東方人形誌 (サイドカー)
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プロローグ 「俺達の戦いはこれからだ!!」

初投稿です。
いつかはやってみたかった、ハーメルンへの投稿。自分の作品がネットにあがっていると思うと、興奮す……ゲフンゲフン。失礼、緊張しますなぁ。
至らぬ点も多々ありありですが、ごゆるりと楽しんでいただけると、嬉しいです。

では、『東方人形誌』始まり始まり~


 春。俺がこの大学に来て、三度目の春。実家を出てから、三度目の春。そして、もしかしたら最後になるかもしれない、日本で過ごす春。

 ライトアップされた桜が、夜の闇に映える。時刻は午前二時。踏切に望遠鏡を担いでいく人もおらず、辺りは静かだ。時折、風で木々の枝が揺れ、その先に付いている葉や花が、控えめな音を奏でる程度。日中は花見客で賑わっている自然公園も、今はまるで別世界のようだ。

 現在この場所には、俺と二人の友人しかいない。さっきまでコイツ等と「俺の留学出発前夜祭」という名目で飲み会をしていた。その帰り道、まっすぐ帰宅するには惜しい気がして、ここに寄り道してみた、という次第だ。

 何となく今に至るまでの経緯を思い出していると、口の悪い方の友人が話しかけてきた。

 

「にしても、相変わらず唐突過ぎんだろ、てめぇ。小便している最中に、何か思い出したように『そうだ、外国行こう』とか言い出すなんてよ。頭イカれたのかと思ったわ」

 別に奴の機嫌が悪いわけではなく、もとからこういう話し方なのである。大学で最初に出会ったときは、俺も少しだけビビったがもう慣れた。あと、いつも黒いハットを愛用しており、オシャレのつもりで髭を伸ばしているため、「次元」というあだ名で呼んでいる。

 次元の言葉に、俺は「あー……」とおざなりな返事を前置きしつつ、答える。

「大学にいても面白くなくなったんだよ。まぁ、元々何となくで選んだ大学だが。単位は最少限しか確保してないし。おかげでバイト三昧だったから、資金はバッチリよ!」

「それで、留学の目的が『面白いことを探しに』って……親御さんは許可したの?」

 今度は、いかにも草食系男子なもう片方の友人が質問してきた。ちなみにコイツのあだ名は「五右衛門」だ。といっても、居合の刀を携帯しているわけでも、一人称が「拙者」だったり、語尾が「ござる」だったりすることもない。

 だったら、ポジション的に俺がルパンなのだが、残念ながらルパンと呼ばれたことは一度もない。誠に遺憾である。似合うと思うんだがなぁ……女性に弱いところとか。

「どーせあそこにゃ俺の居場所はなかったし、実家には兄貴もいるからな。大丈夫だ、問題ない」

「ああ、そういえば確かにそんなこと言ってたっけ。かなり優秀なお兄さんらしいね」

 俺の放った、かの有名な死亡フラグ台詞を華麗にスルーし納得する、草食系侍。せめてツッコミがほしかった。

 そこで会話が途切れてしまった。ちょうど近くにあったベンチまで移動し、三人並んで腰掛ける。実は全員スモーカーという意外な共通点があり、それぞれ懐からタバコを取り出して紫煙をくゆらす。

 吐き出した煙が、闇に溶け込んでいくのを眺めたり、ぼんやりと夜桜を見上げたりして時間を過ごす。どのくらい経っただろうか。やがて誰かが「解散するか」と言った。

 

 最初にベンチから立ち上がったのは次元だった。背を向け、振り返り際ニヤリと笑い、

「じゃあな。たまには帰ってこいよ。お前の大好きな合コンのセッティングしといてやるからよ」

「おっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。さすが次元ちゃん!」

 タバコの吸い殻を指で弾き飛ばし、いかにも格好つけてますといわんばかりの歩き方で去っていった。ポイ捨ては犯罪です。

 気障な友人が去ってから程なくして、五右衛門もベンチから腰を上げた。

「またね。女の子追いかけて、変なトラブル起こさないようにね。あと、面白がって自分から厄介事に巻き込まれに行くのも程々にね」

「わぁーってるよ。心配すんなって!」

 俺の軽い返事にやれやれと肩をすくめると、次元がさっき捨てた吸い殻を拾い、自分の携帯灰皿に入れた後、次元とは正反対の方向へ歩いていった。イイ奴だな、五右衛門。

 友二人がいなくなって、一人となってしまった俺は、

「さて、もう少し歩くか」

 二人がそれぞれ行った道ではなく、自然公園の奥に進むという第三の道を選択した。

 

 自然公園として整備された敷地内から、脇道に逸れて森林となっているエリアまで進む。立ち入り禁止とは聞いていないし、入っても問題ないだろう多分。

 外灯も無く、月明かりだけを頼りに歩く。周囲は相変わらずの静寂っぷりで、土を踏む自分の足音だけが異様に目立つ。目的地なんてものは無く、気ままにブラブラと森の中をさすらう。

「さーて、次の行き先は面白くなるだろうかね。何かこう、本気になれるものがあればいいんだけどなぁ」

 独り言を呟きながら、俺はこれからのことを考えていた。歩きながら深く考え込んでいたせいか、気が付いたらかなり奥まで進んでしまっていた。そろそろ戻ろうと思い、踵を返す。

「ん?」

 その時、ふと気になる木を見つけた。他と比べて一回り大きい巨木が鎮座している。

「そういや昔、何かのCMでこの木何の木みたいな歌があったなぁ。何のCMだっけ?」

 などと言いつつ対象に近づく。樹木の根元を見下ろしてみると、不自然なくらい大きな穴が広がっていた。今が深夜というのもあるが、それを差し引いてもその空洞の中は、不気味なくらいの漆黒で、底が見えない状態だった。なんかトトロの元にでも繋がっていそうだな。

 視線を下から上に変更し、樹木そのものを眺める。外観は至って普通の木なんだが、こう、雰囲気というかオーラというか、不可視の何かがあるような気がした。もしかして御神木だったりするのだろうか?

 再び視線を下に向ける。空洞にさらに近寄り、中を覗き込む。

「おーい」

 試しに呼びかけてみるが返事はない。

「ぬるぽ」

 ……やはり返事がない。ただの穴のようだ。何だか空しくなってきた。

「帰るか……」

 そう言って離れようとしたが、暗かったこともあり、足元の根っこの一部が盛り上がっていることに、俺は気づいておらず――

 

ガッ ←根元に躓く音

 

「おっ、おっ、おぉおおっ?」

 重心が前方に傾く。目の前には底の見えない奈落への入口。これ落ちたら絶対痛いだろ!

「ふんっ! ふんっ! せいやぁっ!」

 某洋画の銃弾回避のように体を仰け反らせ、倒れまいと必死に抵抗する。

「オラァッ! オラァッ! WRYYYYYYYYYYY!!」

 両腕を伸ばし、鳥が羽ばたくようにバタバタと上下前後に振り回すが、その努力空しく……

 

「カカロットォォオオオオオオオオ!!」

 某サイヤ人の名前を叫びながら、俺は穴の中へ落ちていった。

 

 

つづく

 




忘れられないように、定期的な更新を心掛けていきたいですわ。
よろしければ、続きも楽しんでいってくださいまし。


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第一話 「留学先は幻想郷? ~出会いはきっと運命(デスティニー)~」

アリスはかわいい


「んぁ……?」

 眩しさに顔をしかめ、ゆっくりと目を開く。眩しさの原因は日光であることが分かった。

 どうやら穴に落ちた衝撃で気を失っていたようだ。気絶するとか、一体どんだけのショックがあったのかと思うとゾッとする話だ。上体を起こし、身体のチェックをするが、幸いなことに土で汚れたくらいで、怪我をした感じもない。

 冷静に考えてみれば、お日様が出ているということは、一晩中ここにいたってことだよな。ヤバくね?

「というか、何で穴に落ちたのに、こんなところに倒れてたんだ?」

 周囲をキョロキョロと見回していると、少し離れた場所に例の御神木もどきを見つけた。

 立ち上がり、近づいてみる。すると何ということでしょう。俺が落ちたはずの穴が、全然深くないではありませんか。底もはっきり見えるほどに浅く、どう考えても全身すっぽり収まるサイズではない。驚異的ビフォーアフター、これが匠の技か。

「んー、どうなってんだ?」

 余計わけがわからくなった。どこぞのバーローでも呼べないかしら? この謎を解明したいところだったのだが、不意に今日が留学出発日であることを思い出した。

「おっと、いかん。早く帰って空港に行く支度しなくては! 遅刻なんてしたらシャレにもならんぞ」

 さすがに今の状態で帰るわけにもいかない。慌てて身体や衣服についた汚れを払う。

「おぉう、自慢の茶髪が汚れてしまったではないか! あぁ、お気に入りのジャケットも土まみれやないかーい! 勘弁してくれよぅ、とっつぁーん……」

 一人でギャーギャーと文句を言いつつ、ガシガシと頭部をこすり、上着も一旦脱いだ後、ばっさばっさと振り回す。つい最近染めたばかりのベリーショートにカットされた髪は、ワックスを使わなくても自然と逆立ちツンツンヘアを再現できるのが、俺の密かな自慢だ。普段から愛用しているジャケットのカラーは、王道の黒ではなくグレーというのが俺なりのこだわりなのさ。

「ふぅ、こんなもんか。さて、急がねば! まだ間に合うはずだ!!」

 汚れが落ちたことを確認してから上着を羽織り、俺はアパートの自室に向けて走り出した。

 

「おいおいおいおい、いくらなんでも変じゃね?」

 何が変なのかと言えば、いくら歩いても見慣れた景色にならないのである。自然公園周辺の森林ではなく、ガチな森の中を歩いているような、そんな気すらしてくる。

 ダブルショォーックなことに、誰かに電話して迎えに来てもらおうと思ったら、ケータイを紛失していることに、ついさっき気付いた。嘘だと言ってよバーニィ!!

「パトラッシュ……僕もう疲れたよ……」

 これ以上歩き続けると心が折れるかもしれない。適当な倒木に腰を下ろして休憩するか。そう決めるや否や、俺はさっさとその辺に座り込んだ。

「あー、ちくしょうノド渇いたなぁ……お?」

 ぼけーっと空を見上げると、赤い実をいくつも付けた枝が視界の端に入った。よくよく観察してみると、どうやらリンゴのようだ。おお、ラッキー!

「水分補給ができるよ! やったねたえちゃん!」

 

「んーっ! 生き返るぅうう」

 少しばかり酸味が強い気がするが、かえって気付け効果に良いかもな。そんなことを考えていると、

 

ガサガサ……

 

「ん?」

 すぐそこの茂みから物音がした。この展開はあれか。ピカチュウでも出てくるのか。

動く気分にならなかった俺は、犯人が出てくるのを待った。そこからは、

 

ぴょこっ

 

「……えぇえ?」

 思わずマスオさんボイスが出てしまった。当たり前だが、出てきたのはポケモンではなかった。現実的に野生動物でも、人間でもなかった。それ以前に……生き物ですらなかった。

 ふよふよと空中を漂う「それ」の大きさは、サッカーボールとかバレーボールとか、そのくらいか。ただ、「それ」自体はボールではない。メイド服のような衣装を身にまとい、長い金髪の頭上につけた赤いリボンが特徴的な「それ」は、西洋のおとぎ話にでも出てきそうな女の子の姿をした――人形だった。……あ、目が合った。ふわふわとこちらに近付いてくる。

 

「…………」

「……………」

「……シャンハーイ」

「……あ、リンゴ食べます?」

「……バカジャネーノ」

「……バカジャネーヨ」

 ファーストコンタクトに失敗したようだ。誠に遺憾である。

 お互い動くに動けず、まるで世界の名を持つスタンドの干渉を受けたかのようだ。どうしたもんかと途方に暮れていると、

 

「上海ー? どこにいるのー?」

 

 どこからか女の子の声が聞こえた。

「シャンハーイ!!」

「!?」

 目の前の人形が唐突に元気な声を上げたせいで、ちょっとビビった。チビッてはない。前方の未確認浮遊物が叫んだおかげで、声の主はこの場所が分かったらしく、こちらに近付いてくる足音が聞こえてくる。やがて……

 

「上海、ここにいたのね。……え?」

 

 現れたのは声から判断した通り、女の子だった。人形を見つけて安堵した様子だったが、俺の存在に気付くと表情が変わった。向こうは俺がいたことが予想外だったらしく、驚いた顔でこちらを見つめている。同時に俺も彼女に目を奪われていた。なぜならば……

彼女が、それはそれは大層な美少女だったからだ!! そりゃもう間違いなく、超がつくほど飛びっきりの美少女!!

 肩に届くか届かないかくらいの長さのショートヘアは、日に照らされキラキラと輝く色鮮やかな金色で、頭部に飾られた赤いカチューシャが、その綺麗な金髪と見事にマッチしており、女の子っぽさに拍車をかけている。

 人形のような精巧な顔立ちによく似合う、青く澄んだ瞳はサファイアを彷彿させた。

 服装は青のワンピース。肩周りはフリル状になっている白い布で包まれており、袖の部分も同様に白い生地が使われている。胸元とウエストをきゅっと結んでいるリボンは、カチューシャと同じく夕焼けのような赤色。

 

「あなたは……?」

 美少女が話しかけてきたが、俺の精神状態はそれどころではなかった。

「そうか。ここは天国か」

「……はい?」

 俺の発言の意図が分からず、キョトンとしてしまう女の子。その間にも俺の思考回路の歯車はどんどんオーバードライブしていく。

「さすが天国だな。天使か女神かわからんけど、こんな可愛い女の子が目の前にいたら、この世に未練なんか残らんっちゅーねん。いやぁ、にしても本当に可愛いな彼女、こんな娘が恋人だったら幸せなんだろうな。というかそれ以上の幸福なんてあるわけないよな。彼氏の男が羨ましい。むしろ妬ましい。パルパルパルパル……」

「ふぇええええ!?」

 可愛いと言われることに慣れていないのか、ぼっと一瞬にして顔を真っ赤に染めてしまった。「え、あ……その……」と上手く言葉が出せずモジモジしている。やべぇ、鼻血出るかも……

 

「シャンハーイ」

「はっ!?」

 例の人形が少女の服の袖をクイクイと引っ張る。おかげで彼女は正気に戻れたようだ。

多分だが、少女のさっきの呼びかけから推理するに、この人形の名前は「上海」というのだろう。鳴き声と名前が同じとか、マジでポケモンみたいだな。

 正常に戻った彼女は、まだ若干赤い頬を誤魔化すように「こほん」と咳払いをした。そんな仕草も可愛い。そして、仕切り直すかのように声をかけてきた。

「あなた、どうしてこんな所に居るの?」

「んー、道に迷った?」

「何で疑問形なのかしら?」

「気がついたら此処に居たって展開だから、俺もよく分かってないんよ」

「え? それって……」

 どうやら向こうは心当たりがあるようだ。真面目に何かを考え込んでいる。邪魔しちゃ悪いし、さっき収穫したリンゴでも完食しとくか。……うん、美味い。

「って!! あなた何しているの!?」

 俺が食っている物を見た途端、彼女の顔色が変わった。え、これ食っちゃダメなん?

「どうして、それ食べて平気なの? 毒性の果実のはずなのに」

 え、マジで? これってBad Appleなの? でももう食っちゃったしなぁ。

「アレだ。為せば為る的な、だから問題ないだろう」

「意味が分からないわ……」

 根が真面目な性格なのだろう。俺の返答に理解不能とばかりに額をおさえてしまった。

 やがて結論が出たのか(おそらく考えたら負け的な)、改めて俺に向き直る。

「先に教えてあげるわ。此処はあなたが居た世界とは違う世界よ。名前は『幻想郷』。あなたは此処では外来人って呼ばれる人間ね」

 つまり俺は、パラレルワールドでRPG的なことになってしまったということか?

 少なくとも他界はしていないらしい。ということは、ここは天国という俺の仮説は間違っていたのか。誠に遺憾である。

「なるほどな。OK、分かった」

「信じるの?」

 俺があまりにあっさりと信じたことが意外なのか、ちょっと驚いたように聞いてきた。

 まぁ、確かに普通は信じられないだろう。だが、俺には一つの重要な事実がある。その絶対的事実とは、コレだ!!

「君が可愛いから信じる!」

「!!」

 それを聞いた途端、再び少女の顔が朱に染まる。どうやらこの娘さんは、かなり純情な心の持ち主のようだ。ますますもって素晴らしい。嫁に欲しい。可愛いは正義だ。

 今度は自力で立ち直り、「えっと」と前置きすると、

「立ち話も何だし、私の家に来る? この世界のこと詳しく教えてあげる」

「いいのか?」

「ええ。その、わ、私もあなたを信じるから……ね?」

 なんだこの天使は。恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめる照れ顔に、思わず「キター!!」と叫んでしまいそうになる。何とか魂の咆哮を必死に堪え、「サンキュー」とだけ返すことに成功した。よく頑張った、俺の理性。さっきは手遅れだったけど。

「おっと、そうだ。まだ名乗ってなかったな。俺は天駆優斗(あまかけ ゆうと)。旅と放浪を愛する大学生さ」

「アリス・マーガトロイドよ。この子は上海。よろしくね、優斗」

「やっぱり上海だったか……」

 

「ところで、上海はどうやって動いているんだ?」

「私が能力で操っているからだけど?」

「……能力?」

 

 

つづく

 




かわいいアリスはお好きですか?


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第二話 「帰るより此処に居た方が面白いんじゃね?」

お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!
誰かが評価してくれるのって、こんなに嬉しいことなんですねぇ。
ビックリし過ぎて、思わず心臓がGrip & Break down !! するところでした……


「つまり、こういうことか。此処は『幻想郷』っていう、忘れ去られた存在が行きつく先で、俺が元々居た世界は『外の世界』とか『現代』とか、そういう風に呼ばれていると。んで、ここじゃ妖怪とか神様とかがバリバリ存在していて、ほとんどの奴らが『何々する程度の能力』とかいうオリジナルな力を持っていると。さらに言えば、そういう奴はほとんどが空を飛べて、一部じゃ人間も能力持ち&飛行可能ってことか」

「ええ、概ねそんな感じよ」

 俺の解釈にアリスが同意する。

 あのあと、アリスのお誘いを受けて、彼女の家にお邪魔して、幻想郷とかいうこの世界についてあらかたの説明を受けた。ちなみに、アリスの自宅は洋風な一軒家で、ここで一人暮らしをしているらしい。彼女自身、西洋人形のような風貌をしているので、雰囲気はピッタリだな、と思ったのはここだけの話だ。

「なんとまぁ、こんなトンデモ世界があったなんてな、驚いたでござる」

 アリスが淹れてくれた紅茶を口に運び、ふぅと一息つく。

 だが俺は、心穏やかな状態でいるには厳しかった。突然わけのわからない世界に飛ばされた恐怖から? いやいや、そんなチャチなもんじゃない。むしろ逆だ。かつて遭遇したことのない非日常が目の前にあるんだ。ワクワクして仕方ないくらいさ。

 喜びを隠しきれず、表情に少し出てしまったのか、アリスが怪訝そうに聞いてくる。

「何だか嬉しそうね。良いことでもあったのかしら?」

「そりゃそうだ。アリスに出会えたんだからな!」

「……バカ」

 この短時間で随分親しくなれたおかげで、アリスも俺の性格に慣れ始めたようだ。それでも、罵倒する時につい視線を逸らしてしまったところが、彼女の恥ずかしがり屋なところを象徴していて非常に萌える。

「とにかく! これからどうするかは、博麗神社に行ってから決めましょう」

「ああ、さっき話に出てたな。アリスのお友達の巫女さんが居る所だっけ? 行くのはもちろんOKだが、俺は空飛べないぞ?」

「歩いてでも十分行ける距離だから、大丈夫よ」

 

 

 今更だが、俺が倒れていた場所であり、アリスの自宅があるこの場所は、魔法の森というそうだ。魔法のって名前がつくからアリスは魔法使いなのか、と冗談半分で聞いたら「ええ、そうよ」と当然のように答えられた。ちなみに能力は「人形を操る程度の能力」というらしい。そのため、「七色の人形遣い」と呼ばれているとか。それにしても、魔法使いだから可愛いのか、アリスだから可愛いのか、間違いなく後者だな。

 二人並んで歩きながら、引き続き幻想郷についてレクチャーを受けていると、

 

「あれ、アリスじゃないか? こんなところで何しているんだ?」

 

 上空からボーイッシュな女の子の声がした。見上げると、白と黒で構成された服と、黒い三角帽という、いかにも魔女スタイルの格好をした少女が箒に跨って浮いていた。

 少女の乗った箒がこっちに向かって降下してくる。彼女は「よっと」と着地し、こちらに向き直ると、ニカッと元気溌剌な笑顔を見せた。

「ちょうどアリスの家に行こうとしてたんだ。入れ違いにならなくて良かったぜ。ところで、そいつ誰だ?」

「魔理沙、彼はついさっき会った外来人なの。まだ幻想郷に来たばかりみたいだから、霊夢のところに行こうと思って」

 どうやら二人は知り合い、というよりは親しい友達のようだ。服装からしてこの娘も魔法使いなのだろう。背中に届くくらいの長さの、色の濃い金髪が特徴的だ。

「ふーん、そうだったのか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。アリスとは親友なんだぜ。お前は?」

「俺は天駆優斗。能力も無ければ空も飛べない、ただの人間だ。今はな!」

「ははっ! 前向きで面白い奴だな。よろしく頼むぜ、優斗。それで、博麗神社に行く途中だったんだっけ? なら私も同行するぜ! いいだろ、アリス?」

「ええ、魔理沙にも相談したかったし、丁度いいかもしれないわね」

「決まりだな!」

 自己紹介から話がトントン拍子で進んで、気が付いたら仲間が一人増えていた。まぁ、魔理沙もなかなかの美少女だし、俺は一向に構わないんだがな!

 魔理沙が自分の箒に再び跨る。そして自分の後ろのスペースをぽんぽんと叩いた。

「優斗、私の後ろに乗るといいぜ」

『え?』

 なぜか俺とアリスの声がハモッた。俺たちの様子に、魔理沙は怪訝そうな顔をする。

「飛んで行った方が早いだろう? 何か変か?」

「いや、そんなことはないが……大丈夫なのか? 定員数とか、安全面とか」

「心配すんなって! ほらほら乗った乗った!」

「お、おう。それじゃ同乗させていただきますか」

 道中振り落とされないことを祈りつつ、俺は恐る恐る後部座席に腰を下ろす。

 美少女と二人乗りとか、フツーならば嬉しいシチュエーションなんだが、何せ乗り物が箒というのが何ともシュールな上に、不安定そうで怖いぞ……

 そんな俺たちの様子を、アリスは複雑そうな顔で見ていた。

「……いいなぁ、魔理沙……」

 アリスが何か言っていた気がしたのだが、小声だったせいで俺の耳には届かなかった。

 

 

つづく

 




歌詞が全部英語の歌を、カラオケで熱唱できる人を見ると、スゲーなぁと思うと同時に羨ましく思ったりもします。アルファベットは苦手なんです……
一人カラオケは一度だけやったことがありますが、あまりの恥ずかしさに心が折れました!


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第三話 「面白ければいいじゃない、人間だもの」

本格的に東方にハマったのは、アリスが甘い魔法を踊っている動画を見たのが、始まりでした。
ここから東方ファン&アリスファンの自分が始まったのかと思うと、なかなか感慨深いものがありますなぁ。


「ほい、とうちゃ~く! ここが博麗神社だぜ。って、どうしたんだよ優斗?」

 魔理沙に連れられ、やってまいりました博麗神社。空を飛ぶという貴重な経験もし、非常に充実した時間だったであろう、かと思いきや彼女の運転があまりにワイルドスピードだったため、生きた心地がしなかった。安全装置がある分、ジェットコースターの方がまだ易しいだろうよ。

「ぜぇ……ぜぇ……おお、俺生きてる!」

「変な奴だな。いや~、また世界を縮めてしまったぜ」

 膝に手をついて呼吸を整えている俺を、不思議そうに見つつ、爽やかに伸びをしている白黒魔法使い。まぁ、乗せてもらった以上、あまり文句は言えないが。あと美少女だし。

 それはそうと、某ハチロクを乗りこなす豆腐屋のようなダイナミックなテクニックに、風圧をもろに受けてしまったせいで、髪が乱れてしまった。やれやれと、茶色の髪を手櫛で軽く整える。俺の髪がなんだってェーっ!? と第四部のように叫んだりはしないが。

「優斗、大丈夫?」

 すると、アリスが心配そうに聞いてきた。やはりアリスは優しい。全俺が泣いた。

「ああ、もう平気だ。ありがとよ」

「ならいいんだけど。それじゃ、まずは霊夢を呼びましょうか」

「だったらお賽銭を入れると良いぜ」

 アリスの提案に、魔理沙がわけのわからないことを言いだした。何で人を呼ぶのに賽銭が必要なんだ?

 俺の疑問が顔に出ていたのか、アリスが苦笑いを浮かべながら答える。

「博麗神社は財政事情が良くないのよ。だからお賽銭の音で、霊夢が飛んでくるってわけ」

「なんだか涙ぐましい話だな、オイ。まぁ、いいか。ところで、幻想郷でも向こうの通貨って使えるのか?」

「ええ、大丈夫よ。それよりもお金あるの?」

「おお、偶然にも手持ち資金はバッチリよ」

 実は、この前ATMから下ろした全財産を所持しているのだ。バイトをいくつも掛け持ちしていたから、額は大層なものだと自負している。いくらとは言わないけど。

 何でそんな不用心なことをしているかと言えば、本来であれば空港に向かう途中で、留学先の通貨に替える予定だったからである。事前にやるのが面倒くさかったので、行く途中でついでにやればいいやという、堕落した思考が生んだ結果が、今回は良い方向に転んだようだ。いやはや、人生とは何が幸運となるかわからないもんだなぁ。

 というわけで賽銭箱に向かう。縁起的な面で考えれば五円玉とかが妥当なところだが、貧乏と聞いてしまった以上それは可哀想かもしれない。なので俺は、ズボンのポケットから中折財布を取り出すと、そこから百円玉を三枚ほど抜き取り、ポイッと投げ入れる。二礼二拍一礼は今回省略することにした。別に神頼みに来たわけでもないし。

 チャリンチャリーンと、軽やかな音を響かせながら硬貨ズは賽銭箱の中に消えていった。

 

「あんた、わかってるじゃないの!! 素晴らしいわ!!」

「おわっ!?」

 

 それと同時に、どこからともなく、巫女服というにはアレンジが効きすぎている紅白カラーの服と、セミロングの黒髪に大きな赤いリボンの髪飾りが特徴的な女の子が、やたらハイなテンションで現れた。っていうかよく見たら、あの服めっちゃ脇露出してんじゃん。初音ミクの服みたいになってるぞ。この娘が巫女さんなのか?

 俺が動揺していると、アリスが件の少女に声をかける。

「霊夢、お賽銭が入って嬉しいのはわかるけど、話を聞いてくれるかしら?」

「あら、アリスじゃない。アリスがこの人連れてきてくれたの? ありがとね!」

「ええ、それはいいんだけど。彼、外来人なのよ。だから霊夢に相談しようと思って」

「ちなみに私の箒に乗せて連れてきてやったんだぜ」

「ああ、魔理沙もいたのね」

「おいおい、そりゃないぜ……」

 彼女たちは親友グループなのだろう。仲良さげな雰囲気がよく伝わってくる。というか、あの巫女さんもなかなか可愛い。幻想郷は美少女の集まりだったりするのか? だとしたら今後とも期待大だ。

 腕を組み、一人うんうんと肯いていると、巫女さんが声をかけてきた。

「自己紹介がまだだったわね。私は博麗霊夢、霊夢でいいわ。この博麗神社の巫女よ。あんたは?」

「俺か? 俺は天駆優斗。どうやら外来人ってやつらしい。よろしく頼む」

「ええ、よろしく。それで、このあとどうするのよ?」

「霊夢、その前に一ついいか?」

「? 何よ」

 本題に入る前に、俺はストップをかける。なぜなら彼女に聞きたいことがあったからだ。

 

「俺とデートしないか――イデデデデッ!?」

 

 直後、腕に鈍い痛みが走り、悲鳴を上げてしまう。何事かと思い痛みがした方を見ると、

「……………」

 アリスが俺の腕をギリギリとつねっていた。むすっと頬をふくらませ、若干つり上がった目つきで俺を睨んでいる。明らかに不機嫌そうだ。あるぇー、俺ってば何か怒らせるようなことしたっけ?

「ア、アリス?」

「…………ふんっ」

 恐る恐る呼びかけると、手を放し痛みからは釈放されたものの、ついでにそっぽも向かれてしまった。う、こりゃ話題を戻した方が良さそうだな……

 ダラダラと冷や汗を流しながら、霊夢に向き直り、わざとらしく話を進める。

「こ、これからなんだが、俺はしばらく幻想郷で過ごしてみたいんだ。っていうか、帰りたくなったら帰れるもんなのか?」

「帰れるわよ。といっても紫の力を借りないといけないし、色々と準備がめんどくさいのよね。だから、しばらく滞在してくれた方がありがたいかもしれないわね」

 俺の質問に的確に答える霊夢。ただ、その顔は「面白いモノ見つけた」といわんばかりの笑みで、ニヤニヤと俺とアリスを見ている。なんだよ、人がつねられてるのがそんなに面白いというのか! なんて巫女だ、けしからん!

 まぁ、何はともあれ、滞在許可は出たのは嬉しいことだ。となると、次にするべきことは……

 

「それならまず、住むところを決めないといけないわね」

 

「What?」

 前置き無く第三者の声が介入してきたせいで、日本語以外の言語が出てしまった。

 声がした方を向くと、胴部の紫色が特徴的な、カンフーらへんの民族衣装のような恰好をした、腰まで届く長い金髪を持つ美女が優雅に微笑んでいた。

 知的な微笑を浮かべるその美女は、まるで空間が裂けているかのような、例えるならば「スキマ」とでも言おうか、そんな奇妙なものに腰を掛けていた。

 女性を見た霊夢が「紫、あんた聞いてたの」と呆れたように溜息を吐いた。知り合いらしい。

 もちろん俺は初対面なので、尋ねることにする。

「えーと、どちらさんで?」

「あら、この登場に驚かないなんて、貴方タフなのね? 質問に答えると、私は八雲紫。この幻想郷の創設者で管理人みたいなものですわ。お見知りおきを、優斗くん」

「はぁ、よろしくお願いします。でも、その『優斗くん』って呼び方なんとかなりません?どうも子どもっぽい気がして」

「嫌なのかしら?」

「嫌ってわけじゃないですけど……」

「なら問題ありませんわね」

 そう言うと、どこからともなく扇子を取り出し、口元を隠すように広げる紫さん。どうやらこの女性、かなりの策士とみた。

「だけど紫の言うことも一理あるな。優斗、住む家はどうするんだ? 人里に行くか?」

「確かにそれが妥当なところね。何なら神社に住んでも良いわよ。お賽銭入れてくれたお礼に」

 魔理沙の意見に、霊夢も同意する。人里と呼ばれている集落があることは、さっきアリスの家で聞いた。日常の買い物なんかも、大体そこでするらしい。

 さて、どうしようか。野宿もできないこともないが、わざわざ好き好んでやりたくもない。やはり魔理沙の言うように人里に行くのが無難なところか。

 そんなことを考えていると、ジャケットの袖を誰かにきゅっと掴まれた。控えめな、どこか遠慮がちな力加減。そちらに視線を向けると、

 

「わ、私の家……来る?」

 

 頬をほんのり赤く染めたアリスが、上目遣いという反則技を繰り出しながら、クリティカルな一言を放ってきた。よっぽど恥ずかしいのか、それとも断られる心配からか、切なげな瞳で俺を見つめる。この瞬間、俺の答えは決まった。むしろ一択だったといって良い。

「マジで? いいの?」

「う、うん……ほら、その、最初に出会ったわけだし……ね?」

 

「へぇ~~~」

「ほぉ~~~」

「あらあら」

 

『!?』

 間延びした声に思わずハッとする。霊夢、魔理沙、紫さんが意地悪そうな笑みでこっちを見ていた。

「な、何よ?」

 どきまぎしつつ、冷静を取り繕うアリスだったが、お三方には無意味だったようだ。

「いやいや別に何でもないぜ。心配しなくても大丈夫だって」

 悪戯っ子のような笑顔で、魔理沙がアリスの左隣に立つ。

「そうそう。心配する必要はないわよ」

 魔理沙と同様、別の意味で良い笑顔の霊夢が、アリスの右隣に立った。

 そして二人揃って、アリスの耳元に口を近づけ、彼女にだけ聞こえるように小声で

 

『恋路の邪魔はしないからっ!』

「~~~~~っ!!」

 

 二人に何か言われた途端、ぼっという効果音が出そうな勢いで、アリスの顔が真っ赤になった。一体何を言われたんだ?

「アリス、どうした?」

「何でもないわよ!! バカ!!」

「突然の罵倒!? 俺にMとして覚醒してほしいと!?」

 

 

 俺の住居が決まったあたりで、日も傾き始める時間となったため、今日は解散ということになった。その後、アリスと一緒に帰宅したのだが、なぜか霊夢と魔理沙も一緒に来た。

「なんで、お前らもついて来てんだ?」

「まーまー、細かいことは言いっこ無しだぜ! 折角知り合えたんだし、もっと話そうじゃないか」

「そーそー、できれば夕飯もご馳走してくれると、もっと嬉しいわね」

「もう、仕方ないわね。今から作るから、少し待ってなさい」

 こういう事態に慣れているのか、アリスはエプロンを身に着けるとキッチンへ向かう。

 これから居候させてもらうわけだし、俺も手伝った方が良いよな。

「アリス、俺も手伝うぞ」

「そう? なら、お願いしようかしら。優斗って料理できるの?」

「男の一人暮らしだったからな、簡単なものだったら作れるさ」

 

「おお! こりゃ凄いぜ!」

 夕飯の席に、魔理沙の感嘆の声が響く。

 テーブルの上には、ジューシーな香りを漂わせる熱々のハンバーグ、緑黄色野菜たっぷりの彩り鮮やかなサラダ、マイルドな味わいが身も心もリラックスさせてくれるクリームシチュー、香ばしさがなんともいえない焼きたてのパン等々、ホームパーティーみたいな豪勢なメニューが、所せましと並べられていた。

「優斗が幻想郷に来て最初の日だもの。歓迎会も兼ねて、ちょっと贅沢にしてみたわ」

「うぉおおお!! ありがとうアリス! 俺ぁ幸せもんだぁああ」

「もう我慢できないわ! 早く食べましょうよ!」

 よっぽど空腹だったのか、霊夢がさっきから食事をガン見しっぱなしだ。今にでも涎が零れそうな勢いである。

「よし、じゃあ私はコレを提供するぜ!」

 そう言って魔理沙がゴソゴソと懐から何かを取り出し、ドンっとテーブルの上に置いた。おいおい、これって……

「ちょっと魔理沙、また勝手に神社のお酒持ってきたのね」

「いいじゃないか。こういう時にこそ飲むものだろう?」

 やっぱり酒瓶だった。そうか、幻想郷は未成年飲酒の概念が無いのか。すげぇな。

「まーまー、歓迎祝いに酒が無いなんて寂しいこというなよ! よし、私が全員に注いでやるぜ」

「まったくもう、しょうがないわね。飲みましょ、アリスも」

「ふふ、そうね」

 呆れ顔の霊夢と、優しいお姉さんのような微笑みを浮かべるアリス。ホント、仲が良いんだな。

 全員に飲み物が行き渡ったところで、各々自分のグラスを持つ。すると、女の子三人が何やらアイコンタクトでやり取りする。そして、アリスが「せーの」と調子を取り――

 

『優斗、幻想郷へようこそ!!』

 

 花が咲き誇るような笑顔で、俺を迎えてくれた。こいつぁこれから面白くなりそうだ!

 

 

つづく

 




コーヒーばかり飲んでいるせいか、たまにはアリスを意識して紅茶を飲んでみたいと思ったり…
アールグレイとか、いいね(名前的に)

ちなみにコーヒーは微糖派です。甘みと苦みが交差する、あの絶妙な加減具合がたまらぬ。


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第四話 「幻想郷の車窓から ~ぶらり途中下車の旅~」

今年の初詣は、二ヵ所の神社でおみくじを引きました。
これって二股になるのかしら……?


 翌朝、アリスの部屋でまだ寝ているであろう、仲良し三人娘を起こさないように気を配りつつ、俺は玄関の扉を開いた。

 外に出ると、いい感じに朝日が差し込んでおり、森がキラキラと輝いているように見えた。風も爽やかだし、実に良い一日の始まりだ。ラジオ体操でもしようかしら。

 ちなみに俺の部屋だが、客間代わりに使っていた部屋を使わせてもらうことになった。もともとアリス一人で住んでいたため、部屋が余っていたらしい。いやはや、ありがたいことだ。

俺はすぐそこの井戸まで歩くと、そこから水を汲み、バシャバシャと勢いよく顔を洗った。ついでに頭も濡らし、ブラウンカラーの髪を整える。

「うっほー、冷てぇー! 目ぇ覚めるわこりゃ」

 冷水で眠気を吹き飛ばした後、タオルで顔に付いた水を拭き取る。うむ、さっぱり!

 これまた驚いたことに、幻想郷の生活レベルは、かなり田舎染みているということが分かった。田舎というより昔といった方が近いかもしれない。何せ水道も無ければ、電気も無いときたもんだ。いや、電気は本当に極めてごく一部にあるとかないとか。あったとしても、そのくらいレアらしい。まさかチャリンコで自家用発電でもしてんのか?

「にしても……幻想郷か。夢じゃないんだなぁ」

 俺は昨日の出来事を思い返してみる。主にアリスの笑顔とか、アリスの照れ顔とか。

 しばらく一人でニンマリしていたが、ふと、あることを思いついた。

「もしかしたら、俺も能力発現してんじゃね?」

 何の変哲もない一般人が、異世界に飛ばされて力に目覚めるというのは、RPGの王道的展開だ。そして今まさに、俺のポジションはそれに近い。コレは、いけるんじゃないか?

「よし、まずは空を飛んでみるか」

 自分が空を飛んでいる映像を、脳内シアターで公開する。視聴者は俺一人だが。参考資料は、かの有名な武闘家たちがやっている、舞空術。

 イメージができたところで、ピョンピョンと飛び跳ねてみる。

 

「とうっ! おりゃっ! ぬぬぬ……シュワッチ!!」

 

 ビックリするくらい何も起きなかった。何処からか聞こえるスズメの鳴き声が、もの悲しい。

 どうやら空は飛べないらしい。誠に遺憾である。

「まだだ。まだ終わらんよ……!」

 今度は、両足を大きく開き腰を低く落とす。そして、両手をかの有名な構えにし、全力で叫んだ!

