

 だが少なくとも、この時期のキラたちアークエンジェルのクルー達は、ヘブンズベースにおける連合軍の敗退によりデュランダル議長の世界覇権にチェックがかかることを期待していなかったものの、ナチュラルの軍隊である連合がコーディネイターを相手に敗退させられる結末は確定事項として認識していたのは事実だった。

 

 それ故に、その報告は青天の霹靂となって海底のキラたちと宇宙のラクス・クラインたち二派に分かれて行動していたクライン派を驚愕させることになる。

 

 

「キラ・・・・・・アスランの容体は?」

 

 ブリッジへと入ってきたキラに、管制官席に座っていた女性クルーのミリアリア・ハウが、気遣わしげに声を掛けてくれるのが聞こえた。

 

 先の戦争に巻き込まれる前から同じ学校の生徒として付き合いのある友人で、前大戦でも最初から最後まで共に戦い抜き、そして今なお共に戦い続けている唯一の級友でもある女性だ。

 

「また眠った。でも、もう大丈夫だよ」

「そう、良かったわね」

「うん・・・・・・」

 

 そう言って柔らかく微笑んでくれる相手の気遣いに、キラもまた笑みを帰す。

 ・・・・・・思えば、彼女との付き合いも長い。そして彼女だけが残ってくれている、最後の一人になってしまってもいた。

 先の大戦に参戦したばかりの頃には後二人の仲間たち、通信士のカズイ・バスカークと、CIC担当のサイ・アーガイルがいた。

 

 他にもアストレイ隊の年の近いパイロット達として、アサギ・コードウェル、マユラ・ラバッツ、ジュリ・ウー・ニェンなどが、軍艦の中では少数派の少年少女の仲間として同じ艦内で共に過ごしてきた記憶がキラにはある。

 

 だが彼らは、アークエンジェルにはもう、いない。

 アストレイのパイロットだった三人の姦しい少女達はヤキン・ドゥーエの激戦の中で戦死し、オーブが本格的に戦渦に巻き込まれた時にカズイは船を下り、最終決戦まで共に戦ってくれた親友のサイも今のアークエンジェルには乗船して来ることはなかった。

 

(・・・寂しく、なったのかもしれないな・・・・・・)

 

 数年前には座っていた者たちの姿がない座席シートを見て、キラは不意にそう思っていた。

 留まり続けてくれている仲間もおり、この戦いが始まってから新たに加わってくれた心強い同士達もいる。

 ・・・・・・だがそれで、会えなくなってしまった友人達への寂寥感が薄れるという訳でもない。

 黒海で行われた戦闘の後、オーブ正規軍から離脱した一部将校達が加わってくれたおかげでアークエンジェルは人員の面では往事の戦闘力を取り戻しつつある。

 だが・・・・・・子供が減って、大人が新たな人員として補充されてくるという歪な現実を前にして、何も感じずにはいられないほどキラはまだ戦争を割り切ることができている訳ではない。

 

 頭を振って雑念を追い払いながらキラは、艦長席シートにもたれ掛かっている元連合軍の女性士官マリュー・ラミアスに向かって、意識を現実へと引き戻すように問いを発する。

 

 

「――戦闘の方は?」

「まだ詳細は分からないけれど・・・・・・どうやら、ザフト軍の負けのようね」

「え・・・っ!?」

 

 重い口調で語られた返答の内容は、さしものスーパーコーディネイター キラ・ヤマトですら驚愕せずにはいらない寝耳に水のものだったらしい。

 もちろんラミアス艦長としては、普段からハイスペックぶりで驚かされてばかりだったキラを驚かせるのに成功したことに喜びなど微塵も感じようがない。

 むしろ、“あのキラ君”でさえ驚かされたという事実を前にして、これから自分たちが立ち向かう事になるかもしれない敵の強大さを思い、暗澹たる気分になりそうになるだけでしかなかった。

 

「一体それは・・・・・・どうして!?」

「今言ったとおり、詳細は続報を待つしかない状況なのだけれど・・・・・・どうやら連合は新たな新司令官を据えたみたいで、その人の指揮によって対ロゴス同盟軍は撤退を余儀なくされたみたいね。

 最初の内はテレビ中継でも見ることができていた映像が途中から画像が乱れ始めて今では、この有様よ。ある意味で、コレが一番雄弁にザフト側の現状を物語っているといっていいのかもしれないわ」

 

 そう言って、視線で示してきた先にキラも目を向けると、そこには一つのモニター画面があり、どこかしらのテレビ局が流しているらしい番組の映像が映し出されたままになっている。

 

 だが、映されている映像自体は動きのない、シンプルな一言だけ。

 

【現在、放送を一時中断しております。再開まで、しばらくお待ちください】

 

「画面がブラックアウトして、このテロップが表示されてから30分以上が経過したけど、未だに消えたときのままの画面が映され続けているって事は、状況は変わらず良くなってないんだと思う。

 戦況が改善しているなら、放送を中断させたままにしておく理由はないのだから・・・」

「・・・・・・確かに、そうですね」

 

 一時の驚愕から冷めて冷静さを取り戻したキラは、自分たちの帰るべき家を預かる女性艦長の正しさを認め、おそらくはそうなのだろうと自分の中でも納得した。

 

 マリューとて信じがたい思いなのは同様だった。なまじキラ・ヤマトという最高のコーディネイターの力を間近で見せつけられ続け、その力によって絶体絶命の窮地を何度救われたか知れない身である。

 

 おかげで連合に属していた頃に抱いていたコーディネイターに対する種族的な偏見は、消滅までは無理でも意識するほどのものではなくなって久しくはなったが、その分コーディネイターの持つ力に、ナチュラルでは絶対に勝てないという認識は以前よりも強くなってしまっている傾向がある。

 

『相手の方が自分より上だと認識しても、嫉妬する感情が沸かなくなった』

 

 ――彼女たちアーク・エンジェル隊のクルーの心理を一言で言い表すなら、そうなるのかもしれない。

 

「とにかく今は、詳細な続報を待つしかないわ。

 アークエンジェルの修復作業も終わった訳ではないしフリーダムも失った現状では、私たちに打てる手はほとんどないと言っていい状況なのだから・・・・・・。

 宇宙に上がったラクスさんからの連絡を待ちましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして地球の海底深くでクライン派のエースパイロットと主力戦艦の艦長とが、ヘブンズベースでの予想外な戦況報告に戸惑いを隠せずにいたのと、ほぼ同じ頃。

 

 宇宙でもまた、二派に分かれて別行動をとっていたクライン派の片割れが同じ情報を得て、同じように驚愕と戸惑いの顔を見せ合う運びとなっていたことを、彼らは互いに知ることはない。

 

 

『――ラクス』

「はい?」

 

 クライン派の盟主ラクス・クラインは、自らが座乗する高速戦艦エターナルの艦長を務めているアンドリュー・バルトフェルドからの艦内通信画像が開いたとき、自室でコンピューターを操作しながら資料の検討をおこなっている最中だった。

 

 彼女は何か気になる資料でも見つけたのか、バルトフェルドからの通信画像が開かれた当初はディスプレイに視線を落としたままタイピング操作を続けており、返事をする声音にも事務的な無機質さが漂っていた。

 

『以前、“ヘブンズベースが落ちたら次はオーブだ”と、言っていた話を覚えているか・・・?』

「はい、勿論です。――っ、落ちたのですか!? ヘブンズベースが!」

『・・・・・・いいや、思っていたのと逆の結果になったみたいでな』

「え・・・?」

 

 一瞬、相手の言った言葉の意味が分からず呆けたように無防備な顔をさらしてしまう。

 その姿は、一勢力を率いるトップとして他者に弱みを見せまいと気を張っている、高貴な平和の歌姫のものではなく、年頃の少女らしい無防備さが現れており、バルトフェルド個人の好みではコチラの方が魅力的だと感じられていたのだが―――流石に今がそんな状況でないことぐらいは弁えている男でもある。

 

『詳しい情報は続報を待たねばならんが、とにかくザフト軍がヘブンズベース攻略に失敗して、デュランダル自身もミネルバに乗ったままジブラルタルまで逃げ帰ってきたのは確かなようだ。

 ザフト軍本体は健在なようだが、これで地上のミリタリーバランスは一気に覆されることになるだろうな。

 どちらにしろ、アンタの意見を聞いて今後の方針を検討したい。ブリッジに上がってきてもらえないか?』

 

 ラクスは一も二もなく了承し、相手の求め通りブリッジへと急行したのは言うまでもない。

 

 

 

 

「各軍がまとまりに欠けた状態での撤退とあって情報が錯綜しているが、戦いの途中までは全世界向けに生中継されていた映像がある。

 だいたい4時間ほど前に撮影されたものと見ていいだろう。

 地上から送られてきたものだから多少、画像の粗い部分があるのは我慢してくれ」

 

 報告を聞いた直後にブリッジへと急いで急行してきたラクスが到着した直後に、バルトフェルドはそう説明して、義手ではなく健在なままの腕を使ってリモコンを操作し、モニター画面の一つに何かの録画映像を映し出す。

 

 バルトフェルドが映し出させたのは、ヘブンズベース戦が始まった直後にヘリで生中継していた民間テレビ会社による放送を録画したもののコピーだった。

 鉛色の雲が広がる北極の海を、大小無数の艦艇が埋め尽くすように並んでいる。

 

 プラントと地球の本格的な武力衝突が開始される僅か前、ザフト軍は地球からの核攻撃に対する報復と同時に、二度目の核攻撃を未然に防止するための措置として、地球各所に『ニュートロン・ジャマー』を無数に撃ち込んだまま、現在も回収作業は完了していない状況が続いている。

 

 これは、核エネルギーの発生を妨害する機能を持たせた特殊な粒子を大気中に発散させるために開発されたものであったが、思わぬ副次効果として電波妨害とレーダーを役に立たなくさせてしまう機能を発揮し、先の大戦中では両軍共に使用し合う主力兵器の一つとなっていたものだ。

 

 戦争が終わって数年が経過し、近年ではNジャマーの効果も弱まってきていたという報告もあったとはいえ、電波によって世界中に同時生中継を可能なレベルにまで回復するのは、まだまだ先の話となるだろう。

 

 そのため現状において一般市民のテレビ中継は、主に海底ケーブルや電話線をつなげた電柱など、ノスタルジックな代物に頼らざるを得なくなっているのが地球の実情となったままなのである。

 これが原因となって、今の世界では世界同時生中継と銘打ったところで、現実には数十分から1時間ほどのタイムラグが生じた上でのリアルタイム同時放送が現在の限界となっている。

 

 ラクスが今目にしているのは、その中の一つだ。

 宇宙空間であれば地球と違ってニュートロン・ジャマーの影響は受けづらい。とは言え地球から宇宙では距離がありすぎるのは事実なため、中継器を介しての映像とならざるを得ず、画面に荒い部分が混じるようになってしまったのは致し方のない部分だったろう。

 

 

「正直はじまった当初は俺も、コーディネイターの能力差の前では連合は勝てないだろうと予測していた。

 無駄な抵抗のために、どれほどの命が数時間の内に失われてしまうのだろうか――とな。

 だが蓋を開けてみたら現実はこうだ」

 

 自嘲気味に肩をすくめてみせるバルトフェルドに、ラクスとしては言葉がない。

 

 ・・・・・・映像は、デュランダル議長からヘブンズベースに向けて降伏勧告が通達され、上空の雲へとホログラフィーが映し出された映像を返答代わりとして、戦闘の幕が切って落とされていた。

 引きずり込まれるように突撃するザフト軍を、やられたと見せかけて誘引し、要塞砲で迎撃する連合軍。

 戦闘のさなかに突如出現した連合の分艦隊に背後を突かれ、狼狽した対ロゴス同盟軍に見えるよう再び投影されるホログラフィー映像。

 やがてテレビ画面の外側から聞こえてくる悲痛な叫び声と、デュランダルの言葉を信じられなくなっていく人々の困惑と混乱。・・・・・・そこで映像は途切れたまま再開することなく終わっている。

 

 呻くような吐息が、ラクスの口から僅かに漏れる音をバルトフェルドは聞いた気がした。

 連合軍に、これほどの心理戦を実行できる指揮官がいたとは正直、彼にも予想外だった。

 

 今までの連合軍の戦い方は、よく言えば『数の差でコーディネイターとの能力差を補っている』と呼べなくもないものだったが、どちらかと言えば単なる力押しの部分が強く、一部には数の差を活かして策で戦う指揮官も存在していたが、彼らでさえ『数を活かして敵の長所を奪い、相対的に自分たちの方が強くなること』を戦術方針として起用している者がほとんどだったのだ。

 

 ・・・・・・だが、新たに連合軍指揮官となった人物は、それらの者たちとは根本的に方針が違うものだった。

 

 自分たちの『弱さ』を餌として利用し、直接的に敵と打ち合うことを徹底的に避ける方針は、今までの教条的な種族主義思想であるブルーコスモスとは相容れない戦い方だ。

 むしろ、『自分たちナチュラルがコーディネイターに劣る』という事実を事実として認め、その中で積極的に活用するやり口は、軍人と言うより【商人】と呼んだ方が正しい気までしてくるほどに。

 

 今までの連合と同じと思ってかかれば、自分たちもデュランダルの二の舞を踏まされるかも知れない相手・・・・・・しかも、この相手の戦術からは恐ろしい示唆が見え隠れしている。

 

 

「――先日わたくしが語った話についてですが・・・」

 

 と囁くように呟くラクスの声が聞こえ、バルトフェルドは考え込んでいた意識を一端脇へと追いやると、自分たちの盟主の方へと顔を向け直し、

 

「“ヘブンズベースが陥ち、次にオーブが狙われたら誰も彼を止めることができなくなる”――わたくしは、そう言いましたが・・・・・・」

「覚えている。幸いと言うべきか、その予言は外れてくれたようだがな。

 もっとも、“良かったかどうか”までは、まだ分からんがね」

 

 彼らしい言い様にラクスは一瞬だけ表情を和らげる。

 すぐに元の硬質な政治家の顔に意識を戻ったものの、深刻になりかけた空気を換気する程度の効果はあったらしい。

 

 たしかに先日ラクスは、ヘブンズベース戦が始まる前に本人が言った趣旨の言葉を口にし、その時の予言は外れていたのが現在の情勢だろう。

 

 とは言え、戦場とはそういうものだ。何が起きるか完全には誰も分かりようがない。

 実際バルトフェルド自身も、万全に近い体制で包囲網を敷き、キラの乗るストライク1機とアークエンジェル一隻を大部隊をもって殲滅しようと試みたにも関わらず、僅かな生き残りが落ち延びれただけで、敵には1機のMSも戦艦も損失を与えることが出来なかったという苦い経験がある。

 

(もっとも、アイツみたいな真似が他の奴にできるとも思えんがな)

 

 と、心の中だけで負け惜しみにも思える自嘲の念を言葉にしながら、彼はラクスの言葉に聞き入っていた。

 確かに戦術レベルでなら、バルトフェルドの時のように奇跡的大逆転勝利は時として起こりうるものだ。

 だが、そもそもラクスが予言していたのは『ヘブンズベースが“陥された後の話”』であって、一要塞での攻防戦という狭い範囲の話ではない。

 その事を承知していたからこそ、バルトフェルドはラクスの話に耳を傾け、今後の展開に応じて自分たちが取るべき方針を・・・・・・『戦略』について意見を聞いておくべきだと思っていたのである。

 

 

「わたくしにも、まだハッキリと分かっていた訳ではありませんが、デュランダル議長が本当にやろうとしている事が少しずつ見えてきたように思っていたのです。

 ――でも、その事に気付いていた方が“もう一人”いた、という事実だけは、今回の件でハッキリと理解することができました」

 

 

 断定口調でラクスは、自分が座乗する高速戦艦【エターナル】のクルー達に向け、そう宣言した。

 そうでなければ、辻褄が合わない作戦内容だったことが、その根拠だった。

 

 明らかに敵将は、デュランダルが戦いの先にあるものを見ていることに気付いた上で、敵の最終目標に固執する心を逆用して、敵軍の動きに楔を打ち込むための心理戦を仕掛けてきている。

 

 おそらくは、ヘブンズベース攻防戦が議長の目指す真の目的のため、最終的な土台作りとなる大一番だと予測して、目標達成を間近に控えた議長に焦りと執着を植え付けるよう段階的にマスコミを利用したプロパガンダ戦略を駆使した結果が現在の状況なのだろう。

 

 以前キラがマリューに対して、デュランダル議長のことを『巧みにマスメディアを武器として利用している。撃ち返させば悪役の役割を振られてしまう』と評したことがある。

 連合軍の新たな指揮官となった人物は、ある意味でその真逆にあるタイプなのかも知れない。

 

 議長によって割り振られた『悪役』という役割を、最大限に利用することで自らを守り、自分たちを断罪する正義の刃を、持ち主自身をも傷つけてしまう諸刃の刃へと作り替え、正義の味方や神のような存在によって一つになりかかった世界に、混沌と疑心暗鬼を呼び起こし、戦局を混乱させることで自分たちが復活する隙を見いだそうとしている。

 

「――“剣を取らせるには、何よりその大義が必要になる”・・・か」

「え・・・?」

 

 唐突なバルトフェルドのつぶやきに、ラクスだけでなくブリッジ内にいた他のクルー達も目をぱちくりさせる。

 

「誰だったか名前は忘れてしまったが、指揮官講習の教官から昔教えられた言葉だよ。

 まぁ、当たり前の話ではあるがね。討つべき敵と、その理由が納得できなきゃ、誰も人なんか殺せまい?」

「そう・・・ですね・・・・・・そうなのでしょうけれど・・・」

 

 ラクスは沈痛な表情でうつむき、その言葉を実行しているのがザフト軍を率いるデュランダル議長で、自分たちにとっても敵となる可能性がいや増した人物であることをも同時に自覚して拳を握りしめた。

 

「だが――別の教官からは、こういう言葉も聞かされた。

 “半端な同盟関係ほどつけ込みやすいものはない。時に一片の紙切れと噂話は数万の援軍をも瓦解させる”・・・・・・言われたときには陰険な策だと思ったものだが、やれやれ。年寄りの言葉ってものは、中々どうしてバカにできん」

 

 肩をすくめながらバルトフェルドが言った直後に通信が入り、とある調査を命じていた『砂漠の虎』時代からの副官であるマーチン・ダコスタが帰還した旨を伝え、彼が持ち帰ってきた一冊のノートの記述を見た瞬間にラクスは今後の方針に決断を下す。

 

 

「偽装を解除、【エターナル】発進します!

 この混迷の闇へと戻されようとして、明日の道筋が見えなくなった世界では、一刻も早くキラたちと合流することが先決です!!」

 

 

 彼女がそう告げた直後、ブリッジ内に警告音が鳴り響き、周囲に配置していた警戒用レーダーの1つが、ザフト軍の偵察用ジンに発砲される光景を送信した後、反応が消失させられた。

 

 

 

 

 これはデュランダルが地球に赴く前に、ザフト軍のシャトルを奪って地球を飛び立っていた『偽物のラクス・クライン』を追跡する任務を与えられていたクラーゼク隊長率いる部隊が、議長からの指示通りに廃棄された【メンデル・コロニー】に警戒網を張っていたところへダコスタが不用意に飛び込んでしまい、獲物をすぐには捕まえずに巣穴まで餌を持ち帰らせてから一網打尽にするハンターの狩りを宇宙規模で完璧に再現した結果だった。

 

 

 ――だが、惜しむらくはクラーゼク隊長を初めとして、自分たちの作戦を徹底していた者は一人もいなかった。

 

 差もあろう、せっかく収まりかけた戦火が再び燃え上がり、今までデュランダル議長が吐いてきていたウソについてザフト軍内部でも賛否両論に分かれて激論が戦わされるようになってから日も浅い状況だったのが今なのだ。

 

 吐いてきたウソの内容が、地球絡みのものばかりでコーディネイターとプラントには直接関係のないものが中心だったからこそ、議長の支持派が多数派となることが出来てはいたものの、今まで人気が高かった分だけ兵達の間では困惑が広まっていたのは仕方のないことであったろう。

 

 まして、地球上での戦局は予断を許さない状況にあるのだ。

 もし敵軍が、軌道上に展開しているザフト艦隊を突破し、月の【ダイダロス基地】や【アルザッヘル基地】の戦力と合流してしまったら、議長不在のプラント本国へ直接攻撃をかけてくることさえ可能になってしまうかもしれない。

 

 そのような情勢下で、このような破棄された無人のコロニーを監視し続け、ラクス・クラインに酷似しているとは言え『偽物でしかないシャトル強奪犯』を捕まえるためナスカ級を三隻も貼り付けたままにしておくことは、純粋にプラントの勝利と「あのラクスは偽物だ」と言われた議長の言葉を信じているグラーゼク隊長にとって、耐えがたい思いを抱えて過ごす状況だったのだから。

 

 

 そんな彼にとってラクスが下した決断は、天恵にも等しい魅力を持ってしまうことになる・・・・・・。

 

 

「えぇーい! 速いっ!! ・・・しかしエターナルとは、どこまでふざけた奴らなんですかねぇ艦長っ」

「うむ・・・戦後のドサクサで行方不明になっていた船に、こんなところでお目にかかるとは思ってもいなかったが・・・・・・【カーナボン】と【ホルスト】の位置は?」

「ハッ! 現在グリーン22、チャーリ-。インディゴ8、アルファです」

「よーし、追い詰める! 逃がさんぞテロリストども! ようやく見つけたのだからな――いや待て!」

 

 巣穴から出てきてくれた捜索対象を前にして、ようやく任務を完了させて次の戦地へと移れる喜びで声を弾ませながら部下に命令を下そうとした瞬間だった。

 

 彼としては、国家存亡の時期に前線から遠く辺境コロニーで偽物のシャトル強奪犯を追い回すだけの任務を歯がゆく思いながらも従事し続けていたのは、議長直々に指示された任務を勝手に放棄する訳にはいかなかったからだ。

 

 だが、この時グラーゼクは戦術モニターに映し出された敵味方彼我の位置関係を見たときに閃くものがあり、部下の索敵担当に問いただす。

 

「敵艦の進行方向はどこを目指しているものか推測できるか? 大凡でいい、地球寄りかプラント本国へ向かおうとしているのかだけでも分かることは出来ないか!?」

「はぁ、それでしたら恐らくは地球方面です。大気圏降下軌道に乗ることも可能なコースを取っていますから・・・」

「恐らくでは困る! いや、絶対がないのは分かっているが、プラント方面に向かう可能性だけはないと見て間違いないのだな!?」

「は、はぁ。それでしたなら間違いありません。コースが全くの逆方向ですから・・・」

 

 上官が何を興奮しているか分からず、困惑気味に索敵士官は首をかしげていたが、グラーゼク個人としては士官の予測は重要な意味を持っているものだった。

 

 何しろ彼らが、『声も見た目も本物とそっくりなラクス・クラインの偽物』を補足するため小艦隊とMS部隊まで動員しているのは、相手の所属が何であろうと目的は一つだけしかあり得ないからだ。

 

 国民に絶大な人気のある『平和の歌姫ラクス・クラインの姿』を使って、プラント国内の混乱に利用することである。

 それ以外には、あり得ないだろう。

 デュランダル議長と“本物のラクス・クライン”が本国に不在の状況下で、そんなことをされては堪ったものではない。

 

 その偽物がプラントコロニーのいずれかに潜り込み、変な騒ぎを起こすのを何としても阻止するため、連中が行動を起こす前に取り押さえなければならないのが彼らに与えられた任務の主目的だったのだから。

 

 

「艦長?」

「――【カーナボン】と【ホルスト】に通達! モビルスーツ部隊は発艦準備を完了した状態で待機させろ。さらに敵艦を追い詰めた後に撃沈のため発進させる!!」

「ええっ!?」

「エターナルの快速は見ての通りだ。万が一にも左右の僚艦どちらかを抜けられただけで、追いつけなくなる恐れがある。

 ならば敵艦の右翼に攻撃を集中させ、地球軌道上まで追いやってから撃沈した方が確実かもしれん。エターナルは宇宙空間用の艦だ。

 降下ポイントまで辿り着けたとしても、自分自身が大気圏を突破できる訳ではない!!」

 

 艦長から作戦変更を聞かされたブリッジクルーたちは唖然としたが、内何割かは納得の表情を浮かべて首肯して返す。

 彼らとて、現状の戦況悪化を前にして手をこまねて見ていることしか出来ない己の不甲斐なさに歯がみする思いを味わってきたのである。

 

 故郷を思う、想いは同じ。

 素朴な郷土愛と、愛国的防衛精神で結ばれた上官と部下たちが支配する場へと突如として変貌してしまった偽ラクス追跡隊の旗艦ブリッジであったが、どのように社会であろうと大部分の多数派が賛成票を投じたときには、少数ながらも現実論側に属する消極的な反論を口にしたがる者が出てくるのが常でもある。

 そしてそれは、戦艦という名の限られた狭い社会であっても変わることはない。

 

「――しかし艦長、それでは議長直々に追跡を命じられていた偽物のラクス・クラインを逃してしまうかもしれません。引いてはそれが敵を倒す機会を逸する危険性が――」

 

 

「勝ちたい訳ではない。守りたいのだ」

 

 

 ひねくれた表情で苦言を呈してきたザフト軍士官に、グラーゼク隊長は断言で返してやることで唖然とさせて黙らせる。

 

「我らが追えば、奴らは逃げるだろう。そうなればプラント本国は、偽物のラクス・クラインがもたらす混乱の脅威から遠ざかることが出来るだろう。

 我々は最悪の場合、降下軌道からポッドを射出され、偽物に逃げられようとも、祖国を守り切れたことに変わりはない。

 我らの与えられた任務は、ラクス・クラインの容姿を利用してプラント本国内で混乱を起こされるのを未然に防ぐことだ。それを忘れるな!!」

「は、ははッ!!」

 

 怒鳴られて冷や汗をかきながら士官が頭を下げ、慌てて他の僚艦へ隊長の指示を伝えるため動き出すのを見送りながら、グラーゼクは内心で言葉にはしなかった部分を呟きながら、もしかしたら幸運艦かも知れないエターナルを見据えて独りごちていた。

 

 

(・・・偽物のラクス・クラインが地球軌道上へと逃げ延びたのを、追跡隊の我らが追うのは必定。その結果として機動艦隊と合流したというなら名分は立つ。

 あるいはもし、偽物の地球逃亡阻止を失敗してしまった時には、専任の追跡隊として地上まで追い続ける許可を申請するという選択肢も出てくるかもしれん・・・・・・)

 

 

 かつて、先の大戦中のザフト軍でエースパイロット隊として知られていた【クルーゼ隊】も、連合の新造艦“足つき”を相手にして同じような理由で追撃許可を与えられ、当時の連合軍最高司令部だった【JOSH-A】への奇襲作戦にも参加し、多大な功績を挙げたという。前例に倣うことも悪くはあるまい。

 

 よしんば、偽物のラクス・クラインに逃げ延びられたとしても、逃亡先がコロニーではなく地球であるなら大した脅威にはなれないだろう。

 ラクス・クラインと瓜二つの見た目と声は、コーディネイターの社会に入り込まれると厄介極まりない武器となり得てしまうものだが、ナチュラルたちの社会では何の意味も成さず、宝の持ち腐れとなって無駄に錆び付いていくことしかできるはずもないのだから・・・・・・。

 

 

 

 ―――こうして、デュランダル議長が吐いてきたウソによって、新秩序を築くため積み上げられてきた土台が、また一つ抜け落ちていく。

 

 彼がウソによって創り上げようとしていた世界が、彼のウソそのものによって一つ、また一つと崩れ落ち、崩壊していく音が響いてくるのを、果たして歌姫ではない彼が聞くことができる日は訪れるだろうか?

 

 

 破滅が訪れる、その日が来る前。手遅れになるより先に。

 それを避けられぬ可能性を持っていられる今の内に・・・・・・。

 

 人類最後の救済策【ディスティニー・プラン】実地の可能性を、救済することが可能な段階で。

 

 彼に自分の足下が崩れかかっていく音を聞き取って、自分自身を救うことができるだろうか?

 

 人も歴史も、そして世界も。

 その質問に答えてくれる者は誰もいない。

 

 仮に、そんな者がいたとしても・・・・・・恐らくそれは、“ウソ”でしかない救済に過ぎないだろうから・・・・・・。

 

 

 

つづく




*すでに誰も気にされてないと思われますが、念のため今話の解説です。

今話でデュランダルが「アークエンジェルを討て」と命じた理由に大義名分が不足していると評されたのは、あくまで【ロゴスこそが全ての元凶】と断じた後だったことが理由になってます。

その前の段階だったら然程の不自然さはないのですが、【ロゴスこそが争いの源】と断じてロゴス討伐の兵を世界中から募ってる状態になってから、【ロゴスより先にアークエンジェルを討て】というのは辻褄が合わない。

ロゴスとアークエンジェルの繋がりを示す何かでもあれば別だったんですけどね。
【世界の敵ロゴス】を倒すために旧連合の兵たちまで味方に受け入れる中で、【混乱蒔いてるだけの敵艦アークエンジェルだけは許さん!】ってするのは理由が足りなかった。


要は、順番の問題です。ロゴスこそ絶対悪!倒すの最優先!と言った後でアークエンジェル先だと矛盾する。
言う前だったら問題ないけど、シンとかアスランが決め手に欠ける。…そういうアンビバレンツの結果という解釈に基づく設定でしたッス。(小説版を基に想像補填)


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PHASE-10

新年用に姫始めエロ作でも書こうとして書けぬまま、クサクサした気持ちで夜まで経ってしまいました。
鬱憤晴らしも兼ねて書いたため内容に感情が出過ぎてしまいましたが、大まかな内容としては予定通りです。
細かい所が気になる場合は後で直すとして、今年初の作品を何か出したかったので更新しました。

……ただ今考えたら、年明けに書く内容じゃなかったなと反省中…。どうも作者は空気を読むのが遅いようです…。


 深海と宇宙とで二つのクライン派勢力が想定外の事態に驚愕し、セレニア率いる連合軍艦隊がオーブを来援するため一路南下を始めていた頃。

 

 ジブラルタル基地まで撤退していたザフト軍司令部では、一つのセレモニーが催されていた。

 シン・アスカとレイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホークに対して、ヘブンズベース戦での功績を讃えてネビュラ勲章を授与する叙勲式である。

 

 ヘブンズベース攻略戦で敗れ、対ロゴス大同盟軍は事実上崩壊させられた現状でやるような事ではなかったかもしれないが、ザフト軍首脳には戦いを前にしてもセレモニーを行っておくべき理由があったのだ。

 

 負けたからである。

 作戦に失敗し、戦に敗れて逃げ延びてきた敗残の身である以上、将兵たちの目を自軍の敗北から逸らすため、自軍の成功した部分に着目するよう誘導せねばならなかった。

 その為には軍事的英雄が必須である。

 また現実問題としてミネルバ隊は、表彰されるだけの功績を立て続けててきている。信賞必罰が軍隊の根幹だ。

 忙しさにかまけて先送りし続けてきた人事を報いるべきとしたデュランダルの提案に皆が賛成したのは、必ずしも政略だけが理由ではなかった。

 

 デュランダル個人の目的にとっても、シンに対して恩を売っておくことは、得にはなっても損はない。

 戦時下の敵国内とあって叙勲式は、並み居る軍高官と議長が参列しただけで、軍楽隊の演奏も貴婦人たちと踊るパーティーもない質素なものであったが、質実剛健な軍隊らしさを演出するには十分でもあっただろう。

 

 

「ヘブンズベース戦での勇戦と、今までに成してきた数々の功績を讃え、シン・アスカにネビュラ勲章を授与するものとする。

 貴官の活躍がなければ、あの戦いで我々と、我が軍将兵達の命はなかった」

 

 微笑みながら感謝の言葉と共に基地指令から勲章を手渡され、握手を求められたシンは、はにかみながらも満更ではない表情を浮かべて、その手を握り返す。

 その彼の背後には、レイとルナが微笑みながら僚友の晴れ姿を見つめて立っており、その胸にはシンに渡されたものと同じ金色の勲章が輝いている。

 

 シン・アスカは元がオーブの一般市民故なのか、社会的な評価や地位身分といったものに高い価値を感じている部分を有しており、自分のやったことを上官から褒められた時には礼儀で返し、逆に怒鳴られた際には同僚から否定されたとき以上の怒鳴り声で返すことが多い少年で、アスランへの対応などで如実にそれが表れている部分があった。

 

 また、意外にもこういった公的な式典で表彰されたり、高い地位にある人間たちから特別な場所に招かれたりと言った、分かり易い接待にも弱い部分をもっているため、そこに目を付けたデュランダルが今回の式典を開催しようと提案する理由の一端にもなっていたのだが―――本人がそのことに気付くにはプライドが邪魔になる。まず気付く日は来るまい。

 

 もっとも、作戦自体は失敗に終わり、自身も新型機デスティニーを与えられながらジブリールを倒せなかったことに忸怩たる思いも抱えてはいたが……

 

「なにを言う。たしかに敗れた事は無念だったが、戦いに勝敗はつきもの。百戦して百勝といかずとも責められる類のものではあるまい。

 それに君の立てた功績は、敵を倒した事ではなく、味方を守り、基地までの撤退を成功させてくれたことだ。これこそが最も讃えられるべき素晴らしい軍功だったと私は信じる。

 なにも恥ずべき事はない、堂々と胸を張りなさい」

「あ、ありがとうございます。司令・・・・・・」

 

 握手を求められただけでなく、笑顔と共に励まされ、シンとしては表情の選択に困るほど感情の選択に苦労させられていた。

 その若者らしい実直な姿に、穏やかな空気が室内に集っていた高級軍人たちと2人のパイロットの心を満たす。

 

 その光景を見つめながら、曇りなき笑みを讃えて拍手を送っていたデュランダルは心の中でも、満足の笑みを浮かべずにはいられなくなっていた。

 

(基地指令も無骨者な割に、なかなか上手い事を言う)

 

 と、部下の新たな一面を発見して満足の意を表していたのである。

 彼としても今回のセレモニーは当初からの予定にあったとはいえ、それはヘブンズベース攻略の功労者としての表彰であって、敗北から目を逸らさせる宣伝工作としてと言う口実では、【次のステップに移るための理由付け】として十分とは言い切れないことを自覚していた。

 ザフト軍にとって必要性のあるセレモニーだったからこそ、デュランダル個人の目的達成のためには名分に欠けていた部分を、基地指令によって補填される形となったのである。

 

 ――既にオーブへの降伏勧告とウナト親子の引き渡しを要求するための艦隊は、先の戦いで無事だったものや損傷が軽微だった艦を再編して昨日までに出航させた後であり、残る者たちも整備が完了次第順次発進し、移動しながら合流と再編成を行える手はずは完了されていた。

 

 駒を次に進めるべき時期が来たことを、デュランダルは確信した。

 

 

 

「それからコレを、私個人からの想いとして、シン・アスカとレイ・ザ・バレルに贈らせてもらいたい」

 

 そう言いながら、軍事式典故に将官達の脇に並んでいた位置から進み出てきた議長は、小さな箱を取り出してシンたちの前に差し出すと蓋を開き、彼らの前で中に入っている物を示して見せた。

 

 その箱の中身を見た瞬間、シンは思わず自分の目を疑ってしまった。

 それは彼がかつて、上官“だった人物”の首元で光っているのを見せられた物。

 戦死した、一時的ながらも気さくな上官が同じ物を付けていた徽章。

 

 《フェイス》である事を示す徽章が、箱の中には収められていたのである。

 

「議長! これは・・・」

「不服かね?」

「い、いえっそんな! そんなことはありません! ――けど・・・・・・」

 

 勢いよく首を振って不服などあり得ない事を示すシンは、だがその直後に自信なさげな声で言い淀む。

 もともとはオーブの一般市民として中流家庭で生まれ育ってきたシンには、軍人としての出世に純粋な憧れを抱いてはいたものの、現実に自分の地位身分向上を前にすると尻込みしてしまう凡人臭いところが多分に残っていた。

 また、この徽章と同じ物を付けていた人物を、この手で殺してから日が浅いという事情もある。

 

「これは我々が君たちの力を頼みとしている、ということの証だ。

 どうか、それを誇りとし、今この瞬間を裏切ることなく今後も、その力を尽くしてほしいという私個人の願いも込めてだがね・・・・・・」

 

 躊躇いの表情を浮かべたシンに対して、デュランダルは微笑みながらも優しく語りかけつつ、巧みに言い回しを選び取る。

 

 

 

 

「・・・・・・よくもまぁ、あれだけ色々な言葉と言い回しが出てくるものね」

 

 その光景を見せつけられ、気にくわないものを感じた人物が一人だけいた。

 シンたちの上官であり、所属艦ミネルバの艦長タリア・グラディスが、それである。

 

 彼女は軍人としては室内でも若い部類に属していたが、デュランダルとの付き合いの長さは彼らの中で一番長い。

 相手が言葉で言いくるめる場面を何度も目にしてきた過去を共有しているのである。純粋で真摯ではあっても、そのぶん甘い言葉や特別待遇で釣られやすい少年たちほど、「ご褒美」に弱い子供ではない。

 

 

 ―――議長である自分個人からしか贈ることの出来ない『議長直属の特務隊』であるフェイスの称号を、ザフト軍全体の願いとして授与することで、正規軍の命令系統に縛られない議長直属の私兵としても使えるようにするなど、本末転倒ではないのか?

 

 タリアとしては、そう思わずにいられなかったからである。

 少なくとも『我々が頼りとしている証』とやらの中に、彼女の意思は含まれていない。先程の式典で初めて知らされた人事なのだから。

 

 だが、シンの功績を表彰する場で、それを言うのは些か以上に憚られた。

 まして周囲の人間たちは皆、好意的な表情でこの人事を受け入れるつもりでいる。

 

 軍高官が一堂に会している今この場で認められたこととなれば、事実上シンとレイのフェイス入隊は既成事実として確定したことを意味するものとなるだろう。

 

 おまけに、トドメとして―――。

 

「光栄です。ベストを尽くします」

 

 共にフェイスの徽章を贈られたレイが、逡巡するシンより先に落ち着き払った声で返事をして、フェイスとなる人事を受け入れることを表明してしまった。

 自分よりも功績の低いレイが昇進を受け入れて、彼より高い戦果を上げてきたシンが拒否したのではレイの立場がない。

 謙遜を理由に謝絶すれば、レイは自惚れた未熟者であると宣言する形となるし、フェイス内でも孤立させる立場にさせてしまうだろう。

 根が善人で友人思いなシンとしては、レイが先に言ったことで退路を断たれた形となってしまっていたのだ。

 

「おれ――あ、いえ・・・・・・自分も、がんばります!」

 

 躊躇いを振り切りながらシンは徽章を受け取り、集まっていた将官達から温かい拍手で包まれつつ、議長からは目元をほころばせて嬉しげに微笑みかけるのを目にしながら。

 

「・・・・・・やられたわね」

 

 それだけを言って、後は笑顔で皆の唱和に合わせて拍手を送りながら、タリア一人だけは笑っていない目をしていた事実に、いったい気付いた人間がいたであろうか―――?

 

 

 

 

 

「それでは小官は、お先に失礼しますわ」

 

 式典が終わり、上官としてシンたちに祝辞を一言ずつ述べた後、他の軍高官たちの誰より早くタリアは司令室を足早に出て行った一人になっていた。

 

 彼女としては今回の叙勲式に、当初から気にくわないものを感じずにはいられなかったのが、その原因である。

 シンたちの功績が評価されるのは良い。それだけの活躍を彼は今まで果たしてきている。

 

 無論、問題行動や命令違反、独断専行など失態も山ほどある問題児だったのは事実だが、それをもって功績を否定する理由になり得るのなら、ザフト軍兵士の大半は永久グリーンで終わってしまう者たちだけで溢れかえってしまうだろう。

 

 ルナマリアやレイにしても、シンの活躍に霞んで隠れがちではあっても、彼の活躍が彼女たちの尽力に支えられたものであることを把握しているタリアにとっては、ようやく日の目を見せられたようなもので気分が悪かろうはずもない。

 シンが目の前の強敵を倒すことに集中できたのは、艦の直援を努めた彼女たち2機のザクがミネルバを守り抜いてくれたからこそ成し遂げられた偉業である。

 

 現にミネルバには当初の時点で、《ゲイツR》が直援機としてパイロット込みで2機配属されていたが、かなり早い段階で戦死させられてしまっている。

 あちらこちらを移動させられ続け、満足に補給や人員の補充を受けられる余裕も、受け取りにいく時間もなかったミネルバにとって、被弾しながらも生き延び続けて直援としての役目を交代なしで果たし続けてくれた、ルナマリアの功績は決して低いものではなかった。

 

 これらの事情を鑑みれば、彼らに対してネビュラ勲章が授与されるのは当然の報償であり、むしろもっと早くに報いてやるべき所を忙しさ故に先送りし続けてきた人事がようやく叶っただけのこと。

 満足こそあれ、不満など微塵もない。・・・・・・そのはずだった。

 

「タリアっ!」

 

 廊下に出て、扉を閉めたばかりの彼女に声を掛けてくるものがいる。

 その声を聞き間違えることはない。・・・だからこそ、忌々しく感じられる時が生まれてしまう理由にもなっているのだから・・・。

 

「君がなにも言わないのは怖いな、タリア」

「なにを今更・・・・・・」

 

 ギルバート・デュランダル現プラント評議会議長。

 自分にとっては恋人同士だった過去を持つ人物であり、世間的に俗っぽい言い方をすれば“昔の男”という奴になるのだろう。

 

「シンとレイをフェイスとしたことで、絶対なにか一言あると覚悟していたのだがね」

「言いたいことは山ほどありますが、迂闊に言える立場でもなければ情勢下でもないのは理解していますので、黙っているだけであります議長。聞く気がないのでしたら、放っておいていただけると有難いのですが?」

「いや、聞く気がないだなんて、そんなことは―――」

「そうですわね。では言い直しましょう」

 

 殊更に礼儀正しい口調で辛辣な言葉を言うことによって、形式“だけ”を守っているという本心を間接的にデュランダルにぶつけながら、タリアは簡明に、かつ的確に今の話題が“無意味である”という証明を嘗ての恋人に証明して見せる。

 

 

「“聞き入れる気がない”のであれば、言ったところで無意味であります。

 差し出口にしかならない言葉なら、最初から言わない方が互いのためかと存じますが?」

 

 

 ・・・・・・この会話の本質を突いた“昔の女”からの指摘に、デュランダルはホロ苦い笑みを浮かべて黙り込まされ―――否定の反論をしてくることはなかった。

 それは無言によってタリアの指摘が正しいと、デュランダル自身が認めたことを意味するボディランゲージでもある行為だった。

 彼女の言うとおり、今更タリアが何を言ったところでデュランダルに計画を変更する機など微塵もないのは事実だったのだから―――。

 

 とは言え。

 

「・・・・・・今回のコレは些か、あざと過ぎません? シンたちは見世物ではないのに・・・」

「せざるを得なかった事だよ。この様な戦況になっては尚更にね」

 

 言うだけ無駄だと分かっていても、互いに対する思い故に何も言わない訳にはいかないのもタリアの心情としてはある。

 デュランダルの政治宣伝のため利用されたシンたちに対しての愛情と、デュランダル自身に未だ抱いてしまっている愛情故に。

 

 ―――今回の授与式について、タリアが当初から気にくわなかった理由は、まさにそれだった。

 政治色が強くなりすぎるタイミングでの授与式だったこと。その一点だけが彼女の気分を甚だしく害していたのだ。

 

 今まで報われなかったルナマリアやレイたちの功績も含めて、シンの功績への正統な評価を、ヘブンズベース攻略に失敗して議長のウソが全世界に公表された直後に、この様な軍事セレモニーの美談として活用されたとあっては、タリアでなくとも同じことを思って不快に感じる艦長は少なくはないだろう。

 それが無かったとしても、シンとレイへの“フェイス”昇進には問題の方が大きなものとなるようにタリアは見ていた。

 

 ネビュラ勲章は良い。それだけの功績を彼らは成している。

 だがフェイスは、単なる昇進とは意味合いが大きく異なりすぎている代物なのだ。

 

 “フェイス”は、議長直属の特務隊に選ばれた者にのみ与えられる称号で、通常の命令系統には属さない。

 通常は指揮官の指示に従わねばならいが、指揮官の指示が現場に即したものではないと判断した場合などには、それに反する命令を出す権限がフェイスには公的に認められている。

 

 タリアも一応アスランを介して同じ徽章を授与された者の一人ではあるが、自分やアスランは軍における立場を優先して権限を使うことを控えてきたため、事実上ただの称号としての意味しか有したことが今までなかった。

 

 だがシンは、自分やアスランとは違う。

 時に自分の方が軍の決定や命令よりも正しいと判断した際には、躊躇わずに自己の判断を優先してきた前科がありすぎる。

 

 更にはカーペンタリアでの一件だけでなく、その後の戦闘で捕虜にした連合兵を民衆たちが公開処刑している光景を見ながら微笑みを浮かべるなど、彼には明らかに連合軍への復讐の念が強すぎる部分を持ってもいる。

 

 そのような人物に、ネビュラ勲章だけならともかく“フェイス”の称号まで与えてしまうのは、軍の制御下にいれば有為な人材を、危険な野獣に変貌させるリスクを自ら生じさせるだけではないのか?

