転生者を騙す転生者の物語 (立井須 カンナ)
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一期開始前
想定外の転生


ものを書くと言うのは初めてなので、変な箇所があれば指摘していただけるとありがたいです。


空は快晴。

小鳥のさえずりが耳に心地良く、清々しい朝。

 

俺はいつものように学校に向かう。

()()を含めれば二回目の小学生として。

 

「いってきまーす!」

 

皆さんこんにちは!!

 

俺の名前は『高町なのは』!

 

私立聖祥大附属小学校に通う何処の小説にでもいるような普通のTS転生者!!

 

何でこうなったんだろうね!?俺にも分かんねぇ!!

 

 

 

…でも思い返してみると、

 

そう解釈されかねない事を願ったような…

 

 

 


 

 

あれは、通学中の電車内でソシャゲを遊んでいた時の事だった。

突然正面の車窓が真っ白に光ったんだ。

 

強烈な光に目を焼かれたかと思えば、その次の瞬間には俺は知らない所に居た。

 

辺りを見回しても何も無いとしか形容できない世界。

目の前には凄い神々しいお爺さんが居る。

なんかこんな状況どっかで聞いた事あるなぁ…

 

「済まんがお主達には転生してもらう事になった」

 

これは、もしや…

 

(異世界転生!?)

 

って、あれ?

 

(咄嗟に声に出したと思ったけど…声が出ない!?)

 

「あぁ…重ねて済まんが、お主達の身体はもう存在しておらん。

 いわゆる『魂だけがここにある』状態でな、

 肉体の方は()()()()()()()()()()()()()()()()と言うやつじゃ。」

 

言われて下を見てみると、確かに俺の身体も無くなっているようだった。

なんか身体が一切無いって不思議な感覚だ…

と言うか、今『俺達の居た星が木っ端微塵』とか聞こえたような…?

 

「儂らの方で手違いがあってな…星の寿命が一気に消し飛んでしまった。

 結果として『全生命転生』と言う事になったのじゃ。」

 

神様の話を纏めるとつまりはこういう事らしい。

 

・地球はもう無い。身体も無い。

・手違いで星を滅ぼしてしまった為、転生先はこちらの希望に合わせてくれる。いつもの。

・転生後の人生が良いものになるように色々能力とか容姿とかを調整してくれる。要するに転生特典。いつもの。

 

「流石に全生命転生と言っても全ての生命に細かに説明していては埒が明かないのでな。

 微生物などの自我を持たない生命の魂は既に転生済みじゃ。

 後は自我の特に強い人類のみと言う訳じゃな。

 お主等には分からんと思うが今この場には80億を超える魂がおる。」

 

言われて見回しても全然わからない…霊能力者が本当に居たらその人には分かるのだろうか。

 

「今、お主等を転生する世界毎に振り分けた。

 ここに居るのは『魔法少女リリカルなのは』の世界に転生を希望する者のみのハズじゃ。」

 

さっきと様子は変わらないけど、それぞれ転生先が振り分けられたらしい。

何処に転生したいか聞かれてもリリカルなのはの世界を望んでただろうし、問題無いな。

 

「…む?済まぬ、手違いがあったようじゃ。

 『リリカルなのは』ではなく『まどか☆マギカ』が良いと言っておった者を数百名振り分けなおした。

 他には居らんか?儂も万能ではないのでな、似ている世界だと間違いがあるかもしれん。」

 

神様も時には間違えるんだな…

いや、よく考えたら『地球爆発』っていうワールドワイドなミスしてたな…

 

「お主等も他に行きたい世界があれば思い浮かべてくれ。

 転生後は変更出来んからの。」

 

俺は魔法が使えて、()()()()()()()()()ならどこでも良いな。

 

『リリカルなのは』って言うのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど、

確か3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいだしきっと平和な世界のハズだ。

 

『まど☆マギ』も好きだけど、あの世界はちょっとハード過ぎるからなぁ…

『ドラクエ』みたいなRPGの世界は確実に魔王とかそれに類する存在が居るから平和ではないし…

 

多分『リリカルなのは』が一番平和なはず!多分!

あ、でも原作知識は特典で貰えたら貰っとこう。

 

「ふむ、転生先を変更したい者が数百名居るようじゃ。

 今の転生先で構わないと言う者にはすまぬが、もうしばらく待ってくれんか?」

 

…この神様、実はかなりおっちょこちょいなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

体感で10分くらい経ったかな?

結構人が行ったり来たりしてたみたいだけど落ち着いたようだ。

 

「うむ。それではこれから個別に希望を聞いてお主等の『調整』に入る。」

 

いよいよ特典の時間だ!色々定番の能力はあるけど、どれにしようかな…

 

「予め言っておく。

 『他者の精神に干渉する能力』『神々の力に匹敵する能力』の付与は出来ん。」

 

選択肢が急に狭まったな。

続く説明によると『転生者が洗脳されたら第二の人生どころじゃない』ってのと、

『世界を無茶苦茶にされない為』ってのが理由らしい。

 

「では個別に『調整』の相談をしよう。

 先ほどの説明で向かう世界を変えたい者が居るようだが、

 それはこの後個別で対応するから安心してくれ。」

 

 

 

(個別か…同じ世界に何人行くのか分からないけど時間がかかりそうだなぁ…)

 

「そうでもないぞ?個別と言っても儂が全員に同時に対応しておるからな。」

(!?えっ、もう俺の番か!?…ですか?)

「ほっほっほ…そう硬くならんでも良いわい。

 気軽に普段の調子で話してくれれば良い。」

 

なんか思ってたよりも寛大と言うか、フレンドリーと言うか…

 

(あ、ため口ではむしろ話し難いのでこのままで…

 それと、なんか声が出てないみたいなんですけど、コレ聞こえてますかね?)

 

「うむ、問題無く聞こえておる。

 これから君の魂を調整…いや、君の知識で言うと『転生特典』と言った方が馴染みが深そうじゃな。

 特典を決めてくれ。」

 

特典かぁ…『洗脳系』と、世界を無茶苦茶にできる『ぶっ壊れ』はNGだったよな…

『洗脳系』は大体のイメージはあるけど、『ぶっ壊れ』って何処からダメなんだろう?

 

「考える時間は十分にある。

 良いか?後悔せぬようじっくり考えて答えてくれ」

 

改めて考えると特典の幅と言うか、OKな範囲が解り難いなこれ。

特典の個数とかルールについてもう少し詳しく聞いておこう。

 

(えっと、特典のルールについて先にいくつか質問をしたいんですけど良いですか?)

 

「ふむ、良かろう。

 …いや、そういう事ならば『()()()()()』」

 

神様がそう言ったとたんに転生特典のルールが情報として流れ込んできた。

マニュアルを一文字一文字丁寧に何回も読み返したかのように全て理解できる。

 

「転生者全員に『調整』のルールを教えた。

 『お告げ』と言うやつじゃな。これで問題ないじゃろう。」

 

やっぱり神様すげー…

『特典の個数は魂の器の容量いっぱいまで』

『強力な能力ほど容量を取る』

『特典を一つでも付与したら行き先の変更はできない』

『原作知識程度であれば極少量で済む』

『一度付与した能力は取り外せない』

『神々の力に匹敵する能力とは“概念”や“命”に干渉する能力や、

 対象や現象に直接任意のルールを遵守させるもの等を指す』

 

なるほど、なるほど…

じゃあ、最初はやっぱり…

 

(先ずは『原作知識』をください!)

「うむ…これでどうじゃ?」

 

その言葉とともに膨大な知識がオーマイガッ…!

―ロストロギア、次元震、次元断層、闇の書etc…etc…

 

どこが平和な世界だ!?ソシャゲのコラボでこんなこと言ってたっけ!?

 

(…あの、今から世界の変更は…無理って()()()()しなぁ…)

 

「そうじゃなぁ…

 『調整』と言うのは『その世界で○○をやっても良い』と言う許可証のような物とセットでな…

 一つでも付与してしまうと世界とお主の間に『縁』が生まれてしまう。

 ただの『知識』だとしても『縁』は『縁』、

 今から他の世界に行くと二つの『縁』の力でお前さんの魂が裂けてしまうぞ。」

 

はぁ、早速前途多難だなぁ…

せめて原作知識を活かしてしっかり対策できるような特典を貰おう!

 

そもそも転生者なんていなくても主人公達はこれらを乗り越えたんだ!

強力な能力を持った転生者が居ればもっと簡単に…

 

簡単に…

 

…強すぎる能力を闇の書に取られたら詰みますねコレェ!?

いや、そもそも転生者が多いほどヤバいまである!?

 

(神様!リリカルなのはの世界って何人くらい向かうのでしょうか!?)

 

「ふむ、今確定しておるのは…3000人ほどじゃな。」

 

…どうするかなぁ…コレ…

 

『強すぎる能力は闇の書にとられると詰む可能性がある』

『向こうに行く転生者は3000人であり、原作通りには先ず行かない』

 

以上の情報から考えてここで欲しい特典は

『足手纏いにはならず、万が一相手にコピーされても致命的にならない能力』だ。

 

正直な話、俺一人が気を付けても他の人が全員そうしてくれるとは思ってない。

けど、油断して能力をとられたときに『俺の能力で世界崩壊』なんて事態は避けたい。

 

…確か、『高町なのは』って『スターライトブレイカー(星を軽くぶっ壊す)』をコピーされてたな…

 

つまり『高町なのはのレベルまでならたとえ必殺技をコピーされても乗り切れる』わけか…

そしてなのはは主人公であり、物語の最終編までトップレベルの活躍ができる!

 

多分ここが『リスク』と『チート』の境界線だろう…

確かあの魔法って魔力の収束とか、放出とかはなのは個人の才能だったよな…

 

…良し、決めたぞ!

 

俺の特典は『高町なのはと同じ能力』でお願いします!!

 

「ふむ…?

 …まぁ良かろう。」

 

えっ、何その反応?

 

 

 


 

 

…やっぱりあれが原因だよなぁ…

 

あの後、残った容量分いくつかの小さな特典を願って転生したんだけど…

能力どころか存在レベルで高町なのはになってしまった時は愕然としたね。

だって転生者3000人いるんだもの。

みんな程度の差はあれど『高町なのは』『フェイト・テスタロッサ』『八神はやて』のファンな訳だ。

 

例えばアイドルや歌手のライブに行ったとして、舞台に上がってきたのが『よく似たものまね芸人』だったらお客さんの反応はどうだろう?

 

A.キレる。

俺は前世含めてアイドルや歌手の追っかけになった事はないけど、間違いないと断言できる。

 

ガチギレる。

 

返金騒動やバッシングの嵐で済めばまだいい。

場合によっては舞台に上がった芸人の命が危ないまである。

 

そしてその『舞台に上がった芸人』とはすなわち『俺』なのだ…

 

この世界に転生して、原作知識の中で見た事のある顔の両親に初めて名前を呼ばれた瞬間に俺のするべきことは決まってしまった。

 

『高町なのはRP(ロールプレイ)

 

観客(騙す相手)は総勢3000人…

 

開幕でえげつない理不尽だけど、身の安全の為にはやるしかない!

 

俺の受け取った最大のチート…『原作知識』を使って!!




投稿ペースは不定期になると思います。

文章を書く事に慣れる事が目的なので、全体的なストーリーは短めにするつもりです。


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想定以上の転生先

「なのはー!こっちこっち!」

 

通学バスに乗った途端、この数年ですっかり聞きなれた友達の声が聞こえた。

 

「あっ!アリサちゃん、おはよー!」

 

原作における高町なのはの親友アリサ・バニングスだ。

隣では、同じく親友の月村すずかが手を振ってくれている。

 

そう、俺は原作のなのはと同じようにこの二人と友人関係を構築する事が出来た。

とりあえずスタートは上々と言ったところだろう。

 

(今のところ原作通りに進める事が出来ているけど、これからどうしようか…)

 

笑顔の二人を見て今後の方針を考える。

というのも、()()()()()()()()()()()()()()()可能性があるからだ。

 

その可能性に思い至ったのは今向かっている学校、

私立聖祥大附属小学校の入学式の時だった…

 

 


 

―2年前 私立聖祥大附属小学校 入学式

 

俺は今、なのはの母である高町桃子さんと共に私立聖祥大附属小学校の入学式にやってきていた。

 

ここが原作でなのは達が通ってた私立聖祥大附属小学校か…

周りもみんな親子連れで、既に母親同士のコミュニケーションが形成されつつあるようだ。

桃子さんも話に加わるようで、手を引かれている俺も当然その場にとどまることになる。

 

しかし俺は暢気にしている時間は無い。

原作の流れに合わせ、高町なのはRPの完成度を高めるべくすることがあるのだ。

とりあえずアリサ・バニングスと月村すずかと友達にならないといけないし、

今のうちに顔を合わせておきたいな…

 

「どうしたのなのは?そんなにきょろきょろしちゃって…」

「何でもないよ!?今度からここに通うんだなって見てただけだから!」

 

(うーん、焦って桃子さんに怪しまれるのも良くなさそうだな…

原作で友達になってたって事は多分そう言うきっかけがあったんだと思うし、

今は素直に手を引かれておこう…)

 

「ふーん?

 …ね、なのは?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もしかしてお友達?」

「えっ!?」

 

そう言われて見まわしてみると確かに『見られている』…

それも『有名タレントに街中で遭遇した時の野次馬のような目』だ。

 

直ぐに可能性に思い当たる。

もしかして、今俺を見ている新入生って全員…

 

そして改めて同級生を見まわして、俺はそいつを見つけた。

 

 

 

朝日をキラキラと反射させる『銀髪』。

 

右目が赤、左目が金の『オッドアイ』。

 

妙に整った顔立ち。

 

 

 

(間違いなく転生者です。本当にありがとうございました。)

 

これほどわかりやすい目印があるだろうか?いや無い。

それも、その容姿が一人や二人じゃない。

 

ざっと見てこの場に10人以上いる…

『転生者』がじゃない。『銀髪オッドアイの転生者』が、だ。

 

何やってんだよお前ら。

親の表情見てみろよ。

実の子とおんなじ顔が並んでて混乱してるじゃねぇか…

 

銀髪オッドアイ達も同じ容姿を持つ仲間(?)に気が付いたようだ。

途端に自信たっぷりだったキメ顔がしょぼくれていく…

 

文字通り絵に描いたようなイケメンになれたと言うのに、

ハンコ絵のような状態になってしまっているからだろうか。

そして自然と一ヶ所に集まって何やらひそひそ相談し始めると言うシュールな光景が…

 

思わず少し笑いそうになるが何とか堪えた。

この光景で笑うのは『テンプレ踏み台転生者』と言う言葉を知っている奴だけだ。

桃子さんもこれには困惑しているだろうと思い見上げてみれば…

 

「ふ、…くふっ…」

 

あれ?何やら笑いをこらえているような表情…肩も少し震えているような…

 

「な、なんでもないの。

 ただ、少し驚いちゃって…ふふっ…」

 

嫌な予感がする。

いや、この状況で困惑より笑いが込み上げると言う事は…

 

(おいおい…まさか、()()()()()なのか…?

全然気づかなかったぞ?『6年間も一緒に生活していたのに』…!)

 

確信した。高町桃子。

なのはの母であり、今目の前にいるこの女性は…転生者だ。

 

考えてみればその可能性は十分にあった。

なのは()と言う例があるんだ。なのは()以外のキャラは全員本人なんて()()()()()()()

 

転生者は約3000人。

そして、その3000人は全員が『原作キャラ』か『魔法』に関わりたいと願ってこの世界に転生したはずだ。

 

しかし仮に3000人全員が『高町なのは』に関わりたいと願ったとしても、

そのまま人を増やそうものなら海鳴市の人口が3000人以上急激に増える異常事態だ。

 

当然そんな報道はどこのニュースでもやってなかった。

 

つまり、原作キャラや組織の中に紛れ込んでいる事になる。

神様はそうすることで、海鳴市の人口を極力変えずに転生者の願いを叶えたのだ。

 

さて、それはどういうことか。

『高町なのはに関わりたい転生者が最も希望する立場とはどこか』?

考えれば自然に思い当たるポジションがある。俺の目の前に。

 

そりゃそうだ。俺だって()()()()()()()()よ。

 

俺の予想が正しければ俺のクラスメイトは、いや同学年のほぼ全員は…

転生者(俺が欺かなきゃいけない相手)』だ…

 


 

 

いや、あの時は絶望したね。

自宅でも学校でもRPをしなくちゃいけないって事は安住の地なんて無い。

 

確実にアースラにも転生者は居るだろう。多分クロノはそうだ。

 

と言うか、こうなってくると原作キャラ全員転生者でもおかしくない…

むしろ積極的に魔法にも原作キャラにも関われるのだから可能性としては高いかもしれない。

 

そうなった場合、俺はどうする?

 

原作キャラになってしまった転生者は転生者にバレたら理不尽な要求をされるかも知れない。

場合によっては逆恨みで危害を加えられるかもしれない。

 

でも同じ状況に陥ってしまった仲間ならどうだろう?

打ち明ければ互いにフォローし合えるのではないか?

それぞれが気を休められる場を手に入れられるのではないか?

 

…時期的にもうすぐ原作が始まる。

今週中…いや、早ければ今夜俺は夢を見るだろう。

ユーノ・スクライアがジュエルシードの封印に失敗する夢を…

 

ユーノが転生者だった場合、俺はそれを見抜けるのか?

見抜けたとして、どうすれば良いのだろうか…

 

「ホラ、ここ空いてるわよ!」

「おはよう、なのはちゃん」

 

とりあえず、今はこの二人との時間を楽しもう。

アリサ・バニングス(転生者)月村すずか(転生者)との腹の探り合いをな!

 

この二人が転生者なのは原作でもあった喧嘩の仲裁時に分かった。

 

~アリサとの初対面時~

「あっ!なの…初めまして、アリサ・バニングスよ!よろしくね!」

 

~すずかとの初対面時~

「きっ…奇遇っだね!ワ、ワタクシ、月村すずかって言いまする!!よよろしくお願いいたしますわよ!?」

 

以上が喧嘩仲裁時の二人の言動である。

この直後、先ほどの喧嘩など無かったかのような不自然さで仲良し3人組が結成された。

 

凄く分かりやすかった。

アリサはなのは(原作キャラ)に会えた感激が強すぎてRPが崩れてたし、

すずかに至っては緊張のし過ぎで色々変だった。

そもそも初対面で何が奇遇だと言うのか。

 

さて、この二人にはもちろん俺の正体は話していない。

明らかになのはに関わりたかった二人で、さらに言えば隠し事が苦手な二人だ。

この二人が俺の正体を知れば多分テンションが目に見えて下がる。

 

そうなれば原作のような明るさは多少なり失われ、他の転生者が感づいてしまうかもしれない。

向こうも自分が転生者であると悟られないようにRPしてるのは、俺にとっても幸いなのだ。

 

それに、この二人は例え俺が転生者であると知ったとしても

敵意や悪意を向けてくるような性格じゃないというのはこの数年で理解している。

 

そんな二人の事を俺自身ありがたい友人だと思うし、

原作の関係を抜きにしても良い友人でありたいと思う。

 

だけど…

 

「なのはは昨日なんか変な夢とか見なかったー?」

「私、最近動物に興味あるんだー」

 

原作開始のタイミングをなのは()の夢で探ろうとするのはやめてくれないかな?




高町桃子についての捕捉
・高町桃子に転生した女性の願いは『幸せな結婚生活』『はやて以上の魔力量』『体型含めて美人になりたい』なので、現在の生活に非常に満足している。
・魔力に目覚めれば魔力量の関係上相当強いが、そもそもデバイスを持って無いので戦えない。

アリサについての補足
・願いは『なのはの同級生になる』『一生金銭面で不自由しない生活』『明るい性格』。
・中身は男性だが幼少期から淑女としての嗜みや振る舞いについて厳しく躾けられている為、言動に現れる事はない。

すずかについての補足
・願いは『なのはの同級生になる』『大勢の家族』『凄まじい運動神経』。
 実は原作より遥かに運動神経が高いが、その異常性を理解しており隠している。
 全力を出すと豹と同じくらいの速度で走れ、垂直飛びで5mは余裕でジャンプできるが本編ではほとんど発揮されない。
・中身は男性で、元々おとなしい性格。
 すずかに転生したとバレた時の事を考えて怖くなり、それらしい振る舞いをしている。(主人公と同じような感じ)

銀髪オッドアイの補足
・願いで『イケメン』とあやふやな願いを言う人が多数。
 →神様がそのうちの一人に『人間におけるイケメンの定義』を聞く。
 →「銀髪オッドアイだろ常識的に考えて」との返答。
 →『イケメン』と願った人全員が銀髪オッドアイになる。
・実は目の色の組み合わせや顔立ちは微妙に違う。
・管理局にはもっと居る。


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原作開始のちょっと前

「おはよー!」

 

教室についた俺は今日も元気に挨拶をする。

前世でこんな元気に挨拶をしたのはいつが最後だっただろうか…

 

だが例え(前世)には似合わない挨拶だろうとなのは()はそういう挨拶が似合う子なのだ。

内心では今でも少し気恥ずかしいがRPと割り切っている。

 

「「「おはよう!なのは!」」」

 

その成果と言って良いのかは分からないがこの2年とちょっとの間、

俺が転生者であるとはまだ誰にも気づかれていない。

 

ちなみにこの教室に銀髪オッドアイは13人居ます。

 

「おはよー、なのは。今日も元気だねー」

「おはよー。朱莉(あかり)ちゃんは今日も眠そうだね…」

 

隣の席の女の子が挨拶してくれたので、いつも通り挨拶を返す。

 

この子は『天野 朱莉(あまの あかり)』。

多分転生者…だと、思う。

 

根拠は隣のクラスにも銀髪オッドアイが居るからだ。

 

何を言っているんだと思われるかもしれないが、転生時の神様の事を思い出せば分かる事だ。

 

あの神様は結構おっちょこちょいな所はあるが、一人一人の人間にしっかり向き合ってくれる神様だった。

転生者が『高町なのはと関わりたい』と願っているのなら、極力叶えようとしてくれるはずだ。

 

そして、当然だが『ただの同級生』より『クラスメイト』の方が関わりやすい。

なのに原作開始のタイミングでクラスメイトになれなかった転生者が居る事実。

 

何故かなんて考えるまでもない。

『クラスメイト』という約30人限定の席はもう満席だったと言うだけの話だ。

 

朱莉はいつも眠そうな表情と話し方が特徴的なことを除いてはごく普通の女の子だ。

転生者らしい言動や行動を見た事は無いし、なのは()に話しかける頻度が特別多いわけでもない。

 

ただ隣のクラスに銀髪オッドアイが8()()ばかりいると言う情報は、それだけ重いのだ。

 

 


 

やっほー、天野 朱莉だよー。

 

今私はなのはちゃん()の転生者の方とお話ししております。

なぜバレてるのかって?

実は私、天使なんですよねー。

 

皆さんを転生させた神様が、転生後のアフターケアの為に私のような天使を何人も送り込んでいるわけです。

当然管理局の中にも何人かいますけど、管理局の黒い部分だとかはノータッチ。

この世界の未来を原作より良くするのも悪くするのも転生者次第というのが神様の方針ですからねー。

 

私達が動くのは転生者の安全が他の転生者によって脅かされた時のみ。

基本的に平和なので私たちはちょっとした長期休暇として楽しんでおります。

 

にしても、まさか『隣のクラスに銀髪オッドアイが居るから』と言う理由で疑われるとは思いませんでした。

基本的に転生者に疑われるのはNGなのですが、これはノーカンでしょう。

流石にあの容姿になる人があんなに多いとは予想外でしたし。

 

あ、神様からセーフの判定いただきました。ありがとうございますー。

 

まぁそんな感じで私たちがフォローに回るので、

なのはさんにも気楽にこの世界を楽しんでほしいのですが…難しいでしょうねー。

 

実際正体がバレたら過激な行動に出そうな人が隣の教室にも何人かいますし…

そんな風だから隣のクラスに回されたんですけどねー。

 

やはりご本人の考えている通り、同じ境遇の転生者の方々(フェイトさんやはやてさん達)とフォローし合うのが一番みたいですねー。

 

おや、先生役の天使が来ましたね。

同じ休暇中でもあちらは少し忙しいご様子。普段の仕事程ではないにしてもお疲れ様ですー。

 

 


 

「なのは!お昼、行こ!」

「うん!」

 

午前の授業が終わって昼休み。

 

アリサに誘われていつもの屋上へ向かう途中、俺は先ほどの授業の事を思い出していた。

いつもの授業は過去に習った事のおさらいを聞き流しているだけの退屈なものだったが、

今日はそんな眠気も吹っ飛ぶような内容だったのだ。

 

『お店しらべ』

 

毎年この学年になると行うらしい行事の説明だけだったが、

原作を知っていると『いよいよ来たか』と言う気分になる。

 

アリサやすずかが途端にそわそわし始め、

銀髪オッドアイが隣の席で寝ている銀髪オッドアイを叩き起こしてひそひそし始める。

 

簡単に言えば、もうすぐ原作が始まると言う事だ。

 

 

昼休み、いつも通りアリサとすずかと一緒に屋上で弁当を食べながら話し合っている。

今回の話題はもちろんお店しらべについてだ。

 

明日は近所のスーパーや色々な店を回る社会科見学の様な事をするらしい。

そして自分たちが調べた事を纏めて発表し合うのだと言う。

 

原作の最初にお店しらべの発表後の事を先生が話しているようなシーンがあった。

それが今から何日後なのかは分からないけど、多分そう遠くない話だろう。

 

「お店しらべかぁー…いよいよね…」

「うん、そうだね…」

 

話の途中、思わず漏れたのだろうアリサのつぶやきにすずかが同意を返す。

原作の知識を持った転生者同士なら意味が通じて当然だが、

あくまで俺は高町なのは(原作キャラ)として振舞うと決めたのだ。

 

「?…アリサちゃん、何がいよいよなの?」

「!? 何でもないわよ!ただ、ホラ私達って将来親の会社とか継ぐじゃない!?

 その事でちょっと思うことがあるのよ!!」

「そうなの!私達ってホラ、親の会社とか継ぐから!!」

 

凄い早口だ。

 

この二人は隠し事が苦手なのか、良くこういったミスをする。

そしてその度に俺は何も知らない振りをする。いつもの事だ。

 

…もしかして二人はそれぞれが転生者だと知っているのだろうか?

息の合ったフォローで乗り切ってる(?)のは今回だけじゃないし…

 

なんだろう…自分で決めた事とは言え、少しだけ寂しいな。

 

いや、弱気になるな俺!

原作が始まる前からこんな調子でどうするんだ!

いつかきっと本音で話せる機会は来る!それまでの我慢だ!

 

「…なのは?」

「なのはちゃん?」

 

 

「ううん、何でもない!

 ただ、もうそんな将来のこと考えてて凄いなぁって…」

「!そういうあんただって将来は翠屋を継ぐんでしょ?

 今のうちに色々将来の事とか考えておきなさいよ~?」

「うん、そうだね。色々ね…」

「シャキッとしなさいよ!

 あんた自分が何の取り柄もないとか考えてるんでしょうけど、

 理数系なんてあたしよりもテストの点とか良いんだから!」

 

何とか誤魔化せたみたいだけど、アリサ…そのセリフはもう少し後だよ…

 

 

 

学校が終わり、家で晩御飯を食べている時の事。

 

「あ!そう言えば今日学校の授業でね…」

 

俺はまるで今思い出したかのように今日の授業の事を家族に話す。

丁度良い機会だし、家族が何人転生者なのか出来るだけ確認しようと思ったのだ。

 

結果、高町恭也と高町美由希は多分転生者だ。

お店しらべの話題に分かりやすく反応していたし、間違いないと思う。

 

桃子さんと士郎さんは自然体だった。

と言うよりも学校側から既に「翠屋に伺います」と連絡があったようだ。

 

そりゃ調べられる側には予め連絡が行くよなぁ…

 

結果、士郎さんはまだ不明だが他の3人は転生者だと確定した。

もう自室と風呂でしか気を抜けないなぁ…

 

…ユーノが転生者だったら自室も、多分風呂場もアウトか。

…転生者だろうなぁ、ほぼ間違いなく。

 

 

 

 

数日後、お店しらべの日。

 

近所のスーパー等の店を回って経営の工夫等を調べる授業。

普通の小学生なら通常授業が無いと言う事で多少テンションは上がるのだろうが、

あいにくと俺達はみんな転生者。

これからの行動について考えてるのかテンションはやや低めだった。

 

中には前世で経験があったのか逆にアドバイスしている者も居て、

お店の人は凄くやり辛そうだった。

きっと去年までは明るく元気な小学生が来ていたのだろう。

 

そんなお店しらべの中盤頃…

 

「翠屋だぁぁぁっ!!」

 

今までテンションの低かったみんなも翠屋では異常なテンションを見せた。

彼らにしてみれば翠屋に行くなんてちょっとした聖地巡礼の様な物なのだろう。

同級生の中には普段からご贔屓にしてくれているお得意様もいる。

 

「ここが翠屋か!どこにあるのかと思ってた!!」

「親に聞いたら教えてくれたぞ?普通に有名店だし」

「マジか!?俺、親無しスタート&ユニゾンデバイスが親代わりパターンなんだよなぁ…」

「いや、教えてくれないデバイス冷たすぎない?」

 

テンションが上がりすぎて口が軽くなったのか、

店内を飛び交う『今のなのは()が知っててはいけない情報』を全力でスルーしつつ士郎さんに経営のコツを聞く。

 

「経営のコツかい?そりゃ、もちろん桃子の作るシュークリームが絶品だからさ!

 こんな美味しいシュークリーム作れるお母さんなんて、そうは居ないんだからな?」

「もう、士郎さんが淹れるコーヒーのおかげよ!」

「そうかい?なら、僕達二人の愛の共同作業のおかげって事だな。

 いつも感謝してるよ、桃子。」

「やだ、士郎さん…皆が見てるわ…」

 

見てないよ。みんな翠屋探検とか言ってバラバラに動いてるよ。

前世含めて何歳なのかは知らないけど、興奮のあまり童心に戻ってるみたいだ。

 

「あんたのご両親、いつも通りね…」

 

翠屋のお得意様筆頭アリサ・バニングスが妙に慣れた感じで二人のイチャつきを見ている。

もしかして、家の中だけじゃなくて翠屋でもこんな事してるのだろうか?

 

「ちょっとしたきっかけでいつもあんな感じになっちゃうもんね…」

 

翠屋のNo.1リピーターの月村すずかも慣れているところを見るといつもこうらしい。

 

「おっと、失礼。お店しらべだったね。」

「あら、私ったらつい…」

 

まぁ、あまり気にする事もないだろう。

『二人の愛の共同作業』とメモ帳に書き込んでおいた。

 

「あっはは、照れるなぁ!」

「なのは、今日の晩御飯は何が食べたい?」

 

両親もご機嫌だしまぁいいか。

 

 

 

そんなこんながあって、その日の深夜。

 

俺は、物語の始まりを告げる『あの夢』を見たのだった。




転生者の家族は家族に関する願いが無ければ基本ランダムです。
ただ、家族無し&ユニゾンデバイスが親代わりパターンは『幼少期の強制赤ちゃんプレイ』を避けたかった転生者が指定した結果です。
この場合デバイスの人格は天使が担当しており、
『転生者の存在を知っている』『神様が作ったデバイス』と言う事になっています。


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一期
夢の中で、会ったよなぁ!


薄暗い森の中のような場所で

怪我をした少年と触手の生えた毛玉のような怪物が戦っている。

 

「くそっ、しこたまやりやがって…痛ってぇなぁ…!」

 

少年…ユーノ・スクライアが血の混じった唾を吐き捨て、怪物を睨む。

 

「…っと、そう言えばそうだったね。」

 

突然そんな独り言を発したかと思えば、突然ユーノの雰囲気が変わった。

荒い口調や態度はなりを潜め、外見通りのおとなしい少年の物に。

怪物を鋭く睨む眼光は、優しさと儚さを思わせる程に穏やかになった。

 

ユーノと怪物は機を窺うように睨み合っていたが、

やがて焦れたのか怪物が草むらから飛び出しユーノに襲い掛かった。

 

ユーノが怪物に手を翳す。その手には指先ほどの小さな宝石。

ユーノが意思を込めると、宝石から空中に魔法陣が浮かび上がる。

 

「妙なる響き 光となれ!」

 

ユーノが魔法の言葉を紡ぎ始める。

 

「許されざる者を 封印の輪に!」

 

言葉が紡がれる度に、魔法陣は複雑になっていく。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

そして呪文の完成と共に、盾のように展開された魔法陣と怪物が衝突。

怪物は体液のようなものを撒き散らしながら、弾かれた様に吹き飛ばされた。

 

しかし怪物の意識はまだあるようで、力なく体を引きずるようにその場を去って行く。

 

「逃がし、ちゃった…追いかけ、なく、ちゃ…」

 

一方先ほどの衝突で力を使い果たしてしまったのか、

ユーノは倒れ込み、意識は失われていく。

 

「誰か、僕の声を聴いて、力を貸して、魔法の、力を…」

 

意識を失ったユーノは光に包まれ、

やがてフェレットのような小動物に変化した。

 

 

 

 

 

…と、言う夢を見た。

感想は一つ。

 

やっぱり転生者じゃないか。

 

 

 

 

 

さて、ほとんど予想通りではあるが困った事になった。

理由は一つ。夢のユーノが正体を隠しきれていなかった事である。

 

原作においてなのはがユーノの夢を見た理由は、

なのはの潜在魔力が高かった事とユーノとの距離が関係していると思われる。

つまり魔力を持っている人間ならば、なのは以外の人物も思念を夢と言う形で見る事が出来たはずだ。

 

原作ではその条件におそらく唯一該当したであろうなのはが、

たまたまユーノの近くを通りがかったおかげで奇跡的に出会う事が出来たのだ。

 

では、改めて今の海鳴市の状況を考えてみよう。

 

魔力保有者(転生者)坩堝(るつぼ)である。

距離の制限があろうと無かろうと関係なく、多くの転生者が夢を見たはずだ。

 

あのユーノの様子を見ればユーノが転生者だと分かった事だろう。

もしかしたら過激な行動をとる転生者が出るかもしれない。いや、おそらく出るだろう。

しかし、俺はRPの都合上なのはがあの場所へ向かう理由が無ければ助けに行くこともできない。

 

俺に出来るのは放課後までの間、ユーノが無事である事を祈る事だけだ。

 

≪誰か!僕を助けて!≫

 

…早いな。まだ7時前だぞ?

 

そう言えば、お店しらべで翠屋に行ったときに『親無し&デバイスが親代わりパターン』とか言ってる奴が居たな。

行動に制限が無く、魔法による飛行で一直線に向かえるのならばあり得ない事ではないな。

 

≪助け、ちょ、待っ…助けて!!≫

 

原作は開始と同時に崩壊した。

ここからはより精度の高いRPが要求される。

 

今までは原作と言うレールがあったが、それが破綻した以上はなのはの発言や行動をシミュレートしてのRPが必要になる。

その上で、ある程度原作通りの流れに持って行かなくてはならない。

 

ただし、レイジングハートが手に入る可能性は高い。

例えユーノが転生者に捕まったとしても、銀髪オッドアイの内の誰かがレイジングハート()()は届けに来るだろう。

彼らとしてもなのはには魔法少女になって貰わないと困るからだ。主にファン心理的に。

 

≪誰か!誰か!!≫

 

…いや今回の事で原作キャラの中に転生者が居る可能性が周知された事を含めて考えると、事はもっと複雑になるか。

 

しかし、テレパシーがうるさくて集中できないな…!

 

 

 

うるさい…?

 

このテレパシーは魔力保有者全員に一斉送信されている…他の転生者も全員聞いてるだろう。

更に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

原作のなのはの性格なら、声の主を探すのではないか…?

つまり、もう俺だって動き出さない訳には行かない…!?

 

…勘弁してくれ!まだ考えも纏まっていないのに!

 

慌てた様に階段を駆け下りる。

 

「なのは!そんなに慌ててどうしたの!?」

 

桃子さんが声をかけてくる。

桃子さんは転生者ユーノ肯定派か否定派か?

魔力を持ってるのか持っていないのか?

考えてる暇もない!

 

「誰かが助けてって言ってるの!行かなきゃ!」

「ちょっと、待ちなさい!誰かって誰なの!?」

「分からないけど、ずっと助けてって言ってるの!今も!」

 

桃子さんが怪訝な表情を浮かべている。

ユーノの声のタイミングがおかしい事に気付いたのだろう。

この様子だと夢を見た訳ではないのかもしれない。

 

「どっちにしてもそんな恰好(パジャマ)で外に出るつもり?

 学校に行く準備をしてから行きなさい。」

 

物分かりが良いのは転生者だからだろうか。

この時ばかりは桃子さんが転生者であることに感謝だな。

 

 

 

 

手早く支度を済ませて塾へ向かう近道へ向かう。

表情は心配そうに、ややキョロキョロと辺りを見回しながら。

 

「なのは!」

 

背後から呼び止めるこの声は!…誰だっけ?

後ろを振り向くとそこには…誰だろう?

多分、クラスメイトの一人のハズだ。

 

いや、俺は悪くない。だって銀髪オッドアイの見分けなんて先生でも結構間違うんだから!

 

「貴方は、えっと…神崎(かんざき)くん!」

「…神谷(かみや)な。」

 

「…ごめんね。神谷くん」

「良いよ、俺達見た目だけじゃなく苗字も似てるもんな…

 でもやっぱり見分けついてなかったんだな…」

 

そうなんだよな。こいつら何で名前に『神』とか『剣』とか入ってる確率が高いんだよ。

おかげで出席確認で『か行』が渋滞起こしてて『神藤(しんどう)』くんが12番目って事に…

 

いや、コントしてる場合じゃない!

 

「えっと、信じてもらえないと思うけど、朝に夢に出てきた子の声が…」

「あぁ、分かってる!俺もその夢を見てここに来たんだ!」

 

なるほど、なのは()と同じ境遇を演出する事で親しくなろうって事か。

今は寧ろ好都合だ!

 

「ほんと!?」

「あぁ、どうやら俺達は似ているところがあるのかもな!」

 

おおぅ、ぐいぐい来るなぁ。

でもなぁ…

 

()()()も!?」

「みんな?」

 

銀髪オッドアイ(神谷)が振り向く。

そこに居たのは11人の銀髪オッドアイ達だった…

 

「「「「「「「「「「「あぁ、どうやら俺達は似ているところがあるのかもな!」」」」」」」」」」」

 

神谷くんは両手で顔を隠して座り込んでしまった。耳まで真っ赤になっている。

だが、これでなのはが迷わずにユーノのところまで行ける理由が作れる!

 

「ありがとう!じゃあ、みんなで手分けして…」

 

こう切り出してやれば…

 

「それには及ばないぜ!」

「俺達には!」

「この声の主の居場所が!」

「分かるからな!!」

 

凄いチームワークだ。見た目も相まって凄まじい一体感を感じる…

 

「ほんと!?お願い、私も連れて行って!」

「「「「「「「「「「「「あぁ、俺たちに任せなぁ!!」」」」」」」」」」」」

 

いつの間にか神谷くんも立ち直ったようだ。

でも近所迷惑だから声は抑えてくれ。

 

 

 

それから十数分後、俺たちは銀髪オッドアイ達の先導でユーノが倒れた現場に着いたのだが…

そこにユーノの姿は無かった。

 

「ここに居たのは間違いない!」

「あぁ、僅かにだが戦闘の痕跡がある。夢で見た時の物だろう…」

「あの声…助けを求めていた以上、追跡者が居たんだろう。」

 

銀髪オッドアイ達は自信満々に案内していたのにも関わらず、

現場にユーノが居なかったから慌てているのか言い訳の様な事をし始めている。

 

だが、思念波の内容からここまでは予想していた。問題はどこに逃げて行ったのかだ。

辺りを見回して痕跡を探す。

 

「こっちだ!この植木の小枝が折れている!」

 

銀髪オッドアイの一人が声を上げる。

言われて近付くと、確かに不自然な空洞が出来ているようにも見える。

 

「ほんとだ!じゃあ、あの子はこの先に!?」

 

急いで走る。銀髪オッドアイ達も付いてくる。

 

しかし、いくら探してもユーノは見つからない。

 

そう言えば…いつの間にかユーノの声が聞こえなくなっている。

 

間に合わなかったのか?

この状況でなのははどうする?

やはり心配して探すのか、それとも諦めてこのまま学校に向かうか…

 

途方に暮れていると声が聞こえてきた。

 

「そいつを渡せ!そいつをこのまま逃がす訳には行かねぇ!!」

 

この声…隣のクラスの銀髪オッドアイ!

ユーノはそっちに居るのか!

声の方向へ走る。

声が近づく度に向こうの状況が分かってきた。どうやら誰かがユーノを庇っている?ようだ。

 

「はぁ…はぁ…えっ?朱莉ちゃん…?」

 

現場に着いてみれば案の定ユーノを憎々し気に睨む銀髪オッドアイたちと、

ユーノを抱きかかえて数え切れない数の魔法陣を展開する天野朱莉の姿があった。

 

 

 


 

あーぁ、何でこんな事になっちゃったのかなー。

ユーノ君が転生者ってだけでここまで怒らなくても良いのにねー…

 

ともかく、天使としての役割は果たさなくては!

 

転送魔法で駆けつけてみれば、動物形態のユーノ君に魔力刃を大量に飛ばす銀髪オッドアイ君たちの姿が…

 

…彼らは過激な行動に出そうだからって隣のクラスに入れられた子たちですねー。

やっぱりこういう行動に出てしまいましたかと思ったものですが…

よくよく見ればあの魔力刃、ちゃんと非殺傷設定が付与されてますねー。

 

酷い罵声こそ浴びせていますが、頭の中に冷静な部分はちゃんと残っている様子。

ここはユーノ君を抱えてー…まぁ多重防御の魔法で問題ないでしょう。

 

結界魔法陣展開ー!っと。一先ずこれで話し合いは出来そうですねー。

 

 

 


 

くそっ!ユーノの奴が転生者だと分かった以上、なのはと簡単に合流させる訳には行かねぇ!

朝食も摂らずに家を出て飛翔魔法を使う。

こんな時は親無しパターンの転生者で良かったと思える。

 

神様から貰った特典で俺の魔力は既にAクラス魔導士のそれを優に上回っている。

距離は結構あったが、10分しないうちにユーノもどきの居場所に到着できた!

 

ユーノもどきはのんきに寝ている…いや、狸寝入りだなコイツ…!

 

ユーノもどきの傍に魔力刃を飛ばして警告する。

非殺傷設定はつけてあるが、それでも慌てて飛び起きたそいつに尋問する。

 

「てめぇ…ユーノじゃねぇだろ?いったい何を願ってそうなったんだ?ア"ァ"!?」

「いぃっ!?」

 

案の定逃げ出したユーノもどきを追撃するが、的が小さい事と草むらの中に逃げて行った所為でなかなか捕まらない。

逃げている最中も念話で助けを求め続けているが、その間もこちらの増援が増えていく。

 

最終的に1vs7まで増えた時は流石に卑怯だと思ったが、全員非殺傷設定は付与してるようだしまぁ良いかと切り替える。

 

やがて二手に分かれてからの挟み撃ちが成功し、完全に包囲できたと思ったら…

突然聖祥の制服(うちの学生服)を着た女子生徒が現れてユーノもどきを庇いやがった!

 

「そいつを渡せ!そいつをこのまま逃がす訳には行かねぇ!!」

 

どういう防御力してるのか知らねぇが、7人がかりでも全然突破できる気がしねぇ…

どう考えても俺らと同じ転生者だ。

 

「おい、お前も転生者だろ!なんでそんな奴庇うんだ!」

 

仲間のうちの誰かがなんでそんな奴を庇うんだと問い始めた。

 

そうだ、同じ転生者ならそいつが何を考えてユーノになったのかなんて直ぐに解るはずだ!

ユーノはなのはと同じ家に住めるし、一緒の風呂にも入ってたはずだ。

流石に〇学生の風呂覗くのは犯罪だろう、ロリコンめ!畜生、俺もそう願えばよかった!!

 

「いやー、流石に話し合いも無しに一方的って言うのは、あんまりにもあんまりじゃないかなー?って思ってさー」

 

…あの妙な喋り方、確か隣のクラスの?

名前は…思い出せん。確かこんな目立つ行動をとるやつじゃなかったと思ったが…

 

「話し合い?何を話し合えって言うんだ!

 そいつはなのはに近付くためにユーノに成り代わったんだぞ!

 ユーノの立場ならなのはと一緒に住めるし、風呂にだって一緒に入れるんだからなぁ!!」

 

俺と同じ事考えてる奴が居るな。まぁ、誰でも思い浮かぶか。

 

「って、みんな言ってるけどー?

 実際のところどうなの?」

 

あの女子生徒がユーノもどきに問いかけている。

ふん、どうせ下心全開で願ったに決まって…

 

「はぁっ、はぁっ…そんなっ、()()()はそんなつもりじゃ!

 はぁっ…そもそも『ユーノになりたい』なんて、願ってないっ!!」

 

 

 

えっ?

 

()()()

 

 

 


 

やっとあたしが攻撃されている理由が分かった。

そもそもあたしの事、男だと思ってたのね…

 

確かになのはの世界に女性が望んで来るってのは考えにくいかもしれないけど、

仮に男だったとしても()()()()()()使()()()追い詰めるのは酷すぎじゃない?

 

唖然として攻撃も止んだみたいだし、今のうちに言いたい事全部言っておこう…

 

「あたしが願ったのは『魔力』と、『無限書庫の本が読みたい』と、『なのは達の手助けがしたい』の3つよ!

 それで転生したらユーノになってたの!

 あんたがあたしの事勝手に男だと決めつけてただけなの!分かった!?」

 

人の事を覗き魔みたいに!失礼にも程があるでしょ!?

 

「お、お前が本当に女って証明できるのかよ!」

 

動揺しつつも聞いてくる。実際痛いところだ…

自分の心の性別を証明するなんてどうすれば良いのか分からない。

 

「そうだ!この場を逃れるために女言葉を使ってるだけじゃねぇのか!?」

「そうだ!証明する方法なんてねぇだろ!!」

「じゃあ、あんたはどう説明すれば納得するのよ!!」

 

このままじゃ平行線だ…なにか、方法を示さなきゃ…

 

 

 

「はぁ…はぁ…えっ?朱莉ちゃん…?」

 

この声は!

身をよじって、助けてくれた女の子(アカリちゃん…で良いのかな?)の肩から後ろを見るとそこに居たのは…

 

「あれー?なのはちゃんじゃーん」

 

高町なのはだった。

これで何とかなるかもしれないと安堵したところに、なのはの後ろからあいつの分身が大量に…!

 

「なのはっ!!後ろ!!」

 

 

 


 

「なのはっ!!後ろ!!」

 

後ろ?

振り向くとここまで一緒に来たオッドアイ達が唖然としている。

 

「おい、あいつって天野…だよな…?」

「えっ、強くね?どんだけ固いんだよ…」

「朱莉ちゃん転生者だったのか…タイプだったのに…」

「あきらめんなよ、チャンスはいくらでもあるさ…」

 

なんか理由は様々なようだが特に危険は感じない。

 

「後ろにあいつの分身が!!」

 

『あいつ』と指差しているのはユーノに攻撃していたと思われる銀髪オッドアイ達…

あぁ、もしかして大量の銀髪オッドアイ達を分身魔法と勘違いしているのか?

 

「えっと…」

 

何も言えねぇ…言われてみれば魔法あるんだからそう考えた方が自然なんだもの…

 

「なぁ、なんか今俺たちすげぇ失礼な事言われたんじゃね?」

「言うなよ、考えないようにしてたんだから…」

 

銀髪オッドアイたちに『同じ顔』と言うのはうちの学校ではある種のタブーとされている。

理由は見ての通り、凄いヘコむからだ。

そして、それはユーノを攻撃していた連中にも言えた事である。

 

「もしかして俺たち、分身って思われてたのか…?」

「道理であんた『たち』って呼ばない訳な…」

「俺、これでも個性出そうと頑張ってるんだぜ…?」

「諦めろよ、全員バリアジャケットが黒一色の時点で個性の主張は無理なんだよ…」

 

これは…フォローしておいた方が良いよな?

 

「えっとね、信じてもらえないかもしれないけど…

 この人たちは見た目は似ているけど、みんな別の人で…」

 

えっと、結構これってセンシティブな問題だから言葉選びに気を遣うなぁ…

 

「こっちのみんなはクラスメイトの子たちで、そっちのみんなは隣のクラスの子たちなの!」

「え!?嘘でしょ!?」

 

この人結構正直にもの言うなぁ…

 

「なのは…まさか俺たちのこと見分けてくれて…?」

「まじかよ…俺たちだって時々間違えるのに…」

「隣のクラスでも覚えてくれるなんて女神かよ…」

 

ごめん、見分けはついてないんだ…

とりあえず事情はユーノの人にも伝わったのか…

 

「えっと、ごめんなさい。

 これに関してはあたしが悪かったわ。」

 

しかたないよ。殆ど目の配色で覚えるしかないんだから。

 

「よく見ればあんたは鼻が少し小ぶりね。

 そっちのあんたは眉の形がすっきりしてるし…」

 

…えっほんと?言われて見てもよくわかんない。

だが、彼女(?)はそんな特徴を次々言い当てて区別出来ているようだ。

 

「あいつ、初対面で俺たちの顔を見分けて…」

「まじか、涙出てきた…」

「俺のデバイスだってたまに間違えるのに…」

 

なんか隣のクラスのオッドアイ達が凄い感動してる。

 

「なぁ、あいつ良い奴なんじゃね?」

「もう性別とかどうでもいい気がしてきた…あいつなら一緒の風呂とか問題ないだろ」

「外見ユーノだろ?俺、行ける気がするわ」

 

何がだよ落ち着けよ。

なにはともあれ険悪な雰囲気は一気に霧散した。

一人だけ道を外れそうなやつもいるが、問題は解決したと言って良さそうだ。

 

「その…ユーノ、さっきは悪かった!お前を疑ったりして!

 俺の名前、『神原 剣治(かんばら けんじ)』って言うんだ、よろしくな!」

「俺も、悪かった!

 俺は『神林 龍之介(かんばやし りゅうのすけ)』!何かあったら力になるからな!」

「俺が間違ってたわ、やっぱり最初から相手を疑ってかかるのは駄目だよな…

 俺の名前は『神宮寺 雷斗(じんぐうじ らいと)』。困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ。」

「さっきはどうかしてた!マジにゴメンな!?

 こんな状態で言うのもなんだけど、俺の名前は『神楽坂 英雄(かぐらざか ひでお)』ってんだ。

 これからはお前の力になるから、許してくれないか?」

「なんていうか俺、ユーノの事誤解してたよ。

 …俺は『神無月 蒼魔(かんなづき そうま)』。

 その、友達からよろしく。」

「正直まだ迷ってるところはあるけどよ…あんたが良い奴ってのはスゲェ分かった。

 …『神田 龍二(かんだ りゅうじ)』。よろしくな!」

「俺、『神場 虎次郎(かんば こじろう)』。

 …さっきは、悪かった。」

 

名前の『神』率高いなオイ…

もうあいつらの中では性別関係なく『いい奴だから大丈夫だろ』って事になったらしい。

見分け付くだけでそんなに変わるか?…俺も名前覚えてみようかな、保身の為にも。

 

「…はぁ、もう良いわよ、誤解も解けたみたいだし。

 問題は…」

 

ん…俺?

あっ、原作崩壊の事か。

 

「あぁ、そうだったな…俺達、普通に空飛んでるし…」

「やっちまったな。完全に頭に血が上ってた…」

 

どうしよう、俺もなんか言葉を絞り出さないと…

 

「やー、なのはちゃんに知られちゃったかー。」

 

朱莉!ナイスパス!

 

 

 


 

何とか話し合いで解決できたようで何よりだねー。

ただ、見た目かぁ…結構本人たちには深刻な問題みたいだね。

 

顔立ちはもう変えられないけど、固定されちゃってるバリアジャケットのデザインくらいは神様の方からサポートしてくれるように伝えておこうかなー。

 

っと、原作の流れが変わっちゃった事に慌ててるのかな?

別に原作の流れ通りに進めないといけない訳じゃないんだけどねー。

 

じゃあ最後に助け船、出してあげちゃいますかー。

 

「やー、なのはちゃんに知られちゃったかー。」

 

「朱莉ちゃん、これって何なの?」

 

おーおー、嬉しそうな表情が隠せてないなー?

まぁ、みんな魔法を知った高揚と捉えてくれてるみたいだし問題ないでしょ。

 

「まー、見ての通り魔法ってやつだよー。

 この子が見せた夢とか、助けを求める声なんかも魔法の一部なのさー。」

「この子も魔法使えるの!?」

「この子だけじゃないよー?

 この子の声が聞こえたのなら、なのはちゃんだって使える筈さー。

 ね?えっと、ユーノ君?」

 

わー、なんて自然な流れだろー?これでなのはちゃんにレイジングハートが渡せるぞー?

 

「えっと、そう…だよ!

 僕はユーノ。君…たちが僕の声を聴いて来てくれたんだね!」

 

おやー、一応男の子の口調は続けるみたいだね。

さっき素の話し方してたのを聞かれてたと思ったけど…まー良いか。

 

「僕はこの世界に、『ある探し物』の為に違う世界から来たんだ…」

 

これで、一応原作の始まり始まり~…かな?

 

 

 




難産でした。
特に銀髪オッドアイ達の名前に苦労しました。

転生物を読んでると『神』『剣』『龍』『虎』と言った文字が苗字に付きがちな気がしたので、
その辺を意識してます。

今回名前が出たのは隣のクラスの転生者ですが、なのはのクラスも大体同じ感じですね。

ユーノの中の人は女性です。
前世でメイク関係の顔をよく見る職業に就いていた為、銀髪オッドアイ達の見分けがつきました。
性格は普段は温厚ですが、戦闘になると結構物騒な口調になりがちです。
ゲーム等も結構やるタイプでしたが、ゲーム中の語彙は友達から見ても「元ヤンかな?」と言うくらいには物騒でした。


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初めての魔法

今回は推敲が足りないかも?
言葉の使い方等で変な所があったら感想欄で指摘していただけると嬉しいです。


「僕はこの世界に、『ある探し物』の為に違う世界から来たんだ…」

 

ユーノが原作と殆ど同じ内容を語り、魔法の力を受け取ってほしいと言うところまで来たのだが…

 

「僕の力だけでは足りないんだ!お願い、魔法の力を受け取って!」

 

「わ、私に!?」

 

問題はこの場に魔力を持っている人が多すぎて説得力がなぁ…

後ろを振り向いて大量の銀髪オッドアイたちを見る。

 

「ん?…あぁ、俺たちは大丈夫だぜ!」

「おぅよ、見ての通り俺達は!」

「最初から魔法の力を持ってるからな!」

「「「「「「「「「セットアップ!」」」」」」」」」

 

ゴゥ!と凄まじい音と風を放ち、魔力の光が雲を割く。

 

いや、だからそれやられると『なのはの力借りなくてもいいんじゃないか』ってなるだろ!?

 

しかし、周りの転生者はなのはが魔法の力(レイジングハート)を受け取る事に疑問を持って無いみたいだ。

原作重視の考え方してる人ばかりで助かるなぁ…だから身バレが怖いんだよなぁ…

 

「えっと、じゃあお願いします…」

「う、うん。先ず、この宝石を手に取って。」

 

レイジングハートを受け取る。

原作でなのはが言っていたように不思議な温かさを感じる。

 

「僕の言葉を復唱して。」

「う、うん。」

 

場所も時間もシチュエーションも違うが、ここで初変身か。

…あの逃げた怪物、ちゃんと見つけられるかな。

 

「「我、使命を受けし者なり」」

 

いや、今は不安は置いておこう。

 

「「契約の下、その力を解き放て」」

 

色々あったが、ユーノは無事だった。

 

「「風は空に、星は天に」」

 

怪物が逃げた先は気になるけれど…

 

「「そして、不屈の心は…」」

 

今は、この呪文を間違えないように集中しよう。

 

「「この胸に!」」

 

周りの転生者たちに不審に思われない為にも。

 

「「この手に魔法を!」」

 

ここは、より原作に忠実に!

 

「「レイジングハート!Set up!」」

 

良し!これでレイジングハートに文字が浮かび上がって…

 

「ステァンドバイレディー、セタップ」

 

ん、なんだ今のカタカナ英語!?

 

俺の疑問をよそに、体の内側から溢れた魔力が天を衝く。

 

「落ち着いてイメージして!君の魔力を制御する杖と、君を守る衣服の姿を!」

「えっ!?急に言われても…」

 

さっきの発音が気になるなぁ!?今は先送りにするしかないけどさぁ!?

俺は今自分の着ている制服に目を遣り…

 

「とりあえず、コレで!」

 

と、原作通りの杖とバリアジャケットをイメージする。

 

直後、まばゆい光が身体を包み込む。

変身中はどんな感じになるのかと思っていたが、眩しすぎて分からん。

多分外から見てもどうなってるのか見えないだろうな。

 

光が消えると…元の制服から微妙に変化したバリアジャケットが…!

変身前が制服だからあまり変化が無い!

 

「えっと、コレで大丈夫…なの?」

「うん、成功だよ!なのは!」

 

周りの銀髪オッドアイ達は感慨深そうに眺めているだけで、

さっきのレイジングハートの発音の不自然さに気付いている様子はない。

 

デバイスが転生者…そう言うものもあるのか…?

 

って、

「あっ!学校!!」

 

そうだ、今何時!?

 

「そう言えばもうそろそろ通学時刻じゃねぇか!?」

「いっけね、マジに忘れてた!」

「えっ、どうする!?」

 

銀髪オッドアイ達もざわついてる。

その内の何人かが携帯を取り出し、時刻を確認する。

 

慌てた様子で告げられた時刻は、バス停にバスが来る12分前だった。

 

「いけない!もうすぐバスが!」

 

どうしようと考える前に銀髪オッドアイが案を出す。

 

「心配すんな!飛翔魔法なら一直線だぜ!」

「あぁ、封時結界を使えば人目につかずに魔法で飛べる!」

 

そうだった!魔法が、いや待て…?

なのはってこの時点では飛翔魔法使ってなかったよな…?

 

「飛ぶって、どうやるの!?」

 

流石にいきなり飛べるのは不自然だが…

 

「ん?あぁ、飛び方なら…」

「心配すんな、俺がなのはを抱えて飛べば良いだけさ!」

「ちょっ…おま…」

 

ちょっ…おま、お前!せっかく飛び方を教えてもらえそうだったのに!

周りの奴らもなんだその表情!?『その手があったか』みたいな顔してんじゃねぇよ!

 

「おっと、お前だけ良いかっこさせる訳には行かないな…」

「ほう…やるのか?」

「俺も混ぜてくれよ…!」

 

既に『誰がなのは()を抱えるのか』で一触即発のムードだ。

勝手に盛り上がるんじゃねぇよ!時間がねぇんだって!

 

「あのっ時間が」

「気にしなくていいぜ、なのは!」

 

『封時結界』!

 

瞬間、この辺り一帯が外界と隔絶される。

 

って言うかお前もそれ使えるのかよ!?

封時結界は外界と時間の流れをずらす。コレで決着までの時間を稼ぐつもりか…

 

いや、この結界をバス停まで伸ばせば普通に間に合うんじゃないのか!?

…くっ、ダメだ。ツッコミ入れたくてもなのははこの結界の性質をまだ知っていてはいけない!

そんな事を考えている間に魔法の撃ち合いが始まってしまった。

 

なのはとしては仲裁もしないと…そうだ!

 

「ユーノ君!私、急がないといけないの!

 空の飛び方、教えて!」

 

こういう時はユーノだ!

 

「えっ…あ、うん。」

 

 

 

 

 

 

空を見るともう三人しか飛んでいない。

 

「はぁ、はぁ…へへっ、後は、お前たち二人だけだ…!」

「ハッ、ハッ…そのセリフ、お前らに返してやるよ…」

「ゼヒュー…ゼヒュー…、何言ってんだ、ゲホッ…お前たちが俺に、ヴォエッ…勝てる訳がないだろ…?」

 

盛り上がってるとこ悪いが、その場に覚えたての飛翔魔法で接近する。

 

「三人とも、もうやめて!ほら、私も飛べるようになったから!早くバス停に行こう!」

 

そうだ、いくら外と時間の流れが違うと言っても時が止まる訳じゃない。

幸い、結界が解除されていないのならば結界を張れる奴は無事のハズだ!

 

「なのは!?えっ、飛んでる!?」

「えっ、早くね!?」

「ゲホッ…ゼヒュー…ゼヒュー…」

 

三人が疲れ切った表情でこちらを振り返る。

いや何て顔してんだよお前ら…

 

さっきユーノに封時結界に関して説明してもらって、

「ユーノ君も使えないか」と聞いたが返答は「魔力が足りない」と言うものだった。

となると、やはりさっきの奴に張って貰うしかない!

 

「ねぇ、この結界って時間の流れをずらしてるんだよね!?

 バス停まで張って欲しいの!」

 

くそっ、RPが崩れかけているが今は時間が惜しい!

今日は原作の開始日だ。間違いなくアリサとすずか(あの二人)は気合が入ってるはず!

ここで遅刻すれば正体を疑われかねない!

 

「あ、あぁ…そうだな…」

「俺達も急がないといけないしな…」

 

残念そうな顔をやめろォ!なんか悪い事してる気分になるだろうが!

 

「なぁ、なのはも俺達も遅刻がかかってる。消耗してるとこ悪いが結界を頼む…」

「ゼヒュー…ゼヒュー…」(こくり)

 

よりによってお前かよォ!?

 

『封時…ゲホッ…結界』

 

結界がバス停の方まで一直線に伸びていく。

いや、顔色めちゃくちゃ悪いんだけど…

 

「ありがとう…神谷くん!」

 

俯いて息を整えながらも、左手でサムズアップしているところを見るに合っていたらしい。

 

「あとは…」

 

地上を見て、まさに死屍累々と言った感じの銀髪オッドアイ達を眺める。

一応気絶はしてないみたいだけど、なのはとして見捨てる選択肢は取れない。

 

「あぁ、安心しな。あいつ等はまだ体力の有り余ってる俺と神田が運ぶからよ…」

「神楽坂な…」

「…すまねぇ。」

 

神楽坂くん不憫過ぎない?

仕方ないな…

 

「ありがとう!神楽坂くん!…神無月くん!」

「なのはが名前を呼んでくれた…救われた気がする…」

「ありがとう、なのは。あと、出来れば『神場』でもう一度頼む。」

「ゴメンね。神場くん…」

 

下手に名前を呼ぶと地雷を踏むこの状況なんとかならないかな。

ともかく、ようやく俺達はバス停へ向かう事が出来たのだった。

 

…そう言えば、朱莉いつの間にかいなくなってたな。不思議なやつだ…

 




天使は転生者の危機にしか介入できません。
なので朱莉ちゃんはなのはの変身を見届けた辺りでワープしてます。


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ズレていくもの、ズレていたもの

ヤバいです。

日々増えていくUAでプレッシャーが凄いです。
こんなプレッシャーをみんな感じていたんだなぁ…


間に合った…!

 

いつもの時刻。

 

いつものバス停。

 

いつものバスに乗り込んだ。

 

いつものじゃないのはその人数。

 

俺と19人の銀髪オッドアイ達、それとユーノ。

 

合計20人と1匹。

正直乗れるのか不安だったが、問題なかった。

 

「なのはー!こっちこっちいぃ!?」

「えっ!?ユーn…フェレット!?」

 

はい、アリサとすずかにユーノがバレました。

しょうがないよね、腕に抱えてるんだもん。

 

「おはよー、アリサちゃん、すずかちゃん!」

「えっ、うん。おはよう…じゃなくて!」

「な、なのはちゃん、どうしたの?そのフェレット?」

「いや、そっちもだけど!なによその人数!しかも何人か寝てるし!」

 

そう、ユーノを家に置いて来れなかった理由がそれなのである。

 

「…」

 

封時結界を使える神谷くんが、バス停に着いた途端にダウンしてしまったのだ。

気絶した彼の顔は、何かをやり遂げた漢の顔だった…

 

流石にそんな彼にこれ以上の負担はかけられず、

残りの二人に封時結界が使えないか聞いても無理だと言う。

 

結果、ユーノには学校に着いたらカバンの中に隠れてもらう事になった。

 

 

 

「ふぅん、バス停に来るまでの間に拾ったのね…」

「朝から大変だね、なのはちゃん…」

 

ユーノはバス停に来るまでの間に拾った。嘘は言ってない。

 

「うん、怪我をしているみたいだから放って置けなくて…」

 

怪我といっても、残ってるのはかすり傷位だ。

ここに向かうまでの間、魔力を治療に回していたらしい。

 

「ふぅん…なんか見た感じ、思ったほど酷い怪我じゃなさそうね…」

「思ったほど?」

「ううん?何でもない」

 

アリサは早くもユーノを疑っているようだが、特に敵意は感じない。

やっぱり、この二人なら…

そう思うが、やはりまだ言い出す決心はつかない。

 

実際にユーノは襲われたのだ。

その事実が前以上に俺の心を縛り付けていた。

 

 

 

教室に着くと、今日も朱莉は眠たげに机に突っ伏していた。

この子もやっぱり転生者だったようだが、

今日は随分と助けられた。

 

「朱莉ちゃん、おはよう。」

「やー、なのはちゃん。おはよー」

 

やはりいつも通りで、さっきの騒動を微塵も感じさせない。

 

「さっきはありがとね。」

「んー?あぁ、フェレットくんの事かー。

 いーよ、いーよ。これからもどうぞ頼ってくれたまえ~」

 

いつものやり取りに少し癒される。

今日はいろいろありすぎて、早くも疲れ気味だ。

 

 

 

「えー、今朝の事なのですが、

 ○○の辺りで不審な光が確認されており、

 警察の方々が捜査に入るとのことなので皆さんは近付かないように!」

 

HRで担任の先生にそう告げられた時は思わず目を逸らしてしまった。

 

 

 

学校の昼休憩。

当然アリサとすずかに質問攻めにあった。

内容はもちろんユーノの事だ。

 

「さて、話してもらうわよ~色々と!」

「ふふふ、覚悟してよ~?」

「お、おてやわらかに…」

 

聞かれたのはズバリ、ユーノとどこで出会ったのか?

 

一番聞かれたくない所だ。

正直に答えればなんでユーノの場所に向かったのか?と言う疑問が生まれる。

それは朝に声が聞こえて、声の主を探していたら銀髪オッドアイに見つかって…

…それで案内されて…

 

…あれ、これって答えてもなのはの行動としてはそこまで違和感があるわけでもないな。

 

答えたとしても『なのはが転生者』と言う真実に直接結びつかないはずだ。

 

いや、ここで重要なのは『原作のなのはならこの場合どう答えるか』だ。

誤魔化すにも答えるにも『なのはなりの』理由が必要になる。

 

原作において、なのはは二人を巻き込まないように自分の悩みを内に秘めていた。

ただしこれはなのはが魔法少女として活動し、

その苦労や危険性を知っていたことが大きいように思える。

 

現時点のなのははまだ『魔法の存在を知っただけ』で、

『ジュエルシードの危険性』どころか、その存在すらも聞いていないのだ。

 

魔法にしたって遅刻を回避するために空を飛んだだけで…

いや、待てよ。

既になのはは魔法戦を目撃している。主に銀髪オッドアイ達のおかげで。

 

…誤魔化す理由にこれは弱いか?

いや、魔法は時に危険なものだと言う事実を知っているなのはが魔法の情報を軽々に話すだろうか?

危険な事ならば誤魔化してもおかしくはないだろう…

 

「…あたしたちに話せない事なの?」

 

長考による沈黙を拒絶と捉えたのか、アリサの眉尻が下がる。

 

「えっと、私…」

 

どうする?

 

「…話しにくい事なのね。解った。

 今は深くは聞かない。

 けど、話せるときになったら話しなさいよ?」

 

アリサは仕方ないと言った感じに話を切り上げた。

…なんで急に納得したんだろうか?

なのはなら誤魔化すと思ってたとかだろうか?

 

「うん…ごめんね?

 いつか、話すから。」

 

そういえば、すずかはやけに静かだ。

こういう時アリサが主体になって話すのはいつもの事だが、

それにしても静かすぎる。

 

ふと見てみると、何やら深く考え込んでいるようだ…

二人の真意は分からない。

もしかしたら、二人の周りでもなにか起こっているのだろうか?

 

そう言えば、原作ならここで『将来の事について』話すんだったな…

少し、原作との乖離を実感した。

 

 

 

 


 

昼休憩が終わって教室に戻る途中。

朝のすずかの言葉を思い出していた。

 

 

 

「アリサ、昨日家の敷地を探してみたんだけど…

 やっぱりそれらしいものは見つからなかったよ…」

 

『それらしいもの』と言うのは『ジュエルシード』の事だ。

 

俺もすずかも、互いに転生者であることは既に伝え合って知っている。

 

なのはに喧嘩を仲裁された時の反応に違和感があり、

人気の少ない場所でこっそりカミングアウトしたのだ。

 

その後、俺達は原作の開始のタイミングをなのはに()()()()()探っていた。

主に夢の内容とかでだ。

 

そしてその一環として『すずかの家の庭にジュエルシードが無いか』と言うのも並行して確認していた。

 

原作の流れからして『お店探し』があった日の夜には、庭のどこかに落ちていないとおかしいはずなのだ。

それが無い…

そして今朝ユーノの近くで光が発生し、そのユーノがなのはに抱えられてバスに乗ってきた。

 

何かが起きている可能性がある。

多分、原作の知識はもう当てにならない。

 

俺が心配しているのは『銀髪オッドアイ達の誰かが欲望のままにジュエルシードを使う事』だ。

ジュエルシードは曲がりなりにも願いを叶える。

転生後、自分の能力や魔力に不満があるとき唯一それを覆す事が出来る可能性がジュエルシードなのだ。

 

だからなのはに確認をした。

そして求めていた答えをくれた。

 

なのはが何も答えない事――。

それが俺の期待した返答だった。

 

今朝の光はなのはの変身の際に発せられた魔力でほぼ間違いない。

それならあの場所でジュエルシードが発動したわけじゃないし、

もしそうだったとしても封印済みのハズだ。

 

多分、なのはは今朝魔法少女として目覚めた。

朝に何かあったんだ。

それで、ユーノが念話を飛ばすなどしてなのはを呼んだ。

銀髪オッドアイ達はその時合流したんだろう。

 

この後の事は…

後でまたすずかと相談だな…

 

 

 


 

昨日と今日の朝、庭を調べてみたがジュエルシードは無かった。

もちろん猫だけが知っている場所や入れない場所もあるだろうけど、

原作の描写から考えてそんな特殊な場所には落ちていない筈なんだ。

 

アリサが言っていたように、既に原作を知っている誰かの手により持ち出されてしまったのか?

わからない。

ただ、今朝の光はなのはの変身で良いと思う。ユーノも連れていたし…

 

なんで変身したんだろう?

やっぱりもう原作の流れは外れているのかな…

 

こういうことを考えるのはアリサの方が得意だし、

後で相談しよう。

 

 

 


 

放課後、塾に行こうとしたら近道が封鎖されていた。

 

今朝のHRで警察の捜査が入ると言っていたからおそらくそれだろう。

そう言えば原作ではこの後ユーノを拾って、結局塾には行かなかったのか…

どんどん原作の行動とずれていく…このままだと、今夜あの怪物を見つけられるのかも怪しいな…

 

塾を終えて帰宅。

ここまでズレていたらもう隠しても意味がないので、家族にユーノを紹介。

 

当然家族はビックリしていた。

士郎さんもビックリしていたが突然娘が小動物を拾って来たら驚くだろうし、まだ転生者かは不明。

 

桃子さんも士郎さんもユーノを可愛がっているが、恭也と美由希は複雑な表情だ。

正体(魔導士)を知っているからね…仕方ないね。

 

夜、夕食を終えて風呂の時間。

原作同様ユーノを風呂に連れて行く。

中身が女性だからか、着替え中も堂々としていた。

 

さて、ここで一つ考えている事がある。

ズバリ、ユーノには正体をバラしても良いのではないかと言う事だ。

 

と言うのも、なのはが転生者であるとバレて一番怒りを露にしそうなのは断然男だ。

よく言う『俺の嫁に手を出すんじゃねぇ』と言うやつだ。

 

反面女性ならばそこまで激情せず、話を聞いてくれるのではないか?

更に言えばユーノは既に転生者に襲われた後。こちらの事情も汲んでくれるのでは?

そう思ったのだ。

 

湯船に浸かりながらユーノに向き合う。

 

「…?どうしたんだい?なのは?」

 

…いざ、伝えようとすると言葉にならない。

やはり、万が一を考えると腰が引けてしまう。

八年間隠し続けていたのだ。無理もないだろう。

 

…良し、

 

「ねぇ、ユーノ君…」

 

言うぞ…

 

「…」

 

ユーノもこちらをじっと見つめている。

 

 

 

「朝のテレパシーみたいなの教えて欲しいな?」

 

 

 

 

 

 

…いや、ほらアレだ。

家族も転生者だし、誰にも聞かれないようにするには…ね?

 

 

 

その、なんだ…

 

 

 

…ヘタレたぁーーーっ!!

 




ストックが尽きました。

ペースは少し落ちるかもです。
皆はどれくらいストック作ってから投稿するのかなぁ…

変な箇所があると感じたら感想等で報告していただけると助かります!


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得たものは協力者

今回は賛否分かれるかも…?

現状一番の難産回です。


あの後ユーノから念話の方法を教えてもらい、夜になった。

 

≪なのは、お願いがあるんだ。≫

 

ユーノが念話で話を切り出してきた。

おそらく例の怪物の事だろう。

 

≪うん、私もユーノ君に話があるんだ。≫

 

そう、俺はユーノに正体を明かす決心をしていた。

今まで俺の部屋は俺の数少ない癒しの場でもあった。

 

この中ではなのはの行動をいちいち考えなくても良いし、

これからの行動を考える場所でもあったのだ。

 

だからこそ、この部屋でユーノを欺き続けるのは不可能だ。

この部屋ではふとした時に俺の素が出る。

 

流石に口調や言動にもろに出たりはしないが、

原作の知識が口からぽろっと出る事くらいはあるかもしれない。

 

だから、明かす。

 

決めた。ここで明かす。

 

そんな不安が顔に出ていたのだろう。

 

≪落ち着いて、なのは。ゆっくり話してくれていいから。≫

 

ユーノがなだめてくれる。

多分俺の態度で察してくれたのだろうか。

念話の口調から優しさが伝わる。

 

≪うん…≫

 

八年間ずっと隠し続けていた()()を出す。

緊張と期待、躊躇と焦り。俺はこの時をずっと待っていた。

 

≪私は…俺は、転生者だ≫

≪うん、…えっ、『俺』ぇ!?≫

 

あ、そういえばそっちの問題もあったなぁ…

 

 

 

≪そう、この八年間ずっと…≫

≪あぁ、話せる相手が居なかった。≫

 

自分の素の言葉で話すのも久しぶりだと伝えると、同意が返ってきた。

 

≪あたしもユーノ(男の子)になってからはずっと男の子の口調で話してた。

 素の話し方なんて今朝久しぶりにしたけど、少し違和感を感じるレベルだったわ。≫

≪それは分かる。話し方は自分の物でも声の性別が違うからなぁ…

 今でも違和感凄いわ。≫

 

他愛もないやり取りを続ける事数分。

 

≪そうだ、あの変身の時に気付いたと思うけどレイジングハートも転生者よ。≫

≪しってる≫

≪あ、うん。一応彼は『安全』よ。あなたの敵にはならないと思う。少し頼み事があるようだけど…≫

≪頼み事?≫

 

何だろう…リインフォースみたいに身体を作ってくれとか言われても俺にはどうしようもないぞ…

 

≪えっと、レイジングハート…ユーノ君から聞いたんだけど、頼みごとって?≫

≪ん?あぁ、なのはのフリはもういいぞ。念話内容は筒抜けだったし。≫

 

!?あっ、そう言えば、なのはの場合デバイスを通して念話してるみたいな描写があったような…

ちょっと気が抜けてたと言うか、不注意だったかな…

 

≪…なんかごめんな?騙すような感じになっちまって…≫

≪いや、むしろ今朝の状況見れば隠すことには納得しかないわ。

 それで願いって言うのもさ、朝の一件が関係するんだけど…≫

 

随分口ごもってるな…頼みにくい事なのだろうか…?

 

≪スピードラーニング、貸して欲しいんだよね≫

 

あ、発音気にしてたのね。

まぁ、あの発音じゃRPもできないしなぁ…

 

≪いや、デバイスになったら英語ペラペラになると思ってたんだけどさぁ?≫

≪え、もしかしてデバイスになったのって自分の意思なのか?≫

≪え、流石にそれは初耳なんだけど…≫

 

てっきり俺やユーノみたいな転生事故(?)みたいなものかと…

 

≪まぁ、願い言ったとき神様も唖然としてたけど、

 『仕事しなくて良い』『魔法が使える』『美少女に道具の様に使って貰える』の3拍子揃ってるからな。

 俺の理想の職場です。≫

 

えぇ…その場合、俺は美少女枠として大丈夫なのか…?

 

≪なんかごめんな、転生者で…≫

≪いや、転生者でも見た目美少女だし無問題よ。

 むしろ原作のなのはだったら『相棒』って感じだと思うし、

 ちょっと物足りなかったかも?≫

 

あっ、ただのマゾだこいつ。

 

≪いや、俺も人前ではなのはとして振舞うからな?≫

≪マジか。いや、それもそうか。ユーノの事もあるしなぁ…≫

 

まぁ、そういう事だ。納得してくれたようで良かった…

 

≪…一回だけ『このポンコツデバイス!!』って呼んでくれない?

 それで一年は頑張れるから。≫

 

諦めてなかったのか…

 

≪えぇ…≫

 

ユーノもドン引いてるわ…

でもなぁ…こういうのって一度応えると次から次へ要求が来そうな気が…

何よりRPする身としてそれってどうなんだろうか…

 

≪えっと、私ユーノ君のお願いまだ聞いてないから、また今度ね?≫

≪ここでRP!?≫

 

思いのほか変態なデバイスだったのには驚いたけど、なんだろう。

…今が楽しい。

ずっと押さえつけられていた自分が解放されて、今一番生きてるって感じる。

 

≪って、そうだ!ユーノ、さっき言おうとしたのってジュエルシードだよな!?

 今時間は大丈夫か!?≫

≪!そうね、多分まだ大丈夫…かな?

 あのジュエルシードがどこに出るか分からないから早く探しましょう!≫

≪あ、そうか。ユーノがここに居るから動物病院に出るかどうかも分からないのか。≫

 

そうだ、あのジュエルシードが動物病院に現れたのはユーノに対する復讐の可能性が高い。

原作と言うレールから逸れてしまった今、あいつが何を考えてどこに現れるか予想がつかない。

 

とりあえずは、

 

≪レイジングハート、Set up!≫

セタップ(Set up)!!≫

 

…やっぱり発音は何とかしてもらった方が良いなコレ。

 

≪フライアーフィン!!≫

 

飛翔魔法を使用して夜の空へ飛び出す。

原作では飛翔魔法はまだ使っていなかったが、朝の騒動のおかげで最初から使えるのはありがたい。

 

さて、問題はどこから探すかだけど…

 

「とりあえず、『槙原動物病院』に行ってみよう!

 あの近くに出る可能性だってまだ0じゃない!」

「うん!」

 

再びRPに切り替える。

あの部屋を一歩出たらどこに目や耳があるか分からないからな…

さっきのやり取りの影響で素が出やすくなってるかもしれない。一層気を付けよう。

 

「なのは、奇遇だな!」

 

ユーノの提案に従って動物病院へ向かう途中、

やはりと言うかなんというか銀髪オッドアイ達が合流してきた。

いや、一直線にこっちに飛んできておいて奇遇も無いもないだろう。

 

…しかし、そうか。

ジュエルシードを探すって事は毎回こいつらが付いてくるんだよなぁ…

身の安全は確保されているようなものだけど、複雑な気分だ。

 

「えっと、神崎くん!」

「…(すめらぎ) 刀魔(とうま)だ。

 そう言えば自己紹介してなかったな。」

 

新手の銀髪オッドアイ…!

それも神の字が入ってない希少なタイプか。

 

「ゴメンね…よろしくね!皇くん!」

「あぁ、名前を呼び合ったなら俺達はもう友達だ!」

 

…もしかしたらあまり名前を呼ばない方が良いのかもしれない。

 

「でも、どうしてここに?」

「おっと、そうだった。

 朝ユーノが言ってた探し物だろ?手伝うぜ!」

 

そう言えばこの銀髪オッドアイ…クラスメイトの!

 

「みんな、ありがとう!」

「みn…?まさか!」

 

皇くんが振り向く。そう、まるで今朝の再現をするようにずらりと並ぶ銀髪オッドアイ達…

 

「ちょっ、こんなに集まったら一般人に見られるだろ!?」

「その点は問題ないぜ。俺が『封時結界』を張った…『自己紹介』の時点でな。」

 

お、確かあいつは…

 

「お前…神谷!」

 

今朝11人の銀髪オッドアイ達に弄られて恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にし、

その後の騒動では主に封時結界で大活躍だった神谷くん!

そのおかげか銀髪オッドアイ達の中でも、少しだけ頼りになる奴として覚えてしまった。

 

「ありがとう、神谷くん!」

「封時結界なら任せな。このまま目的地まで結界の道を作ってやるよ!」

 

神谷くんがカッコいい様なカッコ悪い様な宣言をしてくれたので、

ここは素直に頼るとしよう。

 

「ありがとう!じゃあ、槙原動物病院までお願い!」

「…一応聞くが、何でそこなんだ?」

 

おっと、いきなり疑われてるな。

だがRPは問題ないのだよ!

 

「ユーノ君があそこにある可能性があるって言ってたの!」

 

あの後ユーノと相談した結果、

・なのはにはジュエルシードが危険物であり、怪物になる事があると言う事まで説明した。

・ユーノが転生者と言う事はなのはには隠している。

・ユーノが原作知識をもとに槙原動物病院が怪しいとなのはに教えた。

と言う、設定で動くことにしたのだ。

 

「そうか、ユーノが…」

「うん。『僕達からしてみれば』あそこが一番怪しいからね。」

「ふむ…まぁ、そうだな。」

 

もちろん「?」と首を傾げるようなリアクションも忘れない。

 

こうして槙原動物病院までの結界が張られた。

 

つくづく思う。

協力者と口裏を合わせればこんなにもスムーズに動ける。

やはり、話したのは正解だったんだな…と。

 

 




と言う訳で、これからジュエルシードを探すたびに銀髪オッドアイ達が合流します。

賛否が分かれると思った点は
・なのは(転生者)の秘密を自らユーノに打ち明けた事。
・レイジングハート(変態)のキャラ付け
ですね。

レイジングハートの願いは
『レイジングハートになる事』『個人的な映像記憶能力』『自我が外部要因によって変えられない事』
です。

『個人的な映像記憶能力』とは本人がデバイスになる為、
外部機器によって自分の記憶を覗かれないようにする為と趣味の為です。

『自我が外部要因によって変えられない事』も同じように
外部機器やプログラムを弄られる事で意思を捻じ曲げられないようにです。


いずれも本人の希望通りの形で叶えられております。

あと、次の話は少し遅れそうです。


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変わりゆく未来

今回、独自解釈が含まれます。

作者の記憶違いで原作と矛盾していたりしたら報告していただければと思います。


飛翔魔法で飛ぶ事数分。

何事もなく俺達は槙原動物病院に着いた。…しかし…

 

「居ないね…ユーノ君…」

「うん…僕の『予想』も、確実とは言えない物だったからね…」

 

こうなる予感はあった。

あの怪物がこの動物病院にやってくる理由なんて、『ユーノへの復讐』以外に考えられなかったからだ。

そう考えるのは周りの銀髪オッドアイ達も同じようで…

 

「やっぱり居ねぇな…」

「あぁ、あの怪物の目的が病院に居ないんだからな。」

「だとしたら、もしかしてなのはの家が危ないんじゃないか?」

「いや、俺も一応それを考えて周りを見てたんだが、あんな怪物は居なかった。

 山とか森ならともかく、街中であいつが隠れながら移動できるようなところなんて…」

 

早速手掛かりが無くなってしまった訳だ。

こうなったら強引にでも探すべきか…

 

「ユーノ君、何か『探し物に使える魔法』ってないかな…?」

「!あるよ、丁度いいのが!」

 

意図を汲んでくれたようで、ユーノは『エリアサーチ』の魔法を教えてくれた。

…原作なら街を飲み込んだ巨木群に対して使う筈の魔法だが、

四の五の言っていられない。

歪みは小さい内に正すに限る!

 

「探して!災厄の元を!エリアサーチ!」

≪エェリアサーチ!≫

 

スピードラーニングは早めに用意しよう!絶対に!

 

 

 

放たれたサーチャーが辺り一帯を駆け回る。

付近の映像が頭に流れ込んでは来るのだが…

 

…不味いな、ほんとに居ないぞ。あの怪物。

 

何か、変な感じだ。

あいつは原作で一目散にユーノに襲い掛かった。

ユーノに復讐するつもりなら、今だって俺の方に近付いてるはずなんだ…!

 

なにか、見落としてるのか?

 

あいつは『何を』目的にユーノを襲ったんだ…

 

今こそ原作知識の出番だろ…思い出せ、あいつの特徴を…!

 

原作で、ユーノはあいつの事を何か言ってなかったか…?

 

 

 

―『アレは、忌まわしい力の下に生み出されてしまった思念体…』

 

…そうだ、確かにそう言っていた。

あいつは何の願いも受けずにジュエルシードの暴走だけで発生した個体だ。

もし、アイツに思念があるのだとすれば、それは()()意思だろう?

 

…原作でも明言されていないが、ジュエルシード自身に邪な意思が無いと言い切れるだろうか?

ジュエルシードは幾つもの願いを歪めて叶えた。

意思が無い道具なら、あれほど凶悪に願いがゆがむのだろうか?

 

あの怪物がジュエルシードの意思で動いているとしたら…?

そもそも本体でもない毛玉がダメージを受けたところで復讐に走るのか?

もし、あの怪物の目的が『夢でユーノに襲い掛かっていた理由のまま』だとしたら?

 

最初から、あの時の交戦すらも目的があっての事だとしたら…!

 

―『今まで見つけられたのは…まだ、たったの2()()…』

 

ユーノはあの怪物の前に、すでに1つジュエルシードを封印していた…まさか!

 

≪ユーノ!今、ジュエルシードって何個封印できてる!?≫

≪えっ、もちろん1()()よ。確か、原作でもそうだったでしょ?≫

 

もし、怪物の目的がユーノの持つジュエルシードだったなら…

もし、ユーノよりも近いどこかに、『別のジュエルシードがあったなら』…!

 

殆どが仮定で構成された、推理などとはとても呼べない妄想の様なものだ。

だけどもし、アイツに複数のジュエルシードが取り込まれるようなことがあれば…!

 

≪ユーノ、アイツの目的はお前への復讐じゃなくて、

 お前が持ってた『もう一つのジュエルシード』だった可能性は無いか!?≫

 

俺はさっきの予想をユーノに伝えた。

 

≪嘘でしょ!?そんな無茶苦茶な…それに原作でそんな話はしてなかったはず!≫

≪どのみちヒントも何も無いんだ、今はとにかく方針を決めないと!≫

≪…そうね、どちらにしてもこの辺りにあの怪物は居ない。

 なら、とにかく被害を減らさなきゃ…!≫

 

「みんな、聞いて!」

 

ユーノが声を張って注目を集める。

 

「この辺りにジュエルシードは無いみたいだ!

 僕の『予想』が外れていたみたい!

 だから、別の場所を探そう!」

 

銀髪オッドアイ達もその意見に異論はないようで、次の候補地を考え始めた。

 

「いっそ、ユーノが交戦した場所に行ってみるか?」

「いや、あそこ今は警察が捜査してるらしいぜ…

 俺らあそこで一斉にセットアップしたからその光で…」

「あぁ、爆発物がどうのってあれな…」

 

ユーノが交戦した場所に戻ってくる可能性はもちろんある。

だがその場合、捜査中の警察が何かしらアクションを起こすと思う。

 

「僕は、別のジュエルシードの場所に向かおうと思う。」

 

ユーノが告げる。

さっきの俺の予想が当たっていようといまいと被害を減らすにはそれしかない。

 

「本気で言ってるのか!?」

「そんなことしたら…」

 

なんとなく銀髪オッドアイの考えていることは分かる。

あいつ等は未来が分からなくなる事が怖いんだ。

原作の流れを再現すれば、未来はかつて見たものになる。そう信じている。

 

もしかしたら本当にそうだったのかもしれない。でも、もうどうにもならない。

きっかけはユーノを一部の銀髪オッドアイが追い回したことだ。

そして、俺はなのはとして向かわなければならなくなり、ユーノは俺と合流。槙原動物病院に入院する事もなくなってしまった。

 

あるいはこの時、遅刻を覚悟でユーノを動物病院に預けに行っていれば

原作の流れに戻せたのかもしれないが…

それこそ今更の話だ。

 

「聞いて!」

≪なのは、さっきのあんたの予想言うわよ!?≫

≪ユーノ…頼む!≫

 

ユーノはさっきの俺の予想を銀髪オッドアイ達に伝えた。

正直、この予想が当たっているかは俺にも分からない。

でも怪物の行動として、可能性は0じゃないと思う。

 

「あいつの目的が他のジュエルシードを集める事だったって?」

「あり得るのか、それ?

 本当だったら確かに他のジュエルシードの場所に向かった方が良いけど…」

「まぁ、でも動かないよりはマシか…」

「実際合ってようが外れてようが動くしかないよな。」

 

そうだ、動くしかない。

俺達はこの人数を活かしてチーム分けすることになった。

この場所を中心に東西南北に1チームずつと、原作の描写で確認できる場所を回るチーム。

合計5つだ。この場に居るのは俺とユーノ含めて21名。

よってユーノと俺を『一人分』として、4人ずつのチームに分ける事にした。

 

俺の担当は原作のジュエルシードの場所を回る『周回』チームだ。

俺の原作知識をユーノに伝えて、誘導してもらう。

 

そして当然行われるのが、なのはと一緒に行く3人を決めるじゃんけん大会だ。

神谷くんが封時結界をアピールしていたが、どのみち他の4チームにも必要ではあるので却下となった。

 

そして勝ち抜いたのが『神原 剣治』『神無月 蒼魔』『神王 隆(かみおう たかし)』この3名だ。

さらっと新顔(顔は同じ)が居るが、軽く自己紹介したらまさかのクラスメイトだった。

『初めまして』と言わなくてよかった…

 

俺のチームが決まった後は驚くほどスムーズに他のチームが決まっていった。

今度はジャンケンではなくその辺りの地理に明るいかどうかの話し合いで決めたらしい。

 

この後の動きはシンプルだ。

 

方位担当の4チームはそれぞれの区画で怪物の捜索を行う。

見つけた場合の対応は『その場で封印』か『連絡』の二択。

『暴走していないジュエルシードならその場で封印で十分だろう』と言うのはユーノの言葉だ。

この中で唯一、実際にジュエルシードを封印しているため説得力が高い。

 

怪物を含む暴走しているジュエルシードを見つけた場合はユーノに念話する事になった。

これは暴走しているジュエルシードが何をするのかが分からないためだ。

ただ封印するだけならその場で出来るだろう。

ただし、例の怪物が既にジュエルシードを取り込んでいた場合は分からない。

念のためを考えた結果だ。

 

ユーノが念話の担当になった理由は戦闘をこなせるほど魔力が回復していない事と

原作知識を持っている事。

他にも『周回チーム』であり、即座に駆け付けられる事等理由はあるが、

一番の理由は『なのはに対して念話をしないように』と言う暗黙の了解だ。

 

どうやらなのはがレイジングハートを手に入れる前から他の転生者達の間で

『原作キャラ』への不要な念話は禁止とされたらしい。

 

きっかけは前世にストーカー被害に悩まされていたと言う女性の転生者だそうだ。

毎日のようにかかってくる電話がどれほどのストレスになるのかを懇切丁寧に語ってくれたという。

 

今回の様な場合は問題ないと思うのだが、それでも『抜け駆けはずるい』とのことで

ユーノがまとめる事になった。

…と、ユーノが教えてくれた。

 

俺達は原作でジュエルシードが見つかった場所を巡回し、見つけ次第封印。

原作の順番を完全に無視する事になるが、

なのはがジュエルシードを放置する方がありえないのでこうなった。

怪物が居た場合はユーノが『方位チーム』に連絡してこちらに向かってもらう手はずになっている。

 

飛翔魔法を使えるとはいえ、相当なハードワークだ。

今回の目的は既に起動しているジュエルシード(怪物)が第一優先。

それさえ封印してしまえば被害は抑えられる為、解散となる。

見つからなくても10時には解散だ。

 

早めに見つかると良いな…

そう思いつつ、夜の街に飛び立つのだった。

 




今回の独自設定
『シリアル21はユーノのジュエルシード目当てだった』です。
理由としては
1.原作でユーノがの方が21番を見つけていたら暴走させるようなへまはしないだろう。

2.そうなると既に暴走していた21番の方がユーノを見つけた?

3.魔導士相手に襲い掛かった理由って何?

4.ジュエルシード狙ってた?
です。

もちろん目に付くもの皆手当たり次第に襲ってた可能性もありますし、
動物病院の件も普通に復讐の可能性もありますが、
この小説ではこの設定で行こうかな、と。

あ、流石にジュエルシードは転生者じゃないです。(念のため)


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これで元通り?

今回、一人の銀髪オッドアイの特典と実力が明らかになります。

基本的に銀髪オッドアイは普通に強いです。



「先ずは、あの神社の鳥居を目指そう!」

 

ユーノの案内を受け、長い階段の上にある鳥居を目指して飛翔する。

3人の銀髪オッドアイ達も付いてくる。

 

原作通りに行けば、あそこのジュエルシードは翌日の夕方ごろ起動するはずだ。

その流れを今から変える。それも意図的に。

 

原作の流れが変われば、未来がどう変化するか分からない。

もしかしたらこの行動がきっかけで、更に不味い事になる可能性もある。

 

だとしても、今考えられる最悪の事態は避けないと!

 

考えている内に鳥居に着いた。

ユーノが俺の腕を抜け出し、駆けていく。

…階段を上り切ってすぐ、石畳の隙間に青い宝石が見えた。

 

「なのは、これがジュエルシードだよ。」

 

ユーノが教えてくれる。

これで、俺も直接探せるようになった訳だ。

 

「心を澄ませて念じれば、君の魔法が思い浮かぶはずだ。」

 

…俺は数秒目を閉じ、レイジングハートをジュエルシードに向ける。

 

「リリカル、マジカル!ジュエルシード、封印!」

シィリンモーゥ(Sealing Mode)セタップ(Set up)!≫

 

未だ起動していないジュエルシードに封印の光が炸裂する。

 

ステンバーィ、レディー(Stand by,ready)!≫

 

「リリカル、マジカル!ジュエルシード、シリアル『ⅩⅤⅠ(16)』、封印!」

シィリン(Sealing)!≫

 

そのまま吸い込まれるようにレイジングハートの中に納まった。

 

リスィー(Receipt:)ナンバーシクスティーン(No.ⅩⅤⅠ)』!≫

 

…正直レイジングハートの声に機械的なエフェクトがかかってないともう突っ込まれてる気がする。

 

今夜はこれをあと数回やる予定なんだよなぁ…不安だ。

 

とりあえずは16番の封印が完了と言う事で…

 

「ユーノ君、これで大丈夫なの?」

「うん、ひとまずこのジュエルシードはもう安全だ。

 この辺りにあの怪物が居ないか軽く探したら、次の候補地に行こう。」

 

そうだった。

この付近にあの怪物が近づいて来ている可能性があるんだった。

 

 

 

結論から言えば、この付近に怪物は居なかった。

例の動物病院からの距離もあるし、何よりこの神社自体がかなり高い位置に造られている。

あの怪物の移動方法ではこの場所に来るだけでも一苦労だろう。

 

怪物の捜索中にユーノと次の候補について念話で相談したが、

『海底』にあるジュエルシードに関してはやはり手が出せないという結論になった。

 

正確にどの地点にあるかが分からない以上、原作でフェイトがやったように強制的に暴走させるしかない。

この場に居る銀髪オッドアイ達全員の力を借りれば封印できるだろうが、

そうなればフェイトとなのはの協力戦が無くなる。

 

もう原作の流れにこだわる必要は殆ど無いが、

フェイトとなのはの協力戦だけは例外だ。

 

あの時のプレシアの介入が無ければ『時の庭園』の座標が見つけられない可能性がある以上、

あそこだけは変えるべきではない。

 

直ぐに銀髪オッドアイ達に念話で通達してもらった。

海のある方面担当の銀髪オッドアイ達も海底のジュエルシードの扱いには迷っていたらしく、

今回の連絡で放置が決まったようだ。

 

 

 

次はプールか…

当然こんな時間じゃ施設も空いていないが、魔法があれば侵入なんて容易い。

とは言え、一人で探すには広いので手分けして捜索。

特に何事もなく17番封印。

 

封印自体は結構順調に進んでいるが、この付近にも怪物は居なかった…

 

その後すずかの家にも行ったが妙な事にジュエルシードは見つからない。

もしかして怪物に回収されてしまったのか…?

もしもそうならこの周辺に例の怪物が居る可能性がある。

 

ユーノに説明してもらい、周辺の捜索に当たった。

 

 

 

怪物が見つからないまま数分後、そろそろ次の候補地へ向かおうと言う時に『方位チーム』から連絡があった。

 

近所の中学校に例の怪物が現れたらしい。

おそらく原作アニメで特に描写もなく封印された『20番』がある場所だ。

どの学校なのかが分からなかった為、後回しにしていたが先に調べに行った方が良かったか…!

 

場所を教えてもらったので飛翔魔法で駆けつけてみると、

どうやら既にジュエルシードは取り込まれてしまったのか怪物の姿が変わっていた。

 

原作や夢では2本の触手が生えた毛玉のような外見だったが、

毛むくじゃらの体表はそのままに大型犬の様な四足歩行をしている。

 

背中から生えた触手は4本に増え、それぞれから細いレーザーの様な砲撃が放たれているのが分かる。

銀髪オッドアイ達は街や学校に被害が出ないよう、プロテクションやシールドで防戦に徹しているようだ。

 

「なのは、来てくれたか!」

 

銀髪オッドアイの一人がこちらに顔を向け安堵しているが…

 

「危ない!!」

「えっ、…しまっ…!」

 

その隙を突かれて被弾してしまう。

被弾した銀髪オッドアイの下に別の銀髪オッドアイが駆け付けて治癒魔法をかけているようだが、

4人で何とか抑えていた怪物がその隙に逃げようとしている!

 

あいつを逃がすのは流石にヤバい。

仕方ない、この距離から…!

 

「レイジングハート!」

シィリンモーゥ(Sealing Mode)セタップ(Set up)!≫

 

当たれっ!

 

「ジュエルシード、封印!」

 

しかし、放たれた光は素早い身のこなしで回避されてしまう。

 

「グルルル…」

 

狼の様なうなり声を出しながらこちらを振り向いた怪物の下へ、

付いてきた銀髪オッドアイが集まり再び包囲する。

 

「ふぅ、助かったぜなのは。

 こいつを逃がしたら流石に被害がデカすぎるだろうからな…」

「ううん、持ちこたえてくれた皆のおかげだよ!

 封印頑張ろう!」

「「「「「「おぉ!!」」」」」」

 

声をかけるだけで士気の上がり方が半端ない。

こういう時、なのはになった事がメリットになるなぁ…

 

ただ、4本の触手レーザーから街を守りながらではどうしても攻撃の手数が減ってしまう。

更に機敏な動きが加わる事で折角撃った攻撃も当たらない。

 

「うぉっ、危ねぇ!≪Protection!!≫おい、学校直撃コースだったぞ!撃つ方向も考えろ!」

「済まん、助かった!」

 

…良いなぁ、流暢な英語のデバイス…

…じゃなくて!

 

「私も、封印!」

シィリン(Sealing)!≫

 

また外した!

怪我をした銀髪オッドアイと治癒魔法を使用中の銀髪オッドアイが抜けているとは言え、

6対1だぞ…!?

ジュエルシードが1つか2つ増えるだけでここまで変わるのかよ!

 

「なのは!神谷がこっちに向かってるって!」

 

神谷…そうか、封時結界なら街の安全が確保できて封印に専念できる!

 

「みんな!神谷くんが向かってるからもう少し頑張って!」

 

そう呼びかけると…

 

「何ぃ!?また神谷か!」

「あいつ、封時結界が使えるだけで大活躍だからな…」

「確かにこの場に一番居て欲しい奴ではあるが、頼りっぱなしってのも気に食わないな…!」

「なんやかんやで神谷だけきっちり名前覚えちまったのが一番気に食わねぇんだよォ!!」

「だよなぁ!」

「神谷が来る前にやってやらぁ!!」

 

「「「「「「うおぉぉぉっ!!」」」」」」

 

わぉ、なのは()の呼びかけ以上に士気が上がってらぁ…

 

「おい、挟み撃ちだぁ!

 俺の切り札切ってやる!!

 怪物挟んで全力でプロテクション張れぇ!!」

「おっしゃぁ!!」

 

切り札…熱い響きだ。気になってきたな…

3人ほど校舎側に集まってプロテクションを発動したのを見計らって銀髪オッドアイが叫ぶ!

 

「食らえ!王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!魔法バージョン!」

 

そして、銀髪オッドアイの背後の揺らぎから無数の魔力刃が射出され()()()

 

 

 


 

俺が転生時に願ったのは

『イケメンになる事』『王の財宝』『高い魔力』『ストレージデバイス』だった。

 

王の財宝は中身が無いことを予め注意されたが、俺には考えがあったのでそれで良かった。

神にいくつか能力の条件を伝えて、能力は俺の理想通りに付与された。

今となっては『イケメン』について詳しく指定していればよかったと言う後悔の方が強い。

 

転生後、俺は毎日のように人目のつかないところで王の財宝の中に魔力刃を魔力の続く限り撃ち続けた。

原作で中から酒を出す描写があった事から、中では時間の流れが止まっているはずだ。

俺は更に念のために神に直接『魔法も含めて中に入った物の時間を止めてくれ』と付け加えている。

 

こうして俺は4年間もの時間を使って王の財宝に魔力刃を貯めてきた。

 

その努力の結晶が今、凄まじい勢いで撃ち出されている。

 

流石にジュエルシードの怪物も動きを止めて4つの触手からシールドを張って防いでいる。

一枚のシールドが砕ければその後ろから別の触手がシールドを張り、

そのシールドが砕ければまた別の触手が…

そして一周して最初の触手がまたシールドを張る。

 

そんなループを繰り返してかろうじて堪えているようだが、スパンが間に合わなくなってきている。

やがてループの合間を縫って被弾が増えて行き怪物が怯んだ瞬間、魔力刃が津波の様に怪物を飲み込んだ。

 

「なのは!今だ!」

 

すぐさま魔力刃の放出を止め、なのはに封印を促す。

 

「ありがとう!」

 

なのはの放った封印の光が傷だらけで倒れ伏した怪物に突き刺さるのを確認して、

ひとまず安堵のため息が出た。

 

…恐る恐る在庫を確認する。

そして、今ので2年と4ヶ月分の貯蔵が消し飛んだ事を理解し…思わず涙が流れた。

 

「おい、凄かったな神宮寺!あんな切り札があったなんて…どうした、泣いてんのか…?」

 

近くに飛んできた銀髪オッドアイ…確か、…そう、えっと…神原だったな。

 

「いや、時間の儚さを偲んでいたのさ…」

「なんだそりゃ…?」

 

ふっ…きっとこの思いが分かるものは居まい。

また貯めなおさなきゃな…

 

 

 


 

凄い光景だった。

 

何十秒経ったのだろうか?

何百万もの魔力刃が怪物に撃ち出され続ける光景は、

空から見れば魔力の色も相まってまるで銀色の運河の様だった。

 

プロテクションを張った銀髪オッドアイを見れば、いつの間にか人数が7人になっている。

どうやら治療が完了したらしく、総出でプロテクションを張っているようだ。

 

俺も眺めている場合じゃない。

直ぐに封印の準備を開始する。

 

「レイジングハート!」

シィリンモーゥ(Sealing Mode)セタップ(Set up)!≫

 

やがて怪物は魔力刃の河に呑まれ、土煙が晴れたそこにはボロボロになった怪物が地に伏していた。

 

「なのは!今だ!」

 

銀髪オッドアイの声に応えるようにレイジングハートを怪物に向け、

 

「封印!」

 

放たれた封印の光は今度こそ怪物に突き刺さった。

 

ステンバーィ、レディー(Stand by,ready)!≫

 

怪物の額にシリアルが2()()浮かび上がる。

 

「リリカル、マジカル!ジュエルシード、シリアル『ⅩⅩⅠ(21)』、『ⅩⅩ(20)』、封印!」

シィリン(Sealing)!≫

 

怪物の姿が光に包まれ、やがて2つのジュエルシードに戻ると

そのまま吸い込まれるようにレイジングハートの中に納まった。

 

リスィー(Receipt:)ナンバートゥエンティワン(No.ⅩⅩⅠ)エン(&)トゥエンティ(ⅩⅩ)』!≫

 

…ふぅ、なんとかなったな。

ただ、ジュエルシードは2つだった。

2つであれほどの脅威になる…と言う事も重要だが、

ここの20番と元々あの怪物を生み出した21番だけ…じゃあすずかの家の14番(?)は…?

 

既にフェイトが動いてる…?

それとも他の転生者が…そもそも猫がもともと呑み込んでしまっていた可能性もあるか…

 

いや、今はとにかくあの怪物を無事封印に出来たことを喜ぼう。

そろそろ家に帰らないといけないしな。

 

…なにはともあれ校舎を見た感じ、目立った損傷はないようだ。

グラウンドは…あの怪物の足跡とさっきの魔法でやや抉れているくらいか。

多分、誰かのいたずらとして処理されるだろう。

 

プロテクション部隊も肩で息しているが平気そうだ。

 

さて、問題はさっきの魔法を撃った…神崎くん(かな?)の様子だ。

なんだろう、随分と元気が無いように思える。

てっきりここぞとばかりにハイタッチでもしに来るかと思ったが…

 

…近づいてみるか。

 

「どうしたの?…かn」

 

「おい、凄かったな神宮寺!あんな切り札があったなんて…どうした、泣いてんのか…?」

「いや、時間の儚さを偲んでいたのさ…」

「なんだそりゃ…?」

 

他の銀髪オッドアイ…多分、神無月くんのおかげで間違えずに済んだ。

 

「神宮寺くん!凄かったね、あの魔法!」

 

そう、あの魔法は凄かった。

神様の特典を使っているとはいえ、あの光景を生み出したのは間違いなく神宮寺くんだ。

ここはきっと原作のなのはでもこう言うだろう。

 

…別に申し訳なさからくるリップサービスではないのだ。決して。

 

「なのは、あぁ…ありがとな。」

 

…本当にどうしたんだろうか?

普段はこんなクールなキャラじゃなかったと思ったが…(別人と間違えてる可能性はあるけど)

 

「神宮寺くん?どうしたの?」

「なんか『時間の儚さを偲んでいる』らしい…」

「…?」

「いや…あの技はな、魔力刃を毎日貯めたものを一気に撃ち出す技なんだ。」

 

あっ(察し)

 

「…聞くべきか、分からんが…さっきのはどのくらい使ったんだ…?」

 

神無月くん(推定)が質問する。

 

「…2年と4ヶ月だ。」

 

ヒェッ…

 

「…そうか、強い力には代償があるもんなんだな…」

「その、なんて言ったら良いか分からないけど…」

 

…そうだ!

 

「ねぇ!さっきの魔法の魔力刃?って自分のじゃなきゃダメなの?」

「…!なのは、もしかして…」

 

これくらいしか出来ないしなぁ…

 

「うん!私の魔法もさっきの魔法に使って欲しいなって!」

「なのはがこう言ってんだ、俺も協力しなきゃ男が廃るな…!」

「なのは…神原…!」

 

…神原くんだったか。これからは名前を呼ぶ前に少し様子を見よう。

 

「おいおい、俺達を忘れんなよ!」

「あぁ、お前の根性…俺の胸に響いたぜ!」

「俺は今回あんまり活躍できなかったし、これくらいはな…」

「お前殆ど気絶してたからな。

 …治癒魔法にちょっと使っちまったが、俺の魔力もまだ余ってる。

 足しにしてくれ。」

「MVPにはなんかやるのが礼儀だよな!」

「といっても、結構プロテクションに持ってかれちまってるけどな。」

 

おぉ、皆の魔力があそこから撃ち出されるのか…

魔力の色は個性が出るからな…今度は銀一色じゃなくて虹色の河が見れるかも…!

 

「…お前ら…!」

 

≪ふふっ、結構良い友達持ってるじゃない≫

≪あぁ、本当にそうだな…≫

 

その後、神宮寺くんが開いた揺らぎに注がれる()()()の魔力刃を見て複雑な心境になりつつ

俺も教わったばかりの桃色の魔力弾を撃ち続けて一日が終わるのだった。

 

神谷くん達は到着し次第魔力刃を撃ち込み解散となった。…色はやっぱり銀色だった。

 

 

 


 

学校のグラウンドで銀髪オッドアイ達が魔力を注いでいる頃、

その光景を校舎の屋上から見下ろす影があった。

 

 

 

「見たよね?」

「あぁ、見たけど…随分と妙な事になってるんじゃないかい?」

「この世界は魔法なんてない世界だって母さんも言ってたのに…」

「…あんまりあのババアの事を信用しない方が良いと思うよ?」

「…大丈夫。『アルフ』が言うほど、母さんは悪い人じゃないよ。」

「フン、どうだかね。まぁ…どっちにしても、あいつ等は数が多い。

 今は一旦退こうか…『フェイト』」

 

なのはが何かを感じ取り、校舎を見た時には既に影は消えた後だった…




謎の影…いったい誰なんだ!?(棒

以下、神宮寺の王の財宝の設定です。

特典:王の財宝の様な物

容量無限の宝物庫。
特典付与時、中身は空っぽ。
自分を中心に約5m程の距離ならば任意に入り口(出口)を作り出せる。
中に入れたものを射出する事も可能なのは原作(原典?)通り。
普通に物を入れる事も出来、中でそれぞれの物や魔法が干渉することはない。

中に入れられた物は魔法も含めて全て時間が止まる。
生物は入れられず、魔法に関しても本人の同意が無ければ入れることは出来ない。
その為、盾のように展開してもSLBは防げない。
ただし協力して貰えばSLBも入れられる。
原作超えのSLB×10とかも理論上では可能。
魔法を射出する場合、撃ち出した後の軌道を操作できない事が弱みと言えば弱み。

‐12/30 追記‐
後書きの内容を微修正しました。

王の財宝の入り口(出口)を出せる範囲を2m→5mへ


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少し昔の物語 その1

書いているうちに文章量が膨れ上がったので分割です。

多分3話くらいに分けると思います。


-12/10追記-

気付いたら滅茶苦茶溜まってた誤字報告…
気付くのが遅れました!
報告してくれた皆様ごめんなさい!ありがとうございます!

文章を書く事もそうだけど、ハーメルンの機能にも慣れないといけませんねー…
以後、気を付けます!


それは俺が飛行機を操縦している時、突然起こった。

 

はるか遠くの水平線が光ったと思ったら、その光の壁は俺のすぐ目の前にあった。

驚愕、恐怖、疑問、焦燥、一瞬であらゆる感情が過ぎ去って…

俺は神様の前に居た。

 

転生と聞いた時、正直わくわくした。

元々空を飛びたくてパイロットになった俺だ。

魔法で空を飛ぶ体験が出来るのなら前世に未練は無かった。

 

俺は『飛行魔法の才能』『高速に対応できる瞬発力と判断力』『高い魔力』を願った。

 

全ては、自由に空を飛ぶために。

 

 

 

今になって思う。

二つ目の願いがこの事態を引き起こしたのだろうか。と…

 

 

 


 

 

 

目が覚めた時、目の前にプレシアが居た。

 

神様の次は無印ラスボス!?

 

驚いた点はそれだけではない。

 

目が覚めた時点で俺はプレシアに一瞬『母さん』と呼びそうになった。

慌てて過去を思い出そうとすると、どうにも()()()2()()()()

 

一つは俺の前世の記憶だ。

俺自身としてもなじみ深い『俺自身の記憶』。

 

もう一つはプレシアと言う母に育てられた記憶。

…記憶の光景を見る限り、恐らくこれは『アリシアの記憶』だろう。

 

俺は驚愕のあまり硬直し、結果としてそれは正解だった。

 

プレシアは俺をまだアリシアだと思っているようで、

身体を拭き、服を着せ、部屋まで案内してくれた。

 

俺も現状を理解し、どうやらフェイトになってしまったらしい事を自覚した。

 

プレシアは原作で『プロジェクトF.A.T.E』の技術を用いてアリシアのクローンを作り出し、

アリシアの記憶を埋め込んだ。

俺がアリシアの記憶を持っているのはその為だろう。

 

こうなるとこれからとる行動は決まってくる。

プレシアに『アリシアの体』の中に居るのが『誰とも知れない男』であるとバレる事だけは阻止しないといけない。

先ず原作のフェイトの時以上にプレシアは壊れてしまうだろう。

更に言うと、激情したプレシアに殺されてしまうかもしれない。

 

幸い俺には『本物のアリシアの記憶』もある。

ここからはアリシアの記憶に基づいて行動しよう。

…上手く行けば、プレシアの結末も変えられるかもしれないしな。

 

その後俺はプレシアと庭園を散歩した。

 

散歩しながらいくつかの質問に答え、

俺がアリシアの記憶を持っていることを確認した時は、

涙すら流しそうな程歓喜していた。

 

騙しているようで罪悪感がすごい…

いや、実際に騙しているのだから心が痛む。

 

俺はせめてプレシアの結末を良い方向に変える事で報いたいと思った。

 

それはこの罪悪感から逃れて生きる為の方便かもしれない。

 

あるいは、フェイトとしてこの世界に生を受けてしまった事には意味がある。

…そう思いたかっただけなのかもしれない。

 

 

 

その日の夕食の事だ。

 

食器を持つ俺を見てプレシアが目を見開いた。

 

前世でも右利きだった俺は、自然と右手でご飯を口に運んでいた。

 

プレシアの顔が青ざめるのを見て、俺は思いだした。

 

…あぁ、そう言えばアリシアは『左利き』だったな。と。

 

夕食後、プレシアは魔力の素質や利き腕等から俺がアリシアじゃない事に気付いた。

原作でも確かそんな感じで気づかれてたように思う。

 

プレシアは取り乱し、何かの資料を憑りつかれた様に漁り始めた。

 

俺はその光景をただ茫然と眺める事しかできなかった。

 

 

 

やがて俺に振り返ったプレシアが、先ほどの夕食時には見せなかった表情で言い放つ。

 

「あなたは『失敗』だった…」

 

流石にショックを受けた。

 

成功失敗以前に、そもそも俺は別人だ。

 

そんな俺でも衝撃を受けたこの言葉は、いったいどれほどフェイトを追い詰めたのだろう。

 

プレシアはやり場の無い感情をぶつけるように俺に暴言を浴びせた。

左利きじゃない事に文句を言われたのは、流石に前世含めて初めてだった。

 

しかし、最後には俺の肩を掴んでただ涙を流すようになって、

俺は何も言えなかった。

 

 

 

泣き止んでからのプレシアの行動は速かった。

 

その日のうちに俺にリニスと言う教育係がつけられ、プレシアは研究に没頭しだした。

研究室に鍵をかけ、滅多に顔を出さなくなった。

 

そしてその日から…いや、俺自身にとってはまだ一回しか経験していないが、

プレシアは俺と一緒に食事をとらなくなった。

 

結末を知っている俺は、何とかプレシアを止めようとした。

 

プレシアの事を「母さん」と呼び、出来る限り望むアリシアであろうとした。

研究室に向かうプレシアを、何とか呼び止めようとした。

プレシアが見てくれるように、魔法の練習に力を入れた。

 

しかしどれも成果は見込めなかった。

 

プレシアが俺の言葉に耳を貸さないのも原因の一つだったが、もう一つの原因の方が厄介だった。

 

 

 

プレシアの執事である。

 

名前はセバスチャン。見た感じは20代前半といったところだろうか。

 

 

 

…いや、誰だよ。お前原作に居なかったよな?

 

「プレシア様、おいたわしや…」じゃねぇんだよ!

何なんだその銀髪とオッドアイは!?

ベッタベタな転生者じゃねぇか!どうやって取り入ったんだ教えてくれよ!?

 

いや、ホントにこいつが問題だった。

なにせ俺がプレシアを止めようとすると必ずコイツもいるのだ。

ナンデ!?ナンデお前いるの!?

 

原作を知っているコイツがプレシアの研究にどういう見解を持っているのか分からない以上、

転生者であることがバレるリスクは避けたい。

もしかしたら敵対する事にすらなりかねないからだ。

 

俺に出来るのはプレシアが研究室から出てきている僅かな時間、

プレシアに良く懐く事だけだった。

 

 

 

そしてもう一人、俺の知らない奴がいる。

食事を作り、プレシアや俺に持ってくる謎のメイドだ。

コイツも転生者なのか?いったい何人この世界に転生したんだ?

 

名前はアンジュとか言ってたな…料理は美味いし、態度もまさにメイドと言った感じで堂に入っている。

某カフェの様にサブカルめいたメイドではなく、本物のメイドと言った感じだ。

 

こんな人いたっけ…?いや、居なかったよなぁ…?

原作を見たのも随分前だ。細かいところなんて忘れている。

 

 

 

「アンジュ殿の料理はやはり格別でございますな。

 プレシア様も一緒に召し上がればよろしいのに…」

 

でもお前が居なかったのは分かってんだよ似非執事…!

 

くそっ、変な丁寧語使いやがって…こいつが居ると何時も調子を狂わされる…!

 

 

 

そんな感じでここで暮らすこと数ヶ月…

 

リニスに指導してもらい、魔法を練習している時の事だ。

アンジュがどこからか子犬を拾ってきた。

 

どうやら死病に罹っているようだ。

アンジュがどうにか助けてやれないかとリニスに話しかけている。

 

もしかしてこの子犬…いや、狼がアルフなのだろうか。

そう言えばアルフは元々病で死にそうになっていたところを、

フェイトが使い魔契約で助けた…

 

確かそんな感じだったはず。

 

リニスに使い魔契約で助けられないかと聞いたら、

 

「ふむ、それではプレシアに聞いてみましょう。」

 

と言って屋敷に戻って行ってしまった。

 

取り残されたアンジュと俺、そして今にも死んでしまいそうなアルフ。

 

既に使い魔契約の魔法を習っていた俺は、

これ幸いとアンジュに自分が契約すると伝えて使い魔契約の術式をアルフにかける。

使い魔契約の内容は「ずっと一緒にいる事」。原作の契約内容も確かこうだった。

 

契約を受諾したのだろう。

術式がアルフに入り込み、使い魔に作り替えていく。

 

アルフを包む光が消えると、そこには今の俺とそう変わらない年齢の女の子が気絶していた。

外見の特徴を見る限りではアルフと一致する。

 

助けられて良かった。

 

本来なら俺が自分で見つけなくてはならなかったのだが、時期も場所も分からなかったのだ。

 

アンジュのおかげでこうして巡り合えたのは…

もしかしてこれが『歴史の修正力』とか言うものなのだろうか?

 

そうなるとプレシアは救う事が出来ないのか…?

 

しばらくそんなことを考えていると、リニスが戻ってきた。

 

プレシアは研究室に籠りっきりで返事もしてくれなかったらしい。

 

そして既に使い魔契約をした俺とアルフを見つけると、

困ったような安心したような笑顔を見せる。

 

「まさかあなたが契約するなんて…契約の内容はなんですか?」

 

契約内容を答えるとリニスは驚いていた。

 

使い魔は本来、契約内容を完了させるまでの存在だ。

 

『ずっと一緒に居る』と言う願いはつまり

『死ぬまで常に魔力を供給し続ける』か、さもなくば『主が自分の意思で使い魔契約を断ち切る時が来る』と言う事。

 

リニスはその事を俺に説明すると、

 

「その覚悟が無いのならば、この子が目を覚ます前に契約を解除しなさい。

 それが、やさしさと言うものです。」

 

と、俺の目をじっと見つめながら選択を迫る。

 

答えなんて決まっている。

 

「もちろん最期まで一緒に居る。私が死ぬまで面倒を見る。」

 

リニスの目を真っすぐ見つめ返し断言する俺にリニスは納得したのか、

表情を緩めて俺の決断を応援してくれた。

 

そして、アルフが目覚めるのを()()で待つのだった…

 

 

 

しかし、リニスも大変だったな…

何時になく強く訴えかけるアンジュに戸惑っていた。

 

アンジュがあんなに自分の頼みを言う事なんて今までなかった。

アリシアの記憶でもあんなアンジュは見た事が無い。

 

…そう言えば、アリシアの記憶にアンジュは居るがあの似非執事は居ない。

昔から執事じゃなかったのか。

どうやって取り入ったのか調べるべきか…?

 

何か企んでる可能性もあるし…

 

気になると言えば、アンジュもそうだ。

見た感じでは20歳か…もう少し若い年齢に見えるが、

アリシアの記憶の姿と外見が変わっていない。

 

この年齢で数年間、容姿が変わらないなんてことがあるのだろうか…?

 

一度はそう考えたが、それを言うならプレシアも年齢を感じさせない程若く見える。

この世界では実年齢よりも若く見える外見と言うのは珍しくないのかもしれないな。

魔法がすごいのか二次元がすごいのか…は、別にどうでもいいか。

 

今はアルフが目覚めるのを待とう。

 

 

 

やがて、アルフが目覚めると今日の訓練は中止として屋敷を案内する事になった。

 

アルフがどこで生活するかと言う話になると、

契約の内容とアルフの強い希望で俺の部屋で生活する事になった。

 

そしてアルフを加えた新しい生活が始まった。

 

ただ、このアルフ。ちょっと変だった。

妙に距離が近いのだ。

 

普段からやたらと傍に居たがるのは実に子供らしくて微笑ましいのだが、

風呂場でも寝る時でも…何というか年相応の好意以上のものを感じる時がある。

 

原作でも仲良しだったしこの年齢(人で言うと5歳頃)ならこんなもんなのか?

 

 

 

ベッドでアルフに抱き枕の様に抱きしめられながら、俺は一人考えるのだった。




読んでいてなんとなく察しているかと思いますが、
カット出来るところはバッサリカットしていきます。

なお、カットしていても分割される模様。

プレシアの言動で察しているかと思いますが、
『本人』です。

この世界において非常に珍しい『原作キャラご本人』です。
アリシアも本人です。(死んでしまっていますが)

この二人は原作キャラじゃないと原作が始まらないからね。
しょうがないね。

アンジュさんは名前の通りです。天使です。


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少し昔の物語 その2

予想以上に長い過去編。

その3まで続きます。

今回の転生者アルフが皆に受け入れてもらえるか少し心配。


狼として生まれてから、家族がずっと一緒だった。

 

群れで一緒に狩りをし、一緒に眠り、一緒に起きた。

当たり前だった。

 

でも私は追い出された。

 

何でなのかは分からない。

この身体の痛みと、息苦しさが悪いのか。

 

それでも生きようと夜も眠らずに彷徨った。

動くのを止めたら、眠気に負けたら、二度と動けなくなる気がして怖かった。

 

それでも、だんだんと起きているのも辛くなって…

眠ってしまいそうになった時、

突然人間が現れた。

 

人間の前足が光ると体の痛みや息苦しさが軽くなった。

 

人間に運ばれて別の人間のもとに連れていかれた。

でかいのと小さいのが居る。どちらも雌のようだ。

 

でかい雌の片方が人間の巣の中に走っていったすぐ後、

小さい雌が何かを呟くと私に対して光が伸びてきて繋がった。

 

頭の中に声がした。人間の言葉なのに意味が分かった。

 

≪私と一緒に居て≫

 

何故か言う通りにすれば元気になれる気がした。

 

その声に私が応じると私の体が光り出して、再び眠気が私を包んできた。

 

痛みと苦しみに限界を迎えた時の眠気とは違った。

どこか暖かくて、ホッとする眠気だった。

 

 

 

 

 

 

目が覚めた時、全部思い出した。

そうだ、()はなのはの世界に転生したんだったと。

 

 

 

なぜこんなことを忘れていたんだ…

いや、と言うかさっきまで俺は完全に野生に生きていた。

 

狼と一緒に動物の肉を生で食っていた。

 

 

 

えっ、怖っ…野生怖っ…

 

前世じゃ羽虫以外の生き物を殺したことなんてなかったのに、

こっちじゃ四足動物襲ってるんだぜ…四足動物として。

 

前世の記憶が無かったとは言え、あそこまで野生に染まるなんてなぁ…

 

…まだ記憶に異常が無いか確認しておこう。

 

 

 

俺の前世は…なんだったっけ?全然思い出せない。

 

いきなりこんな調子で大丈夫かな…

まさかまた野生に戻ったりしないよな…?

 

なんかの仕事に就いていたのは覚えてるが、その内容がさっぱりだ。

 

ただ地球が爆発したと聞いた時、少しだけ得をした気分だったのは覚えてる。

 

それでその後は神様が転生させてくれるって言って、

転生先を振り分けたんだったな。

 

現実に嫌気がさしていた俺は…なんで嫌気がさしていたんだったか?

 

…まあ良いや。

 

昔好きだったリリカルなのはの世界が良いなとぼんやりと考えて、その通りになったんだ。

 

あの後神様になんて願ったんだったか…

 

そうだ、確か

 

『フェイトの使い魔になりたい』

『フェイトを助けたい』

『フェイトと一緒に居たい』

 

 

いや、確かにあのアニメで一番好きなキャラはフェイトだけど…

我ながらものすごい執念だな。

 

疲れていたせいか凄いテンションだったからな。

…なんであんなに疲れてたんだ?

 

後もう一つ何か願ったな…

そうだ…確か『仕事の事をきれいさっぱり忘れたい』って…

 

あぁ、なるほど。

 

前世の記憶が曖昧なのは、もしかしなくてもコレのせいか。

 

願いは叶ってるな、間違いなく。

 

もう予測しかできないが、俺は多分ブラック企業に勤めてたんだろう。

地球が爆発したのが何時か知らないが、その時も仕事が忙しかったに違いない。

 

『来世にこんな記憶持ち込みたくない』って思って願ったんだろうな…

 

その後アルフとして転生したのは…まぁ良いとして、

問題は狼の脳では単純な思考しか出来なかったことか…

 

前世の記憶も引き出せず、危うく病で死ぬところだった。

 

今こうして意識がハッキリしてるのは、

契約でフェイトの使い魔になった事で脳の容量が増えたとかそんな感じだろうな。

 

そのおかげで前世も思い出せるようになったって訳だ。

 

 

 

しかし、前世の記憶が戻ったから分かるが…

確か死にかけているアルフを見つけたのはフェイト本人じゃなかったか…?

 

フェイトの行動が変わるような何かがあったって事だろうか…?

そもそもあの女性は何者なのだろうか…?

 

疑問は尽きないが、ともあれあの女性は俺の命の恩人な訳だ。

目覚めてすぐにあの女性に礼を言おうと見まわしたのだが、

その場に居たのはリニスとフェイトのみ。

 

俺が眠る前、あんなに必死にリニスに頼み込んでくれていたにしては結構ドライな人だな…

 

フェイトとリニスと少しばかり話をしてあの女性の名前を知る事が出来た。

 

アンジュさんか…間違いなく恩人ではあるけど行動が気になる人だな。

 

 

 

 

 

 

フェイトと一緒に生活するようになってからは天国だった。

 

目を覚ますとフェイトが居て、寝る時までフェイトが居る。

 

前世ではよく

『テレビ越しに見ていた有名人に実際会ったら、それ程でもなかった』

みたいな話を聞いたりしたものだが、フェイトは3Dになってもやっぱり美少女だった。

 

特に空を飛んでいる時の表情はずっと眺めていられた。

あんなに明るい笑顔を浮かべて飛んでいるのを見ると空を飛び回るのが本当に好きなんだなと思う。

 

『好きこそ物の上手なれ』って言葉もあるくらいだ。原作の強さも頷ける。

 

…ちょっと、位置が悪いな…もうちょっと、こう…左に…みえt

 

 

 

 

 

 

ここで生活するようになって早数ヶ月。

 

間取りも完全に覚えたし、アンジュと変なやつ(銀髪オッドアイ)とも仲良くなった。

まぁ、一応変な事しないか監視も兼ねてるのだ。特に変なやつ(銀髪オッドアイ)

 

変な事と言うのは主にプレシアの事だ。

俺自身この数週間でプレシアを見た回数は決して多くない。

 

プレシアは殆ど研究室に籠りっきりと言った感じで、

折を見てアンジュや変なやつ(銀髪オッドアイ)が食事を持って入っていく。

 

気になるのは食事を持って入ってから出てくるまでの時間があの二人は明確に違うのだ。

 

アンジュは本当に食事を持って入っていき、食事を置いて出てくる…

それくらい短い間しか研究室に入っていない。

 

変なやつ(銀髪オッドアイ)は明らかに違う。

数分…長い時は数十分はプレシアと一緒にいる事もある。

 

見るからに転生者だし…裏で何かが動いているというのも居心地が悪い。

 

俺を見つけたのがフェイトではなくアンジュだった原因も、

あの変なやつ(銀髪オッドアイ)が何かしていたのではないだろうか?

 

プレシアを止めようと説得しているのか…

それとも逆に唆し、原作よりも大きな事をさせようとしているのか…

 

何とかして情報を掴みたいが、研究室は防音が徹底していて中の音が聞き取れない。

注意するべきはアンジュよりも変なやつ(銀髪オッドアイ)の方だな。

 

 

 

そうだ。もう一つ懸念事項があった。

 

それは俺自身の体の事だ。

 

使い魔が皆こうなのか、それとも狼が素体だからなのか…

身体の成長が早い…いや、早すぎるのだ。

 

数ヶ月しか経っていないと言うのに外見年齢はフェイトをすっかり追い抜き、

少し年の離れた姉妹と言った具合になっている。

 

 

 

非常にまずい。

 

何がまずいかと言うと…絵面だ。

 

これまで少女同士だからこそ絵面的にも許されていた数々のスキンシップ…!

この年齢差では一緒のベッドで寝たがることも許されない…!

 

実際、つい先日()()プレシアに新しい部屋を用意されてしまった…

訳を聞くと

 

「あなたがフェイトを見る目がそろそろ本当に危ないと判断したから」

 

と答えられてしまった。

 

いや、あんたアニメじゃもっと放任主義と言うか…育児放棄してなかったか!?

 

…いったい、何がプレシアを変えつつあるんだ…?

 

フェイトに対しては相変わらず冷たい対応をしているようだが…

 

これから先、原作は開始するのだろうか?

それともこのままテスタロッサ家ハッピーエンドルートに向かうのだろうか?

 

 

 

 

 

 

そして、部屋を分けられてから数週間経ったある日の事…

 

≪アルフ!早く来て!≫

 

フェイトから緊急を知らせる念話が送られてきた。

使い魔になったからか、フェイトの抱いている強い感情を感じる。

 

それは、流れてくるだけで俺も涙が流れてしまうほどに強い悲しみの感情だった。




何気にプレシアが軟化してます。

フェイトの努力の成果か例の変なやつの仕業か…

それはともかくアルフの前世についてですが、
転生後のアルフの予想がほぼ正解です。

ブラック企業で仕事中に地球が滅びました。
時刻は午前8時ちょっと前。徹夜でした。

『得した気分』だった理由は仕事から解放されたからですね。

アルフの体になっても戸惑ってない理由は
『フェイトと一緒に居られるから』と言う理由の他に
『上司が美少女とか社畜冥利に尽きるぜ!』と言う謎の理由があります。

彼には、社畜としての調教がひっそり行われていたのです…

-12/10修正-
アルフの前世での社畜調教レベルを若干下方修正いたしました。


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少し昔の物語 その3

少し昔の物語 完結編…となる予定だったその3です。

すみません。もう少しだけ続きます。

次こそは…きっと次こそは…


アルフが別の部屋を用意されてから数週間程経ったある日…

 

俺はいつものように魔法の訓練に精を出していた。

フェイトに元々魔法の才能があったのか、俺の魔法の実力はぐんぐんと伸びて行った。

 

特に飛翔魔法の成長は我が事ながら凄まじい。

 

リニスは普段から俺の魔法を良く褒めてくれるが、

飛翔魔法はプレシアにも劣らないと太鼓判を押してくれる程だ。

 

速度は勿論、高速を維持したまま鋭角に急転回なんて事さえ本能的に出来てしまう。

 

間違いなくこれが神様に貰った特典の効果なのだろう。

 

リニスが今日の訓練の終了を告げてくれたが、

体で直接風を切り、この身一つで空を舞うと言う感覚は何物にも代えがたい感動がある。

 

もはや趣味と化した飛翔魔法で空をジグザグに翔る。

 

こんな無茶な軌道は、飛行機では絶対に出来ない。

こんな体験は、前世では思い描く事さえ叶わない。

 

神様に感謝の念を抱いたのはこれで何度目だろうか。

 

俺の心は歓喜と興奮に満ち、速度もそれに応じるかのように上がっていく。

 

空に立体的な幾何学図形を描くように飛びまわり、

角を作る度に切り替わる光景の中で俺の視界はそれを捉えた。

 

魔法で空を自由自在に飛び回る俺をみて、

リニスが満足そうな顔をしたかと思ったら部屋へ戻っていくのが見えたのだ。

 

なんてこと無い光景の筈だった。

 

それでも…なんとなく、胸騒ぎがした。

 

これが所謂天啓と言うやつなのかも知れないと思い立ち、

慌ててリニスを追いかける。

 

「リニス!どこ行くの?」

「おや、フェイト。

 見つかってしまいましたか…」

 

振り返ったリニスは何か困ったような、少し嬉しそうな、寂しい様な…そんな曖昧な笑顔だった。

 

リニスのこんな表情を見たのは初めてだった。

 

「実はあなたが一人前の魔導士になった時、

 プレシアからあなたに贈るように頼まれたプレゼントがあるんです。」

 

そして、今から多分そう遠くないであろう未来を()()()()()

 

≪アルフ、早く来て!≫

 

慌てて念話でアルフにこっちに来るように伝える。

アルフは何事か尋ねてきたが、とにかく急いでくるようにとだけ伝える。

もしかしたら…これが最後になるかもしれないのだから。

 

そう、俺はこの後『どうなるのか』を知っている。

 

リニスがフェイト()に贈るプレゼントがバルディッシュである事も。

それを贈ると言う事はフェイト()の教育が終了し、プレシアとの契約が完了すると言う事も。

 

…そうなればリニスは消えると言う事も。

 

「それって、もう…私が一人前になったって事…?」

 

胸が締め付けられるような悲しみを表に出さないように、

意識しながら問いかける。

 

「はい。もう私が教える事がないほどに。」

「母さんは、喜んでくれるかな…?」

「えぇ、きっと。立派になったと褒めていただけるでしょう。」

 

答えを聞いて確信した。間違いない。

リニスとプレシアの契約は、ほぼ完了してしまっている。

このままでは後数時間もしないうちにリニスは消えてしまうだろう。

 

…それがリニスとプレシアの間に結ばれた契約なのだから。

 

「プレゼント、持ってくるの…?」

「…いえ、少し準備が必要なものなので。

 そうですね…30分後くらいに、私の部屋に取りに来てください。」

 

リニスを助ける手段を俺は持っていない。

ならば、せめて少しでも長くリニスと話していたい。

 

そんな思いが、まだ考えも纏まっていない俺に口を開かせて…

 

「あ、あのさ…あっ…」

 

目から涙が零れた。

慌てて拭っても、涙は次から次へと溢れ出てくる。

 

こんなところを似非執事(転生者)に見られたら…

そう思っているのに涙が止まってくれる気配がない。

 

「…そうですか。

 もう、バレてしまいましたか。」

 

リニスが観念した様に話し出す。

プレシアとの契約の殆どが完了した事、プレゼントであるデバイス(バルディッシュ)の調整が最期の仕事である事…

もうすぐリニスが消滅する事まで、包み隠さず全て教えてくれた。

 

「あなたは最初から頭も良く、呑み込みも早かった…

 立ち去る姿が見つかればきっと気付かれてしまう。そう思っていました…」

 

違う、俺は前世の記憶があるから…呑み込みが早いのだって、きっと転生の特典のおかげだ。

 

転生の事は話していない。

 

話している内容が、あの似非執事(転生者)やプレシアに聞かれたら…

そう自分に言い訳して、こんな最期まで話せなかった。

 

そう、ただの言い訳だ。

 

なんて事はない。

ただこんな異端な自分を認めて貰える自信が無くて怖かっただけだ。

 

…そうだ、言うチャンスなんて今までだって幾らでもあったんだ。

 

「リニス!私は…俺は…!」

 

俺はリニスに話した。

最期まで隠し通して、そのまま見送るなんて真似は出来なかった。

 

最期まで話せなかった事の後悔も全部。

前世の記憶、プレシアの研究…そして、プレシアの結末も物語で知っていることも。

 

神様の事以外はきっと、全部話したと思う。

 

「…フェイト、良く話してくれました。

 あなたが何か隠している事は薄々気づいていましたが…

 なるほど、道理で成長が早いはずです。」

 

視界が滲んで良く見えないが、それでもリニスは微笑んでくれている気がした。

リニスは俺の涙をその指で拭って…少し困ったように笑うと、

優しく、子供をあやす様な声色で語りかけてくれた。

 

「フェイト、ここは物語の世界ではありません。

 あなたが生きて、私も生きた…『現実の世界』です。」

「うん…わかってる。」

 

もう知っている。

…いや、もしかしたらついさっき初めて知ったのかもしれない。

この世界が、『リリカルなのは』が今の俺の現実なのだと言う事を。

 

今までの俺は、なんやかんや言いつつも浮かれていた。

手にした魔法に酔っていた。

子供の頃から叶えたいと願っていた夢に溺れていた。

 

「これからプレシアがどうするのか、私には分かりません。

 ですが、あなたは『物語』に縛られないでください。

 あなたの好きなように、あなたの意思で生きてください。」

「…怒って、ないの…?」

 

俺は、言ってしまえば偽物だ。

本来ここに居るはずのフェイトを奪い…そこに割り込んだ異端者。

リニスももう理解しているはずなのだ。

 

「その考えこそが間違いなのですよ。『フェイト』。」

 

俺の心を見透かしたような眼で、

リニスは『フェイト』の名前を強調するかのように俺を呼ぶ。

 

「あなたがかつて見た物語にも、あなたとは違うフェイトが居たのでしょう。

 だからこそ、あなたは間違えてしまう。」

 

「あなたはまだ、この世界を『物語』として見ている。

 良いですか?

 この世界に生きる者の中に『偽物』なんて居ないんです。」

 

言われて気付く。

自分が偽物と言う自意識が、本物のフェイトならと言う思考が、

俺から現実感を奪っていたのだと。

 

「あなたがこうしてフェイトとして()()()()()()()()()

 それが、物語ではないこの世界の『本当の現実』なのです。

 いつかあなたがあなたとして生きて行けるように、

 私の言葉を忘れないでください。」

 

最期の最期まで隠していたと言うのに、

リニスはそれでも笑顔で俺に最期の授業をしてくれた。

 

何とかしたい。でも、俺は既にアルフと契約している。

リニスほどの使い魔をさらに契約すれば魔力が持たない。

 

どうしようもない事だと分かっているが、それでも悲しい。

 

原作キャラだからじゃない。

今までの暮らしの中でリニスが居るのが普通になっていた。

もうリニスは俺にとっても本当の家族だった。

 

「フェイト、急にどうしたんだい!?

 あの変な銀髪オッドアイに何かされたのかい!?」

 

慌てた様子でアルフもやってきた。

さっきの会話は、どうにか聞かれずに済んだようだ。

 

≪リニス、俺が転生者って事はアルフにはまだ伝えないでくれ。

 いつか俺の口から話すから…≫

≪フェイト…そうですね。

 あなたの意思に任せます。≫

 

リニスに黙って貰うようにお願いし、アルフに事情を伝える。

アルフは一通り動揺した後、リニスに詰め寄る。

 

「そんな…っ!どうにかならないのかい?

 あのババアをなんとか騙くらかしてさ…!」

「アルフ、使い魔契約とは本来そう言うものです。

 あなたも同じ使い魔なら解っているはずでしょう?」

「ぅぐ…っ!」

 

そう、本来使い魔は契約内容を完了させるまでの存在。

アルフの様にずっと使い魔でいる事の方が珍しいのだ。

 

ましてや、リニスは一度死んで使い魔になった。

リニスにとって『今』は偶然手に入れたおまけの様な人生で、

いつでも役目を終える覚悟があったのだろう。

 

「…そうですね、もうバレてしまったのです。

 折角ですし一緒に取りに行きましょうか。

 フェイト、あなたのデバイス…『バルディッシュ』を。」

「うん…」

 

せめて最期まで一緒に居たいと思っていた俺にとっては、願ってもない申し出だ。

 

最期なんだからと、せめて手を繋いだ。

 

「おや?…ふふっ。」

 

リニスがおかしそうに笑う。

わかってる。子供の様な事をしている自覚はある。

 

だがこんな状況でさえ恥ずかしがって、甘える事も出来ないよりマシだと思った。

 

「あらあら、アルフもですか?」

 

リニスを挟んで反対側、アルフも同じように手を繋いでいるようだ。

 

しばらく三人で親子の様に並んで歩いた。

 

アリシアの記憶では、この手の先にはプレシアが居た。

フェイト(俺自身)の記憶では、この手の先に居るのはリニスになった。

 

リニスにとって、俺の姿は…プレシアにとってのアリシアになれているだろうか。

 

 

 

リニスの部屋…そう言えばまじまじと見た事は無かったな。

今更になって俺はリニス自身の事をあまり多く知っていないんだと気づいた。

 

「彼があなたのデバイス…バルディッシュです。」

≪と、言っても既に『物語』で知っていましたか?…ふふっ。≫

「うん、ありがとう。リニス。」

≪リニス、からかわないでよ。≫

「ふふっ…」

≪すみません。ちょっとした()()()()です。≫

 

バルディッシュが漂う巨大なカプセルに触れる。

アニメで何度も見た…いや、初めて見るバルディッシュ(俺のデバイス)がそこにいた。

 

「よろしくね。…バルディッシュ。」

≪Yes,sir.≫

 

リニスに取り出してもらい、セットアップして見せる。

 

「…最期なので話しますが、実は私、これでも結構プレシアに嫉妬していたのですよ。

 フェイトが私の本当の娘だったら、もっと一緒に…普通の親子として過ごせたのにって。

 でも、二人とも最期まで一緒に居てくれて…

 フェイトの晴れ姿もこうして最初に見る事が出来た。

 …現金なものですね、私も。

 あまりの望外の幸福に…満足してしまいました。」

 

折角収まった涙がまた流れ出てきてしまう。

最期くらい笑顔で見送りたい…そう心に決めたのに。

 

どこかからすすり泣くような声も聞こえる。

アルフも俺と同じらしい。

 

「ありがとう、フェイト、アルフ…

 あなた達に出会えて、あなた達とこうして最期まで過ごせて…

 わたしは本当に幸せ者ですね。」

 

笑顔のリニスが光の粒子になって消えていく…

俺は思わず駆けだそうとして…

 

 

 

「お゙ぉっと!(かだ)()はここ()でだぜ!!」

 

妙に演技臭いセリフと涙声と共に、変なポーズで乱入してきた似非執事(銀髪オッドアイ)(半泣き+鼻水)に止められた。

 

 

 

…いや、すすり泣く声お前かよ!?




似非執事さん、漸くの出番。

フェイト(転生者)はこの世界を現実として初めて認識しました。
よって、フェイトの行動はなのはの行動と大きく変わっていきます。


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少し昔の物語 その4

今回でフェイトの過去編は完結です!

次回からは…また、皆(銀髪オッドアイ達)に会えるね…!
…名前、新しいのとか考えておかないとなぁ…

それと大体3日に1話のペースで投稿していけたらなと思います。
時間がかかっている場合は…多分転生者の名前で詰まってますね…


 

「これが本物のバルディッシュ…今は、休眠状態か?」

 

俺は今、主の居ないリニスの部屋にいた。

とは言っても、別に泥棒に入っているわけではない。

 

もうすぐリニスはフェイトと最期の訓練を終えて戻ってくるはず…

俺はその帰りを待っているのだ。

 

…そろそろリニスが契約を完了するのは知っていた。

予想よりも若干早い気がするが、他でもないプレシアの見立てだ。

まず間違いは無いだろう。

 

そんな時期にリニスの部屋に居る理由は一つ。

それは俺がこの()()()()()()()()()()()()でもあるリニスの救出だ。

 

その為の能力も、神様に用意してもらった。

 

『生死に直接影響を与える能力の付与は出来ない』…

あの神様はそう言っていたが、リニスはある種裏技と言っていい方法で助ける事が出来る。

 

簡単な話、俺がリニスの契約主になればいい。

 

リニスが消滅する理由は契約を完了したからであり、

プレシアがリニスへの魔力供給を断つからだ。

 

プレシアも言っていたが、リニス程の使い魔を維持するのは楽じゃない。

病に冒されているプレシアには、リニスの維持は相当な負担となっている。

 

ならば俺がリニスと契約し、

魔力を供給し続ければリニスの存在は維持されるはずだ。

 

そこで俺が神様に願ったのは『イケメン』『使い魔契約を上書きする能力』そして『絶大な魔力量』だ。

 

正直に言って、普通ならば容量を超える願いだった。

 

だが俺はハンター×ハンターの『制約と誓約』の様に、

自ら能力に制限をつけることで強引に容量に収めたのだ。

 

『契約上書きの能力』に付けた制限は4つ。

 

1.相手が望まない内容での上書きは出来ない。

コレは元々契約の魔法がそう言う仕様だ。

だがこの制限が無いと『簡単な内容で契約し、その後相手が望まないような内容で強引に上書きする』事が出来てしまう。

だから、それを出来ないようにした。

 

2.使用できるのは1度きり。

元々使おうとしているのはリニス一人だ。

特に躊躇は無かったな。

 

3.契約を上書きする対象の使い魔が、既に前の契約を完了している事。

これが個人的には一番付けたくなかった制限だ。

俺がリニスの消滅するタイミングに居合わせる事が出来るか?

更に言えばそのタイミングを知る機会があるか?

俺としては消滅以前のどのタイミングでも使えるようにしたかった。

まぁ、『ある方法』でここに執事として潜り込めたから結果良しとしよう。

 

4.転生者には使用できない。

これが意味わからない。

この制限は神様から出された条件だ。

好き好んで使い魔に転生する奴がいるのだろうか…?

自由な時間は間違いなく減ると言うのに。

 

ともかく、この4つの制限によりこの能力を付与してもらった。

後は『絶大な魔力量』だが、コレの制限はシンプル。

『自分の意思で一度に使える魔力量を極端に少なくした』のだ。

 

例えば一般的な魔導士の魔力量を25mのプールに見立てたとして、プレシアをその10倍程とする。

その場合、俺の魔力量はちょっとしたダム程だろうか。

 

そして一般的な魔導士が一度に使用できる最大魔力量を消防車のホースに例えよう。

プレシアは大体その5倍以上は軽くあるだろう。

その場合、俺はプールで目を洗う用の蛇口と言ったところだ。

 

戦えばどっちが勝つかなんて解りきっているだろう。

25mプールの魔力を消防車のホースで発射できる方が勝つ。

つまり俺はプレシアどころか『一般的な魔導士より弱い』のだ。

 

…正直もう少し間を取るべきだったと後悔している。

 

だが、これは使い魔を維持する魔力タンクとしては破格だ。

 

使い魔の維持に必要な魔力はダムから勝手に流れていく。

『俺の意思で使う訳じゃない』のでそこに制限はかからない。

神様にも確認したので間違いない。

 

そうだ。ここまで来て失敗は出来ない。

 

ここで失敗したら俺はこの願いのやり場を失ってしまう。

 

…リニスがこの目の前の扉を開けて、

バルディッシュの最終調整を行うタイミングが最大にして唯一のチャンス。

原作が始まる前の、今この時が俺のクライマックスだ!

 

 

 

 

 

 

そう思ってたのに…

 

ナンデフェイトサンイッショニイルンデス!?

 

いや、居ても良い。

むしろ手なんか繋いで仲睦まじくてなんかむしろ良い。

 

問題は俺が咄嗟に隠れてしまった事だ。

 

想定外の事態でパニックになってしまった…

これでは本当に泥棒みたいじゃないか!?

 

…いや、隠れ続けるから疑われるんだ。

 

幸いにしてリニスと俺は所謂『同じ職場の同僚』だ。

 

ここから何気ない顔して出て行って『リニス、話がある』と切り出せば、

まぁ…それでも十二分に怪しいが、話は出来るだろう。

 

よし、出るぞ…!

 

 

 

 

 

 

そう思ってたのに…(二回目)

 

ナンデソンナカナシイハナシハジメチャウンデス!?

 

いや、しても良い。

むしろこんな場面に立ち会えて(隠れてるが)嬉しいし、なんかエモい。

 

問題は完全に涙腺をやられた事だ。

こんな状況で何気ない顔なんて出来る訳ないだろ!いい加減にしろ!

 

どうしよう!?もう絶対に時間が無い!

何も言わずに飛び出したら、今丁度セットアップしたフェイトにやられる!

飛翔訓練見てたけど、あんな速度無理だって!

俺一般的な魔導士にも勝てないんだぞ!?

 

あぁ、ヤバい!リニスが光になっていく!

くそっ、誰かヒーローみたいに俺をここから救い出してくれ!

そんでリニスを助けて…

 

 

 

ん…?

 

待てよ…!?

 

 

 

俺がヒーローになれば良いんだよ!(錯乱)

 

そうだよ!今はフェイトだってそう言う存在を望んでいるはずだ!

だったらここでヒーロームーブで出て行けば、

なにはともあれ契約の上書きまでは出来るかもしれない!

 

行くぞ俺!

行くと決めたら俺は止まらないんだよ!(二回止まった)

 

オラァッ!

 

「お"ぉっと!(かだ)()はここ()でだぜ!!」

 

 

 

…そういや俺泣いてたんだったわ…

 

 

ポーズもなんだコレ。

とにかく奇抜で我ながら表現しづらい…

なんで内股にしちゃったんだろ…?

 

「フヘッ…」

 

自分でも惚れ惚れする様なやらかし具合に思わず口元がにやける。

泥棒には見えないかもしれないが完全に変質者だ…

 

「なっ、あんた!いきなり何なのさ!」

 

アルフが鬼の様な形相で凄んで来るが、今はそれどころじゃない。

そう、俺の一回限りの特典を使う時が来たのだ!来てしまったのだ!

 

「アルフ、今は少し待っててくれ!」

 

こうしている間にもリニスの体が粒子になっていく!

 

「≪コントラクト・オーバーライド≫!」

 

俺の願いの一つ、『使い魔契約の上書き』を使う!

 

伸ばした俺の手から魔力のパスが伸び、リニスに…繋がった!

 

「これは…!?」

 

リニスが動揺しているが、ここは強引にいかせてもらう!

 

「使い魔契約だ!

 契約内容は『フェイトと共に生きる事』!

 文句は無いだろう、リニス!」

「!!」

「似非執事…あんた…」

 

なんか失礼なこと言われた気がする!?

なんか俺変な事してたのかな!?さっきしてたなぁ!

 

「『契約』!」

 

部屋が激しい光に包まれる。

光が収まるとリニスが唖然とした表情で立っていた。

 

「魔力が、安定して…

 いえ、それよりもこの魔力量、プレシアよりも…」

 

パッと見た感じ、ちゃんと『リニス』のままのようだ。

どちらかと言うと『使い魔を奪う』と表現した方が近いらしいからな…

俺が変な契約で縛り付けなければ問題は起こらないはずだ。

 

さて、

 

「フェイト、アルフ。

 これで大丈夫。リニスは消えないで済むぞ。」

 

「「リニス!」」

 

状況を伝えるや否や二人がリニスに飛びついて抱きしめる。

良い光景だ。

やはり物語はハッピーエンドに限る。(始まってもいないが)

 

…せっかくだからデバイスにわざわざインストールしたカメラ機能で撮影しておこう。

 

「リニス、私の事解る?何か変な契約埋め込まれてない!?」

「記憶は問題無いかい!?あの執事に対して変な感情抱くようになってたりしないかい!?」

 

おぅ、さっきまでの良い雰囲気を返せ。

特にアルフ、流石にそんな無粋なことしねぇって…

 

「え、えぇ…大丈夫ですフェイト、アルフ。

 あの方はプレシアの執事ですね。

 特にそれ以上の感情もありません…」

 

リニスさん、フォローと追撃を同時に撃つのやめてくれませんかね?

 

「あー、流石に傷ついちゃいますよー…

 俺も結構頑張ってるのにさあぁーぁあ?」

「あ、あはは…ごめんなさい。」

「いや、まぁ流石に悪かったよ…」

「す、すみません。せっかく助けてもらった?と言うのに…」

「いや、なんで疑問形何スか?」

 

し、信用無えなぁ…

まぁ、何とか原作より良い結果になった?って事は収穫か。

後で『向こう』にも報告しないとな…

 

あ、そうだ…これだけは言っておかないと…

 

 

 


 

リニスが助かった。

その姿を確認したとき、俺が最初に抱いたのは感謝の気持ちよりも不安と疑問だった。

 

前世に読んだこともある二次創作では、銀髪オッドアイの登場人物はハーレム志向が強い傾向にあった。

場合によっては洗脳紛いな手法を取る事さえあった。

だから考えてしまったのだ。

 

リニスは今、『本当に元のリニスのままなのか』と。

 

結論から言えば、(多分)元のリニスのままだった。

そうなるとあの似非執事は純粋な善意でリニスを助けた事に…

 

その後、拗ねだした似非執事には三人で謝った。

みんな多かれ少なかれ似たようなことを考えていたらしい。

 

許してくれたらしい似非執事が、思い出したかのように口を開く。

 

「リニスさん、貴女は今消滅したと言う事にして姿を隠してください。

 プレシア様とのリンクが切れている今なら可能なはずです。」

 

リニスのこれからの行動か…リニスが助かった事に頭がいっぱいで考えてなかった。

 

「しかし、姿を隠すにしてもいつまで…」

「…近い内にフェイトさんはこの時の庭園から離れる事になります。

 プレシア様がそう御命じになるからです。」

 

リニスがちらりと俺を見た。

 

「私が…庭園を?」

 

まぁ、知ってるんだが。

 

「はい、貴女の教育をリニスさんに任せたのもその時の為。

 全てはプレシア様の研究の為に。」

「その時にフェイトに付いて行け…そう言う事ですね?」

「…あんたの言う事があってんのか知らないけど、そん時ゃあたしも付いていくからね!」

「えぇ、もちろんでございます。」

「…解りました。私としても不満はありません。」

「肝心なのはここからです。

 …リニス、貴女は時が来るまで時の庭園に帰って来ない様にしてください。

 フェイトさんに付いて行った後も魔法関係の事柄は御二人に任せ、

 出来る限り目立たぬように…」

「それは…どう言う?」

「…今は話せません。ただ、『未来をより良くする為に』としか…」

 

リニスが再びちらりと俺を見る。

未来を知っているような発言でこの似非執事の正体に思い至ったようだ。

 

「…解りました。

 その『時』に関しては明確な指定は無いのですか?」

「そうですね…今はまだ、分かりかねます。

 しかし、明確な兆しはあります。それを見逃さない為にも、お願いします。

 『時』が判明し次第、貴女に伝えますので。」

「…ふむ、解りました。」

 

≪フェイト、彼はあなたと同じくこの世界を『物語』として知っており、

 その結末を変えようとしている…

 そしてそのタイミングを計る為、本来の流れを可能な限り崩したくない…

 そう言う事ですね?≫

 

バレテーラ。

 

まぁ、あれだけ情報引き出されてバレないはずないか…

 

≪そうみたいだな。

 兆しに関しては心当たりが幾つかあるけど、

 あいつがどのタイミングで動きたいのかは俺にも分からない。

 目的の推測は出来るけどな…≫

 

だが、原作の流れの通りにか…

俺はリニスに自分として生きて欲しいと言われた。

 

似非執事のおかげでリニスは助かったし、そのことには本当に感謝している。

だが、今になって原作のみを重視する考え方は俺にはできない。

 

『より良い未来の為』…

コイツの言った目的は本当だろう。

 

現に今、俺は未来が変わる瞬間を見たのだ。…それも良い方向に。

コイツはその目的の為に生きて、実現している。

 

なら、俺にだって出来る事があるはずだ。

 

「ねぇ…えっと、執事さん。」

「はい、なんでしょうか?フェイトお嬢様。」

 

…こいつの事、少し聞いておいた方が良さそうだ。

 

「さっきの『より良い未来』の話…もう少し教えてくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

「『より良い未来の為に』…なんか胡散臭い話だねぇ。

 あたしは新しい宗教かなんかかと思ったよ。」

「うん。でも…」

「…解ってるよ。実際、あいつが居なきゃリニスは今頃消えちまってた。

 あたしだって、あいつに対して感謝はしてるさ。」

 

『より良い未来の為』…結局あの似非執事はその事について教えてくれなかった。

フェイト()に変な知識を与える事で、原作の流れが変わる可能性を恐れたのだろう。

 

だが…会話の口ぶりから、あいつの()()にまだ誰かが居ると言う事は分かった。

 

そして、そいつが俺の知らない転生者である事は自明の理だ。

 

そいつは本当に『より良い』未来の為に動いているのか…

それとも個人的に別の目的があるのか…

 

 

 

まぁ、今は良い。

『物語の世界』のように、未来が決められていないと言う事実を知れただけで十分だ。

 

俺は俺として生きる。

例えジュエルシードが地球にばら撒かれたとしても、

最後まで自分の意思で戦い抜く。

 

…可能であるのなら、()()()の計画を中止させたいんだけどな…

 

 

 

 

 

 

そして、運命の時が来た。

 

ユーノの輸送船への攻撃は、ついに止める事が出来なかった。

 




リニス救済完了!

そして既に裏で暗躍していた名前も知らない(考えてない)転生者達…
彼らの思想は本当に『より良い未来』なのか?

…まぁ、しばらく出番は無いのですが…


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フェイトの新しい日常

今の時系列は原作アニメで言う所の第2話辺りです。

そうです、まだ第2話です。


『フェイト、明日『第97管理外世界』に向かいなさい。

 そしてジュエルシードと呼ばれるロストロギアを集めて来なさい。』

 

()()()は突然そんなことを俺に告げると、再び研究室へ戻ってしまった。

どうやらユーノの輸送船は既に攻撃されてしまったようだ。

 

『…結局、あの似非執事の言うとおりになっちまったねぇ…』

 

アルフがそう呟く。

 

俺は輸送船への攻撃を止めようとした。

もちろん直接そんな事を本人に言える訳も無く、

それと無く『無茶をしないで』と言う程度に留める他無かったのだが…

 

『アルフ、行こっか…』

 

…何も、教えてはくれなかったな。

 

輸送船への攻撃も、ジュエルシードを集める理由も…

 

言えるはずの無い事柄なのは知っている。

それでも悲しい。

 

それは俺がプレシアの心を開けなかった証明だからだ。

 

結局俺ではアリシアの代わりになれなかった。…そう言う事だからだ。

 

 

 

 

 

 

目を開けると、最近になって見慣れるようになった天井が見えた。

 

…少し前、実際にあった事を夢に見た。

あの後、俺とアルフはリニスと合流し『第97管理外世界』にやってきた。

 

住居は執事が用意してくれていた。

…海鳴市のマンションの一室だ。

 

なかなか良い部屋を借りてくれたようで住み心地は悪くない。

 

ふと、美味しそうな匂いがして一気に目が覚める。

 

「おはよう…リニス」

「はい、おはようございます。フェイト。」

「アルフもおはよう…」

「あぁ、おはようフェイト!…はは、なんかまだ眠そうだねぇ…」

「遅くまで起きてるからですよ!

 あなたも女の子なんですから、早く寝ないと。

 夜更かしは美容の敵です!」

「アッハハ!まるで母親みたいじゃないか!」

「ふふ、少し憧れていたんですよ。こう言うの。」

 

リニスが朝食を並べてくれている食卓に着く。

地球に来てリニスは先生から母親にクラスチェンジしていた。

 

本人が楽しそうなのは何よりなのだが、お小言が増えた気がする…

 

「…夜は、ジュエルシード、集めないといけないし…」

「何言ってるんですか、そっちは7時前には終えて戻って来ているでしょう…」

「ぅぐぅ…」

「別に漫画を読んじゃダメとは言いませんけど、夜はしっかり眠らないと翌日体が持ちませんよ。」

「はい…」

 

そう、俺は地球に来て漫画にハマってしまった。

時の庭園では娯楽と言えば飛翔魔法くらいで、他に娯楽らしい娯楽が無かった。

 

一応昔アリシアが使っていたのであろう遊具はあるのだが…対象年齢が低いのだ。

 

その点こちらはサブカルに溢れている。

前世でリリカルなのはが好きだった事から分かるように、

()()()()()の趣味も当然持ち合わせている俺は完全にこちらの漫画にハマってしまったのだ。

 

有名な週刊誌一つ見ても前世に無かった物に溢れ、中には俺の趣味に合う漫画も有ったりして…

 

…まぁ、仕方なかったのだ。

 

だがこれでも()()はしっかりしている。…一応。

それを示すように、バルディッシュからジュエルシードを出してリニスに見せる。

 

3()()…ペースとしてはなかなか順調と言ったところでしょうか。」

 

そう、順調なのだ。

…ただし、あまり歓迎できない理由もあるが…

 

 

 

あれは、三日程前…

どこかの学校で大量の銀髪オッドアイ(似非執事もどき)がジュエルシードの暴走体と戦っていた時の事だ…

 

 

 


 

 

 

夜の海鳴市、俺とアルフは魔力の反応を追ってどこかの学校に来ていた。

 

屋上に降り立ち、戦闘の様子を見つめると異様な光景が広がっていた。

 

「うわ…なんだいありゃあ…」

 

アルフが思わずと言った感じで口に出す。

俺も同じ気持ちだ。

 

暴走体に魔力刃を飛ばす銀髪オッドアイ。

躱された魔力刃から校舎を守る銀髪オッドアイ。

暴走体の攻撃にやられたのだろう、倒れ伏す銀髪(目を閉じているが多分オッドアイだろう)。

そしてそれを治療する銀髪オッドアイ。

空中でそれらを俯瞰しながら封印魔法を撃ち続ける高町なのはと、その周りを飛翔する銀髪オッドアイ。

 

何なのだコレは、何が起こっているのだ!?

はっきり言って異常な光景に高町なのはが完全に浮いてしまっている。

 

「あいつら、あの似非執事の子供だったりしないよねぇ…?」

 

どんだけ恐ろしい優性遺伝子だよ。

子々孫々に代々受け継がれる呪いか何かか?

 

「多分、違う…と思う。」

 

否定しきれないのが辛いところだ。

でも…

 

「アレはきっと分身魔法じゃないかな…?

 魔力の色も同じみたいだし…」

「ん?…あぁ、本当だ。

 まったく…一瞬驚いちまったじゃないか。」

「でも…敵に回すと厄介だよね。」

「そうだねぇ…あの数、捌ききるのは難しそうだ。」

「ううん、そうじゃなくて…本物を見つけるのが手間なだけ。」

「あぁ、フェイトの速度なら確かに問題はなさそうだ…

 あたしが足引っ張らないようにしないとねぇ…」

 

未知の敵である銀髪オッドアイの評価を終えて見に徹する。

 

魔法戦に限らず、全ての戦いで相手の情報を知っていると言うのは大きなアドバンテージだ。

相手の情報は多い方が良い。

 

何せ向こうはこっちの手札を殆ど知っている。前世の物語で見たからだ。

だがあいつはフェイト()の事を知らない。…フェイト()の速度を知らない。

 

間違った情報はこちらのアドバンテージ。

戦いになれば『()()』を思い知らせてやるとしよう…

 

そうこうしている内に戦況が変わったようだ。

銀髪オッドアイの一人が切り札を使うらしい。

 

…なんであいつはわざわざ声に出して指示したんだろう?

自分の分身ならば普通に意思疎通できるだろうに…

 

 

 

そして銀の奔流がジュエルシードの暴走体を呑み込んだ。

凄まじい光景だった。

絶え間なく続く攻撃は正に濁流を思わせる。

 

だがその後の様子をよく見ると、あの技には予め魔法を保存して置く必要があるようだ。

そして予想するにあいつが『()()』だ。

 

指示を出していた事に加え、他の分身の役割を本体がこなすにしては危険が大きい事。

今の様に空間の揺らぎを発生させているのがあいつ以外に居ない事を考えれば辻褄も合う。

 

あの技の()()()()()()()()()()が見えてきた…

それは()()でないと使えない為、

使用すれば()()が誰か相手にもバレてしまう事。

 

この情報は有用だ。

アルフとも情報を共有しておこう。

 

 

 

「見たよね?」

「あぁ、見たけど…随分と妙な事になってるんじゃないかい?」

「この世界は魔法なんてない世界だって母さんも言ってたのに…」

「…あんまりあのババアの事を信用しない方が良いと思うよ?」

「…大丈夫。アルフが言うほど、母さんは悪い人じゃないよ。」

「フン、どうだかね。まぁ…どっちにしても、あいつ等は数が多い。

 今は一旦退こうか…フェイト」

 

あいつの切り札…確かに強力な魔法だけど、あの速度なら避けられる。

問題はやはり分身魔法だ。

 

分身で逃げ場を塞がれたうえでアレを撃たれたら躱しきれるかどうか…

アルフの言う通り撤退しようとした時だった。

 

 

 

「フェイト!?もうこっちに来てたのか!」

 

 

 

背後から声に呼び止められた。

振り向くと、今まさに見ていたような銀髪オッドアイ。

 

―ッ!回り込まれた!いつの間に!?

 

すぐに戦闘態勢に移るが…

 

「待て!待って!渡す物があるんだって!」

 

…渡す物?まさか…

 

「ほら、ジュエルシード!お前に渡そうと思って取って置いたんだよ!俺が!

 だからバルディッシュを下ろしてくれ!なっ!?」

 

そう言って差し出されるジュエルシード。

…コレは、どこから…

 

≪フェイト、油断するんじゃないよ…≫

≪解ってる。≫

 

わざわざ探したジュエルシードを分身に運ばせた。

そして今俺の立っているこの場所は、丁度この分身と向こうの本体に挟まれた位置。

 

武装解除を待っているのか?…いや、少しでも気が緩めば十分と言う事か。

 

「…その手には乗らない。」

「…へっ?」

 

一瞬。

それで()()は終わった。

 

最高速度で脇をすり抜け、バルディッシュによる一閃。

それだけであっけなく分身は倒れ伏した。

 

ジュエルシードはありがたく頂いておこう。

 

「アルフ」

「あぁ、コイツ。まだ意識があるね…」

「バレたかな?」

「だろうね…分身が見たものを本体が見れない道理はないよ。」

「そうだよね…せっかくだし伝言くらい残しておこうかな。」

 

そう言って銀髪オッドアイの近くにしゃがみ込み伝言を残す。

 

「私は分身にやられるほど弱いつもりはない。

 今度は本体が来て。ジュエルシードを賭けた勝負なら、受けてあげる。」

「だってさ、挟み撃ちでもしようとしたんだろうけど当てが外れたね。」

 

そう言い残し、飛翔魔法で飛び去る。

後ろを見るとどうやら他の銀髪オッドアイ達に介抱されているようだ。

 

…変だな。分身なら解除すれば良いだけだろうに。

 

「ねぇ…アルフ?」

「あ、あぁ…なんだい?」

「もしかして私達ってさ…勘違いしてたかな?」

「…そう、かも知れないねぇ…」

 

呼び起される記憶は3つ。

 

『倒れた銀髪オッドアイを他の銀髪オッドアイがわざわざ治療してた事』

『わざわざ大声で他の銀髪オッドアイ達に指示を飛ばしていた事』

『今さっきの銀髪オッドアイを介抱している銀髪オッドアイが、こちらに一切気付いていなかった事』

 

「…そんな事って、あるかな?」

「…ある、んだろうね…」

 

とすると、あの転生者は単純にフェイトに恩を売ろうとしただけだったのか?

それとも何か別の目的でもあったのだろうか…

 

「悪いことしちゃったかな?」

「…まぁ、そこは気にしなくても良いんじゃないかい?」

「?」

「…フェイトが聞こえてなかったんならそれで良いよ。」

 

 

 


 

 

 

そんな感じで俺にジュエルシードを持ってくる奴が居た訳だ。

その人数なんと3人。

 

そう、俺はただの1度も自分でジュエルシードを探し出せていないのだ。

 

因みにその3人に対してだが、全てバルディッシュの一閃で応えている。

 

…仕方が無いだろう。

夜に会ったときは気づかなかったが、あいつ等の目が怖いのだ。

 

前世、男の時には感じた事のない視線だった…

あいつ等に()()を作るのが怖かったんだ。

 

アルフもあいつ等に気を許すなって言ってるし、

それには全面的に同意だ。

 

 

 

…っと、もうこんな時間か。

 

一旦捜索は切り上げて、家でリニスとお昼にしよう。

 

≪アルフ、帰るよ。≫

≪あいよ。…しっかし、全然見つからないね…≫

 

そう、結局今日も成果無しだった。

 

≪多分あの銀髪オッドアイの人達が集めてるんだよ。≫

≪あー、あたしらもあいつ等みたいに人海戦術が出来れば手っ取り早いんだけどねぇ…≫

≪手分けしてもこちらは二人。仕方ないよ。≫

 

すずかの家らしき猫屋敷にも無かったし、プールに行ってみたけどそこも外れ。

いったいこの街に後どれだけジュエルシードが残っているのやら…

 




『なのはが何かを感じて振り返った』シーンで感じていたのは、
バルディッシュ一閃時の魔力です。

その後、様子を見に来た銀髪オッドアイ達が見たものは…

…どこか満足げに倒れた見知らぬ(顔は鏡で見た事がある)銀髪オッドアイの姿だった…!


補足:『…フェイトが聞こえてなかったんならそれで良いよ。』

以下当時の再現

「…その手には乗らない。」
「…へっ?」

バチィッ!!(バルディッシュ一閃の感電音)
「あひぃ!」(かき消される悦びの声)

「…」(狼の五感ですべて聞こえたアルフ)


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交錯する運命

時間がかかりました。

色々原因はありますけど、メモ帳を間違って消しちゃったのが痛い…


暴走体の封印から数日が経った。

 

ジュエルシード集めは難航しており、現在は5個。

今ある全てのジュエルシードがあの夜までに集まった物だ。

 

つまるところこの数日の成果が0なのだ。

 

一日に探せる時間こそ限られているが、人数で言えば原作の比じゃない。

この数日の間収穫0と言うのは、いくら何でもおかしいと言わざるを得ない。

 

 

 

…一応、原因として思い当たる可能性は3つある。

 

1つ目は単純にこの付近にはもう無い。または奇跡的なまでに見逃している。

 

俺も神社のジュエルシードやプールのジュエルシードを予め確保してしまったし、

取っていない物でも温泉街のように俺一人で行ける距離には無い物もある。

 

更に言えば原作知識を持っていたとしても、

そもそもジュエルシードは原作で詳しい場所が描写されていない物が多いのだ。

 

例えばフェイトとなのはがジュエルシードを暴走させてしまった市街地は、

そもそもどこの町なのかもわかっていない。

なのはが出歩ける距離であることを考えれば、そう遠くはない筈なのだが…

 

2つ目は俺達以外の…いや、あるいは俺達の中の転生者が隠し持っている可能性。

 

あまり考えたくない事だが、『自分の望みを叶えようとしている』可能性だってある。

俺達はそもそも『一度願いを叶えて貰った存在』だ。

「一度あった事だから二度目だって…」そんな風に考える者が居ないとは言い切れない。

 

3つ目…俺としてはこれが本命だが、フェイト・テスタロッサが集めている。

 

前回の暴走体を倒した後、学校の屋上で倒れている銀髪オッドアイが居た。

何故か満足そうな本人の証言から、フェイト・テスタロッサが既にこっちに来ている事が分かったのだ。

 

勿論その場で意見が分かれた。

 

「直ぐにフェイトを追ってアジトを突き止めよう」と逸る者、

「戦闘をした上に魔法を王の財宝に補填したばかりで魔力が無い。今はおとなしく帰ろう」と諭す者。

 

多分前者はフェイトに会う事の方が目的な気がする。

結果的にその場で解散と言う事になったが、あの後彼らがどうしたのかは分からない。

 

一つ言える事は、これからはフェイトと戦闘になる事も考えないといけないと言う事だけだ。

 

 

 

…ただ、一つジュエルシードの当てはある。

 

なのはの『全力全開精神』発祥の事件。大木の暴走体。

作中で唯一、()()()()()()()()()()街を呑み込む暴走体だ。

 

正直何を願えばあんな事になるのか分からないが、

もっと分からないのがあの少年がジュエルシードを拾った時期だ。

少なくとも俺達が集めたジュエルシードの中にシリアルⅩは無かった。

 

折角原作を変える決意もしたんだ。

どうせならあの暴走体は完全に防いでおきたいのだが…

 

 

 

「なのは、また考え事?」

「最近多いよね…私達に相談できない事なの?」

「あっ、ううん、何でもないの!」

 

どうやら随分考え込んでいたらしい。

慌てて取り繕うが二人は疑念を持ってしまっている様子だ。

 

≪なのは、多分そろそろ時間よ≫

≪ありがとう、ユーノ≫

 

ユーノの念話で目線を士郎さんの方に向ける。

 

「みんな、今日はよく頑張ってくれた!この調子で、次の試合も頑張ろう!」

「「「はい!」」」

 

そう、俺達はつい先ほど少年サッカーの試合を見学した。

結果は士郎さんのチームの勝ち。今は翠屋でその祝勝会をしていたのだ。

 

「じゃあ、解散!帰りも気を付けるんだぞー!」

「「「ありがとうございました!」」」

 

(たける)、この後どうする?」

「わりぃ、俺今日予定有ってさぁ…」

「おっけー!…えっと、お前はどうよ!?」

「今日かぁ、ちょっと用事が入りそうでなぁ…後、神瀬(かみせ)な。」

「すまん、名前は憶えてるんだけどな!」

「解ってるよ、また俺と迷ったんだろ?」

神坂(かみさか)ぁ!お前この後行けそうか?」

「済まねえ、俺も多分用事入るわ…」

「いや、神瀬もそうだけど用事が()()()()ってなんだよ…」

 

うん、普通に考えたら変だよなぁ…

銀髪オッドアイが二人ほどチームに入っている以外は原作通りの光景だ。

そしてジュエルシードも確認。

 

あのジュエルシードは予め回収しておきたいんだけどなぁ…

 

でも()()()()()()は見間違いと思ってるから…ここは、

 

≪ユーノ、行けそうか?≫

≪そうね…ちょっと待って、あの二人にも念話で相談してみる。≫

 

そう言って念話が途切れる。

ユーノと念話しているのだろう、あの二人の顔が真面目なものに変わる。

 

そして、数十秒ほど経過してユーノから念話が届いた。

 

≪行く分には問題ないけれど、リスクもあるわ。

 あの男の子がジュエルシードを取られまいと抵抗した時に発動すれば、

 この辺り一帯の被害は免れない。

 だからあの二人の転生者も今は動くに動けないのよ。

 …ここには、翠屋があるからね。≫

≪そうか…翠屋が。≫

 

あの大木は出現した際にアスファルトに根を張る。

整備された歩道や車道はぐちゃぐちゃになり、水道管や下水道、

電線もいくつか切断されてしまうだろう。

 

翠屋はケーキやシュークリームも評判の喫茶店だ。

電線が切られたりしたら店の冷蔵庫は動かなくなり、主力商品がほぼ全滅。

 

そうなれば翠屋の受けるダメージは計り知れない。

 

原作ではどこかの横断歩道で発動していたが、そこまで待つべきなのだろうか…

 

≪あの二人の転生者は横断歩道まで尾行して、

 発動後まもなく封印に移ろうって言ってるけれど…どうする?≫

≪…ちなみにあの二人はユーノが俺にこの情報を渡すって知ってるのか?≫

≪言ってないわ。『少し考える』って言って念話を切ったの。≫

 

…そうすると、今は『なのはが気づいてない状況』って訳だ。

ユーノに教えてもらった事にして追いかけるか、

翠屋含めこの周辺に被害が出ない様に動くか…

 

「そろそろ時間ね。またね、なのは!」

「またね、なのはちゃん!」

「うん、アリサちゃんもすずかちゃんもまたね!」

 

思考と念話と二人との会話…我ながらマルチタスクにも慣れたもんだな。

これも『なのはと同じ能力』を貰ったおかげか…

 

…なのはがこの状況を知ったら先ず速攻で動くんだろうなぁ…

『知っちゃったのに無視は出来ない』って。

 

どうするか…

ここで動かないのは完全に『私情』だ。

この辺りが受けるかもしれない被害を、

原作の場所に引き受けて貰うと言う自分勝手な都合でしかない。

 

言ってみれば『なのはなら絶対にしない行為』。

 

でも、尾行するメリットは大きい。

何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

発動した直後に封印すれば…

いや、プレゼントしようと取り出した瞬間に封印すれば被害はほぼ0に収められる。

 

かなり魅力的な選択肢なのだ。

 

…俺は後者を選ぶ事にした。

このまま気づかなかったふりをして、横断歩道まで…

 

≪なのは、転生者達から念話があったわ≫

≪念話?こんな時にするって事はあのジュエルシード関連か?≫

≪ええ、上空から街を俯瞰して調べたら横断歩道を特定出来たらしいわ。≫

≪特定したって事はもうその場所に何人か行っているのか?≫

≪そうね…神瀬と神坂も合流したって。≫

 

そう言えばあの二人いつの間にかいなくなってたな…

いや、チームのみんなが解散したのに残ってた方がおかしいか。

 

≪向こうにいる皆がそろそろなのはを呼んでくれって言ってるわ。

 行きましょう。≫

≪うん…≫

 

今回ばかりは緊張するな…

自分の選択のせいで被害が出るかもしれないんだから。

 

≪フライアーフィン!≫

 

 

 


 

「良し、これでユーノさんがなのはを連れてきてくれるはずだ。」

 

神楽坂がユーノとの念話を終えて俺達に向き直る。

 

「でもよ神場、あの少年がジュエルシードをこう…ポケットから取り出すとするだろ?」

 

ふと、何か考え込んでいた神谷がジェスチャーも交えてそう切り出した。

神楽坂じゃなくて神場だったのか?

 

「神無月だ。それで、取り出したとして?」

「あ、あぁ。済まねぇ…問題は発動前にどうやって封印するんだ?」

 

神無月だったのか…

最近は皆慣れてきたな。…間違える事にも、間違えられる事にも。

 

さて、実際それは難しい問題だ。

まさか上空から直接封印の光線を浴びせる訳にもいかないだろう。

 

「そうだな…この中に念動力的な物でジュエルシードを回収できる奴はいるか?」

 

…えっ、まさかのノープラン?

 

周りを見回すが、皆周りを見回してる。…誰も持って無いって事だよな…

能力を貰える時にシンプルなサイコキネシスを選ぶかって言われると、もっと派手なのが欲しいしなぁ…

 

「ふむ…じゃあ、時間停止は?」

 

時間停止か…ザ・ワールドに代表される強力な能力だし、それならだれか持っていても…

 

「あ、それなら…」

 

お、居たか。これで安心…

 

「俺も頼んでみたけど、能力が強すぎてNGだって。」

 

あっハイ…

このOKな能力とNGな能力の区分が結構曖昧なんだよなぁ…

実際俺の能力だって十分チートになる筈なのに…

 

「そうか…じゃあ、神宮寺」

 

ん、俺か?

 

「なんだ?神無月。」

 

俺の能力(王の財宝)はもう周知のはずだが…

 

「お前の王の財宝の()()()あるだろ?」

「ん?あぁ、あるな…」

「あそこからさ…吸えないか?カービィみたいに」

「出来ねぇよ!?王の財宝なんだと思ってんだ!?」

 

ダメだ、こいつ集めたは良いけどここからのプランが何にもない!

 

「…なぁ、思ったんだけどさ?」

「なんだ?…えっと、神田」

「あっ…」

「…どうした?」

「…いや、正解だったから。」

「良いだろ正解したんなら!なんで間違えた方がスムーズに会話になるんだよ!?」

「まぁ、そうなんだけどさ…じゃなくて!」

 

神田の気持ち少し解るな。

一発で名前当てられると動揺するよな…解るわ…。

 

「あの雲の中にさ…誰か居たんだけど…」

 

…えっ?

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

雷を思わせる轟音が、俺を貫いたのは…

 




雷のような轟音…いったい誰が…!?

今回は色々難産でした。
なのはの登場が久しぶりで、どんな感じに行動してたかなって…

間違えて消しちゃったメモ帳?

「銀髪オッドアイの名前メモ.txt」

デスクトップの整理する時は気を付けよう!


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襲撃

今回はフェイトさんの初戦闘回です!

時の庭園でえげつない速度にまで到達したフェイトさんの戦い方が判明します。

‐12/26 追記‐

一部文章を修正しました。

詳細な変更箇所は後書きに記載しています。


‐12/30 追記‐

一部文章を修正しました。

詳細な変更箇所は後書きに記載しています。


――轟音が俺の体を通り抜けたような感覚だった。

 

激しい音に耳がやられたのか、水の中にでも居るかのように聞きづらい。

霞む視界で辺りを見回せば、仲間が()()()()()()()ところだった…

 

…何やってるんだ、雷に魔力弾なんか…

 

ふと、俺のバリアジャケットが腹の辺りで真一文字に裂けているのが見えた。

 

なんで俺は腹なんか見てんだ…?

 

 

あぁ、違う。飛翔魔法の制御が出来て無いのか…

 

景色が、回って…あぁ、落ちてるなこれ…

 

 

 

「…い、しっか………!!」

 

うぐっ!

 

ったく、受け止めるならもう少し優しくしてくれ…頭に響く…

 

誰だ、視界がぼやけて…

 

「…ぐに治癒………か……………らな…!」

 

ダメだ、意識落ちるわ…みんな、済まねえ…

 

 

 


 

 

向こう側の雲が光ったと思ったら、雷がこっちを目掛けて真っすぐに飛んできた。

 

いや、しっかり見ていたから分かるがアレはフェイトだ!

恐ろしい速度で、雷を彗星の尾の様になびかせて襲ってくる!

 

「くそっ!神宮寺がやられた!」

 

突然の戦力ダウンに思わず呻く。

 

「おい、ほんとに神宮寺なのか!?」

「えっ!?多分そうだ!王の財宝の奴だ!」

「マジかよ、神宮寺が真っ先に…!」

 

名前はあっている筈だ。あいつとは結構仲も良いからな…見間違える訳がないと思う。

 

「大丈夫だ、神王?が助けに行ってる!」

「神王は俺だ!」

「…今はそんな話をしている場合じゃないはずだ!まずはフェイトだ!」

「まぁ、分かってはいるけどよぉ…!いくら何でも速過ぎる!!」

 

勿論、ただ無駄口を叩いている訳ではなく魔力弾も放っているのだが…

全然当たらない!

 

≪Shooting Edge Sniping Shift!≫

 

神王も高速の魔力刃を撃っているが、結果は同じだ。

 

あの速度では偏差撃ちをするにも大分前方を狙う必要があるが、

そんなもの軌道予測で軽々避けられてしまう!

なんであの速度で鋭角に曲がれるんだ、反則過ぎるだろう!

 

絶対的な速度で接近してからバルディッシュによる一閃。

神宮寺もそれでやられた。

フェイトはその戦い方に拘っているのか、フォトンランサーの類を使う気配が無い…

 

明らかに原作とは違う動きだ。

それに、アニメと主観の違いがあるとはいえここまでの速度をフェイトが有していただろうか…?

何かがおかしい。フェイトの戦い方を変えるような何かがあったんだ!

 

狙われた奴はプロテクションでかろうじて防いでいるようだが時間の問題だろう。

空中で雷が何度も曲がり、プロテクションをひたすらに削っている…

 

今も十人以上が同時に魔力刃を撃ち込んでいるのに、それを全て避けてなお攻撃に回せる余裕がある。

 

圧倒的。

そんな言葉が相応しい蹂躙劇だ。

 

既に神宮寺以外にも3人墜とされた。

 

俺達が無事なのも、()()俺達が狙われていないだけだ…

狙われたが最後、墜とされた奴らの二の舞だろう。

 

 

 

…っちぃ!次は俺か!

≪Protection!!≫

 

――バヂィッ!!

 

フェイトの攻撃をプロテクションで受け止めるが、

スパークの様な鋭い音と共に凄まじい衝撃が伝わってくる…!

 

一撃受けただけで体勢が崩されそうな程の衝撃…!

そう何度も受けられる様なものじゃないと即座に理解するが…

 

――バヂィッ!!

 

二撃目!しかも、真後ろか!

ほんとに雷と同等の速度出てるんじゃねぇのか!?これ!?

 

「おい、神王!手を貸してくれ!」

 

だが、近くに居たはずの神王からの返答が無い。

フェイトの攻撃に間隙等は無く、

こうしている間もフェイトの連撃は俺の守りを削っていく…

 

「神王!?」

 

フェイトの攻撃を必死に受けながらも目を凝らして見回すと、

およそ5m程離れたところに神王の姿が見えた。

 

アイツ逃げやがった!

いや、少し離れたところで申し訳なさそうに魔力刃撃ってやがる!

って言うか、やっぱり当たらねぇ!

 

まずいぞ、これ…こんな攻撃受け続けたら持たねぇ!

それなのに、解っていても防ぐしかねぇ!

型も何も無い突撃だけなのに速度だけで隙を完全に無くしている!

 

フェイトの攻撃の合間に魔力刃が何度も通過しているのが見えるが、

やはりどれも当たらない…

…どうやら、俺も墜ちる事になりそうだ。

 

≪Reflective wall!!≫

 

ガァン!!

「あぐっ!!」

 

なんだ!?目の前に銀色の壁…?

いや、それよりもフェイトが止まった!…いったい何が…?

 

「へへっ、どうやら俺の出番って訳だな!」

 

いつの間にか俺の傍に来ていた銀髪オッドアイ…誰だ?

 

「さぁ、俺の鮮烈なデビュー戦って訳だ!この神場 虎次郎が相手してやるぜ!」

 

どうやらあの壁は神場が張った物らしいな…いや、って言うか!

 

「いや、そんな魔法持ってるなら早く使ってくれよ!?」

「悪い!作るのに時間がかかった!」

 

作った…?って事はコイツの特典は!

 

「おっ、その表情は分かったみてぇだな!俺の能力!」

「魔法の…作成…?」

「創造と言ってくれ!なんかスケール小さくなってる気がするから!」

 

言い方はともかく…さっきのフェイトの反応を見るにこの魔法は…

 

「攻撃の…反射…!」

 

フェイトが忌々しそうに呟く。

 

「正解だ!この壁に攻撃すれば、その衝撃も!魔法も!全部お前に跳ね返る!」

 

なるほど、悲しい話だが俺達の攻撃ではフェイトに届かない。

だからフェイトに自分の攻撃で墜ちてもらうって訳か…だが…

 

「おい、自分の能力の解説は…」

「知ってるよ!死亡フラグだろ!?気持ちが高ぶって思わずやっちまった、悪い!」

 

まぁ、俺達って活躍した順番に名前覚えられるからな…主になのはに。

 

ともかく、コレで一先ずは安心って訳だ。

守りを解いてフェイトの出方を見ると…

 

「…随分、余裕があるみたいだね。」

 

なんだ?…怒ってる?

 

「あなた達が、もしも…この世界をまだ『物語』だと思っているのなら…」

 

俺達のふざけているような態度が癇に障ったのか…?一瞬そう思ったが…

 

「この世界の『現実』を教えてやる!」

 

そう叫んで突っ込んで来た!

今の言い方…転生を知っているのか!?口調も少し違う!

こいつ、まさか…!

 

「させるかよ!」

 

≪Reflective wall!!≫

 

直ぐに目の前に銀色の反射壁が現れるが…

 

「ふっ!」

 

フェイトがバルディッシュを振り抜く。

 

――ガォン!!

凄まじい雷鳴と衝撃…結果は…

 

「マジか…!」

 

反射壁が凹んだ…こっちの方に…

フェイトを見ると突撃する前の位置に戻っている。

 

「今の攻撃で吹っ飛ばされたのか…?」

「違ぇ!反射よりも速く元の位置まで戻りやがった!」

 

…は?

えっ、もうこの魔法破られたの?早くね?

 

「おい、だから解説なんかするなって!」

「くそっ!まだこっからだ、≪Reflective wall≫!!」

 

反射壁が俺達を守るように立方体の形に展開される。

 

「これで時間稼ぎして次の魔法を作り出す!」

「おい!これ以上フラグを重ねるな!」

「へっ、知らねぇのか?死亡フラグを重ねればよ…逆に生存フラグになるんだぜ!?」

 

そう言うと目をつぶって集中し始める神場…だが…

 

「この世界は物語ではない。」

 

――ガォン!!

 

「先ずはそれをあなた達に証明する。」

 

――ガォン!!!

 

「それで漸く…」

 

――ガォン!!!!

 

()()()()()()()()()()()!」

 

――ガォン!!!!!

 

フェイトが正面の壁を集中的に攻撃しては元の位置に戻る。

その繰り返しで壁はどんどん歪み、まるでトンネルを掘るようにフェイトが俺達に近付いてくる…!

 

「おい!魔法早くしてくれ!めっちゃ怖ぇんだけど!!」

 

フェイトの一歩目!?何を言っているんだ!?

フェイトに何があったらここまで原作から変わるんだ!

 

「出来た!…うおぉっ!なんじゃこりゃあ!?」

 

魔法が完成したのだろう。

目を開けた神場が、眼前まで()()()()()()反射壁に怯んだその一瞬が命取りだった…

 

――ピシッ…

 

ガラスにヒビが入るような異音。

その次の瞬間には、銀の反射壁を突き破る黄金の雷光。

 

「捉えた!」

 

「う…ぐっ!」

「く…そぉ…っ!」

 

身体を貫く衝撃…雷の魔力変換資質のせいか、体が痺れて動かない…

 

神場も俺と同じだろう。

 

ボロボロと崩れていく反射壁がそれを雄弁に語っていた…

 

って言うか、フェイト…

 

 

 

幾らなんでも脳筋過ぎないか…?

 

 

 


 

「次は…」

 

やべぇよ…やべぇよ…

何だよあの速さ!もう5人やられちまった!

 

救助の為に人数も割かないといけないし、どんどん止められなくなるぞ!

 

「…っ!」

 

マジかよ、目があっちまった!

 

こっちにくる!

 

思わず身構えた瞬間…

 

「――くらえ!!」

 

突撃してきたフェイトが、銀の奔流に呑み込まれたように見えた。

 

「っ!…この技は!」

「完全復活だ!さっきはよくも不意打ちしてくれたな!」

 

王の財宝の神宮寺!

 

「神宮寺!やったのか!?」

「いいや、躱された!」

「自信満々に言う事かよ!?」

「しょーがねーだろ!?()()()()()()に命中させるのがどんだけ難しいと思ってるんだ!」

 

解っているけどさぁ…!

 

「ほら、引っ込んでろ。ここからは俺のリベンジマッチだ!」

 

え、何そのヒーロームーブ。俺もやりたい。

 

「あなたは、確か最初の…」

「あぁ、顔を覚えてくれて嬉しいぜ!本当にな!」

 

周りを見ると墜とされていた3人全員が復活しているのが見えた。

 

「さっきの2人に、時間をかけ過ぎた…」

「そう言う事だ。観念するんだな!≪王の財宝≫!」

 

神宮寺の正面に無数の揺らぎが現れてフェイトに照準を合わせる。

 

「その魔法の事は知ってる。撃つ為に魔法を予め込める必要がある事も。」

「…」

「私に当てる為にどれだけ撃つ事になるか…試してみる?」

「俺だって出来れば撃ちたくないんだ。退いてくれればお互い助かるんだけどな?」

「出来ない相談。」

「じゃあ俺も無理だ。」

 

――ゴォッ!!

――バヂィッ!!

 

大量の魔力刃が放たれるのと、フェイトがスパーク音を鳴らして高速機動を開始するのはほぼ同時だった。




はい。

フェイトさんの戦い方は
『全部避けての見敵必殺』『速度にまかせた強行突破』です。

…脳筋過ぎない?と言う疑問が出るでしょうが、
戦い方の勉強よりも飛翔魔法に時間を割いてたからですね!仕方ないね!

そしてもう一つ、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


以下補足

原作の戦いを知っているのに何故バインドを設置しないのか?
と言う疑問があるかと思いますが、

一部の人はちゃんと設置してます。

ただしフェイト自身もバインドが天敵である自覚がある為、
バインドの兆候を見つけ次第、回避してます。

原作の描写的にそんな兆候あるのか?と言う疑問はありますが、
ここは『兆候がある』と言う設定で行かせてください。
(でないと転生者がこれだけいる以上フェイトさんに勝ち目が…)

そして設置した人を最優先で墜としに行ってます。
使用者が意識を失えば設置したバインドも消えるはずなので。
2人目と3人目がそうですね。

神場(魔法作れる人)が最後に完成させたのもバインド系です。
『特定の魔力波動を持つ者のみに作用する広域型のバインド』です。

フェイトさんに対してこの上ない特攻魔法ですね。

因みに魔法作成のルールは以下。

・魔法を作る際はその場を動く事が出来ず、視界も閉じて集中しないといけない。
・完成した魔法は魔法の効果が直ぐに解るような名前でないといけない。
・完成した魔法の譲渡は出来ない。
・完成した魔法の効力(威力)・範囲・発動速度は作成した後に変更できない。
 作成後に使用者が強くなったとしても、
 この能力で作成された魔法の威力は作成時の物に依存する。
・魔法の効力(威力)・範囲・発動速度が優秀であるほど、
 魔法の作成時、使用時に多くの魔力を要する。
 消費量を製作者が弄ることは出来ない。

‐12/26 追記‐

一部文章を修正しました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…」

嫌に静かにこちらを見つめていた。

「フラグ…?」

死亡フラグの意味を理解できなかったのか…?一瞬そう思ったが…

「…この世界をまだ『物語』だと思っている奴に、負けるつもりは…無い!」

そう叫んで突っ込んで来た!
今の言い方…転生を知っているな。
こいつ、まさか…!



「…随分、余裕があるみたいだね。」

なんだ?…怒ってる?

「あなた達が、もしも…この世界をまだ『物語』だと思っているのなら…」

俺達のふざけているような態度が癇に障ったのか…?一瞬そう思ったが…

「この世界の『現実』を教えてやる!」

そう叫んで突っ込んで来た!
今の言い方…転生を知っているのか!?口調も少し違う!
こいつ、まさか…!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここ以外も少し修正していますが、微妙な差異なので割愛します。

問題は次回の分なんですが…ちょっと修正点が多くなりそうなので、
もしかしたらいつもより少しだけ遅れるかもです。



‐12/30 追記‐

アンケートに伴い擬音の数を若干減らしました。

もう少し減らした方が良いのかもしれませんが、作者の描写力不足ですね…
表現力を鍛えねば…


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銀の奔流vs金の雷光

タイトルだけ無駄にカッコいい回。

正直「銀髪オッドアイvs金髪ツインテール」の方が雰囲気に合ってると思う。


‐12/30 追記‐

文章を一部修正しました。
詳細は後書きに記載しております。


初撃は躱された。だが、ハナから当てられるとは思ってはいない。

 

俺は最初から王の財宝の砲門を放射状に広げて展開していた。

今撃ったのは真正面に向いている砲門だけだ!

 

フェイトは俺から見て左上に避けたな?

だったらそっちを向いている砲門に()()()()()

 

「これでどうだ!」

「っ!」

 

初撃から切り替わるように発射された2射目の魔力刃は、

避けたばかりのフェイトの目の前を掠める様に通り抜けていく。

 

だが攻撃の手を緩めるつもりの無いフェイトは、

即座にこちらに直角に曲がって突撃してくる。

 

「かかったな!」

 

続いて連続して開く無数の砲門!

フェイトの方角に展開している砲門の内、()()()()()()()()()()()()砲門を全開!

フェイトを無数の魔力刃で筒状に隙間なく囲んだ!

 

これで後は中央の砲門を開放すれば回避不可能の直撃コース!

 

「っ!」

 

気付いたようだが、もう遅い!

 

「くらえ!」

 

中央砲門(直撃コース)開放!

 

――ゴォッ!…ッ!

 

筒の穴を埋めるようにして放たれた魔力刃を完全に躱す方法は無い。

 

だが、俺が感じたのは達成感ではなく僅かな違和感だった。

 

 

 

魔力刃が放たれる音に紛れていたが…今の音は、雷鳴?

 

砲門を完全に開いた今、大量の魔力刃のせいでフェイトの姿が見えない。

だがあの状況で出来る事を考えると…

 

(強力な魔力かディフェンサーで体を守ってから側面を突破するつもりか!)

 

――バリッ…

 

(左っ!)

≪Protection!!≫

 

――ガァン!!

 

「っぶねぇ…!あの数の魔力刃に突っ込んで無事とはな…!」

「…くっ!」

 

直ぐに距離を取るフェイト。

その直後に銀の奔流がさっきまでフェイトが居た場所を右から左へと薙ぐ。

 

そして奔流は俺が開いた歪みの中に戻って行った。

 

「!…回収、出来るの?」

「まぁな。簡単に在庫を減らせるとは思わない事だ。」

 

…と言っても、この距離(半径5m以内)だから出来た事だ。

さっきみたいに相手に真っすぐ撃てば回収できる範囲を越えちまう。

 

「…回収できるのも射出できるのも半径数m。…違う?」

 

早くもバレるか…だが本当の事を答えてやる理由もない。

 

「さてな、試してみるか?」

 

余裕を見せるかのように大量の砲門を展開する。

…と言っても、最初のやり取りで半分ほど使っちまったから在庫は心許無いがな…

 

「…」

「…」

 

しかし、さっきから突撃一辺倒。牽制にだってフォトンランサーを使わないか…

俺がアニメで知ってるフェイトとは随分違うな。

 

確かにフェイトは高速機動を活かした空中戦を得意としているが、

どうにもこのフェイトには違和感がある。

 

魔力光は金で雷の魔力変換資質…リーゼ姉妹の様な変装って訳でもなさそうだ。

 

と、なると後は…

 

≪おい、お前…転生者か?≫

≪…そうだと言ったら?≫

 

半ばカマかけだったんだが…隠すつもりはあまり無いのか?

 

≪なんでこんな真似してるのか聞きたい。

 プレシアがフェイトに対して愛情を抱いていないのは知ってるはずだ。≫

≪…あなたは、この世界を物語だと思う?

 物語の様に未来が決まっていて、私たちはそれを変えられないと思ってる?≫

 

…いきなり何の話だ?それが理由なのか?

 

≪物語も何も、この世界は魔法少女リリカルなのはの世界だろう。

 転生の際にも言われたはずだ。≫

≪そう、なら話すことは…≫

≪だが、()()()()()()()()()()()世界だ。

 この世界は()()()()()()()()()()だろ?≫

 

そう、この世界は現実だ。

あの時…ジュエルシードの暴走体が、目の前でジュエルシードを取り込んだ時に漸く気付いた。

この世界は最初から原作の手を離れている。

 

俺達が転生して来なければ、きっと原作通りに進んだんだろう。

だが、俺達(転生者)が来た時点でもう未来は変わっている。

 

俺達がこの先どれだけ力を合わせて舵を切っても、

俺達の知っている原作と全く同じ展開にはならないだろう。

 

なら、それは現実と変わらないんじゃないか?

 

…まぁ、ユーノをさんざん追い回す前に気付くべきだったんだろうな。

 

≪…そう。≫

≪おい、俺は質問に答えたぞ?次はお前の番だろう。≫

≪私は…母さんを助けたい。プレシア・テスタロッサを破滅の未来から救いたい。≫

≪…?それがどうして敵対する事に繋がるんだ?

 俺達と協力した方が可能性は高まるんじゃないのか?≫

≪私は…この世界を物語と思っている奴と、手を取り合って仲良くしたいとは思わない。

 そんな奴らの手を借りなくても、自分の力で母さんを助ける。≫

≪…随分と嫌われているんだな?原作派は。≫

≪彼らはこの世界を現実としてみていない。

 現実だと心から理解してくれない限りは、私の理解者にはなれない。≫

 

現実として見てくれない奴とは協力したくない…って事か?

何というか…転生者にしては変な所に拘るな。

 

≪それに…≫

≪…ん?≫

≪この世界を()()()()()()()()()と思っている人は、

 本気で未来を変える気があるのかも疑わしい。

 協力関係になるにはそもそも不適切。≫

≪それを言われると、否定しにくいな…≫

 

それに関してはジュエルシード暴走体の一件で未来を変える事を恐れた俺としては反論しにくい。

 

実際プレシアが生存した後の動きなんて想像もできない。

フェイトの裁判の結果が変わり、A's編で戻って来ないなんて事も有りえるかもしれない。

 

でも、もう既に修復不可能なくらい原作が壊れてしまった事も解ってる。

だったら…どの道未来が分からないのなら、今何とかできそうなものを何とかしたい。

 

≪…それでもいきなり攻撃してちゃ、協力者になれる奴かどうかも分からないだろ?

 なのはじゃないが、言葉に出さなきゃ伝わらねぇぞ?≫

≪…私に協力者は不要。私の速度に対応できない時点で実力不足。≫

 

…ダメか、取り付く島もないって感じだ。

どうにも最初から『自分一人で』って拘りが強すぎる。

 

コイツに何があったんだ…

何でここまでプレシアに拘る?

それとも自分(フェイト)の在り方に拘ってるのか?

 

…まだその辺が良く分からねぇが、()()()()()()

 

≪なるほどな…じゃあお前の速度に対応すれば、晴れて俺はお前の協力者って訳だ。≫

≪本当に出来ると思ってるの?≫

≪やってやるよ。力尽くで協力してやるから覚悟しなぁ!≫

 

王の財宝から魔力刃を発射する。

俺が願い、神がくれた…この世界では(多分)俺だけの能力。

 

原作でもトップクラスだったフェイト・テスタロッサを超えた()()()()()()の速度に対応するには、

きっとこれしかない。

 

――バチッ!

 

僅かなスパーク音を聞き洩らさず、砲門を操作。

回収できる分は回収しつつ、魔力刃を絶えず打ち出し続ける。

 

フェイトは何故か接近戦に拘っている…原作よりも速い分、その方がやりやすいのかも知れない。

しかし、それなら俺も王の財宝の展開は自分の周囲に限定して良い。

距離が開いている時に撃ってもどうせ躱されるだろうからな。

 

自分を中心に5m…原典から比べれば小規模だが、その範囲なら俺は位置も方向も自由にゲートを開ける!

向きは前方ではなく縦横に。

距離を取らず、近くに来たフェイトを狙い撃つ!

 

 

 

 

 

 

《Protection!》

――バヂィッ!!

――ゴォッ!

 

フェイトの攻撃をプロテクションで受け、カウンターの要領で横薙ぎの魔力刃を叩き込む。

もう何回目になるか分からないやり取りだ。

 

「っ!」

「どうした?早く俺を倒さないと、先に俺がその速度に慣れちまうぞ?」

 

しかし、だんだんと照準が合うようになってきた。

少ない弾数でフェイトの移動先に魔力刃を()()()いく。

 

残弾は少しずつ減っているが、回収できる距離に留めた分長持ちしている。

このまま追い込んで、さっきよりも効率的に囲い込んでやる!

 

「…だったら…!」

≪Photon Lancer≫

 

フォトンランサー!やっぱり使えるのか…!

だがフォトンランサーに追尾性は無い。躱してしまえば…

 

≪fire!≫

 

だがフォトンランサーが撃ち込まれたのは俺ではなく…

 

――ドドドドドォン!

 

…なん、だと…!?

 

俺の撃った魔力刃を撃ち抜いて…破壊した!?

誘爆で魔力刃が連鎖的に破壊されている…!

 

不味い!残弾が…!

 

慌てて砲門を閉じるが…

 

「そこっ!」

 

≪Protection!≫

――バヂィッ!!

 

くっ、そりゃあ攻撃の手を緩めればそう来るよなぁ…!

そして俺が王の財宝で迎撃を狙えばフォトンランサーで容赦なく残弾を減らしてくると…

 

――バヂィッ!!

 

今の衝撃は真後ろから…!

もう背後に回り込んだのか、やっぱり速いな…

 

フェイトの攻撃の瞬間は、速過ぎてもう俺からは見えない。

だが絶え間なく響くスパーク音と衝撃は、フェイトの連撃が止まらない事を教えてくれる。

 

この攻撃は俺の防御が削り切られるまで続くコンボだ。

まんまと必殺の型に持ち込まれちまった。

 

――バヂィッ!!

――バヂィッ!!

 

 

 

()()()()()

 

「っ!これは…!」

 

フェイトが俺とフェイトの間に発生した揺らぎに気付いたようだな。

 

ぶっつけ本番、今さっき編み出した俺の奥の手!

俺の周囲全方位に揺らぎが発生し、5m離れて()()()()()展開された数多の砲門。

 

直径10mと小規模ではあるが、王の財宝の球状結界だ!

回収と射出の無限ループ!くらえ!

 

無数の砲門から魔力刃が放たれる瞬間、フェイトが慌てて離脱しようとするが…

既に隙間なく展開されている砲門からの一斉射撃だ。

いくら速度があっても、避ける隙間が無ければ躱せないだろう!

 

≪Photon Lancer fire!≫

――ドドドドドドドドドドドドド…

 

フォトンランサーで迎撃したようだが、

そんなことすればフェイトもただでは済まない!

 

魔力刃の爆発が別の魔力刃を爆発させ、王の財宝の結界内を誘爆が広がる。

色んな漫画でやたらと出てくる粉塵爆発とほとんど同じ原理だ。

この結界の中に安全なスペースは無いぞ!

 

≪Defenser!≫

≪Protection!≫

 

直ぐに守りを固める。

フェイトも守りを固めているようだが、元々フェイトは守りに関しては苦手分野!

残弾も全部連鎖爆発の為に使い果たす!…なのはの魔力弾以外は。

どっちが勝つにしても、これで決着だ!

 

 

 


 

――オオオオォォォォォォォ…!

 

 

 

爆風の余波が突風となって20m離れたここにまで届く。

 

すげぇ…

神宮寺の奴、ここまで強かったのかよ…

これなら本当にフェイトだって倒せちまいそうだ。

 

 

 

やがて爆発が終わり、煙を突き破って落下する影が一つ…

どうやら完全に決着がついたらしい。

 

フェイトが地面に落ちるのは避けたいので救助に向かって飛びだす。

どうやら何人か…いや、全員だな。

全員落ちていく人影(フェイト)を救出する気満々のようだ。

 

 

 

だが、近付いていくうちに皆気付いた。

 

 

 

――()()()()()()()

 

 

 

落下していたのは、完全に気を失っている神宮寺だった。

 

「神宮寺っ!」

 

一番に到着した俺がしっかり受け止める。…軽く揺するが目を覚まさない。

呼吸はしているし脈もある。気絶しているだけだと分かり安心する。

 

 

 

――バチッ!

 

背後で音がした。

 

慌てて振り向いて距離を取ると、やはりフェイトだった。

バリアジャケットが所々破れている様子を見ると完全に無傷と言う訳ではないようだが、

しっかりと飛翔魔法で浮かんでいる。

 

「くっ…!」

「…」

 

神宮寺をどこか安全な所に降ろしたいが、フェイトがその隙を見逃すだろうか…?

 

「…彼は」

「ん…?」

 

彼…?

 

「神宮寺か?」

「神宮寺…そう、無事?」

「えっ?あ、あぁ…気絶してるだけだと思う。」

「…解った。」

 

そう言うとフェイトは特に何をするわけではなく、ゆっくりと離れていく。

 

…えっ?今、心配してたのか?

フェイトが?神宮寺を?

 

…何で?

 

 

 

「…そうだ、一つ。」

「えっ?」

「彼が目覚めたら、『考えておく』って伝えておいて。

 多分それで伝わるから。」

「えっ?」

「…それだけ。」

 

再び離れていくフェイト。

その場の全員の目が、気絶している神宮寺に向けられた。

 

…こいつ、あの戦闘中に何話してたんだ?

 

 

 

「なぁ、とりあえず起こさないか?」

「あ、あぁ。そうだな。」

 

「…ごめんなさい…もう一つだけ、あった。」

 

「ぅひぃっ!?」

 

振り向くとまたフェイトが居た。

去り際が締まらなかったからだろうか、若干顔が赤くなっている。かわいい。

 

「えっと…なんでしょう?」

「この結解を解除して…結界の外でジュエルシードが発動してる。」

 

…へっ!?

 

「おい、木のジュエルシードが発動してるぞ!」

「しまった!フェイトに気を取られて気づかなかった!」

「神谷ぁ!」

「待て、直ぐに解除する!」

 

――バチッ!

 

封時結界が解除されると即座にフェイトは大木に向かって飛んでいく。

急いでいるのはジュエルシードが原因か、恥ずかしかったのが原因か…

 

いや、そんな事よりも!

 

「街は!?どうなってる!?」

 

急いで見回すと…どうやら、思ったほど被害は出ていない。

 

現場になったであろう横断歩道の辺りはアスファルトが砕け電線も一部切れているが、

原作にあったように街に広がってはいない…

 

何でだろうと見まわす俺達の目に映ったのは…

 

 

 

伸びようとする木の根を攻撃している大勢の魔導士(クラスメイト)達の姿だった…




うーん、今回は特に書きたい事を書き切れなかった感が凄い…

具体的に神宮寺が協力的な理由と、フェイトさんが拒絶している理由が…
フェイトさんの場合まだ出してない設定があるので特に難しい…

これもう少しフェイトさん陣営掘り下げてからの方が…でも時期がなぁ…
回想挟むにしても最近回想やたら挟んだし控えめにしたいなぁ…と言う。

後、今回書いてていくつか思う事があったのでアンケートです。
アンケートの結果によっては若干手直しも考えてますので、ご協力していただけると嬉しいです。

今回のアンケートはこう思っている人がどれくらいいるのかな?と言うもので、
多数決で方針を決めるものではありませんのでご了承ください。m(__)m


‐12/30 追記‐

アンケートに伴い擬音を減らす修正を行いました。

念のために再アンケートです。
今回の修正で問題なかったでしょうか…?


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合流

最初はなのはさん視点です。

フェイトと銀髪オッドアイ達の戦闘中何してたのかって回。

本来ここまで文章量使う予定では無かったんですけれど…なぜこんなことに…?

皆様、良いお年を!

‐1/1 追記‐
一部表現を修正しました!

それと明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!


銀髪オッドアイの呼びかけに応じて横断歩道まで飛んだ俺が見たのは、巨大な封時結界だった。

 

「えっ、これって…結界?」

「封時結界だ!もしかして既にジュエルシードが?」

 

封時結界に入るには専用の魔法が必要になる。

…当然俺は知らない魔法だ。

だが、多分ユーノなら…

 

「ユーノ君、結界の中に入れそう?」

「うん、まかせてよなのは!」

「おっと、それは聞き捨てならないねぇ…」

 

えっ、この声って…!

 

「悪いけどフェイトの邪魔はさせないよ!」

 

アルフ!?…って事はこの結界の中にはフェイトが!?

 

「…あなたは、誰?」

「あたしかい?あたしはアルフ。

 今この結界の中で戦ってる子の使い魔さ。」

 

使い魔か…この目で見るのは初めてだが、本当に狼そのまんまって感じだ。

…色は実にファンタジーしているが。

 

「使い魔?」

「魔導士が自分の魔力で維持する人造生命体…と言っても、

 あんたも持ってるみたいだし説明はいらなかったか。」

「…僕は使い魔じゃない!」

「ふぅん?…まぁ、そんな事はどうだって良いのさ。

 フェイトの邪魔をさせない、それがあたしの役目だからね!」

 

そう言って飛び掛かってくるアルフだが、当然そのまま受けてやるつもりもない。

 

だがプロテクションで身を守ろうとした瞬間ユーノが割り込み、

俺の代わりに防御魔法で受け止めた。

 

「くっ!」

「ユーノ君!?」

 

突如割り込んだユーノの防御魔法に爪が防がれるも、アルフは何度も爪を叩きつける。

 

「へぇ、思ったより頑丈じゃないか。

 チビの癖に案外…!なんだい、この光は…!?」

「!この光…まさか!」

「ジュエルシードが…!」

 

こんなタイミングで…!

 

「ちぃっ!…仕方ない。ここは先にフェイトを助け出して…」

「そうはさせない!」

「ユーノ君!?」

 

≪なのは!あたしがアルフを連れて転移するから、なのははジュエルシードの封印をお願い!

 被害が広がる前に、早く!≫

≪だけど、ユーノはどうする気だ!?≫

≪あたしは大丈夫!いざとなったら結界でも作って身を守るくらいは出来るから!≫

≪…解った、木の方は任せてくれ!≫

≪えぇ!≫

 

ユーノの足元の魔法陣が光を放ち、次の瞬間にユーノはアルフ共々姿を消した。

 

アルフをユーノが引き受けた以上、こっちは俺が何とかしなくちゃな…!

幸いと言っていいのかは微妙な所だが、まだ発動直後の為木の根は伸び切っていない。

 

「あの木にジュエルシードが…

 行くよ、レイジングハート!」

オーゥラァイ、(All right, )マイマスター(my master)!≫

 

…行くぞ!

 

 

 

 

 

 

やばい、思ったよりも根が伸びるのが速い。

 

ジュエルシードの正確な位置を探す前に根が伸びてしまう。

 

伸びて行く根に攻撃を当てて侵食を阻止しているが、

そのせいでジュエルシードの位置を探せない。

 

確か核になっている二人は、光る繭のようになっていたはずなんだが…

くそ、位置が悪いのか?

 

でも今はこっちに根が…!

 

「レイジングハート!」

ディバインバスター(Divine Buster)!≫

 

ディバインバスターで打ち抜いた根は破壊され、断面から煙を吹き出し静止する。

通常の魔力弾だと数発撃っても効果は薄いが、ディバインバスターなら一撃か。

これなら少し見回すくらいの猶予は稼げるな。

 

飛翔魔法で木の周囲を回り、ジュエルシードを探す。

…しかし、本当にアホみたいにでかいな。

だが探す場所の目星はついている。幹から枝が生えている分岐点だ。

 

…最も、どの枝なのか探すだけでもしんどいのだが。

っと、また根が伸びて…!しかも反対側か!

 

「間に合って!」

 

急いで飛翔魔法で根を追おうとした時、誰かの放った砲撃魔法がその根を打ち抜き破壊した。

 

「えっ?今の…誰?」

 

魔力の光は()()()()()()。銀髪オッドアイ達ではない。

 

発射地点と思しきビルの屋上を見ると、そこに居たのは黒髪(普通)の少年。

だが、見た事のある顔だ。

…確かクラスメイトの斎藤(さいとう) 俊樹(としき)くんだったか?

 

そして3年生になった頃、クラスメイト全員転生者説を考えていた事を思い出した。

…原作開始後に関わりが出来たのが、皆銀髪オッドアイだったからすっかり忘れていたな…

 

「斎藤くん!あなたも魔法が使えるの!?」

「…なのはか。お前も魔導士だったんだな。」

 

そして、もう一つ思い出した。こっちはもっと前の記憶。

…前世で読んだ異世界転生物二次創作小説の記憶だ。

 

「やれやれ、俺はこういう面倒事には関わりたくないんだがな…」

 

やれやれ系巻き込まれ型(別タイプのテンプレ)転生者…!

 

「よく言うわよ。結構ノリノリで撃ち込んでたくせに。」

「えっ!?」

木之元(きのもと)…またお前か。」

 

木之元(きのもと) 菜都美(なつみ)

えっ、知り合い!?

 

「まぁ、良いわ。あたしも手伝ってあげる。

 『カトレア』!」

≪Set up!≫

 

…やっぱりみんな転生者だったかー。

 

「余計なお世話だ。…ケガするぞ?」

「なによー!もっと『幼馴染』を頼りなさいよね!」

 

なんか、結構属性多いなこの二人。

 

「危ないから言ってんだ。お前はおとなしく俺に守られてろ。」

 

コイツよくこんな恥ずかしいセリフ言えるなー…

それに、関わりたくないのか関わりたいのか分からん奴だ。

 

「いや、あたしの方が強いじゃん…」

「いやっ…それは…」

 

いや、お前の方が弱いのかよ!?

…って、しまった!

 

「二人とも、今はそんな事よりも木の根が!…えっ!?」

 

振り返ると十人以上のクラスメイトが思い思いのバリアジャケットに身を包み、

木の根を完全に抑えていた。

 

…これは、いったい…?

 

「そんな事…男の矜持が、そんな事…」

「よしよし、落ち込まないの。今度魔法教えてあげるから…ね?」

 

「流石に俺ん家が壊されそうなのを見過ごすことは出来んよなぁ…」

「管理局に目ぇ付けられるのは嫌なんだがな…」

「今の時期はまだ管理局に見つからないと信じようぜ。」

 

「まぁ?みんな出てきてるし?ここで出ないと腰抜けっぽいし?マジやれやれだわー!」

「お前これからそのキャラでやっていくつもりか?」

「…いや、やっぱさっきのちょっと無しで…」

 

「この街の危機に!俺、参上!」

「おまっ!バリアジャケットまでそんなデザインに…!?」

 

「わっ、カナ!随分凝ったデザインだね!?」

「ふっふっふ、デザイナーしてたのは伊達じゃないのよ!」

「良いなー!今度あたしのもデザインしてよ!」

 

「ついに来たな…この時が…」

「あぁ、影が日の下に晒される時…真の闇が胎動する…」

「我らも出よう。今こそ、変革の時!」

 

「やー、みんな張り切ってるねー。私は消極的に頑張ろうかなー。」

「君も私も、積極的には動けないでしょ。

 ちゃんと注意してなさいよ?こんな時に万が一があっちゃいけないんだから。」

「あーちゃんは固いなー。もっとリラックスしよーよー」

「朱莉が緩いのよ。」

 

なんか…濃いなぁ…

 

いや、とりあえず今の内にジュエルシードを…!

 

!結界が解除されて…今のは、フェイト!?

えっ、速っ…!?

 

それよりも中で何が…?

 

 

 


 

俺は結界を解除した先に見えた光景に驚きを隠せなかった。

 

「えっ、あいつ等…クラスメイトの!」

 

俺と同じような衝撃を受けたのだろう。木の根を攻撃している皆を見て、誰かが声を上げる。

 

黒髪や茶髪の(珍しく)普通の容姿の少年や、少女までも街への被害を食い止めようと動いている。

パッと見ただけでも10人以上は居るみたいだ。

 

「転生者ってこんなに居たんだな…」

「な…しかも、普通の容姿だ。」

「あぁ、羨ましいな。」

 

そうだよな…普通の容姿の転生者もいるよな。

見た感じ本当に()()()()()()()()()()()()()だ。つまり可愛い系の十分に整った顔だ。

()()()()()()だもんな…わざわざイケメンって願わなくてもああ言う顔立ちになれたんだよなぁ…

 

「あっ、みんな!さっきまで何してたの!?」

「なのは…」

 

既に木の根を抑えていたらしいなのはが俺達に気付く。

…そうか、なのはには結界に入ってくる手段が無かったのか。

 

…って

 

「なのは!ユーノは!?」

「うん…さっき狼さんの使い魔…?が来て、ユーノ君が足止めをしてくれたの。」

 

アルフ!さっき居なかったと思ったが…結界の外に居たのか!

 

「ユーノは無事か!?」

「ユーノ君は大丈夫だって言ってたけど…直ぐにどこかに消えちゃって…」

 

消えた…転移魔法か…!

 

「なるほどな…」

「あぁ、どうやら色々と早まってるみたいだな。」

「ん?…あっ、あの時(温泉街)のやつか!」

「えっと、何の話をしてるの…?」

 

っと、この場にはなのはも居るんだったな…

 

「いいや、何でもないぜ!?」

「そうだ、それより神宮寺がやられたんだ!」

「何処か寝かせられるところないか!?」

「神宮寺くんが!?大丈夫なの!?」

「あぁ、気絶してるだけだ。相手も命を取るつもりなんて無かったんだろう。」

 

まぁ、フェイトがそんなことする筈は無いしな。

 

「相手って…誰かにやられたの!?」

「えっ、えっと…まぁ、そうだな。」

「誰に!?」

 

…えっと、名前知ってるのもおかしいし…

 

「…初対面の女の子だった。うん。」

「同じ学校に居ない顔だったけど、同年代だな。うん。」

「金髪ツインテが特徴的だったな。うん。」

 

俺らって呆れる程に解りやすいな…こうしてみると良く分かるわ。

『うん』の後に『嘘()言ってない』って副音声で聞こえるもんな…

 

「それって…」

 

その時、落雷の様な轟音が鳴り響く。

俺達が音のした方角を見ると、まさに一筋の雷が大木をへし折る瞬間だった。

 

≪Capture≫

 

当然フェイトの仕業だ。

全力で突撃したのだろうか、体の周りを小さな雷が奔っている。

 

「…あの子?」

「あっハイ。」

 

どうやら早くもジュエルシードの封印を済ませたらしい。

 

「やっぱり速いなぁ…」

「あれに勝てるかなぁ…」

 

それな…俺達だけじゃなくてなのはが勝てないとストーリーが…

 

「…ちょっと話してくる!」

 

…へっ!?

 

「ちょっ、なのは!?…行っちまった…」

「どうすんだ!?流石に今のなのはじゃどうにもならないんじゃ…!?」

「どうって…追うしかないだろ…」

 

…だよなぁ。




今回登場した転生者は魔法を趣味に使いたい人が多く、
殆どは物語に積極的には出てきません。

まぁ、一部やれやれ系を装った積極的介入型もいますが…

「俺、参上!」と言った人は実はある目的を持っています。
それは実にしょうもない目的で、その為に
『サーチャーの精密操作』『超高性能な映像録画機能』等の特典を貰っています。

将来?ミッドで特撮でも作るのでは無いでしょうか?(適当感)



以下アンケートに関しての内容です。

アンケートに伴い、16話17話の擬音を減らしました。
ご協力いただいた皆様に改めて感謝…!

アンケートの結果は詳細には明かしませんが、
修正が入ったと言う事でお察しください!

活動報告にも記載しておりますので、よろしくお願いします!


修正内容に関するアンケートです。
(協力していただける方だけで大丈夫ですよ!)


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初めての決闘

遅れて申し訳ありません!
少し色々ありまして…

なのはvsフェイト初戦闘回です。

ついでに二人の秘密がちょっとだけ分かるかも?な回です。

今回若干文章の書き方を変えています。
色んな方の小説を読んでこうした方が良いかな?と言うものをいくつか試しております。
解り難かったり、前よりも変な感じになっていたらご指摘いただけると嬉しいです。m(__)m


結界を飛び出して先ず気付いたのは、周囲に転生者と思しき魔導士の集団が居た事だった。

 

…銀髪オッドアイだけじゃなかったんだ。

そんな納得も転生者も全て無視し、俺は大木へ翔ける。

 

大木を何周かして、核になっている二人の子供を確認。攻撃を当ててしまわない様に注意しながら突撃する。

 

「ハァッ!」

 

魔力を高めて繰り出したバルディッシュの一閃は、落雷の如き轟音を背後に、巨木を一撃で断ち切った。

 

≪Capture≫

 

ジュエルシードを封印して、俺は1人感慨に耽る。

何気に俺が自分の力で封印した最初のジュエルシードだ。

 

…やっぱり、人に持って来て貰う物じゃ無いよな。目的を果たすには、やっぱり自分の力で手に入れないと。

そう思いなおす。

 

…まぁ、わざわざ持って来てくれるのならありがたく奪わせて貰う心算ではあるが。

 

 

 

「ねぇ、あなたも魔導士なの?」

 

不意に、背後から声をかけられた。

 

「…あなたは?」

「私は高町なのは、ユーノ君の為にジュエルシードを集めてるの!」

 

振り向いて目にした顔は、前世で見慣れた高町なのはだった。

 

「…そう。だけどこれは私の物。私が封印したジュエルシード。」

「それをどうするつもり…?」

「…」

「言えないの?」

「…」

「言えないなら、このままジュエルシードをあなたに預ける事は出来ない。

 ジュエルシードは、本当に危ない物なんだって…ユーノ君が言ってたから。」

 

『ユーノ君の為に』、『ユーノ君が言ってたから』。

 

何故だろう。その言葉を聞く度に()の心は落ち着かなくなっていく。

 

「…あなたもジュエルシードを集めてるの?」

「そうだよ。全部集めて、ユーノ君に返すの!」

「いくつ?」

「…えっ?」

「あなたは今、いくつのジュエルシードを持ってる?」

「…5個、だよ。」

 

5個…今の私の手持ちよりも多い。

 

「このジュエルシードを含めて、私が今持っているジュエルシードは4個。」

「それって…」

「このジュエルシードが欲しいのなら、賭けて。あなたの持つジュエルシードを、1個。」

「…!」

 

今さっき封印したジュエルシードを、挑発するかのように掲げて見せる。

なんて事は無い。ちょっとした決闘(賭け事)の申し出だ。

 

「あなたが私に勝ったらこのジュエルシードはあなたの物。

 その代わり私が勝ったら…」

「…わたしのジュエルシードをあなたに1個渡す。…良いよ、勝負しよう。」

 

決闘の了承は得た。

ジュエルシードを改めてバルディッシュに収納し、構える。

なのはもレイジングハートをこちらに向けて準備万端と言った様子だ。

 

こうして正面から対峙して分かった事がある。それはなのはの魔力量と、その質の高さだ。

臨戦態勢に入ったからだろうか、なのはの内側からその圧力をひしひしと感じる。おそらく銀髪オッドアイ達よりも上だろう。

 

だが、なのはの速度は私よりも遥かに遅い。それは学校で暴走体を封印した際の動きで把握している。

気を付けるべきはその高い魔力を活かした強力な砲撃だが、そんな物は先手必勝で懐に潜り込めば何の脅威にもなり得ない。

 

…一気に勝負を決めてしまおう。

 

そう思い飛翔魔法を発動させようとした瞬間、世界の色が切り替わる。

 

「…これは、さっきの結界?」

 

さっきの銀髪オッドアイ達と交戦した時に展開された結界だ。

 

「二人が勝負するんならよ、封時結界は張っておいた方が良いと思ってな。」

「…あなたは?」

「俺は神谷 圭祐(けいすけ)。なのはの仲間だ。」

「…」

「心配すんな、俺は手を出さねーよ。

 元々戦闘はあまり得意じゃ無くてな…俺じゃお前にかすり傷一つ付けられねーさ。」

 

どうやら純粋に街の被害を心配して結界を張ったらしい。

…だが、私としてはどうしても確認しておきたい事がある。

 

「私が勝ったら、すぐに結界を解いて。」

「解ってる。…ったく、そんな警戒しなくても良いだろうに…」

 

警戒するなと言う方が無理な話だ。

『なのはの仲間』だと自己紹介したのはそっちなのだから。

 

…まぁ、構わない。結界を解除しないようなら、気絶させてでも解除して貰えば良いだけだ。

 

視線をなのはに戻す。

律義にもこちらの隙をついて砲撃してくる様子が無かったこの少女に。

 

 

 

結界によって区切られたこの空間には、風さえも吹かない。

だから、自分の鼓動の高鳴りが良く分かる。

 

私が最大のパフォーマンスを発揮できる、程よい緊張感だ。

 

 

 

「行くよ…レイジングハート!」

「…バルディッシュ!」

 

どちらとも無く仕掛ける。

互いがデバイスの名を叫んだのは、奇しくも全くの同時だった。

 

≪ディバインバスター≫

「っ!」

 

開幕で放たれた砲撃を紙一重で躱し、最短距離で背後に回り込む。

いきなりノータイムで必殺の一撃を繰り出してくる辺り、本当に容赦が無い。

 

≪プロテクション!≫

「速い…っ!」

 

…オートガードか。

なのははプロテクションが発動した事で、こちらが後ろにいる事に気付いたようだ。

 

だが、気づいて振り返った時には遅い。既に私はそこに居ない。

 

「っ!…くっうっ!」

 

再びの一閃。なのはは私の動きを一切掴めていない様だ。

 

戦いは始まって間もなく一方的な蹂躙に変わった。

なのははこちらの姿を捉える事も叶わず、ただ耐える事しか出来ていない。

…これではいくら高い魔力を持っていようと宝の持ち腐れだ。その自慢の砲撃は私に向けられる事も無いのだから。

ちらりと神谷と名乗った銀髪オッドアイの様子を窺う。

どうやら先ほどの言葉は真実だったらしく、悔しそうに拳を握っている以外に特別な動きは無い。

この状況ならば私の敗北は無い。5個目のジュエルシードは思ったよりも早く手に入りそうだ。

 

しかし、時が経つにつれてなのはの異常さが明らかになって行く。

 

「くっ!…うぐっ!」

 

最初に張られたプロテクションが未だに破れないのだ。

あれから何十回と攻撃が続いているのにも関わらず。

 

いや、それどころか大して衝撃も感じていないように見える。攻撃の度に呻く様な声は聞こえるが、だからといって守りが緩む事も無い。

確かにこの攻撃に割り振っている魔力は最小限で、単純な威力として見ればフォトンランサーよりも弱い。

その分速度に回し、手数と持続力を重視するコンセプトだからだ。

 

だが、いくら何でも魔法を覚えて間もない魔導士が何十回も耐えられるほど弱くはない。

それは唖然としている銀髪オッドアイの様子を見ても明らかだ。

 

…ざわりと、私の心に焦りが生まれる。

 

このまま私の息切れを待つ心算なのか、それともこの間に速度に慣れる心算なのか。

どちらにしてもそうなれば追い込まれるのは私だ。

神宮寺達との連戦で魔力の残量も心許無い…ここは少し無茶をするべきだろうか。

 

僅かな逡巡の後、賭けに出る事を決心して()()()()()

 

≪Defenser≫

 

急に守りを固めた私を、なのはは怪訝そうに見つめる。

 

≪Round Shield≫

 

手を正面に翳し、更に守りを固める。

なのはは私の行動の意図が掴めず、プロテクションを維持したままだ。

 

…どうかそのまま守りを固めていて欲しい。そうしていなければ()()()()()()()()()

 

≪Blitz Action≫

 

私の魔力が高まる。

以前この魔法を時の庭園で使用した時、私は一度大怪我をしてリニスに怒られた。

守りを固めて漸く使える魔法なのだ。

 

本来瞬間的に速度を上げるだけのこの魔法は、私の速度と相まって必殺の一撃になっている。

だから…注意を呼び掛ける。

 

()()()()、聞いて。」

「二人…?」

「…へっ?…俺もか?」

「そう。今すぐ可能な限りの全力で防御を固めて。」

「う、うん…」

≪Protection≫

「お、おぅ…?」

≪Circle Protection≫

 

「そのまましっかり守りを固めてて。でないと、本当に危ないから。」

「!」

 

そして、私はなのはの直ぐ横を≪ただ通り抜けた≫。

 

「へっ?…うあぁっ!!」

「う、おおぉ…!?」

 

ただし、暴風と雷…そして熱と衝撃波を伴って。

魔力変換資質の影響で発生した雷以外は全て超音速で物体が移動すると発生する現象だ。

距離があったからか神谷のサークルプロテクションは維持されているが、なのはのプロテクションは破壊された。強い衝撃を受けて体勢も大きく崩れている。だが、()()()()()()()()()()()()()()。ここから追撃を仕掛けなくては…!

 

「う、ぐぅ…っ!!」

 

私自身少なくないダメージを受けている。ディフェンサーとラウンドシールドの2重の防御でもこの反動は防ぎきれない。

短い間隔で2回使った事も影響しているのだろう。

軋むような痛みを訴える身体を強引に動かし、なのはに振り向く。

 

「ああぁぁっ!」

 

そして悲鳴の様な掛け声とともにバルディッシュを振り抜こうとした瞬間―

 

プッタウ(Put out)

「…えっ?」

 

珍妙な発音と共にジュエルシードがレイジングハートから飛び出した。

 

「レイジングハート!?」

「…あなたのデバイスが、これ以上の戦いを望まなかった。

 私の勝ちだね。」

 

バルディッシュでジュエルシードを回収する。

なのはを見れば負けて落ち込んでこそいるものの、ダメージで言えば私の方が大きいだろう。

…本当に頑丈な子だ。早急に対策を練らなければ。

 

「…うぅ。」

「…ゴメンね。」

 

落ち込んでいる姿に、自然と謝罪の言葉が出てくる。

もちろん、ただ落ち込んでいるからの言葉ではない。少し、彼女のデバイスについて心配事があったからだ。

 

「えっ!?」

「あなたのデバイスを、壊してしまったかもしれない。」

「嘘っ!?レイジングハート!?」

ノーゥプロブレン(No Problem)

 

やっぱり…

 

「…発声機構に影響が出ているみたい。

 でも大抵のインテリジェンスデバイスには自己修復機能があるから、しばらくすれば直る。安心して。」

「えっ…?あっ!…これは、あの、元々なので…」

「…………そう。」

「…」

 

気まずい沈黙が流れる。…心配して損した。

 

「…今は帰る。でも、いずれはあなたの持っているジュエルシードも全部もらう。」

「…私も…次は、負けないから…!」

 

なのはの目に恐怖の色は無い。

この様子なら、本当に次は危ないかもしれない。未だに軋む四肢が危機感を煽る。

…家に帰ったらリニスに魔法を教えてもらおう。

 

「またね。」

 

一方的に告げて()は飛び立つ。

なのはの「うん、またね。」と言う声を背に、振り返らずに。

そして思い出したように結界が解除され、俺は無事に家に帰る事が出来たのだった。




この後滅茶苦茶リニスに叱られた。

フェイトさんの全力のブリッツアクションは一日一回使うだけならそこまで負荷はかかりません。(でもリニス的にNG)
二回目は四肢が悲鳴を上げますが、少し休めば普通に動く分には問題ない程度。(普通に危険なためNG)
ただし三回目は意識が飛んで、慣性のままに自分も飛ぶ。(絶対NG)

神宮寺の敗因を簡単に言ってしまえば、全力のプロテクションを速攻で破壊されたからです。
身も蓋も無い言い方をすれば自爆ですね…

フェイトさんが若干デレた理由は
1.フェイトさんが本気を出す必要があるレベルまで追い込んだ。
2.通常時の速度に完全に対応されたと判断した。
3.自分の能力の活かし方を理解していた。
4.転生後の世界を現実として認識していた。
が主な理由です。

因みに1の条件を満たした時点で若干心を開きますが、4の理由を満たしていないと即心を閉ざします。

なのはの秘密に関しては察しが良い人は多分答えまで到達したと思います。
フェイトの秘密は多分察した人も居るかなぁ…?と。

あまりポロポロ設定零すのもなんだかなぁ…と思うのでこのくらいで。
解った人も感想欄に書くのはほどほどにお願いします!答えにくいので!



以下前回のアンケートについてです。興味の無い方は飛ばしていただいて大丈夫です!

アンケートにご協力いただきありがとうございました!

結果がなかなか難しい事になってますね…
詳しい票数は伏せますが、『今のくらいで良い』がダントツでトップ。
続いて『やや多く感じる』と『もう少し多くても良い』がほぼ同じ、最下位も『多く感じる』『前のが良かった』がほぼ同じでした。

真逆の意見の票数がほぼ一致している場合どうするべきなのか考えた結果、
一旦現状維持にしておいて、一期分が終了した後で必要な箇所は手直しして行こうかと。(問題の先送り)

重ね重ね、貴重なご意見ありがとうございます!


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気付く

今回の話でフェイトさんの秘密は多分殆どの人にバレると思います。

何でこんな事になったのかはまだ後でですが。


‐1/9 0:20 追伸‐

自分でも何でやらかしたのか分からないミスがあったので修正しました。
…寝る前に気付けてホント良かった…(予期しないタイトル回収)


「…またね。」

 

こちらを振り向く事無く飛び去って行くフェイトの背中に、一言声をかける。

返事を期待した訳ではなく、呆けていた俺の口からただ出ただけの言葉だった。

 

 

 

…負けた。

 

勝負にすら、なって無かった。

 

悔しいという感情さえ湧かない程の圧倒的大敗。

 

違和感は感じていた。

俺の持っている原作知識の映像と実際に見たフェイトには、見比べれば一目瞭然と言うほどの差がある。それは速度に関しても勿論そうだが、何よりも眼が全くと言って良いほど違った。アニメのフェイトは感情の動きを表に出す描写が少なく、特に最初は機械のように無表情な印象だった。

対して今さっき戦ったフェイトの眼からは…特に最後の追撃時の叫びからは、強い執念の様な物を感じた。決意でも覚悟でも無い、混じりっ気の無い『絶対に勝つ』と言う執念。

 

きっと俺はまだ、心の何処かでこの世界を甘く見ていた。

俺はなのはの能力がある()()でこの世界を戦い抜ける(生き残れる)と思い込んでいた。

 

でも違う、当たり前だ。

なのははいつだって全力全開で戦っていた。

自分の全部を出し切るような、後先を考えない正真正銘の全力で。

 

…俺はどうしても後先を考えてしまう。先を知っている分、それを無視できない。

 

もしかしたら俺は…なのはのように全力全開で戦えないんじゃないか?

不安が過ぎった。

 

 

 

「…はぁ、あれがフェイトの全力か。」

「!…神谷、くん。」

 

そう言えば神谷も居たんだった。かっこ悪いところを見せちゃったなぁ…

 

「ゴメンね、勝てなかった…」

「ん?…あぁ、ありゃしょうがねぇよ。明らかに俺達とは練度が違う。」

「…うん。」

 

あのフェイトは多分、俺と同じ転生者だ。ただし、俺と違ってしっかり鍛えられている。

シンプルな努力の差に俺は負けたんだろう。

 

「強くならないとね…」

「あぁ…そうd「おい、神谷ぁ…」!?」

 

何かと思って振り向くと、怒りの形相を浮かべた銀髪オッドアイ達に囲まれた銀髪オッドアイ(神谷)

え、なに?

 

「お前…フェイトとなのはの戦いを一人だけ特等席で楽しむとは、良い度胸だなぁ…!」

 

あぁ、封時結界内に居ないと思ったら…

 

「ま、待て!俺は二人の邪魔をする奴が入らないようにだな…!」

「ほぉ…俺達がそんな無粋な事すると思ってんのかぁ…?」

「おち、落ち着けって!デバイスで映像は()()()()()()()()()!」

「お前…オリンピックを生で見るのと中継映像で見るのと…どっちが好きだ!?あぁん!!?」

「ヒィッ!?」

「…とは言え、映像があるならまぁ見せてもらうぜ。結局生で見た後は録画も見るもんだしな。」

「アッハイ…」

 

何というか、カツアゲの様な光景だ…

 

…待て、今神谷は何て言った…?

 

()()()()()()()

 

「神谷くん!今の本当!?」

「エッ、ナニガ!?」

 

お前、声が…

 

「さっきの映像、全部撮ってたって!」

「ウン」

「…えっと、落ち着いて深呼吸して…?」

「スー…ハー…」

 

「落ち着いた?」

「あぁ…大丈夫…」

「…俺も悪かったよ。流石に怒鳴りすぎたかもしれねぇ…」

「いや、逆の立場なら俺も文句の一つも言ってただろうし…」

 

仲直りが出来たのは良かった!でもそうじゃない!

 

「まぁ…今度なんか奢るからよ、とりあえず映像を見せてくれ。」

 

そう、それ!

 

「神谷くん、私もお願い。」

「あぁ、それは勿論良いんだけど…まずは何処か落ち着けるとこ行こうぜ。流石にずっと飛んでるのもな…」

「…それもそうだな。」

 

さっきの戦闘…と言って良いのか分からないが、あの光景を第三者の視点から見れる!

正直俺の主観では前半何があったのか殆ど解って無かったからな…もしかしたら癖や弱点の一つくらい見えてくるかもしれない…!

 

 

 

「まぁ、ごく普通の家だけど上がってくれ。」

「お邪魔しまーす」

「へぇ…」

「ここが」

「神谷の家か」

「なんて言うか…な?」

「へへっ、あぁ…な?」

「な、なんだよ…」

「「「「「「「「「「「「「「「「「いや、普通だなって」」」」」」」」」」」」」」」」」

「…お前ら今から帰るか?」

 

相変わらず神谷を弄る時の連携凄いな…

 

「そう言えば神谷んとこって…『居ないタイプ』?」

「あぁ…自分で選んだ事とは言え、時々『居るタイプ』が羨ましく感じる時があるよ。」

「そうか…まぁ、なら見られる心配もないか。」

「まぁ、今となっては数少ないメリットなのかもな。」

 

居る居ないと言うのは神谷の親の話だ。

なのは()に気を遣っているのだろう、こう言った会話をしている光景を時々見る。

 

「さて、上映会と行こうぜ!」

 

カーテンを閉め切り、薄暗くなった神谷の部屋。

神谷のデバイスが映写機のように先ほどの光景を映し出して行く…

 

 

 

ついさっきの光景だ。鮮明に覚えている。

絶え間無く響くスパーク音と、プロテクションが攻撃を弾く音。

その映像の中で高町なのはは実に()()()()()姿を晒していた…

 

「こ…これが…」

「どうだ?思っていた程、良い光景じゃないだろ?」

「…そうだな。見ていて気分が高揚するような光景では無いな…」

 

映像が進む度に口数は減って行き、最後の瞬間がやってきた。

 

『≪Defenser≫』

『≪Round Shield≫』

『≪Blitz Action≫』

 

次の瞬間…なのは()を正面から見据えていたフェイトは、雷の軌跡のみを残してなのはの後ろに居た。

一瞬遅れて響く轟音。

落雷の様な、爆発の様なその音は攻撃の威力を物語るには十分だった。

 

「…やべぇな。」

「あぁ…あの様子から見て流石にノーリスクと言う訳じゃない様だが…」

 

本当にヤバいな…まさか、俯瞰で見ても攻撃の瞬間が見えないとは思わなかった。

あのフェイトに勝たなきゃいけないのか?俺が?本当に?どうやって?意味の無い自問ばかりが頭に巡るが、答えが出る気がしなかった。

 

「どうしたら勝てるんだろう…」

 

思わず口から弱音を溢してしまい、部屋は再び静まり返る。

 

「…勝てるかどうかは分からないが…」

 

静寂を破ったのは、最もフェイトを追い詰めたであろう神宮寺だった。

 

「それでも対策として一つ…いや、二つだけ案がある。」

 

皆の視線が集まる。その誰もが目に諦念と希望を宿していた。

 

「一つ…と言っても、これは前提条件だが…フェイトにブリッツアクションを使わせない事だ。」

 

当たり前のことを言い出す神宮寺。その為にどうすれば良いのかを考えているのだ。俺の中の諦念が強まるのを感じる。

 

「これは多分、皆が想像している事よりも単純だ。」

 

単純?

 

「フェイトはブリッツアクションを使う前に、ディフェンサーとラウンドシールドの二重の防御を必ず行う。そうしなければ自滅してしまう事を知っているんだろう…おそらく実体験を以て。」

 

確かに解りやすい前兆だ。こちらが仕掛ける時間もあるだろう。だが、その間フェイトは守りを固めている。明確な隙は無く、防御を打ち抜く強力な砲撃を放つ程の時間も無い。

そんな考えが表情に出ていたのか、神宮寺が真っ直ぐ俺を見て言った。

 

「使うのは砲撃じゃない。バインドだ。」

 

あぁ、確かにバインドならフェイトも躱さざるを得ない…!捕まえる事さえ出来れば攻撃は防げるし、強力な砲撃だって…

 

「神宮寺忘れたのか?俺達がフェイトと戦った時、フェイトはバインドの前兆を見抜いて躱してたんだぞ。下手にこちらが守りを崩せばその隙を突かれる。」

 

フェイトそんな事も出来たのか…これじゃあ負ける理由が変わるだけ…

 

「それで良いんだ。要はフェイトが簡単にブリッツアクションを使えないと考えてくれればそれで良い。」

 

話が見えてこない。フェイトは通常時の速度だって恐ろしく速い…だが守りを固めればブリッツアクションが来る…神宮寺の言う対策は既に破られているんじゃないのか?

 

「そこで二つ目の案だ。俺もさっきまで気づかなかったよ…なのはと神谷のおかげだな。」

「…私と神谷くんの?」

「あぁ、俺達はスピードにばかり目が行って失念してたんだよ。通常時のフェイトはただデバイスで切りかかっているだけ…単発の威力は決して強くはない。ただ、凄まじい手数を持っているだけだったんだ。」

 

そう勿体付けて神宮寺は神谷に映像をもう一度再生するように言う。

 

「肝心なのはだ、通常時のフェイトの攻撃に()()()()事だ。」

「癖…!?」

「パターンと言い換えても良い。そう言って良いほどに明確な法則がある…と、ここからだな。」

 

神宮寺の言葉を聞きながら映像に目を向ける。

 

「先ず最初。フェイトの驚異的な点は初撃の速度だ。静止した状態からトップスピードになるまではほんの一瞬。だから攻撃を見破れないと思い込んで防御してしまう。」

 

確かにあの速度を見破れないなら防御するしかない…でも法則があるのなら…!

 

「一時停止できるか?…良し止まったな。雷が軌跡を描いているから分かりやすくて良いな。」

 

映像はフェイトがなのは()の砲撃を躱しプロテクションにバルディッシュの魔力刃を叩きつける瞬間で止まっている。背中から長く伸びた尻尾の様な雷が、その速度と軌跡を解りやすく教えてくれている。

 

「この軌道を見て分かったんだ。フェイトは攻撃時、敵の左側を最初に狙って攻撃する癖がある。」

「いや見た感じじゃほぼ背中だけど…?」

「ああ、原因はなのはの砲撃だ。」

「ディバインバスター?」

「フェイトだって()()()()そうそう直撃したくない。だから当然躱して攻撃しているんだが、俺の時にもあったんだよ。俺の王の財宝を躱して、その勢いのまま攻撃して来ようとした瞬間が2回。」

 

あんな物って…

しかし2回…俺の分も含めて3回か。信憑性としては何とも微妙な…

 

「全部フェイトから見たら敵の右上から強襲する構図になる。」

「そう言われれば…俺の時も最初は左から衝撃が…」

「あぁ、それでその次に攻撃されたのは…」

「真後ろ…だったな。」

「そうだろ?フェイトはこの方向から突撃し、相手を中心に反時計回りで周回しながら連撃を叩きこんでいる。…映像を再生してくれ。」

 

言われてみれば確かにフェイトの動きは反時計回りだ…それにこの動きは…

 

「…そうか。攻撃する個所を限定して、プロテクションにかかる負荷を偏らせていたのか…」

「解りやすく言えば一点突破の集中攻撃だ。鎌と言う形状も利用してるな。先端の一点が同じ場所に正確に叩きつけられている…」

「この動き、随分練習したんだろうな…癖になっちまうくらい…」

 

何がそこまでさせたのか…こうして暴かれたフェイトの戦い方は、魔導士と呼ぶにはどこか歪な物だった。

だが、癖があるのならば神宮寺の案もそれを利用した攻撃のはず。

そう思って振り向いた神宮寺の顔は…何かとんでもない間違いに気付いたような…信じられない現実に直面したような…唖然とした表情だった。

 

 

 


 

俺の予想は当たっているはずだ。フェイトとなのはの戦いの映像を眺めながら、改めて思う。

 

俺が見つけたフェイトの癖をなのはに伝えたのは、なのはにここで折れて欲しくなかった事ともう一つ。

なのはにフェイトの協力者になって欲しかったからだ。

 

今のフェイトは、何故か分からないが暴走している。何かを自分だけで背負っている。

誰にも言えない悩みと焦燥を、俺はあの戦いの中で感じた。

 

映像で見るフェイトからもそれを感じる。…いや、俺と戦っている時よりももっと強い焦燥がある。

なのはのプロテクションが固いからか…?それには俺も驚いたが…どこかそれとも違う気がする…

 

 

 

…ふと、映像のフェイトに違和感を感じた。()()()()()()()()()と、()()()()()()には…どこか致命的な矛盾があった。

酷く曖昧で、でも絶対に有り得ない…そんな強烈な違和感。

 

それは、フェイトがバルディッシュを振り上げるたびに強くなって…

 

やがて今まで感じた事も無いような衝撃を伴い、俺の中で繋がった。

 

俺が違和感を感じた正体は、フェイトがバルディッシュを握るその手だった。

()()()()()()()()は問題なかった。あの戦いは今でも鮮明に思い出せる。

 

だが、今目の前の映像の中に居るフェイトは…さっきまでなのはと戦っていたフェイトは…

 

 

 

()()()…?




多分、ほとんどの人がフェイトさんの秘密について分かったと思います。

こうなった原因に関しては一応いくつか描写済みです。
もしくは描写してない事がヒントだったり…?

因みに、

この時点で神宮寺はフェイトからの伝言をまだ受け取っていません。(かわいそう)


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代償

こっそり過去話を修正しました。
内容は変えていませんが、『~○○の○○~』みたいな感じで視点切り替えしていたのを、


↑で統一しただけです。

こんな機能がある事を今まで知らなかった…
誰の視点か解り難くなるようなところには誰視点か解るように文章を追加していますが、内容には一切影響が無いので読み返す必要は無いです。


左利きのフェイトが戦う映像を見つつ、俺の胸中は穏やかとは言い難いものだった。

 

フェイトの利き手は確かに右利きだった。これは原作がそうだとかではなく、俺が実際に戦ったフェイトもそうだった。

フェイトはバルディッシュを両手で握るが、俺の時は右手が上…右利きの握り方だった。

しかし映像で見たフェイトは、その握り方が逆だった。

攻撃時の回転方向が同じなのに振りかぶる動きが違うのはそのせいだったんだ…

 

「…ん……じ……?」

 

そうなるとフェイトが途中から左利きに変わった事になる。その理由は分からない。

分からないが、フェイトと左利き…この二つを結びつけるピースは知っている。

 

…唐突にフェイトの眼を思い出した。焦燥と、誰にも話せない悩み…

…そう言う事なのか?もしもそうだとしたら、今のフェイトはどうなるんだ?

 

「……ぐう……ん!神宮寺くん!」

 

…!この声、なのは…?

 

「あぁ、すまん。ちょっと考える事があってな…」

「…大丈夫か?何か凄ぇ顔してたぞ?」

「大丈夫だって、それよりも今はフェイト対策だ!」

 

…俺は結局、思い至った内容について話す事が出来ず誤魔化してしまった。だが心配してくれたなのはには悪いが、これはあまり軽々しく話せる内容じゃない。

そもそもこの推測が当たっているのかだって分からないし、もしかしたらただ右手にダメージを受けていただけなのかもしれないのだから。

…また、あの眼が脳裏を過ぎった。

 

 

 

…大丈夫なんだよな?フェイト…

 

 

 

「あ、そう言えばフェイトからお前に伝言預かってるんだった。」

「えっ?ちょ、おま…」

 


 

なのはとの戦いの後、借りているマンションに着いた時だった。

 

「フェイト!ごめんね、間に合わなくて!」

「アルフ?そう言えば結界の外に居なかったけど…」

「ちょっと色々あったんだよ…転送魔法で強制転移させられてね…」

 

エレベーターに乗る寸前にアルフが合流した。

しかし強制転移?…それが出来るとすればユーノか、あの時居なかった他の転生者か…候補が多すぎるな。

部屋に向かいながらアルフと何があったのか話す。

 

「大丈夫だった?」

「あぁ、あいつもどちらかって言えば時間稼ぎが目的だったみたいでね。

 怪我なんかは特に無いよ。」

「そう。」

 

相手が誰だったのかはどうでも良い。アルフに怪我が無いのなら何よりだ。

アルフが話す内容は結界の外で起こった事と、俺の救援に来れなかった謝罪が大半だった。俺は謝罪に対しては「結果的にジュエルシードが2個も手に入ったから問題ない」と、気にしていない事を告げる。

その後も話を続けるうち、アルフが何かに気付いたように切り出した。

 

「…そう言えば、右手どうかしたのかい?」

 

最初は何のことを言っているのか分からなかった。

 

「…私?」

「あぁ、ほら。バルディッシュを左手で持ってるからさ、フェイトこそ怪我したんじゃないのかって…」

「え…あ、ホントだ…」

 

()()()()()()、俺はバルディッシュを左手に持っていた。

何時からだろう。ジュエルシードを封印した時は右手に持っていたはずだけど…

 

「いや『ホントだ』って…怪我とかしてないだろうねぇ?右手見せてごらん!」

 

そう言って半ば強引に俺の右手を取るが…

 

「うーん…別に、なんとも無いみたいだね…?」

「うん、怪我は特にしてないよ。」

「…にしては、バリアジャケットは結構ダメージ負ってるみたいだけど…?」

 

不味い…

 

「何でもないよ。ちょっと相手の中に強い人が居ただけで…」

「ブリッツアクション…使ったね?」

「ぇぅ…」

「…」

「…」

 

やはりバレてしまった。

あの技を使った際の反動は、バリアジャケットも傷付けてしまう。俺には分からないがそのダメージの付き方は結構特殊らしく、アルフやリニスには見分けが付くのだとか。

 

「…はぁ、あたしもこんな事言いたくは無いんだけどさ…

 いくら速く飛ぶのが好きでも、あの魔法を使うのはやめておきな。

 リニスにも危険だって言われただろう?」

「…うん。」

 

話している内に住んでいる部屋の前まで来てしまった。

部屋にまだ入らないのはリニスには黙ってくれると言うポーズなのだろう。

 

「フェイトが庭園でアレを最初に使った時、あたしは生きた心地がしなかったんだからね…?」

「…うん。」

 

アルフは心配そうに注意してくれるのだが…肝心の俺は、実のところ()()()()()()()()()のだ。

ブリッツアクションを使った瞬間は覚えている。だが、直後に凄まじい痛みを感じてからの記憶が無い。

気付けばカプセルの中で治療を受けていて、アルフとリニスが泣きそうな顔で俺を見ていた。だが、その後の事は良く覚えている。リニスに泣きながら説教されて、ブリッツアクションは使用を禁止されたのだ。

 

…そう言えば、あの日は母さんが珍しく研究室に行かなかったな。心配してくれていたのかな。

 

その後さんざん頼みに頼み込み、食い下がりに食い下がり…何とか練習する事を許可して貰った。

仕方が無かったのだ。速く飛ぶ魔法なんてものがあるのなら使ってみたいと思ってしまったのだから…

そしてリニスの監視の下&防御魔法を多重にかけて、ほんの少しずつ速度を上げると言う微調整を繰り返し『余程の事が無ければ』使用を禁止まで譲歩して貰った。

結果として自分が今出せる最高速度の線引きは出来たし、おかげで神宮寺に勝つ事も出来た。

だから…

 

「…でももう大丈夫。ちゃんと使えたから。」

「全く…

 …あれ?そう言えば、ブリッツアクション使ったにしてはあの音がしなかったね?

 あれ使うと衝撃波でとんでもない爆音が響くのに…フェイトって封時結界とか使えたっけ?」

「…!」

 

あっ

 

「いや、なんだいその汗は…あんた、まさか…!

 そもそもアレは衝撃波が危険だから人に向けて使うなってリニスが…!」

「そ、それは…あの時神宮寺に勝つにはそれしか方法が無くて…!」

 

そう、あれは人に対して使うなと注意されていた。『余程の事』と言うのも使わなければ命の危険に関わるものを想定しており、非殺傷設定の戦闘での使用は許可されていない(次元犯罪者の様な相手なら場合によってはあり)。だが待って欲しい、神宮寺の時は本当にあれしか解決策が無かったのだ。

 

「…そんなに強い相手だったのかい?フェイトには絶対的な速度があっただろう?」

「…速度は私の方が絶対的に上だよ。だけど、上手く誘導されて対応されて…」

「そりゃ相手も相当のやり手だねぇ…使わないと負ける程か。」

 

…神宮寺か。結局あいつにはブリッツアクションが無ければ負けていただろうな。あの時の俺の選択肢はブリッツアクションで神宮寺のプロテクションを破壊し、魔力刃の爆発による魔力ダメージに賭けるしか無かった。

それはつまり、通常状態の俺の速度に完全に対応されたと言う事。

神宮寺には『考えておく』と伝えるように言ったが、俺としては正直『よろしく』と伝えても良かった。それだけの力を見せてくれた。

正直に『よろしく』と伝えなかったのはアレだ…直前に『出来ると思ってるの?』と啖呵切ったのに完全に対応されてしまったから正直に成れなかったと言うか、意地を張ってしまったと言うか…

我ながら()()()()()()意地の張り方だな…以前はここまでじゃなかったと思うんだが。

 

…そう言えばなのはの時も変な意地を張ってしまっていたな。

あまりに守りが固いからって、正面からプロテクションを破壊する事に躍起になって…

もっとカウンター主体に切り替えるとか、バインドを駆使するとか色々有っただろうに…

 

「…相手は生きてたんだろうね?」

「それは大丈夫。()()ともちゃんと無事を、確認…し…た…」

 

しまった、なのはの事を考えていたからか口が滑った…

…アルフの眼が怖い。

 

「フェイト…あんた、アレを三回も使ったのかい!?」

「違う、二回だけ!」

「本来は一回でもアウトなんだよ!」

 

そう言って勢いよくドアを開けて部屋に入って行ってしまった。

 

「待っ…!」

「リニスーー!リニスーーーー!!」

 

 

 

…この後めちゃくちゃ怒られた。




神宮寺に明かされる衝撃の伝言!
伝言が伝わった後の事は本編にあまり影響を与えませんが、神宮寺は無言で拳を突き上げた事は明記しておきます。

リニスに怒られるフェイト…流石に2回は不味かった…
流石にあの技を無闇矢鱈に使う事をリニスは推奨しません。対人戦では特に。
使い手にも危険ですし、魔力ダメージ以外の要素が加わるので非殺傷に出来ませんからね。

リニス「フェイト、ブリッツアクションは使うなよ!」
フェイト「了解、ブリッツアクション!」

最初にブリッツアクションを使った時の状況はフェイトが時の庭園に一度帰る辺りでやるかもです。


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環境の変化

今回は戦闘無し。
時系列はアニメで言う所の4話です。


フェイトとの初戦闘を終えて数日が経過し、俺達の生活は激変した。

分かりやすく表現すれば、第一次修行ブームと言った所だろうか。

 

理由は2つ。自分の実力不足を痛感した事と、()()の結果神宮寺が明かした情報だ。

フェイトが伝言にと残した『考えておく』と言うメッセージを伝えた途端、神宮寺は無言で拳を突き上げたのだ。当然周りの銀髪オッドアイから事情を事細かに問い質され、それは判明した。

 

果たして「フェイトの速度に対応すれば親しくなれる(かもしれない)」と言う情報は、ある種の起爆剤として十分すぎる成果を上げたのだった。

 

そして今も転生者の皆は神谷の持っている映像や、神宮寺の実体験を基に訓練を行っているのだが…

 

「なのはちゃん?どうしたの?」

「ううん、ちょっと考え事。」

 

今俺は皆と離れて月村邸にてお茶会の最中だ。

俺自身先の戦いで力不足を痛感したし、訓練に専念したい気持ちもあるにはあるが優先順位と言う奴だ。月村邸にジュエルシードが無い事は以前確認したのだが、見落とした可能性はどうしても0にはならない。念の為と言う事もあるし、警戒は怠っていない。

…それに友達からのお誘いだ。訓練も大事だが、この二人との関係もそれ以上に大事にしていきたい。

 

ただ一つ、問題があるとすれば…

 

「あー、もしかして()()()()()()()()?」

 

そう、魔法がバレたのだ。…しかもかなり広い範囲で。

 

原因は少し前に封印された大木のジュエルシードだ。

ただでさえ目立つ大木の出現に、30人近い人数の魔導士が空を飛んでいるところまで見つかった。しかも大量の銀髪オッドアイは元々ちょっとした都市伝説扱いだったのに、更にそれが空を飛んだのだ。

 

俺達が気付いていない内に写真が撮られ、遠くからではあるがTVカメラにも撮られ、週刊誌や朝のニュースで忽ちにして全国拡散。隠す隠さないの事態ではなくなってしまった。

前世のようにSNSが普及している訳でもないのに恐ろしい情報伝達速度だ、管理局が来たら驚くだろう。ごめんなさい。

 

「えっと…あはは…」

「いや、学校でも話してくれたじゃない。…もう隠す必要も無いでしょ?話してみなさいよ。」

「う、うん…」

 

朝のテレビで俺が木の根に対してディバインバスターを撃っている光景は、翌日朝のニュースで流された。もちろんプライバシー保護の為映像が加工されているが、俺の『制服ほぼそのまんまなバリアジャケット』と『モザイクを貫通する銀髪オッドアイ』のせいで近所の皆には即バレた。

結果的に学校の先輩や後輩に質問攻めだ。クラスメイト?みんな転生者だったからむしろ反省会ムードだ。…一部の人は寧ろ現状を楽しんでいるようだったが。

俺も丁度良い機会だったし、アリサとすずかに色々話していた。

 

「…金髪の強い魔導士かぁ。」

「皆それで修行中なんだ…もしかして、今日のお茶会迷惑だったかな…?」

「そんな事無いよ!私の場合、魔力量を増やすよりも戦い方を工夫した方が良いみたいで…」

 

これはユーノと二人で修行している時に発覚したのだが、俺の持つ魔力が異常に多いのだ。AAAクラス魔導士に匹敵すると言う転生者よりも遥かに多いらしい。神谷が持っている映像を見たユーノが言うには、あの時フェイトにプロテクションが破られなかった理由は単純に出力が桁違いだったからだとか。

…丁度周りに転生者が居ない時で良かった。居たら速攻で転生者である事がバレていただろう。

そんな事もあって魔力を増やす修行も行うが、それ以上に戦い方を工夫すると言う方針になったのだ。

 

「それにしても、クラスメイト皆魔法使いだったって言う方が驚きよね?」

「私達みたいな普通の人の方が浮いちゃってるよね。」

「えっと、ゴメンね…?」

「いや謝る事じゃないし、謝られても困るんだけど。」

「でも私達教室で普通に作戦会議しちゃってるし。」

「あー、あはは。確かに会話には入り難いかも…」

 

魔法の存在がバレてしまった以上隠す必要も無いと言う事で、授業中以外の教室は俺達にとっての会議室になった。広さ、手軽さ、椅子の数…全てにおいて理想的だった。結果として最近この二人と話す機会も減ってしまったのだ。

 

「…うん、でもなんか安心した。」

「え?」

「そうだね。なのはちゃんずっと一人で抱え込むタイプだって思ってたから。」

「…なによ、その表情。気づいてないと思ってた?あんたって結構顔に出るタイプなんだから、直ぐに解るわよ。」

「えっと、その…ご心配おかけしました…?」

「かーたーい!」

「あはは、ゴメンね。」

 

魔法の存在は世間にバレてしまったが、それがどんな方向へ向かって行くのかは分からない。

原作より良い方向へ向かうのか、どこかで帳尻が合わさって然程変化を与えないまま終わるのか。…あるいは、何かしらの事件を生んでしまうのか。

でも、少なくとも俺は少し気が楽になった。少なくともこの二人に隠さなきゃいけない事は一つ減ったのだから。

…だから、この変化が何か悪いモノを生み出すのならそれと戦おう。せめて、このささやかな安息を守るために…

 

 

 


 

何処かのマンション。

そこの住人達は食卓を囲みながらテレビを見ていた。

 

 

 

『…このように、多数の少年少女が空を飛び…光線を放つ姿が映像に残っておりますが…』

『子供が個人の力で空を飛ぶ…まるで映画やアニメの世界ですな。』

『同人製作のCGでは無いですかね?流石に魔法などと言う非科学的な物よりも信憑性があるかと思われますが…』

『単純なCG合成とするには、準備にかかる時間が足りないかと…CGとしても、今の技術でここまでリアリティを出せるものかどうか…』

『少なくともこの大木が突然現れた事は間違いないでしょう。現地のアスファルトや建造物の受けた被害が、あの大木の存在を証明しております。』

『あなたはいつもそうやって科学を否定し、オカルトに持ち込む…!』

『科学を否定しているのではなく、真実を肯定しているのです!』

『えー、議論が白熱しておりますが、ここで一度CMを跨ぎたいと思います…』

 

 

 

「あっちゃぁ…完全にバレちゃったねぇ…」

 

食卓を囲む内の一人、アルフが頭に手をやり椅子の背もたれに仰け反る。

 

「まぁ、仕方ないでしょう。結界を張れる魔導士がフェイトと交戦中だったと言う話でしたし…ね?」

「…これに関して、私は悪くない。結界を張ったのは向こう側。」

 

リニスが真意を窺うようにフェイトを見遣るが、フェイトは拗ねたような表情と声色で我関せずを貫いている。怒られたことが多少堪えているようだ。

 

「まぁ、そう言う事にしてあげましょう。しかし、あちらも人数の割には不用心ですね?結界魔法を使える人材が一人だけとは思えないのですが…」

「…あ゛っ!?」

「…アルフ、今度はあなたですか?」

「いや、あたしは強制転移を受けただけだよ!?ただ、相手の魔導士…って言うかフェレットみたいな奴なんだけど…あいつ結界張ってたなぁって…」

「揃いも揃ってあなた達は…私が動けないのが実にもどかしいですよ。」

 

よりにもよって信じて送り出した二人がそれぞれ結界魔導士を足止めしていた事実にリニスは頭を抱えた。

しかし、テレビを見ていたフェイトは「そんな事よりも…」と切り出した。

 

「…もしかしたら、急ぐ必要があるかもしれない。」

「フェイト?どういうことだい?」

 

フェイトが箸でテレビ画面を指し、行儀が悪いとリニスに叱られる。反省し、箸を置くフェイト。

…と同時にテレビから響き渡る落雷の様な音。

 

「…ジュエルシードの封印が撮られた。」

「…なるほど、確かに不味い事になるかもしれませんね。」

 

映像では青い宝石の様な物であると辛うじて判別できる程度だが、魔法を扱う者たちがそれを求めている事だけは曖昧な映像からでも伝わってくる。

 

「…ジュエルシードが何か解らなくても、探そうとする奴は出てくるかもしれないねぇ…」

 

ジュエルシードを探す勢力に、魔法も知らない一般人が加わればどうなるか…思い浮かぶ最悪の結末はなのは達のみならず、フェイト達の頭も悩ませる新たな問題だった。




平 和 な お 茶 会

実は猫のジュエルシードは既にフェイトさんの手元にあります。
正確にはフェイトさんに貢いだ銀髪オッドアイの一人が封印してました。

ある意味一番場所が分かりやすいジュエルシードなので、降ってくるのをスタンバってました。リスキルされた14番さんかわいそう。

訓練と言うよりは修行パートですが、バッサリカットします。
修行パートは絵になるユニークな修行以外はカットした方が良いって銀魂でも言ってた。

以下興味がある人用にざっくり説明

なのはさん
魔力は既に規格外なのでディバインシューターの操作や、フェイト対策としてバインドの訓練に時間を充てる。
成果は出ている…と言いたいが、その実伸び方としては微妙。
と言うよりも、元々全て高水準で自然に出来た。今までは戦闘の経験が無く、自覚が無かっただけらしい。
なお、本人は心当たりがあったようだ。

ユーノ
なのはさんの訓練の為に結界を張っている。たまに銀髪オッドアイ達もやってくる。
魔力も十分に回復した為、慣らし運転中。

神宮寺
ネックである基礎魔力量の向上の為、訓練中。
訓練中に使用した魔法は全て王の財宝の中へ入れる為一石二鳥。
王の財宝から射出した魔法を回収できないかと考えた結果、使えない魔法を一つ開発した。
他の銀髪オッドアイの魔法もいろいろ入ってる。

神谷
魔力量は問題無い為、シンプルに戦闘訓練として組み手を中心に行っている。
バインドや魔力刃の追尾性を向上させるコンセプト。
目標は戦闘が出来るユーノ。

神場
色々魔法を作っているが『敵を完全に追尾する魔力弾』を組み手で使用した結果、バトル物の少年漫画のお約束である『自分の魔法で倒される』を経験し、作る魔法を厳選するようになった。
最初は対フェイト用の魔法で勝てば良いと考えていたが、いざ使用するとなると魔力量が不安になった為訓練を始めた。

斎藤&木之元
『やれやれ系』を気取っていた斎藤だったが、実際は滅茶苦茶関わりたかった事が判明。
ちょっとした事情もあり、強くなりたいと訓練に参加。
木之元は主に付き添いだが、時々組手に参加している。
木之元は普通に強い為、組手相手として割と頼られている。
斎藤は…強いと言えば強いが、相性次第では酷い。

その他の転生者達
それぞれ自分の長所を伸ばす訓練や、特典を活かすための訓練を行っている。
銀髪オッドアイ達だけでなく、大木のジュエルシードで知り合った転生者も一部参加している。


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いざ温泉

今回は原作5話の導入辺りです。
まだなのはは温泉に到着しません。


お茶会から数日が経過した。

あれから俺達は訓練とジュエルシード捜索で忙しい日々を送っている。

原因はテレビに取り上げられてしまったジュエルシードだ。ネットの書き込みや噂等から『ジュエルシードが魔法の源であり、手にすれば魔法を使う事が出来るようになる』と言うデマが飛び交っている事が分かった。

どうやら俺達が使っていたデバイスと同じような物と捉えられている様で、子供を中心に探している者が多い。魔法を隠した人海戦術で捜索するのも限界があり、何時被害が出てしまうか分からない状況だ。

 

…その状況で俺達は温泉旅館に向かっている。

別にサボっている訳ではない。寧ろ旅館付近にあるはずのジュエルシードを取りに行くのも目的の一つだ。

原作で高町家が向かった温泉旅館『山の宿』は飛翔魔法を使っても簡単に往復できる距離には無く、この機を逃せば捜索のしようがないのだ。

 

「えっと…次は右に曲がるみたい。」

「右か、ありがとう桃子。」

「えぇ、どういたしまして!」

 

両親は角を曲がる度にこの調子だ。いつも見る光景だが、仲睦まじくて実に良い事だな。

 

「なのはのご両親って、ホント仲良いわよねー」

「なんて言うか…ずっと恋人同士!って感じがするよねー」

「あはは…」

 

ずっと新婚気分な両親だが、原因はきっと士郎さんが数年前まで意識不明の重体だった事が大きいのだろう。

桃子さんは転生者だが士郎さんに向ける感情に嘘は無いみたいだし、一緒に居られなかった時間を取り戻そうとしているのかもしれない。

 

そんな感じでしばらく会話していたが、目的の旅館までは結構な距離があるらしく会話の種も尽きてくる。

会話が途切れて少しの時間が経過した頃、アリサが話を切り出した。

 

「ねぇ、なのは。噂で聞いたんだけどさ…」

「噂?」

「テレビに出てた青い宝石を手に入れたら魔法が使えるようになる…って。」

「…うん。」

 

近頃学校でもよく聞く噂だ。特にうちのクラスには例の映像に出ていた銀髪オッドアイが大勢いるからか、放課の時間になると廊下から後輩の子達のこちらを窺う視線を感じる事もある。

そういう時は会議も念話で行わなければならないので、こちらも結構気にかけているのだ。

 

「多分誰かが流したデマなんだろうけど…先輩や後輩の子達の中にも何人か探している子が居るみたい。」

「そう、なんだ…」

 

後輩だけでなく先輩までもか。…先輩とは言っても中身は純粋な小学生、当然と言えば当然なのかもしれない。

だがジュエルシードの正体を知っているアリサがわざわざ教えてくれたと言う事は、きっと事態は思っているよりも拙い方向に向かっているのだろう。

 

「周辺の地図まで持ち出して、探したところはマーキング…子供とは思えない計画性まで発揮してる子達も居たわ。」

 

話を聞く限り予想以上にヤバそうだ。だが、子供の足で探せる範囲は俺達がサーチャーまで飛ばして探し尽くしたはず…きっと大丈夫だ。希望的観測でしかないが、アリサにそう説明した。

 

「…そう。魔法で探しても見つからないのなら、もうあの辺りには残ってないのかもね。

 …海鳴市には海もあるし、沈んでいるのかも知れないわ。」

「アリサちゃん…?」

 

具体的なヒントをくれるアリサに、何かを確認するように尋ねるすずか。おそらく「話して良いの?」と言ったニュアンスを含んだ問いに、アリサは何やら目で合図しすずかも納得した様に小さく頷く。

アリサは原作の流れよりも子供たちの安全を優先したいのだろう…それに関しては俺も同意見だ。

今までは『海のジュエルシード回収』から『決闘』を経て、『プレシアの次元魔法から時の庭園の座標を取得』と言う原作の流れを重視した為放置していた。しかし、あのフェイトならむしろ一人で海のジュエルシードを全部封印する事も出来てしまうかもしれない。

海のジュエルシード…原作よりだいぶ早いが、もう回収してしまうべきなのか?

 

「…うん、今度皆にも話してみるね。」

 

一応今度の作戦会議で話してみるか?正直皆がOKを出すかは分からない。だが、一般人がジュエルシードが海に沈んでいる可能性に気付く前に行動するべきだと思う。

 

魔法の事がバレた一件から捜索を徹底した甲斐あって、銀髪オッドアイ達がジュエルシードを新たに2個見つけてくれている。

おかげで今俺が保持するジュエルシードは6個。フェイトの持っているジュエルシードは最低でも5個…そして海底に6個。

そうなると地上に残っているジュエルシードは4個。そしてそのうちの1個はこれから向かう旅館の近くにあるはずなので、在処が分からないのは3個…

この3個の内の1個でも一般人の手に渡ればアウトだ。今ジュエルシードを探している人間の心にある願いは『魔法が使いたい』となっている筈。ただでさえあんな大木を生み出すエネルギーに、よりにもよって『魔法の力』なんか願えばどんな被害を生むか分かったもんじゃない。

…いざとなれば、協力する必要があるのかもしれないな。

 

 

 


 

 

 

封時結界を張ってからそろそろ体感で三時間か。時間を切り離してるから現実時間で…大体数十分ってところだろう。

…少しのど乾いたな。

 

「神宮寺、飲み物取ってくれね?」

「ん?あぁ、良いけど…コーラ?スポドリ?」

「スポドリで。」

「はいよ。」

「サンキュー」

 

のどを潤しつつ周りを見回す。まさに純和風と言った趣の一室は、これぞ旅館!と言うイメージそのままでなかなか落ち着ける空間だ。

前世ではあまり縁が無かったが、たまにはこういう場所も良いかもな。…()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、それって今週号?」

「あぁ、途中でコンビニ寄った時に買ってきた。」

「後で読ましてくんね?」

「オッケー」

「…気の所為かも知れないけどさ、この新連載の『魔砲戦記』って…」

「…まぁ、時事ネタと言えばそうなのかもなぁ…」

 

「おまっ、結局三体とも『コンシン』じゃねぇか!」

「『神魂』と『ジュウシン』の組み合わせが強いからなぁ…」

「『ジュウシン』は終盤に一体しか手に入らねぇだろ!?」

「…もう一台の本体とカセット、そして通信ケーブル。まだ説明が必要か?」

「お前…これ発売日2日前だぞ?」

「寝てない。」

「馬鹿か!?」

 

―パァン、パァン、パァン、パァン…

 

 

 

現実の光景は、この時代なら逆に非日常であるはずの純和風と言うインパクトを消し飛ばすカオスに塗れていた。

銀髪オッドアイ達が自由に過ごしている一方、その頭上では人数分の銀色の玉が縦横無尽に跳ね回り、破裂音を立てながらスーパーボールのようにぶつかり合っている。

何をやっているのかと問われれば『訓練』だと答える他無い。『魔力の制御』で銀色の魔力球を操作し、『魔力の感知』をして他の魔力球にぶつけつつ趣味に集中し『マルチタスク』を同時に鍛えている。それは間違いないのだが…

 

「えっ、嘘だろ『最終回』!?」

「あぁ…『爆連』終わるのか。面白かったんだけどなぁ…」

 

片や週刊誌の内容に一喜一憂し、

 

「なぁ、今度本体とカセットとケーブル貸してくんね?」

「良いけど2日な?」

「寝るなと!?」

 

片やゲームの話題で盛り上がっている。

そして頭上ではぶつかり合う銀の玉が6つ…

 

やっているのは確かに訓練だし、趣味に興じているのもより効果的にマルチタスクを使用する為なんだが…何と言うか、色々台無しな光景だ。

 

「神谷、お前も別の事やりながらじゃないと訓練にならんぞ?」

「一応これでも封時結界の維持も…神宮寺お前、さっきから何やってんだ…?」

「何って…まぁ、柔軟?みたいな事してるだけだけど…」

「…暇なら言えよ。トランプやるか?」

「…やる。」

 

…言い出しておいてなんだけど、二人で出来るトランプって何があるかな…ポーカー?

とりあえず、後数十分ほど訓練したら一旦結界も解除して休憩に入ろう。

封時結界をずっと張っているのも楽では無いし、流石にやる事も無くなってきたしな…

 

 

 


 

 

 

「フェイト、この辺りで間違いないんだね?」

「そう、ジュエルシードはこの旅館の周辺にあるはず。」

 

アルフの問いにそう答える。高町家の自動車が向かう先にある温泉旅館はここくらいだった。

…このタイミングでこの場所のジュエルシードを回収するのは、まるで物語を意識している様で若干の抵抗はあった。

だがこの方法が最も効率が良いのだ。自分の知識を使って合理的に動く事もまた『自分らしく生きる』事に他ならない。俺の目的の為にも、使えるものは何だって使おうじゃないか。

 

…最近はなのは達の動きも活発になっている。一般人がジュエルシードに触れれば甚大な被害を生みかねないからだろう。俺も新たに1個ジュエルシードを封印したが、残りのジュエルシードがすべて回収された可能性もある。ここの1個は逃せない。

 

「ふぅん…ねぇフェイト。せっかく来たんだし、あたしらも温泉で疲れを癒すってのはどうだい?」

「…私は良い。ジュエルシードの捜索が先。」

「良いのかい?旅館の方にジュエルシードがあるかもしれないよ?」

「…じゃあ手分けする。アルフが旅館、私が周辺。」

「つれないねぇ…ならジュエルシードの封印後でも良いからさ!」

「あまり遅くなると、リニスが心配するから良い。」

「…はぁ、じゃああたしだけでも行ってくるよ。」

 

心底残念そうに旅館に向かうアルフ。…そう言えば最近は一緒にお風呂に入ってないからな。

妙に甘え癖のある奴だし、一緒に入りたかったのかもしれない。

そんな事を思いながら、俺は温泉旅館周辺の捜索に入るのだった。




フェイトさん的にも『確実なチャンス』は今回しか無いジュエルシード。
フェイトさんが先に旅館のジュエルシードを狙わなかった理由は、
1,場所が正確に解っている訳ではない。
2,距離が離れており、海鳴市内を優先した方が効率が良い。
3,なのは陣営も場所を知らない筈なので、優先順位が低い。
4,最悪の場合奪えば良い。
以上の4つです。

海のジュエルシードを放置している理由は、
1,海と言っても正確な場所を探すには時間が必要。
2,ジュエルシードを暴走させる必要があり、横取りされるリスクがある。
3,向こうも存在を知っているジュエルシードなので封印後に連戦になるリスクが高い。
4,最悪の場合奪えば良い。
以上の4つです。


銀髪オッドアイ達が先回りできた理由はなのはから予め行き先を聞いていたからです。
順序立てて説明すると
原作で温泉に行ったのは『連休中』→大木発生後の連休と辺りを付けてなのはに質問
→日付と行き先が判明→先回り成功(数十分程度)

そして旅館を選んだのは士郎さん。…と言う事で、今回の捜索でジュエルシードが見つかれば士郎さんが本人である証明になります。

‐1/20 追記‐
原作アニメで『旅館 山の宿』と描画されていた為、一部修正しました。

なのはさん達が旅館のジュエルシードを優先しなかった理由が『どこの旅館か分からない』→『単純に距離が離れすぎていて往復が困難』に変更されました。

特典で『原作知識』を貰ったなのはさん以外の転生者は1カットしか映っていない旅館の名前を憶えていなかったと言う事でお願いします…


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温泉にて

改めて確認すると旅館の名前原作アニメで出てますね…1カットだけですが…
『原作知識』を特典で貰ったなのはさん以外は、私のように旅館の名前を憶えていなかった(忘れていた)と言う事になりました。ジュエルシードの取得状況に変化は無いです。
フェイトさん&アルフさんは旅館の名前を憶えて無かった…と言う事でお願いします…


「よーし、到着だ。」

「皆、自分の荷物を忘れないようにね?」

「はい!」

「うん!」

「大丈夫!」

 

大自然に囲まれた山の中腹に例の旅館『山の宿』はあった。

『原作知識』の中にある旅館の外観と一致し、とりあえずは一安心と言ったところだ。

 

「予約していた高町ですが…」

 

士郎さんが諸々の手続きを済ませ、予約していた部屋へ向かう途中の事だった。

 

「お!なのは、()()()()!」

 

と部屋から出てきた銀髪オッドアイに声をかけられた。

いや、奇遇も何も事前に教えてただろうに…

 

「おや、なのはのお友達かい?」

「あ、『お店しらべ』の時はお話ありがとうございました!神原 剣治って言います!よろしくお願いします!」

「これはこれはご丁寧に。では改めて僕は高町 士郎、なのはの父だ。よろしくね。」

 

神原くんだったか。やはりこちらから名前を呼ぶ前に様子を見た方が良いな。また間違える所だった。

士郎さんが「…礼儀正しい良い子だね」とこっそり話していたが、転生者だしな。良い印象を与えようとしていると言うのもあるのかも知れない。

 

「ん!?なのはが来たのか!?」

「なのは!?」

「あ!お義父さん、お義母さんまで!」

 

突然部屋のふすまが開き、銀髪オッドアイ達が次々に顔を出してきた。おい、最後の奴。なんか変なニュアンスを込めるんじゃない。

 

「君達も確か以前翠屋に来てくれた子達だね。」

「はい、あの時はありがとうございました!」

「それと、君は最近よく翠屋に来てくれる子だね。神藤君…だったかな?」

「あっ!はい!覚えていてくれて嬉しいです!」

 

えっ?今、士郎さん銀髪オッドアイを見分けたのか?

 

「マジか。俺達の見分けが付くのって今のところユーノしかいないよな…?」

「後は一部のデバイスくらいだな…」

 

ぼそぼそ声が聞こえるが、士郎さんは変わらず話を続ける。

 

「はは、お客さんを見間違える事は無いさ。今度とも翠屋をよろしくね。」

「はい!」

「士郎さん、せっかく旅館に来たんですから…」

「おっと、そうだね。今はお店の話はやめにしよう。なのは、お友達と話すのなら荷物はパパが持って行くぞ?」

「えっと、ううん。大丈夫!」

「そうかい?まぁ、部屋に荷物を置いた後はご飯まで自由だ。お友達と遊ぶ時間も取れるさ。」

「うん、皆また後でね!」

「おう、また後でな。」

 

そう言って銀髪オッドアイ達と別れ、士郎さんについていく。

部屋に向かう俺達の話題は勿論、銀髪オッドアイ達の事だった。

 

「いやぁ…何度見てもそっくりだったね。なのはのお友達…」

「そうよねぇ…すずかはあの子達の見分けは付く?」

「私は…見た()()()()分からないかな…?一応細かい違いはあるみたいなんだけど…」

「あたしも見分けるのは無理ね。名前は覚えられても皆の顔と名前が()()()()()()のよ。」

「あはは…アリサちゃん、皆の前では絶対言っちゃダメだからね?」

「解ってるわよ。」

「そう言えば、父さんはあの子達の見分けが付くのか?…俺にはさっぱり判らなかったんだが。」

「うん?恭也…修行が足りないんじゃないか?今度、父さんが直接見てやろう。」

「…父さん?名前と剣術に何の関係が…?」

「まぁ、剣と言うか…武道全般に通ずるかな?単純な話だよ。歩調や重心、体幹のバランスや呼吸のリズムは人それぞれ違うんだ。後はそう言ったもの全般から感じ取る気配を見れば、間違い探しよりも簡単さ。」

 

人の顔と名前を間違えない為に武道の神髄を発揮する男、高町 士郎。彼が平然と提示した解決策は俺達には到底真似できない物だった。

 

 

 

 

 

 

部屋に荷物を置いて、自由時間になった。

アリサやすずかは周辺の散歩に行くと言うので、俺も付いて行く事にしたのだが…

 

「おう、なのは。アリサにすずかも、さっきぶりだな。」

「あら、あんた達も散歩?」

「まぁ…散歩みたいなもんだな。」

 

見かけたのは二人の銀髪オッドアイ。…片方は神宮寺くんだな。

どうやら銀髪オッドアイ達も庭園を歩き回っているようだ。とは言っても、恐らく目的はジュエルシードを捜索する事だろう。

 

「…アリサ達には言っておいた方が良くないか?どうせ映像も出回ってるみたいだし。」

「そう言えばそうだったな。」

「…映像ってもしかして、あの魔法関係の話?」

「あぁ、なんて言えば良いか…そうだ、なのは。今ここでジュエルシード一つ出してくれないか?」

 

唐突にジュエルシードを出してくれと頼まれる。意図は分かるが…やむを得ないか。

 

「えっ…うん。レイジングハート…≪プ『プットアウト』≫!」

 

レイジングハートの発音に意図的に重ねて声を出す。…正直『put out』の発音は他の魔法の比にならないくらい酷かった。フェイトにも速攻で疑問を持たれるほどだ。

その解決策…と言うには力技だが、意図して声を被せる事で誤魔化した。

 

「…これって、あの映像に出てた宝石よね?手にすれば魔法の力を得られるって噂の…」

「あー、そんな噂あったなぁ…」

「言っておくけど、これって滅茶苦茶危ない物だからな?皆に言っても聞き入れてもらえなかったけど…」

 

そう。俺達だって噂そのものを何とかしようと色々やったのだ。

例えばネット上に建てられた『【捜索中】魔法の宝石【情報求む】』と言う掲示板に『アレは危険なものだから見つけても絶対に触れるな』と書き込んでみたが、向こうからすれば所詮ジュエルシードを求めるライバルにしか見えない。…実質似たようなものなのだが。当然、聞き入れられる事は無かった。

学校でも似たようなものだった。モザイクを貫通して魔導士バレした銀髪オッドアイ達によって、『危険な物だから触れるな』と注意はされた。だが、帰ってくる質問は『じゃあアレはどう言うものなのか?』だった。当然正直に答える訳には行かない。『願いを叶える』なんて言えば、寧ろ捜索を加速させるだけだ。『爆弾の様な物』としか答えられず、何か隠していると思われ、結局完全な抑止にはならなかった。…一部の子達は聞き入れてくれたので、無駄ではなかったが。

アリサ達にもそれと似たような内容で注意を促す。…ただし、前回の失敗で学んだ為今回は少し捕捉する。

 

「…なるほどね。つまりあの大木を発生させたのがこの宝石だったって事なのね?」

「あぁ、一般人が触ってしまった事が原因だ。取り扱いを間違えたり、悪意を以て使用すればあの程度じゃ済まない。」

「…滅茶苦茶危険じゃない!」

「だからこうして探しているんだ。…この辺りにもジュエルシードの魔力を感じる。もし見つけたら絶対に触れずに、どこにあったかだけ教えてくれ。」

「…わかったわ。」

 

「あっ、でもなのはが一緒に居るんだったら大丈夫じゃね?」

「…それもそうだな。じゃあなのは、見つけたら封印しておいてくれ。その後こっちに連絡くれれば俺達も撤退するから。」

「うん、気を付けてね。」

「あぁ!俺達に…」

「任せなぁ!」

 

相変わらず仲が良いな。…多分あの二人は神宮寺くんと神原くんだろう。あの二人は特に仲が良いみたいだからな。

 

「なのはちゃん、あの二人は大丈夫なの?」

「うん、神宮寺くんは特に強いから。多分ジュエルシードが暴走しても一人で封印できると思う。」

「…見分け、付くんだ。」

 

まぁ、よく魔力弾提供してるし…

 

その後も散歩を続けるが、俺達の歩いているコース上にはジュエルシードは無さそうだ。

確かアレは川沿いにあったはずだからな…普通に森の中を歩く分には見つからないだろう。

 

「ふぅ、そろそろ旅館に戻らない?汗かいちゃった…」

「そうだね、温泉はここの名物みたいだし気持ちよさそう!」

「うん。じゃあ旅館へ…えっ!?」

 

僅かな音を感じ、見上げた先。地上から空へ撃ちあがる魔力弾が見えた。

 

「えっ、あれって…」

「アリサちゃん、すずかちゃん。先に旅館に戻ってて!レイジングハート!」

セタップ(Set up)!≫

 

直ぐに変身し、飛翔魔法で現地に向かう。…フェイトには、この機会に話したいことがあるのだ。

 

 


 

旅館から出て1時間程だろうか。俺と神無月はジュエルシード捜索の為、川辺を歩いていた。

 

「なぁ、神王。確か原作じゃジュエルシードは橋の近くじゃなかったか?」

「まぁそうなんだが…念の為だな。ジュエルシードが橋の近くまで流されたって可能性もある。」

 

原作で海底に沈んでいた以上、ジュエルシードは水に沈む。だが、原作でジュエルシードが発動したのは川幅の丁度真ん中辺り。岸から落ちただけでは距離に説明が付かないのだ。恐らく数mは川底を転がる等して移動したはず…

 

「なるほどねぇ。と、なると橋があそこだから…あそこの辺りか?川が曲がってるところ。」

「多分な。あそこにあるとしたら予想以上に移動している事になるが…って、待て!ストップだ。」

「!…なんだ?」

「あそこ、木の上だ。」

「あれって…なるほど、フェイトか。」

 

俺達の居る場所から10m程の距離。

木の枝の付け根に腰を下ろし、集中しているようだ。ジュエルシードの魔力の元を感知しようとしているのだろう。

 

「…どうする、戦うにしたって神谷は別の班だぞ。」

「一応合図は決めているが…まずフェイトにもバレるわな。」

 

フェイトは目を瞑っているからか俺達に気付いた様子はない。…ここは一旦引き上げて神谷に合流するか?

だがジュエルシードは俺達の予想が正しければ、もう少し行った場所にある。ここで退けば取られる可能性が高い。

 

「…なぁ、原作じゃフェイトがジュエルシードを封印したのって夜だろ?だったらどっちにしろフェイトはまだジュエルシードを見つけられないんじゃないか?」

「お前、まだ原作の流れを引きずってるのか?原作通りなら、フェイトはそもそも大木のジュエルシードの場所に来てないだろ?」

「うっ…まぁ、そうなんだけどさぁ…」

「少なくともキャラクターの行動は既に参考にならない。ジュエルシードの落ちた場所はある程度参考になるみたいだがな…」

「…はぁ、つまりこのまま封印される可能性があるから退くに退けないって訳だな。」

「そう言う事だ…が、まぁ解決策はあるな。単純だが、ここで二手に別れよう。本来は戦闘になった際を見越してのツーマンセルだが、今は合流が先だ。フェイトを見張る方と、神谷達に合流する方…どっちが良い?」

「…別れている間に見つかったら?」

「まぁ、合流まで時間を稼ぐ事になるだろうな…フェイト相手に。」

「…別れている間にジュエルシードが発動したら?」

「まぁ、時間稼ぎ&封印だろうな…ジュエルシードとフェイト相手に。」

「…」

「…」

「「じゃん、けん…!」」

 

どちらとも無く拳を握る。お互いにどっちが得か理解しているのだ。

 

((フェイトを監視するのは俺だ…!))

 

…もっとも、安全性など一切考えていなかったが…

 

 




次回、なのはとフェイト再会。

神宮寺&神原…なのはと別れた後ジュエルシードorフェイトの捜索の為に森を移動中。
神王&神無月…ジュエルシード捜索の為川沿いを移動中にフェイトを発見。
神谷&神藤 …ジュエルシードorフェイトの捜索の為に森を移動中。

原作を知っているのに皆川沿いに居ないのは、原作を外れて別の場所に落ちた可能性を踏まえての物です。
ただし神宮寺&神原、神谷&神藤のペアはいざと言う時フェイトの足止めをする為と言う目的もあります。

チーム分けは能力含めての効率重視。
神王&神無月が一番戦闘には向いていない模様。


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取引

遅くなりました。

ちょっと難産。



…水面に広がる幾つもの波紋。その中からたった一つの波を見極めて、発生源を探るような感覚。今俺が行っている作業を言語化するとすれば、きっとそれが一番近い表現になるだろう。

活性化して居ないジュエルシードの魔力は、平時では魔力を感知できても本体の位置の判別が困難だ。集中すればその波紋を感知できるが、野生動物の気配の様なノイズも拾ってしまう。山と言う環境はこの方法で探すにしても非常に難しい難所だ。

 

いったいどれほど集中していただろうか、ようやく目的の波紋を見つけ出した俺は瞑っていた目を開く。

 

「見つけ…た?」

 

ふと、目の端に真剣な表情でじゃんけんの相子を繰り返している二人が映り込む。何をしているのかと言う疑問は浮かんだが、銀髪オッドアイと言う分かりやすい外見が彼らの目的を雄弁に語っていた。やはり彼らもここのジュエルシードを探しに来たのだと。

何故じゃんけんをしているのかは知らないが、これはチャンスだ。この隙にジュエルシードを封印し、さっさと撤退してしまえば彼らは追いつけまい。

 

≪アルフ、ジュエルシードを見つけた。でも近くに銀髪オッドアイも居る。封印後即撤退予定。すぐに動ける?≫

≪早いね!?今ちょっと温泉に入ってたんだ!5分だけ待ってておくれ!≫

≪分かった。≫

 

…まぁ、5分くらい何てこと無いだろうとじゃんけんしている彼らに視線を戻す。

彼らはじゃんけんに夢中のようで、決着が付くまでは動かないだろう。一体何をそんなに真剣になっているのかは知らないが、こちらとしても助かる。…この隙に倒してしまっても良いのではないだろうか?彼らもジュエルシードが目当てでこの場に居る以上は敵同士のハズだ。

そう考えた瞬間に決着が付き、片方が拳を掲げて喜んでいる。

一息に意識を刈り取ろうと魔力を高めた次の瞬間、勝った方と目が合った。そして掲げたその拳から、銀色の魔力弾が発射されたのだ。

 

 


 

 

「「あいこでしょ!」」

 

…お互いにチョキ。これでかれこれ21回目の相子だ。…コイツ、態とやってるんじゃないだろうな?

 

「…お前態とやってないか?」

 

神王(コイツ)も同じことを考えていたらしい。そんな失礼な口を利くと言う事は神王(コイツ)も態とじゃなかったのだろう。

 

「違ぇよ。誰も得しないだろ?そんな事しても。」

「だよな?」

 

正直時間は無い。ここらで勝負に出るとしよう。

 

「…俺は親切だから教えてやるよ。俺は次にグーを出す…!」

「だったら俺はパーを出してやるよ…!」

 

互いに手を目の前で組み、心理戦を持ち掛ける。…相手はパーを出すと言ったが、その実違う手を出す心算だろう。俺もそのつもりだからだ。チョキはさっき出した。多分相手も連続して同じ手と言うのは考えにくい。それにグーに負ける手だ出す可能性は低い。だがグーを出すと言った相手にグーを出すだろうか?相子をこれ以上続けるのはお互い嫌だろう。だったら一周回って…正直にパーか?なら俺の手は…!

 

「「あいこでしょ!」」

 

相子だ。お互いにチョキ…

 

「お前パー出すって言ったよなぁ!?」

「お前もグーを出すんじゃなかったのかよぉ!?」

「出してたらお前負けてんだぞ!感謝しろよなぁ!?」

 

もう互いに何考えてるのか分からん。

 

「「あいこでしょ…」」

 

と思考を放棄して出した手はパー。相手はグー…えっ。勝った!?勝った!!

 

「っしゃあああぁぁぁ!」

「くっそ、お前…不意打ちだぞ!?」

残念(ざぁんねぇん)でぇしたぁ!ちゃんとお互いに手を出してたから不意打ちじゃないですぅ!」

 

思わず拳を掲げる。もう勝った事よりも相子のループから抜け出せたことのほうが嬉しい!

 

「じゃあ神谷呼んで来るわ。」

「じゃあ俺はこれからフェイトをじっくり………あっ」

「ん?」

「…やべっ、見つかってんじゃん。」

 

掲げていた拳から空に向けて魔力弾を放つ。戦闘が必要になった時の合図だ。きっとこれで神谷も来てくれるはず。

 

「おい!見つかってんぞ、しかもこっちに突撃してくる≪Protection≫!」

「じゃんけんしてる場合じゃなかったよな、やっぱりぃ!≪Protection≫!」

 

お互いにプロテクションでガードする。直ぐに衝撃。スパーク音と共に突風が吹き、草木が揺れ、砂埃が舞う!

フェイトは二人同時に仕留める心算らしく、負担は半減している。空中とは違い、攻撃の方向も制限されている。だがそれでも尚、苛烈な攻撃に忽ちプロテクションが軋み始める!

 

「うっそだろ!?俺らだってあれから魔力量増やしたんだぞ!?」

「フェイトも魔力量増やしてるんじゃね!?」

「そうか、その可能性あるなぁ!」

 

スパーク音が激しい為、若干大きめの声で互いに会話する。

 

「おい、そっちあとどれくらい持ちそうだ!?」

≪おい、聞いてるか。このまま会話続けながらよく聞け。≫

「分かんねぇけど、1分は先ず持たねぇ!」

≪分かった、何だ?≫

「くっそ、おい!そっちでどうにか出来そうか!?」

≪今フェイトの攻撃で砂埃が舞ってるだろ?それに二人いる分攻撃のスパンが若干遅い。≫

「出来たらやってる!お前は!?」

≪そうだな、それで?≫

「出来ると思うかぁ!?」

≪この砂埃の中にバインドを一つ隠す。それで後は掛かるのを待つ。どうだ?≫

「無理だと思う!!」

≪行けそうだな、それ。≫

「なら聞くなぁ!!」

≪じゃあフェイトが次にそっちに行ったタイミングな。≫

 

大きい声で会話して注意を引き、本命の作戦は念話で行う。マルチタスクの訓練が活きたな!

神王のプロテクションからガァン!と音がしたタイミング。隙を見て目の前にバインドを設置する。後は掛かってくれるのを待つ。

神谷!神宮寺!早く来てくれ!

 

 

 

――「フェイトちゃん!」

 

えっ、この声は…

 

 


 

 

空に魔力弾を打ち上げるのは、戦闘になった合図。それがフェイトかジュエルシードの暴走体かは分からないが、暴走体ならフェイトも来るはずだ。

そう思い、今出せる全速力で駆け付けた。

 

現場に到着して先ず目に入ったのは、一ヶ所だけ不自然に発生した砂埃。中の様子は分からないが、砂埃が点滅している事と聞こえるスパーク音からして、戦闘になっている相手はフェイトで間違いない。

 

「フェイトちゃん!」

 

と呼びかけると、直ぐに砂埃の中からフェイトが飛び出してきた!

 

≪プロテクション!≫

 

どうやら同時に攻撃もされたらしい。オートガードでなかったら墜とされてたな…

フェイトは前回の事で警戒しているのだろう。連撃に繋げる事無く、寧ろ少し距離を取った。だが、目から戦意は消えておらず、こちらの隙を窺っている。

…戦う気満々のフェイトには悪いが、今回の目的は()()()()()()

 

「フェイトちゃん!話を聞いて!」

「…名前、何で?」

「皆から聞いたの。あなたの名前がフェイトだって。」

「そう。…何?」

「えっ。」

「…要件。」

 

…話を聞いてくれるみたいで安心したが、本題はここからだ。…俺が今から持ち掛ける()()は、或いは銀髪オッドアイ達の努力を裏切る事にもなりかねない。皆フェイトに勝つ、または認めさせる為に努力していた。…多少動機に不純な所はあるが。

…それを今から、台無しにしてしまうかもしれない。

 

≪なのは、大丈夫?≫

≪ユーノ…あぁ、少し緊張するが大丈夫だ。最後に全部上手く行けば、皆も納得してくれるはず…多分。≫

≪そう…だと、良いんだけどね…≫

 

思わず、地上でこちらを見上げる二人に目を遣った。緊張を解す為、一度深呼吸をする。

 

「フェイトちゃん、相談があるの。」




本来もう少し先まで書いていたんですけど、どうにも区切りが悪くてこの辺りで切る事に…
取引の内容に関しては魔法がバレた事と密接に関係してます。

次回は予定通り3日後に挙げられると思います。


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意志を貫く条件

戦闘回です。


「…相談?」

 

相談と言ったが、実質的には取引だ。

フェイトに告げた内容を纏めると、以下のようになる。

1.これからジュエルシードが見つかった場合、先に見つけた陣営がそれを手中にするものとする。

2.地上にばら撒かれたジュエルシードの回収を最優先とし、お互いのジュエルシードを賭けた戦闘を控える。

3.地上にばら撒かれたジュエルシードを全て回収した後、お互いの持つ全てのジュエルシードを賭けて決闘する。

 

「…まだ、他の皆とも相談しないといけないけど…どうかな?」

 

とフェイトに問いかける。

 

「…理由は?」

「魔法の事が皆に知られちゃって、子供達がジュエルシードを探してるの。

 …私は、街やみんなにジュエルシードの被害者になって欲しくない。」

「そう。…最後の決闘は1対1?」

「うん、そのつもり。」

 

フェイトは少し考えて、下に集まっている銀髪オッドアイ達に一度目を遣ってから答える。

 

「…あなたの目的は分かった。」

「!本当に!?」

「だけど、私の方があなた達よりも強い以上、私にメリットは無い。」

「…どうすれば、受け入れてくれるの?」

「簡単。…私がその条件を呑まなければならない程に、あなたが強いと証明すれば良い。」

 

フェイトが下ろしていたバルディッシュを再び構える。

…言われて気づいた。確かにこの条件、フェイトは飲む必要が無い事に。

フェイトは俺達全員を相手にしても戦闘をこなせるが、俺達はフェイトにまともなダメージを与えられていない。…強いて言うならば、神宮寺があと一歩のところまで行っていたらしいが、それはフェイトにとって神宮寺一人以外は警戒に値しないと言う事。

俺達は…(なのは)は戦力としてカウントされていないのだ。

 

「ユーノ君、離れてて。」

「…気を付けてね、なのは。」

 

なるほど。つまり、どの道俺はフェイトに勝たなくてはならないらしい。

それに、俺も『何の戦力にもならない』とまで言外に告げられては流石に面白くない。

 

「神谷くん、結界お願い!」

「結界だな。解った!」

「おい神谷、俺達も結界には入れろよ?」

「解ってるよ、もう懲りた!」

 

周囲に結界が張られたことを確認し、戦闘の準備が出来たところでフェイトから声がかかる。

 

「そう言えば、まだ私はさっきの条件を呑んでいない。…賭けて、ジュエルシードを1個。」

「…良いよ。フェイトちゃんもね。」

「勿論。」

 

前回は防戦一方のまま手も足も出ず負けてしまったが、今回はそうは行かない。

取引の事もあるし、皆の安全が大事なのも勿論だが、それ以上にここまで言われて負けたくない。

 

「…レイジングハート、お願い。」

オゥラァイ(All right)

「…行くよ、バルディッシュ。」

≪Yes sir.≫

 

バルディッシュがサイズフォームへ変化し、光刃を生み出す。だが、俺は今もプロテクションを解いていない。

前回、最後のブリッツアクション以外では破られなかった以上、このプロテクションは()使()()()()()()()()最大のアドバンテージだ。そして…

 

「レイジングハート」

オーゥラァイ(All right)レストリットロッ(Restrict Lock)

「…?…ッ!」

 

発音が酷い所為(おかげ)でフェイトの反応が遅れたが、発動直前に躱された。

…だがこれで良い。これでフェイトはブリッツアクションの準備段階の二重の防御を簡単には張れない。

 

「バインド…覚えたんだ。」

「…そうしないとフェイトちゃんの速さに対抗できないもん。」

ディバインシューター(Divine Shooter)

 

続けてディバインスフィアを4つ生成、まだ発射はせずに周囲に滞空させる。

 

「…バルディッシュ」

≪sir. Photon Lancer Multi shot≫

 

フェイトも自らの周囲にフォトンスフィアを滞空させる。こちらに合わせたのか、数は俺と同じ4つだ。

…試されているのだと直ぐに察する。ここで力を証明しなければ、本当にあの取引はご破算になるだろう。

ならば、()()()()()()()全力をここで出す!

 

フラッシュインパクト(Flash Impact)フラッシュムーブ(Flash Move)

 

レイジングハートの先端に光を宿し、高速で翔ける。だが、このままではフェイトの速度にはもちろん追いつけない。だからこそのディバインシューターだ。

 

「行って!」

シュー(shoot)!≫

 

フェイトの逃げ道を封じる様にディバインシューターを操作する。

 

≪Fire.≫

 

フェイトが撃ち落とそうとするがそうは行かない。ディバインシューターは操作性に特化した射撃魔法だ。フォトンランサーを躱してフェイトに迫る。

 

「っ!」

 

フェイトはディバインシューターに追跡されながらも、空を幾何学的な軌道を描いて翔ける。何故か前回程の速度は出していないが、直角に何度も曲がられて中々追いつけない。気づけばフェイトはディバインシューターを引き連れる様に、俺の方へ向かって来ていた。

俺もフラッシュムーブを維持したままフェイトに突撃する。

 

「ハァッ!」

「ていっ!」

 

フェイトはバルディッシュを振り抜き、俺もレイジングハートを振り下ろす。レイジングハートに宿った魔力と、バルディッシュの攻刃がぶつかり凄まじい衝撃を放つ。直後フェイトは一瞬でトップスピードに変化し、体を回転させながら俺の後ろに回り込む。

目の前には俺の撃ったディバインシューター、後ろにはバルディッシュを振りかぶったフェイト…この挟み撃ちが目的か!

…だが俺の操作性を見誤ったようだ。直ぐにディバインシューターを操作、俺を躱し、フェイトの更に後ろに回り込ませる。

 

「くっ!」

≪Round…≫

 

先にディバインシューターに対処しようと後ろに手を伸ばすフェイト。だが、俺からは隙だらけだ。

 

ディバイン(Divine)…≫

「ッ!」

 

レイジングハートの声にこちらを振り向くフェイト。

 

バスター(Buster)!≫

 

即座にラウンドシールドを中断、()()()()()()()()()()して攻撃に移ろうとする。

ディバインバスターにディバインシューター全てが消し飛ぶが…

 

「ッ!バインドッ!?」

 

俺が無詠唱で設置したバインドにフェイトの右腕と右足が捕まる。フェイトの癖を利用したトラップだ。

そして、これが本命!

 

「ディバイン、バスター!」

ディバインバスター(Divine Buster)!!≫

「くっ!」

≪Round shield≫

 

直撃!ラウンドシールドで防いでいるようだが、ここが正念場。ディバインバスターの出力を上げる。

 

「ハアアアァァァ!」

「くっ…うぐ…ッ!」

 

ピシ…ギシッ…と異音が聞こえ始める。もう一押し…っ!

 

≪put out≫

「バルッ…ディッシュ…っ!」

 

そこで戦いは終了した。

 

 


 

 

ディバインバスター(Divine Buster)!!≫

「くっ!」

≪Round shield≫

 

初めて受けたなのはの攻撃は、俺が想定していたよりも遥かに重かった。

展開したラウンドシールドから伝わる圧力には、絶対に勝つというなのはの思いを確かに感じた。…だからだろうか。

 

 

 

≪put out≫

「バルッ…ディッシュ…っ!」

 

初めての敗北を知らせるバルディッシュの声に、咎めるような言葉と裏腹に思わず納得してしまったのは。

 

程無くして、ディバインバスターの砲撃が終了…いや、中断したのだろう。なのはの様子を見る感じまだまだ魔力には余裕がありそうだ。

短時間で良くここまで…素直に称賛したいが、やはり自信満々で挑んでおいて負けてしまった為か、どうにも心が素直になれそうもない。…まるで子供に戻ったみたいに。

 

「フェイトちゃん!これでさっきの相談、考えてくれるよね?」

 

そう言えばそんな話だったな。…なのはにとって、賭けたジュエルシードよりも相談の方がよほど重要だったらしい。

 

「負けは負け、あなたが周りを説得したら…良いよ。受けてあげる。」

「本当!?」

「…うん。」

 

真っ直ぐな目に絆されたのか、少しだけ素直になれた気がした。

 

「それよりも、はい。ジュエルシード。」

「えっ!?」

「…忘れてたの?」

「…あはは。」

 

慌ててジュエルシードを受け取るなのは。

自分の取引は覚えていてこちらの取引を忘れているとは…黙っておけばよかっただろうか?…まぁいい。今の俺は妙に気分が良いのだ。

 

「あそこの岩場にジュエルシードがある。」

「…へっ?」

「餞別。…最後に全部取り返す。」

「あっ…うん!」

「…またね」

「うん、またね!」

 

銀髪オッドアイ達に目線をやると、結界を張っていた…神谷だったかな?が結界を解除してくれた。

 

「フェイトォー!心配してたんだよ!!」

 

結界が解除されて直ぐ、アルフが飛び込んできた。解ったからそんなに抱き着かないで欲しい。

 

「アルフ、撤退。」

「えっ、でもまだジュエルシードは…」

「負けた。だから、撤退。」

「…えっ、負けた!?フェイトがかい!?」

「撤退。」

「わ、分かったってば!」

 

慌てて俺を解放するアルフ。

成果は無いどころかマイナスだったが、取引の事を思えば特になんてことはない。最後に勝てば、全て手に入るのだから。

 

 


 

 

「…ん?」

「どうしたの?」

「いえ、小規模な次元震?を感知しました。」

「…見せてくれる?」

「はい、えっと…これですね。次元震と表現するには本当に極小規模ですが…」

「…この次元座標、第97管理外世界よ。」

「管理外世界で次元震に満たないとはいえ…ここまで届くほどの強力な魔力反応ですか?」

「…一度、確認の為に出向いてみましょうか。何かあってからでは遅いわ。」

「了解しました!」




フェイトの敗因は油断も多く含まれていますが、それ以上になのはのイレギュラーさが大きく関係しています。

因みに原作11話のなのはと比べると、
原作11話のSLB>現在のディバインバスター
原作11話のディバインバスター<<現在のディバインバスター
くらいのバランスです。


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時空管理局執務官の苦境

タイトルで分かると思いますが、クロノくん登場回です。
ただし過去編は長くなってしまう上に捏造設定に溢れてしまうのでカットしております。

そして、先に謝っておきたい事があります。

エイミィファンの方々、本当に申し訳ありません。


 数多の次元世界を管理する組織、時空管理局。

 その組織に所属する次元空間航行艦船アースラが、第97管理外世界からの魔力反応を捉えられたのは殆ど偶然だった。

 たまたま付近を航行中に強力な魔力反応を感知した…切っ掛けはそんな些細な物だった。

 基本的に次元間を渡る技術を持たない世界は管理局が関与するべきではないと管理局法で定められているが、魔法文明のない世界で魔力反応を感知した為、本部に連絡した後、()()()()()現場に向かっただけだったのだ。

 

 

 

「クロノくん!しっかりして!!クロノくん!!ごめんね、私の配慮が足りなかったから、こんな…失敗…っ!」

「エイミィの所為じゃないよ…本来、僕も想定出来た範囲のハズだった。…管理外世界と油断していたのは、僕だ…」

 

 今、俺は補佐を務めてくれているエイミィに抱えられ、ギリギリで意識を保っているところだった。

 目の前には自分を責めているのか、辛そうな表情を浮かべるエイミィ。周りを見ると複雑な表情をした母さん(リンディ)と心配そうにこちらを見る、もはや顔馴染みとなった搭乗員達(銀髪オッドアイ)

 

「大丈夫…少し、古傷が開いただけさ。…ぐっ!」

 

 平静を保とうとしても、腹部から感じる痛みに思わず顔を(しか)めてしまう。

 

「クロノ、少し部屋で休みなさい。」

「…っ!母さ…艦長、大丈夫。これくらい、問題無いです!」

「今のあなたに冷静な判断が出来るとは思えません。…今は、休みなさい。」

 

 …解っている、今俺が()()()()に行けば…冷静ではいられない。抉られた古傷は、()()の存在を否定するように今も痛みを訴え続けている。

 …それに、俺と同じ痛みに耐えている母さんの気遣いを無碍には出来ない。

 

「…分かりました。…母さんも、あまり無理はしないように。」

「えぇ、そうね…そうするわ。」

 

 ドアをくぐり、自室へ向かう途中…俺はどうしてこんな事になってしまったのか思い出していた…

 

 

 


 

 

 

「もうすぐ例の魔力反応があった管理外世界ね。いざと言う時の為に、何時でも出られるよう準備しておきなさい。」

「はい、艦長。」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺はこれまでの事を思い返していた。この世界でクロノとして生を受けてから、色々な事があった。…本当に色々な事が。

 転生の願いで『管理局でも上位に入れるスペック』を望んだからか、前世よりも遥かに物覚えが良く生まれた俺は、幼くして魔法の才能も発揮した事もあって神童と呼ばれた。

 母の勧めもあって管理局に入ってからはメキメキと頭角を現し、今はこうして執務官にまで上り詰めた。…ここまでは問題なかった。

 問題は、俺がアースラに配属される事になってからだ。

 

 

 

 …原因は銀髪オッドアイ。もはや悪夢だった。

 

 何故俺が責任ある立場になる前に入局してくれなかったのかと、今でも思う事がある。

 奴らは全員が転生者であり、その為か『ほぼ同じ時期にこの世に生を受け』、『ほぼ同じ時期に管理局に入局した』。全て『原作に介入しよう』と言う目論見からくる行動だろう。

 当然の事だが人事を始めとして酷いパニックだった。万年人手不足の管理局員としては、優秀な魔導士を欲する気持ちは解る。何せ彼らは皆Aクラス以上の魔力を発揮しており、更に半数近くがレアスキルを持っていた。

 当然上の連中は全員迎え入れようと乗り気だったが、現場ではそう簡単には行かない。

 コピペでもしたかのようなそっくりさんが500名以上同時に入局したのだ。彼らが一般局員の内はまだ良いかも知れないが、昇進して行き『責任ある立場』になった時は間違いなく各部署間での情報のやり取りに混乱を招く。

 分身等の魔法が使用されていない事を確認する段階で、彼らの魔力波動はそれぞれが異なっており、別人と識別できることが判明したのは不幸中の()()()()()()幸いだった。…彼らを見分けるには魔力波動を見るしか無いと悟った人事は、研究部に申請し『特殊な名札』を開発。管理局の各セキュリティに連動させる為の手続きや開発、それぞれの部署間の連絡にてんやわんやだった。

 …そう。何を隠そうこの段階で『執務官』などと言う責任ある立場になってしまっていた俺もガッツリ巻き込まれたのだ。…今でも思い出すだけでげんなりする。

 

 なぜこんな事を思い出しているのか?このアースラにも十数名搭乗しているからだ。目の前でパネルを操作している奴らを含めて…

 

「第97管理外世界…調べてみましたが、魔力を有して生まれてくる人の割合は少ない為、魔法文明発展の可能性はほぼ無しとみなされているようですね。」

 

 そんな事をぼんやり考えている間、俺の補佐兼管制官のエイミィが地球…第97管理外世界の情報を調べてくれていた。

 

「第97…確か、グレアム提督の出身がその世界じゃなかったかしら?」

「確か地球のイギリス…でしたね。」

 

 ギル・グレアム提督。数年前、俺の父であるクライド・ハラオウンと共に『ある事件』に関わった提督だ。

 …そう言えば、あの人も地球出身だったな。遠い記憶だった事もあって忘れてしまっていた。

 

「優秀な魔導士よ。今回確認できた魔力波動の持ち主共々…ね。」

「うーん…魔力保有者が産まれにくい分、魔力を持った人に素質が集まりやすい…とか?」

「さあ?その辺りの事情は今のところどちらでも構わないわ。問題は『魔法文明が発展しない筈の世界』で何故、『次元震に発展しかねない程の魔力』が放たれたのか?よ。」

 

 原因はまぁ、予想できる。高町なのはとフェイト・テスタロッサと言う将来管理局のエース達がロストロギアを巡って何度も争っているのだ。その戦闘の内の一つの魔力を感知したのだろう。…よく無事だったな、地球。

 

「…エイミィ、その管理外世界の資料には何かヒントになるような事は書かれていなかったか?」

「無かったね~…やっぱり現地の状況を確認しない事には何とも…」

 

 …まぁ、無いだろうな。二人の魔導士もジュエルシードも、『たまたま同じ時期』に地球に集まっただけなんだから。…ん?『同じ時期』…嫌な予感がするけど、なんだろう。何故か帰りたくなってきた。

 

「…そうか。」

「…はぁ…やっぱり良いなぁ…」

「ん、何か言ったか?」

「いやいや!何でもないよ!」

「…?そうか…?」

「うんうん!」

 

 何かエイミィが言っていた気がするが、俺はどうにもそれどころじゃない予感がする…

 


 

 危ない危ない…思わず声に出てたみたい…

 こんな天国のような職場に就けたんだから、振る舞いには気を付けないと!

 

 でも………はぁっ、やっぱり良いなぁ…クロノくん!

 あどけない顔!きりっとした表情!!まだ声変わりしていない中性ボイス!!!

 既に私よりも強いし、上司だけど…色々オトナのセカイを知らなそうな純朴さが最ッッッッ高!!

 

 あぁ…この世界に転生できて良かった!やっぱりクロノくんは最高だよ!

 何とかもっとお近づきになれないかなぁ…やっぱり、もっと活躍して実力をアピールしなきゃだよね!

 

 …と、現地の映像が撮れたみたい。ナイスタイミング!

 

「クロノくん、現地の映像来たよ!モニターに出力するね!」

「ん、頼むよ。エイミィ。」

「まっかせて!」

 

 パネルを操作して、コレで…良し!………あ゛っ…

 


 

「クロノくん、現地の映像来たよ!モニターに出力するね!」

 

 …地球の映像か。前世に暮らしていた星と考えると感慨深く思うところがあるな。

 違う世界だし、やはり少し異なっているのだろうが…懐かしく思うくらいは許されるだろう。

 

「ん、頼むよ。エイミィ。」

「まっかせて!」

 

 エイミィがパネルを操作し…モニターが懐かしい故郷を…

 

『なのは…フェイトと協力するのは良いが、皆をどう説得するつもりだ?』

『あいつらもリベンジに燃えてたからな…』

『…えっと、全部終わってから個別に再戦って言うのはどうかな…?』

『あいつ等それで納得してくれるかなぁ…』

『意図は汲んでくれるだろうけど、やっぱり賭けている物がある方がお互いに全力でぶつかれるよなぁ…』

『『『『『『『う~ん…』』』』』』』

 

「う~ん…」

「クロノくん!?大丈夫!?しっかりして、クロノくん!!」

 

 いかん、思わず意識が…

 

 …そうだよな、そっちにも居るよな…

 

 ……あいつ等、やっぱり管理局に入ろうとするんだろうなぁ…

 

 あぁ…胃が、痛い…




現在アースラの搭乗員の2/3が銀髪オッドアイです。

そして、クロノくんエイミィさん共に転生者ですが…エイミィさんの前世は…ショ○コンです。本当に申し訳ございません。でもアースラに同乗出来ているので無害です。ほんとうです。

以下、銀髪オッドアイの付けている『特殊な名札』の設定。

名称:半同一個体識別名札(酷すぎる名称の理由は当時の開発担当の鬱憤晴らしが半分)
機能:それぞれに登録されている魔力パターンと、着用者の魔力パターンが一致していないと効果を発揮しない。
   起動中は名札の上部に引かれたラインが僅かに発光し、一定周期で変化する魔力信号を放つ様になる。
   一定以上のセキュリティがかかっている部屋に入る為にはこの信号が必要になる。
   また、個人の証明用として中央下部に設置されているボタンを押す事で登録者の顔写真がホログラムで空中に投影される。(顔写真のみのすり替え偽造防止用)
   これらの機能は着用者の魔力を用いて発動する。(必要な魔力は魔力弾一発にも満たない僅かな物)

アースラ搭乗員だけでなく、管理局本部の銀髪オッドアイ達も全員付けてます。
因みに、この名札の機能実装に当たって管理局の各セキュリティに大規模な改修が入った為、管理局設立以来最大規模のデスマーチが行われた模様。


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未知(既知)との遭遇

遅くなりました!すみません!

温泉回です。


フェイトが去ってから数分後…取引内容に関する説得は後で考える事にして、俺達は一旦旅館へ戻る事にした。

 

「なのは!無事だったのね!」

「なのはちゃん!」

「アリサちゃん、すずかちゃん!待っててくれたの!?」

 

二人は旅館の入り口で俺達の帰りを待っててくれていた。

 

「当然でしょ。あんな危ない物(ジュエルシード)が関わってるんだし、心配で温泉どころじゃないわよ…」

「音とか凄かったんだよ?途中からは聞こえなくなっちゃったけど…」

「あはは…心配かけてゴメンね…」

 

フェイトが戦っている時はスパーク音とか雷鳴が絶えず響いているからなぁ…封時結界の有難みが本当に良く分かる。

 

「それで、勝ったのよね?」

「うん、勝ったよ!」

「…なら良いのよ。ほら、疲れてるでしょ?温泉行くわよ!」

「あっ、待ってよアリサちゃん!?」

「待ーちーまーせーんー!」

 

アリサに引っ張られるように更衣室へ連行されていく…後ろからはすずかも笑顔で付いて来ており、逃げ場は無いようだ。

 

 

 


 

 

 

温泉から上がった直後の事だった。正面からアリサに手を引かれたなのはがやってきた。もう一人の友達であり、忍の妹でもあるすずかも一緒のようだ。

 

「なのは、今から温泉か?」

「お兄ちゃん!お兄ちゃんは今上がったところ?」

「あぁ、晩御飯までには部屋に戻るんだぞ?」

「うん!」

 

なのは達と別れて直ぐ、今度はなのはの同級生で転生者であろう銀髪オッドアイ達が揃ってやってきた。

 

「お前たちは…なのはの友達だったな。今から温泉か?」

「あっ、はい。」

「…」

 

…見れば見るほどそっくりだな。転生の時に誰かと相談出来たりはしなかったから…全員この外見を願ったと言う事なのか…?

 

「…えっと?」

「…いや、なんでもない。」

「あっ、そうですか?」

 

父さんは歩調だとか体幹や気配で見分けると言ってたが、俺にはまだ早かったようだな…恭也として生まれてからと言うもの、恭也としてふさわしい男になろうと鍛錬は欠かしていないつもりだったが…まだまだと言う事か。

 

「と…そうだ。わざわざ言うまでも無い事だとは思うが…」

「はい?」

「女湯を覗こうとか考えるなよ?」

「覗きませんよ!?」

 

まぁ本当に覗こうとしてると思ってはいないが、こういうのはある意味『お約束』だからな…

 


 

 

 

「お前たちは…なのはの友達だったな。今から温泉か?」

「あっ、はい。」

「…」

 

…なんだろうか、何やらすごく見られている気がする。と言うかガン見されてる…俺達何かしたか?

 

「…えっと?」

「…いや、なんでもない。」

「あっ、そうですか?」

 

何だろう、何かを諦めたような…悔しさのような物を感じる…

 

「と…そうだ。わざわざ言うまでも無い事だとは思うが…」

「はい?」

「女湯を覗こうとか考えるなよ?」

「覗きませんよ!?」

 

それだけ告げると恭也は去って行った。

…もしかして、恭也なりの冗談だったのだろうか…?

 

「なんか…恭也さんってイメージと少し違うな。」

「あぁ、なんて言うか…思ってたより、雰囲気が柔らかい感じ…?」

「でもたぶん半分くらいは本気だったぞ。」

「えぇ…初対面でそれは少し失礼じゃね?」

「…で、何?お前ら覗く気だったの?」

「覗かねぇよ!?」

「人聞き悪い事言うんじゃねぇよ!」

 

そんな冗談を言いながら俺達は男湯の方に入って行った。

 

 

 


 

 

 

アリサとすずかが目の前で着替えている。…まぁ、俺も普通に着替えている訳だが。

 

「あれ、なのは?今から入るの?」

「あ、お姉ちゃん。」

 

大浴場の方から美由希さんが出てきた。どうやら恭也さんと同じく先に温泉に入っていたようで、今上がったところらしい。

 

「みっ、美由希さん…大きい、わね…」

「ア…アリサちゃん…」

 

アリサが美由希さんの方を見て固まり、すずかが少し残念な物を見るようにアリサを見ている。

 

「あっ、二人も今から入るんだ。夕飯に遅れないようにね?」

「あはは…さっきお兄ちゃんにも言われた」

「あ、お兄ちゃん先に出てたんだ。あ、そうだ!温泉に入る前に髪の毛はちゃんと上げておくんだよ?温泉につけちゃうと傷んじゃうからね。」

「はーい!」

「はい!」

「…」

 

そう言って備え付けの鏡の前で鼻歌交じりに髪の手入れを始める美由希さんと、未だに固まっていながらも目線が美由希さんから離れないアリサ。…いや、裸なんだから早く大浴場に行かないと風邪ひくぞ?

 

「くしゅんっ!」

「アリサちゃん…」

「…はっ!な、なによ…別に何でもないわよ!?」

 

すずかの視線が呆れを通り越して生暖かい慈しみを湛えたものになっている。アリサは普段冷静な分、ギャップが刺さったのかもしれない。

…俺はアレだな、なんというか見慣れてしまった。そりゃ勿論最初はついついチラ見してしまったりもしたが、それだって5歳くらいまでだ。美由希さんや桃子さんは俺が幼い頃、よく俺をお風呂に入れてくれていたからな…士郎さんが回復するまでは特に二人と入る機会が多かった。

すずかも俺と同じような感じだろうな…姉の忍さんに、ノエルやファリンを始めにメイドさんも多い。耐性が無かったのがアリサだけだったのだ…うん。

 

「アリサちゃん、大丈夫。」

「す、すずか!?」

「私は見慣れているけど、アリサちゃんは一人っ子だもん。仕方なかったんだよ。」

「ちょっ、何!?撫でるなぁ!」

 

と仲良く大浴場に向かって行ってしまったので、俺もユーノを連れて慌てて付いて行く。

 

≪楽しそうね、彼女達≫

≪ユーノ。まぁ、そうだな…≫

 

勿論ユーノは冷静だ。原作と違って中身は女性だからな。原作のように動揺する理由がそもそもない。

 

≪で、どうなの?≫

≪何が?≫

≪堂々と女の子の裸を覗いた感想は?≫

 

意地悪な質問だが声のトーンから察するに本気では無く、どうやら俺を揶揄(からか)っているようだ。

 

≪…ユーノも分かってるだろ?罪悪感も興奮も無いよ≫

≪何よ、つまらないわね…まぁ、そんな感じとは思ったわ≫

 

境遇で言えばユーノも似たような物だろう。もう俺達の元の性別を証明するものは、自身の記憶だけなのかもしれない。

この先俺達が成長して思春期を迎えた時、どっちに恋愛感情を抱くのか…その時までに今の性別にも向き合わないといけないんだろうな…

 

≪ユーノはどうするんだ?将来のお相手は≫

≪本当にどうしようかしらね…前世じゃ仕事が旦那様だったし、また無限書庫(仕事)と結婚しようかしら?≫

≪ドライだなぁ…≫

≪きっと思春期迎えても変わらずこのまま過ごして、三十路が見えてきた辺りでまた焦るのよ。その時の私に任せるわ≫

≪乾いてるねぇ…≫

≪それとも、案外あなたも私も元同性に運命を感じるようになってるかもね?≫

≪…少なくとも今は寒気しか感じないな≫

≪でしょ?なるようになるわよ、きっとその内ね≫

 

念話をしながらアリサを追って大浴場にやってきたが…アリサとすずかが居ない。

…それにこの風景、何か違和感があるような?

 

 

 

 

 

 

…何でリンディさんが湯船に浸かってるんですかね?

 

 

 


 

 

 

「更衣室を見る感じじゃ、今男湯は実質貸し切り状態…」

「恭也さんはさっき出た。あの様子からして士郎さんは今大浴場には居ない…」

「つまり…?」

「「「貸し切りだッ!」」」

 

…勢い良く大浴場の扉を開けると、俺達を待っていたのは湯船に浸かっているクロノくんでした。何故!?

 

「…やぁ、待っていたよ。実に不本意ながらね。」

 

一言目から失礼過ぎるだろこの執務官。とりあえず作戦会議だ。

 

≪何であんなに機嫌悪そうなん?≫

≪知らん。俺等初対面だよな?画面越しには一方的に知ってるけど。≫

≪『実は僕と君達とは前世からの因縁があるのだよ』的な?≫

≪俺らの前世ふつーの地球人なんですが?≫

≪違いない≫

 

念話でこそこそ喋っていると…

 

「まぁ、君達も湯船に浸かると良い。その恰好では体調を崩すぞ?」

「あ、ハイ」

「お邪魔します…?」

 

軽く体を洗ってから湯に浸かる。…俺達なんでクロノと一緒に湯船に浸かってるんだ?

…すみません、クロノさん?なんで結界を張る必要があるんですかね?

 

「…君達を待っていた理由は他でもない。時空管理局の事は知っているだろう?」

「あっ、ハイ」

「ちょっ、おまっ!」

「えっ、あっ!しまった、つい!」

 

なんてこった、この短時間で俺から情報を引き出すなんて…これが若くして執務官に上り詰めた男の手腕…!

 

「隠す必要はないさ。僕は君たちのような者を()()()()()()()()()()…!!」

 

少なくともその人達と友好的な関係では無さそうだな…声のトーンで分かるわ。何やってんだよ転生者ぁ…

そしてクロノがおもむろにデバイスを取り出し、攻撃かと思わず警戒する俺達をよそに…空間に映像が投影される。

これは何だろうかとクロノに目線を向けると、「とにかく見ろ」と言わんばかりに映像を顎で指す。

…本当に何したんだよ転生者。クロノがここまで失礼な行動取るなんてよっぽどのヘイト稼がないと有り得ないんだけど…?

そう思いながらも目を映像に向けると、映っていたのはなんとも豪勢なシャンデリアがぶら下がった一室だった。

…これは、部屋の様子から考えるとパーティ会場か?随分広いな。色とりどりの料理が並べられている一方で、会場に居る殆どの招待客は()()()()()()()()のようだ。しかし料理よりも壇上に上がったナイスミドルの挨拶が優先らしく、皆はその()()()()()を壇上の男に向けて静かに言葉を待っている。

 

『えー…君達はこれより、次元世界を守る時空管理局の一員で…ある。』

『…』

『それぞれの…あー、正義を胸に…その、くっ…負けんぞ…! 凶悪なる次元犯罪者及び、危険を孕むロストロギアの脅威より、無辜なる民を守る盾として、正義を貫く鉾として…』

『…』

『…であるからして、我らこそがこの世界の秩序を守る者であると言う矜持を忘れず…』

『…』

…ぐっ、胃が…ッ! 信念を決して曲げる事無く、常に高潔たる精神を…』

 

…それは恐らく時空管理局の新入局員へ向ける歓迎のあいさつだったのだろう。だが、目の前にずらりと並んだ銀髪オッドアイ達を前に()()()体調を崩し、胃を痛めながらもスピーチを続ける漢(隈が凄い)の光景は、挨拶の場と言うよりもまるで戦場のようだった。

 

「えっと…この映像は?」

「…去年の新入局員歓迎会の映像だ。」

「そのぉ…この大量の銀髪オッドアイ達は…もしかして?」

「…同時期に入局試験をパスした新入局員達だ。」

「あの…挨拶していた人、凄い隈だったんですけど…何で彼に」

()()()()5()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

瞬間、クロノから凄まじい圧が噴出した。




歓迎会の挨拶は適当です。管理局の挨拶なんて知らないのでなんかそれっぽい感じで…

新入局員への挨拶を済ませたナイスミドルは舞台袖に引っ込むと同時に、やり遂げた漢の顔で立ったまま意識を失いました。(生きてる)


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光との遭遇

引き続き温泉回。

2話に渡って温泉に居ますが、小説内の時間はあまり進んでないので(彼女たちの体調は)大丈夫です。
でも(小説としては)大丈夫じゃないかもです。


辺りを見回しても、先に大浴場に入って行ったはずのアリサとすずかは見当たらず、更には若干灰色がかった風景に何故か湯船に浸かっているリンディさん…

とりあえず今分かるのはこの場には結界が張られていて、どうやら時空管理局が原作の流れよりも早く地球にやってきた…と言う事くらいか。

 

「待っていたわ、地球の魔導士さん。」

「…えっと、貴女は…?」

「私は時空管理局所属の魔導士リンディ・ハラオウン…と言っても、地球の方にはあまり聞き馴染みは無さそうね。」

 

≪ユーノ、時空管理局が来るって事は次元震が…?≫

≪起きたんでしょうね…思い当たる節は、多分転生者の誰かの魔法かしら?≫

≪フェイトも含めてな≫

≪貴方も含めてよ≫

 

「時空管理局…もしかして、ジュエルシードを?」

「あら貴方…スクライア一族の方だったのね?」

「はい、僕はユーノ・スクライアです。彼女は…」

「えっと…私、高町なのはって言います。」

「ユーノさんに、なのはさんね。色々とお話を伺いたいのだけれど、そのままでは風邪をひいてしまうわ。湯船に浸かりながらお話ししましょう。」

 

言われた通りに身体を軽く洗ってから湯船に浸かる。

結界内の温泉の温度は大丈夫なのか気になったが、普通に暖かくて安心した。

 

「さて、先ずは管理局がこちらに来た理由をお話ししなきゃね…」

 

そう話を切り出したリンディさんから明かされた内容は、さっきユーノと念話で話した内容と大きな差は無かった。管理外世界で次元震ギリギリの魔力を感知し、念の為に様子を見に来たと言う事だった。

 

「こちらの事情はこのくらいです。…ところで、スクライア一族の方が何故管理外世界に滞在を?」

「えっと、実は…」

 

そしてユーノがおずおずとジュエルシードの事を話し出した。

どうやら地球にロストロギア(ジュエルシード)がある事に関してはまだ感知していなかったのか、リンディさんも驚いている様子だった。

 

「…と言う訳です。」

「そう、ロストロギアが管理外世界に…それならば管理局を頼ってくれても良かったのに…」

「僕の不注意が招いた結果なので、自分の力で解決しなければと…」

 

ユーノはどうやら原作に沿った動機にするようだ。ユーノも今回の元凶については知っているが、本来知っていて良い情報でもないし…話せる事と話せない事を考えると自然とこうなるんだよなぁ。

 

「それは立派な心掛けだわ。だけど、貴方達スクライア一族は種族柄ロストロギアに関わる事が多い…今度そう言う状況になったら、迷わず管理局を頼りなさい。私達はその為に存在しているのだから。」

「…はい、すみませんでした。」

「責めている訳ではないのよ。寧ろ、これまでの判断は…特にその子を協力者とした判断は素晴らしいわ。」

「…? なのはが、ですか?」

 

…こんな会話あったか?管理局からしてみればこの時点のなのはは、たまたま巻き込まれただけの現地人のはず…

ユーノも疑問に感じたのだろう。確かめるように問い返すが…

 

「詳しくは話せないけれど、ね。」

「…?」

「それよりも、ジュエルシードよ。膨大な魔力を有し、時にその魔力を暴走…危険な存在だわ。複数のジュエルシードが互いに干渉し合えばどんな事が起こるか…想像もできない。」

 

はぐらかされた感が否めないが、こちらとしても今の最優先事項はジュエルシードの一刻も早い回収だ。このまま管理局員の協力も仰げれば、散らばったジュエルシードの回収は早く済む…

 

「ここが管理外世界なのが唯一の救いね。ジュエルシードが魔法に関係あると知らなければ、一般の方が意図して捜索する事も無いでしょうし…」

 

…あっ。

…どうしよう。言うか…?でもこれ管理局的には犯罪じゃないの?いや、でもここ管理外世界だしセーフか?だって知らないルールなんて守れる訳無いもんな!うん、俺は管理局について何も知らない一般魔導士!OK、理論武装完了!

 

「えっと、その事なんですけど…」

 

≪言うの!?なのは!管理局法的にグレーよ!?≫

≪言わずに後でバレる方が怖い!今言えば管理局法なんて知らなかったで済むけど、ここで隠せば本当は知ってたんじゃないの?って言われそう!≫

≪な、なのははそうだけど私は!?私スクライアよ!?≫

≪情報の拡散は現地人がやったし、あの時ユーノはアルフの対処で手が回らなかった!これで行こう!≫

≪私、本当に大丈夫かな…≫

 

どうせこっちの番組チラ見されたらバレるんだ!まだHOTな話題でオカルト方面のコメンテーター巻き込んでそこそこ盛り上がってるんだから!…と、言う訳で話してみたらリンディさんは固まってしまった。

 

「管理外世界で、現地の人に…映像を撮られ、情報として全国拡散…? 子供達中心にロストロギア探しが大ブーム…?」

 

どうしよう、改めて聞くと本当にすごい事になってる…でも俺知らなかったし!?と言う風に進めるしかないのだ。ごめんリンディさん!

 

「ごめんなさい…」

 

謝る理由は話せないが、誠心誠意心を込めての謝罪だ。リンディさんはこちらの事が頭から抜けていたのか、ハッとこちらに気付いた素振(そぶ)りの後、

 

「いえ、気にしないで頂戴。こちらの事よ。」

 

と気遣ってくれた。良心が痛む。本当にごめんなさい。

 

 

 


 

 

 

その子を初めて見た時、凄まじい衝撃を受けた。仕事柄色んな魔導士を見てきたし、一から育て上げた魔導士だって一人や二人じゃない。

だけど、目の前の少女の持つ才能はその中の誰よりも、大きい事が一目見ただけで分かった。

ユーノと名乗ったスクライア一族の少年が言うには、魔導士になってまだ間もない現地人の少女だと言う。それなのに、その内に秘めた魔力量は管理局の中でも並ぶ者は一握りに過ぎないだろう。

 

…きっとこの少女が()()()()()。ならば、私の取る行動は彼女のサポートだろう。

 

先ずはこの世界にばら撒かれてしまったロストロギアの回収ね。ここで彼女達の信頼を勝ち取る為にも、数多ある次元世界の為にも、失敗は許されない。

 

「ここが管理外世界なのが唯一の救いね。ジュエルシードが魔法に関係あると知らなければ、一般の方が意図して捜索する事も無いでしょうし…」

 

この手のロストロギアによる被害が最も大きくなるのは、何者かによる意思が関わった時だもの。悪意を以てロストロギアを利用しようと言う存在が無いのなら、管理世界での事件よりはスムーズに解決できるはず…ただ、ジュエルシードを狙う魔導士の少女の存在は気になるわね。このタイミングでわざわざ管理外世界に現れ、真っ先にジュエルシードを狙っている事から考えても『この件に一枚噛んでいる』なんてものじゃない筈…

 

「えっと、その事なんですけど…」

 

そう考えていた時に気まずそうに目の前の少女が話し出した内容は、この事件の解決の優先度を爆発的に引き上げた。

 

「管理外世界で、現地の人に…映像を撮られ、情報として全国拡散…? 子供達中心にロストロギア探しが大ブーム…?」

 

つまりはこの一件、迅速に解決しなければ不特定多数のロストロギアが複数の個所で同時に暴走しかねないと言う事。

予言云々の前にこの世界はおろか、付近の次元世界すら巻き込む大災害にさえなりかねない。

 

「ごめんなさい…」

 

だが、そんな事をこの子に背負わせる訳にもいかない。

 

「いえ、気にしないで頂戴。こちらの事よ。」

 

子供が自分の手に負えない失敗をしてしまったなら、大人が手を差し伸べる。そんな事、どの次元世界でも共通した常識だもの。

…被害が少なければ、始末書も少なくて済むはず!クロノも頑張ってるんだもの、私も頑張らないと!

 

 

 


 

 

 

約1年前、とある騎士が一つの予言を齎した。

管理局はこの予言を一部の上層部にのみ明かし、混乱を避けるべく箝口令を敷いた。

 

 

 

『燦然と輝く星々に、暗き凶星は救いを騙る

 捻じ曲がる時の針は、栄光と滅びを共に指す

 法の光の射さぬ地に、欲望の結晶が光を示す

 凶星の背後に滅びは潜み、凶星のみが姿を知る』

 

 

 

明確に記された『滅び』の二文字は、今まで一度も記された事は無かったのだから。




リンディさんの負担がクロノくん以上に跳ね上がってしまった…
まぁ、管理外世界での出来事なので…多分なんとかできるはず!

カリムの予言てこんな感じで良いのかな…?と30分くらい悩んだけど…多分大丈夫やろ、えぇい!と言う感じで投稿。大丈夫、きっとこんな感じだったと信じる。

カリムの予言で『滅び』と示された事が無いと言うのは独自設定です。
ただ、この類の予言が公に広まればパニックにはなるでしょうから、多分どのみち箝口令は敷かれるハズ…ノストラダムスの予言の年は結構パニックになったって聞いたことがあるので!


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スカウト

今回の落ちは今までで一番強引な気がする。
日常回の締めくくりって何気に難しいなぁ…

温泉回完結編。次回は既に帰宅後の話になります。


「わっ!?なのは!?ユーノも!?」

「い、今急に出てきた…よね?」

「あ、あはは…」

 

リンディさんとの話を終えて直ぐ、リンディさんは急ぎの用事があるとかでアースラに転移して行った。その直後に結界が解除されたのだが、そのせいで魔導士ではないアリサとすずかには急に現れたように見えたようだ。

…しかし、リンディさんと長時間話していたからか逆上せてきたかもしれない。そろそろ上がった方が良さそうだな…

 

「二人ともゴメン。私ちょっと逆上せて来ちゃったし、そろそろ上がるね。」

「…なのは、今入ってきたばかりじゃない?」

「私達もお湯に浸かったばかりだよね…?」

「…あー、また魔法?」

 

すずかはまだピンと来ては居ないみたいだが、アリサは何か気付いたようだ。詳しく話す訳にもいかないので、とりあえず頷いておく。

 

「そうなんだ。ちょっとだけ残念…」

「すずかちゃん…ゴメンね?」

「ううん、私は大丈夫だけど…」

「…あんたもたまには魔法の事は忘れて、落ち着ける機会を作りなさいよって事よ。」

「アリサちゃん…うん。きっと、もうすぐ…やること全部終わらせるから。」

「それなら良いわ。さっさと全部終わらせて、また遊びましょ!」

「頑張ってね、なのはちゃん!」

「うん!」

 

二人にそう告げ、ユーノを連れて大浴場を出る。更衣室に戻ると美由希さんも部屋に帰ったのか誰も居なかった。

 

≪ユーノ、あの話どう思う?≫

≪…なのはを()()()()()()()()()()()()()()話よね?≫

≪あぁ、確かリンディさんってこの時点では『高町なのはは一般人』『ロストロギアの解決は管理局の仕事』みたいなスタンスを貫いてたと思ったんだが…≫

 

そう、こちらの事情を聴いた後リンディさんは一般人であるなのは()を管理局にスカウトしてきた。一応その場での決断を迫るようなものでは無く、将来の選択肢の一つとして提示してきただけではあるが…どうにも違和感がある。

 

≪…そうね。少なくとも表向きはそう振舞ってたはず。≫

≪原作とこっちで何か事情が変わったとか?≫

≪あり得ない話ではないけど、それについて考えても仕方ないわ。≫

≪でも本人に聞いてもはぐらかされそうなんだよなぁ…≫

 

最初リンディさんも転生者ではないかとさえ思ったが、それならば多分原作に忠実に進めようとするのではないか?俺の知っている限り転生者は()()()()()()()に安心する傾向があるし、どちらにしてもなのは()は将来管理局に入るのだから…

この数年ですっかり慣れてしまった髪の手入れをしながらそんな事を話していると、やがて大浴場から二人が戻ってきた。

 

「そう言えばなのは、今日はもう魔法関係は終わりのハズよね?どのみち帰るまでは一緒なんだし…」

 

俺の隣で髪の手入れを始めたアリサが、そのまま話を切り出した。

 

「うーん…多分、そうだと思うんだけど…」

「何よ、随分歯切れが悪いわね…?」

「今ちょっと魔法関係の人がこっちに来てるみたいなの。」

 

リンディさんは去り際に「また話しましょう」と締めくくって転移した。どうもリンディさんの言う『また』と言うのは俺が思っているよりも近い未来である気がしてならない。

 

「…あいつら(銀髪オッドアイ)じゃなくて?」

「うん、本職…って言うのかな?別の世界から来たって…」

「ふーん…魔法の次は異世界か。なんか、私達の世界って思ってたよりもファンタジーね…」

「ふふっ、言われてみると確かにそうかも。」

 

やがてすずかも加えた三人で、魔法に関係ないごく普通の話をした。少し前までそれが当たり前だったのに、それが随分と特別な事のように思えて仕方が無かった。

 

 

 


 

 

 

俺達にさんざん愚痴をこぼして、クロノは帰って行った。…どうやら向こう(ミッド)はこっち以上にカオスな状況らしいと言う事と、クロノが相当苦労している事はなんとなくわかった。

 

≪なんか、散々な目に会ったな…≫

≪まぁ、温泉を満喫するどころではなかったな…≫

≪クロノの奴、随分溜め込んでたな。≫

 

部屋に戻った俺達は大浴場の話を振り返っていた。…結界を張って、いつもの訓練をしながら。

今も頭上には銀色の弾が飛び交っている。念話を使っているのはアースラが俺達の様子を覗いている可能性を考慮してのものだ。口頭ではいつものようにアホな事を言い合っている。

 

≪それよりも先ずはスカウトの件だろ、どうする?≫

≪それなぁ…クロノが言うには、『俺達みたいな特徴持ってる奴(銀髪オッドアイ)は大抵強いからスカウトしてる』…だっけ?≫

 

話題はクロノに持ち掛けられたスカウトの話だ。実は俺達の中には元々管理局に入る事を決めている者も居たのだが…どうにも今回の話に直ぐに食い付こうとする者は居なかった。理由は一つだ。

 

≪…クロノに対してこう言うのも変な話だけどよ…胡散臭くね?≫

≪それな…この場合多分管理局の方がなんか企んでるんだろうけどさ、俺達の特徴(銀髪オッドアイ)見ただけで胃を痛めてる奴が俺達(銀髪オッドアイ)を誘うかね?≫

≪て言うか、スカウトの話してる時のクロノの表情凄かったよな。≫

≪あぁ、多分どんなクソ不味い飯を食わされてもあそこまでの表情にはならないと思うわ。≫

≪苦虫を噛み潰したなんてレベルじゃ無かったよな。≫

≪少なくとも人をスカウトしながらする表情じゃ無かったな。≫

 

話を持ち掛けている側であるはずのクロノが、終始『不本意』と言う本音を隠す処か顔全体を使って表現していたのだ。理由としては確実に例のデスマーチだろう。銀髪オッドアイはもはやクロノにとってある種のトラウマと言っても良いのかもしれない。…だが、それでも俺達を誘ってきたと考えると今回の話はただのスカウト話じゃなくなってくる。

 

≪でもよ、それってやっぱり管理局がヤバい事に直面してるって事だよな…?≫

胃痛の種(俺達)抱え込んでも回避したいリスクがあるともとれるな…≫

≪でも単純に上の方からの命令って事も考えられるぜ?≫

≪…どうする?≫

 

管理局が500人以上の転生者を囲い込んでも解決できない問題に直面しているのか、それとも単純に戦力を手当たり次第に集めているだけなのか…前者であれば俺達の身の安全すら危うい可能性がある。

 

≪どっちにしても、ジュエルシードの一件が解決するまでは保留だな…親が居るタイプの奴は学校だって行っておくべきだろ?≫

≪じゃあやっぱり俺はパスだな…今更小学校や中学校で学ぶことはそうそう無いけど、今の親も良い奴だしな…≫

≪良い奴って…今生の親だぞ?そりゃ前世の親とは色々違うだろうけど…≫

≪しょうがねぇだろ…精神年齢合わせると俺と同い年なんだよ…≫

≪…あー…そうか、親ありパターンだとそう言うのもあるか…≫

 

やがて決断を先延ばしにすると言う事になり、いつもの無駄話に切り替わろうとした時…待ったをかける奴が居た。

 

≪みんなちょっと待て…神宮寺、お前さっき『ジュエルシードの一件』って言ったよな?…何で『闇の書』じゃなくて『ジュエルシード』って言ったんだ?≫

≪…≫

≪…神宮寺、お前まさか…≫

≪え、マジか?≫

≪…どうにも今回の事で管理局の現状が気になってな。確かに管理局は万年人手不足な組織だが、原作でなのはに対してもスカウトなんてしてなかったんだぞ? 能力的にある程度の保証があるとはいえ、原作の管理局と方針が違い過ぎる。≫

≪言われてみれば…まぁ、確かに?≫

≪それに最近500人も銀髪オッドアイが入ったから戦力的には原作よりもマシなはずなんだよ。今の管理局は。≫

≪それでもまだ戦力を欲してるって…なに?戦争でもするのか?≫

≪いや流石にそこまであからさまだとクロノかリンディ辺りが気付いて、なんか行動起こすだろ。まぁ、何考えてるのか分からないが…一応個人的な懸念もある。≫

≪個人的って、お前生まれも育ちもこっち(地球)だろ?≫

≪…本当に分かってないのか? …フェイトの事だぞ。≫

≪フェイト!?何でここでフェイトが…あっ…≫

≪そうか、フェイトはこの件が解決したら管理局の保護観察対象に…≫

≪戦力を過剰に集めてるとしたら、フェイトは最悪の場合こっちに帰って来る事も…≫

≪解決の仕方によっては色々変わるだろうけど、プレシアが居なくなるか死亡すれば『身寄りがない子供の保護』と言う大義名分が、プレシアが生き残ったまま捕まれば『事情聴取や拘留』と言う形で『プレシア』と言う体のいい人質が手に入るって事か…裁判の判決云々以前の問題になるな。≫

≪まぁ、それはあくまで最悪中の最悪の場合だな。原作の人手不足な管理局でもフェイトの自由意思は奪わなかった…それを信じるべきかもしれないが、ここまで対応が変わってると()がそもそも違ってる可能性まである。万が一の為に救出に動ける奴が居た方が良いだろ?≫

≪ふぅん…?ほぉ…?≫

≪…なんだよ。≫

≪いや?もしもその話が現実になったとして、上手く救出できたとなれば…フェイトのお前への感情ってどうなるのかなって…な?≫

≪!≫

≪!!≫

≪!!!≫

≪おまっ、俺は別に…≫

≪≪≪≪ずるいぞ!?≫≫≫≫

≪狡くねぇよ!?俺はただフェイト()将来を考えてだなぁ!≫

≪フェイト()()将来ィ!?≫

≪そんな事言ってねぇだろ!?≫

≪…へっ、神宮寺。水臭ェじゃあねぇか。お前だけに危険な橋渡らせるような俺達じゃない…だろ?≫

≪いや、お前下心の塊じゃねぇか…≫

≪よせよ…俺達がお前と言う強敵(とも)をどれだけ大切に思ってるか…わかるだろ?≫

≪今のお前たちにジュエルシード触らせちゃいけないってのは良く分かるよ。≫

≪銀髪オッドアイが仲間になりたそうにこちらを見ている!≫

≪達者で暮らせ、親あり勢。≫

≪しかし、こうなると迷うよなぁ…なのはとより親密になるか、フェイトのピンチに駆け付けるか…≫

≪打算で人付き合い考えんな!≫

 

口頭でアホな事を言い合って、念話でもアホな事言い合って…今日は本当に平和だなって僕は思いました。




後半殆ど銀髪オッドアイのアホな日常会話…
自由に喋らせると毎回こんな事になるからいつも滅茶苦茶削ってます。

銀髪オッドアイの懸念は一部当たってて、管理局は現在戦力を集めています。
戦争とかでは無いんですが、ミッドでは並行してとある動きがあるのです。(多分1期とA'sの間に少しそれ関係の話を挟みます。)

後、小説内で登場人物が正解に辿り着く目途が立たないのでなのはの魔力の訳をばらします!

もうお察しの方も多いでしょうが、なのはさんが受け取った『なのはの能力』は原作開始時のなのはの能力ではありません。
『なのはの生涯で最もピークを迎えた時点でのなのはの能力』です。

ここで1話の内容を引用しますと、

>俺の特典は『高町なのはと同じ能力』でお願いします!!
>「ふむ…?
> …まぁ良かろう。」
>えっ、何その反応?

と言うやり取りがありましたが、ここでの神様の反応の内訳は

ふむ…?(どの時点の高町なのはじゃろ?)
…まぁ(ピーク時の能力で)良かろう。

です。なのはに産まれた理由は『なのはと全く同じ魔力波動』を持つのは『なのはのみ』だからです。
なのはのピーク時の能力を生まれながらに保有し、身体の成長と共に魔力が増え、
現在は『生涯全盛期の高町なのはの能力+1期時点の高町なのはの能力±訓練による原作との差分』となっております。

現在のディバインバスター<原作9話のSLBな理由については魔法に関しての個人的な解釈が含まれます。
リリカルなのはの魔法はプログラムによるものですが、同じ区分の魔法でもその種類は結構多いです。
魔法(プログラム)毎にある程度の上限値があるのではないかと言う考えですね。上限値のような物が無いとなのはさんがもっと手が付けられない事になるので上限を付けさせてください!(本音)

上限を付けないと全部ディバインバスターで終わるんです!SLBの出番が無いんです!
因みに平均魔力発揮値は大体800万くらいを想定しています。(最大はその3~4倍)
原作1期でのみ描写されたなのはさんの魔力が127万、StSでSLB5本同時発射してたのでその時点とピーク時をほぼ同じと考えて単純にピーク時5~6倍と推定。
その合計で大体これくらいかなと。


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取引成立

海鳴市のフェイトさん回です。
同時上映は『クロノくんの苦労人列伝 序章』です。

事実上の二本立てなので若干長め。

一期完結まで、若干巻きで行きます!…行けると良いなぁ…(願望


「本当に大丈夫なのかいフェイト、怪我とかしてないかい?」

「大丈夫だよ、アルフは心配性だね。」

 

温泉でなのはと戦った後、俺とアルフは一旦部屋に戻って身体に不調が無いか検査していた。

…と言うより、ほとんどブリッツアクションを使っていないかの検査だった。二人からの信用が無くなってきている…何とかしなければ。

 

「それにしても、貴女が正面から戦って後れを取るような魔導士が居るとは…

 ここは本当に管理外世界に指定されている世界なんでしょうか?」

「それは間違いないよ。魔導士って言ったって皆殆ど同い年…と言うか顔まで同じなんだけどさ…

 ともかく、少なくとも数年前までこの世界には魔導士なんて一人も居なかった筈さ。」

「…それは寧ろ異常さの方が際立つのですが。」

「…言われてみれば、それもそうだねぇ…」

「言われる前に、自分で気付いてください。…まぁ、今はそれよりもその魔導士についてですね。

 フェイト、貴女の感じた事を話してください。直接戦った貴女の抱いた感想を。」

 

戦った時感じた事…やはり一番違うと感じたのは、戦いに対する姿勢だろうか。

初戦では俺の速度を知らなかった事もあったと思うが、それを踏まえても守りを重要視していたように感じた。だが、この間の戦闘では明らかに攻撃に重きを置いていた。なのはのディバインシューターに対して俺にも認識の甘さはあったが、あれほどの機動性があればいずれ押し切られていた可能性も低くはない。

 

「…あの子は前回に比べて遥かに強くなっていた。それに…自分の力の使い方を理解してきている。」

「ふむ…今のままでは、次も負けてしまうと…?」

 

リニスが見定めるような目を向けてくる。…確かに、勝率が低くなってしまった事は認める。手の内の殆どはバレているし、切り札は使用を禁じられた。魔力の量で劣っているのは確実だし、こちらの動きを読まれていた辺り俺の癖も研究されたのだろう。

…だが、

 

「負けるつもりは無い。ただ、もう軽くあしらえる相手ではない。」

「…聞けば聞くほどに、空恐ろしい才能を持った相手のようですね。…私が教えられる魔法は一通り教えてしまいましたし、後は自ら研鑽するか…あるいはプレシアならば何か奥の手を教えてくれるかもしれません。」

「あたしは反対だよ!あいつがフェイトに何するか分かったもんじゃない!」

「アルフ…どちらにしても、途中経過の報告の為に一度は戻らなくてはならないのですよ?

 …私はここでお留守番ですが。」

「…ふん!」

「アルフ…」

 

アルフは(フェイト)の身を案じてくれているのだろう。…そう言えば物語でフェイトは報告の際に鞭を打たれていたな…俺自身痛いのは嫌だが、リニスの言う通り戻らなければならないのも事実だ。

…母さんは元々超一流の大魔導士。ダメ元で何か無いか聞いてみるのも手ではある。

 

「フェイト、貴女はどうしたいですか?」

「…私は、強くなりたい。最後の決闘に勝つためにも、何もしない訳には行かない。」

 

なのはとの取引についてはもう話した。他の転生者全員を納得させなければ成立しない取引だが、なのはなら説得できる…いや、なにがなんでも説得するだろう。

ならば俺も全力でそれに応えたい。これから出せる最善を尽くして。

 

「…帰ったら母さんに聞いてみるよ。私がもっと強くなる方法。」

「フェイト…」

「ふむ…そうですね、私も色々と考えておきましょう。貴女がより強くなるために何が必要か。」

「ありがとう、リニス。」

「いえ、大丈夫ですよ。貴女を産んだのはプレシアですが、貴女と言う魔導士を育てたのは私です。こればっかりはプレシア相手にも譲りたくはないですからね。」

 

その後、夕食の時間になるまで3人で話し合い対策を考えた。

リニスに結界を張って貰い、部屋の中と言う狭いスペースではあるがアルフやリニスと軽く組手を行う等して過ごした。

全ては最後の決闘でなのはに勝つ為に、初めて俺に敗北の黒星を付けた相手を倒す為に。

…こう言う関係をライバルと言うんだろうな。などと考えながら。

 

 

 

翌日の夕方頃、俺はジュエルシードを捜索するも空振りし、部屋に戻ろうかと言う所だった。

 

「フェイトちゃん!」

「!…貴女は…」

 

背後からの呼びかけに振り向いてみれば、そこに居たのはやはり高町なのはだった。

 

「フェイト…」

「大丈夫だよ、アルフ…要件は?」

 

間に入り、警戒する姿勢を見せるアルフを下がらせてなのはに向き合う。要件は恐らく例の取引についてだろう。

 

「うん、皆の説得は終わったよ。だから最後の決闘までは戦闘は無し!」

「…分かった。」

「ふぅん、ホントに説得できたのかい?表面上納得したフリしておいて、裏で襲ってきたりしないだろうね?」

『それに関してはこちらも保証しよう。』

 

アルフがなのはに詰め寄った瞬間、空中に映像が現れる。

 

「あんたは!?」

『時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。』

 

警戒心MAXと言わんばかりのアルフに、あくまで冷静に返すクロノ。…冷静と言うよりも覇気が無いように思えるが、何かあったのだろうか?

 

「…なんかやつれてるように見えるけど、大丈夫なのかい?」

『まさか他人の使い魔にまで心配される日が来るとは思わなかったよ。…昨日、この船で集まった面々が原因で少しね。』

「あぁ…まぁ、お大事に。…ってそれはどうでも良いんだよ。フェイトとこいつの約束についてはちゃんと守られるんだね?」

『今回の双方の取引は、管理外世界の受ける被害を抑えたい僕達にとっても有益な物だ。全面的に支援させてもらうよ。』

 

この件に関して管理局は地球の被害がより減らせる選択肢を選んだらしい。ジュエルシードの捜索中は追われる事も無さそうで、その点は一安心と言った所か。

 

「…まぁ、あたしとしては約束が守られるんなら別に良いさ。最後の決闘に関しても1対1は守るんだろ?」

『勿論。そちらが取り決めを反故にしない限り、こちらも手出ししないと誓おう。』

「少なくとも()()()()フェイトの邪魔になるような事はしないよ。」

 

アルフが釘を刺すように『あたしは』と強調しているが、正直この部分は俺としても少し怪しいと思う。

管理局はロストロギアが管理局外の勢力に渡るのを見逃すほど甘い組織ではない。何が何でもジュエルシードを確保しようとするはずだ。

…なのはが勝つと信じているのか、ジュエルシードを使って何か罠を仕掛けるつもりかは分からないが。

 

『では双方の了解が取れたと言う事で…なのは、彼女に端末を。』

「うん!はいコレ、フェイトちゃんに!」

「…これは?」

『連絡用の端末だ。ばら撒かれたジュエルシード全てが回収されたと確認でき次第、そちらに連絡する。決闘の日時や場所についてもその端末で連絡する。』

「…この端末に発信機の類が付いている可能性は?」

『無い…と言っても、信じてはもらえないだろうね。…そうだな、ならば毎日特定の時間と場所でなのはと二人で情報を共有する方が良いか。』

 

…随分物分かりが良いな。まるで元々こうする予定だったかのような不自然さを感じる。…俺が警戒し過ぎているだけだろうか?

だが連絡手段に使う端末を俺が訝しんでいる以上、方法は人伝しかない。念話でも良いかも知れないが、それは直接会うのと何ら変わらないからな。

 

「…わかった、それで良い。場所は?」

『聞けばその街…海鳴市と言ったかな?海沿いに大きな公園があるらしいね。

 そこならば君達の年齢で待ち合わせても違和感は無いだろう。』

「…公園?」

 

…それは物語でなのはとフェイトが戦ったあそこだろうか?

 

「あのね、海鳴臨海公園って言うのが向こうにあるんだ!」

 

となのはが海の方を指差して説明してくれているが、俺が疑問に思ったのはそこではない。まるで示し合わせたようにピンポイントでそこを指定されたことに関してだ。

 

『…昨日ここで散々騒いでいった連中…銀髪オッドアイの現地人がやたらとそこを推してきてね…

 「二人が会うならそこしかない」と訳の分からない主張をさんざんされたんだ。

 一応さっき言った内容も根拠の一つだが、彼等が信用できそうになければそちらで場所を指定してくれても構わないよ。』

 

普通に示し合わせてたのか…銀髪オッドアイが。…だが、納得は出来た。確かに彼等ならそう主張する者がいてもおかしくはない。

…若干癪だが分かりやすい目印でもあるし、文句はつけ難い。…癪ではあるが。

 

「…分かった、そこで良い。後は時間。」

『…一応聞くが、本当に良いのか? 彼らの事を疑っている訳では無いが、約束を破る者が居るとするならばそれは彼らの中の誰かになるだろう。』

 

まぁ、彼らの目的はせいぜい遠くから覗くとかそんなところだろう。例え襲撃されたとしても、そんな手段を取る相手に遠慮は要らないだろう。

 

「問題ない。襲撃されたら返り討ちにするまで。」

『そうか。君がそう言うのであれば僕達も何も言わない。…まぁ、襲撃されたなら()()()()()()()()()ぶっt…()()()()()()()()()()()()。』

 

今『ぶっ飛ばしてやれ』って言いかけたな。どうやら相当苦労しているようだ。

 

「解ってる、遠慮はしない。」

『うん、何よりだ。…それで、時間だったな…』

 

度々本音が見え隠れするクロノとなのはと相談した結果、丁度今くらいの時間が良いだろうと言う結論になった。

…これなら海のジュエルシードを回収しても良いかも知れない。

今まで海のジュエルシードに手を出さなかった理由は一つ。海のジュエルシードを暴走させるだけの魔法を撃てば、流石に俺も本調子ではいられない。俺の戦闘スタイルが近接戦に特化している事もあって、複数の竜巻相手は分が悪いのだ。

…だが、なのは達の魔力で暴走までさせてくれれば回収は難しい事ではないだろう。

どうせ最後の決闘で勝った者がジュエルシードを全て手に入れる契約だ、それまでは協力も出来る。

 

「じゃあ、よろしくね!フェイトちゃん!」

「うん、よろしく。」

 

…純粋に協力できる事を喜ぶなのはに、打算込みで物事を考えている事を申し訳なく思う。だがこれも目的の為。

私は、絶対に勝つ。

 

 

 


 

 

 

「お疲れ様、クロノくん!」

 

話が纏まり通信を切ったところで、後ろから声がかかった。

 

「別に苦労はしていないよ。…昨日の出来事に比べればね。」

「あ、あはは…フェイトちゃんだっけ? 話してみてどうだった?」

「やや警戒心は強いが、普通に話が通じる相手で良かったよ。…彼らもそうあって欲しかったんだが…」

「ま、まぁまぁ…もう会議室の()()は終わったんでしょ?」

「…まぁ、ね。」

 

その言葉で昨日の出来事が脳裏を過ぎった。

 

 

 


前日、アースラにて―

 

 

 

「では突然の事で申し訳ないが、この後アースラで今後の事について話そう。」

『うっす。お願いしまーす。』

『あ、転送って何時頃になります?流石に浴衣は寒いかなって…』

『そう言えばそうじゃん!クロノさん、そっちって寒いの?』

「…転送はそちらの時間で20分後。アースラの空調設備は問題なく稼働している。寒すぎると言う事はないはずだ。」

 

…話し合いの前にもう頭が痛くなってきた。

なのは達に説明をしている母さんを横目に見れば、まぁ良い笑顔。あっちは順調に説明が進んでいるようだ。…それに比べて。

 

『パァン!パァン!パァン!パァン!』

 

何で魔力弾をスーパーボールのようにぶつけ合ってるんだ…?

 

『お前今UN〇って言わなかっただろ!』

 

何でカードゲームを中断しようとしないんだ。

 

『いや、管理局との通信してるんだぜ?大目に見ろよ!』

 

舐めてんのか!? 管理局との通信してるんだぞ!?

 

「では20分後に転送させる!着替えるなら着替えておけ、以上!!」

 

返答は聞かず、強引に通信を切る。…あいつ等本当に転生者なんだろうな? 俺もクロノに転生してからは前よりも子供らしい精神状態に近づいている自覚はあるが、あいつら原作のなのはより明らかに精神年齢幼くなってるだろ!?

 

「クロノくん、お疲れさま…」

「…エイミィか。…何で僕は会議が始まる前にこんなに疲れているんだろうな?」

「…お茶、淹れてくるね。」

「あぁ、ありがとう…」

 

あいつ等集めて本当に会議は進むんだろうか?

 

 

 

20分が経ち、転送ポートを開いて彼らをアースラへ迎え入れたが、やはり早まったのではないかと考えざるを得ない。

 

「おぉ、すっげー!アースラだよアースラ!」

「ひゅぅー!近未来ー!」

 

小学生か、こいつら。…いや、小学生ではあるのだが…

 

「…君達は、彼等の様にはしゃがないんだな。」

「ん?…確かにSFみたいでワクワクしているところはあるけど、あいつ等見てると流石にな。」

「周りに異常にはしゃいでいる同年代が居ると、妙に落ち着けるよね…」

「…君達みたいな人が居てくれて嬉しいよ。」

 

アースラに招き入れた時に渡した名札によると、落ち着いているのは神谷と神宮寺と神原か…

逆にひどいのは神王と神藤…キョロキョロしているが、おとなしくついて来てくれているのが神無月か。

 

「何この壁の装飾!何のためにあるの!?」

「うお、滑々だァ!ナニコレ金属?プラスチック!?」

「済まないが、なのはを待たせている!おとなしくついて来てくれないか!?」

「…へっ、それを早く言いなよクロノ。」

「あぁ、女の子を待たせちゃ悪いからな…」

 

こいつらは…ッ!本当に…!!

 

 

 

「…では、例の取り引き…いえ、約束の為に説得して置かなければならない者がまだ居ると言う事ね?」

「うん…あっ、みんな!」

「よっ、なのは!例の取り引きに関してか?」

「うん。早くみんなにも話しておきたいなって…」

 

なのはの事を話してからは非常におとなしくついて来てくれたが、どうしてだろう。すごくイライラする。

 

「クロノ…ご苦労様。」

「艦長。先ほどの話は…まさか?」

「…えぇ、()()()()。」

 

聞けば、この会議室にある椅子では足りないらしい。…本当に勘弁してくれないか?

 

 

 

『アースラで?今から?』

「あぁ、急で申し訳ないが来てもらえないだろうか?」

『まぁ、良いっすよ。ジュエルシードも見つからないし…』

「…ありがとう。今から転送ポートを開こう。」

『…クロノさん、なんか疲れてないっすか?』

「来てもらえれば分かるさ。」

『は、はぁ…?』

「転送後はオペレーターに付いて行ってくれ。会議室まで案内させよう。」

『分かりました』

 

今度の彼はまともそうで良かった。名前は『皇』と言ったか…名札に書いておこう。

 

 

 

20分後、全員を転送し終えてから、休む間もなく会議室へ。

…おかしいな、まだ会議は始まっていない筈だが…なぜ声が漏れている?

 

「皆、この度は集まってくれた事を…ありが…たく…」

 

「フェイトに勝ったって!?凄いな!どうやったんだ?」

「お前の魔力じゃあなのはの真似はキツいだろ!」

「やって見ないと分かんねぇ!」

「ちょっと似てるのやめろwww!」

 

―パァンパァンパァンパァン!

 

…っ!…っっ!!

「静粛に!!」

 

途端に静まり返る室内、目を見開きこちらを見る銀髪オッドアイ共にすかさず指示を出す。

 

「会議室の椅子の位置を元に戻せ!なのはの周りにだけ固まるんじゃない!」

「す、すんません。」

「今戻します。」

 

「何で魔力弾をスーパーボールの様にぶつけ合ってるんだ!危ないだろう!今すぐ消せ!」

「あ、ごめん。最近癖になってて…」

 

「スナック菓子を持ち込むな!会議を何だと思ってるんだ!?」

「はい、今片付けます。」

「喰う事を片付けると表現するんじゃない!」

 

自由か!?お前らの住んでる街の安全がかかってるんだぞ!?

…そして何よりも…!

 

「…なぁ、僕は案内を終えたら持ち場に戻れと伝えたはずだよな…!?」

「はいッ!直ちに戻ります!」

 

なんでオペレーターが混ざっているんだ!!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

…だめだ、思い出しただけで頭痛くなってきた…

あの後、会議でフェイトとの取引を話したところ直ぐに納得してくれた者が7割…予想よりは多かった。

本来は自分達の世界の平和がかかってるんだから満場一致にして欲しかったがな。

その後、ロストロギアの危険性を伝えて漸く事の深刻さを理解してくれたようだ。…こいつら本当に前世の記憶を持った転生者なんだよな?と何度確かめたかった事か…

 

その後はその後でうち(アースラ)の銀髪オッドアイと妙に仲良くなってたり、ベタベタと壁の装飾を触りながら逐一用途を聞いて来たり…俺が知っている訳無いだろう! スナック菓子を食べた手で触るんじゃない!

…直ぐに彼らも帰らせたが、会議室の床に散らばったスナックの欠片やジュースを溢した跡…誰か炎熱の魔力変換資質で乾かそうとしたのか? 絨毯が少し焦げているじゃないか…

 

彼らが管理局に入局したら、厳しい事で有名な鬼教導官を付けてやろう。…そうしないと大変な事になる。

 

俺が地球に来て知ったのは、あまりにも浮ついた遠足気分の小学生のような銀髪オッドアイ(将来の管理局員)と言う辛すぎる現実だった。




お判りいただけているかと思いますが、基本的に地球の銀髪オッドアイ達は滅茶苦茶浮ついてます。
基本的に事件をお祭りのように感じているのが大半と捉えてくださると正しい認識になります。

…まともな人も勿論居るんですけどね。
名前が出た中で常識度が高い順番で並べると、

1位 神谷 圭祐
2位 神原 剣治
2位 神宮寺 雷斗
4位 皇 刀魔
5位 神楽坂 英雄

です。…誰か分からない?大丈夫、分からなくてもあまり支障はないです。


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一時帰宅

フェイトの実家回です。

実家回の後、決戦に入り、そのまま一期最後まで進める予定です。…多分!


「アルフ、準備は終わった?」

「…あぁ。まぁ、元々あたしは何か必要な物がある訳じゃないからね…」

 

アルフに忘れ物が無いか尋ねるが、よく考えればアルフに荷物らしい荷物は無かったなと思いなおす。…どうやら俺も少なからず緊張しているのだろう。

 

「じゃあリニス、お留守番よろしくね。」

「はい。…今から家に帰る二人にこういうのも変な話ですが、行ってらっしゃい。フェイト、アルフ。」

「うん、行ってきます。リニス。」

 

リニスにしばらくの留守を任せて、俺は部屋から足を踏み出した。

行き先は時の庭園。途中経過の報告を兼ねた、久しぶりの里帰りだ。

 

「ちゃんと無事に帰って来るからね!リニス!」

「…貴女はどこへ向かう心算なんですか?アルフ…」

 

 

 

やって来たのは屋上だ。飛翔魔法を使う時はすごく気を遣ったが、おかげで誰にも見られずに済んだ。

…最近のテレビはちょっと光るだけで『魔法使いか!?』と騒ぐから面倒なのだ。

 

「フェイト、忘れものとか無いかい?」

「…そう言う事は部屋を出る前に聞く物じゃない?」

 

明らかにタイミングがおかしいだろう。…何がしたいのかの察しは付くが。

 

「いや、別に向こうに帰るのを少しでも遅らせようって気はさらさらないんだけどさ…」

「…大丈夫だよ。お土産もジュエルシードもバルディッシュもちゃんと持ってるから。」

「お土産かぁ…やっぱり二人で全部食べちゃわないかい?多分あのババァは食べないよ。」

「アルフはもう食べたでしょ。美味い美味いって…」

「いやぁ、あのシュークリームが噂以上に美味くってさぁ…」

 

お土産は翠屋のシュークリームだ。以前『プレシアからどうやって魔法を教われば良いか』と言う相談をリニスに持ち掛けた際、リニスがしばらく考えた後「お土産でプレシアの機嫌がよくなれば、お願いもしやすくなるかもしれませんよ?」と言い出した。するとそれを聞いたアルフがどこからかグルメ雑誌を取り出し、丁度ピックアップされていた翠屋にしようと駄々をこねたのだ。

…まぁ、アルフが食べたかったと言うのが本音だろうが。

 

「そんなに食べたいなら、また今度買ってあげるから。」

「…分かったよ。」

 

そんなに母さんがお土産を食べるのが嫌か。まぁ、物語での仕打ちを見ればおかしくはないのか…典型的な悪役だったしな。

でもなぁ…あの時のただ涙を流すだけになってしまった姿を目の当たりにすると、母さんを何とかして助けたいって思っちゃったんだよな…

 

「次元転移…次元座標『876C4419 3312D699 3583A1460 779F3125』…開け、誘いの扉。時の庭園、テスタロッサの主の元へ。」

 

さぁ俺もそろそろ覚悟を決めよう、転移が終われば時の庭園だ。

 

 

 

後でリニスに聞いたのだが、この日の夕刊の2面は『マンションから伸びる謎の光』だったらしい。…ごめんね、管理人さん。

 

 

 


 

 

 

絶え間なく轟く雷鳴と距離感を感じさせない波打つ暗い空、次元の狭間に漂う悪魔の城を彷彿とさせる無数の尖塔。これがフェイトの実家である時の庭園の今の日常風景だ。

 

「待っていたわ、フェイト。」

「はい、ただいま…母さん。」

「…」

 

目の前にはフェイトの…生みの親であるプレシア。向かって右後方に似非執事とメイドのアンジュ…皆懐かしい顔ぶれだ。

…いや、似非執事だけはあまり懐かしさは無いな。毎日顔を合わせていた様な錯覚さえ感じる。

 

「先ずは家に上がりなさい。向こうでの話を聞かせてもらうわ。」

「…はい。」

 

プレシアはそう言って家の中に入って行く。フェイトと一緒に後を付いていく途中に通路や部屋を見渡すと、俺達が地球に行った頃と比べて機械兵が増えた気がした。

 

≪フェイト、何かあったらあたしが守るからね…≫

≪大丈夫だよアルフ、心配しないで。≫

 

…フェイトは何故かプレシアを信用しきっている。原作でもそうだったが、フェイトはいくら何でもプレシアに対して気を許し過ぎだ。

今のところは暴行を受けていないが、それでも既に育児放棄同然の状態だったって言うのに…

 

 

 

「母さん、これ…向こうのお土産です。シュークリームっていうお菓子です。」

「ありがとう、フェイト。…アンジュ、冷やしておいてくれるかしら?」

「はい、かしこまりました。」

 

…うん? 俺の気の所為じゃなきゃ、プレシアの奴随分と丸くなってないか?

似非執事達の様子から見て、今日が特別機嫌が良いって感じでもなさそうだ…あれが本当にプレシアか?

いや、まだ報告が終わった訳じゃない。ジュエルシードの回収率を聞いて豹変する可能性だって残ってるんだ。俺はアルフとしていざと言う時フェイトを守る義務があるんだから、油断しないようにしないとな…

 

 

 

リビングの机を挟んで座ったフェイトが、対面のプレシアに途中経過を報告している。…おかしいな。いや、親子の語らいとしてはごく自然な光景だが…原作ではなんか魔王の玉座の間みたいなところで拷問紛いの扱いを受けてた筈だが…

 

「…そう、集めたジュエルシードは5つなのね。」

「…はい、私以外にもジュエルシードを集めている勢力があり…その内の一人に後れを取りました。」

「大魔導士である私の娘であるあなたが、まさか負ける事があるなんてね。」

 

フェイトがなのはとの間に交わした約束の事を説明している間、精神リンクを通してフェイトの緊張が伝わってくる。…それと同時に恐怖と覚悟も。

フェイトもこの先の事を分かっていたのだろうか。それとも、俺の警戒がフェイトを怖がらせてしまったのか。どちらにしてもプレシアの言葉を待つしかない。…いざとなれば俺がフェイトを連れて逃げる。そのための算段を今の内に頭に組み立てておこう。

 

「なるほど…その相手の魔導士と戦い、勝てば全てのジュエルシードが手に入ると…?」

「はい…」

「フェイト、あなたはその魔導士に負けたのでしょう? 勝つ見込みがある約束なのよね?」

「…今の私では…その、難しいかも…しれません。」

「…そう。」

 

!…プレシアが席を立った。机をゆっくり回り込んで、フェイトの傍に…!

 

「どうやら、私の想定が甘かったのね。」

「…母さん?」

 

…何時でも飛び掛かれるように、それでいて敵意を漏らさない様に…!

退路は確保している、俺の右2~3m行ったところのドアの奥にずっと行けば転送までの時間は稼げる。移動しながら詠唱を済ませて地球に帰る!

 

「怖い思いをさせてしまったかしら? ごめんなさいね、フェイト…」

「母さん…!」

 

誰だアンタ。

 

 

 

いや、プレシア…のハズ、だ…うん…? そもそも時の庭園の座標は管理局だって知らないし、ここに住んでるのはあの似非執事とアンジュだけのハズだ。…プレシアが俺と同じように原作キャラに転生した転生者って可能性はあるか…? だが、仮に俺がプレシアに産まれたとしたらフェイトの事をリニスに任せず一日中愛でまわすだろう。…リニスには悪いがそうすると言う実感がある。やっぱり転生者ではないのか? だとしたらあの二人の内のどっちかがプレシアを変えた…?「アル……ん」いや、そんな説得で考え方を変える奴じゃないだろう。そんな奴だったら原作でクロノかリンディが説得できると思う。「…ルフ……」…いや、座標なら原作でフェイトが転送魔法を使った際に出ているから…先回りした転生者が何らかの方法でプレシアに成り代わって…? それならば会話の中でボロを出すまで粘らないといけないが…

 

「アルフさん!」

「うゎっ!?…っと、えs…えっと、何だい!?」

 

気が付けば似非執事が俺の肩を揺さぶっていた。

 

「今、似非執事って呼びそうになりました?」

「いや、そんな事はないよ」

 

とりあえず自信満々に否定しておく。例え図星を突かれても相手の眼を見て自信たっぷりに否定すれば誤魔化せる気がする。

 

「…改めて、俺の名前は『セバスチャン』です。」

「あぁ!そう言えb…もちろん知ってたよ! あたしはアルフ、よろしくね! で、何の用だい『セバスチャン』?」

「まぁ…良いでしょう。フェイトお嬢様たちはもう奥へ向かってしまいましたが、いかがいたしますか?」

「…へっ!?」

 

慌てて見回すとフェイトが居ない…プレシアもだ! …やられた! 俺の気を逸らした隙にフェイトを連れ去ったな!? …なんかそんな事する意味がない気もするけど、とにもかくにも追わなきゃ!

 

「奥ってどっちだい!?」

「あちらですが…」

「サンキュー!」

 

扉を蹴破らんばかりの勢いで部屋を飛び出す。時の庭園の構造は頭の中に入ってる! あのプレシアがフェイトだけを連れて向かう部屋なんてあの玉座の間もどきの部屋くらいだろう! それならこの先を…うん? …いや、あの部屋ならこっち側じゃないだろ? むしろこっちって何がある訳でもないだだっ広い広場しかないような…?

…あの似非執事が間違えたか? そう思い引き返そうとしたその瞬間、俺の常人より鋭い聴覚が雷鳴にも似た音を聞き取った。雷鳴なんて時の庭園じゃ引切り無しに聞こえるが、この音は違う! 『魔法で生み出される雷』の音だ!

 

「…フェイトッ!」

 

フェイトかプレシアがこの先で魔法を使っている! 魔法で身体能力を強化して駆け付けた俺の目の前には…

 

 

 

プレシアに魔法を教わっているフェイトの姿があった。

 

 

……

 

………

 

 

 

いや、だから何でそうなるんだ!? フェイトが嬉しそうだから良いけど! 良いけど!!




アルフ、ひたすらモヤモヤする回。

プレシアがやけに丸くなっている理由は次回に過去編も織り交ぜて書きます。(前書き無視)
大丈夫、何とか1話で終わらせたい!


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ずっと昔の物語

すみません、プロットの設定にちょっと違和感があり修正していたら遅れました。今までで一番の難産。

プレシアさんの過去回です。
プレシアさんの過去は細かく描写すると2、3話じゃ足りないのでざっくりダイジェストです。

修正したてなのでプレシアさんの思考に違和感があるかもしれません。


…あの日、私は全てを失った。

 

新型のエネルギー駆動装置「ヒュードラ」の暴走。その黄金の光は、私の地位も、名声も…何よりも大切な娘の命まで全て奪い去った。

 

全ての責任を押し付けられ、私は研究者としても魔導士としても孤立した。

 

…そんな私が人造生命に関わる「プロジェクトF.A.T.E」に出会う事が出来たのは、まさに運命(Fate)だと思った。

この技術を応用すれば、アリシアが帰って来る。あの幸せな日々を取り戻す事が出来る。…そう信じた。

 

 

 

 

 

 

胡散臭い男が来た。『ジェイル・スカリエッティ』に派遣されたと言う。

…『ジェイル・スカリエッティ』。その名は知っていた。『プロジェクトF.A.T.E』の前身である『プロジェクトF』の理論を築いた研究者だ。『プロジェクトF.A.T.E』に関わる前に、独自に調べたが『プロジェクトF』を始めとしたいくつかの研究に関するデータは簡単に見つかったのに、その出自や経歴に関しては一切出てこない怪しい男。

本人からの紹介状とやらを持って来ていたが、出自の怪しい男の紹介が何の役に立つと言うのか。…だが、私はその男を迎え入れた。セバスチャンと名乗ったその男は、執事と言いながら掃除も満足にできない体たらくだったがあいつを通じて送られてくる『ジェイル・スカリエッティ』の資料やアドバイスは確かに大きなメリットだった。

 

 

 

 

 

 

何度も失敗した。何度も挫折した。でもその度にあの黄金の光が脳裏を過ぎった。だから何度でも繰り返した。何度だって立ち直れた。

 

…だからその果てに産まれた者が私の娘(アリシア)ではないと分かった時、私はもう立ち直る事が出来なかった。

『失敗作』は『フェイト』と名付けた。『プロジェクトF.A.T.E』…私が信じ、そして裏切られた『運命』。私の挫折の名前だ。

 

 

 

 

 

 

リニスにフェイトの教育を任せた。…あの魔力の光(黄金)は見たくない。

…もはや伝承ですら語られていない伝説の都『アルハザード』。そこにならばきっと私の求めるものがある。新たに命を生み出すのではなく、過去から命を引き上げる『死者蘇生』の秘法が…

 

 

 

 

 

 

研究室に引きこもってどれだけの時間が経過したのだろう。

…契約が終了したと言うのに何故か居座っているあの男に水晶球を渡された。…フェイトの訓練の様子だけでも見ろと言う。

自分の生み出した娘から目を逸らすな等と偉そうなことを抜かすくせに足の震えが止まらない姿は、いっそ滑稽だった。

 

 

 

 

 

 

どれだけ調べても『アルハザード』の存在は見えてこない。…やはり伝承は伝承でしか無かったのか。

…気まぐれにあの男が持ってきた水晶球でも見てみようと思った。研究に行き詰った時、一度他の事に目を遣ると意外な所から道が開けたりするものだ。

 

久しぶりに見たフェイトは随分と成長していた。年齢もそうだが、その魔法技術も既に一端の魔導士としては申し分ないだろう。…やはりあの子(アリシア)とは違う。あの子はこれほどの才能を有してはいなかった…だが、それで良かったのだ。あの笑顔さえあれば、私は…

 

…水晶球の中のフェイトは笑っていた。とても楽しそうに。

空を飛び回る事の何がそれほど楽しいのだろう? そんな疑問はどうでも良い。…その笑顔が記憶のあの子(アリシア)と重なった。

直ぐに水晶球を放り出して研究に戻った。…あのまま見ていたら、私の信念が揺らいでしまう気がした。

 

私はあの子の笑顔が…私の全てを変えてしまうようで恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

フェイトが使い魔を作ったらしい。狼の子供なのだと…似非執事が楽しそうに話す。

…こいつとは随分長い付き合いだが、いくら何でも気安く話し過ぎじゃないかと思う。『プロジェクトF.A.T.E』の時もそうだったが、何故私とそんなに友達感覚で話せるのか。私はお前の雇い主なのだが。

 

最近こいつは飯を持って来たついでにと言わんばかりにフェイトの事を良く話す。どんな魔法を覚えていたか、どんな事を話していたか等随分と事細かに…『お前は私の夕食を持って来たのでは無かったのか』その言葉を何故こんなにも躊躇するのか、私自身わからなかった。

 

 

 

 

 

 

最近、あの使い魔(アルフ)がフェイトを見る目が怪しくなってきた。

普段から人間の姿で過ごしているから大体の精神年齢が分かるが、丁度思春期を過ぎた辺りだろうか…既に外見年齢はフェイトを追い越している。

 

…使っていない空き部屋がある事を確認し、使い魔(アルフ)の部屋として割り当てた。

それを告げると使い魔(アルフ)は不満を漏らしていたが、理由を説明してやると渋々納得したらしい。

確かに使い魔は主を守る存在だと言う主張も分かるし、フェイトと一緒にいる事が契約だと言うのも…分からなくもない。きっとそんな内容で契約したのは、私の態度に原因があったのだろうと考えると申し訳ない気持ちにもなる。

だがあの眼は駄目だ。発情期とまでは行かないが、危険な物を感じる。少なくとも教育上よろしくない。

…狼にもそう言う性癖があるものなのだろうか? いや、別にどうでも良いか。

 

 

 

 

 

 

外で何やら音がした。聞こえたのは小さな音だったが、防音が行き届いている筈のこの部屋にまで響く音だ。

次元犯罪者でも流れ着いたのかと…たまたま近くにあった水晶球に目を走らせる。

 

…目に映ったのは赤と()()。黄金の魔力を纏ったフェイトが…血塗れになりながら墜ちていく光景が映っていた。

 

急ぎ研究室から出てリニスに事情を尋ねる。疑問が尽きない。何故フェイトが墜とされたのか、何故リニスは襲撃者に気付かなかったのか、何故使い魔(アルフ)はフェイトを守ろうとしなかったのか…何故、私はこんなにも焦っているのか。

 

…原因は魔法の失敗だと言う。…何故だ。何故いつも魔法の失敗は、あの黄金は私から何もかも取り上げて行くのだ。

 

フェイトの治療は私と似非執事が行った。リニスも手伝おうとはしてくれたが、『プロジェクトF.A.T.E』に関わっていなかった為に必要となる知識を持っていなかった。

 

治療は困難を極めた。全身に及ぶ火傷と裂傷も酷いが…何よりも血液が大量に抜けてしまった為に何時命を落としてもおかしくなかった。

あの似非執事が居て良かったと初めて思った。『ジェイル・スカリエッティ』が助手として遣わしただけあって、人体の構造や『プロジェクトF』に関する知識は大したものだ。…内に秘めたバカみたいに多い魔力が扱えれば、もっと使い道もあっただろうに。

 

 

 

傷の跡が残らないだろうか、せめて火傷の跡は残らない様に…そう考えていたと気づいたのは、治療を終えてフェイトが一命をとりとめた後だった。

 

私は自分でも気づかない間に随分と変わってしまった。…変えられてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

研究室で『アルハザード』を調べながら、机に固定してある水晶球を眺める日々。

何時しかその比重さえフェイトに傾いていた。…もう一人、娘が出来た気分だった。だが、今更母親面等出来るはずも無かった。

『失敗作』だと、フェイトに告げた時のショックを受けた顔が脳裏を過ぎる。逃げ続けていた運命(フェイト)が脳裏を過ぎる度に、私は未だ何も分かっていない『アルハザード』に逃げるのだ。

 

フェイトはアリシアではないのだと、自分に言い訳して。

 

 

 

 

 

 

何と言う事だ。どうやら私はもう永くないらしい。咳き込んだ際に手に付着した血を見て察した。

体の不調から薄々感づいてはいた。だがまさかここまで悪化しているとは思わなかった。

…あの『ヒュードラ』の暴走と、その後の研究にのみ比重を置いた過酷なスケジュール…私の中で病魔は育ち、今度は私の命を持って行くつもりらしい。

 

だが、今の私には未練があった。…フェイトだ。

幸か不幸か魔導士としての才能はあるフェイトだが、あの子は私が創り出した人造生命体だ。『時の庭園』以外、どの世界にも生まれた痕跡も過去も無い。

使い魔が居るとは言え、そんな娘が一人で生活していく方法なんてそれほど多くはないだろう。

 

一応、当てが無い訳ではない。…だが、頼る訳には行かない当てだ。

時空管理局ならば…あの万年人手不足の大金喰らいの組織ならばフェイトを喜んで迎え入れるだろう。

だが頼る事は出来ない。あの組織の上層部はどうにも胡散臭い。

 

私が管理局にフェイトの保護を願えば、その情報は先ず胡散臭い上層部に行くだろう。そうなれば代わりに何を要求されるか解ったものじゃない。最悪の場合は人手不足解消の為と言って『フェイト』を大量に()()()()可能性まである。

そんな事は許せない。私の知識が管理局に渡ってはならない。

あの子を生み出した技術の結晶である『時の庭園』があってはならない。

 

…あの似非執事が夕食を持って来た時に相談した。この『時の庭園』でフェイトが人造生命体である事を含めて相談できる相手は奴しかいなかった。

奴はしばらく考えた後「管理局の中にも信用できる者は居る」と言い、『リンディ・ハラオウン』の名を挙げた。『ハラオウン』…どこかで聞いた名前だと記憶を探れば、少し前に頭角を現した神童とやらの名前が『クロノ・ハラオウン』と言ったはずだと思い出した。…確かに子供であれば上層部に毒されている可能性は低いし、歳の近い子を持つ親である『リンディ提督』であればフェイトを悪いようにはしなさそうではある。

 

似非執事が言うには管理局の上層部にフェイトの情報が行くより前に、フェイトがハラオウンに保護されていれば私の考える最悪は起こらないと断言できるらしい。…お前向こう(管理局)側じゃないだろうな?

なぜそこまで断言できるのか知らないが、こいつがフェイトを大切に思っている事だけは信頼できる。…方針は決まった。

 

…私はとある世界を水晶球で見張った。かつて『アルハザード』を目指していた時に見つけた世界だ。

ここには高純度の魔力を秘めた『ロストロギア』…『ジュエルシード』がある。その魔力を用いれば『アルハザード』への道を開く事が出来るかも知れないと目を付けていた。

行動に移す前に『スクライア一族』による採掘が始まってしまった為にその時は手を引いたのだが、今ならば寧ろ利用できる。

…この計画を実行すれば、私はきっと地獄に落ちるだろう。だが構わない。私が一度失い、もう一度得る事が出来た娘の為なら、この先の短い命などいくらでも使ってやる。

 

 

 

 

 

 

『ジュエルシード』の採掘が完了したようだ。…なるほど、実物をこうして見るのは初めてだが『21個で一つのロストロギア』のようだ。それぞれの『ジュエルシード』同士の間にパスが繋がっているのが分かる。

 

…次元の狭間を進んでいる『ジュエルシード』を積み込んだ次元間航行船を魔法で攻撃し、『ジュエルシード』を『第97管理外世界』へばら撒かせた。

次の行動は、翌日で良いだろう。…フェイトを呼び出し、『第97管理外世界』へ『ジュエルシード』の回収に向かわせる。

 

この計画の成功条件は『管理局にフェイトを保護させ』、なお且つ管理局の上層部にフェイトの詳細な情報が行く頃には『時の庭園が虚数空間に消えている事』だ。

 

成功しても失敗しても、娘を裏切る最低の計画。

 

これが私の最期の計画とは…本当に笑えない。




ここ変じゃね?って思うところがあれば感想欄やメッセージで指摘していただけると嬉しいです。

因みに修正した点は『プレシアの動機』です。(最終回までの流れに変更は無し)

プロットだと原作と変わらずアリシアの蘇生目当てにアルハザードに行こうとしてましたが、フェイトを娘として意識したら少なくともその目的で虚数空間に飛び込まんやろって思って『残り少ない命を使ってフェイトを安全な誰かに引き取らせる』へと大規模改修しました。

ただダイジェスト形式だと、アリシアに対する執着が少なくなり過ぎではないかとも思えるんですよね…
場合によっては内容丸ごと書きなおします。


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最後のジュエルシード

前回から少し時間が飛んでいます。
時間にすると…5日くらい?


この回を書いている途中で、以前書いた内容におかしいところがあった為9話の一部を修正しました。

内容自体に変更は無いですが『決戦』と書いていたところを『協力戦』に変更しました。(多分書いてた当時原作9話と11話のところで頭こんがらがってました)


時空管理局がジュエルシードの捜索に乗り出してからと言うもの、ジュエルシードの回収は順調に進んでいた。

まず、海底のジュエルシード6個は既に回収された。

アースラの広域魔力探査を管理外世界に使った結果、白紙に垂らした赤インクの様に分かりやすかったのだ。

回収はクロノが直々に行った。海上で魔力探査をした後『スティンガースナイプ(Stinger Snipe)』を6発海中に突き入れてしばらく待つと、封印済みのジュエルシードが6個浮上してきたのだ。…何と言うか、無駄な動きが一切無かった。銀髪オッドアイ達が複雑な心境を隠す事無く顔に出していたのが印象的だった。

クロノはその後6つのジュエルシードをアースラで一通り調べた後、「決闘には全てのジュエルシードを賭けるんだろ? なのはが持っておく方が良いさ。」と言って俺に預けてくれた。

 

そして今…

 

 

 

―海鳴市の端にある森の中

 

「リリカル、マジカル!ジュエルシード、シリアル『(5)』、封印!」

シィリン(Sealing)!≫

 

静寂を切り裂く掛け声と共に放たれた桃色の閃光が巨大な鯰を貫き、憑りついていたジュエルシードを引き剥がす。

 

リスィー(Receipt:)ナンバーファーイブ(No.Ⅴ)』!≫

「…ふぅ、ありがとう。レイジングハート、それに皆も!」

「場所見つけたのは管理局だけどな…」

「でも皆が追い込んでくれなかったら、きっともっと手こずっていたと思う!」

「…そうか? まぁ…手助けになったのなら良かったよ。」

 

管理局の手助けもあって、俺達は沼の中心付近に沈んでいたジュエルシードの封印に成功した。相手は鯰に憑りついていたらしく、沼の底でじっとしていたのだがアースラの魔力探査は掻い潜れず見つかったと言う訳だ。シリアルは5番…俺の『原作知識』ではアニメで封印された描写が無いジュエルシードだ。恐らく原作でフェイトが回収した物だろう。

 

「これで15個目…残りはフェイトちゃんの持っている分を含めると6個かぁ…」

「そうだな。問題はフェイトが今、何個のジュエルシードを回収しているのかが分からない事だが…」

「確か最後になのはと報告し合った時は5個だったよな? 変わって無ければ、見つかっていないジュエルシードは1個か。」

「フェイト、5日くらい前から見ないもんなぁ…心配だ。」

 

少し前の夕刊に掲載されていた『マンションから伸びる謎の光』は、フェイトが帰宅した時の物だろうと言う事で皆の意見は一致したらしい。ユーノがこっそり教えてくれた。

問題はその日以降フェイトが戻って来ていないらしいのだ。「最後に勝った方が全部のジュエルシードを手に入れる約束をした以上、回収はこちらに任せる心算なんじゃないか?」と言う推測も出たが、フェイトはそう言う事をするタイプには見えなかった。

よく言えば真っすぐ、悪く言えば脳筋…そんなイメージで俺達のフェイトに対する認識は一致している。先の推測を立てた転生者もそれは同じだったようで、「いや、フェイトはそんな事考えるタイプに見えなかったな。わりぃ」と即取り消していた。

ではその場合どう言う事が推測されるか…『時の庭園で何かあった』と考えるのが自然な流れだろう。

 

「なのは、そろそろ時間だよ。」

「ユーノ君…うん、そうだね…」

 

時間と言うのは『フェイトとの情報共有の待ち合わせ時刻』の事だ。6日前までは毎日進捗を報告し合っていたが、フェイトが帰ってからは勿論会えていない。その場合は最長で30分ほど待って、それでも待ち合わせ場所に現れなければ帰る事になっている。

転生前はあまり見かけなくなっていた折り畳み式携帯電話に表示されている時刻は、待ち合わせ時刻の15分前だった。

 

「その、なんだ…今日は、会えると良いな。」

「うん…ありがとう、じゃあ行ってくる。また明日ね!」

「あぁ、また明日な。」

 

皆に別れを告げて待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせにはユーノもアルフも同行してはならない為、ユーノともここで一旦お別れだ。

 

 

 

 

 

 

待ち合わせの時刻、待ち合わせの場所…そこにフェイトは居なかった。居るのは物陰に隠れてこちらを覗いている銀髪オッドアイくらいだ。本人は隠れているつもりだろうが、沈みゆく太陽を反射する銀髪が眩しい為にもろバレである。

 

傍にあったベンチに腰掛けてしばらく待つ。

 

 

 

…フェイトが帰る前は、遅れても5分くらいだった。

そして今、その5分はとうに過ぎてしまっている。

 

 

 

「…待っててくれたんだ。」

「! フェイトちゃん!?」

 

久しぶりに聞く声に振り返れば、久しぶりに見る顔と目が合った。

 

「待たせてゴメンね…ちょっと、家でやらなきゃいけない事があったんだ。」

「…ううん、大丈夫だよ。いっぱい話そう、お互いの5日間の事。」

 

 

 

「…修行!?」

 

フェイトが言うには実家…ぼかしてはいたが『時の庭園』の事だろう。そこで修行していたらしい。

…そんな少年誌の主人公みたいな事してたの!?アレよりももっと強くなったの!?

 

「うん、最後の決闘で負ける訳には行かないから。…母さんが色々教えてくれたんだ。」

「えっ!? …フェイトちゃんのお母さんも、魔導士なんだ…」

「…貴女のお母さんは違うんだね。」

「う、うん。魔法の事はニュースで見て驚いてたもん。」

 

危なかった。思わず「あのプレシアが!?」と言いそうになってしまった。

しかし、プレシアがフェイトの修行を見る…ねぇ…?

確かプレシアは子育ても教育もリニスに任せていたはず…リニスはもう役目を終えているから居ないのだろうけど、それでも本人が直々にってのは違和感が強いな。

でも…フェイトが言うんだったら真実だろう。少なくともそんな嘘をつく性格じゃないはずだ。そして、その情報を明かしたと言う事は『絶対的な自信』を手に入れたのだろう。…さらに言えば、俺はフェイトが『何を』『どのように』修行したのか、修行の成果が戦法にどんな影響を与えているのかを知らない。フェイトの癖だって修正されているかもしれない…そんな相手に勝てるかも分からない。

 

…何でだろう。交わしていた『約束』が、今までで一番『分の悪い賭け』に早変わりしたのに…俺は今までで一番ワクワクしてきている。

 

 

 


 

 

 

「えっ、15!?」

 

嘘だろ…5日間でそんなに見つかるものなのか!? と、思ったが…海のジュエルシードを回収したと考えれば別に驚くほどのペースではない。

 

「あはは…管理局の皆にも助けてもらったんだ。」

「そうだったんだ。管理局の人達って凄いんだね…」

 

物語と同様に暴走させたのか、それとも地道に1つずつ封印したのか…そんな事はどうでも良い。

これで『約束』の日は一気に近づいた。手の内を見せない内に決闘の日を迎える事が出来れば、圧倒的なアドバンテージが得られる。

…ジュエルシードの大半をなのは達に任せてしまった事に対する後ろめたさはあるが、それは決闘に持ち込むべきではない感情だ。正々堂々戦って、勝った者のみが互いが賭けた全てを手に入れる…それが決闘なのだから。

 

「…私が持っているジュエルシードは、あれから変わらず5個。つまり…」

「うん…残ったジュエルシードは1個。だね…」

「ほとんどのジュエルシードは、あなた達に任せてしまったし…準備期間が必要なら…」

「ううん、大丈夫だよ。」

「…でも、」

「フェイトちゃんが修行してきたのと同じように、私も何もしてなかった訳じゃないよ。…私だって強くなってる。」

「…分かった。最後のジュエルシードを封印したら、1日休息日に充てて2日後に…それでどう?」

「うん、分かった。…お互いに悔いの無いように、全力全開で戦おうね!」

「そうだね、お互い悔いが残らない様に…」

 

 

 

思えば、俺達はジュエルシード回収で苦戦する事は殆ど無かった。

戦いと言えるものと言えば、お互いにジュエルシードを賭けてぶつかった時くらいだった…

 

 

 

だから、油断していたんだ。…俺も、なのはも。

 

 

 


 

「クロノくん…最後のジュエルシードの反応、見つかった?」

「…いや、今のところまだ見つかっていない…」

 

…どう言う事だ? なのはからの報告によれば、フェイトが持っているジュエルシードは5個のままと言う事だった。俺はフェイトが『時の庭園』に戻る前にジュエルシードを一つ回収したのだと思っていたのだが…?

 

「オペレーター! 探査範囲を広げてくれ!」

「やっていますが…これ以上広げても『第97管理外世界』の魔導士の反応が混ざってしまい、なんとも…」

「人が住んでいないような森や山中に反応は?」

「…いえ、見たところそんなに大きな反応は無いですね…」

 

あまり大きくない魔力の反応は恐らく自然動物の物だろう。地球ではリンカーコアを持って生まれる者は少ないが、リンカーコアを持って生まれるのは何も人間だけとは限らない。

…それに、ジュエルシードの魔力はどれもほとんど同じ数値だ。微弱な反応は先ず『はずれ』で間違いない。

 

「もしや、街中に…?」

「あり得ない話ではないですね…しかし、それならば先に捜索していた彼らが見つけられないとは思えませんが…」

「…まさかな…?」

 

俺の脳裏に最悪の可能性が浮かんだ。

 

 

 


 

それは数日前の事だった。

 

 

 

「魔法の石…魔法の石…無いかなー?」

 

連休中の『海鳴臨海公園』を、少女が歩いていると言うごくありふれた光景だった。

それは丁度なのは達が温泉街に出かけている最悪のタイミング。

 

「あっ! あれってもしかして…!」

 

それはとある物語で偶然『3人目の魔法使い』と出会う切っ掛けになったジュエルシード。…物語に於いて印象深いシーンの立役者だからと言う、ある種の『転生者のエゴ』によって見逃されていたジュエルシード。

 

「やっぱり! あの魔法の石だ! これで私もあの子達みたいな“魔法使い”に…えっ!?」

 

そのジュエルシードが、少女の手の中で光を放つ。

ジュエルシードは少女の手に潜り込み、少女の願いを『自分の為に正しく叶えた』。

 

 

 

 

 

 

光が収まると、残されていたのは気を失って倒れた少女が一人。

それもすぐに目を覚まし立ち上がる。

 

「…あれ、私…寝てたのかな…?」

 

少女は先ほどの出来事を覚えていないのか、何事も無かったように歩き出す。

 

「うーん…魔法の石、魔法の石…()()()()()()()…」

 

その内に潜り込んだモノに、目的を書き換えられた事に気付く事も無く…

 




最後のジュエルシードが発動してないとは言っていないですからね。

少女は表向き何の異常も無く日常を過ごしています。ただし、ジュエルシードを拾った記憶は封印されていますが。
魔導士ならリンカーコアがある位置にジュエルシードがあり、リンカーコアの役割も果たしています。その為、ジュエルシードが封印されてしまえば魔法も使えなくなります。…と言っても、魔法の力を手に入れた事を覚えておらず、意識の誘導までされるので()()()()()()魔法が使える事は一度だって無いのですが…

ジュエルシードを見逃した転生者についてですが、発見したタイミングは実はこの小説の9話の時です。
その時は21番の行方を追っていて優先度が低かった事、発動までの期間が長く緊急性が無かった事、何よりも現実であると言う認識がその当時において無かったのが原因ですね。
その後はフェイト乱入から、『実力を示せばフェイトの好感度が上がる』(意訳)と言う情報により修行パートに移り、完全に忘れていると言う…


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もう一人の魔法少女

いい加減『捏造設定』みたいなタグ付けた方が良いかなって思えてきました。


「18:16…ちょっと、速く来すぎちゃったかな…?」

 

待ち合わせの場所に到着し、時刻を確認すると待ち合わせの10分以上前だった。

昨日フェイトと別れた後アースラから『最後のジュエルシードの魔力が観測できない。街中の魔導士の魔力に紛れている可能性がある』との連絡を受け、今日は街中を重点的に捜索したがジュエルシードは見つけられなかった。

とりあえずこの情報はフェイトにも共有しておいた方が良いと考え、知らず知らずのうちに気が急いてしまったのだろう。いつものようにベンチに座って待つ事にしたのだが…

 

 

 

「ねぇ、魔法の石…ちょうだい?」

「わっ!?」

 

 

 

急に後ろから声をかけられ、思わずビックリしてしまう。振り向いた先に居たのは私立聖祥大学付属小学校とは違う制服に身を包んだ女の子だった。

肩甲骨の辺りまではありそうな黒髪をポニーテールに纏めている鮮やかなピンク色のリボンが、子供らしい可愛らしさを演出している一方で…その表情は嫌に静かで、クールな大人らしさすら感じさせる程に落ち着き払っていた。

魔法の石…ジュエルシードを探しているのだろうが…

 

「えっと…魔法の石って、ニュースに映ってたアレだよね? 何で私に?」

「持ってるでしょ? ()()()()()()()?」

 

…何で知ってるんだ? 確かに俺のバリアジャケットは制服を少し改造しただけのようなデザインだが…それにしたって近所に住んでいる訳でもなさそうなこの子が、何でそれで俺を突き止められる? しかもこの口ぶり、俺がジュエルシードを複数持っている事を確信しているように聞こえる。

 

「…あなた、何者?」

「私? あなたと同じ()()使()()だよ?」

「そう、()()使()()なんだ…」

 

…この世界に転生した転生者なら、普通は()()()と呼ぶ。ミッドの魔導士ならなおさらだ。

『魔法の石』『魔法使い』…この時点で分かるのは、多分この子は正真正銘の()()()だ。転生者が現地人を偽っている可能性はあるが、そんな事をするメリットはないはず…

子供らしい口調は外見に似合っている筈なのに、嫌な予感しかしないぞ…

 

「あなたはもう()()使()()なんだよね? どうして魔法の石が欲しいの?」

「魔法の石を集めなきゃいけないの。」

「…どうして?」

「どうしてもなの。」

 

 

「レイジングハート…」

イエス、マイマスター。(Yes,my master.)セタップ。(Set up.)

 

セットアップして構える。もう俺にはこの子がどういう存在なのか見当が付いていた。

…結局、()()()()()()()()()か。

 

「くれないんだ…じゃあ力尽くで貰うね? ()()

 

恐らく彼女のイメージでは魔法使いは『変身』するものなのだろう。それを反映したらしい掛け声とともに、彼女の()()()()青い光が溢れ出した。

 

 

 


 

 

 

「クロノくん! 見てよ、コレ!」

「もう見ているよ! …拙い事になった!」

 

突如としてなのはの付近に発生した魔力の波動はジュエルシードの物に間違いない。

問題は襲撃のタイミングと場所だ!

 

「まさかよりにもよって待ち合わせの場所とタイミングを狙ってくるとは…!」

 

予め決められた『約束』に従って、今あの付近に魔導士は少ない。今まで潜伏していた事を考えると…観察されていたのか…!? なのはの周りに魔導士(銀髪オッドアイ)が少なくなるタイミングは決して多くない。それこそ学校でさえ。

だが待ち合わせならば、なのはかフェイト…『どちらかが一人になる可能性』が出てくる。

今回の相手は狡猾なやつだ。それは間違いない。…だが、これらの事情は奴が知っている訳がない情報のはずだが…

 

「どうする、クロノくん!?」

「勿論僕が出る! 転送ポートの準備を、早く!」

 

考えるよりも動くのが先だ! あの場所には今()()()()()()()()()()

それは即ち、なのはが全力を()()()()()()()()()と言う事でもある!

 

「待ちなさい、クロノ!」

「!? かぁ…艦長、何故止めるんですか!?」

 

結界も張られていない以上、誰かが向かわなければ!

 

「止めるつもりは無いわ! ただ、状況をよく見て優先順位をしっかり付けてから行きなさい!」

「優先順位…!? これは!」

 

ジュエルシードの魔導士の光が当たった木が、どんどん大きく…まさか!

 

「あの子が何を願ってしまったのか分からないけれど…あの映像の再現ね、これは…」

 

嘘だろう!? 海鳴臨海公園は海沿いにあるとはいえ、住宅街とそう離れていない…このままでは街が!

 

「クロノ、貴方は数十人の部下を連れて街に被害が及ぶのを食い止めなさい。…結界は、ユーノ君と神谷君に連絡します。」

「…はい!」

 

なのは、済まないがしばらく援護には向かえそうにない! 頑張ってくれ…!

 

 

 


 

 

 

青い光を浴びた木々が成長して、根が凄い勢いで街の方へ伸びていく…ニュースで流れたあの事件の時の様に…!

 

「レイジングハート!」

フラッシュムーブ(Flash move)!≫

 

何とか追いつかないと…!

 

「…っ! 後ろからっ!」

 

咄嗟に躱す事が出来た砲撃は、俺の直ぐ傍を掠める様に飛んでいき…屋久杉の様な巨木へと成長していた木に直径1m程の大穴を穿った。…振り返った先には、髪も眼もジュエルシードによく似た青色に染まった女の子…俺の姿をイメージしたのか、その服装は俺のバリアジャケットにとても似ていた。

 

「躱された…()()()()()()()()()()…」

「…今の攻撃、非殺傷設定じゃないよね…」

 

幸いと言って良いのか、砲撃は空の方へ飛んで行ったため街に被害は無いだろう。だが…

 

「こんな幼い子に、()()()()()()()なんて…」

「うん、分かった。次はもっとよく狙うね…」

「許さない…!」

 

先ずはユーノか神谷に念話して…

 

≪なのはちゃん!≫

「…っ! リンディさん!」

 

アースラからの通信!

 

≪今そちらにクロノ達を向かわせたわ! クロノ達には街への被害を食い止めるように言ってあるから、あなたは目の前の相手に集中して!≫

「リンディさん、ありがとう! でも、結界が無いと…」

≪それについても現在オペレーターが神谷君とユーノ君に連絡しているところよ! 直ぐに駆け付けてくれるわ!

 だからそれまでの間、出来るだけ海を背に戦ってちょうだい! 相手の攻撃を海へ向けるの!≫

「…分かった、やって見る!」

 

…とは言っても、生憎今の立ち位置はその真逆。ここは一気に駆け抜けるしか無いか…

 

「レイジングハート」

フラッシュムーブ(Flash move)!≫

 

一気に翔け出し回り込もうとするが…

 

「分かった。後ろだね…」

 

女の子も自ら後退して今の位置関係を維持したまま砲撃を放ってくる…指示しているのは…

 

「ジュエルシード…っ!!」

プロテクション(Protection)!≫

 

放たれる砲撃をプロテクションで受ける。…流石にこの守りは簡単に崩せない様だ。砲撃を受けたプロテクションは何事も無かったかのように維持されている。

 

「分かった。もっと撃つね」

 

女の子はレーザーの様に細く圧縮した砲撃を何度も連続で放ってくるが、砲撃をいくら防いでもプロテクションには壊れる気配も無い。いっそこのまま結界が張られるのを待って…

 

「分かった。()()()()()()()

 

そう言うと女の子は砲撃を連続で撃ちながら、空中へ浮かんでくる。…いや、俺より高い位置から撃つ心算だ。そうすれば俺が街を背にする形になるから…!

 

「させない!」

レストリットロッ(Restrict Lock)!≫

 

女の子にバインドをかける。これで攻撃を封じて…いや、このまま封印して終わらせる…!

 

『リリカル、マジカル!』

 

女の子に向けた杖の先に、桃色の光が収束していく…

 

「ジュエルシード、封印!」

シーリン(Sealing)!≫

 

光が女の子に放たれるその瞬間…

 

「…させるか!」

 

…一瞬、誰の声か分からなかった。だが声と同時に女の子から青い光が溢れ出し、バインドが侵食するように破壊されたことで封印の光が躱されて…ようやく気付いた。

 

「簡単に封印できるなんて、思わないでよね? 魔法使いさん。」

「…随分、流暢に喋れるようになったんだね。…ジュエルシード」

「ふふっ…バレた? でももう()()()…これでもうタイムラグなんて無いんだから。今までの様に行くと思わないでね。」

 

機械のように無表情だった顔に、こちらを見下す様な笑みが浮かぶ。もう既に俺の攻略法を見つけたような表情だが…

 

「それはこっちのセリフだよ、ジュエルシード。」

『封時結界!!』

『サークルプロテクション』

 

景色から色が褪せていく。空間を切り取り、時間をずらす結界だ。

奴の20m程後方で神谷が『封時結界』の維持を、そしてユーノが『サークルプロテクション』で神谷と自身を守っている。

 

「これでお互い、周りを気にすることなく戦えるね…」

「チッ…まぁ、いいか。あなたを倒して先ずは15個。そうすれば次はもう一人の方を…」

 

余裕そうな態度を隠そうともしないジュエルシードを見るに、それ程の自信に繋がるような奥の手があるのだろう。

…その自信の根幹があるとすれば、きっと()()()()()()()()が鍵だ。あの子の願いを元に、今のあいつがあるのだから。

 

 

 

最後のジュエルシードを巡る戦いが幕を開けた。




このジュエルシード邪悪過ぎない…?