 

「かぁー、めぇー、はぁー、めぇー、波ァアアアアアアアアア!!」

 

 …………嗚呼、本日も晴天なり。ワタクシ、とても清々しい気分で候。

 

「……何をしているのよ、もう」

 仏のような気持ちで空を見上げていると、不意に背後から声をかけられた。

 振り返ると、いつからそこに居たのか、アリスが痛々しいものを見る目をして立っていた。もしかしなくても見られていたようだ。まったくもって、お恥ずかしい。

「ああ、アリスか。おっはー」

「ええ、おはよう。それで、何だったのよ今のは」

「いやぁ、俺の隠された力が目覚めていないか確かめていたのさ。何も起きなかったがな」

「はぁ、そんなことだろうと思ってたけど。ほら、バカなことやってないで、霊夢と魔理沙を起こして朝ご飯にしましょ?」

「そうだな。朝から無駄にエネルギーを消耗してしまったわい」

「自業自得でしょ」

 他愛のないやり取りを楽しみながら、俺達は家に戻った。

 

 朝食は、昨日の残りのパンにミルクというシンプルなものにした。飲んだ翌日にガッツリ食べるのも消化に悪そうだし。

「ふわぁ……まだ寝足りないぜ」

 朝に弱いのか、魔理沙が大きな欠伸をする。食欲も湧かないようで、パンを小さく千切ってチマチマと食べている。反対に霊夢は朝に強いのか、しっかり食べているどころか、いつの間にかアリスからおかわりをもらっていた。

 二個目のパンを頬張りつつ、霊夢が俺に視線を向ける。

「で、今日はどうするのよ?」

「うむ、折角来たんだ。色々と見て回りたいところだな。二人はどうするんだ?」

 霊夢と魔理沙を交互に見る。先に答えたのは魔理沙だった。ミルクを飲み干し「ふぅ……」と一息つく。

「私は帰って寝直すことにするぜ。眠くして仕方ないや」

「私も神社に戻るわ。といっても寝るわけじゃないけど」

 魔理沙も霊夢も帰るのか。じゃあ二人には案内を頼めそうにないな。

 というわけで、俺はアリスに向き直り、パンッと手を合わせてお願いする。

「アリス、幻想郷を案内してくれないか? このとーり!」

「ふふ、大げさねぇ。ええ、もちろんよ」

 くすくすと笑うアリスが可愛くて、それだけで十分元気が出る。

 その後、朝食を食べ終わり、魔理沙達を見送ってから、俺達も家を出た。

 

 

 まさかアリスに抱えられて運ばれるわけにもいかないので、アリスと二人、肩を並べて歩く。自転車でもあれば二人乗りできるんだけどな。誠に遺憾である。

 魔法の森を抜け、辺りが緑一面の平原に出る。その中を突っ切るように、どこまでも続く一本の道を、のんびりと進む。長閑な日和が温かく、時折聞こえる小鳥のさえずりが耳に心地よい。今更だが、これってデートっぽくないか? 今まで合コンやらナンパやらは結構やってきたけど、デートというのは珍しい。しかも相手はアリスときたもんだ。ヤバいね。

「いやぁ、素晴らしい天気だなー」

 空を仰ぎ見る。まるで今の俺の気持ちを代弁してくれるかのようだ。青い空。白い雲。そして……

 

「春ですよー」

 

 真っ白い洋服と、同じく真っ白い帽子を被った、山吹色の長髪の女の子。

「……………何アレ」

 俺の呟きに、アリスも空を見上げる。「あぁ……」と謎の浮遊少女に気付き、教えてくれた。

「春告げ精ね。リリーホワイトだったかしら。春になると、ああやって春の到来を告げて回っているのよ」

「ふむ、幻想郷特有の風物詩ってところか。いきなり変なのに遭遇してしまったな」

 リリーとかいう女の子は、山の方へ向かって飛んでいき、やがて肉眼では認識できないところまで行ってしまった。

 

 

「此処が人里よ。お店とか、寺子屋なんかもあるわね」

「寺子屋? ああ、学校か」

 アリスに連れられ、最初にやってきたのは人里だった。話には聞いていたけど、やっぱり実物は見てみたかったし。それに、今後とも頻繁に来ることになるだろう。

 にしても、想像はしていたが、見渡す限り、自動車はもちろん走っておらず、和服を着た人々が歩き回っている。水戸黄門の時代を彷彿とさせる。そんな古き良き日本の光景が目の前に広がっていた。お、あそこにあるのは八百屋か。その隣が団子屋で、あっちにあるのは蕎麦屋か。

 キョロキョロと視線を巡らしながら足を進める。ふと、気になる店を見つけたのか、不意にアリスが立ち止まった。

「ねぇ優斗、あそこ行きましょう?」

「どれどれ?」

 俺は、彼女の指差した方向に視線を向ける。その先にあるのは、

「あれは、雑貨屋か?」

 現代風に言い換えるなら、ファンシーショップってやつか。俺は行ったことないが。

 というわけで、俺達は雑貨屋に向けて足を進めた。

 

 

「あははっ! 似合う似合う! 可愛いわよ、優斗」

 嬉しそうに手を叩きながら、満面の笑みを浮かべるアリス。それ自体は非常に可愛いのだが……

「いやいやいや、んなわけないでしょーが。超恥ずかしいんですけど!」

 何が起こっているか説明しなければなるまい。事の展開は以下の通りだ。

 店内を物色していたら、いきなりアリスが「優斗、コレ付けてみて」と、俺に抵抗する暇さえ与えず、ある物を俺の頭に装着させてきたのだ。そのある物というのが、櫛状になっている髪飾りだった。しかも、めっちゃ花柄。どうみても間違いなく女性向け。

 というわけで、現在店内には女物の装飾品を身に着けた成人男性という、色々と問題ありな存在が一匹ほど紛れ込んでいた。なんという羞恥プレイ。

「優斗の髪って面白いわね、ツンツンしてて。生まれつきこうなの?」

 満足したのか、俺の頭に付いている髪飾りを外し、元の場所に戻しながら、アリスが聞いてきた。

「おう、そうだぞ。あー、だけど色は茶色く染めてあるんだ。元は黒なんよ」

「へぇ、そうなのね」

 固い髪質が珍しいのか、感心した様子。それとも染めているのが珍しいのだろうか?

 ふと、アリスがさっき戻した髪飾りの隣に置いてあった商品を見て「あ、コレいいわね」と興味を抱いた。そこにあったのは、

「裁縫セット?」

 ポケットサイズの小さな裁縫セットだった。マッチ箱くらいの大きさの箱の中に、縫い針やら数色の糸やらミニマムなはさみやら、必要な道具が入っていた。

 確かに、人形作り(なんと上海はアリスの手作りだそうだ。他にも家に何体もいた)を生業とするアリスにとって、これは便利な品かもしれない。

 すると、さっきから俺達の様子を見ていた店主が、カウンターで頬杖を突きながら、営業スマイルとは程遠い、ニヤニヤとした笑みで声をかけてきた。

「兄ちゃん、買ってやんなよ。可愛い彼女にプレゼントしな」

「ふぇえええ!? か、彼女ってわけじゃ……!」

 おっちゃんの言葉に、アリスは耳まで真っ赤になってしまった。両手をぶんぶんと振って、必死に否定しようとしている。だが残念なことに、テンパっているのが丸わかりだ。

 ふむ……そうだな。よし、決めた! 俺は高らかに宣言する。

「その商品、買った!!」

「おっ! 兄ちゃんイイ男だねぇ~。毎度ありー」

 俺の決断に満足したのか、豪快に笑うおっちゃん。裁縫セットを手に取り、カウンターまで持っていき会計を済ませる。会計の際、店主が「兄ちゃんの男気にサービスだ」と言って、こっそり割引してくれた。おっちゃん、あんたも漢だよ……

 そして、俺は購入した裁縫セットをアリスに手渡した。

「ほい、アリス。俺からのプレゼントだ」

「優斗……いいの?」

 アリスは、受け取ったものの、どうすればいいのか分からない、といった様子。突然の出来事に戸惑っているといった方が正しいのか。

 だから俺は、ニヤリと笑い、ちょっとおどけて見せた。

「まぁ、アレだ。これから居候させてもらうお礼ってことにしといてくれ」

「うん……ありがとう」

 そう言って、アリスは小さな箱を両手で大事そうに包み、野花が咲くような可愛らしい笑顔を見せた。もう、それだけで俺ァお腹いっぱいです。

 ……何か、おっちゃんの笑みが気持ち悪いくらいのニタニタしたものになっていたが、気にしないことにした。

 

 

つづく

 




片方のおみくじに「失物 出ない」と書かれていたせいか、最近よく物が紛失します。これが神の力か……!
これを読んでくださった貴公はおみくじ引きましたかな?


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第五話 「友達百人いる奴より、彼女一人いる奴の方が勝ち組なのか?」

気が付いたら、お気に入り登録してくださった方が、二十名を超えていました。
さらに、感想までくださる方もいらっしゃって、うれピ……ゲフンゲフン、失礼。感激でございます。
今一度、この場を借りて感謝の言葉を……ありがとうございます!!

というわけで、今回も読んでいただけると、嬉しいです。


 雑貨屋で買い物を済ませた後、俺達はさっき見つけた団子屋で、休憩も兼ねてのんびり過ごすことにした。こういうお店、わびさびっていうんだっけ? 今では京都くらいでしかお目にかかれないのではないだろうか。これまた貴重な体験をした。しかも隣には金髪碧眼の美少女。いっつ、わんだほー。

「いやはや、紅茶も良いが緑茶も捨てがたいな」

「別にどっちも好きで良いんじゃないかしら? 私は紅茶の方が好きだけどね」

「いっそ混ぜたら究極のお茶ができるのではないだろうか」

「やめた方が良いと思うわ」

 む、そうか。結構良い案だと思ったんだが。

 目の前を子供たちが楽しげに走って行った。これから寺子屋に行くところなのだろう。元気があって大変よろしい。

 

「おや、アリスじゃないか」

 

 三食団子をもぐもぐしていると、誰かから声をかけられた。正確には、声をかけられたのはアリスの方だが。

 声がした方を見ると、大人っぽい女性がいた。もちろん美人である。ストレートのロングヘアーは淡い水色。それに対して、帽子と服は鮮やかな青。落ち着いた物腰も加わってか、知的な印象を受ける。いかにも仕事ができる女って感じだ。

「あら、慧音。今日も授業?」

「ああ、それが私の役目だからな。ところで、そちらの男性は?」

「あ、彼は優斗っていうんだけど。つい最近知り合った外来人よ」

 アリスの紹介を受けて、女性がこちらに向き直る。朗らかな笑みで右手を差し伸べられた。こちらも立ち上がってから、握手に応える。

「初めまして。私は上白沢慧音。寺子屋で教師をしている者だ。人里の守護者もしているよ。アリスとは良き茶飲み友達でな、よく相手をしてもらっている」

「なるほど、先生でしたか。自分は天駆優斗っていいます。よろしくっす」

 こんな美人教師に授業してもらえるとは、ここの子供たちは贅沢をしている。うらやまけしからん。俺も入学してやろうか。

「それで、二人は何をしているところだったんだ?」

「優斗が幻想郷に来たばかりだから、色々と案内して回っているのよ」

 俺がバカなことを考えている間に、話題が俺達のことになっていた。アリスが簡単に今朝の経緯を説明する。ふむふむと頷いていた慧音さんだったが、一通り聞き終わると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ちょっとエロスを感じた俺は悪くないはずだ。

「なるほど、二人はデート中だったか。邪魔してすまない」

「ちょっ!? そ、そんなわけないでしょ!? 何言い出すのよ、もう!!」

「いやぁ~、もしそうだったら、世界中に自慢して回ってるんすけどね!」

「~~~~~っ!!」

「ハハハ。面白い男だな、キミは」

 軽快に笑う俺につられたのか、慧音さんも愉快そうに笑う。それに引きかえ、アリスはカァァッと顔を赤らめると、俯いて黙り込んでしまった。すまん、アリス。反省はしていません。後悔もしていません。

 もう少し談笑を楽しんでいたかったのだが、これから授業があるとのことで、慧音さんとはここでお別れということになった。彼女は去り際、「そうだ」と何かを思い出して、こちらを振り返った。

「次の行き先が決まっていないなら、香霖堂に行くと良い。あそこは『外』の物を置いているから、キミなら使い方を店主に教えてやれるはずだ」

「香霖堂っすか? 了解です。わざわざ教えてくれて、ありがとうございます、慧音さん」

「では、私はこれで失礼するよ。また会おう、二人とも」

 

「というわけで、香霖堂とやらに行こうと思うんだが。良いか?」

「うん……」

 まだ若干赤い頬で、コクンと小さく頷くアリスが非常に可愛くて危険です。

 どうやら、人里ではなく魔法の森の近くに店舗を構えているらしく、俺達は人里を出て、来た道を引き返すこととなった。

 

 

 魔法の森の入口らへんで、ちょいとルートを変更すると、一軒の建物が見えてきた。例の香霖堂とかいう店で間違いないようだ。どんどん近づいていき、店の前に立つ。

「ここが香霖堂よ。骨董品屋って言えば良いのかしら? 商売というよりは、店主の趣味ね」

「骨董品屋というよりは……ジャンクショップってやつだな。店先にガラクタ置くとか、実に個性的だわな」

 店舗の前には、錆びついたバス停やら、どっかのスーパーのカートやらが無造作に放置されていた。ここの店主は、粗大ゴミを拾ってコレクションする趣味でもあるんだろうか。

アリスに「ほら、行きましょ」と促され、俺達は店内に入ることにした。何度か足を運んだことがあるのか、気構えることなく慣れた手つきで、アリスが店のドアノブを捻る。

 

ガチャッ カランカラン……

「お邪魔するわよ」

「おや、いらっしゃい。珍しいね、君がここに来るなんて」

「そうかしら?」

「まぁ、いいか。ところで今日は何用だい?」

「用ってほどでもないのだけれど。彼があなたの店に興味を持ったから」

 そう言ってアリスは俺の方を向く。

 俺は一歩前に出ると、奥の事務席に座っていた人物に、軽く頭を下げた。

「天駆優斗です。最近引っ越してきたばかりなんですけどね」

「外来人ってことかな? 僕は森近霖之助。この香霖堂の店主だ。よろしく頼むよ」

 相手は意外なことに、見た感じ若い男性だった。限りなく白に近い白銀の髪は、そこそこの短さに切り揃えられており、何より彼を特徴づけているのは、今のところ幻想郷ではあまり見かけてない、眼鏡をつけていること。やや個性を効かせた和服がサマになっている、なかなかイイ男だ。どことなく慧音さんと似ているのは、落ち着いた雰囲気からか。

 森近さんが興味深そうに「ふむ……」と俺のことを観察し始める。

「どうかしましたか、森近さん?」

「霖之助でいいよ。代わりに僕も、君のことは優斗君と呼ばせてもらうよ。そうそう、君は外来人だっけね?」

「はい、そうですけど」

 質問の意図が分からず、とりあえず言葉通りと受け取り、肯定する。

 俺の返事に、霖之助さんは「そうか、そうか」と何やら納得し頷いている。そして、

「時に優斗君、ここで働いてみる気はないかい? いや、たまに気が向いたらでいいんだ。こういうの『外』の世界では、あるばいと、とかいうんだっけ?」

 何か誘われた。

 話の展開について行けず、ポカーンとしていると、アリスが助け舟を出してくれた。

「何でいきなり、そんな話になるのかしら?」

「ああ、すまないね。説明不足だった。僕は、『外』から流れ着いたものを回収しては、商品として置いているんだ。ただ、物の名前とか価値とかは分かるんだけど、その使用方法までは分からなくてね。だから、推測で判断するしかないし、それでも不明なものはガラクタ同然なんだ」

 そこまで説明を聞いて、さすがの俺も、彼が何を言いたいのかは大体わかった。

 要するに、自分では使用方法が分からないものでも、俺なら分かるんじゃないかと、霖之助さんは期待しているのだ。というか、さっき慧音さんが言った通りの展開になった。さすが慧音先生、パネェッす!

「なるほど、つまり俺は、新しく入った商品のチェックを時々すればOKというわけですか?」

「そういうこと。どうだい、頼めるかい?」

「優斗、どうするの?」

 霖之助さんだけでなく、アリスの視線も俺に向けられる。ふむ、たまにでも良いというなら断る理由はないか。

 それに、忘れられがちだが俺はフリーター大学生だ。バイト経験ならお手の物よ。ここらで一つ本領発揮といきますか。いや、本業は大学生なんだけどさ。ついでに言えば、アリスの家に居候させてもらっている以上、家事だけでなく金銭面でも、貢献していくべきだろう。

 というわけで、俺はグッと親指を立てて、大きく頷く。

「わっかりました! その役、引き受けましょう!」

「引き受けてくれるか! ありがとう。もちろん、給料は手配するから安心していい」

「その言葉、忘れないで下さいよ?」

「もちろん、男同士の約束だ」

 俺と霖之助さんとの間に、店主と従業員を超えた、熱い友情が芽生えたことを、俺達は魂で感じ取っていた。考えてみれば、幻想郷って女性ばかりだったな。しかも美女美少女のオンパレード。まぁ、一番可愛いのはアリスだけどな!

 

「それで、これから二人はどこに行くんだい?」

 アルバイトは後日ということにし、俺達は引き続き幻想郷観光をするべく、香霖堂を後にすることにした。霖之助さん曰く、来るのは本当にたまにで良いらしい。店長、商売する気あるんですか?

 霖之助さんの質問に、アリスは顎に人差し指を当てて思考する。

「そういえば、まだ次の行き先を決めていなかったわね。優斗、行きたいところある?」

「せやな。こう、幻想郷にしかないようなスゲーもんってない?」

「凄い所ねぇ……」

「それなら紅魔館なんてどうだい?」

 アリスが悩んでいると、霖之助さんが一つ提案してきた。その紅魔館とかいうのがオススメなのだろうか。確かに名前はスゲーな。紅い魔の館か、ホラー映画の舞台にでもなりそうだ。あ、でも幻想郷なら妖怪とかフツーにいるんだっけか。

 どんなところなのだろうか。アリスに聞いてみよう。

「紅魔館って?」

「吸血鬼が住んでいる、大きな屋敷よ。他にも門番とかメイドとか、私や魔理沙と同じ魔法使いも居るわね」

「よし行こう!」

「何でそんなに元気良く反応するのよ?」

「面白そうだからな!」

「はぁ。優斗って自分からトラブルに巻き込まれに行くタイプでしょ」

「さすがアリス。よく分かったな」

「一緒にいれば、誰でも分かるわよ」

 呆れたように溜息を吐かれてしまった。男はいくつになっても危険と冒険が大好きなものなんだよ。アリスは優等生タイプっぽそうだから、そういうのは好きじゃないんだろうか。いやしかし、弾幕ごっことかいうド派手な遊びをするらしいし……うむ、わからん。

 

 何はともあれ、次の目的地は吸血鬼の館で決まりだ。その場所には、とんでもねぇべっぴんさんが居ると、俺の第六感が叫んでいる。はたして、どんな美人との出会いが待っているのか。オラ、ワクワクしてきたぞ!

 

 

つづく

 




プロットを作ろうと、ペンとネタ帳を持って外出したのですが……
持ってきたペンが、先日捨てたはずのインク切れのものでした。じゃあ、自分があの時捨てたペンは、一体……? そういえば、この前買ったやつが見つからないなぁ。どこに行ったんだろう?


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第六話 「クールなメイドさんはお好きですか?」

この前の休日に、ガンダムUCをepisode1からepisode6まで、ぶっ通しで観ました。
いくつになってもロボットアニメで熱くなるとは、自分も男なんだなぁと改めて実感……

さて、そんなわけで今回もごゆるりと楽しんでいってくださいまし。


 あのあと、じゃあ早速その紅魔館とやらに行ってみよう、といきたかったのだが、今から行くと帰りが大幅に遅くなってしまうとのこと。それに加えて、香霖堂が魔法の森入口にあるため、アリスの家も近いことから、出発は明日ということになった。

 魔理沙みたいな暴走運転ができれば、あっという間に到着するんだろうが、そもそも俺は飛行自体が不可能だ。誠に遺憾である。

 

 

 翌日。今日も絶賛良い天気なのだが、山の方の雲行きが怪しい。近々雨が降るやもしれぬ。

 アリスの話によると、紅魔館は霧の湖とかいう湖の畔に建っているそうな。というわけで、俺達はその湖がある方に向かっていた。

 霧の湖につながっている小川に沿って、ゆったりとしたペースで歩く。さらさらと流れる水のせせらぎと、ポカポカした春の陽気の二重奏が、何とも心地よい。思わずその辺に寝っ転がってしまいたくなる。が、今回は自重しよう。日向ぼっこはまた今度だ。

 

 

「アレが紅魔館よ」

「はぁー、いかにも館って感じだな」

 やがて、湖の畔に聳え建つ、見上げるほどに大きな洋館が見えてきた。一昔前のロンドンにでもありそうな、アンティーク感あるお屋敷。建物全体の色合いが赤っぽいのは、その吸血鬼の趣味なのだろうか。

 俺達は、屋敷の門前まで移動した。門番が居るらしいので、ちゃんと挨拶していこう。

 なお、魔理沙は強行突破で突撃ラブハートするそうだ。来る途中でアリスが教えてくれた。なんというか、うん……めっちゃ想像できた。

「時にアリスよ」

「何?」

 

「あそこで寝ている女性は、ホームレスか何か?」

 

「………いいえ、彼女が門番よ」

「……そうか」

 目の前で何が起こっているか説明しよう。

 現在、閉じられた門の前には、腕を組んで仁王立ちする一人の女性の姿があった。紅色の長髪に、スラリとした長身。深緑色のチャイナ服が良く似合う。服と同じカラーの帽子の「龍」と書かれた星の装飾が特徴的だ。

 そんな武闘派チャイニーズっぽい女性は、直立不動のまま、気持ち良さそうにいびきをかいていた。紅魔館のセキュリティー問題に心配を抱かずにいられない。

 女性の姿を見て、アリスは「まったくもう……」と溜息を吐くと、居眠り門番の肩を揺らし、名前を呼んで起こす。何度か揺すっていくと、ようやく彼女は目を覚ました。

 

「ちょっと、美鈴。起きなさいよ」

「んぁ? ありゃ、アリスさんじゃないですか。おはようございますぅ……」

「もう昼だけどね」

「細かいこと言わないで下さいよ~。あれ? そちらの人は?」

「私の家に同居している外来人よ。彼に紅魔館を案内してほしいんだけど、お願いできるかしら?」

「わっかりましたー」

 眠気眼をこすり、ようやく意識がハッキリしてきたのか、ぽわぽわした笑みで返事をする門番。確かアリスが美鈴って呼んでいたな。

 屋敷に入る前に、俺達は互いに自己紹介と、紅魔館について説明を受けることにした。

「初めましてです。私は門番をしてます、紅美鈴といいます」

「俺は天駆優斗。さっきアリスが言ってた通り、外来人で現在アリス家に世話になっている。とりあえず、この屋敷について教えてくれないか?」

「はい、この紅魔館は、吸血鬼であるレミリアお嬢様が当主をなさっております。お嬢様にはフランドール様、私達は妹様とお呼びしているんですが、妹がいらっしゃいます。お嬢様方のお世話をしているのが、メイド長の十六夜咲夜さんです。咲夜さんは、優斗さんと同じ人間なんですけど、すっごく頼りになるんですよ? あとは、地下にある大図書館では魔法使いのパチュリー様が、本の管理をなさってます。うーん、こんな感じですかね?」

「おう、何となくは分かったぜ。じゃあ早速、挨拶して回るか? アリス」

「ええ、そうしましょうか」

 

「では、ここからは私がご案内致します」

 

「あ、咲夜さん」

 突然、澄んだ声がしたと思うと、いつからそこに居たのか、女の人が丁寧な佇まいで立っていた。

 美鈴に咲夜さん、と呼ばれた女性は手に持っていたバスケットを美鈴に手渡すと、芸術的な程に丁寧なお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかります。私、この紅魔館でメイドを務めております、十六夜咲夜と申します」

 

 そう、目の前にいるのはメイドさんだった。しかもただのメイドさんではない。これがまた、すんげー美人さんだった。

 まず目を惹くのが、アリスの金髪とは対照的に、ダイアモンドのように輝くショートカットの銀髪。頭部にはメイドの象徴ともいえるであろう、白いカチューシャをつけている。スレンダーな体型を見事に引き立てているのは、黒ではなく紺を基調としたメイド服。素晴らしいことに、スカート丈が膝より上にあるため、その美脚が露わになっている。

 着飾る美しさというより、無駄なものを徹底的に省いた、洗練された美しさがあった。こういうの、瀟洒っていうんだっけか。見惚れてしまうほどのクールビューティ―が、今、俺の目の前にいる。こういう場合、やることといったら一つしかあるまい。

 俺はその場で片膝をつき、右手を差し伸べると、自分に出来うる限りのダンディボイスを再現した。

 

「ご機嫌麗しゅうレディ。もしよろしければ、ワタクシと優雅な一時を過ごしませんか――あぁんっ! ちょっ、アリス足踏まないで! 痛い痛い痛いイダダダダっ! マジすんませんっしたぁあああああ!!」

 

 咲夜さんの美しさにデレデレしていたら、アリスに無言で思いっきり足を踏まれた。ブーツだから余計痛い。ハイライトの消えた目で、グリグリと足に力を込めてくる。いかん、このままではアリスがヤンデレにクラスチェンジしてしまう。

 俺は慌てて立ち上がり、「うぉっほん」と仰々しく咳払いをした。

「これはご丁寧にどうも。天駆優斗です。よろしくお願いします、咲夜さん」

「はい、優斗様」

 美人メイドに様付けで呼ばれた。鼻の下が伸びそうになるのを、全力で堪える。

 それにしても、俺が踏まれているのを見ても取り乱さないとは、なかなかの淑女だ。だけど、できれば助けてほしかった。俺とアリスの様子を見て、咲夜さんは口に手を当てクスクスと上品に、美鈴は「アハハ……」と若干頬を引きつらせて笑っていた。

「これからお嬢様のおやつタイムなのですが、よろしければご一緒しませんか? お嬢様には私の方からお伝えしますので」

「そうね、同席させてもらおうかしら」

 咲夜さんのお誘いに、何とか機嫌を直してくれたアリスが答える。ここは素直に従っておこう。そもそも、断る理由がない。

 俺達が同意したところで、正面の門を開き、咲夜さんが先導する。

 敷地内に入る前に、美鈴がさっき咲夜さんから手渡されたバスケットを掲げた。

「咲夜さん、これは?」

「ああ、それは差し入れよ。お腹が空いたら食べなさい」

「へ? わぁっ! スコーンだぁ。ありがとうございます、咲夜さん」

「ええ。作り過ぎた余りだけどね」

 

 さて、ようやく建物の中に入ることができた。

 内部の構造は、外観と同様に赤がベースとなっていた。また、窓がほとんどなく、日の光が直接差し込まないようになっているのが、いかにも吸血鬼の屋敷って感じだ。といっても、薄暗い不気味な館というわけでもなく、ちゃんと照明の光がさしているので、貴族の豪邸というような印象を受ける。幻想郷に電気はほとんどないらしいから、魔法でも使って照らしているのだろう。

 そんな貴族の豪邸みたいな家の中を、咲夜さんの後をついて歩く。やがて一つの扉の前まで来ると、咲夜さんがノックし、部屋に入った。

「失礼します、お嬢様」

 

「待ちくたびれたわ。あら、アリスも一緒だったのね。それに、そこにいる男は外来人かしら?」

 

 テーブル席に腰掛けていたのは、小柄な少女だった。少女の背中には、コウモリを彷彿とさせる黒い羽が生えていた。薄桃色の洋服とナイトキャップみたいな帽子がよく似合う。どうやら彼女が当主のお嬢様らしい。幼い見た目からは想像できないほどのオーラが伝わってくる。カリスマってやつだろうかね。

「フランは?」

「まだお休み中です」

 咲夜さんの返答を聞いて彼女は「そう」と言うと、視線を動かした。

 吸血鬼お嬢様の真紅の瞳がこちらに向けられる。

「先に名乗ってあげる。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の当主であり、吸血鬼よ。さあ、次はあなたの番よ、外来人?」

「天駆優斗だ。よろしくな、レミリア」

「へぇ、肝が据わっているじゃない。外来人が吸血鬼を目の前に平然としているなんて」

「まぁな。三日も経てば、この環境にも慣れるってもんだ」

 別にレミリアをなめているわけではないので、そこは勘違いしないでいただきたい。

 まぁ、外見の恐さでいったら、次元の方が上だけどな。だって、アイツと初めて席が隣同士だった時、ターミネーターみたいなグラサンしてんだもん。後日、当時のことを聞いたら「カッコいいと思ったから」だとか言いやがった。閑話休題。

 自己紹介が済んだところで、咲夜さんに促されて、俺とアリスも席に着いた。

 真っ白なテーブルクロスの上には、スコーンや、イチゴジャム、ストレートと思われる濃いめの色合いの紅茶などが、綺麗に並べられていた。

「あなた、気に入ったわ。どう? ここで働く気はないかしら? 特別に住む部屋も用意してあげる」

「ちょっと、レミリア! 何言い出すのよ!?」

 レミリアの勧誘に、アリスが思わずという具合で立ち上がった。怒っているというよりは焦っているといった方が近い。……焦っている? まぁ、俺の答えは決まっているんだがな。

「だが断る」

「………ほう。何が不服なのかしら?」

「不服じゃないさ。ただ、俺はアリスと一緒に暮らしたいってだけだ」

「ぷっ。いいわ、ますます気に入った。よかったわね、アリス。そんな不安そうな顔しなくて大丈夫よ」

「~~~~~~っ!!」

 隣に目を向けると、カァァッと顔を赤らめて、肩をプルプルと震わせているアリスの姿があった。

「アリス?」

「な、何でもない!! いいからコレでも食べてなさい!!」

「モガァッ!?」

 ちょっと心配になったので名前を呼んだら、物凄い勢いでスコーンを口の中に押し込まれた。ち、窒息してしまう……

 咲夜さんに淹れてもらった紅茶を一気に飲み干し、気道を確保する。ぜぇぜぇと荒い呼吸が収まるのを待った。そんなこんなしていると、突如、部屋のドアがガチャッと開いた。

 

「あなただぁれ?」

 

 

つづく

 




ラブコメは素晴らしい。
特に、「藍より青し」と「いちご100%」を読んだ時の感動を、自分は忘れることはないだろう……

どちらも読んだのは2年くらい前という、意外と最近の出来事ですけどね!


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第七話 「若奥様は魔法使い?」

今さらですが、昨日「東方鈴奈庵」の第一巻を買いました。カバーのさらさらした手触りが、何とも気持ちいい……
東方の公式本は、一通り揃えてみたいですね。三月精の話とか、読んでみたいですなぁ。


 現れたのは、レミリアよりも更に体格の小さい女の子だった。赤を基調とした服に、レミリアと同じような帽子。サイドテールにまとめられた髪は、タンポポのような黄色。そして何より注目するのが、背中に生えている宝石みたいな羽。

 おそらく、話に出ていたレミリアの妹だろう。とにかく、名前を聞かれた以上、答えなくてはなるまい。

「ジョン・スミス」

「ウソ教えない!」

 ごんっ! とアリスの拳骨が炸裂した。何という驚異的反応速度。あまりの速さにレミリアですら唖然としている。俺は殴られた頭をさする。あかん、こぶできたかも。

「いたた……優斗ってんだ。よろしく。レミリアの妹か?」

「そうだよ。わたしはフランドールっていうの。皆はフランって呼ぶんだ」

「そうか、フラン。じゃ、俺も呼びやすい名前で呼んでくれ。その方がフェアでいいじゃん?」

「んっとねー。じゃあ『ユウ』って呼ぶね」

 

 そこでアリスが何かに気付き、フランを呼び止めた。

「あら、フラン」

「なぁにー?」

「ボタン取れそうじゃない。直してあげるから、こっちいらっしゃい」

 見れば確かに、フランの服の一部がほつれていて、ボタンが外れそうになっている。よく気付いたな。

 アリスに手招きされ、フランは「うん!」と大きく頷くと、トテトテと彼女の元へ向かう。アリスは懐から、俺が人里でプレゼントした裁縫セットを取り出した。そして、慣れた手つきで服を修繕していく。にしても、服を着せたまま直せるとは器用だ。それに、プレゼントの出番がこんなに早く来るとは思わなかった。

 あっという間にボタンをつけ直し、アリスは裁縫セットを再度懐にしまった。

「はい、おしまい」

「えへへー、ありがとー」

「うふふ、あらあら、甘えん坊さんね」

 フランは服を直してもらうと、ピョンッとアリスの膝の上に座った。そのままテーブルの上に用意されていたおやつに手を伸ばす。アリスも満更でもないようで、ニコニコと柔らかい笑顔で、フランの頭を優しくなでていた。ひじょーに微笑ましい。姉妹みたいだ。どっちも金髪だし。いや、フランの姉はレミリアなんだけどさ。

「手間をかけるわね、アリス」

「別にいいわよ。気にしないで」

 レミリアとアリスが話していると、さっきまで席を外していた咲夜さんが戻ってきた。というか、いつからいなくなってたんだ? まるで気付かなかった。

「お嬢様、パチュリー様にもおやつを届けてまいります」

「ええ」

 咲夜さんの左手にはトレイが乗っている。その上には、グルメ漫画とかでしか見たことないような、半円形の蓋が被さっていた。

 パチュリー……美鈴の話では、アリスと同じ魔法使いなんだっけ。そういえば、まだ挨拶していなかったな。ここは同行させてもらえないだろうか。

 俺の考えを読んだのか、偶然にも考えていたことが同じだったのか、アリスが咲夜さんに確認を取る。

「咲夜、私達も一緒に行っていいかしら? パチュリーにも優斗を紹介したいし」

「ええ、いいわよ」

「そういうわけだから、私達は行くわね」

 咲夜さんからの同行許可が出たところで、俺達はスカーレット姉妹と別れることとなった。姉であるレミリアが、まだアリスの膝の上にいるフランを呼ぶ。

「そう、わかったわ。フラン、ちゃんと自分の席で食べなさい」

「はーい、お姉様。アリス、ユウ、またね!」

 フランは素直な良い子だ。レミリアもしっかりお姉ちゃんしている。姉妹の仲が良いのは微笑ましいことだ。キマシタワー。

 

 

 大図書館は地下にあるため、長い階段を下りていく必要があった。地下の廊下を進み、奥にある一際大きな扉を開けると、賢者の石とか秘密の部屋とかのサブタイトルが付く魔法使いの映画みたいな空間が広がっていた。

 高い天井に届いてしまうほどに大きな本棚がいくつも並び、それぞれに本がびっしりと詰まっている。この部屋だけで一体何冊の本があるのだろうか。ブック・○フも真っ青だ。

 部屋の一角で、机に向かって分厚い本を読んでいる人物が居た。パジャマみたいなダボッとした薄紫色の服と帽子。葡萄みたいな紫色のロングヘア。彼女が例の魔法使いか。

「パチュリー様、おやつをお持ちしました」

「もうそんな時間? こあ、休憩にしましょう」

 パチュリーが奥のスペースに声をかける。「はーい」と返事がし、やがてそこから悪魔を連想させる黒い羽を背中に、その小っちゃいバージョンみたいなのを頭に付けた女子が、本を何段重ねにもして運びつつ現れた。その子が机の上に本を置いたのを見計らって、アリスがパチュリーに話しかけた。

 

「相変わらず本の虫ね」

「アリス、来てたのね。そちらは彼氏かしら?」

「か……っ!? ち、違うわよ! この人は――」

「偶然出会って、アリスが家で面倒を見ている外来人ってところかしら?」

「わかっているなら言わないでよ!!」

 落ち着いた口調で、表情を変えることなくアリスをからかっている。こやつ、できる。

 恨めしそうに睨むアリスを尻目に、「さて、と」とパチュリーが俺を見据える。

「私はパチュリー・ノーレッジ。この図書館の司書をしている魔女、とでも言っておこうかしら。この子は小悪魔。私の助手をしている使い魔よ」

 パチュリーから紹介を受けた小悪魔が「はじめましてですー」とペコリ頭を下げる。それに軽く手を上げて応えた。

「俺は天駆優斗。残念ながらアリスとは恋人同士ではない」

「そう。残念ね」

 というわりには、別に残念そうには見えないのだが。物静かな娘さんだ。

 それに対し何故か、アリスがちょっと不満そうに頬を膨らませていた。が、何かを思い出し「あ、そうそう」と、ポンと手を叩く。

「この前借りた本なんだけど、もうすぐ読み終わるから。今度返しに来るわね」

「そう、了解したわ。まったく、魔理沙もアリスを見習ってほしいものね」

 パチュリーが疲れたように溜息を吐く。何か問題でも生じているのだろうか? 首を傾げていると、「魔理沙は借りても返さないのよ」と、アリスがこそっと教えてくれた。おいおい、門を強行突破な上に本をパクリとか、もはや強盗じゃねーか。

「あなたも見たい本があったら借りていっても良いわよ。その時はこあに言ってちょうだい」

「俺も使って良いのか?」

「ええ、アリスにそれだけ信用されているなら十分よ」

 ここ数日で分かったのだが、アリスは皆からかなり慕われているようだ。可愛い、優しい、面倒見も良いのだから当然か。俺も、幻想郷に来て最初に出会ったのがアリスで、本当に良かった。

 図書館の利用許可が出たところで、アリスが俺を呼んだ。

「優斗、帰りも遅くなっちゃうし、そろそろ行きましょう」

「おお、そうだな」

「アリス、ちょっとだけ待ちなさい。こあ――」

 パチュリーが小悪魔に何か耳打ちする。小悪魔は話を聞き終えると、「わかりましたー」と返事をしてどこかに飛んで行ってしまった。が、数刻もせずに戻ってきた。その手には一冊の本が抱えられている。小悪魔はそれをアリスに手渡した。

「アリスさん、どうぞ」

「何かしら?」

 アリスは戸惑いつつも、本を受け取った。何の本だろうか。俺も気になり、後ろからタイトルを覗き込もうと試みるが……

 

「~~~~~っ!? もう! パチュリーのバカぁーーー!!」

 

 アリスが顔をリンゴのように真っ赤にしたかと思うと、パチュリーに本を押し付け、両手で顔を隠しながら、そのまま脱兎の如く走り去ってしまった。この間わずか数秒。

「ってオイ!? 俺を置いてかないでくれー! 悪い、またな!」

 スチャッと敬礼し、俺は急いでアリスの後を追って図書館を出た。

 

 

「少しからかい過ぎたかしら」

 ぼそっと呟き、パチュリーはアリスから押し返された本を机の上に置いた。文庫本サイズのそれの表紙には、丸っこい字でこう書かれていた。

『大好きな彼と急接近する方法 ~恋の応援バイブル~』

 それを横目に、咲夜が持ってきてくれたスコーンにジャムをたっぷりつけてから、一口齧る。

「…………甘い」

 

 

 正門まで来て、ようやくアリスに追いついた。

「はぁ……ふぅ……急に走り出すなよ……」

「ご、ごめんなさい……」

「あっ、いや、まぁいいんだ。うん」

 アリスがしゅんとしてしまったので、慌ててフォローする。

「優斗様」

 と、またまた何処からともなく咲夜さんが現れた。この人は気配でも消せるのだろうか。

 彼女の手には一本の傘が握られている。それを俺達に差し出した。

「道中、雨が降るかもしれません。どうぞお使いください」

「これはかたじけない。ありがとうございます、咲夜さん」

「いえ。こちらこそ、急でしたもので一本しかご用意できず、申し訳ありません」

「いえいえ! 十分ありがたいです!」

 咲夜さんは、本当に丁寧な人だ。メイド・オブ・メイドですな。しかも超が付くほど美人だし。彼女から傘を受け取り、俺達は紅魔館を後にすることにした。咲夜さんは、最初に会った時のような、綺麗なお辞儀で見送ってくれた。

「またのお越しをお待ちしております」

「はい! お邪魔しました!」

「そこの居眠り門番にもよろしくね」

「ええ、もちろんですわ」

 女神のような微笑をたたえる咲夜さん。その手にナイフが握られているように見えた俺は、きっと疲れているのだろう。今日は早めに休もうかしら。

 

 

 帰り道。

「さっきパチュリーから何の本を渡されたんだ?」

「何でもないったら」

 気になっていたことを聞いてみたが、教えてもらえなかった。まぁ、予想はしていたけどさ。さすがにエロ本ではないよな、いくらなんでも。そうであってほしい。

 

 ぽつり……ぽつり……

「あ……雨」

「あちゃー、とうとう降ってきちまったか」

 考えてみれば、今朝から山の方が曇っていたっけ。

 最初は弱々しく落ちてきた水滴も、あっという間にどんどん量と威力を増していく。俺達は、さっき咲夜さんから借りた傘を使うことにした。使うことにしたのだが……

 

『……………』

 

 皆さんお気づきであろう。一つの傘を、男女二人で仲良く肩を寄せ合い使う。それは世間一般で「相合傘」と呼ばれる代物。他人がやっているのを見たら、憎しみで人を殺せたらと、禍々しい気持ちが己を蝕むこと必至である。

 だがしかし、いざ自分がやると、何とも言えない気恥ずかしさに身悶えしそうになるんだよ、知ってた? 俺は今知った。おかげでアリスと目が合わせられず、二人とも違う方に視線を向けてしまう。い、いかん! ここは俺がしっかりしなければ!

 

「あー、狭くないか?」

「うん……大丈夫」

「そっか」

「うん」

『……………』

 

 ぬぉおお、何だこの気持ち!? 胸の奥がムズムズする! 

お互い無言で帰り道を歩く。ザァーという雨脚だけが、やたら周囲に響く。森に続く道が、今は何だか妙に遠く感じる。ふと気になって、チラッとアリスの方を見た。そしたら、

 

『!!』

 

 ばっちし目が合った。慌てて二人ともパッと目を逸らしてしまう。あ、あれぇ変だな~? 俺ってばこんなタイプだったっけ? 気のせいかもしれないが、顔が熱い気がする。風邪をひいた覚えもないし、一体どうしてしまったというんだ!?