 

 そのように考えているタリアにとって、今回の式典には素直に賞賛できない条件が付与されすぎてしまい、長居すると余計なことまで言ってしまいそうだったため早めに退散するのが賢明だと判断した故での選択だったのだが・・・・・・相変わらず男という生き物は、女の気遣いに気付きにくく出来ているらしい。

 

「そうですか。そうなると、アスラン・ザラとメイリン・ホーク撃墜の件も同じ理由だった可能性が出てきますわね。

 “せざるを得なかったから”スパイという事にして使い終わった古道具を処分した。

 ・・・・・・そう取られて否定しても、信じてもらえる立場ではなくなっているのは自覚しておいでなのでしょう?」

「分かってるさ、それも。だが―――」

 

 流石のデュランダルも不利を自覚せざるを得ない立ち位置だったため、その口調は偽善的ではあっても言い訳じみた空気を纏うようになり始めて、弁明のため焦れた調子が声に混じり始める。

 それは冷徹で計算高い切れ者の議長というより、女の扱いだけには慣れていない優等生の学生じみた初々しさを残した部分をタリアに感じさせ、懐かしさと共に愛情が再発してきそうになる自分の『女という生き物が持つ欠陥』を強く自覚させられて、不快になる。

 

 ここまでイヤなものを見せつけてきた男と一緒にいるのはイヤだと思いながら、昔と変わらぬ部分を見せてきた相手に安堵して離ればなれになるのを忌避する自分が確かにいる。

 相矛盾する自分の中の葛藤にタリア自身で嫌気が差しつつある中で。

 

 どちらの道を選ぶかで悩む葛藤の結論は、意外なところからもたらされる事となる。

 

 

「議長っ!!」

「――なんだ?」

 

 黒の軍服を纏った将校が、自分たち全体の上司へと何かの報告を携えて駆け込んできてくれたことでデュランダルは普段通りの、優しくも厳しい表情と口調へと舞い戻り、タリアに選択肢で悩める制限時間が過ぎたことを通達してきたからである。

 

 この報告者の登場は、二人の人物に対照的なもたらしていた。

 一人はタリアで、今さっきまで女の機嫌を取ろうと弁明を繰り返していた男が、部下の前でだけは格好付けたがる姿に白けたような視線を向ける。

 

 もう一人は、議長に付き従う軍高官の一人で、比較的若い黒の軍服を着た人物だった。

 彼は今回の戦乱で出世して、プラント議長の側で初めて仕える身になった人物であり、自分たちを率いる指導者が部下でしかない女性艦長の機嫌を取るため言い訳じみた言葉を並べ立てている姿を見せつけられたことでゲンナリした気分にさせられていたのである。

 

 それなりに歳を食って、政治家も将軍もベッドの上では所詮は『男』という事実を、実体験として承知していた他の高官たちは見て見ぬフリを決め込んでいたが、まだ若い彼にはテレビで見るデュランダルの勇姿をプライベートでも期待してしまっていたらしい。

 

 とは言え、そんな対照的すぎる二人の人物でさえも、全く同じ反応を返したくなる情報を、その報告者が持ってきたことで話は別次元のものへと一変することになる。

 

「地球連合軍が動き出しました。

 またカーペンタリア情報部からの報告によると、ロード・ジブリ―ルの所在も、どうやらその中に」 

「カーペンタリアから?」

 

 解せぬと言いたげな口調でデュランダルは報告者に問いただす。

 彼の疑問ももっともで、ザフト軍は連合が制宙権を手にするため軍事力によってマスドライバーの奪還を狙うとしたら、ビクトリアかパナマとの合流を目指すだろうと予測していたからだ。

 

 オーブは確かに、今なおロゴスに友情を示している唯一の同盟国であったが、今大戦から連合傘下に加わっただけで、連合軍の駐留艦隊や基地が建てられていた訳ではない。

 パナマやビクトリアは、ロゴスの存在暴露によって孤立し、降伏して武装解除したとは言え、連合軍の主力部隊が駐屯していた主要拠点だった場所だ。まだまだシンパは多く、外からの攻撃と内からの内応によって陥落と奪還は容易となる可能性は高い。

 

 だがオーブに対して同じ手は使えない。

 国土から遠くない位置に、ザフト軍の主要拠点カーペンタリア基地もある。

 このためオーブのマスドライバーを連合が確保するとしても、政治面から同盟の再締結という形で目指してくるだろうというのが、ザフト軍首脳の予測だったのだ。

 

 ・・・・・・もっとも、予測を外したのは“ザフト軍首脳”であって“デュランダルの予測”は外れてはいない。

 少なくとも、今この段階において敵の動きは、自分の予測を超えてはいない。

 

「で、彼らはどこに向かって軍を進めているのだ?」

「オーブです。セイラン家とジブリールによる直接通信の傍受にも成功しましたので、間違いありません」

 

「・・・えっ!?」

 

 ――そして、その会話内容はたまたま聞こえる位置で立ち止まっていたシン・アスカとレイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホークの耳にも届いて驚きの声を上げるのをデュランダルは鼓膜に捉え、そして口元と目元に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 だが、この時彼は知らなかった。考えてすらいなかっただろう。

 自分の元へ届けられることのなかった、もう一つの『敵軍発見』の報告があったという事実を・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはオーブの遙か北の海域において、ザフト軍のMSが遭遇していた出来事だった。

 霧の立ちこめている海域の上空を、一機の《ディン》が飛行しながらレーダーを頼りに遊軍の探索任務を行っている最中に、誰にも知られぬまま敵軍に撃墜されていたのである。

 

 

「こちらブラボー2、基地管制へ提示報告~。

 降伏した連合の不満分子が決起する様子はなし、市民たちがゲリラ化したという報告も来ておりません。

 海は至って穏やか、天気晴朗なれども波高くもなく、平凡な平和そのものであります管制官殿~」

 

 だらけきった様子でパイロットからの報告に、流石の管制官も眉をひそめさせられたようで、業務内容としては適切ではなかろうが小うるさい説教をしてやりたい気分にさせられたようだった。

 

『・・・ブラボー2、任務中だぞ。今少し緊張感をもって任務をこなせ』

「そうは言いますがね、管制官殿~」

 

 緑色のノーマルスーツを着た《ディン》のパイロットは、気怠げな口調はそのままに全くやる気を感じさせない声ながらも、それなりの痛切さを込めて自分の心情の説明だけはキチンとやってのける熱意は残っていたようでもあった。

 

「東のジブラルタル基地やマハムールの方では、主力部隊がロゴスの悪魔共を盛大に退治して、南のカーペンタリアは連合にへばり付いたままのオーブに思い切り熱いのブチ込んでやるため準備してるって噂じゃないですか?

 なのに俺たちは、そんな時に何だってこんな場所でフラフラ飛んで、迷子の味方を探してにゃあいかんのです? 世の中の一大事なんですぜ? 今って時代はね」

『・・・・・・まぁ、気持ちは分からんでもないがね・・・』

 

 相手の話を聞かされれば、管制官もまた強い口調で非難だけをすることは難しくなる。

 現在、彼の乗るディンが飛行しているのは東アジア共和国にほど近い海域の上空で、南に下れば赤道連合が存在している。

 どちらの国も旧連合傘下の加盟国で、ロゴスの存在暴露によって離反し、対ロゴス大同盟に寝返っていたのだが、ヘブンズベース後は梨の礫で敵対してもいなければ援軍を送ってくる訳でもなく、中立を表明したまま息を殺して日和見ているだけの状態が続いている。

 

 ザフト軍としては、これらの国々を一度は味方として迎え入れて軍も駐屯させた後、大同盟が崩れて事実上は崩壊したとは言え、また敵対国家に戻ったという訳ではなく、かといって味方と呼ぶには敵に戻る可能性が不確定すぎて判断に苦慮している状態が続いていた。

 

 敵に戻られても大した脅威にはならないかもしれないが、敵が紛れ込んでいたり、シンパが攻撃してきた時などに、周囲が呼応するより先に潰せた方が楽なのは当然なので、取りあえずの防衛用戦力による哨戒任務だけを行い続けている。・・・・・・その程度の戦略的価値しか残っていない。そんな地域。

 

『・・・分かった。基地指令には俺の方からも掛け合ってみる。だから今は任務に集中してくれ。

 味方機の反応がロストしたのは、その一帯なんだ。敵が奇襲を掛けようとしてるのかもしれん。出来ればアリの子一匹たりとも見逃してほしくない』

「反応が消えたっつっても、所詮は《ディン》が1機だけでしょう?

 今時その程度の量産機ならナチュラル共が造った中古の《ストライク・ダガー》だって不意打ちで撃たれりゃ落とされますよ。

 どーせ、そこいらのブルーコスモス民兵か、連合のシンパかなんかにゲリラ戦で落とされただけってオチでしょう。やる気なんざ全く出なくなる理由にしかなりませんねぇ~」

 

 その返答を聞いて処置なしと思ったのか、管制官はそれ以上なにも言わず、事務的な口調で義務の範疇に収まる言葉だけ言って通信を一方的に切ってしまう。

 

「あ~あ~・・・・・・カオシュンが懐かしいぜぇ」

 

 再び一人旅での飛行となったパイロットは昔を思い出しながら、恍惚とした瞳で過去の栄光を想起する。

 彼は先の大戦に参加して今まで生き残ってきた数少ないザフト軍パイロットの一人であり、戦傷から一時リタイアしていたが今次大戦の激化に伴い再び志願し、こうして辺境警備程度の閑職のみを与えられているロートルとして無為な日々を贈っている人物だった。少なくとも彼は自分の境遇を、そう解釈している。

 

 カオシュンとは、先の大戦で開戦11ヶ月ぐらいにザフト軍によって陥落した、東アジア共和国駐留の連合軍部隊が守る戦線の一つだった場所の地名だ。

 当時の連合軍にはまだMSは存在しておらず、戦車や戦闘機といった旧式兵器のみでザフト軍の侵攻に対抗せねばならなかった時代で、歩兵用の銃火器や戦闘車両の機銃など《ジン》の装甲には傷一つ付けられず、反撃されることなど気にする必要もないまま一方的に連合軍の兵士や町や人々を蹂躙できる、破壊と殺戮に酔っていられた時期の経験者でもあるのが彼だった。

 

 今でこそベルリンで、ロゴスが造った《Xー1デストロイ》とかいう巨大MAこそが、敵の反撃をものともせず一方的に敵軍を踏み潰していく悪魔として名高いが、当時は《ジン》こそが其れだったのだ。

 

 敵兵からの反撃で傷一つ付けられることなく、圧倒的な火力で多くの敵車両をなぎ払い、一方的に破壊と殺戮をもたらすだけで、自分たちは被害を負うことのない最強の巨人にして破壊神。

 《モビル・ジン》という名を持つカオシュンの悪魔だった機体に、彼は搭乗して連合軍と戦っていたのである。

 

 だが、時代は変わった。

 《ストライク・ダガー》の開発と量産に成功したことで“牙”を得たナチュラルたちは、もはや一方的に狩られるだけの無力な獲物ではなくなって、多くのコーディネイターたちがMS戦で彼らに命を奪われていく対等な戦争へと形態を変化させてしまっていた。

 今ではエースでもない限り一般兵同士での戦いで勝敗を分ける一番の要素は機体性能になってしまい、《グーン》と《フォビドゥン・ブルー》なら戦況とパイロット技量次第だが、《バビ》と《ウィンダム》ならば性能的には《ウィンダム》の方が勝算は高くなる計算に今日ではなってしまっている。

 

 まして《ディン》は戦争の長期化に伴い、数合わせのため多少の改良が施されただけのロートルMSでしかない。

 不意打ちであろうと流れ弾だろうとも、ビーム兵器で撃たれてしまえば装甲の薄さで確実に貫通させられ撃墜する羽目になるだろう。イヤな時代になったものだと、パイロットの緑服は心底から思わずにはいられない。

 

「あ~あ、だーからナチュラル共なんか要らねぇ連中は、条約無視してオモチャを作り出す前に殺しまくれっときゃよかったのによー・・・・・・ん? なんだ? 反応?」

 

 突然レーダーが反応を捉えて光点を表示させ、センサーも何者かの接近を感知してブザーを鳴り響かせ始める。

 

「・・・この反応の大きさは、戦闘機ってこたぁなさそうだな。と言ってスピードから見て《ウィンダム》か《105ダガー》ってのも微妙ではある。・・・敵の新型ってことか?」

 

 小首をかしげながらも彼は、計器類の数値を確認して一つだけ確かな結論を出し。

 

「何だかよく分からねぇが、大した高度は飛んでねぇようだ。とりあえず姿だけでも見てから報告するかい」

 

 そう判断して機体の高度を下げさせて、レーダーに映っている表示上では海面から大した高さを飛んでいない、MSだったら先に感知されて撃たれても十分避けきれる高度を維持したまま慎重に接近していって・・・・・・そして。

 

 

「――なっ!? な、なな、なんだこのデカブツは!! ば、ばばば化け物かよオイッ!?」

 

 突然モニター内に姿を現した、巨大すぎる“黒い物体”を目にしたパイロットは慌ててレバーを切り、牽制射撃を行いながら大急ぎで自分の愛機に上昇をかけさせるが―――その判断はもう、遅すぎていた。

 

 ダダダダダダッ!!!と、火花と爆音のような連射音を響かせながら76mm重突撃機銃を乱射するも、黒い巨大物体の装甲には豆鉄砲ほどの威力にもならないのかカンッ、カンッ、カンッ、と間の抜けた音を響かせながら宙に空薬莢を飛び散らせるだけで何ほどの意味も生じさせないまま、とにかくも機体だけは狙撃用ビームライフルでも射程外になる高度まで逃げ延びることができた瞬間。

 

 ――グォン。・・・ジュバァァァッン!!!

 

 巨大な砲口が、ディンが逃げ去った先にある、遙か高みの高空へと向けられ、超巨大なビーム光が発射されて彼の機体全てを余すところなく包み込み、チリ一つ残さず超高温で蒸発させてしまうまで要した時間はコンマ1秒未満という極短時間。

 

 だから彼がこの時、自分が叫んだと認識していた言葉は錯覚か・・・・・・。

 もしくは消滅した彼を見ていた“彼”が、相手はそう叫んで死んでいったと勝手に決めつけただけの事だったのだろう。

 

 

「うわぁぁぁぁッッ!! 母さァァァァァァッん!!!???」

 

 

「アーハッハッハッハ!!! 最高だぜッ! 最ッ高!!

 マジ最高だよ、このオモチャはなァ!! 俺のモンだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!

 あーっははははハハハハハははははハハハハァッッ!!!!!」

 

 

 

 黒色の巨大物体の中で哄笑をあげる、危険な眼をして、壊れかかった脳を持つ存在が哄笑をあげていた。

 

 機体の各所からはスパークが生じ続け、航続距離の限界を超越した移動にリアクターが不可に耐えかねて悲鳴を叫び、曳航船で引かせることで負担を軽くしても2機が脱落して、残る3機もいつ限界が訪れてもおかしくない惨憺たる有様。

 

 ヘブンズベース戦の前に最後の調整が施され、ジブリール直属の部隊としてセレニアの手が及ばなかった存在の中。

 なんとかオーブ到着までは保たせられそうな残る3機の内の1機を操るための完全なパーツと化したパイロット。強制的に人間を辞めさせられた少年兵たち。

 

 スティング・オークレー。

 

 彼が率いると言うよりも、先頭に立って突き進んでいるだけと表現した方が正確であろう、3機からなる《Xー1デストロイ小隊》警戒網の薄いユーラシア北部を弧を描くルートで進みながら邪魔者を跳ね飛ばしながら南進を続けていたのである。

 

 

「ひひひひひひ、ヒハハハハハハ!!! ヒあーッハハハハハはははははっ!!!!

 オレの物だッ! この機体はオレの物だァ!! 誰にも渡さネぇ!! 壊すことなんかできやしねェ!!

 オレの! オレは!! オレはなァッ!? オレのモノなんだァァァァッ!!!!」

 

 

 自分の機体に愛着を持たせすぎることで、デストロイを壊しに来る者たちへの攻撃衝動を加速させられ、今や機体から降ろすことさえ困難という状態にまで至らさせられた状態で。

 

 臨界寸前の《Xー1デストロイ》部隊が、オーブを攻め込もうとするザフト軍艦隊に対して本体と挟撃するため、北側から襲いかかるために。

 

 

 戻るための道も術も失わされ、破壊する以外に止められなくなってしまった超巨大なMA爆弾と化した状態で―――自爆特攻兵器として使い捨てられる運命を全うするために。

 

 

 

つづく




*分かり難かったかもしれませんので、今回の解説です。

今話でタリアが懸念しているのは、シンは危険な部分を持った少年ではあるけど、軍の制御下にある限り致命傷にはなり辛い存在でもある。
フェイスへの昇進は、彼に破滅への道を至らせやすくするだけシン自身のためにならないのではないか? という理由によるもの。

必要に迫られているなら別として、現時点では「いざという時」の指揮系統を増やすだけで意味があるとは思えない。

議長に対する入れ込みようと、主体性が薄く依存する傾向もあるシンをフェイスにしても、いざという時に『ザフト軍の命令』よりも『議長の指示』に『自主的に従えるようにしただけ』ではないか?


端的に言えば、【ステラを敵に返す方が正しく、返さないタリア艦長の方が間違っている】という場合には、合法的に返してよくなる権限を与えてしまった。


……そういう事態になるのを懸念していたのが、今話でのタリアという次第です。


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PHASE-11

けっこう久しぶりになってしまった更新です。
色々あって当初考えていた描写と幾つか変えてったら時間かかってしまいました。

皮肉表現多めな内容に変えてしまいましたが……吉と出るか凶と出るかで毎回ビクビクものな今作ですよ…。


『敵にとっての不幸は、味方にとっての福音である』・・・という類いの言葉は、洋の東西を問わず、時代や状況さえも関係なく、人類社会の中で長く使われ続けてきた戦時下と平和な時代との違いを現す表現の一つであり、これから先も人類の歴史上で長く使われ続ける真理の一つであるのかもしれない。

 

 だが戦争というものは往々にして、通俗的な戦争の悲惨さを現す警句を裏切ることが多いもので、敵にとって不幸な出来事が、味方にとっても大して幸福という訳でもなかった事例が山ほどあるのが戦争の現実というものである。

 

 この時の作戦もまた例外ではない。

 オーブに派遣されたザフト艦隊を挟撃させるため、艦隊に牽引されて長躯侵攻してきていた《X-1デストロイ》の巨砲により、命の叫びを上げながらザフト軍パイロットの肉体をミクロサイズにまで蒸発して消滅させられた直後のこと。

 

 艦隊にワイヤーを繋いで牽引させていた連合艦隊の旗艦ブリッジでは、先刻のスティング・オークレー“だったモノ”が成した戦果を、悲鳴混じりの声で上官に報告をあげていたのである。

 

「艦長! ザフト偵察機と思しき飛行MSを感知、1号機が発砲して撃墜した模様です!」

「エネルギー回路の出力状況は!? 回線は負荷に耐えられそうなのか!?」

「出力87パーセントまで上昇して停止! 安定しました、先の砲撃で臨界まで至る心配はありません!」

「・・・・・・なんとか、凌げたか・・・・・・だが、そろそろ限界だな」

 

 旗艦の狭いブリッジ内の左側が当てられていた、即席のデストロイ移送作業指揮センターで数人の作業員たちがモニターに表示される数値を血走った目で睨み付け、報告を受けた艦長が顔色を回復しきれていない表情のままで軍帽を脱ぐと、顔を一煽ぎする光景が展開されていた。

 

 今の彼らの会話を見ても分かるとおり、地表の7割近くを覆う大海原をザフト軍の警戒網を掻い潜ってデストロイを輸送することは然程難しくはなく、むしろ移送中にデストロイが暴発するより先に目的地まで送り届ける移送作業それ自体の方が遙かに難易度が高い作戦だったのが、今回セレニアが立案したオーブへの援軍派兵だった。

 

 もともとデストロイは、これほどの航続距離を単独移動することを念頭に造られた機体ではなく、先のヘブンズベース戦では少ないながらも損傷を受けている。

 自分たち牽引艦隊の限界、デストロイパイロットたちの限界。

 そして・・・・・・他の何より機体の限界はすぐそこまで迫ってきていた。

 これ以上は側に居続けることは、他の誰より彼ら自身にとって危険すぎる域に達していたのである。

 

 現状ザフト軍の目は、事実上の離反されてしまっている地球上の国々すべてに対して向けられており、少数の彼らで地表のすべてをカバーすることは不可能ではあったものの、もし発見されてしまった際には極度の興奮状態になったままのエクステンデッドたちを押さえる術が彼らにはない。

 

 まるで、残り時間が表示されない超巨大な時限爆弾を運ばされているような状況に、艦長を初めとする艦隊クルーたちは胃の痛い思いを味わい続けさせれる航海だったのだ。

 実際、ヘブンズベース戦に投入されて生き残ったデストロイは5機だったが、今の彼らが切り離し作業を行っているのは3機のみ。移送中に2機までが脱落している。

 過半数以上が目的地まで到達できたのは奇跡と言っていい。最悪、1機だけでも残ってくれれば行幸だという前提で運んできたほど危険極まりない代物になった後の存在が、今のデストロイ部隊なのだから・・・・・・。

 

 だが、それも遂に終わりの時きが訪れたらしい。

 

「アンカーを切り離せ! 《Xー1デストロイ》1号機からパージ!」

「続いて、2号機、3号機のパージを開始せよ! 急げ! 一度でも高エネルギー砲に火を入れてしまった今のデストロイは、いつ爆発するか分からないんだぞ!?」

 

 甲板に響き渡る部下たちの悲鳴にも似た指示を聞きながら艦長は、ここまでの苦難に満ちた航海を共にしてきた自分たちに背を向け、敵が現れるであろう方向へ向かって突き進んでいく、最期には自爆特攻という形でしか人生を終えることが出来なくされてしまった少年たちに感傷を覚えずにはいられなかった。

 

「・・・運が悪かったな、少年たちよ。

 今少し早く現司令が着任していたら、今よりはマシな状態で戦いに臨むことが出来たかもしれなかったが、その状態にされた後ではどうすることも出来んそうだ。

 ワシらを恨むなとは言わん、存分に恨め。君たちにはその資格がある。

 だができれば、地獄へ引きずり込むのは二十年ほど先に願いたいものだがね・・・・・・」

 

 勝手な言い分と承知で、司令官はスティングたちの背中に向かって、そう呟き。

 彼らの乗る機体群にとって、最後の栄光ある出発式をブリッジクルー総員で敬礼と共に見送った。

 

 ファントム・ペインは、連合軍内部にブルーコスモスが確保した私的使用するための戦力であり、ジブリールにとっては自分個人の私兵部隊と言った方が正しい存在であり。

 古今、独裁者というものは自分を守る最後の盾となるべき子飼いの親衛隊だけは、決して手元から離したがらないのが一般的な人類史のパターンでもある。

 

 当時はまだ【地球連合軍の臨時司令官代理】という肩書きを与えられながらも、なんら目立った功績を上げていなかった時点でのセレニアには、指揮権をよこすよう求めるには危険すぎる立ち位置だったのがスティングたちエクステンデッドの少年少女で、ジブリールに依頼するという形で作戦に組み込むことまでは可能だったが、それ以上を求めて要らぬ不興と不信感を買うのは避けたい時分に【人間を辞めさせられる最終調整】が行われてしまった以上、セレニアが彼らにしてやれる事はなにも無かった。

 

 彼らの死と自壊を『無駄死』ではなく、『敵と戦って道連れにして倒した相打ち』という形で終わらせてやるのが、せめて彼らの改造された人生と役割に価値を与えてやれる道であろうと、セレニアは今回の作戦に彼らを使うことを思いついた。

 

 今のままではスティングたちエクステンデッドは、ただ『戦争の被害者』『悲劇の少年少女たち』で終わってしまい、彼らが成した軍人としての強さも貢献も誰の目にも賞賛されること無きまま、人道色で飾り付けられた安っぽいヒューマンドラマの一説として語られる未来が訪れるだけであろう。

 

 それも彼らにとって人生の一部ではあろうが・・・・・・彼らが強制的に奪われ、与えられた『戦士としての彼らの人生』にも価値はあり、他者にはマネのできない凄みがある。

 それを示させてやってから死なせたくて、セレニアは今回の作戦に彼らを組み込む策を思いついた。

 丁度、目立つ“陽動”が必要だったという事情もある。その点で彼らのインパクトは最適だった。

 

 

 そして無論のこと、セレニアが行っていたデストロイを用いたオーブへの援軍派遣を、敵に気取られぬため打っておいた策は、これ一つだけではない。

 ヘブンズベースからアフリカ方面を通って先行突入させた、少数の先遣艦隊もその一つだ。

 少数で警戒網を突破して赤道近くに出没した、この艦隊をカーペンタリア基地が感知して、ジブラルタル基地へと敵発見の報を送ったものこそが、デュランダルの受け取った最初の一通目の報告だったのである。

 

 デュランダルは情報収集と索敵の拡大を命じると共に、ジブラルタルに駐留する戦力の中枢要員たちを急ぎ作戦会議の場へと招集をかけた。

 その中には、アイスランドでの死闘を殿として生き残ったばかりのミネルバの艦長タリア・グラディス。

 

 ――そして、フェイスに昇進したばかりのシン・アスカも含まれていた。

 

 居並ぶ将兵たちを前にして、デュランダルは重々しく聞こえないよう配慮した声音で、こう宣言する。

 

 

「ともかく我々はオーブ政府に対して、彼らセイラン父子の引き渡し要求を優先する」

 

 

 ――と。

 

 

 

 

 

 その方針をデュランダルが将兵たちに宣言するため招集をかけ、参集するまでに僅かな空白時間が生じていた頃。

 プラント議長としてカーペンタリア基地が傍受した報告の内容と同じものを、別の場所で受け取っていた別の国の国家元首が一人いた。

 

「なんだと!? ジブリールがセイランに援軍を!?」 

 

 父親とは似つかぬ黄金の髪を靡かせながら、オレンジ色の瞳に激情を宿らせた凜々しい表情でカガリは、敵中に侵入して情報収集に当たってくれていた部下――いや、同士の一人から母国にまつわる報告を聞かされ、思わず声を荒げて叫び声を上げていた。

 

 オーブ首長国連邦代表『カガリ・ユラ・アスハ』というのが、彼女の名である。

 

 先の大戦で死んだ先々代の国家元首ウズミ・ナラ・アスハの娘であり、今次大戦初期におけるオーブ国家元首の地位を継承していたはずの姫君。

 

 そして現在は、友好国スカンジナビア王国の海底秘密ドックに身を潜めているアークエンジェルと行動を共にするため、オーブ連合首長国の国家元首という立場を一度は捨てた少女でもあるのが彼女だった。

 

「本当か!? それはっ」

『ああ、間違いない。そしてその通信内容は、もうザフトにも知られているだろう』

 

 カガリが見上げる先のモニター画面に映し出された、オーブ軍服をまとう浅黒い肌の男が厳しい表情を崩さぬまま、無き主君の後継者であり、世話のかかる今の主人でもある少女からの質問に短く返答する。

 

 『レドニル・キサカ』というのが、この国籍が曖昧な風貌を持つ男の姓名だ。

 オーブ陸軍の一佐という公的な地位身分を有していたが、一方で前大戦時から中立国の姫君という素性を隠して、反ザフトのゲリラ組織に参加していたカガリの護衛兼スポンサーとの繋ぎ役という役割を果たしていたダーティーな任務を主に担当してきた人物でもある。

 

 その在り方は今次大戦でも変化しておらず、対ロゴス大同盟軍を結成してヘブンズベース攻めのために連合からの寝返り組までもを含んだ大艦隊によって攻略作戦をおこなう寸前に他国の軍人と偽って大同盟軍の一員として内部情報を調査して持ち帰り、今なおザフト勢力内の何処かに潜んで情報収集のため隠密活動を続けてくれている。

 

 また、ヘブンズベース戦の直前に行われた大包囲作戦の中で、シンによってフリーダムを失わされ、艦そのものにも大きな痛手を負わされたことで、修復作業が完了するまでは見つからぬ事を最優先して穴蔵の底で大人しくしている事しかできなくなっていたアークエンジェル隊にとって、現在唯一の外の情報源を持ってこれる位置にいる人物であり、敵の最新情報に最も明るいのも彼なのは間違いようのない男性軍人でもあった。

 その彼が言うのだから、この情報に間違える余地はないということだろう。・・・もっとも・・・

 

『既にオノゴロ沖合に、カーペンタリアから発信した艦隊が展開するため急行中らしい。

 ・・・まぁ、あれだけ長ったらしく勿体ぶった長交信をおこない続けていたのではな。

 余程のアホウでもない限り盗聴するだろうし、知れば艦隊を出撃させるのが妥当な判断というものだ』

「そんな! ウナト・・・何故そんな愚かなマネを! なぜだッ!?」

 

 拳を手のひらに打ち付けながら、オーブの宰相にして自分が国内にいる間は政策を手厳しく批判されることが多かった人物たちの、あまりにも浅はかすぎるだけと思える行動にカガリは本心から怒りと憤りを感じさせられていた。

 

 ジブリールからセイラン親子への長交信が、“察知させるため”わざとやらせていた誘いの手であったことに、彼女は全く思い至ることができない人物だったからだ。

 

 正直に想いを伝えることはできるが、腹芸が全くできないのが、政治家としての彼女がもつ大きな欠点だった。

 それは一人の人間として生きるなら、単なる一民間人女性として生涯を終えるなら、賞賛に値する美徳となりえる特質ではあったものの、大勢の上に立つ者としては『部下から好かれやすい』それ以上の長所にはなりようのない側面も有している事実を認められない人間なのだ。

 

 対極に近い立場にいるロゴスの姫君セレニアが、もし会談することがあったとしたら、肩をすくめて賞賛だけはしながらも、問題点の指摘は痛烈を極める展開が待っていたかもしれない。

 

 

「正面からバカ正直に、力ずくで城壁を突き破ろうとばかりしていたら戦争になるしかない。

 オーブの姫君は専守防衛を唱えながら、血をお望みか?」

 

 

 ――と。

 とはいえキサカは、セレニアではない。

 傍らに立って彼女を支えるオーブ軍人アマギ一尉も同様だろう。

 

『まだ戦闘になるとは限らない。セイランはザフトに何の回答もしていないのだからな』

「しかしっ! このままではオーブが! また先の戦争と同じように・・・・・・っ!!」

『落ち着け。ひとまずはセイランの対応を見てから出ないと、こちらも動けん。

 彼らとて、もはや当事者の立場にあることは自覚せざるをえん状況である以上、なにか考えがあるかもしれんのだ。だから今は待て、いいな?』

「くっ・・・・・・!!」

 

 歯がゆさに唇をかみしめる彼女の前で通信は切られ、その会話を横で聞いていたマリュー・ラミアスは危機感を強めさせられ、整備班のマードックを呼び出させるとアークエンジェルの修復状態について確認を取る。

 

「すべての修復作業が終わるのに、あとどのくらい掛かりそうなの?」

『んー・・・・・・エンジン、電気系、補給、もろもろ含めると最低でも二日は・・・』

 

 二日間――この時間が宝石よりも貴重な状況下で、アークエンジェルが出航できるようになるだけに、それだけ掛かるのだ。

 

 しかも虎の子のフリーダムを失った今のアークエンジェルには、最強のパイロットであるキラもいない。先日ラクスからの交信を受けて宇宙へと飛び立ったまま帰ってきていない。

 その際に、前大戦時からカガリの愛機だった《ストライク・ルージュ》を使って打ち上げを可能にしているため、現在のアークエンジェルにはオーブ軍から脱走してきた一部部隊用の可変MS《ムラサメ》が数機分しか空きがない。

 

 ムラサメは決して悪い機体ではないが、可変機ゆえに構造上の特性として防御力に難がある。

 オーブを救うためには、オーブ全軍で立ち向かわなくてはならず、カガリに死なれてはそれが不可能になってしまう。

 アマギやキサカ、オーブ軍に残留しているソガ一佐なども部下からの人望こそあれ、全軍の指揮権を正式に与えられた人物ではない。

 兵たちの中にはウナトたち政府の命令と、現場のキサカたちの命令のどちらに従えばよいかで判断に迷う者も必ず出てくる。

 

 そうなっては勝てない。いや、守り切ることすら不可能になってしまうだろう。

 なんとかしてオーブ全軍が一枚岩になり、ザフト軍の侵攻に対抗しなければ勝ち目は0になってしまうしかないのが、現在のオーブ軍とザフト軍が置かれた状況の差だったのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 その頃、今一人の当事国の長たる人物もまた、部下たちを前にして『連合からオーブへの援軍派兵』という情報に対する自軍の方針を語っていた。

 

「ともかく我々はオーブ政府に対して、彼らセイラン父子の引き渡し要求を優先する。

 彼らが結託しているロード・ジブリールには、ヘブンズ・ベース戦の前に明かした行為への責任。また既に得られた様々な証言から、彼の罪状は明らかなのだ。

 そのような人物と、政権を維持するため手を組むなどという行為は到底許せるものではない」

 

 現場指揮官レベルの前では初めて語られた、議長からのオーブに対する痛烈な批判に、居並ぶ将兵たちにも動揺が走る。

 そんな議長の前であるにも関わらず、隣の同僚と私語する姿を晒す部下たちの混乱を収めるようジブラルタル基地司令は一歩前に出て皆の注目を集めると、厳かな口調で具体的な作戦案を説明し始めた。

 

「既にカーペンタリア基地から、こちらの要求を携えた艦隊が出動しているが、万一に備えて我らも非常態勢を取る。先駆けてミネルバには、ただちに発進してもらいたい」

「本艦が――ここジブラルタル基地からでありますか?」

「連合がオーブに援軍艦隊を派遣したことが確認されているのだ。奴らも本気だということだろう。こちらも相応の戦力を以て応じなければ、オーブに対して交渉のテーブルにも着かせられん」

「それは・・・・・・まぁ、たしかに」

 

 タリアが多少、不満ありげな声音で語った反論を、ジブラルタル基地司令の言葉で押さえつけられ、曖昧な言葉ながらも納得して引き下がる彼女。

 

 たしかに、正論ではあろう。

 自分がオーブと戦うことを、感情的な理由によって嫌がっている部分があるのは認めざるを得ない。

 アイスランドから戻って間もない自分たちを出動させるより、地理的に近いカーペンタリアから基地防衛用の戦力も追加で出させた方が早い。・・・それらの理屈が口実でしかないことも自覚しているところでもある。

 

 だから黙り込む。

 そして、自分たちの艦長までもが黙り込んでしまった状況の中。

 

 オーブからの難民出身者である、シン・アスカが受けた衝撃は大きかった。

 

 今までは確かに幾度もカガリやアスランと衝突することがあったとはいえ、もともと彼がオーブを捨ててザフト軍に入った理由は『守るため』であり、オーブの掲げる『他国を侵さず侵略せず』という理想では、いざというとき身勝手でバカな相手の侵略国から普通の人たちを守り抜けない現実を目の当たりにしたからこそ、『身勝手でバカなことをする連中を叩き潰して戦争を辞めさせられるザフト軍』に志願入隊する道を選んだのが彼だったのである。

 それは見方を変えれば、オーブの理念では『守り切れない』と判断したのであって、『オーブの理念は間違っている』と否定した訳ではなかった。

 ただ、『力が足りない』『力があっても、悪い奴らを倒すために使えないと守れない』

 

 そういう方向での『守り方の違い』によって、自分の家族を救えなかった父の意志を継ごうとするアスハ政権とは相容れなかったが、『オーブという祖国』まで一緒くたに罵倒したことは一度もない。

 

 それが今までのシンが、オーブに対して放ってきた罵倒の総論であり、抱いてきたイメージの総括だった。

 

 そんなシンにとっては、初めて『祖国の汚い部分』を断罪する立場で見せつけられて語られて、表情を強張らせたまま言葉を失わずにはいられない彼の反応を“確認した後”

 デュランダルは堅くなった心を解きほぐすように、穏やかな表情と口調を作り直して自らのオーブ評を部下たちの前で披露した。

 

 

「――だが今回のことは、セイラン親子と彼らに追従する一部の楽観主義者たちによって引き起こされた凶行でしかないと私は考えている。

 少なくとも、ジブリールに絡んだ事々の数々は、オーブ国の総意ではないだろう」

 

 ハッとなって俯かせていた顔を上げたシンは、示し合わせていたかのように真っ直ぐ自分の瞳を直視して微笑みかけてくれた議長の言葉に、憎しみに染まりかけていた心の方向性が“別方向へと逸らされる”のを強く感じ取って、暖かいものが胸の奥でジワジワと広がっていくのを実感させられていた。

 

 

 ――実のところ、デュランダルは他の上級将校たちと違って、オーブへと派遣された連合の援軍艦隊そのものは、左程重視しているという訳ではない。

 ヘブンズベースから大艦隊を南下させてオーブへと援軍に赴かせようとすれば、ジブラルタル基地かマハムール基地の索敵網を完全にすり抜けることは不可能だからである。

 

 おそらく、警戒網では探知しきれない程度の小部隊だけで先行出撃させ、わざとカーペンタリア基地にオーブへの援軍に向かうよう見せかける姿を目撃させたのだろう。

 その証拠に、発見された敵艦隊がその後、両軍どちらかを攻撃したという被害報告は一切届いていない。

 ならば、オーブへの援軍艦隊発見の報は、自分たちを釣り上げるための餌と見るのが妥当だった。

 オーブのセイラン家に対する冗長な長交信も、自分に探知させるためを目的として、わざとやらせていたと考える方が状況的にも説明が付きやすい。

 

 そして敵が、このような手段を使ってきた理由と目的は、現在の戦況から見て二つに一つ。

 

 1つは、艦隊を餌にしてプラント最高指導者の地位にある自分を誘き出し、戦場で倒すことで戦局を一気に決しさせる、戦争の早期終結を狙ってのもの。

 

 2つめは、援軍艦隊を迎撃させるため軍を出撃させ、軍の主力部隊と敵拠点とを分断して個別に攻略するヘブンズベースの再現を意図してのものの、二つに一つである。

 

 どちらも有り得そうに感じられ、どちらを想定して対処するかは悩ましい所でもあった。

 まさにセレニアの要求通りの状況に、デュランダルは陥らされていたのだ。

 敵が打ってきた一つの手だけで、自分は選択を強要されざるを得ない立場に立たされていたのである。

 

 敵の書いたシナリオ通りに動かされるのは愉快なことではなかったものの、現実に敵の動きと兵力数は脅威であり、対処しないわけにはいかない。

 かといって、安易にどちらかの道だけを選んで大兵力を移動させるのはリスクが伴う。・・・・・・どうするか?

 

 そう考えたデュランダルが選んだ最善の一手が、ミネルバ隊のオーブ派遣艦隊増援だった。

 ミネルバ一隻だけなら、他の艦艇は敵奇襲に備えて拠点防衛戦力として残せる。

 一方で、少数の兵力を援軍として向かわせるなら少数精鋭でなければ意味が無い。

 

 そのどちら共を両立させる存在が、ミネルバ隊だった。

 彼らであれば、敵にとっても易々と突破できる戦力ではなく、またジブラルタルに残る自分を殺すことが目的だった場合でも、彼らならば内側と外側で挟撃することが可能になる。

 

 その為にも、今この場にフェイスとはいえパイロットでしかないシンを同席させるため呼び出しておいたのだ。

 相手にとっては祖国であり、一度は捨てたとはいえ生まれ育った故郷でもある。敵対するだけならともかく、討つとなれば相応の覚悟なり割り切りなりが必要になってこざるを得ない関係性の場所だ。

 

 だが逆に、セイラン家の脅威から『普通に暮らしてる民間人たち』を守るため、戦争に巻き込まぬため、『身勝手で馬鹿なセイラン家』だけを潰すというなら精神的敷居の壁は格段に低く見積もることが可能となる――。

 

「たとえ、その国家の軍隊がおこなった暴虐が事実だったとしても、それを国民たち全員が指導者の意思に賛同し、理解し、正しく情報を伝えられた上で自主的に従った結果とは限らない。

 ただ与えられる情報をコントロールされ、無知な状態に置かれた人々を、為政者たちが操っているだけの場合があることを、我々は知っているはずだ。

 そう。あの『パトリック・ザラ元議長』という悪しき前例を、我々は忘れていないのだから――」

 

 “その名前”を議長の口から聞かされて、幾人かのザフト軍将校たちが動揺を顔に現し、逃げるように視線をあらぬ方へ逸らす様を、デュランダルは真剣な表情のまま冷めた感情で冷静に観察した。

 

 彼の名を出せば、この結果になることは最初から分かり切っていた事なのだから・・・。

 

 パトリック・ザラは、先に大戦において途中から政府首班の座をシーゲル・クラインから引き継いで戦争を継続させた人物として知られている。

 そして同時に、戦争を拡大させ、戦果を広げ、最終的には味方まで巻き添えにする大量破壊兵器の使用まで踏み切ってしまった戦争犯罪人として、一般にも広く知られるようになってしまった現状にある人物でもあった。

 その目的と動機が、『個人的復讐心を晴らすためだった』という事情も含めて――。

 

 

「2年前、彼は確かに、やり方を間違えてしまった人物だったかもしれない。

 どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らせた責任の多くは、彼が意図して行わせていたものだったことは残念ながら否定できない。

 ――だが、この場にいる君たちとて、ザラ議長を初めから“ああいう方だ”と思っていた訳ではないだろう?」

『それは・・・・・・』

「彼の言葉を正しいと信じ、戦場を駆け、敵の命を奪い、間違いと気づいても何一つ止められず、多くのものを失ってしまった者が、この場にも大勢いるはずだ。

 しかし、それもみな元はと言えばプラントと我々を守り、より良い世界を創ろうとしてのことだったはずでもある。

 彼らとて、その思いは同じはず。だからこそ我々はユニウスセブンの件があるまで友好国として親しく付き合い続けてくることができていた間柄なのだから。

 彼ら今のオーブ市民たちは、2年前の我々自身であるかもしれないことを、どうか分かってあげて欲しい」

『・・・・・・む、むぅぅ・・・』

 

 呻くように、ザフト軍士官たちの各所から理性と感情がせめぎ合う声を聞き流しながら、デュランダルは内心で微笑みを浮かべていた。

 “今は亡き友人に対して”穏やかな笑みを向けていたのである。

 

 今では学校の近代史ですら語られている、パトリック・ザラの取捨選択による情報操作と印象操作による、オーブと連合の結託などへの過剰なまでに危機感を煽らせた扇動演説の件は史実であったが・・・・・・その陰で暗躍して貢献を果たした、仮面のザフト軍指揮官がもつ裏仕事について知る者は多くない。

 

 そして、そこまで説明してやる義理も“友人に対する薄情さ”も、デュランダルは持ち合わせていなかったので、素知らぬ顔で演説を続けるだけだった。

 

「その上で私は、ジブリールと手を組んだセイラン家を許すことはできない。

 現にオーブ国は、ジブリールやロゴスの力を借りようとしている。我々が彼を探していることを、あの国だけ知らないはずがないにも関わらずだ。

 これは明らかに、現オーブの政治を牛耳っているセイラン家と取り巻きたちが、真実を市民に伝えないよう情報統制をおこなった結果と見て間違いない。だから我々の呼びかけにも応えることがなかったのだ。

 彼らセイラン家は、行き場がなくなろうとしている自分たちの悪行を正当化するため、ジブリールの甘言を利用しているに過ぎない。

 “自分たちは悪くない。何故ならロゴスやジブリールが言ってきたから仕方なく受け入れただけだから”――と」

「ぎ、議長・・・・・・」

 

 今度は喘ぐように呟いたのは、シンだった。

 彼としては突然の状況の変転に頭が付いていくことができず、混乱することしかできなくなっていたからだった。

 昨日まではどーしようもなく、憎しみと祖国への愛情と失われた家族への哀切とで複雑な感情を抱いていた相手を、今度は「市民たちは悪くない。ただセイラン家に利用されているだけだ」と言われたところで、即座に切り替えができるほど融通の利く精神性は、彼から最も遠い位置にあるものの一つだったのがシン・アスカという少年だったから。

 

 そんな彼に対してデュランダルは微笑みを向ける。

 相手の感情的なしこりに整合性を取らせるのは簡単だという事を知るが故の微笑みであった。ただ一言、あの話をすれば、それで済む。

 それだけの相手だと、彼はシンの事情をよく知っている――。

 

 

「シン、君がご家族の不幸から旧祖国であるオーブのことを、どうしても否定的に考えてしまうのは仕方の無いことなのかもしれないが・・・・・・だが、本当にそれでいいのかね?