因みに女の子の願いは滅茶苦茶この敵の能力に影響を与えてしまっています。


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魔法使い

今回はなんと、あのレイハ(転生者)さんの出番があります。
…そろそろちゃんと出してあげないと存在が忘れられてしまいそうだったので。


ジュエルシードによって魔導士と同じ能力を得た女の子…便宜上、魔導士とは違う存在であると言う意味も込めて『魔法使い』とでも呼ぶべきだろうか。

戦闘が始まって数分が経過した今、分かった事がある。彼女は魔法を使う際、『デバイスを用いず』、『呪文も必要とせず』、『魔力も消費しない』…まさに『魔法使い』と言って過言ではない能力を持っていた。

 

「今度は…『これ』ッ!」

「くっ…雷の次は炎…随分と多芸だね。」

 

奴の攻撃は俺達の様な魔導士が使う物とは違い、随分とバリエーションに富んでいる。標準的な魔力刃や魔力弾、『雷の魔法』に『炎の魔法』…魔力変換資質?何それ美味しいの?とでも言わんばかりだ。

 

「ディバイン…バスター!」

「ふふっ、じゃあ『こっちも』!」

 

俺の放ったディバインバスターだって、同等の威力を持った『魔力砲』が放たれ、互いに打ち消し合う…先ほどから何度も虚を突き、先手で攻撃を仕掛けても『同じ攻撃』で打ち消されてしまっている。

こちらが頭の中で魔法を構築し、デバイスを構え、魔力を消費して放つ攻撃は、『魔法使い』がこちらに向ける『人差し指』一つで掻き消されてしまう…まだ魔力に余裕はあるものの結構精神的には苦しい状況だ。

 

≪なぁ、どうするなのは? 切り札撃つか?≫

 

レイジングハート(転生者)がこちらの切り札を切るか確認してくるが、今それを使うのは早い気がする。

 

≪まだだ。相手の攻撃のタネが分からない以上、アレを使うのは危険すぎる。≫

 

そう。相手の魔法には何かカラクリがあると言うのが俺の予想だ。

根拠はいくつかあるが、特に大きな根拠となっているのが『こちらの攻撃を迎え撃つ時は、()()()()()()()使()()』と言う事だ。

恐らくは俺の魔法を模倣している。そうすると切り札を切るのはなおさら拙い。…奴の攻撃にはもう一つ厄介な特徴があるからだ。

 

「ディバインバスター!」

「くっ…!」

 

放たれた砲撃を寸前で躱す…ただし、躱しているのは俺の方だ。これがもう一つの厄介な特徴…奴は一度見て構築した魔法は、()()()()同じものを放てる。

今のところ奴に対しては、通常の魔力弾を除けば『ディバインバスター』しか使っていないので、俺の魔法で奴に覚えられたのはそれ一つだけだが…ディバインバスターは現状、自由に撃てる砲撃の中で主戦力になっている砲撃だ。打ち消そうとするにはそれなりの魔力を使うし、回避しようとすれば大きく体勢を崩す事になる。…そして、更にもう一つ。

 

「避けてばかりじゃ勝てないよ?」

「そうやってっ、私の魔法を! 全部真似するつもり!?」

「あはは! じゃあどうするの? ()()ディバインバスターを、ずっと躱し続ける!?」

「あなたの物じゃないんだけどね…!」

 

≪なぁ、レイジングハート。…滅茶苦茶むかつくんだが!≫

≪気持ちは解るが冷静になれ。ああやって煽って、お前の手札を引き出そうとしてるんだ。≫

≪分かってるんだけどさぁ…プロテクション使う訳にも行かないのがキツイところだ。≫

 

俺が今一番気を付けるべきは、俺のプロテクションをコピーされない事だ。…何故かアホみたいに高い魔力を持っていた俺が張るプロテクションは、現状フェイトのブリッツアクションでしか破られた事が無い。

銀髪オッドアイ達との訓練で散々『的』にしたからこそ、あの守りの異常な硬さは良く分かる。…奴がプロテクションを纏い、その防御力がディバインバスターを防ぎきれてしまった場合、俺は一か八かで切り札を撃つしかなくなるのだ。

 

「あっはははは! ディバインバスター、ディバインバスター、ディバインバスター!!」

「くっ…!」

 

あの野郎、馬鹿の一つ覚えみたいに連発してきやがって…!

 

「危なっ…っ!?」

 

奴の撃ったディバインバスターが俺のバリアジャケットを掠める。だが、そのおかげで俺はまた一つ気付く事が出来た。

 

「…そう、そう言う事だったんだ…」

 

ようやく分かった。こいつが魔法の構築に一切の手間を必要としない理由が。

…そして、あの女の子が何を願ってしまったのかも全部!

 

≪レイジングハート、カラクリが一つ分かった。≫

≪なんだ?≫

≪あいつの魔法は本当にディバインバスターをコピーした物だったんだ。

 さっき俺を掠めたディバインバスターだが、()()()()()だった。≫

≪…あぁ、そう言う事か。文字通りのコピペって訳だ。≫

 

奴の最初の砲撃が殺傷設定だった事から考えても、奴が自分の攻撃に非殺傷設定をわざわざ適用する理由はない。恐らくあいつは目の前で構築した魔法をそのまま自分の魔法に適用しているのだろう。

 

≪あの女の子は、きっと『テレビで見た魔法使いの様になりたい』と願ってしまったんだ。だから奴の魔法は猿真似ばかりなんだ。≫

≪じゃあ最初の砲撃と、木の成長はどうなる? それに、あいつは他にも色々な魔法を使ってきたぞ。≫

≪…たぶん、あれらもストックの一つだろう。『巨大に成長した木』と『最初の砲撃』は、あの事件の『巨木』と『映像で見たディバインバスター』だと思う。

 最初に願った時に映像で見た魔法もストックされていたと考えれば、そこまで変な話でもない。…映像だからか、完全に見た目だけのコピーだが。≫

≪雷はフェイトの魔法か。炎の魔法は…あぁ、紅蓮(ぐれん)のやつが居たか。≫

≪そう言う訳だ。そして、あいつはコピーした魔法の術式を理解していない。

 理解していないし、書き換えられないから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を撃ちまくってるんだ。≫

≪奴自身は魔法を『見た目でしか区別できていない』と言う事か。…で、どうするつもりなんだ?≫

≪一番良いのは『奴が猿真似できない高火力の魔法』だが、多分どんな術式でも直ぐにコピーされるから現実的じゃない。そこでレイジングハートに今から魔法を一つ構築して欲しいんだ。≫

≪言っておくけど、複雑な魔法は直ぐには作れないぞ? せいぜい既存魔法のバリエーションを増やす程度だ。≫

≪それで良いんだよ。ベースは『ディバインバスター』で、変更点は…≫

≪…なるほどな。それなら多分、数分で出来るぞ。…その分それまで魔法の補助は出来なくなるが。≫

≪オーケー! それまで持ちこたえるさ。そっちもちゃんと注文通りに頼むぞ、『ポンコツデバイス』!≫

≪よっしゃあ任せろおぉ!!≫

 

さて、これでこの変態デバイスは最高の仕事をするだろう…ここからしばらくは俺の演技次第だな。

 

「レイジングハート!」

 

そう言葉にしてディバインスフィアを2つ生成する。…デバイスの補助を受けていない、俺一人で構築した『ディバインシューター』だ。

 

「じゃあ、『こっちも』!」

 

すかさず奴もディバインシューターを使用。スフィアの数は俺と同じ2つだ。

 

「本当に人の物真似が好きなんだね…」

「うん、大好きだよ? だって、()()()()()()()()()()。」

 

奴から仕掛けてくる様子が無いのは、ディバインシューターがどう言う魔法なのか理解していないからだろう。なら教えてやるとしよう。

 

「…行って! ディバインシューター!」

 

スフィアを一つ撃ち出す。()()()()()()()『魔法使い』目掛けて。

 

「…ふぅん?」

 

『魔法使い』はつまらなそうな表情で、俺のスフィアを自分のスフィアで相殺した。

 

「どんな魔法かと思えば、ちょっと大きめの魔力弾じゃないの。…つまらない」

「…ディバインシューター」

 

もう一つ撃ち出すと、『魔法使い』は再びスフィアを撃ちだして相殺した。

 

「…はぁ、もうネタ切れ? もっと他に攻撃は無いの?」

「ディバインシューター」

 

再び2つのディバインスフィアを生成するが…

 

「私もね、()()()()()にいちいち付き合う心算は無いのよ!ディバインバスター!」

「くっ!」

 

ディバインバスターを躱しながら、慌てたようにスフィアを撃ち出す。俺の放ったスフィアは『魔法使い』の横を通過して遠くへ飛んで行く…

 

「あんな物に頼るって事は、案外あなたの魔力は限界に近いの? 私はまだまだ、こんなに撃てるのに!? ディバインバスター!」

 

連続で撃ち出されるディバインバスターを回避しながらディバインスフィアの操作に集中する。着弾まで3…2…1…0!

 

「あぐッ!?」

 

戻ってきたスフィアは『魔法使い』の背中に寸分狂わず着弾し、爆発した。…やはりバリアジャケットの魔法も見た目だけなのか、鎧の役割は果たしていないらしい。デバイスの補助が無いディバインシューターでもダメージはしっかり入ったようだ。

 

「チャンス! ディバインシューター!」

 

新たに3つスフィアを生成し、左右と上方向に一つずつ放つ。

 

「…やってくれたわね。…ディバインシューター!」

 

向こうも同じように3つのスフィアを生成し、それぞれの方向に撃ったスフィアを迎撃した。

 

「ディバインシューターに頼るって事は、案外あなたの魔力は限界に近いのかな?」

「…っ!」

「私はまだまだ、こんな魔法も撃てちゃうんだけどね!」

ディバインクラッシャー(Divine crusher)!≫

「…それはっ!」

 

足元に広がる大規模な魔法陣と、前方に構えたレイジングハートの穂先から俺自身までを一つの砲塔の様に包み込むように展開する多数の環状魔法陣。素人が見ても、一目で大魔法と分かるだろう。そして、それは…

 

「それ『貰った』!」

 

目の前の『魔法使い』も同じだったようだ。

 

「まさか…!」

「私の魔力が、あんな程度で無くなる訳がないじゃない! あなたの切り札だったんでしょうけど、残念だったわね!」

 

俺に向けられた人差し指から腕を伝うように展開された環状魔法陣、足元の大規模魔法陣…

 

「人の魔法ばっかり…! あなたには自分の魔法は無いの!?」

「要らないわよ、そんな物! 私は『あなたの魔法』をあなたにぶつけ続ければそれで勝てるんだもの!」

「あなたなんかに、この魔法が使いこなせる訳がない!」

「使いこなす? それも必要ないわ! 使い方が分かれば、何度でも使うだけよ!」

 

お互いの環状魔法陣の先端…レイジングハートの穂先と『魔法使い』の指先に光が灯ると、周りの空気が振動し始め、やがて風が吹いているかのように先端の光に集まって行く。

 

「あなたは…どれだけ魔法を侮辱するの!? どれだけ人の努力を踏みつければ気が済むの!?」

「私は利用できる物を利用しているだけよ! あなたのこの魔法も、この身体も! 全部、全部私が()()()()()()使ってあげるわ!」

 

魔法が完成に近づくにつれて風は強くなり、先端の光はもう俺の身長以上にまで膨らんでいる。『魔法使い』も同様だろう。

 

「あなたの思い通りにはさせない…ディバインクラッシャー、シュート!」

「あっはははは! ディバインクラッシャー、シュート!」

 

互いの環状魔法陣の先端から放たれた砲撃は、丁度双方の中間で衝突し…凄まじい光と爆風となって荒れ狂った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…! はぁっ…!」

 

ふらつきながらも正面を見据える。

暴風と光が収まり煙が晴れると、そこには依然変わらず余裕そうな笑みを浮かべる『魔法使い』の姿。

 

「…そんな…嘘…」

「良い魔法ね…これ。あなたからの最期のプレゼントとしてありがたくいただくわ!お礼に、あなたの魔法で消し飛ばしてあげる!ディバインクラッシャー!」

 

再び指先に光が灯り、環状魔法陣が構築されていく…

 

≪…マスター(Master)…≫

「…うん、最後まで戦おう。レイジングハート…」

イエス、(Yes,)マイマスター(My Master)! ディバインバスター(Divine Baster)!≫

 

構えたレイジングハートの先端に光が灯る。だが、目の前の光に比べて何と小さい光だろう。

 

「それがあなたの最期の魔法よ! あなたを始末して15個の私を取り返したら、次はあの金髪の魔導士をあなたの魔法で葬ってあげるわ!」

「…ごめんね…本当にゴメンね…」

 

思わず身体が震える。今となっては正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「ディバインクラッシャー!」

「ディバインバスター…」

 

「「シュート!」」

 

放たれた砲撃は再び双方の中間で衝突し…

 

 

 

何の抵抗も受けることなく…

 

 

 

ディバインバスターがディバインクラッシャーを突き破った。

 

 

 

「…は?」

 

 

 

唖然とした表情でディバインバスターに飲み込まれる『魔法使い』を見て、本当に思う。

()()()()()()()…と。

 

 

 


―数分前、『魔法使い』のディバインバスターが俺のバリアジャケットを掠めた後の事だ。

 

 

≪言っておくけど、複雑な魔法は直ぐには作れないぞ? せいぜい既存魔法のバリエーションを増やす程度だ。≫

≪それで良いんだよ。ベースは『ディバインバスター』で、変更点は『威力を通常の魔力弾程度』に、『砲撃は無駄にでかく』。後は過剰に派手な演出があるとなお良し…かな?≫

≪あいつがとんでもない大魔法だと錯覚すれば良いのか? まぁ、やって見るけど…魔法陣スッカスカになるからそこでバレないか?≫

≪空白にはとにかくビッシリと適当な文章詰め込んでおいてくれ。≫

≪…なるほどな。それなら多分、数分で出来るぞ。…その分それまで魔法の補助は出来なくなるが。≫

≪オーケー! それまで持ちこたえるさ。そっちもちゃんと注文通りに頼むぞ、『ポンコツデバイス』!≫

≪よっしゃあ任せろおぉ!!≫

 


―少し前、ディバインクラッシャーを使用する直前。

 

 

 

「ディバインシューターに頼るって事は、案外あなたの魔力は限界に近いのかな?」

「…っ!」

 

『魔法使い』が苛立ちを隠そうともせずに俺を睨みつけたその時…

 

≪魔法が出来たぞ! ()()()!≫

≪ナイスタイミングだ、レイジングハート!≫

≪あ、うん…≫

 

テンションの落差何とかしろよ…

 

≪そう言えば、空白に何詰め込んだんだ?≫

≪最初は適当な怪文書でも詰め込もうかなと思ったんだけどさ、あの時お前が俺に『ポンコツデバイス』って()()()()()()だろ?≫

≪…おう。≫

≪そのテンションで書いたから…なんか、ポエムみたいな感じになった。≫

≪…≫

≪…≫

 

まあ良い、コレで意趣返しも箔が付く!

 

「私はまだまだ、こんな魔法も撃てちゃうんだけどね!」

ディバインクラッシャー(Divine crusher)!≫

 

 


 

―そして、今。

 

≪すまんな、『魔法使い』()()()…俺、とある事情でRPには自信があるんだ。≫

≪最後の方、肩震わせて笑い堪えてたけどな。≫

 

仕方ないだろ。敵がノリノリでポエム構築してたんだから。




突然のオリジナル魔法解説。

魔法名:ディバインクラッシャー()

とにかく派手な事以外は普通の魔力弾程度の威力しかない。
空気の振動や気流の動き、風までも魔法の効果でしか無く、威力はあくまで魔力弾。
魔法がぶつかると光と爆風を発生させ、非常に威力が高い魔法のように見えるぞ!
でも威力は魔力弾。

大量の環状魔法陣にはレイジングハートのパトスが溢れ出したポエムがびっしりと綴られており、内容は酷く回りくどい表現が使われている物の要約すると『SM物』である(ミッド語)。一応なのはに向けたものだが、あくまで明言はされていない。
威力と演出が派手な割に実害が0な為、小さな子供には需要がありそうだが環状魔法陣の内容の所為でギリギリR18(一応)。
この世に使い手は居ないであろうこの魔法ですが、『魔法使い』さんが「持ち主以上に使ってあげる」らしいです。


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鉄壁vs鉄壁

思えばこの小説でまともに描写したジュエルシード戦って最初の暴走体くらいですね。
ジュエルシードの危険性が原作に比べて全然書けて無い…

と言う事で延長戦です。

―最後のジュエルシードだからね…活躍させてあげないとね
by最後のジュエルシードにポエム構築させた奴


魔法使いが放った即席のポエム魔法(ディバインクラッシャー)とディバインバスターが衝突した影響で立ち込める砂煙の中、目を凝らす。

魔法使いが今の砲撃で倒されたなら、ジュエルシードの宿主になっていた女の子は変身が解除された事で落ちて行ってしまうからだ。

 

だが、俺の眼が女の子の代わりに捉えたものは…

 

「…()()()()…」

 

煙の中で瞬いた、一筋の()()()()だった。

 

雷が尾を引くように高速で移動するのはフェイトの飛翔魔法だが、この魔力光は蒼い…なら、この魔法を使ったのは…!

 

「なのはァッ!! 後ろだァッ!!」

 

神谷の声!? まさか!

 

振り向いた先には、既に至近距離まで近づいていた()()()()…これは、ディバインバスター!!

 

プロテクション(Protection)!≫

「レイジングハート…!」

 

プロテクション越しに感じる大きな衝撃。咄嗟にレイジングハートのプロテクションが間に合ったが…不味い事になったかもしれない。

 

「はぁ……はぁ……はっはは!…アハハハハハハッ!!」

 

…響き渡る()の高笑い。

 

「なぁんだ! やっぱりまだ持ってるんじゃない、()()()()()()()!!」

 

本当にしつこい奴だ…そんなしつこい奴が、()()()()()()()()()()()()()んだから嫌になる…!

 

「プロテクション!!」

 

声と同時に俺を包んでいた煙が晴れて行く。そこに居たのは案の定、俺のプロテクションを纏った『魔法使い』だった。

 

「そう言えば、あの映像にはちょっとだけフェイトちゃんが映ってたんだったね…」

「あの子の魔法のおかげで間一髪、助かったわ。そしてこれからはあなたの魔法が私を守ってくれる…」

「…あなたには、本当に自分の魔法が無いんだね。」

「…そうね、()()()()()()()()()()…どれほど楽だったかしらね。」

 

そう、これが『魔法使い』の()()()()()カラクリだ。

コイツは自分で魔法を創れない。自分で考えて、それを世に生み出す事が出来ない。

()()く者では無く、『他人の』()()使()()()…『魔法使い』…

 

「わたし、あなたの事を初めて()()()()()だって思ったよ。」

「…」

「自分の願い(魔法)を叶えられない…人の魔法(願い)に縋るしかない、かわいそうな子…」

「…同情しようとでもいう心算? それであなたが負けてくれるって言うの?」

「ううん、負けないよ。あなたは確かにかわいそうな子だけど、その願いを使()()()()()()女の子の方が…もっとかわいそうだから!」

 

…とは言っても、どうするかな。さっき防いだ奴の砲撃はディバインバスター…切り札を除けば俺の持つ中で最大の威力を持つ魔法だ。

それを俺のプロテクションが…()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事は、逆も然り。奴に対してもディバインバスターが効かなくなったと言う事。

…ヒビの入ったプロテクションは砲撃後の煙の中でコッソリと()()()()()()。相手がプロテクションの防御力を過大評価してくれるに越した事は無いからだ。

一見この状況はお互いに同じ状況にも見えるが、実は違う。

俺の魔力はプロテクションを張りなおすたびに少しずつ…本当に少しずつではあるが減っていくのに対して、奴の魔力量は正真正銘の底なしだ。ジュエルシードがそう言うものなのか、女の子の願いがそうさせたのかは分からないが…奴の魔力が減らない以上、このままでは最終的に負けてしまうだろう。

 

考えられる勝ち筋は一つ…プロテクションを破り、そのまま一撃で奴を倒す事が出来る魔法を…()()()()()()()()()()()撃ち込む。…俺の現状持つ魔法の中で切り札になるものは『スターライトブレイカー』があるが、この魔法をコイツに使うのは避けたいところだ。

スターライトブレイカーの構造は、『周囲の魔力を集めて』から『放つ』と言う至ってシンプルなプロセスで成り立っている。…そう、『魔力を集める』工程が必要なのだ。

そして俺がスターライトブレイカーをチャージしだしたら、奴も即座にスターライトブレイカーをコピーしてチャージを開始するだろう。

いくらスターライトブレイカーとは言え、同じスターライトブレイカーをぶつけられたら威力は著しく落ちるはずだ。本来のスターライトブレイカーならプロテクション毎『魔法使い』を呑み込めるだろうが、辛うじて突き抜けた砲撃がプロテクションを穿つとは思えない。

スターライトブレイカーと言う切り札が敵に渡れば、間違いなくこの辺り一帯はスターライトブレイカーが飛び交う地獄と化す。余波でユーノの守りは砕け、神谷も倒されるだろう。封時結界が消失すれば海鳴市だって無事か分からない。…威力が強すぎて使えないなんて、なんて皮肉だろう。

 

ではどうするか?

 

一応、一つだけスターライトブレイカーを撃ち込む()()はあるのだ。奴が魔法を解析できないと言う、致命的な弱点を突いた方法…バインドが。

…バインドは魔法の構造上コピーされたとしても俺の脅威にはならず、()()()()最大限の効果を発揮する魔法だ。だが最初に奴をバインドで固定した時、奴の内側から溢れた光がバインドに干渉して拘束を破られた。その時の速度を考えるとスターライトブレイカーのチャージには全く間に合わない。ディバインバスターなら拘束解除とほぼ同時に撃てるだろうが、プロテクションがそれを通してくれない。

 

 

≪…って事なんだけど…レイジングハート、どうすれば良いと思う? 流石にヤバい気がするんだが…≫

≪まぁ、このままじゃジリ貧だろうな…最後に一か八かでSLBに賭ける光景が見えるようだ。≫

≪…因みにその光景で俺は勝ってるか?≫

≪敵に最後のプレゼントを贈っているだけの様に見えるな…≫

≪…どうするかなぁ、ホントに…≫

≪バインドさえかけられれば手が無い訳じゃないんだが、今は厳しいな…≫

≪何か案があるのか?≫

≪少なくともSLBを撃ち込むより遥かにリスクは少ないし、分も良い賭けがある。…ただ…≫

≪ただ?≫

≪アースラ次第だな。つまりだ…≫

 

≪…なるほど、確かに分の良い賭けだな。ただ、俺自身はそれまで何か出来る訳でもないのが厳しいところだが。≫

≪出来る事と言ったら、まあ倒されないようにするって事だけだな。あとは祈るのみだ。≫

≪アースラ…いや、リンディさんの判断次第だしな。≫

 

 

 

「どうしたの? 威勢ばかりで攻撃してくる気配が無いけど?」

「…」

「気付いているんでしょう? もう既に戦いの優劣はハッキリしたわ。…あなたの魔法でもあなたの護りを貫けなかった以上、あなたも私を倒せない。」

「…」

「そしてあなたと違って、私の魔力が尽きる事はない…あなたの負けよ!」

 

放たれるディバインバスター。それを俺は避ける事無く受けるが…煙が晴れた時に現れるのは、僅かな傷も付かないプロテクション。…もちろんこっそり張りなおしている。

 

「…本当に恐ろしい硬さね。あなたが今まで使わなかった訳だわ…」

「…」

 

今、奴はこちらの出方を窺っている…俺がプロテクションと言う盾を隠していたように、その盾を貫く(SLB)があるのではないかと疑っている。

 

「…あなたは多分、このプロテクションを貫く魔法を持っている。それでも撃たないのは、その魔法が私の手に渡るのを恐れているから…でしょ?」

「最初に比べて、凄い慎重になったんだね。」

「あなたのおかげでね。…あなたからは本当に色々な物を貰ったわ。」

 

本当に色々と与え過ぎたかもしれない。プロテクション一つでも厄介なのに…

 

「…そう言えば、あなたからは()()も貰っていたわね。」

「っ!」

 

手と足にバインド…そう言えば最初に!

 

「その状態でディバインバスターを防ぐ事が出来る?」

 

こちらに向けられた指に光が灯る。流石にこの状態でディバインバスターを食らう訳には…やむを得ないか。

 

「はっ!」

 

魔力を流し込み、即座にバインドを解除する。

 

「…おかしいわね? 私がその魔法を受けた時はそんなに簡単に破られる魔法じゃ無かったはずだけど…?」

 

バインドで動きを封じて、必殺の一撃を撃ち込む…俺が今考えていたプランであり、そしてそれは原作でなのはも良く使っていた戦法だ。

本来それは必殺コンボと呼んでも問題ない程有効な手段だが、『魔法使い』の場合は()()()使()()()()

バインドの解き方は先ず『バインドの式の解析』から始まる。それさえ出来れば実は簡単に外せてしまう為、普通ならば毎回少しずつ『式』を変えるのだ。だが、奴のバインドは全て一律、俺の組んだ『式』のコピー。だから俺には『魔法使い』のバインドが即座に解除できる。

 

「残念だけど、魔法の解析が出来ればその魔法は『簡単に外せちゃうんだ』。…()()()()()()()すごく効果があるんだけどね。」

 

コレは半分本当、半分嘘だ。解析が出来れば簡単に外せると言うのは本当だが、そもそも他人が使った魔法の式を戦闘中に解析する事自体が相当な難易度だ。

…だが、敢えてこう言っておく事で奴のバインドに対する信用を落としておけば…きっと()()()役に立つ。

 

「そう…じゃあ私はその魔法を警戒しなくちゃね。折角のプロテクションも張れなくちゃ意味が無いもの。」

 

…もっとも、代償として警戒心は抱かせてしまったようだ。

 

「…仕方ないわね。あなたのプロテクションを破れるかどうか、色々試してみるわ。」

「!」

 

そう言って先ず使ったのは…フェイトの飛翔魔法か。どうやら使い慣れていないようで暫くは速度に振り回されていたが、やがて俺を中心に時計回りに移動するようになった。対して俺は向きを変える事もせず、不動のままプロテクションを維持し続ける。

見た感じ『魔法使い』はフェイト程の速度は出せていないし、回っている円の直径が大きい為視認も容易い。…これでは奇襲も出来そうにないが…?

 

「先ずはコレでもくらいなさい!」

 

そんな声が俺の背後で聞こえた直後、途端に視界が賑やかになる。大量のディバインスフィアが一帯を埋め尽くすように現れたのだ。

 

「ディバインシューター…一体どれだけ…」

「合計132個のディバインシューター…味わいなさい!」

 

一気に俺に殺到する大量の光弾。当然同時に当たるのは4、5個と言ったところだが、これだけの数を受け続けるとなると流石に不安になってくるな…!

数秒後…やはり何事も無かったように存在し続けるプロテクションに対して、今度は炎や雷を帯びた魔力弾をマシンガンの様に撃ち続け、それが終われば魔力で作られた剣、魔力を纏った徒手空拳、フェイトの魔法で速度を付けてプロテクション同士での正面衝突…一向に傷も付かないプロテクションに対して心も折れず、今の自分が持つ可能性をあれやこれやと試し続ける姿勢には感銘すら受ける。

…寧ろ俺の方が心折られそうだ。これからこの硬さのプロテクション破らないといけないんだぜ? 俺。

 

…しかし()()()()()()()()()()()()()()()、もうそろそろ()()()()()()()()のはずだが…

 

『なのはちゃん! 大丈夫!?』

「リンディさん!」

 

攻撃をひたすら耐え続ける俺にアースラからの通信が入る。

 

『今、そちらに救援が一人向かったわ! なのはちゃんが辛いようなら交代にあなたをアースラに退避させてあげられるけれど…』

「大丈夫です、このままで! それと、救援に来れる子ってもしかして…」

『ええ、()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「…バルディッシュ」

≪Yes, sir≫

 

 

 

轟いたのは聞き慣れた雷鳴。辛うじて見えたのは、高速で動く『魔法使い』にあっさりと追い付き、()()()()()()()()()()()切りつける閃光。

 

「…お待たせ。」

 

攻撃はプロテクションで防がれたが、『魔法使い』が怯んだ隙を突いて即座に俺の隣に並び立つ救援。

 

「待ち合わせ、ちょっと遅刻したでしょ? フェイトちゃん。」

「…ゴメン。」

 

少し気まずそうに目線を逸らした魔導士、フェイト・テスタロッサが参戦した。




今回内容が伝わりにくくなってそうなので捕捉。

Q.何故なのはがディバインバスターを受けるたびに新しくプロテクションを張りなおすのか。
A.プロテクションの防御力を過大評価させることで、なのはの攻撃を回避すると言う選択肢を選びにくくしようと言う魂胆です。

Q.何で魔法使いは最初からフェイトの魔法を使わなかったのか。
A.速過ぎて制御できていないからです。現状も同じ動きを続ける事は出来るが臨機応変な軌道制御は出来ていないです。

Q.なのはのプロテクションが固い理由は魔力が高いからだけど、魔法使いのプロテクションの強度も同じなのか。
A.同じです。お互いに魔法の出力の上限値に達しているので、双方ともカンストですね。

他に伝わっていない部分があれば感想欄で答えます。
最近少し時間が取りにくく、文章が雑になっていないか不安…後で伝わりやすいように修正しなくては…


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さらば災厄の種! 魔法使い、散る!

タイトルでネタバレ…一度やって見たかった…!


「! この魔力…!」

 

ジュエルシードの捜索に専念するあまり時間を忘れていた俺は、ジュエルシードが発動した時と非常に似た魔力を感知し即座に飛翔した。もうじき夕暮れか…今何時だ? 待ち合わせに間に合うか!?

 

≪アルフ! 今どこ!?≫

≪フェイト? えっと、随分と下流まで来ちゃってて…何処と言えるような目印も無いところだねぇ…≫

 

飛翔魔法で探した方が早い! 下流の方って言うと…あっちか!

 

 

 

「おー! フェイト! こっちこっち!」

 

アルフの傍に降り立つ。本当に随分と下流だな…もう海が見える場所じゃないか。…いや、位置的には悪くないか。海鳴臨海公園も名前の通りに海沿いだし。

 

「で、どうしたんだい? フェイト。」

「ジュエルシードの反応。」

「本当かい!? いよいよこれで最後って訳だ!」

「あと、待ち合わせの時間。」

「…あー、そう言えばこの辺り時計無いからうっかりしてたよ。」

 

飛翔魔法で再び浮き上がると、さっきの場所…海鳴臨海公園に結界が張られているのが見えた。

 

「ありゃ、先越されちゃったみたいだねぇ。」

「…どちらにしても待ち合わせがある。行こう。」

「はいよ。」

 

 

 

結界の前まで来たが…どうしようか。一瞬協力しようかと考えたが、なのはの実力を考えるとジュエルシードの暴走体に後れを取るとは思えない。寧ろ連携がうまく取れなければ足を引っ張ってしまう事も有り得る。

そんな事を考えていると…

 

『フェイトちゃん…だったわよね?』

「…あなたは?」

『時空管理局のリンディ・ハラオウン…そう言えばこうして直接話すのは、初めましてだったわね。』

 

管理局の通信が入った。

 

 

 

リンディさんに呼ばれ、転送魔法で初めて来たアースラの様子は思っていたものと少し違った。

明らかに人が少ないのだ。普段は使用されているであろう椅子は、オペレーターが慌てて出て行ったのが一目でわかるほどに乱雑になっている。…目に付くオペレーターが全員銀髪オッドアイなのはこの際スルーしよう。

 

「要請に応じてくれてありがとう。フェイトちゃん、アルフさん。」

「状況を。」

「…うん? やけに人が少なくないかい? あのクロノって坊やも見当たらないけど…」

「それについても併せて説明するわ。実はね…」

 

 

 

「ジュエルシードが生み出した魔導士…」

「はー…ジュエルシードってやつは本当に何でもアリだねぇ。」

 

リンディさんから状況を聞いたが、なんとも厄介な事になってしまっているようだ。

なのはの戦闘が長引いている事も考えると『人が発動させたジュエルシード』の脅威度は俺の想定よりも高いらしい。

 

「現在は成長し続ける木の対応をクロノや搭乗員の魔導士が、ジュエルシードの魔導士をなのはちゃんがそれぞれ対応中なの。」

「理解した。私はどっちに向かう?」

 

つまりはどちらかが戦力不足と判断したのだろう。そう考えてリンディさんに尋ねるが…

 

「先ずはモニターを見てちょうだい。オペレーター、先ほど撮った映像を!」

「了解しました!」

「…映像?」

「なのはちゃんと、ジュエルシードの魔導士との戦闘の記録映像よ。」

 

 

 

『ディバインシューターに頼るって事は、案外あなたの魔力は限界に近いのかな?』

『…っ!』

『私はまだまだ、こんな魔法も撃てちゃうんだけどね!』

ディバインクラッシャー(Divine crusher)!≫

『…それはっ!』

 

ディバインクラッシャー…なのはが初めて使う魔法だ。もしや俺との決闘の切り札だったのだろうか?

…こんな形で戦う前に知る事になってしまった事は申し訳なく思う。

 

『それ、貰った!』

『まさか…!』

『私の魔力が、あんな程度で無くなる訳がないじゃない! あなたの切り札だったんでしょうけど、残念だったわね!』

 

ジュエルシードの魔導士が使用したのは…たった今なのはが使用した魔法(ディバインクラッシャー)か。

…なるほど、予め映像を見せる訳だ。俺が不用意に手札を晒せば晒すほど敵も強くなると言う事か…

 

『人の魔法ばっかり…! あなたには自分の魔法は無いの!?』

『要らないわよ、そんな物! 私は『あなたの魔法』をあなたにぶつけ続ければそれで勝てるんだもの!』

『あなたなんかに、この魔法が使いこなせる訳がない!』

『使いこなす? それも必要ないわ! 使い方が分かれば、何度でも使うだけよ!』

 

モニター越しでは魔力の波動までは感じられないが、風が光に吸い寄せられているように動いている事から相当な威力が込められているのだろう。

…確かアースラのモニターには魔力の数値を図る機能があったはず。どれだろうか?

…まさかコレか?『2』…いや、これじゃないだろう。多分。

 

『あなたは…どれだけ魔法を侮辱するの!? どれだけ人の努力を踏みつければ気が済むの!?』

『私は利用できる物を利用しているだけよ! あなたのこの魔法も、この身体も! 全部、全部私が()()()()()()使ってあげるわ!』

 

映像の魔法は完成に近付くにつれてどんどんと凶悪になっている。なのはのツインテールは激しく揺れ、光球から発生していると思われる音も限界まで出力を上げたモーターの駆動音の様に高く激しい。

 

『あなたの思い通りにはさせない…ディバインクラッシャー、シュート!』

『あっはははは! ディバインクラッシャー、シュート!』

 

そして互いの魔法がぶつかり合い、暴風が一帯を蹂躙しているところで一度映像が途切れた。

 

「ちょっ…今いいとこだったじゃないか!?」

「アルフ、そっちじゃない。」

 

今の映像で分かる事は『敵はこちらの魔法を即座にコピーできる』と言う情報だ。…もう一つ挙げるとすれば、ジュエルシードの魔導士の魔法に対して抱く思いが…俺にとっては余りにも受け入れがたい事くらいだろうか?

 

「ゴメンね、アルフさん。でもまずは聞いて欲しいの。

 …今回の相手の攻略に必要なのは『電撃戦』よ。時間をかければかける程こちらは不利になるわ。」

「敵の使う魔法が増えるから…」

「それも理由の一つなんだけれど、最大の理由は『敵の魔力が多すぎる』のよ。恐らくなのはちゃんとフェイトちゃんの魔力保有量を合計しても届かないわ。」

「…なるほど、厄介。」

「さらに、『電撃戦』と言っても安易な高火力魔法はさっきの映像で分かる通り『敵にコピーされてしまう』…まぁ、先ほどの魔法は見た目のみ派手にしただけの囮だったのだけれど。」

「…」

「…」

 

どうやら『2』が正しかったらしい。

 

「それを踏まえて、こちらの映像も見てちょうだい。オペレーター、映像の続きを!」

「了解です!」

 

続きが有ったのか。今回の敵に備える為にも見ておく必要があるだろうな…

 

 

 

『はぁっ…! はぁっ…!』

 

…なのはが随分と消耗しているように見えるが、さっきの魔法は本当に『2』なのだろうか?

 

『…そんな…嘘…』

『良い魔法ね…これ。あなたからの最期のプレゼントとしてありがたくいただくわ! お礼に、あなたの魔法で消し飛ばしてあげる! ディバインクラッシャー!』

 

ピンピンしている敵を見て絶望した様に目を見開くなのはと、勝ち誇ったようにディバインクラッシャーを再び使用するジュエルシードの魔導士。

…リンディさんの言葉が正しいなら、あの魔法は多分通常の魔力弾程度の威力しかない筈だが…

 

≪…マスター(Master)…≫

『…うん、最後まで戦おう。レイジングハート…』

イエス、(Yes,)マイマスター(My Master)! ディバインバスター(Divine Baster)!≫

 

なのはの魔法はディバインバスター…なるほど、狙いが分かった。

となると、アレは全部演技か…声のトーンや体の動き、表情に至るまで随分真に迫っていたな。

 

『それがあなたの最期の魔法よ! あなたを始末して15個の私を取り返したら、次はあの金髪の魔導士をあなたの魔法で葬ってあげるわ!』

『…ごめんね…本当にゴメンね…』

 

 

 

『ディバインクラッシャー!』

『ディバインバスター…』

 

『『シュート!』』

 

そして二つの砲撃が衝突し…たかと思ったら次の瞬間に霧散するディバインクラッシャー。

唖然とした表情をしたジュエルシードの魔導士はディバインバスターに飲み込まれ…?

…今、一瞬電気が奔っていた様な…

 

「…と、こんな感じよ。」

「いや、戦闘終わっちゃってるんじゃないのさ!?」

 

アルフがツッコミを入れているが、最後に一瞬見えたスパークは…

 

「…最後にジュエルシードの魔導士が使ったのは、もしかして?」

「そうよ、フェイトさん。あなたの魔法…正確には飛翔魔法ね。」

 

やはりそうか。敵は俺と同じ速度で動く事が出来る…と考えて良いだろう。

だがそうなると一つ疑問がある…

 

「どう言う事? 私は彼女に会った事は無いはず。」

「厄介な事に彼女、どう言う訳かニュースの映像に映っていた魔法は最初から使えるみたいなのよ。」

 

想像以上に無茶苦茶な奴だな…映像越しにラーニングなんて対処のしようが無いじゃないか。

 

「…」

「それで、これが今の戦況よ。」

 

映像が切り替わり映し出されたのは、互いに『プロテクション』を纏って向かい合う二人…

 

「…あの子のプロテクション…」

「えぇ、二人とも相手の防御を崩せずにいるわ。なのはちゃんのプロテクションが硬すぎてね。」

 

この状況に割り込んで俺が出来る事…

 

「なるほど…ブリッツアクションで「ダメだよ」」

 

…割り込むようにアルフの声。

 

「リンディさんって言ったかい? 何処で知ったのか知らないけどね、あの魔法はフェイトにとっても負担が激しいんだ。

 いくらジュエルシード回収の為だと言っても…例えフェイトがやるって言ってもあたしがさせない。」

「アルフ…」

 

何というか、少しむず痒いな。心配してくれているのが嬉しい半分、久しぶりに使いたかったって言う本音が半分…

 

「大丈夫、心配しないで。そんな危険な事をさせるつもりは無いの。…作戦を話すわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも来たのね…金髪の魔法使いさん。」

「…魔導士、フェイト・テスタロッサ…」

 

ジュエルシードの魔導士…いや、ジュエルシードでいいか。映像のやり取りを見る限り、こいつはジュエルシードの意志で動いているようだからな。

…何よりジュエルシードの魔導士って毎回呼ぶのも面倒だ。

 

「2対1…この状況は流石に不利ね。私としては一度撤退したいなー…なんて。」

「逃がさない。ジュエルシードは回収する。」

 

形勢不利を悟ったジュエルシードは冗談めかして言っているが、恐らくは本心だろう。ここで逃がせば不利になるのは俺達なのは目に見えている以上、当然逃がす気はさらさらない。

 

「フェイトちゃん、相手の魔法は…」

「大丈夫、分かってる。…目の前で使用した魔法をそのままコピーして使用してくる。リンディって人に聞いた。」

 

なのはと情報を共有していると…

 

「速度は追いつけず、守りは貫けず、こちらの能力もバレた…片手落ちなんてものじゃないわね。

 どう考えても撤退がベストなんだけど…この結界が邪魔ね。」

 

ジュエルシードがそう言って指先を俺達の左後方に向け…その指先に光が灯る。

 

「ディバインバスター」

「させない!」

「っ!? なのは!?」

 

なのはが砲撃の前に自ら躍り出て…どうやらしっかりプロテクションで防いだようだ。

そして、なのはが向かった方角を見て気付いた。

さっきのディバインバスターが狙っていたのは、ユーノと神谷だ。

どうやら二人を倒す事で結界を解除しようとしたようだが、放たれたディバインバスターはなのはに防がれた。…そしてなのはが無傷のプロテクションと共に現れる。

…あれ、おかしいな。時の庭園でしっかり鍛え直して来たのに、勝てるか分からなくなってきた。

 

「…やっぱり厄介な防御力だわ。でも、それは私の防御も同じ…仕方ないわね。あなた達を倒さないと撤退も出来ないのなら、いっそここで()を完成させましょう!」

 

どうやら逃げる事は諦めたらしいジュエルシードが、改めて臨戦態勢を取った。

ならば俺のやる事は一つだ。

 

≪Scythe Slash≫

 

ジュエルシードが()()()()()()()()()()()()()()魔法のみを使って蹂躙する!

 

「ハァッ!」

 

高速で翔けて先ずは一撃! プロテクションに当たった衝撃をバルディッシュ越しに感じて確信する。

…この強度はなのはのプロテクションと同じだ。俺の攻撃では傷も付けられないだろう。

ならばと、先に隙を見つける立ち回りに変更する。バルディッシュを振る勢いを利用して回転、敵を中心に半時計周りに回り込む。この動きが既になのはに見破られている事は知っている…だからこそ、即席の連携にはもってこいだ!

 

ディバインシューター(Divine Shooter)

「シュート!」

 

俺が攻撃を加えた個所に、俺がその場を離れた直後にディバインシューターがヒットし爆発を起こす。それはまるで心が通じ合っているように、一切の間隙も生まずに延々と繰り返される。

普通の相手ならばコレで片が付くだろうが…

 

「無駄よ! そんな攻撃では、このプロテクションを破ることは出来ない! お返しよ、ディバインバスター!」

「…くっ!」

 

俺を狙って放たれたディバインバスターをギリギリで躱して距離を取る。

プロテクションで防ぎ、ディバインバスターで攻撃する…そんな単純な攻撃が何よりも恐ろしい。流石はなのはの魔法と言ったところだろう。

 

≪フェイトちゃん、聞こえる?≫

≪…大丈夫。≫

≪実はね…さっきのディバインバスターを防いだ時、私のプロテクションにはヒビが入ってたの。≫

≪! あなたのプロテクションにヒビが…?≫

≪うん、直ぐに張り直したんだけどね。でも、それはあの子も同じはず…私のディバインバスターも、あのプロテクションにヒビを入れられる。≫

≪…相手はその事を?≫

≪知らないと思う。だから…≫

 

念話を通しての作戦会議。それを悟られない為にも、攻撃の手を緩める訳には行かない。

3発目のディバインバスターを躱した辺りで作戦が纏まった。

 

≪…了解。≫

≪タイミングはバインドが成功したら…ね?≫

≪了解、隙は私が作る。…バインドのタイミングは任せる。≫

≪うん!≫

 

隙の作り方は既に掴んだ。問題はない。

 

「ハァッ!」

 

クロスレンジを保ち、回転の動きを利用して攻撃し続ける。

ジュエルシードも俺を振り払おうと砲撃を放つが、俺は奴の背後に回り、更に攻撃を続ける。

すると…

 

「くっ、ディバインシューター!」

 

奴は十中八九『ディバインシューター』に頼るのだ。

後はそれを至近距離を維持しつつ躱しながら攻撃し続けるだけで良い。

 

「フッ!」

「本当に化け物染みた反射神経ね…!」

 

奴がディバインシューターの操作と俺の動きに集中するあまり、周りが見えなくなったその時…

 

≪フェイトちゃん! 一度距離を取って!≫

「!」

 

合図だ。

打ち合わせ通りに全速力で距離を取る。

 

レストリットロッ(Restrict Lock)

 

なのはのレストリクトロック…レイジングハートの発音が極端に乱れるこの魔法は、指定した範囲内から逃げきれなかった者を全員、問答無用で拘束する上位魔法だ。

 

「! これは、バインド! でも無駄よ、こんな物は強引に…」

 

奴の体から発せられた蒼い光が、バインドの光輪を侵食していくが…

 

「ううん、これで終わり…レイジングハート!」

オーゥラァイ(All right)

「バルディッシュ!」

≪Yes, sir≫

 

そう、コレで終わりだ。

 

「ディバイン…!」

「サンダー…!」

 

俺となのはの様子を見たジュエルシードが焦り出すのが分かる。

侵食された光輪がボロボロと崩れていくのが見える。…だが、一手遅い!

 

「バスター!」

「レイジ!」

 

放たれた砲撃は混ざり合い、螺旋を描いて突き進む!

 

「プロテクション!」

 

バインドから脱出しきれなかったジュエルシードが、悪足掻きの様にプロテクションを張るが…

 

「こんな攻撃耐えきって…! ヒビ…っそんな!?」

 

不壊不朽を誇ったかの様に見えたプロテクションは、奴が縋ろうとした希望はあっけなく砕け散って…

 

「何故…何故!」

 

…最後のジュエルシードは封印された。




ジュエルシード蒐集パート、完結です!
次回はなのはとフェイトの休憩回を挟んで決闘フェーズに入ります。
プロットが何度も暴走しましたが何とかここまで…!(まだ無印)
長かったですが、クライマックスフェイズに移ります!(まだ時の庭園にも行ってない)

ここまで来たら道草の喰いようもないので一気に行くぞー!


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それぞれの戦いの後

前回、もう寄り道はしないと言いましたが…前回までに終わらせておく必要がある伏線を貼り忘れていたので…寄り道回です。

それと投稿が大変遅れてしまい、すみません!!


「これは…想像以上ね…」

 

次元間航行船アースラのモニターに映し出された決着。

なのはちゃんとフェイトちゃん…二人の魔法が絡み合うように螺旋を描き、ジュエルシードの魔導士の野望はプロテクション諸共撃ち砕かれた。

 

「エイミィ、測定結果は?」

「は、はい…えっと、測定器の故障じゃなければなんですが…」

 

動揺を隠せないと言った様子で報告された数値は常軌を逸した物だった。

 

「フェイトちゃんは平均魔力発揮値が172万、最大発揮値が約3倍です…」

 

あの年齢にしてこの魔力…素晴らしい才能だ。恐らく、良い師にも恵まれたのだろう。だが、まだ()()()()だ。素晴らしい才能を持った者が、素晴らしい師に教えを受ければ…まだ辿()()()()()()()()…問題は

 

「なのはちゃんの平均魔力発揮値は…えっと、793万…で、最大値は…その3倍…です…」

 

…予言の子、凄すぎない?

 

だが、これでハッキリした。予言が示した『光』は、やはりなのはちゃんだった…

 

『法の光の射さぬ地に、欲望の結晶が光を示す』

 

この一文に於いて『法の光の射さぬ地』は『管理外世界』を示すのだろうと言う事は早期に結論が出ていた。だが、『欲望の結晶』が何を示すのかが不明だった…その為に管理外世界にまで捜索班が回される事になり、私達も巡回のついでに管理外世界を見て回る必要があったのだ。

だがこれでその努力も報われる。本部にも良い報告が出来るだろう…これで魔法の存在が露見してしまった事ととんとんになると良いのだけれど…

 

いえ、管理局に関わるかどうかはあくまであの子が決める事。それよりも今は…

 

「エイミィ、現地の全員に通信を繋いでちょうだい。」

「あ、はい! 了解しました!」

 

先ずは皆を労ってあげないとね。

 

「皆お疲れ様! 最後のジュエルシードは無事に封印されたわ!」

『艦長、こちらも木の消滅を確認しました。』

「ありがとう。…これでジュエルシードは全部回収出来たのね?」

『はい。後は、あの女の子の安否が気になりますが…』

「…そうね、それについてはなのはちゃんに確認するわ。クロノ、他の皆もお疲れ様。」

『はい、これより帰艦します。』

 

クロノ達はこれで良し…問題はやはり、ジュエルシードの宿主になっていた女の子ね

 

「…なのはちゃん、フェイトちゃんもお疲れ様。ジュエルシードに憑かれていた女の子は無事かしら?」

『リンディさん! 傷は無いみたいなんですけど、意識を失ってて…』

「うーん、流石にその子をアースラに呼ぶ事は出来ないわね…こちらから医療班を送るわ。少し待っていて頂戴。」

『はい!』

「それじゃエイミィ、手配をお願い。」

「はーい!」

「なのはちゃんは…そうね、待ち合わせ場所の近くにベンチがあったわね。そこに彼女を寝かせてあげてくれる?」

『分かりました!』

 

…さて、これで一段落ね。私も報告書を纏めなくちゃ…

 

 

 


 

 

 

――それは、ほんのちょっとした好奇心だった。

 

フェイトが戦うと言う、相手の魔導士がどれほどのものか一度見てみるのも悪くない…そんな何気ない好奇心で、私は第97管理外世界を覗く事にしたのだ。

 

だが、水晶球に映ったのは…

 

「なんてこと…フェイトが、アレと…?」

 

水晶球に別の世界を映し出す魔法…それは対象の世界とこの世界を繋ぐ、次元魔法の基礎だ。故に限定的ではあるが、今この水晶球を通して二つの世界は繋がっており、その繋がりを通してあの魔導士の圧倒的な魔力を感じる。

結論から言えばフェイトが戦おうとしている相手は、才能と言う言葉では説明が付かない程に常識を逸脱した何かだった。

高い才能を持った魔導士が長年魔法の研鑽を続けたとして、それでもピーク時にあれほどの魔力を有する瞬間が果たしてあるかどうか…

当然私の魔力も上回っており、勝てるかと問われれば自信を持った答えを返す事は出来ないだろう…

 

「アレとフェイトを戦わせるのは危険だわ。

 決着の付き方によってはフェイトの心に傷が残る可能性もある…」

 

軍人や凶悪な次元犯罪に関わった魔導士は、時に心に深い傷を負うことがある。そう言う魔導士は魔法に対して苦手意識を持ったり、恐怖を拭い切れずに魔法の出力も不安定になる。

…フェイトは贔屓目に見なくとも、高い才能を持っている。特に飛翔魔法に関して言えば、まさに天賦の才と言って差し障りない。

その才能がここで潰れてしまうのは…親としても、師の一人としても避けたい。

 

ましてあの子は飛翔魔法が本当に好きらしく、鍛錬の合間も息抜きに飛翔魔法で飛び回るほどだ。

心が折られると言う事は、その羽根をももがれる事と同義…

 

戦わせるべきではない。次元魔法で介入してでもアレをどうにかしたいと思う私と、

フェイトの努力を踏みにじるような行いはしてはならないと自制する私が心の中でせめぎ合う。

 

…いや、例え介入したとしても…おそらくアレを倒す事は出来ない。

プロテクションに関しては対応可能だが、あれ程の魔力を持つ相手を一撃で倒すには次元間を越えた魔法の出力では不可能。…私が直接その場に居ないと不可能だ。

 

「…ここは様子を見ましょう。あの子の初めての戦いなのだから、私が邪魔するのはお節介も良いところだわ。」

「賢明なご判断です、プレシア様。」

 

…居たのか、似非執事(こいつ)

 

「お食事をお持ちしました。」

「…そうね、もうそんな時間だったわ。」

 

気付かない間に結構時間が経っていたらしい。机に散らばる資料のいくつかを()()()()スペースを開けてやると、そこに食事を乗せたプレートが置かれる。

 

「お嬢様達の様子はいかがでしたか?」

「フェイトは今の実力を隠したままジュエルシードの対応を済ませていたわ。この後決闘をする相手に手の内を晒さなかった判断は評価してあげても良いかもね。」

「お嬢様がいらっしゃらない時くらいは、素直になってもよろしいかと存じますが。」

「…余計なお世話よ。食事を置いたのなら直ぐに出なさい。」

「もう少しお嬢様についてお話ししたかったのですが…」

 

こいつは私を友達か何かだと勘違いしてないか? 最近は特に馴れ馴れしいと言うか…お前は私の何なんだ?

…まぁ良い、私の命が尽きればフェイトの世話をするのは多分こいつとアンジュになるだろう。フェイトの事を大事に思っている事に関しては多少なり信用出来なくもない相手だ。

 

「待ちなさい。」

「はい?」

「…休憩時間にこれでも見ていなさい。」

 

そう言ってフェイトとあの魔導士の戦闘映像を記録した端末を投げて寄こしてやる。

 

「これは…?」

「さっきの戦闘の記録映像よ。」

「ありがとうございます! 直ぐに拝見させていただきます!」

 

随分とご機嫌になって部屋を出て行ったが…()()()? 休憩時間に見るようにと言ったはずだが…

 

…そう言えば、アイツの仕事ぶりをこの目で最後に見たのはいつだっただろうか…?

確かに今この時の庭園に居るのはアンジュと似非執事と私だけだが、それでも広大なこの時の庭園の手入れはそう簡単に済ませられる筈がないのだが…

 

…まぁ、それについては後で釘を刺しておこう。今はあの映像の()()()()()()について考えたい。…もしかしたら、それがあの魔導士があれ程の化け物になった理由の一つかも知れないのだから。

 

「あの()()()()()()()()は用途から考えてその場で構築した物のはず…だと言うのに、あのダミーの環状魔法陣に刻まれた痛々しいポエム…」

 

流石にアレはあの少女が考えたものじゃないだろう。…デバイスとのSM物なんてニッチなジャンルを開拓しているような年齢ではない。

ならばあれは()()()()()()()…考え得る候補はあの場に()()しか存在しない。

 

「…完全な自我を持ったデバイス。自らの欲望どころか、妙な性癖まで芽生えたある意味あの魔導士よりも奇妙な存在ね。」

 

…あのデバイスがあれほどの魔力を得る切っ掛けになった可能性は、正直0に限りなく近い。だが、万が一…いや億が一にもそれが切っ掛けになるのだとしたら…

 

「…バルディッシュも…いえ、止めておきましょう。あんなものをフェイトに見せる代償には見合わないわ。」

 

 

 


 

 

 

「…なんか、今ギリギリで窮地を脱した気がする。」

「フェイト? 何かあったのかい?」

 

急に感じた寒気に思わず身体を振るわせると、アルフが少し心配気にこちらを見る。リニスは台所で料理中なので気付いていないようだ。

 

「ううん、多分大丈夫。」

「本当だろうね? フェイトは目を離すと直ぐに無茶するんだから…」

「うん…何と無く寒気がしただけだから。」

「…風邪ひいてないだろうね?」

 

一応体調管理には気を付けているつもりなんだけどな…?

 

「二人とも、ご飯が出来ましたよ。配膳手伝ってください。」

「はいよー。」

「あ、うん!」

 

明日は一日体を休めて、明後日はいよいよなのはとの決闘だ。こんな時に体調を崩すのは勘弁だな…

 

 

 


 

 

 

夕食後、俺は自室で今までの事についてユーノと念話していた。

 

≪今まで大変だったけど、これで一先ず街の方は安全だな。≫

≪うん。あの女の子が憑かれちゃったのは残念だったけど、ちゃんと夢だと思ってくれたんでしょ?≫

≪うーん…アレは、成功したのか失敗したのか…≫

≪…ちょっと? 本当に大丈夫だったんでしょうね?≫

≪多分…大丈夫だったと思うんだけどなぁ…≫

 


 

――海鳴臨海公園、ジュエルシード封印後。

 

 

 

アースラの通信でリンディさんに言われた通り、女の子をベンチに寝かせて直ぐ管理局の医療班(銀髪オッドアイ)の人が来た。

 

「脈拍、瞳孔の働きは正常、リンカーコアは元々持ってないようなので…馴れない魔力を強引に行使した事による疲労だと思います。

 ジュエルシードの意志から解放された事による反動もあるかもしれませんが、いずれにせよ命に別状は無いですよ。

 目が覚めた後、記憶に問題が無ければ直ぐに普段の生活に戻れるでしょう。」

「良かった…ありがとうございます!」

 

検査を終えた医療班の人が、クロノに呼ばれて帰って行った後…

 

「…ぅ、ん…あれ、ここは…」

「あ、目が覚めたんだね!」

「あ…魔法使いさん…」

「私? 私は魔法使いじゃないよ。」

 

目が覚めたこの子が今までの事をどれだけ覚えているのか…程度によっては、このまま放置すると拙い気がする。このままこの子と別れて、いつか今回の事を思い出した時…この子は間違いなくショックを受ける。…だからその前に対処する。

 

「えっ? でも変身して、私と魔法で…?」

「…もしかして、夢でも見てたんじゃないかな? 最近、話題だもんね。手に入れれば魔法が使える『魔法の石』って。」

「夢…? 私がやった事は、全部夢…?」

 

そう言って、茫然としてしまう女の子に()()()()()()()()()()()()を吹き込む。

内容はこうだ。

 

『魔法の石を見つけたのは今日の事であり、それはただの石だった。

 喜びのまま駆け出した女の子は転んでしまい、そのまま気を失ってしまう。

 夢の中では魔法の石は本物で、魔法使いと会ったのも魔法を使ったのも夢の中。

 倒れた女の子をベンチまで運んで様子を見ていた俺をみて、()()()()()()()()使()()と混同してしまった。』

 

…正直、信じてもらえるかどうかは賭けだ。でも、『人に対して非殺傷設定なしの魔法を撃った』事実は夢にしておきたいのだ。

勝算は無い訳ではない。『成長した筈の木が戻っている』『使った魔法は全部誰かが使ったもので、オリジナルは一つも創れなかった』…この辺りの情報を上手く使って、事実の解釈を捻じ曲げれば何とかできそうではあるのだ。

 

「きっと、夢だったんだよ。全部。」

「でも、私ちゃんと魔法を使ったもん!」

 

どうやら、あの時の女の子の落ち着いた口調も本来の物とは違ったらしい。

大人びていた態度とは正反対の様子を見て、本当にこの子を解放できたんだと実感する。

…だからこそ、あんな事をした記憶は全部悪い夢の中に捨てさせてやりたい。

 

「どんな魔法?」

「空を飛んだよ! ニュースで見た光も出せたもん! 木だって魔法で大きく…して…」

「『木』ってどの木?」

 

公園の木は全部元通りだ。成長した根の影響で抉られた地面も、管理局員のおかげでぱっと見は元通りに見えるように整えられている。

 

「…勘違い、だったかも。…でもいっぱい魔法は使ったんだよ!」

「ちなみにだけど…あなたはどんな魔法が使いたかったの?」

「…空を飛んだり、大人になってみたり…」

「あなたは大人になる魔法は使った?」

「…使ってない。」

「どうして使わなかったの?」

「…使えなかった。」

「うん、夢ってそう言うものだよ。『何故か普段はしない事をしたり』『自分がしたい事を出来るはずなのにしなかったり』…自分の考えと行動がバラバラで、後で思い返しても自分の行動だって説明できない。」

「…違う、違うの。」

「違わないよ。だって、あなたは今()()()使()()()()でしょ?」

 

すると女の子は目じりに涙を浮かべながら俺を睨み、()()()()()()()を俺に向ける。

 

「…撃つよ。」

「…撃てないよ。」

「撃つもん!」

「…うん、じゃあ撃っても良いよ。」

「…っ! …いじわる。」

「意地悪で良いよ。」

「…魔法使いの、いじわる!!」

 

女の子はそう叫ぶと走って行ってしまった。

…これ、成功か失敗かで言うと失敗っぽいなぁ…

せめて俺が『嫌な魔法使い』として記憶に残ってくれれば、罪悪感くらいは減らせるかな。

 

 

 


 

≪…って感じだったんだけど…≫

≪全っ然誤魔化せてないじゃないの!≫

≪いや、でもあの後…≫

≪良いから、明日にでもあの子見つけて何とかしなきゃ!≫

≪いや、その場合先ずはフェイトに…≫

≪何でここでフェイトが出てくるのよ!?≫

 

どうにもユーノの説得は難しそうだな…

 

 

 


 

 

 

『…魔法使いの、いじわる!!』

 

そんな悪口を言って逃げちゃった。

私は謝りたかったのに、謝らせてくれないから…あの魔法使いさんは優しいけど意地悪だったから。

 

そのまま公園の出口まで走ってると目の前に突然、誰か降りてきた。

直ぐに空から来たんだって分かった。だって…

 

「…! あなたは!」

 

金色の髪の毛、黒い服…最後に私を止めてくれた、もう一人の魔法使いさん。

 

「魔法使いさんならわかるよね!? 私が魔法を使ってたって!」

「…私は知らない。」

「嘘!」

「あの子が知らないなら、私も知らない。」

 

なんで…!

 

「…でも、魔法の石は持ってる。」

「…っ!」

 

そう言って、魔法使いさんは手に持った杖から6個の魔法の石を浮かべる。

 

「持てば魔法を使えるようになる。…それは本当。」

「…」

「この近くでも、最近。一つ新しく()()()。」

「それは…」

 

拾ったんじゃない…私じゃない私を倒して、手に入れたんだ。

魔法使いさんは魔法の石を浮かべたまま私に近付いてくるが、私は思わず一歩、二歩と後退ってしまう。

 

「…欲しい?」

「いらない…!」

 

咄嗟にそう答えていた。あの石を見るだけで怖かった。もう、私が私じゃなくなるのは嫌だった。

 

「…それで良い。」

 

魔法使いさんは魔法の石をまたしまって、話を続ける。

 

「あなたは魔法を使っていたんじゃない。…魔法に使われていただけ。」

「でも…」

「あの子が夢だと言ったなら、それがあの子の願い。」

「でも!」

 

分かってる。あの魔法使いさんは全部無かった事にしてくれようとしたんだって。

でも私があの石を見つけなければ、拾わなければあんな事にならなかったのに…

 

「…あの子の為に何かしたい?」

「…うん。」

「じゃあ魔法の石を集める人が居たら、あれは怖い物だって教えてあげて。…もう全部、私達が回収したって事も。」

「本当…?」

「うん、もう大丈夫。」

「…うん、分かった。みんなに教える…」

「それで良い。あの子も喜ぶ。」

「魔法使いさんもあの魔法使いさんに教えて。私、ありがとうって言ってたって…」

「うん、ちゃんと教える。」

 

魔法は私が思っていたよりもずっと怖い物だったけど、あの人達みたいな魔法使いさんが居れば多分大丈夫。

きっと…これから先何があっても、あの二人が魔法から皆を守ってくれるんだって思える。

 

「ありがとう、魔法使いさん…ううん、()()()()()。」

 

魔法の石は、私に本当の意味での魔法をくれなかったけれど、おかげで魔法に少しだけ詳しくなれた…そんな一週間だった。




次回は本当に休日ダイジェスト回です。
もう本当に寄り道は無いです。本当です。もう忘れものも無いので!


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休日 それぞれの過ごし方

休日回です。

今回はあまり重要な伏線とかは無いです。
大体普段こんな感じに過ごすんだなーって感じの回ですね。


世間を色んな意味で騒がせたジュエルシードの回収が終わった。

いよいよフェイトとの決戦を翌日に控えた今日は、体を休めるのにはお(あつら)え向きの土曜日。…俺達は久しぶりに『本当の休日』を満喫していた。

 

「なぁ、見ろよ神谷! これ…どう見える!?」

 

バーベキューの準備をしていると後ろから声がかかったので振り向くと、何やら銀色の魔力弾のような物を持って走ってくる銀髪オッドアイが一人…

 

「ん…神場か。どうも何も普通の魔力弾に見えるが…まぁ、お前の事だから新しく作った魔法か何かか?」

 

コイツは特典で『魔法を作る』と言う強力な能力を貰っているのだが…どうも魔法の作成はイメージがしっかりしないと上手く行かないらしく、時たまこうして出来た物を見せに来てくれるのだ。

 

「おぅよ! 手…出してみ?」

「こうか?」

「そそ…で、これをこう置くと…どうだ!?」

 

俺が差し出した手の上に()()()()()謎の物体。…物理的に重さがあると言うのは新鮮な感覚だが、それ以上に気になるのは…

 

「…なんか、生暖かくてぬめぬめしてるな…ナニコレ、魔法?」

「魔法創造の応用でさ、魔力変換資質を再現できないか? って思って…やって見た。」

「…おぉ、なるほどな。で、これ何?」

「一応…水?」

 

水…コレ、水か? なんか生暖かい卵白の様な手触りと、スポンジボールの様な弾力が実に不愉快なんだが…いや、そもそも…

 

「水って魔力変換資質に入るのか? あれって炎熱とか電気とか、あくまでエネルギーだから出来るんじゃないのか?」

「やっぱりそう言うもんなのかな…? いや、俺もなんか触ってて妙に気持ち悪いなって思ってはいたんだよ。」

「そんなもん俺に持たせるんじゃねぇよ!?」

 

思わず地面に叩きつけると謎の物体は『べちょっ!』と言うあまり耳に良くない音を立てて半分ほど潰れると、やがて溶け始める。

 

「…」

「…」

「おま、何つーもん触らせてくれてんだ…ちょっと手ぇ洗ってくる…」

「お、おぉ…すまん。…俺も手、洗うわ。」

 

…これ、生態系に影響無いよな? そんな事を考えながら二人並んで川で手を洗っていると…

 

「ん…? 何やってんだお前ら?」

「…神崎か? お前こそどうしたんだ? さっき釣りに行くって上流に向かったばかりだろ?」

「いやー、餌を忘れててさぁ。虫でも良いんだろうけど、せっかく用意した釣り餌使わないのも勿体無い気がして…」

「釣り餌ってぇと、お前のバッグか。アレならテントの奥に纏めてあるぞ。」

「サンキュー!」

 

そう言って俺達が来た方…テントの方に向かう神崎。…神崎か、そう言えばなのはと最初にまともに話した時、アイツと間違えられたんだったな…

今となっては懐かしい思い出だ。

 

「…うわ、なんだコレ!」

 

…今の声、神崎か?

 

「…あー、アレか。」

 

見るとさっき神場が出した魔法っぽい何かに触ろうか触るまいかで葛藤する神崎が見えた。

 

「神場、アレどうする気だ? ここに置いて行くのも不安なんだが。」

「一応アレも魔法なはずなんだけどなぁ…全然消える気配が無いんだよ。なんかバグったかな?」

「…まぁ、最悪の場合は神宮寺の『王の財宝』に…」

「他人の能力をゴミ箱代わりに使うんじゃねぇ。」

「うおっ!? 神宮寺!?」

 

完全に今の話を聞かれたらしく、意外に温厚な神宮寺も不機嫌そうな声色だ。

 

「一応言っておくがバーベキューのゴミは各自で持ち帰れよ?」

「大丈夫大丈夫。解ってるって。」

「そう言えば神宮寺は何でこっちに? 向こうでみんなと泳ぐんじゃなかったのか?」

「…のど乾いただけだ。」

「バッグならテントの奥な。」

「おぅ。」

 

神宮寺がテントに向かおうとした時、戻ってきた神崎と鉢合わせになる。

 

「…ん? 神宮寺も来たのか。」

「神崎? …あぁ、釣り餌忘れたのか。」

 

手に持っているのは…釣り餌が入ったビニールと…

 

「そう言う事。あ、これ持ってみ? なんかおもしれー感覚するぞ。」

「…なんだそれ、魔力弾か? なんで半分溶けてるんだよ…」

 

アレの感触を面白いと表現できるコイツはある意味大物かも知れん。

 

「まぁまぁ、手ぇ出してみ?」

「やだよ見るからに気持ち悪いし。」

 

半分溶けた銀色の何かだからな…神宮寺の反応も別におかしくは無い。

 

「えー…ったく、全部使っちまうぞ?」

「使えば良いだろーが。」

「ノリの悪い奴め。」

 

そう言って神崎は例の何かを持ったまま上流の方へ…

 

 

 

「…待て待て待て待て待て!」

「なんだよ!?」

 

立ち去ろうとする神崎の肩を慌てて掴んで制止する。

いや、『なんだよ』じゃないが!? 何でお前はそんな不思議そうな表情が出来るんだよ!? そっちのが不思議だわ!

 

「お前、まさか()()で釣りする気じゃねぇだろうな!?」

「? 別に良いだろ。なんかよく釣れそうだし。」

「それ後で食うんだぞ!? 分かってんのか!?」

「…んー、大丈夫じゃねぇか? 魚だって普段は虫とか食ってるんだぞ?」

「虫はまだ食物連鎖の範囲だろうが! ()()神場の魔力だぞ!?」

 

実験中の魔法なんて得体の知れないものを腹に運んで溜まるか!

 

「マジか。神場、後でもう2,3個増やしてくれ。」

「お前頭おかしいのか!?」

「ホラよ。」

「気軽に増やすんじゃねぇ!!」

 

処理に困るんだよ! 

久しぶりの純粋な休日だってのに訓練よりも疲れるのはなんでだ!?

 

 

 


 

 

 

「フェイトー、そっち読んだらあたしに回しておくれー」

 

アルフの声に首肯で返す。

今俺は溜まりに溜まった漫画を消化しながら、なかなか充実した休日を送っている。

そう言えばこうしてのんびり漫画を読むのも久しぶり…いや、今生では初めてか。ずっとジュエルシードや魔法の訓練を優先していたからな…こう言う休日があっても良い。

 

今読んでいるのは冒険要素が強いバトル漫画だ。当たり前だが前世では聞いた事の無いタイトルで、主人公の青年が宇宙をかける旅の中でいざこざを解決したり、未知の神秘に触れたりしながら親友の仇である宿敵メイガンを追うと言う王道ストーリーだ。

…と、この巻は終わりだな。

 

「アルフ」

「待ってました!」

 

次は…これが最新刊か。これを読めば最新の話題に着いて行けると言う訳だ…話す相手は居ないが。

 

 

 

 

 

 

――物語が進み主人公が敵対する組織の研究者…マルクスの生み出した次元の裂け目に呑み込まれると、それまでの雰囲気とは全く違う光景が広がっていた。

 

『ここは…マルクスの奴は!?』

 

機械に囲まれた部屋から一転、薄暗い森の中に放り出された主人公…ハンスは周囲を見回すがマルクスの姿は無い。

奇襲を警戒するハンスの耳が、木々の揺れる微かな音を捉え振り向くと…!

 

『あなた…変わった服を着てるのね? どこから来たの?』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が不思議そうな表情を浮かべながら()()()()()()

 

「うん…?」

 

――物語が進むにつれて明らかになる事実の数々…! なんと、ここは()()()()()()()()()()だったのだ!

 

「…」

 

――だが主人公は勿論魔法が使えない…そこでこの世界で魔法が使えるメカニズムを調べると、なんとその力の源泉は地中深くから採掘される()()()()だと判明したのだ!

 

「…」

 

――魔法の石を手にすれば、宿敵であるメイガンとの戦いを有利に運べる! ハンスは石を求めて森で知り合った少女を連れて冒険するが、魔法の石は災厄をも齎す両刃の剣! ()()()()()()()()()()()()()、ハンスに牙を…

 

「…」

 

 

 

パクっとるやん。

 

…いや、前世でも流行の時事ネタを漫画が取り入れる事は珍しくはなかった。話題の人物やイベント、時には一発屋の芸人や別の漫画のネタのオマージュ等、漫画の表現は意外に自由なのだ。

であるならば、最近巷を賑わせている魔法の石(ジュエルシード)が漫画に出るのもおかしくない。ニュースで俺の姿も(加工はされていたが)映っていた事から、デザインが似せられてもまぁおかしくないとしよう。前世では某大統領も結構登場していたし…

だが、まさかのレギュラーキャラ化は流石に少し恥ずかしい物がある。実際、映像加工のおかげで違う所もそれなりにある。細かい装飾だったり、目つきだったり…性格に至っては『好奇心旺盛』で『お喋りで』主人公を『ぐいぐい引っ張る系』と言うように全然違う。

だが、関係者が見れば一発で俺が元だと分かってしまう。なぜなら…

 

「バルディッシュ…殆ど同じ…」

「えっ、フェイト!? 最新刊で何があったんだい!?」

 

バルディッシュはあくまで武器として捉えられており、その特徴的な先端は映像加工のモザイクからはみ出ていたのだ。結果としてこれは8割がたバルディッシュそのものであり、それを振り回して()()()()()()()()()は誰でしょう? と問われれば…

 

「うぐぅ…」

「フェイト!? 気になるじゃないか!?」

 

最新刊の最後はやはり同じ世界に来ていたマルクスの噂をハンスが聞きつける所で終わっている。

漫画はこれから『魔法世界編』の佳境に入るのだろうが、元ネタの騒動はもう直ぐ決着である。魔法の石(ジュエルシード)に至っては回収済みであり、恐らくブームは凄い勢いで過ぎ去る事だろう。あるいはツチノコの様にいつまでも探し続けるコアな団体は生まれるかも知れないが…

 

「この漫画のこれから…色んな意味で楽しみ。」

「フェイト! 次巻プリーズ!」

 

 

 

アルフは例の少女が登場した瞬間に噴き出していた。

 

 

 


 

 

 

「…そう、魔法の石はもう全部回収されたのね。」

「うん…結局、女の子が一人巻き込まれちゃったんだけど。」

「でも、その子ももう大丈夫なんでしょ? なのはちゃん達もみんな頑張ってくれたんだし、きっと感謝してくれてると思うよ!」

「ありがとう、すずかちゃん。」

 

たった一日だけど、平和な時間が取れた休日…俺はアリサとすずかと一緒に羽を伸ばしていた。

明日はジュエルシードの行く末を左右する決戦の日。訓練は今まで欠かさなかったし、作戦も練った。…後は明日に向けて気力を満たすだけ。人事を尽くして天命を待つと言う言葉があるように、今はただ待つ時なのだ。

久しぶりに色々な事をして遊んだ。すずかの家のゲームで遊んだり、お茶とお菓子を囲んでのんびり話したり…そんな楽しい時間は早く過ぎて、時刻はもう夕方。

門限が迫っている事もあって、そろそろ帰ろうと言う時だ。

 

「明日、全部終わるのよね?」

 

アリサが口を開き、真剣な目で俺を見る。

 

「うん…全部終わらせるよ。ユーノ君の為にも、絶対に。」

「…無事に帰って来なさい。最悪の場合は勝てなくても良いから、絶対に無事に帰って来ること!」

 

原作を知っている筈のアリサ(転生者)がそれでもわざわざ確認するのは、今まで原作通りに行っていない事が多いからだろう。プレシアがどう介入してくるのか等、俺としても気になる点は多い。

それでも、例え危険な戦いでも『高町なのは』ならきっと…

 

「…うん。でも、私も負けられないから…負けたくないから、全力でぶつかってくる。きっと、あの子も同じ気持ちだから。」

 

いや、絶対に妥協はしない。逃げないし、一歩も引かない。最後まで全力で戦うだろう。

 

「そうよね。あんたはそう言う子よね…」

 

そう、『高町なのは』はそう言う子なのだ。

 

「…そう言えば、私達その子の事全然知らないよね。…どんな子なの?」

「うーん…えっとね…強くて、真っ直ぐな子で…あ、そうだ!」

 

持って来たカバンの中を探る。

二人にも見せたくて持って来ていたのだが、出す機会も無く忘れていたのだ。

 

「こんな感じの子だよ!」

 

取り出したのは週刊少年誌の一つ。開いたのは最近急なテコ入れで評価がブレ始めた漫画『未来冒険王ハンス』の1ページ。

 

『ハンス! 次はあの店に行かない!?』

 

新規キャラの『フェイトの特徴を多く持つ女の子』が主人公の手を引き、初めて来た城下町をやや強引に引っ張りまわしているシーンだ。

 

「へっ!?」

「ふひゅっ!」

 

アリサの唖然とした顔と、すずかが吹き出しそうなのを堪える表情が印象に残った一幕だった。

 

 

 

リムジンで送ろうかと言うすずかのお誘いをやんわりと断り、飛翔魔法で俺はある場所に向かっていた。

今の時刻は18:24。今は行く必要はないけれど、なんとなくそこに行けば会える気がしたのだ。

 

「…やっぱり。あなたもここに来たんだ。」

「フェイトちゃん…うん。ここに来れば会える気がしたから。」

 

場所は海鳴臨海公園、昨日までの待ち合わせの場所…そして、明日の決闘の舞台となる場所でもある。

もう待ち合わせる必要はないのに、ここに来ればフェイトもここに来てくれる…そんな確信が何故かあった。

 

「…明日、この場所で今までの全てに決着が付く。」

「うん…」

「きっと…どっちが勝っても、私達が戦うのはそれが最後。」

「…うん。」

「私は、今出せる全部をあなたにぶつける。だから…」

「勿論私も全力で戦うよ。全力全開…私の出せる全てで。」

「うん…お互いに一切悔いが残らない様に。」

「どっちが勝っても、恨みっこ無し…だから、」

「…?」

「明日の戦いが終わったら、私達はきっと友達になれるよね?」

「…そうだね、きっとなれるよ。全部の決着を付けたら、きっと…」

 

そしてしばらくお互いに無言のまま海を眺めていた。

何か話さなければと思う一方で、何も話す話題が出て来ず…やがてなんとも居心地の悪い沈黙になって行く。

…ふと、一つ話題が思い浮かんだので話してみようかなと思った。

 

「そう言えば、『未来冒k』」

「明日はよろしく、またね。」

 

…逃げるように飛んで行ってしまった。

 

 

 

何か悪い事でも言ってしまっただろうか…?




今回は特に書く事も無いので…『未来冒険王ハンス』について即興で考えた設定でも書きます。(誰得?)

舞台は近未来。エネルギー銃とナイフ一本で宇宙を翔けるハンスの冒険を描いた物語。
人気度は掲載週刊誌の中では真ん中辺りを前後している感じ。
王道を外れない安心感と、戦闘における銃とナイフを使った駆け引きが魅力だった。
一方で真新しさに欠けているところがあり、簡単に言ってしまうと『ある程度先が読めてしまう』。
最近変わった担当編集に「時事ネタを取り入れてみてはどうか」と言われ、魔法の要素を取り入れてみたが、ものの見事に賛否両論。
「主人公の愛銃とナイフのみで困難を切り開く姿が好きだったのに」と言う意見と、
「先が読めなくなって色んな意味でスリル満点」と言う意見で割れた。
最近は担当編集と頭を抱えて色々考えているが、先の展開は作者にも分からなくなってしまい評価は徐々に落ちてきている。


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決闘開始

どうにも区切りが良くなくて、ちょっとだけ短いです。
本格的な戦闘は次回から。


決戦の日、俺はフェレット形態のユーノを抱えながら海鳴臨海公園を目指していた。

 

≪それでなのは? フェイトちゃんに勝つ為の秘策はあるの?≫

≪いや、切り札は用意したけど作戦自体はあんまり無いよ。出方が分からない相手にあれこれ想定しても逆に策に溺れそうだし。≫

 

フェイトは少し前、時の庭園に帰った際にプレシアの元で修行したらしい。それは当然、今日の決闘で俺を倒す為であり、戦い方から変えて来る可能性が高い。

フェイトの速度は脅威だが、そればかりに注意していると足を掬われる事にもなりかねないのだ。

 

≪切り札って言っても『スターライトブレイカー』でしょ? 今までの行動から考えて、あの子も多分転生者…敵の知っているカードを切り札にするのは、ちょっとリスキーじゃない?≫

≪まぁ…それはそうなんだけどさぁ…≫

 

そこで少し念話を区切り、後ろをちらりと見る。そこにはお馴染みの銀髪オッドアイ。

 

「ん? どうした、なのは。」

「何だ? 何か用か?」

「…トイレか? だったらあっちにコンビニが…」

「大丈夫、分かってるって…決闘は1対1。邪魔はしないさ。」

「あぁ、そう言う事か。」

 

いや、そう言う事でもないのだが…

 

≪ここの段階でスターライトブレイカー撃てるようにしておかないと疑われる可能性もあるだろ? …無理に使う心算は無いけどな。≫

≪…ま、皆が期待している事って言ったら、やっぱりスターライトブレイカーよね。≫

 

アニメの世界で原作キャラの戦闘に居合わせた時、何を一番『見たい』と期待するか…そう聞かれた時、なんて答えるだろうか? 俺は間違いなく『必殺技』と答えるだろう。

なのはのRPは確かに『高町なのはがこういう時にどういう行動をとるか』が大事だ。だが今の俺の境遇を考えた場合、『高町なのはとして期待されている行動』もある程度とる必要があるのだ。

『期待通りの高町なのは』であれば疑われる事も少ないだろうからな。

それに今になって思い返せば、原作知識を得た俺が『なのはの能力』を願った理由の一つには『スターライトブレイカーを撃ってみたい』と言う思いも間違いなくあった。

子供の頃、漫画の主人公の必殺技を真似したなんて経験は誰しも一度はあると思う。『かめ〇め波』『アバ〇ストラッシュ』『螺旋〇』…それを使える世界に来れたら?

…そりゃ使ってみたいじゃん?

 

≪いや、『使ってみたいじゃん?』じゃないわよ! …使うべき状況じゃないのに強引に使おうとすれば、逆にRPが崩れるわよ?≫

 

…念話に漏れていたようだ。

 

≪解ってる。あくまでスターライトブレイカーは勝つ為の手段の一つだ。そこは忘れてないよ。≫

≪なら良いけどね。≫

 

そんな調子で念話をしながらしばらく歩き、海鳴臨海公園の海の見える広場に到着した。辺りを見回すとフェイトとアルフは先に到着していたようで、海を眺める後姿が見える。

 

「フェイトちゃん! アルフさん!」

「…お? 来たね。…随分人数が多いけど、決闘の1対1は守ってもらうよ?」

「分かってるって。俺達は見学兼周囲の警戒だよ。」

「俺の場合は封時結界の事もあるけど…うん? そっちはアースラがやるのか?」

「ふぅん? …ま、それなら良いんだけどねェ。」

 

 

 

『どうやら揃ったみたいだな。』

 

みんなで話していると、クロノから通信が入る。

 

『今からその一帯に結界を張る。アースラに搭載されている特別強固な結界だ。

 結界が張られた後に決闘を開始してくれ。』

「あ、やっぱり結界はアースラの方で張るのか。」

「クロノー! 観戦って何処ですればいいんだ?」

『決闘を観戦する方がおかしいとは思わないのか…?

 観戦については各自自由にしてくれと言いたいところだが、一応管理局法では君達も一般人か…

 …はぁ、仕方ない。今からアースラに転送する…おい、案内してくれ。』

『あ、はい。』

『…と言う訳だ。転送準備…いいな? はい、3、2、1!』

「ちょっ…」

 

投げやりなカウントダウンの終了後、結界が張られたのと同時に皆の姿が消える。どうやら転送がされたらしいが…クロノ随分と荒れてるな。こういう時はあっちの銀髪オッドアイ達が何かやらかしてるんだろう。俺には解る。

 

『決闘のルールをおさらいしよう。魔法は非殺傷設定のみの1対1、戦闘区域は海上30m沖までを含んだ海鳴臨海公園を囲う結界内。結界が破られる事は無いとは思うが、結界への意図的な攻撃は無しだ。ここまでは良いな?』

「うん。」

「…(こくん)」

『時間制限は無し、ただしルールを意図的に侵害する行為…特に『命の危険がある』とこちらが判断した場合、即座に決闘は中断させてもらう。そして、敗者は自らが持つジュエルシードの全てを勝者に譲渡する…何か質問は?』

「大丈夫。」

「…一つ、この結界に侵入した第三者が介入してきた場合は?」

『…現状こちらではそんな存在を確認してはいないが、確かに可能性はあるな。その場合はこちらで強制転移させて拘留する。…罪に問う事は難しいだろうが、決闘の邪魔はさせないと保証しよう。』

「うん、それなら良い。」

『ではここからは君達の決闘だ。双方の健闘を祈る。』

 

最後にそう締めくくり、通信が途切れる。

フェイトと正面から向き合うと、これまでの戦いの記憶が次々と思い浮かぶ。

 

「…ついにこの日が来た。きっとこれが、私が全力であなたと戦う最後の機会。」

「…最初は私の完全敗北だった。でも、皆と一緒に鍛えて追い付いて…」

「一勝一敗…この決闘で決まるのは、ジュエルシードの所有権だけじゃない。」

「うん、決着を付けよう。ここで全部! レイジングハート!」

オーゥラァイ、(All right,)セタップ(Set up)!≫

「ジュエルシードの事を抜きにしても、私は負けられない。色々教えてくれた、母さんとリニスの為に…バルディッシュ。」

≪Yes, sir. Set up.≫

 

互いにセットアップし、飛翔する。

 

「行くよ、レイジングハート!」

「勝とう…バルディッシュ。」

 

今、決戦の火蓋が切られた。




決闘の描写に入るとそれはそれで長引いてしまいそうだったので、ここで一度区切ります。

因みに今回クロノくんが荒れていた理由は
『船内の銀髪オッドアイ達が決闘の記録の為にはしゃぎ過ぎたから』です。


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決闘①

決闘その1です。
やっぱりこういった決闘の決着があっさり付くと物足りないと思いますので、あと1話か2話続きます。


決闘の開始と共に動いたのはフェイトだった。

雷の尾を伸ばしながら一瞬で距離を詰めてくるその速度は、前回の戦いに比べて少し早くなったように感じる。

持ち前の速度を活かして確実に先手を取るのは、今までのフェイトの戦い方のセオリーであり基本戦術だ。

そして俺の基本戦術は…

 

プロテクション(Protection)

 

アホみたいに高い魔力による堅い守りと、一撃必殺の火力だ。…卑怯と言うなかれ、これが出来るのに決闘で使用しない方が寧ろフェイトに失礼と言う物なのだから。

 

フラッシュムーブ(Flash Move)

 

そしてフラッシュムーブの加速で俺もフェイトに対して突撃する。フェイトの想定したタイミングをずらし、カウンターを取るべくレイジングハートに魔力の光を灯す。

 

フラッシュインパクト(Flash Impact)

「ハァッ!」

 

気合と共に振り抜いたレイジングハートは、しかしフェイトに届かない。一瞬の違和感。

 

フェイトとの距離が、縮まっていない。

フェイトはあの一瞬で進行方向を180度切り替えたのだ。…姿勢を変えずに。

 

そして振り抜いたレイジングハートがフェイトの代わりに捉えてしまったのは、移動方向が逆になった事でこちら側に伸びる雷の尾…魔力が変換された電撃はレイジングハートを通してプロテクションに守られた俺まで到達した。

体に走る衝撃と痺れに魔力の制御がおぼつかず、プロテクションの維持が出来ない!

 

「うぁっ!?」

「そこッ!」

 

当然この隙を逃すフェイトではない。

再び方向を180度切り替え、今度こそこちらに突撃してくる!

 

「…くっ!」

 

咄嗟に飛翔魔法を解除、同時に思いっきり仰け反る事でバルディッシュの一閃をギリギリ回避する! だが、フェイトの追撃は止まらない。一度は通り過ぎたその身を再度反転、鋭角に切り返し自由落下する俺に即座に追い付いてくる!

 

「ディバイン、シューター! …シュート!」

 

未だに痺れの残る腕で何とか照準を合わせ、ディバインスフィアを2つ放つ。日頃特に練習していたおかげで何とか放てた2つの光弾は、しかしあっけなくバルディッシュに切り払われ霧散…少し時間は稼げたものの、まだ少し足りない!

 

「っ! …レイジングハート!」

オーゥラァイ(All right)! フライアーフィン(Flier Fin)!≫

 

飛翔魔法を再発動。ただし、飛ぶためではなく()()()()だ!

 

「加速を…!」

 

少しだけで良い! 時間を稼げ!

 

「ディバインシューター、シュート!」

 

再び光弾を2つ射出。バルディッシュで切られる寸前に左右に別れ、挟み撃ち…一瞬バックステップのように戻ったフェイトに、2つ揃って切り捨てられた。

…だが、

 

プロテクション(Protection)

 

何とか魔法の制御が可能なまでに回復できた。海面すれすれで飛翔魔法を操り方向転換、再びフェイトと距離を取る。

再びプロテクションを纏った俺に追撃は無駄と判断したのだろう。フェイトは冷静にこちらの様子を窺っている。…正直危なかった。雷の尾を攻撃に利用すると予測できなかった俺の読みの甘さが招いた結果だ。

 

「…ふぅ。」

 

深呼吸を一つして気を引き締める。…今の一瞬だけでもフェイトの戦い方に変化がある事は十二分に理解できた。少なくとも突撃一辺倒ではない。下手に踏み込めば手痛いカウンターを貰う事だろう。

 

「バルディッシュ」

≪sir. Photon Lancer Multi shot≫

 

展開したフォトンスフィアは4つ…いや、体の影にもう一つ。計5つか。

 

「レイジングハート!」

ディバインシューター(Divine Shooter)

 

こちらもディバインスフィアをプロテクションの外に5つ展開すると、フェイトがフォトンスフィアを維持したまま突撃してくる。

だが俺はプロテクションを維持している。そしてもうレイジングハートを雷に晒す様なへまをするつもりは無い…フェイトはどうするつもりだ…?

 

「行くよ、バルディッシュ…!」

≪Photon Lancer…≫

 

…ここでフォトンランサーだと?

既に展開したフォトンスフィアはそのままに、新しく生成するつもりのようだが…それでプロテクションを貫くつもりなのか…?

 

 

 

≪…Occurs of Dimension Jumped!≫

「!?」

 

突如、目の前…()()()()()()()()()()に空間の歪みが発生する。よく見ればフェイトの眼前にも同様の歪みが見て取れる。

これは、まさか…ッ!

 

≪…fire!≫

「レイジングハート!」

オーゥラァイ(All right)!≫

 

プロテクションを張ったままだと(かえ)って危険だ! 即座に解除し、飛翔魔法により身体全体を後ろに回転させる!

 

直後、バリアジャケットのリボンを裂くように目の前をフォトンランサーが通り抜けて行った。

 

…次元魔法! 入口と出口を指定し、魔法そのものを()()()魔法だ! 出口をプロテクションの内側に設定されては、流石に防げない。それどころかプロテクションを無理に維持すれば回避もままならない…!

 

「バルディッシュ…ッ!」

≪Multi shot fire!≫

「レイジングハート!」

シュー(shoot)!≫

 

無理な姿勢で回避した為、撃ち出されるフォトンランサーを回避できない。やむなくディバインシューターで相殺するが…

 

「ハァッ!」

「うっ、くぅ!」

ラウンドシールド(Round Shield)!≫

 

既に至近距離まで詰めてきたフェイトの連撃に次第に追い詰められていく…!

 

「ハッ!」

「…!」

 

フェイトがひときわ力強くラウンドシールドを攻撃した直後、回転しながら俺の後ろに回りこむ!

 

ラウンドシールド(Round Shield)!≫

 

すかさず右手でもう一つのラウンドシールドを展開し防ぐが、両手を伸ばした俺の目の前に既に回り込んだフェイトがバルディッシュを振りかぶる!

 

フラッシュムーブ(Flash Move)

 

フラッシュムーブで速度を得る。だが、回避の為じゃない!

 

フラッシュインパクト(Flash Impact)!≫

 

ここで退けばまた追撃を食らうだけ! だからこそ、ここは迎え撃つ!

 

「はぁぁっ!」

「…!」

 

レイジングハートとバルディッシュがぶつかった事で眩い光と衝撃波が発生し、俺達を包み込む。

この光の中で取る行動次第では、ここで負ける…そんな確信があった。

時間の流れが遅くなったかのように思考が加速する。

 

フェイトの姿は見えない、距離を取った? 次の手…多分攻撃。一番信頼しているであろう近接攻撃。…スパーク音…どこから…背後! フラッシュムーブはまだ持続している。回避を…いや、反撃!

 

引き延ばされた時間の中、一瞬で判断してレイジングハートに意思を伝える。

 

フラッシュインパクト(Flash Impact)!≫

 

即座に反転し振り抜いた一撃は、同じく振り抜かれたバルディッシュを捉える。

 

「…!」

「ハアァァァッ!」

 

そのまま力任せ…いや、()()()()に思いっきり吹き飛ばす!

 

「うっ…!」

「レイジングハート!」

ディバインバスター(Divine Buster)!≫

「っく!」

 

追撃のディバインバスターは躱された…だが、まだだ! フラッシュムーブはまだ解除しない!

 

「まだっ!」

「なっ…!?」

 

回避直後のフェイトにこちらから突撃し、一瞬呆気にとられるフェイトにレイジングハートをさらに振り抜く!

 

フラッシュインパクト(Flash Impact)!≫

≪Defenser!≫

 

防御魔法で防がれるが、そこにさらに追撃の…

 

「ディバインバスター!」

「くっ!」

 

放たれた砲撃は、今度こそフェイトを防御魔法ごと捉えた! 今しかない!

 

「はぁぁ!」

 

ディバインバスターの出力を上げる。前回はこれが勝利の決め手だった…だが、やはり前回とは少し違うようだ。

 

 

 

≪Blitz Action≫

「…えっ!?」

 

微かに聞こえたバルディッシュの声に耳を疑う。ブリッツアクション…フェイトが使用することでフェイトに音を越える程の速度を与える魔法。だがその代償は大きく、フルスペックで活用する為には二重の防御魔法をかけなければ自らをその衝撃波で傷付けてしまう諸刃の剣。

…フェイトは防御魔法を一つしか使っていない。

 

「…フェイトちゃん…?」

 

砲撃が止んだ時、フェイトは俺の目の前から忽然と姿を消していた。




今回の決闘は出来るだけ色んな魔法を使わせていきたいですね…全力全開って感じに出来ればなと思います。

以下捕捉

・Photon Lancer Occurs of Dimension Jumped
フェイトがプレシアから教わっていた次元魔法。
と言ってもプレシアのように自由自在に次元世界を超える事はまだ出来ず、発生する座標を「同じ次元世界」の「眼に見える」範囲に飛ばす事が現状の限界。
サンダーレイジの様な強力な砲撃を飛ばす事もまだ出来ない。
反動も魔力の消費量も大きい為多用は出来ないが、今回の決闘ではなのはのプロテクション対策として使用した。
習得に合わせて魔力量も鍛えており、1発撃っただけでは戦闘に支障をきたす事は無い。

・Flash Impact
レイジングハートに魔力を集め、物理的にぶん殴る事で魔力爆発を起こす魔法(?)。
射程の短さからか、絵面的な問題なのか、原作では一度しか使われていない。
レイハさん(マゾ)曰く「一番道具扱いされている感が出るので、お気に入り」とのこと。
この決闘でのレイハさんは、この時点で内心かなり大満足している。


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決闘②

「ディバインバスター!」

「くっ!」

 

なのはのディバインバスターをディフェンサーで防ぐが、元々ディフェンサーの防御力はそこまで硬くない。真っ向から防いでも持ち堪えられないので、激流に身を任せるように後退する。

 

「はぁぁ!」

 

なのはの声と共にディフェンサーにかかる圧力が跳ね上がる。ディバインバスターの直径も膨れ上がり、俺を丸々呑み込める程の太さにまで増大…俺は、直感的に好機と判断した。

 

「ごめんねアルフ、リニス。()()()()()()使うよ。」

≪Blitz Action≫

 

構築された魔法が、俺に更なる速度を与えてくれる。跳ね上がった移動速度は音速を余裕で超え、俺自身にも刃を向ける。…だがそれは、あくまで()()()()()()()()()だ。

ディフェンサーを維持したまま、音速すれすれでディバインバスターと同じ方向に飛翔する。以前この魔法で大怪我をした後の練習で大体どれくらいで飛べば音速を超えるのかは掴んでいる。幸いな事にディバインバスターの速度は音速には到達していなかった為、直ぐに抜け出せた。

そのまま速度を維持したまま90度上方へ方向転換、雲に姿を隠してブリッツアクションを解除する。バク転の要領で体勢を立て直して遥か下を浮遊するなのはの様子を見れば、計算通りに俺の姿を見失っているようだ。

 

今のなのははプロテクションを纏っていない。先ほどの次元魔法を警戒しているのだろう。だからこそ、この魔法が意味を成す。

 

「フォトンランサー…」

 

雲の中にフォトンスフィアを5個、待機状態のまま隠して静かに移動する。なのははまだこちらには気付いていない様だが、その分周囲を警戒している。

…ファランクスシフトと言う手段もあるにはあるが、あの魔法は制御に集中が必要な為こちらが自由に動けず、次元魔法を撃つ余裕もない。プロテクションを張られれば突破は難しく、リスクの方が遥かに高い。

使ってもせいぜい観戦している銀髪オッドアイ達が喜ぶだけだろう…ならば!

 

≪Blitz Action≫

 

音速ギリギリのヒット&アウェイが最善の一手!

 

 

 


 

 

 

姿を晦ましたフェイトの奇襲を警戒していたその時、突如としてざわりとした悪寒を感じ、直感に従い身体をずらす。

直後、鳴り響く雷鳴と身体を持って行かれそうな突風が奔る。後に残った雷の残光と、躱したはずなのに微かに感じる腕の痺れに、今の光がフェイトだと遅れて理解した。

 

「…っ! 速い…!」

 

振り向けば既に目の前に迫る雷光。

 

プロテクション(Protection)

 

咄嗟に張ったプロテクションで間一髪攻撃を防ぐ事に成功するも…

 

「レイジングハート! 解除!」

オーゥラァイ(All right).≫

 

一瞬目の前の空間が揺らいだ為、即座に解除する。すでに揺らぎは無くなったが、これでは迂闊にプロテクションを張る事も出来ない!

攻撃に備える為に振り向くと、フェイトもこちらに向かって方向転換をするところだった。

どうやら流石のフェイトもあの速度のまま直角に曲がる事は出来ないようで、緩やかなカーブを描いている。…先ほどの切り返しに比べて若干タイミングが遅いのは、一時的とは言え次元魔法にリソースを裂いたからか? 隙と呼ぶにはあまりにも狭い空白だが、活かすとしたらこれしかない。

 

「シュート!」

 

簡易的な砲撃魔法を放つが、やはりと言うか最小限の動きで躱されて接近される。

 

ラウンシール(Round Shield)!≫

 

今度はラウンドシールドで防ぐがシールド越しに感じる圧が強く、腕が弾かれそうだった。どうやら完全に防ぐには受け流す必要があるようだが…問題はそんな練習はしていない為、ぶっつけ本番と言う事だ。

振り返れば、やはり既に目の前に迫る光。

 

ラウンシール(Round Shield)!≫

 

受け流す為に斜めに張ったラウンドシールドは、方向を間違えたのか先ほどよりも強い衝撃を感じた。咄嗟に飛翔魔法を解除。

結果として俺は大きく弾き飛ばされ、その目の前を戻ってきたフェイトが()()()()()。…なるほど、どうやらぶっつけ本番は向こうも同じだったようだ。

 

 

 

 

 

 

プロテクション(Protection)

 

 

 

「…え?」

 

突如として張られるプロテクション。俺の意志ではない。

そして、一瞬の後に感じる()()()()()()()…オートガード!?

思わず振り返るが、フェイトはそこにはいない。当たり前だ、先ほど俺の目の前を通り過ぎたばかりなんだから。

恐らくはさっき姿を晦ませた時に予め用意していたんだろう…フェイトの攻撃はただでさえ目立つ。それが上手く注意を引きつけて…

 

そして目の前に発生した揺らぎから、フォトンランサーが飛び出してくる。正確無比なその弾道は、完全に顔面直撃コースだ。

 

プロテクションの解除は間に合いそうもない。回避は不可能。

 

揺らぎから飛び出したフォトンランサーが飛んでくるのが、やけにゆっくりと見える。思わず顔を庇う為に腕が動いた。

 

 

 

そして…プロテクションの中で、爆発が起こった。

 

 

 


 

 

 

なのはのプロテクションの内部で爆発が起こるのを確認し、決着をつけるべく追撃に向かう。

なのはは元々タフネスに優れた魔導士だ。今の一撃では完全には倒せていない可能性が高い。だがプロテクションが解除された所に追撃すれば、流石のなのはも墜ちるはずだ。

 

目論見通りに解除されたプロテクションから、爆発によって発生した煙が漏れ出す。

俺は迷う事無くその煙に突っ込み…

 

 

 

「…くっ!? なんで…!」

 

バルディッシュを振り上げたところで、バインドによって拘束された。

ありえない事のはずだった。俺の魔法は全部雷の性質変換によって攻撃した相手を一時的に麻痺させる。それは例えなのはにだって例外なく同じ効果を及ぼすはずだ。生物である以上…いや、例え機械相手でも動きを止められる。なのはは感電し、飛翔魔法の維持も難しい状態になるはずだったんだ…なのになんで…

 

「どうして、動けるの…?」

 

何でなのはがレイジングハートを構えていられるんだ…?

 

 

 


 

 

 

至近距離で発生した魔力爆発の影響で上半身のバリアジャケットはボロボロで、インナー部分が露わになってしまった。それでも俺自身には軽い痺れ以外に大きな影響は無く、魔力も体も問題無く動かせる。

…さっきのあの一瞬、正直完全に敗けたと思った。

一瞬の判断だった。顔を庇う為に腕を動かした瞬間、思ったのだ。

 

このフォトンランサーを魔力弾で相殺できれば、フェイトの虚を突く事が出来るのではないか? …と。

 

咄嗟に放った魔力弾は構築が甘かったのか完全な相殺こそ出来なかったが、フォトンランサーの威力の大部分を削ってくれたのだ。

後は発生した煙にバインドを隠し、追撃に来るであろうフェイトを待った。

その結果が今、目の前にある…フェイトはバインドで固定され、俺は決定的なチャンスを得た。

 

更に上空へと飛翔し、フェイトとの距離を大きく開ける。この魔法はクロスレンジでは撃てない事が悩みだな。

 

「行くよ、フェイトちゃん! 正真正銘、全力全開…私の、最後の切り札!」

 

足元に広がる大規模な魔法陣。ポエム魔法(ディバインクラッシャー)のそれとは違い、ちゃんとした魔力式で構築されている。

目の前に巨大な環状魔法陣が展開され、星屑のようにこの一帯に散らばった魔力の残滓が、流星のように魔法陣の中心に収束されていく…

 

 

 


 

 

 

見上げる先に巨大な星が形成されていく。

星から感じる魔力の圧と光量はどんどん高くなっていき…俺の記憶の奥底から、本能的な恐怖を引きずり出した。

 

「…くっ! …ぬぅっ!!」

 

もがいても、魔力を放ってもバインドは壊せず、俺の眼は光に釘付けになって行く。

やがて光の膨張は止まり、その魔法が放たれる。

 

 

 

「スターライト…ブレイカー!!」

 

 

 

…鮮明に呼び起こされた、俺の中に残っていた記憶(トラウマ)

 

雲一つない青空、あらゆる計器が『異常なし』と示していた時に唐突に訪れた()()()()()

 

…前世の、最期の記憶。

 

 

 

眼前に迫った光の壁は、あの時の光景に酷似していた。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 

 

光は俺の意識まで真っ白に染め上げて…全ての決着がついた。




一応もう一話決闘に使う予定だったのですが、内容が流れ的に良くなさそうだったので若干プロットとは違う結果に。

フェイトさんの前世最期の光景は完全にトラウマになっています。
正真正銘『滅びの光』をまともに見てしまったので…


フェイトさんは生きてますよ。あくまで魔力ダメージなので。…あくまで。


あと、前世の地球が滅んだ理由もSLBじゃないですよ。念の為。


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動き出す黒幕

~前回のあらすじ~

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"!!!!」


「何と言う…規格外の破壊力…」

「ふぇ…フェイトちゃん、生きてるかな…?」

 

動揺を隠す事も無く言葉に出すクロノとエイミィに対して、俺達転生者はアースラのモニターに表示された光景に言葉が出ない。

…この結末は見た事がある。SLBと言う最終兵器だって、この世界に産まれる前から知っていた。

だが、()()()()()()()()()()()()にこれほどの差があるとは知らなかった。

 

…まぁ、端的に言うと…めっちゃ怖いです。

 

「何あれコッワ…」

「一瞬、海に…大穴が…」

「非殺傷設定って、本当に…非殺傷なんだよな…?」

「結界がまだ残ってるのが奇跡だな…」

 

やがて、SLBの光が収まり…気を失ってなお、()()()()()()()()()()()()のフェイトが映る。

 

「…ヒェ…」

「磔のまま、アレを…」

「バインドの強度から見ても、絶対なのは原作より強いじゃん…」

「まさか、俺達との特訓が…なのはを魔王に…?」

「寧ろフェイトよくあそこまで戦ったよな…」

バリアジャケット(魔王の鎧)の上半身を破壊したってかなりの大健闘だろ。」

「…なんか今『バリアジャケット』に変な意味込めなかった?」

 

なのはがゆっくりとフェイトの傍に降り、バインドを解除。フェイトをお姫様抱っこの状態で浮遊している。

 

「…これって、気絶した姫を魔王が攫うシーンだっけ?」

「介抱してるだけだから…」

 

軽口を言っているが、結構内心ガクブルだ。元々そう言うつもりは無かったが、敵対してなくて本当に良かったと思う。

 

やがて目を覚ましたフェイトがふらつきながらも飛翔魔法で浮遊し、なのはと小声で二言三言会話した後の事だ。

バルディッシュがジュエルシードを吐き出した瞬間…

 

「…? あれ、クロノくん…この反応って…?」

「…なっ! これは、まさか!?」

 

…なんだ? クロノ達の様子が慌ただしくなってきたな…

 

 

 


 

 

 

…正直、あそこまで怖がらせてしまうとは思わなかった。

俺の腕の中で気絶しているフェイトを見ながら、先ほどの絶叫を振り返る。

原作じゃフェイトは言葉も無くスターライトブレイカーに飲み込まれていたが、ここに来てまさかの大絶叫。恐怖の理由は間違いなくスターライトブレイカーだよな…目を覚ましたらせめて一言謝らないと…

 

「…ぅ」

「! フェイトちゃん、気が付いた!?」

「…あ、れ…? 私…」

「…フェイトちゃん?」

「え…? あ…」

 

なんだ? 様子がおかしいな…まさか、スターライトブレイカーがトラウマに…?

 

「…もう、大丈夫。 ちゃんと飛べるから…」

「でも…」

 

…正直大丈夫そうには見えない。表面上は平静を装っているつもりのようだが、顔が真っ青だ。

 

「大丈夫、勝負は…私の負け。ちゃんと約束は守るよ。」

「う、うん…」

 

そう言う事を言いたい訳じゃないんだが…

フェイトの様子がおかしいのが気になるが、本人が大丈夫と言っているので解放する。

少しふらついているが、本当に大丈夫だろうか? …一瞬そう思ったが直ぐに飛翔魔法は安定し、フェイトは目の前に危なげなく浮遊する。

 

「…バルディッシュ。」

≪…sir, Put out.≫

 

何処かモヤモヤした物を感じながらも、目の前に漂う6個のジュエルシードを回収するべくレイジングハートを構えようとしたその時…

 

「あ、空…」

「空…?」

 

フェイトの声につられて空を見上げれば、暗く渦巻く次元の歪みが目に入った。

 

「…アレって…」

「プロテクション! 急いで!」

「えっ? …うん!」

プロテクション(protection)

≪Round Shield.≫

 

「うぐっ…!」

 

途端にプロテクション越しに伝わる凄まじい衝撃。砲撃の威力は俺のディバインバスター程では無かったようだが…6つのジュエルシードが先ほどの次元の歪みに吸い込まれて行くのが見えた。

 

「フェイトちゃん、大丈夫!?」

 

フェイトに目線を向けると、バルディッシュを持っていない方の手…()()を掲げた姿が見えた。

…どうやら、フェイトの方には元々砲撃が飛んでいなかったらしい。

 

ママ…」

 

何事か呟いたようだが、雷の音が大きくて聞き取れない。ただ、妙な胸騒ぎだけが俺の心に残っていた。

 

 

 


 

 

 

「ジュエルシードが…!」

 

6個のジュエルシードが次元の歪みへと回収されて行く。…時の庭園の座標を手に入れるチャンスはここしかない!

フェイト・テスタロッサの行動の背景に、プレシア・テスタロッサが居る事は既に調べが付いていた。だが今までプレシアが何のアクションも起こさなかった為、時の庭園の座標をどうやって観測しようかと困っていたところだったのだ。

 

「座標の逆探知は!?」

「大丈夫、ちゃんと追えてるよ!」

「でかした! エイミィ!」

「ふふん、物質転送は追いやすいからね! もっと頼ってくれたまえ!」

「オペレーターは転送ポートを何時でも使えるように準備しておいてくれ!

 武装局員はポート前にて待機、直ぐに出られるように通達しろ!」

「「「了解!」」」

 

突如として現れた次元の歪みにアースラ内部は一気に慌ただしくなる。

…と言ってもアースラの職員はほぼ全員が銀髪オッドアイ(転生者)なので、心境を表すと「やっと来たか、プレシア!」と言った感じだろうか。

 

「後は…なのはとフェイトに通信を繋いでくれ。」

「ほい来た!」

 

「なのは、フェイト。先ずは無事で何よりだ。」

『クロノくん!? ジュエルシードが!』

「大丈夫、ジュエルシードの行き先はこちらで追っている。とにかく一度、君達をアースラに転送させる。」

『フェイトちゃんも…?』

「あぁ、この一連の事件に関わっている事は明らかだからね。…とは言え、ここまで協力的に動いてくれたことも確かだ。一応行動に制限はかけさせてもらうが、拘束する事は無いと約束しよう。」

『うん…フェイトちゃん、それで良い?』

『…あ、うん。』

 

…フェイトの様子がおかしい事が気になるが、まぁ問題は無いだろう。こちらとしても大人しいに越した事は無いからな。

 

「じゃあ、二人の転送を頼む。」

「はい!」

 

フェイトが使用した魔法然り先程の砲撃然り、どうやら二人の関係性も原作とは随分違うようだが…スクライアの輸送船を攻撃し、ロストロギアを管理外世界にばら撒いた事は立派な犯罪だ。

観念してもらうぞ、プレシア・テスタロッサ!

 




フェイトさんの状況はもう殆ど察していると思いますが、正確な答え合わせは次回と言う事で…

前回のトラウマは実はがっつりシナリオに絡みます。
と言っても今回の為の伏線?ではありますが…


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アリシア・テスタロッサ

フェイトの現状の答え合わせ回。いつもよりちょっとだけ長めかも?


私はずっと見ていた。

 

()()()をきっかけに、心身ともに壊れて行くママを。

違法な研究、無茶なスケジューリング…リニスの制止も振り切り、新しく迎え入れた助手みたいな人(銀髪オッドアイ)と研究に明け暮れる日々。

いくら止めようとしても私の声は届かず、優しかった目は狂気に染まって行くばかり…

 

泣いても喚いても死者の声は届かない。やがて私はただ眺めるだけの存在になって行った。

意識するだけ辛い感情から目を背け、ただ目の前にある事実を認識するだけの毎日…いっそ思考する事さえ放り出してしまおうかと言う時、()()()が生まれた。

 

私にそっくりで、でも私じゃないあの子。

一瞬、ママはこれで救われてくれるのではないかと期待した。

ママを救う事が出来るのが自分じゃない事に嫉妬した。

 

…でも、そうはならなかった。

ママは直ぐに気づいてしまった。彼女は私じゃない事に。

 

一度持ち直しかけたママの心は、再び折れてしまった。

あの子…フェイトと名付けられた私の妹は、愛情を注いでもらうために努力をした。

甘えようとした。魔法の訓練を頑張った。一緒にいる時間を大切にしようとした。

 

でも、ママはその全てから目を背けた。

 

きっと研究に憑りつかれていたのだと思う。私を蘇らせる事に必死だったんだと思う。

 

消えかけた心に火が灯る。凍り付いていた感情が溶け、燃え上がる。

 

最初に抱いたのは“怒り”。私の妹に対するあんまりな態度に、死んだ後にして生まれて初めて抱いた激しい激情だった。

 

次に抱いたのは“悲しみ”。決して報われない努力を続ける(フェイト)に、生前ついに知る事が無かったほどに深い悲しみを覚えた。

 

その後に抱いたのは“喜び”。フェイトによって生み出された新しい家族。アルフと共に笑う(フェイト)を見て、生前に抱いていた懐かしい感覚を思い出した。

 

知らない間に享受していた“楽しさ”。リニスの手解きを受け、魔法を学び、とても楽しそうに空を飛ぶフェイトを見る事が、既に死んでしまった私の唯一の楽しみだった。

 

 

 

私は、ママの知らないところでこんなにも()()()()()

 

 

 

…ある日の事だ。

リニスが一つの魔法を教えようとしていた。

『ブリッツアクション』…リニスの説明によると、どうやら一時的に使用者の速度を引き上げる魔法らしい。

フェイトの飛翔速度は既にリニスを遥かに上回っている。そんなフェイトがこの魔法を使ったらどれだけ早くなれるのだろう。その場にいた皆が期待した。

まず、リニスが手本として使って見せた。魔法によって引き上げられた速度は、一瞬とは言えフェイトの速度に迫る程だった。

 

…悲劇はそのすぐ後に起こった。

 

フェイトがブリッツアクションを使用した瞬間、何かが破裂するような音が響き渡る。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。フェイトが墜ちて行くのをただ見ている事しか出来なかった。

慌てて駆け寄るリニスとアルフに気付いて、私も駆け寄った。

リニスの腕の中でぐったりとしたフェイトが、あの日泣き叫ぶママに抱き締められていた私と重なり、思わず触れた瞬間…

 

 

 

私はフェイトの体に吸い込まれ、意識を失った。

 

 

 

目を覚ましてからの私はフェイトの体の中に閉じ込められ、フェイトと感覚を共有しているだけになっていた。

何故私がフェイトの中に居るのか…詳しい理由は分からない。それでもフェイトと同じものを見て、同じものを感じる事が出来るこの状況は私に色々な事を思い出させてくれた。

 

アンジュの作る料理が懐かしかった。リニスのお菓子のおいしさを知った。

地に足を付けて走る感覚を思い出した。風を切って空を飛ぶ感動を覚えた。

(アルフ)に抱き締められる感触が嬉しかった。フェイトと一緒に魔法を放つ体験が新鮮だった。

 

色々な体験をする日々の中で、だんだんフェイトの体に馴染んでいく感覚があった。

 

フェイトの感情が伝わった。

 

フェイトの考えている事が分かった。

 

 

 

…フェイトの持っている()()が読めた。

 

前世、転生、アニメ、リリカルなのは、過去、未来、ジュエルシード、次元断層、虚数空間、アルハザード、結末…

全て知ってしまった。

 

ママはこのままだと虚数空間に身を投げる。アルハザードを目指して。

ジェイル・スカリエッティの存在を調べるうちにアルハザードの存在を確信したのか、

それとも偶然見つけだしたのか…

物語で描かれた結末の果てに、ママの旅はどうなったのか…そんな事はどうでも良い。

ただ、助けたかった。

 

ママは本当はあんな悪い人じゃない。誰かに伝えたかった。

フェイトもママの研究を止めたかったみたいだけど、あのやり方は消極的すぎる。

フェイトにママの心が開けなかったなら、私が何とかするしかない。

 

でも私には何も出来なかった。

私はフェイトの体にいるけれど、それを伝える術は無い。念話と言う物を試そうとして見たが、ダメだった。魔法の構築にはリンカーコアを励起させる必要があるが、それはフェイトの物だ。私の物では無い。

この世界がフェイトの前世で物語になっていた事実が重くのしかかる。

物語は結末を明確に描いており、変える事は出来ないのではないか…

諦めかけていた時、運命の日を迎えた。

 

フェイトが魔導士として一流になった日…リニスとのお別れの日だ。

 

リニスの部屋で起きた一連の出来事は、私に新たな希望をくれた。

 

未来は変えられる…転生した人ならそれが出来る。

そしてそれはフェイトもそうなんだと、ママの助手がフェイトに教えてくれた。

フェイトには未来を変える資格がある。フェイトの目的はママを助ける事。

 

妹に任せっきりになっちゃうけれど、託すしかない。

この声はフェイトにも伝わらないし、私の自己満足でしかないけれど…

 

フェイト、お願い…ママを助けてあげて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が経ち、ついにママは事件を起こしてしまった。俗に「PT事件」と呼ばれる事になるものだ。

 

第97管理外世界…地球に21個のジュエルシードがばら撒かれ、そこでフェイトは最愛の親友と出会う。

ジュエルシードを巡る戦いの末に、フェイトは差し伸べた手をママに拒絶され…それがママとの永遠の別れになってしまう…

 

これはフェイトの戦い。ジュエルシードを手に入れるかじゃなく、物語の結末を変える為の戦い。

…結構地球のサブカルチャーを満喫したりもしていたけれど、フェイトもちゃんと頑張ってくれているんだ。

 

 

地球に来て最初の夜…ジュエルシードを捜索中の事。ママの助手と殆ど同じ顔をした男の子が何人も集まって、怪物と戦っているのを目撃した。

何で助手の人と同じ顔をしているのか? なんで何人も同じ顔が居るのか? そんな疑問も抱いたが、寧ろ重要なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

未来は変えられると助手の人は言っていたが、既に現在が変わっている。…変えたのはきっと、今戦っている皆だ。

 

未来を変えられる者(転生者)が多すぎる。これでは結末こそ変わるかもしれないけど、望んだ結末に向かえるのかどうかも分からない。

 

そして悩みの種はもう一つ見つかった。

先ず、そもそも転生者の認識が間違っていたみたいだ。今目の前に現れた少年は「フェイトにジュエルシードを渡す」と言った…まるでゲームで好感度を稼ぐように、キャラクターにキーアイテムを渡すかのように…!

この世界は確かにあなた達の前世では物語になっていたのかもしれない…でもこの世界だって私達にとっては現実なんだ! ママの悲しみや絶望も…私の死だって、物語じゃない現実だ!

…声が届かないのが辛い、この怒りを分かってもらえないのが悲しい。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

変えてくれる人はフェイトが良い。フェイトに未来を変えて欲しい。せめて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

…思えば、この時の思考もフェイトの意思を歪めてしまった原因の一つなのだろう。

後で気付いた事だが、私の思考や思想はフェイトの思考や思想に少なからず影響を与え始めていた。

 

私が『この世界を物語扱いする転生者』を嫌悪すれば、フェイトも嫌悪し始めた。

私が『未来をフェイトに変えて欲しい』と願ったから、フェイトは転生者に協力を求めなくなった。

 

他にも色んな影響が出ていたと思うが、私がそれに気付いたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

私とフェイトは徐々に一つになり始めている…ううん、きっともっと悪い事になる。多分、最終的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

元々が私を素体に造られた身体の上に、フェイトは私の記憶を植え付けられていた。そしてその記憶は、未だにフェイトの中に()()()()で存在しているのだ。

 

…フェイトの体は私の魂と相性が良すぎる。私が表に出ていない間はまだ良いけれど、一度反転してしまえばフェイトは…

 

解決しなければいけない事柄ばかりが増える。そして最悪な事に、フェイトの意思が消えてしまいかねない危機をフェイトが認識していないのだ。

何とかしなければ。そう思った私は何とかこの状況を打開しようと言う思いを強めた。強い思いがフェイトに伝わるのなら、この現状も伝えられるかもしれない。

だがダメだった。私の思いはフェイトには正体不明の焦燥感としてしか伝わってくれなかった。

 

そして最終的に私は転生者達の能力に目を付けた。

フェイトの記憶から知ったのだが、彼らは転生の際に特殊な能力を貰ったらしい。これだけ転生者が居れば、魂を引き離す能力を持つ者が一人くらいいるかも知れない。

可能性があると思ったのは『魔法を作る魔法』を持った人だ。魂を引き離す魔法を作って貰えばそれも可能かもしれない。

問題はそれをどうやって伝えるかだが、これに関しては当てがある。

例えるなら両面がフェイトの絵柄のコインの裏面に、私の絵柄のシールを張り付けたような状態になっているのが現状だ。

私の予想では最終的にフェイトの意識(コインの表)私の意識(コインの裏)が反転してしまう。その後はずっとコインが裏向きになってしまい、表は上にならない。…だが、コインの表だけが無くなるなんてことは有り得ないのだ。

つまり、反転後もフェイトの意識が無くなってしまう訳ではない…と思う。この辺りは長年幽霊をやっていたからこそわかる感覚でしかないが、魂と言う物はそう簡単に消える物じゃないのだ。…少なくとも20年は。

だから最悪の場合、反転した後に私が直接伝えればいい。…もっと早くに気付いていればフェイトを無駄に焦らせずに済んだね。ごめんね、フェイト。

 

でも、反転するとしたらもっと後が良いな。未来を変えられるのはあくまでフェイトなんだから。多分、反転した後の私じゃダメだから。

 

 

 

…そして、なのはちゃんのスターライトブレイカーを切っ掛けに、私達は反転した。




と言う訳です。

今のフェイトさんは正確にはアリシアちゃんです。
リンカーコアはフェイトさんの物を使って居る為魔法は使えますが、慣れていないので飛翔魔法でふらついていました。

フェイトさんの転生者らしくない思考の大半はアリシアちゃんの影響です。
実はフェイトさん初登場時は割と思考もフランクに書いてたりします。


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遅れて生まれてきた双子

マギア・レコードと言うアプリで5/1までの間、リリカルなのはのコラボが復刻中です。
良く動く必殺技や、新しく描き下ろされた専用の変身バンク等も力入ってますよ!
(新しく始めなくても動画を調べれば全部見れるって言うのは内緒だ!)


アースラに転送された俺とフェイトはブリッジまでの通路を歩いていた。

時々すれ違う搭乗員達の様子は慌ただしく、緊張した表情が事件のクライマックスを再認識させる。

 

「フェイトちゃん…大丈夫?」

「…うん」

 

フェイトの様子はあれからずっとこの調子だ。ちゃんと俺の後について来てくれているが、ずっと考え事をしているように上の空で返答も一言のみ。こちらの言葉が届いているかも怪しい。

 

「ここだよ、フェイトちゃん。」

「…うん」

 

…これは聞こえてなさそうだな。扉を開ける前にフェイトの調子を戻しておいた方が良いかも知れない。そう思い手の平をフェイトの目の前でひらひらと揺らしてやると、ハッとした表情をした後にようやく俺と目が合った。

 

「ここは…?」

「やっぱりクロノくんの声も聞こえてなかったんだ…アースラのブリッジ前だよ。」

「アースラ…」

 

とりあえず意識はしっかりしたようなのでブリッジの扉を開けると、平常時とは違い慌ただしくパネルをタイプする音が響いてきた。

 

「フェイトォ~!」

「アルフ…」

「大丈夫だったかい!? 怖かっただろう、()()()()を正面から受ければ仕方ないよ! 恥ずかしがる事じゃない!」

 

部屋に入ると、早速アルフがフェイトに駆け寄り抱き締める。…あんな物って…いや、確かにあの絶叫を聞けばそう呼ばれても仕方ない気もするけどさぁ…

 

「あんた…高町なのはって言ったよね?」

「は、はい…えっと…スターライトブレイカーを撃ったのは…」

「…あんたは約束通りに1対1の決闘を守った。使われた魔法にケチ付けるのはお門違いさ…それぐらいあたしだって分かってるよ。あたしが言いたいのは最後の…雷の次元魔法さ。」

「次元魔法…」

「…薄々感づいてるとは思うけど、あれはプレシア…この子の母親の魔法だよ。約束を破っちまったのはこっちなのさ…済まないね。この子のバカ親がさ…」

「アルフさん…」

「アルフ…」

 

過保護な彼女の事だ。文句の一つや二つも出るだろうかと思ったが、アルフの口から出てきた言葉は謝罪だった。

原作であれほどプレシアを毛嫌いしていたアルフが、プレシアの事で謝るなんて…一体プレシアはどうなっているんだろうか…?

 

「…少し良いかな?」

「クロノくん?」

 

考えているところに、クロノから声がかかる。

 

「先ほどの次元魔法とジュエルシードの転送から、相手の…プレシア・テスタロッサのいる座標はもう直割り出されるだろう。」

「…待って…」

「…直解る事だから、包み隠さずに言わせてもらう。彼女にはロストロギアを管理外世界にばら撒いた事に加え、違法研究等複数の嫌疑がかかっている。座標を特定出来次第、踏み込む事になるだろう…」

「…お願い、待って…」

「フェイト…君はこの一件に於いて主犯と思しきプレシアの親族だ。だが、その一方で我々の方針を重視してくれた協力的な姿勢を考えると、何かしらの事情があるものとうかがえる。先ほど話した通り拘束はしないから、今は別室で…」

「待って! お願いだから、もう少しだけで良いから!」

「フェイト…?」

「フェイトちゃん…?」

「…話すから…全部、話すから。もう少しだけ…」

 

…これは、どう言う事だろうか? 思わず目線をクロノにやると目が合う。フェイトに詳しく尋ねようとした瞬間…

 

「…座標の特定できました! 映像来ます!」

「…済まないが、我々も仕事だ。事情については後でしっかり聴こう。」

「待って…! 私は…アリs…」

「…えっ!? 何この反応、逆探知…? 時の庭園から通信が来ます!」

「何だと…!?」

 

プレシアの方からアースラに…? 今プレシアの最優先目標はアルハザードへの道を開く事のはず。ジュエルシードの並列起動以外に優先する事なんて…

 

『ごきげんよう、時空管理局の皆さん。』

「プレシア・テスタロッサ…!」

 

モニターに表示された玉座に深く腰かけ、不敵に笑っている人物は間違いなくプレシア・テスタロッサ本人だった。

 

『そこに居るフェイトに集めさせたジュエルシード6個、確かに頂いたわ。』

「そのジュエルシードで、何をするつもりだ!」

『そうね…目的を話しても良いけれど、その前に一つ…フェイトに話があるわ。とても大事なお話なの。』

「フェイトに…まさか! エイミィ! 直ぐに通信を切って、武装局員を転送するんだ!」

「だ、ダメ! 通信が切断できない!」

「そんなバカな…! プレシア・テスタロッサ!!」

『大事なお話と言ったでしょう? …邪魔して欲しくないのよ。』

 

プレシアが話す内容…間違いなくフェイトの真実の事だろう。

だが、フェイトを絶望させるためにここまでするのか!? それほどにフェイトを憎んでいたのか…?

…フェイトが少しだけ声を弾ませながら話していた魔法の授業も、全てただ利用する為だったのか!?

 

「お前はフェイトを何だと思っているんだ!」

『貴方にももう予想はついているんじゃないかしら?

 私の事を知っているのなら…ね。』

「…っ!」

『フェイト、教えてあげるわ。貴女は私が研究の末に生み出した人造魔導士…

 貴女の持つ記憶は私の娘、アリシアの記憶よ。貴女は私の血の繋がった娘ではないわ。

 こうしてジュエルシードが手に入った以上、貴女は用済みよ。どこへなりと消えなさい!』

 

横目でフェイトの様子を窺うと、俯いて硬直しているのが分かった。

転生者とは言え、元々分かっていたとは言え、それでも肉親から拒絶されると言うのはやっぱり堪える物なのだろうか。…一瞬そう思ったが、どうも違うようだ。

見開いた目、固く結ばれた口元、小刻みに震えている握り締められた拳…フェイトが抱いているのは明らかに()()だった。

 

「…もう一度聞く。何故ジュエルシードを求める? どうしてスクライア一族の運搬船を襲撃し、ジュエルシードを管理外世界にばら撒いたんだ!?」

『忘れられた都…アルハザード。』

「…!」

『貴方も名前くらいは知っているでしょう?

 あらゆる魔法が究極の姿へと至り、叶わぬ望みは無いと謳われた伝説の都…』

 

プレシアが手を振ると、巨大な試験管の様なカプセルが映った。

中に浮いているのはフェイトと瓜二つの女の子…アリシア・テスタロッサの遺体だ。

フェイトは映像を見ると、見る見るうちに顔を赤くし、映像から目を逸らす。

 

『私とアリシアは過去を取り戻すの。

 この6つのジュエルシードで…この魔力を以て旅立つのよ!』

 

それだけ告げると映像は途切れた。

 

「勝手な事を…! エイミィ! ポートを開け、僕も出る!」

「わ、分かったよ! でも無茶はしないでね!」

「あぁ、分かってる!」

「クロノくん! 私も行くよ! このまま放っておくなんて出来ない!」

 

クロノとエイミィが話しているところに割り込む。

原作同様に時の庭園に乗り込むためだ。だが…

 

「なのは…いや、この件に関して君達は本来無関係だ。今はおとなしくしていてくれ。」

「でも…!」

「危険なんだ! ここから先は、正真正銘『命懸け』になる! 君がここで命を落としたら、僕は君のご家族にどう伝えればいいんだ!?」

「そ…それは…」

 

言葉が出ない。どう考えても現状クロノの言い分が正しいからだ。

あくまで一般人である俺には、この先について行くだけの動機が無い。

何とか説得する材料が無いか考えているその時、船が大きく揺れた。

 

「この振動は…!」

「ジュエルシードが6個全て起動しました! 次元震です!」

「プレシア…!」

「待って、クロノくん! 新しく多数の魔力反応! 何れもAクラス以上!」

「まずいわね…このままだと…!」

「魔力反応、さらに増大! 次元断層が発生する可能性があります!」

「クロノくん…!」

「…クロノ、ここは彼女の力も借りましょう。次元断層が発生すれば、彼女達の世界も危険に晒されるわ。」

 

そう、どっちみちこのままじゃ地球も危ない。

俺自身次元間の座標関係について詳しくはないが、原作で次元震が地球にも届いていた描写は確かにあったのだ。

 

「…分かりました。」

「クロノくん…!」

「ただし、先ほど言ったように君はあくまで一般人だ。

 作戦行動中は僕の指示に従ってもらう!」

「うん!」

「クロノ、私も後で現地に向かいます。それまではくれぐれもなのはちゃんの事をお願いね。」

「分かりました。なのは、先ずはフェイトを休憩室に…!? なのは! フェイトは何処だ!?」

「えっ!?」

 

見回すと、いつの間にかフェイトの姿が消えている。アルフも居ない!

…気のせいか、銀髪オッドアイも少し少ない様な…?

 

「もしかして、フェイトちゃん…」

「…くっ、時の庭園か!」

 

 

 


 

 

 

ママの言葉をフェイトの代わりに聞きながら、私は思った。

 

…ふざけるな。

 

あれだけ頑張ったフェイトを見て、何も思う所が無かったのか!?

見方を改めたからフェイトに魔法の授業を行ったのではなかったのか!?

魔法の授業の事をフェイトがどれだけ喜んでいたのか、気付かなかったのか!?

 

しかも最後のアレは何だ! 死体とは言え、私の裸体をこれだけの衆目の前に晒すなんて…それでも母親か!?

 

…ママはそんな私の内心に気付かないまま通信を切った。

このままママの思うようにはさせない。例え無理やりにでも連れ帰って、せめてフェイトと話をさせる!

 

≪神宮寺、聞こえる…?≫

≪…フェイトか?≫

≪…うん、そうだよ。≫

 

神宮寺に念話をしながらアルフに合図してこっそりと移動する。

幸いな事に、クロノはなのはと会話中でこちらの動きには気付いていない。

周りの皆も二人の会話に集中しているようだ。

 

≪…行くのか?≫

≪いつか言ってた協力…力を貸してくれるんだよね?≫

≪あぁ、力づくでもぎ取った権利だ。使わない手は無いな。≫

≪…時の庭園には機械兵が居ると思う。道を開いて。≫

≪それくらいならお安い御用だ。≫

≪ありがとう。じゃあ後でこっそりついてきて。通路の最初の角で待ち合わせ。≫

≪了解。≫

 

念話をしている間にブリッジを抜け出し、静かに少し歩いて移動する。

最初の角を曲がり、通路の淵にある斜めの壁の様な装飾の陰に身を隠すと、慌てて駆けて行くクロノとなのはの様子が見えた。

そのしばらく後に神宮寺が合流する。

 

≪来たぞ。…()()()()。≫

≪! …気付いてたんだ。≫

≪…はぁ。まぁ、半分はカマかけだったよ。

 何度か左利きになってたからもしかしてってな。≫

≪…フェイトじゃないと、嫌…?≫

アリシア()が大事なフェイト()の体を使ってまでする無茶だ。

 …フェイト()の為なんだろ?≫

≪少なくとも、私はそのつもり。≫

≪だったらいくらでも付き合ってやるよ。さっさとプレシア引き摺って、アースラに帰ってこようぜ。≫

≪…うん…! 直ぐに時の庭園へ転移するね!≫

 

一瞬光に包まれたと思ったら、そこはもう時の庭園だ。二人も一緒に来ている事を確認し、作戦を話す。

 

「アルフも分かってると思うけど、これからママを止める。道を開く手伝いをお願い。」

「…ママ?」

「アリシア…アルフに話してないのか…?」

「…!? ア、アリシア!?」

 

と言う所で地面が、時の庭園が激しく揺れる。

 

「ぅおっと…!」

「こりゃあ、悠長に話しているだけの時間は無いかもな…」

「アルフ、神宮寺…急ごう! 作戦は動きながら話す!」

「えぇ!? …ったく、道中で詳しく教えてもらうからね!?」

 

 

 


 

 

 

≪お久しぶりです。至急、私の部屋へ来てください。…転移魔法は使えますよね?≫

≪えぇ、もちろんです。今直ぐに向かいます。≫

 

…突然掛かって来た念話の相手は、今は懐かしい相手からだった。

詳しい事は分からないが、ようやく私も動く事が出来るようだ。

 

「…時の庭園に来るのも久しぶりですね。…セバスチャン、貴方とこうして会うのも。」

「そうですね、それほど長い時間は経っていない筈なのに随分とお懐かしゅうございます。リニス。」

 

久しぶりに使った転移魔法の光を抜けて、私は懐かしの庭園へ足を踏み入れるのだった。




割と最後まで内容を考えてました。
主にプレシアの発言内容についてですね。
結局原作のセリフをかなりマイルドにした感じに落ち着きましたが…



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困惑、混戦、大混乱

遅れました! ごめんなさい!


「アリシア! 伏せろ!」

「っ!」

 

咄嗟に伏せた私の上を魔力弾が通過し、直後に至近距離で爆発。振り向くと、いつの間にか迫っていたのであろう機械兵がふらついていた。

 

「チッ、流石に硬いな!」

「私は大丈夫、神宮寺は自分の相手の対処を!」

 

体勢を崩している今がチャンスだ! バルディッシュの光刃を振るうと今度こそ機械兵は切断され、爆発した。

私達は時の庭園に突入後、連戦を強いられていた。プレシアが次元断層を起こすまでの時間稼ぎか、大量の機械兵に進行を邪魔されているからだ。

 

「アリシア、ちゃんと周りを見て戦うんだよ!」

「分かってる! …つもりだったんだけどね。」

 

…私は今までフェイト程ではないにせよ、ある程度は戦えると思っていた。

生前は最期まで戦闘を経験する事は無かったが、死んだ後はフェイトの中から幾つもの戦闘を見ていたのだ。感覚もある程度共有していた事もあって、そこそこは動けるのではないかと…正直、甘い考えだった。

久しぶりに動かす身体は未だに慣れず、初めて振るう魔力は安定しない。目の前の機械兵にとどめを刺し、少し気を緩めただけで先ほどの体たらく。どうも魔法の使い方だけを学んだだけでは戦闘は熟せないらしい。

フェイトに代わりたいところだが、フェイトの意識が有るのか無いのかすら分からない始末だ。

 

「これで、とどめだ!」

 

一際大きな爆発が起こり、振り返ると神宮寺が受け持ってくれていた大型の機械兵が崩れて行くところだった。

 

「こっちもあらかた終わったよ!」

 

アルフの声に周囲を見回せば、私達を取り囲んでいた機械兵は一体残らず破壊されていた。

…二人とも凄いな。私は我が儘に付き合ってもらっているだけで、足を引っ張ってばかりだ。

 

「何考えてるんだい、アリシア?」

「アルフ…」

「…大方、自分が足を引っ張ってるとか考えてたんだろ?」

「…私は二人を自分の我が儘に付き合わせて…それなのに二人に守って貰って…」

「魔法に関しては初心者なんだ、しょうがないよ。…それよりも、急ぐんだろう?

 申し訳無いって気持ちはね、終わってから考えれば良いのさ。

 今はとにかく目の前の事に専念しなきゃね?」

「うん…そうだね。ありがとう、アルフ。」

「うんうん、お姉さんに任せときなって!」

 

…私の方が年上なんだけどね。

でも、アルフの言うとおりだ…今ここでうじうじ悩んで、それで間に合わなかったんじゃあそれこそ何の為に二人を付き合わせたのか分からなくなる。

 

「アリシア、目的の場所は玉座の間で良いんだな?」

「うん…ママは多分、そこに居る。」

 

今は進もう…ただ、前に。

 

 

 


 

 

 

「…先ほどから随分と大きな揺れが続いていますが、訳を聞かせてくれますよね?」

「勿論です。実は、プレシアの計画がいよいよ大詰めの段階に入りました。

 内容と現状についてもこれから説明いたしますので、先ずは急ぎ移動を開始しましょう。」

「良いでしょう。しかし、プレシアの計画ですか…」

 

断続的な爆発音から考えて、プレシアは計画の為にこの時の庭園すらも使い潰す心算なのでしょう。…恐らくはプレシアにとってもたった一度きりのチャンスのはず。そう簡単に移動させてもらえるかどうか…

 

「おっと! 機械兵ですか…我々は急いでいるので、ご退場願いましょうか。

 …リニス先生、お願いします!!」

 

…この執事、もしかして…いや、間違いなく戦えないのでしょうね。表面上は取り繕っているようですが、精神リンクから伝わってくる感情で丸分かりです。

 

「…はぁ、まあ良いでしょう。今の私は曲がりなりにもあなたの使い魔ですからね。

 この一件が終わったらあなたを徹底的に鍛え直したいところですが。」

「すみません! 多分どう鍛え直してもらっても使い物にはならないので勘弁してください!」

「大丈夫です、誰でも最初はそう言う物ですよ。『Photon Lancer multi shot』…っ!」

 

…少し多めに魔力を込めただけで、通路全てを埋め尽くすほどのフォトンランサーが出現した事に驚く。

供給される魔力量があのプレシアと比べても規格外なのが理由だろう。これだけの魔力を持っているにも拘らず、使い物にならないとは…なんて勿体ない…

 

「『fire』!」

 

大量に展開されたフォトンランサーの一つ一つが機械兵を貫き、壁面を抉り、破壊の波を作り出して行く。ほんの数秒で機械兵が破壊されたばかりか、奥の壁にまで大穴が開いてしまうとは…どうやら、魔力の配分を考えないと私自身が時の庭園を破壊してしまいそうですね…

 

「…決めました。貴方を必ず一人前の魔導士にして見せます!」

「本っ当に勘弁してください!!」

 

これほどの魔力を持っておきながらそれを腐らせるなんてとんでもない!

魔法の訓練が厳しいと思っているのなら心配ご無用です。フェイトも魔法を楽しんで覚えたのですから…!

 

 

 


 

 

 

「クロノくん…! 今の振動って!?」

「あぁ…どうやらオペレーターが算出した程の猶予は無いかも知れない!」

 

今、ほんの数秒だけだが凄まじい魔力波動を感じた。それと同時に轟音と振動…急いだ方が良さそうだ!

 

「なのは、ユーノ、二手に別れよう。…君達は時の庭園の動力炉を封印してくれ。デバイスに座標を送る。

 …それと今はまだ出現していないようだが、もし地面や壁面が割れて『黒い靄の様な空間』が覗いていたら絶対に近付くな。虚数空間と呼ばれるもので、次元震や次元断層を切っ掛けに出現する『あらゆる魔法がキャンセルされる空間』だ。飛翔魔法も使えなくなるから落ちたらまず戻って来れないぞ。」

「勿論!」

「うん! 気を付ける!」

 

S2Uを機械兵の大軍に向けて、魔法を行使する。

 

≪Blaze Cannon≫

「行け!」

「クロノくん、気を付けてね!」

「急ごう、なのは!」

 

ブレイズキャノンで強引に開いた包囲の穴から、なのはが時の庭園の奥に向かったのを見送り一息つく。

 

「さて、僕も早いところこいつらを片付けないとな…」

≪Stinger Snipe≫

 

エイミィ達によれば、こいつらも次元震発生の為の魔力共鳴を補助しているらしい。防衛機構も兼ね備えた燃料と言う訳だ。破壊しておくに越した事は無い!

 

「一体も残さん、殲滅戦だ!」

 

 

 


 

 

 

「俺達は行けないってどう言う事だよ!?」

「だから! いざと言う時の回収を考えたらサポートしきれないって言ってるの!」

 

あぁもう! 本来なら頑張ってるクロノくんを眺めながらクロノくんのサポートが出来る至福の時間だったのに…!

地球の転生者は緊張感ってものが無いんだから!

 

「でも神宮寺だって向こうに居るじゃねぇか!」

「それはこっちだって把握してなかったって言ってるでしょ!?

 フェイトちゃんが連れてっちゃったんだから!」

「もう既に一人増えてるんだから少しくらい良いだろ!?」

「少しじゃないから言ってんの!」

 

そう、こうなったのも全てはフェイトちゃんが連れて行った神宮寺って銀髪オッドアイが原因だ。

クロノくんの補助の為にアースラの探査機能で時の庭園内部の映像を表示したのが運の尽き。

フェイトちゃんと助け合いながら時の庭園を突き進む彼の映像を見るや否や、事もあろうか『ずるい!』と声を上げだしたのだ。

あの場にいる皆は命懸けだと言うのにずるいとはなんだ! ずるいとは!

クロノくんは一人で戦ってるんだぞかっこかわいい!

 

「エイミィ…ちょっと良いかしら。」

「っ! はい、艦長! 何でしょう!」

「時の庭園内部に未確認の魔力反応が複数あるみたい。それぞれ移動しているわ。」

「えっ、そんな!? プレシアの作り出した機械兵では…?」

「いえ…信じられない事だけど、あの巨大な魔力反応…アレもどうやら魔導士のようね。近くにも大きな魔力を持った魔導士らしき反応があるわ。」

「アレが魔導士…!? そんな規格外の相手が時の庭園に…!?」

 

時の庭園の魔力反応をサーチした際に見つかった巨大な魔力反応…当初は6個のジュエルシードでは足りない分の魔力を補う為のロストロギアだと思われていた反応だ。

その魔力値はプレシア・テスタロッサのそれを大きく上回っており、人一人に収まるとは思えない程の規格外…故にそれが魔導士の物だと思う者が居なかったのだ。

 

「…私が出ましょう。あれほどの魔力を持った魔導士ならば戦えば噂が立つはず…それが無いと言う事は実戦経験が乏しい証明よ。

 勝てるかどうかは分からないけど、時間は稼げるはず。

 …クロノにはこの事は秘密よ? 心配させたくはないもの。」

「艦長…!」

「エイミィ…対象の映像をお願い。」

「…っ。はい!」

 

リンディ提督の戦う相手…せめて、何か戦闘に癖でも見つかれば…!

 

「準備出来ました! 映像、出ます!」

 

もしリンディ提督に何かあれば…きっと、これが仇の顔になる! 緊張の一瞬、表示された姿を目に焼き付けて…えっ!?

 

「ぅぐぅ…っ!」

「か、艦長! まだあの騒動の古傷が!」

 

不意打ち気味に新手の銀髪オッドアイの顔を見てしまったせいだ! デスマーチに巻き込まれた方々に対してあの顔は拙い!

 

「艦長、相手が悪すぎます! 艦長の()が持ちません!」

「ダメよエイミィ…この場で対処できる可能性があるのは、きっと私だけ…!

 あいつをクロノに会わせる訳には…!!」

 

そうだ! クロノくんと遭遇したらクロノくんだって…!

拙いよ、どうしよう!

 

「おい! 何でリニスが生きてるんだ!?」

「え…リニスつっよ…って言うかあの銀髪オッドアイ全然戦ってねぇじゃねえか!」

「…これって、もしかしてアイツがリニスの契約者に…?」

「…いや、なんかリニスにめっちゃペコペコしてるし違うんじゃないか?」

「あっ…土下座…」

 

…こんな状況、どうすれば良いのさ!?




アリシアは戦い方を二人に教えて貰いながら玉座の間を目指す。
似非執事はリニスにペコペコしながら玉座の間を目指す。
クロノは真っすぐ玉座の間を目指す。
…最終的には必ずエンカウントするんですよね。(無慈悲)

リンディさんの出撃は遅れますが、ジュエルシードの個数も少ない為次元断層発生までの猶予も伸びています。…それでも数十分程度ですかね。

今回は各キャラクターの動きをお見せするために視点切り替えを多用しましたが、次回からは一人か二人に絞る予定です。


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封印

ちょっと長めです。

文章が荒いところもあると思いますが、指摘していただければ一期分が完結した後に短編投稿と並行して直して行きたいと思います。
あと、サブタイトルも結構勢いで付けてたりもするので修正するかもです。


「隙ありっ!」

 

機械兵の攻撃をブリッツアクションで回避してからの一閃。バルディッシュの光刃は狙い通りに機械兵の右腕の関節部分を捉え、切断した。

 

「ここで…追撃!」

 

突然重心が偏った事でバランスを崩した機械兵の左足を薙ぎ、転倒させると同時に跳躍。残った左腕を支えにした事で防御が出来なくなった機械兵の頭部にバルディッシュを振り下ろすと、機械兵は完全に沈黙した。

 

「…ふぅ。」

「良い動きだったよ、アリシア!」

「ありがとう、アルフ達のおかげだよ。」

 

私は玉座の間を目指す傍ら、二人から戦闘の運び方を教わっていた。

 

「しかし、やっぱりフェイト程の速度は出せないみたいだな。

 雷の尾も出ていない様だし…」

「雷の性質変化は出来るみたいなんだけどね…

 でも、そのおかげでブリッツアクションも安全に使えるからトントンかな?」

 

そう、私の出せる速度はフェイトにはまるで及ばなかった。これは多分フェイトが転生の際に受け取った神様の特典? が私には無いからだろう。

あの速度を引き出す事が出来るのはあくまで『フェイト』なのだ。

 

「…性質変化はリンカーコアに依存するって事なのかね?」

「さあな…興味はあるけど、今はプレシアが優先だ。後で考えようぜ。」

「うん。玉座の間まではあと少しだよ!」

 

時々私達以外の魔導士が戦闘しているらしい音や振動があった。

私達より先にママの元へ辿り着かれた場合、ママを無事に確保してくれるかは分からない…早く着くに越した事は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「…そう言えば神宮寺…だったよね? あんたって自分の…なんて言うか、『コレ』って言う魔法は無いのかい?」

「『コレ』…?」

「なんて言うか…フェイトのサンダーレイジとか、ファランクスシフトみたいな?」

「あー…切り札って事か。」

「そう、それ!」

「そう言えば神宮寺って、いつも空間から出す大量の魔力刃で戦ってるね。」

「一応無い訳じゃないんだけどな? どうしてもこっちの方が発動早いし火力も出るし…自分の魔法は基本的に『収納用』になっちまうな。」

「ふぅん? じゃあ一応あの空間の中には入ってるんだね?」

「まぁな。ただ、魔力刃の方が使い勝手が良いってだけだ。」

 

そんな会話を交えながらも私達は時の庭園の深部へと進み続け、ついに玉座の間へと辿り着いた。

 

 

 

「…この扉を開けたら玉座の間だよ。そして、多分ママもそこに居る。」

 

扉を目の前に、私達に緊張が走る。フェイトも私も見慣れたはずの扉からは、今はまるで異界にでも繋がっているかのような…そんな不穏さを感じた。

 

「…見た感じ、俺達が一番乗りって感じか? 部屋の中から声は聞こえないが…」

「あたしの耳にも特に会話の類は聞こえてこないね。私達が一番乗りで合ってる筈さ。」

「それならここでプランを練る時間も少しはありそうだな。アリシア、ここからのプランについて教えてくれ。」

「私は…ママを説得したい。強引な確保の結果じゃなく、ママ自身の意志でフェイトと一緒に居て欲しい。

 …でも、普通の説得じゃママは耳を貸してくれないって事は解ってる。だから…」

 

 

 

「…まぁ、やりたい事は解ったが…」

「…あのプレシアにその説得は一種の賭けだよ?

 上手く行けば狙い通りになるかもしれないけど、失敗すればプレシアは今度こそフェイトを切り捨てにかかるはずさ。」

「…うん。でも、この方法以外だとママは聞く耳も持ってくれないと思う。

 それに、私はママを信じたい。私のママはやっぱり優しい人なんだって…私に信じさせてくれるような、そんなママを信じたい。」

 

ママは今回の計画の目的が(アリシア)を蘇らせる事だと言った。それならばきっと、説得にはこの方法しか無い。

 

「この説得の成否はプレシアの考えにかかっている。

 …だが正直、俺は今のプレシアの事を良く知らない。だからこの説得に対して賛成材料も反対材料も持っていない。

 持っているのは…」

「…あたしかい!?」

 

神宮寺は判断をアルフに委ねるらしい。確かに今のママについて贔屓目抜きで見れるのはアルフしかいない。私ではどうしてもママを贔屓してしまうから…

 

「う…うーん、プレシア…プレシアかぁ…」

 

目を瞑り、腕を組んだ姿勢で悩むアルフが出す答えを私達はじっと待つ。これからの動き方が変わるような重大な決断を委ねてしまって申し訳無いが、アルフの客観的な意見が一番の判断材料になる…

 

「あたしが知っている限り、プレシアは育児も教育もリニス…使い魔にぶん投げて、研究室に引き籠ってるような奴だったよ…

 あの頃は一緒に食事をとる姿も見た事無いし、会話だって碌に無かったねぇ…」

 

アルフがまさに客観的な事実を述べ始める。…こうして聞くと本当に酷い母親像だ。

 

「…なるほどな。じゃあ、」

「ただ、最近はちょっと変わって来たんだなって…あたし自身、ちょっとだけ見直してたんだよ。」

「最近変わった?」

「うん…まぁ最近って言っても、以前に一度時の庭園に帰って来た時だけどね。

 あの数日間、フェイトに魔法を教えてるとこをあたしも見てたんだけどさ、普通の母親に見えたよ。

 魔法の練習に一喜一憂するフェイトを見て、目を細めてさ…

 あたしも正直、今になって突然フェイトに『消えろ』なんて言った事の方がちょっと信じられないくらいさ。」

 

アルフはそう締めくくり、目を開いた。

 

「アルフ、じゃあ!」

「うん、全然分からないねぇ!」

 

思わず身を乗り出したところで変な結論を出され、思わずコケそうになる。

 

「って言うのもさ、急に心変わりして優しくなった時もあたしは『信じられない』って感じだったし…

 あんな急に態度が変わったんなら、また同じ感じで心変わりしたって可能性もあるじゃないか…」

「う…」

 

アルフの言いたい事は解る。私自身、あの時信じられない気持ちだったからだ…勿論、いい意味で。

 

「だが、そうなると…どうする?」

「…どうしようね? あたしとしても『信じたい』って気持ちは有るんだけど…」

 

ここに来て初めて私達の脚が止まってしまった。…絶対に失敗できない作戦であるが為に。

 

「…考えている時間もあまりない。ここは折衷案と行くか…」

 

ふと、神宮寺が折衷案を切り出した。内容を聞く限りでは、あまり悪くはないように思えるが…

 

「良いの? 私の説得の内容を変えなくても…」

「…この案は『プレシアの計画を止める』事が主題だ。アリシアの言った内容の説得ならこの計画が止まる事だけは保証されているからな。

 それでプレシアがフェイトじゃなく、アリシアを選んだ場合の為の折衷案だろ?」

「プレシアが例えアリシアを選んだとしても…アリシアさえプレシアに捕まらなければ問題無い、か…

 まぁ、これしか無いだろうね。

 確かにプレシアの計画を止める事が最優先だ。」

「…ありがとう、アルフ、神宮寺…」

「感謝は説得が成功したらで良いよ…漫画の受け売りだけどな。」

「…うん、じゃあきっと後でもう一度言うね。」

「その意気だよ、アリシア! …行こう!」

 

…私がフェイトの記憶を知ってしまってから抱き続けた望み…その結果がこの扉の先にある。

私の望みは、ママとフェイトが本当の親子になる事…ママがいつかアルフとリニスとフェイトと一緒に、毎日一緒の食卓を囲む事!

きっと説得を成功させて見せる。それが私の計画の第一歩…

 

神宮寺から準備が出来たと言う念話を受けて、私はドアノブに手を伸ばした。

 

 

 


 

 

 

ガチャリと扉を開く音に振り返ると、そこには私のもう一人の愛娘とその使い魔の姿が有った。

 

「フェイト、アルフ…どういう心算でここに来たのかしら?」

 

冷たい言葉を浴びせる声に、震えが混じらないだろうか。私の心に迷いが生まれないだろうか。

計画の最終段階にあって、なおも私の道を阻む運命に悪態の一つでも吐いてやりたい気持ちになりながら言葉を続ける。

 

「フェイト…私は『消えろ』と言ったはずよ。直ぐに出て行きなさい…二度と私の前に現れないで。」

 

それだけを告げると、拒絶を表すように背を向ける。

私の最期の願いだ。嫌われても良い、恨まれても良い。だから帰ってくれ。私と同じ最期を選ばないでくれ。

 

「…ママ。私は…」

 

その声に、思わず振り返る。

バカなと思った。フェイトがただ、記憶にあるその言葉を真似ただけだと思いたかった。

だが、分かってしまった。私の古い記憶が、母親としての本能が無慈悲にも答えを導き出した。

 

「アリ…シア…!?」

「! ママ…分かるんだね…?」

 

当たり前だ。今でもあの日々は脳裏に焼き付いている。

片時も忘れた事のない記憶のアリシアと、今目の前に居る少女の姿が完全に一致する。

声のイントネーション、表情や仕草…よく見なければ分からないような細かい癖まで、全てあの子そのものだった。

 

「分かるわ…勿論よ。私は貴女の…貴女()の母親なんですもの…」

「ママ…分かったでしょ? アルハザードなんかに、研究の果てなんかに私は居ない…私はここに居る!

 …こんな意味のない計画、もうやめよう…?

 今すぐにジュエルシードを止めて、一緒に来てくれればママの罪もきっと…」

「ダメよ。」

「! …ママ…?」

 

アリシアは確かにアルハザードには居ない。…そんな事は初めから解っていた。

例え究極の形として完成された魔法だろうと、アリシアの魂はアリシアただ一人の物…せいぜいがアリシアと同じ才能や特徴、記憶を持ったフェイトが生まれるだけだろう。

そうじゃない…この計画の目的は、そんな事じゃないのだ。

 

「…アリシア、フェイトはどうしたの?」

「…私の中に居る。今は意識が無いみたいだけど…ちゃんと私の中に居るよ。」

「そう…良かった。」

「ママ、どうして!? 私を蘇らせなくたって、フェイトが居るじゃない!

 フェイトと一緒に地球で暮らそう!?」

 

優しいアリシアはきっと、ずっと私を見ていたのだろう。アリシアを失って変わって行く私を、変わらないままずっと見ていてくれたのだろう。

言葉を少し交わしただけでそれが分かった。

このアリシアは魔法が造り出した人格なんかじゃない…あの日私が永遠に失ったと思っていた本物のアリシアなのだと確信した。…それならば、私の出す答えは一つしかない。

 

「アリシア、最期のお願いよ…聞いてくれる?

 …直ぐに来た道を引き返して、管理局に保護して貰いなさい。

 この計画は私一人が進めて来た物…罪の無い貴女は、きっと管理局も悪いようにはしないわ。」

 

本物のアリシアとフェイト…二人を時の庭園の崩壊に巻き込むなんて、それこそ最も避けなければならない事態だ。

時間が無い。今も刻一刻と共鳴した魔力波動は増幅している。

虚数空間に飛び込むのは私だけで良い…私と、アリシアの身体だけで良い。

 

「…やっぱり、ママは優しいママのまんまだ。

 私、フェイトの中から見ていた時も信じてた。ママは悪い人なんかじゃないって…」

「アリシア…」

「だから、ゴメンね…ママ。そのお願いだけは聞けない。」

 

…何と無く分かっていた。アリシアならきっと、こう言うだろう事は。

 

「…そうよね。貴女は優しい子だもの…きっと、そう言うと思っていたわ。」

「うん…ママが一緒に来てくれるまで、私はここを動く気は無いから。」

 

こうなったら私に出来る事は一つだ。

 

「ごめんなさい、アリシア…最期に貴女と話せて良かったわ。」

 

…強制転移の次元魔法で、強引に時空管理局の船まで転送する。

アリシアに杖を向ける日が来るなんて考えた事も無かったけれど…たった一度の親子喧嘩。大目に見てちょうだいね。

 

「この魔法陣…強制転移かい!?」

「そんな…!? ママ!」

 

そんな顔で見ないで頂戴。私に迷いが生まれたら、手元が狂ってしまうわ。

 

「さようなら…アリシ…ッ!!」

 

そんなッ…! こんな時に発作が…次元魔法を短時間に連続で使おうとしたから!?

 

「…ゲホッ、ゲホッ!!」

 

咄嗟に口を手で押さえたが遅かった。

咳と共に吐き出された血が、指の隙間を通り抜けて床に滴る。

 

「…マ…ママ…?」

「プレシア…あんた、やっぱり…」

 

なんて…事…

アリシアに、こんな姿を見せてしまうなんて…

 

「ママ! 直ぐに管理局の船に…! お医者さんに診て貰えば…」

「ダメよ…アリシア。この病は治らないわ…もう、手遅れよ。」

 

…知られてしまった以上、全て話そう。

 

「…アリシア、私は何もしなくてももう直死ぬわ。

 けど私はね…死ぬ前に、時の庭園の研究全てを消し去らないといけないのよ。

 …私自身も含めてね。」

「研究…? そうかい…プレシア、それがアンタの本当の目的かい。」

「アルフ…?」

「アリシア…プレシアはね、元々アルハザードに行くつもりなんて無かったんだ。

 ただ虚数空間に身を投げる事が出来れば、それでプレシアの目的は達成されるんだよ。」

「アルフ…ふふ、意外に勘が良いのね…」

「…こんなの、ちょっとしたズル技だよ。」

「アルフ、どう言う事…!? ママは何で…!」

「それはこれからプレシアが話してくれる筈さ。そうだろ?」

「…アリシア、フェイトの中に貴女の記憶があるのは知っていたかしら?」

「うん…」

「あの記憶は正真正銘()()()()()()()よ。…設備さえあれば、遺体から()()()()()を抜き出すなんてそう難しい事じゃないの。…私達、研究者にとってはね。

 …そしてそれは私に対しても同じ事よ。

 私は大魔導士としても研究者としても名が知れ過ぎたわ…私の死体が回収されれば、この知識を目当てに記憶をサルベージしようと考える者が出るでしょうね。

 …問題は、私の最期の研究だけは知られる訳には行かないのよ。」

「! それって…」

「『プロジェクトF.A.T.E』…フェイトを生み出した研究よ。公になっている内容は人造魔導士を生み出す事だけど…私の記憶を読めば、『その先』までわかるでしょうね。

 …()()()()()()()()()()が…」

「!!」

「これで解ったでしょう? 私の死体は遺せないのよ。『フェイト』が兵器として大量に生み出されるなんて…研究者としても、母親としても絶対に許せない可能性なのよ。

 …私を説得する心算なら諦めなさい。」

 

アリシアは私が管理局に語った計画を聞いて、私を説得できると踏んだのだろう。

だが、元々それはカモフラージュだ。この事件の後に行われるであろうフェイトの処遇を決める裁判に於いて、フェイトが少しでも有利になるように…私と言う元凶との繋がりを断つ為だ。

 

「アリシア…プレシアは元々()()()()()()()()だったんだ。時の庭園も、自分の記憶も完全に消し去る為に。」

「私の研究とアリシアの遺体を虚数空間へと()()()()()()()…これが私の本当の目的よ。」

「…そんな…じゃあ、私は何のために…」

 

アリシアが膝から崩れ落ちる。

…ごめんなさい、アリシア。私も可能ならば貴女達と生きたいけれど、その可能性は既にあの日に断たれていたのよ。




今回の纏め

アリシア「研究意味無いよ! 私ここに居るもんね!」
プレシア「済まん、それブラフや。」
アリシア「」

何処かに居る神宮寺(えっ? プラン全部飛んだんだが…?)


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説得

執事とリニスの会話が久しぶり過ぎて、お互いに知っている情報の整理が大変…!
何度も書き直したせいで文章の繋がりが変になっていたらごめんなさい!
指摘していただけると嬉しいです!


「リニス先生! お願いします!」

「『Photon Lancer』!」

 

玉座の間に向かう途中で立ち塞がる機械兵に放たれた光の筋は機械兵を穿ち、なおも勢いを減らす事無くその奥の壁に炸裂し爆発を起こす。

…今のでも結構威力を抑えた方だったのですが、予想以上に魔力コントロールが難しい。相手が機械兵だからこそ躊躇なく撃てるものの、魔導士や使い魔相手にはあまり撃ちたくはないですね。

 

「流石っす、先生!」

 

この執事はあれから『自分が如何に魔力の扱いが下手なのか』を私に懇切丁寧に、且つ具体的に語って来た。

それ程訓練が嫌なのかと少し情けなくも思ったものですが、プレシアの計画を止める為にはそんな話に時間を割く余裕はありません。仕方なく納得して見せ、現状について聞きだして見れば…プレシアは自らの研究の全てを永遠に秘匿する為に今回の騒動を起こしたのだとか。

 

あの日…フェイトの教育が完了し、姿を消そうとした私にフェイトが語った真実…

それによればプレシアは自らの一人娘である『アリシア』の蘇生の為に次元震を引き起こし、その果てに虚数空間に落ちて行くとの事でしたが…いえ、今は気にしている場合ではありませんね。

フェイトと執事、どちらの言葉が正しかったとしても『プレシアが最終的に虚数空間に落ちる』と言う点では共通している…どちらにしても急ぐしか無いのですから。

 

「『Photon Lancer』!」

 

先程よりも魔力量を控えめに調整した魔法は機械兵の装甲を貫き、狙い通り内側で炸裂し…機械兵は内側から弾けるように木っ端微塵に砕け散った。

 

「よっ、次元世界一っ!」

「はぁ…全く、貴方と言う人は…」

 

戦闘が熟せない事は仕方がないとはいえ一応(使い魔)の主なのですし、せめてもう少し威厳を保ってほしいものです…

 

「…そう言えば、この一件の後貴方はどうする心算なのですか? これほどの事件ともなれば、例え時の庭園が無事に残ったとしてももうここには住めませんよ?」

 

…ほんの些細な疑問でした。時の庭園に長年住んでいる執事の…私の主の未来を案じて投げかけただけの問いでした。

 

「あぁ、ご心配はいりませんよ。この一件の後は私の()()()()()のところに戻る心算です。」

 

その言葉に思わず足を止める。

 

「…本来の上司?」

「? えぇ…」

≪っと、すみません、ここからは念話でお願いします。ジェイル・スカリエッティです。…あれ、確か最初にここに来た時に説明しましたよね?≫

 

その言葉で私は、初対面の時のセバスチャンの言葉を思い出した。

 

『わっ、私はジェイル・スカリエッティの紹介で貴女(あにゃた)方を()()()()に派遣されまし(てゃ)っ!

 セバスチャンと申しますっ! これがその紹介状でありますっ!』

 

最初にここに来た時の執事の言葉を思い返せば、確かにそう言っていた記憶がある。

だが当時『研究の助手』として捉えた言葉の意味は、ここに来て全くと言って良いほどに変化したと言って良い。

 

≪…貴方の、()()()()()を教えてください…今、ここで。≫

≪私の目的は最初にも語ったように、貴女とプレシアを助ける事です。…先を急ぎましょう、虚数空間が開いてしまえば全てが手遅れになってしまいます。≫

 

今は一刻も早く玉座の間に向かわなくてはいけない…そんな事は解っている。

だが、プレシアが『フェイトを兵器にされる可能性』を消したかったように、私にも消しておきたい可能性が()()()()()()()()()()()()()

 

≪今の内にこれだけでも確認したいのです…貴方()の目的に『プロジェクトF.A.T.E』は関係ないと考えても良いのですよね?≫

≪…なるほど。あの人の存在が気がかりだったと言う事ですね?

 はい、それだけは断言します。プレシア様の目的を…『フェイト様の安息』を邪魔する類の目的で動いては居ません。≫

≪…良いでしょう、一先ずその言葉を信じます。

 貴方にはまだいくつか聞いておきたい事があります。…ですが、それはこの件が一段落した時に必ず聞かせて貰いますね。≫

≪私が答えられる事であれば…≫

≪…まぁ、今は良いでしょう。呼び止めるような真似をしてすみませんでした…『私が送り届けた貴方が実は敵だった』と言う状況だけは避けたかったものですから。≫

≪…まぁ、当然の心配事ですね。私の状況って傍から見ればスパイと思われても仕方ない立ち位置ですし…≫

 

今ここで確認した理由は他でもない。玉座の間が近いからだ。

勿論いざとなれば私の手で止める事も考えているが、どうしても確かめておきたかった。

 

≪リニスさん、玉座の間に入ったら手はず通りにお願いします。

 …チャンスは一度、合図は私が送ります。≫

≪分かっています。貴方も気取られないようにお願いします。≫

≪任せてくださいよ! ここまで護衛までしてもらって役に立たないんじゃ、何の為に居るんだって話になっちゃいますからね!≫

≪…そう言えばそうですね。玉座の間の場所は解っていますし、貴方を置いて行った方が早かったかもしれないですね。≫

≪ちょっ!?≫

≪冗談ですよ、緊張が解れたでしょう?≫

≪貴女そんなキャラでしたっけ!?≫

≪私も色々と変わったのですよ。地球の生活(貴方のおかげ)でね。≫

 

…そう、私が今いるのは間違いなく貴方のおかげなんです。

だから信じさせてください。私があの時、貴方の魔力に縋った事は間違いじゃなかったのだと…私は、生き残っても良かったのだと。

 

 

 

 

 

 

機械兵を破壊しながら辿り着いた玉座の間。

私が部屋の中からは見えないであろう死角に立った事を確認すると、セバスチャンは玉座の間の扉を勢い良く開き、開口一番に叫んだ。

 

「プレシア様あぁぁッ!!」

「消えなさい。」

「ええぇぇぇええッ!?」

 

…本当にこの主に任せて大丈夫なんでしょうか?

 

 

 


 

 

 

「プレシア様あぁぁッ!!」

「消えなさい。」

「ええぇぇぇええッ!?」

 

思わず反射的に答えてしまったが、冷静な状況でも同じ返しをしただろうから良しとしよう。

…問題は、なぜおまえがまだ時の庭園に居るのだ?

 

「…私は確かにお前を解雇したと思ったが?

 なぜまだ時の庭園に居る? なぜここに来た?」

 

もう直ぐ次元震の影響で虚数空間が開く…早いところ管理局にでも保護して貰えば良かっただろうに。

 

「貴女に考え直してもらいたくて戻ってきました。」

「説得は無駄よ。…貴方には本来の目的も話していたと思ったのだけれど?」

 

…だが、思えば丁度良かったのかもしれない。茫然自失としてしまっているアリシアを管理局まで連れて行ってもらえば、体に負担のかかる次元魔法を使わなくて済む。

 

「…アンタ、確か執事の…」

「…セバスチャンです。…アルフ、フェイト様!? 何故ここに!?」

 

うなだれるアリシアと、寄り添うアルフに漸く気付いたのか大袈裟に驚いている。

…二人から事情を聴けば説得の意味は無いと知るだろう。

 

「プレシアを説得する為さ…こんなこと止めてくれってね。尤も、失敗しちまったみたいだけどね…」

「…」

「フェイト様…」

「説得が無意味だと分かったでしょう? 解ったなら、早くその二人を連れて管理局の船に保護して貰いなさい。」

 

私の言葉にセバスチャンは何かしら考える仕草をした後、覚悟を決めたような表情を見せる。

 

「…フェイト! よく聞け、プレシア様はお前を本当は大切に思っている! 今回の事だって、お前の事を守る為に起こした事件なんだッ!」

「ゴメンね、もう知ってるんだよ…」

「えッ!?」

「何時私が娘を呼び捨てにしても良いと言ったかしら? 潰すわよ?」

「えぇッ!?」

「あー…後、今のこの子はアリシアなんだよ。」

「ええええッ!?」

 

本当に騒がしい奴だ。研究室でも何度騒がれた事か…

コイツが居ると、あの騒々しい研究の日々に未練が生まれる可能性が無くはないかも知れない。早々に追い返すとしよう。

 

「元執事、早くアリシアとアルフを連れて管理局の元へ行きなさい。

 私の魔法を受けたくはないでしょう?」

「っ!」

 

セバスチャンの表情に恐怖が色濃く表れる。こいつは奇妙な体質の所為で魔力を上手く扱えない。それはつまりバリアジャケットの性能も安定していないのだ。

その為か魔法の攻撃を向けられる事を過剰に恐れる。経験上、この脅しで言う事を聞かなかった事は無かった…ハズなのに。

 

「こっ、断ります! まだ私の言い分を耳に入れて貰っていません!」

「…貴方にはこの一件に関わる権利は無いわ。これは私達『家族』の問題なのよ。」

「貴女の家族の中に、貴女が虚数空間に落ちる事を望む者は、居ません!

 もっと家族を見てください!」

「現実に目を向けなさい。私の命はもう数ヶ月と持たず尽きるわ。

 取り残される家族を思えば、最悪の兵器が生まれる可能性は確実に摘むべきなのよ!

 私が生きている内に!」

 

何故こうも引き下がらない。こいつがここまで粘る事が出来る理由は何だ?

…ん?

 

「…そこの扉の影、誰か居るわね?

 まさか、アンジュも残っているの?」

「あっ、アンジュは真っ先に管理局に保護されました…」

「…そう。」

 

アイツはアイツで良く分からない奴だ。常に一線引いているのは使用人として理想的だが、その目が全く別の物を見ているような…まあいい。

 

「隠れている奴、出てきなさい!

 出て来なければ魔法を撃ち込むわよ! この元執事に!」

「いぃッ!?」

 

物陰で息を呑んだのが分かる。やはり仲間だったようだが…何者だ?

セバスチャンには管理局との繋がりは無いはず…となると第97管理外世界から付いてきた?

いや、それこそ接点があるはずもない。

 

「セバスチャン、貴方の仲間でしょう?

 貴方が出てくるように頼めば出てきてくれるかもね?」

 

杖を向け、再度脅しをかけ…

 

「出てきて下さい! お願いします!」

 

…自分で脅しておいてなんだが、こいつにはプライドが無いのか?

 

「はぁ…本当に、貴方と言う人は…」

「な…リ、ニス…?」

 

頭を抑えるような仕草で表れたのは、もうとっくに消滅している筈の私の使い魔…リニスだった。

 

「何故…貴女が居るのかしら…?

 貴女との契約は満了…使い魔のパスも切れていると言うのに…」

「…お久しぶりです、プレシア。

 少し色々ありまして…今はそこの()執事の使い魔をしています。」

「貴方…契約を満了したとはいえ、人の使い魔を奪ってどう言う心算かしら?

 それで私と対等になれると思ったの? だから、一歩も引かずにいられたのかしら?」

 

もしそうだとしたら、とんだ下衆だ。少しばかり見直したところもあったが、所詮は上辺通りのお調子者だったか。

 

「ち、違います!

 これは可能性の提示なのです!」

「可能性?」

「はい! 未来は変えられると言う可能性です!」

 

コイツは何を言っているのだろう?

消滅する使い魔を何かしらの方法で奪っただけの癖に。

確かにリニスは消滅を免れたが、『未来を変える』など誇張表現も良いところだ。

 

「貴女が今、その身を虚数空間に落そうとしている理由の大半は貴女の死が近いからです!

 貴女の体を治す事が出来れば、貴方の知識も、フェイトやアリシア、アルフもリニスも()()()()()()()()じゃないですか!」

 

セバスチャンの言いたい事が分かった。大方、リニスが消滅を免れたように『私の体も治せる』と言いたいのだろう。

…だが不可能だ。事故の当時ならまだしも、既にこの病は私の体に定着してしまっている。

 

「もう良いわ…貴方と話しても疲れるだけね。

 魔力ダメージの気絶で済ませてあげるわ…感謝しなさい。」

 

これ以上セバスチャンが魅力的な未来を語る前に手を打とう。…自死を選ぶ者に未練は邪魔なだけ。

こんなやつでも長年付き合った仲だ、せめて苦痛を感じる間もなく意識を奪ってやろう。

そう思い、杖に魔力を込めるが…

 

「お待ちください! プレシア!」

「次から次に…今度は貴女なの? リニス…」

 

リニスが私とセバスチャンの間に立ち、セバスチャンを庇う。

 

「アルフとフェイト…いえ、今はアリシアでしたね。二人が頑張っているのに私が何もしない訳には行かないでしょう?」

「え、私は!?」

「…貴方は今は黙っていてください。」

「はい…」

「リニス…貴女はもっとお利口な使い魔だったと思ったのだけれど…?」

「…多少、影響は受けたかもしれません。」

「…使い魔って、悲しいわね…」

「ですが、今の私は幸せですよ。

 朝食を作りながらフェイトとアルフの目覚めを待ち、昼食を三人で食べながら夕食の献立を考える…

 夕食を共にしながらフェイトの一日の成果を聞き、アルフも一緒に明日の事を考える。

 地球での毎日は非常に充実しています。」

「…人を煽るのが上手くなったわね、リニス。

 死に逝く者に生の幸福を語ってどういう心算かしら?」

「貴女がこの先に享受出来るかもしれない未来の話です。

 …もっとも、このままでは私の未来のままですが。」

 

そうやって私を煽り、時間を稼ごうと言うのだろう。

見え透いた考えだが…なるほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…良い度胸ね。丁度死出の道連れが欲しかったところよ…」

「おや、プレシアは寂しがり屋さんですね。

 そんなに寂しいのなら私達と一緒に暮らすと言うのはどうでしょうか?」

「フッ…フフフフフ…貴女がここまで命知らずとは思わなかったわ…!」

「…これは、少々やり過ぎましたかね…?」

 

 

 


 

 

 

…やっぱりこうなりましたか。

杖を向けられ恐怖に竦み上がる()執事を見ながら、私は突入前の会話を思い出していた。

 

――≪先ずは私がプレシア様を説得してみますが…恐らくは通用しないでしょう。≫

  ≪…諦めるの早くないですか?≫

  ≪えぇ、私のプランは説得ではないですからね。≫

  ≪では…やはり?≫

  ≪多少乱暴ですが、プレシア様を拘束して強引に連れ戻します。

   計画の詳細はプレシア様から聞いておりますが、あの方は生を諦めています。

   多少の説得では意味をなさないでしょう。≫

  ≪…ですが、納得していないプレシアを強引に連れ戻したところで意味は無いのでは?

   プレシアの病が事実であれば、それはあまりにも残酷な結末しか生みませんよ。≫

  ≪簡単な話です。()()()()()()()からこそ、強引にでも連れ戻すのですよ。≫

 

貴方の言った『治す当て』…信じてますからね!?

 

「お待ちください! プレシア!」

「次から次に…今度は貴女なの? リニス…」

 

怒気を孕んだ目で睨みつけられ、息を呑む。その目に深い死への渇望を見たからだ。

前に出て目を見なければ分からなかったが、今のプレシアは正気とは言えなかった。

『フェイトを守る為』の死と言う手段が目的にすり替わりつつある。…このまま逝かせるのはやはり駄目だ。

 

――≪で、拘束とは言いましたが厳密な方法はどうする心算ですか?

   相手は病の身とは言え、正真正銘の大魔導士『プレシア・テスタロッサ』ですよ?≫

  ≪そうですね…この作戦に於いて肝心なのは方法よりもタイミングです。

   必ず『虚数空間が開いた後』、且つ『管理局員がその場に居る事』…この二つの状況を満たす必要があります。≫

  ≪時の庭園は残せないから…そして、迅速な回収の為ですね?≫

  ≪そうです。魔力ダメージによる気絶でも、バインドによる一時的な無力化でも良い。

   少しでも動きを封じる事が出来れば、プレシアを玉座の間から引き離せる。

   プレシアが虚数空間に飛び込む事が出来なくなった時点で、私達の勝ちです。

   後…管理局の船に乗っている人材によっては、もしかしたらプレシア様の治療が想定よりも早く出来る可能性もあります。≫

  ≪ではその条件を満たすまでは時間稼ぎを?≫

  ≪えぇ、まぁトークで間を持たせられればそれに越した事は無いですが…ダメだった場合はお願いします!≫

  ≪はぁ…まあ、その為の魔力だと解釈しましょう。≫

 

先ずはトークで間を持たせなければ…

 

「アルフとフェイト…いえ、今はアリシアでしたね。二人が頑張っているのに私が何もしない訳には行かないでしょう?」

「え、私は!?」

「…貴方は今は黙っていてください。」

≪今は私が時間を稼ぎますから、例のタイミングを計ってください。≫

「はい…」

≪すみません、お願いします!≫

 

途中で元執事が割り込んできましたが、彼も少しでも会話を引き延ばそうと協力してくれているのでしょう。

 

「リニス…貴女はもっとお利口な使い魔だったと思ったのだけれど…?」

「…多少、影響は受けたかもしれません。」

「…使い魔って、悲しいわね…」

 

話の内容…出来れば長く話せて、プレシアの興味を引ける物…

と、なれば…やはりあれしかないでしょう…

 

「ですが、今の私は幸せですよ。

 朝食を作りながらフェイトとアルフの目覚めを待ち、昼食を三人で食べながら夕食の献立を考える…

 夕食を共にしながらフェイトの一日の成果を聞き、アルフも一緒に明日の事を考える。

 地球での毎日は非常に充実しています。」

≪リニスさん!? 何でプレシア様にそんな話題を!?≫

 

話している途中で気付きましたが、これは挑発以外の何物でもないですね…

ですが、プレシアの興味を引ける話題が他に無いのです。仕方ないでしょう!?

 

「…人を煽るのが上手くなったわね、リニス。

 死に逝く者に生の幸福を語ってどういう心算かしら?」

「貴女がこの先に享受出来るかもしれない未来の話です。

 …もっとも、このままでは私の未来のままですが。」

 

もうこうなったらこの方針を貫くしかないですね。

恐らく戦闘になると思いますが、それで時間を稼げるのならばそれも良いでしょう!

 

「…良い度胸ね。丁度死出の道連れが欲しかったところよ…」

「おや、プレシアは寂しがり屋さんですね。

 そんなに寂しいのなら私達と一緒に暮らすと言うのはどうでしょうか?」

「フッ…フフフフフ…貴女がここまで命知らずとは思わなかったわ…!」

「…これは、少々やり過ぎましたかね…?」

 

プレシアから向けられる怒気に魔力と殺気が混じり始める。

向けられる視線は射殺すように鋭く、その中に羨望と嫉妬が見え隠れする。

…どうやら意図せずとは言え、散々煽った甲斐はあったようだ。

私を羨ましい、妬ましいと見てくれると言う事は、ほんの少しでも生に興味を抱いたと言う事…

後は条件が揃うまで私が時間を稼ぎましょう。敬愛するプレシア…貴方の為に。




一期分を書き終えたらしばらくは過去の文章の添削&短編投稿に充てる心算です。
よろしくお願いします。


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揺れる庭園、迫る刻限

最近投稿ペースが遅れ気味で申し訳ありません!


突然の事だった。

時の庭園が大きく振動した事で体勢が崩れ、脚が止まってしまった。

 

「くっ…!」

 

機械兵の拳を寸前で回避し、カウンターに撃ち込んだスティンガーで脚の関節を砕いて距離を取る。

 

「今の振動は…?」

『クロノくん、聞こえる!?』

「! エイミィ、今の振動は何だ? まさか、もう次元断層が…」

『ううん、まだそっちは大丈夫…ただ、プレシア・テスタロッサが何者かと交戦中!

 そのせいで微弱な次元震が断続的に発生してる!』

「戦闘…!? 今回の作戦にプレシアとの戦闘は…」

『時の庭園には、正体不明の魔力反応がいくつか有ったでしょ…?

 その内の一つ…一番大きな魔力反応が魔導士だったの。』

「…第三勢力の介入だって…?

 しかも、一番大きな魔力反応って…」

 

あの反応が魔導士の物? バカな、あれほどの魔力量が人一人に扱えてたまるか…!

 

『クロノくん…』

「…解っている。多少の無茶は必要だが、最短距離を行こう。

 エイミィ、サポートを頼む!」

『うん!』

 

脚が砕かれ、何とか立ち上がろうともがく機械兵にトドメを刺しながらプランを練る。

プレシアと第三勢力と思しき魔導士の戦闘行為が継続されれば、いつ次元断層が発生してもおかしくない…

今までは魔力を節約していたが、どうもそんな状況ではないらしい。

 

「なのはに連絡は?」

『もう済ませてるよ。時の庭園の動力炉の封印はもう済ませてくれていたみたいだから、近い内に合流できると思う!』

「…わかった。」

 

本来は帰艦して貰うべきなのだろうが、状況が状況だ。なのはの魔力はいざと言う時の切り札になり得る…管理外世界の現地人であるなのはを巻き込むのは不本意ではあるが、ここは頼らせてもらおう。

 

「エイミィ、()()()()()の算出を頼む!」

『オーケー! 先ずはその通路を直進して5mのところにある階段を下りて!』

「了解。」

 

間に合うかどうかを考える段階はとうに過ぎてしまった。間に合わせるしかない…何としても!

 

 

 


 

 

 

目の前の光景を何と表現すれば良いだろうか。

嵐か自然災害か…そんな言葉では片付けられない地獄がそこにあった。

 

「ッ! …はぁ…リニスが張ってくれた結界があるとはいえ、目の前に雷が飛んでくるのはやっぱり怖いもんだねぇ。」

 

…リニスの奴、執事の奴から送られる魔力量が多いとは聞いていたけど…これほどなんて予想外だぞ!?

とは言え、リニスにも余裕がある訳ではなさそうだ。一見して互角にやり合っているようにも見えるが、よく見ればリニスの方が回避の動作が大きく、徐々にではあるが追い詰められている。

 

「不味いねぇ…このままだとリニスの方が持たないよ。」

「アルフさん、それは本当ですか!?」

 

…元執事か。リニスがあれだけ強くなっている原因は間違いなくこいつの魔力量だ。

つまりこいつは今のリニスを遥かに凌ぐ魔力を持っている筈なのだが…何でお前も結界の中に居るんだ。

 

「リニスの動きを見なよ。回避の動作が大きいだろう?

 対してプレシアはそれほど動いていない…アリシアの体を守る為でもあるだろうけど、そもそも二人の持つ余裕が違うんだよ。」

 

死病に罹っていてもこれだけの魔法戦を熟せる辺り、大魔導士の名は伊達じゃない。

流石に次元魔法は使っていないが、それでも魔力の扱い方に大きな開きがあるのが良く分かる。

 

「…そう言えばアンタ、プレシアの病の事…すでに知っていたんだよね?」

 

俺と同じ転生者なら、プレシアの病についても知っていたはずだ。

俺と違ってずっとプレシアの傍に居たこいつなら、この世界のプレシアも死病に罹っている事だって確信していたはずだ。

 

「そうですね…知っていました。」

「…プレシアの本当の計画についても知ってたんだね?」

「はい。」

 

なるほど、既に全部知っていてそれでもプレシアを止めに来たって事か。

つまり…

 

「って事は、あるんだね?

 プレシアをここから連れ出す方法が…プレシアの病を治す方法が。」

「あります。元々その為にここに来たのですから。」

 

俺の質問に目の前の元執事は、今までの質問の中で最も自信たっぷりにそう答えた。

 

「…聞いたかい、アリシア?

 あるんだよ。プレシアを、アンタの母親をちゃんと助ける方法が…」

「…ママを、本当に…?」

 

ずっと虚ろだったアリシアの目に、意志の輝きが再び灯る。

 

「あぁ、詳しくは知らないけど…元執事が言うには相当自信があるらしい。」

「教えて…! 方法を! ママを助けられるなら、私なんだって…」

「アリシア、一旦落ち着こう。冷静にならないと助けられるものも助けられないよ。」

「アルフ…うん。」

「アリシアさん、ご心配なさらず。私の望みもプレシア様を助ける事ですので。」

≪神宮寺、聞いてたかい?≫

≪え、何の話!? ここからは遠すぎて普通に会話聞こえないんだけど!≫

≪…あー、ちょっと待ってておくれ。≫

「あー…えっと、元執事?」

「…何でしょう。」

「私の仲間がさ、今ちょっと別行動してるんだけど…情報の共有もしたいし、念話でお願いして良いかい?」

「なるほど、了解しました。」

≪神宮寺! このまま念話で状況の説明とこれからの動きについて話すから、

 潜伏と念話はそのまま続けておくれ!≫

≪あぁ…俺からしてみたら何が何だかだから、先ずは現状を把握しておきたいところだ。≫

 

 

 

 

 

 

≪…なるほどな、大体の手順は解った。≫

≪しかし…そうなるとプレシアの拘束が成功するまではあたしが出来る事ってのは殆ど無いねぇ…≫

≪そうですね…本来は私とリニスさんのみで実行する筈の作戦でしたので…≫

≪まぁ、俺とアリシアの役割も念の為以上の物ではないしなぁ…≫

≪うん…≫

≪…そうだ、一つ確認しておきたいんだが…≫

≪はい?≫

≪お前のプランを実行するには『管理局員がこの玉座の間に居ないといけない』、『次元断層によって虚数空間が発生している』と言う二つの条件が必要と言ったな。

 理由を聞いても良いか?≫

≪先ず『管理局員の存在』に関してですが、プレシア様を迅速に管理局の船に転送していただく為です。

 相手は大魔導士です。魔力ダメージによる気絶を狙うのは難しく、不意を突いてバインドで拘束するにしても恐らくは数秒~十数秒が限界でしょう。ですから拘束後は一秒でも早く時の庭園から離す必要があるのです。

 その後は時の庭園が飲み込まれるまで管理局の船で拘束できれば、プレシア様が虚数空間に飛び込む方法は完全になくなりますから。≫

≪…なるほどな、そうなると二つ目の条件もその為か。

 虚数空間を開くには膨大な魔力が必要になる…それこそジュエルシード6個では足りない程の。

 それを補っている時の庭園がある限り、プレシアは第二、第三の計画を立てる事が出来る…か。≫

≪はい、『虚数空間の発生』が必要な理由の一つはお察しの通り、プレシア様の計画成就の()()()()()()()を『今』に限定する為です。

 虚数空間が開いてしまえば、時の庭園が無くなる事だけは確実ですから。≫

≪…その言い方からするに、本題は別か。≫

≪…プレシア様の計画は元々、『フェイト』を兵器の名前にしない為の物。

 その計画の一部だけでも…時の庭園中に存在する『アリシアお嬢様の生体情報の抹消』だけでも成就させてあげたい。

 言ってしまえば、私の我が儘です。≫

≪セバスチャン…ありがとう、ママの為に…≫

≪いえ、フェイトお嬢様を生み出す研究には私も携わっておりました…

 研究に縋り、体を壊してまでプレシア様がこの世に生み出した願いの結晶を、無粋な輩に汚されたくないのです。≫

≪なんか…プレシアの計画と目的は一緒なんだねぇ。≫

≪そうですね、プレシア様はご自身も消し去る事で永劫にその可能性を消し去ろうとしています。

 私の場合はご存命のプレシア様に、自らの手でお二方を守っていただきたい…それだけの違いです。≫

≪そう言う事なら俺としては文句無いが…()()()()()()()()()()()()()がそれに納得してくれるかどうかだな…≫

 

今後の動きに関してはある程度固まった。

問題はやはり二つの条件を満たせるかと言う事と、それまでにリニスがやられないかと言う事だ。

今度の作戦ではリニスが重要な役割を担っている。だが、そのリニスは今…

 

「どうしたの? 貴女はもっと優秀だった筈よ?

 管理外世界の生活に浸かっている内に腑抜けたのかしら!?」

「…くっ、言ってくれますね…!

 二人との生活は私にとって何物にも代えられない輝かしい思い出です!

 例えプレシアでも侮辱する事は許しませんよ!」

 

プレシアの放つ無数のフォトンバレットはこの部屋の至る所から遠隔発生されており、その狙いは一つ一つが正確無比の凶弾だ。

リニスも回避の合間に夥しい量のフォトンランサーを飛ばしているが、その攻撃の尽くは空間に発生した謎の歪みによってかき消されてしまっている。

これでは勝負にならない。放つ魔法の数こそ拮抗しているものの、その戦闘の実態は残酷なまでに一方的な物だ。

 

≪アルフさん、何か考え事ですか?≫

≪…いや、プレシアの防御魔法に関してちょっとね…≫

 

プレシアを圧倒的優位に立たせているのは正体不明の防御魔法…アレの正体を掴まない事には俺達の計画だって成功するかどうか…

 

≪ああ、あの魔法ですか…≫

≪…知ってるのかい?≫

≪次元魔法の一種だと言う事は見当が付きます。

 後は、オートでは無い事と…恐らく周囲全体を覆うタイプではないだろうと言う事しか…≫

≪…バインドを防げるタイプでは無いんだね?≫

≪手元から放つのではなく、プレシア様の周囲に発生させる分には問題無いかと思われます。≫

≪ちなみに根拠は?≫

≪根拠と呼べるほどの物では無いかも知れませんが、プレシア様の眼の動きを見てください。

 リニスさんは大きく動き回っている為、放たれるフォトンランサーの方向は毎回違います。

 プレシア様はその放たれる方向を、一瞬だけ…しかし必ず目で確認しているのです。周りを覆えるのならその必要は無いでしょう?≫

 

…なるほど確かにフォトンランサーが発射される一瞬だけだが、プレシアの視線はリニスから離れてフォトンランサーに向いているように見える。

 

≪へぇ…よく見てるね。≫

≪私もこう見えて必死ですからね。

 リニスさんにも念話で伝えてはありますが、後々の為に今は気付いていない振りをしてもらっているんですよ。≫

≪まぁ、それなら後はやっぱりタイミングだけか…

 局員が来るより先に虚数空間が開かないと良いんだけどねぇ。≫

 

あの防御魔法を張られたまま飛び込まれちゃ、防ぐ手段がバインドくらいしか無い。

でも拘束はそう長い間持たない…クロノが間に合うと良いんだけど。

 

≪…アルフさん、そう言う事をうっかり口にすると…≫

≪え?≫

 

その時、時の庭園が大きく揺れる。

今までだって二人の戦闘の影響で散々揺れていたが、これまでの揺れよりも遥かに大きい!

 

≪…いや、あたしの所為じゃないよね? コレ…≫

≪まぁ、タイミングが合っただけでしょうけどね…≫

 

玉座の間の床が一部崩れ、その隙間からは黒い靄の渦巻く異界…虚数空間が覗いていた。




一期分も終盤です。
大体あと5話くらいで一期分が終わるかなと思います。
その後は空白期の短編…と言ってもヴォルケンズが来たのってPT事件のすぐ後なので、多くても5話くらい? の予定です。


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役者は集う

『位置はそこでオーケーだよ! クロノくんが今向いている方向から9時の方向!』

「了解! 距離は!?」

『およそ14m! 間に魔力反応は無し! 全力で撃っちゃって!』

「了解!」

 

エイミィの案内の元、幾つかの壁をぶち抜いて最短距離を進んできたが…結構な魔力を消耗してしまったな。

だがこの壁を撃ち抜けばいよいよ玉座の間まで直通だ。逸る気持ちを理性で押しとどめ、あくまで冷静にS2Uを構える。

 

≪Blaze…≫

 

そしてブレイズキャノンを放とうとしたその時、時の庭園がこれまで以上に激しく揺れた。

 

「この揺れは…! エイミィ!」

『…うん、局地的だけど…中規模の次元震…次元断層も発生したみたい…!』

「くっ、間に合わなかったか…!」

『大丈夫、まだ最悪の状況じゃないよ!

 周辺の次元世界への影響はあまり大きくないし、リンディ提督も既に向かってる。』

「…そうだな、被害が広がらない内に手早く鎮静化しよう!」

「クロノくん!」

「! なのは!」

 

丁度良いタイミングだ! 俺の魔力だけでは多少の不安もあったが、なのはなら…!

 

「クロノくん、さっきの揺れって…」

「すまないが、詳しくはエイミィから聞いてくれ! 今からプレシアのところへ踏み込む!」

「えぇっ!?」

 

説明はエイミィに任せ、改めてS2Uを構えて魔法を放つ。

 

≪Blaze Cannon!≫

 

さぁ、いよいよ対面だ。プレシア・テスタロッサ!

 

 

 


 

 

 

≪リニス、大変だよ! 虚数空間が…!≫

 

瞬きすら迂闊に出来ない攻防…いえ、正確には防戦一方ですが…

その最中、アルフからの念話で私はもう時間が無い事を知った。

咄嗟にプレシアの顔を見ると、先ほどまで浮かべていた鬼気迫る雰囲気は何処へやら…まるで別れを惜しむかのような悲し気な表情を浮かべていた。

 

「リニス、ここまでよ。」

「何を…」

「貴女も気付いたのでしょう? 既に虚数空間は開いた…後はただ崩壊があるのみよ。」

「…っ、貴女には未練は無いのですか!? フェイトが、アリシアが居るこの世界に思う所が無いのですか!?」

 

魔法が届かない今の私がプレシアに届かせられる物があるとするなら、それは言葉くらいだ。せめてプレシアの心に未練を産む事が出来れば…そんな思いで言葉をひねり出す事しか出来ない。

 

「私がこの世界に何の未練も無いと…本当にそう思っているのかしら?」

「…え?」

 

だからプレシアの言葉に一瞬、全ての思考が飛んでしまった。

大き過ぎたその意識の空白は私に致命的な隙を生み出し…

 

「…あぐっぅ!」

 

プレシアのフォトンバレットをまともに受けてしまった。

腹部に受けた魔力ダメージの重さに思わず膝をつく。初歩的な魔法でこれほどの威力…! ここに来て再び実力の差を痛感する。

 

「私がようやく振り切った思いを散々引っ掻き回しておいて…」

 

先程よりも近くから聞こえる声に、プレシアの接近を気付かされた時には既に首元に杖を突きつけられていた。

 

「よくそんな無責任な口を利けたものね?」

「…だったら、何故方法を探そうとしないのですか…?

 何故、彼の提示する可能性から目を背けるのですか!」

「時間が無いのよ。不確かな生存よりも確実な抹消を取る…それが研究者()の取るべき選択よ。」

「逆です! 安易な死よりも、一縷の生存の可能性に賭ける事こそ子を思う母親(貴女)の取るべき選択です!」

「っ! …減らず口を。」

 

漸く分かりました。プレシア(貴女)は研究者に徹する事でこの世への未練を振り切ったのですね…

ならば尚更死なせる訳には行かない! 母親としてではなく、研究者のまま死ぬなんて…母親(貴女)に憧れた私の心が許さない!

プレシアの一瞬の隙を突き、杖を腕で弾いて距離を取ると今まで使用を控えていた魔法を…

 

「『Thunder …』…なっ!」

「…!」

 

その瞬間、玉座の間に爆音が響く。

私の魔法ではない。爆発は私の左後方から…

振り向いた私の目に映ったのは、待ちに待った最後の条件…

 

「プレシア・テスタロッサ! 管理局法違反の疑いで…ウグゥ!!」

 

時空管理局員の到着だった。…何故か腹部を抑えてうずくまってしまいましたが…。

 

 

 


 

 

 

魔法で拓いた道を駆け抜けると、プレシアがリニスらしき人物と対峙している光景が見えた。プレシアが交戦していた人物はどうやらリニスだったらしい。何故かは不明だが…詳しい事情は後回しだ。

 

「プレシア・テスタロッサ! 管理局法違反の疑いで…ウグゥ!!」

 

向上を述べながら周囲の状況を把握しようとして…嫌なものが見えた。

再び開いた古傷の痛みに思わず呻く。

…くそ、この世はこんなはずじゃない事だらけだ!!

 

「クロノくん、どうしたの!?」

『クロノくんごめん! そう言えば説明するの忘れてた!!』

 

二人の心配する声が…待て。

 

「エイミィ、知っていたのか…?」

『ご、ごめん。教えようとは思っていたんだけれど、その時に丁度小規模な次元震が起きちゃってつい…』

 

…いや、これは仕方ないか。うん。次元震を優先して対処しようと言う思考は管理局員として当然の事だからな。うん。

 

「…次からは、気を付けてくれると助かる。」

『う、うん! 本当にゴメンね!』

「えっと…?」

 

なのはが不思議そうに見つめてくるが、あくまで一般人。内部事情は伏せる他無い。

 

「気にしないでくれ、古傷が疼いただけさ。」

「う…うん…?」

 

既に折れそうな心と身体に活を入れ、可能な限り()()()()を視界に入れない様にプレシアを見据える。

…アイツ、今までにあった事が無い銀髪オッドアイだったよな…成人だったし。…管理局に入ろうとするのかな…いや、考えるな!

 

「プレシア・テスタロッサ! 貴女には違法研究を始めとして、複数の容疑がかけられている。

 …同行して貰おうか!」

「おーい、クr…管理局員さーん!!」

「何でよりにもよってお前がこっちに来るんだッ!!」

「え、俺なんかやっちゃいました!?」

 

折角目を逸らしていたと言うのに! いったい何の用だ!?

 

「…要件は何だ。」

≪あっ、プレシア様の事なんですけど…≫

 

プレシア…()…?

 

≪お前、プレシアの関係者か?≫

≪あ、元執事ッス。≫

≪プレシア・テスタロッサを見逃せと言うなら聞けん頼みだ。≫

≪いえ、そうではなく…確保は任せて欲しいんです。≫

≪何…?≫

 

 

 

聞けばプレシアの計画から目的まで嘘っぱちだったようだ。…嘘を吐いた理由はなんとなく察しが付く。

それもまた娘の為、か…

だがそれはそれとして罪は罪だ。不幸中の幸いか今回の事件では被害がほぼ0にまで食い止められていた為、極刑になるような事は無いだろうが…余罪を含めて考えれば、どの道プレシアの体は釈放までは持つまい。

 

≪それでも良いんだな? 後で判決を聞いて文句を言うんじゃないぞ。≫

≪プレシア様の体を治す当てはあります。…せめて、逮捕は体を治してからって訳には行かないですかね?≫

≪…どれくらいかかる。≫

≪遅くても一ヶ月…偶然が重なれば、今日中にでも。≫

 

…極端だな。いや、なるほど…そう言う事か。

 

≪良いだろう、作戦があるのなら手短に話せ。≫

 

 

 

≪…なるほどな、アースラにはこちらから連絡しておこう。≫

≪あざっす!≫

 

リニスのバインドで拘束した瞬間にアースラへ転移…そのまま時の庭園が虚数空間に沈めば、プレシアの計画は潰える。…なるほど、確かに筋は通っている。

だが、果たしてプレシア程の大魔導士がその弱点に気付いていないものだろうか…?

…まぁ良い、こちらにも大いに利のある話だ。乗っかってやろう。

 

≪エイミィ、そう言う訳だ。いつでも転送できるようにしておけ。≫

≪う、うん…≫

 

プレシアの事を誰より長く見てきた使い魔と転生者のお手並み…見せて貰うとしよう。




クロノくんの胃袋に痛恨の一撃!

あ、クロノくんの『プレシアの体は釈放までは持つまい』と言うのはあくまで
『プレシアの死が近い』と言う意味です。『何十年も出られないような重罪を犯した』と言う意味じゃないです。(重罪が無いとは言っていない)

実際プレシアさんの余罪ってどれくらいあるんでしょうね?

アニメで出てきた分だと確か『違法研究』とか『管理局法違反』とか大雑把な感じだったと思うので、私は『プロジェクトF.A.T.E』と『ジュエルシードをばら撒いた一件』と言う感じで進めているのですが…アリシアに関わる事以外で罪を犯すとは思えないですし…
ヒュードラの一件はアニメではあまり触れてなかったはずですし、小説版の設定流用するしかないのかな…


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切り札

クロノの到着により条件は揃った。後はプレシアを拘束してアースラに転送させ、時の庭園が崩壊するのを待つのみだ。

 

≪リニスさん、条件は揃いました! 私の合図でバインドを!

 クロノさんは拘束と同時に転送をよろしくお願いします!

 アリシアさんとアルフさん、神宮司さんはもしもの時の為に何時でも動けるようにして置いてください!≫

≪解りました。≫

≪了解だ。≫

≪うん。≫

≪はいよ。≫

≪おう。≫

 

もはやプレシアはリニスを見ていない。今はアリシアの身体が入ったカプセルの元にゆっくりと歩いているだけで、こちらを見てもいない。

 

≪リニスさん、先ずはフォトンランサーを撃ち込んでください。≫

≪良いのですか? こちらを見ていない以上、今がチャンスとも取れますが…≫

≪はい。ただし、威力は大魔導士をも一撃で気絶させられる物を詠唱無しで。そして可能であれば視界がある程度確保できる物量でお願いします。≫

≪…何か考えがあるのですね。解りました。≫

 

一見すると隙だらけ…それにプレシアは今までの戦闘で油断している筈だ。…だが、まだ早い。

俺がこの数年間見続けたプレシアなら…まだ本当の意味で隙を晒してはいない。

リニスが静かに構えた杖の先に光が灯り、無数のフォトンスフィアが音も無く生成される。

光弾は無音のままプレシア目掛けて飛翔するが…

 

「無駄よ」

 

プレシアがこちらを振り向くことなく言葉を発したと同時に掻き消された。

 

「いくら音を消そうと、魔力波動を消す事は出来ない。

 以前よりも遥かに魔力量を上げたようだけれど、その分感知しやすいわ。」

「…くっ。」

 

プレシアはそのままカプセルの傍まで歩き、カプセルを一撫でするとこちらを振り返った。

 

「さぁ、分かったでしょう? 貴女達はもう帰りなさい。

 消えなければいけないのは私と、このアリシアの身体よ。貴女達は関係ない。」

 

その顔にはもう狂気も悲しみも無く、ただ全ての希望を捨て去った諦念があるだけだった。

 

「悪いが、そうは行かない。僕は管理局員だ。どのような事情があれ、罪を犯した者を見逃す事は出来ない。」

「…アリシア、貴女達も帰るつもりは無いのかしら?」

「…うん。」

「貴女の今の身体はフェイトの物でもあるのでしょう?

 貴女はフェイトも巻き添えにするつもりなの?」

「そ、それ…は…」

「帰りなさい。…貴女にはここに残らなければならない理由は無いでしょう?」

「…うぅ………っ!」

「アリシア?」

「…」

「アリシア…どうしたんだい?」

 

 

 


 

 

 

「貴女の今の身体はフェイトの物でもあるのでしょう?

 貴女はフェイトも巻き添えにするつもりなの?」

「そ、それ…は…」

 

ママの言葉が心に刺さる。

私は自分の目的の為にここに来た。…自分で望んだ事ではないが、フェイト()の身体で。

私本来の身体であれば悩まなかった。私だけの身体だったら問題無かった。

でもこの身体は本来、フェイトの物。いつか…いや、直ぐにでも返さなければならない許されない借り物。

それを考えると死地(ここ)に残る事を軽々しく決断なんて出来る訳がない。

 

「帰りなさい。…貴女にはここに残らなければならない理由は無いでしょう?」

「…うぅ………<アリシア!>っ!」

 

私にそっくりな、でも私じゃない声が心に響く。考えるまでも無い、私の大切な妹の声だ。

 

<フェイト! 今までどうしてたの!? 大丈夫? なんともない!?>

<うん、私は大丈夫。ゴメン、ずっと夢を見ているような感覚で…アリシアの戦いも頑張りも、ぼんやり見てるだけだった。>

<大丈夫、間に合ったよ! 直ぐに代わろう! フェイトなら…>

<…ゴメン、交代は出来ないみたい。多分、アリシアを元に造られたからかな…アリシアに身体が馴染んじゃってるのかも…>

<そんな…!>

<それよりも、母さんの事だよ! ここで帰るなんて言ったら、許さない!>

<で、でも…フェイトはそれで良いの!? もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?

 私はフェイトみたいに速くは動けないし、魔法だってフェイト程上手く使えないんだよ!?>

<死にたくは無いけど…ここまで来て、我が身可愛さに母さんを見捨てるなんて絶対に嫌だ!

 母さんが泣いていた時に思ったんだ! 助けたいって!

 リニスが助かった時に決めたんだ! 絶対助けるって!>

<フェイト…>

<アリシアに託すよ。私の命も、未来も…でも、この決断だけは譲らない! ここで帰る事だけは許さない!>

 

「アリシア…どうしたんだい?」

「…大丈夫だよ、アルフ。…ママ、やっぱり私は帰らない。ママが一緒に来てくれるまで。」

<本当に良いんだよね、フェイト…?>

<うん、二言は無いよ。>

「…フェイトと話したのね?」

「うん。フェイトも『ここで帰る訳には行かない』って…『アリシアに任せる』って。」

「そう…二人とも頑固な子に育っちゃったのね。」

「頑固なママの娘だもん。私も、フェイトもね。」

 

バルディッシュを握る手に力が入る…大丈夫、私はいつでも飛び出せる。

心を決めたその時、再び時の庭園が揺れ…新たな虚数空間が開いた。場所は…ママの直ぐ後ろ…!?

 

「残念だけど…どうやら、運命は私の味方みたいね。」

 

どうしよう…私の速度じゃブリッツアクションを使っても間に合わないかも…!

 

<落ち着いて、焦ってると魔法は上手く発動しない。制御も安定しなくなる。>

<フェイト…>

<大丈夫、あの執事…もう執事じゃないんだっけ? …元執事も落ち着いてる。まだ想定内って事だよ。>

<…うん。>

 

そうだ、私はフェイトの命も背負ってるんだ。しっかりしないと。

 

「…アリシア、フェイト。ありがとう、最期に貴女達に会えて…アリシアともう一度話せて、本当に嬉しかったわ。

 さようなら…愛しているわ、私の可愛い愛娘達…」

≪今だ! リニス!!≫

 

ママが虚数空間に身を投げる寸前、セバスチャンから叫ぶような念話が飛んできた。

それと同時にリニスが弾かれた様に拘束魔法を組み上げ、即座に発動する。

 

「≪Ring Bind≫!」

 

組み上げたのは基本的な拘束魔法であるリングバインドだ。発動速度と同時発動に優れているとフェイトが授業でも教わっていた記憶がある。…フェイトはあまり使っていないけど。

リングバインドはママの四肢をそれぞれ2つずつ、計8つの光輪で拘束した。予想通り、ママの防御魔法は直接自分の周りで発動する魔法を防げないみたい。

これなら…!

 

「エイミ…」

「無駄よ」

 

クロノが合図を出そうとした瞬間、ママを拘束していた光輪が8つ同時に弾け飛ぶ。

ママの身体を固定していたバインドが無くなった事で、ママの身体は…!

 

「まだです! ≪Chain Bind≫!」

 

リニスはこの段階まで読んでいたみたいだ。リングバインドで稼いだ数秒を使って発動したチェーンバインドの無数の魔力の鎖がママの周囲から生えてきて拘束した。

 

「くっ…! …ハァッ!」

 

一瞬これで決まったと思ったけれど、ママが魔力を放出したとたんにチェーンバインドの拘束が内側から大きく膨らんだ。鎖の軋むような音がチェーンバインドの拘束が長く持たない事を伝えてくる。…ママは魔力の放出で強引に拘束を解く心算なんだ!

 

「エイミィ! 今だ!」

≪アリシアさん、神宮司さん! 今の内に!≫

≪うん!≫

≪おう!≫

 

セバスチャンの声はまだ安心していない。多分ママはあの状況でも抜け出せると言う確信があるんだろう。

 

<アリシア、高速で動くときは魔力の制御を絶対に緩めない様にね。>

<うん、ありがとう。フェイト!>

 

「バルディッシュ!」

≪Blitz Action!≫

 

全速力で飛び出した直後、チェーンバインドが弾け飛ぶのが見えた。

アースラの転送魔法らしき術式が、発動する前に砕かれたのが見えた。

ママの背後、物陰から飛び出した神宮寺が右手を前に突き出し、叫んだのが見えた。

 

「ちょっと服が汚れるが、それぐらい許せよプレシア! ≪王の財宝≫!!」

 

直後、ママの直ぐ後ろの空間が揺らぎ、銀色の玉が無数に飛び出す。

一瞬魔法弾に見えたそれはママの服に触れると『ベショォッ!』と言う音と同時に弾け、ママをほんの少しだけ押し返す。どう言う訳か物理的に干渉できる魔法らしい。

 

「痛ッ!」

 

無数に空間の揺らぎから放たれ続ける謎の玉は、ママの身体を少しの間だけ空中に留めてくれた。その少しの間のおかげで私は…

 

「間に合った!! 痛いッ!」

「あ、悪い…」

 

うぅ、右肩に何か変な感触が残ってる…でも!

 

「あ、アリシア! 離しなさい!」

「絶対に離さないよ! ママ!」

 

ママはちゃんと()()()()()()()()。ママがどんな魔法を使えても、愛娘(フェイト)の腕を攻撃できるはずが無い…ママの愛情と言う隙に付け入るようで心がモヤモヤするけど、後でこれに関しては謝ろう!

 

「離さないと貴女は将来、きっと後悔することになるわ!」

「絶対にしないよ。私もフェイトも! ここでママを離したら、それこそ一生悔やみ続けるから!」

 

私は飛翔魔法の推進方向を変え、クロノの傍に着地するとクロノに告げる。

 

「クロノ! 皆の転送を!」

「あぁ! エイミィ! 今度こそだ!」

 

クロノの合図で私達全員の足元に魔法陣が現れ、転移の光に包まれる。

 

<ありがとう、アリシア。私の我が儘を聞いてくれて。>

<ううん、私こそありがとうだよ。あの時フェイトが背中を押してくれなかったら、私はきっと…>

<それでもだよ。母さんを助けたいってのは、私自身の願いでもあったから…>

 

…うん、これで一件落着かな…私とフェイトの事以外は。




何とかプレシア救出まで書き終えました。
キャラクターの言動(主にプレシア、アリシア、リニス等のご本人勢)に違和感を覚えましたら感想欄等でご指摘いただけると嬉しいです。

以下捕捉

神宮寺が大量に放った銀の玉は勿論、神場お手製のアレ(キャンプの話参照)です。
あの後悪乗りした神場が大量に造り出し、処分の方法が無かった為、結局王の財宝に入れられました。
神宮司はこれ幸いと虚数空間に全部捨てました。
もし虚数空間の果てに辿り着く場所が()()()()()()、そこに全部降り注ぎます。

アリシアの身体はプレシアをリングバインドで固定した段階で虚数空間に落ちてます。


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全てが終わった先で

ちょっと長いです。


転送魔法の光が収まると、俺達は銀髪オッドアイ達に囲まれていた。

 

「良く帰って来たな神宮寺!」

「よくも抜け駆けしてくれたな神宮寺!」

「あぁ、何とか生きて帰れたよ。」

 

そう言いながら遠慮無しにもみくちゃにしてくるこいつらの表情には、暗い感情は見受けられなかった。どうやら言葉とは裏腹に悪感情は向けられていないらしい。

きっとなんやかんや言って心配してくれていたのだろう。

 

「なのはも無事で良かった! 心配してたんだぜ!」

「勿論俺も心配してたぞ!」

「まぁ、一番心配してたのは俺なんだけどな!」

「あ、ありがとう! えっと…皆!」

 

…俺となのはに対する言葉は一応同じ意味で発されたのだと思うのだが…何だろうなこの扱いの違いは。

まぁ、女の子と男友達じゃあこんなもんだろうが。

 

「神宮寺!」

「…神場。」

 

俺を取り囲んでいた奴らがなのはの方に行った後、神場のやつがしたり顔で表れた。

 

「どうやらお前が『産業廃棄物』だの『リサイクルしようの無いゴミ』だの散々言ってくれたあの魔法…役に立ったようだな!」

「俺としては未だにアレを魔法と呼んで良いのか判断に困るが…まぁ、サンキューな。」

 

正直アレに頼る事があるとは思わなかった。どういう経緯で魔法が物質化したのかは不明だが、アレが物質としての側面を持っていたからこそプレシアを少しだけ押し戻せたのだ。そこについては素直に感謝しよう。

 

「へっ…良いって事よ。…ホラよ。」

「お前、コレ…」

「いつか()()役に立つかもしれない…持っておきな。」

 

そう言って神場が俺に握らせたのは、あの忌々しい不気味な謎物質だった…

 

「…要らねぇよ!? 何でまた作り出してんだお前は!?」

「え、見てたぞ? お前あの時持ってたコレ全部使い切っちまってただろ。

 残弾補充…な?」

使()()()()()んじゃなくて()()()()んだよ! 虚数空間に!

 こんなもんの使い時がそう何度も有ってたまるか!」

「えぇ…ま、王の財宝って容量無限だろ。持っとけ持っとけ。」

 

コイツ、軽々しく言ってくれるな…確かに容量に制限は無いっぽいが…

 

 

「お、入れた。」

「…まぁ、手段は多い方が良いからな。」

「…男のツンデレは需要ないぞ?」

「ツンデレじゃねぇよ!?」

 

 

 


 

 

 

転送魔法でたどり着いたのは、アースラの転送ポート…だろうな。初めて来たから確証は無いが。

 

「ここは…時空管理局の船でしょうか。」

「あぁ、先ずは艦長に報告が先だ。 …済まないが、道を空けてくれないか。」

「何処へ行くつもり? クロノ。」

 

突然背後から声をかけられたクロノは慌てて振り向く。

 

「よくやったわねクロノ、お手柄よ。」

 

そこに居たのはリンディ提督だ。どうやら俺達と一緒に転送されてきたらしい。

…もしかして時の庭園に来ていたのか。

 

「…艦長!? 何故…」

「あの後私も時の庭園に出向いたのよ。次元震の影響を抑える為にね。

 もっとも貴方達に追い付く前に、作戦は完了してしまったみたいだけれど…」

 

リンディ提督はそう言うと、今だアリシアに抱き締められるような形で()()されているプレシア様を見る。…このプレシア『様』って言うのも癖になっちゃったな。まぁ、直す必要も無いしこのままで良いか。

 

「…貴女がプレシア・テスタロッサさんね。

 事件の動機についてはエイミィから聞いています。」

「…知っているのなら話は早いわ。まだ間に合う…私を直ぐに時の庭園に転送しなさい。

 貴女も子供を持つ親なら、私の気持ちは解るでしょう!?」

「そうね、私も自分の研究が原因でクロノを兵器のように造られるなんて…絶対に許容できない可能性だわ。」

「だったら早く…」

「でもね、それはこの子達も同じよ。

 貴女が母親だから、家族だから…きっとこの子()があの時、あの死地に残ろうとした理由はそれだけじゃないわ。

 自分や自分の妹を()()()()()()()()研究が原因で母親が死ぬなんて、それこそ許容できないの。」

「…っ!」

 

その言葉を聞いたプレシア様はハッとした様子でアリシアに目を移した。

 

「ママ…」

「…アリシア…フェイト…」

 

互いに見つめ合った事で思いを理解したのか、プレシア様の目から抵抗する意思が消えた事が分かった。

 

「…一緒に探しましょう。貴女達家族がもう一度健康に笑い合える日常を手に入れる方法を。

 例え罪を背負ってしまっても、しっかりと償った後でやり直す事は可能なはずよ。

 少なくとも貴女の罪は償っても償い切れない程ではない…私はそう思うわ。」

「…フ、フフフ…」

「…プレシアさん?」

「良いわ。私の負けよ…好きにしなさい。」

 

そう言ってリンディ提督を見るプレシア様の表情は、まさに憑き物が落ちたような表情だった。あるいは何かを吹っ切ったのかもしれない。

 

「ただし、これだけは誓ってくれる? もし私が病で死んだら、遺体は修復不可能な程に破壊して欲しいの。

 事件の動機を知っているのなら、何故かは言わなくても分かるでしょう?」

「…良いでしょう。」

「っ!? 母さん!?」

 

付け加えられた条件をリンディ提督が飲むと、クロノが信じられない物を見るような目でリンディ提督を見る。

遺体を破壊する行為は、死者の冒涜として見られるばかりではない。実行する者の心も傷付ける上に、それを管理局員に行えと言うのだ。

そんな要求を呑んだ母が信じられないのだろう。

 

「良いのよ、クロノ。彼女の動機を考えれば、これくらいの要求は当然だわ。」

「しかし…!」

「それに、治す当てはあるのでしょう?」

 

そう確認する様なリンディ提督の目が俺に向けられる。クロノに伝えた内容がエイミィを通して伝わっていたのだろう。

 

「はい。方法や時期は誰に頼むかで変わりますが、その内の一人は私も知る人物です。

 その場合は完治に1ヶ月程要しますが、彼に任せれば病で死ぬと言う事はまず無いでしょう。…少々、()()()()()()()()()()()()が。」

 

俺は伝えられるだけの事を伝える。

 

「…君が言うには、最短で今日中にも治せる可能性があると言う事だったが?」

「はい。それはまぁ、この船に乗っている方の中に()()()()()()を持った者が居るかによりますが…」

「それは勿論、医療のスペシャリストと言う意味ではないのだろう?」

「はい。一般的な医療で治る類のものではないでしょう。

 …()()()()()()()()の事です。」

 

今日中にプレシア様を治せる可能性と言うのは、要するにその類の特典を持った転生者がこのアースラに配属されている場合だ。

可能性は高くはないが、もしかしたらと言う程度にはあると思う。次元間航行を行う部隊である以上、遠い次元世界で局員が負傷した場合や現地特有の病に罹る可能性を考慮して優れた船医を乗せていても不思議ではないからだ。

 

「…解った。一人心当たりがある…話を聞いてみよう。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

クロノの言う心当たりが俺の思うそれである事を今は祈ろう。

…違った場合はまぁ、元々当てにしていた()()()を頼ろう。一応予め確認は取ってあるし、快く受けてくれるだろう。

 

「…うん、これで一件落着ね!

 そろそろ移動しましょう、いつまでも転送ポートで長話するものじゃないわ。」

 

リンディ提督のその一言で、この場は解散となった。

…そう言えば周囲を銀髪オッドアイ達に囲まれてたから気にならなかったけど、ここってまだ転送ポートだったな…

 

 

 


 

 

 

「アリシア、もう大丈夫よ。逃げたりなんてしないから放してちょうだい。」

 

ママがそう言って腕に手を添える。

 

「…うん。」

「ありがとう、アリシア。」

 

久しぶりにママに触れる事が出来たので少し心惜しいけれど、いつまでもこうしている訳にも行かないので大人しくママを解放する。

 

「アリシア、ママはこれから管理局の人達とお話があるから…良い子にして待っていてね? また後でお話ししましょう。」

「もう、私はもうママが思ってる程子供じゃないんだよ?」

「ふふ…そうね。じゃあ行ってくるわ。」

 

そう言うとママはリンディ提督と船室に入って行った。きっとこれからの裁判について話すのだろう。

 

<私達の状態も何とかしなきゃだね、フェイト。>

<そうだね…私も流石にこのまま自由に動けないのは嫌かも…>

「…フェイトお嬢様。」

「えっ、アンジュ?」

 

フェイトと心の中で話していると、アンジュに声をかけられた。思い返せば私が生きていた時もこんな風に話しかけられた事は無く、随分と新鮮だ。

 

「こちらへ…」

「ちょっ…アンジュ!?」

 

アンジュは少し…随分強引な感じに手を引いて来ており、私はアースラの船室に連れ込まれてしまう。

 

<フェイト、アンジュに何かしたの!?>

<わ、私には心当たりは無いけど…>

「フェイトお嬢様に心当たりが無いのは当然です。…これは私達の方の問題なので。」

「えっ!?」

 

…今、私とフェイトの会話を聞いたの? この会話は誰かに聞き取れるものじゃないと思ってたけど…

 

「先ずは先にお詫び申し上げます。…フェイト様。」

「…さっきの感じだと、フェイトに対してって事で良いんだよね?」

「はい。」

<えっと…お詫びって何の事? 心当たりが無いんだけれど…>

「って、フェイトも言ってるけど?」

「…そうですね。こちらの話を現地の方に聞かせるのは問題ですが…この場合は致し方ないでしょう。」

 

随分と勿体ぶるなぁ…まるで漫画や小説に出てくる秘密結社みたい…

 

「フェイト様、私は神に仕える天使の一人でございます。」

 

…なんかとんでもない事言いだした…

 

 

 

 

 

 

<…つまりアンジュ達天使は、転生者が転生後に理不尽な不自由を被らない様にサポートしてくれていたんだね?>

 

何度考えても凄い話だ。この世界に天使が百人以上居るなんて…

…神様って結構過保護?

因みにこの会話は誰かに聞かれる事は無い。と言うのも、今話している私達以外の時間が止まっているらしいのだ。

室内に置かれている時計は常に同じ時刻を刺し続けているし、放り投げたクッションは空中で止まってしまった。これも天使の力らしい。

 

「はい。本来は不自由を感じさせる前に対処するのが正しかったのですが、この度はフェイト様の状態に気付いた時には既に遅く…僅かな時間とは言え、自らの意志で動けないと言う不自由を被らせてしまい申し訳ありませんでした。」

<だ、大丈夫だって! 結果的には上手く行ったんだし…それに、天使が介入するのって『転生者同士』の問題でしょ?

 アリシアは転生者じゃないし、仕方ないよ。>

「ありがとうございます。しかし、これはこちらの不手際ですので後々何かしらのご要望があればお申し付けください。天使の領分として許される範囲で()()()()お力添えさせていただきます。」

 

何か本当に凄い事になった。天使の力を一回だけとは言え貸してもらえるって事じゃん。

確かフェイトの前世で似た知識があったはず…詫び石って言うんだっけ?

 

「だって。得したね、フェイト! 詫び石じゃん!」

<アリシア…そう言う言い方は…>

「そうだ! アンジュ、私達の状態を何とかできるロストロギアって無い?」

 

天使ならこの世界について神様の次に詳しいはずだ。それだったら解決の方法だって…

 

「お二方の現状を解決する手段は残念ながらこの世界にはございません。」

「えっ…無いの? 次元世界のどこにも!?」

「はい、転生者に付与される能力に関しましても『魂』と言う物に関わる能力は禁じられておりますので…そちらの方でも解決は不可能でございます。」

 

どうしよう。神様の次にこの世界に詳しい人に否定されちゃったら…

 

<って事は、アンジュがこの状態を何とかしてくれるんだよね…?>

「はい、その為にこの度は少々強引な手段を取らさせていただきました。」

「なんだ…そう言う事なら早く言ってよ。凄い焦っちゃったじゃない。」

「申し訳ございません。」

 

なんだ、この場で解決できるんじゃない。…それもそうか。天使が直接会いに来たんだから、問題の解決に出向いたって方が自然だもんね。

色々あったから頭が回らなかったや。

 

<…因みになんだけど、何とかするって具体的にどうするの?>

「はい、現状フェイトお嬢様の魂と融合しかかっているアリシアお嬢様の魂を…()()させていただきます。」

「…え?」

 

アンジュが告げた言葉に、回らなかった頭が更に真っ白になった。

 

<…回収?>

「はい、回収して輪廻の輪に戻す…分かりやすく言うと成仏…でしょうか。」

<待って! 成仏って、じゃあアリシアとはもう…>

「…本来、死した者の魂は遅かれ早かれ未練を断ち成仏するものです。

 今回の事は本当に想定外が連続して起こったイレギュラーなのですよ。」

<だからって…!>

 

アンジュの言葉で思い出した。そう言えば私は幽霊だった。

この数ヶ月間フェイトの中から見てきた景色はどれも新鮮で、この数時間フェイトの身体での体験は生前のそれよりも刺激的だったから忘れてしまっていた。

…私は死者だった。

 

「うん…解った!」

<アリシア!?>

「フェイト、分かるでしょ? アンジュの言う通り今の状態がおかしいんだよ。

 死んじゃった私が20年以上現世に留まって…その後に妹の身体で動いてるなんてさ。」

<でもアリシアは良いの!? 母さんが言ってたじゃない! 後で話そうって!>

「っ!」

 

『アリシア、ママはこれから管理局の人達とお話があるから…良い子にして待っていてね? また後でお話ししましょう。』

 

…フェイトのバカ! 思い出しちゃったじゃない! せっかく忘れようとしてたのに!

 

「あはは…私、ちょっと悪い子だったみたい。

 ママに嘘吐いちゃった。」

<アリシアっ!>

 

ダメだ、このまま話してたらきっと自分で決められなくなる。

私はもう20年以上幽霊で過ごしてる。生きてたらもう既に大人なんだ。自分の事は自分で決めるんだ。

 

「…うん、良いよ。アンジュ、やっちゃって。」

<アリシアッ!>

「私がこう言うのもおかしいとは思いますが…本当によろしいのですね?

 最期に母と話すくらいの時間は取れますが…」

「うん…さっきアンジュも言ってたでしょ?

 『死んだ人は未練を断ち切って成仏するんだ』って。

 ママと話したら…きっとまた未練が出来ちゃうよ。」

「…分かりました。」

 

自分で言ってて気づいた。…私、今、あの時のママと同じ事言ってるんだ。

…本当にママに似て育っちゃったんだなぁ、私。…フェイトもそうなのかな?

 

<アンジュ!? 待って! 私はこのままでも良いから…>

「申し訳ありませんが、そう言う訳には行きません。

 転生者に不自由を被らせないと言うのは、我々の義務ですから…」

<アンジュ!!>

「…()()()()()()()、フェイトお嬢様。」

<…アンジュ…?>

 

アンジュがフェイトにそう告げるとフェイトが静かになった。

…怒らせちゃったのかな。…ゴメンね、フェイト。

 

「…アリシアお嬢様。伝言等あれば…」

「…うん。

 フェイト、私が居なくなっても泣かないでね!

 後、ママとアルフとリニスに『大好きだ』って伝えてね!

 それと神宮寺に『ありがとう』って言っておいて!

 …大好きだよ、フェイト!」

 

うん、伝えたい事はこれくらいかな。

普通死んだ後に大好きって伝えられる事も、ありがとうって言えるような友達も出来ないよ。

…うん、私は幸せだった。

 

<アリシア…>

「…よろしいですね。では」

<! アンジュ! 『要望』! 今使うから待って!>

「フェイト!? でも…」

<アリシアの魂を私の中に残して、今まで通りに二人で話せて、私も動けて、それでアリシアも動ける感じに出来ない!?>

「…二重人格の様な感じでよろしいでしょうか?」

「フェイト、待って!」

<待たない! それで良い! 出来る!?>

「…神に確認が取れました。許可が出ましたので、ご要望とあれば。」

<うん! やって!>

「フェイト、ちょっ…」

「了解いたしました。」

 

再三の私の制止も聞かず、フェイトは要望を使ってしまった。

…やっぱり親子って似るんだなぁ。ママもフェイトも頑固者だ。

 

 

 

 

 

 

「では、私はこれにて…」

 

事が済んだらアンジュはそそくさと部屋を出て行ってしまった。

…こう言う所はホント変わらないなぁ。無駄が無いって言うか機械的って言うか。

クッションが地面に落ち、ポスッと小さな音を立てる。時間も正常に動き出したらしい。

 

「…アリシア、居る?」

<…居るけど…>

 

フェイトの問いかけに渋々答える。

 

「良かった…もう、あんな勝手な事は許さないからね。」

<………うん。>

「何、文句あるの?」

 

文句…と言う訳ではないけど、色々言いたい事はある。

本当に今要望を使っても良かったのか、後々にもっと必要になる場面が有ったんじゃないのか。

使っても良かったなら良かったで何で恥ずかしい遺言を言う前に思いついてくれなかったのか。

…本当に色々言いたい事はあるけれど、今一番言いたい事は…

 

<いや…どうせなら新しく私の身体を作って貰えば良かったんじゃないかな? って…>

 

やっぱりこれだよね。

 

「…」

<…>

「…何でもっと早くに言ってくれなかったの!?」

<言おうとしたよ! でもフェイトが止まらなかったんじゃん!>

「ぅあぁぁあぁ…」

 

フェイトが顔を両手で覆いながらその場にしゃがみ込む。

後悔している訳ではなく、単純にその発想が出来なかった事が恥ずかしいのだろう。

本当に私とフェイトは似ている。焦ると視野が狭くなったり、『こう』と決めると止まらなかったり。

…まぁ、それでも

 

<…まぁ、この状態も私は結構気に入ってるし、フェイトが良いんだったら私は良いよ。…ありがとね。>

「…ぅん。」

 

こうして私達の問題も無事に解決し、PT事件と呼ばれる事になるこの一件は物語に描かれたよりも幸福な結末を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございません、一つ申しそびれておりました。」

「ひゃうっ!?」

 

扉を開けてアンジュが戻って来た。あっ、時間もまた止まってる!

 

「魂を分ける際に魂と密接に関係があるリンカーコアも増やしてあります。所謂必要な処置と言う事で。

 それぞれ対応するリンカーコアがありますので、ここで慣らして行きますか?

 特にアリシアお嬢様は随分感覚が変わるかと思われますが。」

 

えっ…




この後滅茶苦茶練習した。

リンカーコアが魂と密接に関係すると言うのは捏造設定です。
個人で色が違い、心臓のような臓器とは違い物理的に体内に存在する訳ではない為、これでもおかしくはないかなと。
(本音はこのままだとなのはさんに置いて行かれそうなフェイトさんの強化の為)

アリシアのリンカーコアの魔力は青色(水色?)です。変換資質は持たずフェイトさんよりも出力は弱いですが、一時的に融合していた影響でフェイトさんよりちょっと弱い程度です。(要するに鍛えれば超一流の魔導士になれる)

因みに今回アンジュが使用した時間停止を始めとする強力な能力は『緊急時』に『必要と判断した天使』が『神様にオーダー』する事で『一時的に』使用可能となる能力です。
DIO様のザ・ワールドとは違い、時間制限や使用間隔の制限はありません。
更に任意の対象を動けるようにしたりも出来る万能能力です。チートですね。



後もう一つだけどうでも良い情報を一つ。

セバスチャンは緊張すると「はい」を良く言っちゃうタイプの人です。


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大団円

久しぶりのなのはさん視点。
最近影が薄いけどユーノ君も一緒にいます。(人間形態で)


「あ! なのはちゃん! 皆も、おかえり!」

「エイミィさん! …ただいま!」

 

ブリッジに戻るとエイミィさんが迎え入れてくれた。周りのオペレーター達も事件の慌ただしさから解放され、リラックスモードで労ってくれる。

 

「クロノくんは?」

「あ…確か、プレシアさんの病気の治療の事で心当たりがあるって言ってました。」

「ふーん…? と言うと、アイツの所か…」

「アイツ…?」

「うん。なのはちゃんもあった事あるはずだよ? ジュエルシードの宿主になっちゃってた女の子の診察を公園でしてた人。」

 

そう言われて思い出した。確かにあの銀髪オッドアイは、気絶した女の子に軽く手を翳しただけで診察を済ませてしまった。その際に手が光っていたから、きっと何らかの特典を貰っていたのだろう。

 

「あ、あの人…」

「うん。手を翳しただけで患者の状態を把握出来て、魔力操作だけで傷も病気も治せるレアスキルを持ってるんだ。治せる症状には限界もあるらしいんだけど…今のところ私達は限界を見た事は無いね。」

「凄い…」

 

なんて…なんて素晴らしい特典だろう…! 転生の際、自分の欲しい能力が手に入る機会を『医療』に使った転生者が居たなんて…!

それに何が特に素晴らしいって…(なのは)はこの先リンカーコアを蒐集されたり、長いリハビリが必要になるような重症を負ったりする可能性があるのだ。その際の苦痛やもどかしさが大分軽減される事が既に保証された…! されてしまったのだ!

 

「まぁ、凄い人なのは間違いないんだけどねー…」

「?」

「…いや、なのはちゃんは気にしなくて大丈夫! でももし管理局に入ったら怪我には気を付けてね!」

「は、はぁ…?」

 

そう言ってエイミィは慌てたように何処かへ行ってしまった。

何だろう…何かエイミィから苦手意識の様な物を感じる。…主に医療の特典持ちの転生者に対して。

 

「へぇ~…管理局にはそんなレアスキル持ってる奴も居るんだねぇ…」

「その人のレアスキルなら、母さんを助けられるかな?」

「あ、アルフさん! …フェイトちゃん…だよね?」

「うん、今は私だよ。」

 

アリシアとフェイトの状態に関しては時の庭園でエイミィから聞いた。何と言うか…俺が撃ちたいが為に撃ったスターライトブレイカーが原因で大変な事に…

 

「その、ゴメンね…私がスターライトブレイカーを撃っちゃった所為で…」

「ううん、全力でやる決闘だから。それに、なのはの魔法のおかげで私の中にアリシアが………姉さんが居た事に気付けたんだ。

 …ありがとう。」

「う…ど、どういたしまして…?」

 

言えない…撃ってみたかったから撃ちましたなんて、絶対に言えない。

 

「…フェイト、もしかしてまた話してたのかい?」

「うん…『姉さんって呼んで!』って…」

「アッハッハ、なるほどね!」

「アルフさん?」

「あぁ、ゴメンゴメン…説明が先だったね。」

 

アルフが言うには時の庭園から帰ってきた後のフェイトは、自分の中に居るアリシアと自由に話せるようになったらしい。先ほどフェイトが『アリシア』を『姉さん』と言い直したのも、アリシアがそう呼ぶように言ったからとの事だ。

 

「最初は喧嘩とかしないか心配だったけど、案外仲良くやってるみたいだよ。」

「そうなんだ…フェイトちゃん、私はアリシアちゃんの事何て呼べば良いかな?」

「あ、ちょっと待ってね………()の事は普通に『アリシアちゃん』って呼んでくれて良いよ!

 フェイトの姉とは言っても、実質双子みたいなものだもん。同い年、同い年!」

「えっ、アリシアちゃん!?」

 

急に雰囲気が変わったからびっくりしてしまった。

詳しく聞いてみると、フェイトが交代しようと思えば交代は自由にできるらしい。後は、フェイトの意識が無い時なら動けるかもしれないとか…

 

「…と言っても基本的にフェイトの身体だし、私は偶に表に出られたら今のところは満足かな。」

「まぁアリシアはこう言ってるけど、寧ろフェイトの方がちょっと乗り気でねぇ。

 アリシアが思っている以上に表に出る機会はあると思うよ。」

「フェイトちゃんが?」

「あぁ、アリシアも折角だから色んな楽しみを見つけて欲しいってね。プレシアの奴も色々話したい事だってあるだろうし…」

 

おぉ…アルフがプレシアを案じるような言葉を…俺の知らないところで本当に色々な変化が起こっていたんだな。

そんな会話をしていると、アリシアが思い出したように声を上げた。

 

「あっ! そうだ! そろそろママもリンディさんとの話終わったかも!」

「ん? あぁ、もうこんな時間かい。…行ってきな、アリシア。」

「え、アルフは?」

「あたしは遠慮しとくよ。折角の機会なんだ。親子3人水入らず…ね?」

「…うん、ありがとう! アルフ!」

 

そう言うとアリシアは走って行ってしまった。色々と聞いてみたい事もあったけど…まぁ、久しぶりの家族団欒を邪魔するなど無粋以外の何物でもない。いつになるか分からないが、また今度の機会にしておこう。

 

「…この後、プレシアは裁判が待ってる。

 何にも縛られず話せる機会ってのは、次は当分先かもしれないからね。」

「アルフさん…」

 

そうだ、フェイトはともかくプレシアは今回の事件の主犯。無罪放免と言う訳にも行かない。

次に家族が揃うのはいつになるのだろう。そう考えると少し寂しい気持ちになってしまうが、きっといつかは元の家族に…いや、アルフとフェイトを加えた新しい家族になれる。なんとなくそう確信できた。

 

「…あぁ、なのは。ここに居たのか。」

「クロノくん? お医者さんは?」

「あぁ、話はついたよ。直ぐにでも診察は出来るとの事だったが…あの親子の会話を邪魔するのは流石にね。

 今はプレシアの症状も落ち着いているようだし、しばらくしたら機会を見て診察してもらうさ。…それに、君にも話があったから探していたんだ。」

 

クロノからの話…一体なんだろう。

 

「今回の事件は君達の協力のおかげで比較的スムーズに解決できた。先ずは礼を言わせて貰おう。感謝する。」

「あ…その、どういたしまして?」

「実は今回の件で君達を表彰する式を、このアースラ内で執り行う事になった。話と言うのはその日程についてだ。

 僕の口から全員に伝えても良いんだが…何分、数が多い。君の口から彼らに伝えてくれないか?」

「う、うん。」

「ありがとう。日程についてだが…」

 

クロノから詳しい日程を聞き、段取りについても軽く説明を受けた後…

 

「…と、こんなものか。…それと、そのスクライアの少年についてだが…」

「ユーノ君?」

「今回の事件に於いて彼は重要な参考人だ。ジュエルシードの発掘に始まり、地球にジュエルシードがばら撒かれた際の詳細は裁判でも重要な争点になる。

 彼には既に伝えてあるが、この事件の後は我々と一緒に来て貰う事になっている。」

「…そうなの? ユーノ君。」

「うん、中々言い出せる機会が無くて…ゴメンね、なのは。」

 

まぁ、当然解っていた事ではあるのだが…いざその時を迎えてみると寂しくなるな。

 

「ユーノとフェイト、アリシア、アルフ…別れの前に、仲の良い相手と話す機会は作っておくと良い。

 …簡単な物であれば、土産くらいは許可しよう。」

 

最後にそう締めくくると、クロノは直ぐに何処かへ歩いて行ってしまった。

 

「…」

 

事件が解決した事は当然喜ばしい事だ。だが、それは同時に別れのきっかけにもなる。

原作では闇の書事件の時に再会できたが…原作通りに進まないこの世界では、もしかしたら次に会う機会が無い事も十分考えられるのだ。

 

「…まぁ、なんだ。あたしはあんた達と会えて良かったって思うよ。あんた達のおかげでフェイトもアリシアもなんだかんだで救われた。…本当に感謝してる。」

「アルフさん…

 はい、私も皆と会えて本当に良かったです。大変な事もいっぱいあったけど、最後には皆友達に…うん、友達になれたと思うから。」

 

…一瞬言いよどんだのは、フェイトとの関係が何となく『友達』と言うよりは『ライバル』に近いと感じたからだ。

仲良くはなれたと思う。互いに敵意を向ける事ももう無いと思う。でも友達と言う言葉では何か足りない気がするのだ。

 

「…うん、あの二人もその言葉を聞いたらきっと喜ぶよ。」

「はい! …そうだ、私皆に伝言しないと!」

 

いかんいかん、正直伝言の事を忘れる所だった。

 

「じゃあ、あたしはリニスでも探すよ。…あんたも、今はユーノとの時間を大切にしな。」

「あ、はい!」

 

ユーノとの時間か…ユーノは念話とは言え俺が自分を偽らずに話す事が出来る数少ないパートナーだ。直接俺と銀髪オッドアイの間に入って、原作知識を持っていないと出せない意見を俺の代わりに出したりもしてくれていた。

…そんな相棒がもう直ぐ離れて行ってしまう。俺は残りの時間、何を話そう。ユーノが居ない間、どうやって過ごそう。

 

最初から解っていたはずなのに、答えは出せそうになかった。

 

 

 




この小説だとなのはとフェイトの関係はライバルと言った方が近い感じです。
(友達<ライバルと言う少年漫画タイプのライバル)

エイミィさんが医療能力持ちの人に微妙に苦手意識が有る理由は、
能力の都合上、診察した時点で患者の『体重』『体脂肪率』等の『乙女トップシークレット』が筒抜けになるからです。
エイミィさんが知っている理由は、以前ちょっと手首を捻挫した時に診察を受け、「…最近運動してますか?」と聞かれて察しました。それ以来彼女は常に『パーフェクト・ボディ』を心がけてます。

次回は一気に別れの日まで飛ばします。
その間の会話は1期~A's間の短編で書いたり、A's編で描写したりですかね…
(このままだとまた話数だけがずるずると増えてしまうので…)


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そして日常へ

超難産!

盛大に遅れてしまい、申し訳ありません!


時の庭園での決着がついてから数日が経過した。

その間俺を含めた転生者達は、地球を離れる皆との思い出作りに色々な事をした。

話をしたり、ゲームをしたり、フェイトにリベンジを申し込んだ転生者も何人かいた。…全員漏れなく返り討ちにあっていたが。

一番迫っていたのは神場だった。対象を指定する広範囲のバインドと言う新魔法はフェイトの動きを確かに捉える事が出来たのだが、直後にアリシアに切り替わった途端に振り払われてそのまま倒されてしまった。どうやら魔力波動で対象を選んでいたらしい。

神場は「そんなんチートやん!?」と言っていたが、それを言うならお互い様だと思う。

 

本当に色々楽しい時間だったが、そう言う時間は得てして早々に過ぎ去ってしまう物。…今日は皆との別れの日だ。

 

 

 

待ち合わせは海鳴臨海公園。幾度と無く待ち合わせに使われ、時に決戦の舞台にもなったこの公園はもうある種のパワースポットなんじゃないかと思う。

 

「本当に行っちまうんだな…神宮寺。」

「あぁ…前にも言ったように例の変化によって一悶着起きるかもしれないしな。

 それに、純粋に向こうの生活にも興味はある。」

 

俺にとって何より衝撃的だったのは、神宮寺も向こうについて行くと言った時だ。聞けば温泉旅館に行った時には決めていたらしい。

プレシアの生存によってフェイトの未来が変わるかもしれないからだと、ユーノから教えてもらった。学校への手続きはもう済んでいるらしく、表向きには海外への転校と言うことになるらしい。

 

「…案外寂しいもんだな。幾つになってもこういうのは。」

「お前が管理局に入った時にまた会えるさ。多分その時は俺が上司になってるがな。」

「神宮寺…皆で話したんだけどよ、お前の王の財宝に俺達の魔法存分に詰めて持って行ってくれよ。…そうすりゃ俺達は向こうでも一緒に戦えるだろ?」

「神場…へへ、ありがとよ。」

 

神宮寺はそう言って空間の揺らぎを作り出し、皆がそれぞれの魔法を放つ。

相変わらずの銀一色だが、魔力刃ばかりだった以前とは違い砲撃魔法や属性が付与された物、オリジナルの魔法…そして『謎の銀色の玉』まで様々だ。

 

「おい、神場! それはもう要らねぇって何度も言っただろうが!?」

「バッカお前、代替の効かない物程『あの時貰っておけば良かった』って後悔するんだよ!」

 

 

 

「皆は相変わらずだね。…最後の数日間、一緒に過ごして皆そんなに悪い人じゃないって思えたよ。やっぱり直接話さないと分からないものだね。」

「…うん、そうだね。私もそう思うよ。」

 

こんな時までいつも通りにバカ騒ぎをしている奴らをよそに、俺もフェイトと別れ前の最後の会話をしていた。

 

「なのはは皆のところに行かなくて良いの?」

「うん…神宮寺君とはちょっと前に話したの。その時に私も魔法をプレゼント…やっぱり考える事は皆一緒だったみたいだね。」

 

どちらからともなく、二人揃って海を眺める。

ジュエルシードの捜索中、待ち合わせの際にはよく海を眺めて待ったものだ。

 

「…こうして海を見ていると、なのはとの決闘を思い出すよ。」

「フェイトちゃんも? …うん、私もちょうどそう思ってたんだ。」

 

こうして二人で海を見ていると、あの決闘を思い出す。

数日前…俺とフェイトは、今眺めている海の上で戦ったんだ。正真正銘、お互いに出せる全力を出して。

最後の一瞬、どっちが勝ってもおかしくなかった。例えば今もう一度戦ったとして、もう一度俺が勝てるかは分からない。

フェイトはあれからまた強くなっているのだから。

 

「…なのは。」

「…何?」

「最後の戦い、負けた事は悔しいけれど…それ以上に、私は楽しかった。

 自分の出せる全部を出せて、なのはの出せる全部を見せて貰った。…スターライトブレイカーは、正直怖かったけどね。」

「あ、あはは…

 …うん、私も楽しかったよ。

 フェイトちゃんが次にどんな魔法を使うのか分からなくて…一瞬も気が抜けない戦いだった。

 でもその一瞬一瞬毎にだんだんフェイトちゃんの事が分かっていって…それが凄く嬉しかった。

 …スターライトブレイカーの事は、ごめんなさい。」

「い、良いよ!? 気にしてる訳じゃないから!

 何度も言ったけど、なのはのおかげで姉さんと会えたんだから。」

「…うん、じゃあ私ももう気にしないようにするね。」

「うん。…」

「…また勝負したい?」

「…そうだね。やっぱり、負けっぱなしは嫌かな。」

「だったら…」

「でも、今は我慢するよ。

 裁判に向けてやる事がいっぱいだからね。」

「フェイトちゃん…」

「…その代わり、色々終わったらきっとまた勝負しよう。

 今度は私と姉さんのタッグマッチ。きっと今よりも、もっともっと強くなるから。」

「うん! 私ももっと強くなるよ…()()()()ね。」

「…うん、楽しみにしてる。」

 

フェイトと次に会えるのはいつになるのだろうか。…闇の書事件が起きたとしても裁判の状況や管理局のやり方次第では地球で再会できるとは限らない。フェイトだってわかっているはずなのにまた勝負しようと言ってくれるのは、やっぱり優しさなんだろう。

 

「あ…そうだ、フェイトちゃん。はい、コレ。」

「紙袋…? これって…」

「うん、翠屋のシュークリーム! お母さん達にフェイトちゃんの事を話したら持って行ってあげてって!

 プレシアさんやクロノ君達の分もちゃんと入ってるから!」

「なのは…ありがとう。

 私も何かお返ししたいけど、ゴメンね…今は何も…」

「だ、大丈夫だよ! 何かが欲しくて渡すんじゃないんだもん!」

 

こう言うのはリターンを期待してする事じゃない。

強いて何かを望むとしたら、ここであった事を忘れないで欲しいというくらいだろう。

 

≪…なのは、私にできる事一つだけあるけど…≫

≪え?≫

≪…リボンの交換、する…?≫

≪うっ…≫

 

…フェイトには俺が転生者である事は話してある。俺がなのはのRPをする事になった顛末も含めて全てだ。

だが、フェイトはそもそもこう言う『原作』を意識した行動を取る事にあまりいい感情を抱いていなかった。

つまり、今フェイトは俺にこう言っているのだ。「お返しに『なのはRP』に付き合おうか?」と…

 

≪…いや、大丈夫だ。友達に送るプレゼントにリターンを求めるなんてナンセンスだろ。≫

≪本当に? 皆は何か期待してるみたいだけど…≫

≪ああ、大丈夫。フェイトも言ってくれただろ?

 『高町なのは』が『高町なのは』であり続ける必要は無いって。

 『高町なのは』と違う経験を積んで、俺は俺なりの『なのは』になるよ。≫

≪…ふふ、そっか。≫

「…ありがとう、なのは。」

「ううん、どういたしまして。」

 

…そして別れの時がやってきた。

目の前に並んでいるのはフェイト(アリシア)、アルフ、リニス、プレシア、ユーノ…そして神宮寺。

原作よりも随分増えたものだが、その増えた人数の大半は誰かの努力によって助けられた者達だ。

こうして誰かが救われる度に未来は変化して行く。それが純粋に良い方向へ近づいて行くのか、それとも災いを呼び寄せるのか…今もその不安はあるし、きっとこれからも長い付き合いになるだろう。

だとしても…

 

「…皆、ありがとう。

 皆のおかげで母さんを助ける事が出来たし、姉さんにも会えた。…本当に感謝してる。

 …もちろん、()もね! ありがとう!」

「フェイトが随分賑やかな事になっちゃったけど、こう言うのも悪くないねぇ。

 …フェイトとアリシアが今もこうして笑えてるのはあんた達のおかげさ。…ありがとよ。」

「皆様にはフェイトがお世話になりました。私も貴方方に最大限の感謝を…

 …いつか、私の現主にもこうしてお礼を言いたいものですね。」

「貴方達には感謝の思いでいっぱいよ。

 まさかフェイトばかりか事件の主犯である私まで助けて貰えるなんて思わなかったわ…

 いつか私が罪を償い終えたら、その時は何でも言ってちょうだい? 出来る限り力になるわ。」

 

こうして誰かが新しい幸せを手にしていくのを見られるのなら、未来を変える恐怖とも戦える。

それにこうも思うのだ。

いつか未来を変えて行った先に絶望が待ち受けていたとしても、今のように新たに芽吹いた希望の力がそれを打ち破る助けになってくれるんじゃないかと。

 

「…なのは、皆。本当にありがとう。

 皆のおかげで大きな被害が出る前にジュエルシードを回収できて、僕もスクライアとしての使命を果たせるよ。」

≪特になのは。…最初の()()()、貴方が来てくれて助かったわ。

 もしあのままだったら今頃私は何処かに閉じ込められていたかもしれない。ありがとう。≫

≪こちらこそ、ユーノにはたくさん助けられたよ。

 ユーノとこうして念話してる時は俺は俺で居られた。…本当にありがとうな。≫

「じゃあな、お前ら。 俺は先に管理局で頑張るからよ、お前らも()()()()()ぞ。」

 

そして、

 

『…別れの挨拶は済んだだろうか。

 今回の事件、君達には大いに助けられた。

 僕も執務官として、一人の魔導士として礼を言わせてもらおう。ありがとう。』

 

事件は解決し…

 

『そして、クロノ・ハラオウンと言う一人の人間として言わせてもらおう。

 君達のマナーの悪さには目に余るものがある。君達が管理局に入ったあかつきには徹底的に扱いて貰うから覚悟しておけ!』

「ちょ、おまっ…」

『クロノ君…』

 

 

 

『…ではこれにて失礼する。いつか君達が管理局を志した時、また会おう。』

 

 

 

…日常が帰ってきた。

 




第1部、完!

そして神宮寺君は管理局へ…
ほかの転生者にも活躍させてあげたいので強キャラには一時離脱して貰おう…!
因みに他の銀髪オッドアイがついて行かない理由ですが、そもそも温泉旅館に行った6名以外はスカウトの話を知りません。
6名の内2名は親がおり、相談の結果義務教育が済むまでは地球に残る事になりました。
残り4名…神宮寺を除く3名は闇の書事件が終わるまでは残るようにしたという感じです。

なのはがフェイトにカミングアウトした件は短編で書こうと思います。
と言うのも本編に入れようとしたところこの回の文章が倍近く伸びた上に時間が飛びまくってしまい、今よりも更に読みにくくなってしまったのです。

と言う訳で、A's編までの間に1話完結の短編をいくつか書きます。
書く事が決まっているのは、
「なのは、カミングアウト」
「セバスチャンの秘密」
「はやてさんとヴォルケンリッター」
の3本です。
文章量が短く出来ればもしかしたら上2つは纏めるかも? そして3つ目は分割するかも?
後、そろそろ忘れられそうな『予言』関係の事もちょろっと書く予定です。



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一期~A's編の空白期
短編その1


短編なら直ぐに書き終わる…そう思っていた時期が私にもありました。(慢心)

一期分が完結したので章を分けてみました。
以前に書いた文章、今と明らかに書き方が違う…ちまちま直して行こうかなぁ…


海鳴市の公園。

俺の目線の先には三脚に取り付けられた録画中のビデオカメラと、そのすぐ後ろのベンチに座りこちらを見守るアリサとすずかが居た。

 

「えっと…フェイトちゃん、アリシアちゃん。お元気ですか?

 私は元気です。」

 

…なんだこの小学生の手紙の一文目みたいな出だしは。

俺はアリサに頼んでビデオカメラの録画をし直してもらい、もう一度最初から話し出す。

 

「フェイトちゃん、アリシアちゃん…えっと、お元気ですか?」

 

くそ、もっと頑張れよ俺の語彙力!

…駄目だ、このままだとさっきのと変わらない。えっと…

 

「私、は…元気…です…」

「カット」

 

アリサ監督から問答無用のカットが入る。理由はもちろんお分かりですね!

 

「…ゴメンね、アリサちゃん。」

「いや、何に謝ってるのかは知らないけど…とにかく、一度落ち着きなさい。

 先に話す内容を固めましょ?」

「私達も一緒に考えるから…ね?」

「うん…」

 

話したい事はある程度決まっているのだ。あの後プレシアさんの調子はどうかとか、俺は今も皆と魔法を鍛えているとか、また会える日を楽しみにしているとか…

ただ、どうしてもそこに行きつくまでが小学生の手紙の一行目になってしまう。

実際今の俺は小学生だし最悪の場合そのまま送っても問題無いかも知れないが、いかんせん()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

ここは一つビデオメールもピシッと決めておきたいじゃないか…

 

…いや、別に正体を話した事を後悔なんてしてない。こんな事であの時の覚悟を撤回してたまるか!

 

 


 

 

「確か、この部屋だよね…」

 

時の庭園から地球へ戻る途中のアースラ。とある部屋の前で俺はゆっくりの深呼吸をすると、コンコンとドアをノックした。

 

「…はい。」

「あ、フェイトちゃん? 私、なのはだけど…今話せる?」

「なのは? …うん、今開ける。」

 

先程クロノから教えて貰ったのだが、診察の結果プレシアの病は治せるとの事だった。

ただしこの船の設備では不十分らしく、管理局の本部に戻ってから本格的な治療を開始するらしい。

今はプレシアも大事を取って安静にしているので、フェイト達と話すなら今の内だと教えてくれたのだ。

 

「お邪魔します。」

「うん…いらっしゃい?」

 

フェイトに割り当てられた部屋は見るからに一人用と言った感じで、必要最小限の物のみが置かれたこじんまりとした一室だった。

 

「フェイトちゃん、プレシアさんの病気治せそうなんだって? 良かったね!」

「うん。でも管理局の本部までは絶対安静だって。

 …次元魔法を使った反動が思ってたよりも大きかったみたい。」

「そうなんだ…」

「あ、でも安静にしていれば命に別状はないって。」

「そうなの? 良かった…

 …それで、ここに来た理由なんだけど…今の内に話したい事があって。」

「私に?」

「うん…秘密の話だから念話で…良い?」

「うん。」

 

俺がこの部屋に来た理由…もちろん、俺の正体を話す為だ。

真実を話すかどうかは迷った。フェイトが転生者である事は多分間違って無いと思う。

戦い方が違う、雰囲気が違う、時々口調も違っていたらしい。…でも万が一と言う可能性はいつだってついて回るものだ。

 

真実を話したらフェイトは俺をどう思うだろうか。もしもフェイトがなのはに会う為に転生して来ていたら…いや、そもそも別の転生者の影響で戦い方や口調が変わっただけで、実はフェイト本人だったら…

嫌うだろうか? 蔑むだろうか? 変な奴と思われるだろうか? それとも…

…いや、もうここまで来て後には退けない。秘密の話をすると、既に言ってしまった。

 

 

…ええい、ままよ!

 

≪実は………俺も転生者なんだ。≫

≪うん。≫

 

 

…いや、それだけ? 俺結構伝えるのに覚悟要ったんだけど…

 

≪えっと…はい。高町なのは、転生者です…≫

≪? …ああ! うん、フェイト・テスタロッサ。転生者です。≫

 

違う、そうじゃない。いや、そうじゃない事も無いんだけどそこは本題じゃない。

…えっ、反応軽くない? え、バレてた? 嘘、もしかして割と皆にバレてた?

 

≪…もしかして、バレてた? 俺のRP(ロールプレイ)に変なところがあったなら聞かせてほしいんだけど…≫

≪ううん、今初めて知ったよ。…て言うか、RPしてたの? ずっと?≫

≪えっ? うん、実は…≫

 

…俺はとりあえず全部話した。どうしてなのはRPをしようと思ったのか。ユーノが転生者だとバレたときにどうなったか。…その経験から絶対に正体がバレない様にしようと決意した事も。

 

≪…そう、そんな事があったんだ。≫

≪うん。だから色々バレない様に頑張ってたんだけど…≫

≪…最初の頃の私と似てるね。≫

≪えっ?≫

≪私もね、最初はなのはと同じように『フェイトらしく』生きようと思ってたんだ。

 私の場合は母さんにバレたら何をされるか分からなかったからなんだけどね…≫

 

だけど…と続けてフェイトは語りだす。リニスと最期の別れになると思った時に、初めて自分の秘密を打ち明けた事。その秘密を受け入れて貰い、この世界のフェイトの代わりに自分が収まったのではなく、自分がこの世界のフェイトとして生まれたのだと教えてもらったこと。

 

≪…それから私は自分らしく、フェイトとして生きるって決めたんだ。≫

≪…そうなんだ。≫

 

『自分らしく、フェイトとして生きる』か…

パッと聞いた感じでは俺のRPと大きな差は無いようにも聞こえるが、フェイトの在り方は俺と大きく異なる。

俺との初戦闘でフェイトは自分の最高速度を隠さなかった。

俺との最後の決闘でフェイトは『ファランクスシフト』ではなく、『次元魔法』を使った。

フェイトは『原作でフェイトがどう動いたか』だとか『フェイトだったらどう動くか』を考えず、自分の考えで行動を選んでいる。

俺は『なのはらしい行動』を意識するあまり、魔法も自分の意思も自由に表に出せる事が少ない。

そう考えた時、フェイトの在り方が羨ましく思った。

 

≪そう言えば、なのははどうしていきなりそんな話を?≫

≪…自分が自分でいられる相手が欲しかったんだ。

 友人でもライバルでも良いから、ただ知っていて欲しかったんだ。

 …それで受け入れて欲しかった。≫

≪…なのはは無理して『今のなのは』を演じてるの?≫

≪え?≫

≪自分のしたい事を諦めて、『高町なのは』に合わせて生きてきたの? なのはに自由は無かったの?≫

 

問いただすようなその言葉で、俺は今までの事を振り返る。

俺の自由…この8年間、正直自分の意思を出せない事は多かった。

それは口調を女の子らしくするだけにとどまらない。

なのはが知らない事は口に出せないし、なのはのイメージに合わない趣味は隠さないといけない。

ジュエルシード事件でも原作の知識を基に行動するにはユーノの協力が必要だった。…そのたびに窮屈に感じた事は確かだ。

皆が自由に出せる自分の考えを、俺が出せない事をもどかしく思ったのは1度や2度じゃない。

 

…でも俺だって全部なのはの行動に合わせた訳じゃない。

アリサとすずかと友達になった切っ掛けは確かに『なのは』に合わせたものだったが、それ以降の付き合いは全て自分の意思だった。

面白い話で笑いあったのも、すずかの家でのお茶会も、二人との時間が楽しいものだったからに他ならない。

ジュエルシードの事件で中々会えない事に寂しさを感じた事もあったし、久しぶりに集まって遊べた時は楽しかった。…その思い出のどこにも嘘は無かったし、二人との間に感じる友情は『俺』のものだ。

 

≪…いや…思い返してみると、案外俺も自由に話せる時間は多かったかもしれない。

 口調こそ『なのは』を意識しない時間は無かったけど、アリサやすずかと話している時は俺も心から楽しんでたな。≫

≪…うん、だったら無理に前世を話すかどうかで悩む必要は無いよ。

 それにもうちょっと自分を出しても良いと思う。

 それで文句が出てくるようだったら『俺がこの世界の高町なのはなんだ!』って、開き直っちゃえば良いんじゃないかな?≫

≪そ、そこまでは流石に勇気が出ないかな…≫

≪ふふ…まぁ、それは冗談だけどね。

 でも『高町なのは』が『高町なのは』であり続ける必要は無いと思う。

 人は成長の過程で色んなものの影響を受けるでしょ。

 例え今私の目の前に居るのが『高町なのは』だったとしても、その子は周りに居る銀髪オッドアイ達の影響をきっと受けてると思うよ。

 彼らに似て楽観的になるのか、反面教師にしてより真面目になるのかは分からないけどね。≫

≪…そう、かも知れないな。≫

 

俺はもしかしたら『なのはRP』と言うものを難しく考えすぎていたのかもしれない。

なまじ『原作知識』という特典を貰ってしまったばかりに、言えない事が増えた。

そんな()()を自分の意思にまで反映させて、自分で自分を閉じ込めていたのだ。

 

≪…なんて言うか、フェイトは凄いな。≫

≪私が凄い…?≫

≪今こうして話していてもさ、なんて言うか違和感が無いんだ。

 確かに知識にあるフェイトとはちょっと違うけど、それでもやっぱりフェイトがフェイトだって感じる。≫

≪…あまりピンとこないけど、それを言うならなのはもだよ。

 なのはもちゃんと『この世界のなのは』だと思う。

 今は自信が無いのかも知れないけど、ちゃんと受け止めてくれる人はいっぱいいると思うよ。≫

≪うん、ありがとうフェイト。俺もどうすれば『なのはとして』生きられるか、考えてみるよ。

 …ごめんな、別れの前なのにこんな悩みにつき合わせて。≫

≪あ…ううん、なのはが地球でどんな風に過ごしてきたのか知る事が出来て、私も嬉しかったよ。≫

 

 


 

 

「…って感じで、魔法の練習は欠かして無いよ。

 フェイトちゃんもアリシアちゃんも強くなってると思うけど、私だって立ち止まるつもりは無いから。

 また会える日を楽しみにしてるよ。」

 

…こんな感じだろうか?

フェイト達に向けたメッセージは何とかそれっぽい形になったと思う。

三脚に近寄り、ビデオカメラの録画を停止して映像を確認する。

 

「…うん、ちゃんと撮れてる。」

 

友達と言うよりはライバルに向けた感じが強くなってしまった気もするが、きっとこれがこの世界の俺達の関係なのだろう。

遠く離れた友達(ライバル)と互いの訓練状況を報告し合う事で、お互い訓練に身が入るだろうというものだ。

 

「ねぇなのは、そのフェイトって子は例の魔法の宝石騒動の時の子よね?

 …アリシアって子は誰?」

 

ビデオを確認していると背後のベンチからアリサの質問が飛んできた。隣のすずかも興味深そうにこちらを見つめている。

 

「えっとね…フェイトちゃんの双子のお姉さんだよ。ちょっと前に友達になったんだけど…まだ話してなかったっけ。」

「フェイトちゃんの事もなのはちゃんと戦ったって事しか聞いてないよ…アリシアちゃんはどんな子なの?」

「アリシアちゃんはね…」

 

俺は二人にアリシアの印象について話していく。フェイトよりも快活で悪戯好きな事や、フェイトに似て努力家な事。…でも勉強はちょっと嫌いな事。

アースラで一緒に過ごせたのは短い間だったが、とても楽しい日々を過ごせた事まで。

 

…いつかまたあんな日々を過ごせる事を願いながら。

 

 

 

 

 

 

『えっと…なのは、アリサ、すずか。お元気ですか?

 あの、私は元気です。』

 

…余談だがフェイトからのビデオメールは実に年相応なものだった。




フェイトさんになのはさんがカミングアウトする回でした。
なのはさんのスタンスを考えるとカミングアウトしないパターンもあるかなと思ったりもしたのですが、多分フェイトさんと話さないとなのはさんのRPの形は変化しないと思うので…

それとお気付きかと思いますが、フェイトさんの性格が柔らかくなっています。
これはアリシアの魂との融合が解除され、アリシアの影響を受けていた部分が殆ど元に戻っているからですね。
ただし話し方はむしろフェイトさんが積極的に取り入れている為、完全に今の口調が素になっています。
以降はフェイトさん視点のモノローグもこの口調で統一される事になりますね。

アリシアに関しても若干変化があります。
プレシアを救うと言う目的を達成した為、転生者に対するヘイトが()()()落ち着いています。()()()
一番好感度が高い神宮寺には普通に友達感覚で話しかけます。
この世界を現実と認識しない転生者に対しては塩対応である事に変わりませんが、()()()()()()嫌悪感レベルには届かない感じ。必要なら会話もするけど積極的には絡まない。


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短編その2

今回はセバスチャンとリニスの会話回。
ギャグは無しです。


第97管理外世界…地球を離れてすぐの事。

クロノに呼び出された私達は会議室に集められていた。

 

「さて、君達にはこの後行われる裁判についての打ち合わせがある。

 先ずは事件の流れについて改めて確認をしよう…と、これでは資料が足りないな。

 ちょっと取って来るからしばらく待っていてくれ。」

 

そう言ってクロノが席を外したところで、アルフが口を開いた。

 

「事件の流れって言ってもねぇ…正直あたしとフェイトはジュエルシードを集めただけだし、あまり詳しくないんだよねぇ。」

「私もユーノの輸送船への攻撃とか、ジュエルシードを集める理由とか何も聞かされてなかった。」

「…そうね、あの時の私はそう言う情報を意図的に隠していたもの。

 知っているのは私と()()()()()()()()セバスチャンだけよ。」

「セバスチャン…確か、プレシアさんの研究と計画の両方に関わっていたって聞いたけど…」

 

セバスチャン…消滅する筈だった私の新たな主にしてプレシアの研究の助手。そして、プレシアの計画に深く関わったと言う魔導士。

彼は時の庭園から救助された数日後、このアースラから忽然と姿を消した。

クロノが言うには正体不明の魔力反応が計測された事から何らかの魔法により転送されたのは確からしいが、転送先に関しては依然不明のままとの事だ。もう一つ解っている事があるとすれば、私が今も存在できている以上、彼もまた生きているという事だけだろう。

 

「…彼の捜索に関してはこちらも続けている。実行犯ではないにしても、全くの無関係でもないからな。

 まぁ、彼に関しては一度置いておこう。先ずは目前に迫った裁判が最優先だ。」

 

いつの間にか戻ってきていたらしいクロノがそう締めくくり、テーブルに様々な資料が広げられていく。

その様子を見ながら、私は数日前の彼との会話を思い出していた…

 

 


 

 

「おや、リニスさん。こんなところに居たのですね。」

「セバスチャン…私に用事という事は、例の?」

「えぇ、約束でしたからね。」

 

約束と言うのは時の庭園でのことだ。ちょっとした会話を切っ掛けに彼が時の庭園にやってきた時の事を思い出した私は当時の彼の言葉に違和感を覚え、問いただそうとした。

しかしその時は一刻を争う状態だった為、あれこれ聞き出すのは後回しに最低限必要な事だけを聞き出しただけで終わったのだ。

 

 

 

≪そうですね…先ずは何からお話ししましょうか。≫

 

人目に付かない場所が良いと言う事で、私に貸し与えられた部屋に場所を移したところで彼がそう切り出した。

 

≪では先ず…貴方を時の庭園に送り出した『ジェイル・スカリエッティ』の目的は何ですか?≫

≪そうですね…私も彼の目的についてすべてを知っている訳ではありません。

 なので私が知っている部分…私を時の庭園に送り込んだ目的に関してのみお答えさせていただきます。

 ()()()()()()()()()()()()()()…それを()()()()()()()()()()()()()が当時の彼の目的でした。≫

()()()()()()…ですか? …っ! 『より良い未来の為に』…ですか。≫

 

彼の言葉で脳裏を過ったのは、私を契約魔法で助けた後のフェイトと彼のやり取りだ。

彼が話す言葉の中で妙に心に残ったフレーズ…フェイトも詳しく聞こうとしていたが、最後まで誤魔化し続けたフレーズ。それが『より良い未来の為に』だった。

 

≪…あれは本当に口を滑らせました。貴女を救う事が出来た事で舞い上がってしまって、つい…≫

≪あの時の貴方の言葉からは、何かしらの組織の存在を感じました…その言葉について詳しく聞かせてもらう事は出来ませんか?≫

≪…そうですね、彼らについては教えておきましょう。きっとフェイト様ももう直彼らの存在を知る事になりますからね。≫

≪なんですって…?≫

≪『ハッピーエンド教団』…第1管理世界ミッドチルダにのみ拠点が存在する『幸福な結末』を目指す、一種の宗教のような物です。

 『より良い未来の為に』と言うのは、彼らが共通して掲げるスローガンなんですよ。≫

≪…宗教?≫

≪あくまで『宗教のような物』ですね。コレと言って何かを崇めている訳ではないようなので…

 なんでも私がこの世に生まれる前は別の名前の教団だったとか、前身となった組織は古い歴史を持っているとか噂には事欠きません。

 更に言うと勢力としては小規模ですが、布教に関しては随分と精力的でして…何を隠そう私も勧誘された事があるんですよ。

 まぁ、結局私は入信しませんでしたけどね。その時私はジェイル・スカリエッティの下で猛勉強してましたし。≫

≪何故所属していない組織のスローガンが貴方の口から出てくるんです?≫

≪…彼らは接触してきたんですよ。『ジェイル・スカリエッティ』に。≫

≪!≫

 

彼らは誰も知らない筈の研究所に突然現れたのだと言う。

恐らくは尾行でもされていたのだろう。彼らは勉強中だったセバスチャンには目もくれず、ジェイル・スカリエッティに目を付けた。そして…

 

≪彼らはジェイル・スカリエッティの研究費の大半を負担する代わりに、ある契約を持ち掛けてきました。

 その内の一つが…≫

≪『未来を変えられるか』の確認…≫

≪そう言う事です。

 もっともジェイル・スカリエッティは別件で何かしらの依頼を受けていたようでしたが、そちらについては不明です。知っているのは当事者だけでしょうね。≫

≪…そうですか。≫

 

ミッドチルダに存在する謎の団体…その目的から察するに、恐らくはフェイトやセバスチャンと同じ出自の者が立ち上げた物と考えて良いでしょう。

元々存在していたという教団を乗っ取ったのか、その前身からそうだったのかは不明ですが…

そして恐らくはプレシアよりも格上の研究者であるジェイル・スカリエッティが彼らと交わした契約。

…自分で聞き出した事ですが、随分と考える事が増えてしまいましたね。

 

≪他には何かありますか?≫

≪…では、最後に一つ。

 貴方が未来を変えるために時の庭園に来たのは『貴方自身の意思』でしたか?≫

≪勿論です。

 確かに私には未来を変える事が可能か確かめると言う使命がありましたが、貴女方を助けたいと思った事に嘘はありません。≫

 

この質問に深い意味は無い。

ただ、セバスチャンが私達を助けた理由が何処にあったかを確認したかっただけだ。

…それでも、

 

≪…分かりました、その言葉を信じましょう。≫

 

精神リンクから伝わって来る真摯な思いは…なかなか悪くはないものですね。

 

≪確かめたかった事は以上です。≫

≪いえ、私としても貴女達とは良い関係で居たいですからね。

 …では私は一足先に私の部屋へ戻らせていただきます。≫

 

そう言って部屋を出ていく彼に、僅かな違和感を覚えた。

 

≪? はい、答えていただきありがとうございました。≫

 

しかし当時の私はそれを深く考えず、ただ見送った。…兆候は確かにあったのに。

 

…そして彼は私達の前から姿を消した。

私の部屋に

 

『管理局員に何か聞かれたら『ジェイル・スカリエッティ』以外の事は話してしまっても構いません。

 

 -P.S.

 この紙とインクは食べられる素材で出来ているので、読み終えたら食べてしまってください。

 ラムネ味です。』

 

と言うメモ書きを残して。

 

 


 

 

「…と、裁判ではこういう流れになるだろう。

 プレシアへ下される処罰としては恐らく、十数年間の懲役刑辺りに落ち着くと想定されるな。」

 

色々と思いに耽っている間に裁判の話は随分と進んでいたようですね。

とは言っても、勿論マルチタスクでしっかりと内容は把握していますが。

 

「あら、想像していたよりも随分と軽いわね?

 最低でも30年はお世話になるかと思っていたのだけれど。」

「今回の事件で被害者らしい被害者がいないと言うのが幸いだった。

 …地球で巻き込まれてしまった子は居たが、彼女についても無傷だったのが救いだな。」

「そう…その子にもいずれ何かお詫びしないといけないわね。」

「一応言っておくが、裁判のこの結果はあくまで想定だ。

 これ以上悪くなる事はあっても、正直これよりも軽くなるという事は無いだろう。

 管理外世界へ意図的にロストロギアをばら撒いた事は事実なんだからな。」

「えぇ、覚悟しているわ。」

 

その後も様々な想定に合わせた証言の内容や注意する点についてのおさらい等を繰り返し、

時間は過ぎて行った。

 

 

 

 




教団の名前については割と雑に決めました。
ネーミングセンスの無さが光るぜ…設立者のな!(とんでもない責任転嫁)


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短編その3

ヴォルケンリッター登場です。

ただ、古代ベルカなのでギャグは少なめ。


『地球最後の日』…創作の界隈では割とよく見るテーマだ。

古くは宗教で、最近では映画やゲームでその崩壊の後を描かれる事も少なくない。

だがそれを人類が体験するのはもっと『後』だと思っていた。…少なくとも、私が生きている内は訪れる事は無いだろうと。

 

突然だった。時刻は午後の7時を少し回った辺りだろうか? 帰宅の為に会社を出て歩き出した直後、遠くに見えたビルが砕けるのが見えた。

気付けば夜の筈なのに昼間よりも明るく、破壊の波はあっと言う間に私を飲み込み…最後の審判は訪れた。

…最も、私の知っているそれとはずいぶん違ったが。

 

 

 

その後告げられた主の言葉を心の中で反芻する。

 

素晴らしい! 何という事だ! 私達は罰を受けた訳ではなかったのだ!

心に残ったのは感動だった。

 

 

 

私は願った。遠く海を越えた先、日本のアニメーションの世界に行きたいと。

私は求めた。かつてその国で武を競ったと言うサムライのように戦いたいと。

私は祈った。彼らの言葉を理解し、私もまたそれを話したいと。

 

主は全てを叶えてくれた。

多少思っていたシチュエーションとは違ってしまったが、腰に()いた刀はまさに私が求めた得物だ。前世において侍が振るったと言う《それ》に比べて少々形は違うが、それでもかの侍のように戦えると思うと興奮が冷めやらない。だが、冷静に周りを観察すればどうやら感動ばかりもしていられないらしい。

周囲には破損し、煙を吐き出すばかりとなってしまった端末の数々。目の前には敵の壁…そして、振り返れば5人の仲間達。その内の一人、白銀の長髪が美しい女性が口を開いた。

 

「『夜天の魔導書』の起動を確認しました。現在緊急時につき、戦闘を優先します。

 夜天の主に集う雲、ヴォルケンリッターよ。敵性勢力の無力化を。」

 

私は彼女の話した日本語に心躍らせながら、同じく流暢な日本語で返した。

 

「うむ、心得た! 私の名前はシグナム。烈火の将、シグナムだ! 尋常に、勝負!」

 

 


 

 

…あれ、シグナムってこんなキャラだったっけ?

一瞬疑問に思ったが、一度冷静に考えてみる。もしかしたら長い年月であんな感じのクールさを獲得しただけで、昔はブイブイ言わしてたのかもしれないと…

とりあえず目の前のシグナムは「次はそちらの番だ」と言うように俺を見てるし、ここは俺もシグナムに倣って名乗りを上げるとしよう。ここは…そうだな。

 

「…俺の名はヴィータ。紅の鉄騎だ。…その、参る。」

 

…くっ、シグナムの何故かキラキラした眼差しが辛い。

名乗りの途中で妙に照れくさくなって目を逸らしてしまった。

意図的に口調を『俺』に変えたのは周りの反応を見る為だ。俺と同じ境遇ならこれで分かるだろうし、そうじゃなければ若気の至りって事で後で治せばいいからな。

そもそも何で俺がヴィータなんだ…? 俺って転生の時になんて言ったっけ…

 

―『デバイスは変形する武器とか使ってみたいです。『それどうやったらそんな変形するの?』みたいなやつ。』

―『武器の指定を細かくですか? うぅ~ん…ロマンがあるって言ったら、ドリルかなぁーやっぱ。』

―『ちなみに不老不死って出来ます? …あ、やっぱり無理? えっ、不老だけなら出来るんですか!?』

 

あっ…はい。原因俺でしたね、すみません。

謎変形機構のドリル付きデバイスをぶん回す永遠の幼女(エターナルロリータ)かぁ…

まぁ、良いや。これくらいの事はささっと割り切らないとこの先はかなり大変そうだしな。

 

…で、次の自己紹介はどっちだ?

 

 


 

 

「…蒼き狼、ザフィーラ。参る。」

 

…なるほど、こうなったか。

徒手空拳で戦うと言うのなら、確かに『前世の戦いのノウハウ』は活かせそうだ。

『ワイルドな風貌』…まぁ、確かにワイルド(野性的)と言えばワイルド(野性的)だな。狼だしな。

とは言え前世でコンプレックスだった童顔でもないし、有りと言えば有りだが…ザフィーラとして生まれるのは予想外だった。

正直ザフィーラとは徒手空拳同士で組手とかしたかったんだが、なってしまったのは仕方ない。

見た感じじゃ、シグナムとヴィータも俺と同じ境遇臭いな。特にヴィータは同じ境遇の者を探す事に精力的らしい。

俺もこういう場合は拗れる前にさっさと話してしまった方がいいとは思うが、それもシャマルの様子を見てからだな。

 

 


 

 

「風の癒し手、シャマル…です。皆よろしくね。」

 

どうしよう…まさかこんな事になるとは。

『魔法は使いたいけど前線には出たくない』とか願ったからか?

それとも『みんなに頼られる人になりたい』って言ったからか?

 

とにかく転生者っぽいシグナムとヴィータには後で話すとして、ザフィーラはどっちだ!?

他の二人と違って違和感が無いから判別しづらい。

…丁度敵がいるし、戦い方を見ていれば分かるだろうか。

しかし古代ベルカ…想像してたよりも相当物騒な時代みたいだ。

目が覚めてすぐに戦闘なんて…

 

「我らヴォルケンリッター! 夜天の主の命に従い、敵を討つ!」

 

シグナムの号令と共に皆が敵陣に突撃を…

…ちょ、誰かフォーメーション意識して!? 全員突っ込んだら誰が後衛職の俺を守るのさ!?

特に『盾の守護獣』おいコラ!! ザフィーラお前絶対転生者だろ!?  

 

 


 

 

…た、助かった。

何とか間一髪のところで『夜天の書』が無事に起動できたのは不幸中の幸いだった。

守護騎士達の実力は私の想定を遥かに超えており、研究エリアまで侵入してきた敵国の騎士達をあっと言う間に鎮静化して見せた。

…ただ、やはり慌てて起動させた為か少々不具合があるようだ。

守護騎士達が明らかに個々の感情を獲得してしまっている…永遠を生かされるプログラムが感情を持ってしまっては、いずれその境遇に悩まされる日も来るだろう。しかし、その不具合を修正するにしてもここの設備はもう使えそうにない。

国の深部であるこの施設に敵の騎士が居る以上、もう我が国の敗北は決まったようなものだ。

長時間ここに居続けるのは拙いし、何より先程の戦闘で一部機材が破損してしまっている。

今はこの夜天の書の力を以て何処か安全な拠点を探す事に専念しよう。不具合の修正は…出来るようになってからかな。

兎にも角にも、今は私を助けてくれた彼女達を労ってあげよう。

想定外ではあるが一応は主となってしまったのだし、きっとこれからそこそこ長い付き合いにもなるだろう。

えっと、とりあえず…

 

「助かったぞ、雲の騎士ヴォルケンリッター達よ。」

 

こういう時はとりあえず主っぽい言い方で貫録を…

 

「む?」

「あん?」

「…」

「えっと…?」

 

だが帰ってきた反応はまさに『誰だお前?』とでも言いたげに訝しむ4対の眼だった。

…いや、待って? もしかして私の事を主とも認識してない?

不具合ってここまで深刻な感じ!?

 

「え、えっとぉ…私が、その、『夜天の主』…みたいな?」

 

…頼む! 伝わってくれ!

 

「…あぁ! 貴女が今代の我らが主か!」

 

えっ、()()って何!? 初代だよ!?

 

「えぇ…こいつが? なんか騎士って感じじゃねぇな。」

 

だって研究者だもん! 軍事国家って言っても誰もが戦える訳じゃないんだよ!

 

「言葉を慎め、ヴィータ。夜天の書を所持している以上、例え我らに劣っていようとその者が主だ。」

 

…どうしよう。夜天の書を手放した途端に襲われそう…

 

「…えっと、頑張ってくださいね!」

 

シャマル…何を頑張ればいいのか教えてよ…

 

「主よ。敵性勢力の無力化を確認しました。次の指示を。」

 

管制人格の言うとおりだ。悩むのも話し合うのもここじゃ拙い…

 

「…とりあえずここに居続けるのも危険なので、先ずは何処か安全な場所まで移動します!

 道中の護衛をお願いします!」

 

そして私は慣れ親しんだ国と研究に別れを告げたのだった。

 

 




ヴォルケンリッター全滅(全員転生者的な意味で)

Q.プログラムであるに転生できるの? と言う疑問が出ると思いますので、あらかじめ返答を置いておきます。

A.レイハさん「…」


唐突なキャラ紹介

○シグナムさん

前世はアメリカ人。魔法少女とサムライが大好きだった。
願いが反映された結果、レヴァンティンの見た目が若干刀に近くなっている。


○ヴィータ

変形とドリルが大好き。何故グレンラガンの世界に行かなかったのか…コレガワカラナイ。
旅の途中、夜中に一人アイゼンのドリルを指で撫でながら悦に浸っている姿が確認されている。


○ザフィーラ

前世はプロの格闘家。プロとは言ってもトップではない。
戦い方は耐えて反撃よりも躱してカウンタータイプ。


○シャマル

元々前に出るタイプではないが、たまには頼られたいと言う欲求の狭間で揺れ動いた結果こうなった。
旅の中で自分の戦闘能力の無さに悩んだ結果、
クラールヴィント・ペンダルフォルムの『紐』の部分を使って暗器のワイヤーのように絞め落とすと言う戦い方を編み出したが絵面がヤバく、更には半ば『質量面』に足を踏み入れている為封印指定になった。
振り子部分を魔力で巨大化させてぶん殴る戦い方も編み出したが、やはり絵面が(ry


○研究者のAさん(初代夜天の主)

とある国の研究所に勤めていた女性。当時24歳。
夜天の魔導書の開発には末端として参加していたが、なんやかんやで初代夜天の主になった。
旅の途中で
『感情を持つ事がこの先苦しくなるかもしれない。今の設備ならば感情を取り払う事も出来るぞ』
とヴォルケンリッターに問うが『この感情があるから今笑えるのだ』と言われ、以降その話はしなくなった。
30代の頃旅の途中で見つけた平和な国に定住し、その後はヴォルケンリッター達と割と楽しい人生を送った。


没案
シグナムの自己紹介
「ワタシの名前はシグナムデース! よろしくお願いしマース!」
理由:これは流暢な日本語じゃない。


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短編その4

今回視点が変わりまくってややこしいかも…

はやてさん、はやて派の転生者(一部)、リーゼアリア、グレアムが登場します。


前世より近く感じる歩道。遠く感じる歩行者用信号機…

こうしてのんびりと街を歩くと言うのも随分と久しぶりだな…そんな事を考えながら手元の地図と周りの光景を見比べつつ、6歳児には少々遠い目的地へと足を動かす。

何故俺がこんな真昼間から一人でこんな事をしているのかと言うと、『とある施設』を探しているからだ。

今の俺の年齢では自動車の免許なんて取れないし、スマホも無いこの時代に地図アプリなんて便利な物は無い。

それどころか転生した時から親もいない…と言っても、これは俺がおむつ交換に始まる数々の羞恥プレイを拒否した為だが。…話がそれたな。

ともかく、俺はこうして初めてのお使いを見守るような数多の視線に晒されつつも漸く目的の施設に辿り着いたのだ。

 

「風芽丘図書館…ようやく見つけた。」

 

そう、数多ある転生モノ二次創作に於いても八神はやてとのファーストコンタクト率No.1…俺の求める出会いの地…それがここ、風芽丘図書館なのである!

 

 

 

「お、また一人増えたぞ…しかし、やっぱり目立つなこの顔は…」

「…最初は要望通りのイケメンでラッキーって思ったんだけどなぁ…」

「そうか…? 俺はもう最初から絶望してたぞ…踏み台系のテンプレみたいなものだし…」

 

…まぁ、俺だけじゃないわな、こんな事考えるのは…

って言うか、()()()()()の奴多くね?

 

「まぁ、こっち来いよ。ここに来る奴の目的なんて、みんな同じだろ?」

「…そうだな。」

 

とりあえず話くらいは聞いておくか。

 

 

 


 

 

 

…ありえない。私が最初に抱いた感想はその一言に尽きる。

これは現実なのか? AAクラスの魔導士に匹敵する少年が6人…それもほぼ同じ顔。

そんな光景は本来この世界にあってはならない筈なのだ。

 

この第97管理外世界では魔法の素質を持って生まれてくる人間は極端に少ない。勿論()()()もそうであるように、極稀に高い素質を持った人間が生まれて来る事があるのは知っている。だが、それはあくまで『極稀』な…それこそ例外的なケースだった。

…過去形なのには理由がある。今のこの世界は管理外世界とは思えない異常事態の真っただ中なのだ。

 

最初に気付いたのは父さまだった。

ある因縁が父さまとこの世界を再び引き合わせ、父さまの計画が動き出したその時…私達が監視している少女の家の周辺をうろうろしている少年が見つかり、それは発覚した。

一部の地域、特定の年齢層を中心に異常な魔力値を持った人間が急増している…調査の結果明らかになったこの異常は父さまを大いに悩ませた。

管理外世界が管理世界からの何らかの干渉を受けていると取れるこの事態は、時空管理局に所属している身として本来本部に報告すべき物…しかし、それをする訳にはいかない事情も同時に存在していた。

この状況を報告すれば、この異常に気付いた経緯に関しての説明を求められる事は必至…だが私達の動きは管理局にも…いや、管理局にだけは知られてはならないのだ。

父さまは悩んだ。心の中で二つの正義がぶつかり合い、そして結論は下された。

 

初志貫徹…即ち、全てを隠蔽する。

 

私達の動きも、地球…()()()()()()で起こっている異常も全て管理局に伝えない決意。

父さまは故郷すら天秤に乗せ、選択したのだ。計画の確実な達成を。

ならば私達は添い遂げる。父さまを支える為に。そして私達も背負うのだ。父さまを苦しめる因縁を、共に。

 

 

 

…とりあえず、今回の事態は父さまに報告しよう。私一人で判断するには些か荷が重い。

 

 

 


 

 

 

アリアからの報告に、ここ最近持ち直して来た胃が痛む。どうやら私の故郷はすっかり魔境へと様変わりしてしまったらしい。

報告書を持ってきたアリアをさがらせ、席を立つ。

 

…さて、と。

 

「今日の気分は…うん、ケアストMAX/ACEだな。」

 

棚から取り出した胃薬を取り出し、服用する。最近ではこのケアストシリーズ特有の苦みの良さも分かってきて、お気に入りの一品となっている。

即効性に加えて持続時間も中々に優れている為、きっとリピーターも多い事だろう。…流石に胃薬を語り合う友は居ないが。

 

…しかし、アリアが持ってきた情報はなかなかの爆弾だった。

6歳にしてAAクラスの魔導士に匹敵する魔力…これそのものは今の地球ではそれなりに確認されている。…本来これもおかしいのだが、今はそれ以上の異常事態が発生している為置いておこう。

アリア曰く、今回確認された6名の魔力波動は数日前まで確認されていなかったのに加えて、全員似たような風貌で親が居ないと言う共通点まであると言う。…これは明らかにおかしい。

まるで虚空から大量のクローンが突然現れたと言わんばかりでは無いか。

嗚呼…我が懐かしき故郷よ、何故そうなってしまったのか。

 

…数年前のあの日、やはり計画の露見を覚悟してでも地球の異常を報告するべきだったのだろうか? いや、きっとあの時に戻る事が出来たとしても私は同じ決断を下しただろう。『闇の書』との因縁がある限り。

 

 

 

…この日から約1年後の事だ。

報告にあった『銀髪オッドアイ』の特徴を持った500名以上の優秀な魔導士達が一斉に入局する事になり、地獄のデスマーチにリーゼ達共々巻き込まれたのは…

まさか地球の異常事態がこのミッドにまで及んでいるとは思わなかった。…私はあの日、選択を間違えたのだろうか。

 

あぁ、時が戻るのであればあの時の選択を…いや、だが闇の書は…いや…しかし…

 

 

 


 

 

 

図書館に入ると同時に感じる特有の匂いを、私は目を閉じて堪能する。

読書好きにとってはまさに癒しとなるこの匂いは、多くの書物を収蔵している図書館ならではの雰囲気を感じさせてくれる。

 

…一通り堪能して目を開くと、案の定この雰囲気を台無しにしてくれる()()()()()()()()が目に入った。

 

よお、はやて! 今日もいい天気だな!

 

会う度に天気の話題から切り出す『天気アグロ』の天気君。

 

よお、はやて! 髪型変えたか? 似合ってるぜ!

 

毎日のように変化してない私の髪型の変化を見抜く『髪型ミッドレンジ』の髪型君。

 

よお、はやて! ジュース飲むか? 偶然自販機で当たりが出てよ!

 

自販機で飲み物を買う度に当たりが出ると言う『当選コントロール』のラッキー君。

 

よお、はやて! どんな本が読みたい? 取って来るぜ!

 

私と話を合わせるためこの図書館の本の配置をほぼ暗記した『注文ランプ』のライブラリ君。

 

よお、はやて! 今度の日曜暇か? 俺は空いてるぜ!

 

毎週日曜日が暇であることをアピールし、予定を取り付けようとする『ナンパコンボ』使いのナンパ君。

 

よお、はやて! えっと…髪型変えたんじゃないか? 似合ってるぜ!

 

毎回話題を変えるけど、毎回誰かと話題が被る『ミラーコントロール』の鏡君。

 

彼等は『声が煩い』と司書さんに叱られた事で『小声で叫ぶ』と言う微妙に器用な技術を身に着け、大きな声を出せない分奇妙なポージングで自らをアピールする愉快な人達だ。

原作キャラ以外に転生すると皆銀髪オッドアイになるのか、顔では見分けがつかないので話の内容で見分けるようにしている。…もしかしたら何度か間違えていたりするかもしれない。

 

一見すると彼らは時と場合を考えずに付きまとって来る厄介者に見えるが…実際割とその通りである。

正直話をする事を拒むつもりは無いし一緒にいて楽しいと思う事も多いが、今私達が居るのは図書館の入り口。そんなところに車椅子1人と()()()()()()1()()と少年6人…小学3年生の体格でも邪魔になること請け合いだ。

 

「えっと…先ずは場所を変えませんか? ここでは他の方の邪魔になってしまいますし…」

それもそうだな!

 

こうして一言言えば直ぐに従ってくれる辺り、根は良い人達なのだろう。きっと八神はやてに会えた喜びで舞い上がっているだけなのだ。…中身は私だが。

まぁ要するに私が上手く手綱を握ってやれば良い。前世は自由に外も出歩けなかった私にとっても、彼等は大切な友達なのだから。

 

よし、じゃあ行くか!

やはりここでは邪魔か。どこに行く? 私も同行する。

銀髪オッドア院。

ぶふっ! …クッソ、こんな事で…

 

…まぁ、一つだけ彼らに言いたい事があるとすれば…

そう思って顔を向けると、彼らの後ろに修羅もかくやと言う形相を浮かべる司書さんの姿が…

彼女は彼ら全員の肩をグイっと一度に抱き、至近距離で私の言いたい事を言ってくれた。

 

動きも、静かに…! ね?

「「「「「「ハイ…」」」」」」

「…ふふ。」

 

あぁ、やっぱり彼らは面白い。




はやてさんの前世についてはA's編の1話目で書くつもりです。

以下いろいろな補足

・最後のはやてさん視点は1期開始ちょっと前の出来事です。
 他は親無しパターンの転生者が転生して来て直ぐの出来事です。

・グレアム提督及びリーゼ姉妹は本人です。

・はやてさんのヘルパーは天使です。当然女性で名前は考え中…

・『当選コントロール』デッキのラッキー君の特典は『幸運』に関係無いものです。
 『幸運』系の特典は程度によっては制限に引っかかる場合があり、強力な能力にはならないです。
 更に言うと、彼は毎回自腹で2本目のジュースを買っています。


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短編その5

遅れてすみません!

今回は視点がころころ変わりますが、ある二人の視点が交互に切り替わるだけなのでそこまで読み辛くはない…と、思いたいです。

そして今回で短編ラストです。次回からはいよいよA's編!



夏休みを目前に控えたある日曜日の昼下がり…俺の目の前で待機状態のレイジングハートがスピードラーニングを聞いていた。

レイジングハートを挟み込むようにイヤホンの先端を吸盤状に加工した物を取り付けているので音漏れこそ無いが、ラジカセから延びるイヤホンで赤いビー玉を挟み込んでいるこの光景を一般人が見たら頭の中は疑問符で埋め尽くされるだろう。…いや、多分魔導士でも理解できないだろうな。この光景は。

 

≪…≫

 

だが当のレイジングハートは真面目そのものなのだ。何せこれからはレイジングハートも喋らなければならない時代に突入する。魔法名だけではなく、日常会話の一つや二つは熟せないと間違いなく転生者だとバレるだろう。

…そんな時だった。

 

―ピンポーン…

 

来客を告げるインターホンの音が部屋に響く。思わずビクッとしてしまったが、時計を見ればなるほど約束の時間だと分かった。

レイジングハートをラジカセの影に隠してから「はーい!」と返事をして玄関の扉を開けると、見知った二人の姿が見えた。

 

「なのは、来たわよ!」

「お邪魔します、なのはちゃん! 今日は暑いねー…」

「アリサちゃん、すずかちゃん! どうぞ、上がって上がって!」

 

来客は俺の友達であるアリサとすずかだ。普段はすずかの家で遊ぶ事が多いのだが、偶にはと言う事で今日は俺の家で遊ぶ事になったのだ。

そして二人を招いた理由がもう一つ…フェイトとアリシアからのビデオメールが届いたのだ!

 

 

 


 

 

 

それは魔法の訓練を終えて軽くシャワーを浴びた後の事だった。

 

―ピンポーン…

 

「ん…? あぁ、もうこんな時間か。って事はあいつらか。」

 

生憎と今の恰好はバスタオル一枚だ。これで玄関に出るのは非常識が過ぎるな…っと、さっきまで着てた服は汗でビチャビチャで着れたもんじゃないな。

 

―ピンポーン…

 

急かすようなチャイムの音。まぁ呼んだのは俺の方だし、今日は春にしては暑いからな…気持ちは分からなくもない。

 

「ちょっと待ってろー!!」

 

えっと、着替え着替え…

 

―ピンポピンポピンピンポピピピンピピピンピピピンポピンポーン…

 

 

「うるせぇ! 人ん家のインターホンで三々七拍子すんじゃねぇ!!」

「遅ぇぞ神谷…今外が何℃だと…なんだお前その恰好。」

「いくら暑いって言ってもパンイチはねぇだろうよ…」

「…もしかして、お前ん家の冷房壊れたのか?」

「シャワー浴びてたんだよ! 着替え探してたのにお前らが急かしたんだろーが!」

「どうでも良いから先ずは部屋に入れてくれ…外はマジに暑いんだよ…」

「…はぁ、分かったよ。とりあえず上がってくれ。」

 

まぁ、訓練に集中するあまり風呂の時間が遅れてしまった俺の所為でもあるしな…これくらいの憂さ晴らしは許すとするか。

これからの予定は…とりあえずは神宮寺からのビデオメールの内容次第だな。

 

 

 


 

 

 

『…私の近況報告はこれくらいかな?

 クロノとの実戦形式の訓練で私も姉さんも順調に強くなってるよ。』

 

「何ていうか…なのは達のやり取りって結構物騒じゃない?

 魔法の事ばかりなのは良いけど、戦闘訓練って普通しないわよ?」

「あ、あはは…色々ありまして…」

「なのはちゃんとフェイトちゃんってどちらかって言うと『ライバル同士』って感じだよね。

 お互いを意識するからどこまでも頑張れちゃうって感じ。」

「…うん、私もそう思う。フェイトちゃんが頑張ってたら私もフェイトちゃん以上に頑張ろうって思えるもん。」

 

競い合う相手がいるという事程モチベーションを生む物は無い。この数ヶ月間は特にそれを自覚させられた。

フェイトが頑張っている事を知れば、自然と俺も頑張れた。元々魔法の練習は楽しい事もあり、気が付けば魔力弾操作の空き缶リフティングは5個同時に出来るようになっていた。

 

『それと、裁判についても私は大丈夫そう。…でもやっぱり母さんは無罪とは行かないみたい。

 分かってたけど、やっぱり少し寂しいかな。…姉さんはもっとだと思う。』

 

「…裁判かぁ。やっぱり何の裁判かは教えてくれないのよね?」

「うん…ゴメンね、私も話して大丈夫か分からないから…」

「魔法の世界の話だもんね。」

 

 

 


 

 

 

『…って感じで訓練の方はクロノも付き合ってくれているから腕は鈍って無いぞ。

 寧ろ王の財宝を使わない戦い方をみっちり仕込まれたから以前より強くはなってるはずだ。』

 

「いや、神宮寺が強くなったかは良いから訓練法とか教えてくれよ。」

「それな。後はフェイトとプレシアの裁判の進捗とか色々あるだろ…」

 

神宮寺からのビデオメールで知りたい情報がなかなか出て来ず、少しずつ焦れてくるこいつらの気持ちも分かる。分かるが、それ以上に俺には言いたい事がある。

 

「いや、お前ら人の家のアイス勝手に食ってんじゃねぇよ…」

「外が暑かったんだから許せよ…代わりに買って来たアイス入れておいたからさ。」

「…まぁ、そういう事なら良いけどさ。」

 

まぁ、買って来たアイスがあるなら良いか。こいつらとは好みも近いし、チョイスに関しては大丈夫だろう。

 

「…お? 裁判の情報があるらしいぞ。」

 

『二人の裁判に関してだが、規則で裁判の内容は詳しくは話せない。

 ただフェイトは無罪、プレシアは懲役刑辺りに落ち着くと言うクロノの見立ては当たりそうだ。』

 

「ぃよっしゃあ!」

「まぁ、プレシアは流石に無罪とはいかないわな…」

「懲役刑か…刑期にもよるけどまた家族一緒になれるといいな。」

「病気は治ったんだし大丈夫だと信じようぜ。」

 

…うん、こうして未来が良い方向へ変化すると言うのはやっぱり達成感がある。特にプレシアに関してはアニメの結末を知っている分、助ける事が出来たと言う喜びも一入だ。

今回俺はあまり助けになれなかったが、だからこそこれから鍛えて俺自身が誰かを助けられるようになれればと言う思いは強い。

どうやら神宮寺が今やっている訓練に関しても教えてくれるらしいし、これから頑張って強くなるとしよう。

 

 

 


 

 

 

『…うん、私からはおしまい。次は姉さんから…やっほー! なのは、アリサ、すずか! 見てるー!?』

 

「…何回見てもこの瞬間はちょっとシュールよね…」

「二重人格なんだっけ?」

「うーん…正確にはちょっと違うみたいだけど、詳しくは私もよくわからないかな…」

「魔法の世界って凄いわね…」

 

最初俺は二人にフェイトとアリシアの事をどこまで話すか迷っていた。

何しろ随分と訳ありな二人だ。話して良い事と良くない事の線引きが難しく、その旨もビデオメールに添付して相談したところフェイトは直ぐに『二重人格(のようなもの)』である事を明かした。

曰く、『アリシアは誰が何と言おうと大切な姉であり、どう思われる事があろうと隠し立てする事なんて無い』との事だった。寧ろ隠そうとした事にムッとしてたほどだ。

それからのビデオメールはアリシアのマシンガントークが続いていた。クロノが訓練で手加減してくれないとかママと話せる時間が減ったとか、アルフに子ども扱いされるとかリニスに悪戯して怒られたとか…どれもそこにある家族の温かみを感じられて、それはそれは微笑ましいものだった。…微妙にアルフの笑い声が聞こえる辺り、アルフも同じ部屋にいるのだろう。

 

「…一応確認なんだけど、アリシアの方がお姉さんなのよね?」

「あ、あはは…」

 

…アリシアには悪いけど、アリシアが子供らしいと言うのはこちらでも共通の認識なんだ。ごめんな。

 

 

 


 

 

 

『…とまぁ訓練内容は概ねこんな感じだ。

 正直訓練内容はハードだが、手探り状態で特訓していた頃よりは分かりやすい成果が出る。

 それと俺達の年齢だと魔力量は無理に伸ばそうとするよりも体の成長にある程度は任せた方がいいらしく、魔力操作を重点的にだとさ。』

 

「マジか…結構魔力量伸ばそうとしてたんだけど悪影響とか出るのかな。」

「効率の問題なんじゃねぇか? まぁどっちにしろやっちまったもんはどうしようもないし、これからは操作の方を中心に鍛えていけばいいだろう。」

「じゃあ魔力弾スーパーボールとマルチタスクは継続、魔力量増加を狙った訓練は削減して組手とかに回すか。」

 

『後、管理局に入りたい奴はこれから言う内容をメモしておけ…げんなりするぞ。』

 

「ん?」

 

何だ、なんか雰囲気が変わったな?

 

『実力を示せばすんなり管理局入りって訳にはいかないってのはお前らも知ってるよな?

 俺もクロノから教えて貰ってるんだが、面接以外にも管理世界や次元世界に関する常識問題…筆記試験があるんだと。

 クロノが言うには最低限身につけておくべき知識らしいが、結構ややこしいぞコレ。

 俺が勉強用にって貰った内容を印刷した物を添付するから、コピーして必要な奴に配って置け。

 管理局に入りたいならな。』

 

最後にそれだけ告げて神宮寺からのビデオメールは終わった。

そして俺達が囲む机の上に神原が一緒に送られてきたと言う紙の束を広げ始めた…

 

「…で、これがその問題集だが…お前ら分かるか?」

「全然。」

「見る前から言うなよ…えっと、何々?

 『居住区画における魔法使用に関する規則について』? なるほど…全然わからん。」

 

どうやら本当に向こうで言う一般常識に関する問題らしい。こっちで言うところの道路交通法とかか?

地球には魔法が無い為、当然魔法に関する法整備なんてされている筈もない。管理世界の常識は管理外世界の非常識…これは厄介だな。

 

「あー…そうか、そりゃ必要な知識だわな…」

「…つまりこういう事か。俺達はこれから『訓練』と『学校の勉強』と『管理局に入る為の勉強』を並行して行わなければならない…と。」

「いや、『学校の勉強』は大丈夫だろ…」

「…お前、社会のテスト何点だった?」

「それは今関係無くない?」

「微妙に前世と歴史違うのホントめんどくさい…前世の知識に引っ張られる…」

「地名もな…授業受けるまで気付かなかったけど、前世に海鳴市とか無かったもんな。そりゃ地名とかも変わるよなって。」

 

 

 


 

 

 

二人からのビデオメールはあの後やっぱり一緒の部屋にいたらしいアルフとリニス…そしてプレシアも登場し、お礼の言葉で締めくくられていた。

そんなものを送られてはこちらもお返ししたいと思うのが当然だろう。

 

「…と言う訳で、お返しのビデオメールの内容について協議したいと思います。」

「いや、なにが『と言う訳で』なのよ。」

「もう…アリサちゃんは監督なんだからそんなこと言わないの。」

「ちょっ、すずか!?」

 

何はともあれ、今の俺達に足りないと思うのは何か…答えは見えている。

 

「私はやっぱり家族を出したいなっておもうの。」

「なのは、戻ってきなさい。」

 

そんなこんなで皆で楽しみながら撮影したビデオメールをまた送り、訓練をしながら返信を待つ。そんな日常の楽しさを実感した一日だった。

 

 

 


 

 

 

神宮寺から送られてきたビデオメールを見終わって、例の問題集も一通りコピーし終わって…

俺達は机を囲み、頭を悩ませていた。

 

「…神宮寺に送るビデオメール、どうする?」

「こっちの近況報告って言っても…報告する事無いよな。こっちは今は平和だし。」

「とりあえず、落ち着いてこの紙に知りたい事書き連ねてこうぜ。」

 

コピーの際に余っていたコピー用紙をテーブルの上に置き、俺も頭を抱える輪の中に入る。

 

「そんなの腐るほどあるが?」

「フェイトとアリシアの現状、リニスとアルフの普段の様子…知りたい事は山ほどある。」

「プレシアさんも仲間に入れてあげて?」

「プレシアについては言ってただろ…すこぶる穏やかでフェイトやアリシアと話している時は終始ニッコニコって。」

「てぇてぇ」

「てぇてぇ」

「生で見たかったなー俺もなー。」

「管理局について行けば良かったじゃん。」

「いや、はやての方も気になってさぁ…」

「わかる」

「わかる」

「わかりみ~!」

「どんだけ~!」

「背負い投げ~!」

 

あ、これ話し進まないパターンだ。

そう察知した俺は皆のグラスが空になっているのを良い事に席を立つ。

 

「俺ちょっとジュース取って来るわ。」

「行ってら~!」

 

 

 

 

 

 

「…で、何でこんな事になってんだ?」

 

俺がジュースを取りに行っている間に話し合いは大変な事になっていた。

 

「インストールしたIKK〇が抜けなくて~!」

「癖になっちゃって~!」

「かなしみ~!」

「悲しい時ー!!」

「悲しい時ー!!」

「ふざけて真似したIKK〇に、会議が支配された時ー!!」

「別のもんインストールすんな!!」

 

くそ、ツッコミ役の俺がこの場を離れるべきでは無かったか…!

思わず視線を逸らすと()()()()()()()()が視界に入り、思わず二度見する。

え、夕日…? え、6時? あれから4時間も経ってたのか…!?

 

「おいお前ら! とりあえずビデオメール撮るぞ!」

 

俺達のビデオメールは基本的になのはのビデオメールと一緒に送る事になる。それは当然管理外世界から向こうに郵便物を届ける方法が限られるからであり、専用の人手を動かす事になる為セットにした方が何かと都合が良いからだ。

今までのペースから考えて、恐らくなのはは翌日にはビデオメールを用意し終える。そして俺達の中には門限がある者も多く、明日は月曜…撮るなら今しかないのだ。

 

「良いか! カメラ回すぞ!」

「んー、オッケー!」

「また面倒な物をインストールしやがって…!!」

 

こうして完成したビデオメール…一種の電子ドラッグのような地獄絵図は神宮寺の訓練に支障をきたしたらしく、返答のビデオメールは怒りと心配に満ち溢れていた。

…いや、俺は悪くないよな…? コレ…

 

 




ツッコミ不在の恐怖。

平和ななのはさんサイドとカオスな神谷サイドを交互に…やってる事は同じなんですけどね。

次回はA's編に突入します。


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A's編
八神はやての新しい家族


更新が遅れてすみません…

はやてさん転生前の内容を何度も書き直したりしていました。…後は、その…古戦場とか…



私の前世は病との戦いの人生だった。

 

幼い頃から体は弱く、物心ついた時から病院の個室が私の世界。

自由に表を出歩く事も出来ない私にとっては勉強も娯楽も、両親が買ってくれたパソコン越しに行うものだった。

 

ネット小説の中では王子と結婚するお姫様にだってなれたし、アニメや漫画で色んな外の世界を見れた。ゲームの中で顔も知らない友人と何度も冒険をした。

でもそうやって色々な事を知れば知る程、自分のいる世界に何もない事が分かっていく。

 

それでも…例え仮初だとしても外の世界を感じられる娯楽を手放せず、決して触れる事が叶わない憧ればかりが増えていく日々…そんな憂鬱なループに陥ってしまった私を神様は救ってくれた。

 

転生…あぁ、何と言う素晴らしい響きだろうか。

「生きていれば良い事が必ずある」…両親が言ってくれた言葉が思い起こされる。本当にその通りだった。

…いや、まぁ厳密に言えば死んでいる訳だけど。

 

何はともあれ、神様が言うには『行きたい世界』と『望み』を言えば叶えてくれるらしい。

その言葉を聞いた時、私が思い描いたのはネットで見たあるアニメの登場人物だった。

私のように体にハンデを抱えていて、私のように孤独を感じていて…何となく親近感を抱いていた彼女はそれでも私と違って悲観的になる事は無く、優しさを失う事もなかった。だからなのか、彼女の周りには家族が…友達が増えていき、そんな繋がりが彼女に自由に羽ばたく翼を与えた。

 

私は神様に願った。

『八神はやてのようになりたい』と。

彼女のように強い心が、決して褪せない優しさが…ずっと一緒にいてくれる家族が、顔を合わせて笑い合える友達が私も欲しいと望んだ。

 

身体的ハンデを克服した姿に、世の理不尽を前にしても優しさを失わない精神に私も近づきたいと…

どうやら私は心の奥底で、どうしようもないほど八神はやてに憧れていたらしい。

 

神様は私のそんな自分勝手な願いを聞き入れてくれた。

 

そして願いは叶い、私は転生を果たした。…想像していた形とは少々違ったけど。

 

 

 


 

6月3日 PM 7:43 海鳴市 中丘町

 

 

 

「ごちそうさまでした。はやてちゃんの作るお料理は本当に美味しいですね。」

「そんな、美香さんの教え方が上手なだけです。私は少しでもお返しになればと…」

 

美香さんはヘルパーとして私の生活を支えてくれる他、私が教えて欲しいと言った料理を教えてくれたりもする親切な女性だ。

最初は一切料理が出来なかった私も美香さんのおかげで色々な料理が作れるようになったし、美香さんには本当に頭が上がらない。毎日の料理もそんな日頃の感謝を形にしたくてふるまっているだけなのだ。

 

「それじゃはやてちゃん、また明日来ますね。」

「あ、うん。美香さんも毎日おおきにです。」

 

時計を見るともう美香さんが帰る時間だ。明日の料理はどうしようかなと意識が明日のご飯に向いた時だった。

 

「あっ…そう言えば、()()()()()()()()()()()()()でしたね!

 プレゼントは何が良いですか?」

「…えっ、あ! だ、大丈夫ですよ! そんなに気を遣わんでも…」

 

そうか、明日は私の誕生日…()()()()()()()()()だ。

 

「そうですか? …ではケーキだけでも一緒に食べましょう! 折角の誕生日…おめでたい日なんですから!」

「あ、ありがとうございます!」

 

それから少しばかり話をした後、美香さんは帰っていき…私は急いで思考を巡らす。

そうか、もう転生してから9年になるのか。…これまで本当に色々な事があった。

 

数年前の事だ。この世界に産まれた私を祝福してくれた新しい両親が、突然の交通事故で亡くなった。

勿論私は前世の知識から両親が事故で亡くなる事は知っていたし、可能であれば助けたかった。だが無理だった。

事故が起きたのは私が病院で検査を受けている間で、家にちょっとした忘れ物を取りに行く途中の事故だった。突然かかってきた電話の受話器を手に、青褪めた表情で話す看護師さんの顔は今でも覚えている。

…その後孤児となった私が施設に引き取られそうになったところに親戚を名乗る『グレアム提督(おじさん)』が介入し、私は今まで通りの家で暮らす事になった。今にして思えば『闇の書』の暴走になるべく人を巻き込まない為だったのだろう。

そしておじさんが雇ったと言う通いのヘルパー(美香)さんに料理を教わったり、図書館に連れて行ってもらったり…図書館で付きまとわれたり、魔法の石(ジュエルシード)がテレビに映って唖然としたりと色々あったけど前世に比べたら随分楽しい…平穏な毎日を送っていた。

 

だがそれも今日までのようだ。

明日…と言うか今日の深夜、ヴォルケンリッターが家に来る。それが私の平穏な日々の終わりであり、かつて望んだ未来の始まり。

既に多くの転生者が動いている事は知っている。テレビでやってた。これからもきっと原作の通りにはならないだろう事も何となくわかる。

 

…でもそうなると色々考えないといけないな。

なにせ原作通りになる保証が無いという事は地球が滅ぶ可能性があるという事であり、リインフォースと一緒にヴォルケンリッターも消える可能性があるという事でもある。そしてそれは地球もリインフォースも救い出す事が出来る可能性も秘めているのだ。こんな可能性を示されては、頑張らないと言う手はないだろう。

 

…とは言ったモノの、どう頑張るべきだろうか?

A's編でも終盤まで魔法の力が手に入らないと言うのが今の私こと、八神はやてだ。それは転生したからと言って変わることはない。コレは正直どうする事も出来ないし、下手に闇の書の完成を速めればそれこそ地球が滅んでしまう可能性だってある。

 

やはり銀髪オッドアイ達に頼むべきだろうか…? 彼らはまず間違いなく転生者だし、『はやて』の頼みであれば多少なり動いてくれるだろう。…あれ? 下手に介入されて蒐集されたらもっと厄介な事になるような…?

…そうだ、思い出した! 蒐集した魔法は『闇の書の意思』も使えるようになるんだから、下手に転生者をけしかけたら余計に拙い事にもなりかねない!

 

…え? あれ? …もしかして、私が出来る事って本当に何も無いのでは…?

 

…とりあえず翌日ヘルパーの美香さんが来た時に彼女達が変な行動を取らない様に、今夜中に釘を刺しておかないと…

 

 

 

 

 

 

6月3日 PM 11:58

 

「23:58…もうすぐやな。」

 

うわ、ドキドキしてきた。原作では確か読書していたと思ったけど、もうそんな気分ではない。緊張と不安で心臓がばっくばくだ。

本棚の闇の書に目を遣る。…鎖で縛られたタイトルも書かれていない分厚いその本は未だに沈黙したままであり、この後あんなにハッスルする本とは思えない。…ちゃんと浮かぶよね? 既に『夜天の書』になってたりしないかな…しないよね。私の足動かないもんね。

そうこう言っている間に時計の示す時刻は『23:59』になってしまった。

 

「…ふぅー…ふぅー…」

 

思わず息も荒くなる。なんだろう、もしかしたらホントに気絶するかもしれない。こんな調子でヴォルケンリッターを前に何か言えるのか私!?

あぁ!? もう10秒切ってる!?

 

「…5…4…3…2…1…コイヤァ!! うわぁ!?」

 

緊張と夜更かしの深夜テンションで何故かケンカを売ったと同時に地震が起き、闇の書が光を放ちながら浮かび上がる。

それはそのまま私の方に近づいてきて…

 

「うゎ…血管みたいに脈打ってる。」

 

実際に見ると凄い違和感だ。材質は紙の筈なのになんで血管みたいなのが浮き上がるのだろう。…ネクロノミコンみたいな材料使ってないよね?

そのまま『闇の書』は内側からの圧力で鎖を引き千切り、白紙のページがパラパラとひとりでに捲られて行く。

 

Ich entferne eine Versiegelung.(封印を解除します)

 

わー、凄い…なんて言ってるか解る。確かドイツ語の筈なんだけどなー…

 

Anfang(起動)

 

そして私の中からリンカーコアが浮かび上がり、『闇の書』が一際眩く光り輝いたかと思うと…

 

目の前に傅く4人のヴォルケンリッター…私の新しい家族が居た。

 

 

 




はやてさんの前世は関西人ではないです。関西弁を話しているのは今生の両親が話していた関西弁に影響を受けたのも一因ですが、それ以上に本人が『標準語のはやて』に強い違和感を覚えた為です。

はやてさんの前世の病については意図的に描写しないようにしました。あまり本編に影響しない部分ではありますし、あまり詳しく書いたりすると鬱要素が増えてしまうので…

それと、はやてさんの幼少期の設定に関しては大半が捏造設定です。はやてさんの幼少期の情報って結構謎なんですよね…なんで一人暮らしになったんだろう?

あとお察しの方もいるかと思いますが、ヘルパーの美香さんは天使です。ただ名前のモチーフになった天使のような上位存在ではないです。あくまで名前のモチーフにしただけです。
天使も天野朱莉(天の明かり)しかりアンジュ(Angel)しかり何処となく天使をイメージした名前にしているのですが、日本人っぽい名前がこれしか思い浮かばなかった…!


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ヴォルケンリッター

前回に引き続きはやてとヴォルケンズ回です。

私は関西弁がネイティブじゃないので、はやてさんの口調が変な場合は指摘してくれると嬉しいです。


…ふと、意識が浮上していく感覚を覚えた。

何も見えない暗い闇…靄のかかった思考の中で、私に語り掛ける声が囁く。

『闇の書』の主を守れ。魔力を()り、魔法を集め…そして『闇の書』を完成させろ…と。

 

『…コイヤァ!!

 

どこか遠くから先程とは違う声が聞こえて目を覚ました時…我らは『闇の書』の主の前に(かしず)いていた。

 

「『闇の書』の起動を確認しました。」

 

自然と口が動く。何をすれば良いのか、何のためにここに居るのか…目覚めた時に全て理解した。

 

「我ら『闇の書』の蒐集を行い、主を守る守護騎士めにございます。」

 

シャマルが我々の役割を告げる。『闇の書』の完成と、主の守護…我が剣はその為にあるのだ。

 

「夜天の主の下に集いし雲…」

「『ヴォルケンリッター』…何なりとご命令を。」

 

ザフィーラとヴィータが我らの名を伝え、主からの最初の命令を待つ。

 

「…あー、えっと…とりあえず顔を上げてください! それと姿勢ももっと楽に…」

「はっ…」

 

主に言われ、顔を上げる。

…? 不思議だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…イヤ、気ノセイダロウ。我々ハ初対面ナノダカラ。

 

 

 


 

 

 

「…うん、先ずは自己紹介や。私の名前は八神はやてって言います。気軽に『はやて』って呼んでや~。」

 

『闇の書』の主がそう言って自己紹介を始めた。どうやら今回の主は『八神はやて』と言うらしい。

…どこかで聞いたような?

アタシノ思イ違イカ。…うん、()()()なんだし気のせいだろう。

 

その後も主…はやては自分の事を色々話していった。家族構成、人間関係、自分の住んでいる町の事から得意料理まで…やっぱり何かが引っ掛かる。はやてから初めて聞くはずの情報なのに、なんで『知ってる』とか『違う』とか思うんだ…?

マァ、良イカ。気ニスル程ノ事デモナイシナ…

 

「私の事はこれくらいにして、次は皆の事教えてくれん?」

 

そう言ってはやてはシグナムを見た。シグナムは少し呆然としていたが、直ぐに自己紹介を始めた…と言っても元々名前とかデバイスとかしか話す事も無いし、直ぐにあたしの番が来るだろう。

 

…それにしても、このはやてってのは今までの主とは随分と雰囲気が違うな。あたし達と対等の立場であろうとしてるのか? 変わったやつだな。あたし達の事を道具として扱う主もいたってのに…

 

…まぁ、悪い事じゃないから良いか。少しだけ…うん、本当に少しだけこれからが楽しみだ。

 

 

 


 

 

 

「風の癒し手…湖の騎士のシャマルです。我らヴォルケンリッターが必ずや『闇の書』を完成させ、主の望む全てを叶える為の力となりましょう。」

 

シグナムに始まった自己紹介をシャマルが締めくくったところで…そろそろ本題に入ろう。

 

「シグナムに、ヴィータに、ザフィーラに、シャマルやね。…私には魔法とか『闇の書』とかはまだ良く分からんけど、これからよろしゅうな!」

「はい、宜しくお願い致します。」

「硬いなぁ…もっと気楽でええよ?」

「しかし、主に対してそのような…」

「んー…その『主』って言うのもピンとけえへんのやけどなぁ…

 まぁ、今は置いといて…本題なんやけどな?」

 

私のその言葉にシグナム達が背筋をピンと伸ばし、言葉を待つ…いや、そんな大層な物じゃないんだけどね…

 

「そこにある車椅子で分かると思うんやけど、私は足が動かんくてな? 明日もヘルパーさんが家に来るんよ。…ヘルパーさんって言ってわかるか?」

「はい、凡そは…」

 

説明の途中でシグナム達って地球の名称どこまで通じるんだろう? と心配になったが、案外通じてくれて安心した。

 

「その人は美香さんって言うんやけど、怪しい人やないから家に来たら上げたってな?」

「…はい。あの、本題と言うのはもしや…?」

「うん、美香さんについてや。」

 

美香さんは基本的に私が起床する時間に合わせて来てくれるけど、私が寝坊してしまう時もある。今日はちょっと夜更かししてしまったし、明日起きるのが遅れるかもしれない。

そんな時にシグナム達が応対して追い返してしまっては美香さんに悪いし、もしかしたら不審者として通報されてしまうかもしれない。だからこの確認だけはしておかなければならなかったのだ。

 

「…了解しました。」

 

シグナムは少し何かを言いたそうな表情をしつつも了解してくれた。…やはり騎士に対してこう言うお願いは失礼だったりするのだろうか? 騎士としての矜持とか色々あるとは思うし…

…でも正直なところ、美香さんとの契約解除も考えないといけないな。この先の騒動に一般人である美香さんを巻き込む訳にもいかないし、何より『闇の書』の事件が無事に解決すれば足の麻痺も治るはずだし…

これについては明日美香さんに改めて説明しないと…でも今までホント良くしてくれたしなぁ。言いにくいなぁ…

 

「とりあえず、皆は私の親戚って事にしてな?」

「はい…はい?」

 

あ、今のシグナムの反応ちょっと面白い…じゃなくて!

 

「いや、ふふ…いきなり昨日まで居らんかった人が4人も増えたら怪しまれるやろ? せやから皆は私の遠い親戚で、私の誕生日を祝いに来てくれたって事にするんや。」

「は、はあ…」

「皆もよろしくな~」

「はい。」

「心得た。」

「おう。」

「ん…ふぁ…」

 

いかん、あくびが出てしまった。やっぱり夜更かしなんてする物じゃないなぁ…

 

「それじゃあ私はそろそろ寝るから皆も…」

 

そして気付く。皆の寝床が無い! いや、二階に両親が使っていた寝室がある。ベッドもまだそのまま置いてあったはず…!

 

「えっと…ヴィータは私と一緒に寝れば良いとして「えっ?」、二階に私の両親の寝室があるんやけど…ベッド、一人分足らんなぁ…」

「それならば…ザフィーラ。」

「ああ。」

 

シグナムの言葉でザフィーラが狼に変身する。…変身できるのは知っていたけど、実際見てみるとなかなか不思議な光景だ。

 

「この状態ならばどこでも眠る事が出来るでしょう。」

 

とシグナムが言ってくれる。…しかし、ベッドの数としては足りるが…

 

「…ザフィーラはそれで大丈夫なん?」

「問題ありません。」

「そうか? 寝苦しかったらリビングにソファがあるから、遠慮なく使ってや?」

「お心遣い、感謝します。」

 

…近いうちにベッドは無理でも敷布団くらいは買ってあげたいなぁ。

でも、今は私も眠気が限界だ…早く寝よう。

 

「じゃあ皆、おやすみな。それじゃ…ヴィータも一緒に寝よか。」

「はい、おやすみなさいませ。」

「お、おい! 待てって!」

 

突然ヴィータが異議を唱える。どうしたんだろう? 私と一緒に寝るのがそんなに嫌だったのかな。確か原作だと普通に一緒に寝てたと思ったけど…

 

「…なんだ、ヴィータ? 主のお気遣いを無碍にするつもりか?」

「い、いや…って言ってもよぉ!? あたしは…! あたしは…女、だよ…な…あれ?」

「…お前は何を言ってるんだ…?」

「い…いや、何でもねぇよ…一緒に寝れば良いんだろ!? 寝るよ!」

 

ヴィータはそう叫ぶと私の隣で毛布に潜り込んだ。さっき何か様子が変だった気がするけど…駄目だ。眠気であまり頭が働かない…明日聞いてみよう。

 

「ヴィータ…」

「う、うるせぇぞシグナム! 忘れろ!」

 

毛布を頭までかぶって叫ぶ姿に心が和む。きっと妹が居たらこんな感じなんだろうな…本人に言ったら怒りそうだけど。

 

「ほら、シグナムもおやすみや。」

「…はい。おやすみなさいませ、主。」

 

シグナムが部屋を出たのを確認すると、私も部屋の明かりを消して目を閉じる。

 

…いつもよりちょっとだけ温かい右隣を意識しながら。




はい。闇の書の影響でヴォルケンリッターの記憶は封印されています。
影響は継続的に受け続けており、認識や思考の誘導をリアルタイムで受けています。
影響を受けている個所はカタカナで書いていますが、読み難いとの指摘があれば別の形(多分『』か〈〉で区別します)に変更しますので遠慮なく言ってください。

ヴィータさんがはやてさんと一緒に寝ましたが、前世の記憶が無いのでノーカン…!


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転生と忘却のループ

ちょっと長めです。


目が覚めると、至近距離に女の子の寝顔があった。

 

「うゎっ!」

「…んー…」

 

…危ねぇ、思わず大声を出して起こしちまうところだった。…あたし自身何でこんなに焦っちまったのか分かんねぇけど、とりあえず主を起こさない様にしねぇとな。

 

 

 

「あ、ヴィータちゃん。おはよう。」

「ん? シャマルか…おぅ。」

 

リビングに入ったところでシャマルが声をかけてきたのでそっけなく返す。まぁ、いつものやり取りだな。

 

「主は?」

「まだ寝てる。」

「そう…朝ご飯作ってあげたいけど、勝手に台所使ってしまっても大丈夫かしら…?」

 

そう言って台所の方を見やるシャマルに、思わずげんなりとする。

シャマルの料理はお世辞にも美味いとは言えない。と言うのも本来シャマルの料理は戦場で戦い抜く為に栄養バランスのみを追求した物で、味は二の次だったからだ。

だが、今の時代はそんな戦時中じゃない。主からの命はまだだが、こんな時くらいは美味い物が食べたいと思ってしまうのは別に変な事ではないだろう。

 

「…いや、待て。確か主は足が不自由でヘルパーを雇ってるって言ってただろ?

 多分料理とかも作ってくれてると考えるとそろそろ来るんじゃないか?」

 

それは脳裏に電流が奔ったかのような閃き。昨日の数少ない情報からこの結論を導き出せたあたしは実は天才なんじゃないかとすら思えた。

 

「…でも、私達だって主に仕える騎士よ。お世話してあげたいって思うのよ。」

 

ぐっ、流石はシャマル。反論しにくいところを突いてくるな。

実際あたしも昨日の主の話に思うところが無い訳じゃない。あたしだって騎士だ。主に頼られるべきは『ヘルパー』とやらじゃなく、あたし達だと言う矜持(プライド)は持ち合わせている。…だが、

 

「シャマルの気持ちはあたしにだって分かる。でも…ほら、今まで主を支えてきたヘルパーの腕を見るとか…な?」

「…そうね。郷に入っては郷に従えとも言うものね。」

 

今のあたしは美味い料理が食べたいんだ。…済まねぇな、シャマル。だがきっとこの思いはザフィーラやシグナムも…うん?

 

「なぁ、おい…シグナムとザフィーラは?」

「あの二人なら起きて早々庭に出て組手してるわ。勘が鈍らない様にですって。」

「ふーん…」

 

あいつらは相変わらずストイックだな。…とは言え、確かに大事な事だ。何時主を狙う敵が現れるともしれない現状、何時でも動けるようにした方が良いだろう。

 

「…あたしも行って来る。」

「ええ、行ってらっしゃい。」

 

リビングの窓から庭に出ると、細長い鉄の棒を持ったシグナムがザフィーラと軽い運動をしていた。

 

「む? ヴィータ、目が覚めたか。…主は?」

「寝てる。起こすのも悪いし、こっそり抜け出してきた。」

「そうか。…ヴィータ、お前もどうだ?」

 

そう言って手に持っている棒をあたしに放り投げるシグナム。

 

「っと。…随分軽い棒だな。こんなんで鍛錬になるのか?」

「何も真剣で行うばかりが鍛錬ではあるまい。間合いを意識し、立ち回る組手であればその棒で十分だろう。」

「まぁ言いたい事は分かるけどよ。」

 

あたしの場合アイゼンと比べて重心がなぁ…

 

「…待て、シグナム、ヴィータ。客人のようだ。…恐らくは昨日主が言っていた『ヘルパー』だろう。」

「なに?」

「おぉ、来たか!」

「…嬉しそうだな、ヴィータ。」

「あー…シグナムの気持ちも分かるぞ? あたしも騎士だからな…でもよぉ、ヘルパーってやつが朝飯作ってくれねぇとシャマルが料理を…」

「折角の客人だ。もてなさねば主の評判にも関わると言うもの。行くぞ! ザフィーラ、ヴィータ!」

 

…まぁ、どうせなら美味い物食いてぇよなやっぱり。

一度家に上がり、シグナムについて行くようにして玄関に向かう。シャマルもついて来てヴォルケンリッター全員での出迎えだ。主に仕える騎士が全員って…やっぱりちょっと豪勢過ぎじゃねぇかなとは思うが、まあいいだろう。どうもこの時代、あまりそう言う格式ばった事は意識しなさそうだしな。

 

しばらく待つと“ピンポーン”と言う音が響き…

 

「…はやてちゃん、まだ寝ているのかな?」

 

と言う声がドア越しに聞こえたのを確認すると、シグナムが代表してドアを開けた。

 

「…! 貴女達は…」

「失礼だが、名前を聞かせて貰えるだろうか?」

「…私は、美香と申します。はやてちゃんのヘルパーを…」

「うむ、先ずは上がってくれ。外で立ち話と言うのもなんだからな。」

 

そう言ってシグナムは表情を柔らかくし、玄関へと誘う。しかし…

 

「…いえ、()()()()()()()()()()()()先ずはここでお話をしましょう。」

「なに…?」

 

一瞬、何か違和感を覚えた。しばらくその正体が分からなかったが、目の端に映った()()()()()()()()()がその正体を教えてくれた。

 

「…てめぇ、何者だ!」

 

アイゼンを起動し、戦闘態勢に入る。…くそっ! そう言えばまだ主から()()()()()()()()…!

 

「ヴィータちゃん!? 何を…」

「シャマル…我々の後ろに。…どうやらただの客人ではなさそうだ。」

 

そう言うとシグナムもザフィーラも周囲の異変に気付いたのか、それぞれ戦闘態勢に入った。

…ピリピリとした緊張感。一見平和に見えたこの時代でも、結局あたし達は戦闘しか出来ないのか。そう思った時、美香と名乗った目の前の女から光が発生し…

 

 

 

…あたしは全てを思い出した。

 

 

 


 

 

 

「ぐっ…!」

 

…光に包まれたと同時に、鈍い頭痛と共に脳裏に浮かぶ数多の記憶。それが自分の物であるという事を理解するのに、それほど時間はいらなかった。

思い出したからこそ良く分かる。このやり取りももう()()()()()()()()()()()のだから…

構えていた愛刀レヴァンティンを待機状態に戻し、警戒を解く。先ほどまでの緊張感はもう無い。()()()()()()()()のだから当然だ。

 

「…そうでしたか、貴女が此度の…」

「はい…天使です。…貴女達には苦労をおかけしてしまい、申し訳ありません。」

「いえ、私達こそ毎回お世話になってしまい…何も出来ぬこの身を恥じる思いです。」

 

天使様か…その存在を初めて知ったのはもうどれくらい前になるだろう。

『夜天の書』が『闇の書』へと改竄されて何度目の転生の時だったか…ある日、私達ヴォルケンリッターは襲撃を受けた事がある。

 

記憶が戻った今、あの戦いも鮮明に思い出せる。本来ならば忘れるはずもない()()()()()。それも惜敗とはとても呼べぬ程の()()だった。

 

銀の髪に異色の双眸を持ったその襲撃者は気付けば私達の近くに現れており、みすみす先手を譲ってしまったのだ。今にして思えば、あの瞬間に勝敗は既に決まっていた。

5つの属性変換資質、強力無比な次元魔法を始めとしたあまりにも豊富な手数。どれほどの鍛錬の果てにその力を得たのか、私達はまるで歯が立たなかった。

記憶こそ無かったが、当時もヴォルケンリッターとして相応しいと言える実力を持っていたにも拘らずだ。

アイゼンの一撃も、我がレヴァンティンの斬撃も掠らせる事すら出来なかった。それでいてその男の攻撃はザフィーラの防御すらもすり抜けるかのように私達に襲い掛かった。

こちらの攻撃は当たらず、相手の攻撃は躱せず…私達は一方的に蹂躙された。

 

『済まないが、私の目的の為に今は眠って貰う』

 

そう一方的に告げた襲撃者の右手に5色の光が瞬いた瞬間、私達はそのとき初めて天使様に出会ったのだ。

私達を守ってくれた天使様は襲撃者を追い払うと、失われていた私達の記憶を戻してくれた。…それ以来、天使様()は定期的に私達の前に現れては記憶を戻してくれているのだ。

 

「…して、今回は()()()()()()のでしょうか。」

「そうですね…現状であれば1日は持つでしょう。しかし蒐集を進めて行くにつれて記憶を維持できる時間も更に減っていく事になります…」

 

そう、この記憶の復活だが…何時までも持つ訳ではない。

最初は一度記憶を呼び戻してもらえば一ヶ月は持ったのだが、『闇の書』が転生を繰り返す度に…魔力を収集する度にその間隔は少しずつ短くなって行った。恐らくは『闇の書』の力が増す毎に、影響が強まっていくためだろう。

 

「天使様ははやてのヘルパーとして雇われているのですよね?

 毎日私達の記憶を戻していただけると考えてよろしいのでしょうか?」

「はい。現状では私が貴女達に出来る事はそれくらいしかありませんし、出来る限りのサポートをお約束いたします。」

「…かたじけない。」

「さっきまでは騎士の矜持を気にしてたのにな。」

「記憶が無かったのだから仕方ないだろう。」

 

ヴィータが茶々を入れて来るが、もう騎士の矜持とか言ってられる場合ではない。私達の前世の記憶のみが頼りなのだ。

今回のチャンスをものに出来なければ地球が滅ぶ上に、私達は今度こそ永遠に忘却の霧の中に囚われ続ける事になるだろう…私達に次は無いのだ。

そう気を引き締めた瞬間、周囲に音が溢れた。どうやら止まっていた時間が動き出したらしい。

 

「…では、私もそろそろヘルパーとしてのお仕事に移らせていただきますね。」

「あ…すみません、私達にここまで時間を割いていただいて…」

「気になさらないでください。貴女達に起きている問題はこちら側の不手際によるものです。…本来は元凶である『闇の書』の方をどうにかするべきなのですが、私達にはその権限が無いのです。」

「いえ、こうしてお力添えいただけるだけでも万の兵を預けていただけたように心強く感じます。」

「…そう言って貰えるだけで、嬉しく思います。…やはり、いざと言う時には規則を破ってでも…

「…? 天使様、今何か…?」

「あ、いえ! では私ははやてちゃんの所に向かいますね!」

 

そう言って天使様は小走りにはやての元へ向かった。

…先程の表情、何か思いつめたような…いや、無理に踏み込むのも不作法と言うものか。

 

「1日…やっぱりだんだん短くなって…」

 

シャマルが沈痛な面持ちでそう呟く。

そうだな…今は天使様の事よりも、私達は私達のこれからについて考えるべき時だろう。

 

「…シャマル、大丈夫だ。それも今回で終わる…終わらせるんだ。とうとう私達はこの時代に辿り着いたのだからな。」

「…」

 

この時代…高町なのはが、フェイト・テスタロッサが、八神はやてが居る時代。原作の流れをなぞる事が出来れば、私達もこの転生と忘却のループから解放されるはずだ。…なぞる事が出来ればだが。

 

「油断は禁物だぞシグナム。()()()()()()()()を信じるのならば…事はそう簡単ではない。」

「ザフィーラ…あぁ、解っているとも。」

 

ザフィーラが言っているのはあの時、天使様によって仲裁された後の襲撃者の言葉だろう。

あの時の襲撃者…今となっては私達と同じ転生者である事は分かっているが、彼は私達に向けてこう言ったのだ。

『転生者は例え望まずとも未来を変えてしまう。その一挙手一投足全てが未来を歪める蝶の羽ばたきなのだ』と。

彼が何故私達を襲ったのかは分からないし、この時代に生きる私達には関係ない。だがその言葉の持つ意味だけは常に意識しておかなければならない。

 

「私達は慎重に動かなくてはならない。転生者の望むほぼ全てが集まるこの時代だ。転生者の人数は少なく見積もっても数十人は居るだろう…何とか未来を収束させるのだ。私達の為にも、はやての為にも、この地球の為にも。」

「…」

「…ヴィータ、先程からどうしたんだ? 随分と思いつめた顔をしているが…」

「シグナム…あたし、はやてと一緒に寝ちまったんだけど…」

 

昨晩の事か? ああ…そう言えば、私達は元々全員が男性だったな。

 

「今更気にする事でも無いんじゃない? 私も前世の記憶こそ持ってるけど、男っていう意識はもうほとんど残ってないし…」

「シャマルの言う通りだぞヴィータ。それに今までだって似たような状況は何度もあっただろう。」

「そ、そりゃそうだけどよ…今回はあのはやてだぞ? あたし達以外の転生者にバレたら何か酷い目にあいそうでさぁ…」

「…どちらにしろ誰か一人は同じ部屋で寝る事になるんだ。ベッドの数と言う事情もあるが、守護騎士としての役割を考えれば主を一人にするのも言語道断だろう。」

「…はぁ、わぁったよ。はやての安全には代えられねぇしな…でもいざとなった時は擁護してくれよ?

 流石にもう転生者に襲われるのは懲り懲りだ。」

「ああ、いざと言う時は私も力を貸すさ。…だから安心しろ。」

「シグナム…ふん、別に不安になった訳じゃねーよ!」

 

ヴィータは強気にそう言って家の中に駆けていくが、私には分かる。あの襲撃者の一件が原因なのか、転生者の事を話すヴィータの目には間違いなく不安の色があった。

転生者は皆あんな化け物なのか、いざとなった時今度は勝てるのか…今度こそ本当に死ぬんじゃないか…そんな不安が見えた。

 

ならば私は敢えて自信をもって答えよう。大丈夫だと。私が居るのだと。

それがヴォルケンリッターの将として生まれた私の役割なのだから。




今回はちょっと詰め込み過ぎたかも…いつも以上に読み難くなっていなければ良いのですが。

ヴォルケンズの精神面は原作のヴォルケンズに結構近くなっています。多少ノリが軽いと言うような差異はありますが。

シャマルさんの料理の腕はやや原作寄りに設定しました。(食べても意識を失ったりはしないが、決して美味しくない)
美味しくない理由は後付けの捏造です。
記憶が戻っている時は普通に食べれるようになります。と言うか、記憶が戻って初めて味付けを意識するようになる感じです。(記憶を失っている時は味付けを意識していない。)


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お買い物

遅れてすみません!

今回も八神家中心です。あと1話か2話くらい書いたら時間を12月まで飛ばそうかなと思います。(アニメ版のA's一話開始時点)

それと、はやてさんの関西弁に違和感を感じましたら感想でも誤字報告扱いでも良いので指摘していただけるとありがたいです!
こちらでも何回か手直しはしましたが、一部の違和感が抜けず…


「あー…買い物行かなあかんなぁ…」

 

朝食を作ろうと冷蔵庫の扉を開けたところで気付いたけど、今日からはヴォルケンリッターの皆の分も含めて6人分の食材が必要なんだった。

 

「あ、もしかして食材が足りませんか? それでしたら私が近くのお店で…」

「うーん…朝食を作る分には十分やし、後で皆で買い物行こか?」

 

美香さんの申し出はありがたいけど、折角家族が増えたんだから皆とも一緒に出掛けたいしここは遠慮しておこう。

取りあえず朝食は焼き鮭辺りにしておこうかな。後は…うん、お味噌汁もつけよう。

 

 

 


 

 

 

シンプルな焼き鮭と白米、それに豆腐の入った味噌汁…

はやてが作った朝食は、まさに日本の朝食と言った内容でとても懐かしい味だった。

 

「…ご馳走様。」

「うん、お粗末様や。…お口におうたか?」

「…美味かった。シャマルに任せなくて本当に良かった…」

「ちょっ…ヴィータちゃん!? 私も()()ちゃんと作れるからね!?」

 

どっちにしろ記憶の無い時に作ったら結局()()が出て来るんだよなぁ…

それにしても…本当に美味かった。特に味噌なんて懐かしすぎて涙が出るかと思ったくらいだ。

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ、皆でこの後お買い物行かへん?」

 

皆が朝食を済ませて食器を洗い終えた頃、はやてが突然そんなことを言い出した。

 

「買い物…ですか?」

「そうや。食材とかも買うておきたいし、皆も…あっ、いや…やっぱり、お留守番しててもろてええか?

 ついでに皆の分の服も買うて来るから…今度一緒に買い物しよな?」

 

改めてあたし達の今の服装を見て外出は無理と悟ったのだろう、はやての声のトーンが一気にしょんぼりとしたものになる。

流石に今の恰好で外出するのは結構度胸が要るからな…正直はやてが考え直してくれて助かった。

 

「でも、はやてちゃんは大丈夫? 外で危ない目に遭ったりしたら…」

 

心配性なシャマルがはやてに確認を取るが、寧ろこの辺りの事ははやての方が詳しいんだしそんなに心配する事じゃないだろと思う。…いちいち口に出したりはしないけどな。いつもの事だし。

 

「美香さんにもついて来て貰うから、私は大丈夫や。その代わりお留守番はお願いな? 変な人来ても、絶対に鍵開けたらあかんよ?」

「でも…あっ、そうだわ! はやてちゃん、ヴィータちゃんならはやてちゃんの服着れるんじゃないかしら?」

はぁっ!?

「それや!」

 

思わずシャマルの胸ぐらを掴む。

 

≪おまっ、ふざっけんなよシャマル!?≫

≪だってはやてちゃんが心配で…≫

≪あたしの正体がバレたらあたしの身が危なくなるだろうが!!≫

 

何でこれ以上あたしを追い詰めるような事を言うんだ!? 朝食か!? 朝食を作らせなかった事を怒ってんのか!?

 

≪落ち着け、ヴィータ。≫

≪シグナムも言ってやってくれよ! 添い寝だけでもヤベーのに、服まで着たらもうホントにヤベーって!!≫

≪…だが、はやての安全を考えれば護衛が居た方が良いのは事実だ。≫

≪はぁっ!? お前があたしの立場だったら着れるか!? はやての服だぞ!? 転生者に見つかったらホントにヤベーんだって!!≫

 

いくら天使が居ると言っても一人だぞ!? 大勢でかかって来られたら無事なんて保証は無いんだぞ!?

 

≪思ったのだが…≫

≪! ザフィーラ! お前は分かるだろ!? あたしの気持ち!≫

≪…そもそもヴィータとはやてが黙っていれば、ヴィータが着ているのが『はやての服』か『ヴィータの服』かなんて分からないのでは…?≫

≪えっ!? …あっ、ぐっ…! でも…≫

 

くそっ、言い訳のしようがねぇ…! お前あたしの味方じゃねーのかよ!? 確かにあたしとはやての服のサイズは同じだろうし、多分着れる…

天使は転生者同士のいざこざにしか手を出せねぇ以上、他の転生者からはやてを守れんのはあたし達だけ…いや、ついて行けるのはあたしだけ…

…うん?

 

≪いや、ザフィーラ! お前普通について行けるじゃねぇか! 早く犬に変身してついて行けばいいだろ!?≫

≪狼だ!≫

≪どっちでも良いよ! お前が一番リスクがねぇだろ!? なんであたしがはやての服着る前提で話進めてんだ!≫

 

危ねぇ! 騙されるところだった! でもあたしが行かなきゃならねぇ理由はこれで…

 

 

 

その時、あたしの肩に後ろから指でツンツンとつつかれるような感覚がした…

正直…嫌な予感がした。だってそうだろ? シャマルがバカな事を口走った時、はやては「それや!」って…すげぇ乗り気だったんだからよ…

 

そして、恐る恐る振り向いたあたしの目に映ったのは…

 

「コレ、ヴィータに似合うと思うんやけど…着てみん?」

「…ぁっ…ッ!!」

 

満面の笑みで服を広げるはやての姿だった。…なんでそんなに楽しそうな顔するんだよぉ…! そんな顔されたら断れねぇじゃねぇかよぉ…ッ!!

 

 

 


 

 

 

♪~

 

「…電話? こんな朝から誰が…って、神尾から?」

 

…あぁ、なるほど。はやての誕生日だから誕生日プレゼントでも買うかって話か?

でもあぁ言うのって予め聞いておかないと喜んでくれるか解んねーしなぁ…

そんな事を考えながら電話に出る。

 

「…神尾? 朝からなんだ? はやての誕プレの話か?」

『剣崎…先ず落ち着いて聞いてくれ…』

「? おう。…何でお前そんなひそひそ声で話してんだ? ASMR?」

『ちげぇよ! 良いか!? 落ち着いて聞けよ!?』

「だから何だよ…悪戯なら切るぞ?」

『はやてとヴィータとザフィーラが居た。』

 

…いや、そりゃ居るだろ。今日はやての誕生日だし。

 

「…お前もしかしてはやての誕生日知らなかったりする?」

『んな訳ねーだろ!? 知ってるよ! 大事なのはここからだ!』

「はいはい、はよ話せー。」

『ヴィータがはやての服着てる。』

 

 

「なにっ!? それは本当(マジ)か!?」

『あぁ、本当(マジ)だ! 間違いねぇ…あれははやての服だ!』

「なっ…なんで分かるんだ!? そんな聞いてもねぇ事を…!」

『先ず今はやてと一緒に居るのがヘルパーと思われる女性以外にはヴィータとザフィーラだけだ。今日がはやての誕生日である事を考えれば収集活動を行っていない事が分かる。ならばヴィータとザフィーラだけがついて来ている理由もシグナムとシャマルが着れる服が無い以外には考えられない。ルートから考えても行先は大型スーパーの○○で間違いない。多分人数が増えたからその分の食材も一通り買うつもりだろう。そして服を買いに行くって時にヴィータが服を着ているって事はつまり、あれははやての服だ…! 間違いねぇ、はやての服を着ている…ッ! 恥ずかしいのか照れてるのか、頻りに辺りをきょろきょろ見回してるとか可愛過ぎないか…!?』

「早い早い! 聞き取れないって!」

『あ、悪い。とにかく今はいつものメンバーに『ヴィータがはやての服を着て一緒に買い物しに行くところを見つけた』って拡散してるだけ。場所は…』

 

そう言って場所を教えた後に通話は切れた。多分他の図書館メンバーに拡散しているんだろう。

 

…はやての服を着たヴィータか。…まぁ別に? 俺はロリコンじゃねーし? 今の年齢なら肉体的には同年代だし? 中身で言うなら寧ろ年上だし? …あれ? 何だよ、普通にセーフだったわ。

 

…よし、行くか。

 

 

 


 

 

 

「ヴィータ? さっきからずっとどないしたん? そんなにキョロキョロ見回して…」

「なっ…何でもねーよ。」

 

そんなに周囲が気になるかな…別に普通の歩道なんだけど…

 

「んー? あ! そういう事か?」

「…なんだよ?」

「心配せんでもよう似合っ(におう)てるよ? 可愛いでヴィータ。」

「バっ!? …そんなんじゃ…!」

 

…声も潜めて、どうしたんだろ? まるで何かを警戒しているような…?

 

 

 


 

 

 

おかしいだろ!? 何だよこの町!? 探査しなくても感知できる魔力持ってるやつらが多すぎだろ!?

これ全部転生者か!? 何十人居るんだよ! 馬鹿じゃねぇの!?

 

≪ヴィータ…気持ちは分かるが落ち着け。≫

≪落ち着きようがねぇだろ!? この反応全部転生者なんだぞ!?≫

 

探査している訳ではないから正確な位置や人数は分からねぇけど、一人や二人じゃ絶対ねぇ…!

 

≪だからこそだ…堂々としていろ。お前が転生者だとバレなきゃ何も問題は無いんだからな。≫

≪お…おぅ…≫

≪それに、これは朗報でもある。≫

≪…どう考えても悲報でしかないだろ。戦闘態勢に入って無いのに感知できるんだぞ?≫

≪それは距離が近いからだ。今我々は奴らに包囲されているが、奴らは皆距離を縮めようとはしていない。常に一定の距離からこちらを伺うだけにとどめている。≫

≪は!? ほ、包囲!?≫

 

って事はあたし等の事バレてる…って言うか…見られたのか。…そっか…

 

≪落ち着け! 一つ一つの魔力を良く観察しろ。そして襲撃者の魔力を思い出せ。≫

≪あ、あぁ………ん? これって…≫

 

何つーか、あまり強くない…? いや一般的な基準で考えれば十分一人前と言って良い魔力だけど、アイツと比べたら…

 

≪そうだ、転生者(イコール)襲撃者ではない。こいつらの魔力は襲撃者と比べてみれば取るに足らんものだ。俺達二人でも十分に対応可能だ。≫

≪…なんだよ、脅かしやがって…! 近づいてきたらぶっ飛ばしてやる…!≫

≪…相手が格下と見るなり手の平を返すな。小物に見えるぞ。≫

≪う、うるせぇ!≫

 

「うん? ヴィータもようやく落ち着いたか?」

「…別に、元々こんなもんだろ…」

「そぉか? なんかお上りさんみたいで可愛かったで?」

「なっ…!?」

 

くっ…! あいつらの所為で…こんな…!

覚えてろよ…蒐集開始したら真っ先に潰してやる…!




ヴィータさん、会う前から転生者に対する好感度が最低レベルまで下がるの巻。

一応補足しておきますと、ヴォルケンリッターは全員『転生者』と言う存在に対して警戒心を抱いています。(特に銀髪オッドアイに対しては顕著)
ただその中で一番警戒心が高かったのがヴィータさんだっただけです。


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早速の乖離

次回でとりあえず八神家サイドは最後になるかと思います。
その次からは久しぶりのなのはさんサイドに戻ります。…多分。


「今日のお夕飯は何にしようなぁ…ヴィータは何か食べたいもんとかある?」

「…えっ?」

 

スーパーの生鮮食品売り場でのはやての問いかけに、少し遅れてヴィータが返す。

この直前に衣服も買ったのだが、その時からヴィータは何やら考え込んでいてはやての言葉にも上の空だった。

 

≪『今日の夕飯何が食べたいか』…だ。ヴィータ。≫

「あー…そうだな…はやてに任せる。」

「うーん…何にしよか。まだ皆がどれくらい食べるかも分からんしなぁ。」

≪…サンキュー、ザフィーラ。≫

≪ヴィータよ、今の返しははやてが一番困る奴だぞ? …転生者達の事を考えていたのか?≫

≪うっ…咄嗟に思いつかなかったんだよ。それに、今のあたし達が地球の料理を知ってるのも変だろ?

 …それで転生者の事だけどよぉ、確かに今感じている魔力は襲撃者(アイツ)程の脅威じゃねぇ。だが、だとしてもこの数はやっぱり厄介だ。

 今のあたし達はまだはやてから騎士甲冑も貰ってねぇ状態だし…いざ戦闘になった時の事を考えると、流石に武器だけじゃ不安なんだよ。≫

≪…ふむ、一理ある。≫

 

ヴィータの懸念は最もだ。魔法戦にしろ白兵戦にしろ、集団で囲まれればどうしても戦いの中で隙が生まれる。1対1の近接戦闘に特化したベルカ式ならそれは猶更の事だ。

そういう意味では騎士の身を守る騎士甲冑の重要性は、ミッド式のバリアジャケットよりも大きいと言えるだろう。

 

≪ならばこの際、この場ではやてに騎士甲冑の話をしてみるのも良いかもしれないな。

 これだけの数の魔導士が居る街だ。仮にここに居るのが本物のヴォルケンリッターだとしても、装備を整える事を優先とするだろう。≫

≪…バレねぇか?≫

≪恐らくは大丈夫だろう。騎士甲冑を欲する理由(言い訳)なら掃いて捨てるほどある。≫

≪…そうだな。これだけの数に囲まれて鎧の一つも欲しがらない方がおかしいもんな。≫

 

まぁ、最悪ヴィータが転生者に疑われそうならその時は『転生者である俺が提案した』と奴らに打ち明ければ良い。…これはヴィータに言うつもりは無いがな。

 

 

 


 

 

 

「…騎士甲冑?」

 

食材の買い物を終えた頃、突然ヴィータに騎士甲冑の話を持ち掛けられた。

 

≪あっ…これは思念通話って言って、心の中で答えてくれれば大丈夫だ。それであたしにも聞こえるから。

 それで、騎士甲冑ってのはあたし達の身を守る為の鎧の事だ。

 …武器は最初から自分達の分を持ってるけど、こればかりは主であるはやてから貰わなくちゃダメなんだ。≫

 

しまった…つい声に出してしまった。…これが思念通話か。頭の中で声が聞こえるって変な感じ…

! そう言えば頭の中で考えるだけで声が届いちゃうんだったら今考えてる事も聞こえてる!?

 

…もしもし、ヴィータ?

…ヴィータさん…聞こえてましたか…? 

 

もしもーし…

 

…聞こえてないのかな。やっぱり『伝えよう』って意識した言葉じゃないと聞こえないのかな…?

 

やっぱりこちらの声は聞こえてなかったんだろう。ヴィータからしてみれば私の沈黙と取れる『間』は私が判断を迷ってると思われたのか、騎士甲冑を求める理由を教えてくれた。

 

≪…実はさ、今あたし達は包囲されてるみたいなんだ。

 はやてには言ってなかったけど、このスーパーに入る前からずっとあたしはそいつ等の魔力を感じ取ってる。≫

≪えぇっ!?≫

 

ヴィータから聞かされたその衝撃的な内容に驚く。

騎士甲冑については知ってるけど…何でこのタイミングで? と思ってはいたが、まさか私の知らない内にそんな事になっていたとは…

 

しかし包囲って…ずっと監視されてたって事? …誰に?

 

…なんか思い当たる顔が数人思い浮かぶけど、もしかしてここに来る途中でヴィータがずっとキョロキョロしてたのもその所為…?

 

≪…私が甲冑を皆にあげたら、皆戦ってまうんか…?≫

≪はやて………まだ、それは分かんねぇ。でも…あたし達が戦うんなら、それははやてを守る為だ。

 それにそいつ等がはやてやあたし達に危害を加えようってなった時に、守護騎士であるあたし達が何も出来ないんじゃそれこそ騎士の名折れだしな。≫

 

めっちゃ警戒してるやん。思わず素で関西弁になるわこんなん。

多分顔見知りなんだよなぁ…今私達を包囲してるのって。いや、管理局員の可能性もあると言えばあるから下手な事は言えないんだけど。

それにあの時のヴィータの様子は今にして思うと凄い不安そうだったし、やっぱり騎士としては鎧が無いと心細かったりするのかな…?

 

≪…うん、分かった。その騎士甲冑って言うんをあげれば、皆は安心できるんやな?≫

≪! はやて…!≫

≪でも! …人様に迷惑かけたり、無暗に喧嘩したりせえへんって約束できるか?≫

≪…ああ、約束する!≫

 

…ちょっと原作とは違う流れになるけど、襲われる事なんてそうそう無いだろうしこういう約束をしておけば大丈夫だよね。

 

≪それで、私は何をすればええんや?≫

≪甲冑自体は自分の魔力で作れるから、はやては見た目だけ考えてくれれば大丈夫!

 外見で強度が変化するような事も無いし、気楽に考えてくれれば良いぞ! …あまり変なデザインじゃなければ。≫

≪ふーん…ほんなら、かっこいい感じの服でも良えか?

 甲冑言われてもデザインなんて思いつかへんし…≫

≪ああ、それで大丈夫だ!≫

≪それじゃあちょうど服も買うたし、家帰ったら今度はデザイン考える為に皆でお出かけしよか。

 そろそろ皆もお腹空く時間やろし、お昼食べた後でな。≫

≪おう!≫

 

何か思ってたよりもやる事が増えちゃったけど…うん、偶にはこういう一日も良いかな。

 

 

 


 

 

 

「聞いたか?」

「あぁ、騎士甲冑って言葉の事だろ? 多分思念通話で細かい事は話してたんだろうが、シグナムとシャマルの代わりにヴィータが言ったんだな…」

 

本来の流れとは明らかに違う。正確な日時こそ不明だが、あれはシグナムとシャマルが私服を持ってからの出来事である事だけは確かだからな。

 

「…なんで?」

「原作キャラの行動が変わるって事は、その前提条件が変わったって事だろ?

 直ぐにはやてを守らなきゃいけないって判断する何かがあったんじゃねぇか?」

 

俺も神野と同意見だな。少なくともヴィータを焦らせる何かがあったから、あんな提案をしたんだろう。

 

「なに!? 敵か! 敵が居るのか!? こんな朝から!?」

「何処だ!? 魔力探知しても見つからねぇぞ!?」

「大型スーパーを選ぶとは敵も中々厄介な事をしてくれるな…ここは特に人が多いから隠れやすいし逃げやすい。

 加えていざとなれば盾にも出来る…か、下衆め…」

 

神井の言葉に釣られるように神路と剣崎が怒りを露わにする。…誰も敵が要るなんて言った覚えは無いんだがな。まぁ…確かにその可能性はあるけど。

 

「でもよ…ここで俺達が敵を先に見つけて捕縛したら、ヴォルケンリッターとも友好的な関係を構築できそうじゃねぇか?」

「…なるほどな。そうすれば蒐集ペースや蒐集対象をある程度コントロールして『闇の書の意思』の対策も練られるかもしれん。」

「っしゃぁ! 見つけ出してボコしてやろうぜ! この時期に動くって事はグレアム一家じゃねぇ事は確かだろうしな!」

「…へっ、良いねぇ。誰に喧嘩売ったのか教えてやろうぜ!」

 

敵が居ると思うんなら無暗に声を出すなよ…本当に敵が居たら俺達もうもろバレだぞ。

っと、そんな事を言っている間にはやて達が動いた。

…この方向からして、そろそろ帰るらしいな。確かにもう11時は回ってるし、昼食も作る事を考えると頃合いだろう。

 

「あ、待って…はやて達が帰るみたいだぞ。」

「…じゃあ追うか。敵の狙いがはやて達ならどっかで尻尾出すかもしれん。」

「「「「「異議なし!」」」」」

 

…別に家の場所を突き止めようって訳じゃない。単純に心配なだけ…うん、それだけ。




この後特に何も起こらず八神家に帰った。


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疑惑の騎士甲冑

今回は割と勢いで書いちゃったところはありますが、プロットは守っているのでセーフ…!

本来は2分割した方が読みやすくはなると思うのですが、あまり時間が取れず粗削りな出来になってしまっているかも…読み難かったら直します!<(_ _)>


「…と、言う訳で…今度こそ皆一緒にお出かけや!」

 

お昼ご飯の冷やし中華を食べ終わり、いよいよもって騎士甲冑の為の資料探しだ。

一応自分で考えると言う事も出来るんだけど、正直私はそう言ったおしゃれのセンスに自信が無いので原作に合わせようと決めていた。

騎士甲冑に関しては原作のデザインもバッチリ覚えているし、何も見なくても再現は可能だとは思うし…それに本音を言えば折角のお出かけの機会なんだし、一緒にお出かけがしたいと言う思いが強いんだよね。

 

「でもヴィータちゃんの言う『監視者』も気になるわ。聞いた感じだとこの家までついて来たって話だし、誰か一人は番をしていた方が…」

「…シャマルの言う通りです。我々守護騎士の内、最低でも一人…集団戦を想定するのであれば二人は残しておきたいところです。」

 

シグナムとシャマルが言う事はなにもおかしな事ではない。確かに家までついて来られてしまった以上、この家を空ける事に一抹の不安はある。

…やっぱり全員でお出かけはしばらくお預けかなぁ…

 

「…であれば私が残ろう。」

「…ザフィーラ、お前一人でか?」

「先程の外出で奴らの魔力と気配は覚えたし、狼としての嗅覚もある。

 適任は私だろう。」

「…お前さっきの買い物帰りに近所の子供に囲まれて撫で回されたの気にしてるんだろ。」

「ヴィータァ!」

「…………ふふっ

「シグナム!?」

 

あぁ…あれは悲しい事件だったね…

無邪気に走ってきた子供達にあっと言う間に囲まれて「ワンちゃんだー!」「大っきー!」と前身を撫で回されて、でも無邪気な子供相手に強く言う訳にもいかず…

やがて満足した子供達が嵐のように走り去った後の≪主、ヴィータ…私は狼だ。誰が何と言おうと、狼なんだ…≫と言う思念通話に込められた哀愁はそれはもう深いものだった。

 

その後の話し合いで結局ザフィーラと美香さんは残る事になってしまい、外出はそれ以外の三人と一緒にと言う事になったのだった。

 

 

 

…まぁ、そんな事がありましたが…

 

やって来ました『といざるす』! 原作においてもはやてが騎士()のデザインを考える際に立ち寄ったおもちゃ専門店だ。

 

「とりあえずここで参考になるもんでも見つかるとええねんけどな~」

 

実際にはやてが何を参考にしてあの騎士服をデザインしたのかは分からないけど、一通り見て回れば元になったものも見つかるだろう。たとえ見つからなかったとしても店の何処かにはあるんだから見かけたという事にすれば問題無いはずだ。

 

…そう思いつつ店を見て回る事数分後、見つけました。いや、()()()()()()()()()()

 

「騎士甲冑のデザインを考えるなら間違いなくこの店には来る。特にこの棚は間違いなく通るはず…」

「って言ってもよぉ、それが今日かどうかは分からないだろ?」

「だが話題に出たのなら近いうちに見に来る可能性は高いよなぁ…」

 

…いや、何やってんねんあいつら(銀髪オッドアイ)

 

…いぃっ!?

 

小さく上がった悲鳴の方向を見ると、目を見開き口を両手で抑えるヴィータの姿が…

何があったのかは分からないけど、原因は間違いなく彼等と見て間違いなさそうだ。

よく見ればシグナムとシャマルの様子もおかしい。シグナムは待機状態のレヴァンティンに手を添えているし、シャマルに至っては既にその指にクラールヴィントが嵌まっている…いや、本当にどうしたの!?

 

≪は、はやて…ここは後回しにして別のところ見て回ろうぜ…なっ?≫

≪うん…ヴィータ顔色悪いけど大丈夫か? 体調が悪いんやったらまた別の日に…≫

≪だ、大丈夫…こんなのなんて事ねぇよ。でも、ここの棚はやめておこうぜ。

 ここ以外ならどこでも良いからさ…≫

≪…うん、分かった。じゃあ向こうの方見て回ろか。シャマル、お願いや。≫

≪は、はい…≫

 

幸か不幸か彼らは今、()()()()を見ていてこちらには気づいていない…シャマルに頼んで車椅子を押してもらい、急いでこの場を離れる事にした。

 

 

 


 

 

 

「ぷはぁっ…! はぁ…はぁ…」

 

あの銀髪オッドアイの連中から距離を取って、漸く自分が息を止めていたことに気付いた。

はやてが心配するほど顔色が悪くなる訳だ。

 

≪シグナム、シャマル…お前らも見たよな? 今の奴等の顔って…≫

 

とにかく今は情報共有だ。シグナムは敵の立ち振る舞いから実力を測る事が得意だし、シャマルはあたしより魔力の感知や観察力に長けている。

あたしの感じた事よりもそっちの方が重要だ。

 

≪確かに()()()()。今も脳裏に焼き付いている奴の顔に…≫

≪えぇ、でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。≫

≪…もしや、()の子孫か? いや、その割には…≫

 

シグナムの考えている事はなんとなく分かる。それはあたしもザフィーラも既に感じた事だからだ。

 

≪そうね…こう言っては何だけれど、あまり強いとは感じなかったわ。

 ()からはまるで突き刺すような魔力の波動を感じたけれど、彼等は何と言うか…≫

≪…そもそも彼等からは()()()()()()を感じ取れなかった。恐らく実戦経験も数える程度だろう。

 彼等が()の子孫と言うのであれば、竜の子孫が蜥蜴にまで身を堕とした様な物…これでは()も浮かばれんな…≫

≪シグナムの目からしてもあいつ等が実力を隠している気配はなかったか?≫

≪無いな。断言できるが、彼等はそもそもそれが出来る程の魔力コントロール技術は持っていないだろう。

 魔力量こそ人並外れた物を感じるが、立ち振る舞いも隙だらけで素人同然…肝心の使い手があれでは、稀代の名刀も鈍らとなろう。≫

 

その後もシグナムとシャマルがそれぞれ感じた事を挙げていくが、やっぱりあいつ等に対して脅威を感じないと言うのが二人の総評だった。

 

 

 

「なぁなぁシグナム、こういう服に興味とかあらへんか?」

「…すみません、私としてはもう少し落ち着いた物の方が…」

 

当然だが思念通話をしながらも、騎士服のイメージに関する話題ははやてから引っ切りなしに飛んできている。

今もシグナムに『ふりっふりのドレスを着たお嬢様キャラのフィギュア』を見せて、やんわりと拒否されたところだ。

 

「そうか? そんなら、コレとかどうや?」

「…そうですね…悪くないかも知れません。」

「じゃあシグナムの服はこれをベースに考えてみよか~」

 

…はやての手には何かのゲームかアニメのキャラクターだろうか。確かにどことなく『シグナムっぽい服』を纏った女剣士のフィギュアがあった。

なるほど、原作ではこう言うものをベースにしていたらしいな。この感じならあたし達の服もそう変化は無いだろう。

 

 

 

「シャマルとザフィーラの服も決まったし、後はヴィータやな。」

 

二人の分も「あーでもないこーでもない」と迷った結果、『ナース服』『格闘家』のキャラからそれぞれイメージを貰う事になった。後はあたしの分で一先ずは終わりだ。

…しかし、ここは本当におもちゃ屋なのかってくらい色々と揃ってんな。普通子供のおもちゃを扱う店にコスプレ服なんて置くか?

 

「…まぁ、コレやろ。」

 

そう言ってはやてが迷いなく掴んだのもそんな服の一つ…ゴスロリだった。

…いや、間違ってねぇ。原作の騎士服のイメージはここから来たんだなって納得できるところはある。

でももうちょっと迷うとか無かったのかなって…

 

「…まぁ、ソレで良いよ。」

 

…こう言うしか無いんだけどさ。

 

しっかし、何か忘れてる気がすんだよなぁ…ここであたしが何かしておかないと拙いんじゃないかってモヤモヤがずっと付きまとってる。

何だろう…『やっておかないと後々詰む』って感じじゃないんだよな。でもやっておかないと拙いんだよ…んー、なんだっけ?

 

「ほんなら皆の服のイメージも固まったし、そろそろ帰ろか?」

「そうですね、長居は不要です。」

 

シグナムが急かす理由は分かる。この店に銀髪オッドアイ達がいる以上、見つかって面倒な事になる前に立ち去るのがベターだ。

…うーん…まぁ、大丈夫だろ。それほど重要な事でもない気がするし…

 

 

 

…それは、出口に向かう途中の事だった。

ふと銀髪オッドアイ達のいた棚が気になって、通り過ぎ様にちらりと見たのだ。

 

…うわ、あいつ等まだあそこに居たのか。どうりで遭遇しなかったはずだ。

 

あいつ等は最初に見た時と同じ棚の前で話し合っていた。

まぁそのおかげで出会わずに済んだんだし、別にいいか…そう思ったんだ。

だがそうなるとまたひょっこりと好奇心が顔を出す。

 

…あいつ等がずっと見ている商品って何なんだ? って。

 

そこそこ距離もあるし詳しい情報は得られないとは思うけど、こういう店は似たジャンルの商品を纏めて置いている。だから周りの商品で大体どんな商品か予想が付くと思いついた…思いついてしまったからこその好奇心だった。

 

…なんだ? ()()()()()()()()か…あれ? 随分と()()()()()()()()()()()()()()()()に興味がある…ん、だ…な…?

 

そして脳裏にフラッシュバックするあいつ等の会話。

 

『騎士甲冑のデザインを考えるなら間違いなくこの店には来る。()()()()()()()()()()()()()()()…』

 

なんであいつ等にそんな事が分かったんだ…? 『間違いなく通る』ってそんな事原作で細かく描写でもしてないと…

 

…そこで、あたしは思い出した。

ヴィータが興味を惹かれて見つめていた『のろいうさぎのぬいぐるみ』をはやてに買って貰った事を。

…そして、それは『ヴィータの騎士服のイメージに反映される事』を…

 

≪ああああぁぁぁぁああぁぁあぁああ!!≫

≪ぐっ…! 何事だヴィータ!≫

≪ヴィータちゃん!? どうしたの!?≫

 

あいつ等…! よりにもよって()()()()()()()()…!! だから店を探し回らずにずっとあそこで集まって…!!!

 

≪あの卑怯者どもがあぁぁッ!!≫

≪ヴィータ!? あいつ等に何かされたのか!?≫

≪落ち着いて、ヴィータちゃん! 先ずは何があったのか、冷静に…≫

≪あいつ等…! あいつ等!≫

 

許せねぇ…! のろいうさぎが買えるかどうかってのは別に重要じゃねぇ!

あたし自身、あのぬいぐるみにそこまで執着がある訳じゃねぇ!

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()のは許せねぇ!!

 

()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!≫

≪…! なるほど、そう言う事だったか! シャマル、急いで帰るぞ!≫

≪え、えぇ!≫

≪離せ、シグナム! あいつ等…目にもの見せてやる!≫

≪冷静になれ、ヴィータ! 今飛び出せば結局奴らの目的の手助けにしかならん!

 それに…お前も私も、()()()()()()()()()()()! 一刻も早く美香殿の元へ戻るぞ!≫

 

…ぐっ、シグナムの言う通りか…! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここは退き下がるしかねぇ…

 

≪…分かった。≫

≪よし、今はそれで良い。…しかし、やはり()()()()()()()…これではこの先が思いやられるな…≫

 

 

 


 

 

 

「さっき何かシグナムとヴィータの様子おかしなかったか?」

「あ、何でもないんですよ。ちょっとヴィータちゃん、気になってる事があったみたいで…」

「…そうか? 何か相談があったら言ってや?」

「えぇ、勿論。」

 

…正直、絶対に何か隠してると思う。車椅子の形状の関係で後ろの様子はあまり伺えず、多少もめている様な気配があっただけなので私も深くは追及できない。

シャマルの事だから私に心配させまいとしての事だとは思うけど、こうして隠されると寂しいものがあるなぁ…

 

「主はやて、申し訳ありません。少し遅れてしまいました…」

「…」

 

直ぐにシグナムとヴィータが追い付いてきたけど、ヴィータの様子は明らかに不機嫌だ。

 

「…何かあったん?」

「…何でも無い。」

「…そうか。…話せる時になったら話してな?」

「…おう。」

 

帰り道、私達の会話は少なかった。

 

 

 

「美香さん、ザフィーラ! 帰ったでー!」

「はやてちゃん、お帰りなさい!」

「主はやて、お疲れ様です。」

「ザフィーラ固いなぁ…こういう時は美香さんみたいに『おかえり』でええんやで?」

「承知しました。」

 

うん、何か凄い疲れた…

でも銀髪オッドアイ達とヴォルケンリッター達ってなんかあったのかな…?

昨日の今日でそんないがみ合う事も無いと思うんだけど…

 

「美香殿、ちょっとこちらに…」

「シグナムさん? はい…」

「シャマル、ザフィーラ、ヴィータも来てくれ。」

「ん? なんかあったん?」

「いえ…少々話し合いがありまして…」

 

…また隠し事。

どう考えても少々どころではなさそうだけど…

 

「…そか。それなら私はイメージ固めておくから、話し終わったら一緒に考えよな?」

「はい、お時間は取らせませんので。」

 

そう言って皆は廊下の角を曲がって見えなくなった。

 

…はぁ、中々打ち解けられてないのかな。

そう思って車椅子を動かそうとしたところで皆が戻ってきた。…ん?

 

「あれ、何か忘れもんしたん?」

「いえ、話し合いが終わっただけですが…」

「早ない!?」

 

ちょっと曲がって戻って来ただけじゃん! 朝の挨拶でももうちょっと時間かけるよ!?

 

「あー…ホント最悪…」

「ヴィータ? 機嫌直ったん?」

「あー…うん、そんなところ。」

「…んー?」

「なんでもねーよ。いや、ホントに。」

 

そういうヴィータの表情は確かに怒っている感じではない。何と言うか、呆れていると言う方が近いかも…?

…いや、あの数秒で何があったのさ!?

 

「そ、それよりもはやてちゃん! 服のデザインを考えましょう!?」

「う、うん…そやな!」

 

何か話しても教えてくれなさそうなので、ここは開き直っておこう!

なんか私よりも美香さんとの方が仲良さそうなのは気になるけど…

 

「あ、そうだ! はやてちゃん、その前に冷蔵庫を開けてみてください!」

「えっ、何か足りひん食材とかあったかな?」

 

美香さんに勧められるままに冷蔵庫を開けると、そこには…

 

「あっ、誕生日ケーキ…!」

「ふふっ、昨日言っていたでしょう? 後で皆で食べましょうね?」

「う、うん! ありがとな、美香さん!」

 

色々あって今日が誕生日だと言う事をすっかり忘れてた…

皆と一緒に過ごせる最初の誕生日、暗い気持ちで過ごすのは勿体ないよね…うん!

 

「よっしゃ! 今日の晩御飯はいつも以上に腕によりをかけるでぇ!

 皆楽しみにしとってや!」

「おー!」

 

…うん、ヴィータもすっかり元通りになったみたいで一安心だよ!

 

 

 

「…よし、こんな感じでええんやな?」

「はい、そのままイメージを続けていてください…」

 

今私達が何をやっているかと言うと、皆の騎士服の授与式みたいなものだ。

既にご飯も済ませ、ケーキも食べて…誕生日のめでたい空気のまま授与式をしようと、つまりはそう言う事なのである。

 

「レヴァンティン!」

Jawohl(了解).≫

 

シグナムが待機状態のレヴァンティンに合図した瞬間、シグナムが炎に包まれるようにして変身(セットアップ)する。

その姿はまさに騎士と言った感じで、アニメで見たシグナムそのものだ。ちょっと気になったのはレヴァンティンって思ってたより刀っぽいんだなぁ…ちゃんと反ってる。

 

「おぉ! 今のカッコえぇなぁ!」

「恐れ入ります。」

「それじゃあ次は…シャマル!」

「はい、お願いしますね。」

 

 

 

 

 

 

「最後はヴィータや!」

「ん。」

「…なんや、反応薄いなぁ。」

「いや、あまりはしゃぐもんじゃないしな。」

「おぉ…下手したらこの中の誰よりもクールやな…いくで!」

「アイゼン!」

Jawohl(了解).≫

 

そして変身(セットアップ)したヴィータの騎士服もちゃんとイメージ通りの出来になった。

ちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うん、上手く行ったな! 皆ようにおてるで!」

「…え?」

 

鏡を見たヴィータが唖然とした声を出す。…いったいどうしたんだろう。

 

「…どうしたん? もしかして気に入らんかったか…?」

「い、いや…はやて、コレ…」

「まさか…」

「はやてちゃんも…?」

「…むぅ…」

 

え…みんなどうしたの? そんな難しそうな顔して…

 

 

 

 

 

 

「…なるほど、そうやったんかぁ。」

「えぇ、我々の事情ですのでそれで迷惑をかける訳にもいかず…」

 

皆転生者かぁ…全然気づかんかったわぁ…

 

はい、私がうかつにも買ってもいない『のろいうさぎ』をヴィータの騎士服に付けてしまった事で転生者である事がバレました。

 

「なんて言うか…皆も大変やったんやなぁ。」

「そうですね、『闇の書』の影響がここまで大きいとは予想外でした。」

 

先程の曲がり角の一件は『闇の書』からの影響をリセットする為の物だったらしい。そして、聞くところによると『記憶が持つのは長くて1日。ただし、リセット後12時間で精神に影響が及ぶ』という事だった。

 

「正直ちょっと凹んでたんやで…皆折角家族になれた思うたのに色々と隠し事されて…」

「申し訳ありません…」

「いや、もうそんなに堅苦しくする事も無いやろ!? 皆も私も事情は知ってる訳やし…!」

「あ、これは癖のようなものなので…」

 

う、うーん…何百年とシグナムとして生きて今更砕けた口調には出来ないと言う奴かな…

 

「って言うか、はやてはあたし達に抵抗とか無いのか? 『はやてみたいな家族が欲しい』って言って転生した結果、その家族が皆転生者な訳だけど…」

「いや、全然。元々『ヴォルケンリッターと家族になりたい』って願いじゃなかったし、それに同じ境遇の方が何も隠さずに接せられるやろ?

 寧ろ隠しごとが無くなる分嬉しいくらいや。」

「…ふーん。」

 

ヴィータは興味なさげに振舞っているが、ちょっと顔が赤い辺り満更でもなさそうだ。

…なんか皆微妙に性格似てきてない?

 

「…それよりも私、『天使様』を『ヘルパー』にして罰とか当たらへんかの方が心配や。

 もしかして私も『美香様』とか呼んだ方がええんかな?」

「そんな! 今まで通りで居て下さいよ!」

「そ、そうか? ならこれからもよろしくな? 美香さん。」

「ええ! はやてちゃん!」

 

…この人なんか滅茶苦茶可愛いんだけど天使か? 天使だったわ。

 

「…まぁ、とにかくコレで私達の間に隠し事はいらなくなった訳やな!

 後は『闇の書』の事件をどう乗り切るかやけど…それは明日考える事にして、今日は皆で遊ばへんか?」

 

正直隠し事が無くなった嬉しさに頭がいっぱいで全然思いつかない!

それにもう私は自分の誕生日である事を自覚した以上、今日は暗い話題に切り替えたくないのだ。

今日はもう楽しく過ごすって決めたのだ!

 

「あたしは別に良いけど、遊ぶって言っても何で遊ぶんだ?」

「ふっふっふ…実はヴォルケンリッターが家に来たら遊ぼうと思って、色々置いてあるんよ…!」

「おぉー!」

「…私達はこんな調子で大丈夫だろうか?」

「まぁまぁ、折角の誕生日だもの。今日はお祝いする日…ね?」

「…それもそうだな。」

 

さぁ、私達の誕生日はこれからだ!




ヴォルケンリッターの精神が約12時間で『闇の書』の影響を受け始めるのと、
はやてさんとヴォルケンリッターが互いに転生者と理解するのはプロット通りです。

正直どこかではやてさんの正体がヴォルケンズに明かされないと、本当に最後の瞬間まで活躍の場がなくなってしまうので…

次回は時間が飛んで12月に入ります。なのはさん視点です。


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来たる12月 それぞれの成果

久しぶりのなのはさん視点。何話か出番0でしたが、彼(女)が主人公です。


12月1日 AM 6:35 海鳴市 桜台

 

「ふぅ…行くよ、レイジングハート。」

≪All right.≫

 

最近発音が良くなった相棒(レイジングハート)の了解を合図に、俺は手に持った5つの空き缶を上空に放り投げた。

 

「ディバインシューター…シュート!」

 

空中に弧を描く空き缶を追うようにディバインシューターを放ち、リフティングの要領で何度も弾きながら上空へ持ち上げて行く。

 

操作している光弾は5つ。全てレイジングハートの補助無しで作られた物だ。

数ヶ月前にビデオレターで神宮寺から教えて貰ったのだと言う訓練法を試してからというもの、俺を含めた転生者全員の魔力操作技術は著しい成長を遂げていた。

 

ⅬⅩⅤ(Sixty-five)ⅬⅩⅩⅩ(Eighty)ⅩⅭⅤ(Ninety-five)、……115!≫

ワンハンドレッドフィフティーン(One hundred fifteen)だってば!」

≪Sorry,My master.≫

 

こっちは集中してるんだからツッコミさせないでくれ!

大方100以降の数え方に自信が無かっただけだったのだろう。その後は普通にカウントアップが進んで行き…

 

M(One thousand)!≫

 

丁度1000回のリフティングを終え、全てのシューターを自分の目の前まで戻す。

 

そして自由落下により高速で落ちてきた5つの空き缶に狙いを定め…

 

「スナイプ!」

 

高速で射出されたシューターがそれぞれの空き缶の中心を捉え、弾く事無く貫いた。

 

「…ちょっと力みすぎちゃったかな。」

≪Don't mind. On the contrary, it is suitable as "Nanoha"(寧ろ『なのは』として相応しいですよ).≫

「…レイジングハートは私にどんなイメージを持ってるのかなぁ…?」

≪Sorry!≫

 

いや、そこまで怒ってはいないけどね?

とりあえず穴の開いた空き缶を放置するのもアレなので、さっさと回収して…

 

「…」

 

穴の開いた空き缶か…心配し過ぎな気もするけど、万が一これを見られてまた「魔法だ!」とか騒がれる切っ掛けになるのも拙いかな。

 

「レイジングハート。」

≪All right.≫

 

未だに『魔法ブーム』と言う奴は勢いが衰えていない。まぁあれからまだ半年しか経過していないと言うのもあるが、やっぱり『実際の事件と紐づいた映像』が出回ってしまったのが痛手だったな。

 

そんな事を思いながら、再び缶を空中に放り投げ…直径50㎝の魔力弾2つで上下から挟み込むように潰した。

別にストレス発散と言う意図がある訳じゃない。単純に今の俺の体重と脚力ではアルミ缶も満足に潰せないというだけだ。

 

「…うん、これなら穴は目立たないね。」

 

空き缶の穴がパッと見では分からない程潰れているのを確認してからごみ箱に放り投げる。まぁこんな感じで俺達は魔法の存在を隠蔽する為に日々の意識を求められている訳だ…主に管理局に。

さて、日課のトレーニングも一段落したし…

 

「そろそろ帰ろうか、レイジングハート。」

≪All right.≫

 

そう言って広場から少し歩き、林の中に入る。

 

「…うん、この辺りならあまり人も来ないかな…?」

 

…念の為に木の上に登っておくか。

 

「…結界、解除。」

 

さっきまで張っていた結界を解除する。結界と言っても封時結界の簡易版で、頑丈さで言えばかなり脆い。単純に魔法の訓練が誰かに見られないようにする為だけの物だ。

 

俺達魔導士がこれだけ人目を気にして訓練しているのには当然ながら理由がある。世間にこれ以上魔法の目撃例を出さない為と言うのも勿論だが、一番の理由は『ヴォルケンリッター』の存在だ。

彼女達は既に小規模ではあるが蒐集活動を開始しているらしく、銀髪オッドアイの中にも襲撃された者が居る。襲撃を受けた本人は一応無事だが戦闘に負けて蒐集されてしまった為、現在は訓練もまともに出来ないありさまだ。

今回の蒐集でどれほど闇の書のページが埋まってしまったかは不明だが、実力の有無に関わらず魔力量だけは一級品なのが銀髪オッドアイの特徴だ。10ページや20ページで済む保証はない。更に蒐集された魔導士の魔法は『闇の書』も使えるようになる為、収集対象によっては最終的な脅威度まで引き上げてしまう。

こんな状況で結界も張らず訓練なんて『どうぞ蒐集しに来てください』と言っている様な物。だが鍛錬を怠っては最終的に勝てるかどうかも怪しくなる。そこで結界魔法の知識を持っている神谷が簡単な結界魔法を全員に教え(使えるようになったかどうかは素質次第だったが)、訓練を行う時は結界魔法の使用を前提としたのだが…

 

 

 

「はぁ…やっぱ面倒だよなぁ。見られないようにするのって…」

「そうだなぁ…でも蒐集されるとそれはそれで面倒だし、仕方ないだろ。」

 

こんな話題が連日学校の昼休みに上がる程度には大変なのだ。

 

「いや、それは分かってるんだけどな…って言うか、襲撃された奴…神尾だっけか? 今はどんな感じだって?」

「今はある程度魔力を扱えるようになって来たらしい。やっぱりしばらく安静に過ごせば回復するっぽいな。」

「そうか、それなら良かった。」

 

やっぱり向こうもリンカーコアを破壊しない様に気を付けてくれてはいるのだろうか。今のところは訓練で周りから遅れる以上の被害は無いようだ。

 

「なのはは訓練の調子はどうだ?」

「順調だよ。空き缶のリフティングも200回を超えたかな?」

 

()()()1()()()()()だけどな。

 

「すげーな、おい…ゴミ箱には入るようになったか?」

「ううん、今回はダメだったよ…中々上手く行かないね。」

「まぁ、そうだよな。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事実は伏せておこう。

 

「皆はどう?」

「そうだな…俺は魔力刃の遠隔発生の精度に最近力を入れてるな。魔力量はボチボチだ。」

「俺はなのはと一緒でコントロール重視だな。…まぁ、リフティングは80回くらいだけどな。」

「最近は新しい魔法…って言うか、魔力変換のリベンジかな…?

 何か『水』に続いて『地』も『風』もダメみたいで変なのがどんどん量産されてっけど…」

「俺前にも言っただろ!? 純粋な『エネルギー』じゃないと変な感じになるんじゃねぇか? って!」

「いや、だって『炎熱』『電気』『氷結』以外に何か思いつくか? 純粋なエネルギーって…」

「…『光』もエネルギーだろ?」

「……やるじゃん。」

「うるせぇよ。」

 

その後もそれぞれの進捗を報告しあい、まだ比較的平和な一日は過ぎ去っていった。

 

 

 


 

12月2日 AM 1:43 海鳴市 オフィス街

 

 

 

真夜中の市街地…街灯を含め、全ての灯りが消えた暗い街に光が瞬く。

 

「ちぃっ…! 何でただの武装局員程度にここまでてこずらなきゃいけねぇんだ…!」

 

ヴィータが空中に浮かぶ魔力弾をグラーフアイゼンで打ち払いながら苛立つ。

 

「油断するな、ヴィータ…奴らもまた戦士だ。

 それに、()()()()()()()()()に単なる弱者は居ない。…違うか?」

「…解ってる。済まねぇ、シグナム…ちょっと頭に血が上ってた。」

 

戦闘は2対2…片や銀髪オッドアイに加え、バリアジャケットも統一された管理局員。対するはヴォルケンリッターの2人、シグナムとヴィータだった。

 

「はぁっ…はぁっ…! くそっ、やっぱり滅茶苦茶強いな…こいつら…」

 

銀髪オッドアイの武装局員の一人…リヒトは肩で息をしながらも杖を構える。

杖の先から比較的ゆっくりとした速度で撃ち出された魔力弾は、周囲の魔力の残滓を吸収しながら少しずつ肥大化していくが…

 

()()()()()の鉄球がこれほど厄介とはな…」

「あぁん!?」

「落ち着けヴィータ…まだ、()()()()()。」

「…チッ!」

 

ヴィータの放つ鉄球に()()()()()()()()()()に『核』を潰され、霧散した。ヴィータの放った攻撃が純粋な魔力弾であれば『核』に到達する前に周囲に密集した魔力で勢いを削られ、その魔力弾も取り込めたのだが…『鉄球』と言うのが実に相性が悪かったのだ。

 

「そっちも厄介だが、あの()()()()の方もヤバいぞ…太刀筋が鋭すぎる…」

 

リヒトとツーマンセルを組んでいる武装局員…フォグもまたシグナムの間合いに入る事が出来ず、苦慮していた。

フォグの持つ杖は眩い光を放っており、至近距離で放つ事で最大の火力を発揮する魔法のチャージを終えている事を主張しているが、レヴァンティンを鞘に納めたシグナムの居合い切りを警戒して近づけない。…勿論フォグも一つの戦い方に拘り、足踏みをする程愚かではない。だがここで距離を取り、魔力弾や砲撃を中心にした戦法に切り替えたが最後…シグナムのレヴァンティンが蛇腹剣へと姿を変え、自分だけではなくリヒトにも襲い掛かって来るだろう事は容易に想像できた。シグナムが近距離戦闘用のモードだからこそ()()()()()()()この拮抗を崩す訳にもいかず、動くに動けなかった。

 

「…ふふん」

「何でにやけ面してんだ…なぁ、シグナム?」

「…精神攻撃(褒め殺し)とは厄介な…!」

 

もっとも『サムライ』と呼ばれ気を良くした瞬間に懐に飛び込めば、『或いは』と言う可能性はあったかもしれないが…

 

「…で、どうするんだリヒト?」

「俺としては撤退したい。けど…」

「あたし達がただで逃がすと思うか?」

「…だよな。」

「我々が欲しいのは魔力だ。おとなしく収集されてくれれば、それ以上はしない。」

「ははっ…まるで管理局の投降呼びかけだな…」

 

既に管理局員は絶体絶命、リヒトかフォグのどちらかが拮抗を維持できなくなった時点で敗北が確定するだろう。特にリヒトは絶えず魔法を放ち続けており、魔力の消耗が激しい…持って10分程だという事はフォグにも分かった。

…そんな時だ。

 

『リヒト、フォグ…まだ大丈夫なようね! 貴方達が持ちこたえてくれたおかげで転送の準備が整ったわ、直ぐに退避させる!』

「レティ提督…待たせすぎッスよ…」

「直ぐお願いします。多分リヒトがもうそろそろ限界なんで…」

 

管理局からの通信により、撤退の準備が出来たという報告が入った。

 

「! させるかっ!」

「仕方あるまい…参る!!」

 

獲物を逃がすまいとシグナムとヴィータ、それぞれのデバイスがカートリッジをロードするが…

 

「最後の踏ん張りどころぉ!!」

「やっと近づいて来てくれたなぁ!」

 

リヒトが同時に大量の魔法を放つ事で壁を作り出し、フォグの持つ杖の数十㎝前に光の玉が現れた。

 

「くそっ!! 往生際の悪い!!」

「! この魔法は…ッ!!」

 

ヴィータは大量の魔力球に近付けず、シグナムは眼前の脅威に思わず身を引いた。

 

その一瞬がリヒトとフォグを救った。

 

 

 

二人の局員が転送され、街には二人の騎士のみが残される。

 

「~~~ッ!! ァァアアアアアッ!!」

「…」

 

やり場のない怒りと魔力を撒き散らし憤懣やるかたないと言った様子のヴィータと、先程の光の玉が現れた位置をただ眺めるシグナム。

一部とはいえ戦い方を調べられ、あまつさえ獲物を逃したこの戦闘…勝者か敗者かで分けるとするならば、彼女達は敗者だった。

 

「…はぁっ、はぁっ!!」

「…落ち着いたか、ヴィータ?」

「…あぁ…一応な…」

「今のお前は、ちゃんとお前か?」

「…あぁ、一応まだあたしだ。」

「なら良い。早く帰ろう…」

 

二人の姿が宙に浮かび、しばらくして街が灯りに包まれる。ヴォルケンリッターの張った結界が解除された街は、今日も変わらず賑やかだった。

 




リヒトとフォグは今後多分登場しないです。(名前は自動生成ツール)
リヒトの魔法は発射後にチャージが始まり、一定量の魔力を溜め込むと爆発する魔法。魔力弾で迎撃しようとすると吸収される為、砲撃で核をいちいち撃ち抜かないといけない面倒な奴。

フォグの出した光の玉は簡単に言うと『螺旋丸』みたいなもの。力を溜め込み、乱回転により循環させ続けて触れた対象に内包する全ての魔力を叩き込む怖い奴。参考元は勿論『NARUT〇』
シグナムさんは前世で『NARUT〇』が好きだった為、一発で危険性を把握した。


なのはさん…魔力コントロールがえげつない事になっている。

レイハさん…発音が良くなっているが、色々不安が残っている。
      でも魔法名は流暢に発音できるのでオッケーです。

オッドアイズ…それぞれ訓練の成果は出てる。魔力量の上昇はそこそこだが、
       魔力操作や技のレパートリーが増えた。

ヴォルケンズ…収集が進んだ事で若干影響を受けやすくなっている。
       転生者からの蒐集は避けたかったが、結局蒐集対象になる魔導師が
       転生者しかいなかった。

以下補足(裏設定)です。

今回登場した管理局員は『闇の書』を捜索する『レティ提督』率いる部隊です。
原作の序盤でヴィータに蒐集されていた二人の捜索班のポジションですね。
彼等が『地球』にきた経緯ですが、ヴォルケンリッターが『意図的に』地球の周辺次元世界(無人)で魔法生物を蒐集した事で『レティ提督』(本人)が突き止めました。
ヴォルケンリッターが管理局を釣ろうと考えた理由は二つ。

1.『闇の書の闇』を消し去るのには管理局の『デュランダル』と『アルカンシェル』が必要と判断したため。
2.魔法生物からの蒐集では『間に合わない』ので魔導士のリンカーコアを蒐集したかったが、地球には蒐集にリスクが伴う『転生者』しかいなかった為。

『1.』の理由は言わずもがななので『2.』の理由について説明します。
蒐集したリンカーコアの持ち主の魔法をコピーできる闇の書の特性上、『未知の魔法』を使える可能性がある『転生者』を蒐集すると『闇の書の暴走時』に響く可能性があります。
その危険性ははやてやヴォルケンリッターも理解していた為、先ず目を付けたのが『管理局の武装局員』。
地球から離れた次元世界に拠点を置く管理局になら転生者は少ないと考えたからですね。(なお現実)
しかし、真っ先に遭遇した局員は銀髪オッドアイ2人組(リヒトとフォグではない)と言うあからさまな転生者。(蒐集を警戒して最低でもツーマンセルで行動している)
嫌な予感がしつつも「双子か?」と聞いてみれば、返って来たのは「銀髪部隊」と言う一番聞きたくなかった答え。
蒐集対象にするかを迷っている間に逃亡されます。その後はやて+ヴォルケンズで一旦会議を開き、『はやての命+ヴォルケンズの自我』と『暴走時のリスク』を天秤にかけた結果前者を選択。転生者の蒐集も致し方無いと言う結論に。
その後普段から周辺をうろついていた神尾が真っ先に蒐集され、その次に遭遇したのがリヒトとフォグでした。
ヴォルケンズの対人に関するアレやコレは『古代ベルカ』の戦争で全員一通り経験済みです。(一応古代でも非殺傷でやろうとはしてたり、止むを得ない場合は比較的覚悟が出来ているシグナムさんが優先して対処したりしてました。)

2020/07/21 22:34
今回登場した銀髪オッドアイの一人の名前がナンバーズの方と被っていたので修正しました。

2020/08/30 17:23
後書きの内容一部修正。
補足の追記。


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闘いの幕開け

予定よりかなり長くなりました。


「うーん…どれにしよかなぁ…?」

「取りにくい所の本だったら私が取りますので、言ってくださいね?」

「おおきにな、美香さん。」

 

今私はいつもの図書館に来ている。借りていた小説を返しに来たついでにまた新しく別の小説を借りようと思ったのだけど、興味をそそられるような小説はこの数年であらかた読み尽くしてしまって中々決められずにいるのだ。

 

「あ、はやてちゃん! 美香さんも、こんにちは…って言うにはもう遅い時間ですけど。」

「すずかちゃん! そうか、もうこんな時間やったか。」

「こんにちは、すずかちゃん。そうですね…晩御飯の準備もありますし、そろそろ帰宅した方が良いかも知れません。」

 

声をかけて来てくれたのは少し前に友達になってくれた月村すずかちゃんだ。彼女の挨拶に窓の方を見れば空はもう夕焼け色に染まっており、既に私が本棚を前に2時間ほど悩んでいたのだろうという事を教えてくれた。

 

「この間はやてちゃんに教えて貰った本、面白かったよ! 思わずシリーズ全部借りて一気読みしちゃった!」

「せやろ! 私も一番のお勧めやし、すずかちゃんなら絶対気に入る思たんよ!」

 

彼女とは小説の好みが合う事もあって、お互いにお勧めの本を紹介し合ってたりもするのだ。

先程美香さんはそろそろ帰宅した方が良いと言ったけど、まだ十分程は余裕がある。しばらく二人で話題に上がった小説の話で盛り上がった後、彼女にお勧めして貰った本を数冊借りて今日は別れることにした。

 

出口まで一緒に行こうとすずかちゃんが言ってくれたのであまり大きな声にならない様に話しながらしばらく進むと、迎えに来てくれたシャマルが私達に気付いて小走りに駆けよってくる。

 

「それじゃあまたね、はやてちゃん!」

「うん! また今度な!」

 

 

 

シャマルとすっかり慣れた思念通話で会話しながらの帰り道。私達は今日の()()()()()について話し合っていた。

 

≪それで、何時頃出るんや?≫

≪そうですね…一度帰宅して、美香さんに『闇の書』からの影響を取り除いて貰ってからになるかと。≫

≪…今回の事は必要と分かってはいても、やっぱりちょっと罪悪感はあるなぁ…≫

≪私達も細心の注意を払うつもりではありますけど…想定外の事態が起こる可能性は高いと思います。≫

≪まぁ、相手は()()()()やからな…≫

 

そう…今回の特別な予定とはつまり、『なのはとフェイトとの交戦』だ。

原作に於いてレイジングハートとバルディッシュはベルカの騎士の『カートリッジシステム』に後れを取った事で破損し、修復の際に自ら『カートリッジシステム』の搭載を希望する。今回の目的はこれを狙い意図的に『二人のデバイスを破損させる』事にある。

デバイスが破損しなければレイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムが搭載されるかどうかは怪しいし、そんな状態では『闇の書』との戦闘に勝利を収められる可能性も大幅に下がってしまうと考えたのだ。

 

しかしここでまた問題が浮上する。…銀髪オッドアイ(いつもの彼等)である。

彼等が『こう言うシチュエーション』に遭遇して黙っていられるとは思えない。なにせ私とすずかちゃんが『たまたま同じタイミングに図書館に居た』と言うだけで、『強引に引き合わせる』と言う事をする程なのだ。…気の合う友人となれたので感謝したいところはあるけれど、その強引なやり方はどうにも素直に感謝し難い。

…話がそれた。

つまるところ、彼等は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…そう言う疑念があるのだ。

 

≪ヴィータちゃんも『封鎖領域』展開時に上手くやるとは思いますが、それでも万全ではありませんからね…ここは彼等の良識に賭ける他無いでしょう。≫

≪…それはまた随分と分の悪い賭けやなぁ…≫

 

今回は今まで以上に失敗が出来ない…だと言うのに何も出来ない私がもどかしい。

かつて読んだ小説のお姫様が騎士の凱旋を待つ気持ちはこんな感じだったのだろうか…

 

 

 


 

 

 

「…ヴィータ…まさか、この魔力が?」

「はぁ…ああ、高町なのはだ。」

 

いつもよりも少し遠出した街の上空…銀髪オッドアイが密集するこの街の中でも明らかに異常な魔力を感知し、ザフィーラからの問いかけにため息交じりに答える。

 

…いや、魔力値高すぎんだろ。高町なのはどんだけだよ!

以前遭遇した管理局員の魔力を歯牙にもかけない程の絶大な魔力量…カートリッジを全てロードしてもこれほどになるかどうか…

 

…もうこれデバイス強化要らねぇんじゃねぇかな? これでカートリッジシステムまで手に入れたら、下手すりゃ人力アルカンシェルとかできるんじゃね?

なんて思わず考えてしまうほどだが、ソレはソレでコレはコレ。結局のところあたし達的にはなのは達が『闇の書』をちゃんと倒せるのならそれで良いのだ。要するに強くなる分にはどんどん強くなってくれた方がありがたい…筈だ。

 

「…では予定通りに。…気を付けろよ、ヴィータ。」

「はぁ…ああ、分かってるよ。」

 

別行動の為にこの場を離れるザフィーラを見ながら改めて思う。あたしってとことん損な役ばかり回ってきてねぇか? と。

 

「…アイゼン、封鎖領域展開。」

了解。(Jawohl.)魔力封鎖。(Gefängnis der Magie.)

 

展開された封鎖領域がなのはらしき魔力を捉え、空間を切り取る。これで銀髪オッドアイ共も簡単には入って来れない筈だ。

…どうやらなのはも屋外に出て来たみたいだし、そろそろ覚悟決めるか。

 

「こんだけ魔力量に差があるんだ。先手を強引に貰うくらい大目に見ろよな?」

≪Schwalbe Fliegen.≫

 

手の平サイズの鉄球を出現させ、アイゼンでテニスのサーブのように思いっきりぶん殴って打ち出す!

鉄球が赤熱したかのような輝きを放ち、なのはに真っ直ぐ向かうのを確認してあたしも上空から回り込む。

お前の実力がその魔力に見合う物か、確かめさせてもらうぞ高町なのは!

 

 

 


 

 

 

誘導弾です。(Homing bullet.)

 

自宅からほど遠くないビルの屋上。見上げる夜空に一点、赤い光が見える。

原作知識を持っているから分かる。ヴォルケンリッターの一人、ヴィータの攻撃だ。

直ぐにセットアップし、対応するべく手を翳しラウンドシールドを張る。

 

ヴィータの鉄球を受け止めたラウンドシールド越しに、左手に衝撃が走る。だが思ったほどの威力は無い…やはりこっちは陽動か。本命は…

 

「テートリヒ・シュラーク!」

 

背後に回り込んでのアイゼンによる一撃…!

俺は敢えて原作のように右手で新しく張ったラウンドシールドで受け止めるが、その衝撃は鉄球とは訳が違った。

 

「っ! 重い…!」

「チィッ、硬ぇ…!」

 

横凪に振るわれたアイゼンの一撃を受け止めたまでは良かった。だが、正直言って予想以上の火力だ…押し返せない…!

この拮抗状態を崩す為、ディバインシューターを撃とうとしたその時だ。ヴィータの口元が()()()()()()()()()

咄嗟に周囲を警戒すると、ヴィータと鉄球に挟まれた俺のまさに真正面…空気を割いて向かって来る2()()()()()()が目に映った。

 

「…くっ!」

 

このままでは拙い! そう思い咄嗟に自ら後ろに思いっきり跳び、ビルから落下する事で2個目の鉄球を躱す。

 

≪Flier Fin.≫

 

飛翔魔法を起動してその場に滞空すると、直ぐにヴィータが向かって来るのが見えた。

 

≪Schwalbe fliegen.≫

 

ヴィータの手元に現れる鉄球…数は5個!

 

≪Divine Shooter.≫

 

対応する為ディバインシューターを起動し、打ち出された鉄球を相殺する為に5つの光弾を向かわせる。

…だが本命は別だ。俺の体で隠すように背後に生成した6()()()()()()()()()()()()()()を、鉄球と光弾の衝突により発生した煙に隠すように射出。…ビルの合間を通し、ヴィータの背後に回り込ませる。

 

「君、どこの子!? 何でこんな事を!?」

「…」

 

時間稼ぎの問いかけにヴィータが答える様子はない…このまま行けるか?

 

「答えてくれないと…「悪いが…」ッ!?」

「そんな見え透いた時間稼ぎに付き合うつもりはねぇ…アイゼン!」

≪Explosion. Raketen form.≫

 

カートリッジロード…! このまま一気に勝負を決めるつもりか!?

グラーフアイゼンが変形し、槌の片方にドリルが、反対側にロケットエンジンのような推進機構が生成された。ならばこの後に来る攻撃は…!

 

推進機構に火が灯り、アイゼンを構えるヴィータごと回転し始める。

ディバインシューターは回転しているアイゼンで破壊され、その勢いのままヴィータは突進してきた。

 

…ついに来たか、この瞬間が。

原作ではここでレイジングハートは破損させられ、修復の際にレイジングハートの希望でカートリッジシステムが搭載される…言ってみればレイジングハートの強化がされるのだ。

カートリッジシステムが齎す瞬間的な爆発力は『闇の書』との戦闘に於いても重要なファクターであり、この先の勝利をより確実にしたいのであればカートリッジシステムは手にしておきたい。

だがレイジングハートは道具や機械じゃない。自分の意思があり、思考し、会話できる以上、それは一つの生命だと考えられる。それに加えて今俺が手にしているレイジングハートは転生者…言ってみれば同胞なのだ。『破損』ではなく『破壊』されるかもしれない危険を前に、メリットデメリットだけを根拠に軽々しくBETして良い物ではない。

…だからこそ、俺達は話し合ったのだ。

 

≪レイジングハート…本当に良いんだね?≫

≪あぁ、()()()()覚悟は出来てる! ただし万が一抜かれてもフレームな! 本体で受けるんじゃないぞ! 絶対フレームだぞ!!≫

 

何度もした確認を、最後に改めて行う。

そう、レイジングハートは最初から破損も覚悟の上でレイジングハートに転生していたのだ。…と言うより『それくらいの覚悟が無いとレイジングハートになりたいなんて言わない』と言うのが本人の談だ。

 

…ここまで言われたら、俺も覚悟を決めないとな。

レイジングハートは破損の覚悟はしていても、結果が本当に破損で済むかどうかは俺にかかっている。

言わば俺は人一人(相棒)の命を背負わされた状態なのだ。緊張で手に汗が滲む。

だけどこれもレイジングハートが俺を信頼してくれたからこその覚悟、答えてやらなきゃそれこそ相棒じゃない。

 

目の前にレイジングハートを構え、ラウンドシールドを張る。

…大丈夫だ。もしもヤバそうな軌道だったらラウンドシールドで防いでいる間に位置を調整してやれば良いんだ。

 

 

 

 

 

 

そして、俺のラウンドシールドとヴィータのラケーテンハンマーが衝突した。

 

 

 


 

 

 

なのはとヴィータの戦闘が始まる少し前…なのはの立つビルの屋上から数百m離れたマンションの屋上に、その少女は居た。

 

 

「…やっぱり、ここに来ていたんですね。」

「ん? …あぁ、君か~。どうしたの? こんな時間にこんな所に来ちゃって。」

 

前触れも無く虚空から現れた女性に背後から声を掛けられ、振り返った少女は気の抜けきったような声で質問を返す。

 

「目的は…貴女と会う事、ですかね…?」

「…ふ~ん? なるほど…私に会うのが目的だったんだー」

「えぇ、少し話をと思いまし「違うよね?」…」

 

突如、少女の雰囲気が一変する。やる気なさげな目元も緩み切った表情も変わらないのに、声のトーンだけが冷たく張り詰めた。

 

「私の邪魔をしに来たんでしょ?」

「…それは、貴女の目的次第です。」

「一応私と貴女の目的は同じはずなんだけどな~?」

「そうですね…それは私も同意見です。」

 

その言葉を皮切りに、両者の周囲に夥しい数の魔法陣が展開される。

 

「…なるほど、本気なんだ。」

「冗談でここには来ませんよ…貴女も分かっているでしょう?」

「とは言っても本来私達って互いに戦う事は禁じられてなかったっけ?」

「そんなルールはありませんよ。」

「それはこんな状況を想定してないってだけで、暗黙のルールってやつじゃないのかな?」

「ルールで縛れない例外は出ますよ。どんな組織にも。」

 

両者は互いに意見を譲らない。()()()()()()()()()()()両者が全力で戦えば、周囲にどれほどの被害が及ぶか互いに分かっているからこそ相手を納得させることに全力なのだ。

 

「…そこまで言うって事は、君にも言い分があるんだよね?

 君の本当の目的は一体何かな?」

「この戦闘に…今夜、これからの戦闘にだけは介入しないでいただきたいのです。」

「まぁ、それはこんな行動に出ている事から分かり切ってるんだけど…理由は?

 私は万が一が起こるようならこの一件に介入するべきだと思ってるんだけど?」

「…()()()()()()()()だからですか?」

「それもそうなんだけど…そう言えば君は知らないのかな?

 レイジングハートも転生者なんだよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()…動く理由はこれだけで十分じゃないかな?」

「承知の上です。ですが、それならば貴女も知っている筈です。

 レイジングハートが自らの破損も覚悟のうえでこの場に居る事を望んでいる事を。

 そこに介入するという事は『レイジングハートの自由意思を否定する』と言う事ではないですか?」

「…ふ~ん、なるほどね~…一理あるかもしれないね。

 確かにそう言う考え方だと『互いに覚悟の上での決闘』とも取れるのかな?」

「分かっていただけましたか?」

 

説得に一定の手ごたえを感じたのか、女性の表情が若干和らぐ。だが…

 

「う~ん…難しいねー、これだけじゃあ私はまだ意見を変える訳にはいかない。

 だからさ、君の()()()()()を教えてよ。さっきから言ってるでしょ?」

 

少女の方はどうやら女性がひた隠しにしていた『本当の理由』を理解していたようだった。

見抜かれていた事を理解した女性は、観念したのか本当の理由について話し出した。

 

「…彼女達には次がありません。それは『闇の書』に介入する権限を持たない私達の無力が原因です。

 ですから私は彼女達に『自分の力で未来を手にする権利』を…機会を与えたいのです。」

「そっか、君はずっとあの子達を見て来たんだったね…だから情が移っちゃったんだ?」

「…」

 

女性はヴォルケンリッターの努力をずっと見ていた。

最初は襲撃者にヴォルケンリッターが襲われた時、転生者同士の戦闘故に割り込んだだけだった。

だが彼女達に起こっている異常に気付き、介入できない自分の立場に嘆き、『闇の書』の影響で繰り返される『初対面』に悲しんだ。

そしてそれでも諦めず努力を続ける彼女達に、いつしか必要以上の好感を持ってしまっていたのだ。

 

「私達の権利は公平性を以って保証される…知ってるでしょ?

 あまり感情的にならずに、失敗しない程度に適当にやるのが丁度良いんだよ。」

「…」

 

当然それは承知していた。

自分達に与えられた権利が私情で振るって良い物ではない事を理解できない程愚かではなかった。

 

「だからここは私が身を引こうじゃないか。」

「…えっ!?」

 

だからこそ少女の結論に驚愕し、戸惑った。

少女の周囲に展開されていた魔法陣群の全てが消失し、少し遅れて女性も慌てて魔法陣を消す。

 

「君はまだ若いからか純粋すぎるところはあるけど、その分私とは違う見方が出来る。

 …まぁ私情で動く事はやめた方が良いと思うけど、今回の行動に関しては何の根拠も無い訳でもないし…良いよ、『レイジングハートの自由意思を尊重した』って事で傍観してあげる。」

「ありがとう…ございます?」

「何で疑問形なのさ…」

「いえ、随分あっさり退き下がったなぁ…って…」

 

こんなにあっさり退き下がるのならあんな風に魔法陣を展開して威圧する必要も無かったのではないか…釈然としないものを感じつつも、少女の言葉に耳を傾ける。

 

「さっきも言ったでしょ? 『失敗しない程度に適当に』が私のモットーなんだよ。

 私が見た感じだと十中八九は大丈夫そうだしね~。」

「は、はぁ…」

「まぁ、心配しないで。万が一レイジングハートが破壊されちゃっても、『デバイスだからこそのカバー法』もあるしね。

 『死者蘇生』なんて大事にはならないし、多分許可も出るでしょ。」

 

その言葉に違和感を感じた。まるでレイジングハートが破壊されても『後から蘇生出来る』と言っているように感じたからだ。

 

「…あれ? もしかして、私遊ばれました?」

「あ、バレちゃった? 実は元々介入するとしても戦闘後かなって思ってたんだよね~」

「なんっ…早く言ってくださいよ! もーっ!!」

「あっはっは! まぁ、ここは二人仲良く観戦と行こうじゃ~ないか。

 ほい、君の分。」

「えっ? わっ! とと…」

 

完全に遊ばれていたことを理解した女性は、咄嗟に投げてよこされた物を慌ててキャッチする。

 

「これって…双眼鏡…?

 あの、普通に見えますよね? 私達の視力だと。」

「こう言うのは雰囲気が大事なんだよ~?

 欲を言えばポップコーンとかも欲しいくらいさ~」

「は、はぁ…?」

 

まるで映画を見るかのような気楽さで話す少女の姿に、なぜここまで気楽に構えていられるのだろうか? と疑問を感じつつも、おとなしく隣に並び戦いを見守る事にした…渡された双眼鏡越しに。

 

「…あの、朱莉さん? やっぱり肉眼の方が見やすいのでは?」

「こう言うのは不便を楽しむものだよ? 戦いを見失いそうになる瞬間のスリルはなかなか…」

「私達が見失ったら拙いでしょ!? サポートできないじゃないですか!」

「君は相変わらず硬いなぁ~…えーっと、今の名前って何だっけ?」

「美香です!」

「あぁ~そうだったそうだった! じゃあ、みーちゃんだね。」

「み、みーちゃん…?」

「おぉ! 戦いが始まるみたいだ! 見逃したらもったいないよ!」

「その前に名前の呼び方について異議が…」

 

 

 




天使的には朱莉さんは美香さんの上司にあたります。

天使の二人の会話が長くなりましたが、結論から言えば『今夜の戦闘に天使は介入しないよ』という事だけ覚えてくれれば大丈夫です。

- 7/30 追記-

なのはさんの最後の辺りの考え方に強い違和感があったので修正しました。


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援軍

遅れてしまい申し訳ありません!

活動報告を呼んでいただいた方はご存じと思いますが、前話のなのは視点の最後の部分の内容を変更させていただきました。

変更点は

1.レイジングハートの破損する覚悟と、込められた信頼に対して応える感じの考え方に変更しました。
2.上記の理由でラウンドシールドが全力の物じゃなくなりました。
 (ラウンドシールドが破壊される前提になった。)

の二つです。

変更の理由が気になる方につきましては活動報告の方に目を通していただければ幸いです。


ヴィータの一撃をラウンドシールドで受け止めた瞬間、グラーフアイゼンの先端がラウンドシールドを突き抜けた。

 

「…っ!」

 

ラウンドシールドを突き抜けて迫るドリル状の切っ先を、俺はレイジングハートの本体に影響が出ない様に受ける。

今までに感じた事の無い衝撃だ…ミシミシと言う嫌な音と感触がレイジングハートを持つ手から伝わって来て、次の瞬間には俺も吹っ飛ばされていた。

視界がグルグルと回転し、周りの状況も分からない。背中に衝撃を感じたかと思うと光景がまた変わり、オフィスビルの中に突っ込んだのだと理解した。

 

「うぅっ…くっ…!」

 

衝撃の大部分はバリアジャケットが吸収してくれたようだが、ノーダメージとはいかないか…強かに打ち付けられた背中は痛み、激しく回転させられたせいで足元も若干ふらつく…でもここでぼーっとはしてられない。

 

≪レイジングハート、大丈夫?≫

≪あぁ…一応大丈夫だとは思う。ただ、なんか急に眠くなってきた…!≫

 

それって本当に大丈夫なのか!? そのまま寝たら死ぬ奴なんじゃ…?

よく見るとレイジングハートの本体にもヒビが入っている…フレームで受けようと関係無いのか、それとも俺がミスったのか…いや、今は後回しだ。とにかく今は追撃に警戒を…そう思い、直ぐに窓の方に目を向けるが…

 

…なんだ、アレ…炎の壁?

 

俺が突っ込んだ事でもう『穴』と形容した方が良い有様の窓の外は一面が真っ赤に燃えていた。

ヴィータの追撃が来なかった理由がこの炎の壁だとすると、これをやったのは俺の援軍という事になる。

そして正体を確かめるべく窓へと近づいた時…その声が聞こえた。

 

「この街の危機に! 俺、参上ッ!!」

 

…いや、何でお前がここに居るんだ!?

 

 

 


 

 

 

今のが本当に高町なのはか…? バカみてぇに高い魔力を持ってる割に、あんまり手ごたえが無かったな…

あれじゃあ管理局の銀髪オッドアイ共よりも格下だ。

…あたし達が強くなり過ぎたのか? いや、それとも元々こんなもんだったのか…

 

多少の違和感を感じつつも、オフィスビルに突っ込んだなのはの様子を確認するべく近付こうとしたその時だった。

何者かの魔力を感じて飛び退ったその目の前を、炎の壁が遮った。一瞬シグナムの技かと思ったがそうではない。

炎から感じる魔力の質が違うし、シグナムはあたしの仲間だ…こんな風にあたしに不意打ちを仕掛ける理由も無い。となると可能性は一つ…新手の敵だ! …封鎖領域の展開時に余計な敵は省いたが、この結界内に入る方法がない訳じゃない。だから早めに決着を付けたかったんだ…!!