 

『……………』

 

 また無言になる。しかしさっきほど長い沈黙にはならなかった。なぜなら、

「……ぷっ」

「……くすっ」

 何だか可笑しくなってきて、どちらからということもなく吹き出したからだ。

 一度吹き出してしまうと、可笑しさが次から次へと湧き出してきて、しまいには雨音に負けないくらいの大きな笑い声を上げていた。

 笑い疲れて若干腹が痛くなってきたところで、ようやく可笑しさが収まってきた。俺は腹を押さえ息を整えながら、アリスは目尻に浮かんだ涙を軽く拭いながら、お互いに悪戯っぽい笑みで相手を見つめた。

「どうしたんだよ?」

「別に何でもないわよ。優斗こそどうしたのよ?」

「べっつにぃ~?」

 

 俺達は誤魔化すように茶化し合いつつ、でも何だか楽しい気分で並んで帰るのだった。

 家に着く頃には雨はすっかり止んでいて、晴れた空には鮮やかな七色の虹ができていた。

 

 

つづく

 




早く春来ないかなー。色んな意味で。


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第八話 「そこに山があるからさ」

いつの間にか、三十名以上の方がお気に入り登録してくださってました!
いやもうホント、ありがとうございます!
これからも、自分で楽しみつつ、読んでくださっている方にも楽しんでいただける、そんな作品を作っていけたらいいなぁ……と思っております。

では、今回も読んでいただけると、嬉しいです。


 幻想郷の朝は早い……のかどうかは知らないが、アリスの家で世話になっているこの頃は、規則正しい生活をしている気がする。大学生というのは、無駄に徹夜しては「俺寝てないんだぜ? ワイルドだろ?」なアピールで自己満足に浸るという痛々しい側面を持つ者が多いため(俺もその一人だったことは否定できないが)、生活リズムが不規則になってしまうものなのだ。

 まぁ、何はともあれ、今日も長閑な幻想郷ライフの幕が上がる――

 

「おー、イイ感じに乾いているじゃないか」

 俺は一晩中外に干しておいた、愛用しているグレーのジャケットを纏う。本当だったら日中に干しておきたかったのだが、すっかり忘れていたのだから仕方あるまい。ちゃんと乾くかどうか心配だったが、杞憂だったようだ。

 寝癖はついていないが、井戸水を使ってブラウンカラーの短髪もしっかりセットする。決してナルシストというわけではない。そこは勘違いしないでいただこう。

 身だしなみをある程度整えていると、軽く開いた窓から朝食のいい匂いが漂ってきた。キッチンがある方からだ。どうやらアリスはもう起きているようだな。アリスの手料理で一日がスタートするとは、何とも嬉しいことである。やったね!

 

 

「今日はどこに行くの?」

 ポタージュが入ったマグカップを両手で持ち、それを口元に運びながらアリスが聞いてきた。アリスお手製の目玉焼きが乗ったトーストをしっかり味わったうえで、飲み込んだ後、俺は質問に答えた。

「もちろん、まだ見ぬ世界へ」

「ほとんど行ったことないでしょ。まだ幻想郷に来たばかりなんだから。……そうね、守矢神社なんてどうかしら?」

「博麗神社の他にもあったのか。どんなとこなんだ?」

「博麗神社よりも大きな神社よ。『外』から来た巫女と二人の神様が暮らしているわ。巫女は真面目で良い娘よ。ちょっと天然だけどね」

「ほう、それはポイントが高いな。どこにあるんだ? その守矢神社ってのは」

「妖怪の山よ」

 

 

 青年登山中。誰々何々中って最近よく見かけるが、どこから来たのだろう?

 というわけで、幻想郷で一際大きな山にあるという神社を目指し、俺とアリスは勾配を上っていた。

「アリス、歩き疲れてないか? 辛かったら飛んでも良いんだぞ?」

 やや心配になった俺は、アリスに声をかける。華奢な身体の魔法使い、やはり体力仕事はキツイんじゃないか。魔法使いって言ったら、体育会系よりも文化系だろう。

「ありがとう、でも大丈夫よ。それに、飛んだらスカートの中見えちゃうもの」

 イタズラっぽい笑みでウインクを決めるアリス。可愛い。

「心配するなって。見たいけど見ないさ。アリスに嫌われたくないからな、我慢する」

「もう、バカ……」

 アリスの頬がほんのり桜色に染まる。どことなく嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか?

 

「あやや? そこに居るのはアリスさんと、噂の外来人では?」

 

 アリスの照れ顔を堪能していたら、上空から声がした。見上げると、カラスのような黒い翼を羽ばたかせた、黒髪で短髪な女の子がこちらを見下ろしていた。魔理沙の時もこんな感じだったっけなぁ。っていうか噂になっているのか、俺は。

 彼女は飛行高度を下げ、俺達の目の前にトンッと着地した。白いブラウスと黒いミニスカートから、活発そうな印象を受ける。

「毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。あなたのことは霊夢さんから聞きました。天駆優斗さんですね?」

「んだ」

「なんで田舎者口調なのよ」

「アリス、こいつは?」

「彼女は射命丸文。新聞記者をしている鴉天狗よ。鴉天狗はこの山に住んでいて、河童や白狼天狗を部下にしているの」

「あややー、ご丁寧な説明ありがとうございます。というわけで早速、取材しても良いですか?」

 俺達の返事を待つこともなく、彼女は既にペンとメモを取り出してスタンバッている。断るという選択肢はなさそうだ。「わかった」と了承すると、立て続けに質問が飛んできた。

「名前は事前に聞いているので。ではまず、今日は何をしに?」

「守矢神社に行こうと思ってな」

「幻想郷に来てから、何処に行きましたか?」

「博麗神社、人里、香霖堂、あとは紅魔館にも行ったな」

「アリスさんは?」

「俺の嫁」

「何言ってるのよ!?」

「そげぶぅッ!?」

 アリスに突き飛ばされ、思いっきり木に激突する。俺がぶつかった衝撃で、葉が数枚パラパラと舞い落ちた。それと同時にパシャッという乾いた音がする。そちらに顔を向けると、さっきまでふむふむとメモを取っていた文が、いつの間にかカメラに持ち替えていて、俺達を撮影していた。っていうか、マジでいつの間に持ち替えたんだ? マスコミの底力の一端を見た気がした。

 彼女は満足そうにそれをポケットに入れると、ふわっと宙に舞い上がる。

「ご協力ありがとうございました! 新聞ができたら届けに行きますね。ではまた!」

 そのまま勢いよくシュバッと飛んで行った。――見えたっ! と言いたいところだが、文があまりに速かったせいで見ることができなかった。何が、なんて言わなくても紳士な皆様ならきっと分かってくれると信じている。

 悔しさを噛みしめていると、アリスがジト目&どことなく低い声のトーンで、

「見たでしょ?」

「見てない見てない」

「見ようとは?」

「した」

「……………(怒)」

「……………(土下座)」

 女の勘は恐ろしい。

 

 

「おお、立派な神社だな」

 文と別れ、アリスにひたすら土下座で謝罪しまくった後、ようやく俺達は目的地である守矢神社に到着した。事前に聞いてはいたが、敷地面積もさることながら、本殿と思しき建築物も、博麗神社のそれと比べると大層なものだ。何となく、新しい印象を受ける。つい最近できたばかりなのだろうか?

 境内を進んでいくと、竹箒で掃除をしている巫女姿の少女を発見した。俺達が近づいていくと、向こうもこちらに気付いた。

「早苗、こんにちは」

「アリスさん、こんにちは。良い天気ですね。そちらの方は?」

「彼は優斗。あなたと同じ『外』から来た人間よ」

「へぇ、そうなんですか? 初めまして、東風谷早苗です。この守矢神社の巫女をしています」

 ペコリとお辞儀をする早苗。育ちが良さそうな、清楚な印象を受ける。緑色の長髪に、赤ではなく青を基調とした巫女服が個性的だ。っていうか、この娘の巫女服も脇を露出している。まさか、巫女の間でボカロが流行っているのか?

「よろしくな。ところで、ここに神様が暮らしていると聞いたんだが」

「あ、はい。それなら――」

 

『私が神だ』

 

「あ、神奈子様。諏訪子様も」

 突如、二つの声がしたかと思うと、片や宝塚にでもいそうな凛々しい風格の女性が、片や小学生くらいの幼い風貌の少女が、腕を組み仁王立ちしていた。マンガだったら、ドーンという効果音でも付きそうだな。

 女性の方は、輪を形作った注連縄をバックパックみたく背中に装着し、円形の鏡をペンダントのように胸元に飾っている。少女の方は目玉のようなものが付いた、バケツっぽい麦藁色の帽子を被っているのが特徴的だ。そして何より二人とも、只者ならぬオーラを身に纏っていらっしゃる。さっき二人が言っていた内容から察するに……

「あなた方が神か」

『そうだ』

「舵を操って船の針路を保ち、または方向を変えることは?」

『操舵』

「無機塩類を加え、二酸化炭素ガスを飽和させた清涼飲料水は?」

『ソーダ』

「いやはや、さすが神。お見逸れしました」

 感服した俺は、お二方に深々と頭を垂れる。

 アリスと早苗は呆然とした様子で、俺達を見ていた。

 

「いやぁ、ノリが良いね」

 謎の問答を終えると、背の高い女性の神様が愉快そうに笑いながら、俺の肩をポンポンと叩いた。急にフランクになったな。というか、こっちが素なんだろう。

「恐縮です。条件反射とはいえ、神様相手にご無礼を。申し訳ない」

「気にしな~い」

 俺が再び頭を下げると、今度は幼い見た目の方の神様が、ケロケロと笑いながら俺の背中を叩く。こっちもこっちで軽いっすね。何だか、目の前に神様がいるという実感がなくなってきた。まぁ、ぶっちゃけると最初からそれほど緊張してなかったんだけどね!

「改めて自己紹介しよう。私は八坂神奈子、軍神さ。で、こっちが洩矢諏訪子。土着神だ」

「よろしく~」

 自己紹介が済んだところで、早苗が気になっていたことを神二人に尋ねる。

「お二人とも、いつから見ていたんですか?」

「天駆が『おお、立派な神社だな』って言ってた辺りからかな」

「ほぼ最初からじゃない」

 洩矢様のケロッとした返答に、アリスがもっともな感想を述べた。

「そうだ。皆さん揃ったところで、お茶にしませんか?」

 ふと、閃いた早苗がぽんと手のひらを合わせて、そんな提案をしてきた。こちらとしても嬉しいお誘いだ。ご馳走になろう。

「おお、ありがてぇ。さすがに歩き疲れたし、一休みしたかったところだったんだ」

「そうね。それじゃ早苗、お邪魔するわね」

「はい!」

 

 

「――つまり守矢一家様方は、自らの意志で此処に来たと?」

「そういうことさ。『外』じゃ信仰は得られないからね」

 俺の確認に、八坂様が頷く。

 俺達は案内された居間でお茶をいただきつつ、守矢一家が幻想郷に来るまでの経緯を聞いていた。

 詳しい説明は省略するが、俺や早苗が元々暮らしていた世界では、神様への信仰が昔と比べてかなり減ってしまっていたことが原因で、八坂様と洩矢様は自らを維持するのが困難になっていたらしい。そのため、力と存在を保ち続けるために、唯一、彼女達を認識できていた早苗と共に、妖怪やらなんやらが当たり前のように存在する、この幻想郷に神社ごと引っ越してきたとのこと。簡単に言ってしまったが、ちょっと切ない話だ。

 守矢一家の話が一段落ついたところで、今度は俺の話になった。まず、洩矢様が口を開いた。

「天駆が幻想郷に来たのは、偶然なんだっけ?」

「ええ、偶然というより奇跡ですね」

「ふふ、そうですね」

 奇跡、と聞いて早苗が可笑しそうに笑う。聞けば、彼女の能力は「奇跡を操る程度の能力」だそうだ。これまたぶっ飛んだ能力である。「それで」と今度は早苗が俺に質問する。

「優斗さんはいつまで幻想郷に?」

「うーむ、気が済むまで……ってところだな」

 帰りたくなったら帰れるし、と付け加えると、それを聞いた八坂様が「ふむ……」と何やら考え込んでしまった。そして、とある忠告をした。

「その逆は難しいよ」

「どういうことです? 逆とは?」

「『外』に帰った後、また幻想郷に来るのは難しいってことさ。あっちでスキマ妖怪に会える可能性はどのくらいだと思う? あいつは気まぐれな奴だ。可能性は極めて低い。ゼロと言って良い」

 つまり、俺が幻想郷で過ごせるのは、後にも先にも今回だけということか。まぁ、もともと此処に来れたこと自体イレギュラーだし、何度も往復できる方が変だよな。本当にいくつもの偶然と奇跡が合わさって、この状況があるんだと、今更ながら感心してしまった。

「まぁ、その時はその時ですよ。今考えるつもりはないです」

 俺の返事に、アリスも同意してくれた。

「そうね。帰る目途がつくまでは、うちにいるといいわ」

「おう、ありがとな」

「ええ、どういたしまして」

 

 にこやかに笑い合う俺とアリスを見て、早苗は八坂様に微笑みかけた。

「神奈子様、きっと大丈夫ですよ」

「何がだい? 早苗」

『??』

 早苗の言いたいことが分からず、八坂様は怪訝そうな顔をする。俺とアリスもほぼ同タイミングで湯呑を口元に運びつつ、疑問符を浮かべた。突然何を言い出すんだ?

 そして、早苗は朗らかな笑みを浮かべつつ、自信たっぷりに――

 

「きっとお二人は、赤い糸で繋がっていますから!」

『ぶぅーーーーーーーーっ!?』

 

 爆弾発言をしやがった。おかげで霧状になった緑茶が、二ヵ所から同時噴射した。

 俺は咽ながらも、早苗に全力のツッコミを入れる。

「げほっ、ごほっ!! な、な、何が!?」

「え? ですから、優斗さんが現代に帰って、アリスさんと離れ離れになってしまったとしても、きっと二人は結ばれますよ、と」

「~~~~~っ!!」

 あ、やべ。アリスが耳まで真っ赤になって俯いてしまった。げに恐ろしき天然娘の無自覚発言。もはやテロ級の破壊力を秘めていやがる。さすがの俺も意表を突かれてしまった。

 そんな俺とアリスのリアクションを見て、神二人はニヤリと笑うと、それぞれアリスの左右にどかっと腰掛けた。そしてアリスに何か耳打ちする。

 

「ふふふ、ライバルが現れたら戦い方を教えようか? なにせ私は軍神だからね」

「な、なななっ!?」

「あーうー。子作りのヒケツ、教えちゃおうかなー?」

「ふぇえええ!? こっ、こづ……!?」

 

 これまでの記録を塗り替える勢いで、アリスの顔がどんどん紅色に染まっていく。あかん、湯気まで出てる。今触れたら火傷でもするんじゃなかろうか。

 というか一体何を吹き込まれているんだ? 俺も詳しく聞こうと、接近を試みるが、

「ダメですよ、優斗さん。女同士のヒミツなんですから」

「……了解」

 早苗に窘められてしまったので、すごすごと引き下がった。

 

 

 その日の晩。

 自室のベッドの上に寝っ転がりながら、俺はぼんやりと天井を眺めていた。

「…………」

 考えていたのは、元々居た世界のこと。そして、いつか来るであろう帰る日のこと。八坂様にはああ言ったが、やはり少しだけ気になっていた。今のところは、幻想郷のファンタスティックっぷりが刺激的で退屈することはない。だが、放浪癖のある俺の性格上、いつかは別の場所を求めてこの地を去ることも、十分ありえる。

 ……さよならの時、アリスとはどうなるのだろう。お互いに笑顔で「じゃあね」と言えるだろうか。それとも、別れを惜しんで泣きながらの「バイバイ」になるのだろうか。アリスが泣いているところを想像したら、チクッと心が痛んだ。

 俺は頭をぶるぶると振って、落ち込みかけた思考を隅っこに追いやった。

「あーもう、やめやめ。為せば為る。なるようになるさ」

 少なくとも今すぐ帰る気は更々無い。それでいいじゃないか。

 そう結論付けて、俺は布団をかぶり、眠りに落ちていった……

 

 

 翌日、文が届けに来た「文々。新聞」に、俺とアリスの熱愛報道(もはや過大解釈というより捏造レベル)が大々的に書かれ、記事を見たアリスの顔から火が出て、そのまま思考回路がショートして倒れてしまったのは、また別のお話。

 

 

つづく

 




ハピハピバースデー♪ ←とある動画を観ながら


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第九話 「人類みな兄弟♂」

 久しぶりに、漫画喫茶で長時間にわたってマンガを読みました。
 静まり返った空間の中、思わず「ぶっ!」と笑ってしまい、何とか誤魔化そうと「ん゛っんん」とわざとらしい咳払いをしました……恥ずかしかった!


 とある夜。夕食も済ませ、俺とアリスは食後の紅茶を飲みつつ、まったりした時間を過ごしていた。

 ちなみに今日は家事に専念していたため、新天地の開拓は行っていない。たまには、こんな日もあるさ。そもそも居候の身なのだから、家主に貢献せねばなるまい。

「その『地底』ってのが、幻想郷じゃ温泉の名所なのか?」

「ええ。もともとは、ならず者の妖怪達が住む場所だったんだけど、最近じゃ地上に住んでいる連中も行き来しているみたいね。ただ、入口が巨大な穴だし、底もかなり深いから、飛べないと行けないんだけどね」

「つまり俺じゃ行けないということか」

「行ってみたい?」

「そりゃな」

 地下に住んでいるとか、ドリルが天元突破するロボットアニメみたいだ。発掘したら、頭に直接手足が付いている機体でも出てくるんじゃないか。男のロマンだな。そもそも何でこんな話になったんだっけ? ああ、そうだ。俺が温泉行きたいなーとか言い出したのが原因だった。

 

コンコン……

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、今何か聞こえなかったか?」

「そう? 私は気付かなかったけど」

 俺の気のせいか? でも感じ的にはドアをノックする音っぽかった。もしかしたら外に誰かいるのかもしれない。俺は立ち上がって玄関の方へ向かう。すると、

 

コンコン

 

 ドアの向こうから、扉を叩く音が先程よりもはっきりと聞こえた。来客で間違いないようだ。こんな夜遅くに一体誰だろうか? また魔理沙が飯でもたかりに来たのか?

 何にしても、誰かいるなら出迎えないといけない。俺は玄関のカギを外し、ドアノブを捻った。

「はいはーい、どちらさまですかっと……って、なぬ?」

 そこに立っていた人物を見て、俺は目を疑った。

 月明かりに輝く、宝石のような七色の羽。サイドテールの金髪。身長差から、見下ろす形になってしまう、十代にも満たなそうな幼い体型。どこかもの悲しそうに俯いている、その人物は、

 

「お願いがあるの……」

 

 レミリアの妹、フランドールだった。

 

 

「それで、一体どうしたのよ? フラン」

 フランを中に招いて、リビングのソファーに座らせた後、アリスがフランに事情を尋ねる。アリスも、彼女の突然の来訪が予想外だったようで、俺がフランを連れて戻ったら、口に手を当てて目を丸くしていた。

「あのね……」

 この前とは打って変わって、しょんぼりした様子のフランが「この子……」と、その小さな腕に抱えていたものをアリスに差し出した。彼女が大事そうに抱えていたもの。それは、愛くるしいテディー・ベアだった。

「クマのぬいぐるみ? この子がどうかしたの?」

「壊れちゃったの……」

「え? あら、ホントね」

 アリスにつられて、俺もクマを観察する。見れば確かに、首のところが破けて、中の綿がはみ出していた。破け具合から察するに、遊んでいたらどこかに引っ掛けてしまったといったところか。仮にフランの能力「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」でやったのなら、この熊ボーイは十七分割されていたであろう。真祖の姫君が、直死の魔眼に出会った時のように。

 フランの話を要約するとこうだった。そのぬいぐるみは姉のレミリアから貰った、フランのお気に入りだそうだ。んで、もしも壊してしまったことが姉にバレたら、レミリアが悲しむかもしれないと不安になった。だから、紅魔館の皆には内緒で直したいと思った彼女は、この前アリスに洋服を直してもらったことを思い出し、こっそり屋敷を抜け出してここまで来たとのこと。早い話が脱走である。妹様が脱走を図った様です。

「よく場所が分かったわね」

「パチュリーに聞いたの」

 あるぇ? それってバレてないか? と言いかけたが、アリスに小突かれ口を閉じる。まぁ、パチュリーなら知ってて黙ってるとか平気でやりそうだし、問題ないか。

 フランは心細そうに、すがるような目でアリスを見つめた。

「直せる……?」

「ええ、もちろん大丈夫よ。任せなさい」

 アリスはその問いに、自信たっぷりの頼もしい笑みで応えた。直後、フランの表情がパァァッと輝く。うむ、可愛い。アレだ、将来もし娘が出来たら、こんな気持ちになるんだろうな。

 笑顔が戻ったフランの頭を、いつの間にか傍にいた上海がそっと優しくなでていた。

 

 

「えへへ、おいしー」

 上海が持ってきたクッキーを食べつつ、フランはすっかり上機嫌のようだ。夜におやつはいけませんとか、無粋なことは言うもんじゃない。こまけーこたぁいいんだよ。

「ユウにも一個あげるー」

「おう、ありがとな」

 フランからクッキーを受け取り、サクッと齧る。うむ、美味い。甘過ぎないところが、食べやすくてグッドだ。

 おやつを食べ終え、ますます気分上々になったフランが、こちらに身を乗り出てきた。

「ねー、遊ぼ? そうだ、弾幕ごっこしよ!」

「すまんが、俺は弾幕とかいうのが出せないんだ。他のことしないか?」

「そうなんだ? んっとねー。じゃあお話ししよ?」

「おう、それなら良いぞ。にしても、フランは本当にレミリアのこと好きなんだな?」

「うん! フラン、お姉様のこと大好き! 咲夜も、美鈴も、パチュリーも、小悪魔も、紅魔館のみんな大好きだよ」

 指折りつつ、紅魔館のメンバーの名前をあげていく姿が微笑ましい。にっこにっこと大きく頷くフランちゃんマジ良い子。その言葉が偽りないということが十分伝わってくる。紅魔館は良い家族だな。……家族、か。

「ユウには兄弟いないの?」

「……いるよ。兄貴が」

「お兄ちゃんがいるの? どんな人?」

「一言で言えば、万能タイプだな。頭も切れるし運動神経も良い。完璧主義で、何でも自分でやらないと気が済まなくてな。他人をあてにしない人だ」

「へー。凄い人なんだね!」

「まぁな……」

 フランが無邪気な目で俺を見上げる。それを見て俺は思わず苦笑してしまった。

 まぁ、完璧主義が過ぎて、偏った思考回路の持ち主だったり、孤独を愛する一匹狼な性格のせいで、集団行動を嫌ったりする側面もあったのだが。それでも、高スペックな上に異常な程の向上心の持ち主だったから、両親は兄貴を溺愛していた。……少なくとも、俺が居心地悪くなるくらいには。

 

「……ユウは、お兄ちゃんのこと嫌いなの?」

 覗き込むような体勢で、フランが心配そうにそんなことを聞いてきた。また表情に出てしまっていたのだろうか。それとも、俺の雰囲気が暗くなっていたのか。どちらにしても、よろしくない状況だ。

 俺は頭を振り、フランの頭部にポンポンと数回軽く手を乗せた。

「いや、そんなことはないぞ。ただ、俺じゃ敵わない相手ってだけさ」

 実際、兄弟仲が悪かったわけではない。話しだってするし、喧嘩だってほとんどしない。それでも、俺が家に居辛かったことは事実だった。だからあちこちフラフラするようになったんだろうか。だとしたら、俺の放浪癖は「居場所探し」なのかもしれないな。そう思うと、ちょっと情けない話だ。このことは黙っておこう。男として格好悪い。

 ところが、子ども(といってもフランは495歳らしいが)というのは何かを見抜くのが得意なのか、フランは元気一杯な笑顔で、

「いつでも紅魔館に遊びにおいでよ! 待ってるから!」

「……ああ、サンキュな」

 そんな嬉しいことを言ってくれた。

 

 

「はい、できたわよ」

「わぁ!」

 やがて黙々と縫い針を動かしていたアリスが、無事にぬいぐるみのオペを終えたようだ。修理したものを持ち主であるフランに手渡すと、彼女はキラキラと目を輝かせた。

「すごいすごい! お姉様とおんなじだ」

 はしゃぐフランを横目に、俺は隣に来たアリスに問いかけた。

「いつの間に、あんなの作ったんだ?」

「折角だもの。ただ直すだけじゃ、つまんないでしょ?」

 俺の問いかけに、アリスは腰に手を当て、得意気にウインクを決めた。そんなお茶目な表情も、非常に魅力的だ。

 さて、何が変わったのかと言えば、ビフォーではすっぽんぽんだったクマが、アフターでは服を着ていたのである。

 しかも、そのデザインというのが、フランが言っていた通り、レミリアの衣服と同じものだった。コウモリみたいな羽のアップリケが背中に施されている。芸が細かいな。

 姉を慕う妹吸血鬼はすっかりご満悦のようで、バージョンアップした相棒を抱いて、クルクルと楽しそうに回っていた。

「アリス、ありがとー! 大好き!!」

「うふふ、どういたしまして。ほら、急いで帰らないと、抜け出したのがレミリアにバレちゃうわよ?」

「うん、わかった! バイバイ!」

 フランは大きく手を振ると、玄関の扉を開け、そのまま元気よく外へ飛んで行った。フライ的な意味も含めて。

 さすがは吸血鬼。夜の方がテンションが上がるのだろうか。

 

「本当にレミリアのことが大好きなんだなぁ」

「そうね、姉妹だもの」

「姉妹、か……」

 アリスの言葉を聞いて、俺は自分と兄貴の関係を思い返した。

 優秀な兄貴に対して、劣等感があったわけではない。それでも俺は、これといった強みが無い自分に辟易して、特別な何かを見つけようとしていたのだろうか。色々なことに首を突っ込むわりには、深入りせずに何時でも離脱できるようにするような行動スタイルも、気まぐれな性格の一言で済ませるには、ややひっかかるものがある。

 ……俺は、どこを目指しているんだろうな。

 

「ねぇ、優斗」

 ぼんやり考え事をしていたが、アリスに名前を呼ばれてハッとした。

「ん? どした?」

 俺は何事も無かったかのように、彼女に返事をした。見れば、アリスは何だか真剣な顔で、じっと俺を見据えていた。

「優斗は優斗だからね」

「ぷっ。本当にどうしたんだ? いきなり変なことを言うなぁ~」

「な、何よ……笑うことないでしょ?」

「いやいや、悪かったよ。すまんって」

 アリスが拗ねたように頬を膨らませてしまった。まだ少し笑いが残っていながらも、俺は謝った。軽い調子の謝罪姿勢に、アリスは「むー」とまだ若干不満そうだったが、どうやら許してくれたようだ。よかった、よかった。

 それにしても、考えていたことがバレたのかと思って、ちょっとばかし焦った。とはいえ、アリスの言うことも、もっともだな。何より、ああいう家庭環境だったからこそ、今の俺がいて、その結果として幻想郷に来ることが出来たんだ。ポジティブに行こうじゃないの。うむ、これもまた運命石の扉の選択か。いいだろう、エル・プサイ・コングルゥ。

 どこぞの白衣を愛する中二病大学生のモノマネを、モノローグしていたのと、それが小声だったこともあり、俺はこのあとのアリスの言葉をよく聞き取ることが出来なかった。

 

「それに、居場所ならちゃんと……」

「え? 何か言ったか?」

「ふぇっ!? ううん、何でもないわ! あ、私もう寝るわね。おやすみなさい」

 早口で捲し立てた後、アリスはそそくさと部屋に戻ってしまった。何だったんだ?

 まぁ、いいか。一人で勝手に納得すると、リビングに取り残された俺は、テーブルの上にあるティーセット類を片付け始めた。

 

 その晩、俺はお気に入りのジャケットに、でっかいクマさんの刺繍を縫い付けられる夢を見て、ちょっとだけ泣いた。

 

 

つづく

 




投稿を始めてから、小説を書くのって難しいんだなと、改めて理解しました。
しっかり更新している方々を、改めて尊敬します。自分もかくありたいものですなぁ……


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第十話 「バイト DE 鑑定団 ~真実はいつも一つ~」

先に謝罪と注意を……

今回、アリスは登場しません! それどころか、男しか出てきません!
アリスを期待していた方々、申し訳ありませんでした!!

それを了承したうえで、今回も読んでいただけたら、嬉しく存じまする。


「今日はよろしく頼むよ、優斗君」

「うぃっす! お任せあれ!」

 霖之助さんに向かって、俺はビシッと敬礼を決めた。

 今日は、先日の約束通り、香霖堂のアルバイトに来ていた。アリスは博麗神社に遊びに行っている。なので今回は俺一人だ。さすがに、アリスにバイトを手伝ってもらうわけにもいくまい。というか、向こうの道具のこと知らないだろうし。 

 早速仕事に取り掛かるべく、俺は店長に質問する。

「それで、まずは何をすれば?」

「奥の倉庫部屋に色々置いてあってね、まずはそこに行こう。ついて来てくれるかい?」

「了解っす」

 俺の返事を聞き、霖之助さんは座っていた事務席の引き出しからカギを取り出すと、椅子から立ち上がった。

 というわけで、俺達は店の奥へ進んだ。途中、通路の邪魔になりそうなガラクタ類を退かしつつ、移動する。物をずらす度に埃が舞うのが、ちょっと気になった。あとで掃除するか。クリンリネスは商売の基本です。ハンバーガーショップで働いている魔王もいれば、家電量販店で働いている勇者っぽい男もいるんだ。しっかりやろう。

 

 やがて倉庫らしき部屋の前まで来た。霖之助さんが錠を外し、中に入る。俺も後に続いた。

「ほうほう、これはまた何とも……」

 中の様子を見て、思わずそんな言葉が漏れた。

 予想はしていたが、そこは店先以上にゴチャゴチャした空間だった。商品なんだか粗大ゴミなんだか分からない物が、あちこちに無造作に放置されている。ややカオスな状況だ。ふと壁の方に視線を向けると、「大日本帝国」と雄々しい文字で書かれた巨大な旗が、ロープで括り付けられてあった。大和戦艦にでも付いていたやつだろうか。何故こんなの拾ってきたんだ? 謎である。

 俺が目の前の光景に呆然としている間に、霖之助さんは壁際に置いてあったものをいくつか運び出し、俺の前に並べた。その数は三つ。全て電化製品だった。

「この間拾ってきたものだ。どうだい? わかるかい?」

「まぁ、わかりますけど……結論から言うと、どれも電気がないと動きませんよ」

「やっぱりそうか。だとしたら、河童が買っていってくれるかもしれない」

「河童?」

 霖之助さんの言葉を聞いて、首を傾げる。もちろん、河童は知っている。そこまで世間知らずではない。問題なのは、なぜ河童がこれらを欲しがるのかということだ。

 そういえば、文に出会った時、鴉天狗は白狼天狗や河童を部下にしているって、アリスが教えてくれたっけ。

 先日の出来事を思い出していると、霖之助さんが俺の疑問に答えてくれた。

「幻想郷で発明好きと言ったら、彼女達のことさ。僕と同じで、『外』の道具に深く興味を持っていてね。それらを拾ってきては、自分達なりに改造しているんだよ。なかなか面白い機械を作ったりしているそうだけど、よくわからないものばかりっていうのが専らの噂さ」

「マジっすか。俺の河童に対する認識が、大きく変わったんですが」

 河童の技術は世界一ィイイイイ!! とか言っているのだろうか。これで紫外線掃射装置なんて作ったら、レミリアに叩き潰されるんじゃね?

 

「んー、とりあえず順番に説明していきますね」

「頼むよ」

 霖之助さんが頷いたのを見計らって、俺は新しく入荷された商品の解説を始めた。

 俺が最初に指差したのは、箱のような形をしている、黒い立方体の物体。特徴は正面にモニターが取り付けられていること。そう、テレビだ。しかもブラウン管タイプ。確かに、今は液晶の時代だもんな。此処に流れ着いてしまったのも、その血の運命というわけか。関係ないけど、これ中心に集めていったら、「香霖堂」ではなく「ブラウン管工房」に改名できないだろうか?

 テレビについて、どうやら多少知っていることがあったようで、俺が説明する前に、霖之助さんが質問してきた。ちなみに、彼の能力は「道具の名前と用途が判る程度の能力」だそうだ。

「コレは、別の場所を見ることが出来る道具で合っているかい?」

「Exactly. この窓みたいなのに、その光景が映るんですよ。ただし、実際に現場に行く人とか、コレで見ることが出来るように編集する人とか、細工する施設がないと何も見れないっす。イメージで言うなら、新聞の映像版ってところですな」

 ニュース番組を想像しながらの解説だったが、あながち間違ってもいないだろう。話しながら、「文々。新聞」のことを思い出したので、最後にそう付け加えた。あ、もっと良い例があったな。

「もっと近いもので言えば、魔法の水晶みたいなのが、それなんですがね」

「う~ん、僕は見たことないな。新聞の方なら、天狗がたまに届けに来るけど」

 店主殿は魔法の水晶を見たことがないらしい。誠に遺憾である。パチュリーとかが使っていそうな雰囲気だな。今度聞いてみようか。アリスは……あまり想像できないな。薄暗い部屋で水晶を眺めているよりも、ぽかぽか日の当たる窓辺で愛らしい人形を作っている方が、彼女に似合う。それに何より可愛い。

「どうかしたのかい? 優斗君」

「あ、いえいえ。何でもないっす」

 おっと、いかん。楽しそうに人形作りをしているアリスの姿を想像したら、ついニヤけてしまっていたようだ。霖之助さんが声をかけてくれたおかげで、現実に戻ってこれた。引き続き、商品チェックをしないとな。

 

「これはまた何とも懐かしい。一時期流行ったなぁ」

 二つ目のブツを見て、俺は思わず苦笑してしまった。今でもコレやっている人は、はたしてどのくらいいるのだろう。

「一見したところ、奇妙な椅子みたいだけど」

「当たらずとも遠からず、確かに座って使うもんですね。何が狙いだったっけな……ダイエット?」

 バイクの座席部分だけを抜き取ったような外観。側面には色々とスイッチが埋め込まれており、機能満載感バリバリな雰囲気。夜の通販あたりに登場しそうな、よくわからんメカ。その正体は――乗馬マシーンだった。

「『外』の世界の人達は、楽して痩せたいって人が多いんですよ。ついでに、向こうじゃ馬なんてまず乗りませんから、ちょっとした疑似体験で遊べるのも、人気の理由だったんですかねぇ」

 俺自身、使ったことがないせいで、曖昧な説明になってしまった。とはいえ、多分間違ってはいないはずだ。

「へぇ、『外』はなかなか面白いことを考えるんだね」

 まぁ、すぐに飽きられてしまうのが、通販アイテムの悲しい宿命なんだがな。しきりに感心している霖之助さんに対し、俺は愛想笑いで誤魔化すしかなかった。

 

 さて、最後となる三つ目は、他の二つと違い、小型の機械だった。手に取って眺める。真ん中で折り畳める形状になっており、パカッと開くと、上側には画面が、下側には数字や記号が書かれたボタンが複数ついている。どう見ても携帯電話だ。それもガラケーってやつだな。

「コレは似たようなものをたまに拾うんだ」

「あー、時代が進むと、どんどん新型が出ますからねぇ」

 おそらく霖之助さんが今まで拾ってきたのは、折り畳みすら出来ないもっと古いタイプのケータイだろう。今はスマホが主流だから、ブラウン管テレビと同様に、こっちに来てしまったのか?

「これは遠くの人とも会話できる物だね?」

「その通りでございます。使える条件としては、これと同じものを相手が持っていることですな」

 霖之助さんの確認に、俺は肯定の返事をする。実際の使用条件には、電波やらなんやらも関わってくるのだが、めんどいし上手く教えられる自信も無いから、割愛することにした。

 霖之助さんは俺から携帯電話を受け取ると、まじまじと観察する。それを開いたり閉じたりしながら、「ああ、そういえば」と何かを思い出した。

「コレについては、似たような機能のものを以前、博麗の巫女が異変を解決する際に使っていたらしいね」

「霊夢が?」

「確か地底に行った時だったかな。それで地上の仲間と連絡を取り合っていたらしい」

 テレパシーによる脳内会話だろうか? いや、アイテムを使ったというなら、無線かそのあたりかもしれない。というか、それよりも今はもっと気になることがある。

 俺は、動かない携帯電話のボタンをカチカチと弄っている店主に、一つ尋ねた。

「霊夢も地底に行ったことが?」

「前に、地底の間欠泉が地上まで吹き出す異変があってね。それを解決するために、地底まで出向いたようだよ」

 地底のことは、この前アリスから聞いた。飛べないと行けないらしいが、俺もいつかは行ってみたいものだ。主に温泉目的で。

 地底に関する情報をさらに集めるべく、俺は質問を重ねる。

「入口がでっかい穴だと聞いたんですけど、そんなもの何処にあるんですか?」

「妖怪の山の何処かさ。僕も行ったことないから、詳しいことは知らないよ」

 そう言って肩をすくめると、霖之助さんは携帯電話を始め、並べていた道具を元の場所に戻していった。一応、置き場所は決まっていたみたいだ。適当に置いていたわけじゃなかったんだな。

「見てほしかったものは、以上だよ。さて、店に戻ろうか」

 

 商品チェックの後は店の大掃除をすることにした。窓を開け、外の空気と入れ替えながら、はたきを使って商品や棚の上の埃をパッパッと払っていく。汚れが目立つ所は、雑巾で拭き掃除だ。

 商品もキチンと並べましょう、という俺の提案を聞き入れてもらい、霖之助さんには陳列をやってもらっている。お互い別々の作業なので、背を向け合う恰好となった。

 雑巾を片手に、俺が棚の汚れと格闘していると、後ろから声をかけられた。

「働き者だね」

「そういう性分なんすよ」

「人形遣いさんも喜んでいるんじゃないかい?」

「だと嬉しいですね」

 背中を向けて語り合う。む、この汚れなかなかしつこいな。何度も擦って、ようやく多少ましになった。ふむ、こんなもんか。

 俺が汚れに勝利したことに満足していると、霖之助さんが何やら含みのある言い方で、とあることを尋ねてきた。

「ところで、二人はどういう仲なんだい?」

「どうって言われても……まぁ、家主と居候ですよ。アリスが家に住まわせてくれてるおかげで、野宿しないで済んだわけですし、ホント感謝っすわ」

「家主と居候か。優斗君は彼女のこと、どう思っているんだい?」

「アリスのことですか? ……大切な人、ってところですかね。上手く言えませんけど」

「ふむ、大切な人、か。そうか、そうか」

 背中合わせのせいで表情が見えないが、笑いを堪えているみたいな雰囲気が後ろから伝わってくる。可笑しそうな、または楽しそうな、そんな感じ。一体何だってんだ? 俺、変なこと言った?