 このままジブリールとセイランの結託を許せば、オーブで普通に暮らしている人々は、また戦渦に巻き込まれて吹き飛ばされてしまうかもしれない。

 連合軍艦隊が放った砲火によって、“君の家族と同じ目にあう人々”を、今度は君の手で救ってあげてもらいたい。私はそうなることを願っているのだよ、シン君」

「――ッ!!!」

 

 その言葉を言われた瞬間、シンは過去のフラッシュバックと共に、自身が探し求めていた救済の在り方をハッキリと自覚した。

 あるいは、ようやく求めていた答えを得られたと、彼自身はそう信じたのである。

 それがトラウマを癒やすために、過去の悲劇の代償行為を求めたがっているだけの、心理的逃避であるなどとは露とも思わぬまま、シン・アスカは今までの蟠りと、此度のオーブ援軍艦隊迎撃任務との間に広がる隔たりに整合性を付けることを受け入れたのである。

 

 オーブの民間人たちを連合艦隊の戦闘に巻き込まぬために、オーブに派遣されたザフト軍艦隊からオーブ政府を守るための連合援軍艦隊を迎撃する任務を、心の底から了解してしまったのである。

 

 もし彼が感情によって賛成するのではなく、理性によって考えることができる人物だったなら気づくことができたであろうが・・・・・・彼はあいにく、そういう思考が得意な人間ではなかった。

 

 根が単純なものを好む性質の持ち主なのである。

 考えることができない少年ではなかったし、考えさえすれば深く高尚なことまで洞察できる知能も持ってはいる。

 ただ基本的に、考えることが“好きではない”というタイプではあり、思ったこと感じたことをストレートに表現してぶつけているだけでいい状況を好むタイプの少年でもあったのだ。

 

 そこら辺をデュランダルに読まれた。

 タリアとしては苦虫を噛む想いで、部下の純粋無垢さに頭を抱えずにはいられない。

 

 もはや、こうなっては彼女にはどうすることも出来なかった。

 先だって授与されたばかりとはいえシンと、そしてレイは既に《フェイス》の一員なのである。

 議長からの命令と決定である以上は、艦長が拒否しても議長直々の命令を二人だけが受諾したところで何の問題もなく、それを受けなかったところでタリアが何か得することは一つもないのだ。

 

 行くしかあるまい。

 厭も応もなく、感情的な抵抗感も度外視して、どうにも気になる随所随所の矛盾点に対する疑問も後回しにして、オーブへの援軍艦隊を阻害する今回の任務だけは受けるしかない。

 

「・・・我々は、オーブに迎う連合の援軍艦隊を迎撃することで、オーブ政府と交渉する遊軍を間接的に支援する。そういう任務内容であると解釈してよろしいでしょうか? 議長」

「ああ、グラディス艦長。その解釈で間違っていないよ。

 しいて付け加えることがあるとすれば、オーブは軍事技術の高さを誇るだけでなく、マスドライバーなどの宇宙へ上がる道も持っている国だ。

 だからこそジブリールも目を付けたのだろうが・・・・・・私としては、それも気になる部分ではある・・・」

 

 その返答に、タリアの顔が僅かに強張り、弛緩し掛かっていた軍事的頭脳が急速に回転を速めはじめて、その条件から予測される最悪の事態のシミュレーションを瞬時に終わらせ、心胆を寒からしめる思いを抱かされずにはいられなくされてしまった。

 

「――オーブの力だけを彼が奪って、宇宙に上がる危険性があると・・・!?」

「現に彼は、オーブの領土割譲と遷都まで要求したという情報まで入っているのだ。

 ジブリールがセイランを抱き込んだまま宇宙へと上がり、オーブの軍事力をもって月の連合軍艦隊と合流するようなことにでもなれば、もはやオーブでの勝敗になど意味はなくなってしまうしかないっ。

 それどころかプラント本国は、またしてもブルーコスモス盟主の脅威にさらされる羽目にもなるだろう。

 彼こそが争いの大本であり全ての元凶、ロゴスのメンバーであるということを忘れるわけにはいかないんだ艦長。

 連戦で疲れていることも分かってはいるが・・・ここは足自慢のミネルバが頼りだ。頼む、グラディス艦長」

 

 こうまで言われてしまっては、ザフト軍の軍人として否やは言えない。

 

「オーブ市民たちをセイラン家に騙された被害者だ」とするならば、セイランに地位を奪われる形で国外脱出を果たしたカガリ・ユラ・アスハと、彼女が身を寄せていたらしいアークエンジェルを完全包囲してまで撃沈することに拘った一件は、どう説明するのかとも聞いてみたくはあったが・・・・・・どうせ綺麗に取り繕った形式で言い逃れるに決まっていると思うと脱力して、実際に聞こうという気力までは沸いてこない。

 

 実際、なんらの証拠があるわけでないのも事実ではあるのだ。

 彼女自身が知っていて確認した事象も、『カガリ・ユラ・アスハを名乗るパイロット』がオーブ軍艦隊に向けて停戦命令を発する通信をおこなっていたこと。

 その声“だけ”の通信内容が『カガリ・ユラ・アスハ本人のものと同じ声だ』という証言を得られたこと。

 その事件の後、カガリの婚約者で、彼女が逃亡後に現オーブの首長代行へと就任したユウナ・ロマ・セイランが『あのカガリは偽物だ』と連合軍司令官に公式見解として断言した。・・・・・・それだけである。

 

 極端な話、あれが真実カガリ本人からの呼び掛けだったとしても、カガリ代表がアークエンジェルの捕虜となり、人質となって言わされているだけという可能性も0ではないのだ。

 先の大戦では実際に、そういう手で窮地を脱したことがあった艦だとも聞いたことがある。

 

 あるいは、ルナマリアに命じて尾行させた時の録音記録は使えるかもしれないが、盗聴した内容が証拠能力を持たないのは司法の常識であり、密かに尾行させた側として相手が自分に聞かせるための「ヤラセ」だった可能性を否定する術はない。

 

 どちらかと言えば、政治面での部分が強い内訳の出来事であり、自分のような無骨者の軍人が美辞麗句の得意な議長殿にかなう分野の話とも思えない。

 とりあえずは与えられた任務を全うして、ジブリールたちブルーコスモスの脅威が再び故郷のコロニー群へ迫るのを阻止するため全力を尽くそうと割り切って、ミネルバの艦長タリア・グラディスは軍帽を被り直し敬礼する。

 

 なにより本国コロニーには、家に残してきた幼い息子がいるのだ・・・。

 パトリック・ザラではないが、あの子がコロニーごと核の炎で焼き殺される光景など、想像するだけで気が狂いそうな恐怖に襲われる。

 その危機を未然に防げるのなら、聞きたい疑問や不審な矛盾点の百や二百は、無視して議長の命令絶対の頭が固い軍人をやっても構うまい。

 

 それが息子を守るため役立つことが出来るのならば。

 引いてはそれがプラントを――プラントで暮らしている大勢の子供たちや、自分と同じ母親を守ることにも繋がっているなら素直によいことだと賞賛できるから――

 

 

「微力を尽くします」

「頼む。ロゴスの暗躍、これ以上は許すわけにはいかん。

 今度こそ必ず、彼らを押さえるのだっ。諸君らの故郷への愛情と奮闘を期待する!!!」

 

 

 

 高らかに発せられたデュランダルの命令に、タリアやシンたち集められたザフト軍人は背筋を正して敬礼と共に受け入れた。

 今は、そうするしかないと自らに言い聞かせながら。

 この状況がいつまで続くかは見当も付かぬまま、敵が待つ海域へと自分たちも迎撃部隊を発進させていったのであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてまた、当事国たる三つ目の勢力の姫君も、部下たちを前にして似たような「敵に関する報告」を読みながら、ボンヤリとした表情のまま自軍の対処方針について語り聞かせる地点に到着しつつあった。

 

「『――貴艦らの国家代表引き渡し要求は不当であり、従うことはできない。オーブ連合首長国は今後も連合傘下の基で独立主権を貫く意志に変わりはない』・・・・・・だそうな」

 

 あの時とは違う新司令官の口から、あの時と同じような内容の文章を、あの時と同じようなタイミングで聞かされながら、あの時の敵を助けるために味方として援軍に赴く途上にある艦隊指揮官の男性は、あの時より更に後退が進んだ頭髪を撫で上げる仕草とともに素直な心情を新たな上官殿に感想として語ってみせる。

 

「・・・どこかで聞いた覚えのある内容の返答ですな。

 彼らには時間の流れというものがないのでしょうか?」

「公式発表なんて、そんなもんなんじゃありません? 気の利いたオリジナリティー溢れる内容で返されたところで、ザフト軍が文章力を褒めてくれるとも思えませんしね。

 形式だけ守っておくって感じがして、如何にも官僚的答弁っぽくて悪くない」

 

 褒めているのか、敵より悪く酷評しているのか判断に迷う感想を逆に司令官から返されてしまった無骨者軍人の艦隊指揮官は憮然とした表情になり、無言のまま正面を睨んだ。

 部下たちにも上官の感情が伝播したのか、オーブ援軍艦隊の旗艦ブリッジ内には妙に居心地の悪い雰囲気が漂っていて、気楽そうに過ごしているのは“あの時と同じ部外者”でしかないはずのオブサーバー席に座った、あの時とは違う役職の正式な司令官殿一人だけ。

 

 ――まったく!!と、艦隊を率いる初老の指揮官としては内心で嘆かずにはいられない。

 オーブと関わってから、妙な上官ばかりが寄ってくるようになってしまった。やはり彼の国は自分にとって疫病神だったに違いない・・・・・・

 

 迷信深いと言われる海軍らしく、そんなことを思いながら指揮官は話題を転換して現状の“敵と対峙している味方国”の現状について話を持ち込む。

 

「・・・オーブ政府はいまだ市民たちになにも発表していないようですな。報道も抑えられているようですし、避難勧告も出されていないまま。

 艦隊も、オノゴロ沖に展開はさせているものの動きは見られず。・・・・・・ウズミ政権時代に我らが攻めたときより、更に酷くなった国防体制へと移行させていたようですな。いったい行政府はなにをしているのでしょう? まだなにも命令を下そうとする気配が見られないのは何故なのか、小官には分かりかねま――」

「反乱を警戒してるんですよ。だから軍を出撃させたくても、容易に出撃命令を下す覚悟が定まらない、そんなところです」

「反・・・乱・・・・・・?」

 

 キョトンとしながら指揮官は、信じられない思いで新司令官が紅茶を自分で煎れて飲んでいる姿を凝視する。

 2年前の戦いを経験した者にとっては、受け入れるのが難しい新司令官セレニアの見解だったのだ。

 

 実際、オーブの国防を担うユウナ・ロマ・セイランと政治的実権を握っているウナト・エマ・セイランの親子は、ジブリールから危機的状況の現実を思い知らされたことで、却って行動と決断の自由を奪われてしまう悪循環を発生させてしまうだけに陥ってしまっていた。

 

 今までは何も疑わずに盲信できていたことが、信じるに値しない幻想だった事実を見せつけられ、改めて現実的な侵略に際しての防衛計画を練ろうと現場の状況を把握するところから始めたところ、軍内部での自分たちの評判と反抗的な態度と命令不服従と士気の低下などの不快な現実ばかりを見せつけられ、スッカリ人間不信気味になりつつある心理状態に昨今のセイラン親子はなってしまっていたからである。

 

 もともと無神経ではないが、弾性の乏しい精神を有するユウナ・ロマ・セイランと、太鼓持ちに囲まれた無自覚なお坊ちゃん育ちのウナト・エマ・セイランたちは、周囲から責められるばかりで叩かれっぱなしの立場というものに慣れがない。

 彼らの繊細すぎる精神の糸は、常人より遙かに細く、摩耗するのも人並み外れて早かった。

 

 そして、自分たちが今置かれている立場こそ、自分たちが追い詰めて四面楚歌の状況へと追いやった末に、欠点ばかりを論って批判していた旧代表のカガリと全く同じになっているだけだという事実に気づくことまでは出来ていない。

 

 それが彼らの持つ精神性の特徴であり、それらを支える想像力の乏しさこそが今日に至る彼らの没落のレールを敷かせた一番の理由だったのだが・・・・・・その事実にさえ気づけていないのは、プライドが高すぎる彼らにとって細やかな幸運だったのか否か。判断の難しいところではあっただろう。

 

「セイランさんたちとしても難しいところではあるのでしょう。

 ザフト軍を迎撃させるため艦隊を出動させた後、自分たちに砲口を向け直してくる可能性もありますし、市民たちもいつ敵になって暴徒化するか分かったものではないから国内にも銃口を向けておく必要がある。

 そしてオーブ軍の大半は市民たちです。セイラン家が抱える少数の私兵部隊だけでは抗しきれません。

 自分たちの命と、自分たちが権力を持つ国と、どちらかしか選べる選択肢がないと信じている人たちにとっては難しい選択と言わざるを得ないでしょうねぇ~」

 

 あの時、連合の圧力に各国が屈して世界中から孤立した中で、たった一国だけで勝ち目のない無謀な抵抗を断行し、最後には国家指導者自らによる壮絶な自爆によって決着が付くまで諦め悪く降伏を拒否し続けた国が、兵士たちの反乱を恐れて迎撃艦隊を発進させられぬまま、市民たちに危機的状況を知らせる時期すら推し量れないまま、ただ手をこまねいて事態の推移を見守っているだけになる。たった2年だけで?

 

 ・・・・・・現場の指揮官としては信じがたい思いを抱いてしまっても不思議ではないほど、オーブの変化は内側も外側も変わりすぎるものに変質していたようである。

 

「挙げ句、ザフト軍の方にはセイランさんたちの事情に頓着してやる義理も必要性も全くないわけですからねぇ~。

 “自分たちの攻撃に巻き込まないための避難勧告”って形を取って政府が隠してる真相を暴露するだけで、市民と政府は対立勃発。

 敵が攻めてきてるって状況の中で、市民と軍隊までもが啀み合うような悲喜劇を簡単に作れてしまう条件を、わざわざ自分たちの手で敵のために用意してあげてた訳ですからねぇ。

 いやはや、見た目と違ってお人好しすぎる奉仕精神と自己犠牲を尊ぶ善人だったみたいですね、ウナトさんって」

「・・・・・・そろそろ向こう側の艦隊から発した、例のモノが到着する頃合いですかな」

 

 政治の世界での汚いやり取りとやり口を、これ以上聞きたくなくなっていた指揮官は、適当な口実を探して見つかったものを、事務的な口調と不機嫌そうな表情に貼り付けながら、事務的に新司令官に伝達して指示を待った。

 

 少なくとも、この司令官は前のよりはマシそうだが、はたして・・・・・・そう思って自分より二十歳以上も年少者の女の子からの下知を待つ彼に向かって、新参の司令官は旧オブザーバーと同じ言葉を用いて、同じ命令を同じ部下たちに向かってく出した。

 

 ――あの時とは全く違う目的を達成するための作戦開始を。

 ―――あの時とは全く違う人員を用意して、あの時とは全く違う敵たちを相手に、『やっても損にはならないから』という理由を持つが故に。

 

 

 

「時間です。

 連合艦隊全軍、オーブへ侵攻を開始したザフト軍の迎撃を開始して下さい」

 

 

 

つづく



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PHASE-12

久しぶりに書きたくなったので書いてみました。
ただ実際に文章にすると思ったより文字数多いとかの問題があり、少し迷走気味に。
情報量多い作品は気を付けなければいけないなと思い知りましたが、とりあえず投稿だけはしておきますね。


『異なる二つの正義が対立するとき、その間には“滑稽さ”という奇形児が産まれる』

 

 という言葉を残した人物が、CE元年以前の人類にはいたらしい。

 その皮肉な評語が正鵠を射た正論だったかは不明だが、少なくとも発言者の子孫が今も生き続けている土地名は、《オーブ連合首長国》ではなかったようである。

 

 

 プラント議長デュランダルから要請された、セイラン親子引き渡しに拒否する旨を公式見解として回答してから2時間弱。

 オーブ国防総省は刻一刻と悪化し続ける状況と、敵軍の動きに振り回され、混乱の坩堝に叩き落とされていた。

 

 

『第一、第二護衛艦群、出動を完了。攻撃命令はまだでありますか!?』

『モビルスーツ隊発進準備よろし。第一から第四小隊は、イザナギ海岸防衛戦への配備を予定。発進準備完了。繰り返す、発進準備は完了ッ!』

『ザフト軍艦隊、完全に展開を完了されてしまいました! モビルスーツ部隊の発進準備も完了し、後は出撃命令を待つばかりかと――』

『マラマツバラ、第一次防衛ラインのギリギリまで制海権を押さえられてしまいました!

 本島はザフト艦隊によって完全に孤立させられた模様です・・・っ』

 

 

 オーブへの要求を携え、拒否するときは一戦もやむなしという強気な姿勢でカーペンタリアより出動してきたザフト艦隊は、オーブ周辺の主要海路を完全に制圧してしまい、島国であるオーブは完全包囲下に置かれつつあったにも関わらず、領海内へと侵入していたザフト艦隊に『敵から通告された猶予期間が終わってないから』という理由で攻撃許可が未だ下りないことが混乱の理由だった。

 

 国防本部ビル内にある司令室では、兵士たちが慌ただしく各地からの報告を分析して、時には秒単位でリアルタイムに指揮官の下へと送り続けている。

 

 刻一刻と悪化し続けている状況の報告を。

 改善の見込みは一切なし、という但し書きまで正直に付け足した上で。

 

 ――まだ、“戦闘になってもいない”にも関わらず・・・・・・。

 

「ソガ一佐! すでにザフト軍――いえ、“敵軍”はオーブ本島を完全包囲し、攻撃準備を完了させ、いつ侵攻が始まってもおかしくありません! なのに何故、まだ何の命令もないのでありますか!?」

「分かっている! とにかく今は、行政府を呼び続けろ!!」

 

 それら部下たちから挙げられてくる報告の行間に添付された「先制攻撃の許可」という無言の突き上げに晒されながら、それでも臨時でオーブ防衛戦の指揮を任されているソガ一佐は部下たちを押さえつけ、無秩序な戦闘開始に訴え出てる暴挙だけは防いでいた。

 

 先年にクレタ沖での戦いで、ザフト軍のミネルバ隊に敗れて敗死したトダカ一佐に代わって、最高司令官『ユウナ・ロマ・セイラン』の補佐役を任され、彼が不在の今は臨時に本土防衛戦の指揮を任されてもいる青年士官だ。

 若いながら、古参のトダカやキサカと同じ階級を有するだけあって優秀な人物だったが・・・・・・そんな彼でも、この状況下で兵士たちを押さえ続けるのは限界があった。

 

 ウナトやユウナたちセイラン家も、この事あるを覚悟だけはしていたのか、護衛艦群の出動と市民たちの避難指示が許可されたことだけは幸いだったかもしれなかったが、それでさえ敵の戦略によって混乱を助長する理由になっていたのでは意味がない。

 

「それよりも、市民たちの避難状況はッ!?」

「・・・思わしくありません。タイムスケジュールに大きな乱れが生じています。現時点で実行できたのは、避難計画の40パーセント程かと・・・・・・」

「くっ・・・・・・それにしても巧妙なッ!!」

 

 パシン!と、ソガ一佐は手のひらに拳を打ち付け、ザフト軍の策謀に怒りを露わにする。

 彼の怒りは、プラント評議会からのセイラン家の引き渡し要求をセイラン家がオーブの公式見解として正式に拒絶する旨を返答を返した、その直後にプラントから『返答に対する返答』として返してきた、迅速かつ苛烈な対応によってオーブという国そのものの動きを制してしまった策略のことを指していた。

 

「この期に及んで、このような茶番によって我らの思いに応ずるセイラン家の不誠実さに、我らはこれ以上つき合えるわけもないっ。

 私は正義と、切なる平和への願いをもって断固、彼らの虚偽に立ち向かう!!」

 

 そう断言して、セイラン家を引きずり出すためザフト軍をオーブへと侵攻させることを宣言した映像はロゴスの時と同様に、街頭テレビの中継によってデュランダル議長から直接オーブ全市民へと訴えられる形でおこなわれた。

 

 その中でデュランダルは、セイラン家がロゴス幹部のもとでジブリ―ルと親交があったという証拠を示し、ロゴスに貸しを作るためにこそオーブ首脳陣を扇動して連合との同盟を推し進めたのだと断定し、今現在も『セイラン家を救援するための援軍』がオーブに向かって接近中である戦況報告も市民たちの前に晒してしまった。

 ジブリ―ルからウナトに送られていた長交信と、その中で語られていた「オーブへの遷都と領土割譲」という会話内容も温存しようとはしなかった。

 

 

 

「な、なななんだ!? これは一体、どういうことなんだッ!?」

 

 官邸にある代表の私室で、その映像を見せつけられていた大元帥の軍服をまとった姿のユウナ・ロマ・セイランは、滑稽なほど慌てふためいて映像の中で明かされた自分たちの隠してきた真相の暴露に度肝を抜かれていた。

 

 彼の背後では、父親であるウナト・エマ・セイランが固定電話に飛びつき広報担当と国内大手のマスメディア社長を呼び出し、放送を止めるよう大声で唾を飛ばしながら命じている。

 

「止めさせろ! 今すぐ、あの映像を止めさせるのだ! そのために貴様らマスコミには多額の金を払い続けてやってきたのだろうが! いったい幾ら払ってやったと思っている!?」

『で、出来ないのです! 我らも先ほどより必死にアクセスし続けているのですが、どこか外部から繋がっている回線が仕掛けられていたらしく、まずそれを見つけ出しませんと・・・』

「だったら電源を切れ! 電波発信施設の通信網を破損させれば、予備電源があってもオーブ全体の電波発信を止めることが出来るはずだ!!」

『オーブ全体に情報を伝えている発信施設を!? しょ、正気ですかッ!?』

「国を守るためには必要なのだ! 国が滅びれば電波だけ残っても意味はない!!」

 

 暴論であると同時に正論でもある、怒りと混乱で冷静さを失いつつあったウナトからの命令であり、わめき声でもあったが・・・・・・どちらにせよ既に手遅れでもある命令だった。

 

 

 

 デュランダルは、連合軍艦隊によるオーブ占領を阻止するためザフト軍艦隊を出動させたこと、連合軍と結託し続けるセイラン家の逮捕と征伐を断行することを宣言した後。

 

 セイラン家を省いた、オーブ市民たちに向けての言葉で、彼はこう続けたのである。

 

「ですが、如何にセイラン家が争いの源泉であるロゴスと通じていたとはいえ、彼らの悪を正すための攻撃に、罪なきオーブ市民の皆さんを巻き込むのは我々の本意ではありません。

 ――ですので私はオーブの同胞たちに対して、攻撃開始まで今から3時間の猶予を与えます。

 それまでに出来るだけ遠くへ逃げて頂きたいのです! 時間が少ないことは理解していますが、セイラン家の関連施設と軍事施設から遠ざかるだけなら可能なはず。

 私はザフト軍に対して、その二カ所だけに攻撃対象を限定することを、プラント評議会議長の名に誓って確約いたしますっ!!」

 

 そして議長の演説は、最後の“とどめ”として、この言葉で締めくくられる事になる。

 

「無論、この約束を交わすことはセイラン家を始めとして、彼らの共犯者たちが逃げ出す機会をも与えることになるでしょう。

 ですが、それでも我々プラントの民は、長年の同胞だったオーブの人々を傷つけたくない。巻き込みたくないのです! 皆さんはセイランに騙され、利用されていただけなのですから!

 出来ることなら現政権の人々にも、オーブの民衆を無意味な戦いに巻き込まないため、出頭して頂けることを切に願います。

 我々は皆さんの国を撃ちたくない! 撃ちたくなどないのです! 我々を恨む気持ちは当然ですが、どうか私と我々プラント全市民が共有する、その気持ちだけは理解して頂きたい――」

 

 

 こうしてオーブ首長国連邦は――大混乱に陥らせる無形の爆弾を投下されることになる。

 オーブが争いに巻き込まれる寸前にあることを突然に知らされた市民たちがパニックを起こして、無秩序に避難と逃亡と騒乱を拡大させる役を買って出てしまったからである。

 

 ある者は自分たちだけでも助かるため車を飛ばして渋滞を作りだし、またある者は都市部から少しでも離れようと道のない山中を逃げ場所に選び、安全な場所を求める市民たちが港や空港に殺到した。

 先の戦争を経験した者の中には、戦後の生活に備えるため無人となった店舗から略奪を働く者も現れている。

 到底、秩序だった避難など可能な状態ではない。移動先と移動手段ごとに中小のグループに分かれた市民たちがバラバラな方角に落ち延びようとして、互いに邪魔しあう状態が各所で発生してしまう有様だ。

 

「情報の開示時期と、避難場所の確保を討議し始めた矢先の宣告でしたからね・・・・・・議員たちが混乱して慌てふためくのも理解はできますが、しかし・・・・・・」

「ああ。下が混乱しているときに、上まで混乱すれば収拾がつけられなくなってしまう・・・クソッ! あの演説は、これを狙ってのものだったか!

 これでは我らが艦隊を出動できても、満足な迎撃態勢など構築できん!」

 

 苛立たしげに吐き捨てるのは、数としては最大であろう市民グループが向かっていった先が、『オーブ行政府』や『セイラン家の私邸』だった暴徒の群れと化した者達のことだ。

 

 ザフト軍の目的がセイラン家だと、デュランダル議長の口から直接名指しで指名されたことで、「セイラン親子さえ差し出せばオーブは戦いに巻き込まれずに済む」と考えてしまった人たちが押し寄せて警官隊と揉み合いになってしまっていたのである。

 

 正直に言えばソガたち自身も、セイラン家を差し出してオーブを守ろうという選択肢に誘惑を感じないわけではない。

 だが、大前提として彼らが嫌々ながらもユウナたち、セイラン家の指示に今日まで従ってきたのは『他に候補がいなかったから』だ。

 

 先の戦争が終わって再建なった後のオーブには、戦後復興を始めとして数多くの課題が山積しており、オーブという国のトップという地位は、権力の甘い汁だけ吸って責任は他者に押しつけられる恵まれた席では全くなくなっており、誰もがその地位を押しつけ合うだけで自分がなりたいと望む者はほとんどいない状況の中。

 

 その数少ない例外として、先々代の代表だったウズミ・ユラ・アスハの娘であるカガリと、成り上がりの官僚一族たるセイラン。この二者だけしか候補は誰も存在しなかったのだ。

 二つしかないトップ候補の内、カガリが地位を投げ捨て出奔してしまったため、ソガたち残された者にはセイランに従う以外に国を率いたがる者が誰もいなくなっていただけなのである。

 

 もし今、仮に彼らを自分たちで逮捕してザフト軍に差し出したとして――その後どうなる?

 他人の失敗責任への追及と、命令されたことを果たすだけなら優秀な二流、三流のカスと出涸らしだけが残った首長たちに、オーブという国の自主独立を守ろうとする気概があるものだろうか?

 自分たちでは治められないからと、デュランダルなり連合に下って、誰かに命令されて従ってさえいれば現在の地位を維持できる立場に志願したがるのがオチだろう。少なくともソガは彼らの戦後をそう読んでいた。だから同調しなかったわけだが・・・・・・それも全てはオーブが今の危機を乗り越えられた場合はの話でしかない。

 

 そんな中、ようやく到着した全体の方針を決定できる人物がエレベーターの扉が開くとともに入室してくる。

 

「あああァッ、もう!! どうしてこうなるんだァッ!?」

 

 そして怒鳴る。

 髪をかきむしりながら司令室に入ってきたユウナ・ロマ・セイランが、さも不本意そうにソガに向かって問いを投げかけてきた。

 あるいは別のナニカに対して訴えた世の不条理を、手近にいたソガに尋ねたように見えただけかもしれない。

 

「ボクたちだって好きでロゴスと繋がってたわけじゃない! それは他の国の奴らだって同じじゃないか! なのに何でボクたちの国だけ討たれなきゃいけないのさ!? ええェッ!?」

 

 ややもすれば、正気を失ったにも見える表情を浮かべて悲痛な叫び声を上げるユウナの叫びに、ソガ一佐は思わず「泣きたいのはコッチの方だ!」と怒鳴りつけて殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、なんとか堪えるのに成功することができた。

 

 それは相手が仮にも国防の最高指令で上官でもあるから、という理由だけではなく、ユウナと共に入ってきた数人のサブマシンガンで武装した無表情な男たちが最大の理由だった。

 

 最近ユウナたちセイラン家が新設させた護衛部隊で、彼ら専属のSPとして司令室内でさえ銃火器を持ち込むことが許可されている者達だ。

 表向きは、今回のような暴徒に紛れた危険分子に襲われたときのため、という名目ではあったが、真の目的が自分たちオーブ軍の司令室要員に背後から銃口を突きつけ威圧する役割を仰せつかった督戦隊であることは現状の光景を見るだけで聞かれずとも理解できる。

 

 自分たちの立場が危うくなり、味方でさえ裏切られる危険性を強くもっていることに気づかされてしまった彼らは生来の臆病癖も手伝って、このような部隊を新設しないと精神の均衡を保つことさえ難しい心理状態に陥りつつあったのだ。

 

「そもそも政府はなぜ、あんなバカげた回答をしたのです? 回答を引き延ばすなり、時間稼ぎの手はいくらでもあったはず――」

「そんな手が、あのデュランダルに通じるわけないだろう!? どーせ市民を焚きつけてボクたちを殺させて、オーブだって乗っ取ってたに決まってるんだ!!」

 

 そう返されてしまうと、ソガとしても反論の余地がない。

 あの議長ならやりかねないという思いもある。差し当たって今問題にすべきは別の事柄だった。

 

「とにかく、ユウナ様。ご決断と、ご指示を!

 既にザフト艦隊は我が国の領海を侵しており、ニュートロンジャマーによるジャミングも一部で確認され、明確な侵略行為と認定される条件は整いました。

 今からなら、我が軍から撃っても非道には当たりません! どうか、ご決断をッ!!」

 

 ソガに迫られ、ぐっと詰まり。今度はユウナが返答に窮する番になった。

 ユウナとしても、現状のままではマズいことぐらい流石に理解している。

 だが一方で、自分たちの方から先制攻撃を指示することが、状況を良くしてくれるという確信を持つことも出来ているわけではなかったのだ。

 

 彼には元々そういう部分があった。

 本質的に臆病で、小心者なのである。

 古くさい表現を使うとすれば、『肝が据わっていない』・・・という事になるのだろう。

 

 そのためユウナは、この状況下にあって碌な作戦指示を下すことはできず、ソガたち参謀格の意見を採用することも、また出来ない。

 自分の考えた作戦に自信が持てず、失敗することは恐ろしいのだが、他人の意見を採用したせいで失敗するのも怖いのだ。

 

「え、ええいもうッ! う、うう、うるさいッ! とにかくほら、通告された猶予時間が過ぎた瞬間に攻撃開始できるよう、こっちも防衛態勢を強化するんだよ!!」

「ですから、それでは間に合わないと今申し上げたばかりで――」

「うるさい! これは父さんが決めた方針なんだ! 猶予時間が終わるまで待ってからの開戦を、オーブの指導者が決めたことなんだぞ!? それをお前らは逆らうっていうのか! 総意で決まった国のトップの決定には従えないって言うのかァッ!?」

「それは・・・・・・」

 

 ソガは再び言葉に詰まった。

 たしかにユウナの言っていることは正しい。たとえ正論を語る動機が自己正当化か、はたまた錯乱しただけの戯言でしかなかったとしても、言っている言葉の正当性まで損なわれるというものではない。

 

 とは言え、現在の状況下で「意見の正しさ」が何ほどの意味を持たせられ、なにを守ることが出来るのか?

 その疑問に答えられる正答の正しさは、今のソガにとって苦さしかない代物でしかないものかもしれなかったが・・・・・・。

 

「とにかく! そ、そういうことはボクの父さんたちが、ちゃんと確認した上で決めてくれてる事なんだから、ボクたち現場で指揮を執る人間は、そこから先のことを考えてればいいんだよ!」

 

 再びの正論に、ソガ一佐は黙り込んで一礼し、大人しく命令を受領した。

 たしかにそれもユウナの言うとおりであり、軍人である自分たちは司令官の言葉と政府の決定を信じて戦うのが仕事。

 連合にすり寄り、おもねるばかりの不快な政府からの命令と決定とはいえ、自分が軍人として道を外れる理由にはならない――少なくともソガは、この時そう考えて反論意見を飲み干していた。

 

 それを間違った選択だったとまでは、ソガは今後も思うことはなかったが・・・・・・だが今ユウナが語った正論が、クレタ沖で戦死したトダカ一佐の意見を退け、自分の意見をゴリ押しさせた時のものを自分自身にも当てはめただけの内容だった事実を、当時は留守部隊を任されていたソガが知ることが出来ていた時には・・・・・・また違った選択肢もありえていたかもしれなかったが・・・・・・。

 

 

 

 

 一方で、当事者の片割れになってしまっていた人物たちも、事態の状況変化に戸惑いながら道に迷う気持ちは、ソガたちオーブ軍の一般兵士と変わるものではなかったところに、この戦いの厄介さがあったかもしれない。

 

 ユウナ・ロマ・セイランには、本気で全く訳がわからなくなっていたのだ。

 何故このような状況に自分たちは立たされてしまう羽目になったのか?と、先ほどから頭の中でリフレインし続ける疑問は、それ一つばかりだった。

 

 自分たち親子に、なんの落ち度や失敗もなかったとまでは言わない。確かに自分たちには悪いところや過ちは多くあったんだろう。

 黒海で、ストライク・ルージュに乗り、カガリを名乗って戦闘停止命令を出してきたフィアンセを偽物呼ばわりして貶めたのも良い判断では決してなかった。

 

 ただ、別に自分にはカガリを貶めようという気持ちまではなかった。それなりに大事には思っていたし、彼女の家系がもつ権力は魅力的だったけど彼女自身に魅力がないという訳でもない。綺麗に着飾ったドレス姿が好みに合っていたのだって嘘じゃなかったのだ。

 

 ――ただ、あの時は突然の出来事に驚いてしまっただけで・・・っ、どうすればいいのか咄嗟に判断できなくなって言っちゃった言葉を、連合のネオなんとかとかいう仮面の指揮官に聞かれてしまって追求されてしまったから仕方なく・・・・・・!

 

 悪気があって言ったわけじゃない! 権力を奪ったから用済みになって切り捨てた訳でもない! た、ただその・・・っ、失言問題を先送りするため必要なことだったから! 相手から追求の矛先をかわすには断言する必要があったから! それだけだ!

 ボクたちは悪くない! あの仮面の嘘つき司令官に弱味を握られて利用されてしまった!それだけなんだよォーッ!!

 

「ほ、ほらッ! なにボーッとしてるの! 護衛艦群の出動は完了してるんだろ!? だったら次、モビルスーツ隊順次発進して防衛ラインに配置させるんだよ! ヤツらの侵攻を許さないため準備を急がせろォッ!!」

 

 混乱する心理が、過去の過ちを罪悪感と共に増幅させてクローズアップし、目の前に迫りつつある現実の敵と、自己の内側から襲い来る形なき脅威に襲いかかられ、恐怖から逃れるようにユウナは顔を真っ赤にさせ両腕を振り回し、癇癪を起こした子供のように喚きながらも必要最低限度の指示だけは指揮官として果たすことが出来ていた。

 

 とは言え、危機的状況の中で到着を待ち続けていた司令官の狂態を間近で目撃させられた将兵たちの彼を見る目は冷たい。

 この場でユウナ以外には最高位であるソガ自身も、その思いは共有するところではあったが、この状況下に至ってからの政権交代だのトップの交代劇だのが出来るはずもない。

 

 もし彼らが、この圧倒的不利な状況を打破できる可能性を得られるとしたら・・・・・・

 

 

 ――――カガリ様。

 

 

 それが、オーブ国防本部詰めの将兵たち全員が、この時抱いた共通の想いだった。

 政治家としては様々な問題があった彼女だが、危機に陥ってからユウナたちが示した醜態と比べれば、彼女の方が遙かにマシだったと断言できる。

 

 この状況下で、政治的トップの交代劇が可能にでき、失望を重ね続けたセイランと違ってオーブ全軍から進んで指揮下に入ることを希望するような、そんな奇跡を可能にできる条件を備えた唯一の存在。

 そんな彼女の帰還を、彼らは心から望むようになっていたのだ――――。

 

 

 

 

 

 

 一方で、ユウナが司令部に赴いて、ソガ一佐たち軍服組から無言の責任追及を視線だけで集中砲火を浴びせられていたのと同じ頃。

 

 もう一人のセイランも、行政府の執務室内でオーブ国の閣僚でもある首長たちから責任追及の集中砲火を浴びせられていた。

 

「ヤツらは今にも侵攻を始めようとしているそうではないか! どうする気なのだ!? 一体どうしてくれるのだ!?」

「連合と同盟し続ければオーブは二度と侵攻されることはないと、あなたは言ったはずよ! あの大言壮語をどこに置き忘れたの!?」

 

 首長たちは口々に、自分たちが担いできたリーダーであり、オーブの政治的トップの地位にあるウナト・エマ・セイランを詰り続け、なんとかしろと先程からずっと騒ぎ立てていた。

 糾弾してくる言葉の内容が、軍服組のソガたちより背広組の彼らの方が舌鋒鋭く攻撃的なのは、彼らがそういう類いの人間たちだったからだろう。

 責任を糾弾するのが自分の仕事で、責任を取るのは仕事ではないと思っているタイプの政治屋こそが、彼らの正体だった。

 

 現オーブ政権には、前大戦の経験者はおろか、まともに自分の意見を考えれる政治家として優秀な人材は一人もいない。

 当時に指導的な立場にあった首長たちの多くは先々代ウズミと運命を共にし、残った者達も戦後処理の後に引責辞任して地位を退き、各首長たち一族の後継も含めて新しい若手世代に入れ替わっている。

 

 ・・・・・・ただ、言われた仕事をこなすことに優れた能力を発揮し、金と権力に弱く、与えられた任務を果たして相応の地位を与えてもらえば満足して、それ以上の地位を目指すため奮起しようとは思わない。そういう連中で占められていたのだ。

 

 今までは、それで良かった。あるいは途中までは、それで何とかなっていた。

 ――だが途中から、歯車の向きが軋み始めるようになってくる・・・。

 

 カガリが政治的トップにいた頃には、彼らはカガリの意見の問題点を指摘し、失態を犯せば国のトップとして当然のように責任を被せて騒ぎ立て、ウナトたち親子が考えた政策を命じられたとおりに実行するだけでよかった。

 

 しかしカガリが出奔し、ウナトたちセイラン家が政治的トップに立つと、意見の問題点を指摘されるのは自分たちになり、失敗の責任を追及されるのも自分たち親子になり、騒ぎ立てられ矢面に立たされるのは常に国のトップである自分たちの役割へとシフトしてしまう羽目になってしまっていく。

 

 それでも尚、ジブリ―ルたち連合軍が戦争に勝ってくれれば我慢する甲斐はあった。

 勝つならば、勝利した後を考えるなら、誰であっても恩を売っておいて損はない。そう思っていた。

 

 だが、飼い犬は餌をもらえるから飼い主に懐くもの。餌を与えてもらえなくなれば飼い主に噛みつくのに躊躇いはない 

 もっとも、彼らのことだけ責める立場にウナト達はない。

 

 成り上がり一族であるセイラン家が、事実上オーブの主導権を握るためには、そういう飼い犬のような連中だけがライバルの地位にいてくれた方が都合が良かったから、重用し続けてきたのは自分たち自身だったのだから・・・・・・。

 

「と、とにかくシェルターの対策本部へ! 国防本部にはユウナをやらせた! まずは自分たち自身の安全確保が最優先だ、責任問題は死んでしまった後で気にしても意味はないっ」

 

 咄嗟の言い訳であり、追求を逸らしたいだけの方便でしかなく、彼らは今までそういうやり方しか知らなかったから思いつかなかっただけではあったが、言葉自体は尤もだった。

 首長たちも、不承不承ではあったもののウナトの指示に従って行政府を出て、分厚い装甲に覆われた地下に掘られた安全な対策本部へと移動を開始していく。

 

 その途中でウナト一人だけが列から外れ、

 

「息子に現在の状況を聞きに行く」

 

 と、見咎めた一人に答えて納得させることに成功して、近くにあった予備の電話回線を手にすると太い指で番号を入力する。

 だが入力された数字は、ユウナたちがこもる国防本部ビルの番号ではなく、セイラン家の私邸への直通回線でもなく。

 

 ―――表向き、オーブ国内にある建造物には割り当てられた対象が存在していないことになっている秘密の地下シャトル発射場にだけ通じている特別な番号を、専用のカードロックキーを入れて呼び出した後。

 

 ウナトは受話器に向かって小さな声で、確認を取るように囁く。

 

 

 

「・・・脱出用シャトルの発進準備は完了したのだな? よし、しばらくしたら私も行く。ユウナにも危ないと感じたら即座に避難させるようSPたちには言い含めてある。

 我らさえオーブを脱出して連合艦隊と合流して援軍を頼めば、たとえオーブが占領されても取り戻すことが可能になるのだから・・・・・・っ」

 

 

 

 人それぞれの悲喜こもごもが無数に発生し、消えていこうとしている中。

 ザフト軍オーブ制圧部隊に援軍として派遣されてきた艦の艦橋で、彼女はモニターに向かって一人ため息を吐いて、独語する。

 

 

 

『・・・・・・時間のようですわね』

「そのようだな。通告した期限までにオーブから返答がなかった以上、我らとしても手ぶらで帰るわけにはいかん。――コンディション・レッド発令!

 ウナト・エマ・セイランと、ユウナ・ロマ・セイランを引きずり出せ!