 

「誰だ! 出てこい!」

「この街の危機に! 俺、参上ッ!!」

 

…左上か!

声がした方を見ると()()()()()()()()()()()が、こちらに向けて突っ込んで来るのが見えた。

 

「なっ!? アイゼン!」

≪Panzer Hindernis.≫

 

咄嗟に障壁を張ると、奴はそのまま突っ込んできた。

爆発を伴ったその攻撃は確かに障壁で防いだにも拘らず、内部の空気を振るわせた。

奴の攻撃を防いでようやくわかったが、どうやら今の攻撃は『炎を纏った跳び蹴り』だったらしい。

障壁越しに奴と目が合…あん?

 

「…なんだお前。」

 

いや…大体は分かる。()()()()がバリアジャケットなのだという事も想像は付く。

ただ分からない。()()()()()()()()()()()()()が分からない…

 

「俺か? 知りたいのなら教えてやろう…!」

 

奴が飛び蹴りを放った姿勢のまま、どこか芝居がかった口調で名乗り始める。

 

「俺は紅蓮…この街の平和を守る者だッ!」

 

奴が名乗りを上げた瞬間、奴の体から炎が激しく吹き上がる。…主に後方に向けて。

その姿はさながら『日曜日の朝にやっている特撮ヒーロー』のような恰好だった。

 

「てめぇ、ふざけて…なっ!?」

 

見れば一度は奴の攻撃を防いだはずの障壁にヒビが入ってきている…! さっきの炎は名乗りを上げた後の演出かと思ったが、更なる推進力を得る為のものだったか!

 

「チィッ!」

 

障壁の解除と同時に左へサイドステップし、攻撃を躱しながらアイゼンのカウンターを叩き込む!

 

「おぉっとォ!」

 

奴が跳び蹴りの為に突き出していた右足を大きく振り上げ、アイゼンの一撃は上へ弾かれた…だが!

 

「甘いんだよ! ラケーテンハンマー!!」

 

アイゼンのロケットエンジンに火が灯り、弾かれた勢いそのままに回転! 足を振り上げたままの無防備な姿勢で、この一撃を躱せるか!?

 

「はぁッ!」

 

…躱しやがった。え、何今の動き…? 右足を振り上げたままの姿勢で、上半身だけを逸らして、背中から噴き出した炎の勢いで空へ飛ぶ?

それヒーローの動きじゃないだろ…?

…いや、それよりも!

 

「今度はこちらから行くぞ!」

「てめぇ…本当に何なんだ!?」

 

奴を追って見上げた先に居たのは『空中で両手両足の関節から噴き出した炎で空を飛びながら、いくつもの決めポーズを連続で決めているアホ』の姿だった。

そして最後に右手で空を指さすポーズを取ったかと思うと、奴の体から噴き出す炎が激しくなる。

 

「全力で行くぞ…ついて来れるか!」

「…舐めんなァ!」

 

てめぇみたいなふざけた奴に負けてられるか!!

 

 

 


 

 

 

「紅蓮君…あはは、相変わらずだなぁ…」

 

まさか駆けつけて来てくれたのがフェイトではなく紅蓮とはなぁ…

 

…紅蓮、あいつと最初にあったのは大木のジュエルシードの根を止めていた時だった。

全身を深紅のヒーロー(っぽい)スーツを模したバリアジャケットに身を包み、魔法陣の代わりに『ポージングで魔法を構成する』と言う良く分からない特典を持って転生してきたその男の事は一際印象に残っている。

その戦闘スタイルはゴリゴリのインファイターで、徒手空拳による連撃と炎熱の変換資質による追撃が特徴だ。一度ペースを握られれば切り崩すのは容易ではない為、このまま攻め続ければヴィータも退けられるかもしれないな。

 

…このまま相手がヴィータ一人だったならだけど。

 

 

 


 

 

 

…正直に言おう、あたしはこいつを舐めていた。

 

「ハンマーと言うどうしても大降りになる武器に、この間合いは厳しいだろう!」

「くっ…そ、がぁ!」

 

さっきの良く分からない決めポーズの後、こいつの動きは格段に鋭くなった。

素早い動きで懐に入られてからはペースを握られっぱなしだ。本来近接戦はあたしも得意な距離だが、こいつの場合は距離が近すぎる!

ただ新しく()()()()()()()()事が一つ…こいつ、さっきの決めポーズはふざけてやっていた訳じゃなかった。

こいつはこの戦闘中に何度かあたしを大きく吹き飛ばしているが、その際に追撃を行うどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…そして、そのポージングの後は()()()()()()()()()()()()()

…正直気付きたくなかったが、あのポージングは多分()()()()()()()の役割を果たしているんだろう。

魔法発動の際の魔法陣は現れず、デバイスと思しき奴のベルトも魔法発動の際に何も言葉を発しない。そのせいで次にどんな攻撃で攻めて来るのか分からず、どうしても攻めも守りも後手に回る…めんどくさい魔法を使いやがる!

 

「とう!」

「ぐっ!?」

 

奴の放った炎を纏った拳をアイゼンで防ぐも、また距離を開けられた…!

…あのポージングは…! 拙い!

 

「させるか!」

≪Schwalbe Fliegen.≫

 

鉄球を5つ打ち出し、カートリッジを…

 

「手こずっているようだな、ヴィータ…」

「! …ザフィーラ。」

 

いつの間に到着していたのか、ザフィーラがあたしの隣に来ていた。

 

「思わぬ増援と言ったところか…あの男はそれほどか?」

「うっせぇ! ちょっと相性が悪かっただけだ…!」

「…カートリッジはまだ温存しておけ。イレギュラーが一つとは限らん。

 相性が悪い相手だと言うなら、私が代わろう。」

 

確かにザフィーラの言う通りだ。既に結界に入られている以上、増援があいつ一人とは考えにくい。

それにあいつとザフィーラの間合いは同じ…か。

 

「…任せる。」

「ああ。」

 

先になのはの状況を確認しよう。レイジングハートを破損させる事が出来ていれば、後は魔力を収集して撤退だ。

…しかし、フェイトが来ないのが気がかりだ。ついでにバルディッシュも破損させておきたかったんだが…もしかして襲撃を早まったか?

 

「おおぉぉぉおお!!」

「テォアアアァァ!!」

 

背後から響く雄叫びに目を遣れば、あいつとザフィーラが戦っている様子が見えた。近接戦闘…特にゼロ距離の殴り合いはザフィーラの独壇場…まぁ、あいつも相手が悪かったな。

 

さて、なのはの様子はどうなってるかな…っと…お?

 

「…なのはをここまで追い込んだのは、君?」

「だったらどうだってんだ?」

「そう…なら、次の相手は私。

 …行くよ、()()()…!」

 

…どうやらさっきの心配は要らなかったか。

今度の増援はフェイトとアルフのコンビとユーノか…

なのはの様子は…見たところレイジングハートは程良く破損してるみてーだし、多分大丈夫だな。

…となると、後はフェイトのバルディッシュか。

 

「次から次へとキリがねぇな…良いぜ、かかって来いよ。

 三人纏めて相手してやる!」

 

さっきのなのはがあんな感じだったんだし、フェイトもそう変わらないだろ。あの程度なら3対1でも戦えるはずだ。




※フェイトさんは一切手加減しません。

フェイトさんの到着が若干遅かったのはヴィータさんが早まった訳ではなく、管理局側の事情によるものです。これに関してはもう少し先の方で触れるとは思います。

【悲報】神宮寺君、筆記試験に落ちる【勉強中】


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3人目

フェイトさんvsヴィータさんです。

今回で多分フェイトさんの戦い方は大体伝わるかと…


なのはを庇う様にヴィータの前に立ちはだかると、背後からなのはとユーノの会話が聞こえてきた。

 

「ユーノ君、久しぶりだね。」

「うん…良かった、思っていたよりは元気そうで。」

 

ユーノがそう言うと、淡い魔力光がなのはを包み込む。ユーノが得意とする癒しの魔法だ。

 

「なのははそのまま安静にしてて。あの子は私達が倒すから…」

「う、うん…」

≪…フェイト、大事な事忘れてるよ?≫

 

グラーフアイゼンを油断無く構えるヴィータの隙を窺っている最中、アルフから念話が入った。

 

≪大事な事?≫

≪いや、フェイトはもう管理局の関係者なんだから…ほら、言わなきゃいけない事があるだろ?≫

 

あっ…しまった、すっかり忘れてた。

確かこう言う場合は…

 

「…抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら…」

「そんだけの殺気を向けておいてどの口が言うんだよ…御託は良いから、さっさとかかって来な。」

≪いや、まぁそうなるよ…≫

≪アルフ、クロノには黙ってて。≫

≪はいはい…次からは気を付けな。≫

 

大丈夫…多分管理局側はまだこの結界内の様子は見れていない筈。

アルフが黙っていてくれればバレないと思う…!

 

「説得は失敗、これより武力による鎮圧に移行する。」

「なんかあたし、とんでもなく理不尽な事言われてる気がしてきたんだけど…」

「…今からでも投降する?」

「いや、遠慮しておく。」

 

…再確認しても拒否されたし、倒しても大丈夫だよね?

 

<まぁ、良いんじゃない? あの様子じゃ元々降参する質じゃないよ。きっと。>

<そうだね…姉さん。>

「ユーノはなのはの回復を優先して、アルフは私のサポートをお願い。」

「分かった!」

「あいよ! ま、サポートが必要かは分かんないけどねぇ…」

 

二人の了解を確認してバルディッシュを構える。

 

「…行くよ、バルディッシュ!」

≪sir.≫

 

そしてバルディッシュのヘッドが展開し、サイズフォームに移行した辺りでヴィータが声をかけてきた。

 

「てっきりそこの回復役が3人目だと思ったが…伏兵か?」

「…伏兵は居ないよ、ここにちゃんと全員いる。ついでに外で戦ってる人は、管理局とは無関係。」

「へぇ…親切に答えてくれてありがとよ。

 親切ついでに、その3人目の顔も見せて欲しいんだけどな?」

「…それは難しい問題。」

「まぁ、そうだろう…なッ!」

 

そう言うと同時にヴィータが広げた指の間に4個の鉄球が出現する。

 

「アイゼン!」

≪Schwalbe Fliegen.≫

 

そしてヴィータは出現した鉄球を打ち出す為に、グラーフアイゼンを振りかぶった。

この攻撃は恐らくこちらの出方を見る為の牽制…だったら、本気を出される前に一気に勝負を決める!

 

「バルディッシュ、<姉さん>…行くよ!」

≪Yes, sir. Photon Lancer.≫

<オッケー、フォトンランサー!>

 

目の前に現れたのは()()()()()4()()()()()()()…姉さんと開発した、新しいフォトンランサー…実戦で使うのは初めてだけど、訓練ではあのクロノでさえ手を焼いた魔法だ。

 

「はぁっ!」

「シュート!」

 

放たれた鉄球と光弾が衝突する寸前…

 

<スパーク!>

 

姉さんの合図でフォトンランサーが()()()

 

「何っ!?」

 

弾けた際の爆発で鉄球の方向は逸らされ、光弾が纏っていた雷が散弾のようにヴィータに襲い掛かった!

 

 

 


 

 

 

何だ、この魔法…こんなもん知らねぇぞ!?

 

「アイゼン!」

≪Panzer Schild!≫

 

咄嗟に張った障壁が功を奏した。散弾そのものの威力はそれほどでも無かったのか、目の前に盾状に展開した障壁はビクともしていない。だが、あれは雷の性質変換だ…一つ掠っただけでも動きを封じられ、他の散弾も避ける事が出来なくなる。

…どうやら、フェイトの方はあたしが予想していたよりも全然やるようだ。フェイトに対する認識を上方修正しておこう。

そう思った瞬間、背後から小さなスパークのような音が聞こえ…

 

「うおぉっ!?」

「…惜しい。」

 

…危ねぇ! いつの間に回り込んだんだ!? 嫌な予感がして咄嗟に回避行動取らなきゃ、今のでやられてたぞ!?

振り向いた先にはバルディッシュを横薙ぎに振るった姿勢のフェイトが一瞬見えた…かと思った瞬間には『雷の線』を残して姿が掻き消えた。

だが、今のは転送とかじゃない! 単純に超高速で視界の外に出ただけだ!

ヤバいな…()()に居るのはヤバい!

 

「チィッ…悪いが場所を変えさせてもらう!」

 

本来動きが制限されるはずの閉所でフェイトがあれだけ動けるって事は、逃げ場が無くなるって時点であたしが不利だ! 留まる利点が無ぇ!

だが、その分こいつは効くはずだ!

 

≪Eisen Geheul.≫

 

アイゼンで叩きつけた球体から音と閃光が迸り、周囲の敵全員の動きを封じている間に外へと飛び出す。

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

「はああぁぁぁぁ!!」

 

…あいつらまだやり合ってたのか!?

どうやらあの紅蓮とか言う魔導士も中々タフらしい…って、そんな事考えている場合じゃないな。

 

「…さて、どう来る?」

 

今さっきあたしが飛び出した穴の様子が見える位置で鉄球を出して滞空、飛び出してくるであろうフェイトの出方を見る。

いくらフェイトが速くても、これだけ離れれば動きは見えるはずだ。幸いにして『雷の線』って言う分かりやすい目印もある事だしな…

 

「…来たっ!」

≪Explosion!≫

 

街灯も消えた夜の街中と言う状況で、雷を発しながら飛翔する姿は良く目立つ。…これなら狙える!

さっきのやり取りで十分わかった。フェイトはカートリッジを温存して戦えるほど、(やわ)な相手じゃない。カートリッジをロードしたアイゼンが、再びドリルと噴射口を持つ形態…ラケーテンフォルムに形を変える。

 

「やるぞ、アイゼン…全力だ!」

了解。(Jawohl.)

 

噴射口がまばゆい光を放ち、あたしの体が回転を始める。だが、まだだ! この速度じゃ多分躱される!

 

≪Explosion!≫

 

だから燃料を追加する。

連続して2つ目のカートリッジをロードした事で出力が爆発的に増大し、回転にさらなる加速を齎す。

 

そしてあたしは左手に持っていた鉄球を、上空に放り投げ…回転の方向を強引に縦に切り替えた。

 

くらえ、全力の…

 

「ラケーテン、ハンマー!」

 

ラケーテンハンマーの『回転する切っ先』が鉄球を抉る勢いで捉え、鉄球はまるで弾丸のような回転を伴いながら高速で射出された。

そして当然カートリッジ2つ分の加速をこれだけで終えるつもりは無い。

 

「…ぐッ!」

 

回転を強引に止め、アイゼンの推進力で飛翔する。

あたしが制御できる最高速の連撃…これでどうにもならなかったら、流石に撤退するしかねぇな。

 

「喰ら…え!」

 

 

 


 

 

 

ビルから飛び出した瞬間、甲高い金属音が響いた。

音のした方向を見れば『ヒビの入った金属球』がこちらへ迫るのが見えた。…そしてそのすぐ後ろから、金属球を追うように迫ってくるヴィータも。

…この速度、攻撃を優先したら避けられない。

 

<フェイト、どっち!?>

<回避…いや、障壁!>

<オッケー!>

 

素早く姉さんに返事を出し、私も魔法を発動すべくバルディッシュを構える。

 

≪Defenser.≫

<ディフェンサー!>

 

目の前に現れた2重の障壁…そして、

 

≪Round Shield.≫

<ラウンドシールド!>

 

…これで4重。

 

次の瞬間、ヴィータが縦に回転し…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くっ!」

 

眼前で炸裂した鉄球の破片が4重の障壁を激しく打ち据え、その衝撃が腕に重くのしかかる。だけど、見逃してはいない…ヴィータは既に…

 

「こっちだッ!」

 

背後に回っている。

 

≪Photon Lancer.≫

「無駄だ!」

 

迎撃に使用したフォトンランサーは、ヴィータがその場で1回転した事であっけなく破壊された。だが、1回転分の時間があれば十分!

 

<姉さん!>

<うん!>

 

≪Blitz Action.≫

 

その場で加速し、瞬間的に距離を取る。

でも後ろからはヴィータが追撃するべく追ってきていた。

 

「しつこいなぁ! バルディッシュ!」

≪sir.≫

<フェイト!>

<うん!>

 

≪Photon Lancer.≫

<フォトンランサー!>

 

そして生成されたのは()()()()()()()()()()()()()が4つ。

 

「な…ッ!?」

「シュート!」

 

ヴィータの驚愕を余所に放たれた光弾は、しかしそのどれもがヴィータに直撃する軌道ではない。

 

「…こいつは…?」

 

だが当然そんな事で油断しないヴィータは回転を止め、その場で様子を窺うと言う選択を取ってしまった。

そして、4つの光弾がヴィータの上下左右を()()()()()()()()()()()()通り過ぎるその瞬間…

 

<…今!>

 

青い光弾は内側の雷に喰い破られるように破壊され、4つの光弾が雷で繋がった。

 

「ぐっ…あっ…!!」

 

その交点に居たヴィータは雷の速度に対応できなかったらしく、感電して動きが止まる。

 

「これでトドメ!」

 

そしてこの隙を突くべく振るわれたアリシアの一閃は…

 

 

 

『キィンッ!』と言う音と共に、

 

「…えぇっ!?」

「…シグナム…」

 

乱入者(シグナム)の持つ『刀』に防がれた。

 




フェイトさんの戦い方は基本的にアリシアとの連携が主体になります。
ただし連携は息を合わせる必要があるので、咄嗟に出す事はまだ難しいです。

連携フォトンランサー(仮称)は『引っ込んでいる方の魔力』を『表に出ている方の魔力』で包み込んでいる感じ。表に出ている人格でどちらになるかが変わります。

表がフェイトさんの場合…アリシアの合図で炸裂する散弾。
表がアリシアの場合…フェイトの合図で全ての光弾を結ぶ雷。

一応裏に引っ込んでいる方も単体で魔法を使えますが、連携が安定するまでは事故を避けるために使用しません。

連携フォトンランサー(仮称)の名前とかは決まってないです。完全にオリジナルって感じでもないので『フォトンランサー』で通しても大丈夫かなとは思ってますが…(敵からしてみれば軽く詐欺)


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フェイトvsシグナム

また遅れてしまいすみません!
私事ではあるのですが、少し前からちょっと忙しくなってしまいまして…
次回も少し遅れてしまうかと思いますが、それ以降は元のペースに戻したいなと思います。


「間に合ったようだな、ヴィータ。」

「シグナム…あぁ、助かった。」

 

動きが見えなかった。

 

姉さんが()に出ている間も、私は姉さんの視界を通して状況を把握する事が出来る。

しかしシグナムが姉さんの攻撃を止めた瞬間の動きは、高速の動きに慣れた私にも全く察知が出来なかった。

 

<…! 姉さん、距離を!>

<う、うん!>

 

姉さんが後退しようとした瞬間、シグナムの刀が閃き…咄嗟に()()バルディッシュでガードした。

 

<ありがとう、フェイト! ここから巻き返そう!>

<うん。でも…正直ちょっと厳しいかも…>

<…フェイト?>

 

正直なところ、今の一撃を咄嗟に防ぐ事が出来たのは運が良かっただけ。私の眼ではやはり攻撃の初動しか見えていなかった。

 

「ほう…今のを防ぐか。」

「…」

 

振り抜いた刀を正眼に戻したシグナムの鋭い視線が私を射抜く。

 

「雰囲気が変わったな…魔力の質も…

 …なるほど、どうやら少々特殊な体質のようだな。」

「…」

 

…動きづらいな。あれは私達の情報を少しでも引き出そうと言う目だ。

元々こちらを害するつもりは無いのか、不気味なほどに敵意を感じない。それにも拘らずこの気迫…何かしらの狙いはあるはずだけど、それが見えてこない。

 

<フェイト、ここは管理局の人が動けるようになるまで時間を…>

<それはダメ…たぶん、ここで守りに入れば最後。押し切られるよ。>

 

まだシグナムの実力は分かっていないけど、それでも攻めるしかない。元々私の戦闘スタイルは速度に任せたヒットアンドアウェイ…魔力とスタミナの消耗が激しい分、時間稼ぎにはあまり向かない戦い方だ。

だったら攻撃こそ最大の防御…守る為に、攻めかかる!

 

「…行くよ、バルディッシュ!」

≪sir.≫

「…ヴォルケンリッターが一人、『烈火の将』シグナム。そして我が愛刀『レヴァンティン』…推して参る!」

 

 

 


 

 

 

ユーノの魔法の効果だろうか? 体がじんわりと心地良い熱を帯びて、わずかに感じていた痛みが無くなっていく。

 

≪なのは、これで体の方は大丈夫?≫

≪うん、元々私はそんなにダメージを受けてなかったから…≫

 

俺の返答を聞き、ユーノがわずかに目を見開く。

 

≪…驚いた、貴女念話でもその口調にしたのね。≫

≪あ、うん。…前にフェイトちゃんと話して、ちょっと思うところがあってね。≫

≪へぇ…今度詳しく聞かせてくれない? この戦いを無事に切り抜けた後でも良いから。≫

≪えっ、うん。≫

 

ユーノが魔法を解除したのか、光が消える。

 

「フェイトの戦闘の相手が代わったみたいだね。」

 

そう言ってユーノが見上げた先で、フェイトとシグナムの戦闘が始まった。

フェイトは最初から全力で飛ばしているらしく、常に高速で移動しながら散弾フォトンランサーやバルディッシュの一閃で果敢に攻め続けている。

一方でシグナムはその場から動く事無くフェイトの攻撃の全てに反応し、その尽くを切り捨てている。

そんな芸当を可能にする秘密は恐らく、シグナムの足元に展開された魔法陣だ。あの三角形を基本としたベルカ式特有の魔法陣は、展開した後常にそこにある。つまり何らかの効果を及ぼし続けている。

考えられるのは…

 

「攻撃の察知と、姿勢制御…?」

「へぇ…一目で見抜くとは、中々やるじゃねぇか。」

「っ! …貴女は…」

 

独り言のつもりだったのに思わぬ返答。正面を見れば、それほど離れていない距離にヴィータが居た。

ユーノは既に気付いていたのか、俺を庇う様に前に出ていた。

俺も慌ててレイジングハートを構えるが…

 

「待ちな!」

「お前は今包囲されている!」

「ここから先は!」

「俺達を倒してからにしてもらおうか!」

 

その前に突如乱入した銀髪オッドアイ達(いつものメンバー)に庇われた。

 

「はぁ…またてめぇらか…」

「またとはなんだ!?」

「俺達は初対面だろう!」

 

どうやら俺の知らないところでヴィータは銀髪オッドアイ達に遭遇していたのだろう。

 

「見分けがつく訳ねぇだろうが!!」

 

当然、区別は出来ていなかったようだが。

 

「くっ…今のはちょっと効いたぜ…!」

「あぁ、確かに少なからずダメージは受けた。だが分身魔法扱いよりはマシだろ?」

「…もう、慣れたよ。」

「諦めるな! 個性を諦めるな!!」

「…なんだお前ら。」

 

気にしないで、いつもの事だから…って言いたいなぁ。

 

「なに、知り合いの一人がお前達の世話になったようだからな。」

「なるほど、仇討ちって訳か。」

「いや…仇討ちって程仲良くはないんだけど、流石になのはの魔力を奪われるのは見過ごせないって言うか…」

「…」

 

なるほど、皆が介入してきた理由は分かった。

要するに彼等はスターライトブレイカーが闇の書に渡る事を避けるために来たのだろう。

それは確かに懸念事項の一つではあるのだが…取りあえず、今の俺が言うべきことは…

 

「魔力を、奪われるって…もしかして…?」

「あぁ、神尾の一件だ。」

「気を付けろよなのは、魔力を奪われたらしばらくの間魔法が使えなくなるらしい。」

 

よし、これで魔力枯渇=ヴォルケンリッターの仕業として話が出来るようになった。

ただ蒐集した魔力の持ち主の魔法もコピーされるって情報が無い以上、高町なのはとしてふるまうのならばまずは…

 

「貴女達は、皆の魔力を奪って何するつもり…?」

「教える必要はねぇ。」

「聞かせてくれれば、内容次第で協力だって…」

「それでもだ。話すつもりは無い。」

 

一応なのはとして協力を申し出てみたものの、やっぱり拒否された。

まぁ原作と同じ理由なら、はやての情報を漏らす訳も無いのは分かってたんだけど。

とは言え、これでとうとう戦うしかなくなったか。

 

「まぁ、事情を話してくれたとしてもなのはの魔力を奪わせる訳にはいかねぇよ。」

「せめて奪うんだったら俺達からだけにしときな。」

「それでも簡単に奪わせるつもりはねぇけどな!」

「行くぜオイ!!」

「あぁもう、わらわらと面倒くせぇ!」

 

そして銀髪オッドアイ達とヴィータの戦いが幕を開けた…かに思えたその瞬間…

 

轟音と瓦礫を伴った誰かが、この部屋の天井を突き破り突っ込んできた。土埃で正体は判然としないが、吹き飛ばされてきた方向を考えるときっと…

 

「…どうやらシグナムの方も決着がついたらしいな。」

「ぅ…」

 

天井を突き破って落下してきたのは、気を失ったフェイトだった。

 

 

 


 

 

 

ここで時間は少し巻き戻る。

シグナムとの戦闘に入ったフェイトはその違和感に気付いていた。

 

 

 

妙だ。

 

「ふっ!」

 

背後から放ったフォトンランサーが、いつの間にかまた正面からシグナムに切り払われている。

 

「はっ!」

 

側面、上下、背後…私は常に高速で動き回り、あらゆる死角からフォトンランサーを放っている。

だと言うのに…

 

「っ!」

 

シグナムに切り払われる直前、その魔力弾はいつもシグナムの正面にある。

 

<フェイト、まただよ!>

<わかってる…回転だよね。でも…>

 

そう、シグナムは構えを一切崩す事無く、体の向きだけを回転させている。それは分かっているんだ。

でも何故…

 

「無駄だ、私に死角は存在しない。」

「っ!?」

 

心を読まれた…?

 

「我が戦いの歴史に於いて、今のお前のように私の死角を取ろうとしてきた者は大勢居た。

 正面からでは…近接では勝てないと考えた者の行動は常に二通り。

 遠距離からの攻撃に切り替えるか、高速で動き回り死角を探るか…だからそういう手合いに私はいつも忠告をしているのだ。

 …改めて言おう、私に死角は存在しない。」

 

…なるほど、これは経験則。長年戦いに身を置いてきた者が持つという戦闘勘だ。

 

「…何故、それを私に?」

「お前ほどの実力者が無駄な事に魔力と時間を割いているのを見るのが忍びなくてな。

 それに…お前とは正面から切り結ぶ方が楽しめそうだと思ったまで。」

<うわ、バトルジャンキーだ…私初めて見たよ。>

<…私も漫画以外では見た事が無いかな…>

 

長年戦いに身を置くとこういう風になるものなのだろうか? まぁそれはともかく…

 

「…元々これが私の戦い方。忠告はありがたいけど、余計なお世話。」

「そうか…残念だ。どうやら今回相性が悪かったのはお前の方だったらしいな。」

 

煽っているかのような言い方だが、その心底残念と言った表情から本音だという事が分かる。

お前は障害足りえないと、敵に数えるに至らないと言われているようで…

…そう言えば、私もジュエルシード事件の時に似たような事をなのはに言った記憶がある。なるほど、言われる側の気分とはこんな感じだったのか。

中々に…不愉快だ。

 

<姉さん、少しの間速度にアシスト全振りでお願い。>

<フェイト!? …分かったよ、何秒?>

<…10秒。>

<了解、開始と終了の前にいつものカウントダウンするね?>

<うん…ありがとう。>

≪Defenser.≫

「…む?」

 

シグナムからすれば、私が突然防御を固めたように見えた事だろう。怪訝そうな表情が見えた。

 

<3>

 

姉さんのカウントが始まる。こうしている間も私は動き続けており、急に変わった速度に振り回されないようにする為だ。

 

<2>

 

これから姉さんが使うのは()()()()()()()()()()()。あの事件の後、リニスから話を聞いた母さんからも使用を禁止されてしまった正真正銘の禁じ手だ。

 

<1>

 

何故姉さんは良いのか? それは私が使った時ほどの速度が出ないからだ。魔法にはそれぞれ向き不向きがあり、私はその魔法に対する適性が高すぎたのだろう。

 

<ブリッツアクション!>

 

そして、その瞬間…私はかつての最高速度に最も近づいた。

 

「何!?」

 

十数メートル離れたシグナムの視界から、私が消える。

0.1秒にも満たない瞬間、私の視界にはシグナムの背中がある。

 

フォトンランサーをその場に置き、移動を続ける。

 

「…これは…!」

 

私の雷の尾を目で追い、背後のフォトンランサーをその視界に納める頃、シグナムの周囲には既に斉射の号令を待つ砲門が12基…

 

流石に危険を感じたのか、シグナムの頬に汗が伝う。これで35基。

 

「レヴァンティン、鎧を!」

≪Panzer Geist.≫

 

シグナムの体を淡い魔力光が包む。これで73基。

 

「…レヴァンティン、盾を。」

≪Panzer Schild.≫

 

シグナムを囲むように4つの魔法陣が三角錐のように展開される。これで122基。

 

「…」

 

シグナムが目を閉じ、来る瞬間に備え始める。その様子を確認しながら、フォトンランサーを追加し続ける。144基…

 

<3…>

 

姉さんから効果終了までのカウントダウンが始まる。168基…

 

<2…>

 

192基…

 

<1…>

 

216基…

 

<0!>

 

240基!

 

「ファイア!」

 

斉射の瞬間、シグナムが目を開き…そのままフォトンランサーに呑まれた。

 

 

 

フォトンランサーの爆発により発生した煙を前に、直ぐに追撃の姿勢に入る。

魔力の残量はそこそこと言ったところ。大きな魔法こそ撃てないが、追撃をする分には申し分ない!

 

バルディッシュをサイズフォームに切り替え、突撃する。

さっきのフォトンランサーの斉射で一発でも当たっていれば、今のシグナムはまだ碌に動けない筈…!

ならこの煙の中心にきっと…

 

 

 

「これでやっと正面から切り結べるな。」

「なっ…!?」

 

目の前に現れたシグナムは、ピンピンした様子で私に話しかけてきた。

 

「ふっ!」

「くっ!?」

 

上段から振り下ろされたレヴァンティンを、かろうじてバルディッシュで受け止める。

だがその一撃の重さに、私の速度は完全に殺されてしまった。

 

「さっきの斉射を…無傷で…?」

「落ち込むことは無い。先ほどの攻撃…確かにこの身に届いた。」

 

よく見れば、シグナムの体には僅かに雷の残滓が奔っている。確かにフォトンランサーは届いていた。

でも、それならなぜ動けるんだ…?

そんな疑問を余所に、シグナムの苛烈な攻撃は続く。

 

袈裟切り、返す刀での横薙ぎ、刺突を挟み左切上…一切の間を置かずに放たれ続ける連撃は、私から防御と後退以外の選択肢を奪っていく…

 

「ハアッ!」

「うぐっ!?」

 

そして生まれた一瞬の隙を突き…

 

「なかなか楽しい一時だった…レヴァンティン!」

≪Explosion!≫

「しまっ…!」

 

カートリッジがロードされ…

 

「紫電一閃!」

 

上段から振り下ろされた一撃は、バルディッシュの柄を寸断し…

 

「またいつか戦おう。」

 

その言葉を最後に私の意識を刈り取った。

 




後半の視点切り替えの際に時間が前後するので一文添えてみましたが、無くても大丈夫そうですかね?

シグナムさん壊れ性能過ぎない? と言う疑問が出るかと思いますが、一応ヴィータさんやザフィーラさん、シャマルさんもそれぞれ壊れ性能な部分があります。
ただ、一番強いのはシグナムさんです。そしてヴィータさんは本当に相性が悪い人とぶつかっているだけなんです。信じて下さい。

以下シグナムさんの足元の魔法陣の効果です。

1.魔法陣を展開している間、半径5m以内に入った魔法を含むあらゆる物体の接近を感知する。
2.魔法陣を展開している間、自分の向いている方向を任意で変更できる。(全方位360度対応)
3.魔法陣を展開している間、三半規管と体幹を強化し、平衡感覚を失わず、姿勢も崩しにくくなる。
4.魔法陣を展開している間、あらゆる移動は不可能になる。


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時空管理局と闇の書

遅れると予告はしていましたが、想定以上に遅れてしまいました! すみません!

次回以降は通常時のペースに戻れるかなと思います。


「映像は! まだ出ないの!?」

「すみません! 使用されている結界の解析に手間取っており、もう少し時間がかかるかと!」

 

次元間航行船アースラ…長期間の航行を終えた艦は、その期間の長さに応じて整備が入る。

しかし本来整備の為に本局にあるはずの筈のアースラは今、『第97管理外世界』付近にて停滞していた。

 

切っ掛けはフェイトとプレシアの裁判が終わった直後…

プレシアとフェイト(アリシア)がしばしの別れの前に裁判官の恩情により許された時間を過ごしている最中、リンディ提督の元にレティ提督から通信が入った事だった。

 

 

 


 

 

 

「…なんですって!?」

『私にも納得できない部分はあるけれど、どうやら上は貴女が随分とお気に入りみたいね。

 …今夜はお酒が進みそうよ。』

 

『第一級捜索指定遺失物』に指定された危険極まりないロストロギア『闇の書』が『地球』に現れた!?

更に、『闇の書』の捜査をリンディ提督()に引き継ぐよう上層部からの指示があったですって!?

 

「そんな急にどうして…っ! まさか…」

『…何、心当たりがあるの?』

「…ええ、一つだけ…ね。」

『良ければ聞かせてくれない?』

 

多分、予言の光(なのはちゃん)よね…

確かに私は個人名は伏せたけれど、『予言の光』に該当する可能性が高い魔導士に関する報告をしていた…

その事実を元に彼女(なのはちゃん)に対する干渉の裁量権を得る為だ。

未だに正体が掴めない『滅び』に対抗する為に彼女の協力は欲しい…だけど強引なスカウトや、予言の『滅び』をちらつかせた半ば脅迫のような勧誘が行われる事は避けたい。だからこそ、私がその権利を手にする必要があったのだ。

…それがまさかこんな事態を招くとは。

 

「…ごめんなさい、言えないわ。」

『そう…そう言えば少し前に貴女も地球の事件に関わっていたわね。もしかしてそれ関連だったりするのかしら?』

「えぇ、そんなところね。」

『はぁ…運が無かったわね、お互いに…』

「…えぇ、そうね。」

 

レティが『闇の書』を追っていた事はなんとなくわかっていた。

最近のレティは普段から自分の仕事の話をぼかす様になっていたから…

それもきっと私が『闇の書』との間に抱える因縁を思っての事。だから今回の引継ぎには心底悔しい思いをしたのだろう。

 

『…私が持っている情報を渡すわ。どれも()()()()が必死に集めてきた情報よ。

 きっとあなたの役に立つわ。』

「えぇ…………ありがとう、レティ。」

『あはは…まだ苦手意識は抜けてないのね。』

「ごめんなさいね、まだもう少し引きずりそうよ。」

 

レティの部隊って言うと、やっぱり『あの部隊』よね…幾つも多大な成果を上げ、その素行や統率に於いてもほぼ完璧と称される『管理局の最高戦力』。

『管理局の銀剣』『銀翼部隊』…巷じゃそう呼んでいる人も居るみたいだけど、局内…特に一定以上の地位に居る者に於いてはもう一つの通り名の方が有名だ。

…『悪夢の元凶』。全員が『銀髪オッドアイ』と言う共通の特徴を生来有する曰く付きの部隊。悪い人達じゃないって言うのは分かっているんだけどね…

 

『いや、貴女の部隊も似たようなもんでしょうに…』

「…それもそうね。やっぱり一緒に居るうちに慣れて来るものなのかしら?」

『多分ね…っと、送ったわ。どう?』

「えぇ、こちらも確認したわ…って、これ…っ!」

 

この情報…ベルカの騎士が使う魔法や特性に至るまで事細かに書いてあるうえに、出没パターンや頻度から潜伏個所をかなり限定している…!

私に捜査の引継ぎをしていなければ、きっともう一週間かからない内に…

 

「確かに貴女の部隊、噂に違わず優秀なようね。」

『でしょ? それに美味しいお土産まで買って来てくれたりもしたのに…

 …はぁ、シュークリーム…』

「…お疲れ様、レティ。」

 

私達にとっても思い出深い『第97管理外世界』…『地球』。それもよりにもよって()()海鳴市近辺か。

 

…丁度なのはちゃんの住んでいる地域って言う辺り、嫌な予感がする。急いで確認しないと…!

 

 

 


 

 

 

「レティ提督がくれた情報は確認したが、古代ベルカの術式か…

 どうも一筋縄ではいかないらしいな。」

「うん…現代の術式とは根本から違うところもあるし、何よりもこの結界そのものがかなり頑丈だよ。

 相手の騎士もかなりのやり手だね…」

「『闇の書』の騎士…『ヴォルケンリッター』か…」

「…フェイトちゃん達、大丈夫かな。

 折角お母さんと話せる時間だったのに、こんな…」

「…きっと大丈夫だ。フェイト達はこの数か月間で格段に強くなった。

 スタミナにはまだ改善点が残るが、あの速度と特異な魔法に対処できる者は多くは無いはずだ。」

 

それに彼女達の時間を邪魔してしまった事は不本意だが、今回の事件を上手く解決に導く事が出来れば『恩赦』を得られるかもしれない。

『闇の書』事件の()()()()()()…それにはそれだけの価値があるのだ。

 

「いざとなったら僕が出る。まだ手続きは終わっていないが、元々が上層部からの指令だ。

 許可が出る前に動く事も出来るはず…」

「セキュリティ強化の弊害だね…動きが遅くなっちゃうってのは。」

「仕方ないさ。あれだけの人員の急激な登用…それもあの面子では、スパイを警戒しない方がどうかしている。」

 

もどかしいが、あの一件で管理局が戦力的にもセキュリティ面にも強くなったのは事実。

多少の弊害は仕方ないと割り切らないと…

 

「解析が終了しました! 映像、いつでも出せます!」

「直ぐにお願い!」

「了解しました!」

 

そしてモニターに幾つもの映像が現れた。

『盾の守護獣』ザフィーラと、インファイトで殴り合う『ヒーロースーツの男』。

『鉄槌の騎士』ヴィータと、向かい合うなのはと数人の…銀髪オッドアイ。

『剣の騎士』シグナムと、それを包囲する大量のフォトンランサーを設置しているフェイト。

『湖の騎士』シャマルと、それに猛攻をかけるアルフ。

 

「良かった、全員まだ無事みたい!」

「…あぁ。」

 

取りあえずは全員の無事を確認してホッとする。どうやら解析も間に合ったようで何よりだ。

 

「エイミィ、とりあえずいつでも転送ポートを開けるようにしておいてくれ。」

「了解!」

「それと、結界が解析できたのならこちらからの干渉で穴をあけられるはずだ。

 その準備も頼む。」

「任せて!」

 

後は頃合いを見て結界を破り、全員を転送させてやればこの場は収まる。

…そう、気を抜いたのが悪かったのだろうか。

 

「あっ…嘘っ!? フェイトちゃん!!」

「…なんだと…?」

 

ブリッジに数人の悲鳴、ざわめきが広がる。

フェイトがシグナムの攻撃を受け、墜とされたのだ。

 

「くっ…! エイミィ、至急転送ポートを開いてくれ! 僕が時間を稼ぐ!」

「わ、分かった! 気を付けてね!」

「あぁ!」

 

 

 


 

 

 

「フェイトちゃん!」

 

思わず足が動きそうになり、寸前でこらえる。

ヴィータとシグナムがこちらの隙を窺っている以上、目を離す事は出来ないからだ。

 

「案ずるな、命を奪うような真似はしない。

 ただ、魔力を少しばかりいただくだけだ…ヴィータ、蒐集を。」

「あいよ。」

 

ヴィータが『闇の書』を片手にフェイトに近付いていく。

 

「させるか!」

「無駄だ。」

 

銀髪オッドアイ達もそうはさせまいと魔力弾や砲撃魔法で牽制するが、シグナムの一刀で全て切り払われた。

 

「嘘だろ!?」

「魔力弾は分かるけど、砲撃もか…」

「術式の構築が甘い、魔力の密度が低い、出力が足りない…あまりにも粗が多い魔法だ。

 …そうだな…一つ、お前達を鍛えてやるとしようか。」

 

シグナムが俺達とフェイトの間に立ちふさがり、レヴァンティンを構える。

…拙いな。シグナムは少なくともフェイトを正面から倒せるほどの強者だ。正直俺が全力を出したところで勝てる保証は無いし、そもそも今のレイジングハートでそんな事したら流石に壊れてしまうかもしれない。

どうするか…

 

「…なっ!? お前、起きて…ッ!」

「なに…?」

「フォトンランサー!」

 

ヴィータの驚く声に目を向けると、いつの間にか起き上がっていたフェイトが()()()()()()()()()()をヴィータの足元に放っていた。

 

「ッ…チィッ!」

「ほぉ…」

 

床に着弾したフォトンランサーが土埃を巻き上げてヴィータの視界を遮った一瞬でフェイトは距離を取り、直ぐに俺達のそばに飛翔魔法で降り立つ。

 

「ぺっ!ぺっ! …あー、クソ。ちょっと口に入った…

 おい、シグナム! あいつ気絶してねぇじゃねぇか!」

「ああ…だが妙だな? 確かに意識を刈り取った筈だが…」

 

二人は気付いていないようだが…さっきのフォトンランサーと言い、飛翔魔法と言い…今のフェイトはもしかして…

 

≪≫

「…あれ、念話が…?」

 

確認の為にフェイト(仮)に念話をしようとしたのだが繋がらない…まさか…

 

「あ? 念話は無駄だぞ。あたしの仲間が妨害してるからな。」

 

シャマルか!

原作の知識から思わず自分(なのは)の胸元を気にしてしまうが、今『闇の書』を持っているのはヴィータだという事を思い出し安堵する。流石に自分の胸元から腕が生えるなんて体験はあまりしたくないしな。

…それはともかくとしてだ。格上の騎士二人(特にシグナム)を相手に作戦も立てられないと言うのは辛い物があるな。

 

「フェイトちゃん…()()()()()()()()()()()()

「私は平気…でも、()()()()()()()()()()()()()。」

 

意図が通じてくれたようで良かったけど、やっぱりフェイトは気を失ってしまっているらしい。

それによく見るとバルディッシュも随分ボロボロだ…と思ったが、バルディッシュが≪Recovery.≫と言った瞬間直ってしまった。

…そう言えばレイジングハートってあれは出来ないのかな? リニスお手製のギミックとかあるのだろうか?

そんな事を考えている間にフェイト(アリシア)はバルディッシュをサイズフォームに切り替え、魔力の刃を生み出す。

…フェイトのように雷が形を取ったような刃ではない。まるで水晶のように透き通った青い刃だ。こう言うところでも差が出るんだな…

 

「…で、どうすんだシグナム?」

「当然もう一度倒すとも。これだけの数の魔導士、逃す手もあるまい?」

「だよな…シグナム、金髪は任せるぞ。」

「あぁ、任された。」

 

どうする…これ結構ピンチじゃないか? …いや、ホントどうする?

こっちの戦力は俺もフェイトも全力を出せるとは言い難い状況だし、ユーノの得意分野は戦闘じゃない。

紅蓮はザフィーラの相手をしてくれているみたいだし、銀髪オッドアイ達は銀髪オッドアイだし…て言うかこいつら誰だ?

名前が分からないと使う魔法とかも分かんないんだけど…?

それにヴィータとシグナムはあとどれくらいカートリッジを持ってる? 何個使った?

 

 

…いっその事撃っちゃおうかな…スターライトブレイカー…

 

あまりの追い詰められっぷりにそんな危険思想に身を委ねようとした瞬間、俺達の前に魔法陣が展開され…

 

「そこまでだ、ヴォルケンリッター!」

 

時空管理局執務官クロノ・ハラオウンが到着した。

 

 




レティ提督も銀髪オッドアイ部隊を抱えていますが、銀髪オッドアイは色んな部署に居るのですべてではありません。

そしてアルフさんですが、現在シャマルさんと交戦中です。ヴィータを追ってフェイトが飛び出した際にアルフも外へ飛び出したのですが、援護の為に街中に身を潜めようとする過程でシャマルとエンカウントしました。


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計画

シャマルさん視点で開始です。


「オラァ!」

「…」

「チィ、変な魔法ばかり使って…!」

 

面倒な事になったわね…

連続で繰り出されるアルフの拳を『旅の鏡』で逸らしながら、これからの計画を練り直す。

 

当初の計画ではヴィータがレイジングハートを破損させたのち、高町なのはのリンカーコアを蒐集する予定だった。

『闇の書』に『スターライトブレイカー』が渡ってしまう事は脅威だけど、この時代に転生者が多くいる事を加味して知っている攻撃であるならば対処も容易だろうと…そう考えて『闇の書』が使用する魔法を原作に寄せようと言う狙いだった。

 

本来の予定では今頃私は高町なのはを狙える位置に陣取り、機会を待っている筈だった。時期を待ち、ヴィータがそのまま蒐集できるならそれで良し。難しそうなら『旅の鏡』で『闇の書』を取り寄せ、そのまま『旅の鏡』でなのはのリンカーコアを蒐集する…そういう計画だったのに…

 

「まさか、見つかってしまうなんて思わなかったわ…」

「ふん、狼の嗅覚を舐めるんじゃないよ!」

 

アルフ…狼の嗅覚は盲点だった。

魔力を出来る限り隠蔽していたから見つからないだろうと言う油断はあったけど、こんなにあっさり見つかるなんて…

でも今更なのはの蒐集を諦める事は出来ない。

先ほど入ったヴィータからの思念通話によれば、既にレイジングハートは破損している。今回の機会を逃せばレイジングハートは強化され、蒐集の難易度は跳ね上がってしまうだろう。チャンスは今しかないのだ。

 

「そうね…仕方ないわ。

 シグナムもヴィータも手の内の一つを見せてしまっているようだし、今更よね…」

「何をぶつくさ言って…」

 

出来る限り手の内を見せたくはなかった。私達は私達の目的の為に『闇の書』を完成させなくてはならない。その時まで誰にも倒される訳にはいかない。

それが出来なければ私達に未来が無いどころか、はやてまで凍結封印されてしまう可能性も出て来るから。

だからこそ、転生者へのカウンターとして切り札は温存しておきたかったのに…

 

「気の毒だけど、貴女はここで倒させてもらうわ。

 少し痛いと思うけど、恨まないで頂戴ね?」

「なっ!?」

 

アルフの拳を『旅の鏡』で逸らした直後、大きな隙を晒したアルフの鳩尾に『魔力を纏わせた正拳突き』を放つ。

 

「ふっ!」

「うぐェッ!」

 

突き入れた魔力が炸裂。丁度車道に合わせて大きく後ろに吹っ飛ぶアルフをしり目に『旅の鏡』を開き、そこに体を滑り込ませる。出た先は交差点…そして目の前には()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハッ!」

「がァッ!?」

 

すかさず脚に魔力を纏わせ、回し蹴り。

アルフは交差点を左折するように直角に吹っ飛ぶ方向を変える。

当然のように『旅の鏡』で回り込む。三度目ともなるとアルフも狙いが分かったようで、『旅の鏡』から出てきた私と目が合った。

 

「くっ…らえぇっ!」

 

吹っ飛ばされた速度を利用した飛び蹴りがこちらに向かって来るが、そうする事は読んでいた。

左に半歩移動し、体を反時計回りに捻りつつ後ろに倒す。飛翔魔法を併用し、腰の位置を固定。地上から上空へと打ち上げる後ろ回し蹴りがアルフの脇を捉えた。

 

「がふっ!?」

 

三度『旅の鏡』で回り込む。向かう先は上空。仰向けに飛んでくるアルフが見えた。

 

「ハァッ!」

「ぐっ!」

 

今度は上空から地上へと叩きつける踵墜としだ。

だが驚いた事に、アルフはまだ意識がはっきりしていたらしい。飛翔魔法で体制を安定させ、腕をクロスさせ防ごうとするが…

 

「残念だけど、こう見えて結構力あるのよ? 私。」

「なっ、重…ッ!?」

 

そのまま強引に足を振り抜き、叩き落す。

『旅の鏡』で地上に帰還して上空を見上げれば、上空に打ち上げた時よりも速い速度で降って来るアルフ。

 

「とどめよ。」

「がはっ!?」

 

掲げた拳がアルフに突き刺さる。勿論比喩表現で貫通はしていないが、魔力ダメージも併せて気絶させるには十分だろう。

これだけやっても魔力を纏わせれば非殺傷になるのだからこの世界は不思議だ。

 

「…とは言え、やっぱり骨に罅くらいは入ってそうね。」

 

気絶したアルフを歩道まで運び、出来る限り優しく横たえる。

 

「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで。」

 

私が本来得意とする癒しの魔法で負傷を回復させる…そうよね、本来私は癒しの魔法を得意とする『風の癒し手』なのよね。

襲撃者の一件以来強くなろうとした結果、何故かインファイターみたいな戦い方になってしまったけど…本来こっちが本職なのよね…

 

「…うん。内臓の負傷も完治してるみたいだし、これで大丈夫。」

 

本来軽い触診で分かる事は限られるが、そこはヴォルケンリッター。今まで踏んできた場数が違う。

魔力をソナーのように軽く流してやれば大抵の事は分かる。

 

「さて、と…予定より遅くなっちゃったけど、間に合うかしら?」

≪ヴィータちゃん、聞こえる? そちらの様子はどうかしら?≫

≪…ちょっと、面倒な事になってる。クロノが直々に出てきやがった。≫

≪えっ!? 今どこに居るの!?≫

 

そんな…結界を張ってからそう時間は経っていない筈なのに、もう解析されたって事!?

管理局の動きが想定よりも格段に速い…急がないと遅刻どころでは済まないわね。

 

「何とか間に合わせないと…!」

 

ヴィータから教わった建物は…あれね!

とするとそれがよく見えるのは…

 

「あのビルの屋上ね…」

 

早くポジションにつかないと!

 

 

 


 

 

 

「民間人への魔法攻撃及び、ロストロギア『闇の書』の不法所持…

 大人しく同行して貰おうか。」

 

クロノ・ハラオウン…この若さ時空管理局執務官と言う地位にまで上り詰めた少年か。

…なるほど、強い。

ただ杖を構えているだけで、気迫からそれが伝わって来る。研ぎ澄まされた魔力、隙の無い構え、視線の動き…どれをとっても一流だ。

 

「…悪いが、出来ない相談だ。

 我らにも目的がある…諦められない望みがある。」

 

そうだ、まだ目的の全てを達成した訳ではない。なのはとフェイトのデバイスを破損させる事には成功したが、リンカーコアの蒐集もまた目的の一つだ。まだ退く事は出来ない。

愛刀であるレヴァンティンを正眼に構えると、クロノから感じる気迫が一層強くなる。

 

≪ヴィータ、ここは私が注意を引き付ける。お前は隙を見てなのはのリンカーコアを。≫

≪…いや、あたしも前に出る。どうやらシャマルの準備が整ったらしい。≫

 

私の隣に並び立つようにグラーフアイゼンを構えるヴィータを見れば、なるほど確かに『闇の書』が無くなっている。シャマルが『旅の鏡』で取り寄せたのだろう。

ならば二人で全員の注意を引き付ける!

 

「『烈火の将』シグナムだ。」

「…時空管理局執務官クロノ・ハラオウン。」

 

≪クロノは私が受け持とう。ヴィータは()()()()()()。≫

≪…ああ。≫

 

「参る!」

 

魔力を乗せた踏み込みで彼我の距離を詰めると同時に上半身を捻り、レヴァンティンを振り抜く。

 

「速…ッ!」

 

クロノは一瞬驚愕に動きが固まったが、直ぐに障壁を張って斬撃を防いだ。

咄嗟に組んだとは思えないほど堅牢な障壁だ。やはり場慣れしているな…だが!

 

「ハァッ!」

「くっ!」

 

魔力を乗せた蹴りで障壁ごとクロノを吹っ飛ばし、なのは達から少しでも引き離す。

…とは言え、5m程しか飛ばないか。ザフィーラやシャマルなら10mは固いんだが…

まあいい、ならば何度も吹っ飛ばせば良い。

追撃とばかりに距離を詰める…がクロノの杖の構え方に悪寒を感じ、障壁による防御に切り替える。刹那、障壁越しに何かが閃き…何かを防いだと言う手応えを感じた。

 

「くっ!」

「近接戦闘が出来るのはベルカの専売特許じゃない…!」

 

…今のは何だ? 斬撃か?

クロノが振り抜いた杖の先に一瞬だけ…だが確かに青い剣の幻を見た。

障壁を見れば、よく見なければ判らないほどに細い…亀裂のような斬撃痕…

 

「…素晴らしい太刀筋だ。ミッドの魔導士である事が惜しいな。」

「誉め言葉として受け取って置こうか。」

 

どうやら一筋縄でいかないどころの相手じゃなさそうだ。

まったく…この時代は本当に優秀な魔導士が多いらしいな。




クロノが使った魔法はフェイトの魔法を応用したものです。
フェイトの訓練に付き合う中で自らも近接戦闘の手数を増やすべくフェイトから教わり、自分用に改良しました。
杖を振り抜く一瞬だけ、魔力を凝縮した薄く硬い刃を発生させます。刃を出現させる時間が短い分斬撃は鋭くなっており、下手な障壁なら豆腐のように切れます。



以下、シャマルさんがこうなってしまった経緯。

襲撃者に遭った事でヴォルケンリッターの皆が強くなろうと意思を固め、それぞれ修行に身を置く中で戦闘用の魔法が得意ではないシャマルは『せめて身を守れる程度に戦えるようになろう』と決意しました。
前世から格闘家であったザフィーラに近接戦闘を教わりながら、自らの魔法と組み合わせた戦闘方法を模索する日々…
クラールヴィントをワイヤーのように使ったり、振り回したりと時々迷走する事もありました。でも最後に辿り着いた答えはインファイト…!
自らを転送できるように改良した旅の鏡を駆使し、超至近距離での戦闘を強制し、吹っ飛ばした相手に回り込み強烈な打撃を叩き込むと言うのが彼女の得意技となったのです。


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蒐集

シグナムがクロノを吹き飛ばした直後、ヴィータはその隙に俺達に襲い掛かってきた。

きっと思念通話で予め話し合っていたのだろう。その動きに無駄は無く、あっと言う間に俺達とクロノは分断されてしまった。

 

銀髪オッドアイは良く戦ってくれていた。レイジングハートが破損してしまっている俺に無茶をさせない様に積極的に前に出て攻撃を防いでくれていたし、フェイト程ではないが高速で戦闘するアリシアの攻撃に上手く合わせていたと思う。

 

ユーノは先ず俺の周囲に結界を張る事で俺の身の安全を確保してくれた。

それだけに留まらずヴィータの攻撃を何度も防ぎ、時には拘束魔法をちらつかせて牽制したり…サポート特化型の魔導士として最善を尽くしていた。

 

勿論俺も何もしていなかった訳じゃない。レイジングハートが破損してしまった為に砲撃魔法こそ自主的に封印したが、ディバインシューターによる援護は出来る。

空き缶リフティングで鍛えたコントロールは、確かにヴィータを翻弄していた。

 

時折クロノの様子を確認したが、あちらはあちらで上手く立ち回っているようだった。

複数のスティンガーの並列操作と一瞬だけ展開する高出力の斬撃魔法を上手く使い分け、シグナムの選択肢を的確に奪っていた。

シグナムも足元に張った魔法陣の効果かそれを無駄なく捌けていたが、あのままではじり貧だろう。

 

ヴィータも個では銀髪オッドアイよりも格上だが、多勢に無勢。攻撃する機会は少なく回避するべき攻撃が多いこの状況では、後方からシューターで攻撃する俺を狙えないだろう。

 

…このまま押し切れるのでは?

 

そう思った瞬間…ヴィータと目が合った。

 

直ぐに俺の錯覚ではないと確信した。多くの攻撃に対処する中で、偶然俺の方を見たのではない。ヴィータは明確な意思を持って、俺を見た。

 

何か拙い。そう思ったが、ヴィータの動きは早かった。

 

鉄球が一つ、銀髪オッドアイ達の攻撃の隙間を縫って発射された。

…一見普通の鉄球だ。多分威力と言う一点で見ればディバインシューターで撃ち落とせただろう。

だが、俺がレイジングハートのサポート無しで操作できるシューターは5つ…そしてそれらは全てヴィータの周囲に合った。

 

「っ!」

 

咄嗟にレイジングハートのサポート無しのラウンドシールドを張る。その鉄球に何やら嫌な予感がしたからだ。

 

鉄球がユーノの張った結界にぶつかり、結界を呆気無く貫通する。ユーノの驚愕した声がやけに遠く感じる。

破壊された結界が消え、ラウンドシールドが鉄球とぶつかり拮抗する。

 

「うっ…!」

 

重い球だった。最初に防いだ時のそれとは比べ物にならない…だが、防げないほどじゃない。

ラウンドシールドの角度を変えて鉄球を左後方に受け流すと、後方の壁にぶつかった鉄球が爆ぜて土埃を巻き上げた。

 

土煙はあっと言う間に部屋に充満し、俺の姿を一時的にとは言え包み隠す。

 

思えばこれこそがヴィータの狙いだったのだろう。

 

 

 

胸の内側に突如感じる異物感。

心臓が前に押し出されるような圧迫感。

もしやと思った時にはもう遅かった。

 

「ぐぅっ!?」

 

俺の胸を後ろから貫いたかのように腕が生え、その手には眩く光を放つリンカーコアが握られていた。

 

 

 


 

 

 

土煙が薄れ、なのはの胸からリンカーコアが取り出されているのが見えた。

異様に光り輝くリンカーコアから感じる力は、こうして露わになったからこそより明確に『異常な魔力』だと理解できた。

 

あたしを狙っていた5つのディバインシューターがなのはの制御を離れ、部屋のあちこちに着弾する。

 

「なのはァーーーッ!」

「くそっ、いつの間に…!」

 

銀髪オッドアイ達の悲鳴のような絶叫に、今まで感じていたストレスが多少和らぐのを感じる。

ったく、手こずらせやがって…

シャマルから「結界が邪魔で旅の鏡を開けない」なんて思念通話が飛んできた時は焦ったが、やって見れば何てこと無かったな。

…鉄球を放った隙を突かれて結構良いの何発か貰っちまったが、まぁ目的を達成する為だ。収支で言えば黒字だろう。

 

「これで先ず一人…」

「…くっ!」

 

ディバインシューターが無くなった事で幾分か動きやすくなった。これなら守るだけじゃなく、こちらから仕掛ける事も出来そうだ。

それに…

 

「おい、どうする!?」

「ヴィータを狙うか!? それともあの腕を攻撃して蒐集を止めるか!?」

 

こいつらの目的がブレ始めた…!

 

「っ! 皆、落ち着いて! 先ずは牽制を…」

「遅いっ!」

 

連携が崩れれば所詮こいつらは烏合の衆! この隙に回り込んでやれば…

 

「し、しまった…!」

「これじゃあ結局…」

 

蒐集中のなのはと銀髪オッドアイ達の間に立ちふさがり、目的の達成を確信する。

 

「さぁ、これでどの道あたしを倒すしかなくなったな…?」

 

銀髪オッドアイ達の苦渋の表情ガ心地良イ。コレデ闇ノ書ノページガ埋マル…

ドウセナラフェイトモコイツラモ纏メテ蒐集ヲ…

 

 

 


 

 

 

ヴィータちゃんが結界を破壊した瞬間、『旅の鏡』を開いて腕を突き入れる。

狙うのはなのはちゃんのリンカーコア…!

それさえ蒐集すれば目的は達成、頃合いを見計らって撤退する手筈よね。

 

「あった!」

 

手の平に確かな感触! 良かった…「外しちゃった」って言って抜き差しはせずに済みそう。

さて、後はこれを体の外に押し出して…

 

…えっ、何この魔力…

これ本当に蒐集して良いの? 何かページが予定以上に埋まりそうなんだけど…

 

…ううん、悩むべきじゃないわね。なのはちゃんの魔力を蒐集する為に来たんだもの。

 

「…蒐集、開始!」

蒐集(Sammlung.)

 

『闇の書』が光を放ち、なのはちゃんの魔力を取り込んでいく。

ページは見る見るうちに増えるが、手のひらから感じる魔力にはまだまだ余裕を感じる…

 

…途中で蒐集を止めた方が良いかしら。既に30ページ以上蒐集してるのに魔力はまだまだ底が見えないし…

このままだと『闇の書』の影響が…

 

 

 

…デモ、コンナ美味シイ餌ヲ逃スナンテ勿体無イワヨネ。

 

…そうよね。『闇の書』を()()()()()()()()()()()()()()()()()()…餌が多いなら全部食べさせてしまいましょう。

 

 

 


 

 

 

「あ…っ、ぐっ…!」

 

肺や心臓が圧迫されている様な不快感、自分の内側から腕が伸びる異様な光景…そして魔力が絶えず蒐集されて行く実感…

正直、実際にこの立場に立ってみるとかなりショッキングな状況だ。

力が抜けて行く不安感も恐ろしいが、それ以上に魔力の流れが乱されているのが厄介だ。いつものように魔法が上手く構築できない。

 

「ディバイン…シューター…」

 

でも諦める訳にはいかないよな…

乱れた魔力の内…ほんの僅かな魔力の制御を取り返し、シューターを1個…かろうじて構築する事に成功する。

ここまでできれば後はこっちのもんだ。

魔力制御がいくら乱れていようと、()()()()()()()()()()を外す訳はない。

 

…くらえ、シャマル!

 

「シュー、ト…!」

 

 

 


 

 

 

「痛ったっ…!」

 

手首に何かがぶつかった衝撃で()()()()()

 

…今私、何を考えてたの!? この場で『闇の書』の完成なんてさせたら、地球が滅んじゃうじゃない!

どうやら急激に力を取り戻した影響で、私達に対する干渉も一気に進んでしまったみたいね。

 

慌てて蒐集を中断し、腕を引き抜く。

 

…『闇の書』の思考誘導…本当に油断も隙も無い。

今回正気に戻れたのは幸運だった。影響が深くない内に戻してくれた誰かには感謝しかない。

 

…潮時、ね。

 

≪シグナム、ザフィーラ、ヴィータちゃん! 撤退しましょう!≫

≪…ああ。≫

≪分かった。≫

≪はぁっ!? 何でだよ! こいつら全員『闇の書』に食わせちまえば今直ぐにだって…!≫

 

シグナムとザフィーラはとりあえず問題はなさそうだけど、やっぱりヴィータは影響を強く受けやすいみたいね。

 

≪…シグナム、()()()()。≫

≪仕方あるまい。≫

 

ストレスを強く感じたり感情的になるとその隙を突かれやすいみたいって事は分かってるんだけど、ヴィータはその辺りの制御が中々上手く行ってないみたい。

…やっぱり、『ヴィータ』に引っ張られているのかしら。それともそれ自体『闇の書』の影響?

 

…考えるのは後ね。今はクロノや、多分今もこちらを見ている『管理局』を上手く撒いて家に帰るルートを考えないと…

 

 

 


 

 

 

正気に戻った時、俺は先程までの俺に激しい怒りを抱いた。

 

「…」

「お前…()()は何だ。

 俺に手加減でもしようと言う施しのつもりか!?」

 

目の前のヒーロースーツの男が、その言葉以上の怒りを込めて拳を振るう。

 

違うと言いたかった。

あれは俺ではないと…()()()()が俺の戦いである筈がないと。

だが何を言ってもそれは言い訳にしかならない…

 

だから俺はその拳を受け流し、カウンターにボディーブローを見舞う。

 

「ぐはっ!」

「…私にも事情がある。先ほどの無様な戦いを許してくれ。」

「ああ…っ! これでこそだ…! ぐふっ…」

 

その言葉を最後に気絶した少年を、近くのビルの屋上に寝かせる。

魔力ダメージで気絶したからか、バリアジャケットは解除され素顔が見えていた。

これなら意識を取り戻した時に結界が解除されていても、そこまで奇異の眼で見られる事も無いだろう。

 

「紅蓮、か。」

 

戦い方は粗削り、攻撃は素直で読みやすい…そんな男だった。

俺が元々回避主体の戦い方を得意とするだけあって、有効打は殆ど0と言う有り様だったが…だからこそその異常性が浮き彫りになる。

紅蓮は俺に攻撃を当てられなかったが、その間も俺は紅蓮に何度も攻撃を当てていたのだ。

だと言うのに最後の一撃が入るまでこいつはずっと至近距離で戦い抜いた。

 

「…驚異的なスタミナだな。」

 

戦闘技術を磨けば良い戦士になりそうだ。

いつか俺達が本当の自由を取り戻したら、且つてのシャマルのように鍛えてやるのも悪くないかも知れない…そう思えた。

 

 

 


 

 

 

…危なかった。

クロノとの戦闘中急激に『闇の書』の影響が強くなったと言う自覚はあったが、影響の強さに抗う事も出来ず呑まれてしまっていた。

足元に展開していた魔法陣は他ならぬ()の手により消されており、先程までの()()()()()()()()()()がしていたという事を自覚させられる。

 

「お前は、一体…」

 

クロノの困惑する目が痛い。

私の戦い方が変化した事が分かったのだろう。…いや、それだけなら()()()()はしない…

先程の私の()()()()()()がその目をさせたのだろう。

 

「…興が冷めた。我等はここで退くとしよう。」

「なっ!?」

「結界は解除する。これ以上の戦闘行為はしない。」

「そうは行かない…! 管理局の執務官として、僕はお前達を…」

「…レヴァンティン。」

≪Flammen Käfig.≫

 

目の前の空間をレヴァンティンで薙ぎ、発生させた炎でクロノを囲う。

あまり長くは持たんが、数秒間拘束するには十分だろう。

 

「!」

「済まない…私がこれ以上恥を晒す事になる前に退かせてくれ。」

「お前は…、ッ! 待て!」

 

クロノの声を無視して撤退を開始する…文句を言うヴィータを無理やり回収して。

 

嗚呼、これほどの屈辱があるだろうか。

一時とは言えあのような戦いをさせられ、戦っている相手に背を向け、脇目も振らず撤退しなければならぬこの有り様…

戦いに負けたのなら解る。自らの意思なら文句は言わぬ。目的の為ならこの思いを飲み込もう。

 

だが、これは無粋な第三者(プログラム)によるあまりにも不躾な割込み。

 

…おのれ、『闇の書の闇』め。

 

この怒り…決して忘れんぞ。




我ながら伝わりにくいかなと言うところがあったので補足。

何故『闇の書』の影響が強くなったかですが、これは以前から書いている通り『闇の書』が完成に近づいたからです。
当然ヴォルケンリッターもある程度その影響が出る事は予想しており、直前に美香さんに影響をリセットして貰う等で対策していましたが、度重なる戦闘となのはさんの魔力が想定よりも遥かに多かった為に結局影響を受けました。



シグナムさんが最後に使った魔法補足
魔法名『Flammen Käfig』(直訳で『炎の檻』)

クロノ君を足止めさせたいけどシグナムさんそんな魔法持ってなかったよなぁ…と言う都合もあって生み出された魔法。
炎に変換した魔力で対象を中心に直径2m程の球体を生成し、閉じ込める魔法。
鳥籠の柵ように穴が開いている為、酸欠にはならない。
持続力はそれほどでも無いが、内側からの攻撃に対する強度はなかなかの物。うかつに触れれば魔力ダメージを受けるが、威力としてはそれほどでも無い。


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一難去って思う事

「次回以降は通常時のペースに戻れるかなと思います」と言ってから3話目…
投稿が遅れてしまい申し訳ありません!

でも古戦場は終わったので! 今度こそいつものペースに…!


シグナムが姿を晦ましてから直ぐの事…俺を拘束していた炎の檻は掻き消え、再び自由が戻って来た。

 

「逃げられた、か…」

 

ヴォルケンリッター達が飛び去った空を仰ぎ、一人ごちる。

先程の戦いに疑問を感じる点は多々あるものの、今は先ずなのはを始めとした民間人の安全を確認する方が優先だ。

先程のビルに急いで駆けつけると先ず息を荒くして胸を抑えるなのはの姿が見えた。そしてそんななのはに治癒魔法をかけるユーノと、心配そうに見守るアリシアや銀髪オッドアイ…その表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。

 

「! クロノ、なのはが…蒐集された…」

「ごめんね、クロノ君…私がもっとしっかりしていたら…」

 

正直この状況を一目見てなんとなく察してはいた。なるべく避けたい事態ではあったが、蒐集されてしまったのなら仕方がない。頭を切り替え、これからできる事に集中しよう。

 

「過ぎた事だ、気にするな…それよりも体の調子は大丈夫か?」

「うん…少し変な感じがするけど、大丈夫…」

 

『変な感じ』か…リンカーコアが蒐集された事で何かあってからでは遅い。早い所医者に見せた方が良いだろう。

 

「エイミィ、結界が消える前に皆の転送を!」

『うん、準備は出来てるよ!』

「待って! アルフは!? アルフが居ない!」

『アルフは…一足先にアースラに戻ってるよ。だから大丈夫。』

「エイミィ、アルフに何かあったの!?」

『それは転送した後で話すよ。ごめん、今は転送を優先するね。』

 

エイミィがそう言った直後に通信は切れ、代わりに転送の術式が体を包む。

 

アースラに戻ったら、一先ずはなのはの…場合によってはアルフもか。バイタルチェックをした後、船医に見せるか…

いや…どちらにしてもこの後は本局に用事があるし、レイジングハートとバルディッシュの破損の件もある。

本局の施設を借りて本格的な検査をしてもらった方が良いかも知れないな…

 

後は…ヴォルケンリッターと直接交戦した者には少し聞きたい事もある。皆、時間が取れると良いのだが…

 

 

 


 

 

 

「…ん、うぅ…」

 

…あれ、俺…寝ていたのか…?

寝起き特有のぼんやりとした意識のまま、何となく部屋を見回す。

この部屋の感じ…アースラか?

 

「あ、アルフ! 大丈夫!?」

「フェイト…? えっと、ここは…」

 

体を起こして声のした方…部屋の入り口を見ると、コップと水を持って来てくれたらしいフェイトが見えた。

 

「アースラの医務室。先生が言うには体には何の問題も無いって…」

「アースラ…? えっと、あたしは確か…!」

 

そこで俺の意識は覚醒し、気絶させられる前の事を思い出した。フェイトのサポートの為に市街を移動している途中にシャマルを見つけて交戦した事も、その結果も…

 

「…そう言えば、フェイトは大丈夫だったかい?

 あの剣士に、その…」

「うん…実は私もさっきまで気を失ってたんだ。

 私が意識を失ってる間は姉さんが頑張ってくれてたみたい。」

「アリシアが?

 そうかい…頑張ったねぇ、アリシア…」

「…ふふ、『子ども扱いするな』だって。」

「あはは、ごめんごめん…」

 

どうやらフェイトは蒐集されずに済んだようだ。それに見たところケガもそう大した物じゃなさそうだし、一安心ってところかねぇ…

 

「…元気、無いね。アルフ…」

「…あぁ…流石に今回のは堪えたよ。

 あたしも訓練サボってた訳じゃなかったんだけどね…手も足も出なかった。」

 

戦闘開始から数分間はこっちが攻撃していたが、それはシャマルが攻撃してこなかったからだ。そしてそれを『戦闘が得意ではない』と勘違いし、隙を晒した結果があのざまだ。

…なまじ原作知識を持っていた事で、『シャマルはサポート役』と言う先入観があった事は否めない。シャマルの動きを注意深く見れば近接戦闘が出来た事を見抜けたかもしれない。

もし見抜けていたら…それでも勝つ事は出来なかっただろうけど、せめて一撃くらい入れられたかもしれない。そう思うと悔しくて仕方がない…

負けた事以上に、シャマルを侮った自分があまりにも情けない…!

 

「フェイト…あたしも強くなるよ。

 いつまでフェイトのサポートが出来るかは分かんないけどさ、

 追いつけなくなるギリギリまで隣に居れるように強くなるよ。」

「…うん、私も強くなる。

 今まで以上に速く、鋭く…巧く戦えるようになって見せる。」

「えっ」

「姉さんも『もっと頑張る』って。一緒に強くなろうね…アルフ!」

「あ、うん…」

 

…どうしよう、置いて行かれるまでの時間が早まった気がする。

いや、諦めるな俺! フェイトが大人になった後も、背中を任される使い魔になるんだよ!

 

…とりあえず、リニスとクロノに鍛えて貰うとして…後他に鍛えてくれそうな人って誰が居たっけ…?

 

 

 


 

 

 

レイジングハートとバルディッシュの修理と蒐集後の俺のリンカーコアの精密検査を受ける為に管理局の本局に向かう事になった俺達は、それぞれ与えられた部屋で休息をとっていた。

…とって()()。過去形である。

 

≪…なのは、もう一度言って貰える?≫

 

今俺はユーノに両肩を掴まれ、詰問を受けていた。

と言うのも…

 

≪…はい、ヴィータちゃんにレイジングハートを破損させて貰う為に…その、少し手を抜きました…≫

ばっかじゃないの!?

 

頭に直接響く怒号に思わず身が竦む。

その間にもユーノはユーノらしからぬ荒々しい口調で俺を責め立てる。

 

アースラに保護され軽いバイタルチェックを受けた後、与えられた自室にてユーノと会話する中で「まさかなのはの守りを抜く程とはね」と言うユーノに対して念話で正直に答えたのが始まりだった。

 

…ユーノの怒りは尤もだ。

俺がボロボロにやられている(実際のダメージは大した事は無いが)様子を見て、大いに心配させてしまっただろうと言う事は容易に想像がつく。

駆けつけて来てくれた時の表情からも俺の無事を確認してホッとしたのが分かったし、それにユーノは今のように時々口が悪くなるものの根本的な所で優しいやつなのだ。

…要するに、罪悪感が半端ないです。

 

≪…ごめんなさい。≫

≪もうこんな事はしないって言える?≫

≪はい、もう絶対に手加減なんてしません。≫

≪…実戦以外は別に良いわよ?≫

≪あっ…そうだね、気を付ける。≫

≪…レイジングハート、あんたもよ。

 なんかあんたから提案したって話だけど、それについて言う事は無いの?≫

 

ユーノは俺の肩を掴んだ姿勢はそのままに視線を俺の胸元に移し、ヒビの入ったビー玉のようになっているレイジングハートを睨みつつ話を続ける。

 

≪すみませんでした。≫

≪何について?≫

≪…ヴィータに対して下手に手加減なんてしたら、なのはの身に何があってもおかしくなかったです。≫

≪それだけ?≫

≪いえ緊張感を欠いた提案でしたし、それに…ユーノ達にも心配をおかけしました。≫

≪なによ…分かってんじゃない。≫

 

肩を掴んでいる手の力が緩み、離れたかと思うと今度はユーノに抱きしめられた。

 

「…本当に心配したよ。無事で良かった…」

「…ごめん、ユーノ君。本当にごめんね…」

 

その後聞いた話ではあの時既にアースラにはヴォルケンリッター(シャマル以外)の詳細な情報が届いていたらしく、確認された全員が『原作以上に強化されていた』と言う事だった。

勿論『原作以上に云々』と言うのは情報を見せて貰ったユーノの主観だ。原作を知らないであろうリンディ提督やクロノにその判断は出来ない。

ただ、俺の想像していた以上に心配したという事は分かった。

 

「…心配させて本当にごめんね。」

「…ふぅ、過ぎた事はもう良いよ。≪カートリッジシステムが無いと不安って言うのも分からなくはないし、≫こうしてなのはも無事だった事だし…ん?」

 

話の途中で、ユーノが急に考え込む素振りを見せる。

 

「ユーノ君…?」

「…いや、ちょっと気になる事があってね。」

 

ユーノはそう言ってしばらく考え込んだ後…

 

≪なのはは障壁を張った時、かなり手加減したのよね?≫

≪えっ、うん…一応、他の皆が張る障壁くらいの強度は維持してたけど…≫

≪…なら、何でなのははそんなに()()()()()()のかしら…?

 今のヴォルケンリッターの戦闘能力を考えれば、手加減なんてしたらもっと酷い事になってもおかしくない筈なのに…≫

≪…もしかして…?≫

 

俺が手加減したように、ヴィータも手加減していた…? 何の為に…?

 

考えられる可能性は『なのは()を傷付けたくなかった』って事くらいだろうけど…

いや、確か原作知識でもヴィータが手加減して戦っている様なセリフがある。闇の書にリンカーコアを蒐集させる為だ。今回の状況にも当てはまる。

 

…もう一つの可能性としては、『ヴィータも俺達と同じ転生者だった』ってのも考えられるか。

少し突飛な考えだが…俺やユーノは勿論、フェイトも転生者だったことを考えれば可能性は無くはない。勿論プレシアやリニスが転生者じゃない事もあって『絶対』とはとても言えたもんじゃないが…

 

≪まぁ、まだ分からないわね。

 なのはの魔力を蒐集する為に全力を出さなかったって可能性も十分にあるし…≫

≪…うん、でももしもヴィータちゃんが転生者だったら…≫

≪協力できるって?

 …でもあからさまに『転生者です』って言ってるような銀髪オッドアイ達と普通に敵対してたわよ?

 彼等は人数も多いんだし、協力が必要なら真っ先にコンタクトを取ると思わない?≫

≪あ、確かにそうかも…?≫

 

協力するのは良い考えだと思ったのだが、そう言われると確かにそうだ。

アイツ等程分かりやすい転生者もいないし、考え違いだろうか?

…いや、待てよ…

 

≪フェイトちゃんの時みたいに何か事情があって協力出来ないとか…?≫

≪彼女達みたいな状態になる人が何人もいるのかしらね…?≫

≪…流石にちょっと考えにくいかな…≫

 

『クローンの元になった人物の魂と融合しかけて意思に干渉があった』なんて特異な例が複数人に起こるなんて流石に考えられない。

それにヴィータ達はクローン体でも無いしな。

 

「…ふふ。」

「ユーノ君?」

 

二人でうんうんと考え込んでいると、ユーノがふいに笑った。

 

≪ううん、何でも無いわ。

 ただ『こういう風に話し合いするのも久しぶりだな』って思っただけよ。≫

≪あ…うん、そうだね。≫

 

「…ただいま、なのは。」

「…うん。おかえり、ユーノ君。」

 

その後俺達はなんとなく今まで離れていた時の話をした。

こんな時だけど、今はお互いになんて事の無い話をするのも悪くない。

この後はヴォルケンリッターとの戦いに時間を割く事になるだろうし、今は再会と無事の喜びを分かち合おう。




アルフさん強化フラグが立ちました。
実はアルフさんって『特典による強化』が全くされてない状態なんですよね…このままじゃ確実にヤムチャ枠でした。
ただ修行パートはメインでは書かない予定です。これ以上ペースやテンポが悪くなるのは拙いので…(ここまででA's本編の2話って…)


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デバイスと『博士』

遅くなってすみません!
何度も書き直していたらこんな事に…!


「…エイミィ、どう思う?」

「そうだね…動きが変わってるのは間違いないと思う。

 私は戦闘に関しては殆ど素人だけど、それでもこの変化は分かるよ。」

「やはりか…」

 

今俺とエイミィは時空管理局の本局にて先の戦闘の記録映像を確認していた。

幸いにも結界の解析が早く終了していたおかげで戦闘の様子はバッチリ記録されており、俺が違和感を抱いた瞬間も確認する事が出来た。

そして改めて当時の状況を様々な視点から観測した結果、やはりあの時のシグナムの行動は『あらゆる点で理に適っていない行動』だと言う結論に至った。

 

「…ホント何でこの状況でシグナムは守りを放棄して突っ込んだんだろう?

 自殺行為にしか思えないよ。」

「ああ、もしかしたらヴォルケンリッターの作戦の一つかと思ったんだが…」

 

全体を俯瞰してもあのタイミングで突っ込む事で繋がる動きがあるようには思えない。

そもそもそれぞれの騎士達の配置は明らかに敵の戦力を分断し、各個撃破する為の物だ。

そして彼女達の狙いも含めて考えると、『敵を倒す事』よりも『自分が倒されない事』の方が戦局的に見れば重要なはずなのだ。

…なのにシグナムは防御を捨てた。その攻撃が一撃で勝敗を決めてしまう程の物なら納得も行くが、そんな鋭さも威力も秘めていなかった。

 

「うーん…作戦なのかわからないけど、ザフィーラも()()()()()()()()()()()()()()ね…」

「…ああ、それも気になっていたんだが…」

 

ザフィーラもほぼ同じタイミングで行動を起こしているのは映像を確認して気付いていた。だから作戦の存在を疑ってはみたのだが…

 

「ザフィーラはこの直後、突っ込んできた紅蓮に鋭いカウンターを見舞っている。

 何やら言葉でもやり取りを交わしているようだし、『誘い』だった可能性は0ではないな。」

「そっかぁ…」

「勿論直接戦った紅蓮本人にも話を聞いてみないと分からないが、彼は今検査中のなのはと一緒に病棟だ。

 結論は後回しだな。」

「…あれ? 紅蓮君って確か蒐集されてなかったよね?」

「ああ、彼の場合はデバイスの方だな。」

「あー…そう言えばベルトだったね、紅蓮君のデバイスって。」

 

最後のザフィーラの一撃は紅蓮の意識を奪うだけにとどまらず、彼のデバイスを撃ち抜いていた。

損傷具合で言えばレイジングハートやバルディッシュよりも酷いと言える。

 

「不幸中の幸いと言って良いかは分からんが、彼のデバイスはストレージタイプだ。

 比較的修復は容易だし、素材に関してもある程度は融通が利く。

 損傷こそ酷いが、直す手間に関してはレイジングハート達の方が少々厄介かもな。」

「レイジングハートとバルディッシュの損傷具合も軽くはないけど、デバイスとして致命的なダメージが無くて良かったよ。

 素材は発注しないとだけど、素材さえ届けば修復は簡単に出来そうだし。」

「…ああ、そうだな。」

「…クロノ君?」

「いや、何でもない。こっちの事だ。」

「う、うん…?」

 

…俺は知っている。レイジングハートとバルディッシュがカートリッジシステムを求める可能性を。

今回の戦闘ではなのはもフェイトも敗北を喫した。主の為に更なる力を求めたデバイス達なら、きっと…

 

 

 


 

 

 

「うん…リンカーコアの回復も順調のようだし、問題はなさそうだね。

 君の場合は元々の魔力量が多いようだから今の状態でも魔法は問題なく使えると思うけど、

 それでもまだリンカーコアは再生しきっていないから極力安静にね。」

「はい、ありがとうございました!」

 

検査をしてくれた医者のおじさんにお礼をして、いざレイジングハートの様子を見に行こうと廊下に出たところでこちらに向かって歩いてくるフェイトとアルフとばったり出会った。

 

「あ、フェイトちゃん。アルフさんも、目が覚めたんだ!」

「あー、もしかして心配かけちゃったかい? あたしはもうこの通り、ピンピンしてるさ。」

 

アルフがそう言いながら力瘤を作る元気な姿を目にして、少しほっとした。

正直アースラに戻った段階でヤバそうなのは紅蓮とアルフだったからなぁ…

気絶している二人を見て、もしも目が覚めないような事があったらと結構心配していたのだ。

 

「そう言うなのはも大丈夫だった? …先生はなんて?」

「問題無いけど、しばらくは安静にしておくようにって。」

「そう、良かった。」

 

その後の会話でこの後フェイトもバルディッシュの様子を見に行くつもりだったと言うので、三人で話しながらレイジングハートとバルディッシュの修復をしていると言うメンテナンスルームへ向かった。

途中で目に入る景色はどれも近未来的で興味をそそられる物も多いが、一番気になるのはやっぱり…

 

「…多いね。」

「うん…」

 

すれ違う銀髪オッドアイ率だろうか。

勿論普通の髪色の人が多いのは当たり前なのだが、それでも数秒歩けば一人や二人は見かける程度には多い。

転生の時に聞いた人数は確か3000人だったっけ…? やっぱり地球以外に生まれた人も多かったんだろうな…

 

…そっか、管理局に入るってこういう事なんだなぁ…

そんな風に考えながらしばらく歩くと、デバイスのメンテナンスルームについた。

 

ドアを開けると、空中に表示されたパネルに向き合うユーノと目が合った。それと同時にもう一人の人物がメンテナンスルームにいる事が分かった。

 

「あ、ユーノ君! …と、紅蓮君?」

 

やや薄暗い部屋だが、パネルの光で照らし出されたシルエットだけでもわかるあの特徴的な髪型…

まるで昔のアニメキャラのように後頭部に向かって炎のように尖ったあの髪型は間違いない。

緋色(ひいろ) 紅蓮(ぐれん)』…衝撃的な事にこれが彼の本名である。

 

「なのは、フェイトにアルフも来たんだね。」

「なのは達もデバイスが気になって来たんだな。検査は問題無かったか?」

「うん、問題は無いって。レイジングハート達の様子は…?」

 

そう言いながら紅蓮が見続けているカプセルに目を遣ると、ヒビの入った待機状態のレイジングハートとバルディッシュと並んでもう一つ…赤いカード状のデバイスが漂っているのが分かった。

 

「…あれは紅蓮のデバイス『ボルケニオン』だよ。

 なのは達のとは違うストレージタイプのデバイスだ。」

「ストレージタイプ…」

 

カード状のデバイスを不思議そうに見ているのが分かったのだろう。ユーノが小声で教えてくれた。

あれが紅蓮のデバイスの待機状態か…ベルトの状態しか見た事が無かったから新鮮だな。

ストレージデバイス…確かインテリジェントデバイスとは違って、意思を持たないデバイスだったか。

 

「さて、丁度みんな揃った事だし…先ずはレイジングハートとバルディッシュの状態について説明しようか。

 …二人のデバイスの損傷具合に関しては、軽くはないが心配いらない程度だよ。

 傷は浅くないが、まるで図ったかのように致命傷は避けている。

 インテリジェントデバイスの修復に必要な素材さえ取り寄せられれば、修復は困難ではないよ。」

 

ユーノは円筒状のカプセルに漂う二つのデバイスを見ながら説明してくれた。

 

「そして紅蓮。」

「…」

「君のデバイスも損傷具合は酷いが、修復は十分可能だ。」

「そうか…それは良かった。

 こんなにボロボロだともう駄目なのかと思ったが…」

 

僅かに緊張していた紅蓮の表情が安堵に緩む。意思の有無関係無しにデバイスを信頼しているのが見て取れた。

 

「ストレージデバイスは意思がない分修復のハードルは低いからね。

 素材に関しても今ある物で足りるし、修復はかなり早く済むと思う。

 ただ…これだけの損傷だと、『新しいデバイス』に変えるって選択肢もあるけど…」

「いや、俺はこのデバイスが良い。『ボルケニオン』だけが俺のデバイスだ。」

「ふむ…君がそう言うのであれば僕が何か言える事じゃないね。

 ただストレージデバイスはインテリジェントデバイスとは違って『デバイスそのものが成長する』と言う事は無い。

 同じデバイスをずっと使い続けると、必ずどこかで限界が来るという事は覚えておいてくれ。」

「ああ、その点なら心配は要らない。()()()()()()()また博士に『拡張』してもらうつもりだ。」

 

…ん? 今紅蓮が変な事言わなかったか?

()()()()()()()って、まるで地球にデバイスを弄れる奴が居るように聞こえたが…

 

「…管理局のスタッフや僕よりもデバイスに精通している人が地球に居るとは考えにくいんだけど、まぁ君の言う通り信頼している相手に任せるのが一番かもしれないね。」

「ちょ、ちょっと…ユーノ君、どういう事?」

「僕にも正確な事は分からないんだけど…どうやら彼のデバイスは()()()()()()()そうだ。」

「正確には元々持っていたデバイスを作り変えて貰ったんだよ。『博士』にな…」

「…って事らしい。」

 

えっ? 何その話。初耳なんだけど…

 

 

 


 

 

 

「っくしゅん!」

「ん、風邪でもひいたか?」

「そんな事無いと思うんだけどなぁ…」

 

転生してからは特に健康には気を付けてるし、大丈夫だとは思うんだけど…

っとと、それよりこのデバイスの最終調整を済ませちゃわないと!

 

「お前も飽きないな…それでデバイス何個目よ。」

「一応自作したのは1個目だよ。地球じゃ新しく素材が手に入らなくてさぁ…何度も作り直してるんだ。」

「…良いのか? カトレアが嫉妬するぞ? なぁ?」

≪そうだそうだー!≫

 

幼馴染の俊樹の言葉に日本語で同意を示したのは私のインテリジェントデバイス『カトレア』だ。

日常会話で日本語が使えるようにして見たものの、それから周りの皆がオウムに言葉を教える感覚で変な事を吹き込むもんだからどんどん変な方向に進化(?)している…

 

「う…で、でもメインはあくまでカトレアだから!

 そもそもこれもカトレアの補助用デバイスだから! 浮気じゃないから!」

「いや、そこまでは言ってねぇけどよ。」

≪そう言う事なら許してやらん事も無い。≫

「…お前も現金な奴だよな。」

 

そう、あくまで私の相棒はカトレア…これだけは忘れちゃダメだよね!

私が初めて作ったインテリジェントデバイス…今まで技術が向上する度に拡張を重ねて来た私の相棒!

だから嫉妬しないでねカトレア…前回嫉妬された時は寝る前に枕元で延々と怖い話聞かされて寝不足になったんだから…!

 

≪そう言えば、そろそろいつもの訓練の時間では?≫

「…えっ、もう!?」

「あー、ホントだ。今日って何処でやるんだっけ?」

≪桜台です。≫

「木之元ー、早く準備しないと置いてくぞー」

「まっ、待って! 私も直ぐ行くから!」

≪40秒で支度しな!≫

 

カトレアがまたスラングを…! 皆が面白がって変な言葉ばかり教えるから…もう!

 

「行くよカトレア!」

≪やれやれだぜ。≫

 

…一応カトレアも女の子の筈なのになぁ…




次回までは管理局本局で、次々回には地球に戻っている予定です。
次回はちょっと文章が長くなるかもしれません。

『博士』の正体については早めに書いておかないと『スカさん地球に逃亡疑惑』が出て来るので急遽差し込みました。

『博士』=木之元 菜都美です。(ジュエルシード編でちょっとだけ出てた人)

彼女は転生の特典で『デバイス作成に必要な技術と設備』+『デバイスの素材』を貰っており、個人でデバイスを作れる転生者です。
前世がシステムエンジニアであった為、割と早い段階でインテリジェントデバイスの『カトレア』を作成しました。

その後余った素材でストレージデバイスを作っては分解してを繰り返して技術を向上させ続け、一定期間で『カトレア』をバージョンアップさせています。(実は素材があればカートリッジシステムも付けられる。)

紅蓮が彼女を『博士』と呼ぶのは
「『ヒーローの相棒(≒装備)』をメンテナンスしてくれる人物=『博士』だ」と言う考えが原因です。


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情報と対策

書き直しを重ねた結果、こんなにも時間をかけてしまいました。
申し訳ございません!


「わざわざ来てくれて済まないな、紅蓮。」

「良いって。

 あの場に俺が居てもボルケニオンの修復が早まる訳じゃないのは分かってるからな。」

 

デバイスメンテナンスルームでボルケニオンの修復が進むのをぼーっと眺めていた時、クロノに「話がある」と呼び出された俺は管理局に複数ある談話室の一つに来ていた。

 

「…って言うか、俺一人か?

 もしかしてボルケニオンに何かあったとか…」

「いや、そう言う訳じゃない。君に確認したい事が一つあってね…」

「確認したい事?」

 

聞き返しながら、クロノの言葉にホッとする。

呼び出された時はてっきり銀髪オッドアイ達も一緒かと思ったのに、いざ来てみれば俺一人なんて状況だったから変に勘ぐってしまった。

 

「ああ…先程の戦闘だが、こちらで映像として記録していてね。

 その確認の途中で気になる事があったんだ。

 単刀直入に聞こう…君は、先程戦った相手の行動に()()()を感じなかったか?」

 

その質問で真っ先に思い浮かんだのはザフィーラの最後の突撃だ。

それまで俺の攻撃の殆どを躱していたというのに、その技術を突然無くしたかのような無謀な突撃…

俺の拳と炎でダメージを負いつつも、一切気にしたそぶりも見せずに強引に腕を振るザフィーラの姿。

 

「…あぁ、アレを見たのか。」

「恐らく君が思い浮かべている光景と、僕が気になっている光景は同じものだろう。

 直接対峙していた君の意見が聞きたいんだ。

 最後のザフィーラの突撃は『誘い』だったと君は思うか?」

 

『誘い』ねぇ…確かに結果だけ見ればあの変化が切っ掛けで俺の攻撃が単調化したのは事実だ。

俺はクロノの言葉でもう一度あの状況を思い返すが、あの戦いの内容を思い返せば思い返すほどザフィーラがそんな事をする理由が分からないんだよな…

あの戦いはそれほどに一方的だった。

 

 

 


 

 

 

「オオォォォオッ!」

「ハアアァァァッ!」

 

炎を纏う拳と鋼鉄のガントレットが幾度もぶつかり、火花が散る。

ふいを突いて放った蹴りはザフィーラが半身になった事で躱され、懐に入り込んできたザフィーラからお返しとばかりに3発の拳を見舞われる。

 

「うっ、ぐ…オオォォ!」

「甘いッ!」

 

脇腹に奔る痛みに呻きながらも回し蹴りを放つが、腕でいなされ背後に回られた。

 

「ハァッ!」

「がっ…!?」

 

背中に衝撃。肺の中の空気が漏れる感覚。

だが、俺の背後は決して安全じゃない…!

 

「むぅっ…!」

 

背中から炎を吹き出して攻撃すると同時に、炎を推進力に変えてザフィーラと距離を取る。

一瞬で距離を詰めて来るザフィーラ相手に、長いポージング(詠唱)をするタイミングは殆ど無い。

だから最低限今必要な物を…!

左右に大きく両腕を伸ばし、肘から先を反時計回りに半回転、拳と拳を胸の前でぶつける。

 

「させんッ!」

 

ザフィーラはもう目の前だ。

このポージングにしてよかった。

 

「ハァ!」

 

体に魔力を流し、魔法が完成する。

使用した魔法は『ヒートアップ』。体から噴き出す魔力の量を、一時的に引き上げるだけのシンプルな魔法だ。

だが、そんなシンプルな魔法も『炎熱』の魔力変換と『俺のレアスキル(特典)』が組み合わされば…立派な攻撃魔法になる。

 

「まだまだここからだ!」

「ちぃっ!」

 

体から噴き出す魔力がたちまち炎に変換され、ザフィーラを炙る。だがこの魔法の真骨頂はここからだ。

 

「今度の速度は躱せるか!?」

 

肘や膝、足の裏から噴き出す魔力の方向や出力を微調整し、振るう拳や蹴りの速度が爆発的に向上する。

ポージングが短く済ませられる魔法の中ではダントツに応用が利く魔法だ。

だが…

 

「お前に必要なのは速度ではない!

 敵の虚を突く狡猾さだ!」

「何ぃッ…ぐぁっ!?」

 

振るった拳や蹴りの尽くを紙一重で躱し、カウンターに振るわれた拳が胸を撃つ。

だがまだだ! まだ魔法が解けた訳じゃない! この速度が維持できる間にせめて一撃…!

 

「オオオォォォ! …ッグゥッ!?」

「…はっ?」

 

一瞬、思考が停止した。

自分で言うのもなんだが、苦し紛れで振るっただけの俺の拳がザフィーラの顔面に当たったからだ。

とは言え、チャンスである事も事実…一気にラッシュをかける。

 

「グァッ、ガッ…オグッ…!」

 

当たる、当たる…当たる…

 

本来攻撃が当たれば『良し』と言う感情が大なり小なり湧き上がる物だ。それが先程まで一切のクリーンヒットを許さなかった相手であるなら猶更に。

だが、今俺の内側から湧き上がる思いは…この感情は…!

 

「くそっ…! ()()()()!」

「ガァッ!」

 

あからさまに大振りな蹴りまで当たった。どう考えても躱そうとしている動きじゃない…! 本来今の攻撃が当たるような奴じゃないと言うのは自分でも良く分かってる!

 

「…」

「お前…()()は何だ。

 俺に手加減でもしようと言う施しのつもりか!?」

 

だと言うのなら侮辱も良い所だ。俺の精神は『戦士』と呼べる程高潔ではないが、それでもこれ程に小馬鹿にされれば流石に頭に来る。

 

本気でやれ! 躱してみろ! そんなものじゃないだろう!

 

そう言った諸々の思いを込めて振るった拳に対してザフィーラは…

 

「ぐはっ!」

「…私に……情が……。先……の無様………を許して…れ。」

 

今までの戦いの中でも最も華麗に受け流し、俺の鳩尾に最も鋭いカウンターを叩き込む事で答えてくれた。

ザフィーラが呟いた言葉は残念ながら意識が朦朧としてあまり聞き取れなかったが、俺の意識を刈り取るその拳こそが最高の答えだった。

 

「ああ…っ! これでこそだ…! ぐふっ…」

 

だから霞む意識の中で何とか最後に伝える。

施される勝利なんかより、徹底的に負かされた方が良い。あんな闘いはもうしないでくれと。

 

もっとも、俺の意識はその答えを聞く前に落ちてしまうようだが…

 

 

 


 

 

 

あの時の事を振り返り、クロノの「あれは誘いだったと思うか?」と言う問いに確信をもって答える。

 

「それは無い。」

 

と。

 

「ザフィーラの実力がどれほどかは分からないが、少なくとも俺よりは遥かに格上だ。

 『誘い』紛いの真似なんてしなくても、いずれは同じ結末になってただろう。

 それにザフィーラが本当に『誘い』なんてしたら、多分今の俺じゃ違和感も抱けない気がするしな…」

「ふむ、やはりか…」

「『やはりか』って…分かってて聞いたのか?」

「映像記録を見て『もしかしたら』とは考えていた。

 僕もあのシグナムと名乗った騎士に似たような違和感を感じてたからね…

 何かヴォルケンリッターを弱体化させられる方法があるのなら、見つけておくに越したことは無いだろう?」

「あぁ…なるほど、そう言う事か。」

 

確かにヴォルケンリッター達を意図的にあの状態に出来れば、格上である相手でも有利に立ち回れるだろう。

…ただ、なぁ…

 

「あの状態にしちまうのか…ザフィーラに悪い気もするな…」

「…仕方あるまい。例え正々堂々と言いにくい手段であっても、一つの世界を守る為だ。

 君が目指しているヒーローの在り方とは違うかもしれないが…」

「あぁ、そうじゃなくて…ザフィーラがあの時の事を恥じているような事を言ってたからさ…」

「ふむ…ザフィーラがそう言ったのだな?」

「? ああ、意識が朦朧として完全には聞き取れなかったけど『先程の無様を許してくれ』みたいな事を言ってたと思う。」

「…なるほどな、情報提供に感謝する。

 僕はこれで失礼するが、情報の対価として君から何か要求はあるか?

 流石に何でもとは言えないが、多少の事なら融通しよう。」

 

対価…対価か…

ザフィーラにリベンジしたいって思いはあるが…それを要求できるはずもない。この先の作戦で足を引っ張りかねない要求はするべきではないし、そもそも受け入れられる訳もない。

そうなると、『管理局の環境で訓練させてくれ』って辺りが妥当な気もするが…待てよ?

 

「…そう言えば、さっき『映像記録を見た』って言ったよな?」

「確かに地球での戦闘記録の映像ならあるが…」

「それを貰うとかって出来るか?」

 

映像を元に相手の癖や自分の反省点を客観的に見る事が出来れば、これからの訓練に役立てられるだろう。

そう思ったのだが…

 

「済まないが、それは出来ない。

 君達は知る由もないが、『魔法に関する内容』を『魔法文明を持たない次元世界に無暗に広める』のは管理局法の観点から見て完全にアウトだ。

 …地球にはどう言う訳か既に映像が出回ってしまっているようだが、だからと言って簡単にホイホイと渡す訳にはいかない。」

「…なるほどなぁ。」

 

管理局法か…そんなのもあったなぁ。

そう言えば訓練の合間に勉強してる奴も居たっけ…

 

「だが、そうだな…『映像を記録しない』と言う条件下でならば、閲覧の許可は出せるだろう。」

「俺としては構わないが…因みに、文字としてメモを取るのは?」

「まぁ、それくらいなら許可しよう。

 場所はそうだな…本局の会議室を使わせる訳にはいかないし、アースラは整備中か…

 済まないが、方法に関しては後で何かしら用意するとしよう。…それで構わないか?」

「まぁ、あの情報だとそれくらいが限度だろうしな。」

 

俺がそう言うとクロノは少し考えた後、

 

「…てっきり僕は『ザフィーラとの再戦を』くらいは言いだすかと思ったんだがな?」

 

とまるで試すかのように問いかける。

どうやら考えている事は完全に読まれてたみたいだな。でも…

 

「言ったとして通る訳が無いだろう? どう考えても邪魔になる。」

「…君みたいな魔導士がまだ地球に居たんだな…」

「えっ、何その表情。何があったんだ?」

 

クロノが俺を見る目がかつて無いほど柔らかく、穏やかなものになる。…逆に怖いな。

 

「ジュエルシード事件の時に、色々とね…」

 

…一瞬で哀愁を帯びたぞこの執務官。この年齢でどんな修羅場を潜ればこんな事になるんだ?

えっ、何? 管理局ってやっぱりブラックなの? 闇があるのは知ってるけど、企業的な黒さもあるの?

 

…管理局、入るのは考え直した方が良いかなぁ…

 

 

 


 

 

 

あの後、紅蓮と少しだけ会話して部屋を出た。

何と言うか奇抜な魔法を使う割に意外と常識を持った奴だったな。ああ言う人材が管理局に来てくれると嬉しいんだが…

 

…思考が逸れる所だった。今は得られた情報を整理しよう。

 

先ずザフィーラのあの行動はやはりシグナムのそれと同じような物だったようだ。ほぼ同タイミングで同じ行動を起こした以上、原因も同じと考えるべきだろう。

紅蓮が教えてくれた情報からも、あれは念話等で示し合わせた訳でない事が分かる。つまり、ヴォルケンリッターの作戦にもなかった行動。

彼等自身の意思とは考えにくいが、記憶はあるらしい。フェイトのように、途中で入れ替わったという訳でもなさそうだ。

だが弱体化した事実に動揺が無く、その後の撤退の判断が早かった事を考えると…恐らくだがヴォルケンリッターも自分の弱体化と、その原因に心当たりがあるのだろう。

その上で彼等にはどうする事も出来なかったとすれば、今回の戦闘中に何かしらの『想定外』があったと推察できる。そしてその『想定外』こそが『弱体化の条件』に大きく関連している。

 

…こんな所か。

手元にあるタブレットで、先程の映像を映し出す。…映像を見返したいと言う紅蓮にこのタブレットを渡すという事も考えたが、このタブレットに入っている映像は要点だけを抜き出して編集したものだ。少なくとも戦闘の映像は殆ど入っていない為、彼にとって価値がある物ではないだろう。

 

「歩きタブレットは危ないよ~?」

「ぅわっ!? …エイミィか、脅かすなよ…」

 

突然耳元で声がして思わず振り返ると、悪戯が成功したような表情のエイミィが居た。

 

「あはは、ごめんごめん! 後姿を見かけたからつい…」

「つい…じゃないが。…全く。」

「それはそれとして、また映像見てたの?」

「…あぁ、紅蓮から話も聞けたからね。

 おかげで弱体化の原因も絞られた。」

「『時間経過』『魔力消費』『蒐集行為』の三つだったっけ? 疑わしいって言ってたのって。」

 

そう、既にこの3つの内のどれかが原因だろうと考えてはいたのだ。

『時間経過』と『魔力消費』は戦闘の途中で満たし得る最も分かりやすい条件として…そしてタイミングがなのはの蒐集の直後だったことから『蒐集行為』も候補に挙げていた。

 

「ああ、だが恐らく『魔力消費』ではない。紅蓮から聞いた情報でヴォルケンリッター達は『自分達が弱体化する事実と条件に心当たりがある』事がほぼ確実となった。

 それならば魔力の消費量の調整をミスるとは考えにくいからな。」

「なるほどね、それじゃあ『時間経過』か『蒐集行為』のどっちかなんだ。」

「それについてだが、もう少し絞れそうだ。『時間経過』が条件の場合でも、早々に撤退すれば弱体化したところを倒されてしまうリスクは減らせるわけだからな。」

 

『時間経過』で弱体化する事を知っていたのなら、長期戦になりそうと判断した時点で撤退を視野に入れた動きになるはずだ。

撤退戦の難易度は襲撃よりも遥かに高いのだから。

だが、彼等の動きにその兆候は見られなかった。そうなると残る候補は…

 

「…って事は、なのはちゃんに行った『蒐集行為』?

 でも蒐集目的で動いてるだろうに、それで弱体化って変な感じだけど…」

「いや、それなら先ずは戦闘可能な者達を全員倒した後に蒐集に移るはずだ。もしくは対象を連れ去っても良い。

 アルフが対峙した4人目の騎士(シャマル)の魔法ならそれが出来る。」

「そうなると…あれ、候補が無くなっちゃったけど…?」

 

そう、そこが最後に悩んだ場所だった…

と言うか、エイミィは本当に反応が良いな。気分はまるでワトソンに推理を聞かせるホームズだ。

 

「何も条件が一つとは限らないよ、エイミィ。

 恐らくだが『蒐集行為』と『時間経過』か『魔力消費』のどちらかの、または全ての条件が重なったのが今回の弱体化の原因だろう。

 流石に詳しい理屈までは分からんが、『蒐集行為』によって『時間経過』か『魔力消費』の限界が早まるのだと考えれば辻褄は合う。

 恐らく、蒐集対象がなのはだった事も関係があるだろうな…例外なく発生するなら蒐集前に何かしらの警戒をしたはずだ。」

「はぁ~…なるほどね~…」

「…ちゃんと分ってるのか?」

「えっ!? …うん! つまり戦闘を長引かせてから収集させれば弱体化できるんでしょ?」

「……まぁ、間違ってはいないが。」

 

問題は弱体化させるには蒐集が必要な点だな。

被害を減らす為に弱体化させようと言うのに、弱体化の為に『蒐集の被害者』を出そうなんて本末転倒が過ぎる。

代用できる要素、または明確な原因が分かれば話は変わって来るんだが…

 

「…っと、この場面だな。」

 

再生しっぱなしだったタブレットの映像を一時停止させ、少しずつ進めると目的の場面が映る。

映っているのは蒐集されて少し経った後の一瞬だ。

 

「果たして()()にどう言う意味があるのか…それも気になるところだな。」

 

複数のカメラの映像を同時に再生したような画面。それぞれの視点に映るヴォルケンリッターの面々…

その全ての表情が全くの同時に…それもたった一瞬だけ、まるで人形のように無表情になった。

まさにこのタイミングでヴォルケンリッターに『何か』が起こった。彼らを著しく弱体化させる『何か』が…

 

「おぉ、クロノ君のその表情…まるで探偵みたいだねー」

 

…君に乗せられたせいだけどな。

 

 

 


 

 

 

海鳴市、桜台の広場。

今日の訓練の場として決めていたこの場には、見た目を問わず複数人の転生者が集まっている。

周りを見回せば朝の散歩コースなのだろうか、小さな子供からご年配の方まで様々な人が行きかっているのが見える。

 

俺達に対する反応も様々で、ちらちらと目を遣る者からガン見しながらの散歩に興ずる者まで様々だ。

因みにちらちらとこちらを見て行く理由に関してだが、()()()()()()()()()()()()

そもそも海鳴市の…それもこの近所の人達は銀髪オッドアイなんてもう見慣れているからな。俺達の外見や人数で吃驚する人は観光客か新しく引っ越してきた人くらいだ。

で、俺達がちらちらと見られる原因だが…

 

「なのは達、今頃どうしてんだろうなー…」

「管理局の本局に居るんじゃねぇかなー…」

「暇だー…」

「いや、暇なら訓練しろよ。ボロ負けしたんだろ?」

 

こいつらである。

広場のベンチの上でぐで~っとしながら、ぐちぐちぶつぶつとアホな事言い合っているアホ共である。

 

「ちょっとちょっと…」

「はい。」

「あの子達、大丈夫なの? なんか体調が悪そうだけど…」

「あ、大丈夫です。ちょっと拗ねているだけなので…」

「あ、そうなの? やだ、勘違いしちゃったわ!」

「はい、ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。」

「あら、礼儀正しい子ねぇ! 家の子はもうホントやんちゃで…」

「あはは…」

 

誰と会話してるかって? 散歩中のおばちゃんだよ。

先程から通りすがりの人があいつ等を見て心配そうに近付いてくるもんだから申し訳無さが半端ないんだよ。話に付き合うくらいしてないと罪悪感で潰されそうなんだよ。

 

「じゃあね、坊やもお野菜食べなきゃだめよ~?」

「はい、それではまた…」

 

どうやら上の学年の佐山くんは野菜を残しがちらしい…また要らない知識が増えてしまった。そんな事を考えつつベンチを見ると、相変わらず愚痴を言い合っているアホ共が目に映る。

…こいつら何の為にここまで来たんだよ。ヴォルケンリッターと戦ったって言うから詳しい情報を聞きたいのに、俺がここにきてから聞いてる情報はご近所さんの家庭事情ばっかりなんだけど。

 

「何で紅蓮は良くて俺達がダメなんだよー…」

「デバイス壊れなかったからじゃねー?」

「…知ってるけどさぁ…地球にも博士が居るじゃんかー…」

「いや、誰が博士よ…」

 

気だるげなツッコミに振り返れば、丁度木之元(きのもと) 菜都美(なつみ)斎藤(さいとう) 俊樹(としき)がやって来たところだった。

木之元はデバイスの修理と改良を何度も無料で請け負ってくれているから、今となっては俺達にとって欠かせない人材だ。技術の向上にもなるから一石二鳥らしい。

…まぁ、誰が言い出したのかは分からないが『博士』と言うあだ名は気に入っていないらしいが。

 

「おー、博士にトシ。遅刻ギリギリだぞ。」

「大丈夫よ、私は結界に入る為の魔法持ってるし。それと博士じゃないわよ。」

「俺も大丈夫だよ、結界なら木之元が入れてくれるし。」

「お前は…まぁ、うん…」

 

斎藤はなぁ…結界系の魔法の適性が酷かったからな…

術式を完璧に理解したのに発動しないってのが辛い所だ。

それが原因なのかはわからないけど、障壁系の魔法の適性も低いもんだから自分の特典が活かし切れていないのが本当に悲しくなる。

 

「あまり人を憐れむなよ、惨めに見えるぞ…俺が。」

「異性の幼馴染が居る時点でお前の方がカースト上位なんだよなぁ…」

「転生者とか関係無しに可愛い女の子が正義だからなー…」

 

…こいつ等は本当に何しに来たんだろうな。

まぁ、いいや。どうせいつも通り訓練が始まれば意識を切り替えるだろ。

 

「ほら、人目が無い今の内に封時結界張るぞー」

「はいよー…」

「ばっちこーい…」

 

こいつ等を組手でボコボコにしてやりたい…!

…でも無理かな、俺戦闘あまり強くないしな。 …はぁ…




最後のは神谷視点です。

次回はなのはさんが地球に帰って来てからの話になるはずです。


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引っ越し

最近3~4日に1話のペースも守れてなくてすみません! 色々と日程が重なってしまい、時間が取れませんでした。

タイトル通りの引っ越し回です。
引っ越しするアパートは原作と同じものを想定しています。(多分あんな広い部屋借りられるアパートってそうは無いと思うので)
ただし、某事情から一部原作と違いますが。


突然だが、引っ越しで一番大変な事と聞いて何が思い浮かぶだろうか?

『住所変更の手続き』だろうか? それとも『ご近所さんへのあいさつ回り』だろうか? なるほどそれらも確かに大変だ。

だが、多くの人は『荷造りと荷ほどき』と答えるのではないだろうか? 少なくとも少し前にやっていたテレビ番組ではそんなアンケート結果が出ていた。

 

そこで俺は今回の引っ越しに際して、何か小さなことでも手伝えたらと思っていたのだが…

 

「…手伝える事、なにも無さそうだね…」

「うん、ある意味で()()()()()()が来てくれたからね。」

 

フェイトを始めとする管理局の面々は今回の事件に際し、地球に拠点を置く事になった。

少し前までレティ提督の部隊が色々と調査していた事でヴォルケンリッターの潜伏先も割と絞り込めているらしく、整備中のアースラが拠点として使えない事もあって俺の家にそこそこ近いアパートを借りるらしい。

 

フェイト達が引っ越してくるアパートの一室には、引っ越し当日だと言うのに段ボールが一箱も無く、冷蔵庫やテレビを始めとした家電の設置も既に終わっていた。

と言うのも、管理局からついて来てくれた『助っ人』が殆ど一人でやってくれたのだ。

…いつか俺も向こうに引っ越す時には頼んでみようかな。知らない仲じゃないし。

 

「リンディさん達とは違う部屋なんだよね?」

「うん、隣同士だけどね。本当なら監視の為に同室にしろって話もあったみたいだけど、リンディさんが『元々建前みたいなものだから』って…」

 

実はフェイトは無罪になったとはいえ、しばらくの間は監視が必要と言う条件付きの無罪判決だった。

リンディさん達が言うには『念のため』以上の意味は無いらしいが、地球にいる間もリンディさん達は立場上『ちゃんと監視しています』と言う姿勢を見せておく必要があるのだとか。

地球に住むことになった際も色々な意見が出たらしいが、リンディさんが色々と手を回した結果『隣の部屋を借りて何かあったらすぐに対応する』と言う形に収まったらしい。

リンディさん曰く、「フェイトちゃんは良い子だし、なにより家族と一緒の方が皆安心でしょ?」との事だった。

 

「リニス、ベッドの場所はここで良いんだな?」

「はい。角度はエアコンの空気が直接当たらないように…」

「じゃあ…こんなもんか。『()()()()』。」

 

ふと聞こえてきた会話はリニスと、例の『助っ人』…神宮寺の声だ。

確か今は寝室にベッドを置いているところだったか。

 

覗き込んでみると、神宮寺の声と共に下向きに開いた歪みからゆっくりとせり出してくるベッドが…何度か似たような光景は見たけど、やっぱり中々にシュールな光景だ。

やがてベッドはゆっくりと部屋に置かれ、細かい微調整をしてリニスのベッドの配置が終わった。

 

「これで良し…っと、次はアルフのベッドだが…リニスのすぐ隣で良いのか?」

「あぁ! それにしても神宮寺が手伝ってくれて助かるよ!

 段ボールは要らないし、ドアの大きさも考えなくて良いし…至れり尽くせりだね!」

「本来はこんな事の為の能力じゃ無いんだけどな。」

「まぁまぁ、使えるもんは積極的に使えば良いんだよ!

 フェイトとの戦いではあんなに…

 …間違ってもベッドを射出なんてしないでおくれよ?」

「流石にそんなヘマはしねぇよ!」

「あっはっは、そりゃそうだ!」

 

流石にベッド射出は冗談では済まされないからな…ご近所トラブルなんてものじゃ済まないだろう。

 

 

 

特にフラグとかそう言うのは無く、ベッドの設置は問題無く完了した。

 

「ありがとうございます神宮寺さん。おかげで随分と早く済ませる事が出来ました。」

「いえ、俺の方こそリニスさんに勉強見て貰ってましたし…まぁおあいこって事で。」

「次はリンディ達の部屋だっけ? あんたも大変だねぇ…」

「色々と恩返しも兼ねてるし、これくらいならなんて事無いって。」

「リンディさんの部屋の荷解きが終わったら、直ぐに向こうに帰っちゃうんだっけ?」

「…まぁ、次の試験の為に勉強しないといけないしな。」

 

ジュエルシード事件の後、管理局に入る為に入局試験を受けた神宮寺は残念ながら筆記試験で落ちていた。

と言ってもリンディさんが言うには管理外世界からの受験生には珍しい事では無いらしく、管理局側も当然その点に関しては考慮している。そもそも万年人手不足な管理局の事。『そんな事』で入局希望者を切り捨てるはずもなく、彼は数か月後に控えた2回目の入局試験に向けて勉強中なのである。

それでもこうしてリンディさんがこうして今回の手伝いに駆り出したのは、根を詰め過ぎている神宮寺の息抜きも兼ねての事だったのだろう。

実際その甲斐はあったようで、最初はどことなく元気が無かった神宮司も今は普通にリラックスできているのが分かった。

 

「…じゃあな、そろそろリンディさん達の方に行くわ。」

「はい、貴方もお元気で。」

「次に会う時はちゃんと局員になっておきなよ!」

「アルフ、あんまりプレッシャーはかけない方が…

 頑張ってね神宮寺、応援してる。…私も応援してるよー!」

「あぁ、その応援で後5年は試験勉強頑張れるわ。」

「…それ何度も落ちてないかい?」

 

少しみんなで笑った後、俺は神宮寺と一緒にフェイト達の部屋を出た。

 

「…あれ、なのはもリンディさんの部屋に来るのか?」

「ううん、フェイトちゃんの引っ越しも終わったしアリサちゃん達を呼ぼうかなって。

 リニスさんも呼んで良いって言ってたし。」

「ああ、そう言う事か。」

 

ビデオメール越しで話しているだけじゃ二人も物足りないだろうしな。

取り出した携帯電話でアリサとすずかにメールを打つと、直ぐに『行く!』と言う旨の返信が来た。

…今気づいたけど、リニスさんにここの住所を聞き忘れていたな。仕方ない…近くのわかりやすい目印で待ち合わせして、そこから直接案内するとしよう。

 

近所で分かりやすいのは…あの公園の銅像なんかが良いかな?

メールを送信して…と。

そう言えば…

 

「神宮寺くんは皆に会わなくても良いの?」

 

『皆』と言うのは当然銀髪オッドアイ達だ。神宮寺もあいつ等とビデオメールで何やらやり取りしていたらしいという事は知っているし、折角来たのだから話していくくらいはしていけばいいのにと思ったのだ。

 

「あいつ等か…まぁ、試験に落ちた事がバレたら滅茶苦茶揶揄われそうだし遠慮しておくよ。」

「さ、流石にそんな酷い事はしないと思うけど…」

 

そう言う事しそうな奴に何人か心当たりはあるけど、大半は寧ろ励ましてくれると思うけどなぁ…

 

「…まぁ、考えておくよ。久しぶりに会って話すのも悪くは無いだろうしな。」

「うん。じゃあ、またね!」

「ああ、またな。」

 

そう言って神宮寺はちょっと離れた隣の部屋に入って行った。

…こうして見てみると、隣同士でも結構ドアの間隔広いな。管理局の設備を置く関係上、広いのは大前提だったとして…高級アパートって何処もこんなに広いのか?

…まぁ良いか。今はとりあえず待ち合わせの場所に行かなきゃな。

 

 

 


 

 

 

えっと…ホログラムの機材はここで、あまり目立たないように設置して…

このコンソールは…あぁ、先にあの機材が無いと…

 

「おーい、あっちが終わったから来たぞー」

「あ、神宮寺君! こっちこっち!」

 

ナイスタイミング! 丁度出して欲しい機材があったんだよ!

 

「…? あれ、エイミィだけか? クロノとリンディは?」

「二人は今奥の方で空間拡張と連結の…っとまぁ、あっちはあっちで色々とね。」

「ふーん…」

 

流石に転生者と言っても管理世界の技術関連は説明してもチンプンカンプンだろうし、説明の途中でバッサリ切り上げる。

今二人はこのアパートの一部の空間を拡張させて、簡単な指令室の作成に掛かってくれている。と言うのも管理外世界で管理世界の技術を使うには、様々な機材が必要となって来る。それこそ借りた部屋ではスペースが足りない程の大規模な機材が…

技術の隠蔽が絶対原則である管理外世界でそんなオーバーテクノロジーの塊を大っぴらに出す訳にはいかず、結果として『ちょっとした不思議空間』の作成と『ちょっとしたワープ装置』の設置は最低限の必須事項なのである。

 

兎にも角にも今は神宮寺君の持ってくる機材が欲しかったところだし、今はそっちを優先してしまおう!

 

「じゃあ早速『多次元観測デバイス』と、次元間通信用の受信機を…あっ…」

「? …?? …???」

 

しまった…! 言ってる途中で気付いたけど、名前で言っても伝わる訳無いじゃん! こんな部屋の中で出す訳にはいかない機材もあるし、どうしよう…

 

「…とりあえず片っ端から出すから、どれがどれなのかを」

「わぁー! 待って、待って! 出したら拙いのもあるから待って!」

 

これは一旦クロノ君が拡張作業してる空間で出してもらうしかないけど、あっちはもう少しかかりそうだしなぁ…

 

「と…とりあえず、普通の家具から出して行こうか!」

「…確かにその方が無難か。」

 

ほっ…

…しっかし、盲点だったなぁ…私も一応転生者だけど、完全に管理世界の常識に馴染んじゃってたよ。

よく考えたら『次元』なんて言葉を日常的に使うのも管理外世界じゃ珍しいんだったっけ…

 

「…おーい、エイミィー?」

「…はっ!? えっと、そうだね…先ずはキッチン周りからお願いしようかな!」

 

一応こうしてアパートを借りた理由の一つには『私達の居住空間の確保』もある訳だし、先にそっちを済ませておこう。多分それが終わる頃にはクロノ君達の作業も一段落してるだろうし…

 




引っ越し&神宮寺の現状暴露回。

落ちた理由は神宮寺の頭が悪かったとかでは無く、色んな常識が通用しないからです。

原作と違う点はハラオウン家とテスタロッサ家が別居という事と、テスタロッサ家の保護者は引き続きリニスさんという事くらいです。

原作とたまたま同じアパートって言うのはご都合主義的な感じもするのですが、多分あの規模のアパートが同じ地域に幾つもあるとは思えないのでありえなくも無いのかなと思ってます。(その方が書きやすいと言う書き手側の事情もありますが)


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新居にて

前半はアリサ視点、後半は銀髪オッドアイ視点です。(一応神無月視点)


なのはからメールが来た。

内容を一言で纏めると、フェイトが地球に引っ越してきたので来ないかと言う物だ。

反射的に『行く!』と返信してしまったが、よく考えるとその反応は少しアリサっぽくなかったかもしれない。

 

「ここまでで良いわ。いつものように帰る30分前には連絡するから、帰りもこの場所でお願いね。」

「かしこまりました、お嬢様方。いってらっしゃいませ。」

「ええ、行って来るわ。」

「送ってくれてありがとうございます。」

 

待ち合わせの公園前についたので、送ってくれたドライバーにそう言ってからすずかと一緒に車を降りる。

 

「うぅ、やっぱり外は寒いね…」

「そうね…」

 

車の中は暖房が効いていた分、温度差で余計に寒く感じる。

大会社の社長の父が()の身を案じているのは分かるんだが、やはり過保護に思う事はある。ただ友達の家に遊びに行くだけなのにその度に車で送迎なんて、普通の家庭では考えられないよなぁ…

 

「こんな寒い中なのはを待たせるのも悪いし、ちょっと競争しない?」

「…多分、アリサちゃんは私に勝てないと思うけど…」

「うっ…」

 

そうだった…すっかり忘れてたけど、本気を出せばすずかは豹と同じ速度で走れるんだった。

いや流石にそんな速度をこんなところで出す訳が無いのは分かっているのだが、それでも勝ち目のない競争はあまりしたくないし…

 

「…やっぱり淑女たるものお淑やかに行きましょう。」

「ふふっ、なにそれー」

 

すずかがそう言って茶化す。

まぁ、お互いに中身が男だと理解しているのに『淑女』等とは俺も良く言えたものだとは思う。

 

「…っふ、ふふっ…ふふふ…」

 

だからそんなに笑う事無いんじゃないかな?

 

そんなやり取りをしながら二人で歩いていると、『平本兼正(ひらもとのかねまさ)』の銅像の下で待っているなのはが目に映った。

 

「なのはー!」

「あっ、アリサちゃんにすずかちゃん!」

「待たせちゃってごめんねー!」

「大丈夫だよ! 今来たところだし!」

「デートか。」

 

思わずツッコんでしまった。

 

 

 

 

 

 

数分ほど歩いて辿り着いたのは、この周辺で一番の高級アパートだった。

…地球出身じゃない管理局の人達がこんなアパートを借りれるって事は、やっぱり何処かで通貨を両替しているって事だよなぁ…案外政府とかの一部の人は管理局の事とか知ってるんじゃないだろうか?

 

「フェイトちゃん、ただいま!」

「…おかえり…? なのは。」

「夫婦か。」

 

いかん、また突っ込んでしまった。

 

「あはは…おじゃまします。」

「おじゃまします。」

「うん、いらっしゃい。アリサ、すずか。」

 

そう言って俺達を出迎えてくれたのはフェイトだけではなかった。

 

「アリサにすずかだね! あんたらの事はビデオメールで知ってるよ!

 あたしはアルフ、この子の使い魔さ。よろしくね!」

 

アルフが普通に人間形態で挨拶してるのは何か新鮮だなぁ…

…そう言えばジュエルシード事件の時に俺は結局アルフを見つけていないから、これが正真正銘の初対面か。

 

「アルフさんもビデオメールに映ってたけど、本当に犬耳が付いてるのね…」

「狼だよ!」

 

あ、やっぱりそこは重要なのか。

 

「ほら、早く上がりなよ! リニスがおかし作って待ってるからさ!」

 

ビデオメールで知ってはいたけど、やっぱりリニスも助かったんだ。

なんて言うか、普段学校ではアホな事ばっか言ってるあいつ等も頑張ってたんだな…

 

 

 

「へぇ…良い部屋じゃない!」

「ほんと、凄い立派!」

 

アパートの一室とは思えない広々とした空間に加えて、大きなガラス窓から外の景色が見える事もあり開放感は抜群。その上一つの部屋の筈なのに天井は高く、二階まで存在している。

正直前世の俺の家よりもよっぽど住み心地は良さそうだ。

 

「うん、ある程度以上のスペースがあった方が都合が良いからって…」

「主に管理局の方の都合でね!」

「…口が軽すぎますよ、アルフ。」

 

アルフに軽く注意を入れながらやって来たのはリニスだ。

手に持ったトレーから良い匂いがするところを見ると、お菓子を持って来てくれたらしい。チョコの匂いからしてチョコクッキーとかだろうか。

 

そしてトレーが机に置かれ…

 

「フォンダンショコラです。

 中のチョコレートはまだ熱いので、気を付けてくださいね。」

「わぁ…!」

「美味しそう!」

 

思ったよりガチ勢だった。

 

 

 

 

 

 

それからと言うもの色々な話をした。

内容は魔法の石騒動(ジュエルシード事件)でなのははどんな感じだったのかとか、魔法の世界は地球とどう違うのかとか…そんな感じだ。

アリシアもちょくちょくひょっこり顔を出しては色々と興味深い話題を提供してくれた。

そんな中、フェイトの入学の話がリニスから齎された。

 

「へぇ…じゃあ今度からはフェイトちゃん達も聖祥に?」

「うん。勉強だけならリニスが見てくれるんだけど、友達と一緒に学ぶ方がフェイトとアリシアの為になるって母さんが。」

 

フェイトやアリシアからプレシアの話を聞くたびに思う。

 

もう前世の知識とか何一つ役に立たないかもわからんね、これは…と。

 

一応ビデオメールとかで知ってはいたけど、プレシアもう完全に普通のお母さんじゃん。今はちょっと捕まってるけど。

俺の知ってたプレシアの影も形もないよ。ほぼINNOCENTじゃん。

 

「あっ、そう言えば…学校の方はフェイトちゃんとアリシアちゃんの事知ってるんですか?」

 

すずかがリニスに確認するまで俺も失念していたけど、そう言えばその通りだ。

フェイトとアリシアが一つの体を共有している以上、フェイトが授業の内容を理解してもアリシアが理解する前に先に進んでしまう事もあるかもしれない。(多分逆は無い)

そう言う場合のフォローを俺達がした方が良いのかにも関わって来る。

 

「ええ、学校の方は一応の事情を説明して理解していただきました。ただ…」

 

そこでリニスは少し言いにくそうな表情で口を噤む。

『ただ…』と言いかけたという事は何かしらの懸念があるのだろうが、こうして黙ってしまうという事は言いにくい事なのだろうか…

やがてリニスは意を決したように言葉を発した。

 

「アリサさんやすずかさんのお友達を悪く言う訳では無いのですが、クラスメイトの子たちの中にはフェイトとアリシアの関係を、その…悪く言う者が居るのではないかと」

「「「それは無いわ(よ)!」」」

 

俺達の言葉が重なる。フェイトとアリシアを悪く言う? そんな奴が居る訳がない。

男女関係無しに学年全員転生者だぞ? アリシアが助かった事を喜ぶ者こそいても、その逆は無い。

()()()()()とは言え、その点に関しては全幅の信頼を寄せても良いと断言できるね!

 

「そ、そうなのですか?」

「あのクラスは殆どが問題児だけど、フェイトとアリシアの事を悪く言う奴が一人でもいるとは思えないわ。」

「うん、皆転入生が二人も来てくれて喜んでくれる人ばかりだよ!」

「皆が困らせる人なんて先生くらいだもん!」

 

なのは、それは言わない方がリニスも安心できると思うんだが…

 

 

 


 

 

 

「「「「「「「「「「へっくしッ!」」」」」」」」」」

 

…組手中にいきなりくしゃみが出た。体調管理はしてるし、風邪ひいた訳じゃ無いと思うんだが…

 

「…ぷっ、はははっ!」

「はははは!」

 

誰ともなく笑いが巻き起こる。10人同時にくしゃみとか、映像あったらギネス狙えたんじゃねぇの?

 

「あー、おっかしぃ…何? 俺らここまで息ぴったしになってたのか?」

「チームワークが良いってレベルじゃねぇだろ!」

「君と心で繋がるRPG?」

「…あー、そう言えばもうそろそろ新作の発売日だな。お前ら買うの?」

「当然。発売日にクリアするまで寝ないぞ。」

「俺もー」

 

そんな無駄口をたたきつつもお互いに魔力弾の制御は抜かりなく、互いに死角の狙い合いが続いている。

とは言っても、もう何ヶ月も同じ面子で組手をしているせいかお互いに癖を熟知しているからな…何と無く次にどこを狙うのかが分かってしまう。

この組手ももう俺達にとっては殆ど魔力の制御訓練でしかないのかもな。

 

…ん?

 

「悪ぃ、ちょっとタンマ。何かメール来てるわ。」

「あ、俺もだ。」

 

聞けば皆メールが来てるらしい。

って事は一斉送信か。

 

俺らが今日この時間に集まってる事は来てない奴らも知ってるはずだけど…めんどくさがったのか?

訝しく思いながらも携帯を取り出し、画面を見てみれば懐かしい名前が表示されている。

 

「おぉ、神宮寺からか。」

「そう言えばあいつは俺達の訓練状況とか把握してないもんな。」

「あー、だから一斉送信か。」

 

納得しつつ文面を読めば、何と今あいつは引越しの手伝いに駆り出されて地球に来ていると言うではないか。

久しぶりに会って話そうと言われれば行く以外の選択肢は無い。

 

「マジか、あいつ今こっち来てんのか!」

「それじゃあ、今日はここまでにするか。翠屋でシュークリーム買ってこうぜ。」

「良いな、それ。あいつ久しぶりに食うだろうしなぁ。」

 

取りあえず何十通も返信が行くのは迷惑だろう。代表して俺が『みんな連れて行くわ』と返信した。

しかし神宮寺が引越しの手伝いか…『王の財宝』めっちゃ役立ててんなぁ、あいつ。

 

 

 

 

 

 

「…久しぶりだな。」

 

メールに添付されてた写真と住所で辿り着いたのは、何となくアニメで見た気もするアパートだった。

 

「おぉ! 久しぶり…お前神宮寺だよな?」

「何となく予想はついてたけど、あまり久しぶりって感じしないな。顔を合わせると。」

「まぁ、ほとんど同じ顔だからな。」

 

久しぶりに会っても久しぶりと思えない…同じ顔のデメリットが新しく発見された訳だが、そんな事は今はどうでも良いのだ。

 

「それよりもさ、引っ越して来たって部屋見せてくれよ。色々管理局の技術で魔改造してんだろ?」

「いや、俺が引っ越してきた訳じゃ無いんだが…まぁ、上げていいってリンディさんにも言われてるしな。」

 

って事は神宮寺はやっぱりこの後は向こうに帰っちまうのか。

まぁ、神宮寺は管理局のほうで色々あるだろうしな。

 

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす!」

「ええ、いらっしゃい。直ぐに()()をお出しするわね。」

 

案内された部屋のドアを開けると、直ぐにリンディさんが来て出迎えてくれた。

 

「あ、どうも。コレお土産のシュークリームです。」

「あら、ありがとう! でもそんなに気を遣わなくても良かったのよ?」

「いえ引っ越し祝いも兼ねてますので。」

「そう? じゃあありがたくいただくわね。」

 

俺がそんなやり取りをしている間に、他の連中はさっさと部屋にあがって行き…

 

「うぉぉ、ホログラムだ!」

「やべぇ! かっけぇ! 未来的ィ!」

「あっ、そっちには行かないで! クロノ君が作業してるから!」

 

そんな声が聞こえて来る。

ちょ、そんな声聞いたら気になるじゃねぇか…!

 

「えっと…じゃあ、おじゃまします。」

「ええ。神宮寺君もこの後また向こうに戻ってしまうから、話したい事は今の内に話しておくと良いわ。」

 

何か思ってたよりも忙しいんだな、神宮寺の奴…

管理局ともなれば入社直後から色々やらされるのかねぇ…?

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!? 落ちた!?」

「声がでかい。…あぁ、一応惜しいとこまでは行ってたらしい。」

 

思わず声もあげたくなる。

それは当然あれだけ自信満々に管理局へ行ったというのにまさかの一歩目で躓いたから…ではない。

俺達は知っている。ビデオメールと一緒に送られてきた紙の束の分厚さを。

俺達と違い、神宮寺はクロノやリニス達と言うその道を専門とする人に勉強を見て貰っていたという事を。

 

つまり『俺達よりも恵まれた環境で学んだ神宮寺が落ちた』という事は、俺達が一発で合格する可能性も限りなく低いという事である。

 

「マジか…学校のテストに影響出るレベルで勉強したんだけど、まだ足りないのか…?」

「…そう言えば、俺も今お前らがどんな勉強してるか知らないな。

 ちなみに今歴史ってどうなってる?」

「『平本兼正』が出てきた所。」

「誰だよそれ。」

 

知らねぇのかよ神宮寺! 俺も最近初めて聞いたよ!

 

「まあ、相変わらず歴史がややこしい事は理解したわ。」

「分かってくれて何よりだわ。」

「因みに管理局の筆記試験の内容はその3倍はややこしいぞ。根底の常識から覆されるからな。」

「分かりたくなかったわ…」

 

聞けば勉強範囲は例の紙の内容で良いらしいが、『過去に実際に起こった事件を元にした応用問題』が出るらしい。

神宮寺はそこで大きく点数を逃してしまったようだ。

 

「みんなー、お茶を入れて来たよ。」

「あ、エイミィさん。ありがとうございます。」

 

そして机に置かれるトレーには人数分の翠屋のシュークリームと湯飲み。そして()()()

 

 

…あー、そうだったな。そう言えば。

 

「…あの、エイミィさん? これは…?」

「ん? あー、必要なかったらそのままで良いよ。

 ただ艦長が『あった方が良い』って言ってたから…ね?」

 

いや、『ね?』じゃないが。

…しかし『リンディ茶』か…抹茶と甘味の組み合わせ自体は珍しくもないが、飲み物の抹茶にまで入れるかと言われるとなぁ…

 

「ん? これもしかして翠屋のシュークリームか?」

「ああ、お前は久しぶりだろうと思ってな。お土産に買って来た。」

「…そうだな、かなり久しぶりだ。…ありがとな。」

「良いって事よ。」

 

その後俺達は本当に何でも無い話で盛り上がった。

あのゲームの新作が出るだとか、あの漫画が打ち切りになったとか、新しく始まったアニメが面白いとか…それこそ魔法の無かった前世でも出来るような話ばかりだったが、何となく今はそう言う話をしたい気分だった。

 

 

 

…因みにリンディ茶は普通に砂糖0で飲んだ。

何故か帰り際に残念そうなリンディさんの表情が印象的だった。

 




引っ越し回はここまでです。次回が始まる頃には神宮寺君は帰ってます。
次回は久しぶりにヴォルケンズに視点を移します。

以下補足

平本兼正(ひらもとのかねまさ)
モデルとなったのは幕末の頃に活躍した、『海鳴藩』のリーダー。なのは達の前世にはいなかった歴史上の人物。(あるいは存在していたが有名では無かった)
主に貿易面で活躍し、銅像が建てられる程度には名を遺した人物。
現代に於いては教科書にも『海鳴藩』の名前と共に登場し、転生者達を混乱させた人物の一人。海鳴市では特に有名な為、テストには必ずと言って良いほど出てくる。

細かい設定は決めてないですし物語に関係も無いですが、転生者にとっての小学校の歴史と地理の『めんどくささ』が少しでも伝われば。


・打ち切られた漫画
「ぐああ、この『石』は一体…!」
「メイガン、お前の『凶星辰の鎧』は確かに俺には貫けない程硬い!
 だがその鎧がお前と『細胞レベルで一体化している』のが弱点だったな!」
「よ、鎧の形が変わって行く…」
「あぁ…お前の居た世界で手に入れたあの『石』は触れた者に奇妙な力を与えるが、
 扱い方を知らなければその身を異形に作り変える…
 お前は知らなかったようだな、メイガン!」
「こんな、バカな事がぁぁ…うぐおぉオオォォォ!」
「でもどうするの、ハンス! アイツ、魔法の力も手に入れちゃってるよ!」
「だが鎧の防御は失われた。この銃とナイフが通じるのなら、誰が相手でも怖くはないさ!」
「…うん、私も怖くない。アイツが私の国を滅ぼした元凶でも、ハンスとなら怖くない!」
「あぁ…行くぞおぉぉぉぉ!」

『★ハンスの勇気が世界を救うと信じて!
               ご愛読、ありがとうございました!』


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想定外の遭遇

前回の後書きで「次回はヴォルケンズ回」と書きましたが、すみません。それは次回になります。
あと、開幕神宮寺視点です。(前回の後書き無視)

今回の話は本来次の話のヴォルケンズ回で回想として挟む予定だったのですが、長くなってしまった上に視点変更の都合もあって分割しました。



「じゃあまたな、神宮寺。入局試験、頑張れよ。」

「あぁ、今度こそはちゃんとパスしてやるさ。」

 

そんなやり取りを最後にアイツ等と別れた後、俺は『海鳴臨海公園』に向かって歩を進めていた。

あの辺りは周囲に障害物も無く、次元間転送ポートの出入り口にもってこいだったらしい。ジュエルシード事件でそれが判明していた為、今回も転送して貰う為に向かっていると言う訳だ。

 

 

 

夕暮れ時とは言え人目もある為、徒歩で向かう事十数分。

転送用の待機場所へもうすぐ着くと言ったところで、海を眺める人影があるのが見えた。

…拙いな。待機場所にはもう少し距離があるとはいえ、人目があったら流石に転送は出来ないぞ。

かと言って「ちょっと何処かへ行ってくれ」なんて言える訳も無いし…

 

そう悩んでいると、海沿い特有の潮風が逆光で良く見えないその人影の長いポニーテールをそよがせる。

夕日を反射して輝くその髪の色は、鮮やかな桃色だった。

 

 

 


 

 

 

…今日も空振りか。

夕日が沈む水平線を眺めながら、一人ため息をつく。

 

いや、正確に言えば空振りでは無い。今日一日だけでも転生者らしい者ならば何人も目撃していた。

だが蒐集行動には移れていない…その理由は今私が一人だからだ。

 

これまでは最低でもツーマンセルで行動してきた。これは管理局員がツーマンセルでの行動を徹底していた事もあるが、戦闘不能にした相手を蒐集前に回収されない為でもある。

 

故にこちらが一人である以上、蒐集対象も一人で行動している相手でなければならない。

倒しても仲間に回収されればそれまでだからだ。…それに、今はあまり戦闘が長引くリスクは避けたいからな。

 

だが転生者もバカじゃない。単独行動をする者はおらず、それどころか5人以上で固まっている者が殆どだ。

1対5で戦い、更に蒐集を熟す。それも短時間に。…それは流石に分が悪い。

 

…ヴィータかザフィーラが動ければ良かったのにと思わずにはいられないが、今彼等は彼等で大切な検証の最中だ。

なのはのリンカーコアを蒐集した直後の私達の行動は、記憶が無くなった後の私の行動とも違った。その検証を行って貰っているのだ。

 

…思考が逸れたな。

 

重要なのは結局今日は蒐集が出来なかったという事と、もうすぐ夕飯の時間だから帰らないとはやてが心配するという事だけだ。

 

…風も強くなってきたな。

今日はしゃぶしゃぶと言う話だし、早く帰ろう。

 

そう足を『海鳴臨海公園』の出口へ向けて歩き出そうとした時だった。

 

「お前…シグナムか。」

 

夕日を反射する銀髪に、左右で色の違う瞳。

こんな時間に何故かこの公園にやって来たその少年は、偶然にも一人だった。

 

「…如何にも、ヴォルケンリッターが一人…『剣の騎士』シグナム。」

 

最後に美香様に闇の書の影響をリセットして貰ってからおよそ4時間か…

魔力を使っての戦闘は残りの時間を縮めてしまうが、折角単独行動している相手をみすみす逃す訳にも行くまい。

即座に甲冑を身にまとい、封鎖領域を展開。目の前の少年を逃げ道の無い戦場へと招き入れる。

 

「ちっ…マジかよ。これから帰って勉強しなきゃいけないってのに…」

「案ずるな。身柄は無事に返す。ただ、お前の魔力に用があるだけだ。」

 

そう言ってセットアップを促す。

今やっている事は盗賊の様な行いだが、これでも一応は騎士。そしてサムライを目指した身だ。せめて勝負はフェアに行きたい。

 

「仕方ねぇ、相手してやる。

 俺も勉強漬けでフラストレーションが溜まってんだ。手加減も出し惜しみもしてやらねぇからな! セットアップ!」

 

少年がバリアジャケットを纏い、臨戦状態に入った事でその魔力が今まで以上に良く感じられる。

なるほど、私に対して手加減と言う言葉を使うだけはある。容姿こそ瓜二つだが、昨日砲撃を軽くあしらえたような相手と同じように考えない方が良さそうだ。

 

「お前は私の名を知っていたようだが…改めて名乗ろう、『剣の騎士』シグナムだ。」

「神宮寺雷斗。…時空管理局志望の、ただの一般…一応嘱託か? …魔導士だ。」

 

別にそこまで無理して名乗る必要は無かったのだが…意外に律儀な奴だ。

 

「…参る!」

「っ!」

 

踏み込みと同時に鞘に収まったレヴァンティンを抜き放つ。7~8mは有った彼我の距離はあっと言う間に詰められ、目を見開いたままの少年の胴をレヴァンティンが捉えようかと言うその刹那…

少年の胴から魔力弾が複数個、黄金の波紋を伴って飛び出した。

 

「なにっ!?」

 

魔力弾の一つがレヴァンティンと接触し、残りの魔力弾も巻き込まれて誘爆。

 

「ちぃっ…!」

「うぐっ…!」

 

両者の間で発生した爆風はレヴァンティンを僅かに押し返す。腕に力を籠め、爆風諸共切り裂かんとレヴァンティンを強引に振り抜いたが手応えは無し。

神宮寺も爆風を利用して大きく距離を取ったらしい。

 

…煙に包まれたのは私の方か。そうなると、次の奴の行動は…

今までの戦闘経験から神宮寺がどういう行動を取るかをシミュレートし、即座に魔法陣を張る。

 

次の瞬間、夥しい数の魔力刃が砂煙を裂いて飛来した。

魔法陣の効果で既に感知していた為、問題無く対処するが…

 

…長いな。

どれだけの数を切り捨てても次から次へとキリが無い。既に切り捨てた魔力刃の数は千を超えているというのに、その勢いが衰える気配もない。

魔力刃を切り裂く度に発生する煙で相手の様子は窺えないが、もしや増援でも来たのだろうか?

 

…そう言えばこの魔力刃、感じる魔力の波長が明らかに一人分では無い。

少なくとも10人以上の魔力が混ざっている!

だが奴が助けを読んだにしても駆けつけるのが早すぎる…となれば、元々一人で行動していた事も含めて罠だったか…!?

 

長期戦は避けるべき…一気に片を付ける。

 

「レヴァンティン…鎧を。」

≪Panzer Geist.≫

 

凝縮した魔力が騎士甲冑の上にもう一つの鎧を生み出す。

試しに2,3発受けてみるが、問題無く防げる程度の威力のようだ。

足元に展開していた魔法陣を消し、カートリッジをロード…この状況を逆に利用し、奇襲をかけるべく駆ける!

 

 

 


 

 

 

「よし…何とか捕らえたようだな。」

 

魔力刃の爆発の仕方からしてどうやら防いでいるのではなく捌いているようだが、それでもいずれは限界が来る。

魔力刃の密度を維持しながら射出の幅を広げ、退避も難しくして…これで一先ずは時間が出来た。

今の内に周囲に意識を向けるが、どうやら本当にシグナム一人のようだ。視界に隠れられる場所は少ないし、まだ未熟だが魔力探査にも第三者の魔力は感知されていない…

 

こっちに来る前にリンディさんに聞いた情報じゃ、ヴォルケンリッターは常にツーマンセル以上で行動しているって話だったが…

 

…まぁ、一人ってなら都合がいい。

今のところシグナムは魔力刃の対応で手一杯ってところだろうし…どうする?

このまま時間を稼いでいる間に、向こうで待機してくれている管理局員に連絡して撤退するのもアリだが…

 

思考していると、突如爆発の仕方が変化する。間違いなくシグナム自身に着弾した。

いっそこのまま押し切ってしまうのもアリか? そう思ったのだが…

 

「なっ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()…まさかシグナムの奴、魔力刃の中を直進して来てるのか!?

数秒とかからず爆発は俺のすぐ目の前までやって来る。そして…

 

「紫電…」

 

煙を吹き飛ばす業火を纏ったレヴァンティンと、それを振りかぶるシグナムが現れた。

 

「一閃!」

「くっ!」

 

咄嗟に障壁を張る。

この数ヶ月間勉強と並行ではあったが鍛えてきた障壁と、上段から振り下ろされたレヴァンティンがぶつかる。

しかし次の瞬間、あっと言う間も無く障壁全体に亀裂が走る。たった一瞬でこのざまだ…もうこの障壁は持たないと判断し、破壊される寸前と言うところで障壁を爆発させて再度距離を取る。

 

「…ほぅ。」

 

レヴァンティンを振り下ろした姿勢のまま、シグナムと目が合う。

見たところ先程の爆発も大したダメージにはなっていないようだ…体力にもまだまだ余裕が見える。

 

「マジかよ…アレを正面から破るのか…。」

 

思わず冷や汗が首筋を伝う。『王の財宝』の斉射を正面から突破されたのは流石に初めてだ。

…よく見れば、うっすらとだがシグナムの体が光って…そう言えばベルカ式には魔力を鎧のように纏う魔法が有ったな。

 

「…む? お前一人か?」

 

ふとシグナムが周囲に目を走らせる。

何故そんな確認をするのかはわからないが、援軍が来てるなら早く出てきて欲しいくらいだ。

シグナムは周囲の確認をした後、レヴァンティンを構えて告げた。

 

「…お前とはもう少し戦いを楽しみたいところだが、私も急ぐ身だ。

 悪いが、次で決めさせてもらうぞ。」

 

シグナムの纏っていた魔力が消える…時間経過で解除されたってところか。

当然シグナムは気付いている筈だが、新しく張りなおす気配はない。恐らくシグナムが言った通り、「次で決める」つもりなのだろう。魔力節約か…確かにシグナムの方が明らかに格上だが、それにしたって侮られたもんだ。

 

…互いの距離は目測だが3()()4()m()と言ったところか。この距離なら使えるな。

 

シグナムの背後に揺らぎが生まれる。『王の財宝』の出入り口の生成限界距離は5m…悪いがその油断、遠慮なく突かせてもらう!

 

シグナムの背後に開いた砲門から、魔力刃が飛び出したその瞬間…シグナムが突然振り返り、レヴァンティンを振り抜いた。

…ものの見事に魔力刃は真っ二つ。奇襲は失敗か…どうなってんだその反応速度。

だがシグナムの意識はこちらから逸れ、レヴァンティンを振り抜いた直後で咄嗟に動けない『間』が生まれる。

 

決めるなら今しかない!

 

 

 


 

 

 

背後に魔力を感じ、咄嗟に振り返りレヴァンティンを振り抜く。

目の前数十cmの所から飛び出した魔力刃が、レヴァンティンに切り裂かれて霧散するのが見えた。

 

やはり…! だがいつの間に背後に? 遠隔操作するような素振りはなかった筈…!

 

手品の種を考える間もなく、私を囲むように黄金の波紋が発生する。

 

「これは…まさか!」

 

思えば最初にそれを見た時点で違和感を覚えるべきだったのだろう。

普通魔力弾を撃つ際に波紋は現れない。現れるとしても、それは魔力による物だ。魔力弾と同じ魔力光である銀色であるべきだ。

黄金の波紋は別の現象だと察して然るべきだった…!

 

射程距離(5m)内…くらえ、『王の財宝』の結界だ!」

 

くっ…全方位に魔力刃か…!

昨日のフェイト戦に引き続き、二日連続で同じような状況に陥るとは…

 

前回と同じ対処をするべく足元に魔法陣を張るが、その間にも数発被弾してしまった。

フェイトのフォトンランサーの様な威力も、電気の性質も無い為動きに支障はないが…それでも全くダメージが無い訳では無い。

攻撃を受け続ければやがては累積した魔力ダメージで墜とされるだろう。

 

全く、油断のならない相手だ…!

 

「ハアァァァッ!!」

「なっ…なんて動きしてんだ…!」

 

動きに関しては放っておいてくれ! 私だって好きで体全体を乱回転させている訳では無い!

魔法陣で感知した魔力弾の方へ自動的に体を向けさせているせいだ!

 

だが、このおかげで時間の猶予は稼げる。

 

「レヴァンティン、鎧を!」

≪Panzer Geist.≫

 

再び鎧を纏い、回転を止める。

やはり魔力刃の威力が低いせいで、いくら喰らおうと鎧に罅も入らないようだ。

 

「あっ…くそ、そう言う事か…!

 そう言えば今の魔力刃って数ヶ月前の…!」

 

何やら気になる事を言っているが、構う余裕もない。

この結界とやらに物理的な干渉が効くかは不明だが、このまま突っ切る!

 

「紫電…ッ!?」

 

背後からの衝撃…いや、今でも魔力刃は絶えず受け続けているが…そんなものの比較にならないダメージを受けた。

鎧を貫いては居ないが、明らかに鎧に罅が入った事が分かる。

それに今感じた魔力…まさか…!

 

「その反応…やっぱり()()()()()()()は通用するらしいな…!」

「そう言う事か…どうりで魔力がバラバラなはずだ…」

 

()()()()()()()()()()()か…!

これは…少々拙いか。今まで私が鎧で受けられたのは魔力刃の威力が低いからだ。だがここから黄金の波紋が撃ち出されるのがなのはの魔力弾に変わるとなれば…

 

なのはの魔力弾の威力は魔力刃の比ではない。温存していた事から察するに残弾制限があるはずだが、どれだけのストックがあるのかを私は知らない。

鎧だけでは不安が残る。だが魔法陣を張れば攻める事も出来ん。時間を稼がれれば、私の記憶が…!

 

…致し方、無いか…!

 

「神宮寺と言ったな…この勝負、預けるぞ!」

「なっ!?」

 

レヴァンティンに魔力を集中させ、発射されてきたなのはの魔力弾の一つに叩きつける。

忽ち魔力爆発が発生し、封鎖領域内を解放された魔力が暴れまわる。

 

ヴィータの技の猿真似だが、これで撤退しよう。

 

 

 


 

 

 

「神宮寺と言ったな…この勝負、預けるぞ!」

「なっ!?」

 

そう言うが早いか、シグナムがレヴァンティンをなのはの魔力弾に叩きつける。

直後凄まじい光と暴風が荒れ狂い、堪らず目を閉じてしまった。

 

…どうやらその一瞬で逃げられてしまったらしい。

 

咄嗟に射出こそ止めたものの、目を開いて直ぐに確認した結界の中はもぬけの殻だ。

 

「…はぁっ…何とか、切り抜けたらしいな…」

 

なのはの魔力弾を使った()()()()が通用して良かった。

…さっきの魔力弾はジュエルシード事件解決後、最後になのはが入れてくれた物だった。

学校のジュエルシードの怪物討伐後の魔力弾だと威力の面で不安があったからな…とは言え、そのストックは決して多くない。

あのまま全力で射出し続ければ1分持たなかっただろう。

 

『神宮司さん、大丈夫でしたか!?』

「あー、オペレーターさん? まあ、何とか追い払う事は出来ましたけど…」

 

待ち合わせのすぐ近くだったからな…結界が張られればそりゃ分かるか。

 

『一応こちらから局員を派遣したのですが…どうやら少し遅かったみたいですね。』

「いや、仕方ないですよ。交戦自体短かったですし。」

 

戦闘を振り返ると10分も経っていないからな…観測から要請、ポートを開いて駆けつけるって言ったって結構ギリギリだっただろうし…

 

『いえ、少々私達も今の海鳴の状況を甘く見ていました。

 直ぐに神宮司さんをこちらに転送しますね。』

「あー…じゃあお願いします。」

 

…しかし、アレだな。

シグナム…と言うか、ヴォルケンリッター全員なのか? どうも俺の思っている以上の強敵みたいだ。

元々あれくらい強いのか、何らかの理由で強くなってるのかは知らないが…

今更ではあるが、あいつ等の事が心配になって来たな。

 

…いや、まあ信じてみるか。

 

こっちにはリンディさんもクロノも残るんだし、俺より強いフェイトとアリシアもいる。それに何よりなのはが居るんだ、何とかなるだろう。

 

 

 

まぁ…最後は随分バタバタしたけど、久しぶりに帰ってきた地球の空気は悪く無かったな。

 




前回の後書きでかいた『次回が始まる頃には神宮寺君は帰ってます』ですが、
本来は回想で全部シグナム視点のつもりだったのです。長くなって分割した結果嘘になりました…すみません。

以下補足と多分抱くと思われる疑問に対する置き解答。

シグナムの乱回転ですが、一応シグナム自身想定した挙動ではあります。
魔法陣の『姿勢制御』の効果事態、殆どこの為です。
フェイト戦でも煙の中でこの挙動をしてましたし、何なら古代ベルカでもやってました。

因みにですが、フェイト戦でフォトンランサーを受けたのに麻痺の影響がなかったのはまた別の魔法? が原因です。



Q.何で神宮寺帰るの? 勉強ならクロノ達が居る地球でも出来るんじゃないの?

A.神宮寺君は現在『ミッドチルダ』で生活しています。
 これは「管理世界の常識を身につけるなら管理世界で生活するのが一番!」と
 リンディさんが提案したためです。
 その為、現在の勉強の内容は『ミッドチルダで一人で生活する事』なのです。
 (もちろん勉強も訓練もしてる)


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負の遺産

本来2話纏めてのつもりだったので早めに投稿できました。

今回は殆どシグナム視点です。


「シグナム、痛むところはない?」

「痛むも何も無い。最初から軽傷だと言っていただろう?」

 

今私は八神家のリビングのソファに座り、シャマルから治療を受けている。

軽傷だから問題無いと言ったのだが、今日の蒐集について行く事が出来なかったからと言って聞かなかったので、シャマルの気が済むのならと好きにさせている。

確かに今回の蒐集は私一人で行くしかなかったが、シャマル達はその分重要な役目を果たしてくれたので気にする必要もないと言うのに…

 

「…シグナム、まさかお前程の者がこの短期間に2度も傷を受けるとはな。」

「あぁ…だが見ての通り傷は浅いし、何より珍しい経験が出来た。後で情報の共有をしよう。」

 

ザフィーラの心配を帯びた声に、安心させようと明るく返す。

実際傷は負ったものの、今回の傷は昨日の…フェイトのフォトンランサーで負った物より軽傷である事は間違いない。

今はこうしてソファで体を休めてはいるが、それだってはやてやシャマル達が心配しているからそうしているに過ぎないのだ。

 

「1人目はフェイト、そして今回があいつ等の一人か…

 腕が鈍った訳じゃねーんだよな?」

「少なくとも自覚は無いな…年を取らぬ体である以上、年齢による衰えも無い。」

 

ヴィータの問いに、そう返す。

はやてを主とした後も私達は鍛錬を欠かしていない。この身が老いを知らぬ以上、腕が鈍る事などありえないのだ。…本来ならばな。

 

「…はぁ、ままならねーな。

 魔法生物からの蒐集は効率が悪いってのに、転生者を狙えば妙に強かったりしぶとかったりよー…」

「そうでもない。蒐集のペースと言う点だけを考えれば寧ろ予定よりも早いくらいだ。」

「…まぁ、()()()()()()()()なんだけどな。」

 

厄介か…本当に厄介な事になったものだ。

闇の書は蒐集した魔力で嘗て埋まっていた空白のページを修復する。前回の蒐集で得たなのはの魔力は50ページにも及んだ。

…多分なのはも私達と同じ事情を持つ転生者だったのだろう。おかげで予定よりも遥かに多くのページが埋まったが、今回に限って言えばそれが却って拙い結果を生んでしまった。

 

「まさか、文字通り『切り捨てた』過去が今になって牙を剥くとはな…」

 

脳裏に、遥か過去に自ら切り捨てた忌々しい男の顔が浮かんだ。

そいつの残した負の遺産によって、私達はこの上ない屈辱を味わったのだ。

 

 

 

その負の遺産の名は――『守護騎士()()プログラム』。

 

それは闇の書の改竄を試みた一人の男によって()()()()()、他でもないヴォルケンリッターの手により阻止されたはずの()()()()()()()()()()()()()()()()()プログラムだ。

 

そのプログラムが生まれた原因は、とある代の『闇の書の主』の命令に私達ヴォルケンリッターが従わなかったからだった。

 

当時成果の振るわぬ研究者でしかなかったその男は闇の書を偶然手にし、唐突に4人の騎士を得た事で自らが『運命に選ばれた王』だと錯覚した。

やがて自らの言う事に従わない物が有ってはならないという歪んだ思想を抱いたその男は、私達を強引に従わせる為にそのプログラムの構築に着手したのだ。

私を始めとする騎士が従わなかったのは、彼の命令が下衆な目的の元に下された浅ましい物だったからだと言うのに。

 

しかしその目論見は他でもない騎士によって阻まれた。当時の闇の書はまだ私達への干渉が弱く、自らの意思で動けたからだ。

レヴァンティンに腕を飛ばされ、喚く男の顔は今でも私の記憶に残っている。

その男を切り捨てた後、あの未完成のプログラムは管制人格自ら消し去ったはずだったのだが…

 

そのプログラムを、闇の書自身がサルベージする事までは防げなかったか。

蒐集した膨大な魔力と未完成のプログラムを媒体に、一時的にとは言え記憶や意思だけでなく体まで奪って行った。

 

闇の書自体に戦闘経験は無い。戦闘のノウハウ等持ち合わせている筈もない。ただ敵に突っ込み、得物を振り回すだけのラジコンにされたあの屈辱は恐らく誰にもわかるまい。

 

 

 

「…あの男のプログラムを、闇の書が完成させた…か。」

「完成…と言う訳じゃ無いと思うわ。

 その証拠に、私達は今こうして自分の意思で動けているもの。」

「…ああ、そうだな。」

 

私が蒐集活動をしている間、シャマル達は体を操られる条件を検証してくれていた。

そしてその条件は『私達が一定(恐らく1/4ほどだと言う)以上の魔力を消費する事』であり、操られるのは今のところ長くても十数秒である事が判明した。外部から魔力で上手く干渉すれば、正気に戻せることも判明した。

思えばなのはを蒐集したあの時も、シャマルだけは行動を操られてはいなかった。それはシャマルが戦闘にあまり魔力を使ってなかったからだったのだ。

 

「…だがよぉ、そうなるとこれからの蒐集はどうするんだ…?

 蒐集の為に戦闘が長引けば、記憶か体を持ってかれんだぞ?」

 

ヴィータの指摘は尤もだ。戦闘で魔力を消費し過ぎれば、私達は十数秒とは言え素人未満の醜態を晒す。

その隙を突かれて拘束されれば蒐集どころではない。

…魔力を使わず、隙を作らず蒐集を続ける…不可能ではないが難しい問題だ。

 

「方法が無い訳では無い。幸いにして私達にはカートリッジシステムがある。

 自らの魔力を温存し、カートリッジの魔力を多用すれば戦闘は可能だ。」

「理屈は分かるが、それはほぼ不可能と言って良いのではないか?

 長期戦になればカートリッジを使い切ってしまうだろうし、そもそもロードする隙を簡単に与えてはもらえんだろう。」

 

そう、この方法で戦闘が出来るのは本当に短時間だ。カートリッジを使用した魔法で奇襲を掛け、そのまま倒し切る必要がある。

だが今までの蒐集で分かる通り、そんな簡単にいく相手は居ない。管理局の局員も目にするのは転生者ばかりだからな…

 

「今、闇の書のページはどれだけ埋まっている?」

「…4/5ってところね。」

 

パラパラと闇の書をめくって確認したシャマルがそう答える。

残り1/5…か。

 

「それだけであれば無人世界の魔法生物の蒐集で間に合うか?」

「…蒐集が順調に進めば間に合うと思うわ。でも、間違いなく管理局の妨害があるでしょうね。」

 

残り1/5…およそ133ページか。魔導士…それも転生者相手なら10人程で埋まるが、蒐集できなければ成果は0だ。

魔法生物であれば…今まで狩って来たペースで考えると、大きい物なら140体と言ったところか。

数こそ必要になるが、恐らく確実なのはこちらだろう。

シャマルの言う様に管理局の妨害がある事は確実だが、管理局は別に魔法生物を守ろうとしている訳では無いからな。

 

「構わん。以降は魔法生物の蒐集を中心に行い、管理局の魔導師が出てきたら即撤退の方針とする。

 魔導士の蒐集はハイリターンだが管理局の眼が常に向いているからな。」

 

この選択が正しいか否かは結果が出るまで分からないが、それでも私が責任をもって選ぶべきだ。

それが偶然とはいえヴォルケンリッターの将になった私の役目なのだから。

 

 

 


 

――管理局のとある通信にて。

 

 

 

『ふむ、そうか。…ああ、こちらでも確認したよ。それで…()()は順調そうかね?』

「そうですね、ここまでは問題ないかと…ただ…」

 

報告者…リーゼアリアが言葉を一度飲み込む。

彼女の今の立場を考えれば、通信における言葉も選ぶ必要がある。

特にここ最近は管理局のセキュリティ強化の一環で通信の内容は記録されるようになった為、下手な事は言えない。

 

『…ただ? 何か問題があったのかね?』

「…いえ、彼等の動きはリンディ提督が把握しつつあります。

 恐らくは近い内に対処出来る(される)かと。」

 

だからあくまで表現上はリンディ提督側として発言する必要がある。断じて『リンディ提督に把握されつつある』等と言う表現をしてはいけないのだ。

 

…全く、あの銀髪オッドアイ達のせいで計画が無茶苦茶だ。彼女は心の中でそう毒づく。

 

いざとなればヴォルケンリッターが蒐集しやすくなるように管理局の通信を妨害しようと言う案もあったのに、セキュリティ強化のついでに通信技術まで一新されたせいでそれも出来ない。

彼女の『父さま』の立てた計画も大幅に一新されていた。

 

『ふむ、流石はリンディ提督だな。

 ただ彼女は確かに聡明だが、まだ私達に比べれば経験が浅い。

 そういう部分のフォローをする(隙を突く)事も考えておかなければね。』

「そうですね、いざとなれば私達が直接出向くのも有りかと…」

『なるほど。確かに相手はあの闇の書だ。

 11年前の事件を知っている私達なら手助けも出来るだろうね。早速リンディ提督に口利きしておくよ。』

 

 

 

…リンディ提督の元に、頼もしい援軍(厄介な内通者)がやってこようとしていた。




仮面の男(リーゼ姉妹)が登場しなかった理由は色々ありますが、そのうちの一つは既にクロノがリーゼ姉妹より強いからです。
介入なんてしようものなら正面から倒されます。

★ここが凄いよ管理局の新警備体制!★

・一定以上のセキュリティレベルが設定されているドアは、局員が持つカードが無いと開かないぞ!
・局員全員の魔力波動が記録され、対応してない魔力波動だとカードは使えないぞ!
・重要な部屋は出入りの度に魔力波動が記録され、更に局員のデータベースに無い魔力波動が入り込むとその部屋がたちまちロックされて『檻』に変わるぞ!
・本局内の通信はそれがどんな物であれ傍受されるぞ!
・管理局が使用している通信を傍受、妨害しようとすると数秒で逆探知されるぞ!
・そのうえで傍受・妨害されそうだった通信の周波数が自動的に変わり、干渉をすり抜けるぞ!
・以上のセキュリティはJ・Sさんの協力のもとに製作されております。



実は裏で巻き込まれていたJ・Sさん。ただし彼は先ず自分の代わりに仕事を遂行してくれるプログラムをくみ上げたので被害は軽微です。
軽微は強固になったがその分闇も深くなった管理局。脳ミソ達もにっこにこなのである。


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獅子身中の猫

リーゼ姉妹、(魔都と化した)父さまの故郷に立つ。


『…すみません、先輩も闇の書の件で忙しいのに…』

「良いって良いって! 実はこっちもまだ環境が完全には整って無くてさ…まだあまり動けないんだよね。」

 

今私はクロノ君に頼まれた多次元の観測と転送の為の機材を調整する傍ら、後輩からの通信に応対していた。

後輩の名前はマリエル・アテンザ…私を含め、親しい人はマリーと愛称で呼んでいる。

マリーにはある仕事を任せている事もあり、この通信もそれに関する事だった。

 

「それでマリー、二人のデバイスの調整は順調?」

『…はい、一応明後日にはお二人共お渡しできるかと…思うんですが…』

 

…あれ、明後日? ベルカ式カートリッジシステムの発注を含めるともっとかかるかと思ってたんだけど…

それとも、レイジングハート達はカートリッジシステムを要求しなかったとかかな…?

 

「そうなの?それじゃあ…」

『あ、ただ…』

「うん?」

『…実は、ちょっと妙なエラーが出ていて…その確認なんですけど…』

 

あ、やっぱりそうなったんだ…

マリーが言うにはカートリッジシステムを組み込むようエラーが出ているが、それは本来二つのデバイスに無かった物だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、組み込んでしまっても問題無いのだろうか…との事だ。

 

「まぁ、難しい判断だよね…本来ミッド式のデバイスはカートリッジシステムを前提とした造りをしてないから、強度とかがどうしてもねー…」

 

フレームの強度も武器として使用する事を前提としたベルカ式のアームドデバイスにはどうしても劣るし、いくら()()()()()()()()()()()こればかりは………うん?

 

「えっ、ちょっと待ってマリー。在庫があるの? ベルカ式カートリッジシステムの?」

『え? あ、はい。

 実は少し前からうちの部隊の一部の局員から、カートリッジシステムを付けてくれって要望が上がってて…』

「あー…何と無く察した。」

 

マリーは『銀髪部隊』を抱えるレティ提督の部下だからなぁ…

多分いつもの人達だろうと簡単に予想できるや。

単純にカートリッジを付けたいだけなのか、純粋に強くなりたいのかは別れるかもしれないけど。

…まぁ、今回に限って言えばそれがプラスに働いたって言えるのかな。

 

『ちょっとしたブームなんですかね? それで在庫を予め多めに確保していたので、今回もその中から組み込もうかと考えているのですが…』

「うーん…マリーはもうカートリッジの組み込みってやった事ある?」

『はい。最初は少し梃子摺りましたけど、今はもう問題無く…』

 

…これもある意味彼等の功績なのかなぁ?

まぁ、そう言う事なら任せちゃっても良いかな。

 

「そっか…今回のデバイスは両方ともインテリジェントデバイスだからね。

 カートリッジシステムは多分二人が望んでるんだと思う。

 多分二人とも持ち主に似て頑固なところがあると思うし…うん、付けてあげて。

 持ち主の二人には私から注意点も含めて説明しておくから。」

 

まぁ、注意しても聞いてくれるかは微妙なところだけど…

 

『分かりました。

 では調整も併せて…そうですね、第97管理外世界の時間で明後日の夕方頃にはお渡しできるかと思います。』

「うん、了解。…それにしても、レティ提督の部隊では『カートリッジシステム』ってブームになってたんだね…」

『私は戦闘は専門外なので良く分からないんですけど…彼等が言うには、ロマン? があるんだとか。』

「…なるほどねー、確かに言いそうな事だなぁ…」

 

『回数制限付き』で『反動がある』『高火力』…その上『使うなって言われるモード』まで付いてるんだから確かにロマンの塊と言って良いかも知れない。

 

――ピンポーン

 

その時、微かにインターホンの音が来客を知らせる。

…あれ? 誰かが対応する気配が無いけど、今艦長達って外に出てるのかな?

 

「あー…マリーごめん、ちょっと来客みたい。」

『あっ、いえ! 私こそ先輩を長々と付き合わせてしまい…!』

「あはは、大丈夫大丈夫! 私も良い気分転換になったよ。それじゃまたね!」

『は、はい! また…』

 

マリーとの通信を切ってから拡張空間から出ると、やっぱり艦長もクロノ君も居ないみたいだ。

…買い物かな? 今はヴォルケンリッターとか色々物騒だし、念の為にクロノ君と一緒に出掛けるのもおかしな事じゃないか。

 

――ピンポーン!

 

「はーい! 今行きまーす!」

 

えっと、念の為拡張空間に続く入口は隠して…これで大丈夫かな?

ホログラムの装置も切ったし…うん、前世でも良く見た普通の部屋になってるはず。

…最近ちょっと管理世界の技術に慣れ過ぎて自信ないけど。

 

――ピンポーン!

 

…なんか随分せっかちな来客だなぁ。この感じだと宅配とかじゃないよね…? 宗教の勧誘とかだったらどうしよう…

そう思いながらもドアの覗き窓に目を近づけて外を窺うと、つば付帽子の上からパーカーのフードを被った女の人の姿が見えた。…うわっ、怪しい。

流石に不用心に開けるのは憚られるし、ドアを開ける前に相手が誰かを確認したいんだけど…

むぅ、絶妙に帽子のつばが邪魔で顔が見えないな…

 

ただ、ちらりと見えたあの髪の色と形…どこかで見たような…? ………って、あぁ!

 

「リーゼロッテさん!? どうしてここに!?」

 

相手がリーゼロッテさんである事を確信し、慌ててドアを開ける。

 

「やっほー、エイミィちゃん。

 一先ず部屋に上がらせてもらっても良いかな? この服装だと色々窮屈でさ…」

 

リーゼロッテさんはそう言いながら、さりげなく頭とお尻を指差す。

私も転生者だからリーゼロッテさんがスパイである可能性がある事は重々承知の上だけど、こう言われては部屋に上げない訳にはいかない。

 

使い魔と言う概念も無い管理外世界では、猫耳と猫尻尾は目立つ。今のリーゼロッテさんは帽子とパーカーのフードで耳を、ややダボ付いたズボンで尻尾をそれぞれ誤魔化しているけど、よく見ればズボンのお尻の辺りの輪郭に違和感を覚える。なるべく人目につかない内に部屋に上げないと、また誰かに見られて騒ぎになるかもしれないのだ。

 

「はい、とりあえず上がってください!」

「ありがとー」

 

これってやっぱりこっちの動きを把握しに来たって事なのかな…?

アニメのリーゼロッテさん達を知っている身としては凄く怪しいんだけど、原作知識なんて案外あてにならない事はもう十分分かってるしなぁ…

 

どちらにしても取りあえず艦長とクロノ君には連絡しておかないといけないし…あぁ、やる事ばかりが増えて行く…

 

 

 


 

 

 

――ピンポーン

 

「ん、誰やろ? …はーい! 直ぐ行きますー!」

 

リビングで寛いでいると、唐突にインターホンが鳴った。

…誰だ? はやては心当たりが無いようだし、ここは私が出るべきだろう。

 

「あぁ、私が出ます。はやては料理の仕込みに専念してください。」

「そうか? ほんなら、お願いな。」

「はい。」

 

今ザフィーラ達は無人世界に蒐集に出ていて、この家には私とはやてしかいない。このタイミングを狙っての来訪者であるなら、管理局の魔導士の可能性もある。

はやてはチェスで言うところのキングだ。そんな場においそれと出す訳には行かない。

…尤も管理局の魔導士に住処がバレたとなれば、その時点でこちらの詰みと言っても過言ではないのだがな。

 

 

 

玄関まで行くと、そこに居たのは見知らぬ女性だった。

真っ直ぐ腰まで伸びた黒髪に、白いセーターと膝丈のスカート…

穏やかな表情も含め、一見ただの民間人だが…

 

「貴様、魔導士だな…何者だ。」

 

体の内側から漏れ出すその魔力が、目の前の女性が魔導士である事を雄弁に語っている。

 

「初めまして、私は『エール』と申します。

 貴女は『剣の騎士』ですね…他のお三方はどうしたのですか?」

「言うと思うか…?」

「いいえ、言う必要はありませんわ。想像は付きますもの。

 どこかの無人世界に蒐集に出向いているのでしょう?」

 

…妙に丁寧な口調だ。彼女の外見から抱くイメージに合っていると言えなくもないが、どこか微妙に使い慣れていないような違和感がある。

…恐らくは本来の口調では無いだろう。

 

口調を誤魔化す理由は自らの正体を隠したいからと言うのは想像に難くない。『エール』と言う名前も偽名と考えて良さそうだ。

 

分かっているのは闇の書について、それなりに深い知識を持っている人物と言うくらいか…

その上で周囲に管理局員の魔力も感知できない事を考えると、目の前のこの女性は管理局側ではない事は分かるが…

 

「もう一度だけ聞く。…何者だ。」

「そう構えないでください。私は貴女達の味方です。闇の書の蒐集に協力してあげる為に来たのですわ。」

 

…味方? 闇の書側に『本当の意味で』味方する魔導士など居る筈もない。

そんな者が居るとすれば、転生者だろうが…それにしたってどこかおかしい。目の前の女性から感じる魔力はかなり洗練されており、その流れはスムーズで淀みがない。

これほどに洗練された魔力コントロールを身に着ける事は、師を仰げない地球ではほぼ不可能と言って良い。

 

「…味方だと? 『闇の書』の事を知っていて、味方すると言うのか?」

「ええ、きっとお役に立てますわよ? 私。」

 

故に管理世界の出身と考えるのが自然だが、そうなると闇の書側に付くと言う言葉に違和感が生まれる。

管理世界の住人で闇の書を知っているのであれば、猶更闇の書に味方をするとは考えにくい。

 

…だが、判断材料が足りないな。ある程度予想は付いているが…少し情報を引き出してみるか。

 

「『役に立つ』か…では、どう役に立つつもりなのか聞いても?」

「そうですわね…例えば、管理局の動きを事前に察知して教えてさしあげる等はどうでしょう。

 蒐集する時に管理局に邪魔されるなんてまっぴらでしょう?」

 

…予想はしていたが、やはり十中八九リーゼ姉妹のどちらかか。

 

永い時を生きた私達ヴォルケンリッターにとって『魔法少女リリカルなのは』に関する知識の大半はもはや忘却の彼方だが、それでも意図して忘れないようにしてきた情報がある。

 

リーゼ姉妹とギル・グレアム提督もその一つだ。彼女達姉妹は蒐集でこそヴォルケンリッターに協力する姿勢を見せる。だが最後はヴォルケンリッターを裏切り、ヴォルケンリッター達全員を蒐集して闇の書を完成させるのだ。…八神はやてごと闇の書を封印する為に。

 

今回のアプローチの方法が私の知って居るものとだいぶ違う点は、今は置いておこう。肝心なのは『彼女達の最終的な目的は変わらない』と言う点だ。

故にこの協力も一時的な物。闇の書の完成後は、やはりはやて諸共封印するつもりだろう。

 

≪…と言う事だが、先程伝えたプランで良いか? はやて。≫

≪うん。ええよ、シグナム。私も覚悟は決めとる。≫

 

だからこそ…

 

「…そうだな、貴殿を協力者と認めよう。」

 

彼女の協力の提案は受け入れるべきだ。

 

彼女達はやがて裏切る…それは間違いない。

だが、それは言い換えれば『闇の書が完成するまでは間違いなく協力者』と言う事でもある。

彼女達は彼女達の目的の為に闇の書を完成させてくれる…それこそ、私達が完全に()()()()()()()()としても。

はやて(家族)の死を回避する為に、闇の書は完成させなければならないのは事実なのだ。

 

「あら、思ったより素直に受け入れてくれるのですね?」

「今は人手が欲しいと言うだけだ。…それとも断って欲しかったのか?」

「いいえ、これからよろしくお願いしますね? 剣の騎士さん。」

「ああ、よろしく頼む。

 …それと、主は我らが蒐集を行っている事を知らない。

 話し合いは思念通話で頼む。」

≪ええ、これで良いのですわよね?≫

≪ああ。問題無い。≫

 

…相手を騙そうとしている人間程、自分が騙される可能性を警戒しない。

お前達がお前達の目的の為にはやてを利用するように、私達もお前達をせいぜい利用させてもらうとしよう。

 

さて…今の内にシャマル達にもこの情報を共有しておこうか。




リーゼ姉妹、スパイとして両陣営に潜り込む事に成功する。(なお全部バレている模様)

エイミィとリーゼロッテ間の名前の呼び方は憶測です。(もしかしたら公式でどう呼んでたかあったかもですけど覚えてない)

戦闘力でクロノに追い抜かれ、実際にシグナム達の戦闘を見て勝てないと察したリーゼ姉妹の導き出した方針は管理局の動きの情報を流す事でした。
使い魔のパスを利用し、ロッテ→アリアへと情報が伝わります。『仮面の男』? 多分出ません。


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新しい居場所

すみません、後半をちょっと書き直していたら少し遅れました!

フェイトさん達の転入回です。


「…ではフェイトさん、アリシアさん、皆に自己紹介を…」

 

私の背後の黒板に私達の名前を書いた後、これから担任となる先生は私にそう促す。

今私は私立聖祥大附属小学校の転入生としての自己紹介をする為、黒板の前に立っていた。

 

「フェイト・テスタロッサです…アリシア・テスタロッサだよ!

 …姉さん共々、よろしくお願いします。」

「「「「「「「「「「よろっしゃーっす!!」」」」」」」」」」

<うわぁ…>

 

目の前には大勢の銀髪オッドアイと、それとほぼ同数の普通の外見の同級生達。

割れんばかりの大声に思わずと言った様子で姉さんがドン引きし、担任の先生が宥める様子を見ながら私は思う。

事前になのはから話は聞いていたけど、本当に凄いクラスに転入して来てしまったものだ…と。

 

「フェイトさん達の席は、あの後ろの方の一つだけ空いてる席よ。

 もし授業中に黒板が見辛かったりしたら言って頂戴ね?」

「あ、はい。分かりました。」

 

先生に促されるまま指定の席に向かう途中、ちらりと周りの様子を見る。

確かに男子生徒の殆どは皆殆ど同じ顔に銀髪オッドアイだけど、女子は何と言うか…普通? かも知れない。

髪の色が前世に比べるとカラフルだけど、それはこっちでは普通みたいだし…

 

 

 

 

 

 

ホームルームが終わり先生が教室を出て行くと、私の席の周りにあっと言う間に人だかりが出来る。転入生への質問タイムは前世でもある種のお約束だったっけ。

 

ただ、その内容は少しお約束とは違ったけど…

 

 

 

Q.ようこそフェイト…魔都『海鳴』へ!

A.ま、魔都…?

 

Q.あれから俺も強くなったんだ、今度リベンジマッチ受けてくれないか?

A.あ、うん。

 

Q.これから毎日模擬戦しようぜ!

A.毎日はちょっと…

 

Q.趣味は?

A.…飛翔魔法かな。

 

Q.得意な距離は?

A.クロスレンジ。

 

Q.最大どこまで速くなれる?

A.音速は超えたけど、母さん達に禁止されて…今は秒速300mくらいに抑えてる。

 

Q.奥の手は?

A.秘密。

 

Q.アリシアは元気?

A.うん、ちょっと待ってね…元気だよー!

 

Q.フェイトは元気?

A.えっ!? …ちょっと待って! …うん、元気だけど。

 

Q.アリシアは元気?

A.…姉さんが『遊ぶな!』って言ってる。

 

Q.ごめんなさい。

A.『良いよ』だって。

 

 

 

何かいくつか質問じゃ無かった気がするけど、そんな感じで答えている内になのは達もやって来て会話に加わった。

 

「あはは、大変だね…フェイトちゃん。」

「なのは…アリサにすずかも…」

 

凄いや…なのは達が来た途端に人垣がモーセの海割りみたいに…

 

≪なのは…なんか、ボスキャラみたいな登場だね。≫

≪私もそう思ってたからあんまり触れないで…≫

 

なのはも結構苦労してるんだろうな…

そうか、これがこれから他人事じゃ無くなるんだ…

 

「ビデオメールでも思ってたけど、魔法関係の話って物騒な話題ばかりね…」

「あ、アリサ。…やっぱりそうなのかな?」

「少なくとも私達と同年代の子達が思う魔法って、もう少し平和だとは思うわ。」

 

私がリニスや母さんに教えて貰った魔法は戦闘に使うものばかりだけど、確かにもっと別の用途の魔法が有っても良いはずだ。

ユーノが無限書庫で使っていた検索魔法の様な日常に寄り添う魔法とか…すこし興味はあるかな。

 

「そうだよね…特にアリサちゃんは、なのはちゃんが戦いに行く度に心配してたもんね。」

「そうなの? アリサちゃん?」

「ちょっ、すずか!?」

 

…うん、何と無く3人のパワーバランスが見えて来た。意外な事にリーダーシップがありそうなアリサが弄られ役で、実質的なペースはすずかが握ってるみたいだ。

この3人の輪に入ったら、私達はどんなポジションになるんだろう?

 

「…あ、そうだ。」

「?」

 

なのはが戦いに行くって話題で思い出した。リンディさんから伝言があったんだ。

 

「なのはにリンディさんから伝言。

 レイジングハートもバルディッシュも、明日の夕方には帰って来るって。」

「えっ? そうなの?」

「えっ、早くね? もう?」

 

銀髪オッドアイ達となのはが驚いているけど、私も最初に聞いた時は驚いた。

カートリッジシステムを付けて帰って来るにしては早過ぎると思ったからだ。リンディさんは「ちょっとしたサプライズもあるわよ。」みたいな事を言ってたし、多分カートリッジシステムも付いたんだとは思うけど…

 

「レイジングハートって、確かなのはの持ってるビー玉みたいな奴よね?」

「え、うん。魔法を使う時には杖になるの。」

「…前になのはの家に遊びに行った時、なんかレイジングハートがラジカセに繋がってたんだけどあれって…」

「へぇぁっ!?」

 

…レイジングハートがラジカセにって………どういう事だろう?

 

「あっ、あぁ…あぉあの、あれは…」

 

何か凄い動揺してるし…視線が凄いキョロキョロしてるし…

と、なのはが何かを見て一瞬何かを閃いたような表情をした後、早口気味に口を開く。

 

「レイジングハートみたいなインテリジェントデバイスって自分の意思で言葉を話すんだけど、基本的には英語で、私のレイジングハートも凄い自然な英語で話してくれるんだけど、でもやっぱり同じ日本語で話したいなって思って、それで、木之元ちゃんのデバイスは日本語で喋れるんだけど、だったらレイジングハートも日本語で喋れるんじゃないかなって思って、それで『スピードラーニングの日本語版』の物をレイジングハートに聞かせて…ました…はぃ。」

「そ、そうなの…」

 

慌ただしいボディランゲージ、泳ぐ目線、首筋に伝う汗…どう考えても何か隠してるなのはだが、アリサは訝しがりながらも深く追求せずに退き下がった。元々そんなに深く考えて聞いた訳じゃ無く、素朴な疑問だったのだろう。

周りの銀髪オッドアイ達も訝しんでいるが、アリサが退いた為深く追求しないつもりのようだ。

 

<なのはちゃん、凄い慌ててるねー

 フェイトの記憶にあるゲームだとあれは絶対に『異議あり!』ってシーンだよ。>

<姉さん…>

<いや、私も実際にはやらないからね!?>

<先ずは徹底的に『ゆさぶる』をしてからじゃ無いと…>

<そっち!?>

 

そりゃそうだよ。…まぁ、冗談はさておき…なのはの隠し事は多分転生者関係の事かな。

事情を知ってる私なら何か力になれるかもしれないし、ちょっと聞いてみようかな。

 

≪なのは、本当は何があったの?≫

≪ふぇ、フェイトちゃん…実は…≫

 

 

 

<…ふっ、くふっふ…>

<姉さん…>

 

訳を聞いた姉さんが堪え切れずに笑い始める。表に出ているのが私で良かったよ、ホント。

それにしても…なるほど、英語が苦手なレイジングハート(転生者)が英語で話せるようにスピードラーニングを…

そう言えばあの時も≪ぷったう≫とか言ってたっけ。

 

≪なんて言うか…大変だね、なのはも。≫

≪うぐぅ…まさか見られていたとは…≫

≪…あれ? でも…≫

≪…なに?≫

 

いや、今の言い訳を上手く使えば…

 

≪さっきなのはが言ってたみたいに、レイジングハートが()()()()()()()って事にすればなのはもレイジングハートも苦労しなくて済むんじゃ…≫

≪…そ、それだ…!≫

 

「じ、実はレイジングハートもそのおかげか…」

「あー…なのは。夢を壊すようで悪いんだけど…」

 

なのはがさっきの私の提案を実行に移そうとしたその時、銀髪オッドアイの内の一人が申し訳無さそうに口を開いた。

 

「えっ?」

「木之元のデバイス…あれな…?

 木之元自身が組んだデバイスだから日本語が話せてるだけで、普通のデバイスは日本語喋れないらしいんだ…

 『日本語化パッチ』みたいなのが無くてさ。」

「えぇっ!?」

 

あ…そう言えば地球にデバイスを弄れる人がいるって言ってたっけ。なのはの同級生だったんだ。

木之元さんか…なのはが見てたあの子がそうなのかな? 名前が出た事に気付いたのか、少し遠くの方からこちらを窺っている女の子と目が合った。

 

「…じ、実は…やっぱり上手く行かないみたいで…!

 まだ英語のままなの…!」

≪あー…なのは、ゴメンね。その木之元さんのデバイスを知らないのに変な事言ったせいで…≫

≪ううん、フェイトちゃんのせいじゃないよ! 私が知らなかったせいでもあるし…!≫

 

その後なのはが色々と言い訳?している間に先生がやってきて、一限目の授業が始まった。

 

一限目は国語か…懐かしいな。そう思って教科書を開くと、私が知らない作者の知らない小説が目に入った。

なるほど、世界が変われば作者も小説もガラリと変わるのも道理だ。読書は元々嫌いでは無かったし、これなら飽きる事も無さそうだ。

 

<思ってたよりも楽しい学校生活になりそうだね。姉さん。>

<…勉強はフェイトにパスして良い?>

<駄目だよ、偶には姉さんにも交代するからね。>

<えー…>

 

大丈夫だよ、多分このクラスは姉さんが考えてるよりも楽しいと思うから。




なのはさんが色々頑張ってましたが、それを聞いた当のレイハさんは≪えっ? いや、やっぱ英語の方がかっこいいから英語頑張るよ。≫と日本語で返す模様。

因みに転入手続きの際フェイトさん達の関係を知った学校関係者は最初こそ動揺しましたが、直ぐに銀髪オッドアイ達の顔を思い出し「まぁ、今更か…」と落ち着いたと言う裏設定があります。


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猫の気持ち

リーゼ姉妹回です。
書いてる内に何か色々とっ散らかってしまった感もあるので、一部書き直すかも?

あ、犬の気持ち(アルフ&ザフィーラ)は多分やりません。


無数に存在する次元世界の中には、『無人世界』と呼ばれる世界がある。名前の通り、様々な理由から人が住んでいない…或いは元々は人が住んでいたが、何らかの事情でいなくなった世界の事だ。

『無人世界』と名付けられているとは言え、そんな次元世界にもやはり管理局の手が入っている事は多々ある。大抵の場合は凶悪な犯罪者を収監する拘置所であったり、少々訳有りな人物の保護観察の為に活用したりと…まぁ、要するに『世界規模で隔離』する何らかの事情が絡む際に使われる事が多い。

 

だが次元間移動と言う技術が発達した『管理世界』が存在するにも関わらず、未だに本当の意味で『無人』と言う環境が維持されている世界も当然ながら存在する。

それはそもそも確認されていない世界であったり、環境が求める基準を満たしておらず()()()が少なかったりと言った理由が主だ。

 

そしてさらにもう一つ…『人の手には負えない凶暴な魔導生物が支配している』と言う場合もある。

何度も開拓(侵略)に挑戦する人間の尽くを返り討ちにし、ついには人間側が諦めざるを得なかった…そんな生物の跋扈する無人世界もまた、ごまんと在るのだ。

 

何故私が今更そんな事を考えていたのかと言うと…今まさに私が居るのがその『凶暴な魔導生物が支配している無人世界』であり、目の前に居るのがその支配者たる魔導生物だからだ。

…いや、直ぐに両方とも『だった』と表現する事になるだろう。その支配者は、今まさに息絶えようとしているのだから…

 

「…蒐集開始。」

 

力無く横たわる支配者だった者の上から、『人間の手には負えない凶暴な魔導生物』を下したヴィータの声が響く。

私の眼前に倒れ伏す巨体の持ち主はもはや意識も無く、命尽きるまでのわずかな時を刻むように痙攣するばかり……それを行ったヴィータの眼前には機能を失う寸前のリンカーコアが引きずり出されていた。

 

「おいエール、管理局の動きはまだ無いんだろうな…?」

「え、ええ…今はまだ環境が整っていないようです。しばらくは警戒する必要も無いかと…」

「…ふん、まあシグナムが信じたってんならあたしも信じてやるけどよ…

 もしもあたし達を裏切ろうってんなら、その時はお前がこうなる番だからな?」

「はい、肝に銘じておきます。」

 

ヴィータにそう忠告され、思わずもうピクリとも動かないその生物の陥没した頭部を見て息を飲む。

続いて足元を見て、私の手の平程はある大きさの()()()()を手に取る。

 

全身をびっしりと覆っていたこの『鱗』は物理・魔法の両方に耐性を持ち、その独特な構造から大抵の砲撃魔法は表面を滑るばかりで内部にダメージが届かないと言う厄介極まりない物だった。

頭部もすっぽり覆っていたはずのそれが()()()()()()でこの有り様だ。竜によく似た特徴を多く持つこの生物の不運は、永い間生態系の頂点であり続けた為に危機意識を持っていなかった事だろうか。

 

「…蒐集完了。

 埋まったページは…大体10ページってとこか。まぁこんなもんだろう。」

「…」

 

人に比べてリンカーコアの質が悪い魔導生物は、魔導士のリンカーコアと比べて蒐集の効率は落ちる事を私は知っている。だがそんな効率の悪いリンカーコアでも10ページも埋まったという事は、かの魔導生物の実力が人を桁違いに上回っているという事実に他ならない。

 

私はヴィータの…ヴォルケンリッターの評価を脳内で上方修正する。いずれ不意を突く際にしくじらないように…

 

 

 

「今戻ったぞ、ヴィータ。」

「おぅ、ザフィーラか。で、周囲はどうだった?」

 

それからしばらくして索敵から戻ったザフィーラが合流したが、その表情はあまり良い成果があるとは思えない物だった。

 

「…やはり周囲に強い気配はない。今の個体がこの無人世界の頂点捕食者で間違いないだろう。」

「そうか、それじゃあさっさと次の世界に行くか。」

「一応この先600ヤード程進んだ先にそれなりの気配を感じたが…」

「良いよ、雑魚に用は無ぇ…カートリッジの無駄だ。」

 

ザフィーラの言う個体の情報が殆ど無いにもかかわらずヴィータはそれを雑魚と断じた。先程の個体に()()()()()()()の生物に用は無いと言う意味だと察し、内心頭を抱える。

もしやヴォルケンリッターはちょっとばかり不意を突いたところでどうしようもない相手なのではないか…そんな不安が脳裏を支配しそうになる。

 

「…そうだな。だが、そろそろ頃合いだ。先ずは一度家に帰ろう。」

「うん? もうそんな時間か…めんどくせえけど仕方ねえか。」

「…え、もう帰るのですか? カートリッジはまだ余っているのでしょう?」

 

口を突いて出たその疑問に、ヴィータとザフィーラがこちらを見る。

しまった…突然の帰宅宣言につい口をはさんでしまった。彼等の信頼を勝ち取れていない現状、あまり彼等の気に障るような言動は慎むべきだと言うのに…

 

「お前は気にしなくて良い事だ。」

 

そんな疑問はザフィーラに一蹴されてしまった。

 

だが私は寧ろその返答に僅かばかりの希望を見た。

ザフィーラの放った拒絶の言葉から『知られたくない』と言う意思を感じ取る事が出来たからだ。

 

勿論私と言う部外者をまだ信用していないであろう事から、どんな質問でさえこう返された可能性はある。

『何かしらの弱点』を求めるあまり、私の心が生み出した幻の希望である可能性もある。

 

だが今日の蒐集活動に参加して騎士達の戦闘能力を身近で感じた結果、彼等にはまだまだ余裕があるはずなのだ。どう考えても切り上げるには早すぎる。

彼等にしても蒐集と言う行為は最優先に達成するべき目標の筈…それなのにここで一度帰宅するという事は、()()()()()()()()()()()()があると見て良いだろう。

 

「…分かりました。皆さんの決定に従いましょう。」

 

だから今はただただ脳内に止めるだけにしておこう。いまだ見えぬヴォルケンリッターの本当の弱点を掴むために…

 

「いや…どうせ一度帰るんならついでにザフィーラの言う気配も狩って行こう。

 大して時間もかかんねぇだろ。」

 

その後有言実行とばかりに再び一撃で魔導生物を仕留めるヴィータを見て、弱点と言うものが本当にあるのか? と少々不安になって来たが、それでも私は諦める訳には行かないのだ。

新たに埋まったページ数が8ページと聞いて更に冷や汗をかいたが、それでも私達は彼等を出し抜くしかないのだから。

 

 

 


 

 

 

――ガチャリ

と玄関の鍵が開いた音を聞きつけ、あたしは咄嗟に駆けだす。

 

「ただいま。エイミィ、機材の調整は…」

「おっかえりぃ~! クロスケ!」

 

帰ってきたクロスケの姿を確認するや否や飛び掛かるが、クロスケは最小限の動きで身を躱す。

 

「…はぁ、聞いてはいたけど本当にこっちに来ていたのか…ロッテ。」

「折角こうして師匠が助太刀に来てやったって言うのに、その態度は無くない!?」

 

まぁ…助太刀って言うのは嘘で、これからやる事は寧ろ真逆な訳だけどさ。

私だって弟子の足を引っ張るような真似はしたくないけど、相手が闇の書とあっちゃね…

 

…ソレはソレとして!

 

「ちょっ…荷物を持ってるから飛びつくな!」

「えぇ~? 久しぶりなんだから良いじゃんか~!」

「どういう理屈だ!」

 

クロスケもクライド君の事件は知ってるはずだけど、やっぱりまだ子供と言うか…青い所がある。そう言うところが可愛いと言えば確かにそうなんだけどさ。

 

「離れ…ろっ! エイミィ、来てくれ!」

「はいはーい…って、おぉぅ…これはまた随分と見せつけてくれますなぁ…!」

「馬鹿な冗談はやめろ! こいつっ、いい加減に…!」

「仕方ないなぁ~…続きは、あ・と・で…ね! なぁ~んて…」

 

うおぉ…凄い形相…! クロスケこんな顔も出来たんだぁ…って、これは流石にヤバいかも!?

 

「ゴメンゴメン! 久しぶりに会ったからテンション上がっちゃってさぁ!」

「…はぁ、もういい。代わりにコレ、冷蔵庫に入れておいてくれ…」

「任された!」

 

クロスケに持たされた買い物袋を持ってキッチンへ駆け出す。

我ながら師匠として情けないと思うけど、弟子と言ってももう普通にあたし達よりも強いしねぇ…それにこの一件の全権を握ってるのはあくまでクロスケとリンディちゃんだし、あまり気分を悪くし過ぎるのも問題だしね。

 

 

 

「…あれ? 艦長は一緒じゃ無いの?」

「艦長は近所に挨拶に行ってる。それよりも、今は機材の調子について教えてくれ。」

「あ、うん。今のところは問題無いかな。ただ多次元観測デバイスのバージョンが…」

 

例え冷蔵庫の前に居ようと、猫の五感を用いれば玄関の会話を聞き取るなんて訳はない。

…この情報によるとしばらくは他次元の観測は出来なさそうだし、ヴォルケンリッター達には今の内にページ埋めを頑張って貰おうかな?

使い魔のパスを通して向こう側に潜伏中のアリアに連絡しておこう。

 

…それにしても、話を聞いている限りクロスケは変わらないなぁ。

最初に会った時と変わらず純粋なまま…やっぱりこっちに来て正解だった。

 

多分クロスケは『闇の書事件』を本当の意味で終わらせる為だとしても『汚い手段』を取る事は出来ない。

それは確かに美徳だと思うし、時空管理局員たるものクロスケのように真っ直ぐな人間であるべきだとはあたしも思う。

 

だけど、『闇の書』に関してはそれでは甘い。

犠牲を出さないやり方では問題の先送りしか出来ないのが『闇の書』の質の悪い所なのだから。

だから詰めの甘い弟子に代わって、師匠であるあたし達がこの因縁を終わらせないとね。クロスケが『闇の書』を見るのが今回の事件で最後になる様に。

 

…もしあたし達がこの一件を無事に解決させられたとしても、多分クロスケは怒るんだろうな…「どうしてこんな馬鹿な真似をしたんだ!」って。

 

だとしても()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。その『誰か』を、この先何年かたった後のクロスケにしたくない。

きっとクロスケなら、いつか誰かの為に覚悟しちゃう気がするからね。

 

…私達の『闇の書』に対する復讐の気持ちは強い。

そう言う点で言えばクロスケはあたし達の計画に於ける大きな障害の一つだ。だけどそれ以上に師匠を超えてくれた弟子ってやつは、師匠にとって誇りでもある。

 

これでもあたし達の最後の仕事に()()()()()()()を持たせてくれた君には感謝してるんだ。

だから君の最後の障害を取り除く仕事は、私達に任せてよね。




シグナムさんとシャマルさんが強化されているのにヴィータさんだけ据え置きな訳がないじゃない。という事でヴィータさんの活躍回でもあります。

今回ヴィータさんが倒した生物の見た目は全身真っ黒なドラゴンをイメージしていただければ問題無いです。(全長20mくらい?)
鱗で魔法を受け流す『魔導士殺し』と言っても過言ではない厄介な奴です。
(ゲーム風に言うと【魔法無効】【物理耐性:強】みたいなのを持ってる感じ。)

ヴィータさんのスペックは分かりやすく言えば『当たれば殺れる』って感じです。
なのはさん達との戦闘時はデバイスを破壊しつくさないように手加減してましたが、ガチの技は本気で『必殺』技なので基本的に人間相手には使いません。(銀髪オッドアイ達にも使わない)

よってヴィータさんの必殺技はめったに登場しませんが、奇遇な事にA's編には使える相手が『一体だけ』居るので…

-2022/02/05 追記-

報告していただいた箇所を修正いたしました!
うっかりって怖い……!


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思惑

2020/10/16 追記

まさかタイトルを書き忘れたまま投稿してしまうとは…
と言う訳でタイトル記載と本文中のちょっと違和感のある部分を書き直しました。内容に変化はありません。


エイミィから聞いた機材のコンディションから直ぐには動けないと判断した俺は、時空管理局本部と次元間通信を行うべく自室の端末を起動させる。次元間通信と表現すれば中々に近未来的な響きだが、簡単に言えばテレビ電話で国際通信する様なものと考えれば随分身近な技術だ。

 

そんなせんない事を考えている間に通信が繋がり、相手の顔が空中に表示される。

 

『やぁ、クロノ。こうして話すのも久しぶりだね。』

「お久しぶりです…グレアム提督。」

 

帰宅して早々グレアム提督に連絡したのは他でもない。彼の使い魔であるロッテについての事だ。

 

「早速本題に移らせていただきます。リーゼロッテが先程こちらに合流しましたが、これは貴方の指示でしょうか?」

『おぉ、ロッテは無事に到着したようだね。ああ、間違いなく私の指示だとも。』

 

まあ、これは確信していた。彼女がグレアム提督の指示に従わない事なんて考えにくいし。

 

「彼女をこちらに遣わしたのはどのような理由でしょうか?」

 

これが本題だ。

『闇の書』関係なのは容易に想像がつくし、父の件も含めて考えればグレアム提督の目的は前世で知っていたものとそう遠く無いだろう。

だが万が一という事もある。情報は引き出せる時に引き出さなければ手遅れになるのだ。

 

『…クロノ、今君がいる地球には『闇の書』がある。…そうだね?』

「…どこでそれを耳にしたのか、お尋ねしても?」

『なに、レティ提督が既に『闇の書』に関する報告を済ませていたからね。

 …それに地球は私の故郷でもある。常々気にかけていたんだ。

 まさか君が事件の担当をする事になるとは思ってもみなかったがね…これも因果と言う奴なのかもしれないな。』

 

…怪しいが、黒とは言えないか。持っている知識が正しいと限らない以上、断定も出来ない。

下手に追求すればこちらが逆に疑われかねないし、そうなれば最悪の場合こちらの予測を超えた行動を起こすかもしれない。

…仕方ない。

 

「そうでしたか。…確かに僕達も『闇の書』の存在は確認しました。

 それを守るヴォルケンリッターとも既に交戦を…」

『うむ、そう言う場合の事も考えて彼女を君達の下に送ったのだ。

 私達には………そう、『経験』があるからね…』

 

深い後悔と怨恨の色を宿すグレアム提督の眼を見て確信した。グレアム提督の目的は変わっていない。

 

八神はやて(民間人)を巻き込んでの『闇の書』の永久封印…やはり彼はそれを成すつもりだ。

 

その判断に至る経緯を理解できても、やはり納得は出来ない。

確かに『破壊できないのなら封印する』と言う理屈は分かる。力を求める欲深い者の手によって封印が暴かれる可能性はあるが、それは管理局が封印を管理すれば良い話だ。

何なら以前プレシア・テスタロッサがそうしようとしたように、『虚数空間』に永久に封印すると言う手段だってある。()()()()()()()()()()()()()()あの空間ならば、『闇の書』の無限転生機能も働かない可能性は大いにあるのだ。

 

だが、その計画に八神はやて(民間人)を巻き込むのはいただけない。

民間人諸共永久に封印する等、警察機構も内包した時空管理局の取る選択肢としてあってはならないのだ。

 

グレアム提督の判断には、彼自身の『復讐(私情)』が大いに含まれている。

…だが、俺が知っている物語は『だからこそ』ハッピーエンドに辿り着いた。

 

クロノとして生を受けた時から、いつか来る時だと考え続けていた二つの選択肢。

どちらにも『理』があり、間違いの無い選択肢…ついに俺は今まで選ぶ事が出来なかった。

 

即ち、『グレアム提督の計画を利用するか否か』…

 

彼等の計画を利用して『闇の書を完成させれば』…そして、その上で『闇の書の闇を引きずり出せれば』、その先に全てを救うハッピーエンドはある()()()()()()

だが、もしも失敗すれば待っているのは『地球が滅ぶ』か『はやての封印』…或いはもっと良くない結末を辿る事になるかもしれない。

 

民間人の命を天秤にかける等、本来有ってはならない。だが一方でその先に掴めるかもしれない未来は、目を背けられない程に魅力的でもある。

 

…いや、『考え続けていた』なんて言うのは言い訳か。

 

きっと心の底で俺はずっと前に選んでいたんだろう。

本気で『闇の書』を破壊するつもりだったなら、もっと前…それこそジュエルシード事件の時にでも動けた筈だ。

多少強引にでも八神はやての家を見つけ出し、偶然を装って…或いは物取りに見せかけても良い。『起動前の闇の書の確保』は出来た筈だった。

 

…もしかしたら俺は管理局員として失格なのかもしれないな。

いかんせん『全てが上手く行った場合の未来』を知っているが為に『何か一つでも上手く行かなかった場合の結末』から目を背け、民間人が巻き込まれる事を許容したのだから。

 

既に八神はやては『闇の書の主』になってしまった。俺が動けば回避できた可能性の筈だった。

だったらこれからどう動くかは決まっている。ここまで来てしまった以上、後戻りなんて許されない。

 

『…クロノ? 何か考え込んでいるようだが、何かあったのかね?』

「…いえ、こちらの事ですので。

 リーゼロッテを派遣してくれた事、感謝します。」

『なに、私としても事態の解決には全力を尽くすつもりだ。

 何か悩み事があれば遠慮なく私やロッテに言ってくれたまえ。』

「はい、ありがとうございます。…でしたら、少々部隊を借りたいのですが…」

 

…何が何でも『あの未来』に行き着く。既に八神はやての命を懸け皿に乗せてしまっていた俺には、その道しか許されていない。

 

 

 


 

 

 

「あ、クロノ君! さっきロッテさんが…って、大丈夫?

 何か元気ないけど…」

 

リビングに出てきたクロノ君を見て、思わずそう聞いてしまう程には元気が無いように思える。

確かグレアム提督に通信するって言ってたはずだけど…何か言われたのかな…?

 

「エイミィ…ああ、問題無いよ。少し考える事があってね。

 それでロッテが何だって?」

「…うん、えっとね…クロノ君達がヴォルケンリッターと交戦した時の映像を見せて欲しいって言うんだけど…」

「ああ、その程度なら構わないよ。」

「さっすがクロスケ! 話が早い!」

 

あー、やっぱり見せても問題無いって言っちゃうかぁ…

確かに情報としての重要度と言うか、機密性としては低めだけど…リーゼロッテさんがスパイって知ってる私としては、出来る限り情報は渡したくなかったんだけどな…

 

「じゃあリーゼロッテさん、こっちに来てください。

 基本的に管理局の技術とかデータとかは奥の方にあるので…」

「はいはーい! じゃあクロスケ、また後でね!」

 

まぁ流石のクロノ君とは言っても、この段階でリーゼロッテさんがスパイと見抜くのは難しいよね…なんたって師匠なんだし。

 

…さて、どうしたもんかな。

見せると拙いのは多分、ヴォルケンリッターの動きが変わった瞬間だよね…

魔法戦に関しては専門外の私でも丸分かりなくらいだし、クロノ君の近接戦闘の師匠であるリーゼロッテさんが見抜けない訳がない。

 

あー…でも逆に考えれば私達よりも闇の書に詳しいであろうリーゼロッテさんなら、『例の状態』になる条件についても何か分かるのかな?

 

 

 

「これで、良しっと…じゃあ映像出しますけど、どれから見ます?」

「んー因みにエイミィちゃんのお勧めは?」

 

いや、レンタルビデオ店じゃ無いんだから。まぁお勧めを聞かれたらそりゃ答えますけど。

 

「お勧めって言えば当然クロノ君の映像ですよ!クロノ君の相手はヴォルケンリッターの将であるシグナムって騎士だったんですけど、それがもう強いのなんのって!あのフェイトちゃんでさえ墜とされちゃって、一応蒐集は免れたんですけどシグナムは魔力弾や砲撃も刀一本で切り払う程の使い手…!皆の魔法が切り払われて蛇に睨まれたカエルがごとく立ち竦んでしまって、『あわやみんなの大ピンチ!』ってとこで颯爽と駆け付けたクロノ君のシーンが何ともカッコ良くて!転送した時に土煙をS2Uで振り払うんですけど、注目するのはその時の髪の毛の動きですね!ふぁさって風に靡くあの艶やかさと凛々しい表情ときたらもう私だって何回見返したか…」

「ストップ、エイミィちゃんストップ。」

 

何ですかこれから盛り上がるところだったのに。…あれ、リーゼロッテさん何かさっきより微妙に遠ざかってません?

 

「あー…取りあえずエイミィちゃんのクロスケ好きは分かったからさ、先ずはシグナム以外から見たいかなー…って…」

「えっ? …あぁ、ショートケーキのイチゴは最後に食べるタイプでしたか?

 奇遇ですね…私もです! もしかしたら案外気が合うかもしれませんね!」

「あ、あはは…そうかもねー…」

 

何ですか全く、同好の士だったならもっと早く言ってくださいよ!

何でそんなにテンション低いんですか!? 折角の鑑賞会なんですからテンション上げていかないと!




ロッテ(アリア、代わって…)
アリア(ロッテ、代わって…)

次回はレイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトの帰還です。
ただなのはさんはまだ収集から完治してませんので、しばらくは動きも少ないかなと。
(蒐集のダメージは原作よりも軽いですが、それ以上に速くデバイスの整備が完了したので)


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進化したデバイスたち

何で文字数は想定よりも増えてしまうのだろう…?


「あ、なのは。診察結果はどうだった?」

 

診察を終えて管理局内の診療所を出ると、待っていてくれたのだろうユーノに話しかけられる。

診察と言うのは言わずもがな、リンカーコアの再生具合の確認の事である。

ユーノの傍にはフェイトとアルフの姿もあり、同様に俺の診察を待っていてくれたらしい。

 

「まだ完治ではないけど、順調みたい。3日後には完治するだろうって!」

「そうか、大事は無いようで良かった…こっちの方はもう万全だよ。

 『レイジングハート』改め、『レイジングハート・エクセリオン』だ。」

 

そう言って手渡される待機状態のレイジングハート。手の平に乗る僅かな重みに懐かしさを感じた。

 

「『エクセリオン』…」

「うん…ヴォルケンリッターのデバイスが有する特徴である『カートリッジシステム』を搭載して進化した、レイジングハートの新しい名前だ。

 フェイトのデバイスも同様に『バルディッシュ・アサルト』として進化しているよ。」

 

フェイトを見れば、答えるように手元のバルディッシュ・アサルトを見せてくれた。

やっぱりカートリッジは実装されたのか…それにしては早かったな。

疑問は残るとは言え、無事にカートリッジシステムが搭載されて良かった…あんな無茶をした甲斐が少しはあったと言う物だ。…ユーノのお叱りも有って、今後は二度とやらないが。

 

「またよろしくね、『レイジングハート・エクセリオン』!」

 

こちらの呼びかけに、レイジングハートは輝きで返した。…そんな芸当も出来るようになったのか。

 

 

 

 

 

 

その後「無限書庫に用があるから」と管理局に残ったユーノと別れて地球に戻った俺達は、リンディさん達が拠点としているアパートの一室でカートリッジシステムに関するあれこれをエイミィさんから聞かされていた。

内容は原作知識にあるものとあまり変わらず『3つのモードの特徴の説明』と『破損の危険があるからフルドライブの使用はなるべく控えるように』と言う注意だった。その際俺だけ『フレーム強化が済むまではエクセリオンモード(フルドライブ)は使わないように』と念入りに注意を受けた…解せぬ。

 

「…って訳でカートリッジシステムはちゃんと使えるけど、扱いはくれぐれも慎重にね。

 なのはちゃんは勿論だけど、フェイトちゃんも直ぐに無茶をするってリニスさんから聞いてるよ?」

「勿論!?」

「う…気を付けます。」

 

やっぱり俺ってそう言う認識なのか。いや、今までの事を…特にヴィータに対しての行動を思うと言い訳のしようが無いのは分かるけど…

 

「まぁ、フェイトの無茶は今更って気もするけどねぇ…」

「アルフ!?」

「ブリッツアクション…何回使ったかねぇ…」

「うぐ…」

 

アルフはフェイトを責めるような事を言っているが、表情からしてそこまで攻めている訳ではなさそうだ。…注意の意味もあるのだろうけど。

…思わず俺はフェイト程無茶して無いんじゃないかと思いフェイトの方を見ると、フェイトも恐らく俺と同じような事を考えているであろう目でこちらを見ていた…解せぬ。

 

「エイミィもアルフさんもその辺りで…ね?

 過去の反省も大切だけど、今はこれからの事を考えましょう。」

 

そう言って場を収めたのはリンディさんだった。

 

「先ずはなのはちゃん、リンカーコアの再生はどうだった?」

「あ、はい! 3日後には完治してるだろうって!」

「そう…経過が順調なのは喜ばしいけど、治りかけの油断が一番危険よ。

 完治まで気を緩めないようにね?」

「はい!」

 

分かってる、風邪は治りかけが一番ヤバいのだ。…風邪とリンカーコアの損傷って同列にして良いのか微妙だけど。

 

「フェイトちゃんは…先ず、()()()は正式に認められたわ。

 これから本格的に協力してもらう事になるから、いつでも出られるように心がけて頂戴。」

「はい。」

「あ、でも学業やお友達との時間も大切にね? その辺りはこちらで調整を図るわ。」

「…はい。」

 

…例の話って何だろう?

 

≪フェイトちゃん、例の話って?≫

≪…母さんの恩赦の事だよ。

 私が管理局の仕事を手伝う代わりに、成果に見合って母さんの刑期が短縮されるの。≫

 

なるほど、そう言えば以前聞いた事があるような話だ。

闇の書の事件を解決に導いたとみなされる程の功績を上げれば、確かに刑期の大幅な短縮は見込めるかも知れない。

 

≪…頑張ろうね、フェイトちゃん!≫

≪うん…ありがとう、なのは。≫

 

…フェイトの方はもう戦えるか。先を越されるようでもどかしいが、俺もあと3日で戦えるようになる。

そうすればフェイトの貢献に手伝える場面も多くなるだろう。今しばらくの辛抱と言う奴だ。

 

「それとエイミィ、多次元観測デバイスの調整は?」

「もう少しかかりそうですが、今日明日中には多分…」

「そう…なら今の内に出来る事はあまり無さそうね。

 ここ数日はヴォルケンリッターが地球上で行動していると言う報告も無い事だし、恐らく周辺の次元世界で蒐集しているのでしょうけど…」

「…どうします? こちらから調査員を派遣しますか?」

「んー…それは悪手じゃないかなぁ?」

 

エイミィの問いかけに答えたのは、奥の方の部屋から出てきた猫耳の生えた女性だった。

 

…えっ? あれ、何でリーゼロッテがここに? って事はリーゼアリアもこっちに来てるのか?

そんな思いが表情に現れていたのだろうか、リーゼロッテは俺に視線を合わせると笑みを浮かべる。

 

「おぉ、君がなのはちゃん? ジュエルシード事件では凄い活躍だったって聞いてるよ!」

「えっと…ありがとうございます…?」

「あー自己紹介しておこうかな。あたしはリーゼロッテ。

 クロスケ…あー、クロノの師匠でもある時空管理局員だよ。」

「えっ、クロノ君のですか!?」

 

…まぁ知ってるけど、ここは驚いておこう。

初対面では驚くのが正解だろうし、多分表情的にリーゼロッテもこの反応を求めてると見た。

 

「ふっふっふ…こう見えてお姉さんは強いんだぞー?」

「師匠と言っても、クロノ君にはとっくに追い抜かれちゃってるんだけどねー」

「ちょっ…エイミィちゃん、まだばらさないでよ! ちょっとはカッコつけさせて!?」

 

寧ろこっちのが驚きだ。クロノってこの時点でリーゼロッテ達よりも強かったのか…

確かに『原作知識』にあるクロノが負けたシーンは奇襲を受けての物だし、最終的には二人を拘束して無力化してるからおかしくは無いのか…?

 

「まー、そんな事は置いておいて…調査員を送るのが悪手ってどういうことです?」

「そんな事って…まー事実だから別に良いけどさ…

 で、悪手の件だよね? 理由は簡単だよ。

 そもそもヴォルケンリッターは一人一人が戦争の英雄クラスの強敵なんだよ?

 そんな相手が居るかも知れない次元世界に、サポートも十全に出来ない今の状況で魔導士なんて送り込めば体よく蒐集されるだけ…

 強壮結界の一つでも張れるんならそれでも意味はあるかもしれないけど、その設備だって向こうの次元世界が観測できなきゃ使えないでしょ?」

「…むぅ、確かに…」

「そうね。リーゼロッテさんの言う事も尤もよ。

 相手は闇の書…慎重に動くに越した事は無いわ。」

 

…要約すると、管理局側もまだ動くに動けないという事か。

機材を整備している様子は『原作知識』の映像の中にもあるけど、あれってそんなに時間かかってたんだな…

 

「…と言う訳で、君達にミッションを授けよう!」

「えっ!?」

「…私達?」

 

突然“ビシィッ!”っと効果音でもしそうな感じに俺達を指差したリーゼロッテが『ミッション』? を告げる。

 

「君達二人は…あー…なのはちゃんはまだ駄目だけど、新しいデバイスに早急に慣れる事!

 デバイスの調整によっては重心や魔力の通りが変わったり、反応速度の差に振り回される事もあるからね!」

「…なるほど。」

 

…意外だ。

恐らくはスパイであろうリーゼロッテの事だ。こちらの動きを鈍らせる何らかの妨害がある物と思っていたのだが、こうしてみる限り怪しい点があまり見当たらない。

強いて言うのであれば、エイミィさんを言いくるめてヴォルケンリッターへの対処から遠ざけたようにも取れる部分があったくらいか? でもそれにしたってちゃんとした理由があるし、賢明な判断であるようにも思える。

 

…もしかして、リーゼロッテってスパイじゃないのか? それとももしかしてリーゼロッテも転生者とか…?

うーん…推測するには情報が足りない。今さっき会ったばかりなんだから当たり前だけど…

 

 

 

 

 

 

場所は変わって海鳴臨海公園の海上。

エイミィさん達が試運転も兼ねて張ってくれた強壮結界の中に俺達は集まっていた。

 

「なのは、フェイト…おかえり!」

「何抜け駆けして家族面してんだお前!?」

「やっちまったなぁ…えぇ? おい。久しぶりにキレそうだよ…!」

「まだキレてないの? 堪忍袋の緒めっちゃ長いなお前。」

 

…はい、いつものメンバー(銀髪オッドアイ達)も一緒です。本当にありがとうございました。

 

『はーい、みんな集まって…うわ…』

 

空中に浮かんだリーゼロッテの表情が一瞬で固まる。

 

「…なんか過去一失礼な反応された気がするんだが?」

「なんでドン引きしてるんです?」

「お前が今夜見る夢の登場人物が全員銀髪オッドアイになる呪いでもかけてやろうか?」

『やめてよ!? …あー、ゴメンね。管理局に似た顔の知り合いがいっぱい居てねー…あはは…』

 

これは実際に本局に行ってない皆には伝わらないだろうな…

正直リーゼロッテの気持ちも分かる気がする。本当に多かったんだもんなぁ…

 

「…ま、アースラの搭乗員の顔見てある程度察してたさ…」

「お前クロノにあの映像見せて貰ってないのか?」

「え、お前ら何か見せて貰ったの?」

「…悲しい、スピーチでしたね…」

「???」

『はーい、静粛に! そして注もーく!』

 

リーゼロッテが全員の注意を引いて、今回の趣旨を話し出す。

 

『聞いた話だと君達って毎日のように訓練してるんでしょ?

 今回の訓練は変則式の模擬戦闘! フェイトちゃんvs君達って事にしようと思うんだけど…』

「いいね、わくわくしてきた。」

「どうやら俺の本気を出す時が来たらしいな…」

「フェイトが相手と言うのであれば不足は無い…ギアを2つ…いや、3つ上げてみようか…!」

「別に勝ってしまっても構わないのだろう?」

 

お前らって何でフェイト相手だと勝手にフラグ立てるんだろうな?

 

『あー…別に勝てるのなら勝っても良いんだけど、ルールを決めさせてもらうよ。

 と言っても、フェイトちゃんにのみだけどね。』

「…私だけ?」

 

…これについては聞かされて無いな。反応からしてフェイトも同様だろう。

 

「…アルフさんは何か聞いてる?」

「いや、あたしも初耳だけど…」

 

隣にいるアルフにも確認したが、やはり何も聞いて無いようだ。

…もしかして、何か企んでるのか?

 

『一つ、『カートリッジ』を使用した技を一つ以上使用する事!

 二つ、戦闘開始から5分間の攻撃を禁ずる!』

「…はぁっ!?」

「俺達にフェイトを虐めろって言う気か!?」

 

条件を聞くや否や銀髪オッドアイ達から野次が飛ぶ。

言いたい事は分からなくもないけど、その前に前提条件がな…

 

『この程度で虐めになるようならこんな条件付けないよ…

 これはフェイトちゃんが新しいデバイスに慣れる為の物なんだから、()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「…あー、確かに。」

「そう言われたらそうだよなぁ…」

「…お前ら、言外に自分達が弱いって言われてるの気付いてる?」

「………おいお前、どういう意味だそりゃあ! おぉん!?」

「ここまでテンプレ。」

 

まぁ、つまるところそう言う事なのだ。

ぶっちゃけフェイトの速度と対応力なら『飛翔魔法』を封じられてない時点で負けは無い。多分掠る事も無いだろう。逆に言えば、これで掠るようならフェイトはデバイスに対応できてないという事だ。

 

…寧ろ俺としては『カートリッジ使用を強制した事』の方が気になる。

リーゼロッテに狙いがあるとすれば寧ろそっちの筈だ。映像が記録されているであろう場で切り札の一つを晒せと言うのだから…

 

一応フェイトにも今の考えを念話で伝えたら、問題無しと返ってきた。

フェイトに何かしら考えがあるようだし、任せてみよう。

 

『…何か聞いてたよりもノリが良いね君達…

 それじゃあ君達の中から10人、フェイトちゃん()の相手を選んでね!』

「…()って事は、アリシアサポート有りか?」

『当然! フェイトちゃん達は二人で一人なんだから、それ前提で慣れさせなきゃ意味ないでしょうに。』

 

…それって訓練になるのか? アリシアのサポート有りのフェイトって、最悪の場合『常時亜音速状態』なんだけど…

 

「それってあれだろ? 五分間攻撃を躱され続けた後は、フェイト&アリシアの合体技にカートリッジの火力も併せて喰らうって事だよな?」

「え、それ大丈夫? 死なない? 俺達…」

『大丈夫大丈夫。非殺傷だし、なんかあっても死んでなければ治せるお医者さんも待機してるから!』

「待機させる必要性は認めてんじゃねぇか!」

「そんなやべぇ技を喰らえって言われたら…」

『まぁ、そんな合体技の初めての相手()になれるって事だけどねー』

「やるに決まってんだろうが!」

「お前ばかりにカッコつけさせるか! 俺も出るぞ!」

「お前らのティッシュ装甲でどうにかなる訳ねぇだろ! 俺の出番だ!」

「引っ込んでろトイレットペーパー! 段ボールの頑丈さ、見せてやるよ!」

「黙ってろトイレットペーパーの芯! 俺が真の段ボールだ!」

『うわぁ…ホントに入局したての頃の彼らそっくり…』

 

滅茶苦茶銀髪オッドアイ達の扱いに慣れてると思ったらそう言う事か。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで模擬戦が始まり、もう直ぐ5分が経つ。

…戦闘描写? 『フェイトには魔力刃が当たらない』以上。

 

一応彼等の名誉の為に言っておくと、銀髪オッドアイ達が成長していない訳じゃない。

アイツ等の魔力刃は確かに速くなってるし、狙いも正確になっている。

空戦適性が低い奴は居ないし、連携だってジュエルシード事件の頃と比べて格段に上がっている。

 

純粋にフェイトが速すぎた。そしてフェイトの対応力が高すぎたのだ。

 

≪20…19…18…≫

「ははっ、やっべぇ! 当たんな過ぎて笑えて来た!」

≪17…16…15…≫

「バルディッシュのカウントダウンが死神の足音にしか聞こえない!」

≪14…13…12…≫

「墜とすつもりはねぇけど、一発くらいは当てたい!」

≪11…10…9…≫

「10秒切ったぞォ!」

≪8…7…6…≫

「お前らぁ! こうなったらプランAだ!」

≪5…4…3…≫

「プランAってなんだっけ!?」「総攻撃だよ! 覚えろよ!」「お前もばらしてんじゃねぇよ!?」

≪2…1…0!≫

「「「「「「「「「「あっ…」」」」」」」」」」

 

フェイトの構えが変わる。

バルディッシュ・アサルトを両手で握りなおし足を大きく開くと、その足元に大きな魔法陣が現れる。

 

「…やれるね? バルディッシュ、姉さん…」

≪sir.≫

 

こちらに聞こえる返答は一人分だが、多分フェイトにのみ聞こえる声も「できるよ!」と返したのだろう。

フェイトの口元が僅かに緩む。

 

「カートリッジ、ロード!」

≪Load Cartridge.≫

 

フェイトの指示でバルディッシュのカートリッジ部分を覆うカバーがスライドし、露出したリボルバーを思わせる弾倉が回転…カートリッジをロードしたバルディッシュが一瞬、フェイトの魔力光と同じ黄金に輝く。

 

「…くるぞ。」

「覚悟は出来てる…そうだろう?」

「むしろ本望よ…!」

 

時々こいつらを本当に凄いなぁと思うけど、ああはなりたくないとも思う。

 

フェイトを見れば、サイズフォーム改めハーケンフォームへの切り替えを行っていない。つまり中距離射撃か砲撃を行うと言う事だ。

 

フェイトが目を瞑り、少しの間集中する…これもまた珍しい。フェイトの基本戦法は『動き続ける』事に尽きるからだ。

元々装甲が薄いフェイトにとって静止した状態で集中すると言うのは最大の隙であり、最も避けるべき行動。

…ははぁん、これはリーゼロッテに情報を渡す気は更々無いなと思い至る。

 

「…バルディッシュ!」

≪Photon Lancer!≫

 

フェイトが構えたバルディッシュの先端に、迸る雷を包み込んだ青い光弾が()()現れる。

…光弾が一つと言うのも気になるが、それ以上にあのフォトンランサーの形態は…

 

「ファイア!」

≪fire!≫

 

その瞬間光弾が弾け、雷鳴が響いた。

 

「ガッ!」

「ぐぅっ!?」

「ッ!?」

「ァ…!」

『速っ…!?』

 

そして10人の銀髪オッドアイが同時に墜とされたのだった。

 

 

 

墜とされた銀髪オッドアイは瞬時に転送魔法でリンディさんのアパートに転送された。下は海だから当然その辺りの準備も万全である。

 

そんな光景を見ていると…

 

「…なのは、勝ったよ。」

 

と言いながら勝者が凱旋する。

 

「うん、見てたよ…()()()()ちゃん!」

「…バレたか!」

 

そう、アリシアである。

フォトンランサーの形態はフェイトが表の場合とアリシアが表の場合で変わるんだから、気付く者は気付いただろう。

 

「でもフォトンランサーを出すまではあたしも気付かなかったよ。

 …因みにいつから代わってたんだい?」

「目を瞑って集中した時! あの時にフォトンランサーの軌道計算と一緒に交代したんだよ!」

 

どうやらアルフでも見分けるのは困難だったようだ。

そのまま交代した状態でこちらに飛んできたのはいつも通り、アリシアの悪戯だろう。

アリシアは時々こうやってフェイトのフリをして悪戯するのだ。

 

『一先ずはおめでとう、フェイトちゃん…今はアリシアちゃんか。

 で、動いてみてどうだった? 魔力の使用時に違和感とかあれば再調整した方が良い場合もあるけど…』

「ちょっと待って! …違和感とかは無かったかな。

 飛翔魔法の速度はちょっと速くなってたけど、制御可能なレベル。

 ただ、姉さんのサポートが付くともしかしたら音速に達しちゃうかも…」

 

…また速くなったのかぁ…

音速を超えてしまうかもって、普通の魔導士のぶつかる悩みじゃないぞ。

 

『お…音速…

 …そう言えば、最後の魔法なんだけど…』

「フォトンランサー?」

『…念の為に聞くんだけど、フェイトちゃんがアリシアちゃんのサポート無しでも良く使う射撃魔法って…』

「フォトンランサー?」

『アリシアちゃんがフェイトちゃんのサポート無しで使うのも?』

「…フォトンランサー?」

『それぞれがサポートして放つ派生・変形の射撃魔法も確か…?』

「………フォトンランサー?」

『詐欺だよこれはッ!!』

 

まぁ、リーゼロッテが言いたい事は分からなくもない。

今のフェイト&アリシアが使う魔法の内、5~6種類の魔法の名前が『フォトンランサー』…

その内訳が以下である。

 

・フェイトのみで放つ通常のフォトンランサー。

・アリシアのみで放つ()()()()()()()()()フォトンランサー。

・フェイト主体、アリシアのサポートで放つ散弾型のフォトンランサー。

・アリシア主体、フェイトのサポートで放つ包囲殲滅型のフォトンランサー。

・今しがた初めて使用した()()()()のフォトンランサー。

・フェイト主体、アリシアサポート+カートリッジでまた変形するであろう魔法も多分フォトンランサー。

 

…バラエティに富み過ぎだろう。フォトンランサー…

これらの魔法名が全部同じなのは非常に分かりにくいのだ。

 

『因みに改名とか…するつもりない?』

「…必要性を感じない。」

『ですよねー…』

 

…あー、やっぱりリーゼロッテの狙いは戦力把握だったか。

予め切り札の一つでも知って置いて情報の共有でもすれば対策は出来るからな…

結果として明らかになったのはフェイトではなくアリシアの魔法だった上に、その性質上恐らく実戦では使わないであろう魔法。

 

…まぁ、ドンマイ!

 

その後しばらくの間、訓練にこの結界を使う許可が下りた為皆は大盛り上がりだった。

…俺は訓練できないから、ただただもどかしいばかりだった。

 




因みに今回の話、投稿前に3,000字程削ってます。

本来は紅蓮のデバイスが木之元博士に強化された事とそのスペック紹介もありましたが、どうしても説明臭くなってしまった上に長くなってしまったのでカットしました。
テンポは重要(戒め)

紅蓮が次に戦闘する時にでも小出しで書こうかなと思います。
因みにカートリッジはついて無いですが、少し似た感じの外付け強化がされてます。
具体的に言うと『某平成ライダー』っぽくなってます。


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事が動く少し前

今回はいつもよりちょっと短めです。

久しぶりに図書館メンバー視点。


二重になっている自動ドアを潜ると、久しぶりに嗅ぐ『本の匂い』がした。

少し前はここに入り浸ってたなぁ…と過去を懐かしんでいると、遠目でも目立つ集団が目に入ったので近づいて行く。

 

「…あれ、神尾? お前が図書館に来るなんて久しぶりじゃねぇか!

 

その集団の一人である神路が俺に気付くと、器用に小声で叫びながら競歩の様な急ぎ足で近付いてきた。

…そう言えば司書さんに叱られる内にそんな特技も身に着けてたなぁ…

 

「あぁ、ここ最近はあいつ等の訓練に混ぜて貰ってたからな。」

 

そう…この数日間俺は図書館に入り浸っていた時間を使い、ジュエルシード事件に関わってた奴らの訓練に混ぜて貰っていた。

理由はシンプルに実力不足を痛感したからだ。

 

「訓練か…やっぱり普段から訓練してる奴らって俺達より強くなってるよな?」

「そうだな。この間なんかは管理局の結界も使わせて貰ったりして、大規模な模擬戦とかも出来たんだけど…

 あいつらバケモンかと思ったぞ。」

「…そんなに?」

「魔力操作とかも俺達より上だけど、それよりも連携の質が全然違うわ。

 チーム戦では念話で打ち合わせとかする暇が無いだろう一瞬の攻防でも直ぐに息の合ったコンビネーションかましてくるし…」

「あー…確かにそう言うのも鍛えられそうだよなぁ…」

 

あいつ等の連携の練度ガチだったからな…

何でフレンドリーファイアを警戒せずに砲撃ポンポン撃てるんだと思ったら、次の瞬間には背後から来ている砲撃を一瞥せず当然のように躱すからな。

寸前まで足止めされてたからそりゃもろに喰らうよなって…

 

「…まぁ、それでもフェイト一人にボコられてたんだけどな…」

「えぇ…」

 

ぶっちゃけあの中で一番ヤバかったのはフェイトだった。

一人が持っていて良い戦闘力じゃ無いわ、アレ。

速いなんてもんじゃないし、何故か魔力光が2色あるし…正直何があったのか聞きたいけど、周りは皆当たり前のように扱ってるもんだから妙に聞き難いし。

 

「それにしても…お前急に訓練に参加しだしたけど、やっぱり『蒐集された』ことが切っ掛けか?」

「…まぁ、それもあるかな。」

 

唐突な神路の質問に俺はそう誤魔化す。

…と言うのも、実は蒐集された事自体は()()()()だからだ。

それまで訓練で実力を伸ばしたり、新しい魔法を身に着けようとしなかったのも()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

そしてめでたく蒐集された事で俺がこのA's編でやりたい事は既にほとんど終わっている。

 

だがこれはまだ誰にも話していない。

これは一種の賭けでしかなく、俺も確信を持っている訳では無いからだ。皆をぬか喜びさせたくはない。

特典を決める際に『その特典はNG』と言われた時に思いついた、ある種の裏道…これがちゃんと効果を発揮してくれるかに全てはかかっている。

 

俺に出来る事はもう『待つ』くらいしかなく、今鍛えているのだって将来管理局に入る為でしかないのだ。

 

「はは…お前、瞬殺されたって凹んでたからなぁ。」

「笑ってる暇があったらお前も鍛えた方が良いって。

 実際対峙してみるとめっちゃ怖えからマジで。」

 

…別に蒐集に向かってきたヴィータが怖かったとかじゃない。俺の全力の障壁がアイゼンを掠らせただけで木っ端微塵に砕け散った事を気にしている訳じゃないし、その余波であっさり吹っ飛ばされた後の『雑魚が』と言う言葉に傷ついた訳でもない。

ないったらないのだ。

 

…と話しながら移動している内に、すずかと話しているはやての姿が見えた。

久しぶりに見るけど相変わらずいい笑顔だ。

だけどすずかとの談笑を邪魔するのも悪いし、ここは皆と一緒に見守るだけの壁になるとしようか…

 

…因みに今日の付き添いは誰だろうな? シャマルかな? シグナム? ザフィーラ? もしかして前にも見たヘルパーさんかな…?

 

ヴィータかな…? ヴィータじゃないと良いな。いや怖いとかじゃなくてさ。やっぱりヴィータもあの戦闘の後だとちょっと気まずい物とかあるじゃん? はやての前だとさ。いや別に俺は気にしてないけどね? 怖いとかじゃないけどね? ただちょっと脚は震えるよね。怖いとかじゃなくてさ、可愛さで震えるよね。前世の歌の人は会いたくて震えてたし、それに近い感じって言うのかな? だから怖い訳じゃ無いんだよこれは。

 

…あ、シャマルか。

 

………いや別に怖かったわけじゃないけどね!?

 

 

 


 

 

 

「これで…良しっと!」

 

最終調整の為のコードをパネルに入力し終え、凝りを解すように肩を回す。

長時間の作業だった為か腰も肩もパキパキと軽い音を立てるが、一仕事終えた後の開放感もあって実に清々しい音に聞こえる。

 

「えーっと、タスク完了までの時間は…うへぇ…」

 

パネルに表示されたプログレスバーの残時間を確認して思わず声が出た。

本局からかなり離れている管理外世界だからだろうか、セットアップにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

…これ以上ここに居ても出来るのは待つ事だけだし、とりあえず休憩しようかな。

 

そう考えて部屋を出ると、射しこんだ夕日の光でオレンジ色に染まったリビングが目に入った。

壁に掛けられた時計を確認すると、時刻はもう直ぐ17時と言ったところ。どうやら処理は明日の昼頃に終わりそうだなと、ぼんやりと思う。

 

「あらエイミィ、セットアップは終わった?」

「あ、艦長。はい、後は待つだけですね。」

 

声に振り向くと夕食の支度をしているらしい艦長の姿が目に映る。

 

「へー…エイミィちゃん結構仕事速いんだね。あたしはもうちょっとかかると思ってたんだけど。」

「そう思ってたならリーゼロッテさんも手伝ってくれれば良かったのに…」

「いやー、あたしはああいうのはあんまり得意じゃなくてさぁ…

 セットアップが完了した端末を弄るのは出来るんだけどね。」

 

確かにリーゼロッテさんにはそう言うイメージがあるけど、もうちょっと何かしらサポートしてくれてもよかったんじゃ…

 

そんな事を考えていると、ふともう一人居るはずの人物の姿が無い事に気が付いた。

 

「…クロノ君は今日もですか?」

「そうね。私もあまり気を張り過ぎるのは良くないって言ってるんだけど…」

「クロスケはあまり余裕が無い感じだね。…やっぱり相手が()()『闇の書』だから…かな。」

 

艦長に聞いてみれば予想通り、クロノ君は今日も外出してるみたいだ。

最近は妙に気を張っているって言うか、何かに追い立てられている様な…そんな表情をよく見かける。

 

以前『多次元観測用の設備が整うまでは、せめてこの地球での被害は抑えたい』って言っていた事は覚えているけど、どうも理由がそれだけとは思えない気迫がある。

やっぱりリーゼロッテさんの言う通り、『闇の書』を前に力が入ってしまっているのかな…

 

「…ただいま。」

「あら、噂をすれば影ね。」

「クロノ君、おかえり!」

 

帰ってきたクロノ君はやっぱり少し元気が無いように見える。

悩んでいる事があるのなら、言ってくれればいくらでも相談に乗るのにな…

 




分かりやすい蒐集

  ↓神尾                       ↓ヴィータ
  (/・ω・)/カマーン                   Σ(゚Д゚)
  (;´・ω・)               (・言・´)Σ≡≡===─
  (; ・`д・´)      (ʘ言ʘ╬)Σ≡≡====─ ⌒ヘ。←薬莢
ガ─(‘ε乂)─ド(ʘ言ʘ╬)Σ≡≡====─
(‘ᴗ’三Σ[アイ]〇[ゼン]


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迫るリベンジの時

とある無人世界に広がる大森林。

普段は鳥のさえずりが聞こえる程平和なこの森だが、今は大地を揺らさんばかりの轟音が断続的に響き渡っていた。

 

「くそっ…こいつ、ずっと引っ込みやがって…!

 おい、ザフィーラ! 本当にこんな奴が一番強ぇのか!?」

 

一見すると巨大なマリモのように見える植物の塊に幾度と無くグラーフアイゼンを叩き込んだもののまるで手応えを感じられず、ヴィータが苛立ちをそのまま口に出すかのようにザフィーラに問いかける。

 

「確かだ。

 少なくとも内包している魔力と言う意味では、この次元世界に並ぶ者はいないだろう。」

「つってもよぉ…ふんッ! こいつッ! 一向にッ! 攻撃するッ! 意思もッ!

 感じられねぇぞッ!!」

 

ヴォルケンリッターでも随一の破壊力を誇るヴィータが、今こうして梃子摺っているのには理由がある。

ヴィータ達は知る由も無い事だが、今相手している()()は元々『身を守る事に特化した種族』だ。

その本体は5m程の高さの植物なのだが、身の回りに危険を感じた瞬間に地中から自らの一部である根や蔦が飛び出し、まるで繭のように本体を包み込んでしまう。そしてその際の全長はなんと20mにも及ぶのだ。

 

元々頑丈な構造を持つ根や蔦だとしてもヴィータの一撃を防ぐ盾としては本来力不足の筈だが、内部に余裕のある構造が空間装甲としての役割を果たしており、ヴィータの攻撃が本体まで届いていなかった。それに加えて…

 

「くそッ…! こいつ、またポンポンと跳び回りやがって!」

「…一応言っておくが、そいつを飛ばしているのはお前だ。ヴィータ。」

「分かってるよ! くそ!」

 

内部に空間を持つ球体は攻撃する角度を上手く調整しないと、さながらゴム毬のように森の中を跳び回るのだ。

ヴィータの一撃が強力な事もあり、時に木をなぎ倒し、時に木に弾かれて変則的に動き回る球体にヴィータのフラストレーションは溜まる一方であった。

 

「あぁぁああッ! イライラする!!」

「…別の次元世界に行くと言う方法もあるぞ。」

「ここまでコケにされて引っ込めるか! ぜってぇこいつは蒐集してやる!!」

「そうは言うが、ヴィータ。もう随分と戦闘が長引いている。

 カートリッジの数も随分と減っただろう。」

「ぐっ…!」

 

これ以上はリスクが高い。そう告げるザフィーラに、ヴィータも思うところが無い訳では無い。

この一体相手に既に数十分が経過しており、使ったカートリッジも10を超えた。いくら蒐集の効率の為に多めに支給されているとは言っても、流石に底をつく一歩手前だ。

既に大赤字と言って差し支えない状況であり、ここであの植物を倒したからと言って元が取れる保証もない。

この数日間ただの一度も苦戦する事無く、順調に蒐集出来ていたが故の傲りに気付いた時には引っ込みがつかなくなっていた…と、ヴィータが反省した丁度そんな時だった。

二人からやや距離を取って見に徹していたエールから二人に念話が入ったのは。

 

≪お二方。戦闘中の所申し訳ありませんが、管理局がこの次元世界の私達を捕捉したようです。

 至急、退避の準備を。≫

≪…分かった。≫

≪随分と素直だな、ヴィータ。もう少しごねるかと思ったが。≫

≪…ちっ、流石に潮時だってわかってるよ。≫

≪賢明な判断だ。まだ()()()()()()()()ようで安心したぞ。≫

≪ふん…≫

 

攻撃の手を止めヴィータ達が距離を置いても、蔦や根は特に追撃をする訳でも無くただただ本体を守っている。

 

「はっ…あんだけやっても反撃の一つもしねぇってか。つまんねー奴。」

「…だからこそあの個体は今まで生き延びて来たのだろう。強さの形も千差万別という事だ。

 現にお前の攻撃もしのいで見せた。」

「はぁっ!? あたしだって事情が無ければ…むぐっ!」

「…その事について、今はあまりしゃべり過ぎるな。」

「ぐっ…! …おう。」

「…転送の準備が出来ましたわ。さぁ、陣の中へ。」

 

二人が会話している裏で転送の準備をしていたエールが、術式の準備が出来たと声をかける。

そしてヴィータとザフィーラの二人が地面に広がった魔法陣の中に足を踏み入れたところで、周囲の空間が開いて管理局員達が現れた。

 

「時空管理局だ! 3人とも抵抗はやめて直ぐに投降を…なっ…!?」

「ハッ…とろいんだよ、ばぁ~か!」

 

…が、直ぐにそんな嘲りの言葉を残してヴィータ達は転送されて姿を見失ってしまう。

 

「あんのクソガキ…っ!」

「…まぁ、アレは確かにクソガキだったな。」

「ああ、100点満点のクソガキムーブだった。」

「クソガキヴィータか………アリだな。」

 

取り残された管理局員の中には額に青筋を立てる者もいるが、妙に満足げな者もいる。…言うまでもなく銀髪オッドアイ達(いつものやつら)である。

 

「…っ、そうだ! エイミィさん、アイツ等の転送先は!?」

『ゴメン…解析はかけてみたけど、転送魔法そのものに追跡防止のプロテクトがかかってる。

 解除自体は出来ると思うけど、それが出来た頃にはもう…』

 

別の次元世界に転移した後…

 

言葉には出さないが、彼もエイミィと同じ結論に至った。

 

「…あー、アイツ等明らかに準備万端でしたもんね…」

『うん…向こうが一枚上手だったみたい。

 君達も一旦帰艦させるね。』

「お願いします。」

 

やり取りの直後転送の術式が彼等を包みこむ。

この次元世界が再び無人に戻る過程のその裏では、根と蔦で出来た球体がゆっくりとその身を解していくところだった。

 

 

 


 

 

 

ところ変わって地球のアパートの拡張空間。

やや薄暗いこの空間では現在クロノ、エイミィ、リーゼロッテの三名がモニターを眺めていた。

 

「…はぁ、ゴメンねクロノ君。ようやく見つけたのに…」

「いや、アレは仕方ない。

 今回の件はたまたまあいつ等が諦めたタイミングと合致したのか、それとも僕達の動きが察知されたのかは分からないが…ともかく、ヴォルケンリッターが周辺世界で蒐集を行っている確証は得られた。全くの無駄足と言う訳では無いさ。」

「うん…それにしても、また新しい仲間が居たね。この女の人もヴォルケンリッターの一人なのかな…」

 

そう言うとエイミィは、ヴォルケンリッターと行動を共にしていた女性の姿をモニターに表示する。

先程の一瞬、エイミィは咄嗟にその女性…エールの姿を記録することに成功していたのだ。

 

「分からない。知っているとすれば…」

「…違うよ、絶対。あの女はヴォルケンリッターじゃない。」

 

視線を向けたクロノに答えるように、リーゼロッテが口を開く。

 

「あたし達は()()()()以降闇の書について調べていた事もあったから、ある程度は詳しくなった。だから断言できるけど…()()ヴォルケンリッターは『4人』だよ。」

「…()()?」

 

まるで過去は違ったかのような物言いに、クロノは思わず聞き返す。

 

「うん。前にユーノっていう子が見つけた古い文献だと、最初の頃は『5人目』が居たって記録も確かにあるんだ。

 でもそれは本当に古代ベルカ時代の記録で、ある時を境に『4人』になった後はずっとそのまんまなんだってさ。」

「…でも、それならさっきの人がその『5人目』って可能性も…」

 

エイミィの当然の疑問に対して、リーゼロッテは言葉を遮るように返す。

 

「あー…先に言っておくべきだったね、『5人目』が消えたのは古代ベルカの時代。

 でもさっきの転送魔法は…」

「ミッド式、か…」

「クロスケ大正解! 師匠がご褒美上げちゃおう!」

「いらない。それよりも…」

「そ、即答…」

 

元々ちょっとした冗談のつもりで言った『ご褒美』ではあったが、流石に即答で断られると少しショックなのだろう。ハグをしようとしていたリーゼロッテが肩を落とす。

 

「今の時代の魔導士がヴォルケンリッターに力を貸している事の方が重要だ。

 彼女の素性を調べてみる必要がある。個人ならまだ良いが…組織的な物が背後にあるとしたら…」

「っ! …ちょっと忙しくなりそうだね、これは。

 リーゼロッテさん! 手伝って!」

「えぇっ!? あたし!?」

「今まで何もしてなかったでしょ! ほら相手は闇の書なんだから、ここに来ている以上仕事する!」

「は、はぃ…」

 

何が悲しくて姉の素性を調べなければならないのだろう…そう思いつつも口に出せるはずもないリーゼロッテは、限りなく不毛な調査を始める事になるのだった。

 

 

 


 

 

 

≪ヴィータちゃん達が!?≫

 

授業を終えて帰宅中、クロノ君からの念話で知った情報に思わず立ち止まってしまう。

隣を歩いていたフェイトも同様で、二人が同時に立ち止まった事で少し先を歩く事になったアリサとすずかがこちらに何事かと振り返る。

 

≪ああ、君達は学業もあるから僕達だけで対処しようとしたのだが…≫

 

クロノからの念話によると、ヴォルケンリッターはまるでこちらの動きを察知していたかのように撤退したのだとか。

そして次の機会を逃さない為にも何時でも動けるようにしていて欲しいとの事だった。

 

≪私達も今からそっちに行きます! フェイトちゃんも今一緒に居るので…≫

≪待て、なのははまだリンカーコアの再生が十分ではないだろう。≫

≪…あっ。≫

 

いかん。完全に忘れてた。

急の念話だった事もあってつい…

 

≪…もしかして、忘れていたのか?

 はぁ…逸る気持ちも分かるが、今は安静にしておいてくれ。

 リンカーコアの再生が完了した時は改めて力を貸して欲しい。≫

≪はい…≫

 

何か色々と恥ずかしい気分だ。…だが言い訳をさせて欲しい。

確かに今の俺は激しい戦闘は控えている。だがあまり負担がかからない程度の軽い訓練は今でも毎日熟しているし、そちらに関しては全くと言って良いほど影響が出ていないのだ。

症状を全くと言って良いほど自覚できない以上、忘れてしまっても仕方がなかったのだ。

 

≪フェイト…済まないが、手を貸してもらえるか?≫

≪はい!≫

 

念話が途切れた後、フェイトが少し申し訳無さそうな顔で俺を見る。

俺は言葉も出ず、ついつい目を逸らす。

…初めてだよ、穴があったら入りたいと本気で思ったのは。

 

「…まさか、また魔法関係?」

「魔法関係って言うと…また、魔法の石?」

 

二人揃って変な雰囲気になったからか、転生者であるアリサ達にも念話があった事の察しがついたようだ。

 

「うん、ゴメンね二人とも。折角誘ってくれたのに…」

「…私も、ごめんなさい。ちょっと行かなくちゃ…」

 

折角この後はすずかの()()()()()と顔合わせだったと言うのに…まぁ、十中八九はやての事だと思うけど。

 

「…ううん。確かにちょっと残念だと思うけど、多分また色々大変な事になってるんだよね?

 そっちの方が心配だよ。」

「すずかちゃん…」

「すずか…」

「…私達の事は良いから、早く行ってきなさい。

 新しい友達の子には私が上手い事誤魔化しておいてあげるから。」

「アリサちゃん…うん、ありがとう二人共!」

「…ありがとう。」

 

そしてフェイトが二人に感謝すると、直ぐにセットアップして飛び立つ。

フェイトは恩赦の事もあって一段と張り切っている。それが変な焦りを生まないと良いんだけど…

少しずつ遠くなるフェイトの姿を見送りながら、そう思った。

 

 

 

「………えっ、なのはは行かないの?」

「あ、私は今回はおやすみ…かな。」

「…紛らわしい言い方するんじゃないわよ!!」

 

今日のアリサのツッコミは一段と鋭かった。




戦闘は次回かその次になるかと思います。

実は今回ヴィータが蒐集しようとした植物は多分一番蒐集しちゃダメな奴です。
蒐集すると最終決戦でナハトヴァールが蔦の防御を習得します。そんな相手を蒐集しようとしたって事はつまり、気付かない内に影響が強くなっているという事です。


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隠し事

投稿したと思ったらただ保存していただけだったというミス…
本来一昨日投稿されていた筈だった物です。すみません!


はやての家に向かうリムジンの中、アリサとすずかと談笑中に突然フェイトから念話が入った。

 

≪…5人目?≫

≪うん。クロノが言うには、ヴォルケンリッターを手助けしている女の人がいるみたい。≫

≪リインフォースじゃなくて?≫

≪特徴が一致しないから、変身魔法を使っていなければ多分違うと思う。

 今から特徴を言うね。≫

≪うん。≫

 

フェイト曰く、その人物は黒髪を真っ直ぐ腰まで伸ばしており、前髪はきれいに眉の少し上で切り揃えているらしい。

目はやや釣り気味だけど目つきが悪い訳では無く、クールな印象を受けたそうだ。

 

≪…分かった。私の方でも何か分かる事が無いか調べてみる。≫

≪うん、お願い。≫

 

「…なのは? どうしたの?」

「あ、ううん。フェイトちゃんからちょっとね…」

「テレパシーってやつ? やっぱり魔法って凄いわね…携帯電話要らないじゃない。」

「あはは…たまにテスト中にアリシアちゃんからヘルプが飛んでくるけどね。」

「…一長一短ってやつね。」

 

勿論予めフェイトに言われているため、ヘルプに応じる事は無い。無いのだが…返却後のテストの成績があまり悪くない辺り、多分フェイトの方が押し負けてるのではと言う疑いがある。

本人に聞いた時は少し目が泳いでたし…

 

いや、それは今はどうでも良いんだ。問題は5人目の謎の女性だ。

まさかここに来て新しいイレギュラーが発生するとは、いよいよもって原作知識が当てにならなくなってきたな…

正直もうこの特典のメリットと言えば、『何時でもリリカルなのはシリーズのアニメを脳内再生できる』くらいのものだ。…案外ファンからすれば最高の特典かもな、これ。

 

「アリサちゃん、なのはちゃん、見えて来たよ!」

 

すずかの声に正面を見ると、確かに『原作知識』の通りの外観が見えてきた。

これから俺はフェイトよりも一足お先にはやてと会う訳か…

 

「すずかの友達かぁ…会うのが楽しみね!」

「うん!」

 

…ちょっと緊張もするけどな。

 

 

 

「すずかちゃん、いらっしゃい! はやてちゃんも皆さんが来るのを待ってましたよ!」

 

えっ、誰? と言うのが最初に抱いた感想だった。

八神はやての家のインターホンを押したら、突然知らない女性が出てくれば仕方ないだろう。

 

「お邪魔します美香さん。

 なのはちゃん、アリサちゃん、この人ははやてちゃんのヘルパーさんの美香さん。」

「あ、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

 

なるほど、ヘルパーの人だったか。確かに車椅子の女の子に一人暮らしは難しいだろうし、こういう人が居てもおかしく無いな。

一瞬フェイトが言っていた5人目かとも思ったが、この女性の髪の色は赤みがかったオレンジ色だ。髪型も肩の辺りまでで切り揃えたふんわりとしたもので、顔立ちも優しい印象を受ける。

勿論変身魔法を使っている可能性があるので完全に白とは言えないが、この女性がこちらに居た事だけは記憶にとどめておこう。

 

「はい、なのはちゃんとアリサちゃんですよね。お話は聞いてます。

 はやてちゃんもお部屋で待っていますので、どうぞ上がってください。」

「あ、はい。お邪魔します。」

 

…玄関の靴は恐らくはやての物だろうと思えるサイズしかない。という事は、ヴォルケンリッター達は蒐集に出ているのか。

だとするとフェイトは今頃戦っているのかもしれない…

 

それにしても、蒐集のタイミングに意図的な物を感じると言うのは気にし過ぎだろうか? それともやはり管理局の関係者である俺との接触を避けているのか…

 

フェイトが戦っている分、俺も5人目の女性について何かしらの情報を得られればいいんだけど…

 

 

 

「すずかちゃん、いらっしゃい!」

「来たよ、はやてちゃん!」

 

案内されたリビングに入ると、直ぐにソファに座っている八神はやてが見えた。

はやてとこうして直接会うのは初めてだけど、何と言うか今までで一番前世を思い起こさせる容姿だ。

声や雰囲気も相まって心が落ち着くと言うか…うん、癒し系だな。後にあれだけ腹芸が得意になるとは思えない。

 

「はやてちゃん、この子達が前に話した友達のアリサちゃんとなのはちゃん!」

「アリサ・バニングスよ。よろしくね。」

「高町なのはです。よろしく、はやてちゃん。」

「アリサちゃんに、なのはちゃんやな!

 私は八神はやて言います。こちらこそよろしくお願いします。」

「本当はあと()()友達が一緒に来てくれる筈だったんだけど、ちょっと二人共急用が入っちゃって…」

「そうなんや…ちょっと残念やけど、また今度遊ぼうなって伝えてくれる?

 …まだ直接()うた訳でも無いのに失礼やろか…?」

「ううん、全然! 二人共来たがってたから、喜んでくれると思う!」

 

自己紹介を通して感じた八神はやての第一印象は、『礼儀正しく、純粋そうな良い子』と言ったところか。

初対面だと言うのに心の壁や距離をあまり感じない…寧ろ、色々と受け入れてくれるような雰囲気もある。

何と言うか、()()()()()()()だ。

俺はこれからこの無防備そうな子から色々と情報を引き出そうとしているのだから。

 

そんな事を考えながらはやての事を観察していると、膝の上に置かれた携帯電話に目が留まった。

 

「あ、そうだ。はやてちゃん、メルアド交換しない?」

「良えんか!? する、する!」

「私も良いわよね?」

「勿論や!」

 

もしかしたら普段の生活について話す中で、5人目の情報が得られるかもしれない。…本当ならこんな打算無しの付き合いをしたいのだけど、それは事件が解決するまでお預けだ。

俺達が知らない人物が干渉して来ている以上、それを無視など出来はしない。

 

因みにすずかは元々交換済みだったので俺とアリサがはやてとメールアドレスを交換した。

 

「ふふ、今日は良え日や。アドレス帳の名前が二人も増えたで!」

 

心が痛い! 純粋に喜ぶ笑顔が、ナイフのように打算だらけの俺の心を切り刻んで来る!

 

「はやてちゃん…今日はいっぱい遊ぼうね! 今度は私の家にも遊びにおいでよ!」

「すずかちゃんのお家に? わぁ…めっちゃ楽しみや!」

 

…これは、何とも心苦しい戦いになりそうだ。

魔法戦やってる方が精神的に遥かに楽かもしれない。

 

 

 


 

 

 

「しつこいな! いい加減諦めろよ!」

 

ヴィータのその言葉を最後に、目の前からヴォルケンリッターが消える。どうやらまた別の次元世界に転移したようだ。

 

<あー、もーっ!! また逃げられた!>

<姉さん、気持ちは分かるけど落ち着いて。>

「エイミィさん、次の場所は!?」

『ちょっと待っててね! 直ぐに見つけるから!』

 

苛立つ姉さんの気持ちも分かる。何度ヴォルケンリッターの前に辿り着いても、その度に転送魔法で逃げられているのだからフラストレーションも溜まるだろう。明らかに向こうは私達との交戦を避けている。

何故かはわからないけど、もしも今戦闘を行う事自体が向こうにとって都合の悪い事なのかもしれない。そうだとすれば、今こそが最大の好機だ。

 

『見つけた! 直ぐに転送するね!』

「はい、お願いします!」

<今度こそ捕まえるよ、フェイト!>

<うん、頑張ろう。>

 

エイミィさんの言葉と同時に転送の術式が私を包む。

作戦に移る前にエイミィさんが話した内容によれば、前回の交戦では転送魔法に組み込まれたプロテクトで追跡が難しいとの事だった。

だが今回は前回の反省を踏まえて作戦を変えている。

 

複数の部隊を予め周辺の無人世界に配備していたのが功を奏した。同じ世界に転移してきたヴォルケンリッター達は、次の次元世界へ転移する際に術式にプロテクトをかける余裕が無かったのだ。

一度捕捉さえしてしまえば後はただの追いかけっこ。術式の痕跡から次の次元世界を予測し、直ぐに目標を見つけられる。

 

そしてこれは私が転生者だから分かる事だけど、今ヴォルケンリッターははやての家に帰れない。今この次元世界に来ていたヴォルケンリッターの人数は4人…全員だった。本来ははやての傍に一人は置いておくであろう騎士達が総出で蒐集行為をする理由は想像に難くない。なのはがはやての家にいるからだ。

これもある意味なのはのおかげと言えるかもしれない。

 

「追いついた…!」

<これで8回目だもん! 今度は逃がさないよ!>

<数えてたんだね、姉さん…>

 

転送の術式を潜って辿り着いたのは一面が砂漠の無人世界…目の前にはヴォルケンリッター。

そして、5人目の転送の術式はまだ発動していない…!

 

『フェイトちゃん、頑張って! 今あの人が組んでる術式の規模から考えて、まず間違いなく今度はプロテクトをかけて来る!』

「! …分かりました。」

 

こちらを確認したシグナムが、一人近付いてくる。転送の術式が完成するまで時間を稼ぐつもりだろう。

 

「…どうやら、私達の考えが甘かったらしいな。ここまでピッタリと付いて来るとは…

 よほど腕の良いオペレーターが付いているらしい。」

「はい、私も頼もしく思います。」

『ふふーん。もっと頼ってくれても良いんだよ?』

 

モニターを見るまでもなく自慢気な表情が目に浮かぶエイミィさんの声だが、実際その技術は凄まじい物がある。転送の術式を即座に解析し、転送先の座標を割り出し、捕捉する…その技術が無ければ、この場所にはたどり着けなかっただろう。

 

「だが、私達も捕まる訳には行かない。せめて闇の書が完成するまでは…なッ!」

「ッ! 速い…!」

 

シグナムの踏み込み一つで砂が爆ぜ、他のヴォルケンリッターの姿を隠す。それと同時に目の前まで接近したシグナムが振るうレヴァンティンが、それを防いだ私を彼女達から遠ざけるように吹き飛ばした。

 

「安心しろ…前回同様、大怪我をさせるつもりは無い。だが腕の骨の一本、二本は覚悟しておくんだな!」

「それくらいの覚悟なら常にしています。そして、私達もあれから強くなっている…!」

「そのデバイス…カートリッジシステムを備えたか。

 強度もやや上がっているな…良いだろう、どれほど強くなったか試してやろう!」

 

かかってこい! とシグナムがレヴァンティンを構える。

勿論最初からそのつもりだ。今回の戦いは恩赦を手にする為の物であると同時に、私のリベンジマッチでもある。

 

<勝つよ、姉さん!>

<勿論! サポートなら任せてよ!>

 

私と姉さん、そしてバルディッシュ・アサルト…皆あれから強くなった。

今度は勝つ! 絶対に!

 

「バルディッシュ・アサルト!」

≪sir, Load Cartridge.≫

「レヴァンティン!」

≪Explosion.≫

 

互いにカートリッジをロード、私のリベンジマッチが始まった。

 

 

 




本格的な戦闘は次回に持ち越しです。

なのはの特典である『原作知識』について少し補足。

1.特典取得時点で、過去にリリカルなのはシリーズを何度も見返したかのような感じで情報を得る。
2.特定の場面を思い出そうとすれば映像付きで再生される。
3.設定されて無かった物語の情報に関しての補足は入らない。(制作陣が考えていない場合のみ)
4.物語に関する記憶は完全な状態を保つ。

なので『2』と『4』の組み合わせにより、『リリカルなのはシリーズ』を脳内再生する事も出来ます。


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歴戦の将

シグナムvsフェイト回です。

今回オリジナルの技が出てきます。


 

衝突。ただそれだけで周囲の砂が爆発したかのように巻き上がる。

 

「また一段と速くなったな。私が今まで戦ってきた中でも、お前ほどの速度を持つ者は数える程しかいなかったぞ。」

「く…ッ!」

 

雷の鎌と炎を纏う刀が競り合い、火花が散る。

シグナムの移動の速度は私よりも遅いが、レヴァンティンを振るう速度が異様に速い。その為、いくら速度で上回っても対応されてしまう。

 

速さが足りない、これではまだ遅いんだ。

 

…だったら、もっと速くならないと。

 

≪Haken Slash.≫

「ハァァッ!」

「ッ!」

 

バルディッシュを振るい、多少強引にでも距離を開ける。

 

<姉さん!>

<いつでもいけるよ!>

「バルディッシュ!」

≪sir, Sonic Form.≫

 

バルディッシュ・アサルトが発動させた魔法により、私のバリアジャケットが変化する。

防御を極限まで薄く、より速度を重視する形態へと…そしてソニックフォーム時に常時発動している補助魔法『ソニック・セイル』が、更に私の速度を引き上げてくれる。

 

この状態ならば姉さんの補助が無くても亜音速に至る分、姉さんの補助を攻撃に回して貰う事が出来る。

 

「守りを捨てたか…無謀だな。」

「無謀かどうかは、これからわかります。」

 

短距離走のロケットスタートの様なイメージで駆け出すと、次の瞬間には雷が落ちたかのような轟音と共にシグナムとすれ違う。

 

「むっ!」

 

金属音。すれ違いざまの斬撃が、レヴァンティンに弾かれた音だ。

即座に方向を切り替えると、こちらに正面から向き合うシグナムの姿。そして、その足元には魔法陣。

 

再び駆け抜け様に切りつけるものの、やはり響くのは金属音。

あの魔法陣についてはなのはから詳細を聞いた。『接近物感知』と『方向転換』の両方を兼任する魔法だと。

あの魔法こそがシグナムに死角が存在しないと言う根拠であり、亜音速の斬撃に対応できる種だ。

 

私のように速度重視の魔導士にとって天敵の様な魔法であり、勝つ為には攻略法を見つけなければならない。

前回は全方位からのフォトンランサーを試した。結果としてフォトンランサーはシグナムに届いたが、何故かシグナムの体は痺れておらず、迂闊に間合いに入った私は敗北した。

 

では今回はどうするか…当然、策は考えてある。そして、()()は私に味方した。

 

≪Blitz Rush.≫

「っ!? これ、は…」

 

ブリッツラッシュ――私の()()()()()()()()()()()()()だ。

魔力弾にこの魔法を適用させれば魔力弾の速度を、私の両手足に働いている『ソニック・セイル』に適用すれば私の速度を引き上げる。

 

では、そんな魔法を私の右手と右足に働いている『ソニック・セイル』に()()適用すればどうなるか…

 

<うぅ、目が回りそう…>

<ごめん姉さん、少しだけ頑張って。>

 

そう、私の体は高速で回転する…周囲の砂を、大量に巻き上げて。

 

「なるほど…確かにこれは()()()()な。」

 

シグナムのその反応で、私の予測が当たっていた事を察する。

 

シグナムが使っているあの魔法陣は多分、接近する()()()()()を感知する。

フォトンランサーの様な魔法、私のような魔導士…そして、今のように全方向から降りかかる砂粒までも。

いくら高性能なレーダーを持っていようと、探知した反応で画面が埋め尽くされれば何の意味もない。

 

恐らく長い闘いの歴史の中で『質量兵器』にも対処する必要があった為そう言う魔法になったのだろうけど、感知の対象を魔力を持つ物に限定しなかったのが運の尽きだ。

 

――貰った!

 

そして捉えたシグナムの背後…周囲の砂粒で私の接近は見分けがつかない筈だ。

 

<姉さん!>

<任された!>

 

ダメ押しとばかりに姉さんと交代する事で体からの放電を無くし、音を消す。これで探知は更に困難になる。

代償に速度は落ちるが、それでもソニックフォーム時なら十分な速度は出る…!

 

そして姉さんの振るうバルディッシュの刃がシグナムの背中を捉え…

 

 

 

――金属音。

 

「…今のは良い判断だった。だが、詰めが甘いな。」

「え…!?」

 

…鞘だ。

レヴァンティンの鞘がバルディッシュの斬撃を弾いた…!

 

「砂による()隠し、自らの体質を利用した消音は素晴らしい判断だった。

 一瞬だが、確かに私の感知範囲からあらゆる気配が消えていたぞ。

 だが攻撃の際に、その『意』を消しきれなかった事がお前()の敗因だ。」

「しまっ」

 

拙い…バルディッシュが弾かれた事で、今の姉さんは隙だらけだ。一方のシグナムは鞘を持つ左腕こそ振り上げているが、レヴァンティンを持つ右腕は既に引き絞られている。

 

「!」

 

次の瞬間まるで空気を裂くように放たれた突きを、体の主導権を強引に交代する事で辛うじて回避する。

 

<た! …あ、フェイト!>

<間に合って良かった…>

<ごめん、ちょっと油断しちゃった…>

<仕方ないよ。私でも多分同じ失敗をしてた。>

 

勝ちを確信した瞬間に生まれる油断は、なかなか消す事が出来ない。この世界に転生してさんざん思い知った事だ。

なのはとの決戦の結果も、言ってみれば私の油断が原因だった。

 

「…ほう。やはり、お前の方が反応速度も上か…」

 

シグナムが興味深い物を見るような眼でこちらを窺う。

 

「改めて自己紹介しよう。私はヴォルケンリッターの将、シグナムだ。

 お前()の名前を教えてくれ。」

「…私は、フェイト・テスタロッサ。姉さんはアリシア・テスタロッサ。

 そして私達のデバイスのバルディッシュ・アサルト。」

「! …姉妹だったか。なるほど、良い連携だ。

 では改めてかかってこい。転送の術式が完成するまでの間、相手してやろう。」

 

そう言って改めてレヴァンティンを構えるシグナムの足元に、魔法陣はもう無い。

先程のやり取りで、この世界では足枷にしかならないと判断したのだろう。

 

<どうする? フェイト。>

<…近接戦の速度では追いつかれる。先ずはあの魔法で試してみよう。>

<オッケー!>

 

相手はシグナム…私が一度敗れた相手であり、歴戦の騎士だ。一度見せた技も魔法も恐らくは通用しない。それが既に破った技ともなればなおさらだ。

出し惜しみは出来ない。この数日間、新しく身に着けた魔法で挑むしかない。

 

≪Plasma Lancer.≫

<プラズマランサー!>

 

バルディッシュが強化され、より複雑な術式を込められる様になった。

それにより実現したのがこの魔法。魔法そのものの強度が上昇し、簡易的な追尾性も獲得したフォトンランサーの発展形。

それに私達の魔力の干渉性質を加えれば…

 

構えた左手に環状魔法陣を持つ魔弾が一つ生成される。フォトンランサーと違うのは、アリシアと同時に使用したのに見た目にあまり変化が無い事だ。

よく観察すれば球状に制御された雷の中に、青い光弾を見る事が出来るかも知れないが…そんな余裕を与えるつもりは無い。

 

「<シュート!>」

 

そして魔弾が発射される。その速度もまた、フォトンランサーと比べてなお速い。

 

「ふむ…この魔法、何か仕込んでいるな。」

 

シグナムが迎撃の為にレヴァンティンを構えた瞬間、私は既に側面に回り込んでいた。そしてそのまま姉さんのサポートで得た亜音速の刃でシグナムに切りかかる。

 

その瞬間、目が合った。

 

「紫電…」

「!?」

 

迎撃!? レヴァンティンを包み込む炎に思わず目を見張る。

プラズマランサーに込められた魔力量をシグナムが理解できない筈がない。だと言うのに回避のそぶりも見せず、カートリッジの魔力まで防御や回避ではなく攻撃に利用するなんて…

 

「一閃!」

「く…ッ!」

 

本当に私に向けて振るってきた…!

 

振り抜かれる高速の刃をギリギリで直角に上昇する事で回避、視線をシグナムから離さない為に上下逆様になった為気付く事が出来た。

シグナムはレヴァンティンを振り抜いた勢いをそのままに回転切りに移行していた。元々が王手飛車取りのつもりで放った斬撃が次に捉えようとするのは当然、私よりも速度が遅かったプラズマランサーだ。

だが…

 

「“ターン”!」

「ほう…」

 

魔法そのものに込められた遠隔操作の術式は、私の合図で急停止と旋回を可能にする。

私の合図で180度方向を変えたプラズマランサーに、シグナムのレヴァンティンは僅かに届かない…!

 

レヴァンティンを振り抜いたシグナムは、一瞬とは言え明確な隙を晒したように見える…だがまだだ。シグナムの左手は既にレヴァンティンの鞘を握っている。元々が鞘と刃で一対のデバイス…その強度もまた同じだ。このままプラズマランサーを向かわせれば容易く迎撃されてしまうだろう。だから…

 

「“ターン”!」

<“パージ”!>

 

「…何ッ!?」

 

シグナムが驚愕に目を見開く。再びシグナムに向けて射出された魔弾が、突然5つに増えたのだ。鞘一つで撃ち落とせる数ではない。

 

「ハァァッ!! …ぐぅっ!」

 

…それでも3つも撃ち落とせる辺り、やっぱり地力が違うなと思い知る。だが、残り2つがシグナムに着弾したのをこの目で見た。

感電による硬直を確認し、上空から強襲をかけるが…

 

 

 

再び金属音。

 

「…やっぱり、動けるんですね。」

「…多少、動きに精細は欠くが…な。」

 

振り下ろしたバルディッシュの刃はレヴァンティンの鞘で受け止められていた。

シグナムの体には今も電気が奔っており、間違い無く感電している。

前回もそうだった。フォトンランサーの直撃で痺れていた筈の体を尚も動かし、私を圧倒した。

 

注意深く観察する。シグナムは確かに魔法により生み出された存在だが、生物としての性質を持ち合わせており血も流す。生物であるならば体を動かす為の電気信号が阻害され、まともに動けるはずはない…何か秘密がある筈だ。

 

「…! これ、は…」

「ふっ…気付い、たか…テスタ、ロッサ。」

 

シグナムは間違いなく感電している。唇や喉の動きが阻害され、言葉が上手く発せていない事からも明らかだ。

だが、体を包む淡い紫色の光…それに各関節に重なる様に浮かび上がる極小の魔法陣…!

 

「魔法で…体を強引に動かして…!?」

「正解、だ!」

 

瞬間、バルディッシュ・アサルトが振り抜かれた鞘に弾かれ、流れるような動きで私に向けて振るわれるレヴァンティンを身を翻すようにして回避する。

 

「なんて無茶な事を…関節の可動域を超えれば、自分の体だって無事では済まないのに…」

「私が何百年戦いの中に身を置いたと思っている? 戦いの動きなら全てこの身に、そして記憶に染みついているとも。

 後は魔法陣にも利用している回転の術式の応用だ…この刀さえ手放さなければ、例え四肢が千切れかけようと私は戦える。」

「…くっ…!」

 

言葉を交わすだけで気圧される。シグナムの口ぶりと目に、嫌な現実感を見たからだ。今の例えだって、多分実体験の内の一つに過ぎないのだろう…

 

勝てるのだろうか? 四肢が千切れかけても戦い抜いた騎士に。感電と言う武器が通用しない相手に…

 

<諦めちゃダメだよ、フェイト!>

<姉さん…>

<私達は恩赦を手に入れて、早くママともう一度一緒に暮らすんでしょ!?

 フェイトはそれを諦められるの!?>

<!>

 

そうだ…諦めて良い訳が無い。感電が効かないから…相手が何百年も戦い抜いたからって()()で勝てないなんて、あまりにも諦めが早すぎた。

 

「…」

「…良い眼だ。私が今まで戦った万の相手の中でも、お前ほどの眼を持つ者は少なかった。」

 

どうやらすっかり麻痺も消えてしまったシグナムがレヴァンティンを鞘に納め、居合いの構えを取る。

 

「誇れ。そう言う眼を持つ事が出来る者は強くなる…お前と次に剣を交える時が楽しみだ。」

 

体にのしかかる重圧とその言葉から、次の一撃で決着をつけるつもりだと理解する。

次に放たれる一撃は、恐らくシグナムが最も信頼を寄せる一撃だ。長い戦いの人生の中で最も多くの敵を屠ってきた――まさに『必殺技』と言って良い。

 

「いえ、次に持ち込ませるつもりはありません。ここで決着を付けます…!」

「それは不可能だ。この技を躱すならば、お前が退くしかない。

 『雲の騎士』の将たる我が秘剣…()()()()()振るうのはお前達が初めてだ。」

≪Explosion.≫

 

シグナムが居合いの構えを取っている為レヴァンティンはこちらから見えないが、カートリッジをロードする音が3回聞こえる。

それだけの魔力を消費する一撃という事…それに、さっきのシグナムの言葉も気になる。

 

<…姉さん、いざと言う時の為にいつでも速度を出せるようにサポートお願い。>

<うん。あの技はどう見てもまともに受けたらダメな奴だよね。>

 

雲霞(うんか)…」

 

シグナムの腕がブレる。次の瞬間、鞘から炎が噴き出した。

 

滅却(めっきゃく)!」

「ッ!」

 

即座にシグナムから距離を取る。一瞬鞘から噴き出したと思った炎の正体は、溢れんばかりの魔力を喰らい龍のように長くなったレヴァンティンの連結刃だ。

分割された刃の一つ一つが炎を纏い、シグナムを中心に渦巻きながらその円をどんどん広げている。

 

広がる速度はそれほどでは無い…だけど、範囲が広い!

50m…100m…まだ広がる…! その光景はまるで巨大な炎の蛇がとぐろを巻いている様な…

 

「!」

<来るよ!>

<解ってる!>

 

蛇に睨まれたような感覚、鋭い殺気が私を貫く。

 

直感のままに右に思いっ切り飛ぶと、直後に炎が頬を掠める。

 

連結刃を包む炎が火勢を増し、居合いの如き高速で飛来したのだ。

 

<ねえ、フェイト…? 今の速度…フェイトより、速くない…?>

<…>

 

言葉が出ない。姉さんの言葉に返す事が出来ない。

炎が通り抜けたその先を見れば遥か地平線の先まで蛇が駆けたような跡が残っており、正面を向けばシグナムは姿を消していた。




雲霞…大勢の人が群がり集まるたとえ。
滅却…消し滅ぼすこと。

詰まるところ、戦争中に群がる敵兵を一人残さず戦闘不能(もしくは逃げ出す)にしましたよって実績がある技です。
非殺傷です。本当です。

シグナムの技らしいネーミングに出来ているかが一番不安。

因みに最後の一撃の威力はシュツルムファルケン未満ですが、とぐろ状態の連結刃に飲み込まれれば多段ダメージでシュツルムファルケン以上に酷い目に会います。
(最後の一撃の速度はシュツルムファルケン以上)


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余波

時間がかかってしまったのに申し訳ないのですが、今回は短めです。
それと『…』を偶数個使う様にしました。過去話分の修正はまだですが、話が一段落したらそっちの修正もしていこうかなと思います。


シグナムがフェイトとの戦闘に入ってから数分ほど経過しただろうか……

あたし達は……いや、あたしは随分と不平等な戦いを強いられていた。

 

周囲には大量の銀髪オッドアイ……シグナムがフェイトを引き付けた後に送られてきた、管理局の追加戦力だ。

一人一人は正直大した事無い連中だが、流石にこれだけの数を揃えられると対処が中々厄介だ。

シャマルとザフィーラが十全に戦えるならともかく、あたし一人じゃ流石に厳しい。

 

≪Ring Bind≫

「チッ!」

 

奴らの内の誰かが発動したのだろう、バインドの術式が左足に絡みつく。

どうしても死角が出来る以上、ある程度はくらってしまうのも仕方がない。仕方が無いが……

 

「鬱陶しい! アイゼン!」

≪Explosion! Schwalbe Fliegen.≫

 

自身の魔力消費を抑える為だけにカートリッジを消費し、無駄に増えた魔力を消費しきる様に鉄球を10個打ち出す。

そして奴らが鉄球の回避に必死になっている間にバインドの術式を破壊し、左足の自由を取り戻す。

 

「管理局の奴らに見つかった時点である程度は覚悟してたが……流石に数が多すぎるな。」

 

シグナムがフェイトを引き付けている間にエールが術式を完成させ、今度こそ管理局を完全に撒く……そう言う作戦を立てたまでは良かった。問題は想定以上の追手の多さだった。

 

少なくとも20人以上の管理局員から、術式の構築中で動けないエールを守り続けるのは流石に簡単じゃない。

当然こんな奴等、普段なら何の障害にもなりはしない。確かに管理局員として訓練は積んでいるようだが、それでもあたし等の費やした時間には到底届くはずもないからだ。

例えこの場にあたしが居なくても、ザフィーラとシャマルだけでも問題無く守りきれただろう。

 

だが、今のあたし等の状態がそれを許さない。

自分の魔力を消費し過ぎれば自意識が薄れやすくなる上に闇の書に体の主導権まで奪われる危険性がある以上、デバイスにカートリッジシステムを搭載していないシャマルを戦わせる訳にも行かない。デバイスを持たないザフィーラも同様だ。

 

要するにあたしが何とかするしかないのだが、今の状況はまさに多勢に無勢。

四方八方からの攻撃に一人で対応するしかない上に、護衛対象を守る為に深追いは出来ず敵の数を減らす事もままならない。

 

≪エール、まだか!?≫

≪あと少しです!≫

 

くっそぉ、あと少しってどれくらいだよ! 残りの時間が分からねぇとペース配分も出来ねぇぞ!

 

打ち出した10個の鉄球を操作して奴らをかく乱しつつ、鉄球を回避する際にこちらに迂闊に近付いてきた奴にアイゼンを振りかぶるが……

 

『リント! 後ろ!』

「ッ!? 危なッ……!?」

「……チィッ!」

 

やっぱり全体を把握して指示を出すエイミィのサポートが厄介だ。

流石に全員を常時サポート出来る程では無いようだが、それでもここぞと言うチャンスだけは的確に潰してくる……! って言うかエイミィの奴、こいつらの見分けがついているのか……? 指揮官として優秀なんてレベルじゃないぞ。

 

≪ヴィータさん、4時の方向に……!≫

「! させるかぁッ!」

 

エールの言葉に振り向くと、エールに向かって飛来する魔力弾が5つ。こちらも操作している10個の鉄球の内、距離的に近い物を5つ迎撃に差し向けるが……

 

「何……ッ!?」

 

恐らく操作性を重視した魔力弾だったのだろう……鉄球を回り込むように回避した魔力弾がエールへと一直線に向かう。

ダメだ……躱された鉄球を操作しても、追いつく前にエールに直撃する! 残りの鉄球も今からじゃ距離が遠すぎる! 最初に全部の鉄球を向かわせていればと思うが、そんな事を考えても今更だ。

 

「しまっ……」

「ハァッ!!」

 

エールに魔力弾が直撃する直前、聞きなれた雄叫びが砂漠に響き渡る。

魔力弾の爆発で立ち込めた砂煙が掻き消えると、障壁を展開してエールの前に立ちはだかるザフィーラが居た。

 

「ザフィーラ……! 済まねぇ、助かった!」

「……あぁ。」

≪ヴィータ、もう少し俺達を頼れ。≫

≪そうは言うけど……≫

≪あまり俺達を舐めるな。多少魔力を使った程度で闇の書にコントロールされる程、俺達は甘くない。≫

≪ザフィーラ……≫

≪私もよ、ヴィータちゃん。確かに激しい戦闘は避けたいけど、旅の鏡を開いて魔力弾を返す程度なら今の私にもできるわ。≫

≪シャマル……≫

 

そうだ……こいつ等は元々ちょっとやそっとのリスクで止まる程大人しい奴らじゃない。

この平和な時代に浸っている内にそんな事もいつの間にか忘れてしまっていた。

 

≪……サンキューな、二人共。それじゃあこっからは遠慮無く頼らせてもらうからな!≫

≪えぇ!≫

≪応!≫

 

……さぁ、反撃開始だ!

 

≪術式の準備が出来ました! シグナムさんにも連絡を!≫

 

……

 

……

 

……あ、はい……

 

 

 


 

 

 

「! ザフィーラ達が動いた……!?」

「こっから本番って訳か!」

「ザフィーラとシャマルが動いたって事は、ヴィータからの攻撃が激しくなるのか……」

 

俺が放った魔力弾が巻き起こした砂煙を振り払うように現れたザフィーラ達の姿を見て、周囲の皆に動揺が走る。

これまでの戦闘で何故か一切行動を起こさなかったシャマルとザフィーラが、今は構えを取っているのだから当然だろう。

 

26vs1……これだけの数的有利を確保していながら攻め切れていなかったのに、そこに更に2人が増えるのだ。攻撃はより激化し、守りはより堅牢になり、連携も使って来るだろう。

正直厳しいなんてものじゃない……

 

『皆、そのまま聞け!』

 

唐突にクロノから通信が入る。

 

『作戦は中止だ! 直ぐにお前達を拠点に転送させる!』

「……は!? ここで撤退なんて……ッ!?」

 

流石に納得がいかないぞ!? ……そう続けようとしたその言葉は、突如感じた悪寒によって飲み込ませられた。

まるで極寒の無人世界に行った時の様に鳥肌が立つ。『砂漠の無人世界だから』と言う理由では説明がつかない程の高温の熱波が肌を焼く。

 

寒いのに熱い……そんな奇妙な感覚に戸惑っていると、近くで誰かが叫んだ。

 

「おい! 何だあれ!?」

 

近くで叫んだその局員が指差す方向を見ると、『巨大な炎のドーム』がその規模を拡大し続けていた。

 

なるほど……と、先程の感覚の理由に今更ながら思い至る。

まだ数年と言う程度でしかないが、管理局員として戦ってきた経験が『この場を離れろ』と叫んだのだ。

それほどに分かりやすい濃密な魔力と殺気の波だった。まず間違いなく、あの炎のドームはここも包み込むだろう。

 

『理解しただろう! 転送するぞ!』

 

クロノが即座に撤退指示を出した事には、もう納得しかない。あんなものを防ぐのは今の俺達には不可能だ。

 

……あれがシグナムの本気か。他のヴォルケンリッターもあれぐらいの規模の技は持ってるんだろうなぁ……

 

足元から広がる転送の光に包まれながら、そんな事を考えていた。




取りあえず今回の戦闘はこれで終わりです。

そして何気にプロットが少し壊れてます。本来はここで紅蓮君も来る予定だったんですが、話の流れ的にクロノ君辺りが絶対に遠ざけるから無理やなって……と言う訳で、活躍の場が減ります。と言うか、当初やって貰う筈だった活躍は多分出来ないので今から練り直しになります。(多分結末には影響は出ないです)

プロット作った時は「良し!」(現場猫感)ってなっても、いざ書いてみるとなかなか予定通りに動いてくれない不思議…


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地球に残った者達の戦果

闇古戦場とスランプが重なった結果、更新が遅れてしまいました。すみません!


「……みんな、帰ってもうたなぁ……」

「そう、ですね……」

 

 なのはちゃん達が帰った後のリビングで、美香さんと二人で話す。

 シグナム達には思念通話で連絡をしたので、もうじき帰って来る事だろう。

 

「……はやてちゃん。」

「うん、なんや?」

「……()()()()ですか?」

 

 心配そうな……それでいて辛そうな表情で私を見る美香さんを見て、理解する。

 やっぱり天使様の眼は誤魔化せなかったらしい。

 

「……バレとったんやな。」

「はい……」

「……なのはちゃん達にも、気付かれとったかな……?」

「いえ……気付かれてないかと。」

「そうか、それは良かった。」

 

 ……心臓が痛む。鼓動が煩い。

 まだ気絶する程の痛みではないけど、今回のような発作が起こる度に症状はどんどん重くなっていく。

 

 どうやらアニメで描写されてなかっただけで、こういう痛みは何度も経験することになるらしい。

 

 はやてに生まれた時点で覚悟はしていたけど……全く、友達と楽しく遊んでいる時くらい静かにしてくれない物か。

 とは言え、上手く誤魔化せていたようで安心した。折角の楽しい雰囲気に水を差したくは無かったし、救急車で運ばれて楽しい時間が早く終わる事も避けたかった。

 

「……なぁ、美香さん。私はちゃんと無知の八神はやてになれとったか?」

「はい、多分彼女達には気付かれてないかと。」

 

 もしも蒐集の事を知っているとバレてたら……事件が無事に終わったとしても、皆と引き離されるかもしれない。それだけは嫌だ。

 今の日常は前世も含めて一番幸せな時間なのに、それが取り上げられるなんて今の私には耐えられない。

 

「……あ、せや。出したお菓子、片づけんとな。」

「それなら私がやっておきます。はやてちゃんは安静にしていてください。」

「すまんな、美香さん。ありがとう。」

 

 美香さんにお礼を言って、座っているソファーで横になる。

 考えるのは何時だってこれからの事……私の最初の役割である、闇の書の制御についてだ。

 何をすれば制御出来るようになるのか、どうすれば闇の書の中でリインフォースと話せるのか……なに一つ解ってない。解っているのは、多分何かしら幸せな夢を見るであろうという事だけ。

 

 あの中で見る夢に惑わされなければ良いのか、それとも自力で目を覚まさないといけないのか……

 それが出来ないと全て台無しなのに、ぶっつけ本番ノーヒントって酷い話だ。

 

 ……それでも絶対に生きて、絶対に闇の書を制御して、絶対にこの先にある幸福に辿り着く。

 それが出来なきゃ、友達を騙した意味まで見失ってしまうから。

 

 ……でも、やっぱり不安だ。簡単に制御出来るなら、今までの主達だって何人か成功してるだろうし……何より、私は八神はやてじゃないんだから。

 

「大丈夫ですよ、はやてちゃん。」

「……美香さん?」

「いざと言う時は私が何とかしますから。」

「……うん。ありがとう、美香さん。」

 

 

 


 

 

 

「楽しかったねー。」

「うん! はやてちゃんも凄く良い子だったし、友達になれて本当に良かった!」

「今度はフェイト達も一緒に来れると良いんだけどね。」

 

 はやての家でいっぱい遊んだ帰り道。

 夕日が照らし出す街を走るリムジンの中で、俺はアリサ達と今日の事をあれこれと話していた。

 

「うん、その時ははやてちゃんの親戚の子達とも会ってみたいな。

 私達と同年代の子も居るって言ってたし!」

「そ、そうね。」

 

 因みに今俺が言った『親戚の子』と言うのは、ふとした拍子にはやてがこぼした話題だ。

 その親戚の子(ヴォルケンリッター)達はどうも本人の()()の誘いで出かけているらしく、紹介できない事をはやては残念がっているようだった。

 

 ……そう、()()である。

 はやてが言うには何と、ヴォルケンリッターに友達がいるらしいのだ。それも比較的最近できた友達が。

 怪しまれない程度に情報を引き出した結果、どうやらシグナムが連れてきたらしい。

 そしてもう一つ……その『友達』とやらの外見的特徴が、フェイトが言っていた『5人目』とどうにも一致するっぽいのだ。

 

 勿論写真を見せて貰ったわけではないし、『5人目』の映像も見た事がある訳では無いのだが、少なくとも『真っ直ぐ腰の辺りまで伸ばした黒髪』と言う特徴は一致しているので可能性はそれなりに高いと思う。

 それに加えて実際に行動を共にしてる訳だから、ほぼ確定と見ても良いだろう。

 

 彼女の素性についてはあまり知らないそうだ。俺としても掘り下げるような質問は怪しまれるかもしれないと思い、深く聞かなかった為それ以上の事はあまり分からなかったが、少なくとも『5人目のヴォルケンリッターになった転生者』とかではなさそうだ。

 

 まぁ、転生者じゃないなら多分変身魔法で見た目を変えたリーゼアリアだろう。……一応大穴でグレアム提督自身って可能性も……無いな。多分役職柄忙しいだろうし、どう考えてもリーゼアリアの方が適任だ。

 

 他に得られた情報があるとすれば、八神はやてはやっぱり蒐集に関しては知らなそうだと言う事くらいか。

 部屋に普通に他の住人がいた痕跡とか残ってたし、話を聞けば普通に親戚の子(という事にしているヴォルケンリッター)について色々と教えてくれたし。

 

 ……シグナムが時代劇好きだとか比較的どうでも良い情報が殆どだったけど、まあ蒐集の事をはやてに話していなければそんなもんだろう。

 

 なんとなくだけど、蒐集行為の事知ってたらヴォルケンリッターに関する情報って徹底的に隠そうとすると思うんだよな……少なくとも、俺なら誤魔化すだろう。

 戸籍が無いとかの事情もあるから誤魔化す理由には事欠かないし、そう言った表向きの理由があれば違和感も抱きにくいからな。

 

 

 

≪……って感じだったんだけど、どう思う?≫

 

 取りあえず、フェイトに例の『友達』について話してみる。俺の中では『5人目』と同一人物だろうと言う結論は出ているが、やっぱり直接『5人目』を見たフェイトの意見を聞いてみたいと思ったのだ。

 

≪うん、その『友達』と『5人目』は多分同一人物だと思う。今日はヴォルケンリッターが全員来てたし、その5人目も居たから。≫

≪やっぱり皆蒐集に出てたんだ。……フェイトちゃん、大丈夫だった?≫

≪……シグナムにまた負けた。……完敗だった。

 なのはも戦う時は気を付けた方が良いよ。彼女達、多分私達が知っているよりもずっと強い。≫

≪え……≫

 

 完敗? カートリッジシステムを手に入れたフェイトが?

 

≪詳しくは映像記録があるはずだから、それを見せて貰って。≫

≪う、うん。≫

≪……じゃあ、私はちょっと訓練があるから念話切るね。≫

≪その、明日からは私も居るから、頑張ろうね!≫

≪うん……ありがとう、なのは。≫

 

 ……フェイト、なんか余裕無さそうだったな。

 何と言うか前回負けた時とは何か違う感じがした。……そんなにこっぴどく負けたのか?

 映像記録を見に行きたい気持ちもあるけど、門限的に明日かな。

 

 ……明日か。

 明日、医者の診察では俺のリンカーコアも完全復活する。

 日頃から簡易的なトレーニングはしているからそこまで極端に腕が鈍ったりはしてい居ないと思うけど、相手はあのフェイトを二度も倒したヴォルケンリッターだ。

 何か秘策を用意しておきたいな……いや、その前にレイジングハート・エクセリオンに慣れないといけないか。

 

「……なのは~?」

「わっ!? ……どうしたの、アリサちゃん?」

 

 気付けば目の前で手をフリフリとさせて、アリサが声をかけて来ていた。

 

「どうしたのって……家、ついてるわよ。」

「えっ? ……あっ!」

 

 アリサが指差す先を見れば、明かりのついた家の玄関が見えた。どうやら考え込んでいる間に結構時間が経っていたらしい。

 

「ありがとう! じゃあアリサちゃん、すずかちゃん、また明日ね!」

「うん、また明日!」

「……また学校でね!」

 

……取りあえず、明日学校でフェイトに色々聞いてみようかな。カートリッジシステムを使う感覚とか……フェイトが嫌がらなければ、ヴォルケンリッターと戦った時の事とか。

 

魔法の訓練は……交渉すれば管理局の結界を貸してもらえたりしないかな? ちょっとでも良いから使わせてくれるとありがたいんだけど……

 




取りあえず地球に残った二人の目的と結果について。

なのは:『5人目』の正体に関する情報+はやて周辺の諸々の情報。
    →『5人目』は大体わかった。はやては蒐集関係の事を知らないと思った。

はやて:なのはに自分は蒐集の事を知らないと思わせる。
    →概ね成功。


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たった一度だけ勝つ為に

またも投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
中々思った通りの文章が書けなくて……


一日の授業を終えた後、俺はクロノと一緒に再び時空管理局本局を訪れていた。

理由は勿論、リンカーコアの検査の件である。

 

「……うん、もう大丈夫。リンカーコアの再生も済んでいるよ。」

「それじゃあ、もう魔法を使っても…?」

 

事前に聞いていた通りではあったが、それでも完治と聞くと込み上げて来るものがある。

今直ぐにでも空を飛んで砲撃魔法を撃ちたい気分だ。

 

いや物騒な意味ではなく、筋肉の凝りを解す為にノビをする感じと言うか……

 

「屋内でなければね。ただ本格的に魔法を使う前に、少し慣らしておいた方が良いよ。

 久しぶりに使う魔法の制御を誤って怪我をしましたって言う例も、それなりにはあるからね。」

「はい!」

 

魔法の制御に関しては毎日軽い訓練をしていたから問題無いとは思うが、やっぱり色々と感覚を取り戻しておきたいと言う気持ちはある。

空だってここしばらくは満足に飛べていないし、随分とブランクができてしまったからな。

 

「ありがとうございました!」

 

先生にお礼を言って診察室を出ると、クロノが待っていた。

 

「大丈夫だったか?」

「クロノ君! うん! もう完治してるって!」

「そうか、完治したのなら良かった。

 丁度僕もこちらでの用事は済ませて来た所だ。君に何か用事が無ければこのまま地球に戻るつもりだが……」

 

……管理局に用事か。少なくとも俺には無いな。有ったとしてもユーノに会って話すくらいだけど、急用と言う訳でも無いしな……

 

「私は大丈夫だけど……クロノ君の用事って何だったの?」

「ん? ……ああ、整備中のアースラの事で少しね。

 闇の書対策に使うかもしれない装備の申請をしてきたんだよ。……使わないに越した事はないけどね。」

 

なるほど、アルカンシェルか。確かにあんな兵器を持ち出すとなれば、申請の一つや二つは必要だろう。

なんせ影響範囲数百キロの反応消滅砲だ。下手に使えば自分達が次元世界崩壊の切っ掛けにさえなりかねない。

 

……俺達がちゃんと闇の書に対処出来なければ、最悪の場合地球も影響範囲に入れてしまうのだろうか。クロノの事だから最後の最後まで巻き込まないようにしようと考えてくれるとは思うけど……

 

「……とにかく、用事が無いのであれば早めに帰ろう。

 こうしている間にもヴォルケンリッターが動き始めるかも知れない。」

「うん!」

 

そうだな。『ちゃんと対処出来なければ』なんて考える暇があるなら、少しでもマシな対処が出来るように動くべきだ。

相手はヴォルケンリッター……フェイトとアリシアを二度も降したシグナムが率いる英傑の集団なのだから。

 

「……あっ、そうだ!

 この前張って貰った結界なんだけど……」

「ああ、分かっているとも。

 場所はまた例の公園を使うとしようか。」

「ありがとう!」

 

今はとにかく新しいレイジングハートに早い所慣れて、カートリッジシステムを使った魔法についても試しておかないとな。

 

 

 


 

 

 

「……シグナムに勝つ為にはどうすればいいか、ですか?」

 

授業を終えて帰宅後、私はリニスに相談を持ち掛けていた。

 

「……シグナムに勝つ為には速さだけじゃダメだった。

 今の私には戦いの技術が圧倒的に足りてない……」

「そうですね……確かに貴女の強みである速さを活かす技術を身に着ける事が出来れば、貴女はまた一つ強くなれる事は間違いないでしょう。」

「うん、だから……」

「ただし」

 

私の言葉を遮るようにリニスが人差し指を立てて話し出す。

 

「付け焼刃の技術が通用する相手ではありません。それはフェイトが一番解っているでしょう?」

「……うん。」

 

解っている。完全にモノに出来ていない技術は大抵の場合、肝心なところで自分の首を絞めるものだ。

完成したばかりの必殺技が上手く決まるのは漫画の中だけの話なのだから。

 

「……私はどうすればシグナムに勝てると思う?」

 

私は質問を変えた。必要な技術を求めるには時間が足りな過ぎる。

今本当に必要なのは『これからずっとシグナムに勝ち続ける方法』ではない。

『たった一度、虚を突いた初見殺しであろうと勝てる可能性』なのだ。

 

私の新たな質問に、リニスは「そうですね……」と数秒間目を瞑り考えた後……

 

「一番手っ取り早いのは、やはり相手の癖を見抜く事ですが……先日拝見した映像では、癖らしい癖が見当たりませんでしたね。」

「……それもあるけど、多分シグナムの場合自分の癖も知っていると思う。

 それに……最後の技を使われたら、私は撤退するしかない。」

 

昨日の戦いの後、私はクロノの許可を得て記録映像のコピーを貰っていた。

何か勝ち筋に繋がる癖の一つでも見つけられれば……そう思っての事だったのだが、長年戦いの中に身を置き続けた為か、分かりやすい癖は見つからなかったのだ。

その上、最後の技が一番の問題だ。あの技は使われるだけで私は距離を取らざるを得なくなる『近距離殺し』だ……カートリッジの事もあって乱発こそされないだろうけど、ここぞと言う時を確実に潰してくる。

 

「確かにあの技は完全な攻防一体をなしている()()()()()()()

 最後の突きも、恐らく音速に届いているでしょう。……音速を超える事を禁じられた貴女では躱すのが精一杯でしょうね。」

「うん……ん? ()()()……?」

 

その良い方だと、まるであの技に欠陥があると言っているようにも聞こえるけど……

 

「はい、あの技には一瞬ですが付け入る隙があります。

 それも()()()()()付け入る事が出来ない隙が。」

「……っ! 教えて!」

「一応言っておきますが、飛び切り危険ですよ?」

「……それでも、勝つ為だから……!」

 

シグナムのあの技は、間違いなく『必殺技』だ。

相手に合わせてその場で作った漫画の必殺技じゃない。

長い戦いの中で最も信頼を寄せる実績を持つ技だ。

 

だから、その技を『たった一度で良い』……正面から破る事が出来れば間違いなく虚を突ける……!

例え大きなリスクがあったとしても、賭けるだけの価値はある!

 

「まぁ、音速を超えるよりはリスクはありませんが。」

「うっ……」

 

時々リニスは意地悪だと思う。

 

 

 


 

 

 

≪闇の書の蒐集状況はどう?≫

 

八神はやての家で待機中にリンディ達の方に潜入しているロッテから念話が届いた。

ヴォルケンリッター達は思念通話で次の蒐集先を決める話し合いでもしているのだろう。時々アイコンタクトが飛び交っている。

 

……こちらの念話に気付いた素振りはない。

 

≪かなり早いね。もう550ページ近くまで進んでる。そっちはどう?≫

≪今のところはバレてない……のかなぁ? ちょっと自信が無いや。≫

≪ロッテ!?≫

 

そっちがバレたらこっちも芋づる式にバレる可能性が高いんだからね!?

潜入前にあれだけ言い聞かせたって言うのに……!

 

≪いや! あたしも致命的なへまはしてないよ!?

 ただ、先日の交戦の件でちょっとねー……≫

 

先日の交戦と言うと……ああロッテが事前に教えてくれた情報では管理局員が待機していない筈の無人世界で、何故か潜伏していた管理局員に捕捉された一件か。

 

≪アレはクロノが()()作戦ギリギリのタイミングでレティ提督の部隊を借りたのが原因じゃなかったの?≫

 

でもアレはその後直ぐにクロノ自身がそう言っていたってロッテが連絡してきたじゃないか。

 

≪あー……うん、クロスケもそう言ってたんだけどね。≫

≪何? 裏があるって?≫

≪どうなんだろうね? あたしが知ってるクロスケなら、ああ言うギリギリの場合でもホウレンソウはしっかりすると思うんだよね……≫

≪……確かに、ちょっと妙かもね。≫

 

言われてみればあの堅物が勝手な行動を取ったり、連絡を疎かにするなんて考えにくい。

でももしそうだとするなら、既に身内にスパイが紛れ込んでいるってバレているって事じゃ……

 

≪でしょ? ……まぁ、クロスケとしても闇の書は因縁の相手だから焦るあまりうっかりって事もあるかもしれないけどさ。≫

≪……油断だけはするんじゃないよ?≫

≪解ってる。ちゃんといつも通りのあたしを心がけてますとも!≫

≪ホントに頼むよ? 蒐集のペースを考えると何時Xデーになるか分からないんだから。≫

 

チャンスは一瞬。ヴォルケンリッター達の弱点も見えてきたところなんだ。

その隙を突くにはロッテとの連携が必須なんだからね……




正直フェイトさんは士郎さん辺りに鍛えて貰うのが一番強くなる(高速戦闘のノウハウ的な意味で)とは思うのですが、『神速』の速度が実際どれほどかが厳密には決められてないっぽいんですよね……
衝撃波が出ている感じはしないので音速には達していないとは思うのですが、いかんせん『高町家』なので強引に音の壁を超えているかもしれませんし……


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なのは復活

大変遅れてしまい、申し訳ありません。
何か一気にやる事が増えてしまい、執筆にあてられる時間も減ってしまい……(言い訳)


検査の翌日。

今日も一日の授業を終えた俺達は、海鳴臨海公園に張って貰った結界に集まっていた。

 

その中には当然フェイトとアルフの姿もあり、加えて今回はなんとリニスまでついて来た。

どうやらフェイトは今回少し特別な訓練をするらしく、その監督の為に来たらしい。

アルフはアルフで既に秘策は用意したらしく、今は近接戦の立ち回りを中心に特訓中との事だ。

 

そんな事を思い返していると、リーゼロッテから確認の通信が入る。

 

『それじゃあ、なのはちゃん。

 今からセットアップして貰うけど、まだまだ病み上がりだから無茶はしないでね!』

「はい!」

 

いよいよ数日ぶりのセットアップだ。

 

実は昨日の検査でリンカーコアの再生が完了した事は分かっていたのだが、高町家の門限の事もあって結局あの後はそのまま家に帰ってしまったため、今日が本格的な訓練の再開日なのだ。

首に下げていたレイジングハート・エクセリオンを手に持ち、掲げる。

 

たった数日セットアップして無かっただけだって言うのに随分久しぶりに感じるな……心なしかテンションも上がってきた。

 

「レイジングハート・エクセリオン!」

 

俺の呼びかけの声にレイジングハート・エクセリオンは光を発し、帯状の魔法陣が俺を取り囲むように螺旋状に展開される。

 

セットアップの命令を受け取りました。(Order of the setup was accepted.)

 

えっ!?

……あっ、そうか!エクセリオンになってから最初のセットアップだから色々と処理が必要なのか!

いや、今重要なのはそんな事じゃなくて……

 

≪レイジングハート、英語喋れるようになったの!?≫

≪あ、これシステムメッセージだから俺が喋ってる訳じゃないんだよね……≫

≪あっ……≫

 

……なんか、ゴメン。

 

その後しばらくシステムメッセージが流れたかと思うと

 

起動してください。(Standby, ready.)

 

レイジングハート・エクセリオンからゴーサインが出た。

 

「レイジングハート・エクセリオン……セットアップ!」

≪Drive ignition!≫

 

久しぶりに見る光が体を包む。

通う学校の制服をモチーフにしたバリアジャケットが鎧となって身を包み、手に握る杖はカートリッジシステムに用いる弾丸を内蔵したマガジンが取り付けられて若干ごつくなった。

 

≪こうして手に握るのも久しぶりな気がする……マガジンもそうだけど、色々変わったんだよね。≫

≪確かにより遠距離向きになったけど、鈍器としても使える事を忘れないでくれよな!≫

≪前言撤回。変わらないね、レイジングハート。≫

≪流石に数日じゃそうそう変わらんよ。人間だもの。≫

 

デバイスじゃないのか。

 

『……うん、計器が示す数値も正常!

 じゃあカートリッジシステムの調子を見る前に、先ずは軽く飛翔魔法から試して行こうか。リハビリも兼ねてね。』

「はい!」

 

飛翔魔法か……最近は使ってなかったけど、感覚は何となく覚えている。記憶を頼りに先ずは真上に……

 

≪Axel Fin.≫

「わっ!?」

 

何か記憶よりも随分速くなったな……これは、慣れるのにちょっとかかるかも……

 

 

 

 

 

 

『うん、大分慣れて来たみたいだね。』

「はい!」

 

多少の修正は必要だったけど、思った程はかからなかったな。割と感覚でどうにかなるようだ。

 

『これからカートリッジシステムの訓練も兼ねて模擬戦してもらうけど……なのはちゃん、門限の方は大丈夫?』

「はい、今日は友達と遊んでから帰るって言ってあるので!」

 

今日は言い訳もバッチリだ。

遊んでいるかはともかく、友達と一緒に居る事に嘘は無いし。

そう考えながら、少し遠くでリニスと一緒に訓練しているフェイトに視線を移す。

フェイトはどうやら飛翔魔法の訓練中らしい。何やら新しい事を試そうとしている様なのだが、中々上手く行っていないのか時々首をひねっている。

 

『うーん……まぁ親御さんにあまり心配かけるのも悪いし、ちゃっちゃと終わらせようか!』

「はい!」

 

リーゼロッテが提示した模擬戦のルールは以前フェイトが行ったものと同じ、『5分間攻撃せず』『カートリッジの魔力を使った魔法を最低一回使う』と言う物だ。

 

『魔力の通りに違和感を感じたり、魔法の制御に不安を覚えたら直ぐに言ってね!

 こっちから人員を送るからさ!』

「はい!」

 

模擬戦の相手は今回もその場でリーゼロッテが焚きつけた10人だ。

毎度思うがあいつ等をこうも簡単にコントロールするその手腕は見習いたい物がある。……その手腕を身に着けるまでの事を思うと、少々同情的な物を抱いてしまうが。

 

「懐かしいな……この感じ。」

「ああ、この心臓を鷲掴みにされるかのような魔力の圧……流石だぜ……」

「俺……この訓練が終わったら告白するんだ。」

 

この扱いも懐かしい……いや、こんな扱いされた事あったっけ!?

 

「なんか、凄い怖がられてない……?」

「ああ悪い、励起したなのはの魔力を浴びたからつい……」

 

……もしかして、俺の魔力って俺が思ってるよりヤバいのか?

 

「……リーゼロッテさん、もしかして私の魔力って……」

『あー……あはは、まぁちょっとあたしも自信無くすかなぁ~……

 800万ってなにさ……

 

マジか……魔力値500万とか超えちゃってるとか? ……流石に無いか。

 

「あっ、そうだリーゼロッテ!」

『はいはい……って、せめて“さん”付けしてよ!』

「なのはの魔力ってこんな感じだけど、カートリッジ使って結界とか大丈夫なのか?」

『…………ほ、砲撃はやめてくれると、お姉さんは安心できるかな~……なんて。』

 

……そう言う事になった。

 

 

 

 

 

 

はい。

 

≪20…19…18…≫

「やっべぇ! 硬ぇ!」

≪17…16…15…≫

「レイジングハートのカウントダウンが魔王の鼓動にしか聞こえない!」

≪14…13…12…≫

「別に墜としたい訳じゃないけど、障壁を破壊するくらいはしたい!」

≪11…10…9…≫

「10秒切ったぞォ!」

≪8…7…6…≫

「お前らぁ! こうなったらプランCだ!」

≪5…4…3…≫

「プランCってなんだっけ!?」「砲撃チャージだよ! 覚えろよ!」「お前もばらしてんじゃねぇよ!?」

≪2…1…0!≫

「「「「「「「「「「知ってた!」」」」」」」」」」

 

何だろう、凄いデジャヴだ。

 

≪じゃあ、やるよ。レイジングハート。≫

≪砲撃以外って話だよな……アクセルシューターが妥当か。≫

≪うん、お願い。≫

≪あいよ。因みに何発くらい出す? 多分感覚的には40発以上は出せると思うけど。≫

≪……取りあえず、その半分くらいかな。制御に失敗したら大変そうだし。≫

≪了解。≫

 

「レイジングハート・エクセリオン! カートリッジロード!」

≪Load Cartridge.≫

 

レイジングハートがカートリッジをロードし、魔力が流れ込んで来る。

……うん、特に問題は無さそうだ。ただ急激に力を増した所為か妙な高揚感があるな、コレ。

今なら誰にも負けないんじゃないかって全能感だとか、この魔力を思いっ切り使いたいって言う欲求とか。

……どうしよう、SLB撃ちたい。

 

≪なのは、落ち着け。撃つのはアクセルシューターだ。≫

≪大丈夫。解ってるよ。

 ……あっ、でもちょっと提案があるんだけど……≫

≪……正気か? いや、やるけどさ……≫

 

まぁぶっつけ本番でやるって言うなら我ながら正気じゃないとは思うけど、こういう訓練の場で試すって言うなら悪くないと思うんだ。

ただ、ちょっと操作が難しくなるかもしれないけど……

 

「アクセルシューター……シュート!」

≪Accel shooter.≫

 

レイジングハートの穂先から、勢い良く多数の光が放たれる。速度が増し、さながらレーザーのようにも見えるが正真正銘の魔力弾だ。

 

コントロールをお願いします。(Control, please.)

「うん。」

 

20発か……蒐集される前は、自分の魔力だけで作ったシューターの操作は5つまでだった。

最近は訓練で操作するシューターも1つにしていたし、今回の魔法はちょっとした()()()()だ。どれだけ操作が出来るやら……

 

「ちょっ、多い多い多い多い!!」

「これ何発出してんだ!? 制御出来るのか!?」

「落ち着け! 速いけどよく見ればちゃんと躱せる! 対処可能な速度だ!」

「ああ、制御も甘い! これだけの数の操作は流石のなのはもてこずるんだ!」

 

くっ、思ったよりもずっと難しいぞこれは……

アクセルシューターの速度を、ちょっと甘く考えてたかもしれない。

 

……だめだ。視覚に頼っているとどうしても弾を目で追ってしまって、コントロールにムラが出てしまう。一旦眼を閉じて魔力を感知する事に集中しよう。

 

俺を取り囲む10人の魔力と、ぐちゃぐちゃな軌道で飛び交う20発の魔力弾を感じる。

大丈夫だ。魔力を感知してコントロールし、別の魔力に向けて軌道を変える……いつも魔力弾スーパーボールでやってた事じゃないか。

 

落ち着け、最初から20発をバラバラに操作しようとするから混乱するんだ。先ずは4発の魔力弾を1グループとして区分けして……

 

「動きが変わった……!」

「どうやらなのはもだんだん操作に慣れて来たみたいだな。」

「……どうする? 一応今本体隙だらけだけど。」

「ばっかお前、模擬戦とは言ってもこれはなのはの訓練だぞ?

 完全に慣れるまでしっかり躱して(待って)、攻撃はその後だ。」

「ヒュー! 紳士的ィ!」

「よせやい照れるぜ。」

 

気が散る!

その気遣いはありがたいけど、出来ればもう少し静かにしてくれ!

 

……うん、弾速にも慣れてだんだん感覚も掴めてきたぞ。

後は2発ずつのグループに分けて、それから……

 

「うお、っと……! かなり精度が上がって来たな!」

「これっ、結構……っ、俺達にとって……もッ! ……良い訓練になるぞ!」

「ああ、この一件が終わったら新しい訓練メニューに加えるのも有りだな!」

 

だんだんと魔力弾の動きも良くなってはいるが、まだまだだ……!

なのはは原作でヴィータ相手にぶっつけ本番で操作を成功させているんだ。RPをするのなら、その操作技術まで模倣し切らないと話にならない……

 

 

 

……!

 

操作をしている途中、唐突に頭の中で何かが噛み合うような……

初めてやる事なのに、まるで()()()()()()()()()()かのような感覚が奔った。

何となくだが、今なら20発の魔力弾の制御も難なくこなせそうだ。

 

……眼を開くと、こっちを見ている数人の銀髪オッドアイ達と目が合った。

 

「待たせちゃってごめんね。……ここから本番だから!」

 

その言葉と同時に20発の魔力弾全てを俺の周囲に集め、一つも触れ合う事が無いように俺の周囲を乱回転させる。

……うん、やっぱりあの感覚の後は大抵上手く行く。

 

「えっ、慣れるの早くね……?」

「俺さっき数えてたけど20発あるよね、それ……」

「これが……高町なのは……ッ!」

「才能の、怪物……ッ!」

 

……あれ、何人かちょっとマジで引いてない?

お前らは忘れてるのかもしれないけど、原作でもなのははこれくらいの事やってたからな?

 

「……行くよ!」

「ヒェッ……」

 

言葉と共に全ての魔力弾を操作し、10人それぞれに2発ずつ放つ。

速度を調整する事で着弾までのタイミングを意図的にずらし、1発目を躱したところに追撃!

……流石にこれくらいは全員躱すか。だが最初に躱した光弾が既にターンして背後から強襲する。これならどうだ!?

 

「うぐっ!」

 

一人命中……今だ!

 

「“バスター”!」

 

俺の合図に合わせて先程直撃した魔力弾に、もう一つの魔力弾がぶつかり融合……術式がその場で書き換えられ、環状魔法陣が突如出現……魔力弾が()()()()()()()

 

「がっはぁっ!?」

 

込められた魔力量の都合上ディバインバスターの様な規模にはならないが、やや太めのレーザー状の砲撃を至近距離で喰らった銀髪オッドアイはあっけなくその意識を手放し、直後管理局の転送術式に包まれて消える。

 

……うん、一人墜とした。

 

「……ゴクリ。」

「これって、今こっちに飛んできてるシューターも同じ細工してるんだよな……?」

「だと思う……」

「……」

「……」

「「「「「「「「「撃ち落とせえぇぇッ!!」」」」」」」」」

 

おっと、どうやら全員シューターを打ち落とす方針に切り替えたようだ。

まぁ当然だろうな。普通の魔力弾だと思っていたのに、実際に食らえば砲撃に変化する見た目詐欺の魔法と判明したんだからな。

 

≪……良かったのか? 思いっ切りなのはがやってなかった事やってるけど。≫

≪うん。行動を全部原作に合わせればRPになるって訳でも無いし、それに……≫

≪それに……?≫

≪フェイトちゃんだけズルくない?

 『ターン!』って言って魔法の方向切り替えたり、アリシアちゃんと協力して途中で魔法が変わったりさ……≫

≪……要するに格好良い魔法が使いたかったって事か。≫

≪言い方はともかく、そう言う事!≫

 

元々「アクセル!」と言う掛け声で魔力弾の速度を上げるギミックはあったが、今のフェイトのギミックに比べると応用の幅が少ない気がする。

だからこそのこの新魔法だ。これをアクセルシューターの標準にする。

これならフェイトとの間に大きな開きは生まれないだろう。

 

レイジングハートとそんな念話をしている間も、魔力弾は銀髪オッドアイ達の攻撃を躱して……また一人、標的を捉える。

 

「“バスター”!」

「ぐああぁぁっ!!」

「「「「「「「「うおおぉぉ!! 喰らって堪るかああぁぁ!!」」」」」」」」

 

≪格好良い魔法って言うか、恐怖の魔法って感じだな……≫

≪……なんでいつもこういうイメージになっちゃうんだろう……?≫

 

見ている感じ、アレ割とガチ目に怖がってるよなぁ……

フェイトの魔法を受けるときは覚悟決めた目をしてたのに、この差は一体……?

 

「神崎ィ! 後ろだあぁぁっ!!」

「なっ……! 待っ……!」

「“バスター”!」

「うわああぁぁぁっ!!」

「「「「「「「神崎ィィィッ!!」」」」」」

 

……解せぬ。

 

 

 

……

 

 

 

『お、お疲れ様~……』

「あっ、リーゼロッテさん。お疲れ様です!」

 

銀髪オッドアイ達全員が至近距離からの砲撃に沈んだ後、リーゼロッテから通信が入る。……何でちょっと引いてるんですかね?

 

『えっと、久しぶりの魔法の感覚はどうだった?

 特に違和感とかは……』

「いえ、全然大丈夫でした!」

『で、ですよね~……あはは……』

 

いや何でちょっと敬語なんです?

 

『はぁ……やっぱり『光』って言われるだけはあるなぁ……』

「光?」

『えっ!? いや、こっちの話! ……ああ、もうこんな時間かぁ! じゃあそろそろ良い時間だし、1時間くらいなら使っても良いから自由解散で! 良いよね、クロスケ!?』

『え? あぁ……まぁ、構わないが……』

『じゃ、そう言う事だから!』

「えっ!? あの、リーゼロッテさん……切れちゃった。」

 

なんだ今の? 何か滅茶苦茶強引に話を中断させられたけど……『光』?

何、俺って管理局じゃ『光』って呼ばれてんの?

 

「『光』って、やっぱりなのはの事か……?」

「文脈を読むと……まぁそう言う事になるよな、やっぱり……」

「でもここ一応管理外世界だよな? 管理局がわざわざ目を付けるか?」

「ジュエルシードやら闇の書やら、面倒くさいロストロギアが集まる地ではあるけどな。」

 

周りの銀髪オッドアイ達もピンと来ていない様子だ。俺もリンカーコアの検査とかでちょくちょく向こうに行ったけど、そんな風に呼ばれた事無いぞ?

 

≪……レイジングハートは聞いた事ある? 『光』って……≫

≪うーん……いや、初耳だな。耳はついて無いけどな!≫

 

うわ、声のトーンでドヤ顔してるのが分かる。なんて表現力の無駄遣いだ……

 

「……まぁ俺達で考えてもどうしようもないし、今度クロノにでも聞いてみるか?」

「そうだなぁ……ただ、リーゼロッテのあの感じを見るに、多分答えてはくれないだろうけどな。」

「それもそうか。じゃあ、今はとりあえず訓練優先だな。

 折角結界使わせてくれるんだし。」

「あー……悪い、俺そろそろ門限だから帰らねぇと。」

 

銀髪オッドアイ達の中にも門限が近い者がちらほらいるらしく、人数が若干減ってきた。

もう冬だからな……暗くなるのも早い分、門限も近くなりがちだ。

 

「残ったのは……なのは達含めて8人か。

 フェイトは一家揃って来てるからまぁ良いとして……

 なのはは門限何時くらいだ?」

「えっと……ちょっと待ってね。」

 

一旦セットアップを解除して携帯を確認して、再びセットアップする。セットアップ中は身に付けていた物も全部無くなってしまう為、こう言ったひと手間がかかるのだ。

 

「あと30分くらいなら大丈夫!」

「そうか……じゃあ、軽く組手するか?

 ルールはいつも通り近接魔法と魔力弾と飛翔魔法のみ、なのはは障壁も無しで。」

「うん、良いよ!」

 

これはいつの間にか定着していた組手のルールだ。

と言っても原因の大半は俺にある。

先ず俺の砲撃で結界が破壊されたから砲撃がダメになり、次にみんなが俺の障壁を貫けない為自主的に縛ったのだ。

 

「それじゃ参加する奴はいつも通り離れて……」

「ああ、ちょっと良いかい?」

「ん? アルフ?」

 

定位置に着こうと移動する途中、声に振り向けばアルフがいつの間にかこちらに来て何やら話している。

簡単に言うと「混ぜて欲しい」と言う事らしく、俺達は当然のようにそれを了承した。

 

……結果的にそれがまた俺達の間に衝撃を齎すのだが、まぁそれをこの場に居ない皆に話すのはもうちょっと後にしよう。

事前情報無しで初めて見た時の驚く顔が見たいからな。

 




アルフの用意した秘策はシンプルですが、それゆえに強力な物です。
どれだけ活かせるかは本人の実力に依存するので鍛錬は欠かせませんが。

・新生アクセルシューター
二つで一つの魔力弾。フェイトとアリシアの関係に大きく影響を受けている。
魔力弾同士を融合させる際に仕込んでいた術式の断片同士が歯車のように噛み合い、魔法が変化する。
変化する魔法は『砲撃(バスター)』『拘束(バインド)』『爆発(バースト)』の3通り。
別に相手に直撃した後でなくても融合は可能だが、一撃入れて怯ませると砲撃が当たりやすい為本編ではそうしている。

魔力消費量がやや多くなっている為、カートリッジをロードせずに大量に生成すると流石のなのはも少し疲れる。

勿論原作通りのアクセルシューターとしての使い方も可能。


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進行

12月13日 AM 11:37 海鳴大学病院

 

 

 

今日は午前中からはやてちゃんの検査があるという事で、シグナムと一緒にはやてちゃんの病院に来ていた。

ヴィータとザフィーラはエールと共に今日も蒐集に出向いており、お昼の時間にははやてちゃんの家で合流する予定だ。

 

「……今回の検査でも、原因は掴めませんでした。」

「そうですか……」

 

海鳴大学病院の診察室で、はやてちゃんの検査を終えた石田先生が結果を教えてくれた。

 

彼女は悔しそうな表情で話しているが、検査で判明しないのも当然だ。闇の書が原因なのに、管理外世界の医療機器でそれが判明する筈もない。

そう伝える事が出来れば彼女の抱える物も多少は軽く出来るかもしれないけど、それが出来ない現状にこちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「ただ……幸いと言って良いのかは不明ですが、ここ最近は麻痺の進行も治まりつつある様子です。

 これが改善へと向かう兆候である事を信じたいですが、やはり原因が分からない以上は何とも言えません。」

 

その知らせを聞き、少し驚いた。

どうやら先生が言うには発覚当初に比べて麻痺の進行がかなり緩やかになっているらしい。

 

原因を考えて一つだけ思い当たった可能性は、闇の書の蒐集ペースが原作に比べて速い事が原因ではないかと言う物。

元々主の浸食は、私達が蒐集をしなかった事で闇の書への魔力の供給が断たれた事が原因だ。こうして浸食が遅くなるという事は、主を侵食しなくても良い程に魔力の供給がなされている証なのではないかと思ったのだ。

 

……それは私達の都合も併せて考えると複雑ではあるのだけど、はやてちゃんの苦痛がそれで減らせるのなら悪くない知らせと言える。

 

「なので私達も引き続き全力で原因の究明に当たるつもりです。なのでシャマルさん達も諦めずに、はやてちゃんの事を元気付けてあげてください。

 それがきっとはやてちゃんの力になってくれるはずです。」

「はい、私達も諦めるつもりはありません。」

 

先生の言葉に、シグナムが答えた。

そう……私達も当然諦めるつもりは無い。だからこそ今まで戦って来たし、今もヴィータちゃん達は戦っているのだから。

 

 

 


 

 

 

一面に広がる大海原と、その巨大な水鏡が映す空だけの美しい無人世界。

この無人世界に『陸』と言う概念は存在せず、あたし達のように飛翔魔法が使えなければこの絶景をのんびりと楽しむ事も出来ない。

 

……もっともあたし達の目的は観光ではないし、そんな事をしている余裕もないのだが。

 

「テートリヒ・シュラーク!」

 

アイゼンの一撃が頭部に突き刺さり、巨大なウミヘビの様な怪物が崩れ落ちる。

見渡す限りの一面に広がった水面にその巨体が横たえられ、飛沫と共に大きな波紋を生み出した。

噴き出した鮮血と水飛沫が空中で混じり、あたしの騎士甲冑を汚すがそんな事を気にする暇もない。

 

「リンカーコア、蒐集。」

 

この無人世界の海には肉食の生物が多くいる。ちんたらしていたら折角仕留めた獲物も、リンカーコア毎喰いつくされかねないのだ。

 

怪物から引き離されたリンカーコアが闇の書に蒐集されていく最中に倒れた巨大ウミヘビの方をチラッと見たが、既に夥しい量の水棲生物に集られていた。元々は頂点捕食者だったとは言え、瀕死の状況じゃ後一分もしない内に可食部位は根こそぎ食い尽くされて、骨だけが海の底に沈んでいく事だろう。

 

おかげでこの無人世界は何時までだって、綺麗な海と空だけの絶景を残せると言う訳だ。

 

 

 

「……ちっ、4ページか。」

 

蒐集が完了して、その成果に思わず舌を打つ。

やっぱりこんな雑魚相手じゃ全然遅い。現在の闇の書のページ数は580ページに迫ろうと言うところだが、こんなペースでは666ページを満たす前に管理局に見つかってしまいそうだ。

 

それもこれも管理局の奴らがあちこちの次元世界に監視の目を置いた所為だ。おかげで目星をつけていた強力な魔導生物を狩りに行けなくなってしまった。

あの時仕留めそこなった植物だって、シグナムの剣技と炎があれば仕留められただろうに……!

 

……カートリッジも今ので使い切っちまったか。やっぱり多くの雑魚を狩るとなると消耗が激しいな。

魔力も少し消費しちまってるし、ここは一度戻って……

 

イヤ、マダマダヤレルダロウ。多少ノ無茶ヲシテデモ蒐集ノぺーすヲ上ゲルベキダ。

 

…ッ!

 

「ザフィーラ! エール! 帰るぞ!」

「……ああ、了解した。」

「はい、準備は出来ていますよ。」

 

自分の内に起きている異常を知覚し、直ぐにザフィーラとエールに指示を出す。

 

こうして自分に起きている影響を察知できるようになったのも日頃の訓練の成果ではあるのだが、到底喜べるものではない。

知覚出来るようになったからこそ良く分かるが、影響が出るのが早過ぎる。最初はもっと魔力を消費しても影響は無かったってのに、今じゃちょっと自分の魔力を消耗しただけでこれか……!

 

……こんな調子じゃ、もう魔導士と戦うのは厳しいな。

ダガ、アノ魔力ハ魅力的ダ。魔導生物ヲ狩ルヨリモ効率ガ……

 

くそ、鬱陶しい! 少し黙ってろ!

何であたしがこんな中二病患者みたいなやり取りをしなきゃなんねぇんだ!

 

「エール、転送はまだか!」

「……あの、魔法陣の中に来てくれませんと転送が出来ないのですが……」

「は……?」

 

一瞬言葉の意味が分からなかった。あたしはさっき、間違いなくあいつの魔法陣の中に居た筈……

疑問に思いつつも振り返ると、エールとザフィーラはあたしから離れた場所に佇んでいた。

 

「……ッ!!」

 

あたしの顔から、さっと血の気が引くのが分かる。ザフィーラが何も言わなかったって事は、エール達があたしから離れた訳じゃ無いのは明らかだ。

それってつまり、動いたのは……

 

≪……もしや覚えていないのか? ヴィータ。

 お前が自分で離れたんだぞ。「やっぱりもう少しだけなら問題無い」と言って。≫

≪……あたしは、そんな事言ってねぇ……≫

≪そうか、分かった……次も同じ事があれば、俺が強引にでも止めよう。元々その為について来ているのだからな。≫

≪ああ、頼む……≫

 

ザフィーラと思念通話でやり取りしながら、エールの張った魔法陣の中に戻る。

エールが「蒐集はもう良いのですか?」と聞いてきたが、さっさと転送するように急かす。

 

……そうか、あたしが自分で離れたのか。ザフィーラ達にそれっぽい言い訳まで作って……

 

本当に嫌な気分だ。こうも簡単に、それも自分が気付かない内に操られるってのは。

 

 

 


 

 

 

……大体2、3分って所かね? ヴィータが自分の魔力だけで戦えるのは。

転送の術式を発動させながら、今回の蒐集で得られた収穫に内心ほくそ笑む。

 

やっぱりこうしてヴォルケンリッターの戦闘を間近で観察し続けた甲斐はあった。

何かしら隠している事があるのは分かっていたけど、まさか自分の魔力で戦い続けると正気を失うなんてね……そりゃあ私に話せない訳だ。

 

だけどこの情報を活かすにしても、やっぱりタイミングが重要だね……

今のザフィーラみたいに影響が出ていないヴォルケンリッターが傍に居たら動くに動けないし、そもそもシャマルやシグナムは今回の蒐集について来ていない。

 

……落ち着いてタイミングを計るんだ。私がヴォルケンリッターの弱点に気付いた事を気取られないように、いつも通りの表情で本心を隠すんだ。

計画を隠す事には慣れている。今までだってずっとそうしてきたんだ。悲願の成就を間近にして失敗は許されない。

 

動くのは今じゃない。

魔力を消耗させる方法なんていくらでもあるし、行動を起こすなら全員が蒐集に出向いている時だ。

 

今はロッテと情報を共有して、両方の陣営を上手く誘導してやらないとね……

 

 

 

≪……って言う訳だよ。私の方は何時でも動ける。≫

≪オッケー! こっちの方も悪くないかな。

 フェイトちゃんとなのはちゃんのデバイスもちゃんと問題無く動いてたし、二人とも順調に力を付けてるよ。

 ……まぁ、『力』って意味ではなのはちゃんの魔力は異常過ぎるレベルだったけどね……≫

≪了解。それじゃあ闇の書の蒐集ペースもあるし、直ぐにでもって言いたいところだけど……なのは達はまだ学生だったか。

 動きやすい日程となると、16日の土曜日辺りにでも行動を起こそうか。≫

 

なのはって言うと確か例の予言で『光』って呼ばれてた子だね……

私はまだ直接見た事がある訳じゃ無いけど、ロッテからヤバい話はいくらでも聞いてる。

敵に回すと脅威だが……上手く制御してやればこれほど有力な駒もないだろうし、彼女にはせいぜい働いて貰うとしようかね。



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猫の示す選択肢

12月14日 PM 5:26 海鳴臨海公園

 

 

 

「これで……終わりだ!」

≪Shooting Edge multi shot!≫

「この俺がこんなところで……ぐわあぁぁぁっ!」

 

一瞬の隙を突いて放たれた無数の魔力刃に貫かれた相手が墜ちていき、海面に叩きつけられる前に回り込んでいた神場がその身を受け止めた。

 

「決着ゥゥゥーーーーッ!」

 

いつも訓練でやっている模擬戦の光景である。

 

 

 

 

 

 

「やっぱ封時結界って便利だよな~……

 学校ある日でも結構訓練時間取れるし。」

「そうだな。自分で張れれば自宅でも軽い訓練は出来るから、使えるに越した事は無いんだけど……」

「……なんでよりによって結界魔法の適性が無いかなぁ、俺……」

 

模擬戦の終了後、持参した水筒でのどを潤していると、少し遠くの方でそんな会話をしている神谷と斎藤の姿を見つけた。

斎藤は砲撃の適性は結構高いんだが、障壁・結界の適性が皆無と言って良いレベルだったからな……

今となっては木之元がデバイスをカスタマイズしたおかげで特典を活かせる程度には障壁が使えるようになったようだが、結界となるとそれだけでは上手くいかないらしい。

 

……しかしこうして見回してみると、結構銀髪オッドアイじゃない転生者も増えて来たなと思う。

新しいデバイスに合った戦い方を考える紅蓮や、実に中二チックなバリアジャケットを纏った3人組の強力な合体魔法等の光景もジュエルシード事件の頃には見られなかったものだ。

 

「しかし、なのはやフェイトが居ないとやっぱり刺激が足りないな……」

「二人は今管理局の方を手伝ってるからな……闇の書の優先順位が高いのは仕方ないって。」

 

……そう、今回の訓練に二人の姿はない。

管理局の仕事を手伝う名目で、今頃は二人共無人世界を飛び回っている事だろう。

 

「なーんで俺達は行っちゃいけないのに同じ管理外世界出身のなのはは良いんだろうな?」

「ん? お前忘れたのか? 

 闇の書の蒐集は『一人につき一回』ってルールがある……つまり、なのははもう蒐集される危険が無いからだぞ。」

「フェイトは元々管理外世界出身とは言えないし、プレシアの事もあるからな……」

「いやぁ、まあ俺も頭じゃわかってるんだけどさぁ……やっぱり鍛えてる以上はその成果を発揮したいって気持ちもあるだろ?」

「あ~……まぁ、な。」

 

正直そう言う気持ちが俺に無いと言えば嘘になる。誰だって練習の成果は実戦で発揮したいと思うのは当然だろう。

ただなぁ……

 

「言っておくけど、お前らはまだマシな方だぞ? 俺なんて『一人で外に出るな』って言われてんだから。」

 

……俺達よりも重い制限受けてる奴が居るからなぁ。

 

「いや、お前は仕方ないだろ!? お前が作った魔法、試作品も含めれば1000超えてんだから!」

「しかもお前フェイト対策のガンメタ魔法10個以上作ってただろ!?」

「それ闇の書に吸われたらほぼ確実に『詰み』だからな!? 絶対勝手に外に出るなよ!?」

 

『魔法の創造』なんてチート能力を願ったばっかりに、神場は今登校時だって誰かの付き添いを余儀なくされているのだ。

ユーノが無限書庫で調べた結果判明した『闇の書は魔力と共に魔法も蒐集する』と言う情報が彼の自由を奪う結果となったのだ。……まぁユーノ本人が転生者だから実際の情報の出所が本当に無限書庫かは不明だが、事実だから仕方ないな。

 

「……あ、悪ぃ俺そろそろ門限だわ。」

 

誰かの言葉で結界の外にある時計を見れば、確かにもういつもの解散時刻だった。

 

「あー、もうこんな時間か……じゃあそろそろ解散にするか。」

 

 

 

「おっと、ちょ~っと待ってくれるかな?」

「えっ?」

「……なんでリーゼロッテが居るんだ?」

 

全員の視線がいつの間にかそこに居たリーゼロッテに注がれる。

 

「あ、当たり前のように呼び捨て……

 あたしそんなに貫禄無いかな……?」

「良いから質問に答えろよ。」

「冷たいなぁ君達!?」

 

いや、だって俺らからしたら普通にスパイってバレバレだし。

本人には言えないけど。

 

「あたしは君達に良い話を持って来たって言うのにさぁ!」

「……良い話?」

「うん! ねぇ、君達。さっき『訓練の成果』を発揮したいって言ってたよね?」

 

話を聞いてみれば案の定、今度の作戦に臨時の戦力として参加したい人は居ないか? との事だった。

 

「いや、普通に考えて無理だろ。

 クロノが許可出すとは思えないし、別の世界に一般人を軽々しく送り込んで良いのかよ?」

「おぉぅ、思った程乗って来ないね君達……」

 

そりゃあなぁ……リーゼロッテからしてみれば俺達は小学生だろうけど、中身はもっと年上なんだから簡単に釣られるわけがない。

 

「まぁ、一つ誤解してるみたいだから訂正しておくと……

 別に作戦に参加するからと言っても別の世界に送り込む訳じゃないよ。

 ちょっと今度の土曜日に地球でやって欲しい事があるだけだから、話だけでも聞いてくれないかな?

 勿論参加するかどうかは聞いた後に自由に決めてくれても良いよ!」

 

地球でやる事……ってなんかあったか?

皆と念話で相談してもパッと思い当たる事はない。あるとすればせいぜいが最終決戦くらいだけど、クリスマスイブにはまだ一週間以上あるし……

 

「まぁ、話を聞いた後で『聞いたからには強制参加だ』とか言わないなら聞くだけ聞くけどさ……」

「流石に子供に対してそんなえげつない真似しないよ!?

 年齢の割に発想が物騒なんだから……」

 

その後聞かされた作戦は、随分と妙な内容だった。

確かに()()()()()()()()()()()だし、危険はそれほど高くないが……

……いや、まさかな。でもそれが出来るとしたら……ヴォルケンリッター達、詰むんじゃねぇか?

 

「本来ならこの作戦も管理局の局員だけでやるべきなんだけど、今ちょっと色んな世界に配置してるから人手が足りないんだ。

 だから出来るだけ多くの人手が欲しいんだよね。結界魔法が使えるなら誰だって募集中!

 ……あ、当然神場君は参加したらダメだよ? 流石にね。」

「キレそう。」

 

周りを見れば何人か乗り気になってる奴も居る感じだ。

実際に聞いた限りじゃ危険は少なそうだし、別に難しい事をしろと言われている訳でもない。神場はともかく、俺はどうするかなぁ……

 

 

 


 

同刻 八神家

 

 

 

≪……蒐集の編成を変える……だと?≫

≪はい、現状の効率を考えればその方がよろしいかと。≫

 

まさかエール(リーゼアリア)が私に直接意見するとはな。……大方、これも計画の一つなのだろうが。

 

≪おい、部外者があたし等の行動に口出すんじゃねーよ。≫

≪……私が身の危険を覚悟してまでシグナムさんにこう言っている理由の中には、貴女の事も含まれているんですよ? ヴィータさん。≫

≪あぁん!? 喧嘩売ってんのか!?≫

≪落ち着けヴィータ。……エール、言ってみろ。≫

≪……ちっ。≫

≪冷静な判断、ありがとうございます。シグナムさん。≫

 

ふん、心にもない事を……

とは言えここ最近の成果を見れば、確かに目に見えて蒐集のペースは減っている。

管理局が幾つもの無人世界に監視の目を置いているせいで、ヴィータの能力を活かせる相手に対する蒐集行為が出来ていない為だ。

エールの判断は、平等な目で見れば何らおかしい事でも無いのだ。

 

 

 

≪……なるほどな。

 主の守りはシャマルとザフィーラに任せ、私とヴィータの二人で蒐集を……か。≫

≪はい。ザフィーラさんの守りとシャマルさんの転送術式があれば、主の身を守るのには十分かと。≫

 

……確かに一理ある。だがそれはシャマルとザフィーラが本来の能力を十全に発揮できる場合だ。

蒐集が進み、闇の書からの干渉を受けやすくなっている現状では不安が残る。

だがそれを理由にエールの意見を突っぱねる事は、自らの弱点をみすみす教えるような物……

 

≪ふむ……考えておこう。≫

≪お願いします。≫

 

エールとの思念通話を切り、はやてとヴォルケンリッターのみの思念通話を繋ぐ。

 

≪……どう思う?≫

≪私は罠やと思うで。

 エールさんってリーゼアリアさんなんやろ?≫

≪はやてちゃんの言う通り、罠だと思う。

 でも、彼女の言う事にも正しい部分があるのも確かなのよね……≫

≪あいつの意見を聞く理由なんてねぇだろ。

 あたし等は可能な限り原作に近い時期に闇の書を覚醒させる必要があるんだ。

 ペースが落ちてる事自体は、別に悪い事ばかりじゃねぇよ。≫

≪……ヴィータの言う通りかも知れん。これまでは寧ろペースが速すぎた。

 エールと管理局の監視の目がある以上、蒐集のペースを落とすのにも理由が要る。

 今回の事を理由にすればクリスマスイブまで時間を稼ぐのも不可能ではない。≫

 

なるほどな……確かに我々の目的を考えれば、闇の書の覚醒はクリスマスイブが望ましい。

原作通りに事を進めれば必ず上手く行くと言う訳では無いが、原作の流れにより近づける事で我々の知らない要素による失敗をいくつか回避できるだろうからだ。

例えば、グレアム提督達がデュランダルを完成させる前に闇の書が目覚めてしまえば手は付けられない……と言った具合に。

だがエールがこうして動いた以上、あちらの準備は整ったという事でもある。

既にデュランダルは完成し、凍結封印に必要な要素が揃ったという事……

 

……後はアルカンシェルを搭載したアースラが来れば、一応我々の求める要素は揃う訳だ。

 

≪……≫

≪どうしたんだよ、シグナム? 随分と悩むじゃねぇか。≫

≪シグナムは、はやてちゃんの事を考えてるんだと思うわ。≫

≪私?≫

 

シャマルはあの場に居たから察しがついたようだな。

 

≪……そう言えば三人には伝えていなかったな。

 実ははやての主治医の方が言うには、はやての麻痺の進行が原作に比べると大分緩やかになっていると思われるのだ。≫

≪おぉ! 良い事じゃねぇか。≫

≪でもそれは私達の闇の書の蒐集ペースが原作よりも大分早いからだと思うの。

 今は闇の書がはやてちゃんの魔力を蒐集しない程度に満足しているから……

 だけど、もしも原作のペースに合わせようとしてペースを落とせば……≫

≪あ……≫

≪むぅ……≫

 

ヴィータとザフィーラも私とシャマルが悩む理由を理解したようだ。

原作に合わせれば、我々の目的を達成しやすくなる()()()()()()代わりに、はやては()()()()()今以上の苦痛に苛まれる事になる。

 

……原作に近づければ近づける程、未確認の要素による事故は減る筈だ。そう思って行動してきたが、結果として今の私達の状況はどうなっている?

既にエールと言う不確定要素が発生し、グレアム一派の計画に変化があった事が確定している。

その結果として本来は可能だったはずの闇の書の蒐集ペースの調整も出来なくなり、さらに蒐集が進むほどに意思も体もままならなくなると言う事実まで発覚した。

 

この状況で優先するべきはどちらなのか……そう考えた時に過るのは襲撃者の言葉だ。

『転生者は例え望まずとも未来を変えてしまう。その一挙手一投足全てが未来を歪める蝶の羽ばたきなのだ』……彼の言う通りだった。

未来を変えぬようにと動いても、私達の知らぬところから風が吹く。

地球の転生者が、管理局の転生者が、時には私達自身の行動が……思い描いた未来の絵をぐちゃぐちゃにかき乱し、まったく別の姿に変えてしまう。

 

心が迷う。

時間だけでも原作に合わせる事は、多分今からでも可能だろう。

だがもしもその結果はやてに苦痛を与えるだけ与えて、それでもなお計画が失敗するような事があれば……そう考える事を止められない。

 

≪迷う事はあらへん!

 私はこうして八神はやてに生まれた時点で覚悟はしとる!≫

≪はやて……≫

 

私は知っている。はやてが時々心臓を苛む苦痛に耐えている事を。

その際に表情が歪んだことも一度や二度ではない。……今、この時でさえそうなのだ。

懸命に隠しているようだが、首筋を伝う汗が暖房の暑さによる物じゃない事なんて……この場に居る皆が理解している。

これ以上の苦痛を与える選択を、容易に選べるはずもない。

 

≪はやて……隠す必要は無い。

 我ら全員、今もはやてが苦痛に耐えている事は知っている。≫

≪……それは、数百年戦い続けて得た観察眼ってやつか?≫

≪……いや、お前と過ごした数ヶ月の積み重ねだ。≫

≪ズルいなぁ……そんなん持ち出されたら、誤魔化しきれる訳無いやん……≫

≪はやてちゃん……≫

≪……分かった、正直に言うわ。

 確かに今も私の心臓は滅茶苦茶痛いし、これ以上の痛みがあるなんて考えただけで怖くて仕方ない。

 それでも、計画が失敗したらこの痛みに耐えた理由も無くなってまう。

 私は……絶対に生きたい。そんで皆とこの先もずっと一緒に居たい……どんな苦痛に耐えてでも。≫

≪……分かりました。≫

 

はやての言葉で私の心も決まった。はやてが既に覚悟を決めていたのなら、私も覚悟を決めよう。

 




実は転生者が一気に管理局に入った時点でヴォルケンズの計画が上手く行かない事が確定してたと言う話。

1.管理局に大量の同じ顔が入る。
2.連絡系統の混乱と、スパイを危惧した管理局のセキュリティが一新。
3.グレアム提督達がその影響を受ける。
4.作戦の変更。リーゼとグレアム提督が軽々に連絡を取る事が出来ない為、
 より現場での判断を重視した物に&管理局のシステムへのジャミングも出来ず、仮面の男による介入の危険性が上昇。そもそもクロノの方がリーゼよりも強い事もあって出来なくなる。
5.ヴォルケンズに直接介入する事に。
6.監視の目が付くため、闇の書の蒐集ペースをコントロールできなくなる。

エール=アリアを引き入れた事がケチのつき初めではありますが、引き入れなかった場合はそれこそ何をするかもわからないのでどちらが正しかったのかは不明。


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騙す者、騙される者

後半は週一ペースを守る為にちょっと勢いで書き上げたところもあるので、変だなと感じた個所は遠慮なく指摘していただけると嬉しいです。

ちょっと長めですが、この回は下手に分割すると違和感を感じると思ったので……


12月16日 AM 10:15 海鳴市 某アパートの拡張空間

 

 

 

「はぁ……」

 

複数のモニターの並ぶ薄暗い部屋に、もう何度目とも知れないエイミィのため息が響く。

今俺達が居るのはリンディさんが借りたアパートの一室を使って作られた管理局の拠点だ。

今日は土曜日。学校が休日という事もあって、俺は朝からエイミィ達の仕事を助ける為にここに来ていたのだが……

 

「あの……エイミィさん、元気無さそうですけど大丈夫ですか?」

 

エイミィが何度もため息をついており、見るからに元気が無い。

あまり管理局の内情に首を突っ込むべきではないと思って聞かなかったのだが……ここに来てからずっとこんな様子を見せられていると、流石に何も聞かないのは薄情な気がしてついとばかりに聞いてしまった。

 

「なのは、あんまり深く関わらない方が良いよ? エイミィの事だからどうせ……」

「なのはちゃん! 聞いてくれるの!?」

 

アルフの言葉を遮るように、エイミィが“ぐりん!”と音を立てそうな勢いでなのはの方を振り向く。

……まるで聞いてくれるのを待っていたかのように。

 

「あーあ、遅かったかねぇ……」

「アルフ。しばらくは私達がモニターを見ておこう。」

「はいよ。」

 

既に何度か経験済みなのだろう。アルフとフェイトは慣れた様子で視線をモニターに移すと、刻々と移り変わる無人世界の光景を注視し始めた。

 

「えっと……フェイトちゃん、もしかして何か知って……?」

「聞いてよなのはちゃん!」

「あっ、はい……」

 

一方でこれが初体験のなのははエイミィに両肩をがっちりと掴まれ、その口から吐き出される愚痴の数々に呑まれる事となった。

 

 

 

「……つまり、クロノ君が居なくて寂しいと……?」

 

纏めるとどうやらそう言う事らしかった。

何でもクロノは整備の完了したアースラを取って来る為に昨日から管理局の本部に戻っているらしく、この拠点に一人残された事の寂しさが原因であのようなため息をついていたらしい。

……道理でアルフもフェイトも何も聞こうとしない筈だ。

 

「それもあるんだけどさぁ! 一番酷いのはリーゼロッテだよ!

 こんな状況だって言うのに『あたしはちょっとやる事があるから、この場はエイミィちゃんに任せるよ!』なぁんて言って、朝からどっかに出かけちゃうしさぁ!」

 

その言葉にそう言えばと思い出す。

今日ここに来た時にエイミィさんが出迎えてくれた事に始まり、他の管理局メンバーを誰一人見ていなかった事を。

 

てっきりもう無人世界の何処かに待機しているのだろうか等と軽い気持ちで考えていたけど、どうやら実情はもう少し違ったらしい。

 

「えっと、そう言えばリンディさんは……?」

「ちょっと前から本局に戻ってる。闇の書の情報を調べてるユーノ君が『情報規制されている書庫がある』って言って、そこを調べる許可を出す為にって……」

 

……情報規制? そんな描写あったっけ?

いや、まぁ情報規制自体は有ってもおかしくはないけど闇の書の情報を探す段階でそんな話は……もしかしてリーゼ姉妹が度々持って来てたあの本がそうだったのか?

 

「あれ? でもだったらアースラを取って来るのってリンディさんにお願いすれば良かったんじゃ……?」

「クロノ君が本局に用事があるからついでにだってさ……12時間以上って『ついで』の用事にかかる時間じゃないよねぇ……?」

 

……なんだろう、何か裏で色々動いている気がしてならない。

特にリーゼロッテがどっかに出かけていると言うのがきな臭い。今はクロノがおらず、エイミィがこの拠点を離れられず、監視の目も無人世界から離せない状況だ。

 

そう……闇の書の主であるはやてが居るこの地球が、今は完全にフリーとなっているのだ。

はやてが闇の書の主と知っているリーゼロッテにしてみれば、この状況は滅多に無い好機とも言える。

 

しかし、よりにもよってアースラの整備完了とクロノの用事が偶然重なるなんて……

いや待てよ、クロノの用事に関しては本当に単なる偶然なのか?

 

「……なぁエイミィ、ちょっと聞きたいんだけどさ。」

「何さ。」

 

何やら難しい表情をしたアルフがエイミィに問いかけ、エイミィが拗ねたように投げやりな返答を返す。

 

「いや、そんな不貞腐れなくても良いじゃないか。さっきの事を気にしてるなら謝るからさ。

 ……それよりも、そのクロノの用事が何なのかエイミィは聞いて無いのかい?」

「今回の事件の事で話があるんだってさ。

 全く、今時通信装置で話せばいいのに『どうしても会って話がしたい』なんてさぁ……()()()()()()も困ったもんだよねー……」

「ッ!」

 

っ!!

 

思わずと言った様子でこちらを振り返ったフェイトと目が合う。どうやらフェイトもしっかり聞き耳は立てていたらしく、転生者としての知識からこの一件の裏側を大まかに把握したようだ。

 

しかし、拙いぞ……完全に真っ黒だ!

グレアム提督がクロノを引き離し、残されたエイミィが無人世界の監視に縛られ、その隙に自由に動けるリーゼロッテが朝から何処に行くかなんて……一か所しかないじゃないか!

 

どうする……? 俺だけでもはやての所に向かうか?

でもどうやって言って出て行けば良いんだ!?

『実はリーゼロッテとグレアム提督がグルで、闇の書を覚醒させようとしてるんです』なんて言ったところで、管理外世界の住人である俺じゃ説得力なんてありはしない。

フェイトも同じような物だ。出生の理由から管理世界の……それも管理局の事情なんて知る由も無い少女一人の言葉で信用を得られる程、簡単な情報じゃない。

そもそもフェイトはまだはやての家が何処にあるかも知らないのだ。

 

俺も何かしらの事情をでっちあげてはやての家に向かうか……? でも駆けつけるにしたって、正体を隠している俺としては何かしら正当な理由が欲しい!

はやての未来がかかっているこんな時にこんな考え方をするのは我ながら友達甲斐のない奴だとは思うけど、俺だってこのRPに未来がかかっているんだ! 簡単に踏み出せる一歩じゃない!

 

誰かにはやてを守って貰うしかない……! 信用できる誰かに!

銀髪オッドアイ達に伝えれば……駄目だ、アイツ等もはやての家を知らない筈だ!

寧ろ知っていると考えたくない! だって知ってたらそれはストーキングしたって事じゃないか!

 

誰かいないか……誰か……

 

脳裏にある記憶が過る。たった一日だけだが、はやてと一緒に遊んだあの日の記憶だ。

 

『今日は良え日や。アドレス帳の名前が二人も増えたで!』

『じゃあ次はこのゲームで勝負や! 今度は敗けへんで!』

『さ、33-4……やと……!?』

『今日は楽しかったで! また今度一緒に遊ぼうな!』

 

ダメだ……俺しかいない。魔法関係の事情を知っていて、八神はやてと関係がある人物。駆けつけられる魔導士は俺しか……!

 

……はやて、良い子だったよな。

最初は色々情報を引き出そうなんて打算込みで遊んでた俺も、いつの間にか普通に楽しくなって……

 

そうだ。俺はまだはやてと本当の意味で分かり合っていない。

 

打算込みの付き合いを最後にして別れるなんて事があれば、俺は多分一生引き摺る!

 

何かしら理由をでっちあげて、すぐに駆け付けよう。

……そうだ、クリスマスプレゼント! はやての家の近所にあるおもちゃ屋のトイざるすに、クリスマスパーティーで交換するプレゼントを買いに行くと言うのはどうだ!? まだちょっとクリスマスには早い気もするけど、来週の土曜日がクリスマスイブである事を考えれば、今から用意してもおかしくはない……と思う!

 

フェイトにも直ぐに今の考えを念話して口裏を合わせて貰おうとして、フェイトの方を見た瞬間。

フェイトを挟んでその背後、ある一つのものが俺の目に映った。

 

「……ヴォルケンリッター!」

「えっ、嘘っ!?」

 

複数の無人世界を映す巨大なモニターの片隅……小さく映り込んだ燃え盛る無人世界の映像。

炎の赤に紛れるようにして、3()()()()()の姿がしっかりと映り込んでいた。

 

唐突に響き渡る警戒音。エイミィが手元のコンソールを叩き、緊急の指令を下したためだ。

 

「待機中の全局員に告ぐ! ヴォルケンリッター『ヴィータ』、『()()()()』、『5人目』を確認!

 目標次元世界は第48無人世界『フラムヴァル』! 座標を各班のリーダーのデバイスに送信するので、確認次第出撃せよ!」

 

状況が動く。裏で今も動いている計画を覆い隠さんばかりに。

この状況も今となっては『作られた展開』だと分かる。リーゼアリアが自分達に目を向ける為に、意図的に見つかる様な無人世界を選んで転移してきたのだろう。

 

もはやクリスマスプレゼントを言い訳に抜け出せる状況ではない。

だけど、これはチャンスだ。

 

ヴォルケンリッターはこの段階では敵でしかない……だけど『はやてを守る』と言う目的に限って言えば、これ以上信頼できる味方も居ない!

それに、いま唐突に思い出した事がある。

ヴィータにデバイスを壊された(壊させた)後のユーノとの会話……もしもあの時に俺が立てた推論が当たっていたとすれば、俺達はきっと協力し合える!

 

「エイミィさん! 私達も!」

「お願い! フェイトちゃん、転送ポートまで案内してあげて!」

「任せて!」

「あたしも行くよ!」

「うん!」

 

例え今は敵同士だとしても、会話は出来る。

伝えるんだ。はやてに迫る危機を! 共通の思いがあれば、戦いの中でだって協力は出来るはずだ!

 

 

 


 

同刻 無人世界『フラムヴァル』

 

 

 

「……蒐集完了。7ページか……久しぶりにそこそこいい獲物だったな。」

 

アホみたいにでかい燃えるナメクジを蒐集した結果、結構な稼ぎになった。

一体倒してこの成果と言うのも久しぶりだ。ここ最近は雑魚を何体も倒してやっと5~6ページなんて状態が続いていたからな……内心結構まんざらでもない気分だ。

 

「やはりヴィータさんの力はこう言う相手には強いですね。

 巨大な相手を一撃とは……」

「ったりめぇだ! てめぇ、昨日は随分とあたしに舐めた口聞いてくれたよなぁ!

 なぁ!」

「それに関しては謝罪させていただきます……やはり貴女の力は素晴らしい。」

 

……何か妙な感じなんだよな。今日のエール(こいつ)

こうして怒鳴って見せても、いつもと違って妙な自信に溢れてるって言うか。

それにこう言う顔した奴は昔も結構いたが、どいつもこいつも碌な奴じゃなかった……ように思える。

流石に昔の事過ぎて()()()()()()()()()()()が。

 

「……エール。本当にこの世界は管理局の眼が無いのか?

 先程の生物は元々我らが目を付けていたもの……管理局もそれは理解しているものだと思っていたが……」

「ふふ……大丈夫ですよ、シグナムさん。心配無用です。」

 

どうだかな……まぁ、あたし達が管理局に捕まればアイツの計画もおじゃんになる事を考えれば、ある程度は問題無いのかもしれないが……

 

そんな事を考えた瞬間、前方10m程の所に光が灯るのが見えた。

 

「これ、まさかッ!?」

 

見間違えるわけもない――時空管理局の使う『転送』の術式!

 

光は忽ち数人の人間を包み込めるくらいの大きさになったかと思うと、その中からなのは、フェイト、アルフが現れた。

 

「なっ……! やっぱりこの世界、マークされてたんじゃねぇか!」

「ヴィータ、今は目の前の相手に集中しろ! エール、転送の準備を!」

「ええ! ……ふふっ

 

アイツ、管理局が転送して来る事を教えるのも役目だったはずだろうが……!

くそっ……今はとにかくここを切り抜ける事が最優先か!

 

「アイゼン!」

了解。(Jawohl.)

 

アイゼンを構え、相手の出方を見る。

正直なのははともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのが一番拙い。

出来る事と言ったら転送までの時間稼ぎがせいぜいだが、フェイト相手じゃそれも難しい……!

 

どうするかと考えを巡らせていると、不意に頭の中に声が響いた。

 

≪シグナムさん! ヴィータちゃん! 聞こえる!?≫

 

この念話……なのはか?

 

≪てめぇ、こんな時に思念通話なんてどういうつもりだ!?

 戦いの最中に……≫

≪戦いながら聞いて! はやてちゃんが危ないの!≫

≪な、何でてめぇがはやての事を知ってやがる!?≫

≪待て、ヴィータ……どういう事だ? 詳しく聞かせろ。≫

 

はやてが危ない……どういうことだ!?

エール(リーゼアリア)はこっちに来てるし、向こう側にリーゼロッテがいるからこっちに情報が……

 

……待て、何でさっきこいつらが来る事をエールはあたし達に教えなかったんだ……?

まさか、()()()()()()()()()()……?

 

「どうしたんですか? シグナムさん。

 防戦一方のようですけど、そのレヴァンティンは飾りなのでしょうか?」

 

ふと耳に入ったエールの声。

 

なのはの魔力弾とあたしの鉄球が飛び交う戦闘を熟しながら、フェイトの魔力弾を障壁で防いでいるあちら側の戦いに目を走らせる。

 

今のところは何とか問題なさそうだが、このまま魔力を使わせるのは拙い……!

 

「エール……先程の我が問いに、お前は『心配無用』と答えたな。

 だがこれはどういう訳だ?」

「ふふ……言葉の通りですよ。

 だって例え見つかったとしても、ここにはシグナムさんとヴィータさん……ヴォルケンリッターで()()()()()()()()()が揃っているのですから。」

「……貴様……!」

 

エールのあのセリフ……()()()()バレていたのか、あたし達の状況が。

いよいよもって昨日のシグナムの予想が当たっていた事を実感する。

 

≪おい、高町なのは。≫

≪何!? 早く地球に戻ってはやてちゃんを……≫

≪そっちは大丈夫だ、心配は要らねぇ。≫

≪でもヴィータちゃんとシグナムさんが来てるって事は、向こうに居る二人は魔力が……≫

 

……ちっ、やっぱりバレてたのか。シャマルとザフィーラがもうそんなに長く戦えない事。

だが、それでも問題はない。

 

≪気にするな。はやては安全だ。≫

 

そう言いながら、転送の術式を構築しているエールを見遣る。

どうやら今も余裕たっぷりにのんびりと術式を組んでいるらしい……何も知らずに。

 

「ほら、フェイトさんが来ますよ? 私を守ってください。

 今もこうして転送の術式を構築しているのですから。」

「貴様は随分と余裕だな……術式の構築が昨日の時よりも目に見えて遅いぞ。」

「私には焦らなくても良い事情が……

 待ってください。『昨日』……?

 シグナムさん、貴女……昨日、私が転送の術式を構築したのを見たと……?」

「ふん、今頃気付いたか。

 これを見てものんびり転送の術式を組めるのか、見ものだな。」

 

その言葉が引き金になったかのように、シグナムの姿が光に包まれる。

そしてその光も直ぐに収まり、その正体を現した。

 

「なっ……あ、貴方は……」

「改めて名乗る必要は無いだろう。

 昨日も一昨日も、共に蒐集の為に無人世界を渡り歩いた仲なのだからな……!」

 

先程エールが嫌味たっぷりに言った『そのレヴァンティンは飾りなのでしょうか?』と言う言葉は正解だ。

事実何の機能も持たず、ただガワだけを寄せた棒っきれだからな。

 

「どうした、エールよ……術式の構築が止まっているぞ。

 急いで帰りたい気持ちは、()()()()()()()()()()()()()?」

「くっ……!」

 

エールの表情が苦渋に染まる。どうやら状況を理解したらしいな。

 

さて……今頃はやてにちょっかいを掛けようとした奴が相手するのは、一体誰なんだろうな? 少なくとも()()()()()()()なのは間違いないが……

 




第48無人世界『フラムヴァル』は何となく炎っぽい名前を想像して付けました。
一応wiki等で調べたので原作には『第48無人世界』も『フラムヴァル』も登場してない筈……!(出てたら名前変えます)


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今日がその日

今年最後の投稿(ギリギリ)

来年もよろしくお願いいたします!


「はぁッ!」

 

放たれた横薙ぎの一閃をバックステップで躱す。

お返しに魔力を込めた蹴りを見舞おうとも考えたが、こちらが着地するよりも前に追いつかんばかりの突進から繰り出された突きを、慌てて空中で体勢と移動方向を変える事でやり過ごす。

直後、急停止からの振り向き際に下段から放たれた切り上げを、上体を逸らす事で辛うじて回避。再びバックステップで距離を取ると、先程の切り上げで吹き飛ばされたのだろう帽子が空中で燃え尽きるのが見えた。

 

「いやぁ……映像で見てはいたけど、やっぱりかなりやるねぇ。

 得意な距離も完全に被っちゃってるし、流石の私もちょっとヤバいかも……」

 

これがシグナムかぁ……やっぱり近距離じゃ勝ち目は薄いなぁ。アリアなら遠距離からのバインドやら、砲撃やらで立ち回れるのかもしれないけど……

……って言うか、何でこっちにシグナムが居るのさ!? 今朝アリア『ヴィータとシグナムを引き離す事に成功した』って言ったよね!? 

とんでもない貧乏くじなんだけど! シャマルが近くにいる所為か念話も出来ないから私の文句も届かないしさぁ!

 

「その耳……使い魔か。」

 

シグナムのその言葉に頭を触って確認すると、どうやら先程のやり取りで帽子と一緒にパーカーのフードも外れてしまっていたようで、私の耳が外気に晒されていた。

多分シャマルが張ったのであろう結界のおかげで民間人に見られる心配が無いのだけど、その所為で逃げる事も出来ないのがなぁ……

 

「あー……いや、これはただの趣味でして……」

 

取りあえずこの場で考えた言い訳をしてみる。

以前テレビでやっていたけど、この次元世界には動物の耳を付けてはしゃぐテーマパークがあるらしい。普通にそう言うのがいる世界出身としては良く分からない感覚だけど、きっと何かが楽しいのだろう。……ふむ、咄嗟にしてはなかなか悪くない言い訳だったのでは?

 

「ほう? 傷付けまいと気を遣おうと思ったが……ならばその耳、切り落としても問題はあるまいな?」

「やめてください、おばぁちゃんの形見なので。」

 

軽くジョークも混ぜて時間稼ぎしてみるけど、シグナムの眼は依然として鋭いままだ。まぁ最初に()()()()()姿()()()()()()時点で向こうからすれば完全に敵だもんねぇ。

 

予定だとアリアが主戦力を分断している隙にシグナムかヴィータに変身した私が闇の書の主に近付いて、残りのヴォルケンリッターを無力化&主の確保って段取りだったんだけど……

体格とか性格を考えて、シグナムに化けちゃったのが運の尽きだったかなぁ。

はやてちゃんの家に一歩踏み込んだところでご本人登場だもん。直後に結界も張られるしさぁ……

 

「構えろ。先程の立ち回りからして、戦えない訳でもあるまい。

 それとも……最後までその態度を貫けば、やり過ごせるとでも思っているのか?」

「ち、違うんだよぉ~! 私はこの辺りに住む猫の……妖怪? で、ちょっとした悪戯のつもりで~……」

「参る!」

「ちょっ……!?」

 

もうちょっと話を聞いてくれても良いんじゃないかな!? いきなり切りつけて来るのはどうかと思うよ!?

 

……なぁ~んて冗談、言ってる場合じゃないんだよね実際。

こっちの予定が狂ってる以上、アリアの予定も狂ってる訳で……本来は後で合流するはずのアリアの援護も期待できない状態だ。私が一人で何とかしなければ……

 

繰り出される剣戟を時には躱し、時に受け流しながら考える。

 

エイミィちゃんには予定も告げずに出てきちゃったから私の居場所を知るはずないし、そもそも言う訳にも行かない。……って言うか、シャマルのおかげで念話自体封じられてる。

 

周囲は八神家を中心に小規模な結界が覆っており、魔力弾を信号弾代わりにってのも出来ないし逃げられない。

 

シグナムの攻撃は私が防御に徹すればギリギリ捌けるけど、まだシグナムはベルカ式デバイスの特徴であるカートリッジシステムを使ってない。この剣戟が全力の物と言う想定はしない方が良い。

 

 

結界で逃げられず、念話妨害で助けも呼べず、目の前にはシグナムかぁ……

うーん、ぱっと見でも解りやすいくらいに詰んでるね。

私お得意のウィットに富んだ会話術で時間を稼ごうとはしてるけど、どうもあちらさん結構苛立ってるみたいだしなぁ……

 

「どうした!? 躱してばかりではジリ貧だぞ!」

「こうして! 捌いてる、間にッ! 隙を、窺ってるッ! のさ!」

 

とは言ったものの、実際シグナムの太刀筋の鋭さと速度は脅威の一言だ。攻撃は最大の防御とは言うけど、ここまでそれを体現されるとその厄介さを身をもって実感させられる。

 

一応この場を切り抜ける策が無い訳じゃないけど、避けるだけではその策も成るかどうか……

 

「紫電……」

「やばっ……!」

「一閃!」

 

袈裟切りの軌道で振るわれるレヴァンティンを、飛翔魔法に加えて咄嗟に猫に変身する事でギリギリ躱す。

そしてまるで抜け殻のようにその場に残されたパーカーは、右腕の部分を切断され炎上し始めた。

 

ちょっと攻撃しようとした途端にこれだもんなぁ!?

私の体勢の変化から次の一手を予測し、攻撃する瞬間に隙が生まれるであろう箇所まで読んで攻撃してくる!

 

実際攻撃に移ってたら腕飛んでたよ今の! 見た感じ非殺傷だから多分気絶だけで済むとは思うけど!

 

「容赦無いね!?」

「私の姿で主に近付こうとしたのだ。これくらいの対応は当然だろう。」

「……素晴らしい剣技をお持ちですね!」

「今更おだてたところで何も出んぞ?」

 

あぁもう、何であの時ヴィータに化けなかったかなぁ私!?

って言うか、まだなの!? ()()()()()()()()()()()()()()の!? 多分もうそろそろの筈だよね!? ねぇ!?

 

 

 


 

 

 

「……失礼します。」

 

軽いノックの後に扉を開ける。

落ち着いた雰囲気の部屋の中に、その人物は居た。

 

「やぁ、わざわざ来てくれて済まないね。クロノ。」

「いえ、僕も貴方に用がありましたから……グレアム提督。」

 

俺は時空管理局本局内にある彼の執務室を訪れていた。

先日アースラの整備が終わったと言う知らせを受け取った際に、彼から持ち掛けられた『直接会って話がしたい』との誘いに乗った形だ。

 

今回の事件の裏で色々と暗躍しているグレアム提督の事、今回の話にも当然裏があると考えるのが当然だ。なのに何故その裏側をある程度知っている俺がその誘いに乗ったのかと言うと……正直このタイミングでグレアム提督の方から誘いがあったのは、俺にとっても僥倖だったからだ。

元々どう近付こうか考えているところだったのだから……

 

「私に用事……? ……まぁ立ち話もなんだ。そこのソファに掛けたまえ。

 お茶はどうだね?」

「いえ、直ぐに済む用事ですので。」

 

ちらりと棚を見ると、ずらりと並んだ胃薬が見えた。

あのデスマーチ以降こういう部屋になった人は少なくないが、これほどの品揃えとなると流石に珍しい。

彼の胃には特別多くのストレス負荷がかかったという事かも知れないな。

 

「……ふむ、君も胃薬を嗜むのかね?」

「いえ、流石に好んで常飲したりはしていませんが……」

「そうか……」

 

何故そこで残念そうな表情になるのかは分からないが、()()()()()()()()()()()()()さっさと本題に移ろう。

 

「それで、話と言うのはやはり今回の事件の事ですよね?」

「ああ、ロッテから連絡が来てね。何でも『5人目のヴォルケンリッターが現れた』とか。」

 

あぁ、今となっては正体も割れている彼女の事か。

確かにリーゼロッテには調べて貰うように頼んだ記憶がある。そこから情報が回ったらしいな。

 

「ええ……黒の長髪と言った点以外では特徴の薄い女性ですね。

 エイミィとロッテには彼女が何らかの組織が絡んでいないかの調査を頼みましたが……もしや何か心当たりが?」

「ああ、彼女の名はエールと言うようだ。

 前科は無く、背後に何らかの組織の影も見つからなかった。そして……」

 

その後もグレアム提督は、リーゼロッテの連絡を受けて調べたと言う彼女の情報をホログラムで映した資料も交えて次々と出していく。

 

投影されたその資料に目を通してみるが、中々しっかりと()()()()()()だ。彼女の出身世界から闇の書に関わる動機まで、『調べれば出てきそうな範囲』で詳細な情報をこうもずらりと並べられては疑念を持つのも難しいだろう。

 

……もっとも、彼女の正体を知らない者からすればの話だが。

 

「彼女について分かった事はこれくらいだ。君の捜査に役立つと良いのだが……」

「ご協力ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます。」

「いや、このくらいの事であればいくらでも力を貸すとも。」

 

グレアム提督が端末から取り外した記録媒体を受け取り、丁寧にしまう。貴重な証拠だ。傷付けないようにしなければ。

 

「それと……君も私に用事があると言う事だったが、何かね?」

「そうですね、僕の用事も似たようなものです。

 先程の端末をお借りしても?」

「勿論良いとも。」

 

今度は持参した記録媒体を端末に差し込み、先程の資料同様に投影させる。

 

「これは……映像データかね?」

「はい。第97管理外世界のものです。」

 

映し出されたのは薄暗い廃ビルの一室だ。

はやての家からそれほど遠くない位置にあり、時間によっては猫や不良のたまり場になっているが……まぁ、そんな情報はどうでも良い。

肝心なのはこれに映っている映像なのだから。

 

「……特に、何も映っていないように見えるが?」

「肝心なのはここからです。」

 

しばらくすると、一人の女性が入ってきた。

長い黒髪が印象的で、その反面細かい顔のパーツは印象に残り難い……そんな女性だった。

 

「彼女は、もしや……?」

「はい、先程貰った資料の女性……『エール』です。

 より正確に言うのであれば……」

 

映像の女性『エール』が光を放ち、別の女性に化けた。いや、正確に表現すれば『戻った』と言うのが正しい。

 

「見ての通り、彼女の本当の名は『リーゼアリア』……貴方の使い魔の一人です。」

「……」

 

その後再びリーゼアリアは光を放ち、今度は猫の姿に化けるとビルの外に出て行った。

ただそれだけの映像だ。隠密性を上げる為に音声も入っていない上に、ここは地球とは違って魔法の存在する世界。これだけの映像では映像のリーゼアリアが本人と言う証明にはならず、証拠としてはまだ弱い。

 

だが、今回見せた映像だけでも効果は十分にあったらしい。

 

「なるほど……どうやら、私は君を侮っていたようだね。」

「……『エールがリーゼアリアに化けた』とは言わないのですね。」

「そのような言い訳は見苦しいだけだ。説得力に欠ける上に、調べれば直ぐに分かるだろう。

 それに……君が私の教えを守っているのであれば、既にある程度の裏は取っているだろう?」

「はい、勿論。」

 

因みにこの後の彼女を追跡してみたが、彼女が地球での拠点としていると推測されるアパートに帰っていくだけだった。

恐らくは中に転送装置があり、そこから本局と行き来しているものと思われるが、流石に内部の捜査には及んでいない為推測の域を出ない。

 

だがこの映像を元に許可を得て、あの部屋の捜査に入れば『管理局の使う機材』の一つや二つ出て来るだろう。

その出元を辿ればリーゼアリア及び、グレアム提督に行き着くのは時間の問題だ。

 

「ある程度の予想は付きますが……なぜこんな事を?」

「……闇の書事件の恒久的な解決の為だよ。」

 

グレアム提督の語る動機は、俺がアニメで見たものと同じだった。

その解決の方法も。

少し違うところがあったとすれば、管理局のセキュリティ強化の影響で作戦を急に変更せざるを得ず、現場の判断に委ねる部分が多くなってしまったところか。

 

「これはチャンスなんだよ。クロノ。

 闇の書はいくら破壊しても再生する悪魔の書だ。

 蒐集の犠牲になった者、滅びた世界は数えきれない。

 恒久的な解決は管理局の課題の一つだ。君なら分かるだろう?」

「その為には、罪も無い少女を人柱にするのも仕方ないと?」

 

グレアム提督の言い分に関しては、俺自身同意する部分はある。

完全封印さえ成功すれば、この先の未来で闇の書に滅ぼされる無数の次元世界を救う事に繋がると言うのは紛れもない事実だからだ。

 

だが、やはりその為に何の罪も無い少女を人柱にすると言うやり方は見過ごせない。

『八神はやて』だからではない。何も知らない少女が何も知らされないまま利用され、その果てに死と同様の永遠の眠りに就くなんて到底看過できる事では無い。

その考えを伝えるとグレアム提督は俺を説得するのを諦めたように項垂れ、やがてポツリポツリと話し始めた。

 

「……闇の書を見つけた時の事だ。

 君も既に知っている事だろうが、彼女にはもう親も親戚もいない。

 その上幼い頃から闇の書に蝕まれたせいで、その命もこのままではそう遠くない内に散ってしまうだろう。

 そんな少女が主に選ばれたと知って……私は事もあろうに運命だと思った。

 親も親戚もいない彼女であれば、永久封印に伴い生まれる悲しみも最小限に留まると。」

「……」

「今に思えば、あれは悪魔の囁きだったのかも知れないな。

 管理局員が見捨てて良い命なんて無いと言うのに……それが自分の使命であるかのように受け取って、もはや取り返しのつかないところまで来てしまった。」

 

グレアム提督は基本的には『善』の人間だ。今回の事件だって、個人的な復讐以上に次元世界全体の未来を考えての事だと思う。

……少なくとも復讐と言う理由だけで少女を無慈悲に人柱にするような人間だとは思えないし、俺自身思いたくない。

彼やリーゼの下で色んな事を学んだし、彼等の為人(ひととなり)も俺なりに見てきたつもりだ。

 

だから……

 

「まだ間に合います。今からでも……」

 

せめて最後は共に戦って欲しい――そう伝えようとして、

 

「……もう遅いんだ、クロノ。

 八神はやては、今日……闇の書の主に覚醒する。」

「なん、だって……!?」

 

俺の認識が甘すぎた事を理解させられた。

 



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逃げる者、駆けつける者

あまり納得いく文章に仕上がったとは言えない出来ですが、とにかく更新優先です。
流石に時間がかかり過ぎなので……


炎と熱気に包まれた無人世界。

 

「アクセルシューター、シュート!」

 

見渡す限りの大地が赤く溶けたその上空を、俺が操作する無数のアクセルシューターが飛び交う。

その内の幾つかはヴィータの鉄球により撃ち落とされ、鉄球を躱してヴィータに迫る物はグラーフアイゼンの一撃で直接迎撃される。

 

「“バスター”!」

「ちぃっ、厄介な……!」

 

グラーフアイゼンを振り切った隙を突くように二つの光弾を融合、術式を砲撃に書き換えて放つが……

 

「させん!」

 

ザフィーラの雄叫びと共にヴィータの前面に現れた光の壁に砲撃魔法が触れた途端、魔法の構築が分解され純粋魔力となって空気に溶けてしまう。

 

「済まねぇ、ザフィーラ! 助かった!」

「また、あの魔法……!」

 

ザフィーラの持つ対魔法用の絶対防御……名前は分からないが光の壁に触れた魔法はそれがどんな術式であろうと分解され、ただの魔力となって空気中に散ってしまう。

 

「やっぱあの魔法反則だよなぁ!?」

「魔法をかき消されたらミッド式の俺達に出来る事なんて無くね?」

 

あの後すぐに駆け付けてくれた管理局員(銀髪オッドアイ)達が不満を隠さず口にする。

俺とフェイト(&アリシア)&アルフに加え、多数の武装局員と言う数の暴力に対してヴィータ&ザフィーラがたった二人で真正面から戦えている理由があの魔法だった。

 

こちらの攻撃は届かず、相手の攻撃のみが飛んでくる状況。不幸中の幸いと言うべきは、ザフィーラが明らかに魔力を節約しているという事くらいだ。

光の壁が現れるのは極短時間、その規模も必要最小限を意識している……恐らくはクロノが言っていた事情が原因だろうが、いくら節約しているからって結構な回数使わせた筈だ。そろそろ息切れしてくれても良いと思うのだが……

 

「ハァッ!」

「ふん!」

 

今もアルフと近接戦を行っているザフィーラに息切れの兆候は見られない。それどころか……

 

「隙あり!」

「無駄だ!」

 

フェイトの奇襲に対して、再びザフィーラが光の壁を作る。壁を通過したバルディッシュの光刃は消え去り、それを素手で掴んだザフィーラに投げ飛ばされたフェイトを受け止めたアルフが僅かに後退する。

 

「く……っごめん、アルフ!」

「良いってば! あたしも今度こそ上手く隙を作って見せるさ!」

「うん……!」

 

……今の、正直危なかったな。

ザフィーラに護衛対象がいなければ、或いは増援の武装局員がいなければ……今頃はザフィーラの追撃を受けていただろう。

 

「よそ見してて良いのかよ!」

「ッ!」

 

声に振り向いた先、グラーフアイゼンを振り上げたヴィータが見えた。

 

「ラケーテンハンマー!」

「レイジングハート!」

≪Protection Powered!≫

 

いつの間にラケーテンフォームに切り替えていたのか、回転を利用した一撃を全力の防御で受け止める。

 

「へぇ……ッ! 随分と硬くなったじゃねぇかよ……!」

≪Barrier……≫

「!」

≪Burst!≫

 

障壁に使った魔力を用いた指向性の爆発。攻撃の直後、それも至近距離という事もあって多少のダメージは期待できるかと思ったが……

 

「っぶねぇ……! 今の状態で喰らうのは流石に拙いな……」

 

煙が張れると大きく距離を取って躱したらしい、無傷のヴィータの姿が見えた。

アイゼンは未だラケーテンフォルム……接近を許すのはちょっと怖いな。

 

「アクセルシューター、シュート!」

「ちぃっ!!」

 

再び撃ち出されたアクセルシューターを見て、ヴィータが迎撃の為に更に距離を取る。

そして打ち出される鉄球。数は……8個か。一つ一つが銃弾のように回転していてかなりの速度だ。

シューターをぶつけないと俺の身が危ないな……

 

アクセルシューターが元々持っていた欠点……『魔法の使用中、使用者が移動できない』と言う弱点の克服はまだ出来ていない。

俺自身魔力弾の操作技術は相当鍛えたと言う自負があるが、それでも脳のリソースの大部分を割かなければアクセルシューターの操作は安定しない。

元々飛翔魔法との相性が良くないのか訓練により克服できるのかは分からないが、重要なのは一つ。

俺はあの鉄球を避けられないという事だけだ。

 

「くっ……!」

 

ヴィータに向かわせた20発のシューターの内、8つを鉄球の迎撃に向かわせる。

上手い位置とタイミングで砲撃に切り替えれば2つの光弾で対処出来るかもしれないが、流石にそんな曲芸をぶっつけ本番でと言うのはリスクが大きすぎる。

ここは一つの鉄球に一つの光弾で相殺するのがベターだ。

 

限られた短い時間の中で観察したところ、鉄球の軌道は俺に向かって一直線……どうやら鉄球の操作は早々に放棄しているらしい。これなら単純に狙うだけで良さそうだ。

 

連続して8つの爆発。鉄球の迎撃に成功し、周囲が煙に包まれる。

 

ここまでは良し。問題は……この煙の目晦ましでヴィータに向かわせた光弾の制御をミスらないかだな。

俺は発射した光弾を操作しながら、周囲の状況を改めて確認しようとして……

 

「ぁぐッ!!?」

「なっ……あんた、何してんだい!?」

 

小さな悲鳴と、アルフの動揺を孕んだ声に目が吸い寄せられた。

 

「えっ……?」

 

揺らめく煙の筋の切れ目から、その光景は窺う事が出来た。

 

そこにはエールの首を片手で掴み、吊り上げるザフィーラの姿があった。

 

「ヴィータ!」

「解った!」

「!?」

 

ザフィーラの呼びかけに応じたヴィータが、アクセルシューターや武装局員を無視してザフィーラの元へ一目散に駆ける。

何をするつもりなのかは分からないが……

 

「させない……! “バスター”!」

「ハァッ!」

 

同時に放った6つの砲撃は、ザフィーラの作り出した光の壁に阻まれてヴィータに届かない。

 

「っ! それなら!」

「させんッ!」

「くっ……!」

 

フェイトがヴィータの合流を阻止しようと迎え撃とうとするが、直前で振るわれたザフィーラの拳をバルディッシュで受けて大きく距離を取らされる。

 

「エール、やれ!」

「カハッ……いわれ、なくても!」

 

そしてヴィータと合流したと同時に転送の術式が展開され……俺達の前から姿を消した。

 

 

 


 

 

 

モニターに映るあの二人の様子は気になるけど、今の最優先は……

 

「逃げようったってそうは行かないよ!」

 

転送先の特定と追跡!

 

薄暗い部屋にパネルをタップする音と私の声だけが虚しく響く。

うぅ……何か寂しくなってきたけど、今はヴォルケンリッターの転送先を割り出すのが先だ。

無心に術式の情報を解析にかけていくと、転送先が徐々に絞られてくる。

先ずは転送先の次元世界は……

 

「……えっ、地球!?」

 

表示された結果は第97管理外世界……間違いなく地球の何処かだ。

 

これはもしかしたらチャンスかも知れない。

窮地に陥った末の転送となれば、それは拠点への撤退である可能性が高い。細かい座標を絞り込んでいけば、闇の書の主の居場所も……

 

「……あれっ、この座標って確か……?」

 

見た事のある座標だ……それもここ最近何度も。私の記憶が正しければ……

 

「やっぱり……()()()()()()だ。」

 

何? あそこ何かのパワースポットなの? 魔法関係のあれこれがやたらと集中してるんだけど?

 

「とりあえず現地の映像を……って、嘘……!? ちょっ、何でこんな時に……!」

 

……そうか! そう言えば今日って土曜日だったか!

 

「だからってこんな時にそんなところで訓練しなくても良いじゃんか……!」

 

モニターに映し出された光景……それは公園の一角に結界を張り、いつものように訓練をしていたと思しき銀髪オッドアイ達の姿だった。

 

「しかもヴォルケンリッターも結界の中にいるし……!

 兎にも角にも彼等は一応民間人だから、先ずはこっちに転送して……あっ!」

 

ダメだ……()()()()

今は土曜日の午前中……公園には結構な数の民間人の姿がある。

 

あの結界を張っているのは彼等自身だ。彼等を転送すればあの場にある結界は魔力の供給が断たれ、解除されてしまう。

そうなれば民間人……それも魔法の使えない正真正銘の一般人が危険に晒されるうえに、空中に浮かぶヴォルケンリッターの姿を見られたら魔法の存在まで……!

 

「ど、どうしよう……! 何もしないなんてありえないし、兎にも角にも先ずは……!」

 

急いでフラムヴァルにいる皆に通信を繋ぐ。

 

「皆、聞いて! ヴォルケンリッターの転送先は、『海鳴臨海公園』!

 既に訓練中だった民間魔導士がヴォルケンリッターに遭遇してる!

 至急転送するから戦闘の準備を!」

『は!? えっ……!? お、押っ忍(おっす)!』

『皆……!』

 

急な話だけど、今まで彼等はなんやかんやでこう言う場面を何度も乗り越えてる! その経験を信用しよう!

 

転送システムを操作し、海鳴臨海公園内に張られた結界の中に皆を転送! 後は……

 

「待機中の局員に告ぐ! ヴォルケンリッターと民間魔導士が遭遇!

 現場は同民間魔導士の張った結界内! 詳細な座標をデバイスに送るから、至急出動を!」

『了解!』

 

情報を送って……っと!

なのはちゃん達も着いたみたいだし、後は現地の皆に繋いで……!

 

 

 


 

 

 

エールに発動させた転送の術式の光が収まると、そこは間違いなく地球だった。

だが……

 

「……なんで結界の中なんだァ!? なぁ、オイ!!」

 

直ぐにエールの奴を問い詰めようとするが……

 

「にゃぁッ!!」

「むっ……!?」

「何ッ!?」

 

ザフィーラに首を掴まれていたエールは猫に変身して、ザフィーラの手を抜け出す。そして……

 

「転送だと!? ザフィーラ!」

「ハァ!!」

 

ザフィーラの魔法無効化の魔法、『雲散霧消』の光がエールに迫るが……

 

「……逃げられた、か。」

 

恐らくここに転送する前に予め準備していたのだろう。光がエールに触れる前にその姿は掻き消えた。

 

「ちっ……! あの野郎、何企んでやがる……!」

「目的の場所の検討は付く……恐らくははやての家だろう。」

「……そう言う事かよ。舐めやがって……!」

 

直ぐにシャマルに思念通話を繋ぐ。

 

≪シャマル、そっちにリーゼアリアが向かった! 気を付けろ!≫

≪分かったわ。ヴィータちゃん達は今どこ?≫

≪どこかって言われてもな……≫

 

今あたし等が居るのは海の上……うん?

周囲を改めて見回すと、あたしの後ろに少し行ったところに整備された歩道が見える。

海との境界には小さい子供が海に落ちるのを防ぐための鉄柵があるのが分かる。

いや待てよ、これどこかで見た事あると思ったら……

 

≪多分、海鳴臨海公園の辺りだ。直ぐにそっちに駆けつけたいところだが、結界が張られてて直ぐには向かえそうにねぇ。≫

≪結界……!? 管理局の!?≫

≪いや、どうにも違うらしい。地球の魔導士が張ってるみてぇで、管理局の奴らはいねぇ。≫

 

ホントあの顔した連中は碌な事しねぇな。多分あの顔に関わって良かった事なんて一度も無いぞ?

 

≪……分かった。蒐集はまだ駄目よ?≫

≪ああ、解ってる。≫

 

「さて、と……行くか、ザフィーラ。」

「やむを得ないか。」

 

思念通話を切ると、銀髪オッドアイ達の方に向かう。

向こうもあたし達には気付いていたらしい。それぞれ持ってるデバイスを構えている。

 

はぁ、本当ならあんまり関わりたくねぇんだよな……。

 

「オイ。」

「や、やるか……?」

「今あたし等は急いでんだ。さっさとこの結界を解除しな。

 ……痛い目に会いたくなかったらな。」

 

正直シグナムがいれば向こうはどうとでもなる。なんせあそこには美香も居るからな、魔力をいくら使っても闇の書の影響はリセットし放題だ。

だが念には念を。もしもシグナムの目を搔い潜って、はやてに接触する事があれば……そう考えるとどうしても心がざわつく。

焦りに胸中を埋め尽くされる。

 

だと言うのに……あたし等と奴らの間に転送の術式が展開されて行くのが見えた。

光をかき分けるように飛び出してきたのは……

 

「皆、大丈夫!?」

「ヴォルケンリッターがこっちに……ッ!」

「なのは! フェイト!」

 

更にその後に続くようにアルフや武装局員もわらわらと……

 

『皆、とにかく蒐集されないように自分の身を守る事を最優先に時間を稼いで!

 直ぐにこっちで結界を張って民間人の皆は退避させるから!』

 

……はぁ、流石に拙いか? これは……

 

 

 




文章的におかしい点や違和感のある箇所等ございましたら指摘していただけると嬉しいです。


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はやての為に

「あぁ、もう! 人手が足りない!」

 

目の前のモニターに映し出されている幾つもの情報に目を遣りながらも、パネルを叩く指は止まらない。

止めていられるような暇がないのだ。

 

ヴィータ&ザフィーラと戦っている皆のサポートだけでも結構大変だと言うのに、民間人の魔導士の退避も急がないといけない。その為の結界の調整に、転送術式の構築と彼等の結界の術式に対する割込み……

 

その上、突然の仲間割れによるエール(リーゼアリア)の行動も追わないといけないし……明らかに一人の人間に任せるタスクの数じゃないよね!?

 

「ホント猫の手も……いや、しばらくは猫の手はいいや。何かもっと大変な事になりそうだし……」

 

流石にリーゼロッテ()に色々やられた後だと『猫の手も借りたい』なんていう気にはなれないなぁ……

 

なんて事を考えていると、手元のモニターに通信が入った事を知らせる通知が表示される。

こんな忙しい時に誰が……

 

「発信元は……アースラ! クロノ君、ナイスタイミング!」

 

即繋ぐ。クロノ君の顔が見たいし声も聞きたい!

でも今はそれ以上に手伝って欲しい!!

 

「クロノ君! ヘルプ!!」

『うわっ!? い、いきなりどうしたんだ、エイミィ!?』

 

おぉふ……驚いたクロノ君も可愛い……じゃなくて!

 

「実は今、海鳴臨海公園で……」

 

現状を一通り説明し、手が足りない事を伝えるとクロノ君はしばらく目を瞑り判断を下す。

 

「……状況はおおよそ把握した。こちらも急いでそちらに向かっているが、まだしばらくはかかりそうだ。

 転送可能域に入り次第こちらからも増援を出すから、エイミィは結界の構築と民間人の転送準備を最優先に頼む。

 局員のサポートも大事だが、手が足りない以上はある程度現場の判断に委ねても良い。彼等も普段の言動こそ()()だが、何度も修羅場は潜り抜けている。数的有利を確保できている状況なら、しばらくはヴォルケンリッター相手でも持ちこたえられるはずだ。

 それと……逃走したエールに関してだが、既に行先はこちらで判明させているので対処は任せて欲しい。……出来るか?」

「まっかせて!」

 

クロノ君の声を摂取出来た時点で活力が漲ってるからね!

タスクも減らしてくれたし、これで期待に応えられなければ補佐官の名が泣くってもんだよ!

 

「そう言えば、クロノ君の方の用事は何だったの?」

「用事の幾つかは先程話した事に含まれているが……いや、今は良い。

 君は自分の作業に集中してくれ。」

「……? うん、分かった!」

 

 

 


 

 

 

「良かったの? 話さなくても。」

 

エイミィとのやり取りを終えて通信を切ると、その様子を見ていた母さんが確認を取るように話しかけてきた。

 

「はい。今のエイミィに過度に情報を与えれば気が散ってしまうでしょうから。」

「そうね。彼女なら大丈夫とは思うけれど、万が一を回避すると言う意味では間違ってないわ。」

 

グレアム提督の計画、リーゼ姉妹の行動、エールの正体に闇の書の現状……一度に与えるには情報が多すぎる。

普段のエイミィなら何の問題もないだろうが、今はタイミングも重なってしまっている。

それに既に状況が動いているとあっては、寧ろこちらの情報の方が古い可能性もあるのだ。

 

「オペレーター、もっと速度は出せないか?」

「これが限界です!」

「クロノ、焦る気持ちも分かるけど先ずは落ち着きなさい。

 指揮官でもある貴方がそんな調子だと、皆にもその焦りが伝わってしまうわよ。」

「……申し訳ありません、艦長。」

 

母さんの言葉で、今自分が焦っている事を自覚する。

グレアム提督の『八神はやては今日、闇の書の主に覚醒する』と言う言葉が頭の中をグルグルと回っている。

勿論その言葉を鵜吞みにした訳ではないが、あの時のグレアム提督の眼を思うと少なくとも彼がそう確信しているのは事実だ。

 

彼はその後もいくつかの情報を話してくれたが、その中には闇の書のページがもう600ページ以上埋まっていると言う物もあった。

それにエイミィから聞いた状況を合わせて考えると、彼の計画はもう最終段階に入っている……思い返せば、焦るなと言う方が無理な話だったのだ。

 

「……今一度確認させていただきます。

 今回の事件に……いえ、闇の書の存在に貴方は以前から気付いていたと言うのは、本当ですか?

 ()()()()()()?」

「……そうだね。間違いないよ。」

 

母さんの言葉に、現在このアースラに同乗しているグレアム提督は素直に返答する。

制服こそそのままだが体の前で組まれた腕には枷が嵌められており、デバイスも当然ながらこちらで預かっている。彼がこの船に乗っているのは、現在も地球で計画の為に暗躍しているリーゼ達の説得に使えると考えたからだ。

 

「貴方達の計画の仔細についてはクロノから聞きました。

 その計画の為に犠牲にしようとしている者についても。」

「……」

「……何故、管理局に連絡しなかったのですか?

 早期に連絡していれば、起動前の闇の書の確保は容易だった筈です。」

 

現在グレアム提督に向けられている母さんの言葉は、そのまま俺自身にも当て嵌まる。

ジュエルシード事件の時に俺の持っている情報を利用すれば、闇の書の確保は容易だった。情報をどこで得たかなんて後でどうとでも言えたし、結果は過程を肯定するからだ。

それをせずに闇の書を見逃した点に於いて、俺とグレアム提督は同罪なのだ。

 

「闇の書の確保は容易……本当にそう思うかね?」

「え……?」

「考えてもみたまえ。そもそも我々は一度、()()()()()()()()()()()()()だろう。

 忘れもしない11年前……あの事件の時に。」

「……ッ!」

 

母さんの表情が僅かに歪む……多分、俺の表情も同様に歪んでいる事だろう。

俺達家族にとって、それはあまりにも苦い記憶なのだから。

 

「……思い出させるような事を言って、済まない。

 だが、その結果起きたあの事件が私に教えてくれたのだ。

 『闇の書を主から引き離し、確保する事自体が間違い』だとね。」

 

そのまま彼は話をつづけた。闇の書の確保の果てに起こり得る最悪の事態……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

「その時に心に決めたのだ。例え如何なる規約に背こうと……例え悪魔の囁きに身を任せてでも、次に起きた闇の書事件は現地で解決させようと。」

 

……考えもしなかった、闇の書の確保の末の可能性。

言われてみればその可能性は確かにゼロじゃない。そして、もしそれが現実のものとなれば、それは次元世界全体の脅威となる……誰にも止められない、最大最悪の脅威に……

 

「……グレアム提督の意見は分かりました。

 しかし、それだけでは管理局の本部に連絡を入れなかった理由にはなりません。

 なぜ独断で動いたのですか? 管理局総出で事に当たれば、犠牲を生まずに封印する道もあったはずです。」

「……それについてはクロノにも言った通りだ。

 闇の書の主に選ばれたあの子を知った時に、私は彼女と私自身の運命を見たと錯覚してしまった。

 管理局に連絡すればその手段はとれない……だから連絡しなかったのだ。」

 

……何と無くその言葉に違和感を感じた。

嘘を言っている訳では無いが、それが全てではないような……

 

「グレアム提督、貴方は……」

「艦長! 第97管理外世界、転送可能域に入りました!」

「ッ! 分かりました! クロノ、至急現地に向かい指揮を執りなさい!

 私は引き続きこのアースラに残り、現地に向かいます!」

「はい!」

 

……聞ける空気ではなくなってしまったか。

優先順位は明白だ。何時か聞けるときになった時まで、この疑問は心にとどめておこう。

 

「このアースラには最低限の人員を残し、出撃可能な者はクロノの指示に従うように!」

「「「「「はい!」」」」」

「転送ポート、繋げました!

 座標は『海鳴臨海公園』に張られた結界内です!」

「エイミィの報告にあった交戦現場ね。

 各員、転送後すぐに戦闘が始まる物と心得なさい!

 ……出撃!」

 

艦長の号令に合わせて、転送ポートに駆け出す。

八神はやての未来を、俺のよく知る幸福な未来にするために。

 

 

 


 

 

 

「ちっ……! ちょこまかと鬱陶しい!

 アイゼン!」

≪Eisen geheul!≫

 

叩いた鉄球から閃光が迸り、管理局員共の視界を奪う。

その隙に局員の包囲を抜け出し、ザフィーラと合流する。

 

「……あの魔法を使うなら予め言え。俺まで影響を受けかねん。」

「悪かったって。……それより、どうする?」

「そうだな……今が潮時だろう。」

 

口数は最小限に、ザフィーラとこの後の動きに関して調整する。

閃光で目を晦ませた今ならば、容易に結界の端まで行けるだろう。そうなればザフィーラの魔法で結界に穴を空けて抜け出せる。

 

ザフィーラも同じ考えだったようで、陸地側の方向を見ている。

結界の端までの距離はそう遠くないし、管理局員もそっちの方向にはそれほど多く居ない。

どうやらこれで切り抜けられそうだ。

 

実際結構ヤバい状況だったが、何とか切り抜けられる事にあたしは安堵して……

 

 

 

「ッ!? 何をやっているッ!! ヴィータァッ!!!」

「え……? ……ッ! これ……って……」

 

ザフィーラの声が妙に遠い。見ていた風景が変わっていた。

あたしが見ていたのは陸地側だったはずなのに、今見えるのは一面の水平線。

そして……

 

 

 

気付けばあたしの左手には煌々と輝く闇の書……そして、()()()()()()()()()()()右手の先には……

 

蒐集完了(Sammlung abgeschlossen)

 

弱弱しく銀色に輝くリンカーコアがあった。

 

 

 

「闇の書……ッ! チクショウ、油断した……」

 

また闇の書に体の制御を奪われていたらしい。蒐集により意識を失った武装局員が、海に落ちていく寸前で何とかその手を握る。

 

このまま海に落ちれば最悪溺死しかねない。周囲に目を遣り、一番近い所に居た局員めがけて気絶した局員を放り投げる。

 

 

途端、内側から感じる違和感。

 

自分が誰だったのか、なぜここに居るのか、そもそもここが何処なのか……あらゆる認識が急速に遠のく感覚。

 

この世界で過ごした日々が……

 

何百年と身を置いた戦いの記憶が……

 

それよりも以前……とっくに忘れていたとさえ思っていた前世の記憶が、脳裏に瞬いては消えていく。

 

「うっ……ぐぅッ! やめろ……消すな……ッ!」

 

激しい頭痛と不快感に頭を押さえるが、抵抗も空しくあらゆる記憶が消えていく……

痛みと悔しさ、寂しさ、悲しさ……激しい負の感情に目から涙が零れ落ちて……

 

 

 

そうしてその涙の意味も分からなくなった時……妙にすっきりした頭に最後に残ったのは、たった一つの使命だけだった。

 

「……主の元に向かわねば。」

 

闇の書はたった今完成した。

行こう、主を真に闇の書の主とする為に。

あたし達の使命を果たす為に。




最後に蒐集された銀髪オッドアイ(武装局員)のページ数は15~20ページくらいを想定してます。


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人形の騎士

あれからどれだけの剣を捌いただろう……

少なくとも5、60回で収まる回数じゃない事は確かか。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

障壁越しに攻撃を受け続けた腕は痺れ、回避の為に跳ね続けた脚は膝の震えを誤魔化せない。

飛翔魔法や猫への変身魔法で何とか騙し騙し持ちこたえているが、既に構えすらまともに取れないと言うのが今のあたしの現実だった。

 

「……驚いたぞ。大規模な技は使わないように制限しているとはいえ、私の剣をここまで捌くとはな。」

「は、ははっ……これでも、近接戦闘には自信があったんだけどね……

 まさかここまで差があるとは思わなかったよ。」

 

それでもシグナムの剣は曇らない。

事前に調べがついていた筈の情報は役に立たず、いくら戦っても弱体化の兆しは見られなかった。

あの映像と一体何が違う……? そんな思考は剣を躱すのに必死で、いつしか忘れてしまっていた。

 

「もう分かっただろう。お前に勝ち目は無い。

 そしてお前がここに来た目的を察するに、このまま帰す訳にもいかん。

 悪い事は言わん……大人しく投降しろ。無駄な傷を負う必要もあるまい?」

 

シグナムが構えたレヴァンティンを僅かに下げ、降伏を促してくる。

なるほど、確かにこのまま戦ってもあたしに勝機は訪れないかもしれない。今までは捌けていた剣も、もうそれほどかからない内にあたしを捉える事だろう。

 

でも、それ(降伏)だけは出来ない。

 

「……流石にそれはあたしを舐め過ぎじゃないかな?」

 

震える膝に活を入れ、重力に屈服しそうな両腕を持ち上げる。

あたしはこれでも管理局員だ。普段の態度こそ不真面目に捉えられる事が多いし、部下や弟子にだって尊敬されてない……かもしれない。

だけどあたしなりに常に胸に抱く思いと言うのはあるのだ。

 

「……誇りか。

 そうだな……私がお前の立場でも間違いなくそうしただろう。」

 

誇り……そう表現する事が許されるとは思っていない。

今あたし達が遂行している計画は、表沙汰には出来ないし誇れるような崇高な物でも無いのは分かっているからだ。

この一件が終わった後、あたし達の名が汚名として管理局の歴史に残る覚悟だって決めている。

 

それでもこの計画が未来をより明るく照らすと信じて今まで動いてきた。ここで折れたら今までの全部に顔向けできない。

 

「良かろう。

 ならばせめてその気概に敬意を表し、痛みを感じる間もなく沈めてやる事が私のかけられる最大限の情けだ。」

 

一度下げられたレヴァンティンが再び構えられる。

結界によりやや色褪せた日光を反射するその刃が、妙に美しく見えた。

 

「……覚悟ッ!」

「ッ!」

 

シグナムから激流の様な圧が放たれる。

今まで感じた事も無い程の濃密な殺気に怯みそうになるも、負けまいと目を凝らす。

シグナムの攻撃は見切るまでもなくシンプルな選択……大上段からの振り下ろしだ。

 

単純な動作故に軌道は読みやすいが、単純な動作故にその速度、威力に於いて並ぶもののない無双の一撃だ。

 

……駄目だ、見えていても足が動かない。防ごうにも腕がこれ以上上がらない。

 

 

ごめん、アリア……あたしの方は失敗しちゃったみたい。

 

 

「ロッテェェェッ!!」

「!?」

 

絶叫と共にどこからか放たれた砲撃がシグナムを飲み込まんと迫る。

 

「ハァッ!」

 

だがその砲撃もシグナムの一閃で真っ二つに切り裂かれて届かない。

……ううん、それよりも今の声は……

 

「……裏切った、と言う訳だな……エール。」

 

砲撃の出所に視線を向けると、そこには長い黒髪の女性に化けたアリアがいた。

次の瞬間、彼女は変身魔法を解除してその正体を……あたしと同じ髪の色と猫耳を持つ、あたしよりもちょっとだけクールな印象を持つ女性の姿をさらけ出した。

 

「元々そう言う計画さ。あんたも心の何処かでは察していたんじゃないのかい?」

「……そうだな。」

「は、はは……遅いよ、アリア。」

「ごめん、ちょっと遅れた。」

 

唐突な安心感からか脚から力が抜け、思わずその場にへたり込んでしまう。

……どうやらしばらくは立ち上がれそうにない。

 

「遅れた事に関してはもう良いよ……それより、そっちの作戦は上手く行ったの?」

「……こっちもちょっと予定外の動きをしたから確実じゃないけど、多分上手く行くと思うよ。」

 

多分って……

まぁ、危ないところを助けられた身としては文句は言えないけどさ。

 

「貴様だけがここに来たという事は……ヴィータ達にも何かしら仕掛けたという事か?」

「さぁね。様子を見に行ってみるかい?

 主をここに置いてさ。」

「……思念通話のジャミングか。小癪な真似を。」

「小癪で結構。こちとらずっとこの機会を窺ってたんだ。

 さぁ選びなよ。主か部下かの二者択一だ……それとも、あれだけ大切にしていた主を戦場に連れて行くのかい?」

 

シグナムをこの場から退かせたいのか、それともこの場に留めたいのか、アリアは態々シグナムを嘲り笑うような声で挑発する。

 

「その必要は無い。

 お前達を再起不能にした後、ヴィータ達の元へ向かうだけだ……!」

 

冷静な表情に隠しきれない怒りを滲ませながら、シグナムがレヴァンティンを構えなおす。

 

「もはや手加減して貰えるなどとは思うまいな……!」

「ちょ、ちょっと……なんで態々シグナムの神経を逆なでるような事言うのさ!」

「必要な事だからだよ。……まぁ、見てな。

 あのシグナムがあれだけ()()()()()()()()()って事は、多分向こうの影響はもっと重い筈さ。」

「でもシグナムは今まで……」

 

こそこそとそんなやり取りをしている隙をシグナムが見逃すはずもない。

 

「この期に及んで何をこそこそと……ぅぐッ!?」

 

!? 今まさに切りかからんとしていたシグナムが動きを止めた……!

 

「ば、かな……まさか……!」

「あーあ、その反応からしてどうやらヴィータさんがやっちゃったみたいだね?」

「……何時から、気付いていた……!」

「蒐集に同行している時に何度か現象自体は見かけていたからね、クロノ達が持ってた映像をロッテに見せて貰ったら直ぐに分かったよ。

 もっとも本人達は覚えてないみたいだったけど。」

 

この情報はそう言えば聞いた事がある。

情報の出所を言えない為、クロスケ達にも秘匿していた情報の一つだ。

やがて頭を押さえていたシグナムは、背後の八神邸の方を見ると呟いた。

 

「そう、か……もう、()()の手にも負えない程か……!」

「……()()?」

 

詳しい事情は分からないが、『手に負えない』と言う言葉から考えてヴォルケンリッターへの闇の書の影響をどうにか解決していた存在の事だろうか?

 

「ふ、ふふ……消えて、行く……私の記憶が、数百年が……

 あぁ……もう思い出せなかった、懐かしい故郷よ……」

 

その言葉を最後にシグナムは倒れた。

……結局、誰一人としてシグナムに……ヴォルケンリッターに勝つ事は出来なかった。

嘗ての戦争は今の物よりも数段過酷だったと聞いた事がある。その戦争を何度も戦い抜いた戦士に真正面から勝つには、あたし達は力不足に過ぎたらしい。

 

「……はぁぁ~……何とかなった……」

「お疲れ様、ロッテ。あのシグナム相手によく持ちこたえたもんだ。」

「必死だったよ。使い魔としての変身能力が無ければ何度真っ二つになっていた事か……」

 

思い出しただけでもゾッとする。避けた先に既に刃が迫っていた事なんて何回もあったし、敗北を覚悟した回数だって10回や20回では済まない。あのフェイトちゃんが負けるのも頷ける。

 

「さ、あと一息だよ。今頃はシャマルもシグナム同様、無力化されてるだろう。」

「……うん。」

 

そう言って差し出された手を掴み、立ち上がる。

アリアの言う通り、ここからようやく本番なんだ。へたり込んでいる場合じゃない。

 

「……行くよ。覚悟は良いかい?」

「もう何度も決めたよ。」

 

これからあたし達がやるのは少女を一人殺す事と同義だ。だけど立ち止まる訳には行かない。闇の書を放置すれば、この先何万と言う人が不幸になる。少女の命を理由に立ち止まるには、あたし達は不幸を知り過ぎた。

 

 

 

「――ッ! アリア、危ない!」

「えっ……」

 

倒れていたシグナムの側を通過する刹那、あたしが気付けたのは殆ど偶然に近かった。

或いは先の戦いの感覚が残っていたのかもしれない。

 

「ぐっ……!」

「ロッテ!」

 

飛び掛かるようにアリアを突き飛ばした次の瞬間、あたしの左肩をレヴァンティンが切り裂いた。

不幸中の幸いか傷はそう深くは無いが、それでも激しい痛みと共に血が噴き出した。

 

「シグナム……!」

「……主の為に……主を闇の書の真の主とする為に……」

 

アリアの睨む先を目で追うと、何かをぶつぶつと呟きながら幽鬼のように佇むシグナムが居た。

 

 

 


 

 

 

「くっ……! 今の衝撃は……!」

 

地球への転送の準備が整い次第こうして援軍に駆けつけたは良いが、転送の完了と同時に激しい魔力の波に吹き飛ばされてしまった。

咄嗟に障壁を張った事が功を奏したようでダメージらしいダメージこそ無いものの、共に駆け付けた皆とは分断されてしまったらしい。

 

先ずは状況の把握をと見渡す俺の視界に、信じ難い光景が映った。それは……

 

「しまった……!」

 

10m程離れた先で、今まさにヴィータの手でリンカーコアを蒐集されている武装局員の姿だった。

 

既に魔力の大部分は蒐集されてしまっているらしく、意識ももはやないのだろう。バリアジャケットは解除され、弱弱しく輝くリンカーコアが彼の体に戻ると同時に彼の体は落下を始める……と言うところでヴィータが彼の手を握り、救助の為に駆けつけようとした局員に放り投げた。恐らく『あくまで殺しはしない』と言う意思表示だろう。

 

「うっ……ぐぅッ!」

 

俺がそう判断したと同時に、ヴィータは急に頭を抱えて苦しみ始めた。

 

「ど、どうしたんだ? いきなり……」

「やめろ……消すな……ッ!」

「いや、俺は何もやって……クロノさん! 本当っすよ!?

 俺マジに何もやってないっすから!!」

 

先程蒐集された局員の体を受け止めた方の局員が焦ったように確認を取って来る。あのバカ、今はそんな場合ではないだろう……!

 

「誰もそんな疑いはかけていない! それよりも早くヴィータから離れろ!

 様子が明らかにおかしい!」

 

と言っても、ここに来る前に今までの経緯をエイミィから既に聞いている身だ。原因に関しては心当たりがある。元々ヴォルケンリッター弱体化の理由として考えていた事なのだから当然だ。

 

度重なる戦闘による『魔力の消耗』、『時間の経過』、そして『蒐集行為』……全ての条件が既に揃っている。

となれば今ヴィータに起きている現象と、これから起こる現象は……

 

「弱体化の兆し……なのか?」

 

自分で出した結論に対してなんだが、他ならぬ俺自身の直感が『何か違う』と訴えている。だからこそ彼を下がらせたのだ。得体の知れない何かを感じて……

 

「クロノさん、ヴィータの事なんすけど……」

「君の言いたい事は分かる……彼女にも何かしら事情があるのだろう。

 だが、少なくとも今は『戦うべき相手』だ。それを忘れるな。」

「……うっす。」

 

≪エイミィ、カインが蒐集された。

 安全の保障の為に回収してくれ。≫

≪了解! もうこっちの結界も張れるし、ついでに民間魔導士の回収も済ませちゃうよ?≫

≪ああ、頼む。各員への通達も忘れるなよ?≫

≪もっちろん!≫

 

エイミィは相変わらず仕事が早くて助かる。

彼等の転送が完了すれば、民間魔導士の安全は保障される。これでこちらも攻勢に出られると言う物だ。

 

 

 

「……主の元に向かわねば。」

 

唐突に聞こえたその声の主を一瞬疑った。

凡そ()()()()()()()()調()だった事もその理由の一つだが、何よりも……

 

「今、言葉を発したのか……?」

 

人形のように表情が抜け落ちたヴィータが、意味のある言葉を発した事の方が遥かに衝撃的だった。

と言うのもあの時のシグナムとザフィーラの戦闘の様子を見て、俺はあの状態になった時の彼女達には戦いのノウハウどころか()()()()()()()()()()()と思っていたからだ。

 

「行くぞ、ザフィーラ。」

「ああ。」

 

ヴィータとザフィーラが抑揚の無い言葉を交わす……同様に人形のような表情で。

異様な光景だった。見えない子供が人形を使ってごっこ遊びをしたらこんな光景になるのだろうかとさえ思えた。

 

「……待て! 僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。

 君達が大人しく投降すれば……」

「クロノさん、多分二人共聞いてないっすよ。」

「……そのようだな。」

 

二人共こちらの言葉には耳を貸さず、特定の方角に向かってゆっくりと飛翔している。……そもそも今の二人に言葉が届いているのかも怪しいな。

 

『――ザザッ…クロ……ンッ!』

 

「ん……?」

 

『やっぱ…………! ……うこ…は…――こうだ!!』

 

「うわっ!? うるさいぞ、エイミィ!」

 

『ゴメンゴメン! さっき急に変な術式に干渉されちゃってさ、完全にこっちとそっちの通信が分断されちゃって……』

「何? 今は大丈夫なのか?」

『うん! 妨害の術式を解析してすり抜けたから……じゃなくて!

 気を付けて! 今そっちに……』

「……いや、もう言わなくても良い。大体理解できたとも。」

 

ヴィータ達が進む先、突如として空中に開いた大穴。

そこから出て来たのは二人の女性と、その内の一人が抱える少女一人……

 

ヴィータやザフィーラ同様に、表情を失ったシグナムとシャマルが八神はやてを抱えて現れた。



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覚醒

「……ん、なんや寒いなぁ……」

 

急に感じた寒さにびっくりして目が覚めた。

 

……目が覚めた? 自分で言っておきながら、その言葉で漸く私は寝てしまっていたらしいと理解した。

 

「って……あれ、ここは……ぃたッ!?」

 

辺りの様子を見ようとして、首の後ろに走った痛みに顔をしかめる。なんでこんな痛みが……それに、ここ……いつの間に外に? 私はさっきまで確かシャマルと一緒にお昼ご飯を作ってたはずなのに……

 

「お目覚めになられましたか?」

「シャマル……? 私、なんで……」

 

頭上から聞こえたシャマルの声で、今私がシャマルに抱えられている事に気付く。

 

……いや、それよりも周りの状況だ。管理局の制服っぽいバリアジャケットを着た大勢の銀髪オッドアイと、恐らくクロノ・ハラオウンだろうと思われる魔導士が私達を包囲するように浮いている。

どう考えてもここは戦場……シャマル達が私をここに連れて来た理由が分からず、シャマルの顔を見上げて察した。この人は、もう()()()()()()()()のだと。

 

()()()()()をした事をお詫びします。我が主。

 準備が整いましたので、こうして覚醒の場にお招きいたしました。」

 

その言葉でクリスマスイブまで覚醒を引き延ばすと言う計画が崩れた事を理解した。この段階で闇の書が完成してしまい、その干渉が最大になった事も同時に理解せざるを得なかった。

 

「覚醒……?」

 

……予定は崩れてしまったけど、こういう最悪のパターンはいつも想定していた。

私は再び『何も知らない八神はやて』を演じる。

 

「はい、我が主。この闇の書をその手に。」

「ヴィータ……」

 

いつものような明るさを失ったヴィータが、抑揚の無い言葉で促す。

……頭では解っていたけど、こうして家族が人形のように動かされていると言うのはとても辛いし悲しい。そして何より……非常に腹立たしい。

 

「……ッ! あんた達、もしかして約束破ったんか……?