 霖之助さんがアリスのことを聞いてきたから、ちょっとだけ彼女のことが気になった。アリス、今頃何してるんかな? 博麗神社に行ったわけだし、霊夢や魔理沙とお茶でも飲みながら、ガールズトークに花を咲かせているのかもな。

 

 

 ほぼ一日中、大掃除をしていたら、すっかり日も暮れる時間となり、今日のバイトは終了となった。なお、本日の来客はゼロ。香霖堂の経営難に、心配を抱かずにはいられない。

 帰り支度を整え、玄関まで移動する。俺が挨拶するよりも先に、霖之助さんが声をかけてくれた。

「今日はお疲れ様。また頼むよ」

「どうも、お疲れ様でした。こちらこそ、またお願いします」

「もちろん、客として来てくれても歓迎するよ」

「んー、良いものがあれば、考えときますぜ」

 そんな前向きな返答をして、俺は香霖堂を出た。

 さて、明日はどうしようか。紅魔館にでも行こうかしら? 咲夜さんから借りた傘を返しに行かないとな。そうだ、咲夜さんに聞きたいことがあったし、しばらく紅魔館に通うことにしよう。今後の方針を考え、一人ほくそ笑みながら俺は帰路につくのだった。

 

 

つづく

 




やらなければいけないこと(資格の勉強)が切羽詰っているときに限って、ネタが思いついたり、執筆がいつもよりはかどったりする不思議……


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第十一話 「となり同士あなたとわたしチェリーブロッサム」

三月になったよ、やったね! まだ寒いけど。

四季の中で、春が好きなサイドカーでございます。
今まで寒い日が続いていた中、不意に「あれ? 今日はなんだか暖かい?」と思う、春の訪れを予感させる瞬間が、たまりませんなぁ。

さて、今回は春に因んだお話です。お付き合いいただけると、嬉しいです。


 事の発端は、昼前。そろそろ昼飯の支度でもしようかとアリスと話していたら、バーン!とドアをブチ破らんばかりの勢いで、やたら元気の良い魔理沙が訪ねてきた。そして、開口一番こんなことを言い出した。

「アリス、優斗! 花見やろうぜ!」

「花見? えらく唐突だな」

「いつものことよ。それで、場所は博麗神社かしら?」

 突然の出来事に間抜けな返事をしてしまう俺と、至って冷静なアリス。付き合いが長いだけあってか、アリスは魔理沙の突飛な行動に慣れているようだ。まぁ、俺も突発的に行動するタイプだけどさ。

 アリスの問いに、魔理沙はニカッと笑い「ああ!」と大きく頷く。

「さすがアリス、話が早くて助かるぜ。霊夢にはもう言ってあるから、二人は先に行っててくれ。私は早苗あたりでも呼んでくるぜ」

 そう言い残すや否や、箒に跨りバビュンッと飛んで行った。まさに嵐の如くな勢いである。

 あっという間の出来事に、俺はぽつんと取り残されがちだったが、かろうじて首を動かし、隣にいるアリスに呼びかけた。

「とりあえず、軽食でも作っていくか? 手ぶらで行くのも、何だか悪いしな」

「そうね。サンドイッチくらい持って行ってあげましょうか」

 というわけで、俺達はあり合わせの材料でサンドイッチを作るべく、キッチンへ向かった。その後、完成品をバスケットに入れ、家を出た。目指す先は博麗神社だ。

 

 

 博麗神社に着くと、霊夢が一人でせっせと花見の準備を進めていた。

 いくつもの桜の木に取り囲まれた、境内の一部のスペースに、大きめの布をレジャーシート代わりに広げている。見上げればピンク色の小さな花が、まさに満開といわんばかりに咲き誇っており、それだけで花見っぽい雰囲気が出ていた。

 霊夢のところまで行き、アリスが彼女に声をかける。

「霊夢、来たわよ」

「アリス、いらっしゃい。それに優斗も。悪いんだけど、ちょっと手伝ってもらえない? このあと、蔵からお酒持ってこないといけないのよ」

「おう、お安い御用だ」

「もちろん、手伝うわよ。それと……はい、おつまみ代わりに、皆で食べましょう?」

 アリスが家で作ったサンドイッチを霊夢に手渡す。すると、霊夢はキラキラと顔を輝かせた。よほど腹が減っていたのだろう。そのまま感極まって、霊夢はアリスにがばっと抱き着いた。キマシタワー。

「やったぁ! ありがと、アリス大好き!!」

「もう、大げさね」

 子供のようにはしゃぐ霊夢に、俺とアリスは顔を見合わせると、思わず笑ってしまうのだった。

 

 さて、あのあと蔵から酒を何個か運び出し、花見の準備は完了した。現在、目の前には大量の一升瓶が並んでいる。というか、よくこれだけ集めたな。力仕事を終え、軽く肩をグルグルと回してほぐしていると、それとほぼ同タイミングで、上空から「おおーい」という魔理沙の声が聞こえてきた。見上げると、魔理沙と早苗がこちらに向かって飛んでいた。プラスもう一人。面識のある奴だ。

 彼女達がスタッと着地したところで、俺は「よう」と軽く手を上げる。最初に答えたのは早苗だった。相変わらず、その辺は礼儀正しい娘さんである。

「こんにちは、優斗さん。先日ぶりですね」

「だな。八坂様と洩矢様は元気か?」

「はい、おかげさまで」

「あやや、私のことも忘れてもらっては困りますよ?」

 早苗と話していたら、隣に居た人物が割り込んできた。口調からお察しの通り、清く正しい射命丸文だ。そうそう、その清く正しいっていうのと、幻想郷最速というのが、彼女のモットーだそうだ。速さが足りないッ! とか言っているのだろうか?

「別に忘れちゃいないぞ。取材にも協力したしな。文も魔理沙に誘われたのか?」

「いえいえ、偶然通りかかっただけです。とはいえ、楽しいことにはぜひご一緒させてもらおうと思いまして」

「さすが新聞記者。もはや取材に行かずとも、イベントの方から寄ってくるってか」

 そんな冗談めかしたことを言いながら、布製のシート上の好きな場所に移動し、各々腰を下ろす。酒瓶の栓を抜き、わいわいと皆でお酌し合う。準備が整ったところで、言い出しっぺの魔理沙が、すくっと立ち上がり乾杯の音頭を取った。

「んじゃ、花見と称して……乾杯だぜ!」

『乾杯!!』

 魔理沙の掛け声に合わせて、俺達は手に持ったグラスやらお猪口やらを高々と掲げ、花見はスタートした。天気も良し、絶好の花見日和だ。楽しむとしよう。

 

 

 あれから、どのくらい時間が経ったのだろうか。少なくともそんなに長時間過ぎてはいないはずなのだが。それにも拘わらず、俺の目の前では……

 

「あ~、早苗のふとももってやわらかいわ~」

「お~、確かに気持ち良いぜぇ~」

「ちょ、ちょっと、霊夢さんに魔理沙さん!? これじゃ動けないじゃないですか!?」

 

 なんか百合っぽい光景が繰り広げられていた。本日二度目のキマシタワー。建設ラッシュに、大工さんも大忙しだ。

 絶賛酔っ払い中の霊夢と、これまた絶賛酔っ払い中の魔理沙が、それぞれ両サイドから挟み込むように、正座している早苗の左右の膝の上に頭を乗せていた。早い話がダブル膝枕である。二人とも、早苗の足にすりすりと猫みたいに頬ずりしている。酔っ払い二人組に絡まれ、早苗は情けない声を出した。何というか……うん、どんまい。

 そんな三人の様子を見て、アリスが苦笑する。

「早苗も大変ね」

「そうだな」

 同意しながら、俺はアリスの横顔を眺める。不意に、春特有の優しい風が吹き、彼女の綺麗なショートの金髪がさらさらとなびいた。アリスは髪をそっと手で押さえ、桜を見上げながら眩しそうに目を細めた。その周りを、淡い色合いをした桜の花びらがひらひらと舞い散る。何というか、スゲーいいな、こういうの。

 すると、こちらの視線に気づいたのか、アリスは俺の方に顔を向けた。

「どうしたの?」

「いや、アリスと桜の組み合わせが、あまりに絵になっていてな。見惚れてしまった」

「もう……バカ」

 ほんのり頬を上気させ、恥ずかしそうに微笑むアリスが、べらぼうに可愛いです。俺と目が合うと、ぷいっと目を背けてしまった。あかん、鼻血の危機。

「おお、あついあつい」

『!?』

 と、意地悪そうな声に俺達は思わずビクッとなってしまった。声がした方を見ると、文がニマニマとした笑みを浮かべつつ、お猪口を傾けていた。

「春ですねぇ」

「お前はリリーホワイトか。確かに今は春だけどよ」

「そういう意味ではないのですが」

 俺のツッコミに対し、文はやれやれといわんばかりの表情で嘆息した。何なんだ、一体?

 まぁ、いいか。折角の花見なんだし、ちゃんと桜の鑑賞でもしようかね。最初に博麗神社に来たときは、幻想郷に来た初日だったっけ。そのせいか、桜を眺める暇なんてなかったが、なかなかどうして此処は良い花見スポットではないか。風情があって大変よろしい。ぽつりと、つい感想が漏れてしまった。

「いい桜だな」

「博麗神社は花見スポットですからね。他に桜の名所と言えば、冥界ですね」

「……冥界?」

 文の言葉に思わずオウム返してしまった。冥界って、あの冥界だよな。あの世的な。

 よほどのアホ面になっていたのか、俺の表情を見て、アリスが「優斗の想像している冥界で合っているわよ」と教えてくれた。いやはや、お恥ずかしい。

「というか、文は死んでないのに、何で冥界のこと知っているんだ?」

 俺の疑問に、アリスが親切丁寧に説明してくれた。

「前に、春の時期になっても冬が終わらない異変があったのよ。その原因が、冥界に住む亡霊の仕業だったの。それで、異変解決のあと、幻想郷と冥界の間の結界が希薄になって、それぞれの行き来が容易くなったのよ」

 つまり此処じゃ、生きたままあの世に行くのも可能になったってわけか。つくづくとんでもねェ世界だな。だが、面白い話だ。

 アリスの説明を聞いて、不敵な笑みを浮かべた俺に気付いた文が、キランと目を光らせると、ペンとメモを片手に身を乗り出してきた。言うまでもなく、取材モードである。

「優斗さんは、冥界に興味がおありで?」

「その言い方は誤解を招きそうだが、まぁそうだな」

 あの世に興味があるって言ったら、自殺志願者みたいだな。また変な記事を書かれないように、後で釘を刺しておくか。『外来人は死にたがり』なんて記事を書かれたら、慧音さんあたりに説教されそうな気がする。

 

 冥界のことを聞き、この世界についてまた一つ詳しくなったあたりで、早苗があまりに不憫になったのか、アリスが彼女の救援に向かった。相変わらず優しいな、アリスは。

 俺はと言えば、手元にあった酒瓶を引き寄せ、それを飲みつつ傍観していた。酔っ払いはスルーするか、軽くあしらうに限る。大学の飲み会で、この手の輩を散々相手してきた経験談だ。なお、現在この神社内だけでも、空き瓶がいくつも転がっていた。ピン代わりに並べれば、ボーリング大会でも開催できそうな勢いである。幻想郷の住民は酒に強いようだ。

 ぐいっと杯を傾けていると、文が感心したように聞いてきた。

「優斗さんは、お酒強いんですね? 外来人にしては珍しいですよ」

「そうか? まぁ、大学生は三度の飯よりも飲み会が好きだからな。そういう文だって、まだまだ余裕みたいじゃん? さすが天狗、うわばみってわけか」

「いえいえ、それほどでも」

 謙遜しているわりにはドヤ顔を見せるという、矛盾に満ちた鴉天狗。自分に正直なタイプとみた。というか、天狗と飲み比べするとか、向こうじゃ絶対に出来ない体験だったな。

 ふふんとドヤ顔を浮かべる文だったが、不意に「まぁ……」とポリポリ頬を掻きながら、どこか言い難そうに前置きすると、

「私達天狗でも、鬼には敵いませんけどね」

「鬼? これまたポピュラーな存在が出てきたな」

「我々にとっては、今でも頭が上がらない相手ですよ。力の強さも、酒の強さも桁違いですからねぇ」

 別にこの場に鬼が居るわけでもないのに、文が緊張しているのが伝わってくる。例えるならば、苦手な先輩と鉢合わせしてしまった後輩君みたいな感じ。よほど格上の存在なのだろう。やっぱ鬼って強いんだな。

「優斗さんも、鬼に会っても、失礼なことはしない方が良いですよ」

「んなこたぁしないって。でもまぁ、一度くらいは鬼と杯を交わしてみたいものだな」

「またまたぁ。知りませんよ、そんなこと言って」

 俺の言葉に、へらへらと笑う文だったが、

 

「ほほう、嬉しいこと言ってくれるじゃないか~」

 

 その声を聞いた途端、笑顔のまま凍りついた。

 

 

つづく

 




貴方はどの季節がお好きですか?


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第十二話 「俺たちに翼はねェ!」

コノシュンカンヲマッテイタンダー!!

と、無意味に叫びたくなる、そんな今日この頃。


 ピキーンという効果音が付きそうな勢いで、文がフリーズしてしまった傍ら、俺はその声がした方をのんびりと振り返った。

 間延びした、酔っ払いのような喋り口調でやってきたのは、小柄な少女だった。身長は、大体レミリアくらいか。長く豊かな髪と、側頭部に生えた、軽く婉曲がかった角が個性的だ。その小さな手には瓢箪が握られている。中身は酒とみて間違いないだろう。それは一見、ミスマッチかと思いきや、彼女が持つと異様な程に似合っていた。角を見た瞬間、俺は直感で理解した。鬼だ。

 鬼の少女は、瓢箪に口をつけ、グビグビと勢いよくラッパ飲みした。そして、「ヒック」とこれまた酔っ払い特有のリアクションをしながら、こちらに歩み寄ってきた。

「あややややや! こ、これはこれは萃香さん。今日もお元気そうで」

 隣の鴉天狗が、やっと硬直状態から抜け出したと思ったら、いつも以上の早口でへこへこし出した。天狗社会は上下関係が厳しいのだろうか。サラリーマンっぽくて泣けてくるぞ。

「んん~。私を置いて宴会するなんて、水臭いじゃないか。で、そこの人間の兄ちゃんは新入りかい? 鬼と飲みたいなんて、随分と威勢の良い人間がいたもんだねぇ」

「ノリと勢いが俺の原動力なんでな。俺は天駆優斗」

「お前さん、外来人かい? 私は伊吹萃香。気付いているとは思うけど、鬼だよ」

 やっぱり鬼だったか。鬼っていったら、もっとゴツイ体格の益荒男のイメージがあったが、偏見だったようだな。どうやら此処では、常識にとらわれてはいけないみたいだ。

「あやや……では私はこれで」

「何言ってんだい。宴はこれからだろうに」

「ですよねー……」

 さりげなく立ち上がり、文はそそくさと帰ろうとする。が、萃香にがっしと首根っこを掴まれて、逃走に失敗。絶望したといわんばかりに、おいおいと涙を流した。どんだけ苦手なんだよ、鬼。俺に取材してきたときの元気は、一体どこに行ったんだ?

 戦略的撤退に失敗し、文は半ば強引に再び座らされた。その隣に萃香が「どっこいせ」と腰を下ろす。そして、手に持っている瓢箪を意気揚揚と掲げた。

「よぉ~し、今日は飲むぞぉ~」

「萃香さんはいつもじゃないですかぁ~」

 こうして、鴉天狗の悲痛な声を合図に、鬼という新メンバーを加えた花見は、飲み比べという名のデッドヒートにシフトチェンジしたのだった。はてさて、どうなることやら。まぁ、死にはしないだろう。多分。

 

 

「ほれほれ、もっと飲みなよ」

「おう……いただこうじゃないの」

 萃香は自前の瓢箪の中身を、俺のコップへなみなみと注ぐ。それは、溢れて零れそうなギリギリのところまでいった。というか、その瓢箪には一体どれだけの量が入っているんだ? さっきから気になって仕方がないんだが。つっこんだら負けなアレなのか?

 最初は、互角とまではいかずとも、イイ感じに飲み比べしていたのだが、やはり相手は鬼。人間の俺なんかよりも、ずっと酒に強かった。文の言う通りだったな。さっきから顔色も変えず(もとから酔っていたような気もするが)、グビグビと飲み進めている。

 ちなみに、萃香が持っている酒だが、これがまた何とも美味だった。おそらく日本酒、それも辛口であろう。一口飲んだ瞬間、旨みが、アルコールが、全身に染み渡っていくような感覚がした。彼女の酒に対するこだわりは、かなりのものみたいだ。ただ、日本酒にしては、アルコール度が強すぎないか? という疑問が浮かぶくらい、喉が焼けるような感じも同時に発生した。実はウォッカだったりするのだろうか。鬼がウォッカ……あり、なのか?

 なお、文に至っては、なんだかんだ言いつつも、最初は俺と同様に、美味しそうに飲んでいた。だが、文のコップが空になった瞬間に、間髪入れずに萃香が次を投入するという、わんこそば大会さながらの芸当をするせいで、顔がどんどん険しいものになっていった。そのうち劇画風の顔つきにでもなりそうである。いつの間にか、文が手にしているものが、お猪口からコップに変わっているのも、一度に沢山飲ませるためなのだろうか。哀れなり。

 文のそんな様子に気づいているのかいないのか、萃香は再び、彼女のコップを満たしていった。もちろん、自分が飲むことも忘れない。と、中身が空になったのか、萃香は瓢箪をかざして注ぎ口を覗き込んだ。

 ……さすがの俺もちょっとだけキツくなってきた。酔っているのを悟られないようにしているつもりだが、予想以上にフラフラする。とはいえ、弱音を吐くわけにはいくまい。俺は内心で気合を入れ直すと、ラスト一杯を勢いよく飲み干した。くぅーっ、効くなぁ!

 どうやら萃香も、俺が酒を飲み干したのに気付いたようだ。視線の先を、瓢箪から俺に変更すると、ニヤリとした笑みを浮かべた。

「お~、なかなかやるねぇ。酒が無くなっちまったよ」

「へっ。アリスも居る所で、カッコ悪い姿は見せらんねぇさ」

 何とか虚勢を張るだけの余裕が残っていて、助かった。酒に強い体質で良かった。これが五右衛門だったら、卒倒していたな。アイツ、酒弱かったもんな。友の懐かしい姿を思い返していると、

「おぉ~い、酒はないのかぁ~?」

 第二ラウンドの予兆。俺も大概ヤバいのだが、それ以上に文が真っ青になっていた。

 彼女は恐る恐る手を上げると、やんわりと上司に申し出る。

「いやぁ、さすがにもう神社にお酒はないのでは……?」

 ところがどっこい、現実は厳しかった。萃香の呼びかけに反応した魔理沙が、どこから持ってきたのか、未開封の酒瓶を手にやってきた。彼女もまた足取りがおぼつかず、完全に酔っ払いの歩き方になっている。だが、テンションはハイなようで、いつも以上の大声を張った。

「追加持ってきたぜぇー!!」

「こういう時は働きますねコンチクショウ!!」

 血涙を流さんばかりの勢いで、魔理沙に負けず劣らずな音量で、ヤケクソ気味に叫ぶ新聞記者。「悔しいです!」とか「やっちまったなぁ!」とか言いそうな勢いである。と……

 

「よぉーし、優斗受け取れ! 新しい酒だ!」

「ってちょい待ち!? そんなアンパンヒーローの顔チェンジみたいなことするなってばよ!?」

 

 魔理沙が甲子園のピッチャーの如く、腕を大きく振りかぶった。身の危険を感じ取り、慌ててストップをかけるが、時すでに遅し。

「そぉい!!」

「ぷげらっ!?」

 振り下ろした魔理沙の腕からスポーンと抜けた一升瓶が、一瞬にして俺の目の前まで来た。直後、ゴツーン! という鈍い音と共に、言葉では言い表せないような重い衝撃が俺の顔面を襲った。鐘でぶっ叩かれたかのような感覚に、脳がビリビリと痺れる。ああ、酔いで回避が間に合わず、直撃を食らってしまったのか。どこか他人事のように、そんなことを思いながら、俺の意識はぐらぐらと揺れ、次第に遠退いていった。

 視界が霞み、狭まっていく中、「ゆ、優斗!? 大丈夫!?」という、心配して駆け寄ってくるアリスの声やら、「あちゃー、やりすぎたか」という、反省しているようには思えない魔理沙の声やら、「こりゃ、飲み比べはお預けだねぇ」という、暢気な萃香の声やらが、ぼやけて聞こえた。

 それらをどこか遠くのように感じながら、とうとう俺の意識は完全に闇に落ちた。

 

 

 春の穏やかな風が、そっと頬をなでる。遠く、かすかに聞こえる程度だった、いくつかの話し声やら何やらが、ゆっくりと近づいてきた。

 少しずつ意識が戻ってくる。まだ真っ暗な視界の中、感覚も徐々に回復してきた。ひりひりと熱っぽい額の上に、ひんやりとした冷たい何かが乗っかっているのがわかる。誰かが用意してくれたのだろうか。加えて、後頭部からは、クッションのふわふわとした柔らかい感触が伝わってきた。

「ぐぉ……あいたたた」

「あ、起きた?」

 じんわりくる痛みに顔をしかめつつも、何とか目を開ける。目線のすぐ先では、アリスがどこかほっとした様子で、俺を覗き込んでいた。どうやら、心配かけてしまったようだ。うぅむ、面目ない。

「まだ痛い?」

「ちょっとな……でもまぁ、大丈夫だ」

 アリスの顔越しに、青空と桜が見える。日が暮れていないところをみると、気絶してから、まだそんなに時間は経っていないみたいだな。ふと、額に手をやると、乗っていた冷たいものの正体が、濡れたタオルであることが分かった。多分、アリスがやってくれたのだろう。さすが、気が利くぜ。

「もう、心配したんだからね? 凄い音したもの」

「ああ、すまんかった。他の連中は?」

「霊夢と魔理沙は寝ちゃったわ。二人とも、いつもより飲んでたかも。それで、早苗が今、毛布を取りに行ってるわ。文と萃香は、あっちでまだ飲んでいるわよ」

 どれどれと、首だけ動かしてそちらを見る。まず、大の字になって爆睡する、紅白巫女と白黒魔法使いの姿が目に入った。なかなか豪快な寝姿なのだが、そこは二人とも美少女。寝顔は可愛らしかった。うむ、眼福眼福。と、そのすぐ横で、カッカッと陽気に笑う鬼と、走り続けたランナーのような顔になっている鴉天狗の姿も発見した。まぁ、頑張れ。

 周囲を確認したところで、俺は視線をアリスに戻した。つい、まじまじと見入ってしまう。さらさらとした金髪、整った顔立ちに、青く澄んだ瞳が、本当に人形みたいだ。もちろん可愛いって意味で。

 ふと、ちょっと気になったことがあったので、俺はアリスに聞いてみることにした。

「アリスは楽しんでいるか? 花見」

「ええ、楽しいわよ。優斗はどうなのよ?」

「もちろん、エンジョイしてるとも。アリスがいるからな!」

 

「あらあら、相変わらず仲睦まじいんですのね」

 

「Oh」

 この場に居るメンバー以外の声が、すぐ傍でしたせいで、ちょっとだけビビった。この前置き無く介入してくる感じ、あの人か。見れば案の定、紫さんがスキマから上体だけをぬっと出して、意味ありげな微笑を浮かべていた。にしても、知らない人が見たら、なかなかホラーな光景だな。上半身だけとか。

 まだ起き上がる気分にならなかったので、俺はそのままの体勢で彼女と挨拶を交わした。

「どうも、紫さん」

「御機嫌よう。お邪魔しちゃったかしら?」

「何でそうなるのよ?」

 アリスの疑問に、紫さんはふっと笑い、目を細める。その目つきは、何かを面白がっているように感じられた。そして、彼女はこちらにすっと人差し指を向けた。

「何でって、それはそうでしょう? だって――

 

殿方を膝枕して、二人で見つめ合っていたら、誰だってそう思いますわ」

 

『……………え?』

 瞬間、俺とアリスの声が重なった。今、何て言ったこの人?

 俺は、極めて冷静に、現在の状況分析を始めた。まず、俺は横になっている。さっきまで気を失っていたのだから。んで、目を覚ましたら、アリスの顔があった。それこそ、目と鼻の先って近さに。それは、ちょうど真上から見下ろすようなポジション。そして、俺の頭の後ろには、日向のように温かく、柔らかな感触。ずっとクッションだと思っていたが……まさか。

 見れば、アリスも今の状況に気付いたのか、カァァッと顔に熱を帯び始めた。口をパクパクと動かし、声にならない声を上げている。というか、今まで気付いていなかったのか? よっぽど俺のことを心配してくれたってことだろうか。それは嬉しいことだ。まぁ、それはひとまず置いておこう。分析の結果が出た。

 そう、紫さんの言う通り、確かに「コレ」は――

 

 アリスの膝枕以外の、何物でもなかった。

 

「~~~~~~っ!!」

 今のシチュエーションをばっちり理解したアリスが、完全に茹で上がってしまった。そのままカチカチに硬直してしまっている。

 俺としては本来であれば、この幸せな状況を手放すなど有り得ないのだが、紫さんがニヤニヤした笑みでこっちを見ているのもあって、俺はゆっくりと体を起こした。……い、いかん。何だろう、今更になって気恥ずかしくなってきたぞ。いつぞや感じた、胸の奥がムズムズするアレが来たよ! うぉおおい、だから俺は、そんなタイプじゃないってば!!

 俺は内心を悟られないように、極めて平静を装って、現在赤面中のアリスに声をかけた。

「あー、アリス?」

「ふぇっ!? あ……え、と……ゆっ、紫!!」

「はいはい、わかっていますわ」

「へ? ぬぁああああああ!?」

 アリスが、テンパりながらも紫さんの名を大声で呼んだ直後、俺の足元の空間が裂け、スキマが広がった。もちろん重力に対抗する手段のない俺は、自然法則に従い、ストーンと下に落っこちた。これがかの有名なボッシュートか。

「あべしっ!」

 数秒もかからず、俺はスキマから放り出され、地面に叩きつけられた。地味に痛い。というか、スキマはアレか。ワープ装置か何かなのだろうか。

 さて、俺が落下した先は、どこかといえば……

 

「お~、やっと起きたのか。じゃあ続きを飲もうかねぇ」

「ゆ、優斗さん……よかったぁ。道連れが来たぁ」

 

 まごうことなき戦場だった。って、数メートルしかワープしてないじゃん。

 俺はさっきまで自分が居た場所を振り返った。正確には、アリスに向けて。彼女は俺と目が合うや否や、あたふたと慌てながら、勢い良く立ち上がった。

「わ、私! 早苗の手伝いに行ってくるわね!」

 そのまま逃げるように、ピューッと風の如く、神社の中へ行ってしまった。おーい、待ってくれぃ。

 紫さんはと言えば、俺とアリスを交互に見た後、「ふふふ。頑張ってくださいな、優斗くん」と言い残し、そのままスキマの中へ消えていった。状況かき乱すだけして帰っちゃったよ、この人。まさかのトラブルメーカータイプだったか。

 

「ぃよ~し。神社にある酒、全部飲むぞぉ」

「逃がしませんよぉ。死なば諸共……!」

 能天気な鬼と、ランナーから兵士の顔にクラスチェンジした鴉天狗に、いつの間にか退路を断たれてしまった。これが詰んだってやつか。俺は、最後にもう一度だけ桜を仰ぎ見る。そして覚悟を決め、武器もとい杯を手に取った。……あぁ、死ぬ前にアリスとデートしたかった、と心の中で辞世の句を残す。

 

 その後、俺は本日二度目の気絶を味わった。

 

 

つづく

 




最近、読書をする時間が無いせいか、文章力が低下している気がする……
やはり本は良いですね ←東方鈴奈庵2巻を読みながら


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第十三話 「返済プランは計画的に」

やっと、やっとハーメルンに帰ってこれた……!

ご無沙汰しております。サイドカーでございます。
作品の見直し等により、すっかり更新が遅くなってしまいました……申し訳ございません。

というわけで、お待たせしました! 久しぶりに、ごゆるりと楽しんでいただけると、嬉しいです。


 今日も平和な幻想郷。魔法の森と呼ばれる場所に、洋風な一軒家が佇んでいる。いわずもがな、俺が住まわせてもらっている、七色の人形遣いことアリス・マーガトロイドの家だ。リビングではソファーに腰掛けて、何やら難しそうな本を真剣に読んでいる、アリスの姿があった。うむ、今日も可愛いな。

 ちょうど最後のページを読み終えたところだったのか、アリスは本をパタンと閉じると、「ふぅ……」と一息ついた。これはナイスタイミングだったようだ。俺は彼女に近付き、声をかける。

「アリス、紅魔館行こうぜ」

「いいけど、何かあるの?」

「コレを返しに行こうと思ってよ」

 俺は手に持っているものを、彼女に見せた。玄関に立てかけてあったのを、ついさっき偶然見つけたんだけど。

 それは先日、紅魔館を訪れた帰り際に、咲夜さんから借りた傘だった。別に忘れていたわけではない。ただ、返しに行くという発想がなかっただけだ。俺は悪くねェ!

「あ、そういえば借りたままだったわね。そうね、私もパチュリーから借りた本あるし、一緒に行きましょうか?」

「オフコース!」

 というワケで、本日の行き先は紅魔館で決定だ。借りたものはちゃんと返しましょう。魔理沙とは違うのだよ、魔理沙とは。まぁ、魔理沙も可愛いし、俺だったら返してもらえなくても許してしまうかもしれんが。可愛いから許すって日本語を考えた奴は、天才だと思う。

 

 

「ちょっくら寄り道していかないか?」

「寄り道って、何処か行きたいの?」

「うむ、この前はスルーしていたんだが、この湖をもっとよく見たくてさ」

 森を抜けたいつもの道を、これまたいつも通りのペースで歩く途中。目的地の紅魔館まで、あと少しくらいのところで、俺はアリスに一つ提案をした。

 現在、俺達が立っているのは、霧の湖と呼ばれる、妖怪の山の麓に位置する、大きな湖がある場所だ。その名前の通り、辺り一帯は霧で包まれており、正直言って視界が悪い。そんな中を進んでいくと、広大な敷地を持つ洋館がいきなり現れるのだから、知らない人からすれば、おったまげること必至である。ミステリー小説とかホラー映画に使われそうだ。オブラートに包んだ表現をすれば不思議、悪い言い方をすれば不気味、そんな予感を漂わせる。ちなみに、昼間は霧が発生しやすいが、夜はそうでもないらしい。原因はよくわかっていないそうな。

 水辺なだけあってか、気温は若干低く、涼しいっていうよりは、やや肌寒いものがある。夏なら快適に過ごせそうだが、今の季節はビミョーなところだ。

 

「何か出そうな場所だな」

「ええ、出るわよ。妖精がよく集まる場所だもの」

「そっちか。湖の主みたいな巨大魚とか、そういうのは?」

「そういう噂もあるけど、どうかしらね」

 俺は目の前に広がる、どこまで続いているのか曖昧な湖を眺める。霧のせいで、いまいち遠くまで見えないが、結構でかそうにも見えるし、逆に実際はもっと小さいような気もする。早い話がよくわかんねぇということだ。典型的なミステリースポットである。

「ん?」

 ふと、周囲を見渡していると、何やら奇妙なものが視界に入った。ぼやけてハッキリとは見えないが、何かが水の上に浮かんでいる。その物体は、どんぶらこどんぶらことマンガ日本昔話みたいな感じで、ゆっくりとこちらに向かって流れてきた。坊や良い子だねんねしな、うんたらかんたらレロレロレー。うん、歌詞忘れた。だって相当古いアニメだし。

 モノローグでアホなことやってたら、シルエットでしか分からなかった件のブツが、正体を把握出来る距離まで来た。

「……えぇえ?」

 なつかしのマスオさんボイスが出てしまった。流れてきたのは、赤ん坊が入ったビッグなピーチ――ではなく、なぜか中心部に蛙が入った、バランスボールくらいのサイズをした氷の塊だった。

 意外と大きさがあったことも驚きだが、春に氷が流れてくるというのも、また不可解である。此処は北極か南極とつながっているのだろうか? 北海道だって春になれば、雪は溶けるんだぞ。

「なぜに氷が? しかも両生類入っとるがな。新手のスタンド使いの攻撃か?」

「あぁ、それは多分――」

 俺の疑問に、アリスが答えを言いかけたところで、

 

「フハハー! アタイってばサイキョーね!」

「待ってよー、チルノちゃーん……」

 

 何やら騒がしいのと、大人しそうな少女のコンビが、小鳥のように忙しなく飛びながら、俺達の方に接近してきた。

 元気な方は、水色のショートヘアに青のリボン、服もほとんどがブルーで構成されていたりと、一言で言えば青かった。地球は青かったくらいの勢いで、青かった。彼女の背中には、氷をイメージさせる羽が生えている。その子の後ろを追いかけているもう片方は、サイドテールにしている緑色の髪と、透き通った薄い羽が特徴か。羽の形は、鳥よりも蝶かトンボあたりに近い。

 すると、青い方が俺達に気付いて、こちらを指差してきた。

「あ、アリスだ!」

「え? あ、こんにちは」

「ええ、こんにちは」

 どうやらアリスとは面識があるようだ。二人は挨拶をしながら、俺達のもとまで来る。

 個性的な羽を持っているところや、幼い見た目からして、この子らは妖精か。幻想郷に住んでいる妖精は、ほぼ全員が幼い子供の姿をしていると、この前アリスが教えてくれたのを思い出した。早速出会っちまったよ、妖精。ちなみに、妖精は幻想郷の至る所にいるそうだ。そういえば、俺が幻想郷に来たばかりの頃、アリスと人里に向かう途中で見かけたのも、春告げ精だったなぁ。あの時も驚いたが。

「あ、もしや」

 不意に、つい今しがた漂流してきた氷塊を思い出した。コレが流れてきた直後に、この二人が現れた。さらに言えば、青い方からは、ひんやり冷気を感じる。羽の形もそれっぽいし、この子は恐らく氷属性の妖精だろう。

「あの氷は、もしかしてお前がやったのか?」

 水上の物体を指で示しながら、俺が質問すると、少女はふふんと得意気に胸を張った。

「そーよ! アタイはサイキョーだからね。っていうか、あんたダレ?」

「天駆優斗。人間さ」

 見た目は子供、頭脳は大人なバーロー探偵を意識しながら、気障っぽく名乗ってみた。だがしかし、少女にはこのネタが通用しなかったようだ。誠に遺憾である。まぁ、幻想郷だし、仕方ないんだがな。

「アタイはチルノ。んで、こっちが大ちゃん」

「えと、初めまして。大妖精といいます。よろしくお願いします」

「おう、よろぴく~」

 チルノに大ちゃん、と呼ばれた少女が、礼儀正しくお辞儀をする。真面目な優等生タイプとみた。初対面の俺でも、二人は真逆な性格の持ち主であることが推測できる。バランスのとれた、ナイスコンビと言えよう。

 自己紹介を済ませたところで、チルノが俺達を遊びに誘ってきた。

「あんたらも、アタイ達と一緒に遊ぶ? これから缶蹴りしにいくのよ」

「缶蹴りか。これまた懐かしい遊びだな」

「ダメだよ。チルノちゃん」

「なんで?」

 チルノの発言に、隣に居た大ちゃんがやんわりと制止をかける。その姿は、仲良しのお友達というより、ちょっとだけ年上のお姉さんのような雰囲気を醸し出していた。ふと思ったんだが、「年上のお姉さん」って二重表現じゃね? 言い方の問題かしら?

 何はともあれ、そんなお姉ちゃんポジションにいる大妖精氏。彼女は「少しだけ失礼しますね」と言いながら、頭上に疑問符を浮かべている相方を連れて移動する。ちょっと離れた位置まで行くと、二人は俺達に背を向ける形で、こそこそと内緒話を始めた。耳打ちトークのせいで、残念ながら会話の内容までは聞こえない。どうやら、大ちゃんがチルノに何かを教えているようだが……

 どうなってんだ? というメッセージを込めて、俺は隣にアイコンタクトを送る。しかし、アリスも彼女達が何を話しているのか見当がつかないらしく、軽く肩をすくめるだけだった。

 

 以下、妖精二人組によるひそひそ話。

「大ちゃん、なんでダメなの?」

「それはね、チルノちゃん。あの二人にとって、今は特別な時間だからだよ」

「特別?」

「そうだよ。男の人と女の人が二人きりでいるのは、特別なことなの」

「ふーん。よくわかんないけど、わかった! つまりアリスたちは特別なカンケーなのね!」

「うん、そういうことだよ。だから、私達はもう行こうね?」

「おっけー!」

 

 会話の内容が聞こえないから確証はないが、何か間違ったことを言われている気がするのは、俺の気のせいだろうか? アリスも似たようなものを感じ取ったのか、「勘違いされている気がするわ……」と複雑そうな顔をしていた。

 やがて、妖精少女の二人による作戦会議が終了したのか、こっちに戻ってきた。大ちゃんが「すみません」と頭を下げてきたので、俺は「いいってことよ」と軽く流す。

「ところで、お二人はこれから何処へ?」

「紅魔館に行くところだったのよ」

 話題を変えようとしているのか、大ちゃんが一つ尋ねてきた。アリスがそれに答える。

「そうだったんですね。チルノちゃん」

 アリスの答えを聞くと、彼女は相方にチラッと目で合図を送る。それを受けたチルノは、妙に芝居がかった言い回しで、

「ふふーん、大人なアタイはクールに去るわ!」

「うん、そうしようか。それでは、失礼します」

「ん? ああ、じゃーな」

「ええ、二人とも気を付けてね」

 まるで妙に気を遣われているみたいな態度が、少しだけ気になったものの、チルノはブンブンと大きく、大ちゃんは控えめに手を振りながら、何処かへ飛んで行ってしまった。俺とアリスも軽く手を振って応えつつ、二人を見送る。彼女達が遠くへ去っていくのを見届けてから、紅魔館を目指すべく、湖に沿って俺達は再び歩き出した。

「あの子達、一体何を話していたのかしら……」

「俺達がデート中だとでも思ってたりしてな」

「ば、バカ! そんなわけないでしょ!? 優斗なんてもう知らない!」

「ちょ、待った置いてかないでくれぃ。悪かった、冗談だって。なー、アリスってばー」

 

 プリプリと怒りながら、足早に一人で先を歩くアリスと、彼女を宥めながら慌ててその後を追いかける俺。

 全員が去ったその場では、一つ取り残された蛙入りの氷の塊が、水の流れに乗りつつ静かに漂っていた。

 

 

つづく




あー、アリスとイチャイチャしたい……


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第十四話 「路地裏の宇宙青年」

気が付けば、五十名以上の方がお気に入り登録してくださっていました。ありがとうございます!
今でもまだ投稿するたびに、皆さんに楽しんでいただけるかビクビクしております……

何はともあれ、此度もごゆるりとご覧いただけると、幸いでございます。では、どうぞ。


 途中で寄り道したりして、なんやかんやあったものの、吸血鬼の館こと紅魔館までどうにか辿り着いた。とりあえず前回と同じく、正門まで向かうとするか。

 足を進めていくと、門番の中国娘こと紅美鈴の姿を捉えた。ここからはまだ距離があるせいで、美鈴が何をしているかまでは分からないが、こちらに背を向ける形で、しゃがみ込んでいる。まだ一回しか会ってないはずなのだが、彼女が寝ていないのを見て、珍しいと思ってしまった。すまん、美鈴。

 近付いていくにつれて、先日訪問したときとは劇的に違っているところがあることに気付き始めた。それを見た瞬間、「うわー……」と思わず悲観の声が漏れてしまった。

「何があったんだろうな、アレ」

「大方の予想はつくけどね」

 かつて似たようなことがあったのか、アリスは誰の仕業なのか見当がついているようだ。額に手を当てて、やれやれと溜息を吐いた。

 さて、何が起こっているか説明しよう。現在、俺とアリスは紅魔館の正門前まで来ている。そこから少しだけ離れた場所では、屋敷を取り囲む外壁の一部が、盛大に崩壊していた。あたかも爆破テロ事件でも起きたかのように、ぽっかりと穴が開いており、地面には塀の残骸が散らばっている。事件現場では、門番娘が一人で黙々と瓦礫の撤去作業をしていた。大小さまざまな塊を、拾っては隅っこへ寄せてを繰り返している。こちらからは後ろ姿しか見えないが、それがかえって彼女の背中から漂ってくる哀愁感を増幅させている。それっぽいBGMでも流してやりたいところだ。

 黙って勝手に屋敷の中にも入るわけにもいかないし、何より彼女を無視するのもあんまりだろう。ということで、俺達は美鈴のところまで近寄り、声をかけた。

 

「よっ。知らん間に随分とメチャクチャなことになってるな」

「あ、ユウさん。それにアリスさんも。こんにちは」

「……ユウさん? まぁ、いいか。それより一体何があったんだ? ヤクザかマフィアの襲撃でも受けたみたいになってんじゃん」

「どうせまた魔理沙の仕業でしょ? 美鈴」

「ぅ、アリスさんの言う通りです……。『ちょっと邪魔するぜ~』って言うなり、塀を破壊して中へ。本人はもう帰っちゃうし、それで私が後片付けを……」

 事情を話していくにつれ、美鈴の周りにはどんよりとした重い空気が纏わりついていくのが見えた。見事すぎるくらいの苦労人の姿がそこにあった。

「あー……ドンマイとしか言えんな。俺も手伝おうか?」

「あ、いえいえ大丈夫ですよ。気持ちだけで十分です。ありがとうございます、ユウさん。ところで、二人は今日はどんな用件で?」

 俺の申し出に、滅相もないと言わんばかりに、美鈴はブンブンと大げさに両手を振る。居眠りはしても、ちゃんと仕事はするんだな。美鈴に用件を尋ねられたので、俺は右手に握っている傘を、彼女に見せた。

「借りてたものを返しに来たんよ」

「私も同じ理由よ」

「そうですか。それでしたら中へどうぞ。咲夜さんがいますので」

「了解、またな」

「お仕事頑張ってね、美鈴」

「うぅ、ありがとうございます!」

 アリスから労いの言葉を受け取り、感動に震えている門番。美鈴から入館許可をもらったところで、俺達は敷地内に入ることにした。もちろん正門から。

 

「ごめんくださいましまし~!」

「何やってるのよ、もう……」

 玄関に物々しく佇む、大きな扉の前で、俺は大声で呼びかける。アリスが呆れの視線をこちらに送ってくるが、気にしない。間もなくして、ギギィ……と軋むような音を立てながら扉が開いた。「お邪魔しまーす」と一声かけてから、中に入る。

 

「紅魔館へようこそ。優斗様、アリス」

 

 屋敷に足を踏み入れると、ショートの銀髪が美しいメイドさんが出迎えてくれた。言うまでもなく、メイド長の十六夜咲夜さんだ。相変わらずの瀟洒っぷりで、洗練された流れるような動きでお辞儀をする。

 咲夜さんを見るや否や、早速アプローチを始めるべく、俺は高速で彼女の傍まで移動した。もはや本能の動きである。無意識だから仕方ないよね、うん。鼻の下が伸びているのが、自分でも分かってしまう。

「今日もお美しいですね、咲夜さん」

「うふふ。お世辞がお上手なのですね。優斗様」

「いやいや、お世辞だなんてとんでもない! 事実ですとも!」

「まぁ。ありがとうございます。優斗様も素敵ですよ」

「え、そうですかぁ? いやぁ、それほどでも~。でへへへ――アダダダダッ!? ちょ、アリスさん何故に耳を引っ張るとですか!?」

「………何でもないわよ」

 ふくれっ面のアリスが、俺にキツイ視線を向ける。何でもないと言うわりには、えらく不機嫌じゃないか? とりあえず、出来ればもう少しだけ力を弱めてもらえないだろうか。 地味に痛いんだけど。

 ようやくアリスが手を放してくれたところで、話題逸らしも兼ねて、俺は手にしている例のブツを、咲夜さんに差し出した。というか、そもそも当初の目的がこれだし。

「あー、先日はどうも。おかげさまで助かりました」

「こちらこそ、お役に立てましたのなら光栄ですわ」

 俺から傘を受け取った咲夜さん。次の瞬間、まるで手品のように彼女の手から傘が消えた。この間も、気配無く現れたりするからビビったが、あのあと彼女の能力について聞いて、納得した。咲夜さんの能力は「時間を操る程度の能力」だという。早い話が時を止めることが出来るのだ。まさにザ・ワールドである。おそらく今も時間を止めて、傘を片付けに行ってたのだろう。見えないところで仕事をするとは、メイドの鑑ですな。

 

 一つ目の用件を済ませたところで、二つ目すなわち、アリスが大図書館からレンタルした本を返却するミッションを完遂すべく、咲夜さんの先導に従い、俺とアリスは地下の大図書館へ向かった。

「そういえば、どんな本を借りてたんだ?」

 階段を下りる途中、気になっていたことを、アリスに聞いてみる。彼女は「コレよ」と、やや古っぽいハードカバーに包まれた、分厚い本を俺に見せた。それって、さっきまで家でアリスが読んでいたやつだったような。

「魔導書ね。グリモワールって言った方が良いのかしら? 魔法使いが研究する上で、必須アイテムよ」

「んー、俺が読んでも理解出来なそうな本だな」

「優斗は魔法使いじゃないでしょ。そうそう、本といえば人里に貸本屋があって、聞いた話だと『外』の本も置いてあるらしいの。今度行ってみない?」

「へぇ、貸本屋か。確かになかなか面白そうだ。オッケー、そのうち行ってみるか。二人でな」

「うん!」

 今から待ちきれないと言わんばかりに、アリスは小さな花が綻ぶような、可憐な笑みを見せた。そんなに楽しみにしてもらえるとは、俺としても嬉しいことだ。まぁ、アリスと一緒なら何処に行っても楽しいんだけどな!