 旗艦セントヘレンズより全軍に通達。ザフト艦隊、攻撃を開始せよッ!!」

 

 

 

 

 こうしてザフト艦隊からオーブ首長国連邦に向かって最初に放たれた砲火が発射された瞬間。

 遙か西方のザフト軍ジブラルタル基地もまた、連合軍分艦隊から最初の砲火を浴びせられていた皮肉すぎる運命を、現在進行形で両軍に分かれて生きるしか出来ぬ者達は、まだ知らない。

 

 

 連合軍臨時司令官セレニアが仕掛けた、艦隊を二分させての二正面作戦という希有壮大な『派手なだけのハッタリ戦略』はこうして始まる。

 

 

 

つづく



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PHASE-13

*:また名前を間違えてました……。
  『オーブ首長国連邦』と書いてましたが、正しくは『オーブ連合首長国』でした。
  今後は統一して、今までのは徐々に直しときます。


「もはや、どうにもならんようだな。

 この状況の中、こんな茶番に付き合い続ける余裕は我らにもない。私は誠意と、切なる平和への願いを以て、彼らの虚偽に立ち向かう。

 ウナト・ユマ・セイランとユウナ・ロナ・セイランを、オーブから引きずり出せ!!」

 

 

 通告した時刻にいたって尚、最初に送られてきた言い逃れにもならぬ回答以外に何らの対応も見せようとせず、セイラン家の引き渡し要求に応じるという連絡もなく、武装解除の気配すらないという状況に至り、遂に決断せざるを得なくなったデュランダル議長からの決定がオーブ沖に展開していた艦隊に伝えられたことで、ザフト軍によるオーブ攻略戦は開始された。

 

 一方で、ザフト艦隊によるオーブ本土への攻撃が開始されたという情報を、先行して侵入させていた少数の艦隊から伝えられたことで、オーブへの援軍艦隊を率いるセレニアも作戦開始の時がきたことを確認し、二分させていた貴下の艦隊の片割れにジブラルタル基地への攻撃を開始させるに至る。

 

 オーブへ向けた援軍を率いるセレニアが、ジブラルタル基地への攻撃隊と、自ら指揮する援軍本体とに戦力を二分させ、二つの戦場で二つの異なる戦闘を開始させたのには理由があった。

 

 『オーブ連合首長国の位置』が、その理由である。

 

 デュランダルが分析したとおり、ヘブンズベースからオーブへと大規模な援軍を派兵するには、カーペンタリアとジブラルタル両基地の索敵網を完全に潜り抜けて到達することは物理的に不可能であり、仮に出来たとしても気付かれた途端に前後を挟まれ危機的状況に陥るだけで意味がない。

 その危険を避けるため、プラント最高指導者が座するジブラルタル基地を攻撃させることで後方を扼するリスクを軽減させる。二正面作戦を強いるしか手段がなかったのである。

 

 

「“オペレーション・ヒューリー”、開封承認」

「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令」

「攻撃目標を確認。オーブ本島セイラン家邸宅、国防本部、オーブ行政府・・・・・・」

 

 そのザフト軍のオーブ派遣艦隊にあって、旗艦となっていたボスゴロフ級潜水艦《セントヘレンズ》の発令所において、艦隊司令は多少の苦さを感じながら命令書を開封させて各艦に警報を発令するよう指示を下していた。

 

 彼とて、憎むべき怨敵であるブルーコスモス盟主を含めたロゴスと未だに手を組み続け、庇い立てし続ける不誠実な対応に終始する現オーブ政府に対して憤りを感じていたザフト兵の一人だ。

 今回の命令でも、民間人への被害を最小限にとどめるよう“努力する”という以上の感情は抱くことが出来そうにないというのが正直な心地ではあったのだ。

 

 ・・・少なくとも、先日まではそうだった。

 だが今は、迷いと躊躇いが生じている。

 

「ですが司令。セイラン家の屋敷や行政府の周囲には、千人近くの民間人が抗議活動に押しかけているはずですが・・・」

「む・・・」

 

 副長からの言葉と数を聞かされて、思わず司令は眉をひそめて、口をへの字にひん曲げる。

 先の大戦に参加した世代である彼らもまた、ザラ議長の語る『守るためには必要』という言葉を信じ、そして今では『先の大戦最大の戦犯』として否定することに疑問を感じなくなっていた現在がある身なのである。

 

 人は誰でも過ちを犯す。

 そして過ちを犯している間は、己の過ちを気づくことができないものなのだ。

 

 それは苦い経験となって司令の心に深く根付いた感慨。・・・そのはずだった。この大戦が始まった頃までは、まだ・・・。

 

(彼らもまた、過去の我ら自身と同じく騙されている被害者か・・・・・・そうなのかもしれんな。

 議長から聞かされるまでは考えようともしなかったが、今は確かに思い当たる節がある)

 

 そう思い、何も真相を知らされぬまま、権力者の個人的感情に巻き込まれているであろうオーブの一般市民たちに対してだけは同情的な想いと同族意識とを、強く抱かされるようになっていたのが、彼がオーブへの攻撃に躊躇いと迷いを感じるようになった理由だった。

 

 そんな彼に決断を迫るように届けられる、一通の通信文。

 

「ジブラルタル基地より緊急通信ッ。“連合軍艦隊より来襲を受け、交戦を開始”」

「・・・・・・向こうでも始まったか、やむを得んな。

 だが市街地および行政府の関連施設は後回しにして、軍施設への攻撃に戦力を集中させ、すみやかにこれらの排除を優先させるよう厳命しろ。

 自分たちを守る軍が失われれば、セイランに与する現オーブ政府は彼らを見放し、降伏を求めてくる者も出てくるだろう。出てこないなら来ないで内輪揉めの火種にはなるはずだ」

 

 そう付け足すことで、心のわだかまりに区切りをつけさせ、『対話による解決』を主張するデュランダル議長の方針から逸れない程度の作戦内容の微調整を加えた上で、彼は待機していたパイロットたちにモビルスーツへの搭乗と出撃を命じる。

 

「とにかく民間人への被害を最小限に抑えるよう留意せよ! 彼らもまた、我らの新たな同胞となるべき人々だからな。

 我らの目標は、あくまでウナト・エマ・セイランと、ユウナ・ロマ・セイランの確保だけだ!!」

『『了解ッ!!』』

 

 小気味よい返事を、発令所にはとどかぬ狭いコクピットの中でパイロットたち個々人が艦隊司令の意に賛成して声を上げる。

 彼らの多くは既に、先の大戦経験者は少数派となり、むしろ今次大戦で武勲を挙げてエースとなった者も多く混じるようになってはいたが、それ故に『身勝手でバカな権力者』と『そいつらの欲望に振り回される哀れな民衆』という単純明快な図式は彼らにとってシンパシーが得やすいデュランダル時代のザフト軍における特徴となってもいた。

 

 なんと言っても自分たちは、『世界の敵と戦う正義のザフト軍』なのだ。

 セレニアの宣伝戦略によって連合からの離反組からは支持と信頼を失いつつあったデュランダルの虚構だが、ザフト軍内部においては未だ議長への支持は根強く残っており、『敵が自分たちを混乱させるため打ってきた卑怯な手』としか解釈していない者の方が多数派を占めている程だったのだから。

 

 こうしてザフトによる、オーブ軍への攻撃作戦が開始されてしまう運びとなる。

 結果的に、この時の司令官が下した作戦内容の微調整は、オーブ軍への攻撃を強化する方向へと繋がり、ただでさえ劣勢なオーブ軍を追い詰めるまでの時間短縮に結実することにもなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、ほぼ時を同じくしてオーブ沖から遙か西方の海域でも動きが生じていた。

 

「“オペレーション・ブルーコスモス”、開封承認」

「コンディションレッド発令、コンディションレッド発令」

「攻撃目標を確認。ジブラルタル基地司令部、守備隊発令所、VIP用貴賓室一帯・・・・・・」

 

 攻撃隊の旗艦となっていた空母の艦橋で命令書が開封され、その内容に従って各艦からモビルスーツ隊とミサイルが敵基地へ向けて飛び立っていく。

 

「連合艦よりモビルスーツおよびモビルアーマーの発進を確認!」

「《ウィンダム》《フォビドゥン・ブルー》《ゲルズゲー》《ザムザザー》を展開ッ! 侵攻してきますっ」

「狼狽えるなッ! 第一から第二防衛小隊出動せよ! 奴らの侵攻を許すなッ!! 

 モビルスーツ隊を発進、迎撃開始。侵攻してくる敵脅威を速やかに排除するのだッ!」

『了解ッ!!』

 

 ヘブンズベース戦とは真逆に攻められる側に立たされたジブラルタル基地のザフト軍部隊は、背後にいるプラント最高指導者を守ることを優先し、攻撃よりも守備を重視した作戦を採用して、これを迎え撃つ。

 

「目標は敵艦隊の排除だ。しかし無理して突出することなく、要塞砲が支援できる範囲内まで入り込んできた敵だけと戦うのだ。被害を最小限にとどめるよう留意せよッ。

 そうすれば、オーブでの始末を終えたミネルバが戻ってきて挟み撃ちにできるッ!

 守り続けさえすれば我らの勝利は疑いないぞ!! 」

 

 基地司令は、そう言って兵たちを鼓舞して戦意を上げ、常勝艦の帰還まで基地と議長とを守り抜くことが自分たちの使命であり、果たすべき目標であることを強く胸に刻みつけて銃口を構えさせる。

 

 基地司令が語った決定は、ザフト軍なりの事情が影響してのものだった。

 現在、地球上の各国は半独立の中立状態にあり、彼らが再び裏切らぬよう監視と警戒のための一定の戦力を貼り付けておかざるを得ない状況に陥っていた。

 デュランダルの身に危険が迫るほどの大兵力に攻められたなら別として、そこまでの数ではない敵攻撃から防衛するため、各地の戦力を引き剥がして呼び寄せるにはリスクが大きかったというのが、その一つだ。

 

 今一つは、オーブへの長交信を送った後から、ロード・ジブリールの所在を見失ってしまったという厄介事が、ザフト軍上層部の間では懸念されていたことである。

 もし彼が、宇宙に上がることを優先するならオーブに向かった援軍艦隊に同乗している可能性が高い。

 だがヘブンズベースの時と同様デュランダルの首を取って一気に決着をつけたがっていた場合にはジブラルタル攻撃隊と行動を共にしている可能性も出てくる。

 あるいは彼の性格を加味するなら、安全なヘブンズベースの貴賓室へと戻って、下々の戦いぶりを高みから観戦していても不思議ではなく、部下たちを置き去りにして単身でパナマかビクトリアの連合軍基地と合流して宇宙へ上がろうとする危険性も棄てきれない。

 

 何でも有りな相手なのだ。執りうる手段がある限り、どんな理由で何を使ってきたとしても不思議ではなく、犠牲やリスクなど全く頓着しない恐れが常にある。

 

 

「敵の動きから見て、彼らの目的が我々をジブラルタルに封じ込めることで、オーブへの援軍派兵を邪魔されないことにあるのは明白だ。

 だが、それが彼らの作戦の要というのなら、逆にオーブを落とされてしまえば奴らは総崩れを避けるため、撤退せざるを得なくなるということの証でもある」

 

 そう分析して、デュランダルも基地守備隊の兵たちを鼓舞する。

 実際その分析は的中しており、名目でしかないとは言えオーブ・セイラン政権が援軍の到着より先に倒れてしまえば、内側と外側からの挟撃が不可能となったセレニアたちはヘブンズベースへと引き返す以外に道がない。

 ザフト軍艦隊を排除するだけならオーブ政権の有無は関係なくとも、オーブ国内にあるマスドライバーを使用するため確保するとなれば、内部に協力者がいるのといないのとで難易度に差が生じすぎてしまう。

 

 戦闘の勝敗では勝ちを収めながらも、マスドライバーの確保とモルゲンレーテの接収という遠征目的をなんら果たせぬまま、ただ『オーブ軍を蹴散らして自爆されただけ』で終わった先代ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルと同じ、無様な醜態を重ねるのは避けたかった。

 

「やむを得ぬ情勢とは言え、各地からの救援を期待できない中で敵を迎え撃つ、厳しい戦いであることは重々承知している。

 だが、諸君らの力を持ってすれば―――いや、我々ならできるッ!!」

 

 力強く、自分の声を基地中に流れるようスピーカーに乗せてデュランダルは宣言する。

 彼個人としても戦闘開始を直前にして、ジブリ―ルの正確な所在が不明になったことは想定外であり、慎重策をとるため適当な口実を必要としていたので渡りに船だったという事情があったからだ。

 

 表向きの宣言とは裏腹にデュランダルは最初から、ジブリールを宇宙へと逃がしてやるつもりでいた。

 ただし、出来るだけ戦力を削ってギリギリ逃亡に成功した、という程度には追い詰めた上でという条件付きで。

 

 彼のプランを実現するためには、追い詰められたジブリールに“例の物”を使わせた後、アレを危険人物の手から奪い取るという形で確保する流れが必要不可欠だったからである。

 

 “アレ”は、力こそ比類なく強大ではあるものの連続使用が効かず、物が巨大すぎるという欠点を有している。

 自分のプランで用いるには、常に一定数は防衛用の戦力を貼り付けておく必要があるのだ。

 確保するだけなら現時点でも可能ではあったが、今の時点で『アレ』を手にして戦争勝利のため使ってしまえば、自分こそがザラ議長と同じ『悪者』と思われかねない。

 

 世界を一つに統合して、軍を解体し、アレ単体だけでも秩序維持が可能な状況を創り出せるまでは、自分に対する綺麗な幻想を壊させるわけにはいかなかったのだ。

 

「この混乱する戦況の中で、みなが懸命にがんばり、ようやくここまでの状況へと辿り着けるほどの力を手にした諸君らなら、必ずやれる!

 我ら全ての人類が平和を求める、切なる祈りの絆が死の商人ロゴスの憎しみなどに劣るわけがない!! 彼らに皆の力を見せつけてやるのだ!

 ザフトと! そして、世界のために!!」

 

『ザフトと世界のためにッ!!!』

 

 熱烈なる平和な世界を求める唱和によって応えられながら、デュランダルは表面的な微笑みの下に、冷たい仮面の笑みを完全に覆い隠しながらミネルバ到着まで早まった真似に出ぬよう司令部へと改めて指示を出すのを忘れはしなかった。

 

 ――今ここで、ロード・ジブリールを倒してしまうリスクを冒されては困る。

 彼が今どの部隊に紛れ込んでいようとも、確実に宇宙までは逃げ延びてもらわねば、他ならぬ自分にとってこそ迷惑なのだから―――

 

 

 

 

 

 

 

 ――一方で、ザフト軍基地を攻撃してみせることで押さえ込むことを目的とした攻撃艦隊の旗艦では、敵の消極的ながらも守りの堅い防衛戦略を対して、副長と艦長とが互いの感想を述べ合っていた。

 

 

「デュランダルめ・・・・・・どうあっても、あの船が戻るまで勝負に乗る気はないようだな」

「我々としては楽ですが、艦隊も要塞砲の射程内から出てきませんし、挑発にも乗ってきません。今までは弱腰な講話論者と侮ってきましたが、なかなかの良将なようですね」

 

 攻撃隊の旗艦となっていた連合軍空母《J.Rジョーンズ》の艦長は、副長からの話を聞きながら『臨時の代行』として押しつけられてしまった慣れない艦隊司令としての役割に窮屈なものを感じさせられながら、それでも部下たちへの責任と指示だけは疎かにすることなくキチンと果たすことを忘れてはいない。

 

「どうされますか? 艦長。我らの力を若い新司令に見せつけるためにも艦隊を前に出させて、オーブに向かった本体の支援を――」

「慌てるな。自分たちの代わりに事実上の先鋒を担ってくれる味方がいる時には、後衛に徹した方が生き残れる確率は上がるものだ。

 必死になって戦ったところで、敗れて死んだ者が賞賛されることは滅多にないのが戦争というものさ」

 

 かつて艦長は、一時的ながらもファントム・ペインを率いる仮面の司令官と行動を共にした経験があり、その際には味方となっていた同盟国オーブ軍の勇者の壮絶な玉砕を間近で目撃する貴重な体験をしたことがあった。

 

 その時の経験から、『目的を叶えるため』には時として勝ち負けより、派手な演出をしたパフォーマンスを優先した方が有効な場合もあるのだ――という事実を学ばされた希少な人材が彼でもあったのだ。

 

 ――恐らく、あの若い新司令が自分ごときを攻撃隊の臨時指揮官に抜擢したのは、そういう人選理由によるものだろうと推測していた艦長は、敵の消極策につけ込んでコチラは攻めに転ずるよりも、与えられた目的を叶えることを優先して部下たちに攻撃を控えるよう厳命する。

 

「今回の戦いで我々に課せられた目的は、ギルバート・デュランダル“ではない”。

 デュランダルに尻尾を振って与したザフトのお偉いさん方も同様だ。わざわざ攻撃を遠慮してやる必要まではないが、配慮ぐらいはしておいてやれ。

 我が軍兵員への被害を最小限にとどめるよう努力するのだ。それさえやれば、あとは上が勝てる算段をつけてくれている。負けさえしなければ、勝利は揺るがんよ」

 

 そうマイクに向かって告げながら、艦長は内心で肩をすくめる。

 あの時のオーブ軍将校と、今の自分たちとの立場の違いを比較せずにはいられなかったからである。

 

 あの戦いで彼は、負けても死ぬことによって同情を買い、祖国を連合の圧力と敗北責任の追及から守り抜くという目的を達成させることが出来ていたが・・・・・・今の自分たちは死ぬことで守れるものが何一つとして存在していない。

 

 守るため戦っている者にとっては、『死ねば守れる』というなら無意味な死ではないのだろうが・・・・・・『死んでも失うだけで得るものはない』という状況に追い詰められた自分たち連合軍将校にとっては、格好悪く卑怯とも思える手段でもやらざるを得ない境遇にあったのだ。『守るために』

 

(それにしても・・・・・・)

 

 艦長は一つ帽子を脱いで、薄くなり始めた金髪をなで上げながら思わず唸る。

 

 ザフトは、『全ての元凶ロゴスから世界を守るため』

 オーブ・セイラン政権は、『オーブを先の戦争と同じ被害から守るため』

 連合からの離反組は、『連合の都合から自分たち自身を守るため』

 そして自分たち連合軍は、『ザフト軍と民衆に殺されないため自分の命を守るため』

 

 誰しもが『守るため』に他人同士で殺し合うため、遠い異国の地まで赴いて現在に至っている。

 艦長には、『ナニカを守りたいだけの者たち』が寄ってたかって世界を押しつぶそうとしている――そんな風に現状の世界を思うようになってしまっていたから・・・・・・。

 

 

「“何のために戦うかなどと考えるようになったら軍人は終わり”――か。確かにそうかもしれません。

 そして、“記憶とはあった方が幸せなのか、ない方が幸せなのか”という疑問も仰るとおりでした。

 あなたとは、やはり今少し仕事を共にしていた方が良かったかもしれませんな。ロアノーク大佐・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――連合、オーブ、そしてザフト。それぞれに異なる思惑と事情を内部に抱えながら戦いあう三勢力によるオーブ攻略戦。

 その中で、互いに遠く離れた二つの戦場の情報を双方共に知ることが出来る立場の人物が座する艦隊は、一路東へ東へと向かうミネルバの後ろを追尾する形でオーブ沖へと向かって進軍している途上にあった。

 

 

「どうやらデュランダルは黒海の時と違い、ジブラルタルへ向かう途上で艦隊を迎撃させずに、迎え撃つ構えをとったようですな」

 

 オーブ派遣部隊の旗艦となった空母の艦長が、かつてオーブを攻めた時と同じくオブザーバーの席に座している、オーブを攻めた時とは異なるロゴスメンバーの少女に対して、報告しているのか皮肉っているのか判然としない口調と視線で声をかけてくる。

 

「司令の作戦が功を奏したと言うところですかな? ジブリール氏の所在を不明確にすれば、敵は警戒して戦力集中は困難になる。見事に的中されたわけです」

「そうかもしれませんし、別の理由によるものかもしれません」

 

 自分自身で紅茶を煎れている最中だったセレニアは、紙コップに液体が満たされるまで手元に視線を集中させて、煎れ終わってから艦長へと視線を戻す。

 この新司令は、趣味なのか味に頓着しない性格故なのか、戦場で陶器のティーカップを使うような真似はせず、もっぱらプラスチック製か紙コップで飲むことを愛用しており、上流階級らしからぬ態度は下級兵士たちからの評判は悪くない。

 

 いずれ人気取りでしかないかもしれないが、前の時の客人は人気取りすらしなかった事と比べれば大分マシか・・・・・・その程度には艦長も彼女を評価してもいる。

 

「あるいは単にデュランダル議長が、“攻撃されることに慣れてないから迎撃作戦を上手くできる自信が無かっただけ”なのが理由かもしれませんけどね」

「――なんですと?」

 

 だが、そんな彼でさえ遙か年下の司令官からの、この分析には驚いて腰を浮かせざるを得なくされる。

 セレニアは平然としている。

 

「デュランダルさんは穏健派で有名な議長さんだそうですが・・・・・・実際のところ、彼は今次大戦が始まってから攻撃する側であり続けてきた根っからの主戦派で、タカ派でもある人物です。

 “周囲に押し切られて仕方なく”という形を取ってはいましたが、全ての重要な攻撃作戦には必ずGOサインを出していますし、《ガルナハン・ゲート》に見られるように降伏した後の連合軍将兵たちを捕虜にはせず、民衆たちの復讐によって虐殺されるに任せてもいる。

 “彼らの気持ちを慮ればナンチャラ”とか言ってたそうですけど、本気で講和を考えてる人なら、まずやらん手でしょうからね。

 交渉カードか、さもなくば他の連合軍一般兵士たちに降伏を促すよう使った方が、筋も通りますから」

 

 平然と、デュランダル議長に対して世間一般が抱いている認識とイメージとは懸け離れすぎた評価を口にしながら、その分析は相変わらず正鵠を射ている。

 たしかにデュランダル議長は穏健派として知られてはいるものの、開戦から今日まで大規模な攻撃計画を『反対しただけ』で中止したことは一度もなく、常勝のまま軍を進め続けてきた人物だった。

 

 スエズを落とす時にも、『領土的野心はない』という自らの方針を守らせるため軌道上から大降下作戦は許可しなかったが、代わりとしてミネルバを遙々オーストラリアから移動させて援軍に当てるよう直々に指示を出している。

 手っ取り早く確実な大降下作戦はおこなわなかったとはいえ、結局は連合の領土をもぎ取ったことに変わりはなく、結果が同じなら自分の方針に基づく自分の指示で行った作戦で勝ち得た方が手柄は大きいのは自明の理だ。

 

「強いて言えば、開戦直前のアーモリーワン襲撃と、開戦直後の核攻撃隊だけが、今次大戦でデュランダルさん率いるザフト軍が、敵に攻め込まれて攻撃された迎撃作戦ってことになるのかもしれませんが・・・・・・アレも敵に情報を流して、わざと攻撃させたのだとしたら、大きな括りで見ると攻撃側に立っていたと表現することも可能にはなる。

 敵に攻め込ませるため敢えて隙を作り、誘い込んだ敵を袋叩きにして追い返す戦法は、古来から続く用兵の常道でもありますからね」

「・・・・・・ですがデュランダルはプラント議会において、しばしば『話し合いでの解決』や『先の大戦を繰り返してはならない』といった言葉を多用し、綺麗事に弱い民衆の人気を集めていると、ジブリール氏からは聞かされている人物ですが・・・・・・」

 

 半信半疑から脱しきれない艦長は、敵を弁護する気はないものの、セレニアの分析には重ねて疑義を提出してみせるが、

 

「そんなもの、最初から通らないと承知の上で主張して、妥協した風を装う小道具に利用すれば済む程度の話でしょう?

 最初に無茶な値を提示してから、徐々に値を下げていって、最終的には予定していた額で購入させる。交渉に応じたように見せかける、商売ではよく使われる手ですよ。大して珍しいものでもありません」

 

 バッサリである。

 ここまで来ると堅物の自覚がある艦長も、いい加減この新司令との付き合い方を心得てこないと、やっていられない気持ちにさせられてくるしかない。

 

「では、本艦はこのままオーブへ派遣されたミネルバを追尾して、敵艦隊と合流した後、背後を襲う――という予定通りの行動をしてよろしいのですな?

 デュランダル議長が我らの誘いに乗って、拠点から出てくることなく、各地からの援軍される恐れもない中で、オーブでの勝敗が全体の行方を決める状況を作り出した中へと突入してしまって本当に?」

「ええ、お願いします。細かいところは艦長の良きように。

 ・・・・・・私たちロゴスもそろそろ、陸の領土の一つも取り戻したいところですからねぇー。このままだと商売一つ出来ずに、兵士たちに支払う給料さえ不足しそうで怖い怖い」

 

 おどけたような口調と内容で返され、艦長は揶揄されたと思ったのか不快そうに鼻を鳴らして前方を向き、クルーたちへの指示を出し始める姿を背中から見ながら、セレニアは内心で肩をすくめていた。

 

 ――艦長は冗談か、もしくは悪ふざけと受け取ったようだが、実際には真剣な悩み所をセレニアは彼に語っていたのである。

 

 ロゴスは大手軍需産業の連合体とは言え、どこまで行っても営利企業であることに変わりはなく、金によって世界を裏から支配してきた商人たちの寄り合い所帯でしかない集団なのだ。

 商人である以上は、商売ができなければ金は減る一方であり、蓄えにしても隠し金庫にしても無限ではない。

 

 現在のところ、地下に張り巡らされた裏ルートを使って補給は賄えているが、それでさえ全盛期のロゴス総資産と比べれば三分の一にも満たぬ数でしかなく、どこかの領土と市場を早急に取り戻す必要性がセレニアたちには生じつつあったのだ。

 

 思想テロ組織のトップや、礼儀正しく挨拶できるだけの武断的な議長でさえ、『世界を守るため』『理想社会建設のため』と嘯きながら口実に掲げている戦争の中でありながら、自分たちは『金が足りなくならないために』を目的として遠路はるばる戦争しに出張っていく。

 

「哲学者が言うには、“物事に偶然はなく、全ては必然によって成り立っている”だそうですけど・・・・・・。

 だとしたら私たちが今“金がなければ戦争はできない”って理由で『自分の金を守るため』に戦争しに行くのも、必然の成せる業って事にしてもらえるんでしょうかねぇー・・・・・・やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「守るために」という目的を掲げる二つの武装勢力が、互いに他国の領土内へと軍を進め合う状況に、片方の勢力に属する一人の将校が皮肉な感慨を抱かされたオーブを巡って三勢力が相争う混戦。

 

 だが『正義』や『正しさ』が人の数だけ存在するのと同じように。

 あるいは『正義は人の数だけ存在する』と主張する人の数だけ正義が存在するのと同じように。

 『守るために戦うこと』それ自体には何の疑いも皮肉も抱くことなく、純粋無垢に信じ切れる人物も存在するのが人の多様性というものであったのだろう。

 

 

「どういう事なんだ! これは! 一体っ!?」

 

 短い金髪を振り乱し、その人物は親の敵でも見るようにモニターに映し出される光景を睨みつけ、燃えるような赤い瞳に怒りと情熱の炎を宿した一人の少女が、艦橋に仁王立ちになって雄叫びを上げていた。

 

「あんな言葉が、この状況の中で彼らに届かないことぐらいユウナたちにも理解できていたはずだ! それなのに何なんだ!? この状況はッ!?」

 

 白い礼服のような軍服をまとい、『自分たちの祖国』が再び焼かれていく光景を目の当たりにさせられ、それを防ぎきれない動きの鈍い防衛部隊の醜態を見せつけられ、修復作業中のアークエンジェル艦橋から慟哭の叫び声を上げる少女。

 

 『カガリ・ユラ・アスハ』というのが、彼女の名前だった。

 

 先々代のオーブ元首ウズミ・ナラ・アスハの実娘であり、自身も先の大戦から復興なったオーブで新たな代表の地位に就いていた人物。

 だが政府内部の不協和音と、現実の政治と理想との違いに打ちのめされ、誘拐されるという形をとってアークエンジェルと合流し、以後は行動を彼らと共にし続けている『元首の地位と国を棄てて逃げ出した少女』でもあるのが彼女であった。

 

「どう回答したところで、攻撃は避けられないと踏んでいたから、艦隊は出動させていたようだけど・・・・・・それにしては動きが鈍いわね。

 味方同士での連携も取り切れていないみたいだし――司令部の意思がまとまり切れていない、ということかしら・・・?」

 

 カガリが見ている横で、同じモニターを見上げていたマリュー・ラミアスも厳しい表情に成りながら、一方で不審そうに首をかしげてもいた。

 いまいちオーブ軍の行動に一貫性を見いだすことが出来ず、戦力を軍事施設へと集中させてきたザフト軍モビルスーツ隊の好餌となってしまっている印象を感じさせられていたのが、その理由だ。

 

 

 ・・・・・・デュランダル直々の決定による『エンジェル・ダウン作戦』によって、フリーダムを失わされたアークエンジェルは、自らも撃沈を装うことで完全包囲の輪から抜け出すと、命からがらオーブ首長国の領海内まで辿り着き、傷ついたクルーたちと船の体とを癒やしている最中だった。

 

 彼らの隠れ場所として選ばれた『アカツキ島』は、オーブを形成する中小の島々の一つで、そこの地下に建造された地下ドック内で修復作業に専念していたため、間近で開始されたオーブ攻略戦の状況推移をダイレクトに知ることが可能となっていたのである。

 

 だが、それによって把握できた戦況は酷いものだった。

 

「オーブ本島に爆撃です!」

「ッ!! 被害はっ!? 避難などの状況は――っ!?」

「狙われたのは市街地から離れた軍事施設のみですから、今のところ民間人への被害は出てないようです。しかし・・・・・・」

 

 先の大戦からアークエンジェルのクルーであり続け、通信傍受・情報解析を担当しているダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世からもたらされた情報は、本土攻撃による被害としては悲劇の度合いが少ないものではあったが――それに続く報告は悲劇と呼ぶにも生易しい悲喜劇とでも呼ぶべき惨状を呈するものだった。

 

「セイラン家の邸宅や行政府の周辺に集まっていた、オーブ市民たちによるデモ隊の一部が恐慌を来したらしく警官隊と衝突。・・・・・・未確認ながらも、多数の死傷者が出ている模様です・・・・・・」

「バカな・・・・・・」

 

 余りにも余りな状況と被害に、カガリとしては呻くように呟くだけがやっとだった。

 彼女が恐れていた最悪の予測は、ザフトが一気に政治・経済の中心地であるオーブ本土への攻撃を仕掛けることで、巻き込まれた一般市民たちに犠牲者が出てしまうという事態を想定していた。

 

 その予測は、半ば的中し、半ば外れ、ザフト軍は一般市民たちへの配慮からか、もしくは完全に現オーブ政権を市民たちから孤立させることで分断を狙ってのものなのか、本土内の防衛施設のみに攻撃を集中させ、市街地には被害が及ばずに済んではいる。

 

 だが、その被害を目の当たりにさせられたオーブ本土の市民たちは、完全にパニック状態へと陥らざるを得なくされてしまっていた。

 

 ――せっかく敵からの攻撃で死者が出るのを避けられたというのに、味方同士で、身内同士で互いに傷つけ合って、犠牲者まで出してどうするのか!? カガリとして憤るしかない。

「マードックさん! 本艦は、まだ出られないの!?」

 

 見るに見かねて、マリュー・ラミアスは艦内通信に手を伸ばし、修復作業を指揮している整備班チーフのマードックを呼び出すと大声で呼びかける。

 

『無理ですよ! まだエンジンが終わってねぇんです!

 せめて、あと三時間・・・・・・いや、二時間だけ待ってください!!』

「待てないわ! 攻撃はもう始まってるのよ、お願いだから急いで!!」

『分かってます! ですが、これが精一杯なんですよ!!』

「く・・・っ!」

 

 相手からの返答を聞かされ、マリューとしては歯噛みするしかない。

 彼女とて相手の修復作業が遅れていると思っていた訳ではない。それどころか今は、補修の応援に駆けつけてくれたモルゲンレーテの技術者である『エリカ・シモンズ』たちが艦の修復作業を手伝ってくれている。

 あるいはアークエンジェルは、こと回復スピードという点では現在こそ、今までで最も速い速度で傷を癒やしている時期だったかもしれない程に。

 

 それでも彼女が言わずにいられなかったのは、カガリの姿を見かねたという面が大きかったが、それ以外にも幾つかの事情を彼女も抱えていたことが理由にあった。

 

 その中でも、主戦力であるキラ・ヤマトの不在、最高戦力たるフリーダムの損失は、彼女の心理に深く暗い陰を落とさずにはいられない要素となっている。

 数だけで言えば黒海での戦闘の後、オーブ軍を離脱してアークエンジェルに合流してくれた可変MS《ムラサメ》の部隊が10機ほど増加しており、パイロットと兵員の数も充分に揃っていると言えないことはない。

 

 だが彼らは一般兵であり、乗っている機体も高性能な方ではあるが、通常の量産機でしかない。

 それだけなら、質でザフト軍を上回れる者は少なく、数の上では完全に負けている。

 雲霞の如く押し寄せてくるザフト軍の量産型モビルスーツ群の前に、十数機の量産機が立ち塞がっただけでは勝ち目がない。

  

 かろうじて通常機とは異なるフェイズ・シフト装甲を装備した機体として《ストライク・ルージュ》を確保し続けてきてはいたものの、その機体も先日にラクスの危機を知らされたキラ自身によって宇宙へと上がるために用いられ、どうやら大破撃墜されてしまったとの報告を受け取っている。

 

 パイロットの面でも、キラと互角の敵手として戦い続けてきた元ザフト軍エースで親友同士でもあったアスラン・ザラを収容してはいるものの、負傷して漂流していたところを救出したばかりな重傷の身である。

 ようやく意識が戻って間もないこともあり、戦力として期待するのは酷というものだった。

 

(こんな時、“彼”が“あの人”だったなら・・・・・・っ)

 

 マリューは未練がましいと自覚しながらも、心の中でそう思わずにはいられなかった。

 ベルリンの戦いの後に捕虜として収容した連合軍指揮官『ネオ・ロアノーク大佐』を自称する人物のことが頭をよぎったのだ。

 

 彼は恐らく、いや確実にマリューがよく知る“彼”と同一人物だと確信している。

 『不可能を可能にする男』を自認していた彼だったなら、この状況下であっても何かしら自分には思いつかないような機転を働かせることが可能だったかもしれない。

 

 だが今の彼は、記憶を失って塗り替えられてしまっている。

 全くの別人として生きてきた記憶しか、現在の本人は覚えていないのだ。

 その事実が今のマリューの心理面に、更なる負担と影を落とさせている要因ともなっていた。

  

 頼れるはずの人物が側にいるのに、頼ることが出来ない・・・・・・そんな彼女の心を『頼りたくても頼れる人はいない』と確定している時より不安定にさせてしまい、意識の集中を妨げていたのである。

 

 モニターの中で、また一隻。オーブ軍所属のイージス艦が、ザフトのモビルスーツ隊から集中攻撃を浴びせられて撃沈される光景を見せつけられ、その艦と共に散ることになった人命が何人いたかを考え・・・・・・カガリの限界をとうに超えていた忍耐心は完全にはじける。

 

 

「ラミアス艦長、《スカイグラスパー》を私に貸してくれ」

「え?」

 

 問われてマリュー・ラミアス艦長は一瞬、なんのことを問われているのか認識するまでに時間がかかった。

 《スカイグラスパー》は、先の大戦の最中にアークエンジェルで地球へと降下した際、ハルバートン提督の第八艦隊から地上戦におけるストライクの支援機として受領した高性能戦闘機の機体名だった。

 

 戦闘機とはいえ、当時の地球連合軍は量産型モビルスーツの開発に成功しておらず、機体不足だったアークエンジェル隊にとっては貴重な戦力となり得ていた存在であり、幾つかの戦いでも活躍を見せている。

 

 ・・・・・・だが、連合軍でも《ストライク・ダガー》が開発されて主力兵器となって以降の戦場においては時代遅れな戦闘機に出番はなくなり、アークエンジェル自身も宇宙へと上がって主戦場を移してしまったことから、オーブから連合本部アラスカまでの船旅を最後として事実上の戦力外扱いとなってしまっていた機体でもあった。

 

 今次大戦まで身分を偽って居住していたオーブから脱出する際、フリーダム以外に戦力がなかった事から、なにかの役には立つだろうと倉庫の片隅に置かれたまま持ち込んできてしまったことを、マリューも今になって思い出した今の時代には旧式戦闘機にカテゴライズされる当時における戦闘機。

 

 ・・・・・・そんなものを貸してもらって、いったい彼女は何をするつもりなのか?

 困惑する艦長に向かってカガリは一端、部下へと視線を移して質問した後、明確に答えを与えて断言する。

 

「アマギ、ムラサメ隊は出られるな?」

「はい!」

「なら、行こう。我々だけでもオーブ軍救援のため発進する」

 

 自分には何の力もなく、キラやアークエンジェルに頼らねば何も出来ない己の無力さを自覚しながら、それでも尚この状況で修復作業が完了するのを黙って待っている己を許すこともできない少女の想いが、その決断に現れていた。

 

 ――がしかし、『想いだけ』で何が守れるという訳でもないのが戦争なのも、また事実である。

 彼女からの回答を得て、マリューとしては目を丸くして慌てて静止せざるを得ない。

 

「そんな、無茶よ! あの混戦の中にスカイグラスパーで突入するなんて! せめてエリカさんに頼んで別の機体を――」

「オーブが再び焼かれようとしている時に、もう何もせず待ってなどいられない!!」

 

 だがカガリは制止を振り切ると、格納庫へ続くエレベーターに足早で向かっていく。

 もともと忍耐心が強い方では決してなく、感情の起伏が激しすぎるきらいのあるカガリは、落ち込みやすく、怒りやすい。そんな性質を持っている激情家の少女だ。

 大人しくしている時には考えすぎて動けなくなりやすいが反面、いったん動くと決めたら徒手空拳でも敵に向かって突っ込んでいってしまう。

 

 指揮官としては間違いなく、最前線の猛将タイプだったのが彼女である。

 そのため単純明快な英雄を好む一般市民や前線兵士からは好かれやすいのだが、後方で内政をになう古株たちとは折り合いが悪い。

 ・・・・・・彼女が戦後オーブを上手く運営できなかった理由の一端はそこにあったのだが、それが分かったところで人の性格はそう簡単に変われるものでもないらしかった。

 

「行くぞアマギ! 機体をお借りする――うわっ!?」

「カガリ!?」

 

 そんな彼女の足を止めたのは、マリューを始めとした人間たちの言葉ではなく、単なる筋肉の壁にぶつかって、虚しく自分だけが弾き飛ばされ尻餅をつかされた末の結果だった。

 

 丁度カガリがエレベーターに飛び込もうとしていた寸前に扉が開いて、外からブリッジの中へと入ってきた二人の人物の内、大柄な男の方に正面衝突してしまったのである。

 

「キサカ一佐! 彼女を止めて! カガリさんを――」

「・・・ああ、なるほど。またか」

 

 マリューから協力を求められ、エレベーターから出てきたばかりで状況が掴めていないはずの人物は一瞬で事情を理解したらしく、慣れた様子で横をすり抜けようとしていたカガリの肩を優しく掴むと、苦笑しながら翻意を促す。

 

 “スカイグラスパーで出撃するなら”辞めておけ――と。

 

「待て、カガリ」

「もう待たんと言っている! 離せキサカ!!」

 

 オーブ陸軍一佐のレドニル・キサカというのが、その大男の名であり役職名だった。

 先の大戦からカガリの護衛役として様々な戦場を共にしてきた人物であり、それだけに彼もカガリを、そしてカガリも彼のことをよく知っている間柄の人物である。

 

 だからこそ今のカガリにとっては、最も話を聞きたくない人物なのが彼でもあった。

 相手の言いたいことは、言われるまでもなく理解している。

 どーせ何時もの十八番であるところの、『こんなところで無駄死にしたら今後のオーブを護ることはできない』とか『まだデュランダル議長の意図が見えない今少し自制しろ』とか。

 そんなお説教で自分を言いくるめて静止するだけに決まっているのだ!

 そんな正論は、言われるまでもなく理解している! 分かっている! だが、それでも今は――!!

 

「お前の言いたいことは分かっている。分かっているからこそ、今は我々と一緒に来るんだ」

「嫌だッ! このままでここで見ているくらいなら、国と一緒にこの身を焼かれた方がマシだ!」

「分かっている。それでは困るから、お前のために来いと言ってるんだ」

「うるさい! 離せ! お説教はもう聞き飽きた!!」

「はいはいはい」

 

 まるで駄々っ子のようなカガリの言い分と行動に呆れ果てた表情を浮かべていたキサカだったが、その途中で誠実ではあるが言葉足らずになりやすい彼に代わって、一緒にブリッジへと入室してきていたエリカ・シモンズが、優しい言葉と言い方でカガリにとって致命的な『静止の言葉』を口に出す。

 

 

「だから、行くのはいいけど――その前に、ウズミさまの言葉を・・・・・・遺言を聞いてから、と言いたいのよ。彼は。ね?」

「え――お父様の・・・・・・遺、言・・・・・・?」

 

 

 こうして一度は国を棄てた少女もまた、自身の弟と似て非なる形で、『オーブの獅子』と言われた先々代国家元首から託された『想い』と『力』を与えられ、戦場へと舞い戻る翼を手にすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合とザフト、そしてアークエンジェル隊とデュランダル議長。

 様々な勢力の思惑が錯綜して絡み合い、元は同じ勢力だったはずの者同士が別の意図を持って戦場へと影響を及ぼす、混沌としたオーブ攻略戦。

 

 その中で最も混乱していたのは、連合ザフト双方から当事国として見なされていたオーブ連合首長国そのものであったことは、歴史の皮肉であったのか必然の結果でしかなかったのか。

 

『マラマツバラ、突破されました!』

『戦線は既にメチャクチャな惨状を呈していますっ』

『こちらオーブ行政府警備隊! 暴徒化した市民たちが扉を破って議会内に突入してきました! このままでは対応手段をエスカレートせざるを得ません! どうか、指令を!!』

 

「う、ううぅ・・・・・・っ」

 

 国防本部の司令部各所から集まってくる悲観的な報告を聞かされ続け、さしものユウナ・ロマ・セイランも焦燥も露わに呆然として、呻き声を上げるしかできない状況へと追い詰められつつあった。

 彼の傍らに控えるソガ一佐も、表情こそ平素のままを保っているものの、内心では焦りと憤りを抑えつけるのに懸命で、最高司令官への礼儀さえ守るのが難しくなってきている程だった。

 

『本島防衛戦が総崩れです! 立て直さなければ全滅しますっ!!』 

「だ、だったらやってよ! ほら、いいからもう! 早く!」

「ですから、その為のご命令は!? 何の作戦もなく敵の侵略を阻止することなど出来ないのですよ!?」

「う・・・、ぐ・・・・・・っ」

 

 感情的に怒鳴りつけて対応を求めたソガ一佐から、強い口調で逆に『具体的な作戦指示』を求められ、ユウナは再び呻き声一つをあげるだけで黙りこまらざるを得なくなるしかない。

 ソガとしては、自分が作戦案を進言すれば斥けられ、代替案となるような作戦を命令してくるわけでもなく、ただ「何とかしろ」と曖昧な命令形の言葉を怒鳴り続けるだけのヤツの、一体どこが司令官か!と殴りつけたい怒りを押さえつけるのに必死だったのだ。

 

 だがユウナには、ユウナなりでしかないとは言え、彼なりの言い分もあるにはあった。

 

(こ、こんな状況を何とかできる作戦なんて思いつける訳ないじゃないか!? 無理だよ! 絶対に不可能だ!

 しかも、それを僕の命令として実行しろだなんて、理不尽にも程があるだろう!?)