 あの『蒐集』ってやつ、今までずっとやってたんか!?」

 

『八神はやてがこの状況に立たされたら』を想像しながら言葉を紡ぐ。

私は蒐集行為については知らなかったのだとクロノに伝える為の偽物の言葉に、内側から溢れる闇の書への怒りを乗せて吐き出した。

 

「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」

「質問に答えぇ!」

「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」

「っ! さ、さっさと質問に……」

「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」

「なんで」

「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」

 

もう彼女達の意思は本当に一欠片も残っていないのだろう。

まるでRPGの村人のように全く同じ言葉を全く同じトーンで繰り返す彼女達に、怒りよりも悲しみが沸き上がって来る。

 

「……あ、」

「さぁ、我が主。今こそ闇の書を……」

「わ、分かった! 分かったから、堪忍してえ!!」

 

まるで悲鳴のように言葉を返す。

これ以上、彼女達の言葉を聞きたくなかった。人形の眼で見つめられると気が狂いそうだった。……『はやて』ではなく『我が主』と呼ばれる事に耐えられなかった。

 

「ッ! 駄目だ!!」

 

感情に任せて闇の書に手を伸ばすと、クロノが制止しようと慌てて飛翔魔法で接近して来るが……

 

「我が主の覚醒の邪魔はさせん。」

「ッ……シグナム……!」

 

シグナムが接近を許さないとばかりに立ちふさがる。

 

「さぁ、我が主。願いを。」

 

気付けば眩く輝く闇の書に指が届いていて……

 

「願い……?」

 

私の家族(ヴォルケンリッター)を返して欲しい……そう願おうとして、踏みとどまる。

予め皆で決めていた願いがあるのを思い出したからだ。

 

私が皆の役に立てるタイミングはここしか無いから。

 

闇の書の覚醒の際に、せめて被害を減らす最善は何かと皆で考えた願い……

 

 

 

『出来る限り多くの人を、守って欲しい。』

 

 

 


 

 

 

「はやてちゃん!!」

 

目の前で覚醒が始まった。クリスマスより1週間も前に。

デュランダルの準備が出来ているのか、アルカンシェルを積んだアースラは来ているのか。

そんな不安を抱きながらも、俺は海上に立った光の柱に対して叫ぶ事しか出来なかった。

 

「なのは! 距離を取れ! 衝撃が来るぞ!」

「クロノ君……でも、はやてちゃんが!」

「ッ! ……知り合いだったか。済まない、僕が判断を誤ったせいだ。

 だが、必ず助け出す! だから今は万全の状態である事を心がけてくれ!」

「……うん、分かった。」

 

クロノからの言葉には一切の誤魔化しが無かった。多分大丈夫だと信じよう。少なくともクロノがここに居るという事はアースラの準備は出来ている筈なんだから。

 

 

 

「……また、終わってしまう。一つの世界が、一人の命が……

 せめて主の最期の願いだけは、私の手で叶えましょう。」

 

覚醒に伴う衝撃波が過ぎ去った時、その中心にいたのは全身に赤いラインを走らせた銀髪の女性と……

 

()()()()()よ、主の願いを叶えるまで一切の邪魔を許すな。」

「「「「はっ!」」」」

 

同様に全身に赤いラインが走るヴォルケンリッター達の姿だった。

 

 

 


 

 

 

「拙い拙い拙いって!」

 

モニターに映る多数の情報全てに目を走らせながらパネルを叩く。

闇の書の意思が現れた事、ヴォルケンリッターまで敵に居る事、戦闘不能状態のリーゼ姉妹……そして、たった今張ったばかりの()()()()()()

 

「闇の書の覚醒がこんな場所なんて! しかも結界への干渉って……外に出ようとしてる!?」

 

冗談じゃない! もう直ぐ正午だから人は減ってきているものの、今は休日。結界一枚隔てた先には一般人だって大勢いるのだ。

 

「クロノ君! やばいよ! 闇の書がこっちの結界に干渉してる!

 多分結界を壊して外に出るつもりだ!」

『なんだって!?』

 

何が目的かは不明だけど、あの姿を見られただけで大問題! その上一般人に被害が出れば、それはもう大問題なんて言葉では済まない!

 

「こっちも干渉の術式に抵抗してるけど、古代ベルカの術式に加えて近代式の術式が幾つも混じってる! 流石に対処しきれない!」

『……闇の書の本来の機能か!』

 

古今東西ありとあらゆる術式を記録しようとしたロストロギア『夜天の魔導書』。既にいくつもの魔法文明を呑み込んできた怪物への対処に、ミッド式だけではどうしても後手に回る。

 

「同時に多層結界の構築も進めてるけど、多分間に合わない!

 アースラの位置は!?」

『かなり近づいている筈だ! 多分簡易式の結界程度なら張れるだろう!』

「了解!」

 

作業を進めながら並列してアースラへ通信を繋ぐ。

 

「アースラ、応答せよ! こちら第97管理外世界緊急対策本部!」

『こちら、アースラ! エイミィ、何があったの!?』

「あ、艦長! 大変なんです! 実は……!」

 

 

 

『何てこと……了解よ! こちらからも簡易結界で援護してみるわ!』

「ありがとうございます!」

『リンディ提督、済まない。私にも話させてくれないか。』

「あ、貴方……グレアム提督!? 何でアースラに……」

『その理由については後で話そう。それよりもリーゼ達が戦闘不能と聞こえたが……』

「あ……はい! でも貴方も彼女達の行動に関わっていたのでしょう!?」

『ああ、彼女達は私の指示で動いていた。全ては闇の書の凍結封印の為だ。

 そしてその為のデバイス『デュランダル』は、()()()()()()()()()()()()()()()()!』

「……え!?」

『人員を誰でも良い、彼女の元にやってくれ!

 彼女が戦闘不能と言うのであれば、他の誰かに彼女の行うはずだった工程を担って貰わなくてはならない!』

 

勘弁してよ!? 動かせる人員なんてもう残ってないよ!?

私も結界の構築と術式の抵抗に手一杯だし……!

 

『話は聞かせてもらった!』

「えっ、クロノ君!?」

 

なんで!? 通信はさっき……

 

『繋がりっぱなしだったぞ。君らしくもない。

 相当焦っていたみたいだな。』

「ご、ゴメン! 邪魔になってなかった!?」

『いや、結果的にはグッジョブだ!

 既にこっちに来る前にリーゼ姉妹の元に人員は向かわせている!

 彼等に連絡を繋いでくれ! メンバーは『ダニー』と『グレッグ』だ!』

「わ、わかった!」

 

あの時に既に動かしてたんだ! 流石クロノ君!

 

 

 

「と言う訳だから、責任重大! 急いで!」

『急に任務の重要度上がってない!?』

『一応俺らの目的は説得だったんだけどなぁ……』

 

うだうだ言わない! 地球の危機なんだから!

 




ダニーとグレッグは自動生成で作るのが面倒だったので、パッと出てきたコンビを当て嵌めました。

チームメンバーに本名丸出しのコードネームを持ってる人は居ませんし、地下に続く階段にとにかく入って行かないですし、折角だからと赤の扉を選んだりもしません。
ごく普通の銀髪オッドアイです。


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街を守る為の戦い

「聞いての通りだ! 現在闇の書の主がこの結界に干渉している!」

 

シグナムの斬撃を障壁で捌きながら、クロノが声を張り上げる。

敵のシャマルが妨害しているのだろう、念話が使えない為だ。

 

「この結界が破壊されれば最後、諸君等の住むこの街は戦場と化す! 結界に守られる事無く、闇の書の暴威に晒される!!

 なのは、フェイト、アルフ! 事件解決の為、この世界を守る為、力を貸してくれ!」

「うん!」

「勿論!」

「任せな!」

 

その言葉に心を決めなおし、目の前に立ちふさがる敵を改めて見据える。

 

「ヴィータちゃん、あの時以来だね。」

「……ああ、そうだな。」

「リベンジマッチだよ。あの時は敗けたけど、今度は全力で勝ちに行くから。」

「そうか。」

 

……まるで別人だな。見た目は体に赤いラインが走っている以外に変化は見られないが、それでも初めて会ったような印象を受ける。

多分今の彼女に言葉は届いていないし、彼女の言葉もこちらの言葉にただ返しているだけで、きっとこの会話に意味なんて無いのだろう。

それでも、ここで宣言しておきたい事がある。あの時のバカな俺と決別する為にも……!

 

「……全力全開! 本気で行くよ、レイジングハート!」

≪Yes, my master!≫

「かかってこい。」

 

もう手加減なんかしない!

 

 

 


 

 

 

「はあっ!」

 

高速で接近し、すれ違いざまの一閃。

普段の組手ならば最初の一撃は大抵、防がれるか躱されるかのどちらかの対処をされる。その隙に鋭角に折り返して次の一閃を放ち、それを繰り返す事で敵に攻撃を許さないと言うのが私の得意とする戦い方だ。

私の速度を最大限に活かす、いつものヒット&アウェイ……いつもと違ったのは、相手の取った対処法だった。

 

「はっ!」

「く……ッ!」

 

防御も回避もせず、カウンターのように振るわれる拳を辛うじて回避する。

先程まで確かに存在していたバルディッシュの光刃は今は無く、ザフィーラが纏う白色のヴェールにかき消されてしまった事を理解する。

 

<魔力をかき消す魔力……厄介だね。>

<あんなのズルだよ! 攻撃も障壁もかき消されるなんて!>

 

姉さんの言う事も分からなくはない。あの魔法一つと素の戦闘技術だけで戦闘を支配されている今、私が出来る事の大半は封じられてしまっているのだから。

 

<でも……飛翔魔法はかき消されていない。>

<……うん、それだけが本当に救いだね。それまでかき消されちゃったらそれだけでフェイトは……>

 

空中で高速近接戦闘を行う私がその途中で飛翔魔法を消されたら……待っているのは働いた慣性による滑空だ。地面か壁面に衝突する前に再度飛翔魔法を使えれば問題無いけど、それが出来なかった場合の結末は言うまでもない。

 

<多分だけど、かき消す魔力には何かの条件があるんだと思う。

 無条件で全部かき消すんだとすればザフィーラも空を飛べないし、何よりあの魔法自体が自壊する筈なんだから。>

<……『自分の魔力以外』なんて条件じゃない事を祈るばかりだね。>

<そうだったら流石にズルかなぁ…>

 

飛翔魔法が消されてない辺り、そう言う条件じゃないとは思うんだけど……

 

<……それでも戦わなくちゃ。この世界の為にも、母さんの為にも。>

<解ってる。私の魔法で色々条件を探ってみるから、フェイトは攻撃を躱す事に専念して!>

<うん、ありがとう。>

 

シグナムの陰に隠れていたけど、ザフィーラもとんでもない使い手だ。シグナムともなのはとも神宮寺とも違うやり方で、私の速度にしっかりと対応して来る。だけど……

 

「行くよ姉さん、バルディッシュ。……絶対に勝とう!」

 

敢えて声に出して気持ちを整える。

 

≪Yes, sir.≫

<勿論!>

 

そうすれば二人は絶対に応えてくれるから。

 

 

 


 

 

 

「タァッ!!」

「……」

 

飛翔魔法で急接近してからの蹴撃は突如として空中に開いた穴に吸い込まれ、その穴の繋がった先で危なげなくシャマルに掴まれる。

 

「っうおぉ!?」

「……ふっ!」

 

そのまま穴に引きずり込まれてからのジャイアントスイング。海面に叩きつけられるように投げ出されるが……

 

「させるか!」

「うっ……!」

 

俺を投げたシャマルが穴に潜るのを確認した直後、俺は自分の体から放電。目論見通り、シャマルの追撃を防ぐ事に成功するが……

 

「……またそれかい!」

 

追撃しようと振り返ればそこにシャマルの姿は無く、今まさに閉じようとする空間の穴があるだけ。再度振り返れば、シャマルは元居た位置に戻っていた。

 

「そうやって逃げ回って、ジャミングに専念するつもりかい?

 アンタだってベルカの騎士って奴なんだろ? ちゃんと戦いな!」

「……」

 

いくら挑発しようと誘いに乗ってくる気配はない……か。

実際シャマルはああして戦場に居るだけで敵の通信手段の大半を封じている。守る必要のないジャミング装置って訳だ。

 

「まったく……折角のリベンジだってのに、肝心の相手があれじゃ張り合いがないじゃないか。」

 

一泡吹かせてやろうと頑張って来たってのに、ノーリアクション……流石に悲しくなってくる。

だけど俺がシャマルを倒す事にはリベンジマッチ以上の価値があるのも分かっている。

 

「そっちがあくまでもあたしを無視するってんならさぁ……」

 

思っていたシチュエーションとはだいぶ違うが、新しい力って奴を振るわせてもらおうか!

 

「……力尽くで振り向かせてやるよ!」

 

使い魔の魔力は主から供給された魔力だ。自分のリンカーコアで生み出す物とは違い、その特性は主の物をそのまま受け継ぐ。

俺は主から貰った2()()()()()を内側で混ぜる事で、主()にも出来ない芸当が出来るようになった。

 

――激しいスパーク音と共に体を覆うのは青い雷。

 

フェイトとの契約を維持したうえでの、アリシアとの二重契約。フェイトとアリシアの特殊な関係が可能にした、文字通りアルフ()だけの魔力だ。

 

「……?」

「やっと興味を持ったかい?」

 

そしてその魔力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ……あたししか見えなくなるまで、もっと興味を引いてやろうかねぇ!」

 

海面を蹴る瞬間、海面と()()する事で初速を上げる。

 

「……!?」

 

次に先程と同じ要領で空中を蹴る瞬間、空気と()()する事で方向が変わり、さらに速度が上がる。

 

「!」

 

何度も繰り返すほどにその速度は上がり、やがて青い雷がまるで彗星の尾のように伸びていく……

 

なるほど、これがフェイトとアリシアの見ている光景か。

フェイトがあれだけ速度を求めるのも頷ける。敵が全く自分について来れていないこの優越感は勿論だが、自分だけの世界がここにあるような高揚感は他じゃ中々体感できない。

……だからと言ってブリッツアクションを許可したりはしないが。

 

「隙だらけだよ!!」

「ッ!!」

 

がら空きの背中に拳を突き出す一瞬、シャマルの背後に開いた穴が腕を呑み込みシャマルの眼前に現れる。

それを掴もうとするシャマルだが……

 

「ぁう……っ!」

「電気の塊に手を伸ばすバカが何処に居るんだい!?」

 

知能が封じられているのか、本当に触ろうとするとは思わなかった。

だがこれは明確なチャンスだ。今のでシャマルの体には()()()()()()()()

空間の穴に自ら飛び込みシャマルの眼前に飛び出すと、左手をシャマルに翳す。

 

「!?」

 

シャマルが何かしらの対処をする前に、フェイトとアリシアの魔力の持つもう一つの性質……()()によってシャマルの体が引き寄せられる。

 

「今度は真正面から食らいなぁ!!」

 

そして反発の性質を付与した右手が、ついに初めてシャマルを捉えた。通常の拳の威力がその性質で更に引き上げられ、数倍に増幅した衝撃と感電がシャマルを襲う。

 

「カハッ!?」

「まだまだァ!!」

 

そして今の攻撃でシャマルには再び俺の魔力が流れた! 再び左手がシャマルを引き寄せる!

 

「どこまで耐えられるか、試してみるかい!?」

 

口では余裕ぶっているものの、実はこの状態は長続きしない。何せ二人分の魔力を絶えず消費している状況だ。時間制限はかなり厳しい事になっている。だからこそ、もう逃がさない! 離さない!

反発と吸着、そして感電のループで終わらせる!

 




そろそろ本気で捏造設定タグが必要だと思ったので、A's編完結後辺りにでも追加しようかな……

と言う訳で、以下アルフの魔力に関する設定です。

・フェイトとアリシアの魔力

フォトンランサーやプラズマランサーでも描写しているように、二人の魔力は互いに意図して干渉させることで『反発』と『吸着』が可能です。
この性質のおかげでフォトンランサーやプラズマランサーが分裂したり、不可視の速度で進む魔法が一定の軌道をなぞったりできる訳です。
元々『魔力の干渉』と言うものがあるのかに関してですが、「ブラストカラミティ」等の例から可能であるとこの小説ではしています。(もっともこの小説はあくまでアニメ版なので、多用はしないつもりではありますが。)
要するにフェイトはアリシアと協力する事でそれが常にできると思ってください。アルフはその性質を一人で再現できますが、魔法の再現では無いので極端な事は出来ません。(ただ魔力量も相応に増えているのでかなり強くはなっている)


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勝ち目の薄い闘い

展開を進めようと詰め込み過ぎてごちゃごちゃしてしまった感が否めないです。分割した方が良かったかも……


「はやてー! 早く来いよー! ピクニックだぞ、ピクニック!」

「ヴィータ……? ここは、家の玄関?」

 

最初に目に映ったのは玄関から飛び出し、私を急かすヴィータの姿。

周りを見回して把握した感じだと、どうやら私は家の玄関の段差に腰かけているところのようだ。

 

「はやてちゃん? どうかしたんですか?」

「シャマル……私、何でここに……」

「もしかしてまだ目が覚めていないのでしょうか……?

 昨日は楽しみであまり寝付けない様子でしたし、仕方ないのかも知れませんね。」

 

シャマルが言うには、今日は前々から予定を組んでいたピクニックの日……らしい。

そんな予定を組んだ覚えは無いけど、そう言う事になっているようだ。

 

「早く行きましょう、はやて……さぁ、手を。」

「え、シグナム……うん。」

 

差し出されたシグナムの手を掴み、()()()()()。まるで何てことの無い当たり前の動作であるかのようにそれはスムーズで、私は驚く暇も無く呆然としてしまった。

 

「はやてちゃんの足が治って、本当に良かったです! 一時はどうしようかと……」

 

シャマルの喜ぶ様子をしり目に、私は自分の足を見下ろす。

……しっかりと地面を踏みしめ、両足で立つ感覚。初めての感覚だから()()()()()()()()()()()()()()、それでも涙がこぼれた。

 

「はやて、どうかしたのか?」

「ザフィーラ……ううん、何でもない。」

 

これは拙い……これが()()()()()か。

 

……この世界が夢だって事は分かってる。原作のアニメで見たのだ。現実と取り違えるなんて事はあり得ない。

だけど、これほど現実味があるなんて思わなかった。知らない感覚まで……ずっと、知りたかった感覚まで完全に再現されるなんて……

 

この世界に長居するのは拙い。長居すれば間違いなく依存してしまう。

頭の中では抜け出さないといけないって分かっていても、心の深い部分がこの世界にどうしようもないほど魅力を感じてしまっている。

 

「なぁ、シグナム……この夢はどうすれば覚めるんや……?」

 

涙をぬぐいながらシグナムに問いかける。すると少し驚いたような表情の後、シグナムは答えた。

 

「夢ではありませんよ、はやて。私達は自由を手に入れたのです。」

 

その言葉が嘘だって言うのは分かってる。だって、私が最後に見たシグナム達は、人形のような顔をしていたから。あの時に感じた悲しみは、今も深く心に食い込んでいるから。

 

でも……それでも『夢ではない』と言われた瞬間、心につい湧き上がってしまった喜びに、私は勝てないんじゃないかと思ってしまった。

 

 

 


 

 

 

「はぁっ!」

「くっ、この剣の冴え……あの時とは……!」

 

障壁で受け流してはいるものの、この剣技……平常時のシグナムの物と寸分違わぬ鋭さだ……!

闇の書の浸食で弱体化したと言う判断そのものが間違いだったのか? いや……実際に二つの剣技を体感したからこそわかるが、あの時のシグナムからは剣技は間違いなく失われていた。ならば何故……

 

「はっ!!」

「っ! しまっ……!」

 

思考にリソースを割きすぎたか!?

僅かに障壁の角度調整をミスり、斬撃の重さが体を竦ませる。

 

「レヴァンティン。」

 

シグナムがレヴァンティンを構えなおし、言葉を紡ぐ。カートリッジをロードする際によく見た動作……! 今の状態で受けるのだけは拙い!

 

拒否します。(Ablehnen.)

「なっ……!?」

 

耳を疑った。レヴァンティン(デバイス)シグナム()の命令を拒否するなんて、予想もしなかった。

 

貴女は私の主ではありません。(Du bist nicht mein Herr.)

「……そうか。」

 

主じゃない……どういうことだ? 今のシグナムはシグナムじゃない?

だがあの剣技は間違いなく……いや、疑問は後だ!

 

「ハァッ!」

「むっ……!」

 

S2Uの穂先に込めた魔力を一瞬だけ高密度の刃として展開する『フラッシュザンバー』……展開時間の短さこそ短所だが、その分高出力の刃が展開できる為、全力で振るえば大抵の障壁では受け流す事も出来ない。

今のシグナムにもそれが分かるらしく、大きく距離を取らせる事に成功する。

 

「さて、どうするか……」

 

先程のレヴァンティンの言葉を信じるのなら、今のヴォルケンリッター……少なくともシグナムはカートリッジロードを始めとして、『デバイスを介した魔法が使えない』事になる。

勿論、素の剣技の鋭さや『紫電一閃』は使える可能性もある為あまり気は抜けないが……シグナムは連結刃への切り替えが出来ず、更に魔力の補正をかける事も出来ない。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 

ならば当然、戦い方をアウトレンジに切り替えるべきだ。接近を許さず、剣の間合いの外からこちらの攻撃だけを届かせる。

 

「っ!」

 

シグナムの足元に魔法陣が展開される。

以前なのはとフェイトが話していた、感知と迎撃に特化した魔法陣だろう。戦闘の映像等からあの魔法陣の展開中は、移動そのものを封じられる可能性が高い。

鵜呑みにして油断する事こそ無いが、それでももしそれが正しい推測であったならばシグナムの足止めは出来た事になる。

戦略上、敵の暫定最高戦力を封じ込めるという事の意味は大きい。警戒は解かず、この状況の維持に専念しよう。

 

 

 


 

 

 

≪Accel shooter.≫

「シュート!」

 

生成した20発の光弾がそれぞれ別の軌道でヴィータに向けて放たれる。一方のヴィータは手元に生成した4つの鉄球を打ち出して来る。その軌道は迎撃を狙う物ではなく、明らかに俺本体を狙った物だった。

 

「それなら……!」

 

アクセルシューターの内の4つを鉄球の迎撃に回し、それぞれを撃ち落とす事に成功する。

そして残りの16発で……

 

「“バスター”!」

 

ヴィータの上下左右前後の6方向からの十字砲火! 続けて……

 

「“バインド”!」

 

爆炎の中にさっきの砲撃で使わなかった残りのシューター4つを突っ込ませ、術式を変換。拘束の術式を起動する。

……まだ爆炎は消えていないが、拘束が成功したという手応え。弱体化しているとはいえ、あまりにも呆気ない結末に逆に不安が高まる。

 

「……レイジングハート!」

≪All right. Restrict Lock!≫

 

念の為に俺の使える中で最も強度の高いバインドを重ね、煙が晴れるのを待つ。

 

「ぐ……」

「……」

 

そこにはやはりバインドによって完全に無力化されたヴィータがいた。

 

……本当にこれで終わりなのか?

 

そんな疑問が胸中を占める。

 

「決着……だね。」

 

でも、こうなったら俺の勝利は決定的と言っても良い。

 

≪Divine Buster Extension!≫

 

レイジングハートがカートリッジをロードし、増幅された魔力が穂先に眩い光となって現れる。

 

「……シュート!!」

 

そして決着をつけるべく放たれると同時に……

 

「オオオオォォォォォオオォオオオオッッ!!」

 

凄まじい雄叫びと共に、白い光が戦場を包んだ。

 

 

 


 

 

 

「オオオオォォォォォオオォオオオオッッ!!」

「なっ……!?」

 

突然ザフィーラの雄叫びと光が一帯を包み込む。勿論、魔法を無効化する魔法の光だ。

バルディッシュの光刃が消え、飛翔魔法の速度が若干減り、動きが鈍る。だけど、ザフィーラが齎した影響はそれだけじゃない。

 

「くっ、厄介な……!」

 

クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトがかき消され、シグナムが再び距離を詰めた。

 

「これは……ちょっと拙いかもねぇ……!」

 

アルフの体を包んでいた蒼い雷は掻き消え、シャマルに流れていたアルフの魔力も消されてしまった。

 

「レイジングハート!」

≪Protection powered!≫

 

なのはの砲撃と拘束魔法の両方が無効化され、ヴィータが攻勢に出た。

 

「はあぁっ!」

「くっ!」

≪Defensor Plus.≫

 

そして動揺した私の隙を突いて叩き込まれる拳。やはり現状一番厄介なのはザフィーラだ。ザフィーラを倒さない限り、こちらがどれだけ優位に立っても状況をリセットされてしまう。

更に言えば、そのザフィーラは常に魔法を無力化して来るのだ。

最優先で倒さなくてはならない相手に攻撃が通らない……これほど厄介な事は無いだろう。

 

<どうする……姉さん?>

<んー……一応さっきので無力化のカラクリは見えてきたけど、だからといってどうにかなるものでも無さそうなんだよね……>

<聞かせてくれる?>

<うん。>

 

アリシアの言うには、さっきの光の影響を受けたのはこちらの魔法だけではなかったらしい。シグナムの魔法陣も同時にかき消されていたと言うのだ。そしてそこから導き出された結論は……

 

<ザフィーラが今使っている魔法以外を無効化する……?>

<多分、そう言う事なんだと思う。自分でそういう風に対象を決めているのか、勝手にそうなるのか分からないけど……>

 

……本当にそうだとすれば、要するにザフィーラに勝つには直接的な近接戦闘しかないって事だ。

補正無しの飛翔魔法でも速度には自信がある。だけどバルディッシュの光刃は使えない……簡単に言えば、ザフィーラに届く『武器が無い』のだ。

 

<……バルディッシュを直接武器として使うしかないのかな。>

<魔力で補強も出来ないのに? フェイトの速度を乗せたら負荷が大きいんじゃない?>

 

魔法ではない攻撃か……一つだけ心当たりはあるけど、アルフからもリニスからも母さんからも姉さんからも『使っちゃダメ!』って言われてるからなぁ……

 

<言っておくけど……駄目だからね。>

 

やっぱり釘を刺されてしまった。

 

<でもディフェンサープラスがあれば負荷だってきっと……>

<もし途中でディフェンサープラスがかき消されちゃったら?>

<……そうだね、ちょっと焦ってた。ごめん、姉さん。>

 

同時にソニックムーブもかき消されるだろうけど、一度ついてしまった慣性はそう簡単には消えない。

制御が効かず結界の壁面に叩きつけられるだけならまだ幸運、最悪の場合は……考えるまでもない。

 

でもそうなると本当に手が無い。一刻も早く闇の書を止めないといけないのに、短時間でザフィーラを突破する方法が見つからない。

 

そして、どうするか思案に暮れていたそんな時……最も懸念していた最悪の事態が起こってしまった。

 

 

 


 

 

 

「ここがはやての家か。」

 

聖地に来たみたいでテンション上がるなぁ~……じゃなくて。

 

「リーゼさーん、いますか……って、大丈夫っすか!?」

 

到着して早々目に入ったのは血塗れで倒れ伏すリーゼロッテと、その傍で倒れているリーゼアリアの姿。慌てて近寄り、声をかけるが……

 

「……」

「……」

 

ダメか、完全に気を失ってる……

 

「……い、生きてる……? よな?」

「た、多分な……」

 

ダニーの声に自信なさげに返す。前世でも今生でもこんな出血なんて見た事無いんだから分からない。

取りあえず俺よりも回復魔法が得意なダニーにリーゼロッテの応急手当を任せ、一見無傷そうなリーゼアリアの手を取って脈を測ってみると……

 

「……リーゼアリアの方は生きてる。気を失ってるだけだ。

 リーゼロッテの方は……」

 

そこで言葉を区切り、目をリーゼロッテの方に向けるが……

 

「こっちも問題無さそうだ。服こそ血塗れだが、体の方に傷は無い。

 気絶する前にリーゼアリアが応急処置を済ませていたんだろう。」

「そうか……。」

 

取りあえずは安心してもよさそうだ。

……さて、俺達の目的はリーゼ姉妹の説得とデュランダルの回収だが……

 

「リーゼ達は治療の事も含めてアースラに回収して貰うとして……だ。」

「問題はデュランダルの方だよな……気絶してる女性をまさぐる訳にも行かんし……」

「……アリアには悪いが、起こすか。そっちでアースラに通信を繋いでおいてくれ。」

「あいよ。」

 

アリアの肩を掴んで軽く揺さぶるダニーをしり目に、手元の端末で通信を繋ぐ。

 

「あ、リンディさん。リーゼさん達を見つけたんですが、リーゼロッテさんが負傷してまして……」

『状況に関してはエイミィから聞いているわ。アリアさんだけでも話が出来る状況だと嬉しいんだけど……』

「それに関しては今ダニーの方が……」

 

会話しながらダニーの方を見ると、丁度リーゼアリアが目を覚ますところだった。やっぱりリーゼロッテ程の怪我は負ってなかったらしい。

 

「ぅ……私、一体……」

「リーゼアリアさん、目を覚ましたようで何よりです。」

「……? アンタは……」

「あいにく今は緊急事態ですので、私の事よりも先ずはこちらを。」

 

そう言って端末を向けると、あちら側もグレアム提督が出た。

 

「と、父さま!?」

『アリア、先ずは無事で何よりだ。』

「それよりも何故アースラに……?」

『うむ……どうやら私達の計画はクロノに見破られていたらしい。』

 

そして今までの出来事を語るグレアム提督の言葉を聞く内に、リーゼアリアの表情は悔しそうな物へと変化していった。

 

『……そう言う訳だ。もうデュランダルは私達の手にあっても意味を成さない。

 だが彼等の手にあれば、事件解決の一助となれる可能性は残されるのだ。』

「分かり……ました……」

『グレッグ君だったかな、デュランダルはクロノに渡してあげてくれ。

 一般的な物と比べると多少癖のあるデバイスだが、彼ならば十全に使いこなせるだろう。』

「分かりました。」

 

グレアム提督の話を聞き終えたリーゼアリアが、懐から取り出した一枚のカード状のデバイスを差し出してくれた。

間違いない。アニメでも見た氷結の杖『デュランダル』だ。

 

『……済まない。私の計画に付き合わせてしまって。』

「父さま……いえ、私達は確かに父さまの使い魔ですが、私達が父さまの計画に従ったのはあくまで私達の意思です。

 たとえどんな結末を迎えようとも、最後までお供させてください。」

『アリア……』

 

……うん、話も一段落したようだ。目で合図して、端末の画面を自分に向ける。

 

「……ではリンディさん、リーゼ姉妹の回収をお願いします。」

『ええ、そちらは引き続きデュランダルをクロノに届けてあげてくれるかしら?』

「了解しました。転送をお願いします。」

『……ちょっと待ってくれるかしら? 何があったの?

「え、リンディさん……?」

 

急に画面からリンディさんの姿が消える。どうやら何かを確認しているようだが……嫌な予感がするな。

通信は繋がっている様なのでかすかに声が聞こえるが、その声のトーンからして異常事態なのは明らかだ。

 

『……お待たせしたわね。予想は付いていると思うけれど、非常事態よ。』

「予想はしてました。私達はどうすれば良いでしょうか?」

『そうね……まず、リーゼさん達はこちらに転送するわ。リーゼロッテさんの容体も確認しないといけないし。

 そして貴方達に関してだけれど……()()()()()。』

「……備える?」

 

一瞬言葉の意味を考えたが、俺が意味を理解するよりも先に回答が示された。

 

「おい、グレッグ……これって!?」

()()!?」

 

現在の闇の書の位置は海鳴臨海公園……こことはちょっと距離があり、今居るココは当然結界の範囲外だった。

当然こんなところまで結界に納める理由は管理局側には無い。つまり……

 

『闇の書に管理局の結界の制御を奪われたわ……そして結界の範囲が拡大、海鳴市全体がすっぽりと覆われたのが現状よ。

 更に最悪な事に……』

 

リンディさんが話している途中、八神邸の敷地外から声が響いた。

 

「なんだこの空は!?」

「おい、テレビが付かないぞ!!」

「何が起きてるんだ!?」

 

嫌な予感……なんてもんじゃないな。これって、もしかしなくても……

 

「リンディさん……まさか……」

『……ええ、一般市民が結界内に取り込まれているわ。多分、全員ね。』

 

……最悪だ。

 

 

 


 

 

 

「ダメです! 結界の制御、取られます!」

 

アースラに繋ぎっぱなしの通信に向けて、現状を報告しながら作業を進める。

拮抗していた制御権の奪い合いは既に敗色濃厚。対処する術式の数が多く、手が足りなかったのが敗因だ。

だけど、こうなる事態は想定してある。

 

『エイミィさん、予定通りに!』

「了解! 多層結界、展開!」

 

干渉への抵抗術式を放棄、新たに準備していた多層式の強壮結界を展開する。

 

「術式安定、結界の構築……完了です!」

『こちらからも結界の展開を確認しました。引き続き警戒をお願いします。』

「了解。」

 

いやぁ……分かってはいたけど、ヤバい相手だなぁ。

結界の制御を奪う為にあんな数の術式を使うなんて前代未聞だよ……いくつか参考になる術式もあったし、間違いなく今の攻防だけでかなりスキルアップしたね。

 

「結界への干渉は……今のところ無さそう……かな?」

 

しばらく様子を見ても、干渉の術式が新しく張った結界に侵入する兆候は無い。先程のやり取りが嘘のような静寂だ。

……諦めてくれたのかな?

 

「……うん、出力も術式も大丈夫。これで内側の結界が破壊されても、街まで被害は……あれ?」

 

……妙だ。最初に張られていた結界は既に制御権を完全に奪われている。なのに、なんで……

 

「結界を破ろうとしていない……?」

 

闇の書に支配された結界は、依然安定したままだ。じゃあさっきの攻防は何の為に……?

 

「……えっ!? ちょ、何、何、何!?」

 

突然モニター全体を埋め尽くす真っ赤な『ERROR』の表示と警告音。

急いで状況を確認しようとパネルを叩くも、こちらの操作を受け付けない。

 

「ま、まさか……さっきの攻防の時に……!?」

 

こっちの端末に侵入された!? 私に気付かれない内に!?

 

急いで本局とアースラへのネットワークを切断し、接続が不可能なように端末の自壊機能を作動する。

……まさか自爆スイッチの必要性を身をもって理解する日が来るとは思わなかった。

 

『エイミィ! 何が起こってるの!?』

 

接続が断たれた事で異常を理解したのだろう。手元の通信用端末に艦長から通信が入った。

 

「か、艦長! やられました! 結界の術式を介してこっちの端末に……!」

『何てこと……!』

 

幸いセキュリティ強化のおかげで各方面への通信はそれぞれ独立したネットワークを使っている上にネットワークも物理的に断った為、アースラや本局まで影響が伸びる事は無いだろうけど……ここはもう駄目だ!

 

『ッ! 直ぐにその拠点を放棄、こちらに転送させます! 結界は……諦めましょう。』

「すみません、艦長……!」

 

術式に抵抗出来ていると思っていたけど、それは違った。相手はこちらの術式を利用する為に、敢えて直ぐに制御を奪わなかったんだと理解した。

 

「はぁ……負けた……」

 

展開された転送の術式に包まれながらも、頭の中はずっとさっきの事を考えていた。

元々戦闘要員として戦線に立つ事の無い私だ。戦って敗けるなんて経験、そうそう体験しないと思ってたけど……

 

「……悔しいなぁ……」

 

完全敗北って、こんなに悔しい物なんだ……

胸中を埋め尽くす敗北感と罪悪感から思わず零れたつぶやきを最後に、私はこの拠点から姿を消した。

 




内容がごちゃごちゃしてしまった為、補足です。

・ヴィータが呆気ない理由
シグナムと同様でデバイスが主と認めないからです。
デバイスが主と認めない理由ですが、多分本文中には書けないので次回か次々回くらいに後書きで明かします。(可能であれば本文中に書きますが、多分その情報を明かす会話の流れには出来ないので、出来ても匂わせる程度になるかと。)

・闇の書の干渉の目的
最初は結界の掌握と拡大で一般人を巻き込む事でした。(巻き込んだ理由はもう少し先の話で。)
しかしエイミィの干渉があった事から、彼女の存在が目的達成の障害になると判断。拠点の機能ごと掌握する為にエイミィとの交戦を長引かせ、エイミィの術式を辿り拠点の端末に侵入しました。(電話の逆探知の為に会話を長引かせるのと同じ理屈)

他に疑問があれば遠慮なくぶつけていただけると嬉しいです。私が描写ミスしている場合や、展開に矛盾がある場合もあるので……


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戦いのその裏で

『皆、ゴメン! 結界の制御が、拠点ごと取られた!!』

「なんだって……!?」

 

エイミィからの通信にクロノが目を見開いたのが見える。

良く見てみれば画面に映るエイミィの背後の景色はアースラのブリッジだ。拠点が使えなくなった為にアースラに移ったのだろう。

 

『今結界の規模と対象が操作されて、町全体をすっぽり覆ってる! それも、住民全員を巻き込んで!!』

「えっ……!?」

 

言われて公園の方に目を遣れば、確かに多くの人がこちらを見ている。中にはカメラを構えている者も……

 

「み、皆さん!! 危ないですから、急いで離れて……ッ!?」

「よそ見してて良いのかよ?」

 

注意喚起をしようとするも、それはヴィータの鉄球に阻まれた。

 

「ヴィータちゃん……! 目を覚まして!

 はやてちゃん、言ってたよ!? ヴィータちゃんは素直じゃないけど、優しい子だって!!」

「そうか。」

≪Protection Powered. Barrier Burst!≫

 

返答代わりのグラーフアイゼンの攻撃に合わせて、カウンターのバリアバーストで距離を取る。

……しかし、さっきの言葉の返事がアレか。やっぱりもうヴィータの意思は無いのだろうな。

残念に思いつつも煙の中にアクセルシューターを4つ飛び込ませ、再び拘束しようとした俺の視界の端に……それは映った。

 

「ッ!?」

 

黒い3対の翼を広げ、公園の人だかりに向けて飛翔するその影は間違いなく……

 

「闇の書の……!」

 

拙い! アクセルシューターを操作中の俺は自由に動けない!

 

「“バスター”!!」

 

仕方なく先程ヴィータに向けて放ったアクセルシューターを使い、砲撃を放つが……

 

「『盾』」

≪Panzer Schild.≫

 

当然簡単にかき消され、その速度を落とす事さえ敵わない。

だが、その砲撃で気付いてくれたらしい。

 

「バルディッシュ……!」

≪Haken Slash.≫

 

流石はフェイトだ。闇の書の主とは数十m離れていたにも拘らず、一瞬でその前に立ち塞がった。

俺も直ぐに駆け付けたいが……

 

≪Protection Powered.≫

「くっ……!」

 

俺の速度じゃヴィータを引き離すのは厳しそうだ……!

 

 

 


 

 

 

「ハァッ!!」

 

正面に回ると同時に、民間人から引き離すべく全力で振るったバルディッシュの光刃は……

 

「『盾』」

≪Panzer Schild.≫

「つッ……!」

 

あっさりと障壁で止められてしまった。それに……動きを止める事は出来たけど、まったく突飛ばせない。寧ろ攻撃した私の腕の方が痺れる程に頑丈な守りだった。

 

「刃以て、血に染めよ」

「!」

 

私の周囲に……!

 

「穿て、ブラッディダガー。」

≪Blutiger Dolch.≫

「バルディッシュ!」

<姉さん!>

≪Defensor Plus.≫

<ディフェンサー!>

 

一瞬迷ったが、防御を選ぶ。民間人の方にブラッディダガーが向かう可能性を無くす為にはこうするしかなかった。

 

周囲に響く爆音、軋む障壁。

防御を二重にしたおかげで直接的なダメージこそ避けられたが、体力は結構持って行かれてしまった。

 

「はぁ……はぁ……、っく!」

 

闇の書の意思が動く気配を感じ、煙を突き破って再び立ちはだかる。先程のやり取りで危険性が伝わったのだろう、見物していた一般人は我先にと逃げ出していた。

 

「ヤァッ!」

「『盾』」

≪Panzer Schild.≫

「痛ッ……!」

 

まるで最初に戻ったようなやり取り。だが、数秒前と比べても明らかに私は消耗させられていた。

 

「……何故、邪魔をする。」

「何故って……それが、私達の役目だから……ッ! なんで、魔力も持たない民間人を襲おうとしたの!?」

 

気付けば私は問いただしていた。

敵対している訳でも無く、蒐集の対象にもなり得ない民間人に真っ先に向かったその理由を……

ヴォルケンリッターでさえ言葉が通じないこの状況で、闇の書の意思と会話が成立するかは賭けだったが、彼女はその問いに答えた。

 

()()()()()()()()()()()()。私はそれを叶える為に、今ここに居る。」

 

 

 


 

 

 

リビングの机を挟んで反対側、印刷された紙をこちらに見えないように持った神谷が口を開く。

 

「じゃあ、次の問題出すぞー。

 『市街地での飛翔魔法の使用が禁止されている理由について、簡潔に述べよ』。」

 

今やっているのは管理局に入局する為の勉強会。

やった内容をちゃんと覚えているか確認する為のクイズを出し合っているところだった。

 

『Ah~……僕等の運命はァ~……』

「……待てよ、思い出すから。」

 

余計な情報を耳に入れないように意識しながら、確かに覚えた筈の記憶を探る。

 

『あの日ィ~交ぃわったァ~……』

「これアニメでもやってたぞー。」

『体をォ貫くゥ~衝撃はァ~……』

「マジで……? やっぱりもう結構忘れてるな……」

 

周りで様子を見ていた神崎が発した言葉に、アニメの記憶が曖昧になっている事を自覚する。

だが、確かにStSでそんな内容があったような気も……

 

『正にィ~……交通事故ォ! Yeah!』

「ああ、アレだ! 『事故を防ぐため』!」

「……流石にもう少し詳しく答えないと正解にはならないだろ。」

「そうだよなぁ……って言うか……」

 

示し合わせたように全員がある方向を見る。……正確には、窓の外に見える家を。

 

『あの日見た君の横顔ォ! 僕はァ! 忘れなっ()ィィ!!』

「隣人うるっせぇなオイ……」

 

勉強会を始めて少し経った頃からずっとあの変な歌が聞こえるのだが、近隣住民は誰も文句を言わないのだろうか。

 

「何で最初バラードっぽかったのに急にロックっぽくなるんだよ……」

「なんかクリスマスにあの歌で告白するらしいぞ?」

「マジで? めちゃめちゃロックじゃん。」

「……良く聞いたら曲は良いな。歌詞はゴミだけど。」

「すげぇだろ? 重厚なメロディから繰り出されるクソみてぇな歌詞。」

 

あぁ、おかげで全然集中出来ん。偶には神崎の家で集まろうと言ったのが間違いだった。

 

そんな事を考えていた時だった。

 

「……!? 何だ、今の感覚は……?」

 

元々結界魔法の訓練に精を出していたからだろう、神谷がいち早く異変を察知した。

 

「これ……まさか結界か!?」

 

今まで訓練で何度も経験した事のある感覚だった為、俺達もすぐに結界が展開された事に気付く。しかし……

 

「どういう事だ? 今日の訓練って海鳴臨海公園でやるって言ってなかったか?」

「その筈なんだけどな……まぁ、元々リーゼロッテの提案だったから変な感じはしてたけど。」

『こォのォ世ォにィ舞い降りたァ~! 唯~一~神ンンン!!』

「……その提案ってアレだろ? 『結界魔法の訓練をしよう』ってやつ。

 だったらこれも訓練なんじゃねぇか? 範囲を広げるとかさ。」

「それもそうか。」

 

事前に連絡は無かったけど、結界魔法張っただけで民間人に影響が出るはずもない。寧ろ悪影響って言うならこの酷い歌の方が問題だ。

何で俺達も結界の中に入れたのかとかは気になるが、今はとりあえず向こうの常識を詰め込むのが優先か……と、再び机に向かおうとした時、神原が突然手を突き出して口を開いた。

 

「待て……あの歌、何かおかしくないか?」

「……? そりゃおかしいだろ。訳分からん内容だし。」

 

何言ってんだこいつ。今までちょっとでもいい歌だと思ってたのか?

 

「じゃなくて! 何で結界内なのに一般人の歌声が聞こえるんだよ!?」

「「「「「確かに!!」」」」」

 

え、なんで一般人が結界内に居るんだ!? あいつ等なんつーミスしてんだ!

急いで訓練中の奴らに念話を繋げようとした瞬間、目の前に通信用のウィンドウが現れた。

 

『皆、聞いて!』

『今こそ僕の全てを捧げよう! 血! 肉ゥ! 骨ェェ!!』

『うわ、何この酷い歌……』

 

映ったのはエイミィだ。歌の酷さはともかく、こうして向こうからコンタクトして来るという事は、やはり何かしらの緊急事態という事だろう。

 

「アレは無視しても良いから、今何が起きてるのか教えてくれ。」

『う、うん! 実は……』

『人生ェェエアアア!!』

 

 

 

「……なるほど、つまり俺らのやるべき事は……」

『うん! 出来る限り民間人に被害が出ないように避難誘導をお願い!』

 

……大変な事になってるな。闇の書の意思が街一つ結界に包み込んだって事は、狙いはこの街に住む民間人って可能性が高い。

しかも原作と明らかに行動が変わってるって事は、この変化の原因が俺達(転生者)にあるのは明白だ。何が原因だったのかは分からないが、それで被害が出たら悔やんでも悔やみきれん。

 

「うし……じゃあ、行くかぁ!」

「一応聞くけど、魔法は使っても良いんだよな?」

『……うん、こうなったらもう隠し通すのは無理だと思う。誘導の為の飛翔魔法、民間人を守る為の防御魔法が得意な人は特に積極的に動いて! それと……』

「聞いた話じゃ、もう蒐集は終わったんだよな?

 じゃあ、俺が動いても良いって訳だ。」

『うん……ッ! 今、闇の書の主が動き出した! やっぱり、市街地を目指してるみたい!

 闇の書の主を足止め出来そうな人はそっちもお願い!』

「了解! ……って、もう切れちまったか。」

 

エイミィの方も相当忙しいのだろう、こちらの返事も聞かずに通信が切れてしまった。

ともあれ、こうなっては勉強会どころじゃない。まるで示し合わせたかのように一斉に立ち上がった面々を見て、神谷が口を開いた。

 

「……で、お前らはどっちに行くんだ?」

 

『どっち』とは言うまでも無く『避難誘導側』か『闇の書の主の足止め』かの2択の事だろう。

 

「俺は当然、闇の書の主! ……って言いたい気持ちは山々だけど、避難誘導に回るわ。

 近所の八百屋のおばちゃんが最近足痛めちまっててよ……そっちが心配だ。

 そう言う神谷はどっち行くんだよ?」

「当然避難誘導だ。元々戦闘は得意じゃないし、結界とか障壁を張るのも得意だしな。

 闇の書の主の魔法が飛んできても1回か2回くらいなら防げるかもしれん。」

「じゃあ俺も避難誘導にしておくわ。実際闇の書の主に勝つどころか、足止めも出来るか分からねぇし。……神場は?」

「ん~……やっぱ闇の書の主かな俺は。

 足止め用の魔法を創造すれば多少は時間稼げるだろうし、多分エイミィもそのつもりで話してたと思う。」

「エイミィの意思を汲み取るなら、俺も避難誘導だな。多分こん中で対応できそうな神場以外は避難誘導に行く方が良いんじゃねぇかな。」

「……まぁ、そうだよな。現実問題人手が要るのも避難誘導側な訳だし。」

「そう落ち込むなって。敵を倒すのがなのは達なら、人を守るのが俺達ってだけだ。

 どっちも大切な役割だぞ。」

「分かってるって……訓練の成果が出せないのがちょっと残念なだけだ。」

 

……正直、神無月の気持ちも分からなくはないけどな。俺だって折角手に入れた魔法で派手に戦いたいって願望は……まぁ、ちょっとくらいはあるし。

でもそれはこんな状況で優先する感情じゃない。神無月もそれは分かってるだろう。

 

『Ah~僕らを繋ぐぅ~』

「あいつの間奏も終わったみたいだしさっさと行こうぜ。」

「告白用のラブソングにギターソロの間奏があるってどうなんだろう?」

「俺が知るかよ……」

 

どうか決戦の舞台がこの近くになりませんように! あんな歌をバックに戦う絵面とか嫌だぞ俺は!

 

 

 


 

 

 

『……って訳だからお願い!』

「えっ、あの、俺障壁とか適性が……! って、切れちゃったか……」

 

参ったな……

 

「あはは、災難だねトシ君。」

「木之元お前、他人事(ひとごと)みたいに……」

 

……こいつは良いよなぁ。適性に癖がないオールラウンダーで、その上デバイスを自作できるもんだから必要とあれば特化型にもなれるし……

 

「大丈夫、言ったでしょ? そのデバイスの機能を使えばトシ君の特典も活かせるよ。」

「……別に疑ってる訳じゃねぇよ。……サンキューな。」

「! よ、よぉし! それじゃ張り切って避難誘導に行こうか!」

「ちょっ!? 待っ、引っ張るな!」

 

 

 


 

 

 

『……そう言う訳で、今丁度君達が居るところを避難場所の一つにする感じでお願い!』

ちょっ、そんないきなり言われても……!

 

……切れちまった。声、聞こえなかったのかな……

 

どうする? いきなり過ぎる話だけど……

……まぁ、人が大勢入れてある程度頑丈ってなるとなぁ。

そりゃはやてが来ない訳だ。こんな事になってたなんてな。

それで避難所にするって、俺達は結局何すればいいんだ?

……司書さんに伝えるとか?

俺らの言う事聞いてくれるかな……多分俺ら相当に問題児扱いされてるぞ?

「自覚があるなら、動きも静かに……ね?」

「「「「「「ヒュッ……!?」」」」」」

 

唐突に背後から聞こえた声に、思わず息が漏れる。

振り返るとそこには案の定、いつも俺らを注意しに来る司書さんがいた。

 

あ、あの司書さん!? 実はですね……

今外で……

「……大丈夫よ、さっきの会話も見ていたから理解してるわ。」

し、司書さん……!

 

なんて話が早いんだ! 

でも、まさかさっきの通信を見られていたなんてな……人に見られないように移動したのに。

そんな疑問が表情に出ていたのか司書さんが突然、ふっ……と笑みを浮かべる。

 

「貴方達みたいな問題児から一時も目が離せるわけないじゃない。」

「「「「「「毎日お手数おかけして申し訳ありませんでした……っ!」」」」」」

 

 

 


 

 

 

『……じゃあ、お願いね!』

「ああ、任せろ!」

 

避難誘導と戦闘……か。

威勢よく返事をしたは良いが、俺の心はまだどっちに行くべきか決めかねていた。

どちらも重要な役割である事に加え、俺自身の願いが更に迷いを大きくしていたのだ。

 

「……取りあえずは、外に出て様子を見ようか。」

 

セットアップを済ませ、外に飛び出す。空は妖しく揺らめき、その色を変化させている。間違いなく結界が張られており……

 

「どうなってんだ!? 電話が通じないぞ!?」

「こ、こう言う時って家に居れば良いのか? どっかに集まるのか?」

「あたしが知るわけないでしょ!? アンタって本当に肝心な時に頼りにならないんだから!」

 

……街はやっぱりパニックのようだ。無理もない。地震や津波の警報とは訳が違うからな。

道路は人で埋まり、自動車が通れず渋滞を作り、人をどかそうとするクラクションの音が絶えない。

 

「ママー!!」

 

親とはぐれた子ども達が泣くのも仕方ない光景だった。

そんな状況を前にすれば嫌が応にも心は決まると言う物だ。俺は息を大きく吸い込み、魔法の力も使って全力で叫んだ。

 

「この街の危機に!! 俺、参上オオォォォッ!!」

 

全身に炎を纏いながら空に立つ人影がバカみたいな大声で叫んだのだ。一瞬だけクラクションも鳴き声も消え、静寂が訪れる。

 

「俺の仲間達がこの異常事態に既に対応を開始している!! 焦らずに聞いてくれ!!

 俺の仲間達がこの異常事態に既に対応を開始している!!」

 

やがて静寂はどよめきに変わり、こちらの言葉を待つ環境が作られた。

先程のエイミィの会話を思い出しながら周囲を見渡す。避難誘導の場所としてここから近いのは……風芽丘図書館だな。

それを確認すると、俺はポーズを決め(魔法を発動し)、炎の翼を大きく広げる。

 

「風芽丘図書館を始めとして、複数の施設を避難場所として俺の仲間が守っている!!」

 

こんな大声で話し続けたからだろう、方々から見知った顔が飛んでくるのが見えた。丁度いいタイミングだ。

 

「君達の身の安全は俺と、俺の仲間が守る!! だから落ち着いて避難誘導に従って欲しい!!」

 

それだけ告げると拡声の魔法を解除し、皆と小声で言葉を交わす。

 

「そう言う訳だ、それぞれ別の避難場所に誘導しよう。」

「おう! しっかし、派手にやるなぁ紅蓮!」

「この格好が役に立った。おかげで子供も泣き止んでくれたらしい。」

「あぁ、あの様子なら指示に従ってくれるだろう。

 ここの皆は俺らに任せて、後5か所ほどでさっきのと同じ奴を頼むわ。」

 

聞けばここに来る途中でも似たような状況を見たらしい。

 

ま、マジで……? アレ結構喉に来るんだけど……

 



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過去から現代に続く呪い

「ブラッディダガー」

「く……!」

 

私を取り囲むように現れたブラッディダガーの包囲を上空に飛翔する事で躱す。付近に民間人が居ないのであれば、躱すのはそう難しい事ではない。ただ……

 

「ハァ……ハァ……!」

<フェイト、大丈夫?>

 

やはり連戦の疲労に加えて、一度攻撃を障壁越しとは言え受けてしまったのが拙かった。

魔力の消耗が激しく、攻撃の回避は出来てもそこから反撃に移る余裕はもう無い。

 

<……フェイト、交代しよう! 私がしばらく時間を稼ぐから、フェイトはその間に魔力の回復をして!>

<姉さん……>

 

姉さんの提案は確かに有効かもしれない。私程ではないにせよ、姉さんの速度も一般的な魔導士の中では十分上位に入るレベルにはある。

ただ、ブラッディダガーの速度は数ある魔法の中でも最高レベル。姉さんを信頼してはいるけど、どうしても私の心には迷いが生まれる。

 

「ブラッディダガー」

「ッ!」

 

その迷いを突くかのように、再び私を囲む凶刃の輪。慌てて包囲を抜け出すと、目の前には何時の間にか闇の書の意思が回り込んでいた。

 

「……」

「拙い……ッ!」

 

こちらに向けて広げられた闇の書が意味するもの……それは転生者ならば誰でも分かる。……特に、私の場合は。

直ぐに進行方向を鋭角に切り替えて距離を取る。

 

<……今のって……>

<うん。……闇の書に『吸収』しようとしてきた。>

 

物語に於いてもフェイトは闇の書に吸収され、夢の中で絶対にありえない家族との団欒を過ごした。

勿論それは物語での話だ。今の私にとってあの光景は十分にあり得る未来だし、それをつかみ取る為にこうして戦いに赴いている。

……ここで絶対に捕まる訳には行かないんだ。

 

<姉さん。ブラッディダガーと、今の吸収……対応できそう?>

<……分からない。だけど、このままフェイトだけで戦っても直ぐに捕まっちゃうよ。

 だから……!>

<うん、分かった……少しの間、お願い。>

 

今は確かにピンチだ。絶対に負けられないし、少しの隙を見せる事も許されない。

だからこそ、姉さんを信じて任せよう。

姉さんはこんな時に分の悪い賭けに出るタイプじゃない。その姉さんが『対処できない』じゃなく『分からない』と答えた。

 

それは多分、今の攻撃が見えていたという事なのだ。

 

「フェイト……ありがとう、後は私に任せて!」

 

その口から出た言葉は、私が一番信頼する姉さんの物だった。

 

 

 


 

 

 

「エイミィ、結界の制御は奪い返せそう?」

「それが、未知の防衛プログラムが走っていて……すみません。」

「プログラムの解析に充てる時間は無い、か……仕方が無いわね。結界に対するアプローチは、この際バッサリ諦めましょう。」

 

艦長の指示を聞きながら、私はもう何度目かの無力感に苛まれていた。

結界を奪われ利用されておきながら、やり返す事もままならないなんて……肝心な時にこんな調子じゃ、クロノ君の役に立つ事も……

 

「エイミィ。」

「! すみません。少し……その、考え事を……」

「あまりネガティブになり過ぎない事よ。貴女が今感じている無力感は、この場に居る全員が感じている。

 寧ろ、こんな状況でも闇の書の通信妨害を潜り抜けて連絡手段を確保できた貴女は、十分に皆の役に立っているわ。」

「艦長……」

 

慰めるその言葉に涙が出て来る。ホントに前世のセクハラクソ上司とは大違いだ。

 

「艦長ー! それじゃ俺達が何の役にも立ってないみたいじゃないっすかー!」

「そう思うなら今出来る事を何か一つ見つけなさーい!」

「せめて否定してくださいよー!」

 

軽い調子で話しかけた銀髪オッドアイの言葉に怒るでもなく、同じような調子で艦長が返す。暗く張り詰めたブリッジの空気が少しだけ緩んだ気がした。

 

「……リンディ提督? その……彼等はいつもこんな調子なのかね?」

「ええ、いつでも変わらずこんな調子です。だからこそ、いつも彼等の最高のパフォーマンスを発揮してくれる……そう考えるようにしました。」

 

グレアム提督が不安げに投げかけた疑問に、感心2割、諦め8割くらいのトーンで艦長が答えた。……ホント、色々あったのだ。この認識に落ち着くまでに。

 

でもそんなやり取りのおかげか、少しだけ心に余裕が出てきた。私ももう一つ、何かできる事を探そう。

再びパネルに向き合おうとした丁度その時、ブリッジの扉が開いた。

 

「……父さま。」

「アリア、ロッテ……怪我の調子は大丈夫かね?」

「はい、アースラの船医のおかげで……」

 

入って来たのはすっかり大人しくなったリーゼ姉妹だった。大量の血を消耗し、意識不明の重症にまで陥っていたリーゼロッテを、この短時間で治療出来る船医は一人しか思い当たらず、少しばかり苦い記憶がフラッシュバックする。

 

「リーゼアリアさん、リーゼロッテさん。既にご存じとは思いますが、貴女達の計画に関しては……」

「分かってる! ……あたし達の負けだよ。」

「ロッテ……」

 

彼女達も色々と抱え込んでいたのだろう。その口調からはただただ無念さだけが伝わってきた。

 

「……色々やって来たあたし達の言葉を信じてくれるか分からないけど……それでも聞いてくれるなら、シグナムとシャマルについて話したい事がある。

 もっとも、役に立つ情報かは分からないけどね……」

「うん……私達はその為にブリッジに来たんだ。」

 

 

 

「突破口を探す為にも、今は少しでも情報が欲しいわ……聞かせてくれるかしら?」

「……シグナムとシャマル……ううん、多分今のヴォルケンリッター全員がそうだと思うけど……あいつ等は、()()()()()()()()()()()()()。」

「……どういう事かしら?」

「詳しい事情はあたしにもわからないけど、闇の書が覚醒する前と後じゃあいつ等の魔力波動が微妙に変化してるんだ。

 あたしはシグナムの攻撃をずっと受けてたから分かる。今のあいつ等の魔力には、共通して別の魔力が混じってる。」

「エイミィ。」

「! はい、艦長!」

 

慌ててパネルを操作し、現在のヴォルケンリッターと過去のヴォルケンリッターの魔力波動を照合すると……

 

「これは……魔力波動が一致しません!

 で、ですが……()()()()()()()()が一致しています!」

 

まるで4色の絵具に、共通の別の色を混ぜたような変化……それに闇の書の情報を照らし合わせて考えると、考えられる可能性は……まさか!

 

「もしかして……ユニゾンデバイスの融合事故を悪用した、守護騎士操作プログラム……!?」

「似たような構造である可能性は高いわ。闇の書の主の姿が変わった事から、少なくともユニゾンデバイスの機能を持っている事は確実だもの。」

 

いったい誰がこんなプログラムを……!

 

 

 


 

 

 

――端末から漏れ出す、青みがかった光のみが照らし出す薄暗い研究室。

今でも時々思い出す部屋……遥か昔の記憶だ。

 

『きっ……貴様、どうやってここを……』

『……シャマルが貴方の不審な行動に気付き、私が来ました。』

 

これは夢だなと、気付いた。目の前の痩せこけた研究者は既に過去の存在だからだ。

……私が斬った男だからだ。

 

『チッ……あの女、余計な事を……!

 まぁ良い……シグナム、戻ってシャマルに伝えろ。いちいちご主人様の行動を観察するなとな。』

 

そう言いながら、その男はさり気なくその痩躯で端末の画面を隠した。

……既に自分が何をやっているのかがバレているとも知らずに。

 

『……理解されていないようなので、もう一度言いましょう。

 シャマルが、()()()()と。』

『ッ! ば、バカな……この部屋は私がセキュリティを……』

『あの程度のセキュリティでは彼女を止める事は出来ません。我らヴォルケンリッターは、あらゆる戦場で勝てるように鍛錬を積んできましたので。』

 

急に動揺しだしたその男に、僅かばかりの憐れみを覚えた。結局この男は最後まで気付かなかった。

諦めずに説得すれば改心してくれると信じたシャマルに、ずっと見逃されていた事に。

 

『……お、お前達が悪いんだ!

 闇の書の主であるこの僕の命令を聞かず! 何時も僕に口出しばかりしやがって!

 お前達が僕の命令に従っていれば、僕は今頃この国の……いや、世界の王にだってなっていただろうに!!』

 

唾を飛ばしながら醜く喚く姿に、先程抱いた憐れみと……ほんの僅かに抱いていた希望を捨てる。

結局この男に改心の兆し等、最初から無かったのだ。

 

『平和なこの時代に今一度戦争を起こそうとする者の命令など、誰も聞きません。

 そしてそんな王について行く民も……これが最後です。考えを改めるつもりはありませんか?』

『また同じ説教か!? お前もあいつら同様に僕を見下すのか!?

 お前達は騎士だろう! 僕の命令を聞くのが仕事だろう! だからそれを出来るようにしてやろうと……』

 

もう良い……言葉が通じても会話が成立しない者は多く見て来た。結局この男もそうだったのだ。

 

暗い部屋に剣閃が一筋、瞬いた。

 

『……あ? あ、あああぁああぁっ!?

 ぼ、ぼっ……僕の腕がぁっ! な、何て事してくれるんだよお前は!

 直ぐにあの女を……シャマルを呼べぇッ!』

『無駄です。先程、既に彼女とも話は付けてきました。

 我等は貴方を見限る。主は覚醒せぬままに終わり、我らは再び眠りに就く。』

 

レヴァンティンを上段に構えると、男は後退り端末にぶつかった。

 

『ま、待て! 話を聞こうじゃないか! 何が望みだ! 言ってみろ!

 僕が王になればその時に何だって……』

『さらば!』

 

端末が血に染まり、声が途切れた。

我等の願いは何度も告げていたのに、どうやら本当にその本質を理解できなかったらしい。

その亡骸を見下ろして……ふと端末に目が行った。

 

Speichern abgeschlossen.(保存完了)

 

何の事だろうかと思考を巡らす前に、意識が朦朧とし始める。

主の死を感知した闇の書が、再び転生しようとしているのだろう。

 

既にライナ様にも別れは告げてきた。この時代に未練は無い。

 

ただ、この端末の言葉が、何か後々災いを引き起こすのでは……そんな不安を抱きながら、私は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

――眠りから目覚めて最初に目に入ったのは端末から漏れ出す、青みがかった光のみが照らし出す薄暗い研究室。

 

『きっ……貴様、どうやってここを……』

 

そして、先程斬った男。

 

……どうやら、この夢は繰り返されるらしい。

心の内側で吐いたため息は、しかし私の行動に反映されず、私は口を開いた。

 

『……シャマルが貴方の不審な行動に気付き、私が来ました。』

 

まるで台本を読むように、先程と同じ言葉を。

 

そしてまた劇は繰り返される。




ヴォルケンリッターの過去が少しだけ出た回。
以下補足。

・デレック
 シグナムが斬った男。国の研究機関に所属してはいたが、実績が伴わず卑屈になって行った。
 実際に周りに見下されていたとかそう言った事は無く、単なる被害妄想。
 元々真っ直ぐでは無かった性根はさらにねじ曲がり、見下され続けた(と長い間思い込んだ)結果、自己顕示欲と野望のみが肥大化。
 偶然闇の書に選ばれた事で勘違いは加速し、自分は王になれる器だと思い込んだ。
 名前の元ネタはドイツ語で『統治者』を意味する男性名。名前に反してその器では無かった。

・ライナ
 ドイツ語で『小さな天使』を意味する女性名。その名の通り天使。
 現代では別の姿で『美香』と名乗っている。


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素晴らしき乗算の世界

「ハァッ!」

「……」

 

シャマルに向けて真っ直ぐに放った右拳は、他でもないシャマルの左手にあっさりと受け止められた。直後、こちらの拳を掴もうとする手の動きを察知し、すぐに拳を引っ込める。

お返しとばかりに放たれた左脚による回し蹴りを右腕を盾にガードし、そのまま肉薄。

 

「食らいな!」

「っ!」

 

眼前に突き出した左の手の平から、ほぼゼロ距離で放ったフォトンランサーが直撃する。

小規模な魔力爆発がシャマルの視界を塞いでいる隙に右手で拳を作り、魔力を込める。

 

「オラァッ!」

「かっ……」

 

至近距離から穿ち抜くようなボディーブローが、シャマルの無防備な腹部に突き刺さる。

吹き飛ぼうとするシャマルを逃がさないよう、直ぐにチェーンバインドを使おうとして踏みとどまる。

今バインドなんて使えば、多分またあの光が飛んでくる。そうなればその影響はクロノやなのはにも及ぶ可能性があるからだ。

 

「ちぃっ、本当に厄介な……!」

 

仕方なく飛翔魔法で追うが、こちらが追い付く前にシャマルは体制を整えてしまった。

 

ザフィーラの光に魔力を消されてからと言う物、帯電状態は使用していない。

あれはあの状態に移行するだけで結構な魔力を食う上に、維持にも攻撃にも魔力を使う大喰らいモードだ。

……本来は最初の交戦でシャマルを倒しきるつもりだったんだが、残った魔力だと全力の戦闘に使えるのもあと一回。次の機会は慎重に選ばないといけないのだ。

 

「さっさと念話妨害を解除して、ザフィーラを倒さなきゃならないってのに……」

 

そんな事をぼやいた直後――

 

「ディバインバスター!!」

≪Divine Buster Extension.≫

「……!」

 

数十m離れた先で、えげつない魔力が込められた砲撃が炸裂した。

まごう事無きなのはの魔砲。その圧巻の威力に思わず目が釘付けになる。

 

……しかもあの位置関係からして多分ゼロ距離砲撃だ。ザフィーラにかき消されないためとはいえ……なんて惨い。

今は敵同士とは言え、ヴィータがこの時の光景を覚えていない事を祈るばかりだ。

 

「……絶対にアレだけは食らいたくないねぇ。」

 

勿論SLBも含めてだ。特にSLBに関しては食らう場面を想像もしたくない。

そんな風に思いながら眺めていた直撃地点……恐らくはヴィータが居るであろうその場所に、高速で接近する影が俺のすぐ横を通り抜けた。

 

「ッ!? シャマル!?」

 

しまった! 初戦の印象が強すぎて忘れていたけど、そう言えばシャマルは癒しの魔法を使えるんだった!

 

「ちぃっ……!」

 

シャマルの飛翔速度が思っていたよりも速い! 普通の俺の速度じゃ間違いなく追いつけない。魔力の残量に不安はあるが、仕方ない……フェイトとアリシアの魔力を混ぜ合わせ、再び青い雷を身に纏う。

 

シャマルの目的はヴィータの治療……それはつまり、漸くダメージらしいダメージが入ったって事だ。

現状の突破口になり得るそのダメージを回復される事は避けたい!

空中に散布した魔力を何度も蹴り(反発)、ぐんぐんと速度を上げる。もう殆ど空を走っている様な状況だ。

 

「間に合えェェッ!」

 

速度と魔力を乗せた全力の飛び蹴りが、今まさにヴィータを癒そうと手を伸ばすシャマルに迫る。

過度の集中の為か時間が引き延ばされたように感じたその一瞬、ちらりとザフィーラに目を遣った。目の端であの光が瞬いたからだ。

 

……拙い。俺の予想だとザフィーラはシャマルの癒しの魔法を打ち消す事がないように、あの光を使わないと思っていた。

だがそんな予想は覆され、既に光は俺の眼前に迫ろうと言うところまで来ている。

 

間違いなくこの後の戦局を分ける2択が、唐突に提示された。即ち、光を警戒して退くか、否か。

 

今の位置関係からして、先に光に触れるのはシャマルだ。この回復魔法は俺の攻撃が当たらなくとも打ち消される。ならば、無理にここで攻撃を続ける理由はあるのだろうか?

俺の方も飛び蹴りの為に突き出した脚で、魔力を蹴って方向を切り替えればまだ間に合う……やはり、退くなら今か?

 

……そんな考えが過るが、すぐに振り払う。

 

やっぱり駄目だ。今俺が引き返して魔力を温存しても、シャマルとヴィータの位置関係は変わらない。

俺の加速の方法がフェイトと根本的に違う以上、次に速度を溜めて接近するより早くヴィータを回復される。既にヴィータに十分接近したシャマルにしてみれば、回復魔法が打ち消されたのならもう一度回復魔法をかければ良いだけなのだ。

 

ここで引き返すのは悪手だ。ヴィータとシャマルを同時に倒す絶好の機会なんだ。そうすればなのははザフィーラに集中できる。あの光だって、なのはの魔砲ならごり押しで突破できるかもしれない!

 

「……ッ! アンタは絶対に倒すよ! 今、ここでェッ!!」

 

シャマルを光から引き離すように蹴り飛ばし、直ぐに追撃しようとした瞬間。

 

「――ォォォオオオオ良く言った、アルフウウゥゥゥゥゥヮァァ……」

 

背後を物凄いスピードで何かが通過していった。

……な、何か喋ってた気がするけど、気にするよりも今は追撃だ。

 

ちらりと見えたのはザフィーラの下に真っ直ぐ進む、赤みがかった金色の光だった。

 

 

 


 

 

 

飛び蹴りの姿勢で突き出した脚が風を裂く。あらゆる周囲の物を置き去りに空を駆ける体。

 

「うわあぁぁぁぁぁっ!?」

 

俺は叫んでいた。もう大絶叫だった。

もしかしたらヘルメット状のバリアジャケットの中では涙も出ていたかもしれない。

もはや進行方向を僅かに操作する程度にしか制御の効かないこの魔力を、何とかギリギリのところで制御しながら、つい数十秒前の事を振り返る。

 

避難誘導をしている最中、エイミィから『避難誘導は順調だからザフィーラの相手をお願い』と頼まれたところまでは良かった。

聞けばどうやらザフィーラを倒すにはインファイトしかないらしく、実際に長時間ザフィーラと殴り合った俺に白羽の矢が立ったと言うのも分からなくもない話だった。

 

ザフィーラと最初に戦った時にザフィーラが言った言葉を思い出し、既に正気を失ったザフィーラを止めてやりたいと思った俺は、『民間人である君を巻き込んでゴメン』と謝るエイミィを制し、自分の意思で戦いに参加する事を決めたのだ。

 

……ここまでは何の問題も無かったのだ。

 

問題があったのは一つ……新生ボルケニオンに追加された新機能、『エグゾースト』だった。

その機能を簡単に説明すると、『使用する魔法の性能と消費魔力を任意に倍増できる』と言う物。

この機能を聞かされた時、博士は俺にこう言ったのだ。

 

――『紅蓮、エグゾーストは使うなよ?』

 

そんな事言われたら使うだろう、普通。

 

まぁ……そう言う已むに已まれぬ事情もあって、俺は使った訳だ。エグゾーストを。

消費魔力の事を計算し、とりあえず20倍なら戦闘に支障はないと思ったのだが……正直に言おう、俺は舐めていた。

ボルケニオンの性能と、乗算の恐ろしさを。

 

俺が使ったのは『ジェットラッシュ』。背中から炎をジェット噴射させる魔法であり、この魔法の性能とは噴出させる炎の火力だ。

そして、俺の炎は元々『消費魔力の量に依存(比例)する』と言う特典の影響下にある。

詰まるところ、今回俺に起きた現象はこうだ。

 

消費魔力が20倍、魔法性能が20倍、つまり推進力は400倍だな!

 

……そんなゆで理論が現実に適用される事ってある?

 

俺がその無慈悲な乗算マジックを理解するより前に、背中から炎が噴き出し……俺は流星になったのだ。

 

 

 

「がっハァッ!!?」

「脚痛ッッッたぁっっっ!!!」

 

そしてその流星は、ザフィーラと俺の左脚に致命的なダメージを与えたのだった。

 




紅蓮の口調がなんか違う気がするけど、週1ペース維持の為にこのまま投稿。

ついでに最近の更新ペースが危うい事情の暴露を……
紅蓮がプロットを壊したと言うのは結構前に書いたと思うのですが、実は現状それがドミノのように連鎖的にプロットを壊しています。
過去改編のバタフライエフェクトをリアルタイムで体感している訳です。

上記の理由によりプロットの修正と並行しているので、プロットの区切りとなるA's~StS?の空白期まではペースは落ちると思います。申し訳ありません。


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幸福なはずの夢

「ん……うぅ……」

「……」

 

光の射さぬ一面の暗闇にて、私はただ目の前に眠る主の安息を願う。

彼女は歴代の主の中でも珍しく、ヴォルケンリッター達を本当の家族として見ていた。

管理外世界の住人にしては何故か魔法に詳しい所があるなどの疑問はあったが、それでもヴォルケンリッター達に求める物が力では無い事は彼女達の生活を見ているだけでも伝わった。

 

そんな彼女が覚醒の前に見た光景はあまりにも残酷で……だからこそ悲しみと怒りの感情に呑まれそうになりながらも最後に抱いたその願いは、私にはより尊い物として映った。

 

『出来る限り多くの人を助けてあげて欲しい』……その願いから考えれば、覚醒後どんな事が起こるかを理解していたのは明白だ。

それでも彼女は自分の身よりも周囲の人間の為に願いを使った。生涯で最後、たった一度きりの願いを。

 

だから私は全力で思いに応えよう。

防衛プログラムと守護騎士制御プログラムを止める事は叶わなくとも、せめてこの滅びゆく世界から一人でも多くの人間を幸せな夢の世界に掬い上げよう。

 

……その一心で動いていた。

 

なのに……

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

もう一つの視点……私が居る夜天の書の内部ではなく、その外側の私が見ている光景には、金髪の魔導士の少女が肩で息をしながらも立ち塞がっていた。

 

何故邪魔をする……何故主の望みを叶えさせてくれない?

私が表に出てしまった時点で、この世界には滅びしかないのに……

お前達も幸せの夢に掬い上げる対象だと言うのに……

 

「はぁ……ふぅ……生憎だけど、私達の幸せは夢の中には無いの!

 折角助けられたんだから……もう、本当にあと少しで手が届くんだから……!」

 

私の問いに、力強い言葉が返って来る。

自分の戦う理由をしっかりと持っている為だろう。彼女のように目的のハッキリした者に説得が通じない事は、長い事生きた経験が知っている。

 

「ここで負けられる訳……無いッ!!」

≪Haken Slash.≫

 

少女の持つデバイスに水晶のように透明な刃が生じる。

 

――ならば仕方がない。彼女達には悪いが、多少過激な手段を用いてでも主の願いを叶えさせてもらおう。

 

「盾。」

≪Panzer Schild.≫

 

手始めとして、こちらもやや青みがかったその刃を受け止めるべく障壁を展開するが……

 

「む……?」

 

刃が障壁に触れるその瞬間、少女の姿が掻き消えた。

 

――否、あの一瞬で私の背後を取ったのか。

 

≪Panzer Schild.≫

「……!」

 

振り返る事無く背後に障壁を展開すると、動揺したのか微かに息を飲む声が聞こえる。振り返る事も無く対処されるとは思ってなかったらしい。

 

「闇に染まれ……デアボリック・エミッション。」

「く……っ!」

 

カウンターとして使用した魔法は、私を中心として発生する広域型の空間攻撃だ。今まで私の使用した魔法がブラッディダガーだけだった事もあり、油断していたのだろう。

範囲と射程に優れるこの魔法は、今の彼女の速度で躱しきれるものではない。

 

「バルディッシュ!」

≪sir, Defensor Plus.≫

 

想定通りに身を固めた少女に向き直り……魔力を込めた拳を、その障壁に叩きつけた。

 

「ぐぅっ!?」

「む……?」

 

今の一撃で破壊するつもりだったのだが、存外硬いな。拳から伝わる感覚で二種類の魔力が流れているのが分かるから、恐らくそこに何かしらの仕掛けがあったのだろう。

……だが、もうそんな事は関係ないのだ。

絶えず障壁を苛む魔力の波動の中では、もはや身動きは出来まい。

 

「さぁ、お前も我が内で眠れ。

 お前の望む幸福な夢の中で、永遠を過ごすと良い。」

「っ!」

 

彼女に向けて夜天の魔導書を開くと、その表情が青褪める。

だが何も恐れる事は無い。いずれ夢の中の永遠に身を委ねた時、彼女もきっと幸福を知るのだろうから。

 

Absor……(吸……)

「ディバインバスター!!」

「ッ!!?」

≪Panzer Schild.≫

 

近付く魔力に吸収を中断、即座に守りを固める。

直後障壁越しに伝わる凄まじい衝撃に、僅かばかりの緊張を感じる。この砲撃の直撃を受ければ、流石の私でも少なくないダメージを受ける事は間違いないと確信できたからだ。

 

「大丈夫!? アリシアちゃん!」

「なのはちゃん! ありがとう、助かったよ!」

 

……なのはと言ったか。我が主であるはやての友人の一人だ。

確かあの少女の相手はヴィータがしていた筈だが、それがここに居るという事は……

 

「ヴィータを破ったか。」

「……うん、倒したよ。」

「そうか。」

 

……正直驚いた。確かにヴィータは守護騎士制御プログラムによって最も実力を発揮出来なくなっていたとは言え、それでもザフィーラやシャマルとの連携で倒れる事は無いと思っていたからだ。

 

魔力を探知してみれば、なるほど確かに夜天の魔導書の中に帰っている。

それにザフィーラ、シャマル共に大きなダメージを負っているようだ。

どうやら少し()()()()()()()()らしい。いくら救済の対象とは言え、こうなっては手心を加える余裕は無いようだ。

 

「お前は確か、我が主の友人だったな。

 主と仲良くしてくれたお前に手荒な真似をするのは、私とて本意ではない。

 滅びゆく世界と心中するよりも、我が内で幸福な永遠を過ごしてくれまいか?」

 

……私を見る強い意志を湛えた眼が既に答えの様な物だが、それでも私は問いかける。

先ほど言った言葉は、紛れもなく私の本心なのだから。

 

「夢の中に永遠なんて無いよ。

 ……はやてちゃんの望みもきっと、夢の中になんて無い!

 だから……」

「……ならば私もここからは全力で行こう。

 主の願いを叶える為にも。」

 

言葉を遮るように我が意を告げる。

……本当は分かっている。主の本当の願いは、実際に外で生きなければ叶わないことくらい。

だが、それでも私にはもうこの方法しかないのだ。

 

ページが埋まり、私がこうして出てきてしまった以上、この世界に……そして私自身に残された時間は決して多くは無い。

だから夢の中に逃がしたのだ。我が主を……そして、主と仲良くしてくれたアリサ、すずか、なのは……彼女達も必ず、我が内に迎えなければ。

 

彼女達が居れば、きっと主は満足してくれる。

夢の中の幸福に納得してくれる……納得して欲しい。

 

「く……んぅ……!」

 

暗闇の世界で、幸福な夢を見ている筈なのにうなされる主の姿を見て、私はそう強く願った。

 

 

 


 

 

 

動揺と焦燥、困惑や恐怖……様々な表情の人達がいた。

その中に於いて子供たちの表情は比較的明るい。アニメや漫画のような状況である事に加え、最初に注目を集めたヒーロースーツの魔導士を見たからだろうか。

おかげで避難自体は比較的スムーズに行われていた。

 

「……なんか、大変な事になっちゃったね。」

「そうね……なのは達、大丈夫かしら。」

 

銀髪オッドアイ達の誘導に従い、すずかと一緒に避難場所へと向かう途中で海の方を振り返る。

先程大きな音と共に暗い球体が現れた。多分アレは闇の書の意思のデアボリック・エミッションだ。

 

もうなのは達は戦っているんだ。闇の書の意思と。

 

日付も違う、場所も違う……こんな状況で、あの奇跡が起きてくれるだろうか。

 

「アリサー! 皆の事が心配なのは分かるけど、危ないからあまり立ち止まらないようになー!」

「わ、分かってるわよ!」

 

指示を飛ばす銀髪オッドアイに従い、歩みを進める。

俺達が向かう先は私立聖祥大学付属小学校……今の俺達が通う学校の体育館が避難場所だ。

通い慣れた道だというのに、こうも景色が違って見えるとは……やっぱり災害は嫌だな。

 

……そんな事を考えている時、避難指示を飛ばす銀髪オッドアイの声に紛れて嫌な会話が聞こえてきた。

 

おいお前ら、機材は持ったか?

も、持ちましたけど……ホントにやるんすか?

 

慌てて振り向くと、避難場所に向かう人混みの隙間から、何処かで見たような顔の人達が路地裏の入り口辺りで話しているのが見えた。

その内の一人が肩に担いでいるのは……まさか、テレビカメラか!?

 

バカか! こんなスクープ、モノにしない手はないだろ!

 この映像を独占できれば間違いなく視聴率アップ、出世間違いなしだ!」

そ、そうは言っても……

 

微かに聞こえた会話で思い出す。今積極的に何かを話している方の男は、昼の情報番組に出ていたアナウンサーだと。

多分インタビューか何かで街に出てきて、たまたま巻き込まれたとかだろうか……いや、そんな事よりも……!

 

「ちょ、ちょっとあんた達……!」

 

こんな時に何を考えているのかと注意しようとするも、避難場所へ向かう人をかき分けて進む訳にも行かない。咄嗟に踏み出そうとした足をこらえる。

銀髪オッドアイ達に知らせようと空を見上げるが、タイミング悪く付近には見当たらない。

 

「くっ……! あんた達! 早く避難場所に向かいなさいよ!!」

 

大声を出して注意するも、届いたかどうかは分からない。

周囲の人が俺を、そして俺が叫んだ方角を順番に見るが、それだけだ。今の俺の身長では誰かがアクションを起こしてくれたのかもわからない。

 

そんな事を考える間にも人は進む。行列から抜け出す事は出来ない。俺には、せめて何か悪い事が起こらないように願う事しか出来なかった。

 

 

 



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格闘戦

「オオォォオオォオオオッ!」

「くっ……ぬぅッ! ォオオッ!!」

「グゥッ……!」

 

ザフィーラのラッシュを両腕で防ぎつつ、隙を窺っては反撃を入れる。

互いの魔力と体力をひたすら削り合うような戦闘が始まって、まだ数分と経っていないのにも関わらず……既に互いの体は悲鳴を上げていた。

 

原因は言わずもがな、初っ端からかました俺の400倍速ラ〇ダーキックだ。あの一撃でザフィーラに与えたダメージは余程大きかったらしく、その影響はザフィーラの攻撃の威力にも如実に表れていた。

 

そしてそのダメージは……

 

――拙い、左脚の感覚が無い。

 

当然、俺にも及んでいた。

 

本来あの魔法によるラ〇ダーキックを使う時は、全身を包むバリアジャケットを更に魔法で強化する。自分の肉体へのダメージを防ぎ、敵へ与えるダメージを増やす為だ……その為の全身を包むヒーロースーツ(バリアジャケット)だ。何も趣味だけでこんな格好をしている訳じゃないのだ。

 

だが俺はザフィーラに衝突する直前、あの光の中に突っ込んでしまった。

魔法の大半が無効化され、慣性だけで突き進み、バリアジャケットがあるとはいえほぼ生身であんな特攻をかましてしまった。

大人でも間違いなくヤバいのに、小学生の身でそんなことやればそりゃあ骨の1本や2本は逝くだろう。

 

「グオオオオオォォォッ!」

「ちぃっ……! 自我がっ! 無いにしては……っく!

 随分、強いじゃねぇか……!」

 

そしてここでもう一つ俺にとって不幸な事がある。

――俺の魔法の()()()()に関してだ。

 

俺の魔法は『特定のポージングを取る』事で、体内の魔力回路を用いてミッド式ともベルカ式とも違う独自の魔法陣を描く。

当然、最大限のパフォーマンスを活かすには全身が自由に動かせないといけない。

中には足の部分が要らないポージングもあるが、使える手札の大半は失った。

 

こんな状態でザフィーラに勝てるだろうか……

 

「オォッ!!」

「しまっ……!?」

 

余計な事に思考を割いていたせいだろう。腕のガードをすり抜けた拳が、俺の腹を撃ち抜かんと迫る。

 

その瞬間、あの夜の戦闘の記憶が脳裏に鮮明に蘇った。

 

ザフィーラにカウンター気味に見舞われた一撃……俺の相棒(ボルケニオン)を貫いたあの拳……

 

「っ!!」

 

咄嗟の行動だった。

二度とボルケニオンを破壊させない……その時に考えてたのはそれだけだった。

 

「ォォオオオオッ!!」

 

飛翔魔法で後退、更に腰を下げ、唯一動く右足の膝をザフィーラの拳に合わせる。

直後、右膝に走る痛みと衝撃。

 

「っっ痛ぅ……ッ!!」

 

痛みに呻きながらも周囲の状況を確認し、好機と判断する。

今の一撃に吹っ飛ばされたことで、ザフィーラとの間に距離が出来た。

 

状況を変える魔法を使うには、ザフィーラの光に止められない今しかない。

博士の言う通り、エグゾーストの乗算があらゆる魔法に適用できるなら……!

 

「エイミィさん、これからザフィーラを倒します!

 俺がザフィーラを倒したら、すぐに俺の回収と治療をお願いします!」

『えっ、ちょ……紅蓮君!? 貴方まさか……!』

 

以前なのはが訓練中に話していた事があった。

アースラの船員には、『死の病からでも即座に救い出せるほどの癒し魔法の使い手』が居ると……そして、そいつは()()()()()()()だったと!

 

……こんな無茶な真似、転生者の魔法を当てにでもしないと絶対にやろうとも思わなかっただろうな。

 

兎にも角にも、躱されたら台無しだ。先ずはザフィーラが回避出来ない状況にしないとな。

バインドはかき消されるから、そうだな……

 

『いくら何でもそんな無茶な真似……』

「エグゾースト・フラッシュ! 3倍!」

「ぐぬっ!?」

『目がぁ!!?』

 

両腕を前で組み、その後伸ばした右手の指先から眩い光が放たれる。敵の隙を作る為の発光魔法だ。

エグゾーストの効果で3倍の光量となったそれが、ザフィーラの眼を焼いた。……ついでにエイミィもやられたようだが。

 

ともあれ……これで決着を付ける準備は整った!

 

必要なポージングを取り、魔力を流していく。

使用するのは『ジェットラッシュ』……400倍キックで酷い目に会った魔法だ。

そして当然、エグゾーストも使用する。

 

……我ながらバカな事を考えてると思う。あんな酷い目に会って(自爆をして)まだ懲りていないのかと。

だが今重要なのは、ザフィーラをここで『確実に』戦闘不能にすることだ。それに、治療の当てはある。

大丈夫だ、大丈夫。ザフィーラが光を発する前に蹴りが当たれば、反動のダメージも無い筈だから……

 

そんな風に覚悟を決めている間にポージングは完成し、準備が完了してしまう。

 

そして魔法が発動する前に、今度は右足を突き出すように姿勢を制御する。

これで後は魔法の効果が発動した瞬間、俺は再び発射されると言う訳だ。

 

「ぐっ……!!」

 

次の瞬間、目を瞑ったままのザフィーラの行動に俺は目を見開いた。

 

嘘だろ……ザフィーラが右に飛んだ!? 何をされるのか察して、身を躱そうって事か!?

 

拙い、予想が外れた……! 今のザフィーラにそこまでの判断力が残ってるとは思わなかった!

だけど魔法をキャンセルするにはもう遅い……魔力は消費されたし魔法も完成、俺は既に発射寸前の砲弾のような状態だ。発射後も多少は軌道をずらせるけど、この距離じゃそれもたかが知れてる!

 

失敗した……!

 

決着を焦った事への後悔と同時に、俺の背中から黄色の炎が噴き出し……

 

 

 

「っとに……世話の焼けるッ!!」

「がっ!?」

 

唐突に響く誰かの声。

その声の持ち主はいつの間にかザフィーラの側に現れ、ザフィーラを俺の攻撃の軌道上に蹴り飛ばした。

 

「お前は……!」

「……ホラ、さっさと決めちまいな。」

「リーゼ……」

 

名前を呼ぶよりも前に、体が高速ですっ飛ぶ。

 

「エエエェエェエエェェ!」

「くっ……!」

 

そして苦し紛れだろうか、ザフィーラは回避を諦めて再びあの光を放った。

当然俺はその光に突っ込む事になり、折角張った防御の魔法も全てかき消され……

 

「グアアアァァァアアッ!」

「脚があぁあああぁぁッ!」

 

戦場に二人分の悲鳴が響き渡った。

 

 

 


 

 

 

「何やってんだい、あのバカは……」

 

そんな様子をチラと見ながら、俺はシャマルに向き直る。

今の俺の体には青い雷が走っており、パフォーマンスとしては悪くない。どこぞのバカがザフィーラの光を強引に止めてくれたおかげだ。

……まぁ、そのバカはこっちが感謝を伝える前に転送されてしまったようだが。

 

「さて、こっちも決着を付けようじゃないか。

 ……シャマル。」

「……」

 

俺の魔力も残り少ない。維持にも攻撃にも魔力を使うから、持って2分って所か。

……これじゃ、フェイト達を助けに向かうのは無理そうだな。

 

「さっき言った通り、ここでアンタは倒すよ。

 ここまで来たら念話の回復なんて今更だけど、倒しておくに越した事は無いから……ねェッ!」

「……!」

 

空中を蹴って急接近する俺に対してシャマルが取った行動は、振り子状に伸びた両手のクラールヴィントを振りかぶると言う物だった。

 

「? ……はぁっ?!!」

 

一瞬何が目的かは分からなかったが、振り下ろされた振り子が突如巨大化した事で嫌でも察した。

帯電状態の俺に直接触れるリスクを避ける為に、攻撃の手法を変えたのだ。

 

「うおぉっ!?」

 

3m程の大きさになった振り子を避け、殴り、反発し、何とか躱しきる。

上手く捌けばワイヤー部分を絡ませられないかと試しても見たが、僅かに干渉したかと思うとすり抜けてしまった。どうやら物質化と魔力化を自在にできるらしい。

 

「今までやってこなかった理由はそれかい……!」

 

あのワイヤーが魔力だと言うのなら、多分あれもザフィーラの光でかき消されるのだろう。ザフィーラが倒された今、クラールヴィントの攻撃が解放されたのだ。

 

……しかしあの振り子、シンプル故に中々厄介だ。

俺の魔力は、同じく魔力で構成されたあのワイヤーを流れない。振り子を反発させてシャマルに飛ばそうとも別の振り子で防がれる。

一対一の状況下ではアレは攻撃用の振り子であるのと同時に、身を守る障壁だ。俺に砲撃を放つだけの魔力があれば対処も出来たが、今の魔力では無理。

更にその魔力も尽きかけ……か。

 

そして突破口を探る隙をシャマルが許すはずもなく、シャマルはその場で舞うように体を回転させた。

 

「くっ……!」

 

当然シャマルがそんな動きをすれば、振り子は多大な遠心力を伴ってこちらに襲い掛かる。

高さを変え、距離を変え、回転の方向も変え、中々接近を許してくれない。

 

こちらも一応回避の傍ら、振り子に魔力は流しておいたが、やはりシャマルにまでは流れて行かない。

 

「ちぃっ……ホントに厄介だねぇ!」

「手助けしようか?」

「ありがたいね、今は猫の手も借りた……い……?」

 

背後から突然声を掛けられ、弾かれたように振り返る。

そこに居たのは……

 

「丁度良かった。文字通り貸してあげるよ、()()()をね。」

「リーゼロッ……いや、あんたは……」

 

一瞬リーゼロッテに見えたが、よく見れば髪の長さが違う……とすると……

 

「リーゼロッテは私の妹。……そう言えば、こうして会うのは初めてか。

 ロッテの姉のリーゼアリアだよ。短い間だけど、よろしくね。」

「……で、手助けって、何が出来るのさ?」

 

色々言いたい事もあるけど、ここは飲み込む。優先順位はそっちじゃない。

 

「そうだね……例えば、こんな事とか。」

≪Long Range Bind.≫

 

言うが早いか、リーゼアリアが発動した拘束魔法がシャマルの体を捉え、その舞いを強制的に止めてみせた。

 

「ぅ……っ!?」

「……なるほどね。」

 

これは前世のアニメで見た事がある。ヴィータに対して長距離砲撃を撃とうとしたなのはを、今回同様に止めた魔法だ。

敵に回すと厄介だけど、味方だとこの魔法は本当に頼もしい。

 

「あまり長くは持たないよ。」

「奇遇だね、あたしもだよ……ッ!」

 

こんなチャンスはもう来ないだろう。

残り少ない魔力を使い急接近しようとするが、シャマルもそう簡単に近づけさせまいと指先だけで振り子をこちらに向けて来るが……

 

「どけぇ!!」

 

腕を前に突き出し、振り子に流れた魔力を利用して反発させて道を開く。

その隙に再び空中を蹴って速度を上げ、ついに至近距離にシャマルを捉えた。

 

「オラァ!」

「うっ……!」

 

接近の勢いそのままにシャマルに拳を突き入れ、魔力を流す。

その衝撃でバインドは壊れてしまったが、もう関係無い。

後ろに吹き飛ぼうとするシャマルに手を翳し、吸着の性質で引き寄せてもう一撃拳を突き入れる。

 

「カハッ……!」

 

拳から魔力を流し、更に蹴り飛ばし、()()()()()()()()()

吹き飛ぶシャマルを再び吸着。体に流れる魔力の量に比例して、その速度は増していた。

 

「これで、終わりだァッ!!」

 

止めとばかりに、一際多くの魔力を込めた拳がシャマルの腹部に突き刺さり……

 

「“スパーク・エンド”ッ!!」

 

コマンドワードを叫ぶとともに、シャマルに流れる魔力同士が反発。

その体内を暴れ回った挙句に、雷が落ちたような音と共に体外へ勢い良く放電した。

 

「……ッ……ハッ……!!」

 

流石にもう持たなかったのだろう。シャマルの体が透け始める。

一方で俺の方も限界だった。体を纏う雷は消え、底を尽きかけた魔力では空中に浮遊するのがやっとだ。

 

…………!」

「はぁっ、はぁっ、……ぅん……?」

 

ふと、消えていくシャマルの眼がこちらを見ている事に気付いた。

今さっき戦っていた時とは違う、意思の光がある目だった。

 

はやて、ちゃん…………」

「……はやて……あんたらの主かい?」

呼び……かけて、あげ……」

 

……自我が残っていたのか、それとも最後に取り戻したのか。

それだけ告げてシャマルは消えた。

 

「……あぁ、任せな。」

「……カッコつけてるところ悪いけどさ、あんたももう限界だろ?

 アースラで休んでなよ。」

 

カッコつけてって、お前なぁ……

まぁ、リーゼアリアの言う事も尤もだ。俺がここに留まっても足手纏いにしかならない。

 

「仕方ないねぇ……エイミィ、見てるんだろ? 頼むよ。」

≪フェイト、アリシア、なのは……そう言う事だから、後は頼んだよ。≫

≪うん!≫

≪はい!≫

 

復活した念話でさっきのメッセージを伝えた後、俺は転送の光に包まれてアースラに帰艦した。

 

 

 


 

 

 

「……そっちも終わったみたいだね、アリア。」

「まぁね、ロッテの方こそ怪我は大丈夫?」

 

アルフが転送されてすぐ、紅蓮とか言う子のフォローに行ったロッテが飛んできた。

ロッテの報告によればザフィーラは倒され、その後両足を負傷した紅蓮がアースラに転送されたという事だった。

 

「あたしはご覧の通り、すっかり元気だよ。何の後遺症も無いのが逆に怖いくらい。」

 

そう言って肩を回すロッテの姿は、少し前まで出血多量で生死の境をさ迷っていたとは思えない。

どうやらアースラの船医は相当優秀らしい。

 

「……じゃあ、残るは一人だけだね。」

「うん……」

 

そう言ってロッテが見つめる先には、シグナムと切り結ぶクロノの姿。

 

……今のシグナムは本領を発揮できていないとはいえ、それでも超一流の剣士だ。それに対して一歩も引かない接戦が出来るなんてね……私達が傍にいない間も鍛錬は欠かさなかったという事だろう。その成長が喜ばしく、そして同時に少しだけ寂しく感じる。

 

「はぁ、クロスケに顔合わせづらいなぁ……」

「元々覚悟は済んでたはずでしょ? 今更じゃないの。」

「分かってはいたけどさ……愛弟子に冷たい目で見られるかもって思うとね……」

 

ロッテの気持ちも分からないではないけどね。弟子が懸命に自分を鍛えている間、私達は管理局にバレたくないような後ろ暗い事をやってた訳だからね。でも……

 

「そんな愛弟子との()()()()()()()だよ。ほら、シャキッとしな。」

「……うん、そうだね。私達の時間もそう長い訳じゃ無いんだし、これが最後か……」

 

使い魔はその在り方の都合上、主より長生きする事は無い。

だからこれが正真正銘、弟子が最後に見る師匠の戦いだ……無様な物は見せられないね。

 



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命知らず

瞬きすらも命取りになるような剣戟の最中……俺もシグナムも互いに隙を見つけられず、斬り合いの激しさとは裏腹に戦局は膠着状態が続いていた。

 

「シッ!」

「!」

 

そんな中、矢のように鋭く放たれた突きを、右に飛ぶことで辛うじて回避する。

今までの隙を晒さない事を徹底した斬撃とは違い、膠着を打ち破らんと深く踏み込みんで放たれた突きだ。

回避に成功した今、俺の目の前には無防備なシグナムの姿がある。

並大抵の相手ならば、この隙を突いて攻勢に転じるべきなのだが……

 

「ハァッ!」

「ぐっ……!」

 

ことシグナムの場合、回避された突きは直ぐに次の攻撃に繋がる。片腕で振るったとは思えない鋭さを持った右切り上げを障壁も用いてギリギリで躱し、シグナムから見えない体の陰にスティンガーを一つ待機状態で生成する。

 

レヴァンティンがカートリッジをロードしない等、全力を出せない状況にあってもシグナムの剣技は健在だ。

炎のような苛烈さと、流水の様な滑らかさを併せ持つ彼女の剣技……一度攻守の流れを作られてしまえば、覆すのは容易ではない。だからこそ……

 

「……今ッ!」

「ッ!」

 

――先ずはその()()を止める!

 

右切り上げから繋がった唐竹に、真横からスティンガーを当てる事で流れを崩す。

だがまだ攻撃に出るのは早い。既にシグナムは弾かれたレヴァンティンを握りなおし、右薙ぎの体勢に入っている。流れを覆すのには、一手では足りない……ならば!

 

「まだだ!」

「!?」

 

先程のスティンガーはまだ消えていない。俺の発動した「スティンガー・スナイプ」の光弾は、一発で複数の目標を撃ち抜く事を前提に構築された魔法だ。弾に込められた魔力が残っている限り、何度でも狙い打てる!

 

シグナムの上方から飛来したスティンガーは、今まさに振り抜かれようとしているレヴァンティンの腹を正確に打ち抜き、今度こそシグナムの流れを完全に止めた。

 

「そこだ!」

「ッ!」

 

この機を逃す訳には行かない!

確実に仕留める為、最小限の動きで振り抜いたフラッシュザンバーは……

 

「鞘……!」

 

魔力で強化された鞘を、その手から弾き飛ばすだけに終わった。

 

「くっ……だが、まだ……ッ!」

 

シグナムを仕留めきる事は叶わなかったが、体勢は崩せた。とてもレヴァンティンを振り抜ける姿勢ではない。

先程のスティンガーだって、まだ生きている。

このまま手を止めずに仕留めきって……

 

「うぐッ!」

 

追撃を仕掛けようとした矢先、腹部に重い衝撃。

腹を蹴られたのだと理解した時には既に、俺の体は後方に大きく吹っ飛ばされていた。

 

 

 

「……全く、どうしたのさクロスケ?

 以前あたし達と組手した時は、あれくらい見切ってたでしょ?」

 

体勢を立て直す前に、誰かに受け止められた。

いや……この声と口調、それに加えて俺を『クロスケ』等と呼ぶ奴は一人しか知らない。

 

「ロッテ……どうしてここに……!?」

 

振り返ればそこに居たのはロッテだけではなく……彼女の姉、リーゼアリアも一緒だった。

だが、詳しい事情を聴くよりも先に視線を前に戻す。既にシグナムが追撃を掛けんと迫って来ているからだ。

 

「今はのんびり話を出来る状況でもなさそうだし、戦いながら説明するよ!」

 

リーゼロッテはそう言うや否や、俺の前に飛び出した。

 

「なっ!? 危険だ、下がれ!」

 

直ぐにリーゼロッテの肩を掴もうと手を伸ばすが……

 

≪下がるのはアンタだよ、クロノ。さっきので腹、痛めたろ?≫

 

そう言って俺を強引に下がらせ、回復魔法をかけ始めるリーゼアリア。

しかし今の……念話!? という事は、シャマルは倒せたのか!

 

≪ロッテの心配はありがたいけどね、それは余計なお世話って奴だよ。

 ロッテの近接戦闘技術の高さは良く知ってるだろ?≫

≪アリア……!? しかし……≫

 

彼女の言葉に異論を唱えようとしたその時、鋭い金属音が響き渡った。

音の発生源を見れば、リーゼロッテの振り抜いた拳がシグナムのレヴァンティンを大きく弾いた瞬間だった。

 

≪こっちの心配は無用! こっちは師匠に任せて、クロスケは大人しく治療を受けておきなよ!≫

≪私の魔法の補助があってやっとだろうに……あまり大口叩くもんじゃないよ。≫

≪ちょっ……!? もうちょっと弟子の前でカッコつけさせてくれても良いじゃん!?≫

 

……そんな二人のやり取りに、どこか懐かしい感情を抱いた。

もう随分前になるだろうか、俺がまだ二人に稽古をつけて貰っていた頃を思い出す。

 

あの頃の俺はまだ二人には手も足も出ず、稽古と言ってもさんざん手加減された挙句に軽く転がされる……そんな日々だった。

そして俺は、自分の未来の事を思うと心に余裕が持てなかった。自分よりも遥かに強い彼女達が、遠くない未来に自分の敵として立ちはだかると知っていたからだ。

 

彼女達は詳しい事情こそ知らなくても、俺の焦りは察していたのだろう。訓練の合間に彼女達は今のようにおどけて見せて、俺の緊張をよく解してくれたものだ。

 

≪……感謝する、君達のおかげで少し冷静になれた。≫

 

今にして思えば、俺はずっと焦っていたのだろう。

さっきの蹴りを受けた時だってそうだ、冷静にシグナムの動きを観察していれば対応できた筈だった。

シグナムよりも鋭い蹴りは、あの時さんざん経験したのだから。

 

≪おぉ? 何か良く分からないけど、それなら良かった!

 じゃああたしはもう念話切るよ!

 流石にシグナム相手にそれほど余裕は無いからね!≫

 

そう言ってリーゼロッテはあのシグナム相手に一転、攻勢に出た。

残念な事にレヴァンティンで防がれてしまったが、先程俺が受けたよりも数段鋭い蹴りはシグナムを大きく吹き飛ばした。

追撃に飛んでいくその背中に頼もしい物を感じながら、俺はアリアに問いかける。

 

≪アリア……治療の間、状況の報告を頼めるか?≫

≪分かった。まぁ、私達がアースラに居た時の情報だけどね。≫

 

そう前置きして彼女は話し出した。

現在残っているヴォルケンリッターがシグナムのみである事、避難誘導は彼女の知る限りでは順調だったという事、そして……

 

≪なのは達が、押されている……!?≫

 

彼女達の魔力を知っている身としては、中々信じがたい戦況も。

 

≪私が知っている最新の状況だと、既に海鳴臨海公園の上空に居たよ。

 最初は海上で戦っていた事を考えると、街に侵入を許すのもそうかからないだろうね。≫

 

慌てて公園の方を見ると、確かに戦闘空域は既に公園の上空だ。幸いまだ町中には入っていないが……

 

≪他の管理局員は何をしている!? 街への侵入を許せば……≫

≪落ち着きなって、一応配置にはついてたよ。街への侵入を防ぐ最終防衛ラインって奴さ。

 私がアースラに居た時は闇の書の主がどこから侵入するか分からなかったから随分広く展開してたけど、今頃は公園の入り口辺りの地上で奇襲のチャンスを窺ってるんじゃないかね?

 ホラ、エイミィからの通信がしばらく入って無かったろ? そいつらにずっと指示飛ばしてたんだよ。≫

 

そうだったのか。やはりアースラの方も相当忙しくなってるようだな……

 

≪……そうだ、局員と言えば。

 クロノ、アンタ氷結の杖『デュランダル』はちゃんと受け取ったのかい?

 今使ってるのはS2Uの方みたいだけど……≫

≪ああ、ちゃんと二人から受け取ったとも。

 ただ軽く確認してみたが、アレはS2Uと比べて随分性能が高い……いや、()()()()

 一瞬の油断も許されない戦いの中で持ち替えるには少々リスキーだと判断した。≫

 

そう答えながら、バリアジャケットの中にしまっていたカード状のデバイスをリーゼアリアに見せる。

シグナムの戦闘が始まってしばらくした後……丁度射撃魔法でシグナムの足止めが成功していた時だった。恐らくそれまで様子を窺っていたのだろうあの二人がやって来て、直接届けてくれたのだ。

もっとも既に次の仕事を言い渡されていたらしく、直ぐに街の方へ飛んで行ってしまったが。

 

……いや、今彼等の話は良いか。

肝心なのはデュランダルの性能だ。S2Uよりも遥かに処理が早く、高性能と言う点では全く問題ない。()()()()()()()()()()()その性能をいかんなく発揮し、間違いなく俺の助けになってくれるだろう。

 

問題はシグナムとの戦闘中に『慣らし運転』なんてする余裕が殆ど無かった事だ。

シグナムの足止めをしている際に一度使ってみたが、性能の開きが大きすぎて自分のペースが保てなかった。

射撃魔法を撃つだけの状況でそれなのだ。近接戦闘に持ち込まれた後に使える訳もない。

 

≪成程ね……確かに慣れない武器で戦える相手じゃないか。

 だとしても、この後戦う事になるだろう相手にS2Uだと厳しいよ?≫

≪分かっている。ロッテが堪えてくれている間に対応して見せるさ。≫

 

そう言って俺はデュランダルを起動させ、魔力を通し始める。

……やはり魔力が通りやす過ぎるな。威力と範囲を重視する魔法ならばともかく、コントロールを重視する射撃魔法では過剰な魔力は足枷になる。

適量を直ぐに流せるようにならなければならない。その感覚を馴染ませなければ……

 

≪ああ、それでこそ私達の弟子だよ。

 まあ最悪の場合は私がその杖と役割を受け持つから、気軽にやりな。≫

 

リーゼアリアはそう言ったが、そんな最悪の場合は訪れない。

 

≪大丈夫……絶対に使いこなして見せるさ。≫

 

何としても使いこなせなきゃいけないのだ。

あの時はそう望んだ訳ではないとはいえ、俺はクロノ・ハラオウンとして生まれたのだから。

 

 

 


 

 

 

先程アルフから齎された情報を頭の中で反芻する。

 

ザフィーラが倒された事で光を警戒する必要がなくなり、シャマルが倒された事で念話が復旧した。

そして、シャマルが最後に残したという『はやてちゃんに呼び掛けて』と言う言葉……それはきっとこの状況を打破する切っ掛けになるのだろう。

 

しかし……

 

≪Protection Powered!≫

「ハァッ!」

「うっ! ……あぁッ!」

 

闇の書の意思の攻撃が強すぎる……!

魔力を込めた拳で俺のプロテクション・パワードに罅を入れ、更にその威力の重さに障壁ごと吹っ飛ばされる。

 

≪はやてちゃん! 私だよ! 高町なのは! 目を覚まして!≫

 

戦いの途中でも呼びかけてはいるが……

 

「無駄だ。我が主は今、深い眠りの中に居る。

 お前の声は届かない。」

 

無慈悲にそう告げる闇の書の意思は、追い打ちを掛けんと拳を振りかぶる。

 

≪Struggle Bind!≫

「無駄だ!」

 

フェイトが不意打ち気味に放ったストラグルバインドの拘束を、魔力の噴出だけで強引に引き千切りながら振り下ろされた拳は……

 

「うあぁっ!!」

「なのは!」

 

プロテクション・パワードを今度こそ破壊し、俺を地上まで叩き落した。

 

 

 

 

≪Axel Fin!≫

「ありがとう、レイジングハート!」

≪Don't worry.≫

≪ビー、ハッピー。≫

 

……後半は念話で俺だけに伝えてくれた物だ。

 

しかしレイジングハートが使用してくれた飛翔魔法のおかげで、何とか墜落は回避できたけど……中々に厳しいな。

 

さっきまでは公園の上空だったのに、まさか街中にまで吹っ飛ばされるとは……

 

……休日の昼間だって言うのに、静かだな。エイミィさんが言っていた避難誘導のおかげだろう。

 

空を見上げれば、フェイトが闇の書の意思に対して切りかかっているところだった。

だが速度でいくら圧倒しようとも、闇の書の意思にはディアボリック・エミッションを始めとした広域型の空間攻撃魔法がある。

あの距離を長く維持する事は出来ないだろう……俺も早い所戦闘に復帰しなければ!

 

「行くよ、レイジング――「おい、こっちだ! いたぞ!」――っ!?」

 

バカな!? 何でまだ人が……

 

「ご覧ください! 今まさに我々の目の前で、少女が浮いております!」

 

振り返ればそこに居たのはテレビカメラを抱えた男と、それに向けて熱弁するアナウンサーの姿だった。



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即席ミッション勃発

アースラのモニターに表示されている複数の映像……私はその内の一つを確認しながら、現地との間に繋いだ通信に向けて最終確認を行っていた。

 

「皆、配置についたね? こっちの合図で一斉に仕掛けるよ!」

『了解っす!』

 

海鳴市を包んだ結界の全域を映し出したマップに表示された幾つもの点は、彼等の配置状況を示したものだ。

その大半は海鳴臨海公園の入り口に密集しており、ここが最終防衛ラインであると如実に示している。

 

「神場君、捕縛用の魔法は出来てる?」

『バッチリだ! 魔力波動の観察も十分に出来たしな!

 これなら味方に影響は出ねぇよ!』

 

神場君……銀髪オッドアイと言う容姿で分かるように、転生者の一人だ。

彼の持つレアスキル……まぁ、転生の特典だと思うけど『魔法の作成』は非常に強力な能力だ。

その場で新しい魔法を用意できるという事は、あらゆる相手、あらゆる作戦に於いても中心に据えやすい万能性を持つ。

今回の迎撃作戦でもそれは同様で、彼のレアスキルに頼った部分が大きい。……管理局に入ったら、さぞ引く手数多だろうなぁ……

 

そんな事を頭の片隅で考えながら、作戦の全体像と現地の戦況を照らし合わせ、今のところ問題が起こっていない事を確認する。

 

「……うん、オッケー! じゃあ、闇の書の主をもう少し引き付けてから一斉に……」

『エイミィさん! 忙しい所すみません!』

「なのはちゃん!? どうしたの!?」

 

これで後は闇の書の主が所定のポイントに来るのを待つばかりだ。フェイトちゃんとなのはちゃんに協力して貰って、上手く引き付けられれば……

 

そんな感じで頭の中で流れを整理していた時、唐突になのはちゃんから通信が届いた。

その切羽詰まった声から緊急事態だと判断し、直ぐに応対する。

 

『エイミィさん! 今、私の目の前にテレビの人が……!』

「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってて! こっちも今、あまり手が離せなくて……!」

 

慌ててなのはちゃんの居る付近の映像を表示すると、そこには困惑しながらも避難の指示を出すなのはちゃんと、彼女に詰め寄りマイクを突き出す民間人の姿があった。

 

いや、嘘でしょ!? よりにもよって、なのはちゃんに協力して貰おうと思っていたこんなタイミングで!?

勘弁してよ……野次馬根性に命賭け過ぎでしょ!?

 

なのはちゃんとフェイトちゃんは作戦に不可欠だし、だからと言って付近の局員に連絡するにしても、もう闇の書の意思の位置も迎撃ポイントまで近い。

現地の魔導士は避難誘導で近くにはいないみたいだし……!

 

「一般人に被害を出す訳には……でも、合図も出さないと……!」

「落ち着きなさい、エイミィ。」

「艦長!」

 

振り返ると、いつの間にか艦長が私のすぐ後ろに立っていた。

 

「民間人の安全が最優先よ。

 闇の書の主に関しては避難誘導が進んでいる以上、多少迎撃ポイントをずらしてもそれほど大きな問題は無いわ。

 問題は……あの場所を離れる気の無さそうな民間人ね……」

 

映像を見ながら彼女が優先順位を決めていくも、やはりネックは民間人があそこに居る事だ。

迎撃ポイントからあまり離れているとは言えないあの位置は、交戦区域に入る可能性が非常に高い。

いざとなれば強制的にでもあの場から引き離す必要があるのだが……

 

「エイミィ……闇の書の制御下にある結界内から、結界内の別の場所に転送する事って出来る?」

「……すみません。『アースラを経由すれば』可能だと思いますが、直接となるとリスクが大きいです。」

 

闇の書の制御下にある結界は、あれから度重なる改竄が行われ、既に私が構築した物とは完全に別物になっている。

 

その所為なのかアースラから結界内に送り込むか結界内からアースラに回収する分には問題無いが、結界内から直接別座標に飛ばそうとするとどうしても処理の途中で座標情報に干渉されてしまい、転送先が安定しないのだ。

 

現に街中に転送しようとして、海上や上空に転送されてしまった事も何度かあった。……だからこそ人員の配置に手間取ったのだ。

 

そして彼等は魔導士だから何とかなったものの、魔法が使えない一般人が同じ状況になればどうなるか……考えるまでもない。

 

「……民間人の安全の為にも、先ずは迎撃班の準備を万全にしましょう。

 それと、避難誘導中の魔導士に連絡を。彼等を避難場所に送り届けるのもそうだけれど、彼等がカメラに収めてしまった映像データの回収も済ませたいわ。」

「はい!」

「なのはちゃん。民間人の安全も大事だけど、フェイトちゃんの戦況もあまり良くないわ。

 闇の書の主の空間攻撃に対応するには貴女の防御力が必要よ。向かってあげて。」

『は、はい!』

「神場君、合図はエイミィに代わって私が出します。

 いつでも魔法の発動が出来るように備えてちょうだい。」

『うっす!』

 

テキパキと指示を出す艦長に感謝しながら、私は避難誘導中の魔導士達に通信を繋いだ。

 

 

 


 

 

 

「……はぁっ!? 民間人!?」

『うん! 場所は――』

 

……マジかよ。

臨海公園に近い場所じゃねぇか……!

 

『比較的近い位置に居て、動けそうな人は現地に向かって!

 それと避難誘導も大事だけど、撮られた映像の回収も出来たらお願い!』

「了解っす!」

 

≪おい! お前らのとこにも通信来たか!?≫

≪来た!! って言うか、魔法も使えないのに首突っ込むか!? 普通!≫

≪危険性を理解してないんだろ。ジュエルシードの時にネットの掲示板で注意促した時もそうだった。≫

 

そう言えばそうだったな……情報を規制した分、危険性も伝わらないって事は前にもあったか。

 

≪取りあえず、誰が一番近い!?≫

≪一番とかは良いから、取りあえず動けそうな奴は闇の書の主との大体の距離を測れ!

 腕を伸ばして人差し指を立てて、大体どれくらいの大きさに見えるかってくらいで良いから!≫

≪おい、それって身長によって結果代わるだろ!?≫

≪大丈夫だ! 銀髪オッドアイの身長は大体同じだから……!≫

≪あっ……その、ごめん。≫

≪同情してんじゃねぇぞ、トシィ!!≫

 

そんなこんなでそれぞれが距離を測り、報告し合う。

こう言う時にやっぱり念話ってありがたいな……情報の共有が早い。

 

 

 

≪距離が近いのは……トシか。≫

≪マジかよ……いや、行くけどさ。≫

 

テンション低いな……まぁ、マスコミの護衛って滅茶苦茶面倒くさそうだしな。

 

≪エイミィによれば保護対象はアナウンサーとカメラマン、加えて音声スタッフ1名の合計3人だ。

 転送魔法が安定しないから、身体強化+飛翔魔法とかで直接運ぶ流れになるだろう。

 加えて無防備な運搬中の護衛も欲しいな……お前の近くに他に動けそうな奴居ないか?≫

 

一人ずつ割り振っても4人は必須か。安全も考慮すると5人は欲しいな。

 

≪居るには居るけど、そんだけ一度に動かしたらこっちの誘導に支障が出る。

 動かせるとしても俺ともう一人くらいだ。≫

≪もう一人って言うと……≫

≪当然、あたしが行きますとも! 連携だって一番とれるしね!≫

≪トシ、もげろ。≫

≪もげろ。≫

≪理不尽過ぎる!?≫

 

いかん、思わずもげろと追撃してしまった。まぁ、幼馴染といい感じの付き合いしてるんだから甘んじて受けろとは思う。

 

≪……まぁ、これで二人は確保したな。最低でも後二人は欲しいが……神谷は行けそうか?≫

≪障壁担当な、了解。まぁ、こっちはもうすぐ避難場所に着くし、後二人くらいならこっちから出せると思うぞ。≫

 

神谷の誘導先って……確か学校の体育館だったっけ?

確かにあそこならもうそろそろ着いてもおかしくない頃合いだな。

 

≪よし、そんじゃあ人選は神谷に任せるわ。≫

≪あいよ。≫

≪トシ、股間にブラッディダガー受けてこい。≫

≪嫌だよ!?≫

 

……こんな調子で大丈夫なのかとは思うが、なんやかんやで上手く行ってきたからな。

まぁ、何とかなるだろう。

 



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覚悟とは

ロッテがシグナムを引き付けてそろそろ5分が経っただろうか。

長年の経験から頃合いだと判断し、クロノの腹部に使用していた回復魔法を中止して確認する。

 

「……これでどう? 粗方の負傷は治せたと思うけど?」

 

クロノが受けたダメージは結構な物だった。切れていた血管は数知れず、内臓の幾つかも損傷……これでまだ戦おうとしていたと言うのだから、感心を通り越して呆れる他無いね。

或いはそれがクロノの覚悟って奴なのかもしれないけどさ。

 

「ああ、痛みは消えたし、動きにも問題無い。感謝する、アリア。」

「感謝は別に良いよ、あんた達には迷惑もかけたしね。

 ところで、デュランダルは使いこなせそうかい?」

「……そうだな、魔力の流れやすさやちょっとした癖にはもう慣れた。

 これ以上は実戦で慣らすしかないだろう。」

 

その返答には正直驚いた。

私達が闇の書対策の為に出来る限りの全技術を用いて生み出したデバイスの性能は、現行のデバイスとは大きな開きがあった。特に魔力伝達の速度と魔法の構築速度はずば抜けており、下手に扱えば自分の魔法に振り回される。

 

当時の作戦の都合上、私もデュランダルを扱えるように慣らし運転はしたけど、その時だって10分以上はかかったものだ。

……まぁ、ちょっと悔しい気持ちもあるからクロノには言わないけどね。

 

「ふぅん? ま、アンタがそう言うなら問題は無さそうだね。

 じゃあさっさと行こうか。ロッテが墜とされる前にね。」

「分かった。……行くぞ、デュランダル。」

≪OK, Boss.≫

 

ロッテの戦場に目を遣れば、ロッテは未だにシグナムの攻撃を躱し続けていた。

 

≪ロッテ、待たせたね。≫

≪アリア! まぁっ……ねっ! っと!≫

≪任せた私が言うのもなんだけど、結構余裕ありそうじゃない?≫

≪余裕って程ではないけど……うん、対処は出来るね。アリアの魔法の補助もあるし、何よりカートリッジが使えないってのが一番ありがたいかも!≫

 

これくらいの余裕があれば、直ぐにでも実行に移せそうかな。

クロノを見遣ると、こちらも気力十分と言った様子だ。魔力は淀みなく流れているし、『もう慣れた』という言葉にも誇張無しという事だろう。

 

≪クロノの方も準備が出来たよ。こっちの合図で距離を取ってくれる?≫

≪まっかせて!≫

 

二人が戦う場に向けて手を翳す。砲撃さえも切り裂くシグナムには、この魔法も対して効果は無いだろう。

それでも、距離を取るロッテへの追撃は防げるはずだ。

 

≪今!≫

「はいよ!」

 

ロッテが私の合図でレヴァンティンの横薙ぎを回避し、シグナムに蹴りを放つ。攻撃はレヴァンティンによって防がれたが、それを読んでいたロッテは攻撃の反動を利用して距離を取る事に成功した。

 

ロッテとシグナムの距離はざっと3mは離れたか……良し。

 

≪クロノ、合わせな。≫

≪ああ。≫

 

クロノに一言告げ、構築を終えていた魔法を起動する。

 

≪Long Range Bind.≫

 

シグナムの周囲に二つの環状魔法陣が展開され、収縮していく。

 

「! ハァッ!」

 

私の予想通り、バインドはシグナムの体を拘束する前に切り払われ霧散した。

だけど……

 

≪Blaze Cannon.≫

 

クロノの砲撃がレヴァンティンを振り抜いたシグナムに迫る。速度も魔力量もS2Uの頃とは比べ物にならないそれに対応する事は、鞘を失った今のシグナムでは難しいだろう。

 

「くっ……!」

 

辛うじてと言った様子で回避したシグナム。しかし、そこに居るのは……

 

「隙あり!!」

「ぐぁっ!」

 

ロッテの放った拳がシグナムの背中を捉える。シグナムの体は一瞬硬直し、それが新たな隙を生む。

 

≪Stinger Ray.≫

≪Stinger Snipe.≫

 

私が放ったのは速度に優れた射撃魔法。クロノが放ったのは操作性に優れた射撃魔法。そしてその狙いは……

 

「ぐっ!?」

 

私のスティンガーがシグナムの右手の付け根に直撃し、シグナムの手の握りが緩む……そしてクロノのスティンガーが、その手からレヴァンティンを弾き飛ばした。

 

≪ロッテ、クロノ! ここで決めな!≫

≪うん!≫

≪ああ!≫

 

無手となった剣士が戦うにはあの二人は分が悪い。

シグナムはそれからも2分近く徒手空拳で応戦したが、やがてロッテの攻撃で怯んだ隙を突いて放たれたクロノのフラッシュザンバーによって消滅した。

 

 

 

「……反応は完全に消滅。ま、闇の書の中に帰っただけだろうけどね。」

「ああ……」

 

周囲に軽く魔力探査を行い結果を告げても、クロノは何処か呆然とした様子だった。

 

「……どうしたんだい?」

「いや、思っていたより随分呆気ない物だと思ってな。」

 

あれほど手を焼いたシグナムの呆気ない最後に、クロノはどうも釈然としない様子だが……

 

「いや、一応3対1だからね!? それもあたしとアリアとクロスケの!

 対応するだけでも結構凄いと思うよ!?」

 

ロッテの言う通り3対1の状態で勝つと言うのは、実力に余程明確な開きがないと不可能だ。

これで返り討ちに会おうものなら、いよいよ誰が対処出来るのかと言う問題になって来るだろう。

 

「分かっているさ、勿論。

 ……そうだ、さっき弾き飛ばしたレヴァンティンは?」

「見当たらないね。アレも言ってみれば守護騎士システムの……シグナムの一部だ。

 一緒に闇の書に帰ったんだろうさ。」

 

まぁ、何はともあれ……だ。

 

「ヴォルケンリッターは全員倒したとはいえ、まだまだ一番ヤバい本丸が残ってるだろ?

 感傷に浸るのは全部終えた後だよ。」

「ああ、直ぐに僕達も向かおう。」

 

次の相手はいよいよ闇の書の主、そして氷結の杖の使い方はクロノに委ねられた。

これがどんな結末を生むのか……私達の計画よりも良い結末を迎えられると良いんだけど。

 

 

 


 

 

 

なのは達と交戦中の闇の書の意思の元へ向かいながら、すっかり手に馴染んだデュランダルを見て思い出す。

先程の一戦……恐らくはリーゼ達からは見る事の出来なかったであろう、シグナムの表情を。

 

最後の瞬間、俺のフラッシュザンバーに斬られたシグナムは確かに笑っていた。

そして声に出さずに口の動きだけで確かに告げたのだ。

 

『主を頼む』……と。

 

何時から正気に戻っていたのか分からない。もしかすると消滅の瞬間だけ、意識を取り戻したのかも知れない。

だけどあの呆気ない最後を思うと、もしかしたら……

 

いや、アリアが言っていた通り、今はそんな事を考えている場合ではない。

先ずは闇の書事件を解決しよう。俺の知っている結末に辿り着く事が出来れば、その時にでも真相は確かめられるのだから。

 

 

 


 

 

 

飛翔魔法で空を駆けて1分程だろうか、一直線に飛んで来た事もあって私達は目標地点に辿り着いた。

 

「見つけたぞ! バカウンサー!!」

「バカメラマンにアホ音声!!」

「知ってるぞお前の顔ォ! 海鳴テレビの(モン)だよなァ!!」

「てめぇ視聴率下げてやろうかオォン!? 銀髪オッドアイがこの街にどんだけいると思ってんだァ!!」

 

一緒に来ていた銀髪オッドアイの転生者の……確か神楽坂君と神田君だったかな?

二人が見た目の年齢相応の罵声を浴びせながらテレビマン達に詰め寄る。

 

「く、クロー……いや、魔法使いの皆さん!?」

「てめぇ今俺達の顔見てなんつったァ!?」

 

アナウンサーの人は慌てて誤魔化そうとしたけど、残念な事に彼等は()()()()()()()には特に敏感だ。

更にヒートアップしだした二人を眺めながらトシ君と言葉を交わす。

 

「あ、あはは……凄いね、皆の気迫……」

「常々思うけど、俺普通の顔に生まれて良かったよ。」

「聞こえてっからなトシィ!!」

 

 

 

……それからテレビマンの3人に事情を説明し、避難場所に向かおうと提案してみたけど……

 

「君達はまだ子供だから分からないと思うけど、おじさん達には真実を伝える使命があるんだ。」

 

等と言って聞いてくれない。彼ら……と言うよりアナウンサーの人曰く『覚悟はしている』との事だったけど、私達が言いたいのはそう言う事じゃないんだよね……

 

「お前らが避難してくれないとなの……皆が全力で戦えないんだよ!」

「身を守る魔法も使えない一般人は邪魔なんだって!」

「言っておくけど、魔法って本当に危ないからな?

 ビルの一本や二本程度なら簡単に消し飛ばせるんだぞ?」

 

あの手この手で説得を試みたけど、反応はまるで芳しくない。

特にあのアナウンサーの人が厄介だ。あの中で一番地位が高そうなあの人の目……前世で見たものとはちょっと違うけど、随分と欲に濁っている。

多分まともな事言っても意味は無いだろう。

 

「……神谷君って確か前回の事件の時も色々やってたんだよね?」

「ん? ……まぁ、最後の方はあまり活躍は出来なかったけどな。」

「ああいう人達の対処ってどうしてた?」

 

ここはこう言う事の経験がありそうな神谷君の意見を聞きたかったのだけど……

 

「……基本的にこっちの意見を聞いて貰える方が少ない。

 ネット掲示板の話はしただろ? 大体があんな感じだった。」

「そっか……」

 

ここに来るまでの間に話を聞かせて貰ったけど、掲示板では結局魔法の石を狙うライバルとしてしか認識されなかったらしい。

それを考えると、この説得が成功する確率も知れて来ると言う物。

 

「とは言っても、今回はあの時とは事情が違う。

 魔法の事を隠す事はもう出来ないし、許可も出たからな。」

 

そう言って神谷君はテレビマンと言い争う二人に向かって告げた。

 

「おーい! あんま時間も無ぇし、バインドで縛って飛翔魔法で運ぶぞ!」

「「アイアイサー!!」」

 

 

 

 

 

 

「ヒィ!? 空、空を飛んで……あ、危ッ……!」

「あー、大丈夫ですよ。絶対に落としたりはしないので……」

 

特典や能力を考えた結果、運搬役は私と神楽坂君と神田君の三人。護衛役に神谷君とトシ君の二人が割り振られた。

私は性別の事もあって音声スタッフの女性を……まぁ、ちょっと心苦しいけどバインドで縛って運んでいた。下手に動かれると危ないからこっちの方が安全なのだ。

 

その事に付いて話したら分かってくれたし、元々あんな行動を取る事にあまり乗り気ではなかったのか大人しくしてくれて助かっている。

……特にあの二人を見ると。

 

 

 

「ご覧ください! 今私はこうして実際に空を飛んでおります! 魔法は! 魔法は確かにあったのです!!」

「うるっせぇ!! カメラ回ってねぇんだから静かにしろ! してください!!」

 

「た、頼むからカメラ落とさないでくれよ? それ結構、いやかなり高いんだから……」

「いや、気を付けるけどさ……なに、こう言うのって壊したら自腹なの?」

「ば、場合によってはね……特にウチの場合はローカルだから……」

「ふぅん? まぁその辺の事情については良く知らねえけどさ……ところで、これってテープってどうやって取り出すんだ?

 あんま魔法に関する映像を広められるのって、こっちにとっても都合が悪いって言うかさぁ……」

「あ、後で渡すから! 俺がちゃんと取り出して、ちゃんと手渡すから!」

「あぁ、おい! あんま暴れんなよ!」

 

 

 

こっちの子は静かで助かるよホント……

 

≪トシ君、攻撃とかは飛んでこない?≫

≪今のところは大丈夫そうだ。()()にも反応は無いし。≫

≪ありがと! あ、()()出来たらちゃんと神谷君に言うんだよ?

 自分だけで対処しようとしないでね?≫

≪解ってるって!≫

 

トシ君が護衛に回された理由、そして障壁の適性が低くて実力を発揮できなかった理由がこの特典だ。

 

『攻撃の予知』……攻撃されるタイミング、場所、種類を予め知る事が出来る特典。

攻撃と言う対象に絞った為かその精度は高く、()()()()()()()()傷を負わずに勝つ事も難しくない。

 

……そう、ここで響いたのが『障壁魔法の適性』だった。

構造を理解し、十分な魔力を注いでも障壁が展開されない……適性が低いどころではなく、適性が()()と言われる程に向いてなかった。

 

だけどそこはデバイスマイスターである私の領分。クロノ君がデュランダルで氷結魔法の適性を補ったように、私が自作のデバイスでトシ君の障壁適性を補ったのだ!

そのおかげで、今のトシ君はなんと『手の平サイズの障壁』の展開が可能になっている!

射撃魔法はこれで十分に防げるのだ! ……うん、頑張らないとな私。管理局に入っていろいろな素材を自由に使えるようになれば、もっと性能は上げられるし。

 

……っと、思考が逸れちゃったな。

 

そろそろこの人達が向かうはずだった学校に着くし、向こうに連絡でも……

 

「神谷! ブラッディダガーの流れ弾! 5発だ! 来るぞ!!」

「ッ! 分かった!」

 

トシ君が焦った声を出し、神谷君が障壁を展開する。

直後、高速で飛来したブラッディダガーの内直撃コースだった3発は神谷君の障壁で防がれ、残りの二発は……

 

「ヒェ……」

 

一つがビルの壁面を抉り、もう一つは大型スーパーの看板に直撃……爆発を伴って破壊した。

それを見てしまった音声の子から小さな悲鳴が聞こえ、他の二人も言葉を無くし、目を見開いているのが確認できた。

 

……いや、アナウンサーの人脂汗凄いな。『覚悟はしている』なんて言ってたくせに……



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星よ集え

照りつける日差し、焼けたアスファルト、うっすらと遠くに揺らぐ陽炎……

 

あれからどれだけ経ったのだろうか、今私達が居る海鳴市はサマーシーズン真っただ中だった。

 

そんな暑さだというのに元気いっぱいに外へと駆け出し、こちらを向いて手を振る少女の姿が一つ……

 

「はやてー! 早く行こうぜ!

 夏休みはプールに行くって言ってただろー!?」

「あ、あぁ……そうみたい、やな。」

 

そう、この光景もまた夢である。

 

あれから私はこの夢の中で色んな事を経験した。

クリスマスやお正月、バレンタインにホワイトデー、お花見にも行ったっけ……

その光景にはいつも家族と友達の姿があって……確かにこんな毎日が続くと言うのなら、それは幸福と言って差し支えない。

 

歩く度に、笑う度に、私はこの世界に依存しそうになった。

だけど……

 

『せやけど、それはただの夢や。』

 

記憶の中のはやての言葉が、この夢を受け入れようとしてしまう、弱い私の心を引き戻す。

8歳の女の子でもこの誘惑に勝ったんだ。人生2度目の私が負ける訳にはいかない。

 

「……よし!」

 

気合を入れて、頬を叩く。

両頬に走る軽い痛みに、頭が冷静さを取り戻す。

 

……だけど、何度正気に戻ってもこの世界は完璧で、綻びなんて見つからない。

 

そもそも普通の人間は『眠る方法』は知っていても、『目覚める方法』なんて知らないのだ。

 

この夢の世界では頬を抓っても痛いと感じるし、冬の水は肌を刺すように冷たかった。

前世も含めて苦手だったブラックコーヒーも飲んでみたけど、涙が出るほど苦いだけで、それでも目は覚めなかった。

 

……手詰まり。

 

そんな言葉が何度頭を過ったのか、もう数えられない。

 

「な、なぁ、はやて……急にどうしたんだ?

 頬なんか叩いてよぉ……」

「えっ? あ、あぁ、ちょっと気合を入れただけなんよ。」

 

気付けば目の前のすぐ近くにヴィータの心配そうな表情があり、少し慌ててしまう。

 

……ちょっと前から感じているのだが、この世界のヴォルケンリッターの性格が少し違うように感じる。

特にヴィータは転生者だというのに見た目相応の子供らしさがあると言うか……もしかして、私の内なる願望だったりするのだろうか?

 

「なんでもないなら良かった! じゃあ()()()()()()()()()()()()!」

「あぁ、うん……

 ……へっ!? はやて“ちゃん”?」

 

急に変な事を言い出したヴィータ……いや、違う。この声は……

 

『はやてちゃん! はやてちゃんの願いはこんな事じゃないでしょ!』

「……なのはちゃん!?」

 

この声はどこから……先程ヴィータの口から声が聞こえたと勘違いしてしまったが、そうじゃない。

声の出所を探す為、周囲に目を走らせる。

 

「……あっち!」

「おい、はやて! プールは逆だぞー!?」

「ごめん、先に行っとって! ちょっと暑いから自販機で飲み物買うて来るわ!」

 

止めようとするヴィータにそう告げて駆け出す。

思えばこうして走るのにも随分と慣れた。最初はどうも感覚が掴めず、ふらついたりもしたのだけど……

 

地を蹴る感覚に小さな感動を覚えながら、声を頼りに何度か角を曲がると……それは唐突に眼前に現れた。

 

「空間に、穴が……」

 

近所のスーパーに続く道……この夢の中で昨日も通った筈の道のど真ん中で、何もない空間が軋み、ボロボロと剥がれ落ちている。

 

……その先には光も差し込まない、闇だけがあった。

これが漫画やゲームで良くある、空間の穴と言うアレだろうか? ここを潜れば目を覚ます事が出来るのだろうか?

 

……覗き込んでみた穴の中は本当に真っ暗だ。

いや、手を伸ばせば触れるのではないかと言うくらいに()()()だった。

 

これは本当に穴なのだろうか? 寧ろ触れたら死ぬ類の『なにか』なんじゃないか?

……確信の持てない現状に、中々足を踏み出せない。

 

「はやて!」

「ッ! ヴィータ……」

 

声に振り返るとヴィータが居た。その傍にはシグナムとシャマル、ザフィーラも一緒だ。私を止める為に来たのだろうかと、身構える。

……だけど、少しだけ違和感があった。彼女達は何かが違う……そう、根拠も無く感じた。

 

「早く行け! はやて!」

「皆、はやての目覚めを待っております。」

「あともう少しよ、はやてちゃん!」

「ご武運を。」

「皆……もしかして……!」

 

彼女達は今まで過ごした4人と違う……()()だと確信する。

今まで一年近く、夢の中で何処か違和感を抱えながら過ごしていた。

 

ヴィータは私の知っているヴィータよりちょっと幼かったし、シグナムは趣味に乏しかった。ザフィーラは子供にワンちゃん扱いされても平気そうだったし、シャマルの料理は美味しかった。

 

でも彼女達は違う、今までずっと心の奥底で会いたいと願っていた4人だ。

私の脚は彼女達に駆け出そうとして……

 

『――はやてちゃん!』

「っ! なのはちゃん……!」

 

もう一度何処からともなく響いたなのはちゃんの声で、踏みとどまる。

……私は今何をしようとしていたのか。

 

あの穴は、間違いなく今この瞬間に命を懸けている友達が切り開いてくれた道だと言うのに……

 

「……それで良いのです、はやて。貴女が目覚めた時、我らも傍におります。」

「早く目ぇ覚まして、あたし達も呼んでくれよ! ナハトヴァールにアイゼンを叩き込みたくてうずうずしてんだからな!」

「さっき、私だけ失礼な事考えましたよね? 現実で私の手料理を食べてから言ってください。

 明日こそは私が台所に立ちますからね!」

「早く行け、シャマルの説得はこっちでしておく。」

「……うん! 皆、あっちでまた会おうな!」

 

そして家族の声に支えられ、心に広がった不安を振り切って……私は闇の中に身を投げた。

 

 

 


 

 

 

「……やってくれたな、高町なのは。」

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

幾度拳を叩き込んだだろうか、幾度魔法を見舞っただろうか。それでも倒しきれなかった少女に、思わず言葉がこぼれた。

 

私の目には今、二人の少女が見えた。

一人は今まさに戦っている少女、高町なのは……そして夢から覚めてしまった我が主、八神はやてだ。

 

私はそれぞれの少女にそれぞれの言葉を紡ぐ。

 

「お前の念話()が騒々しくて、主の目が覚めてしまった。

 ……主の安眠すら守れぬこの身の未熟さを、これほど呪った日も無い。」

 

高町なのはに少しばかりの恨みを込めて、

 

『主、どうか今一度その目を閉じてお眠りになって下さい。

 幸せな夢にその心を御委ね下さい。』

 

主はやてに願いを込めて。

だが……

 

「目を覚まさなきゃいけないんだよ……!

 どんなに幸せでも、どんなに満たされても……」

『確かに夢ん中で色んな事させて貰ったわ。

 楽しいって感じた事も多かったし、幸せな気持ちになった事もあったけど……』

 

何故二人の姿が重なるのだ。何故その目の光が同じに見えるのだ。

 

せやけど(だけど)、それはただの夢やから(だから)。』

 

……何故、同じ言葉が重なるのだ。

 

心を疑問が埋め尽くしたその瞬間――

 

≪Constellation Bind.≫

 

周囲に幾つもの光点が現れ、伸びた光の筋が我が身を縛り付けた。

 

「総攻撃ィィ!!」

「「「「「「「ッシャアァァ! スッゾコラァァァ!!」」」」」」」

 

 

 


 

 

 

「……ふぅ、なんとか拘束できたらしいな。」

 

先程作り上げたバインドが闇の書の意思を拘束出来ている事を確認し、安堵のため息をつく。

『星座』をモチーフにしたあのバインドは、周囲に漂う全ての光点()を消さない限りは無限に再生を続けるバインドだ。

構造を知らなければ振り解く事は出来ず、そして今しがた生まれたが故に、闇の書にも記録されていない魔法。

 

まぁ、これでしばらくは持つだろう。

 

「神場君! これって一体……?」

「おー、なのはにフェイト。無事で何よりだ。」

 

どうやらこちらの作戦を知らされてなかったらしい二人に事情を説明する。

 

「リンディさんの作戦……」

「あぁ、俺の魔法で魔力波動を隠蔽して潜伏。そんで今、俺の魔法で闇の書の意思の拘束を済ませたって所だ。」

 

もう一度闇の書の意思を見るが、未だに拘束が破られる気配はない。

……いや、あの落ち着き方を見るともしかして……

 

「……この後の動きはどうなるの!? はやてちゃんは!?」

「お、落ち着けって! この後は……」

 

はやてが捕まると思ったのか、こちらに掴みかからんばかりに迫るなのはを落ち着けようとしたその時だった。

 

≪あー、皆さん聞こえますか? 私は八神はやてっちゅうもんです!

 えっと……なのはちゃん、そこにおるんよな?≫

「この声……!」

 

なのはは直ぐにはやてと念話を開始したのだろう。急に静かになった。

……あ、この会話個人通話みたいな感じなんだ。何か寂しい……

 

 

 

……そして、しばらくして。

 

「レイジングハート! 全力全開、行くよ!!」

≪Stand by ready! Star Light Breaker!!≫

「総員退避イイィィィッ!!!」

 

唐突にチャージを始めたなのはの姿に、俺は慌てて空へと声を張り上げた。




プロット段階ではSLB vs SLBと言うドラゴンボール展開も考えてましたが、どう考えても民間人に被害が出るので没になりました。


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全てを撃ち抜く光となれ

夢から覚めた私の目の前に、その子は居た。

誰よりも闇の書の闇に苦しめられ、誰よりも報われず、そして僅かばかりの幸せの後に全ての咎を背負うかのように消えてしまう女性。

 

夜天の魔導書の管制人格……私がこれから名前を付ける女性だ。

 

「主はやて……私は、間違っていたのでしょうか。」

 

彼女は不安に揺れる瞳で私を見つめながら問いかける。

 

私が寝ている間、彼女が何をしていたのかは目が覚めた時に理解した。

自分でも不思議な感覚だけど、まるでその場に自分が居合わせたようにしっかりと記憶されている。これまで夜天の書が集めてきた幾万の魔法の知識と共に。

 

「そうやな……少なくとも、私の願いと違う事しとったんは確かやな。」

「……」

 

……いや、正直私もあの願いであんな行動を起こすのは予想外だった。

彼女が表に出てから私が目覚めるまでの間に出てしまうであろう被害を少しでも減らせればいいなと思っての願いだったと言うのに、まさかそれが戦う動機になってしまうとは……

 

「でも、それは貴女だけが悪い訳やない。そう解釈してしまう願いをした私にも責任はある。」

「! そんな事は……」

「ある。私は貴女の保護者(マスター)やからな。

 ヴォルケンリッターの皆と一緒で、貴女も私の大切な家族なんやから。」

「家族……」

 

私の言った『家族』と言う言葉を繰り返す彼女に手を伸ばし、その頬に優しく触れる。

夜天の魔導書から与えられた知識に従ってプロセスを実行すると、私達の足元に三角形を基調としたベルカ式の魔法陣が浮かぶ。

 

「……ですが、私は私を家族と呼んでくれる貴女も殺してしまう……!

 今の私はそう言う存在なのです。皆が私をそう呼ぶように、不幸を振り撒く呪われた……」

「その先は言わせへん!」

 

彼女の言葉を遮って、叫ぶように告げる。

夜天の魔導書のマスターになったからだろうか、今の私には今まで彼女がどれだけ苦しんできたか……苦しめられてきたかが良く分かっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()まで全部……!

 

「私がマスターになった今から、誰にもその名で呼ばせへん。」

 

胸の内に湧き上がる怒りと悲しみを堪えながら、優しく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。私は貴女の味方だと伝える為に。

今まで彼女を、私の家族を苦しめてきた存在を知った今、私のする事は決まっていた。

 

「……せやから、私を信じてくれへんか?」

「主はやて……」

 

彼女の目から伝う涙が頬に添えた私の手に触れ、私の意思をより強くする。

 

「『主』はいらん、『はやて』でええよ。ヴォルケンリッター達と一緒でな。」

「……分かりました。では私の事は……」

「“リインフォース”。夜天の主の名において、私が……『八神はやて』が貴女に送る名前はそれ一つや。

 “強く支える者”、“幸運の追い風”、“祝福のエール”……貴女はそう言う存在になるんや、これから。」

「ありがとうございます……はやて。」

「うん、じゃあ先ずは……」

 

頬に添えた手を通して処置を施すと、外に出ている自動防御プログラムと魔導書本体を切り離す。

 

「一緒に外に出ような。」

 

そして、私は外で戦う皆に念話を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

……さて、あれから数十秒が経過しただろうか。

あれからいくつかのプロセスを実行した結果、私も晴れて外の光景を見る事が出来た。

 

奇妙に揺らぐ空、防御プログラムの体を縛る星座の魔法……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

スターライトブレイカー……魔法を使った際に空気中に散らばる魔力を、敵味方問わず集束させて放つと言うなのはちゃんの必殺技だ。

その特性上、それまでに使用された魔力量が多ければ多い程にその威力を増すと言う性質があるのだが……

 

「はやて、やはり少々早まったのでは……?」

「奇遇やなぁリインフォース……今、私もそう思っとったところや。」

 

夜天の書の正式なマスターとして登録する過程で飛び込んできた外の光景に、私は先程なのはちゃんに伝えた言葉を訂正したい気持ちでいっぱいだった。

 

「やっぱり『とにかく一番強い攻撃を撃ち込んで!』……なんて、簡単に言うもんとちゃうなぁ……」

 

さっきまで漂っていた真面目な雰囲気も、この光景の前では霧散してしまうだろう。

 

……地上にもう一つ太陽が生まれたのではないかと錯覚せんばかりの輝きの前では……

 

「はやて、やはり迎撃か防御を……」

「む、むぅ……せやけどなぁ……」

 

生半可な攻撃では、一撃で防衛プログラムを止める事は出来ない。それに、既に覚醒から結構な時間が経過していて、本格的な暴走も目前の状態だった。だからこそ色々な過程をすっ飛ばしてなのはちゃんに最適解を伝えたのだ。

もしも万が一とんでもない奇跡が起こって、アレを防げてしまった場合のリスクは計り知れない。

 

そんな風に悩む私の目に、SLBの輝きから逃げるように海に向かう()が見えた。

リインフォースの目を通しているからだろうか、彼女の表情も良く見えた。

 

「……フェイトちゃんも大変な思いしたんやな。」

「?」

 

アニメ1期の頃の無表情はどこへやら、恐怖とも焦燥ともつかぬ表情で彼女は飛ぶ。

向かう先はきっと、クロノ君達の所かな。

 

……うん、彼女もきっとコレを受けたのだ。正式になのはちゃんの友達になる通過儀礼の様な物と割り切ろう。それに……

 

「アレを受ければ、この先何が出て来ても怖くないやろ?」

「はやて……」

 

 

 


 

 

 

数分間の飛翔を終え、漸く目的地である私立聖祥大学付属小学校に着いた私達は、恐らく皆が避難しているであろう体育館前に着地した。

 

「……ほら、避難所に着いたぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

「約束通り、カメラからテープ出してくれ。あんま広がると拙いからよ。」

「あ、はい……じゃあカメラを……」

 

少し離れたところでは私同様にカメラマンを運んでいた……えっと、神楽坂君がバインドで縛っていたカメラマンを下ろし、早速もう一つの用事を片付けようとしていたのだが……

 

「ちょ、ちょっと君! 勝手に何やってるんだ!

 折角撮った映像……スクープだぞ!?」

「い、いやでも助けて貰いましたし……あれ見たでしょ?

 魔法って想像以上にやべーっすよ?」

「やべーから周知させる必要があるんだろーが!

 下手に魔法に関わる奴が出たらどうする!?」

 

そこで神田君が運んでいたアナウンサーの人が割り込んで言い争いを始めてしまう。

 

……うん、凄いブーメラン発言だ。まぁ、魔法の危険性を知らないから今回みたいな事になったって言う事情を考えると、彼の言う事にも一理あるとは思うのだけど……

 

「はぁ~……貴女も大変だね、上司があんな感じだと。」

「あ、あはは……あっ! さっきはありがとうございました。

 守っていただいたばかりか、ここまで運んでいただいて……」

「あー、良いって良いって。一応これも仕事みたいなものだしさ。

 それと一応ここも安全とは言えないし、守りやすいように体育館に避難しててね。

 集まってる方が守りやすいからさ。」

「はい!」

 

そう言って体育館に駆けて行く音声スタッフの子を見てつくづく思う……私の担当の子があの子で良かったと。

 

「どうだ、流れ弾はもう来ないか?」

「今んとこ問題無し。

 そっちこそさっきのブラッディダガー、どれだけ防げそうだ?」

「あれくらいなら全然余裕だ。日頃から障壁系を集中して鍛えてたからな。」

 

……さて、あの子にああ言った手前、私もここの守りに専念したいところなんだけど、私とトシ君の担当は別の避難場所だ。

本来ここは神谷君が巨大な障壁で守り、私達の担当場所はトシ君の予知と中規模の障壁で守ると言う方針がある以上、早めに戻る必要がある。

 

と言う訳で、トシ君に一緒に戻ろうと提案しようと振り返ったところで、それに気づいた。

 

「……うん? ちょっと待って、なんか公園の方光ってない?」

「え? あ、ホントだ。」

 

間違いなく魔法の光なんだろうけど、何だろう……凄い嫌な予感するなぁ……

 

「……あー、あの光は……間違いなくSLBだな……」

「SLB!? それにしても大きくない!?」

「考えてもみろよ、あの場所で戦ってる人数と保有魔力量を。

 それ一か所に集めてぶっ放すのがSLBなんだぞ? そりゃあ“ああ”なるだろうよ。」

「神谷……お前冷静だな。」

「慣れたんだよ。障壁の適性が高い所為で、なのはの訓練には良く付き合っていたからな……」

 

うわぁ……ヒロインと一緒に訓練してた事を語る表情じゃないよソレ……

 

「……って、大丈夫なの? アナウンサーの人もカメラマンの人も見ちゃうと思うんだけど……」

「はは……アレが見えない場所なんて、多分この街には無いからどうしようもないさ。」

 

か、神谷君……今度デバイスの調整してあげよう。念入りに。

 

 

 


 

 

 

……何か、誰か凄い失礼な事考えてる奴が居る気がする。

 

俺がSLBの発動準備に入った途端に神場が叫び、周りにいた皆が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

振り返るとフェイトも雷の残滓を残して居なくなってた。

 

いや、お前ら前世でさんざん見てたし、神場に至ってはジュエルシード事件の時にもいたよな?

フェイトは、その……ゴメン。

 

……まぁ、長い事戦った上に、使用された魔力も多い所為で大変な事になってるから仕方ないのかも知れないな。

チャージ時点で俺の想定していた大きさは遥かに超えていたし、銀髪オッドアイの魔力が多い所為で何か銀色に近い色になってるし、球状に収まらなかった余剰魔力が周囲を煙のように漂ってるし……正直俺もちょっと戸惑ってる。

 

≪ねぇ、レイジングハート。これってちゃんと制御できてる?≫

≪……多分な。≫

 

多分かぁ……そっかぁ……

 

≪……もしかして、私も危なかったりする?≫

≪……下手すると。≫

 

下手すると俺も危ないと……なるほど、オッケー、オッケー……

 

「プロテクション!」

 

俺は直ぐに自分の周りに障壁を張って、レイジングハートを握る手に緊張からか力が籠もる。

 

≪逝くよ、レイジングハート。≫

≪覚悟を漢字にするのやめようぜ。≫

 

喰らえ、文字通りの全力全()

どうか俺もはやても無事でありますように!

 

「スターライトォ……」

 

そしてごめんなさい、海鳴臨海公園の管理人さん! 多分周囲の大地ちょっと抉ります!

 

「ブレイカアァァーーーーッッ!!」

 

――その日の正午は、一年を通して最も空が明るくなった瞬間だったと言う。




※神谷君はSLB以外のなのはさんの魔法を一通り受けた経験があります。


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天と地に穴を穿つ

それは、闇の書の意思の元へ向かう途中の事だった。

 

闇の書の意思が浮遊するその真下――海鳴臨海公園の林に突如として眩く輝く巨大な光球が発生し、同行していたリーゼ姉妹に警戒を促した直後……

 

「――クロノ!」

「フェイト、あの光は……ッ!?」

 

こちらに向かって高速で飛んできたフェイトに事情を聴こうとしたが、その表情と汗に思わず言葉を失う。

 

「クロノ! 衝撃に備えて!」

「いきなり何を……いや、分かった。」

 

事情も分からず備えろと言われ、それでもなお了承を返す。

フェイトがこれほどの焦燥を表情に出すとなると、相当の緊急事態だと予想が出来たからだ。

そして俺が了承を返し、障壁を張る為にデュランダルを構えた途端、フェイトは一瞬で俺の背後に避難した。

 

「うわゎっ!? フェイトちゃん、ちょっと怯え過ぎじゃない!?」

 

背後でロッテが何やら騒いでいるな。接触しそうにでもなったのだろうか?

 

……それにしても、フェイトがこれ程怯えるとなると相当な衝撃が予想されるな。

 

「デュランダル。」

≪OK, Boss. Wide Area Protection.≫

 

デュランダルの補助も借りて、可能な限り強力な防御で備える。

こう言う時はデュランダルの性能が実に頼もしいな。

……そんな風に考え、手元を見たまさにその瞬間――

 

 

 

爆発を思わせる轟音と共に、眼を焼かんばかりの閃光。思わず眼前に翳した手の指の隙間から見えたのは、眩い光の柱が天を穿ったかのような光景だった。

 

そして一瞬遅れて届く衝撃波が、今しがた張ったばかりの障壁に届く。

その圧力に、杖を構える手が震える。ビリビリとした衝撃が腕を伝わり、心臓さえも打ち据えるような感覚。

 

「――ッ!」

 

余波でありながらこの威力。

障壁を苛む濃密な魔力波動を全身で感じながら、俺はただ耐える事しか出来なかった。

 

 

 

やがて光は薄れ、衝撃は消えて行った。

恐らく数秒程しか経過していないにもかかわらずこの疲労感……街の方は大丈夫だろうかと不安に駆られつつ顔を上げると、雲に穿たれた大穴の中心……明るい未来を示すような蒼天の中心に、救い出された少女を包む白く輝く光が見えた。

 

……どうやら、はやての救出には成功したらしい。

 

一先ずの安堵の後に目線を下に移すと、薙ぎ倒された木々の中心……綺麗なすり鉢状に抉れた地面の中心に、今の光景を作り出した張本人の姿があった。

 

……どうやら、やっぱり彼女の仕業だったらしい。

 

「そうか、今の魔法はなのはの……」

「……うん。スターライトブレイカー……」

 

……そっかぁ。

 

うん、そりゃあフェイトも怯えるよな。うん。

 

「……いや、『そうか』じゃないよね!? あれが個人の魔法っておかしいでしょ!?」

「クロノ、世の中には慣れちゃいけない物もあるんだよ?」

 

リーゼ姉妹が何か言ってるがこればかりはどうしようもない。最終的にはアレを5本同時に撃つのが高町なのはなのだから。

 

 

 


 

 

 

――あれ、私……どうしたんだっけ。

 

「お目覚めになりましたか、はやて。」

「リイン、フォース……?」

 

お目覚めにって事は……私、寝てたのかな。

 

ぼんやりとした意識のまま辺りを見回すと、さっきまでの様な真っ暗な空間はどこへやら、まるで真逆のファンシーな空間に漂っているのが分かった。

何処か肌寒さを感じた闇の中とは違い、今いる場所は何と言うか……すごく落ち着く空間だ。

 

そんな場所に居るからだろうか。中々に奇妙な状態にありながらも、私は至極冷静に現状を把握するべく記憶を遡る。

 

――えっと、確か私は夢から覚めてリインフォースに名前をあげて……そうだ、なのはちゃんにお願いして防御プログラムを……ッ!!

 

「リインフォース! 私、もしかして……!」

 

状況を理解した私はバッと身を起こし、直ぐにリインフォースに確認する。

私は今まであの時のSLBで意識を……! 夜天の書の内部空間でもあんなショックを受けるって……なのはちゃんの魔法の威力おかしくない!?

 

「ご安心ください、はやて。気を失っていたのは、現実世界の時間ではほんの数秒です。

 ……()()はまだ完全な覚醒に至っては居ません。」

「! そうか、良かった。」

 

リインフォースの表情からそれが私を安心させる為の嘘ではないと理解し、少し安心する。

この最終決戦だけは、絶対に寝過ごす訳には行かないのだ。

 

「しかし、はやて。今の貴女は魔法の知識こそ持っていますが、こと戦闘に関しては……」

「……うん、分かってる。」

 

私は戦闘経験はおろか、実際に魔法を使った事も無い初心者中の初心者だ。

こんな土壇場で戦いに割り込めば、身の安全は保障できない。

だけど……

 

「せやけど、()()は元々リインフォース達の……そして、今は私が引き継いだ因縁や。

 家族をずっと苦しませて来た相手は、私にとってももう無関係やない。」

 

あんな事を知った今、危険だからって傍観に徹する事は出来ない。

それに……動けないのも、動かないのももうたくさんだ。

 

「……遠くから眺めるだけなんて、もう嫌なんや。」

「……分かりました、はやて。

 貴女に足りない経験は私と守護騎士が補いましょう。今度こそ、貴女の願いを正しく叶える為に。」

「ありがとうな、リインフォース。……それとごめんな、我が儘言って。」

「いえ、問題ありません。……私も貴女の……家族ですから。」

 

そう言うと、リインフォースは言葉を返す前にそそくさと私の体に溶け込むように消えてしまった。

直前にちらりと見えたその表情は、私の見間違いでなければちょっと赤かったように思う。多分、自分で言ってちょっと照れ臭かったのだろう。

 

そしてリインフォースと交代するように、4色のリンカーコアが私の周囲に現れた。

 

「……おかえり、皆。

 やっと私も一緒に戦えるようになったで……最後の一仕事、手伝わせてな。」

 

リインフォースとユニゾンし、ヴォルケンリッター(私の家族)も戻って来た今、後は戦って勝つだけだ。

そしてその時は、この空間を破ればすぐに訪れる。

 

深呼吸を一つ、心を落ち着かせ、目の前に浮かぶ『夜天の魔導書』を胸に抱く。気付けば私は、アニメで見たはやてのバリアジャケット(甲冑)に身を包んでいた。

 

「……さぁ、行こか。きっちり私達の手で決着つけようやないか!」

 

気合を入れて、私は殻を破るべく、目の前に現れた杖に手を伸ばした。

 

 

 


 

 

 

……やっちゃったなぁ。

 

真っ先に思い浮かんだのはそんな言葉だった。

 

SLBを撃った瞬間、周囲を煙状になって漂っていた魔力が暴発。SLBの反動も合わさって、俺の全身を途轍もない衝撃が通り過ぎた。

 

……この辺りまではまぁ、想定の範囲内だった。

 

だがこの暴発と言う物が思ったよりも強力で……その、なんだ? しゃぶしゃぶ用の鍋って言えば分かるだろうか。

 

何の話かって? 俺の周りの地形の話をしてるんだけど……

 

≪……よぉ、無事か? 戦闘民族(なのは)。≫

≪大丈夫、無事だよ。マゾヒスティック(レイジング)ケーン(ハート)。≫

≪ありがとうございます!≫

 

互いに念話で軽口をたたきながら身を起こす。

周囲の地形はもはやちょっとしたクレーターとなっており、少なくない木が根っこからひっくり返されている。

 

≪……はやてちゃん、大丈夫かな?≫

≪フェイト同様のトラウマ抱えてないと良いけどな。≫

 

……大丈夫だと良いな。

そんな願いを込めつつ、遮る物の無くなった上空を仰げば……雲の無くなった蒼天の中心に、白く輝く球体が見えた。

 

≪うん……とりあえず、自動防御プログラムとの分離は出来たみたいだね。≫

≪これで残るは闇の書の闇だけだな。クロノ達も来たみたいだし、早いとこ合流しようぜ。≫

 

レイジングハートの言葉に目線を映せば、確かにこちらに駆けつけるクロノ達の姿が……そしてその手に握られたデュランダルもバッチリと確認できた。

 

「レイジングハート!」

≪Axel fin!≫

 

アースラ、デュランダル、夜天の主となった八神はやて……これで諸々の準備は整った。

有効な作戦に関しても、銀髪オッドアイの誰かが提示するだろうし問題無いだろう。

 

頭の中でこれからの流れを整理しながら飛翔していると、視界の端に黒い靄が集まっているのが見えた。

恐らくはアレこそが分離された闇の書の闇、自動防御プログラム(ナハトヴァール)なのだろう。

 

……最終決戦まで、後数分ってところか。

 



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闇の書の『闇』と『呪い』

後半の方ですが、若干説明っぽくなります。
もうちょっと上手く自然な会話に出来ればよかったのですが、まだまだ技量が足りなかった……


「……まったく、君は本当に無茶をするな。

 あれだけの砲撃、君自身が反動で倒れてもおかしくなかったぞ。」

「あ、あはは……ごめんなさい。」

 

あれから直ぐにクロノ達と合流した後、俺はクロノから軽い注意を受けていた。

どうやら先程のSLBの余波を受けたクロノは、その威力に尋常ではない物を感じて心配してくれていたらしい。

 

実際撃ってみたから分かるが、あの時自分の身をプロテクションで守っていなかったら俺自身も少なくないダメージを受けていただろう。

いくら手加減はしないと決めたとはいえ、今回の事は俺のSLBに対する理解が浅かったのが原因だ。反省せねば。

 

それにしても、まさかSLBが集束できる魔力量に限界があったなんて思わなかった。

これから管理局に所属して戦闘が激化する事が想像できる以上、何かしらの改良が必要だという事なのかもしれない。

……そこまで考えて、ふと頭に一つの映像と可能性が浮かんだ。

 

――もしかして原作でなのはがヴィヴィオに撃ったSLB×5は、『そう言う事』だったのではないか?

 

一発一発に収束する魔力量を分散させて、暴発を抑える為に……そう考えると納得のいく部分はある。

そうなると、俺も複数のSLBを同時に制御する練習を……

 

「なのは……」

「? どうしたの、フェイトちゃん?」

 

俺がSLBの改良について考えていると、フェイトがおずおずと話しかけて来た。

 

「次からスターライトブレイカーを撃つ時は、チャージ前に言ってね?

 急にチャージが始まると、その……びっくりしちゃうから。」

「ご、ごめんねフェイトちゃん。」

「本当に気を付けた方が良いと思うよ? この子、口ではこう言ってるけど実際あの時はあたしの服の裾掴んで震えてたんだから。」

「り、リーゼロッテ、それは黙っててって……」

「……本当にごめんなさい……!」

 

慌てて頭を下げる。

思えば確かに配慮が足りなかった。フェイトに関してはSLBに苦手意識を持っている節があったし、そうでなくともあの魔法の出力は異常だ。

あの時もしも神場が叫んでいなかったら、ちょっとしたパニックになっていたかもしれない。

 

……って、アレ?

 

「リーゼロッテさん!? ……と、えっと……」

「私はリーゼアリア。リーゼロッテの姉で、同じ主に仕える使い魔だよ。」

「あ、はい。私は……」

 

俺自身は勿論知っているが『高町なのは』が知らない以上、最低限のRPは必要だ。

そう考え、手短に自己紹介をしようとしたところで、リーゼアリア本人からストップがかかった。

 

「詳しい事情はロッテ達から聞いてるから良いよ、なのは。

 ……それよりもクロノ、ちゃんと気付いてるだろうね?」

「勿論だ。……こんな分かりやすい気配、気付かない訳がない。」

 

リーゼアリアから話を振られたクロノが、ある一方向をまるで睨むように見据える。

それはクロノだけではなく、リーゼロッテも、フェイトも、再び集まりつつある武装局員(銀髪オッドアイ)達も……そして俺も同様だ。

 

海鳴臨海公園の中央広場よりもやや海よりの空中……まだ肉眼ではうっすらとしか確認できないが、魔導士であればそこに莫大な魔力が集まっているのが感覚として分かるだろう。

 

「まったく……結構長い事管理局で仕事してきたけどさ、ここまで嫌な魔力を感じるは初めてだよ。」

「アリアも? 奇遇だね、あたしもだ。」

 

リーゼ姉妹が言うように、この魔力は非常に嫌な気配を纏っていた。

 

その魔力は、よく観察してみれば先程まで戦っていたヴォルケンリッターや闇の書の意思に近い物を感じるが、その魔力の放つ(おぞ)ましさは彼女達とは一線を画している。

 

何処までも陰湿で、何処までも浅ましく……そして何処までも醜悪な悪感情の塊とでも表現しようか。

そんな物が独りでに蠢き、のたうってる様な不快感。

 

……俺達が見据える先に、黒い(もや)が集まっていく。

やがてそれは、まさに闇を思わせる漆黒の巨大な球体となった。

 

先程までの戦いが嘘のような静寂の中、俺達は誰もがその闇を見つめていた。この静寂が嵐の前の物であると分かっているからだ。

 

 

 

不意に、その静寂を破るように光が周囲を照らし、地と天を繋ぐように光の柱が再び突き立つ。

その光は先程の物(SLB)同様に眩く、されど破壊を齎す物ではなく……その輝きの強さに反して何処か暖かく、優しい光だった。

 

その光を守るように立つ影が4つ、何処からともなく現れた。

その内の1人が口を開き、静かに、だが力強い意志の下に言葉は紡がれる。

 

「我ら、夜天の主の下に集いし騎士――」

 

烈火の騎士が、

 

「主在る限り、我らの魂尽きる事無し――」

 

湖の騎士が、

 

「この身に命有る限り、我らは御身の(もと)に在り――」

 

盾の守護獣が、

 

「我らが主……“夜天の王”、八神はやての名の下に――!」

 

鉄槌の騎士がそれぞれ発したそれらは、闇の軛から解き放たれ、自らを取り戻した今、改めて主と立てる誓いの言葉。

 

彼等の王の目覚めの儀式。

 

それはまるでさなぎが蝶へと羽化するように、卵からひな鳥が孵化するように、光の殻を内側から破り、“夜天の王”が顕現した。

 

 

 


 

 

 

「はやてちゃん!」

 

光の殻を破り最初に聞いたのは、私の友達であるなのはちゃんの声だった。

私は彼女を安心させるように微笑みを返し、強い意志を込めて杖を掲げる。

 

「夜天の光よ、我が手に集え! 祝福の光……『リインフォース』、セットアップ!」

 

杖から光が迸り、私の騎士甲冑に最後の仕上げを施していく。

私と融合したリインフォースが共鳴し、髪の色が変わる。私からは見えないが、多分目の色も変わっている事だろう。

最後に背中に3対の小さな黒い翼を携えて、私のセットアップは完了した。

 

「はやて、無事で何よりです。」

「ありがとうな、シグナム。

 ……そっちこそ、もう大丈夫やねんな?」

「はい、久方振りに清々しい心地です。」

「良かった……最後の大仕事、一緒に頑張ろうな。」

「はい。」

 

シグナムと言葉を交わし、私は討ち果たすべき()を見る。

 

――漸く、この場所に辿り着いた。

私が夜天の主として、闇の書の呪いと決別できる唯一の場所に……

 

そんな感慨に耽っていると、一人の少年が近づいて来た。

 

「失礼……取り込み中悪いが、確認させてほしい。

 君が『闇の』……いや、『夜天の魔導書』の主で相違ないな?」

 

クロノ・ハラオウン……時空管理局内においても執務官と言う高い地位についており、管理局の価値観で言えば辺境に当たる地球で起きたいくつかの事件に関わった妙な縁を持つ人物。

そして、私の持つ『夜天の魔導書』にも人一倍因縁が深い人物だ。

 

「あ、はい。そうです。

 えっと……時空管理局ってとこの人ですよね? ウチの子達がえらいご迷惑を……」

「いや、その件に関しては今は良い。

 勿論今回の事件に関してはいずれ話を聞かせてもらうが、それよりも今は……」

 

私の言葉を遮って、クロノは巨大なドーム状となった『闇』にその鋭い視線を向ける。

 

「――()()の対処に関して、君達の力を貸して貰えるという認識で間違いないか?」

「はい。私も皆も、アレにはずっと苦しめられてきましたので……寧ろ私達から協力を申し出たいくらいです。」

「そうか、協力に感謝する。

 ……ならば、僕達よりもアレに詳しいだろう君達にも知恵を貸して貰いたい。ついて来てくれるか?」

「分かりました。行くで、皆。」

 

クロノの言葉に了承を返し、ヴォルケンリッターの皆と一緒について行く。

目指す場所には既になのはちゃんとフェイトちゃん、それに何故かこの場に来ていたリーゼ姉妹と……20人近い数の銀髪オッドアイ達が居た。

 

……いや、ツッコミ所多いな。

まず何でここにリーゼ姉妹来とんねん。銀髪オッドアイどんだけ居るねん。こんなん思わず頭ん中でも関西弁になるわ。

 

「はやてちゃん! 無事で良かった!」

「うん、なのはちゃんも元気そうで何よりや。」

「えっとね……この子が前に話してたフェイトちゃん!」

「よろしく、はやてちゃん……で、良いのかな?」

「こちらこそよろしくな、フェイトちゃん!」

 

……うん、少し言葉を交わしただけで分かってしまった。

 

この子達……()()()()。同じ顔が20人も集まってるこの状況に……!

え? なに? 銀髪オッドアイってそんなに良く居る顔なの? アニメや漫画でも1人か2人くらいじゃないの?

 

「クロノさん、現在戦闘行動が可能なのはこの場にいる23人です。」

「他は先程の戦闘で受けた魔力ダメージから復帰するのに時間がかかっており……」

「……わかった。この場にいるメンバーのみで対処する前提で作戦を組もう。

 では先ず……シグナム、あの『闇』についての情報を貰えるだろうか?」

 

この場で最もナハトヴァールについての情報に詳しいと踏んだのだろう。ヴォルケンリッターを率いるシグナムに、クロノは白羽の矢を立てた。

説明を促されたシグナムは、自らの知っている情報を語り始める。

 

「あぁ、アレは『夜天の魔導書』が改竄される中で組み込まれた『自動防御プログラム』だ。

 だが見ての通り暴走を繰り返し、もはや『夜天の魔導書』の制御すらも受け付けなくなっている。

 直に魔力を糧に実体を構成して暴れまわるだろう……」

 

確かにシグナムの知っている情報ではその認識で間違いない。

だが、それが『最新の情報』ではないと言う事も、往々にしてあるのだ。だから……

 

「……割り込んですみませんが、その情報はちょっと古いです。」

「何……?」

「む? はやて、何を……?」

 

この中で唯一その情報を明かせる私が割り込んだ。

 

「えっと、クロノさん。シグナムを責めんとって下さい。

 これはシグナムが知らんのも無理ない事情のある話なんや。」

「……事情については後で聞かせて貰うとして、君の知る情報を話して貰えるだろうか?」

「はい。

 って言うても、途中まではシグナムの話と同じです。

 『自動防御プログラム』が組み込まれ……ずっとそれが暴走した結果、

 『夜天の魔導書』は『闇の書』と呼ばれるようになった。

 ……でも、今のアレはもう『自動防御プログラム』なんて()()()()()()とちゃいます。」

「!?」

「はっ……!?」

「自動防御プログラムじゃない……?」

 

「……今よりずっと昔、『闇の書』と呼ばれた『夜天の魔導書』の主に選ばれた男が居ました。

 そいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でした。

 その動機も自分勝手な物で、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて馬鹿げた理由です。」

 

私が話している途中で、その正体に気付いたのだろう。ヴォルケンリッター達が目を見開く。

 

「そしてよりにもよってある程度の腕を持った研究者でもあったそいつは、

 『守護騎士制御プログラム』なんてもんを作ろうとして……シグナムの手でその野望は断たれた。」

「まさか、はやて……! アイツは、あの男は確かに……!」

「うん、その男は間違いなくシグナムが止めたで。ただ、最期の足掻きって言うんやろな……

 アイツは自分の『人格データ』を夜天の魔導書に保存しとったんや。

 そいつは自動防御プログラムの妨害を受けながらも、ずっと夜天の魔導書内で『守護騎士制御プログラム』を組み続けとったらしいわ。」

 

元々ユニゾンデバイスの融合事故を疑似的に再現する事で機能するそのプログラムの性質上、リインフォースはその根幹として必要だった……だが自らがその正式なマスターである『夜天の主』になる前に野望が断たれ、リインフォースに対するマスター権限は二度と手に入らなくなった。

だからそのプログラムのブレーンになる為に、あの男の人格データはリインフォースに根付いた『自動防御プログラム』に目を付けた。

『融合』ではなく『寄生』する形で干渉し、強引に『守護騎士制御プログラム』を起動させたのだ。

 

この悍ましい事実をリインフォースから聞かされた時、私は怒りで頭がどうにかなるんじゃないかと思った程だ。

 

そしてリインフォースからの情報である事を踏まえて私の知る全てを話し、いよいよ本格的に作戦について話そうとしたその時、アイツを取り巻く闇が心臓の鼓動のように脈打った。

 

 

 

――覚醒まで、もうそれほど時間は無いようだ。

 

 

 



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妄執の怪物

闇の書の闇を取り巻く球体が心臓のように脈打ち、その魔力がまるでさざ波のように広がる。

魔力は空気を緩やかに押し出し、まるでそよ風のように俺の髪を揺らした。

 

だがその時感じた魔力の醜さに、そよ風の心地良さとはまるで真逆の不快感が全身を包む。

思わず顔を顰める面々の中、クロノは冷静に状況把握に努めているのが見えた。

 

「……今の魔力の波動は……エイミィ、解析の結果は出たか?」

『うん、球体の中で魔力の密度が上昇中! 魔力が安定して動き出すまでの予測時間は……約5分30秒!』

「――と言う訳だ。時間も無い。この場に居る者のみで作戦を組み立てよう。」

 

この場にいる者……その言葉で周りを見回し、戦力を改めて確認する。

フェイト、はやて、ヴォルケンリッター、クロノ、リーゼ姉妹、神場、管理局の銀髪オッドアイが約20名……

 

……うん、相手がナハトヴァールなら間違いなく過剰戦力だ。

もっともアルフやユーノが居ないので、バインドや転送魔法に関してはやや不安ではあるが……

 

「先ず、僕達が管理局として用意できる解決策を二つ用意してある。

 その後に意見があれば遠慮なく発言してくれ。」

 

その言葉でこの場にいた全員の視線を集めたクロノは、現在管理局の持つ手札として『アルカンシェル』と『デュランダル』の情報を共有すると、更にこう続けた。

 

「正直、『アルカンシェル』は出来る事なら最後の手段にしたい。

 アレは着弾地点を中心とした半径百数十kmの範囲で空間歪曲を引き起こす……これでは対象の殲滅は出来たとしても、間違いなくこの星ごと滅ぼす事になる。」

 

クロノの言葉を聞き終えた後、シャマルがおずおずと手を挙げる。

 

「あの……『凍結魔法』に関してなんですが、多分難しいかと。

 切り離された『防御プログラム』は実体化こそしても、その正体はあくまで魔力の塊です。

 はやてちゃんが言うように『あの男』……『デレック』の人格データがそれを支配していたとしても、きっとその点に変わりはない筈なので。」

 

内容は殆ど原作知識のものと同様だ。凍結魔法で封印できず、そしてアルカンシェルは地上に打ち込む訳には行かない。だからこそ『闇の書の闇』……シャマルが言う『デレック』を宇宙空間に転送する必要があるのだ。

 

――さて、原作通りの展開であれば『アルフの一言』から宇宙空間に転送する事を閃く流れなんだが……

 

「クロノさん! 宇宙空間に転送すればアルカンシェル撃てますよ!」

 

いや、早いな。

諸々の流れを全部無視して解決案を出したのは一人の銀髪オッドアイだった。

 

誰かが言う可能性はそれなりにあるとは思ってたけど、まさかノータイムで食い気味に行くとは流石に予想外だ。

なのは()達に良い所を見せたかったのか、純粋に地球の事を思ってなのか……動機が何にせよ、結果として相談の後に原作でも実行されたその案が採用となった。

 

だが肝心なのはここからだった。

 

「――ダニーが出した作戦の実行に際し、僕達は先ず対象物である『防御プログラム』のコアを露出させる必要がある。

 奴の体を構成しているのが実体化した魔力である事から、これは魔力ダメージで突破が可能だと推測できるが……奴の能力は未知数だ。こればかりはぶっつけ本番で対処するしかない。」

 

クロノの言う通り、今回の敵の厄介な所はそこだ。

どの程度の魔法を撃ち込めば良いのか、敵の攻撃はどんなものなのか……敵が『人間の魔導士』じゃない分、能力の上限が見えない。

 

その事を踏まえていくつかの状況を想定し、立ち回りを決めていく中でクロノがはやてに向き直り口を開いた。

 

「それと八神はやて、『夜天の主』である君に一つ確認しておきたい事がある。」

「ええで、私に答えられる事なら何でも聞いてや?」

「先程話に出た研究者の人格データだが、そいつの元となった人間が『守護騎士制御プログラム』を作った……そして現在は『自動防御プログラム』に取り憑き、そのブレーンとなっている。

 そうだな?」

「はい、その認識で間違いないです。」

「ならば戦ってる途中で、ヴォルケンリッターが再び敵に回る可能性は無いだろうか?」

「……あぁ!? どういう意味だそりゃあ!」

 

クロノがはやてに確認した事については、実は俺も少し気になってはいた。

『守護騎士制御プログラム』が実際どんなものなのか詳しい事は分からないが、その名前と今までのヴォルケンリッターの様子からして大体の想像は付く。

多分さっきまでのヴォルケンリッターもそのプログラムの影響下にあったのだろう。そうなると戦闘中にヴォルケンリッターが再び操られないとも言い切れないのだ。

 

だがヴィータにとってその言葉は侮辱されたように映ったのだろう、クロノを睨むその眼光は以前戦った時に俺に向けられたそれよりも鋭く見えた。

 

「あたし達はもう二度とあんな奴に縛られねぇ! もしもまたあたし達があいつに操られるような事があったら……!」

「ヴィータ、先ずは落ち着きぃ。

 クロノさん、その事ならもう問題無いで。実はな、さっき『自動防御プログラム』を切り離したとき、一緒に『守護騎士制御プログラム』も切り離したんや。

 あのプログラムはリインフォースが居らんと使えんから、切り離された側からはどうしようもないはずやで。」

「そうか、分かった。

 ……君達を疑うような真似をした事については謝罪する。

 だが、これも万全を期すためだ……どうか理解してくれ。」

「……ふん。」

 

クロノの謝罪に対して、ヴィータはそっぽを向き鼻を鳴らす。

だが内心理解しているのだろう、それ以上突っかかる事は無かった。

 

「……クロノと言ったな。此度の戦い、我らヴォルケンリッターに一番槍を任せて貰えないだろうか?」

「何……?」

 

ヴィータの代わりと言う訳ではないだろうが、シグナムがクロノに声をかけた。

 

「先程の貴殿の言葉は確かに当然の心配だ……逆の立場ならば私も確認しただろう。

 件の忌々しいプログラムに何度も煮え湯を飲まされたこの身をお前達の背に置くのは得策ではない。

 故の一番槍だ。名誉を願っての物ではない。」

 

そう告げるシグナムの言葉は至って冷静な物だが、反面その口調には有無を言わせぬ迫力があった。

 

「いや……敵の戦力が不明な現状、それは君達を危険に晒す事になる。

 君達の主である八神はやてだって、それは望まないだろう。

 先ほどの言葉を気にしているのならば取り消そう。だから……」

「貴殿が我らに気を遣う必要は無い。先ほども言ったが、それは当然の心配だ。

 ……それに、我らにあの様な屈辱を味わわせた奴に()()の一つもくれてやらんようでは、我らの気が済まぬ。」

「いや、これは気の済む、済まないの問題では……」

 

睨み合う様に意見をぶつけるシグナムとクロノにはそれぞれ矜持があるのだろう、互いに譲る気配が無い。

そんな中、シグナムの意見を肯定するようにしてヴィータが割り込んだ。

 

「へっ……良いじゃねぇか、一番槍。

 任せてくれるってんならさっきの言葉、許してやってもいいぜ。あたしもあの陰険野郎に全力のアイゼンを叩き込みたかった事だしな。

 それにあたし達はお前らと違って簡単に死ぬようには出来てねぇ……管理局としてもその方がありがたいんじゃねぇのか?」

「だからと言って……」

 

『簡単に死ぬようには出来てねぇ』……実際、彼女達は限定的ではあるが不老不死だ。

例えその身が両断されようと死ぬ事は無く、『夜天の書』の中に戻るだけ……

『犠牲を出さない』と言う意味では合理的な意見にも思えるが、クロノの重視する点はそこじゃないのだろう。

 

「……私からもお願いします。」

 

否定しようとしたクロノの言葉にさらに割り込んだのは、俺にしてみれば少し意外にも思える人物だった。

 

「八神はやて、何を……」

「本来なら私は保護者として、皆を止めるべきなのかも知れんけど……でももう私も色々知ってしまったんや。

 知ってしまった以上、皆の主としては応援したい。

 ……何かあった時の責任は私が負います。だから、任せてやってくれませんか?」

 

そう言って真っ直ぐにクロノを見るはやての様子から、こちらもやはり一切譲る気が無い事が伺える。

数十秒程の沈黙の後、折れたのはクロノの方だった。

 

「……ふぅ、分かった。だが危険だと判断した場合は、有無を言わさず退がらせる。

 君達がプログラムかどうか関係無い、誰かを使い捨てるような戦いは絶対にさせない……それで良いな?」

「! ありがとう、クロノさん!」

「……それと、管理局内に於いて何の立場も持たない()()君に背負える責任は無い。

 意見を譲った事も含めて僕の判断だ。僕に責任を負わせたくなかったら、くれぐれも無茶はするな。」

「う……分かりました。」

 

まぁ、確かに今のはやてって別に管理局に所属している訳じゃないしなぁ……

 

ともかくこれで作戦も纏まって……

 

 

 

……うん? 今、なんかクロノの言葉が心に引っかかったような気が……?

 

『皆、聞いて! 対象の魔力反応増大! もう間もなく来るよ!』

 

エイミィから入った緊急の連絡でその場の空気が変わる。

何か気になった事があったはずだが、今はそれどころじゃないようだ。

 

「総員、配置に付け!

 街を背にしろ! 攻撃の一つとして街に向かわせるな!」

 

クロノの指示が飛び、

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「応ッ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

銀髪オッドアイ達が気合を入れ、

 

「うるさ……!」

 

ヴィータが顔を顰め、

 

「ヴィータちゃん。」

 

シャマルが宥める。

 

「……」

 

ザフィーラが無言で両手のガントレットを打ち鳴らした音が響く。

 

「父さま、見ててね。」

「今ここで、きっと終わらせるから……!」

 

リーゼ姉妹の言葉が聞こえた。

 

「……!」

 

視界の隅でフェイトが気合を入れるのが見えた。

 

「……やっと、ここまで来たんやな。」

 

はやてが何かを呟いた気がした。

 

「……ふぅ、行くよ。レイジングハート……!」

≪Yes, my master.≫

 

俺の言葉にレイジングハートが答える。

 

そして俺達の準備が整うと同時に……

 

「オォオオオォオォォオオォオォォッッッ!!」

 

人とも獣とも知れぬ咆哮と共に……

 

「……夢で会って以来だな――デレック……!」

 

痩せ細った男の上半身を持つ異形の怪物が、昏い淀みを裂いて現れた。

 




誰 得 ヌ ー ド


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振り下ろされる鉄槌

その外見は何と形容すれば良いだろうか。

 

人間の特徴を多く残した灰色の上半身はあばら骨が浮き上がる程に痩せ細っている一方で、下半身の代わりに繋がっている黒い鱗に包まれた巨躯と酷く不釣り合いだ。

また下半身からは同じく黒い鱗に包まれた8つの触手が伸びており、その全長は5m程だろうか……巨大なタコのようにも見えるその体の表面を包む粘液が、その黒い鱗に不快な光沢を浮かばせている。

更に人間の上半身の背中から伸びた無数の触手の先には牙の様な鉤爪が生えており、その先端がこちらを向くと中心に口の様な穴が見えた。

 

「おのれ、闇の書め……! おのれ、ヴォルケンリッターめ……!」

 

正に『異形の怪物』と形容して然るべきそいつは、しかしその口から明確な悪の知性をのぞかせる。

 

「何故俺を拒む……何故認めない! 俺がお前達の主だろう!! 俺に従え! 俺に使われていろ!!」

 

何処までも利己的なその思想が反映されたのだろう。あまりにも醜いその姿を以て顕現した目の前のこの男が、この世界に於いて『夜天の書』を『闇の書』に貶めた原因の一人である事は明白だった。

 

「チッ……随分久しぶりに見たが、やっぱムカつく野郎だな。コイツは。」

「同感だ。叶う事ならば二度と拝みたくなかったが……」

「コピーされた人格データとは言っても、こうしてまた出会ってしまったなら……やる事は一つよね。

 ――今度はシグナム一人に手を汚させたりはしないわ。」

「シャマル……そうだな、今回は存分に力を借りるとしよう。」

 

直前にシグナム達が言っていたように、先陣を切るのはシグナム達ヴォルケンリッターだ。

敵の情報が不明だったが故に細かい作戦は立てられていないが、それでもヴォルケンリッター達の実力と連携の恐ろしさを身をもって知った俺達が彼女達を心配する事は無い。

 

「エイミィ、彼女達が戦っている間に敵の情報とコアの位置の特定を頼む。」

『了解!』

 

クロノの冷静な指示が飛び、エイミィが敵の解析に入る。

原作では物理・魔法の4層からなる障壁を破壊する必要があったが、今回も同様かは不明だ。

解析の結果によっては俺達の動きも随分変わって来るだろう。

 

「……へぇ、クロノもしっかり執務官やってるみたいだね。」

「いやぁ、あのクロスケがホント成長したもんだよ……」

 

リーゼ姉妹がしみじみと語り出し、クロノの額に青筋が浮かぶ。

そのままクロノが二人に怒りを吐き出そうとした瞬間……ガラスが割れるような音が立て続けに2回。

 

見れば、シグナムとザフィーラがデレックの障壁を1枚ずつ割ったところだった。

 

 

 


 

 

 

――漸くだ、漸くこの時が来た……!

 

「ヴィータ、落ち着け。どれほど強力な一撃も、当てて初めて意味がある。」

「あぁ、分かってる。」

 

シグナムの言葉に了解を返す。

だが内に秘めた歓喜が言葉に漏れ出していたのだろう。シグナム達はフッと笑うと、それぞれ顔を見合わせた。

 

「まったく……仕方ないな、奴の動きは私達で止めよう。」

「仕方ないな……シャマル、締めは頼めるか?」

「仕方ないわね、任せて頂戴。

 とどめはヴィータちゃん、お願いね?」

 

仕方ない言い過ぎだろ!? 良いじゃねぇか、ずっと我慢してたんだから!

 

「……ああ、任せろ!」

 

まぁ、とどめを任せてくれるってんなら文句は無ぇ、その役目はきっちり果たすさ。

 

 

 

「どれ……先ずは一太刀浴びせてみようか。ザフィーラ、アシストを頼む。」

「任された。」

「ぐっ……!?」

 

シグナムとザフィーラが言葉を交わした直後、奴の体を覆っていた障壁が2つ弾け飛んだ。

既に二人は奴を挟むように飛翔しており、接敵と同時に振るわれた剣閃と拳が1つずつ障壁を砕いたのだろう。

 

「クラールヴィント、久しぶりに()()よ。」

Ja.(了解)

 

その一方、あたしの側に滞空しているシャマルがペンダルフォルムのワイヤーに魔力を注いでいる。

『解禁』って事は使うのはアレだろう……昔人間相手に使った時のエグさから封印していた技を使う理由はシンプルに通常のバインドが意味を成さない時の保険なのだろうか、それとも冷静に見えるシャマルにも吐き出したい怒りがあるのだろうか。

 

そんな事を考えている間にもシグナムとザフィーラは奴を守る障壁に攻撃を叩き込み、何度も割っている。

割られた障壁の数は既に10枚を超えており、朧げな記憶が頼りにならない事を確信する。

 

≪シグナムだ。奴の障壁は魔法・物理混合で恐らく8枚。ただし、割られた側から高速で再生している。

 またその度に魔法・物理の障壁の順番が変化する。反面、対応していない属性に対する絶対的な優位性は無く、出力を上げれば魔法で物理の障壁を割る事も可能なようだ。≫

≪了解よ、シグナム。管理局の皆にも伝えておくわね。≫

 

既にその詳細はシグナムにより暴かれ、反撃で放っている砲撃も尽くが切り払われている。

時々あたし達の方にも流れ弾が飛んできているが、それはシャマルが片手間に旅の鏡で返しており、未だに被弾は0の状況だ。

 

しかし気になるのは、これほど一方的な状況にもかかわらず奴の表情に焦りが見えない事だ。

あたしが知っているアイツは自分の感情を隠すのが極端に苦手だった。多分ポーカーをやらせたら延々と毟り取られ続けるタイプだろう。

 

だと言うのに奴の表情は焦っているようには見えない……何かまだ隠し玉があると考えるのが妥当だ。

せめて先陣を切る以上、その隠し玉まで暴いておきたい……多分シグナムもそう考えたのだろう、切り札が一つ切られた。

 

「雲霞……滅却!」

 

街に被害が及ばないように威力と規模を絞った炎蛇の渦が、容赦なく奴を障壁ごと包む。

例え規模が半径5m程度と小さかろうと、あの渦の中は炎と連結刃で構成された地獄だ。魔力の炎と物理的な斬撃は、奴の障壁を一瞬で剥がした。

 

そして最後に音速を超えた突きが通り過ぎた時……

 

 

 

――全身が黒い鱗に覆われた奴の体に傷は無く、その身に炎を纏っていた。

 

いや、それどころか……

 

「シグナム、体に火が……!」

 

何故か攻撃を放った筈のシグナムの腕の一部が燃えている。

だがそんな状況でもシグナムは表情一つ変えず、状況の分析に勤めていた。

 

「……ほう、障壁頼りの木偶ではないか。」

「くくく……強がるなよシグナム、内心焦っているんだろう?

 この体の秘密に気付いたなら、その厄介さは分かるはずだ。」

 

体の秘密だと……? 待てよ、あの()()()って……まさか!

 

≪シグナムだ。奴の体を覆う鱗は刃を通さん、そして奴の表面は可燃性の粘液で覆われているらしい。

 近接での戦闘は不利だ。≫

≪シグナム、早くこっちに! 直ぐに回復魔法を……≫

≪いや、この身に付いた粘液が取れん……先ずは消火を優先すべきだ。

 幸いここには海もある。飛び込めば火を消す事は可能だろう。

 私が居ない間の作戦は当初の予定通り、奴の動きを止める事を優先してくれ。

 動きを止めた後、ヴィータの一撃でダメージを与えるのが効率としても最良だろう。≫

 

シグナムは念話でそう伝えると、直ぐに海に飛び込んだ。

 

「くッ……くくッ……! ははッ! ははははははッ!

 見たか!? あのシグナムの攻撃だって俺には通じない!

 これで分かっただろ! 俺に従え! 今なら頭を垂れれば家臣に加えてやらんでもないぞ!?」

「『鋼の(くびき)』ッ!」

 

シグナムの攻撃を防いで調子に乗ったのか、そんな戯言を抜かす奴に対してザフィーラが返答代わりの魔法を放つが……

 

「無駄だ、無駄だ、無駄だぁ! この鱗は魔法も刃も受け流す!

 攻撃自体が無駄なんだよォ!!」

 

地面から一瞬で伸びた拘束条は奴の鱗に触れると不自然に歪み、まるで意味を成さない。

更に奴は反撃として8つの触手をうねらせると、火の付いた粘液をザフィーラに向けて放った。

 

「チィッ!」

 

ザフィーラは身を捻って危なげなくこれを躱すも、ザフィーラが躱し際に放った雲散霧消の光を受けても消えない辺り、アレはやはり魔法ではなく実際に生成された粘液なのだろう。

 

『魔法も刃も通さない黒鱗』、『可燃性の粘液』……この二つには心当たりがある。

 

他ならぬあたし達が蒐集した無人世界の魔導生物の特徴だ。

 

古い前世の記憶にあるナハトヴァールにも、蒐集された魔導生物の一部と同じ特徴があった気がする。

恐らくは蒐集した魔法を再現するように、その身体的特徴の再現も可能なのだろう。

 

ならば蒐集した魔導生物と同じような……いや、それ以上の痛い目を見て貰おう。

 

Bereit stehen(準備完了).≫

 

丁度アイゼンの準備も整ったところだ。

 

≪シャマル、ザフィーラ! 準備が出来たぞ!≫

≪分かったわ!≫

≪了解した。≫

 

あたしの合図でザフィーラが拳を振るう。

既に修復されていた奴の障壁の一つが砕け散り、その下の層が露わになった。

 

「クラールヴィント!」

Ja.(了解)

 

シャマルが両腕を振るうと、クラールヴィントの振り子が奴の周囲を衛星のように駆け巡る。

 

そして……

 

「これで……終わりよ!」

 

シャマルが両腕を引くと、奴の障壁を象るように伸びたワイヤーが奴を縛り付けた。

そしてその上から障壁が再生され、ワイヤーが埋め込まれる事で拘束は完了した。

 

「はっ、こんな糸で俺の動きを封じたつもりか?

 こんなもの直ぐに断ち切ってやる!」

 

その言葉が示す通り奴の腕が肘を起点に長く伸び、まるで刀のように薄く鋭い刃を備える。

それをクラールヴィントのワイヤーに向けて振るうが……

 

「なッ!?」

 

その腕はあっさりと弾かれ、思惑は外れる。

当然だ。シャマルが殺傷力を求めなかったからあのワイヤーに攻撃性は無いものの、その分すこぶる頑丈に出来ている。

 

……まぁ、それが災いしてエグイ事になり、封印された訳だが。

 

 

 

――さて、次はいよいよあたしの番だ。

あたしはずっと待っていた……自分の本気を出せるこの機会を。

 

あたしの全力は基本的に人間相手には振るえない……威力が大きすぎて、非殺傷設定が仕事しないからだ。

 

故に過去に振るった記録もただの数十回……いずれも規模の大きな戦争でのことだった。

そしてその数十回であたしの『鉄槌の騎士』の名は轟いた。その力を向けられる事では無く、その力が()()()()()()()()()恐れられた。

 

「アイゼン!」

≪Explosion, Gigant raketen form.≫

 

あたしの合図で5つのカートリッジをロードしたアイゼンは、その姿を変えて行く……何処までも破壊を追求した、巨大なドリル付きハンマー(ラケーテンハンマー)の形へと。

 

「崩天爆災!」

≪Spiral schlag!≫

「オオオォォォォッッ!!」

 

この技が恐れられた理由は一つ。

 

 

 

――シンプルに威力が桁違いだからだ。

 

「なッ!? ……グゥオ!!」

 

ハンマーの後方に付いた推進機構から炎が噴き出し、その巨体からは想像が付かない速度で振り下ろされる。

その一撃の前には障壁が何枚あろうが関係なく、その尽くを砕き進み、ドリルの先端は奴の無駄にでかい下半身の鱗をもあっさりと貫いて……その巨体を海鳴臨海公園の地面に縫い付け、大規模なクレーターを生み出した。

 

「バカな、この鱗は……!」

「はん、そいつの持ち主が蒐集された意味くらい考えろバーカ。」

 

その鱗があたしに通用しなかったからお前が恩恵にあずかれてんだよ。

 

「さぁーてぇ……随分と生意気な事抜かしてくれたよなぁ、オイ……!」

「待っ……!」

 

ドリルってのは、回転してこそだよなァ!

 

「く、た、ば、れエエエェェェェェェ!!」

「グアアアアァァアァアァァァァ!!」

 

 

 


 

 

 

「く、た、ば、れエエエェェェェェェ!!」

「グアアアアァァアァアァァァァ!!」

 

ヴィータの怒声と共に巨大なドリルが回転を始め、異形の怪物が悲鳴を上げる。

既に地形は変わり、海鳴臨海公園に新しく出来た大穴には海水が流れ込んでいた。

 

シグナムの技が通用しなかったときはちょっと焦ったし、火の付いた彼女が海に飛び込んだ時は心配した物だが……

 

 

 

……うん、俺達が戦う分が残るかの心配をした方が良いかも知れない。

 




ヴォルケンリッターの妥当な怒りがデレックを襲う!



Spiral schlag(スパイラルシュラーク)

ギガントフォルムとラケーテンフォルムの両方の特徴を持った形態に移行したアイゼンで敵を押しつぶし、穿ち、掻きまわすえげつない技。インパクトの瞬間、大体震度4~5程の揺れが発生する。
その性質上どう足掻いても非殺傷設定には出来ず、人間相手には使わないと言う誓いを立てている。

『守護騎士制御プログラム』の支配下にあった時に使用しなかった理由は、シグナム同様グラーフアイゼンが拒否したため。



シャマルの禁じ手

敵をワイヤーで雁字搦めにして引く技。殺傷を嫌った為に首を始めとする急所にはワイヤーが巻き付けず、その分腕や脚を破壊する事に主眼を置いていた。
結果として使用された相手の四肢は在らぬ方向に捻(略)
気を失った後にしっかり治療もした為、誓って殺しはやっていないが、使用された者は漏れなくトラウマで再起不能となった。


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悪化する運命

地形を変える程の鉄槌がデレックに振り下ろされた頃、その遥か上空の衛星軌道上にて待機中であるアースラでは『自動防御プログラム』の核の解析が進められていた。

 

「うへぇ……ヴィータの攻撃えげつねぇ……」

「今までずっと手加減されてたんだな、俺ら……」

 

映像を見て無駄口を叩いているだけのように見えても彼等の手はパネルの操作を続けており、その進捗に影響が出ていない事が傍目からも分かる。

 

しかし……

 

「――エイミィ、どういう事? ()()()()()()()()なんて……」

「艦長、それが……」

 

解析は終始順調に進んでいた。

既にデレックの魔力波動から内在する魔力量の凡その数値、体を構築している魔導生物の特徴までも丸裸にされており、この段階まで解析が進んでいるのであれば通常は魔力の流れや密度等の要素から核の在り処を特定できているのが自然だ。

 

だが今回の相手にはそれらの常識が当てはまらなかった。

 

「――対象の魔力の流れ、密度共に不自然な程に一定なんです。

 生物でもプログラムでも、エネルギーの流れには必ずある『始点』が無いと言うか……」

 

例えるならば『血流はある』のに『心臓が無い』ような、『電流がある』のに『電圧が無い』ような、そんな不自然。

あり得ない状況を強引に成り立たせて存在している……それがあのデレックの核が見当たらない原因だった。

 

「どういう事……? そんな状態では普通は直ぐに存在が保てなくなる筈よ……」

「そうなんです。まるで死体が動いて生者のふりをしている様な不気味さで――っ!」

 

そこまで言いかけて、エイミィが弾かれたようにモニターに食らいつく。

 

思い返せば違和感は最初からあった。

ヴォルケンリッターの話によれば、彼は戦闘に関してはずぶの素人と言う事だったが、デレックは戦闘の大半を障壁に頼っていたとは言えシグナムに反撃し、背後のザフィーラに対して放った攻撃の狙いは正確だった。……もっとも、これは躱されていたが。

 

果たして素人がそんな真似が出来るだろうか。いくら障壁と鱗の守りがあっても、それだけで刃の前にその身を晒して戦えるだろうか。

 

――正直、そうは思えない。

 

それがエイミィの抱いた最初の違和感だったのだ。

 

 

 

「――やっぱり! あのデレックは違います!

 あれは生物でも、プログラムでもありません! ――()()()()!」

「魔法ですって……!?」

 

告げられたリンディがエイミィの手元のモニターに顔を近づける。

あの見た目と自分の意思で動くように見える様子からすっかり騙されていたが、その魔力の流れは確かに生物よりは魔力弾等の魔法により近かった。

 

「でも、そうだとしてもやっぱり変よ。ヴィータさんの攻撃で今も彼の体と魔力は掻き回されている……なのにいまだに消える事なく存在できているなんて……」

「……いえ、似たような魔法が一つだけあります。

 神場君の作った銀色の玉です。」

 

エイミィの言葉にリンディは思い出す。あの玉は確かに物理的に破壊しても、溶けたように崩れるだけで消える事は無かった。

魔法によってそう言う物質を作り出す事が不可能ではないと言う証明だ。

 

「だとするとアレはダミー……一体何時から……いえ、考えるまでもないわね。」

「――当然、最初からでしょうね。最初からアイツは自分で戦うつもりなんて無かったんです。」

 

ダミーを出し、身を隠せるタイミングは一つしかない……闇色の膜を破り、咆哮と共に姿を現したあのタイミングだ。

あのグロテスクな見た目と方向で視線を集め、その隙に本体は臨海公園の何処かに身を潜めた……大方そんなところだろう。

 

「直ぐにクロノに伝えましょう。そして一刻も早く本体の捜索を……本体を見つけられなければ、最悪の場合……」

 

そう……もしも本体を見失ってしまった場合、リンディは管理局員として『最悪の決断』を迫られる事になる。

闇の書の脅威は放置できない、しかし何処にいるかもわからない……ならば、どうすれば確実にデレックを排除できるだろうか? 答えは一つしかない。

 

「――なのはちゃんの世界にアルカンシェルを向ける訳には行かないわ!

 何としても見つけ出すのよ!」

 

『一つの世界』と『全次元世界の未来』が今、秤に乗せられた。

 

 

 


 

 

 

「なっ……! アレがダミーだと!?」

『そうだよ! 逃げられたら排除の為に最悪の手段を取る事になるかも……!』

 

最悪の手段……世界一つを巻き添えに、確実に闇の書の脅威を排除するつもりか!

 

「待て! 例えここで奴を見失ったとして、アルカンシェルを向ける程では……!」

『残念ながら……そうはいかないのだ、クロノ。』

「! グレアム提督……!」

 

俺の言葉を遮るようにモニターに映し出されたのは、アースラにて拘束中のグレアム提督だった。

 

『以前話した事があっただろう。

 『闇の書が管理局のシステム全てを掌握してしまう可能性』の話だ。

 今のデレックはいわば、意思を持った防御プログラム。ここで見失い、結界の解除後に転移でもされたらどうなる?

 いずれ奴は転移して()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうなれば、奴の望み通り全次元世界が奴の手に落ちるだろう。

 ……一つの世界の為に見過ごすには、大きすぎる脅威だ。』

「……くっ……!」

 

彼の言葉に反論できない。彼の告げる予想はまさに最悪の未来であり、その可能性の前では俺がこの世界を守りたいと言う思いはエゴにしかならないからだ。

 

『この世界を守りたければ、何が何でも奴を見つける事だ。

 それが私達の計画を阻止して見せた君が、この世界を守る為に果たさなければならない使命だ。』

「分かり……ました……!」

 

通信が途切れて振り返ると、不安げな表情のなのは達が居た。

 

「そんな……このままじゃ地球が……皆が……!」

「なのは……」

「私の所為……やな。私が生きたいって思ったばかりに、こんな……」

「――違うッ!!」

 

はやての言葉に声を張り上げたのが自分だったと気付いたのは、彼女達の視線が自分に集まってからだった。

 

「違うんだ……君の責任じゃない。……原因は僕にある。」

 

そうだ……ジュエルシード事件の時に、多少強引にでも解決に動いていれば……そうすればはやては家族こそ得られなかったとしても、こんな事で悩む必要は無かった。

 

「クロノ君……原因って一体……」

「済まない、それについては今話す事は出来ない……だが、必ず奴を見つけ出す。

 何が何でもこの世界を守る!

 だから、最後に力を貸してくれ……頼む!」

 

我ながら無茶苦茶な事を言っていると思う。だが彼女達にどうして伝えられる? ここが作られた世界だと。君たちの過去も運命も、その指先までも他者にデザインされたものなのだと……

 

もしも俺が彼女達の立場なら、到底受け入れられるものではない。もしも彼女達に理由を説明する時が来ても、これだけは話せない。

きっとその時、俺はまた嘘を重ねる事になるだろう。

だが、例えいくら嘘に塗れても……いくら罪を背負っても、俺がする事は変わらない。

 

今この時地球に迫った危機から、この世界を守る。例えその為に罪を犯す事になっても……!

 

 

 

「……」

「……」

 

この時、何か言いたげに向けられた二人の視線に、俺が気付く事はなかった。

 

 

 


 

 

 

≪どうするアリア? クロスケの奴、完全に『どんな手を使っても』って目をしてるけど。≫

≪どうするもこうするも無いでしょ。弟子が何かやらかす前に、私達で対処するよ。

 ……じゃないと、頑張った意味もなくなっちゃうじゃないか。≫

≪だよねー。

 ……で、実際問題どうするのさ? 捜索範囲、戦闘開始からの時間も考えると結構広いけど?≫

≪決まってるじゃないか。それこそ『何でもやる』んだよ。

 私達はもう十分手を汚して来たからね。きれいな愛弟子の手の為にもういっちょ汚してやろうじゃないか。≫

≪ひゅ~! イッケメェン!≫

≪煩い。≫




「君達はこの世界を外から見る人達の目を楽しませる為にその姿と運命を背負って生まれたんだ」なんて言われて受け止められる人ってかなり鋼の精神持ってると思うのです。


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次の世代へ

あの怪物が敵の本体ではないと判明し、最早手段を選んでいる場合ではなくなった。

 

だが手段を択ばないとしても、それは作戦の成功を前提としなくてはならない。

その為には当然、奴の本体が何処にあるかと言う問題が立ち塞がる。

 

「神場、奴の本体の場所を探し出す魔法は作れるか?」

 

俺は手始めに神場に魔法が作れないかと確認を取るが……

 

「……すまん、魔法を創る時は具体的なイメージを組まないといけないんだ。

 サーチ系の魔法だと、例えば捜索対象の魔力波動を知ってるかとか言う条件が必須になる……」

 

例の怪物と本体の魔力波動が一致する確証がない上、一致した場合は怪物も捜索対象になるから身を隠される……か。

いくら自由に魔法が作れるとは言っても、何でも出来る訳じゃないって事か。

 

俺は神場に「分かった、ありがとう。」とだけ告げ、次にアースラに対して呼びかけた。

 

「エイミィ、アースラからの解析で奴の本体の座標に辺りを付けられるか?」

 

アースラに搭載されている設備を用いれば、力業になるがかなりの精度で探査が可能だ。

それを期待しての事だったのだが、エイミィからの返答はあまり芳しくない物だった。

 

『もうこっちでも解析は進めてて、あの怪物に魔力のパスが繋がってるのは分かったんだけど……それが一つや二つじゃないの!』

「何!?」

 

エイミィが言うには、ジュエルシードの捜索時にも使用した大規模魔力探査を試みたものの、魔力反応を示す光点が海鳴臨海公園中に多数確認されたらしい。

更に狡猾な事にその光点全てと怪物の間には魔力のパスが繋がっており、本体の判別が難しいとの事だった。

 

『その上魔力の流れも気配もバラバラで、もう虱潰しに叩くしか……』

「時間稼ぎのつもりか……!」

 

どうやら奴は俺達の予想通り、逃げるつもりらしい。

時間稼ぎをしている理由としては、恐らく転移魔法に必要な術式の構築や座標の割り出し辺りだろう。

奴もこの地球の次元座標は知らないから相対座標で飛ぶ事も出来ないし、知っている次元世界に座標指定をしようにも転移先まで魔力や術式が持つのかが不透明なのだ。

 

だが奴は一つミスを犯した。

海鳴臨海公園中に散らばった魔力反応(ダミー)……逆に言えば、奴の潜伏場所も()()()()()()()()()()である可能性が高いって事だ。

 

それだけ分かっていれば方法はこの手の中にある……氷結の杖、デュランダルに……

 

「デュランダルの凍結魔法なら、この周辺全てをカバー出来る……か。」

「ふぅん……それがアンタの出した最善策って訳だ。」

「アリア、ロッテ……」

 

頭の中で大体のシミュレーションを済ませ、早速指示を出そうとした俺に待ったをかけたのはリーゼアリアだった。

そのすぐ隣にはリーゼロッテも並んでおり、こちらに向けているその目には何やら企んでいそうな気配が見えた。

 

「少なくとも僕にはこの方法が一番手っ取り早く、確実に思える。

 奴が何を企んでいたとしても、行動を起こす前に封印してしまえば捜索もじっくり行えるだろう。」

「ま、アタシもアリアも概ねその意見には賛成なんだけど……ちょっと詰めが甘いかなってね。」

「……詰めが甘いと言うのはどういう事だ?」

 

今回のような状況下では敵の行動を封じるのが最優先だ。

対象の正確な位置こそ分からないが、潜伏している可能性がある範囲全てを覆えば問題は無い筈だが……

 

「なぁクロノ……アンタ今、どの範囲を凍らせるつもりだったんだい?」

「それは当然、海鳴臨海公園全域を……」

「その認識が甘いって言ってんだよ。

 ……クロノも本当は分かってるだろ?

 アイツだっていずれあの怪物がデコイってバレる事が分かってたから、態々ダミーを幾つも用意したんだろうってさ。

 そこまで想定して行動する奴が、ダミーの魔力波動を一切隠蔽しないなんて妙だと思わないかい?」

「ま、要するに『見つかった反応の中に本体が居る』なんて甘い考えじゃ、裏をかかれかねないって事だよ。」

 

アリアの言葉にロッテが捕捉を入れるが、そんな事は俺だって分かっている。

だからこそ俺は各個撃破ではなく広域封印を……待てよ、まさか……!

 

「まさか、君達は……正気か!?

 そんな事をすれば民間人が巻き込まれる可能性が……」

「さっきも言ったろ? 考えが甘いんだって……さぁッ!」

 

俺の問いかけに、アリアは行動で以て答えた。

行動……即ち、俺が持っていたデュランダルを奪う事で。

 

「!? アリア、何を……!」

「クロノ……あんたこの期に及んで、『まだ街を傷付けない』とか考えてるだろ?

 いい加減、秤にかけるって事を覚えな。

 管理局に長く勤めりゃ、こんな選択肢なんて……何度も自分で選んで行かなきゃならなくなるんだよ!」

 

アリアはそのままデュランダルの矛先を海鳴臨海公園に向け、魔力を込め始めた。

込められた魔力の量は、明らかに海鳴臨海公園を封印するだけに留まるようなものではない……!

 

「なっ……アリア! 待て!」

 

その様子を見て彼女が何をしようとしているかを理解し、俺は咄嗟に声を上げた。

脳裏に過るのはアニメでクロノがそれを使用した際、海が()()()()()()()()()()光景。

そんな物を今、この場所で撃てば……!

 

そう思い、止めようとしたところでロッテが俺とアリアの間に割り込んだ。

 

「待つのはアンタだってば、クロスケ。

 心配しなくても大丈夫、アリアも何も街全部凍らせようって思ってないよ。

 避難所にまでは届かないって。」

「バカを言うな!

 避難所まで届かせるつもりが無くたって、民間人が付近に残っている可能性が……!」

 

先程のカメラマン達のように、興味本位で近くに来ている者が居るかも知れないんだぞ!

 

()()()? 街や住民に気を遣ってアイツを取り逃がしたら、それこそ9()()9()()の可能性でいくつかの世界が終わるんだ。

 ……聞き分けなよ、クロノ。事ここに至っては『犠牲を出さない』って正義すらエゴでしかないんだ。」

「――っ!」

 

リーゼロッテの言葉に、自分の覚悟が足りなかった事を気付かされる。

先程グレアム提督が言った『何が何でも見つけ出せ』とは、これほどの行為を要する事だったのだと。

次元世界全ての未来をかけた決断は、これほどの覚悟を強いるのだと。

 

「……ま、次からはこんな選択肢を選ばなくて良いように動きな。

 今回は私が手本を見せてやるからさ。」

 

リーゼアリアに視線を移すと、集中を終えて開いた彼女の目が一瞬こちらに向けられた。

俺はその一瞬、彼女の目の中に宿る物を見て……こんな土壇場で、初めての覚悟を決めた。

 

「……リーゼアリア、デュランダルを返してくれないか。」

「さっき言っただろ、クロノ。アンタのやり方じゃ……」

「そうじゃない、アリア。……僕がやる。

 僕の方が魔力の扱いにも魔法の制御にも長けている。君がやるよりも確実だ。」

 

俺がそう告げると、彼女はこちらを横目に見てニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。

 

「……へぇ、言うようになったじゃないかクロノ。

 だけど生憎、こればっかりは譲りたくないんでね。アンタは他の役目を……」

「僕の手を汚させない為に……か?」

「!? アンタ、なんで……」

 

俺の予想が当たっていたのか、初めてアリアが狼狽えた。

そして原因に辺りを付けたのだろう、鋭い眼でロッテを睨むが……

 

「えぇ、アタシ!? 喋ってないよアタシは!」

「ロッテじゃない。

 ……どちらかと言えば君の方だ、アリア。僕にそれを気付かせたのは。

 君はロッテよりも魔法に長けている癖に、本心を隠すのはロッテよりも苦手らしい。

 あんな眼で見られれば流石に気付くよ……僕だって君達の弟子なんだから。」

 

あの一瞬こっちに向けられた視線と目が合っただけで、なんとなくそれが分かった。

彼女の目には憎しみも野望も無く、ただ強い覚悟と……深い優しさしか無かったのだから。

 

「君が不安に思うのなら誓おう。

 僕はこの魔法の制御に絶対に失敗しない。僕の手をこんなところで汚すようなミスはしない。」

「……さっきアンタが言ってたように、民間人の方が巻き込まれにくる場合だってあるだろう。

 魔法を撃てば、例えそんな事情があったとしても撃った側の責任になるんだよ?」

「それも含めてだ。

 まだ民間人が残っている可能性があるのなら、先にそれを0にするまで。」

「方法は?」

「神場がいる。」

「……へっ?」

 

視線を遣って名前を告げてやると、まさか自分の名前が出るとは思ってなかったのか間の抜けた声を出す神場。

 

「探査対象は魔力波動を持たない生物……これならば、君の言う具体的なイメージを固められるんじゃないか?」

「い、いや確かに出来なくはないけど、虫とか鳥とかまで探査対象に……」

「それなら問題あらへんで!」

 

やり取りに割り込むように話し始めたのは、八神はやてだった。

 

「最初にリインが張った結界の中に居るんは人間だけや。

 そう言う風に区別して閉じ込めたってリインが言うとる。」

「リインフォースか……一つ確認なんだが、一度この結界を解除してから民間人を巻き込まない結界を張りなおす事は出来ないか?」

「それなんやけどな……リインフォースが言うには、可能やけどせえへん方がええらしいんよ。

 今張られてる結界に転移を阻害する効果があるらしくてな?

 アイツが時間稼ぎに徹底している理由の大半が結界を越える転移をする為って話や。

 それを一時でも解除してもうたら……」

「なるほどな……」

 

エイミィもそんな事を言っていた。

複雑な転移や長距離の転移を行おうとすると、転移先の座標がブレるとか……

恐らくは結界内の対象を確実に閉じ込める為の機能なのだろう。

 

「ならばやはりここは神場に魔法を作って貰うのが確実だ。

 聞いての通り、今の結界内に人間以外の生物はいない……この状況ならば可能だろう?」

「ん……まぁ、多分な。それなら魔法の創造にかかる時間も短くて済みそうだ。

 ……魔力の消費は、範囲が範囲だしちょっときつそうだが。」

「良し、では早速魔法の作成に掛かってくれ。

 発動に魔力が足りないのであれば、シャマルに伝えて回復して貰うと良い。」

 

……取りあえずはこんなところか。

後は氷結魔法の範囲をどれだけ広げるかだが……

 

「まったく……あれだけ偉そうに啖呵切っておいて、最後は他人頼りかい?」

「適材適所、それを見極める事も指揮を任された僕の役目だ。

 そして自分の指揮した作戦の責任を取るのもな。さぁ、デュランダルを僕に渡してくれ。」

 

正しいと信じる目的の為なら、他人を頼る事を躊躇うべきではない。以前はそれが出来ていた彼女達が、それを出来なくなった理由は想像に難くない。

きっと俺が知らないところでも色々と動いていたのだろう。そして背負う物ばかりが増えて行った……それこそ、誰かに手伝って貰う事を嫌がる程に。

 

いい加減にその荷物を払い落としてでも背中を軽くしてやるべきだ。

 

「……ふぅ、ここで私が強情張ったら、私とロッテを倒してでも奪い取るって目だね。」

「例えそうなったとしても、奴の転移魔法が完成する前には倒して見せるさ。」

「ホント、そう言うところはそっくりだね……今度は私達に引き金を預けてもくれないって訳だ。」

「……何の話だ?」

「ん? ……ああ、そう言えばあの時はまだ幼かったからね、話してなかったか……クライド君、アンタの父親の話だよ。

 そうだね……この一件が片付いたら、今度こそ話すよ……アイツの最期の事……私達の罪を。」

 

そう言って、彼女は俺の手にデュランダルを返してくれた。

アリアに奪われる前よりも少し重く感じるその杖を、今度は誰にも取られないようによりしっかりと握りしめる。

 

「そうか……ならば絶対に成功させないとな。

 父さんに胸を張って、仇を取ったと報告する為にも。」

 

 

 


 

 

 

≪……良かったの、アリア?≫

≪仕方ないよ、私が思ってるよりもクロノが強くなってたってだけさ。

 私達も今までどうにかやって来てたけど、これはいよいよ本格的に世代交代って奴だね。≫

≪世代交代かぁ……見たところ次の世代はかなり豊作みたいだし、こりゃあ先輩風も吹かせられなさそうだね。≫

≪……引退したのに口出しなんて、未練がましい真似しないでよロッテ?

 双子の私まで同じ目で見られるんだからね。≫

≪ちょ、ちょっとしたジョークだってば。≫

≪ふふっ、どうだかね。≫

≪……≫

≪何さ?≫

≪いや、笑ってるなーって。≫

≪急に何気色悪い事言ってんのさ……別に笑う事くらい今まで何度もあったでしょ。≫

≪フッ……それは君の笑顔が久しぶりにキレイに見えたからだゼ、baby……≫

≪……≫

≪痛ったぁ!? 何も()たなくて良いじゃんかぁ!!≫

≪顔がムカついた。≫

 




クライド君完全に死んだ扱いですが、実は未だに原作通りの死亡ルートにしようか生存ルートにしようかで迷ってます。(生きてたとしてもどのみちグレアム一派は知らないのですが)
そして迷っているという時点で分かるように、ここで生存しても特にこの後出番が増える訳でもありません。
……プロットがまた壊れたら出番があるかも?(そうならないようにはしますが)

そんな感じなので個人的には生存ルートでも良いとは思ってるのですが、
クライド君が生存してるとグレアムさん達の空回り感が凄い事になるんですよね……

と言う訳でアンケートです。


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凍結魔法

セーフ! 週一投稿ギリセーフ!


多少のいざこざこそあったものの結果として作戦は纏まったようで、クロノからの念話で作戦の詳細が神場を除く全員に共有された。

 

作戦についておさらいすると、先ずは神場の魔法で周辺区域に民間人がいないかを確認後、もしも民間人が居た場合は多少強引な手を使ってでも避難所に送り届ける。

始めから居なかった場合、または避難所に送り届けた後にこの周囲全てをデュランダルの広域凍結魔法で封印し、敵の行動を全て封じた後で本体の捜索を行うという事らしい。

 

神場が外された理由だが、彼は既に魔法の作成に入っており、目を瞑ってイメージを固める事に集中しているからだ。

神場曰く、イメージがホントに少しでもずれると変な事になるらしい。そうして出来た失敗魔法は10や20では無いのだとか。

……因みに銀色の変な玉は成功判定らしい。何のこだわりがあるのか、そこは頑なに譲らなかった。

 

≪――作戦は以上だ。何か質問のある者は?≫

 

……俺が変な事を思い出している間に、作戦の共有が済んだのだろう。

念話でそう尋ねるクロノに対して、フェイトが小さく手を挙げて尋ねる。

 

≪凍結封印を成功させたとして……それで敵の行動を全て封じられるという保証は?≫

 

質問の内容は凍結封印の信頼性に関してだ。

確かに転生者側の持っている知識だと、エターナルコフィンは闇の書の闇に対しては時間稼ぎの用途で使われた印象が強い。……トリプルブレイカーの印象が強いだけかもしれないが。

 

≪あの魔法は元々……あー、まぁ、気を悪くしないで欲しいんだけどさ……闇の書の主に使う予定だったんだ。

 闇の書は主から引き剥がされたり、主の死を感知すると転生しちまうって厄介な機能があったからね。

 何を言いたいかって言うと、要するにそれらを防ぐための機能は一通り揃ってるって事だよ。

 『主の生命保存』『魔法の封印』『行動の阻害』……氷の中で出来る事って言ったら、それこそ『考える事』だけだよ。≫

 

この質問に答えたのはクロノではなく、リーゼアリアだった。

デュランダルに記録する魔法を決めたのは彼女達であり、その際に闇の書についてどんな魔法が有効かは当然吟味したはずだ。その事を考えればリーゼアリアが質問に答えたのは当然の流れと言える。

 

言えるのだが……

 

≪……貴女達は、そんな魔法をはやてちゃんに……!?≫

 

その情報を明かされると、俺としてはこう聞き返す他ない。

 

あらゆる自由を奪い、生かし続けながらも思考以外を許さない魔法……改めて聞かされると、やはり小学生の女の子に使って良い魔法ではない。

はやての友達として、これについて言及しない訳にはいかなかった。

 

≪今更言い訳はしないよ。そのくらいの事をしないといけない理由があった。

 まぁ、実際やり方は間違ってたんだろうけどね……≫

≪この一件が終わったら然るべき裁きは受けるよ。元々そのつもりだったしね。

 ……勿論『だからそれで許してくれ』なんて言うつもりは無いけどさ、今だけでもそれで納得してくれないかな。≫

 

リーゼアリアの返答に、リーゼロッテが補足を入れた。

然るべき裁きがどれほどの物か、管理局法について詳しくない俺には正確な事は分からないが、それでも覚悟していた事だけはその声から伝わって来た。

 

≪なのはちゃん、私はもう気にしてへんから大丈夫や。

 結果論になるけどこうして私は助かったし、ヴォルケンリッターって言う家族も出来て……今こう言うのは変やけど、結構幸せなんよ。

 だから大丈夫や。≫

≪はやてちゃん……うん、分かった。

 ……ごめんね、ちょっと気になっちゃって。≫

≪ううん、心配してくれてありがとうな。≫

 

はやてがそう言ってくれた事もあって、俺は矛を下ろした。

やはりと言うかなんと言うか、はやてはかなり大人びた……と言うか、自己犠牲的な思考をしているらしい。

あんな話を聞かされたらもっと動揺と言うか、ショックを受けると思ったのだけど。

 

≪……話を戻そう。凍結魔法の信頼性についてだったな。≫

≪あ、会議を中断させてごめんなさい……≫

≪いや、他ならぬ友人の事とあっては仕方がない。寧ろすぐに矛を収めてくれて助かったよ。

 ……さて、肝心の凍結魔法『エターナルコフィン』についてだが、これは先程アリアが言ったように、大抵の生物に対しては有効だと考えられる。

 元々対闇の書も想定されていた事もあって、凍結された対象の魔法も封じる事が出来る事は確かだろう。

 ただし、今回の相手に限って『絶対』は無い。だからこそ、凍結魔法を使用した後も油断はしないでくれ。≫

≪はい。≫

≪それと……あぁ、これは先に伝えておくべきだったな。

 今回この魔法を使う主目的としては『敵の行動を封じる事』だが……僕としては、この魔法の発動で敵が()()()()()()()()()を起こす事を期待している。

 それこそ本体の居場所を自らバラす様な、大きなアクションをな。

 各員、その様子にも注意を割いてくれると頼もしい。≫

≪はい!≫

 

その後それぞれの立ち回りに関する確認を終え、いよいよ作戦開始の合図を待つのみとなった。

俺の役割は砲撃による支援だ。

……とは言っても、ヴィータがデレックをずっとドリってるので支援の必要性は薄いが。

 

≪……良し、ではそろそろ動くとしよう。

 神場の魔法で民間人の存在を確認し……周囲に民間人が居なければ、僕はエターナルコフィンのチャージに入る。

 それまでこの作戦が敵にバレないよう、注意してくれ。

 では、作戦開始!≫

 

 

 

 

 


 

 

 

≪ああ、クソッ! コイツのこう言うところが昔っから気に食わなかったんだ!!≫

≪落ち着け、ヴィータ。作戦がバレる原因になりたくはないだろう。≫

≪解ってるよ!≫

 

……ヴィータはどうやら余程ご立腹らしいな。

 

クロノの作戦を聞いた後、ヴォルケンリッターに念話を繋いだところで、間を置かずに彼女の怒声が響いた。

 

ザフィーラが宥めているが、彼女の腹の虫はしばらく収まらないだろう。

何せ今までの怒りを込めた魔法を放った相手が身代わり人形だったのだからな。

 

……思えば、彼女にあの魔法を使うように言ったのは私だったな。彼女には後で何か奢るなりして機嫌を取るとしよう。

 

そう考えながら、周囲を見回す。

今、私の視界に広がっているのは海鳴臨海公園の林……そして、その所々で不気味に蠢く黒い肉片の数々だった。

 

先程クロノから伝えられた作戦を心の中で反芻する。

 

――やはり、あの怪物はただの人形だったか。

 

あの戦いの途中、私の記憶にあるデレックの行動との齟齬に違和感を抱き、海で火を消したついでに少し調べてみたが……その結果として見つかったのが、これらの大量の肉片だ。

 

最初はヴィータの攻撃で飛び散ったものかと思ったが、様子から見て明らかに違う。

それぞれがまるで心臓のように脈動し、その度にまるで呼吸するかのように魔力を吐き出している。

 

この行動に何の意味があるのかは不明だが、どうせ碌な物ではあるまい。

 

≪シグナム、そちらの様子はどう?≫

 

肉片の観察をしていると、シャマルから念話で呼びかけられた。

調査の傍ら、彼女には定期的に観察の結果で分かった事を伝えていたのだ。

 

≪例の肉片に関しては相変わらず自発的に動く気配はない。

 最初はこの中に奴の本体が、とも考えたが……私の記憶にある奴の性格から考えて、恐らくはこの中に本体は無いだろうな。≫

≪そうね、彼の性格から考えれば……『放置していると鬱陶しいけど、触るともっと面倒な何か』って可能性が高いと思うわ。≫

 

シャマルも私と殆ど同じ結論に至ったらしい。

彼女もあの男には色々と嫌な目に会わせられていたからか、どこかその口調には刺々しいものが混ざっているように思う。

 

≪同感だ。……まぁ、クロノの作戦が上手く運べれば本体の場所は分かるだろう。

 調査は切り上げて合流する。≫

 

そろそろ私が戻らない事を奴が不審に思ってもおかしくはないからな。

 




アンケートの結果、クライド君生存ルートに決定しました。
ご協力いただき、ありがとうございました!

ただ生存しているとは言っても、事前に書いた通りクライド君は本筋にはあまり絡まないです。

クライド君の生存発覚&再会→その後に関してはA's編の後の空白期に短編として書きます。
多分1話で纏めますが、長くなれば2話になるかな……って感じです。

他の短編は基本的に空白期を利用した季節イベント(今までガン無視していたクリスマスとか)と、結構前に感想欄で希望のあったマテリアル娘がいる世界のIFになります。

実はまだ内容に関してはぼんやりしてますが、元々リクエストが切っ掛けですので大体の内容をアンケートで決めたいと思います。




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――くそ、何で俺がこんな目に……!

 

狭く薄暗い何処かで、ソレは蠢いていた。

 

――今頃は俺が闇の書の主になっている筈だったのに!

 

ここは海鳴臨海公園からほど近い民家の敷地内にある物置小屋の中。

本来ならばそこにある筈もない、黒く蠢く拳大の肉片がデレックの核であった。

 

――だがまだバレていない、ここをやり過ごせば俺の勝ちだ。

 

隠蔽した魔力のパスを通じて怪物の視界が彼の脳内には映し出されていた。

 

スパイラルシュラークによって怪物の体は削られて行くばかりではあったが、元々痛覚も持たない文字通りの肉人形だ。

肥大化した怪物の腕は回転するドリルを素手で抑え、タコを模した触手がハンマーの全体に纏わり付き、回転を止めようと足掻いていた。

 

本来はもっと盛大に暴れまわり、可能であれば管理局を含めた敵の勢力を全滅させてやろうと思っていたが、現状それは難しい。

今や怪物の体はヴィータの攻撃で完全に固定されており、抜け出す事が出来ない。

 

……いや、正確に言えば抜け出す事は可能なのだ。

だがその際、怪物として実体化している魔力を一度バラさなくてはならない。

クロノ達に怪物の正体がバレていないと思っている彼には、その選択を取る度胸は無かった。

 

――大丈夫だ……計画は少し狂ったが、俺はこんなところで終わる器じゃない。

 

苛立ちに焦る心を根拠の無い自信で支えながら、彼は転送の術式を構築していく。

しかし怪物の操作と並行している為か、その作業の進みも遅々として進まない。それが更に彼の心に焦りを生む……

 

――今に見てろ管理局、ヴォルケンリッター、八神はやて……お前達の表情が青褪めるのが楽しみだ……!

 

自らの望む未来の光景が虚像でしかないのだと、彼はまだ知る由も無かった。

 

 

 


 

 

 

「――見つけた!」

 

神場のサーチに引っかかった反応に向けて飛翔していたフェイトは、その対象であった少女の姿を路地裏の陰に確認し、直ぐに念話で付近の魔導士に念話を飛ばす。

 

「うぅ、何処に行ったの……?」

「君、そこで何してるの!?」

 

フェイトが少女の目の前に着地すると、少女は目を見開き空とフェイトを交互に見て呟く。

 

「え!? お姉ちゃん、今空から……」

「ここは危ないから、直ぐに避難所に行こう?」

 

急いでいる為、申し訳なく思いながらも少女の言葉を遮り、しかし出来るだけ穏やかなトーンでフェイトは尋ねる。

 

「で、でも……」

 

目に涙を浮かべた少女が言うには、彼女のペットの子犬が居なくなったので探していたという事らしい。

日課の散歩の帰り道、気が付いたら突然子犬が消えたのだという。

 

<姉さん、これって多分……>

<うん、リインフォースが言ってた『人以外は弾く結界』が原因だと思う。

 いくら探しても見つからないんじゃないかな……>

 

原因に心当たりがあっても、どう説明した物か。

いや、そもそも説明している暇も惜しいのだ。

 

「大丈夫。

 貴女のワンちゃんは後で私達が見つけてあげるから、今は安全な所に行こう?

 名前は?」

「……どっぐたろう……」

「……ん……?」

「どっぐたろう……ワンちゃんの名前。」

「…………そっか。」

 

<いや、凄い名前だね……地球じゃ普通なのかな。>

<少なくとも私の前世の地球では中々付けない名前だよ。

 ……本当は女の子の名前が聞きたかったんだけどな。>

 

避難所に家族が居れば良いが、別の避難所に連れて行ってしまった場合は親御さん達も不安だろう。そう考えての質問だったが、仕方ない……

 

≪フェイト! 多分近くに付いたと思うんだが、何処だ!?≫

≪あ、待ってて。直ぐに飛翔するから。≫

<じゃあ、姉さん。お願い。>

<はいよ!>

 

体の主導権を任されたアリシアは、直ぐに少女を抱えて飛翔する。

飛翔時に雷を纏ってしまうフェイトでは、女の子を抱えて飛ぶなんて出来ないからだ。

 

「す、凄い……お空飛んでる!」

「危ないからあまり動かないでよ?

 ……さて、と。そろそろ向こうからも見えると思うけど……」

「フェイト!」

 

アリシアの予想通り、建物の陰から出た途端に声がかかった。

振り向くと銀髪オッドアイの少年が浮かんでおり、判別の付かないアリシアは彼の名前を思い出すのを直ぐに諦めた。

 

「あー来た来た、お疲れ。

 ……ほら、この子で最後だよ。」

「あー、そうか。そりゃアリシアの方だよな。」

「何? 文句ある? 何ならフェイトの真似でもしてあげようか?」

 

怒っているような素振りを見せるが、その実質アリシア自身はそれほど怒っていない。

フェイトの真似(振り)をして悪戯する事だってあるし、何よりアリシア自身、目の前の彼の名前が分かっていないのでそもそも責める資格も無いのだ。

 

「いや悪かったって。マジに他意とか無いから……

 で、この子の名前は?」

「聞く前に君が来たから分かんない。

 でもペットの名前はドッグ太郎だって。

 この件が終わったら探してあげて。」

「……は? えっ? 何て? ちょ、待てよ!?」

 

呼び止める声を無視して、アリシアは再び戦場に向けて飛翔する。

 

≪クロノ、こちらアリシア。

 最後の子も向こうの魔導士に任せて来たよ。≫

≪感謝する。では早速凍結封印のチャージに入る!

 奴が妙な動きをするとしたらそろそろだ。各自、奴の動向に注意してくれ!≫

 

 

 


 

 

 

クロノの念話で周囲に緊張感が走る。

この後もしも俺がミスするような事があれば、それが原因で世界が滅ぶ事だってあり得るのだ。

 

誰かが唾を呑む音が聞こえた気がした次の瞬間……

 

「悠久なる凍土……」

 

魔力のチャージが終わったのだろう。

クロノが掲げる杖に、眩い輝きが灯る。

 

「凍てつく棺のうちにて……」

 

詠唱が進むにつれて輝きは増し、少しずつ空気が冷えていく。

既に冬だからという理由だけでは説明のつかない気温だ。

 

「永遠の眠りを与えよ……」

 

怪物の方も周囲の異常に気付いたのか、その目がクロノの方を向いた。

 

「――凍てつけ!」

≪Eternal Coffin!≫

「ッ!!」

 

変化は顕著だった。

 

ドリルを止めようとしていた腕が、ハンマーに巻き付いていた触手が、焦りを滲ませた表情が、黒い液体のように溶けだし、膜のように広がりながら一直線に飛んでいく。

 

魔法の構造を理解したのだろう。

やがて怪物だった物は一つの民家を守るように殻を構成し……その全身が巨大な氷像となった。

 

怪物だけではない。この周囲一帯が巨大な氷に覆われ、最早街としての機能を失っている。

 

――もしもまだ民間人が居たら……

 

そんな考えがつい浮かんでしまった時、近くで交わされた二人の会話が聞こえた。

 

「――神場、大丈夫か?」

「っ! あ、あぁクロノか。

 ……なんつーか、いざこうなってみると怖いもんだな。

 もしも俺が誰かを見逃してたらって、どうしても考えちまう……」

「神場……済まない、本来民間人である君が背負う必要のない不安を背負わせてしまったな。

 だが全ての責任は指示を出し、魔法を作らせ、使わせた僕にある。

 凍結魔法を使ったのだってこの僕だ。

 ……だからあまり考えすぎるな。それは僕の役割だ。」

「クロノ……ありがとな。」

 

胸にこみ上げた不安を飲み込む。

 

そうだ、()()()()が起こらないようにする為の神場のサーチ魔法だったのだ。

不安に思う気持ちは寧ろ、俺よりも神場の方が大きい筈……今俺達が出来るのは、この光景を生み出してでも辿り着きたかった結果に向けて進む事だけだ。

 

「――さて、結果は出たな。」

 

神場のフォローを終えたクロノが、先程の結果を睨むように見据える。

 

一つの民家を守るようにドーム状に凍り付いた元・怪物の氷像……奴が身を挺してまで守る物なんて一つしかない。

 

「あの民家の何処かに奴の本体がある。

 一体どうやって移動したのかはこの際どうでも良い。

 この隙に確実に奴を叩く!

 総員、砲撃準備!」

 

そう……ここからは俺達の出番だ。

 

「レイジングハート!」

≪Stand by ready!≫

 

レイジングハートの穂先に光が灯る。

街中である事を考え、選択した魔法はディバインバスター。

しかし、その威力に手加減はしない。正真正銘、全身全霊、全力全開の一撃だ。

 

「ディバイン……バスター!」

 

そして光の奔流が怪物の氷像毎、民家を飲み込んだ。

 

 

 

――≪Protection Powered.≫

「!?」

 

レイジングハートの言葉に振り返ると、恐らくこちらを突き刺そうとしたのか、()()()()()()()()()()()が弾かれ、民家のあった方角……煙の中に消えて行った。

 

「今のは……?」

≪気を付けろ、なのは。

 どうやらクロノの凍結封印……本体(コア)にまでは届かなかったらしい。≫

 

怪物の全身を使って守った訳だからな……クロノも当然、その可能性は予期していた。

問題は……

 

≪レイジングハート、さっきのアレは何?≫

≪分からん……ただ言える事は、今度こそ本体のお出ましって事だな。≫

 

今の攻撃で受けた衝撃はかなりの物だった。

なにせ、プロテクション・パワードが軋んだのだ。それほどの威力の攻撃を受けた事は今までなかった。

 

直後、煙が内側から爆発するかのように散らされる。

その内側から現れたのは……

 

≪また随分、分かりやすい姿になったね……≫

≪ある意味お約束だな。見た目のリスペクト元は夜天の主かはたまた悪魔か……≫

 

長身痩躯の人影、手元には本、背中に生えた3対の翼……

体格を除けばそのシルエットは夜天の主、八神はやてに似ているところが多い。

 

だが翼ははやての様なカラスを連想させる羽ではなく、蝙蝠を思わせる飛膜……

手に持つ本の表紙に剣十字は無く、ページを含めて真っ黒で材質も分からない不気味な物だ。

その本体の身を守るのは騎士甲冑ではなく漆黒の鱗……今度はご丁寧に頭まですっぽりと覆っており、表情すらも判別できない。

 

「エイミィ! 奴の中に核はあるか!?」

『バッチリ確認できたよ! 位置は丁度心臓付近、リンカーコアの位置とほぼ一致!』

「でかした!」

 

クロノとエイミィの会話から、今度こそアレが本体で間違いないらしい。

自然とレイジングハートを握る手に力が籠もる。

 

やがて鱗に覆われたデレックの顔が裂け、声が響いた。

 

「貴様ら……尽く僕の邪魔しやがって……! そんなに死にたいなら直ぐに僕の手で殺してやる!」

 

決戦が始まる。

 




アンケートの結果、IFは日常回に決定しました!
ご協力ありがとうございました!


犬の名前は単純に誰かのペットと被らないようにしようとした結果です。私のネーミングセンスではありませんし、伏線でもありません。


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奇襲

本体を引き摺り出されたデレックの行動は早かった。

 

「直ぐに僕の手で殺してやる」……その言葉を言い終わるか否かと言うタイミングで、奴は俺に向けて奇襲じみた先制攻撃を放ったのだ。

 

魔力を片手の先に集めて放つ……そんな単純な魔力弾さえ、膨大な魔力が注がれれば致命の一撃だ。

そんな威力の一撃に対して事も無げに立ち塞がったばかりか、魔法の補助も無くあっさりと斬り飛ばしたシグナムに俺はただただ驚愕する他なかった。

 

「どうしたデレック? お前との因縁は私が最も深いだろう。」

「シグナム……!

 ……ふん、貴様が斬ったのはただの人間(オリジナル)に過ぎない……僕はアイツとは違う。

 さっき僕に燃やされて逃げ出す事しか出来なかった奴が、僕に口答えするな!」

「どうやら、あの時から何一つ成長していないらしいな。

 だからこそ……これからあの時と同じ末路を辿る事になる。」

 

やはりシグナム達ヴォルケンリッターとしては、自らの手で決着を付けたいのだろう。

レヴァンティンを構えるその眼の鋭さは、今まで何度も対峙したのにも拘らず見た事の無いものだった。

 

「待て、シグナム……既に情報は十分得られた。

 これ以上君達に任せっきりでは、流石に管理局の沽券に関わる。」

「しかし……いや、これ以上は我が儘と言う物か……」

「……因縁の決着に拘る君達の気持ちは、僕にもよく分かる。

 だからここは共同戦線と行こう……どうやら僕の因縁の相手も、同じらしいからな。」

「クロノ……分かった、ならば指揮は任せる。

 我等、ヴォルケンリッターの力を存分に活かすと良い。」

「感謝するよ、シグナム。」

 

シグナムの要請を受けたクロノは、早速念話にてこの後の作戦を伝え始めた。

その中で前衛を任されたシグナムは既にデレックに切りかかられる形で戦闘に入っており、クロノの指示で前衛を任されたフェイトがその支援に入った。

 

俺はどうやら今のところ、後方支援と言う役回りになるらしい。魔法にまだ慣れていないはやても俺同様、後方支援だ。

 

「よろしくね、はやてちゃん。」

「なのはちゃん! こちらこそや。

 それでな……魔法の事はリインフォースに教えて貰ったんやけど、実戦にはまだ慣れてへんから、アドバイスとかお願いしてもええか?」

「もちろんだよ! ……って言っても、私もまだ半年くらいなんだけどね。」

 

俺とはやてがそんな会話をしていると、直ぐ近くで会話しているヴィータとシャマルの声が耳に入った。

 

「……? んー……?」

「なんだよシャマル、なんか気になってんのか?」

「ちょっと、さっきのシグナム達の会話が頭の隅に引っ掛かってて……

 多分、あまり関係無い事だとは思うんだけど……?」

「? ……まぁ、関係無いなら今は良いじゃねぇか。あたしは前衛任されたし、そろそろ行くぞ?」

「ええ、怪我をした時は任せて頂戴ね。」

 

そう言って前線に飛んでいくヴィータの他にもザフィーラやリーゼロッテ、恐らく近接戦闘が得意であろう数名の銀髪オッドアイがデレックに対して攻撃を仕掛け始めた。

 

「じゃあ、私達も始めようか!」

「うん!」

 

その様子を見ていた俺とはやても、それぞれの杖を構えるが……

 

≪後方支援担当の者へ!

 標的の体を覆う鱗は魔法を受け流す性質がある為、

 それを無効化できる攻撃かバインドを中心とした支援を頼む!

 繰り返す! 標的の体を覆う鱗は……≫

 

――という事らしい。

 

いや勿論忘れていた訳ではない。ザフィーラの魔法が鱗によって歪められた光景だって見てた事だしな。

念話を送ったクロノの目が俺を見ていた気もするが、きっと気のせいだろう。

……でもとりあえず、砲撃のチャージは中止しておこうかな。

 

「と、とりあえず私達はバインドで支援を……」

 

気を取り直してはやてにそう伝えようと振り向くと、何やら考え込んでいる様子のはやての姿があった。

……いや、はやての状況を考えるともしかしたらリインフォースと話していたのかも知れない。

 

そして考えが纏まったのか、はやてがその口を開いた。

 

「……なぁ、なのはちゃん。私、あの鱗どうにか出来るかもしれん。」

「えっ」

 

……えっ!?

 

 

 


 

 

 

≪クロノ君! あの鱗、はやてちゃんが対処出来るかもって!≫

≪何、本当か!?≫

≪は、はい……リインフォースが言うにはですけど……≫

 

なのはちゃんに言われた通り、クロノさんにリインフォースから聞いた方法をそのまま伝える。

その詳細を聞いたクロノさんから許可を貰い、私に一つの魔法の使用が許された。

 

「はやてちゃん、冷静にね……!」

「う、うん……!」

 

既にチャージを済ませ、白い光を湛えた杖の先端が大きく震える。私の緊張がそのまま腕を伝わり、表出しているかのように。

 

……この魔法だけは外す訳には行かない。

万が一にも魔導士の誰かに当たるような事があれば、悲惨な事になるからだ。

故に今はこの魔法を確実に当てる為の、味方に絶対当たらない為のクロノさんの合図待ち。

 

<はやて、大丈夫です。私もアシストしますから。>

<う、うん……お願いな。リインフォース……!>

 

はやてちゃんとリインフォースに支えられ、少しだけ杖の震えが収まったその時……

 

≪はやて、準備は出来たか? カウント行くぞ!≫

≪ク、クロノさん……はい、いつでも……!≫

 

まだ完全に緊張が解れた訳じゃないけど、クロノさんもそれは分かっている筈だ。

だから私はそれを信じるしかない。この魔法は私しか使えないから……!

 

≪5!≫

 

「アクセルシューター……!」

 

なのはちゃんの構えるレイジングハートの先端に光が灯る。

普段ならば主火力となるであろう彼女の魔法も、今回は私の魔法の補助だ。

 

≪4!≫

 

「――シュート!」

 

光が弾け、合計20本の光の筋が空気を裂いて標的に向けて翔ける。

それと同時に、前衛を任せられていたシグナム達が一斉に距離を取った。

 

≪3!≫

 

「!?」

 

急に開けた視界に戸惑ったのか、硬直していたデレックを中心に包囲するように旋回するアクセルシューター……

 

「“バースト”!」

「ちっ……!」

 

なのはちゃんのその掛け声で10個のシューターが融合……5つの魔力爆発により、デレックの視界は煙に包まれた。

 

≪2!≫

 

「“バインド”!」

≪Long Range Bind.≫

「ぬぅっ!」

 

なのはちゃんのコマンドワードと、リーゼアリアさんのバインドの魔法が煙の中で炸裂する。

煙に包まれたデレックの様子は分からないが、

なのはちゃんは手応えを感じたらしく、シャマルに合図を送っている。

 

≪1!≫

 

「クラールヴィント!」

 

先程の再現とばかりに強化されたワイヤーで縛りにかかるシャマル。

クラールヴィントが飛び込んだ煙が晴れた時、そこにはワイヤーと複数の拘束魔法で雁字搦めになったデレックの姿があった。

 

≪0! はやて!≫

 

<リインフォース!>

<はい、はやて!>

 

リインフォースがアシストしてくれたのだろう、魔力が体に漲り、震えが止まる。

……あれ、これ強制的に固定されて……いや、今は好都合!

 

「彼方より来たれ、宿り木の枝……」

 

この魔法は威力こそ無いが、他の魔法には無い強力な効果がある。

 

「――銀月の槍となりて、撃ち貫け!」

 

それは対生物に於いて『絶対』だと、リインフォースが保証してくれた。

 

「石化の槍、ミストルティン!」

 

そう、その効果とは……生体細胞の構造を作り変え、凝固させる性質だ。

どんな魔法も受け流せる鱗だろうと、生物の持つ特徴の一つでしかない……そして当たり前だけど、受け流すという事は『触れる』という事だ。

 

自らに迫る合計7本の光の性質を知らないデレックは、拘束されながらも自信満々と言う様子で魔法を受け……

 

「……なぁッ!!?」

 

その体が石と化していく光景に、その目を見開いた。

そして数秒の後、そこには顔を醜く歪めた男の石像だけが残った。

 

「……ふぅっ……!」

<ありがとな、リインフォース。>

<いえ、大した事はしておりません。それよりも……>

<うん……分かってる。まだ終わってへんよな……>

 

リインフォースと会話しながらも、決してデレックから目を離さない。

魔法の力を得たからこそわかる……今も奴の中で蠢く膨大な魔力の鼓動が。

 

そして石像の表面に罅が入り、内側から魔力が漏れ出す。

漏れ出た魔力は直ぐに形を成し、再びあの邪悪な意思の元に動き始めるだろう。

 

次の戦闘に備えて意識を切り替えようとした、その刹那……

 

<はやて!!>

<えっ>

 

私の意識の間隙を縫うように、石像の罅から黒い槍状の何かが飛び出し……凄まじい速度を以て迫って来るのが見えた。

 

狙いは私の心臓……やけにスローに見えるその一撃を躱そうにも、身体はそれ以上に重く、思うように動かない。

当然だ、ゆっくり見えているのは私の意識が加速しているだけなのだから。

 

これはまるで死を直感した瞬間に見る走馬灯の様な物で、それが見えてしまったという事は私は……

 

 

 

――ごめん、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ……私、ここまでみたい。

 

別れの言葉を伝える事も許さないそれは、私の直ぐ目の前に迫り……

 

 

 

「はやてちゃんッ!!」

 

私を突き飛ばした誰かの体を貫いた。

 



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救いの代償

前話の内容の一部を変更しました。
具体的に言うと、デレックが奇襲で狙ったはやての部位が『眉間』から『心臓』になりました。
(眉間狙った攻撃を庇った人が体を貫かれるのってやっぱり無理があるなってなったので)


身体に奔る強い衝撃と痛み……だけど、それは本来私が受ける事になる筈だった物よりも遥かに小さい。

 

誰かに突き飛ばされたのだろう、肩に残る感覚がそれを物語っている。

振り返ると……私を助けてくれた人が、私の代わりに貫かれているのが見えた。

 

……嫌な予感はしていた。

突き飛ばされる寸前に、ここに居るはずのない彼女の声を聞いた気がしていたから。

赤みがかったオレンジ色の髪……肩の辺りまでで切り揃えられたその髪が、俯いたその顔を隠しているけど間違いない。

 

私が彼女の事を見間違えるはずがない。彼女の声を聞き間違えるはずがない。

この世界で、両親を除けば一番長く私の側にいてくれた女性なのだから……

 

「――美香さん!!」

 

いつの間にここに来たのかなんて考える暇も無い。急いで彼女の体を抱えると、腹部にぽっかりと拳大の穴が開いているのが分かった。

 

「そ、そんな……!」

 

普通に考えればどう考えても致命傷だ。

顔からも血の気が引いており、もう助からないのではないかと言う考えがどうしても浮かんでしまう。

 

だけど、ここは前世の世界とは違って魔法がある世界だ。

そうだ、癒しの魔法のスペシャリストなら私の側にもいたではないか……!

 

「シャマル! 直ぐに美香さんの治療を! ……シャマル?」

 

声を張り上げても返答が無い……いや、美香さんが貫かれた衝撃で今まで意識している暇も無かったけど、思い返してみればさっきから妙に静かだ。

 

「な、なんや……これ……? 皆どないしたんや……?」

 

誰も動いていなかった。なのはちゃんもフェイトちゃんも、クロノさんも、ヴォルケンリッターの皆も……まるで石像のように固まったまま、浮かんでいるだけだ。

 

――時間が、止まってる……?

 

前世で見たアニメや漫画等の知識から、今の状況をそう判断したその時、

私の背後から声が聞こえた。

 

「はぁ……まさか、この私を出し抜くとはね。

 これはちょっとやり過ぎなんじゃないの、みーちゃん?」

 

――どこにでもいそうな少女だった。少なくとも外見上は。

 

背中まで伸ばしたオレンジ色の髪は、この転生後の世界では特別珍しいものではなく……寧ろ何処か眠たげな眼をしている方が特徴的な、今の私と同じ年頃の女の子だった。

 

だけど、こんな状況下で自由に動いているという事実が、彼女が只者ではないと教えてくれる。

 

「済み、ません……朱莉さん……

 どうしても、見過ごせ……なくて……」

「!? 美香さん、喋ったらあかん! とにかく安静に……」

「あー、大丈夫だって。みーちゃんはそんな事で死ぬほど脆くはないからさー」

 

美香さんが『朱莉』と呼んだ少女の言葉に耳を疑う。

腹部に穴が開いているのに、美香さんは間違いなく痛みで呻いているというのに……それを事も無げに軽い調子で紡がれるその言葉に、思わず語気を荒げる。

 

「『そんな事』って……! 何でアンタにそんな事が言えるんや!?」

「そりゃ私もみーちゃんと一緒だからね~。同業者って言うのかな?

 私もそれくらいのダメージじゃ、痛くも……いや、痛くはあるけど死ぬ事は無いよ。」

 

その言葉で彼女の正体を理解する。

 

「! あ、アンタ、美香さんと一緒って事は、天使さんなんやな!?

 お願いや! 美香さんの傷、治したってくれ!」

 

美香さんと同じ天使なら、別に美香さんと敵対関係にある訳じゃ無い筈だ。

多分こんな大きな傷だろうと、立ちどころに治す事が出来るはずだ。

 

そう思っての頼みだったのだが、私の予想に反して彼女は困ったように眉を八の字にして、申し訳無さそうな声で答えた。

 

「んー……それがちょっとね、今ややこしい事になっちゃっててさ……

 みーちゃんに『帰還命令』出ちゃってるのよね。」

「『帰還命令』……?」

 

天使に命令を下せる者なんて、それこそ……

って事は『帰還』って、まさか……!

 

「まぁ、大方君の予想通りだよ。

 より分かりやすく言うと、みーちゃんはもう、この世界に居られなくなるって事。

 みーちゃんがちょっとルール違反しちゃってさー……

 ちゃんとした理由があるのならともかく、今回のは完全に感情で突っ走っちゃって……」

 

『天使のルール』……以前、確かにちょっとだけ話題に出た事もあった気がする。詳しい内容についてははぐらかされてしまったが、もしもそれを()()()()()破る事になったのだとしたら……!

 

「み、美香さん、今あの子が言った事、ホンマなんか……?」

「……はい、ちょっと思わず時間と空間飛び越えちゃいました。」

 

――いや、それそんな軽く越えられるもんなんか!?

 

思わず喉元まで出かかったツッコミを飲み込む。

今はそんなやり取りをする場面では無いのだ。

 

「何で私の為にそんな無茶を……!」

「いえ、私が動いてしまったのは……

 あ……もう傷も塞がったので、抱えていただかなくても大丈夫ですよ。」

 

美香さんの言葉に半信半疑ながらも従い、抱えていた腕を解くと、美香さんは先程の重傷を感じさせない程しっかりとした姿勢で飛翔した。

その体には確かに傷跡も見当たらず、先程の重症がまるで夢か何かだったのではないかとすら思ってしまう。

 

「それで、理由でしたね……

 勿論貴女が死んでしまうのが嫌だったのは私の本心なんですが、

 私が動いてしまった()()()()()は……彼女達の為なんです。」

 

そう言って、ある方向を見る美香さん。

 

彼女の目線を追うと、恐怖にも似た表情で叫んだまま固まっているヴィータがいた。

その隣には目を見開き、直ぐに駆け付けようと飛び出した直後のシグナムの姿。

また、美香さんが示す別の方向には、今にも悲鳴を上げそうなシャマルと、怒りの形相で黒い槍を殴り折ろうと拳を振り上げるザフィーラも確認できた。

 

「彼女達はずっと闇の書の支配に抗って来ました。

 この平和な時代に……はやてちゃんの居る、この日本に辿り着く事だけを心の支えにして……

 はやてちゃん……貴女は貴女が思っている以上に、彼女達の支えになっているんです。

 私には何も出来なかった。何度も転生と戦争を繰り返す彼女達の側に、ずっといたにも拘らず……見ている事しか出来なかった。」

 

……彼女がこんなにも顔を歪める様子は初めて見た。

私の記憶の中の美香さんはいつも穏やかな表情で、優しい口調で……その内側にこんなにも色々な思いを抱えていたなんて、考えたことも無かった。

 

「美香さん……」

「はやてちゃん……私は天使の身でありながら、貴女が羨ましくて仕方がない。

 貴女の前世の事は知っています、今生での苦労も見てきました。

 ……それでも私は貴女が羨ましい。

 数百年もの間、誰かの支えになり続けた貴女の代わりが出来る天使はいない。

 私がずっと救いたいと願っていた彼女達を救えるのは、貴女しかいないんです。」

 

彼女の言葉に、もう痛まない筈の胸がずきりと痛む。

 

――それは違う。そう言葉に出したかった。

だってそうだろう。数百年もの間、彼女達を支えたのは私じゃない……『八神はやて』だ。

……『私』じゃない『八神はやて』なんだから。

 

「その考えはちょっと違いますよ、はやてちゃん。

 彼女達がこの時代に辿り着いてからも、貴女の事を知ってからも……彼女達は他でもない『貴女』を支えに戦って来ました。」

 

――っ!? まさか美香さんには私の考えている事が……

 

「はい、分かりますよ。これでも天使ですからね。

 そして、だからこそ断言できます。彼女達が求めている『八神はやて』は、間違いなく『貴女』だと。

 『貴女』が『八神はやて』だったから、彼女達はここまで必死に戦うのだと。」

 

もう一度、固まったままのヴィータを見る。

 

――まるで自分の命よりも大事な物を失いそうになったような、そんな恐怖を感じた。

そしてそれは、私が死にそうになったあの瞬間の表情だ。

私が転生者だと、『八神はやて』ではないと知っていても、彼女は私が死ぬことに恐怖してくれた……

 

……こう言うのはあまりにも不謹慎で、私自身どうかと思うが……少しだけ、嬉しい。

 

きっと私も逆の立場ならば彼女のように恐怖したに違いないから。私が彼女に対してそう思っているように、彼女も私の事を本当の家族だと思ってくれている事が分かったから。

 

「……そうやったんか。皆、本当に『私』を見て『はやて』って呼んでくれてたんや……」

 

私はずっと心の何処かで線を引いていた。

『私』と『八神はやて』が『=』で繋がる事はないのだと。

ずっと『≠』(違う者)だと決めつけていた。

 

でも、少なくとも彼女達にとってだけでも私が『八神はやて()』で居られるのなら、私は……

 

「……どうやら、分かってくれたみたいですね。

 貴女が(天使)以上にかけがえない存在なのだという事が……

 それが私が動いてしまった理由です。

 ルールを破る事になっても、貴女の側にいられなくなっても……彼女達を支えられる貴女を失う訳にはいかなかった。

 全て、彼女達を救いたいと願い続けた私の意思です。貴女に責任はありません。」

「でも……でも! 私があの時死にかけたんは間違いなく私の不注意や!

 あの時私が油断せえへんかったら、美香さんは……」

 

あの時、私の中には間違いなく油断があった。ミストルティンが作戦通りに決まって、これなら私も戦える……勝てるって、そう思ってしまったからだ。

 

「……貴女がそう思うのなら、この先こんな事が無いように気を付けてください。

 貴女の為に体を張った私を、貴女の中に経験として住まわせてください。

 そうすれば、私のこの行動は報われますから……」

「美香さん……」

 

そう言ってほほ笑む美香さんの表情は、私が良く知る美香さんの物だった。

 

「……そろそろ良いかな?

 こっちの時間は止まってるけどさ、時間の概念が無い天界は今も動いてるから……

 実は今、結構急かされてるんだよね~……」

「す、すみません朱莉さん! 待っていてくださって!

 ……えっと、じゃあここでお別れですね。はやてちゃん……

 彼女達の事、お願いしますね。」

「美香さん……うん、任せて。

 私があの子達の支え(はやて)になるから……向こうに行っても、ちゃんと皆の事見たってな?」

「はい。楽しみにしていますね。」

 

美香さんは最後にもう一度微笑んでそう言い残すと、光の粒になって消えて行った。

この場に残されたのは、私と朱莉さんの二人だけだ。

 

「……朱莉さん、やったっけ。

 美香さんは、この後どうなるんや?」

 

勝手な行動による帰還命令……当然、何らかの処罰が下されてしまうのだろう。

私の不注意が招いたその結果を、私は知っておきたかった。

 

「そうだね……向こうの直近の事情と、今回のみーちゃんの行動を考えると……

 ま、『地獄行き』が妥当だね。」

「なっ!? そ、そんなに重いんか!?」

 

地獄を見た事がある訳では無いが、その概念は誰でも知っている。

悪人の魂が堕ちる所……あんなに優しい美香さんが、私一人の油断のせいでそんなところに行く事になるのかと愕然とする。

 

「そりゃあね、神様の決めたルールを自分の勝手で破っちゃったわけだしねー……」

「……それ、美香さんも覚悟してたんか。」

「覚悟の上だろうね。

 ……でも私は嫌だね、地獄行き。何が何でも行きたくない場所だよ。」

 

やはり天使ともなれば地獄についても知っているのだろう。眠たげだった彼女の表情が、地獄の事を話す時だけは心底嫌そうに歪んだ。

 

「やっぱり、天使でも厳しい場所なんか?」

「厳しいよー……

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()さー……」

「そうやなぁ……やっぱり日本の職場環境とは……

 ……ん? あれ?」

 

いや、普通に流してしまいそうになったが、今の話なんか……()()ような……?

 

「どうしたのさ?」

「いや……あれ……? 『地獄行き(地獄に堕ちる)』って話じゃ……?」

「? うん、だから『地獄行き(出向)』の話だけど?

 あそこに堕ちる連中は自分勝手な要望(クレーム)ばっかり多い癖に、むこう100年は戻って来れないからキッツイんだよねぇ……

 あれ、でもみーちゃんって確か行儀良かったから40年くらいで戻って来るかも……」

 

……

 

 

 


 

 

 

一体、あの瞬間に何が起こったのか分からなかった。

きっと不意打ちを仕掛けたデレックにも解っていないだろう。

 

デレックの不意打ちによってはやての心臓が貫かれる瞬間、一瞬どこかで見た事のある女性が居たような気がした。

そして次の瞬間には、少しだけ位置がずれたところに浮遊するはやてがいた。

 

さっきの不意打ちをどう躱したのかは気になるが、どうやら無事である事は確かなようだ。

 

その事実にホッと胸をなでおろしたその瞬間……

 

「――ややこしい言い方すんなやぁぁぁッ!!」

「は、はやて!?」

「はやてちゃん!?」

「……えっ!? 動いとる!?」

 

はやての渾身の絶叫が大気を揺るがした。




★天界事情における『地獄行き』★

人間界で言うところの出向。『堕天』とは全然違う。

左遷の様な意味合いも混ざっており、
要するに『素行不良な天使にルールの大切さを覚えさせる為、ハードな部署(無法地帯)に一時的に回される罰』の様な物。

基本的に地獄は悪人の相手をする事になる等の理由から、天国よりも規則が厳しくなっており、
美香のように『ルールを破った天使』が回される事が多い部署。何気に朱莉も経験済み。
と言うか、天使にも人間でいう『思春期』や『中二病』の時期があり、大抵の天使はそのタイミングの素行不良で一度『地獄行き』されている。

因みに『地獄行き』の期間は処罰を受けた回数によって決まっており、
一回毎に『20年』『40年』『60年』『80年』……と伸びていく。
なので、朱莉が次にルールを破るとその期間は『120年』となる。


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生還

なのはさん視点で開始です。


「はやて、大丈夫だったのか!?」

「はやてちゃん、怪我は!?」

「ヴィータ、シャマル……うん、大丈夫や。二人共、心配かけてゴメンな。」

 

まさに九死に一生と言った感じで生還したはやてに、ヴィータとシャマルが声をかける。

 

しかし、本当に何も問題が無いのだろう。至って平気そうに微笑むはやてに心底安堵した様子の二人とは裏腹に、俺の中では疑問符の嵐だ。

 

「ヴィータ、気を引き締めろ。奴が動くぞ。」

「シャマルもだ。いざと言う時、治療が遅れる事は許されんぞ。」

 

シグナムとザフィーラが二人にそう呼びかける。先程は二人も取り乱している様子だったが、もう意識を切り替えたのだろうか。

 

「いや、シグナムとザフィーラもさっき思念通話で……」

「「ヴィータ!!」」

 

……はい、よく見たらちょっと顔赤いですね。ご馳走様です。

 

≪はやてちゃん……無事で良かったけど、もうあまり無茶しちゃダメだよ。≫

≪なのはちゃんも心配かけてゴメンな。

 うん、次からは気を付ける。もう絶対、さっきみたいな事は……≫

≪はやてちゃん……?≫

≪……いや、何でもあらへんよ。それより、動きがあったみたいや。≫

 

なにやらはぐらかされた気がするが、視線を向けてみると皆デレックの方を向いて杖を構えている様子だったので、俺もそれに倣う。

 

そして俺達が警戒する中、石像と化した体に走った罅の内側から溢れ出した黒い液状の何かがデレックの肉体を再構築すると、納得いかないと言う表情を隠す事もなくその口が開かれた。

 

「貴様、何をした……? あの状況で回避する方法なんて無かった筈だ。」

「……別に、何てことあらへん。ただ、()が味方してくれたっちゅうだけや。」

 

デレックの問いにそう返したはやての眉間には『何てことない』と言う言葉とは裏腹にうっすらと皺が寄っており、普段は穏やかな彼女がそこまでの強い感情を表に出すような何かがあった事は傍目から見ても明白だった。

 

「はやて……まさか……!」

「うん……シグナム達にも、後で絶対に話すから……

 せやから、今はこいつをさっさと倒すで!」

 

何かを察した様子のシグナムに、そう一言だけ告げたはやてが手に持つ杖を天に掲げる。

すると、『さっさと倒す』と言う彼女の意思を表したかのような無数の光弾が、彼女の背後に群れを成して現れた。

 

「小娘の分際で生意気な口を……お前達の攻撃が僕に通用しない事を忘れたのかぁ?」

 

一つ一つに相当量の魔力が込められた光弾群を前にしても慌てる様子はなく、それどころか嘲るような表情でそう言い放つデレック……どうやら奴は()()()()()()()()()らしい。

 

何故、はやてが先程デレックに打ち込む魔法に()()()()()()()()()()()のか。そして何故、今はやてはミストルティンを撃とうとしないのか……いや、()()()()()()()()()()()のかという事に。

 

「まだ気付いてへんみたいやな、自分の変化に……アンタは、もう終わりや。」

 

何処か冷たさを感じさせる声ではやてがそう告げ、杖を振り下ろすと、待機していた光弾がまるで流星群のようにデレックに降り注ぐ。

 

「バカが! この程度の魔力弾なんか、わざわざ防ぐ必要も……なッ!?」

 

余裕ぶっていたデレックの表情が驚愕に染まる。

反撃に何らかの魔法を撃ち込もうとしたのだろうか、はやての方に掲げた自らの腕の様子に今更になって気付いたらしい。

 

その腕は、もう絶対の守りを備えていない。

全身を覆っていた漆黒の鱗は見る影もなく、ただただ無機質な質感の灰色があるだけだった。

 

「なんだ、これは!? 僕の鱗はどこに行った!?」

 

デレックの視線が手から腕に、そして肩を伝い、胸部、腹部、足先へと移って行くが、奴が頼りにしている物はただの一片も存在していなかった。

 

「く、クソ! 一度鱗を剝がしたくらいで良い気に……ぐぁっ!!」

 

そして、光弾は決して奴の動揺が収まる事を待ちはしない。

迫る脅威から目を逸らした代償は大きく、奴はそのまま光弾の雨に呑まれた。

 

その寸前、俺に辛うじて見えたのは……奴が咄嗟に盾代わりにした腕が、脆く砕ける様子だった。

 

「グゥッ……バカな、何故鱗が出ない!? ウグァッ……!

 小娘ェ……! 貴様、何をしやがったァ!?」

 

例え無敵性が失われても、デレックの不死性は健在らしい。

光弾に体を抉られながらも再生を繰り返し、はやてを睨みながらデレックはその口を開く。

 

「……ミストルティンは対象の()()()()()()()()()()()()()()魔法や。

 情報そのものを書き換えられた鱗をいくら再構成しようと、それはもうただの石ころ同然。

 アンタにはもう勝ち目なんてあらへん……ええ加減、観念せえ!」

 

はやての言葉で再びデレックを観察してみると、確かにデレックの体そのものが灰色と言うより、デレックの体を覆っている鱗が灰色になっていると言う方が正しいようだ。

身体が抉られた際にちらりと見える内側は以前と変わらず真っ黒で、スライムのように蠢いては体を再構築している。

 

「生意気抜かすなよ小娘! 僕にはまだ、()()がある!」

 

そう言ってデレックが魔力を解き放つと、それはデレックの体を覆う無数の障壁と化した。

 

「は……ハハッ! そうだ! やっぱりこの障壁は貫けないじゃないか!

 何が『勝ち目が無い』だ! 何が『観念しろ』だ!

 例え鱗が無くなろうと何も変わらない! 僕は依然不死不滅だ!

 先ずはこのまま魔力弾の中を突っ切って、生意気な口をきいたお前から殺してやる!」

「くっ……!」

 

言うが早いか、デレックは障壁を纏ったまま躊躇いなく光弾の雨に飛び込んでいく。

はやても魔力弾の密度を上げて抵抗するが、デレックのまったく衰えない速度を前に攻撃を断念。退避に転じた。

 

「逃がすか!」

 

光弾と障壁の衝突で生じた煙を突き破り、距離を取るべく動いたはやてを見つけたデレックは、右腕を弓を引くように引き絞った。

 

「はやてちゃん!」

≪Protection Powered!≫

 

その様子に嫌な予感がした俺は、はやてとデレックの間に素早く割り込み、障壁を張る。

次の瞬間、強い衝撃と共に聞こえた『ピシリ』と言う異音。

その正体を確かめようと異音の方角を見れば、俺の張ったプロテクション・パワードに罅が入っていた。

 

そして障壁の先に見えたのは、()()()()()()()()()()()……

 

いや、今ならばその正体が分かる。鋭い刃は金属製の爪……そして触手のように伸びているのは、奴の腕だ。

 

即ち今の攻撃は、プロテクション・パワードに罅を入れた一撃の正体は……体を変質させ、魔力で強引に威力と速度を底上げした()()()だったのだ。

 

≪い、いくら魔力で底上げしてるって言っても、『貫き手』がここまでの威力になるの!?≫

≪なっちまってるもんは仕方ないって言うしかないだろ!

 アレは絶対に障壁無しで受けるなよ! ユーノにどやされる事も出来なくなるぞ!≫

≪解ってるよ!≫

 

レイジングハートに確認を取ってみるも、信じがたい事実に変わりはなく、注意する以上の対策は取れそうもない。

……貫き手だと言うのならいっその事、突き指でもしてくれないだろうか。

 

「クソが……ッ! 無駄に硬い障壁張りやがって……仕留めそこなったじゃないか!」

 

奴の貫き手は俺の障壁に罅を入れたが、俺の障壁はそれでも奴の腕を大きく弾いた。

その所為で奴の体勢は後方に若干崩れている……今なら!

 

「レイジングハート!」

≪Divine Buster!≫

 

撃つのは普通のディバインバスター。

この距離なら射程を伸ばす為のバリエーション(エクステンション)は必要無いし、何よりバリエーションを加えない方が発射までの時間が短い!

 

目論見は正しく、俺の放った砲撃は奴が体勢を立て直すよりも早く着弾した。

バリア貫通性能の高いディバインバスターなら、奴の障壁にも有効と踏んでのカウンターだったが……

 

「ふん……多少威力はあるようだが、全然足りないなァ!」

「ディバインバスターでも……!」

 

確かに直撃したディバインバスターだったが、俺が確認できた限り、奴の8枚の障壁の内の3枚を撃ち抜いた段階で止まってしまっていた。

そしてその破った3枚も既に再生が完了している……これは、やっぱり一人では限界があるか……?

 

そう思いデレックの方を見ると、その背後から憤怒の形相で斬りかかる影が見えた。

 

「『紫電一閃』ッ!!」

「ちっ、シグナムか……!」

 

鬼神を思わせる迫力で斬りかかった影の正体はシグナムだった。

 

以前に見た時よりも遥かに激しく燃え盛るレヴァンティンの様子から、相当量の威力を込めた一閃だった事がわかる。

切り裂いた障壁も驚きの6枚……だが、それよりもその表情に見える憤怒が気になる。

 

アレは奴がはやてを殺そうとした事だけではない、それ以上の何かに怒っていると何となく感じた。

 

「貴様……ッ! 貴様はどこまで私を侮辱するつもりだ!

 さっきの攻撃は……! あの術式は……ッ!!」

「ふん……貴様等は所詮、闇の書の一部に過ぎん。

 闇の書の主である僕が、()()()()()をどう使おうが自由だろう?」

「殺す……! やはり貴様は! 私が直接! もう一度殺す!!」

 

シグナムの怒りようと、会話の内容から大体の想像は付くがまさか……

 

「今の攻撃……シグナムの『雲霞滅却』の最後の突きに似てるって思ったけど……

 術式の一部をコピーされてたんだね……」

「フェイトちゃん!」

 

いつの間にかそばに来ていたフェイトが、俺の予想を補完するように教えてくれた。

俺達の中で唯一『雲霞滅却』を使われたフェイトが言うのなら、恐らくは彼女のいう事に間違いないのだろう。

 

「……主を守る為に鍛えた技を一部とは言え、よりにもよって主に向けられた。

 騎士として、絶対に許せないんだと思う。」

「そうだったんだ……」

 

そうこうしている間にも、シグナムはその凄まじい剣技でデレックの障壁を斬り裂き続ける。

しかし偽物が張っていた障壁よりも再生が速いのか、後僅かに届かない。

 

俺も魔力弾や砲撃で支援をしたいのだが、肝心のシグナムは怒りのあまり周囲の状況が見えていないらしい。

剣の冴えは傍から見てもゾッとする程に鋭いのに、立ち回りが滅茶苦茶で……あれでは下手に撃てばシグナムに当たってしまう。

 

俺以外の皆も同様で、今はシグナムが冷静さを取り戻すのを待っているようだ。

 

「後1、2枚なんだよね。シグナムが斬り裂けていないのって。」

「フェイトちゃん……?」

「……私が、その最後の障壁を斬る。そしてシグナムを一時的に引き離す。」

「そんな、無茶だよ!」

 

フェイトの言葉の意味するところは、嵐の中に自ら飛び込むような物だ。守りの硬い俺でも飛び込むのを躊躇する嵐の中に、守りの薄いフェイトが飛び込めば無事で済む保証はない。

 

「大丈夫だよ。高速戦闘なら慣れてるし、それに私の目にはちゃんと動きが見えてる。」

「で、でも……」

「はやてとなのははその隙に障壁が再生するよりも早く、アイツにバインドを。

 後はアイツがバインドから抜け出す前に、()()()()で決着を付けよう。」

 

皆の全力……となると、やっぱり()()だろう。

今の俺が全力でアレやると、何か酷い事になりそうだけど……それしかないなら仕方ない。

 

≪レイジングハート、スターライトブレイカーの集束容量を出来るだけ拡張して。≫

≪ちょ……急にそんな事言われても、そんなに簡単じゃないんだけど!?≫

≪お願い、ポンコツデバイス。≫

≪任せとけよ。≫

 

良し。

後は、今の内にクロノ達にも念話で知らせておこう。

……提案したのは俺じゃないけど、それでも怒られそうだなぁ……

 

「フェイトちゃん、危なくなったら直ぐに退避してね。

 特に、あの貫き手は威力も速度も桁違いだから……」

「大丈夫。『雲霞滅却』より大分遅いし、多分もう見切ったから。」

「えっ」

 

それだけ言い残して、フェイトは迷わずシグナムとデレックの戦闘の中に身を投じた。




ミストルティンってそう言う魔法なの? と言う疑問が湧くと思いますが、これはA's本編での使用シーンの描写から勝手に解釈した物なので原作でもそう言う効果なのかは分かりません。
一応根拠としては、『石化後に再生した闇の書の闇の部位が、石化前の物よりも無機質(金属的?)な物になっていた』と言うところからの拡大解釈です。

生体細胞を変質→再生後の状態にも影響を与えている?→闇の書の闇が体を構築する際に使用している情報そのものが書き換えられた?

と言う感じです。

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フルドライブ

フェイトさん視点です


<――フェイト!>

<うん、アシストお願い!>

 

姉さんの言葉で気を引き締める。

なのはに半ば一方的に作戦を告げた直後、私達は既にシグナム達の交戦区域に入っていた。

 

まだクロスレンジに入ってはいないけど、シグナムが結界を斬る音が良く聞こえ、デレックの攻撃の流れ弾がこちらに幾つも飛んでくる。

 

「はぁっ!」

 

その尽くを躱して、私はシグナムが斬った直後の結界にバルディッシュの光刃を突き立てるが……

 

「っ! ……思ったよりも固い。」

 

やはり速度重視の攻撃では結界はビクともしない。

昔のなのはのプロテクション程ではないけど、それでも魔法のアシスト無しに割れるとは思えない強度を感じた。

 

「おい小娘、それで攻撃のつもりかぁ?」

 

デレックが腕を振りかぶる。

この魔力の動きは例の貫き手じゃない……魔力任せに振るわれる砲撃だ。

そう判断して飛翔魔法を操作して回避すると、私の予想通りの砲撃が何もない空間を抉った。

 

やはり、デレックは戦闘慣れしている訳ではない……これなら十分近接でやり合えると確信した。

 

「チッ、無駄に速度だけはありやがる……」

「何をしに来た、テスタロッサ!」

 

シグナムから拒絶の感情が込められた言葉が向けられる。その様子からは普段の冷静さは欠片も感じられなかった。

 

「……貴女の援護に来た。」

 

こういう状態の相手に『止めに来た』『連れ戻しに来た』と言ったところで解決はしない。

激しい感情に呑まれているせいで『目的を達する(デレックを斬る)』事しか考えられなくなっているからだ。

 

「援護は不要だ! この下衆は私が斬る!

 結界の後1、2枚くらい、もっと深く踏み込めば……!」

「落ち着いて! 深く踏み込めばそれが隙になる!

 デレックの狙いはそこかも知れない!」

 

シグナムとの会話で、やっぱりここに来て正解だったと確信する。

 

今のシグナムは私が思っていた以上に視野が狭くなっている。

この状態を放置すれば危険だ……!

 

≪私が先ずデレックの結界を数枚斬って見せる!

 だからシグナムはその直後に止めを!≫

≪……良いだろう。≫

 

出来るだけシグナムの要望に沿う提案を心がける。

これから私が使用する魔法は少しだけプロセスが多く、シグナムのアシストが欲しいからだ。

 

≪バルディッシュ!≫

≪sir.≫

<姉さん!>

<オッケー!>

 

念話で二人に合図を送り、息を整える。

そして、私と姉さんが同時に同じ言葉を口にした。

 

「<ザンバーフォーム、起動!>」

≪Zanber form.≫

 

カートリッジを2つ使用し、バルディッシュの形が変わっていく。

以前、エイミィさんから使用を控えるように釘を刺されたバルディッシュのフルドライブモードへと……

 

「待ってやるとでも思ったのか、小娘!」

 

変形の隙を突いてデレックが先程の砲撃を放つが……

 

「チッ、早くしろテスタロッサ!」

「くっ、またも邪魔を……!」

 

それは割り込んだシグナムの一閃で真っ二つに切り裂かれ、私に届く事は無い。

 

その間にもバルディッシュは金属でありながら流体のように姿を変え、刀身を持たない大剣のような形を取った。

 

そして、私()の魔力がその刃を形成する。

 

先ず現れたのは青い水晶のような刃……アリシアの魔力が形成する、物理的な干渉が可能な刃だ。

そしてその周囲を覆うように雷が奔ると、水晶の刃の外側にもう一つの刃……私の魔力が形成する、雷の性質変換の刃が生成された。

 

All processes are completed.(全工程が完了。) I confirmed the stability.(安定を確認しました。)

「ありがとう、バルディッシュ。」

 

確認作業の報告をしてくれたバルディッシュにお礼を言う。

私と姉さんの魔力を全く同じ量、且つ同時に流す事で移行可能なこの形態は、繊細な魔力コントロールが求められる上にバルディッシュに多大な負荷がかかる。

それに耐えてくれている事も含めた感謝だ。

 

「姉さん……行くよ!」

<うん!>

「させるか!」

 

反撃に放たれた特大サイズの魔力弾を事も無げに躱し、一瞬でデレックの背後に回り込む。

 

先程何のダメージも与えられたかった一撃は、私の魔力のみで展開された刃だった。

だけどフルドライブ状態に移行したバルディッシュの、それも私達二人の魔力が込められた『魔力と物理の同時(紫電一閃と同じ)攻撃』なら……!

 

「ハァッ!」

「クッ!? この威力、さっきとは……」

 

振り抜いた斬撃は予想通り、デレックの張った結界を2枚程切り裂いて制止した。

なのはの砲撃と比べて1枚少ないが、これは想定の範囲内。何故ならこれは『ザンバーフォーム』で切りつけただけ……魔法を使っていない一振りの成果なのだから。

 

それに、2()()()()()()()()()なのだ。

何故なら……

 

「『紫電』……」

 

残り6枚を確実に切り裂ける者がここに居るのだから。

 

「しまっ……!」

「『一閃』!」

 

デレックの顔に焦りの表情が浮かぶ。

そして距離を取ろうとするデレックに、それ以上の速度で接近したシグナムの一撃が全ての結界を切り裂いた。

 

……しかし、

 

「くっ、結界の再生が早い……!」

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

シグナムの言うように、結界の再生が早すぎる。

折角すべての結界を破ったとしても、今のように逃げられれば再生までの時間が容易に稼がれてしまうのだ。

 

と、なると……方法は一つだ。

しかし、今のシグナムが同意してくれるだろうか。

 

≪シグナム……デレックの結界を破壊し、動きを止める方法が一つだけある。≫

≪……聞こう。≫

≪シグナムが結界を6枚以上割って、私がそこに攻撃を合わせる。

 後は武器のリーチと、私の魔力の性質で多分デレックを感電させられる……どう?≫

 

先程の作戦とは違い、この方法ではデレックを斬るのはシグナムではなく私になる。

デレックを斬る事に執着しているシグナムにとっては、少々都合の悪い作戦だ。

 

≪分かった、その案に乗るとしよう。≫

≪えっ?≫

 

だが、意外な事に返って来たのは了承の言葉。

思わずシグナムの顔を窺うと、少々居心地の悪そうな表情でシグナムは言葉を続けた。

 

≪……あの状況で追撃が通らないとなれば、流石に考えを改めざるを得ない。

 私一人では、奴を斬る事は……出来んようだ。≫

 

どうやらさっきのやり取りで幾分か冷静さを取り戻せたらしい。

先程までの自分の行動を省みているようだ。

……この分だと、こちらの本当の狙いを話しても大丈夫だと判断した。

 

≪実はシグナム、この後は……≫

 

先程なのはに話したのと同じ内容を伝える。

私達で結界を破り、一瞬の隙を突いて行動を封じ、バインドで縛り付ける作戦だ。

 

≪了解した。……済まない、手間を掛けさせたな。≫

≪気にしないで。シグナムの攻撃の威力を見て思いついた作戦だから。≫

≪だが……いや、感謝する。≫

 

その言葉を最後に念話が切られた。

シグナムを見ると、準備は出来たと言わんばかりの表情でこちらを見つめ返してくれた。

互いに頷き、デレックを見ると、その表情には怒りと焦り……そして僅かな恐怖が見て取れた。

結界が破られた事実を受けて、どうやらもう奴にも精神的な余裕は無くなったようだ。

 

「い、いい気になりやがって! こうなったら……!」

 

そう言ってデレックが腕を掲げると、その先の上空に直径数十mはあろうかと言う巨大な魔力弾が生み出される。

膨大な魔力量に任せただけの、構成すらも無茶苦茶な魔力弾だが、それでもあの大きさとなれば脅威だ。

……普通ならば。

 

「こいつで貴様ら全員、この街ごと消し飛ばして……!」

「無駄だ……ザフィーラ!」

「承った。」

 

しかし折角生み出された魔力弾も、その魔力自体を霧散させられれば意味は無い。

ザフィーラが放った光にかき消された魔力弾の残滓を見て、今度こそデレックの表情に絶望の色が浮かんだ。

 

「く……クソッ! クソッ! クソがッ!!

 お前達はいつもいつも僕の邪魔ばかり……ッ!」

 

やがて癇癪を起こした子供のように喚きながら、今度は数えるのも馬鹿らしくなる程の大量の魔力弾をばら撒くように乱射し始める。

だがその程度の攻撃が通用する相手など、シグナムに限らずともここにはいない。

 

「『いつもいつも邪魔ばかり』か……当然だろう。

 貴様の行動はいつだって、碌でもない理念の元に在ったのだから。」

 

そう、邪魔されるのには必ず理由がある。

そして……それが分からないから何度も何度も同じ相手(シグナム)に邪魔されるのだ。

 

「『紫電一閃』!」

「グゥッ……!」

 

シグナムの紫電一閃が結界の大半を一太刀の元に砕く。

 

「行け、テスタロッサ!」

「うん!」

 

シグナムの合図で飛び出す。

対してデレックは、この土壇場で最適解に限りなく近い行動を取った。

 

「ああぁッ! く、来るな! 来るなァッ!!」

 

腕を弓のように引き絞り、魔力が込められる……奴の最速の攻撃である、貫き手の予備動作だ。

 

だけど……!

 

「ほぅ……」

 

シグナムの感心するような声がかすかに聞こえた。

 

「ば……ばかな、シグナムの技だぞ! 躱せるわけが……」

 

皮肉な事に……デレックが最も信頼を置いていた力は、自分を最も邪魔してきたシグナムの技だったらしい。

しかし、こんなものではないのだ。本当のシグナムの一撃は。

 

「姉さん、バルディッシュ!」

<うん!>

≪sir.≫

 

バルディッシュの大剣が激しく放電を始める。

その輝きの所為か、それとも恐怖の為か、デレックの目が固く閉じられた。

 

「<スプライト・ザンバー!>」

≪Sprite Zamber.≫

 

そして振り下ろされたバルディッシュの水晶の刃が弾け、無数に別れた斬撃と雷がデレックの結界を消し飛ばし……

 

「シグナム、ここを離れよう。」

「あぁ……漸く、終わるのだな。」

 

残されたのは数十もの水晶と雷の槍で磔にされたデレックだった。

 




なんで暴走中のシグナムさん雲霞滅却使わなかったの? と言う疑問を抱く方も居るかも知れないので補足します。(本編に書くと長くなるうえに説明臭くなってしまう為、書けませんでした)

先ず雲霞滅却の発動プロセスは

1.溜め:レヴァンティンを鞘に納めて魔力の圧縮を行う。
2.解放:『1』の段階で圧縮した魔力を用いて、シュランゲフォルムに移行。炎を纏った連結刃で周囲を飲み込む。(範囲は使用した魔力量依存)
3.締め:『2』の段階で作り出した渦の中に留めた魔力の噴出と、『特殊な術式』を用いて音速を超えた突きを放つ。(射程は使用した魔力量依存)

となっており、『1』の段階が僅かな隙となっています。
隙と言ってもほんの1、2秒ほどで、距離があれば攻撃を届かせるよりも先に『2』の段階に移行する為問題無いのですが、
デレックの場合シグナムからパクった術式(『3』の段階の『特殊な術式』)を使った貫き手が間に合ってしまうので、隙を晒す訳にも行かず使えなかったと言う訳です。


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トリプルブレイカー

はやてさん視点です


「す、凄いなぁ、フェイトちゃん……」

 

今日初めて目の当たりにしたフェイトちゃんの戦いは、私の心に大きな衝撃を齎した。

何せ、アニメで知っていた戦い方と全然違うのだ。

きっと銀髪オッドアイ達が絡んだことで、彼女の成長や魔法にも大きな変化があったのだろう。

 

特にあの結晶状のバルディッシュに関しては全然知らない魔法だったし、今後の変化に備える為にも一度話を聞いてみたいな……

 

「はやてちゃん!」

「あ……うん!」

 

なのはちゃんの声に意識を引き戻され、思考に没頭していた私は慌てて杖を構える。

 

そうだ、デレックは今フェイトちゃんの魔法によって感電している。なのはちゃんの体験談によれば、あの状態の時は魔法の発動も阻害されるらしく、現にデレックの結界が再生する兆候も見られない。

作戦通り、バインドを撃つ絶好の機会なのだ。この機を逃す訳には行かない。

 

なのはちゃんの足元にミッド式の魔法陣が、

私の背後にベルカ式の魔法陣がそれぞれ浮かぶ。

そしてアイコンタクトでタイミングを合わせると、私達の魔法が同時に発動した。

 

「レイジングハート!」

≪All right! Restrict Lock!≫

「リインフォース!」

<はい、はやて!>

「<“グレイプニル”!>」

 

私の放った細い紐状の光がデレックの四肢を縛り、なのはちゃんの生み出した光輪がその上からさらに拘束する。

これでなのはちゃんのレストリクトロックが行動を、私のグレイプニルが魔法の発動をそれぞれ封じた。

 

後はデレックに最高火力を叩き込めば……と言いたいところだが、どうやらデレックはまだ足掻こうとしているらしい。

 

「ぐっ、この魔法は……グレイプニルか! それならまだ……!」

 

そう言うとデレックの背中から突然生えた無数の触手が、その先端に鋭利な爪を備えるのが見えた。グレイプニルはデレックの生きた時代には既にあった為、奴もグレイプニルの弱点……魔法そのものの脆さを知っていたのだろう。

 

しかし、それが振り下ろされる瞬間……

 

「「“ストラグルバインド”!」」

「なっ……!?」

 

死角から伸びた()()()魔力の糸が触手を縛り、そのまま切り落とした。

それを成したのは、この状況を想定していたであろうクロノ君と……

 

「今の声は……ユーノ君!」

「ふぅ……間に合ったようで何よりだよ、なのは。」

 

なのはちゃんが見つめる先にいつの間にか現れていた、ユーノ君の二人だった。

 

「ユーノ、急な要請に応じてくれた事……感謝する。」

「いや……実のところ、僕もお世話になった地球の危機には正直力になりたいとは思っていたんだ。

 ただ、僕自身は戦闘があまり得意ではないからね……地球には何故か魔導士も多いし、正直戦力外だと思って遠慮していたんだよ。

 だから、寧ろ頼って貰えたことは僕にとって嬉しいくらいかな。」

 

二人の会話から察するに、ユーノ君を呼んだのはクロノ君の計らいだったらしい。

中々見ないなと思ってはいたけど、本当に地球に居なかったのか……

 

「君のサポート能力の高さを見込んで頼みたい事がある。

 とは言っても、内容に関してはもうエイミィから聞いているとは思うが……」

「うん、大体の事は聞いている。長距離転送に人手が足りないんだろう?」

「ああ。軌道上に転送する際の魔力量の試算結果では、流石のシャマルでも一人では厳しいらしい。

 ただ転送するだけならば問題無いのだが……転送中に術式に抵抗されれば、却って奴の逃亡の手助けにしかならないからな。

 うちの魔導士(銀髪オッドアイ)達は魔力は高いんだが、戦闘特化が殆どでね……

 転送魔法の適性そのものが無い者も……っと、今は愚痴を言う時ではないな。後はあそこに居るシャマルと段取りをつけてくれ。

 奴の抵抗の阻害は僕一人でも問題無い。」

「分かった。じゃあなのは、また後でね。」

「うん!」

 

そう言ってシャマルの所に飛んでいくユーノを見送ったなのはちゃんは、やがて気付いたように私に彼の事を話してくれた。

 

「あ! さっきの子はユーノ君って言ってね、私に魔法を教えてくれた子なんだよ!」

 

前世の記憶で知っているけど、ここは話を合わせておこう。

 

「へぇ、そうだったんや! なら私も後でお礼せんとあかんなぁ。」

「お礼?」

「うん。私を助けてくれたなのはちゃんに魔法を教えてくれたなら、私にとっても恩人同然やし。

 ……もしかして、困るやろか?」

「ううん! そんな事はないと思うよ!」

 

……なんか騙してるみたいで心が痛むな。一応ユーノ君に感謝の念を抱いているのは本心だけど、こうして私が口に出すのは『(はやて)が無害な人間だ』と管理局の人達に思わせたいと言う理由もある。

 

そうまでしないと不安なのだ。

アニメでは闇の書に恨みを持つ者が多いと言う描写があったし、この後の私やヴォルケンリッターに対する当たりの強さは想像に難くない。

私がヴォルケンリッターの皆と一緒にいる為に、私は『良い子』でないといけないのだ。

 

≪こちらユーノ! 転送魔法の準備できたよ!≫

≪シャマルです! 同じく準備完了、いつでも行けます!≫

「……やろう、はやてちゃん。これできっと最後だから、『全力全開』で!」

「うん、『全力全壊』やね!」

 

私の家族を長年にわたり苦しめ続けた相手だ。言われなくとも容赦はしない。

 

「じゃあ急いで場所を移そう! レイジングハート!」

≪Axel Fin.≫

「“スレイプニール”、羽搏いて!」

 

砲撃の余波が街の方に行かないように、予め打ち合わせていた通りに街を背にする座標へ急ぐと、そこで既にフェイトちゃんが待っていた。

 

「なのは、はやて……終わらせるよ。」

「うん!」

「ああ!」

 

三人で頷き合った後、互いに距離を取る。

これはそれぞれの砲撃が互いに干渉しないようにする為であり、決してSLBが怖いからではない。

 

「バルディッシュ!」

≪Yes, sir.≫

 

先程の攻撃で刃を失ったバルディッシュに、再び刃が生み出される。今度は純粋な雷の刃が。

そして足を開き、バルディッシュを振りかぶった姿勢で静止……目を瞑り、しばらくするとバルディッシュの刀身が激しく輝いた。

 

「レイジングハート!」

≪Star Light Breaker Over Charge Shift!≫

 

なのはちゃんが正面に構えたレイジングハートの前に星が集い、先ほど見たよりも大きな光球が生み出されて行く。

エクセリオンモードは使わないようだが、その代わりに……

 

「カートリッジ、ロード!」

≪Load Cartridge.≫

 

レイジングハートがロードしたカートリッジの数は“6発”……なのはちゃんが持っているマガジン丸々一つ分だ。

すると光球の周りに薄い膜の様な光が生まれるのが見えた。

 

なのはちゃんも私が知らない魔法を……いや、この場合はバリエーションと言うんだっけ? を持っているみたいだ。

名前の響きから察するに、多分とびきり物騒な魔法に違いない……『全力全壊』にふさわしい一撃になるだろう。

 

私もそれに応えられる一撃を撃たなければ……!

 

杖を掲げる。

足元に円を基調としたミッド式の魔法陣、放射面にベルカ式特有の正三角の魔法陣がそれぞれ展開する。

 

今の私が使える最大規模の砲撃である『ラグナロク』は、発動に夜天の魔導書に蓄積された莫大な魔力を使用する。

その上消費された魔力の回復には時間がかかる為、失敗は許されない。だけど……

 

<リインフォース、アシストお願いな!>

<お任せ下さい、はやて!>

 

リインフォースと二人で撃つのなら安心できる。

この魔法の制御に失敗する事は、万に一つも有り得ないのだと。

 

私の身長を優に超える大きさのベルカ式魔法陣……その三つの頂点にチャージされた魔力が、それぞれ巨大な光球を形成する。

 

 

 

「雷光一閃! “プラズマザンバー……!」

 

フェイトちゃんがバルディッシュを大きく振りかぶった。

その魔力が呼び寄せたのか、バルディッシュに落ちた雷がその輝きを更に強くした。

 

「全力全開! “スターライト……!」

 

なのはちゃんの前方に浮かぶ光球は今にもはちきれんばかりに膨らんでおり、まさに破裂寸前の風船といった様子だ。

そこから感じる魔力の威圧感は、味方である筈の私にさえ何処か恐ろしさを感じさせた。

 

「響け、終焉の笛! “ラグナロク……!」

 

そして私のラグナロクもまた、それに負けず劣らずの輝きを放っている。

だが威力と言う一点では流石に今のSLBには一歩譲る事になるだろう。

 

<……少し、悔しいですね。

 私は自らの力を誇示する趣味は持ち合わせていませんが、

 それでも私達の最高の一撃をここで示すつもりでしたから……>

<リインフォース……>

 

……リインフォースは、まだ私に隠している事がある。

その理由の為に、ここで彼女の言う『私達の最高の一撃』を刻みたかったのだろう。

 

「「「ブレイカー”!!」」」

 

そして放たれた3つの砲撃は、未だ拘束を破る事の出来ていないデレックに直撃し……

 

「――――――ッ!!」

 

その断末魔さえかき消す程の轟音と共に、私達の因縁の終わりを告げた。

 

 




えげつないオーバーキルを受けたデレック!
でもコアはまだ残ってる! ここを耐えられれば生き延びられるんだから!

次回「アルカンシェル」! デュエルスタンバイ!



以下補足

捕捉1
トリプルブレイカーの時、フェイトさんが通常のプラズマザンバーブレイカーを撃った理由は、アリシアとの連携時の効果が協力砲撃と言う状況に向いていないからです。
因みにどうなるかを分かりやすく説明すると、「ブラストカラミティ」みたいな事になります。
砲撃が拡散してしまうと威力が集中できないので、今回は無しという事になりました。

捕捉2
途中ではやての使用したグレイプニルですが、多分原作には登場しないオリジナルの筈です。
(全ての魔法を覚えている訳では無いのでもしかしたら名前は出てるかも)
『A's時点で』はやてが使用した魔法(スレイプニール、ミストルティン、ラグナロク)はどれも北欧神話からとられているので、北欧神話で拘束と来たらやっぱりグレイプニル!と、それに因んだ名前としました。

効果は魔法の発動の阻害と拘束です。ただし魔法の阻害にリソースを多く割いており、バインドそのものの強度はかなり弱く、本当に対象の行動を封じようとするならば他のバインドで補助する必要があります。
そしてストラグルバインドとは違って脆い為、体を魔力で構成する魔法生物に対しても攻撃として使用は出来ません。

ついでに言うと『魔法の発動を阻害する効果』は『既に発動された魔法をかき消す効果ではない』為、強化魔法の解除も出来ません。(こう書くとコンマイ語っぽいですね)


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アルカンシェル

チャンピオンミーティングの育成と古戦場が重なったばかりか、ミラーズランキングとオリンピックも重なるっていうね……へへ……

イベント密度がエグイ!!


「ここまでは大丈夫……後は、私がコアを捕らえるだけ……!」

 

3つの閃光が空を白く染める中、シャマルは『旅の鏡』の探査機能を用いてデレックのコアを探していた。

 

本来『魔力波動の反応を追う』と言う探査魔法の性質上、今のように高濃度の魔力砲撃の中とあってはその精度が落ちるのが一般的だ。

しかし、シャマルにはそんな状況下でも対象の反応を見つけられると言う自信があった。

その根拠は今まで長い間戦ってきたからでも、鍛錬を欠かさなかったからでもない。

 

「貴方の魔力を……私達(ヴォルケンリッター)が見失うはずがないでしょう……!」

 

その言葉の通り、シャマルは程なくして魔力の奔流の中を泳ぐように逃げるデレックのコアの魔力を捕らえた。

 

「捕まえ……た!」

 

『旅の鏡』の中心にデレックのコアが浮かび上がる。

白く力強い魔力の激流の中にあってもなお、そのどす黒い魔力波動の放つ不快感はシャマルの顔を顰めさせた。

 

「これが……彼の核かい?」

 

シャマル同様、その魔力波動に対する嫌悪感を隠さぬ表情でユーノが尋ねる。

 

「ええ、間違いないわ。後はこの核を衛星軌道上まで転送するだけ……!」

「分かった。アシストは任せて。“ストラグルバインド”!」

 

そう言ってユーノが旅の鏡に手を翳すと、その手の平から伸びた術式がコアに纏わり付いた。

 

「これで数分間は動きを封じられる。今の内に!」

「ええ!」

 

ユーノの合図で二人は同時に転送の術式を組み上げる。

 

「「長距離転送、開始!!」」

 

そして術式の発動と同時に環状魔法陣が発生し、天の果てまで伸びた光がデレックを地球から追放した。

 

 

 


 

 

 

「デレックのコアの転送開始を確認!」

「術式安定! 術式に対するデレックの抵抗も確認できません!」

 

アースラのブリッジ内に、オペレーター達の声が響く。

闇の書事件の恒久的な解決を目前に、その声には隠しきれない興奮が浮かんでいるように思える。

 

……そして、それは私も同じ。

 

「アルカンシェル、バレル展開!」

 

アースラの前方に伸びる環状魔法陣……アルカンシェルの砲身を見て、脳裏に過るのは11年前の闇の書事件。

私にとって、クロノにとってかけがえない、大切な人を失った事件の記憶。

 

「ファイアリングロックシステム、オープン!

 命中確認後、反応前に安全距離まで退避します! 準備を!」

「「「了解!」」」

 

懐から起動用のキーを取り出し、『Arc-en-ciel』と書かれたその文字を見つめる。

『アルカンシェル』……11年前の闇の書事件の際に使用され、結果的にとは言え私の夫であるクライドの命を奪う事になってしまった兵器だ。それに対してかつて抱いた思いは、決してポジティブな物ではなかった。

 

だけど、それが今再びそれが必要とされる時が来た。……必要としている、私が居た。

 

その事を実感しながら、起動キーを空中に浮かんだ箱状の端末に差し込む。

 

アースラの遥か前方には、長距離転送の術式で作られたシリンダーが伸びている。

その中を、術式に包まれたデレックのコアが上って来るのが見える。

 

全て『転送直後に狙い打てるように』と、ユーノ君達がわざわざ可視化させてくれたものだ。

彼等の頑張りを、気遣いを無駄にはしない。チャンスは一度切り……転送直後、デレックが何らかの方法で逃げる前に確実に決める!

 

「アルカンシェル……発射!」

 

宣言と同時に、差し込んだカギを回す。

アルカンシェルの砲身を通り、アースラに蓄積された魔力がレンズのように広がる。

その直後……

 

『――ッ!!』

 

転送が完了したデレックが、着弾地点に姿を現した。

距離が遠く、肉眼では判別しづらいが……モニターの映像によると肉体の再構成は終わったものの、ユーノ君のストラグルバインドにより身動きが取れず、もがいているようだ。

 

その顔に浮かんだ恐怖に、僅かばかりの憐れみを抱くが……既に引き金は引かれた後だ。仮に私に止めるつもりがあったとしても、もう誰にも止められない。

 

そして全てを消滅させるアルカンシェルの閃光が、デレックの身に着弾した。

 

「――着弾確認、反応を観測しつつ退避開始!」

「「「はっ!」」」

 

直ぐにオペレーターに指示を出し、モニターに映る対消滅反応を眺める事数分後……

 

「効果空間内の物体、完全消滅……再生反応は――ありません!」

 

エイミィの報告によって、因縁が終わった事を実感した。

 

 

 


 

 

 

「グレアム提督、私達の……闇の書への因縁は終わりました。」

 

全てを終え、歩いてきたリンディ提督が私にそう告げる。

 

「……ああ、ここでしかと見届けさせてもらったよ。

 この結果は私の予想していた形とは大きく違ったが……

 これで良かったのだと、心の底からそう思う。」

 

この言葉に嘘偽りは一切ない。

計画こそ阻止されたが、結果としてそれが良い結末に繋がるのならば本望だ。

 

「事件の解決直後ですが、貴方にはお尋ねしたい事があります。」

「……ふむ。私が答えられる事であれば、答えよう。」

 

事件は終わった……想像し得る中で最も犠牲の無い方法で。

この後自らの罪を告白すれば、私が時空管理局に戻る事もまた無くなるだろう。

 

その前に何か彼女の力になれる事があるならば、何でもしよう……そう考えて返答した私にとって、彼女の発した言葉は衝撃だった。

 

「……『より良い未来の為に』。」

「! そうか、もうそこにまで行きついたか……!」

 

彼女の成長の速度に驚かされるのは、これで何度目になるだろうか。

部下であったクライドや、教え子だったクロノにも劣らない才覚とひたむきな性格。彼女達なら、もしかすると……

 

「貴方から押収した端末に残されていた、正体不明のログ……10年前の物とあって解析には苦労しましたが、それでも内容の一部は復元できました。

 ……貴方を唆した、()()の正体について教えていただけませんか。」

「……この話は、どこか落ち着ける場所でしよう。

 約束を反故にするつもりは無いが、()()の事となると私も心の準備が要る。

 それまで、君に話すべきかどうかを考えさせてほしい。」

「……分かりました。」

 

私の返答に対してリンディ提督は短く答えると、再び部下に指示を飛ばし始めた。

 

――『唆した』か。

 

その言葉を反芻しながら考える……10年前、私が出会った少女について。

そして、()()についてどう伝えるべきなのかを。

 

……彼女について、私が知る事は決して多くない。

何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

だが一つだけ言える事がある。

 

……彼女は恐ろしい女性だ、決して近付くべきではない。

当時、傷心中だった私に接触してきた彼女の事を思い出す度にそう確信する。

 

 

 


 

 

 

『――失礼、ギル・グレアム提督ですよね?』

 

私が彼女に出会ったのは10年前、月のきれいな夜だった。

当時、クライドと言う優秀な部下をこの手にかけた事で傷心の只中であった私は、リーゼの勧めで気分転換の為に夜風に当たっていた。

 

夜風に当たると言っても、月を見ながら物思いに耽るだけ……考えるのはやはり、1年前の決断が正しかったのか。

正直、気分転換という目的が達成されているようには思えなかった……そんな時、私は彼女に出会ってしまった。

 

声に振り向けば、いつの間にそこに居たのか一人の少女が立っていた。

『左右で異なる目の色』と『月光を反射し、妖しく輝く銀の髪』……そして、年齢にそぐわない『圧倒的な魔力』を持つ少女だった。

 

――これほどの魔力を放つ者の接近に気付けないとは……!

 

自らの衰えと、死の予感を感じて身構えるも……

 

『その様に構えないでください、私はただ貴方とお話ししたかっただけなのです。』

 

その言葉通り、彼女はそれ以上距離を詰めようとする事は無く、私は気分転換になるかもしれないと思った事もあって彼女の話を聞く事にした。

 

『――貴方は、この世界の未来に横たわる運命を知ってみたいと思いますか?』

 

正直、一言目で聞かなければ良かったかも知れないと思った。

彼女の言葉の内容は『お話し』等と言う物ではなく、『宗教の勧誘』と言った方が近いように感じたからだ。

 

或いは変身魔法で少女の姿に化けているだけで、本当に宗教の勧誘なのかもしれない。

実際魔力の量が多い事や特徴過多ともいえる容姿からその可能性は高いと判断し距離を取った時、彼女はもう一度口を開いた。

 

『――貴方は、今何処に“闇の書”があるか知りたくはないですか?』

『!? 君は何者だ……何の目的でここに来た!』

 

その名前を出されて何も反応しないと言うのは無理な話だった。

 

『私のお話、聞いてくださいますよね?』

『――ッ! ……良いだろう。』

 

話を聞くだけだ、何か特別に要求される事があれば突っぱねれば良い。

そんな言い訳を自らにしつつ、私は自らの求める情報の為に彼女の話を聞く事にした。

 

 

 


 

 

 

結果的に彼女の言葉が切っ掛けで闇の書を見つける事になった以上、『唆した』と言う言葉はあながち間違いではないのだろう。

 

彼女が口癖のように話していた『よりよい未来の為に』と言う言葉が、ある宗教の合言葉になっている辺り……今の彼女の居場所は想像に難くない。

それでも『もう一度会おう』と思えなかったのは、偏に彼女が怖かったからだろう。

 

未来を憂いているような言葉を紡ぐ口とは裏腹に、全てを無価値と見下す瞳。

全てを受け入れるような笑顔を浮かべながらも、決して立ち入らせぬ一線を感じる佇まい。

 

そんな無茶苦茶な在り方をしているのに、彼女と話していると妙に心が安らかになる。

 

それがあまりにも恐ろしく感じて……私は一度話した後、彼女と距離を取ったのだ。

いや、『逃げた』と言い換えた方が正しいか。

当時持っていた通信用端末を替えた。家を替えた。ありとあらゆる方法で、可能な限り彼女と接触する事が無いように気を配った。

 

普通であれば過剰と考えるかもしれない。

だが私は当時の判断を、今思い返しても『正しかった』と思う。

もしも彼女と何度も会って話していたら……私はいつの間にか、例の宗教に取り込まれていたのかも知れないのだから。

 




『少女』に唆されなかったらグレアム提督は計画を実行に移さなかったの? と言う疑問を抱く方もいると思うので、先にお答えします。

A.止めようと言う転生者が居ない限りは行動に移します。
 転生者、或いは転生者の影響を受けた者の干渉が無いと未来は変えられないのです。


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おやすみなさい

戦いが終わった日の深夜。

私とリインフォースは、未だ眠りから覚めないはやての部屋に来ていた。

 

あの戦いの後、はやてはやはり意識を失った。

朧げな記憶の中には確かにそうなると言う知識はあったが、それでも当時は肝を冷やしたものだ。

 

「……そろそろ行こう、シグナム。」

「……もう良いのか?」

「ああ……はやてとは十分、夢の中で話が出来た。

 それに、あまり長居する訳にも行かないさ。」

「…………分かった。」

 

しばらくの間はやての寝顔を眺め、最後にその頭を一撫でしたリインフォースは私にそう告げた。

きっと彼女も本心ではもう少しだけ……それこそ、はやての目が覚めるまでこの部屋に居たいのだろう。

どこか寂しげな表情が、それを物語っているように見えた。

 

「シグナム、リインフォース……行くの?」

 

はやての部屋を静かに抜け出してリビングに降りると、シャマルが声をかけて来た。

彼女の言葉に対して首肯で返すと、同じくリビングに居たヴィータやザフィーラにも聞こえるように指示を出す。

 

「シャマル、ヴィータ、ザフィーラ……行くぞ。」

「でもよぉ……やっぱりもうちょっと待ってからでも……」

「……本人が望んでいる事だ。それに、早くしなければ防御プログラムの再生が始まってしまう。」

「ザフィーラ……ああ、分かってる。

 今までの頑張りを無駄にする訳にもいかねぇよな……」

 

――防御プログラムの再生。それが、リインフォースがこの世界に留まる事が出来ない理由だ。

 

確かにあの時、一度はデレックと共に防御プログラムの分離は成功していた。

しかしリインフォース曰く、度重なる改竄により夜天の魔導書の基礎構造は歪められ、『防御プログラムが存在する事が正しい形である』という事にされてしまったらしい。

夜天の魔導書には、自らの欠損した機能を修復してしまう機構がある。

夜天の魔導書が……リインフォースが存在する限り、近い将来に必ず暴走は起こってしまうのだ。

 

 

 

家を出ると、突き刺すような冷たい風が頬を撫でる。

12月も半ばの深夜の空気なんてこんなものだ。こんな気温だからこそ人通りは少なく、心配事も少なくて済む。

 

「……それにしても、街中に被害が出なくて良かったわ。

 あの結界が無ければ今頃この街は……」

 

目的地に向かう途中、街を見回しながらシャマルが言う。

もしも結界が無かったら……か。きっと今頃はここからでも見える程の巨大な氷塊が、多くの人々の生活を奪っていただろうな。

 

「攻撃していた私が言うのもなんだが……この街に被害が出なくて良かった。

 はやての住む街が、お前達がこれから暮らす街が無事で本当に良かった。」

「リインフォース……」

「……守護騎士達よ、くれぐれもはやてを頼む。

 あの子は優しすぎる子だ。彼女を襲う困難は、きっと直接的な攻撃に留まらない。

 虚言や甘言……()()()()()()守ってあげてくれ。」

「勿論だ。」

 

それからも色々な事を話しながら、『待ち合わせの場所』に着いた。

周囲を見回しても、待ち合わせの相手は来ていない。時間を確認すると、少しだけ早く着いてしまったようだ。

 

「……彼女達は、来てくれるだろうか。」

「来るさ……必ず。」

 

彼女の不安気な呟きにそう返すと、彼女は崖際に立ち、海鳴市の街並みを眺め始めた。

はやての未来を見るように……そこに自分の影を探すように。

 

 

 


 

 

 

眼下に広がる街を眺め、はやての未来に思いを馳せる。

クリスマスを一週間後に控え、色とりどりのネオンに輝く街並みにはちらほらと人の姿が見える。

 

「……ここは、良い街だな。

 あんな事件の直ぐ後だと言うのに、街の人の表情には未来への希望が既に宿っている。」

「ん? ……ああ、それなりに過ごしていたが、空気はきれいで人も……優しい。

 ……良い街だよ。」

 

何かを言い淀むシグナムを見て、心に(くすぶ)る不安が大きくなるのを感じる。

あの事件を経て、街は初めて魔法の脅威を認識した。

天を貫く光、大地を吹き飛ばす力……そんな彼等にしてみれば非現実的な力を、人一人が扱えると言う現実。

 

心に芽生えた恐怖が刃となって、はやてを傷付けるのでは……そんな不安が消えないのだ。

優しい人に……()()()()()()に心無い言葉を向けられた時、はやての心が深く傷つく事は想像に難くない。

 

「シグナム、重ねて頼む。どうかはやてを……」

「ああ、はやては私達が守る……だから、安心して眠ってくれ。」

「済まない……ありがとう。」

 

 

 

……どれくらい街を眺めていただろう。

不意に背後から聞こえた足音に振り向くと、そこには待ち人の姿があった。

 

「来てくれたんだな。なのは、フェイト……感謝する。」

「リインフォースさん……」

「こんな深夜に済まないな。出来るだけ人目にはつきたくなかったんだ。

 ……あんな事件の後だからな。」

「分かっています。リニスもきっとそうだろうって、外出を許してくれました。」

「私が消えた後、どうかはやてを頼む。

 守護騎士達にも頼んでいるが、彼女達が傍にいられない時もあるだろう。

 友達として彼女の心を支えてやってくれ。」

「「はい!」」

 

うん……まっすぐできれいな目だ。彼女達なら任せられる。

心に燻る不安が少しだけ小さくなった気がした。

 

「――さあ、儀式を始めよう。」

 

夜天の魔導書の終焉の時だ。

 

 

 

「――待って!」

 

突然響いた第三者の声に振り向くと、そこに居たのははやてだった。

結構な坂道だと言うのに、懸命に車椅子を漕いでこちらに向かって来る姿に、思わず駆け寄ってしまう。

 

「はやて、どうしてここが……!」

「なのはちゃんにメールで教えて貰ったんや! リインフォースが消えようとしてるて!」

 

手に持つ携帯電話の画面を見せられると、そこには確かになのはからのメールが表示されていた。

咄嗟になのはの方を向く。咄嗟に視線を外された。

 

……いや、これもはやてを友達として思うが故。不問としよう。

 

「はやて、私は……」

「……分かってる。夜天の魔導書のマスター権限を得た時に全部知った。

 でも、直接おやすみも言わせてくれへんなんてあんまりやないか。」

「! はやて、では……」

「……うん。寂しいけど、しばらくのお別れやな。

 再会した時に話せる思い出、いっぱい用意しとくからな!」

「はい。ありがとうございます、はやて……その日を楽しみに待っています。」

 

はやての車椅子を押して守護騎士達の元に戻る。

 

……途中、気まずそうな表情のなのはが見えたが、「気遣いに感謝する」と言うとホッと胸をなでおろしていた。

 

 

 

その後儀式は終始順調に進み、いよいよ私が眠る時が来た。

 

「なのは、フェイト、あの時私を止めてくれてありがとう。

 おかげで私もこうして救われた。……はやてをよろしく頼む。」

「……はい、リインフォースさんもお元気で。」

「はやての事は安心して。

 ……あと、姉さんももうはやてと友達だって言ってる。」

「そうか、そう言えば君達は双子の姉妹だったな。

 姉の君にも、ありがとう。」

「“どういたしまして!”だって。」

 

彼女の姉とはついに話す事は出来なかったが、フェイトが信頼している姉ならば信頼しても良いだろう。

はやてに早くも友達が3人か……彼女達がともにいるのなら心強いな。

 

「守護騎士達よ、永い間迷惑をかけたな。

 私がお前たちに伝えたい事は、既に伝えていた通りだ。

 はやてを頼む。」

「承知した。」

「ああ。」

「任せて。」

「……おう。」

 

守護騎士達にはもう何度はやてを頼んだか分からないな。

事件が終わってからだから……うん、かれこれ8回以上は頼んでいる。

さぞくどかったと思うが、不安だったんだ。許して欲しい。

 

「では、最後に……はやて。」

「うん。」

「夜天の魔導書が消えた後、私は小さく無力な欠片の中で眠りに就きます。

 貴女がその欠片を手放さない限り、私は貴女と共にいます。」

「……うん、私達はずっと一緒や。何があっても手放さへんからな。」

「はい、私は常に貴女の側に……

 夜天の魔導書()の最後の主が貴女である事を誇りに思います。」

 

本当に貴女に会えてよかった。

眠る前にこうして伝えられてよかった。

 

「伝えたい事は、これで……?」

 

待て、誰かを忘れている様な……

 

「――あぁはやて、最後に伝言をお願いします。」

「うん? リンディさんか? クロノさんか?」

「いえ、貴女と交友のある『神尾』と言う者に……」

「……えっと、神尾……?」

 

……まさか、彼ははやてに名前を憶えて貰っていないのか?

何とも哀れではあるが、あの状況では仕方がないか。

 

「貴女が図書館に行った時によく会う子の一人です。

 はやての髪型についてよく話す……」

「ああ! あの子か!」

 

本当に哀れだ……この一件でせめて名前を憶えて貰えると良いのだが。

 

「彼にも『ありがとう』と。

 ()()()()は本来、彼の物なので。」

「! そうやったんか。だったらお礼せんとな。」

 

これが()()()()()()()である彼に対する、せめてもの恩返しになれば良いが……

 

「……では、おやすみなさい。はやて。」

「……うん、おやすみや。リインフォース。」

 

儀式用の魔法陣に魔力が満ち、夜天の魔導書が雪のように細やかな魔力の粒子と変わって行く。

それと同時に私の意識も薄れていき……

 

 

 


 

 

 

「……終わったんだね、本当に。」

「……うん。」

 

なのはちゃんとフェイトちゃんが夜空を見仰ぎながら、小さく確かめるように呟く。

私もそれに倣って星を見ていると、一つ輝く星が落ちて来た。

 

「……お疲れさま、リインフォース。」

 

手を伸ばして受け止め、胸に抱きよせる……リインフォースが眠る、小さな剣十字を。

 




闇の書騒動はこれで完結です。後はエピローグを挟んで、空白期がしばらく続きます。
空白期と言ってもほとんどは正月やバレンタイン等の『今までやってなかった季節モノ』の短編です。
(後は番外編の短編とかクライドさんの帰還とか)
それが終わったらいよいよStS?編です。今まで断固としてStS“?”編と書いてきた理由もその時までには分かるかと思います。(どこかの短編でやる予定なので)


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返って来た平和

滅茶苦茶難産でした。


闇の書事件の解決から一週間が経った。

 

世間はすっかりクリスマスムード一色で、皆闇の書事件のあれやこれやを早く忘れようと言わんばかりだ。

……あの後当然のように民間人の方でもう一騒動起きたりしたのだが、今に限ってはそれを忘れて楽しむとしよう。何せ今日は……

 

「「「「「メリークリスマス!」」」」」

 

俺達にとっても楽しい楽しいクリスマス会の日なのだから。

 

クリスマス会と言っても、すずかの家で行うクリスマス会は一味違う。

大きなクリスマスツリーが会場の中央に配置され、食事は小規模とは言えビュッフェ形式。

参加者は俺達とその身内だけだというのに、一見すればちょっとした立食パーティーのような雰囲気さえ感じられる。

 

そんな会場の中で俺達……なのは()、フェイト、はやて、アリサ、すずかの声が重なり、それぞれ手に持ったグラスで互いに乾杯を交わす。

 

その様子を少し離れたところで何処か遠慮がちに見守っていたシグナムが、恐る恐ると言った様子で尋ねた。

 

「本当によろしかったのでしょうか、我々もお呼ばれしてしまって……」

「はい、勿論! はやてちゃんのご家族ですから!」

 

そう言ってすずかが手に持ったグラスをシグナムの方に向けると、シグナムもその手に持ったグラスを重ね……

 

「む……では、ありがたく。…………メリークリスマス。」

「はい! メリークリスマス!」

 

……やはりまだ完全には打ち解けていないという事なのか、それとも照れくさいのか、シグナムが複雑そうな表情を浮かべている。

 

その後、ヴィータと目配せをすると幾分か表情が柔らかくなったようだが……何か念話でもしていたのだろうか。

 

「なのは、また難しい顔してるわよ。」

「あ、アリサちゃん。……私今そんな顔してた?」

「してた。……事件も解決したんでしょ? 楽しむべき時には楽しみなさいよ。

 ……ほら、アリシアみたいに。」

 

そう言ってアリサが見た方に目を向けると……

 

「アルフ、リニス! アレ見て、アレ! 七面鳥! 初めて見た!」

「ちょっ……! 落ち着きなよ、誰も取ったりしないから!」

「!? あれ、ローストビーフじゃない!? ローストビーフよね!?」

「あ、アリシア! 走ると危ないですよ!」

「生 ハ ム メ ロ ン!! 美味しそう!!」

「フェイトー! 今だけで良いから表に出ておくれー!!」

 

……シグナムやリニス達もお誘いする上で本格的なビュッフェ形式にしたのが災いしたのだろう。

いつの間に交代したのやら食欲に任せて暴走するアリシアと、料理を取りながらも追いかけるアルフの姿が見えた。

 

アルフの訴えに反して、フェイトは多分楽しそうなアリシアを止める事は無いだろう。最近になって気付いたのだが、ああ見えて結構な姉馬鹿なのだ。

止められるものが静観を決め込んだ今、アリシアを止められる者はいない。

この場に部外者がいないのを良い事に会場中を駆け回る彼女の表情は、非常に輝いていた。

 

……いやぁ、流石にあんな大はしゃぎは転生者的に難しいかなって。

 

アレは精神が本当の子供の内にしか出来ない全力の大はしゃぎだ。俺には出来ない。

でもそんなアリシアの姿を見ていると、確かに既に解決した事件に引きずられているのがバカらしくなるのも事実。

シグナムの様子については、まぁ今は良いとしよう。考えてみれば、彼女達も今更何か行動を起こす筈もないのだし。

 

「はやてちゃん、なにか食べたいものはありますか?」

「シャマル? そない気にせんでもええよ。シャマルも食べたいもんとかあるやろ?」

「でも、このままだとアリシアちゃんが全部食べちゃうような気がして……」

「さ、流石にそこまで食べへんとは思うけど……取りあえずローストビーフは確保しておいてくれるか?」

「はい!」

 

シャマルの方はこうして平常運転だしな。

そう思いながらはやてを見ていると、首元に煌めく剣十字が目についた。

 

「はやてちゃん、そのペンダントって……」

「あ、なのはちゃん! うん、リインフォースが眠る剣十字や。

 リインフォースには今度会った時に思い出を話すって言うたけど、

 やっぱりその思い出の中にはこの剣十字も一緒が良えからな。」

 

そう言ってはやては剣十字のペンダントを優しく撫でる。

心なしか、彼女に応えるように剣十字が輝いたように見えた。

 

「うん……リインフォースさんも、きっと喜んでくれてると思う。」

「ありがとな、なのはちゃん。けど、そんな言い方したらあかんよ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「えっ?」

「えっ?」

 

 

 


 

 

 

「――えぇっ!? リインフォースさんって、本当にその中に眠ってるの!?」

「えっ? うん、そう言ってたやんか。」

 

微妙に話がかみ合っていない気がしたのでもしかしてと思い、なのはちゃんに事情を伝えると凄い驚かれた。

たまたま近くに来ていたアリシアちゃんも驚いた様子だったので、多分フェイトちゃんの方も知らなかったのだろう。

 

「何で教えてくれなかったの!?」

「ご、ゴメンな……てっきり私が寝てる間にリインが皆にも話してると思って……」

 

本当に隠そうとしていた訳じゃないんだけど、やっぱり不味かったりするのだろうか……

 

「だ、だって……あんなにお別れの空気出して……!

 さよならみたいな雰囲気で……!」

「あー……アイツ昔から心配性な奴でさ。身内の事となると特にそれが顕著になるって言うか……」

「えぇっ!?」

 

ヴィータの入れた補足に大きなリアクションで驚き続けるなのはちゃんを余所に、アリシアちゃんが私の肩越しに剣十字を覗き込んできた。

 

「これがさっき言ってた神尾って人の魔法?」

「うん。『Spirit Evacuation』って言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()なんよ。」

「ず、随分ピンポイントな魔法なんだね……」

 

うん、私もそう思う。

 

だけど私がリインフォースにこの魔法を使うようにお願いした時は、このピンポイントさが却って役に立った。

何故なら彼女は『蒐集で数多の不幸を生み出した私が、蒐集で得た魔法で助かって良いのか』と悩んでいたからだ。

 

そんな彼女の説得の決め手になったのがこの魔法のピンポイントさだった。

『多分神尾君は元々リインフォースを助ける為にこの魔法を会得したんや。そうでないとこんなピンポイントな魔法、ある訳ないやろ?』私がそう話してようやく彼女は『蒐集で得たこの魔法』を使う事に納得してくれたのだ。

 

ところで……

 

「あれ、そう言えばアリシアちゃんもうご飯はええんか?」

 

見たところもう何か食べている様子はないけど……

 

「あはは、流石にもうお腹いっぱいかな。

 それにあまり食べ過ぎるとフェイトにも悪いしね。」

「えっ、もうそんなに食べてもうたんか?」

 

私の記憶が正しければ、最初にすずかちゃんが言ってた分だと……

 

「確かこの後、特製のクリスマスケーキが出て来るって……」

「ちょっと全力で体動かして来る!!」

「ちょ……! アリシアちゃん!?」

 

い、行ってしまった……凄いスピードで……

 

 

 

その後、落ち着きを取り戻したなのはちゃんと談笑していると、なのはちゃんの向こう側からアルフさんが駆け寄って来た。

 

「おーい、なのは……おっと、確かはやてって言ったっけ?」

「あ、アルフさん。その節はご迷惑をおかけしまして……」

「あっはっは、良いんだよ! あたし達も半年前は似たようなもんさ。」

 

そう言ってからからと朗らかに笑うアルフさん。

姉御肌って言うのだろうか、話していて気持ちの良い人といった印象を受けた。

 

「ところでさ、アリシア見なかったかい? 探してんだけど……」

「さっき体動かして来るって外に……」

「アリシアアアァァァ!!」

 

い、行ってしまった……凄いスピードで……

どうやら竹を割ったような性格の彼女も、アリシアちゃんを前にすると苦労人ポジになってしまうらしい。

 

「アルフさん、大変そうだね……」

「せやなぁ……うん? あの人って……」

「え?」

 

なのはちゃんが振り向いた方向には、誰かを探すような素振りをしながらこちらに近付いて来るリニスさんが見えた。

そして、私達に気付くと……

 

「なのはさん、はやてさん、少しお尋ねしたいのですが……」

 

そう言ってこちらに向かって歩いて来るリニスさんの様子に、思わずなのはちゃんと目が合い、笑い合う。

 

私達の予想通り、凄いスピードで駆けだしたリニスさんを見て、平和が戻って来たんだなと実感した。

 

 




次回にアニメでもあった「6年後」の描写を入れてA's編のエピローグとさせていただきます。
(空白期の短編は時間を巻き戻したりして補完します)

以下神尾の魔法が具体的過ぎる理由。

神尾は元々リインフォースを救うための特典を貰うつもりだった。
しかし、『物体を過去の状態にする魔法(能力)』は規制に引っかかって不可能とされた。能力の対象を『闇の書(夜天の魔導書)』に絞っても不可能。
『壊れたものを治す魔法』も考えたが、原作で夜天の魔導書の在り方が歪められた結果、『自動防御プログラムが存在するのが正しい状態になっている』事を思い出して断念。
『能力の“対象者”の意思だけを別の物体に宿す“能力”』は可能かと確認したが、『他者の意思を歪める能力』である為不可能と返答される。
考えた末、『能力』ではなく『魔法』ならば『蒐集』によって譲渡できることに気付く。
『魔法の“使用者”の意思だけを別の物体に宿す“魔法”』は大丈夫かと確認すると、可能との返答。
神自身の手で術式が構築され、神尾自身に付与された。
(この為、『Spirit Evacuation』はベルカ式でもミッド式でもない独自の魔法体系の術式となっている。)


過去話の冒頭に消し忘れたプロットメモの一部が残っていたので修正しました。
過去一恥ずかしい修正作業でした。

次からもし(あれ、これって本文じゃなくね?)ってのを見かけたらなるべく早めに教えてください!お願いします!




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6年後

タイトルの通り、6年後のアレコレです。長いです。


――闇の書事件の解決から時は流れて、6年後。

 

第97管理外世界『地球』は、闇の書事件をきっかけに『管理外世界』でありながら『時空管理局の支部』が置かれる事になった。

 

時空を超える術を持たない管理外世界でありながら『魔法』の存在を知覚し、『管理世界』になる可能性を持ったが為の特例処置である。

 

しかし『時空管理局の支部』とは言っても、管理局が直接地球の文化や技術の発展に関わる事は無い。

今の地球は自らの力で『管理世界』へ至る可能性がどれほどのあるかと言う観察期間であり、『管理世界』へ至る過程で道を踏み外す事が無いか、『質量兵器』を捨て去る事が出来るかと言う見極めの時期なのだ。

 

そして今、観察と言う目的の為地球に派遣された局員は、今日もこの海鳴市で正体を隠しながら任務に当たって(平和な日々を送って)いた。

 

「――うん、これで良し!」

 

その局員の名は『リンディ・ハラオウン』。6年前に地球で起きた2つの事件に関わり、共に解決へ導いた時空管理局の提督兼、次元空間航行艦船アースラの元艦長である。

 

あの事件の後リンディ・ハラオウンは艦長職を退き、この支部の担当を自ら買って出た。

彼女のその行動は『闇の書事件』の解決を切っ掛けとするところが大きかったが、それ以上に……

 

「はい、コレ今日のお弁当。お仕事頑張ってね。」

「ありがとう――行ってきます、リンディ。」

 

夫であるクライドの帰りを、家で待ちたかったからと言うのが大きいのだろう。

 

「行ってらっしゃい、あなた!」

 

アパートに据え付けられた転送装置に飛び込み、時空管理局へ向かう(クライド)の姿を見送ると、彼女は再び家事を熟し始める。

 

あの事件の後、とある奇跡によって返って来た幸せを噛み締めながら。

 

 

 

――時を同じくして、リンディが住むアパートの隣の一室。

 

「はいフェイト、アルフ、お弁当ですよ。」

「ありがとう、リニス。」

「サンキュー!」

 

中学三年生になったフェイトとその使い魔のアルフに、弁当を手渡すリニスの姿があった。

そしてその傍らに浮かぶモニターには……

 

『行ってらっしゃい、フェイト、アリシア。

 気を付けてね。』

「はい、行ってきます。母さん。……フェイトの事は任せてよ、ママ!」

『ふふ……ええ、お願いねアリシア。』

 

二人の母であるプレシア・テスタロッサが映っていた。

彼女はフェイトがあの事件で得た恩赦に加えて、彼女自身の技術的貢献や『ある事件』に関する情報提供等の貢献の積み重ねにより、約一年前に釈放されていた。

流石にまだ観察期間が続いており、次元世界間を自由に行き来する事は許されていないが、それも時間の問題だろう。

 

『じゃあマリーも呼んでいる事だし、私はそろそろ仕事に戻るわね。

 またバルディッシュの整備がしたかったら気軽に来て頂戴。待ってるわ。』

 

そう言ってプレシアの通信は切れた。

彼女の言葉からも分かるように、プレシアは現在時空管理局の技術部に所属している。

元々魔導工学部門の研究者だったプレシアの技術力は現在の管理局でも十分通用し、マリーことマリエル・アテンザからは結構頼られているようだ。

 

フェイトもバルディッシュの整備等の際に技術部の仕事を見る機会があったが、どちらが上司か分からなかったと言う。

 

「……じゃあリニス、アルフ、また後でね。行ってきます。」

「はい、行ってらっしゃい。」

「先に本局で待ってるよ!」

 

 

 

学校へと向かったフェイトを見送ったアルフは、リニスから貰った弁当を手に自らもアパートの奥に据え付けられた転送装置へと向かう。

 

アルフはあの後時空管理局に入局し、現在は執務官となったフェイトの補佐を務めている。

彼女()の『フェイトの隣に立ち続ける』と言う目標は現在も継続中であり、常に成長を続けるフェイトに置いて行かれないよう鍛錬の毎日である。

 

「先に行ってるよ、リニス!」

「はい。私も支度をしたら直ぐに行きますから、いつも通り準備運動でもして待っていてください。」

「あいよ!」

 

そんなアルフの鍛錬を指導しているのがリニスだ。

 

リニスもまたあれから管理局に正式に入局し、教育隊に所属している。

『プレシアから貰った知識』と『フェイトを育てた経験』を活かして士官学校で魔導理論を教えたり、望む者には『セバスチャンから提供される莫大な魔力』を活かして実戦形式で戦技教導をしたりしている。

 

「……さて、プレシアの弁当も出来ましたし、そろそろ行きましょうか。」

 

こうして今日も、テスタロッサ家の平穏な一日が始まるのだった。

 

 

 

そして、そんな日々はここでも……

 

「ほなシグナム、シャマル、グレアムおじさんに小包送っといてな。」

「はい、お気を付けて。」

「行ってらっしゃい、はやてちゃん!」

「行ってきます!」

 

シグナム、シャマルにそう挨拶して家を出るはやて。

その脚は既に完治しており、しっかりと自分の脚で地面を蹴っている。

 

「お、はやて! 行ってらっしゃい!」

「行ってきます、ヴィータ!」

 

通学の途中でヴィータとすれ違った。

彼女は闇の書事件で思う事があったのか、最近は今までと違う戦い方を身に付けるための鍛錬の日々だ。

豪快な一撃ばかりに頼らずコンパクトな連撃を活かした戦法の開発には、シャマルを一流のインファイターにまで育て上げたザフィーラの指導が最適であり、今朝の鍛錬もザフィーラを連れ出していたらしい。

 

「ザフィーラも、行ってきます。」

≪ああ、気を付けてな。≫

 

……尤も、行きかえりで毎回子犬の姿にならなければならない事にザフィーラはやや不満気ではあったが。

 

 

 


 

――次元空間航行艦船アースラ

 

 

「今日の任務はあの時のメンバーが勢揃いか……懐かしいな。」

 

アースラの艦長席に座るクロノが過去を懐かしむ。

多くの因縁が複雑に絡んだ『闇の書事件』も、事件後にクライドが帰って来た事でこうして懐かしむ事が出来るようになったのだ。

 

「ここ最近はずっと忙しかったからね~。まぁ、私達の仕事は無くならない訳なんだけど……」

 

無くなる事が無い次元犯罪と、依然としてブラックな職場に対する不満を隠そうともせずにエイミィが言葉に出すと、クロノは苦笑しながら宥めるようにエイミィに返答する。

 

「はは、まぁ今回の任務は久しぶりに平和な任務だ。

 同窓会だと思って羽根を伸ばそうじゃないか。」

「賛成!」

 

クロノとエイミィ、それぞれ『時空管理局提督 アースラ艦長』『時空管理局管制司令』に昇進して尚も二人のコンビは健在だった。

 

クロノの声が変わった時は少なくないショックを受けたエイミィではあったが、

なんやかんやで二人の仲は良く、エイミィの性癖を知る友人達の間では『進展するかしないか』で賭けが行われているとかいないとか。

 

「……そう言う訳だ、ユーノもどうだ? 久しぶりに。」

 

この間繋がりっぱなしだった通信先に、クロノが尋ねる。

相手は彼が今しがた名前を出したように、ユーノ・スクライアだ。

(彼女)は司書の傍らで様々な魔導技術に関する論文を発表し、学者としてもそれなりに名を知られる存在となっていた。

今回の任務にも、その知識を役立てる為に参加する事になっている。

 

『うん、それじゃあ時間通りに……』

「ところでユーノ君、なのはちゃんとは最近どう? 関係は進んだ?」

『いえ、時々会う事はありますけど、進展とかは別に……』

「え~、まだ~?」

 

ユーノは度々エイミィからこのような質問をされているが、その度に曖昧に返すだけに留めている。

 

と言うのもユーノは肉体こそ男性だが精神面は女性の転生者であり、

なのはも同様に肉体は女性だが精神面が男性の転生者だ。

二人の仲は良好ではあるが、互いに『友人』と言う認識が強く正直進展する気配は無いのだ。

 

そもそも思春期を迎えた今も、性の対象に悩む二人の事。

或いは周囲からの声を誤魔化す為に互いを利用する時も来るのかも知れない。

 

「エイミィ、仕事中だぞ。」

「あはは、ゴメンゴメン……」

『はは……』

 

 

 


 

 

 

桜の花びらが舞う通学路に、髪をサイドテールに纏めた女性が立っていた。

彼女()の名は高町なのは。先程、ユーノとエイミィのやり取りで登場した女性だ。

 

花も恥じらう可憐な容姿とは裏腹に、時空管理局にこの人ありと次元犯罪者から恐れられる中学三年生の少女(時空管理局武装隊 戦技教導官)である。

 

「オッスなのは!」

「あ、神田君、おはよう!」

 

隣を駆け抜けて学校へ向かう銀髪オッドアイのクラスメイトに、名前を間違えることなく挨拶を返す。

 

「なのは、おはよう。そっちは今日任務だっけ?」

「おはよう神原君! うん、フェイトちゃんとはやてちゃんも一緒だし、今回はあまり危険は無さそうかな。」

「……なのは達が危険を感じる任務っつったら相当だけど、まぁそれは良かった。」

 

その後も多くの銀髪オッドアイが彼女に挨拶をして過ぎ去っていくが、彼女はそんな彼ら一人一人に名前を呼んで送り出す。

そう、彼女はとうとう銀髪オッドアイ達の名前を間違えなくなったのだ。

 

やがて……

 

「なのはー! お待たせ!」

「あ! アリサちゃん、すずかちゃんおはよう!」

「「おはよう!」」

 

彼女の待ち人であるアリサとすずかが到着し、三人並んで歩き始める。

 

「なのはちゃん、今日はお仕事の日なんだよね?」

「うん、久しぶりに全員集合。ユーノ君も来るんだって。」

「何時から? やっぱり午後?」

「そう、だから……」

「分かってるわよ、ノートでしょ?

 いつも通り、アンタ達が写しやすいように綺麗に纏めてあげるわ。」

「あはは、ありがとう。アリサちゃん。」

 

気配りを強調して茶化すアリサに、礼を言うなのは。

彼女のノートだが、実は転生者であるなのは達にとっても割と本気に生命線なのだ。

 

元々唯一勉強が必要だった『社会』が、『地理』と『歴史』に分かれてパワーアップ。

前世と異なる情報が前世で身に付けた知識と喧嘩し合ってただ暗記するだけでも一苦労なうえに、

地球を離れている間の時事問題もテストに出るのだからたまったものではない。

 

社会の勉強から逃れるために、中学生に上がる前に管理局に入局しようとした転生者もいたほどだ。

なお、彼等は今も元気に中学生をやっているが……

 

そんな事を思い出しながら通学路を歩いていると、目の前に二人の人影が見えた。

 

「あ、フェイトちゃん、アリシアちゃん、はやてちゃん!」

「おはよう、なのはちゃん!」

「なのは、おはよう。……おはよう!」

「やっぱりシュールね……」

「アリサちゃん……」

 

その後、任務の事や授業の事、今度の休日の予定等を話し合いながら通学路を歩く三人。

 

彼女達の日常が今日も始まる。

 

 

 

――なのは達が生活する日本から遠く離れたイギリスのどこか。

 

ここにも、あの事件の後に生活を大きく変えた者が居た。

 

彼の名はギル・グレアム。元時空管理局の提督だった人物だ。

 

あの事件の後、彼は管理外世界に魔法の情報を広める原因を作った責任を取る形で管理局を辞した。

今は使い魔であるリーゼ共々生まれ故郷であるイギリスに帰り、海鳴市で生活するはやての援助をするなどして自分なりの贖罪を続ける毎日だ。

 

そんな彼の元に届いた小包。

それは八神はやてからの物で、手紙のほかにいくつかの写真が入っていた。

手紙は先日打ち明けた事件の真実に対し、

『今の家族があるのはグレアムおじさんのおかげでもある』として

罪を許すという旨の内容が少女らしい文字で書かれていた。

 

……そして、これから目指す夢についても。

 

少女のやさしさに手紙の文字が滲む。

手紙から目を離し、これから自らの夢の為に過酷な戦いの中に飛び込もうとする少女の力になるべく、傍らに立つリーゼ姉妹に声をかけた。

 

「リーゼ、紙と筆を持って来てくれ。

 それと……あのリストもね。」

「うん、わかったよ。父さま。」

 

彼の平穏な贖罪の日々は続く。

 

 

 


 

 

 

私立聖祥大付属中学校の屋上。

午前の授業を終えた()達は、そこに集まっていた。

言わずもがな、管理局の任務の為である。

 

「フェイトちゃん、はやてちゃん、準備は良い?」

「うん。」

「勿論や!」

 

二人に確認を取ると、私達はデバイスを取り出し、手のひらの上に浮かべる。

 

「レイジングハート。」

≪Yes, My master.≫

「バルディッシュ。」

≪Yes, sir.≫

 

私とフェイトの声に、レイジングハートとバルディッシュがそれぞれ了承の返事を返す。

そして……

 

「リインフォース。」

≪はい、はやて。≫

 

『闇の書事件』の後リインフォースが眠りに就いた剣十字を模したデバイス『シュベルトクロイツ』からは、長い銀髪の女性の姿が浮かび上がり、はやてに答える。

その姿はまさにあの時眠りに就いたリインフォースの生き写しだった。

 

そう、あれからはやてはマリーさんやプレシアの助けを借りて、無事に眠っているリインフォースの意識を核に新たなユニゾンデバイスの作成に成功していた。

プログラムの枷から外れた『剥き出しの意識』と言う、まさに『魂』としか表現できないそれを核に新たなユニゾンデバイスを作り出すという作業は困難を極めたが、彼女は乗り越えたのだ。

 

引き継ぐ事が出来たのはあくまでも意識だけであり当時の様な絶対的な力は持っていないが、はやてはそんな事を一切気にしていなかった。

彼女にとっては家族を取り戻せればそれで充分だったので、当たり前ではあるのだが。

 

何はともあれ、こうして私達の日常は続いて行く。

 

ここに居る全員が、今まで多くの苦難を乗り越えて来た。

これからも多くの困難が、悲劇が目の前に横たわるだろう。

 

だけど私達ならきっと乗り越えていける。

 

≪Stand by Ready.≫

「「「セットアップ!」」」

 

何故なら、私達のこの胸には不屈の心(Raising Heart)があるのだから。




この回をエピローグとして空白期に突入しますが、
飛ばされた間に起きた事の一部(クライド関連等)は短編で投稿する予定なのでご了承ください!


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A's編~StS?編の空白期
転生者達のクリスマス


時系列的には130話の裏での話です。


「お前らコップ持ったな?

 ……よし、それじゃあ地球最大の危機を乗り切った事を祝して!」

「「「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」」」

 

会場(自宅)を提供してくれた神谷の音頭で掲げられたコップを打ち付け合って、俺達のクリスマス会が始まった。

 

この場にはよく訓練の場で顔を合わせるメンバーの他、避難誘導の時に一緒になり親しくなったメンバーや、避難先の一つであった図書館で知り合ったメンバーも呼んでいる。

これを機に今まであまり関りの無かった転生者との親交を深めると言うのも、この会の目的の一つなのだ。

 

「乗り切ったって言っても、俺ら殆ど出番無かったけどな。」

「それな。

 管理局からしてみれば、無人世界に民間人連れてく訳にも行かないだろうけどさ。」

 

クリスマス会が始まって間もなく、反省会ムードになりつつあるのは今回の俺達の活躍がジュエルシード事件の時よりも少なく感じるからだろう。

 

「俺達だって少しは強くなったと思ってたんだけどな……

 まだまだ訓練が足りないのか?」

「いや、俺達図書館組からしたらお前らも十分化け物レベルだからな?

 比較対象がなのはやフェイトだと物足りなく感じるだけで……」

「ホントそれな。正直今回の一件で真面目に訓練しなきゃなって思ったわ。」

 

どうやら図書館組のメンバーから見ると訓練の成果はバッチリ出ているらしい。

流石にあれだけ魔法の訓練に時間費やしたのにそれほど差が出てなかったらガチにへこむから、その意見には正直ホッとした。

 

……しかし、アレだな。

いつもこの部屋に集まって会議してたからか、ここに集まるとどうしても会議っぽい話をしがちになってしまうな。

 

「……まぁ、アレだ。反省会は後にして、今はクリスマス会を楽しもう。

 地球が色々乗り切ったのは確かなんだし……な、神谷!」

「っと……すまん、いつもの癖でつい……」

 

神谷はいつも会議を纏める役回りだった事もあってか、完全に習慣になってしまっていたようだ。

その後すこし堅苦しくなりつつある空気を変えるために神谷が引っ張り出してきたゲームで対戦したり、互いの特典や得意魔法等について話し合ったり、テーブルに置かれたお菓子を食べる者や、中には訓練方法の相談をする者もいたりと各々自由に過ごしていた。

 

「あっ! おま……妨害ばっかすんじゃねぇ!」

「出て来るアイテムが妨害に偏ってるんだから仕方ないだろぉ~?

 ホラ追撃!」

なぁ、その鏡のアイテム今使ってみ?

「えっ? おう。」

「あっ!! やめ、ヤメロォーー!」

 

「えっ、魔法を自由に作れるってヤバくね? ガチチートじゃん……」

「そう思うだろ? でも案外制約が厳しくてな、イメージがしっかりしてないと変なのが出来るんだよ。

 例えばコレ、水魔法作ろうと思ってできたんだけどさ……」

「それ無暗に作るなって言っただろ神場ァ!!」

「今それを安全に処理できる奴(神宮寺)がいないんだぞ神場ァ!!」

「えっ、でもこの後……あ、何でもないっす。」

 

「『マジックスナック』に『マギアグミ』、『ウィッチ・チップス』……

 何て言うか、本当にやらかしたよな俺ら……」

「な……ブーム再燃ってレベルじゃないよな。」

「何か臨海公園の方で『魔法石饅頭』ってのも売ってたぞ。屋台で。」

「マジ? どんなだった?」

「見た目がジュエルシードみたいな色合いなだけのあんまんだった。」

「祭りの屋台で良くある奴だ……」

 

「へー……じゃあ集まる度にそれやってたから、あんなに魔力刃の操作性が上がったのか。」

「おう。続けてるとよく知ってる奴の魔力は自然と感じられるようになるから、

 背後から砲撃を撃たれても見ずに躱せるようになるぞ。

 ……相手にバインド掛けられなきゃな。」

「おぉ、良いなそれ。連携の練度も上がるって事だろ?

 魔力弾の玉のサイズはどんくらい?」

「最初は大体バレーボールくらい、威力は抑えて出来る限り頑丈に作る。

 後は趣味に時間を割きながら、魔力感知だけで他の奴の魔力弾に当てるって流れ。

 最初は上手く行かないけど、マルチタスクと魔力感知に慣れれば1時間くらいは続けられるようになるぞ。

 最終的にはスーパーボール大の魔力弾で同じ事が出来るようになる……あんな感じにな。」

 

――パァンパァンパァンパァン!

 

「人ん家の室内で何やってんだオイ!!」

 

クリスマス会が始まってそれほど時間も経たずにこのカオス。

青筋を浮かべながら注意する神谷の姿がいつぞやのクロノと重なって……

ああ、平和が戻って来たんだな……と実感した。

 

 

 


 

 

 

長かったようで短かったクリスマス会(?)を終えて帰宅の途中の事。

 

「……おっ、はやて!」

「えっ? あっ! アンタは……」

「もしかして、髪型変えた?」

「あはは、変えてへんよ? 神尾君。」

 

クリスマス会の騒がしさも既に懐かしく感じ始めた頃……俺は偶然、はやてと出会った。

闇の書事件が始まる前は頻繁に躱していたやり取りに平和を実感しながらも、了承を得て車椅子を押す。

途中までは同じ道なためだ。

 

「……そう言えば、あのヘルパーさんはどうしたんだ?

 今日はついて来てないみたいだけど……」

「あ、ああ……美香さんは……け、契約を解除したんよ!

 夜天の魔導書の浸食も無くなったし、お医者さんが言うには私の脚も良くなって行ってるって話やし……

 それに、今の私にはヴォルケンリッターって言う家族もおるからな。

 何時までも美香さんのお世話になる訳にも行かんやろ?」

 

そう言ってはやては明るく笑って見せたが、気のせいか少し声が震えていた気がした。

いくらしっかり者とは言え、はやてが小学生である事には変わりない。長年お世話になっていたヘルパーさんを家族のように見ていたのだとすれば、やっぱり新しい家族が出来たのとは別に寂しいという思いも出て来るのだろう。

 

「……悪い、ちょっと無神経だったか。」

「あっ、ええよ! 気にせんといても!

 まだ私の中で整理が追い付いてないだけやから……」

 

そう言った後、しばらく静かな時間が続いた。

何か話題をと考えてはいるのだが……あの事件の話しを蒸し返すのも違うと思うと、どうにも切り出せずにいた。

 

「あっ! そ、そうや! なあ、神尾君!」

「えっ!? な、なんだはやて?」

「あ、あのな、リインフォース……あの夜天の魔導書の中に居った、私のもう一人の家族の事なんやけど……」

「お、おう。」

 

以外と言うかなんと言うか、話を切り出して来たのははやての方だった。

俺としても事の顛末は気になっていたので、はやての方から話してくれるのはありがたかった。

ヘルパーさんが居なくなった後で、もしかしたらいなくなってしまったのかも知れないリインフォースの事を確認するのは気が引けたのだ。

 

「実は、今な……このペンダントの中に眠ってるんよ。」

「そ、そうか! 生きてるんだな……!」

 

良かった……! ちゃんとあの魔法はリインフォースも使えたのか!

あの魔法は元々が神様の手で作られた魔法なだけあって、完全に未知の魔法体系で構築された魔法だ。

リインフォースが使用できるのかに関しては正直賭けだった為、何気に不安だったのだ。

 

「ふふ、やっぱり知ってたんやね?

 リインフォースが言ってたんよ。

 『こんなに状況に即した魔法があるとは信じられません』って。」

「あー……まぁ、な。」

 

そりゃ、疑問に思わない訳はないよな……実際この為だけに貰った特典な訳だし。

はやてがこの話題を切り出したという事は、やっぱり情報の出所が気になったのだろうか……それとも魔法の出所か?

どっちにしても中々答え難い内容だな……転生や神様の事って、多分話して良いもんじゃないだろうし……

 

「あぁ、別にどこで知ったかとか、魔法をどうやって用意したのかはどうでもええんや。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ありがとうって言いたかっただけなんよ。」

「……へっ?」

 

まぁ、聞かれないで済むならそれに越した事は無いけど……ピンポイント過ぎて感謝されるってどういう事だ?

寧ろ一度使った後は使い道が無くなるから、容量の圧迫にしかならないと思うんだが……夜天の魔導書に容量と言う概念があるのならだけど。

 

「……実はな、最初リインフォースが言ってたんや。

 『蒐集で数多の不幸を生み出した私が、蒐集で得た魔法で助かって良いのか』って。

 私……多分、この魔法やなかったら……

 『リインフォースの為だけに用意された魔法』やなかったら、リインフォースの説得は出来んかったと思う。

 あの子の意思はそんくらい固かった。」

「そ、そうだったのか……」

 

あ、危ねぇーーー!! マジか!? いや、そうか! そうだよな!?

リインフォースが度重なる蒐集行為に心を痛めていたのなら、蒐集行為に救いを求めるのを避けるのが普通だわ! なんで思い至らなかったんだ俺!?

 

「うん……せやから、ありがとうな!」

 

くっ、完全な偶然にお礼を言われた時って、どう返せば良いんだ?

実際に結果オーライだったんだから受け取っておけば良いんだろうか……?

 

「お……おう、どういたしまして……?」

「あはは、なんやその顔! もっと自信持ったらええやん!」

 

そう言ってはやてが浮かべる笑顔はまさに天使のようで、俺がそう在って欲しいと願う姿そのままだった。

だから……

 

「どういたしまして!」

「うん、ありがとう!」

 

今は受け取っておこう。

今はまだ偶然だけど、いつかはやてを必然で助けられるようになろう……「どういたしまして」にそう決意を込めて。




神尾君、はやてと少し仲良くなる。

本当は紅蓮君もこれくらい活躍させたかったけど、今の私の実力ではあのプロット崩壊の対処は無理でした……ゴメン、紅蓮君。

本当はザフィーラと真正面から戦う筈だったのです。エグゾーストの機能も別物だったのです。でもダメだった……! 重要な伏線のある回のプロットが壊れたからどうしようもなかった……!(未練)


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もう一つの奇跡・起

――12月20日 17:40(日本時間)

 

次元空間航行艦船アースラは、艦長であるリンディ・ハラオウンの指示に従い、とある無人世界を目指していた。

 

「――各自、報告を。」

「えっと……航路は依然として安定。

 魔力干渉等による影響や次元震等の異常も見られません。」

 

何処か焦りを滲ませた表情のリンディの指示に、どこか戸惑った様子でオペレーター(銀髪オッドアイ)の一人が状況を報告する。

彼の動揺は仕方ない事だ。何しろ彼からしてみれば……いや、この船に乗る誰一人として、リンディがここまで冷静さを欠いた様子を見るのは初めての事だったのだから。

 

「……艦長、先ずは冷静になりましょう。

 今の指示も、もう何度目になるか……」

「分かってる……分かってるわ、クロノ。

 でも、もし()()の言葉が本当だったら……」

 

リンディが発した『彼女』と言う言葉に、クロノは『闇の書事件』が解決した後の事を思い出していた。

 

 

 


 

 

 

「――では、グレアム提督。

 これから裁判に向けての調書の作成に入ります。

 黙秘の権利はありますが、嘘偽りを述べる事は……」

「ああ、大丈夫だよ、クロノ。

 今更罪を免れよう等とは思わないさ。」

 

クロノは地球の衛星軌道上に停泊中のアースラの一室にて、ギル・グレアム提督の供述調書を作成する取り調べを行っていた。

 

別室では事件解決の際に意識を失ってしまったはやての検査が行われている。

彼女の体やリンカーコアに異常が確認できなければ、彼女達を地球へと帰し、早速管理局へ向かう予定なのだ。

 

 

 

――数十分後、ロックされていたドアが開き、取り調べを終えたクロノとグレアム提督が取り調べに使用していた部屋から出て来た。

 

「――では、これで取り調べは以上となります。

 規則なので引き続き身柄を拘束させていただきますが……」

「ああ、構わない。

 ……ああ、そうだ。これはリンディ提督に話そうと思っていた事なのだが、今の君にならば……うん?」

「ん?」

 

話の途中でグレアム提督が何かに気付いた様子を見せる。

彼の見遣る方向にクロノが振り返ると、慌てた様子のシャマルが通路の奥から走って来るのが見えた。

 

「あ! すみません、今お時間よろしいでしょうか!?」

「君は、確かはやての……」

「はい、シャマルと言います!

 クロノさんに伝えたい事があって、出来ればリンディさんと、あと……」

 

そう言って、シャマルはチラリとグレアム提督に視線を送る。

 

「……私もかね?」

「えっと、はい……大丈夫でしょうか。」

「今の私に決定権は無いが……どうする、クロノ?」

 

グレアム提督とシャマルの両名から視線を受け、少しの思考の後にクロノは答えを出した。

 

「……分かった。グレアム提督も含め、話を聞こう。」

「ありがとうございます!」

 

その後シャマルは「食堂で待っている」とだけ告げて足早に立ち去って行った。

クロノもグレアム提督もシャマルの話に心当たりが思い浮かばず、一先ずはリンディを呼んで彼女の話を聞こうと歩き始めるのだった。

 

 

 

――十数分後、食堂にはリンディ、クロノ、グレアム、リーゼ姉妹、シャマルを含むヴォルケンリッターの面々が集まっていた。

 

「それで、私達に話と言うのは何かしら?」

「先ずは前提として、私達の記憶について話しておきたい。

 話の本題に……と言うより、今まで私達が話せなかった理由に関わるんだ。」

 

そう前置きして、シグナムが話し始める。

 

「皆も知っての通り、私達は『夜天の魔導書』の一部だ。

 そしてこれも皆知っている事だが、先の戦いが終わるまで『夜天の魔導書』はデレックとその支配下にある自動防御プログラムの影響下にあった。

 ……何が言いたいかを簡潔に言うと、私達は先程まで自分の記憶の一部にプロテクトがかけられていたのだ。」

「プロテクトだと?」

「ああ……情報をすり合わせた限りでは、デレックにとって都合の悪い記憶がその中心のようだが、中には全く関係ない記憶も封印されていた。

 今回の話も、その封印されていた記憶に関する事なんだ。」

「……デレックにとって都合の悪い記憶がそんなに重要なのかね?

 デレックの反応が消滅した事は、アースラの計測器でも確認しているが……」

「いや、そちらではない。

 貴殿達にとって重要なのは、関係無い筈なのに封印されていた記憶の方だ。

 ……では、シャマル。」

「ええ……」

「……最初に、今まで話す事が出来ずにすみません!」

「!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてちょうだい!

 いきなり謝られても、どう返せば良いのか分からないわ!」

 

突然頭を下げて謝罪を始めたシャマルに驚きながらもリンディが嗜めると、

やがてシャマルは恐る恐ると言った様子で口を開き始めた。

 

「今から話す事は、あくまでも『可能性』の話です。

 私自身、それを確認している訳ではありません。

 もしかしたら……悪戯に傷口を開き、傷付けるだけかもしれません。

 それでも、貴方達には話しておかなければと思ったのです。」

 

そう言って彼女は旅の鏡を開き、中から一枚のカード状の物体を取り出すと、

震える手でクロノにそれを手渡した。

 

「……先ずは、コレを……」

「これは……古いタイプだが、管理局支給のデバイスか。」

 

手渡されたそれは、クロノの言う通り古いストレージタイプのデバイスだった。

基本的な魔法が入っており、癖が少なく扱いやすい事で当時は有名だったと記憶している。

 

一体これがどうしたのだろうか……そう思いながらも、手に取って観察してみる。

保存状態は良好なようで、魔力を通すと反応が返って来る事から今でも使用は可能だろう。

そう解析しながら、カード状の待機状態のデバイスを裏返したその瞬間、大きな反応を示す者が居た。

 

「ッ!!? クロノ! それを良く見せてくれ!」

「グレアム提督!? 何を……」

 

頼むような口調とは裏腹に、半ば引っ手繰るようにデバイスをクロノから奪い取ったグレアムは……そこに刻印されてあった番号を食い入るように見つめていた。

 

「……ま、間違いない……だが、どういう事だ……?

 何故このデバイスを君が持っていたんだ! シャマル!」

「と、父さま! 落ち着いて!」

「グレアム提督……そこには一体何が?」

 

今にもシャマルに掴みかかろうかと言うグレアムの気迫に、思わずリーゼ姉妹が組み付いて止める。

グレアムの様子から、そこに書かれた何かに原因があると判断したリンディが尋ねると、彼はリンディに件のデバイスを手渡した。

 

「……これは、本来君の手にあるべき物だ。

 そこに書かれているのは『局員管理番号』……そのデバイスの所持者を判別する番号だ。

 そして……そこに刻まれた番号を持つ者は……」

 

グレアムは彼の番号を決して忘れまいと記憶に刻み付けていた。

それは彼なりの戒めの一つであり、自らが払った()()()()()の番号。

 

そして、その番号はリンディも決して忘れまいとするそれと完全に符合していた。

 

「この、番号は……クライド……」

「なっ……!?」

「クライド君!?」

 

思わずと言った様子で呟かれた名前に、クロノとリーゼロッテが反応する。

見ればリンディはその眼から涙を流していた。

 

「シャマル……アンタ、今更こんな物返してどういうつもり?

 事と次第によっては……!」

 

リーゼアリアが怒りを滲ませながら問い詰めると、シャマルはその視線を受け止めながら……再び爆弾発言を落とした。

 

「……か、彼は……クライド提督は……

 生きている……可能性があります……」

 

 

 


 

 

 

当時を振り返り、クロノは思う。

 

――あの後は本当に大変だった、と。

 

クライドが生きている(可能性がある)と伝えられたリンディは、クロノが抑える間もなくシャマルの方を掴んで詰問していた。

『生きているってどういう事!?』『何処にいるの!?』『どうやって助けてくれたの!?』動揺している様に、怒っている様に、感謝している様に立て続けに質問をぶつけられたシャマルは、やがて『一つの座標』を示してこう付け加えた。

 

「私はエスティアにアルカンシェルが撃ち込まれる前に、クライド提督をその世界に避難させただけです。

 なので……私には彼が今も生きているかは分かりません。

 デバイスは……転送の後に落ちていたのを拾いました。彼の話をする時に必要だと思って。」

 

そこからのリンディ提督の行動は凄まじかった。

はやての容体の安定と後遺症が無い事を確認すると、はやてが目覚めるのも待たずに彼女の身柄をヴォルケンリッターに預けた。

 

本局に戻ってからも必要な手続きを過去最速で全て片付け、親友であるレティ提督

と話す前に再びアースラに乗り込んで今に至る。

 

……この場合『落ち着け』と嗜めるべきか、それでも仕事はしっかり済ませている事を称えるべきか非常に悩ましいが、ともかくこうして今彼女達はシャマルの示した座標へと向かっているのだ。

 

 

 

「――見えました! 目標の第217無人世界、『デマイン』です!」

 




シャマルがクライドのデバイスを隠していた場所は、旅の鏡を改良した魔法で作られた空間の内部です。
多分旅の鏡の術式の改造でこれくらいの事は出来るのでは? と思うのですが、『出来ねーよ!』って意見が多かったら書き直します。(書き直すと言っても多分デバイスが無くなって言葉のみでの説得と言う形になります)

-8/29 21:36 追記-

プロットメモ(と言うか話の流れメモ)が残ってたので修正しました!
ご報告いただいた方ありがとうございました!


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もう一つの奇跡・承

「上」「中」で分かるように三話構成の予定なので、多分次でクライド編は完結します。
……後日タイトルが「起」「承」に変わっていたらお察しください。


それは遡ること11年前――

 

輸送中だった『闇の書』の浸食により制御を奪われた次元空間航行艦船エスティア内に、ただ一人残った者が居た。

 

「――これで、闇の書の脅威はまた一時的にだけど防がれる。

 後、他に今出来る事は……」

 

そう呟きながら機材を操作する青年の名はクライド・ハラオウン。

正にいま沈まんとするこのエスティアの艦長であり、時空管理局の提督にまで上り詰めた男だ。

 

彼の指示で、既に他の搭乗員は退避済み。

闇の書により起動させられたアルカンシェルのチャージに割り込み処理もかけ、数分間ではあるが時間稼ぎもした。

 

……後は彼自身が撤退する事が出来れば被害は0に留められたのだが、状況はそう都合よく進んではくれなかったようだ。

 

「……やっぱり、殆どの機能の制御が奪われているな。

 脱出用のポートも既に機能を停止している、か……ッ!?」

 

何らかの気配に気づいたのかクライドがパネルから手を離した直後、操作していたパネルから突如として火花が飛び、木の根を思わせる触手が機材の隙間から溢れ出した。

それは、とうとうこのメインシステムも闇の書の手に落ちてしまったと言う証明だった。

 

「……ここまで、か。

 済まない、リンディ……クロノ……」

 

次々と溢れ出す触手が艦長席を侵食していく中、クライドは触手の波から救い出すかのようにして一つの写真立てを手に取った。

そこに映っているのは彼が何よりも大切にしている存在……妻であるリンディ・ハラオウンと、息子であるクロノ・ハラオウンだ。

二人の笑顔に触れるように写真を一撫でし……写真立てから取り出したソレを胸元にしまう。

 

出来る事ならば、今直ぐにでも逃げ出したい。

何が何でも家に帰って、もう一度二人の笑顔に触れたい。

 

そんな衝動が胸中で激しく渦巻いているのを実感する。

もうここには誰もいない。通信手段も今さっき闇の書に奪われた。

例え衝動のままに叫び、泣き喚いたとしても咎める者はいない。

 

――だけど、僕にはまだやる事がある。

 

しかし、彼は最終的に最後まで時空管理局提督である事を決めて立ち上がった。

 

既に機能していない自動ドアを魔法で破壊し、警告音が鳴り響く通路の中、彼は目的地へと歩を進めていった。

 

 

 

「……酷いな、こいつは。」

 

再度ドアを吹き飛ばし、彼が辿り着いたのは『闇の書』を安置してある一室だ。

闇の書の触手により壁も床も覆われており、かつての姿は見る影も無い。

そしてその中心に、この惨状を生み出した元凶があった。

 

「コレが暴走状態の闇の書か……」

 

妖しく輝きを放つ闇の書に、彼は一歩ずつ近づいて行く。

手元にはデバイスが握られており、一つの魔法が既に待機状態となっていた。

 

――さっき確認したカウントから考えて、この船にアルカンシェルが撃ち込まれるまでそれほど時間は無い。早く仕事を終わらせよう。

 

「……出来る事なら一矢報いてやりたいが、僕が出来るのはこれが精一杯だ。

 ――“解析開始”。」

≪Analysis.≫

 

彼の指示により、簡易的な解析魔法の光が闇の書を照らし出す。

可能な限り情報を集め、グレアム提督の端末に送信できれば、『闇の書事件』の恒久的な解決につながるかもしれない。

少なくとも何もせずに死を待つよりも、下手な攻撃魔法で無駄に闇の書を刺激するよりも有意義な時間の使い方だ。

 

――そんな彼の判断が、彼の運命を変える切っ掛けとなった。

 

「……!? なんだ、この光……!」

 

突如として闇の書から光が飛び出し、彼の前で人の姿に形を変えた。

 

「……君は、何者かな。」

「……私はヴォルケンリッター、湖の騎士シャマルです。

 闇の書に敵対する貴方を排除する為、蒐集した魔力により顕現しました。」

「ヴォルケンリッターか……話は聞いているよ。

 古代ベルカに於いて並ぶ者無しと謳われた4人の騎士……」

 

クライドもヴォルケンリッターの存在は知っていた。

古い文献にもその姿に関する記述は残っており、闇の書事件で彼女達の姿が目撃される事も多かったからだ。

それでもその正体を尋ねたのは、偏に時間稼ぎが目的だ。

チラリとデバイスに目を遣り、彼は考える。

 

――まだ12%……! 思ったよりも解析の速度が遅い。抵抗されているのか……?

  いや、闇の書の特徴を考えれば、単純に情報量が多すぎるのか……!

 

こうしている間にも解析は進んでいるが、それでもその進捗は芳しくない。

解析魔法の性質上、攻撃魔法や拘束魔法に割けるリソースは無いし、この場を大きく離れる事もままならない。

彼が目の前のヴォルケンリッターに対して出来る抵抗は、話術による時間稼ぎしかないのだ。

 

「君が顕現できる程の魔力……蒐集したのはこの艦からかな?」

「……」

「……黙っていては分からないよ。

 この艦の状況を見て貰えば分かると思うが、もう僕は助からない。

 冥土の土産くらい貰っても罰は当たらないだろう?」

 

出来る限り情報を引き出し、グレアム提督に送らなければ……そんな緊張と焦りが、再び彼の視線をデバイスに誘導した刹那――

 

「ぐっ……!?」

「すみませんが、時間稼ぎに付き合うつもりはありません。」

 

一瞬で間を詰めたシャマルに組み敷かれ、床へと叩きつけられてしまう。

肺が圧迫され、空気が締め出される。手首を捻られた際に、デバイスは彼の手元を離れてしまった。

 

――万事休すか……!

 

何も出来なかった事を悔やみつつ、諦めて目を瞑ろうとした瞬間……ぼやける視界にひらひらと舞い落ちる物が見えた。

 

――写真……二人の、写真……

 

思わず伸ばした手は、即座にシャマルに抑えられて届かない。

代わりにそれを手に取ったのは……

 

「コレは……写真ですか。推察するに、貴方の家、族……ッ!!」

 

シャマルがその写真を確認した瞬間、その目を見開いた。

彼女は慌てた様子でクライドの顔を覗き込み、写真と見比べる。

 

――どうしたんだ、急に血相を変えて……?

 

状況が飲み込めないクライドだったが、それでもせめてもの望みを込めて口を開いた。

 

「ああ、僕の何よりも大切な二人さ……

 これで最期だと言うのなら、せめて僕に手渡してくれないか。

 写真だけでも一緒に居たいんだ……」

「貴方は……! 貴方の名前を教えてくれませんか!?

 そうしてくれれば写真はお返しします!」

 

今更名前を聞いてどうしようと言うのか……そう思いつつも、写真を返して貰う為に答えた。

 

「クライドだ……クライド・ハラオウン。時空管理局の提……ッ!?」

 

自己紹介の途中で胸ぐらを掴まれ、強引に立たされる。

急な事に呆然とする彼の耳元にシャマルが口を近づけ、小さな声で語りかけた。

 

時間がありませんので、手短に話します。

 私が貴方をこの艦から逃がしますので、抵抗はしないでください。

「な、急に何を……」

静かに。闇の書に……

 いえ、()()()()()()()()()()()()にバレれば私は自由を奪われます。

 そうなれば私は貴方を助ける事も出来なくなる。

「く……分かった、どのみち死を覚悟した身だ。どうとでもしてくれ。

 

シャマルの言葉を全て信じた訳ではなかった。しかし彼女の切羽詰まった表情に嘘は感じられず、また元々助からないと思っていた命であった事もあり、クライドは彼女の要求に従う事にした。

 

ありがとうございます。このお写真はお返ししますね。

 

胸元に滑り込む手の感触。

写真が帰って来たと言う些細な安堵を感じたのも束の間、周囲に展開された多数の術式に目を奪われた。

 

――何て複雑な術式だ……!

  これは、超長距離転送……それに魔法と転移先の両方を隠蔽しているのか!?

 

しかし、そう見とれてばかりもいられない。彼が術式から読み取った情報によれば、この転送魔法の行き先は彼も知らない次元世界である可能性が高いのだ。

 

僕をどこに転送するつもりか聞いても……?

私達がずっと昔に蒐集に使用した無人世界の一つです。

 人間が生活する事が可能な環境と、食料となる動植物は確認しています。

どうしてそこにするんだ? そこでなくても、もっと近い所に……

すみません、まだバレる訳には行かないんです……!

 彼にだけは……!

 

シャマルのその言葉に、クライドは先程彼女が話していた『夜天の魔導書の中に居る彼』を連想して闇の書をチラリと見遣る。

 

……彼は知る由も無い事だが、この時シャマルが話した『彼』はそちらではなく『グレアム提督』の方だった。

そもそもシャマルがクライドを助けたいと言うのは、何も善意ばかりではない。

ここでクライドを救う事が出来れば、クロノやリンディ……ひいては管理局からの心象が多少なりとも改善され、彼女たち自身の未来に良い影響を与えるのではと踏んだからだ。

 

しかし、シャマルとしては可能な限り未来を変えたくないと言う考えもある。

仮にグレアム提督や管理局がクライドを見つけてしまえば、グレアム提督の取る行動は間違いなく変わる。

 

もしかしたら、地球にある闇の書の発見が遅れるかもしれない……

もしかしたら、デュランダルの開発がされないかもしれない……

もしかしたら、地球が滅んでしまうかもしれない……

 

所詮は可能性だ……そう考えて無視するには大きすぎるリスク。

だからこそ彼女は選んだ。

『クライドを救い』、それを『管理局から隠蔽する』と言う選択肢を。

 

やがて術式は完成し、クライドの転送が始まる。

 

君が何に怯えているのか僕にはわからないけど……ありがとう。

 どうやら君のおかげで、僕はまだ家に帰る事を諦めずに済むらしい。

……貴方に感謝される資格は、私にはありません。

 貴方を助けたのは、あくまで私達の都合でしかないのですから。

 それに、ここを生き延びても、あの世界で貴方が生き延びられる保証は……

それでも、ありがとう。

 可能性が残されていれば、僕は生きていける。

 君が繋いでくれた可能性の糸を辿って……僕は必ず、あの家に帰るよ。

……はい、私もそう願っています。

 その時が訪れれば、きっと貴方を迎えに行きますから……

 ですからどうか、諦めないでください……

 

そして彼の姿が艦の中から消えた数秒後……エスティアにアルカンシェルが直撃した。

 




最後の通信の後のクライドの行動は完全に捏造です。
もしかしたら生存を諦めていたのかもしれませんし、抗おうにも通路自体が塞がれていたかもしれませんが、この小説では彼はこう行動したと解釈しております。


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もう一つの奇跡・転

……はい。(タイトル)
文章が思ったよりも伸びました。
いっそ倍くらいの文字数になっても3話で終わらせようと思ったのに……


全天を覆うどんよりとした黒雲……

この無人世界ではこの雲が完全に晴れる事は無く、日の光が差し込む事も2、3日に1度程度の物だ。

 

天候は雨が多く、落雷や暴風に見舞われる事も少なくない。

気温が特に低い日には雹が降り、この世界の過酷さを更に際立たせる。

 

それでもこの世界には数多の動植物が独自の進化を遂げて生息していた。

 

植物は僅かな光合成でも生きていけるように進化し、些細な気温の変化で花開かせ、実をつけ、紅葉し、実を落とす。

 

動物は体毛が固く鎧のように進化し、更に肉食の物はその表皮を喰い破れるようにより鋭い牙や爪を備えた。

リンカーコアを持つ魔導生物も多く、曇天が殆どのこの世界が晴れる原因の大半は彼等の縄張り争いの余波だ。

 

そんな過酷も過酷な世界に11年もの間、たった一人で生きる男がいた。

 

「“スティンガー”!」

 

彼の指先から放たれた光が、今まさに襲い掛からんとする獣の頭を穿つ。

そうして狩った獣の頭部をこれまた指先から伸ばした魔法の刃で切り落とし、蔦状の植物を撚り合わせた即席のロープで木に吊るしたところで男は漸く一息ついた。

 

「アレからどれほどの時間が流れたのだろうか。

 彼女の言う“その時”はまだなのか、それとも……」

 

長い間一人で居た為かすっかり独り言が増えてしまった彼は、血抜きの最中に匂いに釣られて獣が来ないか警戒しながらこれからの事を考える。

 

「彼女の言う事を信じるのなら、こうして生き延びる事が最善だ。

 しかし、もしも彼女の身に何かが起きた場合……いや、そもそも彼女の気が変わっている可能性もあるか。

 あまり日が見えないから正確な時間は分からないが、アレから間違いなく5年以上は経っている。気が変わるには十分な時間か……」

 

あの時に落としてしまったデバイスの補助があれば、付近の次元世界を探知して転送魔法で管理局に向かえたかもしれない。しかし、無い物ねだりをしても意味は無い。

だが果たしてここで生き延びているだけで彼の悲願は叶うのか……

 

「……一か八か、デバイスの補助無しの転送魔法に賭けてみるべきなのかもしれないな。」

 

そんな事を考えながら、彼は血抜きを終えた肉を抱えて飛び去って行った。

彼の遥か上空……分厚い黒雲を隔てた先に、懐かしい顔ぶれの迎えが近づいているとも知らずに。

 

 

 


 

 

 

「エイミィ、映像を!」

「はい!」

 

リンディの指示により、モニターに目標の無人世界『デマイン』の地上の様子が映し出される。

 

「……薄暗い世界だな。日の光が入ってないのか。」

 

映し出された光景に、誰かの声が漏れた。

その声が示す通り映像は全体的に暗く、更に降り続ける雨によりさらに視界は悪くなっていた。

 

「これじゃ、良く分からないな……直接降りるしかないか。」

「そうね、せめて雲が晴れてくれればいいのだけど……!?」

 

クロノの言葉にリンディがそう呟いた丁度その時、彼女の頼みを聞くかのように激しい閃光がモニター一面に広がった。

 

「今の光は……?」

「わ、分かりませんが、魔力波動を検知しました!

 特徴から考えて、恐らくは何らかの魔導生物の物と思われます!」

 

やがて光が収まり、復旧した映像には……先程の光が原因だろう、雲にぽっかりと空いた大穴から差し込む日光により、幾分か見やすくなった『デマイン』の光景が映し出されていた。

 

「……どうやら安全とは言い難い世界の様ね。」

 

リンディのその呟きが、先程の映像の衝撃に静まり返ったブリッジに響く。

やがてリンディは静寂を打ち破るように指示を飛ばす。

 

「急いで捜索隊を編成します!

 直接降りる部隊はA班とB班の二つ、それぞれの指揮は私とクロノ!

 エイミィは私達の部隊に負傷者が出た場合の回収と連絡を!」

 

指示が飛ぶと同時に、皆一様に姿勢を正す。

例え問題が多いと指摘される銀髪オッドアイだろうと、数年間管理局で働いてきた経歴は本物だ。リンディの指示が飛んだ瞬間、その意識は切り替わっていた。

 

「捜索対象は……11年前、この無人世界に流れ着いたと思われる時空管理局提督……

 ――クライド・ハラオウン!」

 

……クライドの名が出た直後、小さく「えっ!?」と言う声が響いたが、意識は切り替わっているのだ。気が抜けやすいだけで。

 

「彼の状況は生死を含めて全て不明!

 その為、何かしらの痕跡を発見次第、情報の共有を行う事!」

 

しかしリンディも慣れたもので、『いつもの事』だと気にせずに指示を飛ばす。

あんな様子でもなんやかんやでしっかり仕事は果たしてくれるのも『いつもの事』だからだ。

 

 

 


 

 

 

「ここがデマインか……

 分かっていたが、酷い天気だ。」

 

捜索の為に第217無人世界『デマイン』に降り立った俺を待っていたのは、この無人世界の天候と言う手荒い歓迎だった。

 

空が一面の雲に覆われ、絶えず雨の降り続く無人世界か……

元々気温が低いと言うのに、雨の所為で更に体温が奪われる。情報で聞くよりも遥かに過酷な環境だ。

 

11年前、今生の父であるクライド提督はここに来たのか。デバイスも無しに……

 

……良くない可能性について考えるのは止そう。

既に捜索隊のメンバーは、ここに降り立った際に決めた方針に従って捜索を開始している。

俺も動かなければ……

 

 

 

 

 

 

≪クロノさん! ちょっとこちらに来てください! 座標は……≫

 

それはデマインに降り立ち、捜索開始から約1時間後の事だった。

散開して周囲を捜索していた局員の一人から、有力な痕跡が見つかったと言う情報を得て向かってみると……

 

「どうっすかコレ! 少なくとも『人間』かそれと同レベルの知的生命体が居るって痕跡でしょ!?」

 

興奮気味に話す局員は頻りに地面と()()()を指差しており、そこには……

 

「……なるほど。

 木の枝には何か細い物で付けられた傷、そしてその真下の地面には……微かな出血の痕跡か。

 雨で随分と流れてなお目視が可能な痕跡があるという事は、相当な出血量が予想される。

 位置と血の枝につけられた傷の形状を踏まえて考えると……確かに『血抜き』の線が濃厚だな。

 付近に戦闘の痕跡は?」

「そっちはまだ分かんないっスね。

 でももしもココで獣を狩ったのが魔導士なら多分魔力を使ったと思うんで、

 今エイミィさんに魔力反応を調べて貰ってるところっス!」

「ふむ、分かった……確かに有力な痕跡だ。

 本来デマインが無人世界である以上、この痕跡は捜索対象が残した物である可能性は高い。

 エイミィの報告を待つ間、少しこの周囲を念入りに調べるとしよう。」

 

そう指示を出しながら彼の方を見ると、何処か複雑そうな表情でこちらを見ていた。

 

「なんだ、その表情は?」

「いや……何と言うか、落ち着いてるなって。

 クライドさんって言えば、クロノさんの……」

 

そう言いかけて口を噤んだ様子を見て、彼の言わんとした事を察する。

報告時の彼の興奮は、てっきり自らの功績に関する物だとばかり思っていたが……もしかしたらもっと単純な理由だった(ただ僕を喜ばせたかっただけな)のかもしれないな。

 

そんな彼の努力に対する報いになるかは分からないが、俺は自分の胸の内を少しだけ明かす事にした。

 

「……僕はただ()()()()()()()()()()()()()だ。

 それも『任務だから』と言う理由ではなく……下手な希望を持って、それが否定されるのが怖いってだけの理由でな。」

「クロノさん……」

 

そこまで言って、分厚い雲に覆われた空を見上げる。

デマインに到着するまでに調べた情報によれば、この無人世界ではこの黒雲が晴れる事自体が稀だと言う。

その為デマインは常に気温が低く、降り続く雨が絶えずあらゆる生物の体温を奪う。

 

爬虫類の様な変温動物ならばまだしも、人間の様な恒温動物には生き辛い環境と言えた。

 

「……11年だ。

 シャマルの言葉が真実だとして、この過酷な無人世界に11年。

 正直、『ここ』に来るまでは諦めの方が()()()()よ。」

 

血抜きの痕跡を見つけた今だからこそ『もしかしたら父は生き残っているかもしれない』と思えるが……正直な所、それまでは『こんな環境で11年も生きる事など不可能だ』とさえ思っていた。

 

捜索隊を指揮する者が捜索対象の生存を絶望視していたなんて、大っぴらに言える筈もない。

だから本来この事は誰にも言わず、隠しておくつもりだったのだが……

 

「……きっと大丈夫っス。

 クライドさんも管理局の提督まで上り詰めた魔導士っスから、きっと生きてますよ。」

「ああ、僕もそう願っている。」

 

……どうやら俺は存外、こいつらの事を信用していたらしい。

彼の言葉で少しだけ湧き上がってしまった期待の気持ちを自覚して、そう思った。

 

 

 

 

 

 

『クロノ君! 聞こえる!? クロノ君!!』

「……うるさいぞエイミィ、聞こえているから落ち着いて話せ。」

『あっと、ゴメンねつい……』

「いや、良い。それよりも、魔力の反応を調べていたのだろう。結果が出たのか?」

『そう! そうなんだよ! えっとね……!』

 

周囲の情報を集め始めてから数分後、興奮冷めやらぬと言った様子のエイミィから通信が届いた。

その様子に冷静な返答を心がけつつも、ついつい期待してしまう。

 

『検査結果だけど、確かにその地点で数回魔法が使われてるよ!

 時間経過で反応が弱くて魔力波動の検査は出来なかったけど、使用された時間は“3時間以内”!

 まだそう遠くには行ってないと思う!』

「分かった。B班のメンバーをこちらに集めてくれ。

 それと母さ……A班の方にも情報の共有を。こちらに合流するか否かは艦長の判断に任せる。」

『うん!』

 

通信が途切れた事を確認後、痕跡の発見者である彼と合流して他のメンバーの到着を待つ事にした。

転送の術式がある以上それほど時間が空く訳ではないが、何もしないと言うのは心が落ち着かない。

この間に得た情報を整理するとしよう。

 

先ず戦闘の痕跡かは不明だが、少し離れたところに四足獣の足跡があった。

野生動物の痕跡としてはありふれたものだが、足跡の付き方に特徴があり、足の先端側が特に深く抉れていた。恐らくは跳躍したか突進したか。

いずれにせよ、『何者かに襲い掛かった際の動作』として考えられるものだ。

 

そしてその数m先の地面には、恐らくは先の動作の途中で狩られたのだろう。その四足獣が跳躍か突進の勢いそのままに地面を滑った跡があった。

血の痕跡は残念ながら流されてしまったようだが、ここで『狩り』があった事はもはや明白だった。

 

この無人世界の天候を状況を合わせて考えれば、恐らくはここからそう遠くない所に拠点を構えている筈……

 

そこまで考えたところで、転送の反応を感知したので思考を切り替える。

『今までの事』から『これからの事』へと。

 

「エイミィから凡その事は聞き及んでいると思うので、簡略化して説明する。

 ここで魔法を使用した『狩り』の痕跡があった。エイミィが調べた結果、約3時間前との事だ。

 そして付近の木に血抜きの痕跡があった事から、魔法の使用者は『魔導生物』ではなく『魔導士』である可能性が高い。

 因ってこれからはこの地点を中心に捜索をしようと思う。

 ……ここまででなにか意見や質問がある者は?」

 

そう言って見回すと、一人手を挙げた者が居たので発言を促した。

 

「捜索範囲はどの程度を?」

「想定しているのは1㎞以内だ。

 狩った獲物を運び去っている事から、拠点がある事は明白。そして……」

「血抜きに使用されたと思われる木の傷や、狩りの際に出来たであろう痕跡から、獲物は相当の重量があった事が想定される。

 それだけの獲物を全て持ち去った事から、手間をかけて重量を減らす事よりも血の臭いが肉食獣を引き付けるリスクを避けた事が分かるわ。

 よって拠点はここからそう離れてはいない……そうよね、クロノ?」

 

声に振り返ると、母さんが来ていた。

その方向と口ぶりからして、恐らくは自分の目で痕跡を確認してきたのだろう。

 

「艦長……はい、その通りです。」

「例の痕跡に目を通して来たわ。

 少なくとも私達の調査した場所よりも、こちらの方が可能性が高いようね。

 私達も捜索に合流させてもらうわ。」

「分かりました。それでは総指揮を艦長に……」

 

受け渡しますと続けようとしたところで、母さんに手で制された。

 

「いえ、総指揮は貴方が執りなさい。クロノ。

 貴方の部隊が見つけた痕跡である以上、それが道理と言う物よ。」

「……分かりました。」

 

そう言う母さんの表情を見て、続けようとした言葉を飲み込む。

 

本当は誰よりも早く探しに生きたいのは母さんだ。

自分の手で見つけたい……誰よりもそう願っているのも、母さんだ。

 

それでも指揮を俺に任せるという事は……見極めの時期という事なのだろう。

 

――アースラの艦長となるに相応しいかどうかの。

 

幼い頃から前世の知識や特典のおかげで“神童”と呼ばれた俺の執務官昇進には、期待の声と同じくらいにやっかみの声もあった。

それは『リンディ・ハラオウンは身内贔屓をしている』といった言いがかりに近い物から、『実力に経験が伴っていない』といった『一理ある』と言える物まで様々だ。

 

だからこそ、母さんは今回の捜索を見極めの機会の一つに選んだ。

『逸る感情に流されない冷静な判断を』……そう期待する母の目に応える為にも、俺はここで示さなければならない。

『特典』や『前世の知識』ではどうにもならない……『俺自身の素質』を。

 

 

 

 

 

 

周辺の調査の結果、拠点と思しきものはなかなか見つからなかった。

狂暴な魔導生物の存在も複数確認できたことを踏まえて考えると、雨風だけではなくそう言った外敵から身を隠す構造になっているのだろうと想像は付く。

問題はそれが原因でこちらの捜索も困難になっているところか……

 

「落ち着け……焦るな……

 こう言う時、もしも僕がこの世界に迷い込んだらどこに拠点を置く……?」

 

思い通りに行かずに焦り出す心を落ち着ける為、敢えて小さく呟くようにして思考を纏める。

 

「これだけの雨だ、飲み水は困らない。寧ろ洪水等の危険を避ける為に川の周辺は避ける……

 一方で体温を奪われない環境が欲しいな。

 理想的なのはやはり洞窟だが……付近の岩壁にはそれらしい物は確認できていない。」

 

呟きながら今しがた調べ終わった岩壁を撫でる。

今俺がいる場所は例の痕跡があった場所から北西に数百メートルの所にある断崖の麓だ。

雨風を凌げる環境と聞いて真っ先に思い浮かぶのは洞窟……故にこうしてもっとも近場にあった断崖に洞窟が確認できないか、捜索隊を総動員して調べているのだ。

 

だがそもそもそれでは『外敵を避ける』と言う目的にはそぐわない。

地面に近ければ近い程、魔導生物が迷いこむ可能性が……

 

……待てよ?

洞窟と言う環境はこの無人世界に於いて『地上の魔導生物に見つかりやすい』と言う点さえ除けばかなり理想的な拠点だ。

もしも俺がこの無人世界に来たなら……もしも俺がこの環境で拠点を築くとしたなら……!

 

その可能性に思い至り、俺は頭上を見上げた。

雨の所為で数十m先も霞んでしまい、この位置からは何があるかもわからない……だからこそ、地上の魔導生物から見つかる可能性も極めて低い……!

 

何となくだが確信した。

『俺がこの無人世界にたった一人迷い込んだなら』……

 

「岩壁に魔法で穴をあけて拠点とする……!」

 

そうだ、何も前世の思考で考えなくても良いのだ。

 

魔法があるから穴を掘るのに道具は要らない。

魔法があるから地上付近の洞窟に拘る理由も無い。

気付いてしまえばなんと簡単な事だったのか……

 

「……『実力に経験が伴っていない』か……確かにそうだったな。」

 

俺には『この世界の経験』が全く伴っていなかった……!

 

「さて、そうなれば話は早い……早速皆に指示を出すとしようか。」

 

 




違うんですよ。再会のシーンに一定以上の文字数は割きたいじゃないですか。
だけど捜索シーンあっさり目にすると、今までの流れとか壊しちゃうじゃないですか。
それは何かやだなって……
なので元々いつもの倍くらいにはなるかもなって思ってたんですけど、予想外に伸びちゃって……(言い訳)

今度こそ次回で終わるので……(終わらなかったら多分タイトルの後ろに『①』みたいな数字が付きます)


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もう一つの奇跡・結

ギリギリセーフ! 最後少し雑になってしまったけれど(現在時刻 23:57)


「995……996……997……!」

 

何処かの洞窟の奥に、誰かの声が響いている。

 

「998……999……1000……!」

 

苔の様な植物が放つ柔らかな光が照らし出す空間に、その声の主は居た。

 

全身に汗を滲ませたその青年は、手に持っていた手作りの器具をゆっくりと床に下ろして一息つく。どうやら日課としている一連のトレーニングは、今しがた終えたもので一区切りついたらしい。

 

見回してみればそこは中々に異質な空間だった。

岩の壁をくり抜いて作られた事が伺える壁面は、近代的な内装を思わせる程に滑らかに整えてあり、所々に生えた苔を見なければここが洞窟の中だとは誰も思わないだろう。

 

床もまた壁と同様に水平に整えらえており、この部屋を作った男の拘りが見て取れる。

そしてそこに置かれている物は、テーブルや椅子と言った日常生活に使用する物を除けば主に体を鍛える為に使用される事が想定される物ばかりだ。

 

先程青年が床に下した物……両端に重い石材を取り付けた木製の棒もその一つ。

 

この部屋にある物は……いや、この部屋を含め、この空間の殆どが彼自身が一人で作り上げて来た物だった。

 

 

 


 

 

 

「クロノさん、見つけました! 多分あそこで間違いないです!」

「よし、直ぐにそこまで案内しろ!」

 

あの後、俺達は断崖の壁面を集中して調べていた。

最初の頃は不自然な洞窟があればすぐに見つかるだろうと高を括っていたが、止まない雨と日光を遮る黒雲の所為で視界が悪く、こうして人海戦術を用いても尚、捜索は困難を極めていた。

 

そんな中、漸く入ったそれらしい知らせについて行くと……

 

「なるほど、間違いないな……艦長にも連絡を。」

「はい!」

 

彼の自信の意味が分かった。

そこは周辺の壁面と比べると不自然に窪んでおり、その奥にぽつんと大きめの岩があるだけの場所だった。

 

岩の大きさは直径3m程……そして地面はほぼ水平に均されており、更には岩の下に引きずったような窪み。

 

「魔導生物の視界から隠れられ、人が見れば明らかに分かる隠れ家か……」

 

人がいない無人世界では確かにこれが最適の拠点と言えるのかもしれない。

 

「クロノ、連絡を受けて来たのだけれど……なるほどね。」

「はい、岩の奥に誰かしらの気配も感じます。

 艦長が……」

「クロノ、今は『母さん』って呼んで頂戴。

 どうやら彼も気を利かせてくれたみたいだからね。」

 

母さんの声に辺りを見回すと、先程ここまで案内してくれた局員はいつの間にか姿を晦ましていた。

 

「……アイツ、慣れない事を。」

「でも嬉しい気遣いよ。あの人と出会えたら……私、きっと『艦長』の顔でいられないもの。」

 

ああ、母さんの気持ちは分かるな。

俺自身、きっと平静を保ってはいられないだろう。

父さんは管理局の仕事が忙しく、顔を合わせる機会が多かったとは言い難いが、だからこそたまに会う時は目一杯の愛情を注いでくれた。

 

だからこそ、俺はこの世界で彼の事を素直に父さんと呼ぶ事が出来たのだから。

だからこそ、知っていたの筈の彼の死の知らせに泣いたのだから。

 

「じゃあ、岩をどかすよ……『母さん』。」

「ええ、お願いするわね。クロノ。」

 

魔力を注ぎ岩をどかせた先には、やはり奥へと続く洞窟がその口を開けていた。

 

 

 


 

 

 

薄暗い洞窟の中をクロノと共に歩く。

最初の内は自然物のようだった洞窟の壁面や床は、奥に進むにつれて表面が研磨されているように滑らかになってゆき、今となっては洞窟と言うよりも通路と表現する方が相応しいと思える程に整えられていた。

 

そのまましばらく進むと、通路は左へと向かう曲がり角に差し掛かった。

一本道かつほぼ直角の曲がり角……もしも魔導生物が飛び込んできても、ここでその勢いを殺す為の構造だろうか。その先からは淡い光が漏れ出している。

 

……魔力波動を感じる。どうやらこちらの正体が分かっていない為に警戒されてしまったらしい。

 

私は彼を安心させる為に、彼と良く交わした会話のトーンを思い出しながら声をかけた。

 

 

 


 

 

 

それは食後のトレーニングを終えて一息ついていた時だった。

 

 

 

――雨の音が強くなった? 入り口を隠していた岩が壊されたのか?

 

この拠点が魔導生物に見つかった事は今まで無かったが、それは前例がないだけで『必ず見つからない』と言う保証にはならない。

緊張が走る。

 

使う事が無いようにと願っていた曲がり角の構造……速度に自信がある魔導生物だろうと、こう言うところでは速度を落とす。

そこを確実に狙う為に、速度を重視した射撃魔法を待機させる。

 

……気配の速度はゆっくりだ。こちらの存在に気付かれていないのか?

足音は4つ……だが四足獣にしてはリズムがおかしい。

 

もしかしたら……そんな淡い期待を抱きつつも、決して油断はせずに身構える。

ここに潜伏する為にやって来た次元犯罪者の可能性もあるのだから……

 

 

 

「――時空管理局です。貴方に危害を加えるつもりはありません。」

 

曲がり角の向こうから響いた声に、一瞬で頭が真っ白になった。

聞き間違える訳がない、ずっと会いたいと願っていた人の声だった。

何度も夢に見た。目が覚める度にもう一度夢に浸りたいとその度に願った。

 

「ぁ……っ!」

 

上手く声が出ない。癖になってしまった独り言ではスラスラと言葉に出せる思いが、この時ばかりは何も出て来なかった。

 

――いや、違う。きっと色んな言葉が我先にと出ようとしているが為に、詰まってしまったのだ。

 

だがそんな小さな呻き声の様な物でも、相手の女性には伝わってくれたらしい。

曲がり角を隔てた先で息を飲んだのが伝わって来た。

 

「……ずっと、貴方に会いたかった。貴方は死んだって聞かされていたから。」

 

涙交じりのその声に、今度こそ僕は自分の思いを……一番の願いを言葉にして吐き出した。

 

「……僕も、ずっと貴女に会いたかった。ずっと貴女の待つ家に帰る事を夢に見ていたんだ……リンディ……!」

 

居ても経っても居られずに駆け出す。曲がり角の向こうから、僕と同じように駆けて来た影を、誰かと確かめる前に抱きしめる。

 

「会いたかった……っ! ずっとこの手で、君に触れたかった!」

「私も……私も、貴方にもう一度会いたかった……! 貴方の声が聞きたかった!」

 

何十年ぶりかに聞いた自分の泣き声のみっともなさを、彼女に聞かれる事も考えなかった。ただただ今は感情のままに居たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昔より大きくなったわね。筋肉もついて……」

「ああ、この世界で生き残るために鍛えなおしたんだ。魔法に頼るにしてもデバイスが無かったから……」

「髪……随分と伸びたのね。」

「前髪はともかく、後ろの方は一人ではカットもままならないからね。」

「髭も伸びてるわ。」

「はは……手厳しいね。」

「少し体臭もするわ。」

「う……一応水浴びでやれるだけの事はしていたんだけどね……」

「……でも、これが生きてるって事なのよね。

 ここでずっと貴方が生き延びて来た証……」

「……うん。君に……君とクロノにもう一度会う事だけを考えて、今まで生きて来た。

 君達の存在があったから、今まで生きて来られたんだ。」

「あなた……っ!」

「リンディ……ッ!」

 

 

 


 

 

 

リンディさんとクロノさんが入って行った洞窟の外……

魔導生物が飛んでこないかの警戒中に、たった一人だけ洞窟の外に出て来た影があったので声をかけた。

 

「……あれ、クロノさん? 一人で出て来たんっスか? クライドさんは……?」

「ああ……あの空間に居ると、実の子である筈の僕ですら邪魔者に思えてしまってね。」

「? ……! あー……まぁ、夫婦っスからね。溢れ出す思いとかもやっぱり多いでしょうね。」

 

一瞬言っている意味が分からなかったが、よくよく考えればあの二人はクロノさんが生まれる前からずっと付き合っていた訳だし、感情の大きさとかもクロノの比ではなかったという事だろうと直ぐに思い至った。

 

多分今頃はアレだな……海外映画とかだとキスシーンに入るようなイチャイチャ状態なんだろう。そりゃ間には入れないわ。

 

「とりあえず、クライドさんは見つかったんっスよね?」

「ああ、エイミィに連絡は済ませてある。

 ……しばらくは二人の時間を過ごさせてやれ、ともな。」

「了解っス。

 まぁ、30分でも1時間でも待ちますか。11年待った人に比べりゃ直ぐも直ぐっスよ。」

「……少々意外だが、君は結構気が利く奴だったんだな。」

「えぇ……? ちょっと俺のイメージについて30分でも1時間でも問い詰めたいんスけど……」

「済まないが遠慮させてもらうよ。僕も少し一人で考えたい気分なんだ。」

 

そう言って珍しく満面の笑みを浮かべるクロノの表情に少しの違和感を感じた。

目に不自然な力が籠もっているように思えたのだ。

 

「……まぁ、待つのが一人増えるくらいなんでも無いっスけどね。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んで呼ぶ時は念話でお願いっス。」

「ああ、済まないな。」

 

そう言って雨の中に飛び去る上司の背中を見送る。

 

「……別にこんな時まで涙を隠す必要なんてないと思うんだけどなぁ。」

 

まぁこの声も雨に消されて届く事は無いんだろうけど。

 

 

 


 

 

 

その後、しばらくして洞窟から連れ立って出て来た父さんと母さんの様子は、局員と言うよりもデート中の恋人同士と言う印象だった。

俺が外で待っていた事を知った母さんは俺に一言謝った後、父さんに俺を紹介。この年で既に執務官についている事に驚いていたが、母さんが『もうしばらくしたら艦長になって提督よ』と言うとさらに驚いていた。……いや、最後の内容に関しては俺も驚いているのだが。

 

さて、さらにその後の展開についても軽く纏めよう。

 

管理局に保護される事になった父さんだが、長年暮らしていた拠点に妙な愛着を持ってしまったらしく、一部の道具を持って行くことになった。

まぁコップとか皿だとかの小物なので問題とかは無かったのだが、父さんの言う『記念』と言うのは流石に今の俺には分かりかねるな。

 

……いつか俺もサバイバル生活する羽目になったら分かるのだろうか? 分かる日が来ない事を祈るとしよう。

 

アースラに乗り込んだ父さんは先ず身嗜みを整える事になった。

元々長期間の任務も想定した間である為、一通りの物が揃っており、身嗜みを整え終えた父さんは見違えるほど若くなっていた。

 

その後数日かけて本局に戻った父さんは、裁判の途中だったグレアム提督と再会。

グレアム提督が再び闇の書事件に関わった事とその顛末を知った父さんは、グレアム提督に謝罪した。

どうやら父さん曰く、グレアム提督があのような行動に走った原因の一端が自分にあると思ったらしい。

慌てふためくグレアム提督の様子は、長年稽古をつけて貰っていた俺も初めて見る物だった。

 

 

 

――そして今。

 

「いやぁ、クロノがもう艦長か……

 もう僕の実力もいつの間にか超えられてしまっているし、無くした11年の重みを今更ながらに痛感するよ。」

「まぁまぁ、今日はおめでたい日なんですから。

 はい、どうぞ。」

「おっと……ありがとう、リンディ。」

 

俺は次元空間航行艦船アースラの艦長となる為の試験を無事にパスした。

今は時空管理局の支部兼、我が家となった地球のマンションでささやかなお祝いをしているところだ。

 

「……ここは良い世界だな。ゆったりとした時間があって、人々の表情も明るい。

 リンディが気に入る訳だ。」

「でしょう? 最初にここに来た時から『良い街だな』って思ってたのよ。」

「ああ……確か『ジュエルシード事件』だったか。そう言えば、あの事件に関してはまだ聞かせて貰ってないな。」

「あら、そうだったかしら?」

「うん、聞かせてくれないか? 君の口から。」

「ふふ……ええ、勿論!」

 

まったく……一応俺の昇進祝いの筈だったんだけどな。

まぁ、同じように両親の仲がすこぶる良いなのはの話を聞く限り、11年間の空白を埋めたいと言う思いが強いのだろう。

 

「いやぁ……空いた時間が二人の仲を縮めると言う話は聞くけど、あれはまさにその好例だねクロノ君。」

「そうだな。だがこれからはその時間もいくらでも……何でここに居るんだエイミィ?」

「えっ!? 招待されてたよ私! 聞いてないの!?」

「いや初耳なんだが……」

 

確かに俺が艦長となったアースラでも彼女は管制司令として働く事になっている。

長年の付き合いではあるし、そう言う意味では身内と言って差し支えないのかも知れないが……

 

「私が呼んだのよ、クロノ。」

「母さん!?」

「だって貴方達って放って置いたら何時まで経っても進展しなさそうだもの。

 また同じ艦で働く訳だし、これを機に……ね?」

 

いや、『ね?』ではないのだが……

 

「ご馳走様です! お義母さん!」

「エイミィ、それは料理の事だよな?」

「えっ? ……………………うん!」

「その間はなんだ!? その間は!?」

 

……どうやらこの騒がしい平和はしばらく続く事になりそうだ。

 




すみません、最後の締めは少し急いで書き上げたので少々雑になってます!
週一投稿の犠牲となったのだ……!
(要望があれば時間が空いている時に書き直します)

エイミィさん(ショタコン)はクロノ君の杉田ボイスを克服したとして話を進めようと思います。
(原作エイミィさんも若干その気があったように思えますので克服可能だと判断)


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転生者達のバレンタイン

大晦日や正月もイベントだとは思うのですが、特にイベントを思い浮かばなかったのでスキップとなりました。(と言うか没になった。)


冬休みが開け、来る2月14日……そう、バレンタインデーだ。

前世でもいつも以上に『げた箱』や『机の中身』、女子の会話が気になったこの日……俺達転生者が気になるのは当然、なのはやフェイト、はやて達のチョコレートの行き先である!

 

「はい、なのは。チョコレート。姉さんの分も入ってるよ。」

「ありがとう、フェイトちゃん! これ、私から二人に! アルフさんやリニスさんの分も入ってるからね!」

 

≪知ってた!≫

≪やっぱなのフェイなんだよなぁ!≫

≪フェイなのだろぉ!?≫

≪友チョコは悪い文化だけどコレは許すしかねぇんだよなぁ!!≫

 

二人の友情を祝福したいと言う思いと、チョコが貰えない悲しみが胸中に渦巻く。

いや、だが俺達にはまだ希望が残されている……! もう一人、最後の希望……!

 

≪だがはやてなら……!≫

≪はやてならきっと……!≫

≪入学して来て間もないはやてなら、クラスメイトとの交友関係を築く為の義理チョコがワンチャン……!≫

 

そう期待する俺達の声に答えてか、はやてがカバンからいくつかの包みを取り出して歩き始める。

『歩く』と言っても、飛翔魔法で体を浮かせて、移動に合わせて足を動かしているだけらしいが……とにかく今ははやての手にある包みの向かう先が重要だ! 俺達が見守る彼女が向かう先に居たのは――!

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、ハッピーバレンタイン! コレ、チョコレートクッキーや!」

「はやてちゃん、ありがとう! 私からもはい、ハッピーバレンタイン!」

「ありがとう、はやて。私達からもハッピーバレンタイン。……シグナム達の分も入ってるからね。」

「あ、私のも皆の分入ってるよ!」

「三人ともおおきにな!」

 

≪で す よ ね !≫

≪やっぱそこの友情は壊れねぇんだわ! 不滅なんだわ!≫

≪って言うか別にはやてこの学年で浮いてる訳でも無いしな!≫

≪男女共に普通に人気者だしな!≫

≪交友関係とか登校初日で作り終えてるコミュ力強者だしなぁ!≫

 

因みにこのやり取り、既にアリサとすずかは終えている。つまり今のがラストチャンス……! 朝のHR前に終わった俺達のバレンタイン……! いや女子は3人だけじゃないんだけどさぁ!

 

≪はい、解散!≫

≪やっぱバレンタインは企業の謀略でしかないんだよ!≫

≪踊らされなかった分、俺達は企業に勝った! そう言う事にしておこう!≫

 

バレンタイン……それは貰えたチョコの数で男子のランク付けがされる審判の日。

普段の行いが普段女子からどう見られているのか、明確な数字となって白日の下に晒される男子力の期末テスト!

 

だが俺達は『友チョコ』と言う文化の前に敗れ去り、貰えたチョコは皆0個……!

……なんか斎藤の奴は木之元から貰っていたが、それは敢えてノーカンとする。

 

一見0個と言う戦果は敗北の証に見えるかもしれない……しかしこう考える事は出来ないだろうか。

 

――皆0なら皆一番の男子力を持っていたのだと。

 

≪いやねぇよ。≫

≪ですよねー≫

≪甘味が……甘味が欲しい……≫

≪いっそコンビニのお姉さんに手渡されるチョコでも良いかな……自腹だけど。≫

≪やめな、それは本当の意味での敗北だ。≫

 

そう、勝者たるもの天に掲げる戦果(チョコレート)が必要なのだ。

例え戦果が0の者しかいなかったとしても、掲げる者が無い時点で俺達は……!

 

≪敗北者じゃけぇ……!≫

≪やめやめろ!≫

 

登校中のほんの僅かな期待感を火を焼き尽くすマグマ(理不尽な現実)に焼き尽くされ、既にガチしょんぼり沈殿丸(まだ生まれていない死語)な俺達に、それでも近付く影が二つ……

 

「あの、コレ……バレンタインの……」

 

――この声……なのは!?

 

そう思い顔を上げると、そこにはまさに少しもじもじとした様子のなのはが()()()()()()()()()()()()で俺の前に立っていた――!

 

≪済まんなお前達――俺の……勝ちだ!!≫

≪なん……だと……!?≫

≪俺達とお前で何が違う! 顔も魔力も身長も体重も性格も体格も成績も運動神経も殆ど同じじゃないか!!≫

≪やめろよ皆傷つくから!!≫

 

ふっ……普段の俺ならその言葉で膝を折っただろう……! だが俺はこのプレゼントを受け取った瞬間、お前達よりも上の次元にシフトする! もはや俺は勝利を約束された、選ばれた存在なのだ!

 

 

 

 

 

 

「コレ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだけど……」

 

 

 

 

 

 

そう言ってなのはが差し出したのは、翠屋のロゴがプリントされた大き目の紙袋だった。

 

……店の宣伝じゃねぇか!!

 

「今年からの新商品だから、()()感想聞かせて欲しいってママが……」

 

しかも全員分入ってらっしゃる!?

えっ、桃子さん!? それをなのはに配らせるのはあまりに残酷(ヒドイ)っすよ!?

 

≪草。≫

≪草。≫

≪草。≫

≪草。≫

≪草。≫

≪草。≫

≪済まんなお前達――俺の……勝ちだ!!≫

≪俺はこのプレゼントを受け取った瞬間、お前達よりも上の次元にシフトする!≫

≪もはや俺は勝利を約束された、選ばれた存在なのだ!≫

≪やめろおぉぉぉ! 悪かったから! イキって悪かったから! って言うか最後の二人の奴、念話に漏れてたの!?≫

 

やだ滅茶苦茶恥ずかしい!

上げに上げて墜とされたよ! 何このSLB! マジでショッキング・ライ・バレンタインなんだけど!

 

≪バレンタインは『B』じゃなくて『V』だぞ。≫

≪知ってるよそれくらい! ただの語呂合わせだよ! って言うか俺の思考筒抜けかよォ!?≫

 

「あ、ありがとう、なのは……皆で食べて感想伝えるよ……!」

 

既に念話の煽りとSLB改めSLV()によってボロボロの精神を何とか誤魔化しつつ、表情を笑顔に保つ。

いやー……やっぱ辛ぇわ。

 

≪言えたじゃねぇか。≫

≪聞けて良かった。≫

≪ねぇこれホントに念話に漏れてる!? お前ら転生特典で『読心』とか貰ってない!?≫

 

やめて! もう俺のライフポイントは0よ!?

ちょっとイキったくらいでこの仕打ち! 絶対逆の立場ならお前らもイキってただろ!?

 

そう思いつつも、なのはから貰った紙袋を持って皆の元に向かおうとしたその時――!

 

「あ、私からもなんやけど……」

 

はやて!? 今度こそ俺にチョコを――

 

「コレ、皆の分のチョコクッキーや! 皆で分けてな?」

 

そう言ってはやては人数分の小袋を手渡してくれた。

 

 

 

――あれ? 普通に嬉しいなコレは。手作りクッキーは普通に嬉しい。

 

「ありがとな、はやて!」

「ふふ、実はな……一つだけ当たりが入ってるんやで?」

 

サービス精神旺盛かよ……!

 

「マジでありがとな!」

 

コレは当たりが欲しくなるなマジで。当たったからって何かある訳じゃないにしても……

 

「…………何?」

「あ、いやなんでもないっす。」

 

チラリとフェイトを見たら、素で何か分からない様子で首を傾げられた! 一番辛い!!

 

≪欲をかくな。≫

≪身の程を弁えよ。≫

≪お前らも期待してただろうがよォ!!≫

 

お前ら顔にメッチャ出てたからな!? 『フェイトにも聞け』って!!

 

≪知らんな。≫

≪記憶にございません。≫

 

こいつ等……!

 

……まあ良い。何はともあれ俺達はこうして掲げられる戦果を得た。

店の宣伝(&新商品の味見)と義理チョコだけど、それでも戦果は戦果。皆一等賞で良いじゃない。バレンタインはそう言う日で良いじゃない。

 

 

 

「……じゃ、いただきますか。翠屋のバレンタインデー限定プチショコラシュー。」

「HRが始まったら没収されかねないからな。」

「はやてのクッキーはどうする?」

「……当たり気になるから誰が当たり引いたかだけ確認して、後は個人のタイミングで良いんじゃないか?

 小分けされてるし、クッキーだから潰れる事も無いし。」

「そうすっか。じゃあ開封はいつでもできるし、先にシュークリームを……」

「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

結論、翠屋のバレンタインデー限定プチショコラシューだが……滅茶苦茶美味かった。もうマジで美味かった。

表面上部にチョコと一緒にコーティングされたザクザクのチョコチップはほんのりビター風味で、中のホイップショコラクリームの甘さを引き立てる絶妙なバランス……そしてそれを包み込むシュー生地にもチョコの風味が付けられており、クッキー、クリーム、シューの完全なる調和を齎している。まさに三位一体、至高のチョコレートシュークリーム……!

 

そしてそれが『一口サイズ』だ。しかも限定。

 

帰りに寄って行かない訳にはいかねぇんだよなぁ……! 宣伝効果バッチリだよ桃子さん……!

 

 

そして、はやての当たりクッキーを勝ち取ったのは神王だった。

俺達のクッキーが全部正方形と円形だったのに対し、神王の袋には一つだけ星型のが入っていたのだ。

それだけである。それだけであるのだが不思議と滅茶苦茶羨ましくもあった。特に思いが籠もっている訳でもないのに不思議だ。

だがここで奪い合いにはならない。イケメンたる者そんな事はしないのだ。……イケメンだよな? 少なくとも見た目は。一応。……だよな?

 

 

 


 

 

 

「……おはよー」

「ヴィータ、今起きたのか? もうすぐ昼だぞ?」

「しゃーねーだろ? 少し前までずっと気を張ってた分、気が抜けちまってよぉ……」

「……寝不足の原因は夜遅くまでゲームをやってるからだと思うがな。」

「うぐっ……! 平和なんだから良いだろ。ちゃんと鍛錬は欠かしてねーし。」

「まあな。平和に慣れた反動と思っておこう。」

「……ぁん? なんだこれ。机の上の奴。クッキーか?」

「今日はバレンタインデーだからな。昨日はやてが張り切っていっぱい作っていただろう?」

「あー、そっか。今日だったか。通りで()()()()()()()()()()()()()な訳だ。」

「食べるなら昼を済ませてからにするんだぞ? ……はやてが学校に行っている分、シャマルが張り切っていた。」

「お、おう……口直しに取って置こう……」

「ちょっと! シグナムにヴィータちゃん!? 聞こえてますからね!?」

 

 

 


 

 

 

「わぁ……! これがはやてさんのチョコクッキーですか!