 

 大図書館に入ると、最初に会った時とみたいに、パチュリーが机に向かって本を読んでいた。さらにその傍では、暇そうにパラパラと適当にページを捲っている、レミリアの姿もあった。

「あら。誰かと思えば、あなたたちか」

 声をかけるよりも先に、レミリアが俺達に気付いた。眺めていた本を脇に退け、机の上に両肘を乗せて指を組む。碇ゲンドウっぽい姿勢でこちらを見据える。俺は挨拶代わりに「おいすー」と軽く手を上げた。そこでようやくパチュリーも俺達の来訪に気付いたようだ。が、チラッとこちらに視線を向けただけで、すぐさま読書に戻ってしまった。せめて何か言ってくれよ。

「いらっしゃい。……これでいいかしら?」

「心読まれた!?」

「顔に書いてあるわよ」

「ふふ、優斗ってすぐ顔に出るもんね」

 俺の驚愕のリアクションにも、パチュリーは眉ひとつ動かさず冷静に切り返す。そのやり取りが可笑しかったのか、アリスがくすくすと笑う。というか、俺ってそんなに顔に出るタイプだったのか。

「むむむ……これは直すべきか」

「別に直さなくても良いんじゃない? 私は今のままでいいと思うわ」

「んー、そうか?」

「ええ、そうよ」

 自信たっぷりにアリスが頷く。アリスがそう言うなら、まぁいいか。

「それで? 二人はイチャつきに来たのかしら?」

「なっ!? そ、そんなんじゃないわよ! ほら、この前借りたのを返しに来たの!」

 パチュリーの一言に対して、アリスはやや声を荒げつつ、魔導書をパチュリーに突きだすような形でずいっと押し付けた。彼女は「確かに受け取ったわ」と相変わらずの落ち着きっぷりで承認すると、傍らに控えていた小悪魔にそれを手渡した。小悪魔は本を抱えて、迷うことなく奥の棚の方へ飛ぶ。おそらく元あった場所に戻しに行ったのだろう。

 

 小悪魔が奥へ引っ込んだあたりで、アリスとパチュリーの会話を、愉快そうに眺めていたレミリアが「ところで」と口を開いた。

「先日フランが世話になったみたいね。私があげたぬいぐるみの服を作ってくれたって、自慢されてしまったわ」

「そう。喜んでくれたのなら、私も作った甲斐があったわ」

 レミリアの話を聞いて、アリスが嬉しそうに微笑む。聞いた感じだと、フランは屋敷を抜け出したことと、ぬいぐるみを壊してしまったことは伏せて、服のことだけ姉に話したといったところか。よっぽど、進化した相棒をレミリアに見せたかったんだろうな。相変わらずの天真爛漫っぷりだ。

「私のところにも来たわよ」

 アリスとレミリアが話していると、パチュリーも便乗してきた。レミリア以外にも見せて回っていたとは。うむ? ということは……

 とある可能性を思いついた俺は、彼女の方を振り返った。

「もしかして、咲夜さんにも?」

「ええ、とても嬉しそうに見せてくださいましたよ」

 俺の推測は当たったようだ。その時の様子を思い出したのか、咲夜さんは柔和な笑みで肯定する。あまりの美しさに、にへらっと締まりのないツラになりかけたが、「それで」とレミリアが続けたおかげで、ギリギリのところで踏ん張ることが出来た。あぶねぇ。

 陰で繰り広げられていた、俺の理性と本能の闘争に気付くことなく、レミリアは話を進める。

「そのお礼というわけではないのだけれど、このあと一緒にディナーでもどうかしら?」

 レミリアの誘いに、アリスが答えるよりも先に、身を乗り出して話に食いつく。

「マジで? ごちになります」

「もう、即答し過ぎよ。優斗ったら……でも、そうね。折角だからご馳走になろうかしら」

 俺の反応速度に苦笑しつつも、アリスも賛同する。俺達の返答を聞き、レミリアは満足そうに頷いた。

「決まりね。咲夜、準備を任せるわ」

「はい、かしこまりました。お嬢様」

 レミリアはパチンと指を鳴らし、従者を呼ぶと、晩餐の指示を出す。クールな仕草がなかなかサマになっていると称賛したい。なお、咲夜さんは最初から近くに居たため、ぶっちゃけその動作が必要なかったことは触れないことにする。誰だってカッコつけたいときはあるさ。

 

 

『いただきま~す!』

 というわけで大図書館から場所を移動して、洋画にでも出てきそうなご立派な食堂でディナーと洒落込むこととなった。最初はアホみたいにロングサイズなテーブル席に案内されたのだが、それぞれの椅子から距離があり過ぎて落ち着かなかったため、丸型のテーブルに変えてもらった。自分の庶民体質を情けなく思った瞬間でもあった。まぁ、そのテーブルも家庭用サイズに比べたら、相当デカいんだが。

 さて、純白のテーブルクロスの上には現在、数多のご馳走が所狭しと鎮座している。金持ちのパーティとかで出しそうな大皿のオードブルやら、クリスマスでしかお目にかかれないような丸ごとの七面鳥やら、どことなく高級感漂うワイングラスに注がれた赤い飲み物などなど。レミリアやフランのはともかく、俺やアリスのは血じゃないよな? こんなスタイリッシュな輸血方法はご遠慮願いたいものだね。

「うぉおお! こいつぁ美味いっ!」

「おいしーねっ!」

 テーブルマナーを無視せんばかりの勢いで、ガツガツと頬張るように、口の中へ次々と食べ物を押し込んでいるのは俺とフラン。なお、フランは夕飯が俺達と一緒と知るや否や、俺ではなくアリスに抱き着いたが、俺は気にしていない。……気にしてなんか、ないっ!

 ともあれ、料理があまりに美味なもんで、ついつい食べることに夢中になってしまう。さすが咲夜さん、料理の腕前も超メイド級ですわ。

「ちょっと、優斗。喉に詰まらせちゃうわよ」

「フランも。淑女らしく振舞いなさい」

『は~い』

 勢いよく食事をしていたら、俺はアリスから、フランはレミリアからそれぞれ窘められてしまった。俺とフランの返事がハモったのが可笑しかったのか、食卓が和やかな雰囲気に包まれる。いつだかフランが訪ねてきたときも思っていたが、やはり紅魔館はアットホームで良いな。

 と、俺はあることに気づき、右隣で鶏肉を頬張っている吸血鬼妹に声をかけた。

「おいおい、フランよ」

「んー?」

「口の周りがソースでベットベトじゃないか。ほれ、拭いてやるからこっち向き」

「ん!」

「……うし、もう良いぞ」

「えへ、ありがと。ユウ」

 俺は手元にあったナプキンで、フランの口元に付いた七面鳥のタレを拭き取る。何というか、年端もいかない一人娘の面倒を見る、全国のパパさんの気持ちが分かったような気がした。

 そんなことをしみじみ思っていると、左隣に座っているアリスが俺の顔を見て「あっ」と声を上げた。そして、

「もう、優斗ってば。自分だってソース付けてるじゃない」

「え、マジで? どこどこ?」

「ここ」

「ふがふが」

 俺が先程フランにしたのと同じように、アリスが俺の口元にナプキンを当てる。布越しに伝わってくる、優しくて丁寧なソフトタッチがくすぐったい。

「ほら、動かないの……はい、もういいわよ」

「おう、サンキュな」

 どこか上機嫌で手を動かすアリスの顔を見たら、こりゃ役得だなと思った俺は悪くないはずだ。

 

 

 そんな俺とアリスの様子を見て、レミリアとパチュリーが何やら話していた。

「ねぇ、今日のワインどこか甘くない? パチェ」

「ええ、同感よ。レミィ」

 

 

 色んな意味で美味しい展開がありつつも、ディナータイムは幕を閉じた。

 食後、俺は話がしたい人がいたので一人だけ席を外し、彼女の元へ向かった。その人物というのが……

「咲夜さん」

「優斗様。いかがなさいましたか?」

 メイド長こと咲夜さんだった。ちょうど後片付けを済ませ、皆が居る部屋に戻るところだったのか。途中で会うことが出来たのはラッキーだった。

 本題に入る前に、まずは食事へのお礼を伝える。

「夕飯、ご馳走様でした。マジで美味しかったです」

「ありがとうございます。わざわざそのために?」

「まぁ、それもあるんですが。実は、ちょいとお願いしたいことが二つほどありましてですね」

「お願い……ですか?」

「ズバリ言いましょう。皆には内緒で、今度二人で――」

 

 咲夜さんと話を済ませ、食堂に戻る。すると、メンバーのほとんどが居なくなっており、残っていたのはアリスとレミリアの二人だけだった。両者とも洋式慣れしているせいか、ゆっくりとティーカップを傾ける動作が、まるで一枚の絵画のように似合っている。

 俺が戻ってきたのに気付いたアリスが、こちらに視線を向け、質問してきた。

「どこに行ってたの?」

「ちょいとな。人間が空を飛ぶ秘訣を聞いてきた。それより、ぼちぼち帰ろうぜ」

 冗談を交えて誤魔化しつつ、話題を逸らす。少しわざとらしかったかと内心焦ったが、不要な心配だったようだ。アリスは特に気にした様子も無く、椅子から立ち上がると、レミリアに向き直る。

「そうね。それじゃあレミリア、夕飯ご馳走様」

「ええ、また来ると良いわ」

 腕を組み、ふふんと笑う吸血鬼。宵も更け、本格的な活動時間になったからか、目の輝きが増しているような気がする。それ以外にも、何やら下世話なニュアンスも混じっている感じも受けたが、多分気のせいだろう。

 

 紅魔館を出て、魔法の森を目指して夜道を歩く。ふと見上げれば、くっきりと形作られた三日月や、いくつもの星が自己主張の輝きを放っていた。外灯の光が無いせいか、『外』の世界のものよりも、瞬きが強いように思える。いや、田舎とかに行けば、現代でもこういうの体験出来るんだろうけど。これから時代が進んでも、美しい自然はちゃんと残っていてほしいものだな。

「お?」

 月明かりの下、聞こえてくるのは草木が揺れる音くらい――かと思っていたら、誰かの声が、風に乗って俺達のところまで流れてきた。かすかにしか聞こえないため、発生源が何処かまでは分からない。だが、歩みを進めていくと、次第にその声がよく聞こえるようになった。

 それは、少女の歌声だった。静かな夜には若干不釣り合いな、ノリノリで賑やかなメロディ。軽快なリズムは、まるで音符が跳ね回っているかのような印象を受ける。声の主はよっぽど歌うことが好きなのだろう。歌声から楽しげな雰囲気が伝わってくる。姿が見えないところからすると、遠くで歌っているのかもしれない。だとしたら、離れていてもこれだけハッキリ聞こえるってスゲーな。これを本人の目の前で聞いたら、ライブ級の大音声であること間違いなしだ。

 突如流れてきたアカペラに耳を傾けながら、アリスに感想を伝える。

「何か、小鳥が歌ってるみたいじゃないか?」

「正解。この声は夜雀ね。私は行ったことないけど、彼女は屋台もやっているそうよ」

「ほほぅ、歌に屋台か。宴会向きなタイプだな」

 夜雀は移動しながら歌っているのか、しばらくすると声はどんどん遠ざかり、やがて聞こえなくなった。ドップラー効果? 違うか。

 

 その後の帰り道。どこぞの俺の歌を聞け的なボイスに影響されたのか。チラッと隣に目をやると、

「ふんふーん♪ うふふっ」

 アリスが楽しそうに鼻歌を口ずさんでいた。夜雀の元気系ソングとは反対に、鈴の音色を思わせる繊細な旋律が、耳を癒す。その儚げで綺麗な歌声は、そよ風に乗ってふわりと舞い上がり、やがて星空に溶けていった。

 

 

つづく

 




次回、ちょっとだけ物語が動く! ……かも


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第十五話 「犬も食わないそんなやりとり」

あしたって今さ!


 地平線の彼方から、太陽がギンギラギンにさり気なく顔を出し、幻想郷を徐々に明るく照らす。その一角、緑豊かな森の中を、スズメが愛らしい鳴き声と共に軽やかに通り抜けた。キラキラと木漏れ日が優しい、そんな穏やかな朝を迎えようとしている魔法の森に、

 

「優斗のバカぁーーーーーッ!!」

 

 少女の怒声が響き渡った。森全体が振動せんばかりの突然の出来事に、木の枝に留まって羽を休めていた鳥達が、おったまげてバサバサと一斉に飛び立つ。こうして、エレガントに思えた朝は、瞬く間に終わりを告げた。

 

 

 遡ること数分前。アリス宅にて事件は起こった。

 外出する用事があった俺は、玄関に向かう前にリビングに顔を出した。そこではアリスが黙々と人形作りをしている。邪魔しないよう、軽く一声だけかけていくことにするか。

「ちょっと出かけてくる」

「最近よく一人で出かけているみたいだけど、何処に行っているの?」

 作業をしている手を一度休め、こちらに向き直りながら、アリスは不思議そうに俺を見る。実のところを言うと、確かにここ最近俺は一人で家を出ることが多くなった。その行き先というのが、

「ああ、紅魔館にな」

「そう。フランと遊んでいるの?」

「いや、咲夜さんと――あ、やべ」

 うっかり口を滑らせたことに気づき、しまったと慌てて口をつぐむがもう遅い。むしろ、その不要なアクションがマイナスだった。

「ふーん。咲夜と……何?」

 そっけない返事をしながら、椅子から立ち上がったアリスが、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。やや眉間にしわを寄せて、決して穏やかとは言えない雰囲気を纏っている。やがて俺のすぐ傍まで来ると、じっとこちらを見上げた。身長差があるため、顔を覗き込むような体勢になる。南国の海を連想させるブルーの瞳に、心の奥まで見透かされそうだ。というか近い、近いですよアリスさんや。

 密着せんばかりの至近距離というラッキーシチュエーションに、いつもなら躍り上がって喜ぶところなんだが、何せ今はエマージェンシーモード。少しだけ距離を取るべく、すり足でじりじりと後退する。まさに気分は決闘するガンマン。ちょっとでも余計な動きを見せたら、ヤラレル……ッ!

 俺は額に冷や汗を浮かべながらも、いつも通りを装いヘラヘラと笑って誤魔化す。このことは今バレるわけにはいかない。何としても隠しておきたいことなのだ。

「えーっとだな、あ、アレだ。空を飛ぶ特訓を」

「ウソね。何で目を逸らしながら言うのよ」

「バレるの早ッ!?」

 言い訳を言い切る前に否定され、思わずツッコんでしまった。その発言は同時に、嘘を吐いたと自白したことを意味する。どこまで墓穴を掘るんだ俺は。

「……………」

 アリスの表情が一転して、ニッコリと笑顔になった。すごく可愛いんだが、ゾクリと背筋に寒いものを感じる。無言なのが尚更怖ぇ。

 そして、彼女がすっと俺に手を向けた途端、上海ズが一斉に宙に浮き、陣形を組んで俺の前に立ちはだかった。それぞれの手には西洋ランスみたいな物騒なもんが握られており、その切っ先をこちらに構える。俺の脳内では「WARNING」というアラームが、ビービーと喧しく響いていた。

 頭の中を警報が駆け巡る中、武器を向けながら上海達が次々と声を上げる。

「シャンハーイ」

「シャンハーイ」

「シャンハーイ」

「キサマヲコロス」

「ちょっと待て! 今変なの居たぞ!?」

「くだらないこと言わないで。怒るわよ」

「待て待て待て待ってくれ! 俺の話を聞け!! 二分だけでもいい!!」

「何よ?」

 アリスがジト目で俺を見据える。よかった。まだ話し合いの余地はありそうだ。だがしかし、次のセリフの選択肢が、俺の生死を分ける。落ち着け、皆にとって最善の未来を選択するんだ、イーノック。よし、ここは気の利いたジョークで場を和ませよう。笑う門には福来るってな。

 

「こ……コーディネートは、こーでねーと」

「…………」

 

 長い沈黙の後。

 プツンと、まるで糸が切れる音のような、そんな幻聴を聞いた。そして、ゲームセットが告げられた。

 

「もういいわよ知らない! 出てけぇーーーー!!」

「ぎゃぁああああああ!! 採点は厳しかったぁああああああ!?」

 とうとうアリスの怒りが爆発した。それを合図とするかのように、待機していた上海ズが襲いかかってきた。

「バカジャネーノ」

「バカジャネーノ」

「バカジャネーノ」

「シヌガヨイ」

「ほら絶対違うの居るって!!」

「うるさい! 優斗のバカぁーーーーーッ!!」

 次々と迫りくる上海の猛攻から、死に物狂いで逃げ回る。アリスは怒りMAXのようで、家の中がメチャクチャになるのを気にも留めないくらいに、我を忘れている。いつも落ち着いている印象がある彼女にしては珍しいなとか、暢気に考えている場合ではない。いかん、このままでは命に係わる。俺は玄関まで全力疾走すると、転がり出るように家から逃げ出したのだった。

 

「というわけで追い出されたんす」

「それはそれは、ご愁傷様」

 俺の事情を聞いて、苦笑いを浮かべているのは、香霖堂の店主こと森近霖之助さん。とりあえず家から一番近い、この店に避難した次第だ。しばらくは家に帰れそうにないなぁ。

 俺が嘆息していると、霖之助さんが尋ねてきた。

「それで優斗君、これからどうするんだい? 今日は入荷したものがないからアルバイトは頼めそうにないんだけど」

「まぁ、ほとぼりが冷めるまで待ちますよ、今は何しても火に油っすからね。それと、今日は従業員としてではなくて、ちょいと欲しいものがあったんでソレを買いに」

「おっと、お客としてだったか。何をご所望かな?」

「バイトしたときに見つけたもんを。奥の倉庫にあったヤツなんすけど」

 というわけで、俺達は目的のブツを取りに場所を移動した。この前掃除した甲斐もあってか、通行の邪魔になるものも無くすんなり歩いて行けた。霖之助さんが錠を外し、中に入る。俺も後に続き、「アレっす」と目星を付けていた品を指差した。俺の示す先を見て、霖之助さんは怪訝そうに首を傾げた。

「本当に、これで良いのかい?」

 確認の問いに、俺はグッと親指を立てて肯定のサインを出す。

「うぃ、バッチリ」

「それならいいんだ。じゃあ、従業員割引でもしてあげようか」

「マジっすか? あざっす!」

 かくして、俺は目的のブツを格安で手に入れ、香霖堂を後にした。本来であれば今日も紅魔館に行くつもりだったが、予定変更だ。早速、コイツに働いてもらうとしよう。

 

 魔法の森を出て俺が次に向かった先、それは妖怪の山だった。というわけで現在、絶賛登山中なのである。此処に来るのも守矢神社に行った時以来だな。

 中途半端に整備された、砂利道くさい山道を歩きながら、俺は手元に広げている紙を凝視する。それは、先日とある人物から描いてもらった山の地図だ。目的地までのルートを、実に分かり易く説明してくれている。いやはや、折りたたんで財布に入れておいたのは正解だったな。おかげで家に取りに帰る手間が省けた。

「えー、次の別れ道を左に行けば良いのか」

 マップに従い、複雑な道を迷うことなく進む。これなら遭難する心配はなさそうだ。

 登山を始めて何分か何十分か。大分奥まで来たところで、前方に一枚の看板が立っているのを見つけた。貴重なヒントを得るチャンスだ。駆け足で近付き、それに何が書いてあるのか確認する。

「何々? 『地底入口すぐそこ』……よっしゃ、ゴールは目の前だ!」

 目的地まであと少しだと知り、思わずガッツポーズをする。地図を四つ折りにしてポケットにしまってから、俺はスキップ感覚で走り出した。やっべ、ワクワクが止まんねぇ。

 やがて、それまでは木々で阻まれていた視界が一気に開けた。その先の景色に、思わず唖然としてしまった。

「うお……こいつぁスゲーな」

 目の前に広がっている光景を一言で表すならば、巨大な穴。まるで池みたいなサイズの円が、山の一部にぽっかり開いている。話には聞いていたが、実物を見るとなかなか圧倒されるものがある。落っこちないよう注意しつつ、ギリギリまで近寄り中を覗き込む。視線の先には、俺が幻想郷に来る原因になった穴とは比べ物にならないくらいの、底無しの暗闇がどこまでも続いていた。まさに奈落への入口。ふと顔を上げると、すぐ脇にまた別の看板が立っているのに気付いた。「地底入口」……どうやら無事に辿り着けたようだな。ここまでくれば、もうお分かりいただけるだろう。そう、俺の目的は地底に行くことだ。

「なるほどな。入口と言っても、エレベーターも梯子も無いときたもんだ。確かにこりゃ飛べる奴じゃないと無理だわな」

 当たり前だが、俺はノーマルな人間のため、飛行能力なんてものは持ち合わせていない。このまま飛び込んだら確実に飛び降り自殺である。じゃあ、どうするか。答えは簡単、さっき香霖堂で購入したものを使うんですよ、奥さん。

「といってもこのままじゃ何も出来ないからな。ちょいと細工するんですがね」

 誰にというワケでもないが、ついつい説明口調の独り言をぼやきつつ、俺はその辺にあった大きな石を椅子代わりにして座り、抱えていたものを広げて作業を始めた。作業と言っても、そんな大層なことはしないんだが。

「よっと、それぞれの隅っこにコイツを通して……うむ、完成。三分クッキングより早く終わっちまったぜ」

 完成品を軽く引っ張ったりして、強度を確かめる。えらく単純なつくりだが、問題なさそうだ。あとは、ぶっつけ本番になるが、まぁ大丈夫だろう。為せば為る。

 石から腰を上げ、ズボンのケツ部分についた汚れをパンパンと払っていると、

 

ガサガサ……

 

「お?」

 数メートル先の茂みから物音がした。何かデジャヴってんなーと思ったら、上海と初めて遭遇した時もこんな感じだったっけ。誰か来たのだろうか。邪魔にならないよう、とりあえず完成品を一度畳み、再び脇に抱える。

 俺は、幻想郷に来たばかりだったあの時と同じく、相手が出てくるのを待つことにした。だが、直後それが失敗だったと知ることになる。

 

「……じぇじぇ」

 「そいつ」を見た瞬間、変な方言が出てしまった。

 茂みをかき分けるようにして登場した「そいつ」は、上海――とは似ても似つかないものだった。二メートルはありそうな大きな体に、全身を覆う黒い毛皮。「グルル……」と唸る口元から覗くギザギザの牙。四肢の先端には、その牙に負けず劣らずの鋭さを持つ鉤爪。分かり易く一言で説明しよう。

 

 ある日、森の中、熊さん(敵意剥き出し)に出会った。

 

 熊はこちらに気付くと、のっそのっそと俺の方に接近しながら、ゆっくりと口を開いた。

「コンナ所二人間ガ居ルトハナ」

「うお、喋った」

 他に言うことはないのか、俺。

 とはいえ、喋る熊とかフツーじゃない。サーカスでもお目にかかれないだろう。フツーじゃないってことはコイツ妖怪か? 考えてみれば人型じゃない妖怪って初めて見たかもしれない。それに、ここまで殺る気バリバリな眼光を向けられるのも初めてだ。奴の目はまさに獲物を狩るビーストのそれ。ガチで生きるか死ぬかの、弱肉強食の世界。目覚めろ野生。今朝アリスとケンカ(あれをケンカというのが適切かはビミョーだが)とは違う、ぞわぞわとした嫌な寒気が背筋を伝う。

 内心ビビっているこちらとは対照的に、非力な人間を前にした相手は余裕綽々の声で嗤った。

「ククク、逃ゲテモ無駄ダゾ、人間」

 正直かなりピンチだが、同時にある意味これはチャンスともいえる。もし相手がノーマルな熊だったら死んだふりしか手段がなかったが、言葉が通じる相手なら、話し合いで解決できる可能性はある。こちとら、神と問答を交わし、鬼と杯を交わしたことがある男だ。なんとかしてみせようじゃないか。

 俺は軽く咳払いをし、相手と向かい合うような形で立つ。そして、ショーの司会者のように仰々しく両手を広げて、交渉を試みた。

「まぁ待ちたまえ。お前が俺を喰う気満々なのは十分伝わってくる。だがここは一つ……」

 正直に言おう。この時の俺はバカだった。

 考えてもみろ。言葉が通じる相手なら、誰とでも必ず和解できる保証なんてどこにもないだろ? そんなもん、妖怪に限らずとも人間同士にだって当てはまる。俺はそんな当たり前のことすら失念していた。いや、平和ボケしていたのかもしれない。幻想郷に来て出会った人達が、皆いいヤツばかりだったからな。要するに何が言いたいかって? この場合、一目散に逃走するのが正解だったってことだ。

 

「死ネ」

 

 俺の言葉に耳を貸すことなく、熊妖怪は一言そう吐き捨てると、その大きな体で一気に俺の眼前まで突進し、その鋭利な爪を振りかざした。

「やば――」

 ヤバい、と言い切る暇さえなかった。

 

 直後、服ごと肉を裂かれる音と、真っ赤な液体が飛び散る音が、山の中に空しく木霊した。

 

 

つづく

 




近々、残酷な描写がある……かも?


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第十六話 「お泊り会でガールズトーク」

やったね! ケータイがiPhoneになったよ! ←昨日までガラケー使ってた時代遅れ
さっそく使い方がわからず音信不通の危機に遭遇……もしや自分って機械音痴? 助けてにとり!!

今回はまさかのアリス視点での展開、主人公は出てきません!
ごゆるりと楽しんでいただけると、嬉しいです。


 さてさて、場所は変わって博麗神社。

 そこの居間では、三人の少女がちゃぶ台を囲んでいた。そのうちの一人、ショートの金髪が特徴の美少女、アリス・マーガトロイドが目の前の円卓を叩かんばかりの気迫で、怒りをあらわに語気を強めていた。

「何よもう! そんなにメイドが好きなわけ!?」

「おーおー、荒れてるなぁ」

「茶化さないでよ!」

 魔女風の白黒衣装の金髪少女、霧雨魔理沙が苦笑交じりに肩をすくめる。付き合いが長く、親友と豪語するだけあって、ご立腹状態のアリスを前にしても怯むことはない。もう一人の親友、博麗霊夢もいつもと変わらず緑茶をすすっている。傍から見れば無関心を決め込んでいるようにも見えなくもないが、ちゃんと話は聞いているのが彼女のスタイルなのだ。

 今朝、怒髪天を突く勢いで優斗を家から追い出した後、アリスは友人達に相談(プラス若干の愚痴)を聞いてもらうべく、幻想郷の重要スポットである博麗神社を訪れた。ちなみに上海人形の猛攻によって滅茶苦茶になった家の中は、きちんと片付けてある。そのあたりはしっかりしていて合理的なのが都会派魔法使い。もっとも、それはそれ、これはこれで優斗への不満が無くなったわけではないが。

 湯呑が空っぽになったところで、さっきまで黙って話を聞いていた霊夢がようやく、「というか」と口を開いた。

「優斗が女の子に弱いのなんて今さらでしょ?」

「それもそうだ。何がそんなに気に入らないんだ?」

 博麗巫女のごもっともな意見に、普通の魔法使いも同意する。いつのまにか、幻想郷での彼のキャラ認識がナンパ野郎になりつつあるという現状に、誰も疑問を抱かないのが不憫に思えるが、それも仕方ない。だって事実なのだから。もっとも、そうなっても周囲の彼に対する好感度が下がらないのは、「ナンパはしてもセクハラはしない」という彼なりの紳士道があるからかもしれない。

 二人の問いかけに、先程までとは一転して口数が少なくなったアリスが「それは……」と、言うのを躊躇うように目を伏せる。その仕草から大方の予想がついたのか、霊夢と魔理沙はニヤついた表情でアリスを見た。

 アリスは両手の指をモジモジと絡めていて、そんな二人の態度に気付く様子もない。さらに頬にも赤みが差している。やがてギリギリ聞き取れるくらいの、本当に小さな声でぽそっと答えた。

 

「ゆ、優斗が内緒で他の女の子に会っているのが……何か、ヤなの……~~~~っ」

 

 自分で言っていて恥ずかしくなってきて、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。最後あたりには、まるでリンゴみたいに真っ赤になった顔を隠すように俯いてしまった。その姿はまさに純情にして可憐なザ・女の子。もし、この場に優斗が居合わせたのなら、鼻血を出していた危険性すらある。そして彼女の魅力は、彼以外にも効果てきめんだった。

 おもむろに霊夢がちゃぶ台から身を乗り出し、恥じらうアリスの肩をガシィッ! と勢いよく掴んだ。突然の出来事に驚いて「きゃっ!?」とアリスの肩がビクッと跳ねる。困惑している彼女に対し、霊夢は真顔で告げた。

「アリス、結婚しましょう」

「ふぇええええ!?」

「待て霊夢。アリスは私のものだぜ」

「二人とも何言ってるの!?」

 霊夢だけでなく魔理沙まで加わってきて、アリスは完全に動揺していた。鼻息荒い二人の親友に迫られ、顔を引きつらせる。

 アリスの肩に手を乗せたまま、爛々と目を輝かせながら霊夢が一つ提案してきた。

「そうだ。アリス、今日はうちに泊まっていきなさいよ。久しぶりに良いでしょ?」

「え……でも」

「そりゃいいな。私も同伴するぜ。今夜は朝まで女子会しようじゃないか」

「……そうね。わかったわ」

 まだ若干妙なテンションの霊夢&魔理沙に押し切られた感はあるものの、二人の言う通り、たまには女の子同士でお泊り会というのも良いかもしれない。優斗のことがちょっとだけ気になったが、それを頭の片隅に追いやりながら、アリスは小さく頷いた。

 

 

 そんなこんなで博麗神社に泊まることになった、その日の晩。

 夕食も風呂も済ませ、少女達は再び居間でちゃぶ台を囲んで、談笑に花を咲かせていた。昼間と違うのは、テーブルの上に乗っかっているのが湯呑ではなく一升瓶とお猪口ということ。幻想郷では酒はなくてはならない存在なのだ。なお、神社の風呂は広く、三人で一緒に入ることが出来た。その際に、霊夢と魔理沙がアリスのスタイル(主に一部分)と自分のそれを比較して、彼女に羨望の眼差しを向けたりとか色々あったのだが、詳しいことはご想像にお任せする。

 さて、美少女が集う和室では、湯上りなのも加わって火照って上気した柔肌が、寝間着用の浴衣からチラリ覗くという、なかなかのパラダイス的な空間が広がっていた。同性しかいない上に、気心の知れた間柄のため、ついつい無防備になっている。といっても、アリスに関していえば、着崩れしないように時々着衣を整えているのが、女子力の高い彼女らしい。また、女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、夜が更けても話題のネタが尽きることがない。

「それでさー、早苗がこの前『珍しいお茶なので、ぜひどうぞ』って、福寿草のお茶くれたのよ」

「福寿草って、毒草じゃんか。よくそんなの手に入ったなぁ」

「相変わらず、どこかちょっと天然なのね。早苗は」

「そうそう、昨日人里に行ったら文が寺子屋の取材してたぜ。授業参観とか言ってたっけ」

「なら今度の新聞は慧音の記事なのかしら?」

「お賽銭が入りそうな記事でも書いてほしいわね」

「それってどんな記事よ?」

 ほろ酔い気分で誰もが饒舌になっている。それを差し引いても、他愛のない日常の出来事一つで会話がここまで盛り上がるのも、乙女のなせる技なのか。

 ほのぼの平和に続くかと思われた女子会だったが、日付も変わる時間になった頃から空気が変な方向にずれ始めた。きっかけは、そろそろ寝ようかと三人で寝室に移動して、布団を仲良く川の字に並べたあたりから。真ん中は霊夢の布団……かと思いきやなぜかアリスの場所となった。理由は霊夢と魔理沙が「アリスの隣が良い」と言ったためである。

 部屋の明かりを消して各々寝床に潜り込む。静寂の中、真っ暗な天井を眺めながら霊夢が何気なく放った一言が、夜を永いものにさせた。

 

「それで、あんた達どこまで進んだのよ?」

「お、私も気になるぜ」

「ふぇえええええ!?」

 

 質問の内容が突拍子もなさ過ぎて、アリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。眠気が吹っ飛んだのではないかと思うくらいの驚きっぷりである。暗くて顔がいまいちハッキリとは見えないが、酒の酔いとは違う原因で頬が上気しているみたいだ。顔の下半分を覆うように布団を引き上げているのが、表情を隠しているようにしか見えない。

 口元が布団で隠れているため、くぐもった声でアリスが質問を返す。

 

「す、進んでるって何よ?」

「そんなの、アリスと優斗は最近どうなのかに決まってるでしょ」

「別に何もないわよ! 今日だってケンカしちゃったし……」

「ケンカというよりじゃれ合いだと思うぜ。それだって、優斗がこそこそ咲夜に会いに行ったのが面白くなかったんだろ?」

「うぅ……恥ずかしいから言わないでよ……」

 さっきの自分の発言を思い出して、布団をかぶってアリスはさらに顔を隠してしまう。そんないじらしい姿を見た二人の親友は、萌えという感情に精神を支配される。直後、本能の赴くままの言動&行動に移った。

『アリス、そっち行っていい?』

「え、え? どうしたの二人とも? ってもう布団の中入ってきてる!?」

 やがて一つの布団に三人が収まり、添い寝という名のキマシタワーが築き上げられた。男でこれをやったら地獄絵図でしかないのだから、性別の違いは大きいといえよう。

 

 

 翌日。花が散る描写で再現される一夜の過ちも起こらず、アリス達はいたって健全な朝を迎えた。

布団を片付けて、着替えを済ませる。洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えてから、役割分担をして作った朝ご飯をいただく。食器を洗い終えたところで解散となり、アリスと魔理沙は博麗神社を後にした。今回は優斗がいないので、空を飛んで移動する。魔法の森に到着したあたりで魔理沙とも別れ、アリスは一人で自宅までのルートを進んだ。

 あれから一晩経って冷静になったからか、昨日のことを思い返すと少々反省の念が出てくる。あからさまに隠し事をしていた優斗も悪いのだが、自分も怒りに任せて言い過ぎてしまったところもあるかもしれない。それに、もしかしたら何か勘違いしているという線も考えられる。帰ったらきちんと彼の話を聞くのが一番良い方法だろう。

「昨日はやり過ぎたものね。ちゃんと謝ろう」

 そう決心したところで、ちょうど家の玄関前まで来た。懐から鍵を取り出し、カギ穴に差し込む。カチッと錠が外れる音を耳で確認した後、ドアノブを捻り家の中に入った。

「ただいま」

 帰宅の挨拶をしながら奥まで歩いていくが、返事が来ない。空しいほどの静けさが、彼の不在を告げていた。少し寂しいものがあるが、昨日の今日だ。あのまま誰かの家に泊まっていったのだろうと結論付ける。

「紅魔館かしら……」

 昨日もメイド長に会いに行ったのかも……そう思った途端、アリスの胸にチクリとした痛みが走る。彼が誰と会おうとも彼の自由なのに、どうしてこんなに心細くなってしまうのだろう。

「このままじゃダメね。気分転換でもしようかしら」

 一度自室に戻り、机の上と引き出しの中から必要な道具を一式取り出す。それらを抱えてリビングまで行きソファーに腰を下ろすと、持ってきたものをテーブルの上に広げた。布に糸に針などなど、いつも愛用している裁縫道具たちだ。

「こういう時は、やっぱり人形作りが一番よね」

 気持ちを切り替え、さっそく作業にとりかかる。これまで数えきれないほど作ってきたため、その手さばきは職人技といっても差し支えない。圧倒的な集中力で一心不乱に針を動かす。彼女が作る人形の完成度は人里でも評判で、祭りがあるときなんかはアリス自ら人形劇を披露することもあるのだ。

「………出来た」

 作業を始めてから数十分か数時間か。アリスは手にしていた縫い針を裁縫箱にしまうと、「うーん!」と伸びをして体をほぐした。彼女の言う通り、テーブルの上にはたった今完成したばかりの人形がちょこんと座っていた。その数は一体ではなく二体。同時に二種類の人形を完成させるあたり、さすがと言わざるを得ない。

 さて、その完成品なのだが、両方ともいつもの上海人形ではなかった。片や、グレーのジャケットと茶色いツンツン頭が特徴の、どこかで見たことある男の姿をした人形。片や、青いワンピースとショートの金髪が特徴の、これまたどこかで見たことある女の子の姿をした人形だった。

「…………」

 アリスは目の前にある二つをじっと見つめる。そして、そっと手を伸ばすと人形同士の距離を詰めるように並べ直した。見方によっては、まるで肩を寄り添わせて座っているように見えなくもない。

「……えへへ」

 ちょっとだけ照れ笑いが出てしまう。だけどそれ以上に温かい気持ちになる。

 ポカポカして心地いいのに、どこか切ない気持ちも混じってくる。考えてしまうのは、やはり彼のこと。

 出来立ての人形を眺めながら机の上で腕を組み、それを枕代わりに頭を乗せる。「はぁ……」という溜息と一緒に、ぽつりと呟きが漏れた。

 

「早く帰ってきて……優斗」

 

 

つづく

 




登場人物のキャラがブレていないか心配で仕方ない、そんな今日この頃。


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第十七話 「彼を訪ねて三千里」

スマホデビューの第一歩として、ツイッターを始めることにしました。
……これってどういうときに使うんだろう? 独り言?