 

 ユウナの本心としては、そう叫びたいのが素直な心境ではあったのだ。

 彼も流石に、現状のままでは自分たちどころか国全てが危ういと言うことぐらいは理解している。あるいは理解“させられている”

 先日の通信によってブルーコスモス盟主の口から、自分たちが危機的状況に陥っている現実を思い知らされていたのだから。

 

 だが、自分たちの身が現実に危ないという事実を、事実として認識できたからといって、その対処法まで思いつけるようになれるというものでもない。

 たしかにユウナは古今東西の戦史を研究し、日頃から戦略ゲームに興じてきた趣味を持ってはいる。

 

 だが彼は、このような圧倒的不利な状況から逆転できる戦い方など知らない。

 

 ゲームであれば、どこかに必ず勝てる方法が用意されており、それを見つけ出すことが勝利へ繋がる道と決まっている。

 過去の戦史は、勝利者たちが勝った作戦での勝ち方を、敗者たちから敗北した要因を知るために学ぶ学問だ。

 

 だが現実に、目の前の戦況は自分たちが圧倒的不利な条件を強いられた状態で始められ、英雄物語に出てくるような名将の奇策によってしか挽回しようのない危機的状況に陥りつつある。

 

 ユウナが先程から自分の作戦案を口にしないだけでなく、ソガからの提案を却下し続けているのも、理由の一つはそこにあった。

 たとえ部下から進言された作戦とはいえ、許可してしまえば『自分の命令』として実行されることになる。それがユウナには恐ろしかった。

 

 だからこそユウナは、半ば壊れ始めた表情と精神の中で、ソガに向かって指を突きつけながら、こう叫ぶのだ。罵るのだ。

 

「そ、そんなこと言って! また負けたら貴様らのせいだからなッ!」

「な・・・っ!?」

 

 自分の決定と命令の結果として、多くのものが失われ、国も自分たち自身の生命すらも左右することに直結する―――それが政治家の、そして指揮官の仕事であり義務であり責任というものだから致し方がない。

 

 だがユウナは今の今まで、そんなことまで考えたことが一度もなかった。

 だからユウナは、この状況下で何とかできるようにする作戦案を、自分に『命令しろ』と要求してくるソガ一佐のことを、今このとき心の底から憎悪していた。

 

 相手にとっては理不尽極まりない恨みであり憎しみであり、有り体に言って『逆恨み』でしかない思いではあったが・・・・・・本人にとって恨みは恨みであり、憎しみである事実に変わりは無い。

 

 ――しかし皮肉なことに、ソガの方はユウナが抱くような屈折した政治家の『想い』を理解する思考がまるで持っていない人物だった。

 彼の視点から見て、先のユウナが放った発言は、『この危機的状況にあっても責任を誰かに押しつけることしか頭にない』平和ボケした政治家の思考によるものとしか映ることはできていなかったのだ。

 

 この辺りの上の者たちと下の者たちとの間に広がる精神的な断裂が、今次大戦でオーブの方針が状況に流され続けることしか出来なかった一因であったかもしれない・・・・・・その時だった。

 

 

「ソガ一佐! 沖合上空に、新手の友軍部隊が現れました! 識別コードはタケミカヅチ搭載機のムラサメ隊のものです。

 加えて、機種不明のモビルスーツ1、ムラサメと共にこちらに向かってきます」

「何だと? 機種不明の機体がなぜ・・・・・・味方なのか?」

「見たことのないコードですが、コンピューターにはインプットされておりました。

 味方機に間違いありません。登録されていた識別コードは―――」

 

 

 オペレーターが、その機体の名を告げるより先に。その機体はザフト機を次々射落としながら国防司令部へと接近してきて、モニター画面に自らの異様を映し出す。

 

 まばゆいまでに輝く金色のカラーリングをした機体が、画面いっぱいに映し出されるのと、オペレーターが告げる機体の名が、見る人と聞く者たちの心に同時に刻み込まれる瞬間だった。

 

 オーブの危機に舞い降りてきた機体の名は―――《アカツキ》・・・・・・と。

 

 

 

 

つづく



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PHASE-14

最新話の更新です。
最近オリジナル展開の練習をしており、著作の中で一番オリジナル要素強いのは今作だったので書いた感覚。
こんな感じでいいのかどうかが不明瞭なのだけは心配の種ですが…


 ザフト軍によるオーブ攻撃作戦は、ザフト軍優位のまま戦況は変わることなく推移していた。

 飛び交う火線が空を覆い、沖合に並ぶ艦隊から打ち上がったミサイルが国防本部や防衛施設に降り注いでいる。

 上空をモビルスーツが交錯し、海岸線にはザフト軍の水陸両用モビルスーツ隊が上陸してオーブ軍のアストレイ隊と交戦している。

 

 オーブ軍は、よく持ち堪えていたが総司令官自身が混乱から脱しきれていない状態とあっては目に見える効果は期待できない。

 軍事面での臨時司令官であるソガ一佐が、権限の範囲内で出せる指示だけを出して対応していたものの、それでは全体の反攻作戦に繋げられる戦略までは打ち出せない。

 

 オーブ軍は善戦しつつも徐々に後退させられ、確実に亡国の淵へと追い詰められていた。

 結果として、命の灯火を少しずつ削ぎ落とされていくような延命療法にしかなれていないのが、オーブ軍による善戦の実態だったのである。

 

 だがザフト軍の側も、決定打には欠けてもいた。

 宇宙の民であるザフト軍にとって地の利はオーブ側にあったし、諸島連合という特殊環境は水陸両用部隊の足を阻ませ、上空のザフト機から浴びせられる地上への支援砲撃も森の木々などが遮蔽物となって効果を薄めさせてくる。

 

 民間人を出来るだけ巻き込まぬよう配慮した攻撃であることも影響していたが、それを差し引いてもオーブ軍はよく支えていた。・・・・・・ただ、全体の勝敗を覆すほどのものではなかったというだけで・・・・・・。

 

 

 ジブラルタルから遙々派遣されてきたミネルバが、オーブを完全包囲下においていたザフト艦隊の援軍として到着したのは、丁度そんな戦況になった時でのことだった。

 

「艦長、オーブ派遣艦隊旗艦セントヘレズ発令所と通信つながりました」

「分かったわ。艦隊司令へのコンタクトを要請してちょうだい」

「了解」

 

 ブリッジクルーの少女兵士アビー・ウィンザーからの報告に応じて、ミネルバの艦長タリア・グラディスは指示をだし、相手は命令を実行するため機器を操作する。

 

 その動きは微妙につたないながらも確実な成長が見受けられ、最初の頃より仕事も速い。

 そんな彼女の動きを背中から見たグラディス艦長は、不意に申し訳なさを感じさせられ顔を伏せる。 

 

 アビーは、アスランとともに軍を脱走してロゴスのスパイだったという公式発表がなされたメイリン・ホークに代わって通信管制の担当に回されてきた新米兵士だったが、最も困難な戦況での戦いを潜り抜けた経験が少ない彼女は配属当初、能力面で他のブリッジクルーたちより大きく見劣りしてしまい、タリアも何度か叱責した記憶がある。

 

 だが、ヘブンズベース攻防戦における思わぬ苦戦と敗退を生き延びることに成功した彼女は、少なくとも着任した当初よりは大分マシな働きを見せるようになり、徐々にだが仕事も板について来つつある。

 

 それは頼もしいことであると同時に、そうなった原因を思うとグラディスの心を重くせずにはいられなくさせるものでもあった。・・・・・・ザフト軍が手にした優勢を維持できなくなっているからだ。

 

 思えば彼女が初めてミネルバに来た当時のザフト軍は、希望の光に輝いていた。

 むろん幾つもの気になる部分を有していたのは別の大問題として存在していたが、ロゴスの存在を公表して地球市民の支持を得て、連合という組織自体は事実上解体に追い込み、残るは残党軍とブルーコスモス盟主が立てこもっている一大拠点を落とすだけ―――ザフト軍が地球軍に対して数の上でも圧倒的優位に立っていた頃に彼女は配属してきた少女だった。

 

 だが、それが今ではどうだ?

 相次ぐ対ロゴス大同盟から地球各国の離反、市民たちの間で囁かれるデュランダルへの不信、善と悪の最終決戦を掲げて行われたヘブンズベースでの軍事的敗北。

 ・・・・・・様々に発生したイレギュラーな事態に対処しきれず、当時に夢を見せられた人々の心は急速にザフト軍から離れつつある。

 全世界に向けて『すべての元凶ロゴス』の存在を大々的に報道した日から、まだ半年も経っていないというのに。

 

 そう思えば、楽をさせてあげられるはずだった少女の世代にまで苦労を残してしまった大人として申し訳ない気持ちの一つぐらいは湧いてくるのが人情というものだろう。

 何かしら近い内に慰労の声でもかけてやるべきかと、タリアが心の中で予定を決した時。

 

 艦長席から正面に向き合う位置に映し出されるモニター画面に、セントヘレズ発令所に立つ壮年の艦隊司令が姿を映し出される。

 

「お初にお目にかかります、司令。ミネルバ艦長タリア・グラディスであります。司令部からの命により及ばずながら加勢に参りました」

『応、噂に轟くミネルバが来てくれるとは頼もしい。遠路ご苦労だったな、グラディス艦長』

「いえ、任務ですから。早速ですが現在の戦況をお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」

 

 互いに立場に応じて必要となる社交辞令を述べ合った後、グラディスは単刀直入に状況説明を相手に求め、艦隊司令も少し苦さの混じった口調ながらも情報そのものは正確に説明してもらえた。

 

 その結果として判明した現在の戦況における要点はと言えば。

 

『――つまり目標は、まだ抑えられていないという事でしょうか?』

「ああ・・・・・・戦況報告としては、そうなるのだろうな」

 

 アッサリと尋ねてしまった質問に、あけすけすぎる内容で少々気分を害されたらしい艦隊司令から、苦い顔での回答をもらったタリアは一つ頷くと――気付いた点があったため言葉を付け足す。

 

「民間人への被害を最小限に抑えるため、軍施設に攻撃を集中させる安全策をとられた司令の判断は、戦後オーブの市民感情や外交関係を思えば有効手だったと小官にも思われます。ザフト軍司令部がどう判断するかまでは予測できかねますが、小官は司令の判断を支持します」

 

 現地軍司令官への配慮のため言った内容が6割を占めている言葉であったが、モニターに映る司令の顔がほんの僅かに「ほっ」としたように綻んだところから見て、間違った対応ではなかったらしい。

 

『・・・・・・歴戦の英雄艦の艦長から、そう言ってもらえると安心する。

 最初は、味方が減れば総崩れになるものと思って攻め込んだ身としては特にな。立て直しまでは許しておらんが、崩しきるところまでもいけていない。さすがの底力というところだ』

 

 言いながら、艦隊司令の心中は少し複雑だった。

 彼個人としてはミネルバに対して必ずしも悪感情を懐いている訳ではないし、各地で友軍を支援するため奔走したミネルバに対して素直な感謝と敬意を懐いてもいる。

 

 ・・・・・・だが、オーブとの交渉役と、受け入れられなかったときの攻撃隊責任者に任じられていた者として、一隻だけの援軍として送られてきた英雄艦に対して何の蟠りも懐かずに接するのは難しいのも事実だったのが、彼の立場でもありはした。

 

 考えてみれば、当然の反応だった。

 ミネルバ一隻だけがオーブと交渉している艦隊の援軍として派遣されてきたと言うことは、交渉が成功するにしろ、失敗して戦闘に突入するにせよ、艦隊戦力よりも『戦艦一隻の有無が結果に影響を与える』と司令部からは判断されてしまっていることを示しているからだ。

 

 議長たちは、『我々も本気であることを示さねば交渉にもならない』と賢しげに理由を説明していたが、あれは裏を返せば『艦隊だけ派遣しても本気だと示せない程度の戦力』という評価を味方の艦隊に下していることを意味するものにも成り得るのだ。

 

 現場の艦隊司令たちとしては、自分たち一般兵士たちによるザフト軍よりも、特別機を与えられた一部の少年パイロットたちと、彼らの母艦である新型戦艦一隻の方が頼りになると言われているようなものだ。

 

 彼らとしては、『それでは我々軍人はいったい何のためにいるのか?』と、つい考えてしまう。

 そういう思いを懐かされる存在なのだ。英雄艦ミネルバと、その直援機である新型のワンオフMSを与えられた少年たちは・・・・・・。

 

「当艦は援軍として、司令の指揮下に入ります。どうぞご自由にお使い下さい」

『助かる。ではミネルバは左翼にポジションを取り、クリート隊を支援してやってくれ。追い詰められて自棄になったらしい敵部隊に苦戦していると先ほど連絡があった』

「了解しました。すぐ支援に向かいます。――アーサー!

 取舵10、機関減速、着水用意。最前線でなくとも、この艦だけ飛んでいれば狙い撃ちされかねないわ。急いで!!」

「は、ハッ!!」

 

 命令を受けて、慌てて指示を実行しに行く副長の声に、好ましげな笑顔で敬礼を返しながら画面から上官が姿を消すと、

 

「・・・・・・はぁ」

 

 タリアは椅子に深く座り直しながら、疲れたように溜息を吐く。

 咄嗟に自分たちが置かれている現在の立場と状況について、他人から見ればどう思われるかについて考えつくことが出来たのは、ただの幸運だったとは言え助かったことだけは事実でもあったようだ。

 

「・・・あまり歓迎されていないようですね、本艦は。

 まぁ、嫌われている訳でもなさそうでしたけど・・・・・・」

 

 指示を実行し終えたらしいアーサーが戻ってきて、いつも通りの小心そうな表情のまま臆病そうな声音で感想を口にする。

 彼は彼で開戦当初から、頼りない言動などの表面的な部分は些かも代わり映えしたようには見えないが、仕事の速さと正確さは比べものにならないほど熟練した副長へと成長を果たしている。

 

 これも戦争が続いて、ゴール地点を未だ見いだせていない故の結果かと思えば複雑な気持ちになるが、と言って弱いままで許される情勢下に至れてないのも事実ではある。

 

「当然の反応でしょうね。私たちの艦は、あまりにも今まで目立ちすぎてしまった。

 先の大戦で戦果を上げてた頃の“アークエンジェル”も、連合軍内部からは良い扱いを受けられなかったという話もあるしね。私たちも気をつけなければ、明日は我が身かもしれない。

 そうならない為、あなたも社交辞令の一つも覚えるよう努力しなさい、アーサー」

「お、脅かさないで下さいよ艦長・・・私にそんな、社交辞令とかやれって言われたってその・・・わ、私はほら、軍人ですから・・・・・・」

 

 冗談めかしていった言葉に、本気で怯えを感じさせられたらしくアーサーは目に見えてビクついて、誰に対して言っているのか言い訳じみた言い分を、どこかの誰かに向かって主張し始める。

 

 その姿に苦笑しながらタリア自身も、出来ればそんな事やらないでいられる純粋な軍人のままでいられたらいいなと、素直にそう思っているのが本心でもあった。

 昔の自分なら絶対に先のような言葉は言わなかっただろうし、艦隊司令に対してウソは吐かないまでも「お世辞」が混じった褒め言葉で機嫌をとるような行為とも無縁でいられた。

 

 ・・・だが現在の情勢は、何時まで今のままの自分で居続けるのを許してくれるだろうか・・・?

 地位が上がり、周囲からの評判が良くなっていくにつれ、段々と自分が自分らしい発言や行動をとることを、自分自身で制限するようになっている自分を自覚して、タリア・グラディスは僅かな時間、愕然とさせられる。 

 

 開戦当初は、若い美人の艦長が議長との情事で得た地位と陰口をたたかれ、主要クルーの大半は士官学校を出たばかりで実戦経験のない新米兵士ばかりだったミネルバが、今ではザフト軍全体のなかでも死闘の経験と激戦を潜り抜けてきた回数において肩を並べられる者を数えた方が早くなってしまっている。

 歴戦の古参戦艦として勇名を馳せる立場に、今日ではなっているのだ。

 まだ何年も過ぎた訳でもないと言うのに、ずいぶん遠いところまで来てしまった・・・・・・そんな気までしてくる程に。

 

(・・・・・・一体どうして私たちは、こんな所まで来てしまったのかしらね・・・?)

 

 ふと、そんな事まで思ってしまう。

 かつてオーブ代表のお姫様に対して、単純さだけでは国は治まらないと、遠慮なく気楽に無責任に論評していた頃のことを思い出して小さく苦笑してしまった――その時だった。

 

「艦長! レーダーが新手と思しきモビルスーツ隊を感知しました! オノゴロ島の部隊を支援するため真っ直ぐ向かっていると思われますッ!」

「今ごろ新しい敵!? 位置はッ! どこから発進した部隊なのッ?」

「オーブから提供されていた地図によれば《アカツキ島》と表記されている小島の付近からです、数は十数機ほど。我が軍が《Sー0戦区》と名付けて区分した一角から現れたものと思われます」

 

 おそらくは、島の地下に造られていた基地施設から発した部隊だ。オーブには国を構成している各島々の地下に、衛星から探知されにくい地下ドックや出撃拠点を多く築いているという話は先の大戦時代からザフト軍の間でも噂になっていた。

 むしろ地上部分の施設より中枢部は地下にあると見られており、ザフトの航空戦力による攻撃が致命傷になりえない理由にもなっている部分だ。

 

 それは解る。だが問題なのは、なぜ今になって出撃してきたかということだ。

 事実上の勝敗は既に決しており、決着までに時間がかかりはしても今からの挽回は不可能に近い。

 不利になった戦況を変えるためには、敵の頭である大将を潰すしかないが、敵部隊が向かっているのはオノゴロ本島で、司令官が座乗している潜水艦とは真逆の方向だ。

 あるいは、司令官が替わることで味方が踏みとどまり、体勢を立て直させた例も戦史上には実在しているが、それが可能な将が今のオーブ軍にいたのだろうか?

 

「・・・・・・まさか―――」

 

 イヤな予感に襲われて、彼女はブリッジから遠すぎて見ることは叶わないオノゴロ島のオーブ軍国防本部がある方向を睨みつける。

 

 ――子供らしい単純な性格をしていて、気持ちだけは真っ直ぐだが、それでは国が治まらないからこそ、一度は母国を棄てて逃げ出したと思しき人物。

 

 だが今ならば―――大人らしく賢しい性格をして、気持ちが歪んでいて言ってることがコロコロ変わり、そんな奴らが取って代わっても結局は国が治まられなかったという生きた証拠が示されてしまっている、今この時のオーブ連合首長国という状況ならば。

 

 彼女はむしろ、前任者と違って《真に理想的な指導者だった》というイメージ補正を得て歓呼の声で迎えられ、一瞬にして政権の最奪取と軍からの全面的な支持を同時に得ることが可能になるのではないだろうか――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たして、敵であるザフト軍の艦長が気付かされた危険な可能性は、オーブ本島のオノゴロ島にある国防本部において現実の光景として実演されようとしていた。

 

 ただし、いながらにして事態を形成される理由まで推察しきった敵将と違って、味方の将は事態が起きることまでは理解しつつも、それが起きるのに必要となる条件までは理解せぬまま、“オーブ国を”救うために舞い降りてきた黄金の大鷲から伝えられた一報によって、混乱と困惑と期待に覆い尽くされた状況に陥っていた。

 

 見たことのない、だが登録はされていた黄金の味方機から彼らは告げられる。

 

『私はウズミ・ナラ・アスハの子、カガリ・ユラ・アスハ。国防本部、聞こえるかッ!?』

「――ッ!! カガリさま!?」

 

 その声を聞かされた途端、司令室を電流のような驚きと衝撃が走り抜けた。

 セイラン家との結婚式場からフリーダムによって浚われて以来、国に残る者にとっては初めて聞くことが出来た無事に健在だった先々代国家元首の娘の声に、現在の元首へ不平不満を高め続けてきていた兵たちが色めき立つ。

 

 一方で、顔色を悪くして舌打ちする者までいたのが、司令室背後の壁際に並んで整列したまま微動だにせず、部屋全体を監視し続けていたセイラン家が擁する私兵部隊のメンバーたちだった。

 同じオーブ人であっても、荒事を得意として高給を食む彼らのような人種にとって、先々代の元首も娘も戻ってきたのを歓迎してやる理由は些かもない疫病神でしかない存在。

 

 だが現状における司令室内で、自分たちが圧倒的少数派になってしまった事だけは事実として認めざるを得ない。認めなければ袋叩きにあって私刑に処されてしまう末路が待つのみである事ぐらい、言われずとも解る経験を持った連中だからだ。

 

(・・・・・・潮時だな)

 

 私兵部隊の隊長は、サングラスに隠された目の奥で、そう判断した。

 もはやオーブの陥落は免れないだろうし、仮に免れたとしてもユウナたちセイラン家の居場所は刑務所の中しかない。

 本来の国家代表であるカガリが戻ってきてしまい、ユウナたちが戦時下の指導者としては無能であることを曝け出してしまった現状において、国民や軍がカガリよりもユウナたちの方が「マシだ」と思って支持してくれる可能性は天文学的だろう。

 金勘定においては決して無能な者たちではなかったと思っているが、戦争状態に陥った国の国民たちが指導者に求めるのは、力強さであって金儲けの才ではないことを、彼は自分たち自身の職業的によく理解している男でもあったのだ。

 

 とは言え、ユウナたちに此処で死なれてもらっても困る。見捨てる気もない。

 自分たちのような者を必要とする雇い主で、金の成る木でもあるお坊ちゃん。

 他に国がなく、戦後はプラントの世になることが確定しているなら別として、世界にはまだ奴らと敵対している別の勢力が残っており、彼らにとってユウナたちセイラン家の存在はまだ必要なはず・・・・・・そのおこぼれに預かるぐらいの特権は自分たち程度の社会的弱者にも許されてよかろう・・・・・・。

 

 そう思い、他の者に気付かれぬよう一歩前に出てユウナの傍らに近付き、唇を寄せ――

 

「――ユウナ様。お父君様から先ほど連絡をいただきました。急ぎシャトルへ向かいますので脱出のご準備を――」

「か、カガリぃぃ~~~~ッ☆☆」

 

 だが、部下からのそんな気遣いに気付く素振りすら一切見せることなく、ユウナ・ロマ・セイランは花を周囲に舞い散らせる幻覚でも纏わせたかのような足取りで画面に向かって、スキップしながら猛スピードで走っていってしまい、私兵部隊の隊長はあまりの光景に思考が停止してしまって呆然としたまま後ろ姿を見送るだけのマヌケ面を晒す羽目になってしまったのだった。

 

『突然のことで、真偽を問われるかもしれないが、指揮官と話がしたい。どうか――』

「カガリぃッ! 来てくれたんだね、ボクの大事なマイハニ~♡

 ありがとう、ボクの女神! 指揮官はボク! ボクだよォ! キミの婚約者で、お父様からキミを託されたユウナ・ロマ・セイランはここにいるよォ~~♡♡」

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

 

 そのあまりにも速すぎる変わり身の素早さに、私兵部隊の隊長だけでなく、室内にいた他のオーブ正規軍の軍人たちでさえ残らず唖然として絶句させられるしかない。

 この時ばかりは、前線から途切れることなく続いていた戦況報告を完全に聞き流してしまって、誰一人報告の重要性を思い出すものがいなかったとしても、臨時指揮官だったソガ一佐は怒ろうという気には今も後になってからも、なる事ができなかった。

 

 自分自身が、それらの人々を構成していた一人だったからである。

 しばらく呆然として、数瞬前まで自分の傍らに立って命令になっていない命令か、朝令暮改を一日のうちに何度も行うような愚鈍すぎる無能さを披露しているだけだった男が、いきなり人が変わったように機敏な動きと判断の速さで掌を返して見せたのだから、誰だって少しぐらい茫然自失してしまっても罰までは当たらないだろうと信じたい程に。

 

 ――今は亡きトダカ一佐からはユウナが、ダーダネスにおいてカガリが乗る《ストライク・ルージュ》を認めながら、「あれは偽物だ」と言い張っていたと聞かされていたのだが・・・・・・。

 この男は、自分が愛するマイハニーとやらを殺すよう部下に命じた己の過去さえ覚えておく事ができないのだろうか?

 

 

「今思えば何故、あの厚顔無恥な手の平返しと図々しい詭弁家っぷりを、プラントから要求を受けた時に発揮できなかったのか・・・」

 

 後にソガ一佐は、この時の事を思い出して述懐する事になる。

 だが今はまだその時には至っておらず、この時の出来事を「過去」として思い出せるようになるためには「今」が「過去」になった未来まで生き残れるため、やるべき事が現時点でも多数あるのだ。

 

 その中で最も重要なものの一つ。

 それが―――信頼できる証言による『無実の証明』と、第三者による『身元確認』

 そして、『犯人自身からの自白』という三つである。

 

 

『・・・・・・ユウナ、私を本物と―――オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハと認めてくれるのか?』

 

 いささか、わざとらしい程にこやかに、優しい口調でカガリが問う。念を押す。

 ユウナがかつてダーダネスで、カガリが乗る《ストライク・ルージュ》を認めながら、「あれは偽物だ」と言い張ったことについて確認していることは、その時の一件について知っている者なら誰でも分かる。

 

「もちろん! もちろんだよ! ああ、もちろんだとも!! ボクにはちゃぁんと分かっているよマイハニーぃッ♡♡」

 

 その質問に対して、ユウナは嬉々とした猫なで声で全面肯定を返す。返してしまう。

 無論ユウナとて、健忘症の患者でもなければ、若年性の痴呆症にかかっていた訳でもない以上は、当然の事として自分がカガリが乗る《ルージュ》にしてしまった事ぐらい覚えている。忘れられるはずもない。

 

 むしろ、この場にいる中で最も当時のことを忘れることが出来なかったのはユウナだったろう。

 特に―――自分が殺すよう命じてしまった相手に助けてもらおうと縋り付いている身としては絶対に、忘れたくても忘れられない過去の記憶がそれなのだから当然のことだった。

 

 下手をすれば、国は助けるが自分は復讐されて処刑されかねない。そういう立場に今のユウナは追い詰められているのである。

 だから最大限カガリのご機嫌は取りたいし、耳障りのいい言葉だけを口にして、不快な思いをさせるような言葉や話題を一切彼女の耳に入れたくない。――そう思っていた。

 

 ユウナとて、あの時の件については悪かったと思ってはいるのだ。謝罪して許しを請うべき立場であることも重々承知している。

 

 だが今は“そういう話をする時ではない”だろう。

 今はザフト軍の脅威から母国を守り抜くことこそ急務であり、その為には新旧のオーブ政権が力を合わせて外敵から国を守り抜く姿勢を示すことが統治者としての務めであり、国内で指導者同士の意見が割れて対立しているどという弱味を部下たちの前で示すべきではない。

 

 そう考えたからこそ、自ら率先して勇躍して、カガリの前に飛び出して通信機をひったくり、直接カガリとの友好関係を大々的にアピールして部下たちの前で見せつけたのである。

 

 正論ではあろう。この時の理屈に限らずユウナの言ってることは基本的には正しいものの方が圧倒的に多かったのが、この青年の特徴の一つだ。

 だが仮に、ユウナの言っていることが正しく真実で、彼自身が嘘偽りなく自分の言葉の正当性を信じて言っていたものだったと証明できたとしても。

 

 ・・・・・・彼の理屈が正しいことで得をするのが『自分たちばかり』で、損する役を押しつけられるのが他人ばかりという状況が続けば、彼の信じる正しさの中身がなんであるか。

 

 分からないままの者は、流石に誰もいなくなる。

 ただ一人、それを分からないまま、信じ続けていることが最も都合よく利益に直結しているユウナだけを除いた全員が。

 

 そのユウナが、自ら信じる正しい行動のため、正論を実行するため、カガリの主張を浮き浮きした口調で認め。

 オーブ宰相の息子としてオーブ軍最高司令官の権限でもって、彼はソガたち部下一同の前で大声で保証する。してしまった。

 

 

「彼女はホンモノだ!! 本物のカガリ・ユラ・アスハ本人で間違いないよ!!!

 

 

 そう断言した事によって、ユウナは―――国家反逆罪を犯して国を乗っ取っていた政治犯が自分たちだった事実をも、カガリの素性とともに自ら保証してしまう事になる。

 

 当然の判決だろう。

 国家元首であるカガリの死去を、婚約者であり宰相の息子が確認したからこそ公表され、カガリの婚約者だった彼と議会のトップだった父親が臨時代行としてオーブ国の最高権力を委譲されることが公的に認められていたのだから、それが生きていたとなれば簒奪以外の何物でもない。

 

 仮にダーダネスで偽物だと保証したカガリは本当に偽物だと思っていて、今の通信相手であるカガリだけが本物だと確信していたからこその発言だったと強弁したとしても。

 代表が生存していた事実を確信しながら、代表は死んだと国民たちに嘘をついて国政を壟断してきた一件はダーダネスとは別問題として、一体どのような理屈で言い逃れするつもりでいたのだろう?

 

 その計画性のなさと、近視眼的な見通しの甘さ。

 今の自分にとって都合の良さそうに見えるものを見つけると、すぐ飛びついてしまって心の底から正しさを信じ込んでしまえる性格によって、彼自身が報いを受けさせられる日がついに訪れる。

 

『ならばその権限において――オーブ連合首長国国家代表首長の権限によって命ずる。

 オーブ軍の将兵たちよ! ただちにユウナ・ロマ・セイランを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!!』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

 

 その命令に対して、先ほどとは打って変わってユウナの反応は鈍く、そして遅く。

 変わって、先ほどは出遅れてしまったソガ一佐の方が今度ばかりは素早く反応して、命令の遂行という『大義名分』を得たことから遠慮容赦なく私怨も晴らせる懲罰の一撃をユウナの顔面に叩きつける!!

 

「命令により、拘束させていただきます!!」

「・・・・・・へ?え? ちょ、ちょっと待―――へぶひぶばァッ!?」

 

 言うが早いが拳をユウナのニヤけ笑いを浮かべていた顔面にめり込ませ、部屋の端まで殴り飛ばす。

 ついでとして、セイラン家の取り巻きだった私兵部隊も拘束しようと視線を向けたが既にそこには黒服たちの不気味な姿はなく、落ち目になった飼い主を見捨てて自分たちだけ逃げ出したものと判断してソガは小さく舌を打つ。

 

「チッ! 主と同じで変わり身だけは素早い奴らが・・・っ」

『ユウナからウナトたちがいる現在地を聞き出せ! 行政府にも人をやれ!

 それと全軍にも聞こえるよう回線を開くんだ! オーブ全軍は、コレより私の指揮下に入ってもらう! この決定に対して異存はあるか!? ソガ一佐!!』

「ハッ! 我らオーブ軍一同、正当なるオーブの国家元首の指示に従うことに、何の異存もございません!! カガリ様、どうかご命令を!!」

 

 カガリからの怒鳴るような反問に対して、司令室にいたユウナ以外の全員が席を立って敬礼で応じた。

 先の大戦以降数年ぶりに、オーブ全軍がカガリの指揮下に戻った瞬間だった。

 

 

 そして――これによって、儀式は完全な形で完成を見る。

 たとえ簒奪者であろうと、現在までオーブを政治面から守り続けて統治していたのはセイラン家であって、誰の許可も得ず後釜も用意することなく職務を投げ出し家出をしていたカガリには、開戦以降は政治家としてオーブの国にも国民にも何らの貢献も成していた訳でもない。

 

 また、ダーダネスで派遣軍が半壊させられたオーブ艦隊を、早急に再建したのもセイラン家で、その時に補充された将兵たちは必ずしもカガリとの縁や知識が深い者たちばかりではないはずで、そういった者たちからすればカガリのやっていることは先任者が、力ずくで自分が持っていた地位と権力を取り戻すため舞い戻る、所謂『軍事クーデター』なのだ。それ以外の何物でもない。

 

 ユウナたち、今日までオーブを支えてきた指導者一族セイラン家をいきなり放逐して、勝手に国を捨てて出て行ってしまった立場の国家元首が戦闘のドサクサに紛れて復権を成し遂げるというのは、火事場泥棒に近いものがある。

 

 だからこそ、大勢の人々が見ている前で、誰が正しく、誰が間違っていて、正当性があるのがどちらかで、卑怯な簒奪者でしかなかったのが誰であったかを印象づけるためのイメージ作戦をやる必要があったのである。

 

(これでは道化だな・・・・・・)

 

 カガリとしても内心で、そう思わないわけではない。

 だが、短時間でオーブ軍をまとめ上げ、政権移行を可能にするには儀式が必要だった。今はとにかく時間がなかった。

 自分に非があり、罪があるなら後日、オーブ国の法によって裁かれよう。

 その為にもまず、オーブ国の法で裁かれることができる明日を守るため、今日オーブ国が滅ぼされてしまうことだけは何としても避けねばならない!!

 

『残存のアストレイ隊はタケミカヅチに集結しろ! ムラサメの2個小隊を、その上空援護に!!

 そして、それらと同時並行してザフト軍に通達し続けるんだ!

 “我が国は貴国の要請を全面的に受け入れ、ユウナ・ロマ・セイランとウナト・エマ・セイランを引き渡しに応じる用意がある”と。

 “ウナトの身柄拘束には捜索のため今少し時間がかかるが、息子のユウナだけなら即座に引き渡すことが可能である”と。

 “我がオーブ連合首長国はロゴスを支持せず同盟を破棄する”と。

 そうザフト軍に通達して、彼らからオーブを攻めるための大義名分を奪い取るんだ!!急げッ!! 大至急だ!!

 オーブの国を、民たちを、国土を守るんだ!! どうかみんな、私に力をぉぉ――ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この軍司令部の一室だけで発生し、オーブ国全体の旗色まで返させてしまった突然すぎる政変は、当然ながらオーブを取り囲むように配置されているザフト軍艦隊よりも更に外側から密かに接近して、オーブ近海で進軍を停止させていたセレニア率いる地球連合からの援軍艦隊には知るよしもなく確認しようもない、遙か遠くにある海の向こうの出来事だった。

 

 だが持ち前の、事態が変化する理由を洞察する能力に長けていた連合軍司令セレニアは、カガリがザフト艦隊との停戦に向けて選び取った選択肢に対し。

 

 相手が顔を引きつらされた、オーブ国にとっては最悪すぎる声明を、オーブへの援軍として派遣されてきた地球連合軍の司令官としての権限によって発表することになる。

 

 

 

 

「我が地球軍艦隊は、セイラン政権からの要請によってオーブへの援軍として派遣されたものである。

 我々は、軍事クーデターという非合法手段によってオーブの支配権を力ずくで簒奪した、クーデター政権を決して認めない。

 何故ならクーデター政権は、カガリ・ユラ・アスハを名乗る“売国奴”によって簒奪された偽りの政権であることは誰の目にも明らかである。

 我々は、些かも遠征の目的を見失ってはいない。

 それはオーブ国民の総意によって誕生したセイラン政権を正統なるオーブ政府として遇し、偽物のカガリ代表を僭称するクーデター政権を協力して打倒し、オーブ国セイラン政権を再興することによって証明されるであろう。

 我が軍はこれより、クーデター軍に捕らわれたと見られるウナト・エマ・セイラン氏と、ユウナ・ロマ・セイラン氏救出のための作戦を開始する。

 繰り返す。

 我が地球連合軍は、オーブ国を不当に占拠した偽物のカガリ代表率いるクーデター政権を認めない! テロリストたちよ、速やかにお二方を解放して降伏せよ。無駄死にはするな」

 

 

 

 

 こうしてオーブを巡る攻防戦は、まだ終われない継戦の道を選ばせられることになる―――。

 

 

 

つづく



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PHASE-15

 最高の性能を生まれ持ったスーパーコーディネイター、キラ・ヤマトは、アスラン・ザラやカガリ・ユラ・アスハと同じく、この時代に活躍した軍事的英雄の中でも評価が賛否分かれる人物の一人である。

 

 その彼が一度はザフト軍のシン・アスカに敗れて後、初めて「会戦」と名のつく戦場に姿を現したのがザフト軍によるオーブ攻撃作戦だったことは、彼の代名詞とも呼ぶべき愛機《フリーダム》の後継機の超性能で叩き出した戦果とともに、後世の人々には知らぬ者のいない有名な話として知られている。

 

 だが実のところ、『地球連合軍にとってのキラ・ヤマト』に対する認識は意外なほど高くない。

 これは『平和の歌姫』ラクス・クラインや『スーパーコーディネイター』キラ・ヤマトといった存在を神聖視する者たちからは故意に無視されているが、おそらく事実だろう。

 そのことを示す資料として、第三次オーブ海戦に先立ち連合軍から派遣された援軍艦隊の旗艦において、司令官セレニアと盟主ロード・ジブリールの間で交わされたとされるやり取りが今日に伝わっている。

 

 そのやり取りは、この様な下りから始まっている――

 

 

「では、そのように作戦を進めて宜しいのですね? ジブリールさん」

「ああ、任せる。フフフ・・・キミの知謀に、私が持つ力を与えればコーディネイターごときなど――と言ったところかな? セレニア君」

 

 ワイングラスを掲げながら上司から言われた“お褒めの言葉”に、セレニアは「そうでしょうね」と適当な相槌だけ打って背を向けて、空になった相手の器に注ぐためキャビネットを物色するのに集中している“フリ”をして愛想のなさを誤魔化していた。

 

 もともと彼女の価値観では、二つの異なる勢力が対立する状態にあるとき、片方の勢力が相反する陣営に抱かされた悪感情や悪評といったものは、相手側からも自分たちに向けて同じようなことを思われ、同じような『悪口』を言い合っているものだと考えている皮肉屋な性格の持ち主でもある。

 

 ジブリールが放った先の発言も、今までの以前か以後にザフトの誰かが『固有名詞だけを変えて』自分たちへの罵り言葉として使ってたことがあるのではないか、と思っていたのだが・・・・・・わざわざ上司の精神で一番過敏な部分を『敵との平等性』を主張するため刺激してやる義理をセレニアは感じなかった。

 代わって彼女が口にしたのは、別の案件のことである。

 

「今回の作戦がある程度でも成功を収められれば、敵味方の区別は今少しハッキリして見分けやすくなると思われます。

 それに・・・・・・もし“彼”が死んでいなければ、この戦いで出てこざるをえなくなるでしょう。今後の展開もそれ次第と言うところでしょうかねぇ・・・」

「・・・? “彼”とは、いったい何者のことを指しているのかね? セレニア君。勿体ぶらずに教えてくれたまえ」

 

 不機嫌と言うほどではなくとも、口をやや不満そうな形にして問うてきた上司に対してセレニアは肩をすくめながら、その人物の名前だけを告げておく。

 

「《キラ・ヤマト》ですよ。覚えておられませんか?」

「きら・・・やまと・・・・・・?」

 

 オウム返しに言われた名前を繰り返したジブリールの声と口調は、悪意的なものではなかったが特に好意がこもっているわけでもなく、ただ純粋に「誰の名前だったか?」と分からずに首をかしげているだけのようだった。

 そんな上司の鈍い反応を見せつけられたセレニアは、だが相手を無能だとか罵る気持ちが沸いてくることはなかった。むしろ普通の反応か、と納得する思いの方が強かったようだ。

 

 しばらく待って、相手が思い出せないようなら説明を付け加えるつもりでいたが、幸運にもその必要はなかったらしい。

 首をかしげていたジブリールは、やがて「ああ、そう言えば」と呟くと顔を上げ、

 

 

「たしか、《Xー105ストライク》に偶然乗り合わせてパイロットになっていたオーブのコーディネイターが、そのような名前だったはずだな。

 アズラエルの愚か者が生きていた頃に、連合の主導権を握るに当たって目障りな障害になる現地徴用兵がいると、グチとして聞かされねばならず不快だったので覚えている」

 

 

 そう言って、答えを思い出して尚も不思議そうに首をかしげるだけで危機感を抱かされることがない。

 それが今次大戦における地球連合軍の中での『キラ・ヤマト』に対する、圧倒的多数派から向けられていた認識であり評価だった。

 

 

 ・・・・・・後世を生きる人々や、すべての事象をリアルタイムで俯瞰して把握できる目を持つ超越者から見れば、些か意外に思える話だったが・・・・・・連合軍における《キラ・ヤマト》の存在は先の大戦の途中でMIAと認定された時点で停止している。

 

 彼らの公式記録に基づくなら、《キラ・ヤマト“永久中尉”》は、オーブ近海の小島における戦闘でザフト軍クルーゼ隊に奪取されていた4機のXナンバーの1機である《X-303イージス》と交戦。追い詰められた敵機の自爆に巻き込まれ、連合軍本部アラスカ到着目前にて行方不明。

 戦闘中行方不明――MIAと認定。名誉の戦死として昇進。

 

 ・・・・・・そこで終わっているのだ。その先はない。

 

 オーブ攻略戦の際、突如現れてオーブ軍に味方した《フリーダム》は『ザフト軍の新型モビルスーツ』であり、今次大戦で幾度も連合軍とオーブ同盟軍の前に立ちはだかり敵味方関係なく攻撃してきた謎の機体のパイロットが誰なのかも、連合軍はまったく把握していないまま今日まで戦闘を継続してきていた。

 

 現にデュランダルと違ってジブリールは、ラクス・クラインの名を口にすることはあってもキラ・ヤマトの名を語ったことは一度もなく、彼が語るラクス・クラインはミーア・キャンベルのことであって、キラと行動を共にしている平和の歌姫のことではなかった。

 

 当然のこととして、オーブ近海の戦闘中に行方不明となった連合の現地徴用兵が、負傷の身をプラントへと移送され、平和の歌姫ラクス・クラインに匿われ、当時のザラ議長が極秘裏に開発させていた秘匿兵器を譲渡されてパイロットになった機体がフリーダムだった・・・・・・などという荒唐無稽な話を彼らが信じるはずもなく、そもそも聞いたことすらない物語なのが大半というのが連合軍におけるキラ・ヤマトへの認識だったのだ。

 

 だからジブリールが知らないのも無理はなかったのだ。

 セレニア自身とて、彼の存命とフリーダムとを結びつけて知ることが出来たのは単なる偶然に過ぎなかったぐらいなのだから――

 

「実は先日、過去の戦闘データを検証していて気になる操縦パターンの類似例を見つけましてね。確認を指示していた調査結果がようやく届きまして。

 ――《Xー105ストライク》のパイロットで、ストライク・ダガーなどに搭載されているOSのベースになっている戦闘データを叩き出していたコーディネイターの少年で、アークエンジェル所属のパイロットだったキラ・ヤマトこそが、黒海やインド洋で私たちを攻撃してきた謎の機体を操るパイロットのようでしてね。

 前大戦ではオーブ残党軍とともに、我が軍の邪魔をしにきた機体に乗ってたのが彼である以上、今回もまた母国の危機を救うため出しゃばってくる可能性は大きいかと」

「なんだとッ!?」

 

 ガタッと音を立てながら椅子から立ち上がり、微笑みから激変した険しい表情で憎々しげに過去の亡霊を睨みつける彼に対して、セレニアは面倒ごとを避けるためにも鎮静剤となるべき言葉の薬を投与する。

 

「ご安心を、ジブリールさん。彼が出てくる可能性が高いからこそ、今回の作戦は成立する算段が出来たわけですから織り込み済みの参戦です。

 巣穴を突かれ、慌てて出てくる間抜けなコーディネイターの醜態ぶりを、特等席でごゆっくり見物してくださいませ」

 

 その“お世辞”で上司の機嫌をアッサリ持ち直させてから、オーブへの援軍派兵は本格的に開始された。

 

 味方部隊と救援相手である同盟国、そして通信を傍受した敵であるザフト軍に知らされていた《表向きのオペレーション・ブルーコスモス》とは別の《真のオペレーション・ブルーコスモス》は、この時になって初めて本格的に始まっていたのだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その真の作戦を実行するため、オーブ海まで出張ってきていたセレニアたち連合からの援軍艦隊は今、オーブ内で発生した政変によって些かの混乱が発生しつつなっていた。

 

 

「ザフト軍が戦闘を停止させ、一時後退しただと!? この体制下の中、この戦力差で攻めている最中にか!?」

 

 連合軍艦隊本来の提督であるダーレスは、部下からの報告に驚愕の声を上げさせられる。

 オーブを包囲下においているザフト軍艦隊より、更に外周に到達したばかりの地球軍艦隊からの距離ではオーブ内の現状は分かりようがなかったが、オーブを包囲しているザフト軍の動きだけなら、先行している少数の艦隊と自分たちが得られる情報とで最低限分からなくもない。

 それらで得られた情報を集約して、総合的に判断して導き出された結論が先に放ったターレスの叫び声だったのだ。

 

「おかしいですね・・・・・・」

 

 そんな本来の司令の戸惑いに応えるようにして、いつかと同じような位置に座って、同じような立場に立っている以前の時とは異なる人物から同じような発言を聞かされたとき。

 ダーレスは思わず険しい目つきと表情になって、招かれざる客人を顧みる。・・・・・・あの時と同じく、また無理難題を吹っかけてくるのかと本能的に警戒させられたのだが、当時とは別の他人は当時とは別の反応をして言葉を続ける。

 

「まだ落とせないだけならともかく、一時だけでもザフト軍を後退に追い込むのは、今のオーブ軍だと無理なはずです。まして戦闘を停止させれる条件なんて現オーブ政府に出せるはずもない。

 ――よほどの異常事態でも起きない限りは絶対に。何か大きな変化がオーブ軍に起きたと見るのが妥当でしょう」

「・・・・・・分かりました、早急に調べさせます」

「お願いします」

 

 短いやり取りの後、調査の方は現場に任せるしかないセレニアは椅子に座り直して腕を組み、自分なりに現在の状況が起きうる可能性について頭の中で幾つかのシミュレーションを開始させる。

 

 ――今のオーブ軍の中に、これだけの変化をもたらせる可能性を持った人材はいない。

 優秀な指揮官や士官はいるが、軍人は政治に口出しすべきではないとする領分を守りすぎてしまって、上が腐っている時には体制維持の道具にしかなりようがない者たちばかりなのが彼らの限界になっているからだ。

 軍人としては敬意に値する生き方ではあるが、政治が正常に機能していることを前提とする道でもある。

 それでいてオーブの軍人たち自身は、自分たちの制度を守り抜いた結果としての亡国という結末を覚悟している訳でもないところが彼らの半端さを示している部分にもなっていた。

 

 どちらの道を貫いた結果にも覚悟が持てぬまま諦め悪く、誰かが来てくれるのを待ち続けるだけしか出来ないところがオーブ軍人たちの弱点なのである。

 そんな彼らに、政変レベルの変革でもない限りは不可能な状況を作り出す力はない。

 無論のことセイラン家や、彼らに金で買われた取り巻きの閣僚たちに出来ることでもないだろう。

 

 とすればオーブという国の性質上、こんなことが可能にできる資格を持った人間がいるとするなら――

 

「・・・・・・チッ、そうか。カガリ・ユラ・アスハ・・・・・・彼女がいましたか。

 彼女がザフト軍に包囲されるより先に、オーブ本国内の近くに潜伏できていたのか・・・」

 

 珍しく表情を歪めて舌打ちし、セレニアは自らの計算ミスを率直に認めざるをえない。

 失念していた訳ではなかったが、重要人物でありながら無意識に軽視してしまっていた己の近視眼を思い知らされずにはいられなかった。

 

 と言うのも、カガリ・ユラ・アスハの公的な地位身分は、代表の地位を放り捨てて家出をしていた今になって尚、オーブ連合首長国の正式な代表のままだったからだ。

 ユウナ・ロマ・セイランとの結婚式場から“誘拐された”という家出の仕方が、それを可能にしていた。

 

 “結婚式の途中で誘拐された”のがカガリなのだ。

 まだユウナとセイラン家は、オーブ代表の夫にも代表一族にも加わることが出来ていないままなのである。

 

 法的には、ユウナは『カガリ代表の婚約者』であるに過ぎず、ウナトとともにカガリ政権を支えるブレーンの一人に過ぎず、閣僚たちの筆頭として非常事態という名目のもとオーブの政治を牛耳ってきた。・・・・・・それだけの地位に過ぎないのが公的身分としてのユウナたちセイラン家だった。