 わざわざ届けていただきありがとうございます! 朱莉さん!」

「はやてちゃんに頼まれたからねー

 天使の力とは言っても、これくらいは聞いてあげてもいいでしょ。」

「わぁ、ハート形のチョコで一杯! バレンタインですねー……」

「はやてちゃんが言うには形にも意味があるんだってさ。

 丸や四角は『友達』、星は『特に親しい友達』……まぁ、当たりに仕込んだものもあったみたいだけどね。

 それでハートは『家族』だって。『好きな人』じゃない辺りあの子らしいよねー」

「『家族』ですか……」

「……さっさと食べちゃいなよ。

 ここ(地獄)の上司は妙に厳しいから、見つかったら取り上げられちゃうよ?」

「……うぅ、ちょっとしょっぱいけど、美味しいです……!」

「まったく……天使が人間に泣かされるなんてね。ほら、拭いてやるからこっち向きな。」

「ぇうぅ……!」



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転生者達のホワイトデー

ホワイトデーはバレンタイン程イベント感が無いのでスルーする予定だったのですが、次の短編(ifGOD)のプロットが中々纏まらず急遽差し込む事になりました。
プロットが纏まれば次回は『if マテリアル娘が居る日常』となります。
纏まらなければ別の季節イベントが入ります。


「ただいまー! みんなー、ちょお手伝ってくれへんかー!?」

 

3月14日――日も暮れて来た頃、八神邸に帰宅を知らせる家主(はやて)の声が響いた。

 

「おかえりなさい、はやてちゃん! 一体なにが……あら、そう言えば今日は……」

「うん、ホワイトデーのお返しや。

 何かみんな真剣に考えてくれたらしいで?」

 

声にいち早く反応し、玄関に駆けつけたシャマルが見たのは、大量の包みの入ったビニールで両手を塞がれたはやての姿だった。

 

「まぁ、重かったでしょう? 後は私に任せて下さいね。」

「お願いするわ。

 重いゆうても中身はお菓子やし、それほどって訳でも無いんやけど……

 30人分となるとどうしても嵩張るからなぁ。」

 

そう言ってはやてはシャマルに二つの袋を手渡した。

彼女の言うように、はやてがお返しに貰ったお菓子は彼女が学校で配ったものよりもやや多い。

これは学区の関係で別の学校に通っている図書館メンバーからのお返しを、帰り道で貰って来たからだった。

 

「はやてー! どうした……ってシャマル、その荷物なんだ?」

「……あぁ、そう言えばホワイトデーでしたね。」

「この匂い……こっちの袋の中身はキャラメルか。

 もう一つの方は……いくつか種類が混ざっているが、一様に菓子類のようだな。」

 

続々と集まって来たヴォルケンリッターの面々も、シャマルの持っているお返しに反応を示す。

狼の嗅覚を持つザフィーラに至っては、早くもその中身を看破したようだ。

 

「うん、キャラメルの方は学校で貰った奴やな。

 本人達に聞いたけど、ホワイトデーのお返しの為に意味まで調べてくれたみたいや。

 ……その所為でみんな同じお菓子になってもうたみたいやねんけどな。

 もうどれが誰からのお返しかもわからへん。」

 

そう言って少し困ったような笑顔を浮かべるはやて。

因みに彼女は知らないが、このプレゼントを決める際に彼等は会議を開き、相談の後に『抜け駆け禁止』と言う紳士協定に基づき、同じプレゼントに決めていたと言う経緯がある。

……こう言うところが彼等の見分けをつかなくさせる原因の一つなのだが、彼等がそれに気付くのはいつになるのだろうか。

 

「うへぇ、この数全部キャラメルかよ……消費する前に飽きそうだな。」

「まぁ、5人で食べれば割と直ぐやろ。それに、もう一つの方は色々と入ってるみたいやで?」

「ふぅん?」

 

そう言って確認するようにザフィーラを見るヴィータ。

臭いで確かめてくれと言わんばかりの視線に、渋々と言った様子でザフィーラが匂いを確認すると……

 

「これは、カステラとマカロン……それにプリンもあるな。

 ……ほう、気が利いた奴も居るようだ。紅茶も入っている。」

「あたしそっちにする!」

「いや両方均等に分けるからな? 私もキャラメルだけ食べるんは嫌やし。」

 

キャラメル袋と違い、様々な物が入った袋に飛びつくヴィータをはやてが優しく窘める。流石のはやてもキャラメル漬けの生活は嫌だったのだ。

 

「……なぁはやて、早速ひとつ食べて良いか?」

「晩御飯の後でならええで。何食べたい?」

「んー……確か豚肉ってまだあったよな、シグナム?」

「ああ、確か残っていた筈だ。」

「じゃあ、トンカツが良い!」

「ふふ、任せとき!」

 

そう言ってエプロンを付けたはやては、今日も台所に立つのであった。

 

 

 

 

 

 

やがてはやて達が夕食を済ませ、ホワイトデーのお返しの一つに手を付けようとした時の事……

 

 

 

――ピンポーン

 

と、来客を知らせるインターホンの音が鳴った。

 

「うん? こんな時間に客か?」

「はやて、私が出ましょうか。」

「いや、一応私が出るわ。多分用事があるとすれば私やろうし。」

「では私達は直ぐ近くの部屋で控えておきます。何かあれば思念通話で合図を。」

「あはは、そないに警戒せんでも……」

 

だがはやてがそう言ってもヴォルケンリッターとしての矜持と言うか、長年の生活で身に付いた習慣はなかなか抜けないものだ。それが数百年規模ともなればなおさらだろう。

セットアップまでして警戒するヴォルケンリッター達の様子に苦笑いを浮かべつつも、慣れた様子ではやては玄関へと向かった。

 

 

 

「はい、どなたですか……って……」

「やっほ~はやてちゃん。さっきぶりだね~。」

 

夜も半ばにインターホンを鳴らしたのは、はやてが思っていたよりも随分と小さな来客だった。

 

「朱莉ちゃん……って事は……!」

「そそ、ハッピーホワイトデー! ……ってね~」

 

そう軽い様子で空中に持ち上げた手の上に、瞬きもしない間に丁寧にラッピングされたプレゼントボックスが現れた。

送り主が誰かなんて考える必要は無い。はやては自然とそのプレゼントボックスに手を伸ばし、大事そうに受け取った。

 

「いやぁ……一応向こう(地獄)からの贈り物は禁止されてるんだけどね~

 何か上司も『みー(美香)ちゃんは()()()良い子だから』ってさ。

 ……私の時と対応が違い過ぎるんだけど、どう思う? って、ありゃりゃ聞いてなさそう……」

 

地獄の上司の対応の差について軽く愚痴をこぼした朱莉だったが、はやての方を見れば彼女はぽろぽろと涙を流し、それをシャマルがハンカチで拭いてやっているところだった。当然ながら朱莉の愚痴に関してはスルーされており、この状況を前に愚痴を零す気分でもなくなった朱莉は口を閉ざした。

 

……因みに彼女の言う対応の差に関してだが、話に出て来た上司(閻魔)は顔に見合わず優しいと天使の間では評判の人物だ。

ただ単純に『サボりが原因で5回も地獄に来た問題児』に対しては心を鬼にしているだけである。

 

「……朱莉殿、美香殿の様子はどうでしたか。」

「相変わらず固いねぇシグナムちゃんは。……まぁ今は良いか。

 みーちゃんは至って元気だったよ。

 まぁお仕事の疲れくらいはあるだろうけど、少なくともこうしてケーキを作れるくらいには余裕があるみたい。

 あ、材料に関しては安心してね。ちゃんと地球(こっち)の材料を使ってるから。」

「そうですか……感謝します。」

 

――やっぱり固いなぁ。

 

内心でそう呆れつつも、きっと彼女はこういう性分なのだろうと思い、指摘する事はやめた。

そもそも朱莉自身、転生者とはあまり深く関わらないスタンスを取っているのだ。人前で会話する機会もそうそうないだろう。

 

「……じゃあ渡す物は渡したし、最後に伝言だけ伝えておくね。

 『クッキー美味しくいただきました。私もいつかまた貴女の家に帰る日を目指して頑張ります。』……だってさ。

 天使を誑し込む人間なんて、随分と久しぶりに見たよ。」

 

さて、最後の用事である伝言を済ませた以上はここに留まる理由も無い。

そう考えて転移の術式を組もうとしたところで……

 

「わ、私も……」

「ん?」

「『私も楽しみに待ってる』って……美香さんに……」

 

――私、伝言係じゃないんだけどな……

 

そう思いながら浮かべた苦笑いは、夜の暗がりが原因かはやてには伝わらなかったらしい。

 

「お願い、します。」

 

その上お願いまでされてしまっては断るのも胸が痛い。実際、彼女達の言葉を伝えられるのは自分も含めた天使しかいないのだ。

 

「……あ~、うん。任せてよ~ あはは~……」

 

仕方ないと割り切って、転移先の座標をこの世でない座標へと繋げて転移する。

 

――どうかこれが最後の伝言になりますように。

 

そう願いながら。

 

 

 

因みにこれは余談だが、この後彼女はこの世とあの世を4回ほど往復する事になった。

流石に最後は堪忍袋の緒が切れて「私は往復はがきじゃない!」と柄に無く怒鳴ってしまったが、その結果『二人のやり取りはバレンタインとホワイトデーにそれぞれ一回ずつ』との取り決めがなされ、彼女の平穏は()()()()守られた。

 

……後に彼女は「どうして『○文字』じゃなくて『一回』って言っちゃったのかなぁ……」と、激しく後悔する事になるのだが、それはまた別の話である。




はやて「一年の間にあった事、いっぱい共有しような……」
美香「一年ぶりのはやてちゃんの言葉を受けて、私もいろんな思いが溢れてきます……」
朱莉「せめて文字数は二桁にしろグアアァァァァ!!」(暗記地獄)

2年後、更に取り決めは改正され、やり取りは手紙形式となった。


図書館メンバー捕捉

図書館メンバーの学区が違うのは、はやての家か図書館の近くに生まれたがったからと言う理由が大きいです。
個人的にはやてさんの家って校区の境目付近にあるイメージなんですよね……なんでかは分からないのですが。


ホワイトデー捕捉

銀髪オッドアイ達がキャラメルを送った理由は、ホワイトデーのお返しの意味を調べた結果です。
『好きな人』へ送る『キャンディ』は人数を考えると消費が難しいと考え、
『特別な存在』に送る『マカロン』はこの時代ではあまり手に入りにくく、
『クッキー』の『友達』は『()()()()()でいよう』である為却下。
その他諸々の事情があり、結果的に『安心できる相手』を意味する『キャラメル』に落ち着きました。

因みにこの会議の流れを書いた文章が3000字以上あったのですが、書き終えた後に「どう考えても需要無いな」と思い全没となりました。


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if マテリアル娘が居る日常1

GOD後の日常編ですが、ルートが二つあるんですよね……
一つは『マテリアル娘。』のように『なんやかんやでマテリアル娘達が地球に住む事になったルート』、
もう一つが『エルトリアを復興させる為に奮闘する日々』。

一応どちらも『マテリアル娘が居る日常』なのでどっちにするか考えた結果、両方やる事にしました。
一つ目のルートを『マテリアル娘が居る日常』、二つ目のルートを『エルトリア復興録』として書きたいと思います。

ただし、あくまで『マテリアル娘。』の二次創作ではないので、あちらとは設定が異なります。
また突発的に生まれたifなので、海鳴市に住む事になった経緯とかは少し雑になるかもしれませんがご了承ください。

世界観的には本編と大体同じ流れで闇の書事件が解決、BoAとGoDが終わった後です。
またなのはさんとかフェイト(&アリシア)さんやはやてさんは本編と同じ状況ですが、ゲーム版の事件有りの世界に転生している関係上、それ用の特典を持った転生者とかが居る感じです。

-追記-
今回の話はifのパラレル(ギャグより)なので、一部転生者の特典の制限を緩くしています。
その為本編ではどう足掻いても持ってこれない物を持ち込んでいる者が居ますが、あくまで導入を円滑に進める為に緩くしただけなので、今後彼の出番はありません。ついでに名前もありません。容姿は銀髪オッドアイ(いつもの)です。ご了承ください。


――これは、無数に存在するとされる次元世界の数よりも、遥かに多く存在する『可能性の世界』の話。

 

無限と言える程に枝分かれした『誰かが選んだ選択肢』の最先端。やがて再び無数の枝分かれを生むであろう、そんな『今』の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――過去からの因縁とイレギュラーが絡んだ『闇の書事件』の約三ヶ月後……

 

 

 

なんやかんやで『砕け得ぬ闇事件』は解決した。

 

それはもう非常に色々な出来事や苦労があった。

 

因みに最も大きな被害を受けたのは、『闇の欠片』として大量に複製された銀髪オッドアイを目の当たりにして胃に大ダメージを負ったハラオウン親子だろうか。

管理局に復帰し、一緒に住んでいるクライド提督だけは二人の様子にキョトンとしていたのが印象的だった。

 

銀髪オッドアイの闇の欠片は敵と味方の区別が付かず、結局彼等の相手は複製元の本人が戦う事になった。中には相手を間違えている者もいたが、概ねコピー対本物と言う展開になったのだ。とは言っても『闇の欠片』はコピー元よりも能力が劣る以上、多くの物語にあるような『熱い展開』にはならなかった。強いて言うなら神場の闇の欠片に限っては、何をやって来るか分からないと言う点で脅威だったと言えるのかもしれない。

 

もう一つ特筆すべき事があるとすれば、ユーリ・エーベルヴァインやマテリアル達が原作ゲームとは違い海鳴に住む事になった点だ。

 

その経緯だが……転生者の一人が特典として普通に永遠結晶エグザミアを持ってたり、その使い方のノウハウも得ていたり、なんやかんやでアミティエとキリエと一緒に未来について行ったことで「そっちはもういいや」となったようだ。

 

もっともレヴィだけはダンジョン探索や狂暴生物狩りが出来なくて残念そうだったが、幸い『組手』の相手(魔導士)には困らないのが海鳴市だ。一週間と経たずに未練はきれいさっぱり消えていた。

 

そして、4つの事件の舞台となった魔都『海鳴市』はこれで漸く本当の意味で平和な空白期に突入したのだった。

 

 

 


 

――7月28日 海鳴臨海公園

 

 

 

この日、夏休みの内の一日を利用して『とある企画』が催された。

その名も『魔闘大会 サマー杯』……日頃の鍛錬の成果を組手以上の規模でぶつけ合う、トーナメント方式の大会である。

 

『砕け得ぬ闇事件』の数週間後、この海鳴市にも管理局の支部(ほぼハラオウン家)が置かれた事で管理局製の頑丈な結界が張れるようになった為、リンディさんに頼み込み何とか実現させたのだ。

勿論レヴィには非殺傷設定を徹底させ、念の為にシャマルも待機させていると言う万全な態勢を整えている事が前提だが。

 

 

 

「では第一回『魔闘大会 サマー杯』、一回戦一組目……試合開始!」

 

そして今まさに、俺達の目の前で試合開始を告げる合図が上がった!

それと同時に動いたのは……

 

「早速行くぞぉー!! 『(ごく)轟雷極光(ごうらいきょっこう)「ぐわあぁ―――ッ!!」無限嵐渦絶閃(むげんらんかぜっせん)』ッ!!」

「おぉーっとぉ!! レヴィ選手、技名を叫び終えるよりも早く一刀両断!

 初戦を制したあぁぁ!!」

「ちょっと技名が長すぎましたねぇ……」

 

記念すべき最初の試合はそれこそ一瞬の間に終わったが、実況と解説を担当する銀髪オッドアイの二人はそれでもテンション高めに盛り上げている。

 

「今回の大会の為に気合を入れて完成させたと言う『(ごく)轟雷極光無限嵐渦絶閃(ごうらいきょっこうむげんらんかぜっせん)』は、その前身となる『(ちょう)天雷魔光瞬殺閃(てんらいまこうしゅんさつせん)』をより速度に特化させた必殺技!

 これは……間違いなく『彼女』を意識してますねぇ!」

「前回の組手ではフェイトさんに速度で翻弄されてましたからねー……

 おっと、レヴィさんが観客席のフェイトさんに人差し指を突きつけましたよ!

 『次はお前だ』のサインでしょうか!?」

 

見ればレヴィは二人の言う通りフェイトに向けて人差し指を向けてポーズを決めており、対してフェイトは……反応が薄いな。一応視線は合わせているようだけど。

……あとレヴィのポーズ良く見たら、日曜朝にやってる特撮主人公の決めポーズだな。まぁ、解説された通りの意味は当然あるのだろうが。

 

だけどなぁ……トーナメント表を見るとなぁ……

 

「これは二人の戦いが楽しみになって参りました!

 ……まぁ、今回彼女(フェイト)はエントリーしてないんですけどね。」

 

今しがた解説が言った事の繰り返しになるのだが、フェイトはエントリーしていない。

こうして観客席に来ている以上、予定があったと言う訳ではないようだが……

ともあれ、この意外な事実(トーナメント表を見ればわかる)に衝撃を受けたのが、戦う気満々だったレヴィだ。

 

「ちょっとどういう事!!? 何でオリジナルが参戦してないのさ!?」

 

と大慌てで実況・解説席に飛び込み、そこに居た解説役の銀髪オッドアイの肩を掴んで揺さぶっている。

 

「いやそう言われても、フェイトは元々こういう企画に率先して参加するタイプじゃないぞ?」

「企画のパンフレットにはなのはとオリジナルの戦いが描いてあったじゃんか!」

「いや、決闘って言ったらあの二人ってイメージが強くてさぁ……」

 

……ああ、この絵ってそう言う事だったのか。何でエントリーしてない二人が描かれてるのかと思った。……しかし無駄に絵が上手いな。前世で公式グッズと言い張っても通じるぞ、コレ。

 

「詐欺だ! 騙された! ボク帰る!!」

「でも景品の『最新ゲーム機と対応ソフト1本』は本当に出るぞ?」

「……やっぱやる!!」

 

……っと、どうやら俺が手元のパンフを眺めている間に、あちらはあちらで解決したらしいな。一時は怒っていたレヴィも、景品を聞いて即座に手の平を返したようだ。

……っていうか、まさかトーナメント表どころか景品も見てなかったのか。景品に関してはパンフにも書かれてるのに……まぁ、レヴィらしいと言えばらしいか。そう言うところがまた可愛いのだ。

 

 

 

そしてあれから試合は進み……

 

「『ブラストファイアー』!」

「ぐわあああぁぁ!!」

 

ちゃっかりエントリーしてたシュテルの『ブラストファイアー』によって、総勢20名を超える1回戦の全試合が終了した。

 

……俺? 普通に負けたよ。

ディアーチェやなのはとぶつかったとかそう言った事は特になく、普通に銀髪オッドアイ(神無月)と当たって負けた。そもそもなのはもディアーチェもエントリーしてないしな……うん、鍛錬頑張ろう。

 

さて! ここからは気持ちを切り替えて観戦するとしようか。試合の事を考えなくて良いから応援も力が入るってものだ!

 

なんやかんやで銀髪オッドアイ同士の試合も、こうして見ている分にはなかなか面白い。

互いに手の内も戦い方も普段の組手で知っている分、隙の探り合いやフェイント、ブラフ、間合いへの気の配り方が尋常じゃない。レヴィやシュテルのような派手さには欠けるものの、それでも見応えのある名試合は多かった。

 

とは言え……

 

「『天破(てんは)無上電光(むじょうでんこう)「ぐああぁぁ!!」(ざん)(かい)』!!」

 

「『ブラストファイアー』!」

「ぬわーーーーッ!!」

 

そんな探り合いは実力の拮抗した者同士の間でしか起こらないもので……

 

「『終極(しゅうきょく)地滅天叫(ちめつてんきょう)「あばばば!!」鳳凰乱舞(ほうおうらんぶ)-雷獄(らいごく)-』!」

 

「『ブラストファイアー』!」

「こんなも……ぐわあああぁぁ!!!」

 

レヴィとシュテルにぶつかってしまった者は無情にも墜とされていった。

しかもこのトーナメント、左端と右端がそれぞれレヴィとシュテルだから……

 

「ではこれより決勝戦の対戦カードを発表します!

 トーナメントを勝ち進み、結晶へと駒を進めたのは勿論この二人!!

 ……『雷刃の襲撃者 レヴィ・ザ・スラッシャー』vs『星光の殲滅者 シュテル・ザ・デストラクター』!!」

 

こうなるのは必然だったと言う訳だ。

 

「……お、ここの席空いてるか?」

「ん? おぉ、空いてるぞ。惜しかったなー」

「はは、一秒は耐えたんだけどなー……」

 

そう言ってベンチに座る俺の隣に腰かけたのは、今しがた『ブラストファイアー』を喰らって墜とされた(すめらぎ)だった。

 

「どうだった? 『ブラストファイアー』を受けた感想は?」

「あー……多分単純な威力だけなら、なのはのアクセルシューター・バスターとディバインバスターのちょうど中間くらいか?」

「あれ、そうなのか?」

「1秒耐えられたからな。」

「なるほど。」

 

まぁ、防御力が特筆して高い訳ではない皇が1秒耐えたんだからそんなもんか。

 

「まぁ、そんな事より今は決勝戦だろ。

 今回のはかなり見応えありそうだぞ?」

「マテリアル同士の戦いかぁ……

 ……こうしてみると、このパンフの表紙もあながち嘘じゃないかもな。」

 

そう言いつつ、パンフの表紙に書かれた『なのはvsフェイト』の絵を見せる。

 

「確かに、結果的には似た構図になったな。」

「お前どっちが勝つと思う?」

「どっちも応援したいが、負けた身としてはシュテルに勝って欲しいかなぁ……」

「あー、分かるなその気持ち。」

「お前はどっちに負けたんだ?」

「…………お、始まるみたいだぞ?」

「あっ……ごめん。」

 

謝るなよ。惨めになるから。

 

そんな言葉を胸にしまいつつ海上を見ると、二人のマテリアルがそれぞれのデバイスを構えて向かい合っていた。

 

 

 

「まさかシュテるんも出てたなんてねー

 こういう事には参加しないと思ってたからちょっと意外だったよ!」

「おや、私が出ている事に不満がありますか?」

「まっさかぁ! 手応えが無くてまた退屈してたとこだったから丁度良いよ!

 シュテるんとは一度、全力で戦ってみたいとも思ってたしね!」

「まぁ、そうですね……

 貴女の言う通り私にとってこの大会そのものには、あまり出る価値を感じないものでしたよ。」

「へぇ、じゃあ礼儀として一応理由を聞いておこうかな。」

「貴女と概ね同じです。ここでなら私のオリジナルと戦えるかもしれないと思ったのですが、彼女もエントリーしていなかったと言う……それだけでした。」

「ふーん……じゃあ今は景品のゲーム機目当て?」

「それこそまさかです。

 今の目的は……私も貴女と力比べをしてみたかったからです。」

「……へへ、じゃあボクと一緒だね。

 ボクも今はゲーム機よりも、この一戦が何よりの楽しみだ。」

「はい。

 ……聞けばこの海上は、かつて私達のオリジナルが決闘の舞台とした場所だそうです。

 この場所で私達が付ける決着には、私達にとって単純な勝敗以上の意味がある……私はそう思います。」

「いいね! じゃあいっその事さぁ……オリジナルの決闘をここで超えちゃおうか!」

「望むところです。」

 

そんな二人の会話が終わると同時に、今までの試合とは比べ物にならない魔力が双方から溢れ出した。

 

「……これは、すごいな。肌がピリピリする感覚だ……!」

「ああ、まるで強めの炭酸ジュースを零した時みてぇだ……!」

「その例えもうちょっとどうにかならない?」

 

 

 


 

 

 

「ご覧くださいこの迫力! 両選手とも、既に臨戦態勢に入ってしまいました!」

「これ以上溜めると二人共フライングしてしまいそうですねー……!」

「おっと、それは流石に拙いので早々に戦いの火蓋を切ってしまいましょう!

 では、決勝戦……開始!!」

 

二人から爆発寸前の風船にも近い気配を感じ取ったのか、少し慌てた様子で試合開始の魔力弾が上がった。

と、同時に弾かれたように二人が動く。

 

「全力だ! 『バルニフィカス』!」

「行きますよ『ルシフェリオン』。」

 

互いに相棒の名を呼び術式を一瞬で構築すると、決戦の火蓋を切る一手目が放たれる。

 

「『光翼斬』!」

 

レヴィが繰り出したのはフェイトの『ハーケンセイバー』と瓜二つの回転する斬撃だ。力で押す戦法が多く見られたレヴィらしい一手目と言えよう。

 

だが対するシュテルの繰り出した初手は……

 

「『ルベライト』。」

 

ここまでのトーナメントでは使う事の無かったバインドの術式だ。

放った魔法に対する反応で様子を窺おうとしたレヴィとは正反対の、『ここで決める』と言う意思すら感じる初見殺し。

 

「危なっ!?」

「躱しましたか。」

「せっかく面白くなりそうな戦いなのに、簡単に終わらせてたまるかっての!」

「……なるほど、それもそうですね。」

 

だがレヴィとてその術式は知っている。あくまでトーナメントで使っていないだけで、お互い相手の手は知り尽くしているのだ。

……尤も、時にノリと勢いで新技を作るレヴィの手の内は、流石のシュテルも「知り尽くしている」とは言えないが。

 

「性格出てるなー」

「シュテル、速攻で決めに行ったな……上手く躱したけど。」

「バインドからの砲撃って普通に強いからな。タイマンだと特に。」

「ぶっちゃけ、今ので『アーッ!』ってなると思った。」

「分かる。」

 

好き勝手に感想を漏らす観客席の様子は気にも留めず、互いに相手の攻撃を躱した二人は次の一手を繰り出す。

 

「では、偶には私が貴女に合わせてみましょうか。

 『パイロシューター』。」

 

シュテルが発動した魔法は、なのはが得意とするアクセルシューターとそっくりの炎弾だ。その数、実に24個。防御用に自らの周囲を衛星のように漂わせている4個を除いても、20もの凶弾がレヴィに襲い掛かる。

 

「そう来なくっちゃ! 『電刃衝』!」

 

それに対するレヴィは、フェイトの『プラズマランサー』に似た光弾を6つ周囲に漂わせた。

弾数では圧倒的に不利な状況にも見えるが、シュテルの操作する20の炎弾を余裕の笑みを浮かべながら幾何学的な軌道で回避している。

 

「おお、あの光景懐かしいな。」

「フェイトとの初戦はあんな感じで各個撃破されたっけ……」

 

観客席で何やらしみじみと懐かしんでいる者もいるが、そんな声や光景はもはや二人の意識には入って来ない。

軌道を高速で計算するシュテルも、それを余裕そうに躱しているレヴィも実のところ他事に意識を割く余裕などないのだ。

 

――やりますねレヴィ、数ヶ月前までの貴女なら今の軌道と速度で飛来する弾は躱せなかった。ですが……

――流石だねシュテるん。処理速度が以前よりも断然速くなってる! だけど……

 

戦いの最中で交わした一瞬の視線で互いの思考を理解し、そして返答とばかりに意をぶつける。

 

――勝つのは私です。

――絶対にボクが勝つ!

 

「“プロミネンス”!」

「ッ! ……そこッ!!」

 

シュテルが唱えたコマンドワードで二つの炎弾が溶け合う様に混ざると、環状魔法陣が発生する。術式が砲撃に切り替わった証だ。

だが、周囲を飛び交う炎弾に隠れるように実行されたそれを素早く見つけたシュテルが、自らの周囲に漂う光弾の一つを放つ。

果たしてそれはまさに放たれんとする術式の核を撃ち抜き、その魔力を霧散させた。

 

「今度はこっちの番だ!!」

「無駄です。」

「くっ……!」

 

一瞬意識を逸らしたシュテルの背後に、一瞬で回り込んだレヴィがバルニフィカスを振りかぶる。しかし、周囲に漂う4つの衛星が攻性防壁と化し、中々思うように近づけない。シュテルのパイロシューターはなのはのアクセルシューター同様、一瞬でバインドにも化けるからだ。

 

だがこの距離に迫り、何もせずに退く等あり得ない。

距離を取る瞬間、周囲を漂わせていた5つの光弾が同時に射出される。

更に……

 

「『光翼連斬』!」

 

立て続けに放たれる2つの光翼斬。合計7つの攻撃がシュテルに迫るが……

 

「読んでいました。“フレア”。」

 

コマンドワードで4つの衛星が1つに融合し、魔力爆発を引き起こした。

炎弾4つ分の魔力と熱の奔流は、レヴィの放った攻撃の尽くを誘爆させ……

 

「こちらの手数はまだまだありますよ。」

「ちょっ……! うわゎっ!?」

 

煙幕を突き破って襲い掛かる18の炎弾を何とか躱すのが精一杯なレヴィは、気が付けば乱回転する炎弾群の中心に閉じ込められていた。

 

「……やばッ!?」

「遅いです。“バインド”……ッ!?」

 

シュテルが炎弾の檻をバインドに切り替えようとしたその一瞬、体を丸めたレヴィが融合直前の炎弾群に飛び込んだ。

人一人が抜け出す隙間も無く敷き詰められた炎弾群は、もはや炎の壁と言ってもいい。例え詰みを自覚しようと、早々取れる選択肢ではない。特に、フェイト同様防御力の薄いレヴィのようなタイプならば猶更だ。

 

次の瞬間には再び距離を詰め、シュテルと鍔迫り合いに持ち込んだレヴィは、既にスプライトフォームに切り替わっていた。

 

「……無茶をしますね。」

「勝つ為だからね……

 シュテるんも行ってたでしょ。今、この場所の勝利は……」

「私達にとって、それ以上の意味がある。

 そうですね、ならば私もオリジナルに倣い……“全力全開”でお相手しましょう。」

 

鍔迫り合いのまま言葉を交わす二人。

やがてシュテルは意図して踏ん張る力を抜き、レヴィの力も利用して距離を取ると、ルシフェリオンの切っ先をレヴィに向けた。

 

「ッ! そうか、この場所……今までずっと魔法を使われてたこの場所なら……!」

「はい。そしてこの距離は、私にとっても理想的な距離です。」

 

既に戦いの中でチャージは済ませていたのだろう。ルシフェリオンの先端に膨大な魔力が渦巻いた。

 

「……くっ!」

「疾れ明星(あかぼし)、全てを焼き消す炎と変われ!」

 

炎熱の砲撃が放たれるより一瞬早く、レヴィが距離を取り始める。スプライトフォームとなったレヴィの速度は通常の魔導士とは比べ物にならないが、それでも砲撃の速度よりは遅い。

シュテルは続けざまにルシフェリオンのモードをディザスターヘッドへと切り替えカートリッジをロード、とどめとなる砲撃を放つ。

 

「『(S)ルシフェリオン(L)ブレイカー(B)』!!」

 

かつて本物が海を穿った砲撃が、今度は天を劈いた。




めっちゃ戦ってるけど日常編です。そして続きます。

捕捉として各キャラと観客席の様子

観客席にいる面々
・なのは:パンフの表紙に書かれていたが、実はエントリーしてなかった。だが実は……
・フェイト:パンフの表紙に書かれていたが、実はエントリーしてなかった。だが実は……
・アルフ:何時もフェイトの側にいる。
・はやて:なのはやフェイトと一緒に観戦中。魔法の使い方を学んでいる途中であり、今回の大会も参考にしようと思っている。
・リインフォース:なんやかんやで生き残ったし、時間制限もない。多分色々あった。
・ヴォルケンズ:はやてがいるからここに来た。以上。
・謎のパーカー少女:グラサンとマスクで顔を完全に隠している。何処か尊大な態度を取っており、不思議とはやてと似た声をしている事が確認されている。決勝戦が始まってからやたらと落ち着きがない。
・謎のパーカー少女2号:謎のパーカー少女とずっと一緒にいる謎の少女。おとなしい性格。決勝戦が始まってからはあわあわとしている。

他のキャラ
・リニス:家で家事の真っ最中。
・リンディ:上に同じ。
・クロノ:仕事中。
・エイミィ:上に同じ。
・ディアーチェ:「大会なぞくだらん!」と言っていたので多分来ていない。……多分。
・ユーリ:ディアーチェとずっと一緒に居るはずなので多分来ていない。……多分。
・他の転生者:思い思いに過ごしている。

レヴィの技名ってこんな感じで良いのだろうか……
パイロシューターのバインドのコマンドワードだけ普通な理由はお察しください。
(他二つ『プロミネンス』『フレア』は太陽関係。残った一つは……ね?)


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if マテリアル娘が居る日常2

次回はエルトリア復興録にはいります。
タイトルが『上・下』でないのは、もしかしたら後々追加するかもしれないからです。(当然本編完結を優先するつもりではありますが)


海面すれすれから上空に向けて放たれた2発の炎の砲撃、そして爆発……

試合の決着を確信させるその光景を眺めていた俺達を、一瞬遅れてやって来た衝撃波が熱を伴って飲み込んだ。

 

「……うぉっ!? 熱っ……!」

「サウナで思いっきり仰がれるアレみたいだ……!」

「お前の例えさっきからずっと微妙なんだよなぁ……」

 

失礼な。

……まぁ今は良いか。問題はあの一撃……いや、()撃か? それを受けたレヴィが無事かどうかって事だ。

レヴィの装甲はフェイト同様に薄い。アレをもろに喰らえばひとたまりもない筈だ……!

 

「……って、そうだ! シャマルは!? こう言う時の為の医療班だろ!?」

「あそこだ。見たところ、動く気配は無いな。」

 

そう言って指で示された方を見ると、確かにシャマルは飛び出そうと言う素振りもなく海上を見上げていた。

 

「何で……って、まさか!?」

「まぁ、そう言う事だろうな。俺も今のは直撃したように見えたんだが……」

 

見上げた先に広がる煙幕が晴れるのを、今となってはただの観客でしかない俺達はただ見守るしかなかった。

 

 

 


 

 

 

――おかしい。

 

真・ルシフェリオンブレイカーを放った直後の姿勢のまま、シュテルは思考を巡らしていた。

 

――決着の合図が出ていない以上、まだ試合は続いている……それは間違いない。なのに……

 

その疑問は、レヴィを良く知るシュテルならではの物だった。

 

――決着がついていないのに、何故こうも戦場が静かなのでしょうか……?

 

シュテルの知るレヴィは、戦場に於いて思考するよりも先に体が動くタイプだった。

知能が回らない訳ではないが、戦闘で思考を巡らせることを面倒くさがる彼女は基本的に『敵の動きを待つ』という事をしない。

だからこそシュテルには『直撃コースの砲撃を躱された事』よりも、『レヴィが動かない事』の方が不思議でならなかった。

 

――煙幕が広がってきている……考えられるのは、それに紛れての奇襲?

  ならば砲撃で煙幕を散らすべきか……いえ、その隙を突く為に待機している……?

 

絶えず動き続ける戦場に於いても間断なく最良の一手を導き出せるほどの処理能力を持つシュテルが、ここに来て初めての長考を見せる。

それもその筈、()()()()()()()()()と言う最良の一手を導き出すのはそう難しい事では無い。だが、()()()()()()()()()が読めない。

 

――煙幕の中に魔力反応が複数……シューターを幾つも待機させている。恐らくは自分の位置を誤魔化す為の物……

  とするならば彼女の機動力を活かして、海に潜って背後から? いえ、海に飛び込んだ音はしなかった……

 

幾千、幾万の一手を思考しても、それを()()()()()()()()……その確信が得られない。

そしてそのまま煙幕は広がり、今まさにシュテルも包み込まんと迫っていた。

 

――思ったよりも厄介ですね……天才型と言うのは。

 

思考の果てに最良の一手を見つけ出すシュテルと、思考を放棄して放った一手を()()()()()()()()()()()()()()()レヴィは、いわば対極の存在と言って良い。

それ故に次の一手が読めず、それ故にシュテルも動くに動けないのだ。

 

そしてレヴィの狙いが分からない以上、煙幕で視界が封じられる事を嫌ったシュテルは無意識に距離を取り……その足が海面に着いた。

 

 

 

「――かかったね、シュテるん。」

「ッ! レヴィ……!?」

 

瞬間、足元を伝う痺れが全身を硬直させる。

レヴィは煙に紛れて海面に近付き、ただ手を添えて待っていたのだ。シュテルが体の何処かを海面につけるその瞬間を。

 

――そんな回りくどい方法を取るなんて……!

 

シュテルは読めなかった。それよりも効率の良い手がごまんとある為に、思考の片隅にも過る事の無かった一手。

 

――それが狙いなら、煙幕の中のシューターを利用すればもっと効率的に海面に触れさせることが……っ!

  ……いえ、これは()()()()()()()()()()()()でしたね。

 

「『(ごく)轟雷極光(ごうらいきょっこう)……」

 

――読まれる事を読んだ……いえ、きっと貴女はそこまで考えていない。

  ただ()()()()この方法が良いと直感しただけなのでしょう。

 

「――無限嵐渦絶閃(むげんらんかぜっせん)』ッ!!」

 

蒼く迸る雷の刃が迫る中、シュテルは自らの敗北を確信する。しかし……

 

――この状況から勝ちを拾える可能性は1%も無い……ですが!

「はぁぁッ!」

「!」

 

シュテルの身から魔力が噴き出し、瞬時に一つの術式を構築する。

 

――何もせずに敗北を受け入れる訳にはいきません!

 

それは自らが持ち得る中で、唯一勝利へ向かう可能性のある術式である『ルベライト(バインド)』……

 

『――偶には私が貴女に合わせてみましょうか。』

 

――ではなかった。

 

「『パイロシューター』!」

「……! そう来なくっちゃ!」

 

それは最後の意地でしかなく、その本質は勝ちを拾うと言うよりも餞に近い。

何故ならばシュテルはあの瞬間、おのれの敗北と共に確信したのだ。

 

この決勝戦――()()()()べきは彼女なのだと。

 

「――頑張ってください、レヴィ。貴女ならきっと勝てますよ。」

「シュテるん……?」

 

そして蒼雷が閃き、最後のパイロシューター共々シュテルの身を貫いた。

 

 

 

「決着ゥーーーーッ!!

 勝者、レヴィ・ザ・スラッシャアァァァ!!」

 

 

 


 

 

 

決着と同時に響き渡った歓声を聞きながら席を立つ。そろそろ俺達の出番だからだ。

……と言っても、結局俺はまたここに戻る事になるだろうけどな。

 

「あれ? なのはちゃんどっか行くんか?」

「うん、ちょっとね。多分直ぐに戻って来るよ。」

 

俺の返答にピンと来ていない様子のはやての向こう側では、同じくフェイトが立ち上がっているのが見えた。

そして目が合った。

 

――行く?

――うん。

 

アイコンタクトで言葉を交わし、二人揃って歩き出す。向かう先は――

 

 

 


 

 

 

「ではこれより、優勝者のレヴィ・ザ・スラッシャーさんの表彰と優勝賞品の贈呈に入りたいと思います!

 観客席の皆様につきましても、どうかそのままご待機願います!」

 

大会の運営側の銀髪オッドアイに誘導されるまま表彰台に立たされたボクは、さっきのシュテルの言葉について考えていた。

 

『――頑張ってください、レヴィ。貴女ならきっと勝てますよ。』

 

きっと勝てる……一体誰に? 決勝戦は終わった。大会の優勝者はボクだ。

この後は優勝賞品のゲームと、ついでにトロフィーも貰って解散……の筈だ。

 

……ヴィさ…、レヴ……ん……!

「……えっ? あ、何?」

いや、トロフィーですって! 受け取ってください!

「あっ、ごめんごめん! ありがとね!」

 

いつの間にかこっちに差し出されていたトロフィーを慌てて受け取る。どうやら考えに没頭している間に式は進んでいたみたいだ。

……えっと、どこまで考えたんだっけ? 確か……

 

「では賞品の最新のゲーム機と、お好きなゲームソフト一つをどうぞ!」

「スモブラで!」

 

最新ゲームのソフトって言ったらスモールブラザーズでしょ!

ミクロサイズのファイター同士が戦う対戦アクションゲーム! 格ゲーはコマンド覚えるのが難しくて苦手だけど、これは割と感覚でやれるからボクに合ってる気がするんだよね!

 

「では賞品をどうぞ!」

「ありがとぉー!!」

 

念願のゲームだ! ボク達って今小鴉ちん(はやて)の家に迎え入れてもらって直ぐだから、こう言うの頼みにくかったんだよねー!!

 

……じゃなくて、えっと……そうそう! シュテルの言葉だ!

決勝終えて、こうして賞品ももらって、後は解散の筈なのにまだ戦えるみたいな事を言ってたんだった!

 

待てよ? ……もしも……もしも本当にシュテルが言うように、この次に戦う相手が居るのだとすれば……もしかして……!

 

「ではこれより……優勝者の()()()()()()()()()()に参りたいと思います!

 優勝者のレヴィさん! ……()()()()()()()()()()()()()()!!」

「来たああぁぁぁーーーッ!!」

 

表彰台の背後にあった大会の巨大ポスターが、丁度オリジナルとなのはのぶつかる場所を起点に二つに分かれる。

そしてその背後から溢れ出したスモークの中から現れる人影が二つ……!

 

「けほっ……けほっ……!」

「…………けほっ。」

 

いやスモーク焚きすぎじゃない? 二人とも咽ちゃってるじゃん。

 

あー、やっぱちょっと煙たいよな……一応体には無害なはずなんだけどな……

 

何か影から声が聞こえる! これアイツだ! やたらと欠片が面倒だった……えっと、アイツ(神場)だ!

 

「……えっと、気を取り直して! 対戦相手を選んでください!」

 

っと、そうだ! やっと戦えるんだ!

 

「……決まってる! ボクが戦いたいのは……!」

 

そしてボクは初戦でやったのと同じポーズで、初戦と同じ相手に宣戦布告をした。

 

 

 


 

 

 

「――くっ、やっぱり速い……けど、これならどうだ! 『雷光輪・天網』!」

「バルディッシュ!」

≪sir, Sonic Form.≫

「嘘ォ!? まだ速くなるの!?」

 

……まぁ、やっぱりこうなるよねー

 

分かり切っていた結果を思い返しながら、海上で楽しそうに戦うレヴィとフェイトを見上げる。

フェイトと戦うために用意したのであろう広域型のバインドさえも隙間を縫うように突破されて焦るレヴィは、しかしそれでもなお楽しそうだ。

先程のシュテルとの戦いでも楽しそうに戦っていた辺り、やっぱりこの大会を開いたのは正しかったのだろうと再認識する。

 

「なんやなのはちゃんもフェイトちゃんも、そんな話があったんなら隠さずに言うてくれても良かったやんか。」

「あはは、ごめんねはやてちゃん。サプライズにしたいからって口止めされてたんだ。」

 

今回の大会で俺とフェイトが出ていなかった理由がこれ――大会の運営側の銀髪オッドアイから持ち掛けられた『エキシビジョンマッチ』なのだ。

 

大会に出ればフェイトはその速度で、俺は守りの硬さで一切の被弾も無しに勝ち進むのが分かってしまう。それでは大会にならない。

それ以外にも、俺の砲撃を何発も結界が耐えてくれる保証がないだとか、まぁ色々と理由はあるが、一番の理由は……

 

「――こちらにいらしたのですね、ナノハ。」

「あ、シュテルちゃんも来たんだ!」

「はい、少しお尋ねしたい事もありましたので。」

「聞きたい事?」

 

そう言って俺をじっと見つめるシュテルの様子に、ちょっとした確信を抱きながらも聞き返す。

 

「はい、今回の大会ですが……単刀直入に聞きます。

 ――()()()()()()()()ですね?」

「え、なのはちゃん、そうやったんか?」

「……あはは、やっぱりバレちゃってた?」

「最初は確信が持てませんでしたが……もしかしたらとは思っていました。」

 

そう、今回の大会はシュテルが言うように()()()()()()銀髪オッドアイ達が企画したものだ。

 

俺達は普段から魔法の訓練の一環として組手を行っているが、レヴィはその組手に積極的に参加しつつもいつも何処かつまらなそうだった。

それは銀髪オッドアイ達が彼女を満足させられるレベルに至っていないと言うのも一因ではあると思うのだが、それ以上に『組手』と言う形式に問題があったのだという事が最近になって分かって来たのだ。

 

『決められたルール』『決められた縛り』……それは管理局の監視下に無い中で訓練の安全性を保つ為に決められたルールではあったのだが、『体の部位につけられたサーチャーを全て破壊されたら敗け』と言った安全面を重視したルールでは彼女は満足できなかった。それが例えフェイト相手でも。

 

だからこそ『大会』という形式を選び、会場の管理と言う名目で管理局も巻き込んだのだ。

とは言ってもリンディさんの事だ。そのくらいの目的はとっくに看破しているだろうし、なんならマテリアルの戦力分析の為に映像も取られている事だろう。

お互いにそれくらいの利を水面下で提供し合って、初めて成立したのがこの大会なのだ。

 

「……もしかして、シュテルちゃんが参加したのも?」

「はい。念の為に本来の目的を隠している理由を調べる為……まぁ、レヴィと全力で戦ってみたかったと言うのは本心ですが。」

 

そんなシュテルが言うには、最初は予想が外れたのかと思ったらしい。

と言うのも、肝心の俺達がエントリーしていなかったからだ。だからレヴィが退屈しない対戦相手として自らエントリーしたそうだ。

 

しかし観客席に俺達が居た事や、決勝戦が近づくにつれて俺達が何処かソワソワしていた事等から確信したのだとか。

 

「じゃあ最後にレヴィちゃんにバインドを撃たなかったのも?」

「……いえ、例えあの時『ルベライト』を選んでいたとしても、私は敗北していました。

 彼女のあの技、『(ごく)轟雷極光(ごうらいきょっこう)無限嵐渦絶閃(むげんらんかぜっせん)』は術式破壊の術式を組み込んでいます。

 ……それに彼女は『ルベライト』を読んでいる節もありましたから。なので私はせめてもの餞として、彼女が好きな真っ向勝負の『パイロシューター』を選んだのです。」

 

……物騒な餞だなぁ。と、言う感想は心にしまっておくとして……

 

「ごめんね、色々と気を遣わせちゃって。」

「いえ、私も良い経験になりました。

 ()()()()では私も今回の反省を活かし、本気で勝ちを狙いに行きます。」

「……次?」

 

一応そんな予定は無かった筈だけど……

 

「? レヴィは一回戦ったくらいでは満足しませんよ?

 勿論しばらくは落ち着くでしょうが、数ヶ月後には今回と同じくらいのフラストレーションが溜まるかと。

 そうなれば今度は彼女の方から積極的に『大会やろーよ! 大会!』と言い始めるでしょう。」

「あー……あはは……」

 

いや、物真似上手いな……と言うか、シュテルの言う言葉がやけに現実味を帯びている。

そもそも、俺達よりもよっぽど長い間レヴィの側にいたシュテルの言葉だ。きっと正しいし、きっと現実になるだろう。だけどどうしよう、そんなに頻繁に管理局を説得できる材料なんてある訳ない。

戦力分析のデータは確かに最新のものにし続ける必要があるにしても、数ヶ月毎のデータは必要だろうか?

 

「ふーん……次の大会があるんやったら、今度は私も出てみようかな?

 なんや皆楽しそうやし。」

「え? うーん……」

 

はやても出るとなれば、確かに交渉材料としては十分と言えるのかもしれない。

『闇の書事件』が解決したとはいえ『夜天の書』が健在である現状、管理局ははやてへの警戒を簡単に解く訳にも行かない。

勿論、事件と個人を切り離して考えてくれる者も多いのだが、簡単に割り切れない事情を持つ者がいる事も事実。

説得するにしても、安心するにしても、向こうもはやての潜在能力は喉から手が出るほど欲しい情報なのだ。

 

だが、これで説得できるのは一回きりだ。

その次からは数ヶ月と言うスパンでは到底開催など不可能だろう。向こうも仕事があるのだから。

 

「せ、せめて半年くらいは持たせられないかな?」

「……ふむ、王の言葉であれば多少は聞くでしょうが……」

「王ってディアーチェの事だよね?」

 

ディアーチェか……今度事情を説明して頼んでみようかな。

口調の尊大さとは裏腹に普通に優しいし。

 

「はい、丁度あそこに居ます。」

「えっ?」

 

そんな事を言い出したシュテルの指し示す方に目を遣ると……

 

()け! レヴィー!! そこだ、撃て! えぇい、どこを見ておる! 背後に回られたぞ!!

 遅いわ! 良いぞ、そうだ! 追いつけぬのなら空間ごと……ハッ!?」

 

随分とエキサイトしているパーカー姿の少女……いや、ディアーチェの姿があった。

彼女はこちらに気付くと同時に固まり、慌てて姿勢を正すと今度は静かに試合を観戦し始めた。……気のせいか、若干顔が赤いように見える。

……あ、はやてがディアーチェの方に……

 

「なんや、王様こないなとこにおったんか。」

「だ、誰かな君は? わr……私はたまたまここに居合わせただけの魔導士だが?」

 

いやもう遅いよ!?

はやても一緒に住んでる訳だし、そんな簡単に誤魔化されるはずも……

 

「あぁなんや、初対面か~……じゃあ自己紹介や。

 私、八神はやて言うねん。気軽に『()()()()()()』って呼んでや?」

「なっ!?」

 

あっ、これは誤魔化されないだけの方が良いパターンだ。

何気に普段から『小鴉』って呼ばれるの残念がってたからなぁ……これを機に既成事実を作る気だ。

 

「な、別におかしな事やあらへんやろ?

 『はやてちゃん』って呼ぶだけやんか?」

「ぐっ……むぅ……! だ、だが初対面の人の名を、そう気安く呼ぶと言うのも……」

「も、もしかして……私の名前っておかしいんやろか……?」

「ぬむぅッ……!?

 い、良いだろう、呼んでやろうぞ! …………は、はや……はや、はやや……!」

ディアーチェ、多分バレてる。

だ、黙っておれユーリ……!

 

うわぁ……凄い声が震えてる。

いや確かに普段『小鴉』って呼んでたのを、いきなり『はやてちゃん』に変えるのって結構度胸いるよな……

 

……これってシュテル的に止めに入らなくて良いのだろうか?

そう思い、尋ねてみると……

 

「止める? 何故でしょうか。」

「えっ、一応ディアーチェのピンチだし……」

「……ああ、そう言う事ですか。大丈夫ですよ、ナノハ。

 ここだけの話、王は王で距離を詰める切っ掛けを待っていましたから。」

「そうなの!?」

 

えっ、普段の様子見てると全然そんな素振り無かったんだけど!?

 

「はい。元々ハヤテとの仲も悪くありませんし、『小鴉』と言う呼び名も短い付き合いならばまだしも、『家族』となってまで続けるものではない。

 しかし普段の口調や素直になれない性格が邪魔してなかなか踏み出せず、向こうから何かアクションを起こしてくれるのを待っていた……と、こんな所でしょうか。

 ……まぁ、想定よりも激しい変化を要求されて戸惑っているのも真実でしょうが、そこは一種の『ツケ』が回って来たと言うやつでしょう。」

「へぇー……」

 

……まぁ、元々『ツンデレ』的な所があるディアーチェらしいと言えばらしいのか?

 

「はや……はや、はやて……ちゃ……!」

「んー?」

「~~っ!! はややっちぅッ!?」

 

……うん、今割り込む訳には行かないな!

後の事は大会が終わってから考えるとしよう。二人の戦いも佳境に入って来た所だし。

 

「轟雷爆滅! 『雷刃封殺……」

「撃ち抜け、雷神! 『ジェット……」

「――爆滅剣』!!」

「――ザンバー』!!」

 

フェイトもレヴィに影響されたのだろうか。速度で翻弄する戦い方はなりを潜め、真っ向からのパワー勝負を選んだらしい。

……こういう楽しさを重視する戦い方が出来るのも、平和な大会だからこそか。

 

「……私も次の大会までに鍛えておかないと、だね。」

 

それは俺もあんな風に心の向くままに戦ってみたいと思わせられる試合だった。

 

「いえ、ナノハは今のままでも十分に強いので、少し待っていただけると……」

 

……そんな俺の隣でシュテルは少し焦っていたが。

 

 

 


 

 

 

「ただいまー!! 帰ったよ、王様ー!!」

 

家で夕飯の仕込みをしていると、そんな騒がしい声が聞こえて来た。

続いてどたどたと慌ただしく廊下を駆ける足音も。

 

……ずっと家にいた我には分からぬが、きっと大会で貰ったゲームが早くやりたくて仕方がないのだろう。ずっと家にいたから詳しくは分からぬがな。

 

「いやー! 大会楽しかったよ、王様! 王様も来ればよかったのにー!」

「ふん、我らの力は人に見せる為のものではない。必要な時以外は爪を隠し、牙を研ぐに尽きるわ。」

「えー、それじゃつまんないじゃん! 今度は王様も出ようよ! シュテるんも出てたんだよ!?」

 

そう言って我に詰め寄るレヴィだが……

 

「ええい、料理中に引っ付くな! 危ないではないか!

 我が今ニンジンを切っているのが見えんのか!?

 貰って来たゲームでもやって待っておれ!」

 

包丁を握っている者に近付くなと、はや……小鴉にも言われていたであろうに!

 

「はーい! ……あれ? ボク、ゲーム貰ったって言ったっけ?」

「!? ……ふん、大会とやらのパンフレットに商品が書かれておったわ。

 後は貴様のテンションから優勝を察したまでよ。」

 

ふ……一時は危ない所であったが、流石は我。上手く躱したぞ。

……あの場所に居たことは誰にも知られる訳にはいかぬ。特に、特に小鴉との会話を知られる訳には断じていかぬ!

 

「おー! ……まぁ、オリジナルには勝てなかったんだけどねー……」

「ふん、動きをよく見ぬからだ! 最後『雷刃爆光破』を躱された直後、『雷光輪・天網』で隙をカバーすればまだ戦え……ハッ!?」

「もー! やっぱり王様も来てたんじゃんかー! ねぇ、出よう? 今度の大会一緒に出ようよ~!!」

「だ、だから離れ、危ないと何度も言っておるではないか!!」

 

くっ……! 今日の我はどうしたのか!? こうもあっさりと、それもレヴィのブラフにかけられるなどどうかしている!!

やはりあの時か!? 小鴉の奴を、は……はやてちゃん……等と呼んでからと言う物、調子がおかしい!!

これでは我の威厳が、イメージが崩れてしまう! 早く本調子に戻らねば……!

 

「戻ったで、王様!」

「お、おぉ、戻ったのか小鴉よ。」

「なんや冷たいなぁ……『はやてちゃん』って呼んでもええで?」

「んぅっ!? き、貴様、やっぱり気付いておったのか……!?」

「え~? 何のことか分からんなぁ……

 ただ、無性にそう呼んで欲しいなって思っただけなんやけどなぁ~」

 

くぅっ!? こやつ、よくもぬけぬけと……!

 

≪王、そろそろ小鴉呼びも潮時かと。≫

≪シュテル!? まさか貴様も見ておったのか!?≫

≪? もしや何かあったのですか?≫

≪い、いや良い。知る必要の無い事よ。≫

≪承知しました。≫

 

ふぅ……どうやら見られておらぬようだ。あんな姿、部下にはとても見せられぬ。

……しかし、潮時か。確かに我も『家族』として迎え入れておきながら、小鴉と呼び続けるのも抵抗はあった。シュテルの言うように、丁度良い機会かもしれぬ。

 

だ、だが『はやてちゃん』は無理だ! 流石に無理だ!

 

「は……『はやて』で、手を打とうではないか……」

「! うん! なら私もこれからは『ディアーチェ』って呼んでもええか?」

「ふん……好きにするが良い。」

「……『ディアちゃん』。」

「『ディアーチェ』と呼ぶがよいぞ!」

「ふふ、よろしくな『ディアーチェ』!」

 

こやつちょっと意地悪が過ぎるのではないか!?

 

 

 

……まぁ、この日を境に僅かに感じていた壁が無くなったのは素直に喜ぶべきとしよう。




日常編と言える程日常を描けたのかは微妙ですが、とりあえずここで区切りとします。
エルトリア復興録も書きたいので。(しかもまだ空白期なので)

マテリアルズとオリジナルズの感情表

・シュテル→なのは:あらゆる策を魔力量のごり押しで突破して来る存在。脅威であり、超えたい目標。
・レヴィ→フェイト:ライバル! オリジナル! 速い! 今度は勝つ!
    →アリシア:オリジナルのオリジナル! 友達!
・ディアーチェ→はやて:時々いじわる。姉の様な物。

・なのは→シュテル:発想力と計算高さが桁違い。ごり押ししないとジリ貧になる。
・フェイト→レヴィ:戦っていると時々ひやりとする瞬間がある。楽しい相手。
 アリシア    :友達のような妹のような感じ。かわいい。
・はやて→ディアーチェ:逸材。いじると輝く。妹。かわいい。


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エルトリア復興録 1

今回は導入回みたいな感じです。


――これは、無数に存在するとされる次元世界の数よりも、遥かに多く存在する『可能性の世界』の話。

 

無限と言える程に枝分かれした『誰かが選んだ選択肢』の最先端。やがて再び無数の枝分かれを生むであろう、そんな『今』の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――過去からの因縁とイレギュラーが絡んだ『闇の書事件』の約三ヶ月後……二つの事件が再び海鳴市を舞台に起こった。

 

 

 

一つは『闇の欠片事件』。

闇の書の残滓により生み出された3体のマテリアルと、同じく記憶から作り出された無数の『闇の欠片』を使い、『砕け得ぬ闇』が復活を目論んだ事で巻き起こった事件だ。

 

高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやての容姿を写し取ったマテリアル達、見分ける事さえ困難な無数の銀髪オッドアイの『闇の欠片』との戦いは熾烈を極めたが、クロノの胃を犠牲に無事解決した。

 

更に、その事件の痛みも引かぬ間にもう一つの事件……『砕け得ぬ闇事件』が起こった。

未来から来たと言うフローリアン姉妹が求める『永遠結晶エグザミア』。それが先の『闇の欠片事件』で復活を阻止した『砕け得ぬ闇』の中にある事で起きたこの事件は、他でもない3体のマテリアル達や、フローリアン姉妹に巻き込まれる形でやって来た力強い味方の助けもあり無事に解決した。

 

……ヴィヴィオ達について来る形で未来からやって来た銀髪オッドアイの姿に、クロノの胃は再び犠牲となったが。

 

 

 

……出会いがあれば必然的に別れもある。

未来からやって来た者達が、この時代に留まる訳には行かないのが道理だ……この時代には、楽しかった『思い出』さえも正しい形で置いて行く事は出来ない。

 

「記憶処理?」

「うん。未来から来た私達の事を、貴女達が覚えていると色々と大変な事になりかねないからね。

 例えば……生まれる筈だった人が生まれなくなっちゃったり、助かる筈だった人が助からなかったり、ね。」

 

キリエ・フローリアンの説明に納得したなのは達はその処理を受け入れる事になり、何人かの『未来からの渡航者』は『別の次元世界からの漂流者』となって、彼女達の記憶に刻まれた。

……()()()()()()()()()()()()()()()()()()の隙間を埋めるようにして……

 

 

 


 

 

 

――大地は罅割れ、海は澱み……森の木々は立ち枯れ、食料を失い斃れた動物の亡骸を奪い合うように狂暴化した生物が争う……死にゆく世界。

人が生きる事が出来ない大地が増え続ける中、辛うじて僅かに緑が残る荒野に今……異なる時空を繋ぐ扉が開き、3人の人物がこの地に足を付けた。

 

「――ここが、エルトリア……フローリアン姉妹の生まれた星……」

 

一人は日の光を眩く反射する銀髪と、異なる色を宿す両目が特徴的な少年だ。

死と絶望……そして諦念しか抱かせない世界を何処か感慨深げに眺めるその姿は、まるで初めて見た筈のこの地を昔から知っていたような印象を抱かせた。

 

「この辺りはまだ草も残っているみたいだけど……遠くの山々が青くない。

 墨汁を塗りたくったように真っ黒だ……あれが『死蝕』か。」

 

最初に口を開いた少年の言葉に続いて口を開いたのは、これまた白銀に煌めく髪と異色の瞳を持つ少年だった。

一人目の少年と瓜二つなその姿は、さながら双子のようにさえ思えるが、その瞳は感慨よりも決意を強く宿らせていた。

 

そしてそんな二人の言葉を受けて、もう一人の少年が口を開く。

 

「ああ……だけど、いずれはあの山も森も……空も海も、蘇らせるんだ!

 俺達の手d「疾く退かんかこの大莫迦者共が!!」がッハァ……ッ!?」

 

キメ顔で語り始めた銀髪オッドアイの背後から放たれた蹴りが、そのまま彼を突き飛ばし、言葉を遮る。

そして彼が吹っ飛んだことで空いたスペースに現れたのは、一人の少女だった。

 

「何時迄も何時迄も入口を塞ぐように立ち呆けおって!

 『先に行きたい』と言うのであればさっさと行け! 我等は止めぬし追いもせぬわ!」

「そんな、せめて追ってくださいよ……」

「喧しいわッ!!」

 

少女の名は、ロード・ディアーチェ。

『闇の欠片事件』で初めて姿を現し、『砕け得ぬ闇事件』を解決に導いた立役者の一人であり、他ならぬ『砕け得ぬ闇』の担い手……否、保護者である。

 

「すみませんが、王……後ろが控えております。」

「む……済まぬなシュテル。」

「いえ。」

 

背後から聞こえた声にディアーチェが道を譲ると、更に数人の少女たちがぞろぞろと現れた。

その中には当然、先程ディアーチェに声をかけた少女……シュテル・ザ・デストラクターの姿もあった。

 

「おー! ここが、キリエが言ってた世界かー!

 ねぇねぇ、キョーボーセーブツってのはどこに居るの!? ダンジョンは!?」

 

青く長い髪をツインテールにした少女……レヴィ・ザ・スラッシャーは、興奮気味に髪を揺らしながらエルトリアの景色を見回し、続いて現れた少女の一人に問いかける。

 

「ごめん、後で案内する! 今は先に博士の様子を見ておきたいの!」

 

彼女の問いに答えたのは、桃色の髪を伸ばした少女……キリエ・フローリアンだ。

キリエは申し訳なさそうに手を合わせて謝ると、少し遠くにある建物に目をやりつつ理由を簡潔に語った。

 

「あー、病気なんだっけ。良いよ、待ってる!」

「ありがとう!」

 

彼女の言葉にレヴィは理解を示し、キリエはレヴィに礼を言いながら彼女の姉……アミティエ・フローリアンを伴って駆け出した。

 

彼女達の言う博士……生みの親であるグランツ・フローリアンは、死蝕の影響で死に至る病に侵されていた。

この世界を離れていた期間が僅かであるとは言え、容体が心配なのだろう。

 

その様子を見ていた一人の少女が、傍らに立つディアーチェの裾を引っ張りながら声をかけた。

 

「ディアーチェ、私達も……」

 

少女の名はユーリ・エーべルヴァイン。かつて『砕け得ぬ闇』と呼ばれ、ディアーチェ達の手によって救われた少女である。

 

「む? ……そうだな、出来る事の一つや二つはあるかもしれん。

 桃色、赤毛、我らも同行しようぞ。」

「ありがとう、王様!」

 

ユーリに促されたディアーチェはその申し出を受け、ユーリを連れてフローリアン姉妹について行く事にしたようだ。

 

「ほらレヴィ、ディアーチェが彼女達について行くようですよ。」

「えっ、王様も行くの? じゃあボクも行こうっと!」

「む、貴様らも来るのか? 特にレヴィよ、貴様は見て回りたいところもあるだろう。」

「んー……でも後で案内してくれるみたいだし、それなら王様と一緒に居ようかなって!」

「我が身は如何なる時も王の傍に。王が行くのであれば、私もついて行きます。」

 

そんな彼女達の言葉に、ディーチェは満更でもなさそうな様子で口を開く。

 

「……ふ、そうか。ならば好きにせよ。」

「それに……」

「む?」

「彼女達が言うにはあの建物は一見ああ見えて立派な研究室も備えているという話でしたし、その設備も気になります。特に死蝕と言う現象を解明する為、代々受け継いでは設備、データ共に拡張を繰り返しているそうですし、その内容にはいたく心を惹かれる物があります。」

「……シュテルよ、貴様もしやそちらが本命ではないか?」

「『理』のマテリアルの性……と、言う物です。我が敬愛する『王』よ。」

「貴様本当に我を尊敬しておるのか?」

「勿論です、我が親愛なる『王』よ。」

 

シュテルの本意がどうであれ、ディアーチェが彼女達の選択を拒む事はない。

フローリアン姉妹が案内し、ディアーチェ一行がそれについて行った今、この場に残されたのは3人の銀髪オッドアイだけだった。

 

 

 

「……なぁ、分かってるだろうな?」

「勿論だ。……お前達も約束は守れよ。」

「当然。例え夢破れても、互いに干渉は無し……恨みっこも無しだ。」

 

取り残された3人は、これ幸いとばかりにひそひそと話し合う。

 

当たり前の事ではあるが、彼等は彼等の目的があってここに来た。

その為に高町なのは達の記憶から()()()()()()()()()と言う選択も取ったのだ。そう、全ては――

 

「俺はディアーチェの……」

「俺はシュテルの……」

「俺はレヴィの……」

「「「パートナーになる!!」」」

 

ただ、その願いの為に。

 

 

 

 

 

 

「……いきなり立ち止まってどうしたのだ、ユーリよ。」

「いえ……ただ、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして……」

「?」




ユーリさん、ここに来てまさかのライバル(?)発生(?)。
因みにディアーチェの好感度
→ユーリ:まったく愛い奴め!
→転生者:誰ぞ貴様?(素)

それと題名に『復興録』とありますが、復興までの流れを全部書く訳ではなく、その中の日常を切り抜くダイジェスト形式を予定しています。大体あと2話くらいで終わらせられたらいいなと思ってます。

以下今回出てきた転生者の設定(一部抜粋)

・相神 明(あいがみ あきら):
 GODの後、なんやかんやでさらっとついてきた転生者。親無し勢。
 時間遡行に関する記憶処理の関係で、なのは達の記憶からは存在が抹消されている。
 元出席番号1番。
 記憶処理の際にはキリエから念入りに確認を取られたが、『俺には親も居ないし』と譲らなかった。
 ディアーチェのパートナーになりたいと思っている。(人生設計含む)

・池神 万(いけがみ ばん):
 GODの後、なんやかんやでさらっとついてきた転生者。親無し勢。
 相神同様、なのは達の記憶からは存在が抹消されている。
 キリエから念入りに確認を取られた際、相神同様『俺にも親は居ないし』と譲らなかった。
 レヴィのパートナーになりたいと思っている。(人生設計含む)

・上神 九朗(うえがみ くろう):
 GODの後、なんやかんやでさらっとついてきた転生者。親無し勢。
 上記2人同様、なのは達の記憶からは存在が抹消されている。
 キリエに対しても池上同様『俺も親は居ないんで』と譲らなかったが、流石にキリエも「この世界の家庭環境、問題あり過ぎじゃない!?」と突っ込んだ。
 シュテルのパートナーになりたいと思っている。(人生設計含む)

因みに名前の元は苗字が『あ』『い』『う』、名前が『A』『B』『C』です。


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エルトリア復興録 2

前回の後書きで転生者の名前を間違えていたので修正しました。
『池上 万』ではなく『池神 万』です。まぁ、別に伏線とかではないのでどちらでも良いのですが。


死蝕の影響が少ない荒野にぽつんと存在する建物……フローリアン家の一室に、ベッドに横たわる男性と、その傍らに6人の少女の姿があった。

 

「……どう? 博士の病気、治せそう?」

「むぅ……

 我の知る病の中にもコレと近い症状が出るものはいくつかあるが、そもそも我は医者ではない。

 故に治せるか等と聞かれても保証は出来ん。」

 

博士と呼ばれた男性……グランツ・フローリアンの容体を確認していたディアーチェは、キリエの問いに対して何一つ隠す事なく答えた。

 

「そう……やっぱり王様でも、ダメなんだ……」

 

ディアーチェの言葉に落ち込んだ様子のキリエ。多くの知識と魔力を扱えるディアーチェならばもしかしたら……そんな希望が幻だったと、本人から告げられたのだから無理もないだろう。

 

だが、そんなキリエの様子にディアーチェは相も変わらず毅然とした態度で鼻を鳴らす。

 

「……ふん、我は保証が出来ぬと言っただけよ。

 手を打つ前から諦める者があるか。」

「王様……じゃあ……!」

「我は医者ではなくとも、癒しの魔法は我の持つ紫天の書が五万と識っておる!

 ユーリの力を借り、紫天の知識を受け、我が振るえば万の医者がここに居るも同然よ!」

 

自信満々と言った様子で放たれた言葉と、堂々たるその態度が諦念に沈みそうだったキリエの心を引き留めた。

そして「これより施術を行う」とグランツに向き直ったディアーチェに、頭を下げた。

 

「ユーリ、王様……博士をお願いします!」

「任せておくがいい! ……あぁ、そうだ、桃色よ。」

「はい?」

 

髪の色に因んだ渾名を呼ばれたキリエが顔を上げると、ディアーチェはこちらに視線だけを向けてこう告げた。

 

「レヴィがそろそろ我慢の限界を迎える頃だ。例の狂暴生物でも遺跡でも良い、案内してやれ。」

「え? 別にボクはまだ「レヴィ、狂暴生物の方は頼んだぞ。」……ん-、分かった!

 じゃあ案内お願いするね! キリエ!」

「えっ、あ、うん。別に良いけど……」

 

レヴィの言葉を遮るように強引に話を進めるディアーチェの様子に何かを察したレヴィは、キリエの手を取り足早に部屋を出て行った。

 

その様子を見ていたシュテルは、ディアーチェの思惑を汲み取り、アミティエに向き直ると口を開く。

 

「……それでは、私もアミティエさんにお願いが。」

「私ですか?」

「はい、ここの研究室を案内していただけますか?

 『理』を司るマテリアルとして、何か力になれる事があるかもしれません。」

 

シュテルの頼みに、アミティエは少しばかり考えると笑顔を見せて答えた。

 

「……そうですね、そう言う事であればご案内しましょう! ついて来て下さい!」

「はい。 ……では、ディアーチェ。」

「うむ、任せたぞ。」

「お任せを。」

 

そして二人もまた連れ立って部屋を出ていく。

アミティエの物だろう、軽快な足音が遠ざかって行き……やがて聞こえなくなった頃……レヴィとシュテルによって人払いを済ませたディアーチェは、眠っているグランツに語り掛けるように言葉を発した。

 

「さて……と、これでここに居るのは我ら3人だけだ。狸寝入りを続ける理由もあるまい。」

 

ディアーチェの言葉が部屋に小さく響き……数秒の後、諦めたようにグランツはその両目を開いた。

 

「……まさか、あの二人が私の研究を使い、過去の時代から医者を連れて来るとはね……」

「先ほど言ったように、厳密には医者ではないがな。」

「はは、そうだったね。 ……何で気付いたんだい? 二人にはバレた事が無かったんだけど。」

「あまり我を舐めるなよ。

 我の声が聞こえた瞬間、貴様が微かに動揺した事などとうに気付いておったわ。」

「……そうか、あの時か。」

 

グランツが言うには、フローリアン姉妹を心配させ過ぎないように規則正しく眠っているふりをしていたという事らしい。

実際は体に走る痛みで眠れない事も多いのだが、何とか誤魔化して来たのだと言う。

 

「……さて、稼いだ時間もそうある訳ではない。本題に入ろうか。」

「ああ……とは言っても、ずっと前から覚悟はしていたんだけどね。」

「そうか……では単刀直入に言おう。

 貴様の病は我にも治せぬ。

 そして、このままでは貴様は一年も経たぬうちに死ぬ。」

「……」

 

先程キリエを慰めるように放った言葉は一見自信に溢れたものではあったが、その実情はなんて事はない。ただの気休めだ。

落ち込んだキリエの様子を見て、咄嗟に放った慰めの言葉でしかない。

 

とは言え、嘘を吐いた訳ではない。

『万の医者にも治せない病』を「治せる」と言った訳ではないのだから。

 

内心でそんな言い訳をしながら、ディアーチェは言葉を続ける。

それはグランツを蝕む病の症状の根幹の話であり、ディアーチェにしても初めて目の当たりにした現象だった。

 

「コレが死蝕と言う物の影響なのか、それとも貴様自身の体質か、はたまた別の病なのかは分からぬが……リンカーコアが死にかけておる。

 そして死にかけたリンカーコアから生成される魔力に腐毒とも言えるモノが混じり、貴様の全身を血のように巡っておる。貴様の身に起きる症状はそれが原因だ。

 だから、いくらその症状を改善させようと貴様の命を救う事は出来ん。リンカーコアの死を止められぬ限りな。」

「……うん。分かってはいたけど、改めて言われるとなかなか堪える物があるね。」

 

リンカーコアの死と言う、ディアーチェにしても聞いた覚えのない現象を告げられてもなお、グランツは諦めたように、何処か納得したように頷いた。

 

そんなグランツの様子に、自らの身に起きた現象に何か心当たりがあると踏んだディアーチェは、続けて問いかける。

 

「……貴様の身に何があった? このような症状、紫天の書も記憶しておらぬ。」

「二人から聞いていないのかい? ……これが『死蝕』だよ。永年、僕の一族が先祖代々戦ってきた『蝕む死』だ。」

「……『死』そのものが伝染するとでも?」

「……正直なところ、長年の調査でも分かっていない事が多くてね。確証は無いんだが、現象を纏めるとそうなるかな。」

 

そう答えたグランツは、部屋の出口を見遣ると言葉を続けた。

 

「さっき君の仲間(レヴィ)が出て行ったが、死蝕には近付かない方が良い。

 まぁ、それは案内するキリエも理解しているから、今回は心配は要らないだろうけどね。」

 

その言葉を聞きながらディアーチェは考える。

果たして死蝕とは如何なる現象なのか、そしてそれは彼女たち自身にとっても脅威足りえるのか……と。

 

――死蝕、か。こやつの言う通り『死』が伝播する等と言う現象が起こり得るものなのか?

  もしもそうであるならば、『死』の概念が無い我等には無害なのか?

  ならば我等であれば死蝕に関するより深い調査が……いや、行動に移すには早計か。

 

内心そう結論付けた時、ディアーチェは自らの裾を引く手の感覚と声に気付いた。

 

「ディアーチェ。」

「む? ……ああ、そうだな、ユーリ。手早く済ませるとしよう。」

 

ユーリの声にそう答えると、ディアーチェはグランツの体に手を翳す。

そして紫天の書を開き、術式を構築しながらグランツにこう告げた。

 

「先ほど言ったように、我にも貴様の病は治せぬ。

 出来て延命が精々よ……だが、桃色と赤毛が貴様の生存を望むのであれば、やれる事はやろうぞ。」

 

そして構築された術式から放たれた柔らかな光が、グランツの身を包む。

遥か昔から夜天の魔導書に蓄積されてきた数多の魔法……それを写し取った紫天の書もまた、膨大な数の術式を記録している。

その中からグランツの病に対抗し得るものを選び、数百の術式を並列起動して発動しているのだ。

流石のディアーチェもこのような芸当を一人でこなす事は出来ない。ユーリの持つ無限の魔力の補助があってようやく出来るごり押しだった。

 

だが、光が放たれて1分が経過しようかと言う頃、ディアーチェが異変に気付いた。

 

「……む、この感覚は……?」

 

何かが魔力を伝って体に触れているような感覚……言いようのない不快感に顔を顰めると、その様子を見たグランツが声を張り上げる。

 

「!? 拙い……直ぐに術式を解除するんだ! 君にまで死蝕が……っ! ゴホッ、ゴホッ!!」

 

急に声を張ったせいか、はたまた病の所為か、血の混じった咳に呻くグランツに対し、ディアーチェは冷静に言葉を返した。

 

「……ふん、なるほどな。コレが死蝕とやらか……中々に不快な感覚だ。

 だが案ずるな、我等はそもそもが『不滅』の身。『死』とやらには縁遠い存在よ。

 今は落ち着いて我が魔力に身を委ねよ。」

「……! 君は、一体……」

 

彼女の言葉が嘘や強がりではないと分かったのだろう、グランツが目を見開き、初めて唖然とした様子で尋ねると、ディアーチェは口の端を吊り上げるように笑いながら名乗りを上げた。

 

「ふ……我が名はロード・ディアーチェ! 紫天の主にして、闇統べる王である!

 たかだか『死』程度の物に屈する程、脆くはないわ!」

 

 

 

 

 

 

それからしばらくの時が経過し、光が収まる頃にはグランツは穏やかな寝息を立てていた。

それは先程の様な狸寝入りではなく、久方振りの安寧が彼に訪れた事の証明だった。

 

「……寝入ったか。」

「ディアーチェ、死蝕は……?」

 

そう尋ねるユーリを連れ立って部屋を出ると、ディアーチェは彼女の問いに答えた。

 

「表に出ている症状は粗方抑えた。

 リンカーコアの状態も、快復とまでは行かぬが幾らか改善した。これならばあと数年は持つだろう。」

「彼の事ではありません、貴女の事です。先程貴女に触れた死蝕はどうなったのですか……?」

 

そう問いかけるユーリの不安気に揺れる瞳を、ディアーチェは真っ直ぐ見つめ返すと安心させるように答えた。

 

「案ずるな。あのような物、我にとっては風が肌を撫でたようなものだ。

 もっとも、些か不快な感覚ではあったがな。」

「そうですか……良かった。」

 

彼女の言葉に嘘は無い。術式を発動している間感じていた感覚は最後まで体内に入って来る事はなく、施術の完了と共に消え失せていた。

自らの体を探査しても影響は無く、やはり原則不滅であるマテリアル達にとって死蝕は何の影響もない事を彼女は確信していた。

 

――と、なればだ。やはり死蝕の本格的な調査には我らが赴くのが得策か。

  レヴィやシュテルにもコレは伝えておくとして……む?

 

ディアーチェが今後の行動に関しての思考を纏めつつ通路を歩いていると、向こう側から少年が一人走って来るのが見えた。

その銀色の髪の色を確認した途端、ディアーチェはげんなりした様子で注意する。

 

「おい貴様、このような狭い通路で何を騒いでいる。せめて……」

「あっ、王様! レヴィ見ませんでした!? ちょっと探してるんですけど……」

「静かにしろと言っているのだ戯けが。折角寝入った患者の目が覚めてしまうだろうが……!」

「はいッ! ……って、患者?」

 

ディアーチェが殺気を込めて睨むと、走って来た銀髪オッドアイ……池神(いけがみ) (ばん)が背筋をピンと伸ばし、ふと抱いた疑問について聞き返した。

 

「……はぁ……今しがた桃色と赤毛の生みの親である博士とやらの容体を見ていたのだ。

 完治こそさせられなかったが、苦痛は取り除けたようで今は眠っている。

 ……この先にはその部屋しかない。貴様も疾く、静かに引き返す事だ……って、おい! 貴様何処に行くつもりだ!」

 

ディアーチェが話し終えるのを待たずして池神は走り出した……ディアーチェが歩いてきた方向に。

 

「我の話を聞いていなかったのか、貴様! この先には……!」

「博士が居るんだろ? 大丈夫大丈夫、()()()()()()()()()()()!」

「は……?」

 

 

 


 

 

 

「おい、貴様! 聞いているのか!? あの男の病は……!」

「魔法で治せなかったんだろ? 大丈夫だって、俺のは特て……レアスキルだから!」

 

あぶねぇ、思わず特典って言いかけた!

いかん……想定以上に好都合な展開にちょっと興奮しているらしい。

レヴィと合流できていないのはちょっと残念ではあるが、ここに来た時のレヴィの様子からして恐らく狂暴生物狩りかダンジョン探索に出てしまったんだろう。だからこそ、今の内に博士の様子を見れるのが好都合!

 

俺の特典が『死蝕』に効くのか、レヴィの狂暴生物狩りについて行く前に安全な場所で確かめられる絶好の機会だ!

 

 

 

暫く歩くと突き当りに扉が見えた。

歩いていたのは「せめて静かにしろ」とディアーチェに怒られたからだ……エルニシアダガー(射撃魔法)付きで……

 

「おい、青緑(あおみどり)。何度も言うが、貴様のレアスキルが効くかどうかはともかく、静かにしろ。」

「はい……」

 

いや、青緑って……それ俺の目の色じゃん。名前で呼ばれるとかは期待してなかったけどさぁ……

 

ともかく、ディアーチェの言う通りに出来る限り静かに部屋に入ると、ベッドの上で一人の男が寝息を立てていた。

……これがグランツ博士か。なんて言うか、見た感じだと病弱な優男って感じだ。白髪交じりの髪と頬のこけ方から病の苦しさが伺える。

 

≪おい、やるならばさっさとやれ。≫

≪あっ、はい。≫

 

急かすような念話に慌てて手を翳すと、グランツの体に起きている異常の情報が直接脳裏に流れ込んで来る。

 

……えっ、ナニコレ……

 

≪あの、ディアーチェさん? リンカーコアのこれって、元からですか?≫

≪……ああそうだ、ただ欠けているのとは訳が違う。

 リンカーコアの一部が死に、死んだが故に欠けていく。

 さらにそれがじわじわと広がっている……そして原因は不明だ。≫

 

こ、怖ぇ……死蝕怖ぇ……! え、コレ特典で治せるか? 治せるよな?

 

≪治せぬのならば言え、さっさと出るぞ。≫

≪ちょ、ちょっとお待ちを……もっと詳しく調べるので……!≫

 

特典を使えば原因とかもパッとわかるかなと思ったけど、ちょっとこれは予想以上だ。

特典の効果で詳しい情報をモニターのように眼前に表示すると、リンカーコアの放つ魔力波動が歪んでいるのが分かった。

 

≪……ほぉ、治すと豪語するだけはある。大層なレアスキルだ。≫

≪あ……お、お褒めにあずかり光栄です。≫

 

ディアーチェが興味を示したのか、表示されたモニターを覗き込んでいる……のだが……

 

……きょ、距離が近い。

 

右を向けばすぐ傍にディアーチェの顔がある。え、睫毛長っ! 肌めっちゃキレイ……! えっ、天使……?

 

……いや、待て待て俺!!? 俺の最も愛する娘が誰かを思い出せ!!

レヴィ・ザ・スラッシャーだろう! どこまでも真っ直ぐで快活なボクっ子! ちょっと抜けているがアホではない……いや、アホの子ではあるのか? ……あるか!

それはともかく!

 

いくらディアーチェが可愛くとも、俺らは互いに交わした約束がある! 紳士(?)の絆が、誓いがある!

ここで絆されるのはその誓いを裏切る行為だぞ!

 

≪……どうした、続きをするのではないのか?≫

≪あっ……≫

 

えっ、この距離でジト目向けられるってこんな感じなんだ。あ、ふーん……

……えっ、何この感覚。いかん! 扉が開く!? こんな一瞬で落されるのか俺!? 我ながらチョロ過ぎるだろ!?

 

……ん? あれ、何この感覚。背後から殺気?

 

「てい。」

「おぐっ!? ふぅ……!! ぁあ……ッ! ……ッ!!」

 

下腹部に走る鋭い鈍痛……! そして痛みが鈍い新鮮味を維持しながら腹部を上ってくるこの感覚……! 何とは言わないが男の魂が叫んでいる!! 主に黄金の双玉が!

 

堪らずひざを折り、急所を押えて蹲る。

涙で滲む視界を背後に向けると、そこには俺を見下ろすユーリの姿があった……!

 

「ん? どうしたのだ、ユーリ。そんなところに立って……」

「何でもありません、ディアーチェ。」

 

こ、この幼女……やりやがった……! ディアーチェに気取られる事無く背後に回り込み、足で俺の(たま)を……!

ディアーチェの事が好きなのはわかるけどいきなりここまでする!? もうちょっとあるじゃん! 「さっさとやって」って言えば俺だってやったよ? せめて殺気をぶつけるだけで良いじゃん! 蹴らなくたって!

 

……でも、ああ言うのも……

 

……ハッ!? いかん、扉が開く!?(二回目) いや拙いって! その(へき)だけは拙いって!!

 

≪おい、青緑。そのまま蹲るのであれば引き摺ってでも部屋を出るぞ?≫

 

惨い! だ、だが俺の特典は癒し特化型だ……! これしきの事……!

 

「……ふぅ」

 

何とか痛みが治まった……

立ち上がって軽く体を上下にゆするが痛みは無い。……うん、大丈夫。

 

≪じゃあ治しちゃいますね。≫

≪ああ、疾くやれ。≫

 

はい。

再び表示されたモニターの情報とにらめっこしながら、特典の効果を絞って行き……

 

 

 

……数十分後、博士の病状は快復したのだった。




一応エルトリア復興録のプロットは軽く作ってあります。死蝕に関する設定も作ってあります。だけど全部やるのには時間が足らないので、次回時間が数か月後に飛ぶと思います。

池神 万の特典『医神の目と杖』

病や怪我の原因を探る『目』と、原因を理解した病や怪我を治す『杖』の二つの能力がセットになっている。
『目』によって得た情報を正しく咀嚼し、理解しなければ『杖』の効果も半減する為、未知の病にどれほど効果があるかは本人の理解力次第。
今回はディアーチェのサポートがあった為に快復に至った。
因みに理解すれば治療は一瞬で終わるので、博士の治療にかかった数十分は丸々理解にかかった時間である。


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エルトリア復興録 3

次回で一応エルトリア復興録は完結です。
その後何話か(多くて2、3話)仕込みとなる短編を書いた後、StS?編に入ります。


『無限の剣製』……それは前世に蔓延った数多の転生モノ(二次創作)小説で多くの転生者が手にしてきた能力だ。

自らが理解した『剣』を刹那の間すらおかずに投影し、本来の担い手のように扱えると言う反則じみた能力……何故か転生者本人は理解どころか、直接見た事すら無い筈の宝具を扱ってたりする事もあるという謎の多い能力でもある。

 

さて……何故俺がこんな事を考えているのかと言うと、俺自身の能力がそれを基にした物だからだ。

と言っても、当然ながら原典そのままと言う訳にはいかなかった。

魔力を使うとは言え、『無から有を生み出す』と言う性質が特にアウトだったのだろう。俺の特典は神様との話し合いでナーフにナーフを重ね、やがて一つの形となった。

 

作ろうとする対象の構造を『設計図レベルで理解し』、作ろうとする対象の『素材を必要とする』……流石にこれを『無限の剣製』と言い張る気にもなれず、俺は呼称を『錬金術』と改めた。元ネタは勿論、『鋼』のアレである。

最初の想定と比べてかなり弱体化させられたが、不便かと聞かれれば決してそうでは無く、寧ろ汎用性で見れば高い方の能力だ。

 

――そう、この世界が『リリカルなのは』の世界でさえなければ。

 

原因は管理局法で定められた規則の一つ……『質量兵器に関する禁止事項』だ。

……絶望だったよね、あの時は。

多分『無限の剣製』の原典だったなら『非殺傷の魔力で投影する』とかの方法ですり抜けられたのだろう。だがいかんせん俺のは実質『錬金術』だ。完全な物質なのだ。

いくら魔力に非殺傷を付与しようと、出来上がる物質がその性質を帯びる訳ではない。俺の容量の大部分を占めた特典は、この世界……特に管理世界で振るおうとした時点で死にスキルと化すのだ。

 

だが、そんな俺の『錬金術』……十全に活かす方法はあった。

前線に出る事にさえ拘らなければ、活躍する場は多いのだ。例えばマリーの様なメカニックになるとかな。

 

そして、そんな数多い活躍の場の中から俺が選んだのは……

 

「――以上の対策を長期的に継続する事で、死蝕による汚染を除去できるかと思います。」

 

思考に耽りながら、俺が選んだ『活躍の場』の中心人物……シュテル・ザ・デストラクターを見ると、どうやら俺が現実逃避をする原因となった会議は終わったらしい。

空中に投影されたモニターには、いくつかの図や写真と、膨大な数の文字が躍っていた。

どうやら死蝕の影響で汚染されてしまった水場を蘇らせる為の計画や、それに必要となる機材の詳細を纏めたもののようだが……如何せん俺の頭はそれを完全に理解できる領域に到達していなかった。

 

その事に関して申し訳なく思うが、そもそも彼女が会議をしていた相手は俺ではない。

この場に居た()()()()()()は、俺とは違い彼女の話を完全に理解したようで、軽く興奮した口調でシュテルに答えた。

 

「ふむ……確かに試す価値はあるね。

 この方法だと死蝕を完全に克服するのに時間はかかるけど、成果は早い段階で確認できる……!

 この星に残り、生きる事を選んだ者達の希望にもなる筈だ。……良し、早速とりかかろう!」

 

その男の名はグランツ・フローリアン……ディアーチェと池神が協力して完治させたフローリアン姉妹の生みの親であり、現役バリバリの研究者だ。

 

彼の病が治った時はキリエもアミタも大泣きして、それはもう凄かった。

あれからしばらくはお祭り騒ぎで食事もやたらと豪勢に……そう言えば、その話を聞いた相神はどことなく不機嫌そうだったっけ。博士の命を救う為だったと言う事で頭の方は理解はしたが、感情が納得しなかったのだとか。

いや、あれに関しては「近くで見たディアーチェの顔めっちゃキレイだった」とか煽った池神も悪いか。

 

まぁそんな事は良いのだ。シュテル狙いの俺には関係ないしな。

 

「了解です。

 既に必要となる機材の()()()も、この通り完成しています。」

「素晴らしい! 君達にはいくら感謝してもし足りないよ!」

「いえ、これもココに蓄えられた数々の試行錯誤の記録や、長年にわたる死蝕の研究資料があればこそです。

 人の持つ『継承』と言う力の強さを見せつけられました。」

「はは……ありがとう、ご先祖様達もきっと喜んでくれているよ。

 彼等のしてきた事は無駄じゃなかったんだって、僕達の力で証明しよう!」

「はい。」

 

……いや、さっきの『俺には関係ない』と言う考えはちょっと違うな。正確には『それどころじゃない』だ。

気合を入れるように拳を握ったグランツ博士の言葉に返事をするシュテルだが……口の端が若干上がっている。

そう、笑顔を見せているのだ! 表情があまり変化しない彼女がだ!

 

……いや、まさかグランツ博士がライバルになるとは思わないじゃん。

 

もしかして『理』のマテリアルと研究者って割と相性が良かったりするのだろうか?

時々ディスカッションでバッチバチにやり合ってる時も楽しそうだしなぁ……俺? 言ったじゃん。二人の言ってる事なんてほとんどわからないよ。レベルが違うもん。

 

「……じゃあ、お願いしても良いかい? 九朗君。」

「あっ、はい。じゃあ、設計図を……」

 

グランツ博士が手渡してくれた設計図に目を通すが……うん、ダメだ。当然の事だが、さっぱり分からん。

いや、厳密には分かる箇所が無い訳ではない。タービンやスクリューと言ったような、見知ったものも当然ある。

だが『見た事ある』だけではダメなのだ。俺の『錬金術』は、その『見た事あるモノ』が、『どんな目的で組み込まれ』、『どんな動きをするのか』まで理解する必要がある。

 

より正確に言えば『構造に対する理解』を深める事で、歯車の経や歯数等と言った細かい所に『目的通りに動くように』補正がかかるのだ。

勿論理解せずに『錬金術』を使用しても作る事が出来るのだが……それには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()必要がある。当然俺には出来ない。だからこうして設計図の理解を深める必要がある訳だ。

 

……とは言え中には『魔力素分散機構』や『循環式ろ過機構』と言った最近作った物もあるから、そう言う意味では最初より理解にかかる時間は短いだろう。

 

だがやはり遠い……! シュテルの隣に立つ為には最低でもこの内容を一目見ただけで理解できるようになる必要があると考えると、正直グランツ博士に勝てるビジョンが見えない……!

 

「……どうだい?

 今回は前回と比べると、結構シンプルな構造の筈なんだけど。」

「えっ、あ……うん、シンプル……シンプル? うん……」

 

グランツ博士はこう言うが……正直ここまでくると、前のと比べてシンプルなのか複雑なのかはもう分からん。

どっちも十二分に複雑な精密機械なのだから、見分けなんて付くはずもない。

……なんて事を考えながら設計図とにらめっこしていると、いつの間にか俺の隣に来て居たグランツ博士が励ましの言葉をくれた。

 

「大丈夫、直ぐに出来なければ世界が滅ぶと言う訳ではないんだ。

 僕が教えるから、一つずつ理解していこう。」

 

くっ……グランツ博士の優しさが辛い……! こんな所でも差を見せつけられるとは……!

 

「……すみません。」

 

だが、その差を埋める為には誰かに教えを乞うてでも自分が成長するしかないのだ。

特にグランツ博士は『これを作ってくれさえすればいい』と言う教え方はせず、俺が本当の意味でシュテルの理論を理解できるように教えてくれる。

シュテルの隣に立ちたい俺としては、俺を成長させようとしてくれる博士の教え方は本当にありがたい物なのだ。

 

……シュテルの教え方はどちらかと言えば『作ってくれればいい』って感じだったけど。

 

「グランツさん、時間がかかりそうなので私は少しフィールドワークに出てきます。」

「あ、あぁ、気を付けてね。

 ……と言っても君達程の実力者だと、心配する方が却って失礼だったりするのかな?」

「いえ……私自身意外ですが、不思議と悪くはありません。行ってきます。」

「うん、行ってらっしゃい。」

 

……あれ、これもう負けてない? 博士もう好感度イベント5つぐらい進んでない?

シュテルが『行ってきます』って言ったって事は、そこは所謂『帰る場所』な訳で……うん? あれっ、家族?

 

「ぐふっ……!」

「だ、大丈夫かい!? 九朗君!」

「し、心配には及びません……足を引っ張っている無力感が大きくて……!」

 

くっ……悪態をつく気にもなれん!

だってこの博士めっちゃ良い人だもん! そりゃフローリアン姉妹があれだけ頑張って助けようとする訳だよ!

 

「……やっぱり、彼女の事かい?」

「えっ、なんで……」

「普段の君の様子を見て、もしかして……ってね。」

 

そ、そんなに分かりやすかったのだろうか……? えっ、もしかしてシュテルにもバレてる?

 

「大丈夫、シュテルちゃんは多分気付いてはいないと思うよ。

 ……多分だけど、彼女達マテリアルはそう言った感情の機微には疎いんじゃないかな?」

 

あぁ、そう言えばシュテル達って厳密にはプログラムだからな……生殖と言う行為を必要としない分、そう言う事に鈍感でもおかしくないか。

あれ、でも……

 

「でも、さっきシュテルは博士に笑顔を……」

 

それに『行ってきます』って、何の感情も抱いてない相手に言う言葉じゃ……

 

「ん? あぁ、あれは多分……

 そうだな、僕の事を『友人』のように思ってくれているのだと思うよ。」

「えっ、『友人』……?」

「うん。彼女としては少し違うのかも知れないけど、僕が彼女から感じる雰囲気はそれが一番近いように思う。

 多分、僕の事を信頼してくれているんだと思う。」

「な、なるほど……?」

 

本当にそうなのか……? でも……だとしたら、俺にもまだチャンスはあるのか?

 

「彼女がこれから先、恋愛と言う物に興味を示すかは分からないけど……

 僕としては、君を応援したいと思っている。

 仮に僕がそう言う感情を向けられる事があるとしても、僕には……妻がいるからね。

 それに……」

「それに……?」

「彼女の理想を実現させる為に頑張る君なら、きっとうまくやって行けると思うんだ。」

「は、博士……!!」

 

くっ……! なんてこった! ライバルだと思っていた相手が最大の味方だったなんて……それに今更気付くなんて……!

くそ、視界が滲んできやがった……!

 

「さぁ、彼女の理想(設計図の意図)を一つずつ知って行こう。何時までかかるとしても付き合うよ。」

「博士ッ……!」

 

博士……俺、頑張るよ!

 

 

 


 

 

 

「……あれ、シュテるん? 一人でどしたの?」

「おや、レヴィ? 今日は帰りが少し早いのですね。」

 

シュテルが建物の外に出ると、示し合わせたようなタイミングでレヴィが帰って来た。

その様子を一目見たシュテルはこう続ける。

 

「私はこれからフィールドワークに出ようと思っていたのですが、貴女は……なるほど、今日は遺跡に行ってきたのですね。」

「うん! だけど、良く分かったね!」

「ええ……まぁ、()()()()()()がどちらかで大体は分かりますよ。」

「……おぉ、なるほど!」

 

そう言って手を打つレヴィの背後には、何やらびっしりと文字が書き込まれた紙束を抱える銀髪オッドアイ……相神 明が疲労困憊と言った様子で立っていた。

何故ディアーチェが狙いと公言する相神がレヴィと行動を共にしているのか……その理由は彼の特典と、その理由にあった。

 

前世の頃からアニメやゲーム等に登場する独自設定の考察が趣味だった彼が望んだ特典……それは『物体の過去の記録や情報を文章にする』と言う物だった。

 

なのはの世界でもある意味で最も謎に包まれている『死蝕』……リリカルなのはのファンとして当然彼もあれやこれやと考察を繰り返していたのだが、いかんせん情報が少な過ぎた。

そこで彼はこの特典を用い、『死蝕』に留まらずあらゆるロストロギアや世界観の考察を楽しもうと考えたのだ。

 

彼がレヴィと行動している理由の大部分もそれだ。

彼の狙いがディアーチェである事に変わりはないが、遺跡や死蝕の浸食地帯に出向く機会が多いのは圧倒的にレヴィなのだ。

寧ろディアーチェはユーリと常に一緒にいる為か、そう言った危険が伴う場所に出かける機会は彼の想像よりも少なかった。

 

その為、彼は自らの知識欲を満たすと同時に彼女達の目的である『エルトリア復興』に自らの能力を役立てる為、レヴィに同行していたのだ。

……因みにその過程でレヴィに何度も命を救われている彼は少しずつレヴィに惹かれていっているのだが、その事を池神が知るのはもう少し後の話である。

 

「それにしても……今回はいつもより紙の量が多いですね。

 一体幾つの遺跡を回ったのですか?」

「いやぁ……実は一つだけなんだよね。

 何かアキらんがレアスキルを使ったら、いきなり紙がブワーッ! って出て来てさー……

 凄い量になっちゃったから、一度戻って来る事にしたんだ。」

「め、面目ない……」

 

レヴィの向ける視線に思わず謝る相神だが、シュテルは彼の持つ紙束を興味深げに眺めながら思考する。

 

――確か、彼のレアスキルは引き出す情報にある種のフィルターを掛けられる……

  これまでそうしてきたように、今回も死蝕に関する情報に限定したはずだ。

  なのにこれだけの情報量を持っていたという事は……

  ……より死蝕の根源に近い情報がある……?

 

「アイガミさん。失礼ですが、その紙を見せて貰ってもいいでしょうか?」

「えっ、あ、はい。どうぞ。」

「感謝します。」

 

シュテルが相神から受け取った紙束に目を通すと、早速一つの違和感を覚えた。

 

「……失礼ですが、この紙束の順番はこれであっているのでしょうか?」

「えっ? ……あー、ごめん。多分順番はバラバラになってると思う。

 いつもと違って一気に紙が溢れ出して来てさ……回収するのに必死だったんだ。」

「ブワーッ! って出て来たからね! ブワーッ! って!」

 

相神の言葉を補足するように、レヴィが両手を広げるジェスチャーを交えて補足する。

そしてその様子をじっと眺めて目を細める相神……はたして彼等の『約束』は守られるのだろうか。

そんな二人の様子には目もくれず、次々と紙束を捲りながら情報に目を通していたシュテルは、やがて何かを見つけたように一つの紙に目を止めた。

 

「そうですか……ふむ……」

「どったのシュテるん? 難しい顔して。」

「いえ、時系列がバラバラではありますが……中々興味深い記録です。

 どうやらその遺跡、かつて死蝕の研究をしていた施設だったようですよ。」

「えっ!? マジか!?」

 

シュテルが紙束から読み解いた内容に、大きな反応を示す相神。

その反応を受けてシュテルは再びパラパラと紙を捲り、やがて一つの文面を見つけ出した。

 

「はい。

 ……あぁ、コレがきっともっとも新しい記録ですね。

 『死蝕の影響が迫って来た為、研究資料だけを持って施設を放棄した』と言う文言があります。」

「へぇー……あの施設の年代から考えて、グランツ博士の大先輩って所か。」

「そうですね。

 人の研究は継承されて行くものですが、この研究成果は……」

 

そう言いかけて、僅かに表情を曇らせるシュテル。

彼女が目を通した資料群の中に、この研究所の持っていたデータは無かった。

それはつまり彼等の継承が途絶えてしまった事を示す物であり、シュテルは彼等の無念に思いを馳せた。

しかし……

 

――ですが、彼等の受け継ぎたかったものは今、時を越えて確かにここにある。

  アイガミのレアスキルは、過去の思いさえも組み上げるのですね。

 

意図せずしてシュテルからの好感度が上昇する相神であった。

そんなシュテルの様子を知ってか知らずか、レヴィがこう話を持ち掛けた。

 

「ふーん……ボクとしてはあまり興味がわかないけど、どーする? シュテるんもついて来る?」

「……そうですね、一度近辺の記録を一通り見ておきたいですね。

 この記録によれば、付近に死蝕の観測所があったようです。そちらの記録も組み上げておきましょう。」

「オッケー! じゃあ早速……」

「あ、ちょっと待って。自動筆記用の紙とインクを補充しないと足りなくなりそう……」

「えー……」

「……まぁ、そうでなくとも、この資料をグランツさんに届けなくてはいけませんし、少し待っていてください。」

「うー……分かったよ……」

 

彼女達がエルトリアにやって来てそろそろ半年になるだろうか……

三人のマテリアルと三人の転生者によって、死蝕の根源への調査は急速な進展を見せていた。

 




上神 九朗の特典『錬金術』

設計図レベルで『理解』した物を、構成する素材と魔力を元に作り出す能力。
ハガレンのアレ。
手を合わせたり錬成陣を書く必要は無いが、作るモノの規模に比例して魔力を使う為、
大きい物を作るとめっちゃ疲れる。
理論上デバイスも作れるが、本職のデバイスマイスター並みの知識と技術を身に着ける必要があるため、今の上神には作れない。
当然ながら生き物も錬成できない。


相神 明の特典『サルベージ』

『物体の過去の記録や情報を文章にする』と言う能力。
紙とペンがあればそれを使う事も出来るが、予め特典とセットになっている収納空間に紙とインクを入れておく事で自動筆記した物を『召喚』する事が出来る。
(物を書く環境が必ずしも整っている訳ではない事を考慮して付けて貰った機能)
その際、空中に空いた穴から紙が出て来るのだが、
筆記した情報量があまりにも多い場合は「ブワーッ!」となる事がある。
今回の遺跡でサルベージした紙束は合計320ページにも及ぶ為、紙とインクのストックを著しく消耗した。


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エルトリア復興録 4

エルトリア復興録は今回で完結です。
ちょっと急ぎ足な展開ですが、ご容赦ください。
次回からはStS?編に向けての短編を2、3話書いた後にStS?編に入ります!


どれくらいの時が経っただろうか。

 

転生者三人とマテリアル達は、死蝕に立ち向かう闘いの日々の中で、やがて互いに互いの得意分野を把握していった。

 

そして、より一層の効率強化を図る為、それぞれの得意分野を活かした『チーム分け』がなされた。

 

各地の情報を持ち帰る事に特化した『レヴィ&アミタ&相神』のチーム、

持ち帰られた情報を元に対策を考え、機材を作り出す『シュテル&グランツ&上神』のチーム、

そして作り出された機材を死蝕地帯に設置する『ディアーチェ&ユーリ&キリエ&池神』のチームの3つだ。

 

この役割分担が本格的に稼働し始めてからと言う物、死蝕に対する理解と対策は著しい速度で進んでいた。

 

 

 

――そんなある日のこと。

 

「皆、ちょっと研究室まで来てくれ!」

 

やや興奮した様子でグランツが全員を研究室に集めた。

 

中に入る機会があまりなかった相神と池神がキョロキョロと物珍し気に見回す中、コホンと小さく咳払いをしたグランツが全員を集めた理由を話し始めた。

 

「急な呼び出しで済まない。だけど、これに関しては早い段階で共有しておくべきだと思ってね……」

 

そう言ってグランツが何やら端末を操作すると、グランツの隣に惑星エルトリアを模した立体映像が浮かび上がった。

グランツは説明を続ける。

 

「コレは見ての通り、惑星エルトリアのホログラムだ。

 そして、見せたいものは……っと、これだ。」

 

再びグランツが端末を操作すると、今度はホログラムのエルトリアに幾つかの線が浮かび上がった。

線は惑星の表面を赤い川のように走り、周囲には薄く赤い靄がかかっている。

そして無数の線が合流する中心部……真っ赤な靄の中で赤く点滅する一際大きい点が、その場に居た全員の目を引いた。

 

「結論から言おう。

 この赤い点、この位置が……『死蝕の発生座標』だ。」

「「「!!?」」」

「ほぉ……」「……」

「なるほど。」

「?」

 

博士の思わぬ一言に驚きを隠せない銀髪オッドアイ達と、それぞれの反応を示すマテリアル達。

そして、そんな反応を見て何処か得意げに胸を張るフローリアン姉妹。どうやら彼女達もこの発見に一役かっていたらしい。

 

「相神君が持ち帰ってくれた様々な地点の汚染状況や年代、加えて池神君が僕の体を蝕んでいた死蝕の情報を解析してくれたからこの地点に絞り込めた。

 感謝するよ。」

 

博士が言うには、その情報を得てからは一日の作業を終えた後に、一人でひっそりと相神が持ってきた情報を読み解いてすり合わせる作業をしていたらしい。

ある時キリエに見つかってからは、睡眠時間の確保の為に3人で分担して作業を続けていたそうだ。

 

「さて、君達にも以前話した通りだが……『死蝕』とは『変質した魔力素』が原因となった災害だ。

 何らかの理由で変質した魔力素が周囲の魔力素を汚染し、変質させる……この連鎖が続く限り『死蝕』は無くならない。」

 

これに関しては池神がグランツの治療を済ませた段階で判明していた。

グランツのリンカーコアが死にかけていたのも、変質した魔力素を取り込んでしまった事に起因する。ディアーチェが感じ取った違和感や、生成される魔力に混じる『腐毒の様な物』の正体こそ、この『変質した魔力素』だったのだ。

 

「変質した魔力素そのものの浄化方法は既にシュテル君が確立し、九朗君のレアスキルによって形になっている。

 今でも多くの汚染地域に設置された浄化装置が死蝕の影響を取り除き続けているのは、皆も知っての通りだ。

 今の作業を続けていくだけでも死蝕の被害は食い止められるし、人の生活圏の大多数を取り戻す事は可能だろう。だけど……」

 

グランツが言うように、死蝕の影響を取り除くだけならばもう問題無い所まで来ている。だが、この段階に来たからこそグランツは全員を呼んだのだ。

 

「――だけど、僕はもう少し欲を出したい!

 今でも十分に死蝕と渡り合えている……いや、死蝕を追い詰めてさえいる今だからこそ!

 『死蝕と闘える皆がいる現在(いま)』だからこそ! 僕はこの星から完全に死蝕を消し去りたい!」

 

それはグランツの背負う使命であり、一族の悲願であり、この星に住む全ての生命の希望だった。

故に彼の言葉に込められた思いは何よりも強く、皆の心に響いた。

 

「……ふん、何を言い出すかと思えば……我は元よりそのつもりよ!

 我の住む世界にあの様な不快な物が在るなど、到底許されぬ事!

 誰に言われずともこの星から消し去っておったわ!」

「私もディアーチェと同意見です。

 個人的にもここで研究を停滞させるのは本意ではありません。」

「ボクはどっちにしてもやる事は変わらないけど……

 何かそっちの方が面白そうだし手伝うよ!」

「ディアーチェが決めた事なら、私はついて行きます。……どこまでも。」

 

最初にディアーチェが意思を示し、シュテル、レヴィ、ユーリがそれに続くように協力を申し出る。

するとその流れに乗じて銀髪オッドアイ達も口を開いた。

 

「俺も行くよ!

 俺に出来る事なんて過去の情報を取り出すことくらいだけど……何かの役に立てるかもしれねぇしな!」

「死蝕に近付く事を考えると、いざと言う時に治せる俺がついて行かなきゃな!

 安心しな……俺がついて行けば、お前らの誰一人として死なねぇよ!」

「だ……だったら俺も行くぞ!

 何か必要になるものが出てきた時、俺なら何でも用意出来るから役に立つはずだ! ……多分!」

 

まさか全員が自分の思いに応えてくれるとは思っていなかったグランツは、彼等の言葉にしばし唖然とした表情を見せた後、確認を取るように改めて尋ねる。

 

「……本当に、良いのかい?

 死蝕の根源に近付くという事は、これまで以上の危険を伴う闘いになるんだよ?」

「ふん、真の王は言葉を翻さぬ。」

 

窺うようなグランツの目を真っ直ぐ見つめ返すディアーチェの目には、些かの動揺も無かった。

それが覚悟を決めた目なのか、高慢から来る根拠の無い自信なのか……グランツはそれを確かめる為に再び問いかける。

 

「根源に何があるかもわからないし……それに、根源をどうにかしなければ周囲の死蝕は晴れない可能性が高い。

 ……死蝕の中に自ら飛び込んでの闘いになるんだよ?」

「だろうな。

 その程度の事を理解しておらぬ者はこの場に居らぬわ。」

「「「えっ」」」

 

小さく漏れた声の出所をフローリアン姉妹がジトッとした目で見つめるが、ディアーチェの答えに集中していたグランツの耳に彼等の声は届かなかったらしい。

 

ディアーチェの澱みない返答を聞いて、もしかして彼女は自らに影響を与えない死蝕を甘く考えてしまっているのではないか……そう考えたグランツは三度尋ねた。

 

「いくらマテリアルの君達だって、高濃度の死蝕の中でも平気なんて保証は……!」

「ええい、くどいぞ貴様! 貴様は何のためにこの研究室に我らを集めた!

 『我等が揃えば死蝕と闘える』! 先程貴様もそう言ったではないか!

 それをアレやコレやと濁すでない! 今更臆病風に吹かれたならば、改めて我が言ってやろう!

 『我等が揃えば()()()()()』!

 貴様が不安ならば信じよ、この我を! このロード・ディアーチェの言葉を!

 闇の王は、たかだか『死蝕』程度に屈する程、脆くはないぞ!」

 

自らの言葉を遮り堂々と名乗るディアーチェの姿を見たグランツの脳裏に、彼女と初めて出会った日の光景が蘇る。

そして気付いた。彼女は死蝕を甘く考えている訳ではないし、ましてや高慢でもない。

彼女は自分に出来ない事があると知っている。自分が敵わない相手が居る事も知っている。

だが、それと同時に彼女はもう一つ知っているだけなのだ。

 

『ここに居るものが揃った時、不可能という言葉はこの世から無くなるのだ』という事を。

 

そしてグランツは彼女の自信に溢れた目に教えられた。彼女の自信の根拠こそ、他でもない自分達なのだという事を。

 

思わず涙がこみ上げる。彼女は最初から自分たちの力を信じていたのだと知った今、彼女の言葉を自分達が信じない訳には行かない。

グランツはディアーチェの中に希望の光を見出していた。

 

「皆……ありがとう!

 もう何度君達にこう思ったか分からないけど……君達がこの星に来てくれた事に、改めて心から感謝するよ!」

 

信じるものがあれば人はどこまでも進んで行ける。どんな困難にも立ち向かえる。

例えどんな死地にあろうと、『乗り越えた先の希望』を見据えられる。

 

きっと、だからこそディアーチェ()は迷わないのだろう。

 

 

 


 

 

 

――あれから数ヶ月後、必要な準備を終えた俺達は決戦の地を睨むように全員揃って『境界線』の前に居た。

 

付近にはシュテルが設計し、上神が作り出した浄化装置がある。

だというのに、目の前に広がる死蝕の壁はまるで揺らがない。

ここから先は根源の領域……そう言う意味も込めて、俺達はこの場所を境界線と呼んでいた。

 

「――ついに来ちまったな。この時が。」

「――ああ、ついでとばかりに来ちまったよ、この場所にまでな。」

「――ここで全てが始まったんだな。……そして今、『終わり』を迎えるんだ。」

 

万感の思いがこみ上げる。ここから先はどうなるか分からない。

上神が言った『終わり』が死蝕の物になるか、俺達の物になるか……どちらにしても、ここで俺達の戦いが終わる事に間違いはない。

 

そんな俺達に向けて、ディアーチェが声を張り上げた。

 

「貴様等! ()()()()()()()()()()()()

 直に作戦開始の時刻だ! さっさと来ぬか!!」

「はい! 今行きます!!」

 

……仕方ないじゃん。怖いもん。決戦前にイキる時くらい遠くに居させてよ。

 

「……じゃあ、行くか。」

「お前ら、覚えてるよな? 昨日決めた約束の事。」

「昨日決めたのに忘れる訳無いだろ。『絶対全員で生還する』ぞ!」

 

三人で見つめ合い、一つ頷く。

作戦前日に決めた約束……誰一人見捨てない、紳士の誓いだ。

池神は死蝕を治すことで、上神は状況に合わせた錬金術で……そして俺は、未踏の地であらゆる情報を引き出し、共有する事で事故を防ぐ。

 

根源の正体も分からない現状、俺の能力は必ずしも役に立たない訳ではない……筈!

正直戦力になれるかどうかは不安だが、やれるだけはやろう。

 

 

 

 

 

 

「まったく、貴様等はこんな時に何をやっているのだ……」

「すみません、王様! ちょっと感慨深くなってしまって!」

 

少し離れたところでディアーチェにジト目で叱られる池神の姿が見える。

ひたすらに謝る姿は上司と部下のようにも見えるが……池神の奴、なんか喜んでないか?

ユーリはディアーチェの隣にピッタリと引っ付いて、池神を威嚇するように睨んでいる。……どうやらユーリからは何故か嫌われてしまっているようだな。

 

「……よし、じゃあ最後の調整をしよう。」

「グランツさん、昨日のミーティングの後に気付いた事があるのですが良いでしょうか?」

「勿論だよ。突入後は落ち着いて話せないかもしれないからね。」

「ありがとうございます。……クロウ、貴方にも関わる事なので聞いていてください。」

「えっ!? あ、はい!!」

 

上神の方は突入後の作戦に関する最終打ち合わせをしているようだ。

場合によってはあの三人が一番重要な役割になるからなぁ……

あと上神はシュテルに名前を呼ばれて嬉しそうだが、多分研究者仲間としか思われてないなアレは。……いや、仲間と思われるくらいに成長したと言う事でもあるか。

 

「どしたの、アキらん?」

「え、あぁ……なんか落ち着かなくてさ。

 多分緊張してんだ。」

 

キョロキョロと落ち着いてない俺の様子が気になったのだろう、レヴィが話しかけて来た。

……因みに『アキらん』とはレヴィが俺に付けた渾名だ。最初は落ち着かなかったが、最近はこの呼び方にも慣れてしまった。

 

「緊張? 何で?」

「何でって、そりゃ……生きて帰れる保証がある訳でもないしな……」

「ふーん……不安?」

「……悪いか。」

 

表情に出ていたのだろう。俺の心を見透かした様なレヴィの言葉に、思わず目を逸らしてしまった。

……実際の所、滅茶苦茶怖いのだ。

今までの調査の中で命の危機を感じた事は1度や2度ではない。

ある時は狂暴生物に襲われて、またある時は突然流れてきた死蝕に触れて……汚染された植物や、空中で死蝕が溶け込んだ雨に打たれた時もあったっけ。

 

……駄目だな。心に余裕がないからか、ネガティブな事ばかり思い返してしまう。

不安な気持ちが嫌な思い出を想起させ、それがまた不安を煽る……そんな負のループに入りかけていた俺の耳に、レヴィの声が聞こえた。

 

「じゃあ今回もボクの傍に居なよ。守ってあげるからさ。」

「!」

 

彼女のその言葉で俺は思い出した。ネガティブな記憶のその先を。

狂暴生物はレヴィによって倒され、俺が死蝕に触れてしまった時はレヴィは自分の楽しみを中断しても帰る事を選んでくれた。

 

命の危機に陥る度に、俺はレヴィに命を救われた。

……そうだ。そんな彼女の強さと優しさに俺は惹かれて行ったんだ。

 

「……悪い、今回も頼む。」

「ん、オッケー!」

 

そう言ってニカッと笑う彼女に、また惹かれるのを感じた。

……強くならなきゃな。

 

『男が女を守る』なんて古臭い価値観を持ち出す訳ではないが、それでもせめて彼女と並んだ時に凭れる事なく立っていられる程度には強くなりたい。

 

「――時間だ! 覚悟は良いな貴様等!」

 

俺達よりも数歩分前……境界線の一歩手前に立ったディアーチェが、俺達を鼓舞する。

 

「ここから先はまごう事なき死地である! だが、貴様等の隣に居並ぶ者を見よ!

 貴様の隣に居る者は! 貴様の敵を葬る者だ!

 貴様の隣に並ぶ者は! 貴様が守るべき者だ!

 互いを頼り、互いを守れ! そうすれば、誰も貴様等を脅かせぬ!!」

 

ディアーチェの言葉に、ついとレヴィの方を見る。

いや、なんだよその頼りなさげな目は。気持ちは分かるけどさ!

 

……そうだ。この作戦が無事に終わったら、彼女に稽古をつけて貰うのもいいかもしれない。

今までは死蝕の対応に追われて、碌に鍛錬も出来ていなかったからな。一段落したらいよいよ本格的に鍛えるとしよう。

 

「行くぞ! 作戦開始だ!!」

 

ディアーチェの号令に思考を切り替え……意を決して死蝕の中に飛び込んだ。

 

 

 

……この死地を越えた先にきっと、レヴィとの明るい未来が待っていると信じて!

 




――★ご愛読ありがとうございました!(打ち切り漫画ネタ)

それぞれの狙いのマテリアル事情

相神:ディアーチェ→レヴィ(命を救われて)
池神:レヴィ→ディアーチェ(近距離ジト目即落ち)→ユーリ?(金的でMの扉が開きかけた)
上神:シュテル(研究所に殆ど籠っていた為ブレず)

以下この小説での死蝕設定。(大半が捏造です)
※前提として『魔力素』はリンカーコアを持たない生命も呼吸のように体内に取り込み、排出している。空気中の窒素の様な物で、自分の魔力として使う術がないだけ。
魔力素の濃度が程良く高い場所だと、少し元気になったり(空気の良い環境で病が治るのも一例)、濃度が高すぎると軽度の『魔力酔い』を引き起こすなどの影響はでる。

・死蝕の正体
死蝕の正体は変質した『魔力素』。このことに関しては実は早期に発覚していた。シュテルの設計図に『魔力素分散機構』なるものがあったのはその為。
変質した魔力素は周囲の魔力素を汚染し、同様の魔力素に変質させる。この連鎖が続き、星を覆い尽くす勢いで進行している。
この魔力素を取り込んだ生物はリンカーコアが変質もしくは壊死し、生成する魔力が汚染される。様々な症状を発症し、やがて死に至る。
リンカーコアを持たない生物の場合影響がないように思えるが、実際はむしろ逆。自分の魔力というフィルターが無い分、直接的に体を汚染され即死に至る。
魔力素は自然界に普遍的に存在し、水の中も例外ではない。水中の生物が汚染され死に絶えた後、その死骸が水場を直接汚染した。

・死蝕の原因
昔、ある研究所が狂暴生物避けとして開発した装置の暴走。
本来は空気中の魔力素を取り込み、狂暴生物が嫌う魔力を散布するだけの筈だったが、エネルギー源としていたロストロギアの影響で魔力素そのものが汚染されて散布されてしまった。
研究者は当然死蝕に蝕まれて即死。ロストロギアのエネルギー量が無駄に多いせいで、装置は止まることなくずっと暴走し続けている。

・根源と顛末(長くなりすぎて収まらなかった)
暴走し続けていた装置の元に辿り着いた相神が周囲から情報を吸い出し、破壊する事で起き得る現象を看破。
シュテルとグランツ、上神が対策を施した後に、レヴィが破壊。(ディアーチェでは破壊範囲が広すぎた為)
池神とディアーチェは主に死蝕の定期的な治療でサポートした。
フローリアン姉妹は死蝕の影響が0だった為、斥候のような形でそれぞれ活躍した。
死蝕の根源となった装置を破壊した後は、その場に浄化装置を設置。死蝕の濃度が下がり始めた事を確認し、撤退した。


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マッドな科学者の平穏(?)な日々

あの人の登場回です。


夢があった。

それは俺が初めて胸に抱いた夢だった。

 

夢に破れた。

俺がそれを目指すには、何もかもが足りなかった。

 

夢が破れても現実は続く。

過去に望んだ形とは違っても、それでも人は何らかの目標を見つけて生きていく。

 

満足しているかと聞かれて、『はい』と笑顔で答えられない毎日は……夢が終わってからの色彩薄い毎日は、唐突に白に染められて終わりを迎えた。

 

――転生。

そんな選択肢を……これまでにない程大きな、そして自由な選択肢を掲げられた時に胸に去来したのは、かつて抱いた夢だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そんな夢を叶えるには人の手に余るほどの知識が、技術が、時間が、センスが、才能が、金が、力が、権力が、努力が、人望が……全てが必要だった。

大人になってから振り返れば、何て傲慢な夢だったのだろうと自嘲したものだ。

 

だが、娯楽と夢に溢れた世界に生まれた以上、自分でもそれらを作りたいと願うのはおかしな事では無いだろう。

 

『ゲームが好きだからゲームを作りたい』『アニメが好きだからアニメを作りたい』『漫画が好きだから漫画家になりたい』『音楽が好きだからアーティストになりたい』……そんな願いはありふれている。

そしてその全てに手を伸ばそうとして、自分の手が二本しかない事に気付くのだ。

 

あるアニメを見ていた時、とある登場人物を示す言葉が引っ掛かった事があった。

まるで昔の自分を表している様な言葉……『無限の欲望』。

 

俺はきっと彼に憧れていたのだろう。

だから願ったのだ。

 

『ジェイル・スカリエッティになりたい』『欲望の量・質を自分の物レベルにして欲しい』『自分の意思が言葉や仕草等以外で誘導、コントロールされないようにして欲しい』

 

転生の場で叶えられる願いには限りがある。ならば、転生した後に自分の願いを叶え続けようと心に決めて……

 

 

 


 

 

 

――マッドサイエンティストの朝は早い。

 

我が愛娘の声で起床し、モーニングルーティーンである高笑いを上げた後、服を着替えてから向かったリビングで朝のニュース番組を眺める。

 

暫くすると、既に台所に立っていた我が愛娘のヨヨが朝食を運んできてくれた。

今日の朝食は目玉焼きとトーストか。さわやかな朝にぴったりなメニューと言えるな。一緒に持って来てくれたコーヒーの芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる。

 

そしてコトリと小さな音を立てて私の目の前に皿を置いてくれたヨヨが、その愛らしい口を開いた。

 

 

 

()()、そろそろ出社の時刻ですが……」

「ちょっと待ちたまえ。えっ、今何時?」

「もう直9:30になります。」

 

慌ててニュース番組の時刻を見るが、時刻の表示は7:13……? どういうことだ……?

 

「録画です。」

「何でそう言うことするの!?」

 

のんびり眺めている場合ではないではないか!!

急いで洗面所に向かい支度を始める。10時には出ないと拙いのだ! 今日は……今日だけは特に遅刻する訳には行かないというのに!!

 

歯磨きをしながら髪を整えていると、正面の鏡に映り込んだヨヨがこちらを窺うように話しかけて来るのが見えた。

 

「社長、朝食をとらないと活力が湧きませんよ。」

「じゃあもうちょっと早く起こしてくれても良いんじゃないの!?

 目覚ましが壊れてるならさ!」

「いえ、目覚ましは私が止めておきました。サプライズです。」

「この世で最も喜ばれないサプライズだよコレは!!」

 

変だと思った! あの目覚まし、無駄に頑丈な造りが売りだもの! そうそう壊れる筈がないもの!!

 

「社長の寝顔を少しでも長く見ていたかったのです……申し訳ありませんでした。」

んふぅ……! そう言われて悪い気はしないな、我が愛する娘よ。

 私も些か怒鳴り過ぎてしまった、許してくれるかな……?

「絶対嫌です。」

「ちっきしょー!!」

 

もう何この娘! デレてんの? 嫌ってんの? 我が娘ながら全然分からん!!

でも可愛いから許しちゃう! お父さんだもん!!

 

「朝食は良いから車の準備をしておいてくれ! 流石に今回はヤバい!!」

「承知しました。それと……」

「それと……なんだ!? 時間が無いんだ!」

「いえ……今日の朝ご飯は、特別愛情を込めて作ったので少し悲しいです。」

オーケー、車の中で食べようじゃないか。娘の愛があれば、お父さんは無敵なのだから……ね。

「はいはい。」

「ちょ……!?」

 

あれっ、キミ二重人格だっけ!? そんな風に造った記憶は無いんだけどなぁ!?

……いや、漫才をしている場合ではない!! ホントに拙いんだから!!

 

 

 

支度を終えてガレージを目指す途中、チラリと覗いた食卓からは朝食が消えていた。

ヨヨが持って行ってくれたのだろうか。

 

考えている時間も惜しい、さっさと車に乗り込もう!

 

 

 

「あっ! やっと来た! 社長、何やってるんですか! もう時間ギリギリですよ!?」

「君のサプライズの所為だよ!?」

 

何で君はそんな反応ができるんだ! 流石に怒るぞ、私も!!

 

「大体君は……!」

「はい、朝ご飯です。ちゃんと食べて、今日もお仕事頑張りましょうね。

 ……お父さん!」

いただきます。今日は良い朝だね。

 

やれやれ……娘が可愛くて朝が辛い!!

 

 

 

 

 

 

ヨヨが走らせる車内で朝食を食べたり、今日の予定を確認したりとする事数十分後。

壁面にでかでかと『J・C』のロゴが躍るビルに到着し、社員専用の地下駐車場から出社する。

 

「待たせたね、諸君! 我が愛娘達よ!!」

「社長! やっと来た……! 収録の時間が迫ってますから急いでください!」

「分かっているとも! スタジオは?」

「第3です! 既に撮影スタッフはあちらに!」

「撮影開始まで15分か……第3なら走らずとも間に合うな。生放送でなくて良かった……!」

 

出社の挨拶も待たずにスタジオに向かう。

我が社が()()()()でなければ面倒事が増える所だった。

 

スタジオに向かう途中、早歩きで私と並ぶようにやって来た娘達が、私が来る前に届いていたのであろう私宛の案件を伝えてくれる。

 

「社長、()()の方々から抗議が届いております。収録の後にでも……」

「ああ……まぁ、文句が出る事は予想の範疇だ。

 『私は自らの主義を曲げる気はない。()()で気に入らなければ諦めて貰う他はない。』と伝えておいてくれ。

 ……と、ミナにそれを頼むのは酷だね。交渉はドゥーエに頼もう。伝えておいてくれるかね?

 それにしても、いつまで彼等は自分達が上だと勘違いしているのやら……」

 

無駄にプライドが高い連中の事だ、大人しいミナに交渉を任せればつけあがりかねない。要求がエスカレートしていくような事があれば、私の研究に影響が出てしまう事も考えられる。

 

「はい、それでは私から伝えておきます。

 ……それと社長、くれぐれも外でその様な発言は……」

「分かっているとも。

 アレでも一応は()()()()()()()()()()()だ。

 肥大化したプライドを刺激しない程度には(へりくだ)るさ。」

 

そう言うと、ミナは一礼して去って行った。ドゥーエに連絡しに行ったのだろう。

 

しかし、最高評議会(上客)か……首輪も楔ももはや無いと言うのに、未だに彼等は脳の何処かで私が従順だと思い込んでいるのだろう。

最早私と彼等は完全に対等……ビジネスライクな関係でしかないと言うのに。

 

まぁ、私としても今はその方がやりやすい。おかげで管理局のセキュリティに手を加えると言う大役も任せて貰えた。

アレが無ければ、例の一件はもっと面倒な事になっていただろう。

 

「社長、こちらは()()()()からの……」

「あー……コレは収録後に対応するよ。

 慎重に対応しないと、()()面倒な事になりかねないからね。」

 

皆が去って行った後、一枚の書類をサンゴに手渡されたので内容を確認すると、新しい()()の要望だった。

以前一騒動あって管理局が動いてしまった為、出来れば避けたい案件だが……彼女の場合、研究費用や我がジェイル・コーポレーションの資本金も出して貰った正真正銘のお得意様だ。

最早今の私にとっての首輪や楔の持ち主は彼女の方かも知れないな。

 

そんな事情もあって、彼女の要望には逆らい難い。

違法な品を要求される事は無い為、問題点は輸送ルートのみなのが幸いか……

 

書類を預かり、後はこちらでやっておくと伝えると、サンゴは私に並ぶように歩いていたヨヨに声をかけた。

 

「ねぇ、ヨヨ……貴女のサプライズ好きも分かるけど、こう言う日の朝はやめておきなさい。」

「ミ=ゴ(ねぇ)……でも、社長は昨日も……」

「待って、その呼び名だけは訂正させて? 私は『サンゴ』! 誰が神話生物よ!」

 

サンゴにとってヨヨは年の近い妹のような存在だ。

特別目をかけている一方で、一部の妹からは若干舐められているところがある。

 

……まぁ、彼女達はなんやかんやで仲も良い。寧ろ私が仲裁に入れば拗れてしまうだろうし、ここは見守ろう。

 

「はぁ……で? 何でやったの? サプライズ。」

「社長、昨日夜遅くまで仕事してた。だから少しでも長く寝ていて貰おうと思って……」

 

なんて事だ、彼女は私を思ってサプライズを……!

感動的じゃないか。やり方はちょっとアレだったけど……

 

だが言われてみれば確かに彼女の言う通り、ここ最近は帰宅後も仕事の事にかかりきりになっていたな。彼女達にしてみれば貴重な機会を、私の都合で潰してしまったのか……

 

「あー……うん、まぁ……ほどほどにね。」

「大丈夫、社長も楽しんでた。」

「いや、楽しむ余裕は無かったがね?」

 

去り際のサンゴの注意に自信満々に答えるヨヨだが、これだけはちゃんと伝えておきたい。楽しむ余裕は無かった。断じて。

 

そうこうしている間に第三スタジオの扉の前まで来ていた。

本来ならばここでヨヨは別の仕事に向かうところだが、彼女との貴重な時間を仕事で潰してしまった負い目もある。ここは……

 

「ヨヨ、君も一緒に収録に出たまえ。

 今回の発表の内容とも丁度良いし、なにより今日は君がパートナーの日だろう?」

「行きます! ……あ、いえ、お邪魔でなければ。」

「なに、元々収録の内容は私が『お知らせ』に関して喋るだけの内容だ。台本の修正で困る者もいない。

 それに今まで私が淡々と喋るだけだった放送に、突然愛らしい登場人物が増えるのだ。

 中々視聴者の反応が楽しみな『サプライズ』だと思わないかね?」

「あ……はい! 任せて下さい!」

 

私がそう尋ねると、彼女は満面の笑みで答えた。

 

……うん! 娘が可愛くて、今日も仕事が楽しい!




先ずStS編(原作)が好きな方、特にガジェットドローンフェチの方、すみません。
この小説に於いてStS?編が原作のStS編の通りの展開になる事はありません。
ガジェットドローンに関しては存在が消滅しております。ですが戦闘機人の登場はありますのでお許しください。


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時空管理局最高評議会

セーフ! ギリセーフ!


時空管理局……それは次元世界全体の安全と安寧の維持を掲げる警察組織であるが、その歴史は設立から100年も経っておらず、意外と浅い。

 

そんな組織のトップと言えるのが、『時空管理局最高評議会』だ。

 

時空管理局最高評議会とは、『旧暦』と呼ばれる時代に活躍した3人を指す。

嘗ては彼等も純粋に平和の為に戦う青年であり、多くの仲間を犠牲にしつつも次元世界を平定する程の実力を持った勇士であった。

 

しかし次元世界を平定しても、『英雄』となった彼等の前に広がった世界は平和には程遠かった。

次元犯罪は無くならず、危険な質量兵器はいくら呼び掛けようと手放さない者も多かった。……戦争を終わらせた後も彼等の戦いが終わる事は無かった。

 

やがて質量兵器に変わる力として『魔力』を用いた『管理局システム』が作られ、時空管理局と言う組織が設立された事で質量兵器の禁止と言う目標は達成される事となる。

しかし、それでもまだ平和には至らない。いくら規制しようとも……いや、規制したからこそ犯罪者は『そこ』に価値を見出した。

陰で取引される質量兵器の数々、それらを用いてまだ規模の小さい内に時空管理局を潰してしまおうと考える過激な犯罪者……

 

彼等の悪意に対応するには、英雄は年をとり過ぎた。

設立したばかりの時空管理局の中から、特に実力のある三名……後に『伝説の三提督』と呼ばれる『レオーネ』『ラルゴ』『ミゼット』に後継を託し、英雄は表舞台から姿を消したのだ。

 

……そんな歴史の影に消えた三人の英雄は、今も時空管理局の影で()()()()()

人の肉体を捨て、脳髄だけとなってなお、生命維持ポットの中で生きていた。

 

表舞台から姿を消した彼等だが、管理局上層の一部の者には存在が知られており、彼等を通して今も強大な発言力を有している。

 

時空管理局地上本部……通称『(おか)』のトップ、レジアス・ゲイズ中将もまた彼の存在を知る一人である。

 

 

 

「――では、例の事件は……?」

『忘れよ。』

「…………御意に。」

 

時空管理局最高評議会の中央会議室。

眼前に浮かぶ3つのモニターから響く言葉に、頭を下げて了解を示す強面の男こそ、レジアス・ゲイズ中将である。

 

嘗ては地上部隊の戦力不足に悩まされ、自らの信じる正義の為に一度は道を外れかけた男である。

そして今はなんやかんやあって比較的潤沢となった地上部隊の戦力と引き換えに、胃痛に悩まされる男でもある。

 

……話を戻そう。

彼が現在最高評議会に問い合わせていたのは、『ある事件』に関する事だ。

 

『生死体事件』と一部の者の間で呼ばれているこの事件は、発覚したのが他でもない『第一管理世界 ミッドチルダ』であった。

 

ミッドチルダ東部に広がる森林地帯の中に、まるで忘れられたかのようにひっそりと捨てられていた生体ポッド……その中から発見された少女が、本事件の被害者とされている。

少女の体に外傷はなく、検査の結果は()()()。リンカーコアも検出されており、魔力が生成されている事から彼女は生きているとされた。

しかし彼女はその一方であらゆる物に反応を示さず、閉じられた目が開かれる事は無い。

公共放送を通して少女を知る者が居ないかと民間からの情報提供を促しても、報告はただの一つも上がらなかった。

そして最終手段としてプレシア・テスタロッサの立ち合いの下、本人の記憶を複製・抽出すると言う手法も取ったが……結果的にこの手法が捜査に止めを刺した。

 

――彼女には、()()()()()()()()()()のだ。

 

プレシアによれば、例え記憶喪失になったとしても、本当の意味で記憶が無くなる訳ではないと言う。

思い出し方を忘れている様な物で、彼女の術式にかかればそんな忘れられた記憶さえも掬い上げられる。多くの局員は知らない事だが、現に彼女はその術式によって『死体からの記憶抽出』を成功させているのだ。

 

しかしそんな彼女の術式により取り出された記憶は、完全に『無』だった。

死んでいないのにも関わらず、一切の記憶がないと言うのは考えられないと彼女は言い……やがて一つの答えに行き着いた。

『この子は、()()()()()()()()()()()だ』と、肉体が生きている少女にそう結論付けたのだ。

 

その報告を最高評議会に上げたところ、たった今捜査本部は解体される事になった。

捜査が完全な手詰まりになったとしても、本来ならばこれほど早く捜査本部が解体される事は異例の一言に尽きる。

 

当然レジアス・ゲイズは納得していなかった。

他ならぬ地上で起きた事件であり、更には彼の忌み嫌う『犯罪者』の力まで借りたのにも関わらず『未解決』のまま手を引くなんて事があってはならない。

 

……だが、最高評議会の判断は絶対だ。

彼は事件の報告を彼等に上げた事を後悔し、下げた頭の下でひっそりと唇を噛み締める……そんな誰に届く訳でもない小さな反抗が、彼の出来る唯一の事だった。

 

『……不満か。』

 

しかしそんな彼に再び声がかけられた。

 

「い、いえまさかそのような事は……!」

『誤魔化さずともよい。貴様の性格は我等も良く知るところだ。』

「は……はっ! 申し訳ございません!」

『謝る必要も無い。我等はそう言う貴様の頑固さをも買っているのだからな。』

 

最高評議会議長のその言葉にホッと胸をなでおろすレジアスだったが、続けて最高評議会評議員の言葉には反応せずにはいられなかった。

 

『だが今回の件はそもそも気にする必要が無いのだ。

 我等には()()()()()()()()()()……その上で事件性は無いと判断した故、忘れよと言ったのだ。

 良いな?』

「なんと……! そ、その全貌とは一体……」

『言ったはずだ、忘れよ……とな。』

 

思わず零れ出た問いを遮るように下された言葉に、レジアスは再び頭を下げた。

 

「! ……過ぎた事を申しました事を、ご容赦ください。」

『それで良い、何も問題は無いのだからな。』

 

こうしてレジアスの胸中にモヤモヤしたものを残したまま、通信は途切れた。

最高評議会の判断が如何なる根拠を持って下されたのか……それを知るのは、本人達ばかりである。

 

 

 


 

――同刻 時空管理局 『???』

 

 

薄暗い室内に、鈴を転がした様な声が響く。

 

「ふん……レジアスめ、余計な事を気にしおって。」

「これもスカリエッティの所の部下が犯した失態によるものか。」

 

場違いな声を響かせているのは、3人の少女だ。

それぞれその愛らしい顔を忌々し気に歪め、さながら老人のような口調で話し合っている。

そして赤と青の髪をもつ二人の少女の言葉を受けて、残った黄色の髪を持つ少女が口を開いた。

 

「……今回の失態を理由に、我等の新たな体を作らせると言うのはどうだろうか。」

 

黄色の少女の言葉に、赤と青の少女の顔に笑みが浮かぶ。

 

「それは良い。今度こそ奴には我等の望み通りの体を作らせよう。」

「然り、こんななりでは視察にも行けぬ。」

「奴め、『私は美少女以外作りたくない』等と下らぬ事に拘りおって……!

 約束が違うではないか!」

 

――そう、彼女達こそ、先程レジアスと話していた最高評議会その人である。

 

彼等が生み出した『無限の欲望』が早々に制御を外れ、自由を求めた彼に持ち掛けられた契約内容に記された『自由に動き回れる身体』を求めたものの、彼の主義(作りたいものだけ作る)により美少女にされた最高評議会の三人である。

 

因みに外見年齢は12歳頃。彼等としてはもっと威厳のある体が良かった。せめて管理局内で直々に指揮をとれるような……更に言えば再び最前線に立ち、皆を率いる事が出来るような青年の姿が理想だったのだ。

 

「早速抗議文を送ろうではないか、せめて男の体にしろとな。」

「うむ、善は急げだ。」

「渾身の文書を頼むぞ。」

 

……なおこの渾身の抗議文がスタジオに向かう片手間に処理され、更にはにべもなく断られるなど、今の彼女達が知る由も無いのであった。




前話にて
『私は自らの主義を曲げる気はない。()()で気に入らなければ諦めて貰う他はない。』
と返されていたのが今回の抗議文です。

最高評議会の体ですが、生体パーツで構築されたアンドロイドの様な物です。
戦闘機人やクローンの様な物ではありません。法的にも倫理的にもセーフな設計です。

・最高評議会 書記
青い髪に青い眼の美少女。
抗議文を書いた本人。文面を考える事数十分、書き上げるのに数分とかけた抗議文は、数秒で雑に処理された。

・最高評議会 評議員
黄色い髪に黄色い眼の美少女。
今の体の方がかつての自分よりも上手く魔力を扱える事に複雑な心境を抱いている。

・最高評議会 議長
赤い髪に赤い眼の美少女。
肉体を得て久しぶりに空腹を感じ、数十年ぶりの食事を堪能したところ、
「一人で来たの? 偉いね!」とサービスでおやつが付けられて驚き、
渋々食べたそのおやつの甘さに喜びを感じる舌にもう一度驚いた。

-追記-

レジアス・ゲイズの名前を間違えていたので修正しました。ごめんよ中将。


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靄に沈む未来

――新暦72年、ミッドチルダ。

 

時空管理局の運営に最も大きな影響力を持つとされる、『第1管理世界』。

俺達は時空管理局の入局試験を受ける為、ミッドチルダの首都『クラナガン』を訪れていた。

 

 

 

「しっかし、こうしてみると……第1管理世界って言っても、必要な物は管理外世界とあまり変わらないのかもな。」

「自動車、信号、ヘリコプターか……まぁ、魔力持たない人も普通にいるらしいからな。」

 

街中を散策しながら、一緒に試験を受ける事になった神無月と感想を言い合う。

 

「俺らからすればこっちは異世界だけど、もうなのは達は本格的にこっちに住んでんだよなぁ……」

「転生者の多くもこっちに引っ越して来てるって話だし、完全に出遅れたよな。」

 

俺も神無月も親がいるタイプの転生者だ。魔法や管理局の事を明かした後でも『せめて中学校を出るまでは』と言う両親の意向に従った結果、親無し勢やなのは達に大きく差をつけられてしまったと言う訳だ。

 

「それにしても、アイツ等が『先輩』かぁ……」

「実感わかねぇよなー……この間まで中学も一緒に通ってたんだぜ?」

「それなー。

 まぁ、アイツ等のおかげで試験勉強はかなりいい感じに仕上がったと思うけど。」

「おかげで大分余裕はあるよな、俺ら。」

「中学の丸々3年間、殆どそっちの勉強やってたからな。流石に落ちないだろ!」

 

そんな事を話しながらも散策の足は止めず、前世よりも幾分か近未来な街並みを見回しながらのんびりと進む。

 

こうしてのんびりと散歩に興じている理由だが……恥ずかしながら、試験日特有の緊張で落ち着かず、予定時刻よりも大分早くにこっちに来てしまったのだ。3年間勉強して、余裕がある筈なのにな。

送り出してくれたリンディさんも、ちょっと苦笑いしてたっけ……

 

「……なんか腹減って来たな。(すめらぎ)、今何時だ?」

「えっと……しまった、周囲に時計が無いな。」

「ばっかお前、さっき買ったろ? こっちの携帯端末。」

「お、おお。そうだったな!」

 

一瞬焦ったが、さっき買った端末を指摘されて思い出した。

さっき立ち寄った店で、リンディさんに両替して貰った金で買ったんだった。

慌てて服のポケットから携帯端末を取り出して、時刻を確認する。

 

「今は、午前11時だな……って言うか、お前もこれ買ってたろ。自分の見れば良いじゃんか。」

「まぁ細かい事は良いじゃねぇか。

 ……しっかし、何度見てもスマホだよなぁ……この端末。名前なんて言ったっけ?」

「商品名はミッド語でぶっちゃけ読めなかったな。店員さんはゼールホンとか言ってた気はする。」

「ゼールねぇ……会社名か?」

「そんなとこだろ。知らんけど。……それより昼何処で食う?」

「そうだなぁ……街ももうちょい見て回りたいし、軽く食えるものが良いんだが……」

 

そう言って見回すも、看板ではどんなものが出て来るかが分からないな。

……お、あれなんか良いんじゃないか?

 

「なぁ、あの屋台のあれとかどうだ?」

「ん……? お、見た目殆どたこ焼きだな。匂いからしても美味そうだし、あれにするか。」

 

そう言って俺達は屋台の前に並んだ行列の最後尾に着くのだった。

 

 

 

「……美味いなコレ。思ってた味とは違うけど。」

「地球でやっても売れそうだな、この味。」

 

たこ焼きっぽい何かを頬張りながら街を歩く。

ゼールホンを確認すると、今の時刻はまだ12時を回ったところだった。

 

「まだ12時か……試験の時刻が遠いな。」

「って言っても、あと3時間だろ。散策してたらあっと言う間よ。」

 

神無月はこう言うが、やっぱ15時の試験を受けるのに8時にこっち来るのはやっぱ早すぎたよなぁ……

 

「……っと、腹も程良く膨れたし、次はどこ行く?」

「そうだなぁ……」

 

と、次の行き先を考える俺の耳に、昔何処かで聞いた声が聞こえて来た。

 

『レディース! アンド、ジェントルメーン! ご機嫌いかがかな?

 本日は素晴らしいお知らせを諸君等にお届けするべく、こうして昼下がりの街頭モニターをジャックさせていただいたぞ!』

 

「っ!?」

「モニタージャック!? ちょっと穏やかじゃないな……!」

 

突如響いた声に弾かれたように周囲を見回すと、街を歩いていた人々は皆同じ方向を向いて足を止めていた。

俺達も皆と同じ方向を見上げると、そこにあった巨大なモニターに映し出されていたのは……!

 

「ジェイル・スカリエッティ……だと!?」

「バカな、早すぎる……」

 

しかも直接顔を出して犯行声明なんて……! 一体このクラナガンで何が起きてるんだ!?

 

 

 

『……()()、誤解を生みかねない発言は控えて下さい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()のでしょう?』

『ちょっ……! こう言うのは雰囲気が大事だというのに……!』

『では『JCダイレクト』始まります。』

『待ちたまえ! そのセリフは私の……』

 

……なんだか良く分からない美女と良く分からない漫才のようなやり取りが為された後、画面が切り替わり『JCDirect』というロゴが表示される。いや、あれって……

 

「……ニ〇テ〇ドーダイレクト?」

「だよなぁ、やっぱり……」

 

そっかぁ……スカさん転生者かぁ……

 

 

 

「「ぅええぇえぇぇぇぇぇぇぇえええッッ!?」」

 

街中に、俺達の驚愕の声が響いた。

 

 

 


 

 

 

「はっはっはっは! やっぱ驚いたか!? その反応が見たくて黙ってたんだよ!」

『いや、言えよ! なんだよJCDirectって!? あいつ何やってんだよ!?』

 

カタカタとパネルを叩いて仕事をこなす傍ら、卓上に置いた通信端末()()()()()()()から浮かび上がった友人の表情を楽しむ。

先程スカさんが街頭モニターを使って新コンテンツの発表をしていると聞いて、休憩中の楽しみが増えたと思ったんだが、どうやらスカさんはもう一つ楽しみを増やしてくれていたらしい。

 

「スカさんって言えば、()()()()じゃ凄い有名人だぞ。

 魔力を使えない一般人が使う端末としては最高クラスの『ジェイルフォン』を作って広めたのを皮切りに、フルダイブ型VRヘッドギア『ジェイルギア』の開発等で次々利益を上げている『(J)ェイル・(C)ーポレーション』の創設者だからな。」

『な、なんか頭痛くなってきた。

 ……つまり俗に言う『ゆりかご』とかの事件は……』

「起きない! 多分な!」

『えぇ……』

 

いやー、懐かしいなこの反応! 俺らも最初あれ見た時は愕然としたもんだ!

……うん、全員で口裏合わせて隠して正解だった!

 

『……って言うか、さっきフルダイブVRって言ったか!?

 え、あんの!?』

「あるぞー。おかげでこっちでもバーチャル空間で訓練できるし、何なら魔力を持たない子供でも魔導士体験が自然とできるレベルの完成度だ。

 そして当然……ゲームもある。」

『神じゃん』

「だろ? そう言う意味でも有名人な訳だ。」

 

まぁタイトルは『ベルカの伝説』みたいなどこかで聞いたタイトルがあったりするんだが、多分アレは『自分は転生者です』ってアピールしてんだろうな。

そうでもしないと『なのはの撃墜事件を起こさせない!』だとか『ヴィヴィオを酷い目に会わせない!』だとかの理由で襲撃されかねんし。

 

……って、そう言えば……

 

「なぁ、皇。そう言えばお前らJCDirect見てたんだよな?

 ……新情報、なんて言ってた?」

『あん? 何て言ってたっけな……

 殆ど忘れちまったけど……ああ、そうだ。

 何か『アビス・ナンバーズ44』の実装がどうのって言ってた。』

アビス・ナンバーズ44(ヨヨちゃん)実装!? いつ!?」

『いや、殆ど忘れちまったって……多分そう遠くないんじゃないの?』

 

マジか……マジか……! いや敵として登場した美少女キャラがなんやかんやで仲間になる法則は確かにソシャゲじゃ鉄板だが……よりにもよってアビス・ナンバーズでそれやるのか! って言うか出来るのか!?

しかもヨヨ(44)の結末でそれ出来るんだったらヒナ(17)ミツ(32)も出来るじゃん!? 人気からして絶対やるじゃん!?

 

「ありがとう……スカ様……!」

『いやなに拝んでんだよ。怖えーよ。』

「お前もナンバーズ・クロニクルやれば分かるって……

 って言うか、お前も今ジェイル・フォン持ってるんだよな!?」

『えっ……うん。』

「ナンバーズ・クロニクルってソシャゲに興味……って、切られちまったか。」

 

 

 


 

 

 

話の流れでさらっと布教しようとしてきたので通話を切る。

JCDirectは今も開発中のゲームの発表を続けており、周囲の人々の中には映像をスマホの……いや、ジェイルフォンだっけか? で撮影している者もいる。恐らくはこの後SNSにでもあげるのだろう。

 

「ったく、今はソシャゲどころじゃないってのによ……」

「にしても、スカさんがゲーム会社の社長ねぇ……

 発表中のタイトルからしても間違いなく同郷(転生者)の仲間か。」

「事実上のStS消滅か……」

 

大きな事件が幾つか起きなくなったって言うのは喜ばしい事なんだが……一切未来が分からなくなったな。コレ。

いや、未来がアニメ通りにはいかないってのは既に痛感しているんだが……今回のは飛び切りだ。

 

StSの事件ってなんやかんやで殆どジェイル・スカリエッティが絡んでいたからな……もうヴィヴィオが登場するのかも怪しい。

 

「……さて、どうする? この後。」

「まだ試験まで時間があるし……買いに行くか、ジェイル・ギア!」

「だよなぁ!」

 

まさかミッドでフルダイブVRが出来るなんて思わなかったぜ!

やってくれたなジェイル・スカリエッティ(転生者)! ありがとう! ホントありがとう!!

 

 

 

……なお、ジェイル・ギアを買うには手持ちの金が足りなかった。

俺達は「もっと金持ってくるんだった」と後悔しながら、時間ギリギリまでジェイル・ギアの試遊を続けるのであった。

 




この後普通に試験は受かった。

因みに2話前でスカさん達が収録していたのが、今回のJCDirectです。
そして次回からいよいよStS?編に入ります。


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StS?編
Bランク昇格試験


StS?編突入です。


――新暦75年 4月 時空管理局地上本部 仮想試験場

 

多数のモニターと、人一人が入れるカプセルがズラリと並ぶ部屋にて、

『使用中』と表示されている2台のカプセルの前に立ち、彼女達はモニターに表示される映像を見つめていた。

 

「……どう思う? はやて。」

「うん……二人共あの年齢とは思えんくらい仕上がっとる。

 魔法術式のランク自体もB+くらいはあると思うけど、実戦形式なら二人共魔導士ランクは更に上やろうな。」

 

今しがた名前を呼ばれた女性の名は、『八神はやて』。

少女時代に巻き込まれた『闇の書事件』をきっかけとして管理局に入局し、ギル・グレアムの影ながらの支援もあって管理局内に多くの味方(コネクション)を持つに至った女性である。

 

「二人はどう思う?」

 

そしてはやてはもう一人の女性と、その傍らに浮かんだスイカ大のドローンに声を投げかけた。

 

「はやてと同意見かな……二人共既に『自分の戦い方』を持ってる。

 だからあと伸ばせるのは魔力量と、実戦での立ち回りくらいだと思う。」

『私もフェイトと殆ど同じ意見だけど……ただ、ちょっと連携の練度が甘いかな。

 二人共、お互いに変な距離があるみたい。』

 

はやての問いに答えたのは今しがた『フェイト』と呼ばれた女性と、ドローン……ではなく、そのドローンに備え付けられたモニターに映る人物、『フェイト・テスタロッサ』の姉である『アリシア・テスタロッサ』である。

 

二人は『ジュエルシード事件』と呼ばれる事件を引き起こしたプレシア・テスタロッサの娘であり、一つの体を共有する姉妹だ。

その事件の裁判で保護観察処分になった事をきっかけとして管理局に入局し、その後は高い実力とたゆまぬ努力で執務官にまで上り詰めたと言う優秀な経歴を持つ管理局員でもある。

 

「……言われてみれば、姉さんの言う通りかも。

 二人共、どこかお互いに遠慮してる様な……」

「そうなんか……? 私にはよぉ分からんけど……」

『まぁ私達は普段から連携して戦ってる様な物だからねー、

 そう言うところには敏感なんだ。』

「うーん、二人がそう言うんやったら間違いないんやろな……

 リインなら分かるんやろか……?」

 

今は現地の『ゴール地点』で待つ自身の相棒の姿を思い浮かべながら、モニターに視線を送るはやて。

映像の戦いは、まさに最終局面へと向かっていた……

 

 

 


 

 

 

「『ディバイン……バスター』!!」

 

拳を振り抜くと同時に、その軌道上に一瞬だけ展開した術式を打つ事で発動した砲撃魔法は、()自身の拳の推進力をも威力に変えて一直線に突き進む。

 

狙うは隊列を組んで眼前へと迫る標的用ドローンの群れ。そのど真ん中を穿つように放たれた『ディバイン・バスター』は、多くのドローンを巻き込むようにして爆発した。

 

「っし! 作戦成功!」

 

それを確認し、小さくガッツポーズをとる。

すると俺の上空から声が響いた。

 

「まだよ! 『クロスファイアー・シュート』!」

 

叫ぶように術式を発動したのはティアナ・ランスターだ。

彼女は助走をつけて跳びあがり、空中で逆さまになった状態のまま姿勢を制御。先程俺がディバイン・バスターを撃ち込んだ地点にデバイスの銃口を向けると、その先から幾つもの魔力弾が発射された。

巻き上がる煙と粉塵の中に彼女の発動した魔法が雨のように降り注ぐと、煙の中から先程俺が撃ち漏らした個体の物であろう破砕音と爆発音が幾つも響く。

 

「一度上手く行ったからって油断しないの! アンタの悪い癖よ!

 それに、一人で突っ走り過ぎ! コンビネーションの事も考えなさい!」

「ご、ごめん、ティア……」

 

危なげなく着地したティアナは、ずんずんと俺の方に詰め寄ると人差し指を突きつけて叱る。

 

……ティアナの言う事は尤もだ。さっきの俺の行動は、お世辞にも連携に向いた動きとは言えない物だった。

ティアナの方が上手く合わせてくれたから何とかなったものの、もしもこれが実戦だったなら、あの隙に反撃を貰う事も十分考えられたのだ。

 

だけど、こればかりはまだどうにも()()()()()()()()()

 

コンビネーションを重視するという事は、必然的に互いに意思疎通をする事になるのだが……そうすれば、ティアナに俺の正体……転生者である事がバレてしまうかもしれない。何故ならば、彼女も俺と同じ転生者である可能性が高い……いや、ほぼ確実だからだ。

俺が転生者である事が彼女にバレてしまえば、ティアナとの距離はもっと広がってしまうかもしれない。そうなってしまえばもはや連携どころではないし……正直、ティアナに嫌われるのは結構堪える。

 

彼女の事は嫌いではないのだ。あの時訓練校でティアナが転生者であると気付いてからも、それは変わらなかった。彼女自身の人柄とか、面倒見の良さに嘘は感じられなかったし……それに、結構趣味も合うし……とにかく、そんな彼女に嫌われるのが怖くて一定以上に距離を詰められないのだ。

 

まったく……結果として却って彼女に迷惑をかけてしまっているのに、それでも踏ん切りが付かないなんて、つくづくダメだな俺も……鍛えてくれた母さんにも申し訳ない。

 

「っ! ……はぁ、反省したならもう良いわよ。

 いつもの事だし、今は試験が優先だもの。反省会はまた後でやるわよ。」

「あ、うん……」

 

結局やるんだ、反省会……

 

「……何?」

「い、いや何も!」

 

じろりと睨まれて、半ば反射的に答えを返す。

反省会の時のティアナって結構容赦ないからなぁ……いや、兎にも角にも今はこの試験に合格する事を考えよう!

 

残ったターゲットは、既にティアナが広域探査で見つけてくれている!

だったら今の俺に出来る事は……!

 

「『ウイング・ロード』!」

 

地面を拳で殴りつけ、何も無い空中へと道を伸ばす。目指すは1つ残った群れの座標! 攻略まで後少し!

 

 

 


 

 

 

「行くよ、ティア!」

「……ええ!」

 

――またやってしまった。

そんな反省を胸に、スバルの開いた道(ウイングロード)を進む。

 

先程の連携の遅れに関しては、実のところ()にも反省すべき点はあった。

確かにスバルの初動は予め決めていた合図よりも僅かに早かったが、普段からスバルと組んでいる俺ならば……彼女の癖を知っている俺ならば、その時点で彼女に合わせられたはずなのだ。

 

それが出来なかったのは、(ひとえ)に俺の恐れの所為だ。

彼女に正体がバレるのが怖い、転生者だと知られたくない……そんな恐れが俺の脚を一瞬止めてしまったのだ。

 

……あれは訓練校のとある授業での事だ。

ほんのちょっとした切っ掛けで、俺は彼女が転生者であると確信してしまったのだ。

 

当時から兄のティーダに直々に鍛えて貰っていた俺の実力は、同じ訓練校の生徒の中でも上位にあった。

機動六課に入る為に実力は隠していたが、それでも培われた観察眼はスバルの動きにある違和感を目敏く捉えていた。

 

組手や模擬戦等の実技指導の度に見受けられた、不自然なぎこちなさ……

俺も最初はスバルの体の秘密が原因ではないかと考えていたが、ある事故をきっかけにそうではなかったのだと理解した。

スバルの動きの違和感の原因は確かに力を抑えていたからではあったが、それは彼女が戦闘機人の能力の所為で周りが傷つくことを恐れた故の物では無かったのだと。

 

……あの時スバルが全力の片鱗を見せてくれたおかげで、俺は彼女が転生者なのだと確信できたのだ。

 

……正直、俺はそれでもよかった。

彼女の雰囲気はスバル本人とはきっと違うにしても、一緒に居て心地良いと感じる物だったし、何より彼女の優しさは間違いなく演技ではなく本心から来る物だと確信している。

 

なにより、あの時彼女が全力を出してくれていなかったら、俺は今ここに居たかどうかも分からない。

 

だけど、スバルの方はそう思っていなかったら……?

もしも俺が転生者だとバレてしまったら、彼女は今と同じように俺とチームを組んでくれるだろうか?

 

……いや、きっと彼女はそんな事で俺を拒絶する事は無いだろうとは思う。

そう信じる一方で、知られてしまえば俺達の関係は今よりもぎこちない物になってしまうのではないか……そんな不安から一歩踏み出せない。

 

彼女に対して一方的に『反省会だ』等と言っておいて、結局自分自身はその反省点をずっと抱えてここまで来てしまった。

今更自分から打ち明けるような勇気は持てず、心の何処かが彼女に気付いてほしいと叫んでいるのに、それでもバレるのが怖くて距離を詰められない。

 

我ながらめんどくさい奴だと思う。それでも……

 

「――居たよ、ティア!」

「っ! ええ、最後までしっかりやるわよ、スバル!」

 

それでもこうして彼女と一緒に居たい。一緒に試験に合格し、これからも一緒に居る為に俺は……!

 

 

 

 

 

 

「あはは、今度はティアがちょっと早かったねー……」

「……ええ、後で一緒に反省会ね。」

 

危険の無い範囲で、気付かれない程度に……今の関係が変わらないように、互いに気にし過ぎないように。

 

今の関係が……不完全なままの連携が心地良い。

きっとこれも、機動六課に入ったら直されるのだろう。きっといつかは正体も気付かれるだろう。

だけど、それならばせめて今だけは不完全なままで……

 

 

 

……あ、でも()()()()事になるのだけは嫌だから、その時はもうバレるのとか気にせずちゃんとやろう。知っててあんなの喰らいに行くとか流石に正気じゃないし。

 

 

 


 

 

 

「――っくしゅん!」

 

……うーん、誰か私の噂でもしてたのかな。

 

Thank you for a good sneeze(くしゃみ助かる).≫

≪君、本当に欲を隠さなくなったよね。≫

 

周りに人影が無いからってこのポンコツは本当に……まぁ、叱っても悦ぶだけだからそれは置いておくとして……

 

「この子達が新人のティアナとスバルか……どう思う?」

 

手元の端末から浮かび上がった映像の二人を指し、意見を求める。

 

Both of them already have sufficient ability(二人共既に十分な実力を備えています).

 However, the roughness of cooperation is conspicuous(しかし、連携の粗さが目立ちます).≫

「うん、私もそう思う。

 訓練校でも連携の大切さは教えてたはずだけど……()の連携に目が慣れちゃったからかな?」

 

皆の……海鳴市の銀髪オッドアイの連携練度の高さは、管理局全体でも随一とされている。

 

ほぼ毎日のように一緒に魔法の訓練をし、魔力弾スーパーボールをし、組手をし続けた彼等は、互いの魔力波動を意識せずとも感知できるようになった。

更には組手で互いの手の内や癖を知り尽くしている為、突然乱戦になっても念話の一つも使用せずに即興劇のように連携が出来るのだ。

 

今更一般的な連携を叩き込むのは却って非効率という事で、彼等はその類の教育を受けることなく全員同じ班に割り振られた程だ。

 

そんな精度の連携を何度も見て来たからか、流石に私の感覚がずれてしまったのかと思ったのだけど……

 

I think that is also a factor(それも一因とは思います). but……(ですが……)

「……うん、そうだね。それ以上に、やっぱり二人共何処かお互いに距離があるみたい。」

 

やっぱり最初に抱いた違和感が正しいと肯定され、再び映像に目を向ける。

映像は丁度、最後の標的の一団……その中でも一際大きい個体を、スバルが砲撃で撃ち抜いたところだった。

これで後は予め決めていたゴール地点に向かうだけ。

残り時間も十分にあるし、文句なしの合格だ。

 

「……そろそろ私達も行こうか、レイジングハート。」

≪Yes, my master.≫

 

記念すべき二人との()()()()()なのに、遅刻するのはカッコ悪いしね。




現状明かせる情報(=一部を除いて本編では詳しく書かない予定の設定群)

・スバル
 転生者。
 ティアナが転生者である事に気付いているが、ティアナに転生者バレしている事に気付いていない。
 姉のギンガと共に母のクイント・ナカジマに直々に鍛えられており、
 姉との実力差も既にほとんどないが、機動六課に入る為にランクを調整していた。
 訓練校時代のある出来事から、ティアナが転生者であると確信している。

・ティアナ
 転生者。
 スバルが転生者である事に気付いているが、スバルに転生者バレしている事に気付いていない。
 兄のティーダ・ランスターに直々に鍛えられており、この時点で一通りの訓練を済ませているが、
 機動六課に入る為にランクを調整していた。
 訓練校時代のある出来事から、スバルが転生者であると確信している。

・クイント・ナカジマ
 スカさんが戦闘機人事件を起こしていないので普通に生きている。
 スバルとギンガはとある通報(by天使)により保護した。
 二人が訓練校に入学する際、自身のリボルバーナックルと同タイプのデバイスを
 スバルとギンガにプレゼントしている。
 その為、スバルもギンガも両手にリボルバーナックルを嵌めている。

・ティーダ・ランスター
 死ぬはずだった任務で、同じ作戦行動をしていた銀髪オッドアイにより命を救われる。
 以降その銀髪オッドアイとは友人関係となり、自身の鍛錬の相手もしてもらっている。
 ティアナには自分と同じ轍を踏ませないようしっかりと稽古をつけていたが、
 それでも予想していたほどにはティアナの実力が伸びなかった(ティアナが実力を隠していた)為、
 ティアナを試験に送り出してからずっとそわそわしていた。
 今は地上本部でハラハラしながら合否の報告を待っている。

・海鳴市の銀髪オッドアイ達
 連携の都合などから全員が同じ部隊となった。
 当然多くの銀髪オッドアイが機動六課に入る事を狙っていたのだが、
 この関係で全員の六課入りが不可能となった。(そもそも戦力オーバーになるので入れても1人か2人)
 現状は試験運転という事で地上本部勤務だが、
 活躍が認められれば『海』に行く事になるかもしれない。

・空港火災事故
 そんなものはない。
 何故か異常な数の銀髪オッドアイが集まっていたが、彼等が驚くほど何も起きなかった。
 スバル達は初対面同年代の銀髪オッドアイにやたらと囲まれていた。

・時空管理局地上本部 仮想試験場
 ジェイル・スカリエッティの全面協力により、VR技術で作られた試験場。
 スバル達の試験も仮想空間内で行われている。
 本人達の実力を過不足無く発揮できる上、いくら暴れても問題無い親切設計。


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試験終了

瓦礫と罅に覆われた廃墟の街の中、所々が崩壊し列島となった高速道路の島の一つに銀髪の女性が一人立っていた。

 

『リイン、今最後のターゲットが破壊されたところや。

 もう直二人共到着すると思うから、しっかりな!』

「心得ております、はやて。」

 

リインと呼ばれたその女性は空中のモニターに表示されたはやての言葉にそう答え、手元に表示されたタイマーに一度目を落とすと、再びはやてに目を向ける。

 

「――想定していたよりも、一分程早いですね。

 途中経過は私も見ていましたが、優秀な人材のようです。」

『ああ、私もそう思っとる。

 今はまだ連携に難ありってとこやけど、そこさえ克服すれば直ぐにでも次の段階に行けるはずや。』

「……既に彼女達の弱点に気付いておられたとは、流石です。はやて。」

『えっ? あぁ……うん、勿論や! は、はは!』

「はやて……?」

 

若干気まずそうに答えるはやての様子に首を傾げつつ、リインフォースは今回の受験者について考える。

 

――確か今回の受験者は訓練校に通っている頃から互いにチームを組み、

  どちらもトップクラスの成績で卒業されたとか。

  そうであるなら今回の成績にも頷ける点は多い。しかし……

 

手元にスバル・ナカジマとティアナ・ランスターの情報を表示させながら、リインフォースはいくつかの疑問点に辿り着く。

 

――成績が優秀な二人がチームを組む事は珍しくない。

  互いに実力を惜しみなく発揮できれば、成長もまた著しい物となるからだ。

  しかし、二人が優秀だからこそ、これだけの期間を共にしておきながら、

  チームワークにまだ穴があるのには……何かしら普通ではない事情があるようにも思える。

  彼女達の連携の改善……果たして一朝一夕で成るものだろうか。

 

そんな思考に浸るリインフォースを、はやての声が現実に引き戻す。

 

『なぁ、リイン? ところで、ツヴァイは今何処におるんや?』

「ツヴァイですか? 彼女なら……」

「はい! ツヴァイ、ただいま戻りましたです! はやて!」

 

はやての問いに答えようとしたリインフォースの真上から、妖精のように小さい少女が一人現れ、代わりに返答した。

自らを『ツヴァイ』と呼称した彼女……正式名称『リインフォース・ツヴァイ()』は、腰まで伸びた銀髪を始めにリインフォースと似た特徴を多く持っており、一見すれば親子のようにも見える少女だ。

 

『あはは……受験者が気になるんは仕方ないけど、あまり持ち場を離れたらあかんよ?』

「誤解なのです! 私はデータをとる為に動いていただけなのです!」

「……こういう事なので、大丈夫ですはやて。私も許可を出しましたので。」

『そうか? まぁそう言う事ならええか。

 ツヴァイも分かっとると思うけど、もう直受験生の子がそこに来るから最後までしっかりな。』

「はいです!」

 

そのやり取りを最後に通信が切られると、リインフォースはツヴァイに向き直り口を開く。

 

「それで、肝心のデータは取れましたか?」

「勿論ですよ! これなのです!」

 

そう言ってツヴァイが翳した手の平から、立方体のポリゴンが現れる。VR内でデータのやり取りを行う際に、分かりやすいように視覚化された物だ。

 

「拝見します。」

 

それを受け取り、早速情報に目を通しながらリインフォースは今回の試験の結果を導き出していく。

 

――魔力制御に問題は見られず、魔法に使用した魔力に無駄も特に無し。

  身体制御は、ティアナ・ランスターに妙な癖がついている以外は問題無し。

  ツヴァイの観測結果は……なるほど、やはり遠目では分かりにくい小さな癖ですね。

  直接見て貰って正解でしたか。

  しかし、仮想空間内でこの癖が出るという事は……いえ、今は良しとしましょう。

  状況把握は共に概ね良し、連携は共に及第点と言ったところでしょうか。

  作戦指揮、ティアナ・ランスター概ね良し。スバル・ナカジマ及第点。

  さて……これで後は、時間制限に間に合うかどうかですが……

 

そこまで考えてタイマーに目を遣ると、残り時間は『3:52』と表示されていた。

 

そして、ほぼ同時に耳に届く小さな声――

 

ティア、ここ!?

ええ、この真上よ!

 

――どうやら、間に合ったようですね。

 

リインフォースの見つめる先、高速道路の下から螺旋階段のように伸びあがるウイングロードを見つめながら、リインフォースは最後のチェック項目を埋めたのだった。

 

 

 


 

 

 

「「――機動六課?」ですか?」

「そや。もうすぐ正式に稼働する、私の部隊や。

 フェイトちゃんも、なのはちゃんもそこに所属する事が決まっとる。」

 

試験を終えた俺達は、結果が出るまでの間はやてとフェイト、そしてリインフォース達との面談を行っていた。

その中で『機動六課』の話題が上がったのだ。

 

正式名称『時空管理局本局 古代遺失物管理部 機動六課』。

 

登録は陸士部隊である事や、陸戦魔導士を主体としたロストロギアの関与事件が起きた際に稼働する部隊である事等、アニメでも語られた内容を、今まさにはやての口から聞いている訳だ。

 

正直、興奮と緊張で思考が纏まらない。

 

だってそうだろう。この世界に転生して『なのは達に会える』と思ってはいたし、アニメで見た場面をより近くで体感出来たらと期待もしていた。

だが、実際に転生したら俺はティアナ本人で、直接勧誘される立場になっていた。

 

そして今まさに俺は『アニメで見た場面』に居るのだ。ティアナとして。

別にこの光景が放送される訳でもないし、誰かに見られている訳でもないが、それはそれとして感情が定まらないのだ。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、これまで明るい調子で話していたはやての声が一転して真面目な物に切り替わる。

 

「さて……スバル・ナカジマ二等陸士、それにティアナ・ランスター二等陸士。」

「「は、はい!」」

 

先程との温度差もあって、思わず背筋が伸びる。

その様子を見て、はやては言葉を続けた。

 

「正直に言うと、私は二人を機動六課のフォワードとして迎え入れたいと考えとる。

 ロストロギア関連の事件はどれも一筋縄ではいかんもんばかりで、きっと難しい任務になる。

 せやけどその分経験は積めるし、昇進機会も多くなると思う……どないやろ?」

「魔法戦に関してはなのは……高町教導官に魔法戦を直接教われるし、ティアナは執務官志望だったよね?

 私で良ければ教導の合間にアドバイスが出来ると思うんだけど……」

「え……っと……!」

 

はやての言葉に続いてフェイトが機動六課に入る利点をアピールする。

本心を言えば、機動六課に入りたいとは思っている。そうでなければこのタイミングで試験なんて受けない。

 

だけど言葉がのどに詰まって出て来ない……!

 

言い淀んでいるのを変に勘ぐられないだろうか、嫌だと思っているのではなんて誤解を生まないだろうか!?

 

「あ……あの、あたしは……!」

 

何とか言葉を捻り出そうとする俺の声を遮るように、大きな声が響いた。

 

「あ、あたしはお願いしたいです! ティアナも、だよね!?」

「スバル……は、はい! お願いしましゅ!!」

 

スバルの言葉に続けるように、何とか俺の考えを伝えられた。

……最後少し噛んでしまったけど。

 

「ふふ、こっちまで声が聞こえてたよ。

 これからよろしくね。スバル、ティアナ。」

「えっ?」

「あ、なっ、なのはさん!?」

 

突然のなのはの声に思わず視線を向けてしまう俺と、急にどもり始めるスバル。

あー……スバルが先に答えを出せたのって、なのはが居なかったからかな。もしかして。

 

「ここ、座ってもいい?」

「勿論や。」

「とりあえず、試験の結果ね。

 先に結果を伝えると、二人共課題はあるけど合格だよ。」

「「やっ……!」」

「喜ぶのはもうちょっと待ってね。」

 

突然の結果発表に思わず緩みかけた緊張を、なのはの一言で再び引き締め直す。

そうだ、先程なのはは『課題はある』と言っていたじゃないか。いくら何でも思考放棄し過ぎだぞ、俺!

 

そんな俺達の様子を見て、なのはは手元の資料を見ながら続けた。

 

「……二人共、魔法技術はほぼ問題なし。

 状況把握能力も悪くないし、総合的に見ても十分な実力があると思う。

 だけど……多分、二人共気付いてるよね? 連携には改善すべきところがあるよ。

 二人が機動六課に入ったら、先ずはそこを直して行こうと思う。」

「「はい!」」

 

……やっぱり分かるよな。うん。

俺も色々と覚悟は決めておこう。

 

「あと……ティアナなんだけど……」

「あ、あたしですか?」

「うん。モニター越しには分からなかったんだけど、ツヴァイが脚に癖があるって。」

「ッ!!」

 

突然の事でついびっくりしてしまう。

まさかこんな早い段階で気付かれるとは思わなかった。……いや、違うか。

正直、もう克服したと思っていたのに、それがまだ残っている事に驚いたと言うべきか。

 

「その反応、気付いていた……のかな?」

「……はい。ただ、もう矯正できてたと思っていたのですが……」

「そっか。……うん、それじゃあ一緒に頑張ろう。

 私も協力するよ!」

「あ、ありがとうございます。」

 

きっとなのはは原因に気付いていて、その上で意図的に話題を避けてくれたのだろう。

その配慮に内心で感謝していると、少し暗くなってしまった雰囲気を察したはやてが、パン! と手を叩き、明るい調子で話し始めた。

 

「さて、二人共。一先ずは試験お疲れさまや! 機動六課は二人を歓迎するで!

 ほんでこの後は……ん?」

「「え?」」

 

はやてが何事か続けようとしたのも束の間、はやてが視線を向けた方を釣られて見てみると、この場に新たにもう一人の人物が現れていた。

 

「やほ~」

 

彼女の特徴としてまず目に入るのは、ポニーテールにした状態でも背中まで届く程長い、鮮やかなオレンジ色の髪だろうか。

そして眠そうな表情を絶やさない顔をよく見れば、それこそ隣に並ぶなのはに引けをとらないような美女であるのだが……

 

――表情で全部台無しだぁ……

 

何と言うか、『やる気がありません!』って全力でアピールしている感じだ。

こんな特徴的な女性なのに、少なくとも俺はアニメで見た記憶が無い。

 

「あ、朱莉ちゃんも来たんだ。」

 

なのはに『朱莉』と呼ばれた彼女があまり詳しく描かれなかっただけの職員なのか、俺達と同じ転生者なのかはともかく、この少女はなのは達と仲が良いようで、その事が気になった俺は思わず彼女を観察するように見てしまう。

 

俺の視線を感じたのか、女性はにへらっとした表情で手をフリフリと揺らす。

何か……気の抜ける女性だな。緊張感が無いと言うのもここまで極めればキャラになるって感じだ。

 

「なのはちゃんがどこかに行くのを見かけてね~

 ついてきちゃった。」

「朱莉ちゃんか、丁度ええ所に来てくれたな!」

「う~ん、頼み事? ……最悪のタイミングの予感……」

「そない大変な事ちゃうよ。二人に設備を案内したって欲しいんや!

 同じ六課に入る仲間なんやから、顔合わせも兼ねてお願いな!」

「え……」

「「「えぇ~!!?」」」

 

面談室に、3人の驚愕の声が響いた……3人?

おい、なんでお前(朱莉)が驚いてるんだ! しかも一番大きな声で!!




朱莉さんは当然機動六課に入ってます。既に転生者のバーゲンセール状態なので……


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家を追われた者達

エリキャロの顔見せ回です。


――『強過ぎる力は争いを呼ぶ』。

 

そう言った類の言葉は、前世でも良く耳にした事がある。

もっとも、平和な現代日本の一般的な家庭に生まれた俺にとって、それはあくまで漫画やアニメ、ゲームと言った創作の中での言葉だったのだが。

 

そんな事を思い出しながら、目の前の老人の次の言葉を待つ。

 

「……済まない、『キャロ』。これもル・ルシエの為なのだ。」

 

創作の中の言葉が自分に向けられる日が来るなんて、あの時の俺が聞いたら絶対に信じないんだろうな。

 

だが今の俺の名は『キャロ・ル・ルシエ』。前世の一般人・オブ・一般人な俺とは違い、『強すぎる力』を持った召喚士であり魔導士……そして、『魔法少女リリカルなのは』と言う創作の中に生きる少女なのだ。

そう言う状況に立ってみれば、創作の言葉は現実の教訓に変わるのだ。

 

「クルル……?」

 

ふと聞こえた鳴き声に目を落とせば、俺の腕に抱かれながらこちらを不安気な目で見つめる小さな飛龍と目が合った。

 

「クルルルル……!」

 

安心させるように頭を優しく撫でてやると、嬉しそうに頭を擦り付けて来る。

……うん、可愛い。

 

そのままフリードを撫でながら、俺は長老に向き直りいつも通りの口調で返した。

 

「……長老、貴方の判断は、間違っていない。だから私の事は気にしないで。

 フリードとヴォルテールも一緒にいてくれる。

 ……私は大丈夫だから。」

 

……片言のような口調だが、これでも少しでも女の子らしい口調にしようと結構頑張っているのだ。

結果として、『話すのが得意ではない』と言うイメージが定着してしまったようだが。

 

口調はともかく、俺の言葉を聞いた長老は初めてその表情を歪ませた。彼の額に寄った皺が、その内心を物語っている。

数年間「ル・ルシエ」と言う部族の中で過ごして来たからこそ、俺にもわかる。長老も部族の仲間も、誰一人としてこの結末を心から望んでいる訳ではないのだと。

 

「……今までありがとうございました。どうか、お体に気をつけて。」

 

最後にそれだけを告げて、俺はル・ルシエの里を後にした。

結末はやはり追放と言う形にはなってしまったが、最後の最後まで家族として見てくれている事が分かった。だから彼等に恨みは無い。

勿論こうなる事を知っていたからと言うのもあるだろうが、不思議と心は落ち着いていた。

 

 

 

――ル・ルシエの里に、サヨナラバイバイ。俺はコイツ(フリード)と旅に出る。

 

何処かでヴォルテールの咆哮が聞こえた気がした。大丈夫、お前も一緒だから。

 

 

 

……さて、現実逃避はやめてこれからの事を考えよう。

 

大前提として、今の俺には家が無い。今しがた家だった『ル・ルシエ』を追い出されたのだから当然だ。

キャロが辿ったように管理局に保護され、フェイトに保護され、機動六課へ……と言う流れに乗れれば一応の展望は開けるだろう。

少なくとも衣食住の確保が出来て、力も付けられるし就職も出来る。

 

幸いにして俺の居る『アルザス』は管理世界の一つだから、探せば管理局の支部くらいはあるだろう。一先ずはそこを目指すとしようか。

 

となると、やはり本来のキャロの様な大人しい少女の振りをするのが一番か。

……このまま原作通りに動くとすると俺はフェイトを騙す事になるのか。正直気は乗らないが、これも生きる為だ。それ以上の悪事は働かないので許して欲しい。

 

取りあえず、俺の召喚竜達には情報を共有しておこう。

そう考え、腕に抱いていたフリードを向き合うように正面に持ちあげる。

 

「……フリード、これから私は『か弱くて大人しい少女』。解った?」

「ク、クル……?」

 

いや、何だよその『出来るの?』みたいな顔は。舐めんな。

 

「ふりぃど、おねがい。きょーりょく、してね……?」

「……ハァ。」

 

おい、なんだよそのため息は。そこは俺を励ますように『クル!!』って鳴くところだろうがよ。

 

……いや、ぶっちゃけ我ながら『無いわ』って思ってたけどさ。

自然な子供らしい話し方とか練習しないとなぁ……

 

「取りあえず、そう言う事だから。ヴォルテールもそれでお願いね。」

《――承知した。》

 

しかし、『自分だけの特殊な召喚が出来る召喚士になりたい』って願った結果がこれか。確かに願いのイメージ元はキャロのヴォルテールではあったんだけど、そこまで神様に伝わっちゃったのかねぇ……?

 

 

 


 

 

 

――『天才』と言う言葉がある。

 

『天才』とは文字通り『天から与えられた才能』の事だ。そして『天才』となれる機会はたったの一度……つまり、『生まれた瞬間』のみ。

 

或いは自分を含めたあらゆる人間が何かの分野では『天才』と称される能力を持っているのかも知れないし、俗に言う『天才』とはその才能を自覚し、実際にその分野で才能を活かしている者を言うのかも知れない。

恵まれた体格を持って生まれた人がスポーツ選手を目指すように。

 

だから俺はこう思う……転生とはきっと、あらゆる意味で『天才になる事が出来る唯一の後天的好機』なのだと。

 

そして俺はどんな『天才』になりたいかを考え、神様に願ったのだ。

 

『エリオ・モンディアルの様な、『何でも身に付けられる天才』になりたい』と。

 

 

 

そうして転生を果たした俺には、ある4文字が常について回った。

 

――『違法研究』。

 

そう言った類の言葉は、前世でも良く耳にした事がある。

もっとも、平和な現代日本の一般的な家庭に生まれた俺にとって、それはあくまで漫画やアニメ、ゲームと言った創作の中での言葉だったのだが。

 

だがこの言葉、こうしてみると今生の俺にとってはつくづく縁深い言葉らしい。

この世界に於いて俺は違法研究によって生まれ落ち、違法研究者に半ば強引に連れ去られ、違法研究のモルモットにされていた。

 

今生での俺の名はエリオ・モンディアル。揉んでやるじゃなく、モンディアルだ。

 

――そう、俺はあの願いによって『エリオ・モンディアル』本人として生を受けたらしい。

 

いや、『本人』と言うのは語弊があるか。

モンディアル家の一子が亡くなり、モンディアル家の跡取りとしての代替を求めたのか、亡くなった子供が戻ってくると信じたかったのか……どちらにしても、俺は両親と『プロジェクトF』によって生み出された『エリオ・モンディアルのクローン』なのだから。

 

そんな俺に対する違法研究者からの扱いは、お世辞にも良いものとは言えなかった。

 

牢獄の様な何もない狭い個室に押し込められ、最低限の食料と睡眠時間。それ以外は妙な器具を付けられたり、血を採られたりとまさに実験動物だ。

普通の生まれではないからなのだろう、俺は文字通り「モルモット」の様な扱いを受けた。

 

だが俺はアニメのエリオの様な外見に釣り合った中身をしている訳ではない。神様から貰った特典に加え、自らの内にある魔法の力も自覚し、制御する事も出来ていた。

そしてダメ押しに、この施設に居る者の大半は非戦闘員だ。研究の事しか考えておらず、魔法で戦う事を知識でしか知らない者ばかり……まぁ、実戦経験が無いって点では俺も似たようなものなのだが。

 

兎も角、ここに連れられてきて2日目。流石の俺も我慢の限界が来て、行動に移した訳だ。

2日目でキレるのは早いなんて思わない。一日あんな扱いされて眠るまで我慢できたことを寧ろ評価して欲しいくらいだ。……寝て起きた時、牢獄の天井を目にして最初に思ったのが『やるか』だったのは、流石にちょっとアレかもしれないが。

 

だが仕方のない事だと思う。いきなり平穏な生活を取り上げられ、何も無い牢獄のような部屋に押し込められ、更には人でなし共から人では無いモノのように見られる……我慢が出来る方がどうかしている。

 

で、実際に何をしたかを言うと、『魔法で暴れた』。これに尽きる。

 

迸る雷の魔力を暴れさせ、いくつもの機材をダメにしてやった。

魔力をぶつけて研究者を失神させ、研究資料の紙も雷で燃やした。

そうしたら食事量を減らしてこちらの憔悴を測って来た為、扉を破壊して強引に食料を奪った。

 

魔法で牽制しながらコンロで肉を焼いた経験は無かったが、まぁやって見れば何とかなるものだ。

調理後の肉をしたり顔で食ってやったら悔し気に睨まれた。凄く気分が良かった。

 

そんな感じで色々とやった結果、今では俺の扱いも『籠の中のモルモット』から『柵の中のライオン』レベルには上がっている。

 

正直ここまでやれば逆に研究施設から俺を追い出す方が良いと思えるくらいには暴れたつもりだったが、どうにもこう言うマッドサイエンティストは自身の安全よりも研究を優先する生き物らしい。

 

今でも奴らは研究を続けたり施設の補強をしたり、罠を張ったりと無駄な抵抗を続けているし、それに対抗するように俺も研究を邪魔したり施設を壊したり、罠を壊したり掛かったりと言った日々を過ごしている。

 

正直この不毛な争いをもうやめたいのだが、管理局が来るまでもうちょっとかかる筈だ。

この日々ももうしばらくは続くだろう。どちらかが折れない限り。




・キャロ
 転生者。
 キャロに生まれた日から既に覚悟はしていたので、割とあっさりル・ルシエを出る。
 転生時の願いのイメージとしてキャロとヴォルテールを思い浮かべていた為、キャロに生まれた。
 フリードは勿論、既にヴォルテールの力も完全に制御できており、遠隔での意思疎通も可能。
 演技は苦手。

・エリオ
 転生者。
 エリオの事情や攫われる事等を知っていた為、原作のエリオよりも精神的なショックは遥かに少ない。
 エリオの『何でもモノにする才能』に憧れた結果、エリオに生まれた。
 現状は原作エリオよりも魔力が多く、魔力のコントロールが少し上手いくらいの差異しかない。


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集う星と雷

あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!


とある次元世界の片隅に、ひっそりと隠れるように存在するとある研究施設。

その中では毎日のように違法な研究が行われていた。

 

……当然、この日も。

 

 

 

 

「チッ、無駄に頑丈な造りしやがって!」

 

苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた赤髪の少年は、この研究所で造られた巨大な魔導人形の拳を左の方向へ飛び込むように回避し、お返しとばかりに振り抜いた拳から雷撃を放つ。

 

――勝った!

 

確実に命中する軌道で放たれた雷撃に、内心で勝利を確信するエリオ。

 

しかし、機械人形の腕に命中した雷撃は、次の瞬間『パチン』と言う音と共に弾け、霧散してしまった。

術式の組み方を学んでおらず、デバイスのサポートも受けていないエリオの放った魔力任せの攻撃は、機械人形の腕に当たったところで何のダメージにもならなかったのだ。

 

「なに!? 今までの奴らならこれで……!」

 

驚愕に目を見開くエリオだが、無理もない。

これまでにも研究所の作った機械人形と戦う事は幾度もあったが、その度にエリオの雷撃は機械人形の内部構造をショートさせる事でエリオに勝利を齎して来たのだ。

 

その自慢の一撃が通用しなかったと言う動揺は大きく――

 

「――しまっ……! ぐぅ!?」

 

機械人形が振り回した腕の一撃を受けてしまう。咄嗟に魔力で身を守ったものの、やはり正しく魔法を学んでいないエリオではその衝撃を打ち消すには至らず、大きく吹っ飛ばされてしまった。

 

「く……っそ……!」

『ハァーッハッハッハッハァ!! バカめ! その機械人形『クソガキワカラセンダーEXV(エクストラブレイカー)』は、今まで貴様に破壊されてきたクソガキワカラセンダーシリーズとは一味違うわ!

 過去の無念(データ)と怒りを受け継ぎ、ついに弱点であった電気すら克服したのよ!!』

 

どこからか響く研究者の声が告げたように、彼等の戦いは今回が初めてではない。

 

それは今から数ヶ月前のこと。

エリオをこの研究所に連れて来たまでは良いものの、碌なデータが取れぬまま食料だけが奪われ続ける日々に、研究者達は考えた。

 

――そうだ。『食料を守る方法』と『研究データを取る方法』を一つにしてしまおう……と。

 

かくして、エリオとクソガキワカラセンダー達の戦いは始まったのだ。

 

そして数ヶ月が経った今……研究の成果はついにエリオを捕らえてしまった。

別室でその様子を窺っていた研究者達は、データを取る事も忘れてモニター越しのクソガキワカラセンダーEXVの雄姿に拍手喝采している。どうやら連日の徹夜が祟って色々と高ぶっているようだ。

 

そんな事を知らないエリオは、ガンガンと痛む頭で必死に思考する。

 

――くそ、さっさとこの人形を始末して食い物を強奪しねぇと、またデータが取られる……!

  そうなればコイツを倒しても今度はもっと強い人形が作られちまう……何とかしねぇと!

 

正に絶体絶命のピンチだ。眼前に立ちはだかる威容を前に、まさか研究者がデータを取っていない等、思い至るはずもない。

 

全身を苛む鈍い痛みにふらふらになりながらも立ち上がり、クソガキワカラセンダーEXVを睨み……

 

 

 

そして次の瞬間、クソガキワカラセンダーEXVは眩い光と轟音を伴って……粉々になった。

 

 

 

『「――は?」』

 

それは誰の声だったのだろう。眼前の脅威が唐突に消滅したエリオの物だったのか、それとも研究の成果であり希望の戦士でもあった切り札を突然失った研究者の誰かの物だったのか……

 

いずれにせよ、その小さな声に対する返答は()()()()()()()()()()が払われると共に告げられた。

 

「――時空管理局執務官、フェイト・テスタロッサです。

 違法研究及び、未成年者略取等の罪で、貴方達を拘束します。」

 

天井を高速で突き破ったのだろう、パラパラと舞い散る破片と差し込む陽光を浴びながら、自らを脅かす存在だった物のスクラップの上に佇むその姿はエリオの目に鮮烈に焼き付き……

 

――これが、フェイト・テスタロッサ……

 

それは『エリオ・モンディアル』が抱いた憧れとは違う形で、しかし確かに彼の心に刻まれた。

 

――カッコ良過ぎるだろ……

 

意識を失う寸全、彼は確かに自らの目指す理想の姿を見た。

 

 

 


 

 

 

「キャロちゃん……だよね? 僕はエリオ・モンディアルって言います。

 これからよろしくね。」

 

ル・ルシエの里を出て数ヶ月後のある日、なんやかんやあって無事に管理局本局の保護施設に入る事になった俺の元に、その少年は突然やって来た。

彼の表情は年のわりにやけにしっかりとしたもので、一端の大人の様な責任感すら感じさせる頼もしさすらあった。

 

「あ……私はキャロ・ル・ルシエ……です。

 えっと、よろしくお願いします。」

 

一方で俺の方は急に話しかけられたため、こう返すのが精一杯だった。

何せこちとらまだ女の子らしい口調の習得も出来ておらず、一言一言に気を遣う状態が続いていたからだ。

その上、話しかけて来たのがよりにもよってエリオだ。他の人よりもより一層言葉遣いには気を遣わざるを得ない。変な話し方であらぬ印象を与えてしまっては、この先にどんな悪影響があるか分かったものではないのだ。

 

そう言った想定外な事態が重なった事もあり、握手に応じる事も忘れた俺の態度を緊張と捉えたのか、エリオは申し訳なさげに笑顔を作り、差し出していた手を引っ込める。

 

「ゴメンね、急に来られても困るよね。

 ……正直に言うと、施設の人に頼まれたんだ。

 『キャロちゃんが皆と距離を取ってるみたいだから』って……」

 

そう言って俺の後ろの方を見るエリオの視線を辿ると、建物の影に慌てて隠れる職員の姿が一瞬見えた。

今ので大体の事情を察した俺は、エリオに向き直り小さく頭を下げた。

 

「……私の方こそ、すみません。

 エリオ君にも迷惑をおかけしてしまって……」

 

この施設に来て早数日経つが、俺の評価は既にル・ルシエの里と同じものになっていた。

即ち、『話すのが苦手な大人しい子』……だ。

 

改善しよう(女の子らしい話し方を)とは思っていても実際には中々上手く行かず、話し方を変に思われることを恐れて口数が減り今に至る。……正直、最初の自己紹介の時くらいしかまともに人と話した記憶が無い。

話す相手も遊ぶ相手も現在はフリードオンリーと言う現状をどうにかしたいと思った職員が、同年齢のエリオに頼んだのだろう。

 

「いや、迷惑って程ではないよ。

 ここにくる子は皆訳ありだからね、今のキャロちゃんみたいになっちゃう子も多いんだ。

 今じゃ皆と一緒になって遊んでいるクレイ君も、最初はキャロちゃんと同じ感じだったよ。」

「そう……なんですか。少し意外です。」

「うん。キャロちゃんの悩みだとか、辛さだとか共有できる子もここには多い筈なんだ。

 だから悩みを克服する意味でも、一度勇気を出して話してみて欲しいかなって。」

 

……少なくともクレイ君の悩みと俺の悩みは違うと思うけど、そう考えるとどうやら俺の様子は傍から見ればそれほど特殊ではないのだろう。エリオの話し方がやけに慣れている様子なのも、俺以外にもこういう事を頼まれていたのではと考えると納得がいった。

 

「……エリオ君は、凄いですね。

 私と同じくらいの年齢なのに、大人と話している様な……」

「えっ!? そ、そうかな……?」

 

何故か急にそわそわしだしたエリオの様子は気になるが、彼の言う通りなのも事実だ。

誰とも話さない状況が続いても、俺の悩みが晴れる事は無い。誰かと話さなければ、話し方の改善なんて夢のまた夢なのだ。

 

「……それでは、これからお友達として、よろしくお願いします。エリオ君。」

「! うん。僕からもよろしくね。キャロちゃん。」

 

その日、この世界で初めて友人が出来た。

性別も年齢も偽っている俺が本当の意味で全てを打ち明けられる日は来ないと思うが、それでも少しだけ近い何かを感じる友人が。

 

 

 


 

 

 

それから数年後、新暦75年4月――

 

二人は、とある空港に居た。

 

「……今日から同僚になるんだね。私達。」

「うん。『時空管理局本局 古代遺失物管理部 機動六課』……僕達の目標がいる場所。」

「頑張ろうね、エリオ。」

「うん。一緒に強くなろう、キャロ。」

 

機動六課の稼働まで、後僅か。




以下、キャロがエリオと同じ保護施設に入る事になった原因

最初に保護された場所が原作と違う保護施設

本局にパイプを持つ職員がキャロに将来の目標を聞く

キャロ、『時空管理局に入りたい』と答える

職員(なら本局の保護施設の方が環境的にも都合が良いか)

職員「行く?」

キャロ「行く!」

という感じです。
因みにその関係で自然保護隊には所属していませんし、フェイトにも会っていません。


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機動六課、稼働

新暦75年 4月

 

この日、正式稼働が始まった機動六課の部隊長である八神はやての挨拶が、機動六課隊舎にて行われていた。

壇上に登りスピーチを続けるはやての正面には、自ら才能を見出しスカウトしたフォワード陣を含めて数十名の局員がずらりと並んでいる。

 

「――では長い挨拶は嫌われるんで、以上ここまで。

 機動六課課長及び部隊長、八神はやてでした。」

 

挨拶をそう締めくくったはやてに拍手が送られ、この瞬間より機動六課は動きだした。

管理局全体でも一部の者を除いて知らされていない、機動六課の()()()()の為に。

 

 

 

数分後、挨拶を終えたはやてとフェイトと別れたなのはは、フォワード陣の面々を引き連れて隊舎の通路を歩いていた。

その途中、ふと思い出したようになのはが立ち止まり、後ろをついて来ていたフォワード陣に振り返るとフォワード陣の4人に尋ねた。

 

「そう言えば、皆はもうお互いに自己紹介とかはした?」

「あ、はい。昨日の内に一通りは。」

 

ティアナが答えたように、既にお互いの得意な距離や魔法を始めとした諸々の情報共有は前日に済ませていた。

と言っても、互いが知らないだけで全員が転生者である為、コールサインの確認以外は殆どおさらいの様な物だったが。

 

「そっか。それじゃあ早速訓練に入りたいんだけど、大丈夫そうかな?」

「「「「! ……はい!」」」」

 

続くなのはの提案に、フォワード陣は背筋を伸ばす。

なのはは彼女達の緊張に固まる表情を見て、安心させるように微笑むと柔らかい口調で語りかける。

 

「そんなに緊張しなくても良いよ。

 最初の訓練だし、今の皆がどれだけ動けるかの確認がメインだからね。」

「「「「はい!」」」」

「あはは……」

 

落ち着けようとしても一向に緊張が抜けない彼女達の様子に、なのはは困ったように笑うのだった。

 

 

 


 

 

 

時を同じくして、はやてとフェイト、そしてシグナムは屋上のヘリポートに続く通路を歩いていた。

今日新たに稼働を始めた機動六課の代表として、遺失物対策部隊の会議に出席する為だ。

 

「さっきも行ったけど、今日の会議は遺失物対策部隊の代表だけや。

 フェイトちゃん達は出席の必要はあらへんけど、ホンマにええんか?」

「うん、ついて行くよ。心配だから。」

『はやてに当たりが強い人も未だに居るからねー』

「フェイトちゃん、アリシアちゃん……ありがとうな。

 二人がいてくれると心強いわ。」

 

『闇の書事件』の恒久的な解決が為され、自らの部隊を持つ事を認められる程度の信頼を得ても、『夜天の主』と言うだけではやてに対して良くない印象を抱く者は未だにいる。

それほど闇の書事件の影響が大きかったのも一つの要因だが、若くして地位と権力を得た八神はやて個人に対する嫉妬もあるのだろう。

 

「済まないな、フェイト、アリシア……

 私がついて行ければ良かったのだが……」

「ううん、シグナムが護衛についてたら多分もっとややこしい事になると思う。

 私達もはやてには色々助けて貰ってるし、丁度良かったよ。」

『困ったときはお互い様だよ!』

「……感謝する。」

 

そう言ってフェイト達に頭を下げるシグナムだったが、その表情には悔しさが滲んでいた。

家族を守れる力があるのに、家族を守る事が出来ない歯痒さと言うものなのだろう。体の影に隠すように握られた拳からも、それがありありと見て取れた。

 

 

 

はやて達が屋上に出ると、高速回転するヘリコプターのローターが巻き起こす風とモーター音が彼女達を出迎えた。

風と音の発生源である機体の傍にはパイロットらしき青年が一人立っており、はやて達に気付くと振り返って口を開いた。

 

「……おっ! 来なすったな。」

「ヴァイス君、準備できてるか?」

「勿論、いつでも出れますぜ!

 最新式の機体を操作できる日が待ち遠しくて、暇があれば整備してましたからね!」

 

そう言ってヴァイスと呼ばれた青年、『ヴァイス・グランセニック』はヘリコプターの機体を愛おしそうに撫でる。その様子からはヘリコプターに対する思いが見て取れた。

 

「……っと、今は話しこんでる場合じゃないか。

 それじゃあ皆さん好きに乗り込んじゃってくださいよ!

 行先はクラナガンっすよね?」

「うん、お願いな。」

「へへ、大船に乗ったつもりでどうぞ! 豪華客船にだって負けない乗り心地を保証しますよ!」

 

そう自信満々に胸を叩くヴァイスだったが、ふとフェイトの傍らに浮遊するドローンを見て思い出したように言う。

 

「ところでそのドローンはどうするんです?

 確かまだ試作段階で外部に持ち出すのは厳禁って聞きましたけど。」

「ああ、それならば私が木之元の所に持って行こう。

 彼女もそろそろ試運転のデータが欲しい頃合いだろうからな。」

「えっ、シグナム姐さんは乗らないんで……あぁ、成程。

 すみません、配慮が足りず。」

「気にするな。誰が悪い訳でもないのだからな。」

 

シグナムはそう言って、アリシアの操縦するドローンに近付くと両手で抱えるように持った。

 

『じゃあ後は任せるね、シグナム!』

「ああ。

 ……お前達も、はやてを頼む。」

『大丈夫大丈夫、私とフェイトがいれば無敵だからね!』

「ふっ……そうだな。

 私に二つ目の黒星を付けたお前達ならば、私も何の憂いも無く任せられる。」

『うんうん……あれ、私達で二つ目なの? やっぱり一つ目はなのはちゃん?』

「……いや、ずっと昔の事だ。今となっては再戦も叶わぬ相手だからな、これ以上話す必要もあるまい。」

『ふぅん……?』

 

シグナムの返答に首を傾げるアリシアに、既にヘリに乗り込んだはやてから声がかかる。

 

「アリシアちゃん! そろそろ出発するし、ドローンの通信切っときー!」

『はーい! じゃあ、行って来るね!』

「ああ。」

 

その会話を最後にアリシアがドローンの操作をやめると、表示されていたアリシアの姿が消え、代わりに『No Signal.』と言う文字がミッド語で表示された。

それを確認し、はやてがシグナムに言葉を投げかける。

 

「シグナム、今はココを守るんがシグナムの仕事や。

 ここは私達にとって2つ目の家みたいなもんやからな、しっかり頼むで?」

「はい、お任せを。」

 

そしてシグナムの見送る中、ヘリはクラナガンへと飛び去るのだった。

 

 

 


 

 

 

隊舎の傍にある林の中に作られた広場……なのはが訓練の為にフォワード陣を連れて行ったその場所では、まさに死屍累々と言った表現が似つかわしい光景が広がっていた。

 

「――はぁっ、はぁっ!!」

「も、もう……動けない……」

 

へたり込んだような姿勢のまま、汗だくで荒い呼吸を繰り返すティアナと、その傍で俯せに倒れこんだスバル……

彼女達は既に体が出来上がっている為、エリオやキャロよりも厳しいメニューを受けていた事もあり、もう立ち上がる事も困難なところまで追い詰められていた。

 

「はっ……! はっ……! キャロ……! 大丈夫……?」

「うん、なんとか……」

「キュー……」

 

未成年である為に訓練メニューがやや軽くなっているエリオとキャロも、立っている事がやっとと言った様子だ。

ついでとばかりに絞られたフリードリヒに至っては、地面に羽を広げて目を回している。

 

「……うん、じゃあここで10分間休憩!

 皆が今どれだけ動けるかも分かったし、一息ついたら場所を変えて次の訓練に入るからね!」

「「「「ヒィ……!」」」」

 

そんな中で唯一立っている人物、高町なのはは明るい笑顔でそう宣告した。

フォワード陣の体に溜まった疲労は10分間で回復するほど軽い物では無く、彼女達はなのはの笑顔の背景に鬼を見た。

 

「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。だって次の訓練は……」

 

 

 

休憩時間を終えて更に十数分後、彼女達は先程とは違う平原に居た。

 

「わぁ! 凄い、()()()()!」

「成程、VRシステムを実践訓練に使う事で体も休められるって事ね……」

 

ティアナが言うように、ここは仮想空間内の訓練場だ。

肉体に蓄積された疲労から解放され、興奮した様子で跳ね回るスバルを見ながら彼女はなのはの訓練メニューに納得した。

 

「そう言う事。ただその分、筋肉をつける為に現実での訓練は()()厳しくなっちゃうんだけどね。」

「「「「少し……?」」」」

 

いや、やはり完全に納得した訳ではないらしく、なのはの言葉には他のフォワード陣と同様に首を傾げていた。

その様子を見たなのはは「ふふ」と小さく笑うと、セットアップしてレイジングハートを構える。

 

「それじゃあここからは対人戦を想定した模擬戦だよ!

 折角の仮想空間なんだから、皆遠慮なく全力を出してね!」

 

突然のセットアップにフォワード陣が戸惑っている間にも、なのはは模擬戦のルールを説明していく。

 

「皆は4人で1チーム! そして相手は私、高町なのは一人!

 ここではあまり意味は無いけど、非殺傷設定は厳守だよ。実戦で『うっかり』って言うのを無くす為にもね。

 それ以外の魔法の制限は皆には無し。

 私は飛翔魔法の高度を5メートル以内に加えて、簡単な誘導弾以外の攻撃魔法の使用を禁止。バインドも使わない。

 ……こんな所かな?」

 

なのはの告げたルールはあまりにもフォワード陣にとって有利過ぎる不公平なルールだ。

なのはが一つ条件を付け加える毎に、フォワード陣の表情が強張って行く。

 

「そんな条件で……?」

 

『勝てるつもりなのか』と言う言葉をティアナは飲み込んだ。

何せ彼女は転生者であり、更にはティーダ直々の訓練を受けている事はなのはも知っている筈なのだ。

他のフォワード陣もそれぞれ似たような思いを募らせていく。

 

そして……

 

「私に攻撃を直撃(クリーンヒット)させる事が出来たら、そうだなぁ……

 明日の訓練がその分軽くなります!」

「「「「!!」」」」

 

なのはが最後に告げた破格の条件を聞いて、彼女達の目の色は変わった。

それは報酬に目が眩んだからではなく……

 

――舐められている。

 

と、皆が思ったからだ。

この世界に来て魔法の力を手にし、各々がそれぞれの訓練に時間を費やし、力を蓄えて来たと言う自負があるからだ。

 

そのプライドを傷付けられ、彼女達の心はこれまで以上に一つになるのだった。

 

……なのはの狙い通りに。

 

 

 

数分後、仮想空間の草原に立っていたのはただ一人だけ……

 

「それじゃあ、ここで10分間の休憩!

 その後はこのまま仮想空間内で、それぞれのポジションに合わせた立ち回りの訓練だよ。

 私はちょっと他の教官のみんなを連れて来るから、一旦現実に戻るね。」

 

そう言って模擬戦の勝者であるなのはの姿が消えると、ティアナが全員の気持ちを代弁するように叫んだ。

 

 

 

「何よ、あの()()()()()()()!!!!」

 

それは世の理不尽を嘆く、魂の叫びだった。




希望をぶら下げて煽り、その後全てを打ちのめす鬼教官。

仮想空間内の設定としては、魔力量や身体能力、体力に加えて使用可能な魔法まで現実のものと限りなく同じになっています。
『訓練中』と『休憩中』の設定があり、休憩中の時は疲れや消費した魔力が急速に回復するようになる為、回復魔法を得意とする魔導士がいなくても安全かつ短期間に濃密な戦闘訓練が可能となります。(感覚が狂うので基本的に訓練は『訓練中』の設定で行う)

尚、市販されているゲームの場合はプレイヤーの素質や身体能力を無視して色々な魔法が使える為、魔力を持つ持たないに関わらず大人気のコンテンツとなっています。

会議の内容ですが、原作とは違いジェイル・スカリエッティによるレリック関係の事件が起きていない為、はやての出席した会議の内容は当然原作とは違います。しかし、特に伏線を挟む余地はないので会議内容はスキップする事になるかと思います。
他にもヴァイス君が機動六課に入る切っ掛けとかも細かい所で違ったりするのですが、それは後々書く事になるかと思います。

以下なのはの訓練内容設定です
(この日ははやての挨拶とかもあり、微妙にメニューが違う)
原作との相違点として、『ガジェットドローンとの戦闘を想定した訓練』はしておらず、『対人戦を想定した訓練』がメインとなっております。

07:30~朝食後、訓練開始/肉体のトレーニングが中心。魔力操作の訓練も。
11:30~昼休憩
12:30~休憩後、訓練開始/肉体のトレーニングと魔法の訓練(魔力操作ではない)。
16:00~小休憩と移動→『機動六課隊舎 仮想訓練所』
16:30~仮想空間内にて対人戦を想定した模擬戦や訓練。
19:00 訓練終了。(軽いストレッチと、魔力操作で経験を馴染ませれば終わり)

……メニュー軽くね? と思った方は感想欄等で指摘していただければ、それに伴いメニューが厳しくなるかもしれません。
(実際肉体的には十分な休憩をとっているのですが)


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初日の訓練を終えて

超難産でした。


すっかり日も落ちて時刻は19時14分……薄暗い夜の道を、機動六課の隊舎に向かって歩く4人がいた。

 

一日の訓練を終え、隊舎に帰るところのフォワード陣達だ。

その内の一人ティアナ・ランスターが、すっかり意気消沈した様子でため息交じりに話し始める。

 

「はぁ~……何か、ちょっと自信無くしちゃったかも……」

「うん……あたしもそれなりに強いつもりだったんだけどなぁ……」

 

ティアナの言葉に同意するスバルも、いつものような明るさはなりを潜めていた。

彼女達がここまで落ち込んでいる理由は、なのはに一切の攻撃が通用しなかったから……だけではない。

 

あの後……彼女達がなのはとの模擬戦でかすり傷一つ与えられずに負けた後、追加の教官としてヴィータとシャマルがやって来て、敵の攻撃の『受け方』や『流し方』に関する技術を教える流れになったのだが、フォワード陣はそこでも大きな壁を感じる事になったのだ。

 

「……でも、教官の強さを直接感じられて安心できる事もありましたよね。

 あの人達に直接鍛えて貰えれば、きっと強くなれるって思えましたし。」

「そうだね……ホント、強かったなぁ……」

 

エリオの言葉に、スバルは仮想空間内での模擬戦を思い返す。

なのはとの模擬戦の情報を受け取ったヴィータとの1対1の模擬戦を……

 

 

 


 

 

 

模擬戦の一戦目。

スバルは組み合わせが決められた直後、ヴィータが宣言した内容を思い出しながらヴィータの隙を探っていた。

 

『一つだけ先に言っておくぞ。

 思いっ切り手加減してやるから、お前が『攻め時だ』と感じたら全力で打ち込んで来い。』

 

――どうやらあの言葉は、『隙を作ってやるから見抜け』と言う意味ではなかったらしい。

 

スバルがそう感じるヴィータの攻撃は、ハンマーの柄を短く持ち、その分取り回しやすくなったグラーフアイゼンで怒涛の連撃を繰り出すものだった。

 

「うっ、ぐ……ッ!」

「……成程、なのはが言うだけはあるな。頑丈さは中々のもんだ。」

 

ハンマーの打撃面での攻撃は勿論、槍状の部分を用いた刺突も組み合わせた変幻自在の連撃に、今のスバルが付け入る事の出来る隙は無い。

防戦一方となった状況をどうにかすべくローラーブーツを駆動させて距離を取るが、瞬時にその動きを見切ったヴィータが開いていた左手に鉄球を出現させ、すかさず撃ち込んで来る。

 

「ふんッ!」

「ッ!」

 

鉄球の威力は到底片手で撃ち込んだとは思えない程重く、スバルはそれを障壁で防ぐ事こそ成功したものの、バランスを崩されないようにその場で踏ん張らざるを得なかった。

その一瞬で再び距離を詰めたヴィータが、ハンマーを振りかぶる。スバルは再び障壁を張って防ごうとして……ヴィータの姿勢が先程と微妙に違う事、それによる重心の違いから狙いを見抜き、取りやめた。

 

「そら!」

「くっ……うっ!?」

 

スバルの予測は的中し、グラーフアイゼンの射程が振り抜かれる動きの中で()()()()()()

見れば先程まで柄の中ほどを握っていた右手が、柄の先端に移動していた。遠心力を利用して攻撃の途中でスライドさせたのだ。

上体を後方へと逸らす形で回避したグラーフアイゼンのハンマーが眼前を横切る。

揺らされた空気が風となって顔を撫で、今の一撃に込められた威力の片鱗を感じさせた。

 

「対応力、速度も悪くねぇ。

 一辺倒に障壁で防ごうもんなら叩き割ってたところだったが、戦闘中の観察も抜かりなしってとこか。

 師は誰だ? 訓練校で教わる動きじゃねぇが。」

「母の、クイント・ナカジマと……ッ! 姉、のっ! ギンガ・ナカジマです!

 ……くぅッ!?」

 

戦いを継続しながらもスバルの返答を聞き、グラーフアイゼンの一撃でスバルを大きく吹っ飛ばしたヴィータは、僅かに考えるようなそぶりを見せると思い出したように言う。

 

「クイント……ああ、確かシューティング・アーツって奴だったか?」

「はぁ……はぁ……! はい……母を、ご存じで……?」

 

攻撃の手が止み、息を整えながらもスバルが聞き返すとヴィータは構えを解き答える。

模擬戦も一先ずはここまでで良いと判断したのだろう、表情も柔らかくなっていた。

 

「以前何度か一緒に仕事した程度だが、近接戦闘の腕は知ってる。

 良い師を持ったな、その年齢(とし)でそれだけ動ければまぁ上出来だろ。

 じゃあ一旦小休憩するぞ。訓練モード解除すれば直ぐに体力も回復するから、回復したらまた模擬戦だ。」

「はぁ……はぁ……はひぃ……」

 

ヴィータから休憩を告げられると、スバルは溜まらずその場にへたり込む。魔力の放出と攻撃に対する観察の継続、体捌きに加えて攻撃のプレッシャーと、体力はすでに限界だった。

 

戦闘の緊張から解放され、落ち着いて周囲を見回せば、シャマルとの模擬戦を行っているティアナや、なのはの魔力弾を必死に躱しているエリオとキャロの姿が見えた。

 

「はぁ、ふぅ……あれ、あたしが最初にばてちゃったんだ……」

 

フォワード陣の4人の中で一番体力があると思っていたスバルは、その事実に少し落ち込んだ様子だったが、隣に移動してきたヴィータがそれを励ますように告げた。

 

「ティアナの訓練は攻撃を受けるようなもんでもねぇし、エリオとキャロはもう一回小休憩を取ってる。

 寧ろお前の体力は並外れて高いレベルだ。」

「なんだ、そうだったんだ……」

「とは言え、そう言う周囲の状況を把握していないのは改善点の一つだ。

 次からはなるだけ周囲の状況も観察してみろ。模擬戦後に問題出すからな?」

「うぇぇ……」

 

ヴィータの励ましに安心した様子のスバルだったが、続くヴィータの言葉に再び落ち込む事になるのだった。

 

 

 


 

 

 

「結局あの後も一度だって隙を突く事は出来なかったなぁ……」

「あたしの方も同じ感じ。シャマルさん、結構容赦ないのよね。」

「あ、少しですけど見てました。凄い数の魔力弾に囲まれてましたね……」

「……あれ、殆どあたしの魔力弾だったんだけどね……」

 

キャロが見た光景は『魔力弾を魔力弾で相殺する訓練』の光景であり、

シャマルの撃ち出した魔力弾の威力を見切り、全く同じ威力の魔力弾で相殺しなければならないと言うものだった。

当然、正確に魔力弾に当てる訓練も兼ねており、外してしまった弾は『旅の鏡』で返されてティアナに返ってくるのだ。

ティアナの撃った弾の威力が強ければシャマルの弾を貫通してしまい、同じく旅の鏡で返され、ティアナの弾の威力が弱ければシャマルの弾を相殺できない。

 

結果、最終的に十数発の魔力弾を受け、その度に回復して貰っていたのだ。

 

「た、大変だったんですね……」

「まぁ、それでも後半は結構合わせられるようにもなってたのよ。

 スパルタ方針なのは間違いないけど、確かに魔力操作と魔力感知の良い鍛錬になったわ。

 ……そう言うキャロ達の方はどうだったの?」

「あ、私達は今日は回避のトレーニングでした。

 なのはさんの魔力弾を回避し続けるんです。」

「あれ? 案外そっちは普通のメニューだったのね。」

「はい。ただなのはさんは、僕達が回避できるギリギリの速さを正確に見切っていて……」

「あぁ……そう言う事。」

 

エリオとキャロの言う訓練内容に嘘は無いが、その厳しさは下手すればヴィータやシャマルに並ぶかもしれない。

常に周囲の状況に気を配り、最善の回避行動を()()()()()()()()なのはの魔力弾に当たってしまうのだ。

そして魔力弾の数は常に補填され、減る事が無い。基礎的な訓練の密度を限界まで引き上げたメニューは、時に模擬戦よりも辛い事をエリオとキャロは思い知らされていた。

 

「……でも、さ。ちょっと楽しかったよね?

 今日だけでも自分でどこが成長してるか分かるくらいに強くなれてさ。」

「そうね。やっぱり実感があるって言うのは大きいわ。

 それだけでモチベーションが上がるもの。」

「はい、まだ私達は本格的な訓練には入れていませんけど、きっと直ぐに成長して見せます。

 ね、エリオ?」

「うん。僕達も直ぐにティアナさんやスバルさんに追いついて見せます。」

 

色々な事があった訓練初日を終え、彼女達はそれぞれ達成感を感じていた。

それは強くなる事が出来る確信を得られたからかもしれないし、憧れた相手に直接教えを乞う事が出来たからかもしれない。

今はただ、これからの日々がきっと楽しくなる……そんな予感に胸を躍らせるばかりだった。

 




StS?編は途中まで半ば日常パートで進める予定です。
なので暫くは話が進んでいないように感じると思いますが、長い目で見守って下さると嬉しく思います。(途中で伏線とかはちゃんと仕込むつもりです)


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恐怖と役得(?)

PM 9:15 機動六課隊舎

 

初日の訓練を終えたフォワード陣が自室に戻り、もうすぐ消灯時刻を迎えようとしている頃、

この日の教導を終えた筈の高町なのははオフィスに残っていた。

 

カタカタと端末を操作するタイプ音だけが響くオフィスのドアが開き、彼女がモニターに向けていた眼を扉の方へ移すと……

 

「なのは、まだ残ってたんだ。」

「あ、フェイトちゃん。うん、明日の訓練の事でちょっとね……

 会議(そっち)の方はどうだった?」

「一応、問題無し……かな。

 想像していたよりもすんなり受け入れて貰えたよ。

 やっぱり後ろ盾が大きいからかな、部隊が正式に稼働した以上は強く出られないみたい。」

「そっか、良かった。」

 

フェイトの報告を聞いたなのはは、思っていたよりは順調な滑り出しに表情を緩める。

その様子を見ながら、なのはのデスクに近付いたフェイトはモニターを覗き込み尋ねた。

 

「それよりも、ティアナの癖の原因の裏は取れた?」

「うん……やっぱり訓練校の時に、ちょっと事故があったみたい。

 幸いその怪我は後遺症も無く治ったんだけど、やっぱり恐怖心が残ってるのかな。

 模擬戦中にシャマル先生にそれとなく診て貰ってたんだけど、左脚を過剰に庇うみたい。

 その所為で避ける動作がどうしても大きくなっちゃうんだって。」

 

モニターに映っていたのは訓練校とのやり取りのログだった。

ティアナの()の原因を調べる為に彼女の訓練校時代の教官とコンタクトをとったなのはは、訓練校時代に起きた事故の話を聞かされたのだ。

その内容を思ってだろう、なのはの表情が再び曇る。

 

「……そうだったんだ。

 でも、()()()()()()()()()()は……」

「うん……『センターガード』。

 回避の度に大きく動くのは以ての外……特にティアナみたいな精密射撃型は。」

 

センターガードは戦場を俯瞰し、的確な援護と指示を両立させると言う、チームに於いて重要なポジションだ。

当然敵から狙われやすいポジションの一つであり、常に冷静な対応力を求められる。

そんな彼女が敵の弾に怯え、大きく動かされるような事があってはチーム全体の動きに影響してしまう。

 

それが今日の訓練で明らかとなり、フェイトはなのはに確認を取るように尋ねる。

 

「どうするの? ポジションを変えるか、対処法を変えるかそれとも……」

「それとも、強引に克服させるか……だよね。

 ティアナの事だから勿論本人にも相談はするけど、あの子がどの道を選んでも対応できるように、

 今からメニューを考えておくつもり。」

 

フェイトが言い淀んだ部分をなのはは補足するように答えた。

元々考えていた候補の一つであり、彼女が望むであろう選択肢だと思っていたからだ。

 

「初日から大変だね。

 明日は私も訓練を見られるし、その分メニューを組む時間も取れるから今日はそろそろ帰らない?

 教官が夜更かしで調子出ないんじゃカッコつかないでしょ?」

「あはは……うん、そうだね。

 私も今日は切り上げようかな。」

「送って行くよ、途中までは一緒だから。」

「うん、ありがとう。」

 

 

 


 

 

 

隊舎の自室。

 

訓練後半が仮想空間だった為か、体にそれほど疲れが溜まっていない事に気付いた俺は、

汗をかかない程度の軽いストレッチで体を解していた。

元々フロントアタッカーと言うポジションを目指して体を鍛えていた為、体力が有り余っているとなかなか寝付けないのだ。

 

「スバルー、そろそろ明かり消すわよー」

「うん。明日も早いし、ちゃんと休まなきゃだねー」

 

そんな事を考えていると、二段ベッドの下に既に入っていたティアナが声をかけてきた。

……まぁ、俺の場合はちょっとした体の事情もあり、ある程度は寝なくても良いのだが。

 

「それじゃおやすみ、ティア。」

「ええ、おやすみスバル。」

 

今日この後眠れるかはともかく、就寝の挨拶を済ませるとティアナの持っていたリモコンにより部屋の灯りが消され、程なくしてティアナの寝息が聞こえて来たのだった。

 

……うん、やっぱりちょっと眠れないかも。

 

 

 


 

 

 

街灯とビルから漏れる明かりが照らし出す高速道路を走る自動車の中、誰の耳も無い事を確認した二人は普段出来ない内容を含んだ会話をしていた。

 

「なのはの目から見てどう思った? フォワード陣の4人は。」

「エリオは分からないけど、少なくともキャロは転生者かなぁ……

 やっぱり今の時点でヴォルテールの力を制御できてるって言うのは、他の3人と違って本人が転生者じゃないと無理だと思う。

 ティアナやスバルに関しては、ティーダさんを助けたのは別の転生者だったみたいだし、クイントさんの場合は……」

 

そう言いながらなのはが車窓を見れば、『『ジェイルフォン』新型モデル来月発売決定! 予約受付中!』と言う広告が目に入った。

広告では、さわやかな笑みを浮かべたジェイル・スカリエッティがこれ見よがしにジェイルフォンを掲げている。

 

「……ね?」

「あはは……」

 

そんな会話をしている内、やがて話題は訓練の方針に関する物へと変わっていく。

 

「……じゃあ、なのははどっちかって言うと克服させてあげたいんだね。ティアナの恐怖心。」

「うん。

 ティアナがティーダさんに頼んだ訓練も聞いてみたけど、最初から『センターガード』になる事を目指しているみたいなメニューだったし……きっと『センターガード』に思い入れがあるんだと思う。」

 

なのははティアナやスバルの訓練を見る際、既にどんな訓練を積んでいるのかを彼女達の家族に聞いていた。

教えている内容が被らないように調整したり、既に判明している長所や短所を考慮した訓練にする為だ。

その話の中でティアナの兄であるティーダから聞いた内容は、まさになのはが教えようとしていたセンターガードの基礎訓練と非常に似通っていたのだ。

 

……実情は彼女自身がセンターガードに思い入れがあると言うよりは、ティアナの訓練メニューをなぞっていただけなのだが。

 

「トラウマか……難しいね、私達の専門は戦い方を教える事だし。」

 

そんな事を知らない二人は彼女の目標の前に立ちはだかる壁を思い、どうすれば力になれるか思考を巡らせる。

 

「うん……そう言えば、フェイトちゃんってもうSLBは平気になったんだよね?」

「いや、平気ではないんだけどね……受けたら絶対に耐えられないし……

 でも……確かに、もう見ただけでは問題ないかな。」

「私の勘違いじゃなかったら、以前は怖がってたよね? どうやって克服したの?」

「え……うーん……

 私の場合、なのはとの訓練の過程で慣れていったって言うしかないよ。

 仮想空間内の魔法戦ではダメージも抑えられてるし、

 最後はもう『怖がってる場合じゃない』って開き直れた感じ。ちょっとしたショック療法かな。」

「ショック療法……

 SLBなら恐怖も吹き飛ばせるのかなぁ……」

 

 

 


 

 

 

「――ッ!! ぅわあぁぁッ!!!???」

「ぃいっ!!? ど、どうしたのティア!?」

 

何とか眠れないか……そう考えて数え始めた羊が500匹を超えた頃、突如として部屋にティアナの悲鳴が響き渡った。

慌てて2段ベッドから飛び降りて彼女の様子を見ると、彼女は跳び起きたままの姿勢で体を抱きしめて震えていた。

 

「はぁ……はぁ……え、何今の……?」

「いや、あたしが聞いてるんだけど……

 もしかして、怖い夢でも見た?」

「わ、分からないけど……急に背中にドライアイス入れられたみたいな悪寒が……」

「それ悪寒じゃ済まないと思うけど……」

 

話を聞く限りだと本当に原因が分からないようで、特に訓練で何処かを痛めた訳でもないらしい。

 

「……熱も無いみたいだね。シャマル先生呼んで来ようか?」

「う、ううん。もう平気……だと思う。

 ……ホント、何だったのかしら……?」

 

震えも治まったのか不思議そうに首をかしげる彼女の様子に一抹の不安を感じながらも、これ以上俺に出来る事は無い。

 

「んー……まぁ、ティアが大丈夫って言うんだったら良いけど。

 なんかあったら呼んでよ。出来る事なら何でもするからさ。」

「あ……」

 

シャマルも呼ばなくて良いと言われた以上、本当に問題は無いのだろう。そう考えて再び二段目に昇ろうとするが、俺のパジャマの裾を引く感覚に気付き、彼女に目を向ける。

 

「ティア?」

「ね、ねぇ……い、今なんでもするって言ったわよね……?」

「えっ、い、言ったけど……」

 

そう言うティアナの顔は、明かりの消えた薄暗い室内でも分かるほど赤く染まっていて……

 

えっ、本当にあのセリフで『なんでも』って展開になる事あるの?

 

「じゃ、じゃあ……と……」

「……『と』?」

 

緊張半分、期待半分で彼女の言葉を待つ。

 

 

 

「と……隣で、寝てくれない……?

 今一人で寝るのは……その、アレなのよ……」

 

――神様、ありがとうございます。

 

「も、もぅしょうがないなぁティアはーあははー……!

 それくらいあたしは気にしないし、全然一緒に寝てあげるヨ!?」

「……ん。」

 

そう言うとティアナは少し体をずらし、俺が入るスペースを作ってくれる。

 

「え、えっとぉ……それじゃ、その……お、お邪魔します?」

「何よその挨拶……」

 

や、ヤバい……緊張が凄い事になって来た! これ心音聞こえてない!?

でもティアナの方から誘って来たし、俺も今はティアナと同性だし! なんならティアナは転生者の筈だし問題無い筈だし……!!

 

け、結論! これは役得! 問題無し! だって添い寝だもん! 同性の友人ならこれくらいは普通にするよね!

 

 

 


 

 

 

「流石にSLBをショック療法に使うのは拙いと思うよ……

 トラウマが上手く消えるなら良いけど、多分無駄にトラウマを一つ増やすだけだし……」

「……あ、もちろん冗談だよ!? 流石に本気でそんな事考えないよ。」

「あはは……ちょっと安心したよ。なのはならもしかしてって思っちゃったから。

 ……うん、姉さんも同じ意見だって。」

「二人して私の事なんだと思ってるの!?」

 

 

 


 

 

 

……あ、温かい。それにナニコレ、なんか良い匂いする……!

 

「……なんか、人肌って凄い安心感があるのね。

 この先暫くの不安とか、全部吹っ飛んだ気がするわ。」

「え、えぇ……あたしの方はそんな感じじゃないって言うか……

 緊張でそれどころじゃないって言うか……

「……ふふ、何でアンタがそんなに固くなってんのよ。」

「な、何でだろうねー……あはは……」

 

耳元でティアナの声がする……!

これダメだ! こんな状況、疲れに関係無く眠れる訳がない!!

戦闘機人で良かった! 一日や二日寝なくても問題ない体で本当に良かった!!

 

 

 


 

 

 

「……でも本当にSLBで恐怖が克服できるのなら、試してみるのも良いかもね。」

 

 

 


 

 

 

「いやあぁぁぁ!!」

「ぐえぇぇ……ッ!! き、急にどうしたのティア……ッ!!」

 

唐突な悲鳴と共にティアナに抱き枕のように抱きしめられたが……無意識で魔力を使って体を強化しているのだろう、ご褒美よりは拷問に近い圧迫感だ。

戦闘機人で頑丈な筈の体からミシミシと何かがきしむ音が聞こえる……!

 

「ま、またさっきのが! 背筋にドライアイスが!」

「背中には何もついてないってば……うぐぅっ……!

 待ってティア、ギブギブ……! シャマル先生呼んでくるから一旦離して……!」

「今一人にしないでぇ……ッ!」

 

こんなかわいいセリフでこんな危機的状況になる事ある!? ちょっと待ってティアナ、極まってる! 極まってるから!!?

 

 


 

 

 

「やめておいた方が良いよ。本格的に魔王って呼ばれちゃうよ?」

「もう、だから冗談だってば!」

「それなら良いけど。

 ……あと考えてみたんだけどさ、こう言うのってやっぱり専門の人の助けを借りた方が良いと思うんだ。」

「そうだね……明日シャマル先生に相談してみようかな。

 メニューは考えるつもりだけど、きっとそれが一番ティアナの希望に沿ってると思うし。」

 

 

 


 

 

 

「――スヤァ……」

「な、なんて安らかな寝顔……

 ティアってこんなに寝相悪かったっけなぁ……?」

 

緩急の差が激しい……!

急に全てに許されたかのように安心した表情になったティアナは、疲れも溜まっていたのだろう……急激に眠りに落ちた。

 

「さり気にガッチリロックされてるし……

 し、仕方ないよね……? 抜けられないし、動けないし……」

 

おかげで心身ともに緊張も解けた為、色々と楽にはなったけど……横を少し意識すればそこにはティアナがいる訳で……

 

「ぅ……

 ね、寝られるかなぁ……」

 

……無理だろうなぁ……




その頃のエリキャロ「スヤァ……」


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克服への道

今回は前回の翌日の話になりますが、今後は訓練の日は飛ばし飛ばしでやって行くつもりです。


――AM 7:30 訓練開始

 

機動六課隊舎近くの林にて、フォワード陣の4人とその教導を務める隊長陣のメンバーが集まっていた。

 

その内の一人である高町なのはは、定刻通りに集まったフォワード陣を見回すと表情を緩めた。

 

「皆、おはよう!

 昨日は機動六課稼働の挨拶とかで訓練は午後からだったけど、

 今日からはこの時刻にこの場所に集合だから遅れないようにね!」

「「「「はい!」」」」

 

機動六課の訓練スペースは基本的に『仮想戦闘空間シミュレータ』を除けば、今彼女達が居る場所……林を切り開いて作られた簡易的な訓練場だけだ。

ジェイル・スカリエッティの技術提供や協力のおかげで『仮想戦闘空間シミュレータ』が実用化され、安全性やコスト面で劣る『陸戦用空間シミュレータ』は予算の都合もあり設計されなかったのだ。

 

とは言え、軽い模擬戦なら行える程度のスペースは用意されており、より実践的な訓練は実質無限大の訓練スペースを用意できる『仮想戦闘空間シミュレータ』の方が優秀なのも事実。

現実での肉体の鍛錬さえ怠らなければ、フォワード陣の訓練はより大きな実を結ぶはずだと言う確信がなのはにはあった。

 

……もっとも、その確信が故に現実の訓練は『過酷』と言う言葉を超越したものになってしまったのだが。

 

「それと、今日はフェイト隊長も訓練を見てくれるから、ライトニングの二人はフェイト隊長に教えて貰ってね。」

「フェイト・テスタロッサです。

 執務官の仕事もあるから毎日は来れないけど、よろしくね。」

「「はい! よろしくお願いします!」」

 

なのはが後ろに立っていたフェイトを紹介すると、エリオとキャロは少し表情を緩めつつもしっかりとした返事を返す。

エリオからは自らの目標とするフェイトに教わる事が出来る高揚感が、キャロからは昨日のなのはの訓練からは解放されるのではと言う期待がそれぞれ見て取れた。

 

そんな二人の様子を見て、フェイトの方は問題なさそうだと確認したなのははスターズの二人……スバルとティアナに向き直ると、先ずはスバルを見つめて告げた。

 

「それで、スターズの二人なんだけど……

 スバルは昨日に引き続きヴィータ副隊長にお願いするね。」

「はいよ……さてスバル、昨日仮想空間内で教えた事覚えてんな?

 こっち(現実)でちゃんと活かせるか見てやる。ダメだったらあっち(仮想空間)の訓練が厳しくなると思え。」

「は、はい!」

 

スバルは初日のなのはとの模擬戦の後『仮想戦闘空間シミュレータ』にてヴィータの扱きを既に受けており、彼女の訓練の厳しさを思い出して背筋を伸ばした。

 

二人がそんなやり取りをしている間になのははティアナの傍により、明るい笑顔を意識して話しかける。

 

「ティアナは私と一対一ね。」

「はい! よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。

 ……あ、あと昨日の訓練を踏まえて確認したい事があるんだけど……場所を移動してから話そうか。」

「……? はい、わかりました。」

 

ティアナの返事に少しばかりの不安を感じたなのはは、再び安心させるように笑顔を見せると他のフォワード陣に向き直り一つ手を叩いた。

 

「それじゃあ、皆! それぞれ訓練場所に移動して、各自訓練開始!」

 

そして今日も訓練が始まった。

 

 

 


 

 

 

互いの訓練の魔法が干渉しないようにだろう、他のメンバーから離れたところに案内された俺は、なのはから先程言っていた『確認』の話を切り出されていた。

 

「……それでね、話って言うのはティアナのポジションについてなんだ。」

「あたしのポジション……『センターガード』の事ですか?」

 

ポジションの希望は最初にそう伝えていた。

 

元々アニメのティアナがそのポジションだったという事もあるが、今の俺……つまりティアナの魔法の素質もセンターガードに向いている事は前世の記憶から知っていた為、早い内から自主的に訓練を行っていたのだ。

兄のティーダに見つかってからは一人では危険だという事で訓練内容を伝え、訓練を見て貰ってもいた。

 

……ある任務を境に、訓練を直接つけて貰う事が出来るようになったのは俺にとって望外の幸運だったな。何より兄が生き残った事が嬉しかったっけ。

 

そんなこんなで必要以上の実力を身に付けてしまった俺は、機動六課に入る前に海に目を付けられない様に兄の前では実力を隠すようになった。

兄は思ったよりも実力が伸びていない様子の俺に不安を感じていたようだったが、その時には既に訓練の成果は体に染みついており……あとは経験さえ詰めば即戦力になる事も可能だと言う自負さえあった。

 

「うん。

 少し話は逸れるけど……昨日の訓練、シャマル先生に見て貰ってたでしょ?

 その時にシャマル先生にお願いして、ティアナの癖も()()貰ってたんだ。」

「癖……」

 

そう、自負は()()()のだ。

……ランク昇格試験で、俺の癖の事を聞かされるまでは。

 

「……気付いてたかもしれないけど、ティアナは左脚を攻撃から過剰に庇う癖がある。

 冷静に戦況を把握する事が求められるセンターガードに、敵の攻撃に対する恐怖心があるのは致命的。

 それが行動に現れているとなればなおさら、ね。」

 

俺の体に染みついてしまった致命的な癖……原因は既に分かっているし、その後の訓練で大分改善させた筈だった。

実際、俺はその癖を完全に克服したとさえ思っていたほどだ。

だが俺の思っていた以上に状況は深刻で、今となってはその癖が俺の今までの努力を……兄に付けて貰った訓練の全てを否定しかねない状況に陥っている。

 

……俺にはそれが情けなくて仕方なかった。

 

「だから、最初に確認しておきたいんだ。ティアナの希望する道を。

 ティアナは『センターガード』としてやっていきたい? その為に目の前にある障害を克服したい?」

 

なのはは真っ直ぐに俺の目を見てそう尋ねる。

その眼の中には確かな優しさと、俺の心を見極めんとする鋭い光が宿っていた。

 

だから俺は、そんななのはの目を真っ直ぐに見つめ返して答えた。

 

「……はい、あたしは必ず癖を克服します!

 その上で『センターガード』として、チームの中心に立ちます!」

「……その為に過酷な訓練を乗り越えられる? 癖を克服しなくても、『対処法を変える道』だってあるかも知れないよ?」

 

なのはの言う『対処法を変える道』……それはきっと一般的なセンターガードとは違う、俺独自の立ち回りを模索する道だ。

その為に使う魔法を変えるかも知れないし、他のメンバー……例えばスバルの様な耐久力や生存能力の高いパートナーを常に傍に置き、自らの役割に集中する方法かもしれない。

 

……だけど、それは俺が目指し、兄に教わった道ではない。

 

「乗り越えます! 必ず!

 ……『逃げ道』は選びません!」

 

そう真っ直ぐに伝えると、なのははしばらく俺の目を見つめた後……一人納得したように頷いた。

 

「……うん、分かった。

 それじゃあ私もその方針でティアナに向き合うね。

 ただ一つ補足しておくと、『対処法を変える』って言うのは『逃げ道』とイコールじゃないよ。

 そっちの方が効率的だったり、他の人との連携次第でって言う事もあるからね。

 勿論、逃げ道として選んでしまう人もいるけれど。」

「あ、はい! 失礼しました!」

 

慌てて頭を下げる。

どうやら俺は自分の事に精一杯で、随分と失礼な事を言ってしまったらしい。

ただ、少なくとも『俺にとって』それは逃げ道だったのだ。その道を選んでしまえば……自分の失態で起きた事故から目を逸らす、言い訳になってしまうように感じたのだ。

 

「良し! じゃあ改めてよろしくね、ティアナ。

 恐怖心の克服、センターガードとしての教導、どっちも全力全開でやって行くよ!」

「っ! はい、お願いします!」

 

意識を切り替えるようにパン!と手を叩いてそう言うなのはの言葉で、愛用のアンカーガンをセットアップすると、なのはは自らの周りに無数の魔力弾を浮かべた。

 

「じゃあ、先ずは昨日仮想空間でシャマルさんがやってたのと同じ訓練をしてみようか。

 左脚を庇う癖が出る事を考慮したうえで、ね。」

「はい!」

 

昨日の訓練……真下である地面を除いた全方向から向かって来る魔力弾を、『まったく同じ魔力量』を込めた魔力弾で相殺し続ける訓練か。

瞬時に対象の魔力弾に込められた魔力量を把握し、精密な魔力コントロールと弾道制御で的確な対処を行うオーソドックスな訓練だ。……アニメで最初にティアナがやっていた物よりも難易度は数段上だが。

 

「じゃあ、行くよ。」

「お願いします!」

 

シャマルとの訓練では知らず知らずのうちに体が動き、反対側から来る魔力弾に自ら当たりに行ってしまう等のミスがあった……先ずはその癖を修正する!

 

 

 

――15分後。

 

最後の魔力弾を相殺し、ワンセットを終えた事を確認。

足元を見ると、対応の際に体の向きを変えるために付いた以外の足跡は無い。

十分な意識を払っていたからだろう、どうやら無駄な動きは抑制出来ていたようだ。

……そう自己評価をしていると、なのはから休憩を告げる声が聞こえた。

 

「じゃあ一旦休憩!

 ……うん、やっぱり予め聞かされていると良く分かる。

 ティアナは過去に訓練中の事故で左脚に怪我をしたんだよね。」

「! ……知ってたんですね。」

 

あの事故は俺にとってあまり知られたくない物だ……思わず不機嫌そうな声色で聞き返してしまった。

 

そんな俺に対してもなのはは困ったような笑顔を浮かべて一言「ごめんね」と言った後、続けるように話した。

 

「教導に必要な事だからね、訓練校時代の教官から教えて貰ったよ。

 何があったのかは無理に聞かないけど、その時の恐怖心がまだ残ってるんだね。

 左脚に向かう魔力弾に対処する時だけ、相殺用の魔力弾に余計に魔力が多く籠められてる。

 ……動いてしまう癖を無理に治そうとした結果かな。」

 

そう言ってなのはが指差した地面には……俺の放った魔力弾で付いた弾痕が残っていた。

同じ魔力量を見極めたのなら、完璧なコントロールが出来ていたのなら絶対に付かない痕だ。

それも一つや二つではない……周囲を見回せば、そこかしこにそんな痕が残っているのが分かった。

 

「すみません……」

「ううん、無駄に動かない事を意識した結果だし、動き自体はシャマル先生に聞いた話よりもずっと抑えられてるよ。

 ……そうだね、少し話をしようか。」

 

そう言ってなのはは俺の傍に歩いて来ると、その場に腰を下ろした。

上官が座っているのを見下ろすのもアレなので、俺も慌ててその場に座ると、なのははゆっくりと話し始める。

 

「ティアナは一刻も早く癖を消そうとしているみたいだけど……私は元々一朝一夕で克服できるとは思ってないよ。

 癖ってそう言う物だし、それこそ強引に治そうとすれば今みたいに別の癖がついちゃうんだ。

 だから焦らなくても良いから、ゆっくり確実に積み重ねていこう。

 克服するべきは『癖』そのものじゃなくて、根底にある『恐怖』だってことを覚えておいてね。」

「はい……」

 

あくまで優しく言い聞かせてくれるなのはだが、俺としては早いところこの癖を消してしまいたかった。

この癖と向き合っている間、俺は前に進めない気がして……どうにも焦ってしまうのだ。

 

そんな俺の様子を察してか、なのはは再び話し始める。

今度は先程までの様な生徒に語り聞かせるようにではなく、親しい友人に話すように。

 

「……実は昨日、フェイトちゃんとも話してたんだ。

 恐怖の克服ってどうすれば良いのかなって。」

「そ、そんな、あたしの為に……?」

「ふふ、教導って言うのはね、別に生徒と向き合っている時だけの問題じゃないんだ。

 生徒の未来を考える事が仕事だからね。」

「あ、ありがとうございます。」

 

何と言うか、こそばゆい感じだ。

時空管理局と言えばある種の軍の様な物だと思っていたし、訓練もスパルタと言う印象があった……いや、これに関しては事実だったが……

とにかく、昨日の訓練では鬼のように見えたなのはが影で俺の事を案じてくれていたと言うのは嬉しい物だ。

 

やっぱりなのはは一見鬼教官に見えても本質は優し……

 

「それで一時はショック療法でSLBを撃つなんて話も……」

「ッヒィ!?」

 

その瞬間、背筋の凍るあの感覚。

 

――あっ! 昨日の感覚コレかぁ!!

 

そう理解した時には既に俺の二の腕には鳥肌が立っており、凍えるように震える俺の様子を案じるなのはの顔は、いくら美女でも鬼にしか思えなかった。

 

この主人公、就寝時刻に何てこと相談してるんだ! あの時はマジで生きた心地しなかったんだぞ!!?



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試作機

難産続きです。本格的に本編に入ったらもう少しスムーズにいくはず……!


機動六課の正式稼働から数日が経ち、『仮想戦闘空間シミュレータ』を使用しての訓練も本格的な物へと変わって来た。

 

それは訓練の段階が『それぞれの現状を把握する段階』から『それぞれの課題に向き合う段階』へと変わった事に起因しており、これからが訓練の本番である事を意味していた。

 

 

 

「――よし、では今日の訓練はここまで!」

「「「「あ……ありがとう、ございました……」」」」

 

仮想空間の訓練の締めとして行われた、多対一の組手……フォワード陣の相手を務めたなのはは、疲労困憊と言った様子のフォワード陣を見回して笑みを浮かべる。

 

「たった数日でここまで変わるなんて、正直驚いたよ。

 連携に関してはまだ粗削りだけど、最初の時よりも十分成長してる。」

 

彼女の言う様に、フォワード陣の実力はこの数日間で爆発的に向上していた。

 

スバルは障壁の強度は勿論、敵の攻撃の機微や周囲の戦況を把握出来るようになり、

ティアナは射撃の精度と連射力が向上し、敵の攻撃に対処しつつ的確な牽制も同時に行えるようになった。……もっとも、例の癖の改善は未だ努力中と言ったところではあるが。

キャロに関しては仮想空間ではフリードリヒやヴォルテールを連れ込めない為、そちらに関する訓練はやや遅れている。しかしその分補助魔法の訓練に集中していた為、幅広い選択肢を得た。

 

そして特に大きな成長を見せたのは……

 

「特にエリオ君の成長速度は早いね。

 途中の動き、ちょっとティアナを意識してたところあったんじゃない?」

 

エリオ・モンディアルだった。

なのはがそれに気づいたのは、模擬戦中に誘導弾でエリオを包囲した時の事だ。

エリオは突然の窮地に慌てた様子だったが、一瞬何かを閃いたような表情を見せるとその途端に動きが変わった。なのははその瞬間的な、しかし急激な変化を見逃さなかった。

 

「あ、はい。魔力弾に囲まれた時、確かティアナさんがこんな訓練をしてたなって思い出して……結局対処しきれなかったんですけど。」

「ううん。デバイスの形状も戦い方も違うのに、ちゃんと自分の形にしようとしてて驚いたよ。」

 

向かって来る魔力弾の着弾順と魔力量を見極め、槍状のデバイス『ストラーダ』による対処に切り替えた判断は早く、実際の対処も最初の方は上手く行っていたが……やはり銃とは違って大きな動きを必要とする槍では追いつかず、最終的には墜とされてしまっていた。

 

しかし結果的には失敗してしまったものの、その行動に移せたのは間違いなくエリオの吸収力と普段の観察力、そして素早い状況判断と対応力によるものだ。

そこを褒めるように励ましてやると、エリオは照れたように頬を掻いた。

 

「……うん、そろそろかも知れないね。」

「?」

「なのはさん?」

 

そう小さく呟いたなのはの言葉にスバルとティアナが反応すると、なのははうっすらと微笑みながら言う。

 

「ここで皆さんにお知らせがあります。」

 

そこで間を置くなのはの様子に、思わず息を飲むフォワード陣。

そしてなのはの表情がパッと華やぎ、こう告げられた。

 

「明日の訓練はなし! つまり……休日になります!」

 

「「「「……? ……っ!」」」」

 

一瞬何を告げられたのか理解していなかったフォワード陣だったが、その意味を理解したと同時に仮想空間中に歓声が轟いた。

その喜びようは凄まじく、とても訓練中に出すような声ではない。

だが仕方なかったのだ。思っていたよりもキツイ訓練の数々、成長している実感を得にくい模擬戦相手……肉体に疲れが溜まりにくい分、精神は疲弊していた。

 

 

 

やがて歓声も収まって来たころ……耳を塞ぎながらそれを待っていたなのはは、パン!と手を叩きこう告げた。

 

「はい、一旦落ち着いて。もう一つお知らせがあります。

 今日の訓練終了後……つまりこの後に皆のデバイスを一度預かるね。

 皆が強くなったのに合わせて、デバイス達もアップグレードするよ!」

 

そして数秒後、本日二度目の歓声が響き渡ったのだった。

 

 

 


 

 

 

いつもと違い軽い足取りで隊舎に帰って行ったフォワード陣を見送った後、なのははとある人物に彼女達のデバイスを手渡していた。

 

「いやぁ、凄い喜びようでしたねー、あの子達。

 この部署にまで声が聞こえましたよ?」

「あはは……やっぱり『強くなった』って認められた証みたいなものだからかな。

 達成感って言うのもあると思うよ。」

 

どうやらあの後もテンション高めで帰ったのだろう、彼女達の喜びようはなのはがこの部署に来るよりも早く伝わっていたようだ。

 

「成程……では私達もこの子(デバイス)達のアップデートを頑張らなくては!」

「うん、お願いね。シャーリー、木之元さん。」

「はい! しかと任されました!」

「オーケー!」

 

なのはの言葉に答えたのは両手に抱えたデバイス達を大切そうに握るシャーリーと木之元 菜都美だ。

 

彼女は恋人の斎藤 俊樹と共にミッドに移り住み、デバイスマイスターとして管理局に入局していた。

機動六課にスカウトされた事で地上本部に勤める斎藤とは職場が離れてしまったが、元々職場で会う事は滅多に無い為かその辺りは気にしていない様子だ。

 

「あ、そうだ、なのはちゃん! 試作ドローンのログデータ抽出し終わったからさ、ついでにフェイトちゃんの所に持って行ってあげてくれない?」

 

そう言って木之元が指差したのはアリシアが会話する時に使っていたドローンだ。

今は充電用の端末に収まっており、画面には『No Signal.』と表示されている。

 

「え、良いけど……ここに本体が無くても大丈夫?」

「大丈夫大丈夫! ベースのデータはこっちの端末に全部入ってるし、何なら今度は小型化も狙ってるから、完成したら試作機の方はもう使わなくなると思うよ?」

「そうなの? なんかちょっと寂しいね……」

 

少し残念そうな表情でそう言うなのはに対し、「良いの良いの」と言いながらドローンの方に歩いて行く木之元。

やがて「よいしょ」と言う言葉と共にドローンを抱えると、なのはのほうに歩いて来た。

 

「試作機の仕事は機能や挙動の問題点を洗い出すまでで終わり。

 次の機体にそのノウハウを引き継がせる事が本懐。

 なのはちゃんは今みたいな優しさを持っていても良いけど、あたし達はそれを持ち続けてたら破産しちゃうよ。」

 

そして木之元は「維持費も結構かかるし」と言いながら、ドローンの背面をなのはに向けてこう言った。

 

「それに実際、要らない機能もついちゃったままだしね。

 例えば……『コネクト』!」

「えっ!?」

 

木之元がコマンドワードを唱えると、ドローンから伸びた光がなのはに繋がり……

 

「『今のって……えっ!?』」

「強制接続機能だよ。ホラ。」

 

自分の声がダブって聞こえる事に違和感を覚えたなのはに、木之元がドローンの画面を見せてやると、画面にはなのはの姿が映っていた。

 

「『えっ、これって……』」

「うん、接続できたみたいだね?

 じゃあこのまま連れてっちゃってよ。

 手で持って運ぶのって結構重いでしょ? コレ。」

 

「そこも課題の一つなんだー」と続けながら手をフリフリと振る木之元に見送られながらなのはは部屋を後にした。

 

 

 


 

 

 

「『へー……これって勝手について来るんだ……確かに楽かも。』」

 

そう言いながら廊下を歩く高町なのは。背後には木之元に手渡されたドローンがふよふよと浮かびながらついて来ている。

廊下にはなのはと同じように自分の家に向かう者や隊舎に向かう者も多く、すれ違う彼等は興味深そうにその様子を見ていた。

 

そしてそんな人の中からなのはに声をかける者が一人。

 

「お、なのは。今帰りか? ……なんだそれ?」

「『あ、斎藤君。うん、これをフェイトちゃんに届けたら帰ろうかなって。』」

「……あー、何か前に木之元から聞いた事あったわ。

 それフェイトが表に出てる時にアリシアも話せるようにしたって奴だろ?」

「『うん、大体そんな感じ。』」

 

少し考えてそう結論付ける斎藤。

より正確には表に出ていない人格の声を届ける為の物なのだが、同じような物だと考えてなのはは口にしなかった。

 

「『斎藤君はこの後木之元ちゃんに用事?』」

「ん? ああ、ちょっとデバイスの整備を頼もうと思ってたんだが……もしかして、何か間が悪かったか?」

「『えっと、実は……』」

 

 

 

「……なるほど、新人のデバイスのアップグレードか。

 となると流石のアイツもちょっと忙しくなるだろうし、また今度にでも頼むか。」

「『ゴメンね、久しぶりに会うのに……』」

「良いって、偶々間が悪かっただけだし。

 それに確かに整備は今度にするって言ったけど、顔を見せないとは言ってないしな。」

 

斎藤がそう言って笑顔を見せると、少し安心したのかなのはの表情も少し緩む。

 

「……しっかし、さっきからなのはの声が二重に聞こえるって……なんか変な感じだな。」

「『アリシアちゃんが使ってる時はこうならないんだけどね……

  やっぱり私の人格が一つだけだからかな?』」

「ふーん……相変わらずの謎技術だなぁ……」

 

そう言いながらドローンをまじまじと眺める斎藤だったが……

 

「っと、それじゃあ俺そろそろ行くわ。

 引き留めちまって悪かったな、なのは。」

「『ううん、じゃあまた今度ね。』」

「おう! ……ん? また今度?」

 

なのはの挨拶に違和感を覚えた斎藤が振り返った時には、既になのはは視界から消えていた。




-2022/02/07 22:50 追記-

最後の方の文章を修正しました。


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休日回

「いやぁ、こうしてティアと食べ歩きするのも久しぶりだね。」

「そうね。ここしばらくは隊舎と訓練所を往復するばかりだったし……」

 

久しぶりの休日……スバルとティアナはティアナのバイクで少しばかり遠出し、ここ首都クラナガンで大いに羽を伸ばしていた。

 

久しぶりに歩く街並みの光景は二人が知る物と微妙に変化しており、今彼女達が手に持つアイスのフレーバーも以前は無かった今流行りの新作らしい。

こういった変化に興味を示しては積極的に飛びつくスバルと、やれやれと言った表情で彼女に続くティアナの様子はとても時空管理局の一員とは思えない程に年相応の物だった。

 

 

 

「ティア、次はどこ行こっか?」

「あたしは特に行きたい所がある訳じゃないけど、そうね……

 あ、ちょっと気になってたのがあったんだっけ。」

 

食べ終えたアイスの包み紙をゴミ箱に捨てたスバルがティアナに尋ねると、彼女は少し考えた後にふと思い出したような様子で答えた。

 

「ティアが気になってるところかぁ……どこ?」

「んー……ああ言うのって、どこにあるのかしら?

 ……ゲーセン?」

 

首を傾げながらハッキリしない様子で出された場所に、今度はスバルが首を傾げる。

 

「ゲーセン……って、なんかティアにしては珍しいね?」

「だからさっきも言ったでしょ? ちょっと気になっただけって。」

「ん-……まぁ、良いや。あたしも興味出て来たし! 行こっか!」

 

ともあれ、元々どこを回るかも決めずに街に繰り出し、気の向くままに散策しようと決めていたため、一先ずは彼女の言うゲーセンに行ってみる事となった。

 

 

 

 

 

 

「成程ね、こういう事だったんだ。」

 

様々な筐体から発せられる音に包まれた店内の、一際人気を集めるスペース……その行列に並びながら、スバルは目的地の光景に一人納得したように頷いた。

 

彼女達の並ぶ行列の先には様々な機材が取り付けられ、ごてごてしたゲーミングチェアの様な筐体が幾つか並んでいた。

その頭上に取り付けられた大型モニターには、その筐体で遊んでいる様子が映し出されており、並んでいる間も退屈しない造りになっている。

 

そしてそのモニターの画面にはいくつかの小さな映像が表示されており、そのどれもが1対1の魔法戦だった。

 

その光景を見上げながら、ティアナはスバルに応えるように言った。

 

「仮想現実の訓練やった後、スバルが言ってたでしょ?

 この技術はゲームにも使われてて、適性とか気にしないで戦えるって。

 空戦ってどんな感じなのかとか、砲撃型とか近接型とか、こういう形でも実際に体験できれば実際に相手にする時役に立つと思ったのよ。」

「確かに距離とか戦い方で攻め時って変わるからねー……あたしもそう言うところ意識してやってみようかな。」

 

ティアナの言葉は何も『センターガード』にのみ当て嵌まる事では無い。スバルのポジション、フロントアタッカーにも同様に言える事だった。

 

「あら、じゃあ一度対戦してみる?」

「良いよ! じゃああたしは折角だから空戦の砲撃型、防御マシマシのスタイルで!」

「もろに誰かの顔が浮かぶわね……じゃああたしは空戦の近接型、速度盛り盛りで戦ってみようかしら。」

「あはは、やっぱりティアもそう言う事するんじゃん!」

「アンタに合わせたのよ。」

 

実戦に役立ちそうと言う考えがあったとしても、この日はあくまで休日だ。楽しむ事を最優先にと言う考えは一致しており、お試しと言う事もあって二人は何処かの二人を真似する事にしたらしい。

 

 

 

……のだが。

 

『わわっ、ちょ! 当たらな……! うひぃ!?』

『くっ、これ……っ! 制動が効かな……っ!?』

 

結局のところいくら訓練を積んでいようとお互いに初めての空戦、それも本来の体と違うアバターを操作する魔法戦も初体験とあっては上手く戦いにならないのも道理。

更に言えば、二人の使うアバターはどちらも特定の能力に極振りしたピーキーな性能だ。まともな試合にならないのは当然だった。

 

「あー……あの二人初めてであのキャラ使ったのか。」

「大会とかでぶつかるとえげつないレベルでボコられるから正直苦手だったけど、ああいう姿を見ると初々しいねぇ……」

「わかる」

 

そんな温かい目で見られている間も二人の試合はなんやかんや続き……

 

『ちょ、どいて!!』

『む、無理! 速すぎるってぇ!!』

『“Double K.O.!!”』

 

「はは! わかるなー、ああなるの。」

「なー。久しぶりに俺達もあの型使ってみるか?」

「マジか? 結構人に見られるぞ?」

「別にいいだろ、どうせアバターしか映らねぇんだし。」

「……ま、偶には良いか。」

 

この後の試合の雰囲気に多少の影響を与えて終了となった。

 

 

 

「あはは……やっぱり慣れない戦い方に変えるのって、適性関係無く難しいね……」

 

対戦を終え、先程のゲームスペースからほど近いベンチに腰掛けたスバルが、苦笑いしながら手に持ったカードを見つめる。

それはゲーム終了後に筐体から排出された物で、先程の対戦のフィニッシュの瞬間を捉えた一枚なのだが……

 

……そこに映っていたのはスピードに振り回されたティアナと、慣れない空戦で避ける事も出来なかったスバルのアバターが正面から頭をぶつけている光景だった。

 

同じカードを持ったティアナも苦い表情で先程の筐体上部のモニターを見る。

そこには今遊んでいる二人の戦いが映し出されており、彼等は慣れた動きで空戦をしていた。

……中には先程の二人のように、キャラの動きに振り回されている試合もいくつかあるようだったが。

 

「しばらく練習すればあんな風に動けそうだけど……流石に一日やそこらじゃ無理そうね。

 ……これって確かジェイルギアにもあるのよね?」

 

ティアナがそう言ってスバルに尋ねると、スバルは懐から取り出したジェイル・フォンの検索機能で何事か調べた後、画面を見せながら答えた。

 

「あるけど、流石にゲーセンの仮想現実の方がクオリティは高いし……

 何より結構値段も張るよ? ジェイルギア……ほら。」

 

スバルがティアナに見せたジェイル・フォンの画面にはジェイルギアの画像と値段が映し出されており……

 

「……け、結構って言うには高くない?」

 

それは管理局員とは言え、実家を離れた二人には軽々しく手を出せる値段ではなかった。

 

「伊達に最新技術使ってないからねー

 だからゲーセンのフルダイブシステムが人気なんだろうね。」

「……次の休暇に触るとしても、戦い方の参考にするには非効率的ね。」

「あはは、まぁ隊長達の戦い方の事は隊長達に聞くのが一番かもね。」

 

そうスバルが締めくくりながら立ち上がると、ベンチに座って彼女を見上げるティアナに再び問いかけた。

 

「それじゃあ次はどこで何やる? まだまだ休日は残ってるよ!」

 

そう言ってスバルが差し出した手を取り、ティアナは答える。

 

「今度はアンタに任せるわよ。どこに行くの?」

 

スバルはその言葉に少し考えると、思いついたように何事か答えてティアナの手を引き駆け出した。

 

束の間の休息、彼女達の一日はまだ終わらない。

 

 

 


 

 

 

「エリオ、次はあっちに行ってみない?」

「うん、いいよ。」

 

時を同じくして、エリオとキャロもスバルとティアナのように街に出ていた。

しかし街を縦横無尽に動き回る姿は、街を楽しむと言うより……何かを探しているような雰囲気を感じる。

 

それもその筈、彼等はある使命感を胸に街に出て来ていた。

 

――もしもヴィヴィオが原作と同じように逃げ出しているのなら、俺達が見つけないと!

 

彼等もジェイル・スカリエッティが転生者である事は百も承知だ。

彼等の知るアニメと同じ日に休日を貰っていると言う確証が無い事も分かっている。

 

しかしヴィヴィオをジェイル・スカリエッティ以外の違法研究者が生み出すと言った『修正力』が働く可能性を考えれば、呑気に休日を謳歌など出来るはずもなかった。

 

 

 

……だが

 

――いない。いや、そもそも意図的に見つける方が無理なんじゃないのか?

  でも『エリオ、私、下水道見たくなっちゃった』なんて言う訳にも行かないしなぁ……

 

そう考えこむキャロの両手には、先程屋台で買ったクレープとドリンクがしっかり握られている。

どうやらクレープ特有の匂いが放つ魅力には勝てなかったようだ。

 

「ほら、キャロ。口元にクリームが付いてるよ。」

「あ、ありがとう。エリオ。」

 

両手が塞がっている為、エリオに手に持ったティッシュで拭って貰い、お礼を言うキャロ。

するとエリオが突然こう切り出した。

 

「心配する気持ちは分かるけど、今はこうやって休日を楽しもう。

 ヴィヴィオが生まれてない可能性もあるんだから。」

「それはそうだけど……って、え、エリオ、気付いて……? って言うか、エリオも……!?」

 

驚いた様子でエリオに顔を近づけながら、キャロがヒソヒソと尋ねる。

 

「あれだけあからさまに路地裏とかマンホールを気にしてたら流石にね……

 でも、あれだけ動き回ったら地下の異音を聞くなんてそれこそ無茶だよ。

 本気で見つけたいなら、それこそ下水道に降りて行かないといけないけど……」

 

そう言うエリオにキャロは少し考え、やがて覚悟を決めて切り出した。

 

「ねぇ、えりお? げすいどう、いこ?(はぁと)」

 

クレープとドリンクを持ったままの手を顔の下に持って行き、上目遣いと渾身の猫撫で声でのおねだり。どうやら相手が転生者である事を知り、返って手段を択ばない事に対する抵抗感が減ったらしい。

 

……なお、効果は低かったうえに、頬にはクレープのクリームが付いた。

 

「いくら声が可愛くても、流石にそのお誘いには魅力を感じないかな……

 ……それに、最悪の場合僕達が見つける必要も無さそうだよ。ほら。」

「あ、あれって……」

 

頬のクリームを拭って貰いながら、エリオが示す先をキャロが見れば……

 

……そこには人目を気にしながら、こそこそと下水道に降りていく銀髪オッドアイの姿があった。

 

「僕の記憶が正しければ、彼も管理局の銀髪オッドアイだ。

 例え動機が不純だったとしても、ヴィヴィオが助かる可能性は高いと思うよ。」

「……うん、そうか。それならまぁ、安心? なのかな……一応。」

 

何処か安心しきっていない様子ながらも、エリオの言葉に一先ずの納得を見せたキャロ。

 

「大丈夫だよ。

 ……むしろヴィヴィオの年齢で大丈夫じゃなかったら、僕達は自分の心配が必要になる。」

「うん、大丈夫だね。流石にあの年齢に手を出す人が管理局に入れる訳が無いもんね。」

 

エリオの言葉と表情に、今度こそ迷いを振り切ったキャロは意識を切り替える。

今度こそ本当の意味で休日を始める為に。

 

その様子を感じ取ったのだろう、エリオが改めてキャロを誘った。

 

「じゃあ、次は映画でも見に行こうか、キャロ。

 せっかくの休日なんだから楽しもうよ。」

「そ、それは良いけど、エリオは気にしてないの?

 その……私が、アレって事。」

 

キャロの事情を知ったエリオの対応が変わらないのが不思議に感じたのだろう、キャロが訝し気な目をエリオに向ける。

 

「うん、僕はどっちでも良いからね。

 生まれや前世がどうだろうと、友人は友人だよ。」

「あ、それ以上の感情は無かったんだ。」

「……僕も今のキャロの年齢は対象外だよ。」

「ふふ、冗談だよ。」

 

この日から、二人の連携の精度は少し良くなった。

それはお互いの隠し事が一つ減り、本当の意味で距離が縮まったからなのだろう。

 

 

 


 

 

 

その頃、機動六課隊舎。

 

オフィススペースでデバイスのアップグレードに伴う訓練メニューの調整を行っていたなのはの下に、六課のスタッフから連絡が入った。

 

「――お客さん? 私に?」

『はい、なのはさんに会いに来たと言っているので、お知り合いかと思いまして。』

「うーん……誰かが会いに来るって話は聞いてないけど……

 分かった、取りあえず私が応対するね。場所は?」

『お願いします。今はエントランスに待たせていますので……と言っても、『応対』って堅苦しい感じでも無いとは思いますが……』

「……? 分かった、エントランスだね?」

 

 

 

疑問を感じながらエントランスに到着したなのはは、思いがけない来客の姿に思わず目を見開いた。

 

「――あ、高町なのはさんですよね?

 始めまして! 私、『ヴィヴィオ』って言います!」

「……えっ」

 

なのはの元を訪れたと言う、ウサギのぬいぐるみを片手に抱いた少女の姿は、なのはの『原作知識』にある『高町ヴィヴィオ』そのままの姿だった。




ヴィヴィオを探していた銀髪オッドアイ「……えっ」


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ヴィヴィオ

ちょっと情報過多になっちゃったかもです。
まだ完全に本編に出てない設定とか若干漏れてます……


『高町なのはさんに会いに来ました!』

 

受付でそう挨拶をすると、やがて一人の女性が現れた。

栗色の髪をサイドテールにした落ち着いた雰囲気の女性……聞いていた特徴と符合する事から、彼女が高町なのはさんで間違いないだろう。

 

アポも無くあっさり会って貰えた事には少々意外だったけれど、今の私の容姿を考えればおかしくはないかも知れない。なにせ、外見上は10歳にもなっていない少女なのだから、少なくとも怪しまれると言う事は無いだろう。

このエントランスにはざっと見ただけでいくつか魔力感知の類のセンサーがつけられているし、変身魔法の類を使ってない事も見抜かれているのだろうし。

 

「――あ、高町なのはさんですよね?

 始めまして! 私、『ヴィヴィオ』って言います!」

「……えっ」

 

そんな内心を悟らせないよう、子供らしさを前面に出し、元気に挨拶する。

 

しかし成程、近くで見れば嫌でも実感する物だ。リンカーコアが励起していない状態でこの魔力……確かに『彼』が言っていた通りだ。

……『光』の最有力候補と言うのも頷ける。

 

「えっと、ヴィヴィオちゃん……で、良いんだよね?」

「はい! これからよろしくお願いします!」

 

何故か少し動揺した様子のなのはさんに、あくまでも子供らしく元気な挨拶を心がける。

目的を気取られない為でもあるが、それ以上にこれからしばらくの間厄介になる相手……やはり第一印象は大切だ。

 

「え!? これからって……?」

 

聞いてないよ!? と言いたげななのはさんの様子に、そう言えばまだ事情を話していない事を思い出す。

どうやら私も重要な任務を前に少し冷静ではないらしい。

 

「あっ、そうでした! えっと……これ、読んでください!」

 

肩にかけたポーチから一通の封筒を取り出し、なのはさんに手渡す。

『彼』から聞いた話では、あの手紙には用意された私の身分の事や、機動六課に入る理由について書かれている筈だ。

 

「手紙……? 差出人は……『ジェイル・スカリエッティ』さん!?」

 

なのはさんが彼の名前を見て驚いた事から、本当に彼は有名人だったのだな……と、私は彼に貰ったウサギのぬいぐるみを見ながら、彼との出会いを思い返していた。

 

 

 


 

 

 

――意識が浮上する感覚を感じる……私は、眠っていたのか……?

 

意識の覚醒に伴い、自然と目が開く。

そこにあった光景は、眠る前の私が見た光景と随分違うものだった。

 

「――ここ、は……? 私は確か、聖王のゆりかごを起動させて……それで……?」

 

……ダメだ、よく思い出せない。仲間の反対を押し切り、聖王のゆりかごの玉座に座った事はおぼろげながら覚えているけれど……どうやら記憶の混濁が激しいらしい。

 

そんな事を考えながら頭を押さえた自分の手に、はたと気付く。

 

――普通の腕だ。少し小さいけれど、義手ではない本物の腕……

 

私の腕は物心つく前に事故で……思えば内臓の感覚も微妙に違う気がする。もしや私の体が治って……? ゆりかごを起動した影響の一つか?

 

感覚を確かめるように腕や腹をさする私の耳に、私の知らない声が聞こえた。

 

「お、驚いたな……まさか、君は記憶を引き継いでいると言うのか……?

 かの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの……」

 

声に振り返れば、そこに居たのは何処か怪しげな雰囲気を纏う白衣の男だった。

彼は本当に驚いている様子で、私の記憶がある事が予想外らしい。

 

……或いは私の体を治し、代わりに記憶に細工をした犯人ではないか。

そんな疑念から、私は彼に事情を聴く事にした。

 

「そのお話……詳しく聞かせていただけますか?」

「……そうだね、場所を変えよう。

 それと、先ずはこの服を着たまえ。話はそれからだ。」

 

そう言って彼が差し出された服の小ささに、私の体がどれほど小さくなっているのかを自覚した。

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、私はどうやらずっと昔に死んでいたらしい。

より正確に言えば、記憶の持ち主である聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが……だが。

 

そして今の私はオリヴィエの聖骸布に残っていたDNAから生み出されたクローンなのだとか……道理で腕や内臓が戻っている筈だ。

記憶に関しては本当に計算外で、何なら一から勉強させる覚悟もあったらしい……と、教科書らしき物を見せて説明してくれた。

 

「私の記憶と体については理解しました。

 ……ではもう一つお尋ねします。なぜ私を……オリヴィエのクローンを生み出したのですか?

 聞けば今の私は随分と……それこそ、『聖骸布』等が保管される程の扱いをされている様子。並大抵の事情ではないと推察いたしますが。」

「……ああ、そうだね。

 君が何も知らない子供に生まれていれば、まだ話すつもりは無かったが……

 今の君の様子なら話してしまっても良さそうだ。

 実は……」

 

彼から聞かされたのは『滅び』の予言の話だった。

何でも『未来を詩と言う形にして書き記す能力』を持つ者がいて、彼女が近い未来に訪れる滅びを記してしまったらしい。

予言も内容は大雑把な物で、具体的に何が起こるか、いつ起こるかと言った物があやふやな為、今の……時空管理局? は可能な限りの選択肢を求めているらしい。

 

「……成程、その一つが『聖王』の力と『聖王のゆりかご』だったのですね。」

「ああ。……ただ、聖王のゆりかごに関しては今の君が使える保証はないし、なるべく使わないに越した事は無いと言うのが彼等の共通見解でもある。

 大きな力は争いを呼ぶ……彼等もなるべくゆりかごは眠らせたままにしておきたいらしい。」

「そうですか……それを聞いて少しだけ安心しました。」

 

聖王の力を蘇らせるように指示した彼等……『最高評議会』とやらも、『力』の持つリスクは理解しているようだ。

……いや、或いは『ゆりかごこそが滅びの原因となり得る』からだろうか。

 

その後も彼……『ジェイル・スカリエッティ』といくつかの問答を交わし、ある程度の現状を把握した私は、いよいよ彼に本題を尋ねた。

 

「……それで、貴方は……貴女に指示を出した最高評議会は、私にどんな行動を求めているのでしょうか。」

「……そうだね、それについて話す前に、さっきも少し話した『予言』の内容について話しておこう。」

 

そう前置きして彼が話してくれた『予言』の内容は、以下のような物だった。

 

『燦然と輝く星々に 暗き凶星は救いを騙る

 捻じ曲がる時の針は 栄光と滅びを共に指す

 法の光の射さぬ地に 欲望の結晶が光を示す

 凶星の背後に滅びは潜み 凶星のみが姿を知る

 

 凶星が照らす先は虚構 光が行き着く末は絶望

 守護者達が地を去るとき 天の眼が開き滅びは来る』

 

「……随分と前半と後半で雰囲気の変わる詩ですね。

 前半では『光』が解決策のように描かれておきながら、後半では寧ろ……」

「ああ、先に言っておくべきだったね。

 予言は『2回』あったんだ。前半部分は……もう随分と昔だね、10年以上前だろうか?

 そして後半部分は比較的最近、5年ほど前の事だ。

 詩が分かれているのは前代未聞だが、共通する名称が多く登場している事等から『予言の続き』と考えられている。」

「成程……約5年前にこの予言が。

 ……? 確か機動六課を()()()()()()()()()()と言うのも……」

「そう、その予言があったから最高評議会は『光』が所属する部隊に戦力を集中させたんだ。

 『夜天の書とヴォルケンリッターを動かせる唯一の存在である八神はやて』、『リンカーコアを2つ持ち、高い戦闘力と機動力を持つフェイト・テスタロッサとアリシア・テスタロッサ』を……とは言え、彼女達はここまで深い事情を知らされた訳ではないがね。

 予言についても後半部分を知るのは特に限られ、最高評議会と予言を記した騎士と側近、そして君と私……くらいかな。私の知る限りは。

 いわば『機動六課』は滅びに対抗する戦力を培う部隊であると共に、『光』の最有力候補の『高町なのは』が滅びの原因だった時に抑える役割なのだ。

 ……そして、君もね。」

 

確か『機動六課』は新人育成として4人のフォワード陣を抱えていた筈……彼女達が育てている力は、滅びに対処する力……例えそれが、自らの仲間の一人だったとしても。

しかし、そうであるならば……

 

「……やはり、八神はやてとフェイト・テスタロッサはこの予言を知っておくべきでは?」

「そこが彼等の悪癖の一つでね、実に凝り固まった考え方と言うか……極端な秘密主義者なのだよ。

 必要があれば話す事もあるが、必要が無ければ絶対に話さない。

 確かに時としてその対応が正しい場合もあるが……今回はどうなる事やら。」

「……成程。」

 

オリヴィエの記憶にもそう言う人物がいたと言う情報がある。悲しい事だが、そう言ったところは時代が変わっても同じらしい。

 

とは言え、彼の話を聞いた事で私の役割は分かった。

 

「つまり私に求められている行動は、私自身が機動六課に入り、力を培うと同時に、『光』……『高町なのは』の力を測る事ですね。」

「……君を生み出した私がこう言うのも変な話だが……本当に良いんだね?」

 

確かめるように問いかける彼の眼からは、私を案じるような温かさを感じた。

彼の話と予言の内容を信じるなら、『機動六課』は滅びに最も近い場所だ。そこに向かう私を、きっと本心では止めたいのだろう。

 

……オリヴィエの記憶にある、『誰か』の眼にも似たものを見た。

今の状況は、もしかしたらあの時の状況に少しだけ似ているのかも知れない。

 

ならば私の答えは決まっている。

 

「はい。

 世界に滅びが迫っていると言うのなら、私の力がそれを防ぐ助けになると言うのなら、私は喜んでその使命に生きます。」

 

聖王オリヴィエは自らの出生の事情から、半ば自己犠牲的な精神でその任に就いた。

聖王のゆりかごの玉座に座る意味を知っていながら、仲間の……愛する友の手を振り払った。

 

……そうまでして守ったのがこの世界だ。

彼女の記憶と力を継いだ私が、その使命から逃げる訳には行かない。

 

「……君の覚悟は分かった。

 だが、たとえ君に前世の記憶があったとしても、今の君は今の君だ。

 使命だけに生きないでくれると私は嬉しい。

 ……私は私が生んだ娘に、そんな寂しい生き方はして欲しくない。」

「娘……」

 

そう言えば、いくら記憶を遡っても『母の命を啜って生まれた鬼の子』とさえ呼ばれた私に、こんな温かい目を向ける『親』はいなかったな……

 

……いや、これはオリヴィエの記憶だ。私ではない……だけど、もしも彼女でない私が、ただ一人『父』を選べるとするなら……

 

「む、確かにこう言うのは本人の意思が尊重されるべきか……済まない、今のは忘れて……」

「いえ、気にしないでください。

 ……ですが、そうですね……私は貴方の事を『父』と呼ぶ事にしましょう。」

 

もしも『父』と呼ぶ相手を選べるのなら、この人が良い。

彼の眼を見て、自然とそう思った。

 

「い、良いのかい?」

「はい、今の私はオリヴィエではないのでしょう?

 ……そうだ、折角ですから意識を切り替える為にも『私』に名前をいただけませんか?」

「名前?」

「はい、古来より名前は親より授かる事が一般的。

 ですから、貴方に今の私の名前を付けて欲しいのですが……」

 

『オリヴィエ』と呼ばれる事に抵抗や違和感は無いが、流石にこの眼を持っている者がそう呼ばれるのを聖王教会の者が聞けばトラブルの火種になりかねない。

それに、心の内で『自分はこう言う存在だ』と彼に決めて欲しいと思う自分もいる。

 

実際に今の世に私を生み出した者である以上、少なくとも『親』ではあるわけですし。

 

そう申し出てみると、彼は今までで一番の動揺を見せた。

 

「な、成程。確かに道理だが……むぅ、果たして私がこの名を付けて良いものか。」

「お願いします、『父』よ。」

 

何やら悩む彼に重ねて頼み込むと、彼は一つの決心をしたような表情で一つの名前を口にした。

 

「『ヴィヴィオ』……ああ、そうだな娘よ。君の名は『ヴィヴィオ』だ。

 この世界に於いて、この時代に於いて、君は間違いなく『私の娘』だ。」

 

彼が口にした名前は、かつてオリヴィエが親しい友人から呼ばれた愛称とよく似ていた。

もしかしたらあの呼び名が今の時代でも残っていたのか、それともこれを運命と呼ぶのか……

 

いずれにせよ、私の名前は決まった。

 

「『ヴィヴィオ』……良い響きですね。

 ……ありがとうございます、父よ。私の名は『ヴィヴィオ』。

 貴方の娘、『ヴィヴィオ・スカリエッティ』。」

「んむむぅ……!? そうか、そうなるのだな……」

 

彼は私がフルネームを名乗った時に頭を抱えていたけれど……今の時代、ファミリーネームは名乗らないのが普通なのだろうか……?

 

 

 


 

 

 

……あの後、彼の娘が思っていたよりも大分多かったことに驚いたっけ。

家族で会社をやっているようだったけれど、あの人数なら納得だ。

 

一緒に過ごした期間は1年程だけど、皆優しい人ばかりで、ここに来るとき少し寂しく感じたものだ。

 

そんな事を振り返っている間に、なのはさんは手紙を読み終えたようで、私に質問が飛んできた。

 

「えっと……お手紙には貴女がスカリエッティさんの娘で、制御できない程の高い魔力を持っているから扱い方を教えて欲しいって書かれてるけど……」

「はい! ヴィヴィオ・スカリエッティです!」

「……うん、そっか。

 ちょっと色々確認しないといけない事があるから、一旦落ち着けるところまで案内するね。」

「お願いします!」

 

確認と言うのはきっと部隊に入る事に関する規約や裏付け等だろう。

しかし、この任務は元々最高評議会から言い渡された物でもあるし、問題はないと信じて今は素直に彼女について行くとしよう。

 

……どうか子供のフリをする姿を父や姉達に見られませんように。




と言う訳で、ヴィヴィオの正体はコ〇ン君状態のオリヴィエ(一部記憶のみ)でした。
本人的にはある意味転生者みたいなものですね。

原作ではヴィヴィオの生みの親は明言されていなかったと思いますが、この小説ではジェイル・スカリエッティが生みの親となっております。

六課の出来る過程や事情に関してはまた後で詳しく書く予定ですので、変に感じたところや疑問点を感想欄に書いていただければその時にその部分に関して詳しく書くかもです。(直ぐに答えられるところは感想返しで直接書きます)

一応今の六課の認識を纏めておきます
・機動六課隊長陣→『滅び』の予言の『凶星』に対抗するための組織
・機動六課フォワード陣→スカリエッティが転生者な為、何のための組織か分からない
・最高評議会→『凶星』への対策部隊兼、『光』の防波堤

因みにその後のなのはさんの確認↓

なのは「(戦力過多問題やら試験やらの諸々は)良いの?」
最高評議会「(君の対策の為に入れるんだし)良いよ。」
なのは「あっはい(結構ガバいんだなぁ……)」


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新しい仲間(?)

「――と言う訳で、この子が今日から皆の訓練に加わる事になったヴィヴィオちゃん。

 最初は分からない事もあると思うから、皆もサポートしてあげてね。」

「ヴィヴィオです! よろしくお願いします!」

 

なのはがそう言って指示したのは、エリオ達よりも少し年下といった具合の少女だった。

彼女はウサギのぬいぐるみを抱きながら、満面の笑顔で自己紹介を……

 

――いや、どういう訳!?

 

思わず出掛かった言葉を何とか堪え、笑顔を作る。

 

えっ、あれヴィヴィオだよね? 間違いなく。

一体どういう経緯があってこんな状況に……? 休日の間エリオ達から連絡が来る事は無かったから、多分アニメとは違う流れの筈なんだけど……くっ、詳しい話を聞きたいけど、どう考えても厄介事の気配しかしない……!

 

「ヴィヴィオちゃんって言うんだ! あたしはスバル、よろしくね!」

 

いや、順応早いなスバル。え、スバルも転生者だよね?

……って言うか、ヴィヴィオが生まれてるって事は……スカリエッティの奴、結局やらかすのか? スカリエッティが転生者なのはほぼ確実なのに……まぁ、そう言うタイプの転生者って可能性はあるけど……いや、それでも何か引っかかるな。見た感じヴィヴィオも人間不信どころかめちゃくちゃ明るいし、とても聖王の器として生み出されたようには見えない。

 

……待てよ? そう言えば、そもそもスカリエッティが転生者なのに、なんで機動六課が出来たんだ?

この部隊はアニメでは表向きの設立理由として『増加するレリック犯罪への対応』と言う名目があり、裏の目的には『地上本部ないし管理局システムの崩壊を示唆する予言の対処』があった。そして、そのどちらも裏で糸を引いていたのは『ジェイル・スカリエッティ』だ。

言うなれば、機動六課とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

だが、ジェイル・スカリエッティが転生者である現状、機動六課がアニメ通りに作られる物だろうか。ランク昇格試験後の面接の時はテンパって思わずスルーしてしまったが、はやては確かに言っていた。『ロストロギアの捜査は基本的に一課から五課までが行う』と。

つまり、最悪()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

実際、俺達がやっている事は訓練だけで、今まで事件に関わった事が無い。更に言えばレリックによる犯罪なんて、機動六課に入った後も聞いた事も無い。

 

「……ア、ティ……てば!」

 

……そうだ、状況を整理していくにつれてだんだんと妙な事になっているのが分かって来た。

レリック犯罪は起きていないし、クイントさんが命を落とす事になる戦闘機人事件も、レリックが原因とされる空港火災も起こっていない……これらの状況から考えても、スカリエッティが管理局転覆を企てているとは考えにくい。こんな状況で機動六課が作られる理由となった、あの予言が出るだろうか……?

そもそも……

 

「ティア!」

「……ッ!?」

 

唐突に肩を揺らされ、思考の海から戻った俺の前には怒ったような表情のスバルの顔があった。

 

「っ!? え、どうしたのよスバル……」

「『どうした』はこっちのセリフだよ……今のなのはさんの話、聞いてなかったでしょ?」

 

呆れたような表情になったスバルが、そう言ってなのはの方を手で示す。

そう言えば今は訓練前だった……! スパルタ気質のなのはの事だ、俺のせいで訓練の負荷が上がったり何てことも……!

恐る恐るなのは……さんの表情を窺うと……

 

「あはは……そんなに怒らなくても良いよ、スバル。

 改めて言うと、ヴィヴィオちゃんの訓練はまだ決まってないから、皆の訓練を見学するよって事。

 いつもよりも周りに注意するようにね。」

「は、はい!!」

 

なのはさん……! 優しい所もあるんだ……!

 

「……なにか失礼な事考えてない?」

「い、いえ、何も!」

 

慌てて取り繕うと、なのはさんは「ふ~ん?」と訝しげな表情になりつつも、直ぐに「まぁいいや」と切り替えて『もう一人の人物』の紹介に移った。

……って、あの人は……

 

「周りに注意するようにって言ったけど、勿論ヴィヴィオちゃんの安全は()()に確保して貰うから、その点は安心してね。

 普段はやる気なさそうだけど、魔法の腕は確かだから。」

「やほやほ~……ご紹介にあずかりました、天野(あまの)朱莉(あかり)で~す……

 一応バックヤードスタッフの筈なんだけどなぁ……」

「いや、普通にロングアーチで登録されてたけど……」

「えぇ!? 聞いてないよ!!? 働きたくない!!」

「「「「「えぇ……」」」」」

 

……何か凄い事言ってるな、あの人。なのはさんとの会話の雰囲気からして結構いつもの事みたいだけど……

 

「えっ……と、大丈夫なんですか? 何か凄い事言ってますけど……」

 

おずおずと手を挙げたスバルがなのはさんに問いかける。確かになのはさんの人選とは言え、肝心の本人があの調子では不安になると言うもの。

勿論俺も注意するとは言え、流れ弾が当たりでもしたら一大事だ。

 

「大丈夫、こう見えてやる時はやる子だよ。

 私が子供の時にこの子が使った結界型の防御魔法なんて、Aランク相当の魔導士7人の一斉攻撃さえ防いでたくらいだし。」

「「えぇっ!?」」

 

えっ、この人そんなに凄いの!? って言うかなのはさんが子供の頃って言ったら、絶対この人も子供だよね!? いや、そもそも、無印かA's時代にそんな状況になる事ある!?

 

「いやーそれ昔の事でしょ? 今の私の魔力って、Cランクじゃなかったっけ?」

「リミッターつける前はAランクだったよね?」

「いやそうだけど、でも今はホラ、Cだし……」

「あの時の防御魔法ってAランクじゃ張れないと思うんだ。それに体の成長も考えると、あの時の朱莉ちゃんの魔力はもっと少ない筈。

 ……レアスキル、申請せずに隠してるよね?」

「…………まぁ、それはホラ、申請自体は別に義務じゃないし。」

「レアスキルはリミッターで封じてないし、使えるよね?」

「いや、でも……そう! あのスキルは使った後防いだダメージが全てフィードバックして、それはもう体中の骨がバキバキに……!」

「あの後授業中に爆睡してたじゃない……」

「……! ……、…………くぅっ!! やるじゃん……」

 

……なんて酷い争いなのだろう。全力でサボろうとする朱莉と全力で働かせようとするなのはさん。まぁ、なのはさんの言い分が全面的に正しいみたいだけど。

 

それにしても、強力なレアスキル持ちでなのはさんのクラスメイトだったか。完全に転生者だな、この人。

……まぁ、転生者ならヴィヴィオを危険な目に会わせる事も無いだろうし、その点はなのはさんの言う通り心配いらなそうだ。

 

その後、尚も食い下がる朱莉を説得したなのはさんは、朱莉をヴィヴィオの守りにつけ、今日もいつも通りの午前の訓練が始まった。

 

因みにとどめの一言は『働いた実績がないと、流石に六課に居られなくなるよ?』だった。

 

 

 


 

 

 

いやぁ、まいったな~……働きたくないってのは本心だけど、それ以上に働く訳には行かない事情もあるし……

 

「よろしくお願いします! 朱莉さん!」

「あ、あはは~、よろしくね~……」

 

ヴィヴィオちゃんが転生者じゃないって言うのが一番の問題なんだよなぁ~……

あまり無暗に介入する訳には行かないけど、守らない訳にも行かない。……この子の場合は自分で身を守れると思うけど、それをなのはちゃんに伝えるのも介入になっちゃうか……はぁ。

 

「? どうしたんですか?」

「ん~? いやいや、何でもないよ~

 先ずは誰のとこ行く~?」

 

許可が必要ない範囲の能力でカバー出来るとは思うけど、魔力使うのって魔力波動の調整が面倒なんだよなぁ……

 

「えっと……なのはさん!」

「わぉ、もしかして最初からメインディッシュに行っちゃうタイプ?」

 

よ、よりにもよって流れ弾が一番危険な所かぁ~……

まぁ、逆に言えばここさえ乗り切れば他はある程度安全だし……うん、ポリシーに反するけど頑張ろう……

 

……はぁ、アイデンティティー崩れるなぁ、もう……




朱莉さん的には割とガチに板挟み。
以下、現在明かせる設定。

天野朱莉
魔導士ランク:A→C(-4ランク)
※計測された上記の魔力値は偽装

普段朱莉や美香等の天使が使用する力は『魔力』とは異なる別のエネルギーであり、
それしか扱えない。ただし外見上をこの世界の魔法に似せたり、魔力の特性を帯びさせて計測させたりは出来るので、それで誤魔化している。

機動六課に入る理由は天使の職務を全うする為なので、実質義務。(構成するメンバーの大半が転生者)

『やらなきゃいけない事はやるけどそれ以外はやらない』がモットーであると自称しているが、若い頃は『やらなきゃいけない事』に関しても気分が乗らずにサボった事が何度かあり、5回程地獄行きを経験している。


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定期連絡

本来はもう少し進める予定だったのですが、締めきり順守&長くなりそうという事で2回に分けました!


ヴィヴィオが機動六課の訓練に見学と言う形で参加している丁度その頃、機動六課隊舎の課長室にて、八神はやては『とある人物』達と秘密回線による通信を行っていた。

 

「――それじゃ、ヴィヴィオの一件は貴方達も関係していると?」

『うむ。だが彼女について全ての情報を君が知る必要は無い。』

『然り、機動六課の役目は変わらぬ。戦力を育て、かの予言を覆す事に専念せよ。』

『彼女もまた来るべき脅威に対する戦力の一人として考えよ。』

 

通信の相手は『時空管理局最高評議会』……彼女の勤める組織、時空管理局の事実上のトップであり、機動六課が作られる切っ掛けにもなった人物達だ。

 

ヴィヴィオを訓練に参加させてほしいと言うジェイル・スカリエッティからの手紙を受けたなのはも既に一度彼等と連絡を取っていたのだが、その事情をなのはから聴いたはやては今回の定期連絡のついでに彼等に再確認を取っていたのだった。

 

「……分かりました。

 彼女の能力や適性につきましては、次回の定期連絡の際に進捗と合わせて報告します。

 ……予言の解釈について、何か進展は?」

『うむ……『凶星』が示すモノに関しては以前も告げた通りだ。

 少なくとも、()の教団以外に該当し得る物は現状確認されていない。

 既に調査に適した人物を送り込む事も決定済みだ。いずれ報告は君の元にも届くだろう。』

『『光』についても我等の解釈は変わっていない。

 管理外世界で起きたジュエルシード事件により我々が知る事になった魔導士、『高町なのは』だ。

 彼女の素質も併せて考えれば、間違いなく栄光と滅びを左右する鍵と見て間違いない。』

「……はい。」

『……あの時の一件に関しては、我々も反省している。

 彼女の精神面に対する配慮が足りていなかった。』

 

空中に投影されたモニターに映る彼等の姿は時空管理局のエンブレムで代替されており、その素顔や表情を伺い知る事は出来ない。それは声も同様で、壮年の男性の声を模した合成音声からはその正体どころか感情の機微さえ判別できなくなっている。

 

しかし、はやては彼等の言葉に込められた思いは、言葉通りの物だろうと感じた。

常に自分達こそ『正義』であると言う前提で話す彼等らしくない謝罪の言葉は、きっと彼等にとっては非常に重い言葉なのだろう。

 

「あ、いえ……高町教導官もその一件は謝罪を受け入れて気にしていないみたいなので……

 体に負荷がかからない様にと、訓練用の施設(仮想空間)もいただきましたし……」

 

それに彼等からの謝罪はこれが初めてではない。今機動六課が使用している訓練用の仮想空間シミュレータは当時の最高峰の技術で作られており、今市場に出回っているジェイルギアと比べても数十倍の精度を誇る程だ。

 

それを現在保有しているのは首都クラナガンにある地上本部と時空管理局の本局、そして機動六課のみであり、この状況は彼等の協力があったからこそ実現していると言っても過言では無かった。

 

『……そうか。今はもう問題は無いのだな?』

「はい、フォワード陣の訓練も時折確認していますが、影響は残っていないようです。」

『分かった。……話を戻そう。

 とは言っても、こちらも今話した以上の進展はない。

 いくつかの説は浮上しているが、どれも根拠に欠けるものばかりだ。

 間違った情報で混乱するような事を避ける為にも、一つ一つを伝える訳にはいかん。』

 

予言について話を戻した評議会がそう告げると、はやては少し考えて問いかけた。

 

「そうですか……では、一つだけ質問を許してもらえますか?」

『なんだ、申してみよ。』

「私が伝え聞いた予言ですが……()()()()()()()()()()

 続きがあったり、秘匿している部分はありませんか?」

『! ……伝えられる予言は全て伝えている。』

「つまり、()()()()()()()()()()()という事でしょうか?」

 

そう問いかけるはやての表情にはある種の確信があり、最高評議会の面々の動揺が珍しく音声に乗った。

 

『何故そう思う。』

「六課稼働前に行った定期連絡での会話で、貴方達は『滅びは人為的な攻撃である可能性が高い』と教えてくれました。その為、六課での訓練もそれを想定したものになっています。

 しかし、私が知る予言の文章では、滅びが『自然現象』や『事故』である可能性を否定できません。

 ()()()()()()()()()()()と言うのなら、『滅びが人為的に引き起こされるという根拠』が予言に含まれていなければおかしい……と言うのが、私の考えです。」

『……なるほどな。』

 

はやてが見つめるモニターの先……管理局の秘匿エリアにて、最高評議会の議員は愛らしい少女の顔を苦々し気に歪める。

 

――年端も行かぬ少女に見抜かれるとは、我々も老いたモノだ。

 

……因みに現在の彼等の外見年齢は既にはやてよりも年下なのだが、今は置いておく。

 

そんな議員の様子を知ってか知らずか、議長が口を開いた。

 

『……確かに予言には続きがある。』

『! 待て、伝えるにはまだ……』

『確かに伝える事でリスクは生まれる……だが、ここは私に任せて貰おう。』

『……むぅ。』

『……仕方あるまい。』

()()()()()()……?」

 

制止しようとする議員を宥め、議長は続ける。

 

『滅びが人為的に引き起こされると言う説の根拠として、秘匿していた一節を明かそう。

 文面はこうだ――『守護者達が地を去るとき 天の眼が開き滅びは来る』。

 未だ情報の精査が足らず、明確なタイミングは分かっていないが、

 推察するに『レジアス・ゲイズ』か『機動六課』が第1管理世界ミッドチルダを離れるタイミングである可能性が高い。』

「! 『守護者』……これが『レジアス中将』か『機動六課』……?」

『『地』を『地上本部』或いは『ミッドチルダ』として捉えた場合、そうなる。

 だがこれを伝える事で、『機動六課』がミッドチルダを離れにくくなれば、滅びが来るタイミングを計る事が出来なくなる可能性があった。

 それ故伝えなかったのだ。』

 

結局彼が予言の全文を明かす事は無かったが、今彼が言った『伝えなかった理由』もまた真実の一つだった。

残る一文を隠したのも、その部分を伝えるリスクがそれを遥かに上回るからだ。

 

「この一節を読む限り、滅びはミッドの守りが薄くなる隙を突いて来る……?

 だから『自然現象』や『事故』ではなく、『人為的な攻撃』……レジアス中将にはこの一節は?」

『伝えていない。本来ならば君にも伝えず、地上を離れる予定が組まれた際に注意を促すつもりだった。

 言うまでも無い事だが、高町なのはやフェイト・テスタロッサ達には今の情報は伝えてはならぬ。理由は分かるな?』

「はい。」

『ならば良い。君も出来る限りこの一節については気にしない事だ。

 その状態で地上を離れるタイミングこそ、最も危うい時期と心がけよ。』

「はい……因みに、この『天の眼』に関しては……?」

『不明だ。現在、それに類するロストロギアの情報について調べているが……成果は芳しくない。

 分かり次第、伝えよう。』

「ありがとうございます。」

 

その後、いくつかのやり取りを行い通信は切れた。

 

はやては考える事が増えてしまった事を内心で嘆きつつ、椅子の背にもたれ、凝りを解すように体を伸ばした。

 

「――ふぅ……予言っちゅうのも厄介なもんやな。

 地上を離れる時が一番危険なタイミングかも知れんなんて言われたら、予定組むたびに緊張してまうやん……」

 

そう言葉にして思い出すのは、機動六課が設立される少し前の騒動……

 

――なのはちゃんは、きっともっと辛かったんやろな。

 

それは今から約5年前……高町なのはが倒れた日の事だった。

 




次回は過去編になります(と言っても短いので1話か2話で終わる筈)

矛盾やおかしいと感じる点があれば遠慮なく教えてください!

あと、前回し忘れていたアンケートです。よろしければ気軽にお答えください。
『ヴィヴィオ・スカリエッティ』と言う名前について感想欄で触れられる事が多かったので、それに関する物です。
と言っても、アンケートの結果で変わるのはあくまで名前から『・スカリエッティ』が消えるだけで関係性は変わりません。(ちょっと本文は修正する必要が出ますが)

-追記-

レジアス・ゲイズの名前を間違えていたので修正しました。ごめんよ中将。


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なのはの入院

5年前……私は時空管理局最高評議会からの指示で、自らの部隊を設立する事になった。

 

『“滅びの予言”に対抗する為の部隊を作れ』……リンディさんに連れてこられた地上本部のとある会議室の通信でそう聞かされた時、その場には『彼女』の姿もあった。

 

『私は大丈夫だから、はやてちゃんははやてちゃんのやる事に集中して』……そう言った彼女の表情は、今も記憶に焼き付いている。

 

 

 

……それから2か月程経ったある日、私は病院の廊下を走っていた。危ないからと制止する声さえ無視して、ただ心の急かすまま目的の病室に向かって走っていた。

 

「――なのはちゃん、大丈夫か!?」

 

病室の扉を開けて、親友の姿を探す。

彼女が倒れたと聞いた時は何かの間違いかと思った。だって彼女は昔から誰よりも強く、頼もしい存在だったから。

 

だけど、連絡をくれたフェイトちゃんから原因を聞き……()()彼女ならやりかねないと言う考えに至り、予定を直ぐに片づけて駆けつけたのだ。

 

「あ、はやてちゃん……? ごめんね、ちょっと良く見えなくて。」

 

そんな彼女の言葉に一瞬、頭が真っ白になるが、直ぐに()()ではないと思い至った。

と、言うのも……

 

「あの、すいません。ちょっとそこ通して貰えますか?」

「あ、悪い。邪魔だったよな。」

「お前らちょっとは道開けろよな。はやてが来たんだから。」

「お前もだぞ。」

 

――いや、銀髪オッドアイ集まり過ぎやろ!? 何人来とんねん!

 

現在病室には十人以上の銀髪オッドアイがお見舞いに来ており、完全に彼女の視界を塞いでいただけだったのだ。

 

銀髪オッドアイ達をかき分けるように進み、なのはちゃんの前に辿り着くと、彼女は2か月前と変わらない笑顔で私を迎えた。

 

「ごめんな、なのはちゃん、直ぐに来れんくて……」

「ううん、良いよ。それよりも、はやてちゃんは大丈夫なの?

 新設する部隊の手続きとか色々あるでしょ?」

「大丈夫や。今済ませられる事は粗方片づけて来たし。

 ……フェイトちゃんから聞いたで。原因はオーバーワークやって。」

 

そう、彼女が倒れた原因は『オーバーワーク』だった。

管理局に所属した新人の魔導士が自らの成長に伸び悩んだ時、或いは周囲の期待に応える為に過剰な訓練の果てに倒れてしまうという事はままある。

 

彼女がそんな失敗をしたのは、偏に『あの時聞かされた内容』が原因だという事は分かっていた。

 

「あ、あはは……ごめんね、心配かけちゃって。でも私は大丈夫……」

「っ! 『大丈夫』やあらへんやろ! 『ごめんね』やあらへんやろ!!

 なのはちゃんが『オーバーワーク』になるって言ったら、それはもう普通のオーバーワークな筈無いやん!

 一体どんな無茶したんや!? 何で誰も止めんかったんや!?

 何で……ッ! ……何で、私は気付かなかったんや……!!」

 

彼女の表情は2か月前と変わらない笑顔だった……何かを無理やり堪えて強引に造ったような、影の差す笑顔。

胸中に溢れる後悔の激しさに思わず涙がこぼれた。

 

「はやてちゃん……」

「ちょっと考えればわかった筈やないか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()んや……!」

 

予言によって強制的に舞台に引き上げられた一人の少女、その心中は少し考えれば分かる筈だった……私には測りきれない程の重責を背負わされた彼女の苦しみが、共有しきれない程に辛い物なのだと。

 

……なのに私は、力になってあげなければならない場面で彼女に甘えてしまった。

部隊編成に伴う諸々の手続きで手一杯だからと、私の仕事も重要な役割だからと……彼女の優しさと強さに甘えてしまったのだ。

 

そんな私の様子を見て、なのはちゃんが静かに銀髪オッドアイ達に声をかけた。

 

「……ごめんね、皆。ちょっと、二人にしてくれる?」

「お、おう。……あー、俺達には何かまだ状況分かってないからこう言うのもアレだけどさ……取りあえず、後遺症とか残らなくて良かったよ。

 お大事にな、なのは。」

「きっと事情があるんだろうけどさ、ちゃんと休む時は休めよ。未来の教導官がそんなんじゃカッコつかないぞ。」

「俺らと訓練してた時の事思い出せよ、割と雑に休憩挟んでただろ?」

「入院中退屈だからって、一人スーパーボールすんなよ? 今はリンカーコアをちゃんと休ませとけ。」

 

彼等は思い思いにそんな言葉をかけて病室を出ていき……

 

「俺も昔……あー、その、なんだ…………」

「言う事思い浮かばんなら早よ行けや。」

「ふっ……ありがとな、はやて。」

「いや、図星なんかい。」

 

最後の一人が出て行くと、病室には私となのはちゃんだけが残された。

彼等の言葉を聞く内に小学生の頃、皆で集まって訓練に励んだ記憶が蘇り思わず笑みが零れる。

 

「……っはは、ホンマにアホばっかりやな。何も知らん癖に……」

 

気付けば彼等と会わない日が増えていた。私達と彼等は別の部隊に所属する事になり、自然と取っていた休みも知らず知らずの内に先延ばし。

……いつの間にか疲れ切っていた心が、ほんの少しだけ楽になった気がした。

 

「はやてちゃん……」

「分かってる……あいつ等も分からんなりに気ぃ遣ってくれてるんはな。

 ……それで、どんな無茶したらこうなるんや。ホンマにオーバーワークだけなんか?」

 

フェイトちゃんからそう聞かされてはいたし、やりかねないとは思ったが、それでも心の何処かで信じ切れない話ではあった。

彼女の魔力量は予言で『光』と呼ばれるだけあって、文字通りの別格だ。

幼い頃から彼女が魔力の使用で疲弊した様子を見た事は無かったし、どれほど模擬戦を重ねても周囲の銀髪オッドアイ達が肩で息をしている中、けろっとした様子で自主練をしているのが彼女の常だった。

そんな彼女がよりにもよってオーバーワークで倒れるなんて、悪い冗談にしか思えなかった。

 

「うん……はやてちゃんがさっき言ってた通りだよ。

 『予言』のこと聞かされて、私が唯一それを防ぐ事が出来るって言われて……

 でもどうすれば良いのか分からなくて……だったら、何が来ても良いようにって色々無茶して……

 はやてちゃんは手続きが山ほどあるし、フェイトちゃんも執務官の仕事があるから巻き込んだら悪いし……」

「なら、さっきの皆でも良かったやろ? 組手でも模擬戦でも、皆なら付き合ってくれるやろ?」

 

皆ならなのはちゃんから誘えばそれこそ二つ返事で付き合ってくれるだろう。別れ際の言葉を思い返しても、彼等ならば程良く休憩を挟んでくれたかもしれない。

何より、昔は皆で訓練した仲なのだ。遠慮する理由が思い浮かばなかった。

 

そう尋ねると、彼女は目を瞑り首を横に振るとこう答えた。

 

「そんな事したら、きっと皆の方が壊れちゃうよ。」

「……ホンマに何してたんや……」

 

その後は二人で近況を話し合った。

私は部隊編成の手続きがようやく一段落しそうなことを、なのはちゃんは訓練の内容や成果を……聞けばフェイトちゃん達とも既に話した後で、彼女達はもう仕事で出てしまったらしい。彼女達の予定はしばらく空きそうにないとの事だった。

 

そして、肝心の訓練の内容についてだが、正直頭がおかしいのではないかと言わざるを得ない物だった。

 

魔力弾の過剰生成、砲撃の連射速度強化に障壁の硬度強化、飛翔魔法の速度強化の為に絶えず魔力を放出している様な無茶なんてものではない訓練の数々……文字通り『何が来ても対応できる存在』になる為、彼女は時間が空いている時はいつもそんなメニューを熟していたらしい。

毎日ではないとはいえ、こんなメニューの訓練を行っていては倒れない方がおかしいだろう。

 

「……ホント、私もダメやな。自分の事ばかりやなくて、なのはちゃんの事もちゃんと見とったら気付けたはずやのに。」

「ううん、私も心配させないように隠してたから……結局、皆に心配かけちゃったけどね。」

「いや、これから一つの部隊の総部隊長になるんや。やっぱりこういう変化には気付くべきやった。

 ……そう言えば、レイジングハートはどうしたんや? 止められなかったんか?」

「勿論止められたんだけど、私が『自分の魔力だけでも訓練を続ける』って言って無理に付き合わせちゃって……

 『それならせめてサポートした方が安全だから』って。」

 

どうやら彼女は周囲の制止を振り切って地獄のような訓練を継続していたらしい。それもそうか、あんなメニューの訓練を知っていて止めない訳がないのだから。

しかしそれを知っていたのはインテリジェントデバイスであるレイジングハートだけ……彼女を止めるには文字通り『体』を張らないと止められないのだろう。

 

「……分かった。私も付き合うわ。」

「はやてちゃん?」

「こっちの手続きももう直終わるし、そうなったらしばらくは自由な時間が取れる。

 なのはちゃんも後遺症が無い言うても、もう暫くは検査とかあるやろ? それが終わるまでにこっちの手続き終わらせて、なのはちゃんの訓練に付き合うんや。

 ……無茶しそうになったら文字通り力づくで止めるから、覚悟しいや?」

「はやてちゃん……うん、ありがとう。」

 

……きっと本来はもう訓練をさせないようにするのが正解なのだろう。今の時点でも彼女の実力は圧倒的で、何が来ても迎え撃てるように思える。

だったらもう無茶はさせずに戦略を組む事で万全を期す……そんな在り方が最も安全だ。

 

だけど、それで彼女は安心できるだろうか? 『もしも自分の実力不足で世界が滅んだら』……そんな不安を抱かない筈がない。きっと今回のオーバーワークも根幹はそこなのだ。

 

『安心する為の訓練』、『不安を忘れる為の訓練』……訓練していないと不安なのだ。

そんな状態で訓練をしないように言ったところで、きっと彼女は私の目の届かない所で同じ訓練を繰り返してしまう。

ならば直接その場で見守り、無茶をしそうになったら強引に止める……その方がきっと確実だ。

 

 

 

……なお、初日で息も絶え絶えになり、直ぐにヴォルケンリッター全員を巻き込んだことに後悔はない。




一番活躍したのはシャマルさん。次いでザフィーラさんです。

前回と今回の2回に分けましたが、それでも文章が長くなりすぎたので最高評議会とのやり取りとかはカットしました。
分かりにくい所や矛盾と感じる所があれば遠慮なく指摘していただければありがたいです。

アンケートの結果、ヴィヴィオの名前については変更無しとさせていただきます。
投票のご協力ありがとうございました!


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とある日の夕暮れ時

ヴィヴィオが訓練に参加するようになってから、早一週間が経過した。

 

新たに訓練に加わったヴィヴィオの姿が良い刺激となったのか、或いは仮想空間での模擬戦で何かを感じたのか、フォワードの4人の実力はぐんぐんと伸びていき、技術や連携に限らず精神面でも成長を遂げていた。

 

そんなある日の夕暮れ時、なのはは仮想訓練をヴィータとシグナムに任せ、『機動六課』も所属する『古代遺失物管理部』の四課を率いる部隊長に連絡を取っていた。

 

その理由は――

 

『実際の現場を体験させる、か……まぁ狙いは分かるが、大した山じゃないぞ?

 以前潰した組織の残党狩りだ。』

「はい、ですから最初の機会として丁度良いかなって……」

 

そう、フォワード陣達にそろそろ一度現場を体験させるのも良いだろうと言う考えから、ある種の『職場見学』の予定に関する相談をしていたのだ。

 

『丁度良いっておい……一応相手は本物の犯罪者だぞ?

 ……まぁ、確かに簡単な仕事になるだろうし、アンタには部下が何人も世話になってるからな。

 無碍にも出来んか。』

「! それって……!?」

 

四課の部隊長の言葉で、なのはの表情に期待の色が浮かぶ。

それと言うのも、この類の申し出は断られる事が多いからだ。

その理由は未熟な魔導士を守る必要から危険性が高くなると言う事もあるが、それ以前に同じ『古代遺失物管理部』の仲間とは言っても、課が違えば成績を争うライバルでもある。特に銀髪オッドアイと言う戦力が投入され、治安が加速度的に良くなりつつある現状、手柄一つ一つが貴重という状況なのだ。

 

そんな状況で手柄を横取りされかねない職場見学など、受け入れる方が少数派になるのは仕方の無い事だった。

しかし、そんな事情を気にする事も無いような口調で四課の部隊長は続けた。

 

『……ま、話は分かった。アンタの口ぶりからしてもお荷物になる事は無さそうだし、なによりアンタも来るんだろ?

 だったら万に一つの心配も無いだろうし、良いぜ。見学どころか、隙さえあれば手柄の一つや二つ持って行く気で連れてきな。』

「え、そ、それは流石に……」

 

あまりに太っ腹な申し出に、思わずしり込みしてしまうなのは。何か考えがあるのだろうかと内心思わず勘ぐってしまったが、部隊長は続けて理由をこう説明した。

 

『どうせ本命は既にウチでしょっ引いた後だからな、寧ろその位やらせねぇと経験も何も無いのがこの世界だろ。

 それに、言っただろ。アンタにはウチの部下が何人も世話になってんだ。アンタの教導が無ければ命が無かったかも……なんて奴だっている。

 手柄や戦力以上に替えの効かない命の借りがあるんだ。これも恩返しの一環だと思ってくれや。』

「あ、ありがとうございます!」

 

訳を知り、なのはの表情がほころぶ。

彼の言う様に、現場を遠巻きに見るよりも実際に犯罪者と対峙し、検挙する方が得られる経験は遥かに多い。

元々部隊発足の理由から現場の経験が得にくい機動六課としては、彼の申し出は本当にありがたい物だった。

 

『良いってことよ、気にすんな。

 ただし体験とは言っても現場に来る以上、いくら若かろうと一人の局員として扱うからな。

 お姫様のように守って貰えるなんて思うなよ?』

「はい! そんなやわな鍛え方はしてませんから、安心してください!」

『お、おう……そういやアイツ等も()()()()()()()()()()()()()()って言ってたっけか……』

 

その後も内容の物騒さと裏腹に雰囲気は明るいまま、フォワード達の職場見学……もとい、『現場体験』の予定は着々と進んで行くのであった。

 

 

 


 

 

 

「……もうこんな時刻だったか。」

 

来る時には白で統一された内装が、窓から差し込んだ夕日により今ではすっかりオレンジ色に染まっている。

どうやら気付かない内に結構な時間が経っていたらしい。

 

「あら、本当。

 貴方と過ごす時間は、とても早く過ぎ去ってしまうのね。」

 

そんな演劇の中でしか使われない様な言葉を発したのは、俺の後に続くように部屋を出て来た一人の少女だ。

夕日を反射する『銀髪』も、『色の違う両目』も俺と同じ……転生者の特徴を持つ少女。

 

「いや、貴女の話がとても興味深く、思わず時を忘れてしまった。」

「そのようなお言葉をいただけて、光栄です。

 そろそろお帰りになりますか?」

「……そうだな、流石に戻らないと上司が怖い。」

「お見送りいたします。」

 

彼女はまるでエスコートするように俺の少し前を歩き、先導する。

俺もそれに続くように、なんて事の無い談笑をしながら内装を見回していた。

 

……『見送り』とは、随分と使い勝手のいい言葉だなと思う。彼女の目的は俺にこの教会をうろつかせない事だ。こちらとしても捜査の大義名分がない以上、こう言われてはついて行く他ない。

こうして周囲の状況を見回してはいるが、彼女が案内するルートである以上、目ぼしい情報は手に入らないだろう。

 

聖堂とは違ってあからさまな豪華さはないが、下品でない程度に装飾が施された内装や調度品の数々は手入れが行き届いており、夕日を浴びて色を変えたそれらを眺めていると……自然と『妖精』をモチーフにしたレリーフが目に入った。

 

……彼女が言うには、この教団が今の名前になる前に崇めていたのはこの妖精なのだとか。

 

「……『妖精』、か。」

「意外ですね、貴方も『妖精』に興味が?

 彼女は病で苦しむ者を魔法で癒し、苦難に立ち向かう者には力を……」

「いや、別に興味がある訳ではないんだが……」

 

語りに熱が入り始めた少女の言葉を、少し申し訳なく思いつつも遮り思考に戻る。

 

この教団は、表向きは慈善事業に精力的なボランティア団体だ。教義を無理に押し付ける事も無く、近所の評判も悪くはない。

名前が『ハッピーエンド教団』なんて胡散臭いこと以外は、特に問題はないと思っていた。……調査に入るように命じられるまでは。

 

元々俺がここに来る事になった理由は、この教会に銀髪オッドアイ達が多数入り浸っている事が確認されており、その中に管理局員の銀髪オッドアイが混ざっている可能性があったからだ。

 

……正直この時点で相当に怪しいと思っていた。だってそうだろう? 銀髪オッドアイ≒転生者だ。

『聖王教会』に入り浸るのならともかく、なんで原作に存在が確認されていなかった教会の方に入り浸る?

名前の胡散臭さも併せて考えると、もう『怪しい』なんて言葉じゃ済まない。間違いなくここには何かある……そんな確信さえある。

 

そこまで考えて、正面を歩く少女の背中を見る。

 

それに彼女がこの教団のトップとなると、輪をかけて色々と怪しくなってくる。

見るからに転生者の彼女が、どうして宗教のトップになろうと思ったのか……それも、このリリカルなのはの世界に転生してまで。

 

精神年齢は分からないが、肉体の年齢は見た目から考えてまだ15歳程。トップに昇り詰める時間や手間を考えれば、転生する前から計画を練っていたと考えるのが自然だ。

 

何を企んでいる……? そう聞きたいが、聞けば最後。二度とこの教会には調査に来る事も出来ないだろう。

自分で見つけるしかないのだ。この疑問の答えに繋がる何かを。

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しい時間を過ごせたわ。来てくれてありがとう。」

 

しばらく歩くと、表の門とは比べ物にならない程こじんまりとした裏口の扉が見えて来た。

管理局員が入り浸っているのは拙いからと、俺から頼んでこっちの方に案内して貰ったのだが……裏だというのに怪しい痕跡は見当たらなかった。

そう言うルートを案内されたのか、それとも俺の勘が外れたのか……いずれにせよ、俺の小さな抵抗はしっかり躱されたという事だろう。

 

「いや、俺の方こそ有意義な時間だった。……また今度来るよ。」

「えぇ、何時でもどうぞ。お茶とお菓子を用意してお待ちしていますね。」

 

互いに本心とは違う言葉で挨拶を交わし、別れた。

だがきっと言葉の内容は現実になるだろう。

 

……俺はまた近い内にここに来る。今度こそ、この教会の『裏』を暴く為に。




次回かその次くらいにフォワード陣の初任務です。


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フォワード陣の初任務 その1

初任務編開始です。大体3話か4話の予定。


「えっ、フォワード陣に実際の現場を経験させる!?」

「? うん。訓練の成果もまだ仮想空間でしか体験させられてないし、そろそろ頃合いかなって。」

 

四課部隊長との打ち合わせがあった翌日、はやてにその事を伝えると予想以上の反応を示された。

フォワード陣の訓練に関しては教導官の免許を持っていると言う事もあり、私が一任されていたので現場体験に関してははやてに相談する前に決めてしまったのだけど……彼女の反応を見る限り、やっぱり拙かったのだろうか。

 

「う、うぅーん……まぁ、実際に訓練を見てるなのはちゃんがそう思うんなら、多分そう言う頃合いなんやろな……」

「えっと……もし、何か予定入れようと思ってたとかだったら、こっちの予定はキャンセルしても……」

「ああ、そう言う訳ちゃうんや! こっちの方でちょっとな。

 ……因みになんやけど、それってミッドを離れたりする感じやったりするんか?」

 

既に予定を組んでいたとしたら場合によっては早い内にキャンセルを入れなければならないと思い確認したところ、予定があるとかではないらしい。

はやての質問から考えて、私かフォワード陣がミッドを離れるかどうかが気になっているみたいだけど……

 

「ううん。ちょっと都市部からは離れるけど、ミッドチルダの外に行く予定は無いよ。」

「あ、そうなんか? それやったら……うん、大丈夫そうやな……」

「はやてちゃん?」

「いや、こっちの話や。フォワード陣にとっては初任務やし、緊張でミスとか無いように見とったってな。」

「う、うん。」

 

何が気になるのかを聞いてみたい気もするが、はやてはどうも詳しい事情を話すつもりは無いらしく早々に話を切り上げてしまった。こうなったはやての口が堅い事はこれまでの付き合いで知っているので、彼女の方から話してくれるのを待つ他は無いだろう。

これ以上はやての懸念している事を考えても仕方ないので、もう一つ確認しておきたかった事を聞く事にした。

 

「あ、そうだ。はやてちゃん。」

「ん?」

「ヴォルケンリッターの事なんだけど、現場体験にシャマル先生とヴィータちゃん借りても良い?

 スバルの動きに関しては私よりもヴィータちゃんの方が専門だし、いざと言う時にシャマル先生がいてくれると心強いから……」

 

今回参加させてもらう作戦はいわば『詰め』の段階に入っており、次元犯罪組織の残党達の逃げ場はもう無い。残る拠点もたった一つを残して既に封鎖されているか破壊されており、残った一つのアジトに残党の大半が集まり籠城中との事だ。現場を指揮している部隊長はこう言った追い込み漁の様な手法を得意とする人らしく、どう足掻いてもあちらに逆転の手は残されていない。

 

……だが、最後を悟った犯罪者と言うのは何をしでかすか分からないのが怖い所だ。おとなしく捕まって10年以上の懲役を受けるくらいならば、命を懸けて捨て身の特攻をする者や自爆覚悟で道連れを狙う者もいた。……まぁ、私はそう言う相手の攻撃はちゃんとプロテクション(無傷)で受け止めて、じっくり言い聞かせたら分かって(絶望して)くれる事も多いのだけど、フォワード陣はそうも行かない。念には念をと言う訳だ。

 

「なるほどなぁ……まぁ事情も分かるし、聞いた限りやと解決までそう時間もかからんやろうし……うん、ええよ。

 二人にもちゃんと了承貰ったらやけどな。」

「ありがとう、はやてちゃん!」

「あ、その感じやともう二人共OK出したあとやったな?」

「えへへ……」

 

そう、実は二人には既に了承を得ていて、後ははやての許可が必要なだけだったのだ。勿論はやての事だから余程の事情が無ければ許可をくれると言う信頼があっての事だったが、ともかくこれでこちらは万全の布陣で現場に向かえるわけだ。

 

「で、現場に向かうんは明後日やったっけ?」

「うん。食料の搬入経路も潰して、一日置いたくらいが相手も消耗してやりやすいんだって。

 急ぎ過ぎると向こうも全力で抵抗してくるし、あまり時間を置きすぎるとイチかバチかの特攻があって逆効果みたい。」

「相変わらず鬼のようなやり方するなぁ、あの人……」

 

はやては機動六課の部隊長である関係で、各部隊長と顔を合わせる機会が多い。四課部隊長もそう言った付き合いがある内の一人だったようで、はやては何かを悟ったような表情でそう言った。

 

「あはは……でも、ちょっと分かるかな。私もそう言う事(最後の特攻)される事が多いし。」

「いや、なのはちゃんの場合名前が知られ過ぎてるのが原因やろ。

 『高町なのは』って名前を聞くだけで覚悟を決める次元犯罪者もおるくらいやし……」

 

嘘でしょ……? そんな事になってたのか、私の評判。道理で現場で対峙した相手の表情が最初から強張ってるはずだ……最初から命懸けだったのか。

 

……ん? あれ? それってちょっと拙くない?

 

「……もしかして、私は参加しない方が良いかな?」

「まぁ、少なくとも名前は伏せておいた方が無難やろな。

 言うまでも無い事やと思うけど、間違ってもなのはちゃんは前線に立ったらあかんで? 向こうはそれだけで特攻スイッチONになるんやから。」

「う、うん……」

 

いや、覚悟決めるの早くない? 姿見ただけでそんな破れかぶれにならなくても良いじゃん……

これもう私が一人で前線に立って『私、高町なのは! よろしく(夜露死苦)ね!』なんて言おうものなら勝手に自爆するんじゃないの? やらないけどさ。

 

 

 


 

 

 

そんなやり取りの二日後……

 

ミッドチルダの辺境、岩肌が剥き出しになった荒野の山岳地帯。岩山の裂け目に隠れるような形で四課が設置した簡易拠点に、彼女達の姿があった。

 

「良く来たな新入り。

 事前に聞かされているとは思うが、俺達はお前達を守る為に戦力を割く事は無い。

 自分の身は自分で守るんだ。良いな?」

「「「「はい!」」」」

 

そう言ってフォワードの4人を見回すのは、既に初老に差し掛かろうというのにがっしりとした筋肉の鎧を纏った男性だ。

彼こそが四課の部隊長であり、この現場を指揮する指揮官でもあった。

 

そして彼は次に、フォワード陣と共にやって来た3人の女性に目を遣ると、先ず一人の女性に対して口を開いた。

 

「シャマル殿は確か、医療のスペシャリストとの事。

 今回の作戦、未だ重傷者は出ていないが、この後の作戦では消耗しているとはいえ激しい抵抗が予想される。

 万が一負傷者が出てしまった時にはぜひ、お力をお貸しいただきたい。」

「ええ、勿論。

 命がある患者なら、一人も漏らさずに助けて見せます。」

「それは心強い。この場に来てくれた事、感謝する。」

 

そう言ってシャマルに礼をし、その隣の女性……とは言っても、外見上は少女だが、彼女に対しても一礼をし、口を開く。

 

「ヴィータ殿……あー、折角来てくれてこう言うのは何だが……」

「ああ、分かってる。あたしは今回の作戦は基本的にサポート役だ。

 あたしが戦うには、この作戦には人が多すぎるからな。

 フォワード陣が危なくなった時以外は動かねぇ……それで良いか。」

「……そのお気遣いに感謝する。」

 

そう、今回の作戦でヴィータは前線に出る事は無い。彼女の技の大半が周辺の広範囲に影響を及ぼすからと言う事情もあるが、そもそも今回の参加理由がフォワード陣の経験値稼ぎだ。

戦場の経験が長いヴィータが出張っては、その目的も達成できない。

 

……そしてそれは、残ったもう一人の女性にも言える事であるのだが……

 

「……あー……っと、高町教導官殿? ()()()()()()()……?」

「あはは……これには訳がありまして……」

 

残された一人……高町なのはは、普段の管理局の制服ではなく、白を基調としたバリアジャケットの上から黒い外套を身に纏っていた。

これははやてとの話し合いの中で決めた事で、高町なのはがこの場に来ている事を次元犯罪者たちに気付かれないようにする為の工夫だった。

 

その事を四課部隊長に告げると、彼は一応の納得を示したようで……

 

「なるほど、確かに噂には聞いた事がある……なんでも、戦場に立つだけで犯罪者の心を折ったとか。」

「そんなに!?」

「ははは! まぁ、噂には尾ひれがつく物だ。とは言え、全てがでたらめとも考えにくい。

 拠点の外に出る時は、出来る限り奴らの眼につかない様に気を付けてくれると助かる。」

「はい……」

 

そう冗談交じりに話す四課部隊長の元に、局員が一人やって来て告げる。

 

「部隊長、そろそろ時間です。」

「ん? ……ああ、確かに。では各々作戦通りにな。

 奴らはいわば袋のネズミだが、古来より窮鼠は猫を嚙むと言う。

 いつもの『詰め』だが、油断だけはするな。」

「はっ。」

「それと、彼女達が今回の作戦に参加する機動六課だ。

 案内を頼むぞ。」

「彼女達が……はい、解りました。

 それでは機動六課の皆さま、作戦区域に案内しますので、私について来てください。」

 

そう言って先導する局員に、フォワード陣がついて行くのを見送ったなのはは最後に部隊長に振り返ると小さく礼をして拠点を出ていった。

 

作戦開始まで、後数十分。




四課部隊長に何か名前つけるべきか迷った結果、時間が無くて名無しになりました。
必要になったら突然名前が付くかも?



おまけ

――とある服役囚の証言

『……はい、今となっては犯罪に手を出した事には後悔しかありません。
 ()()と戦う事の恐ろしさを知らなかった当時の自分は、あまりにも浅慮で愚かで、どうしようもなく矮小な存在だったという事を日々感じるばかりです。』

『……いえ、()()は私達に攻撃をしませんでした。ただ(無数の砲撃が飛び交う中を)ゆっくりと歩み寄って、私の全て(の攻撃)を穏やかな笑みを浮かべたまま受け止めてくれただけです。
 それだけで私は自分の愚かさに気付く事が出来たのです。』

()()の名前ですか? いえ、私なんかが彼女の名前を呼ぶのは恐れ多いです……いや、ホント勘弁してください……』


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フォワード陣の初任務 その2

前回の前書きで3話か4話で終わる予定と書きましたが、もう1話分くらい伸びるかもしれません。ちょっと必要な内容詰めたら予想以上に文章が伸びてしまったので……


「それでは機動六課の皆様、作戦開始の合図が出るまではこちらの陣で待機していて下さい。」

 

局員の案内について行く事数分、到着したのは犯罪組織のアジトを見下ろせる断崖に造られた簡易的な陣だった。

簡易的と言っても戦国時代に使われたような、木材と幕で組まれただけの陣ではない。雨や砂を防ぐためのテントの中には幾つもの端末が並び、アジトからの視線はホログラムでカモフラージュされている。

前世の地球ではホログラムだけでも大がかりな仕掛けだが、管理局の技術をもってすればこれでも十分『簡易的』の範囲内なのだそうだ。

 

さらに言うと、案内してくれた局員が道中説明してくれたのだが、ここ以外にも同様の拠点がアジトを取り囲むように3ヵ所存在するらしい。

 

「ね、ねぇティア……何か思ってたよりハイテクだね……」

「そうね……私も最低限の物しかない拠点を想像してたわ……」

 

ひそひそと話しかけて来たスバルにそう答えていると、近くに来ていた局員の女性が話しかけて来た。

 

「最低限ですよ、これでも。今回の組織は元々、これくらいはやらないと追い詰められない規模でしたので。」

「そうだったんですか……えっと……」

「申し遅れました、私はこの分隊の指揮を任されています。『アルピナ』と申します。」

 

俺が言い淀んでいると、アルピナさんはそう言って自己紹介してくれた。

 

「あ、私はティアナって言います。アルピナさん、今日はよろしくお願いします。」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。」

「それで……今回の相手って、そんな大規模な組織だったんですか?」

 

初任務の相手がそんな組織だなんて聞いていなかった俺は、確認の意味も込めて尋ねる。そんな大捕り物に呼ばれたとなれば……当然するつもりは無いが、少しの油断も出来ないからだ。

しかし、アルピナさんは俺の問いに小さく微笑むとこう告げた。

 

「今となっては見る影も無い寄せ集めの小悪党達ですので、それほど緊張はしなくても大丈夫ですよ。勿論、油断して良い訳ではありませんけどね。

 さて……作戦開始も近いですし、状況をお伝えします。皆さん、このモニターをご覧になって下さい。」

 

そう言ってアルピナさんが端末を操作すると、空中に浮かび上がったモニターに敵のアジトと思しき建造物が表示された。

周囲を断崖に囲まれた窪地に、入り口の反対側が半分崖に埋まるように造られた金属製の建物が見える。

どうやら周囲は風が強いのか砂が舞っており、そこにアジトがあると知らなければ見つける事は難しそうだ。

 

そして俺達フォワード陣と、なのは、ヴィータ、シャマルの視線がモニターに集まった事を確認したアルピナさんは「質問は最後にお聞きします」と前置きした後、モニターを指差してこう続けた。

 

「今、残党は私達の誘導によってあのアジトに逃げ込んでいます。

 他の拠点は軒並み潰すか封鎖しており、彼等には後がありません。なので、突入時には激しい抵抗があると想定されます。

 また、食料調達用の補給部隊を泳がせ、ルートを調べ尽くした後にこれを封鎖。補給部隊を捕縛し、尋問によって食料の残量等を把握。その後複数回に渡って補給部隊の捕縛と尋問を繰り返し、情報の整合性が取れている事を確認しております。また……」

 

その後も出るわ出るわ、えげつない手法の数々。もうひと思いに捕らえてやれよと思いたくなるほどの徹底した甚振りっぷりだ。

そんな説明が数十秒続き……

 

 

 

「――以上です、質問は?」

 

最後にこちらを見たアルピナさんがそう尋ねるが……少なくとも俺には即座に思いつくものは無かった。

それほど徹底的に説明されていたし、敵はそれ以上に徹底的に虐め抜かれていた。

 

時折態と捜索されている事を気付かせる為に物音を立てて睡眠時間を削いだり、転送妨害の結界を隠さずに張って牽制したりもしていたらしい。

その上、今アジトの中の連中は断食二日目なのだそうだ。

 

……もう俺の頭の中は「残党の人可哀そう」しか残っていない。いや、だからと言って当然容赦はしないが。

 

そんな事を考えていた俺の前に座るヴィータが、おもむろに手を挙げた。

 

「敵のアジトの内部構造についてはどこまで把握してる?」

「捉えた補給部隊に対して尋問も試みましたが、いくつか偽装されていると思しき情報も混じっており、確実と言える情報は地上2階建て、地下1階の3フロアという事しか分かっていません。」

「……まぁ、本来全く情報が無いなんてのが当たり前だからな。

 それだけ分かっているだけマシか。」

 

内部構造に関する情報は無しか……残念ではあるけど、ヴィータの『情報が無いのが当たり前』って言うのは多分事実なんだろう。

そもそもアジトの全ての機能を下っ端が知っているかどうかも怪しいものだしな。

 

「じゃあ次の質問って言うか、確認だな。周辺の地形と、各分隊の配置を見れるか?」

「はい、元々この後に見せようと思っておりました。

 ……どうぞ。」

 

続くヴィータの言葉を受けてアルピナさんが端末を操作すると、モニターの映像が周辺の地図に切り替わる。

地図と言ってもホログラムを利用した立体的な物だ。アジトを中心に500~600m程の距離に4ヵ所『凸』の形の物があり、その内の一つが赤く点滅している。この赤いのが俺達が今居る陣という事だろう。

 

そしてこの図から他に分かる事は……うん、ちゃんとアジトが囲まれている事くらいしか分からないな。

 

「合図があり次第、各分隊が転送魔法を用いてアジトに突入する事になります。

 また、一部の局員はそれぞれの陣に残り、映像をもとに逃亡する構成員の捕縛及びサポートを行います。」

 

アルピナさんの説明を聞いているのかいないのか、ヴィータは表示されたホログラムを回転させて色々な方向から見ている。

そしてしばらくすると、こう問いかけた。

 

「……もっと広い範囲は出せるか?」

「広い範囲と言うと……?」

「そうだな……大体半径2、3㎞くらいあればいいんだけど……」

 

そんなに!? そこまで行くと流石に作戦と関係無いような……

それに、それくらいまで範囲広げると、ホログラムだと今度は細部が見えないと思うけど……

 

「申し訳ありませんが、流石にそこまでの範囲は表示できませんね。

 地図でしたら総部隊長のいる拠点にありますが……」

 

アルピナさんも流石にヴィータの質問の意図を測りかねているのか、訝しげな表情だ。

そんな彼女の返答に何か考え込んでいた様子のヴィータは、閉じていた眼を開くとこう言った。

 

「……解った。じゃああたしはちょっと確認したい事があるから、一旦抜けるぞ。

 まぁ、あたしは元々よっぽどの事が無いと動かない予定だったし、あたしが戻る前に合図が出たらそっちでやっててくれ。」

「は、はぁ……総部隊長からもそう聞き及んでいますので、問題は無いとは思いますが……」

 

そう言ってアルピナさんがこちらを見たので、俺が無言で頷くと彼女も納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

 

これは俺達も耳が痛くなるほど言われた事だ。

今回の事件、俺達フォワード陣は自分の力だけで戦うように……と。

なのはもヴィータも、そう言ったら本当にそうするタイプだ。隊長陣のサポートは本当にギリギリの場面でしか期待できないだろう。

勿論、俺達も二人のサポートを期待して動く気は無いが。

 

「なのは、お前は結局どうするんだ?」

「えっ?」

「ほら、さっき言われてただろ? お前が前に出ると奴らは途端に特攻してくるだろうって話。」

「あー……うん、そうだね。一応ここでしばらく待機……かな?

 勿論、皆が危なくなった時に合図をくれれば直ぐに助けに行くけど。」

 

なのはを見たら犯罪者は文字通りの死に物狂いになるらしいからなぁ……一体今までどんな風に戦ってきたらそんな事になるのやら。

……片っ端からSLB撃ってないよな?

 

「ふーん……なら丁度良いか。

 なのは、もしかしたらあたしがお前に合図する事もあるかも知れねぇから、その時はあたしの指示に従って動いてくれねぇか?」

「え? うん、良いけど……」

「サンキュー。

 ……まぁ、あたしの考え過ぎだったら良いんだけどな。」

 

そう言ってヴィータは陣を出て、本拠点の方へと歩いて行った。

俺にはまだ何の事かは分からないが、ヴィータにはヴィータの考えがあるのは確かだろう。

何に気付いたのか気になるが、意識を切り替えよう。今回は訓練ではなく実戦……意識が散漫な状態で挑んで良い場所ではないのだ。

 

「他に質問がある方は……いないようですね。

 では突入の合図までこちらで待機していてください。

 合図が出たら数秒後に転送が始まりますので、直ちに戦闘態勢を取って下さいね。

 待ち伏せされている可能性も無い訳ではありませんので。」

 

そう言って最後に一礼し、アルピナさんはテントの外に出て行った。

 

残されたフォワード陣の顔を見れば、皆いつもより緊張しているのが表情から分かる。きっと俺も似たような表情になっているのだろう。

 

初めての現場、初めての事件……そして、初めての実戦。緊張しない方がおかしい。

 

そして、そんな緊張が納まらない間に、テントの中にある端末からアナウンスが流れ始めた。

 

『作戦開始の時刻となりました。10秒後に転送の術式が起動します。突入班は戦闘態勢に入って下さい。』

 

機械的に淡々と告げる声が、俺達の緊張を更に引き上げる。

 

「いよいよ、始まるんだね……あたし達の初陣が。」

「ええ。……ここで訓練の成果をバッチリ出して、最高のスタートを切りましょう!」

「……うん!」

「はい!」

 

そして、俺達の足元に転送の術式が展開された。




アルピナ「私の名前は『アルピナ』です。」
4課総部隊長「……」

●アルピナ
フォワード陣が一時的に所属する分隊の分隊長。女性。名前の元はドイツの自動車メーカー『アルピナ』から。
名前が出ておきながら今後の登場があるかは怪しい人物。
なお筆者は自動車に詳しくないので、自動車メーカーで検索してそれっぽい名前から適当に選んだだけである。

●4課総部隊長
かなり規模の大きな犯罪組織を壊滅まで追い詰めた男。
詰将棋のようにじわじわ追い詰める手法を得意とし、流れを読む為に直接現場に来る事も多い行動派。今のところ名前無し。


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フォワード陣の初任務 その3

ちょっと長めですが、流石に今回までにここまで進めておきたかったので……


作戦開始と共に俺達が転送されたのは、敵のアジトの直ぐ前だった。

ホログラムでも確認したように、敵のアジトの反対側は断崖に埋まるような構造になっている。周囲の砂嵐も利用して存在を隠蔽する為だろうが、こうなってしまえば出入り口が限定されたこのアジトに逃げ込んだ彼等は確かに袋のネズミだ。この作戦が成功した暁には残党は一人として残るまい。

 

そんな事を考えていると、4課の局員だろう男……銀髪オッドアイが話しかけて来た。

 

「よぅ、お前機動六課のフォワードだろ?」

「……ええ、ティアナよ。」

 

どうせ名前も知っているだろうからこちらから名乗ると、銀髪オッドアイは機嫌を良くしたのか表情を崩して話し始めた。

 

「ティアナだな。俺の名前はジェイク……まぁ、今は良いか。

 突入前に注意しておきたいんだが……」

「出入り口が限定されたアジトに突入する以上、出入り口に罠があるのは確実。

 これまでに補給部隊の捕縛に転送防止の結界等を行っていた以上、こちらが何時仕掛けて来ても良いように備えてある……って言いたいのなら、大丈夫よ。

 確かに現場は初めてだけど、予習はしっかりしてるわ。」

 

そう、出入り口が限定されている状況はこちらにも当て嵌まる。

敵もこちらがどこから来るのか分かっている以上、罠が張られている事は確実だ。この作戦に於いて、最も警戒するべきタイミングは突入時と考えてもいい。

 

……それにしても俺がティアナに生まれている以上、こういうアプローチをかけられる事は予想していたが、まさか作戦開始の直前とは……一応この銀髪オッドアイは俺達フォワード陣とは違って、こういう仕事は何度も熟している筈なんだが……

 

そう言った思いを隠す事無くジト目で見てやると、銀髪オッドアイは一瞬たじろいだ後にこう付け加えた。

 

「お、おう……流石だな。

 ……だがこの話は聞いてないんじゃないか?

 今回の相手は『ロストロギアを組み込んだ魔導兵器』の製造及び密輸に手を出した犯罪組織なんだが、奴らのボスの検挙時に押収された物品……ロストロギアの個数が一つ足りてない事が分かってる。

 ああ、ロストロギアって言ってもそれ自体は警戒しなくてもいい。多量のエネルギーを溜めるだけで、暴発の危険も無い安定した物らしいからな。

 だがそんな物でもロストロギアはロストロギア。今回の作戦でもしそいつを押収できれば、間違いなく大手柄って訳だ。」

「! ……何でアンタがあたしにそんな話をする訳?」

「え? あー……その、なんだ。お前たちを応援してるって言うかだな……」

 

分かりやすい奴だな……ティアナに好印象を与えて親しくなろうって考えだったのだろうが、生憎中身は俺だ。恋愛感情に繋がる事は無い。

 

「……ま、感謝しておくわ。」

「お、おう! 突入した後もサポートは任せてくれよな!」

 

ジェイクの期待に応えられる事は無いが、とりあえず情報に対して感謝すると彼は意気揚々と去って行った。

 

……なんか、悪女になった気分だな。

正直こう言うのは好きではないんだが、かといって『俺、中身は転生者なんで』なんて言える訳も無い。仕方ない事として割り切ろう。

 

「……なんか、変わった人だったね。ティアの知り合いじゃないんだよね?」

「ええ、初対面ね。まぁ、折角だから貰った情報は利用させてもらおうかしら。」

 

ロストロギアの押収……これは文句無しのお手柄だ。メインの目標は『実戦の経験を積む』である事に変わりはないが、サブ目標としてこれ以上の物もないだろう。

 

「良い? 各自油断せずに行くわよ。

 そして、余裕があればお手柄もしっかり狙っていきましょう。」

「「「おー!」」」

 

俺達が小声でそう気合を高めたその時、大砲の音にも似た音が轟き、続いて声が響いた。

 

「突入ーーー!!!」

 

その声を合図に、4課の局員達が一斉にアジトに向かい始めた。

 

作戦が始まったのだ。

 

 

 


 

 

 

川沿いに上流を目指して歩いていると、ふと魔力反応を感じ取り空を見上げる。

 

「ん? あの魔力弾は……ああ、突入の合図か。

 って事は、あたしの方も急ぐ必要があるな。」

 

そう結論付けると視線を前に戻し、地形を気にしつつも再び歩き始める。

 

あの後、総部隊長の許可を得て地図を見せて貰ったあたしは、そのまま別行動を継続して独断で動いていた。

念の為に確認しておきたい事が出来たからだ。そしてそれは、あまり当たって欲しくない予想の一つだったのだが……

 

「……はぁ、こいつはどうも当たり臭いな。

 追い込みが得意だってんなら、周囲の地形の把握をするのは最低限だろうに。」

 

……それとも、それが出来ない事情でもあったのか?

 

「……まぁ良い。万が一が無いように、こうしてあたしが動いてんだからな。

 幸いここも転送妨害用の結界内、どうとでもなるだろ。」

 

後はなのはに念話だな。アイツにも動いて貰う事になりそうだ。

 

≪……なのは、聞こえるか?≫

≪うん、聞こえてるよ。ヴィータちゃんの方は、どうだった?≫

≪多分当たりだ。予め言っていたように頼む。≫

≪分かった! こっちの方は任せてよ。≫

≪おう、頼りにしてる。≫

 

「……さて、と。こっちはこれで大丈夫として……早いとこ見つけねぇとな。」

 

アイツ等が残党共のリーダーを追い詰める前に……うん?

 

「この魔力反応……なるほどな、調査してねぇわけだ。」

 

ねずみを捕まえる為に、虎の尾を踏むバカはいねぇ。

目指す先から感じる強烈な気配に、内心納得しながらも念の為に敢えて歩を進める。

 

「何時だって万が一って奴は“まさかこんなことしないだろう”って隙を突いて来るんだからな。」

 

 

 


 

 

 

……おかしい、()()()()()なのか? 実戦って言う物は。

 

残党との戦いの中、俺はそんな違和感を抱いていた。

 

確かに合図と共に突入した俺達は、当然のように大量の砲撃の集中砲火を受けた。

だがその砲撃はそれを予測していた4課局員達の張った障壁であっさりと防がれ、その直後一気に雪崩れ込んだ局員達と残党達の乱戦状態に入った。

 

だがその乱戦の中にあってものを言うのは連携力だ。敵を上手く分断し、且つ味方とより強固な連携をとれる者が勝つ戦場。

ちゃんとした訓練を受け、高い練度を誇る4課局員と比べ、奴らは文字通りの烏合の衆。

一人、また一人と呆気なく無力化されては捕縛されて行く。

 

残党達の中には魔法を使えないのか、違法改造した魔力銃を撃って来る者もいた。電気の性質変換を再現しているのか、当たると痺れる魔力弾は厄介だったが速度が遅い。

簡単に躱せる上に、逆に別の敵を誘導、射線上に飛び出させてやればフレンドリーファイアさせてやる事も出来た。

 

()()()()()()()

 

いや確かに普段稽古をつけてくれるのがなのはさん達である以上、当然見劣りはするだろう。

だがあくまであっちは訓練で、こっちは実戦だ。手段を択ばない相手でもあるし、多少ピンチになる事もあるだろうか……なんて考えていたのに……

 

「うおおぉぉ!!」

 

例えば今、魔力で出来た刃を振りかざして突撃してくる残党がいる。

だがその速度はフェイトよりも断然遅いし、込められた魔力はなのはさんの足元にも及ばない。比較対象の二人は手加減してくれている状態であるのにも拘らずだ。

 

()()()()()、非殺傷設定が掛かって無くても脅威足りえない。

ギリギリで身を躱し、返しに魔力を込めた蹴りを打ち、非殺傷設定の魔力弾を撃ち込んでやればあっさり意識を失った。

 

そんな程度の連中相手では周囲を見回す余裕も当然残っており、目指すべきセンターガードの基礎を頭の中でおさらいする。

 

『足を止めて、視野を広く』

 

乱戦となった状況で、素早く敵と味方を見分ける。

そして戦場を把握して、迫る危機には……!

 

『正確な弾丸をセレクトして命中させる』

 

こちらに飛んできた魔力弾。恐らく流れ弾であろうそれを観察し、魔力量を把握。

クロスミラージュから打ち出した『全く同じ魔力量の弾丸』は対象に命中し、完全に相殺した。

 

――うん、やっぱりちゃんと強くなってる! やっぱり周りがおかしいだけだったんだ!

 

着実に出ている訓練の成果に、気分が高揚するのが分かる。

普段の組手では相手がなのはさんである分、全くと言って良い程成長を実感できない為、正直どのくらい成長しているのか自分では分からないのだ。

 

そしてそれは俺だけではない。

直ぐ傍で敵の攻撃を障壁で受け流し、カウンターの一撃で意識を刈り取ったスバルや、少し離れたところで二人連携し上手く立ち回っているエリオとキャロの表情からも、その高揚っぷりは見て取れた。

 

――これならやれる!

 

一瞬目が合っただけで、そんな声が聞こえた気がした。それ程俺達4人には余裕があり、それが今まで足りなかった自信に繋がって行った。

 

しかし、広がった俺の視野には別の光景も映っていた。

 

それは4課局員と残党の戦いの内の一つ……連携に優れている筈の局員が、逆に残党に分断されて不利な状況を押し付けられている光景だった。

 

この乱戦状態となった戦場を俯瞰してみると、そう言う光景がちらほらあるのが分かる。恐らく敵の練度にバラつきがある為に起こる光景なのだろう、戦いの立ち回りを理解している残党がこの状態を利用し始めている。

 

先程俺に話しかけて来たジェイクの姿も見えたが、アイツはどうやらそんな状況でも問題無く動けているらしい。出来る限り窮地に陥った味方をサポートするようにしているが、残党が壁のように行く手を阻んでいる。

 

――……仕方ない、手を貸すとしよう。

 

初対面でアプローチをかけられて若干の苦手意識はあるが、今のアイツの表情はおふざけ無しの本気って感じだ。情報の借りもある事だし、これくらいは良いだろう。

 

≪スバル、エリオ、キャロ! これからの立ち回りについて、話があるわ!≫

 

 

 


 

 

 

――くそっ、思ったよりも敵の動きが良いな……!

 

突入時、予想通りに仕掛けられていた罠を突破し、乱戦状態に持ち込んだまでは良かった。

これまでにもそう言う状態になった事は多かったし、この後の流れもきっと同じようになるだろうと考えていた。

 

だが……

 

――この乱戦の中で敵に指揮官が生まれやがった!

 

間違いなく念話で指示を飛ばしている者がいる。それ程急激な変化が奴らの動きにはあった。

更に質の悪い事に……

 

――連中の中に傭兵崩れでもいたのか……? 即席にしては戦場の把握が上手すぎる。

 

一部の仲間を切り捨ててでもこっちの戦力を分断し、各個撃破しようとしている。

今もそんな状況を視界にとらえているが……

 

――チィッ! 射線が通らねぇ!

 

俺を包囲するように動く奴が居る。多分戦力としては当てにならねぇからって、俺みたいな遊撃を止める為の壁役だ。

飛翔魔法で飛ぼうにも、この部屋の天井は妙に低い。予めこういう状況を想定し、意図的にそう設計していたのだろう。奴らのボスはそう言う男だった。

 

――クソ、この肉壁さえなければ!

 

 

 

どうにも攻めあぐねていたその時、突然目の前の肉壁の一部が凄まじい速度で吹っ飛んだ。

 

「えっと……どうも!」

「えっ? あ、どうも……」

 

拳を振り抜いた姿勢からこちらに顔を向けてそんな挨拶(?)をするスバルに、俺もつい気の抜けたような挨拶を返してしまった。

そしてスバルが切り開いた直線の道を辿って、ティアナ達3人がやって来た。

 

「情報料代わりに助けてあげるわ。これでチャラね。」

「はは……助かったわ。マジで。」

 

そしてティアナはその最小限のやり取りの後、他のフォワード3人と連携して敵を倒していく。

その活躍は4人の連携がかなり高いレベルで仕上がっているって言うのもあるが、個人の実力も非常に高いレベルでバランスよく纏まっている。それぞれの才能もあるんだろうが、なのは()()の教導の成果も多分に含まれるんだろうな。

 

「ほら、道は出来たわよ! アンタも遊撃手なんでしょ! 動きなさい!」

「……おう!」

 

参ったな……『機会があればカッコいい所見せてやろう』なんて事も考えてたんだが、逆に見せられちまった。

俺が助けようとしてた奴も既にエリオが助けているし、キャロは多くの局員に同時に補助魔法をかけている。この乱戦の中でそれが出来る程鍛えられている。

先程のスバルの動きも、俺の近接戦闘技術を大きく上回っていたし……

 

……うん、こいつらに任せた方が良さそうだ。

 

「ティアナ、伝えておく事がある。」

「何!?」

「地下への入り口を見つけた。一部の連中がこそこそとそこに入って行くのもな。

 奴等の動きを見る限り、地下には緊急用の脱出口がある可能性が高い。

 ロストロギアもきっと持ち出そうとしているだろう。」

「!」

 

そして俺はこの部屋の奥……何かを作る為の機材を強引に床から引っぺがして作られたバリケードを指差して告げる。

 

「お前達が行ってくれ。俺達4課の誰が行くよりも確実だ。」

「……アンタは?」

「さっきは油断して後れを取ったが、もうあんなミスしねぇよ。

 ここは任せて先に行きな!」

 

そう言って、とっておきの魔法を発動させる。

 

≪Servant turret.≫

 

周囲に浮かび上がった5つの光弾はそれぞれが俺の意思で任意の方向へ魔法を放てる砲塔だ。パスを繋いでいるから魔力が常に供給され、魔力が切れて消える事も無い。

 

説明だけ聞けば大した事なく聞こえるかもしれないが、これが案外強力なんだよな。

ちょっとばかしチャージが必要だからさっきまでは使えなかったが、ティアナ達が時間を稼いでくれたおかげで問題無く起動できたのだ。

 

「……何でそれ最初に使ってないのよ。」

んんッ!?? いや、ちょっとした、ほらアレだ。制約とかルールとか!?」

 

言えねぇ……ホントは使ってたけど最初の罠の砲撃の時、咄嗟に盾にしたから消えましたなんて絶対に言えねぇ……!

 

「……まぁ良いわ。じゃああたし達はアンタの言う地下に行くから、ここは任せるわよ。」

「おう、安心して行きな!」

 

そしてバリケードの隙間を潜り抜け、地下へと向かうティアナを見送り……おっと。

 

「邪魔はさせねぇっての!」

 

ティアナ達の後を追おうとした残党に、砲塔の一つから小規模の砲撃を喰らわせ、気絶させる。

 

砲塔5つ、それぞれ独立した動きも可能な上、撃てる魔法は魔力弾から砲撃、バインド、障壁となんでもござれだ。

習得の為にマルチタスクの練習ばっかしてたんで、俺自身の近接戦闘能力が低い事と、慌てた時にこいつを直接盾にしちまう悪癖以外の弱点は……無い!

 

「さぁ、こいつを使わせた俺に勝てる奴は……! あー……ちょっとしかいねぇ!!」

 

いけねぇ、カッコつける為の口上の途中でなのは()()の顔が脳裏に浮かんじまった。

しまらねぇなぁ、どうも……




ティアナ(あいつ死亡フラグ立ててたけど大丈夫か……?)

本来なら前回までに地下突入はさせたかったのですが、文章量が思った以上に長くなってしまった……


今回出てきた転生者

・ジェイク
 StSメンバーではティアナが一番好きだった。
 機動六課のようなマンツーマンではないが高町なのはの教導を受けた事があり、地獄を見た4課局員の内の一人。
 とっておきの魔法はなのはには一切通用しなかった。

 ≪Servant turret.≫
 ジェイクのとっておきの魔法。『魔力弾』ではなく『魔法』を任意に放てる砲塔。ただし砲塔から砲塔を出す事は色々と不効率。
 パスを繋ぐ必要があり、生成に多少の時間がかかるが生成してしまえば敵の砲撃の盾にでもしない限り壊れたりはしない。(最大のプレミ)
 因みにプレミの原因は、操作性が高すぎて咄嗟に庇う反射的な動きにも対応してしまう為。


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フォワード陣の初任務 その4

ジェイクの言っていたバリケードの隙間を通り、その先に有った階段から地下へと突入した俺達は早速待ち伏せしていた敵からの砲撃に晒された。

しかし……

 

「スバル!」

「分かってる!」

 

俺が呼びかけるよりも前から動いていたスバルが張った障壁により、放たれた複数の砲撃は全て弾かれた。

1階とは違い、ここには遮蔽物も多くない。恐らくは食糧等の保管庫だったのだろう、空の箱や袋がちらほら見える。

 

そして眼前には先程砲撃を撃って来た残党が5人……隠れている者の気配は無いし、恐らくこれで全員だろうか。

砲撃の威力や術式の構築の甘さを見るに、やはり実力は低いのだろう。表情は既に強張り、手に持った杖の先も震えているのが分かる。これなら……

 

「エリオとキャロは右を、スバルは左!」

「「はいっ!」」

「任せて!」

 

俺以外の3人を突っ込ませ、両手に握るクロスミラージュを構える。

俺の役割は全体のサポートと制圧。数では僅かに劣ってはいるが、実力差を考えれば余裕で勝てるだろう。

 

 

 

……なんて事を考えている間に戦闘は終わった。

 

いや、ホント思ってた以上に弱かったと言うか、呆気なかった。

距離を詰めたスバルが放った拳撃で一人墜ち、更にその流れで放ったディバインバスターでもう一人墜ちた。

その間にエリオは既に持ち前の高速戦闘で二人墜としており、呆然とする最後の一人に俺の放ったシュートバレットが命中……それぞれ一撃で戦闘時間は10秒未満。

 

「……えっと……? え、終わり?」

 

唖然とするスバルの気持ちも尤もだ。エリオとキャロもあまりの呆気なさに「まだ何かある筈」と警戒を解けていない。

 

「あたしはちょっとこの部屋を調べるわ。スバルも手伝って。

 エリオとキャロは、そいつらをこのロープで縛って置いてくれる?」

「「はい!」」

 

そう言って落ちていたロープを手渡すと、二人は元気な返事をして早速残党の拘束にはいった。

 

「調べるって、何を調べるの? ティア。」

「隠し通路よ。さっきの銀髪オッドアイ……ジェイクが言うには、緊急用の脱出口がある可能性が高いって話だし……現に一階のあのバリケードだって、侵入を防ぐ事よりも時間稼ぎ用って感じだったもの。

 今倒した連中も時間稼ぎか、本命の通路から目を背ける為の囮かもしれない。」

「なるほどね、じゃあ念入りに調べなきゃだね。」

「ええ、何もないならそれで良し。その場合は1階の皆の援護に行く予定よ。

 2階の方も気になるしね。」

 

そう言って手分けして部屋を探し始めて一分が経った頃だろうか、スバルが大きな声で呼びかけた。

 

「ティア! あったよ、ここ! 一度壁を剥がした後がある!」

「本当!?」

 

スバルの言う壁を見ると、確かに金属性のパネルが一枚、僅かにひしゃげているように見える。

散乱している空箱を見るに、最初はこの壁も隠されていたようだ。

ひしゃげていた部分にスバルが手をかけて力一杯引っぺがすと、案の定そこには抜け穴があった。

しかもこの抜け穴……恐らくアジトが埋め込まれている断崖に元々あった洞窟を利用したものだろう、かなり奥まで続いているようだ。

 

つまり、さっき倒した残党の役目は……

 

「囮役でありながら、この壁を隠す為にも残されたって訳ね。」

 

そう言って床に転がされた“元”壁を足で小突きつつ縛られている残党に目を遣ると、意識を取り戻していた一人が「チッ」と舌打ちをして顔を逸らす。

どうやら隠していた物がバレても口を開かない辺り、まだ何か隠している事がありそうだ。

 

「この先に逃げた奴は誰? どこに行ったの?」

「はっ、言う訳ねぇだろォ!! 隠していた通路がバレたってのによォッ!!!!」

「うるさっ……!!」

 

こちらの問いかけに、異様に大きな声で答える残党の男。そのあまりの声量に思わず耳を塞ぐスバルだが、そんなちっぽけな嫌がらせの為に声を張った訳はない。当然その目的は……!

 

「アンタ……ッ!!」

「へへっ、俺が残されたのはこの声量も理由だったって訳だ。結構自慢なんだよな、()()()()()()()()()()()()()って評判だったんだぜ?」

 

逃げた仲間に状況を知らせやがった!

 

「くっ……!」

「おぐぉ……ッ!!」

 

苛立ち交じりに威力を高めに設定したシュートバレットで意識を奪い、落ちていた食料を入れていた物らしい袋を頭からかぶせておく。これで多少はあの声も防げるだろうが……

 

「拙いよ、ティア! 今の声が逃げた残党達に届いてたら……!」

「そうね……距離にもよるけど、あまりのんびりもしていられないわ。」

 

もう考える時間も無い。奴らに時間的猶予を与えてしまえば、罠を張るなり逃げるなりされてしまう。

最悪持ち出したと言うロストロギアを使って、イチかバチかの賭けに出るかも知れない。

安定した物だと聞いてはいたが、兵器転用されれば元のロストロギアが何であれ危険極まりないものである事に変わりは無いのだ。

 

どうする? ここはもう、なのはさんの力を借りてでも残党を逃がさない様にするべきじゃないのか……?

いや、だけど戦った限りだと今回の敵はかなり弱い。実力で言えば間違いなくこちらが上だ。今更罠や待ち伏せの一つや二つあったところで問題は無い。寧ろ、この程度の奴等相手になのはさんを頼るって言う方が、頼り癖が付くなどの意味で問題なのでは……?

 

3人は俺の答えを待つように黙ったままこちらを見ている。しかしその眼は何よりも雄弁に語りかけて来た。

 

「……一階にいる4課のジェイクにも念話で知らせて、あたし達だけでも逃げた残党を追いましょう。

 まだ1階の戦闘は終わっていないみたいだけど、終わり次第駆けつけてくれる筈よ。」

 

俺がそう答えを出すと、3人は一度力強く頷きを返す。

……大丈夫、きっと間違った判断では無い筈だ。最善ではないかも知れないが、最悪でもない……この場に於いてはその筈だ。

 

自分にそう言い聞かせ、ジェイクに念話を繋ぐ。

 

≪ジェイク、ティアナよ。≫

≪ティアナか! さっきの大声からして、やっぱり逃走用の通路があったんだな!?≫

≪ええ、あの声がそっちにも届いてたって言うなら、やっぱり逃げた連中にも聞こえていると考えて良さそうね。

 ……あたし達はこのまま残党を追うわ。そっちの戦闘が一段落したら、こっちに何人か送って頂戴。≫

≪ああ! こっちももうすぐ終わるから、それまで耐える事を優先しろ!≫

≪ええ。じゃあ、先に行ってるから。≫

 

最後にそう締めくくり念話を終えると、3人の方を見て告げる。

 

「ふぅ……それじゃ、行くわよ!」

 

最後の正念場の始まりだ。

 

 

 


 

 

 

ティアナからの念話が途切れた。恐らくはもう残党共を追って隠し通路に入ったのだろう。

彼女達に逸早く追いつき、力になる為にもこの戦闘はさっさと終わらせなければ!

 

「背後ががら空きだ!」

 

砲塔の一つから放たれた投網のようなバインドが、4課局員を壁際に追いやっていた残党に被さり動きを封じる。

 

「ジェイク! 助かった!」

 

追い込まれていた局員は直ぐに状況を把握し、動けない残党を魔力弾で気絶させた。

 

「礼は良いから、さっさとこいつ等を黙らせるぞ! 地下に逃走用の通路が見つかった!

 既に数人逃げているらしい!」

「!? わ、分かった!」

 

そう言って局員は再び戦場にかけていった。

俺も後を追おうとして……視界の端に妙な物を捕らえた。

 

「なんだ、アレ……何か違和感があるな……」

 

目に入ったのは床に散乱する無数のコード類だ。それだけならこの部屋内にもいくつか落ちているのだが、そのコードには何か第六感とも言える何かが働いた。

 

「このコード、あの計器から伸びているな。

 こっちのコードはあの端末か……」

 

それぞれのコードは全て片方だけが計器類と繋がっており、その反対側の端子は床に転がっている。

これは戦闘のいざこざで外れたと言うより……

 

――ここに繋げられていた『何か』が無い……!

 

コードの長さや機材の配置から、その『何か』は少なくとも持ち運べない大きさではない事が分かる。

そして戦闘中にそれらしい物を持っている奴はいなかった!

 

持ち出した奴が居るとしたら、そこは……!

 

「……マジかよ、クソッ!!」

 

アイツ等……もう碌にメカニックがいないって状態で、何を作ってやがったんだ!?

 

とにかく、ティアナに念話で知らせねぇと!

そう思い術式を起動しようとしたその瞬間……

 

「っ!? う、おぉ……!!?」

 

地面が大きく揺れた。

 

 

 


 

 

 

残党を追って洞窟に入ると、緩やかな下り坂になっている事が分かった。どうやらこの洞窟は地下に向かって伸びているらしい。そして、光源を確保する為だろうか、ランプが一定の間隔で置かれ、その光の線は奥へと伸びていた。

 

「……このランプを辿れば、追いつけそうね。スバル。」

「うん、ウイングロード!」

 

スバルが叩いた地面から、光の線と平行になるように道が伸びる。普通に歩いても良いとは思うが、地面に罠があるかも知れないし、妙に滑らかな地面の感触から滑る箇所もあると考えられたからだ。

 

「この洞窟……多分、元々は地下水脈か何かだったのね。地面だけじゃなくて壁も滑らかだわ。」

「枯れた地下水脈を利用して、避難経路にしてるって事?」

「ええ、きっとね。」

 

そして水脈が枯れている以上、水が流れて行った出口がこの先に有るのは確実だ。

この緩やかな傾斜を利用すれば、場所によってはわざと地面を滑る事で逃げやすくする工夫もされているかもしれない。

 

待ち伏せ警戒の為にも周囲を観察しながらしばらく進むと、広い空間に出た。恐らくは昔、水が溜まっていた場所だろう。ここは先程までの通路とは違い、傾斜もあまり無いようだ。

 

 

 

「――ッ! 回避!!」

「「「!」」」

 

薄暗い通路の奥で光が瞬いたと思った次の瞬間、ウイングロードを逆走してきた巨大な砲撃が洞窟の天井に当たり、激しい爆発を巻き起こした。

洞窟全体が揺れるほどの衝撃に加え、続く爆風によって地面を転がされた俺達は互いの姿を見失ってしまう。

 

「けほっ……! けほっ……! ……皆、無事!?」

「うん、あたしは平気! エリオとキャロは!?」

「僕達も大丈夫です。」

「でも、今の砲撃……」

 

3人の無事が分かり、一先ずその事には安心できたが……問題はキャロが言ったように、先程の砲撃の威力が他の残党の比ではない事だ。

これほどの魔法が放てる者がいるのであれば、予め注意事項として聞かされているべきだと思うが……

 

その時、俺の頭上から落ちて来た石がクロスミラージュに当たった。

 

「――ッ!」

 

薄暗く岩に囲まれた環境、そしてデバイスから伝わる衝撃に過去の記憶が一瞬過る。

 

「ティアッ!!」

「!?」

 

咄嗟に身を翻し、襲って来た男の攻撃を回避。ゼロ距離で放ったシュートバレットで意識を奪う。

倒れた男を見て、どうやら逃げていた残党の一人らしいと結論付け……ハッとしてスバル達の方を見ると、どうやら彼女達も問題無く残党を返り討ちに出来たらしい。

 

その様子に安心する一方で……

 

――くそ、情けない! こんな時にあの時の記憶が過るなんて!

 

自らの頬を叩き、意識を切り替える事で嫌な記憶に蓋をした時、声が聞こえた。

 

≪ティアナ、俺だ! ジェイクだ!

 気を付けろ、奴等どうやらロストロギアを使ってなんか作ってたみたいだ!≫

≪……なるほどね、そう言う訳。≫

 

魔力で風を起こして土煙を晴らすと、砲撃が放たれたと思しき地点に何らかの装置が発する青白い光が灯っているのが見えた。

大きさは手の平サイズだろうが、そんな小さな光源でも近くにいる人物の姿を照らし出すには十分だった。

 

「チッ、今のを躱すかよ。完全に不意打ちできたと思ったのによォ……」

 

身長は180㎝前後、筋骨隆々のスキンヘッドの男はそうぼやくと、肩に担いだ大砲のような装置のレバーを引く。

 

ブゥゥン……と、小さな振動音が耳に届き、装置が何らかの動作を始めた事を物語る。

 

≪! まさか、もう会ったのか!? 今の揺れがそうなのか!? 全員無事なんだろうな!?≫

≪攻撃されたけど、全員対処して無事よ。そっちの様子はどうなの?≫

≪こっちはもう抵抗しているのも数人だが、捕縛が済んでいない奴や捕縛済みだが暴れる奴もして予想以上に手間がかかってる!

 こっちに負傷者もいるから、あと少しだけ待っててくれ!≫

≪了解。≫

 

ちらりとエリオとキャロに目を遣ると、既に倒した残党達にバインドをかけて拘束しているようだ。近くにはスバルも監視としているし、向こうは問題無いだろう。

あと少しでこっちに増援が来る……なら、今俺がするべき事は時間稼ぎか。

 

「時空管理局、ティアナ・ランスターよ。

 降伏して大人しく捕まるのなら、今の攻撃の事も水に流してあげるけど?」

「降伏? バカ言え、誰がガキ4人相手にそんな真似するかよ。

 こっちにはコイツがあるってのによ。」

 

そう言って男は肩に担いだ大砲のような装置を掲げる。

 

「そんなオモチャで正式に訓練を積んだ局員4人に勝てると思う?

 魔導士を年齢で測るなんて、アンタも大した使い手じゃなさそうだけど?」

「へっ、そんなんで挑発のつもりか? いや、それとも時間稼ぎだったか?」

 

どうやら、こっちの目的はバレていたらしい。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、男は俺に大砲の照準を向ける。

 

「まぁ、俺としちゃどっちでも良いんだ。()()()()()()()()()()()()()()。」

「ッ!」

 

再び放たれた砲撃を横に飛ぶ事で回避する。

流石にあの威力を咄嗟に相殺出来る程、俺の魔力発揮値は高くない。あの砲撃に対して俺が出来るのは回避だけ。そしてさっきの奴の言葉から、あの砲撃にはチャージが必要……ならば!

 

「クロスファイアー、シュート!」

 

チャージの時間は与えない! 増援までの時間稼ぎも考えない! コイツにもう攻撃させない為にも、一気に片を付ける!

 

「おっと……! 随分と派手に撃って来るじゃねぇか……!」

 

男は見るからに重そうな装置を担いでいるにもかかわらず、身軽な動きで魔力弾を躱す。

……ならば!

 

≪Dagger Mode≫

 

魔力弾の制圧射撃と、近接戦闘の合わせ技で一気に決める!

 

「そう言うところがやっぱりガキだな。」

 

距離を詰め、攻撃に移るその瞬間、男は懐から改造銃を取り出してこちらに向けた。

だがあの銃は見た事がある。一回の乱戦でも敵が好んで使用していた、電気で相手を痺れさせるタイプの物だ。殺傷力、弾速共に低く、冷静に対処すれば……

 

「――ッ!??」

 

だが、次の瞬間その改造銃から放たれたのは、無数の光弾だった。

それはまるで散弾銃のように拡散し、壁の様な弾幕となって襲い掛かって来る。

俺はその魔力弾の軌道を確認し、即座に決断する。

 

――回避するしかない。

 

咄嗟に地を蹴り横に飛ぶ。妙に力が籠もり、思ったよりも大きく飛んでしまったが、回避できたのだから問題ない。

直ぐにもう一度接近して……!

 

「……あん? く、くくっ……! 何だてめぇ、ガキだガキだと思ってたが……そこまでとはな!!」

「な、何が可笑しいのよ!」

 

不意打ちで一度回避させた程度で図に乗るんじゃ……!

 

「だってよぉ……ヒヒッ! 脚ィガックガクじゃねぇか!! ッハッハッハッハ!!!」

「……は?」

 

言われて気付く。気付いてしまう。俺の脚が……()()が震えている事に。

 

「――ッ!!」

「怖えんだったら大人しく家に帰ってりゃ良いのによ! こんなとこまで追って来て、ビビり散らしてたら世話ねぇよなぁ!」

「ち、違う……! これは……」

 

そして思い出す。さっきの俺の判断……回避の判断を決定づけた要素。俺は潜り抜ける隙間が無いから回避を選んだ……そう思っていたが、そうじゃなかった事に気付く。

散弾の一つが俺の左脚に向かっていたからだ。判断が早い筈だ。あの時俺は、迎撃を考えずに反射的に回避を選んだのだ。……恐怖から逃げたが為の判断だったのだ。

 

「違わねぇよ、お前は見たところこう言う実戦は初めてだろォ?

 向けられる敵意に慣れてねぇんだ。いざ本気で自分が害されると分かった時の新兵って奴は、案外脆いんだぜ?」

「違う! あたしは、アンタ程度の奴に……」

「へへっ、じゃあもう一度受けてみるか?」

 

そう言って奴は再び改造銃を俺に向けた。

 

 

 


 

 

 

「――ああああああああっっ!!!」

 

エリオとキャロが気絶させた残党達を縛り終える間、二人の身を守る為にそばで見張っていた俺は、唐突にそんな絶叫を聞いた。

 

「ティア!?」

 

ティアは確か、離れた場所で敵のリーダーと戦っていた筈だ。リーダーとは言っても、あの連中の中で一番マシ程度の実力の筈。

拘束中に流れ弾がなるべく来ない様に距離は取ったけど、それだってアイツの実力がティアナには遠く及ばない事を分かったうえでの判断だった。

そんな相手にティアナがここまで取り乱すなんて……何かがあったに違いない!

 

「エリオ、キャロ、後は任せられる?」

「うん、スバルさんは早くティアナさんの所へ!」

「私達は大丈夫ですから!」

「ありがと! 直ぐに戻るから!」

 

そしてティアナの下に駆けつけた俺が見たのは……

 

「あああああぁぁぁぁっ!!」

 

大量に打ち出される散弾に対し、過剰とも言える量の魔力を込めた魔力弾を乱射するティアナの姿だった。

 

「ティアッ! 駄目だ、そんなに魔力をつぎ込んだら……!」

 

そう呼びかけるも、半狂乱状態のティアナにはこちらの声が聞こえていないらしく、魔力弾の乱射を止める気配が無い。

 

――まさか、トラウマのフラッシュバック!?

 

可能性はある。あんな数の散弾だ、相手がティアナのトラウマを知らなかったとしても、偶々魔力弾の一つが左脚を狙う事だってあるだろう。

でも、そうならない為になのはさん達は訓練してきたはず……!

 

――いや、今はそんな事よりも、ティアナを助けないと!

 

そう思い、踏み出そうとする瞬間……残党のリーダーが肩に担いだ装置をティアナに向けるのが見えた。

 

「ッ!!」

 

考える前に体が動くって言うのはこう言うものなんだろうと理解したのは、ティアナに迫る砲撃の前に体を晒した後の事で……

 

「プロテクション!!」

 

俺は迫る砲撃の光に備える事しか出来なかった。




多分こうなる予想をしていた人も居たと思います。


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フォワード陣の初任務 その5

執筆の時間があまりとれず、若干急いで書き上げたのでちょっと変な所が残ってるかも……


砲撃を受け止めた障壁から腕に伝わる衝撃は重く、そして絶え間ない圧迫を常に与えて来る。

例えるならばそれは台風の日に風上に向けて傘を構えるような物で、今の俺はとても身動きの取れない状況だ。

 

それに……

 

――拙いな、ちょっと耐えられそうにない。

 

残党のリーダーが担いでいた装置……恐らくはロストロギアを組み込んだ兵器と思われる『それ』から放たれた砲撃の威力は、俺の想像を遙かに超えていた。

 

ヴィータとの模擬戦形式の訓練でも重い一撃を何度も受けて来た経験で今の自分の障壁の強度は理解しているが、この砲撃の威力は俺のプロテクションをもう数秒と経たずに抜いて来るだろう。

 

「ティア! 早く逃げて!!」

「ご……ごめん、スバル……脚が震えて……!」

 

見れば、確かにティアナの左脚はガクガクと震えて一人で歩く事も難しそうだった。

その様子にあの時の光景が脳裏を過る。

 

「やっぱりトラウマが……!」

「……ホント、情けないったらないわ。ちょっとあの時と似た環境ってだけでこの様だもの。

 スバル……アンタだけでも逃げなさい。あたしは何とか障壁で耐えてみる。

 大丈夫よ、シャマルさんも来てるから死ななければ助かるわ。」

 

そう言って覚悟を決めたように笑みを浮かべるティアナだが、そんな選択を許す訳には行かない。

今でこそ落ち着いたようだけど先程魔力弾の乱射に使った魔力量は相当の物だった。それに今のティアナの様子を見る限り、障壁に使う魔力もそれほど残っていない筈だ。そんな状態で挑む賭けじゃない。

 

――障壁を解除して、ティアナを抱え、マッハキャリバーの全速力で振り切るって言う手もあるけど……

 

いや、これも確実とは言い難い。確かにローラーブーツからマッハキャリバーに替えた事で速度も機動力も上がったけど、今の地面の状況が良くない。昔の水の浸食で滑らかになった足場で、もしもマッハキャリバーのローラーが空回りを起こせばどうなるか……いや、そもそもそう言ったアクシデントが無かったとしても、砲撃が直撃するより早くティアナを抱えて離脱できるかどうか……どっちの賭けも分が悪すぎる。

 

――やっぱり、確実にこの砲撃をやり過ごす手を使うしかないか。

 

目を瞑り、自分の中でスイッチを切り替える。それはある種の意識的なスイッチの切り替えであり、それと同時に文字通りの意味でのON/OFFの切り替えだ。

身体の内側で今まで動いていなかったパーツが駆動し、その『振動』が体の外へと溢れていく。

 

「! スバル、あんた……!」

「ティア、伏せてて。」

 

巨大なエネルギーに、もう一つの巨大なエネルギーをぶつける……考えるまでもなく、危険な行為だ。だけど、少なくともこれが二人とも助かる可能性が最も高い選択肢なのだ。

 

溢れ出す振動に魔力を纏わせると、その独特の波形が視覚化されていく。

 

「――IS(Inherent Skill)

 

元々戦闘機人として持っていた能力……スバルが危険な力と判断し、積極的に使用しなかったその力を、俺はこっそり鍛えていた。

力をコントロールする事に比重を置いて、可能な限りリスクを排し、安全に使えるようにする為に。

この力はその副産物に見つけたものだ。本来は『対物』にのみ圧倒的な破壊を齎す力『振動破砕』……そのバリエーション。

 

振りかぶった右の拳に波形が集約されると、俺の魔力の色を反映して空色の輝きを放つ。

 

「振動破砕・改!」

 

名前は付けていなかったので安直だが、その性質はこの状況に即している。

 

「ハアアァァァッ!!」

 

俺が輝きを放つ拳を自分の障壁に叩き込んだ瞬間……波形の魔力が俺の障壁に伝わり、更に残党のリーダーが放った砲撃にまで伝わって行く。

 

そして、一瞬それらが歪み、捻じれた。

 

 

 


 

 

 

「!」

 

唐突に凄まじい爆発音が響き、地面が大きく揺れた。

先程も小さな揺れが数回あったが、今回のはそれらとは比べ物にならない規模の振動だ。

 

思わずたたらを踏むが、グラーフアイゼンを杖のように地面に刺す事で何とか倒れないように持ち堪え、耳鳴りが煩い中、音のした方向を見据える。

 

「今のは……ったく、あいつ等一体何やってんだ?」

 

震源はともかく、音の発生源は間違いなく今あたしの前にある洞窟からだった。

そう、ここは奴らの逃走ルートだろう洞窟の出口だ。

門番代わりか、それとも偶々か、出口付近の沼に生息していた巨大な魔導生物を倒したあたしは、ここで奴らが逃げて来るのを出待ちする予定だったんだが……

 

「……どうものんびり待ってる余裕も意味もなくなったみてぇだな。」

 

洞窟の奥から多量の魔力が漏れてきている。そしてその内の一つは、あたしが今訓練を見ているスバルの物だ。

 

敵の逃走経路を見つけたって所は評価点だが……どうやら相当無茶な事をしているらしい。状況次第だが、コレは減点対象かもな。

 

≪なのは、予定変更だ。動いてくれるか?≫

≪うん、いつでも!≫

≪助かる。じゃあ、そうだな、先ずは……≫

 

「――さて、あたしも行くか。」

 

なのはに段取りを伝え終えたあたしは、洞窟の中へと駆け出す。他でもないあたしの教え子を助ける為に。

 

「実戦になった途端に無茶しやがって……! そっちがその気なら、こっちはその無茶が無茶じゃなくなるくらいに扱いてやるからな!」

 

 

 


 

 

 

――あのガキ、何しやがったんだ……!?

 

赤い髪のガキにロストロギアを組み込んだ魔導砲の一撃を放った瞬間、青い髪のガキが割り込んだのは見えた。

おおかた赤い髪のガキの方を助けようとしたのだろうが、そんな行為は俺からすりゃあラッキー以外の何物でもない。赤青セットで仕留めてやろうと、魔導砲の出力を上げ、若干次のチャージ時間を伸ばしてでも決めるつもりで撃ったんだ。

 

だがその結果、砲撃は奴等を飲み込む前に捻じれて中程で爆発……俺もその衝撃で随分吹っ飛ばされちまった。

 

――そうだ! 魔導砲は無事か!?

 

近くに転がっていた魔導砲に駆け寄り、様子を見る。

……どうやら機能に問題は無いらしい。レバーを下ろすと、正常にチャージが始まった。

 

ったく、焦らせやがって……コイツはこの洞窟を抜ける時にも、あの魔導生物を仕留める為に必要なんだ。こんな整備も出来ねぇところで壊れて貰っちゃ困る。

 

安堵のため息交じりに魔導砲を肩に担ぐと、先程の爆発の煙も晴れてきた。

ガキどもの状態を確かめる為に目を向けると……

 

「……ちっ、仕留めそこなったか。」

 

煙の向こうに人影が見える。どうやら多少ふらついているようだが、自分の足で立っている以上戦闘は可能か……

 

くそ、なんだって砲撃が捻じれるんだ!? あんな()()()さえ起こらなければ仕留められたはずだったのに!

やっぱりメカニックが全員捕まっちまったのが痛手だった……たまたまこのアジトに残っていた試作品の設計図を流用したのも間違いだったか? いや、だが俺達にはコイツに賭ける以外の手段は無かった。それは間違いねぇ。

 

……そうだ、そもそも俺はツイてるんだ。あの逮捕劇の中で何とか逃げ出せただけじゃない! 偶然目の前に転がって来たロストロギアだって手に入った! 何とかここを切り抜けちまえば、今度はこのロストロギアと兵器を交渉材料に別の組織に入ってやり直す事だって出来る!

 

――この煙が晴れていない今がチャンスだ!

 

俺は踵を返し、洞窟の出口に駆け出す。

魔導砲のチャージはまだ済んでないが、出口に着く頃にはチャージも完了してる事だろう。そうなればあの魔導生物をコイツで殺し、近くの岩場にある秘密の隠れ場所に身を隠せる!

この通路がバレようと、隠れ場所を知る者はいない! 俺は助かる! 逃げ切れる! 逃げ切って今度こそ革命を……!

 

 

 


 

 

 

煙が晴れていく……残党のリーダーの姿は、無い。

さっき微かに聞こえた足音から考えても、どうやら逃走した事に間違いは無さそうだ。

 

「……ティア、無事?」

「スバル……アンタ、その腕……」

 

腕? ティアナの言葉で右腕の様子を確認しようとしたが、腕が上がらない。

視線を動かして確認すると、腕の至る所に罅が入り、機械の部品が覗いているのが見えた。

 

「あー……うん、やっぱりこうなっちゃうか。」

 

俺が振動破砕・改をあまり使わない理由はまさにこれだ。振動破砕はただでさえ周囲に危険が及ぶISだ。しかし、ただそれだけならば使いこなしさえすればその影響を最小限に抑えられる。

だが、振動破砕・改はダメだ。敵の魔力波動との共振現象を引き起こす振動破砕・改は、その技の性質上どうしてもこっちの体にフィードバックが来る。

この腕も整備して貰うまではこのままだ。

改善しようのないデメリット。重すぎるリスク。だからこそ使う機会は無かったし、使う事も無いと思ってたんだけどな……

 

「やっぱりって……痛みとかは無いの……?」

「うん。そりゃあちょっとは体も痛むけど、訓練の扱きの方が痛いかな。

 ティアの方も……とりあえずは大丈夫そうだね。安心した。」

 

どうやら体の震えも収まったみたいだ。俺が安心していると、ティアナは恐る恐ると言った様子でこちらに近付き、俺に抱き着いて来た。

 

 

 

……

 

 

 

…………?

 

 

 

!!!!!!??????

 

ぅえッ!!? ちょ、ティアッ!!??」

 

突然の事に動揺し、唯一動く左手で咄嗟に肩を掴もうとして……

 

「ごめんなさい……っ! スバル、ごめんなさい……!」

 

そんなティアナの震える声を聞いて、どうするべきかと考える。

何と言うか、こう言う事に詳しくない俺でも肩を掴んで離すのは絶対に違うなと言う事は分かる。だけどいざどうするのが正解かと考えると、さっぱり分からない。何か漫画とかアニメとか映画とかドラマだとここからする事って大抵抱きしめ返して何かイケメンな事言うんだろうけどそんな事言えるほど俺のワードセンスって良くないしぶっちゃけティアナには申し訳ないんだけど今すっごい緊張状態で頭も回らないって言うか、そもそも普段から頭回ってないって言うか……! えっ、こういう時どうするの!!?

 

誰か、誰か教えて!

 

「すまねぇ! 遅れ…………ふっ……」

「あっ、ちょっと!?」

 

そこの銀髪オッドアイさん!? 待って! クールに去ろうとしないで!!? 今ある意味すごいピンチだから!

 

「良いか、二人共。こう言う時、二人っきりにしてやるってのが空気の読める大人な行動って奴だぜ。」

 

待って、エリキャロも連れて行こうとしないで!!

 

「ちょっと待って! 今…………ん?」

 

その時、俺の耳が微かな物音を聞き取った。

まだこの作戦は終わっていない……そんな感覚がして、途端に頭が冷静になる。

 

「ティア……あたしの後ろに居て。」

「えっ……」

 

ティアナを緊張させない様に優しく背中を撫でてそう言い、俺はティアナを庇う様に洞窟の奥へ向けて一歩だけ踏み出す。

 

物音はアイツが逃げて行ったであろう洞窟の奥からだ。耳をすませばだんだんと音の詳細が分かって来る……

 

――コレは、打撃音……? それも一撃一撃が相当に重い……それが絶え間なく続いている。

 

この先で戦闘が起きている! つまり、アイツは逃げきれていない! 俺は戦闘不能だけど、今からでもエリオとキャロ、それに銀髪オッドアイを向かわせれば……!

 

……あれ、でもこの音のリズムと重さ……どこかで日常的に聞いていたような……?

 

その瞬間、一際重い音がした。そして空気を裂いて何かが飛来するような音……凄い速度で、何かがこっちに飛んでくる!

 

ティアナが俺の背後にいる事を確認し、残る左腕を構える。

俺の予想が当たっていれば、今からここに飛んでくるのは……!

 

 

 

……見えた! って……

 

「や、やり過ぎじゃないかな……ヴィータ副隊長……!」

 

飛んできたのは残党のリーダーだ。全身に痛々しいあざを作り、意識を失っているのか白目まで剥いている。

 

俺は錐もみ回転で飛んできた彼を……

 

「――せいッ!!」

「ぐはッ!!?」

 

拳で受け止めた。

 

そのまま地面に落ちた残党のリーダーを恐る恐る覗き込む。

 

「……ッ! ……ァ……!」

 

どうやらさっきの俺の一撃が気付けの役割を果たしたのか意識は戻ったようだが、今度は全身を苛む激痛に声も無く悶えている。

 

直後、洞窟の奥からヴィータが高速で飛んできて、目の前に着地した。

 

「よぉ、無事……って感じじゃねぇな、スバル。」

「は、はい……!」

 

咄嗟に敬礼しようとしたが、右腕が上がらずに直立してしまう。

 

「その腕、治るのか?」

「はい! 設備のあるところで整備して貰えれば、ちゃんと治ると思います!」

「……なら、今は良い。後で詳しく聞くからな。」

「は……はい!」

 

――ヒィ……これ絶対後で怒られるヤツだぁ……!

 

内心半泣きになりながら覚悟を決めていると、俺の後ろからティアナが飛び出した。

 

「あ、あの! ヴィータ副隊長!」

「あん?」

「ス……スバルをあまり責めないでください! 悪いのは、あた……あたしなので!」

 

ティアナ!? 気持ちは嬉しいけど、今はあまり口を出さない方が……!

 

「……はぁ……何が有ったかは後で聞く。誰が悪いとか、正しいとか関係無しだ。

 そんで作戦が終わった後はそれぞれの反省点を洗い出し、次の事件までに改善するだけだ。

 ……折角生き残った奴を無駄に責め立てる時間なんかねぇよ。」

「ヴィータ副隊長……」

 

ティアナ……天使か!? いや、諸々の説明後にどうなるかはまだ分かんないけど、ティアナの言葉でヴィータは少し落ち着いたように見える。

もしかしたら今のヴィータなら話せばわかってくれるかも……!

 

「ぐ……この、バケモン、が……!」

 

ヴィータからのプレッシャーが減ったのか、残党のリーダーがヴィータを睨みながらそんな事を口走る。

……いや、お前凄いな。ヴィータがいくら見た目が子供だからって、お前をそんな目に遭わせた相手にそんな口をきけるなんて。

 

「魔導砲のチャージさえ済んでいれば、てめぇなんか……!」

「あ? 魔導砲……? ああ、この()()()()の事か。」

 

そう言ってヴィータは片手に持った装置をフリフリと見せつけて挑発する。

 

「て、てめぇ……!」

「チャージ率……これか。100%になってるな。

 これがあればあたしに勝てるって? 本気で言ってんのか?」

「当たり前だ! フルチャージで撃てば、その威力は魔力発揮値600万の砲撃に匹敵する!

 魔導士一人がどうにかできる威力じゃねぇ!」

 

魔力発揮値600万!? ……確かにそれは脅威だ。それだけの出力の魔法は一般的には、ランクS以上の魔導士が扱うレベル。それをチャージが必要とは言え、魔力量も適性も関係無しに撃てるとなると恐ろしい事だ。

しかし、ヴィータはそれがどうしたと言わんばかりの表情でこう告げる。

 

「随分と思い上がりが過ぎるな……やっぱわからせるしかねぇか。」

「は?」

 

次の瞬間、薄暗い洞窟に光が刺した。いや、違う……()()()()()()()()と言うべきだろうか。

 

恐ろしく高密度の砲撃が、数十mはあろうかと言う岩盤を一瞬で穿ち抜き、僅かな振動も無く地面につき立ったのだ。

 

そしてコルク栓を抜いたような真円形の穴から、一人の女性がゆっくりと舞い降りて来た。

 

……そう、高町なのはである。

 

「おい、なのは! ちょっとプロテクション張れ。」

「え? 良いけど……」

《Protection.》

「はっ、えっ? なのは? なのはって……」

 

二人の短いやり取りに激しく動揺し始めた残党軍のリーダーの反応を余所に、ヴィータは例の装置……残党軍のリーダーが『魔導砲』と呼んだそれをなのはに向けて躊躇なく撃った。

 

そして砲撃が直撃し、その煙から傷一つないなのはが現れ……

 

「もう! ビックリさせないでよ!?」

 

その声が洞窟に響いた瞬間、残党軍のリーダーは忽ち土下座し無言で両手を突き出した。

 

……こうして、フォワード陣の初任務となった事件は解決したのだった。




取りあえず事件は今回で解決です。
他の残党はなのはさんが素顔を見せた状態で空を飛んでいるのを見た瞬間に降伏してます。

次回1話挟んで、そのままスバルとティアナの過去編(例の事件だけなので短い)に入ると思います。


以下おまけ
・魔導砲→魔力発揮値600万
・小学生なのは→魔力発揮値793万(ディバインバスター)

機動六課で個人で対応できる人物一覧(フォワード以外)
・なのは→プロテクション
・フェイト/アリシア→当たらない
・はやて→対応できる魔法多数所持
・リインⅠ/Ⅱ→はやてに同じ
・シグナム→普通に切れる
・ヴィータ→アイゼンで打ち返せる
・シャマル→旅の鏡で返せる
・ザフィーラ→消せる


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フォワード陣の初任務 その6

「――静かなる風よ、癒しの恵みを運んで。」

 

残党を纏めていたリーダー格の男を捕らえて4課に引き渡した後、私達は負傷した局員達をシャマルの下に運び治療の手伝いをしていた。

治療と言っても殆どの患者は軽傷で済んでおり、一部の重症患者もシャマルの腕ならば誰一人欠けることなく助けられる事だろう。

 

本当にただ一部……心に傷を負った者を除いては。

 

 

 

「……、…………。」

 

シャマルが治療を施している部屋を出て、作戦開始前に待機していた部屋の前に戻ると、中からスバルの声が微かに聞こえた。

様子を窺うように覗き込むと、何やらスバルがティアナに話しかけているのが見える。

 

「ティア……大丈夫だよ、事件は無事に解決したんだし、誰も取り返しのつかない怪我はしてない。

 あたしの腕だって、整備すればまたちゃんと動くようになるからさ。」

「……」

 

何とか励まそうとするスバルの言葉にも、ティアナは俯いたまま反応を示さない。

聞けば、ティアナは残党リーダーとの戦闘中にトラウマを発症し、錯乱状態に陥ってしまったのだとか。

一応左脚に魔力弾が向かうだけではトラウマが発症しない事は確認済みだったのだけど、今回はどうやら事情が違ったという事らしい。

 

……この辺りの事情に関しては、私はどうする事も出来ない。

と言うのも、ティアナ本人が怪我の原因や状況を当時の教官にすら秘密にしていた為だ。

教官も管理外世界を使用した実習中にティアナが負傷した事しか分かっておらず、ティアナが話したくない事ならばと私も彼女に深く聞く事は無かった。

もしも私が多少強引にでもティアナから事情を聞き出せていれば、今回のような事も起こらなかったのだろうか……そんな風に考えてしまう。

 

「……彼女の事が心配かね。」

「ブラバスさん……」

 

思い悩む私に声をかけたのは、4課の総部隊長を務める『ブラバス少将』だった。

彼はティアナ達の様子を一瞥すると、こう続ける。

 

「……初任務で思い通りに動けない者を俺は何人も見て来た。

 数多の事件に関わる中で、心に傷を負ってしまう者もな。」

「……」

 

ブラバス少将の言葉の続きを黙って待つ。

彼は私とは違い、事件の現場で局員を育てて来た人だ。彼は私にとって、今必要な知識を授けてくれようとしているのだと、目を見て分かった。

 

「心の傷は時間が解決してくれる……その言葉をすべて否定する訳ではないが、場合によっては時間が心の傷を()()()()事もある。

 自分で自分を責め続け、やがて自信を無くし、前まで出来た判断が出来なくなる……責任感が強い者ほどその傾向は顕著だ。」

 

ティアナの性格は、彼が言ったそれにまさに当て嵌まるように思う。

もしもこのままティアナが自らを責め続け、心が折れてしまうような事があれば……そう思うと、何か気の利いた言葉をかけてやりたいのだが、肝心の言葉が何も思い浮かばないのだ。

 

「……私は、ティアナにどう言葉をかけてあげるべきなのでしょう。」

「俺が彼女達を見る限り、君が今何か言葉をかける必要は無い。

 『時間が解決できない傷』を癒してくれる一番の特効薬は、『信頼している友』だ。

 ……どうやら彼女は、それをもう持っているらしい。」

 

そう言う彼の視線を追ってティアナ達を見れば、いつの間にかスバルはティアナに言葉をかける事をやめ、ただ側に寄り添うように努めていた。

エリオとキャロは二人だけにしようと決めたのか、二人の方を何度か振り向きながらも部屋から出て行くところだった。

 

「俺達も場所を変えよう。年の近い親友にしか聞かせたくない事もあるだろう。

 君が彼女に声をかけるべき時は、もう少し後にきっとやって来る。」

「あ、はい。」

 

ブラバス少将にそう言われ、最後に二人の方を振り返る。

ティアナはそばに寄り添うスバルを一度チラリと見た後、再び俯いたのが見えた。

私はその反応が良い傾向である事を信じる事にした。ティアナがスバルに何も言わなかったのは、スバルが傍にいる事を受け入れたのだろうと。

 

……今のティアナはスバルを必要としているのだろうと。

 

 

 

――ブラバス少将について行く形で部隊長室にやって来ると、ヴィータがソファに座っているのが見えた。

 

ブラバス少将に促されるまま、私も彼女の隣に腰掛けると、ヴィータは小さな声で尋ねて来る。

 

「おう、なのはか。

 ティアナの様子はどうだった。」

「やっぱり落ち込んでたよ。

 ……私は何も声をかけられなかったけど、スバルが傍についてるからきっと大丈夫だと思う。」

「そうか。」

 

それきりヴィータは口を噤んだ。

しかし、その表情は先程よりも少し緩んだように思う。スバルがついている事を知って、安心したという事なのだろうか。

 

「――さて、君達にも色々な訳があるのは承知の上だが、今回の事件の話をさせて貰おう。」

 

タイミングを計って切り出されたブラバス少将の言葉に居住まいを正すと、彼はテーブルを挟んで向かいのソファに腰掛けると話し始めた。

 

「今回の事件における君達の活躍は素晴らしいものだった。

 残党ではあるが『敵のリーダーの捕縛』、『ロストロギアの回収』は機動六課の手柄と言えるだろう。

 また負傷者の治療に当たってくれているシャマル殿の件も含めて、君達に感謝を……」

「そう言う話は別に良い。早く本題に入ってくれ。」

 

ある種の社交辞令と捉えたのだろうヴィータがブラバス少将の言葉を遮ると、ブラバス少将は少し考えた後、改めて話を切り出した。

 

「……分かった。では本題に入ろう。

 今回の突入の際、奴らが利用した逃走用ルートの存在に関してだが……狂暴な魔導生物がいる事を理由に対処を怠っていた事を先ずは詫びよう。

 言い訳になるが、あの組織の戦力となる魔導士及び、兵器開発に当たっていたメカニックは全員捕縛済みで、奴らがあのルートを利用出来るとは考えてもみなかったのだ。」

 

彼曰く、アジトの構造上逃げ場が一切用意されていない事を不審に思い、周辺の調査は行っていたのだと言う。今回の通路に関しても、調査の末に出口らしき洞窟の存在は確認していたそうだ。

しかし、その周辺の沼には巨大な魔導生物が生息していた為、戦力がほとんど残っていない残党には利用できないと考えて手を付けなかったのだと言う。

勿論この判断の影には、わざわざ狂暴な魔導生物の縄張りに入ってでも逃走経路かどうかも分かっていない洞窟を塞ぐと言うのはリスクが大きいという要素もあったのだろう。

 

「だが現実に奴らはあのガラクタを作り、逃走経路を利用しようとした……

 つまり、あの魔導生物さえどうにかしちまえば逃げ切れると踏むような『何か』があの付近に存在する可能性があるって事だ。

 隠された転送装置か、はたまた戦力差を覆せるような兵器か……それは分からんが。」

「その調査をするまでは、事件が完全に片付いたとは言えねぇって訳か。」

 

そう、結局はそう言う事になるのだ。

『逃げる』という行為は一見簡単に思えるかもしれないが、その実非常に危険な綱渡りだ。特に今回のように、周囲を完全に包囲されている事が分かっているのならなおさらだ。

逃げれば裁判でそれだけ不利になるし、場合によっては罪状が追加される。正直、籠城が失敗に終わった時点で即降伏した方が刑は軽くなる可能性が高い。

 

それでもあの状況で逃げる事を選んだという事は、当然逃げた後の段取りが用意してあったと考えるのは自然だろう。

 

「ああ。だが数ヶ月程前に行った事前調査では、怪しいものは見つからなかった。

 アジト内で遠隔操作する事で発動する仕掛けでもあったのかも知れんと考え、現在アジト内は捜査中だ。

 そこで君達に頼みたいのが……」

「アジトの外の調査か。」

「ああ、本来は俺の部隊だけで行うべきと分かっているが、こちらも予想以上の負傷者が出てしまってな……

 まったく、俺もヤキが回ったもんだ。敵を一番侮っていたのが俺だったとは……

 っと、話が逸れたな。調査の件、頼まれてくれるか?」

 

彼の言葉に一度ヴィータと互いに意思を確認し合い、答える。

 

「はい、私達で良ければ。」

「君達以上はいない。済まないが、よろしく頼む。」

「いえ、今回の場を提供してくれたお礼でもありますので。」

 

これは私の本心だ。

確かに今回の一件、全てが予定通りではなかった。

ティアナの心も折れてしまうかもしれないところまで傷付いたし、スバルの腕も一時的にとは言え動かなくなっている。

 

……だけど、それらはある意味成功よりも貴重な体験なのだ。

私達の仕事は凶悪な犯罪者と常に対峙する仕事だ。失敗=死、或いは再起不能と言う事が当たり前にあるこの仕事に於いて、生きたまま失敗を経験できると言うのは……本人達の心境を思うと言いづらい事ではあるのだが、ある種の宝と言って良い。

 

今回の失敗から立ち直れたならば、以降同じような事があってもその度にそれを糧にしていけるようになる。

そう言う痛みを伴う精神の成長と言うものは、得ようとして得られない分、より大切で貴いのだ。

 

「そうか? ならその言葉に甘えるとしよう。

 流石にもう残党はいないとは思うが、気になった事があれば教えてくれ。」

「はい!」

 

 

 

「……じゃああたしは北東の方角へ向かう。なのはは南東だ。

 不審な物があれば一応念話で連絡を入れてくれ。

 場合によっては……まぁ、必要とは思えないが救援に向かう。」

「うん、ヴィータちゃんもね。」

 

そんなやり取りをして拠点を飛び出した後、しばらくして予定の座標へと到着する。

上空から見下ろした感じだと、丁度地球のグランドキャニオンを思わせる起伏の激しい地形が目についた。

事前の調査ではここも調べ尽くしたという事だったけど……本当に短期間でここを調べ尽くしたのだろうか。

 

≪Area Search≫

 

サーチャーを多数飛ばし、複雑に入り組んだ渓谷を這わせる。

無数の光景が脳裏に映され、それらの映像から入ってくる情報をマルチタスクで処理し……

 

「……うん、周囲に隠れている人も居ないし、大丈夫かな?」

 

そう結論付ける。

何らかの仕掛けや隠された部屋などが無いかも探ってみたが、そう言った類の物も見当たらなかった。

幾つか自然に出来たと思しき洞窟もあったが、残党は隠れていない事も確認済みだ。

 

場所を変えて同じように調べてみようか……そう考えた時、レイジングハートが言葉を発した。

 

A weak magical reaction was detected in the distance(遠方に微弱な魔力反応を検知しました).

 The location is about 2km northeast(場所は現座標より) of the current coordinates(北東約2㎞です).≫

「魔導士の反応?」

I'm not sure(不明です).≫

「それじゃあ、それだけ確認して戻ろっか。詳しい座標を出してくれる?」

≪All right, my master.≫

 

 

 

「――この辺りだよね?」

≪That's right.≫

 

レイジングハートの案内に従い飛ぶ事数分、指定された座標に到着した。

確かにここまではサーチャーも飛ばしていないし、調べてみるべきかもしれない。

そう思い意識を集中させてみると、確かに微かに魔力の反応を感じる。

 

しかし反応はこれだけ接近しているのにも拘らず、ひどく微弱でとても魔導士の放つ物とは思えない。

当然ロストロギアや、転送装置の物でもない……それが逆に不気味に感じる。

 

「……こっちかな。」

 

目を向けるとそこにあったのは小さな洞窟だった。

洞窟と言っても深いものではなく、ここからでも薄っすらとではあるが行き止まりである壁が見える。

そしてその奥には、鈍く光を反射する物体が置いてあった。

 

「これは……カプセル?

 レイジングハート、何かコレに関する情報はある?」

 

楕円形をした金属製の物体は洞窟のごつごつした壁面に挟まっており、完全に固定されている。

危険な物かも知れないと思い、レイジングハートに管理局データベースとの照合を頼んでみると、やがてレイジングハートはその結果を報告し始めた。

 

Collate with database(データベースと照合)……

 We have confirmed one piece of(該当オブジェクトと一致する) information that matches the object(情報を1件確認しました).≫

 

薄暗い洞窟の中に、レイジングハートの声が響く。

 

Object name(オブジェクト名) …… "Biological pod"(『生体ポッド』).≫

 

これは生体ポッドだったのか……見た感じは中身が分からない楕円形の金属塊だから何かと思った。

兎にも角にも危険な物ではなさそうなので、運び出そうと魔法で岩壁から取り外す。

 

どうやらあんな状態だったのにも拘らず、ポットの機能は生きているようだ。

となると、意図してあそこに置かれていた可能性が高いのかな。

取りあえず一旦地面におろして4課部隊長に報告だけでもしようか。

ヴィータには……ヴィータにも一応連絡しておこうかな。

 

そんな事を考えていると、先程の報告の続きだろうか。

レイジングハートは管理局のデータベースから検出された情報を語り始めた。

 

 

 

Related case name(関連する事件名) ……"The case of a living corpse"(『生死体事件』).≫

 

 

 

「……えっ?」

 

事件が関係していると唐突に言われ、思わずレイジングハートを見る。

そしてカプセルが地面に置かれた瞬間、何らかのスイッチが起動したのだろう――

 

「うわっ!?」

 

中から冷気を伴う白い煙が噴き出し、一人でにカプセルが開いてゆく。

 

『生死体事件』……レイジングハートが言うには、それは厳密には事件として扱われていないらしい。

 

事件の概要は至ってシンプル。

ある日、ミッドチルダ東部に広がる森林地帯で一つの生体ポッドが見つかった。

生体ポッドの中から見つかったのは一人の少女であり、『生死体事件』とは彼女の状態から名付けられた呼び名との事。

 

……その情報を裏付けるように、()()は私の目の前に現れた。

 

「女の子……?」

 

生体ポッドの中で眠っているかのように見える少女。

その少女は、生きながらにして死んでいた。




ちょっとプロットを変える事になり、本来は次の事件で出る筈だった『生死体事件(2例目)』を出しました。(と言うか、書く事件を一つ削りました。話が長くなりそうだったので……)
その為ちょっと展開が強引に感じるかもしれません。指摘があれば、場合によっては修正します。

以下書ききれないと判断した補足

今回の残党ですが、殆どが魔力を持っていない非戦闘員でした。
その為デバイスではなく改造銃を使う者が多かった訳です。
残党のリーダー(元傭兵)も魔力を持っておらず、それがブラバス少将の油断を誘う結果となりました。

残党のリーダーの言っていた『革命』ですが、これは完全に残党リーダーの個人的な野望です。
管理局システムの成立により質量兵器が禁止された現在の傭兵業界では、『魔力持ち』が優先して雇われる状態が続いており、元傭兵である彼もそれにより冷遇されていました。
そこで彼は魔導兵器により大規模な事件を起こす事で『魔力=(比較的)クリーンなエネルギー』と言うイメージを破壊し、質量兵器が再び公認されるようにしようといていたのです。
当然彼の予定通りに事が運んだとしても、質量兵器が再び認められるようになる事は無いのですが。

Q.ヴィータの方は何か見つかったの?
A.残党リーダーの目指していた隠し部屋です。外から開ける方法はアジトの端末からの遠隔操作のみ。
 転送装置の類は無かったものの、日持ちする食料が蓄えられており、管理局をやり過ごす予定だったと判明しました。


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今、向き合うべき事

『アサルトリリィ LastBullet』と言うアプリで、5/19までリリカルなのはコラボが復刻開催中です!
イベントストーリーもなのはの世界観に寄せて作っていただいてますし、興味がありましたら、コラボ期間中だけでも触れてみると良いかも知れません。


「――なるほど、その少女が例の……?」

「はい、洞窟出口から東南東に数㎞のところにある洞窟で発見したんですけど……」

 

そう言いながら拠点に持ち帰った生体ポッドを見せると、ブラバス少将は机の中から地図を取り出し、ある一点を囲むように指でなぞった。

 

「……地図で言うと、この付近か。

 だが、この付近は数ヶ月前に調査済みだ。そんな物があれば報告に上がる筈。

 ポッドの状態から考えても、放棄されたのは最近と考えて良いだろう。」

 

そう、彼の言う様にポッドの表面には砂や埃のような付着物も無く、砂嵐が頻繁に発生する地域に置かれていたにしては傷も無い新品同然の状態だった。

内蔵されているバッテリーに残っているエネルギーの残量からも、あの場所に放棄されてからそれほど時間が経っていない事は容易に想像が付く。

 

私は彼の推理に同意するように頷き、そして気になっていた事を聞く事にした。

 

「……あの、ブラバス少将は『生死体事件』について知っている事はありますか?」

 

『生死体事件』……私はその名前を聞いた事は無かったけど、どうやらレイジングハートが言うには、その事件は私がミッドチルダ(こっち)に来てから起こっていたらしい。

こっちに来て割と直ぐに管理局に入った私が聞いた事も無いと言うのが気になり、拠点に戻ったら聞いてみようと思っていたのだ。

 

するとブラバス少将は僅かに困ったような表情になりつつも、こう答えた。

 

「むぅ……俺自身、それほど詳しい訳ではない。

 ただ、あの少女を発見した部隊は俺の知り合いが率いていた部隊でな……そいつの自棄酒に付き合った時、愚痴交じりに気になる話を聞いた。」

「気になる話……」

 

私よりもずっと前から管理局に勤める彼が詳しくない……その事を疑問に思いつつも、彼の言う『気になる話』の詳細を聞くべきと思い、続きを待つ。

 

そして、それは今しがた抱いた疑問の答えを暗示するものだった。

 

「……管理局の上層部の指示で、事件の調査が打ち切られた……と言う話だ。」

「! それって……」

 

彼の下に詳細な情報が来るよりも早く事件の捜査が打ち切られる……端的に言ってしまえば、それは()()()()にも近い行為だ。

そしてその行為が表す事はただ一つ……

 

「にわかには信じられん……いや、信じたくない話だが……

 生死体事件には管理局の上層部が絡んでいる可能性が高い……そう言う事なのだろうな。」

 

彼は苦々し気にそう言うと、生体ポッドに目を移してこう続けた。

 

「とは言え、だ。

 今回の少女の状況が『生死体事件』の物といくら似ていても、あの時の少女とは別人だ。

 その上、捜査を打ち切られた事件がこうして続いている事が分かった以上、動かない訳にも行くまい。」

 

そして少しの間彼は目を閉じ、何かを考えるようなそぶりを見せると、私の方を見て言った。

 

「……少女発見の報告や、諸々の手続きは俺の方でやっておこう。

 どうにもとんでもない厄介事の気配がするが、発足して1年も経っていない部隊に負担はかけられんからな。」

「お任せしても良いんですか?」

 

彼の言う通り今回の事件はかなり厄介な事情が見え隠れしている事件だ。

特に上層部の指示で捜査が打ち切られた辺り、アニメで散々後ろ暗い事をしていた最高評議会も絡んでくるのはほぼ確実だろう。

そう言う意味も込めて尋ねると、彼は私を真っ直ぐに見据えてこう答えた。

 

「今の君には、向かい合わなければならない事が多すぎる。」

 

「……ありがとうございます。」

「……納得いかないか。無理もない。

 最高評議会と言えば、君達機動六課の後ろ盾の一つ……その彼等の不正を、君が黙って見過ごせる性格ではない事は分かっている。

 だからこそ、今はこちらの事は我々に任せておけ。

 今の()()は非常にデリケートな状態だ。一人の『教導官』として、今は()()だけに向き合いたまえ。

 ()()の一件が解決し次第、改めて『管理局員』の君にこの話をしよう。」

「……分かりました。」

 

彼の言う『彼女』……ティアナの心の傷は相当に深い。確かに他事に意識を割いていては向き合う事も出来ないだろう。

 

訓練校時代に一度克服したと思っていたトラウマは、知らず知らずの内に動きの()として定着してしまっていた。

あの日の面接でそれを知らされた時も、ティアナが相当なショックを受けていた事は表情で分かった。

 

それからその癖と向き合う過程で、ティアナは自分の過去から来る恐怖とも向き合い、これまで訓練を重ねて来たのだ。

 

……時に、執拗に左脚を狙う事もあった。ティアナが相殺できるギリギリの魔力量を込めた事もあった。躱す事が正解の弾を混ぜ、的確な判断が出来るか試した事もあった。

 

ティアナは気付いていただろうか、彼女の表情が何度も引き攣った事に。

頬を伝う汗の中に、微かに涙が混ざっていた事に。

 

それでも私は心を鬼にして試練を与え続け、ティアナはその度に乗り越えて来た。今度こそ完全に自分の中の恐怖に打ち克つ為に努力を重ねて来た。

 

――そして、今日の実戦でその努力が否定された。

 

彼女を今苛んでいるのはきっと、恐怖でも後悔でもなく……途方もない無力感だ。

 

いくら頑張っても、目標に到達する事が出来ないんじゃないか……そんな不安に押し潰されるような感覚は、私も覚えがある。

 

……今こそ、伝える時なのかもしれない。

私の過去の過ちを……そして、機動六課が生まれた意味を。

 

 

 


 

 

 

――俺は、今まで何をやっていたんだろう。

 

あの後、残党のリーダー捕縛とロストロギア回収の功績でいくらかの褒賞を貰い、隊舎に帰って来たが、考える事は今日の失敗に関する事ばかりだった。

 

今日の失敗の光景が頭から離れない。

確かにあの日の状況を思い出させるような要素はいくつもあったし、防ぎようのない事態だったかも知れない。

特にクロスミラージュに石が当たった瞬間は、当時の光景すら目の前を過った。

だけど、それらの恐怖に打ち克つ為に今までの訓練はあったのだ。

スバルやエリオ、キャロには無い、俺の欠点……それを補い、それから前に進む為の訓練だったのに、俺は結局恐怖に呑まれてしまった。

 

……これじゃ、スバル達との実力に差が開くばかりだ。

俺が過去に向き合って訓練している間にも、スバル達は未来へ向けて訓練を重ねている。

今日だってスバルに助けられてばかりだったし、エリオとキャロの連携は既に俺とスバルのソレを上回っているように感じた。

 

俺だけだ……俺だけが成長出来ていない。

過去から伸びる腕に、足を掴まれて前に進めない……そんな絶望感。

 

振り切らなければいけないのに、振り切る為に頑張ってきたはずなのに……

 

――ダメだ、思考がループしている。

 

そう分かっていても止められない。

今日の失敗はそれだけ俺にとってショックだったのだろう。

 

「ティア、そっちは訓練所だよ。」

「え……ああ、そう言えば今日はもう訓練は無いんだったっけ……」

 

スバルの制止を受け、漸く思い出す。

今日は初めて実際の現場を経験して疲れただろうという事で、もう自室に戻って休むように言われてたんだった。

 

「……あたしには、ティアが今どれだけ辛いのか分からない。

 多分、あたしが想像できないくらい苦しいんだと思う。

 だから……」

 

そう言ってスバルは微笑んで、励ますように言葉を続けた。

 

「ティアが良ければ、あたしに話してくれないかな。

 あの時の事を知ってるあたしになら、何か助けになれるかもしれないでしょ。」

「スバル……」

 

思えば俺はずっとスバルに助けられてきた。

 

恐怖に潰されそうだった今日も、背中に悪寒が走った夜も、面接でどもった時も……そして、恐怖が心にこびり付いたあの日も……

 

今だって、スバルは俺の助けになってくれようと手を差し伸べてくれている。

そう思うと、余計に自分が情けなく思えてきてしまう。

いつまでお前はスバルに甘えるつもりだ、そんな状態で胸を張ってコンビと言えるのか……そんな、後ろ向きな事ばかり考えてしまう。

 

「……ごめん、スバル。これだけは、自分で向き合わないといけない事だから……」

「そっか……うん、分かった。でも無茶だけはしないでね。」

「ええ……」

 

『自分で向き合わないと』……か。なんて詭弁だろう。

その言葉自体が、スバルから逃げる為の口実だと言うのに……

 

 

 

「あ、ティアナ。今ちょっと良いかな?」

「なのはさん……はい、大丈夫です。」

 

夕食を食べ終えて自室に戻る途中、なのはさんに呼び止められた。

今日はこの後予定もないので素直に頷くと、なのはさんは「ついて来て」と言って隊舎の外へと歩いて行く。

 

そんな彼女について行く事数分、辿り着いたのは……

 

「……あの、なのはさん。ここって……」

「うん、いつも訓練で使ってる広場だよ。今なら二人っきりで話せると思って。」

 

なんだ……てっきり二人っきりで訓練でもするのかと思った。

俺がそう考えている間にも、なのはさんはいつぞやのように地面に座り、隣に来るように促す。

彼女に促されるまま腰を下ろすと、なのはさんは開口一番にこう切り出した。

 

「今日の事、スバルから聞いたよ。」

「……すみません。」

「あっ! えっと、そうじゃなくて……あはは、ゴメンね急に。

 私もまだ本題をどう切り出そうか迷ってるみたいで……」

 

どうやら一対一の反省会という訳でもないらしい。

それに俺はともかく、なのはさんが迷うような本題って何だろう……ッ!?

まさか……!

 

「あ、あの! あたし、もしかして機動六課から……!」

「ち、違うから! そう言うのでもないから落ち着いて!!」

 

思わずなのはさんの肩を掴んでしまったが、彼女の反応から見限られたと言う訳でもないようだ。

だけど、だとすると彼女の言う本題って……

 

「……落ち着いた?」

「あ、はい。……すみません、なんか、取り乱してばっかりで……」

「謝らなくても良いよ。私もちょっと誤解されるような事言っちゃってたし。」

 

なのはさんはそう言って俺を宥めると、やがて夜空を見上げて呟いた。

 

「……辛いよね、自分の努力が上手く形にならないのって。」

「え……」

「……実はね、私にもあるんだ。

 ティアナみたいに、努力が報われなくて苦しんだことが。」

「なのはさんが……?」

 

本当に……? にわかには信じられない。

確かにアニメではなのはさんは一度撃墜され、リハビリを行っていた過去が描かれていた。

だけど、今のなのはさんは明らかにアニメで見たなのはさんよりも強い。俺はてっきり、周りの銀髪オッドアイがなのはさんをサポートし、撃墜事件が無くなった事でリハビリに割いていた時間を訓練に充てられたからだと思っていたのだが……俺の兄を助けてくれた、アイツみたいに。

 

そう考えていると、なのはさんは夜空から俺へと視線を移し、こう切り出した。

 

「ティアナはさ、『滅びの予言』に自分が登場したとしたら……どうする?」

 

そしてなのはさんは俺に話してくれた。そのあまりにも理不尽な運命を。

『予言』の事、『光』と『凶星』の事、『滅び』……そして、自らの『失敗』の事を。

 

「私もティアナと同じなんだ。

 自分の目標に潰されそうで、それでも足掻いて……結局失敗して、友達に助けて貰って今ここに居る。」

「そんな……! だって、なのはさんは何も悪くないじゃないですか!

 予言で突然そんな大役を押し付けられて、それでパニックにならない方がどうかしてます!

 あたしは違う……! あたしは結局、最初から失敗ばかりで……助けて貰ってばかりで!」

 

そうだ、全然違う……俺は結局のところ自分の失敗が引き金の自業自得で、なのはさんは突然『正体も分からない滅び』に立ち向かわせられただけだ。

前提条件も、規模も、責任の重さも全然違う。

 

なのはさんと比較する事で、ますます自分が小さく見えて……惨めな気分になる。

なのはさんが『未来』を背負っているのに、俺は所詮自分の事ばかりで……

 

「一緒だよ。

 ……だって、私も怖かったから。」

「え……」

「怖いものに立ち向かい続けるって、凄く辛いよね。

 自分が一人だと思ってると余計に苦しくて、その結果失敗しちゃったら、自分の全部が否定されたような気がして……それでますます誰かを頼れなくなって、どんどん苦しくなって……」

 

背負っているもの全体からすれば、それは所詮些細な共通点の集まりだ。

だけど、そんな些細な共通点を一つ一つ示して、彼女は『同じだ』と言ってくれる。

『未来』と『自分』……彼女と俺はこんなにも違うのに……

 

「分かるよね、ティアナ。

 私も貴女も戦ってる相手は一緒なんだ。

 自分の中の恐怖……私も一度、それに負けた。

 だから今、ティアナが一番何を怖がってるのかも良く分かるんだ。」

 

なのはさんの視線が俺を射抜く。その眼は凄く穏やかで優しいのに、間違いなくその光は俺を貫いた。

 

「貴女の努力は何一つ否定されてないよ。

 今までの訓練の日々は、ただの一秒だって無駄になんかなってない。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだから。」

「なのはさん……」

「もし自分が信じられないなら、私を信じて。

 私は貴女。恐怖に一度負けて……それでも最後は打ち克って成長した貴女なんだから。」

「……ありがとうございます。」

 

現金なものだと自分でも思う。『やっぱり俺となのはさんは違う』と叫ぶ自分が、心の片隅に居るのも分かる。

それでも彼女の言葉は俺に勇気をくれた。

 

「なのはさん……その、聞いて欲しい事があります。

 今更かって、思われるかもしれないですけど……」

 

……今なら、話せるかもしれない。

俺の心にこびり付いた恐怖……その原因となったあの日の事を。




今回中に過去編に入ろうと思っていましたが、生死体事件関係の話を持ってきた弊害で一話分伸びてしまいました。
改めて次回からティアナの過去編に入ります。(多分1話か2話分の筈)

GWロスに負けない様にしなければ……


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過去編 スバルとティアナ

訓練校時代の事だ、俺達は強化合宿の様な行事で無人世界に行く機会があった。

 

内容は至ってシンプル。広大な樹海が広がる無人世界で、全クラスメイトが別の場所からスタートし、予め聞いていた座標を目指すと言う物だ。

 

訓練の成果を発揮する為の行事と言う事もあり、この無人世界にはちょっとした魔導生物が生息しているが、その魔導生物も人に大きな危害を与えられる程のものではないと言う話だ。

無人世界でありながら訓練校が使用するという事もあって、次元犯罪者が潜んでいないかのチェックも万全。

そうそう危険や問題など起こらない……その筈だった。

 

 

 

 

 

 

――大体20mって所かな……そんな事を考えながら痛む腕を頭上にまで持ちあげ、ごつごつとした岩肌に狭く切り取られた青空に向けてアンカーガンの引き金を引く。

 

が……

 

≪――Error.≫

「くっ……! やっぱり駄目か……!」

 

どうやら滑落した際に何処か壊れてしまったのだろう。

ヒビの入ったアンカーガンは俺の期待とは裏腹に、アンカーを射出してはくれなかった。

 

「参ったなぁ……訓練の時間が終われば、教官が()がいない事に気付いて捜索隊を出してくれると思うけど……」

 

周囲に誰もいない状況から、素の口調が漏れ出す。

呟いて見上げれば、俺の心とは裏腹に清々しい程の青空が見えた。

 

――訓練が終わるのは夕方で、今はまだ昼を少し回った辺り。

 

昼食をとった後なのが不幸中の幸いか、体力はまだしばらく持つだろう。

だけど……

 

「ッ! ……(っつ)ぅ……!」

 

滑落の際に負傷した脚が痛み、血が伝う。

傷口はそれほど深くは無い。しかしこういった擦過傷は、土や細菌が入り込んで膿んでしまう事がある。

 

薄暗い中、荷物から水筒を取り出して傷口を軽く流す。

貴重な飲み水ではあるが、俺の推測では後数時間以内には捜索班が組まれるはずだ。

 

「……とは言っても、やっぱり自力で脱出できるに越した事はないよなぁ……」

 

しかし見上げる崖は高く、適性の低い俺の飛翔魔法ではあの高さには届かない。

なんとか現状を打開しようにも、頼みのアンカーガンはこの様だ。

 

「――ッ!! あぁ、もう! いくら何でも不注意すぎるだろ、俺ぇ!」

 

あまりの情けなさに叫んでしまう。

 

俺がこんな状況に陥った原因は、一匹の虫だった。

……いや、正確には虫のような魔導生物だ。リンカーコアを持っており、針や毒と言った武器の代わりに簡易的な砲撃を使って狩りをするタイプ。

 

砲撃と言っても人間が扱う程のサイズではない。せいぜい鉛筆程の直径の太さのもので、威力もそれに比例するように低い。非殺傷設定ではあるが、人間の場合は潜在魔力が防御となって、直撃しても痛みにちょっと怯む程度の物。

 

――その『怯み』が致命的だった。

 

 

 

 

 

 

……俺は兄に付けて貰った訓練のおかげもあって、訓練校でもトップクラスの成績を誇っていた。

機動六課に入る為にはランクの調整をしておく必要があると考え、実技では手加減こそしていたがそれでも俺は周囲から頭一つ抜き出ていた。

 

唯一の例外はスバルだったが、彼女の場合は戦闘機人と言う事情も考えればおかしくはない。時々戦闘機人である事を隠す為か動きがぎこちない時もあり、そんな時は俺がアシストする事が常だった。

 

そう、俺達は訓練校で最高のコンビだった。

 

そんな自負……というか、プライドのせいもあるだろう。

俺は急ぐ必要のない今回の訓練でも、一番に目標地点に到着するべく走っていた。

 

勿論最低限の警戒は怠っていなかった。

この無人世界で最も危険とされる鷹のような魔導生物の事は調べていたし、上空からの襲撃を避ける意味もあって森の中を突っ切っていた。

だが、警戒する対象は上空だけではなかったと言う事を次の瞬間思い知った。

 

「――ッ!?」

 

視界の端に一瞬映った光……それに反応し、アンカーガンの銃口を向けた時にはもう遅かった。

 

――この虫、リンカーコアを!?