さて、今回もアリス視点でのお話でございます。ごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。


 一週間経っても、優斗は帰ってこなかった。

 今日なら帰ってくるかもしれない。明日こそ帰ってくるんじゃないか。半ば祈るような期待が、日を追うごとにどんどん薄れていく。お泊り会から三日くらい過ぎた頃に、霊夢や魔理沙から優斗を捜しに行くよう説得されたが、大丈夫だと言って断った。本当は会いたくて仕方ないのに、強がってしまった。

 もしかしたらもう帰ってこないのでは? 幻想郷が嫌になったのでは? 自分が知らないところで、『外』に戻ってしまったのでは? いくつもの不安が大きなうねりとなり、胸を締め付ける。

「私、嫌われちゃったのかな……」

 想像しただけで怖くて泣きそうになる。拭いきれない寂しさが、今にも崩れてしまいそうな心を飲み込むように押し寄せてくる。どれだけ沢山の人形に囲まれても、一人ぼっちの家の中。当たり前のように居た彼が、ここには居ない。いつものお気楽な笑顔で安心させてほしいのに、それすら叶わない。

 

 

「捜しに行くわよ」

 アリス宅を訪ねてくるなり、そう言ったのは霊夢だった。今までのような「捜しに行かないの?」という質問ではなく、キッパリと断言する。彼女の表情は「もう見ていられない」といわんばかりの気迫があり、有無を言わせぬオーラを全身に纏っていた。

「だ――」

「そんな泣きそうな顔で『大丈夫』って言っても、説得力無いぜ」

 アリスはいつも通りに気丈に振る舞おうとした。だが、魔理沙に先回りされた。魔理沙もまた霊夢と同様、アリスがやせ我慢している姿が見るに堪えず、乗り込んできたのだ。

「そんなこと……」

 そんなことない、と言いかけて言葉が詰まる。実のところ、アリス自身も悩んでいた。優斗に会いたいという思いと、無事に会えたとしても何を言えば良いのか分からないという不安の板挟みに。だから、本音は捜しに行きたくても踏み止まってしまい、なかなか行動に移せずにいた。そして、時間だけが経過し、余計動けなくなるという悪循環に陥っていたのだった。

 相反する二つの感情に押しつぶされ、苦しんでいるアリスを助けてくれたのは、いつも一緒にいてくれた二人の親友だった。アリスを安心させるように、霊夢がニコリと微笑みながら、彼女に手を差し伸べる。

「会いたいんでしょ? ほら、捜しに行くわよ。大丈夫よ、私達も一緒に行くから」

「霊夢……」

 アリスは自分の手を恐る恐る霊夢の手に伸ばし、そっと握った。彼女が抱いている不安を少しでも取り除けるように、霊夢は繋がった手を優しく握り返す。すぐ傍では、魔理沙が頼もしげな笑みを浮かべて、グッと親指を立てていた。

 大切な友達の温かさに、ちょっとだけアリスの心が軽くなる。アリスは今の自分に出来る精一杯の笑顔で、彼女達に答えた。

「ありがとう、二人とも」

 

 

 三人が最初に手掛かりを求めて訪れたのは、優斗のバイト先でもあるジャンクショップもとい骨董品屋、香霖堂だった。とりあえず近場から当たることにしたのである。

 ここの店主と最も馴染みのある魔理沙が、先導して扉を押し開く。ドアに括り付けられた鐘の軽快な音に反応した、森近霖之助が手元の帳簿から顔を上げた。

「何だ。君達か」

「何だとはなんだ。失礼だぜ」

 接客とは程遠い霖之助の態度に、魔理沙が憮然とする。それを脇に押しのけ、霊夢が彼に質問する。

「ねぇ、優斗見てない?」

「どうしたんだい、藪から棒に。今日は来てないよ。というか、彼のことならそこの彼女の方がよく知って――」

 霖之助が言い切る前に、魔理沙が「おい」と妙にドスの効いた声色で制する。その様子から察したのか、「ワケありか……」と一人納得したように頷く。

 ひとしきり頷いた後、手持ちの情報を提供するべく、霖之助が口を開く。

「彼なら一週間ほど前に来たよ。ガラクタを買いに」

「他には? 何か言ってなかった? 何でもいいの。手掛かりが欲しいのよ」

 わずかなヒントも逃さないとばかりに、アリスが質問を重ねる。すがるような目が、彼女の必死さを物語っていた。

 霖之助は腕を組んで「うぅむ」と唸りながら記憶を掘り起こす。しばらくして、何かを思い出し、再び口を開いた。

「先日、アルバイトに来てもらった時だけど。地底について知りたがっていたよ」

「地底……優斗は飛べないから、行けるはずないわ」

 アリスは嘆息して頭を振る。せっかくの情報だが、参考になるとは言い難い。ここでは、捜査がこれ以上の進捗することはなさそうだ。次の場所に移った方が賢明だろう。

 

 三人娘が店を出る直前に、他にも何か思い出したのか「ああ、そうだ」と霖之助が声をかけてきた。

「優斗君が君のことをどう思っているのか、聞いてみたんだが」

「ふぇえ!?」

「さらりと爆弾発言するわね」

「で、優斗は何て言ったんだ、こーりん!?」

 突然のことにアリスは動揺し、霊夢は呆れたように(だが目の輝きは興味を隠さず)、魔理沙に至っては興味津々に食いつくという、三者三様のリアクションが各々の個性をよく表している。

 魔理沙に急かされつつも、やや勿体付けてから霖之助は愉快気な笑みと共に答えた。

「彼は君のことを『大切な人』だと言っていたよ」

「~~~~~っ!!」

 それを聞いた途端、アリスは顔が熱くなるのを感じた。とっさに頬に両手を当てて隠そうとするが、隠し切れていないどころか、余計わかりやすくて逆効果だ。

『へぇ~~~』

 霊夢と魔理沙がある意味良い笑顔で、アリスに視線を向ける。

 アリスは恥ずかしさを誤魔化すように「も、もう! 次行くわよ!」と、これ以上追及される前に足早で一人先に店を出た。もっとも、赤く染まった頬が元に戻るには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 次の行き先は、捜査の本丸とも言えるであろう紅魔館に決めた。この間の優斗の発言からして、ここのメイドと何かあるのは確実だ。

 安定と信頼の居眠り門番を華麗にスルーして、さくさくと敷地内に入る。おそらく彼女には後ほど、ナイフか拳骨の制裁が加えられるであろう。今度は霊夢が先陣を切って、見上げるほど広大な洋館の扉を、ノックもせずにあたかも討ち入りのごとく堂々と開く。

「レミリアー! いるー!?」

 探しに行くのが面倒なのか、霊夢は大きな声で屋敷の主の名を呼ぶ。その声に答えるかのごとく、間もなくして二つの足音と共に、吸血鬼とメイドのコンビが現れた。吸血鬼の方、レミリア・スカーレットがアリス達を見てふっと笑みをこぼす。

「あら、別に珍しくも無い組み合わせね」

「余計なお世話よ」

 霊夢とレミリアの軽口をさらりと聞き流し、アリスはレミリアの隣にいるメイド、十六夜咲夜を見据える。声色が固くなってしまっているのが、自分でもわかる。

「ねぇ、咲夜。ここ最近優斗と何をしているの?」

「何のことでしょう?」

「とぼけないで。優斗が何を隠しているのか教えて」

「それは答えられません」

「――ッ!!」

 咲夜の澄ました態度に、苛立ちが募る。思わず声を荒げそうになるのを、ギリギリのところでぐっとこらえた。だが、怒りを抑えた代わりに、言いようのない悲しさが心を侵食する。

 二人だけのヒミツを作っているという事実。やっぱり、優斗は咲夜のことが……そんな考えが頭をよぎり、アリスの目にじわりと涙が浮かぶ。彼女の辛そうな表情を見兼ねたのか、レミリアが咲夜に命令を下した。

「咲夜、教えてやりなさい」

「お嬢様。ですが」

「当人抜きで修羅場やられても退屈なのよ」

「……わかりました」

 咲夜は主に一礼すると、アリスに向き直った。そして「アリス、聞いてちょうだい」と彼女に話を聞くよう促した。少女は涙目ながらも「ええ……」と耳を傾ける。

「優斗様は、美味しく紅茶を淹れる方法を私から学ばれています。優斗様としてはサプライズのつもりだったようですが」

「紅茶の淹れ方?」

 予想外の返答に、アリスは首を傾げる。何でそんなことを? 不安よりも疑問が上回り、理解が追い付かない。困惑気味のアリスに、咲夜はさらに付け加えた。

「あなたのためよ、アリス」

「私のため……?」

「この前、夕食をご一緒したでしょう? その後にお願いされたのだけど。理由が『アリスを喜ばせたいんですよ。何ていうか、いつものお礼……みたいな? まぁ、後付けの理由なんですけどね。本当は、俺がアリスの笑顔が見たいってだけです、ハイ』だそうですわ」

 そんな細かいセリフまでよく覚えているなと感心してしまうほどに、咲夜はつらつらと優斗が言っていたことを伝える。咲夜が一通り言い終えたタイミングで、レミリアが腕組みをしつつ、ずいっと一歩前に身を乗り出した。

「つまり、アリスが心配しているようなことは無いってことよ。何があったかは知らないけど」

「そう、なんだ……優斗が、私のために……」

 アリスは咲夜の言葉を、頭の中でゆっくりと反芻する。優斗が何をしているのか分かって、わだかまりが解けたことよりも、彼が自分を想って動いていたことに、先程とはまったく違う温かい感情が、胸の中を満たしていく。

 アリスの顔が再びカァァッと朱に染まる。いや、さっきよりも鮮明に赤くなっている。このままだと湯気でも出そうな勢いだ。それに加えて、彼女の心の内を代弁するかのように、心臓の鼓動が高鳴る。ドキドキが大きすぎて、まるで全身に伝わっていくみたいだ。嬉しくて、恥ずかしくて、どうにかなってしまいそう。霊夢が「よかったわね、アリス」と言ってくれたが、その言葉が耳に届いているかも疑わしい。

 ぽーっとしているアリスを我に返すため、咲夜が「こほん」と咳払いをして注意を促す。その甲斐あってか、アリスは「はっ!?」と正気に戻った。せわしなくは髪を整えたりして落ち着こうとしているが、傍からは照れ隠しにしか見えない。現に魔理沙がニヤニヤと見ているが、下手にツッコんだら墓穴を掘りそうだ。

 テンパっている人形遣いとは対照的に、瀟洒なメイド長はいつもと変わらぬクールさで話を再開する。

「それともう一つお願いされたことがあります。内容は、地底までの道のりを教えてほしいというものでした。口頭では説明出来ませんので、地図を描いてそれを渡しましたが」

「ここでも地底のことを?」

 どうやらあの気分屋は、地底に行く気満々らしい。一体どういう手段で赴くつもりなのか見当もつかないが、次の行き先は妖怪の山の一角にある、あの巨大な穴で決まりか。そこに彼が居るか、居ないとしても何かしらの手掛かりはあるはず。

「もうすぐ会えそうだな、アリス」

「ええ、そうね」

 魔理沙の一言に、アリスは頷きながら答える。その顔は、一週間分の不安などすっかりなくなっていて、いつもの調子を取り戻していた。再会したらきちんと謝って、だけど心配させた罰としてデコピンの一発くらいはお見舞いしてやろうかな、なんて悪戯心もちょっとだけ芽生える。このあとの期待に胸をふくらませながら、アリスは紅魔館を後にした。

 

 

 そして場所は、捜索劇のゴールとなるであろう、妖怪の山に移る。アリス達は地底入口の場所を知っているため、迷うことなく一直線に目的地に向かう。山の上を飛んでいくと、やがて目的地が見えてきた。ひとまず高度を下げ、着地する。彼女達の目の前には、例の大穴が広がっている。優斗は能力も無いただの人間なのだから、空を飛べない。よって、ここから先は行けないはずなのだが、一体どうするつもりだったのだろうか?

「とりあえず、手分けしてこの辺捜してみようぜ」

 魔理沙の提案により、三人はそれぞれ周囲を探ることにした。

 木々の間をキョロキョロと見渡しながら、アリスは足を進める。後ろの方では、魔理沙が「優斗ー、いるかー?」と問いながら茂みをガサガサと漁る音が聞こえてくる。残念ながら彼女の問いに答える声は無かった。どうやら本人は此処には居ないらしい。最初から来ていないという可能性もあるのだが、アリスには「優斗は此処に来ている」という予感があった。

「どう、アリス? 何か見つかった?」

「こっちは全然だぜ……」

 しばらくして、霊夢と魔理沙がアリスの元にやってきた。二人ともめぼしい手掛かりは見つからなかったようだ。視線を巡らしながら、アリスも成果なしを伝える。

「ううん、こっち……も……」

 突如、言葉が詰まった。彼女自身の動きが、まるで彫刻と化したかのように、ピタリと停止した。アリスはある一点を凝視している。彼女の異変に気付いた霊夢が「アリス?」と疑問符を浮かべながら、彼女の視線の先を目で追う。魔理沙も首を傾げながら、霊夢にならう。

 アリスが見ていたのは、ここから少しだけ離れた場所にある一つの茂み。いや、正確に言えばそこに引っかかっていた物だった。

 まるで吸い寄せられるかのごとく、アリスはフラフラとおぼつかない足取りで「それ」に近付く。親友二人も彼女の変貌に困惑しつつも、慌てて後を追う。アリスは件の茂みの目前まで来ると、引っかかっていた「それ」を手に取った。そして、気付く。

『!!』

 アリスに追いついた二人が、彼女の手元にあるものを見て、思わず息をのむ気配が伝わってくる。が、アリスはそれを気に掛ける余裕すら失っていた。

「ぁ……」

 喉の奥から絞り出したような、掠れた声が漏れる。アリスが持っている「それ」の素材は布。何日も野ざらしにされていたせいか、ところどころ土埃で汚れている。だが、もともとの色がグレーであることは、彼女自身よく知っている。なぜなら、毎日のように見てきたのだから。そう、「それ」は……

 

 優斗が愛用しているジャケットで間違いなかった。

 アリスの手が震える。顔からも血の気が引き、膝の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。それだけでは済まされないのか、彼女に追い討ちがかけられる。

 

 アリスはさらに気付いてしまった。

「ぃ……ぃゃ……」

 

 彼の上着がまるで鋭い刃物のような何かで切り裂かれ、切り口を中心に、乾燥した赤黒いシミが染まり広がっているのを。その液体が何であるか理解した瞬間、

 

「いやぁぁあああああああああああ!!」

 

 まるでガラスが砕けるような悲鳴が、妖怪の山に響き渡った。

 

 

つづく

 




次回 第十八話「お別れは突然に」

とか予告っぽいことをしてみたり


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第十八話 「お別れは突然に」

ご無沙汰しております、サイドカーでございます。
投稿するのも随分と久しぶりな気がするせいか、文章力が大分低下している気もまた……

何はともあれ、予告通りのタイトル。ごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。


「いやぁああ!! 優斗、優斗ぉ!!」

 少女の悲痛な声が山の中に木霊する。アリスはいつもの冷静さを完全に失い、ただがむしゃらに周囲に呼びかける。

「ねぇ、いるんでしょ!? 出てきてよ優斗!!」

「お、おいアリス落ち着けって」

「離して!」

 魔理沙が彼女の腕を掴み、何とか宥めようとする。しかし、アリスは魔理沙の手を振りほどこうと身をよじらせた。その様相はもはや錯乱しているといっても差し支えない。

 拒絶するアリスを、魔理沙はいつになく真剣な声で一喝した。

「落ち着けッ!!」

「!?」

 滅多に聞くことのない魔理沙の怒声に、怯えたようにアリスは肩をビクッとすくめる。そして全身の力が抜け落ちたように、顔を伏せて黙り込んでしまった。今の彼女は、淡く消えてしまいそうな儚さを漂わせていた。

 魔理沙は大人しくなったアリスの腕を掴んだまま、霊夢に声をかけた。

「これ以上ここに居ない方が良い。家まで送っていこうぜ」

「そうね」

 魔理沙の提案に、霊夢も短く同意する。二人とも落ち着いているように見えるが、実際は彼女達も内心では動揺していた。それでも、アリスの取り乱す姿を見て、ギリギリのところで冷静を保つことが出来た。このままアリスを一人にしたら、孤独に耐えられず彼女の心が壊れてしまうのではないかという想像が、二人の心配を煽る。とにかく彼女と一緒にいるべきだと、霊夢と魔理沙は自分に言い聞かせた。

 もはや一人で空を飛ぶ気力さえも失ってしまった人形遣いを、魔理沙は自分の箒の後ろに乗せる。そして、彼女を自宅まで届けるため、親友二人は魔法の森へ向けて空に舞い上がった。

 アリスの家に着くまでの道のり、誰ひとりとして言葉を発することは無かった。

 

 

 アリスの自宅へは、さほど時間もかからずに到着した。

 玄関の前に着地し、魔理沙は後ろに座っている少女に声をかける。

「ほら、アリス。着いたぜ」

「うん……」

 魔理沙に促され、アリスは静かに返事をして箒からそっと降りた。扉の施錠を外し、家の中へ入る。霊夢と魔理沙も後に続き、三人はリビングまで足を進めた。アリスがソファーに座ってから、二人も黙って腰を下ろす。

 部屋の中を重苦しい雰囲気が支配する。まるで鉛が溶け込んでいるかのような、窒息しそうな空気が場を埋め尽くす。誰もが最初の一言をなかなか言い出せず、気まずい沈黙が続く。壁際に飾られている時計の、秒針が規則正しく動く音が、酷く冷め切ったものに感じられた。現状を何とか打ち破ろうと、魔理沙がやっとの思いで「あのさ……」と口を開いた。

「きっと大丈夫だぜ。優斗は無事だって」

 アリスを励まそうと、前向きな言葉をかける。だが、アリスはキッと魔理沙を睨むと声を荒げた。

「いい加減なこと言わないで! 何の根拠もないのに!」

「アリス……」

「あ……ごめんなさい」

 魔理沙の悲しそうな声に、アリスは自分の失言に気付き、申し訳なさそうに目を伏せた。アリスの手には依然として彼の上着が握られている。ふいに、その上にぽつぽつと滴が落ちた。それは、アリスの目から零れ落ちた涙。青い瞳から次々と溢れ出し、優斗のジャケットを濡らしていく。

「ぅ……ぐすっ」

 感情が抑えられなくなり、嗚咽が漏れる。彼女の心が、繊細なガラス細工のように脆くなっているのが、ひしひしと伝わってきた。

 確かに、魔理沙の言う通り優斗が死んだと決まったわけではない。しかし、服に付いている血を見れば、彼が負傷したことは間違いないだろう。それに、幻想郷には人間を食料とする妖怪もいる。もし彼らにつかまってしまったのなら、言葉通り何も残らない。

 やっと見つけた優斗に関する手掛かりが、悪い予感ばかり告げる。どうしてこうなってしまったんだろう。どうしてあの時、出ていけなんて言ってしまったんだろう。どうして、もっと素直に……

「アリス」

「れい、む……うぅっ、ふぇえええん」

 ぽろぽろと涙を零し、子どものように泣きじゃくるアリスを、霊夢は優しく抱きしめた。アリスは霊夢にしがみつくように、身を寄せる。

 見れば、魔理沙も帽子のつばを掴んで表情を隠している。彼女ももらい泣きしそうなのを、ぐっと堪えているのだろうか。部屋に並べられている、上海をはじめ他の人形達も、どこか悲しんでいるような気がした。

 安易な慰めの言葉をかけることも出来ず、霊夢と魔理沙はただ黙ってアリスの傍に寄り添う。少しでも彼女の辛さを分かち合えないかと、大切な親友を想う。

 そんな折、突如として玄関の扉をコンコンとノックする音がした。

 最初に反応した霊夢が、音がした方に訝しげな視線を向ける。

「誰よ。こんな時に」

 空気の読めない来客に、不満を露わにする。その傍らで、魔理沙がはっとした様子で顔を上げた。

「もしかして、優斗が帰ってきたんじゃないか!?」

「優斗ッ!」

「あ、ちょっとアリス!?」

 魔理沙が言うや否や、アリスは反射的に椅子から立ち上がり、わき目も振らずに飛び出す勢いで、玄関に向けて走り出した。霊夢達も急いで後を追う。そして、壊れるのではないかと思うくらい力一杯に、アリスはドアをバンッ! と開いた。

「優斗!」

 

「わわ!? こ、こんにちは。アリスさん」

「あ……」

 

 ドアの向こうにいたのは、残念ながら彼ではなかった。

 そこに立っていたのは一人の少女。短く切り揃えられたまっすぐな髪は、蚕糸のように白い。服装は緑色をメインとした、スカート状になっている洋服で、その腰回りには二本の刀が括り付けられていた。そして何より際立っているのが、彼女にまとわりつくように浮遊している雲みたいな白い物体。実はその正体は幽霊だったりする。厳密には半霊というのだが。

「妖夢……」

 彼女の名前は魂魄妖夢。冥界にある白玉楼という屋敷で働いている、半人半霊の庭師である。性格は非常に真面目で、時に主からいじられたりすることもしばしば。

 妖夢はアリスの様子に面喰いつつも、礼儀正しく頭を下げた。

「いきなり訪問してしまってすみません。実は、アリスさんにお話ししたいことがありまして」

「あー、妖夢。悪いんだが今は取り込み中なんだ。今度にしてくれ」

 アリスに代わって魔理沙が答える。妖夢がアリス宅を訪ねてくるのは珍しく、きっと何か大事な話なのだろう。しかし、今は事態が事態だ。せっかく来た彼女には申し訳ないが、今日のところはお引き取り願いたい。

「ですが」

「ちょっと今はダメなのよ。知り合いが行方不明で」

 なお引き下がろうとする妖夢を、今度は霊夢が止める。あえて行方不明という言い方にしたのは、アリスに対する彼女なりの気遣いなのか。とにかく今はアリスに余計な負担はかけたくないというのが、霊夢達の心情だった。

 ところが、霊夢の言ったことに心当たりがあるのか、妖夢は何やら考える仕草をする。やがて「もしかして」と本当に何気ない感じで口を開いた。

 

「知り合いというのは、天駆さんのことですか?」

 

『え!?』

 妖夢の一言が意外過ぎて、皆が息をのんだ。直後、真っ先に飛びついたのは、やはりアリスだった。妖夢の肩を掴み、ぶんぶんと揺すりながら必死に問う。

「優斗を知っているの!? どこにいるの!?」

「お、落ち着いてください。アリスさん」

「お願い……教えて……」

 声が弱々しくなると同時に、妖夢の肩に乗せていた手からも力が抜け、アリスはその場に膝をついてしまった。肩を震わせ涙を浮かべるアリスの手を、傍に寄った霊夢がぎゅっと握る。

 アリス達の様子に困惑しつつも、妖夢は「えっとですね」と話を再開する。

「お話というのが、まさにそれなんです。天駆さんは現在、冥界に居ます」

「冥界って……まさか、死んだのか!?」

「!!」

 魔理沙が思わず口走ってしまったことに、アリスの肩がビクッと跳ねる。すがるように、霊夢の手をぎゅっと握る。霊夢は繋がった手をそっと握り返すと、ジロリと魔理沙に非難の視線を向けた。魔理沙もすぐに失言に気付き「……悪い」と小さく謝る。

 一人だけ絶賛置いてきぼり中の妖夢だったが、何となく状況を把握することが出来た。妖夢は彼女達とりわけアリスを安心させるように、優しい笑みで答えた。

「大丈夫ですよ。彼は生きています」

「ほんと……?」

「はい、本当です」

 アリスが潤んだ瞳で妖夢を見上げる。その可憐な仕草にちょっとだけドキッとしたものの、妖夢は明鏡止水の精神で心を落ち着かせる。いや、胸に手を当て深呼吸を繰り返すあたり、結構な葛藤があったようだ。

 まだ現状に理解が追い付いていないアリスに代わって、霊夢がごもっともな疑問を妖夢に投げかける。

「それで、何で優斗が冥界に居るのよ?」

「そうだぜ。優斗は飛べないんだから、おかしいだろ」

 魔理沙も霊夢に賛同する。ちなみに冥界へは、上空にある結界が希薄になっている所から入ることが出来る。言い方を変えれば、生きている人間が冥界に行くには、そこまで飛んでいく必要があるということ。あの男は、一体どういう経緯でそこまで辿り着いたのだろうか。

 巫女と魔法使いの質問に、半人半霊の庭師は「ええと」となぜか言い難そうに視線を逸らす。

「それがですね、詳しくは聞いていないので、私もよくわからないのですが」

「何よ。勿体ぶってないで早く教えなさいよ」

「そうだそうだ。隠し事は良くないぜ」

 二人から急かされ、妖夢は観念したように溜息を一つ吐いた。そして、「わかりました」と頷き、彼が言っていたことを伝える。

 

「天駆さんの話では、時代の波だとかビックウェーブだとかに乗り切れず、吹き飛ばされてきたとのことです」

『……はぁ?』

 

 想像の斜め上いく内容に、霊夢と魔理沙、そしてアリスの疑問の声が重なった。

 

 

 そして時は遡り、一週間前の妖怪の山で起きた、あの出来事まで戻る。

 

 

つづく




というわけで、「(シリアスとの)お別れは突然に」でした。

ここからは主人公のステージだ!!


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第十九話 「気分屋の行方」

ここからは主人公のターンだぜ!

時系列的には第十五話の続きとなります。約一か月ぶりの投稿となってしまいましたが、今回もごゆるりとお付き合いいただけると嬉しいです。


 熱い。ドクドクと重く脈打っている感覚が、まるで全身に伝わっているかのようだ。嫌な汗がじわりと頬を滴り、荒い呼吸はなかなか収まらない。一度座り込んでしまった体は、立ち上がる気力こそかろうじて残っているものの、再び走り出すことを断固拒否している。

「ぜぇ……ぜぇ……あー、くそ」

 とっさに転がり込んだ茂みの陰で、俺は息をひそめながら舌打ちじみた悪態をついた。もちろん、そんなことをしたところで背中の痛みが和らぐことも無ければ、体力が回復することも無い。

 こっちから見ることは出来ないが、きっと後ろは見ただけで血の気が引くような惨状になっているだろう。といっても、首やら胴体やらが上下分離せずに済んだおかげで、なんとかこの世からサヨナラする事態は免れた。これぞまさに九死に一生というやつかね。

 

 生存本能かはたまたニュータイプに目覚めたかは知らんが、熊妖怪に襲われた俺は、奴の鋭い爪が振り下ろされる瞬間に、半ば無意識に体を捻った。それが功を為し、刃物のような一撃は俺の身体を直撃することなく、背中を抉る程度に収まった。もっとも、攻撃が当たった時に、有り得ないくらいの激痛が傷口を中心に全身を襲ったのは言うまでも無い。それでも、俺は痛みすら無視して、敵から逃げるためにただがむしゃらに走り出した。だが、負傷した手前、思うように足に力が入らず、まともに距離を稼ぐ前に躓き転倒してしまった。その際に、受け身を取るのにも失敗して、肩を強打するという追加ダメージもくらった。心身ともにズタボロになった俺は、身を引き摺るようにして、かろうじて近くの茂みの陰に隠れることにはギリギリ成功したのだった。色々と長かったので要約すると、こいつぁヤバいの一言に尽きる。

「ぐっ……まったく、何て日だ……」

 生きているだけ上等と言っても、痛いものは痛いのだから仕方ない。しかし、痛みに絶叫してのた打ち回っていたら敵に見つかる。俺は隠れている場所から少しだけ身をずらして、向こうの様子をうかがうことにした。そこでは、

 

「ホラホラドウシタ? 隠レテモ無駄ダゾ? ンン?」

 

 勝者の余裕からか、チンピラっぽい口調で挑発しながらウロウロと周囲を探るあの野郎の姿があった。完全に見下されているが、事実どうしようもない。幸いにも、俺がこの辺に隠れているのを把握されているだけで、正確なこちらの位置まではバレていないようだ。

「さて、どうする? 戦う……のは無謀か。ここは逃げるしかないわな」

 あからさまにバカにされているのは癪だが、生憎こちらは剣も銃もバールのようなものも所持していない。武器も無ければ、弾幕も能力も持ち合わせちゃいない。戦闘シーンに突入したところで勝率は皆無だろう。となると、ここは第二部よろしく逃げるのが策ってもんだ。

 向こうは俺がこの辺に居ると思い込んでいるようだし(まぁ正解なんだが)、うまいこと木とか茂みとかの裏側に隠れつつ、来た道を逆走すれば見つからずに逃げられるかもしれない。ありがたいことに、山の中なら隠れポイントが周囲にいくつもある。やれやれ、見つかったらアウトってどこぞのスパイゲームみたいだな、とか余裕ぶったことを考えて精神を少しずつ落ち着かせる。限りなくやせ我慢だが、意外にも効果があった。ある程度、調子が戻ってきたところで、

「……よっしゃ」

 動きたくないと駄々をこねる己の肉体を無理やり動かし、足音さえも最小限にその場から少しずつ移動する体勢をとる。マンガとかだったら、ここで何か踏んだりしてヘマするところ、ゆえに足元にも注意を払いつつ移動するタイミングを狙う。ダンボールでも被って移動してたら完全にスネークである。

「というか、あんまり距離稼げてなかったんだな……」

 目線をずらして思わず呟いてしまった。俺がもともと居た場所が、ここからでも目視できるくらいの場所にあったのに今気が付いた。あれだけ必死に走ったにもかかわらず、地底入口の穴が意外に近かったことにがっくりする。火事場の馬鹿力は都市伝説だったのか。

「まぁ、何にしてもまずは無事に逃げ切らないと」

 少しでも動きやすくして成功率を上げるべく、俺は自分のトレードマークともいえるグレーのジャケットを脱いだ。見事なくらいにバッサリと裂かれ、血がベットリと付着しているのを見て、若干気が遠くなりかけたが、なんとか持ちこたえる。SAN値チェックはセーフだったようだ。

「あとで迎えに来るからよ。しばらくお別れだ、相棒」

 服に別れを告げるというシュールなことをしつつ、俺は上着をその場に置いた。脇に抱えて移動しても良いのだが、両手はフリーにしておきたいところ。まずは身の安全が最優先だ。とことん身軽にするなら、今さっき作ったものも置いていくべきなんだろうけど、コイツはもしもの時の保険としても使える。というわけで俺はブツを体に巻きつける形で装着した。イメージ通りなら、うまく機能してくれるはずだ。

 さて、準備は整った。俺はもう一度チラリと敵の様子を探る。出来れば俺のことは諦めて、さっさと何処かへ行ってほしかったのだが、残念ながらそうは問屋が卸さなかったようで、同じ所に奴は居た。

「あーあ。アリスに何て言うかなぁ」

 今朝追い出した相手が傷だらけで帰宅してきたら、間違いなく驚くよね。あまり心配かけたくないんだけど、優しいアリスのことだ。というか、怒らせるわ心配かけるわ、どうしようもねぇな俺。帰ったら、紅魔館で咲夜さんから紅茶の淹れ方を学んでいたことを白状するか。本当なら、こっそりサプライズやって、アリスをビックリさせたかったんだが、致し方あるまい。

「……いざ」

 俺は少し腰を浮かせると、抜き足差し足忍び足で今いる場所からちょいと離れた茂みの陰へ、さらにそこから数メートル先の木の裏側へと拠点をコソコソ移動する。危険極まりない状況であるはずなのに、このスリルに興奮を覚えてしまった俺は、ひょっとしたらおバカなのかもしれぬ。アリスに呆れられても文句は言えんな。

 隠れ場を転々と変え、ようやくさっきまで自分が立っていた、地底入口近くまで辿り着いた。奴とも大分距離が開いたし、これは上手く逃げられるんじゃないか? 向こうでは未だに熊が「ホラホラ出テコイヨ?」などと嘲っている。バカめ、俺は此処だってばよ。

 内心ほくそ笑みつつ、俺はその場を後にしようとした時……

 

「ソノ便所タワシノヨウナ頭ヲ地面ニ擦リ付ケテ許シヲ請エバ、見逃シテヤランデモナイゾ? ククク」

 

「…………」

 プツーンと何かのスイッチが入った。俺は無言で立ち上がり、まっすぐな足取りで隠れていた場所から姿を現す。もはや逃げるという選択肢は消え失せた。ヤツとはじっくり話し合う必要がありそうだ、この拳でな。

「さっき武器が無いと言ったな。ありゃ嘘だ」

 俺は誰にでもなくそう言って、そこにあった「ある物」の前に立ち、右足を大きく振り上げ膝を曲げた。そして、大体半分より下くらいの高さを狙って、踏み潰すような蹴りを放つ。俺が狙った物、それは地底入口であることを示す立て看板だった。踏みつけ攻撃が当たった途端、支えとなっていた棒は、バキッと乾いた音を当てて根元から折れた。俺は倒れた看板を拾うと、ブンブンと数回軽く振ってみる。公共物っぽいものを破壊したのは黙認していただこう。

 チラリと脇目を振ると、看板をへし折った音を聞きつけたらしく、熊妖怪もこちらを見据えつつ、スローな動きで近付いてきた。さっきみたいにいきなり襲ってきたりはせず、俺を見て鼻で嗤っている。もうこれパーフェクトになめられているな。灸を据えてやらねば。

 俺はホームラン予告をするバッターみたく、今しがた手に入れた武器の先端を相手に向ける。

「おうおう、愛用のジャケットを台無しにしただけでなく、俺の髪型までバカにしやがったな? お前は七つの大罪のうち二つを犯した。よって俺が裁く!」

「ハッ! イキガルナヨ雑魚ガ!」

 俺の宣戦布告に熊が吠える。ちょっとした煽りに対してここまで乗るとは、マジでチンピラだ。直後、まさに野獣という勢いで再びこちらに突進してきた。だが、俺は動かない。ギリギリまで奴を引き付ける。

「クタバレクソガ!」

 敵が目の前にまで接近し、鎌のような鉤爪を振りかざす。瞬間、俺は身を低くかがめ、スライディングじみた動きで奴の背後に回り込む。そして、がっしりと重心を固定すると、肩の痛みさえも構うことなく、遠心力全開のフルスイングをぶつけた。

「どっせぇええええい!!」

「グォオオッ!?」

 直撃した看板はその衝撃に耐えられず、妖怪に当たると同時にバラバラと粉々に砕けてしまった。だが、渾身の一撃は狙い通りの効果をもたらした。

 突進した勢いを殺し切れず、さらに背後から重い衝撃を食らい、熊妖怪の重心はそのまま前に傾いた。奴が倒れたその先は、

「ダ、ダニィイイッ!?」

 地面ではなかった。広がっているのは奈落の奥深くまで続く巨大な穴。そう、地底への入口だ。熊は体勢を必死に戻そうとするがもう遅い。俺は再度膝を曲げて溜めを作ると、看板をへし折った時よりも、さらに勢いのあるドロップキックをお見舞いした。まさに、とどめのライダーキックである。

「沈め、銀河の果てへ!」

「ギャァァアアアア!!」

 体勢を立て直すことが叶わず、とうとう熊妖怪の全身は宙に投げ出された。そして、重力の法則に従い、一瞬ゆっくりと直後一気に落下していった。

「完全勝利……ってな!」

 ところで、実はここで一つ問題が生じていた。

怒りが有頂天していた俺が放った飛び蹴りは、俺が想像していた以上の威力があった。そのおかげで奴を地底に叩き落とすことが出来たのだが……

 

 俺自身も勢いを殺し切れず、奴と一緒に奈落の底へ落下中の身となったのである。

 

 絶叫系アトラクションの如く、物凄いスピードでぐんぐんと高度が下がっていく。

「うぉおお!? すっげぇ風圧、これがGか!?」

 アホなことを言っている間にも、落下は続くよ何処までも。普通だったら喚き散らすか死を覚悟するかなんだろうが、もともと行く予定だった場所なので、しっかりと手は打ってある。予定と違う点があるとすれば、隣に道連れがいることくらいか。

 俺はすぐ傍で絶叫している熊に目を向けた。直後、

 

 ボワンッ

 

「……へ?」

 突如として奴の巨体が白い煙に包まれた。まるで忍者が煙玉を地面に叩きつけたかのように、もくもくと謎の気体が上がる。とはいえ現在進行形で強烈な風圧を受けているため、煙は間もなく晴れた。煙幕が完全になくなった時、熊妖怪の姿はなかった。そこにいたのは、

「ヤダー! シニタクナーイ! シニタクナーイ!!」

 小柄な狸が一匹、ぴーぴーと喚いていた。サイズは先程までとは天と地の差で、せいぜい猫か小型犬くらいしかない。

「こいつ、化け狸だったのか?」

 俺の視線にも気付いてないくらい悲鳴を上げまくっている、何とも情けない小動物が目の前にいた。なんつーか、こんないかにも雑魚っぽいのとガチで戦ってたのかと思うと、ちょっと泣けてきた。

 このままいけば、このチビ助は地面にダイレクトアタックして、真っ赤な花を咲かせるであろう。ほっといてもいいが、後々になって変な罪悪感に悩むのも嫌だし、助けてやるか。

 俺は痛めていない方の腕を伸ばし、狸の首根っこをがしっと掴んだ。

「ヒィッ!?」

「じっとしていろ、死にたくないならな」

 そして、もう片方の手を背中に伸ばし、モビルスーツのバックパックのように装着していた、折り畳んである「それ」を抜き取ってから手を放した。直後、「それ」は空気抵抗を受けてバサバサと大きく広がる。やがて全開になった「それ」には猛々しい字体で書かれている「大日本帝国」の五文字が姿を現した。その四隅にはロープが通してあり、均一なバランスになるようにそれぞれを俺の身体に巻きつけている。ここまで言えば、俺が何を作っていたかお分かりいただけるだろうか。

 俺が作っていたのは即席のパラシュートだった。いつぞや、香霖堂で見つけた戦艦ヤマト系の旗を見たとき、何かに使えそうだと思っていたのよね。んで、閃いたのがコレ。空は飛べずとも、ようは無事に着地できれば地底には行けるはずと踏んだのだ。気分は忍者ハットリくんかパラソル広げたカービィか。落下速度はどんどん低下していき、ふわふわゆったりとした優雅なものに変わる……かと思いきや案外スピードが落ちない。アレだ、急ブレーキを踏んだからって、その瞬間に車が完全停止するわけではないというのと同じ感じだ。さらに、ふと下を見ると地面っぽいものが見えてきた。あ、ちとヤバいかも。

 ブレーキが間に合うか、激突が先かというデッドヒート。この運命やいかに!?