 だからユウナは今尚、『ユウナ・ロマ・セイラン』なのだ。『ユウナ・ロマ・アスハ』にはなれていない。

 

 もし仮にカガリが、ユウナと正式に婚姻が結ばれた後に浚われていたなら、ユウナは国家代表の夫として不在となった妻の代理を果たしても問題は少なかったであろうが、『国家代表を結婚式の場からモビルスーツで強襲して浚っていく凶悪なテロリスト』に誘拐されたまま帰国していないことを『国の代表としての無責任だ!』などと責任追及して資格を剥奪するわけにもいかなかったのだ。

 

 そのため、カガリが今さら母国に舞い戻り、父親の名前なり国家代表の地位を振りかざして国軍を指揮下に置いたとしても、法的には特に問題が発生しようがなかった。

 一般市民と違ってオーブ軍兵士たちの多くは、彼女が家出した経緯をある程度は知っている者が多いようでもあるので、整合性をとるための茶番ぐらいは儀式として必要かも知れないが・・・・・・それさえやってしまえば、主の留守を守っていただけのセイラン家には何の価値もなくなるしかない。

 

 どこまで行ってもセイラン家は、アスハ家の家臣筋でしかなく。

 ロゴスと同盟し続けるセイラン家の確保を名分として掲げているザフト軍には、それを引き渡すと言われてしまえば攻撃を続行できる理由こそ無くなってしまう。

 

 

「司令、状況が判明しました。敵も混乱しているようで通信は入り乱れておりますが、どうやらオーブから何らかの提案がなされ、それを受けたデュランダルが一時戦闘停止命令を全軍に発したとのことで――」

「・・・マズいですね。このままだとコッチの予定より早く、コッチの予想より悪い形でオーブが勝ってしまいかねない・・・」

「はあ・・・?」

 

 相手が言っていることの意味が分からず、ターレスは首をひねったがセレニアにとってはそれどころではなく、自らの思考に没頭して相手の顔も見てはいなかった。

 戦略状況だけ見れば、オーブから撤退する事態は大して問題はない。もともと“ついでの援軍”でしかなかったのだから、確保に失敗しても致命傷になるほどではなく、有れば有難いが無いなら無いで補填は効く。

 

 だが“ついで”だからこそ、本命の方がまだ完全になっていない時点で終結されるのはマズかった。

 今回の隠し球とも呼ぶべきデストロイ部隊の到着予定時刻には間があったが、今のままではオーブ軍とザフト軍の双方を同時に相手取る羽目になりかねない。

 

 どう取り繕おうとデュランダルの本音が、オーブ潰しであることは今までの流れから見て明らかで、今回の派兵でも名目上は戦闘停止を命じざるをえないだろうが口実さえあれば戦闘を再開したがっているのが実情だろう。

 

「・・・・・・やむを得ませんね。数も体勢も揃っていない状態で攻めるのは好みじゃ全くないですけど、今のまま放置すると更に不利な状況になりかねません。デストロイ部隊到着までの時間を稼ぎます。

 通信士官! オーブに向けて至急の声明発表をッ。内容はこうです―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、ユウナの方は確保したが、ウナトはその避難通路を使ってシャトルに?」

 

 VIP用の個室に設えられたモニターの中から、デュランダルの鋭い視線がセントヘレズ発令所の司令官に注がれ、相手はことさらに恐縮した体で、それに答える。

 

『は、ハッ! 確証はありませんし虚偽の可能性もありますが、オーブの新政権はそう申しております!!』

 

 艦隊司令が座乗するセントヘレズは、まだオーブ近海の戦場にあったが、失脚したセイラン家に代わってオーブの新政権首班へと復権を果たしたカガリ・ユラ・アスハからプラント評議国へと正式に申し出られた提案を、艦隊司令の役目を任じられていた彼には議長閣下の裁断を仰ぐため報告する義務が当然あったのだ。

 

 当たり前のことだが、一主権国家の代表から他国の主権者へと正式に申し込まれた要請は外交問題であり、現場の司令ごときが判断していいレベルの問題ではない。

 そんな問題を現場の独断で判断しようとはせず、たとえ戦闘中であっても自国の主権者へと報告して判断を仰ぐのは軍人の義務であり、相手は誠実に職務を全うしただけだったのだが・・・・・・どういう訳だか報告を受けたデュランダルは表情こそ動かしはしないものの、棘のある口調でいたぶるように訊いてくる。

 

「いずれにしても、ウナトはまだ捕らえられておらず、ユウナも身柄引き渡しまでには至ってもおらず、君たちはオーブからの提案を受けて戦闘を停止させていた・・・・・・そういうことか?」

『は、はぁ・・・・・・そういう事になるのではと・・・』

 

 予想外にするどい議長からの叱責とも受け取れる言いように、司令は明らかに怯みを見せ、傍らに控えている副官がギクリと身体を縮み上がらせる。

 

『そ、その・・・我が艦隊が命じられていた任務はセイラン家の捕縛であり、議長の掲げられる講和の方針から逸れぬためにも、オーブへの攻撃はできるだけ避けるべきかと愚考しまして、セイラン家さえ確保できるのであればオーブ侵攻とも取れる戦闘行為は無用なのでは、と・・・・・・な、なにか小官の判断には誤りがあったのでありましょうか・・・?』

「・・・・・・いや、いい」

 

 相手の疑念と恐怖を取り払ってやるようにデュランダルは一度だけ息を吐くと、わざとらしい笑みを浮かべ直して、他人からは一時的な感情に駆られたように見えるよう取り繕う。

 彼としては、そうせざるを得ない。

 

 デュランダルがオーブ攻撃を命じたのは、『セイラン家がジブリールと同盟を結んだままでは彼がオーブの力で宇宙に上がってプラントを核攻撃する危険性が非常に高い』という懸念事項があったからこそであり、核ミサイルが放たれた後では手遅れになりかねない代物である以上、『積極的自衛権』の範疇に収まりうるものと議会でも承認されたからこそのものだ。

 

 そのセイラン家をオーブが、プラントへ引き渡すと申し出てきたからには、これ以上の攻撃続行は『自衛』の適用範囲から完全に逸脱することを意味していた。

 現時点でさえ、こじつけの部分をイメージ戦略で補強している要素が大きい状態にあるのだ。これ以上の無理強いは自分への支持を大幅に失いかねない恐れがあった。

 

「もともとオーブの民衆に無意味な犠牲をもたらすことは、我が軍の本意ではなかったからね。司令の判断は適切だったと私は思う。

 いや、こちらも先ほどから敵の攻撃を受けて応戦に手間取っていてね。少々気が立っていたらしい、子供じみた八つ当たりをしてしまったようですまなかったね?」

『い、いえ。小官の方こそジブラルタルの戦況を知らぬまま、議長閣下に時間をとらせてしまったことを誠に申し訳なく思っておりますッ!』

「気を遣ってくれてありがとう、司令。君の言うとおりオーブ新政権から出された提案への対応は、我われ政治家の仕事だ。こちらで検討して決定を下そう。

 ――ただ、オーブの政情が完全に安定したわけではない以上、我らからも何かしら力添えする手段を考えた方がいいだろうが・・・・・・」

 

 口でそう言いながら内心で舌打ちしつつ、デュランダルは厄介なことになった状況への対処方法を、何者よりも切れ味鋭い頭脳を使って早急に組み立てはじめていく。

 彼としてはオーブを現時点で、セイラン家が権力を握っている内に潰しておきたいと願っていたのが本音だったからだ。

 

 

 ――オーブはどこまで行っても自国の理念を声高に叫び、圧倒的な力の押さえつけには強行に抗い、「自国は自国、他国は他国」というスタンスを取り続けることに固執し続ける独立独歩の理念が非常に強い国である。

 

 そういう国の存在は、現在の体制に不満を持つ者たちの意思を糾合して、反体制派を勇気づけてしまう効果を強く持ってしまう特性がある。

 個別の弱小勢力ごとに体勢への不満を抱く者が現れようと、力の差を前にして諦めずに声を出せる者は多くない。内心で不満を抱こうと、行動として恭順するなら迎合したのと同義であり、現在の体制維持の道具と成り下がるしか道はないだろう。

 

 だがオーブのような国が残っていると、そういった者たちの意思が集まる器になりやすい。

 後ろ盾になる国があると、体制に不満を持つ者たちは声を上げやすくなり、賛同する者は集まりやすくなる。

 

 いささか奇妙な話ではあるが、オーブは平和国家を謳いながら『反体制の総意を集める器』としての機能を同時に有していたのだ。

 

 先の大戦における、ウズミの自爆がそうだった。

 連合による強権的な併呑に、力の差から主権を放棄せざるを得なかった中立国は、地球連合を恨み、大西洋連邦が君臨する連合の体制への不満を募らせ、その不満が『連合からの降伏を拒否した自爆』によって『連合の被害者代表オーブ』に対する同情へと転化させ、戦後にオーブ再興への可能性を残すことに成功している。

 

 今次大戦におけるソガ一佐の玉砕特攻も、求めていた効果と得られた結果はウズミのときと同じものだった。

 準備不足での開戦とゴリ押しで結んだ条約により、『地球連合とプラントの戦争』に無理やり協力させられたという被害者意識が強くなっていた地球各国は、『連合の命令を実行するため命を捨てさせられたオーブ艦隊』を見せつけられたことで、連合への不満が反転してオーブへの同情となり、ジブリールも敗戦の責任追求と更なる戦力提供の要求を自制せざるを得ない政治的窮状へと追い込んでいる。

 

 

「――とりあえず、アスハ代表からの御言葉と御提案を、プラント議長として受け入れることは確約しよう。

 その上で、『我らザフト軍にもウナト・エマ・セイラン捜索を支援するためオーブ本島内への上陸をお許しいただきたい』と、そう伝えて欲しい。

 彼女を信じていない訳ではないが、セイラン家とジブリールが既に合流を果たしていた場合には、我々プラントにとっても核攻撃の脅威にさらされる危険な状況であるのは事実なのだ」

 

 近い過去の失敗例を思い出し、デュランダルは画面の向こうの司令に下すべき指示を選択する。

 強引に口実を作ってオーブへと攻め込んだことで、相手に徹底抗戦を覚悟させて苦戦を強いられた先代のブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルの無能な失態を模倣するのはゴメンだった。

 

 また直近の現実的課題として、『第三勢力の台頭を未然に抑止する』という軍事面での現実的思考も、デュランダルの判断には含まれていた。

 

 連合とザフト、ナチュラルとコーディネイター、敵と味方。

 一見するだけなら単純明快に二分されているように見えなくもないCEの世界構造だが、実際にはそれほど綺麗に別れれるほど単純でないのが現実の勢力図というものである。

 

 現に地球連合から独立しようとしてプラントを頼ったヨーロッパ地方がデストロイの攻撃を受けたばかりだ。ユーラシア西側の紛争や南米での独立運動もロゴスの存在暴露以前から解決の目途は立っていなかった。

 『宇宙からの脅威コーディネイター・ザフト・プラントから地球を護るため』という名目で強引に一つの巨大勢力に統合させ、内政問題を棚上げにさせての併呑が可能になっているだけでしかない。

 

 一方のプラント側も、新興国故に連合より大分マシであっても内部に対立を抱えている。

 ザラ派とクライン派、主戦派と講和派、タカ派とハト派。

 出生率の低下という問題も絡んで、この戦争での方針を巡る意見は未だに完全一致を見たわけではない。

 『全ての元凶ロゴス』を倒すことに集中させることで、意見の違いを超えて協力し合えてはいるものの、現実的には何も解決できていないのが実情なのだ。

 

 【敵】の存在が、かろうじて地球連合・ザフト双方の内部対立を抑制させている。

 それが現実の、この世界なのだ。

 分かりやすく種族の違いによる大別だけで、同胞たち全てが手を取り合えるほど世の中は綺麗にできていない。

 

 そんな世界の実態を、オーブの存在は他の国々の人々に気付かせてしまう危険性を持っていた。為政者たちが指し示す、分かりやすい世界の在り方に疑問を持った者たちを糾合されてしまう前に、将来の禍根は厄介になる前に潰しておくべきなのだ。

 

「“これは我々プラントにとって自衛の問題である”と。その辺りをアスハ代表に説明し、私の名代として納得していただけるよう交渉して欲しい。

 彼女たちも我々と求めているものは同じなのだから、私たちと共に同じところへ迎えるはず・・・・・・難しい交渉と思うが、頼む。

 オーブの民全てと、プラントの未来を君に委ねる」

『は、ハッ!! 承知いたしましたッ!!!』

 

 議長からの熱弁に応えて、感動した面持ちで通信を切ると命令を実行し始めたらしい司令官。

 ―――これでいい。と、デュランダルは椅子に深く座り直す。

 

 ひとまずは、ザフト軍艦隊をオーブ近郊の海域に駐留させ続ける口実としては十分だろう。

 あとはオーブにとって受け入れがたいが無茶ぶりでもない要求を続けながら、混乱のドサクサの中で戦闘に応じざるを得ない状況を造り出すよう誘導していけばいい・・・・・・まだ状況はコチラが有利なままなのだから。

 

 

 ブルーコスモス思想にせよ、コーディネイター新人類説にせよ、世界中を『一つの考えで統一された同じ世界にすること』を目標として掲げる者たちにとっては、邪魔者にしかなりようのない反体制派の象徴。それがオーブだったのだ。

 

 当然それはデュランダルにとっても例外ではない。

 地球連合を消滅させ、旧プラント勢力も一掃し、新旧の敵同士が一つになって敵がいなくなった新世界を実現した未来では、自分こそが新たなる体制の首班となり、全世界人類の価値観と善悪と正しさ間違いの倫理観とを一つだけに統合して、受け入れぬ者は排除するつもりでいるのだから、将来的にオーブとは対立するのは避けようがない。

 

 どうせ敵になる未来は確定している相手がオーブなのである。

 ならば自分に抗う者たちを糾合して、反体制派の盟主国となるより先に、潰せる内に潰しておいた方が被害少なく、犠牲者の数も激減する。オーブ一国をプランへの不参加国として粛正するだけなら、他の者たちから不満や非難も最小限に押さえられるだろう。

 

 それに――と彼は思う。

 

 キラ・ヤマトにラクス・クライン。

 そして、アスラン・ザラと、フリーダム、ジャスティス。

 

 ・・・・・・あの国は現在の世界に不満を抱くようになった強者たちを引き寄せる『運命』にでも守護されているような印象がある。

 政治的にも純軍事的にも、潰せるときに潰しておいた方がいい国なのだ。

 あの国さえ亡くしてしまえば、国を家出したままの歌姫や、力はあっても世界を動かす影響力を持たない軍人達の集まりでしかない大天使は、事実上の脅威ではなくすことが出来る。

 

 そう考え、戦略家として会心の笑みを浮かべたデュランダルの元に秘書官が一つの報告をもたらすのは、この5分後のことである。

 その報告を受け取ったとき、デュランダルは嘘偽りなく歓喜の笑みを満面に浮かべた。

 

 ――口実が敵の手によって与えられるとは、運命が味方しているとしか思えない・・・!!

 

 内心でそう呟いてからデュランダルは、秘書官に向かって命を下す。

 

 

 

「すまないが、通信と広報の担当者を呼んできてくれないか? 至急に発表したい声明があるんだ。

 発表する公式声明は、こういう内容をね――――」

 

 

 

 

 

後半PHASEへ続く



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PHASE-16

どうにも考えすぎているのか、出来あがったのを見直したら情報量と文字数がスゲェ状態に……。なので急きょ前半と後半に別けて投稿してみました。

今話を最初から見たい方は、1話前にお戻りください。

少し頭冷やした方がいいのかもしれませんね。
アンケートじゃないですけど、ご意見募集~。


 

「いったい、どういう茶番だ! これは!?」

 

 洋上にあるザフト艦隊の背後から突如として索敵範囲内に姿を現した連合軍艦隊からの通達を受け取ったカガリ・ユラ・アスハは、国防本部内にある司令室で猛る声で吠えていた。

 長々と連ねたカガリ政権への糾弾と、セイラン政権に対する友情の表明は、要約すると自分たちの行為を正当化しているだけの詭弁でしかなかったからだ。

 

「ヘブンズベースまで追い詰められ、落とされかける寸前までいっていながら、まだ奴らは何も学ぶことができないのか!?

 敵と味方に、どうあっても世界を二分しなければ気が済まないと言うのかッ!? 地球連合の連中はッ!!」

 

 役者が違っているだけで、やっていることは先の大戦時におけるオーブ攻略戦となにも変わっていない相手の進歩のなさにカガリは呆れ、激高し、同席しているオーブ軍の士官たちも呆れて物も言えない体で黙り込むしかない。

 そんな通告文を送ってきた相手国に対して、カガリが抱かされた怒りは尤もだったが、それは同時に彼女がセレニアの真意を全く読み切れていない事実を証明するものにもなっていたことには気付いていなかった。

 

「声明を発表した後、連合軍艦隊はどう動いている? またオーブ本島への攻撃を開始する気でいるのか?」

「それが・・・ザフト艦隊の背後から出現した後は目立った動きはなにもしておりません。

 我らに向かって勢いよく拳を振り上げて見せただけで、それ以降は長距離からのミサイル攻撃と艦砲射撃を散発的に行うだけで、示威行動を取り続けているだけなのです」

「チィッ! これ見よがしに・・・・・・」

 

 カガリは激しく舌打ちして、連合軍がとってきた戦略に憤りを示す。

 司令室に集っていた他のオーブ軍将校たちも同様で、連合軍がただ口実としてのみセイラン家への救援を語っているだけで、実際の目的はオーブとザフト軍の対立状況を維持させる事そのものにあり、敵と味方に分かれたまま講和するのを避けたがっているだけだと。そう看破していたからだ。少なくとも彼らは敵の狙いを、そう信じていた。

 

 

 ――どうやらアスハ家には天性のセンスのようなものを有している部分があったらしく、最高のタイミングで登壇して、その時の人々が求めている言葉を情熱を込めて叫ぶことで、人々の心に戦う意志を宿して戦へと駆り立てる『狂奔』の才能を、カガリもウズミも先天的に持っていたらしい。

 

 平和国家の長としては疑問がある才能だったが、今オーブ国民が指導者に求めていたのはそれだったのだ。

 そして連合司令セレニアが、カガリの存在を失念しつつも低く評価してはいなかった理由も、そこにあった。

 そういう効果を得られる行動を、考えて実行せずとも出来てしまうところが、アスハ家の血には流れているようなのである。

 

 この場合、言っている言葉の正当性や、時代感覚といったものは関係ない。

 自身の叫びを聞いた人の心を揺さぶり、熱狂的な戦意を駆り立てられる方に作用できれば、それでいい。

 

 したがってカガリが部下たちに向けて放った発言が、主権を国民に委譲された近代的な民主国家の元首には不適切な血統主義的なものだったとしても、オーブの人々が“今”求めているものが法律上の手順や義務を守ることではなく、自分たちと国を守れる力と資格を持つ者であると信じさせてくれる根拠だけだった現状では有効に作用することができる。

 

 ・・・・・・だが反面、カガリの発言と行動内容は言い換えれば、『形式化した社会に失望した人々を観客受けする雄弁で熱狂させた』というだけであって、彼女が政治レベルで判断できる能力を有することを証明するものではなかった。

 

 もともとカガリは、先の大戦において連合軍によるオーブ攻略と敗戦を経験しており、素性を隠したゲリラ兵としてMSを擁するザフト軍相手に装甲車で挑んでいった事すらある。

 自分たちの方が圧倒的に不利な戦力差で戦うことにも、勝てない戦の指揮も慣れがある一風変わった経歴の持ち主ではあったのだが、政治家としては正攻法と一般的な政権運営をしただけで独自の見解や意見を述べたことは一度もなく、先見性やオリジナリティーなどの面では大きく亡き先々代の代表に見劣りする。

 

 この戦い後にセレニアが、カガリ・ユラ・アスハについて、皮肉交じりに評した言葉が残っている。

 

 

『オーブにとって惜しむらくは、カガリ・ユラ・アスハさんの政治家としての性質はアジテーター・・・・・・扇動演説家でしかなかったという点でしょうかね』

 

 

 

「・・・カガリ。いま行政府の制圧に向かった部隊から報告があった。セイランに買収されていた取り巻きの閣僚である首長たちは逮捕拘束することは出来たそうなのだが・・・・・・ウナトの姿だけは発見できなかったとのことだった」

「ウナトがいないだと!?」

「ああ。どうやら地下シェルターにある対策本部に我らが突入する前に、一人だけ逃げていたらしい。自分に味方する首長たちは全て見捨ててな・・・・・・」

 

 報告のためカガリの前に戻ってきたキサカの顔は苦々しい。

 カガリからの要請を受け、ザフト軍が一時後退して戦闘が中断したため他の部隊を上空支援するためムラサメ隊の一部を率いて前線から戻ってきていた彼だったが、状況は改善したものの戦闘終結に至らせるには条件が足りていないことも理解していたからだ。

 

 国防本部ビルにある無数のモニターの一つには、逮捕されて手錠をかけられた姿で俯きながら歩かされている、セイラン家に買収されて飼い犬に成り果てていたいた首長たちの悄然とした姿が映し出されていたが、主犯格のウナトに切り捨てられた彼らを差し出したところで状況が変わった今となってはザフト軍が撤退すべき理由になるわけもない。

 

「事態を知ったらしいデュランダルからも通達が来ている。

 “ジブリールが合流している恐れがあるウナト捜索にザフト軍も協力するため本土内への上陸を許可して欲しい。敵が同じなら我らは進んで協力し合えるはずだ”・・・・・・ということだった。

 提案としては、あながち間違っていないのだがな・・・」

「・・・・・・デュランダル議長が・・・」

 

 その話を聞かされ、今度はカガリが顔をしかめる番だった。

 プラントの議長としてデュランダルの言っていることは分からなくはない。

 

 本来は他国の軍隊を国内に進駐させることは大いなるタブーの一つではあったが、カガリには彼らに信義で応えれる実績がなく、プラントにとっての脅威であるジブリールと共にウナトを探すためザフト軍とオーブ軍が共闘するのは双方の融和を図るアピールとしては有効だろう。

 

 だがアスランやラクスなどから話を聞かされているカガリにとって、デュランダルの提案を額面通り素直に受け取っていいものなのか?と疑問視する癖がつくようになっていた。

 信用して国内に入れたはいいものの、事故に見せかけて応戦せざるを得ない状況へと引きずり込まれる策略に利用される危険性を警戒せずにはいられなかったのだ。

 と言って、提案している内容そのものは完全に無茶な言い分と言うほどではない。相変わらず、対応のしづらい部分を突いてくる男だった。

 

(せめてウナトさえ、私たちオーブ人の手で発見して捕らえられれば、今日の危機だけは避けることが出来るのに・・・・・・ッ!!)

 

 カガリとしては、そう思わずにはいられない。

 既にオーブ国内の各所に手を回し、ウナトが使えそうな逃げ道だけでなく、一時的な隠れ場所になりそうな場所まで徹底的に捜索させているが未だに逃亡者一人を発見することさえ出来ていないオーブ軍とオーブ元首の言葉を、逃走を許せば核攻撃に晒される恐れのある相手国に信じてもらえないのは当然と言えば当然の対応である。

 

 『自国の法を犯した犯罪者は、自分たちで裁く』――と言うのであれば、それが自力で出来ることを示す義務がオーブには生じることを意味している。

 言っている言葉を実行する意志はあっても、実現できる能力がない、という状態では今のような時に相手国がオーブの『無能ぶりを尊重したせいで国民が殺されるリスク』を背負ってやるべき理由はどこを探してもある訳がないのだから・・・。

 

「か、カばぁリぃ~っ!」

 

 そんな状況の中、両脇を兵士たちに押さえられている姿で、ユウナ・ロマ・セイランが司令室へと戻されてきた。

 発音が微妙にくぐもっていたのは、晴れ上がった頬と大きなアザがついた綺麗だった顔が原因になっている部分だった。

 

「ひボいよ、こればァ! あんばりだァ! カバリ、ボク達はきみの留守を守って一生懸命やってきふぁのに、ふぉれなのに・・・・・・」

 

 なよなよと言いつのり、一片の後悔も覚えている様子のない態度と口調にカガリは思わず怒りに駆られ、拳を叩きつけてやろうとユウナの顔を「キッ!」と睨みつけ――そして怯む。

 

「ひビィッ!?」

 

 と、相手の思わぬ剣幕におびえて腰を抜かした元婚約者の――涙を流して血を流し、腫れ上がった顔の一部が両目のバランスをおかしくさせている、現在の相手の顔を見せつけられて思わず怯みを覚えずにいられなかったのだ。

 

 てっきり、一片の後悔を覚えている様子もない、例の取り繕った澄まし顔を見せつけられるものだとばかり思っていた。

 元が軟弱ではあっても貴公子的な容貌を持ってはいたユウナを知るだけに、カガリとしては現在とのギャップで冷や水を浴びせられた気分になり、多少の冷静さを取り戻す理由になったようでもある。

 

 

 ・・・おそらくウナトの居場所を吐かせるため、尋問する役割を任せた将校の一部がやった行為の結果なのだろう。

 カガリとしては、セイラン家だけが悪かったわけではないことを今では理解していたし、やりすぎて死なせてしまっては元も子もない。拷問という手段には抵抗もあった。

 何よりオーブの法では、拷問などという手段は、たとえ犯罪者相手でも取っていいことにはなっていないのだ。

 法を犯した罪で犯罪者を裁くために法を犯すというのでは、法の秩序は成り立たない。

 

 だからカガリも、ユウナの尋問を委ねた者たちには「やり過ぎ」は控えるよう厳命していたのだが、逼迫した状況故の焦りから過剰な暴力を振るってしまった者がいたらしい。あるいは今までにされてきたことの私怨、という側面もあったかも知れない。

 

(――だが、それでも今は・・・・・・!)

 

 それらの事情を承知した上で、カガリは国を守るため今一時は心を鬼にする覚悟を決めて拳を下ろし、代わってユウナの胸倉を力尽くで掴みあげて顔を寄せさせると、激しい激情を込めた瞳で睨みつける!

 

「か、カう゛ぁリッ・・・!?」

「・・・おまえ達だけを悪いとは言わないっ。ウナトやお前や、首長たちと意見を交わそうともせず、ただただ愚かな判断と選択を「バカだバカだ」と罵るだけで、代表としての己の任をまったく全うできていなかった私にも罪がある。十分に悪い、私も悪い!!」

 

 相手を掴みあげる腕に力を込めながらも、再度叩きつけたくなる拳を握り込まないよう、怒れる力を懸命に押さえ込み、「自分にそんな資格はない」と必死に己の中で自制を促す言葉をかけ続けた。

 

 実際カガリは今まで、相手を責められるほど碌な事はしてこれなかった自覚がある。

 皆が協力してくれないからなにも出来ないと嘆くばかりで、協力が得られる状況作りをしようとはしなかった。

 愚かな判断や選択をすべきではないのにと皆の正気を疑って、そういう判断をおこなう理由や事情を考えたことが一度もなかった。

 

 ただ、政治家ならば、国と民達を率いる者ならば、国のため民のために尽くすのが当然で、己のことや家族のことを優先して全体の平和貢献を怠ることは許されないのだと、自己犠牲を強いるのが政治を担う者の義務なのだと、自己の認識を押しつけて受け入れない者は否定する。・・・・・・それだけが今までのカガリが政治家としてやってきたことの全てだった。

 

 挙げ句、連合と手を組む以外に選択肢のない状況下で、それをすべきではないと叫びながら、その手を選ばずに済ませるため自分が何かしたという訳でもなく、ただイヤな決断をする役割をセイラン家に押しつけて浚われた立場のまま、帰れるのに帰ろうともしなかったのがアークエンジェルに同乗していた頃のカガリだったのだ。

 

 自分が言っていたことが間違っていたとは、今でも彼女は思っていない。

 ただ、自分が言っていたことを実現するため自分自身は何もせず、相手に妥協ばかりを求めているだけだった他人よがりでしかなかった己の行動は間違っていたと、今では確実にそう思う。

 

 言うは易い正論を述べるばかりで、具体的な解決案を何一つ述べようとしない。

 『国の理念を守る』と言いながら、権謀術数で挑んでくる相手に正攻法で押し通そうとするだけ。

 

 ・・・・・・それは、自分が望むとおりに相手や世界が動いてくれると信じ込んでいるのと全く同じ。

 ユウナたちセイラン家と同じことしか出来ていなかったのが、政治家として今までのカガリ・ユラ・アスハだったのだ。

 そんな今までの自分に、今までのセイラン家がやってきたことを責める資格などあるわけがない。

 

 だが、だからこそカガリは、自分にユウナを殴る資格はないと知りながらも、セイラン家が“今やっている行動”を許すことがどうしても出来ない激情に駆られずにはいられなかった。

 

「だが、これは何だ!? 先の大戦と同じく敵に攻められ、国土を焼かれている現状は!?

 たとえ意見は違っても、国を護ろうという想いは同じだと信じていた! 国を護るためには私の方が間違っていて邪魔なのではと思うこともあったのに! それなのに・・・ッ!!」

「い、いや、だからふぉれは・・・・・・っ!」

「お前たちは私に言っていたはずだッ!

 “国は私のオモチャではない”と。“感傷でものを言うのはやめろ”と。

 “地球の国々と手を取り合わず、プラントのみを友と呼んで地球上で孤立するのか”と。

 そう言ってお前たちは私に、恩人の船であるミネルバを見捨てることを受け入れさせ、大西洋連邦との同盟調印を認めさせたはずだ。

 “またオーブを戦火の炎で焼かせない為には仕方がない”と・・・・・・それなのになんだ!? この状況は! 今のオーブが置かれた現状は!?」

「ふぉ、ふぉへは・・・・・・ふぉの状況はァ・・・・・・ッ!?」

 

 相手の剣幕を前にしてユウナは蹈鞴を踏み、なんとか話を逸らして丸め込もうと必死に矛先を探して視線をさまよわせるが、目に映るものは自分を憎々しげに睨みつけてくる味方“だった者たち”ばかりで、適当な口実など何一つ見つかりそうもない。

 

「見捨てるべきだったじゃないか! 連合を!

 お前たちが言っていたことが正しい正論だったからこそ、連合のみを友と呼んでオーブを孤立させることなく、他の国々と歩調を合わせて連合との同盟を破棄して、プラントと新たな条約を締結してオーブを護る道を選ぶべきだったはずだ! その機会もあった!

 それなのに何故だ!? なぜ頑なに子供じみた態度で連合との同盟に固執して、国を戦渦に巻き込むリスクをわざわざ背負い込むような真似をした!? お前たちが私に言っていた言葉を、今こそお前たち自身が実行すべき時だったんじゃないのか!? 違うか!? ユウナ!!」

「そへはァ・・・ッ、だふぁらァ・・・・・・ッ!?」

 

 ユウナはもはや返す言葉がなにも見つからず、口をパクパク開けて意味のない単語を繰り返すだけしか出来なくなってしまっていた。

 返しようがなかったからだった。

 相手の言っていることは完全に正しく、反論も詭弁も入り込ませる余地が見いだせない。

 

 きっとカガリの中で自分たちセイラン家は、本気で国を守ることを考えてもいないまま、当時は代表だった相手に受け入れさせるために中身のない正論を言っていただけの詭弁家で、自分たちが招いてしまった事態になんの痛痒も感じていない無責任極まる人でなしと見えているのだろう。

 そう思われても仕方のない行動と結果が、現在のオーブの窮状という形で『答え』として出されてしまっているのだから、ユウナたちとしては反論の余地は微塵もない。

 

 

 ――だが違うのだ! そうではないんだ!!と、ユウナの心は悲鳴のように叫び声を上げていた。

 たしかに今みたいな結果を招いてしまったのは悪いと思ってはいる。

 だが自分たちが選んだ選択のせいで、こんな結果になるなんて誰が予測できる!? 自分たちの利害もあったが、あの時点では本当にオーブを守るためには有効な手だと信じて実行したのだって嘘ではなかったのだ。

 

 それに・・・・・・カガリにはセイラン家に関することで誤解している点が幾つかありもしていた。

 そもそもの始まりにおいてセイラン家は、オーブの政治面を牛耳る際、先の敗戦から代替わりした首長たちを金で買収して自分たちの手駒で議会を固め、事実上の出来レースで多数決の結果のみを総意として代表に認めさせる――そういう手法をとっていたのだが・・・・・・。

 

 ――それほどの大金を、セイラン家はいったいドコから手に入れていたのだろう?

 

 如何に彼らがオーブの経済面を牛耳れる地位にあり、オーブが両大国の対立によって莫大な富を築いた中立国で、軍事技術の高さで知られる技術立国であったとしても。

 大前提としてオーブという国そのものが、先の大戦後期に地球連合の侵略をうけて占領され、戦後になってしばらく後に独立を回復したばかりの『敗戦国』なのである。

 

 セイラン家がオーブ経済を支配しようとも、ない袖を振るうことは出来ない。賄賂をもらうにせよ、それほど旨味のある市場や土地が焦土と化した連合占領下のオーブに多く残っている訳もない。仮にあったとしても国費の大半を首長たちを買収する賄賂に横流しできるというものでもない。

 

 では、どうするか? 簡単だ。

 後進国に落ちぶれた元先進国が、再び先進国に復帰するためには、『大国と結んで優遇措置をとってもらう』・・・・・・昔ながらの方法論を選び取ればいい。

 

 セイラン家はそれをやった。

 オーブに対して貿易関連の権益を優先的に回してもらい、その見返りとしてロゴスから送られた金で首長たちを買収して連合寄りの政策や意見を主張し続けてきたのだ。

 

 言ってみればセイラン家は、オーブ国内に関連企業はあっても支社を持たないロゴスが、自分たちのダミー会社として確保した経済的な侵略拠点という立場になる代わりに国内権力の頂点を極めることと、オーブの戦後復興を早期に完了させることを可能にした。

 

 子会社の社長一家が、親会社のグループ・オーナーに頭が上がるわけもない。

 だからセイラン政権下でのオーブは、地球連合との同盟破棄に踏み切れず、ロゴスとの繋がりを切ることも出来なかったのである。ジブリールとの、ではなくロゴスとの繋がりを。

 

 ・・・・・・だが、そのことを正直に言うわけにはいかない。

 主権国家に属する官僚一族が、他国の外資企業に買収されて言いなりになってました、など言えるわけもなかったのだ。まして国家元首を前にしては尚更に――

 

「言え! ユウナ! ウナトはどこだ!? 国を守る立場にある者として、せめてそれがお前にできる責任の果たし方じゃないのか!」

「だ、だふぁら! ボクは知らないんばっふぇッ!? ウソじゃなひッ!?」

「ユウナッ! この期に及んで、お前はまだ・・・ッ!!」

「ホンふぉうなんだよ!? ホンふぉに知らないんだッへば! たひかに父さんからは、いざというふぉき逃げる準備がしてふぁるって言われてたけど、それを教えられてふぁのは護衛隊の隊長で、彼に案内してもらへって・・・・・・っ」

「――なッ!? しまったッ!!」

 

 ユウナからの証言を聞かされた瞬間、ソガ一佐が慌てた様子で大声を上げたが時既に遅かった。

 てっきり飼い主を捕らわれた今となっては、凶暴なだけの番犬どもなど何ほどのことも出来ないだろうと高をくくってしまい、ザフト軍の攻撃に対処することで手一杯だったこともあり、逃げるに任せて捜索隊すら出そうとしなかったのだ。

 今から追わせたところで、どうにもなるまい・・・・・・だが追わせる以外に手段もない。今更ながら自らの軍人偏重で権力の犬を侮って軽視しやすい心理的傾向は悔やんでも悔やみきれない。

 

「探せ! 草の根を分けてでも例の黒服どもを見つけ出してウナトの居所を吐かせるんだ! もう時間はない・・・最悪の場合、抵抗するようなら何人かは発砲しての殺害も許可する!! 何としても奴らを見つけ出して捕らえるんだ!!」

「ニシザワ! イケヤ! お前たちも行って上空から捜索を支援しろ! ムラサメがもつ地上支援用の観測機能は、歩兵の補足にも転用できるはずだ!」

「「ハッ! 了解ですキサカ一佐っ」」

 

 背後では事態を知った部下たちが、即座に対応するため各の部下に指令を出している中で、カガリだけは未だユウナの胸倉を掴みあげたまま、睨みつける目を外すことが出来ていなかった。

 

 彼女としても判断が難しいところだったのが、そうしていた理由だった。

 もし仮に、ウナトと共にジブリールが逃亡している可能性が事実であると確定していたなら、彼女はユウナからの証言や態度をそれほど疑うことはなかったかもしれない。

 

 そこまで頑強に、自らが囮になってまで他人をかばうような人間とは思えないからだ。

 今の媚びるような瞳を自分に向けてくる姿を見せつけられれば尚更に、そう思わずにはいられない。

 

 だが今、自分たちが逃亡者として追っているのはジブリールではなく、彼の実父ウナト・エマ・セイランなのである。

 いくらカガリがお人好しと呼ばれる元首でも、相手の証言を鵜呑みにして信じられる立場ではなかった。

 

 ただ一方で、ウナトが緊急時の脱出法法をユウナに教えていない可能性は多分にあると思っていたのも事実ではあった。

 ウナトにはそういう所があり、溺愛する息子ユウナのため『自分がしてやろう』という姿勢で応じていることが少なくなかったことを、カガリ自身もよく知っていたからだ。

 

「・・・本当に知らないんだな? お前はウナトが今いる隠れ場所の情報も、いざという時の脱出手段もなに一つとして、何も・・・?」

「し、ししし知らなひッ! ホントにボふは何も知らないんぶぁ! 信じてよカう゛ぁリ!お願いだよォーッ!?」

「・・・・・・わかった」

 

 そう呟いてから、やっとカガリは相手の胸倉から手を離す。

 ユウナはいきなり支えを失って尻餅をつき、「あ痛ァッ!?」と無様な悲鳴を上げていたが、その時には既にカガリの心にも誰の心にも、ユウナの無様さを笑う気持ちは1ミリグラムも残ってはおらず、ただただ『目の前に迫りつつある危機への対処法』それのみで頭も心もいっぱいになっていた。

 

「ユウナ、お前の言葉を信じよう・・・・・・だが、私の代理とはいえオーブ政治を担ってきた者としての責任は取ってもらうぞ!

 ザフト軍の要請に応じて、セイラン家の片割れだけでも今すぐ引き渡す! 後の弁明はプラントの法廷でもデュランダル議長の前ででも好きなだけ振るうがいいッ!」

「へ?・・・・・・ええェェッ!? ちょ、カガリ! そんな! そんな事されたらボクはッ!?」

「憲兵! 連れて行け! ザフト軍に攻撃を再開されない内に早くッ!!」

 

 この引き渡し作業によって、少しでも戦闘停止の時間が長引かせることが出来れば、ウナトの捜索と発見は飛躍的に確率を上げることができる。

 デュランダルが本心でなにを企んでいるにしろ、今のところは建前を無視してゴリ押しする気はない態度を見せている状況の間は、ユウナを引き渡してオーブ軍がウナトを確保することさえ出来れば交渉することは可能だということを意味していた。

 

 だが、それもウナトを確保できたらの話であり、ジブリールと共に行動しているかも知れない彼の逃亡する姿がザフト軍の目にも明らかになってしまった時には、彼らは『核ミサイルの脅威への積極的自衛』のためオーブ政府の許可など無視して軍を進めることすら厭わなくなる可能性は否定できない。

 

 そうなってしまってはカガリとしても、オーブ軍に手を出すなと命じることは難しくなるのだ。まして相手が本当に『積極的な自衛“だけ”が目的』とは言い切れないデュランダル率いるザフト軍とあっては尚更に―――

 

 

「ユウナの引き渡し交渉によって、少しでも多く時間を稼ぐ! 皆その間になんとしてもウナトを見つけ出すため全力を挙げてくれ! なんとしても私たちの国オーブを守るんだ! 

 皆に、ハウレアの加護があらんことをッ!!」

 

 

 

 切迫した状況に焦る兵士たちに向かって、カガリは自分自身がかつて滅びいくオーブを脱出する際にかけられた言葉を使い、あの時の苦難と国の復活を想起するよう呼びかけ奮起を促す。

 

 

 こうして、三勢力はそれぞれに理由と事情は異なりながら、時間稼ぎを求めるという点では図らずも一致した状態で、奇妙な停滞をオーブ海の戦場にもたらすことになる。

 

 

 オーブ軍は、独力だけで逃亡者ウナトを発見し、ザフト軍にちょっかいを出させぬ為に。

 ザフト軍は、オーブを自主的に戦争に巻き込んで滅ぼしたい最高権力者の理想実現の為に。

 地球連合は、本命の作戦完了と、切り札であるデストロイ部隊到着までの場繋ぎの為に。

 

 

 それぞれがそれぞれの目的の下、状況の一時停止と継続を望んでいた。

 ただ一方で、三者の内、稼いだ時間の使い道を決めているのは一者だけで、残る二者は継続そのもを当面の目的とし、状況の変化に応じて臨機応変に対応しようという受け身の姿勢だったという違いは持っていた。

 

 

 そしてまた、対立抗争を続ける勢力たち同士が争い合う状況下で、全ての勢力が状況変化を望んでいない状況にあったとして。

 戦渦に巻き込まれる者たちの全てが、現在の戦闘が停止している状況の継続を望んでいると決まっているわけでもない。

 

 

 

 ――この頃、セイラン家の私兵部隊を捜索するため兵士たちが慌ただしく動き回っていた国防本部ビル内にある司令室付近の喫煙所で、一人のオーブ軍兵士が寝転んでいた。

 

 正確には、オーブ軍兵士と思しき男性が寝転がって寛いでいるのだ。

 公的身分を示すものを何一つ身に纏わない姿で、床に横になって寝転んでいたのである。

 

 軍服も纏わず、下着だけしか身につけていない薄着姿のまま、冷たい床の上でジッと動かぬまま寝転がっている青年。

 

 血を流して倒れていた――という訳ではない。

 身体からは一滴の血も流れていないし、戦闘が行われた形跡も見当たらない。

 だが一方で、寝ているわけではないことだけは確実だった。

 

 両目を見開いたまま、“顔と背中が同じ方向を向いた姿勢”で、睡眠がとれる人間など人体の構造上ありえるはずがないのだから・・・・・・

 

 今、その青年の周囲には何人かのオーブ軍人たちが集まってきていた。

 軍から与えられた身分証を胸に光らせ、決して偽造ではない汚れがほとんど付いていないパリッとしたオーブ軍の軍服を着こなしながら、彼らの中で最も高い階級章をつけた上官が部下達に対して、こう質問を投げかけていた。

 

「これで全員分そろったな? 軍籍証明と軍服とを他人のヤツと間違える凡ミスは犯してくれるなよ」

「分かってますよ隊長ォ。しっかし本気でやる気なんですかい?

 俺たちだけでユウナ坊ちゃんを助け出すなんざ無謀すぎやしまんかねェ。逃げ延びてウナト様に援軍でも頼んだ方が賢いとオレなんかには思われますが?」

 

 三尉の階級章をつけた目つきの悪い部下に問い返されると、隊長と呼ばれた人物は両目を眇めて只一言「アホウ」とだけ答えて部下の筋肉バカさ加減を罵倒した。

 

「オレたちだけで逃げ帰って、“守るべきご子息様は前代表の小娘様に捕らわれて命惜しさに見捨ててきました~”・・・・・・なんて報告してきた無能すぎる部下を生かしておいてやる理由が、ドコの誰にあると思ってんだテメェは?