 

体長は20㎝程だろうか、虫にしては大きいそいつはサソリの様なしっぽの先端をこちらに向け、サソリであれば針があるだろう箇所から細い光線を放っていた。

 

――迎撃を……駄目だ、間に合わない!

 

その光線は真っ直ぐに俺の左脚に向かい、太ももの付近に命中した。

 

「痛ッ!」

 

咄嗟に振り向いた所為で姿勢が若干崩れているのも災いし、俺は思わずたたらを踏んで背の高い草むらを突っ切ってしまう。

その先に有ったのは――

 

「……! 崖!? 嘘ッ!??」

 

地面に奔った罅のような崖だ。

ごつごつした岩肌の所々から木の根が飛び出し、鋭利な先端をのぞかせている。

 

「くっ……!」

 

既に体は空中へと投げ出され、後は落ちるばかりだ。

だけどこう言う時の対応もシミュレーションは済んでいる!

 

――アンカーガンを構えていたのは、不幸中の幸いだったな。

 

空中で姿勢を変え、アンカーを崖の淵に撃ち込む。

アンカーは崖のギリギリのところに突き刺さり、落下は止まった。

 

「ふぅ……何とかなった、わね。」

 

危機を乗り越えた事で安堵のため息を吐く。

だが、崖上に戻る為にアンカーを巻き上げた瞬間……

 

ボロリ、とアンカーを固定していた部分が崩れてしまった。

どうやら運悪く、浅い所に埋まっていた石にアンカーが刺さってしまっていたらしい。

 

「あ……くっ!」

 

アンカーの支えを失った身体が、再び自由落下を始める。

 

――だったら、もう一度!

 

今度は飛び出した木の根に向けて……!

そう狙いを定めた瞬間、手の先に重い衝撃。

……それは先程崩落したこぶし大の石が、アンカーガンに直撃したものだった。

 

――アンカーを巻き上げた所為で、アンカーガンの方向に落ちて来たのか……!

 

少し考えれば当たり前の事にさえ気が回らなかった事実は、俺の思考に一瞬の空白を生む。

そして同時に腕に奔ったその衝撃は手を痺れさせ、その隙にアンカーガンは手から離れてしまった。

 

スローになる視界の中、咄嗟にアンカーガンを掴もうとするが……先程石が落ちて来た事で勢いが付いた為かアンカーガンが落下する方が速く、手が届かない。

 

空を切る手の間隔に今の自分の状況を理解し、サッと血の気が引いたのを感じる。

 

デバイスを手放した……それは、魔法の術式を組む際に補助を受けられない事を意味する。

 

俺の飛翔魔法の適性は高くない。決して飛べない訳ではないが、地面から離れた高い所を自由に飛べたりはしない。

 

――そして、その決してレベルの高くない飛翔魔法でさえも『デバイスの補助があってのもの』なのだ。

 

「ひっ……! あ、あああぁぁぁっ!!」

 

落下する先……どこまでも深い暗闇に呑まれる恐怖の中、咄嗟にフィールド型の障壁を張る事でダメージを最小限に抑え、突き出た木の根の対処や落下の衝撃に備えてバリア系の障壁を張る。

 

「ぁグッ!!?」

 

僅かに対処が遅れたのだろうか、左脚に鋭い痛み……!

恐怖の為に瞑った目が緊張して開かない! 体も錐揉み回転しているのだろう、上も下も分からないままに拙い飛翔魔法を使ってみるが、成功しているのか、失敗しているのかさえ分からない!

 

――何処まで落ちる!? 地面はどっち!? 後どれくらいで衝撃が来る!?

 

実際は数秒の出来事だったはずだが、視界も無く混乱する頭ではもうどれだけ落ちているのかも分からない。

全力で障壁を張り、耐えられるかどうかも分からない衝撃をただ待つと言う恐怖の時間は、数分間のようにも数時間のようにも感じられた。

 

 

 

 

 

 

――そして、今に至る訳だ。

 

我ながら運が無い。……いや、自分の不注意が情けない。

訓練校のトップと言うプライドに意識を割き、あの虫のような魔導生物にその隙を突かれ、挙句の果てに不安定な岩肌にアンカーを撃ち込むなんて……

 

「ティーダに何て言えば……!」

 

確かに兄の前では実力を隠していたし、傍から見れば俺は成長が乏しいようにも見えただろう。

だけどそれはあくまで俺が意図的にそう見せていただけだし、そう見られる覚悟もあった……だけど、今回のは間違いなく『素』なのだ。流石にこんなの情けなくて報告できない……!

 

「……いや、嘆くのは後だ。

 今はとにかく、何としてでもここから出るんだ……機動六課に入る為に!」

 

こんな所で躓いてはいられないと、自分の目標を声に出して気合を入れる。

 

そう、今の俺の目標は機動六課に入る事! この世界のこの時代に生まれる事を選んだ以上、なのはやフェイト、はやて達に会いたい! 話がしたいし聞いてみたい事もある!

アニメでは語られていない出来事を知りたいし、その時にどう思ったのかを教えて欲しい!

 

それに、ティーダとの訓練で色々な魔法を見せて貰った時に思ったんだ。この世界にはアニメに登場しなかった魔法がごまんとあるし、自分で魔法を作る事だって出来る!

俺は色んな魔法を見たい! 作りたい! どんな思いで魔法が生まれるのか、自分の手で生み出した魔法に俺はどう感じるのか……触れたいものはまだまだある!

 

そうだ、アンカーガンがダメだとしても……例えデバイスの補助が無くても魔法の力は使えるんだ! 何とかするんだ、何とかなる筈だ!

 

そう意気込みも新たに崖の上を睨んだ――まさに、その時。

 

 

 

「――もしかして、ティア!? 何やってんの、そんなところで!?」

 

崖の淵からひょこっとスバルが顔を出した。

 

「スバル!? ぉ……あ、アンタこそ何で……!」

 

慌てて普段の口調に戻して問いかけると……

 

「いや、何かどこかからティアの声が聞こえた気がして!

 探したんだよ!」

「……えっ、声……?」

 

俺の声、聞こえてたのか……!? っていうか、さっきまで素で喋って無かったっけ!? しかもちょっと前は『俺』とも言った気がする……!

え、どこから聞こえてたの!? どれくらい聞こえてたの!?

 

「ちょっと待ってて、直ぐ()()()()()から!」

「えっ、ちょ……待ちなさい! この地形じゃアンタのウイングロードでも……!」

 

普段から良く一緒に訓練しているから知っているが、今のスバルのウイングロードはそんなに小回りが利く能力ではない。

曲がるときには緩やかなカーブを描く必要があり、今回の様な地形では俺の二の舞になる可能性も……!

 

「とぉっ!」

「聞きなさいよ!?」

 

俺の忠告も聞かずスバルは崖の淵から飛び降りると、ほぼ直角の岩肌をローラーブーツで滑るように降りて来る。

 

……ホント、こう言う時に後先考えないスバルの性格は嫌いじゃないが、心臓に良くない。

 

そんな事を考えている間に華麗なヒーロー着地を決めて駆けつけたスバルは、自身の鉢巻で俺の脚を手早く止血すると……俺が何か言う間もなく、お姫様抱っこの要領で抱え上げた。

 

「大丈夫? ティア?」

「……へ、平気よ。

 それで……どうするのよ、ここから!」

 

くそ、不覚にもカッコいいなんて思ってしまったが……ソレはソレでコレはコレだ!

 

さっき俺が忠告しかけたように、この急斜面をウイングロードで踏破するには、今のスバルの魔力操作技術では足りない。

崖の裂け目の形に添うようにして伸ばすにしても、ここを少し行ったところには木の根が幾つも突き出している。ウイングロードの軌道制御が未熟なスバルでは、その無数の障害物を避けて道を安定させる事は難しいだろう。

 

助けに来てくれた事は嬉しいし、安心感はあるが……ミイラ取りがミイラになってたんじゃ意味がない。

 

「あー……確かに、これは道を作るのも大変そうだね。

 ……うん、でも大丈夫だよ。安心して、ティア!」

「その自信はどこから来るのよ……」

「ふっふっふ……私も秘密の特訓をしてたってとこかな!

 『ウイングロード』!」

 

そう言ってスバルは俺の体を右手一本で支えると、残った左手で地面を叩く。

地面から伸びた青い道はグルグルと螺旋状に伸びていき、やがてその先端が崖の外へと繋がったのを見て、その光景に目を見開く。

 

――おかしい、確かにウイングロードは扱いを極めればこれくらいの事は出来るが、

  昨日のスバルにはこんな精密操作は出来なかったはずだ。

 

「――ちゃんと掴まってて!」

「えっ……ちょっ!?」

 

頭上に伸びた道を唖然と見上げていた俺は、慌ててスバルの体にしがみ付く。

その瞬間、体に伝わる圧迫感……!

恐らくはウイングロードのカーブが厳しすぎる所為で、凄まじい遠心力が発生しているのだろう。

だけど、裏を返せばそれほどの遠心力が発生する速度で、あの急カーブを走っているという事だ。

 

――これ、秘密の特訓で何とかなるレベルじゃない……!

 

さっきのウイングロードの軌道制御もそうだが、速度も魔力操作も普段のスバルとはまるで違う!

いや、魔力操作の技術で言えば……!

 

――俺と同じか、それ以上……!?

 

ティーダの下で直々に手解きを受け、原作のティアナより早い段階から鍛えて来た俺と並ぶか、それ以上の技術だ……

普段のスバルは実力を隠している俺と同じくらいだって言うのに。

 

――もしかして、スバルも……?

 

俺と同じなのか? そこでさえ(転生者である事)も……?

スバルを見上げる俺の表情が不安げに見えたのだろうか、スバルが俺を見て安心させるように笑った。

 

 

 


 

 

 

「到着! っと、いや~何とかなって良かった!

 ティア、脚の状態は大丈夫?」

「う……へ、平気よ。」

 

腕に抱いたティアナを見ながら足の様子を尋ねると、ティアナは顔を赤くしながらぶっきらぼうに返答する。

 

――え、何このかわいい子。

 

いや、ティアナは元々美少女ではあるけどね!? でもこんな反応をされたのは初めてって言うか……!

 

それに、あの時微かに聞こえて来たティアナの声……

 

『……()()()()に……為に!』

 

うん、確かにあの時ティアナは『機動六課』って言った! って事は、このティアナは俺と同じ転生者なはず!

 

……なんだけど……

 

「……な、なによ。」

「えっ!? いや、何も……!」

 

じっと顔を見ていたのが拙かったのだろう。涙目で睨まれて、思わず怯んでしまう。

そしてそれと同時に、やっぱりかわいいな……なんて感情も湧き上がる。

 

……いや、でもこれは仕方がないと思うんだ。

例え転生者だろうと、今ここに居るのは間違いなくティアナなんだから。

 

「~~っ! も、もう大丈夫だからさっさと下ろしなさい!

 何時までこうしているつもりよ!!」

「あ、ちょ……ダメだってティア! 脚、怪我してるんだから……!」

 

もがくティアナをそう宥めると、ティアナは「くっ……!」と言って大人しくなる。

そして……

 

「せめて……背負う形に……」

「えっ?」

「だ、だから……お姫様抱っこじゃなくって……!」

 

そこまで聞いて、ピンと来たので彼女に聞き返す。

 

「あぁ、おんぶすれば良いんだね! 分かった!」

「い、言い方はもうちょっとこう……なんとかしなさいよ!」

 

いや、多分ティアナも他に言いようが思い浮かばなかったから口籠ってたんでしょ? とは声には出さず、ティアナを優しく地面に下した後、俺もしゃがんで背中を差し出す。

 

「さ、どうぞ?」

「……ありがと。」

 

 

 

……その後、俺とティアナは無事に教官の元に辿り着いたが、しばらくティアナは怪我の療養に勤めるべく、しばらくの間訓練には出られなくなったのだった。

 

 

 


 

 

 

当時の事を思い返しながら、転生者関係の事を除き、なのはさんに話していく。

 

「……そう、そんな事があったんだ。

 思い出すのも辛いのに、よく話してくれたね。ありがとう、()()()。」

「あ……いえ、そんな……」

 

過去の出来事を一通り話し終えると、それまで静かに聞いていたなのはさんは優しい表情でそう言った。

本来は訓練に入る前に話しておくべき事だった。それなのに今まで話せずにいたのは、単に怖かったからだ。

 

あの日の事を……特に、あの出来事を言葉にする度に、あの時の暗闇が迫る感覚が呼び起こされる。

今にして思えば、俺は左脚に攻撃が当たるのを恐れていたのではなく……きっと、その後にあの暗闇が待っている気がして、それを恐れていたのだろう。

こうして言葉にする事で、やっと俺は恐怖の本質を自覚できた……そんな気がする。

 

……それはそれとして、だ。

 

「何でアンタがここに居るのよ、スバル!」

「あはは……ティアがなのはさんと二人っきりで出て行くのが見えて、つい……」

 

スバルをジト目で睨むと、スバルは悪びれる様子も無くそう言った。

実際、ついて来た事に関してはとやかく言うつもりは無い。多分逆の立場だったら俺もこっそり後を付けるだろうし。

だが、問題はそこではない。そこではないのだ。

 

「最後の方、別に補足しなくても良かったでしょ!?」

「最後の方って言うと……おんぶ?」

そ、そっちもそうだけど……! ……そうよ! 言い方は何か他にあるんじゃないの!?」

 

『おんぶ』の事もそうだが、このバカはよりにもよって『可愛かったなぁ』みたいな感想まで補足していたのだ!

こっちは真面目にトラウマと向き合って話していたと言うのに!

 

「あはは……そっか。

 ……うん、だから二人は訓練校を卒業してもずっと一緒に居るんだね。」

 

そう言って一人うんうんと頷き、何か納得した様子のなのはさん。

何か変な誤解とかされてないと良いが……

 

「はい! あたし達、最高のコンビですから!」

「ちょ、いきなり肩を組むな!?」

 

今こっちは当時の感情とか色々ぶり返してるんだぞ!?

そりゃスバルは大した事はないかも知れないけどさぁ!

 

俺が慌ててスバルから離れようと藻掻いていると、その様子を見てなのはさんが言った。

 

「……ねぇティアナ。恐怖の克服なんだけど、一つ考えがあるの。」

「えっ。」

「自分でも酷い荒療治だと思う。だけど、ティアナが話してくれたおかげで、向き合わないといけない物はハッキリしたから。」

 

そう言って真っ直ぐ俺を見るなのはさんの表情で、俺も何となく『それ』が何なのか理解する。

 

「今度の訓練……って言ってもちょっと準備もあるから、来週くらいかな?

 ティアナは午前中の訓練から『仮想訓練所』の方に来て。

 それと良かったらスバルも、協力してくれないかな。……午前中の訓練は出来なくなっちゃうけど。」

「はい、任せて下さい!」

 

なのはさんの問いかけに、いつも通りの明るい返事が響く。

そんな彼女の様子から、なのはさんがスバルに協力を求めた理由を察した。

 

――ホント、敵わないな。

 

なのはさんが何処まで見抜いているのか分からない。だけど、きっとその判断は正しい。

来週の訓練、きっと俺にはスバルの協力が必要だ。

 

……あの時、文字通り暗闇の中から俺を救い出してくれた彼女の協力が。




二話に分ける場所が見当たらなかったのでちょっと強引に一話にしました。


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集結の兆候

色々と説明臭くなってしまっています。今まで碌に描写を挟めなかった弊害がここにきて……
滅茶苦茶難産回です。


高町なのはがティアナとスバルから過去の出来事を聞いている丁度その頃、時空管理局本局のとある研究室には、とある女性の姿があった。

 

「ふぅ……新型ストレージデバイスの構造に関するレポートの提出は済んだし、専用の拡張フレームに関する仕様書も完成。

 ……これで後は、諸々の手続きを済ませれば……」

 

腰まで伸ばした黒髪が特徴的な白衣姿の女性の名は『プレシア・テスタロッサ』。

機動六課ライトニング分隊隊長を務める時空管理局執務官フェイト・テスタロッサとその姉、アリシア・テスタロッサの実の母である。

 

嘗て『ジュエルシード事件』を引き起こした張本人である彼女は、二人の娘の努力と献身により刑期が大幅に短縮され、自身もいくつかの事件に関する捜査協力や技術提供等の貢献が評価された事で無事に釈放。その後は時空管理局本局の技術部に所属し、デバイスの整備やロストロギアの解析を始めとした様々な分野でその手腕を振るっていた。

 

そして彼女は『転送完了』と表示された端末を指先で一撫ですると、名残を惜しむように目を細めた。

そんな彼女の様子から、大体の事情を把握したのだろう。同僚らしき女性がプレシアに近付き、声をかける。

 

「……今までお疲れ様でした、プレシアさん。

 もうすぐお別れなんですね。」

「あら、貴女もお疲れ様。

 お別れなんて大げさね、ちょっと出向するだけよ。」

「確かにそうなんですけど……やっぱりちょっと不安で。

 私、プレシアさんにはお世話になりっぱなしでしたから……」

 

偏に同僚と言っても、その技術力や経験が近いとは限らない。プレシアはまさにその最たる例であり、同僚どころか上司にさえ頼られる、この技術部に於いて無くてはならない存在だった。

そんなプレシアが何故出向する事になったのか……それは他ならぬプレシア自身の望みであり、出向先が『機動六課』……即ち、愛娘達の勤める職場だったからだ。

 

……そう、完全に私情である。

 

では何故最初から機動六課に出向していなかったのかと言うと、その原因は次元航行部隊……通称『海』の上層部の横やりだった。

機械工学に秀でたプレシアの技術力を次元空間航行艦船の機能向上に活かしたい『海』にとって、プレシアを一時でも手放すのは非常に惜しかったのである。

 

しかし『海』の上層部の彼等は知らない事であったが、機動六課の存在意義は彼等が思うよりも遥かに重要であり、しかしそれを公にする訳にも行かない事情がある。

だが彼等の言う事にも一理あり、プレシアの技術を活かせば遠い次元世界で起きた事件にも今までより迅速な対応が出来るようになるのも事実だった。

 

よって双方のメリットを考慮した結果、最高評議会は一つの決断を下した。

それこそが彼女が今まで本局の研究部に留まる事となった理由……即ちプレシアの出向を認める代わりに、現行の次元航行部隊の設備レベルを引き上げるだけの技術提供をする事だったのだ。

 

具体的には『次元空間航行艦船』と、『量産型ストレージデバイス』の強化が条件として出された。

しかしこの二つは『海』からの要望であるが、改善案を出したところで当然直ぐに反映される物ではない。いくつかの試作機を作り、理論通りに動作するかの検査と調整を幾度と無く繰り返す事で初めて実用段階に至る物だ。

 

なのでプレシアに出された課題はこれらの基礎部分……『駆動炉の設計図』『艦船の補強案』『ストレージデバイスのプログラム』『量産型デバイスのフレーム設計図』等だった。

 

そして条件が決定し次第、愛娘と同じ職場に行く為にプレシアは全力を注いだ。

彼女の本来の仕事を熟しながら空いた時間で理論を組み、設計し、レポートに纏める作業を続けた。

最初はその為に残業したり睡眠時間を削る等の無茶をしたものだが、ある時通信越しにアリシアから「めっ!」と言われて以来きっぱりやめた。どうやら彼女の同僚からフェイト(アリシア)に連絡が行ったらしい。

 

「……あの時はアリシアが可愛すぎて心臓が止まるかと思ったものよ。」

「す、すみません。でもあまりにも鬼気迫る表情で研究に打ち込んでいたので、つい……」

「構わないわ、おかげであれ以来体の調子も良いもの。」

 

そんなこんなで色々あって、プレシアは手続きが完了するまでの数日間を本局の研究部で過ごせば晴れて機動六課入りである。

もっとも自前の魔力を殆ど縛られる程の重いリミッターは課されるだろうが、元より外部の魔力を扱う事に長けた魔導士でもあるプレシアにとってリミッターは何の意味も無い。

 

彼女は明るい未来を思い描きながら、同僚の女性と共に帰路につくべく本局の通路を歩いていた。

 

そんな時、プレシアは通路の正面から一人の男性が歩いて来るのを見つけ、立ち止まる。

 

「――失礼、プレシア・テスタロッサ殿。一つ尋ねたい事があるのだが……」

「あ、えっと……すみません、デバイスの整備でしたら今は深夜スタッフが……」

「私は構わないわ、話を聞かせて頂戴。ブラバス少将。」

 

男性の要件をデバイスの整備と思った同僚の女性がそう応対するが、プレシアは男性の名札を一瞥し名前と階級を把握すると、同僚の女性を制止して男性の前に歩み出た。

それは、ここで位の高いこの男の心象を良くしておけば後々役に立つかもしれないと言う思惑もあっての行いだった。

 

「済まない、では……そうだな、先ず確認の為に聞きたい。

 君が以前関わった『生死体事件』の事を覚えているだろうか?」

「……どうやら詳しく聞く必要がありそうね。良いわ、休憩室を使いましょう。」

「話が早くて助かる。」

 

ブラバスの切り出した話題を聞き、その意味を理解しない彼女ではない。

数年経った今でも鮮明に覚えているあの奇妙な事件……それに関係した何かが起きたのだろう。

そう直感した彼女は、同僚の女性に先に帰るように言うと歩いてきた道を引き返し、休憩室迄歩いていった。

 

あの時、少女の身体を検査した時に抱いた『既視感』にも似た違和感。

今度こそその正体を掴む為に。

 

 

 


 

 

 

夜の闇を切り裂くように二筋の雷が翔け、遥か彼方を飛翔する機体を追う。

 

≪ターゲット確認! 標的までの距離、約10㎞!≫

≪あと約40秒で接敵する。アルフはこのまま追って。私はその間に標的の前方に回り込む!≫

≪あいよ!≫

 

黄金と蒼、夜空を並行して翔けていた二つの雷は二手に分かれ、黄金の雷の速度が一段階あがった。

 

フェイトは音速を超える代償を、プレシアから教わった次元魔法のフィルターを用いる事で既に克服していた。

周囲の空間を次元魔法により疑似的に引き延ばす事で、音速を超えていながら衝撃波を生じさせない飛翔魔法を手に入れたフェイトを捉えられる者は誰もいなかった。

 

――まったく、フェイトの速度には参ったね。折角追いついたと思ったのに、また引き離されちまった。

 

ぐんぐんと自分を引き離していくフェイトを見て、アルフは困ったような笑みを浮かべる。

 

「あたしも追いつきたいけど、今度ばかりは無理かねぇ……

 流石に次元魔法まで必要となると、ハードルが高いよ。」

 

そう呟いたアルフの声は、その声と同じ速度で空を駆けるフェイトには届かない。

だがそれでもアルフは嬉しいと感じていた。フェイトがずっと越えられなかった壁を乗り越えられたのを、隣で見届ける事が出来たのだから。

 

もっとも次元魔法の弊害と言って良いのか、本人の体感する速度はこれまで通りの亜音速である為、本人は内心でコレジャナイ感を抱いているのだが……

 

<いや、生身で音速を体験したら普通に死んじゃうからね?>

<解ってるよ、姉さん。

 ……あ、訓練用の仮想空間でなら生身で音速を出せないかな?>

<それ実装されたらフェイトのスピードジャンキーが悪化しそうだから、実装しないように私から言っておくね……>

<そんな……>

 

音速で飛翔しながらも内心はいつも通りのやり取りを交わしているフェイトとアリシアだったが、追われている方は溜まったものではない。

 

「ボ、ボスゥ!!? 奴等、このヘリに追いついてきますぜ!?」

「バカな!? 十分な距離は稼いだだろ!?」

 

彼等はこの管理外世界にアジトを持つ次元犯罪組織だったのだが、つい10分ほど前にそのアジトにフェイト・テスタロッサ率いる時空管理局が乗り込んできたのだ。

 

アジトには当然戦闘を得意とする構成員も多く、金で雇った傭兵も配置していたのだが、そんな精鋭も管理局員達を相手にして直ぐ壊滅状態に陥った。即座にアジトの転送装置で逃げようとしたが、周囲に張られた結界の所為でそれは不可能……それならばと部下の殆どをトカゲの尻尾切りに、ヘリで逃げ出したのがつい数分前の出来事だった。

 

既にアジトの周囲を覆っていた転送防止の結界は抜けたが、そもそも次元世界を渡る規模の転送魔法は難易度が高い。

扱える者は連れているが、転送先の座標に魔力のパスを通すのに時間がかかっていた。

 

その間に……

 

「ヒッ!?」

「時空管理局です。直ぐに降伏するのであれば、これ以上手荒な真似はしません。」

 

黄金の雷が、彼等の前を奔っていた。

 

 

 

 

 

 

「――いやぁ……流石はフェイト、相変わらず速いなぁ。」

 

組織のボスを捕縛し、引き渡して直ぐの事。銀髪オッドアイが軽い調子で話しかけて来た。

 

「先ずそちらの状況を報告して。」

「ああ、そうだった。

 と言っても、特にこれと言って問題は起きてないな。こちらは全員無傷、敵の構成員は傭兵共々一人残らず捕縛済みだ。」

「分かった。」

「見つかったロストロギアは押収済みだが……一応自分で確認するか?」

「……そうだね、一応確認する。」

 

彼等の事を信頼していない訳ではない。何せ、地球に居た頃からの付き合いなのだ。寧ろ互いに対する信頼は深い方だと言える。

 

しかし、ことロストロギアと言うものは慎重に扱い過ぎると言う事はない。これまで関わって来たいくつもの事件でそれを実感しているフェイトは、彼……神田の案内に従って押収したロストロギアを保管しているケースを確認しに行く事にした。

 

 

 

「ん? ……おお、フェイト。ロストロギアの検分か?」

「うん、報告書にも書かないといけないからね。」

「やっぱ執務官って大変そうだよなぁ……確か神宮寺の奴もそうなんだっけ?」

「うん、私よりちょっと早く執務官になったから、一応先輩になるのかな。この前の事件で久しぶりに会ったけど、元気そうだったよ。」

「マジか。アイツ今は『海』だからなぁ……中々会う機会が無いんだよな。」

 

ケースの保管庫でばったり会った神崎と昔を懐かしむように話しながらロストロギアのデータを解析しては報告書にまとめていると、思い出したように神田が話し始める。

 

「そう言えば、機動六課の方はどんな感じだ? 順調に新人は強くなってるか?」

「うん。私はたまにしか見れてないけど、会う度に強くなってるのが分かるよ。

 特にエリオの成長は凄く速くて……きっとああ言う子の事を天才って言うんだと思う。」

「天才か……他の3人はどうだ? エリオに比べて。」

「スバル達も順調に強くなってたよ。成長速度ではエリオには負けるかもしれないけど、実力は皆同じくらい高いと思う。

 あ、でも……」

 

そこまで言って、フェイトが一度端末を操作する手を止め、少し考えるように目を閉じる。

 

「でも……何だ?」

「ううん、ちょっとこの間入って来た5人目の子……ヴィヴィオはちょっと分からないかな。

 何て言うか、掴み所が無いって言うか……底知れない物を感じる。」

「なるほどな……ヴィヴィオが……って、え? 5人目?」

「うん。5()()()()()()()()()。まだライトニングかスターズかも決まってないんだけどね。」

 

時空管理局が保有するヘリの中で、銀髪オッドアイ達の驚愕の悲鳴が上がった。




ここ最近ずっと出番が無かったフェイトさん&一部の銀髪オッドアイ(地球産)の現在報告とプレシアさん再登場回。
神宮寺は現在別の次元世界の事件を追ってます。今後も出番はあるので、そろそろ存在を仄めかさないと……そのおかげで展開が進まないって言うね。(反省)

プレシアさんがちょっと親バカ過ぎるかなと思わなくはないのですが、INNOCENT的に考えてまだセーフかなと思わなくもない気もしなくはない。(曖昧)


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戦力

あの人の再登場回です。


「――勝率12%、か……なるほど、やはり相当な力を持っているらしいな。彼女は……」

 

クラナガンに聳えるビル群の中、燦然と輝く『J・C』のロゴが眩しい大企業『ジェイル・コーポレーション』の最上階。そこにある社長室で今、一人の男が自らの端末に送られてきた『報告書』を難しい表情で見つめていた。

 

「かつて聖王として戦った記憶を持つ彼女の見立てに間違いは無いだろう。

 だが、その彼女を含む機動六課が全員で掛かっても彼女……高町なのはに勝てる確率がこれか。

 戦闘の様子を確認できなかったザフィーラが何かしら打開の一手を持っている可能性はあるが、不確定な要素に期待できる状況でもない。

 ……全く、彼女が正しい意味で『光』であって欲しいものだな。」

 

カタカタと端末を操作し、ヴィヴィオから送られてきたいくつかの情報を精査しつつ、彼はデスクの上に置かれた通信端末を手に取り、内線である人物に通話を開始した。

 

『……はい、こちらセバスチャンです。』

 

応答したのは彼の会社では珍しく普通の人間であり、かつてプレシアとリニスを救うために時の庭園に執事として潜り込んだ男、セバスチャンだった。

 

「私だ。確認したい事があるんだが……」

『詐欺っすか?』

「違う! ビジネスフォンで振り込め詐欺が通用する筈がないだろう!?」

『冗談っすよ。……で、俺に連絡って事は使い魔関係っすね?』

 

セバスチャンのジェイル・コーポレーションでの役割、それはスカリエッティが調()()する事が難しい人材の提供だった。

 

ジェイル・コーポレーションと言えばクラナガンでは知らない者のいない大企業ではあるが、その反面で社内の事情が一切外に出ない事でも知られる企業だ。

特に一流企業でありながら人材の募集を一切していない事等、一時はその不透明さから『裏で兵器を開発しているのでは』等と言うゴシップ記事まで作られ、管理局の調査が入った事もあった。

 

それらは全て、彼の娘達の情報を可能な限り隠す為であり、彼女達が休日に気兼ねなく普通の人と同じように楽しめるようにと言う願いもあった。

そんな事情から外部の人材を雇用できないのだが、その欠点を補うのが彼……セバスチャンの役割だった。

 

「……ああ、そうだ。」

『いつもの()()の件っすか?』

「いや、今回はそちらではない……が、そうだな。

 丁度今大きなプロジェクト(新作)が動いている事だし、アレットの予定は開けて置いてくれるかな?」

 

アレットとはセバスチャンの使い魔の内の一人、地球で言う『オウム』に似た性質を持つ鳥をベースにした使い魔だ。

ジェイル・コーポレーションの提供するソーシャルゲームで声優名が『???』となっている者は軒並み彼が担当しており、その為スカリエッティからの指名率を常に1位でキープし続ける稼ぎ頭だった。

 

『アレットっすね、了解でーす。

 ……しかし、本題がこっちじゃないって珍しいっすね。』

「ああ、実はとある事情で()()が必要になるかもしれないんだ。

 そこで君に頼みたくてね。」

 

ジェイル・スカリエッティが『戦力』と口にした途端、通信越しのセバスチャンの表情が強張る。

 

『……随分と物騒な話みたいで。

 まさかとは思いますが、何かしら事件を起こそうなんてつもりじゃないですよね?』

「そんな事はしないとも。君も私がどういう存在か知っているだろう?」

『……なら良いんですがね。

 それにしても、戦力って言うのなら貴方の会社にも大勢いるんじゃないですか?

 ()()()()()が。」

 

『オートマタ』とはジェイル・スカリエッティが『娘』と呼ぶ彼女達の事である。

 

「あぁ、彼女達か。

 彼女達がそう言う意味で戦力になる事はないよ。

 荒事をさせる為に生み出した訳でもないし、ISのような能力だって一部の子にしかついていない。

 あくまで自衛や護衛の為の能力なんだ。

 それに何より……自分の娘をすき好んで戦場に送り出す親はいないよ。」

『いや、それは俺も同じなんですが?

 俺にとっても使い魔たちは家族なんですが?』

 

ジェイル・スカリエッティがオートマタや戦闘機人の彼女達を娘として愛しているように、セバスチャンも使い魔達を家族として愛している。

共に数十人規模の家族を持つ者同士であり、それ故に『そんな事は分かっているだろう?』とセバスチャンはジェイル・スカリエッティを睨みつけた。

 

「ああ、済まない。勘違いをさせてしまったらしいね。

 君に融通して欲しいのは『ゲームが得意な』使い魔だよ。

 我が社がゲーセンに提供しているゲーム、『魔装空戦 VR』ってあるだろう? アレが得意な使い魔をそうだな……20人程雇いたい。」

 

その言葉に、睨みつけていた表情から一転キョトンとした表情になったセバスチャンが尋ねる。

 

『……大会荒らしでもするんです?』

「誰がするかそんな事。こちとら大会に出たいとごねるセインを何度も説得して我慢させてるんだぞ。」

『いやぁ、流石にあんだけ大会を荒らし回ったらそれは仕方ないんじゃないっすかね……』

 

セインとはジェイル・コーポレーション立ち上げの時期から存在する12人の戦闘機人の一人であり、潜行能力と言う貴重なISの保持者だ。

そんな彼女の趣味の一つがゲームであり、記念すべき一回目の大会『魔装対戦-1st-』にスカリエッティにも秘密で出場し圧勝。事の顛末を知ったスカリエッティの説得により、出禁を喰らった過去がある。

 

『でもそれなら何の為に態々うちの使い魔を?』

「実は戦力の目途は既についていてね。

 最高評議会に提供したような、遠隔で安全な所から一流の魔導士のポテンシャルを発揮できるボディを作ろうと思っている。

 最初は魔導人形のような物でも良いかと思ったのだが、今の私の技術でAIなんてものを作ろうとしたら間違いなく人格が芽生えて娘になってしまうだろうからね。」

『……それならやっぱりオートマタ達の方がパイロットに向いてるんじゃないです?

 確か彼女達って、電脳内に入って機材を直接動かせましたよね? そのおかげで新作ゲームが信じられない速度で作られてるって。』

「そうなんだが……さっき言ったプロジェクトがね。

 本当に大作なんだよ。VRのゲームは彼女達の能力をもってしてもかなり時間がかかる。

 それに、人気シリーズの最新作だからね。下手な失敗はシリーズの信頼性に関わる。」

『えぇ……』

 

ジェイル・スカリエッティの言葉に呆れたような反応を返すセバスチャン。

それもそうだろう、今しがた彼は世界の命運が乗った天秤のもう一つの皿に自分の会社を乗せ、更にはそちらを重視したのだから。

 

「とは言ったが、当然うちからも何人かは出す予定だ。

 ……と言うか、ある一人から熱烈なアピールを受けていてね。大会に出られない鬱憤が相当溜まっているらしい。」

『あー……はぁ、まあうちの子達に危険が及ばないのなら……後、正しい目的の為の戦力なら提供しますけど。』

「よろしく頼むよ。」

 

 

 


 

 

 

「――戦力、ねぇ……今度はスカさん、一体何するつもりなのやら。」

 

それからいくつかの打ち合わせを行い通話が切れた後、セバスチャンは椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げる。

そうしてしばらくすると、気を取り直したようにデスク上の端末に再び向き合い、スケジュールの確認を行う。

 

「……取りあえず、アレットの予定は開けて置かないとな。

 相当大きな案件みたいだし。」

「ん? またボクをご指名?」

「ああ、何でも大きなプロジェクトが……って、お前何時からそこに……?」

 

独り言の筈の呟きに思わぬ返答があり、セバスチャンが振り返るとそこに居たのは肩のあたりで切り揃えたクリーム色のショートボブと、頭頂部に一房のアホ毛が特徴的な少女……に見える少年だった。

 

「ちょっと前から居たよ? 父様がカッコいい事言ってた辺り。

 『うちの子達に危険が及ばないのなら……後、正しい目的の為の戦力なら提供しますけど』ってとこ。」

「人を声真似でいじるな。ちょっと恥ずかしくなって来ただろ。」

 

セバスチャンの反応に気を良くしたのか「にしし」と笑うと、アレットは自分の次の仕事について尋ねる。

 

「ねぇねぇ! なんか面白そうな仕事入ってたよね!?

 『ゲームのキャラを現実で動かす』みたいなさ!」

「え? ……あー、まぁ似たような感じだな。」

「ボクもそれ出来るの!?」

 

期待にキラキラと輝く目から視線を逸らし、セバスチャンはもごもごと答える。

 

「ん-、まだ正確な日時も決まってないし……お前の場合、もう一つ仕事が入っててなぁ……

 まぁそっちがそれまでに解決してれば、かな。」

「えー! 何それ!

 だったら早くその仕事終わらせる! 行こ! 父様!!」

「なっ!? 待て待て、引っ張るな! そっちも今直ぐって訳じゃないんだから!」

 

絶対に『戦力』に入るんだ! と言わんばかりの勢いで部屋の外に向かおうとするアレットを宥めつつ、この話を使い魔達にした時の反応が今から怖くなるセバスチャンだった。




ジェイル・スカリエッティとセバスチャンの再登場回です。
今回の話で多分アレに関してある程度までの答えに行き着く方も多いかと。

以下、これ以降も詳しく書く暇が無さそうな設定の捕捉です。

〇オートマタ
戦闘機人に似て非なるもの。素体を必要とせず、生体パーツで組まれた身体に人格を備えたもの。
デバイスに人の体を与えたような物で、融合騎とは違ってユニゾンは出来ない。
また、人と同じ体の構造である為、後天的に戦闘機人化する事も可能。この世界のスカさん製の戦闘機人(ナンバーズ)は初期ロットの12人を含み、オートマタから『昇格』した者しかいない。
オートマタの人格ベースはデバイスの物と同様(リインⅡのように、感情も持ち合わせたもの)であり、戦闘機人化も『デバイスのカスタマイズの延長』と解釈する事で、法的なアレコレや倫理的なアレコレをすり抜けている。

〇戦闘機人とオートマタの関係
戦闘機人はオートマタ達からはJCの幹部と捉えられている。
初期ロット(1~12の原作勢)のナンバーズと共に会社が設立され、経営が軌道に乗ってからはどんどんと社員が増えていった。
当初は皆平等に戦闘機人化しようと考えていたが、とにかく人手が必要だったため、オートマタのまま数を増やしていった結果、いつしか戦闘機人は『幹部』と言う位置に収まった。
スカリエッティが遠方へ外出する場合は警護も務める為、エリートと言う扱い。
事業規模の拡大や部署の増設に従い、戦闘機人は現在24人程になっている。(生まれた順番で24人目の娘までが戦闘機人)

〇アレット
オウム(に似た性質の鳥)をベースにセバスチャンが生み出した使い魔。名前の元はオウムの英語名『ペアレット』から。
どんな声も出せるが、普段は中性的な声で話す。見た目は女の子にしか見えない。
スカリエッティからの指名率No.1。(声優的な意味で)


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克服訓練開始

それは、いつものように訓練所に集合したある日の事。

 

「皆揃ったね。それじゃあ今日も訓練を……」

「あれ、えっと……?」

 

抱えていた仕事が一段落したという事で本格的に機動六課の職務に復帰したフェイトが訓練の開始を宣言しようとしたところ、何処か不思議そうな表情でキャロが周囲を見回す。

 

そしてキャロ同様にキョロキョロと視線を巡らせていたヴィヴィオが、ここに居るフォワード達を代表するようにフェイトに尋ねる。

 

「フェイトさん、なのはさん達が来てないよ?」

 

この場には彼女達の教導官である高町なのはとヴィータの姿が無かった。

いや、なのは達だけではない。スバルとティアナ……スターズのフォワード二人の姿も見当たらなかった。

そんな彼女達の疑問を想定していたフェイトは、ヴィヴィオの問いに澱みなく答えた。

 

「高町教導官とスターズの二人は、今少し特別な訓練をしてるんだ。

 午後の訓練には合流する予定だから、皆も心配しなくて大丈夫だよ。」

 

その言葉に納得したのかホッとした様子を見せるエリオとキャロだが、一方でヴィヴィオは『これで一安心』と言う訳には行かない。

 

「私、特別な訓練見てみたいな……」

 

彼女が秘密裏に受けているミッションの達成の為にも、『特別な訓練』とやらは見ておきたいのだ。そんな内心のちょっとした焦りを表に出す事なく、彼女はフェイトに子供らしく異議を唱えたのだが……

 

「ごめんね、ちょっと難しいかな。」

「えー……」

 

どんな訓練を彼女達が行うのか……それを知っているフェイトからすると、その光景はあまり見せたいものではない。

それがエリオやキャロ、ヴィヴィオのような小さな子供達ならば猶更の事だった。

 

そして更に言うと、フェイトから見たヴィヴィオは少し不思議な子だった。

彼女の父親と自称するジェイル・スカリエッティからの手紙によれば『高い魔力を上手く扱えないので使い方を教えてあげて欲しい』との事だった。

内側に秘められた魔力量は確かに膨大であり、ヴィヴィオの事情をアニメ等で知っているフェイトもそれには納得したのだが、それに反してそう言った子供たちが陥りがちな『魔力の暴走・暴発』と言った事故は起きていない。

 

また、過去にそう言った出来事があったのならば魔法の訓練を見れば少しは忌避反応を示しそうなものだが、彼女は寧ろ訓練を見る事には非常に積極的だ。

特になのはがお気に入りなのだろうか、彼女の訓練を良く見学に来るとなのは自身からも報告は受けていた。

 

たまにしか訓練場に顔を出せないフェイトだが……いや、寧ろ()()()()()なのだろうか。ヴィヴィオを前にするとどこか()()()()な印象を受ける事があった。

 

――これは、良い機会なのかもしれない。

 

そう直感したフェイトは、頬を膨らませて不満を示す少女(ヴィヴィオ)に対して話を切り出した。

 

「ねぇ、だったらヴィヴィオも訓練やってみる?」

「私が……?」

 

目の前のこの少女のどこか作り物めいた印象の正体を、今日の訓練で掴めるのならばそれに越した事はない。

彼女が敵であれ味方であれ、『そう』と信じられる確証が欲しいのだ。

 

「ちょ、フェイトさん!? ヴィヴィオはまだ子供……いや、僕もそうですけど……!」

 

唐突の申し出に驚いたエリオが、咄嗟にフェイトを宥める。

フェイトの訓練は確かになのはのものと比べると比較的穏やかで安全を考慮したものになっているが、それでも訓練は訓練。厳しい事には変わりなく、ヴィヴィオのような小さな子供は泣いてしまうかもしれないを思ったのだ。

 

「大丈夫、ヴィヴィオの訓練に使うのはコレだから。」

 

そう言ってフェイトは持って来ていた紙袋の中から、パステルカラーのゴムボールを取り出すと魔法で空中に浮かせて見せた。

 

「ほらっ! ()()()()()()()()()()()!」

「えぇっ!?」

 

普段の習慣で咄嗟に構えた腕を慌てて下げ、『起立』の姿勢でゴムボールを受けると……

 

ぷぅ。

 

と空気の抜けるような音が鳴り、ボールは跳ね返って行った。

 

「これなら少なくとも痛かったり、怖いって思ったりはしないと思うんだ。

 どうかな? ヴィヴィオ。お姉ちゃんと訓練して遊ぶ?」

「……うん! 面白そう!」

 

フェイトの問いかけに明るく答えたヴィヴィオ。一瞬考えるような間があったように感じたが、その正体もきっと掴んで見せる。

秘かにそう決意しつつ、フェイトの久しぶりの教導が始まった。

 

<ねぇ、フェイト。やっぱりこの子も転生者なんじゃない?>

<私もそうじゃないかなとは思うんだけど、一応ね。>

 

……もっとも、きっとまた転生者なのだろうと姉であるアリシア共々思っていたのだが。

 

 

 


 

 

 

フェイト達が教導を開始した丁度その頃、高町なのは達はとある無人世界に居た。

 

「なのはさん……ここって……」

「うん、二人にも見覚えがあると思う。

 ここはスバルとティアナも卒業した訓練校が、授業の為に使う事が多い無人世界の一つ。

 ……ティアナが怪我をした無人世界の一部をコピーした、仮想空間だよ。」

「――っ!」

 

スバルの問いになのはが答えると、ティアナは一瞬ビクッと肩を震わせた。

 

なのはは一週間前の日、こう言っていた。

『自分でも酷い荒療治だと思う』と……そして、『向き合わないといけない物はハッキリした』とも。

 

分かっていた。あの日……()()()()で植え付けられた恐怖は、()()()()でしか拭えないのだと。

 

「そんな……! ヴィータ副隊長、他に方法は無いんですか!?」

「無い……とは言わねぇが、一番確実な方法ではある。

 成功すればティアナは二度と過去の恐怖に怯える事はなくなるだろう。」

「だからってそんな傷口を態々抉るようなやり方をすれば、下手すればティアは……!」

「あたしは大丈夫よ、スバル。」

「! ティア……」

「ここは仮想空間だもの。現実とは違って、少なくとも死ぬ事はない……そうでしょ?」

「ぅ……でも……」

 

ヴィータに食って掛かるスバルをそう言って宥めたティアナは、なのはに視線を向けると力強く告げた。

 

「なのはさん、あたしに案内()()()()()()()。」

「ティアナ……うん、よろしくお願いするね。」

 

誰かに連れていかれるのではなく自らの意思で……向き合うには、乗り越えるにはそれくらい出来なければ話にならない。言外ににおわせた覚悟を受け取り、なのは達はティアナの後について森へと向かった。

 

 

 

その道中。

 

「あ……この()……」

「この辺りの植生はちゃんとインプットしてあるから、現地の魔導生物も再現されてるよ。

 本当ならもうちょっと後にお披露目する予定だった機能なんだけどね。

 ……もしかして、その虫が?」

「はい、あたしの左脚を最初に撃った虫です。

 ……バカみたいですよね、こんな小さな魔導生物がトラウマの切っ掛けなんて。」

 

森の中で見かけた虫を指し示してそう自嘲するティアナに対し、なのはは首を左右に振って否定する。

 

「そんな事はないよ。誰だって、どんな事だって、きっと些細な切っ掛けで始まるんだ。

 傷ついた小さな動物を拾った事だったり、小さな宝石を見つけた事だったりね。」

「なのはさん……ありがとうございます。」

 

なのはにそう礼を言い、再びティアナは歩き始めたその時。

 

ティアナの付近の茂みから、例の虫が使用する砲撃が彼女の左脚へと真っ直ぐに伸びる。

 

そして彼女はそれを一瞥する事も無く、全く同じ魔力量を込めた魔力弾で相殺した。

 

「……今のも、克服訓練の一環ですか?」

「えっと、私は知らないけど……もしかして……」

「ああ、あたしが独断で操作した。

 本来の予定には無かったが、もしもこれで動揺するようなら……スバルの不安通り、まだお前に克服は無理だと思ってな。」

「ヴィータ……」

「そうですか。……それで、結果の方は?」

「まぁ、見ての通り合格だ。観察、照準、魔力制御どれも文句無し……冷静じゃなけりゃ無理な芸当だ。」

「……ありがとうございます。」

 

ヴィータに礼を言うと、ティアナは三度歩き始めた。

ここからの訓練は今までのような『優しい訓練ではない』のだと、胸に刻んで。




ヴィータの行動に関して補足しますと、必要な事だと思ったからやったと言うだけです。
ヴィータがティアナを良く思っていなかったりだとか、筆者がヴィータを良く思ってないだとかいった事情は無いです。

ただ、なんとなくヴィータはこう言った『嫌われ役』を自分から引き受けそうだなぁって印象はあるのかも? 彼女の場合は転生者ですが。


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克服訓練 第一段階

「――着きました……間違いなく、ここです。」

 

案内の為に一人だけ前を歩いていたティアナがそう言って立ち止まり、なのは達の方を振り返る。

そこは一見すれば何の変哲もない森の中の一角であり、周囲を見回しても彼女が滑落するような穴は見当たらない。

 

しかし、ティアナには確信があった。一見して何の目印も無いが、確かにここで……

 

「ここであたしは左脚を撃たれてバランスを崩し、そして……」

 

ティアナは迷いなく背の高い茂みの一つに歩み寄ると、それを搔き分けてその先を示した。

 

「この茂みを突き抜けて……この、崖に……」

 

彼女が掻き分けて見せたその先は崖になっており、覗き込む眼下には光さえ届かない暗黒の亀裂がその口を薄く開けていた。

 

「……案内ありがとうティアナ。

 やっぱり、今でもここは怖い?」

 

なのはは微かに震えるティアナの左脚を一瞥すると、彼女に尋ねる。なのはは言葉にしなかったが、その眼は「無理と感じたのならば引き返しても良いよ」と彼女に問いかけていた。

ティアナは自らの脚の震えを自覚しつつも、なのはから与えられた選択肢に毅然とした態度で返した。

 

「そうですね、この崖に来るのはあれ以来ですけど……再現されたデータだって分かってても、正直怖いです。

 だけど……なのはさんがここにあたしを連れて来たのは、今のあたしなら乗り越えられるって信じてくれたからだって事も分かってます。

 だったら……あたしは応えたいです。絶対に。」

 

そんな彼女の姿に、なのはの眼が微かに揺れる。

何時しかティアナの震えは左脚に留まらず、その全身が震えていた。それは恐怖に竦んだからではなく、恐怖と戦う決意から来る『武者震い』だと感じたからだ。

 

――これならきっと大丈夫。

 

ティアナの決意に引っ張られるように、なのはの心も固まった。

 

「分かった。

 それじゃあ先ず……()()()()、始めようか。」

 

そう言ったなのはの眼前にウィンドウが表示される。

ティアナからは内容が分からないそれをなのはが操作すると……

 

「――え。」

 

突如としてティアナの立っていた足場が崩れた。

 

『第一段階、先ずはこの状況に対処してみて。

 直ぐにこっち側に復帰しても良いし、崖の底に安全に降り立ってから戻って来ても良い。

 とにかく、対応できる事を見せて。』

 

すっかり遠くに離れてしまったなのはの声が、彼女の耳に明瞭に届く。念話とも違うその感覚は、ここが仮想空間故のものだとティアナに理解させた。

しかし、今のティアナはそんな事で誤魔化しきれない恐怖に包まれていた。

 

身体が遥か下の地面に引っ張られる感覚、手を、足を、顔を空気が撫でては置き去りにする絶え間ない喪失感。

落ちる、落ちる、落ちていく……そう理解する程に、彼女の心はどうしようもない恐怖に包まれて行く。

 

――怖い! 怖い!! 怖い!!!

 

するべき事は分かっていても、既にその手にクロスミラージュを構えていても、放ったアンカーが自らの身体を安定させるイメージが湧かない。その不安から腕が震え、照準が定まらない。

 

――このままじゃ、あの時と同じように……!

 

思わず固く閉じた瞼の裏に、当時の感覚が明確に蘇る。

何時衝撃が来るともしれない闇の中、滑落の際に傷ついた左脚の痛み以外の何も分からないあの感覚。

いつ地面にぶつかるのか、その時どれほどのダメージを受けるのか……その時、自分は生きていられるのか。

 

そんな何も分からない恐怖……しかし――

 

「ティアアアァァァーーーーーーッ!!!!」

 

その闇から掬い上げてくれた友人の声が、その全てを砕き、塗り潰してくれた。

 

再び崖の上に戻った時の光景、スバルに抱えられた時の感覚……そして、あの暗黒の崖の底で見上げた空に、スバルの顔が覗いた時の安心感。

 

「っ!!」

 

自然と目が開いた。開いた光景の先……あの時と同じように、崖から身を乗り出してこちらを覗き込むスバルの顔が見えた。

 

震えが止まる。冷静な思考が戻って来る。しかしあれから落下を続けた彼女の位置からでは、いくつも突き出した木の根のどれもが遠く、アンカーが届かない。

 

だが……

 

――そこ!

 

二丁のクロスミラージュから放たれたアンカーが、彼女とそう高さの変わらない位置の岩肌の両サイドに突き立つ。

 

「くっ……ぅ!」

 

やや遠くの岩肌に伸びた魔力のワイヤーは、彼女の身体をまるで振り子のように揺らし、その遠心力は彼女の体に多大なGの負荷をかけた。

だがその負荷を乗り越え、タイミングを見計らいワイヤーを消せば、彼女の体に残るのは彼女を上空へ持ち上げる運動エネルギーだ。

 

「届、けぇっ!」

 

運動エネルギーが切れる直前に放たれたアンカーは、今度こそ崖から突き出した木の根の一つを捉え、彼女の身体をしっかりと支えたのだった。

 

 

 


 

 

 

「ティア……良かったぁ……!」

 

崖の下を覗き込んでいたスバルの安堵した様子に、私も胸をなでおろす。

それと同時に、やはり彼女を連れて来た事は間違いではなかったのだと実感した。

 

過去の失敗から来る経験は、半端な成功体験よりも未来に活かされる。だがそれも大き過ぎれば良くないイメージばかりが先行し、行動を妨げる枷になる……

 

正直、私もティアナがその枷に囚われる事を危惧していたし、その不安は的中した。

 

ティアナはあの時確かに恐怖と戦う覚悟を決めていた。

もしも冷静に深呼吸をし、コンディションを万全に整え、『行きます!』と宣言し、自らの意思で崖に飛び込めば今回以上の結果を容易く得る事が出来ただろう。

 

『こうなると分かった状態』を乗り越えるのは、『突然訪れた困難』を乗り越える事に比べれば遥かに簡単だ。

そう言った小さな成功体験を少しずつ糧にして一歩一歩乗り越えていく……そんな方法もあったかもしれない。

 

だけど、それではダメなのだ。

 

確かにその方法でも暗闇の恐怖は乗り越えられるかもしれない。しかし、『突然の恐怖』に弱くなる可能性があった。

予め想定できる事態には強いが、急な状況の変化に弱い……それはセンターガードの素質としては2流も良い所。その上、私達機動六課が対峙する事を宿命付けられたのは『正体も分からない滅び』と言う脅威だ。

 

時期不明、正体不明、戦力不明……何も分からない事態に、そんなティアナでは対処できない。

 

彼女を機動六課にスカウトしたのは、何もアニメで彼女を知っていたからではないのだ。

彼女達の能力が同年代の魔導士の中でずば抜けており、成長の見込みも大きかったことから『脅威に立ち向かう戦力として相応しい』として純粋な実力で選んだ精鋭なのだ。

 

だから、彼女には一流のセンターガードになって欲しい。

彼女達の将来の為にも、その将来に彼女達が生きていられる為にも、一流でなければならない。それ故の荒療治。

 

『暗闇に対する恐怖』『突然の脅威に対する対応力』『分からない事態に怯まない精神力』……その全てを満たす為に、優しい手段を取っていられるだけの余裕は無い。

 

「――そう言う事だから、手を放してくれないかな? スバル。」

「ッ! ……わかり、ました。

 …………取り乱して、すみませんでした。」

「大丈夫だよ。貴女が怒る事も覚悟の上でやった事だから。」

 

私の胸ぐらを掴んでいたスバルの手に触れてそう事情を説明すると、彼女は何とか怒りを堪えるようにして手を放してくれた。

 

スバルの気持ちは分かる。確かにティアナはこの試練を乗り越えてくれた……この結果があったからこそ、今彼女は私の胸ぐらを掴むところで留まれたのだ。

だけど、当然失敗のリスクだってあったのだ。そして失敗すれば、ティアナが二度と立ち直れないリスクも……

 

この仮想空間では命に影響が出る事は無い……しかし、心は違う。

極限までリアルに再現された空間の中で得られる経験は、現実のそれと殆ど同じ密度を誇る。だからこそここでの経験がリアルに活かされるし、成果も如実に表れる。

 

だがそれは逆もまた同じ。

ここで得てしまったトラウマは、リアルにも悪影響を与える。仮想現実での訓練を長く積んで来たスバルにも、それが分かっているのだ。

 

「……この訓練が終わったら……」

「うん?」

「一度、仮想空間内での模擬戦をお願いします。そこで割り切りますから。」

 

とは言っても、心と言うものは理屈の外にあるものだ。

今の彼女の中には、どうしても堪え切れない衝動が渦巻いているのだろう。

微かに伝わる空気の振動が、彼女の本気をそのまま伝えて来た。

 

「……うん、良いよ。何度でも。」

「ありがとう、ございます。」

 

これは一発や二発、顔を殴られる覚悟が必要かも。

 

「面白い話をしてるじゃない。当然、あたしもその場に居るのよね?」

「ティア! 大丈夫だった!?」

「平気よ。……さっきはありがとう、スバル。

 アンタのおかげで立ち直れたわ。」

「! ……えへへ、どういたしまして。」

 

今しがたクロスミラージュのアンカーで崖を上って来たティアナが話に加わり、スバルに感謝を伝えると、今度は私を真っ直ぐ見つめて告げた。

 

「あたしもなのはさんに届けたい思いがあります。

 ですから、あたしも模擬戦に混ぜて貰っても良いですよね?」

「うん。全ての訓練を乗り越えてくれたなら、いくらでも付き合うよ。」

 

今の二人がかりなら……特に、あの事件で知ったスバルのISなら、私のプロテクションも破れるだろう。彼女の出した条件である仮想空間内なら、リスクである腕の故障も模擬戦後には無かった事になるし、間違いなくやる気だ。

 

……これは一発や二発じゃ済まないかも。

 

こんな形で決まった模擬戦だとしても、私は手加減をする気は無い。

だけど……それでも、この訓練を終えた後のこの二人が組んだ時、もしかしたら彼女の拳は私を捉えるかもしれない。

 

そのくらいの覚悟(期待)はしておこう。

だって、彼女達は私達が実力で選んだ掛け値なしのホープ(希望)なんだから。




第一段階が完了して第二段階へ……と行きたいところですが、全部描写すると話数を大分使うので次回は合流(午後の訓練)からです。
どんな訓練だったかは描写を軽く挟む予定ですが、簡単に言うと色んな状況で何度も落ちます。(勿論第一段階とは別の目的があってのものです)


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午前の訓練を終えて

「結局なのはさん達、午前中は来なかったね。

 特別な訓練ってどんなのなのかな?」

 

機動六課隊舎の食堂にて、エリオとヴィヴィオと同じ円卓で昼食を取っているキャロが午前中の訓練を思い返しながらそう零した。

 

「私も気になります!」

 

キャロの疑問に真っ先に明るく返したのはヴィヴィオだ。

午前の訓練を共にした事で遠慮が無くなったのか、以前よりも積極的に交流している様子が見て取れた。

 

「午後の訓練から合流するって言う話だったし、その時に聞いてみようか。

 もしかすると昼食は一緒に取れるかもしれないし……あ、噂をすればって奴みたいだよ。」

 

そんなヴィヴィオを宥めながら食堂の入り口を見たエリオが、見知った面々を見つけて二人に示した。

 

 

 

「遅かったね、なのは。訓練の結果は大丈夫だった?」

「うん、想定よりもずっと上手く行ったよ。

 遅れちゃったのはその後に模擬戦してたからなんだ。」

「模擬戦……」

 

フェイトの質問にそう明るく答えたなのはの様子を見て、スバル達の事が不安に思ったのだろう。フェイトは直ぐに二人の方に向き直ると目をしっかりと合わせて尋ねた。

 

「――スバルとティアナは大丈夫だった?」

「あ、はい! 模擬戦に関しても元々訓練とは関係なく、あたしからお願いしたんです!」

「それにあたしとスバルのペアとなのはさんでの2vs1の上、更にハンデも多少貰いましたし、フェイトさんの心配するような事にはなってませんよ。

 寧ろ、自分達の成長を感じられる良い体験が出来ました。」

 

二人の返答を聞いたフェイトが、トラウマが増えていない様子に安堵のため息を吐くが……続くスバルの言葉に耳を疑った。

 

「――それにしても、後ちょっとで拳が届いたんだけどなぁ……」

 

模擬戦を振り返って自然と漏れ出たスバルの言葉に、フェイトは確認の意味を込めてなのはの方へと振り返る。

するとなのははどこか誇らしげな笑顔を見せ、スバルに対して告げた。

 

「ううん、ちゃんと届いてたよ。私もちょっとだけ焦っちゃったもん。」

「いえ、まだ辛うじて()()()だけですから……次はきっと届かせて見せます!」

「あはは……流石にまだそう簡単に直撃は貰えないよ。

 でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど……うん、二人とも私の想定を超えてくれていて嬉しいよ。」

 

なのはの激励の言葉に「今度こそ」と拳を握り奮起するスバルと、褒められる事に慣れてないのか落ち着かない様子でもじもじするティアナ。

 

そんな彼女達の会話に思わず食事の手を止めていたエリオとキャロは、慌てた様子でフェイトに駆け寄り――

 

「フェ、フェイトさん! 僕達もこの後! 模擬戦をお願いします!」

「お願いします!」

 

と、自身の成長に対する不安と期待が()()ぜとなった表情で懇願する。

 

「エリオと……キャロも?

 ……そうだね。久しぶりに二人を見て凄い成長しているのは分かったし、午後の訓練の後にでも時間を作れるか考えてみるよ。」

「「ありがとうございます!」」

 

フェイトも今日の訓練の様子を見て一度成長の具合を測りたいと思っていたらしく、二人の提案に乗る事にしたらしい。

 

その一方で、ヴィヴィオは少し離れたところから彼女達……特に、スバルとティアナを探るような眼で見て考察する。

 

――なのはさんのプロテクションの強度は私も模擬戦の見学で知っているけれど……私の見立てでは、聖王オリヴィエでも彼女のプロテクションを破るのは容易ではないと言う結論が出ている。

  スバルさんも素晴らしい素質を持っている事は感じますが、まだ研磨の済んでいない原石と言う事も分かっている。今の時点で彼女がなのはさんのプロテクションを破ったと言うなら、そこには必ず何かしらのカラクリがある筈……

 

それが何なのか、必ず突き止めなければならない……現状の最優先事項をそう定めた彼女は、早速スバルに対するアプローチを開始するべく動き出す。

 

――あの予言が最悪の形で的中し、なのはさんが世界の脅威となるならば、プロテクションを破る方法は知っておかなければならない。

  もしもその方法が私にも適用可能な物であれば、以前父に報告した勝率も50%程に跳ね上がる……!

 

そんな思惑を表面に出さない様に意識しながらスバルに近付いたヴィヴィオは、興奮した様子を前面に出しつつ尋ねた。

 

「スバルさん! 私、今のお話、凄く興味があります! 教えてくれませんか!?」

「えっ、ヴィヴィオが?

 ……ふっふっふ、気になる? ならば聞かせてしんぜよう! 私の拳が……あぃたぁっ!?」

 

ヴィヴィオのキラキラと輝く尊敬の眼差しに気を良くしたスバルが、珍妙な決めポーズと共に語り出そうとしたところで、ティアナがスバルの頭に軽くチョップを入れて引き留める。

 

「バカな事やってないで、さっさと食べるわよ。午後も訓練はあるんだから。」

「はーい。ごめんね、ヴィヴィオ! また後でね!」

「むぅー……!」

 

そう、彼女達とて午後の訓練が控えた身。昼食の時間に少しとは言え遅れた事もあって、栄養補給は急務なのだ。

それが分かっているヴィヴィオもここは深追いせず、次の機会を待つ事にしたらしい。むくれた様子を見せながらも無理に引き留めたりはしなかった。

 

 

 

やがていつものように器から溢れんばかりの料理を持ってきたスバルが、先に自分の席についていたティアナからやや遅れて食べ始めると、ティアナが小さな声で話しかける。

 

「スバル、さっきの話なんだけど……」

「んむ? ――んぐ。 ……さっきの話って、ヴィヴィオの?」

 

先程のやり取りで気になる事でもあったのか、周囲をそれとなく確認しつつもティアナは警告するような様子で続ける。

 

「そう。模擬戦の事を話すのは良いけど……」

「! ……もぅ、分かってるって。心配性だなぁ、ティアは。」

「なんだ、あんたも気付いてたのね。分かってるなら良いのよ。」

 

スバルの返答にホッとした様子を見せ、再び昼食を取り始めようとするティアナだったが……

 

「勿論! ちゃんとティアの活躍も話すから安心してよ。」

「ちっがうわよ、バカスバル!」

 

突然叫び出したティアナに視線が集まるが、

 

「す、すみません。ちょっとこっちの話で……」

 

とティアナが言うと、割といつもの事でもあるので直ぐに視線は離れていった。

 

「もぅ、急にどうしたのさ?」

「~~っ! ……はぁ。まぁ、あんたに気付けって言っても無理かもね。

 あたしもついさっき気付いたようなものだし……」

「なにをぅ!?」

 

冗談めいた様子で両手を振り上げるスバル。こちらはいつもの事過ぎて視線は一瞬向けられただけで離れて行った。

 

ティアナも慣れた様子で両手を上げたスバルに顔を寄せ、ひそひそと話を続ける。

 

「……あのヴィヴィオって子、ちょっと怪しいわ。」

「! ……怪しいって?」

「さっきアンタが模擬戦の事を話してた時なんだけど、あの子の表情……って言うか、眼がちょっと気になったのよ。」

「……もしかして、あたしにキラキラとした熱視線を?」

「はぁ……アンタ分かって言ってるでしょ? ……あの子、普通の子じゃないわ。

 普通の子はあんな……()()()()()()()()()()は向けないもの。」

「……もしかして、あたし狙われてる?」

「さぁね……狙っているのはアンタか、それとも……」

 

そう言ってティアナは昼食をとりながらフェイトと談笑するなのはに視線を向ける。

 

「――もっと大きな相手かも。」

「……!」

 

その言葉に、スバルの表情が変わった。

 

 

 


 

 

 

フェイトと同じ席で昼食を取っている途中、ふと視線を感じて目を向けると慌ててこちらから視線を外すスバルとティアナの様子が見えた。一瞬だったけど、その表情は凄く険しかったように思う。

 

ティアナは割と珍しくない表情だったけど、スバルもって言うのは珍しいな。

……いや、ちょっと前にも似たような表情は見てたっけ。

 

あの時の感覚が残っている様な気がして、スバルに掴まれた襟元に手を触れる。嫌われる可能性は覚悟してたけど、やっぱり少し悲しいかも。

 

「――なのは?」

「! あ、ごめんねフェイトちゃん。えっと……どこまで話したっけ。」

 

心配そうなフェイトの声に、慌てて表情を取り繕う。

フェイトもアリシアもきっと気付いたと思うけど、無理に聞きだすような事はしないでいてくれるみたいだ。

 

「二人との模擬戦。ティアナの幻影の精度が凄かったって所だよ。」

「そうそう! 幻影の魔法ってあまり相手にした事が無かったんだけど、話に聞くよりもずっと凄いよ。

 魔法で作られた物だから魔力を持ってるのは当然なんだけど、魔力操作技術を鍛えると『攻撃の瞬間の意』まで再現できるみたいなんだ。

 数も多くて、20人のスバルとティアナに囲まれた時は私も本体を見失っちゃったもん。」

「それは……確かに凄いね。私達って小さい頃から魔力感知は特に鍛えられてるはずなのに……」

 

そんなフェイトの言葉に、昔皆でやっていた魔力弾スーパーボールを思い出す。

あの時の訓練のおかげで私達の魔力感知はかなり鍛えられている。魔力の量や持ち主だけじゃなく、攻撃的な物か友好的な物か、はたまた魔力が狙う相手は誰か、戦闘中で感覚が研ぎ澄まされていればその敵意の強さから本命かフェイントかまで一瞬で読み取れる。だけど……

 

「皆『本物と全く同じ魔力量と意志』をぶつけて来てたよ。

 訓練の成果をさらに応用して、ちゃんと自分の物にしてくれてるって凄く伝わって来た。」

「! ふふ……良かったね、なのは。」

「うん。やっぱり、ちゃんと訓練が形になるって嬉しいものだね。

 ……だからこそ……」

 

――心が離れてしまったかと思うと、余計に寂しい。

 

「……大丈夫だよ、なのは。」

「フェイトちゃん……?」

「スバルもティアナも、なのはの事を嫌ってなんていないと思う。

 だって、二人が一番わかってるはずだから。なのはの厳しさが全部、優しさから来るものなんだって。

 訓練の成果が出ているなら、なおさらだよ。」

「! ……あはは、全部バレてたんだね。

 ……でも……うん、そうだったら嬉しいな。」

「そうだよ、自信を持ちなって!」

「……うん! アリシアちゃんもありがとね。」

 

どうやら言葉にしなかった不安が表情に漏れていたらしい。

優しい笑顔で私を諭してくれたフェイトとアリシアに、心からの感謝を告げる。

 

何となく心が軽くなった気がして、自然と笑顔になれた。

そんな様子を見てアリシアも安心したのだろうか、フェイトとは少し違う満面の笑顔を見せてくれた。

 

「どういたしまして!

 そ・れ・と……」

 

そして素早くテーブルクロスを捲り上げ、アリシアが手を突っ込むと……

 

「――盗み聞きしてる子は、いい大人になれないぞ~?」

「わぁ、見つかっちゃった!」

 

テーブルクロスの下に潜んでいたヴィヴィオが引きずり出された。

遊んでいるつもりなのだろう、その表情は笑顔のままで思わず私も和んでしまう。

 

「最初から分かってたよ、ヴィヴィオちゃん。」

「えぇ~っ!?」

 

正直、テーブルクロスの中に入ったタイミングも分かっていたのだが、あえて黙っていたのだ。

彼女は見ての通りまだ子供だし、聞かれて拙い話をする訳でもないからね。

 

そんな事を考えていると、アリシアが何か思いついたような表情を見せるとヴィヴィオに尋ねた。

 

「そうだ! 今度はヴィヴィオのお話を聞きたいな。フェイトの訓練はどうだった?」

 

その質問になるほどと思う。

フェイトがヴィヴィオの訓練を見ていた話は既に聞いているが、本人がどう感じていたかは重要だ。

スバル達と違ってヴィヴィオはテストも受けずにフォワードになった子だ。だからこそ行った訓練が適正だったのか、この機会に知っておきたいのだろう。

 

……若干、強引な話題逸らしに聞こえなくもなかったけど。




アリシアさん渾身の話題逸らし。

なのはvsティアスバの模擬戦に関する戦闘描写ですが、2話くらい後に少し入れるかも程度の予定です。
と言っても、今回書いた部分である程度の予想が付いた方も多いと思いますので、もしかしたら書かないかも……?


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成長

後半ちょっとだけ難産です。


昼食を終えて午後の訓練の時が来た。

 

午前中の訓練を仮想空間で過ごしていた俺とティアナは、午後の仮想空間訓練の時間まで普段以上にハードなスケジュールを要求されたのだが――

 

「……どうしたスバル? そんなにニヤついて……」

「え、そんな顔してます?」

 

ジト目で問いかけて来たヴィータに口ではそう答えたものの、正直自分の口角が上がってるのは分かってるし、その上でそれを抑えられない。

 

でも仕方ないじゃないか。最初の模擬戦で手も足も出なかったなのはさんに「ちょっとだけ焦っちゃった」と言って貰えたのだ! 自分達が着実に強くなっている事をつい数時間前に実感したと言う事もあって今の俺の訓練に対するモチベーションは高く、それがほんのちょっと表情に漏れ出しているだけなのだ! 決して訓練を甘く考えているだとか、お遊び感覚と言う訳では断じてないんです!!

 

だから――

 

「そーかそーか、あたしとの訓練がそんなに楽しみだったか。

 ……じゃあ、もっと楽しくしてみるか?」

≪Explosion. Raketen form.≫

「すみませんでした!!」

 

だからそんなに怒らないでくださいってば! 普段使わないから余らせてるって言っても、一時的にとは言え教え子に向けるもんじゃないでしょソレェ(カートリッジシステム)!!

現実世界でそれ相手にするのは怖すぎますって!!

 

……なお、咄嗟の土下座が功を奏したのか訓練の内容は普段の2割増しで許して貰えた。

 

 

 


 

 

 

「……何やってんのよ、あのバカ……」

 

なのはさんが撃ち出した無数の魔力弾を相殺しつつ、ちらりとスバルの方を見れば妙に綺麗な土下座で謝ってる姿が見えた。

 

……大方、訓練開始まであのニヤニヤが止められなかったとかそんな理由だろう。なのはさんに褒められた事がよっぽど嬉しかったらしいからな。仕方のない奴だ。

 

「凄いね、ティアナ! 昨日までとは動きのキレが全然違うよ!

 これだったら直ぐにでも次の段階に行けるかも……!」

「! そうですか? ……えへへ、何か今までとは全然違うなってあたし自身思ってて!」

 

なのはさんが言う様に、今の俺の動きは我ながらキレッキレだ。

それと言うのも訓練を開始して直ぐに感じた事なのだが、視野が広くなった感覚と言うか、色々な物がこれまでよりも鮮明に感じ取れるのだ。

 

……まぁ、そんな余裕が生まれた事でスバルの土下座なんて物まで視界にとらえてしまった訳だが。

 

……振り返ってみれば、これまでの訓練で俺は無意識的に「あ、あの弾、左脚に向かうコースだな」って言う物ばかり注視していたのかも知れない。

警戒と言えば聞こえは良いかも知れないが、その実態はただの視野狭窄という奴でしかなく、その為に今まで多くの動きを見逃していたのだろう。

 

そしてその見逃した動きの先で窮地に陥り、動きを制限されて本来のポテンシャルが引き出せていなかった……そう考えれば、我ながら不思議な程に良く動くこの体の動きにも説明がつく!

 

……そう、恐怖を乗り越え、トラウマを完全に払拭した今の俺はまさに――

 

「もう完全に死角無しって言うか! えへへ……あ痛ぁっ!?」

 

気分の高揚に思わず笑みが零れた刹那、完全な死角から飛んできた魔力弾が俺の左脚に命中する。痛い。

 

「もう、油断しちゃダメだよ。褒めたら直ぐに調子に乗っちゃうんだから……」

「は、はい……!」

 

死角無しと言った途端に被弾した恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じつつも、直ぐに訓練に復帰する。

なのはさんはこう言う精神的な動揺に陥った時も「敵は待ってくれないから」と言う、至極もっともな理由から訓練の手を緩めてはくれない。直ぐに自分で立ち直らなければ、無駄に被弾回数ばかりが増えるだけだ。

 

「……左脚に当たったのに、もう動揺は殆ど無いんだね。

 ティアナが立ち直ってくれて、私も嬉しいよ。」

「なのはさん……えへへ、あたしも――あ痛ァッ!!?」

 

……褒められる事に耐性を付ける訓練も積んだ方が良いかも知れない。

 

 

 


 

 

 

――なんか、楽しそうだなぁ。あの二人。

 

「どうしたのエリオ? そんなにスバルさん達の方を見て……」

「ん? ああ、今までよりも生き生きしてるなって思ってね。」

 

フェイトとの訓練の休憩中に二人を見ているとキャロが尋ねて来たので、そう答えて訓練の方へと視線を促す。

キャロにも言ったが、今日の二人の様子はこれまでとは明らかに違った。やっている内容自体は同じ訓練の延長線ではあるのだが、二人の表情……特に、ティアナの表情は見ているこちらの気分も良くなって来るほどに晴れやかな物だった。

 

「――ホントだ。ティアナさん、凄く楽しそうだね。」

「うん。スバルさんもティアナさん程じゃないけど楽しそうだ。

 やっぱり、トラウマを克服出来たって言うのが大きいのかも……」

「お昼休憩の時に話してくれたあの事だよね。

 ティアナさんにあんなトラウマがあったって言うのも驚いたけど、それ以上になのはさんの克服のさせ方の方が衝撃的だったなぁ……」

「あぁ……うん。確かにアレはね……」

 

キャロの言葉を聞いて俺もあの時の衝撃を思い出した。

スバルとティアナが昼食を終えた後、訓練の再開までにちょっと時間があったから気になっていた訓練について聞いてみたのだが、なのはさんがやっていた訓練は俺の想像していた物とはかけ離れ過ぎていたのだ。

 

「まさか崖の上から()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、ね……」

「仮想空間内と分かっていてもゾッとするよね……」

 

ティアナに詳しく聞いたところ『心に刻まれたトラウマの状況を再現し、成長した自分の力でその状況を乗り越える事で恐怖を克服』と言うかなり強引なやり方だったようで、最終的には視界さえも奪われたらしい。

どんな脅威も一度その状況を乗り越えてしまえば次からは脅威でなくなると言う理屈と言うのは分かるのだが、それにしたってかなり強引なやり方だ。

これでは珍しくスバルがガチギレしたと言うのも頷ける。

 

……まぁ、その後の模擬戦で普段の訓練による成長を実感できたことや、プロテクションを破れたこと。その時のなのはさんの一瞬焦った表情を見た事で大分溜飲も下がったらしく、今では怒りもそれほど残ってないのだそうだ。

 

「でも、ちょっと羨ましかったんでしょ?」

「……まぁ、言い訳はしないよ。」

 

勿論、俺に拷問紛いの訓練を受けたいと言う願望がある訳ではないし、そもそも克服したいトラウマも持っていない。

俺が羨ましかったのは、なのはさんとの模擬戦の方だ。

 

「スバルさん達みたいに、自分の成長を確かめて貰えるって言うのは……うん、やっぱり素直に羨ましいね。

 確かに僕達はスバルさん達と比べて直接訓練を付けて貰える機会は少なかったけど……それでもフェイトさんに期待されているって事は伝わって来たから、応えられる機会がずっと欲しかった。」

「特にフェイトさんはエリオの憧れでもあるもんね。」

「うん、そうだね。フェイトさんの戦いを見る事が出来たのは、僕を助けてくれたあの日が最後だったけど……それでもあの時の光景は忘れられない程、鮮烈に記憶に残ってるよ。」

 

そう、俺の目標の姿はあれから一切変わっていない。

 

どうしようもない窮地に突如雷のように天から現れた光が、その障害の尽くを薙ぎ払ってくれたあの安心感……当時はそのカッコいい戦い方に憧れたのもあるけど、時間が経った今、自分が本当になりたかった目標の正体も分かってきた。

 

『あらゆる不安を一瞬で消し去り、その自らの姿で恐怖の記憶さえ塗りつぶす』――

 

……当時の記憶をいくら振り返っても、当時感じた痛みや恐怖を何度思い返しても、いつも最後に残るのはあの時見たフェイトの姿に対する憧れの感情だった。

 

どんなピンチや障害の記憶も『フェイトに助けて貰えた』と言う思い出と言う形でしか残させない在り方は、何処までも激しく……そして優しい。

 

俺もそんな(やさ)しいヒーローになりたい。そして、だからこそ――

 

「だからこそ今の僕達の全力をフェイトさんにぶつけてみたい。

 期待に応える為にも、目標の像をより明確にする為にも。

 協力してくれる? キャロ。」

「勿論! ……まぁ、今は補助魔法でしか助けてあげられないんだけど。」

「いや、流石にアレ出されると僕の訓練の成果とか霞んじゃうからね?

 ……フリードはともかく。」

「クルッ!?」

 

仮想空間のシステムの関係上、召喚竜の再現が難しい事にこの時ばかりは感謝した。

まぁ、なんだかんだでフリードも仮想空間に入れるようにアップデートはされたのだが、こちらは問題ないだろう。

 

抗議の声を上げるフリードを腕に抱えてあやしながら、俺とキャロはフェイトの訓練が一段落したヴィヴィオの方へと歩を進めるのだった。




ヴィヴィオ「エリキャロパート中ずっと訓練してました」(ゴムボール避け)

ヴォルテール君はね……出せる機会がホント来ない。ゴメン。
一応活躍する事件も用意してたんだけど、プロット書き直した時に消えちゃったし……

因みにヴォルテール君解禁したらキャロは滅茶苦茶強くなります。具体的に言うと初任務の事件に出て来た魔導砲(ヴィータ曰く『ガラクタ』)くらいなら正面からかき消せます。


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模擬戦-ライトニング-

午後の訓練を終えて時刻は19時08分……普段であれば訓練を終えたフォワード陣達が隊舎への帰路についているこの時間帯に、機動六課が誇る『仮想戦闘空間シミュレータ』内にはまだ彼女達の姿があった。

 

その理由は勿論――

 

 

 

「――うん、良い槍捌きだね。

 だけど、守るばかりじゃ勝利条件は満たせないよ、エリオ。」

「くっ……!」

 

そう言って簡易的な射撃魔法を絶え間なく撃ち出しているのは、フェイト・テスタロッサだ。

彼女は現在地上から5m程の高さに浮遊しており、対するエリオは飛翔魔法の適性が高くなく、またその高低差もあってか彼女の射撃魔法の対処にいっぱいいっぱいと言った様子だ。

 

降り注ぐ大量の射撃魔法群からキャロとフリードを背に庇いつつ、愛用のアームドデバイス『ストラーダ』を巧みに扱いフェイトの魔法を捌いている。

 

今回の模擬戦でフェイトに課されたハンデは『アリシアとの連携禁止』『飛翔魔法最高高度5m』『速度制限 時速40㎞』『簡易射撃魔法のみ』と言う重いものであり、その条件下で取れる最善の戦い方をフェイトが容赦なく実践した為にこのような状況になっていた。

 

「エリオ、準備できたよ!」

 

しかし、キャロもフリードもただ庇われていただけではない。

戦闘開始直後からの膠着状態を打破する為の作戦は既に、二人の念話で組み上げていた。

 

――猛きその身に、力を与える祈りの光を!

――我が乞うは、城砦の守り。白き竜に、清銀の盾を!

――蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ!

≪Boost Up Strike Power!≫

≪Enchant Defence Gain!≫

「≪竜魂召喚≫!」

 

複数の補助魔法の同時詠唱。

鍛えられたマルチタスクと精密な魔力制御によって獲得した、()()()()()()奥の手である。

キャロの両手に付けられた指抜きグローブ型のブーストデバイス『ケリュケイオン』……その両手の甲に取り付けられた宝玉から放たれた光が、それぞれエリオとフリードリヒに力を与えた。

 

「――っ! はぁッ!!」

 

強化魔法の光を帯びたエリオがストラーダを一際大きく振り抜き、魔力を込めた放電で周囲の魔力弾をかき消す。

 

「グルァ!」

 

その一瞬生まれた空白に、強化魔法を受け本来の姿に戻ったフリードリヒが翼腕を差し込み、キャロとエリオを一時的に守る繭を形成した。

 

――我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!

「ストラーダ!」

≪Boost Up Acceleration!≫

Stahlmesser(シュタールメッサー).≫

 

フリードリヒが稼いだ数秒間の内に、その守りの内で反撃の準備が整えられる。

やがてキャロの合図を受けて解かれた繭の内側から、眩い魔力光の迸りと共に小さな槍騎士が飛び出した。

 

「先ずは道を拓く!」

≪Haken Saber.≫

 

穂先に雷を宿したストラーダを振り抜き、その残光が魔力の刃となってフェイト目掛けて突き進む。

 

「なるほど。」

 

途中にすれ違う無数の魔力弾の尽くを破壊し、眼前に迫った刃をフェイトは上半身を僅かに傾けただけで回避。再びエリオの方へ視線を向けると――

 

Speerangriff(シュペーアアングリフ).≫

「――っはぁぁぁぁああッ!!」

 

そこにはフェイトの予想通り、ストラーダの推進機構をフル稼働させて突っ込んで来るエリオの姿があった。

 

――攻撃の手順、隙を作らない動き、思い切りは良い。だけど……

 

その様子を冷静に分析しながら、フェイトはエリオの特攻に対してカウンターを決めるべく動く。

並の魔導士であれば、今のエリオの攻撃を前にそのような事を考えるだけの時間的猶予はない。

だが、今回の相手は自らも()高速戦闘を得意とするフェイト・テスタロッサだ。高速戦闘の間に敵の動きの先を読み、それに対応する戦法や術式の構築を普段から行うフェイトの処理速度を前にすれば、エリオの動きはまだ僅かに遅かった。

 

フェイトは再び最小限の動きで身を躱すべく動く。速度制限と言うハンデはあるが、予め向かって来る事が分かっている以上少し早くから回避動作に移れば危なげなく躱す事はたやすい。

 

――ストラーダの噴出機構による突進は咄嗟に方向を変える事が出来ない。そして攻撃はあくまでストラーダの穂先に依存する以上、躱してしまえば無防備な横っ腹をこちらに晒す事になる。

 

そして二人のすれ違いざま、フェイトの左手に魔力弾が生成される。後はこのまま無防備なエリオに向かって放てば、撃墜とまではいかなくとも多大なダメージを与えられるだろう。

 

そしてそのプランを実行に移すべく、エリオに目を向けたフェイトは……我が目を疑った。

 

「――はあああぁッ!!」

 

そこにはエリオの姿があった。しかし、()()()()()()()()()()()()フェイトと向かい合う形で。

 

――ッ! ストラーダを、手放した……!?

 

――元々今の一撃が当たるなんて考えていない! いくら速度に制限が掛かっていようと、処理速度がそのままである以上、()()()()()()()! ……だからこそ、これが本命の一撃!!

 

「『紫電一閃』!!」

「っ! 拙い……!」

 

振り抜かれたエリオの拳に膨大な魔力が迸る。対するフェイトの手にも魔力弾があるが、その威力は雲泥の差だ。ぶつけ合ったとしても緩衝材にすらならず、紫電一閃の威力はそのままフェイトを撃ち抜くだろう。

 

……だが、ここで勝敗を別ったのはやはり速度だった。

 

「――はっ!」

「なっ!?」

 

フェイトは意図的にエリオの紫電一閃に向けて魔力弾を放った。それは威力の減衰を狙ったものではなく……

 

――魔力爆発による煙幕!? しまった、狙いが定まらない!

「……っ! イチかバチか!!」

 

逡巡の末、エリオは紫電一閃に込めた魔力を半ば暴走に近い形で放電させた。

暴走と言っても意図的にさせたものである為、エリオ自身にダメージは及ばない。煙幕を払い、あわよくば周囲に隠れている可能性のあるフェイトに一矢報いようと選んだ手段だった。

 

「――素早い判断……だけど、今のはちょっと迂闊だったね。」

「!」

 

エリオの狙い通り煙幕は晴れた……だが、その眼前には自らに向けて今まさに魔力弾を放とうとするフェイトの姿。

 

――放電を、躱された!!?

「躱した訳じゃないよ。流石に速度制限がある状態だと間に合わないから。」

 

フェイトの速度を知っているエリオの脳裏に過った予想を表情から読み取ったフェイトがそれを否定する。

 

「ただ一度離れて戻っただけ。きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうなって思ったから。」

 

それはあの一瞬で自らの行動をすべて読まれた事を示していた。……そう、煙幕にくるまれた後、咄嗟に思いついた魔力の暴走までの全てを。

 

――負けた……!

 

そして、フェイトの手から魔力弾が放たれ――

 

≪Shooting Ray.≫

 

横合いから割り込むように放たれた別の魔力とぶつかり、爆ぜた。それをなしたのは……

 

「エリオ! 乗って!」

「キャロ!」

 

フリードリヒに跨り、エリオの後を追って空中へと飛び出していたキャロだった。

この流れを予想していた訳ではなく、ただいざと言う時にエリオの手助けに入れるようにと動いていただけだった。

そしてフリードから目一杯体を乗り出し、伸ばされた手をエリオが掴み、フリードはそのまま飛翔。噴出が納まり空から落ちてきたストラーダを口で加えると、首を振ってエリオへと投げ渡す。

 

「フリードも、ありがとう。」

「グルル!」

 

エリオの感謝に一言鳴き、フリードはフェイトへと向き直る。

 

「さ、仕切り直そう、エリオ。まだ一度届かなかっただけだよ。

 一度で届かなかったならもう一度。一人で届かなかったなら……」

「――今度は二人で……うん、そうだね。僕達の本気をフェイトさんに見せてあげよう!」

「グルル!」

「違うよエリオ。二人じゃなくて()()……ね、フリード。」

「グル!」

「あはは、ごめんねフリード……僕達三人で一緒に戦おう!」

 

 

 


 

 

 

――そして今度はフリードに跨ったままの空中戦を展開し始めたエリオとキャロを見て、自然と感想が零れた。

 

「凄いね、二人共。」

「ええ、そうね……」

 

機動六課に入った時点でのエリオとキャロの連携は、俺とティアナの連携よりもやや粗いものだった。

決して仲が悪い訳でも、技術が不足していた訳でもない。ただ単純に、訓練校でそう言う授業を受けていただけ俺達の方がリードしていたと言うだけだった。

 

だが、今は完全に二人の連携の方が上手く行っている……自然とそう思わされた。

 

「……ごめん、スバル。きっと、あたしがもたもたしてたから……」

 

隣でそう呟くティアナに、俺の心は固まった。

 

「……違うよ、ティア。もうずっと前から……最初から、原因は分かってた。

 きっとティアもあたしと同じように分かってたと思う。

 それでも互いに変われなかったのは……きっと、このままの方が安心だったから。」

「スバル……?」

 

何を言うつもりなのか……そう言いたげにティアナが問いかける。

 

俺の予想に反して、機動六課の訓練中に俺達の連携が正される事は無かった。

だけど、きっとそれは『ティアナのトラウマを克服する』と言う最優先事項があったからだ。

 

……なら、自分の意思で成長できるタイミングは今しかない。

 

この決断の先に俺達がどうなるのかは分からない。だけど、少なくとも俺は()()()()()()とこのまま一緒に戦いたいと思っている。

 

訓練校の時からティアナと似ているところがあるって感じてた。実力を隠していた事、本来居なくなる筈だった家族が生き残った事、その家族に戦いを教えて貰った事……そして、転生者である事も。

 

ここまで同じ境遇なんだ。きっとティアナも俺と同じように、相手()が転生者だって分かっても一緒に戦いたいって思ってくれる……

 

――そう信じよう。だって俺達に足りないピースがそれなんだから。

 

()()()()()()()()()()()()()……それを手に入れる為に、この『心地良い不完全』を……俺とティアナの隠し事を……全て壊す。

 

「――今夜、話があるんだ。」

 

……でもちょっとまだ少し心の整理がつかないから、取りあえず今夜って事で……




模擬戦-スターズ-に関しては次回書く予定です。

本来の姿の時のフリードの鳴き声ってどんな感じだったっけ……とうろ覚え状態なので、『グル!』がイメージや記憶と違うと感じた方が居れば感想欄でも誤字修正でもなんでもご指摘ください。複数のパターンがありましたらその中から一つ選ぶ形になりますけど……

因みにこの模擬戦中アリシアが滅茶苦茶暇なのでフェイトに滅茶苦茶話しかけてます。(デバフ)


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スバルとティアナ‐スターズ‐

同時上映『模擬戦-スターズ-』
やっぱり先に結末を書いた以上、模擬戦の方は描写少なめとなりました。


一日の訓練を終え、夕食後。俺はスバルに誘われて隊舎の外……訓練の為によく使われる広場にやって来ていた。

ここは先週のちょうど同じ時間帯に俺がなのはさんにトラウマを打ち明けた場所であり、状況も併せてあの時の記憶が自然と脳裏に思い起こされた。

 

「突然呼び出して、何の話?」

「……ねぇ、ティア。今日のエリオ達の模擬戦、覚えてる?」

「え? ……えぇ、勿論。凄かったわ、二人共。」

 

ライトニングの模擬戦、その結末は()()()()()()()()()()()()()()()事で決着していた。

いくらフェイトが動きの大半を封じていたとは言え、相手の攻撃を読む眼は本物だ。並大抵の魔導士が行える事ではない。

 

そしてそれはエリオとキャロの実力がそれが可能なところまで引き上げられている証明だった。俺達が戦ったなのはさんとは戦い方も制限も違うが、それでも俺達はエリオ達よりも一歩遅れている事を実感せずにはいられなかった。

 

「……あたし、なのはさんのプロテクションを破ったってだけで満足してた。

 アレは元々なのはさんが攻撃を受け止めるタイプの魔導士で、あたしの能力(IS)()()()に特化しているから出来たってだけなのにね。」

「スバル……」

 

その珍しく静かな語り口調で、スバルがどれほど落ち込んでいるのかが伝わってくる。

訓練校時代では無敵のコンビと呼ばれ、当時はその連携もトップと呼ばれていた俺達が、今は子供の背を追う立場に甘んじている。

 

「――あたし、自分が情けない。ティアはどう?

 あたし達、()()()()でいいと思う?」

 

スバルの眼がこちらに向けられる。その真面目で真っ直ぐな視線は、俺に『何一つ誤魔化すな』と伝えて来た。

昼の訓練を思い出す。『自分達は成長した』と言う高揚感を引き摺ったままの訓練、『褒められる事に耐性を付ける』なんて頭の悪い事を考えていた自分自身。

 

それを思い返して今、この胸の内に湧き上がるのは――もう『高揚感』なんかじゃない。

 

「あたしは……昼間の自分を客観的に見て、今、凄く恥ずかしい気持ちになったわ。

 それと同時に、自分自身に対して湧き上がる怒りも……多分、アンタと同じ。」

 

違う? と尋ねるように視線を向けると、スバルも視線で肯定を返し、続きを促す。

 

「あたしは『自分達が成長した』と思った。

 ……ううん、それは()()間違ってないと思う。トラウマを乗り越えた事じゃない。

 その後の模擬戦で、これまでの訓練がちゃんと力として身に付いている事を実感したからそう思った。

 だけど、それは『個人としての』成長でしかない。」

 

そうだ、俺が今こんなにも自分に怒りを抱いているのは結局そこなのだ。

スバルとのコンビネーションでプロテクションを破った事で『自分()が成長した』と勘違いした。

即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あたし達は機動六課に『スターズ』として求められて入ったんだもの。

 訓練校レベルの連携で満足してちゃダメ……なのよね。」

 

俺達はそれぞれ確かに成長した。勿論、これからも成長していく事は変わらない……だけど、それよりも前に乗り越えなくてはならない大きな課題があったのだ。

それに気づかないままヘラヘラとにやけて訓練に出ていれば、お叱りを受けるのは当然だった。

 

「スバル、あんた『このままで良いと思う?』って言ったわよね。

 ――断じてNOよ! 今のままのあたし達じゃ、『滅び』に立ち向かえない。

 エリオ達の脚を引っ張る事が目に見えてるのに、『このままで良い』なんて思える訳がない!」

 

俺が自分の思いを吐き出すと、スバルは満足そうな笑みを口元に浮かべた。そして――

 

「――良かった、ティアもあたしと同じ気持ちで。

 だったら、きっと()()を知ってもあたしと同じ考えでいてくれるよね……」

 

何かを覚悟するように目を閉じ、息を整えてから再び開いた。

その様子から、俺もスバルが何を言おうとしてるのかを確信する。

 

だってこれまでずっとコンビを組んでいたのだから。()()()()()()()()()があっても、その時間に嘘は無かったから。

 

「――ねぇ、ティア。あたし、貴女に言いたい事がある。」

「――奇遇ねスバル。あたしもアンタに伝える事があるわ。」

 

それは誰もいないこの時間のこの場所だから、あの時自分の過去を曝け出せたこの場所だから、きっと言える事。

互いにそれを感じたのだろう。俺が笑みを浮かべるのと同時に、スバルも笑みを浮かべた。

 

まったく、姉妹でも何でもない俺達がここまで似るとは……どうやら余程相性がいいらしい。

こんな事だと分かっていたなら、もっと前に打ち明けておくべきだった。

 

 

 

……ふと、そこまで考えてちょっとした悪戯心が沸き上がって来た。きっと俺が転生者だと知っても拒絶されないと確信した安心感から来る物だろう、ある種の閃きが降りて来たのだ。

 

スバルは『自分が転生者だ』と打ち明けるつもりだろう。俺もそのつもりだった。

だが、ちょっと捻りを加えても良いのではないか? だって俺はスバルに対してもう一つ隠している事があるのだから。

 

……うん、良いかも知れない。そっちを打ち明ければ、必然的に自分が転生者だと打ち明けるような物だ。同じ告白ならちょっと驚かせても良いだろう。

 

そしてスバルと同時に口を開き、告白する。

 

「「あたし、スバル(ティア)が転生者だって、ずっと前から気付いてた……って、ぇえええッ!!!???」」

 

ナンデ!? これも被るの何で!? って言うか、えっ!? 気付いてたの!?

 

「「いつから!!? ……あぁっ、もう!!」」

 

ナニコレ鏡!? なんでここまで締まらないんだ!!

 

 

 


 

 

 

「あはは……なんかコント見てる気分。」

「二人共似てるって思ってたけど、ここまでとはね……」

 

スバルが深刻そうな表情でティアナを連れ出しているのを見かけたので、悪いと思いながらも後をつけてみたが……どうやら二人の仲が突然拗れたとかそう言う訳ではなかったみたいだ。

まぁ、聞き耳は立てていたので諸々の事情は聞こえてしまったんだけど……

 

「……二人が私達に気付く前に隊舎に戻ろうか、フェイトちゃん。」

「そうだね。……あの様子だと、特に心配もいらないと思うし。」

 

最後にもう一度だけ様子を見てみたが、相も変わらず二人はコントのようなやり取りを続けていた。若干語気が荒くなる事はあるものの表情には剣呑な気配はなく、寧ろどこか二人共安心しているような雰囲気だ。

きっと自分の正体(転生者)を受け入れて貰えた事が嬉しいんだろう、ユーノやフェイトに私が転生者だと伝えた時の緊張感と、受け入れて貰えた時の安心感を思い出しながら私達は隊舎のオフィスへと戻って行った。

 

「そう言えば、さっきスバルがなのはのプロテクションを割った事を『なのはさんが攻撃を受け止めるタイプの魔導士で、あたしの能力(IS)()()()に特化しているから出来たってだけ』って言ってたけど……実際の所どうだったの?

 結局昼休憩の時はそこの話を聞きそびれてたし、聞かせて欲しいんだけど。」

「え? ……うーん、正直さっきのスバルの言葉はちょっと卑屈すぎるように思うな。

 確かに私は相手の攻撃を受け止める戦い方を良くするけど、それは私のプロテクションが壊れないって言う確信がある時だけだよ。

 実際、あの模擬戦の時は――」

 

 

 


 

 

 

ティアナの克服訓練のプロセスが完了したのは、私とヴィータが想定していたよりもずっと早かった。

もっとも『完了』とは言っても、全ての影響を払拭出来たかどうかはまだ分からない為、これからの経過観察は必要だが……なにはともあれ、ティアナがあの崖に過剰に怯える事は無くなった。

 

その為、私はスバルと約束した模擬戦を行っていたのだが……

 

「――はあぁぁッ!!」

《Revolver Cannon.》

 

一面に草原が広がる大地の上空……私を中心として縦横無尽に張り巡らされたウイングロードの一角から、マッハキャリバーにより加速したスバルが飛び出して来る。

 

「レイジングハート。」

《Protection.》

 

ナックルスピナーで生成された衝撃波を纏った拳をプロテクションで受け止める。

衝撃波とは言っても、嘗て私のプロテクションを割ったフェイトのものとは違い、魔力の補助を受けて作られた物だ。このくらいのものなら受けるのはたやすい。

 

「迂闊な接近は実戦だと命取りだよ。」

 

そして、カウンターとして簡易的な射撃魔法を構築したその瞬間。

 

「まだ、まだぁ!!」

《Revolver Shoot.》

「っ!」

 

プロテクションによって防がれたリボルバーキャノンの術式を即座に切り替え、スバルはリボルバーシュートとして纏わせていた衝撃波を射撃魔法のように放った。

 

プロテクション越しにも中々の衝撃が伝わるが、スバルの狙いは私を突き飛ばす事でも、動きを止める事でもなく――

 

「反動で即座に距離を……だけど、空中でこの魔法はどう対処する?」

 

スバルの動きの弱点を指摘しながら、今しがた構築した射撃魔法を放つ。

 

そう、距離を取った事で魔法に対処する時間は得られたが、スバルの空戦適性は高くない。ゼロではないが、それでも空中で射撃魔法を即座に回避できる程器用に動けるわけでもない。

そして、私の問いに対するアンサーとなる魔法が放たれた。

 

「ディバイン……バスター!!」

《Divine Buster.》

「――! なるほどね。」

 

先程リボルバーシュートを放った方とは逆……左腕のリボルバーナックルで撃ち抜かれたスフィアから、スバルの使う数少ない砲撃魔法が放たれた。

 

一度ゼロ距離まで詰めてからリボルバーシュートで動きを鈍らせ、同時に距離を取ってディバインバスターを放つ適性距離を確保する……なるほど、確かに悪くない動きだ。

この砲撃で仕留められれば良し、そうでなくともこの距離で放つディバインバスターなら動きの牽制、目晦ましの両方の役割を熟せている。

 

そして、砲撃が止む頃にはスバルはウイングロードで……

 

「――体勢を整え終えている……って所までは、読んでたんだけど……」

 

……正直これは予想外だ。

 

「一体どれが()()なのかなー……」

 

ティアナがオプティックハイドで姿を消している事は知っていたし、動きがあれば何時でも対処する用意もあった。

だけどこの光景を前にして、対処を間違えた事を悟る。

 

「「「「「「「「「「「「「「「ここからが本番ですよ、なのはさん!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

――前世で読んだ某忍者漫画(NARUT〇)で似たような場面があったなぁ……

 

ウイングロードを駆けまわる数十人のスバル……見たところ30人以上は居そうだ。ウイングロードの展開範囲がやけに広いと思ったら、この為だったのかと納得する。

 

そして、こういう場合は大抵術者が弱点……なんだけど……

 

「まさかこれだけの数のスバルが全員()()()してるなんてね……」

「「「「「「「「「「「「「「「だから、言い方!!」」」」」」」」」」」」」」

 

うん、ツッコミも30人分だ。上手い事本体を割り出せないかと思ったんだけど、ああ見えても冷静なようだ。

 

……これだけの数のフェイクシルエット。処理を担当するティアナはいくらマルチタスクを鍛えていても碌に動けないのが普通だ。だけどその弱点をスバルが運ぶ事でカバーしている。……いや、或いはこれらすべてが陽動で、本体は今もオプティックハイドで隠れている可能性もあるのか。

 

「「「「「「「「「「「「「「「IS起動!!」」」」」」」」」」」」」」」

()()()()()()()()()()()()()S()h()o()o()t() ()B()a()r()r()e()t().()》》》》》》》》》》》》》

「ちょ……っと、これは拙いかも……?」

 

一瞬見えたスバルのIS状態を隠す程の光弾群……私に本体を見切られる前に決着を付ける気だ。

 

「シュートバレットの気配も全部同じ……シューティングシルエットの応用……?」

 

確かに魔力弾を遠隔発生させる技術は存在するし、私も可能だけど……この数を同時に、フェイクシルエットの処理と平行でやるとなると……

 

「まったく……実力、隠し過ぎじゃない……?」

 

それとも、トラウマの所為でこれだけのスペックを発揮する事が出来なかったとか……?

どっちにしても、簡単に勝ちを譲るつもりは無い。

 

「いいよ、ハンデで許されている中で全力全開で相手してあげる!」

 

周囲に展開するのは簡易式の射撃魔法……ただし、その数はティアナの光弾と同じ数だ。

 

そして……

 

「シュート!」

「「「「「「「「「「「「「「「シュート!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

大量の魔力弾群同士が相殺された事で発生した煙幕を突き破って現れたのは……

 

「「「「「「「「「「「「「「「オオォォォッ!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

同じく30人以上に増えたスバル達だった。

 

――ファンには堪らない光景……なのかなぁ……?

 

彼女達は皆一様に波形を伴った拳を振りかぶっており、その全員から高まった魔力波動を感じる。

 

「「「「「「「「「「「「「「「振動破砕・改!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

そして放たれた魔法殺しとも言えるISは私のプロテクションに突き刺さり、魔力との共振を起こす。

結果プロテクションは波紋のような、それでいて渦を巻くような形にうねうねと波打っている。今まで見た事ない現象だが、もう数秒と持たずに砕かれるだろう。

 

当然、周囲のスバル達は魔力で作られた幻影である為、それと同時に消滅……本体が露わになった。

 

「……まさか正面に居るのが本体だったなんてね。スバルらしいよ。」

「正面じゃないと、なのはさんの驚いた表情が見えませんから……ねッ!」

 

なるほど、確かに。きっと今の私の表情はスバルの期待に添えられるものだろう。

時間にして数分間ではあるが、この数分間で何度も二人の成長っぷりに驚かされたのだから。

 

――そして限界を迎えたプロテクションがけたたましい音を立てて砕け散る。

 

その瞬間、スバルは追撃の為に引き絞られていた左腕を振り抜き、背中のティアナがクロスファイアシュートを待機させる。

 

そう、プロテクションが破壊されても模擬戦は決着していない。

これはスバル達が魔力ダメージで立てなくなるか、私に攻撃をクリーンヒットさせるかの勝負なのだ。

 

「だけど……」

「はあぁッ!」

《Knuckle Duster.》

「これで……!」

《Cross Fire Shoot.》

「――私も負けてあげられないんだ。」

 

これでも滅びの予言に名指しで色々背負わさせられた時空管理局のエース。

そして、今は二人の教導官……まだ、背中を見せていなければならないのだ。

 

 

 


 

 

 

「――で、二人の攻撃をギリギリで躱してカウンターの魔力ダメージで勝ったんだ。」

 

オフィスで端末を操作しながらフェイトに模擬戦の顛末を伝え、そう締めくくる。

 

「へぇ、二人共そんなに強かったんだ。」

「うん。

 あの二人だったら……ううん、フェイトちゃん達の模擬戦を見た感じだとエリオとキャロもかな。

 ()()()()に行けると思う。」

 

私が操作していた端末には、次の訓練のメニューが載っていた。

 

……フォワード達の個人の実力を伸ばすのはこれまでで一区切り。

いよいよ彼女達は『スターズ』として、そして『ライトニング』としての訓練に入るのだ。

 

「――とは言っても、またデバイスの調整が入るから休日を挟もうか。」

「……私、機動六課に戻って来たばかりなんだけど……」

「あはは……フェイトちゃんの場合は仕方ないよ。執務官の仕事だったんだもん。」

 

シュンとしてしまったフェイトを宥めつつ、未来に思いを馳せる。

 

フォワード達が生徒から戦士へと育っていく未来、予言に記された滅びの未来……そして、私達が勝ち取らなければならないその先の未来へと。




次回から数話は休日の間の出来事を書く予定です。
今の内に書いておかないといけない内容が結構溜まっているので、この機会に書かないと……


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それぞれの準備

休日パートの第一話めです。


スターズとライトニングそれぞれの模擬戦があった翌日、訓練終了時になのはさんが俺達に向けてこう告げた。

 

「今日の訓練はここまで。

 この後はいつも通り、現実世界に戻って解散……なんだけど、今日はその前に大事なお知らせがあります。」

 

突然の事ではあったが大事なお知らせと言う話なので、未だに疲労感の残る体を無理やりに立たせてなのはさんに向き直る。

 

「今までの訓練はフォワードの皆の個々の実力を引き上げる事を特に重視して来たんだけど、それは今日で終了。

 次からは『スターズ』『ライトニング』としてのチームワークや、連携を重視した訓練に切り替えます。」

 

後で聞いた話だが、今までの訓練では個々の実力の把握と向上をメインにした物であり、フォワード達が『今の自分の実力』『パートナーの実力』『相手に合わせる為に自分がどう動くか』を把握する為の物だったらしい。

勿論俺達も知っているように連携に関する訓練も行ってはいたのだが、あくまで最低限に済ませていたらしい……これまでは。

 

正直この話を聞いた時、連携の訓練が遅れているのは自分の所為なのではと思っていた俺は安心したものだ。

連携がエリオ達に抜かれている現状、ここから本格的に鍛えていきたいと思っていた俺達にとって渡りに船でもある。

 

そして次回以降はこれまでとは逆。連携を中心に鍛え、個々のスキルアップはそれぞれの判断に任せると言う事になるそうだ。

その為に隊長陣の協力が必要であれば、申告すれば訓練を見てくれたり模擬戦の相手をしてくれるらしい。

勿論スケジュールが合わない事もあるが、そう言う時の為に『仮想戦闘空間シミュレータ』には隊長陣達の戦闘データが入っており、本人達よりも一段劣るAI戦と言う形にはなるが自由に模擬戦出来るとの事だ。

 

それは個々の実力ではまだエリオ達よりも上と言う自覚がある俺とスバルも、うかうかしていられないと言う事を指す。

キャロの隠し玉の話は聞いているし、エリオに至っては戦いの中でどんどん経験値を積むタイプだ。隊長陣との模擬戦を自由に行えるようになったこれからは、アイツの成長速度は今までの比ではないだろう。……これまでも恐ろしい速度で成長していたと言うのにな。

 

そして、最後に俺達にとって一番大事な連絡がされた。

 

「――そんな事情もあって、皆のデバイスをまたグレードアップする為に預かる事になるの。

 だから、明日の訓練はお休み。皆自由に羽を伸ばしてね!」

 

 

 


 

 

 

「――そう言う事だから、またデバイス達のグレードアップお願いね。」

「はい、確かにお預かりしました。

 ……それにしても、もうこの段階なんですね。想定よりも大分早いような?」

「うん、色々と嬉しい想定外があってね。予定よりも早く目標のラインは超えられそうなんだ。」

「確かに、このペースを維持すれば最終段階も直ぐに完了できてしまいそうですね。

 ……その分、今回の休日はタイミング的に難しい所ですが。」

 

そう言って苦笑するシャーリー。実際、今の勢いそのままに訓練を続ければ、モチベーションの高まりもあって成長も著しい物になるかもしれない。

私も勿論その可能性は考えたが、敢えてこのタイミングで休暇を挟んだのだ。

 

「だけど、必要な事だからね。デバイス達があの子達の成長に置いて行かれちゃったら元も子もないし……それに、休憩は適度に取らないとね。」

「なのはさんが言うと説得力が凄いですよね、その言葉。」

「あはは……」

 

この先に行うのはコンビネーションを鍛える訓練。デバイスがグレードアップし、戦略の幅が広がっても、それを活かす訓練を積んでいなければ宝の持ち腐れだ。

最新のデバイスの性能を活かした最新のコンビネーション……その訓練こそが実戦では最も活きる。

私の失敗を繰り返させないと言うのは、あくまでその副次的な効果に過ぎないのだ。

 

「休暇ですか……またまた凄い歓声でしたね、なのはさん。」

「あはは……また聞こえちゃった?」

「それはもう、『やったー!』って声がしっかりと。

 やっぱり休暇は皆欲しいものなんですねー……」

「うーん……その事なんだけど、今回はちょっと事情が違ったんだよね……」

「あれ、そうなんですか?」

 

この部屋にまで届く程の歓声は、実は休暇を貰えたことが原因ではない。寧ろ、『休日になる』と告げた時のフォワード達の反応は真逆と言っても良かった。

 

「うん。皆自分の成長を自覚したからか、『これからって時なのに!?』って言われちゃったんだ。

 だけど今シャーリーにも言ったようにデバイスが置いて行かれるのも問題だから、何とか説得したんだよ。」

「へー……あれ、じゃああの『やったー!』って、結局何だったんです?」

「あぁ、あれは説得用にみんなに配った物が原因だね。」

 

そう、私としても彼女達の反応は予想の範疇だった。

だから、とあるプレゼントで彼女達の機嫌を取ると同時に、不満点の解消も行った。

 

「これまでの頑張りを労う意味も込めたプレゼントって訳ですか。あの喜びようからすると結構良いものを?」

「うん……

 『ジェイル・ギア』と『リントレ(リンカーコアを鍛える魔導士のトレーニング)』。」

 

ジェイル・ギアは言わずもがな、VRゲームハードだ。そしてもう一つのプレゼントであるリントレは、そのVR空間内で基礎的な訓練メニューから他の魔導士との模擬戦までを幅広くサポートするゲーム……と言うか、ツールに近いだろうか。

この二つをプレゼントする事で、彼女達が望めば休暇中も自主的なトレーニングが行える。……勿論、機動六課の保有する仮想戦闘空間シミュレータに比べるとグレードは落ちるが。

 

「え、ジェイルギアって結構お値段しますよね? 経費で落ちるんです?」

「ううん、自腹だよ。

 休暇中の自主訓練にはなるけど、扱いはやっぱりゲームハードだから。

 それに確かに値は張ったけど、管理局って給料は良いからね。」

 

私がそう答えると、シャーリーは「なるほどー」と言って納得の表情を見せる。

実際、管理局は給料()良いのだ。使う機会があまり無いだけで。

 

「そう言えば、なのはさんは普段何をプレイされているんですか? こんな話あまりなのはさんとした事が無いので、少し気になって……」

「私? 多分皆と同じじゃないかな。『ベル伝』とか『ロスト†ロギア』とか。」

「アクション系ばっかりですね……なのはさんクラスだと、仮想空間内で身体の動きが重く感じたりとかってないんです?」

「んー……まぁ、『現実だったら苦も無く倒せるのに!』って状況もあるけど、そう言う状況ってゲームみたいな非現実じゃないと体験できないし、そこを楽しんでるのかも?」

「うわぁ……」

 

いや、『うわぁ……』って、そっちから聞いて来たくせに。まぁ、気持ちは分かるけど。

私自身、前世と違う楽しみ方してるなって自覚はある。だけど『苦戦する』という経験は即ち、『瞬時に打開策を考える』という経験だ。その点で言えばVRゲームは、いつまでも格上と戦える理想的な環境と言えるのだ。

 

「そう言うシャーリーは普段何をやってるの?」

「私はどちらかと言うと『アトリエール』シリーズみたいなクラフト系が多いですね。元々自分の考えたものが形になるのが好きなので。

 あ、でもプレイ中にインスピレーションを得る事も多いので、なのはさんみたいなアクション系も遊んだりしますけど。」

 

まるで普通のゲーマー(?)のような会話をしているが、意外と管理局員の中にジェイル・ギアユーザーは多い。

元々休暇が少ない管理局という仕事柄、体感時間を引き延ばす事も出来る仮想空間内の娯楽を求める者は多いのだ。最も、ゲーム次第では体感時間を最大5倍に引き延ばせると聞けば無理もないだろう。体も休まるし。

 

「ん? なになに、ゲームの話? 珍しいねー」

「あ、木之元さん。出かけてたの?」

「ちょっとテストをね。ほら、コレ。」

 

そう言って彼女が指で示して見せたのは、空中に浮遊する金色の三角形の端末だった。

 

「……バルディッシュ?」

「違う違う。勿論デザインはかなり寄せたんだけど、これはフェイトちゃんとアリシアちゃんのドローンだよ。

 一応これが完成形で、最後のテストが今終わったところ。」

「そうなんだ、これが……あれ、モニターは?」

「アレは試作機の予算を軽くするための機構。本来は……こう!」

 

そう言って木之元さんがドヤ顔で指パッチンを失敗すると、『シュッ……』と言う指が擦れる音が響くと同時に、端末の中央から木之元さんの胸像のようなホログラムが浮き上がった。

 

「わ、凄い! この端末のサイズで……」

「『なのはちゃんちょっと待って、リテイクさせて!?』」

 

『普段はちゃんと鳴るんだよ!』と二重の音声で言い訳する木之元さんだったが、ふとシャーリーが机の上に置いたデバイス達を見つけると途端に表情が切り替わる。

 

「……もう? 早くない?」

「あはは、シャーリーにも聞かれたよ。でも、嬉しい誤算でしょ?」

「まぁ、そうなんだけどね。私としてはもっとじっくりデータを取りたかったんだけど……」

 

フォワード達のデバイスをグレードアップする際、彼女は少しずつフォワード達の戦い方に馴染むようにデバイスの魔力伝導率や演算速度に調整を入れている。

その為の資料として訓練中や模擬戦の映像資料等も送っているのだが、今回のように急速に成長されてしまうとそう言ったデータが不足してしまうのが悩みでもあった。

 

だが、今回に限っては問題無いだろう。何故なら模擬戦があったのは昨日で、今日の訓練も殆ど最終確認の為の模擬戦だった。つまり……

 

「その点に関しては大丈夫だと思うよ。

 昨日と今日の模擬戦のデータログがデバイスに残ってる筈だから。」

 

詳細なログを保存する都合上、古いデータは流石に自動で消去されてしまうが、今回のように2日分のデータであれば問題は無い。

その為に休暇を早めたという事情もあるのだ……そう木之元さんに伝えると、彼女の表情はパッと明るくなる。

 

「本当に!? ありがと! やっぱ私達的には言葉で聞いたり映像を見たりするよりも、ログを解析した方が分かりやすいからさぁ!」

「そういうものかな?」

「ま、『見る人が知っている事』が違えば『見える物』も違うって奴だね。読み方を知らない人からするとチンプンカンプンな文章でも、私達には映像よりも確実な情報なのさ。」

「『チンプンカンプンな文章』かぁ……」

 

そう言われて思い出すのは『滅びの予言』の文章だ。

聞いた話によれば私が小学生の頃から進められていた解析は今もなお続いており、一部を確定の情報とした以外は未だに多くの解釈に分かれているらしい。

 

……もしもその中にあの予言を正しく読み解ける人がいるとすれば、その人は何を知っていて、どんな読み方をしているのだろう。少し、気になった。

 

 

 


 

 

 

「――これで、63体目。」

 

とある建物の地下深く……地上に見える白を基調とした()()が与えるイメージとは正反対の、薄暗い空間にて少女は一人呟いた。

目の前には薬品の中に浮かぶ少女が納まるカプセル……それが64基、縦横に整列されて並んでいる。

その中でただ一つ誰も入っていないカプセルに歩み寄ると、少女はその表面を撫でながら言葉を零す。

 

「あと、1体……いえ、もう1体余分に欲しいわ。欲を言えば、何体あっても足りないのだけど……」

 

そう言ったのを最後に彼女が指を鳴らすと、64基のカプセルは地面に潜るように格納されて行き、やがてその存在は完全に隠蔽された。

そして部屋の天井が発光し、優しい光に部屋が照らされるとそこにあるのは荘厳な地下聖堂だった。

 

――直後、部屋の扉が開き、部屋の持ち主である少女と同じ銀髪オッドアイを持つ青年が一人入って来る。

 

「なぁなぁ、聖女ちゃん! あれ、届いたか!?」

「ええ、今届いたところよ。

 ……じゃーーん! 『ロストロギア ソリッド2』!」

「うおおぉぉ!! 聖女ちゃんサイコー!!」

 

先程までとはすっかり雰囲気を変えた少女……聖女と呼ばれた彼女が取り出したのは、とあるゲームのパッケージだ。

JCから発売されるゲームの一つで、その発売日は今から3日()……その現物を見た銀髪オッドアイのテンションは最高潮に達した。

 

「スカさんの知り合いって本当だったんだな! ちょっと見せてくれよ!」

「勿論良いわよ。……でも、いくら楽しみだったとしても、あまり突然来られるとビックリしちゃうじゃない。」

「何言ってんだよ、()()()()()()くせにさ!」

 

「そうだけど……」と言って不満気な表情の彼女に無遠慮に近付き、引っ手繰るようにパッケージを手に取った彼は地下聖堂に並んだベンチの一つに腰掛けてまじまじとパッケージを眺め始める。

 

そのベンチのまさに真下に『生きた死体』があるとも知らずに……




『聖女』=HE教団トップです。
最後に出て来た銀髪オッドアイは、局員ではありません。

ベンチとかカプセルの描写については省きましたが、カプセルが収納されるとその上部がそのまま床になり、ベンチもそこに固定されております。

より分かりやすく言うと、カプセルの上からベンチが生えてます。
だからシリアスっぽくする為に部屋を暗くする必要があったんですね!


・ロストロギア ソリッド2
 巨大な組織による危険なロストロギア犯罪を防ぐべく、敵拠点に潜入する主人公の活躍を体験できるVRゲームの人気シリーズ。
 要するにメタルギアシリーズをVR版に作り変えた物。
 いざとなれば当然のように武力鎮圧が出来る。潜入任務とは……?
 様々な要素を原作準拠に造られているが、エ□本の中身だけはモザイク加工されている。


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休日の機動六課

2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


『ようこそ"スバル"、ジェイル・ギアの世界へ。

 この世界は貴女を歓迎します。』

 

透き通った女性の声が発する機械的なアナウンスが響く真っ白な空間で、スバルは自らの好奇心のままに周囲を忙しなく見まわしていた。

 

「おおー……コレが、ジェイル・ギア……!

 ……何か、新鮮なような既視感があるような……?」

 

彼女がそう感じるのも無理はない。この何もない真っ白なだけの空間は、神によって転生する前に居た空間をイメージされて作られている。

ジェイル・スカリエッティの「新たな世界に降り立つ前に相応しい場所」と言う、こだわりの一つであった。

 

『先ず、この世界でのアナタのアバターを決めましょう。』

「え、アバター? ……もしかして結構時間かかっちゃったりするのかな……?」

 

"アバター"と言う言葉に身体を見下ろせば、そこにあったのは普段の自分の身体ではなく、白い全身タイツに身を包んだ辛うじて女性と分かる程度の起伏を感じられる身体だった。

 

――約束の時間に間に合うと良いけど……

 

実はスバルはこの後、他のフォワード陣と仮想空間内で合流する約束をしていた。

予め時刻を決めてはいたが、アバターの作成に手間取ってしまうとその時刻に間に合わないかもしれない……そんなちょっとした心配から漏れた独り言だったのだが……

 

『現実のアナタの姿をそのまま設定する事も出来ます。

 その場合、セットアップにそれほど時間はかかりません。』

「あ、そうなの? じゃあそれでお願い!」

 

スバルの声に答えるように出されたアナウンスの提案に二つ返事で乗ったスバル。この辺りは一般人が驚く最初のポイントであったりするのだが、彼女はデバイスに触れる事も多い魔導士だ。こう言ったやり取りは割と慣れっこだった。

 

それから暫くして、『こちらのアバターで問題ありませんか』と、スバルの正面に普段鏡で見慣れたスバル・ナカジマが表示された。

 

「お、おおぅ……コレは、何とも凄いね……」

 

それほど時間が経過したようには感じなかったのだが、そんな短時間に現実の姿を完全にスキャンしてしまったらしい。その技術に僅かばかりの空恐ろしさを感じつつも、普段客観的に見る事が出来ない今の自分自身をまじまじと眺めるスバル。

その様子を感知したのだろう、再びアナウンスが一つの提案を持ち掛けた。

 

『お望みであれば、アバターの微調整が可能です。また、イメージしていただければ、この状態でアバターを好きに動かして確認する事も出来ます。』

「え……」

 

その声に思わず声の主を探す様に空を見上げるスバル。

今しがたの提案を受けて、急に周囲の視線が気になり始めたらしい。

 

「……えっと、じゃあとりあえず。」

『私の名前はスバル! よろしくね!』

「お……おぉ、声もちゃんとあたしの声だ……」

 

試しにイメージしてみた動きとセリフを発したスバルのアバターを見て、スバルは直感した。

 

――これは、"沼"だと。

 

この機能は自分の身体をスキャンした時だけではなく、自らのイメージでアバターを作成した時でも実行できる機能だ。

もっとも自らの理想の姿を0から完璧に再現するには途轍もない苦労があるのだが、それでも『理想の誰か』を眼前に生み出し好きに動かせる機能があれば、それだけで一つのコンテンツとして成立する程の魅力がある。

 

実際、ジェイル・ギアに初めて触れた銀髪オッドアイ達の多くはこの機能を前に数日を潰す事も珍しくなかった。

 

『……』

「――なるほど、一部出来ないようにされてる動きとかセリフもあるんだ。」

 

一体彼女は自分に何をさせようとしたのか定かではないが、基本的にこう言った物は()()()()はさせられないようになっているものだ。

ここで落胆し、膝を付いた銀髪オッドアイ達のなんと多い事か。因みに膝を付くのは一般人も同じで、相手は違えど誰しも一度は考えてしまう事であった。

 

そしてその後、彼等の行動は大抵決まっていた。

 

『かめ○め破ァーーーーッ!!!』

 

――そう、大いに遊ぶのだ。

 

そんなこんなで約束の時間を1時間以上遅れて待ち合わせ場所に到着したスバルだったが……不思議な事もあったもので、彼女が待ち合わせ場所に最初に到着したフォワードだった。

 

 

 


 

 

 

――カツン、カツンと、落ち着いた足音が二人分、機動六課隊舎の廊下に響く。

 

個別能力訓練が一段落し、フォワード達の訓練が休みとなったこの日。

しかし『機動六課』そのものが休日となった訳ではなく、特に訓練内容が大きく切り替わる事で『仮想戦闘空間シミュレータ』のメンテナンススタッフは現在大忙しである。

 

そんな中、彼等とは正反対に全くの仕事が無くなり、暇を持て余してしまった者もいた。

 

――困ったな、何か私に手伝える事があればと思ったんだけど……

 

その人物、フェイト・テスタロッサは長い間執務官の仕事に追われていた反動か、『仕事が無い』と言う事態に酷く狼狽えながらも隊舎の廊下を目的もなく歩いていた。

 

「……落ち着かない。」

『もうフェイトってば、せっかくの休みなんだから思い切って羽を伸ばせば良いじゃん。』

 

誰に対してでもなく口をついて出たフェイトの独り言に答えたのは、彼女の隣に浮遊するバルディッシュのような端末から上半身だけ投影されたアリシアだった。

 

「姉さんはそう言うけど……でも、みんな忙しそうだし……」

「いや、フェイトは今までほぼ休み無しでずっと働いてたんだから、寧ろ休まないとだめだって。

 なのはとはやてもそう言ってたじゃないか?」

「アルフ……それは、そうなんだけどね……」

 

二人目の足音の主であるアルフの言う通り、なのはもはやても今までずっと忙しく働いていたフェイトに休むように言っていた。

現在予言の対策の為に聖王教会に行っているはやてはその護衛にフェイトを付けなかったし、『仮想戦闘空間シミュレータ』の調整に付き合っているなのはもフェイトに「付き合って」と頼まなかった。

 

しかし同僚達の忙しそうな様子が目に入る度、フェイトは本当に休んでも良いのかと考えてしまうのだ。

そんな心境を表す様に周囲に目を遣るフェイトに、アリシアは手をパンパンと叩き制止する。

 

『ほらほら、今は周りに気を遣う時じゃないよ!

 なのはちゃんやはやてちゃんを誘えないのは残念だけど、休日は休日と割り切って楽しまなくちゃ!』

「姉さん……そうだね、二人の気遣いを無駄にしちゃうのも悪いし……」

 

とは言っても、いざ遊ぼうとしたところで良いアイデアが出て来ないのも事実。

ここ最近は仕事に掛かりっきりだったせいで、最近の流行りにやや疎くなってしまったのだ。

それでも街に繰り出せば何かしら興味を引くものも見つかるだろうと考え、隊舎のエントランスに向かう途中でふとフェイトが脚を止めた。

 

『フェイト?』

「……あ、ごめん。気のせいかな? 今、母さんの声が聞こえた気がして……」

『ママの?』

 

アリシアの問いかけにそう答えたフェイトは、ある部屋の扉に目を向ける。

 

『――ここって……』

「確か、デバイスとかのメンテナンスルームだねぇ……」

 

そこは木之元やシャーリーが主に使用するメンテナンスルームだった。先日なのはがフォワード陣のデバイスを預けたのもここであり、本来ならば今もその整備を続けていると考えるのが普通だ。

 

「……勘違いかも知れないし、入るのはやめておこう。

 きっと忙しいと思うし……」

 

と、フェイトが小声で二人に伝えたその時、扉の奥からその声が聞こえた。

 

『やっぱり、フェイトの声よ!』

『えぇ……私には何も……』

「――フェイト!!」

 

その瞬間、扉を開けて飛び出して来る大魔導士プレシア・テスタロッサ……その表情はもはや愛娘に会いたくて仕方がない親バカそのものだった。

 

 

 

「――なるほどねぇ、技術者として機動六課に。」

「ええ、詳しい事情は分からないけど……この部隊、普通の目的で作られた訳じゃないわよね?

 そんなところに娘が居るのだもの、放ってはおけないわ。」

 

事情を聴いたアルフの言葉にそう答えるプレシア。その間もフェイトを抱きしめ、頭を撫で回す手は止まっていない。

 

「因みに本音は?」

「釈放されたのに愛娘に会えなくてもう限界だったわ。」

「だろうねぇ……」

 

『ねぇー、フェイトー。そろそろ代わってー。』

「うん……えへへー、ありがとフェイト!」

「あぁ、アリシアに代わったのね! 偉いわ、フェイト!

 アリシアも元気だった? やっぱり姉妹ね、撫で心地も髪質もソックリ……!」

「いや、身体は同じだからね……って、聞いて無いねぇこれは……」

 

ツッコミをスルーされたアルフは、「しかし……」と思案に耽る。

聞けばプレシアは地上の治安や上層部の動きからこの機動六課が何かしら危険な仕事に関わる特別な部隊である事を見抜いたらしく、半ば横槍的に入れられた仕事を急ピッチで終えてまで駆けつけたとの事。

 

聞き出した本音の件もあり後付けの動機である可能性はあるが、それでも少ない情報からそこまで行きつく辺り、彼女の頭脳は今も全く曇っていないという事なのだろう。

それに加えて……

 

「――で、そんなプレシアについて来る形でリニスも機動六課に……と。」

「はい、私は主に厨房などのバックヤードを担当する事になりました。

 プレシアと違い自前の魔力でしか戦えない私は、この重いリミッターの中では戦闘どころか模擬戦もままなりませんから。」

「なるほどねぇ……まぁ、10ランクも下げられれば当然だろうね。」

 

リニスまで機動六課に来る事になったと言うのは非常に心強い。

もっともリニスとプレシアは既に『能力限定』で総魔力ランクがギリギリに調整された機動六課に新しく入ると言う都合上、ランク調整の為のリミッターをかなり厳しくする必要があった。

その為プレシアもリニスもSSランクからBランクと言う、実に『10ランク分』と言う重いリミッターをかけてこの場に居るのだ。

これほどの重さのリミッターを掛けられれば、流石に動きづらさや感覚のズレが模擬戦にも影響する為、彼女達はそれぞれ研究者、バックヤードと言う裏方に充てられる事となった。

……もっとも、ロストロギアの一つでもあればこのリミッターの中でもSSSランク相当の戦闘力を発揮できるプレシアに関しては、その影響も無いに等しいのだが。

 

「まぁ、とりあえず家族が全員揃うってのは良いもんだ。これからはこっちでもよろしく頼むよ、リニス。」

「ええ、施設の案内に関しては貴女を頼る事になるかもしれませんね、アルフ。」

「あっはっは、アタシがリニスに頼られるなんて、なんかこそばゆいね。まぁ、教えられる事は教えるよ。」

「はい。……あ、そう言えば……」

「うん?」

 

楽しげな様子で話していたリニスの表情が若干曇り、彼女にしては珍しく何やら言いにくい事を告げるようにもごもごと話し出す。

 

「プレシアが完全に自由の身となったので、これからは同じ家に住む事になります。

 その際にですね……えっと……」

「なんだい、随分と歯切れが悪いじゃないか。別に狭い家でもないし、そんなに良くないニュースでもないだろうに。」

 

アルフは何だそんな事かと言った様子で答える。実際、今フェイト(アリシア)、リニス、アルフ達が住んでいる家は一般的に見ても大きいと表現される家であり、何なら使用頻度の少ない部屋を丸ごとプレシアの部屋としても問題無い程だ。

その為、リニスの言葉を軽く考えていたアルフだったが……

 

「そうですか、なら良いのですが……実はアルフがフェイトと同じ寝室で寝ている事がプレシアにバレまして、今日から寝室が別になります。」

「良くなぁい!!!」

 

唐突に齎された残酷な裁定に、アルフの嘆きが響き渡った。




10年以上経っても許されない目をしていた過去のアルフェ……

ジェイル・ギアの基礎機能については、好きなキャラ(人物)を好きなように動かせるシミュレーターがあったら皆何時間もやると思う。
因みに有名人や、スバルのようにスキャンされた姿に酷似した容姿のアバターは、大人数が共用で試用するコンテンツには使用できないように制限されている。
また、既に存在するアバターに酷似した人物が自身の姿をスキャンした場合、既に使用されているアバターの容姿に調整が入る。(そちらもスキャンした姿だった場合は調整が入らない)

その為、なのは達のアバターを持っている銀髪オッドアイは多いが、実際に使用できる者はいない。後何故かシュテル達のアバターも使えない。何故か。


以下アバター作成時に銀髪オッドアイ達がやった事TOP10

10位:「かめは○波ァーーーッ!!!」(人物問わず、本人の場合もあり)
9位:アリシア「○○、遊ぼー!!」(幼少期、事案)
8位:はやて「○○、ご飯できたで!」(エプロン姿)
7位:フェイト「背中は任せたよ、○○。」(バリアジャケット)
6位:シュテル「○○と一緒に居ると、安心します。」(私服)
5位:レヴィ「アーーーッ!」(アーーーッ!)
4位:ディアーチェ「い、良いから我について来い。貴様が必要なのだ……!」(テレ顔)


3位:なのは「私の仲間になるのなら、次元世界の半分をくれてやろう。」(邪悪な笑み)


2位:なのは「咎人達に滅びの光を……星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。貫け、閃光! スターライトブレイカー!!」(完全詠唱SLB)


1位:なのは「この星諸共貴様等を消し炭にしてやる!!」(邪悪な笑み)

TOP3を独占するなのはさんの主人公力……!(なお内容)


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地上本部の悲願

2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


「ふふ……ふふふふふ……! くっくっくっく……!」

 

時空管理局地上本部……第一管理世界ミッドチルダの平和と安寧の維持を掲げるこの施設のとある一室にて、とある男がその強面な顔を引き攣らせる様に不気味な笑い声を漏らしていた。

 

その様子を見ていたもう一人……この部屋内に存在するただ一人の目撃者である女性は、少々呆れた様子で宥めるように告げた。

 

 

 

「……笑い過ぎです、()()。」

「ふふ……解っている。解っているが……くくく……!」

 

自らの娘であり秘書でもあるオーリス・ゲイズの声に理解を示しつつ、レジアス・ゲイズはなおも愉快そうに笑う。

その様子から、まさか彼がつい数時間ほど前まで怒りと不機嫌の絶頂にあった事を察する事が出来る者はいないだろう。それほどに彼の表情は朗らかだった。

……尤も、生来の強面が原因で少々不気味な絵になってしまってはいるのだが。

 

「……お気持ちは分かります。

 私自身、彼等がこのような決断をしてくれる事は予想外でした。」

「ああ、これで儂の計画の懸念点は無くなった!

 もうすぐだ、あともう少しで我が悲願が叶う……!」

 

手元の資料に目を落とすオーリスを尻目に、執務室の窓から眼下の街並みを見下ろすレジアスは先程の喜ばしい誤算を再び思い返していた。

 

 

 


 

 

 

――クソが! 忌々しい『()』の連中め!

 

その日、レジアスは朝から不機嫌だった。

……いや、より正確に言えば彼が不機嫌になったのは数日前……時空管理局本局から、とある要請を受けた時からだった。

 

――まだ人手が足りないから、もっと人員を寄越せだと!? こっちが今どういう状況かも解らんのか!!

 

湧き上がる怒りに思わず自らの机を殴り付けると、その様子を見たオーリスは気を落ち着かせる為に茶を淹れて手渡した。

 

「……オーリス……済まない、取り乱した。」

「中将……」

 

茶を受け取ったレジアスは珍しく素直に謝ると、手渡された茶に口をつけた。

そんな父の様子から、オーリスは今回の事が余程堪えたのだろうと察する。

 

――父の落胆も仕方ない。漸く、これからってタイミングで今回の要請……当たり散らしたくもなる気持ちは痛いほど解る。

 

今から約十年前、時空管理局にある転換期が訪れた。

500名近い銀髪オッドアイの一斉入局による、セキュリティシステムの一新……それに伴うデスマーチは多くの苦しみを生んだ。

だが、その騒動の只中にあって、レジアス・ゲイズは希望を見出していた。

 

『これだけの大量の入局者、万年人手不足と宣う海でも管理し切る事は不可能。

 必ず地上にも少なくない戦力が入って来る筈だ。』……と。

 

彼の期待通り、デスマーチ開けには200名以上の銀髪オッドアイが地上本部に配属される事になった。

 

折角の戦力を活かさない手は無い。彼は早速銀髪オッドアイ達を使い、地上本部の抱える問題点の改善に乗り出そうとした……のだが、彼等はレアスキルを扱えても魔法の扱いが未熟だった。

 

確かにレアスキルは強力な力であり代替が効かない物も多いが、レアスキルしか使えない者は作戦行動に於いて足を引っ張る事もまた多い。

周りの動きに合わせる事が出来ず、戦場で孤立し、代替が効かない分フォローに人手を要し、そして割に合わない犠牲を出す……そんな戦場をいくつも見て来た彼にとって『レアスキル』と言う物は信用に値せず、銀髪オッドアイ達の現状は到底受け入れられない物だった。

 

レアスキル無しで戦えなければ、今の地上部隊の立て直しには使えない……多大な戦力を前に、断腸の思いでレジアスは彼等の成長を待った。

腕の良い教導官をつけ、研修が終わるのを待ち、その間地上で起こる事件は極力既存の部隊で解決した。

 

そして約一年後……研修を終え、実力を付けた彼等は極一部を除き『海』に引き抜かれた。

 

地上よりも高い給料、多くの昇進の機会……そんな口車に乗せられた者も居たが、彼等が海に行った理由は別の所にあった。

 

『次元航行部隊に入れば、無印やA'sのなのはに会えるかもしれない』

 

当然レジアスはそんな理由である事など知らなかったが、結果は同じだ。彼は自らが育てた戦力の殆どを、半ば裏切りに近い形で持って行かれた。

 

地上に残った銀髪オッドアイは十名程で、彼等の戦力は確かに破格だったが地上本部の立て直しと言う大目標を前にすればまだ足りない……レジアスは自らの悲願の方を諦めた。

 

 

 

――それから数年後の事だった。

高町なのはを筆頭に、第97管理外世界と言う辺境から数十名の魔導士が入局したのは。

 

不思議な事に、彼等は自ら地上本部に志願し、配属された。

これだけでも嬉しい誤算だったのだが、更に嬉しい誤算として、彼等は最初から高度な魔法戦が可能な程に鍛えられていたのだ。

 

地上の平和維持に手一杯で第97管理外世界の事件を知らないレジアスにとって、管理外世界でどうやって彼等がそれほどの実力を身に着けたのかは不思議だったが、もはやそんな事はどうでも良かった。

一度諦めた悲願が胸中に再び燃え上がる。地上部隊の立て直しの機会を、その為の戦力を天が与えてくれたのだと感じた。

 

それからは早かった。

元々彼等のチームワークが良かった事を活かし、新しく作った部隊に纏めて配属させ、決まった管轄を与えない事で遊撃部隊の様なフットワークを与えた。

更に地上で発生する事件の対処が遅れそうだと判断すれば積極的に介入出来る権利を与え、曖昧となっていた管轄の境界を明確化するまでの繋ぎとした。また、この機会に過剰なほどに育った縄張り意識を改革し、部隊間の連携や引継ぎをスムーズに行えるようにした。

 

その他にも様々な理由で発生した事件への対応が遅れる問題等にも、一つ一つ目を通し、解決するまでの時間を稼いでくれたのが今も事件の最前線で活躍している『ミッドチルダの銀盾』なのだ。

 

純粋な戦力である以上に、レジアスにとって思い入れのある部隊……そんな彼等を一部とはいえ『寄越せ』と言われて『はい』と心の底から言える者はいない。

……いないが、しかし上からの要請を客観的な理由無く突っぱねられる訳も無い。

レジアスは地上部隊の立て直しの途中である事を理由に、『あくまで彼等の意思を尊重する』と言う消極的な抵抗しか出来なかった。

 

そして、今日がその面談の当日だった。

彼等の意思を判断する面談の場には、当然『海』の将官をつけるという条件を付けられており……

 

「やぁ、レジアス君。今日はよろしく頼むよ。」

「……は。」

 

――その将官はレジアス中将よりも位の高い『大将』であった。

 

面談結果の誤魔化しを嫌うだけで大将をこの場に送る訳はない。面談の内容や結果が曖昧だったり、どっちとも取れる場合には権限を行使して強引に引き抜くつもりなのだろう。

 

この時点でレジアスは殆ど諦めていた。

 

 

 

――だが両者の想定は覆された。

 

『いえ、私は地上部隊に残る事を希望します。』

 

その言葉を誰が予想しただろうか。『地上に残る』と言う明確な回答。

『地上よりも高い給料』『地上よりも多くの昇進の機会』……そんな好条件を突きつけられたにも関わらず彼は……否、彼等は全員がその誘いを突っぱねてくれたのだ。

 

『地上に守りたいもの(フェイト)がいますので。』

俺の目標とするもの(なのは)はココにしかない。』

『まだ叶えていない夢がある(はやてに告白していない)。それを成し遂げない内にここを離れる事はあり得ない。』

『ここには俺にとって大切な、かけがえの無いもの(機動六課)があるんです。』

 

そう真っ直ぐ告げる彼等の言葉には、大将である彼でも付け入る隙の無い正義の心があった。……と、レジアスは思った。

 

 

 


 

 

 

……そんなこんなで、来る前よりも随分不機嫌になって帰って行った『大将』とは裏腹に、今のレジアス中将はすこぶる機嫌が良いのだ。

それはもう面談の後からずっとニヤニヤしている程に。

 

「オーリス、これから地上は変わるぞ。

 どの次元世界よりも平和に、誰もが安心して暮らせる最良の世界に……!」

「はい、悲願達成のその時まで……いえ、その後もきっと着いて行きます。」

 

レジアスの悲願……それは原作とは違い、正しい手段で果たされようとしていた。

 




原作で結構部下から信頼されている辺り、本来の思想は割と純粋だったのではと言う解釈。

いやぁ、銀髪オッドアイ達が残ってくれてよかった。

えっ? 機動六課解散後?

……。

…………。


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2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


ジェイル・ギアの生み出した仮想空間の街……その中心にあるコロッセオのような闘技場に、彼女達の姿はあった。

 

「――そこだッ! 『リボルバーキャノン』!」

「甘いです! 『ソニックムーブ』!」

 

地上から僅かに浮遊したスバルが滑るような動きでエリオへと肉薄し、風のエフェクトを纏った拳を突き出すが、全身に雷のエフェクトを纏い、瞬間的に速度を上げたエリオに背後を取られる。

 

「『ルフトメッサー』!」

「『リボルバーシュート』!」

「うわっ!!」

 

反撃とばかりに繰り出されたエリオの攻撃は、拳に纏わせた風のエフェクトを撃ち出すスバルの攻撃により相殺され、更にその余波が突風となってエリオの体勢を崩す。

 

「『ウイングロード』!」

 

それを好機と見たスバルがすかさず光の道を生み出し、追撃を試みるが……

 

「させません! 『シューティング・レイ』!!」

「くっ、『プロテクション』!」

 

スバルの動きを牽制する為に放たれたキャロの射撃魔法を防いだ事で、その脚が一時的に止まる。

 

「今だ! 『紫電一閃』!」

 

その隙にスバルが追撃の為に生み出したウイングロードを踏みしめ、反撃に出るエリオの持つ槍に雷のエフェクトが迸る。

そのままソニックムーブの高速機動を利用し、スバルへと飛び掛かった瞬間、誰もいない虚空から声が発せられた。

 

「『オプティック・ハイド』」

 

その瞬間、スバルの姿が消える。

先程までキャロが足止めをしていたティアナがいつの間にか姿を消し、この距離まで接近していたのだと理解したエリオ。だが……

 

「! 消えた……けど、まだ遠くには行ってない筈! 『サンダーレイジ』!」

 

姿が消えても実体が無くなった訳ではない。それならばと槍の纏う雷光をさらに増幅させ、先程までスバルが居た位置に槍の穂先を叩きつけた。

瞬間、穂先が爆発したのではないかと思わせるほどの閃光が奔り、雷で出来たドームが周囲を覆う。

しかしエリオが期待した手応えは得られず、代わりに現れたのは……

 

「『フェイク・シルエット』」

「!?」

 

スバルとティアナの姿をした幻影が数十体。

なのはとの模擬戦の話を事前に聞いていたエリオだったが、その圧倒的な数を前に一瞬動揺してしまう。

 

「エリオ!」

「! キャロ!」

 

その時、救援とばかりに空から現れたキャロの姿に安堵の表情を見せるエリオ。

そのままキャロはスバルの傍に降り立ち、その両手に光のエフェクトを生み出すと……

 

「油断したわね、エリオ。」

「えっ……!! しま……ッ!!」

「『シュート・バレット』」

 

そのままその光弾をエリオに撃ち出し、エリオを戦闘不能にさせた。

そしてフェイク・シルエットによるスバルとティアナの幻影群が解除された時、その場に残されたのはキャロと一対一で向き合うスバルと、スバルの傍で得意げに佇むもう一人のキャロだった。

 

「うわぁ……えげつない事するなぁ、ティアナ……」

「し、仕方ないでしょ? このゲームの()()、あたしの魔法と相性が悪いんだから……」

 

そう言ったもう一人のキャロの姿が一瞬にしてティアナの物へと変わる……いや、正確には身に纏っていた幻影を解除し、元に戻ったのだ。

 

「あー……うん、確かにそうかも。

 さて、どうするキャロ? これで2対1だけど……」

「……降参です。」

 

仮想空間内ではキャロの使える手札は、補助魔法を除けばいくつかの射撃魔法が精々だ。

思い返せば最初に幻影魔法でエリオと分断された時から勝ち目は薄かったなと反省しつつ、キャロは降参を示す様に両手をバンザイのように上げた。

 

 

 

リントレ(リンカーコアを鍛える魔導士のトレーニング)かぁ……試しにやって見たけど結構良い感じだね、このゲーム。

 模擬戦も結構本格的に出来るようになってるし。」

 

闘技場の受付があるエントランスホール……多くのプレイヤーが各々自由に過ごす部屋の一角にあるテーブルを囲み、先程までの模擬戦……このゲーム内の用語で言えばチームバトルだが、その感想を話し合うスバル達。

 

「そうね、リアルの方で使ってる魔法は術式をゲーム用にコンバートしなきゃいけないけど、それでもリアルと同じ感覚で使えるのは悪くないわ。」

「流石にデバイスの再現は出来ないみたいだから、現実と同じように動く為にはオプションパーツが要るけどね。」

 

そう言いながらスバルは自らが装備しているオプションパーツ、『フロートシューズ』を指し示す。

周囲のプレイヤーを見れば、彼等も現実の動きに近づける為か、それとも自らの理想の動きを体現する為か、多くのオプションパーツを装備している者達が居た。

 

「魔法を全部コマンドワードとして発声しないといけないってのも、幻術魔法使いとしては難しい所ね。

 さっきみたいに幻影の生成と姿を変えるのを同時に熟さないと、相手の目を欺くのも一苦労だもの。」

 

先程の一戦を振り返り、動きやすさとは違う『やり辛さ』を指摘するティアナ。

それはユーザーのリンカーコアやデバイスの有無等による感覚の差を平等にする為の工夫の一つであり、ティアナ自身も何となくそれを理解しているのだが、やはり直接割を食ってしまっている分不平等に感じているようだ。

 

「いや、十分えげつない使い方してたって……ねぇ、エリオ?」

「い、いえ! 実戦でパートナーと分断される事の危険性を、また一つ学べましたから!」

 

同情するようなスバルの目線を受け、慌てて有意義な体験だったと話すエリオ。

 

「真面目ねぇ……まぁ、安心しなさい。アレはキャロの動きの癖を知ってるあたしだから出来た事よ。

 キャロを知らない相手がキャロの姿をしていたら、多分一瞬で見抜けるわよ。」

「そう……でしょうか?」

「不安だったら一度試してみる? 多分スバルにキャロの幻影を被せたら、エリオも一瞬で見抜けると思うし。」

 

ティアナの言葉で、つい先ほどのような幻影をスバルが纏った光景を想像するエリオ。

その想像の中のキャロは普段の姿とはあまりにかけ離れていて……

 

「……それは……そうかも?」

「えっ、今なんか失礼なこと想像してなかった?」

「イメージトレーニングがちゃんと出来てるって事よ。ね、エリオ?」

「ふふっ……そうかも知れませんね。」

「二人して酷くない!?」

 

勇ましく頼もしいキャロを想像していたエリオは、スバルの反応に思わず笑みを漏らす。

チームバトルの後、パートナーの幻影を見破れなかった事で気落ちしていたエリオの笑顔が見られたことに安堵したスバルは、そこではたと気付く。

 

「……って、そう言えばキャロ遅いね? 確か、観客席のヴィヴィオを迎えに行ったっきりじゃない?」

「……確かにそうね。VR内で起こる危険なんてたかが知れてるけど……探しに行く?」

 

ヴィヴィオは彼女達が術式のコンバートやオプションパーツの設定をしている時にやや遅れて合流し、今回のチームバトルには参加せず、唯一の観客として観戦していたのだ。

チームバトルの終了後は、エントランスに戻っていないヴィヴィオを心配したキャロが探しに行き、その間に席を取って置こうと言う話だったのだが、それからゲーム内で10分ほど経過した今も二人が帰ってくる気配は無かった。

 

それを指摘したスバルの言葉を受け、彼女達を探しに行くかと提案するティアナに、エリオが立ち上がり立候補する。

 

「あ、それでしたら僕が行ってきます。」

「そう? じゃあお願いね。何か面倒事に巻き込まれてたら、あたし達に連絡してくれれば直ぐに行くから。」

「はい!」

 

 

 


 

 

 

――結構、人が多いな。

 

キャロを探しに出たエリオが最初に抱いたのは、そんな感想だった。

先程のチームバトル中は『プライベートモード』と言う、勧誘したプレイヤー以外が観戦できない設定をしていた為、観客席に居たのはヴィヴィオ一人だったのだが、その設定がされていない今のこの場所は多くの人が行きかっている。

 

――チームバトルが終わって直ぐにここに放り込まれたのだとすれば、確かにヴィヴィオを見つけるのは一苦労か。

 

「キャロも迷ってるのかも知れないし、早く見つけてあげないと……」

 

そう言って目を凝らすエリオの背後に、一人の人物が近付き……その肩をつんつんとつついた。

 

「っ!? ……って、なんだキャロか。ビックリしたじゃないか。」

 

一瞬何事かと焦ったエリオだったが、その正体がキャロだった事に安堵し、彼女が一人である事を確認すると問いかけた。

 

「見たところヴィヴィオは居ないみたいだけど……まだ見つかってないのなら、一緒に探そうか?」

「ううん、もうヴィヴィオは見つけたんだけど……ちょっと、こっちに来て。」

 

そう言って手を引くキャロを訝しみつつも、大人しくついて行くエリオ。やがて彼女は一つの部屋の前にエリオを連れて行くとそこで立ち止まり、口元に人差し指を立てて静かにするように合図すると、部屋を覗き込んでみてと言うジェスチャーをする。

 

指示された通りにこっそりと部屋を覗き込むエリオ。

そこはどうやら中世の会議室を模した部屋のようで、大きな円卓と壺や絵画等の調度品がある以外は何もない部屋だった。

恐らくはゲーム的な機能もないフレーバーとして用意された部屋なのだろう、他のプレイヤーの姿もなく、その為そこに一人佇む彼女の姿は直ぐに分かった。

 

――あれはヴィヴィオ? 一人で何やってるんだ?

 

彼女は片手を耳に当てており、何やら話している様子だった。

しかしプライベート設定が適用されているのか、耳を澄ませてみても会話の内容は聞こえず、背を向けている為表情もうかがえない。

 

「さっきからあんな感じなんだ。多分誰かと通話してるんだと思うんだけど、邪魔をするのも悪いじゃない?」

「それでこんなに時間かかってたのか……それならせめて僕達に連絡してくれれば良かったのに。」

「ゴメンね、こんなに長くなると思ってなくて……」

 

謝るキャロに「良いよ、事情は分かったから」と言ってスバルに連絡を入れるエリオ。

そんな間にも、ヴィヴィオの会話は進んでいた。

 

 

 


 

 

 

「――はい、今送信した物で全てです。」

『成程……しかし、考えたねヴィヴィオ。

 確かに我が社が管理するVR内であれば、情報の受け渡しが周囲に知られる可能性は無い。』

「今回は丁度タイミングが良かっただけですよ、父さん。」

 

スバル達の魔法戦を見届けた後、私はこのVRの裏機能を用いて父であるジェイル・スカリエッティと連絡を取っていた。

時間の流れが違う為に予定を伝えてから時間は経ってしまったが、丁度良いタイミングで戦闘も終わってくれた事で何とかなった形だ。

 

『そして……こっちが、今のフォワード達の戦闘の映像か。

 うん、中々よく鍛えられているようだね。ヴィヴィオ、君はどう思った?』

 

どうやら父は先程の魔法戦の映像を確認しているらしい。

私は先程の光景を思い出しながら、父の問いに答えた。

 

「そうですね……年齢を考えれば、彼女達の成長は異常と言えるレベルです。

 若い頃ほど実力は良く伸びるとは言いますが、それを考慮しても『才能』と言う言葉だけでは説明がつかない物があります。」

『ふむ……だが今の状況を考えれば、その異常は希望だ。どうかね、彼女達の成長を見て、高町なのはが滅びの原因だった場合の勝率は?』

「……そうですね、不確定要素はありますが……私も含み全員で対峙した場合の勝率は『60%』でしょうか。」

『ず、随分と伸びたね……? えっ、フォワードの成長ってそんな事になってたのかい?』

「落ち着いてください、理由をお話しします。」

 

確かに彼女達の成長速度は凄まじいが、勝率の変化に最も影響したのはそれではないのだ。

私が父に詳しい事情を話すと……

 

『……なるほど、スバルがなのはのプロテクションをね……

 確かに前回の報告にも彼女の守りの脅威性について書かれていたね。』

「はい。もっとも、如何にして彼女のプロテクションを破る事が出来たのかは不明なので、かなり希望的観測になりますが。

 ……詳しくは先程のデータに報告書も入っていますので、そちらを参照いただければ。

 キャロとエリオが心配したのか、迎えに来てしまいましたので。」

 

少し前から私の背後に気配を感じてはいたが、報告の途中だった為気付かないふりをしていたのだ。

だが今しがたその気配が一人分増えた。どうやらかなり心配させてしまったらしい。

 

『ふむ、確認したよ。ありがとう、ヴィヴィオ。

 ……ああそうだ、フォワードの皆とは仲良くやっているかい?

 偶には遊ぶ事も必要だよ。』

「父さん……世界の危機にそのような……」

『心に余裕を持ちたまえ、という事だ。

 世界の危機が訪れていない内から余裕をなくしていては、いざと言う時に力を発揮できないぞ?』

「……はぁ、解りました。

 偶の休日くらい、楽しむ事にします。」

『うむ、その意気だ。

 ともに楽しい時間を過ごせば、自然と友達もできるさ。』

「は? いえ、別に友人の作り方が分からない訳では……父さん? 父さん!?」

 

父が最後に言いたい事だけ言って通話は切れた。

私は背後の彼女達に、開口一番どう接するべきか考える。

 

――友人……か。

 

ずっと考えていた。私は彼女達に対して隠している事が多すぎる。

本来友人とは全てではないにしても、ある程度心の内を曝け出せる相手の事を指す。

 

だが、私は彼女達に何一つとして明かしていないし、明かせない。

そんな私が友人となって良いのか、そう呼んで良いのか……だが父はそんな内心を見抜いていたらしい。最後のアレもきっと、私が友達を作る口実にでもなればと思ったのだろう。

 

――まったく、私が言い出した事とは言え、父は何処までも私を『聖王』ではなく『娘』として扱ってくれるのだな。

 

その事を嬉しく思いつつ、心を決める。

 

「……あっ、キャロお姉ちゃん! エリオお兄ちゃん! 待っててくれたの?」

「うん、ずっとお電話してるみたいだったから。」

「誰と話してたんだい?」

「お姉ちゃんがね、今ここに来てるんだって! だから話してたの!」

 

機動六課は滅びの対策として設立された一時的な部隊。

私と彼女達の関係も同じく、一時的な物……そのつもりだった。

 

「そうなんだ……ヴィヴィオはお姉ちゃんの所に行くの?」

「ううん、キャロお姉ちゃんたちと一緒に行くよ?」

 

だけど、先ずはその考えを改めよう。

この部隊が解散となった後もずっと続く関係に……いつか、私が真実を話した時に今の私の発言を共に笑えるような、そんな友人になる為に。




休日回らしい休日回は今回でラストです。
来週の投稿時に休日回の話順を並び替えます。

……順番ごっちゃで大変そうだな、来週の私は。(他人事)

2022/09/04 追記

先週の私絶対許さねえ


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奇跡のメッキ

2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


ミッドチルダ北部、ベルカ自治領の上空を一機のヘリが飛んでいる。

それくらいの事は日常風景の一部であり、街を歩く人々の中にプロペラの音に目を遣る者は居ても、直ぐにその視線は外れる……日常を謳歌する街中の人々にとっては、そんないつもと変わらない一日の光景だった。

 

 

 

「――八神隊長、そろそろ聖王教会に着きますぜ!」

「もうそないな時間か……態々知らせてくれてありがとうな、ヴァイス君。」

 

ヘリを操縦するヴァイス・グランセニックの声を聞いたはやてが、端末の資料にやっていた視線を小窓の外へと向けながらそう返す。

 

「はやて、端末を預かりましょうか?」

「ん? あぁ、ならお願いや。リイン。」

「はい、確かに。」

 

そう言って端末を受け取った銀髪の女性……リインフォースIは、頼られる事が嬉しいのか、僅かに口角を上げてほほ笑む。

その隣に座り二人の様子を見ていたシグナムは、はやてが資料に目を遣っている間は尋ねない様にしていた疑問を投げかける。

 

「ところで、はやて。今回の用事について、我々二人を護衛に付ける程のものとは思えないのですが……」

「うん? まぁ、確かに私もリインとシグナムの二人がかりの護衛が要るような事態があるとは思ってへんけど……今回の会議はちょっと特別でな。絶対に外に情報が漏れるような事があってはあかんのや。

 その点シグナムなら誰が聞き耳立てようとしても気付くやろうし、リインが居ればどんな状況にも対処できる。」

 

だからこその人選なのだと迷わずに言い切るはやて。

流石に『自分達を信じている』という言葉を疑う訳には行かないシグナムは、多少思うところはあっても納得の姿勢を見せた。

その様子を見たはやては、再び小窓の外に広がる街中を眺める。

 

そしてその街並みに馴染むように建てられた一つの白い建造物を見つけると、その眼に僅かばかりの不安が混じった。

 

――ハッピーエンド教団……予言の『凶星』、その筆頭候補が所属している組織。

 

今のところ悪い噂を聞いた訳ではないが、それでも『凶星』の候補と聞かされれば緊張は禁じ得ない。

それに悪い噂と言えるものではなくても、気になる噂は聞いた事がある。

……そしてその噂の真贋は、今彼女の眼前に露わになった。

 

「……本当に、噂通り集まっとるんやな。」

 

それは数人の銀髪オッドアイのグループが、何やらわいわいと話しながら教会の中に入っていく光景。年齢ははやて達よりもスバルやティアナに近い印象を受ける……彼等が地球の頃からの友人ではない事に、はやては秘かに安堵した。

 

――本来はなんて事の無い会議の日やけど、やっぱり警戒せん訳にもいかんよな。

 

シグナム達を連れて来たもう一つの理由はコレだ。

滅びに対抗する会議を開く場所の直ぐ近くに『凶星』がいる……もしも何か起こるとすれば、それは十中八九『凶星の刺客』だろうから。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、俺はここで用事が終わるまで待機しておきますね。」

「え? ……うーん、今回の用事はちょっと長引くかも知れんし、もう少しゆっくりできる所で待っててもええよ?」

「いえ、万が一って事もありますから。それに相棒の整備は趣味も兼ねてるんで、お気になさらず。」

「んー……そうか? まぁそれでも無理はせんといてな。こっちの用事が終わる15分くらい前には私から連絡入れるし、それまでは自由に過ごしてて構わんから。」

 

聖王教会に到着したはやてはヴァイスにそう告げた後、リインフォースとシグナムを連れて教会に入って行った。

その背中を見送ったヴァイスは「よし!」と気合を入れると、早速機体の整備と言う名の趣味に向き合うべく相棒のインテリジェントデバイスを取り出した。

 

「じゃあ今日もやるか、ストームレイダー!」

《All right, Start maintenance mode.》

 

"ある出来事"を境に管制デバイスとして扱うようになった彼の相棒だったが、双方の関係は決して悪くはない。

寧ろ、愛銃から相棒へ変わった事で心の距離は近くなったとさえ言えた。

 

 

 

それから数十分が経過しただろうか。ストームレイダーが表示する機体のコンディションと向き合い、時には直接機体と向き合い忙しなく動いていた彼であったが、ふと昔鍛えた感覚が第三者の来訪を感知した。

 

――気配は一つ、八神隊長達ではないが……特に隠れている訳でもない堂々とした気配だ。敵意と言った物も感じないし……教会の関係者か?

 

そう言えばまだ挨拶の一つもしていなかったなと思い出した彼は、整備していた機体『JF704』の影から顔を出した。

 

「挨拶もまだですみません! ちょっと整備に熱が入っちゃって……って、アンタは……」

「お久しぶりですね、ヴァイス・グランセニックさん。あれから妹さんの様子はどうでしたか?」

 

ヴァイスは相手の顔を確認すると、僅かに残っていた警戒を解き、話し始めた。

それも当然だろう。"彼女"は彼にとっても、彼の妹にとっても"恩人"なのだから。

 

「いや、あの時は本当にありがとうございました。正直、()()がいなかったらあの弾は俺の妹に当たっていた……ラグナ()が今元気なのは、貴女のおかげだ。」

 

ヴァイスは当時の事を思い出す。

 

立て籠もり犯の人質となった自らの妹、任務として構えたストームレイダーのスコープの先、引き金を引いた瞬間……弾丸が放たれたその一瞬、照準の真ん中に割り込んできてしまった妹の顔。

 

……あの時の事は、きっと忘れないだろう。

 

 

 


 

 

 

――パシュッ……そんな誰の耳にも届かない小さな音と共に、彼にとっての絶望が放たれた。

 

それは自らが構えるスナイパーライフル状のデバイス、ストームレイダーの消音機構により消された銃声の小さな名残。

スコープに一瞬映し出されたのは、愛する妹の恐怖に引き攣った顔。

 

血の気が引いた。

 

弾丸は放たれた、もう止められない。非殺傷設定を施したスタン弾ではあるが、高速狙撃にも耐えられる強度を確保する都合上決して無害とは言えない。特に、映り込んだのはまだ6歳の少女の『瞳』だ。命に別条が無かったとしても、失明のリスクは高いだろう。

 

――誰か! あの弾を止めてくれ!!

 

無理な願いだと言うのは分かっていた。まるで走馬灯のように引き延ばされたスローな視界だからこそハッキリ見えるその弾丸は、しかし高速狙撃の為にカスタムされた特別性。例えこの一瞬にその弾丸を視界に捉えた誰かがいたとしても、それをクレー射撃よろしく撃ち抜ける者など居る筈がない。

 

"このまま妹の視界が失われるのを、眺めているしか出来ない"――その現実は、彼を絶望の淵に落とすのには十分だった。

 

 

 

……本当に、その弾丸を止められる者がこの場に()()()()()()()()()

 

 

 

失意と絶望の中で覗き込むスコープの光景に、一つの異物が映りこむ。

 

それは『黒い魔力弾』と『白い魔力弾』だった。

 

スローな世界の中で、ヴァイスが放った弾丸よりも遥かに速く空を駆ける二つの弾。その内の『黒い魔力弾』は彼の放った弾丸の側面を撃ち抜き、彼の弾丸を黒い氷のような結晶で包み停止させた。

 

そして、もう一つ……『白い弾丸』は彼が本来狙っていた立て籠もり犯の眉間に一直線に向かい……

 

――な、なんだ……アレは……?

 

その眉間を貫通した刹那、立て籠もり犯の後頭部から飛び出したのは、()()()()()()だった。

立て籠もり犯と全く同じ顔をしたその頭が白い弾丸に貫かれ、霧散すると同時に立て籠もり犯は意識を失い倒れこむ。

 

「突撃ーー!!」

 

その声が響くと同時に、彼の視界は正常な時を刻み始めた。恐らくは彼の狙撃が成功したと思った本隊が、本来の作戦通りに人質の救助と犯人の捕縛の為に動いたのだろう。

 

彼は咄嗟に外していたスコープを再び覗き込む。

最初に気になったのは当然、妹の安否だ。

 

――よ、良かった!! 無事だ!!

 

彼女は何が起こったのかも分かっていない様子で、呆然としている。彼女からすれば、突然犯人の男が倒れたように見えたのだろう。

 

犯人の頭部も確認したが、撃ち抜かれた眉間には傷一つ無く、血も当然ながら一滴も出ていない。

あれほどの速度の弾に撃ち抜かれたにしては異様な状態で驚いたが、妹が衝撃的な光景を見なくて済んで良かったと言う喜びに呑まれてその違和感は彼の心から消えた。

 

続いて気になったのが空中に凍ったように止められた弾丸だ。黒い結晶は今も空中に留まっており、あの黒い魔力弾には何らかの効果が付与されていた事が伺える。やがて結晶はパキンと砕け、空気に溶けるように姿を消した。

 

――何が起こったのか分からないが……とんでもない使い手がいるもんだな。

 

そう感心したのも一瞬、慌てた様子で彼は再びスコープを覗くと弾丸が放たれたと思しきポイントを探り始めた。

 

先程の誤射に続き、狙撃手のエースと呼ばれた自分よりも遥かに優れた狙撃を見せつけられたことで彼の中の自信は砕け散ったが、せめて感謝を告げる相手の顔は見ておきたかったのだ。

 

そして2つの弾丸の角度と狙撃手としての勘を駆使し、一瞬で彼はその姿を捉える。

 

日の光を反射する美しい銀の髪と、それぞれ色の違う両目を持った少女だった。

白いワンピースを風に靡かせながら屋根の上に立つその少女の姿を捉えた時、彼は思わずその神秘的な姿に一瞬見惚れた。

あれ程の絶技を持つにしては異様に幼い年齢である事等気にならない。彼女ならばやってのけるだろう……そんな雰囲気さえ感じる佇まいだった。

 

――っ! マジ、か……いや、あの子なら可能か……!

 

その色違いの両目とスコープ越しに目が合っても、驚くよりも先に納得した。

少女はやがて笑顔を浮かべて手を振ると、指でチョンチョンとジェスチャーを送る。

 

――なんだ? 何を伝えようと……?

 

「後ろ、って言ったんですよ。」

「っ!!?」

 

慌てて振り向くと、今しがた見ていた少女が背後に立っていた。

悪戯が成功した事を喜ぶような表情と、何処か得意げな仕草からは子供らしさと共に、何処か作り物めいたものも感じた。

 

「あの子、貴方のご家族でしょうか?」

「え……あっ! ああ、そうだ。俺のたった一人の妹なんだ……助けてくれて、ありがとう!」

 

ヴァイスは純粋な感謝を込めて頭を下げる。

妹もそうだが、彼自身も彼女に救われた身だ。もしも自分のミスで妹の眼が光を失うような事があれば、彼は永遠に自分を責め続けていたかも知れない。

 

そんな姿を見て、少女は笑顔を作ると告げる。

 

「頭を上げてください。より良い未来の為に、私がしたくてやった事なので。」

 

 

 


 

 

 

それがヴァイスと彼女の出会いだった。

その後彼の妹は傷一つ無く無事に保護され、犯人も確保された後に意識を取り戻した。

 

ヴァイスは周囲からその射撃の腕を称えられたが、自らがした事では無い為、曖昧な返答で返した。

あの後他でもない"彼女"に『自らの事は隠してくれ』と頼まれた以上『俺がした事じゃない』とは言えないが、かといってその称賛を堂々と受け入れられる精神状態でもない。

 

何とも言えない居心地の悪さだったが、恩人の頼みだからこそ我慢できた。

 

その後、『自分の妹さえ撃ちそうになった自分の腕に自信が無くなった』……そんな理由を告げる訳にも行かず、彼はその真意を明かさないまま武装隊から身を引いた。

 

仲間達からは当然疑問の嵐だったし、上司からも考え直す様に言われたが、彼の意思は固かった。

 

その直ぐ後の事だ、再会した"彼女"に『やりたい事があるのならやって見ると言い』と勧められ、前から好きだったヘリのパイロットへと転向したのは。

……その腕を見込まれ、機動六課に入る事になったのは。

 

 

 

「そうですか、大事無くて何よりです。」

 

ヴァイスが妹の今を話し終えると、彼女はあの時と同じように笑顔を見せる。

久しぶりに彼女に会ったヴァイスは、この機会に少し前から気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「そう言えば、あの時に貴女が言っていた言葉……"より良い未来の為に"って……」

「はい、今は私があの教団のトップです。こう見えて"聖女"何て呼ばれてるんですよ!」

 

凄いでしょー! と言いたげに胸を張る姿に、あの時の悪戯が成功した表情が重なる。

……いや、それだけではない。

 

――そう言えば……妙に懐かしいとは思ったが、この人の姿はあの時から変わっていないんだな。道理で色々と思い出す筈だ。

 

その事実に気付きはしたが、疑問や違和感には至らなかった。

知らない現象を当時から魔法で見せて来た彼女の事だ、年をとらない魔法でも使っているのかも知れない。ただでさえ魔導士の世界で実力ある女性は若い事が多いのだから、もしかしたら女性の間では常識の魔法なのかもしれない。

 

――まぁ、そうなるとこの仕草をするこの人の年齢を知るのが怖くなるのだが。

 

「何か、失礼な事を考えませんでしたか?」

「!? いえいえ、そんなまさか! ……ところで、心を読む魔法なんて使えませんよね?」

「やっぱり! 何か考えてたんですね!!?」

 

そう言って怒り出す"彼女"の姿を見て、何か話題を逸らそうとヴァイスは口を開く。

 

「そ、そう言えば! 貴女はどうしてここに?」

 

HE教団の聖女が聖王教会に用事があったんだろうか、そんな疑問を投げかけると彼女は平然と答える。

 

「ちょっと貴方に聞きたい事があって……たまたま姿を御見かけしたので来ちゃいました。」

「なる、ほど……?」

 

ヴァイスは何処かはぐらかされた様な違和感を感じつつも、自分に聞きたい事は何だろうと頭を巡らせる。

 

「はい、貴方は『予言』と言うものを知っていますか?

 特にここ聖王教会の騎士、カリム・グラシアの予言の事を。」

「ええ、まぁその存在は兼ねがね……ただ、実際にどんな物があったのかは知らないんですが……」

「なるほど……では、今出ている予言についても知らないのですね?」

「えっ、今も予言って出てるんっすか!?」

 

ヴァイスがそう驚いて見せると"彼女"は呆れたように目を細め、出来の悪い生徒に教えるように語り掛ける。

 

「あのですね、彼女のレアスキルは1年に1回しか使えませんが、逆に言えば毎年1回何かしらの予言を出しているのです。

 予言が出ていないと言う事は無いのですよ。」

 

ピッと『1』を示す様に人差し指を立てて"彼女"は話を続けた。

曰く、"彼女"は今も何かしらの予言が下されており、それを元に何かしら管理局が動いている筈だと。その確信があるがその内容が分からずに困っていると。

 

「――わかりましたか?」

「はいすっごく。」

「よろしい!」

 

一通り語り終え、ヴァイスの適当な返事に納得した様子の"彼女"を見て、ヴァイスの胸に一つの疑問が生まれる。

 

「……あれ、だったら俺じゃなくて直接予言を出してるカリムさんって騎士に聞けばいいんじゃ?」

「ああ、それはダメです。()()()()()()()。」

「……は?」

 

ヴァイスの脳裏に『不法侵入』と言う4文字が浮かぶ。

 

――いやいやいや、あり得ないだろ!? だって俺がさっき『何でここに』って聞いた時だって……あっ。

 

ここに来て、やっとヴァイスはあの時の違和感の正体に気付く。

"彼女"に対して『どうしてここに?』と聞いたのは『聖王教会に何の用事が?』と言う意味だったのに対し、"彼女"は『貴方に用事があって……』と答えた。

即ち、『"彼女"は聖王教会に何の用事もないのにここに居た』のだ。

そしてそうなると、"彼女"の言葉の続きの受け取り方も変わって来る。

『たまたま姿を御見かけしたので』……ヴァイスは彼女が()()()()()()()()()()()たまたま自分を見かけたのだと思い込んでいたが、もしも彼女の言う様に『自分(ヴァイス)に会う為に聖王教会に来た』となれば……

 

――いったい、いつ、何処で俺を見たんだって話だよな……

 

彼は整備(趣味)の為にこのヘリの傍を離れていない。更に言えば、機体の下に潜ったり、中に居たりと外から見えない時間も多かった筈だ。

 

――恩人である事は間違いないが……いよいよ"彼女"の正体を聞かなきゃならないのかもな。

 

武装隊を離れ、前線から身を引いたが、彼は今も時空管理局の一員だ。

『奇跡』の光で曇っていた視界も開けて来た。

 

――まったく、『視界を奪われていた』のは俺の方だったか。

 

静かに息を整え、改めて"彼女"の姿を見る。

微風に揺らめく銀の髪は今日も美しく輝き、色の違う両目は神秘的と言える。整った顔立ちも相まって、彼女の求心力は確かに聖女と言える程のものだろう……だが。

 

――要するに局員のあいつ等(銀髪オッドアイ)の女版じゃねぇか!!

 

脳裏に過るその顔実に数百人。その誰もが豪快な魔法と実力を兼ね備えた上にイケメンと言える容姿も持ってはいるが、似たような顔が多い状況からか『お前ら似てるな』と言う言葉に酷く繊細な友人たちの姿だ。

一度思わず『クローン局員』と言う言葉を漏らした事があったが、その場が酒の席だった為だろうか、泣かれた事を覚えている。

 

「なぁ、()()()何者だ?」

「私ですか? HE教団の聖女です。……一応、貴方の妹の恩人でもありますよね?」

「ああ、それは今も間違いなく事実だ。……だけど、それについても一つ聞かせて欲しい。」

 

一つ気付くとどんどんと疑問が湧いて来た。

それはまるで小さな傷口からメッキが剝がれていくように、ボロボロと"神秘的な聖女"のイメージが崩れていく。

 

「……アンタなら、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

 

瞬間、"彼女"の笑顔が固まると……その表情が抜け落ちた。

そして今まで話してきたような明るいトーンのまま、表情の抜け落ちた"彼女"はただ一言答えた。

 

 

 

「そうですよ。」

「……ッ! ストームレイダーッ!!」

《Standby Ready.》

 

心の奥底から湧き上がる怒りのまま、嘗て封じた引き金に指を掛ける。

 

"奇跡を起こす神秘的な聖女"……そのメッキが剥がれた裏にあったのは、何処までも深い闇だった。




聖王教会にヘリポートあったっけ……って我ながらうろ覚えですが、あの規模なら有ってもおかしくないかなって。そんなわけで、少なくともこの小説ではあるという事でお願いします。


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『凶星』候補との邂逅

はやて視点の地の文が標準語ですが、設定上ではもう関西弁となっています。
では何故標準語で書かれているかと言うと、私には正しい関西弁で長文を書けるほどの関西力は無いからです……

2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


「──そうでしたか、やっぱり口止めを……」

「はい、『守護者』が何を示すのかも不明瞭だったので、機動六課を立ち上げるはやてやレジアス中将と言った候補者達の耳に入る事が無いようにと。」

 

 聖王教会の一室、久しぶりに顔を合わせる事が出来た私の友人『カリム・グラシア』は、私の問いに対してそう答えた。

 数週間前に最高評議会から聞き出した予言の一節は、当然のことながら予言を書き出したカリムなら知っていた筈……それを私に伝えなかった理由を聞いてみれば案の定、こちらもまた最高評議会が関わっていたようだ。

 

「彼女の言葉に一つ付け加えるとすれば……」

 

 そのカリムの言葉を、この場に居るもう一人の友人であるクロノ君が補足する。

 

「──特にゲイズ中将は予言を……と言うより、そもそもレアスキルと言う物全般を信用しておられない。僕も後から聞いた話だが、『滅びの予言』が出た当初も『くだらない』と言って特別な対処はなさらなかったそうだ。」

「そうでしたか……」

 

 今のクロノ君の話を聞いただけでその光景が目に浮かぶ。

 レジアス・ゲイズのレアスキル嫌いは相当な物で、カリムの予言もその例外ではない。彼に予言の内容が伝わろうものなら、下手すれば「ならば確かめてみるか」と言わんばかりの行動に出る可能性もある。

 ……いや流石にそう軽率な行動は取らないと信じたいが、そう言った印象を抱くような発言を隠そうともしないのがレジアス中将と言う男なのだ。

 

「予言を信用しろと言ったところで聞く耳を持たないだろうし、本局からの『干渉』と受け取られれば海と陸の関係は悪化しかねない……実力は確かなのだが、困った方だ。」

「その為の機動六課でもある……そうやろ?」

「ああ。僕達も滅びの回避の為、援助を惜しまないつもりだ。」

「……」

 

 私の問いかけに真っ直ぐ答えるクロノ君と、()()()()()()()()()()()()()……その様子で、私の予感は当たっていた事を理解する。

 元々それを確かめる為に要請した会合でもあったし、クロノ君の反応がそちら側であった事は個人的には喜ばしく思う。

 

 ……そろそろ、私も本題を切り出そう。

 

「──なぁカリム、予言の内容は今私が知っている部分だけで全部か?」

「……その問いに答える事は出来ません。」

「騎士カリム……?」

 

 私の問いかけの内容、そしてそれに対する反応を見たクロノ君が訝し気にカリムを見る。

 

「カリム……私達機動六課は予言の滅びを回避する為に設立された部隊や。

 勿論予言の日のタイミングを隠す事で予言の正確性を高めるのも重要やけど、それと同じくらい滅びに対する準備をちゃんとさせる事は重要な筈や。

 そしてそれはタイミングを知らな出来ん事……違うか?」

「確かにはやての言う事は尤もです。その二つの重要性はほぼ等価と言えます。

 ……しかし、それでも私は予言の全文を伝えるリスクを無視できません。貴女の知らない最後の一節には、そう言った類の内容が記されているのです。」

 

 その言葉と目から感じたのは確固たる意志。……恐らくカリムはこの内容について、自分の意思で隠している。最高評議会からの口止めはあるだろうが、それでも自分で考えた末に納得して話さない事を選んだという事が伝わって来た。

 

「……しゃあない、分かった。カリムがそうなったら頑なって言う事は私も知っとるからな。

 時間も無限やないし、もうこの話は置いといて実のある話をしよか。」

「すみません、はやて。誰よりも最前線で滅びに立ち向かうのは貴女達だと言うのに、私は……」

「ああ、ええよええよ。カリムの事は信頼してるし、そんなカリムが私に話せへんって言うなら何か事情があるんも分かる。

 私の方こそ無理に聞こうとしてゴメンな。堪忍や。」

「貴女が謝るような事はありません、部隊員の命を預かる身として当然の行動です。

 ……予言の明かせない部分は、解釈が進み『安全』と分かれば、きっと最高評議会から明かされるでしょう。」

 

 私としてはカリムがただ最高評議会からの圧力で話せないだけではないと分かり、一安心と言ったところだ。

 彼女が話せないと判断した理由も、最後の一言でさり気なく教えてくれた。

 

「ん、()()で十分や。さ、話を戻そか!

 時間とってまってゴメンな、クロノ君!」

「……いや、僕も君と同じ立場ならきっと彼女に詰め寄っていただろう。

 さて、では本題を。

 数日前、本局の動きで分かったのだが、実は例の教会に……」

 

 クロノ君からの情報を聞きながら、マルチタスクでさっき得た情報を整理する。

『解釈が進み『安全』と分かれば』……つまり、()()()()()()()()と言う事だ。

 それがどんな危険だろうと、少なくともカリムは『危険そのもの』よりも『私がそれを知る事』を避けた。

 

 ここからは完全に私の想像になるが、きっとカリムは『その危険』を『危険と思っていない』のだろう。

 だけど解釈次第で捉え方が変わる内容だから、その可能性を『私が考える事』を避けたのだ。……私はそう信じる事にした。

 

 

 


 

 

 

 ──はやて達の会合が始まってそろそろ二時間か。

 

 はやて達が予言に関する会議を開いている一室とドア一枚を隔てた廊下にて、シグナムは退屈を紛らわせるように壁に掛けられた時計に視線を向けた。

 

 今回の会議は元々長引く可能性を考慮しており、シグナムとリインフォースはシスターシャッハと共に警護に当たる事となったのだが、その際色々と事情を知るシスターシャッハが室内に、ヴォルケンリッターの二人は室外に割り振られていた。

 

「今のところ、問題は無さそうだな。リインフォース、そちらはどうだ?」

「私の方もコレと言った事は無いな。もっとも、元々警備が厳重な聖王教会だ。

 何かあればもっと騒がしくなっているとは思うがな。」

「それもそうだな。」

 

 二人の言うように、今彼女達が居る聖王教会は次元世界全体で見てもトップクラスの宗教『聖王教』の総本山と言う事もあり、警備はかなり厳重となっている。

 人の出入りが監視されるなんて言うのは序の口で、至る所に仕掛けられたセンサーがあらゆる魔法の発動を感知する為、転移しようものなら即座に下手人は包囲される事だろう。

 

 だからと言って警備の手を抜く訳ではないが、シグナムはこの警護の意味に疑問を持ち始めていた。

 

 だからだろうか、シグナムの視線はふと窓の外に吸い寄せられた。

 

 特に異常を感じた訳ではなく、何と無しに視線を遣ってある事に気付いた。

 

 ──そうか、そう言えばここからはあのヘリポートが見えるのか。

 

 だからなんだと言うような小さな気付きだったが、そうなると一つの好奇心が湧き上がる。

 

 ──ヴァイスはヘリの整備をすると言っていたが、今も居るのだろうか。

 

 あれから一時間、流石に整備を終えて教会内で寛いでいるだろうと思いながらヘリを見ると……

 

 ──驚いたな、まだ整備を続けているのか?

 

 そこには変わらぬ様子でヘリの整備を続けるヴァイスの姿があった。

 経過した時間を考えれば必要な整備などとっくに終えているだろうに、ストームレイダーの表示するモニターを楽しそうに眺めている。

 そして何かしらの操作をすると、続いて彼はヘリの中から汚れの付いた布切れを持って来てその機体を拭き始める。

 

 ──ヴァイスはヘリの整備は趣味の内と言っていたが、本当のようだな。

 

 その様子にシグナムは何の違和感も抱く事は無く、そのまま窓から目線を戻そうとして……

 

「ヴァイスは本当にヘリが好きらしいな。

 何度も同じように機体を拭いているのに、それを延々と続けられるのは偏にヘリに対する愛情だろう。

 私も眠っている間、はやてが剣十字を何度も丁寧に拭ってくれたのを思い出すよ。」

 

 そうしみじみと語るリインフォースの言葉を聞き、弾かれたようにヴァイスに目を向けた。

 

「リインフォース、今ヴァイスはもう何度も機体を拭いていたと言ったが……お前はそれを見たんだな?」

「ん? ……ああ、済まない。確かに今は警護の途中で、他事に意識を割くのは好ましくないな。

 だが私もちゃんとマルチタスクで魔力感知は──」

「そうではない! 私が確認したいのは、ヴァイスは確かに()()()()()()()()()()()()と言う事だ!」

 

 リインフォースと話している間、シグナムの眼はその一点に向けられていた。

 視覚を魔力で強化し、まるで望遠鏡のようにしてまで彼女はその光景を注視する。

 

「? ……ああ、確かにあの箇所も拭いていた。その後は確か、ヘリの下に潜りこんで……ああ、やっぱり。全く同じ……作業を……!?」

 

 そこでリインフォースも違和感に気付く。

 いつの頃からか、ヴァイスは全く同じ行動を繰り返していたと言う事に。

 

 そしてシグナムはもう一つ、あり得ない事に気付いていた。

 ヴァイスが何度も拭ったというヘリの機体を拭いた時、微かにではあるが布切れが汚れた事に。

 

 ──偽装結界!

 

 二人は同じ答えに至る。即ち、既に()()()()()()がこの教会に来ていると言う結論に。

 

 

 


 

 

 

「──はぁ、はぁ……!」

「無駄ですよ。貴方の弾丸が私に届く事は無い。」

 

 偽装された結界の中、ヴァイスは"彼女"に対して何度もストームレイダーの銃撃を放っていた。

 本来であれば聖王教会内での無許可の発砲など、早々まかり通るような行いではないが今は明らかな緊急事態だ。

 それは既に、()()()()()()()()()()姿()()()()事からヴァイスも気づいていた。

 

 ──これだけ銃声を響かせたってのに、誰も異常事態に駆けつけて来る気配は無い。やっぱり、この周囲の光景は偽装……! 当然、周囲からは俺達の姿もまともには見えていないんだろうな。

 

 そう気づいたからこそヴァイスは遠慮なく攻撃が出来ていた。

 これまでの銃撃も"彼女"を狙うばかりではなく、異常事態を伝える為に結界を突き破り教会の壁面を穿つべく、態と外すような軌道で撃ったりと様々な手を講じて来た。

 

 だが、そのどれもがあの"カーテン"に阻まれた。

 

 "彼女"が何らかの魔法で生み出したのだろう"白いオーロラ"。

 向こう側が透けて見える程に薄く、風にさえ散らされそうな程儚く揺らめくそれはしかしヴァイスの銃弾を通す事は無く、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鉄壁だった。

 

 ヴァイスが今無事なのも"彼女"が一切攻撃をしてこないからでしかなく、それがなおの事ヴァイスを苛立たせる。

 

「おい、てめぇ! 人を挑発するような真似しておいて、結界にまで閉じ込めて、一体何のつもりだ!!」

「そうですね……本音を言えば、もう貴方に用はありません。

 貴方が予言について知っていれば、私は今も"恩人"のままで貴方に接したでしょうし、情報を聞き出した後は別のアプローチを取ったでしょう。」

「く……っ!」

 

『恩人』……"彼女"の口から出たその言葉に、ヴァイスは更に顔を顰める。

 

 許せなかった。

 目の前のこの女は俺の妹の命がかかった事件を利用し、その上、それを平然とした口調でなんて事ないように打ち明けた。

 

「ですが、貴方は知らなかった。だから私は予定を繰り上げる事にしたんです。」

 

 本当に許せなかった。

 俺はそんな胸糞悪い奴の事を"恩人"と呼び、今の今まで感謝の念しか抱いていなかった自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気がさした。

 

「確実に知っているだろう人達を引き摺り出す……その目的の為に必要な物は見つかってませんが、それを見つける方法は既に知っていますから。」

 

 許す訳には行かないと思った。

 コイツの行動は結果的には善行なのかもしれないが、そこに善意は無い。

 結果がいくら良い物になっても、やっている事は他者の人生を弄び利用する……悪魔の所業だ。

 

「その為にはもう、私は隠れている訳には行かない。

『敵かも知れないグレー』でいる訳には行かなくなった。

 何せ、時間も足りないので。」

 

 だと言うのに……こいつがいなければ失われていたかも知れない『妹の笑顔』が脳裏を過る度に、こいつを疑いたくないと言う思いが湧き上がってしまう。

 信じたいと……せめて、あの時の行動だけでも純粋な善意だったと言って欲しいと思ってしまう。

 

「詳しい事は話せませんが、今の貴方はとても私の目的に貢献してくれているんですよ。

 ご協力に感謝します。」

「……くっ……!!」

 

 そんな希望は既に、"彼女"自身の言葉で否定された後だと言うのに。

 

「俺は……俺はてめぇに利用される為に、機動六課に入った訳じゃねぇ!」

 

 苦し紛れの発砲は、当然のように白いオーロラにかき消され、彼女に届かない。

 貫通性能をどれほど高めても、装甲を纏わせても、速度を突き詰めても、たった一瞬で弾丸が空気に溶けてしまう。

 

 あらゆる魔法を溶かす絶対的な防御……それを突破する方法が何かないか、ヴァイスが思考を巡らせていたその時──

 

「ああ、()()()()()()()()。」

 

 そう彼女が呟き……突如、空間に巨大な亀裂が走ったかと思うと、けたたましい音と共に結界が砕け散った。

 

「ヴァイス!! 無事か!!」

「シグナム姐さん!?」

 

 解除された結界の外は既に多くの教会騎士団に包囲されており、その中にはシグナムや、既にリインフォースとユニゾンした八神はやての姿もあった。

 そんな絶対的な強者達からのプレッシャーを背に感じている筈の"彼女"の表情には動揺はまるで無く、ヴァイスに対して最初に向けていた"聖女"の仮面をかぶり直していた。

 

「──お待ちしておりました。聖王教会の皆様、そして……()()()()。」

 

 どうやら、この状況は"彼女"が望んでいた事だったらしいとヴァイスは悟る。

 ヴァイスをこの結界に閉じ込めていたのも、この状況を作る為だったのだと。

 

 ──しかし次の瞬間、彼女はその余裕の表情を始めて崩す事となった。

 

「聖王教会の敷地内に無断で侵入……その上、うちの仲間に手出しするとは……

 覚悟した上での行動と受け取ってええんやな?」

「──っ!」

 

 "彼女"が背後からのはやての声を聞いた瞬間、ヴァイスだけはその表情の変化を見る事が出来た。

 

 それは"動揺"……そして、"歓喜"だった。

 

「あぁ、これははやてさん。この出会いに心から感謝します!

 この場に来てくれた事、それを()()()()()()()()この事実、全てに感謝を!」

「な……なんや、自分。この状況でおかしなったんか?」

 

 彼女は溢れんばかりの歓喜の笑顔と共にはやてへと向き直り、何かを確かめるように視線を巡らせると、やがて満足したようにその視線をシグナムに向けた。

 

「シグナム、貴女に会うのはもっと後の予定でした。

 もっと準備を整え、もっと然るべき舞台で……その時まで、貴女の前に姿を晒す事は避けたかった。

 ヴォルケンリッターに見つかる事を避ける為、今の今まで教会の中で生きてきました。」

「何……?」

 

 シグナムを含み、この場に居る誰もが"彼女"の言葉の意味を理解できなかった。

 しかし、次の瞬間この場に居るたった二人だけが彼女の言葉の意味……その一端を理解した。

 

「では皆様、次は私の教会でお会いしましょう。」

「……なっ!!?」

 

 その言葉と共に溢れ出す"彼女"の魔力は、あまりにも異端だった。

 魔力光は虹のように多くの色を内包しており、しかしそれがグラデーションのようにならずマーブル状になっている。

 それと同様に魔力波動もバラバラで、まるでそこに何人もの魔導士がいるのではないかと錯覚させた。

 

 次の瞬間、"彼女"は転移の術式により姿を消したが、残された面々……特に、シグナムはあまりにも突然の事態に呆然と立ち尽くしていた。

 

「……何故、"奴"が()()()()に……」

 




シグナムの言う"奴"は、多分覚えてる人は覚えてます。


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生き地獄

先に書いておきます。鬱要素があります。後、NTRっぽい要素もあるので苦手な方は注意です。特にギル・グレアムさんとリーゼ姉妹が好きな方々にとっては。
……私も苦手なのになに書いてんだろうねっていう。

と言う訳で『残酷な描写』『←の念の為』タグを付ける主な原因となった回です。

後もう一つ先に書かせていただきますが、私はギル・グレアムさんが嫌いな訳ではありません。リーゼ姉妹も同様です。

2022/09/04 追記

話の並び順を変更しました。


「いやぁ……休暇って良いよなぁ。」

「ああ、こうしてのんびり街を歩いても上司に文句言われねぇし、高い給料の使い道を考えるだけでも楽しいもんだ。」

 

そう話しながら昼食のホットドッグ(のような食べ物)を片手に、クラナガンの商業区をのんびりと歩く銀髪オッドアイの二人。

彼等は長期任務を終えたばかりであり、久々の休日を謳歌しているところだった。

 

周囲を見渡せば、彼等と同じく休暇をこの辺りで過ごすのだろう人達でごった返している。

そんな光景を職業柄ついつい不審な奴が居ないかと目を光らせていた(すめらぎ)が、突然慌てたように隣を歩く神無月の肩を叩く。

 

「ッ!? おい神無月、アレ見ろ!!」

「何だよ皇……って、アレは……マジかよ……!」

 

皇の並々ならぬ様子に『休暇中に面倒毎に巻き込まれたら嫌だな』と思いつつも、それでも管理局員としての最低限の矜持を持ち合わせていた神無月は、渋々と言った様子で相方の示す先に目線をやり……その先のモニターに表示されている映像に驚愕した。

 

『ベルカの伝説 鉄槌の章&烈火の章 好評発売中!!』

 

そこに映されていたのは、彼等も好んでプレイしているジェイル・ギアのVRゲームの新作が発売されている事を示す広告だった。

 

「発売日は……今日!?」

「おいおいマジかよ……運命だわこりゃ。」

「言ってる場合かよ! これ、体感時間『5倍』って書いてあんぞ!」

「マジかよ……! 確かこの付近でVRゲー取り扱ってる店は……!」

 

二人は慌てた様子で広告へと駆け寄り、その内容を改める。

VRゲームの中での時間はモノによって差はあるものの、基本的に現実世界の数倍に引き延ばされる。

それはすなわち、のんびりしていたらその『数倍』体感プレイ時間が減るという事でもあった。

もはや彼等の頭に『のんびり』等と言う思考は無い。今は一刻も早くソフトを手に入れ、仮想空間にダイブする事が最優先だった。

 

「あっちだ! 確か試験受ける前にギリギリまで試遊して、店員に叱られた店があった筈だ!」

「懐かしいなオイ……アレからすっかり行き難くなったけど、久しぶりに行くか!」

 

そう決めた二人は人混みに気を付けながら、駆け出した。

全てはこの休日をさらに充実させるために……そんな中、ふと人混みの向こうに何かを見つけた皇の脚が止まった。

 

「――あれ、あの二人って……?」

「何やってんだ皇! 置いて行くぞ!」

「え? あ、あぁ……ちょっと待ってろ!」

 

急かす神無月の声に適当に返答した彼は、再び先程見かけた()()()()()姿()を探すが……

 

「……居ない。気のせいだったか……?」

 

――当たり前か。あの二人が今も生きている筈がない……使()()()は魔力の供給が断たれれば消えるんだからな。

 

そう自分を納得させた皇は、神無月を追って駆け出した。

一瞬人混みの奥に見えた気がした()()の姿を振り切るように。

 

 

 


 

 

 

――時は数ヶ月前に遡る

 

第97管理外世界『地球』 イギリス 某所

 

 

 

美しい景色が評判のとある別荘地にて、一人の老人がベッドに寝そべっていた。

彼の名はギル・グレアム。かつては優秀な魔導士であり、時空管理局の提督にまで上り詰めた程の人物だ。

 

だがそんな彼も皆に平等に訪れる老いには勝てない。管理局を辞した事を切っ掛けに体は日に日に衰えていき、今となってはこうしてベッドに寝そべる時間が殆どだった。

そしてそんな彼の傍らには、昔と変わらぬ美貌のまま彼の使い魔を続けている女性の姿があった。

 

「父さま、体調はいかがですか?」

「アリアか……悪くないが、やはり歳には勝てんようだ。

 私ももう永くはないだろう……」

「そんな事は……」

「いや、自分の体の事だからね……分かるんだ。

 アリアにも伝わっているのではないかね?」

「……」

 

もう直ぐ寿命を迎えるだろうと言う彼の言葉を、リーゼアリアは否定できない。

使い魔のパスから伝わる主の魔力が、彼女にとっても『その時』が近付いている事を如実に語っていた。

 

リーゼアリアの表情が曇る。それはもう直自らにも訪れる終わりの時を嘆いてのものではなく、もしもあの時主である彼に逆らってでも計画を止めていれば……管理局員としての生活が続いていれば、彼はもっと充実した日々を送れたのではないかと言う後悔からだった。

 

そんな彼女の思いが伝わったのだろう、ギル・グレアムは項垂れるリーゼアリアの頭を優しく撫でるとほほ笑んだ。

 

「そんな顔をしないでくれ、私は自分の人生に満足している。

 確かに復讐心から愚かな行動に走った事は、我が生涯最後の汚点ではあるが……

 それも頼もしい後輩達に止めて貰う事が出来た。

 クロノと彼女達が居れば、管理局は大丈夫だろう……」

「はい。……それに、クライド君も無事でしたからね。」

「はは……ああ、そうだ。彼が生きて帰って来た時は、それはもう驚いたものだ。」

 

管理局員としての最後に、思わぬサプライズがあったものだと二人で笑い合う。

やがてそれは思い出話へと変わって行き、あっと言う間に時は過ぎて行った。

 

「……どうやら、思ったよりも早く迎えが来るようだ。

 ロッテを呼んでくれるか?」

「その必要はないでしょう、私にもその時が近付いている事は分かりますから。

 彼女もきっと……」

「――来たよ、父さま。」

 

アリアがそう言いかけたところで部屋の扉が静かに開き、穏やかな表情のリーゼロッテが入って来た。

彼女の表情にはただただ最後の時を共にしたいと言う願いだけがあり、そんな表情を見たギル・グレアムは悲し気に目を伏せた。

 

「……使い魔と言うのは難儀な物だな。私の寿命に、君達を道連れにしてしまう。」

「何言っているのさ、父さま。父さまの使い魔じゃなかったらあたし達、とっくに猫の寿命で死んでたって。」

「ロッテの言う通りです、ですから気負いする事なく私達をお連れ下さい。

 最期まで貴方と共に……それが貴方の使い魔である、私達の望みです。」

「ロッテ、アリア……ありがとう。」

 

使い魔である彼女達がそう言ってくれるなら、最期は皆一緒に逝こう。

そう考え、寄り添う彼女達に腕を回しそっと抱き寄せる。最近は筋力もすっかり衰え、腕を上げる事も億劫だったがこの時ばかりは不思議と力が湧いて来た。

 

このまま最期の時を過ごそう。今までずっと戦って来てくれたかけがえない家族と共に……

 

 

 

そんなささやかな願いと、穏やかな時間は……

 

 

 

「――失礼します。空気を読まなくてすみませんが、勝手にお邪魔させていただきました。」

 

突然の闖入者により、無遠慮に踏みにじられた。

 

「なっ!!? き、君は……まさか……!!」

 

ギル・グレアムの眼が驚愕に見開かれる。当然だろう、最期の最期にあって『最も会いたくない人物』が目の前に現れたのだから。

 

「お久しぶりです。信じていただきたいのですが、このような『ハッピーエンド』を邪魔するのは、私も不本意ではあるんです。

 なにしろ"教義に反しますから"ね、なるべく避けたいんですけどそうも言ってられなくて……」

 

窓から差し込む夕日を受けて真っ赤に染まった銀髪、怪しく輝く異色の双眸……本来ここに居る筈もない、現れる筈もない少女の姿がそこにあった。

 

弾かれたように二人の使い魔がギル・グレアムの前に躍り出る。

 

「ここに何の用だ!!? 私達の最期を邪魔するな!!」

「父さま、彼女は一体……?」

 

彼女達は目の前の少女の事をギル・グレアムから聞かされては居なかった。

それは彼女達が知る必要が無いからと言う事情もあったが、それよりも『彼女とはどんな形であれ関わって欲しくない』と言う願いもあったからだった。

しかし、こうして二人は"彼女"に出会ってしまった。それも最悪の形で。

 

「アリア、ロッテ……下がっていなさい。

 下手に刺激すればどうなるか分からない相手だ。」

 

穏やかな声に有無を言わせぬ力強さを込めて告げる。

"彼女"の目的は自分だ……そんな嫌な確信が、今の彼にはあった。

 

「あら酷い、私の事を何だと思っているんですか?

 これでも"聖女"なんですよ?」

「それは失礼……ところで、私に何か用でしょうか。

 御覧の通り、私はもう永くない。せめて最期を安らかな物にさせていただければ、幸いなのですが……」

 

おどけたようにそう告げる少女に、ギル・グレアムは決して気を許さない。

嘗てとは違い口調こそ穏やかではあるが、そこに込められている意思は固かった。

 

「……そうですね、確かに貴方はもう永くない。

 今から5分32秒後に息を引き取るでしょう。ですから今……寿命が尽きかけている貴方に会いに来たのです。」

「なに……?」

 

そう前置きしてから"彼女"は取引を持ち掛けた。

 

「貴方がこれから死にゆくのは天に定められた刻限によるものです、どんな名医にも避ける事は出来ません。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()。その上、今から更に50年は若々しく生きて行けます。勿論、貴方の愛する二人の使い魔も同様に。」

「な……ッ!?」

 

あまりに荒唐無稽な話だ。寿命で死ぬ者をさらに50年……それも若々しく生かす等、そんな都合の良い話を信じる者はそういないだろう。

 

「ですから、私に協力していただけませんか?

 私の目的の為……より良い未来の為に、貴方の力が必要なのです。

 残された3分以内に、どうか貴方の回答を聞かせてください。」

 

そんな彼の態度を気にした様子も無く、彼女は言葉を続ける……否、気にした様子が無いのではなく、文字通り気にする時間が無いのだろう。

彼女の言う通り、ギル・グレアムに残された時間はそれほど少なかった。

 

「父さま、こいつヤバいよ! あたしには詳しい事情は分かんないけど、こいつの言う事を聞くのだけは拙いって分かる!」

「同感です、私達は彼女に縋ってまで生きたいとは思えません。どうか、正しいご判断を。」

「私が聞いているのは貴女達の『父さま』の答えなのですが……どうやら、元々貴方も同じ意見だったようですね。」

 

"彼女"の発する言葉からか、それとも微かに感じる魔力の残滓からか……その危うさに気付いたリーゼ姉妹がギル・グレアムに忠言を投げかける。

しかし、ギル・グレアムは元々"彼女"の取引に応じるつもりは無かった。それよりも遥かに大切な二人の願いを知っているから……それが今の自分の望みでもあったから。

 

「ああ、私は貴女に協力する事は無い。どうか、お引き取りを。」

 

毅然とした態度でギル・グレアムは"彼女"の取引を突っぱねる。

そんな返答を最初から分かっていたように、"彼女"は残念そうに項垂れた。

 

「……残り1分。随分早く振られてしまいましたね……

 私の提案に魅力が無かったのでしょうか? 残念です……」

 

 

 

「――貴方の意思で協力していただければ、より良かったのですが。」

「うっ!?」

 

その場の誰一人として、一瞬たりとも気を抜いていなかった。

"彼女"が格上である事以上に、何をするか分からない危うさを感じ、その指先の動きにさえ気を張っていた。

 

……それでも、その一瞬で気付けば"彼女"はギル・グレアムの傍に立っており、その手はギル・グレアムの胸元……心臓の位置に添えられていた。

 

「なっ! いつの間に……!」

「やめろォォォオオオオッッ!!!」

 

制止する双子の声が部屋に響く。

それと同時に二人は"彼女"に飛び掛かるが……

 

「――――――」

「なっ……!」

「貴女、まさか……!!」

 

"彼女"が何かを口にすると、忽ちその体から光が溢れ――

 

 

 

 

()()()()()()()()()、ギル・グレアムさん。」

「……そんな……こんな事が……」

「父さま……? 目を開けてよ……()()()()()()()()()()()()()、まだ、生きてるんだよね……?」

 

その場に残されたのは息を引き取ったギル・グレアムの遺体と、呆然としたリーゼアリア……そして、ギル・グレアムの遺体に縋りつき涙を流すリーゼロッテとそれを見つめる"彼女"の姿だった。

 

「ご安心を、ギル・グレアムさんは今も私の中で生きています。

 さぁ、行きましょう。ロッテ、アリア……今の貴女達は()()使()()()も同様なのですから。」

 

その瞬間、幾重にも連なる魔法陣がリーゼアリアの周囲に展開され、リーゼロッテの強烈な襲撃が放たれるが……

 

「き、貴様……!」

「体が動かない……そんな……」

 

リーゼアリアの術式はその意に反して起動せず、リーゼロッテの蹴りは"彼女"との間に数cmの隙間を空けたところで静止していた。

 

「使い魔は基本的に主に危害を加えられません。これで分かったでしょう?

 ……今は私が貴女達の主です。」

「誰が認めるかッ! そんな事!!」

 

"彼女"の言葉に激昂したリーゼロッテが、今度は襲撃の代わりにと両手の拳による連撃を見舞うが、そのどれもが"彼女"に数cmだけ届かない。

 

それでも強引に拳を届かせようとしたせいだろうか、リーゼロッテの腕が一部裂け、血が噴き出す。

その様子を見た"彼女"はリーゼロッテの拳の一つを片手で難なく受け止め、もう片方の手を血が噴き出す腕にそっと添え、その傷を癒した。

 

「ッ! 貴様……ッ!!」

 

当然そんな事をされても感謝の念など湧き上がる筈もなく、更なる挑発と受け取ったリーゼロッテは捕まれていない方の拳を振るうが、それも易々と受け止められる。

そして両手でロッテの両拳を掴んだその姿勢のまま、"彼女"はリーゼロッテに語り掛けた。

 

「やはり私が主ではお気に召しませんか? でしたら……そうですね。

 先程の約束……まぁ、ご自分の意思ではありませんが協力していただける以上、私も守らせていただくつもりです。

 全てが終わった後、貴女達は間違いなく本来の『父さま』と共に生きて行けますよ。」

「そう言う問題じゃ……ないんだよ!!」

「……仕方ありませんね、あまりこう言うのは好きではないのですが。

 『リーゼロッテ、リーゼアリアに命じます。おとなしくしなさい』。」

「な……」

「……本当に、アンタが主になっちまったって事かい……」

 

"彼女"が命じた途端、勝手に大人しくなる自らの身体に、諦めたようにリーゼアリアが呟く。

 

「お分かりいただけて何よりです。」

「嫌でも分かっちまったからね……私達が契約で縛られてるって事が。」

「……それでも、あたしは認めない。契約で縛られても、例え術式がパスを繋いでようと、あたしはアンタを認めない!!」

 

命令により大人しくさせられた身体の分まで、"彼女"を睨みつけながらリーゼロッテが叫ぶ。

敵意と殺意の入り混じった形相を前に、それでも"彼女"はなんて事ないとでも言うように淡々と告げる。

 

「それで結構です。その意思まで奪うような事はしません。

 ですが、貴女達と言う人材を腐らせるつもりもない。必要な時は命令してでも協力させますのでそのつもりで。」

「はっ……いいさ、精々いい気になって使ってな。

 だけど少しでも隙を見せてみな、どんな手を使ってもその喉笛食いちぎってやるよ……!」

 

――そのやり取りを最後に、彼女達はしばらく住処とした家から姿を消した。

 

その後匿名で管理局に勤める彼の知人の下に届いた通報によりギル・グレアムの遺体は発見され、彼の故郷であるイギリスで葬儀が行われた。

 

参列者の中には彼の弟子でもあったクロノや八神はやてを始めとした彼の知り合いの局員がその名を連ねていたが、姿を偽った二人の使い魔の存在に気付けるものは居なかった。




管理局に報告を入れたのは変身魔法で声を変えたリーゼアリアです。
葬儀を行ったのは管理局ではなく、知らせを聞いた彼の古い知人です。そこからはやてさんにも連絡が行き、参列と言う流れになります。
直接的に関わりが深い訳ではないなのはさんとフェイトさんは参列してません。(フェイトさんに至っては仕事に追われてますし)

ギル・グレアムさんの寿命に関してですが、原作のStSの段階で死亡しているかは定かではないので完全に捏造です。
ただA'sの11年前の時点で既にかなりの高齢のようなので、そこから20年以上と考えると可能性は高いかなと。
(今にして思えば過去話ではやてさんが葬儀に出ていた事に触れる描写があった方がよかったなと反省)


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前夜

休日回は今回で終わりです。
前々から言っていたように、休日回の話順を並び替えたので(多分出来てる……と信じたい)、読み飛ばしにご注意ください。


――PM 7:47 機動六課隊舎

 

訓練の再開を目前に控えた夜、八神はやての執務室に機動六課の隊長陣が揃っていた。

 

「――シグナム達が、一方的に負けた相手……?」

「……間違いないのね?」

 

聖王教会での出来事を聞いたフェイトが、信じられない様子でシグナムの発した言葉を繰り返す。

傍にいたシャマルも今聞いた話が信じられないのだろう、シグナムに確かめるように尋ねた。

 

「ああ……あの魔力波動、私が間違えるものか……」

「で、でもよぉ……そいつ、女だったんだろ?

 だったら偶々魔力波動が似ただけの別人って可能性も……!」

「……私が奴の結界を切り裂いた時、一瞬ではあったが"白いカーテン"が見えた。

 あれを扱えるのは、奴と……その術式を解析し、永年かけて再現したザフィーラしかいない。」

「そ、そうか……」

「……むぅ。」

 

シャマルの問いになおも間違いないと断言するシグナムにヴィータが可能性を提示するが、返答として挙げられたもう一つの根拠を前にザフィーラ共々閉口した。

 

「ザフィーラのあの魔法って、元はソイツの物だったてのかい……」

「厳密には魔法ではないがな……原理としては、むしろ属性変換資質に近い。

 一般的に知られていない辺り、奴のオリジナルだろう。」

 

アルフの呟きにザフィーラが簡潔に答えたところで「話を戻すで」とはやてが口を挟み、再び全員の注目を集めると口を開いた。

 

「アイツは『私の教会でお会いしましょう』……そう言うた。

 わざわざ聖王教会で一悶着起こした事も含めて考えると、間違いなく私等を誘い込むつもりや。

 何らかの罠が仕掛けられているとは思うが……厄介な事に次元世界最大の宗教である『聖王教』の総本山にちょっかい出された以上、こっちも何もせん訳には行かん。」

 

そう言ってはやては頭を抱える。

次元世界最大規模の宗教組織と言うのは伊達ではない。いかに『禁忌』や『制約』が緩い宗教であるとは言え、それが敬虔ではない事とイコールではないのだ。

 

ましてや総本山である『聖王教会』に侵入し、そこで許可もなく魔法を使用したともなればそれは聖王の威光に対する挑戦と捉える者も出て来るだろう。

信徒達の管理局への信頼を損ねない為にも、罠の可能性があろうと行動を起こさない訳には行かない事情があった。

 

そんな重苦しい空気が漂う中、ふとなのはの疑問が響いた。

 

「……もし罠だとして……何が目的なんだろう?」

「ん? どういう事や、なのはちゃん?」

 

問いの意味を尋ねるはやてに、なのはは自らの感じた"不自然さ"を確かめるように話し始めた。

 

「もしも今回聖王教会に来たって言う人が予言の"凶星"だとすると、目的は"滅び"に関する何かなんだよね?」

「まぁ、そうなるやろな。」

「今までで比較的有力って言われてる説の通り、"滅び"が管理局の崩壊やミッドチルダの消滅を指すなら、もっと()()()()()()に出ると思わない?」

 

なのはの感じた違和感はそこだった。

以前なのはが過剰な訓練を己に課していた時、なのはは数々の"滅び"のシチュエーションを想定し、()()()()()()()()()()()()()()対応できる存在になろうとしていた。

 

『向かって来ようと』……即ち、罠や待ち伏せと言った受け身の姿勢になるのはこちら側だという想定が前提に有ったのだ。

 

「……確かに、目的に反して受け身な姿勢って言うのは気になるところやな。」

 

それを指摘されたはやてはなのはの主張に一理あるとして、戦いの経験が最も豊富であろうシグナムに目配せする。

その視線を受けたシグナムは長らく戦いに身を置き、戦争にも参加した経験から最も考えられる可能性をピックアップし、話し始めた。

 

「……目的として分かりやすいのは、『教会に管理局の主戦力を集中させる事』だろう。

 全ての戦力を割く事は無いにしても、教会に踏み込んだ戦力分、他の守りは薄くなる。」

「その隙に本命を襲撃する可能性があるっちゅう事か……」

「……或いは……」

「うん?」

 

はやてが敵の狙う"本命"が何処かを考えていると、シグナムがぼそりと言葉を漏らした。

その呟きをはやてが問うと、シグナムは先程の仮説を話した時よりも自信なさげにこう続けた。

 

「いえ、或いは"そもそも罠ではない"と言う可能性もあるかも知れないと……私自身、根拠を求められれば『直感』としか言いようがないのですが。」

「罠やないって……聖王教会にちょっかいを出しておいて、単に話し合いの場を設けるだけが目的とは考えにくいで?

 一戦交えるんが目的なら、それこそ聖王教会でやったやろうし……」

「はい……私自身、妙な感覚なのですが……

 ……すみません、少し整理する時間をください。」

 

そう言ってしばらく考え込むシグナム。

はやてとしても直接戦った事があるシグナムの直感は無視しがたく、シグナムの答えを待つ事にした。

 

「――やはり、違和感があります。

 私達が以前戦った"奴"の実力を考えると、今地上に於いて"彼女"に対応出来る可能性があるのは、我々機動六課のみの筈なのです。」

「まぁ……"滅び"に対抗する為に無理くり戦力を集中させとるからな。現状最も実力のある部隊の一つやとは私も思う。」

 

実際、今の機動六課の戦力を他の部隊と比較すれば、『過剰』と言う評価が相応しいだろう。

そんなはやての言葉にシグナムは一つ頷きを返すと、話を続けた。

 

「問題は、何故そんな部隊の前に態々姿を現したのかです。

 私達は今日、奴に出会うまで()()()()()()()()()()()()()()()()……どんな標的があるにせよ、これほど奇襲に適した状況は無いでしょう。」

「……! そうか……確かに、そうや。

 本命があるのなら、もう取っている筈や。でも……だったらアイツの狙いはなんや?」

「『私達が教会に足を踏み入れる事』……それそのものが"目的"……そう言わざるを得ません。」

「なるほど、それはつまり…………何の為や?」

「……断言は出来ませんが……自らに有利な場所で()()()()()()()()が我々の中に居る……とか。」

 

シグナムがそう言いながら、一人の女性に目を向ける。

自然とその場に居る全員の視線が、その女性に集まった。

 

「……えっ、私?」

 

その女性、高町なのはは驚いたように自身を指差していた。

 

 

 


 

 

 

――同刻 時空管理局本局 古代遺失物管理部 4課 隊舎 ブラバス少将の執務室

 

「――そうか、では『生死体事件』の被害者は……」

『ええ、送った報告書の通りよ。()()()()()()()()()()()わ。

 一例目の少女が、今回見つかった少女と同じ出自なら……だけれど。』

 

ブラバス少将は自らの机に備え付けられた端末を通して、機動六課隊舎のメンテナンスルームに居るプレシアからの報告を受けていた。

 

報告の内容は、彼女が機動六課に移る前に依頼した『生死体事件』の被害者と思われていた少女に関してだ。

彼女はあの後、プレシアによって様々な検査にかけられ、その体を隅々まで調べ上げられていた。

 

その結果、プレシアは『今回の事件に被害者は存在しない』と結論付けた。

 

「むぅ……だが、君の言う様に彼女が『造られた存在』だと言うのなら、その素体になった者が居る可能性があるのではないかね?」

『その可能性は否定できないけれど……少なくとも、彼女と似た容姿はしていないでしょうね。』

「ほう……それは何故?」

『彼女の造られ方が特殊だからよ。

 普通、彼女のような『人造魔導士』を生み出そうとするなら、貴方が言う様に素体を用意するのが最も手っ取り早いわ。

 ……まぁ、人間の人造魔導士だと法に触れるけれどね。』

 

『私のように……』という言葉を飲み込み、プレシアは続けた。

 

『だけど、彼女の場合はそういった法の抜け道を突くように造られている。

 素体の遺伝子情報を組み替え、培養した生体細胞を使って各種臓器を作り出し、それをまるで組み立てるかのようにして生み出された少女……

 まるで、細胞で組み立てられた機械兵ね。』

「成程な……だがその造り方の場合、手間やコストはどうなる?

 俺はそっちの分野に関しては門外漢ではあるが……今回の少女がその手間に見合った物だとは到底思えん。」

 

プレシアの説明を聞き、少女……『生きた死体』がどんな存在かを理解したブラバス少将は、胸の内に抱いた疑問を投げかける。

自分には彼女を造る理由が想像できないが、自分と違いその方面に明るいプレシアならば、自分には見えないものが見えるかも知れないと思ったのだ。

 

『勿論手間もコストもとんでもなく掛かるわ。

 貴方の言う通り、普通に考えれば今回の少女は手間と成果が合っていない。

 実際、彼女には自発的な意思……そうね、"魂"と呼べるものが無い。

 機械兵とは違って命令を理解する事もない以上、彼女が目覚める事も動く事も無いでしょうね……これでは人形と変わらないわ。』

 

しかし、彼女の返答は自分の想像とそれほどの差は無く、ブラバス少将はここに来てある種の『手詰まり』感を抱いた。

被害者はおらず、法にも触れない……これでは少女の正体が判明したところで、本格的な捜査に入るのは難しいと。

 

「そうか……しかしそうなると、以前俺の知り合いが言っていたような『事件の揉み消し』は無かったという事か?

 いや、或いは彼女はただ失敗作だっただけで、裏で何らかの計画が動いている可能性はあるか……」

『それに関しては私の知るところではないわね。

 分かる人には何かしらの用途があるのかも知れないし……ただ、一つ言える事があるわ。

 例の少女、"魂"は入ってないけれど()()()()()()()

 彼女はそうあるべき存在として作られ、そして何らかの目的の為に放置されていたのよ。』

「……一体、誰が何の為にそんな事を?」

 

ブラバス少将の疑問も尤もだろう。

コストばかりで何も利益にならない人造魔導士を造るくらいなら、それこそ生体パーツで作る事さえ捨てて、ただの人形を作れば良いだけなのだ。

 

『目的は不明ね。ただ、造った者……いえ、()()()()には一人だけ、心当たりがあるわ。』

「ほう……誰かね?」

 

そしてその結論はプレシアも同じで、彼女にもその目的は判然としない……だが、彼女には今回の検査で新たに一つの心当たりが浮かんでいた。

 

プレシアは『生きた死体』と自ら評したその少女を生み出した技術を解析するうち、ある時から記憶の底で何かが疼くような感覚を覚え始めていた。

それがある種の『既視感』である事に気付くのにそう時間はかからなかったが、その時は途中で捜査が打ち切られた為に既視感の正体までは分からなかった。

 

だが今回の検査にてプレシアはその既視感の正体が、かつて自らも目を通した研究……『プロジェクトF』である事に気付いたのだ。

 

そして『生きた死体』の製造がその技術をもってしても、並の研究者には不可能である事も……

 

そう、プレシアがただ一人『生死体の少女を造る事が出来る』と挙げた名は――

 

『"ジェイル・スカリエッティ"……嘗て『プロジェクトF』と言う、人造魔導士の研究をしていた男よ。』

 

 

 


 

 

――同刻 HE教会 地下

 

 

とある一室に並ぶいくつものベッドの上に、同じ様な姿勢で寝転ぶ銀髪オッドアイ達の姿があった。

彼等の頭部には一様に『J/C』のロゴが付いたヘッドギアが装着されており、そのどれもが『プレイ中』を示すランプを点滅させている。

 

そんな中をただ一人、静かに歩く少女の姿があった。

 

「ジェイル・ギア……本当に素晴らしい発明ね。

 コレのおかげで彼等を集めるのも、()()()()()()()()()()()()のも簡単になったのだから、彼には感謝してもし足りないわ。」

 

少女は静かに彼等の眠る部屋を見回すと、満足げな表情で部屋を後にする。

 

「昔は大変だった……私以外の転生者がいると、私の能力はまるで働いてくれなかったから……」

 

やがて彼女が辿り着いたのは、地下をくり抜いて作られた大聖堂……63体の『生きた死体』が眠る場所だ。

 

その最奥に立ち、彼女は虚空をしばらく見つめると……

 

「……明日、14時頃になると未来が()()る。

 予想以上に動きは早いですが、想定内ですね。

 仮想空間から戻って来たら彼等に予め丁重に案内するように言っておきましょう、彼女達と敵対する事は望まないでしょうから。」

 

彼女はそのまましばらく宙へと視線を走らせた後、やがて誰に対してでもなく呟いた。

 

「これで漸く私の計画は進められる……良かった、本当に……」

 

その口元が三日月の様な弧を描く。

 

 

 

「――彼女(八神はやて)が転生者で本当に良かった……」

 




当然ジェイル・スカリエッティも何らかの形でかかわってきます。
あ、VRに関しては完全にスカさんの独断で作ってます。たまたま"彼女"にとっても都合の良いアイテムだったと言うだけですね。

はやての部屋での話し合いにプレシア、リニスが居ないのは、彼女達は予言について聞かされてない側だからです。


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ハッピーエンド教会前にて

休日明けの機動六課……訓練に使う広場にて、シャーリーと木之元から直々にフォワード達へとデバイスの返還が行われていた。

 

「――よし、これで全員に行き渡ったね?

 じゃあ続いて今回の調整の内容と、追加した機能について説明するよー」

 

そう言って、木之元は少し自慢気な様子で内容を述べていく。

 

彼女がデバイスに施した調整は、今までよりも魔力の伝達速度や瞬間的な最大出力を強化すると言った基礎スペックの向上と、それぞれの戦闘データの解析で判明した癖をカバーまたは、逆にそれを強みとして活かす為のギミックの追加だ。

 

言葉にして羅列すると小難しい事を言っているように聞こえるが、要するに今までよりも戦いやすく、且つ強くなったと考えて間違いは無いだろう。

実際、彼女は小学生の頃からそう言った改良を良く行って来た為、その手の調整でミスをする事は非常に稀だ。

 

「――と、まぁこんな感じで、以前よりも一層君達に合わせた調整になったって事なんだけど……

 これまでとは全然感覚も変わると思うから、本格的な訓練の前に取りあえず使ってみて慣れた方が良いかな。」

 

と、フォワード達に説明した後、木之元はなのはの方を振り返りそう締めくくる。

 

「うん、分かった。それじゃあ……」

「えっと……すみません、質問良いでしょうか?」

「キャロ? うん、良いよ。」

 

おずおずと言った様子で手を挙げたキャロになのはが質問を許可すると、キャロは周囲を一度確認すると尋ねた。

 

「えっと、フェイトさん達は……?」

 

彼女が尋ねたのは、訓練開始時刻になっても姿を現さない隊長陣の事であった。

実際、この場に来ている隊長陣は高町なのは一人であり、フェイト・テスタロッサはおろか、ヴィータやシグナムと言ったヴォルケンリッターの姿も見えない。

いつもであれば最低でもなのはを含む二人以上の隊長陣が訓練に付き添う事になっており、こう言った事は非常に珍しかった。

他のフォワード達も同様の疑問を抱いていたのだろう、なのはの返答を待っている。

 

するとなのはは少し困ったような笑みを浮かべると、申し訳なさそうに答えた。

 

「ゴメンね、今日は私だけなんだ。ちょっと皆外せない用事が入っちゃってて……」

 

なのは自身、苦しい言い訳だという事は理解している。

隊長陣が訓練に付き添うのは訓練中、フォワード陣に何かあった場合に対処する為であり、余程の用事でもなければ『当日来れない』なんて事が無いように予めスケジュールを調整できるし、実際にそうしてきた。

 

更に言えばこの日の前日は休日だったのだ。

外せない予定があったとしても、予定の調整はいつもより容易だったはずだ。

 

――やっぱり、この言い訳は苦しいよ、はやてちゃん……

 

予め決めていた通りに説明を続けるなのはも無理がある内容だと理解しつつも、本当の事を話す訳にも行かない。

彼女の眼から見てもフォワード陣は大分成長したとは思うが、それでもまだもう少し足りないのだ。

滅びの予言に記された"凶星"……その第一候補との戦闘になるかもしれない場所に連れて行くのには。

 

 

 


 

 

 

その日の午後1時頃……HE教会の前に数台の車が停車すると、その中から数人の女性が姿を現した。

その顔ぶれを知る者からすれば、一体何事かと興味をそそられると同時に動揺が走るだろう……そんな面々だった。

 

「皆、予め説明しておいた通りや。

 聖王教会での行動がアイツの独断か教団の総意か分かるまでは、こっちも下手な動きは出来んで。

 アイツに妙な大義名分を与えんようにな。」

「ああ。」

「承知。」

「……おう。」

「ええ。」

「はい、はやて。」

「任せて下さいですよ!」

 

その数七名、ヴォルケンリッターとその主八神はやてはHE教会の前に降り立つと、続いて停車した乗用車の中から降りて来た女性に目を向ける。

 

「フェイトちゃん達も、あまり気ぃ張らんようにな。

 あくまで今回、私達は表向きただの客として来とるんや……中で何かあるまでな。」

「うん、分かってるよ。」

『勿論!』

「……」

 

はやての言葉に了承を示すフェイト達だったが、その中の一名は教会を見てじっとしていた。

 

「――アルフ、ちゃんと聞いてた?」

「……えっ!? あ、ああ勿論! ちゃんと大人しくしてるよ!」

「……まぁ、ちゃんとフェイトちゃんの言うこと聞くんやで?」

「子ども扱いかい!? ……」

 

フェイトにつつかれて正気に返ったのか、慌てて返答するアルフ。

しかし、その直後には何かを考えるような表情になり、再び黙り込んでしまった。

 

彼女のこんな姿は珍しいと言いたげに視線を交わすはやてとフェイトだったが、アルフの内心はそれどころではなかった。

 

――どういう事だい? この匂いは……だって、もう()()()()は居ない筈じゃないか。気のせいなら良いんだけど……

 

「フェイト、はやて……()()()()()()()冷静にね……」

「アルフ……?」

「……気には留めておくわ。」

 

その後も数台の乗用車から何人もの職員が降りて来るが、その中にはやてがよく知る者は()()()

彼等は今回の作戦の為に様々な部隊から急遽借りて来た戦力たちだった。

借りてきたと言っても要請したのが昨日の夜だ。それも正規の手続きを通していては間に合わない為、はやてのコネを通してなんとか集めた物。

部隊としてはなんとも心許ない20人弱程度の人数ではあるが、転生者の視点と情報を持つはやてには、今回の作戦には必要不可欠な戦力であると言う確信があった。

 

――あの髪と目の色、そして実力から考えて今回の相手はほぼ間違いなく転生者や。

 

そう作戦を振り返る中、脳裏に懐かしい女性の姿が思い浮かぶ。

 

――あの人は……美香さんは言うてた。転生者同士の戦いは互いが合意の上での物を除いて天使が仲裁に入る……今回の作戦、私とヴォルケンリッターはどうしても前面に出られん。でもそれは向こうも同じ筈や。相手の攻撃を私とヴォルケンリッターが防ごうと動けば、相手も私達には危害を加えられない……その隙を突いてフェイトちゃんや今回招集した転生者以外の魔導士が突けば、なのはちゃんが居らんくても早々負ける事は無い……普通なら。せやけど……

 

この事は転生者ではない者に説明する訳にも行かず、はやてとヴォルケンリッター達の間でのみ共有された内容だ。

転生者の視点で見れば、今回の相手が如何に強大であろうと立ち回り次第で封殺できる。

だが、それ故に今回の相手の目的が分からないのも確かだ。

 

――せやけど、皆の話からするとこの事は相手も知っとる筈や。何しろ、あいつ自身も一度天使に戦いを仲裁された経験がある。となると、相手も何らかの策を用意している筈や。そして、きっとそれこそが奴の本命。

 

借りてきた戦力の指揮官と挨拶を交わし、動きの打ち合わせをしながらも八神はやては考える。

 

――今回、相手の狙いとして可能性が高いと考えられた『高町なのはの撃墜による管理局の戦力低下』……それが当たっているとすれば、私達はこれからとんでもない罠の中に飛び込む事になる。その対策は一応考えて来たけど……

 

「……危険な役回りと知ってて引き受けてくれた事、彼女の友人として感謝します。」

 

そう言ってはやてが頭を下げたのは、今は機動六課でフォワード陣を教導中である筈の()()()()()だった。

いや――

 

「そっ、そんな! わ、私こそ光栄ですっ! あのなのはさんの()()()なんて大役を任せて貰えるなんて!」

 

正確には高町なのはの姿に化けた管理局員だ。主に人質や誘拐が関わる事件の解決の為に取られる手法の一つではあるのだが、今回はそれを敵の策の封殺に使おうと言う作戦だ。

当然、敵の策が予想通り高町なのはを狙ったものであるならば、彼女には多大な危険が伴う。しかしそれは木之元に急遽徹夜で用意して貰ったデバイスにより、安全策が講じられていた。

 

「既に何度も説明したと思うけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 記録された魔法の出力の関係で『再現』は一回きり……それも、セットアップの瞬間に半ば暴発に近い形で発動する事になる。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、相手もそれを前提に来る筈や。」

「は、はい!」

 

木之元が今回の為だけに用意したレイジングハートそっくりのデバイスには、なのはそっくりのバリアジャケットと、なのはの魔力で構築されたプロテクションが封印されている。

魔力が膨大すぎて発動の制御も出来ず、意図的に暴発を起こして強引に発動する事しか出来なかったが、それでもなのはのプロテクションである事には間違いない。

後はその守りを頼りにしつつも、ヴォルケンリッター……特にザフィーラが主体となって彼女を守る事で相手の策を逆に封殺すると言う作戦だった。

 

……のだが……

 

「……何か、凄い緊張してるなぁ……そんななのはちゃん見たの初めてや。」

「す、すみません!」

「いや怒ってる訳やないんやけどな。」

 

――なんやこの可愛らしいなのはちゃん。持ち帰りた……調子狂うわぁ……

 

肝心のなのは役がこの調子では相手も直ぐに勘付く事だろう。

なのはやフェイトに憧れて入局したと言う話だったので、それも仕方ないのかも知れないが……

 

「えっと……もっとリラックスして、自然体にするとそれっぽくなると思う。」

「こ……こうですかっ!?」

「ふふっ……背筋ピンとし過ぎだよ、もっと落ち着いて。」

「わ、わわっ! こ、光栄です!!」

『なんか、小動物感凄いねー……お持ち帰』

「姉さん。」

『じょ、冗談だって!!』

 

聖王教会の騒動があったのは前日の事であり、作戦が固まったのも前日……何が言いたいかと言うと、演技指導が足りていないのだ。

高町なのはに憧れているだけあって、戦場の彼女に関する演技はほぼ問題無い。だが、こと普段の姿と言う物は有名であるほど出にくいもので……

 

「……なのはは普段私の事『フェイトちゃん』って呼ぶけど、大丈夫?」

「ちゃっ、ちゃん付けですか!?

 ふぇ……フェイト、ちゃん……う、うぅ……頑張ります……!」

 

急遽車内に連れ込んでの演技指導が始まったのだった。

 

「因みになのはちゃんは私の事も『はやてちゃん』って呼ぶで?」

「はやてちゃん……ですか……はい、気を付けます!」

「……何や釈然とせぇへんなぁ……」

 

……始まったのだった!




影武者ちゃんははやてさんを軽く見ているのではなく、なのはさんとフェイトさんに対する憧れが強すぎるだけなのです。
はやてさんは役職の関係上、あまり表に出て活躍していないイメージがあるので……

途中で「ん?」と思った方もいると思うのでここで一部キャラの認識を書いておきます。

・はやて⇔なのは
 互いに非転生者だと思っている。
・はやて⇔フェイト(アリシア)
 互いに非転生者だと思っている。
・フェイト⇔なのは
 互いに転生者だと知っている。


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再会

えらく難産でした。



「お、本当にこの時間に来たな。

 管理局の局員達だよな? こっからは俺が案内するぜ……って……」

 

 HE教会の扉を開けた途端、目の前に現れた10歳前後と思しき銀髪オッドアイの少年が、自らを指差してそう言ったかと思うと……

 

「ぅえぇっ!? フェイトが二人!? あ、いや片方はホログラムか……」

『ついでに言うと、私はアリシア。フェイトのお姉ちゃんだからね?』

「はっ? えっ!? ……ぇえっ!!?」

 

 アリシアの姿を見るや否や、激しく動揺し始めた。

 ……うん、髪と目の色で想像はついていたけど転生者で確定だ。

 

 それはともかくとして、今の彼の言葉には少し聞き捨てならない所があった為、私はあくまで冷静に少年に尋ねる。

 

「……一応聞かせて貰ってもええか? 君は私達がこの時間にここに来るって分かってたんか?」

「えっ!? ……ん? あ、ああ、聖女ちゃんから聞かされてたからな。」

「そうか……いや、予定の時間を()()()()()()()()()()からな、待たせてしまったんやないかって気になってな。」

「あー……まぁその点は大丈夫だって、俺も聖女ちゃんも全然待ってないぜ。

 っと、そうだ案内しねぇと! とりあえずついて来てくれ。」

 

 そう言ってこちらに背を向けて歩いて行く少年について行きながら、先程の言葉について考える。

 

 ──『聖女ちゃん』と言う呼び名についてはともかく、()()()()()()()……か。

 

 今回の訪問、彼女にしてみれば少なくとも2つの想定外があると思っていた。

 一つは先ほども言ったように、時間が遅れた事。これは『なのはちゃん』の演技指導に思ったよりも梃子摺った事による、私達にとっても想定外の出来事だ。

 

 そしてもう一つ……

 

「なぁ、伝えていた人数よりも()()()()多くなってもうたけど、大丈夫やろか?」

「ん? ああ、それについても大丈夫だぜ。そっちも聞いていたからな!」

「そうか……いや、それなら良かったわ。」

 

 今回私達は『聖女直々に招待を受けた客』として来ている。……聖王教会で聖女が去り際に発した『次は私の教会でお会いしましょう』と言う言葉を招待と受け取るのは強引な気もするが、こうして案内されている以上はそう受け取って問題なかったという事だろう。

 だが、その際にこちらが告げた人数は『機動六課の分』……即ち私含むヴォルケンリッターの7人と、フェイトちゃん、アリシアちゃん、アルフ、なのはちゃんの11名だ。だが今回、それに加えて20名弱の管理局員も同行させている。

 ちょっととは言ったが、人数は倍以上だ。それも聞かされていたとなると……あの噂が真実だと言う可能性を真剣に考えなければならないだろう。

 

 ──『HE教団の聖女は未来が見える』。

 

 元々HE教団は予言の『凶星』と関りがあると言う解釈があった事から、管理局から調査されていた。

 その際周辺住民の聞き込みによって入って来た情報……と言ってもあくまで噂なのだが、そう言った内容の物があったのだとか。

 

 聖王教会の騎士カリムは予言を文字に記すが、HE教団の聖女は未来を見る……正しく解釈しなければ記した本人にも内容が分からないカリムの予言とは違い、直接未来を見る事が出来ると言うその噂を、管理局も無条件に信じ切っている訳ではなかったが、それでもその噂が彼女が『凶星』の最有力候補たる根拠の一つとなった。

 

『凶星の背後に滅びは潜み 凶星のみが姿()()()()

 

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。

 即ち、()()()()()()()()H()E()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 そう考えながら歩いていると、突然私に向かって念話が飛んできた。

 

≪す、すみませんはやてさん。どう答えれば良いでしょうか……?≫

≪あー……そうやな、ちょっと待ってな。≫

 

 そして意識して目を逸らしてきた現状……案内の少年が『なのはちゃん』を質問攻めにしている光景へと目を向ける。

 

「──って感じで鍛えてるんだけど、今ちょっと伸び悩んでてさ。なのはさんって教導官って奴なんだろ? どうすれば……」

「あー……ちょっとすまんけど、君は何でそう言う事が知りたいんや? 将来管理局に入りたいとかなら、私が話聞くで?」

 

 先程からマルチタスクで確認していた限り、この少年は魔法の訓練で伸び悩んでいるらしく、教導官であるなのはちゃんにアドバイスを貰いたいようだった。

 これは確かに『なのはちゃん』には答えられないだろうと思い、バトンタッチを名乗りでる。

 

「いや、管理局に入りたいって思いは1ミリも無いんだけどさぁ……」

「局員にもの尋ねるのにその回答は失礼過ぎるやろ自分。」

 

 その気が無いにしても少しくらいは取り繕えや。周囲の局員達ちょっと不機嫌になったやないか。

 

「あー、悪い。単に直ぐ入ろうって気は無いって事なんだ。

 今魔法を鍛えてんのも、DSAAの公式大会で活躍したくてさ。」

「! DSAA……成程なぁ。」

 

 まぁ、そう言う転生者も居るだろう。寧ろ、この時期に彼の様な少年でいるという事は、そっち(ViVid)が目当てと考えて間違いない。

 

「俺は来年10歳になるし、そこで『インターミドル・チャンピオンシップ』に出るつもりなんだ。

 最強の1()0()()を決める大会で、表舞台に初めて登場する1()0()()が最強になったら……伝説になるだろ?」

「ははは、成程なぁ!」

「笑ってられるのも今の内だぜ? 来年になったら手の平返させてやる。見てろ!」

「そうかそうか、でもなぁ……管理局の訓練メニューは機密の一つや。外部に漏らす訳には行かんなぁ。」

「そんな、そこをどうか一つ頼みますよ……」

「手の平と言うか態度返すの早すぎるやろ自分……」

 

 そんな風に少年の質問を躱しながらも案内について行くと、やがて彼はとある応接間に私達を通した。

 見渡せば中央に置かれたガラス製のテーブルを挟むように二つのソファが置かれており、壁にはひと際目を引く一枚の大きな絵画が飾られている。

 近くには大きめの本棚が置かれており、その中には幅広い層が楽しめるようにと言う気配りか、様々な本がジャンル分けされて並んでいた。

 他にも豪勢とは言い難くも品の良い調度品が並べられており、権力の強さよりも清廉さや清潔感を前面に押し出した内装となっている。

 

 見たところ、聖女はまだ来ていないようだった。

 

「ここまで案内してくれてありがとうな。私達はここで待っておくからキミは……」

「え? ……あー、いや違う違う。まだもうちょっと待ってくれ。」

「?」

 

 ここで待てという事かと思ったのだが、彼曰くまだ案内は続いているとの事で、彼の動向を見守る事にする。

 

 すると彼は壁に沿って並ぶ本棚から一冊の本を開き、中に挟まれていた栞を取り出すと……

 

「「──なっ……!」」

 

 背後で数名の局員が息を飲んだ。

 彼が取り出した栞を壁に掛けられた絵の額縁に差し込むと、「ピピッ」と言う電子音の後に本棚がスライドし……その奥にはエレベータの扉があったのだ。

 

「じゃあ、とりあえず数人毎に乗ってくれ。定員は8人な。狭いから。」

 

 そう言ってこちらを振り返った少年の表情は、漸くこちらを驚かせる事が出来たからか、はたまた驚かされたお返しが出来たからか妙に得意げなドヤ顔だった。

 

 

 

 

 

 

 ──その後、エレベータを使用して教会の地下に降り立った私達は、それまでの予想とは裏腹に何事もなく聖女が待つと言う"地下大聖堂"の前へと案内された。

 

 あまりにも呆気なくここまで辿り着けた事を内心不気味に思っていると……

 

「じゃあ俺の案内はここまでだから、じゃな!」

「えっ、あぁ、ここまでありがとうな。」

 

 と、案内の少年も立ち去り、この場には私達時空管理局の人間だけが残された。

 そして目の前には"地下大聖堂"の入り口である、木製の大扉……自ら敵を招き入れるにしては、あまりにも不用心に思える。

 

≪どう思う? 皆。≫

≪……扉を潜った先に罠がある……或いは、『そもそも対策する必要のない相手』と侮られている、と言ったところか。≫

≪ああ、ここまで見かけた奴もさっきの案内だけだったし、完全に舐められてるな。≫

 

 私の問いに対するシグナムの答えに、ヴィータも同調する。

 皆から聞かされた"襲撃者"改め"聖女"の実力は相当の物らしく、その情報を踏まえればあり得ない可能性ではないが……思い当たったもう一つ可能性の事も考え、今度はザフィーラに問いかける。

 

≪扉の向こうにアイツの手先の魔導士がズラリ……って可能性は無いんか?≫

≪いや、この先に居る者はそう大人数ではない。

 魔力はこの扉が魔術的な結界の役割も兼ねているのか探知できんが、俺の狼としての嗅覚は誤魔化せん。

 ……お前はどうだ、アルフ?≫

≪アタシもそれには同意見さ。ただ、この場合は感じ取れる匂いの方が問題だねぇ……

 教会前では勘違いって可能性もあったけど、この距離で間違える事はあり得ない……か。≫

 

 どうやら既に嗅覚を用いた探知は行っていたようだが……二人の反応が妙に気になる。

 フェイトちゃんも気になったようで、眉間に皺を寄せるアルフの様子が気になっているようだ。

 

≪二人共、一体何を……≫

 

 ザフィーラとアルフに詳しい話を聞こうとした矢先、この場に『パチン』と指を鳴らしたような音が響いた。

 

 そしてその瞬間、眼前の大扉がその巨大さに見合わぬ勢いで『バン』と開く。

 

「──っ!?」

「失礼、驚かせるつもりは無かったのですが……いつまでも廊下で警戒させるのも悪いと思い、罠が無いと言う証明も兼ねてこちらから扉を開けさせてもらいました。」

 

 彼女の言う通り、開け放たれた大扉から見えた大聖堂の見通しはかなり良く、いくつかの長椅子が並んでいる以外に遮蔽物らしい物も無い。

 彼女自身も大聖堂の最奥に鎮座する妖精を模した巨大なモニュメントの前に立っており、傍にフードで顔を隠した二人の側近が立っている他に人は居ないようだ。

 

 こうなってはもうこちらも覚悟を決める他はない。少しばかり想定外の状況ではあるが、罠が無いと言うのなら想定以上の悪条件にはなりにくいだろう。

 

 後ろ手にハンドシグナルで警戒を怠らないように指示を出し、先ず私が率先して一歩、地下大聖堂へと足を踏み入れた。

 それに続くように他の局員も大聖堂へと入って行き、聖女を遠巻きに包囲する布陣につく。

 

「ふふっ、随分と大人数でいらしたのですね。私は貴女達とお話したかっただけなのですが。」

「過激な招待を受けたからな、色々警戒せん訳にも行かんのや。

 こっちも穏便に済ませたい所ではあったんやけど、教会の重鎮達が許してくれそうもなくてなぁ。」

 

 聖女と軽いやり取りを交わしながら、布陣を確認しつつ考える。

 

 ──壁を背に周囲を包囲されたこの状況にあってこの態度……彼女からすればこの程度は危機でも何でもないと言ったところか。

 

「そうですか、では……」

「お話の前に確認させて貰うで。先日の聖王教会でのごたごた……アレはアンタの独断か? それとも教団の総意か?

 さっきもチラッと言ったけど、教会の重鎮たちはアレで相当頭に来とる。これだけでも確認して来いって聞かへんのや。」

 

 そして、聖女の独断だった場合、この場での確保も視野に入る。もっとも……先程の少年の態度から考えて、答えはもう分かっている様な物だが。

 

「そうですね……私の独断、と考えて良さそうです。

 教団の総意と言っても、今の教団に意思決定をする者は私しかいませんから。」

「……それは、アンタがこの教団を乗っ取った際に全員追い出した言う事か?」

「乗っ取ったとは人聞きが悪いです。譲られたのですよ、『貴女こそ教団を統べるに相応しい』と。」

 

 それがいつの事を言っているのかは分からないが、この教団の名前が『HE教団』に変わったのはそう昔の話ではない。

 恐らくはその時に……これは叩けば余罪がまだまだ出てきそうだ。

 

 周囲に合図を出し、『なのはちゃん』を除く全員がセットアップをする。

 包囲している局員は既に聖女たちに向けて杖を構えており、私の合図一つで魔法が放たれるだろう。

 

「……聖王教会でなくとも、結界魔法や姿を隠したり誤魔化す類の魔法の使用は緊急時以外禁止されとる。

 それをよりにもよって聖王教会でやったんや、これくらいの対応は()()()()()()んやろ。」

「そうですね、この状況を()()()()()()()。」

「被逮捕願望とかあるんか?

 ……ともかく、大人しく身柄を拘束させて貰うで。」

 

「それは困りますね、この教会には私を必要としてくれる方が大勢いますので。

 例えば──」

 

「時間稼ぎはさせへん! 確保や!」

 

 局員達に指示を飛ばし、迅速な解決を図る。

 本来私自身動くべきではあるが、私も相手も転生者同士だ。そしてこの状況で戦う事を相手が拒む以上、攻撃すれば天使の介入がある。

 

 ……美香さんの仲間を犯罪者の仲間として管理局に認識させたくはない。そんな個人的な理由もあり、今回の作戦は彼等を主力とし、私達がその実力差をサポートする方針だった。

 そして包囲した彼等が構えた杖から、拘束の術式を組み込んだ砲撃が一斉に放たれるが……

 

「! その魔法は……」

「……ぬぅ……!」

 

 その砲撃の尽くは彼女達を守るように現れた白いオーロラに阻まれ、霧散してしまう。

 事前に聞いていた通り、その効果はザフィーラの魔法とほとんど同じようだった。

 

「話くらいはさせてくれても良いでしょう?

 それにしても……成程、この布陣……騎士達からアドバイスでも受けましたか。」

「……一人、知り合いがおってな。その手の事情にはある程度通じとる。」

「まぁ! それはそれは、是非とも紹介していただきたいです! その方は今どちらに?」

「今は居らへん。でも必ず再会する誓いは立てとる。」

「あら……それは残念です。その誓いが果たされる日が来ないと言うのは……」

「お得意の未来視って奴か? どうやらあんま当てにならん代物のようやな。」

「ええ、全く同感です……今の私では()()()()にしか使えないのですから。」

 

 そう言って放たれた無数の射撃魔法は、会話の裏で局員達が待機状態にさせていた不可視の拘束術式の核を正確に打ち抜き、砕いた。

 

「なっ……!」

「時間稼ぎも、計略も、逃走も、戦闘も無意味です。今の私の眼に()その全ては写し出されている。

 例え万の軍を揃えようと、未来を変えない限り私には勝てません。」

 

 そして背後の大扉が大きな音を立てて閉じる。

 

≪シャマル、外部との通信は!?≫

≪……駄目です! あの扉の結界で外部にパスが届きません!≫

≪だったら……!≫

 

「ザフィーラさんの魔法で扉の術式を消す……ですか。」

「っ!!」

「確かにその魔法でしたら扉の術式だろうと消す事が出来るでしょうね。

 ……まさか、あの時の一戦だけで術式を把握されるとは思いませんでした。」

 

 成程……これが未来視か。確かにこれは厄介だが……見えたからと言って妨害できなければ意味は無い。

 扉に近いのはこちらで、例え扉を守るように転移して来ようとザフィーラの魔法はそれを貫通する!

 

「構う事は無い、やれザフィーラ!」

「オオォォォ!!」

 

 そして、白い閃光が扉に向けて放たれ……

 

「──『防ぎなさい』、()()()。」

 

 扉の前に転移してきた奴の側近が手を翳すと……ザフィーラの放ったものと同質の輝きが、ザフィーラの魔法と干渉し、暴風を伴って打ち消し合った。

 

「なっ……あの魔法は……!」

「同質の物であれば、あの光は相殺できるのですよ。もっとも、それは私の魔法にも同じことが言えますが。」

 

 そうではない。確かにあの魔法が打ち消された事は意外だったが、それ以上にそれを行使できる者が彼女以外に存在する事の方が問題だ。

 

 ──拙いな。これは予想以上に拙い……!

 

 互いに魔法を放った状態で向かい合ったにも拘らず、天使が介入しないという事は、先程の魔法を行使した相手は転生者ではないという事だ。

 それはつまり、こちらの転移を無効にされても天使の介入がないと言う事。

 

 当てにしていた逃走経路の一つがそれであった分、対処される可能性が出て来たのは辛い所だ。

 早い所、こちらの側近だけでも倒さなければ。幸いにして相手が転生者ではないのなら、私達だけで対処が可能……

 

「──ッ!?? な、何やて……何で、ここにアンタがおるんや……?」

 

 倒すべき相手の方へと向き直り、思わず硬直する。数ヶ月前の光景が過り、一瞬、思考が止まる。

 

 先程ザフィーラの魔法を相殺した時に発生した突風の影響だろう、()()のフードは外れその正体が露わになっていた。

 

「リーゼアリアッ!!」

「……」

 

 そこに居たのは、全てを諦めたような表情をしたリーゼアリアだった。




漸く聖女が戦う場面まで来ましたが、当然最終決戦ではありません。もうちっとだけ続くんじゃ……

・DSAA
 Dimension・Sports・Activity・Associationの略。
 次元世界のスポーツ競技の運営団体であり、『インターミドル・チャンピオンシップ』等を始めとして幾つもの公式魔法戦競技会を開催している。
 原作と特に大きな変化はない。
 また、ViVid編はやらないのでこれ以降登場する事は多分ない。

・案内の少年(銀髪オッドアイ)
 ViVid開始前にDSAAの開催する公式大会で成果を残し、伝説の先輩ポジ、あわよくば師匠ポジに収まろうと考えている。
 ヴィヴィオの同期として参加した場合普通に負けるかもしれない事を考え、ViVid開始前と言う(比較的)ヤバい奴が居ないタイミングを狙う程度には計画的。
 ……だが、この小説のヴィヴィオがDSAAに興味を持つか、或いは参加を目指すかは不明。
 ViVid編はやらないのでこれ以降登場する事は多分ない。所謂こう言う転生者もいますと言うフレーバー。

・ザフィーラの放つ閃光
 元は襲撃者の魔法を解析し、模倣した物だった。
 性質としては魔法のような『術式』ではなく、魔力変換資質にも似た『性質』に近い物。
 その為、魔力の性質を継がせる事が出来る使い魔であれば、使用も可能。
 また、実は襲撃者(=聖女)自身、この性質は誰かから譲り受けた物。


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"聖女"と"奇跡"

個人的に文章に違和感が残っている気もしますが、定期更新を優先して投稿します。


「あぁ……夜天の書の、八神はやてか……

 こうして直接会うのは随分と久しぶりだね……」

「そんな事はどうでもええ!

 何でアンタがここにおるんや!? グレアムおじさんはもう……!」

 

はやての声で漸く目の前の人物を認識したのか、疲れ切った声で話すリーゼロッテの様子を見たはやては、自らの内より湧き上がる疑問をそのまま投げかける。

 

数ヶ月前、彼の故郷であるイギリスで行われた葬儀には八神はやても参列しており、その際彼の知り合いの一人から彼の死因は聞いていた。

曰く『天寿を全うした』という事らしく、彼自身が見たと言う遺体には傷一つ無かったとはやては聞いていた。

 

事件性も確認されず、はやては彼の最期は穏やかな物だったと信じ、それ故にショックも少なく受け止められていたのだ……この時までは。

 

「父さまが亡くなったあの日……アイツが私達の所に現れたんだ。

 それからと言う物、私達はずっとアイツの言いなりさ……使()()()()()の所為でね……」

「使い魔……? でも、二人は既にグレアムおじさんの使い魔やった筈やろ!?

 それが何で……」

 

主よりも長生きする事はあり得ない使い魔が、主に先立たれると言う現実。

そして彼女自身の口から語られる受け入れがたい真実に動揺を隠せないはやての耳に、リーゼアリアと同じく使い魔であるアルフの声が届く。

 

「……いや、既に使い魔だったとしても使い魔の契約が上書きされる可能性はある。」

「アルフ、何か心当たりがあるんか!?」

「ああ、随分と昔の事だけどね。でも今は先ず……」

「うん。詳しい話は後でする……だから、今はこの場を切り抜けよう。

 指揮をお願い、はやて。」

 

詳しい事情を聞こうとするはやてをアルフの視線を受けたフェイトが諫めると、はやては僅かに逡巡した後、意識を切り替えたのかリーゼアリアに背を向けて"聖女"へと向き直る。

 

「……そうやな。あぁ、そうや。

 先ずはここを出な、どうにもならへんな……!」

 

リーゼアリアの眼を見た時、はやては彼女自身には敵対の意が無い事を理解していた。

つまり、リーゼアリアは"聖女"の命令無しに動く事は無い。背後から襲われるとしても、命令が発せられてからの対処は可能と考えたのだ。

そして彼女を使い魔の契約で縛っている"聖女"さえどうにかしてしまえば、リーゼアリアを()()()()()()解放してやれる筈だ、とも。

 

「話はもうよろしいでしょうか?」

「あぁ、律儀に待っていてくれたんか。随分と余裕やないか。」

「それはそうでしょう?

 貴女達が私に勝つには私が見た()()()()()()()()()()()()()

 ですが、それが出来る者は()()()()()()()()()……私はその()()()()()()()()()()()()()のですもの。」

 

"聖女"のその言葉の意味は、はやてには直ぐに伝わった。

 

――一体何時()()()んかはともかく、そう言う事か。

 

未来を変えられる者……即ち転生者はこの場に於いては私とヴォルケンリッターくらいのものだ。

だが、転生者にはもう一つルールと言うか、制限がある。()()()()()()()()()()()()()と言う制限が。

……いや、厳密には戦う事があっても直ぐに()使()()()()()()()()()()()()

そして、"聖女"自身はこれまで戦意を見せていないのだ。

 

"聖女"の言う『警戒』も、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う類のものだろう。

 

その証拠に今まで"聖女"は『話をしましょう』と言う明らかな建前を崩さず、杖を構えるどころかセットアップさえしていない状態のまま。

魔法は使用したが、こちらの拘束魔法を破壊すると言う()()に留めている。

 

そして同時に理解する。

未だに方法は分からないが、リーゼアリアを契約で縛った理由は()()()だったのだと。

 

――何が"聖女"や、随分とまた悪辣な真似しよってからに……!

 

戦意を見せず、杖を向けず、その状態であの魔力をかき消す魔法を振るう……その為に"使い魔"と言う存在は確かに理想的だった。

既に多くの戦闘経験を持ち、簡単な命令でその経験を活かせる"リーゼアリア"は、その戦闘技術の高さ故に目を付けられたのだろう。

 

そしてその用意周到さは、もう一つ情報をはやてに与えた。

 

――どうやら、今のこの状況は随分と前から計画されていた状況のようやな。

  奴の余裕の態度から考えても、ここまでは向こうのシナリオ通りっちゅう訳か。

  ……しかし、どうにも解せんところがある。

 

考えながら、はやては周囲の状況を確認する。

 

――こんなに回りくどい方法で教会に誘い込んで、退路を塞いで……それだけか?

  リーゼアリアもこちらの退路を塞いで以降、動かす気配もない。

  じりじりと追いつめて……まるで()()()()()()()()()()()かのような……――ッ!!?

 

その時、はやての脳裏に衝撃が走る。

 

それはこれまで直面した信じがたい事実……そのどれよりも信じられない彼女の狙い――その可能性に気付いたが故に。

 

――……正気か? いや、でもあの発言から考えてその可能性は高い……でも、何の為や?

  そんな事しても、百害あって一利なしやろ……いや、でも他に考えられん……!

  詳しい目的は分からん。分からんが……――

 

半ば直感的な閃きだったが、はやては不思議と確信を得ていた。

『聖王教会ではやて達が来ているタイミングで騒動を起こした事』、『何の抵抗もなく通された地下大聖堂』、『こちらの逃げ道を封じつつも危害を加えようとしない姿勢』、『銀髪オッドアイの溜まり場と化した教会』……これら全てに共通の理由があるとすれば……

 

――戦えん。私も、ヴォルケンリッター()も"聖女"と()()()()()()()()……!

 

「……シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラは私と一緒にリーゼアリアの無力化と退路の確保!

 もう一人の"聖女の側近"も――」

「あたしは"こんな奴の側近"なんかじゃないッ!!」

「! その声……」

 

――やっぱりアンタやったんやな、リーゼロッテ。

 

「……リーゼロッテも、私等で対処する! ()()()()()"聖女"の確保や!」

「「「「了解!」」」」

 

大声で飛ばされたはやての指示に、了承の意を返す局員たち。

その様子を見て"聖女"は呟く。

 

「……この布陣、どうやら目的を見抜かれましたかね……? 流石に全てではないでしょうけど……」

 

小さく漏らしたその言葉に続いて、"聖女"はバレない程度に視線を走らせる。

 

「行くよ、アルフ!」

「あぁ、サポートは任せな!」

 

――ですが、はやてさんも存外、()()()()()()()()()と見える。……しかし、気付いた事に気付かれない為の配慮はしておきましょうか。

 

「フェイトさん、アルフさんを含めて21人……流石に多勢に無勢と言う奴ですか。

 仕方ありません……それでは、私の『奥の手』を見せてあげましょう。」

 

――近くに来ている筈の『彼女』、或いは『彼』に見抜かれては一巻の終わりなのですから。

 

思惑を胸に秘めた"聖女"が指を鳴らすと、"パチィン!"と子気味の良い音が聖堂に響き渡り……

 

「な、何だ!? 地面から何かが飛び出して……!」

「筒……? いや、これは……!」

 

長椅子がせりあがり、その下から無数の筒……"生体ポッド"が飛び出して来る。

 

「――"生死体事件"の……!」

「"生死体事件"……? ああ、管理局ではそう呼ばれていたのですか。

 まったく、彼女達の内二人も連れ去ってしまうとは……

 まぁ、()()()に付き合っていただく事でチャラにしてあげましょう。」

 

局員の内の一人……恐らくは最初の生死体事件に関わった彼の呟きにそう返した"聖女"は、続けて一つのコマンドワードを口にする。

 

「"コアリリース"」

 

そのコマンドワードの効果なのだろう、"聖女"の身体が光を放つと、その内側から20個の光の球……否、()()()()()()が飛び出し、次々と"生死体の少女"へと吸い込まれていった。

 

「なんや、今の……ッ! まさか!?」

「仮にも"聖女"ですからね、()()()()の奇跡でも起こしてみようと思いまして。」

 

その言葉が示す様に、リンカーコアが吸い込まれた少女達は次々にその閉じられていた眼を開き動き始める。

 

生体ポッドの内側で呆然とする者や、現状の把握に努めようとしているのか周囲を見回している者、ポッドのガラスを乱暴に叩き始める者などその反応は様々だった。

 

「どうやら上手く定着できたようですね。

 ふふ……そう慌てなくても、今開けて差し上げますよ。」

 

再び"聖女"が指を鳴らすと()()した少女の入ったポッドが開き、中から溢れ出す液体と共に少女たちがその脚で地面に降り立った。

 

「さぁ、これで人数は五分五分です。私の"兵士"がどれほど戦えるのか……先ずは貴方達で試させていただきましょう。」

 

 




この小説内でのリンカーコアがどういう設定かについては、無印編の最終盤で少しだけアンジュが話している通りです。


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地下大聖堂での戦い・上

上下で収めたいけど、間に「中」が入りそうな予感……


至る所で魔法がぶつかり合い、その衝撃と爆音が絶え間なく地下大聖堂を揺らす。

 

"聖女"の起こした『奇跡』によって蘇った少女達の戦闘力は、管理局員達の想定をはるかに超えていた。

 

「セイッ、ハァァッ!」

「ぐっ……!」

 

荒々しい掛け声とともに放たれた『少女』の拳撃を障壁で防いだ途端、その拳から2()()の魔力が放出され、局員は障壁毎強引に後退させられる。

 

「ははッ!

 女って事に気付いた時にはどうしようかと思ったが、この身体もなかなか悪くないな!

 これなら存分に……いや、それ以上に俺の技を活かせそうだ!」

「どう言う事だ……魔力の量も多いが、それにしてもこの()()はまるで……!」

 

後退した局員に即座に接近し、魔力を込めた拳と脚で放たれる怒涛の連撃を受け流しつつ、局員は空戦を繰り広げるフェイトへと視線を向ける。

 

「ハァッ!」

「あぐぅっ! 痛い、けどぉ……まだまだ力が湧いて来るぅ!!」

「くっ……! やり辛い……!」

 

そこにはフェイトの攻撃を障壁すら張らずに受け止め、ダメージを負いながらもフェイトを追い回す『少女』の姿があった。

 

「"聖女"様ぁ! 見てますか!? 私、今貴女のお役に立ててますかぁ!?」

「ええ、勿論。もっともっと体を張って下さいね。」

「はい! 喜んでぇ!!」

 

嬉々として攻撃を受ける『少女』の姿に、やり辛そうな様子で対処するフェイト。

本来であればとっくに決着がついている筈の二人の戦いは、フェイトにかけられたリミッターと、『少女』の持つ膨大な魔力によって奇妙な均衡を保っていた。

そしてその間にも……

 

「オイオイ戦いの最中に余所見かぁ!? 俺を見ろ俺をォ!」

「お前は、あの子の姿を見て何も思わないのか!? 今度はお前が()()()()かもしれないんだぞ!?」

「ちっ……だからこうして戦ってんだろぉが!

 俺は俺である為にお前らを倒す! そんでもう一度この時代に俺の()を知らしめるんだ!

 "失伝"したとかふざけんなぁっ!!」

「ぐおぉっ!!?」

 

攻撃を防ぎつつも説得を試みていた局員は、やや涙交じりの重い一撃に壁際まで吹っ飛ばされながら考える。

 

――やり辛いな、無理やりに従わせられている相手と戦うと言うのは……!

 

 

 


 

 

 

最初に動いたのは、周囲の様子を窺っていた『少女』の内の一人だった。

彼女は先程の"聖女"の言葉に不愉快そうな表情を浮かべると、彼女に背を向けていた"聖女"へと無遠慮に近付きその口を開いた。

 

「――おい、そこの嬢ちゃんよぉ……てめぇが"私の兵士"っつったのは、まさか()()の事じゃねぇだろうな?」

 

しかし彼女の口から飛び出した言葉は、その愛らしい声とは裏腹に荒っぽい男性を思わせるもので、局員達の間には『少女』達が蘇った時とは違った意味の動揺が走った。

そんな中、声を掛けられた"聖女"もまた、これまでの印象とは違った気だるげな様子で振り返ると、『少女』に対して言葉を返す。

 

「まさかも何も、貴女達以外に誰が居るんです?

 言ったでしょう? ――()()()()()()()()()……って♪」

「な……ッ!!? てめぇ、まさかあの時の――」

「『黙りなさい』、そして『私に忠誠を誓いなさい』。それと『私の事は話すな』。

 ……さぁ、貴方は"誰"の"何"ですか?」

「……! っ! っっ!!」

 

『少女』が何事かを口走ろうとした瞬間、その口は"聖女"の一言で開かなくなり、続けていくつかの命令を吹き込まれる。

そして、開かない口で"聖女"の問いに答えようとしているのか藻掻く少女を"聖女"はしばらく愉快そうに眺めた後、口を開く許可を出した。

 

「ふふふっ……! もう『喋っても良い』ですよ。さぁ、貴方は"誰"の"何"ですか?」

「はい! 俺は貴女の忠実な兵士です!」

「あぁ、言葉遣いと仕草は女性らしくしてみましょうか。」

「はい! ……えっと、こうですかね……?」

「ええ、十分ですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なので。」

「はい! 以後、徹底いたします!」

 

自身の在り方を根底から否定されたのにも拘らず、この一瞬で変えられてしまった『少女』は気にした様子も無く拙い敬礼までして見せた。

そのあまりの光景には局員だけでなく、他の『少女』達も唖然とした様子で"聖女"を見ていたが、"聖女"が彼女達の方へ視線を向けると途端に姿勢を正した。今の自分達がどういう状況であるのかを察したのだろう。

 

「理解が早くて助かります。

 ご自分の意思で私に従っていただければ、私も貴女達に余計な手を加えたりはしません。

 それどころか貴女達にとっては遠い未来であるこの時代を、ある程度自由に謳歌させてあげましょう。

 かつての様な()()は許しませんが、それでもどちらがお得か……分かりますよね?」

 

そう笑顔で告げる"聖女"に、各々の言葉で忠誠を誓う少女達。

その様子を満足気に見ると"聖女"はフェイト達に向き直り、仕切り直す様に口を開いた。

 

「お待たせしました。

 では改めて紹介しましょう、彼女達が私の兵士です。

 私を捉えようとするのであれば、代わりに彼女達が相手になるでしょう。」

 

 

 


 

 

 

「――はぁっ!」

≪Plasma Barret.≫

「あばばばばっ!!」

 

脳裏に過った先程の光景をかき消すように、フェイトが放ったプラズマバレットは一瞬で『少女』を取り囲むと間髪入れずに着弾、電気の性質によりその体を痺れさせた。

 

<姉さん、解析結果は!?>

<予想通り、あの子達のリンカーコアから"聖女"に対して魔力のパスが伸びてる!

 攻撃に参加はしてないけど、"聖女"から魔力が供給されてるみたい!>

<それって……>

 

戦闘の間、相手の解析に集中していたアリシアの報告を聞いて、フェイトがまず思い浮かべたのは『使い魔と主の関係』だ。

主は使い魔に魔力を供給し、使い魔はその魔力によってその存在を安定させ、供給された魔力で戦う。

だが……

 

<たぶん、使い魔と主とはまた違った関係だと思う。

 普通、使い魔契約の魔法で供給される魔力は一定で、ごく少量でしょ?

 でもあの人達の場合……>

<……それは私も感じてた。

 彼女達の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()。>

<うん。だから異常にタフだし、魔力の量も桁違いに多く感じるんだよ。

 それに、魔力の質も聞いていたのとは違うでしょ?>

 

アリシアの言葉にフェイトは「そういえば」と思い出す。

はやて達から聞いた"聖女"の魔力光は多数の色が混ざったマーブル状、対して今管理局員が戦っている『少女』達の魔力は……

 

<――どちらかと言うと、私達に近い……?>

<これって、やっぱりそう言う事かな?>

 

思えば聖女が少女を復活させたときにもヒントはあったのだ。

"聖女"の身体から飛び出したリンカーコアが入り込んだ『少女』達が動き出した……その時入り込んだリンカーコアの元々の持ち主が、今『少女』の身体を動かしている事までは想像できていた。

だが、もしも……

 

<もし、あのリンカーコアが入るよりも前から()()()()()()()()()()()()()()()()……>

<今はまだ持ってる魔力を力任せに使ってるだけみたいだけど、もし私達やアルフみたいに『2つの魔力を使う戦い方』を見つけちゃったら――!>

<……ちょっと、厄介な事になるかもしれないね。アルフは今どんな感じ?>

<今のところは大丈夫、通常状態で戦ってるよ。

 魔力が多くても基本的な動きでアルフの方が上だから、魔力の消費を抑えてるみたい。>

<解った、念話でそのまま通常状態で相手するように伝えて。

 相手にヒントを与えないようにって。>

<了解!>

 

――これでアルフは良いとして……そろそろかな。

 

相談の間も時間を測っていたフェイトが下を確認すると、地面を蹴った勢いで飛び出して来る『少女』と目が合った。

 

「良くも痺れさせてくれたわね! 今度はそう簡単にはやられないんだから!!」

 

そう言って『少女』は2色の魔力を身に纏い、簡易的なフィールドタイプの防御魔法を張る。

どうやら魔力を防御に使う事を覚えたらしい。

 

――余計な知識を付ける前に、決着を付ける!

 

「撃ち抜け、雷神!」

≪Jet Zamber!≫

 

迎え撃つように構えたバルディッシュが一瞬でザンバーフォームに切り替わり、その刀身が眩い輝きを放つ。

だが……

 

≪拙い、フェイトちゃん!!≫

「避けろォ!!」

「――ッ!?」

 

はやてから飛んできた念話に続き、『避けろ』と叫びつつ飛び出してきたリーゼロッテが、その拳に()()()()を纏わせて振りかぶる。

 

「くっ!!」

 

リーゼロッテの速度から回避は間に合わないと判断したフェイトは、慌ててバルディッシュの刀身で攻撃を受けるが、白い魔力を直接叩き込まれた事でバルディッシュに込められた魔力と術式が霧散してしまう。

 

「ごめん、身体が勝手に動くんだ! 『サポートしろ』って命令されたから……!

 うわっ!!?」

 

言葉の途中で体の向きを変え、リーゼロッテは再びはやてと戦うリーゼアリアの下へと帰って行く。

視線を戻せば既に眼前には『少女』の拳が迫っていた。

 

「コレはお返しッ!」

<ラウンドシールド!>

 

その拳がフェイトの頬を打ち据える寸前、アリシアが張ったラウンドシールドが拳を防ぎ……

 

<バリアバースト!>

 

一瞬で障壁をバーストさせ、反撃した。

 

「痛ったあぁぁぁッ!!」

 

魔力ダメージを受け、白煙を上げる拳を抑える『少女』を尻目に慌てて距離を取るフェイト。

 

<ごめん姉さん、助かった!>

<気にしないで! アルフに念話は済ませたよ、『了解』だって!>

<うん。……それにしても、厄介だね。>

<リーゼロッテさんかぁ……あの人のサポートが入る以上、大振りな攻撃は難しいね。

 かと言って威力の小さい攻撃はあまり効果が期待できないし……>

 

リミッターがかけられているフェイトの魔法は、その出力を大きく減少させている。

解除できるはやてはこの場に居るが、一度リミッターを解除すれば今度それが出来るのはまたしばらく先になるだろう。

今回の一件は確かに厄介な状況ではあるが『滅び』と言うには規模が小さすぎる事を考えると、温存しない訳にも行かない。

 

<もしかして、"聖女"の狙いは私達にリミッターを外させる事……?>

<どうなんだろう……? それなら"聖女"が直接戦った方が手っ取り早いような……>

 

状況から少しでも多くの情報を得ようとするフェイトの前で、拳の痛みに悶えていた『少女』がニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「あぁ……痛かったぁ……! 痛かったけどぉ……良いもの見れちゃったぁ!」

 

そう言うと少女はフェイトに向けて再び飛翔する。

もう何度目とも知れない突撃に、フェイトは再び感電させて動きを封じるべくバルディッシュを構えると先程同様プラズマバレットを撃ち出した。

 

「はっ!」

≪Plasma Barret.≫

 

再び多数のプラズマバレットに包囲された少女。

恐らくは先程と同じようになるだろうと予想していたフェイトは、次の瞬間驚愕に目を見開いた。

 

「バリア!!」

「な……!」

 

少女はそれまでとは違い、障壁を張っていた。

()()()()()()()()()()『ラウンドシールド』を。




・失伝した少女
 元は昔の武闘家。
 若くして独自の武術を確立させ、数人ではあるが弟子もいた。
 全ての弟子を免許皆伝と認めた後、少しでも武の深奥に近付く為、
 肉体のピークをとうに過ぎた老体の身で山籠もりの修行を決行。
 修行の中で寿命を迎えるつもりであったがその命が尽きる数日前、
 銀髪オッドアイの『とある青年』と出会う。

・全てを変えられた少女
 元はとある盗賊の下っ端。
 リンカーコアを持っていながら魔法が使える事を死ぬまで知らなかった。
 飛翔魔法を使ったのも、フィールド系の障壁を張ったのも、ラウンドシールドを会得したのも見様見真似のぶっつけ本番。
 "聖女"≒"襲撃者"が初めて戦った相手の一人であり、恨みを買っている。


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地下大聖堂での戦い・中

書いている途中でちょっと良くない事に気付いてしまったけれど、私は元気です。


「刃以て、血に染めよ! 穿て、ブラッディダガー!」

≪Blutiger Dolch.≫

≪Blutiger Dolch.≫

 

術式の構築と同時にリーゼアリアの周囲を取り囲むように生じる無数の魔力の刃は、間髪を入れずにその輪を狭めてリーゼアリアへと殺到する。

二人のリインフォースと融合した今の私は処理速度の飛躍的な上昇に加え、一回分の構築で同じ術式を二つ同時に扱える。

リーゼアリアを包囲する二つの輪は縦横に張り巡らされており、この包囲を抜けるのはフェイトちゃんでも難しい筈だが……

 

「――!」

「くっ、やっぱかき消されてまうか……!」

 

いくら逃げ場のない包囲でも、あの白い光を一度受ければ忽ち空気に溶けて消えてしまう。

その上、あの光を放つ際にはリーゼアリアもリーゼロッテも一切の術式を用いていないように思える。こちらが僅かとは言え時間をかけて構築した術式をノータイムでかき消せる以上、どう足掻いてもその身に刃が届く事は無い。

その上相手の攻撃に対する障壁はこちらがいくら時間をかけても一瞬で溶かされ、まるで役に立たない。

 

――圧倒的なアドバンテージ……完全に戦闘の主導権を握られとる!

 

唯一同じ術式……と言うか、属性を扱えるザフィーラだけはリーゼロッテと一対一でやり合えているが、先程のように他の少女のサポートに移る時だけは後手に回ってしまう。

根本的な速度でリーゼロッテがザフィーラを僅かに上回ってしまっている為だ。

 

――このままではどのみちジリ貧か……だったら!

 

≪リインフォース、ツヴァイ、イチかバチかやるで!≫

≪はい。≫

≪はいです!≫

 

リインフォース達からの了承を得た私は行動に移す為、続けてヴォルケンリッター達へと思念通話を繋ぐ。

 

≪――っちゅう訳や、皆頼めるか?≫

≪はい。≫

≪任せろ!≫

≪解ったわ!≫

≪了解した!≫

≪合図は私が出す、そこからは臨機応変に個人の考えで動いてくれ。

 作戦は以上や。≫

 

これからの動きをヴォルケンリッター達に伝えた私は、僅かな隙を突いてリーゼアリアの砲撃を掻い潜り、地下大聖堂唯一の出入り口である木製の大扉へと一直線に駆けだす。

 

「リーゼロッテ、リーゼアリア『阻止しなさい』。」

「……」

「くっ、また……!」

 

未来を見て私の行動を読んだのだろう、聖女が二人に指示を飛ばすとリーゼ姉妹の動きはあからさまに変化する。

ヴォルケンリッター達と対峙する事を即座にやめ、私を追い始めた。……いや、正確には私と同じく『扉へと向かっている』と言うのが正しいだろうか。

 

――ここまでは狙い通りや。後はタイミング……!

 

扉までまだ距離はあるが、元々ゼロ距離にまで詰めるつもりは無い。

重要なのはリーゼ姉妹の動きが私一人を対処する為の動きへと変わる事、そして私よりも速い二人が私と扉の間に立ち塞がったこのタイミング!

聖女がいくら未来が読めたとしても、リーゼ姉妹があの光を使えるようにされていたとしても、これは対応しきれない筈だ!

 

≪やるで、リイン、ツヴァイ!≫

≪いつでも。≫

≪やってやるですよ!≫

()()!≫

 

そしてヴォルケンリッターへ合図を出すと同時に二人と息を合わせ、私達は一つの術式を構築する。

対象は、リーゼ姉妹と扉のその丁度中間の()()()()()()

 

「――遠き地にて、闇に沈め!」

≪≪≪Diabolic Emission.≫≫≫

 

たった一つ発動するだけでもかなりの威力を発揮する広域殲滅魔法。本来であれば数秒の構築時間を要するが、二人のリインフォースと融合した私の処理速度なら1秒とかからない。そして、私と二人のリインフォースの同時詠唱によりその魔法は()()()()()()()()()する!

元々空間そのものに作用する魔法が同時に発動した時の相乗効果は、射撃魔法や砲撃とは比べ物にならない!

 

「……ッ!?」

「は、はは……凄い、これなら……ッ!?」

 

リーゼ姉妹が唖然としながらも、二人の体は勝手に対処の為に動く。

即ちアリアは白い光を宿した砲撃術式の展開、ロッテは両手両足に白い光を宿してデアボリックエミッションへとその身を投じた。

 

最後にロッテが『これなら』と嬉しそうに言っていたが、このデアボリックエミッションは本命ではない。

確かにこの威力と範囲を持つ魔法には二人がかりでの対処は必要になるだろうが、術式そのものに特攻を持つあの光があれば数秒ほどでかき消されるだろう。

未だにかき消されていないのも、この魔法が空間そのものに作用する広域魔法だからと言うだけなのだ。

 

だがそれで十分だ。扉が破壊されないようにする為に、二人はその数秒間あそこから動けない。

私達の本命は、もう一つの戦場の均衡を崩す事!

 

「……成程、読み違えましたか。」

「そう言う事や! 『奇跡』の()()をそう簡単に見せるもんやないで?」

 

既にヴォルケンリッターは動き出している。

もう未来を見るまでもないだろう、この光景が私の作戦の成功をそのまま表しているのだから。

 

「あ、あぐぅ……? い、意識が……」

「これは……! そうか! そう言えばヴォルケンリッターは、闇の書の……!」

 

少女の胸を貫いて現れた『腕』……その先にはリンカーコアが握られている。彼女達を動かす『奇跡のタネ』が。

 

「リンカーコアを取り出す技術は、ヴォルケンリッターも持っとる。

 ……まぁ、本人達にはあまり良い思い出がない能力とは思うけど、この際四の五の言ってられん。」

「いえ、素晴らしい判断と称賛しましょう。確かに貴女達に見せるべきではなかった。

 この貴重な失敗は次に活かさせてもらいます。ただし……」

 

そう言って聖女が手の平を翳すと、シャマルの腕に握られていたリンカーコアがその手に転送されてくる。

 

「私の兵士は返してもらいます。身体さえ残っていれば、再起は可能ですから。」

「死後の魂さえ使い潰すか……ホンマええ趣味しとるなぁ。絶対アンタの下では働きたくないわ。」

「数百年後の未来を生きる事が出来ると考えれば、そう悪い事ばかりでもないと思いますよ? なにしろ私の職場はホワイトですから。」

 

……白いのは外見だけやろ。

まぁ、そんなツッコミを入れるまでもなく、この場の流れは大きく変わった。

リンカーコアを取り出す技術は何もシャマルのみが持つものではない。ヴィータやシグナムも同様の事が出来るのだ。

 

リーゼ姉妹がデアボリックエミッションをかき消した時には既に、聖女の下に12個ほどのリンカーコアが還った後だった。

 

「……随分、やられてしまいましたね。その分、実力の高い者は選別されましたが。」

 

残った8人の少女はいずれも一定以上の実力を持っているのか、ヴォルケンリッター達との戦いでリンカーコアの摘出だけは回避した者ばかりだった。

中にはシグナムに自ら勝負を申し込むような武人気質の少女もおり、彼女は今もシグナムの攻撃を辛うじてと言った様子ではあるが捌き切っている。

 

「は、ははっ! すげぇぜアンタ! こんな使い手には会った事がねぇ!

 これだけでも使われた甲斐があったってもんだ!」

「そうか、私は残念だ。お前程の戦士が、あの様な者に使われていると言う事がな。」

 

……シグナム、ちょっと楽しんでないか? いや、強い相手を一人で引き受けてると考えればまぁ……うん。

 

「まぁ、何はともあれこれで形勢逆転や。

 結局未来を見れる言うてもこんなもんや、大人しく拘束される気は無いか?」

「……」

 

 

 


 

 

 

<凄いね、はやて。一気に逆転だよ!>

<うん。それにしても蒐集か……完全に盲点だったよ。>

 

正確にはリンカーコアを摘出しただけだけど、それだけで少女達は意識を失うらしい。その辺りがなのはの時と違うのは、元々の身体ではないからだろうか。

 

「あ……ッ! うぅ……」

 

今もまた一人、リンカーコアを摘出されて少女が倒れた。……位置関係からして、今なら頼めるかもしれない。

 

≪ヴィータ、こっちの子も頼める?≫

≪ん? あぁ、良いぞ。あたしがそっちに行くか?≫

≪大丈夫、こっちで墜とすよ。≫

≪あいよ。≫

 

念話でそう伝えた後、私は少女へと向き直る。

2つの魔力を使い分ける事を覚え始めた少女は戦いながらも周囲の観察を続け、今や独自の戦闘スタイルを確立しつつあった。これ以上時間をかけると厄介な事になるかもしれない。

 

<だから姉さん、一気に決めよう。>

<……オッケー! ヒントを掴むよりも速く、だね?>

 

流石は姉さんだ、私のやり方を良く分かっている。

 

「ん? 今度はどうするつもり? 貴女と戦ってると不思議と魔法のアイデアが湧いて来るから、結構楽しみね!」

「そう……でもそれももう終わり。この一撃で決めるから。」

「……へぇー、じゃあ私はその一撃を何としても防いで見せるわ。」

 

そう言って障壁を2重に張る少女。別々の魔力と術式で構成された2層の障壁は、昔戦ったデレックの物と似た構造をしている。即ち『耐魔法・耐物理』の複層結界だ。

そして少女の眼は私の一挙手一動足を見逃すまいとしている。

 

……だけど、そのどれもが無意味だ。

 

次の瞬間、私は少女の背後に回り込み、既にバルディッシュを振り抜いた後だった。

 

「えっ……? あ、がッ!!?」

 

そして一瞬遅れて落雷の様な音と共に、少女の身体が感電。そのまま少女はヴィータの待つ地上へと落ちて行った。




ホントはもうちょっと書き進めていたのですが、前書きの良くない事の関係で書き直す必要が出た為大幅カットです! すみません!
あと今回のは結構ヤバめなので、次回はちょっとご都合的な展開になってしまうかもです。(最終手段)


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地下大聖堂での戦い・下

極・難産。
強引にこの回を終わらせたので、違和感強いかも……
ちょっぴり地下大聖堂のプロットは変わったけど、この後の展開には影響ないので大丈夫です。


――成程、これが今の彼女達の実力と言う訳か。

 

最初20人出した私の兵士は、ヴォルケンリッターの活躍により残すところ4人となっていた。

まぁ兵士とは言ったものの、今回私が表に出したリンカーコアは殆どが大した実力を持たない小物だ。

元々彼女達程度の実力で管理局を退けられる等とは思っていなかったし、期待もしていなかった。要するに今もこの場を俯瞰して見ている『奴』に対して、私の本当の目的を誤魔化せさえすればそれで良かったのだ。

 

……もっとも、思わぬ収穫もあった。

使い捨て同然で蘇らせた彼女達でさえ、私が魔力を供給してやるだけで管理局相手にあれほど粘れるとは予想外ではあったし、そのおかげで私はこうして彼女達の戦いをこの眼で見る事が出来た。

 

その結果分かった事は、やはり転生者が密集する場所での未来視は安定しないという事だ。

これまでもHE教会内で未来視を使う時には、予め教会内の銀髪オッドアイ達にジェイル・ギアを使用させている必要があった。彼等の意識が眠っている内は、比較的遠い未来までクリアに見る事が出来るからだ。

 

だが今のように八神はやてやヴォルケンリッター、フェイト・テスタロッサにアルフ等、多くの転生者が自分の意思で動いていると、彼女達の行動により絶えず未来が変わり続ける為どうしても未来視の光景とこの眼で見る未来には誤差が生じる。

 

……その証拠として、本来ならば今頃は既に達成されていた筈の私の目的が()()()()()()()()()()

 

「――ふぅ……これは、流石に困りましたね。」

「そう言う割に、随分と余裕あるみたいやないか。まだ諦めるつもりは無いんか?」

「ええ、ここで私が捕まる訳には行きませんから。」

 

そう、ここで負ける訳には行かない。今ここでしくじれば、次の機会は訪れない。

その為に準備してきたのだ。多くを騙し、多くの犠牲を生み、多くの信頼を裏切り今ここに居るのだ。

 

「……そうか、なら仕方ないな。

 ちょっと強引やけど、身柄を拘束させて貰うで。」

「出来るのですか? 貴女に。」

「私やない、アンタを捕まえるんはあくまでも『時空管理局』や。」

 

そう言ってはやてが手を掲げると、私を包囲していた管理局員全員が杖を構える。

最初にしたように、拘束の術式を組み込んだ砲撃を放とうと言うつもりらしい。

 

「……それはもう見ました。私はそれが無駄な行いだと、こうして見せて差し上げた筈です。」

 

そう言い、私は白いオーロラを身に纏う。

これに触れた魔力はその構成をバラバラにされて霧散する……そう、最初に見せつけた。

ザフィーラが模倣していた以上、はやては彼から聞いている筈だ。

……この術式の()()()さえも。

 

「今度も同じと思わんことや! ……撃てぇ!!」

 

号令と共に、腕を下ろすはやて。

それと同時に多数の砲撃がほぼ同時に放たれる……それを私は悠然と、余裕たっぷりに受けるつもりだ。

 

「――()()()何をするつもりですか? ()()()()()さん?」

 

振り返る事なく、そう尋ねる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと。

 

「こうするんだよ! "レイジングハート"、セットアップ!!」

≪Stand by Ready, Set UP!≫

 

『高町なのは』のセットアップと同時に莫大な魔力が溢れ出し、プロテクションを構成する。

 

「っ!!? この魔力は……ッ!?」

 

彼女のプロテクションに用いられた魔力は、私の瞬間魔力発揮値を大幅に超えていた。

その莫大な魔力をかき消す為に、オーロラのリソースは削られ、迫る砲撃群への防御が失われる。

 

 

 

……私の見た未来の通りに。

 

 

 

瞬間、私の正面へと割り込む影。

張り巡らされる無数の魔法陣。

 

――あぁ、ずっとこの時を待っていましたよ。

 

今、私の目の前には待ち焦がれた背中がある。

()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 

 

 


 

 

 

「なん、やと……?」

 

眼前の光景が信じられなかった。

今回呼んだ局員の中に、私の知り合いは居ない。今回限りのメンバーだ。

地球からついて来た転生者は居らず、銀髪オッドアイが混じっていない事も確認した。

変身魔法も使っていないし、妙な言動をする者もいなかった。だと言うのに何故……

 

――いや、考えるまでもない事やな……

 

今回呼んだ局員の中に、普通の見た目の転生者が混じっていたという事だ。

それも、よりにもよって常識人が。

 

「管理局員の皆様、申し訳ございません! 今回私共の"聖女"様が起こした騒動のお詫びは、後日こちらから聖王教会の方々へ直接させていただきます!

 ですからどうか、今回はお引き取りいただけないでしょうか!?」

 

局員の砲撃が防がれた事で起こった爆発の煙が消えると、そこに立っていたのは『HE教団』のシスターだった。その正体はシスターに扮した天使なのだが、それが分かる者は私とヴォルケンリッター、そして"聖女"くらいの物だ。

 

「な、何者だ!? 何故邪魔を……いや、そもそもどこから入った!?」

「えっと、普通にドアから入りましたが……」

「嘘を言うな! 扉は結界の術式で……!?」

 

振り返れば大扉はいつの間にやら開いており、それを守っていた筈のリーゼ姉妹は意識を失って倒れていた。

見たところ魔力ダメージによる気絶だ。いつの間に術式を使ったのか気配も感じられなかったが、美香さんが言うには神様への申請が通れば時間も止められるらしいし、私も体験した事がある。天使であれば可能だろう。

 

「なっ……!? あの二人がああも容易く……!!

 て、手を挙げろ!! その場に伏せて――」

「ちょい、落ち着きぃ、私が話をするわ。」

「は、はやてさん……解りました。」

 

だが彼の様なこの世界の住人からすれば、彼女は新たに表れた脅威でしかない。

下手な行動を起こされる前に、私が何とか話を纏めなければ……

 

「……あー、シスターさんって呼んで構わへんやろか?」

「あっ、はい! 貴女は八神はやてさんですね。ご活躍はかねがね。」

 

そう言って頭を下げるシスター(天使)さんは、何処かそそっかしい印象を受けた。

……"聖女"の目的が何であれ、こうして彼女が介入してしまった以上、『管理局が悪い』と言う状況に持ち込まれるのは拙い気がする。

美香さんから聞いた限りだと、天使は自らの意思で世界の流れに介入する事を禁じられている為、大事には至らないとは思うが"聖女"の狙いが分からない以上、念の為と言うのは必要だ。

 

「さっきの口ぶりからして、シスターさんも聖王教会の騒動は知っとるんやな? それが法律に触れる事も。」

「はい、存じております。」

「私達はその聖王教会の要請で動いとる。聖女の独断による行動であったなら確保せぇ、ってな。

 このまま"聖女"を見逃して退き下がる言うんは、流石に無理や。」

「勿論、承知しております。」

 

……何か話してみた感じ、なんか美香さんとちょっと雰囲気が似た感じの人やな。素直と言うかなんと言うか……

そんな印象を抱かせる彼女は、私の言葉への返答に続けて柔らかな笑みを浮かべてこう切り出した。

 

「――ですから、この後"聖女"の方から時空管理局へと『出頭』させます。」

「……は?」

「ちょぉっ!??」

 

私の間の抜けた声に続き、"聖女"の焦ったような声が聞こえる。どうやらこの流れは想定外という事なのだろうか……

 

「えっと……今回の騒動の非は100%こちらにありますので、このくらいの対応は当然かと思ったのですが……?」

「ま……まあ、そうなんやけど、ええんか? 一応"聖女"やで?」

「聖女だからこそ、罪は正しく償わなければなりません!」

 

……うん、正論だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれない!? 私にも色々事情が……」

「問答無用です! 法を守れない人が、信者に何を説く事が出来ましょうか!?」

「うぐぅ……」

 

……これは、もう彼女に任せておけばいいのでは……?

 

≪……シグナム、どう思う?≫

≪信頼してもよろしいかと。少なくとも私の知る天使様の中に、約束を反故にする方は居りませんでした。≫

≪まぁ、そうやろなぁ……≫

 

朱莉ちゃんも文句言いながらバレンタインの日には美香さんと文通させてくれたし、シスターの彼女も例え口約束だとしてもしっかり守るだろう。

 

「……解った、一旦撤収や。」

「!? はやてさん!? 撤収とはまさか……」

 

局員の一人が信じられない物を見るような眼でこちらを窺う。

まぁ、彼からすれば当然だ。突然現れた、それも明らかに向こうの勢力に属する者の言葉を鵜呑みにしようと言うのだから。

 

「まぁ、待ちぃや。何もただ帰ろうとは言ってへん。

 当然見張りは置いておくし、それでしばらく待っても動きが無ければ今度は問答無用。

 時空管理局だけやなく、聖王教会の教会騎士団も動くやろ。」

「し、しかし……」

 

勿論この説得で納得する者はそういないだろう。だが、そうするしかないのだ。

 

「それに、さっきの障壁はここに居る者だけで突破するのはどのみち不可能やろ?

 それだけの力があってなお私達を攻撃してこん相手の言葉や、一考の価値があると思った。それだけや。」

「う、うむぅ……」

「まぁ、無理に納得せんでもええ。ただ、下手に刺激して本当にあのシスターと敵対した時のリスクの方が高い事は理解できるやろ?」

「……はい。」

 

――ゴメンな、天使さん。アンタはきっとそんな事する人やないとは思うけど、これも説得の為や。

 

そして、私達は一先ず地下大聖堂を出る事になった。

あれだけの戦いの後の決着としては誰もが納得できない形ではあったが、私を含めた十名程の見張りを残してそれぞれの部隊へと彼等は帰って行った。

 

地上フロアに戻ってみれば、時間はいつの間にやら立っておりそろそろ夕日が沈もうと言う頃。

なのはちゃんも心配している事だろうし、顛末の報告も含めて念話でも入れるとしよう。

 

 

 


 

 

 

「――まったく、貴女は聖女と言う身でありながら……」

 

くどくどと説教を続ける天使の言葉を聞き流しつつ、私は教団の名簿をペラペラと捲り、目的の人物の名前を探していた。

あの後、天使の交わした約束を守るに際し、"聖女"の引継ぎが必要という事で時間を貰ったのだ。

今私が探しているのも、私を継ぐ者の名前だった。

 

――あった。

 

目的の名前を見つけ、天使へと振り返る。

 

「ねぇ、これが貴女の名前?」

「その身にあった……えっ? ……はい、私の名前ですね。それがどうか致しましたか?」

「"アルマ"……良い名前ね、悪くないわ。」

 

聖女アルマか。語呂も悪くないし、きっと直ぐに馴染むだろう。

 

「じゃあ、引継ぎするわよ。」

「……えっ、もしかして私がですか!?」

「ええ、実力も性格も申し分ないでしょ?」

「いやいや、私よりも適した人が居ますって! きっと!」

「もう決めたのよ。」

 

私の言葉に「そんなー……」と項垂れる天使の側を通り過ぎ、棚からとあるものを取り出す。

 

「……えっ、なんですそれ?」

「何……って、カラコンと銀色の染髪料よ? 聖女はやっぱり銀髪オッドアイでないと。」

「ぇえっ!!? 私がですか!? そんな目立つ色なんて……!?」

「まぁ、貴女みたいに金髪碧眼ってのも悪くないんだけどねー……ただ、この教団の前身となった教団からの習わしだから。

 『遥か昔、弱き者、病める者の支えとなった妖精の姿を真似る』……まぁ、ちょっとした儀式よ。ホラ、後ろ向いて。」

 

そう言って染髪料を見せると、天使は渋々と言った様子でこちらに背を向ける。

 

「大丈夫、直ぐに済むわ。」

「うぅ……本当ですか……?」

「ええ、任せて頂戴。」

 

そう言って彼女の背中に体を押し当てると、安心させる様に自然な動作で抱きしめる。所謂あすなろ抱きと言う体勢だ。

 

そして、一言呟いた。

 

 

 

「――()()()()()()()

「えっ……」

 

 

 

教会の一室が光に包まれる。

 

私の計画通りに、私の見た未来の通りに。

 

私は、私の計画に必要なピースを手に入れた。

 

 

 

――光が消えると、ゴトリと言う音と共に"聖女"が倒れる。いや、"元・聖女"の身体が、だ。

 

もう彼女は聖女ではない。銀髪でも、オッドアイでもない。それは『私』の髪と眼の色だからだ。

そして、その色は、"聖女"は、意思は確かに継がれた。"聖女"から"私"へと。

 

「ふ、ふふふ……あぁ、最ッ高……!!」

 

シスターだった彼女はもういない。天使だった彼女はもういない。

ここに居るのはただ一人……

 

 

「これが、天使の身体……♪」

 

 

(聖女)だけだ。




天使が必要なメタ的な理由→ラスボスだから。

-2022/10/24 追記-
聖女がそれまで使用していた体は、兵士と同じように『生きた死体』の少女です。

次回聖女の過去編です。大体動機とか色々書きます。
多分1話か2話で纏められると良いなぁって……

以下、多分思うであろう疑問の答え。(本編中に書けなかった)

Q.朱莉がなのはやヴィヴィオの心を読んでたけど、アルマは"聖女"の心を読めなかったの?
A.読めません。"聖女"の心の中は大量(64個)のリンカーコア≒魂の声で溢れている為、聞き取る事が出来ないのです。

Q.天使は自力で身体を取り返せないの?
A.能力的には可能ですが、制約的に不可能です。(転生者の自由を妨げてはならない。)
 この制約を知っているからこそ"聖女"はそれを悪用したと言う訳です。


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始まりの一人

聖女=襲撃者=???視点

ちょっと長めです。次も多分長くなります……


目の前が真っ暗だ……

俺は何を……あぁ、そうか。確か神様のうっかりで地球が滅んで、転生する事になったんだっけ。

一面が白い世界じゃないって事は、もうここはリリカルなのはの世界なんだろうか。

 

「――ああ、眼が覚めたか。」

「? アンタは……それにここは……?」

 

目を覚ました時、俺は人間大のカプセルの中に居て、薄緑色のガラス越しに研究者らしき男を眺めていた。

自らの言葉が愛らしい少女の声で発せられた事に一瞬驚いたが、ふと転生の際の願いを思い出した。

 

『――次元世界で最初に生み出される"ユニゾンデバイス"として生を受けたい』

 

……あぁ、確かに願いの内の一つはそう願ったな。

容姿に関しては折角だから転生者らしく『銀髪オッドアイで』なんて答えたが、そう言えば性別については指定してなかった。

だが、もし自分の中の"ユニゾンデバイス"のイメージが反映されたと仮定すると……今の俺はリインフォースⅡに近い容姿か特徴を持っていたりするのだろうか。まぁ、折角の第二の人生、別の性別で生きるのも悪くないだろう。

 

「俺は見ての通り研究者だ。番号は24478番。

 ここは俺の国が所有する秘匿された研究所の一つだな。

 ……と言っても、もう国はなくなってしまったが。」

 

俺が現状を整理している間に男、研究者の……えっと、二万……何とか番? はそんな自己紹介を済ませた後に端末を操作し、カプセルを開けてくれた。

 

「あー……っと、とりあえずアンタのその番号は?」

「24478番。管理する国が無い今となっては意味の無い番号だがな。」

 

まだ違和感の残る声で尋ねると、研究者の男は淡々と色々な事を教えてくれた。

 

表情の変化が乏しい研究者の説明によれば、彼のいた国では研究者が()()()()という事は特に珍しい事ではなく、彼もまたそうして造られた一人という事だった。

国がなくなったのも戦争が原因らしく、この時代ではそれなりにある事なのだとか。

そんな彼の説明をひとしきり聞いた後、俺は彼に尋ねた。

 

「ふーん……って事は、俺を造ったのもお前か?」

「最終的にはそうだ。元は国のプロジェクトだったんだが、研究が完成する前に敵国の侵入を許して国はなくなった。

 俺は騒動の中お前の素体をこっそりと持ち出し、ここに逃げ延びて研究を続けていたんだ。」

 

成程な、と事の顛末を聞き納得する。

次元世界で初のユニゾンデバイスである俺を生み出したにしてはやけに研究員が少ない……と言うか、コイツ以外見かけないなとは感じていたんだが、そう言う理由だったのか。

 

「じゃあアンタには感謝しないとな、恩人だ。」

「別にいい、俺の役目がお前の研究を完成させる事だっただけだ。俺は俺の役目に従っただけに過ぎん。」

 

研究員が造られる……か。雰囲気から察するに、その時にはもうその生涯の役目が決まっており、それが当たり前なのだろう。淡々と語る男は何をするでもなく、椅子に腰かけてこちらを見ていた。

 

「……何してるんだ? ずっとこっちを見て。」

「特に何も。俺は役目を終えたからな。」

「役目を終えたって……じゃあもう何もしないのか?」

「そうだな。」

 

あくまでも淡々と語る男に、俺は見た目は人間そのものだけど違うんだなと感じた。

哀れに思わないでもなかったが、価値観と言う物は人それぞれだ。『役目』と言う奴が『生きる目的』や『希望』としてこの男の中にあるのであれば、無理に生かすのも幸せにはつながるまい。

 

……だが、だからと言ってこのまま何もしないってのは俺としても寝ざめが悪い。

 

「したい事は無いのか?」

「そう言う事を考えるようには造られてないからな。」

「じゃあ朽ちるのを待つだけなのか?」

「そうなるな。」

「役目を持ちたいとは思わないのか?」

「役目を与える国がもう無いからな。」

 

幾つか問答を繰り返す内、こいつの淡々とした様子に少しずつムカついて来るのを感じる。

俺達は突然地球の滅びと言うミスで死んだ。転生の際には喜ぶ気持ちが無い訳でもなかったが、あっちの世界でしか出来なかった事ややりたかった事も確かにあったのだ。

それをコイツは()()()()()()()()()()()()()で朽ちるのを待つと抜かしよる。これに物言わずして何とする者ぞ!

 

「だったら俺が役目を与えてやろう! お前はこれから――」

「要らん。口で言って与えられるものではない。」

 

――こいつ……ッ!

 

「……お前、本当に死ぬ気か。」

「役目が無いからな。」

「与えてやると言ってるんだぞ?」

「口で言って与えられるものではない。」

 

……あーーーっ! もう良いっ、もう知らん!

 

「分かったよ! 勝手に途中でほっぽり出しやがって! 無責任な奴め!!」

 

俺は吐き捨てるようにそう言うと、たった一つだけある扉へと近づき――

 

「待て。」

「ああん!?」

 

背後から呼び止められた。

 

「途中とはなんだ? 無責任だと? 俺がか?」

「ああ、そうだよ! もう国も研究機関も無いんだろ!?

 お前以外の誰が俺のメンテナンスをするんだよ!」

 

……

 

…………あれ? 勢いのままに言ってて気づいたが、これ割とマジに死活問題じゃないか?

これじゃあ永遠の命って言う目的も未達成に終わるのでは……!? 何で転生の時にそこまで気が回らなかったんだ、バカじゃねぇの俺!?

 

「あ、あわわ……そうだよ! お前以外に俺のメンテナンスできないじゃないか!」

「何だそんな事か。」

「『そんな事か』じゃねぇだろ!? 俺このままじゃきっと割とすぐ死ぬぞ!?」

「そうかもな。」

 

そうだコイツはこう言う奴だ!

どうにかしてコイツに面倒見て貰わねば……! そうだ!

 

「な、なぁお前! さっきお前の役目は『俺の研究を完成させること』って言ったよな!?」

「ああ、もうお前が完成した今となってはその目的も……」

「まぁ待てよ。研究って言っても()()()()()()()()()()()()?」

「……ふむ……」

 

良し、注意を引けた!

 

「今の俺の性能は確かめたか? 稼働時間は? そう言った情報を纏めて、調べ尽くして、漸く研究は終わりなんじゃないのか!?」

「……」

 

俺の言葉を聞いて、奴は顎の下に手を当ててしばらく考え込んだ。

……どうだ!? ぶっちゃけ研究とか門外漢だが、それっぽい事は言えたんじゃないか!?

後は専門家であるお前が勝手に解釈して勝手に深読みして何とかしてくれ! 俺は出来る事はもうやった! ……多分!

 

「…………お前の言う事、一理ある。報告する国はもう無いが、それでも性能の把握や向上は研究の課題……つまり、俺の役割だった。」

「~~ッ!! ヨッシャアアァァァ!!

 言ったよな!? 今役割って言ったよな!? 聞いたからな!? これからヨロシク!!」

「あ、ああ……よろしく?」

 

俺のテンションに驚いたのか、身を引いた男の手を強引に取り握手する。この手を放すもんか! 俺の生きる術!!

 

 

 

――そんな出会いから数年が経った。

 

 

 

「――驚いたな、数値がまた上昇している。」

 

研究員の男は計器に表示された数値を手元の紙に書き記しながら、小さく呟く。

 

「うん? それって珍しいのか?」

「普通は考えられない。こう言った物は本来、完成した時の数値で固定される物だからな。

 『成長』なんて言葉は存在しない世界の筈なんだが。」

「ふーん……?」

 

転生者の感覚で言えば、スマホのスペックとか容量とかが勝手に増えてるような感じか? ……想像するとちょっと怖いな。いつの間にか勝手に変なアプリとか入ってそうだ。

 

……俺の中に変なプログラムとか入ってないよな? ファイアウォール的な物はちゃんと入ってるのか?

 

そんな事を今更になって気にする俺を尻目に、男は記入を終えたペンで頭を掻きながら困ったように話す。

 

「数値が確定するまでは研究が終わらん。これでは役目を終えるのは何時になるか……」

「お前! まだそんな事言ってんのか!?」

 

いや、確かにコイツにとってはそれが生きる意味である以上仕方ないのかも知れないが、お前ももうちょっと俺にこう……愛着とか抱いても良いじゃねぇのか!?

 

「ふっ……冗談だ。」

「む……ったく、趣味の悪い冗談を……って、今お前笑ったか?」

「気のせいじゃないか? それより、そろそろ飯の時間だ。」

「ん? あぁ、もう昼か。今日は何食べたい?」

 

壁に掛けられた時計を見れば、確かにそんな時間だ。

今保存されてる食料何があったかな等と考えながら、男に尋ねる。

 

「栄養価の偏りを考えれば――」

「何食うべきかじゃなくて、何食いたいかって聞いてんだよ俺は。」

「……カラアゲ、と言うやつが良い。」

「あいよ、待っとけ。」

 

……あれから、なんやかんやで俺達は一緒に暮らす事になった。

俺はこいつの整備が必要で、こいつは俺の研究が役目とやらだからな。そうなるのも自然な流れだった。

ユニゾンデバイスが知られていないこの時代と場所では俺の容姿はとても目立つと言う事もあって、町から少し離れた森の側にあった家を買って生活する事になった。

 

買い出しはコイツ。料理は俺。洗濯は何か機械があったからボタン一つ、風呂も同様。

 

最近は食う物を『自分の意思で選ばせる』と言う作戦も功を奏したのか、こいつもたまに冗談なんかも言うようになった。気のせいか表情も出てきたかも知れない。

最初は一緒にやって行けるか不安もあったが、割と何とかなりそうだ。

 

 

 

――それからさらに数年が経ち……

 

 

 

「……く! 起き……れ! はや………ない…死…ぞ!」

 

声が聞こえる……聞きなれた男の声だ。

その声には焦燥がふんだんに含まれており、余程切羽詰まった状態なのだろうと思わせる。

 

――眠い。

 

声が「起きてくれ」って言ってた気がするし、俺は寝てるのか?

 

それに、何か『死ぬ』とかって……ッ!?

 

ボンヤリとした意識の中、うっすらと聞こえた物騒な言葉を認識した途端、まるで冷水をかけられたような感覚に目を覚ます。

また質の悪い冗談であればよかったのだが、そうではないのだという事を嫌でも認識させられた。

 

「――おい……なんだよ、それ……」

 

俺の目の前には、俺を庇う様に立ちはだかる白衣の大きな背中。

その体はボロボロで、いたるところから血が滲んでいる。幸か不幸か、致命傷になるところには傷は負っていないようだが……

 

俺が目を覚ました事に気付いていないようなので声をかけると、数年連れ添った相棒が振り返る。

 

「っ! 起きたのか! なら早速ユニ……ッ!」

「!」

 

銃の発砲音に似た破裂音と共に、俺に向けられた声が途切れる。

白衣にまた一つ、大きな赤い模様が増えた。

 

場所は――心臓だ。

 

俺の目覚めが遅かったのか、対応が拙かったのか……どうやら彼は今しがた致命傷を負ってしまったのだと、理解するしかなかった。

 

「がふ……ッ!」

 

ドシャリと男が倒れ、彼を撃った奴の姿が見えた。

銃火器で武装した男の集団だ。

服装に統一感は無いが皆一様に汚れており、下卑た表情からまともな部類ではないだろう事は分かった。

 

「へ……へへっ……!

 そいつが、お前が飼ってるって言う『妖精』かァ!?」

「まさかホントにいるとは思わなかったぜ、なァ! おい!」

「そう言う趣味の奴や見世物小屋に売り飛ばせば一生遊んで暮らせそうじゃねぇか! ヒヒヒ!」

 

予想通りの……いや、予想以上に下衆な言葉の羅列に体が竦む。

俺の今の容姿やこいつらの表情と言葉から考えて、この場を切り抜けられなければ死ぬよりも嫌な目に会う事は明白だった。

 

「……ッハァッ、ハァッ! ゴホッ! お、俺と……」

 

足元から聞こえた声に、今しがた倒れた相棒を見下ろす。

床に広がった血の量から考えて、もうきっとコイツの命も長くない。

胸の奥から奇妙な感情が湧き上がり、視界が滲む。

 

こんな時はいつか来ると思っていたが、それはもっと後だと思っていたのに……もっと後になる筈だったのに……!!

 

「おいおい、ちゃんと狙って撃てよ! コイツまだ息があるじゃねーか!」

「別に構う必要はねぇだろ、もう何も出来ねーよ!」

 

下衆共の耳障りな声を無視し、何かを伝えようと口を開く相棒の声に耳を傾ける。

最期の力を振り絞ったのだろう。相棒が叫んだ。

 

「俺とっ……融合(ユニゾン)しろ……ッオォォ!!」

 

その叫び声で、未だボンヤリとしていた頭が冴え渡る。

そして自分が何を願ってここに居るのかを……自分が()()()()()を思い出した。

 

「“ユニゾン・イン”!」

 

台の上に造られた()()()()()()から飛び降り、相棒に手を伸ばして叫ぶ。

途端、俺の体が輝きだし、相棒に吸い込まれると、光の糸が彼と俺を包みこんでいく。

 

「な、なんだ!?」

「おい、さっさと撃て! 奴に止めを刺せ!!」

「わ、分かってらぁ!」

 

動揺する声が聞こえるなか、光の繭は完成し、俺と相棒はいつの間にか向かい合っていた。

 

 

 

「――目を覚ましたばかりだって言うのに、ゴメンな。」

 

相棒は心底申し訳無さそうな声と表情で俺に言った。

 

「どうやらいつの間にかお前の姿を盗賊連中に見られてたみたいだ……」

 

もう傷も痛まないのか、ここが一種の精神世界だからか、彼は妙に落ち着いた様子で俺に状況を教えてくれた。

 

「間一髪融合は成功したようだけど……まぁ、多分俺は助からないだろう。

 俺の体と魔法を使って、お前だけでも逃げ延びてくれ。

 ……本当にゴメンな。こんな事になって……」

 

そんな自分を責めるような相棒の言葉に、どうしようもない感情が湧き上がって来て、気付けば俺は涙を流していた。

 

「そんな……ッ! お前は悪くないだろ!

 悪いのは人を平気で殺すアイツ等の方だし……大体、あの時俺が直ぐに状況を把握してユニゾンしていれば……!」

 

ヒントはいくらでもあったんだ。血塗れの白衣、俺を庇う様に立っていた事……!

それに俺の特典(能力)……そうだ、アレさえ使っていれば間違えなかったのに! ()()()()()()()()()だったのに!

 

――俺は、穏やかな日々の中で()()を使う事を忘れてしまっていた……

 

そんな俺の後悔を無視して相棒は再び言葉を発した。

 

「過ぎた事だ、もう変えられない。

 それに俺は元々ずっと前に死ぬはずだった。それをお前の言葉で助けられて、それからの日々は……――っ!

 ……あぁ、全く俺って奴はどうしてこう……今更になってこんな事……!

 もう研究が終わらなくても良いと……! ずっと続けば良いとさえ、思っていたのに……!」

「――っ!! おい、お前を助ける方法は無いのか!?

 何でもする! 回復魔法が使えればお前の体だって……!」

「無理だ……っ!

 お前は確かに魔法の術式や性質を記憶する事は出来るが、それにはその術式を使える者と融合する必要がある!

 ……そして俺は基本的な射撃魔法しか使えない。あの男達も、望み薄だろう……」

「ち、近くに! ここの近くに街とか魔導士の集まる場所があれば……!」

「それも無理だ。近くの街まで俺の身体は持たない……

 最初から二人で街に住んでいれば、変わったのかもな……」

 

諦めたような相棒の表情が、いつかの椅子に座り込んだコイツの表情と重なる。

 

「ま、まだあるだろ! 他に何か方法が……」

 

あの時と同じように、もう一度何か閃かないかと思考を巡らせるが……

 

「……無い。今度こそ本当にな。だからお前はもう自分が生き残る事だけ考えて動け。

 お前は俺の娘……いや、口調からして息子だったのか? まぁ、どっちでも良いか。

 俺の子供みたいなもんだ。生きてくれればそれでいい……っと、これで良いか。」

「な、なにを……?」

「『自己調整プログラム』を今、お前に組み込んだ。

 これでお前自身が自分のメンテナンスを出来るはずだ。

 ……本当は明日、サプライズでプレゼントする予定だったんだけどな。」

「明日……俺の、製造日……」

「"誕生日"だ。最近街できいた話だと、子供が生まれた日に親はそれを祝してプレゼントするんだと。」

 

コイツがそんな事を考えてくれていたなんて、俺の誕生日を覚えてくれていたなんて……考えた事もなかった。

身体の内側に感じる、今までになかった機能の感覚に胸が熱くなる。

 

「……精神世界って奴はずいぶん時間がゆっくり流れるんだな。初めて知ったよ。

 おかげでお前と結構長く話せたが、そろそろ体の方が限界らしい。

 お前も俺の事は諦めて……いや、待てよ?」

「! なんだ!? 助かる方法があるのか!?」

「いや、今更だが父親が子供の事を『お前』としか呼んでないってのもアレだなって思ってな……

 どんな名前が良い?」

「はぁ!? 今そんな場合か!?

 ……それに、そう言うのは親が決めるもんだろ。なんか意味とか願いを込めてさ……」

「……それもそうか。

 だが困ったな……こう言う機会が無かったから、中々思いつかん。

 ……流石に名前が管理番号って言うのは嫌だろう?」

「お、お前……」

「……そうだな、『プロト』ってのはどうだ? 一応番号じゃないちゃんとした名前っぽいだろ?

 女の子っぽいか男の子っぽいかは分からないが……」

 

それはきっと俺の存在……『プロトタイプ(試作機)』からとった名前。

おおよそ『名前』と言う物に関わる事の無かった、俺の()が初めて考えてくれた『名前』。

 

「……分かった。俺の名前は『プロト』だ。

 プレゼント、ありがとな……()()()。」

 

俺がそう言うと、この世界の俺の父は驚いたように目を見開いて……少しだけ笑ったように見えた。

……直ぐに消えちまって分からなくなっちまったけど、多分笑ってくれたんだと思う。

 

 

 

――繭が解かれる。

 

光の糸の残滓が舞うその隙間から下衆共の姿が見えた瞬間、俺は感情のままに魔法を放っていた。

 

「穿て、“マジックアロー”。」

「が……っ、ぁ?」

 

放たれた光が、銃を持った男の胸に突き刺さり……鮮血が舞う。

非殺傷設定なんて付ける気にはならなかった。

 

「お、親分!?」

「こ……こいつ、髪の色が……!?」

「そんな事はどうでも良い! 殺せ!! コイツを殺せェッ!!」

 

こいつらにしてみれば、今の状況は……殺したはずの男が起き上がったかと思えば自分達のボスがそいつに殺された……って所か。

動揺しつつも重火器をこちらに向け、まさに今にも一斉に撃とうと言うその瞬間……俺は先程使いそびれた能力を使った。

 

「ば……バカな! おい、ちゃんと狙え!!」

「俺は狙ってる!! お前がミスってんじゃねぇのか!!?」

 

奴等の撃った弾は俺に当たる事は無い。

未来視の能力は一瞬で発動し、数秒先の結末まで完全に映し出している。

何処を通るか予め知っていれば、人一人分の隙間を縫って近づくのは難しい事じゃなかった……もっとも、神様に言わせれば欠陥のある能力らしいが、こいつ等に対しては正しくその能力を発揮できたらしい。良かった。

 

「――死ね。」

「ヒ……ィッ!?」

 

俺は弾を打ち尽くした銃の引き金を、未だに引き続ける諦めの悪い盗賊の頭を掴むと……マジックアローの術式を発動する。

 

「ァ……!」

 

盗賊はただそれだけで物言わぬ肉塊に変わった。

心の中には『父の受けた苦痛をこいつ等にも味わわせてやりたい』と言う思いもあったが、この場にはまだ逃がしちゃいけない奴らが多すぎる。

直ぐに俺は次の標的を目に留めると駆け出した。

 

もう奴らの銃に弾は残っていない。未来視でもそれは見通している……! もう奴らに抵抗の手段はない! 何も無いッ!!

 

その時の俺は『復讐は何も生まない』なんて綺麗事も、『自分の手を汚したくない』なんて日和見な考えも全部頭の中から吹っ飛んでいて……

 

――これが復讐する人間の気持ちなんだって気付いたのは、逃げる盗賊の背にマジックアローを突き立てて命を奪ったその時だった。

 

「あ、あぁ……ば、化け物!! 何で死んだ奴が襲って来るんだよ!!?」

「……まだ、生き残りが居たのか。」

 

冷静になった頭で考える。

この生き残りをそのままにするべきか――否だ。

では憲兵にでも突き出して罪を償わせるか――否だ。

 

冷静になってももう俺が考えられるのは、復讐しか無……!?

 

「――ゴホッ!? これ、は……」

「! ……ひ……ヒヒッ! そうだ、そうだよなぁ! 心臓が割れてんだ! 普通死んでるよなァ!?」

 

咳と共に手に広がる血。

ユニゾンした事で強引に動かしていた体も、どうやらもう限界らしい。

 

――だったら、仕方ない……な。

 

もう魔法も撃てない。だが、誰一人逃がす気は無い。逃がせない。

力の入らなくなった脚を強引に動かし、『ズリッ……』と一歩、踏み出す。

 

「な、なんだよ……寄るな! さっさと……! さっさと死ね!! 死ねよ!!」

 

男は壁を背にナイフを構えながら、足をガクガクと震わせて喚く。

 

――虫唾が走るほど嫌だけど、吐きたくなるほど嫌だけど。

 

『――自分が生き残る事だけ考えて動け』

 

そう言われたんだ。最期に。この世界でたった一人の"家族"に……!

 

「く、くそ……! だったらもう一発……!」

 

震えながらナイフを構える男の、恐怖に引き攣った顔が見える。

恐らくこいつはもう一生分の恐怖を味わったのだろう。

そして、こいつはこれから()()()()()()()()だろう。

 

その間どんな状態かは分からないし、その後どうするかも決まっていないが……

 

「――()()()()()()()()()……!」

「ヒィ……ッ!?」

 

しばらくはお前の身体で我慢してやる。

 

「ユニゾン・イン」

 




昔はごく普通の銀髪オッドアイ

以下本文中で詳しく書くのが難しそうだったプロトの能力です。

●"聖女"="襲撃者"="プロト"の願い(あるいは転生時に付与された能力)
『次元世界初のユニゾンデバイスとして生を受ける』
『転生者以外を相手にした場合のユニゾンの決定権、ユニゾン後の身体の主導権を自らの意思で選択出来る』
『未来視の能力』

1つ目の願いは『古代から現代までの"リリカルなのは"の世界を体験し尽くす為』、その為に必要な『永遠の命』を同時に満たす為の願い。
2つ目の能力は"ユニゾンデバイス"として生まれる関係で勝手について来たもの。転生者が自分の意思で生きられるようにと、デフォルトで付いてた機能。『転生者以外を』と言った条件は、当然他の転生者の行動を縛らせないためのもの。付与される前に直接伝えてある為、プロトも把握済み。
相手が転生者の場合は、通常のユニゾンデバイスのように双方の合意が必要。
3つ目の能力である『未来視』は願いで使ったリソースの余りで何か能力を貰えないかと相談した結果、提示された選択肢の中から護身用に使えそうなものを選んだ結果。


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老人との出会い

プロトの過去編に関してですが、本来はもうちょっと先の話で書く予定だった物をついでに書く事にしました。
度々過去編が挟まるよりもこの方が良いかなって……なので、もう少しだけ続きます。すみません。


この世界でただ一人『父』と呼べる男を盗賊に殺され、その仇の一人の身体を奪ってから早数年――俺は盗賊を狩りながら、行く当てもなく彷徨う旅に出ていた。

 

「これで、5人目か……前の身体と比べて動きにくいが、魔力はまぁまぁあるし、とんとんってとこだな。」

 

奴等が(ねぐら)としていた洞窟から外に出て、森の中を歩きながら呟く。

身体が死ぬたびに乗り換えて5人目……旅の目的である『リンカーコアの蒐集』と『魔法の蒐集』は順調と言えた。

 

――本当はもっとリンカーコアを集めたいが、案外居ないもんだな。

 

数年間で5人と言う数字だけ見れば少なく見えるが、そもそもリンカーコアを持った盗賊と言う物自体がレアなのだ。

それと言うのも――

 

「! ……またか。最近多いな……」

 

耳に聞こえたのは爆発音。……戦争の音だ。

確か、以前見た地図だとこの近くには国の前線拠点である砦があった筈だ。大方音の発信源はそこだろう。

 

――最近は盗賊だろうと魔法が使える奴らは戦力として登用してるようだし、潮時かね……

 

そう考え、周囲の地図を思い浮かべる。当然、戦火を逃れ、別の国へと逃げる為だ。

俺の見た未来視ではこの国はもう一月も持たずに敗けるのだし、急ぐに越した事は無い。

 

……戦争に参加したりはしない。今いる国自体、父と暮らした国でもないし、そうだったとしても身を張ってまで守る義理も無い。知り合いもいないしな。

 

そう自分に言い聞かせて、俺は早速国境を越えるルートを割り出して動き出す。

途中で見つけた盗賊のアジトで食料を調達しながら。

 

 

 

……俺がこんな旅を続けている理由、それは俺の未来視が原因だ。

 

あの日、父を弔った後の事。

俺は自分の未来視の能力の限界を確かめようと考え、俺は自分の知っている光景……『リリカルなのは』開始時の地球を見てみようと思い立った。

とは言え予め神様に聞いていた事なので、本当にただの再確認。折角だからとスターライトブレイカーを一目確認して、確認終了……その筈だった。

 

……結論から言えば、それは出来なかった。

 

地球の光景は見えた。現代日本の街並みも見る事が出来た。

だが、それが出来たのは原作開始の数十年前までだ。

 

ある一定の時期から、俺の未来視の映像はノイズの海に飲み込まれるようにして見えなくなった。

未来視の『射程』かとも考えたが、直ぐにそうではないと結論付けた。何一つ情報が入って来ない状況ではあるが、不思議な事に『未来視は正確に発動している』と言う感覚があったからだ。

 

ならば原因がある筈だ、何か原因が分かる光景が映らないかと、そのまま『無印』『A's』『StS』と未来を見て行くが、目に映るのはノイズばかり。

……だが、やがてノイズは急激に減っていき、その光景が一瞬だけ目に飛び込んできた。

 

――場所はミッドチルダ。時期はStS。

 

だがその光景は到底俺の知る物ではなかった。

 

空は見開かれた目のように裂け、そこに浮かぶのは一人の少女と多数の銀髪オッドアイの集団。

その中心となっているであろう少女の顔はノイズに隠れて分からないが、その口は嗤い声が聞こえそうな程に大きく開かれていた。

彼女が見下ろす先には瓦礫の街並みが広がり、そこが元々クラナガンだったのだと示す様に途中でへし折れた時空管理局地上本部が虚しく佇んでいる。

そして周囲に散らばるのは多くの死体……一瞬だったが見えたその顔は、俺が『リリカルなのは』のアニメで見た彼女達と同じだった。

 

即ち、『フェイト・T・ハラオウン』『八神はやて』『リインフォースⅡ』『シグナム』『ヴィータ』『シャマル』『ザフィーラ』『スバル・ナカジマ』『ティアナ・ランスター』『エリオ・モンディアル』『キャロ・ル・ルシエ』『フリードリヒ』『ヴォルテール』『ギンガ・ナカジマ』……ノイズに隠されて見えない者も多いが、他にも多くの局員が倒れている。

 

正に管理局の総力戦の果て……そしてその中でただ一人立っていた女性――『高町なのは』が力尽きて倒れた瞬間、未来視の光景は再びノイズの海に呑まれ……二度と映像は見えなくなった。

 

その時に俺の目的は決まった。

『あの未来を覆す』、その為に『力を付ける』。そして、『ミッドチルダへ向かう』……あと、可能であれば『未来視のノイズの原因を探す』。

シンプルな目的だが、あの光景を見てそれ以外の行動指針は浮かばなかった。

 

まぁ、ミッドチルダに関しては今は出来る事が無い。

どこにあるのかも分からないし、そもそも今その名で存在しているかも分からない。未来視の映像の対象は『イメージした時間と場所』を見るものであって、それが正確に何処かを把握出来たりはしないのだ。

まぁ、これは時空管理局が誕生すれば『質量兵器撤廃』に関する何らかの影響があるだろうし、それを確認してから目指しても遅くない。

 

『ノイズの原因』にしてもそうだ。

あの後数十年ほど先の未来も見る事が出来る事は確認済みだが、ノイズは出なかった。原因を探るにしても、ノイズを確認したのがあの一件だけでは情報が足りない。

旅の中で未来視を頻繁に使い、同じようなノイズを確認できる時間と場所を地道に探すしかないだろう。

 

そこで今は『リンカーコアと魔法の蒐集』の為に旅の途中で盗賊を狩り、あの光景の時代まで死なない為に戦争などのリスクを回避する事に専念している訳だ。

とは言え、いつかはそう言うリスクのある戦いに介入する事も考えてはいる。まともな戦いを経験していない盗賊のリンカーコアでは、正直いくら蒐集したところで強くなった実感が湧かないからだ。

 

実際5つのリンカーコアがあったとしても、記憶の中にある高町なのはの『ディバインバスター』さえ超えられる自信が無い。

いつか危険を冒してでも『戦い慣れた強者のリンカーコア』を手に入れる必要があるのだ。

 

 

 

「……まぁ、今はまだその時じゃない。しばらくは今の方針を貫いて……ん?」

 

数週間かけて移動し続け、国境となっている山を下っている時……俺は妙な爺さんと出会った。

 

「ん? ……なんだ野盗か、悪い事は言わん。今直ぐ立ち去るのであれば見逃してやろう。」

 

座禅を組み、精神統一をしていたのだろう。その爺さんはこちらを一瞥してそう言うと、再び瞑想の続きを始めた。

 

――すげぇ、こんなに無防備に見えるのに……今の俺の身体より体も細くて頼りないのに……

 

『勝てない』……そう確信した。

 

 

 

「……で、いつになったら立ち去るんだ、お前は?」

「まぁまぁ、固い事言うなよ。ちょっと聞きたい事があってさ……」

「道を知りたいと言うのなら出来ん相談だぞ? 俺も帰り道なんか覚えてねぇからな。」

 

そう言って「はっはっは!」と笑う老人に、俺は早速本題を突きつける。

 

「やっぱり、修行する内に死ぬ気だったからか?」

「……ふん、まぁ隠すような事でもねぇか。

 弟子も十分に育ったし、俺の武術の継承はアイツ等に任せて、俺は()()が来るまで悠々自適に修行の日々よ。

 生きている内に武を磨き、極致へ近付かん……ってな。

 とは言っても、その時はもう近いようだがな。」

「あぁ、後8日だ。8日後の丁度今頃、爺さんは寿命で死ぬ。」

「ほぉ……? 根拠はあるのか?」

「俺は未来が見えるんだ、それで爺さんの未来を見た。」

 

俺が爺さんの問いに答えた直後、爺さんの口が開いた瞬間に俺も言葉を重ねる。

 

「「はっはっは! 金も持ってない老人を詐欺にかけようなど」……む?」

 

キョトンとする爺さんに、信じたか? と目で尋ねると、何かしら考え込んで目を開く……瞬間、俺はその場を飛びのいた。

 

「ほぉ……あながち全てが嘘と言う訳じゃねぇって事か?」

「まぁな、話を聞いてくれる気になったようで嬉しいぜ。」

 

そう言って爺さんは先程まで俺の座っていた石に突き刺さった拳を引き抜くと、先程までいた場所に戻り、再び座るように促す。

……念の為に未来視でこの後の事を確かめ、俺も亀裂の入った石に座り直した。

 

「……で? 後8日で死ぬ俺に聞きたい事ってぇのはなんだ?」

「単刀直入に言うぞ。アンタのリンカーコア、俺にくれないか?」

「くれと言われてやれるもんでもねぇだろうが……まぁ、手段はあるんだろうな。そう持ち掛けるという事は。」

 

俺の目的はそれだ。これほどまでに鍛え上げられた魔力、そして武術……それを詰め込んだリンカーコアを手に入れられれば、俺の目的は一気に近くなる。

 

「だが、俺にとっても残された8日は貴重な時間よ。その8日で或いは武の極致へ至れるかも知れねぇ。お前はその『8日』に、何を対価に交渉する?」

 

既に未来視で見た問いだ。当然答えも決めてある。

 

「『未来』……の、可能性だ。」

「あん? 未来の可能性だぁ?」

「あぁ、俺は訳あって寿命が無い。だから爺さんのリンカーコアを生きたまま未来へ連れて行ける。

 そして、未来にはリンカーコアがあれば再び生き返る事を可能にする『可能性を持つ男』がいる。

 そいつと交渉して、未来にアンタを蘇らせる……ってのが、俺の出せる対価だ。

 絶対に出来るとは保証できないし、出来たとしても何時になるかは分からんが、また武の極致って奴を『若い体で』目指せるかもしれないぜ?」

「ふぅん……?」

 

そして、再び考えこもうとする爺さん。まぁ、突然こんな話を聞かされて『成程ぉ!』と納得する方がおかしい。

そこで、俺はダメ押しにもう一つ条件を補足する。

 

「因みに、リンカーコアは爺さんが寿命を迎えるその瞬間に貰う事になるが……」

「なんだよ、それを早く言えってぇの。悩む時間の方が勿体無ぇじゃねぇか。」

 

即決だ。未来視で分かってはいたが……

 

「じゃあ、8日後の朝にまたここに来るぜ。」

「おう、まぁ期待せずに待っててやるよ。」

 

 

 

そして8日後、俺は再び爺さんの前に現れた。ただし、今度は――

 

「よぉ、約束の日だな、爺さん。」

「……ほぉ、コイツは何とも……寿命が無ぇってのも嘘ではなさそうだな……」

「ははっ、まだ信じてなかったのかよ。知ってたけど。」

 

今、俺は本体であるユニゾンデバイスの状態でここに来ていた。

既に昨日までの身体にしていた盗賊の命は断ち、リンカーコアも回収済みだ。

……自刃と言うのはもう幾度となく繰り返しているが、何度やっても慣れねぇもんだな。あれは。

 

まぁ、それはともかく……

 

「それにしても、既に見ていたとは言え随分と老いたな……」

「ああ、3日程前から体力の衰えが著しくなってな。魔力で騙し騙しやってたのも限界という事だ……」

 

成程な、魔力と言うのは極めればそう言う事も出来るのか。

 

「じゃあ、取りあえず準備を始めるぞ?」

「ああ、俺はどうすれば良い?」

「爺さんは何もしなくていい。俺が爺さんの中に入るだけだ。

 その後はいつも通り修行していてくれれば良い。」

「ほう……?」

 

そう説明しつつ未だ半信半疑と言った様子の爺さんの胸に手を添えると、俺は仕上げのコマンドワードを呟いた。

 

「ユニゾン・イン」

「むっ!?」

 

俺と爺さんの身体を光の繭が包み込み、一瞬の後に光の糸が解かれる。

そこには先程までよりも覇気に満ちた爺さんが立っていた。

 

「ほおぉ……! これは、力が湧き上がってくる! 枯れ木に新芽が出たような、奇妙な感覚だ!」

≪自分で自分の事を枯れ木って言うのか……≫

「ん? お前何処に……いや、俺の中にいるんだったか?」

≪あぁ、このまま修行に打ち込んでくれ。寿命が来たら、勝手に回収するよ。≫

「有り難ぇ、もしかしたらこの最期の修行で本当に武の極致へ至れるかもな!」

 

その後、爺さんは俺が不安になるくらい過酷な修行を始めた。最期の追い込みだからだろう、俺の見ていた頃よりも遥かに激しいその動きは、消える直前に一際眩く輝く蠟燭の火を思わせた。

 

 

 

そして――

 

 

 

≪よぉ、そろそろだぜ、爺さん。≫

「はぁ……ふぅ……そう、か……」

≪武の極致って奴には至れたか?≫

「さぁ、な……結局……至れたのか、満たぬのかも分からず仕舞いよ……」

≪心残りは無いか?≫

「……そうだなぁ……良き好敵手との出会いが無かった事、くらいか……

 もし……本当に、再び生き返る事があれば……今度、こそ……出会いたい……ものよ……

 ふ、ふふ……ふ…………」

 

 

 

爺さんの寿命が尽きた事でリンカーコアが俺の内側に回収された事を確認し、ユニゾンを解除すると、老人の身体はその場に倒れこむ。

柔らかい土に受け止められたその表情は、目標を達成できたのか分からないにもかかわらず、どこか満足そうに見えた。

 

「……いつの日かその機会は巡って来るさ。俺も約束はちゃんと果たすつもりだからな。」

 

ユニゾンを解除してもなお、力に満ち溢れた身体を確かめつつ、未来へ思いを馳せる。

 

――俺の目標は、『達成出来るか分からない』では済まされない。チャンスは一度、その二度と来ない瞬間までに、何としても万全の状態を整えなくては……!

 

ともあれ、この老人のおかげで俺はようやく前進できたと言える。それも俺の目標へ向けて、飛躍的なショートカットが出来た。

 

これならばこれから回収するリンカーコアの厳選も出来る。今までとは違い、弱いリンカーコアはもう要らない。

なるべく高い魔力を、多くの魔法を、深い知識を持った者からリンカーコアを集めよう。

 

「この老人のように、寿命が近い者に交渉するのも悪くないな。それだけ多くの経験をしてきた証だし、実力も期待できる。

 それに何より、罪悪感が無い。」

 

元々盗賊を殺す事に関する罪悪感なんて、最初のあの時に既に捨てたつもりだったのだが、それでも今の俺の気持ちはこれまでよりも幾分か清々しい。

もしかしたら実感していなかっただけで、知らず知らずの間に心の内には少しずつ溜まっていたのかも知れないな。なけなしの罪悪感って奴が。

 

「……まぁそんな事はどうでも良いか。

 とにかくもう盗賊を狙う価値がない以上、当てもなく彷徨うのも終わりだ。」

 

寿命が近い者、才能を持つ者……本来俺が求める人材は、こんな山奥には居ない。あの老人は数少ない例外と言う奴だ。

 

「目指すは『街』……それも、力のある国の『都』が良い。

 魔力に長けた者も、知恵に長けた者も、そう言った国でこそ頭角を現すものだからな。」

 

そして、俺が今いる森もそんな『力のある国』の領土の一部だ。

既に国境は越え、目指す王都もまた近い。

 

「……先当たっては、身体が必要だな。ユニゾンデバイスの状態では悪目立ちする事間違いなしだ。」

 

老人の身体も死んでしまった以上、そう長くは使えない。強引に入っても、持って数分って所だ。

となると……

 

「――狩るか、盗賊。」

 

まぁ、色々便利である事は変わりないな。死んでも悔やまれない人間の存在は。




盗賊狩りだけはやめられないプロト。

●ユニゾンデバイス『プロト』の設定

戦争に敗けた国の技術で作られた、次元世界最初のユニゾンデバイス。
その目的は敵のリンカーコアを奪い、兵として使役する為の物。
ただしあくまで『試作機』であり、その機能もまた試作段階。

・機能
 『強制ユニゾン機能』
 ユニゾン対象の許可を必要としない融合機能。
 後の時代で生み出されるユニゾンデバイスは事故を防ぐ為に双方合意の下で融合するが、試作機である『プロト』にはその制限がない。

 『リンカーコア蒐集機能』
 融合した対象のリンカーコアを自らの内に取り込み、回収する機能。
 試作段階である為に対象との融合が必要であるが、最終的には『夜天の魔導書』のように外部から直接蒐集可能とする予定だった。
 また、蒐集機能に欠陥があり、融合中に対象が死亡しなければ回収が出来ない。

 『リンカーコア解放・付与』
 リンカーコア蒐集の副産物的な機能。
 蒐集したリンカーコアを解放したり、パスを繋ぐ事でより深い支配を可能とする。

リンカーコア関係の能力は"プロト"の開発時に組み込まれた能力であり、神様は関知していない部分。
"プロト"はその名の通り『試作機』だったが、本来搭載する筈だった機能である『リンカーコア蒐集』の機能も一部実装されていた。


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特別な出会いと別れ

ダイジェスト形式で進めます。
多分過去編は次回で完結かな……?


老人のリンカーコアを得てから、早数年の時が流れた。

その間、俺は未来視の光景を覆すに足る力を得る為、優れたリンカーコアの持ち主を探して様々な国を転々としたのだが……

 

「中々、思い通りには行かないもんだなぁ……」

 

あれからと言う物、成果は芳しくなかった。

収穫が無い訳ではないが、あの老人程のリンカーコアには中々巡り会えず、居たとしても国の重要人物で中々近付けなかったり、まだ若く寿命が遠かったりと回収に至らない事が殆どだったのだ。

 

「まぁ、優秀な奴ならそりゃ最初に国が抱え込むよなぁ……」

 

正直甘く考えていたところはあった。

ファンタジー世界を題材にしたアニメやゲームでは、割と『冒険者』だとか『傭兵』だとかの中にやたら強い奴が居るのが鉄板だったからだ。

だが現実的に考えてそんな奴を国がスカウトしない訳無いし、余程の事情が無ければそんなスカウトを断れるはずもないのだ。

……そもそも『冒険者』なんて職業、少なくともこの時代のこの世界には存在していなかったし。

 

――ここは逆に都から離れた村とかの方がチャンスはあるか?

 

都では優れた教育を受けられるからか、才能ある者は直ぐに頭角を現して(目を付けられて)しまう。

ならば逆に都から離れた村で、『磨かれる前の原石』を探す方がワンチャンある気がする。

そう考えた俺は滞在していた宿をチェックアウトし、今度は村を探す旅に出た。

探すとは言っても、行商人が使うのだろう道があるので早々迷いはしないが。

 

 

 

それからさらに数年、立ち寄った村にて中々の出会いがあった。

 

「……いらっしゃい。何か買うかい?」

 

見つけたのは一人の青年だった。

村の一角で露店を開いていた彼は俺が見つけた時には既に左脚を失っており、憎しみを湛えた眼で俺にそう声をかけて来た。

当然そんな様子の彼に好んで近付こうとする者は居らず、そして逆にそんな状態だからこそ俺も直ぐに彼を見つけられたのだ。

 

……そう、全身からまるで刃のように鋭い魔力波動を放つ彼を。

 

「なぁ、アンタ。その脚は何か訳有りか?」

「見かけ以上に図々しいね、オッサン。

 ……まぁ、つまらない話だが、()()()()()()()話してやるよ。」

「そうか、それじゃ……このナイフでも貰おうかな。」

 

見かけ以上にって……いや、まぁ確かに身体は盗賊だが。

 

しかしまぁ、なんとも商魂たくましい事だ。だが物を買えば話してくれると言うのは、こちらとしても話が早くて助かる。……まぁ、ナイフの値段は異常に高かったが。

 

「まいど。……さて、どこから話すかな。」

「……さらに物買わなきゃ最後までは話さないってのは無しだぞ?」

「しねぇよそんな事。だが……そうだな、切っ掛けは1年前の事なんだが――」

 

 

 

――聞けば、彼は元々夫婦で行商を営んでいたが、ある日王都での商売の為に品を運んでいたところを大規模な盗賊団に襲われたのだとか。

雇っていた護衛は数で突破され、商品と馬は奪われ馬車は壊され、愛する妻は殺された。彼自身は馬車の下敷きになった事で死んだと思われ生き延びたが、その時の負傷が原因で脚を失ったという事だった。

 

「……まぁ、こんな所だ。ここらじゃ珍しくもないし、聞いてもつまらない話だったろ?」

「いや、金を払っただけの価値は見出せたよ。」

 

彼の話と、妙に高い商品……そして、物腰穏やかな彼が放つとは思えない攻撃的な魔力。これだけの情報があれば彼の抱える物も自然と分かると言う物だ。

これは交渉材料として最適だと考え、俺は早速話を切り出した。

 

「――ところで、アンタ。その盗賊に復讐出来るって話、興味ないか?」

「……成程、アンタも商売人だったって訳か。

 そうだな……商品は買ってくれた事だし、取りあえず話だけは聞いてやるよ。」

「まいど。」

 

商売人だからか表面上は興味なさげに見えるが、魔力の反応は誤魔化せない。

「話だけは」と言いつつも、その一方で彼の魔力は「逃がさない」と言いたげに俺を取り巻いている。おかげで彼の魔力の質が良く分かった。

 

……今しがた買ったナイフよりも遥かに鋭く、そして脆い諸刃の剣。そんな雰囲気を感じた。

 

 

 

それから一週間後、彼の復讐は無事成し遂げられた。他ならぬ、彼自身の手で。

 

俺がやった事は簡単だ。彼にユニゾンし、身体の主導権を彼に預け、魔法の力を与えた。勿論、俺の補助付きだった為、彼は即座に魔法を自由に扱えるようになった。

 

飛翔魔法によって空を飛び、盗賊のアジトを見つけるまでが6日。そしてその翌日、アジトの洞窟を襲撃し、射撃魔法と拘束魔法で制圧。

その後、俺が買った物と同じナイフによって、彼は妻と自身の未来の仇をその手で討ったのだった。

 

「……ありがとうございます。おかげで、俺の悲願は果たされました。

 貴女に最大限の感謝を……今、()()をお支払い致します。」

 

復讐を終えた彼はそう言うと、盗賊達を殺したばかりのナイフで自ら命を絶った。

……身体の主導権を奪って止める事も出来たが、俺はそうしなかった。

 

彼の心には、もう本当にこの世に対する未練が一切残っていなかったからだ。ユニゾンした事で、彼が今まで生き長らえて来た日々の全てが苦痛と共にあった事を知ったからだ。

 

「感謝か……」

 

彼が死んだことで再びユニゾンデバイスとなった俺の胸に手を当てると、彼のリンカーコアの力を感じる。それ自体は身体を替える度に感じてきた事ではあったが、今回に限っては少しばかり違う感覚もあった。

 

――このリンカーコアは、魔力が非常に滑らかに動く。まるで、リンカーコアの方から協力してくれているかのように。

 

「……もしも『この感覚』がそのおかげなのだとしたら、今後の方針を考え直すべきなのかもしれないな。」

 

俺が先週彼から買った原石は、どんな宝石よりも素晴らしい輝きを放っていた。

そしてその魔力は復讐を遂げた為か、或いはその過程で磨かれた為か……或いは、彼の言った『感謝』の為か、1週間前と比べて遥かに力強く変化を遂げていたのだ。

 

 

 


 

 

 

「――へぇ……中々興味深いわね、その話。」

「あぁ、俺も色々と身の振り方を考える切っ掛けになった男だったよ。」

 

あれから時は流れて数十年。

俺は目の前の女性に、これまで集めて来たリンカーコアの持ち主についての話をしていた。

盗賊狩りに励んだ事や、山で修行していた武闘家の話もしたっけ。

 

「リンカーコアの機能は精神的な影響を受けるって言うのは分かっていたけれど、他人のリンカーコアを扱える存在の意見はやっぱり参考になるわね。」

 

彼女はそう呟きながら、手元にある紙束に凄い勢いでペンを走らせている。

 

「大魔導士サマの研究の役に立てば幸いでーす。」

 

冗談めかしてそう言いながら『窓』が映し出す景色を横目で眺めると、そこには一面大都市の夜景が広がっていた。

 

――そう、ここはとある大国にある彼女の家の地下に作られた研究室だ。

以前考えた事もあったように、優れた魔導士と言う物は国も捨て置かない。特に、彼女のような『次元魔法』まで扱える者となればなおさらだ。

だから、こんな所に彼女の様なフリーの大魔導士が居ると言うのは非常に珍しいのだが……

 

「……その『大魔導士』って言うの、やめてよね。

 万が一にも聞かれたらどうするのよ。()()続けられなくなっちゃうじゃない。」

「はいはい、以後気を付けまーす。()・大魔導士様。」

「そう言う意味で言ったんじゃないわよ!?」

 

……彼女の場合、事情が少々特殊だ。

 

彼女は元々その高い魔力を買われ、この国の『戦略魔導軍将』と言う、それはもうとんでもなく偉く厳つい部隊の将だった。

だが度重なる戦争に嫌気がさし、周辺が平和になるや否や一方的に軍を辞め、その魔導技術を総動員して身を隠しているのだ。

 

しかもあろう事か、その逃げ出した王城が拝める距離で店まで出していると言う豪胆っぷり。最初に聞いた時は実は見つけて欲しいかまってちゃんかと思った程だ。

だが彼女、未だに国から逃れ続けている。信じられない事に、手配書まで出ていると言うのに見つかる気配もないのだ。

 

まぁ、手配書の似顔絵と今の彼女の顔は似ても似つかないので無理もないが。

……魔法のあるこの世界で手配書の似顔絵がどの程度役に立つのだろう。

 

そんな事を考えている間に、彼女のペンが止まった。

さて、それなりに長い付き合いだ。この後の彼女の行動は察しが付くので、俺も浮遊して彼女の傍に寄る。

すると彼女はいつものように次元魔法の『窓』を消すと、俺にこう言った。

 

「さ、ユニゾンするわよ! 仮説を立てたら証明しなきゃ!」

「了解、ユニゾン・イン。」

 

……彼女の研究はあくまで彼女自身の趣味だが、その内容は彼女のリンカーコアの質の高さ以上に興味深いものだった。

それは彼女が大魔導士であるがゆえに手を出せる研究であり、そして『例の光景』を覆し得る可能性を秘めた物……

 

「さて、あたしの仮説が正しければ、この世に二つとして同じものが無いとされる魔力波動には()()()()がある筈よ。

 それこそ属性変換を行っても変わらない波が。先ずはそれを見つける所から始めましょう!」

≪了解、それじゃ一つずつ試していくぞ。

 ……最初、盗賊Aの魔力波動だ。≫

「んー……うん、オッケー、記録した。じゃあ次!」

≪はいはい、じゃあ盗賊Bな。≫

「……よし、次! いやぁ、あの日フィールドワークに出て正解だったわ!

 アンタみたいな野生のユニゾンデバイスと会えたんだもの!」

≪一応、野生じゃないんだが……≫

 

彼女が今行っている研究は、この時代には既に存在していたとある魔法技術の延長線にある物だ。

しかし、彼女以外には未だ誰も手を付けていない開拓であり、そして俺は彼女がその開拓を成功させる未来を既に見ている。

それ故に俺は彼女に態と見つかるように、フィールドワークに出た彼女の前に現れたのだ。

()()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

……あれから、色々な事があったな。

 

「――見つけたわ、これよ! この魔力の波が、全ての魔力の流れの基礎部分!」

≪これと言われても、俺にはどれを言ってるのか分からないんだが……≫

「アンタそれでもデバイスなの!? ほら、これよ! コレ!!」

≪デバイスだからってそこまで精通出来たら、今頃人間が研究する部分は残ってないと思うぞ?≫

 

彼女の研究に付き合っていると、それはもう多くの発見と刺激を得られた。

言っている内容は半分ほど脳を素通りしていたが、嬉しそうに早口で捲し立てる彼女を見るだけでも楽しかったものだ。

 

「――この女性なんだが、未だに消息が掴めないのだ。」

「まぁ……でも、それってもう結構昔のお話なんですよね?」

「……あぁ、正直俺ももうとっくにこの国から出て行ったんじゃないかって思ってるんだが、上が諦めてないみたいでなぁ……っと、今のは聞かなかった事にしてくれ。」

「兵士さんも大変なんですね、お疲れ様です。」

≪白々しい……≫

≪うっさい!≫

「やっぱり第二皇子が惚れてたって話はマジだったのかねぇ……」

「そのお話、詳しく。」

≪おい。≫

 

そうそう、店に国の兵士が手配書を持ってきた事もあったっけ。

結局ユニゾン中の髪と目の色を変装に利用した彼女に気付く事は無かったが。

 

「――ふっふっふ……さぁ、隠さず見せなさい!」

「やだよ!? 身体は女同士でもこれセクハラじゃないのか!?」

「昔の研究者がどうしてユニゾンデバイスの見た目を少女にしたのか、気になったら仕方なくなっちゃったのよ!!」

「知らねぇよ! 俺が知りたい……いや、なんか知りたくなくなってきた……」

 

今振り返ってもやっぱりアレはセクハラじゃないかと思うんだ。いや、女同士とか関係無しに。

……いや、確かになにもされなかったけどさ。

 

「――出来た……出来たわ!!

 これが魔力の基礎の波に直接影響する、新たな属性変換よ!!」

≪……すげぇな。この眼で見ると、やっぱり。≫

「ふふん、もっと感心してくれても良いのよ! そして、この術式を反転させれば!」

≪色が黒く……!≫

「こっちも大成功ね! 名付けるなら……属性変換『極光』と『深淵』!」

≪名前はもっと何とかならない? そんな名前が正式名称になったら俺はもう『白』『黒』で呼ぶよ?≫

「何でよ!?」

 

悲願成就の瞬間は俺も心の底から喜んだものだ。例え、出来ると知っていたとしてもな。

……名前はちょっと予想外だったが。

 

「――やっぱりあの時、城に帰っておくべきだったかも知れないわね。」

「いや、帰っても結果は変わらないと思うぞ?」

「いやいや、でも私忘れてないから。第二皇子は多分、いや間違いなく私に気があった!」

「そしてその第二皇子は隣の国の王女と今日結婚、と。」

「……今から式場に行って攫えないかしら。」

「婚期逃したってだけで何てこと考えるんだ、お前は!? 今度は手配書に『生死問わず』って書かれるぞ!?」

「そうよねぇ……」

「……? なんだよ、こっち見て。」

「……思えば、私達って長い付き合いよね?」

「え、お前もしかして今物凄い性癖の扉開こうとしてる?」

「ふふ、冗談よ。ただ、不思議と寂しくない理由が分かっただけ。」

 

なんやかんやで本当に長い付き合いになったよな、まぁ俺は最初からその予定ではあったんだけどさ。

 

……そう、俺は最初から、アンタの最期の時まで一緒にいるつもりだったんだ。

 

「――えぇ、気付いていたわ。貴女の目的が私のリンカーコアだって事くらいね。」

「そうか。いったい何時から……って聞くまでもないか。」

「貴女がリンカーコアの持ち主のお話をしてくれるまでは分からなかったわ。

 最初は驚いたけど……でも、隠さずに話してくれたんだって考えたら、ちょっと安心もしたの。

 少なくとも、黙って持って行くような子じゃないってね。」

「……そっか。じゃあ、話してて良かったな。

 隠し続けてたら……多分、もっと辛かった。」

「あら? 貴女はもう、結構な人の死を見て来たんじゃないの?」

「そうだな……だけどお前ほど親しい人の死に付き合うのは、二人目だ。

 最初の人は……俺の唯一の家族だった。」

「……その話は、まだ聞いた事が無かったわね。()()、聞かせて貰える?」

「今度……って事は……」

「えぇ、私のリンカーコアも、貴女の中に加えてちょうだい。

 何時の日か、また貴女とお話しできる時を待っているわ。」

「……わかった。俺も、その日が必ず来るように頑張るよ。

 また今のように、今以上に平穏な日々を共に過ごせるように。

 ――ユニゾン・イン。」

「……ありがとう、あの日、私の前に現れてくれて。」

≪っ!≫

 

 

 

――こんな筈じゃなかったんだけどな。

 

リンカーコアを手に入れた後、俺はいつも独りになる。今回もそうだ、何十年ぶりに俺は再び独りに戻った。

戻っただけなのに……

 

何時ものように、力強い熱を感じる胸に手を当てる。

 

そこにはいつも以上に眩い輝きと、それ以上に暗い穴が開いたようで……

 

『――妖精!? 貴女、妖精よね!!?』

 

あの日望んでいた物は確かに手に入れた筈なのに……

 

『――私の家に来ない? きっと楽しいから!』

 

 

 

「参ったなぁ……本当に、こんな筈じゃなかったんだけどなぁ……!」

 

俺にはこのどうしようもない喪失感をどう整理すれば良いのか分からなかった。

 




今回の二人は地下大聖堂で出てきてない二人です。


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見つけた糸口

すみません、過去編また伸びます……
大事な部分を書いてなかった事を思い出したので……


――あれから百と数十年。俺は"ベルカ"の大地を踏みしめていた。

 

今から数年前、俺のいた次元世界はベルカからの侵略を受け、次元世界間の戦争状態になった。

 

その戦争でベルカの騎士の一人とユニゾンし、その記憶から次元世界間を越えられる射程の転送魔法とベルカの座標を読み取った俺は、こっそりベルカへと渡航したのだ。

今はベルカの諸国同士の戦火を避けながらの旅の途中の最中だ。

 

古い記憶なので朧気だが、確か古代ベルカにはベルカ内で戦争しながら周辺の次元世界を侵略すると言う、とんでもなくはた迷惑な大戦国時代があった筈だ。

そして今俺が居る時代がそうなのだとすると、いずれこの次元世界は何らかの理由で色々ヤバくなる可能性が高い。

 

……いや、もうホント記憶が曖昧で厳密にどうなるかは覚えていないのだが、確かそんな感じでベルカが消えたみたいな話があった気がする。と言うか、そもそも詳しい情報って出てたっけ……?

 

まぁ良いや、これに関しては未来視でいずれ確認するとしよう。

とにかく、そんな危険がある次元世界を、それでも旅するのには当然理由があるのだ。

 

まず、この世界は優秀なリンカーコアを持つ者が多い。

俺が今までいた次元世界では中々見かけないレベルの魔導士……いや、騎士がこの世界では全く珍しくないのだ。寧ろ、あの世界の盗賊レベルなんて逆の意味で珍しいと言って良い。

 

次に、個人的な都合ではあるのだが……この時代には見ておきたい場面が多いのだ。

元々俺が無限の寿命を得て古代に転生するように仕向けた理由の一つは、古代ベルカで活躍した"王"達の戦い等をこの眼で見る事だった。

特にオリヴィエとかイングヴァルトとか……まぁ、時系列的にはもっと後の話になるだろうし、今は置いておこう。

 

そして最後に、今の俺にとって最も重要な目的がある。

このベルカに入った後、そう時間も経たない内に俺は未来視を使った。

世界の消滅に巻き込まれない為に、これまで以上に未来視が欠かせない旅になりそうだと考えたからだ。

そこで俺は、ついに()()を見つけたのだ。

 

以前の世界ではついに確認できなかったその現象は今から一年後、俺が今立っている平原で起こる。

 

「……やっと、この現象の原因に近付ける訳だ。」

 

貴重な機会である為、改めて未来視を使い一年後のこの場所を見ようとすると、そこに映るのはやはりノイズの塊だった。

ここから少し離れた場所からこの場所を見ると、この周辺を覆う様にしてノイズが霧のように立ち込める事から、一年後のノイズの原因はこの場所に現れると考えて良いだろう。

 

――40個近いリンカーコア、培った戦闘の経験、数多の魔法、そして未来視……

 

俺が"あの光景"を覆す為に使える力……この時点で対策としては十分な気もするが、たった一つだけ()()()()()()()()()()がある。

 

それが遥か未来を見るたびに視界を埋め尽くす『ノイズ』だ。

特定の時代を見る事が出来ない原因は未だに分からない。もしもこのノイズが発生している時代に突入したとして、その時俺の未来視がどのように働くのか……それが分からない以上、未来視をあの光景への対策として組み込む事は出来ないのだ。

 

だから一年後、この場所でそれを確かめる。幸い近くの川沿いには小さいながらも町があるようだし、そこでしばらく過ごすとしよう。

 

ここに何が来るのか、その時ノイズの中で未来視はどうなるのか、ノイズを予め消す事が出来ないか……必ず突き止めなければならない。

未来視は非常に強力な能力であり、これを使えるかどうかで俺の戦闘能力は大きく変動する以上、何としても使えるようにしておきたいと言うのが実情なのだ。

 

 

 

――そして一年後、俺は宿の二階に取った部屋から町を見下ろしていた。

 

「……すっかり様変わりしちまったなぁ、この町も。」

 

数ヶ月前まで川へ釣りに出かける子供達が駆け回っていた通りには、代わりに全身を騎士甲冑で固めた騎士達が犇めいている。

明るい喧噪が心地良かった町には、代わりに騎士達の上官であろう者が放つ指示が飛び交い、部外者である俺にとっては何とも居心地の悪いBGMとなっていた。

 

――まさかこの町が戦争に巻き込まれるとはねぇ……

 

周辺の地理……と言うか、国境の位置だけでもちゃんと確認するべきだったか。

飛び交う指示の内容を盗み聞きして分かった事だが、どうやら少し前に国境が突破されてこの町に敵の軍が迫っているらしい。

そしてその方角には、丁度"あの平原"がある。

 

「あのノイズの原因はこれから始まる戦争……って事か? いや、でも戦争なんて何度も経験してきたけど、未来視は正確に機能してたよな……?」

 

戦争と言う状況は、優秀なリンカーコアを集めるのにうってつけだ。だから時々流れの傭兵として参加させてもらい、リンカーコアと身体を新調したりしていたのだ。

……まぁ、今はそれは良いか。

 

とにかく、戦争が起こるからノイズが生まれると言う訳ではないのは確実だ。

だったらその戦争には、これまで経験したものとは違う()()があるという事になる。

元々そのつもりではあったが、やはり戦場をこの眼で見なければなるまい。

 

「そうと決まれば、いつも通り傭兵として自分を売り込みに……いや、今回はやめておくか?

 未来視が機能するか怪しい以上、もうちょっと様子を見たいしな。

 ……そうだ、"アレ"があったな。」

 

これからの方針を決めた俺は、外をうろつく騎士達に気付かれないようにある魔法を使用した。

 

 

 

 

 

 

――さて、これで戦場の光景は手に取るようにわかるな。

 

眼前の"窓"越しに広がる平原は、一見して平和そのものに見える。

だが遠くの空を見れば、"それ"は嫌でも目に入った。

 

「パッと見た感じじゃ黒い雲にも見えるな……アレが全員騎士か。」

 

まだ距離は遠いが、確認できる戦力差は圧倒的だ。

町一杯に溢れる騎士が全員出張っても、その総数は敵軍の10分の1にも満たないだろう。

だが、それを見越して彼等は準備をしてきたのだ。

 

『――転送装置、起動! ()()に通達!』

『はっ!』

 

魔法のある世界では、戦いが始まるまで戦力差は分からない。

国境を越えて転送の術式を飛ばそうとしても阻害される為、侵略される側は相手の戦力を凡そ把握できるが、自国内では転送術式は使い放題だ。

攻めるに難しく、守るに易いこの戦争の在り方がベルカの長い戦争時代を作ったと言っても良いのかも知れない。

 

「未来視は……今のところ正常だな。」

 

そろそろ時間の筈だが、俺の未来視に映る光景に異常は見られない。あの時ノイズに包まれていた空も、その雲の動きまで正確に予知出来ていた。

 

――ノイズの時間に入っても、全く使えないと言う訳ではないのか……? しばらくは様子を見るか。

 

そうこうしている内に布陣を整えた騎士達は、侵攻してくる敵国軍に向けて何やら言葉を発している。

大方『名乗り』を上げているのだろう。

この世界では戦争の前に互いの将が名乗りを上げるのが通例だ。騎士道精神と言うやつなのだろうか、如何なる時も正々堂々。時には最初から一騎打ちする事もあるらしい。

まぁ、その場合一騎打ちに敗れた側が自らの将を助けようと攻め込むから、結局全軍衝突する訳なんだが。

 

そして騎士達の将が名乗りを終えれば、次は相手だ。

空を埋め尽くさんばかりの騎士達が一斉に動くと、黒い雲は二つに割れてその中から相手の将が姿を現す。

いやぁ、何とも壮観な光景だな……って、アイツは!?

 

その敵軍の将の顔を見た瞬間、俺は未来視を塗りつぶすノイズの原因を何となく理解した。

 

『――我が名は"シグナム"! "ヴォルケンリッター"が一人、"烈火の将"、シグナムだ!

 貴殿等が今の内に投降すれば、民達に一切の危害を加えないと約束しよう!』

 

ヴォルケンリッター、烈火の将、シグナム……懐かしい響きだ。

騎士甲冑は記憶の物と随分違うが、彼女の声と口上に古い記憶が刺激され、遠い思い出が蘇る。

それと同時に、俺は確信する。

 

証拠は無いし、原理も分からないが……

 

――少なくとも今回のノイズの原因は、彼女達(ヴォルケンリッター)だ。

 

 

 

戦いは、両軍の規模とは裏腹に短時間で決着がついた。

 

騎士達の将がシグナムの要求を突っぱねた後、敵軍の中から残りのヴォルケンリッター達と彼女達の主らしき人物が姿を見せたのだ。

 

そして彼女達ヴォルケンリッターは、自分達以外の騎士を下がらせると4人のみで騎士達を蹂躙した。

戦いは一方的と言って差し支えない有様で、転送魔法によって次々現れる騎士達を一人残らず切り伏せてしまった。

 

『――これで終わりか。』

『な、なんて事だ……我が国の騎士団が、たった4人を相手に壊滅されるなんて……!』

 

よく観察してみると、ヴォルケンリッター達が切り伏せた騎士達にはまだ息があった。この時代にしては珍しく……と言うか初めて見たが、彼女達は非殺傷設定を適用した状態で戦っていたらしい。

 

俺には、それは彼女達が殺しを嫌ったが為の行動に見えた。

 

「――さて、と……」

 

見ておきたいところは見た為、ヴォルケンリッター達に察知される前に"窓"を消して考える。

 

今回のノイズの原因が彼女達だろう事は分かった。

どうしてかは分からないが、他に今までの戦争と違う点が見つからなかったのでそう考えるしかない。

 

使われた魔力量が桁違いだったから、遠い未来に影響する人物だから、シンプルに強いから……確証が得られない現時点ではどうとでもこじつけられる。

だからこれから考える事は、シンプルに『この後どうするか?』と言う一点に尽きる。

 

彼女達に直接アプローチして話を聞くか? ……却下だ。未来視を持たない彼女達が、未来視の異常の原因に心当たりがあるようには思えない。

 

ではこのまま彼女達をやり過ごすか? それも却下だ。彼女達から得られる情報があれで全てとは言い切れない。

何より、やっと掴んだ糸口だ。そう簡単に手放したくはない。

 

彼女達を泳がせて、その行動を監視する……リスクはあるが、これが最善だろう。

未来視で確認したが、この一帯の未来視を進めて行くと今から数秒後には再びノイズが視界を埋め尽くしている。

そしてそれは現実時間が何秒経過しようと一向に変わらない。……つまり、彼女達の近くでは、俺の未来視は()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 

リスクはあるが、まだまだ情報を得られる可能性が高い。

ならばここで観察を辞める訳には行かないな。もう暫くは……? なんだ? やけに騒々しいな……

 

「町の騎士が騒いでいる……?」

 

宿の窓から外を見れば、騎士達が慌てて武装し町から飛び立っていくところだった。

しかも秘密兵器だった質量兵器迄持ち出して……

 

「一体何が……――まさか!?」

 

慌てて再び"窓"を開く。見るべき場所は先程の平原だ。もしも俺の"最悪の予想"が的中していたのなら……ッ!!

 

「最悪だ……」

 

そこに映ったのは、主もヴォルケンリッター達をも取り込み暴走する"ナハトヴァール"の姿だった。

 




次回『vsナハトヴァール たった一人の最終決戦~オラがやらなきゃ誰がやる~』ダイジェストでお送りします。

予定では後2話くらいで過去編は終わります。(ナハトヴァールは1話も使わない予定です)

因みにですが、この時のヴォルケンリッターは記憶を完全に失っている状態です。

時系列的には↓こんな感じです。(矢印の数は適当)
転生→初代主死去→→→闇の書に改竄→→『今ここ』→→美香(天使)により記憶を取り戻す→→→→→→→→→→→クライドが無人世界に転送される→→現代のはやての元へ

この時のヴォルケンリッターの考えはこの小説の62話『ヴォルケンリッター』の冒頭と同じ感じです。


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ナハトヴァール

ちょっと戦闘の流れに関してプロット変えました。よって前話後書きの予告と多少違いますがご了承ください。
後、ナハトヴァール戦に一話使うつもりは無いと前回の後書きに書きましたが、今回ほぼ丸々1話をナハトヴァール戦に使う事になりました。すみません。


"窓"越しに姿を確認した直後、ナハトヴァールは咆哮を一つ上げると暴走を開始した。

 

荒れ狂う魔力の奔流は周囲を無差別に破壊し、その場に居た騎士を敵味方関係無く肉塊へと変えて行く。

当然騎士達も抵抗してはいるが、ナハトヴァールを守る4層の結界を前にその命を空しく散らすばかりだった。

 

「状況から考えて、さっきヴォルケンリッターが倒した騎士達のリンカーコアを蒐集し、闇の書のページが埋まったって所か……これは、ちょっと予想外だな。」

 

――闇の書の改竄ってこんな初期に行われていたのか……? いや、転生機能の実装が遅ければベルカの消滅に巻き込まれかねないし、そう考えると十分考えられる事だったか。

 

兎にも角にも、こうしてナハトヴァールの暴走が始まってしまったのが現実だ。感じられる魔力も"闇の書の闇"と言うだけあって、これまでの相手とは比べ物にならない。

まともにやり合って勝てる保証も無い、正真正銘の化け物だ。

そうなると俺の方針としては――

 

「……さて、逃げるか。」

 

当然こうなる。

何しろベルカの歴史には興味があるが、それはもっと後の時代だ。

ここで暴走したとして、後に歴史が続いているという事は、このナハトヴァールもこの時代の騎士が何とかしたという事だろう。

 

そう考えながら、未来視を発動する。

この後ナハトヴァールが倒される未来を確認し、何の憂いも無くこの場から逃げる為に。

 

 

 

――先ず、この国の王都から救援が来る。町にいた騎士の誰かが応援を読んだのだろう、現れた騎士達の実力はどれも高く、緻密な連携でもって触手を切り払い、砲撃を防ぎ、結界の一つを破壊した。

……だが、それまでだった。

現れた騎士達は死力を尽くしたが、それでも勝てなかった。

侵攻してきた国の軍も同様だ。圧倒的脅威の前に敵味方を問わず連携して戦ったが、それでも敵わなかった。

 

アニメでは確か一気に破壊されていた筈の4層結界だが、今考えるとアレが最適解だったのだろう。

全ての結界を速攻で破壊しなければナハトヴァールには攻撃が届かない。攻撃が届かなければ、こちらの攻撃で相手が怯む事もない。

言うなれば、常時スーパーアーマーの敵が全体攻撃技を連発している様なものなのだ。いくら数を集めようと敵う筈がない。

 

だが、それにしてもおかしい。

 

「……どういうことだ? ナハトヴァールが倒されないと、ベルカは……」

 

俺の予想に反して、ナハトヴァールは倒されなかった。

ならばこの先、ベルカに待っているのは崩壊しかない。いや確かにベルカが崩壊する事自体は正史通りなのだが、正史ではコレがきっかけでベルカが滅んだとは考えにくいのだ。

おぼろげな記憶では、確か"王"が滅茶苦茶強い人間兵器みたいな状態になったりしたはずなのだが、少なくともそんな存在が戦場に出た光景を見た事が無い。

ここでベルカが終わる訳がないのだ。では何故、今こうしてベルカに崩壊の危機が迫ってるのか……思考を巡らせるうち、俺は一つの仮定に行き着いた。

 

「……まさか、歴史が変わろうとしているのか? この時代で?」

 

確かに俺は未来を変える事を目的に動いてはいたが、この時代の歴史を変えるつもりは無い。

だが現に、今未来は変わろうとしている。何故か?

 

「――俺がこの宿に泊まったから?」

 

『バタフライエフェクト』と言う言葉は前世でも聞いた事がある。

小さな蝶の羽ばたきが、遠くの地に竜巻を起こす……要するに小さな変化でも未来にまで目を向ければ大きな影響を与える、みたいな意味だったと思う。

 

そしてその"小さな変化"……即ち、"正史と現在の違い"は"俺"だ。原作に居なかった俺と言う存在が、羽ばたき竜巻を起こす蝶そのものなのだ。

いつ、どんな行動がこの今に繋がったのかは分からないが……尻拭いはしなくてはならないだろう。

このままベルカが滅べば、それこそ未来に与える影響は計り知れなくなってしまうのだから。

 

 

 

「……はぁ、来ちゃったよ。ホントに。」

 

直接この眼で見ると、とんでもないサイズだ。立ち向かう騎士達が米粒に見える。

未来視ではこの後彼等は敵味方問わず壊滅させられる訳だが、出来る事なら被害は最小限に食い止めたい。誰が未来に影響を与える人物かも分からないのだから。

 

「未来視は……どうやら問題無く使えるな。」

 

ノイズが覆っていた時間が過ぎたのだろうか、未来視が万全の状態で使えると言うのは不幸中の幸いだ。

 

――これならやれる。

 

そう確信した俺は、魔力を研ぎ澄ませて介入のタイミングを待つ。

理想的なタイミングは、両軍ともに俺がこの戦いに於いては味方だと思えるタイミング、そして大規模な攻撃で騎士達に影響が少なく、且つナハトヴァールに大打撃を与えられるタイミングだ。

そんな都合の良いタイミングがあるのか? なんてのは、未来視を持たない者の考え方だ。

そんなタイミングがあるからこそ、こうして待機しているのだから。

 

 

 

――今ッ!

 

待機して数分後、ナハトヴァールの結界の一つがけたたましい音と共に砕け、それに怒りを示したナハトヴァールが振り回す触手が騎士達を吹き飛ばす。

続けて大きく開かれた口に莫大な魔力の光が灯った、その瞬間……俺はナハトヴァールの眼前に転移した。

 

「ここだッ!!」

 

転移と同時に今まで溜めた40個のリンカーコア全てを励起させ、魔力任せに白い魔力による砲撃を放つ。

術式と言う形で制御できればこんな魔力を使わなくても良いのだが、この魔力はその性質上、術式の形で制御する事が非常に難しい為、今は単純な魔力弾やこう言った魔力任せの砲撃のような形でしか扱えないのだ。

 

だが今はこれで良い。魔力任せに放たれた砲撃は緻密な制御をされていない分、使用した魔力量に比例してその規模を拡大させる。

白い魔力はナハトヴァールの山の様な巨体でさえも飲み込み、3層に減っていた結界を一瞬で霧散させると、奴の魔力で構成された肉体をも溶かし……

 

――やっぱり、全部消し飛ばすのは無理か!

 

これで決められれば一番良かったのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。

ナハトヴァールの身体を構成する魔力は、奴が先程口内に溜めた魔力の比では無い程に多く、そして濃密だ。

いくら魔力を掻き乱し、霧散させる性質を持つ白い魔力で以てしても、その全身を散らすのには40個のリンカーコアを使ってもなお、魔力不足が過ぎたらしい。

 

――だが、ここまでは予想の範疇だ。40個と聞けば多いように感じるが、半分くらいは盗賊の魔力だしな。

 

ならばと、今度は右手に()()()()を集中させる。

 

「これでも喰らえッ!!」

 

魔力弾の要領で放った黒い魔力は、先程の砲撃で体表の一部が解けたナハトヴァールに着弾した。

その瞬間……

 

『――ッ!?』

 

ナハトヴァールは着弾点からその身を黒い石英のような結晶へと変えて行き、やがてその身全体が黒く結晶化した。

 

コレがあの大魔導士が見つけた黒い魔力の特性だった。

掻き乱し、霧散させる白い魔力とは真逆。魔力の流れを密集させ凝結させる。

大魔導士の見つけた2つの魔力は、そのどちらも『魔力に直接干渉する』性質を持つ。全身が魔力で構成されたナハトヴァールのような存在には、ちょっとした天敵と言って良い魔力だろう。だが……

 

「……お、終わったのか……?」

「突然現れたあの男は一体……」

「警戒を解くな! まだ終わっていない!」

 

ナハトヴァールが今の攻撃で死んだと思ったのだろう、興味の対象が俺へと変わりつつある騎士達を叱咤する。

今も未来視を使用している俺には、まだ戦闘が終わっていない事が分かっている。騎士達へ向けて放ったその忠告の意味を彼等が理解するかしないかと言った"間"があった後、予想の正しさを証明するように空気が震え始めた。

 

「何だ、この気配は――まさか、本当に……ッ!?」

 

信じられないと言った様子で、騎士達は怪物の形をした黒い結晶を見遣る。

よく観察すると、小刻みに震える結晶の内側で、どす黒い魔力が渦巻いているのが分かった。

そして渦巻く魔力は内側から結晶を突き破るように溢れ出し、怪物はその姿を変えて行く……

 

「こ、これは……!」

「結晶体を体の一部に……!?」

 

変化を終えた怪物の全身は黒く、結晶体の様な光沢を放っており、騎士の一人が言ったようにあの結晶を取り込んだような印象を受けた。

そしてここに来て俺はようやく思い出す。

ナハトヴァールの最も驚異的な性質は、その不死身性にあったのだということを。

 

そうだ、ナハトヴァールはアニメでデュランダルの凍結封印と、はやてのミストルティンを受けてもそこから再生した。

奴を倒すのには核を完全に破壊するしかないのだ。だが……

 

――この時代に、アルカンシェルは無い……!

 

エネルギーの相転移を用いた完全消滅なんて、少なくとも俺一人では実現不可能だ。当然騎士達の力を借りたとしても同様、原理すら分からない未来の兵器を再現なんて無茶ぶりも良い所である。

 

それに苦労の末にナハトヴァールを消滅させても、それはあくまで一時的な事だ。

確かアニメでリインフォースが消滅した理由が、ナハトヴァールが復活する事と大きく関わっていた筈。

完全破壊してしまっても未来に大きな影響は出ない代わりに、こちらにとっても大きなメリットが無い……か。

 

――とことん割に合わない相手だな、コイツ。

 

こうなって来ると、俺に出来るのは一時しのぎだけだ。

コイツの消滅はやはり未来のアルカンシェルに任せて、俺はこのナハトヴァールをやり過ごす事を考えよう。

その為には……兎にも角にも、コイツのコアを露出させなければ、か……

 

「騎士達よ! 俺がこいつをどうにかするから、どうか協力して欲しい!」

 

必要なのは絶え間ない連撃だ。俺一人でも可能かもしれないが、魔力が持つのか正直怪しい。

その為、ここは騎士達に協力を仰ぐことにした。

……元々この世界はこいつらの物なのだから、少しくらい仕事して貰わなくてはな。

 

 

 

 

 

 

――どれほどの時間戦っていたのだろう、正直覚えていない。

 

分かるのは、恐らく1時間や2時間はとっくに経過しているという事だ。

魔力で出来た奴の身体を削るのは騎士達に任せ、俺は奴が張り直す結界をかき消す事に専念しつつチャンスを待つ。

攻撃さえ届けば、波状攻撃は俺個人よりも騎士達の方が圧倒的に適任だ。最初の内は解決策が分かった事で勢いもつき、優勢に事を運ぶ事が出来ていた。

 

……そう、最初の内は。

 

「はぁ……はぁ……!! ――っく、ォオオッ!!」

 

震える膝を気合で動かし、騎士がナハトヴァールに向けて駆け出すと、大剣状のアームドデバイスで切りつける。

振り下ろされた大剣は、体表が結晶で覆われた事で却って脆くなったナハトヴァールに深々と突き立ち、ナハトヴァールに少なくないダメージを与えた。

それを示す様に、怒りと苦痛を訴える咆哮がナハトヴァールから上がる。

 

だがそこまでだ、騎士にはもうナハトヴァールの身体から大剣を抜く力も、自らに向かって放たれた触手の刺突を躱す体力も残されていない。

 

「くっ……!」

 

長時間に渡りハイペースな消耗戦を強いられてきた騎士達は、とうに限界を超えていた。

当然、途中で双方の国から援軍が駆けつけたが、それでも奴の無尽蔵とすら思える魔力を前に一人、二人と倒れて行き、彼がその最後だった。

俺は力無く項垂れる騎士に手を翳すと、他の騎士にもそうしてきたように転送の術式を用いてナハトヴァールの射程の外へと逃がす。

 

触手の一撃は空を切り、地面を抉り取るに留まった。

 

「――はぁ……ふぅ……っ!」

 

騎士を逃がす事には成功したが、おかげでこの場に残されたのは俺とナハトヴァールのみ。今まで後衛に徹していた為に奴の攻撃に晒されてこなかったが、これからはその全てが俺一人に降りかかると言う訳だ。

 

――ちょっと、キツイか? これは……

 

よく観察すれば、奴の体積は戦闘開始時に比べてかなり小さくなっているのが分かる。恐らく奴の身体を構成する魔力が少なくなってきている為だろう。

このまま魔力ダメージを与えて行けば、いずれコアが露出するのは確実だ。

だが奴からの攻撃を受けていないとはいえ、俺だって結界を剥がす以外にも騎士達のサポートはしてきた。当然魔力も消耗している。

40個のリンカーコアは順番に休憩させていたが、それでも徐々に目減りしているところを見るに戦えなくなるのも時間の問題だろう。

 

――未来が変化する事を覚悟で撤退するか……? どうせもう未来はいくらか変わってしまっているだろうし……

 

そんな考えも一瞬過るが、直ぐに心を奮い立たせる。

俺が今まで取り込んで来たリンカーコアの中には、俺が心を許せる数少ない家族もいる。

そんな家族と交わした約束を叶える為には、きっと"あの男"の協力が必要になる。未来が既に変わっていたとしても、可能な限り平和な未来を……平和でなかったとしても、少しでも良い未来に家族を連れて行きたい。

 

「だから……お前は邪魔だ、ナハトヴァール……!」

 

未来を変える程の災厄をまき散らすお前から、俺が逃げる訳には行かない。

より良い未来の為に、何が何でもお前は倒す……!

 

 

 

 

 

 

「――これで、終わりだ!」

 

あれから数十分程経過しただろうか、強引に奴の体内へと突き入れた()()()()に纏わせた白い魔力が爆発し、奴の身体の魔力を掻き乱す。

 

既に2階建ての一軒家ほどの体積にまで減っていた奴の身体は、その大半が空気に溶けるように消えて行き、その中心付近にあった奴のコアを初めて視認する事に成功する。

だが、奴にも原始的な本能があるのか、残った身体の一部から黒いスライムの様な触手がコアへと伸びるのが見えた。

 

――ここまで来て……逃がすか!!

 

俺は急いで次元魔法の術式を組み、奴のコアを手元に召喚すると、残った魔力の全てを黒い魔力へ変換し、コアに叩きつけた。

 

「――ッ!! …………!」

 

その瞬間、頭部すら失った奴の身体から、断末魔のような音が聞こえた気がした。

 

やがて、動きを止めたナハトヴァールはその体を風に散らすようにして消えていく。

コアはまだ手元にあるが、どうやら黒い魔力が封印のような形で上手く機能したらしい。

 

「…………ふぅ……!」

 

ホッとした瞬間、今までの疲労がドッとぶり返し、思わずその場にへたり込む。

思えばユニゾンデバイスのまま、正真正銘の生身で戦ったのは今回が初めてな気がする。

途中で触手に貫かれなければ、もうちょっと楽に戦えただろうか等と先程の戦闘を反省していると、数人の騎士が慌ただしく駆けて来るのが見えた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

――ダメだ、動けん。これは、見られるな……俺の正体……

 

慌てて未来視を使用する。

盗賊に見られたせいで安寧を失って以来、俺がこの姿を晒すのは、未来視で安全を確認した相手だけと決めているからだ。

 

――えっ……ちょっと待て、何だこの未来……!?

 

嘘だろ、何でこんな事に!? いや、そうか……この戦闘が原因か!!

急いでこの場を離れようにも、魔力の殆どを使い切った所為で転送の術式も組めない。

そうこうもがいている内に、騎士達の足音はすぐそこまで迫って来ており……

 

「こ、これは一体……!」

「大変だ! "彼"が倒れているぞ!」

「……駄目だ、胸を貫かれている。即死だっただろう。」

「そんな、恩人に何も返せぬとは……」

「……待て、彼の髪はこんな色だったか?」

「いや、だがこの服装と顔立ちは――」

「おい! おそこにいるのは、妖精か!?」

 

拙いぞ、このままだと俺は――!

 

 

 

 

 

 

――"銀の妖精教"とか言う宗教の御神体にされる!!




思った以上にナハトヴァール戦の文章が長くなってしまった……
近接特化の古代ベルカ式だけでナハトヴァール戦って状況を失念してました。

次回で過去編は終わらせる予定ですが、少し長くなるかもです。(ダイジェストはしますけど)


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天使の力

あの後、結局『銀の妖精教』は誕生してしまった。

 

彼等にとって突然現れたナハトヴァールと言う災厄を倒した俺と言う存在は、その見た目も相まって非常に神聖な物に見えた……という事なのだとか。

一応必死に説得した甲斐もあって御神体として祀られる未来だけは回避できたが、あの時に関わった騎士達が原因でそれぞれの所属する国に教会が建てられる事になったらしい。

そしてその結果と言うかなんと言うか、あの二国はなんか仲直りしてしばらく仲良くやってたそうだ。

ナハトヴァールと言う苦難を前に互いを支え合った事が、結果的に相互理解に繋がったのだろうか?

 

 

 

……だがそんな珍しく平和的な出来事もやがては思い出となり、忘れ去られ、時代は巡る。

 

戦争の波は平和を許さず多くの国を飲み込んだ。

やがて『王』が生まれ、その力が振るわれた戦争は周辺諸国に絶大なインパクトを与え、更なる兵器の開発を否応にも加速させる事となった。

そしてその結果、何が直接的な原因だったのか私自身も把握できないままにベルカは滅び、私を始めとした多くの人々は古きベルカの地を離れて生き延びた。

 

それでも燻っていた戦乱の残り火は、戦乱の中で生まれた『王』の一人である"聖王"と"ゆりかご"によって沈められ、ゆりかごの消失と聖王家の血が途絶えた事で激動の時代は終わりを告げた。

 

戦争によって発展した多くの技術は失われ、地平を赤く染める程の犠牲の果てに、ベルカの戦争は勝者も存在せぬまま終結した。

 

 

 

それから数百年、比較的平和な時代に突入した今、私は……

 

「……」

 

ひっそりと気配を殺し、彼女達の様子を窺う。

彼女達はどうやら追われている身らしく、人気の無い荒野の大岩に隠れるような形で休憩を取っていた。

 

「――まだ追っ手の気配はあるか、ザフィーラ。」

「……いや、どうやら無事に撒けたようだ。怪しい匂いも感じない。」

 

シグナムの問いに対してそう答えるザフィーラ。やはりザフィーラの嗅覚を警戒して風下に待機したのは正解だったようだ。

 

……だが、今の私にはそれに安堵する暇も無い程、大きな動揺が走っていた。

 

――どういう事だ? ()()()()()()()……いや違う、見る事は出来るが、これは……!

 

見える未来が恐ろしく短い。

秒数にして10秒先が見られるかどうかと言ったところだ。それより先は、例の如くノイズが走っており、自分の手元さえ確認する事が出来ない。

更に言えば、1秒先の未来でさえも視界の一部にノイズが走っており、正確な未来が見えない状況だ。

 

私は以前ナハトヴァールが顕現した際、ノイズの原因は未来を変えかねない怪物が生まれる所為だと考えた。だが、ナハトヴァールとの戦闘では未来視は正常に機能していた事を踏まえると、その考えは改めなくてはならない。

 

――ノイズの原因はナハトヴァールではなく、ヴォルケンリッター達だった……!

 

未来を変えていたのは怪物の方では無かった。ナハトヴァールによって未来が変わる危険性があったのは確かだが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 

では、未来を変える行動を起こせる彼女達は()なのか……確かめねばなるまい。私の目的の為にも……!

 

 

 

「シャマル、闇の書のページはどうだ?」

「……駄目ね、まだ50ページも集まっていないわ。出来ればさっきの……っ!

 ヴィータちゃん! 後ろッ!!」

「え……?」

 

次元魔法の転送によって、一瞬でヴィータに肉薄する。

私の攻撃より一瞬早くシャマルが気付いたようだが……

 

「――遅い!」

「げゥッ!!?」

 

魔力を込めた拳を、ヴィータの腹に突き入れる。

 

――先ず一人!

 

「ぁ――」

 

突き入れた拳を引き抜いた瞬間、ヴィータの全身は黒い結晶に覆い尽くされた。

黒い魔力をヴィータの()()()()に直接流し込んだ結果だ。いくら体内の魔力と言えど、流れに干渉してしまえばそれを利用して封印する事は可能なのだ。

 

「ヴィータちゃん……っ!」

 

突然の事に動揺しているシャマルへと振り向き、すかさず駆け出す……が、直ぐに脚を止めて迎撃の態勢に移る。

 

先程ヴィータに対して攻撃を放った瞬間、数秒先の未来が変わったからだ。今の未来視が映し出している光景は……

 

「貴様、何者だ……ッ! どこから現れた!」

 

未来視の新たな光景の通りに割り込んできたシグナムの一閃を、魔力を込めた手で掴んで止める。

その一瞬でシャマルは主らしき男と共にこちらから距離を取り、ザフィーラが私の背後に回り込んだ。挟み撃ちの形にする事で注意を分散させ、更にその隙に主だけでも逃がそうと言う魂胆か。

 

だが、逃がすつもりは無い。私には、今この場で確かめなければならない事があるのだ。

 

「……済まないが、私の目的の為に今は眠って貰う。」

「質問に、答えろッ!」

≪Explosion!≫

 

掴んでいるレヴァンティンがカートリッジをロードし、その刀身が炎に包まれる……その瞬間、俺の手から放たれた冷気がレヴァンティンに纏わり付き、炎の性質を相殺した。

 

「なッ……!?」

 

自信の炎がかき消された事は初めてだったのだろう、動揺するシグナムをこのまま刀身毎凍り付かせるかと考えた瞬間、()()()()()()

 

――これは……未来が二つ!?

 

俺の見る未来視に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一つはレヴァンティン毎氷像になったシグナムと、背後から襲って来たザフィーラに殴られる私自身の光景。

 

そしてもう一つは、ザフィーラの攻撃を回避するも、レヴァンティンから手を離したシグナムから放たれた蹴撃により吹っ飛ばされる光景。

 

直感的に理解する。この二つの光景はどちらも起こり得る未来なのだと。

そして同時に確信する。この二つの光景()()()()()を選ぶ事が出来るのは、私だけなのだと。

 

私は即座にレヴァンティンから手を放し、次元魔法により一瞬でシャマルの傍に転移する。

 

「なっ……!」

「シャマルッ!」

 

遠くからシグナムとザフィーラの声が聞こえるが、それに対してシャマルは動けない。

彼女には動く訳には行かない理由がある。

 

「くっ……!」

 

微かに足を震わせながら、それでも主を庇う様にして立ちはだかる。その陰には、シャマル以上に体を震わせて怯える"闇の書の主"の姿があった。

 

私はすかさず闇の書の主に向けて白い魔力を放つ。……より正確に言えば、その足元に展開されている転送の魔法陣に対してだ。

 

咄嗟に目を瞑り、覚悟を決めるシャマル。身を挺してでも主を守ろうとするその行動は、無意味に終わった。

 

「――え……」

「ひ、ひぃっ!!?」

 

白い魔力がシャマルを貫通した瞬間、その体の内側からもう一人のシャマルの姿が現れたかと思うと、一瞬で霧散する。

次の瞬間にはシャマルは力無くその場に倒れ込んだ。

 

転送の魔法陣もかき消された今、これでヴォルケンリッターは逃げられない。

 

ここに居る主を見捨てる事は出来ないのだから。

 

「飛竜……」

「『鋼の……」

 

後方で二人の魔力が高まるのを感じる。

だが、先に()()()を対処しよう。

 

「ひっ! ……ぁぐぇっ!?」

「……安心しろ、死にはしない。」

 

電気の性質に変化させた魔力で拘束し、主が逃げられないようにする。その瞬間――

 

「――一閃!」

「――軛』!」

 

シグナムのレヴァンティンが変化した炎蛇が、ザフィーラの拳から放たれた拘束条が私へと殺到する。

しかしそれは既に未来視で見た光景だ。どこを通るのかは手に通るように分かる。

 

いつかの銃撃戦の様に、その攻撃の隙間を縫って二人との距離を詰めると、二人の表情が驚愕に染まる。

 

「バカな……!」

「くっ……!」

 

視線で私の狙いを読んだのか、シグナムの前に立ちはだかり障壁を張るザフィーラ。"盾の守護獣"と名乗るだけあって、その障壁は私の目から見ても堅牢の一言だ。

 

しかし、白い魔力の前ではあらゆる防御は無意味となる。

 

「ヌ……ゥ……!? これは……魔力が……!」

 

白い魔力の砲撃を至近距離で受けたザフィーラは、その場に膝を付きつつも意識は手放さなかった。

どうやらシャマルより潜在魔力が幾分か多いらしく、かき消しきれなかったらしい。そしてザフィーラが盾となった事で、シグナムも今の一撃を耐えたようだ。

 

「……この距離で弓か。」

「……だからこそだ。我が最速の一撃、この距離では躱せまい……!」

 

剣の間合いの僅かに外……確かに踏み込んで放つ一閃より、シュツルムファルケンの一撃の方が速いだろう。

だが、放つタイミングさえ分かっていれば、あらゆる攻撃は回避可能なのだ。

シグナムには見る事の出来ない、数秒先の未来にそのタイミングはしっかりと映し出されていた。

 

「翔けよ、隼!」

「無駄だ!」

 

シグナムの最速の一撃を紙一重で、しかし確実に回避したその流れで懐に飛び込む。

 

「くっ……!」

 

シグナムはシュツルムファルケンを撃った反動か、回避が僅かに遅れた。

 

――これで決める!

 

今の私の使える魔法で最速の一撃を放つべく、右手の五指に五色の属性変換の光が灯る。

 

その瞬間――

 

「そこまでです!!」

「!?」

 

気付けば目の前には見た事の無い女性が立っていた。

既に私とシグナムの間には、人が割り込める程のスペースは無かった筈なのにだ。

 

「避けろ!!」

 

思わず叫ぶ。

リンカーコアを扱う事に長けているユニゾンデバイスである私は、瞬間的に察知していた。

目の前のこの女性は、()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

私が今放った魔法は非殺傷設定ではあるが、出力、性質共に通常の魔法とは一線を画している。魔力を持たない一般人に直撃した場合の影響は想像すらできない。

だが――

 

「はっ!!」

 

目の前の女性は扱えない筈の魔力を用いて、複雑怪奇且つ堅牢な障壁を一瞬で構築して見せた。

 

――何だ、この障壁の構造は……?

 

永い間生きた経験、数少ない家族である大魔導士との研究の日々、数多のリンカーコアに刻まれた魔法を扱って来た感覚……その全てが、目の前の障壁の存在を否定した。

 

こんな物がある筈がない。

 

こんな物が魔法である筈がない。

 

こんな物を制御できる者が、人間である筈がない。

 

「――ッ!! 何者だ、お前は!?」

 

咄嗟に距離を取って問いかける。

尋ねておきながら、心の奥底には確信があった。この女性は、嘗てチラリと見た事のある『王』等とは比べ物にならない程の化け物だと。

 

そして、同時に思ったのだ。

 

――この存在の身体を……力を得られれば、間違いなくどんな未来でも覆せると。

 

 

 


 

 

 

「――等と、当時は思ったものですが……やはり、実際に手にしてみると、思うようには行かないものですね。」

 

呟きながら、翳した手を見つめる。

 

天使の身体は手に入れた。その力も間違いなく、この身にある。自分の意思で扱う事も出来た。だが……

 

――魔法と言う形に当てはめるのが、これほど難しいとは……

 

これまで数多の身体を使って来たが、今回のは飛び切りのじゃじゃ馬だ。

今までの身体はその身に宿ったリンカーコアを制御する事でその魔力さえも我が物に出来たが、この身体……リンカーコアの存在しない身体となるとそうはいかない。

 

そもそも、どこの器官でこの力を扱っているのかすら不明なのだ。天使の力を十全に扱うには、しばらく鍛錬が必要だろう。

 

「……ですが、この力を制御下に置いた時、間違いなく私の目的は果たされる。

 これが最後の試練と受け止めましょう。一先ず、今は()()()()()を済ませなければ。」

 

そう言って振り返ると、そこには紅い絨毯の上に倒れ込んだ()()()の身体があった。

その近くに転がっている銀の染髪料とカラコンを拾い上げ、その身体の髪と目の色を変えて行く。

 

「全く、アルマがあんな事言わなければ兵士の身体に使おうと思ってたのに……」

 

今使っている身体の本来の持ち主に対してブツブツと文句を言いながら、手早く装飾を終える。流石は魔法の技術を用いた染髪料、一瞬で色が定着した。

 

さて、後は……

 

「誰にしようかな……」

 

当然、身代わりとして差し出すリンカーコアについての悩みだ。

武術家とか大魔導士とか、強いのはダメだ。親しくなった相手もダメだ。

盗賊の中から選ぼうとは思っていたが、仇のリンカーコアは思わぬ進化をしてしまって若干惜しくなってしまった。

それに、まだまだ顎で使いたいし。

 

「ん~……まぁ、良いか。弱いのから適当に決めても。

 ()()()()()()()()()誰が入っても一緒だし。」

 

私は早い所この身体の力をものにしなければならないのだ。こんな事で迷っている一分一秒が惜しい。

 

「そうだ、兵士達の訓練も一緒に済ませちゃおう。

 アイツみたいに意外な才能を持っている奴が居るかも知れないし。」

 

そうと決まれば善は急げ。

盗賊の中から、特に質の悪かった奴を適当にピックアップし、元・聖女の身体に入れる。

 

「――ん、あぁ? ここは……」

「『貴女の言動は自然と女性らしくなる』。

 『貴女の過去は全て罪と恥の歴史』。『贖罪の為に聖女である私に仕える事が貴女の生きる意味』。」

「え……あ……? あっ?」

 

……急繕いだから内容は多少雑だが、まぁこんな物だろう。

暫くするとどこかしらで違和感を抱くかもしれないが、一時でも管理局と聖王教会を騙せればいいのだ。

 

「さぁ、貴女のするべき事を伝えましょう。」

「はい! 何なりとお申し付けください!」

「ふふ……頼もしいですね。では先ず……」

 

――未来視の日まで、後一ヶ月。



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尋問

今回結構難産でした。


HE教会地下での戦いが終わった数十分後……HE教会の一室にて待つはやての元に、"聖女"はアルマに付き従うような形で現れた。

 

「――どうやら、約束はちゃんと守ってくれたようやな。」

「ええ、私もこれ以上の争いは望みませんもの。」

「……私も、その言葉が本心と信じたいものやけどな。」

 

あっけらかんと言い放つ聖女を警戒しつつも、はやては「ところで」とアルマの方へと視線を移す。

 

「なんや自分、随分と雰囲気変えたなぁ……」

「あはは……実は――」

 

最後にあった時と比べるまでもない程の『分かりやすい変化(銀髪オッドアイ化)』をはやてが指摘すると、アルマは困ったような笑みを浮かべながら訳を話し始めた。

 

「――と言う訳で、出頭させる為の取引の結果、今は私がこの教団の聖女という事に。」

「……この教団も表向きの存在理由があり、そちらを目的に通ってくれる信者さんもいるのです。

 私が居なくなる以上は代わりの聖女が必要ですし、彼女であれば貴女も信用していただけるかと思いまして。」

 

アルマの言葉をそう補足する聖女の説明に、はやては「なるほどな」と一応の納得をして見せた。

 

聖女の独断とは言え、聖王教会に敵対するような行動を取ったこの教団がこれからも続いていくのかは分からない。だが、例え潰される結末になるとしても、説明もなく突然取り潰したのでは聖王教会も顰蹙を買う事は想像に難くない。

表向きは慈善団体である事が、ここに来て僅かながら影響を与えていた。

 

「まぁ、話は分かったわ。じゃあとりあえず二人共ついて来てくれるか? 詳しい事は局の方で取り調べるからな。」

 

そう言ってはやてが周囲に控えていた局員達へ軽く指示を飛ばすと、彼等は元・聖女とアルマの二人を取り囲むような配置につき、移動を促す。

 

「あの、すみません。実は私はこの後、聖女になった関係で色々と用事があるのですが……」

「ん? まぁ実行犯は明らかやし、アルマさんはきっと軽い取り調べで済む筈や。そう心配する事は無いと思うで?」

「そう……ですね。」

 

アルマの言葉にそう返したはやては、聖女たちを取り囲んだ局員を先導するように歩き始める。

 

≪皆、もう警戒はええで。聖女もアルマさんもちゃんとこっちに来てくれたわ。≫

≪了解です、はやて。直ぐに私達も合流します。≫

≪うん、お願いなシグナム。……あ、せや。シャマルは一足先に地上本部に連絡してくれるか? 使える取調室の確認をしておきたいんや。≫

≪分かりました。お任せください、はやてちゃん。≫

 

聖女が逃走を図る可能性に備えていたヴォルケンリッター達に思念通話を飛ばしながら、はやてはマルチタスクでこの後の予定を確認する。

 

――取りあえず、最優先事項の聖女の確保は達成した。これで聖王教会の方は納得させられるとして……問題は、例の少女達か。

 

『生死体事件』と言う名前を以前なのはから聞いて知っていたはやては、未解決のまま捜査が打ち切られた事件の裏に聖女が居た事に、内心頭を抱える。

 

――よりにもよって……って感じやな。聞いた話やと『生死体事件』は管理局の最高評議会とも関係がある事件や。これは厄介やで……

 

管理局最高評議会と聖女が『生死体事件』を通して繋がってしまった以上、一度直接確認しなければならないだろう。

そしてその結果、もし最高評議会が黒だった場合は……

 

――まぁ、いつも覚悟はしとった事や。あの三人が清廉潔白と言う訳ではない事は、前世の頃からよう知っとったからな……

 

頭を軽く振って思考を切り替える。今は聖女から得られる情報に期待するしかない。

最高評議会を問い詰めるにしても、情報は必要なのだから。

そう考えながら、聖女の方へと視線を向ける。

 

一体どんな説得がされたのか、それからも彼女は終始大人しく局員の言う事に従っていた。

 

――不幸中の幸いなのは、聖女がこっちの言う事を大人しく聞いてくれそうって事やな。これなら尋問も直ぐに終わりそうや。

 

 

 


 

 

 

「――と、思ったんやけどなぁ……」

 

地上本部の一室にて今日の事を振り返りつつ、モニターに映る()()の姿を見る。

映し出されているのは、所謂『取調室』の光景だ。聖王教会で騒動を起こした動機や、今回の戦いで彼女が用いた『生きた死体』、過去の人物を蘇らせた魔法等、彼女から聞き出すべき事は非常に多い。

 

だが、彼女はそれまでの協力的に思えた態度から一転して、こちらからの問いに答える事はなかった。

……いや、答えないと言う訳ではないのだが、明らかに『ある一定のライン』を越える答えを返さないのだ。

 

『――はぁ……ったく、何度同じ事を聞かせるつもりだ!? いい加減、本当の事を話せ!』

 

モニター越しに尋問官の怒号が響く。彼も相当頭に来ているらしいが、その気持ちは私も同じだ。何せ――

 

『聖王教会での魔法の無断使用の動機は!?』

『はい、私達"HE教団"には聖王教会に対する敵意はありません。今は私の短絡的な行動を恥じるばかりです。』

『お前が動かしたと言う少女達は何だ!!』

『彼女達は私的な理由で集めていた人形です。動かしたのは、私の魔法ですわ。』

『出所を聞いているんだ! 協力者が居るんだろう!!』

『ええ、信者の方々にはいつも助けられてばかりです。彼等が日々協力してくださったからこそ、私達は今日まで活動を続けて来れたと言っても過言ではありませんわ。』

『~~ッ!! 貴様、舐めているのかッ!!?』

 

終始こんな調子だ。

聖王教会の一件は個人の判断でやってしまったが反省していると言う主張は一貫しているが、それ以外は徹底的にはぐらかしている。

 

実のところ、あの場で動いた少女達20人は既に押収され、プレシアさんを中心としたチームによる解析が進められている。

依然同じような少女を解析したと言う話は聞いていたし、その結果もそろそろ出るだろう。

そして、それは既に"聖女"にも明かしている。『隠しても無駄だ』と言う言葉と共に。

だが、それでも彼女は同じ返答を繰り返すばかりで……まるで彼女こそが人形であるかのような印象を抱かせた。

 

その時、部屋の扉が開き、一人の女性が入って来た。

 

「はやてさん、今良いかしら?」

「プレシアさんか。検査の結果が出たんか?」

「ええ。そちらの方は……進展はないみたいね。」

 

手元に小型の端末を持ったプレシアさんは、私が今しがた目を向けていたモニターを見ながら私の隣まで歩いて来ると、私に端末を手渡した。

 

「困ったもんや。あからさまに嘘と分かる内容をずっと繰り返しとる。」

「そう。……何だったら私の方で記憶を抽出する事も出来るけれど?」

「んー、その辺は人権が云々で認可の手続きが面倒やからなぁ……

 極悪人だったり犯罪の規模が大きければ認可も降りやすいんやけど、今回の相手は表立った犯罪歴があんまなくてな。」

「そう言えば、聖王教会内で魔法を無断行使しただけだったわね。彼女の罪状って。」

「あぁ、場所が問題ではあっても流石にそれだけではちょっと弱いんや。

 せめて生死体の少女の出所が分かれば、そっちからアプローチできるかもとは考えてるんやけどな。」

「成程ね……だったら、今回の検査結果は力になれるかもしれないわ。」

 

プレシアさんの言葉の意味は、端末の情報を読み進めるうちに理解する事となった。

 

「! これは――」

 

そこには今回押収された少女達の検査にて、これまでに確認された2例の『生死体』と同様の結果が得られたことに加えてこう記載されていた。

 

――『以上の共通点から、今回押収された少女達と、一例目の少女の"製造者"を同一の人物と断定する。』

 

「生死体と呼ばれる少女達は、非常に独特な製造過程で生み出されているの。

 その特徴が今回の検査でも確認できたわ。詳しく聞くかしら?」

「興味深い話ではあるんやけど、また今度の機会にお願いするわ。確認なんやけど、製造過程が同じでも作者は違うってパターンではないんやな?」

「確かに同じ技術力と設備があれば再現は可能でしょうけど、今回に限っては考えにくいわね。"彼"レベルの技術力を持つ者が、そう何人もいるとは考えられないもの。」

 

プレシアさんがここまで言う人物となると、もう私には一人しか思い当たる人物は存在しない。

転生者である事がほぼ確実であり、それ故に事件を起こさないのではと考えていたのだが、その認識を改めなければならないようだ。

 

「……なるほどな、ジェイル・スカリエッティさんか。」

「ええ。確たる証拠は無いから、その資料には記載していないけれどね。

 世間的には彼は大企業の社長と言うイメージが強いけれど、その本質は科学者よ。

 人造魔導士研究の第一人者でもある彼ならば、彼女達の製造も可能でしょうね。」

 

彼の作り出した少女があの地下聖堂から見つかった。それも20人……今まで発見された生死体の実に10倍の数だ。

コレが示す可能性の中で最悪なのは『ジェイル・スカリエッティが聖女に協力しており、聖女を捉えてもジェイル・スカリエッティが自由であれば計画が続く』と言う物だ。

早急にジェイル・スカリエッティにも話を聞かなければならないが……

 

「任意の事情聴取が精々やろな……」

「そうね。最初の生死体事件の捜査も打ち切られているし、その時に『事件性は無い』と言う結論まで出ているもの。実際、被害者も存在しないし、犯罪と言っても精々が不法投棄が成立するかどうかくらいの物よ。」

「生死体そのものに違法性は?」

「それも無いわ。彼女達は生体パーツで組み立てられた魔導兵の様な物なのよ。

 生体パーツの生成自体は合法だし、自ら動かない彼女達自身には危険性が存在しないもの。犯罪者がデバイスを使う事があっても、デバイスや製造者が悪とはならないのと同じでね。」

 

分かっていた事だが、ジェイル・スカリエッティには聖女以上に犯歴が無い。生死体を生み出したのが彼だと判明しても、それで追加される罪状はプレシアさんの言う通り不法投棄だ。死体遺棄にもならない。

そして任意の事情聴取の拘束力は非常に弱い。正直に話すとは思えないし、もしもジェイル・スカリエッティが黒だった場合、それで警戒されてしまえば今度こそ付け入る隙を失う事になるだろう。

 

それにしても不法投棄か……なのはちゃんが見つけたものと、数年前に発見されたものは両方とも人の目に触れにくい所に捨てられたように置かれていたらしいが、今となっては()()()()()()()()()()()も怪しい所だ。

もしもあれらが捨てられていたのではなく、聖女の依頼であそこに置かれていたとすれば……そうやって彼女達を受け渡す取引が成立していたとすれば……

 

「厄介やな……アプローチの方法が見つからん。」

「……それなんだけれど、更に別の角度から調べる事は出来るかもしれないわ。」

「別の角度?」

「思い出してみて? 最初の生死体事件の捜査が打ち切られた理由を。

 貴女もなのはちゃんから聞いている筈よ。」

「――あ……()()()()()()()()()()……!」

「ええ、彼等は間違いなく何かを知っているわ。少なくとも、製造者は当時すでに知っていたと考えるのが自然ね。」

 

そうだ、当時の捜査が打ち切られた理由は上からの指示だ。あの時は生死体事件の被害者が存在しないからと言う理由で納得させたようだが、今は違う。

生死体事件は聖女と繋がっていた。そして聖女は"滅び"に最も近い位置にいる"凶星"……ならば、"滅び"に対抗する為に設立された私達(機動六課)だからこそ、最高評議会を問い詰める事が出来る……!

 

「ありがとうなプレシアさん! 私先に六課に戻るな!」

「あ、その前に一つお願い良いかしら?」

「ん?」

「"彼"に会う事になった場合、私にも教えてくれない? 可能であればその場に同席もしたいわ。」

「それくらいならええで! 任せとき!」

「ええ、期待しているわ。」

 

 

 

 

 

 

「――以上が今回押収した少女達の概要です。」

『むぅ……』

『そうか、とするとあの時の少女は……』

 

今回の事件の顛末を伝えると、最高評議会の3人は少なからず動揺したようだった。特に、補足情報と言う体で報告した生死体の検査結果は、彼等にとってはより大きな衝撃を与えたらしい。

だが、こちらの本題はここからだ。

 

「また、今回の検査で実際に指揮を担当したプレシア・テスタロッサの報告で気になる点が。」

『! ……申してみよ。』

「はい。彼女の報告によると、数年前に『事件性無し』として捜査が打ち切られた『生死体事件』でも同様の検体を確認していたとの事です。

 その際に捜査を打ち切る決定的な切っ掛けとなったのは――」

『……うむ、我らの判断だ。』

 

ゆさぶりも兼ねての報告に対する返答は、こちらが予想していたよりも幾分素直な物だった。

隠す気が無いという事なのだろう、その意思を受けて単刀直入に問いかける。

 

「それは、如何なる理由でしょうか。」

 

返答によっては、貴方達自身が捜査の対象になるぞと言外に告げると、彼等は私の予想外の提案を持ち掛けて来た。

 

『警戒するな、もはや隠す気は無い。だが今のように通信を介している状態では伝わらぬ事もある。

 ……明日の10時頃、機動六課の隊舎にて待っていろ。我らが直々に向かう。』

『なっ……!? 正気か!? 今の我等は……!』

『だからこそだ。直に目にすれば、自ずと伝わろう。』

『……くっ……!』

 

議長の申し出に真っ先に反応を示したのは、副議長だった。だが、私も内心では彼以上に信じられない気持ちだった。何故なら……

 

――どういう事や? 最高評議会は全員が体を捨てて、今は脳だけの状態の筈……それが直々に六課に来るやと……?

 

「分かりました。お待ちしてます。」

 

私が今の彼等の状況を知っていると思われても面倒なので、動揺を悟られないように深々と一礼してそう返すが……私も少なからず混乱していた為だろう、それ以上の追及をせぬままに通信は切られてしまった。




長くなりそうだったので色々と途中の描写を省いたりしたので、所々説明不足な所とかおかしい所があるかも知れません。
遠慮なく指摘していただければ直して行こうと思います。(元々意図していた箇所の場合はそのままにするかもしれません)


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最高評議会との邂逅

時刻は午前9時26分。

なのは達は機動六課隊舎の近くにある広場にて、フォワード陣の教導を取っていた。

 

「ティアナ、集団戦の時は射撃した魔力弾の軌道を目で追うのは危ないよ。

 注意が逸れるし、付け入る隙に繋がるからね。」

「はいっ!」

「スバル! お前はもうちょっと相手の動きを見ろ!

 戦う相手が馬鹿正直に真正面からぶつかってくれると考えんな!」

「お、押忍っ!」

 

ここ数日の訓練内容は、以前のような『個々の力を伸ばす物』から『チームとしての戦い方を突き詰めるもの』へと変化していた。

そして今行っているのは、50体の仮想敵……の代わりに用意された、プレシア製の機械兵達相手の模擬戦だ。

プレシア製とは言っても構造自体は比較的シンプルで、更に安全の為に自動操縦ではなくマニュアル操作ではあるが、それを動かしているのはそれぞれ近接戦闘と遠距離砲撃のスペシャリストであるヴィータとなのはだ。

その動きには隙が少なく、更にはしっかりと戦略や連携も使って来るという、そこらの次元犯罪者よりもよっぽど手ごわい敵として、二人の前に立ちはだかっていた。

 

「自分の魔力弾も相手の攻撃も、マルチタスクの魔力感知で常にある程度把握しておく事。

 ティアナの機動力なら半径3mくらいさえ注意していれば、十分対応できるはずだよ。」

「はいっ!」

「あまりティアナから離れるな! 数の差がいくらあろうと、一か所で戦える数には上限がある!

 仲間と離れるって事は、それだけ戦う相手が増える事だと常に意識しろ!」

「押忍っ!!」

 

所々で連携の甘さや不慣れな点を指摘しつつ機械兵を操作するなのはは、内心で"スターズ"の実力を上方修正する。

 

――前に見た時よりも連携が良くなってる。ランク昇格試験の時の不自然さも消えてるし……足りないのは経験くらいかな。

 

これまでフォワード陣が経験した集団戦は、ブラバス少将の部隊に付き添いで参加した一件のみで、それも相手は魔力も扱えない者が大半の寄せ集め部隊だった。

数人程傭兵崩れが混じっていた関係で予想外の痛手は被ったが、経験らしい経験はその数人の傭兵崩れ分しかなかったと言って良い。

集団戦で気を付ける基礎的な部分……『敵の連携』への対応力が、今の二人には足りていなかった。

 

――フェイトの方も同じ……ううん、()()スターズよりも難しいかも。

 

そんな事を頭の片隅で考えていたその時、手元の端末で時計を確認したヴィータがなのはに声をかけた。

 

「なのは、そろそろじゃねぇか?」

「え? ……あ、ホントだ。」

 

そろそろと言うのは、この後に訪れる来客対応の事だ。

なのはを含む部隊長は彼(?)等の応対の為に、一時的にフォワード達の教導を副隊長に任せる事になっていたのだ。

 

 

 

――ちょうどその頃、なのは達が模擬戦をしている場所からやや離れた広場にて。

 

「じゃあ後はお願いするね、シグナム。」

「ああ、任せておけ。」

 

"ライトニング"の教導に当たっていたフェイトは、そう言って操作していた大型機械兵の制御をシグナムに預けた。

こちらで行っていた訓練はスターズの集団戦を想定したものとは違い、強敵を相手にした立ち回りを重視している。

その点で言えば生来の速度を活かした戦いが得意なフェイトよりも、永年の戦いで勘を培ってきたシグナムの方が本来適任と言えるのだが、今回フェイトはある目的があって機械兵の操作を行っていた。それと言うのも――

 

「フェイトお姉ちゃん? 何処かに行くの?」

「うん、ちょっとね。続きの訓練はシグナムが担当してくれるから、()()()()()も頑張って。」

「うん!」

 

今回の訓練には、ついにヴィヴィオも本格的に参加する事になっていたからだ。

以前よりフェイトがヴィヴィオに対して感じていた違和感は、今回の訓練でその正体を現していた。

それを伝える為に、フェイトはシグナムに念話を繋げる。

 

≪シグナム。機械兵の操作だけど……()()()()()()()()()()()()()()()?≫

≪無論、承知している。敵うならば、このような人形を介さずに戦ってみたいものだがな。≫

 

ヴィヴィオの実力はエリオとキャロを上回るどころか、リミッターを外したフェイトやシグナムにも匹敵する。

いや、もしかしたら……

 

――本当の戦い方次第では、私達よりも強いかもしれない。

 

そんな予感を、今回の模擬戦でフェイトは確かに掴んでいた。

尤も……

 

「はぁっ……はぁっ……くっ!」

「ふぅ……ふぅ……ヴィヴィオちゃん、思ってたより強い……?」

 

ヴィヴィオのおかげで模擬戦が厳しくなったエリオとキャロにとっては、中々たまったものではなかったが。

 

「ふむ……ではキリも良いし、一度休憩を挟もう。各自今の模擬戦で指摘した反省点を、次の模擬戦にどう活かすか考えておいてくれ。」

「はい……!」

「はいぃ……」

「はい!」

 

シグナムの言葉に対する3人の返答を背中越しに聞きながら、フェイトもまたなのは同様に機動六課の隊舎へと歩を進めるのだった。

 

 

 


 

 

 

――9時58分……もうそろそろか。

 

エントランスに備え付けられている時計で時刻を確認しながら、息を整える。

 

≪緊張してるみたいやな、なのはちゃん。≫

≪うん。管理局の事実上のトップだし、画面越しに話す事はあっても直接会うのは初めてだし……≫

≪突然の事やったしなぁ……まぁ、私はこう言う事には慣れてるし、いざとなったらフォローはしたるから安心しとき。≫

≪うん。ありがとう、はやてちゃん。≫

 

アニメではとっくに体を捨てて脳髄だけになっている最高評議会が、直接六課に来ると言う話を聞いた時は何かの冗談かと思ったけれど……こうして私を含めた機動六課の隊長陣がエントランスで待っている事実に、じわじわと今更ながらに現実感が湧いて来た。

 

それと同時に、冗談と思ったが為に一度は目を背けた疑問が心の中で育って行くのを感じる。

 

――直接来るって、どんな状態で来るんだろう……?

 

まさか脳髄が漂うカプセルが浮かんでくる訳ではあるまい。そんなの人目に付いたら大事だし、何かしら方法は考えている筈だ。

 

≪どう思う? フェイトちゃん。≫

 

この中で唯一の転生者仲間であるフェイトに念話を繋ぎ

 

≪私に聞かれても……まぁ、姉さんの使っているドローンみたいに、ホログラムを使って話すって手もあるんじゃないかな?