「お、女の子とイチャイチャする前に死んでたまるかぁああああい!!」

 俺の叫びと同時に、ついに両足が地に触れた。瞬間、ベタなマンガの描写にありそうなビリビリとした痺れに似た衝撃が、足の裏から脳天にかけてじんわりと上ってきた。だがラッキーなことに骨がポッキリ折れる効果音はしなかった。どうやら落下速度はかろうじてセーフゾーンだったようだ。

「あー、死ぬかと思ったわい」

 これまたベタなセリフを言いつつ、安堵の溜息を吐く。掴んでいた狸を地面に降ろし、身体に巻きつけていたロープを解く。いやしかし、本当にうまくいくとは、今更だけどミスってたら大惨事だったな。

 自作パラシュートを軽く畳んで、その辺の岩の陰に隠す。もう使うことは無いので持ち歩く必要もなくなった。とはいえ捨てるのもそれはそれで勿体ないし、もし余裕があれば今度回収に来るとしよう。覚えていればだけど。

 パラシュートを適当な所に置いていると、狸が動揺した様子で話しかけてきた。

「アンタ、ナンデ助ケタ?」

「さぁな。気が変わったってところだ」

「ナ……」

「じゃあな。帰りは自分でどうにかしてくれ」

 俺は狸に向かって短く告げると、その場を後にしようと歩き始めた。だが、

「マ、待ッテクレ! イヤ、待ッテクダセェ、旦那ァ!!」

「旦那ぁ?」

 狸に呼び止められた。しかも旦那とか言われた。俺は足を止めて相手の方を振り返る。すると、小動物が俺の足もとに駆け寄ってきたかと思うと、おそらく土下座のつもりであろう、身を伏せて懇願してきた。

「何だってんだ、一体?」

「コレマデノアッシハ、タダノチンピラデシタ。デスガ、殺ソウトシテキタ相手ヲ助ケル、旦那ノ懐ノ深サニ惚レヤシタ。ドウカ、アッシヲオ供ニ加エテクダセェ!」

「んなこと言われてもなぁ」

「頼ンマス、旦那!」

 何か知らんが改心したらしい狸妖怪に、必死に頼み込まれる俺。まぁ、拒否する理由もないし、仲間が増えて嫌なことは無いか。そう考えて俺は「わぁーった、付いてこい」と了承する。狸は「アリガトウゴザイヤス!!」とまるで高校球児のような威勢で頭を下げた。

「ところで、お前の名は? お互い名前も知らないというのもアレだし。俺は天駆優斗」

「申シ訳ネェ、アッシミタイナ低級妖怪ジャ名前ナンテ無インデサァ。佐渡ノ二ツ岩ホドノ方ナラアルンデスガ」

「名前が無いって、悲しいこと言うなよ。よし、じゃあ俺が名付けてやろう。熊に化けられるから『クマ吉』……はダメだな。じゃあ『タヌ吉』だ。今日からお前はタヌ吉だ」

「タヌ吉、デヤンスカ?」

「別のが良いか?」

「イエ、旦那カライタダイタ名デサァ。コレ以上ノモノハゴザイヤセン」

「そっか、なら良いんだ。んじゃ行くか、タヌ吉」

「了解デヤンス、旦那」

 こうして一人と一匹は地底を探索するための一歩を踏み出した。

 

 

 地底の道は、まるで洞窟の中を歩いているような感覚だった。周りは岩ばかりで薄暗いし、俺とタヌ吉の足音くらいしか聞こえてくるものがない。まぁ、聞いた話じゃ旧都とかいう街っぽいのが奥にあるらしいし、このまま進んでいけば大丈夫なはずだ。それに、話し相手がいるというのも、退屈しないで済む。

「トコロデ、旦那ガ言ッテイタ七ツノ大罪ハ他ニハドンナノガ?」

「うーむ、そうだな。福神漬けのないカレーとか、紅しょうがのない牛丼とか?」

「急ニ規模小サクナリヤシタネ」

 さっきのあれはノリとテンションで適当なこと言っただけだしな、と軽く流す。と、前方にこれまでとは違うものが見えてきた。歩みを進めていくと、それが橋であることが分かった。牛若丸とかが歩きそうな、レトロ感あるブリッジがそこに架かっていた。

「オイ見ろよ、橋だぜ」

「橋デヤンスネ」

 他に言うことないのか、俺達ゃ。とりあえず行ってみようということで、件の橋に近付いていく。目の前に到着すると橋の上に、誰かが一人ポツンと、こちらに背を向ける形で佇んでいた。その人物が俺達に気付き、ゆっくりと振り返る。

 

「地底まで何しに来たのよ? 妬ましいわね」

 

 そこに居たのは、女の子だった。アリスと同じく短めの金髪、違う点を言うならば彼女の方は、髪の一部を後ろで軽く束ねているということか。じとっとこちらを見る眼は、エメラルドのような緑色をしていた。さらに、よく見れば彼女の耳はやや尖った形、いわゆるエルフ耳というものだった。服装はペルシャらへんの民族衣装のような、綾模様をした紺色の半纏みたいな服の上に、茶色い薄手の服を重ねたもの。首元にはスカーフのような布が巻かれている。

 これがまた、めっちゃ美少女だった。どことなく不機嫌そうな態度が、ツンデレっぽい印象を受ける。それも含めて、非常にグッドな可愛い女の子がそこにいた。

 俺は痛みやら疲労やらを完全に忘れ、紳士然とした立ちポーズをビシッと決める。そして、演劇俳優のような無駄にカッコつけた動きで右手を差し出した。

 

「君と出会うために来たのさ!」

「は?」

 

 

つづく




次回から地底編!

第二十話 「三角関係の予感? ~可愛いあの娘は妬ましい~」

あの男は何をやらかすのやら。


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第二十話 「三角関係の予感? ~可愛いあの娘は妬ましい~」

夏だ! お盆だ! 最新話投稿だぁ!

というわけで最新話でございます。
暑くて夏バテしそうな気温が続きますが、今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


「はぁ~……妬ましいのが来たわね」

「あっるぇー、軽く流されたぞ?」

 紳士的なファーストコンタクトでお近づきなろうというナイスな作戦だったはずなのだが、目の前の美少女は、いかにも面倒臭い人物を見るような目で俺のことを見ると、深々と溜息を吐いた。「妬ましい」というのがこのお嬢さんの口癖なのだろうか。

 こちらとしても、いつまでもジョジョ系の立ちポーズのままでいるわけにもいかない。とりあえず、「ごほん」と咳払いをした後、何事も無かったかのように極めてナチュラルに橋に足をかけ、俺は彼女の前に立った。おお、近くで見るとなおさら可愛いな。ぜひともお近づきになりたい。

「こんな所に一人でいるのは、ひょっとして誰かと待ち合わせか?」

 これくらい可愛い娘なら、彼氏がいたって何ら可笑しくないだろう。恋愛マンガ定番のデート待ち合わせの最中だったかもしれない。「ごめん、待った?」「ううん、今来たところ」みたいな。むむむ、羨ましい。

 だが、彼女は俺の質問に対し、むっとした表情を浮かべつつ答えた。

「こんな所とは失礼ね。ここは私の仕事場なんだけど」

「おっと、そいつぁ失敬した。そういや名乗ってもいなかったな。俺は天駆優斗、ワケあって今は放浪中の身さ。んでコイツはタヌ吉」

 機嫌を損ねないよう、先に謝ってから自分の名を告げ、あとタヌ吉の紹介をした。タヌ吉は「ヘェ、ドウモ」と軽く前足を上げる。その動作がどことなく、犬猫が覚えたての芸を披露するみたいだなと、しょうもないことを考えてしまう。

 俺達の自己紹介が済んだところで、彼女も名乗った。

「水橋パルスィ。橋姫よ」

 彼女は短く告げると、橋の手すりまで移動し、それを背もたれにするように後ろに寄りかかった。澄ました系の、ちょいクールな感じを受けるが、それもまた彼女の性格を自然体で表していた。例えるとすれば、アリスが柔らかな日向なら、彼女はさながら凛々しい月光か。あ、でもクールビューティーっていったら咲夜さんだな。だとしたら咲夜さんは光り輝くダイヤモンドダストってところかしら。なかなか上手い表現が出来たと自負している。俺ってば何気に詩人?

 一人で勝手に自惚れていると、彼女――パルスィは目を伏せ再び溜息を吐いた。溜息ばっかりしてたら幸せが逃げるんだぞ? と内心ツッコミをいれる。そして、緑の瞳を片方だけ開き、橋の向こう側をすっと指差した。

「地底に来たってことは旧都に行くんでしょ? なら方向はあっちよ」

「橋の通行料とかは取らないのか?」

「そんなの無いわよ。行くならさっさと行きなさい」

「OK、また会おうぜ」

「……変なヤツ」

 一人で過ごしたいのか、彼女は先を急かすように俺に道を教える。あまり話し相手になってもらえなかったのは残念だが、彼女がここを仕事場としているというなら、またここに来れば会えるだろう。ということで、俺はパルスィに前向きな別れの挨拶を交わす。彼女の返事は答えになっていなかったが、拒否はされてないし、肯定的なものと解釈した。

 足元に居るタヌ吉に「行こうぜ」と一声かけて、俺は彼女の示した先を目指して橋を進むことにした。そして、パルスィの前を横切り背を向けた時、彼女は「なっ!?」と何やら驚いたような声を上げた。

 

「ちょっと待ちなさい」

「おう、何かね?」

「『何かね?』じゃないわよ。あなた怪我しているじゃない!」

 焦っているのか怒っているのかよく分からない口調で、パルスィは俺の背中を凝視する。言うまでも無く、変身時のタヌ吉と拳で語り合っていた時に受けた傷だ。

 男のプライドにかけて、美少女の手前で情けない姿を晒すわけにはいかぬ。俺は平然とした態度を装って彼女に答える。

「うむ、実は超痛い。でさ、この辺に医者か薬局とかない? できれば美人女医さんの所が良いんだけど」

「ああもう妬ましいわね! ちょっとこっち来なさい!」

「うおっ!?」

 パルスィがさっきよりも増して語気を強めたかと思うと、いきなり俺の手首をがしっと掴み、そのままズンズンと歩き出した。突然の出来事にワタクシ、動揺しております。ただ一つだけ確かなことは、俺の手を掴んでいるそのソフトな感触が、まごうことなき女の子の手だということか。何か知らんが、美味しい状況になっていることだけは確かだ。ぃやっほーう、グレィトだぜ.!

「うるさいわよ」

「うぇ!? 俺喋ってなくない!?」

 まさか心の声にツッコミを入れられるなんて思わなかった。

 あれよあれよという間に、俺はパルスィに連れられ橋を後にしたのだった。

 

 彼女に腕を掴まれ移動すること数刻。やってきたのは和風な一軒家だった。日本昔話にでも登場しそうな茅葺屋根の古風な家でござった。

 アホ面で呆けている俺をグイッと引っ張り、パルスィは家の中に入る。そこでようやく腕を放され(ちょっともったいない気もしたが)、彼女にならい俺も靴を脱いで上がった。居間と思わしき畳部屋に通され、パルスィから「座ってなさい」と言われたので素直に従う。ついてきたタヌ吉も困惑しつつも、俺の近くで大人しくしていた。

「ここは?」

「私の家」

「マジで?」

「マジよ」

 俺の問いに答えつつ、パルスィは壁際にある戸棚の上に置いてあった、両手で持てるサイズの木箱を手に取る。それをちゃぶ台の上に置いてから、彼女は俺の隣に腰を下ろした。パカッと箱の蓋を開けると、パルスィは中に入っていたものを次々と卓上に並べていった。出てきたのは、包帯やらガーゼやら何かのビン等々。どうやら救急箱のようだ。ちなみにビンのラベルには「八意製薬」とか書いてあった。製作元の名前なのだろうか?

「ほら、手当てしてあげるから上脱ぎなさい」

「お? お、おう」

 ついどもってしまったせいで、オットセイの鳴き声みたいなリアクションをしてしまった。だって仕方ないだろ? いきなり美少女の自宅に連れてこられたかと思ったら、わざわざ手当てしてくれるとか急展開すぎる。というか、出会ったばかりの男にここまで世話を焼いてくれるなんて、この娘めっちゃ親切だな。やべ、鼻の下伸びそう。

「早くしなさい」

「しゅんましぇん」

 くだらないことを考えてたら怒られてしまった。とりあえず指示されたとおりにシャツを脱ごうとしたが、先のダメージの影響で肩が思うように上がらず、予想外に手こずる。そのモタモタした動きからパルスィは俺が肩を痛めているのにも気付いたようだ。

「あなた、そこも怪我しているの?」

「うんにゃ、ちょっとぶつけたくらいで怪我ってほどでもないんだが。まぁ、明日あたりには治ってるんじゃね?」

「何なのよ、その能天気な答えは。妬ましいわね。というか、何でそんなことになったわけ?」

「それはだな。さっきまでコイツと河原で男の友情を深めていたんよ」

「コイツって……この狸と?」

 パルスィから視線を向けられ、タヌ吉は「ヘヘヘ……」と愛想笑いを浮かべながら前足で頭を掻いた。さっきまでのチンピラっぷりとは正反対の恐縮具合である。

 俺と話しつつも、パルスィは慣れた手つきで、まず傷口を消毒した後、中身は傷薬と思われるビンに入っていた液体をガーゼに含ませ、俺の背中に当てる。その上に包帯をぐるぐると巻いていく。ある程度巻いたところで、はさみで包帯を切り、解けないようにきゅっと固く結んだ。

「はい、おしまい」

「何だか悪いな。初対面だってのに、ここまでしてもらうなんてさ」

「別に。次はあなたよ」

「ヘ? アッシデヤンスカ?」

「他に誰が居るのよ。背中から血が出てるの気付いてないの? いいから、こっち来なさいっての」

 タヌ吉がぐずぐずしている間に、パルスィはタヌ吉をひょいっと持ち上げると、自分の膝の上に載せた。そして先程俺にしてくれたように、テキパキと治療をする。ってあの野郎、何気にパルスィに膝枕されてんじゃねえか。何それズルい。これが小動物の特権だというのか。俺と代われ。

 俺が妬みと羨望の眼差しを送っているのも気に留めず、彼女は並べていた救急セットを箱にしまい、それを元々置いてあった場所に戻した。手際の良さといい、タヌ吉の怪我に気付く観察力といい、かなり女子力高いんじゃないだろうか彼女。

 とりあえず一段落したところで、俺は改めて彼女に礼を言うことにした。

「サンキューな。おかげで大分楽になった」

「アリガトウゴザイヤス」

「別にいいってば。それで、あなた達これからどうする気?」

「ふむ、旧都ってところに行ってみようと思う。色々と面白いことが起こりそうな気がするんでな」

「アッシハ旦那ニ付イテイキヤスゼ」

 俺達の答えを聞くと、パルスィは「はぁ~」と本日何度目かになるかもわからぬ溜息を漏らす。

「仕方ないから案内してあげるわ」

「マジで? いいの?」

「仕方なくよ――」

 彼女が言い切るか否かのタイミングで、

 

「おーい、パルスィいるかー?」

 

 突然の来客があった。

 玄関の引き戸をガラッと開けながら現れたのは、長身の女性だった。腰まで届く長い金髪と額に生えた一本の角。八坂様のような、凛々しい雰囲気を漂わせている。服装は体操服っぽい半袖に、縦縞模様の袴かロングスカートみたいなやつ。角と、隣のタヌ吉が腰を抜かすほどの圧倒的なパワーオーラ……鬼だな。どことなく萃香に似たものを感じ取り、俺はそう結論付けた。

 女性は、あたかも自分の家のごとく居間まで上がってから、ようやく自分以外に来客がいたことに気付いた。

「お、パルスィが男連れ込んでる」

「うるさい勇儀。そんなんじゃないわよ」

「はっはっは。まぁ何だっていいさ」

 パルスィの妬みの視線もカラカラと豪快に笑い飛ばす女性。そのまま俺の対面にどかっと座り、「それで」と話しかけてきた。

「見たところ、霊夢や魔理沙と違って普通の人間のようだけど、どういう経緯で地底に来たんだい? いや、その前に自己紹介しとこうか。アタシは星熊勇儀、鬼だよ」

「天駆優斗っす。ところで、一つ良いっすか?」

「ん? 何だい?」

「姐さんって呼んでも良いっすか?」

「ア、アッシモソウ呼バセテクダセェ!」

「くっ……はははっ! いいよ、いいよ。好きに呼びな」

「何なのよ、このやり取りは……」

 俺の突然かつ意味不明なお願いも笑って了解してくださった勇儀――姐さん。その隣ではパルスィが額に手を当てて、やれやれと頭を振っていた。

 そこからは、俺がパルスィの家に来るまでの経緯を、順を追って姐さんに説明していった。パルスィにもここまでのことはまだ何も話していなかったので、一緒に聞いてもらうことにする。

 今朝、アリスを怒らせてしまったところではパルスィが相当の眼力で俺を睨みつけ、タヌ吉との死闘(ちょっとだけ盛った)のところでは姐さんが身を乗り出して聞き入る。最後に俺が敵だったコイツを助けたあたりでは、「かぁーっ! 熱いねェ!!」と拳を振りかざして感嘆した姐さん。彼女の手には、いつの間にかでっかい盃が乗っていた。いや本当に、いつの間に出したんだろうか。

「アンタ、面白い人間だね」

「いやはや、どもどもっす」

「気に入ったよ。これから皆して旧都に行くんだろ? ならアタシも行くよ。ついでに飲みに行こうじゃないか」

「ついでというか、最初からそれが目的でしょうが」

「はっはっは! まぁいいじゃないか!」

「うっす! お供しますぜ、姐さん!」

「アッシモデサァ!」

「よーし、付いてきなアンタ達!!」

『サー! イエッサー!!』

「………もう好きにすると良いわ」

 俺達のテンションに置いて行かれつつも、パルスィもちゃんと来てくれるようだ。何だかんだ言って世話焼きタイプだな。俺としても、もっとパルスィと話したかったし、嬉しいことだ。

 俺の視線に気付いたのか、彼女は疑わしげな表情でその緑の瞳をこちらに向けた。

「何よ?」

「いや、パルスィの優しさに癒されていたところだ」

「バカ言ってんじゃないわよ。……ほら、さっさと行くわよ」

「りょーかい」

 視線を逸らしてそそくさと先に行ってしまうパルスィを追って、俺も彼女の家を後にした。ちなみに姐さんとタヌ吉はテンションが上がりまくったのか、俺達を置いて先に飛び出していった。遠足とか修学旅行だったら減点ものの別行動っぷりだな、オイ。

 

 

つづく

 




次話投稿は早めにします! と宣言してしまうサイドカーです。
あ、もちろん次回も地底編ですよ。
アリス登場はもう少しだけお待ちくださいませ……


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第二十一話 「地底に泊まろう」

前回のあとがきを有言実行、サイドカーでございます。
早いものであと10日くらいで8月も終わりですね。あ、夏コミに参加された方々お疲れ様でした。自分は2~3回くらいしか参加したことありませんが……

とまぁ、前置きはここまでにして本編行きましょう。
今回もごゆるりとお付き合いいただけると、嬉しいです。


「おー、ここが噂の旧都か」

 パルスィの自宅から移動すること数千里……ってほどの距離は歩いちゃいないが、俺達は目的地である旧都と呼ばれる街にたどり着いた。結局あのあと、姐さん達に追いついたのは旧都に着く直前だった。どんだけ先に行くんだよと思ったが、まぁおかげで道中ずっとパルスィと二人で話しながら歩いてこれたわけだし、結果オーライということで無問題としよう。パルスィは相変わらずどこかそっけない態度だったが、それが彼女のナチュラルスタイルだとわかっているので、特に気にすることも無かった。あと可愛いし。ここ大事。

 さてさて、その旧都の様子だが、人里が日中の商店街とするならば、こちらはさながら夜の繁華街といった印象を受けた。といっても、シャレオツに銀座でフィーバーみたいなもんではなく、屋台が並んでいる類の飲み屋街ってな感じだ。実際、あっちこっちに居酒屋が建ち並んでおり、それぞれのドアやのれんの向こう側からは、喝采やら笑いやらの賑やかな声が聞こえてきた。楽しい夜の始まりとばかりに活気づいている。イイね。

 飲み会大好き大学生の血がうずうずしていると、突如として後ろから声をかけられた。

 

「あっれー、勇儀にパルパルじゃん。何してんの?」

「知らない人もいるよ……」

 

 気さくな感じなのと、大人しめな感じなのと二つの声に振り返ると、二人組の少女の姿があった。片や、黄金色の髪をお団子状に一まとめにしている、黒と茶色で構成された服を着た女の子。片や木桶にすっぽりと身を入れた、深緑の髪をツインテールにした小柄な少女だった。イエローヘアの方が「やっほー」とフランクに手を振りつつこちらにやってきた。桶娘の方も彼女に続く。

「なになに? 揃いも揃ってゾロゾロと。っていうかこっちのお兄ちゃんは誰?」

 興味津々な目で俺を観察する少女。好奇心旺盛なタイプとみた。何というか、アイドルみたいなテンションの高さだな。いや、自分でも何言ってんのかわかんないんだけど。

 アイドル系少女(第一印象)の質問攻めに、俺に代わって姐さんが答えた。

「これから皆で飲みに行くところさ。この人間は優斗。さっきパルスィが拾ってきた」

「へぇ~~? じゃあ、ひょっとしてパルパルのオトコ?」

「バカ言うんじゃないわよ、妬ましい」

 ハイテンションガールのニヤニヤ顔の問いを、パルスィはバッサリと切り捨てた。というか今、さらりと拾いもの扱いされた気がするんだが。誠に遺憾である。何とも言えない気分でいたら、件の少女が「ねぇねぇ」と話しかけてきた。

「君、優斗っていうの?」

「おう、フルネームなら天駆優斗だ」

「天駆かぁ、じゃあ『天っち』だね。私は黒谷ヤマメだよ。よろしくね!」

「じゃあ『ヤマっち』って呼ぼうか?」

「えぇ~? もっと可愛いのにしてよ」

「ふむ。なら『ヤマちゃん』でどうだ?」

「それならオッケー!」

 俺とヤマメもといヤマちゃんの会話を聞いていた桶少女が「いいんだ……」と苦笑いを浮かべていた。そういえば、こっちの子はまだ名前を聞いてなかった。俺は少女に向き直り、尋ねることにした。

「君とも初めましてだな。名前を聞いても良いか?」

「えっと……キスメっていいます」

 桶に隠れるように身をかがめながら、小さな声でキスメは答えた。ヤマちゃんとは対照的な大人しい子だな。凸凹コンビとまでは言わないが……だからこそ馬が合うのだろうか。

 新たな仲間達との自己紹介も終えたところで、大方予想していたが二人も一緒に飲みに行くことになった。もちろん、こちらとしては一向に構わんどころか、女の子が増えるのだからグッジョブだ。姐さんほどではないにしろ、皆でわいわいと酒を飲めることが楽しみな俺は、先陣を切るように一歩踏み出す。

「よっしゃ、早く行こうぜ!」

「待ちなさいよ」

 が、パルスィに肩を掴まれストップをかけられた。

「どしたよパルスィ?」

「あなたねぇ、その恰好で飲みに行く気? 服の背中破けてるその恰好で?」

「へ? あ~……」

 パルスィに指摘され、思わず溜息に似た声が漏れてしまった。考えてみれば、怪我の方は彼女が手当てしてくれたが、服の方は完全にそのままだった。脱いだ時に確認したが、熊モードのタヌ吉にバッサリやられた部分が、ベロンとカッコ悪く垂れ下がっていた。ついでに血の染みもできている。

「申シ訳ネェ。アッシガ旦那ノ服ヲコンナニシタバカリニ……」

「なぁに言ってんだ。別にお前のせいじゃないさ」

 タヌ吉がしょんぼりとうな垂れてしまったので、大丈夫だという意味を込めてヒラヒラと手を振って返す。とはいえ、どうしよう。いっそ新しく服を調達すべきかと悩んでいると、「あ、そうだ」と何か閃いたのか、ヤマちゃんの頭上に電球がピロリーンと点灯するようなエフェクトが見えた。

「私いいもの持っているよ」

「いいもの?」

「えっと……あった、コレコレ」

 じゃーんと、彼女が懐から取り出したもの、それは小学校とかでお目にかかるような安全ピンだった。それから俺が何か言う前に、破けた所の真ん中あたりを勝手にピンで留めてきた。何という雑な応急処置。インデックスの修道服か。ヤマちゃんにいたっては何かやり遂げた感の爽やか笑顔だし。

 されるがままになっていると、パルスィが呆れたように聞いてきた。

「あなた、これでいいわけ?」

「うーむ……まぁ、いいんじゃないか? よし、気を取り直して飲みに行こうぜ」

「まったく、その適当さが妬ましいわね」

 

 

 そして、念願の飲み屋にて。

 やってきたのは、宿屋も兼ねて営業しているという店。通されたのは宴会場みたいな広いお座敷タイプの部屋だった。ここならもし酔い潰れて寝てしまっても大丈夫という、完全にオールナイトする気満々な意見から導き出された結論である。俺としても泊まる場所が欲しかったところだし、ちょうどよかったんだけどさ。

 五人プラス一匹が収まっても十分な広さを誇る部屋の中央にあるテーブルを囲み、晩飯も兼ねて酒やらつまみやらを次々とオーダーしていく。数分もすると、頼んだものが続々と食卓の上に並べられていった。焼き鳥、唐揚げ、手羽先、そして大量の日本酒。って鶏肉ばっかじゃねぇか。え、どゆこと? 今日はそういう日なの? カーネルおじさんの感謝祭?

 俺が料理のチョイスに戸惑っている間にも、全員の手に酒が行き渡る。盛り上げタイプなのか、ヤマちゃんが「よーし!」と立ち上がり、乾杯の音頭を取った。

「それじゃ、パルパルと天っちの出会いを記念して――」

「ヤ~マ~メ~?」

「ウソウソ冗談だって、そんな睨まないでよ~。こほん、それじゃ新しい仲間との出会いに乾杯!!」

『乾杯ーッ!!』

 パルスィとヤマちゃんの漫才もどきを前置きに、各々コップやら升やらを掲げる。こうして、俺の初地底での飲み会の幕は盛大に上がった。

 

 

 それから数十分後。

「――というわけでアリスを怒らせてしまったんだが、俺はどうすればいいと思う?」

 どうしてこうなったか忘れたが、気が付いたら俺は皆に人生相談をしていた。

 パルスィと姐さんには、さっきパルスィの家でざっくばらんに話していたが、詳しいところまでは言っていなかったので、今朝のことを事細かに説明する。

 俺の話を一通り聞き終えて、真っ先に口を開いたのはパルスィだった。安定と信頼のジト目で俺を見据える。

「何でそこでダジャレなんか言うのよ? バカじゃないの?」

「うぐ……面目ない。だ、だけど俺なりに場の雰囲気を良くしようと小粋なジョークをだな――」

「は?」

「何でもないですゴメンナサイ」

 パルスィの目つきが一際険しいものになった瞬間、最速を名乗る鴉天狗並みのスピードで、俺は白旗を上げた。彼女はふんっと鼻を鳴らすと、コップを手に取りアルコールで喉を潤した。どうやら怒っているわけではないようだ。彼女の隣に座っていたヤマちゃんが、テーブルの上のお猪口を指先でコロコロと転がしながら、「うーん」と思案する。

「切腹でもしちゃえば?」

「ヤマちゃん言うこと過激!? せめて土下座までで堪忍してぇ!!」

「土下座ならいいんだ……」

 彼女の発言の軽さと内容の重さとのギャップに、腰抜かすレベルでおったまげた。思わず悲鳴じみたツッコミ&命乞いをしてしまう。そんな俺のリアクションを見て、キスメが苦笑いのような愛想笑いのような、控えめな笑顔を浮かべていた。

 頼みの綱である残る一人は、再びどこから取り出したのか自前の特大サイズの盃に、日本酒をなみなみと注ぎながら、気合の一喝とばかりに叫んだ。

「男だったら何も言わずに、力いっぱい抱きしめてやりな!!」

「んなことして嫌われたら俺もう立ち直れないっすよ!?」

 ここにきてから俺がツッコミに回ることが多い気がするのはどういうことだろうか。誠に遺憾である。ちなみに、俺を旦那と呼ぶ狸は、よほど空腹だったのか夢中になって手羽先にむさぼりついている。お前も大概だな、と気落ちしたがタヌ吉があまりにも美味そうに食いついているのを見てたら、何だか俺も腹が減ってきた。というわけで、手前の大皿に山盛りになっている唐揚げに箸を伸ばそうとした。だが…

「痛ッ……」

 不意に肩がズキリと痛み、思わず顔をしかめてしまう。まだこっちは治っていなかったか。動かせないわけでもないが、ちょっと油断してしまったわい。オーバーアクションはしてないから、おそらく周りにはバレていないだろう。と思っていたのだが、バッチリ見ていた女の子が約一名ほどいらっしゃった。

 妬ましいが口癖で、冷めた態度とは裏腹に世話焼きな性格の彼女は、「……まったく」と小さく呟く。それから、自分の箸で唐揚げを一つつまむと、それを俺の口元に差し出した。

「ほら、口開けなさい」

「何ですと?」

「うるさい騒ぐな。いいから黙って食べる!」

「むぐっ!?」

 強い口調と共に、食べ物を半ば強引に口の中に押し込まれた。突然の出来事に目を白黒させつつも、もぐもぐと咀嚼する。ジューシーかつボリュームがあって実に美味い。出血した分を取り戻せそうな勢いだ。血が足りないから食べ物をって、カリオストロの城のワンシーンみたいね。

 そんな俺達のやり取りを見て、他のメンツはニマニマと、いっそ清々しいレベルのイイ笑顔をたたえつつ、わざとらしく口々に感想を言い合う。

「へぇ~、パルスィがここまで甲斐甲斐しく男の面倒見るなんてねぇ」

「あれあれぇ~、これってアレだよねー? 『はい、あーん(はぁと)』ってやつじゃない?」

「お似合い……なのかな」

「流石デヤンス旦那ァ!」

 皆からの生暖かい視線が俺達に集中する。それにより先程の行動をやっと自覚したのか、パルスィが「んなっ!?」と驚愕の声を上げた。直後、慌てたように早口で言い訳じみたフォローを捲し立てる。

「し、仕方ないじゃない! この男がやせ我慢して平気なフリしているのが、見ていて妬ましいのよ! というか、あなたも何か言いなさいよ!」

「んぐ。いやぁ、俺としては嬉しい限りだぜ? パルスィみたいな可愛――」

「ふんっ!!」

「モグゥッ!?」

 俺がセリフを言い切る前に、まるでフェンシングの突きのような鋭さで、再び鶏肉を口の中にブチ込まれた。その速度、電光石火の勢い。あまりの超スピードに、一瞬何が起こったのかわからなかったぞ。

 イイ感じに酒が入ったテンションの知人達からヒューヒューと冷やかされ、とうとうパルスィが「あー、もう!!」と逆上した。一升瓶を片手に、あたかも魔人のごとく立ち上がる。

「いい加減に頭来たわ、この酔っ払いどもが! 全員酔い潰して黙らせてやるから覚悟なさいッ!」

 

 それからは、宴会部屋はカオスな空間と化した。

 一部紹介すると、タヌ吉の子分っぷりを気に入った姐さんが、飲めや飲めやとタヌ吉と同サイズくらいの大瓶を顔面ドッキングさせるという、はたから見れば動物虐待じみたアルハラ事件が起こったり。はたまた、ヤマちゃんが俺のところへにじり寄りながら「私とパルパルどっちが好み?」とか聞いてきた瞬間、橋姫のアイアンクローが彼女と何故か俺にも炸裂し、あやうく髪型どころか頭の形が変わりかけたり。

 最終的には、パルスィの狙い通り(?)全員その場で雑魚寝する形で寝落ちとなり、俺の地底旅行一日目の夜は、翌朝の二日酔いの予感と共に更けていった。

 

 

つづく

 




ぱふぱふにゃーにゃー♪ ぱふぱふにゃーにゃー♪ ←すぐに影響されるタイプ


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第二十二話 「そして冥界へ」

いやはや、ネットが10日くらい使えないってだけで結構しんどいものでした……

なんと、今回は過去最多の字数です。分割しようと思ったのですが、ちょうどいい区切りが見つかりませんでした。読み疲れるかもしれませんが、ご了承くださいまし。
「長くても一向に構わん!」と今回も読んでいただけると、嬉しいです。


「ほら、もう朝よ。起きなさい」

「うーぃ……」

 まどろむ意識の中、布団越しに体を揺すられる。まだ頭がぼやけるものの、俺はゆっくりと目を開けた。視界がはっきりしてくると、俺を起こしてくれた彼女の、エメラルドグリーンの瞳と目が合った。

「よー、おはよっす。パルスィ」

「ええ、おはよう」

 

 さてさて、俺が地底にやってきて、早くも三日が過ぎた。

 現在俺が居るのは、この間飲み会をした宿ではなく、なんとパルスィ宅だったりする。何でそうなったのか、話は宴の翌日、地底組の皆さんにあちこち案内してもらったところから始まる。その晩、俺が泊まる宿を探しに行こうとしたら、「どこ行く気よ?」とパルスィが俺を引き留め、そのまま家まで連れてきた次第だ。彼女曰く、俺のことが妬ましくて放っておけなかったらしい。

 そんなわけで、橋姫のご厚意により世話になっている状況なのである。ありがたや、ありがたや。

「なに朝っぱらから黄昏ているのよ」

「うむ、これまでの道のりを思い返していたのさ」

「格好つけてるんじゃないわよ、妬ましい。どうでもいいけど、冷める前に朝ご飯食べなさいよね」

「お、そうだった。それじゃ、いっただきまーす!」

「はいはい、召し上がれ」

 というわけで、俺はちゃぶ台の上に乗っかっている、見るからに美味そうな朝食に箸を伸ばす。洋風なアリスとは対称的に、パルスィの献立は和テイストだった。白米に味噌汁、焼き魚に肉じゃがという、実にヘルシーなメニューである。しかも、もちろん全てパルスィの手料理ですよ、奥さん。

 ほっかほかのご飯を勢いよくかっ込み、味噌汁をすする。これぞ、ザ・日本の朝って感じですな。その後、味付けが濃過ぎず薄過ぎずの、絶妙なバランスの肉じゃがを頬張る。それを飲み込んだところで、焼き魚の身をほぐしながら、俺はパルスィに他愛のない話を振った。

「そういや、タヌ吉はどうなったんだろうな。姐さんにえらく気に入られたせいで、飲み会終わったらそのまま拉致されていったが」

「さあ。どうせ、その辺で飲み回るのに付き添わされてるんじゃないの?」

「そりぁ色々と大変だな。まぁ、おかげでこうしてパルスィといられるわけだし、俺的には願ったりな展開だけど」

「下らないこと言うんじゃないわよ、妬ましいわね」

「へいへい」

 パルスィがジロリと睨みつけてきたので、俺は食べることに専念する。一つ一つが「びゃぁああ!!」とか言っちゃいそうなくらいにデリシャスでござる。やはり、料理が上手な女の子ってイイよね。ただ、贅沢なことだとわかってはいるのだが、アリスの手料理もちょっとだけ恋しくなってきた。さらに言ってしまえば、アリスからも朝起こされてみたい。きっと天使のように優しく起こしてくれるんだろうなぁ。多分それだけでもう朝からテンションMAXになること必至だ。やべ、想像しただけで鼻の下が伸びる。

 

 

 ブレックファストを食べ終えてから、俺とパルスィは彼女が普段過ごしている場所であり、俺達が出会った場所でもある、いつぞやの橋に来ていた。といっても、特に何かするというワケでもなく、結果的にパルスィと話をするのがメインとなる。

 俺は、橋の手すりの上にヒョイっと跨り、パルスィに目線を向ける。彼女は最初に会った時のように、手すりに寄りかかっていた。「ところで」と前置きしつつ、話しかける。

「昨日、異変の時にドデカい間欠泉が出たとかって場所は案内してもらったが、他にも何か地底の名所ってないのか? 主に温泉とか」

「温泉はあるわよ。ただし、入るなら背中の傷が完全に治ってからにしなさい。あとは、他に名所と言えば、地霊殿かしらね」

「地霊殿?」

「地底で一番大きな館よ。古明地って姉妹と、やたら多くの動物がいるわ。もし行くならバカなことは考えないことね」

「どういうことだ? 好戦的な相手なのか? 戦ったらオラ死んじまうだ」

「そうじゃないわよ。姉の方が――」

 

「さとりんは心が読めるからね。変なこと考えたらバレるよ」

「二人とも、こんにちは……」

 

「おいっす」

 俺達の会話に割り込むように、第三者(複数形)の声がした。聞き覚えのある女子のものだったので、俺は特に驚くことも無く、返事をしながら振り返る。そこには案の定、土蜘蛛とその相方の姿があった。彼女達が橋の上まで来たところで、俺は改めて質問する。

「さとりんって誰だ?」

 俺の疑問にパルスィが答えた。「姉の方ね」と付け加えてから説明する。

「地霊殿の主よ。というか『さとりん』はヤマメが勝手につけたあだ名で、本名は古明地さとり。相手の心を読むことが出来る能力の持ち主よ」

「そんなエスパーみたいな能力がいたとは驚いたわい。確かに迂闊なこと考えたら墓穴だわな。じゃあ妹の方も読心系の能力者か?」

 俺の次の問いに、今度はヤマちゃんが答えた。「ううん」と首を横に振りつつ、

「妹の方は姉と正反対かな。『無意識を操る程度の能力』があの子の能力だね。ちなみに名前は古明地こいし。さとりんのこと大好きな可愛い妹だよ」

「ほほう、それはキマシタワーの予感がするぜ」

「き、キマシ……?」

 俺がうんうんと肯いている傍らで、キスメが困惑したように、頭上に「?」マークを浮かべていた。いや、あんまり深く考えないでほしい所なのだが。

 古明地姉妹について教えてもらったところで、パルスィが「で?」と俺に尋ねてきた。

「これから地霊殿に行くわけ?」

「んー、いや。気にはなるが次回のお楽しみってことにしておく。実はそろそろ帰ろうかと思ってさ」

 俺が帰宅の意思を伝えると、ヤマちゃんが「えー、もう帰っちゃうの?」と不満げな態度を見せる。チミは僕をオモチャにしたいだけでしょうが。主にパルスィをからかう目的で。キスメが「まぁまぁ……」と彼女を宥めているのを尻目に、パルスィが質問を重ねる。

「そう。帰る方法はどうする気なのよ?」

「もちろん、策はあるぜ。それに関して、ちょいとキスメに頼みたいことがあるんだが良いか?」

 俺から突然名を呼ばれた桶娘は、アイドル系土蜘蛛の相手を中断し、きょとんとした表情でこちらを見る。

「はい、何でしょう……?」

「もし持っていたら貸してほしい物があってな――」

 俺はキスメに「ある物」の有無を確認する。もしかしたら彼女なら持っているんじゃないかという予想はドンピシャだった。キスメは「ありますけど……」と小さく肯定した。

「お、マジで? 借りても良いか?」

「はい、家に取りに戻りますので、少しだけ待っていてもらえますか……?」

「おう、すまんが頼む」

「あ、私も一緒に行くよ。いいでしょ、キスメ?」

「うん。じゃあ行こっか……」

「おっけー。天っちにパルパル、またあとでね!」

「ああ、またな」

「急いで転ぶんじゃないわよ」

 小さくお辞儀するキスメと、ブンブンと元気よく手を振るヤマちゃんの温度差に苦笑しつつも、俺とパルスィは二人が去っていくのを見送った。やがて彼女達が見えなくなるくらいまで遠くに行ったところで、俺は座っていた手すりから腰を上げ、スタッと着地した。

「帰る前に、姐さんにも挨拶していかないといかんな。何処にいるか知らん?」

「変なところで律儀なのね、妬ましい。今日も飲み屋で騒いでるんじゃない? 行くなら早く行くわよ。キスメ達を待たせるわけにはいかないでしょ」

「パルスィも来てくれるのか?」

「ついでよ、ついで」

 

 

 それから二人で旧都に行ってみると、パルスィの予想通りなことに、時間お構いなしに酒盛りをしている鬼の姿を見つけた。加えて、彼女に連れ去られていった狸の姿も同時に補足する。俺達が近づくと、こちらが声をかける前に向こうが気付き、「おーい!」と大声に呼んできた。姐さん、声のボリュームがデカいっす。周りの皆さんビビったじゃないっすか。

「どうも、姐さん」

「もうちょっと静かにできないわけ? うるさいんだけど」

「はっはっは! 細かいこと気にするもんじゃないよ」

 パルスィの文句もあっさりと聞き流してしまう、その相変わらず具合にむしろ安堵してしまう。おそらく連日ぶっ通しで飲まされたのであろう、彼女の隣に居たタヌ吉が、どこぞのアルプスみたいな弱々しい足取りで立ち上がる。酔っ払っているというよりは、もはや瀕死といった方が近いかもしれない。

「ダ、旦那……ドウカシヤシタカ……?」

「お前の方がどうかしていると思うが。まぁいいや、実は地上に帰ろうかと思って一応言っておこうかと」

「デシタラ、ア……アッシモ――」

「いや、ダメだ。お前はちゃんと酔いを醒ましてから、誰かに送ってもらえ」

「承知、シヤシタ……」

 最後にそう一言だけ告げて力尽きたのか、タヌ吉はパタリとひっくり返ってしてしまった。とはいえ時折ピクピクと動いているし、死んだわけではないようだ。まぁ、コイツには悪いがここから先は俺一人で行きたかったし、この辺でお別れとしよう。いつかまた何処かで会うだろう。

 タヌ吉がKOダウンした傍らで、姐さんは「そうか」と了承しつつ、ビッと俺の方に酒瓶を向けた。

「また来な。いつでも歓迎するよ」

「うっす! 今度はアリスと一緒に来ますぜ」

 

 

 姐さんに別れを告げた後、ヤマキスコンビが来るのを待つため、俺達はパルスィの家に戻った。帰宅するなり彼女が台所の方へ行ってしまったので、俺は居間で一人のんびりと胡坐をかいて待つ。しばらくすると、パルスィが戻ってきた。