 せいぜい他の部下どもが怖じ気づいて寝返られねぇよう、見せしめとして処刑され役を押しつけられるだけに決まってんだろうが。少しは考えてからものを言え、このバカ」

「は、ハァ・・・・・・すんません。以後気をつけます・・・」

 

 恐縮して引き下がり、恐るべき隊長への畏怖を新たにした部下の男達を見渡して、隊長と呼ばれた「一尉」の階級章をつけた青年は宣言した。

 

 その一尉の男と、ソガ一佐がもし出会う機会があったとしたら、彼の顔に見覚えがあるものを感じて声をかけていたかも知れない。

 

 

 つい宣告まで自分たちと同じ部屋で、不愉快そうな面を付き合わせていた味方として。

 先日来から、部屋の壁際から自分たちの背中をジッと見つめ続けていた気色の悪い新参のオーブ兵として。

 

 「両手を挙げて降伏しろ」と、銃を抜いて構えながら警告するという形での声がけを――セイラン家が最近雇い入れた私兵部隊を率いる隊長に、ソガ一佐が出会うことが出来た時にはやっていた可能性は極めて高い人物だったから――。

 

 

「オレたちはユウナ様を、ザフト軍に移送される途中で襲撃して奪還した後、ウナト様が待つシャトルに合流する。

 その手柄によってシャトルに同乗させてもらってオーブを脱出する。それ以外に俺たちが助かる道はねぇ。

 いいか? 命捨てでもユウナのお坊ちゃん様を絶対に取り戻すんだ。それが出来なきゃ、オレたちゃ全員あの世行きか一生ブタ箱行きかのどっちかしかねェんだ。

 取り戻すまでは自制しろ、取り戻したら遠慮はいらねぇからブッ放しまくってブッ殺しまくって逃げるために何でも利用しろ。・・・・・・行くぞ」

『応――』

 

 

 こうして黒服を脱いでオーブ軍服を纏い直した、元黒服の男たちはユウナ奪還のために動き出す。

 逃げ出したと見せて、一端は近くの空き部屋に隠れてやり過ごし、その後の混乱の中で単独で行動していたオーブ軍士官を数人がかりで羽交い締めにして口を塞ぎ、二人がかりで首の骨を折って殺すと軍服を奪い、その軍服を纏った一人が誘い役となって別の兵士を誘き出すと数人がかりで襲いかかる。

 

 ・・・・・・それを人数分そろうまで繰り返し、人の出入りが激しくなった国防本部内から、何人かの兵士が出て行ったまま戻らなくとも誰も不思議がらない状況を利用して用意を調え、今こうしてビルの外へとクーデター発生以来はじめて外出する。

 

 

「い、嫌だよォ、こんな輸送機なんふぁ! ボクはあんふぇんな本島にあふセイラン家のシェルターにィ~・・・・・・ッ!」

「いいからお入りください! ほら、大人しくして・・・ッ!!」

「うるふぁッい! お前ら誰ふぉ相手にしてると思っへるんだッ!? ボクふぁオーブの最高司令官へ、セイランの跡取りなんだふぉッ!」

「ですから! ええい、もう手間のかかる! ――ん? なんだ貴官らは? 応援がくる連絡などもらっていないぞ・・・・・・」

「カガリ様の命により警備強化のため急きょ派遣された者だ。セイランの私兵部隊に殺されたと思しき兵の死体が、軍服を奪われた姿で発見されたのだ。おそらくユウナ・ロマの奪還を狙ってのものだろう」

「なに!? あのセイランが雇った黒服の奴らがか!?」

「ああ、そうだ。奴らはいつ襲ってくるか分からん。ユウナ様の周囲を固めて、決して警戒を怠るな」

「了解したッ! オーブを守るためにも、ザフト軍に引き渡すまでユウナ・ロマの身柄は俺たちが死守して見せる! たとえ命を捨てることになってでも家族の住む国を護らなきゃならんからな! アンタらだって同じようなもんなんだろう!?」

「――ああ、そうさ。アンタと同じでオレたちも、“命を捨てでも死守する覚悟”はとっくに出来た後の連中さ・・・・・・」

 

 

 そう言って、「ニカリ」と笑って周囲を警戒して銃口を向け直す味方の兵達の背後から、「ニヤリ」と嗤って拳銃を抜いた男達の手元に発砲音が響き渡ることはなく。

 

 サイレンサー付きの銃身から発射された弾丸によって命を奪われた護国の英霊達の亡骸が、本当の味方に発見されるのは戦闘が終結して大分たった後の話を待たなければ行けなくない事となる・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、この時。

 ほとんどの参加者達が想像だにしない事態が発生しつつあったことを知る者は、一部の脚本家たち以外には誰もいなかった。

 

 それはザフト艦隊の外縁部に配置されていた、他の地球国家が連合に再度の寝返りのためザフト派遣軍を背後から襲おうとする万が一の可能性に備えて、念のため索敵を任されていた一隻の潜水艦でCICを務める若い兵士が奇妙な反応を発見したことからはじまる。

 

 

「・・・?? 艦長、レーダーに妙な反応があります。なんでしょう、コレ・・・・・・熱量がやたら大き過ぎる上に、サイズも通常のものとは思えない・・・」

「まさか! 連合軍艦隊の別働隊か!? それとも例のベルリンを襲った悪魔がまた・・・!」

「いえ・・・戦艦にしてはサイズが小型ですし、ベルリンの悪魔にしては熱量が大きすぎます。それに敵だったならニュートロンジャマーを散布して発見できない距離からの反応ですので、今のところアンノウンとしか・・・」

「確かに妙な話だな・・・・・・まぁいい。こちらに向かってきていることが間違いなければ、もう少しで目視できる距離に入るはずだ。それを待って確認してからでも遅くはあるまい」

 

 妨害されることなく、レーダーに映るからには敵性因子をもった危険物ではない。

 ニュートロンジャマーでの電波妨害が当たり前になりすぎた世代故の油断が、このとき艦長の判断を誤らせたことを彼は数分後に知ることとなる。

 

 潜望鏡深度で、または海上を映し出すモニターに表示された光景によって、目視できる距離まで接近してしまった“ソレ”の姿形を目撃した瞬間。

 

 古参で年かさの艦長と、若い戦後世代の新米兵士はともに絶句し、青ざめて、顔面蒼白になりながら、階級も年齢も超えて一瞬だけ言葉を失い合う。

 

 

 

 

 全身にスパークを纏わせながら、ただ真っ直ぐに向かうべき場所と定められた目的へ進み続けることだけを最後の任務として全うするため、人生最期の戦場へと到着を果たした悪魔たちが姿を現す。

 

 

 ――二度と夜明けを見ることの出来なくされた少年たちの嘆きを、最期の歓喜へと昇華してくれることを願って戦いの女神が与えた、燃えさかる炎を纏わせた暁の車・・・・・・

 

 

 

「ヒャ~~ッハッハッハぁッ!!! さぁ、行くぜェッ!!

 こんな最高のオモチャを殺らせる奴らァ、み~んな殺っちまって愉しめばいいんだよォォォォッ!!!」

 

 

 

 

 ――デストロイ小隊が、オーブを巡って三勢力が争い合う戦場へと、遂に到着した。してしまった――。

 

 

 

つづく




*遅まきながら今話の内容について補足する必要があるかもと思い至ったため説明を追加しました。


今作におけるロゴス・セレニアは、【キラ・ヤマトの存在】には辿り着きましたが、【スーパーコーディネイター キラ・ヤマト】のことまでは把握していません。

そんな計画があった事だけならキョウヤ・ヒグチから聞かされて知ってるかもですが、唯一の成功例があることまでは知りようがない為、知らない。
ただキラが、他の一般的コーディネイターでは有り得ない性能を持ってるのは戦果を見れば分かる。…それで十分。

あくまでセレニアの仕事は【強敵に対処すること】です。
【強い敵の種族名】など知ったところで敵が弱くなる訳でも、味方が強くなれる訳でもないならどーだっていい。

スーパーが付こうと付くまいと、【強い敵は強い】
それだけが敵の指揮官であるセレニアの考え方です故に…


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PHASE-17

最新話の更新です。
……実は完成自体は少し前から出来てたんですけど、どうにも自信が湧かずに躊躇い続けてまして……結局は何かしら出さないといかんのだしと、ようやく納得して投稿した次第。
最近どうも自信損失中で臆病になってるっぽい作者……作風に影響してないか心配です。


 艦隊外縁部の潜水空母が、接近中の《デストロイ》小隊を発見した頃。

 ――だが一方で、その正体と脅威を目視によって確認するには僅かなタイムラグが生じていた時間。

 

 ミネルバのパイロット待機室では、ノーマルスーツ姿になったシン・アスカが、やり場のない想いを抱えたまま悶々とした時を無為に過ごしていた。

 気を紛らわすため、ソファに横になり雑誌を広げてはいるが、内容を読んでいないことは誰の目にも明らかだった。

 

 錯綜する複雑な感情を、荒れ狂う怒りという激しくはあっても単純な、一つだけの激情に変換して集約することも出来ぬままに、混乱した心情を統合することも出来ず、ただイライラすることしか出来なくなっていたからだ。

 

 オーブを併呑しようとしているジブリールを阻止して国を守る。その命令をはじめて聞かされた時、シンは戸惑う気持ちを抑えることができないほどの衝撃を受けさせられていた。

 一度は捨て去り、もう二度と訪れまいと思っていたあの国に、また近づいている。

 それも今度は連合の脅威から守り抜くために。

 

 当時の自分から全てを奪った砲火を放った者たちから、あんな事を繰り返させないための力を求めて手に入れた今の自分が、その願いを現実にできる日が遂に訪れたのである。喜びこそすれ、戸惑うべき理由など自分には一つも持ち合わせている訳がない。

 

 ・・・だが、にも関わらずシンの心は戸惑っていた。

 今まで信じてきたものが再び失われたような気がしてイライラしていた。

 

「――クソッ! 一体、なんでこんな・・・・・・っ」

 

 思わず苛立たしげに悪態を吐く。意味のない呟きだった。

 いったい自分がなにに苛立っているのか? 何が不満なのか? 願っていたことが実現しようとしているのに何で・・・・・・それらの理由が分からぬまま口にする不満に、明確な意味など与えられる訳もない。

 

 議長が言うことは尤もな正論だったが、理屈通りに人の心が動けるなら苦労はない。

 一度は、自分の想いに自分でケリをつけようと、セイラン家を引き釣り出すため自ら愛機で出撃しようと決意したが、その直後に機種不明な金色のモビルスーツが敵増援に現れてオーブ国防本部ビルに降下したと報告がもたらされ、その後に続く形で“敵”から届けられたのが例の提案と戦闘停止命令だ。

 

 シンとしては肩すかしを食らわされたようなもので、決意した想いが空転してしまって、振り上げた拳の落とし所すら得られぬまま、やり場のない思いを押さえつけながら戦闘再開まで待機し続けるしか出来ることが何もない立場を甘受するしかなくなっていたのである。

 

(なんで! いつも、あの国は俺を裏切り続けるような真似をするんだ!? 一体なんで・・・!)

 

 現状の現実とは、やや矛盾し始めてきた理由での怒りを、シンは無意識に心の中だけに押さえつけて罵る言葉を放っていた。

 今までは、自分の家族が連合の侵略によって殺されたのは、オーブに力が無いからだと思っていた。

 亡きウズミ・ナラ・アスハは、オーブの理念は守り抜けたが自分たちの家族を守ってはくれなかった。カガリ・ユラ・アスハが言うような綺麗事を口にするだけで何も守れる力が無いのでは意味が無いと。

 

(アスハが、もっとしっかり国を守れるようにしてくれたら俺の家族は! 父さんも母さんも! そしてマユは死なずに済んでたはずだったんだ! それなのに――ッ!!)

 

 そういう想いで、怒りで今日まで力を求めて戦い続けてきた。

 だが今のような状況下で、今の自分のような立場になって、考える時間を得てしまうと・・・・・・

 

 ――本当にそうだったんだろうか――?

 

 そんな疑問が頭の中にもたげてきて、それを消すことが出来なくなってしまってくる・・・。

 あの戦いの中で、もしオーブが勝ち目のない連合軍相手に抵抗することなく降伏していたら―――今の自分たちがオーブを攻めようとした理由は、オーブが連合と同盟関係にある敵だからだ。敵は討たねばならない。

 

 では、当時のオーブが国を守るためプラントと同盟していれば――連合軍がオーブを攻め込んだのは『地球の一国としてザフトと戦わないオーブはザフトと手を組んでいるからだ』という難癖をつけて、追い詰められた連合が逆転のため形振り構わなくなったからだった。

 

 連合からの言いがかりでしかなかった嘘が、事実になるだけでは意味がない。

 ザフトの方も、今のデュランダル議長と違ってトップに立っていたザラ議長という人はナチュラル否定の急先鋒だったという。その人は本当にオーブを守ってもらえただろうか?

 

 どう考えても、オーブが滅ぼされずに戦争が終われたヴィジョンが思い浮かべない。

 どう足掻いても、戦火に焼かれる祖国の姿しか想像できない。砲火を放つ国の姿が変わるだけだ。

 

 では・・・・・・自分の父さんは、母さんは、マユは・・・・・・

 

 

 ―――死ぬべき運命にあった―――

 

 

「~~~~~ッ!?」

 

 そこまで考えてしまった瞬間、シンは慌てて頭を振って不愉快すぎる予想を追い払う。

 顔色は蒼白に染まって、無意識に逸らしていた絶望の一端に手をかけてしまった恐怖に心底から襲われて、心臓の動悸を鎮めるために激しく呼吸せざるを得なくなる。

 

 彼自身は自覚していなかったか、あるいは自覚するのを避けていたが・・・・・・シンが本心から否定して恐怖を感じているモノの正体は、ソレだったのだ。

 

 両親の死が、マユの死が、明確な誰かの望みを叶えるため、理不尽な死を押しつけただけで、ソイツさえ止めれば、ソイツさえ余計な事を考えなければ、妹と家族たちは幸せな人生が送れて死ななくて済んだ――“訳ではなかった”としたら。

 

 偶然にも巻き込まれて世界中で死んでる大勢の人たちの一人が、“たまたま”自分の家族だっただけだったとしたら。

 

 ・・・・・・それではシンの家族は、『世界に殺された』という事になってしまう。

 人の中に、家族を殺した犯人がいなければ、この世界が自分の家族に『死ぬ運命』を与えたから死んだ事になる。

 自分の家族は『生きている資格がない』と世界に判定されたから、だから死んだ。誰も悪くない、運命だから仕方がない――そういう事になってしまう。

 

 そんな認識は到底、シンに受け入れられるものではない。

 だから彼は犯人を求めたし、「その犯人は奴らだ」と指し示してくれて根拠を語り、様々な証拠を見せてくれるデュランダルに心酔した。

 実態のない世界を怨むよりも、特定の人間だけを怨んで、報復するのではなく裁きを与えているだけなのだと、一般認識だけで処理できる範囲に問題を収めてしまった方が遙かに気が楽だったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 ――一方で、シンとは異なる理由で荒れ狂う怒りを抑えきれなくなりつつある人物も一人いる。

 

「・・・・・・ウナト・セイランと、ユウナ・セイランは?」

「まだウナトの方は見つかってないようね。なかなか頑固に抵抗して逃げ回ってるらしくて、オーブ軍も艦隊司令も捜索には苦慮してるみたい」

「くッ・・・! ユウナを落として自白は得られなかったのか! セントヘレズは何をやっている!?」

 

 パイロットアラートで、レイがイライラしながらルナマリアに尋ねて、聞かされた答えに抑えようとした怒りを御しきれぬまま感情を迸らせる。

 いつもは冷静なレイが、初めて見せる感情的な言動にルナマリアは意外性を禁じ得ず、シンが内心の複雑さを表に出さぬよう努力していた事も相まって、驚きに意識が集中して彼の方に目が行っていなかったのは誰にとっての幸いであり不幸だったろうか?

 

 アスハの娘がセイラン家を引き渡し、ロゴスと手を切ろうとしている――その提案を初めて聞いたとき、レイは頭を殴られたような衝撃を受けさせられていた。

 

 余人に話せる事ではなかったが、彼には他の者にはない条件が課せられているからだ。

 彼には、時間が無いのである。

 

 ヘブンスベースで破れた後、世界の再統一の妨げとなるオーブを先んじて処理しておく。

 抵抗するための旗頭となる国がなければ、他の国々はバラバラのままギルバートが示す世界に屈する事になるだろう。

 あの国がロゴスと手を組んでいることは、ギルバートから聞かされて早くから承知していた。だからこそ口実として利用できるということも含めて理解した上で協力していたのだ。

 

 ――自分のような子供を二度と生み出させないためにも、世界は新たに作り直されなければならない。

 そのための準備が、やっと全てが終わろうとしている思ったところで、ヘブンズベースで失敗し、今度はオーブに仕掛けた調略を邪魔されてしまった。

 

 オーブ! 他でもない、またしてもオーブが自分の前に立ちはだかる!!

 

(何故だ! 何故いつも、いつも、あの国は俺たちの計画を邪魔し続けるんだ!?)

 

 “もう一人の自分”を殺した共犯者の国が! 自分たちを生み出す大本となる狂った研究の成功例が守った国が!!

 またしても自分たちの前に立ちはだかろうとしているのだ!

 キラ・ヤマト亡き今では、もう二度と邪魔されることはない国だと思っていたのに!!

 

「レイ・・・・・・」

 

 事情は分からぬまでも、同僚が常からは想像できぬほど焦燥に駆られているのを察したルナマリアが、気遣わしげな声をかけた。――その時だった。

 

 突如として艦内に、エマージェンシーが響き渡り、パイロット待機室のモニター画面にグラディス艦長の姿が映し出され、三人だけのミネルバ隊パイロットたち全機の出撃と連合からの援軍艦隊迎撃とが命令されたのは。

 

 

「・・・俺たち三人全員が出るんですか?

 オーブを刺激しないよう、“こっちに領土的野心はない”ってアピールするため連合軍が大人しくしてる間だけは手を出さないって話だったと思いますけど」

 

 その命令を言い渡された後、シンは口を尖らせながら反問する。

 命令内容に反対、とまでは言わないまでも反感を抱いていることは、口調と態度から明らか過ぎる内容だった。

 

 オーブ近海に到達して、声明を発表した連合軍からの援軍艦隊は、それ以降は目立った動きを示していない。

 それがシンたちが待機命令を言い渡されたまま、戦闘停止を提案してきたオーブだけでなく明確な敵国である地球連合からの援軍艦隊にも手を出さないまま待ちぼうけを食らい続けていた理由だったからである。

 

 現在、地球各地の世界国家は混迷から脱し切れておらず、未だに進むべき道を決められずに迷っている状態にあり続けていた。

 世界に吐いていたデュランダルの嘘が白日の下に晒されたことによって、一時期ほどの信望は回復不能なまでに落ち込んでしまっているとは言え、完全に彼とプラントに袂を分かったかと言えば、そういうわけでもない。

 

 状況に流されて疎遠になってしまったものの、議長が示した『ロゴスの欲望とエゴに満ちた今までの世界』に逆戻りすることを望んでもいない彼らとしては、一時期と同じは無理でもプラントの傘の元での世界秩序の再構築と統一という道を、利害損得によって選んでも良いのではないかとする声も一定数は残留しているのが実情だったからだ。

 

「シンの意見に俺も賛成いたします。初手から三機出るまでもないでしょう、俺一人だけで十分です」

 

 艦長からの作戦指示にレイはそう答えて、おもむろに立ち上がろうとする。

 ギルバートから指示されていた内容と、現時点までの戦況報告とが彼に行動方針を決めさせていたのだ。

 

 オーブは現在、戦闘を停止してウナト・セイランの捜索に全力を傾けてはいるものの、援軍にやってきた連合軍艦隊を殲滅するためザフト軍が大きく動けば、敵もまた激しい反応を示してオーブ国内に残留しているであろう、セイラン派の残党やプラントとの講和を危険視する者などが過剰反応する恐れがある。

 

『いたずらに戦火を拡大させ、普通に暮らしている民間人まで被害に巻き込むべきではない』

 

 かつてマハムール基地の司令官ヨアヒム・ラドルに自制を命じていた時と全く同じ論法で、デュランダルは今回のオーブからの停戦という提案を受け入れていた。

 だが無論、彼の本心は別のところにあったのは言うまでも無く、時間稼ぎによって連合軍がまた何か卑劣な手段で仕掛けてきてくれることを期待してのものだった。

 

 相手が『勝つためには必要』という現実論によって悪辣な手を使ってくればくるほど、正義の王道を歩む人道主義者として支持を集められるのは自分自身なのだから。

 ナチュラルの力では、コーディネイター相手に正面から戦っては勝ち目がない。今回もまた何か卑劣な手を使ってくるに決まっている。そうデュランダルは考えていた。

 

 その為には、明らかに何かを目論んでいるらしき連合軍の動きは、世界の耳目が集まるところで白日の下に晒された後に叩き潰すのが一番効果的な勝ち方というもの。

 前回は敵拠点を攻める側であったが故にしてやられたが、はるばる遠征してきた大海原の戦場で小細工を仕掛けるにも限度があろう。

 実力勝負となれば多少の不利を覆してでも勝利しうるだけの性能を、《デスティニー》と《レジェンド》には与えられているとデュランダルは自負していた。

 

 その予測自体は正しかったが―――敵の取ってきた策は、デュランダルの予測を大きく超えるものだったことが状況を一変させる。

 

 レイからの返答を聞かされ、画面に映っていたタリアは思わず、『バカ!』と吐き捨ててしまうほどの状況変化が、既に彼らがいる戦場では発生しつつあったのである。

 

 

『状況をよく見てからものを言いなさい! 敵の援軍は先に到着していた西側からきた艦隊だけじゃなかったの! 北から大回りするルートを使ってオーブまで進軍してきていたのよ! 

 それも例のベルリンで見た機体が三体も! おそらくヘブンズベースで現れたものを、そのままに!!』

「ベルリンの奴と同じ機体だって!? だとしたら中に乗ってる奴は全員、ステラと・・・・・・っ」

 

 バカという単純な言葉で罵られた衝撃で唖然とさせられ呆けてしまっていたレイに代わって、シンがタリアからの話に激しい反応を示して食いつく。

 敵として出会って、おそらくは愛してしまっていたのであろう少女が、改造された体で乗せられていた機体の登場にシンとしては虚心でいられるわけがない。

 

 まして、ヘブンズベースでは彼らを殺すことでしか救えない自分の無力さを嘆きながら、それでも自分に出来る救いとして苦しみに満ちた生を終わらせてやろうとした寸前で邪魔が入り、それすら果たせぬまま撤退せざるを得なくなったことは彼の心に悔いとして残り続けている過去の一つではあったのだ。

 自分が救う力が無かったから助けられなかったせいで、また彼ら罪なき子供たちが戦場へ連れ出されて人を殺させられていると思えば、シンにとっては命令がなくとも出撃する理由として十分である。

 

 だが、この時。タリアの話には続きがあった。

 シンの怒りに燃える純粋な瞳で見返された彼女は激しく頭を振って、「そういう問題ではない」と全身を使ってジェスチャーし―――恐るべき事実をシンたち三人のミネルバ隊パイロットたちに通達したのだ。

 

 

『ただ倒すだけではダメなのよ! もう既に、それが可能な状態からは突破してしまっているようなの!

 遠距離移動を無理矢理やらせた結果として、敵は完全に爆走している状態におちいっている!

 もう倒しただけでは、あの巨体を空に浮かせるためニュートロンジャマーキャンセラーを搭載した核エンジンまで爆発させてしまって、倒した側もただでは済まないわ!

 しかも、計算させてみたところ三機の機体はオーブ近海をかするようなコースを取りながらも、最終到達地点にはカーペンタリア基地を目指してまっすぐ突き進んでしまっている! 一刻も早く止めさせなければ、いつ爆発するのかさえ分からない代物なのよ!!』

 

「「なん・・・だって・・・・・・!?」」

 

 その説明を聞かされた瞬間、さしものレイもシンも異口同音に驚きの言葉を発止させられ、思考が完全に一瞬、機能停止を余儀なくされる。

 それは一瞬のことでしかなかったし、意識が戻った一瞬後には三人とも即座に行動を開始して愛機に向かって全速力で駆け出し、艦長から指示の続きを聞かされたのはコクピットシートに飛び乗って機能を立ち上げていく作業を続行しながら片手間の形になってしまったが、それを注意する余裕など艦長の側にさえあるわけもない。

 

 ――連合軍は一体なにを考えているんだ!? 正気の沙汰とは思えない!

 まさかモビルスーツを核弾頭に見立てて、同盟国の援軍として敵に突っ込ませてくるなんて、頭がどうかしてしまってるとしか思えない!!

 

『敵の自爆特攻を止めるには、敵を一撃で破壊した後、超高速で敵機から距離を置いて離脱して爆発に巻き込まれるのを避ける、ヒット&アウェイ以外に手段がないわ!

 そして、それが出来るのはシンの《デスティニー》だけ! 連合も本格的に動き出して、モビルスーツ部隊の出動も確認されたわ!

 レイとルナマリアは彼を援護して活路を開いて、シンを阻止しようとする敵機を近づけさせるな! 全機出動! 敵巨大モビルスーツ部隊がザフト艦隊に接近される前に全機撃墜しろッ!!』

 

「「「了解ッ!!!」」

 

 

 艦長からの悲鳴にも似た怒号に、三人のパイロットたちは想いを同じくして異口同音に答えを返し、自分たち全てに向かって放たれたモビルスーツ爆弾という砲火から自ら自身を守るため大空へと飛び立っていく。

 

 

「チィッ! なんなんだよ!? この状況はッ!!

 そんなもんにやらせて堪るもんか―――――ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時を同じくしてザフト軍艦隊と同様にオーブ軍でも、北方より接近してくる巨大な存在を感知して驚愕と混乱と、対応するための指示とで錯綜させられつつあった。

 

「カガリ様! お気をつけください! 連合の新手が北からもッ!?」

「アレはッ!? 止めろ! いや、落とすんだ! コイツに来られたらオーブは・・・ッ!?」

 

 レーダーに写る数値だけでも異常としか言い様がない代物の接近にカガリたち、オーブ国防本部ビルに詰めている首脳陣は慌てふためき、再び指示と報告とが錯綜する混沌の渦へ逆戻りさせられる羽目に陥っていた。

 

 落ち着いてよくよく観測すれば、三機のデストロイ部隊はオーブ本国をかすめはしても、爆発圏内からはギリギリ外れているコースを通ってカーペンタリアへと向かうようセットされていることが分かったかもしれないが、今この時だけは誰一人そんな冷静さを残している者は存在しなかった。

 

 

「モビルスーツ隊はザフト軍を支援するため海上へ出撃、三機の連合軍機撃墜に向かえ!

 陸上戦力はウナトの捜索を続行せよ! 急げ! 諦めるな!!

 奴を捕まえてザフトに引き渡し、ウナトたちの救援にきた連合軍を押し返せば、停戦が可能になる! とにかく今は、その二事だけに集中するんだ!!」

 

『『『りょ、了解しました! カガリ様ッ!!』』』

 

 

 戸惑いを心に大きく宿しながらも、自分ではどうすればいいのか見当も付かない状況へと急転直下で叩き落とされたオーブ兵たちは、とにかく自分に与えられた役目を果たそうと割り当てられた任地へと急ぎ急行し、一方で各々の確認チェック作業はオーブ兵の移動に関してのみ疎かになった。

 

 “負傷したオーブ政府官僚の一人”を、病院へと搬送させようとしている救護兵の一団を見ても、誰一人怪しむ者がいなくなってしまっていた事実に、指示を下していたカガリ本人が気づいてヘルメットを床に叩きつけるのは翌日になって後のこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと前後して、オーブ近郊の地下に造られていた秘密ドックでは、一応の修復作業を終えて離水可能となったアークエンジェルが戦線へと参戦するため、艦長マリュー・ラミアスより出航の指示が出されていた。

 

「メイン・ゲート解放、拘束アーム解除、機関20パーセント、前進微速ッ。

 進路フタマル、アークエンジェル出撃!!」

 

 ・・・・・・もっとも、当初考えていた想定とは全く異なる戦場へと出撃していくことになったのは、いったい誰に向けての皮肉と言うべきなのか彼女たちにも判然としなかったが・・・・・・それでも彼女が率いる白き大天使は混沌とした戦場へと帰還を果たしたことだけは確かだった。

 

「オノゴロ島、光学映像出します! 続いてオーブ領海内の映像解析を開始!」

「敵陣、熱紋照合。ザフト軍艦隊の陣容、《ボスゴロフ級》2、《ベーレンベルク級》4、《ミサルコ級》8、それと・・・・・・《ミネルバ》です! ミネルバが、この戦場にも!!」

「えっ!? あの船がッ!」

「ミネルバ!? ジブラルタルじゃなかったのか!」

「セイラン捕縛のため派遣されてきてたのかよ!?」

 

 因縁がある敵の新鋭艦との予期せぬ再会に艦内は一瞬、騒然となって緊張が走るが――それをマリューは一喝して宥め賺す。

 

「今は敵とか味方とか言っていられる状況じゃないでしょう!? 敵を間違えないで!

 あの状態に陥ったアレが相手では、戦力的に彼女らにとっても苦しいはず・・・・・・不確定な相手の理性を決めつけないで確認を! 通信開け、私がミネルバと話します!

 あの敵を倒して守るという一点に関してだけでも共闘できないか、打診してみるわ!」

「は、はいッ!!」

 

 所属の違いにこだわりが薄い、というよりドコに所属しているのが自分たちなのかが曖昧な時間が長かったマリュー・ラミアスは、こういう状況下に気づかぬ内に慣れていたのかもしれない。

 

 本来は敵艦でしかないはずのミネルバに向けて限定的共闘の提案を持ちかけようという発想は、この世界のこの時代において可能だった者は数少なく、今の戦場において可能だったのは彼女の他に一人だけしかいなかったかもしれない。

 

 そして、その人物がその提案を思いついても決して行わない勢力に属していたという事実こそが、この戦争がここまで歪な形に推移してしまっていた理由を現すものだったのかもしれなかったが・・・・・・

 

 

 

 だが結局、この提案は現実となることなく可能性の段階で死を迎えることになる。

 混戦の中、まだ距離のある相手艦との通信回線を開くためアークエンジェルのブリッジクルーが四苦八苦している最中。

 

 ミネルバの索敵を担当するバート・ハイムが、直上から急速降下してくる高速飛翔物体の接近をレーダーが感知したことをタリア・グラディスに報告していた内容が、その理由だった。

 

「上空より、接近する物体あり!」

「なに!? 何なの!」

「モビルスーツ・・・いや、速い! これは――まさか!?」

 

「なにぃっ!? あれは・・・・・・フリーダム!? なんで! なんでお前がまだここに・・・ッ!?」

 

 

 沈めたはずだった敵艦、落としたと思っていた機体の再登場によって混迷の度を増すことになっていくオーブを巡る三つの勢力の戦い。

 連合、オーブ、ザフト軍が争い合う戦場に、スーパーコーディネイター キラ・ヤマトと平和の歌姫ラクス・クラインが降り立ったことで、戦局は混乱と秩序のいずれに傾くのか、もはや誰にも予想不可能な状況へとステージを更に進めることになっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして・・・・・・一度は倒されたはずの、前大戦最強の機体フリーダムの復活と戦線復帰というセンセーショナルな出来事によって混迷の度を増してしまった戦場だったからこそ。

 

 ほとんどの人たちは忘れてしまう結果にも繋がってしまうことになる。

 

 そもそも、この戦いは『誰を助けるため』始められたものだったかということを。

 この戦いで、『誰を確保するため』派遣されてきた討伐艦隊だったかということを。

 

 誰もが忘れていた。失念してしまっていた。

 些細な些事だと誰もが切り捨て、カガリでさえ目の前の戦闘という現実に目を奪われて、そもそもの全体を見ようという意識も心も損失してしまっていた自分に気づけなくなってしまっていたのだ。

 

 情報が錯綜し、モビルスーツが再び宙を飛び交い、軍人たちが右へ左へ走り回って相手の顔など碌に見ている余裕も失われた状況の中。

 

 オーブ国防本部ビルから多少離れた位置にある、市街地へと続いている街路の一つを、負傷したオーブ官僚を中心にひた走っているオーブ兵の一団が存在していた事実に気づけた者は、この時オーブ軍にもザフト軍にもアークエンジェルにも誰一人として存在してはいなかった。

 

 

 

「ユウナ様、お急ぎくださいませ!

 本島のセイラン家邸宅地下にあるシェルターへと続く隠し通路がコチラに!」

「あ、ああ・・・分かってる、分かっているさ! いちいちボクにうるさく言うな!」

 

 偽装のためオーブ正規軍に変装している私兵部隊に護衛されながら、父ウナトとの合流を急いでいるユウナ・ロマ・セイランは、部下からの言葉に最初は弱々しく返事を返しながらも途中でいきり立ち、癇癪を起こした子供のように反発すると再び走り出すという行為を先程からずっと繰り返し続けていた。

 

 彼にとって、今の立場も、傷つけられてボロボロにされた今の体も、全くもって納得のいかない理不尽なことばかりが連続して起きていて、彼のプライドと弾性の乏しい精神は破綻寸前にまで追い込まれつつあったからである。

 

(くそっ! クソぅッ! なんでボクがこんな酷い目にあって、こんな痛い想いをしなくちゃいけないんだ!?

 ボクは選ばれた人間のはずなのに! 特別な人間だったはずなのに、それなのに何で!?)

 

 彼の頭の中では、その疑問が何度も何度も繰り返され、満足できる答えが出せないままリフレインし続け、彼を混乱した心理へと自分自身で貶めさせていた。

 今まで苦労少ない人生を、半ば他人の足で歩ませてもらってきたユウナには元から逆境に対する耐性が少なく、こういう状況下に陥らされたときに自分自身を維持できるような手段を彼は持ち合わせる機会を得られぬまま今日まで生きてこられてしまっていた。

 

 そんなユウナには、今の事態が未だに理解し切れていなかった。

 

 たしかに自分にも悪い部分はあったかもしれないが、それでもここまで酷い目に遭わなければいけないほど悪いことを犯した記憶は一度もない!

 結果的にオーブを危機的状況に陥らせてしまったのも悪いとは思っている! だけど最初からこうなると分かっていたなら、こんな選択を自分たちは選びはしなかったし、未来の全部を予測するなんて人に出来るわけがない!

 

 自分のとった行動が間違っていたわけじゃない! ただ結果的に予測した未来にたどり着けなかっただけで、それは自分の責任じゃない! 自分がどんなに優秀でも、その指示を実行する部下たちが無能ばっかりじゃ上手くいける訳なんてないんだから!!

 

 ・・・・・・そういう理屈で、ユウナは自分の中の幻想と目の前の現実との隔たりに整合性を取ろうとしていた。

 社交界で浮名を流していた自分の顔が腫れ上がり、見るも無惨な不細工な面に変えられてしまっている現実から目を逸らすために。

 オーブの最高司令官にして、オーブ権力の頂点に立ったセイラン家の跡取りである自分が、手錠をかけられ自由を奪われた姿で銃を突きつけられながら歩かされていた、近い過去の惨めな境遇を記憶から閉め出すために。 

 

(そうだ! この危機が過ぎたらカガリだってボクの功績を認めてくれる! 認めさせてみせるさ! なんとでも言いくるめてやる!

 そうとも、ボクは天才だ! ボクなら出来る! なぜならボクは選ばれし者、超越者に祝福された普通の人間とは違う存在の一人なんだから!!)

 

 そこまで思うことで、ようやくユウナの精神は落ち着きを取り戻しはじめていた。

 他人が聞けば、開いた口が塞がらなくなるほどの誇大妄想としか言いようのないユウナの自意識過剰な幻想だったが・・・・・・彼がそう信じたとしても不思議ではない状況に彼ら親子があったことは事実ではあったのだ。

 

 

 ユウナは先の大戦前まで、オーブ議会に座を占めていた五大首長の一家にも数えられていなかった、官僚一族セイラン家の跡取り息子として生を受けた青年だった。

 平和な時代であれば、彼が今の地位に就くことは決してあり得ず、順当通りに官僚の息子は官僚の一人になる程度が関の山だったろう。

 あるいは先々代の代表ウズミから評価される立場にすらなれなかったかもしれない。

 

 だが、先の大戦が自分たち親子の人生を一変させた。

 国民から人気の高かった代表のウズミは、マスドライバー・カグヤと共に自爆して、閣僚たちの多くも一緒に吹き飛ぶ道を自主的に選んで永遠に失脚していった。

 残された首長たちも、大戦後にオーブを連合から独立させた後に、敗戦の責任を取って辞任してくれて、ほとんど全ての家は代替わりを余儀なくされたのが戦後のオーブだった。

 

 上に立っていた者たちが戦火によって次々と死んでいく中、自分たちは生き残り、繰り上げ人事によって手を汚すことなくオーブ権力の座を一気に駆け上がることが可能になったのがセイラン家だったのである。

 

 もし仮に格下の家柄しか持たぬセイラン家が、平和な時代に現在の地位を欲するなら、血で血を洗う権力争奪の末に血まみれの玉座を手にする以外に、他の手段は存在しなかったのは間違いない。

 しかも父であるウナトは最高権力の座に着いた時には既に老境に手が届きつつある年齢だったのに対して、ユウナはセイラン家の跡取り息子として生まれた若者の世代。

 

 オーブに暮らす誰もにとって不幸でしかなかったオーブの敗戦と、連合による占領支配ですら、その後に訪れる独立という栄光と、独立後のセイラン一極体制の確立へと繋がっていく過程だったと考えれば、セイラン家だけには幸福をもたらす行幸として機能した。

 

 全てが全て、自分に栄光の階段を上らせるために誰かが舗装された道を用意してくれていたとしか思えないほど出来過ぎな境遇は、ユウナに人知を超えた守護者の実在を信じさせるに十分すぎるほどの富と栄光を彼にもたらし続けてきたのだ。

 

 斯くしてユウナは、自らを選ばれた者の一員と認識して、その人間が就くに相応しい地位へと上り詰めるため人生を歩む速度を速めていったわけであるが・・・・・・その末に待っていた現実が、現在の惨めな立場だった。

 

 今まで自分を『特別な存在』と信じて疑わなかったユウナにとって、こんな現実は受け入れられない。受け入れられるわけがなかったのだ。

 彼は必死になって頭の中で、自らの境遇と認識と願望と、現実との隔たりに整合性をつけられるような理屈を考え、それを信じることによって自らの精神的均衡を守ろうとした。

 そうすることでしか、彼は辛い現実を許容する手段が思いつけない青年に育ってしまっていたから・・・・・・。

 

(そうさ、そうとも! ボクは選ばれた人間で特別な人間なんだ! それなのにどーして他の奴らには、そんな当たり前のことが分からないんだ!?

 バカだ! バカだ!! どいつもこいつもボクの周囲には当たり前のことすら分かろうとしないバカばっかりしかいなかったから、ボクがこんな目に遭わなきゃいけない状況に陥らされてしまっただけなんだ! そうだ、そうに違いない!

 特別な人間であり、間違ったことや悪いことなんて一度もしたことが無いボクが、こんな目に遭わなきゃいけなくなってる理由なんて他には何も考えられな―――)

 

「ゆ、ユウナ様! アレを! アレをぉぉぉぉッ!?」

「・・・・・・はぇ?」

 

 走りながら思考の海に頭の先まで沈み込んでいたユウナは、部下の一人から悲鳴のように叫んで名前を呼ばれ、なにかと思って顔を上げた先でソレを見て――――完全に思考を停止してしまった。

 

 

 落ちてくる・・・・・・。

 本格的な戦闘を開始した連合軍のモビルスーツ部隊とザフト軍との戦いの中で、主戦場から遠く安全だと思っていたオノゴロ島上空を飛ぶムラサメの一機が、流れ弾に当たってブースターをやられてしまい、自分たちの方へと真っ直ぐに落下しながら―――目前まで落ちてきていた。

 

「嘘だ・・・」

 

 他の部下が言葉を失い、絶望に顔色を染める中。

 ユウナだけが呟きを発していた。嘘だ、と――。

 

 こんな事はあり得ないと。

 ドラマのように自分の望みを実現してくれるために存在している世界で、こんな事はあり得ないと。

 

「嘘だ・・・・・・」

 

 先程より近づいてきたモビルスーツを前に、ユウナは再び同じ言葉を呟く。

 自分は助かる。普通なら絶対に助かるはずのない大ピンチでも、自分は死なない。自分だけは助かるのだ。

 なぜなら世界は、そういう風に出来ているのだから。世界は自分を祝福してくれているはずなのだから。

 こんなところで主演男優が死ぬなんてことは、ドラマだとありえない。だから自分は死なない。助かる。助かる。タスカ、ル・・・・・・

 

 

「嘘、だ・・・嘘だ・・・・・・嘘、だ・・・あ、ア、あぁぁぁ、アう゛ぁぁぁ、ァァァ・・・ッ!?」

 

 

 そして遂に発した命の叫び。

 自分は助かると信じ切れなくなったが故の悲鳴。

 自分が自分のことを特別な存在だと信じていても――世界は自分を特別な存在として見てくれていなかったのだと。

 

 『死』によって、ユウナは生まれて初めて現実を思い知らされることになる・・・・・・。

 その瞬間――――

 

 

 

 ズガガガガガガッ!!!!

 

 

 突如として、ユウナたちが立っていた位置の横合いから猛烈な銃声が連続して響き渡り。

 既に頭上まで落下してきていたオーブ軍のムラサメを、横合いから滅多打ちにして爆発四散させるほどのダメージは与えず、ただただ連射によって軽い損傷のみを負わせ続けることで落下する方向を横へとズラし。

 

 

 ズシャァァァァァ!!! ドガギィン!!

 ソレを見計らっていたかのように、猛スピードで地を這うような挙動で接近してきた機体がムラサメを、巨大な足で蹴り飛ばし、地面に落下して大きな音を立てて転がったところで、ブジシュバ!!・・・・・・と音を立ててコクピットに巨大な刃が突き立てられ、完全に動く可能性を消滅させられる。

 

 

「あ、う・・・? あ・・・・・・? な、なんで助、け・・・・・・?」

 

 ユウナには訳が分からなかった。

 当然の反応だろう。なにしろ事故とは言え、自分たちを殺しかかったオーブ軍のムラサメという危機的状況から自分たちを救ってくれたのは三機のモビルスーツたちの姿が、あまりにも異様過ぎたのだから。

 

 

 4連装ビームガンを乱射してムラサメの落下速度を遅らせた機体。

 《ZGMFーX2000 グフ・イグナイテッド》

 

 一時的に動きを止まったムラサメを蹴り飛ばした、重量級の機体。

 《UMF-5 ゾノ》

 

 最後に攻防一体のシールド複合防盾MA-MV05で、コクピットのみを貫いてメインエンジン誘爆をありえなくした機体。

 《ZGMF-601R ゲイツR》

 

 

 ・・・・・・3機ともザフト軍のモビルスーツだ。

 敵であるザフト軍が、なぜオーブ最高司令官の自分を助けるような真似をするのか? 人質にでも取るつもりか?

 混乱するユウナの心理を、さらに混乱させるような行動をモビルスーツたちは取り始める。

 

 なんとザフト軍のモビルスーツたちがユウナの前に降り立つと膝をつき、オーブ宰相の息子の前に跪いて臣下の礼を取って見せたのである。

 訳が分からず、混乱したまま、誰一人として答えを持たずに遠巻きに逃げようとしていた足を止めて見守っていた私兵部隊の見守る中。

 

 三機のモビルスーツの一機から―――おそらく中心に座したゲイツRだろう―――乗っているパイロットの声がユウナの元へ届けられる。

 

 

『お迎えに上がりました、ユウナ・ロマ・セイラン様。どうぞ、我らと共に安全な場所へご移動を』

「は・・・? はひ・・・・・・?」

 

 間の抜けた声でユウナは返事になっていない、それどころか人の言語か否かさえ怪しい言葉を相手に返して、呆けた顔と態度を晒すだけ。

 ただ、その責任を彼だけに問うのは酷かもしれなかった。声をかけてきたパイロットの方にも僅かながら責任のある反応だったからだ。

 

『このように無様な姿で馳せ参じた無礼をお許しください。敵の目を欺くため、必要な偽装でして。

 ―――我らファントム・ペインの主、ロード・ジブリール“先生”は、あなた様のご無事をいたく気にしておられます。どうか我らと共にジブリール様の元へお急ぎを。さぁ』

 

 そう言って機体の右手を差し出してくるよう動かした相手の声は、間違いなく女性のもの。

 妖艶で、微かに甘ったるい印象を声だけで感じさせられてしまう、思わずゾッとするような色気のある声音の持ち主だったが・・・・・・一方で声質から察するに、年齢的には二十代にも達していない少女のように感じさせられた。

 

 パイロットとしては若すぎる部類に入る人物が示したばかりのモビルスーツ操作の神業に、ユウナは見た目の印象と戦いぶりとのギャップで整合性がとれずに戸惑うことしか出来なくなっていたのだった。

 

 

「ジブリール氏、が・・・・・・ボクたちを、迎え、に・・・・・・?」

『はい、ユウナ様。なにしろ、あなた様は“選ばれた特別なお方”ですから。

 この様なところで死んでいい方ではありません。今の世界には、あなた様のような方こそ必要とされているのです』

 

 

 ユウナの砕け散った幻想を抱く心に、深く甘く、鋭く入り込んでくる言葉の毒。

 甘美で優しい、“お世辞”の毒に、ユウナの弱くて脆い心は救いを求めてフラフラと、相手から差し伸べられた『栄光へと続く道』を掴み取るため、震える片手で、引きつった笑顔を浮かべながらユウナ・ロマ・セイランは、再び悪魔からの使者の握手を受け入れる――

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼の、腰を抜かしたまま呆けた表情で自分を見上げてくるだけの不細工なツラを、コクピットに写るモニター画面で確認しながら、パイロットである切れ長の瞳をした若い女性は鼻を鳴らして不快そうに論評する。

 

「――随分とブッサイクな男ねェ~。任務とは言え、こんなの助けるため歯の浮くオベッカ言って、出張ってこなきゃいけないだなんて、アタシらも運がないわよねホントにさぁ」

 

 ウザったそうに、画面に映る光景から目を逸らした彼女の耳元に、下品な笑い声で同僚の一人から通信が届けられる。

 

『そいつもミューディとよろしくヤリたくて、腰突き出したまま固まっちまってんじゃねェ~の?