 ドローンにカメラとか集音マイクとかつければ、その場に居なくても違和感なく会話は出来ると思う。≫

≪あ、そっか……≫

 

そう言う発想はなかった。

確かにホログラムなら姿はどうとでもなるし、忙しくて直接足を運べないと言ってしまえばそれで済む話だからだ。

 

≪ちょっと残念?≫

≪……ちょっとね。≫

 

最高評議会がどんな姿をしているのかちょっと気になっていただけに、想像が付いてしまうとがっかりしてしまうのは致し方ないだろう。

 

≪二人共、来たで。≫

 

――!

 

はやてからの念話で姿勢を正すと同時にエントランスの自動ドアが開き、3人の人影が姿を見せた。

 

――ホログラムじゃ、ない……?

 

『――出迎え、御苦労。八神はやて部隊長。』

「こうしてお目にかかれる事を心待ちにしておりました、最高評議会殿。」

 

最高評議会の開口一番に、即座にそう恭しく返すはやての姿に心強さを感じつつ、私は最高評議会の面々をそれとなく観察する。

 

全身を覆い隠す様な黒いローブを身に纏った3人の姿はハッキリしており、ホログラム特有の半透明さは無い。直接来ると言ったのは文字通りの意味だったと考えて問題無いだろう。

年のせいで脚を悪くしているのだろうか、全員とも地球で言う車椅子の様な役割を担う器具に深く腰掛けているが、立つ事が出来ればその身長は結構高そうだ。

 

『――我々の姿が気になるかね、高町なのは教導官。』

「! あ、えっと……」

『安心したまえ、責めている訳ではない。この出で立ちは訳あって素顔を隠さねばならぬゆえの物だ。

 気を悪くしないでいただきたい。』

「あ、はい。」

 

――し、心臓に悪い。滅多な事はする物じゃないな。

 

それにしても、昔戦場で活躍したと言うのは間違いなさそうだ。人の視線にこうも敏感だとは……常に警戒を怠っていない様子もうかがえるし、常在戦場の心得を欠かしていない。これが老いてなお衰えないと言うやつなのかもしれない。

 

『さて、早速本題に入りたいのだが……』

「はい。それではご案内します。」

 

そう言って歩き出すはやてに、私もついて行く。

今回の来訪に伴い、最高評議会は誰にも中を見られない密室での対談を要求してきた。

直接そこで話すのも私達3人だけという条件もあり、用心深い性格なのは間違いないだろう。

 

「この部屋です。設置されていた警備用のカメラは一時的に取り外しておりますので、この扉を閉じてしまえば外部に中の情報が出る事はありません。」

『……成程、取調室か。』

『くく、まるで次元犯罪者になった気分だな。』

「……御冗談を。」

『気を悪くして済まない、コイツはつまらん冗談が好きな質でな。』

 

思っていたよりも若干ノリが軽いようにも思える三人を部屋に招き入れ、扉を閉じる。

これで部屋の外と内は完全に隔離され、最高評議会の要求を満たした事になる。

 

『……確かに、我らの出した条件を満たす部屋を用意してくれたらしいな。

 では我等も姿を見せるとしよう。』

『うむ……仕方あるまい。』

『……少し、魔法を使用するぞ。』

「? はい、構いませんが……」

 

服を脱ぐのに何故魔法が……? という疑問は、直後に解消された。

最高評議会の一人が使用した魔法によって、彼等の身体を覆っていたローブが外されるとそこに居たのは……

 

「女の子……?」

 

浮遊椅子の上に置かれた大人の体型を象った骨組みの中にちょこんと座る、青、黄、赤の信号機カラーの髪色を持つ3人の少女達だった。




時空管理局最高評議会の苦肉の策……

因みになのはの視線に敏感だったのは常在戦場とかではなく、骨組みのズレを常に気にしていたからです。


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来訪の理由

「……ふん、驚いて声も出んか? まぁ、無理もあるまい。次元世界の平穏と安寧を守護する時空管理局の最高評議会が、このような姿ではな。」

「だが見た目に惑わされるでないぞ? 我等は今の三提督よりも古くから生きている。本来の肉体が老いて死ぬ前にそれを捨てた故、今はこの身体を代用品として動かしているに過ぎんのだ。具体的には――」

 

黄色い髪の少女が半ば自嘲気味に発した言葉の後を、青髪の少女が付け加えて説明してくれた。

その内容を纏めると、やはり彼等は自らの脳髄以外の肉体を捨てており、今はその脳髄を保管している生体ポッドに取り付けられたユニットを通して、目の前の少女の身体を遠隔で動かしているらしい。

 

――でも、それって……

 

脳裏にふと過った疑問。それが恐らく表情に漏れていたのだろう、赤い髪の少女が私を真っ直ぐに見つめてこう言った。

 

「『でもそれって今回回収された少女達と何が違うの』……とでも言いたそうな表情だな、高町なのは教導官。」

「! あ、えっと……」

「いや、良い。我等が今回こうして直接……まぁ、直接来ていると言うのは厳密には違うのだが、足を運んだ理由はまさに()()なのだ。」

「と、言いますと……?」

 

咎められたような気がして動揺してしまった私の代わりにはやてがそう尋ねると、赤い髪の少女は視線をはやてに向けて詳しい理由を説明し始めた。

 

「『生死体事件』……既にここに居る皆は知っているだろうから詳しい説明は省くが、数年前に我らの判断で捜査が打ち切られた事件があった。」

「はい。『事件性が無い』言う理由やったと伺ってます。そして、今回その理由の説明の為にこちらへ伺うとも。」

「うむ……事実、かの少女達の素体となった被害者はおらず、またその少女自体危険な存在ではなかった。だが我等がかの事件の捜査を打ち切らせたのには、()()()()理由があるのだ。」

 

そこで一度、彼は言葉を区切ると浮遊椅子から飛び降りるように着地し、その全身を見せつけるようにこちらへ振り向いた。

 

「先程、高町なのは教導官に言った事の補足になるが……彼女達と今の我等には共通点が多い。

 それは造られた身体である事や、意志の宿らぬ器と言う役割だけに留まらない。」

「……"同じ人物により造られた物"と言う事ですね?」

「ふ、流石に分かるか。そう、我等の器を造ったのも、例の少女達を造ったのも同じ人物だ。」

「その人物が"ジェイル・スカリエッティ"……という事ですね。」

 

はやてが赤い髪の少女に先んじてその名を出すと、赤い髪の少女は驚いたようにはやてを見つめ、感心したように目を細めた。

 

「! ……驚いたな、既にそこまで辿り着いていたとは。どうやら機動六課は、報告で聞くよりも更に優秀な部隊になってくれたらしい。」

「プレシア博士が言うてました。彼女達のような存在を造り出せる技術を持つのは、彼くらいだろうと。」

「なるほど、彼女ならば確かに突き止められるかもしれんな。……と、話を戻そう。

 先程も言ったように、我等が動かすこの身体は我らの要求によりジェイル・スカリエッティに造らせたものだ。

 当然ながら、その時の取引とこの身体の情報は極秘とされている。」

 

そう自らの身体を指し示しながら話す赤い髪の少女……確かに、最高評議会が今のような姿になっている事どころか、自らの身体を得ていた事も私達は知らなかった。

いや、更に言えば時空管理局最高評議会の存在さえ知らない者もいるくらいだ。この情報がトップシークレットである事は疑いようもない。

 

「そして今でこそ奴が教団と関係を持っている事は明らかとなっているが、当時は我等もそれを感知できていなかった。

 その上でレジアス・ゲイズから『生死体事件』の概要を報告された我等は、発見された少女は何らかのトラブルで我々の身体の予備が我々のもとに届くまでに置き去りにされた物ではないか……と考えたのだ。」

「それで捜査を打ち切らせた……って事ですか!? そんな事で……!」

 

思わずと言った様子で、はやてが声を荒げる。

私も同じ気持ちだ。現場で事件と向き合い、懸命に捜査する局員達の姿は決して他人事ではない。彼等の努力は、私達の作戦を決定付けるにあたっても欠かせないものだ。

それを訳も告げられぬままに突然打ち切られる事が、どれ程の虚無感を抱かせるか……『生死体事件』の事を話してくれたブラバス少将の、苦々しい表情が思い起こされた。

 

だが対する赤い髪の少女ははやての言葉を片手で制すると、あくまでも冷静に告げる。

 

「我等の脳髄が保管されている区画は、座標、構造、そして存在そのものが時空管理局のトップシークレットの一つだ。

 それは我々の身の安全の為だけではなく、管理局の重要な記録や情報の殆どがその区画に保管されているからでもある。

 少女及び、格納されている生体ポッドからこの区画の情報が洩れる事だけは、何としても避けねばならなかったのだ。……もっとも結果的には、少女及び生体ポッドからこの区画に繋がる情報は見つからなかったのだがな。」

「でも、それでも何らかの報い方はあった筈やと……私は思います。」

「……そうだな。当時の我等は事件現場から長く離れすぎていた。

 そこにある感情を抜かれ、淡々と概要を伝える報告書しか見る事が無かった為に、彼等の思いを失念していた事を認めよう。

 事件が解決した暁には、レジアス・ゲイズにも何らかの形で報いる事にしよう。」

 

その言葉を聞いたはやてが、ポカンとした表情で発言主の赤い髪の少女を見つめる。

フェイトも普段より目を大きく開いている辺り、相当驚いている様子だ。きっと私も似たような表情をしているのだろう、居心地悪そうに赤い髪の少女が尋ねた。

 

「おい、何だその意外そうな顔は?」

「え……あ、いえ、もっと頭の固い人達やとばかり思ってたもので……」

 

言葉を選ぼうとして失敗した様な発言をするはやてに、赤い髪の少女はそれを咎める様子も無く、寧ろ自らを皮肉るような表情で答えた。

 

「ふん、最近は以前と違って様々な物を直接目に出来るようになったからな。徐々に人間らしさが戻って来たのだろうよ。

 ……脱線してしまったな、話を戻すぞ。」

「あ、はい。」

「さて、我等の身体が回収された少女と殆ど同じである点と、生死体事件の捜査を打ち切った理由を話したところだったか? ならばこの辺りで前置きは良しとしよう。」

 

彼女がこれまでに明かした内容は十分に爆弾情報だと思うのだが、それらを前置きとして赤い髪の少女は更に爆弾発言をかました。

 

「さて、ここからが()()()()()()()()()()()()()()()()()だが……我等の身体を隅々まで調査せよ。」

「!?」

「そう驚く事でもあるまい、八神はやて部隊長。お前が昨日、我等に通信を繋いだ理由が分からぬ我等と思うか?

 我等はこの身体の創造主がジェイル・スカリエッティである事を全面的に認める……そして、この身体の創造主と回収された少女の創造主が同じであると結論が出れば、我等もジェイル・スカリエッティへの捜査権をやる事が出来る。我等はその為にここに足を運んだのだ。」

 

赤い髪の少女がニヤリとした笑みを浮かべてそう言うと、続いて黄色い髪の少女が複雑そうな表情で告げる。

 

「本来ならば今の最高評議会がこのような姿である事等、我等も明かしたくはなかったのだが……奴が教団と通じている事が判明した以上、優先すべきは事件の解決だ。」

「少女達の報告を読む限り、彼女達と我等の体の構造は全く同じと言う訳ではないようだが、共通している器官は既に確認済みだ。

 『疑似リンカーコア』を調べよ。それで全て、繋がる筈だ。」

 

青い髪の少女が最後に胸元に手をやりながらそう締めくくると、赤い髪の少女が私達に向き直る。

 

「これより1時間、我等はこの身体との通信を切る。その間に調べ尽くせ。機動六課の設備と、プレシア博士ならば可能だろう。

 検査前に何か質問があれば、今の内にせよ。」

 

そう赤い髪の少女が言うと、場が静まり返る。

質問があるかと急に言われても、正直唐突に与えられた情報の整理で手一杯だ。何を聞きたいかの整理をする前の段階で質問を求められても、中々頭が回らない。

 

……だけど、何でこう言う時って『無理にでも質問をしなきゃ』って思っちゃうんだろうね? 気付けば私は一つの質問をぶつけていた。

 

「……その身体はご趣味ですか?」

「断じて我等の趣味ではない!! 質問はないな!? 切るぞ!」

「あっ、ちょっと待っ……もう切れてもうたみたいやな……」

 

我ながらどうしてそんな事を聞いたのだろうと考える間もなく、彼女達は逃げるように浮遊椅子に座ると、目を瞑り動かなくなった。

 

「……やっちゃった?」

「いや、まぁ正直気の利いた質問も無かったしええんやけどな。ただ最後の反応はちょお気になるなぁ……」

「それも今は後回しにしよう。時間も限られてるし、母さん呼んで来るね。」

「ああ、お願いな。」

 

そう告げて取調室から出て行ったフェイトを見送ると、はやてちゃんは最高評議会の身体を乗せた浮遊椅子を押しながら言った。

 

「じゃあなのはちゃん、私等でこの子ら運ぼか。」

「あ、うん。そうだね。研究室で良いかな?」

「ああ、今なら一番の部屋も空いとるやろし、フェイトちゃんにも念話で伝えとくわ。」

 




最後ぶつ切りですみません。
ちょっと長くなりそうだったので……


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真意

遅れました! すみません。今週は執筆の時間があまりとれず、かなり粗目な内容です……
しかもあまり展開も進まず……


「――以上の点から考えても、彼女達3人と生死体の少女達の生みの親は同一人物と考えられるわ。」

「ん、ありがとうなプレシアさん。急な頼みやったのに、迅速に対応してくれて。」

 

最高評議会の3人が少女達の身体との通信を切ってから約1時間。

私は、指定した時間通りに検査を済ませたプレシアさんから、その結果の報告を聞いていた。

 

「コレも仕事の内よ。それに、私も興味深いものが見れたもの。悪くない経験だったわ。」

 

そう言いながら検査を終えベッドに寝かされている3人の少女を見ていたプレシアさんは、壁に掛けられている時計に目を遣ると続けてこう言った。

 

「そろそろ貴女の言っていた彼女達が目覚める時刻ね。私は退室した方が良いかしら?」

「あー……そう言えばその辺りに関しては聞いてへんかったけど、どうなんやろなぁ。まぁ本人達はあまり人に見られたくないみたいやし、やっぱり――」

 

『私達だけで話す事にするわ』。そう私が言いかけたところで、背後から布の擦れるような音がしたので振り返ると……

 

「……ん、無事繋ぎ直せたか。ここは……む!?」

 

最高評議会の内の一人、黄色の髪の少女と一瞬目が合ったかと思えば、彼女は直ぐに私の傍にいるプレシアさんへと目を向けて固まった。

そして「コホン」と一つ咳をしたかと思うと、次の瞬間――

 

「は……はやてさん、おはよう! 起きたら知らないお姉さんが居たから、びっくりしちゃった!」

 

まさかまさかのロールプレイ。そこまでして最高評議会の現状を隠したいのだろうか。

そして、まだ目覚めていないと思っていた少女二人が今の言葉で一瞬小さく反応したかと思うと、再び寝息を立て始める。どうやら狸寝入りを決め込んでこの場をやり過ごすつもりのようだ。

 

――置かれた状況を即座に把握し、その場に合わせた対応で残った二人にそれを伝える……そう考えれば、素晴らしい対応力と言えるんやけどな……

 

今までの通信越しに聞いていた彼等の口調を思うと、その姿が途端にいたたまれなく感じるのは何故だろう。

 

――いや、考えるのは後や! 今の彼女(?)の対応を見る限り、人払いを望んでいる事は明白! 私もそれとなくプレシアさんを誘導せな!

 

「あー、ごめんなプレシアさん。どうやら……えっと、クリームちゃんも起きてもうたみたいやし「クリームちゃん!?」、ここからは私等だけで……」

 

途中でクリームちゃん(仮)が『それは私の名前か!?』と言わんばかりに口を挟んで来たけど、パッと見た印象で思い浮かんだのがその名前だったのだ。これに関しては我慢してもらう他ない。

ともかく若干強引な人払いではあったが、プレシアさんは諸々を察したのだろう。手元にあった端末を私に手渡すと、

 

「そうね、まだ私も仕事が残っているもの。さっき話した照合結果はその端末にも入っているから、フェイト達に伝える時に活用して頂戴。」

「ありがとうな、プレシアさん。……あ、ついでで悪いんやけど、なのはちゃんとフェイトちゃん呼んで来てもらえるか?」

「ええ、分かったわ。貴女も、"例のお願い"忘れないでね?」

「ああ、任せとき。」

 

と言うやり取りを最後に退室していった。

 

「……行ったか。」

「あ、はい。もう大丈夫です。」

 

私がそう答えると、問いかけの主である赤い髪の少女がむくりと起き上がり、それに続いて青い髪の少女もまた上体を起こす。

 

「まさかプレシア博士が居たとはな……繋ぎ直す時に周囲の状況を把握できないと言うのは、この身体の欠点の一つか。」

「すいません、一応時間には気を配っていたのですが……」

「……いや、良い。確かに我等が繋ぎ直すのが数分早かった。こちらにも落ち度はある故、不問としよう。」

「ありがとうございます。……えっと、さっきはすいませ――」

 

赤い髪の少女に対して一礼し、続けてクリームちゃん(仮)に色々と謝罪しようとしたところで胸ぐらを掴まれる。

 

「――忘れろ。」

「いや、でも……」

「私は忘れた。いいな? 忘れろ、何も無かった。いいな??」

「あ、はい。」

 

――もうこの人の印象だけボロボロなんやけど。

 

勿論そんな事は口に出さず、ただただ了承を返していると、ここで赤い髪の少女が口を挟む。

 

「……しかし、実際我等の呼び方はどうするつもりだ? 今のような事が再び起こらんとは言い切れぬぞ。」

「うむ……考えたくはない事だが、一度あった以上は二度目を想定すべきだ。非常用のマニュアルとして、暫定的な名前だけでも決めておくべきかも知れん。」

「必要あるまい。今回の一件は我等の身体の情報が必要だったが故に起きた事だ。二度目がある筈もない。」

「何も今回のような例ばかりを想定している訳ではない。"名前"が必要な事態は必ず訪れるものだぞクリーム。」

「緊急時だからと言って、まさか人前で『議長』『議員』等と呼び合う訳にも行くまいクリームよ?」

「! 貴様等、楽しんでいるだろう!!?」

 

 

 


 

 

 

「えっと……何かあったの?」

「いや……まぁ、何も無かったんやけどな?」

 

プレシアさんに呼ばれて取調室に戻ってみれば、どこか困ったような表情のはやてと、彼女を恨めし気に見る黄色い髪の少女の姿が真っ先に目に入った。

 

「あの、はやてが何か……」

「……何もなかった。」

「え、でも……」

「無かった。良いな?」

「……? はい。」

 

フェイトも気になったようで本人に直接確認するが、本人がそう言う以上は追及するべきではなさそうだ。

気にはなるが、ここは意識を切り替えて行こう。

 

「それで、はやてちゃん、検査の結果はどうだった?」

「ん? ああ、ビンゴや。プレシアさんの検査では、回収された少女とここの3人の疑似リンカーコアの構造が完全に同一の物やと結果が出た。」

 

そう言ってはやてが手渡してくれた端末に映し出された情報に、さっと目を通す。

 

――なるほど。ちょっと良く分かんない。

 

そのまま無言でフェイトに端末を手渡し、再びはやてに視線を向ける。

……仕方ないよね。魔法や教導に必要な知識は一通り身に着けたけど、あそこまで本格的な魔導工学の知識はこっちでも専門家しか身に着けてないし。

とにかく今は目の前の3人の少女と回収された20人の少女が、ジェイル・スカリエッティの手で生み出されたと確定した事だけ分かっていればいいのだ。

 

「……まぁ、安心しぃ。私も全部は把握出来てへんから。」

「うん。」

「とにかく、今回の検査結果を得て、ジェイル・スカリエッティ及びジェイル・コーポレーションに対する捜査が出来るようになった訳や。罪状は共謀罪……ま、現段階では疑惑止まりやけど、ジェイル・スカリエッティ博士に任意同行を促すのに十分な証拠は揃った。

 明日にでも突入するで。質問はあるか?」

 

そう一息に話しきったはやてが最後に尋ねると、フェイトが先ず手を挙げた。

 

「メンバーは?」

「私とフェイトちゃん、そしてなのはちゃんの3人にプレシアさんを加えた4人や。人数は最小限に、且つその条件で考えられる最高戦力やな。」

「母さんも?」

 

フェイトも挙げられた名前の中にプレシアが居た事に疑問を持ったようだ。彼女は現状ロングアーチとして登録されており、前線に出る事は滅多に無いと思っていたのだが……

 

「まぁ、色々と頼まれとってな。それに特定の条件下ではリミッターを無視してSSSランクの魔導士として動ける点でも頼りにしとる。

 ……あ、因みになんですけど、この前ブラバス少将が押収した安定性の高いロストロギアの貸出許可って降ります?」

「魔導砲とやらのエネルギー源になっていたアレか? まぁ、アレに関しては調査も済んでいるし、可能ではあるが……明日までに手続きが完了するとは思えんな。」

「はい、そこで最高意思決定機関である3人の許可で一日だけでも何とかなりませんか?」

「ほう……我等を使うか。くく、良いぞ。一日と言わず、期限ギリギリまで許可を出してやる。明日の17時には現物が届くだろう。」

「ありがとうございます。」

「何、今回の一件だけでなく"滅び"に対しても使わせる為だ。必要と判断したから許可を出したに過ぎん。」

「心得ております。」

 

どうやらはやてには色々と考えがあるらしい。元々考えなしに動くタイプではないけど、今回の一件でロストロギアの貸出許可を貰うだけが狙いとも思えないし、今回に関してはまだ何かありそうだ。

 

そんな感じで明日の予定を一通り詰め終えた頃、赤い髪の少女が告げた。

 

「……さて、諸々の用事が終わったし、我等も帰るとしようか。……空腹を感じるのも、この身体の欠点の一つだな。」

 

その言葉に時計を見ると、確かにもうそろそろ昼食時だ。フォワードの皆も昼食の為に食堂に集まっている事だろう。

そんな事を考えていると、フェイトが唐突に手を挙げた。

 

「あ、すみません。今良いですか?」

「フェイト・テスタロッサ執務官か、申してみよ。」

「はい。折角ここまで足を運んで頂きましたし、今の機動六課のフォワード達を一目見ていくのはどうでしょう。」

「フェイトちゃん……?」

 

事前に聞かされていない提案に意図が読めずフェイトを見るが、彼女は真剣な目で赤い髪の少女を見つめている。

 

「ふむ……その心は?」

「いえ、彼女達の成長と実力を、貴方達に見ていただきたいと思いまして。特に、ヴィヴィオの実力を。」

「! ふむ……成程な……」

 

その言葉で私も彼女の考えに納得した。

確かにヴィヴィオは最高評議会のお墨付きと言う形で試験をパスして配属された戦力だ。だが、彼女自身は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……フェイトはこの機にヴィヴィオの真意を確かめたいと思っているのだろう。

 

「……いかがでしょうか。」

「確かに、ヴィヴィオが機動六課に入る際に許可を出したのは我等だ。確認せずに帰る訳にも行くまい。」

「ありがとうございます。」

 

ジェイル・スカリエッティの娘、ヴィヴィオ……彼女が敵となるか味方となるか、それがきっと今日明らかになる。




書いている途中に締め切りをオーバーするという悲しみ……
強制された訳ではなくあくまで自分で決めたものですが、今後このような事が無いようにしたいそんなクリスマスの夜。


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共闘の願い

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!


「――って感じで、対集団戦の訓練が主体だったよ。」

「へぇー、スバルさん達の方はそう言う訓練だったんですね。」

「そう言うって事は、エリオ達の方はやっぱり別の訓練だったのね?」

「はい、僕達の方は強敵一人を想定していて……そうだ、ヴィヴィオが凄く強かったんですよ! 機械兵を操作するのがシグナムさんに替わってからも――」

 

午前中の訓練後、昼食も終えたフォワード陣達は、そのまま食堂の席でそれぞれの訓練の内容を反芻していた。

 

「ふぅん……? ねぇ、ヴィヴィオって戦闘の訓練に混じるのって今回が初めてだったわよね?」

「はい! 頑張りました!」

 

両手で拳を作り、満面の笑顔で答えるヴィヴィオの様子に、ティアナは表面上穏やかに微笑みつつも、その内心では(かね)てより抱いていた違和感を強めていた。

 

――いや、シグナムの攻撃を紙一重で躱しつつ反撃するなんて、『頑張った』でどうにかなる話じゃないだろ普通。

 

エリオの話したヴィヴィオの戦闘内容は、想像するだけで至難の業だ。

シグナムの戦闘センスの高さを知るティアナには、機械兵と言うハンデがあっても容易な事では無いと言う確信があった。

 

「凄いね、それは……あたしは直接見ていないけど、真似出来る気がしないよ?」

 

スバルも同様の確信を抱いたらしく、心底驚いた表情でヴィヴィオを見つめている。

ティアナと違って表情を作る事が苦手なスバルの目からは、驚きよりも疑いの色が濃い事がありありと見て取れた。

しかしそんな目を向けられたヴィヴィオは、なおもあっけらかんとした様子で答える。

 

「私も不思議なんですけど、ずっと戦ってたみたいに体が動いたんです! そしたらどんどん楽しくなってきて、夢中になってる間にお昼の時間になってました!」

「へぇ、不思議な事もあるのね……」

 

表面上は納得したように振る舞うが、ティアナの内心はまだ半信半疑だ。

彼女はヴィヴィオがたった一度見せた『眼』を覚えている。今回フェイトとシグナムに実力を隠さなかった事で疑いはやや薄まったとはいえ、未だに油断ならない相手と考えていた。

 

そんな時、スバルが食堂の入り口の方を見て声を上げる。

 

「あ、なのはさん! ……と、誰?」

「フェイトさんとはやてさんもいますけど……あの三人は知り合いなんでしょうか?」

 

彼女達の目に映ったのは、なのは、フェイト、はやてに案内されるようにやって来た、浮遊椅子に座ったローブ姿の三人組だ。

年齢も性別もひた隠しにしたその姿に、警戒感を抱くなと言う方が無理だと言う物だろう。

厨房の方では、何時でも戦えるようにリニスがスタンバイしている程だ。

 

そんな警戒の目を向けているフォワード陣のもとへ、なのはがやって来て声をかけた。

 

「皆、もうお昼は食べたみたいだね?」

「はい! あ、えっと……あの人達はいったい?」

 

スバルの問いかけを受けたなのはは最高評議会の方を一目見た後、少し考えてから答えた。

 

「ゴメンね、詳しくは答えられないんだ。色々と訳があってね。」

「そうなんですね……あ、なのはさんがこっちに来たって事は、もしかして午後の訓練の事で何かお話が?」

 

もしかして、午後の訓練にも顔を出せない用事が入ってしまったのだろうか……そんな考えもあってスバルがなのはに尋ねるが、なのはから返って来た答えはスバル達の想像だにしない内容だった。

 

「その事なんだけど、午後の訓練は少しだけあの人達も見学する事になったんだ。」

「えっ……その、何も知らないアタシが言うのも何ですけど、大丈夫なんですか……?」

 

誰とも知れない相手に訓練内容を明かす……そんな彼女の発言の意図を確認するように、ティアナが質問した。

機動六課設立の目的の重要性を、他でもないなのはから聞いた身である彼女にしてみれば、上官の判断を疑うという失礼に当たる質問と理解していても尋ねずにはいられなかったのだろう。

 

「うん、身元は把握してるから安心していいよ。訓練もいつも通りで大丈夫だから。」

「は、はあ……なのはさんがそう言うなら……」

 

だがなのはから返って来た答えは、いつも通りにすれば問題無いという物だった。

その雰囲気からも何らかの魔法をかけられているような様子や、無理している素振りも感じられなかった為、ティアナは一応の納得を見せた。

 

「えっと……あの人達は訓練に参加する訳じゃないんですよね?」

「うん、あくまで見学だけ。」

「分かりました。……他に変更点とかも無いんですよね?」

「うん……あ、そうだ。」

 

エリオの質問で何かを思い出したような反応を示したなのはは、「訓練とは関係ないんだけど」と前置きすると、最高評議会の方を指し示して、お願いするように尋ねた。

 

「あの人達の分の食事を運ぶんだけど、手伝ってくれないかな? あの三人はちょっと訳があって……ね?」

「え? ……あ、もしかして脚が悪いんですか?」

「んー……ちょっと違うけど、立ち上がる訳には行かないみたいなんだ。」

「そう言う事なら任せて下さい!」

 

キャロの質問には曖昧な返答をするなのはだったが、その事を気にするまでもなくスバルがいの一番に手を挙げて立ち上がる。

 

「まぁ、スバルもこう言ってますし、アタシも手伝いますよ。」

「僕も。」

「じゃあ私も……」

「私も!」

 

そのスバルの様子を見てティアナも了承を返すと、彼女に続いてエリオ、キャロ、ヴィヴィオも席を立った。

 

「皆ありがとう。ヴィヴィオはあまり無茶しないようにね。」

「はい!」

 

そう笑顔で礼を返すなのはの後を、フォワード陣はついて歩く。

その最後尾で、ヴィヴィオは人知れず何かを考えるように最高評議会を見つめていたのだった。

 

 

 


 

 

 

『――そうか、では戦闘能力は十分だと。』

「はい、シグナムに交代した後の事はまだ確認していませんが、現状どのフォワードよりも高い実力を備えている事は確かです。」

 

料理を運んでくると言って席を離れた高町なのは教導官達が帰ってくるまでの間、私はフェイト・テスタロッサ執務官からヴィヴィオの訓練状況を確認していた。

それによると、やはり聖王の遺伝子情報から生み出された彼女は、生まれつき高い戦闘能力を保有しているらしく、スカリエッティの言う様に『高町なのはが滅びの原因だった場合の最高戦力』の候補として申し分ない事が良く分かった。

 

――もっとも、今となってはそれが新たな不安のタネではあるのだがな。

 

高町なのはを抑え得る実力を持つ者が獅子身中の虫だった場合、そんな彼女を抑えられる戦力も限られてくる。

勿論その場合は高町なのは教導官が抑えてくれるだろうが、最悪の場合を想定するならばもう一人か二人は候補が欲しい所だ。

 

『テスタロッサ執務官自身と比べた場合、どうなのだ。リミッターの無い状態で彼女と戦って勝つ自信は?』

「『勝てない』とは立場上言えません。ですが、どちらが勝つにしても接戦となるかと。」

『……ふむ、少々意地の悪い質問であったな。許せ。』

 

目の前の女性もまた、機動六課の最高戦力の一人だ。

そしてヴィヴィオの実力を垣間見た、少ない証言者でもある。

そんな彼女だからこそ尋ねたこの問いだったが、その返答は芳しくは無いモノだった。

 

残る候補としては八神はやて部隊長を除けば、シグナム副隊長が候補の筆頭となるか……

いや、以前とは違い我等自身も戦力として数えられるようになった今、ここで結論を急く必要はない。午後の訓練、自身の眼でヴィヴィオを測ってからでも遅くはない……か。

 

そう結論付けた時、背後から食欲をそそる匂いと共に声がかけられた。

 

「料理を持ってきました。どうぞ。」

『ああ、ここに置いてくれ。』

 

私の言葉を受けて、テーブルの上に幾つもの料理が並べられていく。

どうやらフォワード陣の者達も運んでくれたようで、ローブの頭部に仕掛けられたカメラがその姿を映している。

 

そして最後に、私の目の前に異様に高く積まれた料理の山が「どん!」と大きな音を立てておかれた。

 

『……これは?』

 

私が尋ねると、料理の山を持ってきた青いショートカットの女性……確か、スバル・ナカジマ二等陸士だったか? が答えた。

 

「はい! オススメの物が色々あったので、全部持ってきました!」

 

なんとも恐ろしい事に、カメラ越しに確認した表情には一切の悪意が無く、また彼女に尋ねたところ、彼女は普段からこのくらいの量は食べているらしい。

 

『そ、そうか。ありがたくいただこう……下がって良いぞ。』

「はい! 失礼します!」

 

――一番の失礼はこの料理の山なのだが……まぁ、良いか。

 

運んでもらっておいて叱りつける訳にも行くまい……そもそも我等の身分を隠すように言ったのも我々自身だ。そんな状況で何を示して失礼だ等と叱れる物か。

 

スバルが自分達の席へ戻るのを確認し、ローブの内側から身を乗り出して目の前に堆く積まれた料理に手を付けつつ、今のがフォワードのスバルかと席に着いたなのはに尋ねる。

 

「はい、スターズのスバル・ナカジマです。フォワードの中でも特に近接戦闘に優れていて……更にその出自から特殊な対魔法攻撃を有しています。」

『ふむ。報告にもあったが、理論上あらゆる魔法を強制的に破壊できるとか。』

 

彼女の出自に関する報告書にも当然目は通したが、まさか戦闘機人の技術が用いられていたとはな……

当時人員不足を補うためにスカリエッティに研究させた技術が、こうして悪事にも使われている様をこうして見せ付けられるとは……かつての我々の眼がそこまで見通せない程に曇っていたという事実を突きつけられているようだな。

 

「はい、少なくとも私のプロテクションまでなら破壊できる事は確認しています。」

『なんと……それは実に素晴らしいな。』

「はい、私の自慢の生徒たちですから!」

 

だが、結果的にそれが良い方向へと向かっている事実もまたここにある。

そしてそれを為したのは、目の前の女性、高町なのはだ。

予言に『光』として記された彼女の働きによって、彼女達は今正道を歩めている。

 

――『凶星が照らす先は虚構 光が行き着く末は絶望』……今だ明かせぬこの一節が、カリムの予言のただ一度の過ちであると信じられたならどれ程気が楽だろうか。

 

『高町なのは教導官、いずれ来るだろう滅びの時、お前と肩を並べて戦える事を楽しみにしているぞ。』

「はい、その時には全力全開を尽くします。」

 

そう言った彼女の瞳には、予言に記されていなくとも見える光が灯っていた。

 

 

 

……それはそれとして、逃避していた現実に目を向ければ、目の前に佇むのはまるで嵩が減らぬ摩天楼が如き巨塔(料理)……

 

『時に高町なのは教導官、早速共同戦線と行きたいのだが……』

「……すみません、私もちょっとお腹いっぱいで……」




この後、皿を運んだスバルが責任持って5分で完食した。

今回出そうとしていたけど無理だったので、最高評議会が決めた暫定的な名前を書いておきます。

●最高評議会 議長→リオン
 赤い髪の少女の姿。
 名前の元は赤系の色『バーミ()()()』から。
 男性名としてもおかしくない為、割と受け入れている。

●最高評議会 書記→バルト
 青い髪の少女の姿。
 名前の元は青系の色『コ()()()ブルー』から。
 男性名としてはおかしくない為、割と受け入れている。

●最高評議会 評議員→クリーム
 黄色い髪の少女の姿。
 名前の元は『クリーム色』から。はやて命名。
 プレシアに名前を告げた為、変更不可という事に。
 不満気。めっちゃ不満気。


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見極める為の戦い

展開を早く進める為に長引きそうだった描写を削ったため、ちょっと分かりにくい所があるかもしれません。

あと、今回久しぶりにオリジナルの魔法が出ますが、例の如くネーミングセンスには触れない方向でお願いします。


『――オオオオォォォォォォ!!!』

 

竜の咆哮と同時に、視界いっぱいに広がる砲撃の輝きが迫る。

事前に解析されたデータを基に仮想空間上に再現された物ではあるが、その迫力も威力も現実の物と比較して何ら遜色ない破壊の奔流だ。

私はその光へ向けて杖を構えると、迎撃するべく魔法を放つ。

 

「レイジングハート!」

≪Divine Buster Extension.≫

 

拮抗は一瞬。眼前にまで迫っていた脅威は、私の放った砲撃に貫かれて霧散する。

しかし、まだ油断は出来ない。何故なら――

「『ウオオオオオオオオオオッ!!』」

 

振り向いた先には、背後に反り立つように伸びたウイングロードから飛び出したと思われるスバルの姿が()()

当然片方はティアナの生み出した幻影、二人の得意とするコンビネーションの一つ……に見える。しかし――

 

「まさかスバルに合わせられるなんてね。フェイトちゃんに聞いていた以上だよ……ヴィヴィオちゃん。」

 

その実、片方はティアナの魔法でスバルの幻影を被せられた別人……今回フェイトが提案した模擬戦で、いつものフォワード陣に混ざって私と初めて戦うことになったヴィヴィオだ。

本物のスバルと共に拳を握り気合の方向と共に迫る姿は、その動きも速度も全く同じに見える。この辺りはサポートするティアナも巧いのだが、それでも肝心のヴィヴィオ自身にスバルとの体格差を埋める動きが出来なければこう上手くはいかないだろう。

 

「……だけど、魔力波動は誤魔化せてないね。」

 

幻影の内側から漏れ出るように感じられる、濃密な魔力……これはティアナのミスと言うより、ヴィヴィオの魔力が強すぎる所為と考えるのが妥当だ。

本来彼女(ティアナ)の魔力操作技術をもってすれば、感知される魔力さえもスバル本人の物と誤認させられるだろう……だが、ヴィヴィオがこの一撃に込めた魔力はティアナの幻影のフィルターを突き破るほどに莫大だった。

 

――手紙には魔力の加減が分からないって書いてあったけど……

 

ヴィヴィオが持ってきたスカリエッティの手紙の内容を思い返す。

そして考える。今回、幻影のスバルから漏れ出た魔力は、ヴィヴィオが魔力制御に失敗したからだろうか……と。

 

――違う。ヴィヴィオは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが私の出した結論だった。

その判断の決め手となったのは……

 

――『視線』……()()()()()()。幻影の瞳のその奥から、ヴィヴィオ自身の視線を確かに感じる……!

 

今回の模擬戦はフォワード陣の今の実力を試し、そして今もこの戦いを見ている最高評議会に示す為の物だった。

フォワード陣の実力だけでなく、あらゆる意味でヴィヴィオを試す場でもあった。

 

だけど、同時に私もヴィヴィオに試されているのだと唐突に理解した。

私を試す為に今、ヴィヴィオは無害な少女の偽装(RP)を自ら解いたのだ。

 

――私を試す……その為にヴィヴィオは機動六課に来たって事かな。

 

もしも害意や敵意があるのなら、このタイミングでRPをやめたりはしないだろう。

奇襲の機会を待つ為に、まだ無害な少女であり続けた筈だ。

だが彼女が本気を出す機会に選んだのは、互いに危害を加えられない仮想空間……この事から考えて、彼女の……ジェイル・スカリエッティの狙いは少なくとも私達ではないという事になる。

 

「レイジングハート!」

≪All right.≫

 

だったらここで私も彼女の望み通り、全力全開の一端を見せる事くらいはしてあげても良いかも知れない。

今回の模擬戦で禁じられている行為は、プロテクションと高高度の飛翔だけなのだから。

 

「ディバインバスター!」

「くっ……!」

≪Protection!≫

 

先ず本物のスバルの方には、私自身が構築した砲撃を放って()()()()()

 

そして、レイジングハートを向けたヴィヴィオの方には――

 

 

 

≪――Asteroid Breaker.≫

 

 

 

少し強めの砲撃を放った。

 

 

 


 

 

 

――遡る事、30分。

 

午後の訓練を受ける為に機動六課の仮想訓練所に集まった私達は、訓練の前に模擬戦を挟むと突然なのはさんから知らされた。

その言葉に驚きを隠せないフォワード陣の4人を見る限り、こう言った事は滅多に無いらしい事を悟る。

そしてその訓練には私……『ヴィヴィオ』も参加させると言うフェイトさんの言葉に、再び"スターズ"の二人は驚愕を隠せないようだった。

"ライトニング"の二人は、寧ろどこか納得している風だったが。

 

そんな彼女達を余所に、今回の模擬戦の原因となったであろう3()()へと、さりげない仕草の中で視線を向けて観察する。

 

――状況から考えて、ここまでついて来た()()()の彼等がなのはさん達隊長陣に指示をしたと考えるのが妥当か。機動六課の隊長陣に指示を出せる人間は限られるが、3人組となると更にその数は絞られる。

 

浮遊椅子に深く腰掛けたローブ姿の3人の顔は、ローブのフードを深く被っているとはいえ不自然に暗く、その輪郭すらつかめない。

 

……重要な点は一つだ。即ち彼等が()()()()()()を知る者か否か。

それ次第で今回の模擬戦は()()()()()()()にさえなり得る。どうにかその正体を暴きたいが、ああも顔を隠されてはそれも難しいか。

 

――いっそ事故を装って……

 

……いや、そもそも私がこの時代で知っている顔は非常に少ない。顔を見る事が出来ても、そもそも知らない顔である可能性の方がはるかに高い。

不自然な行動を取る事になるリスクの方が大きいか。

私が彼等の正体を探る方法についてアレコレと考えていたその時、不意になのはさんから声を掛けられた。

 

「ヴィヴィオは確か、仮想空間を使った戦闘訓練は初めてだったよね?」

「えっ、あ、はい!」

「初めて使う時に色々と登録する必要があるんだけど、一人でもできそう?」

「ジェイル・ギアのと同じ感じだったら大丈夫です!」

 

ジェイル・ギアに関しては機動六課に来るよりも前から触れる機会も多かったから、すっかり慣れっこだ。セイン姉さんにせがまれてよく対戦していたし。

 

「そっか、もし分かんない事があったら遠慮せずに頼ってね?」

「はい!」

 

私がそう返事をすると、続いてなのはさんはローブ姿の3人にも同じような質問を投げかけた。

 

「御三方も問題はありませんか?」

『うむ……一通りの仕様は把握しているが……』

『確か、アバターに関しては実際の身体の情報を反映すると言う事だったな?』

 

声と口調は老成した男性の物に聞こえるが、合成された音声だと独特の響きで分かる。

ローブで体を覆っている事からも分かるように、自らの正体を隠す事には徹底しているようだ。

 

――しかし、今しがた彼が言ったように実際の身体を反映するのであれば、彼等が仮想空間に入るのは彼等にとってもリスクが伴うのではないか?

 

動揺の疑問を抱いたのだろう、なのはさんが確認するように尋ねる。

 

「はい。市販されているジェイル・ギアと違って、この仮想戦闘空間シミュレータは訓練の内容をより現実に反映しやすいよう、現実の容姿を用いる事を強制する仕様になっています。ですから、その……」

『――いや、良い。我等の容姿が割れたところで、それだけでは大きなリスクにはなるまい。』

『……致し方あるまい。』

 

そう3人が言うと、彼等の纏うローブの腹部が割け……その中から3人の少女が現れた。

 

「!?」

「えっ?」

「は?」

「へ?」

「ええっ!?」

 

彼等の意外な素顔に驚きを隠せないフォワード陣の4人がそれぞれ声を漏らすが、私も内心同じ気持ちだ。

彼等の……いや、彼女達のこれまでの言動やなのはさん達の対応から考えて、彼等の正体は時空管理局の重役だとばかり考えていた。

それが実際には自分達とそう変わらない、或いは明らかに年下の少女だったとなれば、その驚きも無理からぬことだろう。

……まぁ、私もあまり人の事は言えない状況ではあるが。

 

そんな驚きの声には耳を貸さず、彼女達は一方的に自己紹介を済ませた。

 

「私の名は"リオン"だ。短い付き合いとなるが、よろしく頼む。」

「"バルト"と言う。君達の奮戦を期待しているぞ。」

「…………くっ、"クリーム"、だ。我々の事は特に気にする必要はない。普段通りの姿を見せてくれ。」

 

若干一名、不本意そうな自己紹介だったが、やはり私の記憶に引っかかる者はいないか……

ならば今回は私も全力を出す事は避け、次の機会を待つとしよう。

 

 

 

……そう考えていたのだが、その予定は仮想戦闘空間シミュレータに入った直後に覆された。

 

「――ん? 通信?」

 

アバターや使用デバイス等の登録を行う為の空間で、外部からの通信を示すアイコンが唐突に目の前に現れたのだ。

 

――私の登録が上手く行くか心配した誰かだろうか?

 

そう思いつつアイコンをタップし、いつものヴィヴィオの仮面を被る。

 

「はい! ヴィヴィオです!」

『やあ、我が娘よ。君の近況を知ってタイミングを窺っていたのだが……と、どうした? 何かあったのか?』

「い……いえ、何でもありません……」

 

通信が繋がり、表示されたモニターに映し出されたのは父であるジェイル・スカリエッティの姿だった。つらい。

 

――よ……よりにもよって最も見られたくない姿を、一瞬とは言え父に見せてしまうとは……!!

 

勿論これも自らの使命であると分かってはいるが、それとは別に言い知れぬ恥ずかしさが身を包むのを感じる。

生まれたてのアバターの顔が熱くなるのを実感しつつ、何とか平静を装い要件を確認するべくモニターに目を向けると……

 

『……ん? ああ、成程! 恥ずかしかったのかね? 心配せずとも非常に愛らし――』

「よ、要件は! 何でしょう!?」

 

今は褒められても恥ずかしくなるだけだ! 早く要件を聞かせてくれ!

恐らくは緊急事態だから繋いできた通信なのだろう!?

 

『っと、そうだね。あまり時間をかけては怪しまれるか。……では早速本題に入る前に、確認と行こう。君が今置かれている状況は私の方でもある程度把握しているが、完全ではないからね。その上で、こちらの想定と同じ状況であるならば、君に頼みたい事があるのだ。』

「頼みたい事、ですか?」

『ああ、予定を早める必要が出て来たのだよ。』

 

『まぁ、それも確認できた状況によるのだが……』と、前置きして父は続けた。

 

『君は今機動六課に私が設置した仮想戦闘空間シミュレータでこの通信を受けている筈だが、そこに入る前の部屋……確か、仮想訓練所と言ったかな? そこに()()()()()()()()3()()()が居なかったかね?』

「! はい、確かに確認しております。」

『うむ、ここまでは想定の通りか。……ところで、君は彼等の正体についてどの程度聞かされたかな?』

 

彼等……と言うか彼女達だが、顔と名前以外に知らされていない事を告げると、父は突然笑い始めた。

 

『は、あっはっはっはっは!! そうか、成程! "リオン"に"バルト"に……く、くっくっく……"クリーム"、か! いやぁ、これは……ふふっ……くっ……! 思っていたよりも面白い事になっているようだね!』

「あの、笑い過ぎでは……? 少女達の名前をそのような――」

 

流石に人の名前を笑うと言うのはどうなのだろう? そう考え、父を咎めようとした時、突然爆弾のような発言が父の口から飛び出した。

 

『ああ! すまない、実は彼等は()()()()()()()()()()()なのだよ!』

「……はい?」

 

未だに笑いが収まらない様子の父が言うには、どうやら身体を捨てて脳髄だけになった彼等の要望で父が作り出した身体が彼女たちなのだそうだ。

……因みに、脳の構造で彼等が本来男性であると理解した上であの身体を作ったらしい。何か恨みでもあるのだろうか?

 

『あぁ……これ程笑ったのは久しぶりだ。っと、話題が逸れたね。幸いな事に今君の置かれている状況は、私が想定した中でもかなり都合の良い状況のようだ。』

「都合が良いと言うと……私の本来の役目に関する事ですね?」

『話が早くて助かるよ。そう、高町なのはの実力と本質を探る場として、これ以上のタイミングはあるまい?』

 

確かに、仮想空間ならば全力でぶつかって仮に相手や自分が怪我をしたとしても現実に影響は出ない。なのはさんが"滅び"の原因だった場合でも、そうではなかった場合でも、実力を見るにはうってつけの舞台と言える。

そしてその場には最高評議会もいるのだ。彼等の本体が何処にあるとも知れない脳髄だと言うのも都合が良い。あの場に居ながら即座に全管理局員に指示を出せるという事なのだから。

 

「委細承知しました。つまり私に求められる行動は――」

『うむ、全力で高町なのはの実力を確かめたまえ。ああ、そうだ。今回の戦闘データはこちらでも確認しているから、君が記録する必要はない。模擬戦に集中してくれ。』

「了解です。」

 

 

 

……はっ!? 今のは走馬燈か!?

 

なのはさんがこちらに砲撃を放った瞬間、これまでの経緯が脳裏をあっと言う間に過ぎ去っていった。

しかし、眼前にスローモーションで迫る砲撃の脅威は未だ去っていない。この一撃を捌けなければ、彼女の実力を測るなどとても出来ない!

 

――障壁だけでは足りない、こちらも砲撃を使用して威力を削がなければ!

 

「"紫電――」

 

既にティアナさんが張ってくれたスバルさんの幻影は剥がれ、リボルバーキャノンに偽装していた魔力の輝きが晒された。

眩い虹色の魔力光が溢れ出し、周囲の空間さえ一瞬染め上げる。

 

「――一閃"!!」

 

その膨大な魔力を全て一瞬で集約させて放った"紫電一閃"は、なのはさんのアステロイドブレイカーの威力を幾分か削るが、かき消すには至らない。だから――

 

「"プロテクション"!」

 

短い時間ではあるが射線の中心から僅かに体をずらし、障壁を張る。そして砲撃が障壁に触れた瞬間!

 

「"バリアバースト"!」

 

プロテクションで受け止めた砲撃の威力を利用し、弾かれる要領でアステロイドブレイカーを回避する事に成功――

 

「まだだよ。」

「……えっ!?」

 

気付けば、回避したと思った砲撃が再び眼前に迫っていた。

ホーミングした訳ではない、回避した砲撃は未だその残滓を空中に残している。砲撃の方向から考えても、再びなのはさんが放ったと考えるべきだ。

 

――この一瞬で砲撃に必要な魔力を再収束した!?

 

……仕方ない、ここまで明かすつもりは無かったが……!!

 

 

 


 

 

 

「……やり過ぎではないか?」

 

高町なのはの放った()()()()()()……アステロイドブレイカーに飲み込まれたヴィヴィオをみて、バルトが思わずと言った様子で言葉を漏らす。

 

「確かにな……だが、我等が図るべきはヴィヴィオの力だけではない。高町なのはの実力を見ると言う点では、この一瞬でも十分の価値があった。」

 

バルトに続き、クリームが戦いを振り返るようにそう評価した。

確かに一つの術式で連続して砲撃を放つ高町なのはの魔法には驚かされた。もしも彼女が"滅び"の原因となった場合の対策の為にも、ここで確認できたことは僥倖だろう。だが――

 

「いや、まだ終わっていないようだ。ここからがヴィヴィオの本領と言ったところのようだな。」

 

今も連続で砲撃を受け続けていたヴィヴィオが、突如として常軌を逸した魔力を纏い、アステロイドブレイカーを吹き飛ばした。

彼女の全身は彼女の魔力光である虹色に覆われており……

 

「身体の成長……いや、変身魔法か?」

 

その姿は高町なのはと同じような年齢の女性へと変化していた。




ヴィヴィオが使った紫電一閃は、普段の訓練でエリオが使った物を観察してラーニングしたものです。
最初になのはさんが掻き消した竜の咆哮に関しては次回(まぁ、バレバレだと思いますが)

以下補足

●アステロイドブレイカー
高町なのはが地獄の訓練中に編み出した魔法の一つ。
術式の構築時に魔力を予め多く使用する事で、高威力の砲撃を秒間1発の頻度で連発出来る。
連発で撃っている時に方向を変える事で、逃げる相手を追うように撃つ事が可能で、『"どんな相手でも"倒せるように』と言う理念を基に、ナハトヴァールの様な多層式の障壁を持った相手を想定して作られた。


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フォワードとして

ここ最近難産続きです……


仮想空間での模擬戦が行われている機動六課隊舎より、数十㎞離れた位置に聳える高層ビルの最上階……『社長室』とプレートがかけられた一室にて、空中に投影されたモニターを見つめる一組の男女の姿があった。

 

「……よろしかったのですか? こんなタイミングであの子に全力を出させて。」

「ん? ああ、ヴィヴィオの事だね。大丈夫さ"ヨミ"、心配いらないよ。」

 

やや不安気な"ヨミ"と呼ばれた女性の問いかけに対して安心させるような口調で答えた男性……ジェイル・スカリエッティは、モニターに映る光景を見ながらその理由を語り始めた。

 

「高町なのはの実力と本質を測ると言うのも目的の一つではあるが、それ以上にコレは私から機動六課と最高評議会に対するメッセージさ。」

「メッセージ、ですか?」

「ああ。"見極めが済んだ"と言う、最高評議会へのメッセージだよ。」

 

元々ヴィヴィオが実力を発揮する時は『最後の見極め』か、『高町なのはが滅びの原因と確信した場合』のどちらかと言う取り決めがされていた。

前者であれば滅びに対してどれほどの戦力となるか、また本当に彼女が滅びの原因とならないかの最終確認。

後者の場合は高町なのはの拘束及び無力化をそれぞれ目的としていた。そして、偶然か必然か、実に好都合な事に仮想空間と言うお誂え向きな場所でその機会が訪れた。

 

「ついでに互いに危害を加えられない状況で実力を明かした事で、先日の出来事でヴィヴィオに抱いたであろう不信感や警戒もある程度解ける事だろう。本当に良いタイミングで絶好の機会がやって来たものだ。」

「……実力を隠していた事について、詰問される可能性があるのでは?」

「なに、その際は私が直接説明するとも。近々彼女達はここにやって来るだろうしね。」

「それは……大丈夫なのでしょうか?」

「確かに元々想定していた予定とは違うが、まぁ任せておきたまえ。それよりも、気を取り直して観戦に戻ろうじゃないか。これほどの魔法戦は中々目に出来るものではないよ。」

 

そう言ってジェイル・スカリエッティはモニターの戦いに目を向ける。

ヨミが見つめるその表情からは、未来に対する不安は一切感じられなかった。

 

 

 


 

 

 

それはヴィヴィオにスバルの幻影を被せ、二人が私の立てた作戦通りに攻撃を仕掛けた後の事だった。

遠距離からの射撃魔法で援護するべくタイミングを窺っていた時、目に飛び込んできた予想外の光景に思わず言葉が漏れた。

 

俺がこれまで見て来たどんな魔法よりも高出力、高威力の砲撃……それを俺よりも幼い子供に対して、なのはさんが撃ったと言う事実。

それ自体、眼を疑うような光景ではあったが、それよりも俺を驚愕させたのは……

 

「あの砲撃を受けきった……? いや、そもそもヴィヴィオの見た目が……!」

 

そう、確かにヴィヴィオに砲撃は命中した。

俺も流石に作戦を放棄して救出の為に動こうとしたその時、圧倒的な魔力の暴力とでもいうような砲撃が内側から爆ぜるようにかき消されたのだ。

そしてその中から現れたヴィヴィオはなのはさんと同じくらいの年齢になっており、全身に虹色の魔力を纏っていた。

 

――方法は分からないが……一瞬で成長したんだ! あの砲撃を吹き飛ばせる年齢まで!

 

等と半ば現実逃避気味な冗談を考えてしまったが、その内容そのものは事実だ。アニメでは確か、聖王のゆりかごの機能だったかレリックだったかが原因で同じような姿になっていたが……この場にそのどちらもある筈がない。

 

――何か隠しているとは思っていたけど……俺が思っていた以上に隠し事多いなアイツ!?

 

≪ティア! ヴィヴィオが!≫

≪ええ、解ってる。こっちからもしっかり見えてるわ。≫

≪前にティアが言っていたのって、コレなのかな!?≫

 

スバルからの念話で思い返すのは、いつだったか食堂で見たヴィヴィオの眼だ。

あの時の彼女が見ていたのは間違いなくスバルだったが、その後気にしていた内容はどちらかと言うと『なのはさんのプロテクションを破壊した時の話』だったように感じた。

 

その事から想像するに、やはりあの時から既にヴィヴィオはなのはさんと戦う事を想定……いや、なのはさんを倒すという目的を持って動いていたのだろう。

この予想は既にスバルにも伝えていた為、彼女はその確認の為に念話で連絡を取ってきたのだ。

 

≪多分、そうね。私の予想は的中したって事だと思う。≫

≪そっか……でも仮想空間で倒そうとするって事は、やっぱり本格的に敵対するつもりは無いって事だよね?≫

≪まぁ……そうね。≫

≪何!? 今の間!?≫

≪何でもないわ。それよりも早くこっちに戻って来なさい。ヴィヴィオの実力に合わせて作戦を練り直さないといけないんだから。≫

≪なんかはぐらかされた気がするけど……了解!≫

 

スバルは最後にそう言って念話を切った。

『本格的に敵対するつもりは無い』……か。正直、まだ"そう"断定するのはちょっと怖い所がある。

彼女が今まで実力を隠していた以上、裏にどんな計画が渦巻いているのか分からない。

 

――だけど、それが想像できない時点で俺がどうこう出来る範囲ではないからなぁ……

 

スバルに俺の考えを伝えなかったのも、それが理由だ。敵対するかもしれない、計画があるかも知れない……そんな曖昧な状況で中途半端な警戒を抱いていては、却っていざと言う時に動きを妨げる原因となる。

そう考えて気持ちを切り替えるべく頭を振った俺を見て、何か思う事があったのだろう、傍にいたキャロが話しかけてきた。

 

「あの……ティアナさん。」

「え? 何、キャロ?」

「えっと……ヴィヴィオの事は、あまり気にしなくて大丈夫だと思います。私もエリオもヴィヴィオとはよく一緒にいますけど、悪い事する子には見えなかったので……」

「! ……ふふ、大丈夫よ。あたしだってそこまで深刻に考えてはいないわ。だから安心しなさい。」

 

そう言って安心させる様に頭をポンポンと軽く叩いてやると、キャロはホッと安心した様子を見せた。

 

――まったく、小さい子供を不安にさせて何やってるんだろうな俺は。

 

先ずはこの模擬戦で、俺達の訓練の成果を見せつけるのが先だろう。

このままじゃヴィヴィオのインパクトが強すぎて、印象に一切残らないなんて事だってあり得るぞ。

 

――大体、ヴィヴィオと戦っているなのはさんが平然としている時点で『警戒不要』と言っている様な物じゃないか。

 

今だってヴィヴィオはスバルから吸収したのだろうディバインバスターや、私から吸収したのだろうクロスファイアーシュート等多彩な攻撃を繰り出しているが、そのどれもがなのはさんに的確に捌かれている。障壁を使わないと言う制限下でだ。

つまりなのはさんにはまだまだ余裕があると言う事。

 

本当に強い人は戦っている姿だけで味方を安心させ、鼓舞できる。それと同時にこう言われている気がした。

 

――『貴女達は私に見せるものが無いのかな』……と。

 

勿論直接そう言われた訳ではないが、戦い続けるヴィヴィオを見て思う事が無い訳でもない。

だって、俺達はまだ何も見せていないのだから。

 

「キャロ、ここからはギアを上げるわよ。さっきの咆哮、もう一度撃てる?」

「! はい! まだまだ撃てます!」

「頼もしいわね。」

 

さっきの作戦でなのはさんに撃ったキャロの魔法。

初速、弾速、威力、規模……そのどれもが優秀な、キャロしか使えない特殊な()()()()

 

――まさかヴォルテールの()()()()を召喚するなんて魔法があるなんてね……

 

勿論この仮想空間にヴォルテールは存在しない為、実際のデータを基に再現しただけではあるが、その威力は本物だ。

スターズと比べてやや決め手に欠けていたライトニングにおける、優秀な切り札となるだろう。

そして実戦でそれを十全に生かす為にも、今回の模擬戦は貴重な機会だ。連携にうまく取り入れつつ、それだけに頼らない作戦を立てなければならない。

 

――エリオとスバルの切り札も組み込んで、キャロの咆哮召喚をフィニッシャーに持って行く……俺が幻影魔法でサポートすれば、一応可能か。

 

そう考えてなのはさんを見ると、自然とヴィヴィオの戦いも目に入って来る。

……先程のキャロの不安げな顔が脳裏に過った。

 

――ああ、分かってるよキャロ……()()()()()()だな。

 

先程立てた作戦を自ら棄却する。あの作戦は俺とスバル、エリオとキャロで動く為の作戦だ。

『一人足りてない』……さっきのキャロに、そう言われた気がした。

 

――突貫工事だが、ヴィヴィオの戦力も巧く組み込む。もうこの世界はアニメとは違う。()()5()()()()()()()()()なんだから!

 

スバルが合流するまでの間、俺はヴィヴィオの戦いを見続けた。

ヴィヴィオの力を可能な限り把握し、上手くフォワード陣の作戦に組み込めるように。




アインハルトが機動六課に居ればはやてが率いる第3のチームとして『ナイトナイツ』みたいなものも出来たかななんて妄想。(どう考えても持て余すので没)

・キャロの咆哮召喚
事実上のギオ・エルガ。
仮想空間ではあくまでデータの再現なのでキャロの意思のみで撃てるが、現実ではヴォルテールとの連携攻撃なので意思疎通が必須。
とは言ってもヴォルテールとの関係は依然として良好なので、それほどの齟齬は無い。
使用する魔力量は召喚分の魔力だけなので、威力と比較すると非常にリーズナブル。

・ヴィヴィオの魔法に関する補足
この小説内のヴィヴィオは原作と違いなのはやフェイトよりもフォワード陣と接する事が多かったため、使用魔法もフォワード陣に傾倒しております。
ただし、固有の能力(振動破砕等)や、特殊な装備が必要と思われる技(リボルバーシュート等)、召喚竜が必要な技(咆哮召喚等)はラーニング不可としております。


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仲間として

肌がひりつく。

一瞬一瞬が異様に長く感じられ、それと同時に自らの動きが刻一刻と洗練されて行くのが見えた。

心の何処かで何となく理解した。この感覚は、私が"私"の動きを取り戻していく過程なのだと。

 

――手足の長さが嘗ての聖王に近付いたからだろうか、それともあのデバイスを使っているからだろうか……受け継いだ記憶と経験が、みるみるうちに馴染んで来る……!

 

父が自ら手掛けたデバイス『セイクリッド・ハート』は、嘗て『聖王核』と呼ばれたロストロギアを基に造られているのだと父から聞いた。

普段は機動六課から支給された訓練用のデバイスを使っていたが、ウサギのぬいぐるみの中に隠されたこのデバイスは常に私と共にあった。

 

それを使用した事で私とセイクリッド・ハートは一つとなり、身体は成長した。

……理屈は分からない。だが彼自身が手掛けた仮想空間内で()()なったという事は、恐らく現実でも()()なるのだろう。

詳しい話は今度父に機会を見て尋ねるとして、今向き合うべき問題は……

 

――この身体になっても、捌くのが手一杯とは……! 滅びの原因となりかねないと疑われる訳だ!

 

記憶にある聖王の体格に近付いた直後、私は膨れ上がった魔力を使い怒涛の猛攻を仕掛けた。

この時代で学んだ魔法、聖王の記憶から得た技術を総動員し、最初の内は互角に戦えていた……そう思っていた。

 

だが、なのはさんが"アクセルシューター・クラスターシフト"と言う射撃魔法を発動して全ての状況が変わった。

数える事さえ億劫になる程の膨大な魔力弾の群れは、彼女の意思一つで自由自在に戦闘空域を駆け巡る。

使用者であるなのはさんは操作に集中する必要があるためか眼を閉じて一切動かないが、彼女の周囲には常に20個以上の魔力弾が守りを固めており、更には残った無数の魔力弾があらゆる方向から襲って来る為、こちらは一切攻める事が出来ない。

更に恐ろしい事に――

 

「"バスター"」

「ッ!」

 

彼女が指令を下せば、周囲のどこかで砲撃魔法が作られて発射されるのだ。

下手に回避すれば隙を晒す事になりかねない為、その都度魔力を込めた拳で打ち消してはいるが……

 

――魔力の消費が激しい!

 

周囲を巡る無数の射撃魔法に込められた魔力量は、ティアナのクロスファイアーシュートとは比べ物にならない程多く、それがクロスファイアーシュートと同じ程の大きさになるまで凝集されている。

当然それが集まって生成された砲撃の威力は言うまでもなく、弾くのにも多大な魔力を消費する。

そしてそんな魔力弾がまだ周囲には数えきれないほど存在しており、まるで檻のように私を閉じ込めているのだ。

 

――この状況を打破する方法は分かっている。分かってはいるが……!

 

まだ私の魔力は十分残っている。砲撃で包囲網に穴を作り、全速力の飛翔魔法で()()()()()()()()()()、この密集した魔力弾群を逆に一網打尽に出来るだろう。

だが、肝心の飛翔魔法の速度が足りていない。既になのはさんに私の速度を見切られたのだろう、魔力弾の包囲網は私が脱出するにはギリギリ速度が足りない絶妙な距離を保っていた。

 

――後少し……もう一押しあれば……!

 

丁度私がそう考えたその時だった。

 

「! あれは……」

 

突如なのはさんが目を開き、私の後方に目を向けた。

釣られるように彼女の視線を追うと、空中を巡る無数の魔力弾が形成した壁の向こうに、魔力弾とは違う軌道で横切る影が見えた。

 

――あれは確か……キャロのフリード!? 何故こんな所にやって来た! あまりにも危険だ!

 

そう叫ぼうとしたその瞬間、私の身体にキャロの魔力が流れ込み、力が湧き上がるのを感じると同時に理解した。

彼女は私の現状を打開する為に、こんな所まで近付いて来たのだと。

私を仲間と思ってくれているからこそ、危険を冒してまで助けに来てくれたのだと。

 

そして同時に、もう一つ理解せざるを得なかった。

 

――私は、彼女達の事を……心の何処かで戦力外だと考えていたのか……

 

スバルはなのはさんのプロテクションを破壊した"何か"を持っており、ティアナはそれをなのはさん相手に成功させるだけの作戦構築力と魔法がある。

キャロにはフリードとヴォルテールと言う2体の竜がついており、先ほど見たヴォルテールの咆哮の威力は数ある砲撃魔法の中でも最上位に相当するだろう。

エリオはまだ発展途上だが、時に同僚から、時に隊長陣から動きや魔法を学び取り、目を見張る速度で成長しているのを見て来た。

今でも既に一角の魔導士を名乗るに値する実力を有していながらもその成長速度に衰えは見られず、いずれは管理局のエース級の実力を身に着ける事は間違いないだろう。

 

だが、私はそれを理解していながらも心の何処かで『私がやらなければ』と思っていた。

確かに使命感はあっただろう。

機動六課内に於いて、なのはさんが滅びの原因となり得ると言う情報を知っているのは私しかいなかったのだから、人一倍気負っているところはあった筈だ。

 

だがそれ以上に私は彼女達を侮っていたのだと、私に流れ込んだキャロの魔力が教えてくれた。

 

――今なら、行ける!

 

「ッ!」

 

私と目が合ったなのはさんが、微かに息を飲んだのが分かった。

そして周囲の魔力弾群の動きに僅かな変化が起きた事も……だが、遅い!

 

「"ディバインバスター"!!」

 

視界を染め上げる虹色の砲撃が、周囲を巡る星団の檻をこじ開ける。

その残光も消えぬ間に、私は檻の外に飛び出していた。

 

「ヴィヴィオ! こっち!」

「キャロ……っ、ちょっと待ってて!」

「えっ?」

 

私を誘うキャロに一言告げてなのはさんに向き直ると、先程まで私を閉じ込めていた星団がなのはさんの構える杖の先に収束するのが見えた。

 

「"ブレイカー"」

 

次の瞬間こちらに向けて放たれたのは、今の私の体を飲み込んでなお余りある規模の収束砲撃だった。

だが、今の私なら――!

 

「紫電、一閃ッ!!」

 

右の拳に全霊の魔力を込め、身を翻しながら右フックの要領で砲撃を殴りつけると、収束砲撃はその軌道を僅かにそらされ、私の数cm横を通り抜けていった。

 

「す……凄いね、ヴィヴィオ……」

「キャロの強化魔法のおかげだよ。私だけだったら多分、躱しきれなかった。」

 

唖然とした様子のキャロの言葉にそう返答し微笑むと、キャロは更に唖然とした様子で言葉を漏らした。

 

「なんか、雰囲気変わったねヴィヴィオ……?」

「うん。……後で話すよ。」

 

……全部はまだ話せないけど、私が打ち明けられる全てを話そう。

本当の意味で仲間になる為に。近い内にきっと訪れる脅威に、皆で立ち向かえるように。

 

≪キャロ! ヴィヴィオ! 今の大丈夫だった!?≫

≪あ、ティアナさん! はい、私達は大丈夫です!≫

≪心配させてごめんね、ティアナ。こっちも無事だよ。≫

≪……えっ、今のヴィヴィオ? 随分雰囲気変わったわね……≫

≪うん、キャロにも言われた。≫

≪ふーん……まぁ、良いわ! 早速だけど、次の作戦よ! なのはさんに何とか一泡吹かせてやりましょう!≫

≪はい!≫

≪任せて、ティアナ。≫

≪……何かやりにくいわね……≫

 

 

 


 

 

 

――まさか、あの状態から抜け出すなんて……ちょっと見誤ったかな。

 

フリードに乗り、ティアナの下へと飛んで行くヴィヴィオを見送りながら、先程の一戦の反省点を纏める。

 

アクセルシューターのバリエーションとして開発した『クラスターシフト』は、込める魔力と生成する魔力弾の数をひたすらに増やした魔法だ。

操作にも相応の集中力が必要なばかりか、操作可能範囲も通常のアクセルシューターより狭くなっている。

しかしその分、捉えた相手を逃がさない事に関しては大抵の拘束魔法を上回る魔法だったのだが……

 

――逃げられた場合の"ブレイカー(収束砲撃)"も対処されちゃったし、"滅び"にはちょっと力不足かな。

 

強化魔法を受けたとは言え、たった二人の魔導士で対応できる程度の拘束力では、恐らく"滅び"には通用しない。

それで通用するなら、今の機動六課なら完封できるだろう。

 

――それにしても、あの時のヴィヴィオの眼……大切な事には気付いて貰えたみたいだ。

 

彼女はこれまで何処かフォワードの皆と馴染めていないと感じる事があったけど、きっともう大丈夫だろう。

そして、彼女に対するフェイトの憂いもきっと消えた筈だ。

あの眼は心の底から仲間を信じる者にしか出来ない……少なくとも、私はそう信じる事にした。

 

そんな事を考えていると、ふと周囲の変化に気が付いた。

 

――霧……? 仮想空間の天候は今固定にしてあるから、これは……魔法?

 

観察している間にも霧はどんどんと濃くなり、ティアナ達の姿も見えなくなる。

 

――魔力感知も……成程、この霧に使った魔力が目晦ましになるのか。

 

確かにかなりやりにくい環境だ。プロテクションを縛っている為、身を守ると言う事も出来ない。とは言え、

 

――感覚だけど、半径数m程度なら魔力感知も出来るかな。

 

私もありとあらゆる相手に対応しようと鍛えた事がある身だ。大抵の状況は想定した事がある。

ティアナの作戦が、フォワード達の実力がその想定を超えてくれるか、見せて貰うとしよう。

 



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フォワード達の集大成

ティアナの幻影魔法により生み出された霧の外。

最高評議会の三人は、戦場を俯瞰できる上空からその一部始終を見ていた。

 

「ふむ、魔法で霧を作ったようだな。」

「ティアナ・ランスター……地上本部に所属するティーダ・ランスターの妹か。」

「あの年でこれ程の規模を幻影で包むとは……機動六課は人材に恵まれたな。」

「最終目標を思えば、そうであってくれなければ困ると言う物だ。」

 

三人の眼にはなのはを中心として不自然に渦を巻く濃霧が広がっており、その内部の動きを見る事は叶わない。

しかし、霧の内側で膨れ上がった魔力がその時を知らせた。

 

「……動くか。」

 

赤髪の少女……リオンがそう呟くと同時、霧の一角がオレンジ色に輝いた。

 

 

 


 

 

 

――来た!

 

視界を塞がれた事で広げていた魔力感知の網に、複数の魔力反応が引っ掛かる。

この魔力の反応は……

 

――ティアナのクロスファイアーシュート!

 

弾の数は関知しただけでも20個……その分制御は放棄したのか、軌道は直線的で狙いも甘い。

ティアナもこの霧の影響を受けているのだろうか? だとすれば、作戦としてあまりにもお粗末と言わざるを得ないが……

 

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言う様に、偶にこちらに飛んでくる魔力弾を軽くいなしながら次の動きを待つ。

 

――魔力の無駄遣いになるような戦い方は教えていないんだけどな?

 

そう疑問に思ったところで、感知した魔力に変化が起こる。

私からやや離れた位置を通過する魔力弾から、突如として違う魔力が噴き出したのだ。

 

「――ッ!」

 

――成程、今のクロスファイアーシュートは囮……! 本命は……!

 

咄嗟に振り向き攻撃に備えるが、()()は私が反応してから1秒も経たずに懐に潜り込んでいた。

 

「"紫電――」

 

弓の弦のように引き絞られた彼女の拳に、虹色の輝きが灯る。

既に私は彼女の射程に入っており、私はプロテクションを使えない!

 

――だったら!

 

≪Flash――≫

 

余り使う事が無い為にアレからも改良はしていない魔法ではあるが、それでもデバイスを衝撃から守る程度の強化にはなる筈だ。

私はそのまま輝きを放つレイジングハートを振り抜き、ヴィヴィオの拳を迎え撃った。

 

「――一閃"!!」

≪――Impact.≫

 

二人分の魔力が暴れ狂い、暴風と衝撃となって私とヴィヴィオを苛むが……

 

「驚き、ました! ……近接っ、戦も! 熟せるんですね、なのはさん!」

「それは……私のセリフだよ! 余り、にも! 突然、成長しちゃったから……ねっ!」

 

その衝撃の中でも私とヴィヴィオは離れることなく打ち合っていた。

いや、正確に言えば私は距離を取りたいのだが、ヴィヴィオがそれを許さず詰めて来るのだ。

 

ヴィヴィオは私が近接戦も熟せると言ってくれたが、所詮は付け焼刃だ。

以前近接戦の運び方をシグナムとザフィーラの二人から教わったものの、結局彼女達程の技術を獲得するには至らなかった。

恐らくは適性が無かったのだろう、だからこそ私の近接戦は魔力による衝撃を起こし、相手から距離を取る……或いは、相手に距離を取らせる事を目的としたものになっている。

 

だと言うのに、ヴィヴィオは絶え間なく発生する衝撃にも爆風にも怯まない。

正直な所、かなり戦いにくい状況に持ち込まれている。それに加えて……

 

「くっ……!」

 

――ティアナのクロスファイアーシュート……! 囮だけでなく、援護射撃にも使う為だったのか!

 

さっき私の横を通り過ぎて行ったクロスファイアーシュートが軌道を変え、ヴィヴィオの攻撃で生まれる僅かな隙をカバーしている。

やはり自分の魔力で作った霧なだけあって、この中での動きは完全に把握されているらしい。

 

――相手の視界と魔力感知を封じながら、自分の魔力で戦場を把握する……かなり効率的な魔法だけど、その分魔力の消費も早い筈! 維持する為の集中力だって、そう長くは持たない……だったら!

 

どうせ衝撃でヴィヴィオを吹っ飛ばせないのなら、その分魔力を節約してクロスファイアーシュートの迎撃に使った方が良い。

 

「っ! させません!」

 

私が近接戦闘に当てた魔力を減らし、マルチタスクでディバインシューターを生成すると、こちらの狙いを看破したヴィヴィオの攻撃が一段と激しくなる。

クロスファイアーシュートの勢いも増し、更に苛烈な攻撃に晒される事になったが……

 

――攻撃が若干だけど単調になった! これなら攻撃を弾いて回り込める!

 

そうして放たれたヴィヴィオの拳を弾き、そのままそこを軸にするように回転。隙だらけの所を攻撃しようとしたところで……その声は聞こえた。

 

「――今よッ!」

「!?」

 

――ティアナの声! 合図……誰に!?

 

突然の声とその意図に、一瞬身体が硬直する。

そして同時に感知したのは……新たな魔力の反応。

 

「ハアァッ!!」

 

――エリオ……!

 

恐らくはスピーアアングリフによる特攻だろう。

キャロの補助魔法も受けているらしく、とんでもない速度で真っ直ぐに向かって来る! まるで私の位置をエリオも把握している様な……いや、まさか!

 

――()()()()()……? ヴィヴィオはわざと攻撃を単調にして、私を回り込ませた……!

 

フォワード達の連携の練度が私の想像を遙かに超えてくれた歓喜に、背筋がゾクゾクと震える……こう言う喜びがあるから教導官はやめられない! だけど……!

 

「まだだよ!」

 

あと僅かに私の感知範囲が狭ければ受けるしかなかっただろう突進を、ギリギリで回避する。

 

「おかえし!」

「――させないッ!」

 

そのまま通り過ぎようとするエリオに対して追撃を放とうとするが、それは割り込んできたヴィヴィオに弾かれてしまった。

 

「良いよ、仲間の隙をしっかりカバー出来てる!」

「その様子からして、まだまだ余裕があるようですね。ですが……感心するのはまだ早いと思いますよ?」

 

ヴィヴィオがそう言うと同時、私の背後から高速で飛来するストラーダ。

穂先には先程同様に電気を帯びている為、当たれば感電してしまうだろう。そうなってしまえば均衡は忽ち崩れ、私はガードもままならなくなる。だけど!

 

「当然、感知してたよ! ……って、えっ!?」

「でしょうね。流石……ティアナです。」

 

背後から迫る槍を振り返る事無く回避すると、ヴィヴィオは自らに飛んできたストラーダの柄を掴み、そのまま霧の向こうへと消えて行った。

 

――今のもティアナの読み通り!? だとすると今度は一体……?

 

ここから追撃しようにも、エリオはストラーダを投げた直後だ。デバイス無しでもある程度の魔法は使えるだろうが、決定打にはならない。

ヴィヴィオは近接攻撃が得意な為、距離を置くメリットはない。それに今のは距離を置いたと言うよりも……避難?

 

……待てよ?

 

――さっき通り過ぎたエリオの方角と、今のストラーダの軌道から推測される射出地点が()()()()()……!

 

空中で起動を変えたにしては、二つの間隔が短すぎる。ストラーダの噴出機構を用いた空中機動はそこまで器用ではない筈だ。

 

その違和感に気づいたと同時、魔力感知に再び何者かの接近が引っ掛かる。

そして今しがた抱いた疑問の答えは直ぐに解消された。

 

「なのはさん、御覚悟をッ!」

「成程……貴女がエリオを受け止めたんだね、スバル。」

 

恐らくはこの霧の向こうにウイングロードが伸びているのだろう、彼女が突っ込んできた方角は先程のストラーダ射出地点と合致していた。

そして彼女が近付いて来ると同時に、ブルブルとした空気の()()が伝わって来る。

 

――振動破砕……!?

 

流石にアレを直接受ければひとたまりもない。

スバルの突進は一直線な為、落ち着いて距離を取るが……スバルはまだ私と距離がある状況でその拳を振りかぶった。

 

「!? 何を……」

「――振動破砕・改!」

 

そしてその拳が振るわれると同時に、彼女の拳の振動は……周囲の空間全てを歪ませた。

 

「ッッ……! ぁ、ぐっ!!?」

「ぐ……ッ! 流石にこれは、きついですね……」

 

捻じれる空間と轟音に、全身の感覚が麻痺する。

それと同時にスバルが何をしたのか、歪む視界の中で理解した。

 

――霧が、消えて……そうか、振動破砕で狙ったのは、私じゃなくて……()()()()()……

 

彼女の振動破砕・改は魔力に対して共振を起こすものだ。

そしてさっきまで私が居たのは、霧の……いや、ティアナの魔力の中心部……! だからスバルの振動破砕・改を使えば、周囲の空間全てを振動させる事になる……!

 

長いようで短い戦闘を覆い隠していた霧が晴れ、力尽きるように落ちていくスバルがフリードに回収されたのを視界の端で捉える。

 

「――こ…で……とど…です!」

 

そしてフリードが私の方に向き直ると、その背に乗ったキャロの正面に()()()()()が構築され……

 

「来…、天地貫…業火の咆哮! 竜咆召喚! ≪ギオ・エルガ≫!!」

 

そこから放たれた眩い輝きが私の全身を飲み込んだ。

 

 

 


 

 

 

「な……なんと……」

「縛りがある状態とは言え、あの高町なのは教導官を打ち倒すとは……!」

 

フォワード陣の連携を末に放たれた咆哮召喚が大地を震わせる中、その様子を見ていた最高評議会の三人も驚愕に身を震わせていた。

 

「新たな時代の芽は既にここまで……! いや、だが……」

 

それと同時に彼等を包むのは言い知れぬ不安だ。

彼等はこれまで、高町なのはこそ予言に記された"光"であると言う確信を持っていた。

例えそれが滅びの元凶たる可能性を秘めていようと、その絶対的な力が滅びの抑止となる可能性に希望を見出していなかったと言えば嘘になる。

 

だが、彼女は決して無敵ではない事が証明された。

 

当然と言えば当然だ。いくら圧倒的な魔力を持っているとはいえ、高町なのはは人間なのだ。

生物としての枠を超えられない以上、そこにはどうしても弱点が生まれる。

 

嘗て疲労により倒れたなのはがその時に自覚したそれを、ここに来てようやく最高評議会の三人は実感した。

 

「……予言の解釈について、改めるべきか?」

「しかし既に彼女を中心とした対策は動き出している。今から方針を変えるのには限界が……」

「……或いは、既に滅びは回避されたのではないか? 先日、HE教団の聖女が拘束された事で。」

「むぅ……どちらにせよ、確かめねばなるまい。聖女は今、どこに?」

「地上本部にて拘留中だ。尋問の受け答えに整合性がつかぬらしい。」

「いかにする。」

「……行くしかあるまい。だが、レジアス・ゲイズに我等の境遇を話すべきか……」

 

動揺しつつも次の対策について思考を巡らせる三人だったが……眼下へと再び目をやったところで、更なる驚愕に……否、畏怖に身を震わせた。

 

そこにいたのはバリアジャケットがボロボロになりつつも、ギオ・エルガの煙の中から自らの魔法で空を飛び現れた高町なのはの姿だった。




なのは「素晴らしい一撃であった」
キャロ「ギオ・エルガでさえも……………」

最高評議会「やっぱり大丈夫かもわからんね」

耐えた方法など詳しい描写は次回で書きますが、流石のなのはさんも結構へとへとです。
模擬戦自体が早く終わった理由は、ティアナが「なのはに勝つには電撃戦しかない」と判断したからです。

気になった人の為に以下ティアナの作戦の流れ(なのは視点では霧の関係で描写できなかった部分)
1.ティアナが霧の幻影魔法で戦場を覆い、魔力でなのはの感知を視覚魔力共に鈍らせる。
同時にスバルのウイングロードを展開。全体は包囲せず、最小限のルートを確保する。
更に同時にキャロが補助魔法をエリオにかける。かけるのは速度強化・防御強化・攻撃強化。
2.ティアナが放ったクロスファイアーシュート(20発)に紛れるようにして幻影魔法で魔力波動を誤魔化したヴィヴィオがなのはに接近。ティアナの射撃による援護を受けながら、近接戦を仕掛ける。
3.霧の魔力が自分の物である為、なのは達の状況を正確に把握できるティアナがタイミングを計り、ティアナの合図でエリオがなのはに向けて特攻をかける。
槍と共に一直線に翔ける軌道で、なのはを挟んだ先にはスバルの待機するウイングロードがある。
4.当たれば電気の属性で感電する為、即座にヴィヴィオの一撃→キャロの咆哮召喚に繋げるが、回避された場合はウイングロードでスバルに受け止められた後、穂先に電気を纏った槍をなのはの背後から槍投げの要領でヴィヴィオにパスする。
5.当たれば感電する為、即座にヴィヴィオの一撃→キャロの咆哮召喚に繋げるが、躱された場合は次の行動の為に、槍を掴んだヴィヴィオが槍の推進力で戦闘空域を離脱。エリオもキャロからの魔法で強化された機動力を活かし、ウイングロードを伝って距離を取る。
6.速度+防御の補助を受けたスバルがウイングロードから飛び出し、なのはに接近。中距離砲撃の射程に入ったところで振動破砕・改をティアナの霧に対して使用。プロテクションを張れない縛りの都合でなのはには回避不可能。ティアナの霧の魔力は薄く広がっている為、共振で捻じれ、破壊されてもなのはに直接的なダメージはあまり出ないが、光・爆音・空間全体の振動を伴い、スタングレネードの様な役割を果たす。(スバルは元々頑丈+キャロの補助魔法+自前の障壁で耐える)
7.動きが鈍ったなのはに、フリードに乗って接近したキャロが至近距離から咆哮召喚。


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模擬戦を終えて

――直撃! これなら流石のなのはさんでも……!

 

自らの立てた作戦の通りに動いた状況とその結果に、少なくない満足感を得ながらもティアナは冷静にクロスミラージュを構え、魔力爆発の影響でもうもうと煙が立ち込める着弾点を見据える。

 

そんな時、隣にやってきたスバルが小さく呟いた。

 

「……これ、やったんじゃ……?」

「バッ……! スバル!!」

「え、あっ……! ゴメン、つい……」

 

俗にいう"フラグ"発言に、思わずスバルの方を見るティアナ。

勿論そんな言葉が戦況を左右する訳ではないのだが、もしやと再び空へと目をやったティアナは「やっぱり……」と呟かざるを得なかった。

 

「皆、凄い連携だったよ! 最後は私もちょっと焦っちゃった!」

 

そこには、バリアジャケットをボロボロにしつつも笑顔を浮かべる高町なのはの姿があった。

 

「もう、あんな事言うから……後で反省会ね。」

「ええ!? あたしの所為かなぁ!?」

 

スバルの反応を内心楽しみつつ「冗談よ」と返すティアナは、目の前の質の悪い冗談ではないかという状況をどうにかするべく頭を捻る。

 

――見たところ、流石のなのはさんも少なくない魔力ダメージは受けている。直ぐに反撃してこないのは、それだけ余裕がないから? それとも、俺の"次"を待っている……?

 

もしもそうだとするならば、更にもう一撃加えたい。なのはを超える事が出来ないとしても、自分達の成長を示す事で彼女の期待に応えたい。

しかしそんな彼女の思いと現実には、非情なまでの開きがあった。

 

――ダメだな。俺は今の霧の幻影の維持とクロスファイアーシュートに魔力を使い過ぎた。もう大規模な幻影は使えない。それに……

 

隣を見れば、構えを取るスバルの右腕が上がっていない事が更に厳しい状況を伝えて来る。

 

――スバルの振動破砕・改のリスクはこの仮想空間にも反映されている。流石に壊れたりはしないが、休憩が入るまでは右腕は使えない。

 

現実世界で振動破砕・改を安易に使う癖を付けない為に、スバルの振動破砕・改の反動は仮想空間でも再現されていた。

もっとも仮にそれが反映されていなかったとしても、スバルは自発的に右腕の使用を封じただろう。現実で出来ない動きをして勝てたとしても、その喜びは虚構に過ぎないからだ。

 

――エリオは槍を手放している。ヴィヴィオが投げ返せば回収は可能だろうが、なのはさんはそれを許さないだろう。キャロも短い間にあれだけ強化魔法をかけた上に、咆哮召喚も2回使っている。そして俺にかけられた強化魔法がさっき解除された以上、皆の強化魔法ももう直解けるだろう。ヴィヴィオに関してはもうとっくに解除されている筈だ。

 

そして強化魔法を再びかけるのを、なのはが待ってくれる保証はない。

唯一戦える可能性があるのはヴィヴィオだが、1対1の結果は既に見た通り。

 

――もう策を立てられる程の切り札は残ってない……か。

 

周囲の様子を見回して、ティアナはそう結論付けた。

そんな彼女の内心を見透かしたように、なのはが問う。

 

「流石にもう魔力切れかな?」

「……ええ、アレで決めるつもりでした。」

 

ティアナの言葉に「そっか」と一言呟き、なのはは更に問いかける。

 

「……じゃあここで休憩を挟む?」

 

一見、頃合いを見て提示されたただの提案に思えるなのはの問いに、しかしティアナは一瞬たりと迷わずに首を振り、力強く答えた。

 

「いえ、最後まで出しきらせてもらいます! 貴女の言葉の通り、全力全開を尽くして!」

 

――意地悪な問いかけだな。『模擬戦は常に実戦のつもりで臨め』と日頃言っているくせに……実戦で()が休憩を提案する訳が無いじゃないか。

 

ティアナがなのはの提案に乗っていたら、きっと彼女は言葉の通り休憩を挟んでくれただろう。

しかしその一方で、彼女は内心ティアナの評価を下げただろうと言う事はティアナ自身も分かっていた。

 

――さっきの一連の動きで、今の全力は見せた。だったらここから見せるのは、限界まで追い込まれた時にも折れない根性だ!

 

ティアナ本人も気付かぬうちに浮かべたその笑みに触発されたように、成り行きを見守っていたスバルもエリオもキャロも、そしてヴィヴィオも口元に笑みを浮かべた。

そんな彼女達の様子を見て、なのはは確信を得た。

 

――まだまだ伸びしろはあるけれど……これだったら大丈夫かな。

 

「そう来なくちゃ! 最後まで見せてよ、貴女達の成長を!」

 

――"スターズ"と"ライトニング"……そしてヴィヴィオ。フォワード陣は……機動六課は、十分に戦えるようになったみたいだ。

 

 

 


 

 

 

「――え? この後地上本部に、ですか?」

 

模擬戦を終えたフォワード陣の5人が地に突っ伏したように休憩を取っている間に、最高評議会のリーダー的存在でもあるリオンが話の中でそう切り出した。

 

「うむ、例の聖女や予言に関わる事で少し確認をする為にな。」

「必要と判断できる情報があれば追って伝えよう。ジェイル・スカリエッティの件に関しては任せるぞ。」

「八神はやて部隊長が話していたロストロギアに関しては、翌日こちらから使いを出す。先程も言った通り、17時ごろには着くだろう。」

 

最高評議会の三人は口々にそう告げると、私からの返答を待たずに現実世界へと帰還していった。

 

――聖女や予言に関する事か……

 

予言の解釈に関しては時々いくつかの憶測がはやてを通じて伝えられてきたが、その中の一つに『"滅び"は"凶星"が原因で起こるものではないのではないか』と言う物があった。

曰く『凶星の背後に滅びは潜み、凶星のみが姿を知る』と言う一文に於ける"背後"という文言は、解釈次第で『計画』にも『動機』にも捉えられるという話だった。

そう言う意味でも凶星の筆頭候補たる聖女が捕まった後も油断出来ない状況は依然として続いており、彼女から齎される情報にはそれだけ重要視されるだけの価値があるのだろう。

 

「――あ、フェイトちゃん。あの3人はもう行っちゃった?」

 

そんな事を考えていると、最高評議会の三人と入れ替わるようにフェイトが仮想空間にやってきた。

 

「うん、地上本部に用事が出来たんだって。見送りははやてがしてくれるみたいだから、私も訓練を見る為にこっちに来たんだ。」

「そっか。……それで、どう思った? ヴィヴィオの事。」

 

ヴィヴィオの模擬戦を最高評議会の三人に直接見せる提案をしたのは、他ならぬフェイトだった。

そんな彼女に今回の模擬戦を見た感想を聞くと、彼女は僅かに考えるそぶりを見せた後にこう答えた。

 

「……多分、敵では無いんだと思う。少なくとも時空管理局や、私達機動六課に害意を持っているようには見えなかった。……なのはは?」

「うん、私も同じかな。少なくとも今のヴィヴィオからは他のフォワード達に向けていた遠慮もなくなってる気がするし、あの子の事は信じても大丈夫だと思う。」

 

そう言って見つめた先には、休憩中に楽しそうに笑顔で話し合うフォワード達の姿があった。

 

「なのはも気づいてたんだね。だけど……」

「分かってるよ、フェイトちゃん。ジェイル・スカリエッティ博士についてはまだ分からない……でしょ?」

「……うん。だから明日はいつも以上に油断なく行こう。ジェイル・コーポレーションは、彼の味方しかいない場所だと思うから。」

「そうだね……もしかしたら、まだ私達が会っていないだけで"あの子達"も生み出されているのかも知れないし。」

 

もしかしたら明日は決戦の日になるかもしれない。

そんな可能性を再認識し、同時に今日このタイミングでフォワード陣の成長を確認できたのは僥倖だったのだと改めて思った。

 

と、その時、フェイトがふと思い出したように尋ねてきた。

 

「……そう言えばなのは、最後のあれってどうやって防いだの? 障壁の類は禁止だったのに。」

 

フェイトの言う『あれ』と言うのは言わずもがな、キャロの咆哮召喚の事だろう。

あの時は平衡感覚が狂わされていたから回避は出来なかったし、砲撃を放つだけの時間もなかったから流石に焦ったなぁ……

 

――あの一瞬で防ぎ方を閃いたのも、私が原作知識でアレを思い出さなきゃ無理だったし。

 

等とあの一瞬の事を思い返しながら、私は彼女の問いに答えた。

 

「あれは体の内側の魔力を只管高めたんだ。後は気合と根性かな?」

「……え? あっ、え? …………えぇ……」

 

あれ、おかしいな? アニメでリインフォースがエクセリオンバスターを無傷で受けた事からの発想だったんだけど、何故ドン引きされなければならないのだろう。

 

 

 


 

 

 

同刻、ジェイル・コーポレーションの一室にて――

 

「――という訳だ……頼まれてはくれないかい?」

『責任重大ですね。しかと、拝命いたしました。』

「ああ、ありがとう。……しかし、その固い口調はどうにかならないかね? なんだか娘から距離を取られているように感じて中々に寂しいのだが。」

『そう言われましても……どこに()があるか分かりませんので。』

「だが別に管理局も家族と連絡を取る事を禁じてはいないだろう? 家を離れて親の声が恋しいと言う者が居ない訳でもあるまい?」

『いえ、私がそう捉えられたくないので……』

「やめてくれたまえ。シンプルに切ない。」

『ふふ……――では、明日。お互い無事で会えるよう、最善を尽くしますね……父さん。』

「……ああ、困った事があれば遠慮なく頼ってくれたまえ。ドゥーエ。」

 

そう最後に告げてジェイル・スカリエッティが通信を切ると、傍にいた女性が我慢できなくなったように詰め寄る。

 

「お父様、何故ドゥーエ姉様を今回の使者に選んだのですか!?」

「君が怒るのは分かるよ、クアットロ。だが今回は私達にとっても、会社にとっても特に重要な任務だ。彼女以外に適任が居ない以上、任せるしかないんだよ。」

「いいえ、ドゥーエ姉様以外にも出来る筈です! 私にだって……!」

「いや、現在時空管理局の地上本部にいる彼女にしか不可能だ。明日は恐らく、私達の出入りが厳しく監視されるだろうからね。」

「そ、それは……ですが!」

「それに君には君の任務がある。そして、その任務こそ君の能力でなければ実行不可能なものだ。分かるね?」

「……はい。」

 

自らに与えられた役目を思い出したクアットロが落ち着くのを見て、スカリエッティはドゥーエに与えた任務を思い返す。

 

――使者と言えば聞こえはいいが、その実態は案内役兼()()だ。クアットロが不安になるのも当然だな……

 

スカリエッティ個人としては安全であると確信はあるが、彼女達にそれを言っても理解は出来ないだろう。

寧ろ『前世の記憶で安全と知ってるから』等と言う荒唐無稽な根拠を話せば、却って心配させる可能性さえあるのだ。話す訳には行かない。

 

――お詫びと言っては何だが、この一件が終わったら久しぶりに家族サービスでもしようか。思えば仕事が軌道に乗って以来、旅行も行っていないからな。

 

等と、ややフラグ染みた未来計画を思い浮かべながらも、スカリエッティはクアットロに彼女自身の任務の詳細を伝えて行く。

 

「……以上が君の任務で守る範囲だ。今言った箇所だけは何としても隠し通してくれ。」

「分かりましたわ。」

「当然、君自身もだ。例えどんな光景を見る事になろうと、決して出て来てはいけないよ。」

「……貴方の采配を信じますわ。お父様。」

「ああ、信じてくれたまえ。」




ナンバーズの内2人の初登場回です。もう終盤ですが。
他の子は仕事してたり(ウーノ)、別の任務の為に動いてたり(セイン)、色々です。
多分活躍らしい活躍するのは極一部です。少なくとも原作にいない13以降はちょい役止まりですね。

若干(?)性格が違うのは生活や生まれた目的の違い、素体の違い、もともと存在していたランダム性の影響等です。あまり原作のイメージは崩さない程度にですが。
ただ一部色々とうろ覚えな子もいるので、明らかに違い過ぎたらご指摘ください。

ISに関しては原作と同じとしています。ランダム性とか考えると原作と違うのが当たり前なのですが(特にセイン)、そこはご都合主義でお願いします。(新しく12人分ISっぽい能力考えるのは無理……)


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人質

模擬戦の翌日、機動六課隊舎の応接室にて4人の女性がとある来客の応対をしていた。

 

「――こちらが、お望みの物です。」

「拝見させていただきます。……――確かに、受け取りました。」

 

来客……管理局の使いを名乗った銀髪オッドアイの男が手渡したケースから青い宝石のような物を受け取ったはやては、それが前回の事件で押収されたロストロギアである事を確認し、プレシアに手渡した。

 

「彼等からのメッセージも受けております。『貸し出しの期限は予言を回避するまで』との事です。」

「そうですか。……『ありがとうございます』と、お伝えください。」

 

使いの男に対してはやてがそう返答すると、彼はそのまま言葉を続けた。

 

「そしてもう一つ、メッセージがございます。こちらは私の()からです。」

「父……?」

 

突然妙な事を口走った男に対して、何かの聞き間違いかと思いつつも視線を向けたはやては次の瞬間、信じがたい光景を目にした。

 

「はい、私の父様……"()()()()()()()()()()()"からのメッセージです。」

 

そこにいたのはさっきまでの銀髪オッドアイではなく、長い金髪を真っ直ぐに伸ばした女性の姿だった。

 

――こいつは、ナンバーズの……!

 

はやてが即座にハンドシグナルで指示を飛ばすと、ものの数秒でセットアップしたなのはとフェイト、プレシアを含めた4人による包囲が完成する。

しかし、4つのデバイスと膨大な魔力を突きつけられた状態でもなお、管理局の使いに化けていた女性……ドゥーエは冷静そのものであり、抵抗どころか身じろぎさえしていなかった。

 

「……自分、どういうつもりや。許可なく身分を偽る魔法……それも、よりにもよって管理局員に化けるなんて、軽い罪では済まんで。」

「承知の上です。ですが、()()はあくまで魔法とは違う能力による物。少なくとも管理局法では魔法を用いない"変装"は罪に当たりませんよね?」

 

問い詰めるようなはやての言葉に対し、再び銀髪オッドアイの男に化けたドゥーエは淡々と答える。

インヒューレント(I)スキル(S)』と呼ばれるその機能について、転生者であるはやては当然事前知識として持っていた。しかし、実際にそれを使用して見せられたことで、明らかに魔法とは違うメカニズムである事を再確認させられていた。

 

「エントランスに仕掛けられとったセキュリティを突破できたんは、ソレが理由って事か。また厄介な物を……ほんで、その能力を使って自分は何の為にここに来たんや? まさかその"変装"の自慢っちゅう訳やないんやろ?」

「はい。先程も申しました通り、ジェイル・スカリエッティからの伝言を届ける為です。その為に、本来最高評議会からの使者となる予定だった方の姿を借りさせていただきました。」

「その局員は無事なんやろな?」

「誓って危害は加えておりません。本人は今頃、突然入った休暇をのんびりと過ごしている事でしょう。」

「……ならええわ。本題のメッセージとやらを聞こうやないか。」

 

そう話すドゥーエの言葉を鵜呑みにする訳ではないが、直ぐに確認できる事でもないかと判断したはやては銀髪オッドアイの安否確認を後回しにして、一先ず彼女の用件に耳を傾ける。

すると彼女は懐からジェイルフォンを取り出して応接室の机に置くと、その場の全員に見えるように操作し始めた。

 

「これは……ジェイル・コーポレーション周辺の3Dマップか?」

 

しばらくしてドゥーエの操作によって空中に投影されたのは、はやてが言ったようにジェイル・コーポレーションのビルを中心とした3Dの街並みだった。

 

「はい、ここからは父様からのメッセージと共にご覧ください。」

 

そのままドゥーエが操作を続けると、表示された街並みの一角をズームアップするように映像が動き、メッセージが再生される。

 

『やあ機動六課の諸君、私はジェイル・スカリエッティ。君達がこれからジェイル・コーポレーションに来る事だろうと予想し、このメッセージを我が娘に持たせた者だ。』

「!」

 

ズームアップされた街の一角に現れたジェイル・スカリエッティの言葉に、はやて達は息を飲む。

よりにもよってこれから踏み込もうとしている相手に、こちらの動きが筒抜けだと釘を刺された様な物だからだ。

しかしそんな彼女達の反応を気にする筈もなく、映像は進む。

 

『さて、諸君が気になる点はいくつかあるだろうが、先に彼女……ドゥーエを向かわせた理由について簡潔に説明しよう。彼女は言わば"案内人"であり、私から君達に預ける"人質"だ。』

「なっ……!」

 

ジェイル・スカリエッティの言葉に、思わずはやての声が漏れた。

そのままドゥーエに対して視線を向けると、彼女は平然とした様子で映像を眺めていた。その様子から、彼女は自身が人質である事を承知でこの場に一人やって来たのだという事が伺えた。

 

『気を悪くするだろうが、先ず話を聞いてほしい。君達にはこの後、映像に記したルートでジェイル・コーポレーションまでドゥーエを連れて来て欲しいのだ。そこで人質の交換を行いたい。万が一道を忘れたり、迷ったりしても心配はいらない。このルートは普段、ドゥーエ……我が娘達が出入りする従業員用の出入り口だ。ドゥーエが居れば案内してくれるだろう。』

 

映像はジェイル・コーポレーションから少し離れたところにある地下駐車場から入り、とある扉を抜けた先の通路を進んでいる。通路は似たような光景が続き、潜るドアにも何の変哲もない為迷いやすい構造になっているようだ。

 

『そして、彼女と交換する人質は他ならぬ私自身……ジェイル・スカリエッティの身柄だ。』

「……は?」

『分かりやすく言えば"降伏"と言う奴だよ。元々敵対していたつもりはないが、疑われる心当たりはあるからね。会社と娘達を守るために、私は一先ず大人しく捕まる事にするよ。娘を人質として送ったのも、私が君達に逆らわない保証の様なものだ。こうでもしなければ、いくらこちらに敵意が無いと言っても信じては貰えないだろう?』

 

確かに、とはやては内心で一応の納得を見せる。

生死体事件と聖女との裏の繋がりが明らかになったこのタイミングで、突然敵意が無いと言われても「はい、そうですか」とはならない。

だが、敵対の意思が無いのに何故こちらの動向に目を光らせていたのか……と言ったようないくつかの疑問は消えない。

 

――何処までが真実で、何を隠しているか……それを何とかして探り出す必要があるな。

 

はやてがそう考えている間にメッセージは終盤に差し掛かって行き、映像には『従業員専用』と書かれた扉が映っていた。

 

『以上が我がジェイル・コーポレーションまでのルートだ。他に気になる事があればドゥーエに聞くと良い。彼女の知っている範囲ならば、包み隠さず答えてくれるだろう。では、君達がジェイル・コーポレーションに来るのを待っているよ。』

 

最後に映像のジェイル・スカリエッティがそう言うと、彼のメッセージは映像とともに消えた。

残された彼の娘であるドゥーエは、そのまま淡々とジェイルフォンを懐にしまうと立ち上がる。

 

「――そう言う訳ですので、早速行きましょうか。」

「……まぁ、ええ。どの道ジェイル・コーポレーションには乗り込むところやったんや、望み通り出向いたろうやないか。」

「良いの、はやてちゃん? これって罠なんじゃ……」

「こっちの動きが読まれとった以上、どっちのルートで行っても変わらんやろ。それに……このドゥーエって奴の監視も必要やからな。」

 

諫めるようななのはの疑問にそう答えながら、はやてはドゥーエが"変装"と表現したIS"ライアーズ・マスク"の能力を思い出し、考える。

 

――人質、か……よう言うわ。こんなん警告とそう変わらんやんけ。

 

彼女が自ら正体を明かさなければ、はやて達はドゥーエをここに置いたままジェイル・コーポレーションに向かう可能性もあった。そしてその上でもしも彼女やジェイル・スカリエッティに敵意があれば、彼女は"変装"を駆使して機動六課を混乱に陥れる事も容易に出来たのだ。

ヴォルケンリッターを始め、多数の実力者を擁する機動六課を陥落させる事は流石に難しいだろうが、爆弾の一つや二つ仕掛けるくらいは出来ただろう。

 

――完全に先手を取られた形やな……まぁ、こっちの動きがバレとった時点でこうなる事は決まっとったか。

 

「とは言え、一応拘束はさせて貰うで。さっきの"変装"で好き勝手されたら敵わんからな。」

「ええ、それくらいでしたら構いませんよ。」

 

はやての僅かばかりの抵抗として使用された拘束の術式を、ドゥーエはこれまた一切の抵抗をせずに受け入れた。

身体の前で合わせられた両手首から肩口にかけて無数の光輪が縛り付け、更にその上からグレイプニルによる魔法封じまで重ねられた念入りな拘束だ。

だというのに一切慌てる様子の無いドゥーエの態度は、それでもイニシアチブを握るのは彼女達だという印象を抱かせた。

 

――ほんま、やり辛い相手やわ。

 

「……さぁ、行こか。」

「はい。あぁ、それともう一つ、移動は一般車かそれに偽装した車両でお願いします。あまり大事にはしたくありませんので。」

「この人質、注文が多いなぁ……」

 



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ジェイル・コーポレーション・表

移動はカットです。


「――『従業員専用』……ここやな。」

「はい。私が扉の前に立てば、鍵は開きます。」

「確か、オートマタの識別信号やったか? 便利なもんやな。」

 

あれからここに来るまでの車内で、彼女達の事情は一通り聞いた。

それによるとどうやら彼女達は名前や容姿、能力こそアニメで見た『ナンバーズ』と瓜二つだけど、その製造工程には大きな差があったようだ。

 

――ドゥーエの言葉を信じるなら、彼女達は厳密には戦闘機人ではないという事になるな……ISが使える辺り、技術の流用はしているみたいやけど。

 

言うなれば機械兵を生体パーツで作るようなもので、人格に関してはインテリジェントデバイスに使うような高度な人工知能をさらに発展させたものらしい。

言うなれば戦闘機人をよりクリーンかつ安全に生み出す為の技術革新であり、その辺りから少なくとも転生者『ジェイル・スカリエッティ』はアニメのジェイル・スカリエッティよりも道徳や倫理を重んじている姿勢が見受けられた。

 

だが同時にこうも思う。生死体事件の少女然り、ナンバーズ然り……法の抜け道を探るような物ばかり作るから疑われるんじゃないのだろうか、と。

 

そんな事を考えている間にドゥーエが従業員専用入り口の前に立つと、扉は彼女を認識したのだろう。"ピピッ"と小さな音がした後、すんなりと開いた。

 

「……それにしても、まさか本当にここまで何事もなく辿り着けるとはなぁ……」

「何度も説明しましたように、罠ではありませんから。」

「あくまでジェイル・コーポレーションの信頼を守る為って言うんやろ? その為に()()()()するか?」

 

正直、疑われて困る『裏』が無いのならば堂々としていれば良いのではないか、と言うのが私の考えだった。

なにより、()を人質として送ってまで裏でこそこそ会おうとするなんて、それこそ管理局から疑われる原因になるだろうに……

 

そう言う意図を乗せた私の問いかけに、彼女はやや困ったように答えた。

 

「……ジェイル・コーポレーションには、()()がありますから。」

「前例? …………ああ、そう言えば有ったみたいやな。そんな事も。」

 

彼女の言う前例の切っ掛けは、ある一つの根も葉もないゴシップだった。

"ジェイル・コーポレーションは秘密裏に兵器を開発している"……そんな誰が何の意図で流したのかも分からない噂が原因で、一度ジェイル・コーポレーションには管理局の捜査のメスが入った事があったのだ。

 

結果から言えば噂は噂でしかなく、当然開発している兵器等も見つからなかった。

噂の出所も後に特定され、ある一人の男が逮捕されて小さな事件は解決したのだ。

 

「"()()()()()"ですか……」

「……すまん、失言やったな。」

「いえ、はやてさんを責めても仕方ない事でしたね。」

 

と言うのも当時の私はまだ小学生であり、管理局員どころか騎士にもなっていない時だからだ。私がその事件を知ったのだって、今回の一件で過去のジェイル・スカリエッティに前科が無いかを調べ直したのが切っ掛けだった。

 

「当時、ジェイル・コーポレーションの収益源はジェイル・フォンとたった一つのソーシャルゲームのみでした。今でこそ十分に感じられそうですが、当時はジェイル・フォンの浸透率はそれほど高くなく、ジェイル・フォンでしかプレイできないソーシャルゲームの売り上げも当然芳しくない状況でした。」

「――なにしろ、当時の我が社は出来立てほやほやの新興勢力だったからね。いくら既存の携帯端末より遥かに優れた性能があったとしても、わざわざ買い替えるだけの"信頼"を持ち合わせていなかったのだよ。」

「! どうやらお出ましのようやな、ジェイル・スカリ……エッティ……?」

 

ドゥーエの説明を引き継ぐ形で割り込んだのは、彼女の父であり、この会社の社長であるジェイル・スカリエッティ本人だった。

どうやら私達が来るのを待っていたらしく、その周囲には数人のナンバーズが護衛のように立っており、その身体は幾重にも重なるロープで厳重に拘束されていた。

 

――え、もう捕まっとるやん。なんで?

 

「ああ、すまない。懐かしい話をしているようだったからね、つい口を挟んでしまった。それにしてもあの騒動はまさに痛恨だったよ。何せ信頼を勝ち取らなければ未来が無いというのに――」

「いやいやいやいや! 待て待て待て待て! ちょぉ待て!! それより先に説明する事があるやろ!?」

「……? ……! ああ、この格好かね? ドゥーエを人質に出したと娘たちに伝えたらこうなった。」

「おら、さっさと歩けバカ親父。」

「えぇ……」

 

赤髪の女性(ノーヴェ)にせっつかれた彼は、「まぁ、ご覧の通り今は私が彼女達からの信頼を勝ち取らなければならないのだがね。はっはっは」等と言いながら笑顔でこちらに歩いて来る。……ある意味で恐ろしい相手だ。

 

「さて、ここで私とドゥーエの身柄を交換すれば私の用事は完了するのだが、以前のような疑いをかけられているのを晴らさないのも不安だね。そこでどうだね? 折角来たついでに、軽く職場見学(調査)でもしていくかい?」

「自分何でその状態でそんな話持ち掛けられるんや?」

 

……まぁ、見せてくれるんならそれに越した事は無いんやけども。

 

 

 


 

 

 

カタカタと、慣れない手でパネルを叩く。

 

空中に表示されているホログラムに並ぶのは、私達の人格AIを構成するものとはまた少し違うプログラム言語の羅列だ。

この入力された文字の一つ一つが今私達が作っている世界の法則であり、人物であり、物語であり、現象を司る。

フルダイブ型のVRゲームを作るのは、一つの世界を作る事と同じである……これはこのジェイル・コーポレーションの社長である父、ジェイル・スカリエッティの言葉だ。

 

――まぁ、あの人は一度も開発に関わった事ないんだけど。

 

その理由はいくつかあるが、一番の理由は彼が私達『オートマタ』とは違って機械に自分の精神を潜り込ませる事が出来ないというのが大きい。

機械に精神を送り込んだ状態であれば、私達は現実でこうしてパネルを操作するのとは比較にならない速度で世界を構築していける。

そのおかげでジェイル・コーポレーションは他の会社とは比べ物にならない速度でVRゲームを造り出せているという訳だ。

 

では何故、今『オートマタ』である私達がわざわざ非効率的な手法でゲームを作っているのかと言うと――

 

 

 

Message:Sunny@32 > ALL:パネル叩くのクソだるい……

Message:Mio@30 > ALL:わかる。めっちゃ非効率でイライラする

Message:Yomi@43 > ALL:なんでパネルに指示を出す手に動くように指示を出すなんて二度手間をするんだ……

Message:Nina@27 > ALL:朝説明しただろう。管理局に調査させるからだ

Message:Mio@30 > ALL:それは聞きましたって。クアットロ姉様がエレベーターとか隠したのもその一環ですよね?

Message:Sunny@32 > ALL:どうせならこの部屋全部クアットロ姉様のISで誤魔化してくれたらいいのに……

Message:Nina@27 > ALL:それでもし部屋に入って来られたらどうする? バレた時に余計に怪しまれるだろう?

Message:Sango@35 > ALL:でもその所為で今日の作業全然進んでない……

Message:Yoyo@44 > ALL:ミ=ゴ姉のとこも? やっぱりリアルは非効率。リアルは死んだ。

Message:Sango@35 > ALL:『サンゴ』だっつってんでしょ!? Sango@35の文字見えないの!?

 

 

 

ホログラムとはまた別に私達の視界にのみ表示される連絡用チャットにて、丁度その話が流れてきた。

どうやらみんな少なからず鬱憤が溜まっているらしい。私もこのもどかしさをぶつける為に会話に加わるとしよう。

 

 

 

Message:Miku@39 > ALL:勝手にこんなこと決めやがってあのバカ社長マジで……

Message:Yomi@43 > ALL:今は何処もこんな感じでしょ……ちょっ、ミクちゃん!?

Message:Shiro@46 > ALL:ミクちゃんめちゃくちゃ荒れてて草

Message:Nina@27 > ALL:キャラ崩れてんぞミク

Message:Mio@30 > ALL:『ナンバーズクロニクル』ではあんなに天真爛漫なのに……

Message:Yoyo@44 > ALL:いつもは優しい子なんです……!

Message:Sango@35 > ALL:誰に弁解してんのよ……

 

 

 

多少オーバーに怒りを表現し過ぎたかなとは思うけど、幾分かスッキリした辺り割と本音が入っていたのかも知れない。

 

その後もパネルを叩く手は止めずにチャットを続けていると、突然物々しい気配が漂う発言が目に入った。

 

 

 

Message:Yoyo@44 > ALL:緊急事態

Message:Nina@27 > ALL:どうした

Message:Yomi@43 > ALL:またいつものサプライズ?

Message:Yoyo@44 > ALL:違う。これは由々しき事態。正直管理局舐めてた

Message:Mio@30 > ALL:何!? 管理局に何されたの!?

Message:Sango@35 > ALL:あー……皆気にしないで。多分大丈夫だから

Message:Miku@39 > ALL:どう言う事? 突然襲われたとかじゃないよね?

Message:Sango@35 > ALL:大丈夫大丈夫。ちょっとそこの通路通りがかっただけ。

Message:Shiro@46 > ALL:なんでそれだけでヨヨがそんな事になってんの?

 

 

 

シロの疑問は尤もだ。ヨヨはいつも落ち着いている印象で、動揺した姿を見た者は私の知る限りいない。

振り回されるタイプと言うよりは寧ろ振り回すタイプで、その性質は本人の趣味であるサプライズにも表れている。

 

 

 

Message:Sango@35 > ALL:大丈夫だって。

Message:Miku@39 > ALL:えぇ……何か不安

Message:Sango@35 > ALL:そろそろミクの部署の辺り通りがかるだろうし、通路見てたら分かるんじゃない?

Message:Mio@30 > ALL:って事はうちの部署じゃん……因みに管理局って誰が居た?

Message:Shiro@46 > ALL:あ、それ気になる。有名人いるかな……?

Message:Yoyo@44 > ALL:高町なのは

Message:Nina@27 > ALL:えっ

Message:Miku@39 > ALL:えっ

Message:Mio@30 > ALL:えっ

Message:Sunny@32 > ALL:えっ

Message:Shiro@46 > ALL:えっ

 

 

 

突然示されたビッグネームに反応してか、この部屋に響いていたパネルを叩く音が一斉に止んだ。

どうやら発言していなかっただけでこの部屋の全員がチャットを見ていたらしい。

 

 

 

Message:Sunny@32 > ALL:サンゴ、まじ?

Message:Sango@35 > ALL:まぁ居たけど……

Message:Nina@27 > ALL:もう駄目だ……おしまいだ……

Message:Yoyo@44 > ALL:あんなの勝てるわけがない

Message:Sango@35 > ALL:いや戦う必要ないから

Message:Yomi@43 > ALL:でも歩く時の余波で街路樹吹っ飛ばしたんでしょ……?

Message:Sango@35 > ALL:ネットのミームを本気にしないで

 

 

 

まぁヨミの発言は流石に冗談だとしても、睨んだだけで次元犯罪者が失神したという伝説を持つあの高町なのはが来るとなるとどうしても緊張が走る。

そして直後、部屋がしんと静まり返ったおかげで廊下から近付いて来る足音が耳に入った。

誰が言い出した訳でもなく、皆が鬼気迫る表情でパネルを叩き始める。絶対にこの場をやり過ごす……その一心で。

 

そして、足音は部屋の入口に差し掛かり、直後ドアが開き……えっ?

 

「ここは今丁度ビッグタイトルの続編が作られている開発室だね。『ベルカの伝説』というタイトルは聞いた事あると思うんだが……」

 

――いや父様、それ機密情報……って言うか、えっ!?

 

 

 

Message:Mio@30 > ALL:社長縛られてて草

Message:Shiro@46 > ALL:しかもなんでそのまま案内してんのさw

Message:Nina@27 > ALL:って言うか普通に機密話してるんだけど……

Message:Sunny@32 > ALL:えぇ……何このプレイ

Message:Miku@39 > ALL:……あっ、もしかしてヨヨが動揺してたのって!?

Message:Sango@35 > ALL:うん。

Message:Yoyo@44 > ALL:あんなの私でもした事ない……管理局のサプライズ力恐るべし……

Message:Nina@27 > ALL:何だそんな事か……

 

 

 

ニーナ姉さんの安堵と同時に父様達は再び廊下を歩いて行った。

全く、ヨヨの発言を真に受けるんじゃなかった。って言うか、サプライズ力って何よ……

でもこの後父様一度捕まるって話なんだよね……大丈夫かな。

もしかしたら2、3日は戻ってこないかもしれないし、もうちょっと顔見ておけば良かったかも。

 

 

 

Message:Mio@30 > ALL:って言うかあの縄持ってるのノーヴェ姉様だし、縛ったのもノーヴェ姉様なんじゃないの?

Message:Yoyo@44 > ALL:っ!! これからはお師匠様と呼ばせていただきたい……!

Message:Nove@9 > ALL:断固拒否する

Message:Yomi@43 > ALL:あれ……余波は?

Message:Miku@39 > ALL:本気だったんだ……それ




・オートマタ専用回線
本来は魔法さえ使えないような極限状態でも秘密裏に連絡を取る為の機能だったが、そんな物騒な機会が訪れる事はそうそうない為、社内チャット同然の使い方しかされていない悲しい機能。


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ジェイル・コーポレーション・裏

超難産でした……


八神はやて率いる機動六課の4人がジェイル・コーポレーションの内部を案内されている丁度その頃、彼女達の居る場所から遥か地下深く……ジェイル・コーポレーションの地下試験場にて、大人びた風貌の女性とゴテゴテした鎧を纏った人物が対峙していた。

 

女性の方は全身の力を程良く抜いた特有の構えを取っており、その両手にはナイフが握られている。

対して全身に鎧を纏った人物はそのごつごつしい印象に相応しい大剣を掲げると、その容姿に見合わないかわいらしい声で高らかに宣言し、構えを取った女性に斬りかからんと独特な足運びで駆け出した。

 

『行っくぞぉ! "サンシャイン・ブレイバァァ"! って……うわっ、とっとっとぉ!?』

『……はぁ、このバカ。隙ありだ。』

『待っ、ちょ、待ってチンク姉……グワーッ!!』

 

が、その直後、何もない所で躓いてバランスを崩した騎士は、鎧の重さも相まってか女性の眼前で転倒。無慈悲にも繰り出されたかかと落としの追撃により、呆気なく決着がついた。

 

 

 

『――うーん……何か上手く行かないなぁ……』

『セインはゲームの技を再現する事に拘り過ぎなんだ……いいか? 私達に求められてるのは純粋な戦闘力。パフォーマンスじゃないんだ。』

 

戦い……と言うよりは、今使っている身体に慣れる為のトレーニングを終えた二人は、データの計測結果が出るまでの間先程の組手について話し合っていた。

 

『あははー、分かってはいるんだけどね。でもせっかくリクエストしてまで再現してもらったんだし、やっぱりやってみたいじゃん?』

『それで戦闘力を落としていたら意味がないだろう……ただでさえ本来の身体との差異が大きい分、バランスを崩しやすいというのに。』

『いやぁ……でも自分の技らしい技も無いし、持ちキャラの技の方が使いやすいかなって。ホラ、元々あたしって前に出て戦うタイプでもないしさ?』

 

セインが言う様に、彼女が現在鎧姿の騎士になっているのはセイン自身のリクエストであり、鎧の重さに関しても(ゲームで)慣れているから大丈夫だとスカリエッティを説得していた。

事実、彼女は本来の身体とは異なる重心やリーチに対しても誰よりも早く適合し、彼女の主張が正しい事は既に証明済みでもあった。

 

今の組手の転倒に関しても、ゲームではかかっていた動作補正が無い状態で、ゲームだからこそ許されるスタイリッシュな動きを再現しようとした結果であり、普通に戦えば普通に強いのだ。

 

『全く……やはり本来の身体に合わせて貰った方が動かしやすいんじゃないか?』

『本来の身体……本来の身体かぁ……』

 

そのチンクの言葉を聞いたセインは彼女の言葉を反芻しつつ、何かを言いたげにチンクの()()()()を見つめる。

今のチンクはスラッとした長身の女性の姿をしているが本来の姿は()()異なり、やや小柄……身も蓋もない表現をすれば()()()()()の様な姿をしており、本人もその事を若干気にしている節があったのだ。

その事を指摘するようなセインの目線を受け、チンクは何処か居心地悪そうに尋ねた。

 

『な、なんだ……何が言いたい。』

『いやぁ……やっぱり気にしてたのかなぁって』

『こっ、この方がリーチが長いし、ナイフを扱う際にも便利なんだ! 別に私の趣味や理想を反映した訳では――』

「そこまでにしなさい、二人共。」

 

チンクの反論が熱を帯び始めたところで、パンパンと手を叩く音と共に割り込んだ第三者が二人を宥めた。

 

『ウー姉!』

『……管理局の方はどうだ?』

 

割りこんだ女性の正体はウーノ。

最初に生み出されたナンバーズであり、その役割はジェイル・スカリエッティの秘書兼、ジェイル・コーポレーションに於けるあらゆるセキュリティの管制である。

また、その役割を持つが故にジェイル・コーポレーションの中枢に自らの核を直接繋げる権限を唯一有しており、今回彼女にはその能力と権限から幾つかの役割が与えられていた。

 

「今は第4開発室に入ったところよ。クアットロの偽装は成功しているみたいね、今のところは何かを疑う素振りもないわ。」

『さっすがクア姉、この調子なら何も問題なさそうだね!』

『そうでなくては困るがな……今のこの状況を見られたら、説明に手間取りそうだ。』

 

そう言ってチンクが見渡す部屋の光景は、現在はやて達が案内されているジェイル・コーポレーション内部とは打って変わって、非常に物騒な物だった。

 

ズラリと並ぶ計器と端末にはセインとチンクを始めとする数人のバイタルが表示されており、その隣に並ぶカプセルには彼女達の本体が目を閉じた状態で横たわっている。

また、先程までセインとチンクが居た部屋……強化ガラスで区切られたスペースには、ジェイル・コーポレーションで秘密裏に開発されたアームドデバイスが所狭しと転がっており、ソレを用いた戦闘訓練が至る所で行われていた。

 

『別に悪い事しようって訳じゃないのにねぇ?』

『だとしても、やはり個人で回収したロストロギアを組み込んだアームドデバイスの存在はやはり問題となるだろう。……ウーノ、父様が言う"脅威"とは、本当にここまでする必要がある相手なのか?』

「……ええ、少なくとも父様はそう睨んでいるわ。」

 

彼女達の父であるジェイル・スカリエッティは、彼女達に自らが想定する脅威に関して必要以上の情報を与えていない。

それは彼の知る情報……2つの未来予知を合わせても、"滅び"の正体が不明瞭であるからだ。

……尤も、2つの情報を持つ強みとして、彼の想定する脅威は管理局の想定よりも幾らか具体性のある物となってはいるのだが。

 

『めんどくさいなぁ……ヴィヴィオのデバイスみたいに、正式に認可取っちゃえばいいのに。』

『仕方あるまい。管理局内にスパイがいる可能性が高い以上、我々の動きを察知される危険性は最小限に留めなければ。』

「そうね……と、忘れる所だったわ。さっきの戦闘で得られたデータによると――」

 

認可を取るにしても情報を渡すにしても、管理局とコンタクトを取れば内部のスパイにも情報が渡りかねない。

だからこそ彼は動いたのだ。

こうして自らが唯一信頼できる相手……機動六課に、身柄と情報を明け渡す為に。

 

 

 


 

 

 

帰りの護送車の中で、ジェイル・スカリエッティが話した内容は私達にも少なくない衝撃を与えた。

 

「管理局内にスパイやと……!?」

「まだ憶測の域に過ぎないがね。だが、相手の想像はつくよ。」

「一体何処の……」

「まぁ、待ちたまえ。まだ憶測の域に過ぎないと言っただろう? それを確かな物とする為に、こうして地上本部に向かっているんじゃないかね?」

 

彼が言う様に、はやてが運転するこの護送車は現在時空管理局の地上本部へ向けて移動している。

だがその理由は彼の言う物ではなく――

 

「アホ言うな、あくまでそっちは"ついで"や。本題は"聖女"との繋がりとやり取りに関する事情聴取って事を忘れんな。」

「おっと、そうだったね。まぁそれに関しても話すとも。"ついで"の用事を片づけたらね。」

 

はやての釘差しにも動じずに、軽い調子で話すジェイル・スカリエッティ。

彼から聞きたい事は多いが、いずれにしても向こうの取調室に着いてからとなるだろう。

この後の取り調べで、聖女の目的が分かれば良いんだけど……

 

そんな事を考えていると、ジェイル・スカリエッティは唐突にプレシアに向けて口を開いた。

 

「……そう言えば、君も私に何か聞きたい事があるんじゃないのかね? プレシア女史。」

「あら、気付いていたのね。」

「君がわざわざついてきた辺りから、何か用があるのだろうとは思っていたよ。今まで切り出さなかったところを見ると、個人的な疑問なのだろうと言う事も想像がつくさ。……"彼"の事であっているかな?」

 

ジェイル・スカリエッティが『彼』と言葉を発した瞬間、私にはフェイトが僅かに反応したように見えた。

そしてどうやら、プレシアの用事はその"彼"に関係するものだったらしい。

 

「ええ、てっきり貴方の会社に居るものだと思っていたのだけれど、少々当てが外れたわ。」

「全くの外れと言う訳ではないよ。彼が我が社に顔を出す事も少なくない。……それで何が聞きたい?」

「勿論居場所よ。リニスが会って話がしたいらしくてね。」

「ふむ……やはり君達は直接の繋がりこそ切れても主従と言う訳か。頑張る部下の為に何かしてやりたい気持ちは私にもわかるが……残念ながら今は協力できない。」

「……何故か聞いても?」

「今彼はまさに我が社の、そして世界の為に動いて貰っているからさ。そして今私は彼の()()を預かっている身でもあってね、安全を守る義務がある。リニス君の用事が緊急を要するものであれば、また考えよう。」

「……家族?」

「ああ、私と彼はある意味で家族構成が似ていてね。親も妻も居ないが、家族が多いんだ。……彼の特性を知っている君なら、想像は付くだろう? そして今の君なら分かるだろう? 血の繋がりが無くとも、それが己の半身のように大切な存在だという事も。」

 

話題の"彼"が家族を持っていると聞いた時はプレシアもフェイトもキョトンとした様子だったが、その後の返答で何かしら納得したらしい。

私には見当もつかないが、どうやら余程複雑な家庭事情を抱えた男のようだ。

 

「……そう、リニスの知らない間に()()が増えていたのね。あの子が気にしていたのもその関係かしら……?」

「二人共、地上本部が見えて来たで。降りる準備しといてや。」

「仕方ないわね、話はここまでにしましょう。」

 

ジェイル・スカリエッティの返答に何やら考えていたプレシアだったが、はやての言葉で意識を切り替えたらしい。

降車の際に逃亡等されないよう、警戒する姿勢を取った。

 

「漸くついたか……さて、今の君は果たして誰なのだろうね

 

迫る地上本部を見上げて何やら呟いたジェイル・スカリエッティの言葉の意味を知るのは、この直ぐ後の事だった。




本当はクアットロも出そうと思ってたんですけど、いざ書いて見ると何か口調がしっくりこなくて断念。
『善人なクアットロ』のイメージが出来なかった事が敗因です。
イメージが固まらないとクアットロの出番ごと壁抜きで消えるので何とかしないと……


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その頃、地上本部

はやて達がジェイル・コーポレーションに到着した丁度その頃、時空管理局地上本部ではレジアス・ゲイズが専用回線で最高評議会と連絡を取っていた。

 

「――つまり、あの子ど……失礼、あのお三方は……」

『然り、我等が直々に指名した代理人……そう捉えて構わん。』

 

それと言うのも、突如として地上本部へやってきた3人の少女が"最高評議会の使い"を名乗ったからである。

本来であれば子供の悪ふざけとして取り合わない所だが、彼女達が提示した"名札"が問題であった。

 

名札を所持していた時点で時空管理局としては無碍に出来ないが、時空管理局のシステムが個人を識別し、一部施設の使用を始めとした権限を付与する為のそれ(名札)に書かれていた内容は一般局員の物とは……いや、レジアス・ゲイズを始めとした"将官"が持つ物と比べても特別な物だったのだ。

 

本来記入されている筈の名前が書かれておらず、魔力を流せば浮かび上がるのは顔写真の代わりに時空管理局のエンブレム……それは時空管理局最高評議会や、それに近い権限を持つ事の証明だった。

 

それが本物であると確認した受付からオーリスへ連絡が行き、そこからレジアス・ゲイズへと話が伝わり、直に会って話をした後で少女たちは口々にこう言った。

 

『ええい、これ以上は時間の無駄だ! 我……私達には確かめねばならん事があるというのに!』

『……とは言え、我……私達が何を言っても説得力はない、か。……仕方ない、直接最高評議会へ連絡を取れ。そうすれば納得できるだろう?』

『已むを得まい。それまで、わ……たし達は少し仮眠する。……仮眠室は、こっちだったか。』

 

そう言って勝手に地上本部の仮眠室へ向かった彼女達の印象は最悪で、レジアス・ゲイズとしても強引に取り押さえたい気分だったが、提示された名札が本物であった以上は連絡を取らない訳にもいかない。

何らかの手違いで彼女達の下に名札が渡されてしまった可能性や、考えにくい事ではあるが紛失・盗難された物がプログラムを書き換えられて流通している可能性も無いとは言い切れない。

 

そしてレジアス・ゲイズは近くに居た局員に彼女達の監視と案内を任せた後、彼女達の言う様に最高評議会へとこのことを報告して今に至るのだ。

 

『――故に余計な詮索は無用だ。……あの、娘達の言葉は我等の言葉と受け止めよ。』

「は……しかし彼のお三方が閲覧を希望している資料は最新の物であり、まだ裏付けの取れていない情報も多く……無礼を覚悟で申しますが、情報の正誤の判断を委ねるにはあのお三方はまだ幼すぎるかと。」

『その程度の事、問題は無い。我等が、あの……娘達に判断を委ねているのだ。この意味が分からない訳ではあるまい。』

「! ……はっ! 差し出がましい口をききました事、ご容赦ください!」

『良い、貴様の不安も致し方ない事。だが、事は急を要するのだ。あの……娘達が仮眠から目覚め次第、資料の閲覧及び、例の"聖女"とやらとの面会をさせよ。』

 

最高評議会が『急を要する』とまで言う程の何かが、自分の知らぬところで起きている……彼等の言葉からそう感じ取ったレジアス・ゲイズは、彼等の指示で動いている少女達に大人気ない感情が湧き上がるのを感じつつも頭を下げ……ほんの些細な違和感に気付いた。

 

「はっ! ……? はて、あのお三方が仮眠中である事は……?」

 

確か告げていなかったはずだ。

自分の職場で誰とも知れぬ少女が仮眠している事をどう伝えた物かと悩んだ末、本当に使いであれば問題無し、最高評議会の使いを騙る無礼者であればそのまま捕縛なりなんなりすれば良いと結論付けていたのだから。

 

だが、そんなうっかり漏らした言葉に対する返答は、彼にとってこれまでで最も心を乱す物だった。

 

『ッ! ……知れた事、幾ら我等が信を置く相手だとしても、所詮は……幼子、よ。行動の把握と管理は怠っておらぬ。』

『……然り。仮眠にしても、我等が許可したが故の行動。そしてそれ故にこそ、あの……娘達は我等と同等の権限を振るえるのだからな。』

「な、なんと言う……! ……承知、致しました。直ぐ、オーリスを向かわせます。」

『む……? まぁ、良い。どちらであろうと、目的を果たせるのであれば問題はあるまい。』

 

 

 

 

 

 

「――中将、最高評議会の方々は……中将? いかがいたしましたか?」

 

レジアス・ゲイズが最高評議会とのやり取りを終えた事を確認したオーリスが声をかけるが、その問いかけは彼の顔色を見た瞬間に別の問いへと切り替わった。

 

「……オーリスよ、"正義"とは、時に"悪"よりも残酷な判断を下す……恐ろしいものだな。」

「は……?」

 

だが彼の返答には曖昧な部分が多く、彼は自身の葛藤を話すかどうか……それにさえ葛藤しているように見えた。

 

「いや、お前が知るべき話ではないな。……あの娘達の案内は、お前に任せる。彼女達の言葉は、最高評議会の言葉として扱う様にとの事だ。」

「……? 了解いたしました。」

 

オーリスが仮眠室へ向かうべく部屋を出て行った後、残されたレジアス・ゲイズは先程会って話した少女達の事を思い返していた。

 

――最初は何処か高慢な物言いばかりが目立った小娘達であったが、それも望まぬ権力と不自由からの反発……か。上からの許可が無ければ仮眠すら出来ぬとは……その苦しみは、最早誰にも理解は出来まい。

 

 

 


 

 

 

「――ッくしィ!!」

「――ッチュン!!」

「――っくしゅん!!」

「だ、大丈夫ですか? ……空調効きすぎですかね?」

 

仮眠室のベッドで三人の少女達がくしゃみと同時に目を覚ますと、彼女達の監視を任された局員が心配して声をかけた。

 

「……大丈夫だ、気にするな。」

「は、はぁ……」

 

≪目覚めた瞬間に3人揃ってくしゃみとはな……まさか風邪でもひいたか?≫

≪それほどこの身体が生身に近いと言う事か、それともどこかしらに不具合でも出たか。≫

≪異常が無いのであれば構わんが、折を見てジェイル・スカリエッティに検査させるべきかもしれんな。≫

 

空調の温度上げるか……? 等と考える局員を尻目に、念話でそんなやり取りを交わしていると仮眠室のドアがコンコンとノックされ、一人の女性が入って来る。

 

「失礼します。ご気分はいかがでしょうか。」

「オーリスか……」

 

リオンが入室してきたオーリスを確認し、3人の代表として声をかけた。

 

「私達の言葉の裏付けは取れたのだろう。急ぎ、例の資料を確認したい。」

「押収された生死体の検分もしておきたい、証拠保管庫へ案内せよ。」

「その後は"聖女"とやらとの面会だ。手続きを済ませておけ。」

 

リオンに続き、バルト、クリームと次々に要望を訴えるが、オーリスは慌てることなく手元の端末を操作しながら一つ一つ答えていく。

 

「承知致しました。……では先ず、証拠保管庫へ案内いたします。資料についてはこの端末に。面会の手続きに関しましては既に申請済みです。約1時間後に面会室へご案内いたします。」

「ほう、気が利くむ……ものだな。どれ、移動のついでに目を通すとしよう。」

 

『気が利く()』と言おうとして咄嗟に修正したリオンが端末を受け取ると、オーリスは3人を案内するように歩き始めた。

……その直後、手渡された資料の内、取り調べの供述調書の部分を読んだリオンが胡乱な目でオーリスに問いかけた。

 

「……おい、オーリスよ。この調書、内容は確かなのだろうな……?」

「はい。取り調べの様子は私も映像で確認しましたが、そこに記載されている通りでした。」

「……そうか。まだ奴が何か隠していると見るか、或いは……」

 

――本当に話せることが無いのか。いずれにせよ、証拠保管庫であの情報が手に入ればハッキリする事だろう。

 

向かう先は証拠保管庫……先日のHE教会地下から押収された、20体の生死体が眠る場所だ。




最高評議会の三人「何か今まで色々言って来たし、今の体がコレって言いにくいなぁ……せや!」

↓結果
最高評議会の三人→あの体は自分達の物なので全て管理しているのは当然
レジアス・ゲイズ→年端も行かぬ少女を道具のように……正義とは……


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合流

リオン、バルト、クリームの三人が仮眠から覚めて約1時間後……三人の姿は、時空管理局の地上本部にある面会室にあった。

用意された簡素な椅子に腰かけて面会相手を待っている三人の下へ、扉が開いて一人の女性が姿を見せた。

 

「む、八神はやて部隊長か。」

「! 面会人とは、御三方の事でしたか。」

 

リオンの声に姿勢を正したのは、三人が待っていた面会相手ではなく八神はやてだった。

彼女は"聖女"への面会手続きを行おうとした際、既に先約が居る事を告げられ、その正体を探る意味もあって同席を願い出たという経緯があった。

だがその正体が最高評議会の三人であると知り、安堵の表情で一礼する。

 

「ああ、先程確認した()()との擦り合わせをな。……しかし、流石に()()()まで同席する事になるとは想定していなかったぞ。」

 

バルトがそう言って鋭い視線を向けたのは、はやての直ぐ後ろを歩かされるようについてきた拘束済みのジェイル・スカリエッティだ。

まさか現在重要参考人と言う立場にして、更に個人的にも因縁のある相手がこの面会室の『同じ側』で会う事になるとは思わなかったのである。

 

だがそんな棘のある視線を向けられていながら、ジェイル・スカリエッティは恭しく一礼すると毅然とした態度で口を開く。

 

「おやおや、コレは奇遇ですなお三方。その節はどうも。」

「……その状態でよくそんな口が利けるものだな。呆れを通り越して、もはや感心するぞ。」

「お褒めにあずかり光栄ですな。」

 

余裕溢れる物腰とは裏腹に、現在のジェイル・スカリエッティは拘束中……即ち、拘束具にベルトでガチガチに固められている状態だ。

流石にそんな姿で紳士的な振る舞いをされても、優雅さどころか滑稽さばかりが目立つのは仕方ない事だろう。

だが当のスカリエッティは、何処かその状況を楽しんでいる様な表情さえ見せていた。

 

「……まあ良い、ところで八神はやて部隊長。こ奴をここに連れて来たと言う事は、貴様はこの男を"シロ"と見たということか?」

「いえ、まだ判断は保留中です。しかし……どうやら例の"聖女"について、確認したい事があるらしく。」

「……協力の意思がある、と?」

 

はやての言葉を聞いたバルトが胡散臭いモノを見る眼でスカリエッティを見つめると、スカリエッティは自らの口で説明を始めた。

 

「まぁ、有り体に言えば"司法取引"と言うやつですよ。私が"彼女"に()()を提供したのが事実である以上、用途を知らなかったとはいえ"共犯"と扱われる可能性は高い。なのでこちらから先に手を切り、身の潔白を証明したいという話です。」

「ほう……"司法取引"とな? その提案を持ち掛けるには、少々貴様は奴と関りを持ち過ぎているように思えるが?」

「なぁに、もしも私が何の成果も出せなければそれまでで結構。しかし、仮に私の協力によって捜査に大きな進展があったと判断された場合、私の"共犯"について御一考いただきたい。」

「貴様のその態度……余程、自信があると言う事らしいな。よかろう、貴様の成果次第でその取引、飲もうではないか。」

「! 良いのか、奴からの情報を信用しても……」

 

スカリエッティから持ち掛けられた司法取引を飲むと言ったバルトの言葉に、クリームが思わずと言った様子で口を挟む。

しかしバルトはクリームを軽く手で制すると、続けてスカリエッティに告げる。

 

「当然、真偽はこちらで判断する。先程も言ったが奴と"聖女"が通じているのならば、口裏を合わせている可能性もあるからな。だが当然、そう言った事情が判明すれば……」

「良いとも、どのような条件でも飲もうじゃないか。必要であれば"主義"すら歪めて見せよう。」

「ふ……その言葉、忘れるでないぞ?」

「……むぅ、成程な。」

 

ジェイル・スカリエッティの『"主義"すら歪めて見せよう』との言葉に、我が意を得たりとほくそ笑むバルトと、そんなバルトの様子に納得いったのか感心するような眼で見るクリーム。

 

そんな二人の様子を尻目に、リオンははやて達とのやり取りを経てお互いの情報を共有していた。

 

「――えっと、つまりリオンさん達は回収された少女達の魔力残滓を?」

「ああ、生死体には"聖女"自ら魔力供給を行っていたと言う報告は受けていたからな。奴の独特な魔力波動の正体こそ、予言にあった"天の眼"に繋がるかもしれんと思ってな。」

「やはり"天の眼"こそ滅びを齎す直接的な原因……っちゅう事ですか。」

「少なくとも滅びと関連が高いのは確実だろう。ロストロギアかレアスキルか……或いは魔導生物や兵器かも分かっていないがな。そちらこそ、ジェイル・コーポレーションでの収穫は何か見つかったか?」

「はい、実は……」

 

リオンの問いにはやてが答えようとしたその瞬間、受刑者側の扉が開き、中から管理局員の男性が姿を見せた。

 

「お待たせいたしました! これより面会を開始します! 規則により面会時間は最長30分、如何なる物であろうとも物品のやり取りは一切禁止と致します。また、会話のやり取りはこちらで記録させていただきます事をご了承願います。」

「うむ、ではそちらの報告は面会の後としよう。」

「はい。後ほど。」

 

局員の男性の声が響くと、先程まで話していた面々も自然と声を潜めてその視線を受刑者側の面会室へと向ける。

リオンとはやての了承を確認し、"聖女"をここまで連れて来た局員がその身をずらすと、その背後に隠れていた少女が静かに歩み寄ってきた。

 

――む、この違和感は……どこかで……?

 

その仕草を見て奇妙な既視感を抱いたリオンだったが、その正体を理解する前に"聖女"が口を開いた。

 

「皆様、この度は面会の為に御足労いただきありがとうございます。……おや、貴女は――」

「……先日ぶりやな。私の顔見るんが嫌や言うなら、席外すで。」

「いえ、折角会いに来ていただけたのですから、そのような事は言いませんわ。」

 

彼女はリオンの隣に立つはやてに気付くと、そう言って一礼し、再びリオンに向き直る。

 

「それで、私に何かお話があるとか……? 取り調べには素直に応じているつもりですが……」

「ふん……おい、先に機会を譲ってやる。この嘘に塗れた"聖女"とやらから、真っ当な情報の一つも聞き出せんようでは、取引等も毛頭不可能だぞ?」

 

だがリオンは"聖女"の問いには答えず、ジェイル・スカリエッティへ向けてそう言い放った。

 

「おや、早速私の出番かね? まぁ良いとも、非常に合理的な判断だ。……さて、先ずはお初にお目にかかる"聖女"殿。私はジェイル・コーポレーションの社長を務めております、ジェイル・スカリエッティと申します。以後、お見知りおきを。」

 

リオンの言葉を受けたジェイル・スカリエッティは、拘束具を付けたままぴょんぴょんと跳ねるように移動し、聖女の正面に立つとそう言って紳士的な礼をして見せた。

 

「ま……まぁ、社長さんでしたの? 初めまして、私は先日まで"HE教会"で――」

「――あぁ、もう良いよ。大体わかったとも。」

「え?」

 

だが、その異様な姿に面食らいながらも挨拶を返した"聖女"の言葉はそこで遮られた。

思わぬ対応に呆然とする"聖女"だったが、一方でリオンやはやて達の反応は顕著だった。

 

「……ふん、成程な。」

「ど、どう言う事や!? 一体、いつの間に……!?」

「えっと、皆さま……? いかがなされましたか?」

「貴様は黙っていろ、もはや用も無い。」

 

ピシャリと言い放つリオンの言葉に、シュンとした様子で俯く"聖女"。何も知らない者がその姿を見れば、さぞ哀れに見えるだろう。

だが、この場に居る者にはもうその手が通用する道理はなかった。

 

「先に種明かしをしてあげよう。とは言え、流石に想像もつくだろう? 私は貴女と……いや、正確には"聖女"と既に会った事があるのだよ。何年も前にね。」

「……! そう、だったのですね……」

 

この場の全員……面会内容の記録用に立ち会っている管理局員以外の全員は、既に今しがたジェイル・スカリエッティが告げた事実を知っていたからだ。

 

「因みに、私が()()と確信したのは、君がここに入ってきたその時からだがね。」

「!? な、なんで……」

「ふ、気付いて当然だろう? 今、君が使っているその身体を作ったのも、この私だからだよ。」

 

その言葉に最も驚愕を露わにしたのは八神はやてだった。

 

「なっ……! まさか、"聖女"も"生死体"やったっちゅうんか!?」

「その呼び方はあまり好きではないのだが……まぁ、そう言う事だね。だが、ここまで言えばわかるだろう? 確かに君は"聖女"()()()()()()()()()()を捕まえた……だが、その時すでに中身は入れ替わっていたのだ。」

「……いや、それでもおかしい……! 私も影武者を使われる可能性くらい考えとった! だから入れ替わる隙なんて与えんかった……――ッ! まさか……」

 

その瞬間、はやての脳裏に無数の光景がフラッシュバックする。

それはまさに、天啓とも呼べる衝撃だった。

 

――戦いの後、聖女を連れて来た天使さんは髪と眼の色を銀髪オッドアイに変えとった。あの時は聖女を継ぐ時のルールって言われて疑わんかったけど、もしも……もしも!

 

あの変化が()()()()()()()()()()……?

 

はやてはここにきてようやく今まで考えてこなかった可能性……いや、恐らくは無意識に考えないようにしていた可能性に気付く。

それは彼女の想定し得る状況において、最悪にして最大の敵の存在を示していた。

 



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自由の為に

ジェイル・スカリエッティ視点の過去編です。
今回と次回にちょっと入るくらいの短めなものになるはず……


「――やれやれ、全く彼等の頭の固さにはほとほと呆れるばかりだな。」

 

人知れず存在する研究所にて、一人の男が手元の端末を操作しながら愚痴をこぼす。

そこに表示されているのは、彼に研究するようにと提示された"命令"――『人造魔導士及び、戦闘機人の量産計画書』だった。

 

――転生した直後に違法研究に手を出せとは……これが警察組織のトップがさせる事かね。

 

溜息交じりにその男……ジェイル・スカリエッティは、計画書の内容に目を通す。

ジェイル・スカリエッティとして転生した為だろう、生まれたてだと言うのに人造魔導士の製造方法等のノウハウが頭に自然と浮かんでくる。

更に『欲望の量・質を自分の物レベルにして欲しい』、『自分の意思が言葉や仕草等以外で誘導、コントロールされないようにして欲しい』と願った事で、彼の生みの親である最高評議会が埋め込んだ"楔"も予定通りに無効化出来ていた。

これならば最高評議会の意思を無視して、自分自身の目的の為に動く事も出来るだろう。

 

だが、彼は敢えて最高評議会の指示に従う事にした。

 

――動くのは今ではない。今の時点で彼らと交渉のテーブルに着くには、こちらの言い分を通す材料が足りない。

 

例えば今、彼が最高評議会に対して自由を願い出たとしても、それが通る事は万が一にもないだろう。

彼等にしてみれば、自分の指示に従わない()()()()()()()()()()()()()()を処分し、()()()()()()()()()()()()()()を生み出せば良いだけなのだから。

 

彼等の生命維持装置に細工をしたり、直接的な破壊を行うと言った方法もあるが、それが成功するかどうかも賭けだ。

確かに彼等は動けない脳味噌だが、だからこそ彼等のメンテナンスをするスタッフの監視の目を掻い潜る必要がある。

 

そのどちらの手段を取るにしても、目の前の"計画"を利用しない手はなかった。

 

 

 

 

 

 

『――今、何と言った? ジェイル・スカリエッティよ。』

「ふむ……確かに少々回りくどい言い回しだったかも知れないね。ならば単刀直入に言わせていただきましょう。私は私でやりたい事があるので、貴方方の計画からは抜けると言ったのですよ。」

 

ある日の定例報告。

本来ならば研究の進捗報告と今後の計画関する指示をやり取りする為の極秘回線にて、ジェイル・スカリエッティは最高評議会に対して辞意表明を行った。

当然ながら最高評議会の動揺は凄まじく、完全に制御下にあると思っていたジェイル・スカリエッティからのその言葉は、彼等にとってまさに青天の霹靂だった。

 

『……何故そうしようと思ったのか、理由を聞かせて貰おうか。』

「先程申した通り、他にやりたい事があるのですよ。今まで貴方方から指示された研究や、時空管理局のセキュリティの強化……"人造魔導士"や"戦闘機人"に関する研究成果にも一定の納得を得ていただけた事ですし、この辺りが私にとって"潮時"なのですよ。」

『潮時だと? バカな、貴様の求めるものは……』

 

最高評議会の一人が信じられない様子で呟いたその言葉から何を言いたいのか察したジェイル・スカリエッティは、「ああ……」と納得したように呟くと、ここで一つネタバラシをする事にした。

 

「貴方方が私に刷り込んだ願望に関しては、既に私の中には存在しませんよ。」

『なっ……!?』

「……いや、少し違うな。"あの程度の願望"など、生まれる前から私の中にあった無数の願いの一部でしかないのです。」

 

"生命操作技術の完成"……時空管理局の慢性的な人員不足と言う課題を解決する為に、コードネーム"無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)"……ジェイル・スカリエッティには培養層の中でそう言った願望が埋め込まれていた。

それは未だに全貌が知れぬアルハザードの知識と技術を持つジェイル・スカリエッティを制御する為の楔であり、保険でもあった。

だが、その願望は彼にとっては生まれるより前……前世の頃から当然のように付き合い続けてきた願望の一つでしかなかったのだ。

 

ジェイル・スカリエッティがそう告げると、最高評議会は残念そうに一つの決断を下す。

 

『……そうか、貴様を制御しようとする事自体が間違いだったという訳か。』

『仕方ないな。』

『そうだな、少々勿体ない気もするが……"廃棄"する他あるまい。』

「ほう……"廃棄"?」

 

彼等の発した不穏なその響きを、ジェイル・スカリエッティは余裕の笑みと共に繰り返す。

 

『然様、今貴様のいる研究所にはこう言った事情を想定し、こちらから遠隔で操作可能な自爆機能が備わっている。』

『ジェイル・スカリエッティよ、制御を外れた貴様は既に危険分子の一つでしかない。』

『貴様を生み出したのが我等の過ちであるならば、その存在を抹消する事も我等の務めだ。』

 

最高評議会は計画の当初からあらゆる保険をかけていた。

それはジェイル・スカリエッティが彼等に逆らえないようにする為であり、万が一にその存在ごと()()を抹消する為だった。

『時空管理局の最高意思決定機関である我々には過ちの一つもあってはならない』……そんな狂った正義が下した決断は――

 

「おやおや、それは――随分と甘く見られたものだね。』

『『『!?』』』

 

通信越しではなく、直接響いた彼の声により無に帰した。

 

 

 

『――き……貴様、ジェイル・スカリエッティ! どうしてここに!?』

「なに、退職前に直接上司の下に顔を出すというのが礼儀と思いましてね。」

 

彼等が気付いた時には既に、ジェイル・スカリエッティの姿は最高評議会の前にあった。

 

『そうではなく、どうやってここに来たのかと聞いているのだ!』

「ふむ、そう言えば私の愛する"娘達"の紹介がまだでしたね。」

 

厳重に秘匿された空間に並ぶ3つのカプセルの前で、彼は腕を広げるようにしてこれまたいつの間にか背後に居並ぶ"娘達"を紹介する。

 

『娘だと……? ――っ! まさか、戦闘機人か!?』

「いえ、彼女達は私の生み出したオリジナル……"オートマタ"です。戦闘機人のように素体を必要とせず! 戦闘機人と同じ能力を有する事も出来る! そして戦闘機人よりも遥かに……! コストがかかる。」

『……最後のは欠点ではないか?』

『いや、それよりも問題は……! 貴様、何故その娘達の事を隠していた!? 貴様からの報告書には"オートマタ"の存在など……!!』

「決まっているでしょう? 先程貴方方が下した判断が全てですよ。その為に私は貴方方に従うフリをしながら、着々を準備を進めていたのですから。」

 

ジェイル・スカリエッティは生まれた時から天才だった。そうなるように造られた事もあるが、それ以上に……否、"それ以前に"神から直接才能を与えられた転生者なのだ。

原作知識とジェイル・スカリエッティの頭脳を持つ彼には、最高評議会の計画や思考等は全て筒抜けだったのだ。

 

『ならば、今の通信は……!』

「ああ、それは"彼女"の能力だね。」

「お初にお目にかかります"クアットロ"と申しますわ。挨拶代わりの私の"劇場"……お楽しみいただけたようで何よりです♪」

『く……ッ!』

 

クアットロのIS"シルバーカーテン"は、電子システムにさえ影響を与える看破困難な幻影を操る能力だ。ソレを用いて極秘回線の内部に彼女が生み出したジェイル・スカリエッティの幻影とやり取りをする姿は、彼女にとって非常に愉快な物だったのだろう。楽し気にそう()()する彼女の声はこれでもかと弾んでいた。

 

――おかしいな、一応交渉の場だから失礼な態度は控えてくれと言っておいた筈なのだが……

 

もっとも、その人を小馬鹿にしたような口調は交渉の為に来たこの場には不適切であり、ジェイル・スカリエッティは内心で頭を抱えたが。

 

「……さて、交渉と行きませんか?」

『交渉だと……? ここに侵入した時点で既に貴様は犯罪者だ。時空管理局の最高意思決定機関である我々が、犯罪者と交渉する事などあり得ぬ!』

「これは異な事を。貴方方が私にさせようとした研究も、一般的な管理局法に当てはめれば立派な違法研究……犯罪を教唆、強要する事もまた犯罪ならば、私達はまさに同じ穴の狢ではありませんか?」

『正義の為には致し方ない事だ!』

『綺麗事だけで次元世界の管理は務まらぬ!』

「そう、まさにその通り! ですからここでもう一度、目を瞑っていただければ良い。今まで貴方方がしてきたように、この私の自由意思に無関心でいて下されば良いのです。そうしていただければ、私は貴方方に"同様の自由"を差し上げられる。」

『何を……!』

「自由に動く身体、再び前線に立てる力、報告越しの世界をもう一度ご自分の目で見て、肌で感じられる"自由"……ご興味がお有りの筈です。」

『……!』

 

それはまさに悪魔の囁きにも等しい、魅力的な提案だった。

下から上がって来る報告の内容に対して"何故"、"どうして"、"自分が居れば"……そう感じた事は10や20ではきかない。

多くの報告を受け、多くの指示を飛ばして来たからこそ、歯痒い思いをしてきた回数は誰よりも多かった。

 

『…………何が望みだ。』

『おい!』

『何を勝手な……!』

『仕方あるまい。奴がその気になれば、我々の命は直ぐにも消える。そうなれば、次元世界の正義を守る事も叶わぬ。』

 

恭しく頭を下げたその下で、ジェイル・スカリエッティの口が吊り上がる。

彼は今、まさに垂らした釣り糸の針が確実に食い込んだ実感を得ていた。

 

 




なお、この後美少女になる模様(最高評議会最大の誤算)


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取り調べ

思ったより過去編部分が伸びてしまいました。


最高評議会との"交渉"から暫く経ったある日、私は研究所にて培養槽の様子を見ながら思考を巡らせていた。

 

――予定よりも進捗が遅い……やはり、あの研究所を手放したのは悪手だったか? ……いや、だが本当の意味で自由になる為には必要だったことも事実だ。

 

今私が居るこの研究所は、あの時の交渉で彼等から引き出す事に成功した研究資金をつぎ込んで新たに造ったものだ。

以前使っていた研究所の設備は魅力的ではあったが、あそこには証拠隠蔽用の起爆装置が仕掛けられており、そのスイッチを握るのが彼等である以上リスクの方が高すぎた。

 

勿論"交渉"前の段階で既にそれまでの資料は端末に全て移しておいたし、バレずに持ち運べそうな設備は安全確認をした後に持ち出していたが、それでも数段グレードダウンした設備では研究の進捗に影響が出ないはずもない。

 

「……やはり、新たに資金を得るルートが必要だな。」

 

予てから考えてはいた。

今の研究課題……『遠隔操作可能な人工魔導士の身体』は彼等との契約によるものだが、本来の悲願と極端にかけ離れたものではない。

この研究に費やした時間や経費が本来の目的へと還元可能だからこそ、交渉材料として持ち掛けたのだ。

 

……しかし、それでも圧倒的に研究費が足りない。

()()()()()を叶える為には、それこそ資金はいくらあっても足りないのだ。

 

「って言っても、そっちはそっちで金要るんじゃないっすか?」

「まぁ、そうなのだがね……」

 

話しかけてきたのは、私の友人である銀髪オッドアイの少年だった。

彼とは以前、街で見かけた私の後をつけていたところを、我が娘に捕らえられたのが切っ掛けで知り合った。

 

その後、紆余曲折あって互いに転生者である事を理解した私達は友人となり、定期的にこの研究所に顔を出すようになったのだ。

と言っても、単純に気が合ったから友人となったという簡単な話ではない。

お互いに相手に求めるものがあったからこそ、こうして付き合いが続いているのだろう。

 

「さぁて、さっさとやっちゃいますか。コレに魔力込めれば良いんですよね?」

 

指を鳴らしながらそう言って彼が手を触れたのは、魔力を溜めておく事に機能特化したストレージデバイスだ。最高評議会経由で入手したそれを私が更に改造し、魔力発揮値に換算して約1万程度ならば貯めておく事が出来る。

 

「ああ。いつも通り、満タンになるまで頼むよ。」

「はいはい。……まぁ、毎度の事ながら時間はかかるんで、その間待ってもらう事になりますが。」

「それが君の願いの代償なのだろう? 確かに難儀ではあるが、仕方ないさ。」

 

私が彼に求めたのは、彼の莫大な魔力。

現状私の研究に於いて最も大きな課題となっているのは、人工リンカーコアの生成だ。

人造魔導士の身体を0から構築するにあたって最も再現の難しい部分であり、コレが実現できれば私の目標にも一歩近づける。

 

「それで、そっちはどうです? そろそろ場所分かりました?」

「残念ながら、難航しているよ。設備が乏しい事もあるが、ただでさえ広大な次元世界を移動しているというのが最も大きな問題だ。」

「あー……まぁ、俺もまだ万全に知識を得られた訳じゃないんで、まだまだ待っても大丈夫っすけど。」

「そう言って貰えると助かるよ。」

 

対して彼が私に求めたのは、"時の庭園"の座標と"プロジェクトF"の知識だった。

どうやら彼は"時の庭園"に用事があり、可能な限り早い段階でプレシアの下に向かいたいらしい。

そして暫く彼女の下に留まる口実として、彼女の研究の協力者になりたいのだという。

 

……まぁ、ここまで聞かされれば同じ転生者である私にも彼の目的は見えて来る。

 

恐らくはフェイト・テスタロッサかアルフか……或いはリニスの救済、大穴でプレシアの救済と言ったところか。もしかしたらその全てかも知れないな。

私としては自分の研究以外に目的は無いのだが、同じ転生者である私を警戒してか、その辺の詳しい事情は教えてはくれなかった。

 

互いに本当の目的を隠しながら、相手の目的に協力する日々。

友人としては少々特殊な関係ではあったが、それでもなかなか悪くないと思える日常だった。

 

 

 

「――失礼、ジェイル・スカリエッティさんですね?」

 

そんな日常に変化があったのは、とある来訪者が切っ掛けだった。

 

「そうだが、君は?」

「申し遅れました。私、こう言う者です。」

「……名刺とは、これまたご丁寧に。」

 

丁寧に差し出された縦横数cm程度の紙片を受け取り、お辞儀する。

……何処かこのやり取りが魔法世界っぽくないと感じるのは、私がこの魔法社会に順応していないせいだろうか? 等と考えながらその内容を確認すると、そこに書かれていたのはある意味で非常にスピリチュアルを感じる文言だった。

 

「"聖女"ときたか……」

 

書かれていたのは所属する団体らしき"HE教団"と言う胡散臭い名称と、"聖女"と言う文字。後は連絡先と教会の住所だけだった。

 

――まさか自分の名前すら書いていないとは、これを"名刺"と呼んで良い物か考え物だな。

 

そんな私の内心を知ってか知らずか、目の前の女性は笑顔を浮かべて話を続けた。

 

「はい。小さな教会ではありますがその歴史は意外と古く、由緒ある教団なんですよ。」

「……生憎と、私は自分の人生にそう言った"支え"を必要と思わない質でね。勧誘と言う話であれば丁重に――」

「いえ、今回は貴方と"取引"をしたいと思いこちらに顔を出させていただきました。」

 

そう頻繁ではなかったとはいえ、前世でもあった勧誘の類だろうと思い断ろうとすると、彼女はこちらが予想だにしなかった"取引"を持ち掛けてきた。

 

「取引?」

「はい。お受けしていただければ、()()()()の報酬は支払わせていただきます。」

「ふむ……? ――っ!?」

 

提示された端末に踊る金額を見て、私は思わず二度見してしまった。

どう考えても個人が気軽にポンと払える額ではない。

支払われるのが正規の金なのか怪しいし、なんなら本当に支払う気があるのかも疑わしい。

だが、もしもこの金額を本当に支払ってくれるのだとすれば……

 

――そうだ、これだけあれば……

 

「起業資金としては十分でしょう?」

――自ら起業し、更なる資金源を……ッ!?

 

「――なっ!?」

「ふふ、こう見えても歴とした聖女ですからね。人の悩みを見抜くのは得意なのです。……御不快に感じましたか?」

「……いや、少々驚いただけだよ。だが、君の言う"取引"……話だけでも聞かせて貰おうか。」

 

報酬の金額を見た時は支払う気があるのか疑わしかったが、彼女のこう言った特技を以ってすれば金を稼ぐ方法など、確かに幾らでもあるのだろう。

……尤も、きれいな金と言う保証はないが、そんな保障など巧妙に隠したこの研究所に来た時点であってないようなものだ。

 

「ちょっ、大丈夫なんですかスカさん!? そいつ、何かヤバい気配しますよ!?」

「因みにですが、今貴方達が探している"時の庭園"の座標を私は知っています。」

「受けましょう!!」

「……ちょっと黙っていたまえ。」

 

そう忠告の為に口を挟み、速攻で懐柔されたのは友人である銀髪オッドアイの少年だった。

今日も彼はここに顔を出しており、デバイスに魔力を溜めて貰っていたのだ。

勿論彼が危惧していた部分に関しては承知の上だ。資金が必要だと感じていたタイミングで顔を出し、こちらの望み通りに大金をくれるような取引を持ち掛けるなんて、あまりにも都合が良すぎて気持ち悪い程だ。

 

「ただし、話を聞いた上で受けるかどうかはこちらで判断させて貰うよ。私も犯罪に加担するような真似はしたくないのでね。」

「勿論です、当然の権利ですから。では……」

 

そう言って彼女は友人の方に視線を送った。

どうやらここからは二人きりの会話を望んでいるらしい。

 

「そう言う訳だ。済まないが、席を外してくれるかね?」

「了解っす! 座標の件、是非よろしくお願いしますよ!?」

 

何と言うか、欲求に素直な男だな彼は。悪い連中に騙されないと良いが……

っと、そうだ。

 

≪そう言う訳だ。いざという時は頼むよ、セイン。≫

≪はい! いつでも大丈夫ですよ!≫

 

誰も知らない場所で初対面の、それも胡散臭い相手と二人きりと言う状況を素直に受け入れるのは余程の自信家か危機意識の足りない者くらいだろう。

私も当然の備えとしてセインに待機して貰った。

突然の襲撃や誘拐に対処する為の当然の備えと言うやつだ。

 

「……まぁ良いでしょう。()()()()()()()同席を認めます。当然の用心ですからね。」

「おっと、コレもお見通しか……大したものだね、聖女と言うだけはある。」

≪父様! 何かコイツ怖いよ!?≫

≪大丈夫だ。いざという時まではしっかり隠れていなさい。≫

 

怯えるセインを宥めつつ、私は彼女に向き合うと告げた。

 

「……さぁ、取引の話をしようじゃないか。」

 

 

 


 

 

 

「――と、まぁそう言う訳で私は彼女との取引の末、彼女から資金の援助を受けてジェイル・コーポレーションを立ち上げたのだよ。」

 

"聖女"との面会を終えた後、私達は取調室でジェイル・スカリエッティから"聖女"との繋がりに関する話を聞いていた。

だがその内容が指し示す事実は、どれも聞いた事のない物ばかりであり……

 

「ジェイル・コーポレーションの設立時期を考えると、20年以上も前になるが……」

「よもや我等の目をここまで出し抜くとはな……」

「く……貴様、もう他に裏で繋がっている相手など居るまいな!?」

「少なくとも、"私が技術を提供している相手"と言う意味でならば居ないよ。"本業"の方で色々と取引したり、雇ったりと言った事はあるがね。」

 

それらの証言は、以前からジェイル・スカリエッティと繋がりがあった最高評議会にも大きな衝撃を与えていたようだ。

彼等にとっては一種の"裏切り"にも近いであろう内容を告げたスカリエッティは、彼等の追及に対しても平然とした様子で答え続けている。

 

「生死体関連以外で取引はしてないだろうな!?」

「もちろ……あぁ、いや。もう一つあったね。もっともこちらは今回の一件とは関係ないと思うが……」

「~~っ! 判断するのは我々だ! 貴様は内容を話せば良い!」

 

その余裕の態度が癇に障ったのだろう、熱くなったクリームが思わずと言った様子で"ダン!"とテーブルを叩くと、スカリエッティはやれやれと肩を竦めながら話し出した。

 

「"未来を変える事が可能か"を確かめて欲しいとの事だったよ。それに関してどう捉えるかは君達の自由だが。」

「未来……! 例の予言か!? まさか貴様その内容を……!」

「落ち着きたまえ。例の予言が出たのは今から約11年前。私が彼女と取引したのは、そのさらに前の話だ。当時はあのような予言が出る事も知らなかったとも。」

「それに例の聖女には未来が見えると言う噂もあった。初めは聖王教会に対する対抗心や()()()の一種かと思っていたが、事実なのだとするならばあり得ん話ではない。」

「む、むぅ……では奴は何の為にそのような事を……?」

「……或いは、()()()()()()()()()()()()()例の予言が出たのかも知れぬ。」

 

バルトがそう口にした新たな可能性に、ジェイル・スカリエッティはやや考え込むと一言発した。

 

「…………成程、確かにその可能性はあるのか。」

「き、貴様! 何を他人事のように……!!」

「奴との取引の為に何をしたのか、洗いざらい吐いて貰うぞ!!」

 

その言葉に再び熱くなるクリームとリオン。

私はその様子から取り調べが長引く気配を感じ、手を挙げた。

 

「あの……済みませんが、先に私が一つだけ質問しても構いませんか?」

「む……それは優先するに値する内容なのだろうな?」

「はい。今後の()()の為に、確認しておきたいんです。」

 

そう告げると、少し考えてリオンは納得してくれたのだろう。

 

「……分かった、許そう。」

 

そう言って、スカリエッティの対面の席を譲ってくれた。

 

「ありがとうございます……なら、早速質問ええか?」

「勿論。」

「……"聖女"の正体について、アンタは何処まで知っとるんや?」

 

"聖女"が影武者であると分かってから、ずっと頭の中にあった疑念。

私はその答えについて、スカリエッティならば知っているのではないかと考えていた。

そして、願わくば私の考える()()と違う返答を望んでいたが……

 

「正体か……私も断定はできないが、恐らくは()()()()()()()"ユニゾンデバイス"だろう。もっとも、あくまでも予想ではあるがね。」

 

――やっぱりか……

 

彼の提示した推測は、私のソレとほとんど同じだった。

一つだけ付け加えられた『相当に質の悪い』と言う部分に関しても、ある程度想像は付く。

それはあの時の"彼女"の様子を思い返してみても察する事は出来た。

 

「……そうか、分かった。」

「おや? 根拠を聞かない辺り、君も既に同じ答えが出ていたと察せられるが……それにしては顔色が悪いね。違う答えを期待していたと言う事かな?」

「……いや、あくまで最終確認や。私達のする事は変わらん……例え、()が相手でもな。」

 

そう、確認は終わった。

ならば次は備える番だ。

新たに見えてきた敵は、これまでのような相手とは確実に一線を画した力を持つだろう。

その備えには、万全に万全を期さねばならない。

 

「……確認は以上です。こちらの用事を優先していただき、ありがとうございました。それと、もう一つ御三方にお願いがあるのですが……」

 

今出来る事を脳内にリストアップしながら私は席を立ち、再びリオンへ譲ると、一つの頼み事を告げた。

 

 

 

「――成程、奴はそれほどの脅威だと。」

「はい。」

「むぅ……俄かには信じられんが、良かろう。"彼"の確保はこちらでしておこう。だが、"あの部隊"はレジアス中将の()()()()()だ。こちらでも便宜は図るが、確約は出来ぬぞ。」

「はい、後はこちらで交渉します。」

「そうか。ならば今日明日中にでも奴には伝えておく。」

「ありがとうございます。それでは、私達はこれで……」

 

『レジアス中将との交渉』をやる事リストに追加しつつ、最高評議会の三人に礼をしてこの場を去ろうとした時、フェイトちゃんが一人だけ取り調べ室に残ったのが見えた。

 

「……フェイトちゃん? どうしたんや?」

「ごめん、はやて。先に行ってて。多分、あの人の取り調べの内容は私達にも関係があると思うから。」

「……そう言う事なら、私もここに残るわ。フェイト、そう言う事よね?」

「うん、母さん。」

 

どうやらフェイトちゃんが考えている事は、プレシアさんにも伝わったらしい。

2人の共通点を思えば、恐らくはテスタロッサ家に関係があるのだろう。

 

「……そうか、分かった。後で話しだけでも聞かせてな?」

「うん。」

 

私はそれだけ言うと、なのはちゃんを連れて地上本部を後にした。

『レジアス中将との交渉』は最高評議会からの伝言の後の方が有利に進む筈なので、早くとも明後日以降の予定が取れたタイミングになるだろう。

と、なれば――

 

「なのはちゃん。明日のフォワード陣の訓練には私も混ざるけど、ええか?」

「え? うん、大丈夫だけど……突然どうしたの?」

「いや、ここ最近はデスクワークばっかりやったからな。ちょっと魔法戦の勘を取り戻したいんや。」

 

今は少しでも力を蓄えなければ。

……今度の相手は"天使"なのだから。




スカリエッティの過去編に出てきた銀髪オッドアイはセバスチャンです。
名前が登場せず妙に意味深な感じになってしまったのは、彼の本名に関するメモが消えたせいです。(もう本名セバスチャンでも良いかなとは思っている)


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ミッドチルダの銀盾

「――だから何故、貴様に我が部隊を貸し出す必要がある!? 機動六課だか何だか知らんが、貴様自身の部隊を使えばいいだろうが!」

 

地上本部の最上階にある執務室で、レジアス・ゲイズは怒りを隠そうともせずに言い放つ。

その相手は、現在通信端末により空中に投影されている女性……八神はやてだった。

 

『万全を期す為です。今私達が戦おうとしている相手は、ただの次元犯罪者や組織とは訳が違います。正直な話、機動六課と"銀盾"を合わせても勝てると断言できない……それ程の相手です。』

 

はやてはレジアスの怒号に対し、あくまで冷静に説明していく。

だが、その姿勢が却ってレジアスの怒りと言う炎に油を注ぐ結果となった。

 

「貴様……そのような死地に我が部隊を貸せだと!? 図に乗るのも大概にしろ!! 評議会からのお墨付きがあるからと大目に見ておれば好い気になりおって!! 奴等は使い捨ての部隊ではない! この地上の……ミッドチルダの平穏の為の部隊だ!! それを――」

 

レジアスにとってはやてが求めている部隊、"ミッドチルダの銀盾"は特別な部隊だった。

彼等は自らの悲願……ミッドチルダを他の何処よりも平穏が保証される次元世界とする為に必要な部隊であり、その正義の為に下らない権力や上っ面の名誉を跳ね除ける意思を持った信頼できる勇士……そういう認識になっていた。

 

だが、次のはやての言葉に彼の怒りはかき消された。

 

『私達が戦う相手が潜んでいるのも、このミッドチルダです。』

「――ッ!? なっ、何だと……!?」

 

はやての言葉を信じるならば、それほどの脅威が彼の守るべきこの地上に存在する事になる。いや、そればかりではない。

その脅威との戦いとなった時は、このミッドチルダそのものが死地となる可能性さえ孕んでいた。

 

『私達は"彼女"が行動を起こす前に、確実に彼女を止めなければならない。見逃せば、今度こそミッドチルダの平穏が脅かされる。』

 

そう言った事情を持ち出されれば、彼とて何もしない訳にはいかない。

本来そう言う事柄は八神はやて率いる機動六課ではなく、彼自身……地上本部が解決するべきと言う自負が彼にはあった。

そしてその自負があるからこそ、彼には"譲れない一線"があった。

 

「……貴様の言う事は分かった。だが、そう言う事であれば尚更貴様に我が部隊を預ける気にはなれん。儂自らが指揮を取ると言う形でならば許可を出そう。」

『……すみませんが、それは出来ません。』

「ふん、儂が信用出来んか。ならばこの話は――」

 

無かった事にしよう……そう続けようとした彼の耳に、信じがたい情報がはやての口から齎された。

 

『地上本部内に、敵と通じている者が居ます。』

「なっ……!? ……貴様、当然確たる根拠の上での発言だろうな!?」

『はい……これがその映像です。』

 

そう言ってはやてが通信画面上に展開した映像には、敵の本拠地とされる建物に一人で入っていく銀髪オッドアイの青年の姿が捉えられていた。

警戒しているのだろう、一瞬周囲を見回した彼の顔を見たレジアスの表情が険しく歪む。

 

『この人物に見覚えは?』

「ぐ……っ! 10年以上前から、この地上本部に所属している者だ。名は、"マルク"……」

 

青年は、かつて時空管理局に一斉に入局してきた500人の銀髪オッドアイの内の一人だった。

当時レジアスの指示の下訓練を積み、そして海にその大半が引き抜かれてもこの地上に残ってくれた者の一人であり、苦しい時期にも共に地上の平穏を守ってきた同志。それ故に彼の裏切りはレジアスに大きなショックを与えた。

 

「…………この建造物は、"HE教団"か。ならば貴様の言う敵とは……」

『はい。HE教団の聖女です。』

 

HE教団……次元世界全体においてもその勢力を広げる聖王教会ですら信用できないと断ずる彼にとって、その教団は当然マークの対象だった。

しかし、彼の教団は自らの教義を無理に広めるような動きは無く、その行動だけを見れば街の清掃から災害地の炊き出しと言ったような、限定的であれど治安維持に貢献するものばかり。

教会周辺の住民からも受け入れられていた事もあり、怪しい動きが無い内は泳がせておこうと判断していた。

 

「奴か……だがそいつは先日、貴様等が捕縛したはずだろう。」

『私達が捕縛したのは影武者……いえ、()()()でした。彼女自身は今でも教団の地下に潜んでいます。』

「抜け殻だと……? 貴様、何と戦っている。」

 

奇妙な表現を用いたはやての言葉に対して説明を要求すると、彼女は少しの間何事か考える素振りを見せた後に口を開いた。

そして彼女から返って来たのは想定外の答えだった。

 

『……彼女は"ユニゾンデバイス"です。それも恐らく、自分の意志で"融合事故"をおこし、宿主の身体を支配している。』

「! ……なるほどな、それで抜け殻か。」

『そして彼女には、何らかの方法で他者の人格ごとリンカーコアを奪い、自分の支配下に置く力があります。……そしてその際、支配された人格は彼女の都合のいいように作り変えられる。そうして彼女は自らの影武者を作り、私達に捕縛させました。』

「アイツも……"マルク"も奴の支配下と言う訳か?」

 

はやてが発した言葉から得た情報を整理し、レジアスは問いかけた。

正直複雑な心境だった。

マルクが自らの意志で裏切った訳ではないと信じたい気持ちと、そんな残酷な支配を受けていて欲しくない思いが自分の内側で整理される前に飛び出した様な、そんな問いかけだった。

しかし、その問いに明確な答えは返ってこなかった。

 

『……それは分かりません。彼はその映像の後、教会から出てきた姿を確認できていませんから。』

「そうか。…………分かった。貴様に銀盾を預けよう。」

 

長い沈黙の後、疲れたような声色でレジアスははやてに銀盾を預けた。

その裏にある様々な葛藤ごと彼の意思と部隊を受け取ったはやては一礼し、安心させる様にこう告げた。

 

『ありがとうございます。お預かりした彼等は私の命に代えても、確実に全員無事に帰す事を約束します。』

「……頼んだ。」

『ええ、彼等は私にとってもかけがえない友人達ですから。』

 

そうはやては伝えると、『では、失礼します』と最後に再び一礼すると通信は切れた。

 

「そうか……そうだったな。」

 

最後のはやての言葉でレジアスは彼等がはやてと同じ"第97管理外世界"の出身である事を思い出し、疲れとも安堵ともつかぬ溜息を吐くと、先程とは違う相手に通信を繋げたのだった。

 

「――ああ、儂だ。突然だが……」

 

 

 


 

 

 

「――おい! 聞いたかよ!?」

「ああ、例の話だろ? その様子だとお前も俺らと同じ考えらしいな。」

 

地上本部に設えられた訓練場。

そこで()()()()()()()()()()()訓練に取り組んでいる俺達の下に、妙にテンションの高い銀髪オッドアイの男が駆け込んできた。

……とは言っても、このやり取りももう何度目かは分からないが。

 

「同じって……何だよ、俺も誘ってくれりゃあ良かったじゃねぇか!?」

「悪い悪い! っつっても、俺も誰かに誘われた訳じゃなくてなぁ……」

 

そう言って俺は周囲の連中を見回す。

そこでは"ミッドチルダの銀盾"と呼ばれるようになったメンバーの大半が、思い思いの訓練に明け暮れている。

空中戦が可能なように高く設計された天井付近では相変わらず魔力弾のスーパーボールがぶつかり合っているし、その近くでは模擬戦を行う者もいる。

基礎魔力を只管底上げしようとする者も居れば、障壁を重点的に鍛える者もいる。

 

ここで訓練している銀髪オッドアイ達は、俺も含めて全員"ある知らせ"を受け取った直後に居ても立っても居られず訓練にやってきた者ばかりだ。

 

――でも、仕方ないと思うんだよな。

 

「一時的とはいえ機動六課(はやてのとこ)と合流出来るとなったら、ちょっとテンション上がってつい……な?」

「いや、まぁ分かるけどよ……俺もそうだし。」

 

そう、俺達は他の誰よりも俺達の事を解ってる。大体考える事は一緒なのだから当然だが。

 

「ま、折角来たんだし組手でもするか? 丁度手が空いてたんだ。」

「おいおい、俺まだ準備運動も出来てねぇんだぞ?」

「じゃあお前が準備してる間に他のメンツ集めて来るか……」

 

そんな事を話していると、再び扉が開く。

どうやらまた一人、俺達の仲間がやってきたらしい。

 

そう思い扉の方を振り返ると、そこに居たのは――

 

「……………………神宮寺!?」

「お前今、絶対俺の顔見分け付かなかったろ」

 

随分と久しぶりに会う友人の姿だった。



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模擬戦と今後

銀髪オッドアイ達はそれぞれの訓練を一旦取り止め、久しぶりに再会した神宮寺のもとに集まった。

 

「久しぶりじゃねぇか、神宮寺!」

「だな、もう大体10年ぶりくらいか? ……って言うか、やっぱ変わんねぇなお前ら。」

「いやぁ……一度髪染めた奴もいたんだけど、逆に誰か分かんなくなってな……」

「連携にまで支障きたしたから、結局元通りよ……」

「えぇ……」

 

知らない間に生まれていた新たな悲劇に、思わず引いてしまう神宮寺。

少しばかり暗くなってしまった雰囲気を元に戻すためか、話を変えるべく神原が明るい口調で話し始める。

 

「それはそうと、こっちに来るなら言えよな! 別に出迎えとかはしねぇけど!」

「しないなら良いだろ別に……まぁ、こっちからしても突然の事だったからな。連絡する暇もなかった。」

「突然って言うと……もしかして、俺らと同じ感じか?」

「……まさか、お前らも機動六課に?」

「おうよ! 今度は抜け駆けさせねぇぜ!?」

「いや、いつまで引き摺ってんだよ。」

 

勿論その口調は冗談めかした物であり、本心から引き摺っている訳ではないのが傍目にも解る。

神宮寺がそれを承知で軽くツッコミを入れると、彼もまた「へへ」と笑顔を返すのだった。

 

 

 

「――そんな訳で、いても立っても居られずに訓練してたって訳だ。」

「遠足前の小学生かお前ら。」

 

その後もなんて事の無い会話から近況報告へ、やがて話題は訓練場に集まっていた理由にシフトし、ある意味彼等らしい経緯が明かされたところで神宮寺が再びツッコミを入れた。

 

「なんだよ、お前も同じような感じでこっちに来たんじゃねぇのか?」

「いや、さっき偶々会ったオーリスさんにお前らが集まってるって聞いてな。折角だし顔見せておこうと思ったんだよ。訓練場だったのは意外だったけどな。」

 

もしも銀髪オッドアイ達が集まっていたのが、銀盾の隊舎だったならばそっちに顔を出しただろう。

言外にそう告げる神宮寺の言葉に今いる場所を思い出したのか、銀髪オッドアイの一人が提案を持ち掛けた。

 

「ふーん……まぁ、折角来たんだ。久しぶりに模擬戦でもやろうぜ!」

「おお、良いなそれ! 昔は毎日のようにやってたもんなぁ……」

「うむ。今こそお主の修行の成果、見せて貰おう……!」

 

当然周囲の銀髪オッドアイ達もその提案に同調する。

元々やろうと思っていた事でもあるし、そこに久しぶりに会う友人との過去を懐かしむ意味も加われば当然と言えるのかもしれない。

 

「何のキャラだよ……まぁ、ちょっとくらいなら良いか。後で残弾補充頼むぞ?」

「……ああ、そう言えばそんな能力だったなお前。」

 

そんな彼等の様子に、神宮寺も感化されたのだろう。その提案を快く引き受け、広い訓練場全体を使った模擬戦が開始された。

 

 

 

――数分後。

 

最初は全員が敵同士という状況で始まった模擬戦は、当初の想定とは大きく違った様相を呈していた。

 

「――いや、神宮寺強くね?」

「だよなぁ……俺らの連携にここまで対応できるのって、そうそういないぞ?」

「いや! 流石に! 1vs全員は! きついんだが!?」

 

神宮寺の言葉からも分かるように、今の状況は神宮寺vs他の銀髪オッドアイ全員と言う構図だ。

今の神宮寺は周囲から浴びせられる大量の魔力弾や砲撃を、全方位に展開した『王の財宝』から放つ数多の魔法で相殺しつつ、自身は自らのデバイスから光の刃を生み出す魔法"フォトンブレード"を用い、似たような魔法を使う(すめらぎ)と切り結んでいた。

 

当然最初からそう言う打ち合わせがあった訳でも、悪意があっての物でもない。それはある意味、純粋な好奇心が生み出した結果とも言えた。

 

「だって対応力の高さ見せつけられてるうちに……なぁ?」

「ああ、何処まで対応できるのか気になって来てさ。」

「くっそ! お前ら! ぜってぇ後で補充しろよ!!?」

 

そう、彼等はこの状況で拮抗させられる神宮寺の限界に興味を持ってしまったのだ。

そんな言葉を耳に捉えた神宮寺は、それでも残弾の温存を優先し、最低限の拮抗状態を維持し続ける。

そんな様子を間近で見て、好奇心をそそられた者がもう一人いた。

 

「すまん、神宮寺。ちょっと俺も本気出して良いか?」

「ちょっと待て、皇! お前の本気って確か……!」

 

それは現在神宮寺と近接戦を繰り広げている皇だ。

彼の扱う『魔法剣』は神宮寺の使っている魔法"フォトンブレード"と外見上は似通っているが、その本質は大きく異なる。

彼のそれは魔法ではなく転生特典……この世界で言うレアスキルに該当しており、その能力は"自身の使う魔法を剣の形に凝縮して扱える"と言う物だ。

 

言葉で聞いただけでは光剣を生成するフォトンブレードとの違いは分からないが、実際に相手にするとその応用の幅広さは一目瞭然。

 

「『魔法剣』:砲撃型、『属性指定』:電気……!」

「バッカ野郎!!?」

 

砲撃魔法を凝縮した『魔法剣』は輝きを増し、彼のもう一つの特典『全属性変換資質』により電気を帯び始めた。

その厄介さを知っている神宮寺は思わず叫び、感電を嫌って王の財宝から砲撃を放つ。

 

距離を取る為に放たれたその砲撃は、しかし魔法剣に切り裂かれ、目論見は外された。

 

「ちぃっ!」

 

仕方なくフォトンブレードでの近接戦を継続する神宮寺。

いくら電気の性質を帯びていると言え、魔力で作られた刃を電気が伝って来る事は無い。魔力自体はどちらかと言えば絶縁体なのだ。

ただ、斬撃を一太刀受けただけで敗北が決定する状況になっただけで……

 

「鬼かお前!」

「いや、『魔法剣』に"バインド"使ってない時点でまだマシだと思うし……お前もまだ本気出してないだろ?」

「模擬戦で使えるか! こちとら残弾管理もしてんだぞ!?」

「そこはホラ、後でちゃんと補充するからさ。それに……俺なら王の財宝に――――も入れてやれるぞ?」

「……! っち、分かったよ!」

 

鍔迫り合いの最中に行われたその取引を聞き取れた者は他には居なかった。

だが、その成果は突然にして周囲の銀髪オッドアイ達に振るわれた。

 

「……ん? うおおっ!!?」

「ちょ、神宮寺がキレた!?」

「キレてねぇわ! キレてねぇが……気が変わった! 少しの間、全力見せてやる!」

 

その光景を例えるのに、最も相応しい表現が一つだけある。

あるゲームジャンルに詳しい者ならきっと思い浮かぶだろうその言葉は――

 

「リアル火蜂じゃん……!」

 

回避させる気のない弾幕STGが始まった。

 

 

 

――さらに数分後。

 

訓練場には疲労で床に突っ伏す銀髪オッドアイ達の姿だけがあった。

 

「はぁ……はぁ……やり過ぎだろ、お前ら……!」

「お前が……はぁ……それ言うか? 神宮寺……」

「アレは無理だって……避ける隙間用意してくれてねーもん……」

「実戦でそんな隙間わざわざ用意する奴いねーだろ……約束通り、補充しろよお前ら……! アレで残弾結構使ったからな……!」

「分かってるって……ただ、もうちょい休ませて……!」

「お前もだぞ、皇……! 約束守れよな……!?」

「おう……っつーか、やっぱ強ぇーわお前。……かなり遅くなったが、執務官試験合格おめでとな、神宮寺。」

「そうだった、おめでとう! 後で連絡先教えろよ! ずっと言えなかったんだからな!」

「ああ……後でな。……ありがとよ、お前ら!」

 

 

 

その後、休憩を挟み復活した彼等が王の財宝になけなしの魔力を使い魔法を補充している時、ふとその内の一人が疑問を漏らした。

 

「――そう言えば、どうして急に俺らが機動六課に合流する事になったんだろうな?」

「……確かに。ただの合同訓練とかなら神宮寺までわざわざ呼ばないよな?」

「それで言えば、機動六課の設立理由も気にならね? ……今更だけど。」

「あー……スカさんがあんな感じだもんな。確かに、何で作られたんだ? 機動六課。」

「……あれ、なんか急に怖くなってきたな。」

 

機動六課が何と戦っているのか……その正体が彼等に告げられるのは、もう少し後の話だ。

 

 

 


 

 

 

――同時刻、HE教会地下大聖堂にて40名弱の少女達が魔法戦を繰り広げていた。

 

「でりゃァッ!」

「ぐっ……! この野郎!」

 

魔法戦と言っても訓練の為の模擬戦であり、更に言えばその半分程はまともな戦闘とは言えないようなお粗末な物。

間合いの取り方も立ち回りも、扱う魔法の構成さえ拙い児戯にも等しい光景だった。

そして、そんなじゃれ合いを呆れたように眺める者が4人、主祭壇と呼ばれる机に腰かけていた。

 

「はぁ~……なんか、こうも拙いと訓練つける気にもならないよね。聖女様は本当にアレを兵士として扱うつもりなのかなぁ……どう思う?」

「聖女様がそう仰るのであれば、それに従うよ。俺達が"将"に選ばれた以上、その役目は果たすさ。……ま、俺も"将"って言える程魔法に精通してる訳でもないんだがな。」

「はは、お前さんの場合は魔力のごり押しだけで結構なもんだったからな。それに今は俺が稽古つけてやってんだ、十分"将"を名乗れるだけの力はついてるぜ……なぁ?」

「興味ないわ。――全く、起こされたから期待してみれば……一体何しようとしてるのかしらね、あの子は。」

 

彼女達は聖女が持っていたリンカーコアの中で、一際強いと判断された4人だ。それぞれが10人程の兵士の指揮権を与えられており、便宜上"将"と呼ばれていた。

その最後の将が漏らした"あの子"と言う言葉に3人目の将が忠告を入れる。

 

「あの子ってのは、聖女の事か? ……あんまり機嫌を損ねるような事は言わねぇ方がいいぜ? アイツみたいにされるぞ?」

「え? あたし? 大丈夫だって、ちょっと考え方とか()()して貰っただけだしさ! 寧ろ悩みとかもなくなって色々楽だよ?」

「悩む事も大事な自分の一部って事よ……まぁ、もうお前さんには届かんだろうけどな。」

「うっわ、なに? その言い方。やるって言うなら相手になるけど?」

「落ち着けよ、聖女が言ってたろ? 『私闘は厳禁』ってな。」

「ん、わかった。聖女様の言葉だもんね、守らなきゃ。」

「……コレだもんなぁ。くわばらくわばら……」

 

先程まで喧嘩腰だったのにも拘らず、聖女の言葉一つで素直に座り直す少女の姿に、両手を合わせて何やら唱える少女。

その双方を一瞥しつつも、最後の将はやはり興味を持てない様で、視線を正面の訓練に向け直すと溜息を吐く。

 

――私の知ってるあの子は、こんな事するようには思えなかったんだけどな。

 

思い返すのは共に研究に費やした日々。

様々な発見や失敗に一喜一憂する"妖精"の姿。

そのどれもが今の聖女の行動に結びつかない。『どうしてこうなったのか』と何度考えたか知れない。

 

だが、聖女に直接聞く事も出来ない。

聖女は『今の身体の力を掌握する為』とだけ告げると、自らの部屋に閉じこもってしまったからだ。

そして聖女の今の身体は食事の必要もないのか、それからは本当に一瞬たりと外に出た姿を見ていない。

 

――早く出て来なさいよ。私は貴女のお話を聞く為に起きてきたんだから。

 

そう彼女が思考した正にその時、聖女の部屋の方角から異様な力を感じた。

思わずと言った様子で彼女が主祭壇から降りると、他の"将"も同様に警戒していた。……いや、1名は目を輝かせて今か今かと待っている様子だったが。

 

やがて、足音と共にその気配が近付き、姿を見せた。

 

「――お待たせしましたね、私の将達よ。」

「聖女様!」

 

彼女が身に纏う気配を間近で感じ取り、喜びの声を上げた少女以外の3人に戦慄が走る。

3人にはもはや、目の前の女性が人間には見えなかった。

 

――この気配……何と神々しい!

――おいおい、冗談じゃねぇぞ……こりゃあ魔力って呼んで良いのか?

――まるで私の理論に喧嘩を売るような力ね……出鱈目も良い所よ。

 

「漸く力の制御が出来てきました。……しかし、まだ不完全です。完璧に掌握する為に、貴女達の力を貸してくれませんか?」

 

そう言って聖女が浮かべた笑みに逆らえる者は、この場に居なかった。



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合同訓練開始前

文章が伸びてしまったので、本格的な訓練は次回です。


AM 7:30 機動六課隊舎付近の広場

 

「お、来たな。」

「八神部隊長? えっと、その方達は……?」

 

ティアナ、エリオ、キャロ、ヴィヴィオ達と朝食等を済ませ、いつも通りに午前中の訓練の為に広場に集まると、そこには昨日から訓練に参加しているはやてさんが大勢の銀髪オッドアイ達と話しているのが見えた。

遠目から見た彼女達の様子は、例えると古い友人と久々に再会したような和やかな雰囲気で、少なくとも敵ではない事が分かる。

 

その為、昨日までは居なかった面々がいる事に一瞬走った緊張は直ぐに解け、彼等についてティアナが尋ねると、はやてさんは「せやな、本題の前に軽く紹介するか」と言って彼等について話してくれた。

 

聞けば彼等はなのはさんやはやてさん達と同じく、この世界の地球出身の魔導士らしい。

まぁ、彼等の髪と眼の色から俺達と同じ転生者である事は容易に想像つくが、それでも地球出身の転生者と会うのは初めてだ。

『やっぱり居たんだな』と言う納得と『いや、多くね?』と言う疑問が半々ではあったが、はやてさんがあれ程気を許していた理由については納得できた。

 

はやてさんの説明後にそれぞれ自己紹介してくれたが正直数が多く、似た名前も多かった為覚えられる気はしなかった。……顔も似てるし。

 

そして彼等は本来地上本部に所属している部隊であり、俗にいう"ミッドチルダの銀盾"である事も説明してくれた。

……"ミッドチルダの銀盾"と言えば、地上では結構名の知れた部隊だ。

ミッドチルダの治安が今よりも悪かった時に活躍し、結果的に彼等のおかげで地上の治安は大分改善されたのだと訓練校時代にクラスメイトの話題に上がった事もある。

……まさかあの子の憧れが転生者の部隊だったとは当時は思わなかったけど。

 

「"ミッドチルダの銀盾"って、確かレジアス中将の"お気に入り"ですよね? そんな部隊がどうしてここに?」

「簡単に説明すると、今後の為の合同訓練やな。……いよいよもって、()()()()()()()()()()を果たす時が来たって事や。」

「「「「――っ!」」」」

 

やや声のトーンを落としたはやてさんの言葉を聞いて、ヴィヴィオを除く俺達フォワード陣の間に緊張が走る。

機動六課の本来の役割……以前一度だけなのはさんがティアナに話していた、"滅びの予言"の回避。

なのはさんが過度な訓練を身に課し、倒れる原因になった脅威……それがもうすぐ訪れると言うのだ、緊張しない訳がない。

 

だけど、緊張こそすれど怯みはしない。それは俺とティアナだけではなく、エリオとキャロも同様だ。

二人もいつかの模擬戦後にフェイトさんから機動六課の目的を伝えられた時は結構動揺していたが、それから日々の訓練で実力と共に自信も付けてきたのだ。この年齢で既に、どんな脅威とでも戦う覚悟は出来ている。

それが二人の表情から伝わってきた。

 

だが、どうやら()()の事情は少々違ったらしい。

 

「――機動六課の……」

「本来の役割……?」

「……それって、『ロストロギアが関わる事件に対応する部隊』以外の役割ってことだよな?」

「えぇ!? こっちに来るときに上から聞いとらんかったんか!? ……あ、いや……レジアス中将の部隊なら聞かされてなくてもおかしないんか……?」

 

どうやら銀盾のメンバーは役割どころか"予言"の内容も知らなかったらしく、はやてさんは頭を押さえて溜息を一つ吐くと、「仕方ない、ついでやし説明するわ」と前置きし、以前俺達がなのはさん達から教えて貰った内容を話し始めた。

 

 

 

「――と言う訳で、機動六課は本来この予言の滅びを阻止する為に結成された部隊って訳や。」

「滅ぶって……ミッドチルダがって事か?」

「明言されてない以上、最悪の場合は周辺の次元世界も……」

「そんな話全然聞いてねぇぞ……?」

 

はやてさんの口から告げられた滅びの予言の内容に、銀髪オッドアイ達の間に動揺が走る。

 

実際、最初に聞いた時は俺も動揺したっけ。

場所とかタイミングとか一切分からないのに、放置すれば『滅ぶ』とだけ言われたのだ。それも"どのくらいの規模"が"何によって"、"どうして滅ぶのか"も全く分からない。

これで予言の回避を頑張れと言われても、どう頑張れと言うのかと言う話だ。

 

今、彼等の脳裏にもそう言った混乱が広がっているのだろう。

その時、はやてさんが手を"パン!"と叩いて彼等のざわめきを沈める。

 

「動揺するんも分かるけど、話を戻させて貰うで? 私達は滅びの回避を行う為に……まぁ、色々と裏技っぽい事もして戦力を集め、優れた素質を持った魔導士達をフォワードとしてスカウトし、鍛え上げた。そうして出来上がったんが今の機動六課や。実際、その甲斐あって、今の機動六課の保有する戦力は管理局全体で見てもトップクラスになったと信じとる。」

 

今回の合同訓練の目的を説明するはやてさんの言葉を、銀盾のメンバー達は真剣そうな表情で聞いている。

途中で出てきた"裏技"に関する説明は直接されなかったものの、そこは彼等も転生者だ。リミッター等についての事だと言うのは理解しているのだろう。

 

「せやけど、予言の内容が内容や。用心に用心を重ねるに越した事は無い。今回銀盾との合同訓練を行うのも、滅びを回避する為の戦いで上手く連携できるようにするんが狙いや。……何か質問はあるか?」

 

説明の最後にはやてさんがそう尋ねると、銀盾の一人が手を挙げた。

 

「敵の正体とか見当はついてるのか?」

「滅びの原因とされる凶星の正体は、HE教団の聖女で間違いない。でも、今の聖女の能力は未知数や。」

「あれ、HE教団の聖女って捕縛されたよな? それもはやて達の手で。」

 

聖女の捕縛劇に関する一連の騒動は、HE教会周辺ではちょっとした有名人だった事もあってニュースにもなっていた。

そんな事情もあって件の聖女が既に捕縛済みである事は、事件に直接関わっていない俺達にも周知の事実として認識されている。

なので彼の疑問は尤もな事であり、もしも彼が疑問を口にしなければ俺が代わりに尋ねていただろう。

 

そしてそれに対する返答としてはやてさんから告げられた内容は、俺達を再び混乱させるのには十分すぎる内容だった。

 

「――HE教団の聖女の正体は()()()()()()()()や。それも、融合事故を利用して宿主の身体を完全に奪うタイプのな。」

 

はやてさんの返答を受けて、銀盾のメンバー達がざわつき始める。

彼女の言う事が正しいのであれば、今回の相手は次元犯罪者を相手にするのとは全く勝手が変わって来るからだ。

 

「……あの時捕縛したんは聖女の"抜け殻"の様なものやった。……取り逃したんは、私の失態や。相手の正体を完全に理解していないにもかかわらず、最後の最後で油断した。」

 

そう言って悔し気に拳を握ったはやてさんの言う"失態"も、そう言う()()()()()から来る物だろうと言う事は想像に難くない。

そう、今回の相手は簡単に捕まえられる相手ではない。そればかりか、最悪の場合――

 

「それって、下手したら俺らの身体も乗っ取られる可能性があるって事か……?」

「だとしたらそんな相手、捕まえようが無いんじゃないのか?」

「いや、俺達ならまだ全然マシだろ。それよりもヤバいのは……」

 

そう言って銀盾が見つめるのは、今もこの話を傍で聞いていたなのはさんだ。

もしもなのはさんの身体が奪われるような事があれば、その時点で俺達の勝率はがくんと落ちる事になる。

 

「なるほど、"滅び"か……」

「ちょっと!? 聞こえてるからね!?」

 

銀盾の誰かがボソッと零した声に、なのはさんがツッコミを入れる。

だが彼女の力が悪意を以って振るわれる事があれば、時空管理局は容易に落ちるだろう……そんな印象を受けるのも確かだ。

先程はやてさんが言ったように、機動六課は時空管理局全体で見てもトップクラスの戦力。しかし、だからこそこの事件は別の部隊に任せるべきなのではないか……そんな俺の心の声が聞こえたかのように、はやてさんは口を開いた。

 

「皆の心配してる事は分かる……でも、"それ"に関しては心配せんでええ。対策の為に、木之元さんにも動いて貰っとる。今肝心なのは、聖女を確実に倒し、絶対に逃がさない為の実力と連携を手に入れる事なんや。」

 

はやてさんはそう告げると、「……話がそれたな。他に質問あるか?」と再び銀盾を見回す。

するとやや間があって、一人の銀髪オッドアイが手を挙げた。

 

「……タイミングはいつ頃を想定してるんだ? 連携を万全にするにしても、前日に訓練し過ぎて当日動けませんじゃ話にならない。大体の予定は決まってるんだよな?」

「一応、およそ一週間を想定しとる。滅びの訪れる時期にはある程度当たりは付いとるんやけど、それによればもう暫く余裕がある。一週間で納得いかんかったら、もうちょっとだけ伸びるって事もあり得るな。」

 

質問の返答として挙げられた期間は一週間。

……多少の余裕を持たせていると言っていたが、それでも2週間や3週間と言う訳ではないだろう。

つまり、俺達は今まで一度だって話した事も無い部隊と、たった一週間で実戦レベルの連携を組めるようにならなくてはならない。

 

「一週間か、あまり長いとは言えないが……」

 

銀盾の誰かが言ったように、目標の高さに対して一週間と言う期間は決して長くない。

しかし、そんな事ははやてさんも分かっている筈だ。

この一週間と言う期間には何かしらの理由……或いは、可能と思わせるだけの根拠があるはず……そう考えた時、俺はこれまで何故疑問に思わなかったのか分からないような、当然の違和感に気付く。

 

――あれ? そう言えば、()()って"あの機能"が付いてなきゃおかしいよね? なんで今まで……?

 

俺達が普段考えもしなかったその機能に関しては、寧ろ彼等にとっては当たり前の物だったのだろう。

だからこそ、彼等は当然のように答えに行き着いた。

 

「いや、待てよ? 確か、機動六課なら()()があるよな?」

「……! 仮想戦闘空間シミュレータか! ジェイル・ギアと同様の技術が組み込まれているのなら、当然"あの機能"も……!」

 

彼等の言葉を肯定するように、はやてさんがうっすらと笑みを浮かべて頷いた。

 

「そう言う事や。今までフォワード陣は肉体の鍛錬と並行していた関係で、仮想空間内との肉体の成長の誤差を気にして使えんかったけど、もう皆その段階は突破したからな。これであの機能も使えるっちゅう訳や。」

 

それはジェイル・ギアが人気を誇った理由の一つ。

小さな子供から仕事が忙しい社会人まで、平等にコンテンツを楽しめるようにと実装されていた機能。

 

()()()()()()、フルに活用して一気に仕上げるで!」

 

一週間と言う短い期間を強引に引き延ばす事が出来る、唯一の方法だった。




ちなみに神宮寺は銀盾メンバーの中にしれっと紛れ込んでいます。(銀盾に入った訳ではない)

ちなみに補足として、はやてが銀盾メンバーを連携相手に選んだ理由には、『内通者がいないと信じられるメンバー』以外にも、実は『銀"盾"=予言に記された守護者候補?』と言うのもあります。


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それぞれの訓練、それぞれの目標

ミッドチルダの上空に夥しい数の光が飛び交い、平穏の象徴だった街並みが瓦礫へと変わっていく。

 

「スバル!」

「っ! うん!」

 

ティアナの合図を受けたスバルが敵の魔導士の障壁を一際強く殴りつけて怯ませると同時に敵の背後に回り込むようにステップしたその直後、スバルの攻撃で入った障壁の亀裂にダガーの様な魔力刃が突き立った。

 

「「ハアァッ!」」

 

敵の正面からはティアナが魔力刃へと魔力を乗せた襲撃を叩き込み、広がった亀裂を中心に障壁が砕ける。

それと同時に、敵の背後からは激しく駆動するリボルバーナックルの一撃が飛び散る障壁の欠片を砕きながら隙だらけの背中へと吸い込まれるように叩き込まれた。

 

「――ッ!!」

 

二人のコンビネーションに対応できなかった敵は断末魔を上げる事も無いままに倒れ、その身体は空気に溶けるように消失した。

 

「……ふぅっ! ありがと、ティア!」

「礼は最後! エリオ達から『見つけたかもしれない』って念話があったわ! 直ぐに向かうわよ!」

「っ、方向は!?」

「向こうよ!」

「了解、『ウイングロード』!」

 

ティアナから話を聞いたスバルは直ぐにヒビの入ったアスファルトを叩き、崩れたビルの間を縫うようにウイングロードを伸ばすと、ティアナを背負い全速力で駆け出した。

 

「……大分ボロボロだね、この街も。」

「ええ、そうね……ッ! 上よ、スバル!」

「大丈夫、分かってるよ!」

 

瓦礫の街並みの上空に架かる光の道……そのさらに上空から無数の光弾が降り注ぐが、スバルは決して広いとは言えないウイングロードの上を少ない動きで蛇行して次々と回避する。

 

「そこ! 『クロスファイアーシュート』!」

 

その間に敵の位置を把握したティアナが素早く照準を合わせ、カウンターの魔力弾を叩き込み撃墜していく。

 

「流石ティア!」

「このくらいは当然よ。……それにしても、随分と開いて来たわね。」

「"天の眼"か……完全に開いたらダメなんだよね……」

 

そう言って上空を見るスバルとティアナ。その視線の先では、銀盾のメンバーが空を埋め尽くさんばかりの敵を相手取って戦っており、さらにその上空では天蓋を裂くようにして開きつつある巨大な瞳が彼女達を見下ろしていた。

先程から彼女達が戦っている魔導士達も、その瞳の中から無限に沸き出して来ており、銀盾のメンバーが大部分を減らしてくれているとはいえ、いくら倒しても終わりが見えない。

 

「滅びを避ける条件として、あの眼の破壊は絶対よ。今も銀盾の皆が時々アレに攻撃を続けているけど、効果が出てるのかも分からない……やっぱり、アレを発生させている何かを探し出して破壊しないと……!」

「やっぱりロストロギアかな?」

「多分ね。……っと、そろそろ見えるわスバル。エリオにはあたしから念話を送っておいたから、確認出来次第飛び降りるわよ。」

「了解!」

「……居たわ! あそこ……って、敵に囲まれてるじゃない!」

 

ティアナがそう言って指差す先には、多数の魔導士に包囲されたエリオとキャロの姿があった。

 

「『ディバイン……バスター』!」

「『クロスファイアーシュート』!」

 

直ぐに空中に身を翻したスバルがディバインバスターを撃ち込み、吹き飛ばされた魔導士達が何が起きたか理解する前にティアナのクロスファイアーシュートがとどめを刺していく。

 

「スバルさん、ティアナさん! ……これなら!」

≪Stahlmesser.≫

 

包囲が緩んだ事で防戦一方の状況から解放されたエリオが、電撃の魔力刃を付与したストラーダを振るい包囲の穴を広げると、キャロの補助魔法を受けたフリードリヒがキャロとエリオを伴って抜け出した。

 

「来よ、天地貫く業火の咆哮! 竜咆召喚! ≪ギオ・エルガ≫!!」

 

そしてキャロが咆哮召喚を残っていた敵の集団に撃ち込むと、大規模な爆発が起こり、周辺が土煙に覆われた。

その間にスバル達と合流したエリオとキャロは、直ぐに先程までいた方向へと向き直ると、二人に警戒を促す。

 

「二人共……気を付けてください。奴らの中に、強い個体が紛れてます!」

「強い個体って……ッ!」

 

エリオの言葉の意味を理解するよりも早く、土煙の中から影が一つ飛び出してきた。

手には杖状のデバイスが握られており、その先端からは魔力刃がまるで薙刀の穂先のように伸びている。攻撃の軌道から、狙いはどうやらキャロのようだ。

即座に割り込んだスバルが敵の攻撃を障壁で受け止めると、微かな異音と共に障壁に亀裂が入った。

 

「成程、確かに他のとは明らかに違うね……! って事は、もしかしてこの先に……?」

「はい。僕達もこの建物に入ろうとしたら囲まれたので、きっとこの中に……!」

 

スバル達が部隊を分けていた理由は、上空に開きつつある"天の眼"の発生原因を探す為であり、その作戦に踏み切った理由は敵一体一体の実力が大した事ないのが大きかった。だが、それが戦力を一点に集中させた結果だったのだとすれば、この中にこそ敵の急所……天の眼を発生させている何かがある可能性が高い。

 

ティアナがそう考えたその瞬間、彼女の眼が土煙の中に蠢く無数の影を捉えた。

 

「『クロスファイアーシュート』! ……どうやら、ここが拠点と見て間違いなさそうね。」

 

ティアナが自身の魔法で煙を散らすと、その中からまるで軍のようにズラリと並んだ敵が現れた。

その数は先程までエリオ達を包囲していた数よりも多いように見え、今もキャロの竜咆召喚により地面に開いた穴から次々にその数を増やしている。

どうやら地下に敵の本拠点があったらしく、先程の一撃によりそれが掘り起こされてしまったらしい。

 

「凄い数……!」

「流石に4人でこの中に突っ込むのは無茶ね……先ずはスバルの援護に集中しましょう! ヴィヴィオにも念話は送ってるから、きっと直ぐに駆けつけてくれる筈よ!」

「「はい!」」

 

こうしている間もスバルは敵の攻撃を捌いている最中なのだ。今でこそ拮抗しているが、そんな状況で更にあれだけの敵に襲い掛かられては、流石のスバルも長くは持たないだろう。

 

ティアナは即座に状況を整理した後、エリオとキャロに指示を飛ばしつつ、自らもスバルの援護をする為に2丁のクロスミラージュを構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

――時は遡り、()()()()()()()()2時間前。

 

「……実践訓練ですか?」

 

機動六課隊舎内の仮想訓練所に、ティアナのそんな質問の声が響く。

彼女達は隊舎付近の広場にて銀盾達との顔合わせを済ませ、軽い運動で身体を解した後、仮想戦闘空間シミュレータを使用する為にこの部屋に集まっていた。

 

「ああ、連携を鍛えるにしても作戦を組み立てるにしても、先ずはそれぞれの戦力把握は必要や。そんで、それが一番分かるのはやっぱり実際に使う時やからな。"滅び"を想定した訓練とは言ったけど、今回はお互いの動きをしっかり知る事が主題って訳や。」

 

そう言って仮想訓練所の中央にホログラムで再現された、パノラマの様なミッドチルダの街並みを眺める八神はやて。

彼女が見つめる平和な街並みこそ、"滅び"との戦いの舞台になる可能性が最も高い候補地だった。

そして視線を再びティアナ達に戻すと、はやては声のトーンを若干落として釘を刺すように言った。

 

「とは言っても、勿論皆にはミッドチルダを守るつもりで、本気で戦って貰うで? じゃないと意味ないからな。」

 

真剣なはやての声を聴き、誰からともなく彼女がそうしたように自分達が背負う事になった街並みを眺め、その場に居た誰もが一層気を引き締めた。

 

「……実践訓練が出来るって事は、滅びの原因は大体わかってるのか?」

 

そう問いかけたのは、銀盾のメンバーの一人である神谷だ。

彼はここに来る前に聞かされた予言の内容と、はやての言葉から滅びの原因……より詳しく表現するならば、()()()()()()()()()()()と言うプロセスが一切不明である事を最も警戒していた。

滅びを防ぐ為の仮想訓練と言うのであれば、それについても何かしらの憶測が建てられたのだろうと期待しての問いかけであったが……その期待は叶わなかった。

 

「いや、いくつか関連する言葉は出て来てるんやけど、まだ肝心な事は分かっとらん。せやから今回の訓練内容も、()()()()()()()()()()()()()()()()を再現したものになっとる。」

「……そうか。因みにその『関連する言葉』ってのは?」

「それに関しては訓練中に伝えるわ。今更やけど、滅びの予言の内容は管理局内でもトップシークレットや。知ってる(もん)は上層部でも一握り……そして、今言った『関連する言葉』はそん中でも更に最重要とされる機密でな、出来る限り人の耳に入らんとこでしか伝えられんのや。」

 

 

 


 

「――って話だったけどさ、あんなのどう考えても無理じゃない?」

 

訓練を終え、ロールバックされた事ですっかりいつもの平穏が戻ったミッドチルダにて、ティアナがそうぼやく。

『あんなの』とは、訓練開始直前にはやてさんから告げられた予言の続きにある"天の眼"の事だろう。

 

『守護者達が地を去るとき 天の眼が開き滅びは来る』

 

先程の訓練、結果は俺達の敗北で終わった。

あの後結局俺達は敵の本拠地を攻めきれず、その間に天の眼は開き切ってしまい、その瞳から放たれた巨大な砲撃がミッドチルダ全域を包み、世界は滅びた……と、言う事らしい。

いくら想定された滅びの可能性の一つだとは言え、アレは流石に理不尽なのではないかとも思えるが、かと言って予言で滅びとまで言われた脅威だ。あれくらいの事は本当に起こるのかも知れない。

 

少なくともはやてさんはそう考えているのだろう。

 

「…バル! スバル!」

「――はっ! え、えっとどうしたのティア?」

 

気付けば思考に没頭してしまっていたらしく、若干不機嫌そうなティアナが俺の方を揺すっていた。

 

「だから、反省点よ! ……訓練後は反省会で修正点を洗い出す、いつもやってる事じゃないの。」

「あ、うん。そうだね。反省点……反省点かぁ……」

 

この場合、俺に求められているのは"ティアナの反省点"だ。

基本的に自分の反省点は相手から聞く事で、客観的な視点から欠点を見つけるのが俺達の反省会のいつもの流れ。

だけどティアナが立てた作戦自体は、今振り返ってもそこまで悪くはなかったように思う。

飛翔魔法が苦手であり天の眼に攻撃が届かない俺達は地上で敵の拠点を探し、飛翔魔法が使える銀盾達は俺達が地上で動きやすくなるように無限沸きする敵を引き付け、時々天の眼の破壊を試みる。

 

正確な情報が判明していない状況で即席で組んだ役割分担としては、まあまあ及第点ではあるはずだ。

 

負けた原因はシンプルに敵が多かった事と、銀盾のメンバーの実力を甘く見ていた事だった。

彼等はあれだけの敵を相手に戦い続けていたにもかかわらず、消耗は俺達よりも遥かに抑えられていた。

聞けば、彼等は小学生の頃から常に互いの魔力感知を鍛え続けており、今では銀盾の魔力全てが眼の様なものになっているらしい。

以前、なのはさん相手に俺達フォワード全員で挑んだ模擬戦でティアナが使った霧の感知の様なものだろうかと考えると、その異常さが良く分かる。

 

あの霧の中で自由に状況を把握できていたのはティアナだけだった。それはあの霧がティアナの魔力だったのが理由であり、俺達にそれが出来なかった理由もまた然りだ。

要するに、()()()()()()()()()()()()()()()と言う訳の分からない事を全員が出来るのが銀盾なのだ。

そしてそれをフルに使う事で魔力消費を限界まで抑え、敵の攻撃は当たらず、こちらの攻撃は敵に当たると言う異次元の連携を生み出している。

 

ちなみに彼等の中でただ一人、神宮寺と言う人だけは離れていた期間が長い為若干連携が弱いらしいが、彼は固有の能力……見せて貰ったけど完全に王の財宝だったが、それを使う事で彼等以上に戦えるのだとか。

 

……そんなビックリ集団の特性を初対面で理解した上で作戦に組み込めと言う方が無理な話だろう。

 

一応そんな自分の意見を交えつつ伝えると、ティアナは頷きを一つして……とんでもない事を言い出した。

 

「でも、はやてさんはそれを承知の上で『彼らと連携できるようになれ』と言ったのよ。だったら、あたし達もアレが出来るようにならないとね。」

「ちょっと待ってティア、久しぶりにちょっと話についていけない。」

 

え!? いくら時間が引き延ばされているとはいえ、1週間であんな超人(変態)になれと!?

 

ここ最近順調に思えてきた俺達の訓練は、ここへ来てとんでもない課題にぶつかるのだった。

 

 

 


 

「――どうしました? もう限界ですか?」

 

身体に力が入らない。

いや、力だけではない。魔力も、気力も、ありとあらゆる力を使い果たした身体は、まるで動くことそのものを拒否しているかのように重かった。

 

そして、それは私だけではない。

私の他にも3人、()()()()()()この様だ。

生前は大魔導士と呼ばれていた事を思えば、ここで意地の一つでも見せておきたい所なのだが……

 

――……駄目ね、コレはしばらく動けそうにない。

 

意識がハッキリしているのが逆に不気味だ。

でも、これが嘗て私が見つけ出した属性……"極光"の効果であるならば、対抗する事は不可能ではないはず。

次回以降の反省点を脳裏に纏めながら、私はもう何度目とも知れない疑問を投げかける。

 

「……あな、たは……」

「ん?」

「貴女は、この力を使って……何をするつもりなの?」

 

問いかけた私の口から漏れ出た声は、生前の年齢からは考え付かない程に幼い声だった。

幼い少女を模して造られた器に入れられて数日経つが、自分の在り方が揺らぎそうでこの感覚には未だ慣れない。

だが、"彼女"はこんな感覚をアレからも何度も体験してきたはずだ。

今の彼女があの時の彼女ではなくなっているかもしれない……そう考えると恐ろしくて、今まで中々この疑問を直接投げかけられなかった。

 

しかし、もうそう言ってはいられない。

彼女がここまでの力をつけてしまった理由の一端が私にあるのなら、場合によっては……

 

「……残念だけれど、それは答えられないわ。」

「……そう。」

「でもこれだけは信じて。私は決して、私利私欲の為にこの力を使う訳ではないって事を。」

 

それだけ言うと、彼女は「しばらく休憩してて」とだけ告げて地下大聖堂を出て行った。

 

それからしばらくして身体が動くようになり、姿勢を正していると私に声が投げかけられた。

 

「……あまりよぉ、無茶はしねぇ方が良いと思うぜ?」

「貴女は……確か私と同じ将の一人だったかしら?」

「おいおい、覚えてねぇのかよ!? ……ま、今はそこはいいや。俺が言いてえのはよ、アイツのようになりたくなければ素直に言う事聞いた方が良いって事よ。」

 

そう言って彼女が示すのは、今も恍惚の表情で床にのびている少女だった。

彼女の事は覚えている。彼女も私と同じく将と呼ばれる一人であり、今の彼女を崇拝する信者の様な言動が強烈な少女だ。

 

「アイツも俺もよ、あんた等よりも前に一度目覚めた事があるんだが……アイツはその時に()()()()()()()()んだよ。他でもない聖女自身にな。」

「あの子が……?」

「おう、元はなんて言うか……かなり粗暴って言うか……」

 

彼女がそう口にした瞬間、それまでうっとりとした表情で寝ていた少女がガバッと起き上がり、彼女に対して詰め寄り始めた。

 

「ちょっと!? なに人の過去を勝手に話そうとしてるんですか!?」

「っと、分かった! 悪かった、もう言わねぇから! な!?」

「謝った程度で許すとでも……!」

「ほら、あー……アレだ。聖女も『私闘は厳禁』って言ってただろ? な?」

「分かりましたよ……聖女様の言葉ですから。もうさっきの話はしないでくださいね? 私の汚点なんですから。」

 

今まで怒り心頭と言った様子だったのが、あの子の言葉を引用しただけで一瞬で収まる……確かにこれは異常だ。

視線を彼女に向けると、「ほらな、おっかねぇだろう?」と言わんばかりの表情で見つめ返して来る。

 

確かに、あんな姿を見てしまえば逆らおうなどと言う考えは浮かばないだろう。

しかしその恐怖は同時に、あの子に変えられていない証明でもある。

その気になれば変えられるのであれば、いっそのこと最初から従順に作り変えるのが一番手っ取り早い筈だ。それをしない事が、私には逆に希望に思えた。

 

この思考は彼女により変えられた物でない……私はそう信じる事にした。



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訓練、満了

仮想戦闘空間シミュレータを用いた訓練に入ってから、機動六課と銀盾の訓練は日に日にその密度を増して行った。

 

「エリオ、槍は状況に応じてリーチを変えられる武器だ! 常に間合いを意識し、コントロールしろ! 敵にペースを譲るな!」

「は、はい! ゼストさん!」

 

時には臨時により専門的な技術を持つ講師を招き、

 

「あ、あの……すみません。一度に多数の魔導士さんを強化する訓練がしたくて、その……つ、付き合って貰えませんか!?」

「……! ……へへ、俺で良いなら喜んで。」

「いや、告白されたみてぇに言ってんじゃねぇよ!?」

「言っとくけどキャロは俺ら全員に言ってるからな!?」

「だって人生で一度は言ってみたいじゃん……」

 

時には訓練を通して交友を深め、

 

「全力で行くよ、フェイトちゃん、アリシアちゃん!」

「うん、私達も手加減なんてしないから……!」

「二人共、私も居るって事忘れとらんか? 夜天の主の名は、伊達やないで?」

 

「なのはさん、あんな魔法も使えるんだ。あたしなら、どう対処するかな……」

「戦ってるの初めて見たけど、はやてさんって結構技巧派なのね……あの術式、あたしにも使えるかしら……?」

「フェイトさん程の速度だと、守りを気にするよりも一息に攻める方が効率がいいんだ……ストラーダの噴出機構を上手く制御できれば、僕も出来るかな?」

「私が補助をかけるなら……今、と……今……イメージは出来るけど、戦闘が速すぎて多分普通に詠唱してたら間に合わないから、ある程度戦闘の流れを予測しなきゃ……」

「「「「「「「「「「はぇ~……すっご……」」」」」」」」」」

 

時には隊長陣の訓練から学び、

 

「標的の狙いが地上本部に移った! 今よ、神谷さん!」

「よし! カートリッジロード、≪ストラグルバインド・パワード≫!」

『――ッ!?』

「動きが止まったわ! スバルは障壁を、皇さんは援護をお願い!」

「了解、ウイングロード!」

「分かった!」

「キャロは補助魔法の詠唱開始! 皆も配置について! スバルが標的を叩き落したら、一気にやるわよ!」

「はい!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

時には想定される脅威に共に立ち向かい、連携を磨いた。

 

そして、一週間後――

 

 

 

15時と言う、普段よりかなり早い時刻に、彼女達は仮想空間から帰って来た。

今日は連携強化訓練の最終日であり、その訓練が今しがた終わったのだ。

 

「お疲れ様、皆! これまでよく頑張ってくれたね。」

 

しかし仮想訓練所に並ぶフォワード陣と銀盾を見回して満足気な笑みを浮かべるなのはとは対照的に、フォワード陣はやや不安気な表情だった。

 

「あ……あの、なのはさん!」

「ん? どうしたの、スバル?」

 

そんな彼女達を代表するように、スバルがなのはに問いかける。

 

「あ、あたし達は一週間前と比べて、確かに強くなったと思います! で、でも……!」

「……実際に戦った時、勝てるか不安?」

「ッ! …………はい。だって、仮想訓練でも滅びを防げる確率は安定しませんでしたし……それに、実際の滅びがどんなものかだって……」

 

そんな彼女の不安は、この場に居る全員の代弁でもあった。

今の自分達が滅びなんていう脅威を防げるのか分からない、自分達の訓練が実戦で発揮できるのか分からない、そう言った"分からないと言う恐怖"が訓練課程の終了が近付くにつれて彼女達の中で大きくなって行ったのだ。

しかしそれは――

 

「わかるよ。私だって怖いもん……だよね、フェイトちゃん。はやてちゃん。」

「うん。多分、怖くない人なんていない。もしもそんな人がいるのだとすれば、それはきっと()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。」

「せやな! 正直なところ、私も今からでも部隊長誰かに代わって欲しいくらいや!」

「はやて……?」

「じょ、冗談やってリイン! ちょっと場の空気和まそうとしただけやないか!」

 

そう言って冗談を言うはやてだったが、一転して真面目な表情で向き直ると静かに口を開いた。

 

「まぁ、誰かに代わって欲しい言うんは冗談やけど……それでも怖いのはホンマや。けど、さっきフェイトちゃんが言ったみたいに、こんな状況で恐怖を感じん奴ほど信用出来ん奴も居らん。だから、今そう感じている皆を私は心から信頼できる。ここにいる皆となら、どんな滅びだって打ち倒せる筈やと信じられる。」

 

そう告げるはやての眼には、言わずとも伝わる信頼の光が見えた。

その眼を見た者達の表情から、少しだけ恐怖が薄れたと感じたはやては「でも」と口を開いた。

 

「恐怖が重すぎてもいざと言う時に足を引っ張りかねんからな、ここで皆にちょっとした『自信』のプレゼントや。」

 

そう言って部屋の一角へ視線を向けるはやて。

その場に居た全員が彼女の視線を追うと、そこに居たのは――

 

「どうも! 皆、久しぶり!」

 

なにやら大きな箱を抱えた白衣の女性……木之元(きのもと) 菜都美(なつみ)だった。

 

「お前……木之元か!? 機動六課に居たのかよ!?」

「マジか! 久しぶりだなぁ!」

「どうりで最近地上本部で見ない訳だ。」

「え、まさか斉藤も機動六課に居たりしないよな……?」

「あー……まぁ積もる話もあるかも知れんけど、先に用件済まそか。」

 

彼女の姿を見た銀盾達が途端に騒がしくなるが、はやてがそう注意すると途端に落ち着いた。

 

「うわぁ! 急に落ち着くな!? ……って、そんな場合じゃないよね、分かってるよ。……えっと、この辺で良いかな? よいしょ……っと。」

 

そう言って木之元が近くにあった台に持っていた箱を置くと、結構な重量を感じさせる鈍い音が響く。

 

「この中には以前、皆から預かったデバイスちゃん達が入ってます! 勿論私とシャーリーちゃんでしっかり強化&カスタマイズ済みだよ!」

 

そう言って自信満々と言った様子で木之元が箱を開くと、中には無数のデバイス達が待機状態で収まっていた。

それを見た銀盾達から「おお!」と歓声が沸くのを聞いた木之元は、その中から代表的な一つ……レイジングハートを取り出すと、説明を開始する。

 

「今回のカスタマイズで調整したのは2つ。先ず、基本的な処理速度の強化……まぁこれは言わなくても大体わかるよね? それでもう一つは、『融合騎とのユニゾン防止機能』だよ。」

「ユニゾン防止機能……あぁ、成程な。」

 

木之元が告げたその機能を聞いて、その場に居た全員がその理由に納得の表情を見せる。

 

「はやてちゃんから今度の敵がユニゾンデバイスって聞いてね、直接この機能を付けて欲しいって頼まれたんだ。効果に関しては、はやてちゃんがセットアップ中にユニゾン出来なくなる事を確認してるから保証するよ!」

 

はやては訓練の終了後、度々木之元のもとを訪れ、ユニゾン防止機能のテストをしていたのだと言う事が木之元の口から語られると、銀盾達ははやてを心配そうに見る。

 

「はやて、まさか今もユニゾン出来ないとか無いよな……?」

「安心せぇ、使ったんは試験用のデバイスや。リイン達にはそんな機能つけてへんから、普通にユニゾンできるで。」

 

そう言ってはやてが目の前でリインフォースとユニゾンして見せると、銀盾達は安心したのか溜息を吐いた。

 

「……ま、これで大体説明は終わりや。それぞれ自分のデバイスを返してもらったら、一旦広場に出るで。新しいデバイスの処理速度に慣れて貰わなあかんからな。先に行って待ってるな~」

 

はやてがそう言って部屋を後にすると、その後の室内には俄かに活気が戻るのだった。

 

 

 

そして、数時間後――

 

封時結界が張られた機動六課隊舎付近の広場では、慣らし運転を兼ねた模擬戦を終えた皆が神宮寺の生み出した揺らぎに対して魔法を放っていた。

 

「なんか、変な感じね……あの中に入った途端、魔力弾の制御が全く効かなくなるって感覚は……」

「あー、確かに……昔は制御とか考えずに使ってたから気付かなかったな。」

「まぁこの揺らぎの中は時間が止まってるからな、その関係じゃないか?」

「ふぅん……?」

 

「ねぇねぇ、これってさ、ウイングロードも入るのかな?」

「……どうなんだろうな? 俺らは使えないからなぁ……試してみるか?」

「案外強かったりするかもな!」

 

「すみません、僕の場合殆ど近接用の魔法なので……」

「大丈夫大丈夫、普通の魔力刃突っ込んでた時でもコイツかなり使いこなしてたからさ。何でも入れてみるもんさ。」

「そう言いつつ、お前は今何入れようとしてんだ神場?」

「え、コレ……? ……何なんだろうな、俺にも良く分かんね。」

「またそんな訳分かんねぇもんを……! あっ、コラ! 入れんな!!」

 

「キャロ、アレって今使えないのか?」

「ギオ・エルガですか? ……えっと、ヴォルテールが協力してくれないとダメなんです。」

「って事は、今は拒否られてんのか……?」

「ほら、あれじゃね? 『我が力を貸すのはキャロだけだ』……みたいな?」

「あ、はい。そんな感じです。」

「成程~」

 

「ヴィヴィオって聖王の記憶持ってんだよな? 今の俺らって、当時の魔導士達と比べてどんなくらいだ?」

「そうですね……国の騎士にはそれなりに居たくらいの実力ですね。」

「はぁ……やっぱ昔の魔導士は強いって事なのかね……」

「? 十分自信を持って良いと思いますよ? 流石に騎士団長クラスとは言えませんが。」

「そっか……因みになのははどんなくらい?」

「"(兵器)"クラスですね。完全に。」

「だよなぁ~」

 

すっかり打ち解けた雰囲気のフォワード陣と銀盾達を見つつ、なのは達は今後の予定を話していた。

 

「やっぱり一日休日を挟むべきじゃない?」

「確かに疲労が溜まってるかもって言う、なのはちゃんの懸念は分かるけどな……私はこの数日間、向こうが全く動きを見せてないんが気になるんや。なんや、裏で厄介な準備進めてる気がしてならんねん。」

「私もはやてに同意かな……()()()()()も聞いたし。」

「気になる話?」

「……前にジェイル・スカリエッティを尋問した事があったでしょ?」

「あぁ、フェイトちゃんだけ残ってたアレやな?」

「うん……あの時にね、スカリエッティが聖女から受けた依頼について聞いたんだけど、聖女はこう言ってたんだって。『私の()()()()器になる身体を作って欲しい』って。一時的って事はつまり……」

「最終的な目標とする身体がある……そして、それが……」

「うん。多分、ここまでは聖女が思い描いた通りに事が進んでる……偽物と一緒に捕まったリーゼロッテ達も、なんか様子がおかしいって話だったし。」

「リーゼロッテさん……」

 

そう呟いたなのはが思い浮かべるのは、10年以上前に一度敵対し、力も合わせた2人の女性だ。

彼女は前回の出撃の際、罠である事を懸念して現場に赴かなかった。その為、話に出たリーゼ姉妹の今の状況を伝聞でしか知らない。

 

――二人の事が心配だな。一度は敵対してしまったけど、最後は分かり合えた相手だから……

 

「ねぇ、私、今の二人の様子を確認に――」

「――会話を遮って悪いが、それは不可能だ。」

「! 最高評議会の……」

 

なのはの言葉を遮って現れたのは、最高評議会の三人だった。

彼女達は神宮寺の王の財宝に魔法を入れている光景を訝しげに見ながら近づいてくると、なのは達の前でその脚を止めた。

 

「不可能って、どういうことですか? まさか……」

「ああ、先程知らせが入った。……()()だ。リーゼロッテ、リーゼアリア……そして聖女。3名ともな。」

「そんな……! どうして……」

「監視カメラに映像が残っていたが、突然奴らの足元に転送の術式が現れ、それっきりだ……奴等を脱獄させたのは本物の聖女で間違いないだろう。」

 

彼女達を捉えていた監獄には転送魔法は勿論、飛翔魔法や身体強化を始めとしたありとあらゆる魔法に対する妨害術式が常に起動している。

そんな監房に遠隔で術式を飛ばし、警報も発令されぬままに脱獄させる等、人知を超えた離れ業だ。

 

そう説明する三人の言葉を聞いて、はやては自身の決意をより強くする。

 

「やはり、明日直ぐにでも動くべきや。今まで何の動きも見せんかった奴が3人を回収した……こんなあからさまに動くって事は、もう時間が無いって事やと思う。」

「だね。今日はもう皆も休めさせて、明日の出撃に備えよう。」

「……うん、そうだね。確かに、もう時間はないみたい。」

 

二人の言葉に、なのはも決意する。

もう一刻も猶予はない。本来なら今すぐにでも動きたいところだが……流石に模擬戦を終えて直ぐでは体力が戻っていない。

もどかしいが、万全を期すならば動くのは明日だ……そう言う事で、3人の意見は一致した。

 

「ふむ……そう言う事であれば、明日は我等も同行しよう。」

 

するとなのは達の話を聞いていた最高評議会の一人、リオンがそんな提案を持ち掛けてきた。

 

「お三方が……でも、大丈夫なんですか? 今回の相手は……」

「ユニゾンデバイスなのであろう? だがそれこそ好都合と言う物だ。この身体はあくまで作り物、奴がこの身体に入ろうものなら身体ごと破壊すればいい。我等の本体は傷一つ付かぬ。」

「それとも、我等の実力を侮っているのか?」

 

そうまで言われては、流石にはやても彼女達の厚意を無碍には出来ない。

実際、戦力は多ければ多い方が良い現状、彼女達の協力は魅力的でもあった。

 

「いえ、そんな事は……分かりました、明日はよろしくお願いします。」

「うむ、それで良い。こういう時に戦う為の身体なのだからな。」

「ただし、作戦中はお三方と言えど私の指示に従って貰います。こちらも、今回の為に立てていたプランがありますので。」

「ふむ……了承した。確かに予言の一件に関して、その全権を握るのは貴様であるからな。我等も従おう。」

「ご理解いただき、ありがとうございます。」

 

最高評議会の協力に感謝し、頭を下げるはやて。

 

「うむ、では明日……」

 

そんな彼女の対応に満足気にこの場を去ろうとする三人であったが、頭を上げたはやての言葉にその脚が止まる。

 

「つきましては、今日はこの隊舎に泊まっていただきます。」

「へ?」

 

はやてからの思わぬ指示に、思わずクリームの口から間の抜けた声が飛び出す。

 

「先程は明日出撃と言いましたが、状況は今夜にでも動くともしれません。そう言った事態に対応する為に、機動六課でも深夜スタッフが状況に目を光らせております。隊舎に居れば合流も直ぐに出来ますが、離れられては私達の動きに支障が出ます。」

「む……むぅ、成程な……仕方あるまい。」

 

彼女達としては身体の秘密を知る者が少ない方が良いため、可能であれば機密区画に戻りたいのだが、はやての言葉にも頷ける点は多い。

協力を申し出た手前、自分達が足を引っ張るような事態は彼女達としても避けたい所なのだ。

 

「また、明日に備えて今日の食事はこの後直ぐを予定しております、風呂は18:00までに済ませて下さい。消灯時間は19:00――」

「む、むむむぅ……」

 

最高評議会の三人はしばらくぶりのスケジュールを頭に叩き込むのだった。

 

 

 


 

 

 

「なのは、今ちょっと良いか?」

 

模擬戦を終えた後の広場にて、封時結界を解除しようとしていたなのはのもとに神宮寺が訪れた。

既になのはと神宮寺以外は結界の外に出ており、この場に残っているのは2人だけと言う状況だった。

 

「神宮寺君? うん、大丈夫だよ。今結界を解除するから――」

「あぁ、いや、結界の解除は待ってくれ。」

「え?」

「実は頼みがあるんだ……」

 



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計画は影で蠢く

今回は大分説明臭くなってしまいました。


なのは達の訓練が完了する数時間前、HE教会地下大聖堂跡にて――

 

 

 

「……!」

――これは……!

 

手に入れた天使の力の扱いに慣れるため、自身が"将"と呼ぶ4人の少女達との組手を行っていた聖女は突如としてその動きを止めた。

 

「? 聖女様、いかがなさいました?」

 

――未来が……あの破滅の日の未来が殆ど見えない……!

 

元々その日の光景はなのはが何者かによって倒される瞬間しか見えなかったのだが、今はその瞬間さえも数多のノイズにかき消されて殆ど視認できない状況となっていた。

 

――恐らく、私と言う敵の存在を認識したはやてが何らかの対策を講じ始めたと言う事でしょう。そして、それにより彼女達の戦力が増強され、この破滅の未来さえも覆そうとしている……!

 

それは聖女にとっては想定外の変化だった。

彼女は元々、はやて率いる機動六課と敵対する事で戦力の増強を図らせるつもりだった。その為に聖女は騎士カリムの予言を利用するつもりだったのだ。

しかし、それは()()()()()()()()()()()()()()の話。

 

はやてが転生者であった場合は、恐らく転生時に得た特典や原作知識等を利用して原作の八神はやてよりも強化されている事だろう……いや、そればかりではない。

天使の存在を知らず、彼女達の介入を経験していないであろう若い転生者は()()()()()()()()にも利用できる……そう考えた聖女は、彼女が転生者であると知った瞬間、思わぬ幸運に笑みが漏れた。

 

もっとも彼女の思惑と違い、はやては何処かしらで天使の存在を知っていたようだが、計画の重要な目標は達成できたので良しとした。

はやてを強化するよりも確実な力を彼女は晴れて手にする事が出来たのだ。

 

だが、ここにきてこの変化だ。

一見すれば僥倖にも思えるこの変化は、実のところ聖女にとって不安要素もはらんでいた。

 

――未来視の光景を敢えて維持し、肝心の瞬間に天使の力で介入する事でより確実に、より大きな変化を齎す……その為には、この段階での変化は寧ろ邪魔でしかない。

 

例えば敵がはやて達を何かしらの方法で観測していた場合、はやて達が強くなれば自然と敵もより強くなろうとする……或いは、より奇襲に特化した戦法を取って来る可能性が高い。

未来をこの段階で変えると言うのはそう言う事だ。

 

その為、聖女は天使の力を手にした後も……いや、手にした後こそ表舞台に上がらず、力を蓄えてきた。

全ては肝心な瞬間まで今の未来を維持する為に。

 

しかし、ここにきて未来が変わった。

それが意味するところは一つだ。

 

――捉えさせたダミーがバレましたか……

 

天使の存在を知っていたはやての事だ。今頃は私への対策のために機動六課の戦力を可能な限り急ピッチで鍛えている事だろう。

それが原因で未来が変化してしまった……そう考えるのが、自然だ。

 

その証拠に、未来の変化はもう一つあった。

とは言ってもこちらの変化はそう遠い未来ではない。

 

――気付かない内に、明日の未来がノイズに包まれている。それも、以前とは比べ物にならない程のノイズの量……恐らく、今度ここに来るのは前回よりも転生者を多く編成した本気の部隊。はやて(転生者)達もここで決めに来ると言う事……どうやら、こちらも予定を早める必要がありそうですね。

 

「……もう()()()()()理由も無い、か。」

「? えっと……?」

「あぁ、こちらの話ですよ。少しやる事が出来たので、早めに済ませましょう。」

 

思考に没頭していた聖女の様子を気にした将の問いかけに対し、聖女はそう答えると組手の続きを行うべく再び構えを取った。

 

 

 

 

 

 

「――それで、聖女さんよ? さっき言ってた"やる事"ってのは、何の事だい?」

 

暫くして、組手を終えて一息ついた将の一人が聖女に尋ねると、聖女は「そうでした」と思い出したように大聖堂跡の中心部……瓦礫が撤去され、開けた広場のようになっている箇所へと歩み出すと、その地面へ向けて手を翳した。

 

「……」

 

するとその身体から溢れ出した魔力が寄り集まり、複雑怪奇な術式を床に描いた次の瞬間……大聖堂跡は眩い光に包まれた。

 

 

 

「ぅ……ここは……? っ! 聖女様!」

「……。」

「……チッ、やっぱりアンタかい。」

 

光が収まった時、そこに現れたのは元・聖女の少女と、リーゼアリア、そしてリーゼロッテの姿だった。

 

「おかえりなさい、3人とも。……拘留中、こちらの事は話しませんでしたか?」

 

聖女は呼び出した3人に対して、穏やかな口調と裏腹に有無を言わさぬ威圧と共にそう問いかけた。

彼女の尋問に対して思うところがあったのか、元・聖女の少女がビクッと震えたが、リーゼロッテは不満気な目を聖女に向けると怯む事なく煽るように口を開く。

 

「ハッ、そんなに不安だったのかい? ちょっとばかし見た目が変わって、妙な力も手に入れたみたいだが、結局他人の力に縋るだけの小物っぽいねアンタは。」

 

リーゼロッテとしては、例えこれで気分を害した聖女の手で始末されたとしても構わないと思っての挑発だった。

敬愛する父のリンカーコアを奪った聖女の命令でかつての味方と戦わされるより、その方が万倍マシだからだ。

しかし、聖女は彼女の挑発など意に介さないように、淡々と命令した。

 

「『私の問いに、素直に答えなさい』。」

「チッ……生憎と誰かさんが契約で縛ってくれたおかげでね、洗いざらい言いたくても言えなかったよ。」

 

せめてもの抵抗に舌打ちして見せたが、それでも命令一つで口を割らせられると言う屈辱に彼女の意気は消沈していく。

この世で最も従いたくない相手の命令で動き続けた日々に比べれば、管理局の牢獄に姉妹二人で過ごした数日間の方が輝いてすら思えた。

 

「そうですか、では……」

 

そんなリーゼロッテの様子には目もくれず、次に聖女は元・聖女の前へと歩を進めると、改めて尋ねようと口を開き――

 

「貴女は、何か――」

「すっ、済みません聖女様! 折角与えて下さったお役目を果たす事も出来ず……ッ!」

 

プレッシャーに耐えかねた元・聖女の土下座により、聖女の問いかけは中断された。

 

「……と、言う事は貴女が口を滑らせたと言う事ですか?」

「い、いえ! 違うんです! 私は嵌められたんです!」

「……どういうことですか?」

「実は――」

 

 

 

「――と、言う訳なんです! 決して私が自ら情報を開示した訳では……!」

「成程、事情は分かりました。そうですか、"彼"が向こうに付きましたか……」

 

元・聖女の弁明を聞いた聖女は、受け取った情報を脳裏で反芻する。

 

――ジェイル・スカリエッティが向こうに付いたとなれば、確かに即席で用意したダミーでは誤魔化す事も出来ないでしょう。コレは彼の行動を読めなかった私の落ち度であり、彼には避けようのない事態ですね……

 

「そう言う事であれば、貴女を責めると言うのも酷な話ですね。今回の件、許します。」

「聖女様……!」

「しかし――」

 

穏やかな笑みを浮かべた彼女からの許しを受けた事で、救われた様な表情を見せる元・聖女に対し、聖女は手を翳すと一方的に告げた。

 

「貴女の役割はここまでです。ご苦労様でした。"コアコレクト"」

「ぁ……」

 

聖女がコマンドワードを口にすると、元・聖女の身体からリンカーコアが摘出され、聖女の身体へと吸い込まれる。

すると、途端に彼女の身体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 

「……」

 

笑顔のまま倒れ伏すその姿を見て『明日は我が身か』と将の一人が僅かに息を飲むが、そのどちらにも目もくれず、聖女は選別を始めた。

 

――器の数には限りがある以上、戦力的に当てにならないリンカーコアに身体を与える理由も無い。折角空いた貴重な身体なのですから、誰を入れるかは慎重に決めなければ……

 

自身の内に残っている21個のリンカーコアを比べながら、聖女は考える。

と言うのも、今器に入っているリンカーコアは将の分も含めて43個……実に聖女の所持するリンカーコアの2/3に相当する数だ。当然、優秀な魔力や戦闘能力を有するものから順に身体を与えてきた。

そして彼等は今も新しい身体での魔法戦に慣れるべく、日々訓練に精を出している。

 

しかしそうなると、残っているリンカーコアは殆ど大した能力を持っていない物……より具体的に言えば、彼女が最初の頃に身体を転々とした盗賊の物が殆どなのだ。

勿論ギル・グレアムのリンカーコアは桁外れに優秀だが、コレはリーゼ姉妹との使い魔契約の維持に必要である以上、当然外に出す事は出来ない。

 

――まぁ、消去法でコレですね。

 

そんな中から一つのリンカーコアを選び、倒れた身体に向けて手を翳した。

 

「"コアリリース"」

「……んぅ……? ここは……」

「おはようございます。気分はどうですか?」

「え? あぁ、おはよう……なんだ? 何か喉が変……? はぁっ!??」

「それについて説明するので、『少し黙っていてください』ね。」

「……? ッ!?? ~~ッ!!???」

 

突然の事に混乱する元・聖女に対し、聖女は慣れた様子で状況の説明を始めた。

 

 

 

「――と言う訳で、今私は破滅の未来を回避する為の戦力として、貴女を蘇らせたんです。『もう話しても大丈夫ですよ』。」

「……あ、あー……っはぁ、マジか……俺の自由意思とか、もう無いも同然って訳ね……」

「はい、ですが破滅を防ぐ事が出来た暁には、貴女の支配を外して自由を差し上げます。品行方正な兵士であった貴女なら、特に規制する必要も無いでしょうし。」

「そうかい……まぁ、色々整理出来てないとこもあるけど、そう言う事なら頑張るよ。」

 

項垂れていた少女は聖女のその言葉を聞き、状況が分からないなりに前向きな目標を立てる。

実力がそれ程伴っていない点以外は文句無しな彼女の様子を満足気に見た聖女は、呼び戻したリーゼ姉妹に対して早速の頼み事をした。

 

「そういう訳ですから、彼女達の訓練を任せてもいいですか? リーゼロッテさん、リーゼアリアさん?」

「……どうせ選択権なんて無いんだ。良いよ、受けてやるさ。今までやらされてきた事に比べれば、幾分かマシだ。」

「……だね。」

 

そう言って元・聖女を訓練所へと案内するリーゼアリア。

二人の後に続いて部屋を出る直前、立ち止まったリーゼロッテは振り返ると聖女に一つの質問を投げかけた。

 

「なぁ……何であたし等を呼び戻した? アンタはもう、あたし等や"今のアイツ"の力なんて要らない位の力を持ってるじゃないか。」

 

強制転送の術式で呼び戻されて最初に感じたのは、聖女の内に渦巻く異質な力だった。

魔力のように扱われておきながら、明らかに魔力とは違う正体不明のエネルギー……そこから感じる絶対的な格差と、奇妙な神々しさ。

もう例え使い魔契約の縛りが無くとも敵う事がない相手なのだと、彼女の動物的な直感と魔導士としての経験が訴えていた。

 

だからこそ彼女には不思議でならない。どうして彼女が態々自分達を呼び戻したのか、どうして先程蘇らせた彼女の訓練を付けさせるのか。

……それで得られる戦力なんて、今の彼女に比べれば誤差の内にも入らないだろうに。

 

当然の事だが、管理局の牢から脱獄させると言うのは誰がどう見ても立派な犯罪だ。態々管理局と敵対するような行動をとってまで自分達を呼び戻す理由が、彼女には思い当たらなかった。

 

「貴女達を呼び戻した理由、ですか……」

 

リーゼロッテの問いを受けて、聖女は僅かばかり考えこんだ。

それは答えを探していると言うより、答えるかどうかを悩んでいるようにリーゼロッテの眼には映った。

 

「――そうですね……私の最終目標は、先程彼女に話したように『破滅の阻止』です。当然失敗は許されない。ですから目的を果たせる確率を、少しでも上げたいと言うのが最も大きな理由ですね。」

「だけど、それだって今のあんたなら簡単に出来るんじゃないのかい?」

「そうかもしれません。しかし、先程も言ったように失敗は絶対に許されない。この身体を得てもなお、確実と言えない理由が私にはあるのです。」

 

それはその場の全員が想像だにしない返答だった。

今の聖女の力を肌で感じる事が出来る範囲に居る者にとって、今の聖女は誰よりも強く、敗北する姿を想像できない存在だ。

そんな存在がほんのわずかでも可能性を高めたいと願い行動する程の何かが、この先に待っている……その事実は、その場の全員に得も言われぬ不安となって纏わりついた。

 

 

 


 

――数年前、管理外世界『??????』、『???』国、『?????』の外れにて。

 

「凄い凄い! お義兄ちゃんの言ったとおりにしたらちゃんとできたよ!」

「ああ! 偉いぞ! 流石俺の自慢の義妹だ!」

 

そこでは、一人の少女が魔法の練習をしていた。

彼女に指導を付けているのは、彼女を義妹と呼ぶ銀髪オッドアイの少年……否、

 

「はぁ!? 俺の義妹だろぉが!!?」

「自惚れんなバカ共! 俺の義妹だ!」

「言っておくけど、俺が最初に――」

 

銀髪オッドアイの少年()だった。

彼等は一人の少女の義兄の座を常に争う仲であり、決して親しいと呼べる間柄ではない。

そんな板挟みに晒された少女は、その争いを止めるために口を開く。

 

「もう! 喧嘩はやめてよ、お義兄ちゃん達!」

「ほら俺の義妹が困ってるだろ! すっこめ、てめぇ等!」

「すっこむのはてめぇだこのダボが! 義兄妹の間に挟まんな!」

「待ってろよ、お義兄ちゃんが直ぐにこいつ等追い払うからな!」

「もう! だから、皆お義兄ちゃんなんだってば!」

「そうは言うがな――」

 

しかし、自らが義妹と呼ぶ少女の制止も聞かず、彼等の争いはヒートアップしていき……

 

 

 

「良いから、やめて。私が言ってるんだから。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

「はい。」

 

その熱は、少女の一言で不気味な程に収まった。

 

「うん、偉い! じゃあ次の魔法教えて! お義兄ちゃん達♪」

「……ん? あ、ああ! 任せな! 今度は俺のとっておきの魔法を――」

 

銀髪オッドアイの少年は先程の争いなど無かったように、少女に魔法を教えて行く。

それが長年の苦労の果てに習得した魔法であろうと、血の滲む努力の結果漸く会得した物であろうと一切惜しむ事なく、少女の訓練は続く。

 

「へぇ~、そんな魔法もあるんだ! 凄いね、お義兄ちゃん!」

 

そう笑顔を見せる少女の額には、青い花弁のような紋様が6弁、小さな花を咲かせていた。




滅びの原因ちゃん登場。
流石に正体に気付く人多いと思いますが、この辺で示唆しておかないとぽっと出になっちゃうので……
一応、感想欄とかで『最後のって○○ですよね?』みたいな事は書かないでくださると嬉しいです。

あ、聖女の考え方や行動理由に関しての質問は(ネタバレに関係する部分は答えられませんが)受け付けます。
我ながら上手く描写出来てる気がしないので……


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嵐の前の静けさ

ヤバい、ティアキンヤバい。何がヤバいって、マジヤバい。(語彙)
更新ペースを落とさないように頑張ります……


――AM 5:00 ミッドチルダ北部

 

この日、市街地は早朝から物々しい雰囲気に包まれていた。

まだ夜明けと言うには暗い時間帯、とある一角に多数の車両が集まり、中からは時空管理局の魔導士達が次々と現れては整列していく。

彼等の纏う雰囲気はまさに、これから大きな戦いへと飛び込む戦士のそれだった。

 

 

 

「――総勢46名。全員揃いました、はやて。」

「ん……ありがとな、リイン。」

 

人数を数えていたリインフォースからの報告を受けたはやては彼女にそう礼を言うと、整列した魔導士……銀盾達の前に立ち、口を開く。

 

「皆、作戦は事前に告げた通りや。既に周辺の住民達には訳を説明して、遠くの街まで避難して貰っとる。私達がこれから行うのは、交渉でも決闘でもない……殲滅戦や。敵に何もさせず、なるべく短時間で一気に決着をつけるで。」

 

はやての言葉に、銀盾達は声を発さずに首肯でのみ答えた。全ては今、眼前のHE教会の地下に居るだろう聖女に、僅かにも気配を悟られない為に。

 

――フォワード達はもう十分に育ったし、私達隊長陣も以前より強くなった。レジアス中将からも部隊を借りられたし、最高評議会っちゅう予定外の協力も得られた……可能な限り、いや想定以上の準備を整えてきた。

 

居並ぶ面々を見回してこれまでの事を思い返すはやて。彼女が今回の作戦にこれ程の戦力を求めるのには、彼女しか知らない天使の力の存在が大きかった。

 

天使の存在と力をよく知っているはやてにとって、今の聖女は彼女が引き起こすであろう滅びよりもよっぽど測定不能で恐ろしい存在だ。

故に彼女は今回の作戦に、過剰な程の戦力を投入した上での電撃戦を選んだ。

彼女が手に入れた天使の力を振るわれる前に、万全の状態でない彼女を一方的に無力化する。

それは正々堂々と戦って勝ち目がない相手に取れる、最終手段でもあった。

 

しかし、それと同時にこの作戦の成功率は低いだろう事も分かっている。

原因は彼女が持つ未来視の能力だ。

 

彼女がどの程度先の未来を、どの程度正確に見る事が出来るのかは分からない。しかし、前回の戦闘で彼女が数秒先の未来を予知して行動しているのをはやても見ていた。

ならばこの電撃戦も、数秒前には予知される可能性は高い。だからこそ、彼等には告げていない()()()()()()()()を用意していた。

 

「――いざと言う時は頼むで、朱莉ちゃん。」

「う~ん……まぁ、昨日言ったように、私がどう動くかは状況をこの眼で見てから決めるよ。私にも色々都合があるからさ~。」

 

「ごめんね」と、最後にそうジェスチャーする朱莉だったが、その条件についても昨日の内に話はついていた。

天使が力を振るう際に色々と条件や制限がある事は、はやても闇の書事件で承知の上だ。その制約を破った天使がどうなるのかもその眼で見て知っている。

故にはやては朱莉に協力を強制してはいない。力を貸してくれる場合は天使として、そうでなければAランク魔導士のサポーターとして彼女は動いてくれる段取りになっていた。

 

「うん、それでええよ。ありがとうな。」

 

はやては朱莉にそう言って笑みを見せると、最後の確認として懐からジェイル・フォンを取り出すと、通話を開始する。

 

「さぁて、と……そっちの準備はええか? クロノ君。」

『ああ、何時でも大丈夫だ。』

 

通話の相手は今も市街地の遥か上空……宇宙空間に待機中の時空間航行艦船アースラの艦長、クロノ・ハラオウンだ。

はやては今回の作戦に際して、自らが信用できる仲間としてクロノの部隊にも協力を要請していた。それは彼の部隊の戦力だけでなく、戦艦アースラの機能や彼自身の持つ権限を求めての事でもあった。

 

「よし……始めるで!」

『多層式広域強壮結界、展開!』

 

クロノの号令によりアースラの機能の一つ、普通の魔導士では張る事が不可能な強力な結界が張られる。

そして――

 

『八神はやて、()()()()()()『4.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!』

 

クロノの権限の元、はやてのリンカーコアに掛けられていたリミッターが完全に解除された。

 

「ぐっ……!」

 

唐突に膨れ上がった魔力の感覚に、思わず呻き声を漏らすはやて。

しかし慌てることなく制御を迅速に行い、先程と同様のレベルまで魔力を抑えた。

 

――気付かれたか……? いや、事前に立てた予測では、聖女が今いるのはあの時戦った地下大聖堂だ。あの場所には部屋の内部と外部の魔力を完全に遮断する結界があった。こちらが今聖女の……天使の魔力を感知できていない以上、向こうも私達の魔力を感知できないはずだ。

 

はやてはその脳裏に一瞬浮かんだ焦燥を即座に否定し、なのは達へと向き直る。

そう、例え今のでバレていたとしても、やる事は変わらない。

 

「シグナム、()()()()()()『4.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「リミット、リリース!」

 

はやてが自らの権限でシグナムにかかっていたリミッターを解除すると、その身から一瞬炎が噴き出したかと錯覚するほどの魔力が放たれる。

 

「ヴィータ、()()()()()()『4ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「ザフィーラ、()()()()()()『4ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「「リミット、リリース!」」

 

続いてヴィータ、ザフィーラも同様にリミッターが外され、その本来の魔力が空気を揺らした。

しかし彼女達も歴戦の騎士だ。突如として溢れ出した魔力にも直ぐに対応し、いつもの様に洗練された魔力を身に纏い始める。

 

「ふ……久しぶりだな、全力で戦える機会は。」

「あぁ、やっぱリミッターが無いと清々しい感覚があるな。」

「油断するなよ、ヴィータ。相手はあの時の襲撃者なのだからな。」

「しねぇよ……出来る筈もねぇ。」

「ヴィータちゃん……」

 

ちなみにシャマルに関してだが、彼女には最初からリミッターがかけられていない。

それは彼女の魔力が他の騎士に比べて少ないと言う訳ではなく、彼女が『医務官』と言う立場にあるからだ。

もしもかけられたリミッターが原因で傷を癒せず、命が失われる事があれば……そう言った理由から、彼女は『戦力』としてカウントしないと言う特例処置がなされていた。

 

「プレシア・テスタロッサ、()()()()()()『10ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「リニス、()()()()()()『10ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「アルフ、()()()()()()『2.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「フェイト・テスタロッサ、()()()()()()『2.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「アリシア・テスタロッサ、()()()()()()『1.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「「「「「リミット、リリース!」」」」」

 

続いてはやてはテスタロッサ家に掛けられたリミッターを次々に解除していく。

電気の性質を持つ者が多いからだろうか、一瞬肌に触れた空気がピリつくような感覚を認識した頃には、既にその全員が魔力の制御を握っていた。

 

「流石ですね、プレシア。10ランクものリミッターを一度に解除されたのにも拘らず、魔力が一切揺らがないと言うのは。」

「これでも大魔導士と呼ばれたのだもの。この程度は出来ないとね。」

「ふぅ、何か全力ってのも久しぶりだねぇ……そっちの調子はどうだい、フェイト?」

「うん。問題無いよ、アルフ。これなら全力で戦える。」

『私も行けるよ! いつだって!』

「偉いわ、フェイト、アリシア!」

「「この親バカ……」」

 

それぞれの具合を確認しながら談笑するテスタロッサ一家。和やかな雰囲気を醸し出す一方で、その身に迸る魔力は既に戦闘態勢寸前にまで励起していた。

 

「天野朱莉、()()()()()()『4ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「リミット、リリ~ス!」

 

次にはやてが解除したのは、朱莉に掛けられていた……事になっているリミッターだ。

実際はリンカーコアさえも偽装された物でしかない彼女の魔力を縛る事は出来ず、術式の解除に何の意味も無いのだが、こうしておかなければ彼女は堂々とAランク相当の魔力を扱う事も出来ない……のだが……

 

「ぅわっとっと……! いやぁ~……皆凄いねぇ、こんな感覚に直ぐに慣れるなんて~」

 

と、一瞬魔力を制御できなかったかのような演技を態々している。

天使としての素性をばらさない事に関しては、彼女としても真剣にならざるを得ないのだ。

 

そして、最後に残された女性に向き直り、はやてが緊張を隠そうともせずに尋ねる。

 

「――さて……行くで、なのはちゃん……」

「うん。良いよ、はやてちゃん。」

 

彼女を最後に残したのは、何も『主役は最後にしよう』と言った理由などではない。

 

……一番リスクが大きいからだ。

 

「高町なのは、()()()()()()『4.5ランク』承認。リリースタイム、『300分』!」

「リミット、リリース!」

 

瞬間、溢れ出した魔力によって暴風が吹き荒れた。

彼女が封じていたランクははやてと同じ4.5ランク……だが、封じていた総量ははやての比ではない。

いや、そればかりかプレシアやリニスが封じていた10ランク分の魔力よりも圧倒的に多いのだ。

 

それはランクが上がるにつれてランク間の魔力量差が次第に大きくなる事が理由であり、SSS+ランクとされている彼女本来の魔力はただ漏れ出しただけで台風のような暴風を発生させる程の密度となっていた。

 

「ふぅ……ちょっと漏れちゃったね。ゴメン、はやてちゃん。」

「ちょっと……ちょっとかぁ……」

「ふふっ、でもこの通り調子は絶好調! いつでも行けるよ!」

 

間近で彼女の魔力に触れたからだろうか、軽く冷や汗を垂らすはやてに対し、実に機嫌良さそうにガッツポーズをして見せるなのは。

これ程の魔力を封じていた彼女が知らずの内にため込んでいたフラストレーションを思うと、この後の戦いがまた違った恐ろしさを孕んでいるように思えて仕方がないはやてであった。




Q.この災厄の化身は誰ですか?
A.ヒロインです。

以下、各ランクの変動表です。もしランクの数え方間違ってたら教えてください。

・はやて:A→SS+(+4.5ランク)
 なのはの訓練に付き合わされた事で、原作に比べて魔力量がやや上昇している。

・なのは:AA→SSS+(+4.5ランク)
 数値で見ればリミッター数ははやてと同じだが、実質的に封じている魔力量ははやてよりも多い。

・フェイト:AA→S+(+2.5ランク)
 原作のフェイトよりも魔力量は多いものの、ランク変動が起こるほどではない。

・アリシア:AA→AAA+(+1.5ランク)
 二重人格である上に使用するリンカーコアが別に存在する事が確認された為、
 別途リミッターが課せられている。(人格交代しても規定量を守らせる為)
 ※捕捉『フェイト/アリシアの実質的な魔導士ランク』
  フェイトとアリシアは互いにリミッターがかけられているが、
  戦闘能力としてはそれほどの影響は受けていない。
  と言うのも、彼女達の戦い方は二人の魔力を共鳴させると言う特殊なスタイルが根底にある為。
  また、フェイトの特典が魔力量や出力を増やすのではなくリミッターの影響を受けない『適性の引き上げ』である為、速度も多少落ちるものの、亜音速は普通に出る。
  その為、個々で戦えばAAランクだが、実質的な戦闘能力はSSランクの水準にある。

・アルフ:AA→S+(+2.5ランク)
 原作とは違い、今でも前線に立ち続けられている。
 鍛錬を続けていたのもあるが、フェイトに加えてアリシアからも魔力供給されているのも理由の一つ。

・プレシア:B→SS(+10ランク)
 設定上、原作では「条件付きSSランク」だが、この小説では取りあえずSSランクと言う事に。まぁ、健康になった事でちょっと強くなったと言う事で一つ……

・リニス:B→SS(+10ランク)
 強くなった原因は100%セバスチャンの魔力供給のせい。
 寧ろ元々強い使い魔だったとは言え、魔力供給されただけでSSランクにまで出来るセバスチャンがヤバいと言う実例。
 (他の使い魔はここまで強くはない。大体A~AAランク。)

・シグナム:A→SS+(+4.5ランク)
 襲撃者対策に鍛え続けていた為、魔力量が原作よりも多くなっている。

・ヴィータ:A→SS(+4ランク)
 襲撃者対策に鍛え続けていた為、魔力量が原作よりも多くなっている。

・シャマル:S+→S+(リミッター無し)
 医務官である彼女の場合、万全のコンディションでいるべきとの判断から免除された。
 このため、彼女の分のランクは特例として規定の外にある。

・ザフィーラ:A→SS(+4ランク)
 襲撃者対策に鍛え続けていた為、魔力量が原作よりも多くなっている。

・朱莉:C?→A?(+4ランク?)
 実際にはリミッターは機能しておらず、セルフで出力を落としていた。


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開戦

『――よし、結界は安定したな。はやて、こちらも突入の準備が出来次第応援に向かう。』

「了解や。期待してるで。」

『ああ。』

 

張られた結界の状態を確認したクロノ君とそんなやり取りを交わし、通信を切る。

天を見上げれば複数の結界が重なった事で薄く色づいた空がゆらゆらと波打ち、耳を澄ませば先程まで届いていた鳥のさえずりや風の音の一切さえも凪いでいる。

 

――これでもう後には退けん……進むだけや。

 

教会の上空を包囲するように待機している最高評議会の3人に念話を飛ばし合図を送ると、長い呪文を詠唱する彼女達の足元を中心に巨大な魔法陣が展開され、そこから伸びた帯状魔法陣がさらに大きな……教会を丸ごと包み込むほどの魔法陣を描く。

 

作戦の始まりを告げる……そして、あわよくばこの一撃で決める為の広域殲滅用の儀式魔法。

かつて無法地帯だった次元世界を力で平定した、彼女達の最大の一撃だ。

 

≪≪≪Annihilator.≫≫≫

 

その発動ワードが唱えられた瞬間、炎熱・氷結・電気の属性魔法が互いに打ち消し合う事なく束ねられ、教会の上空より一筋の砲撃となって打ち下ろされた。

 

「……おっそろしい威力やなぁ。」

 

大地を抉り抜いたその魔法は、傍に立つ私達に微振動の一つも感じさせない。

それはその破壊力の全てが一切のロスなく対象に降り注ぐ事を意味する。

長時間の詠唱と複数の工程を要する儀式魔法の中でも、その威力は群を抜いていた。

 

やがて光が止んだ頃、まるで忘れていたかのように土埃が一斉に巻き上がり視界を埋め尽くす。

一斉に飛翔して教会があった箇所を見下ろせば、コルク栓を抜いたようにきれいな断崖のそこに光の壁のような物が見えた。

 

「――やっぱり、そう簡単にはいかんよな。」

 

その壁の正体は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の複雑怪奇な障壁魔法だ。

 

――これが天使の魔法か。

 

以前なのはちゃんから聞いた事がある、朱莉ちゃんが一度だけ使用したと言う防御魔法が恐らくこれなのだろう。

……だとすると、聖女は天使の力をほぼ完全に手中に収めたと言う事になる。

 

「挨拶も無しにこの仕打ちとは……警察機構の名が泣きますよ。」

「……時には強行突入も必要な手段や。特に、次元世界の危機とあってはな。」

 

聖女が防御魔法を解除した事でその全容が明らかになった。

彼女達が立っているのはその内装から考えても私達の予測通り、以前戦った地下大聖堂だろう。

だが、そこに居る戦力は私達の予想よりも多かった。

 

生死体にリンカーコアを埋め込んだ事で蘇ったであろう者が、目測だけでざっと40人以上。それに混ざるようにして銀髪オッドアイの転生者も20人程……その中には、時空管理局の地上部隊に所属している筈の『マルク』の姿もあった。

 

 

 


 

 

 

「お、おい! あれ機動六課じゃねぇのか!? 何で敵対してんだよ!?」

 

私達と敵対するはやて達の姿を見た転生者達の一部に動揺が広がる。

転生者の殆どには理由を説明していたけれど、どうやらまだ話が伝わっていない者が居たのだろう。

 

――無駄に混乱が広がる前に、さっさと沈めるとしましょうか。

 

「彼女達は私が貴女達に伝えた未来の事を知りません。ですから、当然私達の本当の目的も知らないのです。そして、計画に必要なピースを手に入れる過程で生まれた誤解から敵対してしまったのです。」

「な、なら本当の事を伝えれば……!」

「そんな事をすれば未来が変わってしまう。これまでしてきた準備が全て無駄となり、私達はろくな備えも無いままに新しい未来に立ち向かわなければならなくなる。……どちらが()()()()()()()リスクが大きいか、分かりますね?」

「うぐ……」

 

囲い込んだ転生者には未来の情報を開示している。

即ち、『なのは、フェイト、はやてを始めとした機動六課及び、時空管理局の全滅』を。

彼等はその未来を許容できない。だから私の計画についてきた。

 

「彼女達の命と未来を救う為に、私達はまだ止まる訳には行かないのです。例えここで彼女達を倒す事になっても。」

「……く」

 

私がそう言うと、彼等は覚悟を決めたように機動六課と対峙する。

未だに迷いはあるようですが、まあ良いでしょう。その迷いが関係無くなる程、私が強化してやれば良いだけの事。

 

「共に戦う覚悟を決めてくれて、ありがとうございます。そんな貴方達のために、私も力を添えさせていただきますね。『ブーストアップ』。」

「これは……魔力が、溢れて来る……!」

 

ただでさえ一定以上の強さを持つ転生者に対して、私は更に補助魔法をかける事でその力を底上げする。

かけた魔法は『ブーストアップ』。キャロが得意とする補助魔法を天使の力で構築し直し、あらゆる能力を引き上げるように改造した魔法だ。

当然効果範囲には私が蘇らせた将や兵士達も含まれており、これで実力の伴わない兵士も十分に戦える戦力になっただろう。

 

「――! 聖女様っ!」

「心配せずとも分かっていますよ。」

 

将の一人……便宜上『忠臣』と呼称している将が焦ったように駆け寄って来るが、当然私もそれは既に()()いる。

 

「また逢いましたね、シグナム。」

「"雲霞……」

 

私と一部の将以外では反応できないであろう速度で至近距離まで接近してきたシグナムは、既に居合いの構えを取っていた。

一瞬遅れて反応した転生者と兵士達は慌てて距離を取るべく飛翔する。

強化された速度もあって、この攻撃の範囲からは一瞬で抜け出せたようですが……恐らくシグナムの狙いはこちらの密集陣形を崩す事。元々仲間意識が薄く連携に向かない彼等は彼女の思惑通り、散り散りになってしまった。

 

――と、相手は思うでしょうね。

 

「……滅却"!」

 

そんな事を考えている間にシグナムのレヴァンティンは鞘から抜き放たれ、溢れ出した炎の大渦が私と『忠臣』を飲み込んだ。

 

 

 


 

 

 

「良し、向こうの陣形は崩れた! 皆、先ずは生死体の身柄を確保や! ヴィータ達がリンカーコアを摘出して無力化した後に――っ!?」

 

上空から戦況を把握してそう指示を出すはやての脇を、何者かが高速ですれ違う。

その正体を目で追ったはやては、驚愕の余り思わず叫んだ。

 

「シグナムッ!!」

 

すれ違ったのは……否、吹っ飛ばされていたのはシグナムだった。

彼女に任せた役割の危険性は十分承知していたが、それにしてもあのシグナムがこの一瞬でここまでの打撃を受けると言うのは流石に予想していなかったのだ。

 

「大丈夫よ、はやてちゃん! シグナムのダメージは直ぐに私が癒すから、はやてちゃんははやてちゃんの仕事を!」

 

そう叫んだシャマルによって受け止められたシグナムが即座に治療されるのを見て安心したはやては、先程の一撃を放ったであろう聖女の方を見て言葉を失った。

 

「――まったく、私はこの通り無傷なのですから、そんなに怒らなくても……」

「いえ、貴女に対して刃を抜いた罪……この程度では済ませられません……!」

「なん……やと……?」

 

そのやり取りと立ち位置を見て、先程シグナムを吹っ飛ばしたのが聖女ではなく()()()()()()()()()である事実がはやてのさらなる動揺を誘った。

 

――アホな……! 前回戦った時も確かに奴らの実力にはバラつきがあったけど、それでもここまで極端な奴は居らんかったはずや……!

 

そして即座にはやては先程の光景を想起する。

 

――っ! そうや、さっきの補助魔法の光! まさか、他の生死体達も同じくらいの強化を……!

 

そう思い立ち周囲を見回せば、彼女の想像とそう遠くない光景が広がっていた。

 

「くっ……! こいつ等、思ってたよりも……っ!」

「ははははっ! こりゃすげぇや! 力がどんどん湧き上がって来やがるゥ!」

 

「ちぃっ、魔力と速度で完全に上を取られたな……! 技量が拙いのだけが救いだが……!」

「オラオラァ! そうやって余裕ぶってられんのも今の内だけだぜぇ!?」

 

相手を格下と思って各個撃破を狙った銀盾のメンバーがやや押されているのだ。

いや、それだけならばまだ良い。

問題は――

 

「貴女、フェイトって言うのよね? あの時とは身体が違うけど、私の事わかる? リベンジさせてよ!!」

「く……この子、まさか……?」

 

シグナムが吹っ飛ばされた事に気が向いていた時だろうか、一目散に飛び出した少女がフェイトちゃんにしつこく襲い掛かっていた。

その言動から恐らくはあの時に人格を造り替えられていたあのリンカーコアの持ち主だろうと想像は付いたが、その実力は前回と比べて格段に上がっている。

 

何よりも厄介なのは、アイツはフェイトちゃんの魔力の使い方からヒントを得て、更に強くなる可能性があると言う事だった。

 

――分断して周辺勢力を各個撃破するつもりが、完全に裏目に出とる……!

 

こちらの作戦をそのままカウンターするような手法……未来を見る事が出来る聖女ならば、確かに可能だろう。

前回の戦いで聖女が積極的に動かなかったせいで、その能力の恐ろしさを知らず知らずの内に過小評価してしまったのだ。

 

――いや、反省は後や! 先ずはこの状況を何とかせな……待て、聖女は何処や!? 聖女の姿が消えた!?

 

視線を戻した時には既にそこに聖女の姿はなく、慌てて周囲を見回すはやての耳に小さな悲鳴が届いた。

 

「ぅぐ……っ! 貴様……!」

「先程の私の教会を消し飛ばした魔法を放ったのは貴女達ですね? 流石にあれ程の威力の魔法を何度も撃たれては、私も兵達のフォローが忙しくなりそうなので封じさせていただきます。」

 

見上げた先には最高評議会に肉薄し、バインドで縛り付ける聖女の姿があり……

 

「……おや? その身体は……成程、では貴女方が時空管理局の最高評議会ですか。随分かわいらしい姿になりましたね。」

「くっ……誰が好んでこのような……!」

「ああ、別にその部分はどうでも良いのです。貴女達の使っているその特別性の身体……ちょっと利用させてもらいますよ。」

「なに……!?」

 

瞬間、彼女達の姿が白い光に覆われ……次の瞬間には彼女達は意識を失ったようにぐったりとした状態になっていた。

 

――まさか、あの魔法で強引に身体とのパスを断ち切った? なんでそんな……ッ!! 拙い!

 

元々あの身体はジェイル・スカリエッティによって作られた仮初めの物だ。体にそもそもの意識はなく、最高評議会は本体である脳髄が入った生体ポッドからその身体を遠隔で動かしている。

だが、もしもそのパスが切られてしまえば、その身体は生死体と同様の物なのだ。

 

「止め……!」

 

今の状況で更に敵の戦力が増える事だけは阻止しなければならない。

慌てて飛び出そうとするはやてだったが、彼女を一瞬で追い抜き聖女に肉薄する影があった。

 

――フェイトちゃんか!?

 

その速度を見て一瞬そう考えたはやてだったが、靡くオレンジ色のポニーテールを確認して理解する。

 

――朱莉ちゃん!

 

天使である彼女が、Aランク魔導士としてではなく天使として力を貸してくれるのだと。

 

その期待に応えるように、朱莉の周囲に無数の魔法陣が展開される。

 

これなら何とかなるかもしれない。

 

はやての胸に灯った希望の光は――

 

「ぅぐッ!??」

 

「――え……?」

 

聖女の放った砲撃に吹っ飛ばされた朱莉の姿を見て、かき消された。




戦闘開始から1分経ってない内に色々起きすぎて文章量がえらい事になりそう。
今はまだ描写してませんが、他のヴォルケンリッター達もそれぞれ敵から襲われている状態です。
とは言っても、将と兵士の間には超えられない壁があるので将以外には苦戦しないのですが。

・最高評議会についての簡易的な補足
最高評議会の強さや能力に関しては完全に捏造です。
ただ、質量兵器飛び交う無法地帯だった次元世界を仮にとは言え平定しているので弱い訳はないなと。

それぞれ以下の属性変換資質を持ってます(赤青黄の髪色と一致)
リオン→炎熱
バルト→氷結
クリーム→電気

・儀式魔法『アナイアレイター』
最高評議会の3人で行う儀式魔法。
それぞれの属性を反発させず、打ち消し合わせず、束ね、混ぜ合わせて放つとても繊細かつ強力な魔法。
着弾点で属性同士が急速に相互反応を引き起こし、非殺傷設定で放った場合相手は消滅する。


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未来を巡る戦い①

――『朱莉ちゃん、今度の作戦なんやけど……』

 

隊舎内に割り当てられた自室でごろごろしていた私の元を訪れたはやてちゃんは、緊張した面持ちでそう切り出した。

何でもHE教団の聖女ちゃんが天使の身体にユニゾンし、自由に扱っているのだとか。

そしてその聖女ちゃんを止める為に私について来てほしいのだと、彼女は頼みに来たのだ。

 

正直なところ面倒だなと言う感情が無い訳ではなかったけれど、話を聞く限りかなり厄介な状況……そして確かに、これは私達の管轄の問題と言えなくもない事態だった。

 

転生者同士の戦闘は互いに同意の上での決闘であれば問題無し、天使は不介入と言うのがルールだ。

そしてそれは『天使は極力転生者の行動に介入しない』と言う原則に基づくもの。

今回の様に、その意思が聖女ちゃんと言う転生者の物だとは言え、天使が転生者と戦うと言うのは完全にルール違反となるのだ。

 

だから私は『あくまでその聖女ちゃんの状態を見てからどうするべきか判断する』と言う条件付きで「いいよ」と答えた。

 

 

 

そして今、私はその聖女ちゃんの姿と力を目の当たりにした。

 

――なるほど、これは確かにちょっと拙いね……

 

正直"ユニゾンデバイスの転生者"と言う物を侮っていたと言うほかない。

いくら身体を手に入れたとはいえ、天使の力を人間が扱うには限界があるはずだ……なんて甘い期待は持つべきではなかった。

 

――見たところ天使の力の完璧なコントロールに加えて、魔力も織り交ぜて出力を強化してるね……天使の力は自分の意志で性質を変えられるとは言え、それがここまでの相乗効果を生むとは……いや、『そういう性質』に調整して使っているのか。

 

もう完全に天使より天使の力を上手く扱っているんじゃないの? アレ。

私達は基本的に鍛錬とか研究とかしないからなぁ……なぁんて、無駄な思考してる場合じゃないよね。

聖女ちゃんがリオンちゃん達を拘束した今が好機だ。

 

――奇襲を仕掛けて、一瞬で無力化する!

 

天使の力の波動を極力隠蔽し、全速力で空を翔ける。

神様にオーダーは出来ない。オーダーした能力は一時的にとは言え、()()()()使()()()()()()()

私が時間を止めてしまえば、止まった時の中で聖女ちゃんも動けてしまうのだ。

 

すれ違ったはやてちゃんの驚いた顔が、私を見て僅かに弛緩したのが見えた。

安堵の表情と言う奴だろう、私としてもそれに応えたい思いは強い。これでも一応は天使の端くれなのだから。

 

だからこそ、この一瞬にありったけを撃ち込むつもりだった。

 

一瞬で接敵し、翳した手を中心に幾重にも折り重なるように現れた無数の魔法陣。

天使の力でのみ起動する、この世界の規格の外にある砲撃魔法だ。規格の外にあるが故に、この世界の力では防御不能と言う、ルールに縛られた天使だから扱う事を許された力。

 

……しかし、それは――

 

「見えていますよ。」

 

攻撃を予知していた聖女ちゃんの反撃によって、正面から撃ち破られた。

 

「ぅぐッ!??」

 

全身を包む閃光。身体にのしかかる強烈な圧迫感。

景色が高速で流れて行き、やがて"ズドン!"と言う衝撃と共に止まる。

 

咄嗟に張った障壁のおかげでこれと言ったダメージは無いけど、吹っ飛ばされた先で何処かの建物に突っ込んでしまったらしい。

 

「ふぅ……まったく、結界で人払いしてなかったら大惨事だったねぇ、これは。」

 

見た感じ、何かの会社のオフィスらしい。

幾つかの簡素なデスクを巻き込んでめり込んでいた壁から「よっこいしょ」と抜け出して窓を見ると、不思議そうな表情でこちらを見つめる聖女ちゃんと目が合った。

 

思っていた手応えと違うと言った様子で、砲撃を放った自らの手と私を見比べている。

 

――あの様子からして、一応私に対する未来視も完全じゃないみたいだね。

 

一応天使も特異点って訳だ。まぁ、本来この世界にはいない存在だからねぇ……

 

それにしてもだ。まさか、あの至近距離で私の砲撃を砲撃で返して来るなんて、流石に予想外だったよ。

砲撃の出力に加えて、咄嗟の戦闘勘や判断力まで負けてるかぁ~……

 

「……やれやれ、私もなのはちゃんに訓練つけて貰うべきだったかなぁ?」

 

天使に戦闘の経験なんてある訳ないんだから、手加減して欲しいよ全く。

 

 

 


 

 

 

『――ここは……そうか、我等は奴に……』

 

時空管理局本局内の機密区画にて、最高評議会の議長がそう言葉を漏らした。

彼等は聖女との戦闘の末、自身が遠隔で操作していた『リオン』『バルト』『クリーム』との通信に使用していた魔力のパスを断たれ、この区画で意識を取り戻したのだ。

 

『不覚を取ったか……! だが、再びパスを繋げば――』

『……無駄なようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』

『何!? つまりそれは……!』

 

最高評議会書記の言葉に評議員がそう反応を示すと、書記が操作したのだろう。端末の一部から光が伸び、空中に映像が投影される。

そこに映っていたのは、先程まで自分達が居た戦場……そして、今さっきまで自らの分身であった『リオン』『バルト』『クリーム』が、身体の調子を確かめるように動いている光景だった。

 

『……既にあの身体は敵の手中にあると言う事だ。』

『くっ……』

 

その光景を見た評議員が悔しさを滲ませた声を漏らす。

長いブランクがあった事等言い訳にもならない完全な敗北……そしてその末の光景は、彼等の心に深い衝撃を与えていた。

 

しかし、そこに映る別の光景を見て、彼等は即座に通信を繋ぎ声を荒げた。

 

『――八神部隊長ッ! 何を呆然としている!』

『ひっ!? さ、最高評議会の御三方でしたか……!』

『我等は貴様の実力を見込んで指揮を託したのだぞ! 何があろうと戦場で思考を止めるな!』

 

咄嗟の事で映像の偽装もせずに通信を繋いだため、眼前に突如現れた3つの脳髄と言う光景に、はやてから短い悲鳴が上がる。

だが、それが功を奏したのだろう。朱莉(天使)が敗れたショックから立ち直ったはやては、直ぐに状況を把握した。

 

『アレは……リオンちゃん達が動いて……!』

『見ての通りだ。アレはもう我等の制御下を離れた。』

『今あの身体を動かしているのは、奴が突っ込んだリンカーコアだ。』

『そんな……! 御三方はご無事ですか!?』

『我等は問題無い、あくまであの身体は仮の物だからな。だが……』

 

最高評議会の安否を確かめるはやての問いに議長はそう答え、その言葉の続きを書記が引き継いだ。

 

『――だが、あの身体はお前達が良く知る"生死体"とは訳が違う()()()だ。』

『特別性……?』

『全盛期の我等の力を再現する為に、あの身体に組み込まれた疑似リンカーコアは我等の魔力と同じ特性を持っている。』

『奴等があの身体に慣れてしまえば、恐らくアナイアレイターも使う事が可能だろう。』

『なっ――!?』

 

教会を一撃で破壊し、更にその地下数十mを一瞬で抉り抜いたあの魔法が使えると聞き、はやてが動揺する。

対して議長は『もっとも、アレは3人の魔力を寸分の狂いなく同調させる必要がある故、暴走するのが関の山だろうがな。』と補足すると、話を続ける。

 

『だが、その身に宿る魔力が脅威である事に変わりはない。奪われてしまった以上、迅速に無力化せよ。必要であれば……破壊も許可する。』

『! ……分かりました。』

 

議長の言葉に、表情を一層引き締めるはやて。

それを見て、議長は通信を切る前に告げる。

 

『こちらでもあの身体の制御を奪えるか、或いは奴らの動きを妨害できないか試すつもりだ。健闘を祈る。』

 

そう言って通信を切ろうとした時、『ですが』とはやての声が届く。

 

『――ですが、()()は尽くさせてもらいます。』

 

その言葉を最後に、はやての方から通信は切られた。

 

『ふん、小娘め……余計な気を使いおって。』

『全くだ。あの身体が破壊されれば、今度こそ望んだ体を作らせる口実となるものを……』

 

再び静寂と薄闇に包まれる機密区画にて、評議員と書記が何かを誤魔化すように口々に呟く。

そんな様子を見て、議長が自身の意見を述べた。

 

『……だが、折角使い慣れた身体だ。手放すのは惜しいものだ……ほんの少しだけ、な。』

『まぁ……そうであるな。』

『犯罪者共に使わせるには勿体無い身体ではあるな……』

 

それが呼び水となったように、評議員と書記もそれぞれ少しだけ本音を吐き出した。

なんて事は無い、結局のところ普段使っている内に思いのほか愛着が湧いてしまったと言うだけだ。

気に入った服を取られた様なものなのだと誰に言い訳するでもなく呟きながら、彼等は自身の作業に戻った。

あの身体を取り戻して再び戦場へ戻る為に。

 




スカ○エッ○ィ「君達には"適性"があると信じていたよ」


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未来を巡る戦い②

ちょっと難産

なのはさん視点で開始です


「――って訳やから、今から私はあの3人を無力化してリンカーコアを摘出せなあかん。その間、なのはちゃんには無茶させてまうかもしれんけど、頼まれてくれるか?」

 

最高評議会から受けたと言う通信の内容を私に伝えたはやては、申し訳なさそうにそう聞いてきた。

彼女の話を纏めると、『リオン』『バルト』『クリーム』の3人の身体は特別性であるらしく、早々に取り返さないと教会を消し飛ばした魔法『アナイアレイター』を使用される危険性があるのだとか。

 

「……はやてちゃんは、それで大丈夫なの?」

 

だが、それを一人で無力化しようとすると言う事は、はやて自身がアナイアレイターの標的になる危険性を孕む事になる。

私としては、彼女をそんな危険にさらしたくない。

彼女一人でなく、誰かと組んだ二人以上で立ち向かえば連携の機会を与えずに分断して対処出来るはずなのだから。

しかし……

 

「私があの3人を無力化するのを、あの聖女が黙ってみている保証はないし……それに、フェイトちゃんも今は()()()()()()()()()()やしな。」

 

そう言ってはやてが視線を向けた先には、既に敵の生死体の少女の一人と交戦中のフェイトの姿があった。

 

「あはは! やっぱり貴女、速いわね! ()()()()()()を受けたあたしでも完全には追えないなんて!」

「くっ……しつこい!」

≪Jet Zamber!≫

「おっと、前回と同じようにはいかないわよ! あたしだって、アレからちゃんと鍛えたんだから!」

 

フェイトと戦っている……と言うより、フェイトを()()()()()()()あの少女は、前回地下大聖堂でフェイトが戦ったという少女だろう。

シグナムが雲霞滅却を放った直後、発生した土埃を突き破って一直線にフェイトに向かって行った辺り、余程恨みを抱かれてしまったらしい。

 

フェイトは『自分一人でやれる』と言っていたが、その言葉に反して彼女の戦いは珍しく長引いていた。

その原因は少女が『聖女様の加護』と呼ぶ補助魔法が原因の一つだろう。

聖女が最高評議会達に攻撃を仕掛ける直前、周辺一帯に夥しい数の魔法陣が現れ、その直後に聖女の仲間達全員のあらゆる能力が引き上げられた。

 

魔法陣の術式は私も見た事が無いものであり、もしかするとあれが彼女が神様から与えられた能力の一つなのかもしれない。

その効果は凄まじく、少し見ただけで素人と分かるレベルだった少女達が一瞬にしてランクAA相当以上の魔導士へと変貌したと錯覚するほどだ。

 

流石に魔力量や出力、速度や防御力が上昇しただけで技術に関しては据え置きのようだが、フェイトが今相手している少女はその技術もそれなりの物だった。

……そして今、彼女はフェイトの動きから戦い方や技術を盗み取り、成長し続けている。

 

攻撃のバリエーションは増え、フェイトの攻撃に対応し始め、フェイトが少しずつ苦境へ立たされていくのが分かる。

 

――あの子をあのまま戦わせては拙い。

 

私は、これまで多くの生徒を教導してきた経験からそう判断した。

 

「……はやてちゃん、ごめん。私、あの子を止めないと……!」

「……やっぱり、なのはちゃんから見てもあの子の成長速度は異常か?」

「異常なんてものじゃないよ……もしもあの子がこのまま成長を続けたら、きっと大変な事になる……!」

 

もしも彼女を放置すれば、きっとあの子は短時間で化ける。

彼女はそう言うレアスキルでも持っているのかと考えてしまう程、恐ろしい才能を持っていた。

職業柄、そう言った才能が開花する機会を潰してしまうのは抵抗があるけど、彼女が敵である以上は仕方ない。

レイジングハートを構え、照準を付けようとしたその時だった。

 

≪だったらなのは、そいつの相手はあたし達が引き受ける!≫

≪――っ! ヴィータちゃん!?≫

 

私に念話でそう伝えるのとほぼ同時に、少女の元へ無数の鉄球を引き連れたヴィータが奇襲をかけた。

しかし、あの少女の速度はフェイトを追い回せる程度には速い。そのままでは躱されるばかりだろう。

 

「くらえっ!」

「そんなもの、今のあたしには当たらないよ!」

 

その予想の通り、ヴィータが先ず牽制にと放った鉄球群はその全てを躱され、いなされ、一部に関しては打ち返された。

 

「っちぃ!」

 

打ち返された鉄球をギリギリで躱し、それでもヴィータは特攻をやめない。

 

――おかしい、ヴィータはあんな風に無策に突っ込むタイプじゃない。

 

私がそんな違和感を抱いた瞬間……少女の背後に()()()()()()が開いた。

 

「――ハアァッ!!」

「なッ……!?」

 

そして雄叫びと共にそこから放たれたのは、()()()……ザフィーラが扱う、魔法をかき消す光だった。

鉄球の対処の直後であった事に加え、接近するヴィータとフェイトの観察に集中していた少女は、その不意打ちに対応できずに飲み込まれ……

 

「あ……加護が……!」

「『ラケーテン・ハンマー』!」

 

呆然としているところに放たれたヴィータの一撃を、脇腹の辺りにもろに食らった。

 

「ガ、アアアァッ!!」

 

脇腹にアイゼンをめり込ませたヴィータはそのまま一回転、方向を調整して地面へと少女を叩き落した。

 

 

 


 

 

 

「ヴィータ……! ありがとう、助かったよ。」

 

私があの少女を遠ざけてくれたヴィータに礼を言うと、ヴィータは今しがたの手ごたえを確かめるようにアイゼンを一振りした後にこう尋ねた。

 

「……らしくねぇな、フェイト。何があった? あんな奴に梃子摺るたまじゃねぇだろ?」

「うん、実は……」

 

ヴィータからの問いかけに、私は事情を説明する。

前回の地下大聖堂で戦った相手だった事、その時に見た学習力と応用力の高さを警戒していた事。

そして、私達の戦い方は彼女にとって絶好の"餌"になり得る事を。

 

「――なるほどな。2つの魔力を使う戦い方を学ばれねぇように、か……確かにフェイトにとっちゃ、やり辛ぇ相手だな。」

「うん……だから一つだけ、お願いなんだけど……」

「ああ、皆まで言わなくても大丈夫だ。アイツはこのままあたしが無力化してやるよ。まぁ、非殺傷設定とは言え今のをもろに食らった以上、もう動けねぇかもしれねぇが……って、流石にそこまで簡単にはいかねぇか……」

 

そう言ってヴィータが一方へと視線を向けると、そこには先程の少女が既に飛翔していた。

 

「……」

 

先程までの様子から一変、一言も発さず俯いた顔は垂れた前髪が覆い隠しており、その表情はうかがえない。

だが、そのただ事ならぬ気配に妙な緊張を感じ、思わず身構えると少女が小さく呟いた声が聞こえた。

 

「………………さない……!」

「あぁ? なんだって?」

 

少女の呟きにヴィータがそう聞き返すと、少女はその気配と魔力を爆発的に増大させて叫んだ。

 

「許さない! 赦さないッ! ユルさないッッ!! 折角聖女様があたしに授けて下さった加護をよくも……よくもォッッ!!」

 

憤怒の形相を張り付けた顔をこちらに向け、血の涙を流しながら怨嗟をぶつける少女。

その魔力の性質さえ禍々しく歪みそうな鋭い殺気に空気が震え、ゾクゾクとした感覚が脳天まで一気に駆け上がる。

 

かつてこれ程の殺意を向けられた事があっただろうか……いや、これほどの感情を一人の人間が発せるものなのだろうか……?

 

だがそんな威圧に一切怯まず、ヴィータは私に告げた。

 

「行け、フェイト。ここからはアイツがこれまで通り非殺傷設定を守ってくれるかも怪しい……あたしの出番だ。」

「! でも、ヴィータ達だって……!」

 

彼女達が不死不滅だったのは過去の話だ。

10年ほど前、守護騎士システムが夜天の魔導書と共に消滅したとき、彼女達ヴォルケンリッターの絶対的な不死性は失われている。

相手が非殺傷設定を守らない事に対する危険性は、私もヴィータもそう変わらないはずなのだ。

 

そういう意味を込めた私の言葉に、ヴィータはこちらを向く事なく答えた。

 

「そういう意味じゃねぇ、お前には"殺し合い"は似合わねぇって言ってんだ。」

「……! ヴィータ……」

「だからさっさと行け。こっちの事はまかせろ、殺そうとしてくる相手を殺さずに無力化するってのは、もう慣れてるからよ。」




めちゃめちゃ書き直したので文章の繋がりがおかしかったりするかもしれません……指摘していただければ修正します

時間的にはこれまた前回と同様にあまり進んでいませんが、もうちょっとすれば進む筈……多分。


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未来を巡る戦い③

最高評議会の魔法によって教会が消し飛び、単騎突入したシグナムが雲霞滅却で敵を散らしたのを確認した俺は、真っ先に目的の相手の元へ飛翔する。

程無くして向こうも俺の接近を感知したのだろう、臨戦態勢を取って俺の方に振り向いた。

 

「アンタは……! はは、コレも因果って奴かもね。あたし達の相手をするのが、夜天の騎士ってのは。」

「確か、ザフィーラって言ったっけ。気を付けて、今のあたし達は身体も魔力ももう自分の意志では動かせない……手加減は出来ないよ。」

 

自分の意志とは関係無しに戦わされるリーゼロッテとリーゼアリアの二人を哀れに思いつつも、自らの役割を果たす為に俺は構えを取った。

 

「承知の上だ、お前達が妙な魔法で強化されている事も含めてな。……だからこそ、俺がお前達の相手なのだ。」

 

今回の作戦、俺に与えられた役割はリーゼロッテ及びリーゼアリアの無力化だった。

地下大聖堂での戦いで聖女とリーゼ姉妹が使った白い魔力に対抗する為には、同じ白い魔力による相殺か、瞬間最大魔力発揮値を上回る圧倒的な魔力量が必要だ。

同じ白い魔力を扱える俺に白羽の矢が立ったのは当然とも言えた。

 

……もう一つの『白い魔力で掻き消しきれない程の魔法を放つ』と言う方法は、言葉で説明するよりも遥かにハードルが高い。

例え完全に消されなかったとしても、術式に使用された魔力に干渉されているのは確かなのだ。当然、魔法の出力は落ちる。

そして、その上で敵にダメージを与えられるだけの威力を維持しなければならない……それ程の魔力を常に放出する戦い方が可能なのは、それこそはやてかなのはくらいのものだ。

 

相談の結果、純粋な魔力量で対応できる可能性があるなのはとはやて、そして速度で白い魔力を躱せるフェイトを加えた3人は聖女の相手をする事になり、同じ白い魔力で対抗できる俺はリーゼ姉妹を食い止める役割が回ってきたという訳だ。

 

地下大聖堂で対峙した際の二人の実力であれば、リミッターを全て外した俺であれば十分対応が可能であると考え、この役割を迷わず引き受けたが……聖女の使用した強化魔法と言うのが、こちらの想定をはるかに超えて厄介な代物だった。

 

「後ろだ、ザフィーラ!」

「くっ……! ォオオッ!!」

 

リーゼロッテの声と狼の嗅覚をフルに活用し、背後から迫る拳を回避する。そして同時にカウンターとして拳に集めた白い魔力を放とうとするが……

 

「躱せ!」

「!」

 

リーゼロッテの攻撃後の僅かな隙をカバーするように放たれたリーゼアリアからの射撃魔法は、驚異的なスピードと精密な魔力コントロールにより俺の拳に命中。

放とうとした白い魔力のリソースが消費させられ、更にその衝撃で拳が弾かれた隙に体勢を立て直したリーゼロッテが先日の交戦時とは比べ物にならない速度で空を跳ね回る。

 

「くっ……またも逃したか……!」

 

――この二人の連携……ただ操られているだけではないな。

 

ただ操られているだけにしては的確な判断と、対応力の高さに説明がつかない。

二人の連携にしても、互いの長所と短所を理解していなければ成立しない完成度を感じられる。

 

……想像だが、恐らくは使い魔の契約を介した命令により、常に自身が最適と判断する行動を強制的に取らされているのだろう。

その為に彼女達の意志を封じなかったのだ……常に最適な行動を、()()()()()()()()()()()()()

 

――何処までも悪辣な……!

 

彼女達の境遇は俺にとって……いや、俺達ヴォルケンリッターにとって決して他人事とは思えなかった。

本来仕えるべき主との契約を横から掠め取られ、良いように使われた経験は俺達にもある。

俺達が操られている間の意識は眠らされていたが、それでも今彼女達の胸中に渦巻く屈辱は手に取るように分かるのだ。

 

何とかしなければ……そう考えつつ、二人の猛攻を躱していると、唐突にヴィータからの思念通話が届いた。

 

≪ザフィーラ、これからシャマルが旅の鏡を開くから、あたしの合図でそこに白い魔力の砲撃を撃ち込んでくれ!≫

≪……唐突だな。だが、了承した。≫

≪頼んだ!≫

 

そう言って思念通話が途切れ、数秒後。

リーゼアリアの射撃魔法を回避したタイミングで、眼前に旅の鏡が開いた。

 

≪今だ!≫

「ハアァッ!!」

 

ヴィータの合図で砲撃を撃ち込んだ直後、声が響く。

 

「右だ、ザフィーラ!」

「っ!」

 

俺が砲撃を放った隙を好機と判断したのだろう。リーゼロッテの合図で構えて右側に向き直れば、そこには先程同様に拳を振りかぶった彼女の姿。

 

回避してからのカウンターでは先程のように防がれる……瞬時にそう判断し、拳に白い魔力を纏わせる。

狙いはクロスカウンターだ。リーゼロッテの攻撃と同時に放たれる拳ならば、リーゼアリアの妨害も間に合わないだろう。

 

こちらに迫るリーゼロッテの攻撃に合わせるべく構え……同時に、俺の背後でリーゼアリアの魔力が膨れ上がったのを感じ取った。

 

――砲撃……挟み撃ちか!

 

即座に術式を切り替え、こちらも白い魔力による砲撃をリーゼアリアに対して放つ。

そしてリーゼロッテの右の拳を腕でいなし、こちらの顎を狙って放たれた右脚による蹴り上げを僅かにのけ反る事で回避すると、彼女はそのまま踵落としで追撃を仕掛けてきた。

 

――今だ!

 

リーゼロッテの身体は追撃の為にこちらに向かっており、リーゼアリアは砲撃を白い魔力で掻き消されている状況で援護が出来ない。

二人同時に訪れた、この僅かな隙に好機を見出した俺は全身から白い魔力を放出する。

 

「! 流石……っ!」

 

その光を浴びたリーゼロッテがそのまま放った踵落としを防ぐと、今までの物と比較して威力が大幅に減少しているのが分かる。

どうやら目論見通り、聖女の強化魔法を無効化……或いは効力の減少に成功したようだ。

 

作戦の成功に手ごたえを感じると同時に、違和感を覚えた。

 

「今の攻撃……踵落としに白い魔力を纏わせれば、俺の白い魔力を相殺できたはずだ。何故しなかった……?」

「……」

 

最善の判断を取らされているのならば、そうしたはずだ。

俺の問いかけにリーゼロッテは口をパクパクと動かし……やがて諦めたように話し出した。

 

「……駄目だ、話せない。情報を渡さないように、あいつに命令されたからだ……」

「……そうか、それで十分だ。」

 

恐らくだが、今の彼女達にはあの魔力を使えない……そう言う事なのだろう。

だが、それだけでは情報を止められる理由としては弱い気がするのも確かだ。

その辺りの事情がどうにも気になるが、今はとにかく二人の無力化が先決……情報を共有する事だけに留め、自身の役割を果たそう。

 

≪はやて、今しがた確認した情報なのだが――≫

 

 

 


 

 

 

暗いオフィスの窓から飛び立ち、直ぐに聖女ちゃんの前に姿を見せる。

ぐいぐい行くのは私のキャラじゃないけど、こうでもしないとこの子、直ぐになのはちゃん達を倒そうと動くだろうからね。

 

「いやぁ~……思ったよりやるねぇ、聖女ちゃん。今のは流石の私もちょっと驚いちゃったよ。」

「先程の魔法とこの頑丈さ……成程、貴女も天使でしたか。」

「おっと! そう言う直接的な表現はなるべく控えて欲しいな~……ホラ、私達って隠れてないといけないから。」

 

こちらを探るような眼と言葉……なんとも挑戦的と言うか、何と言うか……もしかして天使に恨みでもあるのかな?

そんな私の考えと裏腹に、聖女ちゃんは突然こう切り出してきた。

 

「頼んで聞いて貰えるとは思っていませんが……この世界の為に、貴女方の力を私に貸していただけませんか?」

「わお、突然だねぇ。……ん~、悪いけどそれは私達の管轄外かなぁ。この世界の未来は、この世界に住む君達が拓くべきものだ。このスタンスを変える気は無いよ。」

 

聖女ちゃんが言っているのは、私が以前はやてちゃんから相談を受けた"予言"の一件の事だろう。

なのはちゃんが入院した事を知った後、はやてちゃんはこっそりと私に相談してきた。

 

『朱莉さんなら、滅びの予言を覆す事も出来るんやないか?』

 

天使の領分について美香(みー)ちゃんから聞いていたはやてちゃんらしくもない頼みだったが、きっと色々な事があって彼女も冷静ではなかったのだろう。

……まぁ、流石にその滅びが他の転生者による物だったら動くかもしれないけど、基本的には不干渉なのが天使の在り方。みーちゃんのような行動の方がイレギュラーなのだ。

そう改めて事情を説明すると、彼女は直ぐに納得してくれたものだ。

 

目の前の聖女ちゃんもその程度の事情は知っていたのか、落胆した表情を浮かべつつもこう返した。

 

「そうですか……では、この戦いについてもこのまま傍観していてください。これはもはや互いに覚悟の上で起きた戦闘……それこそ、貴女達の管轄外でしょう?」

 

そう言って私を睨む聖女ちゃん。

 

――こりゃぁ敵意剥き出しって感じだねぇ……私何かしたかな?

 

逆恨みとかは勘弁してほしいなぁ、面倒だし。

説明して納得してくれれば良いんだけど……そんな期待の元、私は口を開く。

 

「聖女ちゃんの言う通り、確かにこの戦い自体は管轄外なんだけどさ……アンタがあたしの管轄になっちゃったんだよ、『()使()()()()』。」

 

天使は不介入が原則。

それは何も天使の意思だけに留まる制約じゃない。

天使の力が彼等の人生に大きく関わる事自体、禁忌なのだ。それこそ、こちらの不手際でもない限りね。

 

「成程、この身体自体が……ではやはり、私も力尽くで押し通すしかないようですね。」

「そう言う事だね。あたしも本来こう言うキャラじゃないんだけどさ~――」

 

やれやれと我ながらわざとらしくかぶりを振り、ちょっとだけ真面目なトーンで続ける。

 

「……それでも一応天使だからね、流石に今回ばかりはサボる気にはなれないよ。」

 



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未来を巡る戦い④

ちょっと長めになりました


空で、地上で、屋外で、屋内で……至る所で魔力が炸裂し、光と音が生まれては消えていく。

つい数分前まで静寂と平穏に包まれていた街並みには瓦礫が散乱し、また一つ大きな音を立ててオフィスビルがその仲間入りを果たした。

 

地上は大量の土煙で覆われており、今も戦っている筈のティアナ達の姿は見えない。

時折フリードに乗ったエリオとキャロが見え隠れしている事から恐らくは今も無事だろうとは思うが、聖女の補助魔法がある以上万が一と言う心配は尽きない。

 

想像よりもずっと強かった朱莉ちゃんが聖女と交戦している今の内に、私も彼女に加勢したいけど……今は先ず()()3()()の無力化が先らしい。

 

≪ごめん、朱莉ちゃん。私も直ぐに加勢したいけど、もうちょっと時間かかりそう。≫

≪良いって良いって、私も時間稼ぎくらいならもう暫くできそうだしさ~……ただちょぉ~っと勝つのは厳しそうだから、限界が来る前にはお願いね。≫

≪うん……頑張ってみるよ。≫

 

朱莉ちゃんの元へ向かおうとした私の前に立ちはだかった少女達を見て、私はそれまでの認識を改めざるを得なかった。

 

「お前達か、聖女()に歯向かう組織と言うのは……」

「時空管理局とか言ったな。その傲慢さ、身をもって思い知らせてやろう。」

「貴様等を倒した後は、愚かにも聖女様に挑むあの女だ。……尤も、我等が貴様等を倒すよりも、聖女様があの女を墜とす方が早いだろうがな。」

 

チリチリと肌を焼くような激しい魔力を放つ少女、周囲にダイヤモンドダストを発生させている事から強烈な冷気を纏っている事が予想される少女、常にパリパリと放電を繰り返している少女……彼女達はそれぞれ先程まで最高評議会の3人が使用していた身体である、『リオン』『バルト』『クリーム』の3人だった。

 

「……はやてちゃん、フェイトちゃん、やっぱり私もこっちを済ませてから朱莉ちゃんの加勢に行くね。」

「あぁ、正直助かるわ……ったく、あの聖女とやら、一体何したらこんな事になるんや……?」

「わからないけど……でも、あの3人もきっとさっきの娘みたいに人格を弄られてるみたい。多分、それ以上の調整をされたのかも……」

 

彼女達から感じる魔力は聖女以外のどの敵よりも強烈な物だった。

それが彼女達の身体が特別性である事から来る物か、入れられたリンカーコアの能力による物かは分からないけど……するべき事は一つだ。

 

「私は『リオン』ちゃんを倒すよ。あの子の魔力が一番大きいからね。」

「そうか、なら私は『クリーム』ちゃんやな。最高評議会から聞いた話によれば、あの子は電気に耐性があるらしいからな。」

「じゃあ私は『バルト』だね。……早く倒せたら、助太刀に行くから。」

 

そうそれぞれの相手を見定め、私達は一斉に翔けだした。

 

「二人共……一気に倒すよ!」

「ああ!」

「うん!」

 

 

 


 

 

 

「危ない! ティアッ!」

 

飛来する瓦礫からティアナの身を庇う様に割り込んだスバルが、リボルバーナックルの一撃のもとにそれを砕き、ティアナと背を合わせるように並び立つ。

 

「助かったわ、スバル!」

「どういたしまして! それより、もう大丈夫?」

「大丈夫って……何が?」

「何って……ほら、トラウマ。……一応アレから初めての実戦でしょ?」

「ええ、その事ならもう大丈夫よ。アンタこそ、また無茶してないでしょうね?」

「全然平気! まだまだやれるよ!」

 

そう軽口を叩くように互いの様子を確認する二人は、やがて周囲を取り囲む土煙を鋭く睨む。

ビルの破損や倒壊、瓦礫が地に落ち砕ける度にこう言った煙が戦場を……特に地上を覆い隠しては視界を狭めていた。

土色の膜一枚を隔てた先に浮かぶ人影は、最早そのシルエットさえも正確な形として捉えられない。

 

その様子を改めて確認したスバルが、苦々しく呟いた。

 

「……それにしても、何とも戦いにくいね。瓦礫は飛んでくるし……何よりもこの土煙。敵と味方の区別が付きにくいよ。」

「そうね……っ!」

 

スバルに相槌を打った直後、ティアナが警戒を強めながら土煙の一角……上空から彼女達へと近づく影に、クロスミラージュの照準を合わせる。

緊張の一瞬……果たして土煙の膜を割いて現れたのは、フリードに跨ったキャロとエリオだった。

 

「お待たせしました! ティアナさん!」

「二人共、無事で安心したわ。早速報告お願い!」

「はい、先ず敵勢力の比率なんですけど――」

 

エリオとキャロは先程までこの状況を打開するべく、ティアナの指示で空から周辺の状況の偵察を行っていたのだ。

ティアナ達の傍に降り立ったフリードから降りた彼等は、互いの安否確認も程々に二人に偵察結果の報告を始めた。

 

 

 

「成程、地上に居るのは向こうも少数……やっぱり殆どの敵は空戦適性持ちって訳ね。」

「そして、今あたし達は遠巻きに包囲されてる……と。」

「はい、今はヴィヴィオちゃんが一人で敵の部隊を攪乱してくれてますけど……」

「敵の動きからして、指揮官が居る……って事よね。相手の実力が分からない以上、不利な状況でヴィヴィオが接触するより早く、この状況をひっくり返さないと。」

 

エリオ達が空から敵の配置を調べている間、ヴィヴィオは土煙の中を駆け回り敵の混乱を狙った奇襲を繰り返していた。

目的の見えない敵の動きを阻害すると同時に、上空のエリオ達に視線が向きにくくすると言うのを狙い、ティアナが頼んだのだ。

 

当然ながらその役割が持つ危険性はティアナも理解しており、なるべく迅速にヴィヴィオの元に向かえるよう策を講じ始めた。

 

「あたしがウイングロードを上空に伸ばして、ヴィヴィオと合流するってのは?」

「賭けね。今あたし達を包囲している敵に気付かれて、向こう側もウイングロードを走ってきたら、あたし達は常に背後から追われたままヴィヴィオの元に行くことになる。最悪の場合上空の部隊と挟み撃ちで、今より拙い状況になるわ。」

 

エリオ達がティアナに伝えた情報では、敵の地上部隊は精々15人前後。対して上空の部隊はその3倍程はいたという話だった。

先程の偵察ではフリードの機動力を活かして逃げ回ったり、土煙を利用して敵の眼を誤魔化す事で直接的な戦闘を避け、事なきを得ていたのだが、ウイングロード(発光する一本道)の上ではそれも難しいだろう。

 

「ぅ……そっか、良い考えだと思ったんだけど……」

「包囲を抜ける為に上空を活かすってのは、確かにセオリーだから何も間違ってないわ。ただ、上空の戦力比の方が多いって言うのが厄介ね……」

 

申し訳なさそうに項垂れるスバルをフォローしつつ思考を巡らせていたティアナは、やがて先程のスバルの考えと自身の言葉からヒントを得て、一つの策を思いついた。

 

「……()()()()か……! 皆、考えが纏まったわ。耳を貸して。」

「うん!」

「「はい!」」

「クル!」

 

思いついた作戦をひそひそ声で共有するティアナの言葉に、信頼と期待を込めて耳をそばだてるスバル達。

 

「ここは相手の心理的盲点を突くわ。先ず――」

 

 

 

 

 

 

ティアナ達が作戦を共有したその数十秒後、彼女達を包囲していた部隊の間に伝令の念話が飛び交った。

 

≪奴等が動いたぞ! 魔法で作った青い光の道を上って包囲を出るつもりだ!≫

≪俺も見えた! 道は北東に伸びてる! 上をガキ共が走ってるぞ!≫

 

その伝令にやや焦りを見せる聖女の兵士達。

だがその動揺を即座に吹き飛ばすような言葉が、一人の兵士から発せられた。

 

≪バカ共が、今がチャンスだろうが! 隠れる場所もねぇ一本道の上だぞ! 今の俺等なら追いつける!≫

 

その言葉にそうだそうだ! と士気を高めた兵士達は、我先にとウイングロードを目指して駆ける。

少女の身体となった事で歩幅は小さくなったものの、聖女の魔法で絶大な強化を施された今、彼女達の速度はかつての自分達を遥かに凌駕していた。

 

あっと言う間にウイングロードの根元にたどり着いた彼女達は、これまた一目散に道を駆けあがる。

ここで戦果を得て聖女からの覚えが良くなれば、自分だけは"変えられない"かもしれない。ティアナ達は知らない事だが、彼女達が功を焦るのにはそう言った事情があった。

 

「追いついたぜ、ガキ共ぉ!」

「逃げられると思うなよ!」

「お前らはここで終わりだ! さっさと諦めろ!」

 

地上よりやや薄い土煙が視界を遮るウイングロードの前方。うっすらと見えるティアナ達の影を確認した兵士が声を上げると、彼女の後に続く兵士達も口々にティアナ達を威圧する言葉を投げかけ始める。

 

「ちっ、諦めの悪いガキめ! これでも喰らえ!」

 

その内の一人がそう吐き捨てて射撃魔法を放つ。

しかし前方を逃げる影はまるで速度を落とさず、手ごたえを感じられない。

 

「は? 外したのか?」

「ははは! この距離で外すとか、お前ちゃんと訓練してたのかよ!?」

「チィッ! だったら直接捉えてやるまでだ!」

 

その場に居る全員がティアナ達を捕える事に夢中だった。

逃げるティアナ達は、空戦適性が無い彼女達にとってこの戦いで得られる数少ない功績だ。

自分達の自由な未来のために全員が必死だったのだ。

 

「ほぅら! 直ぐに追いついたぞ! 諦めろ!」

 

だからだろうか、それともこの土煙のせいだろうか。間近でティアナ達の顔を直接見た彼女さえも気付かない。

 

――ウイングロードを駆けるティアナ達が、自分達の接近にまるで反応していない事に。

 

「捕まえ、た……ぁれ? ――痛っ!?」

 

逃げるティアナの腰に組み付こうとした彼女の身体が、ティアナをすり抜けてウイングロードの上に落ちる。

そのまま脇目も振らずに逃げるティアナ達の背中を呆然と見つめる彼女に、後続の兵士達も直ぐに追いつくと訝し気に尋ねた。

 

「あ? お前何やってんだそんなとこで?」

「まさか負けたのかぁ? あんなガキに?」

「い、いや……違ぇ……っていうか、あいつ等――」

 

そして周囲から向けられた呆れるような視線に弁明する為、彼女が口を開きかけたその瞬間――

 

「「「「「「「「「「「「――は?」」」」」」」」」」」」

 

彼女達が立っている足場(ウイングロード)が突如として消滅した。

そして重力に従い落下を始める彼等の周囲を、いつの間にか無数の光弾が取り囲んでいた。

 

「「「「「「「「「「「「――はぁっ!?」」」」」」」」」」」」

 

 

 


 

 

 

響く轟音に空気が震え、魔力爆発により土煙が散らされる。

 

「クロスファイアーシュート、全弾命中っ! 今よ、キャロ!」

「はい! 来よ、天地貫く業火の咆哮! 竜咆召喚! ≪ギオ・エルガ≫!!」

 

そして、俺の指差す先……無数のクロスファイアーシュートにより発生した魔力爆発の中心へ、キャロの竜咆召喚が撃ち込まれた。

その着弾点から意識を失った追っ手達が落下していくのを確認し、俺達は再びヴィヴィオとの合流を目指して土煙の中を駆けだした。

 

「これで後ろの心配は無くなったわね。行きましょう!」

「はい!」

「上手くいったね! 流石ティア!」

「スバルがくれたヒントのおかげよ、助かったわ。」

 

今回の作戦、決め手になったのはスバルの発言だ。

彼女が思いついた作戦……上空に作った道から逃げると言うのは血路を開くよりも安全で、追われる可能性を鑑みても少なくとも包囲と言う状況からは抜けられる……場合によっては殿を残したり等、多少の差異はあるだろうが、概ね空戦適性が無い魔導士が包囲された状況でとる行動としてはまさにセオリー(定石)だった。

 

だが今回の戦場では上空には空戦適性を備えた敵が多く存在している。

上空からの挟み撃ちと言う可能性がある以上、簡単には選べない……だからこそ、そのセオリー(定石)を利用したのだ。

 

自分達が包囲している標的の傍から光の道(ウイングロード)が上空へ伸びたのを見れば、殆どの場合その道を伝って逃げると考えるだろう。

その道を直接駆け上がる人影が見えればなおさらだ。

 

取れる選択肢は二つ、『追う』か『待ち伏せる』か。

だがこの土煙だ、地上からはウイングロードを見失う可能性が高い。当然追っ手の中で『追うべきだ』と言う考えが強くなる。

そこで俺はダメ押しとして、敢えて念話を追っ手に繋いだのだ。

 

幻影魔法の応用で声を変え、『バカ共が、今がチャンスだろうが! 隠れる場所もねぇ一本道の上だぞ! 今の俺等なら追いつける!』とメッセージを飛ばした。

 

あとは近くの瓦礫の影にオプティックハイドで身を隠し、追っ手の全員がウイングロードを駆けあがったのを確認し、俺達は悠々と土煙の中を駆けだした。

 

そうしてしばらくの間は幻影の俺達を追わせ、幻影の内側に仕込んだ簡易的なサーチャーに反応があった事を確認してウイングロードを解除。

落下する追っ手を一網打尽にしたと言う訳だ。

 

――急に足場の感覚が消えると一瞬思考が止まるのは、身をもって知ってるからな……

 

まぁ、過去の苦い経験も経験と言う事だ。

克服できていなかったら今回の作戦も思いつけなかったかもしれないし、案外あれも乗り越えるべき試練だったのかもしれないな。

 

「――っと、魔力探知に反応! ヴィヴィオが居たわ! 恐らく交戦中!」

「方角は?」

「一時の方角! この先10m程の角を曲がれば見える筈よ!」

 

狭い視界の中で現在地を記憶の地図と照合しながら瓦礫の街を駆け、曲がり角を抜けるとそこには……

 

「――ヴィヴィオッ!」

「ッ!? ティアナ!? 退いて! コイツは他の連中とは格が違う!」

「ぁん? なんでぇ、もうアイツ等を撒いて来たってのか? いや……」

 

いったいどれ程の時間戦闘を続けていたのだろう、既に欠けていない所が見当たらない程に破壊された街並みの中心で構えを取るヴィヴィオと、彼女と対峙する一人の少女の姿だった。

少女は少し意外そうな表情を浮かべると、次の瞬間獰猛な笑みを浮かべて俺達の方へ向き直った。

 

「アイツ等と念話が通じねぇって事は、もう全員倒してきたか……面白れぇ。」

 

そして溢れんばかりの魔力を滾らせると、少女はこの場の全員に対して告げた。

 

「全員でかかって来な! 俺はレナード、聖女より"将"の称号を受けた一人よ! この見た目で油断してると、痛い目見るぜぇ!」




そう言えば将の名前を決めていなかったなって書いてる途中で気付くっていう。
今回のレナードさんは山籠もりしてた武闘家の人です。

-2023/06/29 追記-
ヴィヴィオのセリフを少し修正しました。


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未来を巡る戦い⑤

「全員でかかって来な! 俺はレナード、聖女より"将"の称号を受けた一人よ! この見た目で油断してると、痛い目見るぜぇ!」

 

深い紫色の長髪を一つ結びにしている少女は自身をレナードと名乗った直後、振り上げた脚を地面に勢い良く叩きつけると同時に、全身から噴き出す莫大な魔力を地面に流し込んだ。

 

「!」

 

次の瞬間、レナードの姿はスバルの懐に入り込んでおり、既に右の拳が腹部へと迫っていた。

 

――腕のガードは間に合わない! バックステップで威力を……!

 

瞬時にそう判断し、マッハキャリバーの車輪を高速回転させるが――

 

「な、バインド……っ!?」

 

ギャリギャリと地面を擦る音に注目してみれば、その両足は既に地面から伸びた鎖によって縫い留められていた。

 

――いつの間に……いや、さっきの踏み込みか!

 

踏み込むと同時に魔力を流し、地面を伝わせる事でバインドを遠隔発動させたのだ……スバルがその事に気付いた時には、レナードの拳はスバルの腹を捉えていた。

 

「ッ! ぐ、ぁ……!」

 

足を地面に固定された事により、スバルの腹を打ち据えた衝撃は逃げ場を失い彼女の体内で暴れ狂う。

視界が白く明滅する中で何とか意識を繋ぎとめたスバルは、そのまま腹に突き刺さった拳を掴もうと腕を動かすが……

 

「っと、案外タフな嬢ちゃんだなぁ! 今のは本気で意識奪うつもりだったんだが……」

 

一瞬早くその手を躱され、距離を取られてしまった。

 

「く……っ!」

「スバルッ!」

 

あまりにも重いダメージを受け、膝から崩れ落ちるスバルを庇う様に立つティアナとエリオ。

エリオはストラーダを、ティアナはガンズモードとダガーモードのクロスミラージュをそれぞれ構えており、レナードの動きに注意を払っていた。

 

「スバルさん、大丈夫ですか!?」

「ぅ……うん、ギリギリ……防御は出来たから……」

 

キャロはスバルの元へ駆け寄り、フィジカルヒールをかけている。

スバルはあの一瞬で咄嗟にフィールドタイプの障壁を発動させており、それが功を奏して比較的軽傷で済んでいたのだ。

 

その会話を聞いていたティアナは心底ホッとするが、それと同時にレナードに対する警戒度を大幅に上方修正した。

 

――地面を伝うバインドを併用した高速の踏み込み……空戦適性の無い俺達にとって最悪の相性だな。

 

≪エリオ、足元に注意しなさい。キャロがスバルの治療を済ませるまで、あたし達で守るのよ。≫

≪はい!≫

 

そう二人が気合を入れたその瞬間……

 

「――私も居る事を忘れるな!」

 

その声に反応したレナードが二人に背を向けると同時、大きな音と目も眩む閃光が衝撃を伴ってティアナ達を飲み込んだ。

 

「くっ……!」

 

ビリビリと身体を苛むその衝撃の正体は、ヴィヴィオが練り上げた虹色の魔力による一撃をレナードが防いだ事で発生した魔力爆発の余波だった。

 

――余波でこの衝撃……!? やっぱりあの二人が使う魔力量は、俺達の物よりもずっと……!

 

その事実に圧倒されそうになるティアナだったが、直ぐに思い出す。

自分達はずっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()事を。

 

――そうだ、最初から分かっていた事じゃないか。いつだってなのはさんが設定する仮想敵は、俺達よりも格上だった。

 

そもそもが滅びを齎す相手を想定しているのだから当然ではあるが、ティアナ達は訓練中に於いて()()()()()()()()()()()()()()()()()

常に戦い方には工夫を強いられたし、負けた事だって1度や2度ではないのだ。

それに気づいた時、ティアナの心から迷いは消えた。

 

――格上に対する挑み方なら、十分教わって来た!

 

思い返してみれば、そもそもいつだって一番強い相手と模擬戦してきたのだ。

ハンデこそあったが、その力は誰よりも近い場所で体験して来ている。

だったら……

 

≪キャロ、もうそろそろスバルは全快するわよね?≫

≪! はい!≫

≪だったら今の内に補助魔法の準備もお願い。内容は――≫

 

今は備える時だ。

状況を整え、策を練り、ヴィヴィオも加えた全員でレナードを倒す。

今までだって強敵相手にはそうして挑んできたのだから。

 

――良し! スバルとエリオにも話は通したし、後はヴィヴィオと合流出来れば……

 

ティアナがそう考えた丁度その時、レナードの回し蹴りを防いだ衝撃を利用して飛んできたヴィヴィオがティアナ達の目の前に降り立った。

 

「くっ……ティアナ、エリオ! どうして退かないの!? アイツは……」

「格上なんでしょ? そんな事は貴女の戦いを見れば分かるわよ。貴女一人じゃ旗色が悪いってのもね。」

「だったら――」

「だから、よ。アイツを倒す為には、あたし達全員でかからないと。」

「っ!」

 

そうティアナが伝えるとヴィヴィオはハッとした表情を見せ、僅かに考えた後に尋ねた。

 

「……アイツを倒す策があるのね?」

「生憎、それは今考え中よ……でも、絶対に活路は見つけるわ。」

「……分かった、貴女を信じるわ。ティアナ。」

「! ……ええ、任せなさい!」

 

そしてティアナは一先ず、策を練る時間を稼ぐための作戦を伝えた。

作戦と言っても、どちらかと言えば簡易的なフォーメーションのような物だが、それでもヴィヴィオ一人で戦うより負担は軽い筈だと考えたのだ。

 

そしてティアナが右手に構えたガンズモードのクロスミラージュから放たれたクロスファイアーシュートを合図に、作戦は動き出した。

 

 

 

「……ほぉ?」

 

眼前に迫ったクロスファイアーシュートを難なく手で打ち消したレナードは、ティアナを守るようにエリオと並び立ったヴィヴィオを少し興味深そうに見つめた。

それはあまりにも目的が見え透いた陣形であり、そんな陣形を自身と並ぶ程の戦闘経験を持つと思われるヴィヴィオが取った事に対する興味だった。

 

――さっきダメージを負った嬢ちゃんを完治させる時間稼ぎ……そして、その司令塔はあの銃使いの嬢ちゃんってとこか……? いや、どうもそれだけって感じでもねぇか。

 

先程何事かのやり取りを交わしていたヴィヴィオとティアナの様子から、レナードはそう当りを付けた。

自身が彼女達の立場であったならばどうするか……もしもヴィヴィオの立場であれば、どう言う考えのもとにあのような行動に移るか。

 

――俺ならこういう場合……この土煙を利用するな。その為に動けない嬢ちゃんを先ず治し、土煙の中に身を隠す。或いは、逃げて俺の情報を仲間に伝える……ってとこか。

 

いずれにせよ、レナードにとってヴィヴィオ達が自由に動けるようになるのは不都合な事だ。

最初の方に一瞬だが見えた女性……高町なのはの魔力は、以前の聖女を遥かに上回っていた。

もしもあの女性に自身の情報を伝えられ、1vs1で戦う事になれば、例え聖女からの補助魔法を受けている今の自分でも分が悪いだろう。

 

――まぁ、幸いにして()()も分かりやすい陣形だ。遠慮なくそこを突かせて貰うとするか……

 

そう考えたレナードは片足を上げて魔力を集中させると……

 

――≪縛震殴(ばくしんおう)≫!

 

先程スバルに見舞ったのと同じ一撃を繰り出した。

ただし、バインドの対象はヴィヴィオとエリオの二人。それに加えて、攻撃の対象は……ティアナだった。

 

「司令塔が誰か、分かりやすすぎるぜ……嬢ちゃん!」

 

バインドで足を縫い留められたヴィヴィオとエリオの間を一瞬で通り抜け、レナードはティアナをその射程に収めた。

ヴィヴィオもエリオもその接近に反応しつつも、足の動きを封じられた所為か動作が間に合っていない。

それどころか、ティアナに至ってはまるで見えていないのか、動く素振りも無かった。

 

――なんでぇ、こんなもんか。ちょっとは期待したんだがなぁ……

 

加速した思考の中で、レナードは自身の拳が真っ直ぐティアナの腹へと吸い込まれて行くのをつまらなそうに見る。

やがてその拳はティアナの腹に触れ……

 

 

 

……る事は無く、すり抜けた。

 

――なんだと……?

 

直後、レナードが状況を理解するよりも早くティアナをすり抜けて眼前に現れたのは、機械仕掛けのローラーブーツによる蹴撃だった。

 

――この足はあの嬢ちゃんの……! 防御は間に合わねぇ……!

 

攻撃の直後と言うどうしようもない間隙を突いたその一撃を躱す事は出来ず、レナードは咄嗟に張ったフィールドタイプの障壁で受ける他なかった。

しかしそれでも威力は殺しきれず、脳を衝撃で揺らされながら吹っ飛ばされる。

 

――既に、完治してたってのか! まんまと騙されたぜ……!

 

吹っ飛ばされながらそう称賛するレナードだったが、ティアナの仕掛けはそれだけでは終わらなかった。

 

「――今よ!」

 

ティアナの幻影と僅かにズレた位置からティアナの指示が飛んだ瞬間、キャロが使用した多数の補助魔法がエリオとヴィヴィオの能力を強化する。

そしてレナードのかけたバインドの効果が切れたと同時に、未だ空中に居るレナードに対して追撃をかけて来た。

 

――俺のバインドの効果時間まで見切って……あの嬢ちゃん、案外やりやがる……!

 

『縛震殴』の術式は、一瞬で敵に接近し必殺の一撃を与えるのが本懐であり、バインドはあくまでもその補助でしかない。

その為バインドの効果もその為に調整されている。

即ち効果時間を短く、その分縛りをより強固にといったカスタマイズがされていた。

だが、今回はそれを逆手に取られたのだ。

 

「「"紫電一閃"!!」」

「ぐぅ……っ!!」

 

ヴィヴィオとエリオ……キャロの補助魔法を受けた二人の紫電一閃を受け、レナードは更に吹っ飛ばされることになった。

 

 

 

「やったね、ティア!」

「喜ぶのはまだよ、スバル。アイツがあれくらいで倒れるようには思えないわ。」

「同感ね。さっきの紫電一閃も、しっかり防いでいたわ。あれでは最低限のダメージしか入ってないでしょうね。」

 

最初の意趣返しが出来たからか、喜びを露わにするスバルを宥めるティアナとヴィヴィオ。

だがそこに焦りはない。

この状況も想定の内なのだから。

 

「でも、欲しい情報はいくつか得られたわ。これを基に、次の作戦を練る!」

 

ティアナの作戦はまだ終わらない。




本当はもうちょっと先まで書きたかったのですが、思ったほど進められませんでした。

-2023/06/29 追記-
ヴィヴィオのセリフを少し修正しました。


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未来を巡る戦い⑥

「――という様に、敵の戦力は当初の予定通り分散されている。奴等の戦闘能力はこちらの想定を超えており、奮戦中の部隊も旗色は悪いが、それでも我々が加勢すれば十分に巻き返せる範囲だ。」

 

機動六課・銀盾混成部隊とHE教団がぶつかり合うその遥か上空に待機中の時空間航行艦船アースラの作戦室に、クロノの声が響く。

彼の部隊は戦闘中の機動六課達に加勢すべく準備を整え、今まさに作戦の最終確認を行っていた。

 

クロノはテーブルの中央に投影されたホログラムの幾つかの箇所を指し示しながら順番に部隊を振り分けていき――

 

「斉藤と紅蓮の二人はシャマルの防衛に加勢してくれ。彼女一人でも対処は出来ているが、彼女の場合全体的な回復とサポートを兼任している。そちらに集中できるよう、彼女に向かう敵は君達二人で対処するんだ。」

「「了解!」」

「……これで全員に指示は行き渡ったな。では早速――」

「くっ、クロノ君! 緊急事態だよ!」

 

いざ出撃といった段階で、それに待ったをかけるように作戦室にエイミィが駆け込んできた。

 

 

 

「――所属不明の航空部隊!?」

「そう! いつの間にか現れて、いまも現場に接近中!」

 

慌てた様子のエイミィに連れられてアースラのブリッジへやってきたクロノは、カタカタとパネルを叩くエイミィから予想外の報告を受けていた。

 

――管理局からの増援部隊か? そんな連絡は受けていないが……

 

接近中の部隊の正体について思考を巡らせていると、エイミィから声がかかった。

 

「良し、これで……! モニターに映像出すよ!」

「! ああ、頼む。」

 

映し出される部隊次第では、更に作戦の変更を余儀なくされるだろう。

それが良い方向へ転ぶ物であればいいが……そんな期待と不安の入り混じった空気の中、正面の大型モニターにそれは表示された。

 

「なっ……!? アレはまさか……!」

「クロノ君、これって……ッ! クロノ君、未確認のアドレスから通信!」

「何!?」

 

モニターに映し出された姿に驚いたのも束の間。

まるで測ったかのようなタイミングで鳴り出したコール音に、恐る恐ると言った様子でエイミィが応答すると、相手の姿が手元のモニターに表示された。

 

『やぁ、アースラの諸君――』

「やはり、貴方の差し金か……! 一体、何が目的だ!?」

 

 

 


 

 

 

目の前で繰り広げられる格闘戦に集中し、オプティックハイドで身を隠したまま俺は思考を巡らせる。

 

「そら、足元が隙だらけだぜぇ!」

「ぐ……! まだ、まだぁ!!」

 

スバルの脚に蹴りが入れられた。バランスが崩されそうになりつつも、懸命に敵に立ち向かうスバルの姿がここからは良く見える。

それでも俺は加勢に動きたい思いを堪え、只管に考える。

 

俺もダガーモードのクロスミラージュを扱う為に近接戦闘の技術も幼い頃から鍛えていたが、それでもやはり近接戦闘一筋に鍛えて来たスバルには敵わない。

そして悔しいが、レナード()の格闘の技術はそのスバルよりも更に上だ。

それはつまり、俺があの中に入る事が出来ない事をそのまま示している。

 

「そこ!」

「誘ってんのよォ!」

「――ぅぐっ!?」

 

現にレナードはスバルとヴィヴィオを同時に相手にしても、まだ余裕があるらしい。

あの状況では射撃魔法で援護してもまるで意味を成さないだろう。俺の位置がバレるだけではない、射撃魔法がスバルやヴィヴィオに当たるように誘導される危険性さえあった。

 

――頼む、エリオ……! 早く合図を……!

 

レナードに対抗するには、奴が知らないこちらの手札を切るしかない。

そしてそれはただ切るだけではダメだ。

状況を整え、時を待ち、絶好の機会を作ってからでないといけない。

だから俺は待っているのだ。只管に。親友達が傷ついているのを見ながらも。

 

――だから動くな俺……! 今はまだだ、全部が無駄になる!

 

俺の作戦を信じてくれたから、今二人がアイツを抑えている。その結果受けた傷に報いる為にも、俺は動く訳には行かない。

二人を信じて、動かない……今は、まだ……!

 

≪ティアナさん! 目標地点に付きました!≫

≪! エリオ! 待ってたわ!≫

 

断腸の思いで待った甲斐があった。

今、エリオはキャロと共にフリードに跨り、俺の指示した目標地点……土煙の隙間からも見える、今にも崩落しそうなオフィスビルの壁面に辿り着いた!

 

≪スバル、ヴィヴィオ! エリオ達の準備が整ったわ!≫

≪! 了解、ティア!≫

≪私達はいつでも大丈夫です。≫

 

二人に確認をとった後、俺は念話でエリオに合図を送った。

次の瞬間、エリオに指示したビルの一部が大きな音を立てて崩落。

落下した巨大な瓦礫が巻き起こした多量の土煙が、まるで津波のようにスバル達を飲み込んだ。

 

「むぅっ……!?」

 

流石のレナードも突然の土煙には対応できず、身構える事しか出来ない。

 

――今!

 

すかさず待機状態にしていた幻影魔法を機動。砂煙の幻影を、本物の砂煙に重ねる形で生み出した。

俺の視点では通過した土煙の津波から不自然にドーム状の土煙が現れたように見えるが、中から見ればそれが幻影である事に気付くのは難しい筈だ。

 

――そして追加!

 

続けてフェイクシルエットの魔法で30人のスバルとヴィヴィオを造り出し、砂煙のドームに突入させる。

幻影の中に視覚と聴覚を共有させるサーチャーを埋め込んでいる為、これで内部の状況も分かるようになった。

 

「ぬぅっ!? これはまた面妖な……!」

 

複数人のスバルとヴィヴィオの幻影を確認したレナードが、奇妙な物を見るような表情で呟く。

どうやら幻影魔法をよく知らないのだろう、先程までは見られなかった動揺っぷりだ。

 

「くらえぇっ!」

「こっちも!」

 

先程までと同様に、スバルとヴィヴィオが挟み撃ちを仕掛けた。

スバルは跳躍してレナードの上方から体重を乗せた蹴りを、ヴィヴィオは地を這うような低姿勢で接近し、至近距離からの蹴り上げを狙う。

 

「ぬるいッ!」

 

だがその挟み撃ちに対して、レナードは地に叩きつけた足から伝うバインドでヴィヴィオを、空中で咄嗟の身動きが効かないスバルには魔力を込めた拳を放つ。

しかし……

 

「紛い物か……ぐぅっ!」

 

そのどちらもが空振りに終わる。いや、それだけではない。

バインドと拳の魔力がそれぞれの幻影に埋め込んだクロスファイアーシュートと反応し、中規模の魔力爆発を引き起こした。

俺が知る限りでは初めてのダメージらしいダメージが入り、挟み込むように発生した爆発の影響でたたらを踏むレナード。

 

「隙ありっ!」

《Revolver Cannon.》

「"紫電一閃"!」

「ぬっ! くぁ……っ!?」

 

背後から迫るスバルと、正面から飛び掛かるヴィヴィオ。

咄嗟に腕でガードしたスバルの拳が本物である事を認識し、ならばとヴィヴィオに対して蹴りを放ったレナードだったが、残念な事にヴィヴィオの方は幻影だ。

幻影に突っ込んだ足にクロスファイアーシュートが命中し、踏ん張りがきかない姿勢であった為にバランスを崩す。

そしてそれだけの隙があれば――

 

「はあぁっ!」

《Revolver Shoot.》

「ぐぉっ!?」

 

スバルのリボルバーシュートによって空中へと身を投げ出されたレナードに対して、スバルとヴィヴィオは更なる追撃を仕掛けた。

 

「ディバインバスター!」

《Divine Buster.》

「プラズマスマッシャー!」

「ぐあぁっ!!」

 

挟み込むように放たれた二つの砲撃。

奇しくもなのはさんとフェイトからそれぞれ学んだ砲撃によるダメージは、聖女からの補助魔法を受けたレナードにも少なくないダメージを与えたらしい。

 

――これならいける!

 

そう確信を得たその瞬間だった。

 

≪ティアナさん、後ろ!≫

 

「――え。」

 

突然キャロから念話でそう告げられ、振り返ると――

 

「チッ、バレたか……だがもう遅ぇ!」

 

いつの間にか俺の背後に近付いていた敵が4人、一斉に飛び掛かって来た。

 

――なっ、こいつら何処から!? ……いや、あの時の追っ手だ! 全員は倒しきれていなかったのか!

 

ウイングロードの上から落とし、包囲した大量のクロスファイアーシュートでの一斉砲火からのギオ・エルガ……当たり所が良かったのか、或いは味方を盾にして直撃を避けたのだろう。ここにいる4人は、それを耐えてここまで近付いて来たのだ。

 

――迂闊だった! 聖女からの補助魔法を受けて強化されているんだから、耐える可能性があるのは当然だったのに……!

 

30人分のフェイクシルエットの生成と操作に集中する為、オプティックハイドを切ったのも早計だった。

レナードを幻影のドームに閉じ込めたから不要だと思っていたが、多少無理をしてでも維持すべきだったのだ。

 

――フェイクシルエットの操作を切る事は出来ない! もう少しでレナードを倒せるんだから!

 

危機的状況で加速する思考で瞬時に判断する。

敵の脅威度で考えれば、こいつ等はレナードよりも遥か格下。倒す優先度は当然レナード>>>>こいつ等だ。

だが……

 

――相対的に弱いってだけで、俺からしたら1対4はキツイぞ……こいつ等!

 

体感だが、聖女の補助魔法によって、こいつらの魔導士ランクはAA相当にまで高められている。

1対1ならば勝てるだろう。2対1程度ならば十分やり合える……だが、4人は流石に厳しい。

しかもこっちはマルチタスクで幻影の操作もしているのだ。片手落ちどころではないハンデも背負っている。

 

……とは言え、諦める理由にはならない。俺がここで倒されれば、フェイクシルエットも土煙の幻影も解除されてしまう。

 

――くそ、やれるだけやってやる!

 

ダガーモードのクロスミラージュを構え、応戦しようと脚に力を込めたその瞬間……スローな視界の隅に見慣れない物を捉えた。

 

 

 

――アレは……ウイングロード? いや、()()()()……まさか!

 

襲い掛かる敵よりも更に早くこちらに接近し、俺と敵の間にまるで壁のように割り込んだ()()()()()()()()()……

 

「なんっ……おぶぅ!」

 

それに反応できず、顔面からぶつかる少女に対して、

 

「オラァっ!」

「ぐはぁっ!!」

 

マッハキャリバーによく似たローラーブーツによる飛び蹴りが容赦なく浴びせられ、敵の一人は沈黙した。

そして俺の目の前に降り立った少女に対し、若干の警戒を残しつつも尋ねる。

 

「あ……アンタは……?」

「あたしはノーヴェだ。そんでこっちが――」

 

自身をノーヴェと名乗った少女がそう言って上空を見上げると、薄い土煙を裂くようにして少女がもう一人降り立った。

 

「クアットロと申します。お父様の頼みを受け、加勢に参りましたわ。」

 

その特有の甘ったるい口調でそう告げた『原作シリーズ中最も卑劣と呼ばれたラスボス(クアットロ)』は、恭しく一礼して見せたのだった。

 



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未来を巡る戦い⑦

前話のナンバーズ組のセリフの"『』"を"「」"に変更しました。
内容は変わってないので読み返す必要はないです。


「クアットロ……」

 

そう自己紹介した彼女は、その特有の髪型や話し方、ダテ眼鏡等の装飾品に至るまでアニメで見たソレと()()()()特徴を備えていた。

だからこそ思う。

 

――本当にコイツが味方なのか?

 

と。

 

「あらぁ、どうやら疑われているようですわね?」

「そりゃ突然現れた奴に味方だって言われて、直ぐ信じるって奴の方が少ねぇだろ。」

「それもそうですわね。……まぁ、無理に信じて貰わなくても結構ですわ。私達はお父様の指示に従うだけですので。」

 

そう言って彼女達は二手に分かれた。

ノーヴェは追っ手の少女達に向き直り、そしてクアットロは――

 

「ちょ、ちょっと! あんた一体、何する気よ!?」

「ご心配なく、ちょっと()()()するだけですわ。」

 

レナードを閉じ込めている幻影のドームの方へと飛翔すると、片手をドームの方へ翳し……

 

IS(Inherent Skill)――『シルバーカーテン』」

「なっ……!」

 

『シルバーカーテン』……クアットロのISの名だ。

産みの親であるジェイル・スカリエッティが転生者である以上、その名がつけられていると言う事はその効果も同じだろう。

その機能は『電子を操る』能力。

精密機械の誤作動やクラッキングから、果ては俺の得意とする魔法のような幻影さえも作りだし、操る事も出来る非常に応用の幅が広い能力だ。

 

そして、今使ったのはその幻影を生み出す機能。その対象は……俺の作り出した幻影のドーム!

 

――幻影に別の幻影を重ねて何を……まさか! 逆に実際の光景の幻影を重ねて、俺の幻影を中和する気か!?

 

慌ててスバルの幻影の中に仕込んだサーチャーが拾う、ドーム内部の光景に集中する。

嫌な予想が当たっていれば、今あのドームの中では……!

 

『ぐっ、コイツも偽物か……!』

『そこだッ!』

『こっちも!』

 

幻影のスバルを殴った事で発生した魔力爆発を即座に防ぎ、ダメージを最小限に抑えたレナード。

彼女は戦闘が長引くにつれて、この不利な状況にも対応して来ていた。

しかしそれでも爆発の衝撃に怯んだ僅かな隙を突くように、左右から挟み撃ちをかけるスバルとヴィヴィオ。

 

『……見切ったぜ! お前が本物だッ!』

『っ!』

 

その瞬間、今の怯みが嘘だったかのように滑らかな動きで攻撃を躱すレナード。

そしてカウンターの手刀が向かう先は……幻影ではない、本物のスバルだった。

 

――拙い! 幻影のヴィヴィオを割り込ませるか!? いや駄目だ、間に合う位置じゃない! スバルッ!!

 

その瞬間、巻き上がった土埃がレナードとスバルの間に自然な流れで割り込み……スバルの姿がブレた。

 

『何っ!?』

 

レナードの手刀が空を切り、込められていた魔力の多さを物語る烈風が土埃を吹き飛ばす。

 

――あ、危なかった……! あの一撃がスバルに直撃していたら……!

 

まさに九死に一生といったやり取りに思わず胸をなでおろし、スバルに念話を繋ぎ謝罪する。

 

≪ごめん、スバル! あたしの幻影操作が甘かったみたい! 今度はあんなピンチにはさせないから!≫

≪え……何言ってるのティア? ピンチって何の事?≫

≪へ?≫

 

どうにも会話が嚙み合わない。

そうしている間にもスバルとヴィヴィオはレナードに向かって行き……

 

『隙あり!』

『これでっ……!』

『っく、さっきは間違ったみてぇだが……今度こそは両方とも本物だろう!』

 

そう言って今度は回避すらせず、完全にタイミングを合わせたカウンターを放つレナード。

その対象となったスバルもヴィヴィオも本物だ。少なくとも俺はそう見えたし、俺が操作する幻影では絶対にない……しかし――

 

『ど……どうなってんだ、コイツぁ……!?』

 

土埃が巻き上がるとその両方の姿がブレ、消失する。

 

――あの二人の動き……俺から見ても本物に見えた。俺が操作していないからだけじゃなく、動きや気配そのものが真に迫っていた……!

 

振るう拳によって生まれる空気の流れや、呼吸のリズムすら再現する程の高精度な幻影……そんな物を作れるとしたら、それは……!

 

「これで信じていただけましたか?」

「――っ! クアットロ……!」

 

まさかシルバーカーテンの生み出す幻影がこれ程とは思わなかったが、彼女の言葉を信じるならば……いや、信じる他ないだろう。

これ程の幻術が扱えるのなら、こちらを欺くつもりならばどうとでもなるだろうし……何より欺かれていたとしても、悔しいが、それを見破る事は俺には出来そうもない。

 

「……何ですの? この手は。」

「うん、少なくともここにいるアンタは幻影じゃなさそうね。」

「……貴女がとことん私を信用していない事だけは分かりましたわ。」

 

俺がクアットロの肩に手を置き、実体である事を確かめると、彼女は呆れたように溜息を吐いた。

 

「――で、あたしはどうすれば良い訳?」

「あら、意外と素直ですのね?」

「悔しいけど、あんたの幻影の方が精度が上……だったらそっちに合わせた方が効率的じゃない。」

 

そう言ってクアットロの方を見ると、彼女はフッと笑いこう言った。

 

「分かりましたわ。では貴女にも見せてあげましょう……私の"劇場"を!」

 

 

 


 

 

 

最初は折角助けに来たのに露骨に疑いの目を向けて来るなんて、何て失礼な小娘かと思った。

勿論ノーヴェが言うように、まだ会って間もない相手を易々と信用するのは愚かな事。

しかし、彼女の向けて来る眼はそれ以上の疑心を持っていた。

 

――仇敵でも見るような眼で見て来るなんて……私、彼女に何かしたかしら?

 

とは言え、彼女から信用されるかどうかなんて事は私達の目的に関係無い。

丁度幻影の魔法で敵を捕らえている様だったので、少しばかり手を貸してやろうと内部の様子を確認して……思わず目を見張った。

土埃のドームが幻影である事は一目瞭然だったが、その内部には更に数十人の幻影が本物と連携して上手い事敵の抵抗を封じていたのだ。

 

――これ程の幻影の操作を個人の魔法で……この小娘、ただ物じゃないようね……

 

恐らくはマルチタスクの殆どをこの幻影に集中させる事で、この状況を維持しているのだろう。

幻影の少女達は本物の人間の様な動きで敵を翻弄し、その内部には魔力弾を仕込むと言う二重構造。

 

――戦闘に特化した幻影の使い方……このような物もあるのね。

 

これまで荒事に無縁だった私には無い発想。

手助けするつもりが、まさか彼女に手本を見せて貰う事になるとは思わなかった。

 

――でも……結局そこが()()()()()。敵も少しずつ()()()()に気付き始めている。

 

彼女の操作する幻影は確かに人間そっくりの動きをしている。

本物の少女達の動きや攻め方の癖をある程度模倣しているし、短時間であれば敵を完全に騙せるだろう。

しかし、操作しているのはあくまでも一人。

模倣した癖とは別に()()()()()()が微かに滲み出し、本物と幻影を見分ける要素になってしまっているのだ。

 

だから私は、彼女から得た発想を基に一つ敵の眼を眩ませる仕掛けとして、彼女達の幻影を土埃の中に忍ばせる。

そしてついでに土埃の幻影を追加で重ねておく。

 

――初めて見た彼女達の動きの癖を私は知らない……だからこそ、彼女達の癖を完全に模倣する事は出来ない。

 

だけど、それならそれでやりようはある。

 

彼女が操作する幻影の一人、オッドアイの少女の動きに合わせるように青い髪の少女の幻影を操作する。

本物が動こうとしていたが、私の操作する幻影が割り込んだ事で様子見に切り替えたようだ。

 

私が操作する少女の幻影が振るう拳に合わせて、土埃の幻影を動かす事で空気の流れを表現。

加えて呼吸の音や肺の僅かな動きに至るまで完全に再現された幻影を、敵は完全に本物と信じ込んだ。

 

――VRゲームクリエイターの表現力を侮って貰っては困りますわ!

 

人間には到底出せない処理速度から生み出される幻影は、実物と見分けがつかない。

それが例え本物と違う癖を持っていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、癖を見分けるポイントにされる事も無いのだ。

 

「これで信じていただけましたか?」

「――っ! クアットロ……!」

 

幻影に仕込んだサーチャーで内部の様子を窺っていたであろう少女に尋ねると、先程よりは幾分かマシな目でこちらを見てきた。

 

――格の違いを見せつけられた、悔しげな表情……良いですわね……!

 

ゾクゾクとした感覚が背を奔る。

正直、自分でもちょっとアレな趣味とは思うが、持って生まれた嗜好と言う物はどうにもできないのだ。例えお父様に引かれる事があったとしても、これだけは絶対に……

 

「……何ですの? この手は。」

「うん、少なくともここにいるアンタは幻影じゃなさそうね。」

「……貴女がとことん私を信用していない事だけは分かりましたわ。」

 

肩に置かれた手の意味を問い、そう返された事で折角の余韻が冷めた。

呆れるほどに疑り深い少女の様子に溜息を吐いていると、思わぬ提案が彼女の方から投げかけられた。

 

「――で、あたしはどうすれば良い訳?」

「あら、意外と素直ですのね?」

「悔しいけど、あんたの幻影の方が精度が上……だったらそっちに合わせた方が効率的じゃない。」

 

そう言って私を見る彼女の眼は、こちらを完全に信用した訳ではなかったが……

 

――味方を守る為ならば信用しきれない私の幻影でさえも利用し、(あまつさ)えこちらの技術を盗み取ろうと言う強かさ……

 

そんな挑戦的な目を向けられるのも、悪くないと初めて思った。

笑みが自然に零れ、私は彼女の挑戦を受ける意味でも全力を出す事を決めた。

 

「分かりましたわ。では貴女にも見せてあげましょう……私の"劇場"を!」

 




レナード戦の決着まで書くつもりでしたがダメでした……
多分次回でレナード戦は終わります。


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未来を巡る戦い⑧

――どうなってんだ、これは?

 

周囲が土煙で覆われた戦場。嬢ちゃん達の偽物と本物を相手取る事になった俺は、拳に纏わせる魔力を攻撃目的から防御目的に切り替えて敵の動きを観察し、偽物にのみ共通する共通点を見つけた……筈だ。

 

生前の殆どを武につぎ込んできた俺の経験から言っても、ほぼ間違いなかったように思う。だが――

 

「今だッ!」

「隙ありッ!」

 

嬢ちゃん達は偽物も本物も、同じような敵意を向けて襲って来る。

魔力の動きから狙っている場所を割り出す事も出来るし、そこにこそ癖が出ていた。

 

――背後のヴィヴィオって呼ばれてた嬢ちゃんは脚を狙った蹴り、正面から突っ込んできたスバルってぇ嬢ちゃんの狙いは肋骨……いや、鳩尾か……!

 

この時点でヴィヴィオは十中八九偽物だ。

魔力の狙いと眼の動き、加えて蹴りの機動が素直すぎる……恐らくはこの偽物を操作している使い手は、近接戦闘に於けるフェイントに詳しくないのだろう。

或いは偽物を操作する限界なのかもしれないが……どちらでも同じ事だ。"偽物はフェイントを交えない"……この特徴はヴィヴィオもスバルも同じだった。

 

――まぁ、素直な攻撃を一切交えなけりゃフェイントの効果も半減するが……コイツの場合は()()()()()()じゃあねぇ感じなんだよな……

 

こればかりは培ってきた勘による判断なので言葉にしづらいが、少なくとも俺のこの勘は外れた事は無い。

一方でスバルは魔力の狙いと眼の動きは肋骨を狙っていながら、筋肉の動きは鳩尾を狙ってやがる……

何なら、途中まではこっちの対応次第で狙いを変える事まで織り込んだ動きだ。

人体の急所2点狙いは殺意高くねぇか?

 

――その分、本命としての説得力は高いんだがな!

 

俺は確信を持って拳を振るう。

防御用に纏っていた魔力を攻撃用に切り替え、敵の攻撃を躱すのと同時に突き入れる最速のカウンターだ。

戦闘に於いての理想論……"敵の攻撃は確実に躱し、こちらの攻撃を確実に当てる"を体現する会心の一撃だった。

 

だがそれは――

 

――またかよ……ッ!?

 

拳の軌道に土煙が割り込んだ直後、命中する筈だった拳が空を切る。

輪郭がぼやけたスバルは、まるで土煙に溶けるかのように姿を消した。

そして、それと同時に……俺の脚に鋭い衝撃が走り、両足が払われて俺の身体は一瞬宙に浮いた。

 

――なっ、ヴィヴィオの方が本物だと……!?

 

驚愕も束の間。即座にその姿を視界に収めると、足を水平に振り抜いたヴィヴィオに重なるように、もう一人のヴィヴィオの姿が一瞬見えた。

 

――そうか……! 本物の上に敢えて偽物の幻を重ねて……!

 

種が分かればなんて事は無い。

これまでしてこなかった、本物に偽物を被せると言う芸当を初めて見せたと言うだけの話だ。

 

――だが詰めが甘いな! いくら足を払ったって言っても、それだけじゃあ俺は止まらねぇ!

 

のけ反るように崩された体勢をバク宙の容量で更にのけ反らせ、両手を支えに倒立する。

そして、敵が何らかの行動を起こすよりも早く、魔力を乗せた襲撃を見舞った。

 

 

 

……が、

 

――偽物……ッ!? ば、バカな!!?

 

再び俺の攻撃は空を切る。

あり得ない事態に目を凝らせば、俺が蹴った偽物の背後の何もない空間から"ずるり"と本物らしきヴィヴィオの姿が飛び出してきた。

 

――……! さっき重なるように見えた幻もフェイク! 既に本物とズレた位置に偽物のヴィヴィオが生み出された後だったか!!

 

二重、三重の幻によるフェイントは、今までの偽物を操っていた者とは正反対の人物像が見えて来る。

 

――敵を惑わし、手の平で踊らせる事を好む性格……! 新手の敵か!

 

そんな事を考えている間にも、ヴィヴィオはこちらの攻撃後の隙を突かんと迫って来る。

右手に集められた虹色の魔力は眩い輝きを放っており、もろに受ければ流石に大ダメージは免れない。

あらん限りの魔力をつぎ込み障壁を張った直後、その拳が放たれた。

 

 

 


 

 

 

「――紫電一閃!」

「ぐぅ……ッ、ぉおッ!!」

 

拳に込めた私の魔力が炸裂し、逆立ちと言う無理な姿勢で受けたレナードを吹っ飛ばした。

直前に障壁が張られたようだが、この手応えからほぼ間違いなく障壁を貫通出来た筈……今が好機だ!

 

≪エリオ! そっちに行ったよ!≫

≪了解!≫

 

先程()()()()()()()()()()通り、レナードを吹っ飛ばした方向に居るエリオに伝えると、その直後に雷のような音と共にエリオの魔力が放出されたのを感じる。

どうやら上手くパスは出来たらしい。

 

≪よくやりましたわ、ヴィヴィオ。次は――≫

≪――了解、姉さん。≫

 

まさかクアットロ(姉さん)達が来るなんて思わなかったけど、こういう時の彼女は非常に頼もしい。

既にティアナの幻影は極一部を残して解除され、クアットロ姉さんのシルバーカーテンに置き換わっているらしい。

その分負担が軽くなったティアナも、今はこの土煙のドーム内で姉さんの作戦の下で動いているそうだ。

 

そんな事を思い返しながら指定された位置で待機していると、ティアナから念話が届いた。

 

≪行ったわ! ヴィヴィオ!≫

≪うん、わかった!≫

 

程なくして土煙が不自然に揺らめくと、マーカーのような模様とカウントダウンする数字を空中に描いた。

姉さんが幻影を操作し、レナードが飛んでくる位置とタイミングを示してくれているのだ。

 

そしてカウントが0になると同時に土煙を割き、レナードが再び私の眼前に飛び込んできた。

 

「――ぐっ、また嬢ちゃんか……!」

 

そして私が再び攻撃を浴びせようとした瞬間、レナードは空中で姿勢を立て直すと吹っ飛ばされた勢いを利用して蹴りを放ってきた。

思わず身構えるが――

 

≪大丈夫ですから、そのまま引き付けなさい。≫

 

そうクアットロ姉さんから指示が入り、私はそれに従う事にした。

するとレナードの視線は何かを追うように上へと向かい……

 

「させるか!」

 

と、上空へ向けて蹴りを放つ。

込められていた魔力が刃となって、あらぬ方向を切り裂いたのが分かったのだろう。

レナードは焦ったように私の方に顔を向けるが、視線は右へ左へと動き、私を捉える事は無い。

 

そう、既に彼女はもう私達の事を正しく知覚できていないのだ。

見える光景だけでなく、耳にする声も音も……感じる魔力さえ既に幻のソレだ。

こうなってしまった彼女は、クアットロ姉さんに世界の全てを掌握されたのと同じ……もう既に決着は付いていた。

 

――今の彼女に何が見えているのか、私には分からないけれど……きっとそれがクアットロ姉さんの言う"劇場"なのだろう。

 

≪さぁ、とどめを……!≫

 

そしてそんな哀れな姿を彼女も見ているのだろう、何処か興奮した様な声でそう告げる姉さんには、流石に私もちょっと引いた。

 

「……紫電、一閃!」

「なっ……ぐぅっ、あああぁぁっ!!!」

 

……まったく、相変わらずクアットロ姉さんはやる事と趣味がえげつない。

 

 

 


 

 

 

ヴィヴィオの一撃による魔力ダメージでレナードが失神し、土煙のドームが解除された。

中に居たスバル、ティアナ、エリオの三人は周囲を見回し、ヴィヴィオの足元で倒れているレナードを確認すると安堵のため息を吐いた。

 

「何とかなったね、ティア。」

「……えぇ。私達だけで倒せなかったのは、ちょっと残念だけどね。」

 

スバルが真っ先にティアナに駆け寄り声をかけると、ティアナは少し残念そうな表情でそう答えた。

途中からクアットロが来た事や、彼女の作戦に合わせると言う連絡を受けていたスバルはティアナを宥めるように肩を叩く。

 

「あー……まぁ、そこは今後の課題って事にしとこうよ。」

「……うん、そうね。全く……次から次に目標が出来て、キリが無いわ。」

 

そう言って笑顔を浮かべたティアナに、安心した様子のスバル。

エリオとキャロも自然と二人の下に集まり、それぞれの無事を確認し合う事数秒、スバルが思い出したようにレナードの方を振り向く。

 

「そうだ! あの子……レナードって言ったっけ? ちゃんと拘束しないと!」

「あ、それならもう大丈夫そうですよ。さっき赤い髪の女性が、ヴィヴィオのバインドの上から更にワイヤーで縛ってました。」

 

エリオが言ったように、ヴィヴィオとノーヴェが何やら話しているその足元で、レナードは失神しているにもかかわらずストラグルバインドの上から鋼鉄製のワイヤーで更にぐるぐる巻きにされていた。

その近くには、ノーヴェが倒していたのだろう追っ手の4人も同様に縛られて転がされている。

 

「……ホントだ、あんなに縛る必要あるのかな?」

「聖女の能力を警戒してのことですわ。」

 

その扱いに疑問を零すスバルに答えたのは、先程シルバーカーテンでフォワード陣のサポートを行ったクアットロだった。

 

「父様のお考えでは、聖女のユニゾンデバイスとしての能力はリンカーコアの蒐集と制御。……彼女の中に入れられたリンカーコアを通じて、何をしてくるか分かりませんから。」

「そ、それって、自爆みたいな……?」

「そこまでは何とも……ですが、パスが伸びている以上、何も出来ないと言う事は無いかと。ですから――オットー!」

 

そこで言葉を区切ったクアットロが上空に呼びかけると、また一人彼女の仲間と思しき人物が降りたった。

 

「――こうしてそれらに対抗できる可能性を持つ人材を連れてきているのですわ。」

「僕を呼んだって事は、無力化できたんだね。」

「ええ、あちらに。後はお願いね。」

「分かった。」

 

クアットロがレナード達の処理を任せると、オットーはヴィヴィオ達の方へと飛んで行った。

 

「……後はお願いって、何する気?」

「見ていれば分かりますわ。」

 

そう言ってクアットロが向けた視線の先で、レナード達がノーヴェとオットーの手で一所に集められた直後……

 

「結界……!?」

 

彼女達を捉える檻のように、青い結界が何重にも張られた。

 

「あれは『プリズナーボクス』と言って、結界とは少し違いますが……まぁ、似たようなものですわね。物理的にも、魔法的にも完全に隔離するオットーの能力ですわ。」

「……でも、アレだけじゃ聖女の攻撃で壊されちゃうんじゃ……」

「えぇ。ですから、あれはあくまでも彼女達が逃げられないようにする為の物ですわ。リンカーコアの摘出が出来るヴォルケンリッターをここに呼ぶまでの、ね。」

 

そんな会話をしている内に、オットーは『プリズナーボクス』を維持したまま、再び空へと飛翔する。

他の無力化した敵を捕らえに行くつもりなのだろう。

 

「そう言う訳ですから、貴女達には彼女達の監視をお願いしますわ。私達はまた他の敵を無力化しなければいけませんので。」

 

最後にそう言い残してクアットロはノーヴェと共に別の戦場へと向かって行った。

 

「……行っちゃったね。」

「そうね。」

 

去っていく彼女達の頼もしい背中を見て、スバルがティアナに念話で尋ねた。

 

≪……()()クアットロが味方って、なんか違和感凄くなかった?≫

≪違和感しかなかった。≫

 




???「……っくしゅん!」


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未来を巡る戦い⑨

『――クロノ君、背後から狙撃!』

「分かっている。」

 

≪Stinger Snipe Execution Shift.≫

 

僕が操作する無数のスティンガーが背後から高速で迫る狙撃砲を迎撃、そのまま着弾点を割り出して真っ直ぐに飛翔する。

あとは標的をスティンガーが自動で補足し、撃ち抜いてくれるだろう。

今の狙撃砲に込められた魔力からして、ブーストされた魔力以外は脅威ではなさそうだったからな。

 

そう判断し、狙撃手の事を頭の片隅に追いやり、エイミィへ確認を取る。

 

「エイミィ、スカリエッティ氏が送り込んだと言う部隊の状況を。」

『うん! 今のところ怪しい動きは無いよ。既に交戦状態の所に加勢して、順調に相手の勢力を捕縛して行ってる。』

「そうか……」

 

あの時の通信でスカリエッティが言っていた内容を信じるのであれば、彼の目的は僕達と同じく滅びの阻止だ。

管理局の中でも極一部にしか知らされていない予言の内容を知っていた事からも、『最高評議会から協力を要請された』と言う彼の言葉の信ぴょう性は高いが……

 

――まったく、最高評議会の秘密主義っぷりもいい加減にして欲しいな……!

 

しかも彼の部隊の一部が持っているアームドデバイスには、ロストロギアが組み込まれている事も確認できた。

管理局と協力関係にあるとは言っても、個人でロストロギアの携行及び使用する事は管理局法で十分罪に当たる。

 

更に言えば、直接話を聞いた訳ではないが、その出所さえとんでもない厄ネタである可能性があるのだ。

 

――まさかあのロストロギア、管理局の保管していた物が流れた訳じゃないだろうな……くそ、ここ10年近く感じて来なかった胃痛が……!

 

じくじくと訴える懐かしい痛みに手を添えていると、エイミィから追加の報告が届いた。

 

『クロノ君、地上でティアナちゃん達の部隊が敵を複数人拘束してるって!』

「分かった。地上に残存した敵の戦力はどうなっている?」

『少なくとも今はアースラのセンサーにも引っかかってないみたい。多分地上は制圧できたんじゃないかな。』

「ふむ、それならば彼女達だけでも継続的な拘束は可能か……了解だ。こちらでも目は光らせておくが、地上に救援に向かうような敵の動きがあれば知らせてくれ。以上だ。」

『了解!』

 

通信が途切れ、再び眼下の戦場に意識を戻す。

拘束中の敵戦力が生死体の少女であった場合、完全に無力化する為にはヴォルケンリッター達の持つリンカーコアの摘出技能が必要不可欠だ。

前回交戦したはやてからの報告によれば、リンカーコアが生死体に入っている限り、聖女から供給される魔力によって永遠に復活してくると言う話だ。

よって最優先とするべきは交戦中のヴォルケンリッターに加勢し、戦闘を終わらせる事なのだが……

 

「どうやらその辺りの事情も知っているらしいな……」

 

スカリエッティの部隊がヴォルケンリッター達の加勢に積極的に動いているのを確認し、ここは彼女達に任せるべきと判断した。

思えば生死体は元々スカリエッティが生み出した物であり、聖女の能力についても知っていた節がある。おまけに転生者である彼であれば、生死体の戦力の無力化に何が必要かを知っているのは当然なのだ。

 

「だったら僕も、今は一人でも多く敵の捕縛を進める為に動くとしよう。」

≪Stinger Blade Battalion Shift.≫

 

生成した数百個のスティンガーをその名の通り『大隊(Battalion)』のように率いて、僕もまた戦場に身を投じた。

 

「時空管理局提督、クロノ・ハラオウン、これより加勢する!」

 

 

 


 

 

 

『スカリエッティも動いたか。』

 

空中に投影された現地の映像でその事を把握し、一先ずは安堵のため息を吐こうとしてそれが出来ていない事に気付く。

いつの間にか、あの少女の身体がある事を当たり前に感じていたようだ。

投影されたもう一つの映像……高町教導官と交戦している『リオン』に目を遣り、考える。

 

――まさか今更、身体が無い事に違和感を感じるとはな……

 

以前は想像もつかなかった感覚に少々の戸惑いはあるが、今は自分達が出来る事を優先しようと生体ポッドに備え付けられた専用の端末から信号を飛ばす。

それは自分の身体である『リオン』へと意識を繋げる信号だが、やはり『リオン』の中にある魔力が邪魔でパスが通らない。

まさかこのような弱点があるとは思わなかった……いや、他人のリンカーコアを操り、『リオン』の中に押し込む聖女の能力の方がイレギュラーなのであり、スカリエッティの設計には問題は無かったのだろうが……

 

――だがこのままでは埒が明かぬ。

 

何度試してもこちらの信号がリンカーコアを押し退けられる訳ではない……それは分かっているのだが、映像を見る限りこちらの干渉が『リオン』のスペックに何の影響も与えていない事は火を見るよりも明らかだった。

 

――せめて魔法の阻害でも出来れば、高町教導官の助けにもなるのだが……

 

そんな事を考えていると、スカリエッティの戦力が戦う映像を見ていたのだろう、副議長がぼそりと呟いた。

 

『……それにしても、スカリエッティが送り込んだ彼女達だが……持っているデバイスにロストロギアが組み込まれているように見えるのは私だけか?』

 

――!?

 

ちょっと待って、それ聞いてないぞ?

確認の為に再び件の映像に目を移すと、そこには副議長の言うように何らかの高エネルギー結晶体を埋め込まれた大剣を振るう大柄の騎士の姿が映っていた。

 

『た、確かにアレはロストロギアのようだが……連絡は受けているか?』

『いや……そもそも、あのようなロストロギアについての報告も来ていない。つまり……』

『管理局の認可が無いどころか、出所すら知らぬロストロギアではないか……!』

 

まさか、アレ持って『最高評議会からの要請で来ました』とか言ったのかアイツ等!? 何かあったら管理局側の責任問題になるじゃないか!

えっ、嘘でしょ……? 胃が痛い。無い筈なのに凄く痛い。こんな幻肢痛あるんだ……じゃなくて!

 

「あぁ、あのロストロギアに関してだったら安全性は保障しますよ。」

『そういう問題ではないだろう! ロストロギアの扱いに関して管理局法では厳しく――』

 

……待て、思わず答えたが、今の声はまさか……!

 

『き、貴様、ジェイル・スカリエッティ! どうしてここに、いや今はそれよりも……!』

『あのロストロギアはどう言う事だ!? 使用するのであれば何故、何の報告も上げなかったのだ!?』

 

声の主へと目を向けると、そこに居たのはやはりジェイル・スカリエッティだった。

ここに来た理由よりも先に評議員が例のロストロギアについて尋ねると、奴は「ああ、そうだったね」等と呟いて理由を説明し始めた。

 

 

 

『――つまり、管理局内に居る聖女のスパイを警戒して報告を上げなかったと?』

「そう言う事だね。セキュリティをすり抜けて、データベースを直接改竄しても良かったのだが……」

『まさか、やっていないだろうな。』

「流石にね。こう見えて私にも良識はあるのだよ。」

 

――どの口がそう言うのだ……

 

まぁ、良い。一応こいつの言い分についても理解は出来る。

実際に映像には聖女のスパイだった局員が、聖女側の戦力として交戦している姿が映っている。

スパイの存在が事実であった以上、幾ら追及しても躱されるだけだ。

ならばと、もう一つの疑問を投げかける。

 

『ここに来た理由は何だ。』

「っと、そうだった。早速本題に入ろう。」

 

こちらの問いかけに対し、勿体つけた様子で我ら3人の前に歩を進めたジェイル・スカリエッティは、我等の方に顔を向けてこう尋ねた。

 

「貴方達があの戦場へと再び立つ……その手伝いをしに来たのですよ。」




地味に言動に体の影響が出始めている最高評議会。


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未来を巡る戦い⑩

教会跡上空での戦闘が始まってから、既に数十分の時間が経過していた。

 

その間、朱莉は聖女を一人で抑え続け、ザフィーラはリーゼ姉妹の強化術式を解除し、ヴィータはフェイトを狙っていた敵将の注意を引き付け、なのは達は聖女により制御を奪われたリオン達との戦闘に移り、フォワード陣は加勢に駆けつけたクアットロとノーヴェの助けを借りて地上を制圧していた。

 

それぞれがそれぞれの役目を果たすべく奮闘するこの戦場で、『彼等』もまた戦っていた――

 

 

 

「いい加減、墜ちろッ!」

≪Blaze Buster.≫

「ぐぁぁ!!」

 

神尾の放つ砲撃が、拘束の術式に囚われた少女を飲み込む。

訓練の末に習得した炎熱の性質を伴う砲撃は、聖女からのブーストを受けた少女の障壁を打ち砕き、多大な魔力ダメージを負わせる。しかし――

 

「まだ……まだぁ!」

「マジかよ……本当にダメージ入ってんだろうな……!?」

 

砲撃が止んだ後も変わらずに飛翔し、向かって来る少女の姿に少しずつ不安が募っていく。

当然作戦開始前にはやてから生死体の少女と交戦した時の話は既に全員が聞いており、少女達にダメージが入っていないのではなく、たちどころに回復しているのだと頭では理解している。

しかし、それでも実際に目の当たりにすると、その脅威度は話に聞く以上に感じられた。

 

その上、今は前回とは異なり聖女による強化で魔力が向上しているのだ。

敵の魔法一つ一つから感じる魔力のプレッシャーが、神尾の精神をガリガリと削っていた。

そして……その時は訪れる。

 

「貰ったァ!」

「く、拙っ……!」

 

僅かに集中が綻んだ一瞬、神尾が見せた隙を突いて少女は杖を突きつける。

一瞬で先端に魔力が収束し、砲撃の特徴である環状魔法陣が生まれ――

 

「勝っ――」

「IS機動――『ライドインパルス』」

 

直後、光を伴った突風が駆け抜けた。

気付けば神尾の眼前から少女の姿は消えており、代わりに神尾のさらに上空からバラバラと少女の持っていた杖の残骸が目の前を落ちていく。

 

「まさか――!」

 

神尾が残骸の落下元を目で追うと、そこに彼女は居た。

 

「ぁ、ぐぅ……! くそっ、俺の、デバイス……を、よくも……!」

「……こんなものか。まぁ、想定の範囲内だな。」

 

少女の首を掴み吊り上げる、紫色の短髪をなびかせる長身の女性。

後姿ではあるが、両脚部から伸びる彼女の能力を現す特徴的な光のブレードがその正体を雄弁に語っていた。

 

「トーレ……ナンバーズ……!?」

「……ん?」

 

思わず零れたその言葉を聞き取った女性……トーレが、少女を掴んだまま神尾の方を振り向く。

 

「何故私の名を……いや、そうか。()が言っていた『私達の事を知ってる者』と言うのはお前達の事か。」

「え、()……?」

「いまさら何を。『ナンバーズ』の事も知っていたのだ、知らぬはずもあるまい。」

「あ、あぁ、まぁそうだが……」

 

当然神尾もトーレ達ナンバーズの父に当たる人物について心当たりはある。

だが、神尾が気になったのはその()()()の方だった。

 

――確か、ナンバーズってスカリエッティの事は『ドクター』って呼んでたような……

 

そこまで考えて、そう言えばこの世界のスカリエッティは転生者だったなと思いだし、それならば彼女達が自分達の味方であってもおかしくはないかと僅かに抱いていた警戒を解いた。

 

「とりあえず、ありがとう。助かったよ。」

「礼は要らない。私は与えられた役割をこなしているだけだ。お前も自分の任務に戻ると良い。この少女はこちらで捉えておく。」

 

それだけを告げると、トーレはライドインパルスの高速機動で地上へと降りて行った。

その行き先を目で追うと、そこにはいつの間にか直方体の結界に酷似した檻……『プリズナーボクス』が生み出されていた。

 

――アレは、多分オットーの『プリズナーボクス』……って事は、他にもナンバーズが来てるって事か。

 

戦闘に集中して周囲の警戒が疎かになっていた事を反省しつつ周囲を改めて確認すると、作戦開始前には居なかった影が10人程増えていた。

 

「……っと、いけねぇ。俺も早く皆と合流しねぇと!」

 

ミッドチルダの銀盾と言う部隊の活躍は、個人の戦闘能力が高い事以上にその連携の高さによるところが大きい。

今の神尾のように、敵に分断されて1対1の状態に持ち込まれているというのは非常に拙い状況なのだ。

 

「この付近で銀盾が集まってるのは……あそこか!」

 

すぐさま周囲を見回して戦況を把握した神尾は、見慣れた顔ぶれが集中している空域へ翔けだした。

 

 

 


 

 

 

「くそっ、これでも喰らいやがれ!」

≪Diffusion Bullet.≫

 

敵の少女?の一人が、こちらに構えた杖の先からまるでショットガンのように拡散する2色の弾幕を放って来る。

その一発一発から感じる魔力量は、それらが散弾の一つとは思えない程に多く、喰らえばただでは済まない事が一目瞭然だ。

 

だが、俺達は誰一人障壁も張らずに攻撃の術式を組み始めている。

それは自棄になった訳でも、相打ちを覚悟した訳でもない。

 

「神谷、任せた!」

「おう! "障壁結界"!」

 

今の俺達の背後には、神谷が居るからだ。

神谷は特典の関係で障壁や結界の適性が最初から高く、10年前からその系統の術式の訓練をし続けて来た。

今では障壁と結界の術式を組み合わせた独自の防御魔法を完成させ、時空管理局全体で見ても防御系統ではトップクラスの使い手だ。

 

「サンキュー、神谷!」

「良し! こっちの術式はいつでもOKだ!」

「こっちも砲撃行けるぜ!」

「同じくだ!」

 

その神谷が生み出した最高高度の障壁は、幾ら聖女からブーストを受けた少女達だろうと破る事は出来ない。

その間に俺達は十分に時間をかけて術式を組む事も、タイミングを合わせる事も可能だ。

さらに、神谷の隣では既に神場が切り札の魔法を作り始めている。決着は時間の問題だった。

 

「させるかよ!!」

「くたばれ!」

 

当然少女達もそれを黙って見ている訳はない。

2つあるリンカーコアを共鳴させた強力な砲撃を、数人が同時に放って来る。

だが――

 

「ば、バケモンかよ!?」

「今のは俺達の全力だぞ……」

 

神谷の障壁には罅も入らない。

そして、目の前には全力の砲撃を放った反動で動きが鈍った少女が数人。

 

「結界解除!」

「よっしゃぁ!」

「お返しだ!」

「こいつも喰らっとけ!」

 

俺達の連携に合図は要らない。

攻め時と誰かが感じた時の僅かな魔力の動き一つ、それだけで全員が合わせられる。

神谷の結界が解除されるとほぼ同時に放たれた俺と神王の砲撃が少女達を飲み込み、ついでとばかりに神田の放った鎖状のバインドが少女達を拘束する。

このタイミングでバインドを使った理由は一つ……神場の準備が完了する予兆を感じたからだ。

 

「ナイスタイミングだ、神場! 今、出来たぜ!」

≪Isolating Chain.≫

 

術式を完成させた神場が正面に向けた両手の指先全てから魔力の鎖が伸び、少女達の心臓付近……リンカーコアを束縛するように潜り込んだ。

 

「聖女との魔力のパスを遮る絶縁体を埋め込んだ! これでもう奴等は回復できない!」

「流石だぜ、神場ぁ!」

「最高だぜ、神場ぁ!」

「お前絶対ク○ピカ参考にしただろ神場ぁ!!」

 

神場の活躍で自然とこちらの士気が上がり、切り札を封じられた少女達は愕然とした様子で棒立ちになる。

 

「な、なんで……!?」

 

それもその筈、神場の魔法で魔力のパスが断たれた途端、聖女のかけた補助魔法まで解除されたのだ。

 

「なるほどな……あのレベルの補助魔法をどうやって長時間維持してるのか疑問だったが、聖女からの魔力供給が前提の魔法だったか。」

 

考えてみれば当然だ。

強化魔法と言うのは『強化をし続ける魔法』だ。対象の強化をしている間、術式に込めた魔力は消費され続け、それが尽きた時に強化もまた解除される。

効果が高ければ、それだけ維持に必要な魔力もまた多くなると言う理屈なのだ。

 

普通の術式ではないと分かっていたが、パスを通して魔力を供給し続けなければ維持も出来ない……いくら強大な力を手にした聖女でも、その理屈ごとひっくり返す事は出来なかったようだ。

 

「ど、どうする……逃げるか……?」

「逃げられる訳無いだろ! ()()()()()!」

 

もう彼女達に勝ち目はなく、既に戦意も喪失していた。

 

「戦う気が無いなら投降しろ。もう続ける意味も無いだろ。」

「……」

 

こちらの投降を促す呼びかけに俯く少女達。

 

――やれやれ、ようやく終わったか……

 

と、安堵しかけた時だった。

 

「……だ……!」

「ん?」

「……いやだ……!」

 

少女の一人が震える声でそう言った。

 

「はぁ……諦めが悪いな。もうお前達に勝ち目は――」

「いやだ、いやだ! 俺は……俺は()()()()にはなりたくない! ここで投降なんてしたら……きっと俺達も()()()()()!」

「――!!」

「は……? 『変えられる』って、一体何の事……」

 

俺は少女の声が震えていたのはてっきり屈辱や悔しさからだとばかり思っていたが……彼女の言葉を聞いた他の少女が浮かべた表情で、それが違ったのだと理解した。

 

――これは……恐怖か。

 

そう言えば、さっき別の少女が『逃げるか?』と言った時にもこの少女は言っていたな。

 

――『逃げられる訳無いだろ! ()()()()()!』

 

と。

負けが分かっていても逃げる事も降伏する事もできないのは、聖女に対して抱いている何らかの恐怖が原因だったのだ。

 

そうなると、次に少女達がとる行動は決まって来る。

 

「ぅ……うわアアァァァッッ!!」

「アアアアアッ!」

 

破れかぶれの特攻だ。

『最後の最後まで逃げも降伏もしなかった』と言う"事実だけ"を求める特攻。

聖女に対しての言い訳を作る為に、彼女達は戦い続けるしかないのだ。

 




聖女って何なんやろな……(今更)


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未来を巡る戦い⑪

「……ふぅ、後味悪いな……」

「だな……」

 

魔力ダメージで気絶し、空中にバインドで拘束された少女達を見て口々に漏らす。

絵面だけ見たら、無理やり戦わされる少女を一方的にタコ殴りにしている様なものだからな……正直俺も最悪の気分だった。

 

「……で、この子?達はどうする?」

「一応無力化はしたけど、このまま放置する訳にもいかないよな……」

 

いくら気分が悪くとも、彼女達の処遇は決めなければならない。

一応こういう時は一所に集めて拘束するってのがセオリーではあるんだが……

 

「なぁ、神場。お前の造ったさっきの魔法って、効果時間はどれくらいだ?」

「んー……多分、あと10分かそこらだろうな。それが切れれば魔力のパスも復活すると思う。」

「10分か……パスが戻ったら、補助魔法もまたかかると思うか?」

「どうなんだろうな……魔力のパスが維持だけに使われてたんなら、一応は解除されたんだし、またかけなおさないといけないってのが普通だとは思うけど。」

 

こう言う事情があるから、下手な場所に集めておくのも危険なんだよな……

そんなこんなで話し合っていると、銀盾の仲間がまた一人合流してきた。

 

「おぉ! 俺が駆けつける前に終わったか。」

「神尾じゃねぇか! お前、さっきまで1対1に持ち込まれてたけど、アレはどうなったんだ?」

「ああ、それなんだけどな――」

 

 

 

神尾から伝えられた情報に、俺達は俄かに色めき立った。

 

「ナンバーズが味方!?」

「トーレに助けられた!?」

 

俺達も周囲の戦闘に関しては一応の注意は払っていたが、そんな状況になっていたとは流石に把握し切れていなかった。

 

改めて周囲を見てみれば、確かにナンバーズのものらしき戦闘の光景もちらほらと確認できる。

 

「あのブーメランのような武器は、セッテの『スローターアームズ』か!」

 

ピンク色の長髪が目立つ彼女は、飛ばした2本の刀剣のようなブーメラン……『ブーメランブレード』を自由自在に操作し、もう2本のブーメランブレードを文字通り刀のように扱い、多対一の状況もものともしない奮戦ぶりを見せていた。

 

その様子を遠巻きに見ている銀盾の仲間達は、きっと彼女に助けられたのだろう。

彼等の心境的には、自分も助けに入りたいがブーメランの飛び交う空間に飛び込む勇気はない……と言ったところだろうか。

 

他にもエアライナーの上を滑走するノーヴェや、それについて行くように飛翔するクアットロ。

更に少し遠くではチンクのIS『ランブルデトネイター』のものらしき爆発も確認出来たのだが……

 

「……なんか、チンクの背、でかくね?」

「あ、それ俺も思った。」

 

そう呟きながら全員が目を凝らす先では、()()()()()がグレーのロングコートと銀の長髪を爆風に靡かせていた。

確かに女性のロングコートと銀の長髪はチンクの特徴と一致しているが、俺達の知っているチンクはもっと小柄……更に言ってしまえば、女児のような体格だ。あんなスレンダーなモデル体型では断じてない。断じてないのだ。

 

「ねー。やっぱりあのチンク姉って違和感あるよね?」

「だよなぁ……って、ぅええ!? セイン……あれ、『白騎士』……?」

「え、えぇ……声はセインなのに、見た目ゴッツイ……」

 

背後から聞こえた人懐っこい声に驚きつつも振り返ると、その声に反してそこに居たのはごつい全身鎧に身を包み、大剣を背負った騎士の姿。

いや、より具体的に言えばジェイルコーポレーションより発売され、俺もプレイしたVR対戦ゲーム、『魔装空戦 VR』のキャラクター『白騎士』が浮かんでいた。

 

「あ、その反応。君が父様の言ってたあたし達の事を知ってる人かー。」

「ちょっと待って、声と見た目が違い過ぎて脳がバグる……!」

「あはは! これぐらいでバグるなんて、人間って不便だね!」

 

そう言ってコロコロと笑う白騎士(セイン)に、俺達は頭を抱える。

 

――くそ、脳がバグるって大変なんだぞ!? 最高評議会なら全身バグってるわ!

 

内心で悪態を吐きながらも、気を取り直して神尾がセインに尋ねた。

 

「と、ところでセインは何でそんな格好に……? まさか生まれつきじゃないよな……?」

 

チンクの見た目が違う辺り、もう何も信じられない……そんな疑心暗鬼に陥った問いかけに、セインは答えた。

 

「ん? いやいやまさか! この『白騎士』は『アバター』って言って、父様が作ってくれた戦闘用の身体だよ。元々戦えるトーレ姉とかノーヴェとかは自分の身体を再現して貰ってるんだけど、あたしって元々そんなに戦闘力無いからさ、代わりにゲームで使い慣れたキャラを再現して貰ったんだー。」

「な、成程……? スカさんもう何でもありだな……」

 

と、その説明に納得しかけたところで、俺ははたと気付いてしまう。

 

「……あれ? でもその感じだと何でチンクは……」

「触れないであげるのも、優しさなんだ。」

「あっはい。」

 

肩にポンポンと置かれたごつい手の感触に、嬉しいような残念なような複雑な心境に陥っていると、やがてセインは気付いたように拘束された少女に目を遣った。

 

「あ、君達だけでこの子達倒せたんだ! へぇ~、凄いね!? どうやったの?」

 

そう言ってテンション高めに顔を近づけてくるセイン。

 

――くっ、見た目が白騎士でなかったなら……!

 

そこはかとなく残念な気持ちを押し殺しつつ説明すると、

 

「へぇ~、そんな魔法が……! でも時間制限があるんだね。んじゃあ、あたしが運んでオットーの『プリズナーボクス』に入れとこうか? 他のとこに集めるよりも安全だよ。」

 

そんな提案を申し出て来た。

 

「良いのか? そんな雑用みたいなこと頼んでも。」

「良いって良いって、この白騎士さんに任せなさいな!」

 

結構ノリノリだな……ロールプレイとか全然気にしてなさそうだけど。

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか。」

「だな。」

「良し来た!」

 

セインのISなら結界解除の手間も無いし、その方が良さそうだと考えたのだろう。

俺達が頼むと、セインは意気揚々と少女達を米俵のように担ぎ、翔けだした。

 

「やったー! これでスコアが稼げるぞー!」

 

……どうやら、ナンバーズの誰かと競争でもしているのだろう。俺達が無力化した少女達はセインのポイントになったらしい。

 

「俺達は……他の交戦中の銀盾に合流するか?」

「まぁ、これだけいれば余程ヤバいやつじゃない限り、何とかなるだろ。」

「って言っても、なぁ……」

 

先程周囲を見回した際にも気づいていたが、既に多くの銀盾仲間はナンバーズ達の加勢により助けられている。

残っているのは彼女達が加勢の必要が無いと判断したか、加勢に入れない程の激戦を繰り広げているところだけだ。

 

「……っていうか、こうしてみると白騎士以外にもゲームのキャラ結構いるな……」

「あれもナンバーズなのか? いや、でも他のナンバーズって結構戦闘要員多いよな……?」

「なんか、あの『マリッタ』動かしてるの、ナンバーズじゃない気がするんだよなぁ……めちゃくちゃRP上手いし。」

 

ノリノリな魔法少女マリッタの戦いをチラ見しつつ、一番の激戦区へと目を遣れば、そこで戦っているのは案の定。

 

「なのは達は……ああ、リオン達と交戦中か……」

「エイミィからの通信で聞いては居たけど、マジに取られちまったんだな……」

 

見る限りではなのはvsリオン、フェイトvsバルト、はやてvsクリームって感じか。

なのはvsリオンは超火力砲撃vs広範囲炎熱空間攻撃のオンパレードって感じだ。とても近付けたもんじゃない。あの周辺だけ明らかに人がいないしな……

 

フェイトvsバルトは超高速戦闘を得意とするフェイトに対し、バルトは誘導制御型の射撃魔法が得意の様だ。ただしバルトの放つ誘導弾の弾幕がえげつない。神宮寺が残弾を考えずに大盤振る舞いした時と同じくらいか……

更に言うとバルトが放つ全ての射撃魔法に凍結の性質が加わっているらしく、一つでも触れてしまえば動きは鈍り、忽ち氷像が出来上がるだろう。

当然ながら割って入るのは自殺行為だ。

 

はやてvsクリームは、若干はやてが押され気味のようにも見える。

と言うのも、クリームの速度が普通に速い。雷を纏った高速機動と、打撃技中心の近接戦闘は10年前のフェイトに似た戦い方だ。

はやても空間攻撃を始めとした多彩な魔法でやり合ってはいるが、防御を障壁に頼らざるを得ない現状、障壁が破られるより早くクリームを倒さなければ拙いだろう。

 

「行けるとしたら……ギリギリ、はやてのとこか……?」

「いや、寧ろはやての魔法に当たりそうだな。相手に速度がある分、空間攻撃(デアボリック・エミッション)の頻度が高い。」

「それに行けるかどうかで判断している場合でもなさそうだ。障壁で攻撃を受けているはやては勿論だが、フェイトも少し間違えば一気に落とされかねない……」

「たしかにな……だが、二人同時に助けに入るなら、こっちも人手がもう少し欲しい。差しあたっては……」

 

そう言って神谷が視線を向けたのは、神宮寺と皇だった。

 

「神宮寺は……普通に1対多でやり合ってるな。」

「アイツの能力、そう言うのにも強いからなぁ……」

 

そもそも執務官として俺達よりも長く戦ってきた関係で、能力も相まって普通に強いからな。

今でも5対1と言う状況で一切引けを取っていない。

 

「だが、神宮寺の王の財宝は残弾を消費する。加勢に入るなら早い方が良い。」

「皇の方はどうだ?」

 

神田の声で皇の方を見ると、向こうは向こうで俺達とは少し違う状況だった。

 

「皇が戦ってるのは、少女じゃなくて他の銀髪オッドアイだな……無限に再生しない代わりに、一人当たりの戦闘力が高い。その上……」

「あの敵、管理局に入ってたスパイって奴か……」

 

それが数人がかり……皇の能力は長期戦向きだが、それでも立ち回りを間違えれば危うい。

 

「……どっちから行く?」

「神宮寺だな。」

 

俺の問いに、神谷は即決で答えた。

 

「理由は?」

「皇の方は加勢に入っても敵を倒すまでに時間がかかるが、神宮寺の方は神場の魔法で再生と強化を無効化すれば直ぐに終わりそうだからだ。」

「成程な、了解!」

 

その理由を聞いて全員が納得を示す。

そしてそれを見た神谷が、銀盾全員に念話を繋いだ。

 

≪現在交戦中でない銀盾は、一度俺の作戦に耳を貸してくれ! 他の銀盾に加勢しようと思っていた者はそのままで構わない!≫

 

そして、先程俺達が話し合った内容が共有される。

 

≪最後に改めて順序を共有するぞ。先ずは神宮寺の敵の再生と強化を無力化、即座に捕縛し、そのまま皇の加勢に向かう。そして、全員ではやての加勢に向かう! 良いな!≫

≪≪≪≪≪おう!≫≫≫≫≫

 

はやてを助ける事が出来れば、フェイトやなのはの助けにも向かえるかもしれない。

そしてなのはを助ける事が出来れば、聖女もきっと倒せる筈だ。

 

事件解決へ向かうロードマップの一歩目として、俺達は神宮寺のもとへ翔けだした。




次回ははやてさん視点になると思います。
以下、加勢に来たナンバーズ一覧。

トーレ:アバターはトーレそのままの容姿。
    滅茶苦茶強いし速い。ただフェイトより若干遅い。
    純粋に戦闘が上手く、現在はシグナムと共闘中。

チンク:なんかでかくね?(身長)
    シェルコートのAMFで攻撃を防ぎ、
    「スティンガー」とランブルデトネイターで攻撃と同時に死角を作り、
    多対一にならないよう器用に立ち回っている。
    アバターに空戦適性を付けて貰っており、空戦も可能となっている。

セイン:見た目は『魔装空戦 VR』の『白騎士』。
    アバターの容姿は全身をごつごつした鎧で覆った騎士。
    話し方とかはゲームキャラを意識してない素の状態な為、会話すると脳がバグる。
    戦い方は鎧の防御力と大剣の重量を活かした突撃が主体。
    大剣にロストロギアが組み込まれている為、一撃の威力は途轍もない。
    チンク同様アバターに空戦適性を付けて貰っている為、空戦も可能。

ノーヴェ:容姿はノーヴェそのまま。
     チンクやセイン達が空戦適性をアバターに付与して貰っているのに対し、
     ノーヴェはそれらを付与して貰っていない。
     理由は自分に合ったブレイクライナーによる戦闘に集中するため。

クアットロ:容姿はクアットロそのまま。
      アバターに空戦適性を付与して貰っており、本来よりも飛行能力が向上している。
      戦闘では主にサポートに回っているが、それは自身の劇場に囚われた敵を観察する趣味を兼ねている為。味方でも性格が良い訳ではない。

オットー:容姿はオットーそのまま。
     あまり戦闘や会話をせず、自分の役割(無力化した敵の捕縛)を淡々とこなしている。
     生み出される際にクアットロが感情を排除するプランを提案しなかった為、感情表現はアニメよりも若干豊か。

セッテ:容姿はセッテそのまま。
    刀剣のようなブーメランを投げまくる戦い方な為、ISで制御されていると分かっていても巻き込まれないか不安になる。
    4つ操作可能なブーメランブレードの内、2つを常に制御。
    残る2つを手元に確保しておき、状況に応じて近距離と中・遠距離を使い分けている。
    ブーメランブレードにロストロギアが組み込まれている為、非常に危険。

他にはセバスチャンの使い魔組がアバターで参戦しています。(設定は作ってあるけど描写が入るかは未定)
上記以外のナンバーズはジェイルコーポレーションの防衛及びジェイル・スカリエッティやアバター操縦中のナンバーズ達本体の護衛、または新作ゲームの開発監督等の理由で会社に残っています。


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はやてとクリームの戦い①

2023/09/02 -追記-
サブタイトルを変更しました


「――遠き地にて、闇に沈め!」

≪≪≪Diabolic Emission.≫≫≫

 

2人のリインフォース達との同時詠唱で行使されるのは、私が比較的使い慣れた広域殲滅魔法『デアボリック・エミッション』。

指定した範囲を攻撃可能なこの魔法は、主に多数の敵を一度に倒す為に使われるものだが、私の誘導弾よりも高速で動き回る相手に対しても比較的有効と言える。

そんな魔法を同時に3発、それも位置をそれぞれズラして発動する事で命中率を上げ、例え当たらなくとも敵の機動やペースを乱す事が期待できる。

 

 

 

――筈だった。

 

「く……っ! これでも当たらんのか!?」

 

敵の軌道を予測し先回りするように発動したにも関わらず、同時に発生した3つの巨大な力場の位置を瞬時に把握、安全に回避できる中から更に反撃に最適なルートを見抜いて一気に接近してくる。

 

「っ! ――()ッ!」

≪Panzerschild.≫

 

歯の隙間から勢いよく空気を吐き出した様な声と同時に放たれたクリームちゃんの拳を私の張った障壁が受け止め、重い衝撃が伝わる。

 

≪今や!≫

≪Bloody Dagger!≫

≪Frigid Dagger!≫

 

動いている相手に当てられないのなら、動きが完全に止まる一瞬――攻撃の瞬間にカウンターを狙うと言うのは定石だ。

それも使用した魔法は多数の短剣状の魔力刃で敵を包囲するブラッディダガーと、それをリインフォースⅡが独自にアレンジしたフリジットダガー。

総数60を超える短剣群に一瞬で包囲されれば、流石のクリームちゃんでも動きを封じられるだろう。

 

そう考えた刹那――

 

≪ッ! はやて、()()です!≫

「な――ッ!?」

 

リインフォースの声に従って背後に目を向ければ、そこには拳に雷を集めて振りかぶるクリームちゃんの姿。

彼女が生前持っていたと言う()()()()を再現した影響か、その拳と同じ色に輝く瞳が真っ直ぐにこちらを向いていた。

 

――んなアホな……!

 

この眼で見た光景が信じられない。だって、ブラッディダガーとフリジットダガーの包囲は破られていないのだ。

転送術式の気配も無かったし、そもそもそんな術式を構築できるような時間なんて与えたつもりもない。

 

――まさか、私が攻撃を受け止めたと認識した時には既に……!?

 

信じがたい現実に停止しそうになる思考を無理やり動かし、ギリギリのところで防御用の魔法を構築、発動させる。

 

≪Panzerhindernis.≫

 

咄嗟に張ったバリアタイプの障壁が彼女の攻撃を受け止めた次の瞬間、私は障壁越しにそれを見た。

 

――速い……! もう、視界から消えた!

 

衝撃が障壁を揺らし、彼女の拳が纏っていた雷が障壁に罅を入れたその瞬間、既に彼女の姿はそこになく……

 

――これは、以前なのはちゃんに聞いた事がある……

 

振り返った背後、先程よりも激しい放電現象を起こした右足を今まさに叩き込まんとするクリームちゃんの姿は、

 

――"10年前のフェイトちゃん"と……!

 

ジュエルシード事件の際になのはちゃんと戦った、かつてのフェイトちゃんを私に幻視させた。

 

 

 


 

 

 

「くっ……! 想定よりも少し手間取ったな!」

 

神宮寺を取り囲んでいた少女達は、俺達が相手していたのと同じように神場の魔法で即座に無力化が出来たものの、問題は皇が相手していた管理局に入り込んでいたスパイの方だった。

正式な訓練を積んでいなかったらしい銀髪オッドアイ達は割と早い段階で何とかなったんだが、アイツだけは少々都合が違ったらしい。

どうやら元々は真っ当な管理局員だったのだろう、俺達よりも長い間訓練を積んでいた事もあり、捕らえるまでに時間がかかってしまった。

 

「急ぐぞ! 早くはやてとフェイトの加勢に――!」

 

神宮寺と皇に訳を説明し、急いではやて達の元へ飛翔し始めたその瞬間……俺達の背後から多数の少女達が俺達を追い抜いて、はやてとフェイトの方へと別れて向かって行った。

 

「お、おい! 拙いぞ! 今のって……!」

「あの数……まさかプリズナーボクスから抜け出したのか!?」

 

その姿は間違いなく、俺達が戦っていた敵の少女達の物だった。

 

 

 


 

 

 

――あかん! もう障壁は持たん!

 

さっき拳の一撃を受けた際、私の障壁には既に大きな罅が入っている。

そんなところに蹴りを……それも先程よりも明らかに多い魔力を流されては、障壁が砕けるだけでは先ず済まない。

 

「くっ――!」

≪Panzergeist.≫

 

フィールドタイプの障壁を身に纏い、念の為に腕で頭部をガードする。

 

そうして衝撃に備える事、数秒――

 

 

 

「どう言うつもりだ?」

 

突然聞こえたクリームちゃんの声。

 

――な……なんや? これは、一体何が……

 

いつまでも攻撃が来ない事も含めて疑問に思い、腕のガードを下げてみれば、そこには意外な光景が広がっていた。

 

「……お前達、聖女様に逆らうつもりか!」

 

そこには、私を守るように立ちはだかった十数人の少女の背中と、彼女達に対して怒りを露わにするクリームちゃんの姿だった。

 

――彼女達は間違いなく、聖女の……仲間割れか……?

 

私を守っているのは、聖女の手によってリンカーコアを埋め込まれた生死体の少女達で間違いない。

だが、彼女達は聖女の命令には絶対服従だ。反旗を翻せば間違いなく人格を弄られ、忠実な下僕に作り変えられてしまう。

 

――だと言うのに、何故……?