 “ママぁ、こんなにボクやりまくりたいのぉ~♪”ってさァ。ハハハッ!』

「やめてよ、コーザ。笑えないジョークは、アンタの顔だけにして。アタシは男は選ぶ性質なんだから、あんなのと寝るなんてまっぴらゴメン。

 ――まっ、アンタの方なら考えてもいいんだけどね? どうする? スウェン」

『さぁな――』

 

 最後の一人から聞こえてきた、いつも通りのCOOLな声音に舌を「ペロリ」と出して唇を舐める。

 思わずゾクゾクしてきちゃうほどに・・・・・・もし自分が死ぬときが来るとしたら、こういう男に抱かれながら二人だけの場所でヤクやってハイになって、キモチよく死んでいきたい。

 野良犬みたいな宇宙の人間モドキ共にムシャブリつかまれくって、メチャクチャにされながら死ぬのはゴメンだ。死んでもゴメン。“二度と”ゴメン。

 

 もう二度と、あんな怖い思いをさせられるのだけは絶対にイヤだ。

 だから、あんな思いをさせてくる人間モドキなんて一匹残らず殺し尽くしてやる・・・!!

 

『俺たちに与えられた任務は、その男たちを確保して無事に連れ帰ることだ。

 “生きて帰ってこれなければ意味が無い”――と。

 敵を殲滅しろとも、テロリストを排除し尽くせとも命じられていない。なら任務は完了だ。帰還する』

『もう一人のブタちゃんの方は回収してやらなくてイ~のかい?』

 

 コーザと呼ばれた、三人チームで二人いる男性パイロットの片割れから、笑い声での質問がもたらされる。

 答えが分かり切っていると承知の上での質問モドキだ。質問でないならスウェンはいちいち答えない。代わりに相手をしてくれる、男心には聡い女性の同僚が健在なら尚更に。

 

「別にイイんじゃない? 私たちが受けた命令は『セイラン家の救出』を連れ帰ること。

 セイランだったら“どっちだって構わない”って事らしいし。私らの見分けに意味なんかないわよ。

 後は自己責任で、自分の力だけで何とかしてもらいましょうヨ。運さえ良ければ生き残れるわよ、きっと」

 

 

 冷徹に、あっけらかんとした口調でアッサリと、ゾノもどきのMSを操る少女パイロットはユウナが持つ『人間としての価値』を正しく査定し、正しい対応を冷然とおこなう。

 

 そう。ユウナは特別な人間だ。特別な価値を持つ『セイラン家の跡取り息子』だからだ。

 普通の人間では換えが利かない、特別な政治的価値を持っているのは『セイラン家に生まれた子供だから』なのだ。・・・・・・セイラン家であれば別に彼でなくても特別になり得る。

 

 

『まァっ、そーなるわな。

 そんじゃま、お坊ちゃんの手下どもも回収してやって、置き土産でも残してから派手に帰るとしますかネっと』

 

 

 そう答えてコーザは、ゾノの姿をした自分が乗るモビルスーツの腕を上げて―――適当な方向へ向けて発砲させる。

 

 《ザフト軍MSゾノ》の姿をした機体から発射された《フォノンメーザー砲》が、戦闘停止中のオーブの町並みを焼き払い。

 爆発四散した焼け跡に、ゲイツRに撃墜されたオーブ軍MSムラサメ1機の残骸だけを置き土産として残した状態で・・・・・・・・・

 

 

 

つづく

 

 

 

 

【今作版のオリジナル設定解説】

『第81独立起動群ファントム・ペイン特殊戦MS小隊』

 

 「CE73 STARGAZER」の登場人物たちである「スウェン・カル・バヤン」「ミューディー・ホルムロフト」「シャムス・コーザ」の3人組その本人たちを、そのまま登場させた部隊。

 

 時期的には、デストロイが投入される少し前の時期に『フェイ・ウォン』や『キョウヤ・ヒグチ』の採用試験がおこなわれており、ミューディーが戦死したはずの戦場に増援として派遣することで、当時は指揮権を有していなかったファントム・ペインの役立ちそうな人材に顔繋ぎと恩を売っておくことの一石二鳥を狙って成功した結果として今作に参戦することになる。

 

 一方で、スターゲイザーという機体そのものにも連合軍の無意味な作戦にも興味はなかったため、彼らを救っただけで他は何もしていないし、する気もなかったのがロゴス・セレニアと彼らの馴れ初めになる。

 

 

 ファントム・ペインの上役でありながら、彼らを消耗品として扱おうとせず、ブルー・コスモス思想の洗脳教育を『支配するなら別だが、戦闘には役立たない』とブッた斬って突き進むセレニアの考え方には、一部だけだがセレーネとも共通する部分があるにはあり、スウェンが彼女に協力している理由の一つにはなっている。

 

 ロゴス・セレニアにとって、ステータス面でコーディネイターと競い合うことには余り意義を見出せておらず、消耗戦になった末に負ける理由になるだけと考えていた。

 自分たちが一人の子供を改造してエース級コーディネイター並のエクステンデッドなりブーステッドマンを造って、専用設備で調整維持し続けたとしても、一般のナチュラル兵五人分は戦える一般コーディネイター兵が十人も量産可能になれば、数の差で経済的に失血死するのは避けられない。

 

 そのため、経験と工夫によって『結果的にコーディネイター部隊に勝利できる能力』こそが重要と考え、その点でスウェンたちのように薬漬けで思考を抑制されていないナチュラルのMSパイロットたちは貴重であり、彼女が彼らを救い出させた大きな理由の一つにもなっている設定。

 

 原作における本来の愛機は健在で、今回は任務の性質上で乗り換えての初登場となってしまった。

 

 

 尚、原作での戦いの結果は当然ながら傭兵2人の圧勝で幕を閉じることになる。

 

 《ケルベロス・バクゥ・ハウンド》の小隊は、血を流させるのを見たいだけなフェイに笑いながら切り刻まれて全滅させられ。

 

 《ジン・タイプ・インサージェント》に乗るコーディネイターの反連合ゲリラたちは、出来損ないとはいえスーパーコーディネイターが持つキョウヤの圧倒的性能を前にして為す術もなく壊滅させられてしまった。

 

 この戦果により、2人の好待遇な採用が決定され、後のヘブンズベースへと続く始まりの一段目をコーディネイターゲリラたちの屍によって踏み固められる事になっていく・・・・・・。

 

 

 

 

 

【オリジナル機体設定】

『グフ』『ゾノ』『ゲイツR』

 

 スウェンたちが乗って登場したザフト軍MS部隊だが、言うまでもなく敵からの鹵獲機“ではない”

 コーディネイター用のOSが搭載されている機体は、手に入れても流石に使うことが出来ないからだ。

 

 ただ『飾りとしての装甲や武装』などは転用可能なので、使えそうな部品は全て引っぺがし、足りない部分は形だけ同じに見えるものを造らせただけのハリボテMS。

 コクピットも内部構造も、ほぼ全てが連合製のものをそのまま流用しているため、本当に『見た目だけ』しか騙しようがなく、性能的にもMS戦で用いるのは狂気の沙汰といったほどの低スペックな代物でしかない。

 

 ただ、混乱した戦況で一時的にだけでも騙せればいい、という状況下でのみ使用するため用意だけはしておいた機体で、今回の任務用に急きょ造らせた、という訳ではないが二度と登場する方法を思いつけないという点では同じようなものかもしれない。



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PHASE-18

予定してた全部を書けた訳じゃないんですが、正直疲れましたので一旦投稿。
ロゴス・セレニアによって変えられたオーブ攻略戦の続きとなります。

相変わらず、本格的な戦闘が始まるまで無駄に長い作品だと自分でも思うのですけど、それ飛ばすと面白さが無くなりそうで怖い…微妙な気分の作者です。

謝罪:すっかり略した解釈してたの忘れてましたが、《フェイズシフト搭載機そのもの》はユニウス条約違反に当たる機体ではなく、保有数の上限を大幅に超えてしまうと判定される機体でした。
作者の端折り過ぎた誤った解釈でしたので、修正しておきます。


 国内にザフト軍MS部隊が侵入し、発砲した!!

 その報告がもたらされ、オーブ国防本部は無音の驚愕に包まれ騒然となった。

 続く報告によって、確認に向かった部隊がムラサメの残骸とザフト軍機ゲイツRの武装が現場で発見されたことが判明し、驚愕は確信へと転じてザフト軍の卑劣行為への敵意へと転換され、パニック寸前にまで陥りかけた瞬間。

 

 オーブ代表にして現在は臨時で軍総司令も兼任しているカガリ・ユラ・アスハは、掌を机に叩きつけながら激高する部下たちに向かって怒号したと歴史は記録する。

 

「騙されるな! それは陽動だッ!!」

 

 それが今回の一件における報告内容を聞いた上で出した、カガリの結論だった。

 

「連合の援軍が新たに北方からも出現した現状で、ザフト軍が我が軍との戦闘を再開して一体なんの得がある!? 今そうなって得をするのは連合だけだ!

 戦う相手を間違えるな! 我らは国の理念に従い、オーブの国土を犯そうとする者だけを打ち払えばそれでいい! 各員は現在の任務に専念せよ!」

 

 停戦の申し込みに返答も得られぬ内にザフト軍機からの先制攻撃という、ロゴスを彷彿とさせる事態に動揺していたオーブ軍高官たちは、理路整然としたカガリの戦況分析と判断に「ハッ」とさせられて我に返り、現在の正しい状況を思い出し、そして赤面した。

 

 この時期のカガリには、明らかに政治家としての識見でも、軍司令としての戦略眼においても著しい成長が見受けられる部分が散見しており、アークエンジェルと合流する前までの傀儡でしかなかったオーブ代表時代を知っている者たちからは別人のように思えた程だ。

 

 あるいは単純に、『騙され慣れた』『利用されることに慣れて強かになった』というのが理由による変化だったのかもしれないが、有事の際の政治的トップが正しく現実の戦況を判断できるようになったことは、そうならないより遙かに良いのは事実でもある。

 

 できればオーブを家出する前から現在の判断力を発揮してくれていれば――そんな非建設的な思いを抱く者も0ではなかったものの、藪を突いて蛇を飛び出させたい戦況でもなかったため大方の者は、たとえ思っても言わない道を自主的に選んで指示だけを実行していく。

 

 ・・・・・・だが皮肉なことに、カガリ自身は部下たちを納得させた自分の判断に基づく命令に対して、絶対の自信を抱いていた訳でないのが実情ではあった。

 

(――あのデュランダル議長なら、こんな状況でさえ利用できる方法を考えついてしまえるのではないだろうか・・・?

 もしこれがオーブ軍との戦端を開かせるため、犠牲を承知で議長が仕組んだ罠でしかなかったとしたら、今度こそ我々は、オーブは・・・ッ!! だが――)

 

 そんな疑念を内心で抱かされ、今回の件でもデュランダル議長がなにか企んだ結果ではないか?という疑惑を晴らすことができないでいたのである。

 

 これは完全に誤解であり、今回の一件に関してだけはデュランダルは全くの無関係で、主犯も実行犯もカガリ自身が述べたように連合軍の指揮官と部下たちでしかなかった。

 カガリの疑念は過大評価に類する類いのもので、デュランダルに脅威を感じる思いが強くなり過ぎていたが故に影に怯えるレベルにまで達しつつあるものでもあったのだが――そこまで疑われて警戒されるのが仕方のない部分も、デュランダルにあったのは事実でもある。

 

 考えてみれば、《アーモリー1》での連合軍襲撃のときから自分は彼の掌で踊らされていたことが、今から考えれば分かってくる。

 ファントム・ペインに奪取された三機の新型《G》にしても、何故『VIPたちが大勢招かれた軍事セレモニーの進宙式』に『ユニウス条約違反を批准していない新型MS』を配備しておく必要があったのか?

 公の場で『定められた上限数を超過する数のMSを開発してました』と披露する予定だったとも思えない以上は、奪われることを前提として運び込んでいたとしか考えようがない。

 

 つまりデュランダル議長は、あの時の事件で戦死したザフト軍将兵たちでさえ生け贄として切り捨てたのである。

 味方でさえ目的のためなら平然と、敵に殺させてしまえるような人物が次に何を狙ってくるかなど、カガリのような少し才能に目覚めただけの善良な子供に想像できるはずもない。

 

 だが、トップに立つ者からの指示で動く現場の者たちに、命じる側自身が自信なさげな本音を晒す訳にいかない。先程強い口調で言い切ったのも、それが理由によるものだった。

 

「ムラサメ隊の主力を、北方から近づきつつある敵巨大MA迎撃のため、ザフト軍を支援させろ。この状況下だ、相手だって教条主義にはこだわることは無いはずだ。

 彼らにアークエンジェルの力が加われば、戦力は大幅に増強できるのだから」

「・・・だが、いいのか? カガリ。彼らは先程までオーブを――」

「分かっている。だが今は敵対する時ではなく、友好関係を結び直す時だ。アイツらへの悪口は、プラントとオーブの中が修復された後にでも、いくらだって言ってやるさ」

「フ――」

 

 急に可愛げのないセリフを吐くようになった愛娘の成長でも見守るような視線で側近のキサカが、カガリの小さな背丈の頭頂部を見下ろしながら息を吐き、即座にオーブ代表の命令を実行するよう現場に指示を出し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、オーブ軍艦隊と相対する位置関係に布陣していたザフト軍の派遣艦隊もまた、オーブとは異なる情報と異なる部隊の侵入によって混乱を来されていた。

 

 

「光学映像出ます! 敵陣熱紋を再度照合――こ、この反応は・・・《フリーダム》と《アークエンジェル》!?」

「ええっ!? アークエンジェルって、そんな・・・」

「ミネルバが、ユーラシアの海に沈めたはずじゃなかったのか!?」

 

 艦隊旗艦セントヘレズのモニターに映し出されたMSと白色の戦艦を目撃したことで、艦橋内のクルーたちはパニック寸前の驚愕に包まれつつあったのである。

 ミネルバと違って潜水空母であるセントヘレズは、突如として海上に現れたアークエンジェルとフリーダムの姿を、すぐに肉眼で見ることができない。

 レーダーで感知した二つの『現れるはずのない存在』を確認するため、ホログラフィで再現された光学映像をモニターに映し出させたことで本物であることが判明してしまい、乗員たちの間で驚愕が走って収めることが出来なくなっていたからだった。

 

「ウィラードの狸め! 手柄顔で語っておきながら、仕留め損ねていたのか!? あの野郎・・・・・・生きて帰ったときには覚えておれよ!」

 

 艦隊司令は口汚く罵り声を上げながら、両手をパシン!と音高く打ち合わせて怒りを露わにする。

 彼もしばらくの間はモニターに映し出された映像に唖然とさせられていたのだが、戦闘開始から衝撃の連続だったことで耐性が付いてきたのか、それとも感覚が鈍くなってきただけなのか。とにもかくにも理性を素早く回復させると、同じ地上部隊に所属する同僚の白服を激しく非難しはじめる。

 

 《エンジェルダウン作戦》――ザフト軍によるアークエンジェルの包囲殲滅作戦における責任者だった隊長の、小狡そうな細い両目と陰湿そうな顔つきを思い出し、司令は嫌悪感と共に悪態を吐く。

 

 『軍人たるもの作戦を完遂させることが務め』だの『前大戦の英雄艦から敵艦に変化したあの船が別のものに変化しない共限らない』だのと、賢しげな理屈を振りかざして現実主義を気取っている男だが、何の事はない。

 

 たんに如何なる政治家が政権を取っても、地位を失わずに側近で居続けられるよう風向きを確かめるのに躍起になっているだけの、保身主義者に過ぎない小物なのだ。

 デュランダル議長も、あの男の性質は理解している節があり、便利屋として幾つか任務を任せているようだが、それが政治というなら仕方がない。

 

 だが、その尻拭いで自分たちが危険に晒させられるというのでは、話が違う!!

 あれだけの大部隊を投入した包囲殲滅作戦でさえ落とせなかった艦と、連合とオーブ軍に前後を挟まれた態勢で対峙しなければならなくなるとは!

 

 完全に予定が狂ってしまった! ・・・・・・だが一方で、コレは好機でもある。

 この状況で、“あの”アークエンジェルが出てきたとするならば、あるいは――― 

 

「で、ですが司令。あれがアークエンジェルだとすれば、連合の巨大兵器撃退のため手を組める可能性もあるのでは・・・・・・?」

「・・・・・・」

 

 副長から進言されて無言を返した提案こそ、まさに司令が考えている『アークエンジェルの登場が好機となり得る可能性』を言語化したものだった。

 それは、前大戦を経験しているザフト軍の古参兵の中には《アークエンジェル》を敵ではなく英雄艦として捉えている者が多く、司令もまた同じ意見を持つ一人だったことが関係している。

 

 それは前大戦終盤において、連合ザフト双方の首脳陣が『敵を攻めること』に傾倒しすぎるあまり、『味方を守ること』が疎かになっていった流れと関係している心理によるものだ。

 

 地球軍の実質的な司令官となっていたブルーコスモス前盟主『ムルタ・アズラエル』は言うまでも無く、ザフト軍を率いて戦場に立ったパトリック新議長も超兵器《ジェネシス》が完成してからは個人的復讐心を満たすことを優先させ、味方の被害を顧みようとしなくなっていた混沌の戦況。

 

 この頃になると、連合軍の《ピースメーカー隊》から発射された核ミサイル攻撃を撃墜して、味方を『核の炎で焼き殺される恐怖』から守っていた数はアークエンジェル隊と、彼らが属したクライン派が最も多くなってしまっていたのである。

 

 結果として、その成果が《血のバレンタインの悲劇》を嫌悪するコーディネイターたちの心に感謝を植え付け、アークエンジェルとクライン派を《連合の核からプラントを守る英雄》としてイメージを定着させていくことになる。

 一方で、この戦いを経験しておらず、『核ミサイルから守られた経験がないザフト兵士』にとってアークエンジェルは、ただただ被害だけを被らされた記憶しかなく、彼らが大天使を『敵でしかない』と思うのも当然の評価でもある。

 

 今次大戦におけるザフト軍内部での、新兵たちと古参兵とのアークエンジェルに対する評価が大きく隔たりが生じていたのは、そういう個人的経験に基づく心情面が強く影響している故だったのだ。

 

 

 また、心情面だけの問題ではなく、『アークエンジェルが沈んでいなかった』となるとザフト軍内部では別の現実的な問題が浮上してくることにもなってくる。

 それは、『デストロイによるベルリン虐殺』まで遡って生じる問題点。

 

 シン・アスカなどには心情的に受け入れがたかったことから無視されていたが・・・・・・大前提として、ミネルバより先に到着して【デストロイの脅威からベルリンの人々を守っていたのはアークエンジェル】なのである。

 

 その船を指して議長は、アークエンジェルとフリーダムが自分たちより先にベルリンを守るため戦っていたシーンを省いた映像を報道し、【目的も示さぬまま戦局を混乱させて戦火を拡大させている】と断言して撃沈を命じていた。・・・・・・時系列で考えれば些かおかしな話ではあった。

 

 矛盾している、とまでは言わないが説明を要する理屈ではあっただろう。

 だからこそデュランダルは都合の悪い部分をカットした映像を世界中に流したのだろうが、セレニアによってノーカット版が再放送されてしまった今となっては、姑息なプロパガンダという悪印象を強める理由にしかなっていない。

 

 沈んだと思われていた今までなら、『今さら真実がどうだろうと・・・』と敢えて割り切ることが可能となっていた出来事だったが、こうして目の前で再び復活されてしまえば司令としては悩まずにはいられない。

 

 だが、しかし―――

 

「なにを仰っているんですか副長! あれは敵です! 敵は討たねば! ・・・そうでなければ、オレの戦友は・・・・・・っ。大体あの船がなんだって今、この海に!」

「ミネルバを追ってきたのか!?」

 

 ブリッジクルーの中で、今次大戦から参加している若い兵たちの言葉も飛び交い、その一つが司令の心に深々と突き刺さるトゲとなる。

 彼がアークエンジェルとの共闘という案を提案され、自身でも思いついていながら否定はしないまでも採用もしなかった迷いの理由が、その言葉には凝縮されていたからである。

 

 

(・・・・・・たしかに、連合の核兵器から守るための戦いなら、アークエンジェルと共闘できる可能性はある。ベルリンでの実績もあり、あの力を敵に回して連合とも戦うのは不利でしかない――だが!

 我らは既に、あの艦を《エネミー》と断定して、一度は沈めかける寸前まで行ってしまっている! その事で彼らが我々を恨み、撃って来られた時に我々は・・・・・・ッ)

 

 

 そういう懸念をしなけれなばならない立場に、今の相手と自分たちは位置を入れ替えてしまった後になっていたことが、司令に即断を躊躇わせた理由だった。

 生きていたとは言え、撃沈したと報告を上げれるだけのダメージは与えたことは確認していたからこそ、ウィラードも大口を叩くことが可能だったのだろう。

 その際にはアークエンジェル側も、相応の被害と犠牲者をザフト軍の攻撃によって生じさせられているはずだ。

 

 自軍における若き兵たちが、アークエンジェルに被らされた被害だけを恨みに思い、「あれは敵だ」と叫んで撃つことを求めてきているのがザフト軍の現状だ。

 ならば、同じ状況が向こうでも生じていないと信じ込めるほど司令は楽天家になれない人物だった。

 まして自分たちは今、オーブへと軍を進めてきた直後なのである。停戦は提案されたが締結されたわけではない。

 アークエンジェルが足止めをし、地球軍の援軍による自爆でザフト軍だけが壊滅してくれるなら、オーブにとっては願ったり叶ったりの状況でもある。

 

 

 連合の巨大兵器を倒すためには、間違いなく有効だと思えるアークエンジェル隊との共闘。

 だが一方で、手を組んだ後のアークエンジェルに後ろから撃たれて戦線崩壊してしまう危険性。

 

 その二つを天秤にかけた末に、このときザフト軍司令が選んだ決断が歴史を変えることになる――

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミネルバは即座に転進し、連合の援軍である巨大兵器撃滅に向かわれたし。

 アークエンジェルは我々、派遣艦隊本隊が動きを押さえるため前に出る』

 

「ええっ!? そ、そんな・・・!」

 

 突然のアークエンジェル介入に対して、旗艦セントヘレズの艦橋から対応の方針を告げられた瞬間。

 副官のアーサーは狼狽えた声を返事代わりに叫んでしまい、艦長のタリアも思わず驚きに即答することが出来なくなってしまっていた。

 

 自分たちが撃沈したはずの艦が現れ、シンが打ち倒した機体の後継機と思しきモビルスーツが舞い降りてきた時には不思議と驚きを感じなかった彼女だったが、それに対する対応を決めかねていると予想していた司令部に自分から打診するより先に命令が下されたことには意外さを感じさせられ、次いで命令内容には驚愕させられそうになってしまった。

 

(あの艦と戦うというの!? この状況でッ!?)

 

 それがタリアの素直な思いだった。

 思い出されるのは、あの艦の艦長マリュー・ラミアスと通信回線で交わした会話。

 

『――本艦には、まだ仕事があります』

 

 静かな中にも不屈の意志を漂わせた表情で語りかけ、その意気を快く感じていた彼女には、自分たちが追い詰めた作戦とはいえ、アークエンジェルがあれしきの危機的状況で屈するはずはないと思わされていたから、生きていた事それ自体は計算外と言うほどではない。

 

 だが、そんな不屈の艦を連合とも戦いながら相手にする『敵』として考えたなら話は別だ。違いすぎる別次元の問題である。

 とうてい片手間で相手にできるほど生やさしい敵ではないと。司令部はなにを考えているのか!?

 

「・・・ですが司令、状況は我が軍に不利です! ここは連合の援軍撃破を優先し、アークエンジェルとまで戦う二正面作戦は避けるべきかと愚考しますが・・・っ!」

『その程度のことは、貴官に言われるまでもなく承知しておる!!』

 

 怒号による即答で返され、タリアとしては続く言葉が見つからずに口を開閉させることしか出来なくなってしまう。

 ――分かっているなら何故・・・? その気持ちで頭がいっぱいになっていた彼女には、司令が抱かされた懸念を考えつくことが出来なかった。

 

『あの艦と手を結んで連合と戦うため背中を晒した時、撃ってこない保証がどこにあるというのだ!? 忘れたのか! 我が軍は一度あの艦を撃沈しかけているのだぞ!?

 そのことは他の誰よりも旗艦らミネルバ隊が、最も良く理解しているはずではなかったのか!?』

「それ・・・、は・・・・・・」

 

 血走った目で告げられた司令の言葉に、タリアは一瞬言葉を失って唖然とさせられる。

 司令が語った危険性について、全く考えていなかった自分に今初めて気付かされたのだ。

 

 考えてみれば、それは当たり前の発想だったはずだが、どういう訳だか自分たちは完全にその懸念を頭の中から外して考えるようになってしまっていた。

 あの艦は信じられると、根拠もなくそう思っていたからこそ出来たことだが―――今の自分たちとアークエンジェルでは、状況も政府もなにもかもが変わってしまっている。

 たとえミネルバに対して恨みを抱いていなくとも、アークエンジェルが『ザフト軍を』背後から攻撃してくる可能性は捨てきれない。

 

『どのみち、あの連合の巨大兵器相手には、通常のモビルスーツの武装や戦艦の副砲程度では歯が立たんっ。

 ミネルバ隊のモビルスーツ隊のみで対応せざるをえん以上、我ら本隊はアークエンジェルの押さえに回った方が兵力を無駄にせずに済む!』

「は、はっ。・・・ですが・・・・・・」

『迷っている時間はない! 急げ! ここで奴らを落とさねば、その代価は我らこの場のザフト軍総員の命であがなわされる羽目になる!!』

 

 そう告げて通信は向こうから切られ、灰色の平板に戻ったモニターを前にしてタリアは唇を噛み、心配そうに見つめてくるアーサー副長を「キッ」と睨み付けるように見上げると鋭い声音で命令を発する。

 

「離水上昇! 面舵いっぱい! 本艦は直ちに転進して、北から来る連合軍の援軍を叩く! 時間がないわ、急げ!」

「で、ですが艦長!」

「時間がないと言っているでしょう! 早く全員に伝達して、レイとシンたちを援護する準備を! 急いでッ!!」

「は、はいぃ―ッ!!」

 

 強い言葉と声で叱責されて、有能にはなってきても小心者なのは相変わらずな副長が転がるような勢いで側を離れて駆け出していき、テキパキと職務を遂行していく後ろ姿を見送りながら―――タリアの胸には苦い想いを拭いきれない。

 

「・・・・・・因果なものね。攻守があのときと逆になってしまうなんて・・・」

 

 そう小声で呟くタリアの脳裏に蘇るのは、アークエンジェルと戦ってきた過去の記憶。

 撃沈に成功しかけたユーラシアでの戦闘――ではない。黒海で初めて敵として遭遇した戦いの中での記憶である。

 

 あのとき自分たちは、戦争の思わぬ長期化によって不足した地球軍の戦力を補わせるため、ジブリールからの要請に応じて共同歩調を取っていたオーブ軍艦隊と矛を交えていた。

 その戦闘でミネルバは、先鋒を担っていたオーブ艦隊に向けて《陽電子砲タンホイザー》を発射しかけ、それを妨害しようとしたアークエンジェル隊のフリーダムによって狙撃され、発射寸前にあったタンホイザーを撃ち抜かれて爆発し、多数の死傷者を出させられている。

 

 その時に被った被害について、自分がアークエンジェルを恨まなかったと言えば嘘になるだろう。部下たちの仇を討つため報復戦を望む気持ちもあった。

 自分でさえそうなのだから、他の部下たちにはシン以外にも強い憎しみと恨みを彼の大天使に抱かされた者とて少ない数とは思えない。

 フリーダム撃墜の際には整備班など、祝勝会を催す勢いだったと報告を受けている。

 

 

 ・・・・・・そんな自分たちが、アークエンジェルが仲間たちを大勢死に追いやったミネルバを恨んでいない、復讐してこないと保証することなど出来るわけがなかった。

 

 無論タリアにもミネルバにも言い分はある。

 地上でのタンホイザー使用は、やり過ぎの面があったことは認めるが、艦隊を相手に単艦で挑むためには仕方がなかったし、距離もあった。犠牲は最小限で済んだはずだ。

 

 ――だが、それはアークエンジェルの側にも恐らくは同様。

 発射寸前になっていたタンホイザーを撃たせないためには、他に方法があったとは思えない。

 彼らが戦闘に介入してきた理由や目的はメチャクチャだったが、元々『青き正常なる世界のために』だのという、メチャクチャな理由で起こされた戦争に巻き込まれた自分たちが身を寄せる国の人間を死なせたくなかった彼らである。

 やり方は支離滅裂だったとしか言いようはないが、そうした理由の方は理解できる。

 

 

 何より、今この場において自分たちは『オーブ国にとっての侵略者』なのである。

 国を守るために必要なら、勝つために必要なら『仕方がない』――

 

 ・・・・・・結局、彼らを信じ切れない状況を造ってしまった責任の一端は、自分たちの側にもあるのだ。

 敵だから討たねばならない。戦争だから仕方がない。あれだけ酷い事をしてきた連中には当然の報い――それらの理屈が正しいとするなら、『敵が』『自分たちに』使ってくる場合にも正当性を持ってしまうものなのだから・・・・・・。

 

 

「ランチャーワン、テン、《ディスパール》装填。

 《トリスタン》、《イゾルテ》照準、連合軍の巨大MS。――てェェーーッ!!」

 

 

 艦長の意を受けたアーサー副長の指示を受け、ミネルバからはミサイルが撃ち出され、主砲が副砲がともに火を噴き、有効射程に入りきっていないデストロイ小隊に向けて牽制の艦砲射撃を開始初め、向こうからも応報が開始される。

 

 こうしてミネルバは、アークエンジェルから発信されていた通信信号が届くより先に、ミネルバは彼らに背を向けて連合艦隊の援軍に向けて舵を切る。

 それは同時に一つの可能性が失われ、あり得たはずの歴史が消滅した瞬間でもあった。

 

 彼らにも、そして彼らに道を選ばせるよう促した者達も誰一人として気付く事は出来なかったが―――このとき歴史は間違いなく、大きな変化をもたらされていた。

 

 ・・・・・・崖下へと突き落とすため背中を押される、という形での変化ではあったが、それが変化だった事は間違いようのない事実だったのだから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、フリーダムとアークエンジェルという思わぬ乱入者たちに驚愕させられ、行動に影響を受けさせられた者達は、ザフト軍以外にも同じ戦場に存在していた。

 

 

「バカなっ!? 《アークエンジェル》だとっ! それに、あの機体は・・・・・・っ!?」

 

 目を剥くようにして前線から届けられた映像を凝視し、激しく動揺を誘われていた連合軍艦隊本来の司令官ダーレスが、そんな彼らの中心人物だった一人である。

 

「間違いない! 《オーブの悪魔》がアークエンジェルと共に、また現れおったのかっ!

 ええぃ、つくづく永遠の厄介者共が! どこまで我らを殺し続ければ気が済むのだッ!!」

 

 ダーレスは叫び、自分たち連合軍にとっては悪夢の象徴でしかない二つの存在を、怒りと憎悪――そして隠し切れない恐怖の込もった瞳で睨み付ける。

 

 かつてアズラエルの音頭取りに従わされ、オーブに攻め込んだときの艦隊司令だった過去を持つ彼にとって、あの《連合からの脱走艦》と《謎の敵モビルスーツ》は恐るべき悪魔の記憶として心に刻み込まれて、忘れさせてくれない存在だったからだ。

 

 確かにオーブは当時から恐るべき国だったが、あのモビルスーツと、途中から現れて援護し始めた赤い機体は常軌を逸した存在だった。

 アズラエル子飼いのパイロットたちが乗る三機の新型を押さえるため、他の味方が被った被害は少なくて済んでいたが、もし直進して艦隊に襲い掛かってこられたら何隻落とされたか知れたものではないほどの強敵。

 あの機体さえ邪魔に入らなければ、犠牲は多くともオーブは攻め込んだ夜か、あるいは翌日の明け方頃には確実に占領できていたとダーレスは今でも信じ続けている。

 

 それ程に恐ろしいバケモノのような強さを持ったモビルスーツが、再びオーブの領海内まで進軍してきた自分たちの前に立ちはだかってきたのである。

 ダーレスとしては、オーブという国に迷信めいた怖さと力を感じさせられずにはいられない、そんな心理状態に陥りかけていたのである。

 

「し、しかし司令。如何に強かろうと、たかが一隻の戦艦と一機のモビルスーツが新たに現れただけで何ほどの事があるのです?

 むしろ敵が混乱しているのに乗じて全軍でかかればザフトの化け物共ごと一息に・・・」

「バカ者! 貴様は知らんのだろう! 第一次、第二次のオーブ攻略戦どちら共を!?」

「は、はあ・・・・・・まぁ、確かにそうですが・・・」

 

 戦後組らしい参謀将校の一人がダーレスに進言し、怒号でもって応えられた事に不満とは言わぬまでも少し憮然とした引き下がった後。

 前線から、新たに現れた《アンノウン》と識別されているモビルスーツに対して、対応の指示を求める通信が届けられたという報告を受け取り、

 

「距離を保って一時後退しろ! 向こうから撃ってこない限り、コチラから余計な色気は決して出すな!!」

 

 ダーレスは怒鳴り声で返答し、その命令を聞かされた士官の一人は消極的すぎるとしか思えない内容に不満を感じて反論しようとして、

 

「ですが司令、そのような悠長な戦い方をしていたのでは、こちらがザフトに追い込まれるだけです! ここは待ちに待った“デストロイ”と共に我らも攻撃を開始した方が――」

「愚か者! あの機体を相手に貴様らに一体なにが出来る!? 無駄死にしたくなければ攻撃命令あるまで待機していろと厳命せよ!!」

「は、ハッ!!」

 

 圧倒的な貫禄で以て怒鳴られた若い士官は怯えすくみ、慌てて指示を前線に伝えるため持ち場へと戻り、ダーレスはその背中を苦々しげな表情で黙って見送ると、自分の背後をチラリと眺めやる。

 

「・・・・・・・・・」

 

 越権行為と言って差し支えない自分の行動を目前にしながら、ジブリール氏から正式に援軍艦隊総司令の地位を与えられている少女指揮官は無言のまま、ただ茫洋とした無表情の中に不機嫌そうな色を浮かべているようには見えない瞳で、黙ってことの成り行きを見守っていた。

 

 正直ダーレスとしては、アズラエル以上にやりにくさを感じさせられる相手だった。

 感情の起伏が激しく、胸クソの悪くなりそうな秘密を多く抱えていそうだった秘密主義者の思想結社盟主もたしかに扱いにくい相手だったが、感情の向かう先と感情的になる出来事は把握しやすい人物でもあった。

 見え透いたお世辞でも、楯突いてくる部下よりかは好ましく感じているのが見え透いていた、俗物めいた部分も多く持っていた権力者だった。

 

 ・・・・・・だが、この少女はいまいち何を考えているのかが分かりにくい。

 それもまた、部下に反逆を決意させづらくさせ、真意が分からず恐怖感を抱きやすい、ある種のカリスマ性と呼べるものなのかも知れなかったが・・・・・・

 

 そんな悩めるダーレスを救ったのは、前線に潜入させていた潜水艦から、中継器を通じてもたらされた吉報を、通信士官の一人が持ち込んできた事による。

 

「閣下、中継用に潜行させていた小型潜水艦より入電です。

 特殊戦MS小隊は、ユウナ・ロマ・セイラン氏を無事に保護した模様。合流次第、こちらに帰投するとの事です」

「そうですか、ご苦労様でした」

 

 ようやく声を発して、通信士官をねぎらった若き司令官は指揮官席を立ち上がるとダーレスの近くまで歩みを進めていき、オーブ国防本部に詰めている面々が聞けば目を剥くような発言を平然と口に出す。

 

「これでコッチの目的は、とりあえず達成ですか。オーブ軍の人たちも、ユウナさんが脱出したことに気付いてないか、大したことじゃないと思って警戒してないみたいですし。

 バカ騒ぎを起こして、夜逃げを誤魔化した甲斐があったようで何よりですね」

 

 夜逃げ。そう、夜逃げだ。

 ユウナ・ロマ・セイランを密かに保護してオーブから脱出させ、それをオーブ政府に気付かぬ事。それがスヴェンたちに命じて、脱出前に何発か撃たせて、セイランの私兵部隊まで一人残らず連れ帰らせた理由。その全て。

 

 手札として使える駒を、自分たちが確保したと知られる事なく確保するため、だから敢えて騒ぎを起こしてユウナ救出をカモフラージュするため偽装に使ったのである。

 彼が何に使えるのか今のところ未定だが、何に使うにしろ『隠し札』は隠していることを知られていない状態で出すのが一番効果的なのは間違いない。

 

 どーせ脱出の際には、騒ぎを起こして注意を引きつける必要がある事だし、それなら一石二鳥を狙える内容でやらせた方が少しは得だろう―――その程度の思惑でやらせただけだったのが、オーブ国内に侵入させた偽装ザフト軍MS部隊による発砲。それが真実だったのである。

 

 もし、これら事の裏側にあった真実をカガリたちが知る日が訪れたときには、彼女たちは怒るだろうか? 呆れるだろうか? いやいや、鼻で笑うだけで終わるのかも知れない。

 どれだろうとセレニアにとって関知する問題ではなかったし、相手が自分の行動に対してどのようなリアクションを返すかは相手の自由であり勝手でもある。

 

 自分はただ、相手のリアクションに付き合うことが、自分たちの得になるようなら付き合うだけでしかない。

 付き合っても得にならないなら、『どうすれば特に出来るか?』を考えて実行するだけが自分の仕事。そう理解していたし、それ以上を望む気もなかった。

 

 そんな彼女にとって、今の段階までこれたからにはオーブは既に眼中になく、少なくとも今回の戦いでは気にしなくていい存在になったと言いきって良いと判断していた。

 ならば、懸念すべき事柄は二つだけになる。

 

 

「向こうの方も、そろそろ予定時刻になりますし、お客さんも回収できた。正直さっさと帰ってしまってもいい状況にはなった訳ですが・・・・・・せっかくデストロイたちも間に合ってくれた訳ですしね。

 花火見物をする前に帰ってしまうのも味気ないですし、もう少し踏みとどまって花火大会が始まるまで待つとしましょうか」

 

 その、“戦争を遊び半分でやらせている”ような言動にダーレスの細い眼が更に細まって、かつて同じ目を向けた椅子の上に座る別の人物に針のような視線を何本も何本も突き刺してやるが、にこやかな作り笑顔と無表情という違いはあっても、どうやら面の皮の厚さは同レベルの硬度を持っているらしい。

 

 ダーレスからの悪意に気付いていない訳でも無かろうに、全く意に介さず、反感を抱いた様子もないまま、年下の上官は肩をすくめると年上の艦隊司令に向けて穏やかな声で『続き』を付け加えて納得させる。

 

「今の段階で退くため後ろを見せれば、ザフト軍オーブ軍アークエンジェル隊、その全てに背後を襲われて全滅させられるだけですからね。

 デストロイの爆発に乗じて、撤退するより被害少なく逃げる方法はありません。その為にも彼らが無事に本懐を達するのを見届けるまでは、私たちも逃げるのは無理ですよ」

「・・・・・・了解しました。全軍に徹底いたします」

「お願いします」

 

 薄らと淡い微笑みを浮かべて許可を与えてくれる有能な司令官に背を向けて、『イヤな相手だ』という想いを新たにしつつ、ダーレス自身はやる気が薄かった作戦の最終段階に入るための合図を、“彼ら”に送るよう伝達する。

 

 

 

 そして再び“彼ら”は、この戦場にも姿を現す。

 

 

 

 

 

「フリーダム・・・!? 何だよ、そんな・・・・・・何でッ!?」

 

 自分が打ち倒したはずの機体が、ステラの仇を討ったはずの存在が、再び自分たちの前に天空から舞い降りて翼を広げた姿を前にして茫然自失し、足を止めるシン・アスカ。

 

 《フリーダム》と《デストロイ小隊》という二つの敵の、どちらを相手にするべきなのか、狂おしいまでの選択に心揺さぶられる彼の葛藤が機体の足を止めさせている無様さを眺めながら、

 

 

「ひはッ☆」

 

 

 と、蛇のような瞳を光らせ、逃した獲物を追い詰めトドメを刺すことを望む猛禽の如く、欲望の翼を広げながら、スーパーコーディネイターの少年と、一度は彼を倒したコーディネイターの難民兵士と、そして―――スーパーコーディネイターのなり損ないによる三つ巴の戦いは、果たして始まってしまうのだろうか?

 

 それは、シン・アスカの選んだ選択次第で全てが決定される、運命へと続くかも知れない未来の可能性。その一つ―――

 

 

つづく

 

 

 

 

オマケ【没ネタ演説】

 

*今話で使う予定で考えながら、結局は使う事なくボツになった演説ネタを折角なのでオマケとして追加掲載してみました。

 

ユニウス戦役後の状況変化の中で、ラクスたちにプラント市民たちが抱いてたかもしれない感情と評価を推測し、こんな噂が囁かれていたからデュランダルに広報担当として招かれたんじゃないかなーと妄想した次第↓

 

 

 

 

 

 

『ラクス・クラインの父シーゲル・クラインは、パトリック・ザラに暗殺された。

 そしてパトリック率いるザラ派一党は、シーゲル派の議員たちを反逆の共犯として拘束させ、プラントに軍事独裁政権を敷いて地球のナチュラルたちに復讐戦争を仕掛けるため利用したのである!

 かねてより暴走する軍首脳とザラ派の専横に危機感を強めていたラクス・クラインは、華々しい戦果を上げながらも生まれの素性故に評価されることなく、最後には使い捨てられたオーブ生まれの同胞たるコーディネイターの少年を戦力として迎え入れるため、来たるべき決戦に備えて力を与えた。

 父シーゲルが使用を禁じた核兵器を密かに用い、ザラが極秘裏に開発させていた核搭載MSを敵だった少年に託し、パトリックの欺瞞に正義の鉄槌をくだす役を彼に委ねたのだ!

 その器に感銘を受けた少年は、連合を見限りラクス・クラインに忠誠を誓う平和の歌姫の騎士となる道を選ぶ。全ては将来の危機を予見した、ラクス・クラインの天才的戦略の結果だったのだ!

 いずれ再び、『プラント市民の平和の歌姫』は我らの前に姿を現し、国家と市民を危機から救う!

 そしてプラントに永遠の平和をもたらした時、ラクス・クラインは父シーゲルのもとへ召されるだろうッッ!!』

 

 

 

 

 

 

……当人たちが聞いた場合でも、開いた口が塞がらなくなりそうな過大評価と英雄崇拝に満ちすぎた、時代錯誤な誇大妄想の類いを参考にしてみました。

 

アホらしいとは思いつつ、自分たちが信じた歌姫が、自分たちの仲間を殺しまくった敵エースに秘匿兵器を横流ししたと信じるよりかは、英雄崇拝を肯定する話の方が受け入れやすいだろうなーと思いまして。

 

真実だの事実とかを認めて、今まで信じてた人を疑うより、虚像を磨き上げるだけでいい英雄伝説を尊ぶ方が、多くの人は選びやすそうだなーって。




*『今話の描写に関する補足』

指摘を受けてから気付き、念のため書いといた方がいいかと思ったので補足説明を付け足しました。

原作において、ウィラード隊からの『アークエンジェル撃沈に関する報告内容』は、【議長宛のもの】として【未だ撃沈は確認できず。ただしフリーダムの撃墜は確実】というものでした。

ただ今作では、テレビ放送で大々的に宣言しちまってた後でしたので、敢えて完全に成功した事にしてミネルバ隊のイメージ上昇を計ってたであろう、原作で描かれてなかった部分を推測で補完してます。

そうじゃないとミネルバに討たせた意味が薄れますし、既成事実化はデュランダルの十八番でもある。
そうしない理由は無いと思われましたので、その前提で書いてます。

説明不足でスミマセンが、ガンダム作品とはそういう物だとも思ってもらう必要が少し……そこまで書くと文字数が…


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