 

私のそんな疑問は、クリームちゃんの問いに対する彼女達の返答によって氷解した。

 

「「「「「「「逆らうも何も、私は一度とて奴の軍門に下った覚えはないが?」」」」」」」

「何だと……?」

「「「「「「「それと……」」」」」」」

 

彼女達は全く同じ返答を同時に言い放ち、そして全く同じ構えを取りながら続けた。

 

「「「「「「「いい加減、その身体を()()()()()()()()。その姿でそれ以上恥を晒されてはかなわん。」」」」」」」

「なっ……! そうか、貴様等……いや、貴様は――」

 

私と同様、彼女達の正体に気付いたクリームちゃん……いや、敵の少女は全身に雷を纏い、憤怒と共に叫ぶ。

 

「――クリーム!」

「「「「「「「その名で呼ぶな!!」」」」」」」

 

 

 

……えぇ、可愛い名前やん。クリームって。

 

 

 


 

 

 

「――どうやら、間一髪って所ですわね。」

 

地上に作られたプリズナーボクスの檻の中にて、上空に飛び立った少女達を眺めながらクアットロは胸をなでおろす。

そんな彼女の下へゴツイ鎧を纏った白騎士……セインが降り立ち、その手に抱えていた少女達を地面に下ろしながら言った。

 

「お疲れ、クア姉! あ、これ、最後の追加分ね!」

 

傍にはヴィータの姿もあり、セインが地面に下ろした少女達を見ると、

 

「これで最後か……よっ、と。」

 

彼女達の中から次々にリンカーコアを摘出、隣のオットーの持つケースへと入れていく。

それを確認したクアットロは、

 

「お疲れって……そう言う言葉は全部終わってから言って下さらない?」

 

と先程のセインの言葉にツッコミを入れつつ、手に持っていた小さな端末を少女達の胸元……心臓付近の位置に取り付けていく。

そして、ジェイル・フォンを取り出すと通話先に向けて合図を送った。

 

「こちらの準備は整いましたわ。」

『ありがとう、我が愛娘達よ。では……これで最後だ。』

 

通話先から微かにカタカタとパネルを叩く音が聞こえ……やがて、『ッターーン!』と一際大きなタイプ音が聞こえたかと思うと、傍らで寝ていた少女達の身体が一斉にビクンと跳ね上がり……同時に立ち上がった。

 

「……お身体の調子はどうですの?」

「「「「「「……うむ、問題無いようだ。これならば戦闘も可能だろう。」」」」」」

 

クアットロの問いかけに、少女達は軽くストレッチするように身体を動かしながらそう答える。

 

「そうですか。他のお二方にも説明いたしましたが、今の貴女が使っている身体は貴女達の為に作られた特別性ではありません。貴女が今まで使っていた『リオン』さんと同じ感覚で戦う事は――」

「「「「「「勿論承知の上だ。忠告はありがたいが、事態は一刻を争うからな……済まないが、早速向かうとしよう。」」」」」」

 

そう言って少女達が一斉にその場に居たチンクに向けて片手を差し出すと、チンクは彼女達全員の手をしばらく握り、やがて離した。

 

「そうですか。……武運を祈りますわ。」

「「「「「「ああ、我等自身の失態を挽回する機会をくれた事も含めて感謝する!」」」」」」

 

そんなやり取りを最後に、少女達……最高評議会議長は『リオン』を取り戻す為に飛翔していった。




ヴィータと敵将の一人の戦闘はカットとなりました。
ヴィータの魔法って殆どグラーフ・アイゼンありきなので、あの将からすると相性最悪なんですよね……ヴィータの魔法をラーニング出来てもアイゼンが無いと使えない問題。

ちなみに補足として、クリームの今の速さは
今のフェイト>クリーム≧10年前のフェイト
って感じです。


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はやてとクリームの戦い②

2023/09/02 -追記-
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私の眼前数十m先で少女達が戦っている。

一人は全身に纏った雷の魔力で身体のスペックを引き上げ、高速戦闘をこなす少女……クリームちゃんの身体を使っている敵の少女だ。

そして彼女に対抗するのは10人程の少女達……敵が使っていた生死体の少女を何らかの方法で操作している、本物のクリームちゃん達だ。

彼女達はその数的有利を活かして敵の少女を私から引き離し、遠距離主体の攻撃で敵の少女を何とか食い止めていると言った状況だった。

 

クリームちゃん達から告げられたタイミングを逃すまいと、夜天の書とシュベルトクロイツを構えながらその戦闘を見ていた私の背後から、突然声がかけられた。

 

「はやて!」

「! 皆……そうか、もうそっちの方は片付いたんやな。」

「あ、ああ。まだ全部って訳じゃないとは思うが、粗方な。ところで、これは……どういう状況なんだ?」

 

背後からの声に振り向くと、そこには私を助けようと駆けつけてくれたのだろう銀盾の皆が居た。

彼らの顔には一様に戸惑いの表情が浮かんでおり、先程まで敵対していた筈の少女が私を庇っている現状を上手く整理できていないようだ。

とは言えそれも仕方のない事。かくいう私だって、今しがたの彼女達のやり取りで漸く状況を理解できた所なのだ。

普段であればしっかりと情報を共有するところだが、私はなるべく戦闘から目を離す訳には行かない。直ぐに視線を戻し、そのまま話を続ける。

 

「説明して欲しいって気持ちはわかるけど、状況が状況や。先ずは()()()()の援護に入ってやってくれへんか? 詳しい事は戦いながら念話で伝えるわ。」

「……わかった! 取りあえずは味方なんだな?」

 

神谷君から最後の確認とばかりに投げかけられた問いに私が首肯で返すと、神谷君は「よし」と一言告げてクリームちゃん達の元へ飛翔する。

他の銀盾達もそれぞれ思うところはあるようだったが、神谷君に続いて戦場へと向かって行く。

と、その途中で見かけた皇君に、私は声をかける。

 

「あ、皇君!」

「え? 俺か?」

「クリームちゃんの身体は特別性で、()()()()()()()()()って話や。魔法剣の属性は電気以外で頼むわ。」

「はぁっ!? なんだその滅茶苦茶な性質!?」

 

唐突に齎された情報に、皇君が眼を見開く。

彼女の戦い方に必須だから生前の特異体質を再現したと言う話だったけど、実際滅茶苦茶なレアスキルだ。

電気の魔法が一切効かないと言うその性質のせいで、彼女の相手をフェイトちゃんに任せられなくなったのだから。

 

「……ッ! そうか、それでフェイトが()()()なのか! しょうがねぇ……『魔法剣』:バインド型、『属性指定』:氷結!」

 

直ぐにその辺りの事情を察したのだろう、皇君は両手に持っていた電気属性の魔法剣を解除し、新たに氷結属性の魔法剣を生成すると再び戦場へ向けて飛び出した。

 

 

 


 

 

 

≪――なるほど、つまり今のクリームの身体を操作しているのが敵で、敵だったあの少女達を今操作しているのが本物のクリームって事か。≫

≪そう言う事や。方法については私も聞かされてへんけど、クリームちゃん達は、クリームちゃんの身体を自分達の手で取り戻す為にそうしてるって言うとった。≫

≪そう言う事だったのか。≫

≪まるで将棋だな。≫

 

はやてからの念話で状況の確認を済ませつつ、俺達はクリームの姿をした敵に対して絶え間ない攻撃を浴びせ続けている。

と言うのも、敵の速度が俺達の思っていたよりも速く、ペースを握られれば間違いなく各個撃破されるだろう事が明らかだからだ。

幸か不幸か、アイツは聖女からはやての相手をするように指示を受けていたのだろう、なのはやフェイトの方へ向かう気配はないようだ。

 

≪とは言え、注意はしておくべきだがな。≫

≪分かってる。どの道、この包囲を抜けられたらはやてが危ないんだ。気を抜くなんて出来る訳もねぇ。≫

≪……神宮寺を呼び戻すか? 10年前にフェイトを一度追い詰めたアイツなら、高速戦闘の相手も何とか出来るかも……≫

≪いや、向こうの状況も決して良いとは言えない。やはり、ここは俺達で相手するしかないだろう。≫

 

神宮寺は今、フェイトの方に救援に行っている。

フェイトが相手しているバルトの姿をした敵は、大量の誘導弾でフェイトを追い詰める戦闘スタイルだ。その操作制度も高く、氷結の属性まで付いていてはいくら圧倒的な速度を持つフェイトでも、いつ落とされてもおかしくない。王の財宝によって一度に多数の魔力弾を射出出来る神宮寺が、敵の誘導弾を消す等の補助をしてようやく攻撃に転じれるのだ。

よって、神宮寺を頼る事は出来ない。それに――

 

≪それに、神宮寺に頼ってばっかじゃ、『ミッドチルダの銀盾』なんて呼んでくれてる皆に顔向けできねぇだろ!≫

≪Short acceleration.≫

 

念話で全員にそう伝えるのと同時に、強化魔法を発動。一瞬だけブーストした超速度で以て敵の少女に接敵し、両手の魔法剣を振り抜く。

 

「――っ!」

「ちっ、やっぱり反応速度も段違いって訳か……!」

 

死角からタイミングをズラして放った二刀は、真横に振るわれた一太刀目を躱され、二の太刀の切り上げをシールドタイプの障壁で受け止められる。

氷結の魔力が障壁を凍らせ始めたと同時に、込められていたバインドの術式が少女に殺到するが、それも一瞬で見切られて距離を取られた。

……が、追撃として両手の魔法剣を投擲し、即座に生成した魔法剣『氷結:砲撃』で再び斬りかかると、それを防いだ障壁が軋むような音を発する。

 

そして先程までこちらに目もくれなかったクリームが、初めて敵意を滲ませた眼で俺を睨んだ。

 

「貴様……! 良いだろう、そんなに相手をして欲しいと言うのなら先ずは――」

「私を忘れて貰っては困るな!」

 

それを好機と捉えたのだろう、本物のクリーム達が周囲から一斉に魔力を込めた殴打や蹴撃を浴びせようと迫る。しかし――

 

「貴様は後回しだ! その身体では、大した力も出せまい!」

「ぐっ……!」

 

数の利をいくら活かしても、本来のクリームの速度を手にした敵にはかすりもしない。

そしてその一瞬で、奴は俺の背後に回り込んでいた。

 

「しまっ――!」

 

咄嗟に振り返った俺の視界に映ったのは、今まさに放たれようとしている彼女の脚に膨大な雷が集まっているところだった。

 

「これで……!? ――チィッ!」

 

こちらに雷を纏った蹴りが命中するその一瞬前に、彼女は突如として上空へと飛翔する。

その背後から、速度を重視した直射弾が無数に現れ――

 

「グワーッ!」

「す、皇ィーーー!」

 

俺に命中した。

 

≪悪い! 皇! お前を狙った訳じゃ――≫

≪謝罪はいいって、助かった! サンキューな、神尾!≫

≪……ああ!≫

 

実際、さっきの蹴りを受けていたらこの程度のダメージでは済まなかっただろう。

10年前のフェイトとの戦いで身を以て知っているが、電気の性質を帯びた攻撃を受けると魔力の流れが阻害されて少しの間魔法の発動が不安定になる。

加えてあの少女の攻撃手段が格闘と言う、連撃に適した戦い方をする以上、一発でも喰らえば立て続けに攻撃を浴びせられる事は目に見えている。

 

≪それに、今ので光明が見えたからな……!≫

≪光明? ……何のことだ?≫

≪アイツの弱点も、フェイトと同じ……って事だ。≫

 

もろに直撃した俺が致命的なダメージを負っていないように、先程神尾が放った魔力弾の威力はそれ程大きくはない。

込められた魔力も同様で、それはアイツも感知していた筈だ。

だが、奴はそんな魔力弾も()()()()()()

俺は胸中に抱いた確信を伝えるべく、声を張り上げる。

 

「皆ァ! 多分誰しも元々考えていた事だと思うが……今の動きで確信に変わった! 耐久力と速度は両立し得ない! アイツもその例に漏れず、速度特化の紙防御型だ! 当てれば倒せるぞ!」

 

そう、フェイトが速度を引き上げる為に装甲を削ったように、アイツも同様の代償を払ってあの速度を出していると考えるのが自然だ。

その証拠に、俺の言葉を聞いたアイツの表情が苦々しく歪む。

まさに『こんなに早く露見するとは思わなかった』とでも言いたげに。

 

「なるほど、当てれば良いんだな! ……どうやって!?」

 

……まぁ、10年前と同じく、結局それが最大の課題な訳なんだが。

 

 

 

≪――それについては、私が力になれそうだ。≫

 

そう俺達に声をかけて来たのは、あの身体の本来の持ち主であるクリームだった。

 

≪彼奴が使う魔法は私が使う魔法と同じだ。それに、戦闘の運び方も似通っている。……どうやら、何らかの方法で私の戦い方か記憶の一部を、直接リンカーコアにインプットされたようだな。≫

≪なるほどな……≫

 

彼女の言いたい事は分かる。

確かにクリーム本来の戦い方をコピーされたと言う事は脅威ではあるが、逆に言えばクリームには奴の手札が全て透けて見えていると言う事だ。そこに付け入る隙があると言う事なのだろう。

 

≪だから私がここぞと言うところで奴の動きを阻害する。お前達はその隙に奴を捉えるのだ。今私が使っている身体を無力化した魔法でな。後ははやてが止めを刺せるだろう。≫



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はやてとクリームの戦い③

2023/09/02 -追記-
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「……確かに私の防御力は、一般的な魔導士達のそれに比べれば遥かに脆い。それは認めざるを得ない。」

 

クリームとの念話で今後の方針を決めた直後。

時間にして数秒程度ではあったが、恐らくはこちらの念話が終わるのを待っていたのだろう、奴は徐に口を開き……弱点が露見した時とは打って変わり、余裕さえ見せた様子でそう告げた。そして――

 

「だが、それが分かったところでお前達に何が出来る? 攻撃を当てる事も出来ないお前達に……!」

 

そして、そう言い切った瞬間、奴の眼がそれまで以上に眩く光を放ち始めた。

自身を強化している電気の魔法の出力を限界以上にまで引き上げたのだろう、その機動力と反射速度がより強化されたのだと言う事が肌で感じられた。

 

「なっ……! まさか、まだ速くなるのか!?」

 

その様子を見て、最も奴に近い位置に居た神崎が緊張した様子で杖を構え直し、その隣ではクリームの内の一人が怒りとも焦りとも取れる表情で呟いた。

 

「くそ……奴め、あの身体を壊すつもりか……!? アレは私の身体だと言うのに……!」

 

その言葉を聞いた俺が、クリームの方へ僅かに視線を向けた時……クリームの直ぐ脇を閃光が奔り、既に神崎の腹部には奴の拳がめり込んでいた。

 

「ぐぇッ!?」

「まだだっ!」

 

衝撃から数拍遅れ、漸くダメージを受けた事を認識した神崎が呻く。

そしてそのまま感電し、まともに障壁さえ張れない状態の神崎へと奴はラッシュをかけ始めた。

 

「――くそっ!!」

 

先程まで神崎の隣に居たクリームが奴の猛攻を止める為、拳に魔力を纏わせて背後から攻撃を仕掛けるが……それを察知した敵の少女は、未だに感電している神崎に対して簡易的なバインドをかけると同時に振り返り、クリームに向けて鋭い回し蹴りを放った。

 

「ハァッ!」

「っ!」

「拙い……ッ!」

 

例え本来の実力が奴と同等かそれ以上だったとしても、今のクリームは身体が違う為その力を十全に扱えない。

攻撃のパターンを見抜けていたとしても、恐らく一撃耐えられるかどうかが精々だろう。速度に開きがあると言うのは、そう言う事なのだ。

 

だが次の瞬間、俺は信じられない光景を見た。

 

「何……?」

「くっ……ぉおおッ!!」

 

クリームが、あの敵の連撃を捌いたのだ。

放たれた回し蹴りは、クリームが予め起動させていたシールド型の障壁に対して吸い込まれるように向かって行き、触れた……と、同時にクリームがまるでその脚を滑るように移動し、一瞬で双方の距離をゼロにする。

 

「――ッ!!?」

「……ラァッ!!」

 

そして、若干少女らしくない掛け声と共に放たれた正拳突きを、敵の少女は瞬時に大きく距離を取る事で回避した。その顔には隠し切れない動揺が滲んでいる。

 

「何を――」

「今だァーーーッ!!」

 

クリームが何をしたのか考えるのは後だ。

敵が想定外の反撃を受け、その集中を乱したこの好機を逃す手はない。

念話を使う事も忘れ、大声で叫ぶ。

その相手は、このチャンスに逸早く気付き、既に動いていた。

 

「言われずとも、だ! 『二重詠唱』、『共鳴魔法』!」

≪Struggle Bind.≫

「ッ!」

 

素早く背後に回り込んでいた神無月が自身のレアスキル(特典)を二つ使い、ストラグルバインドに適用させる。

『二重詠唱』により2つ同時に発動した全く同じ魔力量の同じ魔法は、『共鳴魔法』の条件を満たしその効力を倍増させていく。

一瞬にして数十本もの縄状の魔法に取り囲まれては流石の少女も躱しきれず、その縄の一本が逃れようと飛翔する少女の脚に巻き付いた。

 

「くっ……! このッ!!」

 

少女も直ぐに魔力を込めた手刀で以てその縄を断ち切り、身動きを封じられる事だけは回避したが、既に異変は彼女の身に現れていた。

 

「これは……私の魔法が……!」

 

ストラグルバインドは、元々拘束力はそこまで高くない魔法だ。

魔法生物や魔力で身体を構成したモノに対しては効果が高いが、それはストラグルバインドの本来の性質に起因するところが大きい。

その性質は、()()()()()()()()()

少女の眼は先程までの輝きを失い、その速度もまた著しく落ちていた。

 

「ッ……だが、こんな物もう一度……!」

「させねぇよ!」

≪Short acceleration.≫

「チィッ……!」

 

これこそまさに千載一遇の好機だ。

俺は再び強化魔法を発動させようとしている少女に超加速した一瞬で接近し、両手に備えた氷結の魔法剣で攻撃する。

それをギリギリ回避した少女は俺から距離を取るでもなく、即座に電気の砲撃によるカウンターを放って来た。

 

「ぅおっ!!」

 

至近距離、それも攻撃の直後と言う事もあって回避は出来ない。

仕方なく両手の魔法剣で切り払うと、既に少女は俺から距離を取っていたが、強化魔法の使用はまだ出来ていないようだった。と言うのも、既に周囲の銀盾達の放った多量の誘導弾が少女を取り囲んでおり、それを捌くのに手一杯だったからだ。

 

「――鬱陶しいッ!」

 

僅かな間隙をついて、少女がその全身から放電するように魔力を放つ。

周囲の誘導弾が一瞬で破壊され、確保した時間を使って少女はその身に再び強化魔法を身に纏い――

 

≪Isolating Chain.≫

「なっ……!?」

 

その隙を神場に突かれた。

それもその身に受けたのは、少女にとってストラグルバインドよりも凶悪な魔法……聖女との繋がり(パス)を断つ、孤立の鎖だ。

身に纏った自身の強化魔法の力を感じる反面、聖女との繋がりと聖女の強化魔法の力を感じられなくなった少女は狼狽えつつ、それでも戦意が衰える兆しはないようだった。

 

「ま、まだだ……! お前達を倒して、もう一度聖女様に繋ぎ直してもらえば……!」

 

そう、例え聖女とのパスが途切れ、魔力の供給と聖女の強化魔法が無くなったとはいえ、彼女にはクリームの特異体質と特有の強化魔法がある。

まだ戦う力は十二分に持っている。だが――

 

「いや、もう終わりや。」

≪Diabolic Emission.≫

≪Diabolic Emission.≫

≪Diabolic Emission.≫

≪Diabolic Emission.≫

≪Diabolic Emission.≫

≪Diabolic Emission.≫

「…………は?」

 

少女が再び唖然とした表情で固まった。

彼女を中心とした前後上下左右数m先の6か所同時に、はやての魔力がデアボリックエミッションの前兆である黒点を生む。

それでも聖女とクリーム両方の補助魔法があれば、きっと彼女は効果範囲から余裕をもって逃れられただろう。しかし、今の彼女には聖女の助けは無い。

 

「くっ……!」

 

彼女が動いたのと、デアボリックエミッションの空間攻撃が開始されたのはほぼ同時だった。

そして、効果範囲から逃れようとする少女に向かって急接近する影が複数。

 

「そこを退けェッ!!」

 

少女は自らの逃走ルートに立ち塞がった影達に向けて、そう叫びながら拳を振りかぶる。

だが影……クリーム達は、一様に構えを取ると同時に淡々と告げた。

 

「ふん、断る。」

「貴様ァァッ!!」

 

急激に広がるデアボリックエミッションの空間攻撃の範囲から逃れる為には、クリーム達の相手をしている暇はない。

だが、クリーム達は少女の動きを完全に読んでおり、逃走を許さない。

直ぐに包囲された少女の破れかぶれの一撃がクリームに虚しく弾かれた直後、少女とクリーム達はデアボリックエミッションの空間攻撃に飲み込まれた。

 

「――いや、えっぐぅ……」

「Sランクの広域攻撃6発同時って……」

 

予めはやてから念話で退避するように促された俺達は、そんな光景を安全圏から眺めていたのだが……

 

≪何をまじまじと眺めとるんや! 早よクリームちゃんの身体回収せえ!≫

≪わ、悪い! つい……!≫

 

突然繋げられた念話に思わずはやての方を見れば、そこには疲労困憊と言った様子のはやてが居た。

流石にあのレベルの魔法を一度に6発も使えば、一時的な魔力切れに近い状態になってしまうようだ。

一対一の時に使わなかったのも、万全の状態の敵に躱されたら終わりだからだろうな……

 

そんな事を考えながらも俺達ははやての言った通り、デアボリックエミッションの攻撃が終わるタイミングを見計らって、クリームの身体を回収する為に翔けだした。

 

 

 

「――っと、これで全部だよな?」

「ああ。クリームの本来の身体と、さっきまで使ってた生死体の身体が10体……これで全部の筈だ。」

 

攻撃が終わった後、効果範囲内に居たクリーム達は全員意識を失った状態で確保された。

敵の少女はリンカーコアが受けた魔力ダメージによって、生死体達は……どうやら胸元についている機械がショートした事で動けなくなったようだな。恐らく、クリームはこの機械を通してこの身体を動かしていたんだろうな。

 

「おー、お疲れさんや。ありがとな、皆。まさか、全員回収してくれるとは思っとらんかったわ。」

「はやて? もう調子は良いのか?」

「うん、魔力切れ言うても一時的なもんやからな。少しすれば治る程度のもんや。それより、さっさとクリームちゃんの身体から()()()()()取り除いてやらんとな。」

 

そう言ったはやてが俺の背負っているクリームの身体に向けて手を翳すと、意識を失ったクリームの身体からリンカーコアが摘出された。

 

「……はやても出来るんだな、それ。」

「リインとユニゾンしとるからな。まぁ、やり方教われば私だけでも出来そうやけど、あまり使う機会も無さそうやしなぁ……っと、これで良し。後は連絡を……」

 

と、はやてがデバイスの通信機能を使用しようとした時、背負っているクリームの身体が身動(みじろ)ぐと、俺の顔のすぐ隣にある眼が開き、声を発した。

 

「いや、良い……既にこの身体に戻っておるわ。」

「っと、そうでしたか……お身体の方に、後遺症等はございませんか?」

「……うむ、疑似リンカーコアにも大きな問題は無いようだ。これなら少し休めば戦えるだろうが……」

 

そこまで言って、はやての方に目を向けたクリームは自嘲するようにフッと笑う。

 

「どうやら、我等がこれ以上出張っても足手纏いになりかねんようだ。精々あの聖女に再び身体を盗られぬよう、身を隠しておくとしよう。」

「すみません。今回の事は、私達の想定できる事態だったにもかかわらず……」

「……貴様はどうにも責任感が強すぎるな。奴に油断したのも含め、今回の件は我等の失態だ。……っと、おい貴様、もう背負っていなくても良いぞ。」

 

言葉の途中でパンパンと肩を叩かれ、背負っていた手を離すと、クリームはやや覚束ないながらも飛翔して見せた。

 

「……まぁ、そう言う訳だ。貴様等は疾く、高町教導官の元へ行ってやれ。バルトの方は、もう解決したようだからな。」

 

そう言ってクリームが視線を送った先でも既に戦闘は終わっており、フェイトがなのはの元へ翔けだすのが見えた。

 




ちょっとプロットよりも決着を早めたので、あっさりした感じになりました。
あと今回フェイトの方も戦闘が終わっていますが、あくまで時系列的にほぼ同時と言うだけで次回フェイトの戦闘も描写する予定です。


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フェイトとバルトの戦い①

前話3話分のサブタイトルを変更しました。
(今何話目だっけ……?)って毎回確認するのが面倒だったので……


時は遡り、数十分前――

 

戦闘空域を覆い尽くさんばかりの誘導弾群に包囲されているフェイトは、迫る誘導弾をザンバーフォームの状態のバルディッシュで切り裂きながら、速度を活かした回避に徹しつつ反撃の隙を伺っていた。

 

「中々しぶといな……だが、もう時間の問題だろう。既にお前に逃げ場はないのだから。」

 

そんなフェイトの様子を見ながら、バルトの姿の敵は()()()()()()()()()()()()()()絶えず誘導弾を精製し続けている。

フェイトがいくら切り払っても、周囲の誘導弾の数が減らないのはこの為だった。

 

そして、彼女が言う通り、既にフェイトに対して全方位から誘導弾が向かっており、回避する隙間さえ見当たらない。

 

「くっ……! 姉さん!」

 

苦い表情でフェイトは彼女の姉であるアリシアに呼びかける。

 

<また!? 大丈夫なの、フェイト……これでもう――>

<でも、やるしかないから……!>

<……そうだよね、分かった! いつでも良いよ!>

<ありがとう!>

 

そして、全方位から向かって来る誘導弾の壁の一角へとその左腕を向け、手の先に激しい雷光が迸る。

 

「プラズマスマッシャー!」

≪Plasma Smasher.≫

<プラズマスマッシャー!>

 

電気の性質を帯びた砲撃はアリシアの魔力と混ざり合い、拡散する砲撃へと変化する。

放たれた一撃は広範囲の誘導弾を消し飛ばし、フェイトの前に道を拓いた。

だが――

 

「ふぅ……ふぅ……!」

<フェイト……やっぱり魔力が、もう……!>

「大丈夫……! まだ、やれる……!」

 

包囲を抜けたフェイトは、僅かではあるが息が上がっていた。

確かに彼女の言う様に、まだ少しの間は戦えるだろう。しかし息が上がっていると言う事は、即ち魔力の底が見えたと言う事だ。様子を窺っていたバルトの表情に、冷酷な笑みが滲む。

 

「フッ……時空管理局の執務官と言えど、この程度か。存外、大した事は無いな。」

 

勝ち誇ったような挑発の言葉には乗らず、あくまでも反撃の好機を窺い続けるフェイト。その姿が気に食わなかったのだろう、敵のバルトは今度こそ確実に仕留めるべく誘導弾の軌道を制御しようとして――

 

「借り物の力でよくもまぁ、そこまで粋がれるモノだ。」

「――ッ、誰だ!」

 

その背後に回り込んだ()()()()()の声に振り返った。

 

「その身体の本来の持ち主だと言えば、わかるだろう?」

「貴様……――ふん、貴様こそ借り物の身体で何をしに来た。まさか、そんな貧弱な身体で私に戦いを挑むつもりではあるまい?」

 

少女……バルトの言葉に一瞬その表情を歪めた敵のバルトだったが、彼女の姿を見てそれが生死体の少女の物である事に気付くと一転して余裕の笑みを浮かべた。

彼女が今使っている身体では、バルト本来の実力が発揮できない事を見抜いた為だ。

そんな敵の言葉に、バルトは直射型の魔力弾を一発放った。

 

「! ……これは何のつもりだ?」

 

見るからに全力で放たれた訳ではないそれを誘導弾で打ち消し、敵のバルトはその行動の意味を問う。この距離まで近付いておいて、倒す事を目的としないこの一発にどれほどの意味があるのかと。

 

対してバルトの返答は単純な物だった。

 

「何、()()()()()()さ。今は廃れた文化だが、昔はよくこうして敵に()()を申し込んだものだ。」

「決闘、だと……?」

「おや? もしや、決闘の意味を知らないか……教えてやってもいいが――」

「下らん挑発だな。そうやって私の注意をフェイトから離し、その隙に救出でもしようと言う魂胆だろう? その手には乗らん。」

 

彼女はこうしてバルトと会話している間も、全ての誘導弾の制御を絶えず行っていた。

お前の目論見通りにはさせない……そんな声さえ聞こえてきそうな視線を受けたバルトは、感心した様な表情で答えた。

 

「おや、流石にバレたか。だが、もうそんな事はどうでも良いのだ。――既に()()()()()()()()()()()()()()()()()からね。」

「何……ッ!?」

 

少女が慌てて振り返ると、そこに広がっていた光景は先程とまるで変っていた。

 

 

 


 

 

 

「はぁ……はぁ……ありがとう、神宮寺……」

「あ、ああ……まぁ、俺だけの力って訳じゃないんだが……――なぁ、()()()()は俺達の味方、って事で良いのか?」

 

そう言って私の周囲を見回した神宮寺が、そこに居並ぶ少女達について私に質問してきた。

と言っても、私もこの状況に関しては何も知らない。神宮寺と協力して私を助けてくれた事は知っているけど、彼女達は元々聖女の仲間が使っていた生死体だったはずだ。

そんな私達の疑問に答えるように、少女達の一人が私達の近くへやって来て、理由を説明してくれた。

 

 

 

「――そうだったんだ、スカリエッティ博士が……」

 

リンカーコアを取り除いた生死体達に取り付けた端末を通して、最高評議会が本来使っている身体……バルトのように遠隔で操作できるように手を貸してくれたらしい。

生死体の一つ一つのスペックはリオン、バルト、クリームそれぞれには到底及ばないけど、そこは数で補うようだ。

現に今も私達の周囲ではこうして話しているバルト以外に、9人のバルトが敵の放つ大量の誘導を押し留めてくれている。

 

「成程な、確かに生死体もリオン達の身体も作ったスカリエッティなら、そう言う事も出来るか。」

「ああ、それぞれの最大魔力発揮値が低い為に決め手には欠けるが、こうして君達のサポートに徹するならば十分可能だろう。……ところでテスタロッサ執務官、魔力の調子はどうかね?」

「はい、もう大丈夫です。姉さんが回復を助けてくれているので……」

「そうか、それは何よりだ。」

<私の回復を当てにするにしたって、今回はちょっと無茶し過ぎだよフェイト!>

<ごめん、姉さん……いつもありがとう。>

 

神宮寺達が助けに来てくれてからというもの、ずっと私の魔力が回復する手伝いをしてくれた姉さんに内心で礼をする。

さっきの戦闘……正直、誘導弾に包囲されたあの状態が続いていれば危なかった。

逃げ道を塞がれ、砲撃を何度も撃つ事を強要され、じわじわと追いつめられていく閉塞感と、それに伴う焦燥感……

ただでさえなのはやはやてに比べて魔力量が少ない私にとって、やはり長期戦は避けたいところだと言うのに。

 

「ところで、あの敵……私の身体を使う敵に関してだが、今まで確認した魔法は何があった?」

「先程の誘導弾と、()()()()の二つだけです。」

「……そうか、分かった。」

 

氷結の誘導弾は確かに厄介だが、そもそもそう言う状況に追い込まれた原因は彼女の使う氷の障壁魔法の方だった。

あの魔法さえなければ、私は最初の数秒で決着をつけられただろう。

 

「まさかフェイトをたった二つの魔法で追い詰めるとは……そんなにヤバいのか? その氷の障壁って奴は。」

「いや、どちらかと言えば相性だな。氷の障壁は私の得意としていたオリジナルの防御魔法で、一撃で破壊しなければ、空気中の水分と魔素を取り込み一瞬で再生してしまうと言う性質がある。それに加えて表面から誘導弾を精製出来る上に、強度も並の魔導士が張るプロテクションの数倍はある。先程のテスタロッサ執務官のような状況に持っていかれた場合は遠距離から砲撃で撃ち抜くしかないが、誘導弾を防御に使われれば、障壁に届く頃には威力も大幅に落とされる……近接~中距離を主体に戦うテスタロッサ執務官には、やりにくい相手だっただろう。」

 

バルトの説明は、まさに先程の私の状況を的確に表していた。

私も遠距離攻撃の手段は当然持っているが、それが届く前に割り込んだ無数の誘導弾がその威力を散らしてしまう。

なのはの砲撃なら強引に撃ち抜けるだろう、はやての空間攻撃なら直接敵を狙えるだろう。ただ、私の手札では一筋縄ではいかない相手と言えた。

しかし――

 

「はい、ですが……少しだけ時間を稼いでいただければ、今度は突破できます。――必ず。」

 

既に解決策は浮かんでいた。

ただし、それには多少の時間を要するのだ。

軌道の計算と、魔力の集中に。

 

「ほう……そこまで言うのなら、君の考えを信じよう。正直、今の私の身体ではそれは厳しいからね。」

「俺は……一応倒すだけなら大丈夫だと思うが、それにはなるべくまだ温存しておきたい"切り札"を使う事になる。勿論いざとなれば遠慮なく使うが、ここはアシストに回ろう。」

「では、この後の作戦は念話で共有しよう。――敵もようやく、こちらの状況に気付いたようだからね。」

 

そう言ってバルトが指し示した先には、既に氷漬けにされた一人の少女と、苦虫を嚙み潰した様な表情の敵の姿があった。



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フェイトとバルトの戦い②

「おのれ……! 虚仮にしおって……!」

 

憎々し気にそう言った敵の少女が、再び大量の誘導弾を放出する。

使う魔法は先程と同じで、障壁で身を守りながら氷結の誘導弾の物量で圧し潰すと言うのが彼女の基本戦法の様だ。

コレについてバルトに念話で尋ねた時、彼女は言っていた。

 

≪元々私は後方から二人の支援をするポジションだったのだ。身を守りながら援護射撃に徹する私と、前衛で戦うクリーム。そして遠距離の敵を殲滅するリオン……と言った具合にな。≫

 

――つまり、彼女は本来この距離での戦闘を熟すタイプではなかった。

 

もしも敵がそれを知っていれば、何が何でも3vs3の形に持って行こうとしたはずだ。そうしなかったと言う事は、敵はバルトの記憶を持っている訳ではない。

あくまでもバルトが使う魔法の使い方を知っていると言うだけなのだ。

 

<バルトと神宮寺なら、絶対に道を拓いてくれる……最後は私とフェイトにかかってるんだね。>

<そうだね、一番重要な役割……だけど、私達なら大丈夫だよ。絶対。>

<――うん!>

 

9人のバルトが放つ誘導弾と、神宮寺が王の財宝から放つ大量の直射弾が敵の差し向ける弾幕の大半を削る。

それでも敵の思考で起動を変える誘導弾は不規則な軌道を描きながら、その内の幾つかが私達の所にまで届く。

当然ながら私も黙っている訳には行かない。射撃魔法やバルディッシュの斬撃で迎撃しつつ、移動を強制され続ける。

 

私が動けば、当然敵との相対座標が変わる。

この後使用する魔法は、予めその弾道を作る軌道計算が不可欠だ。相対座標を変えると言う事は、今も演算を続けている姉さんに負担を強いる事になるのだ。

 

<姉さん、ゴメン。やっぱり動かない訳には……>

<私なら大丈夫。フェイトの思うように戦ってよ! 最後に私がちょっと修正すれば良いだけなんだから!>

<……ありがとう、姉さん。>

 

姉さんはそう言ってくれているけれど、やはりあまり動かない方が修正もしやすいはずだ。

可能な限り、敵との相対座標を変化させない事を意識して戦おう。

 

そんな意識を読まれたのだろうか、それともただ焦れただけなのか……敵の誘導弾の傾向が変化した。

 

それまでは周辺空域中の弾幕の濃度を維持しつつ、絶え間なく攻め続ける動きだったのが、弾幕の追加が間に合わなくなっても構わないと言わんばかりの総攻撃へと。

 

「ぐ……ッ! これは、流石に今の身体では厳しいぞ……!」

 

9人のバルトの表情が強張る。

 

「拙いな……手遅れにならない内に、切り札を切るべきか……?」

 

神宮寺の王の財宝でも迎撃が間に合わなくなる。

短期決戦を選んだ敵の判断は、悔しい事にこちらの計画を打ち崩しつつあった。

 

<うぅ、あと少し……! あと少しなのに!>

 

姉さんの軌道計算が終了するには、まだ少しの時間が要る。あまり訓練で補える部分でもない、恐らくこのままでは間に合わない……!

 

――神宮寺に切り札を切って貰う……? でもそれは本来、対聖女に使用する筈の切り札だ。今の彼女に通用するかは分からなくても、手札は一枚でも多く保持しておきたい……!

 

一度演算を取りやめて、もう一度私と姉さんの砲撃で誘導弾を破壊するべきだろうか。

敵のこの総攻撃は、防ぎきってしまえば先程までの弾幕濃度に戻すのに時間がかかるだろう。そうなってしまえば、違う攻め方も見えて来る……

 

……いくつか思いつく中では、コレが最善に思える。

 

しかしこれは、私達がこの総攻撃を防ぎきれる事が前提の策だ。

そして私が方針を切り替えたとしても、結局神宮寺が切り札を切る事になるかもしれないし、私が砲撃を撃った途端に敵も先程の戦い方に切り替えるかもしれない。

そのどちらだったとしても、私達は無駄に魔力を消費させられる。……敵の作戦勝ちなのだ。

 

これは敵がそう言う"罠"を張っていない事に賭ける事にもなる。

 

――どうする……! これは誘いなのか、それとも……!

 

私が判断を渋ったのはたったの数秒に過ぎない。しかし、その数秒で神宮寺は限界を悟ってしまったらしい。

 

「くっ……仕方ねぇか……! 出来れば取っておきたかったが……」

 

眼前を覆い尽くす幾千の光弾に向けて手を翳す神宮寺の正面に、直径5m程の揺らぎが生まれたその瞬間――

 

「――『fire』!」

 

聞き馴染みのある一声を合図に、数えるのも億劫になる程の光の束が敵の弾幕を貫き、破壊した。

 

「なっ……!」

「今のは、一体……?」

 

それに驚き、切り札らしき王の財宝の揺らぎを閉じる神宮寺と、乱入者の正体を見極めるべく視線を向けるバルト。

だけど私は……私達は、今の一瞬でその正体が分かった。

先程の魔法は規模こそ極端に大きいけど、私も使えるフォトンランサー・ファランクスシフトだ。

そして先程感じた魔力波動の持ち主は……!

 

「――リニス!」

「遅れてすみません、フェイト。対処していた敵が、想定以上に強く……」

<全然! ナイスタイミングだったよ! ね、フェイト!>

<うん!>

「来てくれてありがとう、助かったよリニス!」

「お礼であれば、後で私をここに転送してくれたプレシアにもしてあげてください。」

 

言われて気付いた。リニスがここに来ているにもかかわらず、一緒に行動していた母さんがこの場に居ない事に。

 

「そう言えば、母さんは……? 確かリニスと一緒に行動してたよね?」

「プレシアはまだ戦闘中ですが、恐らく向こうももう(じき)決着が付くかと。」

 

そう言ってリニスが視線を向けたのは、かつて教会があったところに開いた大穴。

釣られて視線を送れば、まるで私の問いに対する答えであるかのように大穴の底から夥しい程の雷が天に昇る。

 

「……私をこうして退()()()()()のは、彼女が本気を出す為でもあるのでしょうね。今の私でも、あそこに居れば危険ですから。」

 

母さんがそこまで本気を出さなければいけない相手……それ程の使い手がいたなんて……

 

「プレシアならば大丈夫です、フェイト。今は目の前の敵に集中しましょう。……まだ、終わってはいませんから。」

「! うん、そうだね……力を貸して、リニス!」

「お任せを。」

 

 

 


 

 

 

……とんだ不幸もあったものね。まさか、よりにもよってこんな使い手に見つかっちゃうなんて。

 

今回の戦い……正直私は最初から乗り気ではなかった。

だってそうでしょう? 元々私は終わらない戦いに疲れて、軍から逃げたのだから。

 

あの騎士が巨大な炎の渦を使い戦力が散り散りになって、チャンスだと思った。

近くに居た他の将の内、あの子に忠誠を誓っている2人は早々に飛び出して行って、渋々従っていた1人もこの周辺を守ると言う役割の為に出て行った。

 

残された将は私だけ。咎める者は誰も居ない。あの子が何か言って来たとしても、ここに居れば良い訳も立つ。

面倒な戦闘にはなるべく関わらず、後は時間が経つのを待っていようと思っていたのに――

 

「……時空管理局ってのは、本当に優秀なのね。こんなやる気の無い女一人、見逃さないなんて。」

「貴女の潜在魔力は、この周辺では聖女の次に多い……隠れる事も、見逃す事も不可能です。」

「私は本当に貴女達と戦うつもりはないのよ。ただ時間が経つのを待っているだけなの。」

「あら、だったらそのまま大人しくリンカーコアを摘出されてくれないかしら?」

「それは嫌よ。折角あの子ともう一度話せるようになったんだもの。」

「……ならば、仕方ありませんね。」

 

そんな会話を最後に始まった、久しぶりの戦闘。

高密度の魔力結晶を支配し、その魔力で戦う黒衣の魔導士と、もう一人は帽子で耳を隠しているのだろう、恐らくは守護騎士の女性の二人組。

その二人共が相当の実力者だったが、特に黒衣の魔導士の方は手の内の底が見えない。次元魔法を使った魔法のコンビネーションは、私やあの子でなければ対処は出来なかっただろう。

 

私が"極光"と"深淵"の性質変換を使った時は二人共驚いていたが、直ぐに戦い方を切り替えて順応してきた。

当たれば一撃で決着がつけられる私の魔法は中々二人には当たらず、しかし二人もまた私の極光のカーテンを破れない。

状況は千日手。私としてはそれでもかまわなかった。

 

だけど状況は変わった。

突然黒衣の魔導士が、次元魔法で相棒である金髪の守護騎士を転送したのだ。

 

「……どうしたの? 折角の二対一の優位性を自分から崩すなんて。」

「私の娘が少し危なそうだったから、そっちを助けに行かせたわ。それに……あの子がいたら、私は本気を出せないもの。」

 

その言葉と同時に私は言いようのない危機感を抱き、その場を飛び退る。

すると先程まで立っていた地面から、悍ましさすら感じる程濃密な魔力が無数の紫電となって天へと昇って行った。

 

――今の魔力量……カーテンで受けきれるキャパシティを超えている……!

 

「あら、貴女も私と同じ研究者気質だと思ったのだけど……結構、勘が良いのね?」

「……こう見えて、昔は軍の長をしていましたからね。」

「フェイトが居た地球で言う、昔取った杵柄……って奴かしら。」

「言葉の意味は知りませんが、きっとそうでしょう。」

 

本当に、とんだ不幸もあったものだ。

軍を抜けた時、漸く解放されたと思ったのに……もう、本気で戦わなくても良いと思えたのに。

 

「……改めて、時空管理局本局、機動六課……"大魔導士"、プレシア・テスタロッサよ。」

「……元・戦略魔導軍将……"大魔導士"、ベルタ・マギ・ミュレーよ。」

 

こんな名前も、もう名乗る事は無いと思っていたのに。




裏でプレシアvsベルタの大魔導士対決が始まってますが、次回は普通にフェイトさんの戦闘に戻ります。
よってわざわざドイツの人名を検索したりして名前を付けたベルタさんですが、以降の戦闘はカットとなります。


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フェイトとバルトの戦い③

最後の方ちょい難産です


 

「『Photon Lancer multi shot』――『fire』!」

 

リニスの放つ大量のフォトンランサーが、敵の弾幕を次々に破壊していく。

以前彼女から聞いた事があったが、今のリニスの魔力は下手をすればはやてにも匹敵し得る程であるらしく、リミッターを外した今の状態ならばこれほどの魔力を一気に放出してもさほど問題無いのだとか。

 

「リニスが戦ってる姿を見るのは10年前の時の庭園以来だが、相変わらず頼もしいな……!」

「ほう、彼女は当時から今のような実力を備えていたのかね? 確か彼女は本来『教育隊』の所属と聞いていたが……惜しいな。彼女が執務官の地位に就けば、より活躍の機会も増えるだろうに。」

「あー……その辺りは本人の意思を尊重してやってくれ。リニス自身が望んで教育隊にいるんだ。」

「ふむ……仕方ないか。ならば彼女が育てる、未来の人材に期待するとしよう。」

「おう、それなら期待して良いぞ。何せフェイトもリニスの教え子だ!」

「ははっ、そうか! それは素晴らしい実績だ!」

 

神宮寺とバルトもそんな会話を交わしながら、向って来る誘導弾を的確に捌いている。

リニスが合流した事で二人の負担が減り、余裕が戻って来たのだ。

 

いや、理由はそればかりではない。

良く観察してみれば、敵のバルトが操作する誘導弾の動きが微妙に変化してきている。先程のような一斉攻撃ではなく、空域中の誘導弾の数を増やすように……皆は気付いているのだろうか。

 

≪皆、弾幕の動きが少し変わって行ってるみたい。何かあるかも知れないから、気を付けて。≫

≪了解。伝えてくれて助かった、フェイト!≫

≪確かに少しずつですが、こちらに向かう誘導弾が減っている気がしますね。警戒しましょう。≫

≪いや、待て……私には奴の狙いが分かる。次に来るのは()()()()()()()()()()()()()だ。そして、狙いは恐らくフェイトだろう。≫

≪! 私……≫

 

いや、考えるまでもない事だ。

バルト達と神宮寺、そして新しく合流したリニスも私を守る立ち回りを今まで続けていた。私が作戦の要となっているのは向こうからも筒抜けだろう。

 

≪奴はとにかくお前の策を潰したいのだ。或いは、そうする事で私達の誰かにお前を庇わせる策……≫

≪奴の狙いはわかった! 俺達はどうすれば良い?≫

≪リニスと神宮寺は今は何もするな。フェイトとアリシアも、そのまま動かず計算を続けてくれ。私が対処しよう。≫

≪対処って、どうやって――≫

≪来るぞ! 私に任せておけ!≫

 

神宮寺がバルトの言う『対処』について尋ねようとした、まさにその時。

敵のバルトが纏っている氷の障壁が一際眩く輝いたかと思うと、青い砲撃が霜を纏いながら放たれた。

最初は1m程だったその直径は、途中で敵のバルトが出していた誘導弾を取り込み続け、その度により大きく、より速くなっていく。

そして、最終的にその直径は5mにまで膨れ上がっていた。

 

――思ったより、ずっと大きい……!

 

バルトは私に動くなと言った。

だけど、この大きさ……そして魔力。もしも彼女が対処をしくじるような事があれば……!

 

私の全速であれば十分回避は可能……でも、姉さんの計算ももうすぐ終わる。ここで大きく動けば、また姉さんに負担が……! だけど……!

 

「言ったはずだ、私に任せておけとな。」

「バルト……!」

 

私が躊躇したのは一秒にも満たない間だっただろう。でも、彼女達はその短い時間で私の前に集まった。……私の盾になる為に。

 

そして、集まった9人のバルト達はその身を以て砲撃を受けとめ……

 

≪神宮寺、今だ。私ではない。敵を視ろ。今なら――≫

 

氷に包まれながらも最後にそう伝え、沈黙した。

 

「――っ! 『王の財宝』!」

 

神宮寺の周囲に無数の揺らぎが発生し、そこから同数以上の光り輝く剣が射出される。

いや、よく見ればあれは剣ではない。皇のレアスキルによって生成された『魔法剣』だ。

 

何の魔法が剣になっているのか私には判別できないが、その無数の剣は砲撃に取り込まれた事でぽっかりとトンネルのように空いた弾幕の隙間を一直線に突き進む。そしてその先には……

 

――穴……? 氷結の障壁に何で……まさか!

 

さっきの砲撃は誘導弾を取り込む事で巨大化していた。もしもアレが取り込む対象に、障壁自身も含まれていたとしたら……!

 

――バルトは知っていたんだ。自分の魔法だから、その弱点まで……!

 

障壁の穴は自動再生により塞がりつつある。バルトが教えてくれなければ見逃していただろう一時的かつ致命的な隙。

敵のバルトは『しまった』と声が聞こえそうな表情で障壁の穴から神宮寺を見る。彼が放った無数の剣を見る。

 

幾つかの剣は誘導弾により相殺されるが、それでもあの数と速度だ。がら空きとなった道を、一直線に飛来するその全てを撃ち落とすには到底足りない。

 

「――ッ!」

 

やがてその一つが着弾すると同時に剣は弾け、そこから生じた()()()()が彼女の身体を拘束したのが見えた。

 

――電気属性のバインド……そうか、魔法剣なら!

 

神宮寺の王の財宝に込められる魔法は、『種類』と言う区分けでは実はそれほど多くない。

誘導弾や直射弾と言った射撃魔法や砲撃のように、真っ直ぐ進んで敵に当てるシンプルな術式は込められるが、強化魔法や障壁のように動かない魔法や継続的な効果を及ぼす魔法は込められない。そして、拘束魔法……バインドもその『込められない魔法』の一つだった。

 

しかし、それも皇のレアスキルで魔法剣の形になれば射出出来るようになるのだ。10年前に虚数空間に落ちそうだった母さんを、神場が作った謎の球で押し留めた時のように……!

 

 

 


 

 

 

明確な手応え。

魔法剣が奴に突き刺さり、拘束した光景に俺は一種の期待を抱く。

 

「良し、当たった! もしかしたらこれで障壁の再生も……!」

 

皇に貰った魔法剣にはいくつかの種類がある。

種類と言っても単純に属性変換の種類の話だが、その中には当然術式の阻害も出来る『電気』のバインドもあるのだ。

そして射出したのは全てが電気属性のバインドだ、障壁の回復にも影響すればこの時点で……!

 

しかし、俺の期待と裏腹に障壁の自動修復は止まらず、折角空いた穴は完全に塞がってしまった。

中にいる敵のバルトの身体は今だ拘束されており、動きは封じられているが、それも長くは持たないだろう。

やはりあの障壁は自動再生……感電しようと関係無かったのだ。

 

「く……駄目か……!」

 

期待が外れた事で、思わず声が漏れる。

 

「――駄目じゃないよ。」

「! フェイト……いや――」

 

誰にともなく漏れた呟きだったが、それに答える声が耳に届いた。

 

「ありがとう、神宮寺……コレで、確実に当てられる。」

「アリシア!」

 

声に振り向くと、丁度バルディッシュがカートリッジの薬莢を2発分排出したところだった。

そしてフェイト……いや、アリシアが敵へ向けた右手の先には、荒れ狂う雷を閉じ込めた青い水晶を思わせる魔力球があった。

 

「フェイト、バルディッシュ! 行くよ!」

≪Yes,sir.≫

 

アリシアがそう言うと、彼女の魔力が急激に高まるのを感じた。

そしてアリシアの右手の魔力球に、二つの環状魔法陣が発生すると発動ワードが唱えられた。

 

「『トライデントスマッシャー』!」

≪Trident Smasher.≫

 

「ぅお……ッ!?」

 

その砲撃を俺が見る事が出来たのは一瞬だった。

気が付けばその砲撃は敵に直撃しており、至近距離で雷が落ちたかのような轟音を響かせる。

一瞬で網膜に焼き付いた三叉槍(トライデント)を思わせる雷の残光だけが、彼女が放った砲撃の姿を示していた。

 

「トライデントスマッシャーか……雷の速度で進む砲撃なんて、どう躱せって言うんだか……」

 

断言できる。あの砲撃は躱せない。

例え転送の術式を使おうにも、術式の構築が終わるより早く着弾するからだ。

……まぁ、なのは辺りは規格外の障壁で防いでしまいそうだが、敵の障壁はそこまで常識から逸脱していない。今の一撃で決着は――

 

「まだ……! ――うん、止めは任せて!」

 

次の瞬間、アリシアからフェイトに切り替わった事で彼女の身体が電気を纏った。

着弾地点は未だに煙に覆われていて確認出来ないが、実際に砲撃を放った二人には手応えで分かったのだろう。どうやら敵は今の一撃で終わらなかったらしい。

 

しかし、もう数秒と経たずに完全な決着はつくだろう。

雷に続いて、フェイトは次元魔法によるヴェールを纏った。あれは彼女が音速を超える時に使用する防護膜だ。

 

「油断するなよ……って、もういないか。いや、()()()()()のか。」

 

せめてもの忠告をと思ったが、声が届くより早くフェイトは敵の位置に移動していた。

 

 

 


 

 

 

トライデントスマッシャーの着弾地点に近付いた時、煙を突き破って地上へと真っ逆さまに落ちていく影が見えた。

その眼は閉じられており、意識を失っているように見える。だが――

 

「気絶したフリで逃げようったって、そうは行かない!」

「チッ……! ここまでか……」

 

気絶したフリを続け、地上を覆う土煙の中に逃げるつもりだったのだろう。

私がザンバーフォームのバルディッシュを振りかぶると、観念したように目を開き……まるで散弾銃のように氷結属性の直射弾を放ってきた。

 

「くく……まぁ、当たらんだろうな――ぐぅ……ッ!」

「……これで、今度こそ決着。だね、姉さん。」

<うん! お疲れ、フェイト!>

「ふふ、姉さんこそお疲れ様。バルディッシュもね。」

≪Thanks.≫

 

散弾の隙間を縫い、すれ違いざまに一閃。

今度こそ完全に意識を断ち、そのまま力の抜けた身体を抱きかかえた。後はこの身体にバルトが戻れば、ここは一件落着なんだけど……

 

「……確か、聖女に入れられたリンカーコアを取り出さないといけないんだよね?」

<うん。だからヴォルケンリッターの誰かに引き渡すのが一番なんだけど……>

 

周囲にはヴォルケンリッターの姿はない。

早くなのはやはやてを助けに行かないといけないし、一旦神宮寺に預けようかと考えていると、突然目の前の空間が揺らいだ。

 

「――それだったら、私に任せてちょうだい。」

「母さん!」

 

揺らぎの中から現れたのは、次元魔法の転移で駆けつけてくれた母さんだった。

その隣には、意識を失った状態で拘束されている生死体の少女も確認できる。先程チラッと見た戦闘は、無事母さんの勝利で終わったようだ。

 

「母さんもリンカーコアの摘出が出来るの?」

「ええ、途中でヴォルケンリッターがリンカーコアを摘出するのを見たからね。もう覚えたわ。」

<えぇ……>

 

アレって夜天の魔導書の機能とかなんじゃ……? いや、確かに機能として実装出来たって事は、魔法でも可能なんだろうけど……

 

「……ホラね?」

 

姉さん共々、内心で動揺している間に、母さんは有言実行とばかりにささっとリンカーコアを摘出して見せた。

するとそれから間もなく、抱えていたバルトの身体が身動ぎをする。リンカーコアの摘出を確認出来たバルトが、この身体に帰還したのだろう。

 

「――ん、如何やら無事に戻って来れたようだな。」

「はい。……えっと、おかえりなさい?」

「む? ああ、ただい……」

「バルトさん?」

「――ッ!!? ……な、なんだプレシア女史か。何故殺気を……」

 

どう声をかけるのか考え、私がかけた無難な挨拶に答えようとしたバルトが一瞬震え、母さんの方を見る。

 

<なんか……今の母さんの声凄く冷たかったね。>

<いやぁ、今のはフェイトが原因な気がするなぁ……>

<私? 何で……?>

 

姉さんの言葉に釈然としない物を残しつつも、取りあえずバルトに確認して抱えていた手を放す。

バルトは多少ふらついている様子だったが、自分の魔法でしっかりと浮遊した。

戦闘が出来るかは分からないけど、少なくとも安全な場所まで向かう事は出来そうだ。

と、言ったところでバルトが母さんの隣に浮いている少女に目を向け、咎めるような口調で母さんに問いかけた。

 

「……ところでプレシア女史。貴様が抱えているその少女、()()()()()()()()()()()()()()ようだがどういうつもりだ?」

 

その言葉で私もその少女へ、そして母さんへ視線を向ける。

確かに少女はぐったりしている物の、その体内からは生死体の疑似リンカーコアとは異なる魔力の波動を感じる。

母さんが自力でリンカーコアの摘出が出来るのは、今見た通りだ。では何故彼女のリンカーコアはそのままなのだろうか。

問いかけの返答を待っていると、母さんは「ああ、その事ね」と何でもないように答えた。

 

「そうね……この子のリンカーコアを今摘出するのは、なんとなくだけど却って拙い気がしたの。先にスカリエッティの勢力と合流して、そこで安全に取り出すつもりだったのよ。」

「……分かった。貴様がそう感じたのならば、折角だから同行しよう。私もこの身体に戻れたはいいが、直ぐに戦うのは厳しそうだからな。」

 

母さんがどうしてそういう判断をしたのかは分からない。多分、母さんも何かしらの直感でそうしただけで、明確な理由を説明できるわけではないのだろう。

バルトも母さんの返答に納得してくれたと言うより、何かしないか監視の意味で付いて行くと言った雰囲気だ。

 

そんなこんなしている間に神宮寺とリニスも合流し、母さんは最後に私を見て言った。

 

「――そう言う事だからフェイト、貴女は先にあの子……なのはちゃんを助けてあげなさい。」

「うん。……神宮寺とリニスはどうする?」

「そうだな……あの戦闘に介入するには、在庫が心許ない。切り札を温存する意味でも、様子見に留めておく。」

 

そう言ってなのは達の方を見る神宮寺。その視線の先では絶えず破壊と熱波を生む巨大な炎の玉が生まれては、莫大な魔力が籠もった砲撃に撃ち抜かれて爆発する光景が続いている。

 

「いざという時は駆けつける……って言いたいが、アレに飛び込むのは自殺行為だな。……フェイトもキツイと思ったら、直ぐに戦闘空域から離れろよ。」

「うん、わかってる。リニスも同じ?」

「はい。……本当に行くのですか、フェイト? あそこは見ての通り死地ですよ?」

 

勿論、簡単ではない事は分かっている。

全距離に対応できるとは言っても基本的に近接型の私に、果たして何処まで力になれるかも分からない。だけど――

 

「あら、リニス。私は今のフェイトなら戦えると踏んで、助けてあげなさいと言ったのよ。……私の見立てを信じなさい。」

 

そう。他でもない、誰よりも私を心配してくれる母さんがそう言ってくれたのだ。

なら私にも力になれる事があるに違いない。……そして何よりも、私自身があの子の力になりたいんだ。

私のそんな気持ちが伝わったのかも知れない。リニスは母さんの言葉を受けて私を見た後、納得半分諦め半分と言った様子で溜息を吐くと、

 

「……そうですね、プレシアがそこまで言うのであれば。……ですが、神宮寺さんの言う通り、くれぐれも無茶はしないでくださいね。」

 

そう、言ってくれた。

 

「うん……行って来る!」

 

 

 


 

 

 

「――やっと片付いたよフェイト! ……あれ?」

「フェイトなら今あそこにいますが、アルフも行きますか?」

 

受け持った空域を制圧して駆けつけたあたしに、そう言ってリニスが示したのはまさにこの世の地獄と言えるような光景だった。

巨大な炎の塊が、ピンク色の砲撃と互いに喰らい合うその衝撃は、十分な距離を取っているにもかかわらず、ビリビリとした空気の震えとなってここまで届いている。

 

「…………………………行くよ。あたしはフェイトの使い魔だからね。」

「やめておきなさい、今の貴女ではまだ力不足よ。」

 

震える喉から無理やりに絞り出したその言葉は、ピシャリとプレシアに否定された。

『力不足』……フェイトといつも一緒にいたあたしが、ここ最近常に感じて来た言葉だ。

だけど、それだけで納得できる程あたしの『一緒にいたい』って思いは軽くない。

自身の力不足を否定できないにもかかわらず、あたしは食い下がろうとする。

 

「そ、そうは言うけどさ……!」

「危険な場所で無理に寄り添われる事は、あの子だって望んでいないわ。分かっているでしょう?」

「………………く……っ!」

 

そんな事は分かっている。

食い下がろうとする自分の言葉にさえ力が籠っていないのが、まさにその証明だった。

フェイトが向かったと言う戦場をもう一度目に焼き付ける。

……アレがフェイトが今戦っている場所なんだと思うと、それが無性に遠く感じた。

 

悔しいけど……あたしは、あそこには行けない。

音すら置き去りにするフェイトには……もう、追い付けない。

 

――そうだよ、確かアニメでもそうだったじゃないか。

 

……アルフ(あたし)がフェイトの隣に立つ事は、もう……

 

「貴女はプレシアの言葉をちゃんと聞いていましたか? アルフ。……プレシアは"まだ"力不足だと言ったのですよ。」

「リニス……?」

 

振り向いた先のリニスの顔がぼやけている事で、漸くあたしは自分が涙を流している事に気付いた。

そしてリニスに「ほら」と言葉を促されたプレシアは、少し視線を泳がせながら口を開く。

 

「……力になりたいのなら、先ずは強くなりなさい。……あの子に追い付く為の力を手に入れたいなら、協力してあげない事も無いわ。」

「……うん、ありがと。プレシア……」

 

不器用にそう励ましてくれるプレシアの言葉で、当たり前の事を思い出す。

 

――そうだ、この世界はアニメじゃない。リニスがいる、プレシアがいる……だったら、あたしだってフェイトの隣に……!

 

……待っていてくれフェイト。

今は力になれないけど……いつかまた、きっと追い付いて見せるから!




バルト(今は口挟まんとこ……)


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なのはvsリオン

ちょっとプロットを弄ったので変な所あるかもです。


フェイトの戦闘がもうそろそろ終わると言う頃、なのはの勝負もまた決着を迎えようとしていた。

 

つい先ほどまで魔法の応酬が続いていた空域には、今は不気味な静寂が広がっている。

そこに浮遊するなのはと敵の少女は互いに魔力を高めながらも、にらみ合う様に向かい合ったまま動かない。

 

しかし、遠目に見れば膠着状態と捉えてもおかしくないその状況は、その実決して互角と呼べるものではなかった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

向かい合う少女の内の片方は既に消耗を隠す事も出来ず、荒い呼吸は収まる気配もない。

苦し気に敵を見つめる目の片方も閉じかかっており、その額には汗がにじんでいる。

 

「……」

 

そして対峙するもう一方の少女は息を切らす事も無く悠然と佇んでおり、その眼はしっかりと敵の少女を見据えている。

例え魔法を扱えない一般人にも、この勝負の行く末は一目瞭然と言えた。

 

数分前になのはの元へ駆けつけたリオン達は、先程まで行われていた激しい戦闘により最初は10体だった生死体を4体まで減らしており、更にその4体も残っている魔力はギリギリだ。

もはやなのはの援護をする事もままならないリオン達が緊張の面持ちで見守る中、決着をつけるべく少女は余裕をもって杖の先端を向けた。

 

「――ここまで、みたいだね。」

「くっ……まさか、これほどとは……! やはり、聖女様の懸念は正しかったか……!」

 

そう、敵の少女を一方的に追い詰めていたのは、高町なのはの方だった。

『リオン』の身体を使っている少女には常に聖女から魔力の供給がされているにもかかわらず、その圧倒的な魔力と魔法によりこの状況を成立させていた。

 

既に構えたレイジングハートの穂先には収束した魔力の輝きが灯っており、今の少女にはその砲撃を躱しきる事は不可能だ。何故ならば――

 

「レイジングハート。」

≪Yes, my master. ――Asteroid Breaker.≫

 

今なのはが構築している魔法は、彼女自身があらゆる敵を想定して開発してきた魔法の一つであるアステロイドブレイカー……最速秒間1秒というハイペースで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

チャージに時間こそ使うが、一度構築を終えてしまえば術式に込めた魔力を消費しきるまで、好きなだけ砲撃を放てると言う絶対的なアドバンテージを得られる。

 

そして、そのチャージの時間を稼ぐ為に6体の生死体を犠牲としたリオンは、そんななのはに警告の意味を込めて念話を繋ぐ。

 

≪油断するなよ、高町教導官。既に伝えた通り、私の持つ魔法の中には――≫

≪……はい、わかってます。彼女にはそれしか残されていない事も……その結果、リオンちゃんの身体も無事では済まない事も。≫

≪ならば良い。あの身体の事は気にするな。……十分メンテナンスで修復可能なのだからな。≫

 

リオンがそう伝えた直後、まるでそれが合図だったかのように周囲の気温が急激に上昇する。

少女を見れば、その全身から噴き出した魔力の炎が彼女の周囲に渦巻いている。

 

それはまるで、人間のサイズにまで縮小された太陽の様な姿だった。

 

≪……『オーバーロード状態』だ! 来るぞ!≫

「『Vortex Flare Overload Shift』!」

 

リオンの警告と同時、敵の少女が唱えたのは炎熱の空間攻撃魔法――炎の渦が形作る巨大な球体状の破壊空間が、連続的に複数展開された。

 

「アステロイドブレイカー!」

≪fire!≫

 

そして無数に生み出された空間攻撃の術式に対し、なのはのアステロイドブレイカーが連続して放たれる。

 

≪fire!≫

 

砲撃と空間攻撃が干渉する毎に、大規模な魔力爆発が引き起こされる。

 

≪fire!≫

 

莫大な熱量を伴う風が撒き散らされ、なのはの髪が靡く。

 

≪fire!≫

 

そんな姿も直ぐに魔力爆発で生じた煙に包まれ、互いに互いの姿が見えなくなる。

 

≪fire!≫

 

それでも攻防は続く。互いに互いを魔力感知で知覚できる射程に収めていたが故に、空間攻撃と砲撃はぶつかり合う。

 

≪fire!≫

 

もう何度目かの爆発。それにより生み出された熱風を浴び、リオンの首筋に汗が伝う。

それは通り抜けた風の熱さからではなく、その瞬間に思い出した"ある常識"と、脳裏に過った不安からだった。

 

――このままでは拙い……!

 

このままでは、なのはは負ける可能性が高い。

『リオン』の身体を使う敵にではない、その先に待つ聖女との戦いで()()()()()()()が出ると言う確信があったのだ。

 

――私しかいない……今の敵に対して、()()()なく戦えるのは……!

 

()()()()()なのはに、これ以上あの敵と戦わせる訳には行かない。そう考えたリオンは、少女を射程に収める為に接近を試みるが……

 

――ダメだ。これ以上近付けば、今の身体が持たん。

 

直ぐにそれ自体が不可能である事を察して躊躇する。

試しにと伸ばした手には、火傷の様な痣が赤く浮かび上がっていた。

 

――近付くだけでこれ程の魔力ダメージを受けるか……私もオーバーロードを使えれば良いのだが、アレはあの特別性の疑似リンカーコアがあればこそ。この身体では……

 

手の平から視線を戻した先には、膨大な魔力と余波が荒れ狂う嵐の様な戦場。

時空管理局発足前の無法の戦場と比べてもなお苛烈なその光景は、まさに地獄の窯が開いた様な地獄絵図と言えた。

 

――やはり歯痒いな……若い者が戦っているのに、私が何の力にもなれんと言うのは……

 

握りしめた拳から、火傷特有のひりつく様な痛みを感じたその瞬間……リオンはその懐かしい無力感に、遠い昔の事を思い出した。

 

――そうだ。思い返せば、我等の暴走の原因も最初はこんな歯痒さからだったか。

 

自身の肉体を捨て最高評議会となった彼等とて、なにも最初から後ろ暗い事をしていた訳ではない。

自らを寿命と言う死から遠ざけたのだって、純粋に次元世界の平和と安寧を守ると言う使命感からだった。

 

だが人気のない無機質な空間で、部下から上がって来る報告……とりわけ、管理局員や無辜の民の被害報告に目を通す度に、彼等は今の様な無力感に苛まれた。

 

『また被害が出た』『どうすれば犠牲を減らせる』『人手が足りない』『我等が戦えれば』『技術が足りない』『力が足りない』……いくら議論を交わしても、現場に反映されるのは極一部だ。

最高評議会の意思を時空管理局に伝える役割の者はそれなりに居たが、最高評議会の存在を広める訳にも行かないと言う事情等から表向きの役職以上の強権を振るわせる事も出来ない。

永年に渡り累積していく数々の無力感が、彼等を少しずつ変えていった。

 

『人手が足りない事は許されぬ』『技術で劣る事も許されぬ』『力の不足も許されぬ』

『平和の為には手段を選んでいられぬ』『例え禁忌に触れようとも』『人の道から外れようとも』『全てを満たす為にアルハザードの叡智を使おう』

 

そう言った歪みの果てに生みだされた一人の男が、皮肉にも彼等を再び"人"に戻したのだ。

 

リオンは思い出す。

初めてジェイルスカリエッティが彼女達に歯向かった時の事を。

彼女達が再び、"人"に戻る切っ掛けとなった日の事を。

 

――ジェイル・スカリエッティ……あの時生まれたのがお前で良かった。

 

リオンは今動かしている身体の胸部に取り付けられた機材に軽く触れると、決意を固める。

 

――オーバーロードには特別性の疑似リンカーコアが必要だ。……だがそれは、あくまでも安全に使用する場合に限る。残り4体の生死体の疑似リンカーコアの共鳴により出力は確保可能……そして、処理の一部を()()()()()()()()()短時間だが奴と同等の力を発揮できるだろう。

 

そうすれば増幅した魔力で身を守りながら余波の嵐を突き抜けて、『リオン』に大きな隙を作れる。そうすれば、高町なのはが確実に余力を残して勝利できる。

 

――私が生き残る確率は、5%あれば良い方か……十分だ。

 

そして疑似リンカーコアの共鳴の為にリオンは4体の生死体を集めようとして、その内の1体が視界にそれを捉えた。

 

「む、あれは……」

 

 

 


 

 

 

眼を閉じた状態で魔力探知を働かせ、空間攻撃の予兆を知覚次第にアステロイドブレイカーを放つ。

そんな単調な繰り返しを、一体どれ程繰り返しただろう。

 

彼女が使用した、リオンちゃんの魔法『オーバーロード』。

一定時間魔力総量を大幅に底上げし、魔法構築のプロセスをすっ飛ばして即座に発動できると言う、強化魔法の終着点とさえ言える魔法だ。

 

ただしその代償は非常に重く、生前は魔法の使用後は使った魔法の種類や消費した魔力量にも関わるが、最低でも数日間は魔法が使えないと言う重い代償を払う能力だったらしい。

だが、『リオン』の身体ではその代償は更に重い。

 

と言うのも『リオン』の身体に組み込まれている疑似リンカーコアが、そのあまりの出力に耐えられないからだ。

ただでさえ時間制限のあった魔法なのにその時間は更に縮まり、代償も『疑似リンカーコアの溶融により魔法の使用が不可能となる』と言う更に重いものに。

 

これまでその魔法を使ってこなかったところを見るに、彼女もそのリスクは承知の上だったのだろう。

それをここに来て使った理由は……

 

≪まーた敵をやけくその特攻状態にしたのか……≫

≪もっと他に良い表現あったよね?≫

 

いつからだったか、私と対峙した次元犯罪者は死に物狂いで特攻を仕掛けてくるようになったっけ。

原因は知らない。普通に仕事していたらいつの間にかそうなっていた。

 

まぁ、今はそんな事どうでもいい。

肝心なのは彼女のその破れかぶれが、ある一つの成果を上げてしまう可能性があると言う事だ。

 

≪……大丈夫か、なのは? その()()()……≫

≪まだ、大丈夫。……だけど、ちょっと想定外だったかな。≫

 

そう、少女が放つ空間攻撃は全てが炎熱の術式だ。

即座に撃ち抜いているとはいえ一瞬発動したそれによって気温は上昇し、バリアジャケットと言う防護服を纏った状態でも、体感でサウナもかくやと言った高温になっている。

当然だが汗をかけば水分が失われ、体力も減らされて行く。

熱中症になる前には決着が付きそうなペースだが、それでもこの攻防が終わった時、私のコンディションが万全であると言う保証は無い。

……この後にまだ聖女との戦いが待っているにも関わらず。

 

≪確か、地上に停めてある車両には水分補給用の飲料水が……≫

≪飲んですぐ体力が回復する訳じゃないし、取りに行く時間も無いと思う。それに、未来を視る事が出来るって言う聖女がそれを見逃してくれるとも限らないよ。≫

 

だからこそ、なるべく早く敵の本体を撃ち抜く必要があるのだが……中々どうして隙が見当たらない。

少しずつ私が押しているのは魔力感知で分かるけど、彼女もまた予想以上の粘りを見せていた。

 

≪またリオンちゃんが隙を作ってくれれば嬉しいんだけど……≫

≪今回は厳しいだろうな。確かに生身ではないからこの高温は問題にならないだろうが、多分周辺に来ただけで、空間攻撃と砲撃の余波で墜とされるぞ。≫

≪だよね……≫

 

その時だった。

 

≪なのは! ここは私が……ッ!≫

≪その声は――!≫

 

唐突に外部から繋げられた念話。

無茶だと思っていた思わぬ救援の声が、私に最後の勇気をくれた。

 

そして、私は彼女の動きを邪魔しない為に、ほんの一瞬だけアステロイドブレイカーの発射を遅らせる。

()()ならば、その一瞬で十分だと知っているから。

 

「勝っ……「ライオットブレード!」づッ!」

≪――fire!≫

「ぁ……ッ!!」

 

耳を澄ませば、雷のような音に紛れて微かに聞こえた少女の悲鳴。

その瞬間には既に放たれていたアステロイドブレイカーが、一瞬で戦場を縦断したフェイトの雷の尾の先端を掠めて少女に直撃、決着の時を告げた。

 




ここから最後までは殆どなのはさん視点での進行になる予定です。

ちなみにフェイトさんがした事は余波と余波の間の一瞬で戦闘空域を縦断し、すれ違いざまに敵のリオンを斬り付けただけです。真・ソニックフォームで。

なのはさんだけ1話で決着してますが、フェイトとはやてが戦っている間の戦闘を削っているだけなので実際の戦闘は一番長いです。
有効打は一切与えられなかったけど、なのはさん相手に時間を稼いだ敵のリオンも本当は普通に強いんです……


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対峙

「……どう、リオンちゃん? 魔法は使えそう?」

「誰がリオン()()()だ……むぅ、やはり駄目だな。疑似リンカーコアが完全に機能を停止している。」

 

あの後、追いついたはやてちゃんが思念通話で呼んでくれたシャマルさんにリンカーコアを摘出して貰い、早速リオンちゃんが身体に戻って来たのだが、やはりと言うか『リオン』の疑似リンカーコアが完全にダメになっていた。

彼女の身体で使用された『オーバーロード』の副次的な作用の様で、どうしようもないらしい。

その為、今の彼女は私に抱えられた状態だ。

 

「ゴメンね、私がもっと早くに倒せていたら……」

「いや、元々は我等が身体を奪われた失態に因るもの。貴様が気にする事ではない。それよりも――」

 

そこで言葉を区切ったリオンちゃんは私の方を見つめると……

 

「……先程から私の扱いがおかしいと思わんか?」

「えっ?」

 

そう言うリオンちゃんの様子は、確かに何処か不機嫌そうにも見える。もしかして、彼女の機嫌を損ねるような事をしてしまったのだろうか……?

 

「――なんだ、そのキョトンとした顔は! この抱え方(お姫様抱っこ)もだ! 貴様、私の事を本当に女児のように扱いおって! 貴様は私の正体を知っているだろう!」

「……あっ。」

 

そう言えばこの姿に慣れてしまっていたけど、そう言えばこの人って管理局の最高評議会なんだっけ。

 

「……忘れとったんか。」

「あ、あはは……ほら、出動先で小さい子供の保護する時とかあるからつい……」

「なのは、それ何のフォローにもなってないよ……」

 

いや、はやてちゃんもフェイトちゃんも分かってたなら言ってよ。おかげでリオンちゃん……じゃなくて、最高評議会の人もすっかり拗ねちゃってるし……

 

「もう良い、早く地上へ降ろせ。どの道、今の我では何の役にも立たぬだろうしな。」

「う、うん……あっ、じゃなくて……はい。」

「……くっ、おのれジェイル・スカリエッティ……!」

 

と、言われても私も直ぐに聖女と戦わないといけない。今は予想以上に強かった朱莉ちゃんが戦っているおかげで何とかなっているけど、それでもいつまでも持つ訳じゃないだろう。

 

「シャマルさん、お願いしてもいいですか?」

「ええ、皆さんはこのまま聖女を――」

 

シャマルさんにリオンちゃんを預けようとしたその時だ。

 

「――危ない!」

 

そう叫んで飛んできたのは、はやてちゃんだった。

彼女は私達の直ぐ傍にやって来ると、こちらに向けて飛ばされて来た何かを受け止める。

その正体を認識した瞬間、私達の間に緊張が走った。

 

「……く、ぅ……!」

「あ……朱莉ちゃんっ!」

 

それは全身に夥しい魔力ダメージの痕を残した、天野 朱莉の姿……それが意味するのは――!

 

「……どうやら、私が梃子摺っている間に彼女達はやられてしまったようですね。」

「聖女……!」

 

朱莉ちゃんが飛ばされてきた方向に浮かぶ彼女を見た瞬間、その異質な魔力に総毛立つ。

 

それは奇妙な感覚だった。

発している魔力量は、私と比べてそれほど大きな差はない筈なのに……まるで勝つビジョンが見えない。

 

――攻撃が当たる気がしない。そして、攻撃を防げる気がしない……!

 

そんな直感。

 

「ご覧のように、そこの彼女(天野 朱莉)は私に敗れました。もう、貴女達に勝機はありません。さぁ、無駄な抵抗はやめて降伏しなさい、八神はやて。」

「く……っ!」

「――はやて?」

「はやてちゃん……?」

 

何だろう、今のやり取りの違和感は……確かに朱莉ちゃんの意外な実力は凄まじいものだったし、そんな彼女の敗北は衝撃的だ。

だけど、私達は常に自分達以上の実力者との戦いを想定して訓練してきたはずだ。

今更格上の敵が現れたってだけで、どうしてはやてちゃんがここまで怖気付くんだろう……?

 

「それとも……貴女達は本当に()使()よりも力をつけたと思いあがっているのですか?」

「天使……?」

 

聖女の言葉がいまいち理解できない。

彼女の言う『天使』とは何の事だ? 朱莉ちゃんの強さの理由もそこにあるのか?

少なくとも、はやてちゃんと聖女はそれを知っている……?

 

「天使って……まさか!?」

「!? ま、まさかフェイトちゃんもなんか!?」

 

どうやらフェイトちゃんも天使と言う物については知っていたらしく、二人は様々な要因から動揺しているようだ。

二人共目に迷いが浮かんでおり、受けた衝撃の大きさを隠しきれていない。

きっと何かを知っている二人にとっては、朱莉ちゃんの敗北はそれ程の物だったのだろう。

でも――

 

「どうやら、知らないのは貴女だけだったようですね。高町なのは。」

「……そうみたいだね。だけど、そんな事は関係無い……私達のやるべき事は変わらない! 貴女を倒して、"滅び"を止める! ――そうでしょ、二人共!」

 

私達の今までの努力は変わらない、これからの使命になんの影響もない!

二人にそう伝えると、はやてちゃんもフェイトちゃんの動揺も消えたようで、再び目に力が宿る。

 

「……あぁ、そうや! 私達はその為に力をつけて来たんや!」

「そうだね……なのはの言う通り、元々私達の手で解決するつもりだったんだ。何も変わらない!」

「そうですか、あくまでも敵対を選ぶと……愚かな選択をしましたね。」

 

聖女がその眼を僅かに吊り上げて二人を睨むと、彼女の発する不思議な魔力の威圧がさらに一段階大きくなる。

 

「正直貴女達を引き込めれば盤石だったのですが、しかしこうなってしまっては仕方ない。私もここで捕まる訳には行かない理由がある以上、非常に残念ですが……ここで貴女達を倒すしかないようですね。」

「……シャマル、リオンちゃんと朱莉ちゃんを連れてここを離れるんや。」

「で、ですが……! いえ……わかりました。」

 

そして受け取ったリオンちゃんと朱莉ちゃんを抱えたシャマルが、旅の鏡を通ろうとしたその時――

 

≪なのはちゃん、私の調子が回復するまで何とか頑張って……そうすれば、何とか出来るから。≫

≪朱莉ちゃん……うん、わかったよ。……後で天使についても教えてね。≫

≪そうだねぇ~……うん、良いよ。後で、きっとね。だから頑張れ、なのはちゃん。≫

≪――うん!≫

 

彼女からのエールを受けて、嫌が応にも魔力が高まるのを感じる。

 

「その魔力……! 貴女の協力が得られない事が、心底残念ですよ……なのは。」

 

そう話す聖女の表情は本当に残念そうで、彼女にも彼女なりの行動理由があるのだろうと言う事が伝わって来る。

でも、私達はこうして敵対してしまった。もうどちらかが倒れるまで戦うしかないのだ。

 

「……なのはちゃん、気ぃ許したらあかんで。」

「分かってるよ、はやてちゃん。でも――」

 

だけど、だからこそ私も残念で仕方がない。

もしも彼女が滅びを招く存在でさえなければ……もしも、言葉を交わす事を許された関係として知り合えていたなら……

 

「……少しだけ、私も同じ気持ちだよ。もしも貴女がその力を正しく使ってくれる味方だったら、きっとどんな脅威も困難も乗り越えられた筈なのにって……」

 

このあまりにも広すぎる次元世界の脅威は、何も予言の滅びだけではない。

未開の地に、滅んだ世界に、伝説の都に……驚異の種はいつだって、何処にだって埋もれている。

彼女を乗り越えても脅威は消えないのだ。だから――

 

「だから、この戦いで私が勝ったら……ちゃんと話そう。意味はないかも知れないけど、一度だけでも。」

「……そうですね、そう言えば貴女はそんな人だったような気もします。だからこそきっと――いえ、それももう意味はない事ですね。」

 

何かを言いかけた聖女は、しかしその言葉を飲み込み……右の手の平をこちらに向ける。

 

「――良いでしょう、もしも貴女が今の私に勝てたのなら……その先に未来が続くと言うのなら、貴女の望む限りいくらでも話しましょうか。」

 

聖女の魔力が変化する。

穏やかだった魔力の流れが何処までも鋭く、狂暴な波動を帯びていく……

だけど、もうこの場にそれで怯む者は居ない。

 

それぞれのデバイスを構えるはやてちゃんとフェイトちゃんに続くように、私もまた臨戦態勢に入る。

 

「――いくよ、レイジングハート!」

≪All right, my master.≫



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vs聖女①

最初に動いたのは、聖女だった。

 

「『バスター』。」

 

こちらに突き出した手の平から放たれたのは、極端な程に簡略化された構成の砲撃だった。

練り上げられた魔力の束を纏めて放つ……本当にただそれだけの基礎の魔法。感じる魔力の異質さは気になるけれど、肝心の魔力量自体はまだ熟練の魔導士の扱う範疇……決して規格外と言う程ではない。

 

≪Protection.≫

 

様子見にしたって単純すぎるそんな魔法を、聖女が何故今更になって放って来たのか、疑問に思いつつも障壁で受けようとした私だったが……

 

「な……ッ!」

 

その砲撃は、奇妙な事に()()()()()()()()()()()()()私に直撃した。

 

「なのはッ!!」

「なのはちゃん!?」

「……大丈夫、まだ全然戦えるよ。だけど、この感じは……」

 

二人の心配する声に答えつつ、受けたダメージを確かめる。

直前にフィールド系の障壁を張ったのが功を奏したか、直撃を受けたもののそれによって即意識を失う程のダメージは無い。しかし、砲撃が障壁をすり抜けた事もそうだが、直接この身で受けて彼女の魔法について私はさらに大きな違和感を抱いた。

 

――想定よりもダメージが重い……? あのくらいの魔力量だったら、ダメージはもっと少ない筈なのに……

 

「ふむ……やはり貴女方のような普通の魔導士相手ならば、()()()()は問題無く効果を発揮するようですね。では確認したい事も終わりましたし――本格的に始めましょうか。」

 

聖女は一人納得したように頷くと、夥しい数のシューターを待機状態で生成する。

その一つ一つから、さっきの砲撃から感じた不思議な魔力波動を感知できた。

 

≪はやてちゃん、フェイトちゃん、聖女の攻撃は多分だけど障壁でガードが出来ない……なるべく躱すようにね。≫

≪さっきの様子を見てまさかと思ったけど、やっぱりそう言う事やったか……≫

≪私は元々回避主体だから良いけれど……なのははどうするの? なのはの機動力だと、回避にも限界が……≫

 

フェイトちゃんの心配は尤もだ。

私の得意な戦法は自身の障壁の堅さを活かし、敵の攻撃を受け止めながら長距離砲撃による一撃で撃ち抜くと言った物。

それが実質封じられた今の状況に対する不安は、私自身も当然抱いている。だけど――

 

≪安心して、私だって障壁が使えない状況を想定した訓練は一通りしてたから。≫

≪なのは……うん、分かった。≫

 

私だって正体が分からない"滅び"に対抗する為の訓練の中で、今に近い状況の想定はしていた。

それに、フォワード陣との模擬戦でも障壁を縛った状態での戦闘は何度も行っている。

本来の戦い方からすれば付け焼刃も良い所だが、十分実戦レベルでは身についているのだ。

 

そして――

 

「……レイジングハート、あの魔力の解析を頼める?」

Yes, I'll try it.(はい、試してみます) However, (ただし、)I don't know if it will meet your expectations.(ご期待に添えるかどうかはわかりませんが)

「それでも一応、ね。お願い。」

≪All right, my master.≫

 

さっきの現象……カラクリがあるとすれば、それは恐らくあの魔力そのものに秘密がある。聖女はあの瞬間、間違いなく他の魔法を使用していなかったのだから。

だから、先ずはその性質に何かしらの方法で対抗できないかを調べてもらうのだ。

もしかすれば、何か手立てが――

 

「無駄な事を……この魔力はそれそのものが別次元の代物。三次元に住む人間が四次元を認識できないように、この世界のデバイスが解析できるようなものではないのです。」

「だとしても、対策を考えない理由にはならない……諦めないって、そう言う事だよ。」

「良いでしょう。ならば、貴女から墜としてあげましょう……この力で以て!」

 

そう聖女が宣言した瞬間、彼女が待機させていた射撃魔法の照準が私一人に合わせられ、同時に放たれた。

 

――速い!

「レイジングハート!」

≪Divine Shooter.≫

 

迫りくる無数の光弾……恐らくはさっきの砲撃同様、障壁では防げない。

万が一の事を考えて、こちらの機動力を犠牲にするアクセルシューターではなく、動きながらの使用も可能なディバインシューターを20個生成、迎撃を試みるが――

 

「ッ! ――やっぱり……!」

 

衝突して爆発する筈だった聖女の光弾は、私のディバインシューターをすり抜けて迫って来る。どうやら魔法そのものによる干渉が出来ないと言う事らしい……ならば!

 

「"アクセル"! レイジングハート!」

≪Short Buster.≫

 

コマンドワードにより加速したディバインシューター達がそのまま聖女を狙い、更に追撃のショートバスターを放つ。

互いに干渉が不可能ならば、聖女にもこの攻撃を防ぐ手段が無いはず!

あとは……

 

「この射撃魔法を躱さないと、ね……!」

 

予想通り私のショートバスターすらすり抜けた光弾群は、既に私の至近距離まで迫っている。

確実に私を仕留めるつもりなのだろう、全てが誘導弾であり込められている魔力も多い。一つや二つなら平気だけど、全てを受けてしまっては流石に大ダメージは免れないだろう。

 

――躱すなら、ショートバスターが目晦ましになっている今の内!

 

彼女はその眼で未来を視る。

だったら、視界に捉えられれば回避のしようがない。

意を決してこちらから魔力弾に接近……聖女が私の姿を補足する前に回避する算段だ。だが……

 

――っ! 追って来る……! 魔力感知で操作している!

 

私の動きに合わせて、全ての光弾が緻密に動いて追って来た。

先程の聖女との距離は30mはあった。

それでなおこの精度で操作できると言う事は……

 

――魔力感知の技術が、私と同じかそれ以上に高い……!

 

考えてみれば当然だ。彼女は今でこそ人間の身体で活動しているが、その正体はユニゾンデバイス……それも、リンカーコアを直接蒐集し支配すると言う、高度な技術で以て生み出されたデバイスなのだ。

魔力感知なんて、生まれた時には身についていた事だろう。

 

――これは、拙いかも……!

 

私の魔法をすり抜けて、私に大ダメージを与えられる威力を持った誘導弾……!

彼女が『貴女(なのは)から墜とす』と言ったのは、脅しでも何でもない。それが可能な力を既に持っていると言う、絶対的な宣言だったのだとこの土壇場で理解した。

 

――自分から距離を詰めたのは失策だったかな……? いや、この弾速なら遅かれ早かれか。

 

聖女の誘導弾は、私がアクセルフィンで飛翔するよりも若干速い。

例えあの時距離を取っていても、この状態になるのが少し遅かった程度の誤差でしかない。

それに例え私の速度が弾速を上回っていても、何処までも居って来る魔力弾が相手じゃいつかは捕らえられる。未来視も併せたら尚更躱せない……!

 

――どうせ躱せないのなら……!

 

ダメージを負っても構わない場所……例えば片足で全て受け止めれば、まだ……!

 

 

 

≪待て、なのは! 一つ思いついた!≫

「レイジングハート……?」

 

半ば自棄っぱちなその発想を実行しようとした時、待ったをかけたのはレイジングハートだった。

 

そしてその直後、私と聖女は同時に互いの魔法が直撃し……

 

私達は魔力爆発に包み込まれた――

 

 

 


 

 

 

戦闘開始直後に繰り広げられた一瞬の攻防――

 

既に聖女へ攻撃するべく飛翔していたフェイトは、気付けば背後で起きた大規模な魔力爆発に向けて叫んでいた。

 

「なのはァーーーッ!」

「待つんや、フェイトちゃん! なのはちゃんの事は心配やけど、今するべき事はこっちや!」

 

咄嗟になのはの元へ向かおうとするフェイトを、はやてが言葉で制する。

彼女はこの空域で起きたもう一つの魔力爆発の発生源……聖女の方を見ていた。

 

――なのはちゃんの方で爆発したと同時に、聖女になのはちゃんの魔法が全弾直撃した……! たとえ幾つかを障壁で防いでいたとしても、全くの無傷とはいかんはずや!

 

追撃するなら今しかない。

そんなチャンスを生んでくれたなのはの為にも、ここは聖女に攻撃を仕掛けるべきと言うのがはやての考えであり、それはフェイトにも直ぐに伝わった。

 

「――遠き地にて、闇に沈め!」

≪≪≪Diabolic Emission.≫≫≫

「トライデントスマッシャー!」

≪Trident Smasher.≫

 

同時詠唱による3重の空間攻撃と、アリシアと共鳴したフェイトの放つ15本に分かれた砲撃が、聖女のいる爆発の中心部へと殺到する。

 

そして最初に起きたのとは比べ物にならない規模の魔力爆発が発生し、今の総攻撃が聖女に直撃した事を物語っていた。

 

「まだや! 彼方より来たれ、やどりぎの枝――」

「追撃、行くよ姉さん! ライオット――」

 

しかし二人共天使の存在を知っている事もあって、朱莉を倒した聖女を今の攻撃で撃墜できたと言う確信はない。

故に即座に更なる追撃を叩き込もうとして――

 

「――鬱陶しいですね。」

「なっ……!」

「!」

 

聖女の声と同時に煙を裂いて放たれた砲撃を確認した瞬間、全ての詠唱を破棄してギリギリそれを回避する。

そして現れた聖女の姿に、信じられない物を見たような表情ではやてが呟いた。

 

「む……()()……やと?」

「……何もおかしな話ではないでしょう? 今の私が使っている身体が()の物か、お忘れですか?」

 

聖女はその身に傷を一つも負う事無く、はやての前にその姿を現した。

それはつまり、なのはの攻撃もはやて達の全力の攻撃さえも通用しなかったと言う事。

その恐ろしい事実に、はやてが打ちのめされようとしたその時――

 

「――む?」

 

聖女が何かに反応し手を翳すと、そこにシールドタイプの障壁が生成される。

 

その直後、障壁ごと聖女の身を()()()()()が飲み込んだ。

 

「! 今の砲撃は……まさか――!」

 

はやてとフェイトが振り向いた先に、未だに漂う魔力爆発の煙から身を乗り出して杖を構えるその姿が見えた。

 

「ほら、諦めなければ対策は見つかるんだよ……ね、レイジングハート。」

Exactly.(その通りでございます)

「なのはちゃん!」

「なのは!」

 



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vs聖女②

余り書く時間が取れずごちゃってしまったかも……


「……全力のディバインバスター、直撃したよね? レイジングハート。」

Yes, certainly.(はい、たしかに)

 

魔力ダメージで痛む左足を煙に隠しながら、努めて平気な表情を取り繕ってレイジングハートと言葉を交わしていると、突然二人から念話が繋げられた。

 

≪なのは! 大丈夫だった!?≫

≪平気だよ、私の頑丈さはフェイトちゃんも良く知ってるでしょ?≫

≪今回ばかりは流石に肝を冷やしたで……!≫

≪心配してくれてありがとう、はやてちゃん。私は大丈夫。ここから反撃だよ、二人共!≫

≪ああ!≫

≪……うん!≫

 

私を心配してくれた二人に自分の無事を伝え、笑顔を見せる。

……二人が少しでも安心して、聖女との戦いに専念できるように。

 

≪お前の気持ちも分かるが……よく()()()()()で結構なハッタリかましたな、なのは。≫

≪あはは……フェイトちゃん達のあんな顔を見ちゃったからつい、ね。≫

 

レイジングハートはハッタリと言ったが、実のところ私はそう思ってはいない。

聖女に対して私が放った言葉……『諦めなければ対策は見つかる』と言うのは嘘ではないのだ。

あの一瞬、確かにレイジングハートはその可能性を私に教えてくれた。ただ……それを実行に移すには、()()()()()()()()()()()()と言うだけだ。

 

≪……で、足の調子はどうなんだ?≫

≪非殺傷設定は付けてくれていたみたいだから、大丈夫。……結構痛いのと、ちょっと動かないだけだよ。≫

 

レイジングハートの問いに答えながら、私は先程のやり取りを振り返る。

 

聖女の誘導弾を一塊になるように誘導し、左足で蹴るように受けると言う私の作戦は一応上手く行った。

おかげで魔力爆発の()()によって大多数の誘導弾は接触よりも前に爆発し、受けるダメージはこれでも最小限だ。取りあえず戦闘に大きな影響は出ない。

……左足周辺のバリアジャケットはズタズタに破壊されてしまったけど。

 

――さっきのレイジングハートの作戦を実行できていれば、もっとダメージは抑えられたと思うけど……

 

レイジングハートが立てた作戦を咄嗟に実行するには、ちょっと今居る位置が高すぎた。

もう少し地上に近ければ、一応目標物を射程内には入れられたと思うが……内心でそんな反省点を洗い出していると、突然ダメージを受けた左足に柔らかい光が灯り、痛みが引いたのを感じた。

 

≪Physical Heal.≫

≪……ありがと、レイジングハート。≫

≪応急処置だ。出来る事ならシャマルの回復魔法を受けたいところだが……≫

 

確かに万全を期すならシャマルの魔法が最善だ。念話で呼べば、きっと旅の鏡でここまで来てくれるだろう。

だけど、聖女との戦いの最中にそんな事をすれば、先にシャマルが狙われる可能性が高い。

実際ディバインバスターで発生した魔力爆発の中からは、いまだ健在と言った様子の聖女の魔力を感じるのだ。

軽い気持ちでこの場に呼ぶ訳にも行かない。彼女の治療を待っている仲間も、きっと多いだろうから。

今の口ぶりから考えて、それはレイジングハートにも解っている事なのだろう。

 

≪――つまりシャマルさんの回復は最終手段に、出来るだけダメージを抑えつつ戦わないと……って事だね。≫

≪それが出来れば一番なんだがな。≫

≪出来るよ。だって、レイジングハートが考えてくれたから。≫

 

いつになく弱気なレイジングハートにそう断言すると、私は今も地上からこちらの様子を見ているだろう彼女に念話を繋げた。

 

 

 

≪――って事なんだけど、お願いできる? ヴィータ。≫

≪ああ、そんぐれえならお安い御用だ。……本当にあたし達の加勢は要らないんだな?≫

≪今はね。……いざという時は、お願いするかも。≫

≪……そうか。まぁ、こっちの方は任せな。合図は……要らねぇか。≫

≪うん、お願い。≫

≪おう。≫

 

……これでいい。後は、ヴィータからの支援を待ちながら戦うだけだ。

 

≪……向こうもどうやら、今度こそお前を墜とすつもりらしい。気を付けろよ、なのは。≫

≪大丈夫。私の方を向いてくれてるのなら、狙い通りだからね。≫

 

レイジングハートの言葉通り、次の聖女の攻撃は先程の比ではないだろう。

私が見上げた先……いつの間にやら煙も晴れて露わになった聖女の周囲には、無数の砲撃魔法がこちらにその照準をピタリと合わせて漂っていた。

 

「……どうやら、お喋りは終わったようですね。」

「待っててくれたんだ。結構優しいところ、あるんだね。」

「不意打ちで貴女を墜としても、何の意味もありませんから……ね。」

 

軽口の応酬もそこそこに、聖女は早速待機状態にしていた砲撃を一斉に放ってきた。

その威力、速度共に誘導弾の比ではない。しかし――

 

――こっちの方が、避けやすい!

 

砲撃の軌道修正は、誘導弾のそれよりも遥かに困難だ。

決して不可能ではないが、回避された時咄嗟に追撃するのは難しい。

 

≪Axel Fin.≫

 

1つ、2つ、3つと最小限の動きで回避しつつ、こちらも適宜ディバインシューターやショートバスターで反撃を繰り返す。

さっきの一瞬、私のディバインバスターに対して聖女は障壁を張って身を守った。

それは聖女は私の魔法に対して自由に干渉が可能と言う事であり、同時に私の魔法が聖女に通用すると言う事だ。

彼女の攻撃の頻度を減らす為にも、回避と反撃……そのどちらも失敗する訳には行かない。

 

そして聖女の注意が私に向いていると言う事は、他の二人にとっては攻撃のチャンス以外の何物でもない。

当然フェイトちゃんとはやてちゃんは、聖女にそれぞれ攻撃を見舞っている――のだが……

 

「――ミストルティン!」

 

はやてのミストルティンは聖女が見るからに片手間で張った障壁さえ石化させる事は出来ず、

 

「――ライオットザンバー・ランページ!」

 

二刀に増えたバルディッシュの片方の制御権をアリシアに譲渡する事で、死角を無くしつつ予測不能な高速戦闘を熟すフェイト()の乱撃も、聖女の未来視で見切られている。

 

二本のバルディッシュの斬撃とフェイトの射撃魔法、はやての砲撃や空間攻撃の嵐に余裕で対処しながら私に砲撃まで放って来る辺り、聖女は本格的に人間の処理能力を超えている。

 

≪これって、やっぱり聖女の本体がユニゾンデバイスだからなのかな?≫

≪多分そうだろうな。俺も転生でデバイスになった人間だから分かるが、思考速度や演算速度が人間の時に比べて比べ物にならない程速いんだよ。それに未来視の予知能力も併用しているだろうから、多分何人で同時に攻撃しても手玉に取られるぞ。≫

 

もしやと思ってレイジングハートに確認した私の直感は、どうやら正しかったようだ。

そもそも私達のような普通の魔導士と聖女では、判断速度の時点で違う。

私を含む魔導士の殆どは、術式構築のプロセスを任せたりと言ったサポートにデバイスの処理速度を活用している。

しかし当然の話だが、状況を把握して使用する魔法を選び、対象を選択するのは使用者である魔導士本人だ。その選定には当然、デバイスの処理速度を活かす事は出来ない。

 

しかし、聖女は違う。

彼女は人間の意志を持つデバイスだ。彼女自身が魔導士であり、デバイスである……この事実が示す魔導士との差は、あまりにも大きい。

 

≪このままじゃ、攻めきれないまま消耗するだけ……って事だよね、レイジングハート。≫

≪その可能性は高いが……一応、対処法が無い訳じゃない。≫

≪聞かせてくれる?≫

 

一見このどうしようもない差をどう埋めるのか……レイジングハートの答えは、至極当然なものだった。

そしてそれは、私にもちょっと無視できないリスクがある対処法だった。

だけど――

 

「レイジングハート、お願いね。」

 

私は迷うことなくその作戦に乗った。

確かにそれであればこの状況を崩す切っ掛けになるだろうと、確信が得られたから。

 

私の要請を受けて、レイジングハートがその形態を変えていく。

アクセルモードと呼ばれる普段の形態から、先端に槍の穂先を備えたようなより攻撃的なフォルムへと。

それは闇の書事件の時にカートリッジシステムと一緒にレイジングハートに組み込まれたフルドライブ……『エクセリオンモード』と呼ばれる形態をより進化させた、『エクシードモード』と呼ばれる更にもう一つ上のフルドライブモード。だが……

 

「――リミットブレイク」

 

今求められているのは更に限界を超える為に搭載された形態であるリミットブレイク……『ブラスターモード』と呼ばれる私達の切り札たるこの形態だ。

外見的にはエクシードモードからそれ程の変化は無いが、この形態には他にはない特徴的な機能がある。

 

The change to "Blaster M(「ブラスターモード」へ)ode" has been completed.(の変更が完了しました。)

「うん……懐かしいね、この感覚。ここしばらく、この機能を使う事も無かったっけ……」

 

私の周囲に漂う4基の()()()がそれだ。

『ブラスタービット』というこの小さな端末は、その全てから射撃・砲撃を可能としている。

そして、これこそが聖女に対抗できる可能性が最も高い機能だ。

何故ならば……これらは私と()()()()()()()()だけが操作できる、遠隔操作機なのだから。

 

「――よし、ここからは()()()()()()……レイジングハート!」

≪All right, my master.≫

 

聖女の強さの一端は、デバイスになった転生者である事だった。

だがそれは、聖女()()の強みではない。

デバイスになった転生者は、私の傍にもずっといたのだから。




エクセリオンモード「本編に登場しないまま終わったのですが……」
エクシードモード「一瞬で出番終了したのですが……」

一応エクセリオンモードもエクシードモードも描写されてないだけで、本編の外で使った事はあると言う設定です。
ちなみに地獄の訓練ではほぼ常にエクシードモードでした。

以下フェイトさんの補足
・ライオットザンバー・ランページ
バルディッシュのリミットブレイクフォームにより派生する形態の一つであり、アリシアの存在が無ければ生まれなかった(原作にはない)形態。
片刃の刀剣形態のバルディッシュが2本になるのは原作にも登場した『ライオットザンバー・スティンガー』と同じだが、その片方の制御をアリシアに完全譲渡している。
アリシアに制御を譲渡した方のバルディッシュはフェイトに追従するように浮遊している為、フェイトの片手が空いており、斬撃と同時に射撃魔法を組み合わせる事も可能となっている。
遠近ともに隙が無く、魔力探知に長けたアリシアが直接的なサポートも可能な為、攻防一体の高速戦闘を可能にしている。
なお、バルディッシュのリミットブレイクである上にアリシアの負担が重くなる為、フェイトはリミッターの有無にかかわらず余程の事が無い限りはこの形態を使わない。


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vs聖女③

――なのはからの反撃が激しくなった……?

 

その変化に最初に気付いたのは聖女だった。

絶え間なく放つ砲撃の隙間から、または自身の放った砲撃をすり抜けて聖女の元へと向って来る砲撃の頻度が明らかに増えている。

加えて込められた魔力量と威力も徐々に大きくなっており、障壁越しに感じる圧力も増していた。

 

――砲撃の起点が増えている? ……そうか、確か彼女のデバイスには……

 

少ない情報を前世の記憶で補い、聖女はなのはの変化に当たりを付ける。

既に彼女は周囲のはやてとフェイトには目もくれず、その思考の大半をなのはに割いていた。

 

――はやての魔法は問題無く捌ける。フェイトの攻撃は()()()()()()問題無い……やはり、今の私にとって唯一脅威足り得るのはなのはの魔法か……

 

先程なのはの砲撃を障壁で受けた時、聖女は確信していた。

『高町なのはの砲撃は天使の身体にもダメージを与えうる』と。

 

勿論ダメージと言ってもかすり傷程度が精々だろう。しかし、彼女はなのは達の後にも()()との戦いを考えている。

肝心なその戦いで影響が残るような事があってはならず、故にこそ聖女はなのはの撃墜を迅速に行うべく動いた。

 

――この状況……未来視の()()()()は2秒程度先の光景までだが、それだけ見られれば十分!

 

聖女の未来視は周囲の転生者が多ければ多い程、その射程が短くなる。

これは転生者と言う存在が未来を用意に変える性質を持つからであり、彼等の一挙手一投足で無数の未来の可能性が未来視に映し出される為だ。

同時に幾つもの光景を映し出そうとした結果、映像同士が干渉しあう事で聖女の眼にはそれがノイズとして映る。

 

当然、聖女はその弱点を知っていたが、それでも迷う事無く砲撃の間へとその身を滑りこませた。

 

――なのはの攻撃にもノイズが混じっている……彼女も転生者か? いや、念話ではやてやフェイトの指示を受けている可能性もある。……この眼で直接確かめるか。

 

聖女にとっても高町なのはの存在は特別だ。

天使の身体を得て盤石に思える未来だが、たった二つだけ残る懸念が聖女にその行動を選ばせた。

しかし――

 

「させない……ッ!」

「――フェイト・テスタロッサ!?」

 

そんな聖女の前に一瞬現れたノイズを裂いて、なのはの戦友が立ちはだかった。

 

 

 


 

 

 

「――ハアァッ!」

「っく、コレだから厄介ですね、転生者というのは……!」

 

聖女の前に回り込むと同時にバルディッシュで斬りかかると、ライオットザンバー・ランページの機能で追従するもう一つのバルディッシュもまたアリシアの操作で斬りかかった。

私の振るう太刀筋とは別の角度……それも、人の腕ではほぼ不可能な軌道でのトリッキーな斬撃との連撃に、聖女は障壁が間に合わないと思ったのか()()()()()回避行動をとった。

すかさず私はその回避先へ照準を合わせ、無手の左手を向けると砲撃を放つ。

 

「サンダーレイジ!」

≪Thunder Rage.≫

「チッ……!」

 

完璧なタイミングで放ったサンダーレイジは惜しくも障壁で防がれてしまったが、今の一連のやり取りは私達に十分な手応えを感じさせた。

興奮した様な声で、姉さんが話す。

 

<やった! ()()()()()()()()、やっぱり完全には読めてないみたいだよ! フェイト!>

<うん! ……このまま追撃をかけるよ、姉さん!>

 

先程の聖女の回避は、未来が見えているにしては明らかに動きが大きかった。

なのはの砲撃の様な『面』の攻撃ならばまだしも、私の攻撃は斬撃……『線』の攻撃だ。

未来が完璧に見えていたのならば、回避の動きはもっと小さく済ませていた筈……つまり、はやての推測は正しかったのだ。

 

――≪フェイトちゃん……フェイトちゃんが転生者やって事を見込んで、試して欲しい事があるんや。≫

 

はやての推測では、聖女の未来視は完全ではない。

転生者とそうでない者……即ち、私と姉さんの動きでは、見る事の出来る未来の限界や精度に大きな差がある。

前回の地下大聖堂での戦いと今回の交戦ではやてはそれに気づいていたらしく、はやては私達に一つの頼みごとをした。それが――

 

「貴女は私と姉さんの()()()()()を未来視で読む事が出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()から……違う?」

「……なるほど、はやての入れ知恵ですか。」

 

聖女は私と姉さんの斬撃を回避する事を諦めたのか、障壁を張る事で私達の攻撃から身を守っている。

その障壁は普通の魔法とは比べ物にならない程強固で、私達の攻撃では突破できない事が確信できた。しかし……突破できない障壁なんて、私達は小学生の頃から見てきた。

そして、すでにその対処方法も確立している。

 

「バルディッシュ!」

≪Thunder Rage――≫

 

障壁に斬撃を浴びせながら、先程のように左手に砲撃の術式を構築する。ただし、それは――

 

≪――Occurs of Dimension Jumped.≫

「なに……!?」

 

障壁を無視してその内側を攻撃する、()()()()だ。

 

――直撃! これで聖女は感電する筈……そして!

 

聖女にサンダーレイジが直撃したのを確認し、同時に背後から迫る魔力を感知していた私は彼女の背後に回り込む。

そして感電の影響かボロボロと崩れていく障壁に対してなのはの砲撃が突き刺さると、一瞬の抵抗の後に障壁は破壊され、聖女は更になのはの砲撃をその身に受ける事となった。

 

――ここだ!

 

<決めるよ、姉さん!>

<任せて!>

 

このまま聖女を斬撃と砲撃で感電させ続ければ、もう彼女がいくら未来を視ても関係無い!

私達の勝……

 

「――一つ、勘違いしているようですね。」

 

 

 

――え?

 

聖女の姿が遠ざかる。何故? 動けない筈だ。だって、私の砲撃を身に受けたんだから。

 

――いや、違う、私が落ちてるんだ……

 

お腹から伝わる魔力ダメージの痛みでそれを理解した時には、既に私の意識は朦朧としていて――

 

<フェイ…! しっ………て、フェ……!>

 

――姉さんが何か叫んでるけど……駄目だ、何て言ってるのか分かんないや……

 

 

 


 

 

 

フェイトちゃんが聖女の砲撃を受けて墜ちていく。

たった一撃……真・ソニックフォームで防御力をとことん削っていたと言うのも理由の一つだが、そもそもの威力が並外れて高いのがここからでも分かった。

 

「ふぇ、フェイトちゃん! しっかりして!」

 

私の速度ではフェイトちゃんの落下には追い付けない。

せめて意識を取り戻させられないかと呼びかける私に、はやてちゃんからの念話が届く。

 

≪なのはちゃん、フェイトちゃんの事は地上のシャマルに頼んだから大丈夫や! 今はそのまま聖女に攻撃を続けてくれ!≫

≪はやてちゃん……うん、分かった。≫

 

旅の鏡による転移術と高い治療技術を持つシャマルならば、フェイトを安全に回復させられるだろう。

はやてちゃんの言葉で幾分か冷静になった私は、引き続き聖女に攻撃を浴びせるべく意識を再び聖女の方へと向ける。

私がフェイトちゃんの方を向いている間も、レイジングハートはブラスタービットを操作して聖女に絶え間なく砲撃を行っていてくれていた。

しかしそれでも聖女を捉えることは難しいらしく、最小限の動きで躱されている。

 

……いや、それだけではない。少しずつではあるが、聖女との距離が縮まってきている。

加えて聖女は、その状態のまま再び大量の誘導弾を放ってきた。

 

――拙い、今のままだとあの大量の誘導弾は処理できない!

 

このまま攻撃に専念すれば、今度は間違いなくあの誘導弾により撃墜される。しかし誘導弾の回避にリソースを割けば、聖女は今よりも遥かに早く距離を詰めて来るだろう。

どちらかの脅威を対処すれば、もう片方の脅威に詰められる……どうしようもない二者択一。

そんな危機的状況で、地上から何か大きな物が破壊された様な音が響いた。

 

≪なのは、行ったぞ!≫

≪ヴィータちゃん……! ナイスタイミング!≫

 

それは今まさに私に必要だった、最高の支援物資の準備が出来た事を知らせる合図。

 

次の瞬間、地表を覆う土煙を突き破って巨大な塊が私の方へと飛んできた。

 

「『スターダストフォール』!」

 

すかさず私はその塊を魔力で捉え、支配する。

スターダストフォールはこう言った物質に対して作用する、サイコキネシスの様な側面を持つ魔法で、アニメでは直接的な魔法が通用しない敵に対してこう言った物質をぶつけて攻撃している描写があった。

……もっとも、その時の塊はこんな人の身長を優に超えるサイズではなかったが。

 

「って、コレって確か……」

 

支配下に置いた物質をよく見れば、そこには見慣れた人物が描かれており……

『ジェイルフォン新型モデル来月発売決定! 予約受付中!』と言う文字が躍っており、描かれていた妙にさわやかな笑みを浮かべたジェイル・スカリエッティと目が合った。

 

――ま、まぁ確かに看板が付いている分普通の瓦礫よりは頑丈かも……?

 

見た目こそややシュールではあるが、何を隠そうこの看板付きの巨大な瓦礫こそが聖女の誘導弾に対抗する支援物資だ。

それを目にした聖女が、まさかと目を見開いたのが一瞬見えた。

そう、その通り。これから私が放つのは、まさに攻防一体の一撃だ。

 

「スターダストフォール……ファイア!」

≪いけ! ジェイル・スカリエッティ! たいあたり だ!≫

 

レイジングハート、こういう時にそう言う事言わない。

瓦礫の位置と角度を調整して発射された瓦礫は、その途中で私に向けて放たれた誘導弾を次々に破壊し、そのまま聖女へと殺到する。

 

≪相手の魔力と干渉しないのに()()()()って事は、少なくとも物質には干渉する(当たる)……そう言う事だよね、レイジングハート?≫

≪ああ。まぁ、これも透過されたら流石にどうすれば良いのか分からなかったが……無事に狙い通りの成果を上げられたようで何よりだ。≫

 

生憎とジェイル・スカリエッティの看板付き瓦礫は、魔法で強化された聖女の拳で砕かれてしまったようだがもう遅い。

今も地上からはヴィータが次々に支援物資の瓦礫を打ち上げてくれており、それを私の術式で次々に捉えているのだ。

 

「……まさか、このような方法で対応されるとは思いませんでしたよ。高町なのは。」

「奇遇だね、私もだよ。」

 

……やっぱり()()()()()()()()()()()()()()()って、どっちかって言うと敵が使いそうな方法だよなぁ。




切り所が中々無かったので若干強引にぶつ切り。

なのは「きさまがどれだけ誘導弾を放とうと関係の無い処刑を思いついた……」(ズゥラァッ!)
なお、思いついたのはレイジングハートの模様。


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vs聖女④

「――こっちです、アリシアちゃん!」

 

身体を休ませている時にふとそんな声を耳にして振り返ると、シャマルちゃんに案内されてこちらへと飛んでくるフェイトちゃんの姿が見えた。……いや、フェイトちゃんは失神しているみたいでアリシアちゃんが今は表に出ているみたいだ。

 

――見たところ、魂にもリンカーコアにもダメージは無いみたいだ。あの子も一応、その辺の分別は出来てるって事なのかな……

 

本来なら私が彼女を止めるべきだと言うのに、結局出来たのは時間稼ぎ……全く、天使の名が泣くね。これじゃあ。

 

「朱莉ちゃん、調子はどうですか?」

「ん~? あ~シャマルちゃんかぁ、態々様子を見に来てくれたの?」

「はい……朱莉ちゃんには私の回復魔法もあまり効果が無かったので……」

「大丈夫、痛みとかはもう無いよ。ただ……戦うにはまだ力の回復を待たないとかな。」

 

手を握ったり開いたりして、力の流れを確かめる。

本来私達天使がこう言った消耗をした時には、神様にオーダーする事で即座に体も力も回復できる。

では何故それをしないのかと言うと、それをすると今天使の身体を使っている聖女まで全快してしまうからだ。

 

しかも、それをすれば今以上に天使の身体との親和性が強まり、誰にも手が付けられなくなるだろう。下手すれば、オーダーも必要とせずに強力な権能を振るえるようになってしまうかもしれない。

まだ彼女が天使の力を()()()()()()()()()()今が、唯一の好機なのだ。

だから神様には直接私が連絡して、この世界からのオーダーを暫く受けないようにして貰っているのだ。

 

――もっともその代償として、自己回復以外の回復方法を失ってしまったんだけどね。

 

この世界の回復魔法では、私達の身体的な怪我を治す事は出来ても力を回復させる事は出来ない。この世界で一般的に使われる魔力と、私達が扱う力は別物だからだ。

結果として今の私はなのはちゃん達の戦いを、こうして地上から眺める事しか出来ない。

 

「はぁ……私はもっと適当で、不真面目なつもりだったんだけどねぇ~……」

 

もどかしいなぁ……本当に。

 

 

 


 

 

 

スターダストフォールの術式で捉えた瓦礫群を周囲に漂わせ、聖女の誘導弾を封殺しつつ瓦礫を撃ち出して攻撃する。

攻防一体とも取れるこの魔法により、戦況は大きくこちらに傾いた……かと言うと、そうはならなかった。

 

「どうしました? しっかりその瓦礫を守らないと、誘導弾を防げなくなってしまいますよ?」

「くっ……!」

 

私が回避した聖女の砲撃が、背後にあった瓦礫を砕く。

あの後、聖女は直ぐに攻撃の主軸を貫通性能の高い砲撃に切り替えて来た。

瓦礫に触れても砲撃はそれを突き抜けて来るし、回避すれば私の周囲の瓦礫が幾つも破壊される。

かと言って、回避しなければ間違いなく一撃で墜とされる威力がある事は間違いなく、更に障壁を突き抜けて来る為それを防ぐ方法は無い。

 

「スターダストフォール――ファイア!」

「無駄な事を……」

 

破壊されるくらいならばと積極的に攻撃してはいるが、上手く砲撃を避けて聖女の元へ到達しても、強化された拳で対応され、そのまま砲撃のカウンターが飛んでくる。

 

「ッ! ――レイジングハート!」

≪Divine Buster.≫

「それも見えています。」

 

何とか回避して砲撃を放っても、それも躱されて再びカウンターの砲撃が飛んでくる始末だ。

誘導弾よりは遥かに回避が容易とは言え、こうも立て続けに撃たれては精神を削られる。冷静な思考が残っている内に、何とか打開策を……!

 

≪なのは! 一つ分かった事がある!≫

≪レイジングハート! あの魔力の正体が分かったの!?≫

≪いや、全然!≫

≪このポンコツ……!≫

≪ありがとうございます! ……じゃなくて、あの力に関してもちょっとは分析は出来たんだが――≫

 

レイジングハートによると、聖女が使っている魔力はどうやら純粋な魔力ではない事しか分からなかったらしい。

ただ、その魔力の運用を観察している内、レイジングハートはある事に気付いたのだと言う。

 

≪――障壁と攻撃を同時に行えない?≫

≪ああ、多分な。さっきだって瓦礫を拳で砕いたり、こっちの砲撃をわざわざ回避していただろ? リオン達のアナイアレイターを防いだ障壁を使えば、そんな事する必要は無いのに。≫

≪確かに……?≫

 

そう言えばさっき聖女はフェイトちゃんに砲撃を放つ前、障壁が消えていた。

私はてっきりフェイトちゃんのサンダーレイジで感電した所為だと思っていたけど、あれは――

 

≪フェイトに砲撃を撃つ為に、障壁を自分で解除した可能性が高い。≫

≪なるほど……だったら!≫

 

それなら砲撃への対処は簡単だ!

その為には少しだけチャージの時間が必要だけど、

 

≪だからはやてちゃん、少しの間だけ聖女に障壁を張らせられる攻撃をお願い!≫

≪急に念話繋いだと思ったら、結構な無茶言うなぁ……分かった! 私もこのまま見ているだけって訳にも行かんしな、眼にもの見せてやるで! ただ、こっちも結構危なっかしい魔法やから、出来るだけアシストしてや?≫

≪うん!≫

 

私がそう伝えると、はやてちゃんは快く了承してくれた。

その後少しして、その時は訪れた。

 

「来よ、白銀の風! 天より注ぐ矢羽となれ!」

Hræsvelgr(フレースヴェルグ).≫

≪Hræsvelgr.≫

≪Hræsvelgr.≫

「――ッ!!?」

 

はやての詠唱が響き、その眼前に現れたのは計15のミッド型魔法陣。

その全てが強力な砲撃を放つ砲門だ。

未来の光景を見たのだろう。聖女がこちらへの砲撃を中断し障壁を構えると、間もなくして莫大な魔力を乗せた砲撃が立て続けに放たれ始めた。

 

「レイジングハート!」

≪All right, my master.≫

 

聖女の攻撃が止んでいる今の内に術式の構築を開始する。

扱う魔力は普段使っているよりも遥かに多く、今にも溢れて暴走しそうだ。

回避しながらでは出来ない、繊細な魔力操作。

 

「はあ"あ"あぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

「くっ、鬱陶しい……!」

 

はやての魔法、フレースヴェルグは彼女が持つ数多の魔法の中でも特に代償が大きい。

私のアクセルシューターと同じく発動中は移動が出来ず、防御も出来ない完全な無防備。

加えて魔力も体力もごっそりと持って行く為に長くは持たず、発動後も隙が大きいピーキーな魔法だ。

しかしその分、その威力と制圧力は群を抜いている。

聖女が攻撃を中断してまで防御に回ったところを見るに、回避するルートが存在せず、そして防御する必要があると判断する威力だったのだろう。

 

「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」

 

やがて、フレースヴェルグの光が消え、そこにははやての砲撃を防ぎ切った聖女が以前無傷で浮遊していた。

 

「どうやら打ち止めの様ですね、八神はやて。不意打ちのつもりだったのでしょうが、私は数秒程度未来が見える事を忘れていましたか? 無駄に魔力を使いましたね。」

「はぁ……はぁ……! ――ははっ……! 本当に無駄やったか、未来でも見てみたらどうや?」

「何を……――ッ!!」

 

聖女がこちらに気付いたようだが、もう遅い。

既に術式は完成し、集束された魔力は恒星の如き輝きとなって目の前に現れている。

 

「まさか……ッ!」

「全力、全開!」

≪Starlight Breaker!≫

 

次の瞬間、全てのブラスタービットを含む5つの砲門から放たれた砲撃が、聖女を飲み込んだ。

 

 

 


 

 

 

衝撃が空から地上まで伝わり、地表を覆っていた土埃が一斉に掻き消える。

それと同時にビリビリとした振動が地面を伝わり、私の身体を揺らした。

 

「うわぁッ!!?」

「くっ、これは……スターライトブレイカーの余波か……!?」

 

腰を下ろして休んでいた私とは違って、周囲の警戒のために立っていた子達……全身鎧の騎士さんとシグナムちゃんは少しよろけてしまった。

 

――いやぁ、まさか一人の魔法で次元震寸前まで行くなんてね……

 

土煙が消えて頭上に広がった空の色を、なのはちゃんの放つ極大の砲撃が染め上げている。

ピンクの空なんてなかなか見れるもんじゃないね。ただ――

 

「これ、もう勝ったんじゃないか?」

「スターライトブレイカーx5なんて喰らって生きてたら、もうそいつ生物の枠超えてるよ。」

「お前、アレも一応非殺傷設定だって事忘れてない?」

 

周囲の銀髪オッドアイくん達が勝利の予感に浮足立っているところ悪いんだけど……

 

「……まだ、終わってないね~……」

「――え?」

 

そう……まだ終わっていない。

転生者の魔法で勝てる程度の力しかないのなら、転生者同士の諍いを止める役割はこなせないのだから。



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vs聖女⑤

どえらい難産でした。
展開の構想は出来てるのに、どうしていざ文章にしようとすると詰まるのか……コレガワカラナイ。


「――ぐ、ぅ……ッ!」

 

レイジングハートを構える腕が震える。

今まで制御した事のない規模の砲撃の反動で、今にもすっぽ抜けてしまいそうだ。

だが、この手応えはスターライトブレイカーが間違いなく聖女を捉えたと言う証明……ここが踏ん張りどころだ!

 

≪レイジングハート、大丈夫……!?≫

≪こっちは平気だ、そうそう壊れたりしないって。それより、なのはこそ俺をうっかり手放したりしないでくれよ? 今手を離されたら、多分俺反動でどこまでも飛んで行くぞ?≫

 

砲撃の反動で壊れたりしないかと案じてみれば、レイジングハートは私とは違う事を心配していたようだ。

しかし念話で伝えたように、レイジングハートは私が小学生の頃から苦楽を共にした相棒だ。秘密を共有する数少ない戦友でもある。

レイジングハート以外のデバイスを使う事なんて想像できないし、レイジングハートも私以外に使われる気は無いだろう。……少なくとも、私が魔導士を続けている内は。

 

≪……ふふ、大丈夫。絶対に手放したりしないよ、今までずっと一緒にやって来た相棒だからね。≫

≪今お前俺が飛んで行くの想像して笑っただろ?≫

≪ソンナコトナイヨ?≫

 

念話で軽口を叩きながら、ぐっと手に力を籠める。

 

≪……これで決めよう、レイジングハート!≫

≪おう!≫

 

意思を通わせ、ブレそうになる照準をピタリと合わせる。

この一撃が今の私に放てる正真正銘の全力全開……これで倒しきれなければ――

 

 

 

≪なのはちゃん!≫

 

 

 

「――ッ!!」

 

それは、スターライトブレイカーの放出が終わった瞬間の事だった。

余りにも大きすぎる魔力を扱った反動で動けない私の眼前に、聖女が放ったと思しき砲撃が迫っていた。

 

≪そんな……!≫

≪ばかな……!≫

 

 

 


 

 

 

「な、なのはちゃああぁぁぁんッ!」

 

完全に決まったと思った。

スターライトブレイカーの威力は、私自身も一度身に受けてよく知っている。あんなもの、直接受け止めてしまったら到底耐えられる物じゃない。

それが同時に5発……アニメではヴィヴィオに埋め込まれたロストロギアさえ砕いた程の、常軌を逸した魔法なのだ。

 

なのに……聖女はそれを耐え抜き、なのはちゃんが反動で動けないだろう所に砲撃を放ったのだ。

冷静な判断、正確な狙撃……それは、聖女にはスターライトブレイカーを受けてなお、十分な余裕が残っていると言う事実を示している。

 

そして……聖女の放った砲撃の後には、誰の姿も残っていなかった。

 

先程の聖女の砲撃に込められた魔力は、それまでの物よりも一際大きかった。直撃したのなら、間違いなく魔力ダメージで失神している筈だ。

例え非殺傷設定の砲撃とは言え、気絶した状態で地面に叩きつけられてしまえばなのはちゃんは……!

 

そんな時、

 

≪はやてちゃん、シャマルです! なのはちゃんは私が旅の鏡で助け出しました! 砲撃を受ける直前に間に合ったので、無事です!≫

≪はやてちゃん! ごめん、直ぐそっちに戻るから!≫

≪シャ、シャマル!? でかした! ようやってくれた! これでまだ……! ……まだ……!≫

 

と、シャマルとなのはちゃんからの念話が彼女の安全を教えてくれた。

胸に去来した歓喜そのままに、私は彼女達の念話に応じたものの……

 

≪……はやてちゃん……?≫

 

…………まだ……――()()()()()()()()()

 

「シャマルの旅の鏡……成程、なかなかの機転です。ですが――」

 

確かになのはちゃんは助かった。それは間違いなく嬉しい報告だし、大きな心配事は一つ消えた。

だが……だから何なのだ?

 

「私自身、少々予想外ではありますが……あのスターライトブレイカーでさえ、今の私には脅威足りえない事が分かりました。」

 

そう、聖女はなのはちゃんの最大の一撃を克服してしまった。

そして私は……いや、私だけじゃない。

なのはちゃんのスターライトブレイカーを上回る一撃を放てる者を、私は知らないのだ。

 

「……どうやら、この場に戦意を残す者が居ない以上、なのはが無事だとしても決着はついた……と言っても良いようですね。」

 

聖女の静かな目が私を見ている。

私もなのはちゃんも、魔力的にはまだ戦えるが……結局は聖女の言う通りだ。既にこの時点で勝敗は――

 

「まだだ!」

 

――ッ!?

 

この声……

 

「スターライトブレイカーを防いだからって、もう誰もお前を脅かせないって決めつけるのは早すぎるんじゃないのかぁ!? えぇ、おい!?」

 

――えっと……確か、神楽坂君やったか?

 

それを勇気と呼ぶのか蛮勇と言うのか決めかねるが、聖女にそう啖呵切って登場をしたのは一人の銀髪オッドアイだった。

 

「俺の名は神楽坂 英雄(ひでお)! お前を倒――ぐわあぁぁぁぁッ!!」

 

そして名乗りの途中で砲撃をもろに食らい、そのまま墜ちて行った。

 

「……」

「……」

 

そのあまりの呆気なさに、私だけでなく聖女も言葉を失っている。

 

「……今のは何ですか?」

「いや、私に聞かれても……――!?」

 

知らん……そう答えようとした時、周囲から迫る無数の魔力波動に気が付いた。

慌てて周囲を見回せば、そこには――!

 

「神楽坂がやられたようだな……」

「バカな奴だ、先走るからこうなる。」

「だが奴は俺達の中でもどちらかと言えば弱い方……戦力に大きな問題は無い。」

「そう、依然として俺達の方が数で優っている……!」

 

どことなくかませ犬っぽいセリフと共に救援……? に駆けつけた、『ミッドチルダの銀盾』達の姿があった。

彼等は確かに機動六課を除くミッドチルダの部隊の中では最高戦力ではあるが、それでも聖女を相手に戦うには明らかに力不足だ。

本人達もそれは理解しているのだろう、いつもの軽口の中にも僅かな緊張が見え隠れしていた。

そんな彼等をぐるりと見まわした聖女は、呆れたようにため息をつくと――

 

「……それで? その数の利が通用する相手だと思っているのですか? さっきのお仲間の二の舞になるだけですよ。」

「「「「……!」」」」

「これは……」

 

聖女の放つ魔力の威圧が、言葉と共により重くのしかかる。

私がこれまで感じた事のない重圧だ……だと言うのに、天使の力の影響なのか、そこに奇妙な神々しさすら感じてしまう。

まるで目の前にいる女性が、戦神の化身なのではないかとすら錯覚してしまう程の……

 

――ダメや……こんなん、勝てん……! 勝ちようがない……!

 

自然とそう理解させられた。

思い返せば、天使である朱莉ちゃんが彼女に勝てなかった時点で、遅かれ早かれこうなる事は自明の理だったのだ。

だって彼女達天使は、転生者同士の争いを止める為に遣わされた存在で、その為の力を神様に与えられている……絶対に揺るがない力の差が存在するのだ。

 

そんな事情を知らない銀盾の皆も、その魔力の量と異質さに()てられて一瞬怯んだ様子だったが……

 

「くっ、なのは達はずっとこんなのとやり合ってたのか……!」

「こ、こんなに恐い魔力は初めてだな……おい。」

「……逃げるなんて言うなよ?」

「へっ……ここまで来て、そんなカッコ悪い真似出来るかよ!」

 

その全員が気合を入れ直して聖女に向かい合った。

そして、その内の一人……神尾君がこう言ったのだ。

 

「例えどんだけ強かろうと、聖女だろうが悪魔だろうが犯罪者を前にやる事は変わらねぇ! ……そうだろ、はやて!」

「!」

 

――『私達のする事は変わらん……例え、()が相手でもな。』

 

ああ、そうだ。

他ならぬ私自身も、天使を相手にすると理解した時にそう言ったじゃないか。

 

「……ああ、そうやな。ありがとう、神尾君。――おかげで目ェ覚めたわ。」

 

『何抜け駆けしてんだてめぇ!』『そんなつもりは……』等と、仲間とじゃれている彼に私の感謝が聞こえたかは分からない。

だけど……どうやら私はその言葉を口にして、今更ながらに本当の意味で覚悟が出来たようだ。

 

<リイン、ツヴァイ……情けない所見せてもうたな。>

<いえ、信じていましたから。>

<ですです! はやてがこんな所で折れる訳がないのです!>

 

――皆、ありがとう。

 

「いくで、皆……こっからも正念場や!!」

「「「「「「「「「「応ッ!」」」」」」」」」」



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vs聖女⑥

「――うん、大丈夫。これならまだ戦える……!」

 

聖女の誘導弾を防ぐ為の犠牲にした左脚を始めとし、シャマルに治療をして貰った箇所の調子を確かめながら空を見仰ぐ。

 

その先では、私が抜けた代わりにミッドチルダの銀盾……私のクラスメイト達が、はやてちゃんの元に駆けつけたところだった。

だが……彼等では恐らく聖女には勝てない。

 

彼等の連携は確かに凄まじい。

互いの魔力で他者の魔力を感知する能力や、一切の意思疎通を図らずに熟される精密なコンビネーション等、まさに他の部隊とは次元が違う物がある。

 

しかし聖女を相手にするには、圧倒的に火力が足りない。

その上、聖女には未来視がある。いくら正確な連携を以てしても、未来を視られては攻撃は当たらない。

そして彼女の攻撃は、魔法で防げない……単純に、聖女の能力が攻防共に優れ過ぎているのだ。

 

だからこそ――

 

「待ってて、はやてちゃん。直ぐに行くから!」

 

聖女と戦おうとする親友の元へ駆けつける為に術式を組み、飛翔魔法を使おうとしたその瞬間、それを制止する声が私の耳に届いた。

 

「待って、なのはちゃん。」

「え?」

 

聞き馴染みのある声に振り返れば、そこには聖女に受けた傷を癒す為に地上へ降りた、天野朱莉ちゃんの姿があった。

 

「なのはちゃん。キミが今、あそこに行ったとして……何か勝算があるの?」

「勝算……」

「そ。対策もなしに何度挑んでも、あの子には勝てないよ。」

 

朱莉ちゃんの言葉は尤もだ。何の策もなく勝てる相手とは思えないし、スターライトブレイカーまで防がれた今の私にはその策もない。だけど――

 

「例え勝ち目が無くても、私が行かないといけないんだよ。……予言に記された光である私なら、きっと何か勝つ方法がある筈だから。」

 

そう……今の私が折れずにいれるのは、皮肉な事にかつて私の心を追い詰めたこの予言なのだ。

滅びを回避する可能性が私にしかない……つまり、私には滅びを回避する方法がある。

それさえ戦いの中で見つけられれば……!

 

しかし朱莉ちゃんは私の言葉に首を横に振ると、言った。

 

「それじゃ駄目だよ。きっとまたさっきの二の舞になる。」

「でも……!」

 

こうして話している間にも皆は戦っている。速く加勢に行かなければ、もしかしたら彼等の中から犠牲が――

 

「まあ落ち着いてアレを見てみなよ、きっとなのはちゃんが思うよりは時間はあるからさ。」

「え?」

 

そう朱莉ちゃんに促され、はやてちゃんの方へと視線を送った私が見たのは、予想とは違った光景だった。

 

既に戦闘は始まっており、銀盾達がはやてちゃんと連携して聖女を攻撃していた。

しかし、予想通りだったのはそこまでで、意外にもその戦闘の様子は拮抗しているように見えた。

それは銀盾達の連携が、私や聖女の予測を上回っていたから……と言う訳ではなく――

 

「聖女の攻撃が、あまり当たってない……?」

 

聖女の誘導弾の追尾性は脅威的だ。

私と同等以上の魔力感知技術と未来視を組み合わせた聖女の誘導弾は、魔法をすり抜ける性質も相まって躱す事はほぼ不可能。

しかし、私が瓦礫で防ぐしかなかったあの誘導弾は、私の時と比べて明らかに追尾性能が落ちていた。

 

勿論狙いは正確ではあるのだが……彼等が相手している誘導弾は、私の時のように行動を先読みするような軌道で向かうと言った事が無い。

そして逆に誘導弾の軌道を呼んだ銀盾達は、聖女の誘導弾同士で相殺させたり、神場くんの生み出した謎の銀色の玉で起爆させる等で対応している。

 

あの誘導弾を相手に、銀盾達は今まで誰一人被弾せずに戦えているのだ。……最初に一人墜とされていた気もするけど。

 

――だけど、どうして誘導弾の精度が落ちてるの……?

 

「……それはね、彼等が君と同じ転生者だからだよ。」

「え……!?」

 

私の心の疑問に答えるような言葉が朱莉ちゃんの口から飛び出し、血の気が引いた感覚と共に私は振り返る。

きっと、今の私の表情は大層()()()()()()()()ものになっている事だろう。

本来ならば何が何でも今の表情を見られないようにするべきだし、動揺なんてそもそもするべきではなかった。だけど……

 

――バレた……!? いや、心の声に答えたって事は、小学生の頃から……!

 

私が転生者である事に気付いていたのか。

それを確かめようにも呼吸が乱れているせいで碌に声にならず、ただ喉を震わせるだけの私に、朱莉ちゃんはキョトンとした表情を向けた。

 

「あれ? もう知ってる筈だよね、私が天使だって。」

「え……!? あっ……そ、そう言えば……」

 

――天使……って事は、多分あの時の神様の使いだよね……? なら私の事を知っていてもおかしくないか……

 

そう言えば、さっき聖女が朱莉ちゃんを天使と言っていたっけ。

はやてちゃんとフェイトちゃんだけはその存在について知っていたようだけど、私は彼女のその言葉で漸くその存在に気付いたものだからすっかり忘れていた。

あの二人が知っていて信頼していたのなら、少なくとも私達に害をなす存在では無いのだろう。……聖女の様な例外を除いて。

 

「まぁ、もうちょっと詳しく話すと――」

 

彼女の正体を再認識した事で私の動揺が落ち着いて来たのを見た朱莉ちゃんは、私に不足していた知識を補う様に説明を始めた。

 

 

 


 

 

 

「――ん? どうしたんだ神宮寺、そんなところで。」

「っ! あ、ああ神谷か。なのはにちょっとした相談があってな。――ただ、今は取り込み中みたいだ。先にティアナに確認済ませて、なのはには後で念話で聞く事にするよ。……お前こそ、何でここに?」

「俺は朱莉に呼ばれてな。何か俺の協力が必要らしい。」

「そうか。……まぁ、天使直々の呼び出しって言うなら、お前なら問題無いって判断されたんだろうな。」

「ん? 何のことだ?」

「ま、気にすんな。取りあえず俺はティアナの方に行ってくる。」

「いや、気になるだろ……って、行っちまったか。何だったんだ……?」

 

 

 


 

 

 

「――そう、だったんだ。」

「そ、だからあの子は私の手で止めるべきだったんだけど……」

 

一対一の勝負で負けてしまったと……

……なんて言うか、全部の事情を知った後だと朱莉ちゃんの敗北のショックの大きさが随分と変わるな。

この世界で一番強い力を与えられた天使が、その力を奪われた挙句に上回られた……って言うのだから。

 

「流石の私も、まさかあの子があそこまで天使の力を制御出来るようになってるなんて思ってなかったからね~……正直な所、私はもうあの子に勝てないだろうね。」

 

珍しく真剣な表情でそう言う朱莉ちゃんに驚く。

何故ならあの時、朱莉ちゃんは確かに言っていたのだから。

 

「確か朱莉ちゃん、あの時は『私が回復したら、何とかできる』って……」

「うん。だけど、あの子を倒せる可能性があるのは私じゃない……なのはちゃん、そしてレイジングハート。君達だけなんだ。」

「え……」

≪え、俺も?≫

「引き止めた理由の一つも、今のを伝える為だよ。知らずに無茶な攻撃を仕掛けて、もしもキミ達が完全に戦闘不能にされちゃったら……今度こそ本当におしまいだからね。」

「で、でも……」

「なのは!? お前も朱莉に呼ばれたのか!?」

「――っ! か、神谷くん!? どうしてここに!?」

 

彼女の言葉にまだ驚きが残っているところ、突然割り込んできた神谷くんに対して思わず身構えてしまう。

一体何時から近くに……もしかして、私達の話を聞いていたんじゃ……?

 

「あ~私が呼んだんだよ。ちょっと協力してほしい事があってね。」

「そ、そうだったんだ……」

「流石に今のは傷付くぞ……なのは?」

「ご、ゴメンね神谷くん。」

 

神谷くんの様子はどうもいつも通りって感じだ……この様子だと、少なくとも私が転生者である事には気付いてないのかな……?

 

「取りあえず、よく来てくれたね神谷君。君となのはちゃんにちょっとだけ協力してほしいんだ。」

「……協力?」

「なのはと俺にか?」

 

協力してほしいと言われれば当然するが……ふと神谷君と目が合うが、どうにも神谷君はピンと来ていない様子。

どうやら協力するよう呼ばれはしたが、厳密に何をして欲しいとかは聞いていないようだ。

二人で朱莉ちゃんの言葉を待っていると、彼女は一つ頷いて私達の疑問に答えた。

 

「うん、聖女を何とかする方法はもう決めてるんだけど、ぶっつけ本番はリスクも高い。今の内に練習しておきたくてね。私の力も、なんとか練習ができる程度には戻って来てるからさ。」

「それは勿論、大丈夫だけど……」

「あー……もしかして、俺が呼ばれたのって結界担当か?」

「そう、例えどんな作戦を立てても練習段階で気取られちゃったら効果は半減だ。だから練習が終わるまでの間……と言っても数分で済ませるけど、私の力を向こうに気取られないようにする必要があるのさ。」

 

そう語る彼女の様子から、その練習は練習と一言で片づけてはいけない緊張感が伝わって来た。

一体何をする気なのか……気になって尋ねた私に、彼女は悪戯を企てるように片目を閉じてこう言った。

 

「目には目を……だよ。」

 

……と。




朱莉となのはが転生者関係の話をしている間、シャマルは墜とされた神楽坂の救助と回復に向かってます。

だから人払いの為に前回神楽坂を墜としておく必要があったんですね。


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vs聖女⑦

なのはちゃんからの頼みでフレースヴェルグを撃つ前、確かに私は彼女から一つの推測を聞いていた。

ざっくり説明すると、『聖女は障壁と攻撃を同時に使用できない可能性がある』と言った内容だ。

そして恐らくその推測は当たっていたのだろう。私のフレースヴェルグを障壁で防いでいる間、聖女からなのはちゃんへ放っていた砲撃がピタリと止んでいたのだから。

 

その実体験が聖女と戦う際に役に立つ可能性が高い情報だと判断した私は、駆けつけてくれた銀盾達にもその情報を共有した。

せめて何かしら明確な対処法が見つかるまで、何とか持ちこたえられるようにと。

 

そして、その結果――

 

「……一体、これはどう言う事や……?」

 

私の目の前で、彼等は私の予想を大幅に上回る活躍を見せていた。

聖女が放つ誘導弾は彼等にその軌道を読まれているのか当たる事は無く、逆に聖女は自身に向かって来る砲撃や直射弾を回避し切れていない。

特別大きな魔力が込められた砲撃は確実に回避している物の、脅威が低いと判断した魔法に関しては既に回避を諦めているのか直撃を許しているのだ。

 

「――はやて。」

「! シグナム、ヴィータ! そっちはもうええんか?」

「はい。地上の制圧が完了したと判断された為、はやてに加勢するべく駆けつけたのですが……」

 

報告もそこそこに聖女の方をみたシグナムが、そこで言葉を呑む。

ヴィータもどこか釈然としない様子でその光景を見ながら、私達の内心を代弁するように口を開いた。

 

「……アレが本当にアイツなのか……?」

 

彼女達ヴォルケンリッターが私の元に来るより遥か昔、シグナム達を襲った転生者の正体が聖女の身体を支配するユニゾンデバイスと同一である事はほぼ間違いない。

ザフィーラが嘗て襲撃者が使用した魔法から学んだと言う白い魔力を彼女も使っていたし、何より彼女自身が襲撃者であった事をにおわせる発言をしている。

 

だが、だからこそ今の彼女の姿がシグナム達から聞いた襲撃者と重ならない。

銀盾達の実力を侮っている訳ではないが、それでも数の利だけでこうも押し留められる程度の脅威ではない筈なのだ。

 

「――! そうか、もしかしたら……」

「なんか分かったんか、シグナム?」

 

何か思い当たる節があったのか、独り言のように呟いたシグナムに私は尋ねた。

 

「コレはあくまで推測なのですが……恐らく、今の彼女は()()()()使()()()()のだと思います。」

「未来視が……?」

 

シグナムが立てた推測は、聖女が見る未来が周囲の転生者によって変化し続ける為、未来視の光景が滅茶苦茶になっているのではないかと言う物だった。

確かにそれならば銀盾の皆が聖女に対して立ち回れる理由としては分かりやすい。

彼等にはなのはちゃんの様な圧倒的な魔力量も、フェイトちゃんの様な速度も無い。魔法の種類だって、全員分合わせても私の扱える種類よりはるかに少ないだろう。

 

だが彼等だって皆高い実力を持っているし、『他者の魔力で敵の位置や攻撃を感知する特技』も相まって、全員が揃った状態の彼等を墜とすのは至難の業なのだ。

……まぁ、非公式な訓練ではよくフェイトちゃんに墜とされているんだけど。

 

ともかく、未来視が使えない今となっては彼等の予測能力の方が聖女のそれを上回っているのだ。

だからこそ彼等は被弾していないし、聖女は彼等の攻撃を捌き切れていない。

いや、捌き切れていないと言うより……

 

「……でもよぉ、聖女にもダメージ入ってねぇんじゃねぇか? アレ……」

 

そう零したヴィータの一言が真実なのだろう。

聖女は確かに彼等の攻撃を幾度となくその身で受けているが、それを気にしている様には見えない。

 

――やっぱり、何か決め手が必要か……

 

この膠着している状況、決着をつける一撃さえ用意出来れば勝ち目も見えて来る。

だが、肝心のその決め手が見つからない。

……いや、そもそも決め手に要求されるのはあのスターライトブレイカー以上の一撃だ。

そんな物を使える者がこの場に居るのかさえ……

 

≪はやてちゃん、聞こえる?≫

≪! なのはちゃんか! 何かあったんか!?≫

≪うん、ゴメン。ちょっとそっちに行くの遅くなりそうで……≫

 

さっきからなのはちゃんが姿を見せない事に関しては疑問に思ってはいたが、どうやら彼女の方で何かあったらしい。

直ぐに事情を問おうとした時、彼女の方からそれは告げられた。

 

≪今から朱莉ちゃんと聖女を倒す為の準備をするから、しばらくの間聖女の注意が私達の方に向かないようにしてほしいんだ。≫

≪聖女を倒す準備!? 朱莉ちゃんがそう言ったんか!?≫

≪うん。どれだけかかるかは分からないけど、お願いできるかな?≫

 

朱莉ちゃんが……天使がそう言った以上、この戦いに於ける勝ち目はもうそれしかない。

ならば彼女の問いに対する答えもまた、一つしかない。

 

≪ああ、任せとき! 何分でも何時間でも、絶対に私達が稼いだる!≫

 

念話が途切れ、シグナムとヴィータに今の会話を共有すると、二人が覚悟を決めたように頷いた。

方針は決まった、私達の役割も……後は、ただ実行するだけだ。

 

 

 


 

 

 

「――これで良し……かな。」

「連絡は済んだみたいだね~……じゃあ神谷クン、よろしく~!」

「ああ、じゃあ……やるぞ! ――()()()()!」

 

朱莉ちゃんに促された神谷君が深呼吸の後に使用したのは、彼が鍛錬の果てに編み出した独自の結界だ。

結界は私を中心とした直径5mと結界魔法としてはかなり狭いが、この広さがこの結界の限界でもある。

 

結界を張ったばかりだと言うのに神谷君の額にはじんわりと汗が浮かんでおり、余裕が無い事が分かる。

悪戯に彼の負担を増やす訳には行かない……そう判断したのは朱莉ちゃんも同じだったらしい、先程までの緩い雰囲気は霧散し、有無を言わさぬ表情で告げた。

 

「じゃあ……早速やるよ、なのはちゃん。」

「うん……良いよ、来て。」

 

私の背後に回り、背中の中心……丁度心臓とリンカーコアがある付近に手を置いた朱莉ちゃんに、準備が出来た事を告げた途端――

 

「ッ! ――ふッ、ぐ……ッ!!」

 

胸の内側に台風でも入れられたような感覚。

身体の中で暴れているのは当然風なんかではなく、もっと純粋な力の塊だ。

 

「要領は魔力と同じだよ! 早く制御を!」

「……ぅ、っく! ――ああぁッ!」

 

掴み所が無く、方向さえ定まっていないソレを、魔力を操作する感覚で強引に制御して、何とか体の外に出したその瞬間――

 

「……! ぐぅぁッ! ――はぁー……! はぁー……!」

 

身体から溢れ出したエネルギー……天使の力は指向性の定まらぬままに放出され、神谷君の結界に()()()()()霧散した。

それと同時に神谷君が大きく呻き、呼吸が忽ち荒くなる。

 

「ご、ゴメン神谷君! 大丈夫!?」

「はぁ、ふぅ……あ、ああ何とかな……まだ、後一発くらいなら耐えられると思う……!」

「無理はしないようにね。ただでさえ()()()()()()なんて無茶してんだから。」

「お……おう……!」

 

コレが彼がここに呼ばれた理由……()()()()()()()()()だ。

この結界の堅牢さは他の結界とは文字通り次元が違う。

何せこの結界の内と外では時間も空間も繋がっていない……時間と空間の連続性を断絶する固有の結界なのだ。

だからこそ、この結界を越える事は天使の力でも不可能だ。何せ、越える先が無いのだから。

 

ただし、その代償にこの結界は酷く狭く、そして干渉を防ぐ度に神谷君の魔力は抉られたようにごっそりと減る。

額にじんわりと浮かんでいた汗は、今はもう玉となって首を伝っている。

……たった一度防いだだけでコレなのだ。今のような失敗は、彼の為にもしたくない。

 

「……朱莉ちゃん、今の感覚が残っている内にもう一度お願い。」

「やってる私が言うのも何だけど、なのはちゃんのリンカーコアにもかなりの負荷かかってるからね。」

「大丈夫……神谷君が頑張ってるんだから、私はもっと頑張らないと。」

「……はぁ。無理は程々にね、二人共。いざとなったら私の力で回復させるからね。」

「うん、その時はお願い。神谷君もね。」

「……ああ、無理はしない。」

 

そして――再び私の中に台風が入れられる。

滅びを回避する為に……聖女に勝つ為に、私がこれを制御しないといけないのだ。

何が何でも……!

 

「――ぅああッ!!」

「お、おぉ……もう球体に制御出来るんだ……これは、もしかしたら思ったより早いかも……?」

 

さっきよりも強引に、だけど繊細に……スターライトブレイカーよりも制御の難しいそれを手の平から球体にして取り出してみれば……

 

「はぁ……はぁ……! た、たったの……これだけ……!?」

 

その大きさは掌ほどの小さな魔力弾だった。

たったこれだけの中に、胸に入れられた台風が詰まっている……そして、実戦で私が制御しなければならないのは、これの数百倍なのだ。

 

「大丈夫、制御する方法を身につければ例えどれだけ量を増やしても負荷なんてかからないよ。」

「そ、そう言う物……なのかな……?」

 

朱莉ちゃんは軽く言うけれど、今の私にはこれを軽々と扱えるイメージがまるで湧かなかった。




神谷君の実力ですが、純粋な戦闘では他の銀盾よりもずっと弱いです。
無印、A'sの頃から戦闘は他よりも苦手と描写していましたが、訓練の内容を自分の長所である障壁・結界に集中させてからはその差が一層広がったって感じですね。
彼の障壁・結界の適性の高さは実は特典に由来するので、フェイトさんで言うところの飛翔魔法と同じレベルの適性です。(普通は到達できないレベル)
なので鍛えた分、適性補正で普通の障壁でもとんでもない硬さになってます。(なのはさんのプロテクションとほぼ同じレベル)


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vs聖女⑧

――おかしい。

 

高町なのはが姿を消してから、かれこれ15分は経っただろうか。

私を包囲する転生者達の攻撃をあしらい続ける中、私の脳裏には絶えず一つの疑問が浮かんでいた。

 

「戦闘中に他事を考えるとは、随分と余裕があるようだ――なッ!」

――おかしい。

 

そう言って背後から放たれたシグナムの紫電一閃に対して、魔力で強化した掌を添えて受け流しつつ……私が抱く疑問が増えたのを実感する。

 

「アイゼン!」

≪Explosion!≫

――おかしい。

 

ラケーテンフォルムへと変形させたグラーフアイゼンによる一撃を正面から掴み、噴出機構の推進力を合気の要領で利用し逆に放り投げる私の視線は、あれから常に()()の姿を探していた。

 

「上の空に加えて余所見か!? 集中力足りてねーんじゃあねぇかぁ!?」

 

挑発するように口々にそう叫びながら放たれる彼等の攻撃は、最早避ける必要もない。時折混じる砲撃以外は、それこそ少し強い風の様なもの……精々私の髪を靡かせる程度の意味しか持たない。

 

「……」

 

それでも魔法は魔法。直撃すれば爆発するし、その影響で煙は発生する。

視界が遮られる事が煩わしくて腕を一振り。魔力を込めた事で生まれた突風が、直ぐに煙を散らす。

どうしてこうも無駄な抵抗をするのかと言う疑問さえ、その煙と同様に意味の無いモノとして散らされて消える。

 

――いや、既に答えは出ている。

 

()()から15分も経っているのだ。

高町なのはに私の砲撃が直撃していない事は、微かに感知したシャマルの魔力の残滓が教えてくれていた。

多少のダメージを負っていたとしても、助けたのがシャマルである以上は既に完治している筈なのだ。

だと言うのに、彼女が姿を見せていない。

他でもない、()()高町なのはがだ。

 

――未来視が使えない以上、直接聞くしか無いようですね。

 

この場で最も事情を知っている可能性が高い人物に狙いを澄まし、強化した飛翔魔法で一瞬のうちに距離を詰める。

 

「何を企んでいるのか、話して貰いますよ……八神はやて。」

「ほぉ……? 随分と私の事、警戒しとるみたいやなぁ?」

「貴女ではありませんよ。()()()()()()()()()()()()()()な彼女の事です。」

 

余裕を崩すまいとするはやての表情が、ほんの僅かに緊張する。ただそれだけで私の考えが正しかったのだと確信し――

 

 

 

「スターライトブレイカアアアアァァァァー!!」

「――ッ!?」

 

直後、上方から感じた膨大な魔力。

同時にはやての背後にシャマルの旅の鏡が開いた事には気付いたが、そちらへと対処する時間も惜しい。

即座にそう判断し、上空から降り注ぐ極大の砲撃に対して障壁を構える。

 

「――ぐっ……! この手応え、間違いなく高町なのはの……!」

 

スターライトブレイカーを受け止めた障壁が軋む音を聞きながら、思考する。

 

――一体何時の間に魔力集束を……!?

 

障壁越しのスターライトブレイカーから感じ取れる魔力波動は、間違いなく転生者達の物……だが、私は彼等の魔力が集束していくのを見ていない。

彼女はまさか、私の知らない奥の手を持っている……?

 

いや、だがそれももう問題は無い。

 

「――八神はやてには逃げられましたが、代わりに貴女を引き摺り出す事が出来た。そう考えれば、十分に成功と言っていいでしょう。」

 

スターライトブレイカーを防ぎ切った障壁を解除すると、こちらを見ていた高町なのはと目が合った。

何か迷いを振り切ったような、覚悟を決めた目だ。

 

「行くよ……レイジングハート!」

 

そう宣言する彼女が手に持った杖を一振りすると……周囲に一瞬で無数の魔法陣が現れ、夥しい量の魔力弾が濁流のように溢れ出した。

 

「質より量と言う訳ですか……愚かとしか言えませんね。」

 

見たところ、彼女はスターダストフォールによる瓦礫を漂わせてもいない。

私は今度こそ彼女を確実に墜とすべく、無数の誘導弾を放ち差し向けた。

 

――……? 何でしょう、この何とも言えない感覚は……?

 

視界に映る高町なのはに、奇妙な違和感を覚えながら。

 

 

 


 

 

 

――『頼み?』

――『うん、君にしか頼めない事なんだ~』

 

そんな念話が彼女……天野朱莉から繋げられたのは、つい数分前の事だ。

 

――『そうか……それは確かに、俺以外には難しいな……』

――『不安?』

――『まぁ、な……ちゃんと出来るかもそうだし、こう言うのって無許可だと拙いだろ。管理局法的に。』

 

頼まれたのはシンプルな役割をこなす事。

ただし、管理局法に引っかかりかねないような魔法を必要とする類の。

 

――『じゃあ、今の内に許可取っちゃいなよ。もう直ぐ念話も出来なくなっちゃうし。』

――『いや、元々アイツには勝手に念話しちゃいけないって仲間内の取り決めがあってな……まぁ、直接向かうわ。近いし。』

――『えぇ……? 何か面倒な縛り付けてるねぇ~……』

――『天使のお前なら分かるだろ? 転生者同士のちょっとした約束だよ。』

 

切っ掛けは何だっけ……? あぁ、そうだ。確か前世でストーカーされてたって言う、女性の転生者がそう言ってたんだった。

……まぁ、本人はストーキングされるのを嫌がった結果、今生では男に生まれてたけど。……そんな事は今どうでも良いか。

 

そんなこんなで直接会いに行こうとして、その直前で彼女達の会話を聞いてしまったんだ。

そう……天使の事情を打ち明ける朱莉と、()()()()()()()()()()()を。

 

同時に今までなのはと過ごした日々が脳裏を過った。

 

小学生の入学式で初めて見たなのは。

桃子さんと手を繋ぐ彼女の姿を見た時、俺は本当にリリカルなのはの世界に来たんだと感動したものだ。

 

朱莉に守られるように抱えられたユーノと出会い、レイジングハートと魔法を得たなのは。

思い返せばユーノとの出会いは最悪の形だったと思う。勝手な思い込みで追い回し、非殺傷とは言え魔法を向けた事は今でも俺の中で最大の汚点だ。

 

地球に降り注いだジュエルシードと言う脅威に、共に立ち向かったなのは。

ジュエルシードを二つ宿した怪物との戦いは、何処か夢心地だった俺に、初めて今居るのが現実だと実感させた。

 

いつしか日課となった訓練で模擬戦するなのは。

事情を知った今になって振り返れば、確かになのはの訓練の様子には違和感もあった。

周囲の転生者が他の転生者から色んな影響を受けて様々な魔法を開発していたのに対し、彼女にはそれが一切なかった。

勿論、彼女の琴線に触れる魔法が無かっただけかも知れないが……それでも彼女は周囲からの影響を受ける事が極端に少なかった。……まるで、『高町なのは』のイメージから離れすぎないように意識しているかのように。

 

その事に気付いた時、俺は強い眩暈に襲われた。

彼女がそうする理由に……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()に気付いたから。

 

――そうか、俺はあの時……ユーノだけじゃなく、なのはまで追い詰めていたんだな。

 

転生者だと判明したユーノを追い回した時、俺の脳裏にあったのは『こいつをなのはに会わせない』と言う思考だけだった。

言い訳になるが、一応は『邪な思惑でユーノになった転生者からなのはを守る』と言う理由からの行いだったのだ。

……そしてその結果、バカだった俺はバカなりに守ろうとしたなのはを誰よりも追い詰めていたって訳だ。

 

――まったく、どの面下げて会うって言うんだ。なぁ、神宮寺 雷斗(おれ)

 

その時会った神谷には、後でなのはに念話するなんて言ったが、どうにも話しかけ辛くて……結局、そのまま作戦開始の時間が来てしまった。

 

 

 

「――本当にやるのね? 多分、一番危険な役割だと思うけど。」

「ああ、時間は何が何でも俺が稼ぐ。……俺以外にはやりたくても出来ないからな。」

「……そうね、余計な質問だったわ。」

 

地上で待機していたティアナと作戦をすり合わせている内に、最後のキーマンであるシャマルも合流。「今回、私忙しすぎませんか!?」と弱音を吐きつつも、彼女はポジションについてくれた。

 

「タイミングは聖女がなのはの不在に疑問を抱き始めた時だ。……自分で引きずり出したと思わせるのが、一番疑問を持ちにくい。」

「ええ、そうね。……それと、口調には気を付けなさいよ?」

「……ああ、分かってる。」

 

――正直、そこが一番不安ではあるが。

 

≪今や!≫

 

「――っ! 合図だ!」

「了解!」

 

同時に目の前に開いた旅の鏡に身を潜らせる。

その直後、俺の眼下にははやてに肉薄する聖女の姿があった。

 

――こんなタイミングかよ! はやて、大丈夫なんだろうな!?

 

迷いは一瞬、直ぐに自分の役割(ロール)を思い出し、デバイスの切っ先を聖女に向ける。

構えているのは俺の愛用のデバイスだが、今は魔法によってその形を変えていた。

かつてテレビで見た、彼女のデバイスに。

 

すっ……

 

叫ぼうとして、言い知れぬ緊張感に口を結ぶ。

これを口にすれば、もう後戻りはできない。誰よりも危険な場所で、何よりも恐ろしい攻撃に晒されるだろう。

 

だけど――それはアイツがずっとやって来た事だ。

 

アイツはいつだって、一番危険な場所に居た。

ジュエルシード事件でも、闇の書事件でも……そして今も!

常に最前線で、誰よりも責任を背負っていた筈だ! 自分が負けたら終わりだと言う重圧と、常に付き合っていた筈だ!

 

そこに縛り付けたのは誰だ!? アイツに"なのは"と言う役割を演じ(のロールプレイを)させたのは誰だ!?

 

――お前だろう、神宮寺(おれ)

 

「スターライトブレイカアアアアァァァァー!!」

 

気付けば叫んでいた。その魔法の名前を、なのはの声で。

そして『王の財宝』から、前日になのはに頼み込んで入れて貰った魔法……今回の作戦での俺の切り札、『スターライトブレイカー』が放たれた。




なのは「実は割と楽しんでました」

補足としてティアナの役割は、王の財宝の揺らぎを幻影魔法でミッド式の魔法陣に偽装する事です。


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vs聖女⑨

<本当に大丈夫?>

「うん。シャマルも完治したって言ってたし……それに、皆が戦ってるのに私がビクビクしてる訳にも行かないよ。」

 

姉さんの心配そうな声にそう答え、私は上空へと向けた視線の先……なのはのスターライトブレイカーを防いでいる聖女の姿を、つぶさに観察する。

 

仮想空間を使用した訓練では幾度となく対峙した私の経験から言って、あの砲撃の規模と威力は他の魔法とは文字通り桁が違う。

1vs1の状況でさえそう感じられるあの魔法は、今この瞬間に於いては銀盾やはやて達の魔力さえ取り込み、その威力を更に高めているはず……それを障壁一枚で防げている事実が、天使の力の強大さをどんな言葉にも勝る説得力で伝えていた。

 

……それでもスターライトブレイカーならば、或いはあの障壁さえ貫いてくれるかも知れないと言う私の小さな期待は実る事無く、程なくしてスターライトブレイカーの光が細くなり――やがて消えた。

 

<……本当にスターライトブレイカーも克服されちゃったんだね。あの聖女を倒す方法なんて、あるのかな……>

 

姉さんはその光景を見て不安を大きくしてしまったようだけど、私はそうは思わない。

確かになのはのスターライトブレイカーは、今までどんな困難だって撃ち抜いて来た。先の見えない不安の闇を、いつだってその光で切り拓いて来た。

だからその一撃が防がれた事による動揺は、仕方のない事だと思う。

 

だけど……と、私は聖女から少しだけ視線を動かし、二人の姿を目に写すと言い聞かせるように口を開く。

 

「あるよ、絶対。だって――」

 

私が今も見つめる二人の表情は、姉さんも見ている。

ならば伝わる筈だ、私が信じる希望の根拠も。

 

「――はやてが、なのはがまだ諦めてないから。」

 

スターライトブレイカーが防がれてなお怯まず、更に次の一手を探る二人の姿が教えてくれる。

希望は強い力の事を指すのではなく、強い意思が伝える物なのだと。

 

「……行くよ。姉さん、バルディッシュ!」

<――うん!>

≪Yes,sir.≫

 

 

 


 

 

 

――直撃した……今度こそ。

 

私がなのはに放った無数の誘導弾は今度こそ回避の隙を与えず、その全てがあらゆる方向から彼女に襲い掛かった。

スターダストフォールで瓦礫の盾を構えていない今の彼女に誘導弾を防ぐ術はなく、どこか体の一部で防ぐにしても全方位からほぼ同時に直撃を貰ってはどうしようもない。

これでなのはは墜とされ、鬱陶しい銀髪オッドアイ達も動揺する筈。そうすれば、その隙を突いてこいつ等も一網打尽に出来る……

 

 

 

――その筈だったのに……

 

「……全く、今度はどんな小細工をしたのですか?」

「教えると思う?」

「いいえ。ですが、そうですね……答える気が無いのなら――」

 

煙が晴れた時、なのはは変わらず無傷でそこに居た。

バリアジャケットにもまるでダメージは無く、どう防いだのかも見当がつかない。だが、それならば――

 

「つまらない手品のタネが割れるまで、只管に撃てば良いだけの事。」

 

そう言って、再び私は無数の誘導弾を放つ。

今度は一斉に直撃させたりはしない……一つずつ、しかし絶え間なく着弾させ続け、先ずはその薄っぺらいベールを……!?

 

――殺気!

 

「――くっ……!?」

「……惜しい。」

 

ギリギリ身を躱したところに現れたのは、ライオットザンバー状態のバルディッシュを構えたフェイト・テスタロッサだった。

彼女は呟く様に一言だけ残して、そのまま私から距離を取るように飛翔する。

そして、私が再びなのはへと視線を移した時には既に……

 

――な……っ! バカな、一体どうやって……!?

 

……魔法に干渉されない筈の天使の力で編まれた私の誘導弾は、その全てが()()()()()()()後だった。

 

 

 


 

 

 

魔法をすり抜けると言う誘導弾を、俺が撃ち落としたのが分かったのだろう。

こちらを見る聖女の表情は、一目で分かるほどに動揺していた。

俺はそんな彼女に対して余裕の笑みを浮かべながら……

 

――あっぶねぇぇ! フェイトが来てくれたおかげで、()()()()()()()()()()()

 

内心バックバクだった。

 

聖女の魔法に対しては魔法による障壁も迎撃も無意味である事や、なのはがそれに対してどう対処したかに関してははやてから聞いて知っていた。

だが、生憎と俺はスターダストフォールやそれに似た魔法を得意としておらず、なのはと同じ方法による対処は出来ない。

 

しかし、はやてから受け取った情報は俺に一つの策をひらめかせた。

ただし一つだけ問題があるとすれば……

 

≪……驚いた、神宮寺だったんだね。その『なのは』。≫

≪……おう、本物のなのはを探させない為のダミー役だ。フェイトも俺の正体がバレないように協力してくれるか?≫

≪うん、勿論。でも……凄いね、()()が無ければまだ気付かなかったかも。≫

 

声に振り向けば、目をぱちくりとしているフェイトと目が合った。

彼女の反応で分かるように、見れば一瞬でバレるのだ。この対処法は。

勿論その正体が神宮寺(おれ)である事まで分かるのは、俺と付き合いの長い銀盾やフェイト達くらいだろうが、それでも『なのはではない』という事は一瞬で看破される。だって――

 

≪あの時、母さんが虚数空間に落ちないようにしてた魔法だよね、今の『銀色の玉』って。≫

≪ああ。神場の奴に嫌と言うほど詰め込まれて以来、一切使い道が無かった産業廃棄物だよ。≫

≪あはは! でも役に立っちゃったね!≫

 

そう……アリシアが言う様に、よりにもよってアレが役に立ってしまったのだ。

小学生の頃、事ある毎にむやみやたらと突っ込まれて来たアレが。

……まさか対して威力もなく、物理的に干渉できるってだけの魔法がここまで刺さる状況があるなんて思いもしなかった。今はアイツの悪ふざけに感謝しかない。だが――

 

≪……神場には言うなよ、アリシア。絶対アイツ調子に乗るから……!≫

≪え~? どうしよっかなぁ~?≫

≪頼むから! 今度何でも奢るから!≫

 

それはそれとしてドヤ顔されるのは何か腹立つので絶対に知られたくない!

 

≪――そこぉ! いつまでも喋っとる場合やないで!≫

 

っと、そうだった。

さっきの銀色の玉が聖女に見られなかったのは、あくまでフェイトが介入したからだ。

再びさっきと同じような攻撃に晒されれば、結局俺もまた同じ対応をしなければ防ぐ事は出来ない。そして、それは聖女にも解っている筈。

今度こそ確実に俺の手札を暴く為、さっきよりも念入りに追い詰めて来るだろう。

 

≪……そう言う訳だから協力してくれ。フェイト、アリシア。≫

≪うん。要するに私達が聖女の眼を引き付けて、ここにいるのがなのはじゃないってバレないようにすればいいって事だよね?≫

≪頼む。聖女はなのはの魔法を警戒しているから、攻撃は俺程は来ない筈だが……それでも回避優先でな。≫

≪了解!≫

 

そのやり取りを終えるやいなや、フェイトはライオットザンバーを構えて聖女へと向かっていった。

 

――さぁて……ここからが本番って感じか。

 

動揺から立ち直り、先程よりも多くの誘導弾を放ってきた聖女を見て、俺も気を引き締める。

 

――綱渡りだな。一つでも選択を誤れば、その瞬間にアウト。残弾が尽きてもアウトって訳だ……

 

一度きりの切り札であるスターライトブレイカーはもう使った。聖女に障壁を張らせて時間を稼ぐ事は、もう出来ない。

幾つか砲撃魔法も借りてはいるが、通常の魔力弾程のストックは無い。牽制にしかならないだろうが、それでも使いどころは選ばなくてはならないキーカードだ。

かと言って、魔力弾のストックだって中々扱いが難しい。温存しているなのはの魔法には、小学生の頃に入れて貰った物も混ざっている。

明らかに魔力量も構築も甘い術式のそれらは弾幕の水増しには使えるかもしれないが、下手に使えば俺の偽装が暴かれる要因にもなりかねない。

 

朱莉が言ってた準備がいつ終わるのか分からない以上、この手札で可能な限り時間を稼がなければならないって訳だ。

……そして、そんな事を考えている間にも、俺の周囲を聖女の誘導弾が取り囲んでしまった。

 

フェイトもシグナムやヴィータに加勢する形で果敢に斬りかかってはいるが、誘導弾を幾つか差し向けられており、思ったようには攻めさせて貰えていないようだ。

幾度か間合いを詰める事には成功しているが、連撃を加えるだけの余裕は与えて貰えず、容易に回避されている。

ライオットザンバーで誘導弾を切り裂けないかも試していたが、シグナムのレヴァンティンやヴィータのグラーフアイゼンとは違い、やはりすり抜けていた。斬撃を放つと言っても、あれもやはり魔法と言う事なのだろう。

 

――さっきよりも弾速が遥かに上がっている……! 聖女も本気で見極めに来ているな。

 

正直もう神場の魔法に頼らなければ防げない段階だ。

当然だが、聖女の眼は今も俺に向けられている。使えば俺がなのはではないと気付かれる可能性が非常に高い。

しかし、使わなければ俺の役割である時間稼ぎも果たせるか危うい。

 

――仕方ない……か。だったらせめて、なるべく聖女の誘導弾で隠れるようにして……!

 

王の財宝の揺らぎが開く。勿論揺らぎはティアナの幻影魔法により、なのはが使うミッド式の魔法陣に偽装されている。

そして、その中から……()()()()()()()()()()()()

 

――え?

 

俺は一瞬、射出する魔法を間違えたのかと思った。

だが、直ぐにそれはあり得ないと思いなおす。この世界で生まれてからと言う物、ずっと使って来た能力だ。中に収められている魔法がいくら増えようと、今更そんなミスはしない。

 

――まさか……!

 

放たれた魔力弾は聖女の誘導弾に接触すると、相殺するように爆発した。

それが意味するところは一つ――

 

≪ちょっと、神宮寺! そう言う魔法を使うなら最初にそう言いなさいよ!≫

≪済まん、助かった……ティアナ!≫

 

ティアナの幻影魔法だ。

幾つも発生させている揺らぎに加えて、神場の魔法もアドリブで偽装してくれたのだと理解した。

 

≪見た目と魔力波動を誤魔化しただけよ。軌道や弾速をじっくり観察されたら多分違和感が出るから、気を付けなさい。≫

≪ああ、分かった。引き続き頼めるか。≫

≪なのはさんの教えを受けた一人として、役割は果たすわ。任せなさい。≫

 

――頼りになるな、全く……!

 

確かに見た目は偽装されているが、弾速や軌道は誤魔化せない。

それそのものに推進力がある魔力弾に比べれば当然遅いし、軌道も重力の影響を強く受ける。

だが、それは俺が上手く扱ってやればいいだけの話だ。

 

――ここまでアシストされておいて、今更弱音なんか吐けるかよ!

 

俺はあくまでも時間稼ぎだ。墜とされるまで戦い、その時間をなるべく遅らせるのが俺の役割。

だが、撃ち落とされるまでは俺が『高町なのは』なのだ。

 

――なのははどんな強敵にも怯まない、どんな脅威からも逃げない。そして……

 

アイツがずっと背負って来た『なのは』と言う重責……今だけは(偽物)が勝手に背負わせて貰う。だから……

 

――最後は絶対に勝つんだよ!

 

お前(本物)にしか果たせない役割だけは……とどめは任せるぞ、なのは!

 

 

 


 

 

 

「――どう? 操作にはもう慣れて来た?」

「うん、大分コツは掴んだと思う。」

 

直径5mしかない狭い結界内を、薄桃色の魔力弾が私の意志で縦横無尽に飛び交っている。

結界の淵にも、その中にいる私達の誰にも触れる事なく、延々と。

 

「……使ってみると、不思議な力だね。凄く強くて、魔力とも全然違う質なのに良く馴染む……」

 

扱う前は水と油だったそれは、一度制御に成功すればまるで元々一つだったようにスムーズに溶け合う。

しかし、その性質は変わらない。

私の魔力が混ざっているのに、普通の魔法には干渉しない事も出来る力……

 

「そう言う物だからね。仕組みの解説は、ちょっとこの世界に無い言葉が幾つも必要だから出来ないけど。」

 

そう言うと朱莉ちゃんは自身の手から魔力弾を放ち、私の操作する魔力弾に差し向ける。

そして次の瞬間二つの魔力弾は接触し、激しい爆発が起こる。

手の平サイズの魔力弾同士の衝突で発生したとは思えない程の爆風に、思わず腕を盾に頭を守る。

 

「くっ……! 朱莉ちゃん……!?」

 

急に何をするのかと目で訴えると、朱莉ちゃんは満足気な笑みを浮かべてこう言った。

 

「今のが相殺できたなら、力の操作は十分出来てるって事だよ。」

 

詳しく聞けば、もしも私の魔力と天使の力のバランスが悪いと、今の魔力弾は透過してしまったり一方的に私の魔力弾だけが破壊されていたらしい。

そして、今のがこの先の手順に進めるかどうかを測る最後のテストだったのだと言う。

 

「これで、いよいよ最後のステップに行ける……思ってたよりもずっと速くて驚いちゃった。正直、後数十分は覚悟してたんだけどね~。」

 

朱莉ちゃんはその笑顔のまま「流石教導官、魔力の操作に関しては私よりもずっと上だね。」と言うと、一転して表情を引き締めた。

 

「――ここからが地獄だよ。なのはちゃんのリンカーコアに私の力を深くまで流し込んで、強引に適合させる……覚悟は良い?」

 

本当の地獄を知っている天使がそう言うのだ、きっと私の想像を絶する苦痛を伴うのだろう。

しかし、それについてはこの訓練を熟す中で既に聞いていた事。彼女の問いも、あくまで心の準備を済ませたかの確認でしかない。

 

……恐らくは聖女もこれをやったのだろう。きっと私よりもずっと時間をかけて。

それと同じ成果をこの短時間で得る為の方法がこれしかないのだ。

だったら、私の答えは一つ。

 

「何時でも良いよ……覚悟なら、ずっと決めてる。」

 

そう言って背を向けると、少しの間をおいて朱莉ちゃんの手がリンカーコアの位置に添えられ……私の四肢がバインドで固定された。

 

「ゴメンね、暴れられると危ないから。」

「……大丈夫、分かってるよ。」

 

ホントはちょっと驚いたけど、ついでにちょっと恐怖がぶり返しちゃったけど、それを気取られないように深呼吸して……

 

「――良いよ……やって。」

「うん。……今までずっと頑張って来た貴女に、こう言うのは変かも知れないけど……頑張って。」

 

朱莉ちゃんがそう言った直後、私のリンカーコアに激痛が走り――

 

 

 

――そこから先は、覚えていない。




あまり細かい描写は出来なかったので補足しますが、レヴァンティンやグラーフアイゼンの様なアームドデバイスならば物理的に干渉する事で聖女の誘導弾に対処できます。
これはあくまでも頑丈な作りが強みのアームドデバイスだからで、インテリジェントデバイスやストレージデバイスではフレームの強度の関係で不可能(やると即破損する)です。


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vs聖女⑩

「……ちゃん! 起きて、なのはちゃん!」

「――んぅ……?」

 

私を呼ぶ声と、揺らされる体の感覚で目が覚める。

目を開けば、涙で滲んだ視界一杯に必死の形相を浮かべた朱莉ちゃんの顔があった。

 

「ここは……ッ! そうだ、私は朱莉ちゃんに力を注がれて……それで……?」

 

周囲の様子から何とか状況を思い出したものの、どうにも前後の記憶が曖昧だ。

いつの間にか眠っていた事から考えても、恐らく私は苦痛によって意識を失ってしまっていたのだろう。

 

「――痛っ……? これ……」

 

上体を起こそうとして手首に感じた鈍い痛みに視線を向けると、そこには鎖の様な痕がくっきりと残っていた。

 

「覚えてない? リンカーコアに私の力を流し込んだ後の事。」

「あ……」

――そうだ、この痕は私が……

 

朱莉ちゃんのその言葉で記憶が刺激され、途切れ途切れではあるものの思い出してきた。

リンカーコアが張り裂けそうになる感覚や、そうして入った罅に得体のしれない物が潜り込むような不快感。

そんな激痛と異物感が絶えず交互にやって来て……そしてふと、一瞬全ての感覚が遠ざかる喪失感。

このまま死ぬんじゃないかと言う不安を何度感じただろう。

 

何でも良いから感覚が欲しくて……今も生きている証明として無意識に痛みを求めた私は、バインドの鎖を手首に食い込ませたのだ。

死ぬ訳にはいかなかったから、私は戦わなきゃいけないから……

 

「全く、無茶するのが癖になってない? ……そうさせてる私が言う事じゃないけどさ。」

 

そう言いながら私の手首に付いた痕を魔法で治してくれている朱莉ちゃんに、適合は成功したのか尋ねると彼女は優しい笑みを浮かべた。

 

「よく頑張ったね、おかげでバッチリ大成功だよ。」

「! ……良かった……!」

 

ホッとなでおろした胸に手を添えると、確かにそれまで無かった筈の力を感じる。

私のリンカーコアが朱莉ちゃんの――天使の力を溜めて置けるように、適合したと言う事なのだろう。

 

「――さて、コレで痕も残らずキレイに元通り。戦う準備はもう出来た?」

「うん……いつでも良いよ。」

 

今なら負ける気がしない……とまでは言えないけど、聖女に対抗できる力が身に付いた感覚がハッキリとある。

今も時間を稼いでくれている皆の為にも、少しでも早く戦場に戻らないと!

そう気合を入れ、結界を解除して貰うべく神谷君の方へ視線を向けると、彼は何処か迷っている様な表情で確認してきた。

 

「……本当に行くんだな?」

「うん!」

 

私が迷う事無く答えると、彼は一瞬辛そうな表情を浮かべ……観念したように肩を落とした。

 

「…………わかった。」

 

その言葉と同時にドーム状の結界の天辺に罅が入ると、まるで空間を切り取ったような破片がパラパラと降り始め、地面に触れるよりも早く空気に溶けていく。

そんなどこか幻想的な光景に目を奪われていると、朱莉ちゃんが最後に一つだけと話しかけて来た。

 

「天使の力は魔力よりも強いエネルギーだ。当然、力を流されるレイジングハートにも強い負担を強いる……普段以上に扱いは慎重にね。」

「――! ……分かった。」

 

朱莉ちゃんの忠告を受けて、扱う力の危険性を再認識する。

その緊張が表情にも出ていたのか、朱莉ちゃんは私を安心させるように背中を叩くと、笑顔で言った。

 

「大丈夫。いざという時は私が助けるからさ。」

「うん、ありがとう。……行って来るね。」

 

結界はまだ完全には消えていないが、既に私一人が通れる程度の穴は開いている。

それと同時に漏れ出した外の魔力からある程度の状況を把握した私は、一刻を争う状況に駆けつけるべく飛び出した。

 

 

 


 

 

 

――なんて声をかけるべきだったのだろう。

 

結界に開いた穴から飛び出すなのはを見送り、一人考える。

彼女はハッキリと覚えていないようだが、俺の脳裏にはなのはに天使の力を適合させる際の光景はくっきりと焼き付いていた。

 

一言で表すならば……陳腐な表現にはなるが、地獄だった。

朱莉が背中に手を当てている間、彼女はずっと悲鳴を上げ続けていた。

苦痛に理性を飛ばし、涙を流し……そんな姿を前に、俺は何の力にもなれない無力感に押しつぶされそうだった。

 

そして、今も俺は見送る事しか出来なかった。

 

「――君もお疲れ様。最後の方、良く耐え抜いてくれたね。」

「……いや、それは朱莉のおかげだ。朱莉が回復してくれてなければ、結局俺は――」

 

なのはの適合が終わろうとしていた数分間、俺の結界は内側で膨れ上がったなのはの力に絶えず苛まれていた。

直ぐに気付いてくれた朱莉の手助けが無ければ、俺は魔力ダメージによるブラックアウトで気絶していただろう。

 

「ううん、君のおかげだよ。そもそも君がこの魔法を完成させてなければ、彼女の適合はもっと苦労していた筈だしね。……だから、元気だしな。君はちゃんとなのはちゃんの力になれてたよ。」

「……ああ、ありがとう。」

 

俺の肩を叩きながら朱莉がかけてくれた励ましの言葉に、ネガティブになっていた心が軽くなるのを感じていた。

 

 

 


 

 

 

「くっ、ここまでか……グワーッ!」

「神林ィィーーーッ!!」

 

――『俺の特典? あらゆる魔法に対する完全適性だぜ! 使い手の少ない治癒魔法もバッチリよ!』

――『はぁ……はぁ……! 適性があっても、やっぱり鍛えないと使い物にならないだろ? 俺も、アイツの力になりたいからな……!』

――『諦めてんじゃねぇぞ! お前の思いはそんなもんだったのかよ!! 超えるんだ! 社会の赤点……!』

――『なんで男子の水着ってブーメランなんだろうな?』

 

拙い……神林が墜とされた! 脳裏に彼との思い出が流れ去っていく!

治癒魔法が得意な神林が墜とされてしまえば、聖女の誘導弾を体の一部で防ぐと言う対処法が使いづらくなる……聖女め、どうやら俺達の動きをしっかり観察していたらしい……!

 

「ちぃっ……流石に厳しいか……! グワーッ!」

「神藤ォォーーーッ!!」

 

――『あの人? ……ああ、俺の親代わりのユニゾンデバイス。フィオナって言うんだ。』

――『……良いだろ? べつに。ユニゾンデバイスにカーネーション送ったってさ。』

――『勉強会なら家でするか? 母さ……フィオナが色々教えてくれるんだけど、それが分かりやすくて……なんだよその顔? 何が言いてぇんだよ!?』

――『プールの授業は良いけど、ブーメランはやっぱ勘弁だなぁ……』

 

くっ……! 母親代わりにめっちゃ美人で優しいユニゾンデバイスを貰った神藤がやられた!

カーネーション送った辺りからフィオナさんの愛情が重くなって行ったけど、ぶっちゃけ羨ましさの方が強かったぞこの野郎!!

どうやら意識を失ったらしい神藤の身体から、彼のユニゾンデバイスであるフィオナさんが出て来てお姫様抱っこで戦線を離脱していく。

……今更だけど、二人そろって銀髪オッドアイだとユニゾン前後の見た目全然変わらんな……

 

「拙い! しくった! くそっ……グワーッ!」

「神瀬ェェーーーッ!!」

 

――『訓練? ……ああ、悪い。今日は士郎さんのチームの試合があってさ。』

――『今度の試合、見に来てくれよな!』

――『この食い込む感じ……懐かしいな、ブーメラン……』

 

小学校の頃は訓練よりも士郎さんのサッカーチームの試合を優先していた神瀬が!

素の運動神経は誰よりも高いけど、やっぱり魔法戦ではあまり活かされなかったか……!

 

「すまん、はやて……グワーッ!」

「神野ォォーーーッ!!」

 

――『ん? ……ああ、その本ならあの棚の下から二段目の奥から37冊目だな。この図書館の本の配置なら全部覚えてるぜ!』

――『ブーメランパンツかぁ……前世じゃ気にしてなかったけど、今は女子からどう見られてるのか気になるよな。特にはやてとか。』

 

はやてと会話する為に図書館の本の配置を暗記する狂気に足を踏み入れた神野までもが!

 

「――どうやら、そろそろ息が切れて来たようですね。」

 

そう言って、周囲を余裕たっぷりと言った様子で聖女が見回す。

 

……くそ! やっぱり戦闘が長引く程、魔力の消費が激しいこっちが不利になる!

流石のなのはも魔力の残りが少ないのだろう、砲撃の回数は減り、放たれる魔力弾も威力を抑えた直射弾が中心だ。

だが、だからこそ使える切り札がある! 俺達はもうそれに賭けるしかないからこそ、こうして魔力を盛大に使って戦って来たんだ!

 

「……ですが、狙いは分かっています。大気中に溢れるこの魔力……スターライトブレイカーはもう撃たせません。」

 

――拙い、聖女も転生者だ! 気付いていたか!

 

「行かせはせん! 雲霞――」

 

なのはの方へと向かおうとする聖女の前に回り込んだシグナムが、雲霞滅却の炎の渦に飲み込もうとするが……

 

「判断を誤りましたね、シグナム……」

「ば……バカな……!」

 

あろう事か聖女は、莫大な魔力を宿して大渦を巻くレヴァンティンの先端をその手で掴んで技の発動を強引に止めてしまった。

 

「貴女のこの技……私にとって、最後に放たれる超音速の刺突以外は大したダメージになりません。……雑魚を散らす技では私には届かない。」

「く……ッ! ならば!」

 

技を止められたシグナムは即座に手首をスナップさせ、蛇腹剣と化していたレヴァンティンで聖女の身体を絡めとる。

聖女も回避が間に合わず、蛇腹剣による拘束は成功。そこに――

 

「喰らえェ!! 崩天爆災!」

≪Spiral schlag!≫

 

ヴィータが振り下ろす巨大なグラーフアイゼンが追撃をかけた。

振り下ろされた槌の先端はラケーテンフォルムのように変形しており、ドリルのように回転する巨大な切っ先が単なる魔力ダメージでは済まないであろう威圧を放っている。

しかし――

 

「なっ……!?」

「邪魔をするのであれば仕方ありません。」

 

聖女はその一撃を障壁で受け止め――

 

「レヴァンティン……!」

「アイゼン……!」

 

拘束を強引に引き千切る事でレヴァンティンを、障壁の解除と同時にグラーフアイゼンに向けて放った砲撃でグラーフアイゼンをそれぞれ破損させた。

 

「核は無傷で済ませています。しばらく大人しくしていてください。では――」

「待て……!」

「落ち着け、ヴィータ! ……レヴァンティンとグラーフアイゼンがこの状態では、我々は足手纏いだ……!」

「くそ……ッ! ちくしょォォーーーーーッ!!」

 

ヴィータの叫びを背に、しかし気にも留めずに聖女はなのはの元へ向かう。

 

「おっと、まだ俺達が残ってるぜ!」

「二人の抵抗は無駄にはしない……!」

 

だが二人が稼いだ時間で回り込んだ剣崎と神木が――

 

「邪魔です。」

「「グワーッ!」」

 

一瞬で墜とされる。

 

――拙いな……! スターライトブレイカーの威力を上げる為とは言え、みんな魔力を使い過ぎたか……!

 

かく言う俺も既に魔力切れ間近であり、飛翔魔法の速度が出せない。

剣崎と神木は寧ろ、上手く魔力を残せていたほうなのだ。

 

「ディバインバスター!」

「――ッ!」

 

二人を墜とした隙を突いて放たれたディバインバスターも、すんでのところで回避されるが……

 

「ライオットザンバー!」

「ちぃ……ッ!」

 

続けて強襲をかけたフェイトの斬撃は、障壁を使って防ぐしかなかった。

 

「――なのは!」

「! ……う、うん!」

 

その隙になのはの手を取り、フェイトは高速で聖女と距離を取ろうとする。

しかし――

 

「なのはを連れたその速度で、コレが躱せますか?」

 

完全に止めを刺すつもりなのだろう。

聖女が二人へと向けた砲撃の術式は、解析する限り速度特化の物だ。

 

「っ!!」

「フェイト……ちゃん! 私は大丈夫だから!」

「でも……!」

 

互いを庇い合うように一瞬の口論。

 

「――遅い!」

 

そして放たれた聖女の砲撃。

 

「……ッ!!」

 

高速で迫る脅威を前に、なのはがフェイトを突き飛ばすのが見えた。

もう誰もなのはを守れない。

 

そして、砲撃がなのはを飲み込む――その刹那。

 

――ッ!!? なんだ……この魔力……!?

 

地上の方から突如として異常な魔力が放たれ――

 

「……してやられましたか。」

 

気付けば、聖女の砲撃は散らされており……聖女の前には()()()()()()()が立ちはだかっていた。




銀髪オッドアイ達の殆どはなのはの事情を知りません。


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光vs凶星①

戦場が静寂に包まれていた。

 

聖女もミッドチルダの銀盾も、その光景を前に全ての動きを停止させていた。

 

「――ゴメンね、無理をさせちゃって……今まで時間を稼いでいてくれて、ありがとう。」

 

誰も言葉すら発しない中、口火を切ったのはなのはだった。

彼女は自らの背後にいる()()()()()()()()に対して言葉で謝意を示すと、ここからは任せろと伝えるようにレイジングハートを聖女に向けて構える。

 

そんななのはの様子を見て、もう一人のなのはは安堵のため息を吐くと……その身体を光が包み、中から一人の男――神宮寺がその正体を現した。

 

「謝るのは寧ろ――」

 

神宮寺はそこで逡巡し、途中まで吐き出した謝罪の言葉を飲み込むと……

 

「……いや、何でもない。間に合わせてくれて、ありがとな。」

 

代わりに感謝のみをなのはに伝えた。

神宮寺が飲み込んだ謝罪の意図はなのはには分からなかったが、何となく追求しない方が良い予感がしたなのはは気にする事を止め、目の前の敵……聖女の放つ力を観察する。

 

――さっきまで……朱莉ちゃんからこの力を貰うまでは分からなかったけど、今なら分かる。聖女はまだ、天使の力を完全には掌握出来ていない……! 作戦の開始を早めたはやてちゃんの判断は、やっぱり正しかったんだ!

 

天使の力は本来魔力と干渉する性質を除いても、単純な出力だけで魔力とは比べ物にならないエネルギーだ。

朱莉から力を注がれた時、全身でその力を味わったなのはは当然良く知っている。

だからこそ、こうして改めて向き合った時、聖女が"未完成"である事も直ぐに分かった。

完成する前の今でなら……否、完成していない今しか倒せない存在。

そしてそれが可能なのは、朱莉も言っていたようになのはとレイジングハートだけなのだ。

 

「――皆、地上に()()していて。私が聖女を倒すから!」

 

だからこそ、なのははこの場に居る全員に対してそう告げた。

魔力が残り少ない銀盾や、デバイスが破壊されたシグナムとヴィータだけではなく、まだ余力を残しているはやてやフェイト、神宮寺に対しても同様に()()を呼びかけた。

 

「ほう?」

「なっ……大丈夫なのかよなのは!?」

「そりゃあ魔力の残ってない俺達は足手纏いだろうけど、はやて達はまだ……!」

 

「――なのはちゃん……もう、本当に大丈夫なんやな?」

「うん……絶対に、今度こそ勝つよ。」

 

――有無を言わさへんって目やな。こうなったなのはちゃんを説得するんは難しい……それに……

 

はやては既に気付いていた。なのはの発する魔力の中に、僅かに天使の力が混じっている事を。

 

――……託すしかない、か……

「……分かった。任せるで、なのはちゃん!」

 

最初、なのはの言葉に動揺していた銀盾達も、はやてがそう納得して地上へと降りていく姿を見て、彼女に続くように一人、また一人と地上へと避難していく。

 

「なのは……ごめんね、最後の最後でなのは一人に任せる事になっちゃって……」

「ううん、フェイトちゃん達が頑張ってくれたおかげで、今の私があるんだよ。ここから先は、私がフェイトちゃん達全員分戦うから……だから安心して、任せて!」

「うん……!」

 

 

 

「――本当に、私と1対1で戦うつもりですか。」

「そうだよ。今の私なら、貴女と対等の条件で戦えるから。」

「対等……ですか。」

――先程私の砲撃をかき消した魔法……まさか……?

 

なのはと聖女以外の全員が去った空で、二人は向かい合う。

静かな声の様子とは裏腹に、二人の間にはピリピリとした緊張感が流れていた。

 

「決着をつけよう。」

「……良いでしょう。貴女を倒せば、はやての希望も消える。私にとっても都合が良い。」

 

そのやり取りの後、一瞬の静寂……そして、同時に二人の身体から力が溢れ出した。

 

「レイジングハート!」

≪Accel shooter.≫

「喰らいなさい!」

 

発動は全くの同時、そしてなのはのアクセルシューターに対して聖女が選択した魔法もまた、アクセルシューターと同じ誘導弾だった。

だがなのはの放ったアクセルシューター20発に対し、聖女が放った誘導弾の数は40以上。

最初の1手で数的有利を作り出した聖女は、更なるダメ押しとして未来視を使い、なのはの動きを見ようとするが……

 

――っ! なのはの未来にノイズが……天使の力の影響? いえ、それにしてもこのノイズの量は……!

 

その瞬間、聖女はなのはが転生者である事を確信する。

これまでなのはがその気配を一切感じさせていなかった事もあり、聖女の思考にほんの僅かな乱れが生じたが……

 

――なのはが転生者だろうと同じ事! なのはがアクセルシューターを使用し、自ら動きを封じた事は変わらない……ならば、態々未来を視る必要もない! この数の差を利用し、このまま一気に倒すまで!

 

聖女は誘導弾の軌道を直接なのはを狙うように操作し、一斉に放つ。

 

それは焦りと言うにはあまりにも僅かな思考の乱れだった。

互いに誘導弾を展開し、その弾速も同等。その上で弾数は自身が遥かに上回っており、さらに相手は動けない。

例え冷静な状況だとしても、同様の選択をする者は多いだろう。

 

だが、聖女が本当に冷静だったならば必ずしただろうと言う一つの警戒が、この時の彼女には確かに欠落していた。

 

「――『バースト』!」

「なっ……!?」

 

聖女の見ている前で、なのはのアクセルシューターが複数個融合し、魔力球を形成する。

そして、なのはを真っ直ぐ狙う軌道で放たれたが為に集中していた聖女の誘導弾群の中心に突っ込み……大規模な魔力爆発を引き起こした。

 

「くっ――!」

――アクセルシューターにコマンドワード!? なのはのアクセルシューターにそんな性質は無かった筈……!

 

そう、聖女はなのはが()()()()()()()()()()生じる変化を見落としたのだ。

即ち扱う魔法の変化……聖女の記憶にあるなのはの情報が、全く役に立たないと言う事実を。

 

――誘導弾の大半が一瞬で消し飛んだ……やはり、なのはも天使の力を……!

「――『バスター』!」

「砲撃……ッ!?」

 

なのはが残ったアクセルシューターを束ねて放った砲撃は寸でのところで回避されたが、今の攻防で握ったイニシアチブを逃すまいとなのはは更に追撃をかける。

 

≪Restrict Lock.≫

「バインド……!」

 

回避した直後、聖女を中心とした範囲に向けて放たれた拘束の術式。

その効果範囲から逃れるよりも早くレストリクトロックの術式が発動し、聖女の四肢と腰部を捉えるべく計5つの光輪が現れた。

 

――未来視!

 

その瞬間、聖女は未来視を発動。

自身を中心に枝分かれする未来の中から、『レストリクトロックを解除した未来』の光景を見る事でレストリクトロックの『式』の情報を得ると、完全に拘束されるよりも早くレストリクトロックを解除して離脱する。

 

「一瞬で……!?」

――聖女にはバインドが効かない……!?

 

天使の力を扱う事でレイジングハートにかかる負担を考慮し、短期決着を狙ったなのはだったが、どうやらそれは難しそうだと察する。

 

それと同時に、自身の周囲に聖女の遠隔発動で現れた複数の魔法陣。

なのははそれらが全てバインドの類の術式であると看破し、これが聖女の意趣返しと理解する。

 

≪Axel fin.≫

 

飛翔魔法の速度を高め、魔法陣の包囲から一足早く離脱するが、魔法陣から現れた鎖状の拘束術式がなのはを追って殺到する。

 

「レイジングハート!」

≪Short Buster.≫

 

しかしなのはは聖女が放ったバインドの鎖が一塊になるように誘導し、ショートバスターの一撃でその術式を魔力任せに強引に焼き切った。

 

「――ふぅ……!」

「……随分と強引な対処をするのですね。」

 

そんななのはの対応に、若干引いたような表情で聖女が声をかけた。

 

「どうやら貴女も天使の力を扱えるようになったようですね。……天野朱莉――()()()()()使()どもめ、あの時完全に止めを刺しておくべきでしたか。」

「卑怯者……?」

 

聖女がぼそりと零した一言が気になったなのはがオウム返しに問いかけると、聖女はまるで鬱憤を吐き出すように語り始めた。

 

「さっきまでその存在さえ知らなかった貴女には知る由もないでしょうね。彼女達は調停者としての力と使命を受けてこの世界に存在していますが、いざ自身の手に負えない敵が現れれば、その使命さえ放り出すのですよ。――例えその結果、守るべき者の命が断たれようとね。」

「……貴女は過去に親しい誰かを見捨てられたって事? それで天使を憎んで――」

「いえ、過去ではありません。……ですが、私は()()()()。この眼で、転生者が転生者との戦いで命を落とすところを。――そこに天使の姿は無かった。だから私は力を求め……結果的にではありますが、こうして天使の身体と力を奪ったのですよ。」

 

聖女の言葉から隠し切れない怒りを感じたなのはは、これこそが聖女の行動の根源に……即ち"滅び"に関わる情報だろうと判断し、少しでも情報を得るべく問いかけた。

 

「――そう、貴女はその()()を助ける為に天使の力を……でも、だったらどうして私達を頼らなかったの? 私達は時空管理局。そう言う事態に対処する為の機関なんだよ?」

 

しかし、なのはのその問いかけに聖女は表情を歪めた。

 

「……頼れる訳がないでしょう。他でもない、貴女達にだけは頼る訳には行かなかった。」

――私が視たその"誰かの死"こそ、他でもない"貴女達の死"なのだから。

「――?」

 

聖女の言葉の意味になのはは気付く事は出来ない。

未来の光景を知らないが故のその反応に、聖女はその意思を強めてなのはに向き合う。

 

「……問答は終わりです。どの道、私が貴女に勝てないようでは私の悲願は成就しない。私はあの未来を変える……例え何を壊しても、誰を利用しても……!」

 

直後、聖女の姿は転送の術式に包まれて、なのはの目の前から消えた。




神宮寺が謝罪の言葉を呑み込んだのは、過去の行いに関する謝罪はなのはに対して「お前が転生者である事を知っている」と伝えてしまうのと同義だからです。


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光vs凶星②

メリークリスマス(イブ)!


転送魔法で跳んだ先で私を待っていたのは、この事態を想定していたかのように迎撃を試みるトーレのIS――ライドインパルスの光刃だった。

 

「――こちらに来たぞ、チンク! オットー!」

「分かってる! 予定通りにオットーは連絡を!」

「うん!」

 

連続して放たれるライドインパルスを障壁で防いでいる間に何やらやり取りを交わしていたチンクとオットーだったが、間もなくしてオットーが私に背を向けて何処かへと飛び去った。……恐らくは増援でも呼びに行ったのだろう。私がここを狙う事は、如何やら想定されていたらしい。

 

「……ジェイル・スカリエッティですね、貴女達をここに配置したのは。」

「そうだ。そしてお前がここに来た時は、なのはとの戦いで不利を悟ったと言う事だとも聞いている。」

「――()()()()の回収はさせない!」

 

そう言って、妙に身長が高いチンクが投擲してきたのは無数の短剣。金属製のそれは、投擲された時には既に彼女のISによって変質しており――

 

「『ランブルデトネイター』!」

「貴女達の能力は全て知っています。」

 

私が障壁でそれを防いだ瞬間、内側から破裂するように爆発した。

チンクのIS『ランブルデトネイター』は、一言で言ってしまえば『触れた物を爆弾にする能力』だ。

ただの金属製の短剣と侮れば手痛い打撃を受ける……確かに面倒な能力ではあるのだが、知っていれば対処はそれほど難しくはない。

 

――まぁ、問題があるとすれば……今の爆発でなのはに私の居場所がバレた可能性が高いと言う事でしょうか。

 

ただでさえ急がなければならないと言うのに……!

 

 

 


 

 

 

「――今の爆発は!?」

 

目の前から突然消えた聖女の奇襲を警戒していた私の耳に届いたのは、突如地上から上がった爆発の音だった。

音のした方向に目を向ければ、遠くの地上から立ち上った煙が音の発生源を伝えてくれる。

 

≪あの場所は確か……そうだ、オットーのプリズナーボクスがあった場所だ!≫

≪プリズナーボクス……≫

 

ナンバーズの皆が援軍に来ている事は知っていた。

リオンちゃんとの戦闘中にもその姿は確認していたし、彼女達が力を貸してくれるのであれば心強いと思っていたのだ。

あのプリズナーボクスに関しても、恐らくは負傷した皆の治療を行っているのだろうと考えていたのだが、そこで起きた爆発……まさか、聖女はあそこに……?

 

何らかの事故があった可能性もあるが、聖女が姿を消したタイミングと合い過ぎている。

直ぐに飛翔魔法で移動を開始した私の眼前に、アースラからの物だろう通信が届いた。

 

『なのはちゃん! 大変だよ!』

「! エイミィさん、まさか今の爆発って……!」

『そう! 聖女が皆で回収したリンカーコアを取り返そうとしてるみたい!』

「リンカーコア!? どういうことですか!?」

 

切羽詰まった様子のエイミィさんから移動しがてら話を聞くと、銀盾やナンバーズの皆が生死体を無力化する為に回収したリンカーコアは、簡易的な封印処置を行った後、あのプリズナーボクスの中に集められていたのだそうだ。

そして聖女の目的は、その集められたリンカーコアの回収なのだと言う。

 

『聖女がリンカーコアを何に使うつもりかは分からないけど、絶対に碌な事にはならないよ! だから急いで、お願い!』

「はい!」

 

そのやり取りを最後に通信を切り、断続的に爆発が続いている現場へと全速力で向かう。

 

≪でも、どうしてリンカーコアを……?≫

 

私とは違い、聖女は天使の力を扱うのにリンカーコアを必要としていなかった。

だからこそ彼女は使わなくなったリンカーコアを戦力とする為に、生死体に埋め込んで私兵としていた筈なのだ。

 

≪単純に出力を上げるつもりなんじゃないか? 天使の力を扱えるようになったなのはに、対抗する為に。≫

≪でもそのリンカーコアは天使の力に適応できてないんだよ?≫

 

そんな状態のリンカーコアがいくら増えても、出力に影響するとは思えないんだが……

 

 

 


 

 

 

「『ランブルデトネイター』!」

 

もう何度目かの爆発……しかし、今度は私の足元から。

爆発したのは足元に投擲された短剣だ。外したのではなく、意図的にそこを狙ったと言う事は……

 

――土煙……これが狙いでしょうね。

 

続く戦闘によりめくれ上がったアスファルトの下、剥き出しの地表に突き立っていた短剣が爆発した事で巻き上がった大量の土煙が私の視界を埋め尽くす。

高速機動を得意とするトーレと相性が良く、チンク自身を含む全員の攻撃の瞬間も悟らせない……確かに厄介な戦法ではあるが、それでも彼女達には私に勝てない理由がある。

 

――貴女達は転生者ではない。

 

私の未来視には既に彼女達の攻撃が見えている。

いくら視界を塞ごうと、何度虚を突こうと、どれだけ隙を伺おうと関係無い。転生者でない以上、攻撃のタイミングも狙いも何もかもが筒抜けだ。

 

「無駄です。」

「ぐ……ッ!」

 

土煙を割いて現れた刃を躱し、カウンターに天使の力で増強した蹴りを放つ。

腹部を捉えたその一撃でトーレは吹き飛び、辛うじて形を残していたビルの支柱を砕く。

支えを失ったビルは崩落し、トーレを生き埋めにした。

 

「トーレ!」

 

彼女が埋まった瓦礫の元へ、慌てた様子でチンクが駆け寄る。

恐らくはアニメの彼女とは違い、こう言った荒事の経験が無いのだろう。優先順位を誤った彼女に内心ほくそ笑みつつ、目的である封印されたリンカーコアが入れられたケースの山へと手を伸ばし……その瞬間、未来が見えた。

 

「こ……これは……!」

「――チッ……やっぱりクアットロみたいには上手く行かねぇか。」

 

伸ばした手を止めた私に、背後のチンクから声がかかる。

 

「どうした? それが目的だろう……取らないのか?」

「く……!」

 

このリンカーコア達は……いや、正確に言えばそれを入れたケースは全て、既にチンクの『ランブルデトネイター』で爆弾化されている……!

一つや二つ程度は問題無いが、これほどの数が全て爆発すれば流石のこの身体でもダメージは必至……

 

恐らくは戦闘不能にはならない……天使の身体は人間なら致命傷となるような傷を受けても、天使の力で再生できる。

そもそもこの身体は厳密には生物ではないのだから……だが、その分再生には天使の力を大きく消耗する事になる。

 

――だが、なのはに勝つにはこれしかない!

 

一瞬の葛藤の末、私は手ではなく全身でその山に突っ込む事で山と積まれたリンカーコア全てを()()に収めた。

 

「――"コアコレクト"!」

「マジかよ……ッ! 『ランブルデトネイター』!」

 

 

 


 

 

 

「――ッ!!?」

 

現場に到着する寸前、異常なエネルギーの高まりを感知して障壁を張った瞬間――目の前が閃光に包まれた。

 

――この爆発……今までとは全然……!

 

天使の力で補強された障壁がビリビリと震える。

爆発の衝撃が通り過ぎた後を見回せば、周辺の建造物は基礎から吹き飛び、爆心地の地形は大きく抉られていた。

 

――一体、ここで何が……

 

≪なのは、あそこに人影が……!≫

「っ!」

 

レイジングハートがそう言って示した先――すり鉢状の爆心地の更に中心の土から、埋まっていた体を起き上がらせた女性の人影が見えた。

女性はふらつきながらもその両足でしっかりと地を踏みしめると、私の方へとその顔を向ける。

 

「――っ! 聖女……」

「……あぁ、なのは……――ふふ、少しだけ……遅かったですね……!」

 

彼女は全身を傷だらけにしつつも、その顔にはうっすらと不敵な笑みを滲ませていた。

そして……

 

「今しがた、私は目的を果たしました。貴女に勝つ為の力は、今――完成した!」

 

――その全身から、虹色の魔力が噴き出した。




展開を早める為にちょっとカットしたので、分かりにくくなっているところがあればご指摘お願いします。
ちなみにオットーの連絡は援軍を呼ぶ為の物ではなく、周囲にいた仲間達を避難させる為の物です。


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光vs凶星③

一時間ほど早いですが、あけましておめでとうございます!
残り話数もけっこう少ないですが、今年もよろしくお願いします!


聖女の身体から溢れ出す魔力の質は、先程までとは全く異なっていた。

 

「虹色の魔力光……?」

 

虹色の魔力光――『カイゼル・ファルベ』と呼ばれるそれは、私が知る限り現代ではヴィヴィオしか持っていない魔力であり、聖王の血筋の証明にもなる独特の魔力だ。

例えどれだけ多くのリンカーコアを取り込もうと、どれ程の訓練を熟そうと後天的に手に入る事のない魔力。

彼女の全身から噴き出す虹色の魔力もそれなのかと一瞬思ったが、ヴィヴィオの纏う鮮やかな虹と異なり、聖女のそれはどこか黒みを帯びたような……澱んだ虹色だ。

そこから感じた魔力の波動もまた、私の知るカイゼル・ファルベと全く異質の物だった。

 

魔力の流れは一人の物なのに、そこから全く別の人間の魔力波動を何十人分も感じるのだ。

これが聖女の本来の魔力なのかとも思ったが、以前はやてから聞いた事がある話では聖女の魔力はグラデーションにはなっておらずマーブル状と言う事だった。

それが今はまるで元々一つだったように馴染んでいる……聖女が言う『完成』がこれを指しているのだとすれば……!

 

――嫌な予感がする……!

 

「――ッ、ディバインバスター!」

≪Divine Buster!≫

 

自分の直感を信じ、早期決着を狙った私のディバインバスターだったが……

 

「≪Chaos Buster≫!」

「なっ……!?」

 

それは聖女の放った砲撃魔法により、相殺される事となった。

 

――さっきまでと比べて、明らかに魔法の威力が強くなってる……!

 

リンカーコアを回収したのが原因だろう、砲撃越しに感じた魔法の威力、性質共に完全に別物だった。

だけど――

 

≪天使の力に適応していないリンカーコアがいくら増えても、扱える天使の力に変化はない筈なんだけどな……何か分かった? レイジングハート。≫

≪多分だが……天使の力を使って、全く波長の違う魔力を強引に共鳴させているんだとおもう。≫

≪共鳴?≫

≪フェイトとアリシアがよくやってるアレだ。魔力の相性が良い魔導士達が息を合わせ、魔力を同調させる事が出来れば本来の魔法よりも高い性能を発揮する。≫

 

レイジングハートの説明を受けて、聖女が起こしたであろう現象を理解する。

つまり聖女は天使の力の"使用者の意思で自在に変化させられる性質"を使い、練度も性質もバラバラだった有象無象の魔力を束ねたのだろう。

 

そんな私達の推測を裏付けるように、聖女が砲撃を放った自身の手を見つめながら満足気に呟いた。

 

「天使の力による魔力の融合……想定通りではありますが、期待以上の成果ですね。」

 

これは拙い状況だ。

せっかく朱莉ちゃんのおかげで得られた優位性が、早くも崩されかかっている。

天使からの協力を得られた私の最大の武器は、天使の力と魔力の親和性が聖女よりも高い事だった……そして聖女はそれを、天使の力で無数の魔力同士の親和性を高める事で、疑似的に再現しようとしている。

 

≪なのはちゃん、決着を急いで!≫

――朱莉ちゃん!?

 

唐突に念話を繋げて来たのは、私に天使の力を与えてくれた天野朱莉だった。

彼女は心の内の焦りを隠す余裕もないのか、私の返答も待たずに続ける。

 

≪聖女はさっき受けたダメージを修復する為に天使の力の大部分を割いてる! だから今の砲撃だって本調子じゃない! だけど、修復が終わってしまったら――!≫

≪! 聖女の力はもっと強くなる……!?≫

≪間違いなく……だから――!≫

 

「――ッ! レイジングハート!」

≪Axel fin.≫

 

朱莉の返答の続きを待たず、アクセルフィンで距離を詰めつつレイジングハートを構える。

 

「ディバインシューター!」

≪Divine Shooter.≫

 

距離を詰めつつ攻撃するべく、アクセルシューターではなくディバインシューターによる牽制を放つ。

 

「≪Loyal zapper≫」

 

一方で聖女もまた私の狙いに気付いたのだろう、黒虹色の誘導弾を無数に飛ばしつつ距離を取るように飛翔した。

恐らくは回復までの時間を稼ぐつもりなのだろう。回復に回している天使の力を攻撃に使えるようになれば、彼女の勝利は揺るがないから……!

 

「く――ッ!」

 

やむなく聖女の誘導弾をディバインシューターで迎撃しながら距離を詰め、追加のディバインシューターを精製しようとした瞬間――

 

「≪Chaos Buster≫!」

 

さっきも聖女が使用した砲撃魔法が再び放たれた。

凄まじい速度で迫る高密度の魔力に対して私は敢えて正面から撃ち合わず、僅かに位置を調整し……

 

「レイジングハート!」

≪Round Shield.≫

 

天使の力を編み込んだ魔法の盾で砲撃を受け流す。そして――!

 

≪Divine Buster Extension!≫

 

カートリッジ2つを使用して放つ、超長距離用の収束砲撃をカウンターに撃ち込む。

 

「――ッ!」

 

通常のディバインバスターを威力、速度共に遥かに上回る一撃だ。

聖女は即座に自身の砲撃の制御を切り身を翻すが、流石に咄嗟の事で体勢を僅かに崩している!

チャンスとばかりに飛翔魔法の速度を上げるが、やはり接近だけは許さないつもりなのか、聖女は速度特化の直射弾をマシンガンもかくやとばかりに大量に連射してきた。

 

――回避するには速いし、受け流すには射線がばらけ過ぎてる……防ぐしかない!

「レイジングハート!」

≪Protection.≫

 

仕方なく接近を諦め、障壁で防ぐ。

いくら魔力の共鳴によって威力を上げていても、単純な直射弾だ。この程度の攻撃であればいくらでも耐えられる。

しかし、それこそが聖女の狙いだろう。このまま時間を稼がれてはたまらない。

 

――抜け出すか、それとも直射弾ごと砲撃で……

≪なのは!≫

「――ッ!」

 

レイジングハートが呼びかけてくれたおかげで、私の周囲5か所に発生した聖女の術式に早々に気が付く事が出来た。

 

――これは……遠隔発動の拘束術式!

「レイジングハート!」

≪Axel fin!≫

 

即座に障壁を解除し、加速した飛翔魔法でその場から離れる。

私を取り囲むように配置されていた魔法陣から現れたのは、さっきの戦闘でも聖女が使用していた鎖状のバインドだ。

だが前回のように砲撃で一斉に破壊されないようにだろう。その軌道はバラバラで中々思うように誘導できない。

 

「――ブラスタービット!」

≪対処をお願い、レイジングハート!≫

≪ああ、こっちは任せろ!≫

 

展開した4基のビットの制御をレイジングハートに預け、私は聖女へと杖の先端を向ける。

 

――レストリクトロック!

 

無音での術式構築と発動。

普通の相手であればレストリクトロックの範囲の広さも相まって拘束可能だろうが、聖女は先程レストリクトロックの式の解を即座に割り出して解除した実績がある。

未来視の防御で不意打ちが出来ない以上、さっき同様に対処されるだろう。だが、聖女の注意が少しでもバインドの対処に向けば、その分彼女自身が発動したバインドの制御は甘くなるはずだ。

 

「!?」

 

だが、聖女が選んだのは短距離間の転送魔法による、レストリクトロックの効果範囲からの離脱だった。

そしてこちらへと向けられた右手には、禍々しく輝く集束砲撃の魔力がチャージされている。

 

――拙い!

≪対処完了だ、なのは!≫

≪ナイスタイミング、レイジングハート!≫

「カートリッジ、ロード!」

≪Load Cartridge.≫

 

カートリッジが再び2発分ロードされ、レイジングハートの先端に魔力が集う。

 

「ディバインバスター!」

≪Divine Buster Extension!≫

「≪Chaos Buster Over Light≫」

 

ほぼ同時に放たれた二つの収束砲撃。

それは私と聖女の丁度中間で衝突し――世界が揺れた。

 

 

 


 

 

 

「――ッ、次元震だと!?」

「拙い! 今、リオンは魔法が使えぬ!」

「クロノ提督!」

「分かっています!」

 

なのはと聖女の戦いは、地上でリオン達――最高評議会達から話を伺っていた俺にも見えていた。

あの二人の戦いに介入すればなのはの足手纏いになるだろうと考え静観に徹していたが、如何やら俺にもまだ大仕事が残っていたらしい。

 

即座に魔力を練り上げ、母から教わった通りに空間に作用させると、程なくして次元震は抑えられた。

迅速な対応が出来た為だろう、俺からは次元断層の発生は確認できていないが万が一と言う事はある。

 

「――エイミィ、今の次元震の影響だが……」

『既に調べてるよー! ……うん、クロノ君の対処が早かったおかげで次元断層等の二次災害は無いね! 流石クロノ君!』

 

エイミィからの報せにホッと胸を撫で下ろすが、直ぐに安心するのはまだ早いと意識を切り替える。

何せ今戦っているのはあのなのはと、それと同等クラスの力を発揮している聖女だ。

これからも戦闘が続く限り何度だって次元震は起きるだろうし、その震度だって今のが最大とも限らない。

俺が抑えきれない規模の次元震が発生する可能性もある。

 

――魔力が高くても、ノウハウが無ければ次元震を抑える事は出来ない……だったら!

 

「エイミィ、プレシア博士に連絡を。それと、間に合うかは分からないが――」

 

それが出来る者の手を、可能な限り借りるしかない!




次元震の抑え方に関しては原作に詳しい描写が無かったと思うので、想像で補っています。(こちらの記憶違いで、実は描写があった場合は指摘していただければありがたいです)

なお、クロノ君の懸念通り放置すればこれからも次元震は起きる模様。


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光vs凶星④

難産でした


カタカタとパネルを操作し、管理局が無数の管理世界に設置してある観測点の情報を収集していく。

先程の次元震はクロノ君の迅速な対応により即座に抑えられたものの、それでも一瞬発生してしまった次元の歪みは既に広範囲に広がってしまっていた。

クロノ君にも報告したように次元断層等の大規模な二次災害には発展していないが、それでも多くの管理世界でちょっとした揺れが発生したようだ。

 

暫くモニターに表示される情報と睨めっこを続け、十分なデータを得たと判断した私はクロノ君に通信を繋ぐ。

 

「クロノ君、詳細な結果が出たから報告するね! さっきの次元震は震域そのものは広いけど、何処もちょっと揺れた程度で済んでるみたい! どこも大きな問題は起こってないから安心して!」

『そうか、分かった。それで、リンディ提督は何と?』

「義母さんだったら、多分もう直ぐ駆けつけられるんじゃないかな? 久しぶりの最前線だからか、気合入ってたよ!」

『エイミィ、仕事中にその呼び方は……いや、良い。とにかく、配置に関してだが――』

 

 

 


 

――数年前、管理外世界『??????』 『???』国 『?????』にて

 

 

 

「――畜生、あのクソ神! なのはの世界に行けるって話じゃねぇのかよ!?」

 

少年は村の外れで己の内にある憤りをそのままに、天に向かって叫ぶ。

『さっさと地球に行かせろ』『神だったら見てんだろ』……彼の言葉の内容を正しい意味で理解できる者は彼の住む村にはおらず、また親が誰かも不明だった少年はこの村に於いて恐怖の対象だった。

 

常に苛立っていて、特に機嫌が悪い時に出会ってしまえば『よく解らない力(魔法)』で傷付けられる事もしばしば。

そんな彼に近付く者は居らず、何時からか村の外れにある崖上の広場は彼の場所となっていた。

 

そんなある日、少年は思いついてしまう。自身がなのはに会えるかもしれない方法を。

彼は転生の際に『イケメンになる事』の他に、とある能力を特典として貰っていた。

 

少年はその力を意識して、何も無い空間に両手で()()()と……

 

「は、はは……っ! 出来た! 本当に出来た!」

 

――爪を立てるようにして()()()()()()()()

 

引き裂かれた先には奇妙な光と黒い靄が漂う、四次元を意識したような空間――虚数空間が広がっていた。

 

――『虚数空間を開き、自在に移動する能力』

 

それは時の庭園でなのはの窮地を助け、最終的にはプレシアの命も救う事でなのはとフェイト、二人からの()()()を稼ごうと手にした能力であり――今となっては、なのはに会う為に使える唯一の手段だと言えた。

 

「今が原作でどの辺りか知らねぇが、時の庭園まで真っ直ぐに繋げればどうとでもなるだろ!」

 

そして、彼は……

 

「……ん? なんだアレ? 何か銀色の――」

 

 

 


 

 

 

「――ハッ! ……夢? いつの間に寝て……痛ッ!」

 

畑のど真ん中で目を覚ました銀髪オッドアイの青年は、唐突に奔った痛みに顔を顰め、頭を押さえる。

抑えた手の平を見て出血が無い事を確認した彼は、周囲を見回して()()()()が落ちているのを見つけ、全てを思い出した。

 

――あぁ、そうだ。畑仕事で鍬を振り上げた時、急に地震が起きて……

 

何の前触れもなく発生した揺れが原因で、振り上げた鍬が頭に当たったのだろう。銀髪オッドアイの青年はそう理解すると、先程見た夢に思いを馳せる。

 

「懐かしい夢だったな……最初は驚いたけど、今となっては良い思い出……だよ……な?」

 

名実ともに孤独だった彼に、たった一人の家族が出来た目出度い記憶なのだと。

ズキズキと痛む頭を押さえながら、彼はそうに違いないと納得する。

 

やがて「そうだ」と思い出したように彼は立ち上がり、

 

「結構な揺れだったみたいだし、安全を確認しないとな……」

 

そう言って落ちている鍬をその場に残し、彼は真っ直ぐ歩き出す。

そこは総人口数百名程の小さな村であったが、奇妙な事にそこに住む住民は()()()()を除き、皆が彼と似た特徴を多く備えた銀髪オッドアイの青年ばかりだった。

 

無残に破壊された廃墟の中を迷いなく進み、数少ない無事な家屋の窓から中の様子を見ると、そこに()()の姿があった。

 

彼女は何かを目で追うように視線を天井の方へ彷徨わせており、やがて幼い顔に似合わない笑みを口元に浮かべた。

 

「――見つけた……!」

 

少女が小さく呟いたその言葉を気にも留めず、畑からここまで歩いて来た青年は窓に嵌まった薄いガラスを軽く叩く。

すると少女は、まるで人が変わったかのように無垢な表情を青年の方へと向けた。

 

「――あ、お兄ちゃん!」

「無事だったか妹よ! 魔法の勉強は進んでるか?」

「うん、もうバッチリだよ! それでね、お兄ちゃんにお願いがあるの!」

「お、何だ? 何でも言ってみろ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ふふ、そうだよねぇ~……私は、お兄ちゃん達の妹だもんね!」

 

二人が話している間に、周囲にはどこからともなく銀髪オッドアイの青年達がぞろぞろと集まって来る。

彼等は全員、現在のこの村の住民であり――元々この村に住んでいた者達を襲い、村を奪った少女の『お兄ちゃん(忠実な下僕)』達だった。

少女は彼等へと嘲る様な視線を送ると、その小さな口から一つの『おねがい(命令)』をするのだった。

 

「直ぐに戦う準備をして集合。仕掛けるよ、お兄ちゃん達。」

「「「「「はい。」」」」」

 

 

 

「……ふふ、待ってなさい――高町なのは……」

 

 

 


 

 

 

「≪Chaos Buster≫!」

「く……っ! ショートバスター!」

 

黒虹色の砲撃をギリギリで躱して放ったショートバスターだったが、やはり出力が不足しているのだろう。魔力で強化した手刀で切り払われてしまった。

だが、私もいつまでも同じ攻撃を繰り返さなければならない程、手札が乏しい訳ではない!

 

「レイジングハート!」

≪Axel Shooter.≫

「っ!」

 

ブラスタービットが生成した無数の魔力弾をみて、聖女が僅かに顔をしかめる。

どうやら今の一瞬で、このアクセルシューターがこれまでと全く違う事を看破したようだ。

 

……とは言っても、術式には一切手を加えてはいない。

単純に()()()()()()()()()()()()()()()()()

だが、たったのそれだけで大きな変化がこの魔法には起こる。

 

「援護お願いね、レイジングハート!」

≪All right, my master.≫

 

レイジングハートに一言そう告げて、私は聖女との距離を詰めるべく()()()()

そう、使用者が変わったと言う事は、アクセルシューターのデメリットを負う者も変わると言う事。

レイジングハートが制御しているのであれば、アクセルシューターの発動中も私は自由に動けるのだ。

尤も、代償としてレイジングハートが制御しているブラスタービットはその間、私に追従するだけになってしまうのだが……それでもこの魔法の汎用性は、そんなリスクが関係無い程に高い。

 

「≪Loyal zapper≫!」

≪-Burst-≫

 

私の接近を阻もうとする聖女の誘導弾を消し飛ばし――

 

「≪Chaos……」

≪-Buster-≫

「――っちぃ!」

 

聖女からの砲撃の対処や牽制――

 

≪-Bind-≫

「鬱陶しい……ッ!」

 

果てはバインドで聖女の注意を引く等、サポートには非常に特化した魔法となっているのだ。

だからこそ――

 

「ショートバスター!」

「ストレイトバスター!」

「ディバインバスター!」

 

私は接近と攻撃に専念できる。

だが、しばらくそうしているとやはり火力不足という問題が浮き上がる。

レイジングハートの援護の甲斐もあって、砲撃の幾つかは聖女の身に届いた。

だがその殆どは発動までの時間が少なくて済むショートバスターであり、ダメージとして期待できるストレイトバスターやディバインバスターは特に念入りに回避されており大きなダメージは与えられていない。

 

――やっぱり決着を狙うならスターライトブレイカークラスじゃないと……! だけど……

 

スターライトブレイカーの様な分かりやすいチャージを必要とする集束砲撃を聖女に当てるには、乗り越えなければならない課題が幾つかある。

 

その一つが聖女の使う短距離転送魔法だ。

転送魔法の術式は基本的に移動しようとする距離が長ければ長い程複雑になり、構築に必要な時間も長くなる。

だが今の聖女が使っている様な短距離転送――それもたった数m程度の距離であれば、ほぼノータイムで移動が可能なのだ。

勿論彼女自身がデバイスである事による、処理速度もあるのだろうが……どちらにしても、これでは大ダメージを狙えるような砲撃を当てるのは難しい。

 

更にはスターライトブレイカーを当てる為の布石として使えるレストリクトロックも、どういう訳か聖女には通用しなかった。

 

動きを封じなければ直撃させられないだろう集束砲撃を決めるには、最低でもこの二つの課題をクリアしなければならないのだ。

 

≪……何か無いかな、レイジングハート?≫

≪そうだな……転送魔法に関しては、当てがなくもない。≫

≪ホント!?≫

≪ああ、闇の書事件の時にリインフォースが使った……って言うか、奪って書き換えた結界があっただろ?≫

≪……あっ、そう言えば!≫

 

あの時の結界には、転送魔法の転送先の情報に介入して転送先の座標を変えると言う処理が組み込まれていた。

エイミィさんの話では書き換えられた転送先に規則性は無く、完全にランダムになっていたらしいが、もしもその転送先を固定できるなら……!

 

≪直ぐにはやてちゃんに聞かないと!≫

 

 

 


 

 

 

≪――なるほどな、リインの結界か。≫

≪うん! それと、バインド以外で聖女の動きを止める方法って無いかな?≫

≪バインド以外か……確かレストリクトロックは効かなかったんやったな。≫

≪そう、発動はしたんだけど、捕らえる前に解除されちゃって……≫

≪分かった、こっちの皆と相談してみるわ。少しだけ待っててな!≫

≪ありがとう!≫

 

急に繋げられたなのはちゃんとの念話を終えて、様子を窺っていたフェイトちゃん達に内容を共有する。

そして、ユニゾン中のリインフォースにも結界の件を尋ねると……

 

<転送先を好きな位置に固定するのは難しいですが、転送先の座標を転送前と同じ座標に書き換える処理であれば可能かと。……ただし、その間は全ての転送魔法に影響が出てしまいますが。>

 

との事だった。

そちらも重ねて伝えると、銀盾の一人――神楽坂くんが手を挙げた。

 

「思ったんだけど、フェイトの電気で感電させるのは出来ないか?」

 

その言葉に彼以外の銀盾達が一様に頷く。

嘗てフェイトちゃんとの戦いでその身に受けた攻撃だった事もあり、彼等にとっては印象深かったのだろう。しかし、その案は他ならぬフェイトちゃん本人によって却下された。

 

「聖女には既に一度攻撃を当てているけど、その際に聖女は感電しなかった。……原因は分からないけど、シグナムと同じように感電中でも動ける方法を持っているか……」

「もしくは、そもそも感電しないか……やな。本体がデバイスで、身体が天使や……もう何が原因で感電を防いでいるのかも分からん。」

「そうか……」

「だったら俺のレアスキルで聖女を捕らえるバインドを作るってのはどうだ?」

 

続いて手を挙げたのは、神場君だった。

彼の能力であれば、確かにどんな性質のバインドだろうと作り出す事が出来るだろう。

 

「――いや、恐らくだが通用するまい。」

 

しかし、一見行けるかと思われたその提案に割り込む声があった。

普段あまり聞く事のない声に振り向けば、そこにいたのは時空管理局最高評議会の一人であるバルトちゃんだった。

 

「高町教導官と聖女の戦いは私も見ていたが、高町教導官のバインドを解除した方法は恐らく術式の看破だ。発動から聖女を捕らえるまでの一瞬よりも早く、その式を看破して解除する方法が奴にはある。恐らくは未来視だろうがな。……とすれば、例えどのようなバインドを作ろうと同様の方法で解除されてしまうだろう。」

「なるほど……因みに、その対処法が取れないバインドと言う物は無いのでしょうか。」

「無い。……これは拘束術式の根幹に関わる機構なのだ。どんなバインドでも、それがバインドである限りは拘束する為の『式』と、解除する為の『解』が存在するものなのだ。」

「そうなると、俺には無理か……イメージした魔法は作れるが、ルールを無視できる能力じゃねぇからな……」

 

そう言って項垂れる神場君。

今まで様々な作戦で中核的な役割を担って来た神場君の能力が通用しないと聞いて、銀盾の皆の中に暗い沈黙が訪れ……

 

「――って、ちょっと待てよ? な、なぁバルトちゃん!」

「ばっ、バルトちゃん!?」

 

急に顔を上げた神尾君の呼びかけに動揺するバルトちゃんだったが、彼はそれを気にする余裕もないと言った様子で問いかける。

 

「さっきチラッと言ってた事って間違いないのか!?」

「チラッと……? どの事だ?」

「聖女がバインドを解除している方法が未来視だろうってとこ!」

「あぁ、その事か……」

 

言われてみれば、確かに先程バルトちゃんはそんな事を言っていた。

だがそれが一体――うん? 未来視……?

 

「高町教導官のバインドが無力化された際の様子から、聖女の対処法は術式の看破である事が明白だ。恐らくはバインドの解除に成功した場合の未来を視る事で、一瞬で『解』を見つけるのだろう。一種のカンニングだな。」

 

そうでなければ、高等魔法であるレストリクトロックが一瞬で解除されるなどあり得ん。と、バルトちゃんが続けていたようだが、既に私の耳にそれは届いていなかった。

 

――バインドを一瞬で解除しているのは未来視による物……でも、未来視には明確な対抗策がある……!

 

神尾君もそれに気づいたから改めてバルトちゃんに尋ねたのだろう。

どこか興奮気味な様子で、彼は銀盾の皆に呼びかけた。

 

「聞いただろ、皆……――俺達の出番だ!」

「「「「「応!!」」」」」



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光vs凶星⑤

≪――ホント!? はやてちゃん!≫

 

聖女との交戦を続けていた私の元に伝えられたのは、はやてちゃんからの吉報だった。

レイジングハートの予想通り、現在この戦闘空域を覆っている結界に細工する事で聖女の転送魔法に対抗できるのだと言う。

 

≪ああ! ただ、結界の術式に細工する為にはリインフォースが結界の制御を奪い取らんとあかん。それに関しては現在も並行して作業中や。≫

 

はやてちゃんが言うには、結界に細工する事に関してはエイミィさんやクロノ君からも許可が下りたらしいが、元々結界の制御を他者に譲渡するような機能は存在せず、闇の書事件の時同様にリインフォースが力ずくで制御を奪い取らないといけないようだ。

 

≪まぁ、前回とは違って今回は同意の上や。通常のセキュリティ以上の抵抗もされてへんみたいやし、そっちに関しては問題無く進む筈や。≫

≪うん! あ、それと……≫

≪分かっとる、聖女の動きを止める方法やろ? そっちに関しても何とかなりそうや。実はな――≫

 

聞けば、聖女がバインドを無力化している絡繰りは未来視にあったらしく、銀盾の皆が一斉に介入する事でそれを妨害できるのだとか。

そう言えば、朱莉ちゃんもそんな事を言っていた。銀盾の皆に聖女の攻撃が中々当たらないのも、聖女の動きが鈍って見えたのも多数の転生者を相手にしているからだと。

 

そして結界と銀盾――二つの対処法とソレを用いた作戦が私に伝えられ、私はそれを了承した。

 

≪分かった、それで行こう。時間は私が稼ぐから。≫

≪……ゴメンな、なのはちゃんにはずっと背負わせてばっかりや。≫

≪ううん、そんなことないよ。≫

 

確かにタイミングは私に委ねられた。

報告された銀盾の皆の魔力残量からしても、ぶっつけ本番の一回きりの勝負になる……だけどはやてちゃんが言う程、私はずっと背負わされたとは考えていない。

 

≪聖女と戦っている時、フェイトちゃんが助けてくれた。私が戦線を離脱した後は神宮寺君が聖女の注意を引き付けてくれた。ヴォルケンリッターや銀盾の皆が時間を稼いでくれた。朱莉ちゃんが聖女に勝つ為の力をくれた。そしてはやてちゃんも、何度だって私が戦う為の作戦を考えてくれた。≫

 

そう、私達はそうしてずっと一緒にやって来たんだ。

小学生だった時から、それぞれが出来る事をやって支え合って来た。

だから、聖女と一対一で戦っている時も……

 

≪――私達は皆で戦ってるんだって、ずっと心強かったよ。≫

≪なのはちゃん……うん! 結界の制御を掌握したら、また念話するな!≫

≪うん、ありがと!≫

 

はやてちゃんとの念話が終わり、聖女との戦闘に全神経を尖らせる。

あれから聖女の攻撃は激しくなる一方だ。恐らくは聖女の身体の回復が進んでいる為だろう。

だけど、レイジングハートだって負けていない。

無数のアクセルシューターを常に追加しながら、絶えず私へと向かう攻撃を捌き、時には私の攻撃をアシストしてくれている。

 

「――っ! いい加減に、諦めたらどうですか!? このまま続けても、お互い無駄に疲弊するだけで、貴女が敗北する未来には変わらない!」

「無駄なんて無いよ。未来だって変えられる……! だって今まで諦めなかった一分一秒に、ここまで貴女の前に立った皆に……その全部に意味があったから!」

 

だから今私は貴女(聖女)の目の前に立っている! こうして言葉を交わせる距離にまで……!

はやてちゃんの言葉を聞いた時、一つ考えついた事があった。

もしも聖女がバインドを一瞬で解除したのが未来視による物だとするならば、或いは通用するかもしれない強力な一手!

 

「≪Loyal zapper≫!」

≪-Burst-≫

 

距離を取りながら苦し紛れのように放たれた誘導弾は、即座にレイジングハートが操るアクセルシューターが巻き起こす魔力爆発で迎撃され、私と聖女を含む広範囲に煙幕が撒かれる。

だけど、私が聖女の位置を魔力感知で把握しているように、聖女もまた私の動きを把握している筈だ。

 

「カートリッジ、ロード!」

≪Load Cartridge.≫

 

そこでもう一つ本命の前に仕掛けておく。

発生した爆発が治まるよりも早くロードされた大口径カートリッジ4発分の魔力が、各ブラスタービットの先端に集う。

魔力の反応でこちらの動きを感知する以上、ブラスタービットの放つ魔力は私の魔法の動きを隠してくれる。

そして――

 

――『バレルショット』!

 

私が構えたレイジングハートの先端から、渦巻く風のような魔法が放たれた。

この魔法はアニメでも使用された魔法であり、当然聖女もその効果は知っている事だろう。

だが『視覚が封じられ』、『強力な反応が4つある』状態で、この距離から放たれた魔法だ。

私が転生者である以上、聖女の未来視も完全には働かない。その上で更に未来視と言う『視覚』に映りにくい不可視の魔法……これならきっと!

 

「――くっ、これは……!」

 

――捕らえた!

 

微かに聞こえた聖女の声、そして魔力感知からも聖女がバレルショットのバインドに拘束された様子が確認できた。

 

「レイジングハート!」

≪Excellion Buster Cross Fire!≫

「!」

 

上下左右へ展開されたブラスタービットから、聖女へ向けて4つの高威力の砲撃が放たれた。

 

「くっ……! ならば!」

「――っ! 転送魔法……!」

 

至近距離からの砲撃を躱す事は出来ず、一時は障壁で身を守った聖女だったが、その障壁も早々に軋み始めると即座に短距離転送魔法で窮地を脱する。

……いや、窮地を脱しただけではない。この魔力の動きは――!

 

「ショートバスター!」

「! 流石に気付きますか……!」

 

一瞬で体の向きを反転させ、背後から迫っていた聖女へとショートバスターによるカウンターを見舞う。

しかし私への奇襲の為だろうか、左手に集めていた魔力を用いてショートバスターを迎撃した聖女は、続けて右手に集めていた魔力から砲撃を放ってきた。

 

「お返しです、≪Chaos Buster≫!」

「……ッ! プロテクション!」

 

この至近距離からの砲撃を回避できるほどの速度は、私には無い。

ブラスタービットはエクセリオンバスターを放った直後であり、その際にアクセルシューターの制御を切ってしまっている。

仕方なく黒虹色の砲撃を障壁で受けるが……やはり、少しずつ体の修復が進んでいるのだろう。魔法の威力が先程よりも増大している事がよく解る。

 

――このままじゃ持たない……!

 

「レイジングハート!」

≪Axel Shooter -Buster-≫

「ふふ……!」

 

レイジングハートが再び使用したアクセルシューターによって聖女は砲撃を中断、飛び退るように距離を取るが、その表情には余裕が戻っていた。

 

「貴女も今感じたでしょう、私の力が増しているのを。もう直この身体は完全に回復する。そうなれば、貴女の勝ち目はほぼゼロになる。」

「……」

「これが天使を取り込んだ者と、天使の力を借りている者の差なのです。大人しく降参し――」

「しないよ。降参も、絶望も……だって、確かめたかった事は済ませたから。」

「……ハッタリですね。それとも、力の差を認められないのでしょうか……」

 

口ではそう言う聖女だったが、表情にはしっかりと警戒の色が戻っていた。

私の表情や魔力の流れから、今の言葉が出任せではないと分かったのだろう。

そう、既に私達の準備は整っていた。

 

≪――なのはちゃん、結界の掌握と術式の書き換え完了や! 銀盾の皆も準備は出来とる! いつでも行けるで!≫

≪ありがとう、はやてちゃん……――これで決めよう!≫

≪ああ! カウントダウン、行くで!≫

 

「力の差なら、もう分かってるよ。きっとお互いに全力でぶつかったら、私よりも貴女の方が強い。……だけど、それは諦める理由にはならない。だって私は――私達は、今までだってそう言う相手と何度も戦って来たんだから!」

≪Restrict Lock.≫

「何かと思えば……――なッ!?」

 

念話で伝えられていたカウントが0になった瞬間、一瞬で構築されたレストリクトロックが聖女に迫る。

聖女も対応すべく未来視を起動したのだろう。しかし、それとほぼ同時に控えていた皆が転送魔法で聖女を包囲し、一斉に魔法を放った。

 

「『王の財宝』!」

「エグゾースト・フレアバインド! 20倍!」

「『魔法剣』:バインド型、『属性指定』:氷結!」

「これも喰らえ!」

≪Constellation Bind.≫

「姉さん、バルディッシュ!」

≪Lightning Bind.≫

「行くで、リイン! ツヴァイ!」

≪≪≪Gleipnir.≫≫≫

 

神宮寺君の王の財宝から無数の魔法剣が、紅蓮君が放った炎のムチが、皇君の氷結属性の剣の投擲が、神場君が作り出した星座が、フェイトちゃんとアリシアちゃんの黄金と蒼の雷が、はやてちゃんとリインフォース達が同時に放った無数の輝くロープが……――そして、レストリクトロックの光輪が聖女の身へと殺到する。

 

全方位から放たれた夥しい数の拘束魔法群に対して、回避や正面からの対処では分が悪いと判断した聖女は即座に転送魔法による退避を試みるが――

 

「――! 転送魔法が……ッ!」

 

一瞬聖女の全身を覆った魔法の光だったが、転送魔法の転送先座標が書き換えられた所為だろう。聖女の姿が消える事は無く、バインドから逃げる事は叶わない。

未来視と転送魔法の両方が無力化されたと理解した聖女は、諦めたような、割り切ったような表情で目を閉じると――

 

「――仕方ありませんね。」

 

……その声が聞こえたと同時に、聖女の纏う魔力光が真っ白に変化した。



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光vs凶星⑥

何か熱っぽいなって思ってたらコロナに罹ってました。
症状は軽いと思うのですが、快復を優先したいのでしばらくコメント返信は出来なさそうです。
もしかしたら次回の更新遅れるかも……


周囲を覆う無数のバインドと、それを放った転生者達を見て思う。

大人しくしていれば、私もこの魔法を使うつもりは無かったのに……と。

 

奪い取った天使の力に私の持つ全てのリンカーコアの魔力を撚り合わせ、何よりも強靭な魔力を生み出し――それの性質を"白の魔力"に染め上げる。

 

嘗て私と家族同然に過ごした彼女が――戦略魔導軍将と呼ばれた大魔導士が編み出した、究極にして最強の術式。

彼女が"極光"と呼んだ魔力の性質を強化し、相手の体内にある潜在魔力全てを体外へはじき出して消し飛ばす……抵抗のしようが無い絶対的な空間攻撃魔法。

その性質上、潜在魔力全てを喪失した相手は確実にブラックアウトダメージで意識を失うと言う、危険極まりない魔法だ。

 

あまりにも膨大な魔力を必要とする上、それに伴い天使の力も大量に消費する為に使用は控えていたが――この状況に持ち込まれてしまった以上は仕方がない。

 

――意識を失った後、落下して死ぬ者もいるかもしれないが……私はここで負ける訳には行かない!

 

あの未来を覆す為には、今の私の力が……天使の力が必要になる! あの未来で天使が救援に来なかった以上、私がその力を振るう事で運命を覆さなければならない!

 

――この魔法を使った後、一体何人の落下を私のバインドで防げるか……

 

脳内で魔法の使用後の動きをシミュレートしつつ、私は彼女の魔法――『Over Light Punisher』の術式を発動しようとして――

 

 

 

「――させないっ!」

――な……ッ!!?

 

なのはのブラスタービットから放たれた4つの砲撃に飲み込まれた。

 

……触れた敵の魔力を霧散させる性質を持つ"白の魔力"には、一つだけ弱点がある。

それは、魔力を霧散させる際に"()()()()"()()()()()()()()()()()()()()と言う点だ。

白の魔力よりも敵の魔力の方が多く霧散させられるので、本来あまり浮き彫りにならない弱点なのだが……今、この瞬間に於いてはそれが最大のデメリットとなってしまった。

 

なのはの砲撃により、術式の発動に必要な分の"白の魔力"が散らされてしまったのだ。

しかも、なのはの砲撃は今や天使の力の性質まで獲得している。

同じ性質を帯びた私の魔力にのみ干渉したそれは、しかし当然私を狙う無数のバインドをすり抜けており、唯一の例外だったレストリクトロック以外の魔法は未だ健在なのだ。

 

今度こそ完全に無防備となってしまった私の身体に、はやての紐状のバインドが絡みつき、その瞬間――

 

――っ!? これは、魔法の発動を封じるバインド……!?

 

私の魔力の動きが阻害され、術式の構築が不可能になる。

直ぐに私のデバイスとしての処理能力を総動員して術式の解析に取り掛かるが、はやてが放ったバインドは三つだ。そのどれもが別の式を持っており、嫌が応にも時間を要する。

直ぐにグレイプニルの一つの解を導き出し解除するが――

 

「逃がさへんで!」

≪Gleipnir.≫

 

その瞬間にはやてが解除された分のグレイプニルを追加で放って来る。

どうやら同時に使用できる数は三つが最大なのかそれ以上の追加は来なかったが、そうこうしている間にも無数のバインドが私の身に降りかかり、私は一切の行動を封じられてしまった。

 

――グレイプニル以外の術式は比較的シンプルな構造だ。解除に割くリソースは最低限で良い……だが、グレイプニルの解除は三つ同時でなければならない!

 

グレイプニル三つの同時解析と雑多なバインド群の解除を並行している私の視界の隅に、それは無情にも映り込んだ。

 

「魔力の、収束……っ! くっ……!!」

――急がなければ! スターライトブレイカーの集束には多少の時間がかかる筈! 発動する瞬間にグレイプニルだけでも解除し、障壁で身を守ればチャンスはある!

 

見出した僅かな希望。

しかしそれを覆い隠すかのように、()()()はなのはの傍に姿を現した。

 

「~~ッ!! 天野朱莉……! 卑怯者の天使がァ……ッ!!」

 

 

 


 

 

 

「朱莉ちゃん!? どうしてここに……!?」

「最後の手助けだよ。……この世界で最後の。」

「え……?」

 

突如私の傍に転送魔法で現れた朱莉ちゃんに尋ねると、彼女は微笑みながらスターライトブレイカーのチャージ中であるレイジングハートの本体――宝玉部分にそっと触れた。

 

「術式、ちょっと手を加えさせてもらうね、レイジングハート。発動ワードは――」

 

そう言って身を乗り出した朱莉ちゃんがレイジングハートの本体部分を一撫ですると、レイジングハートはその魔法名を唱えた。

 

≪Star Light Breaker ――Authority of Ashtaroth.≫

「アシュタロス……?」

 

どこかで聞いた事があるような響きに、朱莉ちゃんへ視線を向けると――

 

「ふふ……私の名前。折角だから、覚えておいても良いよ。」

 

彼女は怠惰な笑顔で私を見ていた。

いつも通りの筈のその笑みは今では何処か女神の様な、それでいて悪魔の様な魅力を放っていて……

 

――あぁ、そうか……朱莉ちゃんは本当に人知を超えた存在だったんだ。

 

今更ながらにそう理解した。

次の瞬間、集束していた魔力が眩い輝きを放つと、凄まじい速度で周囲の魔力を吸い込み始める。

瞬く星のように集まっていた魔力は、まるで流星群が降り注ぐように集束魔力球へと飲み込まれていく。

見る見るうちに魔力球はその体積を増していき、構えているレイジングハートが激しく振動を始めた。

 

「……ッ! ちょ、これって……!」

 

ブラスタービットが起動し、それぞれの先端にも同様に集った魔力が即座に天使の力を帯びて増幅していく。

しかしそれでも勢いはまるで衰えない。これまで扱った事の無いような力が、とめどなく流れ込んで来る。

 

――こんな力……! レイジングハートが……!

 

≪ぐ……ッ!≫

「ゴメンね、無理させちゃって。少しだけ苦しいのは我慢してね。」

≪は……っ、こんなの……俺にとってはご褒美、だが……?≫

 

レイジングハートはそう言うが、扱う力の反動かそのフレームには既に無数の罅が入っており――

 

≪ぅ……!?≫

「レイジングハート!?」

 

その罅はレイジングハートの本体にまで広がっていた。

慌てて魔力の収束を止めさせようとする私の腕を、朱莉ちゃんが咎めるように掴む。

 

「落ち着いて。大丈夫、私がいるから。」

 

そう私を見つめる彼女の眼は今までの物とはまるで異なり、真剣そのものだ。

天使である彼女が、『絶対に私が何とかするから』と眼で訴えかけて来る。

 

私は、彼女に何が出来るのかを知らない。

ただ彼女には人知を超えた力があって、きっと何か方法があるのだろうとは思う。

 

「お願い、なのはちゃん。今は……今だけでも、私を信じて。」

「~~ッ!」

 

信じて良いのか……一瞬生まれた迷い。

それを振り切る切っ掛けを作ったのは……

 

≪daい、丈夫だ、naのは……おrれにとっては、こんなの……は……!≫

「レイジング……ハート……――ッ!」

 

強がりなのか、それともただ発声機能に影響が出てしまっただけなのか……声を震わせながらそう言ったレイジングハートの声が、私に大きな決断をさせた。

 

「…………分かった。貴女を信じるよ、アシュタロス。」

「! ……うん。ありがとう、なのはちゃん。」

 

 

 


 

 

 

「……なんちゅー魔力や……まだチャージ段階やって言うのに、身震いして来たわ……」

 

はやてがそう言って視線を向ける先には、五つの巨大な魔力球が恒星のように輝いていた。

先程まで絶えず降り注いでいた魔力の流星は少しずつ治まってきており、チャージの完了が近い事が伺える。

 

「はやて! そろそろ退避した方が良いんじゃないか!?」

「アホ! 聖女を確実にここに留めんとあかんやろ! 見てみぃ、今だって私達が少しでも気ぃ抜けば、直ぐにでも聖女は逃げ出すで! ギリギリまで粘るんや!」

 

はやてが言う様に、聖女はグレイプニルの同時解析を並行しているとは思えない速度で銀盾やフェイト達のかけたバインドを解除して行っている。

その身を苛む鎖や帯、光輪が『パキン、パキン』と絶えず砕けては、なのはの生み出した恒星の引力に引かれるようにして集束魔力球の一部になっていくのだ。

 

「く……っ! 死なば諸共、ってか……!」

「ああ、分かったよ! やってやろうじゃねぇか!」

「安心せい、死にはせぇへん。だいたい、私もフェイトちゃんもアレ喰らってるんやで?」

 

――まぁ、私等ん時はあそこまでえげつない魔力やなかったけど……

 

はやてが胸に秘めた言葉を知ってか知らずか、銀盾達の眼に勇気の光が宿った……ように見える。心なしか。

 

「ああ、そうだったな。そう言えばそうだった……! なのはの友人を名乗るなら、スターライトブレイカーの一発や二発、受けた事が無いとな!」

「俺、スターライトブレイカーを受けたらなのはに告白するんだ。」

「じゃあ俺はお前がふられた後になのはに告白するわ。」

「んだとぉ!?」

 

「――ははっ、こんな時でも変わらんなぁ、あんた等は。」

 

 

 

その時だった。

なのはの作り出した五つの恒星全てに環状魔法陣が発生し、チャージの完了を告げるのと――

 

「なん、やと……ッ!?」

 

はやてとリインフォース達がかけたグレイプニルの三重の拘束が音を立てて砕けたのは、同時だった。

 

――落ち着け! 聖女はリインの結界で転送魔法は使えん! それに皆のバインドはまだ残っとる! だったら直ぐに追加を……!

 

「グレイプ……」

≪皆、避難して!≫

「――なのはちゃん!?」

≪早く!≫

 

はやてがグレイプニルで再び聖女の魔法を封じようとした瞬間、なのはの念話がはやて達全員に届く。

見れば、恒星の輝きは既に最高潮に達しており、聖女は白い魔力を身に纏っている。

 

――ここで強引にグレイプニルを放っても、かき消されるだけか……!

 

もう彼女に賭けるしかない。

そう判断したはやては即座に撤退の指示を飛ばし、自身もまた避難の為に地上へ急ぐ。

 

直後、聖女は白い魔力でバインドをかき消し、身体の修復すら後回しにして全力の障壁を幾重にも重ね――

 

「スターライト……ブレイカアアアァァァーーーーッ!!」

 

ほぼ同時に結界中に散らばっていた全ての魔力、天使の力を集束させた『スターライトブレイカーA.A』の全エネルギーが解放された。




自身のネーミングセンスに悩まされた回。
朱莉の本名とこの展開に関してはプロットの時点で決めてたんですが、名前は最後まで決まらなかった……
ちなみに朱莉の『怠惰』なところがアシュタロス(と言うかアスタロト)要素です。


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光vs凶星⑦

生存報告と経過報告。
咳はまだ出てるけど、取りあえず熱はおさまったっぽいので執筆再開。時間余り取れてないので変な所もあるかもですが、私は比較的元気です。


パリン、パリンと嫌に小気味の良い音と共に、眼前に展開した多層式の障壁が割れていく。

なのはの放ったスターライトブレイカーが収束させたエネルギーは、私が全力で張った障壁のほんの僅かな拮抗すら許さず突き進む。

 

――止まれ、止まれ、止まれ……!

 

必死に力を注いでも、何枚もの障壁を間に差し込んでも、どれ程の祈りを込めても、次の瞬間にはその全てが小さな音と共に消えてしまう。

 

未来を視るまでもなく、眼前の光景が一つの事実を訴える。

 

――……ッまだ……! まだ、何か手は……!

 

転送魔法を起動する。……転送先の座標がなにかしらの介入によって書き換えられ、起動する意味も無くなった為に術式を破棄。

 

では、白の魔力による霧散は。……試すまでもない。明らかに私の全力で消せる魔力量の遥か埒外だ。

 

ならば、黒の魔力による固着を。……黒の魔力も原理は白の魔力と同じだ。一部を固めたところで直ぐに後続の魔力によって押し流される。

 

氷結や電気の属性変換は……なのは本体を狙ったバインドは……転送を妨害している術者を倒せば……

 

 

 

……

 

 

 

――何故こうなった?

 

思考の末、私の脳に過ったのはそんな言葉だった。

私はこんな結末の為に行動を開始した訳ではなかったはずだ。

 

突然唯一の家族を奪われ、孤独になる寂しさを知った。

拠り所を探し、遥か未来の出会いに希望を求めた。

望んだ光景は何一つ拝めず、更にはその果てに到底受け入れがたい"死"を視た。

 

――何処で間違えた?

 

例えば目の前に分かれ道があるとして、普通ならば二者択一となるところ、私はそれぞれの道を歩いた結果を先に知る事が出来る。

何を見るか、何を聞くか、何を知り、誰と話し、そしてどこに行きつくか……私の能力は自身の選択の先さえ見通せる。

そうして自分が変える未来さえ見通せば、私は選択を誤る事は無い筈だった。

 

――誰の所為でこうなった?

 

そんな事は、決まり切った事。『天使』の所為だ……!

天使がなのはに力を貸したから、今私はこうして追い詰められている……!

負ける筈の無い戦いだったのがいつの間にかイーブンに持ち込まれ、一時は単純な力でさえ上をいかれた。

リンカーコアの回収と魔力の融合で再びなのはを上回ろうとすれば、スカリエッティの差し向けた刺客によって大ダメージを負い、身体の回復をし続けなければならなくなり、なのはに勝つチャンスを何度も棒に振った……!

 

パリンと障壁の割れる音が近付く。

 

この戦いが始まった時は……いや、今だって純粋な力では私の方が上の筈だと言うのに……未来を覆す為、勝つべきは私の筈なのに……!

 

――何故天使はいつも私の邪魔をする……!

――どうして今、なのはに力を貸す……!?

――今なのはを手助けするのなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

ヴォルケンリッター達と出会い、天使の存在を知った時から……私は天使を信じていない。

存在を……その役割を知る度、その存在が薄っぺらに感じられた。

 

だってそうだろう、瓦礫に沈んだ未来の光景に……転生者であるヴォルケンリッター達が倒れ伏したあの光景に……上空に何人もの転生者が敵対していたあの光景に、転生者同士の殺し合いを調停する筈の天使はいなかったんだから。

 

そうだ、元はと言えば天使があの戦いを止めていれば、私は態々力をつける必要はなかった。天使の身体を奪う必要だって無かった。

 

――私が天使の身体を奪ったから、天使が介入したとか言っていたな……? 違うだろう、天野朱莉!

 

お前達が逃げたから……ッ! 卑怯者の天使達があの未来に介入していれば、そもそも私は……ッ!!

 

パリンと、すぐ目の前で音がした。

 

絶望的な危機に際して打開策を探ろうとしたのか、無意識に起動させた未来視が私に再びその光景を目の当たりにさせた。

 

それは、いつか見たのと同じ光景。同じ未来。

ノイズと瓦礫の街になのは達が倒れる姿。いずれ訪れる"死"の姿。

……そこに天使の姿は無い。

 

 

 

……そこには私の姿も無い。

 

 

 

その瞬間、今更ながらに気が付いた。

 

――ああ、そうか……最初から答えは出ていたのか。

 

未来のそこにはそもそも私がいない……私は介入を許されない場所か、立場にいる。或いは既に破壊、もしくは封印なりされた後と言う事。

今の私にはこの光景の時点での私がどのような結末を辿ったのか知る由も無いが、一つだけ言える確実な過程が存在する。

彼女達は……なのは達は現在()の戦いに勝ったのだと。私は、その戦いで負けたのだと。

 

――ああ、なんだ……私がここまでしてきた事は……私の未来への抵抗は全て……

 

 

 


 

 

 

「もう少しだよ、なのはちゃん! 押し切って!」

「え……う、うん……ッ!」

 

アシュタロスのその声に、私は一瞬躊躇した。

今以上の力をレイジングハートへ流す事に、言いようのない不安を感じていたからだ。

と言うのも、スターライトブレイカーA.Aを放っている現状でもレイジングハートからは絶えず軋むような異音が聞こえており、その全身に渡って数えきれないほどの罅が奔ったその姿が痛々しい為だ。

特に本体である宝玉に奔った大きな罅は、直ぐに治療しなければいつ致命傷に繋がってもおかしくない。本来ならば無理をさせる場面では無いのだ。

 

だが、相手はあの聖女。

これ程の力を持った魔法に対しても抵抗を続けるだけの実力者……この好機を逃せば、間違いなく勝ち目は無くなる。

そのタイミングで私に力を貸してくれた天使がくれた助言だ。『絶対に何とかする』と言ってくれた彼女の期待に応える為にも、この一瞬……迷ってはいられない!

 

「あ……あああぁぁッッッ!!」

 

私は彼女の求めるとおり、スターライトブレイカーA.Aに更なる燃料をくべるように魔力を流した――その瞬間。

 

 

 

"パリン"

 

 

 

――え、なんの……お、と……?

 

魔力を送る為に、踏ん張る為にと瞑っていた目を開けば、私が構えたレイジングハートの先端から()()()()()()()()

 

――嘘。

 

私の魔法の始まり……私が最初に秘密を打ち明けた、たった二人の相棒が。

 

――嘘、うそ……!

 

いつも私と共にあった、時に軽口を叩き合い、時に勇気をくれたその輝きが。

 

――嘘だ、そんな、私が……私が……ッ!!

 

「レイジングハートオォォーーーーーーーーーッ!!!」

 

その宝玉が嵌まっていた筈の場所には、ぽっかりと虚しい穴が空いているだけだった。

 

いや、よく見ればその淵には小さく輝く赤い欠片が引っ掛かっていた。

しかしそれもスターライトブレイカーA.Aの反動が生み出す暴風に煽られ、私の遥か後方へ飛ばされる。

 

「あ――……ッ!」

 

思わず視線でそれを追いそうになる私を制止したのは他でもない、レイジングハートが完全に破壊される原因を作った少女の声だった。

 

「――なのはちゃん、今は落ち着いて術式の制御を!」

「ッ! 朱莉ちゃん、なんで今――ッ!? それ、は……」

 

私は思わず朱莉ちゃん――アシュタロスを睨むように視線を走らせ……彼女が手に持ったそれを目にした。

 

それは私が良く見慣れた赤い色をしている。

それは無数の小さな破片の集合体であり、全体的には球状のフォルムをしている。

そして、そこに今、私の遥か後方から風の流れに逆らって飛んできた小さな欠片が合流し、完全な球状に纏まった。

 

「――レイジングハート……!?」

「言ったでしょ、私が絶対に何とかするって。」

 

息を飲む私の、独り言の様な呟きに朱莉ちゃんはそうウインクを返す。

 

「っ! 治せるの!?」

「天使にも色々制約はあってね、死者蘇生はしちゃダメなんだ。だけど、()()()()()()()()裏道もある――」

「それって……まさか!?」

()()()()()()()()()、なんの制約も要らないよね?」

 

私の期待の籠った問いに、朱莉ちゃんは悪戯を思いついた少女のように笑う。

しかしすぐに表情を引き締めると、「ただし――」と続けた。

 

「私が使いたい能力『デバイスの完全修復』を使うには、神様にオーダーする必要がある。でもその時に聖女が天使の体の中に居ると、非常に拙いんだ。『デバイスである聖女』が『デバイスの完全修復』の権能を受け取れちゃうからね。だから――」

「! 一時でも早く、天使の身体から聖女を追い出す!」

「そう言う事。だからもうひと踏ん張り、お願いね。レイジングハートのフレームと、術式の維持は私がやっておくからさ。」

 

思い返してみれば、レイジングハートが砕けてからのスターライトブレイカーA.Aの術式を維持していたのは朱莉ちゃんだったのだろう。私が今握っているレイジングハートのフレームの維持もまた……

 

彼女はただでさえ大変だろうそれに加え、散らばってしまったレイジングハートの回収までしてくれていたと言うのに、私は一瞬彼女を疑ってしまった……彼女は元々レイジングハートを犠牲にするつもりだったのではないかと。

 

「ゴメンね、朱莉ちゃん。」

「ううん、こうなるリスクを最初から考えていたって意味じゃ、なのはちゃんの怒りは何も間違ってないよ。だから、寧ろありがとう。最後は私を信じてくれて。」

 

そう言ってくれる朱莉ちゃんと目配せし合い、どちらからともなく互いを許す。

そして、つけるべき決着の為に、レイジングハートの復活の為に、私達の未来の為に……私はスターライトブレイカーA.Aへと全力の魔力を注ぎ込んだ。



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微鬱回?

前半の文章大分削ったので、前回からちょっとだけ時間が飛んだように感じるかもしれません。


――敗けた。

 

地べたに仰向けになったままの状態で、結界越しに揺らぐ空を無気力に見つめる。

意味も無く空へと伸ばした腕は、先程までと違い小さく、心許ない。まるで物語に出て来る妖精の様な、白く頼りない細腕だ。

 

スターライトブレイカーの直撃を受けた私はその威力の凄まじさの所為か、それともあの瞬間なのはの傍に現れた朱莉が何かしらの干渉をしたのか……いずれにせよ私はユニゾンを強制的に解除され、天使の身体からも追い出されてしまった。

 

天使の身体が無ければ、なのはどころか朱莉にも勝つ事は出来ない。

彼女達のような天使の力を持つ者に勝つ為には、再び天使とユニゾンしなければならないが――もう彼女も決して私に隙は見せてくれないだろう。

ユニゾンを解除させられてしまった時点で、私は詰んでいた。

 

「――どうして、こんな事をしたんですか?」

 

視界の隅に、今まで私が身体として使っていた天使『アルマ』の姿が映り込む。

さぞ怒っている事だろうと思っていたその顔には、何処までも純粋な疑問と――憐みの色が広がっていた。

 

「……」

「黙っていたら、分かりませんよ。」

 

私に向けられた表情に対する文句を言う気にもなれずに黙っていると、彼女は私の傍に腰を下ろしてなおも問いかける。

しかし、『どうして』か……そう問いたいのは私の方だ。

 

「――貴女達天使は、転生者同士の争いを調停する為にこの世界に居るのよね?」

「質問しているのは私なんですけど……まあ良いです。厳密にいうと、私達天使は転生者の皆さんが『他の転生者によって不当な不自由を被らないよう調整する為』に送り込まれました。争いの調停は、その役割の一部です。」

「転生者が他の転生者との戦いで命を落とす場合は、当然止めるのよね?」

「そうですね……それが互いに心から了承した決闘でもない限りは、止める事になると思います。」

 

彼女は私の問いかけに、どうして今更そんな事を聞くのだろうとでも言いたげな表情で答える。

私はそんな彼女の様子を気にする事なく、本題の問いを投げかけた。

 

「私は未来視の能力で、八神はやてやフェイト・テスタロッサ、高町なのは達が死ぬ瞬間の光景を見たわ。敵には転生者の姿も多くいたのにも拘らず……そこに貴女達、天使の姿は無かった。……何故あの未来で、貴女達は彼女達を見捨てたの?」

「! そう言う事でしたか。だから貴女は天使の身体を……」

 

その反応で分かった。彼女はその未来の光景に対して何かしら心当たりがあるようだと。

言いにくそうに眼を逸らした彼女に視線を向け、私は返答を促す。

 

最初、彼女達の存在を知った時は『天使は自身の手に負えない相手から逃げたのだ』と思った。ならば代わりに私がその力で未来を変えようと。

 

だが彼女の身体を得てその力を実感する度、心の奥底に疑問は降り積もって行った。

『これ程の力があるのなら、あの未来の敵がどれ程の力を持っていても関係無い』――その事実が、あの未来の光景に常にあった矛盾を浮き彫りにした。

 

……そうだ。逃げる必要など、彼女達には無かった筈なのだ。特に天野朱莉と名乗る天使が機動六課に居たのであれば、尚更介入しない理由が無い。まして、負ける筈もない。

自分の手で未来を変える事が出来なくなった今、あの不介入の謎……その答えが無性に知りたかった。

 

「……これは、あくまで私の推測です。ですから、信じるかどうかは貴女にお任せします。」

「良いわ、話して頂戴。」

 

彼女はまるで祈るように胸の前で手を組み、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「貴女の考えている通り、その未来の状況であれば私達の介入は『絶対』です。転生者の介入により、他の転生者の命が不当に脅かされた場合は最優先で調停が行われ、その際、私達は現地の判断で持ち得る能力全ての開放が許可されます。」

 

彼女達の行動の制限について詳しい事を知っていた訳ではないが、それでもここまでは凡そ私の予想と一致している。

アルマはそこで一度言葉を区切り、私を悲しげに一瞥すると、その続きを語り始めた。

 

「……ですが、それでも私達天使の姿が無いと言うのであれば……その()()()()()()()のだと判断せざるを得ません。」

「大前提……」

 

そう語る彼女の口調は重く、これから話すのであろう『大前提』は彼女にとって非常に言いにくい内容なのだと言う事が伺えた。

 

「…………――私達天使が、()()()()()()()と言う『大前提』です。」

「……それは……私が視たのは、貴女達が居ない未来って事?」

 

どう言う意味だ? 未来視には天使が居る場合の未来が映らないとでも言うのか?

いや、そんな筈は無い。天野朱莉との戦闘中にも私は未来視を使っていたが、彼女の姿は未来視に映っていた。他の転生者同様にノイズは混じっていたが、それでも彼女の動きを数秒間見ることができたのだ。

 

だが、それでもあの未来に天使が居ないと言うのであれば……それは――ッ!?

 

「……え? 待ってよ……まさか、それって……!」

 

否定して欲しいと願いながら、今しがた思い至った可能性を確かめようとしたその時、アルマの背後から声が聞こえた。

 

「この世界の未来は、()()()()()()()()()が切り拓くべき……これが私達のスタンスだよ。確かちょっと前にも言ったっけ?」

「っ! 天野朱莉……!」

 

いつの間にかそこにいたのは、先程まで私と敵対していた天使『天野朱莉』だ。

彼女の声で振り向いたアルマは、天野朱莉へと頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 

「朱莉さん……すみません、この度は私の不注意でこのような――」

「あー……まぁ、仕方ない事だったんじゃないかな。聖女ちゃんが既に()()()()()()()()()()って事はさ。」

「そうですか、やはり……」

 

何かを覚悟した様なアルマの表情……それを見た途端、私は自分の呼吸が荒くなるのを感じていた。私に心臓があれば、さぞ五月蠅かった事だろう。

そして、私の焦燥を知ってか知らずか――朱莉の口から私が何よりも否定して欲しかった可能性を裏付ける、決定的な一言が飛び出した。

 

「うん、神様からの()()()()だよ。……私達、()使()()()にね。」

 

その言葉の意味を理解した瞬間、私は気が付けば立ち上がり、朱莉の元へと駆けていた。

 

「ん? って、うわ! ちょ、ちょっと!?」

「ま……待って! 待ってくれませんか!?」

 

ユニゾンデバイスの小さな体を浮かび上がらせ、その腰元に縋りつく。なりふり構わず。

もう他の事は全てどうでも良かった。ただこの先の光景を……その原因を否定したかった。

 

「その帰還命令、何とか取り下げて貰う事は出来ませんか!? 私が……! 罪であれば私が何でも償います! 地獄にだって行きますから!! だから――!」

 

アルマの言った事が本当なら……いや、事実なのだろう。実際に今、彼女達はまさに今、この世界から居なくなろうとしている……

天使がこの世界に居ると言う大前提が、今まさに崩れようとしている……!

 

――()()()()()……!

 

滲んだ視界で朱莉と目が合った。

すると彼女は視線を彷徨わせ、やがて憐みの籠った声色で話し始めた。

 

「あー…………君の気持ちは分かるよ。会話は聞こえてたからね。ただ……今回の一件で君が示しちゃったんだ。天使の力を転生者が一方的に振るえてしまう可能性をさ。」

「~~っ!!」

「既に私達以外の天使は帰還してる。この場に私以外の天使が来なかったのも、その辺りが理由さ。そしてアルマと君のユニゾン解除と、天使アルマの回収がこの世界での私の最後の役割。……言ったでしょ、『天使アルマが私の管轄になっちゃった』って。」

 

縋りついていた腕から力が抜け、だらりと垂れ下がる。

私の心象を反映したように、飛翔もフラフラと安定せず……気が付いた時には、私は地べたにへたり込んでいた。

 

「私は…………私は、なんて事を……!」

 

心が折れる音がした。

なのはに負けた衝撃も、計画が失敗したと言うショックも、この事実に比べればなんと軽いものだったのだろう。

 

――あの未来の光景は……なのは達の死の原因は……!

 

「この……私自身……ッ!」

 

 

 


 

 

 

――勝った……漸く、本当に勝ったんだ。

 

「……お疲れ様、レイジングハート。」

 

安堵のため息を吐き、掌に乗せた待機状態のレイジングハートに労いの言葉を贈る。

 

≪……≫

 

返答は無い。

既に傷一つ無く修復されたレイジングハートだったが、朱莉ちゃんが言うには、意識が戻るのにはそれなりに時間がかかるそうだ。

 

『数十分も経てば目が覚める筈だから、安心して!』

 

そう言って笑った後、朱莉ちゃんはやる事があるからと一足先に飛んで行った。

きっとユニゾンされていた天使の元へと向かったのだろう。そこには聖女の本体である、ユニゾンデバイスも居る筈だ。

レイジングハートが起動できない今、戦闘能力が著しく低下している身ではあるが、私も向かわなくてはならないだろう。

 

「……行こう、レイジングハート。」

 

返事の無いレイジングハートをネックレスのように首元にぶら下げ、簡易的な飛翔魔法で向かっている途中、私の元に駆けつけてくれた二人の声が聞こえた。

 

「おーい、なのはちゃーん!」

「お疲れ様、なのは。」

「はやてちゃん! フェイトちゃん!」

 

 

 

「――そう、今レイジングハートは……」

「うん、お休み中。直ぐに目覚めるって話だし、のんびり待つつもり。」

「なるほどなぁ……そう言う事なら、その間は私達がなのはちゃんをしっかりエスコートしてあげなあかんな!」

 

そう言って、力こぶを作るような仕草で笑みを見せるはやてちゃん。

フェイトちゃんも「なのはが戦えないなんて、こんな機会滅多に無いもんね。」と穏やかに笑っており、平和が戻って来たような感覚をこの時の私は抱いていた。

 

 

 

「――聖女さん……?」

 

何やら様子がおかしいと感じたのは、朱莉ちゃん達の元へ辿り着いた時……地べたにへたり込んだ、リインフォース・ツヴァイを思わせるような銀髪オッドアイの少女を見た時だ。

 

「っ! なのは……!」

 

私の声が聞こえたのだろう。少女は弾かれたように私の方へ体を向け――

 

「ごめん……ごめんなさい……! 私が……私の所為で貴女達が……!」

「えっ、ちょっと……急に何を……!?」

 

涙を流しながら、土下座で謝罪を始めた。

はやてちゃんもフェイトちゃんも、聖女(推定)の突然の行動に戸惑っているようで、事情を把握する為にも彼女の話を聞く事となった。

 

 

 

「――私達が、近い未来で命を落とす……?」

 

聖女の傍らに立つ朱莉ちゃんに視線で確認を取ると、彼女は残念そうに頷いた。どうやら天使の身である彼女には、聖女の言葉に嘘が無い事が分かっているようだ。

 

「……」

「……」

 

彼女の口から聞かされた内容はあまりにも衝撃的で、はやてちゃんもフェイトちゃんも言葉を失っている。

しかし、それ以上に衝撃的だったのは――

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「聖女さん……」

 

あれ程強く、高圧的だった聖女の弱々しい姿だった。

この様子を見る限り、どうやら彼女は本当に――

 

「全く……どうやらホンマに大変な事してくれたみたいやな。」

「っ!」

 

はやてちゃんの言葉に、土下座を続けている聖女の肩がビクッと震える。

そして彼女は再び、謝罪の言葉を繰り返し始めた。

 

「はやてちゃん……」

 

はやてちゃんが怒る理由は分かる。

確かに彼女の話を聞く限り、聖女が天使の身体を奪いさえしなければ私達の死は天使達の介入により防がれていたのだろう。

それが彼女の行動が原因で天使は帰還する事になり、私達は私達を殺せる相手に正面から立ち向かう他なくなってしまった。

 

しかし、私は彼女の話を聞く内に感じていた事がある。それは、彼女は手段こそ誤ってしまったが、私達を助ける為に動いていたと言う事だ。

当然、それははやてちゃんも感じ取っているのだろう。だから彼女は「仕方ないな」とでも言う様な表情で溜息を吐き――

 

「――美香さんとの再会の約束、あんたの所為でご破算やないか。」

 

と、冗談めかした口調で苦笑する。

そんな彼女の言葉に、信じられないと言った様子で聖女が顔を上げて詰め寄った。

 

「貴女は何を……聞いていなかったのですか!? 貴女達は近い未来に――!」

「聞いとったに決まっとるやろ! その上で言うとんねん!」

「っ!?」

「言うとくけどな、私はアンタのした事全部に納得した訳でも、まして許した心算もない! アンタの犯した罪は事実やし、結果的とは言え実際に今、私達の命は脅かされとる! けどな……そんな私達以上に傷付いとるヤツに、追い打ちかける気ィにはなれんのや。」

 

確かに彼女がとった行動の中には許されないものもある。

聖王教会での魔法の行使を始めとした罪や、グレアムさんとリーゼ姉妹に対する行い。そして、リーゼ姉妹にやらせた工作の数々……傷付いた者は決して0ではないし、その咎は彼女が背負い、償わなければならないものだ。

 

しかし皮肉な事に、聖女の行いで最も深く傷付いたのもまた彼女自身だった。

今の彼女は、少し目を離した隙にでもこの世から消えてしまいそうな程に儚く見える。

その姿を見たからこそ私達は、今本当にすべき事に対して目を向ける事が出来たのだ。

 

――"滅び"はまだ阻止できていない。だったら……!

 

二人と目線で会話し、互いに頷きで返答とする。

 

そうだ。機動六課の役割はあくまで"滅び"の阻止……予言に記された一文の通り、聖女は"滅び"の正体こそ知っていたが、原因ではなかった。

ならば私達が今考えるべきは、聖女を責める事ではない。如何にして今度こそ"滅び"を食い止めるか……

 

そう思いを一つにしたところで、今まで黙っていた朱莉ちゃんの呟きが耳に届いた。

 

「みーちゃん……そうだったね、君達は確かに約束を交わしてたっけ……」

「……朱莉ちゃん?」

「っと、私達もそろそろ行かなきゃ! 神様が待ってる!」

「えっ! そんな急に……!?」

 

何か誤魔化された様な気配を感じたが、彼女達に時間が残されていないのも確かなようだ。

朱莉ちゃんともう一人の天使の身体は淡い光に包まれ、透け始めていた。

 

「……ここから私達はもう手を貸す事は出来ないけど、向こうで応援してるよ。頑張ってね三人とも。」

「私からも謝罪と感謝を……皆様、お手数おかけして申し訳ありませんでした。そして、助けていただきありがとうございました。」

 

彼女達の身体から光の粒子が空へと消えていく程に彼女達の身体は透けて行き、その存在感も、感じる力も薄れていく。

もう程なくして、彼女達は本当にこの世界から居なくなるのだろう。最初から存在しなかったかのように、その痕跡すら残さずに……

 

そう思うと、どんどんと胸の内から様々な感情が込みあげて来る。

なんやかんやで彼女とは長い付き合いだ。寂しさや切なさは勿論、もしかしたら彼女はこの思い出からも消えてしまうのではないかと言う恐怖まで……

 

そんな思いを感じ取ったのだろうか、私を見つめる朱莉ちゃんはフッと笑うと最後にこう言ってくれた。

 

「たった十数年ぽっちだったけど……一緒に入れて楽しかったよ、なのはちゃん。私の本当の名前、覚えていてくれると嬉しいな。」

「……うん。私も楽しかったよ、朱莉ちゃん。絶対に忘れないから……朱莉ちゃんも私の事、覚えていてくれる?」

「うん、次になのはちゃんがこっちに来るまでずっと覚えておくよ。その時は色々話そう。……――ふふ、今ならみーちゃんの気持ち、よく分かるよ。」

 

思い返せば、彼女は私が小学1年生の頃から……いや、もしかしたらもっと前から見守ってくれていたのだろう。

この世界で常に他の転生者達からの注目を集め続ける事になる(なのは)の事を。

彼女が友達になってくれたのは、もしかしたらそんな仕事の一環だったのかも知れないけど……それでも彼女と話す時間は楽しかった。そこに嘘は無い。きっと、彼女も。

 

そして、私達が見つめる中、彼女達の姿はだんだんと薄れて行き――

 

「じゃあね、なのはちゃん――またね!」

「うん……またね、朱莉ちゃん。」

 

この世界から、天使と言う存在は完全に消えた。

 

そう、私達をずっと守っていてくれた――()()()が。



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守護者達が去った地で

「――さて……アンタには色々と聞きたい事もあるけど、一先ずは身柄を拘束させて貰うで。」

「はい、もう抵抗するつもりはありません。」

 

すっかり大人しくなった聖女に、はやてちゃんがリングバインドにも似た拘束具を取り付ける。

これは木之元さんお手製の拘束具であり、聖女のユニゾンと魔法の行使を封じるものだ。

鍵に相当するものはなく、限定解除の様に権限を付与された者――即ち私達、機動六課の隊長陣の誰かの魔力と承認でもってのみ解除が可能となっている。

それが聖女に対して効果を発揮した事を確認し、はやてちゃんはホッと一息ついた。

 

「それにしても……本当にボロボロになっちゃったね、この街も。」

 

周囲を見回せば辺り一面瓦礫の山……早朝にはここにあった街の名残は、もはや何一つとして残っていないと言ってもいい光景だ。

 

「一部はヴィータとなのはが壊してたけどね。」

「あ、あの時はそれしか方法が無かったから――!」

 

フェイトちゃんのツッコミを受け、周囲にはどこか和やかな雰囲気が作られる。

そんな時、遠くから「おーい!」と言う呼びかけとともに、銀盾の皆が駆け寄って来た。

 

「漸く終わったんだな。今回は流石にヤバかったぜ……」

「何が一番ヤバかったって、最後のなのはのSLBだよなぁ……神谷が張ってくれた障壁が無ければ、皆余波の魔力ダメージで気絶してたんじゃねぇか?」

「ともあれ、無事に解決してよかったよ。これでもう、予言の"滅び"も回避できたんだろ?」

「でも、こうして解決した以上はこの臨時の部隊も解散か……ちょっと寂しくなるな。」

 

と、完全に事件解決の雰囲気を纏う彼等に、はやてちゃんが真剣な面持ちで先程聖女から伝えられた未来の話を伝えるべく口を開いた。

 

「ああ皆、その事なんやけどな……――」

 

 

 

「――はっ!? 聖女は元凶ではなかった!?」

「嘘だろ……それって"滅び"はまだ回避できてないって事か!?」

「しかも聖女の未来視によれば、俺達もなのは達も死ぬって……マジかよ……」

 

そんな未来の話を伝えられ、普段は割とのんきしている彼等も流石に堪えたらしい。

聖女の未来視の能力を疑う声もあったが、語られた内容にカリムの予言との類似性があった事を伝えると、その未来をどう覆すかと言う話に自然と切り替わって行った。

 

「……でも、聖女もそれを回避する為に動いてたんだろ? なら協力してくれるって事で良いんだよな?」

「ええ……ですが、直接的な戦力として今の私はなのはに劣ります。そのなのはが負けた相手である以上、私が参戦したところで未来を変える切っ掛けにはなり得ないでしょう。」

「ならせめてその敵がいつ、何処に現れるかだけでも視れないか? 未来視まで使えなくなった訳じゃないだろ。」

「いえ……多くの転生者が関わる未来である関係上、私が視る事が出来たのは結末だけです。辛うじて結末が視れたのは……貴方達転生者が命を落としたから。」

「お……おう……そうか。」

 

話し合いの中で自分達の死を改めて伝えられ、再び少なからずショックを受ける銀盾達。

そんな中、神無月君がはやてちゃんに確認するように問いかけた。

 

「じゃあ結局はカリムの予言頼りか……確か、滅びのタイミングを示す一文もあったよな?」

「! そうなのですか!?」

 

その問いかけに誰よりも反応したのは聖女だった。

彼女は確かに私達が敗北し、死ぬ瞬間の光景を見た。

しかし、私達が敗北するまでどれ程の時間が経過したのか……何時間も戦い続けた結果だったのか、ともすればあっと言う間に敗北してしまったのか……聖女にはそれが分からなかったのだろう。

 

「ですが、スパイを通して知った内容にはそのような一文は……」

 

だからスパイを通してカリムの予言の内容を聞き出したりもしたらしいのだが、その相手であるレジアス・ゲイズ中将が知っていたのは最高評議会によって肝心の部分が隠された状態だった為、聖女はカリムの予言にもタイミングを示す一文が無いと思い込んでいたのだそうだ。

 

「ああ、その一文に関しては特によう覚えとるわ。――『守護者達が地を去るとき 天の眼が開き滅びは来る』。最高評議会はこの守護者はレジアス・ゲイズ中将か、機動六課を指すと考えとった。私としては、『銀盾』なんて呼ばれとる皆も守護者候補やと思うとったんやけど……」

「未来視で機動六課と銀盾が滅びに遭遇していたし、残されたのはレジアス・ゲイズ中将か……よし、じゃあ俺達が中将がミッドを離れる予定が無いか聞き出せば――」

「――いえ、違います……!」

 

そう神田君が解決策を提案したその時、震える声がそれを遮った。

振り返ると、真っ青な顔をした聖女がしきりに周囲の光景を見まわしていた。

 

「この光景……()()()()……そんな、まだ時間はある筈……――! 未来が変わった……!? だったら――ッ!」

 

ぶつぶつとうわ言の様に呟く聖女はやがて何かに気付いたのか、上空へと鋭い視線を向ける。

釣られて上空へ目を向けると、それははるか遠くに薄らと……しかし確かにそこに存在した。

 

――なんだろう、アレ……空に、線みたいなのが見える……

 

見えたのは一本の線だ。

まるで空の絵に鉛筆で真っ直ぐに引いたような細い線が――

 

「――なのはッ!」

「えっ!?」

 

正体を見極めようとしていた私に、全身を拘束具で雁字搦めにされている聖女がそう叫びながら体当たりして来た。

突然の事に反応が遅れた私は、突き飛ばされて地面に倒れ込む。その直後、私を狙っていたと思われる青い砲撃が地面につき立っていた。

 

「っ! 今のは、まさか……!」

「皆さん、備えて下さい! でないと、ここにいる全員――」

 

砲撃の出所を追えば、自然と空に奔る()が眼に入る。

私達の視線を集めた事を把握しているのだろう、視線の先から幼さを感じさせる声が耳に届いた。

 

「――あーあ、避けられちゃった。」

「何もんや! 姿を見せぇ!!」

 

はやてちゃんの怒声に応じたのか、線を中心に()()()()

まるで()のように裂けたその奥には、黒い霧が漏れ出す異次元――虚数空間が広がっている。

そして、先程の砲撃の主と思しき少女が虚数空間の中より現れた。数えきれない数の手下……銀髪オッドアイの転生者達を引き連れて。

 

「貴女は……」

 

彼女の顔立ちを目にした私は、思わず傍に立つフェイトちゃんと少女を見比べる。

現れた少女は、髪型こそ違えどフェイトによく似ていた。フェイトちゃんの――子供の頃によく似ていた。

そして、一瞬で敵の正体を見抜いたのだろう。唖然とした様子のフェイトちゃんの口から、その言葉が漏れ出した。

 

「――姉、さん……?」

 

だが、その呟きは他ならぬ本人に――彼女の中にいる、本物のアリシアちゃんにより否定されたのだろう。

途端に動揺は消え、代わりに強い怒りが噴き出した。

 

「うん、わかってる……本物の姉さんはずっと私と一緒にいた! アイツは偽物!!」

「酷いなぁ、フェイト。ほら、よく見てよ……本物のアリシアだよ。――この身体はね。」

 

ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる少女の額に、6つの青い菱形の模様が小さな花の様に浮かんでいる。

本来のアリシアちゃんには存在しない、謎の模様……

 

――いや、違う……あれは模様なんかじゃない!

 

その妖しい輝きが、昔の記憶を呼び覚ました。

 

「――! お前、まさか……!」

 

フェイトちゃんも気付いたのだろう。普段は穏やかな彼女の声色に、怒気が混じる。

彼女はアリシアちゃんの事を非常に好いている。それこそ、自分の身体を自由に使わせる事を苦にも思わない程度には。

その最愛の姉が、身体だけとは言え利用されているのだ。頭に来ない訳が無い。

……だが、そんなフェイトちゃんの怒りも、()()のそれに比べればまだ微々たるものだったのだろう。

 

()()()()……()()()ォォォォ……ッ!!!!!」

 

その瞬間、少女を見ていた全ての視線が、彼女へと向けられた。

私達から遠く離れた場所に立つその女性は、手に持ったロストロギアの魔力を解き放つ。

地獄の窯でも開いたのかと思わせる程の憎悪が、途端に膨れ上がった()()の魔力に乗って周囲に満ちる。

SLB.A.Aによって雲一つ無かった空に忽ち黒雲が垂れ込め、その内側では紫色の光が激しく明滅し始める。

 

「もう、そんなに怒ってどうしたの? ちょっと遅れちゃったけど、()()()()()()()()()()()()? ()()?」

「――壊すわ。」

 

その言葉が引き金になったように、上空の黒雲から夥しい数の落雷が少女へ向けて降り注ぐ。

それはまさに、この場で最も少女の――アリシアの身体に巣食うジュエルシードの存在に神経を逆なでされた大魔導士、プレシア・テスタロッサの憤怒の投影だった。

 

――これ、下手したらあの人だけで勝っちゃうのでは……?

 

一瞬そう思わされる程の光景だ。上空を覆う嵐が、たった一人の少女に向けられている。

だが少女は動く事なく、代わりにその攻撃を防いでいたのは……

 

「――ありがとう、お兄ちゃん♪ じゃあさっさと起きて。」

「あ"あ……お兄ちゃんに任せろ……」

 

彼女を取り巻く銀髪オッドアイの一人だ。

だが彼一人で先程の攻撃を防ぐには力不足だったのだろう。障壁は一瞬で砕かれ、彼の身体は無数の落雷を受けていた。

しかし過剰ともいえる魔力ダメージを受けて意識を失った筈の彼は、ジュエルシードの言葉一つで意識を取り戻し、彼女を守るように飛翔魔法で傍に立ち続けている。

 

「ふふ……っ! どう、凄いでしょ? 私の命令があれば、魔力ダメージの気絶からでもすぐに目覚めるの。『戦え』って言えば、それこそ死ぬまで戦ってくれるのよ。――貴女達は()()()()()()で何処まで戦えるのかしらね?」

「……くっ!」

 

ジュエルシードの言葉に、苦い表情で杖を構えるはやてちゃん。

私達は時空管理局だ。非殺傷設定を外すにも理由と許可が居る。

今の状況をこの辺りの何処かにいるリオンちゃんにでも伝えれば、許可は下りるだろうが……問題はそっちじゃない。

 

「死ぬまで……」

「気絶もしないって事は、本当に……?」

 

そう、つまりジュエルシードはこう言っているのだ。

――『死にたくなければ殺せ』と。

前世も今生も平和な日本に生まれた私達に、()()()()()()等簡単に決められはしない。

例え許可があったとしても、非殺傷設定を切る事その物に強い抵抗感があるのだ。

 

奴はそれを知っている……いや、支配下に置いた転生者から聞き出したのかも知れない。

だからこそ、ジュエルシードは堂々とこの場に現れたのだ。

『人質に戦わせる』という、最も卑劣で残酷な作戦を用意して。

 

「――でもね、一人だけお兄ちゃん達には任せられない相手がいるの。」

 

少女はそう言うと表情から笑みを消し、一転して憎々し気に私を睨みつけた。

 

「貴女に味わわされた敗北……虚数空間を彷徨っている間ずっと、ずっと考えてたのよ。どうすればこの屈辱に決着をつけられるのか……!」

「ッ!?」

 

ジュエルシードの敵意が私一人へと向けられているのがハッキリとわかる。

それと同時に、私には彼女の正体が何となくわかった。シリアルナンバーは覚えていないけど、彼女との戦いで私が使った呼称は――

 

「『魔法使い』……!?」

「貴女だけは私自身の手で殺してあげるわ、高町なのは!」

 

嘗ての因縁が、時を越えて襲って来た。

 

 

……レイジングハートは、まだ目覚めない。




拙者、最初の敵が最後のボスになる展開大好き侍


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未来を変える第一歩

ちょっと長めです。
今回ちょっと受け入れられるか不安な所がありますが、このまま進行します。


「≪Apocalypse Breaker≫!」

 

ジュエルシードが放ってきたのは、先程よりも遥かに巨大な……まさに青い壁が迫って来ると錯覚するほどの砲撃魔法だ。

普段であれば私の障壁でギリギリ対処可能な威力だが……

 

≪……≫

――レイジングハートの補助が無い今の私では、アレは防げない……!

 

自前の術式で簡易的な飛翔魔法を構築し、地面から僅かに浮き上がり回避の態勢を整えたその時。

 

「――『ライオットザンバー・カラミティ』!」

「! フェイトちゃん!」

 

私と砲撃の間に素早く滑り込んだフェイトちゃんが、大剣状に変形したバルディッシュで迫る青い壁を切り裂いた。

 

「く……ッ!」

 

切り裂かれた砲撃が地面を抉り、衝撃が空気を震わせる。

直撃していないのに全身に奔る微かな痛みが、私にそれを伝えた。

 

――この砲撃……非殺傷設定じゃない!

「フェイトちゃん、気を付けて!」

「うん。どうやら、向こうは本気で私達を殺すつもりみたいだね……バルディッシュ、姉さん!」

≪sir.≫

 

時空管理局の局員ともなれば、非殺傷設定が付与されていない魔法を向けられる事は珍しくない。

そして執務官としてそう言った相手と向き合う機会が特に多かったフェイトちゃんの動揺は私よりもずっと少なく、即座にバルディッシュの形態を『ライオットザンバー・ランページ』へと切り替えて飛翔した。

恐らくは被害が出るよりも早く、ジュエルシードを封印するつもりなのだろう。

 

そんなフェイトちゃんを援護する為だろうか、上空の黒雲に紫電が奔り、無数の落雷がジュエルシードへと降り注ぐ。

 

「無駄よ。」

 

ジュエルシードが命令するまでもなく、周囲にいた銀髪オッドアイ達が彼女を守るべく動き出す。

ある者は落雷を前に自らの身体を盾とし、またある者はフェイトちゃんを止めるべく彼女の前に立ちはだかる。

 

「――遅い!」

 

しかし、その動きはフェイトちゃんを止めるには遅すぎる。

空中で速度を一切落とす事無くジグザグに飛翔し、銀髪オッドアイ達の間を通り抜けたフェイトちゃんは、一瞬でジュエルシードに肉薄。そのまま斬りかかるが――

 

「こちらにも速度に特化した(お兄ちゃん)はいるんですよ。」

「っ!」

 

その斬撃がジュエルシードへ届くよりも早く、フェイトちゃんを強襲する銀髪オッドアイの斬撃。

フェイトちゃんはそれをバルディッシュで受け止めたが、勢いのついた一撃だった為そのまま突き飛ばされてしまった。

 

「俺の妹に手出しはさせねぇぞ!」

「く……っ、仕方ない。先ずは貴方から……!」

 

二人の様子を見る限り、どうやらフェイトちゃんはジュエルシードへの追撃を断念し、目の前の敵を優先するようだ。

だが、先程プレシアさんの魔法で気絶した銀髪オッドアイがそうだったように、ブラックアウトダメージで意識を奪ってもジュエルシードが一言命令すれば直ぐに意識を取り戻して戦線に復帰されてしまうだろう。

『相手の意識の有無に影響されない絶対命令』……やはり、ジュエルシードを倒すしかないのだ。

 

――何か、私にできる事は……

 

レイジングハートが目覚めない今、私が戦線に立つ事は出来ない。

ならばせめて戦況を把握し、念話でアシストするなりしたいのだが……

そう思ってジュエルシードの動きを注視していた私は、彼女の腕の異変に気付いた。

 

――あの腕……確か砲撃を放った方の……!

 

ジュエルシードの――アリシアちゃんの身体の腕がだらんと垂れ下がっており、まるで火傷したようなダメージを受けていた。

その原因に対する心当たりはただ一つ。そしてそれは、きっと彼女が私に追撃してこない理由でもあるのだろう。

 

――非殺傷設定を付与していない、高出力の砲撃を放った所為で……

 

原作知識によれば、アリシアちゃんには本来魔法の適性は無い。

そんな体にあんな魔法を使わせている所為で、反動によりあれ程のダメージを受けてしまっているのだ。

その傷も青い光が灯り、次第に回復しているようだが……アレが完治するまでは先程の砲撃は放てないと考えても良さそうだ。

 

――早速この情報を共有して……!

 

傷が治るより先にジュエルシードの封印を――その考えを見抜かれたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか……ジュエルシードが口を開いた。

 

「……やはり外野は邪魔ですね。お兄ちゃん達、なのは以外の邪魔者を――殺してください。」

「――ッ!」

 

下されてしまった殺害命令。

その一言で死ぬまで戦う狂戦士と化した銀髪オッドアイ達が、目についた私以外の全員に襲い掛かった。

 

――拙い……これじゃ、ジュエルシードを倒すどころじゃない……!

 

普段の皆であれば問題無かった。

しかし、今の皆は聖女との戦いで疲弊しきっている。

その所為で本来の彼等よりも劣る銀髪オッドアイ達に、次第に押され始めている。

更に言えば、敵の銀髪オッドアイ達は殺意を持って襲ってきているのだ。今の彼等にのしかかっているプレッシャーは並大抵ではない。

下手に念話でも繋ごうものなら、その途端に殺されてしまうかもしれない……!

 

「っ、皆の援護に行かないと……!」

「くそ……ッ! そこを退けやぁッ!!」

「拙いねぇ、数も向こうの方が上かい……!」

「弱音を吐いている暇はありませんよアルフ。魔力に余裕のある私達が援護しなければ……!」

 

フェイトちゃんやはやてちゃん、アルフさんにリニスさんも彼等の援護に向かおうとはしているが、彼女達にも敵の銀髪オッドアイ達は差し向けられている。

無理に突破しようとすれば、非殺傷設定の付与されていない危険な魔法をその身に受ける事にもなりかねない。

 

――どうすれば……!

 

「――私達を忘れて貰っちゃ困るよ!」

「溜まりに溜まったこの鬱憤……せめてあんた等で発散させて貰おうか!」

 

声に振り向けば、彼等の援護に駆けつけた二人の女性の姿が見えた。

それはかつて敵対し、共に闇の書事件を乗り越え……そして、さっきまで私達に敵対させられていた二人――

 

「リーゼロッテ!?」

「リーゼアリア……助かった!」

 

「……私が指示を出しました。彼等を守るようにと。」

「聖女さん……!」

 

全ての生死体からリンカーコアが抜き取られ、今の聖女が指示できる者はあの二人だけだ。

この混乱に乗じて指示を出せばこの場から逃げ出す事も出来ただろうに、彼女はそれを彼等を助ける為に使ってくれたのだ。

 

そして、その成果は直ぐに現れた。

 

「――『王の財宝』!」

「――『障壁結界』!」

「――『エグゾースト・ヒートエッジ』!」

 

一部の魔力に余裕を残していた銀盾達が、一気に流れを動かし始めたのだ。

一切の意思疎通も無しに完璧に近い連携が可能な彼等ならば、きっと直ぐに陣形を整えられるだろう。

だが……

 

「起きて、お兄ちゃん。」

 

その一言で目を覚まし、再び戦い始める狂戦士たちが相手ではどう足掻いても消耗戦になってしまう。

 

「やっぱり、このままじゃ……!」

「いえ、まだ分かりません。」

「え……?」

「考えてもみてください。私が指示を出したとはいえ、本来()()()も私と同じように拘束されていたのですよ。それがどうして即座に動けたのか……」

 

聖女の言う『彼女達』とはリーゼ姉妹の事で間違いないだろう。

だが、確かに彼女の言う通り、リーゼ姉妹はザフィーラに敗れた後拘束されていた筈だ。聖女にかけたような強固な拘束ではないが、それにしたって本人達には解除できないものの筈。

それがいつの間にか解放されている……

 

「――全く、何処まで()の想定通りなのか……ですが、今回は彼の秘密主義に助けられたと言えるでしょうね。」

 

聖女はそう言って空の一角に視線を送ると、同時に彼女の声が聞こえて来た。

 

「IS起動――『ライドインパルス』!」

 

急いで聖女の視線の先に目を遣ると、トーレが空中を縦横無尽に飛び回りながら複数の銀髪オッドアイ達を手玉に取っているのが見えた。

 

「あの子はスカリエッティ博士の……!」

 

よく見れば空中で戦う者の中には、彼女以外にもスカリエッティ博士が送り込んだ戦力が混じっている。

度々起こる爆発はチンクのランブルデトネイター……飛び交うブーメランはセッテのスローターアームズ……

 

「行っくぞぉ! 再現奥義『サンシャイン・ブレイバー』!」

 

中にはゴツイ白騎士の姿もあったが、声からして恐らくアレはセインだろう。

 

「――! まさか、()()()()がここに来たのって……!」

「彼ならば私の未来視の内容と、カリムの予言の両方を知る事が出来ましたからね……恐らく、最初からこの瞬間の為に編成された部隊だったのでしょう。」

 

彼女達が一度銀盾の皆を手助けしている光景は見たが、その後は介入も消極的で妙だとは思っていた。

まさか最初から滅びのタイミングを見抜いていたとは……

 

「なのは。ご覧の通り一度は窮地に陥った彼等も、今はある程度落ち着いて対処が出来る程度に余裕を取り戻しています。貴女の心配も幾らか解消された事ですし、ここは一度逃げましょう。」

「逃げる……」

「ええ、レイジングハートが目覚めるのを待つのです。管理局側の最高戦力である貴女が、無防備なままやられる事だけは避けなければなりません。」

 

……聖女の言う通り、今の私に出来る事はない。

寧ろこうしてジュエルシードからいつでも狙われる位置に身を晒していては、戦う皆も気が散ってしまうだろう。

幸いにして周囲には崩れかけのビルもそれなりにあるし、上空からも身を隠す事は出来る筈だ。だが――

 

「簡単に逃がすと思う? 高町なのは!」

「――っ!」

 

やはりジュエルシードの狙いが私である以上、彼女の眼を潜り抜けて身を隠す事は簡単ではない。

視たところ腕の治療ももう終わりそうだ。先ずはもう直ぐ放たれるだろう砲撃を確実に躱さなければ……!

 

「逃がしますわ――私達が必ず!」

「! 貴女達は……!」

「こうして直接顔を合わせるのは初ですわね……私はクアットロ。そして彼女は――」

「ノーヴェだ。短い間だがよろしく頼む。」

 

私達の傍に光の道を通って現れたのは、クアットロとノーヴェのコンビだった。

彼女達はそれぞれ名乗ると、私を逃がすべくジュエルシードへ向き合い……クアットロが手を翳す。

 

「先ほど伺ったお父様の予想では、あのロストロギア相手には私の"劇場"も効かない……ならば――IS起動! 『シルバーカーテン』!」

「!」

 

クアットロが自身の能力を起動すると、まるでティアナのフェイクシルエットの様な幻影が大量に生み出された。

それらは私と聖女の姿を模しており、二人一組になるように配置されている。

 

「――さあ、今の内に!」

 

そしてクアットロが小さな声で私に合図を送ると同時、大量の幻影たちはそれぞれ別方向に点在するビルへと逃げていく。

 

「行きましょう、なのは。」

「うん……ありがとう。クアットロ、ノーヴェ……!」

 

私達が幻影に紛れるようにして廃墟と化したビルの一つを目指して駆けだすと、上空から怒声が響く。

 

「逃がすか! ≪Disaster Edge≫!」

「――!」

「振り返ってはいけません、なのは。」

「……うん、わかってる。」

 

周囲の幻影はジュエルシードの声に反応する事なく逃げている。ならば私も同じように振り返る事なく、魔力感知による警戒に留める。

 

――高密度の魔力反応が6つ……菱形の誘導弾!

 

放たれたそれらは一瞬で地上付近の高度に到達し、周囲の幻影を手当たり次第に狙い動き出す。

幸い幻影もそれに対して回避するような動きをしており、私が回避行動をとっても直ぐにはバレないだろう……当たらない限りは。

 

――目標のビルまで約10m……!

 

「っ!」

 

あと少しでビルの中へ身を隠せると言ったタイミングで、私達の正面にそれは回り込んで来た。

青い菱形の誘導弾……嘗て私達が捜索し、回収したジュエルシードによく似たそれが、高速で接近してくる。

今の私には簡易的な飛翔魔法くらいしか回避手段がない。一応は障壁も張れるが、それをすれば本体がここにいると伝えるようなものだ。そもそも、誘導弾に込められた魔力量からして防ぎきれるかも賭けになる。

 

「落ち着いて下さい、私が未来視で補助します。――回避する方向は右、私の合図に合わせて下さい。」

「! うん……!」

 

誘導弾はなるべく多くの幻影を巻き込む為か、突如として方向を変える動きをする。

本来なら回避は難しいが、聖女の未来視があれば……!

 

「――今です!」

「っ!」

 

合図で右に飛び、軌道を飛翔魔法で補助すると、誘導弾は私の回避方向とは逆の方向へと曲がり、そこにいた幻影を貫いた。

 

――頼りになるな……

 

その間に再び駆けだした私は、何とかビルの中へと身を隠す事に成功。

バレないように外の様子を窺うと、逃げていた幻影たちの幾つかはこことは別のビルへ逃げ切っており、ジュエルシードには私達がどのビルへ逃げ込んだのか分からなくなっているようだ。

 

誘導弾は今も無数の幻影を追い回しており、ジュエルシードの眼から逃れる事が出来たと確信する。

 

「――ふぅ。」

 

思わず小さなため息が漏れた。

やはり非殺傷設定が無い魔法を前にすると緊張感があるのだ。無防備な今の状況では尚更に。

 

「お疲れ様です。――レイジングハートの様子はどうですか?」

「まだ、もう暫くかかりそうかな。……このままここに身を隠して、レイジングハートが目覚めるまで持つと思う?」

「……どうでしょうね、転生者の多いこの場所では未来視の()()()()は数秒先が精々ですので正確な事は……ですが、恐らくは厳しいかと。」

 

続けて語られた聖女の推測では、あの場にいる私達が全て幻影であると判明し次第、ジュエルシードの誘導弾はその攻撃目標を周辺のビルの基礎部分に定めるだろうと言う事だった。

逃げた先がいずれかのビルであると分かっていれば、その全てのビルを完全に破壊し、私達を炙り出せば良いのだからと……

 

「ですから……」

「――待って!」

 

聖女の推測を聞きながら外の様子を窺っていた私の眼に、その光景が飛び込んできた。

 

「――考えてみれば、一々幻影全てを追わなくとも貴女一人を排除すれば事足りるのよね。」

「っ! クアットロ!」

「……しくじりました、わね……!」

 

ジュエルシードの誘導弾がクアットロを撃ち抜き、その身に大穴を空けていた。

穴からは内部の機械が露出し、バチバチと火花が弾けている。

暫くはノーヴェがクアットロに迫る誘導弾を弾いて対処していたのだが、6つ同時に差し向けられて流石に防御が間に合わなかったのだ。

 

そしてクアットロが撃ち抜かれた為か、周囲を逃げていた私達の幻影が薄れて消える……それは私達があの場所にいない事が、ジュエルシードにバレた事を意味する。

 

「はぁ、逃げられちゃったかぁ……だったら、ビルごと破壊するしかないよね?」

 

そして聖女の推測通り、今度はビルへと目標を変更した誘導弾が遠くのビルを何度も貫き、元々ボロボロだったビルはあっと言う間に崩れてしまった。

 

――かなり頑丈に組まれた誘導弾だ……クロノ君のスティンガースナイプのような感じかな……

 

いずれにせよ、私達には時間が無い。レイジングハートが目覚めるまで、あとどれくらいだろう……再び緊張が身を包む。

 

「ノーヴェ、やりますわよ!」

「ああ……仕方ねぇな。『エアライナー』!」

 

そんな中で動いたのは、ジュエルシードから無視されていたクアットロ達だ。

ノーヴェがクアットロを抱え、そのまま地表から上空のジュエルシードまで真っ直ぐに『エアライナー』の光の道を作り出す。

そして、ローラーブレード状の固有装備『ジェットエッジ』のブースターを点火させ、その道の上を高速で駆け出した。

 

「? なにを――」

 

一人は身体に大穴を空けて戦闘不能、もう一人はそんな相方を抱えており戦闘能力は半減……そんな状態で接近を試みる二人に、ジュエルシードは疑問符を浮かべつつも迎撃の為に右手を向ける。

対してノーヴェには障壁で身を守る様な動きはなく、突撃にも迷いはない。

誰が見ても無謀な特攻だ。成功する見込みは薄く、寧ろクアットロ達ばかりが危険に身を投じるような自殺行為。

しかしその瞬間、クアットロは不敵に笑みを浮かべると、声を張り上げた。

 

「あいにく、私達は()()()()を楽に破壊させるつもりはありませんの……チンク!!」

「――『ランブルデトネイター』!!」

「なっ――!!?」

 

轟音。

二人の身体がチンクのISにより起爆し、ジュエルシードの至近距離で炸裂した。

その衝撃は私達が身を潜めているビルにも伝わり、パラパラと天井の破片が小石となって落ちて来る。

 

クアットロとノーヴェの全身全霊をかけた特攻……しかし、払った代償に見合った成果があったのかと言うと――

 

「ふん……少し驚かされたけど、所詮この程度が精々よね。」

 

煙が晴れた時、ジュエルシードは健在だった。

彼女の言葉通り虚を突く事は出来たのかも知れないが、ジュエルシードが張った障壁には傷一つ付いていない……

制御が手放された事で誘導弾は霧散したようだが、それは一時しのぎにもならない僅かな時間を稼いだにすぎない。

 

しかし、それでも――

 

「ねぇ、聖女……提案があるんだ。」

「提案ですか?」

 

私の覚悟は決まった。

彼女達の犠牲が私の目を覚まさせた。

 

「貴女は未来を視たんだよね? この先の光景を……」

「……はい。と言っても、最後に生き残っていた貴女が死ぬ瞬間だけです。具体的な展開は分かりません。」

 

そうだ、最後に生き残るのは私……きっと、こうして隠れたままだと近い内に本当にそうなる。

 

「その光景の私は、今と同じ"私"だったんだよね?」

「……? なのは? 貴女は一体何を――」

 

そんな未来は来させない。

絶対にもう誰も犠牲にしない。

さっき失われた二人の姿は、近い内にここにいる誰もが迎えかねない結末なのだ。

だったら――!

 

「――未来を変えよう。手っ取り早く、確実に。私と貴女が()()()()()()()、簡単に出来る……!」

「なっ……! まさか、貴女の提案と言うのは――」

 

私はもう待てない。

こんな状況で待ちたくない。

 

私の相棒(レイジングハート)はまだ眠っている……だけど、戦う力(デバイス)ならばここにもう一つある!

 

「――私とユニゾンして、一緒に戦おう。今の私達なら、協力できるはずだよね。」




なのは「未来の私の姿が今の私だったなら、ユニゾンすればその時点で未来変わるよね!」

念の為の補足
クアットロとノーヴェは普通に生きてます。爆発したのはアバターなので、今頃ジェイルコーポレーションの地下で本体が目覚めてます。
なのはさんは彼女達が遠隔操作のアバターと知らない為、ちょっとした誤解が生まれてます。


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二人、一つに

2024/03/09 追記
内容を一部修正しました。


「――本気で言っているのですか……?」

 

私の提案に対する聖女の返答は、そんな問いかけだった。

確かに天使の身体を乗っ取っていた相手に対する提案として、あまりにリスクが高すぎる事は私も分かっている。だけど……

 

「こんな時に冗談は言わないよ。」

「私はさっきまで貴女の敵だったのですよ!?」

「でも今はそうじゃない。貴女もジュエルシードが齎す結末を変えたがっていた筈……違う?」

「――ッ、ですが……!」

 

聖女の言葉によれば、ジュエルシードは聖女にとっても倒したくてしょうがない敵だ。

私は少なくともその点に関してだけは、彼女が嘘を言っていなかったと確信を持っている。だったら今は協力できる筈だ。

 

「出来ない訳じゃないでしょ? 天使とさえ融合した貴女の事……多分貴女は適合率や適性に関係無く、最高の状態で誰とでもユニゾンできる筈。」

 

私がそう言うと、聖女にも私の意志が固い事が伝わったのだろう。しばし考えこんだ後、諦めたように頷いた。

 

「……分かりました。ですが、最後に一つ確認を。」

「何?」

「私のユニゾンは制限により()()()()()()()()()()()()()()のみ、身体やリンカーコアの支配が出来なくなります。それは貴女にとってメリットですが、この状況では僅かながらデメリットともなります。その理由は分かりますね?」

 

私が転生者である事がバレている事に関して、今更驚きはしない。彼女の未来視の能力があれば、確認する機会はいくらでもあっただろうから。

だから私は、ただその問いかけに対する解答のみを返す。

 

「……連携の精度かな?」

「そうです。私が完全に制御する場合と違い、通常のユニゾンデバイスの様に息を合わせる必要があるのです。先程まで敵対していた私達が……です。これは適性を無視できる私の特性でも、どうにか出来る物ではありません。」

「なるほど、貴女の能力を使い熟すには少し慣れが必要って事だね。」

 

ぶっつけ本番でやるには、リスクの高い賭けになる事は承知の上だ。

何故なら私は、これまでレイジングハート以外のデバイスを使った事が一度だってない。しかも聖女はデバイスの中でも特殊なユニゾンデバイス。

だけど、これしかないのだ。私が今戦う方法は。

 

「『少し』で済めば良いのですが……では最後の確認も終えましたし、貴女の覚悟が出来ていればこの拘束を解除してください。」

 

言外に『怖気付いたのならばそのままにしろ』と告げる聖女の眼に見つめられながら、私は聖女の拘束を解除するコマンドワードを唱え、魔力を流す。

 

「……随分、思い切りが良いですね。もう少し躊躇すると思ったのですが。」

「時間もないからね――さぁ……一緒に戦おう、聖女。」

「もう私は聖女ではありません。その資格も……ですから、私の事は『プロト』と呼んでください。それが今生の親より与えられた、ただ一つの名です。」

「プロト……分かった。」

 

そう言って私が差し出した手に、僅かな躊躇の末聖女が――プロトがその小さな手を乗せる。そして――

 

「「――"ユニゾン・イン"!」」

 

私達の身体を光が包んだ。

 

 

 


 

 

 

「ふふ……どのビルに隠れたとしても逃げられないよ、高町なのは! ≪Disaster Edge≫!」

 

ビルを破壊してなのはを炙り出す為、再び6つの誘導弾を放つ。

私の攻撃を妨害しようとする管理局員の姿が視界の隅にチラつくが、そう言った手合いは私の命令通りに動くお兄ちゃん()達が止めてくれている。

 

――そこで精々眺めていると良い……高町なのはの最期を!

 

私の意のままに動く誘導弾がビルを次々に破壊していく。なのはの悪運が強いのか、それとも意地を張って隠れ続けた結果、既に圧死したか……

 

――いずれにせよ全てのビルを壊せば貴女の命運も尽きる……!

 

事情は知らないが、今のなのはが戦えない事は間違いない。

しかしだからと言って躊躇も容赦もしない。私は彼女と正々堂々戦いたい戦士ではないのだから。

目的さえ果たせばそれで良い。どう言った巡り合わせか、幸いにしてこの世界に残りの(ジュエルシード)がある事はパスを通じて確認している。

今度こそ()()()()()()()のだ。そして雪辱を果たし、私は再び――っ!

 

――今の光は……!

 

視界の隅で、一つのビルの窓から不自然な光が漏れる。そして光が収まると同時にその窓から人影が一つ、飛翔魔法の輝きを纏って飛び出した。

 

「そこッ! ≪Disaster Edge≫!」

 

絶対に逃がさない。確実に捉えて……――貫く!

強い意志を込めて差し向けた6つの誘導弾は、なのはの逃げ道を完全に塞ぐように取り囲み――一斉に襲い掛かる。

 

――さぁ、お得意の障壁で防ぎなさい! 動きが止まった所を今度こそ……!

 

「≪Apocalypse Breaker≫……!」

――私のエネルギーを集約させたこの砲撃で、障壁諸共――!?

 

次の瞬間、私は自身の眼で見た光景を疑った。

彼女は回避も障壁による防御も使用せず、代わりに白いオーロラを身に纏ったのだ。

そして私の誘導弾は、ただ一つとしてその薄っぺらい膜を越えられず……空気に散って消えた。

 

「――っちぃ!」

 

急いで砲撃の術式をキャンセルし、エネルギーを散らす。

なのはが何をしたのかを理解するまで、宿主であるこの身体にとって負担の大きい砲撃は避けるべきだろうと判断したからだ。

私は誘導弾を消滅させたオーロラの正体を探ろうとして……その銀色に靡く髪に目を止めた。

 

――なのはではない……!?

 

一瞬そう思ったが、顔立ちを見れば間違いなくそれは高町なのはの物だ。これはいったい……

 

「ディバインバスター!」

「っ!」

 

よく見れば杖も握っておらず、こちらへ向けられた手の平から放たれたのは()()砲撃。

妙な気配を感じ、余裕を持たせて躱す。

 

――デバイスが無い、魔力光が違う……でも、アレはなのはだ! 以前、私に忘れ難い屈辱を味わわせた、高町なのはのあの魔法だ……!

 

あれから私は魔法について研究した。

『お兄ちゃん』達の妙な知識、命令し願わせる事で手に入れたこの魔法の力。そしてずっと記憶に残っているあの感覚と、今の砲撃から感じた術式は全く同じだった。

 

「フラッシュインパクト!」

「っ!」

――砲撃の中から……ッ!?

 

自身の放った砲撃の中から、黒い結晶の様な障壁を纏い現れたなのはが拳を握る。その術式を即座に解析し――

 

「≪Flash Impact≫!」

 

同じ魔法で迎え撃つ。嘗ての私と同じように、しかし以前とは決定的に違う。

なのはの使った術式を理解し、同じ術式を自身で構築。そして、そこに込めるのは――なのは以上の圧倒的な魔力!

 

なのはの拳に白い輝きが、そして私の拳には彼女のそれよりも遥かに眩い青い輝きが宿る。

次の瞬間、真正面からぶつかり合う互いの拳と魔法。魔法の常識で考えれば勝つのは私だ……だが――

 

「相殺……ッ!? バカな――」

「まだ、まだぁ!」

「!? ――ちぃっ!」

 

一瞬の動揺。その隙になのははフラッシュインパクトを放った拳を開き、私の手首をその右手で掴んだ。

 

――私を逃がさない気か!? 望むところ!

 

つい焦ってしまったが、本来彼女の得意とする距離はクロスレンジではない。だったらこの状況を逆に利用する!

 

「≪Catastrophe≫!」

 

発動した術式は、私を中心として超広範囲を蹂躙する空間攻撃だ。

宿主の身体をも巻き込みかねない為に非殺傷設定を外せないのが難点だが、この距離であれば確実に直撃する! ブラックアウトダメージで意識を奪ったところで改めて止めを……

 

「――≪Over Light Punisher≫!」

「なっ――!?」

 

瞬間、なのはの身体から白い波動が溢れ出す。

意図したものではないだろうが、その魔法は私のカタストロフィによく似ていた。違うのは――

 

「――ぐ……ぅ!? 魔力が……私が、吹き飛ばされ……!?」

 

彼女の魔法はこの身体ではなく、『私』を直接攻撃している……!

カタストロフィは彼女を中心に散らされ、加えて彼女は魔力によって『私』をこの身体から押し出そうとしているのだ。

 

「はああぁぁぁっ!!」

「させ……るかァッ!!」

 

私自身の魔力を放出し、彼女の放つ魔力に対抗する。

どうやら彼女のこの魔法は魔力を攻撃できると言う性質だったらしく、魔力による抵抗も有効だった。となれば、無限に等しい魔力を持つ私であれば何も脅威ではない。

 

「ふ、ふふ……残念だったわね、高町なのは! 貴女の目論見もこれで無駄よ! 大人しく殺され……――ッ!!!」

――違う! なのはの目的は私を押し出す事じゃない!

 

なのはの左手に魔力が収束していた――青い光が。今さっき、私から弾き出した魔力が眩い輝きを放ち、彼女の支配下に置かれていた。

 

――対象の魔力を弾き出し、その魔力で放つ収束砲撃……!?

 

そんなのあり得ない。そんなの出鱈目すぎる。

 

「く――ッ!」

 

咄嗟に腕を振り払い無理やり距離を取ると、彼女は術式をキャンセルし、収束させた魔力を散らした。

 

「やるじゃない……それでこそ、復讐のし甲斐があるってものよ。」

「復讐……貴女がこの世界を滅ぼすのは、そんな理由なの……?」

「滅ぼす……? 何を勘違いしてるのか知らないけど、私の目的はそんな下らない事じゃないわ。世界が滅びるんだとすれば、きっとその過程で勝手に滅ぶのよ。」

「そんな事はさせない! だったら、私は何が何でも貴女を封印する!」

 

彼女の話に乗る形で時間を稼ぐ。流石の私でも、あの魔法を喰らえば流石に拙い。

しかし、既に手は打っている。その為に少しでも時間が欲しい……!

 

――繋がっているパスの位置からして、そう遠くない内に……!

 

≪今大丈夫か!?≫

≪お兄ちゃん、待ってたわ! 私に念話を繋げたんだから、当然朗報よね?≫

≪ああ、ちゃんと()()()()()()()ぞ!≫

≪よくやったわ! 早く私の元に届けなさい!≫

 

最後に命令して念話を切る。

 

「ふ、ふふ……!」

「何が可笑しいの!」

「……貴女にも経験はあるんじゃないかしら? ずっと、ずっと待ち侘びていた瞬間が近付いてきた時、ついつい笑みが漏れてしまった事が……」

「いったい何を……」

 

ああ……もう直ぐだ。もう直ぐ私の悲願は叶う。

そしてその時が貴女の最後になるのよ、高町なのは……!



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二十一、一つに

-2024/03/03 23:57 追記
前話に会話を一部追加しました。
具体的には聖女がユニゾン前になのはに本名を明かしました。
それに伴い聖女の呼び方を聖女の本名『プロト』に統一しました。

-2024/03/09 追記
内容を一部修正しました。


なのはがジュエルシードとの戦闘を開始した丁度その頃、時空管理局古代遺物管理部では一つの戦闘が決着を迎える所だった。

 

「2、4、6……よし、ちゃんと15個揃ってるな。」

「はぁ……はぁ……――くっ! 待て、()()がどういう物か、お前も転生者なら分かってる筈だろ!? どうしてこんな事をする!?」

 

先程まで戦っていた彼等の容姿は非常に似ていた。

共に同じ銀髪、同じく左右で異なる色の瞳。そしてその出身もまた……だからこそ、彼には――古代遺物管理部の保管庫の警備に当たっていた転生者には理解できない。どうしてそんな物を求めるのか……それも、襲撃などと言う犯罪行為に手を染めてまで。

 

「俺の妹の頼みだからな、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「――!?」

 

その瞬間、彼は朧気ながら理解する。目の前のこの男の思考には、何らかの手が加えられているのだと。彼の背後にはその思考を縛り、差し向けた黒幕が居るのだと。

しかし、彼がそれに気付こうと気付くまいと事態は動く。

古代遺物管理部に襲撃をかけた実行犯であるその男は何も無い空間に徐に手を()()()と、薄布を引き裂くように空間をこじ開ける。その先には――

 

「虚数空間……!? おい、待て!!」

 

彼の制止の言葉に振り返る事もせず、男は虚数空間に身を投げた。

それを自殺と彼は思わない。自身と同じ転生者……それも、特典で虚数空間を開く能力を貰っているのだ。恐らく奴は、通常であれば不可能である『虚数空間内を自由に移動する方法』も持っているのだろうと当たりを付ける。

対して自分にはその能力がない。この時点で男の追跡は不可能となってしまった。

 

「くそっ……! こちら、時空管理局古代遺物管理部! 応答願う!」

『こちら時空管理局……!? その惨状は!? 一体何が……!』

 

即座に彼は本局へと通信を繋げ、この場で起きた事――研究用に保管されていたロストロギア『ジュエルシード』の15個全てが強奪された事を報告するのだった。

 

 

 


 

 

 

「貴女が無駄話をしてくれたおかげで、もう直ぐ私の悲願は叶うのよ。そして貴女は私に敗北し――絶望を抱えたまま死ぬ事になる!」

「……!」

 

ハッタリじゃない。ジュエルシードの様子からは、絶対的な自信と余裕が感じられる。

どうやら彼女が私の話に付き合ったのは、時間稼ぎをされていたようだ。しかし――

 

<やはり、()()()()()()撃つべきだったのではないですか? なのは。>

<ううん……レイジングハートが無い状態で、あれだけの魔力を制御しきるとは思えない。撃つべきじゃなかったのは間違いないよ。>

 

私の内側から語り掛けるプロトにそう返答する。

彼女が言っているのは、先程弾き出したジュエルシードの魔力を集束させて組んだ術式の事だ。

あの魔法は既にキャンセルした為に収束させた魔力も散ってしまったが、そうしたのはあのままあの魔力を砲撃として放てば暴発する危険性が高かったからだ。

デバイスの機能はプロトも勿論備えているが、あの時点でプロトはその全能力を『オーバーライトパニッシャー』の制御に注いでおり、砲撃の制御にまで手は回らなかった。

それでもジュエルシードに逃げられさえしなければ、ゼロ距離で放つ事で確実に狙えたのだが、距離を取られた以上は撃つべきではない。……周囲では今も多くの仲間たちが戦っているのだから。

 

<そうですか……貴女がそう判断したのであれば、従いましょう。しかしどうするのですか? 貴女が会話で稼ごうとした時間は、相手にとっても好都合だった様子……しかも、その好機は私達よりも先に彼女の方に訪れる事になりそうですよ。>

 

そう、先程の会話は私達にとっても時間稼ぎだった。レイジングハートが目覚めるまでの……だが結局のところそれは裏目に出てしまった。

だったら――!

 

<どうするも何も無いよ。ジュエルシードが何か企んでいるのなら、それを全力で阻止するだけ!>

「フラッシュムーブ!」

 

A.C.Sが使えない為、これが今私の出せる最高速度だ。

無数の魔力弾による牽制を織り交ぜながら、ジュエルシードの迎撃を回避して距離を詰める。

 

<Short Buster!>

 

プロトも私の術式を使って援護射撃をしてくれているが、レイジングハートのソレと比べてやはり僅かに感覚がズレる。

未来視も併用しているらしく狙いは正確だが、文字通り見ている光景が異なる為だろう。完璧な連携には程遠い。

事実、さっきプロトが組んだ『オーバーライトパニッシャー』の術式に私の魔力操作が追い付いていれば、その効果範囲は先程の比ではなかったのだと言う。

そう言う意味でも、私達はこの戦いの中で成長しなければならない。

 

「しつっこいわね!」

 

攻撃が当たらない事に危機感を覚えたのか、それとも距離を詰められている事に苛立ったのか……ジュエルシードは再び距離を取ろうとする。どうやらあくまで時間稼ぎに徹する事にしたらしい。しかし――

 

<なのは、私が次元魔法でアシストします!>

 

その動きを既に見ていたプロトが発動した術式により、目の前に作り出された次元魔法のゲート。

そこを潜った直後には、私はジュエルシードの背後に回り込んでいた。

 

「なっ……!?」

「――フラッシュインパクト!」

 

魔力を込めた拳が振り向きざまのジュエルシードの脇腹に突き刺さり、そのまま魔力が炸裂。地表へ向けて殴り抜く!

 

「ぐ……ッ!」

「ショートバスター!」

 

追撃の手は緩めない。ジュエルシードに何もさせないつもりで、次々に砲撃を放ちその抵抗を封じていく。

そして狙い通り、ジュエルシードの両足が地面についた。

こちらも次元魔法のゲートで地表に降り立ち、向かい合う。

 

「調子に――!」

<縛震殴!>

「フラッシュインパクト!」

 

震脚で地面に流した魔力によってジュエルシードの足にバインドを絡ませ、そのバインドに繋がったパスに引かれるように身体が加速する。

そして高速で突き出される拳には――私の魔法による魔力の輝きが宿っている!

 

「――が、ぁ……っ!」

 

両足が地面に縫い留められている事で腹を打ち据えた衝撃は逃げ場を無くし、体内を暴れ回る。……私の込めた魔力と共に。

その一撃でジュエルシードの動きが、一瞬だが完全に止まった。

 

「! 今の内に封印を――ッ!?」

「させるかよ!」

 

突然目の前の空間が裂け、虚数空間が開く。

そしてそこから現れた転生者が、私の方へ右手を伸ばしてきた。

 

<なのは!>

<仕方ないか……!>

 

もしも腕を掴まれて虚数空間に引きずり込まれたら一巻の終わりだ。仕方なく封印を断念し、距離を取る。

その一瞬、目の前に現れた転生者が左手に握っている物がチラリと見えた。

 

――アレは、まさか……!

 

転生者は私が後退するや否や、代わりとばかりにジュエルシードの方へ手を伸ばし――二人の姿は虚数空間に消えた。

 

「拙い……!」

<なのは、今の転生者が持っていたのはまさか――>

<ジュエルシードだ……! それも、残りの15個全部!>

 

ジュエルシードが待っていたのは、間違いなく今の転生者だ。彼が15個のジュエルシードを持って来るのを待っていた……!

 

『――高町教導官、緊急事態だ! 先ほど本局で……!』

「ジュエルシードが奪われた……そうだよね、リオンちゃん。」

『だからその呼び方は――!? 待て、高町教導官! まさか、既にジュエルシードが奴の手に……!?』

 

緊急を告げるリオンちゃんからの通信に首肯で返す。

ジュエルシード事件に関するデータは当然彼女達も目を通している筈だ。ならば、それが何を意味するのかも当然理解している事だろう。

 

『ジュエルシードが発掘された世界が何故滅びたのかは、スクライア一族の調査でも不明のままだった……だがジュエルシードと言う願望器があってなお滅びたのであれば、恐らく原因はその願望器そのものだろうと言う推測は上がっている。つまり――』

「これからが、本番……」

 

その瞬間、上空に再びジュエルシードの魔力を感じて視線を向ける。ただし、感知した魔力の量は先程とは比べ物にならず――

 

「ふ、ふふふふふ……っ! アハハハハハッ!」

「――……ッ!!」

 

歓喜に笑うその感情の高ぶりに感化されたのか、ジュエルシードの魔力が膨れ上がる。

ただそれだけでビリビリと震える大気が、地上に立つ私にまで伝わって来た。

 

『……高町教導官、勝算はどのくらいある?』

 

リオンちゃんが不安気に訪ねて来る。

……正直な所、分からない。

 

さっきまでの戦いだって、攻撃の手を緩めなかったから押し切れていただけだ。

扱える魔力の総量も出力も、向こうの方が遥かに上……そしてそれは、そのまま耐久力にも言える事だ。

文字通り次元の違う敵……だけど――

 

「――絶対に勝ちます。」

『!』

 

予言で名指しされたからではない。根拠だって無い。

だけど、ここで『勝つ』と答えられない者に勝利は……未来は訪れない。

ほんの僅かにでも気後れすれば――ほんの一歩でも後退れば、それが命取りになるのだ。

 

「勝って見せます……何としても!」

『……そうか、そうだったな。――健闘を祈る。』

「――はい!」

 

()()を乗り越えるか、それとも吞まれるか……

 

今、私達は予言に記された"滅び"と"栄光"の分水嶺に立ったのだ。



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成長した者

前話と前々話の内容を一部修正しました。展開にそれほど変化は無いので、読み返す必要はあまり無いです。
ジュエルシードとなのはが普通に転送魔法使用してましたけど、聖女戦からずっとリインフォースの結界の中なので転送魔法封じられてるんですよね……なんで書いてる時に気付かなかったのか……


ジュエルシードの全てが、アリシアの身体の中で共鳴しているのが分かる。

圧倒的な魔力が湯水の如く溢れ出し、空間を揺らす。

小規模な次元震が、彼女の高笑いに合わせて発生し続けている。

予言で『天の眼』と記されていたと思われる次元の裂け目が、少しずつ広がっているのが分かる。

このまま広がり続ければ、ミッドチルダの全てが虚数空間に飲み込まれる事になるだろう。あの伝説の都、アルハザードのように……

 

――これが、滅び……?

 

もしもそうなのだとしたら、確かにこれはそう形容するしかない。

今の彼女は存在するだけで次元震を生み出す上、支配下に置いた銀髪オッドアイの力で自身は虚数空間を気ままに動き、あらゆる次元世界に移動する事も出来るようになってしまった。

全ての次元世界が、彼女の気まぐれ一つで消滅しかねない……だったら、ここで絶対に倒さなければならない。彼女が唯一『自分の手で殺す』と拘る私にしか、それは出来ないのだから。

 

――先手必勝!

<プロト!>

<はい!>

 

プロトの次元魔法でジュエルシードに肉薄する。そして――

 

「――≪Over Light Punisher≫!」

 

間髪入れずにその魔力を弾き出し――……!?

 

「魔力が、弾き出せない……!?」

<拙い……ジュエルシードの魔力が()()()()! ――ッ! なのは、これから未来視の光景を共有します!! 混乱しないでくださいね!>

<えっ!? う、うん!>

 

切羽詰まったプロトの声に咄嗟に返答した直後、彼女が『混乱しないように』と言ったその理由が明らかになった。

 

――うっ……なにこれ……!?

 

一瞬で視界が二重になる。

現在の光景の上に、無理やり未来の光景を重ねたような視界……更にその所々にはまた違う未来が映っている。

プロトはこんな視界で戦っていたのかと驚愕するも束の間、私はプロトがこの光景を見せた理由を思い知った。

 

「今の私に近付くなんて無謀ね……高町なのは!」

 

次の瞬間、ジュエルシードは全身から青い輝きを放ち、金色だったアリシアの髪は青く染まる。

そして額に存在していた青い六弁の花の様な模様は消え、代わりに菱形の紋様が大きく浮き上がった。

そして、未来視によって見た光景が訪れる。

 

「≪Disaster Edge≫!」

 

さっきまでは6つが限界だった菱形の誘導弾は、その速度も操作性も威力も増して私の眼前に現れる。その合計21個。

 

――この数は……それに、動きもさっきまでとは全然……! 距離を取りながら躱さないと……!

 

未来視によって軌道が読める為何とか回避出来ているが、それでもギリギリだ。

僅かな隙間を見つけて飛び込んでも誘導弾がバリアジャケットを掠め、忽ちバリアジャケットがボロボロになって行く。そんな嵐を掻い潜り、時に障壁で上手く受け流しながら次第に距離を取る。

一瞬白い魔力で放つショートバスターなら掻き消せないかとも考えたが、次の瞬間未来視にショートバスターを貫いて襲い来るビジョンが過り断念する。

ジュエルシードの魔力が濃すぎる為に、白い魔力で搔き消せる限界を超えているのだ。

 

「このままだと……――ッ!」

「遅いよ! ≪Apocalypse Breaker≫!」

 

いつの間に上を取られたのだろう。そんな疑問が過るよりも前に、その手から濃紺の砲撃が放たれる。

 

「プロテクション!!」

<Aurora Protection!>

 

私のプロテクションの更に前方に、プロトの生み出した白いオーロラが無数に現れる。

ジュエルシードの砲撃はそのオーロラによって威力を減衰させながらも、私の障壁に到達。

その威力によって私は、プロテクション毎地上に叩きつけられた。

 

「――ッぐぅ!!」

「これでとどめよ! ≪Apocalypse Breaker≫!」

 

魔力が増えた事で回復力も増したのだろう。反動によるダメージを受けたアリシアの腕は一瞬で再生され、再び――いや、今度は先程よりも巨大な砲撃が迫る。

今度のは障壁では到底受け止めきれそうにない……!

 

――回避しないと……!

 

未来視の光景を参考に回避のルートを……――!

 

――ダメだ、間に合わない!? イチかバチか防御するしか……!

 

思いっきり地面に叩きつけられた所為で、私の周囲は障壁の形に――お椀型に抉れている。

空戦適性がある魔導士にとっては僅かな高低差だが、この一瞬の隙を、一寸の距離を鬩ぎ合うこの戦いではそれが致命的だった。

 

「プロテクショ……!」

「――なのはさん!!」

 

イチかバチか障壁を張ろうとしたその瞬間、目を疑った。

私の前に割り込み、代わりに砲撃に立ち向かう背中は――

 

「IS起動――『振動破砕・改』!!」

「スバル!?」

 

恐らくキャロが施したのだろう強化魔法の淡い光を纏ったスバルは、青い波形を生む拳をジュエルシードの放った砲撃へぶつける。

 

――そうか、スバルの技なら……! だけど――!

 

スバルの振動破砕・改は対魔法の技としては間違いなく最強と言っていい。

それが()()()()()()()()()()()その魔力の流れを歪め、術式を破壊してしまう。だが砲撃を破壊した場合、その瞬間に発生するのは――

 

「――くぁッ!!」

「スバルッ!」

 

ジュエルシードの砲撃の威力の大半は殺されているが、代わりに制御を失った魔力によって発生した爆発が周囲を蹂躙する。

余波で吹っ飛ばされてきたスバルを受け止めた私はその勢いに押されてたたらを踏むが、辛うじて倒れ込む事だけは堪えた。

 

「ふぅ……ありがとう、スバルのおかげで助かったよ。……そっちは怪我はない?」

「なのはさん……はい! この通りです! ――まぁ、腕は今ので一つ動かなくなっちゃいましたけど……」

 

プラプラと揺れる右腕に目を落としながら、スバルは残った左腕でガッツポーズをして見せる。

しかし直ぐに表情を引き締めると、続けてこう言った。

 

「遅れてすみません、なのはさん。――機動六課フォワード、スターズ及びライトニング、加勢します!」

「――!」

 

『無茶だ』……ついつい喉元まで出かかったその言葉を、寸でのところで呑み込む。

何故なら彼女達は守られるだけの一般市民ではない。私と同じ時空管理局の魔導士であり、私と同じ機動六課として"滅び"を覆すべくこの場に立ち――そして、何より私達が全力で鍛え上げた、正真正銘の精鋭達なのだ。

現に今、私は目の前のスバルに助けられたばかり……これでは何を言っても説得力に欠けると言う物だろう。

だから、私は彼女達を止める代わりにこう返す。

 

「――うん、わかった。アシストお願いね。」

「~~ッ! はいッ!!」

 

彼女達は成長した。私達が期待したように――いや、私達の期待を大きく超えて。

だから私も安心して背を預けられるのだ。

そう言外に告げると、認められた歓びからか満面の笑顔を見せるスバル。

……なんかこのままだとちょっと危うい気がしたので、少しだけ釘を刺しておこう。

 

「あまり前に出過ぎないようにね、特に今のスバルは片腕が使えないんだから。」

「あっ! そうでしたね、すみません……!」

 

ピシッと背筋を正したスバルは、左腕のみで構えを取り次の攻撃に備える。

その反応に微笑ましいものを感じながらも、私も改めてジュエルシードの攻撃に備えて……そして気が付いた。

 

――成程、追撃が来なかったのはそう言う事か……

 

ジュエルシードの――アリシアの腕が、砲撃の反動で受けたダメージから回復し切っていない。

恐らくは最大出力だっただろう先程の砲撃は、ジュエルシードにとっても諸刃の剣。

圧倒的な魔力による再生も間に合わない反動を、その腕に負っていたのだ。

彼女の目論見通り、今の一撃で私に止めを刺す事が出来ていれば問題は無かったのだろうが……スバルの介入によりその予定は覆された。

 

――スバルがくれたこのチャンス、無駄にはしない!

 

「アクセル・フィン、フラッシュムーブ!」

「ちっ……!」

 

私の接近に対して距離を取ろうとするジュエルシード。しかし焦りからか、()()()()()()()()()()()()には気付いていない。

ジュエルシードの背後へと迫る彼女は、その両手に宿した()()()()()で以て妨害に入る転生者達を次々と戦闘不能に追い込み……ついに射程に収めたジュエルシードに向けて、一際激しい輝きを放つ右の拳を振りかぶった。

 

「――紫電一閃!」

「なッ……!?」

 

背後からの一撃に咄嗟に反応したジュエルシードは、ヴィヴィオの紫電一閃を障壁で受け止める。だが、()()()()()と言う事は――!

 

――動きが止まった!

 

もう、白い砲撃では今のジュエルシードの魔力を散らせない……だったら!

 

<プロト、黒い魔力を!>

<はい、合わせます!>

「ディバインバスター!」

「――ッ!」

 

ジュエルシードはヴィヴィオの攻撃を受け止めたまま、私の黒い砲撃に対しても障壁の防御を張る。

黒い砲撃は触れた魔力を結晶化できる性質があり、その浸食は魔力を伝って体内にまで及ぶ。だが……

 

「これは……――バリアブレイク!」

「くっ……!」

 

障壁が完全に結晶化する前に、バリアブレイクで躱された。

魔力の繋がりも同時に断たれてしまった為、浸食も本体にまで及んでいない。

今のジュエルシードは右手でヴィヴィオの攻撃を受け止める障壁を展開しており、左手がフリーになっている。もう一度黒い砲撃を放っても、同じように防がれてしまうだけだろう。

 

「ディバインバスター!」

<Accel Shooter!>

「ちっ……面倒な!」

 

しかしだからといってここで私の攻撃が止めば、その隙にヴィヴィオが反撃で墜とされかねない。何が何でも、この攻守の流れを変えさせてはいけないのだ。

こうして二人がかりで攻めている筈なのに、常に刃を突きつけられている様な緊張感……

 

――魔力が多いだけじゃない……!

 

私が思っていたよりもジュエルシードは前回の敗北から学び、そして支配した転生者から多くの知識を得ている。

 

――学習するロストロギア……本当に厄介だね……

 

彼女の脅威を改めて感じていると、ヴィヴィオが攻撃の手を緩めないまま念話を繋いできた。

 

≪なのはさん、私の合図で標的から距離を取って下さい。≫

≪……何か作戦があるんだね?≫

≪はい。即席ですが、ティアナが考えてくれています。≫

≪分かった。≫

 

ティアナの作戦……フォワード達の戦い方に関しては、私よりもティアナの方が詳しい。彼女達の能力を最大限活かす事が出来るのも然りだ。

私自身、レイジングハートが目覚めるまでは決め手に欠けている以上、その作戦に乗ってみよう。

 

≪――今!≫

 

ヴィヴィオからの合図で攻撃を中止し、言われた通りに距離を取る。

その瞬間、同様に距離を取ったヴィヴィオの背後から現れたのは、フリードの背に跨って祈るように手を組むキャロと、彼女を転生者の攻撃から守るエリオの姿。そして――

 

「――竜咆召喚『ギオ・エルガ』!」

 

詠唱を終えたキャロの眼前から、彼女の要請に応え、ヴォルテールの咆哮が召喚された。

 

「……!」

 

それは障壁で身を守るジュエルシードに直撃し、周囲を煙が覆う。

しかし、今の一撃では恐らくジュエルシードの障壁は貫けていないだろう。彼女の纏う障壁は、白い魔力でも貫けない程に魔力の密度が高い。それが分からないティアナではない筈――……?

 

――これは、霧……?

 

僅かな時間で突然発生した霧が、ジュエルシードの周囲を覆い尽くし白い繭の様な球体を形成する。

その瞬間、既視感を覚えた。

以前ティアナ率いるフォワード陣との模擬戦を行った時にも、似た戦法を彼女は取っていた。

 

≪なのはさん、聞こえますか!?≫

≪ティアナ! この霧はもしかして……?≫

 

繋げられたティアナからの念話。

彼女の狙いについて確認したい事があった私は、真っ先にこの霧について尋ねた。

 

≪はい、以前なのはさん相手に使用したのと同じ、私の魔力です。これから――≫

≪駄目ッ! ジュエルシードは……あの敵は、自分を中心に広範囲を攻撃する魔法を持ってる! 霧に紛れて攻撃しても……!≫

 

これは訓練とは違う。ここは仮想空間でもない。敵はこちらの安全を考えた攻撃はしてくれないのだ。

それを伝えようとする私に、ティアナは逆に「落ち着いてください」と窘めてきた。

 

≪その魔法については地上から観察して確認しています。そしてそれが、私の狙いです。≫

≪ティアナ、貴女は何を……≫

 

その瞬間、霧の内側から青い光が溢れ出す。ジュエルシードの空間攻撃だ。

それとほぼ同時に、霧を内側から高速で突き破って出て来たのは――

 

「皆、無事だったんだね……!」

「はい、ティアナの作戦通りに!」

 

ストラーダを握るエリオと、小さくなったフリードを抱えてエリオにしがみ付くキャロ。そしてエリオと同様にストラーダを掴み、その噴出の勢いで共に抜けて来たヴィヴィオの三人だった。

 

≪これで霧の中には標的が一人だけ……そして、私の霧によってさっき標的が使用した魔力の大半を、あの中に閉じ込めています。≫

≪まさかスバルの振動破砕・改で……?≫

 

確かにあのコンボは決まれば相手に大きなダメージを与えられるだろう。だがそれは、敵が障壁を使用しなかった場合だ。

あの時私がダメージを受けたのも、障壁の使用が制限されていた事が大きい。

まして、あの身体はあくまでもアリシアの物……本体であるジュエルシードにまで影響が届くのかも不明なのだ。

しかし、ティアナの狙いはまたしても私の想像の上を行った。

 

≪いえ、決めるのはなのはさんです。黒い魔力で、あの霧を結晶化させてください。そうすれば――≫

<成程、そう言う事でしたか……!>

 

ティアナの念話を聞いていたプロトが感心したように呟く。

黒い魔力の性質は白い魔力と真逆であり、魔力を固着させ結晶化させる。

ジュエルシードに対して直接撃っても障壁で防がれるだけだが、彼女を閉じ込めている霧に使用すれば……!

 

<プロト!>

<準備は出来ています!>

「ディバインバスター!」

 

構えた手の先から放たれるのは黒い砲撃。

それが霧に触れると、そこを中心に結晶化の波が見る見るうちに広がり……全てを包み込んだ。

 

≪――これで、対象……ジュエルシードを閉じ込める作戦は完了です。≫

≪貴女の作戦にはいつも驚かされるけど、今回は飛び切りだね……ティアナ。≫

 

そこに残されたのは、ジュエルシードを封じ込めた巨大な黒い結晶だけだった。



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揺れる天秤、震える世界

眼前に聳える巨大な球状の結晶体……そのあまりの巨大さ故に、中心部は結晶の色である黒に閉ざされており、ジュエルシードの様子をこちらから伺う事は出来ない。

 

≪なのはさん……多分ですけど、あの敵――ジュエルシードはまだ……≫

≪うん、わかってるよティアナ。今は閉じ込めて、動きを封じただけ……ジュエルシードはまだ、止まってない。≫

 

ティアナの推測に肯定を返しつつ、軽く周囲を見回す。そこには未だに管理局に敵意を向ける、ジュエルシードに操られた転生者達の姿があった。

転生者達と銀盾達の戦いが終わっていない……それは、未だに彼等に対するジュエルシードの影響が色濃く残っていると言う証明に他ならない。

ジュエルシードはまだ戦うつもりなのだ。

 

<プロト、あの結晶を内側から破壊する事って出来る?>

<……理論上は不可能ではありません。ですが、いくら際限ない魔力を扱えるジュエルシードと言えど、多少は梃子摺る筈です。>

<そう……>

 

結晶の内側から感じるジュエルシードの魔力が、どんどん膨れ上がっている。この分厚い結晶の檻も、もしかしたらそう長くは持たないのかも知れない。

出来る事なら、今の内に何か対策を……――っ!

 

その時、胸元に新しく熱が生まれた感覚……そして、再び刻み始めた魔力の鼓動。

それが意味するものを察知した私は、スバル達に告げた。

 

「――スバル、エリオ、キャロ、ヴィヴィオ……駆けつけてくれて、ありがとう。」

≪ティアナも、急の事だったのに作戦を考えてくれてありがとう。おかげで助かったよ。≫

「なのはさん……?」

≪なのはさん、まさか……!≫

「でも、ここからはもう大丈夫。ジュエルシードは私に任せて、貴女達は他の皆の事を助けてあげて。」

 

スバル達にそう伝えると同時に、ティアナにも念話で同様のメッセージを伝える。

最初はこの場に残ろうとしたスバルも、ティアナとヴィヴィオから諫められ、やがてこの場には私達だけが残された。

 

「――この感じ、もう直ぐ結晶が砕けるみたいだね。」

 

未来視に映る結晶には全体的に亀裂が入っており、それはもう数秒で現実の物となるだろう。

スバル達がこの場から離れた事で、その光景は先程までよりも鮮明に映し出されていた。

 

……だけど、今の私の胸にある感情は恐怖でも緊張でもない。それを上書きして有り余る歓喜だ。

スバル達のおかげで稼ぐ事が出来たその数秒が()()()()()()()()()のだ。

 

≪準備は良いよね? ――レイジングハート。≫

 

胸元に揺れるレイジングハートにそっと手を添えると、そこには先程まで無かった輝きが戻っていた。

先程感じた温かな熱と鼓動……それが私の相棒の目覚めを知らせてくれていたのだ。

 

≪……目が覚めたらなのはが随分と過激にイメチェンしてた件。≫

≪あはは……やっぱりちょっと違和感ある?≫

≪まぁ、()()()()()()はなったかもな。……聖女とユニゾンしてるのか。≫

≪うん、私が戦う為に力を貸して貰ったんだ。状況を説明する時間も無いから、先にセットアップをお願い。≫

≪おう!≫

 

「レイジングハート、セットアップ!」

≪Stand by ready, Set Up!≫

 

私の掛け声とともにレイジングハートはその姿を杖へと変える。

時間にして数十分と経っていないにも関わらず、随分と久しぶりに思える相棒の重さをその手に感じながら、私はセットアップしたレイジングハートを構えた。そして……

 

「――じゃあ、そっちはお願いね。クロノ君。」

『全く君は……無茶ばかりする癖は全く治っていないらしい。分かった、こっちは任せてくれ――武運を祈る。』

 

この後の事についてクロノ君に伝えた後、通信を切る。

――これで、『最大の懸念』についてはきっと大丈夫だろう。

 

そして私が結晶へと向き直ると同時に、ピシリ、パキリと結晶全体に亀裂が奔る。

内側から漏れだした濃密な魔力の流れが青い光を伴って、その罅を更にこじ開けようとしている。

そして未来視には既に、私へ向けて無数の散弾が襲ってくる光景が映っていた。

 

「レイジングハート!」

≪Axel fin.≫

 

レイジングハートのアシストと未来視を併用し、飛来する結晶の弾幕を躱しながらジュエルシードへと迫る。

 

「≪Disaster Edge≫!」

「!」

 

ジュエルシードの声が聞こえたと思った刹那、弾幕の合間をすり抜けて私へと迫る無数の誘導弾が未来視に映り込む。

 

「プロト、誘導弾の対処をお願い! それと黒い魔力に変換をお願い!」

<任されました。対処の為、術式を少し借りますよ――≪Accel shooter≫!>

 

未来視によって散弾と誘導弾の軌道を読めるプロトに対処を任せると、私の周囲から無数の黒いアクセルシューターが放たれる。

それらは誘導弾の傍に取り付くと融合し、魔力爆発を引き起こすコマンドワードにより結晶化させられては地面へ向けて落ちていく。それを確認した私は、レイジングハートの形態を変形させる。

 

「レイジングハート!」

≪All right, ――"Exceed Mode".≫

 

槍のような形態へ変化したレイジングハートの切っ先をジュエルシードへと向け、ぴたりと照準を合わせると――

 

「行くよ……エクセリオンバスターA.C.S!」

≪Excellion Buster Accelerate Charge System!≫

 

レイジングハートの先端から黒い魔力刃『ストライクフレーム』が展開され、ヘッド部分付近から溢れ出した魔力が同じく黒い鳥の翼を形作ると、グリップエンド――槍で言うところの石突に当たる部分に存在する後部ダクトから勢いよく魔力が噴き出し、私は飛翔魔法と比べ物にならない速度でジュエルシードへと迫る。

 

差し向けられた誘導弾はプロトに迎撃され、途中に存在した結晶の散弾はストライクフレームから生成された攻性フィールドにより砕かれ、私には届かない。

 

――『っ!』

 

あっと言う間に距離を詰めた私に向け、障壁を張ろうと手を向けるジュエルシード――その未来を視た私は、先にその行動を潰す為の術式を構築して放つ。

 

「『バレルショット』!」

「な――ッ!?」

 

ジュエルシードへ向けて発射された、不可視の魔力と衝撃波によるバインド。その効果はジュエルシードに対しては微々たるものであり、力任せに解除できる程度の物だっただろう。

 

だが――その一瞬で私の刃はジュエルシードに届いた。

ジュエルシードはフィールドタイプの障壁で身を守ったようだが……

 

「く……これは、魔力が根を張って……!?」

 

彼女の身を包む魔力に固着したストライクフレームは、ジュエルシードを逃がさないようにその身体を結晶化させてレイジングハートの先端に固定する。

 

「はあああああああーーーーーッ!!」

 

そのまま私達は空を翔ける。プロトが指示した()()()()へと向けて。

ジュエルシードを包む結晶には忽ち罅が入り始めるが、時既に遅しと言う奴だ。

その時点で既に私達は元々それ程離れていなかった目標地点――リオンちゃん達の儀式魔法『アナイアレイター』により穿たれた、『HE教会跡の大穴』へと突入していた。

 

<プロト、場所はこのまま真っ直ぐ?>

<はい、このまま地面に突っ込んでください。レイジングハートの補強は私が行います。>

 

そんなやり取りを交わして直ぐに見えた大穴の底は、元々プロト達が地下大聖堂と呼んでいた広間だった場所だ。

以前そこに突入したはやてちゃん達によれば、そこには魔力を遮断する結界が張ってあったとの話だったが、私はその結界が張られていた理由についてプロトから既に話を聞いていた。……ジュエルシードに対抗する為の策の一つとして。

 

「――っは! 何のつもりか知らないけど、私を地面に叩きつけようとしてるなら無駄よ! この程度の衝撃、私の障壁をもってすれば何のダメージにもならないわ!」

 

結晶を砕き自由になった顔を嘲笑の形に歪めたジュエルシードは、自身の後方に障壁を張る事で身を守る。だが――その方がむしろ好都合だ。

 

「そうだね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね。」

「何……?」

 

直後、ジュエルシードの障壁が大穴の底へと衝突し、地面に巨大な蜘蛛の巣の様な亀裂を生むと――そのまま私達は岩盤を砕きながら地の底へ向けて潜っていく。

 

――元々地下大聖堂に張られていた結界は、ある物の存在を時空管理局に察知させない為の物だったのだとプロトは言った。

 

「ち……諦めが悪いわね、貴女も。私と一緒に生き埋めにでもなって、心中するつもり?」

「直ぐに……ッ! ――分かるよ!」

 

――それは地下大聖堂の更に地下深く……プロトが『将』と呼んだ四人の中でも、最も信頼した一人にしか知らされていなかった秘密。

 

「悪いけど、付き合ってあげる義理は……!? 何、この反応――まさかッ!?」

 

その存在を感知したのだろう、ジュエルシードが身体にまで固着したストライクフレームを外そうと足掻き始めたがもう遅い。

――既に、()()した。

 

ふっとレイジングハートが軽くなる。

それは分厚い岩盤を突き抜け、空洞に到達した証だ。そこには――

 

「バカな……こんな数、私が気付かない訳が――!」

<よくもこれだけ集めたね、プロト……>

<未来を――貴女達の言う『滅び』を覆す為には、なりふり構ってられませんでしたからね。勿論この罪も償いますよ、この戦いを乗り越えられたのならいくらでも。>

 

そこには地下大聖堂と同じ規模の広間一面に散らばる、()()()()()()()()()が妖しい輝きを放っていた。

 

<この広間にも念の為に結界を張ってありますし、ついでに極端に危険なロストロギアは選別して除外してあります。ですから、思い切りどうぞ。>

<……私も罪に問われないと良いけどね。>

 

躊躇は一瞬。ストライクフレームを解除すると同時に、私は大径カートリッジを消費する事で一瞬で生成した砲撃を放った。

 

「――エクセリオンバスター!!」

 

 

 


 

 

 

――なのはが大穴に突入して数秒……恐らく、そろそろ『来る』頃か。

 

「プレシア博士、リンディ提督、そしてユーノ、衝撃に備えてくれ。」

『分かったわ。』

『ええ、何時でも大丈夫よ。』

『僕も準備は出来てるよ。』

 

なのはが通信で大きめの次元震が発生するだろうと伝えて来た時は驚いたものだが、ここに居並んだ四人が力を合わせれば何とでもなるだろう。

それ程のエキスパート達が揃っているのだ。それにしても――

 

「済まないな、ユーノ。こんな事件に巻き込んでしまって。」

『いや、元々は僕達スクライアの発掘調査が原因だ。きっとこれも因果って奴だろうね。』

 

まさか地球から応援に呼んだ母さんが中継点である時空管理局本局で偶然ユーノと合流し、そのままついでに連れて来るとは予想もつかなかった。

もっとも、この状況にあってはそれも嬉しい誤算と言う奴だったが……――!

 

「来るぞ!」

『『『っ!』』』

 

一瞬前兆として感じた魔力の波動。その直後、悍ましいとまで感じる程の魔力が穴の底から溢れ出し、巨大火山の噴火を思わせる爆発と火柱が飛び出した。

 

『く……この魔力は……』

『流石に拙いかも……』

『何やったのさ、なのは!?』

「――ぐ……ぅ! こ、れは……ッ!!」

 

空間が……世界が震える。

何が『大きめの次元震』だ! 対策していなければ、ミッドチルダが一瞬で飲み込まれる程の次元断層が発生するレベルだぞ!?

 

暫くの間次元震を抑えた後、いつの間にか大穴の上空に姿を現していたなのはの姿を見つけ、内心で溜息を吐く。

 

――これは、この一件が片付いた後、説教の一つや二つは覚悟して貰わなければな……



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地の底で

プロトの次元魔法により上空に退避していた私の眼下にて、かつてHE教会が存在していた大穴からもくもくと黒煙が立ち昇っている。

先程までビリビリと肌を刺していた空間の振動が収まると、しばらくして目の前に通信用のモニターが現れ――

 

『おい、なのは! 何をしたら今の様な次元震が起こるんだ!? 下手をすればミッドチルダ全体が消し飛ぶところだったぞ!?』

「クロノ君! ジュエルシードの反応は!?」

『なっ……今ので倒せていないのか!? 分かった、エイミィにはこちらから伝える。君はそのまま奴への警戒を怠るな!』

「うん、お願い!」

 

実のところ、砲撃によって地下のロストロギアが反応した瞬間に張っていた障壁が破壊される寸前にまでダメージを負ってしまった為、ジュエルシードにどの程度のダメージが入ったのかを確認する余裕は無かったのだ。

プロトが即座に避難させてくれていなければ、今頃は私もきっと――

 

『なのはちゃん、クロノ君から聞いたよ! 探知の結果だけど、まだ大穴の底で反応がある! ジュエルシードは機能停止していないみたい!』

「……!」

 

エイミィさんからの報告を受けて、緊張が走る。

心の何処かではそんな気もしていた為に動揺は少ないが、出来れば今の一撃で決着をつけたかった。

 

「分かりました、では――」

『だけどね、反応はかなり弱まってる! 今なら封印処理まで持って行けるかも!』

「! ありがとう、エイミィさん!」

『もう少しだと思うから……頑張って!』

 

その朗報とエールを最後に、エイミィさんからの通信は切れた。

彼女から貰った情報によれば、ジュエルシードはかなり弱っている。

今ジュエルシードが姿を見せないのはそれ程に弱っているのか、或いは――

 

「倒されたフリをして、体力回復を図ってるのかな……」

≪いずれにせよ、やるべき事は一つだな。≫

≪そうだね、レイジングハート……時間を与えずに一気に方を付ける! ――プロト!≫

≪はい、直ぐに次元魔法で転移します!≫

 

プロトがそう言うと、私を中心に空間が歪み始め――次の瞬間には、所々がガラス化した岩盤で覆われた薄暗い空間に居た。

先程まであれ程あったロストロギアは一つ残らず砕け散っており、その残骸を私達が掘り進んだ穴から差し込む光が照らしていた。

見ようによっては神秘的でさえある光景……しかし、それと同時に感じたのは――

 

――凄い熱気……それに、空気中の魔力濃度が異常に高い……!

 

こんな空間に長時間留まれば、身体にどんな悪影響があるか分かったものではない。一刻も早くジュエルシードの封印を済ませてこの場を去りたいものだが、ただでさえ視界の効かない環境に加えて……

 

――濃すぎる魔力の所為で、ジュエルシードの魔力を探知できない……!

 

どうしたものかと周囲に目を走らせたその時――

 

<なのは!>

<――っ、うん!>

 

未来視の光景を頼りに、背後から迫っていた砲撃を間一髪のところで回避する。

 

「――っ!?」

「! そこっ!」

 

私が砲撃を回避した事に思わず息を飲んだのだろう。僅かに漏れ出した気配と、砲撃の発射地点の計算を元にロストロギアの残骸の積もった一角へと砲撃を放つ。

すると、砲撃が残骸を撃ち抜くよりも一瞬早く、その陰から小さな影が飛び出してきた。

 

「――高町なのはァッ!!」

「くっ――!?」

 

青い誘導弾の牽制と同時に、手の先から生み出した魔力の刃による斬撃。

飛翔魔法で後退しつつ誘導弾の対処はプロトに任せ、フラッシュインパクトの一撃で魔力刃を弾くと、差し込んだ光をスポットライト代わりにする様にして、私達は向かい合う形になった。

 

――! 姿が、また変わっている……!

 

光の中で目の当たりにしたジュエルシードは、今の私と同じ年頃迄成長していた。

髪の色こそ青く変わっているが……アニメで登場したアリシアちゃんが今の私と同じ年齢だったなら、きっとこんな姿だっただろうと思えた。

 

「ほんっと……やってくれるじゃない……! さっきのは、流石に……ちょっと危なかったわ……!」

「!」

 

強気な口調と表情を浮かべているが、彼女の様子からは隠し切れない疲弊と――大きなダメージを受けている事が確信できた。

先程の砲撃もそうだ。直前まで私が攻撃に気付けなかったのは、この周囲の魔力濃度も原因の一つではあったがそれ以上に――!

 

――魔法の威力が落ちている!

 

身体の成長とは裏腹に、彼女から感じる力は間違いなく少なくなっている。

エイミィさんも言っていたように、決めるなら今しかない!

 

「レイジングハート! プロト!」

≪All right, Flash Move!≫

≪はい! Restrict Lock!≫

「ちっ……――このっ!」

 

ジュエルシードがその身に纏わりつく黒い鎖を振り払う隙を縫って、私は彼女の死角に回り込む。

どうやら私が感じた以上に彼女の受けたダメージは深刻だったらしく、その動きからは最初の頃には存在していたキレが失われていた。

 

「――フラッシュインパクト!」

「な――ッ!?」

 

この空間の広さでは、私の得意な砲撃による戦闘は難しい。だから――一瞬で決着を!

フラッシュインパクトの一撃を、ジュエルシードは障壁で受けた。

私はそのまま魔力に任せてレイジングハートを振り抜き、ガラス化した壁面にジュエルシードを叩きつける。

そして、僅かに怯んだその隙に……!

 

「レイジングハート、封印を……!?」

「――させねぇぞ!」

 

まただ、またこの声……!

ジュエルシードの正面に虚数空間が開き、そこから彼女の手下である転生者が姿を現した。

 

「アリシア、俺の手を取れ! ここは一旦退いて、次の機会を狙おう!」

 

――な……ッ!

 

拙い! それだけは拙い! 結界で転送魔法を封じているから失念していた!

ここでジュエルシードを逃がすような事があれば、今度は何を用意して襲ってくるか想像もつかない!

いや、そればかりじゃない。彼女は私との決着さえ放り投げて、直接次元世界毎滅ぼしに来る可能性だってある!

 

「さあ、俺の手を……!」

「……そうね、ここは一度――」

 

転生者の提案に彼女は乗ろうとしている! だけど、私には留める術がない……!

虚数空間に逃げられたら私にはどうする事も……!

 

――くそ、ジュエルシードの命令を聞くだけなら良かったのに……!

 

きっと彼等はジュエルシードを『何よりも守らなければならない妹』として認識するように、意識を操作されているんだろう。

だから洗脳されていてもこう言う提案が出来る。ジュエルシードに命令されない内は、彼等の思考能力は正常なのだ……!?

 

――……っ! ()()()()()()()()()()()()()()()()……?

 

……そうだ、思い返せ。子供の頃、私がジュエルシードを――『魔法使い』を1vs1で打ち負かした方法を……!

 

――やるしかない、イチかバチか!

 

虚数空間の裂け目が間にある以上、どんな魔法もジュエルシードには届かない。だけど、ジュエルシードにも今の私の姿()()()()()! ()()()()()! だったら――

 

「……ふぅん? じゃあ、また私の勝ちだね。ジュエルシード?」

≪なのは!? 一体何を――≫

≪いや、そう言う事か……確かに、それが一番効果的かもな!≫

 

腕を組み、嫌味たっぷりに挑発する。

鼻で笑い、嘲るような眼で見下す。

……どれも、なのはのイメージからは程遠い。

銀盾達の前ではこんな事は絶対に出来ないが、幸いここは地の底だ。誰に見られる心配もない。

 

――意図的に演じるような事はここ暫くやってなかったけど……騙して見せようじゃないか、()()()()! このロールプレイで!

 

「ま、仕方ないよね? 元々貴女って、誰かに寄生しないと移動も出来ない『石ころ』なんだもんね?」

 

思いつく限りの言葉で、態度でジュエルシードのプライドを刺激する。

すると、ジュエルシードの鋭い視線が私の方へと向けられた。

 

「――……何ですって……?」

「! 乗るな、アリシ――」

()()()()、お兄ちゃん。()()()()()()()()()()。」

「……」

 

――食いついた!

≪よし、ついでに余計な助言をする奴も黙らせてくれた! 行けるぞ、なのは! ……あと今度そのロールプレイを俺に対してやって下さい、お願いします!≫

≪あ、貴女達というものは……! ――いえ、ですが……それが正解だったのでしょうね……≫

 

プロトが言う様に、コレがきっと唯一の正解だ。

元々私に向けられていた敵意……嘗ての敗北で感じた屈辱。それがなければ、そもそもジュエルシードは私との戦いにここまで拘りはしなかっただろう。

きっと全てのジュエルシードが集まった時点で、この世界毎私達を消し去っていたはずだ。

それ程の敵意を、プライドを持っているのだ。この『魔法使い』は。

 

「逃げるんなら逃げれば良いんじゃない? ほら、愛しい愛しいお兄ちゃんにお願いしてみたら? 『お願い! 弱い私を、あの最強の魔導士から助けてぇ!』って……――この私の目の前で、ね。」

「――ッ!!!」

 

そう、ジュエルシードは転生者の行動を封じてしまった。

逃げる為には今私が言ったような内容を、この場で転生者に対して言わなければならない。

蔑むような視線を向ける、私の前で。

 

 

 

「――良いわ……そんなに死にたいのなら、今殺してやるわよ! 地上に出て来なさい! アンタのその顔、絶望に歪めてやるわ! お兄ちゃん、さっさと移動するわよ! この大穴の上空に!」

「はい……」

 

転生者にそう命令し、閉じていく虚数空間の裂け目から最後に私をキッ!と睨むと、ジュエルシードはこの地底から姿を消した。

 

「……はぁ~……何とかなったのかな……?」

≪気を抜くのはまだ早いですよ、なのは。逃亡こそ阻止出来ましたが、今度こそジュエルシードは確実に貴女を殺そうとするでしょう。≫

≪だな……ところで、この戦いが終わったらさっきのロールプレイを俺に――≫

「それは無理、何処に人の目があるかも分からないんだから。」

≪く……っ! おのれ、ジュエルシード……!≫

 

理解しがたい嫉妬をしているレイジングハートは置いておいて……

 

「いよいよ、最終局面だね……」

≪はい。漸く……地上まで、送りますよ。≫

「うん、お願い。プロト。」

 

次元魔法の光が私を包む。

向かう先は地上……この戦いの決着の舞台だ。



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滅びvs光

私がプロトの次元魔法で地上に戻ると、『それ』は直ぐに目に入った。

 

「――っ、アレは……!」

 

大穴の上空に浮かぶジュエルシードが掲げた手の平の先に、濃紺の巨大な魔力球が生成されていた。

更に言えばその魔力球には今も絶え間なく地上から魔力が供給されており、その体積を膨らませ続けている。

魔力の出所は……やはり、彼女が引き連れて来た転生者達の様だ。

 

「来たわね、高町なのは! ――これを見なさい! 手駒(お兄ちゃん)達に全ての魔力を捧げさせて生み出した収束魔力球よ!」

 

得意気に説明するジュエルシード。その目的は、恐らく私の反応を期待しての物なのだろう。

よっぽど先程の挑発が効いたのか、一度こちらの鼻を明かさなければ気が済まないらしい。

だが……

 

――あの魔法……彼女が得意気になるだけの威力は、間違いなくあるだろう。

 

込められた魔力量から、そう判断せざるを得ない。

今も絶え間なく注がれる魔力により、その脅威は際限なく膨らんでいる。

 

「便利なこの身体もなくなっちゃうのは惜しいけど、次元世界の一つや二つ程度なら簡単に滅ぼせるんだから!」

 

――今まであの魔法を使わなかったのは、それが理由か。

 

これまで彼女は戦いで負った傷を修復しながら戦って来た。しかし彼女の言葉から察するに、今回ばかりはそうもいかないらしい。

それはつまり、世界を滅ぼせると豪語するあの魔法の威力は、無数のロストロギアの連鎖反応爆発以上と言う事だ。

 

≪プロト、あの収束魔力球を白の魔力で散らす事は出来る?≫

≪……恐らく、不可能です。ジュエルシードの魔力と同様、密度が高すぎる。黒の魔力での固着も、あの『護衛』達を盾に防がれるでしょう。≫

 

ジュエルシードの周囲には魔力を注いでいる転生者達とは別に、彼女の身を守るための護衛が数十人待機していた。

魔力を集束して放つ魔法の持つ、根源的な二つの弱点はあの魔法にも適用されるらしい。

その弱点の一つである『集束の為に必要な時間』は、彼等を盾に時間を稼ぐ事で満たしている。

 

――だったら、私が狙うべきはもう一つの弱点しかない!

 

スターライトブレイカーもそうだが、この手の魔法の威力は集束させた魔力量に左右される。

既に集束された分の魔力を散らす事は出来ない……ならば――

 

――魔力を注いでいる転生者達をどうにかすれば!

 

そう考え周囲を見回すが、既に彼等には仲間の皆が猛攻を加えていた。

彼等は攻撃への対処を放棄しているのか、一方的に攻撃を受けている。

しかし、表情に焦りを浮かばせているのは彼等ではなく、寧ろ私の仲間達の方だった。

 

「――くそっ、いい加減正気を取り戻せよ! このままだとお前らも死んじまうんだぞ!!」

「……」

 

魔力ダメージによる気絶も、グレイプニルによる魔法阻害も関係無く、彼等はただ虚ろに魔力を捧げ続けていた。

ジュエルシードからの命令で思考する事も気絶する事も無く、ただ魔力を捧げ続ける彼等の姿を確認したプロトが補足を入れる。

 

≪なのは。あのまま魔力を注がせ続ければ、彼等のリンカーコアに異常をきたします。魔法が使えなくなるだけならまだマシ。最悪の場合は、あの魔法の発動を待たずして……――命まで捧げる事になるでしょう。≫

「――ッ!」

 

人を人と思わない所業……ロストロギアからすれば、当然ながら価値観が異なるだけの問題なのだろう。

しかし、仮にも自身を妹と認識させ、言葉を交わしてきた相手に対してこの仕打ち……湧き上がる激情のまま、ジュエルシードを睨む。

対して、私の視線に気づいたジュエルシードは、顔に浮かべた得意気な笑みを更に深める。

 

「私を軽く見たアンタが悪いのよ! それとも……アンタこそ、尻尾を撒いて逃げる? そんな事したら、この世界の全てが消えてなくなっちゃうけどね!」

 

逃げるつもりはない。世界の危機もそうだが、ここで逃げれば私は二度と『なのは』を名乗れない。

だが、集束魔法の持つ弱点を二つともカバーされた以上、私に残された可能性は一つ……

 

――イチかバチか……!

「レイジングハート、スターライトブレイカーのチャージを!」

≪All right, Star Light Breaker!≫

 

正面からの迎撃。

自身のポテンシャル以上の魔力を扱う方法は、もうこのスターライトブレイカーしかない。

掲げたレイジングハートの前に、光が集い始める……しかし――

 

――チャージの速度で負けてる……! このままじゃ……!

 

考えてみれば当然なのかもしれない。

スターライトブレイカーの集束は、空気中に散らばった魔力を引き寄せて行っている。

対してジュエルシードは、通常の収束に加えて銀髪オッドアイ達に自ら魔力を捧げさせている……元々収束させる為に送り込まれた魔力を束ねるだけで良いのだ。

これでは速度で追いつけないのも道理だろう。

 

≪レイジングハート、プロト! スターライトブレイカーの集束を速める事って出来る!?≫

≪……済まん、俺にはこの速度でやっとだ。朱莉から教わったあの術式なら、何とか出来るかもしれないが……≫

≪! ……――それは、もう使わない。もう二度と。≫

≪……≫

 

レイジングハートが言う術式とは、『Star Light Breaker A.A』の事だろう。

確かにあの魔法ならば、ジュエルシードと同等程度の速度でチャージが可能だろう。だが天使の力を使う代償として、レイジングハートには大きな負荷がかかる。

そして、レイジングハートは一度その魔法を使った反動で砕けてしまっているのだ。

天使が居ない今……――いや、例え居たとしても、私はもう二度とあの魔法は使わないと心に決めていた。

 

≪それに、私の中の天使の力ももう残ってないから、そもそも発動が出来ないと思う。≫

≪そうか……分かった、他の手を探そう。≫

 

朱莉ちゃんも言っていたが、天使の力を回復するには天使の身体が必要だ。

プロトとの戦いで温存できていれば違ったのかも知れないが、それが出来なかった以上、もうあの力に頼る事は出来ないのだ。

その時、レイジングハートに代わって、今度はプロトが案を出した。

 

≪なのは……一つだけ、手があります。≫

≪プロト?≫

≪今なら……レイジングハートが目覚めた今なら、()()()()を完全な形で扱える筈です。≫

 

プロトの言う魔法……確かにあの魔法で、一度はジュエルシードの魔力を集束できた。

だけど、ジュエルシードが揃った後は……彼女の魔力の密度の所為で、集束はおろか弾き出す事さえ……

 

≪『オーバーライトパニッシャー』の効果範囲は、貴女の魔力操作が私の術式に追い付けば格段に広がります。狙うのはジュエルシードでも、彼女が集めた魔力球でもない……アレに魔力を注いでいる、転生者の潜在魔力全てです!≫

≪! でも、それって危ないんじゃ……≫

 

潜在魔力の全てを弾き出し、魔力供給を断つと同時に攻撃の準備を整える。確かに理想的な魔法ではあるが、命令で利用されているだけの彼等の身も危険なんじゃ……

 

≪いえ、寧ろ彼等を救うにはこれを成功させるしかありません。リンカーコアが壊れる前に供給を止めさせ、迅速に決着をつけるにはこれしか……!≫

≪……そうだね、分かった。それに賭けよう。レイジングハートも、それで良い?≫

≪なのはがそう決めたのなら信じるが……取りあえずプロト、その魔法について教えてくれるか?≫

≪ああ、そう言えばあの時はまだ貴方は目覚めていませんでしたね。では――≫

 

念話でプロトが魔法の概要を伝えている間、私は周囲を見回して銀髪オッドアイ達の配置をおさらいする。

ジュエルシードが従える銀髪オッドアイ達の総数は数えきれないが、2桁後半……もしかしたら3桁に及んでいるかもしれない。

その内の数十人を自らの傍に集めてチャージ中の護衛とし、残りはこの結界中に広く散らばっているようだ。

供給を完全に止めるには、この結界の全域を魔法の範囲に収める必要があるだろう。

 

≪……プロト、オーバーライトパニッシャーで魔力を弾き出す対象って選別できる?≫

≪それは……できませんね。敵味方を問わず、と言う事になるでしょう。≫

≪分かった。じゃあ、クロノ君達には一度、結界の外に出て貰った方が良いよね? 次元震を抑えて貰わないといけないし……≫

≪成程、確かにそうですね。では彼等への通信はお任せします。≫

≪うん。≫

 

 

 

「――そう言う訳だから、クロノ君達は一旦結界の外に避難しておいてくれる?」

『はぁ……まったく、君という奴は次から次に……次元震を気軽に起こしてくれるな……』

「ぅ……ごめん。」

『いや、分かっている。あの魔力球が完成し、着弾すれば、それこそ次元震では済まない事はな。……仕方ない、作戦のフォローはこちらに任せて、思いっ切りやると良い。この危機を任せられるのは君だけだ。他の皆にはこちらから伝えておく。』

「分かった、こっちは任せて。」

『ふ……今から始末書の文面を考えておくとしよう。』

 

そう言ってお腹を押さえたクロノ君の姿を最後に、通信が切れた。

一方で、プロトがレイジングハートに対して行っていた情報の共有も終わったようだ。

計画を実行に移す前に、最後の確認を行う。

 

≪私の方の準備は出来たよ。……二人は?≫

≪こちらはいつでも大丈夫です。≫

≪俺も、術式については理解した。ただ、なのは……これって今のお前からしても、相当高度な魔力制御が要求されるぞ。本当に大丈夫か?≫

≪大丈夫、きっと成功させるよ。……それじゃあ、始めよう!≫

 

スターライトブレイカーのチャージの上から、更に術式を並列起動させる。

足元に二つ目の魔法陣が重なるように生み出され、その直径をぐんぐんと広げていく。

……後は、私がプロトの術式に追い付けば良いだけだ。

 

「――行くよ!」

≪≪Over Light Breaker!≫≫

 

身体から放出された白光が、結界を埋め尽くすように広がっていく。

 

「! ――この光は……高町なのは……!」

 

魔力球に注がれていた魔力が散らされ、ジュエルシードの魔法の膨張が止まる。

ジュエルシードの護衛から、魔力を注いでいた転生者達から、白光に押し出されるように彼等の潜在魔力の全てが押し出され、一瞬の後に空気に溶ける。

魔力を失った彼等は一瞬意識を失い、直ぐにジュエルシードの呪縛によって目を覚ます。

しかし、もう彼等は魔力を放出できない。

飛翔魔法の維持も出来ず、護衛としてジュエルシードの傍にいた彼等が落下を始めるが……

 

――アースラの転送術式……! ありがとう、エイミィさん!

 

その身体が地面に激突するよりも早く、彼ら全員の姿はアースラの術式に包まれて消えた。

勿論依然として彼等の意思がジュエルシードに支配されている事実は変わらないが、彼等は既に全ての魔力を失った状態だ。容易に捕縛が可能だろうし、心配の必要は無い。

 

心配するべきは、寧ろ私の方だ。

 

――ぐっ……! 早く、魔力を集束させないと……!

 

オーバーライトブレイカーはオーバーライトパニッシャーで弾き出した魔力を束ねて放つ、強力な集束砲撃だ。

魔力を弾き出した後のプロセスはスターライトブレイカーと似ているが、今回は集束を加速させる為に術式に手を加える必要があった。

その所為でスターライトブレイカーを放つ以上の負荷が集束の時点で発生しており、更にその状態で繊細な魔力コントロールを要求される。

しかも、それをジュエルシードが収束魔力球を放つよりも早く行わなければならないのだが……

 

「チッ……! これ以上魔力を集められないなら仕方ないわね……まだまだ未完成だけど、アンタ一人殺すには十分よ! 高町なのは!」

 

そう、魔力を集められないのなら彼女には私の魔法の完成を待つ理由は無いのだ。

 

「喰らいなさい――≪Fallen Grudge≫!」

 

彼女が掲げた両腕を振り下ろすと、巨大な魔力球が私へ向けて降って来る。

莫大なエネルギーが生み出す波動が、空気を、地面を……空間を震わせながら迫って来る。

オーバーライトブレイカーのチャージ速度はスターライトブレイカーのそれよりも遥かに速いが、それでも着弾までには間に合わない……更に数秒はかかる計算だ。

限界ギリギリまで引き付けて放っても、その時点の集束段階ではフォールングラジを突破できないだろう。

プロトもレイジングハートも術式の維持と私の補助の為にリソースを割いており、アシストに回れるだけの余裕は無い。

 

――何か……何か手はないか……!?

「あと少し……あと少しだけ時間を稼ぐ事が出来れば……!」

 

 

 

 

 

「――分かった。微力ではあるが、稼いで見せよう。」

「えっ……!?」

 

耳を疑う。

だって、結界の中にいた仲間達は全員が避難した筈だからだ。

仮に残っていた者が居たとしても、オーバーライトブレイカーの術式に潜在魔力の全てを弾き出されて意識を失っている筈だ。

じゃあ、一体誰が……!

 

「IS起動――『ライドインパルス』!」

 

背後から私を飛び越え、フォールングラジへと一直線に向かう後姿。

トーレは両手両足から伸ばした光刃を振るい、魔力球を押し留めようとするが、その刃はフォールングラジに触れるとあっさりと砕かれてしまう。

だが、トーレも内心ではその結果を解っていたのだろう。砕けた刃の確認もそこそこに、今度は四肢を広げてフォールングラジの前に立ちはだかると……

 

「総員、私に続け! ――やれ、チンク!」

「ああ……分かったよ、トーレ。――『ランブルデトネイター』!」

 

チンクのIS『ランブルデトネイター』により、その全身を爆ぜさせた。

 

「――ッ!!」

 

その姿が、ノーヴェとチンクの二人に重なる。

私を逃がす為にその身を散らした、あの二人に……

 

≪なのは! 術式の制御に集中を!≫

≪でも……っ! ――ううん、分かった……!≫

 

分かっている。彼女達が身を挺したのは、この世界の為だ。

その覚悟は私も同じ……だからこそ、()()()()()を振り返る事は許されない!

 

「そうだ、それで良いんだ。自分の役割に集中しな。」

「貴女は……!」

「チンクだ。私達は滅びを食い止める手助けをする為、父から頼まれてここに来た。」

 

いつの間にか傍に立っていた女性は自らをそう名乗り、フォールングラジへ向かう姉妹たちを見送る。

 

「『スローターアームズ』!」

 

ロストロギアが組み込まれたブーメランブレードをフォールングラジへ投げ込み、爆発を確認した後にセッテはトーレに倣う様にその身を広げ――

 

「『ランブルデトネイター』!」

 

やはりチンクのISによってその身を爆ぜさせる。

……ナンバーズ達の特攻は止まらない。

 

「あーあ……折角白騎士になれたのに、もうおしまいかぁ……――じゃ、後は頼んだよ、なのは!」

 

一瞬こちらを振り向き手をひらひらとさせると、白い全身鎧に身を包んだ騎士姿のセインはロストロギアの埋め込まれた大剣を構えて突撃する。

 

「無垢なる輝き、受けてみよ! 必殺――サンシャインブレイバー!」

「『ランブルデトネイター』!」

 

そして大剣がフォールングラジへとめり込んだ瞬間に、ロストロギアと共に爆発した。

 

「――じゃ、ボクも行くよ。タイミングは任せるね、チンク。」

「ああ、行ってこい。」

 

戦闘に特化した能力を持たないオットーはそう告げると、ただ一直線にフォールングラジへ飛び込み、爆発した。

その後もどこかで見た姿をした者達が次から次へとその身を犠牲にし続けた。

……全ては私の魔法を間に合わせるために。

 

「……じゃあ、いよいよ私の番だな。」

 

そして、最後にそう言ってチンクが前に進み出る。

その背に私は思わず問いかけていた。

 

「貴女は……辛くないの? 自分の姉妹達だったんでしょ……?」

「うん……?」

 

彼女達の爆発は、偏にチンクの能力による物だ。

世界の為とは言え、その命を自らの意思で爆ぜさせた彼女が辛くない筈がない。

だから、せめてその十字架をほんの少しでも軽くできれば……きっと、そんな事を考えていたから、つい口から飛び出してしまったのだ。

そんな私の問いかけにチンクは一瞬キョトンとし――

 

「……なんか誤解があるようだが……集中を乱しても悪いか……」

「誤解……?」

「――いや、こちらの話だ。それと、今の問いに対する答えとしては、そうだな……『気にするな』。今は役割を果たせ。」

「あ……!」

 

最後にそう答えると、チンクは姉妹達の後を追う様にその身を爆ぜさせた。

生じた煙を裂いて、フォールングラジはなおも私の元へと迫って来る。

あれだけの爆発を受け、それでもその体積にはまるで変化が見られなかった。

 

そして、彼女達の身を挺した抵抗は――

 

 

 

……今、実を結んだ。

 

≪――全魔力の集束完了。よくやってくれましたね、なのは。≫

≪後はこいつを放つだけだな……やるぞ、なのは!≫

「うん……絶対に、ここで決める!」

 

今、私の目の前には光がある。

 

この場所で戦った皆の思いが、戦わされた無念の願いが……そして、数秒の為に全てを賭けてくれた、彼女達の希望が……その結晶が!

 

――その全てを受け止め、背負い……そして、放つ!

「オーバーライト……ブレイカアアァーーーーーーーーッ!」

 

全てを光が染め上げた。




途中ごちゃっとしてしまったのは、書いてる時に(これジュエルシード側はなのはのチャージに合わせる理由がないな)って気付いてしまった為に内容を変更せざるを得なかったからです。
プロットの作り込みが甘いとこんな事になるんだなぁ……と反省(紅蓮の一件からn回目)

ちなみに、まだなのはさんはナンバーズ達が遠隔操作のアバターと知りません。


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戦いを終えて

なのはのチャージが完了する前に放った私の奥の手――フォールングラジ。

本来であれば既になのはに着弾している筈のそれを遅らせたのは、機械仕掛けの人形共だった。

無駄な抵抗……最初そう断じて特に気にもしなかった奴らの足掻きは、私にとって最悪の結果を生んだ。

 

「オーバーライト……ブレイカアアァーーーーーーーーッ!」

 

最早圧し潰されて死ぬだけだった筈のなのはの魔法は完成し、フォールングラジの影から凄まじい光が溢れ出す。

その直後、フォールングラジ越しに感じる莫大な魔力の奔流。

魔法の衝突により発生した衝撃波が地面を圧縮し、巨大なクレーターを生み出した。

そして信じられない事に……フォールングラジの動きが忽ち減速し、やがて完全に制止させられる。

 

――バカな……不完全だったとは言え、フォールングラジが止められる……!?

 

最後まで搾り取れなかったとはいえ、手駒(お兄ちゃん)達の魔力は既に大半をこの魔法に捧げさせていた。

残っていた搾りかす程度を奪われたとしても、拮抗に持ち込まれるなんて事が……――!

 

――まさか、この周辺にある全ての魔力を……!?

 

そうとしか考えられない。

でなければ、例えチャージが完了したところでこんな事態にはならない。

私では不可能だった広範囲の魔力集束……それを、なのははこんな短時間で行ったのだ。

 

――そんな事、私には……――ッ! 認めない……認めるものか! 人間が……たかが数十年程度で死ぬ程度の存在が、私を上回るなど……!

「く……ッ、あああアア!」

 

魔力を込めて圧し潰してやろうと思っても、先程のロストロギアの爆発によって消耗させられた私に、それだけの魔力は残されていない。

一方でなのはにはまだ魔力が残っていた。このまま競り合っていては拙い……!

きっと直ぐにでもなのはは自分の魔力を砲撃に上乗せし、フォールングラジを押し戻そうとするだろう。

しかし今私がフォールングラジの制御を手放せば、私が安全圏へ離脱するよりも早く砲撃が……

なんとかこの状況を脱しなければ……そう考えた時、手駒の一人の顔が思い浮かんだ。

 

――そうだ……アイツが! アイツの能力があればこの危機も脱せられる!

「ッ! お兄ちゃん、直ぐに来なさい! 私を虚数空間で逃がすのよ!!」

 

もうプライドがどうとか言っている場合ではない! ここで負ければ今度こそ私はおしまいだ! 全ての私が封印されれば、雪辱を果たす事も永遠に出来ない!

地の底で私に意見しようとしたアイツ……! 今にして思えば、アイツの意見に乗っていればこんな事には……

 

――……?

「ど、どうしたのよ……? 早く来なさいよ! ねぇ!!」

 

私の命令は声が聞こえなくても届く筈だ。

アイツの能力なら魔力が無くても……!?

 

――まさか……あの能力、手で空間を掴めなければ使えないのか……?

 

空間を掴んで引き裂く動作が能力の発動条件だとすれば……駄目だ、アイツもなのはに魔力を奪われていた!

管理局とかいう奴等に身動きを封じられていなくても、魔力が残っていない以上は身じろぎも出来ない……!

 

「ちょ……ちょっと、待ちなさいよ……」

 

必死に記憶を探る。

今まで気にも留めていなかった手駒達の顔、顔、顔……!

アイツの能力は何だった……? アイツはどうだ? この状況で使える奴はいないのか……!?

 

そして、奴等と過ごした数年間が脳裏に描かれ始めた事で、私は嫌が応にも気付かされた。

 

――これは……走馬燈!? バカな、私が……!

 

……既に私は敗北しているのだと。

 

スローになった視界でフォールングラジが押し返され始める。先程の予想通り、なのはが砲撃に自らの魔力を上乗せしたのだろう。

魔法同士の競り合いがどんどん不利になり、やがて術式に致命的な亀裂が生まれる。

 

――違う……いやだ! こんなのは……!

「だ……誰か来なさいよ! 今直ぐ! 誰でも良いから!! せめて盾になりなさいよ!!」

 

無数に入った亀裂から、光が漏れ始める。

 

「何で……何で来ないのよ! どうして一人も来ないのよ!! アンタ達は私を守るんでしょ!?」

 

――いやだ……こんな……これじゃ、あの時と一緒……! また独りに……

 

記憶が溢れ出す。

それはどんどん過去へと――嘗てなのはに負けた時よりも、更に遥か過去の光景へと遡って行く……

 

――もう少しだったのに……私が全て揃って完成すれば……なのはさえ倒せば、今度こそ私はもう一度……!

「いやだ……いやだ……!」

 

そんな光景を白く染め上げるように、なのはの魔法は私の全身を吞み込んだ。

 

 

 

――もう、独りは……

 

 

 


 

 

 

≪――なのは!≫

「うん!」

≪Axel fin!≫

 

オーバーライトブレイカーがジュエルシードを呑み込んだ後、私は急いで空へと翔けあがった。

そして、眠ったように落ちて来るアリシアの身体を視界に捉えると、騙し討ちを警戒しつつ接近し――

 

≪Ring Bind!≫

 

簡易的な拘束魔法で地面への落下を阻止。

その額にジュエルシードが宿っている証である、菱形の紋様を確認してレイジングハートを構える。

 

≪封印の術式、覚えてるか?≫

≪大丈夫……私の特典、知ってるでしょ?≫

 

唱えるのは随分久しぶりだが、私の中でその記憶は色褪せない。

魂に刻まれた『原作知識』からその術式を取り出すように、懐かしいその音を再び唱える。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!」

≪Sealing!≫

 

レイジングハートから放たれた光は拘束されたアリシアの身体に突き刺さり、その身体の内に宿る21のジュエルシードを浮かび上がらせた。

そして――

 

≪Receipt:『No.Ⅰ to ⅩⅩⅠ』!≫

 

その全ては今、レイジングハートの中に封印された。

アリシアの身体を固定していたバインドも解除し、その身体を両腕で抱える。

……先程まで動いていた彼女は、眠ったように動かない。当然だ、魂はここに無いのだから。

この身体の対応についても話し合わなければならないだろう。母親であるプレシアさんとは特に。

 

――まだまだ問題は残ってるけど……一先ず、滅びは回避できた。今度こそ、本当に戦いは終わったんだ。

 

胸に湧き上がる安堵と興奮……そして僅かな寂寥を一度収めるために大きく一つ息を吐き、共に戦ってくれた二人へ語り掛ける。

 

「――ふぅ、これで終わったんだね……今度こそ。」

≪ああ。お疲れ様、なのは。≫

≪……≫

「……プロト?」

≪! ……あ、いえ、すみません……――本当に終わったんだなと……≫

 

プロトの反応が鈍い事に一瞬心配したが、どうやら少しの間放心していただけだったようだ。

しかし、彼女が私達が生まれるよりもずっと前から滅びを見て、戦ってきた事を想えば無理もない事なのだろう。

だが、彼女はその為に幾つもの罪を犯してしまった。そんな彼女の戦いを労ってくれる者は、きっと……

 

「――貴女もお疲れ様、プロト。」

≪……いえ、私にその言葉を受け取る権利はありません。今になって気付いてしまったんです。……私が本当に救いたかったのは、()()()()()()()()()と。≫

「プロト……?」

 

その発言の真意を測りかねた私の言葉を聞いてか否か、プロトはまるで懺悔でもするかのように語り出した。

 

≪――全てを無くしたあの日、私は未来視で貴女達の姿を探しました……当時は未来視の限界を確かめる事が目的だと()()()()()()()()()()()()が、今なら当時の()()()()が解る。私は……前世で憧れた貴女達の姿を、貴女達と出会う未来を『生きる目的』にしようとしていたんです。≫

「……」

≪しかしそこで私が視たのは、よりにもよって貴女達の死の瞬間だった。そして、その瞬間に私の中に『生きる目的』が生まれた……私は、『貴女達を救う』という使命を自分に課す事で、『私自身の心』を慰めていた。私が本当に救いたかったのは……結局、私自身だったんです。≫

「プロト、そんな事は――」

≪なのは……先程、私が呆然としていたのは、達成感が原因ではないんですよ。……私は、目的を果たしたにも関わらず『何も感じなかった』んです。嬉しい筈なのに、喜ぶべき筈なのに、何も……その時にやっと気づいたんです。心底醜く、脆い私の正体に……≫

 

それは彼女にとって、とてもショッキングな事だったのだろう。

何百年――或いは何千年と信じていた自分の正義が、全くの虚構だった……その目的の為に生きていた時間の価値が、彼女の中でまるっきり反転してしまったのだ。

きっと今彼女を苛んでいるのは、強烈な自己嫌悪だろう。それも、自分の存在そのものさえ否定しかねない程の……

 

だから私は、先程彼女に中断されてしまった言葉の続きを改めて告げる事にした。

 

「……プロト、もう一度言うね。そんな事は――私には関係無い。」

≪なのは……?≫

「切っ掛けが何だろうと、真意がどうだろうと、今の私に関係してるのは『貴女が今までしてきた事』だけだよ。……貴女は全力だった。本気で私達を助けようと動いていた。だから、私達はジュエルシードを倒す事が出来た。それだけが真実。」

≪しかし、私のしてきた事は結局、盛大な空回りで……そもそも私が余計な事をしなければ、貴女達が命を危険に晒される事は――≫

「それは違うよ、プロト。例え天使が居たとしても、多分彼女達は操られてた転生者を助けるだけで、ジュエルシードを倒す手伝いはしてくれなかったと思う。だって、ジュエルシード自体は転生者じゃないんだから。」

≪……≫

 

ジュエルシードを虚数空間から解放したのは、多分あの虚数空間内を自由に動ける転生者だったのだろう。だけど、その行為自体は天使が咎める範囲の外だ。

だから。と私はプロトが未来視の光景を見なかった場合の、最悪の可能性を一つ挙げる。

 

「もしかしたら――貴女とユニゾンする事も出来ずに、私達は本当に殺されてたかもしれない。」

≪そんなのは、所詮可能性の話で……≫

「そうだね、ただの可能性。……貴女の言う『空回り』も、そうじゃない?」

≪……≫

 

私が指摘すると、何か考え事をしているのか黙りこくってしまったプロト。

もしかしたら彼女は今、自分の内側に溢れ出した色んな事を必死に整理している最中なのかもしれない。

そう考えた私は、お節介かも知れないと思いつつも最後に伝える事にした。

 

「……今はまだ混乱してて、素直に受け取れないかもしれないけど――今の私は貴女に感謝してるよ、プロト。だから……ちゃんと気持ちが落ち着いて、冷静に物事を考えられるようになるまでは――生きる事を諦めないでね。」

≪あ……≫

「? ……どうしたの、プロト?」

≪……いえ、ずっと昔の事をふと思い出したんです。たった一人の家族が死を選ぼうとしていた時、私は同じようにそれを止めようと必死だった……≫

「そっか……じゃあ、尚更生きないと。その言葉を嘘にしない為にもね。」

≪……はい、そうですね。≫

 

それから再び彼女は考えに耽ってしまったが、先程まで感じていた危うさの様なものは大分薄れており、もう大丈夫だろうと判断した私は再び安堵のため息を吐いた。

 

「――あ、結界が……」

 

ジュエルシードの封印が成功したと、エイミィさん辺りから連絡が行ったのだろう。

リインフォースによって張られていた結界が解除されたのだ。

 

――なんか、久しぶりに見る気がするな……こんなに澄んだ青空は。

 

何の気なしに見上げた空は、未来から『滅び』と言う暗雲が払われた事を示すかのように晴れ渡っていた。

 

そこにはもう、『天の眼』は無かった。




裏ボス戦終了です。
この後残った問題を解決させて、本編完結までは長くても後2、3話かなと思います。(早ければ次回最終回かも?)

最終回後はいくつか短編を書く予定です。


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未来へ

いつもよりちょっと長めです


『――そうか、ジュエルシードは全て封印出来たんだな?』

「うん、ちゃんと確認したからもう大丈夫。」

 

クロノ君から繋げられた確認の通信に、レイジングハートから封印状態のジュエルシードを浮かび上がらせながら頷く。

それを確認したクロノ君は緊張気味だった表情を、漸く安心したように緩めた。

 

『分かった。一応こちらからエイミィに伝えて広域サーチはしてもらうが、一先ずこの一件は解決と見て問題無いだろう。……ご苦労だったな、なのは。』

「皆が手伝ってくれたおかげだよ。一人だったら多分勝てなかったと思う……プロトもね。」

『そのプロト……所謂聖女についてなんだが、安全なんだな?』

「うん。……って言っても、今こうして会話してるのが私って証明が難しいよね。」

『……いや、以前フェイトが使っていた端末があっただろう。あれならば、君の中にいるプロトを直接確認できる筈だ。』

「あ、そっか。じゃあ合流したらそれで分かるね。」

『そうだな、今なら丁度負傷者の治療の為に皆集まっている。話はこちらからフェイトに伝えておくから、君もそこに合流してくれ。場所は――』

 

通信を終えた後、私は伝えられた合流ポイントを目指して移動を開始する。

 

クロノ君が指摘したように、私は今もプロトとのユニゾンを継続している。

これはユニゾンする為とは言え彼女の拘束具を外してしまった為、代わりに私の身体で身柄を拘束している形だからだ。

どうやら戦いに赴く前にレイジングハートに組み込んだ『ユニゾン防止機能』が、上手い事彼女を私の身体の外に逃がさない牢の様な働きをしているらしい。

もっとも、そんな物がなくとも彼女には逃げるような素振りは無いのだが。

 

そんな事を思い返しながら暫く飛翔すると、やがてクロノ君から伝えられた合流場所が見えて来た。

そこは私達がここに来るために使用した車両を停めた一角であり、その少し手前には先程まで張られていた結界の境界線を示すように、吹き飛ばされた瓦礫や、めくれ上がったアスファルトが数m程の高さまで山脈のように積み重なっている。

 

その光景に乗り越えた戦いの激しさを再認識しつつ壁を飛翔魔法で飛び超えると、そこには皆の姿があった。

 

「あ、なのはちゃん!」

「はやてちゃん! 皆も、無事でよかった!」

「お疲れ様、なのは。クロノから聞いたよ。はい、コレ。」

「ありがとう!」

 

最初に私に気付いたはやてちゃんを皮切りに、皆が駆け寄って来て笑顔で迎えてくれる。

その内の一人であるフェイトちゃんが手渡してくれた端末を受け取ると、代わりに私が抱えていたアリシアちゃんの身体をフェイトちゃんが預かってくれた。

 

「それじゃあ姉さんの身体は私が……一度、母さんの所に持って行くね。」

「うん、お願い。ありがとう、フェイトちゃん!」

 

そう言って10台ほどの車両が止められている方向へ歩いて行くフェイトちゃんを見送っていると、車両の一つの中の光景がチラリと眼に入る。

車両の中では主にジュエルシードの攻撃で負傷したのだろう、血の滲んだ包帯を巻いた銀髪オッドアイがシャマルの治療を受けていた。

 

後で聞いたところによると、あの戦いは死者こそ出さなかったものの負傷者は多く出てしまったらしい。

戦いの疲れも癒えないまま、殺傷設定で攻撃してくる敵との連戦だったのだ。無理もない事だが、もっと上手くやれたのではないかと言う思いがどうしても湧き上がってきてしまう。

 

<……それは傲慢と言うものですよ、なのは。>

<プロト……>

<貴女は十分すぎる程、彼等を……未来を救いました。私の見た光景では、ここにいる誰一人として生きていなかったのですから。>

<……うん、そうだね。>

 

プロトからの慰めに少し心が軽くなる。

そんな時、銀盾の皆が私の視界を遮るように集まって声をかけて来た。

 

「よお! あんなやべー奴も倒しちまうなんて、流石はなのはだな!」

「信じてたぜ、お前なら勝ってくれるってな!」

 

きっと私の様子を見て、気を紛らわそうとしてくれているのだろう。

意図して明るく振る舞う彼等の優しさに、胸が温かくなるのを感じる。

そうだ。流石に皆無傷とは行かなかったけれど、折角誰一人欠ける事無く滅びを停める事が出来たのだ。

 

――暗い顔なんかこの場に相応しくない。

不器用な彼等にそう言われている気がして……そう考えると、自然と笑みがこぼれた。

 

「皆――うん、ありがとう!」

「ぉ……ぉぅ……」

「……」

 

……何だろうね、この静寂は。

 

いや、分かっている。正直な所、分かってはいるのだ。

原因が私である事も、今の皆が考えている事も何となく!

 

――でも恥っずい!!

 

何が恥ずいって、さっきの私のアレだよ!

自然にやっちゃってた! 本当に何の考えもなくヒロインみたいな事しちゃってた!!

 

――確かにここ最近は色々と自然体で過ごしてきてたけど! でもそれでもこんなヒロインムーブなんか今までしてなかったのに!!

 

「えっと……?」

「「「「っ!」」」」

 

耳まで赤くなってるだろう自覚はあるが、ちょっとこの空気に耐えられなくなって来たので声をかけると、それまで固まっていた彼等も慌てたように話題を変え始めた。

 

「そっ、そう言えば……! 俺ら小学生の頃、あんなの相手にしてたんだな!」

「あ、ああ……それな。もしあの時になのはかフェイトのどっちかが全部集めちまってたら……」

「封印してたから大丈夫だろ……だよな? なのは。」

「う、うん。ジュエルシードは完全に停止してるよ。」

 

クロノ君にも見せたように、彼等にもレイジングハートからジュエルシードを浮かび上がらせて見せる。

 

「なら良いけど……それはそうと、やっぱその見た目は違和感あるな……」

「銀髪オッドアイか……聖女とユニゾンすればそうなるのは分かるけど、中々複雑な気分だよな。」

「……あれ? そう言えば、聖女とユニゾンって危険じゃなかったっけか?」

「! ――なぁ、なのは。一応確認なんだが、お前は本当になのはなんだよな?」

 

どうやら彼等にまではクロノ君の連絡は届いていなかったようで、急に表情が硬くなった彼等を安心させるべく、フェイトちゃんから借りた端末をみせて説明する。

 

「うん……今、コレで皆にもプロトと話せるようにするね。」

 

そして、幾つかの設定を終えて起動した端末から、彼らと同じ銀髪オッドアイの特徴を持ったユニゾンデバイスの姿が浮かび上がる。

 

『成程……つまりこれで今の私の声も届いている訳ですね。』

「大丈夫、ちゃんと聞こえてるよ。」

 

プロトに端末の機能について軽く説明すると、状況を理解した彼女は彼等の疑問と不安を払拭する為に私とプロトのユニゾンについて説明を始めた。

勿論、予め頼んでいたように、私が転生者である事は伏せながら。

 

その途中、彼等を挟んだ先から何やら騒がしい声が聞こえて来た。

プロトに質問していた銀盾達も、その声に釣られるようにして振り返る。

私達の視線の先では人だかりが出来ており、隙間からはチラリとフェイトの金髪が見えた気がした。

 

――一体何が……

 

周囲の銀盾と目配せしてその場所へ向かうと、気を使ってくれたのだろう。人垣が割れ、中心の光景が飛び込んで来る。

そこにいたのは、簡易的なタンカーの上に横たえられたアリシアと、その胸元に耳を押し当てるプレシア。そして、その傍で立ち尽くすフェイトの姿だった。

 

「えっと、フェイトちゃん……何があったの?」

「あ、なのは……! あの、まだ私も整理出来てないんだけど……!」

 

混乱しているのか、言葉も覚束ない様子のフェイトちゃん。

そんな様子を見ていたのか、それとも無意識なのだろうか。私の疑問に答えたのは、まるでうわ言の様に漏れたプレシアの呟きだった。

 

「心臓が……動いてる。アリシアの、心臓が……!」

「――え?」

 

アリシアの心臓が動いている……その原因は直ぐに思い至った。

ジュエルシードが自分の身体とする為に、アリシアの身体を生き返らせたのだ。

既にジュエルシードは全て封印されたが……身体はそれに引きずられて死ぬ事はなく、今もこうして生きている。だけど……

 

――これは、幸運と言っても良いのだろうか……

 

かつて、彼女の死は一人の女性を狂わせた。

それこそ命さえ(なげう)った狂気の研究へ、その身を捧げた。

アリシアの身体が生き返った事実……果たしてそれは福音なのか、ともすれば再び彼女を狂気の道へ引きずり込む悪魔の囁きとなるのか……

 

そんな不安を抱えながら見守っていると、やがて彼女――プレシアさんは「ふっ」と自嘲するような笑みを浮かべ始めた。

 

「ふ、ふふ……本当に、どうしようもないわね。私は――」

「プレシアさん……?」

「……この子の心臓が動いているって気付いた途端、考えてしまったのよ……フェイトの中のアリシアを、何とかこの身体に戻せればもしかしたら……って。」

「ママ……」

「分かってるわ、アリシア。もう無茶な研究はしない。……私だって、貴女達と過ごす時間の方が大切だもの。」

 

そう言って不安気に近寄ったフェイト……いや、アリシアを抱き寄せるプレシアさん。

葛藤はあっただろう。未練もあっただろう。――それでも彼女は今在る家族を選んでくれた。

彼女の中にあった狂気は既にきれいさっぱり消えていたのだ。

 

その事実に安心していたその時――

 

『……なのは。私の力を使えば、アリシアを本来の身体に定着させる事が出来ますが――あっ。』

「えっ!?」

「な……!」

 

……なんてタイミングで口を滑らせてくれるのだろう、この元・聖女は。

 

『……そう言えば、この声は今なのは以外にも届くんでしたね。迂闊でした……』

「詳しく聞かせてくれるかしら……」

『で、ですがこれは――』

「早く。」

『はい……』

 

アリシアちゃんを抱きしめたまま、こちらへずんずんと近づいて来たプレシアさんの有無を言わさぬ迫力を前に、プロトは話し始めた。

自身に備わったリンカーコア操作機能の事、それによりアリシアちゃんのリンカーコアを本来の身体に定着させられる事。

その為にはヴォルケンリッターが用いる術式により、リンカーコアを摘出して貰う必要がある事。そして――

 

『ですが……私に出来るのはそこまで。リンカーコアを身体に定着させた後、意識が目覚めるのかは分かりません。アリシアと言う意識が戻った事で目を覚ますか、それとも身体に引きずられる形で今のアリシアの意識も眠り続けてしまうか……』

「そう……貴女が話すのを躊躇ったのも、確実性が無いからかしら。」

『はい。悪戯に希望をチラつかせるべきではないと思ったので……』

 

プロトの説明を受けて、周囲が静まり返る。

可能性はある。しかしそれは今在る幸せすらも失いかねない賭けだ。

得るものも失うものも大き過ぎるその賭けに乗るのか……そんな視線を一身に受けるプレシアさんだったが――答えを出したのは彼女ではなかった。

 

「――良いよ、やって!」

 

声を上げたのは、プレシアさんにずっと抱きしめられていたアリシアちゃんだった。

予想もしていなかった彼女の決断に、ぎょっとした様子のプレシアさんが詰め寄る。

 

「アリシア!? 話を聞いていなかったの!? 下手すれば定着させた後、貴女の意識は――!」

「分かってる。……実はずっと考えてたんだ。私がこのままずっとフェイトの中にいても良いのか、って。フェイトは今も『居て良い』って言ってくれてるけど、この先どんな事があるかなんてわからないでしょ? もしも将来フェイトが結婚するって話になった時、私の存在はどうしたって邪魔になる。」

「フェイトは結婚しないわ!」

「ママ……あくまで可能性の一つだから、落ち着いて。」

 

まるで一人娘に彼氏が出来た父親の様な反応を示すプレシアさんを宥めながら、アリシアちゃんは話を続ける。

 

「――とにかく、私はフェイトの未来を邪魔する存在にはなりたくない。そして自分の意思でそれを選べるのは、きっと今しかないんだよ。――そうでしょ? 聖女さん。」

『……そう、ですね。この後、私は身柄を拘束されるでしょう。裁判の結果次第では、私は危険なデバイスとして破壊されるかも知れない。そうでなくとも、きっと貴女達の前に出て来られる機会はもう無いでしょう。』

「プロト……」

『ですから、急かすようで悪いのですが決断は今ここで……後悔の無いようお願いします。』

 

プロトがそう言うと、アリシアちゃんは自身を抱きしめるプレシアさんの腕を優しく外し正面から向き合うと、その本心を打ち明けた。

 

「ゴメンね。ママ、フェイト。でも私も、さっき言った理由だけでこの身体を出たい訳じゃない。――私だってフェイトと直接触れ合いたい。ママとフェイトと一緒に、ご飯も食べたい。……だから、お願い。私のわがままを許してくれる?」

「…………分かったわ、アリシア。私だって、貴女の死を受け入れられず、散々わがままを通そうとしたのだもの。貴女を止める権利なんて無いわ。」

「――ありがとう。ママ、フェイト。」

「その代わり、リンカーコアの摘出は私にやらせてくれるかしら。散々間違って来た私だけど、貴女の親なのだもの。……責任は自分で持ちたいのよ。」

「うん! 私からお願いしようと思ってた!」

「ありがとう、アリシア。」

 

そして、彼女達の同意と協力の元……アリシアのリンカーコアは、彼女本来の身体へと定着された。

 

術後しばらくの間、彼女は眠っていたが――見守り続ける事数分が経過した頃に目を開き、リンカーコアの移植による蘇生は成功した。

 

その瞬間――!

 

「あ……ママ、おはよ――ちょっ、ママ!? 人が見てるから……!」

「ア"リ"シ"ア"ァ"ァ"ァ"~~~~~! 良"か"っ"た"! 目"が"覚"め"て"本"当"に"良"か"っ"た"ぁ"ぁ"~~~!!」

「も……もう、仕方ないなぁママは……――おはよう、ママ!」

「お"は"よ"お"ぉ"ぉ"~~~~~!!」

 

アリシアが目覚めた途端に、人目も憚らずアリシアを抱き寄せて泣き始めたプレシアさんと……

 

「フ"ェ"イ"ト"ォ"ォ"ォ"~~~~~! 良"か"っ"た"! 良"か"っ"た"ね"ぇ"ぇ"~~~!!」

「うん、ありがとう、アルフ。……ぐすっ……」

「アリシア……本当に、良かった……!」

 

プレシアさんと同じように、フェイトを抱きしめて泣き始めるアルフ。

……あれで案外相性は良いのかも知れないな。なんて事を考えている私も、その視界は滲んでしまっている。

 

彼女達は涙ながらに何度も口にする。「良かった」と。

未来の滅びは回避され、今誰一人として欠ける事無く……そして、遠い過去の悲劇で失われた者すらもこうして取り戻す事が出来た。

まさに、皆が笑顔でいられるハッピーエンド……私がそんな事を考えていると、いつの間に近くに来たのか、彼女の声が聞こえた。

 

「――まさか、本当にこのような結果を生んでしまうとはな……」

「! リオンちゃん……?」

「呼称の問題は後にするとして……これで我々は一層の事、プロトの扱いを考えなければならなくなった訳だ。」

「えっ……」

 

声に振り返った先には、リオンちゃんとバルトちゃん、そしてクリームちゃんの三人と、はやてちゃんの姿があった。

彼女達は一様に眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。

そして私が先程の言葉の意味を問うより先に、彼女達は話し始めた。

 

「高町教導官、今この場で起きた事は確かに奇跡だ。その結果もまた喜ばしい事であるのは間違いない。」

「しかし……その奇跡が起きたという事が、少々厄介でな……」

「え……」

「プロトはたった今、証明してしまった。正真正銘の『死者蘇生』、そして『不老不死』……人が道を踏み外すのに十分すぎる、禁忌をな。」

「あ……!」

 

そうだ、現にプレシアさんも、エリオの両親も、その奇跡(禁忌)を求めて罪を犯した。

それでも悲願が叶わなかったからこそ、彼女達の過去はただの過ちとして、教訓と出来る。

だが――もしも、成功してしまったならば?

死んだ人を……それも、何十年も前に死んだ者が生き返ったという実例を前にしてしまえば、一部の人は容易に後に続こうとするだろう。

 

「……彼女はたった今、禁忌へ至る鍵となった。この事実は歴史から抹消しなければならない。」

「まっとうに裁判にかければ、彼女の行いの全ては記録に残る事になる。そして、未来永劫、人を誘惑し続けるだろう。――伝説の都、アルハザードのようにな。」

「! まさか、プロトを……!?」

 

このまま破壊するつもりなのか……!?

杖を握る手に力が籠る。

だって、プロトが居なければそもそも『未来永劫』なんて言葉は無かった。ジュエルシードの手によって、世界は滅んでいた筈だ。

誰よりもそれを知っている私にとって、流石にそれを看過する訳にはいかない。

 

「なのはちゃん、一旦落ち着きぃ。リオンちゃん達は何も、この場でプロトを破壊しようとしとる訳やないよ。」

「――え?」

「言っとったやろ? 『()()()()()裁判にかければ』って……それってつまり――」

「うむ、こう言った事件では本来あり得ん事だが、扱う情報の関係から例外的に裁判は非公開とする。そして、この場にいる者全員に――最高評議会権限による箝口令を敷かせてもらう。」

 

リオンちゃんはそう言って、この戦いに参加した全員を集めると、以下の事を約束させた。

 

・プロトの能力は『未来視』と『強制的なユニゾン機能』のみとして扱う。

・アリシアはあくまでもフェイトに似た少女をプレシアが保護したものとする。

・アリシアが蘇生した一連の出来事は、一切の口外も記録も禁ずる。

 

そして――

 

「プロトに関する裁判の記録は、一部の内容をこちらで『調整』する事になるだろう。記録に目を通した際に違和感を感じるかもしれないが……」

「――まぁ、要するに『話を合わせろ』って事やな。」

「……そう言う事だ。プロトを破壊せずにおくには、この程度の事はしなければならない。」

「……わかりました。」

「なのは……良いの?」

「うん。折角みんな生き残ってアリシアちゃんも生き返ったのに、ここでプロトを見捨てたら素直に喜べないもん。でしょ?」

「そうだね。……私も、そう思う。」

 

私達はその後、箝口令に伴う誓約書に署名し――プロトの身柄は引き渡された。

ユニゾンを解除し、改めて正面から向き合ったプロトは言った。

 

「なのは。私はもう、これまでしてきた事に後悔はありません。貴女がそれを無くしてくれたから……私が今まで生きて来た事に価値があったのだと気付かせてくれた事、感謝しています。」

「プロト……」

「どうかお元気で、なのは。」

 

 

 

それから数ヶ月後……プロトの裁判は終了し、以下の判決が記録には残された。

 

『HE教団 聖女()()()()を――懲役500年とする。』




次回までに書いておきたい事を強引に詰め込もうとしたら、長い上に後半の方ちょっと説明臭くなってしまった……

これでもクロノの説教や、ユーノとの再会とか削ってるんです……この辺は次回ちょろっと書くかもしれないけど……
ついでにまだ描けていない所もあって、次回も長めになる予感……


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転生者を騙す転生者の物語

2024/04/22 -追記-

消し忘れていた簡易メモを削除しました。


――決戦から数ヶ月後。

 

機動六課の隊舎内に存在する八神はやての執務室には、部屋の主である八神はやてと最高評議会(リオン達)の姿があった。

経緯としては、最近になってようやく全ての事件の後処理を終えたはやての下に最高評議会から会談の場を設けて欲しいとアポがあり、その場として彼女自身の執務室が選ばれたという運びだ。

 

「――そうですか、ではプロトは……」

「うむ。奴の功績については我々も理解しているが、それでもあの力は人を惑わすには十分すぎるのでな。当然ながら、面会も禁止だ。」

「……」

 

リオンの話を聞いたはやては、その内容に思わず目を伏せる。

先の事件はジュエルシードと言う未曽有の危機に対して、人的被害はほぼ0と言う奇跡的な結末に終わった。

その大きな要因の一つがプロトの協力であった事は、彼女もなのはから聞いている。

しかし、罪を犯したとはいえ功労者である彼女に下されたのは、あまりにも重すぎる実刑判決だった。

 

「我々も当然、奴の功績は考慮した。しかし、ミッドチルダに大量のロストロギアを持ち込んだ罪を始めとし、奴の余罪はあまりにも多過ぎた。それ故の判決だ。」

「分かっております。」

 

聞けば、それほどの力を個人で振るえる彼女に対し、危険なロストロギアであるとして封印処理をするべきだという意見もあったという。

人としての裁きを受けられるだけ、マシと言えるような状況だったのだろう。

 

「……そう言えば、八神はやて部隊長。貴様は以前ジュエルシードの扱いについて、意見を述べた事があったな。」

「! あ、はい。そちらはどうなさるお心算でしょうか。」

 

決戦後、はやてはジュエルシードを最高評議会の三人に手渡した際、ジュエルシードの管理に関して念入りに確認を行っていた。

というのも、彼女は前世の記憶で知っていたからだ。

『管理局の下にあったジュエルシードが奪われる』と言う可能性を。

 

勿論彼女の知る一件の犯人はジェイル・スカリエッティであり、彼が転生者であるこの世界においては、彼によって同様の事件が起きる可能性は高いとは言えないだろう。

しかし、だからと言って彼以外に同じような事が出来ないとは言い切れない。

身内の裏切り、移送中の事故や襲撃……次元犯罪者達にとって、あの戦いで明らかになったジュエルシードの力はさぞかし魅力的に映っただろうから。

 

そう言った理由から、彼女はジュエルシードを一つずつ分散して管理するようにと伝えていたのだ。

 

「貴様の意見を尊重し、少々手間ではあるがジュエルシードは各所に分散させる事になった。その内の一つは我等のいる秘匿エリアにある為、万が一の事が起きたとしても即座に先の事件の様にはならない筈だ。」

「……! ありがとうございます。」

「うむ。それに際し、貴様等機動六課には我々から一つ指令を出す事になった。」

「指令、ですか? しかし、機動六課はもう……」

 

機動六課の目的である滅びの回避は、前回の戦いを乗り越えた事で達成された。

よって、元々試験的な部隊という名目の元構成された機動六課は解散され、後はその手続きを済ませるだけだとはやては考えていたのだ。

それを伝えると、バルトはそうもいかなくなった事情を明かした。

 

「確かに我々も当初はそのつもりだったのだが……どうも管理局の中で、それについて不安の声が広がっていてな……」

「不安、ですか?」

「うむ……簡単に言ってしまうと、どうやら貴様等――特に高町なのは教導官と、八神はやて部隊長の『リミッター』が外れる事を危惧している様でな……」

「えっ」

 

バルトの言うリミッターとは、行動の制限ではなく文字通りの能力限定(リミッター)の事だ。

元々『夜天の王』と言う点で一部の者から警戒されていた八神はやてと、元々次元犯罪者から恐怖の象徴とされていた高町なのはは前回の戦いでその恐怖の範囲を一部管理局員迄広げていた。

 

曰く――『本気を出させたら、いつ次元断層が生まれるか分からない』と。

 

そして、最高評議会の存在を知る一部の上層部から、機動六課の後ろ盾でもある最高評議会へと嘆願書が届いたのだ。

 

「リミッターを付けさせたまま、一所で管理した方が安全だとな……」

「えぇ……それ本人の前で言います?」

「気を悪くしたのならば済まない。だが、連中の不安も中々無視できなくてな……」

「我等としても、機動六課の設備をこのまま継続して運用できるならばコストの面から見ても都合が良いという事情もあり、彼らの意見を呑む事にしたのだ。」

 

気まずそうに頬を書くクリームの言葉を聞き、はやてはつい言葉を漏らす。

 

「何と言うか……以前に比べて随分と丸くなりましたね、御三方とも。」

 

以前の彼等であれば、嘆願書など気にも留めずに効率のみを考えて方針を決定していただろう。

気を悪くした程度で謝るのも同様、彼等らしくないという印象をはやては抱いていた。

 

「む、むぅ……最近はこの身体で直接各部署の査察をする事も多くてな、今まで見えていなかった……と言うか、我等に配慮していたのか、報告に上がってなかった側面が見えてきてな……」

「これも一種の反動と言えるのだろうな。過去に下した自身の判断の結果をまざまざと見せられた結果、柄にもなく反省の真っ最中と言う訳だ。」

「は、はぁ……」

 

変われば変わるものだ等と考えながら、はやては思い出したように話題を戻す。

 

「そう言えば、部隊が継続して指令を受けるって話は理解しましたが――」

「ああ、そうだ。その話についてだが……」

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、機動六課の仮想戦闘空間シミュレータ内では二人の女性が自主練に精を出していた。

 

「はぁ……はぁ……――っ! もう一度!」

「大丈夫、フェイト? 少し休んだ方が……」

「ううん、早く調子を取り戻さないと。なのは達を待たせても悪いし……」

 

アリシアと別々の身体になった事で、フェイトは戦闘スタイルの変更を余儀なくされていた。

二人に分かれた後も彼女達の相性は依然として抜群であり、魔力の共鳴による魔法の変化も使えるのだが……如何せん、二人の速度には圧倒的な差がある。

 

彼女達はこれまで二心同体である自身の性質を活かし、その速度の差を無いものと出来ていたのだが、別々に分かれてしまった事でこの問題が浮上してしまったのだ。

 

「それに、アリシアも新しいデバイスに早く慣れた方が良いでしょ? バルディッシュと似た感覚で使えると言っても、重心とか微妙に違うと思うし。」

「そうだね、私もあまりフェイトの事言えないや。それに、私の場合身体の感覚も少し違和感があるし……自分の身体なのにね、変な感じ。」

「アリシア……」

「後悔はしてないよ。やっぱりあのままだといつかフェイトの邪魔になっちゃったと思うし、フェイトがそう思ってなかったとしても私が気になっちゃうもん。」

「……分かった、なら私ももう気にしないよ。じゃあ、最後にもう一セットして一度現実世界に戻ろうか。――バルディッシュ!」

≪Yes, sir.≫

「うん! ――バルニ『――フェイトちゃん、今ええか?』……っと、通信? 外から?」

 

息を整え、訓練を再開しようとしたその時、外部のはやてから通信が繋げられた。

 

「どうしたの、はやて? フォワードの皆の卒業試験なら、なのはが今別の仮想空間でやってるけど……」

『実は機動六課の今後の事でちょぉっと変更があってな、なのはちゃんも交えて話しておきたいんや。』

「? 分かった、じゃあ一旦戻るね。――行こう、アリシア。」

「うん。」

 

どうやら想定外の事があったようだと会話のトーンから察したフェイトは訓練を切り上げ、アリシアを伴い現実世界へと戻った。

 

「……それで、何があったの?」

「まぁ、詳しい事は後で話すわ。案の定この部屋にプレシアさんとアルフも居ったし……」

「フェイトとアリシアが居るのだもの、私も居るのは当然よ。」

「使い魔だからね!」

「……まぁ、後はなのはちゃんやな。」

「あれ、ヴォルケンリッターの皆は?」

「ここに来る途中に思念通話で伝えておいたし、なのはちゃんの所に皆集まる筈や。なのはちゃんの使ってる場所って隣の部屋でええんよな?」

「うん。ただ……もしかしたら、まだ卒業試験の途中かも。」

「最初の模擬戦は数分で終わった事を思うと、皆の成長を感じるなぁ。」

「だね。本調子じゃない今の私達は、もしかしたら後れを取るかも。」

「そんなにか!?」

「はやてはあまり訓練見れてなかったもんね。けど、実際皆本当に強くなったんだよ。」

「むむ……最近デスクワークばかりで鈍って来たし、私も一度本格的に鍛え直した方が良さそうやな……」

「あ、じゃあ今度私達と一緒にやる?」

「それもええかもなぁ……」

 

そんな会話をしながら先程までフェイト達が使っていた部屋の隣のドアを潜ると、いくつもの機材の並ぶ部屋に辿り着く。

嘗てティアナとスバルの昇格試験にも使われたこの部屋には既にヴォルケンリッター達の姿もあり、彼等が見上げる先に取り付けられた大型モニターには、フォワード陣の卒業試験の様子が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

「――はぁ……はぁ……! やっぱり、まだまだ敵いませんでしたね……なのはさんには……」

「ううん、結構危ないって感じる所もあったよ。その証拠に、殆ど縛りを付けてないのに一撃貰っちゃったもん。結構珍しいんだよ、私がダメージ受けるのって。」

「あはは……恐縮です。」

 

市街地を再現した空間に奔る崩れかけたハイウェイにて、彼女達は戦闘の疲れを癒しつつ評価を聞いていた。

 

ティアナの戦闘全体を俯瞰する力に加えて、幻影の精度と判断力が特に良かった事。

スバルの突破力に対する評価と、咄嗟に仲間を庇う機転や機動力の高さが作戦の中心をしっかり支えていた事。

エリオの技の多彩さや、思い切りの良さ。そしていまだに見えない伸びしろに秘められた可能性を。

キャロの強化魔法の出力やかけ直すタイミングが正確だった事。そして、竜咆召喚を用いた援護も的確だった事。

ヴィヴィオの素の能力値の高さは元より、仲間を信頼し自分の力を預けられる絆を築いた事。そしてどうしても生まれてしまう仲間の隙をしっかりカバー出来ていた事。

 

「――今までよく頑張ったね。皆ならこの先、どんな困難があっても乗り越えて行ける筈。例え道が分かれても、この場所で過ごした時間は必ず皆を繋ぎ続けてくれるよ。」

 

なのははフォワード陣との模擬戦を経て、既にそれぞれが一人前の戦士となっている事を告げて皆を労った。

その言葉に感極まったのか、それとも地獄の様な訓練からの開放感からか、それぞれの目に涙が浮かぶ。

 

「それじゃあ皆、お疲れ様でした!」

「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」

 

こうしてこの瞬間、彼女達の関係は変化した。

教える者と教わる者から、共に戦う仲間へと。

 

――本当は、あの戦いで免許皆伝しても良かったんだけどね。

 

なのはは少し前の戦闘を振り返り、そう評価する。

今回の模擬戦、結果は最初から出ていた。ただ最後にこうして全力全開でぶつかってみたかっただけだったのだ。思い出の締め括りとして。

 

そんな事を考えているところに、外部から通信が繋げられた。

 

『終わったみたいやな、なのはちゃん。』

「あれ、はやてちゃん? どうしたの?」

『六課の今後の事でな、ちょっと変更があったんや。それで話をと思ってな。』

「分かった、じゃあ直ぐにそっちに行くね。」

『急かしてゴメンな。それで、聞くまでもないと思うけどフォワード陣の評価はどうやった?』

「あ、そう言えばまだ言ってなかったね。勿論――全員文句無しの合格だよ!」

 

 

 

スバル達と思い思いの言葉を交わし、彼女達が部屋を去った後――はやては最高評議会から聞いた話を打ち明けた。

 

「そっか、機動六課はこのまま継続するんだね。」

「まぁ、相変わらず内に任される事件は少ないかも知れんけどな……一応こっちに 仕事がない内は、この隊舎を活かして志願者の教導がメインになるみたいや。フォワード陣の成長が評価された結果やな。」

「成程……そう言えばこの仮想戦闘空間シミュレータって、そもそも置いてあるところが少ないんだもんね。」

「こいつを腐らせるなんて勿体ないしな。」

「それにしても、私の扱い酷くない? いくら何でも一人で次元断層なんて作れないよ?」

「あの戦いの記録を見た連中はそう思わなかったんやろなぁ……ほら、元々なのはちゃんって次元犯罪者から恐れられとったし。」

「歩く時の衝撃波で街路樹吹っ飛ばしたなんてミームもあったねぇ……」

「化け物じゃん……」

「ふ……ッ! くく……!」

「ちょっとぉ!?」

 

周囲から受ける評価と、目の前で話す親友とのギャップに吹き出したはやてに釣られ、部屋に笑い声が溢れた。

暫くしてその声も収まったころ、はやては姿勢を正して咳ばらいを一つすると切り出した。

 

「――とまぁ、そんな訳や。予定とは違うけど、これからも皆よろしくな!」

 

彼女に応えるように、明るい声が部屋を満たす。

 

未来は変わり続ける。今日、誰かが戦う限り。

そして戦いの後には必ず日常が帰って来る。遥か昔から、誰もがそうやって未来を切り開いて来たのだ。

 

そうして時間は流れ、積み重ねた今日の戦いは過去となり、やがて物語として未来に残るのだ。

 

 

 


 

――XXX年後。

 

 

 

「――やぁ、久しぶりだね。」

 

薄暗い独房に、一人の若い女性が現れる。

私は彼女の顔に見覚えは無いが、それが誰かは直ぐに分かったのでいつもの様に声をかける。

 

「おや……貴女が来たと言う事は、あれからまた50年経ったのですね。」

 

このやり取りもかれこれ10回目か。

定期的に交わされたこのやり取りだが……そうか、これが10回目と言う事は――

 

「ああ、君の刑期は終わった。今日を以て君も晴れて自由の身となる。尤も、君の事を知る者は、私と私の娘達を除いて皆逝ってしまったがね……」

「そうですか……別れには慣れていますが、実感するとやはり寂しいものですね。」

「変わらないね、君は。本当に……あの時のままだ。」

「こんな場所ですからね、変わる方が難しい。……貴女は、随分と変わりましたね、()()()()。」

「いや、私も相変わらず自分の主義に生きているとも。この身体を見れば、一目瞭然だろう?」

 

女性の正体はジェイル・スカリエッティ……現在の時空管理局最高評議会であり、人格の宿っていないオートマタに魂とリンカーコアを移植する事で寿命を克服した数少ない私の理解者だ。

まさか私の能力からリンカーコアの操作技術を独力で再現し、自身に用いるとは私にも想像できなかった。これでは私が今までここにいた意味も半減である。

 

「さぁ、一先ずここを出ようか。君に頼みたい事があるんだ。」

 

彼……いや、今は彼女か。

私は飛翔すると、彼女の肩に着地し座り込む。

ジェイルは慣れたように歩き出し、私は久しぶりに外の空気に触れた。

 

「500年のお勤め、ご苦労様と言ったところかな。今の時代について、私から説明しようか?」

「その必要はありませんよ。私の未来視は1秒でも未来の事であれば、好きな場所の光景を見る事が出来ますから、ある程度の事情は把握しているつもりです。おかげで、この500年もそれほど退屈ではありませんでした。」

「改めて聞くとやはり凄まじいね……では私の頼み事も把握しているのかな?」

「いえ、流石にそこまでは。知りたい事を知る事が出来る能力ではないので。」

 

私がそう言うと、ジェイルは「そうか」と微笑み、まるでサプライズでもするように用件を話し始めた。

 

 

 

「――私が管理局に?」

「ああ、実は『彼女達』が活躍していた時代に比べて、今は犯罪が増えて来ていてね。ただ存在しているだけで犯罪者を震え上がらせ、平和に貢献していた辺り、彼女の力は流石と言う他ないが……」

 

次元犯罪の発生件数が増えている事は何となく把握していた。

最終的にはセットアップするだけで次元震が起きるとまで噂された彼女だ、それがどれ程の脅威として映っていたかは想像に難くない。だが――

 

「そこで私の力を使おうと? それ自体は構いませんが、私に彼女のような活躍が出来るかは分かりませんよ。」

 

今の私はこの世界に於いて全くの影響力を持たない。

それも当然だ、私の名がこの世界から忘れられる為の500年だったのだから。

私がそう言うと、ジェイルはピンと人差し指を立てて「なんて事は無い」と話し始めた。

 

「彼女がやっていた事は偉業に見えて、その実単純だ。ただただ『皆の理想であり続けた』……私達もそれに倣おうじゃないか、彼女の紡いだ物語のように。」

 

そう言って彼女は笑う。

 

「その様子だと、私の役割は決まっているようですね。」

「ああ、君の売り出し方は既に決まっているよ。全ての次元犯罪者が畏怖する存在――ずばり、『高町なのはの再来』だ。大変な役割になるが、大丈夫かな?」

 

彼女からの見定めるような視線を受け、私は笑みを浮かべる。

確かに彼の頼みは私にとってなんて事ない物だ。寧ろ、この時代にかの『理想』を再現できるとすれば、私くらいだろう。

 

「問題ありません。キャラを作るのも、騙すのも慣れていますから。彼女の役割、私が引き継ぎましょう……今度こそ、本当により良い未来の為に。」

 

今度こそ、本当の聖女を目指すのも悪くないかもしれませんね。




長い間お付き合いいただきありがとうございました!

これにて本編は完結ですが、何話かおまけの短編を書こうと思ってます。
取りあえず構想が出来ているのがSTS?編の前後の話が一つ(もしかしたら2、3話構成になるかも?)あるので、先ずはそれを。
その後は話が思いついたらちょっとしたのを書くかもしれませんが、基本的には不定期更新(更新されないかも?)になります。
なので一先ずここの後書きにて感謝の言葉を。

これまで応援していただいた方々、本当にありがとうございました!


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