「昼飯の支度には早過ぎないか?」

「別にそうじゃないわよ。ほら、これ持っていきなさい」

 そう言って彼女は巾着袋を一つ、俺に手渡した。受け取って中身を見てみる。入っていたのは、笹団子みたいに葉っぱで包まれた手のひらに収まるサイズの球体だった。

「キビ団子……じゃないな。もしやコレはおにぎりか?」

「帰る途中でお腹空かされても妬ましいから、適当なところで食べなさい」

「おお、サンキュー! 台所に行っていたのはこのためか」

 

「なになに? それって愛妻弁当? んもー、パルパルってばイイ女♪」

 

「……いつから見てたのよ」

 パルスィがジトッとした恨めしそうな視線を玄関に向ける。その先にはなぜか「イエイ!」とピースする土蜘蛛と、その後ろに隠れるようにこちらを観察する桶少女の姿。

 橋姫の問いにキスメが「い、今来たばかりです……」と必死に弁明する。その様子が健気を通り過ぎて若干不憫に見えたのか、パルスィは「別にいいわよ」と軽く流した。

 パルスィの許しが出て安心したのか、ほっと一息つくとキスメは俺のところまでやってきた。そして、自宅から取ってきたものを俺に見せる。

「あの、これで大丈夫ですか……?」

「バッチリ、バッチリ! ありがとな」

「それで、天っちはそれ使って何するつもりなの?」

「まぁまぁ、焦るでない。よし、んじゃ行きますか……先日案内してもらった、間欠泉センターにな」

「……あなた、まさか」

 ヤマキスコンビが首を傾げる中、パルスィは俺が何をする気なのか予想できたようだ。俺はそれに言葉ではなく余裕に満ちた笑みで答え、彼女の家を後にした。

 

 

 というわけで、やってきたのは至る所から湯気が噴出している、灼熱地獄みたいなシチュエーションの岩場地帯。かの異変で地上まで湯が噴出したという間欠泉センターである。ちなみに、「キケン」という立て看板はあったが、「立ち入り禁止」とは書かれていなかったため、俺は何のためらいも無く立ち入っている。よい子はマネすんなよ。

 ざくざくと奥に進み、他と比べて一際湯気が濃そうなスポットに目星を付ける。ちょっと開けた場所まで行ったら、なかなか良さげな所を見つけた。「ここにするか」と俺はキスメから借りたものを地面に置いた。

「それで、天っちは洗濯用の大ダライで何するのさ? いい加減に教えてよ」

 いつまでも秘密でいたせいか、ヤマちゃんが不服そうに唇を尖らせた。

 彼女の言ったことからご察しのことと思うが、俺がキスメから拝借したのは、昔ながらの洗濯で使う特大サイズのタライだ。桶に入って移動する彼女なら、きっと持っているんじゃないかと踏んだのだが、大正解だった。

 「ああ、それは」と俺が答えようとしたのに被さるように、パルスィが口を開いた。

「それを足場にして、間欠泉に乗って帰ろうって考えでしょ」

「おお、さすがパルスィ。よくわかってるじゃないか」

「バレバレなのよ、妬ましいくらいに。そんなこと出来ると思っているわけ? 大体、そんなことしなくても送っていくわよ」

「大丈夫だって、為せば為る。やって出来ないことは無い。それにだ、ここには自力で来た以上、帰りも自力じゃないと俺の主義に反するのだよ」

「どういう主義よ。もういいわ、好きになさい」

 諦めたようにパルスィが嘆息するが、俺のことを心配してくれているのは十分伝わってくるので、「サンキュ」と短く礼を言う。彼女は「ふん」と視線を逸らしてしまったが、それもいつも通りだ。

「へぇ~、大胆なこと考えるね」

「男たるもの決めるときゃド派手に決めんとな。というわけでキスメ、コレ返すの大分後になりそうなんだが構わないか?」

「あ、いいですよ。もう使わない物なのであげます……」

「マジで? そいつぁかたじけない。それじゃお言葉に甘えて頂戴するぜ」

 とかなんとかやっている間にも、時間は近付いてきた。もちろん、間欠泉が噴き出す時間だ。話によると、一日で噴出するおおよその時間は決まっているらしい。といっても出たり出なかったりとまちまちなので、本当におおよそでしかないのだとか。しかし、何となくだが周りの空気が変わっているような気もしなくもないので、多分もうすぐ来るのだろう。

 ぼちぼち出撃に備えようと、俺はタライの上に足を乗せた。ちと間抜けくさいが仕方あるまい。本当だったらサーフボードとかに乗って、交響詩篇みたいにクールに空を駆け巡りたかったのだが、ここは妥協しよう。せっかくキスメにもらったものだし、贅沢は敵だ。

 しかしながら、キスメがやったら愛らしいものも、成人男性がやったらシュールこの上ない。実際、可笑しさを堪えることなく「ぷぷっ」と吹き出しながら、ヤマちゃんが冷やかしてきた。

「それで今日、間欠泉が出なかったら天っち超恥ずかしいよ?」

「ぐ……そん時は皆して笑えよ。笑えばいいと思うよ!」

「ご健闘をお祈りします……」

「キスメはええ子やなぁ……おっととと?」

 桶娘の純粋さに涙していると、突如として地面が揺れ始めた。一瞬、地震かと思ったが、どちらかといえば何かが湧き出してくる前兆のような感じ。どうやら、今日は無事にやってくれるようだ。安心、安心。

 最後はカッコよく決めようと、俺はビシッと敬礼のポーズを取った。

「じゃあな。今度は温泉入りに来るぜ。あと、地霊殿にも案内しておくれ」

「おっけー!」

「お元気で……」

「ちゃんと仲直りするのよ」

 三者三様の返事に、自然と笑みがこぼれる。何だかんだで色々とあったけど、アリスに聞かせるお土産話も出来たし、イイ友人も得た。結果オーライで大団円だ。いつか移動手段を考えて、また来るとしよう。

 地面が揺れる中、ここ三日ばかりの思い出に耽る。だが、そのすぐ近くで、パルスィが怪訝そうな顔で辺りを見回した。そして、ぽつりと疑問を漏らす。

 

 

「ねえ、何だかいつもより揺れるの長くない?」

「あ、パルパルもそう思う?」

「それに、いつもよりも大きいです……」

『…………』

 気まずそうな沈黙が女子三人の中を駆け巡る。彼女達の様子とは対極的に、地下から湧き上がる振動はどんどん激しさを増していく。ちゃんとバランスを保たなければ立っているのもおぼつかなくなる。もはや地球は爆発寸前ってな勢いだ。

 彼女たちの顔から、暑さとは違う原因の汗がダラダラと流れる。これはヤバい。真っ先にそう思ったのはパルスィだった。珍しく焦ったように、彼をその場から離れさせるために叫んだ。

「戻りなさいッ!! 優斗――!!」

 しかし、彼女の叫びは届くことなく、優斗が「へ?」とこちらを見た直後、彼が立っていた場所からは、滝のような轟音と共にチュドーンと勢いよく噴き出した間欠泉が、まるで巨大な一本の柱が佇むように何処までも伸びていた。もちろん、彼の姿は既にどこにもなく、上空から「おぎゃー!?」とかいう悲鳴が小さく木霊しているのがここまで聞こえてきた。もしかしなくても行ってしまったようだ。

「行っちゃったね、天っち」

「大丈夫……かな」

「変な声聞こえてきたし、平気でしょ。まったく、騒がしくて妬ましい奴だったわ」

 ヤマメとキスメが呆然と空を見上げる一方で、パルスィは腕を組んで憮然とした態度を示す。しかし、某鴉天狗ほどではないにしろ、妙に目ざといハイテンションガールは、ニヤッとイタズラじみた笑顔を浮かべた。

「ところでさ、パルパルが天っちの名前呼んだのって初めてじゃない?」

「突然何言い出すのよ?」

「それと、天っちの肩がまだ痛んでるかもしれないから、反対の手でも食べられるおにぎりにしたんじゃないの?」

「優しい……」

「んなっ!?」

「うっふっふ、もうパルパルってばステキなんだから! これは勇儀にも教えなきゃだね~」

「こ、こ、このぉおおお!! ふざけるのもいい加減にしなさぁああいッ!!」

「いやーん、パルパルが怒ったー。逃げろー」

「あ、待って……」

「こらぁあああ!! 待ちなさぁあああい!!」

 ケラケラと笑いながら駆け出すヤマメと、慌てながら後を追いかけるキスメ。そして般若のような形相で怒鳴り声を放ちながら全力で走るパルスィ。今日も地底は賑やかなようだ。

 

 

 空を超えてラララ星の彼方。アイキャンフライ。インザスカイ。これらが意味するものは、現在の俺の状況をピタリ賞で言い当ててくれている。そう、空を飛ぶってことだ。なるほど、アリス達が飛んでいるときってこんな感覚なのかもしれないな。さらにそれが自由自在に高度や方向を変えられるのだとしたら、さぞ気持ちいいことだろう。やはり空を飛ぶのは人類の夢だな。

「しかしこの状況は、どげんかせんといかんなぁ」

 肩をすくめ、やれやれと頭を振る。間欠泉に乗り、地上までエスカレートするという計画は、ある程度は狙い通りの結果をもたらした。そう、ある程度までは。

 俺は今なお上昇が止まらぬ状況で、ふと視線を下に向ける。そこには広々とした緑の大地が自然の尊さを物語っていた。目線をちょっと上げれば、境目が眩しい地平線が何処までも続く。宇宙に来たわけでもないのに、地球は青かったとか呟いてしまうぜ。

 

「まさかなぁ……地上突破して空まで打ち上げられるなんて思わなかったぞ」

 

 これぞ重力反比例、射手座午後九時ドンビーレイト。俺は夜空に大輪を咲かす花火の如くただ真っ直ぐに空を目指していた。もちろん、俺の意思とは無関係に。ちなみに、キスメからもらったタライは、間欠泉の圧力に耐えられず一瞬にして粉砕した。もらったものとはいえ、申し訳ない気分だ。

 まだまだ昇竜拳が衰えることはないが、これが上矢印から下矢印に変わったら俺死ぬんじゃね? やっべーよ、どーしよーとか内心焦りながら仰ぎ見ると、普通の空とは違う部分に自分が接近していることに気付いた。

「何だありゃ。ブラックホール……?」

 そこはまるで青空の一部分にぽっかりと穴が開いたような奇妙な空間だった。真っ暗で先が見えないが、紫さんのスキマに似た印象を受ける。近づくものを遠慮なく吸い込みそうな、とてつもなく大きな円形の裂け目が広がっていた……俺の真上に。

「ちょっ!? タイムタイム! さすがに消滅エンドは勘弁しといて!」

 ルパン泳法の如く、空中で必死に平泳ぎのアクションをするが、その抵抗も空しく……

「パトラァアアアアッシュ!!」

 どこぞの忠犬の名を叫びながら、俺はブラックホールに飲み込まれていった。

 

 

「…………お?」

 気が付いたら、俺は長い階段の下の方に居た。何言っているのか分からねぇかもしれねぇが、空の向こう側は博麗神社よりも長い階段が続いていた。さすがは幻想郷、もう何でもありだな。周囲が真っ黒だったため、宇宙に来てしまったのかとビビったが、呼吸も普通にできるし大気圏突破はしていないはずだ。

「しかしまぁ、何だここ?」

 俺は果ての見えない長い上り坂を眺めて唖然とする。ここでの選択肢は、この何処までも続く階段を上るしかないのだが、いかんせん面倒臭い。だって遠いし。二十四時間テレビのマラソンじゃないんだからさ。

「しかし他に手段があるわけでもない。でも気が乗らないんだよな。あーあ……ん?」

 だらけオーラ全開でうじうじしていた俺だが、ゴール地点があると思われる先から、とある気配を感じ取った。この、心の奥底から精神力がみなぎってくる感じ……間違いない!

「ハイレベルな女の子の気配! それも二つ! お嬢さん方、今行きますぞぉおおおお!!」

 さっきまでの欝な気持ちは明後日の風と共に去りぬ。俺はマキバオーのような勢いで、ドドドと猛スピードで階段を駆け上がった。元気があれば何でもできる、おっしゃる通りです猪木さん!

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……さ、さすがに疲れたぞ」

 ゴールした頃には完全グロッキーになりつつも、俺は気合と根性であの道のりを踏破した。何とか呼吸を整え、ついでに身だしなみ(主にヘアスタイル)も整える。ジャケットを手放したせいでパーフェクトとは言えないが、ある程度ましになったところで「よし」と目の前を見据えた。

 眼前には、和風ヤクザか極道の屋敷みたいな、でっかい門がドンと聳え建っている。これで強面なオニイサン達が出てきたら二重の意味で泣くところだが、俺の直感が告げるのは可愛い系と綺麗系のダブルコンボの存在のみ。ここで引き返したら、色んな意味で男じゃねえってもんだ。

 俺はすぅーっと息を吸い込み、中の人に聞こえるような大きな声で呼びかけた。

「たのもー! どなたかいらっしゃいませんかー!?」

「はーい、ただいまー」

 

 

つづく

 




長くなったのはもう一つ理由がありまして……次回あたりには時系列が戻り、念願のアリス再登場の予定だからです!
作者だってアリス出したかったんや!


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第二十三話 「だてにあの世は見てねぇぜ!」

一か月以上も投稿停止していましたが……サイドカー、復活でございます!
まずは謝罪を、
①長らく放置して本当にすみませんでした。色々あったんです…… ←土下座&言い訳
②久しぶりの投稿なので読みづらいかもしれません。お許しを
③10,000字超えたので分割した結果、今回も主人公サイドのみとなりました。アリスは次話です

以上のことを見逃していただき、今回もごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。


 返ってきたのは、予想通り女の子の声だった。しばらくして、声の主と思われる少女が、俺の前までやってきた。短く切り揃えられた髪は、蚕糸のように白い。その小柄な身体の腰部には、二本の日本刀(ダジャレではない)が括り付けられ、彼女がサムライガールであることを強調していた。それと、風船みたいな謎の白い物体が、少女にまとわりつくように浮遊しておった。

 真面目系を体現したみたいな凛とした物腰で、件の少女がお辞儀する。

「お待たせしました。どのようなご用件でしょうか?」

「んー、ちょいとここまで吹き飛ばされてきたもんで」

「吹き飛ばされて、ですか?」

「うむ、今世紀最大のビッグウェーブが相当なじゃじゃ馬でな。上手く乗りこなすことが出来なかったのよ。コレが時代の波ってやつかねぇ」

「えーっと、何だか大変だったようですね。とりあえず、立ち話もなんですし中へどうぞ。あ、申し遅れました。私はこの白玉楼で庭師をしています、魂魄妖夢です」

「よろしく、俺は天駆優斗。通りすがりの仮面ライダーさ」

「ら、らいだー?」

 

 妖夢に招かれて敷地内にお邪魔すると、いかにもザ・雅ってな感じのべらぼうに広い庭園が出迎えてくれた。玉砂利が一面に敷き詰められており、よく手入れされた松の木や、猛々しい荒削りの岩が鎮座していた。どうやらここは中庭らしく、目線を遠くにやると、塀の向こう側を、ちょうど屋敷を囲むように桜が並んでいるのが見えた。桜というキーワードに心当たりがあるような気がするのだが、何だっただろうか。

 優雅な風景を眺めながら、ここの主人と会うべく、俺と妖夢は廊下を歩いていた。屋敷側は真っ白な障子が一直線に並んでいて、どことなく大奥っぽいイメージを受ける。掃除とか大変そうだな。

「んで、このご立派な建物は『白玉楼』っていうのか?」

「はい、そうです。代々続く西行寺家の持家であり、現在当主を務めていらっしゃるのが、これからご紹介する西行寺幽々子様です。冥界であの方を知らない者はいないでしょう」

「マジで? 此処って冥界だったのか」

「今気付いたんですか!?」

 今にもすっ転びそうなオーバーリアクションで妖夢が振り返る。キリッとしたタイプかと思いきや、何気に面白い娘さんだ。いじられキャラの臭いがプンプンするぜ。

 だがしかし、彼女の説明のおかげで、花見のときにあったやり取りを思い出した。冥界は花見の名所であることと、異変があってからは生きたままでも冥界に行けるようになったということ。これがアハ体験か。

「確かにアリスがそんなこと言っていたな」

「アリスさんとお知り合いなんですか?」

「知り合いっていうか、居候させてもらってるんよ」

「へぇ、そうだったんですね」

 あれこれ会話している間に、どうやら目的地に着いたらしい。妖夢が数ある部屋のうち、一つの襖の前に片膝を突き、中に居る主に申し上げた。

「幽々子様、お客人です」

 妖夢が伝えると、薄い仕切りの向こう側から「入ってもらって~」という返事、それもおっとりした感じの女性の声だった。「失礼します」と一言告げてから、妖夢は襖を開いた。

 

「あらあらぁ。男の人が訪ねてくるなんて珍しいわねぇ」

 

 どえらい美人がそこに居た。

 外に咲いているそれと同じ、淡い桜色の髪。身を包んでいる和服は、穏やかな水色を基調としていて、彼女の雰囲気によく似合う。その微笑みさえも柔らかく、口調同様に彼女の温和な性格が非常によく表れていた。

 そして、これほどの美人を前にして、俺のやることは一つしかなかった。

「お目にかかれて光栄です。もしよろしければ、ご一緒にお食事などいかがでしょうか? 美しき桜の姫君」

「それは嬉しいお誘いね~」

「……とりあえず、お二人とも自己紹介されては?」

「らじゃ」

「妖夢は真面目ねぇ」

 庭師の冷静なツッコミにより、話は振り出しに戻る。言い忘れていたが、妖夢の周りを浮遊する例の白いものは半霊とかいうらしく、彼女は半人半霊という種族に当たるそうな。早い話が人間と幽霊のハーフである。

「私は西行寺幽々子よ。この白玉楼の主をやっている亡霊、よろしくねぇ」

「これはこれは、ご丁寧にどうも。天駆優斗という者でございます」

 

「ところで妖夢、私お腹空いちゃったわ」

 俺と亡霊姫がお互いに名乗り終えたところで、彼女はあっけからんとした表情で、家臣の少女にそんなことを言い出した。どうやら主のマイペースさはいつものことらしく、妖夢は「幽々子様……」と呆れたような声を出す。

「さっきお昼食べたばかりじゃないですか」

「さっきはさっきよぉ」

 まるで駄々っ子のような仕草も、彼女のようなべっぴんさんがやると超萌えである。これが美人の特権ってヤツか。似たような言葉で、可愛いは正義ってのもあるよね。可愛い系と綺麗系、どっちも捨てがたいな。両方兼ね備えている反則級もいるよね。可愛綺麗系みたいな。アリスは可愛い寄りの可愛綺麗系で、パルスィは綺麗寄りの可愛綺麗系ってな感じで。

 ふと、パルスィで思い出した。そういえば彼女から食料を貰っていたんだった。コレはナイスタイミングだ。というわけで、例の物を取り出しながら二人の間に入り提案する。

「でしたら、皆でコレ食べません? 妖夢もどうだ?」

 妖夢がきょとんとした顔で、俺が差し示した巾着袋を見て首を傾げた。かわいいなオイ。

「何ですか? それ」

「知り合いに作ってもらった握り飯。ちょうど三つあるぜ」

「いいわねぇ。それじゃあ妖夢、お茶の準備お願いね」

「はい、少々お待ちを」

 妖夢は了承すると、一礼してから部屋を出た。襖の開け閉めの動作一つとっても実にスムーズで、ホンマにサムライソウルを感じる立ち振る舞いでござる。

「私たちは、のんびり待ってましょう?」

「了解であります」

 どこぞのカエル系宇宙人の軍曹みたいな語尾で同意する。さてさて、それじゃ幽々子姫と共にお茶の到来を待つとしよう。

 

 

「そんなわけで、アリスを怒らせちゃったんすよ。俺はどうすれば良いと思います?」

 最近似たような展開があったような気がするのは、多分気のせいだろう。橋姫お手製のおにぎりを味わい、妖夢が淹れてくれたお茶をすする。一服しながら事情を説明していたら、最終的には人生相談になっていた。

 背筋をピンと伸ばし正座していた妖夢が、「そうですね」と姿勢を崩すことなく意見を述べる。

「やはり、せ――」

「切腹は無しで」

「言いませんよそんなこと!? 私が刀を持っているからって決めつけないでくださいッ!」

 直後にして凛々しい雰囲気が一瞬で崩壊した。やっぱいいキャラしているわ、この娘。怒りで血圧が上がったのか、顔が赤くなっている。愛用の刀で斬りかかってくるんじゃないかと思うオーラで、妖夢は俺に鋭い眼光を飛ばしてきた。いかん、このままであの世で殺されてしまう。

「誠、心、誠、意! 謝るべきだと思うんです!」

「わ、悪かったって。悪かったから一度クールになるんだ、妖夢よ」

「そうよぉ。甘いものでも食べて落ち着きましょう?」

「さりげなくデザートを要求しないでください、幽々子様」

 妖夢はジロリと目線の先を俺から主に移す。臣下としてそれはどうかと思うが、本人は気にしていないようで、「ちぇ~」と拗ねたような態度を見せていた。そんなところもグッドですたい。閑話休題。

「まぁ、帰ったら全力で謝る方向で行くとして。それはそうと、帰る手段ないっすかね?」

「紫が来れば早いんだけどねぇ」

「いつも突然訪ねてこられるので、次はいつになるか……」

 幽々子様が苦笑じみた表情を浮かべる傍らで、妖夢も似たような顔をしていた。ちなみに紫さんと幽々子様は仲が良いらしい。昔からの仲ってやつかしらね。

 確かに、紫さんのスキマ能力があれば、確実かつ一瞬で帰還できるのだが。神出鬼没だもんな、あの人。しかもトラブルメーカーの気質もあるし。

 そんな俺の落胆を悟ったのか、不意に幽々子様が「それならこうしましょう」と言葉を発した。

「もしかしたら明日にでも来るかもしれないし、しばらくここで過ごしていきなさいな」

「そりゃ俺もありがたいですけど、良いんですか?」

「おにぎりもご馳走になっちゃったしね~。妖夢、客室まで案内してあげて」

「わかりました。天駆さん、こちらへどうぞ」

「ああ。それじゃしばらくの間ですが、お世話になります」

 そんなこんなで白玉楼にお邪魔することになったのが――

 

 

――三日くらい前の出来事である。そして、未だに白玉楼なうでもある。そう、紫さんはまだ来ない。そもそもアポなし突撃訪問の常習犯なんだから、本当に来るかどうかも疑わしい。縁側に沿った長い廊下を一人でテクテクと歩きながら、俺は思考の海に身を沈める。

 今日も合わせれば、一週間くらい帰ってない計算になる。さすがにヤバいんじゃね? 色々と。アリス、まだ怒っているかなぁ。愛想尽かしてしまってないだろうか。まさか、嫌われてしまったか!? や、やはり最終手段は切腹なのか!?

 バッドエンドの予感に思わず足が止まる。頭を抱えてうずくまり、気が付けば、俺はだるまの如くゴロゴロと廊下の上を転げ回っていた。

「うぉおおおん、アリスぅう、アリスぅうううう」

 一歩間違えれば警察か救急車を呼ばれそうな不審者っぷりである。どっちも幻想郷にはないけど。

 

「あらぁ、楽しそうね。ゆう君」

 

「いやいやいや、全然楽しくないっすよ。ゆゆ様」

 鈴を転がすような声に床から顔を上げれば、いつから見ていたのか、今日も美しき亡霊姫が俺のすぐ傍に居て、ニコニコとこちら見ていた。ちなみに彼女は俺のことを「ゆう君」と呼ぶようになった。それでというのも変な話だが、俺も彼女を「ゆゆ様」と呼ぶことにした。うん、悪い気はしないよね。

 ゆゆ様のほんわか笑顔に、悶絶していたのが今更になって気恥ずかしくなってきた。さりげなく体を起こし、ナチュラル動作で縁側に座る。OK、大丈夫だ。誤魔化せたはず。

 俺が座ったところで、ゆゆ様も俺の隣に「よいしょっと」と腰を下ろしてきた。二人並んで目の前の庭を眺める。

「そういえば、妖夢がいないっすね」

「あの子には、お使いに行ってもらっているのよ」

「ああ、どうりで」

「じきに帰ってくるわよぉ」

 

 それから俺達は特にこれといった会話をするわけでもなく、ただ黙って景色に目を向ける。といっても、気まずいものはなく寧ろ心地良いくらいだ。こういう過ごし方ができるのは、和風屋敷の専売特許だろう。白玉楼以外なら、博麗神社とか守矢神社あたりか。どっちも神社やんけ。もしかしたら、人里にも大きいお屋敷があるかもしれないな。今度捜してみるか。慧音さんなら知っているだろう。

 しょーもないことをぼんやりと考えていたら、ゆゆ様が前触れなく問いかけてきた。

「あっちが気になる?」

 あっちとは、言うまでも無くこの世のことだろう。別に悩むことでもないので、俺は思ったことをそのまま伝える。

「まぁ、そうっすね。一週間は行方くらましているわけですし」

 俺としてもそろそろ帰りたいところなのだが、頼みの綱である賢者様は一向に姿を見せない。いっそのことイーノックみたいに飛び降りてみるか。ドヤ顔で着地は無理だけど。

 ゆゆ様は俺の返事を聞き、「そう」と目を伏せる。それから逆ウインクっぽく片目を開き、着物の袖口で口元を覆いつつイタズラじみた笑みを見せた。

「私と妖夢には飽きちゃったかしら?」

「何をおっしゃいますか。二人とも十分魅力的過ぎてヤバいくらいです」

「うふふ、冗談よぉ」

「脅かさんといてくださいよ。俺は女性に対して、極めて紳士的なんです」

「紳士ねぇ」

 俺の言ったことが可笑しかったのか、彼女はいつもの温和な笑顔に戻る。しかし、その目は何かを見抜くかのように、じっとこちらを捉えていた。やがて、彼女は口を開く。

 

「女の子と仲良くなることはしても、特別な関係になることを避けているのも紳士なの?」

 

「………さて、何のことやら」

 かろうじて言葉を濁したものの、声が固くなっているのが自分でも分かる。情けないことに、あからさまに目を逸らしてしまった。彼女の一言はそれほどまでに完全な不意打ちで、焦りに似た感情が己のペースを乱しにくる。

 ほんの一瞬、ちょっとだけ昔の光景を思い出してしまった。ケリをつけたつもりだったが、やはり思い出して気分の良いものではない。

 俺の内心を知ってか知らずか、ゆゆ様は諭すように優しい声で俺に言い聞かせる。

「別に責めているわけじゃないのよ? きっと相手を想ってやっていることなのでしょう? 寧ろ素敵なことだと思うわ」

「……そういう、ものなんすかねぇ」

「ふふ、ゆう君の『優』は『優しい』ってことかしらね~」

 ゆゆ様は満足したように、慈愛に満ちた手つきで俺の頭を撫でる。まるで小さな子供に対する扱いだが、綺麗な女性のこれまた綺麗な手で触れられて悪い気がする筈もなく、

「でへへへへ、ごろにゃーん」

 わかっているさ、俺がチョロ過ぎてワロスってことくらい。さっきまでのマジメ面は木端微塵に消し飛び、だらしなく鼻の下が伸びていることであろう。じゃあ君達は、ゆゆ様に頭なでなでしてもらって冷静でいられる自信気があるというのか!?

 ツンツンヘアの感触をひとしきり満喫し終えたのか、ゆゆ様が縁側から腰を上げた。立ち上がりつつ、「でも」と前置きする。そして相変わらずのおっとりスマイルで俺を見つめた。

 

「すべての女性に対して『平等』に紳士的ではないみたいねぇ」

 

「それは――」

 どういうことですか? と問う前に、こちらに背を向けてゆったりとしたペースで歩き始めた。後ろ向きのまま、彼女は立て続けに言葉を紡ぐ。

「その心に一番強く映っているのは、一体誰かしらね~?」

 

 ゆゆ様が去って、一人縁側に残される。しばしの間呆然としていたが、彼女の言っていたことを思い出して、参ったとばかりに俺はぽりぽりと頭を掻いた。やれやれ、女性は勘が鋭いというのはよく聞くが、本当に大したものだ。

 俺の心に映っている人物――彼女は、魔法の森に住んでいる、心優しくて照れ屋な人形遣いは、俺の帰りを待ってくれているのだろうか。心配してくれているのだろうか。いかん、何かこう……むず痒いものが迸ってきた。

「うぉおおお! アリスに会いてぇよぉおおお! 癒しボイスが聞きてぇえええ! 可愛すぎる顔が見たぃいいいい! 手料理が食いたぃいいい! あぁあありすぅうううう!!」

 もはや騒音レベルの魂の叫びが白玉楼に響き渡る。俺は廊下から落ちたのも気にかけず、さっきの三割増しくらいの勢いで、庭まで横転し続けるのであった。

 

 

つづく

 




次回でケンカ(?)回は完結でございます。
というか作者自身、こんなに長くなるとは思いませんでした。長すぎてビックリだよ!


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第二十四話 「君に届く」

ひゃっはー! もう我慢できねぇ、投稿しちゃうぜ!

どうも、サイドカーでございます。
まさかの一週間以内に最新話投稿です。一ヶ月以上放置したのは、これで勘弁していただきたいなー……なんて ←チラ見

さて、そんなわけでお待たせしました! 今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「――というわけで、幽々子様からアリスさんの様子を見てくるように言われたのです。あの、私が言うのもなんですけど、天駆さんも反省なさっているようですし、迎えに行ってあげては?」

 優斗がボーリング球のように回転移動しているのと、妖夢がこれまでの流れを話し終えたのは、ほぼ同時刻だった。彼女の話に耳を傾けていたアリスが、ようやく落ち着きを取り戻し、おずおずと話しかける。

「……ねぇ、妖夢」

「はい、何でしょう?」

「その、優斗は元気だったの……?」

「ええ、最初に会ったときは怪我していたみたいですけど、それもほとんど治っていた状態だったようです。食事もしっかり摂られていますし、元気ですよ」

「そう、なんだ。無事……なのね」

 妖夢の返答を聞いて、アリスは安堵するようにほっと一息つく。緊張の糸がほぐれた雰囲気に、彼女がどれほど彼を心配していたのか伝わってきた。

 しかし、優斗の無事を知って安心した一方で、今度は別の不安がアリスの心に影を差した。躊躇いつつも意を決して、彼女は「えっと……」と質問を重ねる。

「私のこと、怒ってなかった? 追い出したりなんかしちゃって……」

「まさか。それどころか、とても気にかけていましたよ? アリスさんのこと」

「そ、そうなの…………嫌われてなかったんだ、よかった」

 後ろの方はぽそっと呟いたため、周りにはよく聞こえなかったのだが、彼女の様子から何を言っていたのかは皆察しがついた。小さく微笑むアリスにつられるように、霊夢が「何言ってんのよ」と可笑しそうにアリスの頬をつつく。

「優斗がアリスのこと嫌いになるはずがないでしょ」

「霊夢。あのね、私――」

「まーまー、みなまで言うな。アリスが言いたいことは分かるぜ。なぁ妖夢?」

 アリスが何か言おうとするのを遮るように、魔理沙が割り込んできた。トレードマークの魔女帽子のツバを右手でつまみつつ、反対の手を彼女に向けるようにかざしてストップをかける。それから隣にいた庭師に、不敵な笑みでアイコンタクトを送った。そのメッセージを受けた少女は「はい、女の子なら当然です」と自信たっぷりに肯く。

 

「アリスさん、行きましょう。天駆さんを……恋人を迎えに!」

 

 瞬間、まるで沸騰したかの勢いで、アリスの顔がぼっと真っ赤に染まった。

「なっ!? ち、ち、違うわよ! 私と優斗は、そんな……ここ、恋人とかじゃっ!」

「え、違うんですか!? 私はてっきり二人とも」

「余計なこと言わなくていいから! 早く行きましょう、ほら急いで!」

 早口で捲し立てるや否や、慌てふためきながらもアリスは一人で先に飛んで行ってしまう。こんなに早く飛べたのかと驚くほどのスピードで、彼女の姿はあっという間に空の彼方に消えていった。

 取り残された妖夢はポカンとしていたが、「えーっと」と疑問を投げかけるように、紅白巫女と白黒魔法使いの方にゆっくりと顔を向けた。

「まったく、やれやれだぜ」

「ほんと、やれやれだわ」

 視線を受けた二人はどこか呆れたように肩をすくめ、首を横に振る。それが妖夢に対してなのか、それとも照れ隠しが下手なアリスに対してなのか、彼女達もよく分かっていなかった。

 

 

「…………」

 大の字になって空を見上げていた。さっきまでの喧しさとは雲泥の差で、一言も発することなく、ただ遠くを見つめる。やがて、むくりと起き上がり身体をパッパッと払ってから、もともと座っていた場所まで戻った。

目を閉じ、大きく息を吸って時間をかけてそれを吐き出す。全て出し切った直後、背後に爆発か雷鳴が轟くエフェクトでも付きそうな気合を胸に、カッと目を見開いた。

「ぃよっし、帰ろう! こうなったら飛び降りてでも俺は行くぜ、為せば為る!」

 高らかに宣言すると同時に、俺は白玉楼の外門を目指してスタートダッシュを切った。その雄姿、まさにハヤテの如く。走れメロス。全てはアリスに会うために。俺、帰ったらアリスに土下座するんだ。

 隅々まで掃除が行き届いた長い廊下を駆け抜け、玄関できちんと靴を履いてから、ガラガラと勢いよく扉をひき、外に飛び出す。そのまま門まで一直線だ。というか、ここに来るときも走っていたような。

 思考が脇に逸れたせいか、入口に誰かが立っていることに気付くのに遅れてしまった。ズシャーッとスライディング感覚でブレーキをかけ、何とか停止する。そして、改めてその人物を見たとき、俺は自分の目とついでに頭を疑った。そこに居たのは、

「アリス……?」

「…………」

 いつ見ても綺麗な、お日様のような金色の髪が、ゆるやかな風に吹かれてさらさらとなびく。ガラス玉のような青く澄んだ瞳に、透き通るような白い肌。今の今まで考えていた、彼女の姿が目の前にあった。

 俯いて答えないアリスに戸惑いつつも、確かめるように、俺はもう一度声をかける。

「アリス、だよな? 俺の妄想が生み出した幻覚とかじゃないよな?」

 正直自分でもどうかと思う質問だったが、彼女は小さく頷いた。そして、伏せていた顔を上げて、まっすぐに俺を見つめた。

「優斗……」

「おう、何だ――」

「優斗ッ!!」

 それは一瞬の出来事だった。アリスがこちらに走ってきたかと思うと、タックルするように俺の胸に飛び込む。とっさに彼女を受け止め、遅れて足に力を入れるが間に合わない。支えを失い、重心が後ろに少しずつ傾く。せめてアリスが怪我をしないように、俺は彼女の全身を包むようにしっかりと抱えた。受け身を取ることもできず、そのまま背中から地面に衝突する。ついでにゴツンと頭も打って「あ痛ッ!?」とカッコ悪い声を上げてしまった。

 だがしかし、想像をはるかに上回る衝撃的展開が目の前で起き、俺は痛みすらも二の次になった。至近距離というかもはやゼロ距離には、俺にしがみついたままのアリスがいる。そして、彼女の目からは涙がとめどなく流れ、さらに嗚咽まで聞こえてきた。

「あぃぇえええ何々どゆこと!? What’s happen!?」

「ごめん、なさい……ごめ、なさ……」

 しゃくりあげながらも、アリスは謝罪の言葉を何度も繰り返す。それだけでもワケが分からず混乱しているというのに、アリスは自分の腕を俺の背中に回して、ギュッと力を込めてきた。もう、何が何だかカーニバルだ。カーニバルファンタズムだ。すーぱーあふぇくしょん。

「あー、よしよし。もう大丈夫だからな? アリスを泣かせるようなクソッタレは、俺がぶん殴ってくるからな?」

 とにかくアリスを宥めようと必死になる一方で、じわじわと闘志が湧き上がってくる。まったくよぉ、どこのどいつか知らないが、アリスを泣かせるとはイイ度胸してんじゃねぇか、ええオイ。テメェは俺を怒らせた。

 もはやスーパーサイヤ人か北斗神拳に覚醒寸前なほどに怒りが満ちてくる。ところが、アリスが顔をうずめながら首を横に振って否定してきた。誰かにやられたのと違うみたいだ。ふと、ここで一つの可能性を思い浮かんだ。もしかしてだけど、ひょっとするとだけど、あくまで仮の話だけど……悪いの俺なんじゃね? ケンカとか行方不明とか。

 信号が青に変わるかの如く、顔からサーッと血の気が引く。俺の中の天使と悪魔が、罪悪感という名の核爆弾を持って仲良くパタパタと上昇する。って何で共闘してるんだ。

 そして、アリスがさっきよりも強く抱きしめてきたのを合図に、奴らはその手を放し、ブツが落下する。着弾と同時に俺の心にサードインパクトが起こった。

「ぐすっ……うぅ」

「わぁあああ!? スマン本っ当にスマン申し訳ないマジごめん!! 切腹以外なら何でもするから泣かないでくれ!!」

 もはや男のプライドも紳士道も一切ない。ホールドされてなかったら神速で土下座していたであろう。俺は思いつく限りのボキャブラリー総動員で、ただひたすら謝りまくった。もはや俺の精神世界は、カーニバルから暴動にクラスチェンジである。

 しかし、またしても俺の読みは外れたようで、アリスは「違うの……」と涙声で答えた。

「私、が……ぐすっ、優斗は、悪く……ひっく、ないのに……わ、たしのため、だったのに……えぐ」

「あ……もしかして、咲夜さんとの内容バレちった?」

「うん……ゆうと、ゆうとぉ……ふぇえええん」

 それまで堪えていたものがとうとうあふれ出たように、アリスは声を上げて泣き出す。せめて少しでも安心させられるように、俺はアリスの涙が止むまで、彼女の頭を撫で続けた。もっと気の利いたカッコいいことができれば良かったんだけどな……

 数分後、霊夢と魔理沙、そして妖夢の三人が遅れてやってきた。この構図というか、再会早々アリスを泣かせている状況に、俺の必死の弁明も空しく、無言&無表情で彼女達が俺を見下ろしていたのは記憶に新しい。おかげでライフがゼロになりかけた。せめてもの救いだったのが、騒ぎに気付いてひょっこり顔を出したゆゆ様が「あらまぁ」と驚いた様子もなく普段通りだったことか。

 

 

「落ち着いたか? アリス」

「ええ……その、恥ずかしいところ見せちゃったわね」

 アリスは俺からそっと身を離し、涙の痕を隠すように目尻を指で拭う。思いっきり泣いてしまったのが気まずいのか、彼女はバツが悪そうに答えた。

「気にするなって、可愛かったぜ。でもまぁ、笑ってくれた方がもっと可愛いんだが」

「……もう」

 俺の軽い冗談にやっと心が緩んだようで、アリスは少し拗ねたような感じで言いつつも、口元は笑っていた。アリスに笑顔が戻って安心した。ホントよかったよぉ!

「んん、ごほんごほん」

『!?』

 と、俺達に聞こえるように、霊夢がわざとらしく咳払いをした。

 まるで「私達が見ているの忘れてないでしょうね?」と言わんばかりである。俺達は慌てて立ち上がり、何もなかった風を装いつつ、話を振った。

「あー、わざわざ迎えに来てくれたのか。妖夢のお使いってそういうことね」

「まったく、どこにいるかと思えば、まさか冥界に来てるなんて予想外だわ。アリスがどれだけ心配してたと思ってるのよ」

「ちょ、ちょっと霊夢」

「まーまー、許してやれって。だけど、迷惑料は今度きっちり貰いに行くから覚悟するんだぜ?」

「そうだな、すまんかった。皆にも心配かけたな」

 目の前の少女達に向かって、しっかりと頭を下げる。ここは素直に反省しておこう。そもそも、俺が紛らわしいことをしていたのが原因なわけだし。

 俺の意思が伝わったのか、彼女達は顔を見合わせるとふっと笑みをこぼした。

 

 反省会が終わったところで、俺は「さて」と場を仕切り直した。

「んじゃ帰りますか。ゆゆ様に妖夢、お世話になりました」

 白玉楼組の二人にお礼を告げる。冥界に来ることは全くの予定外だったが、結果的にはここでも有意義な時間を過ごすことが出来た。彼女達との出会いにも感謝しよう。

「はい、また遊びにいらしてください」

「今度は二人一緒にね~」

 妖夢はペコリと頭を下げ、ゆゆ様はふわふわと手を振って見送ってくれた。二人もこう言ってくれていることだし、近いうちにまた来るか。もちろんポックリ逝く以外の方法でな。

 別れの挨拶も済み、帰りの準備は整った。しつこいくらいだが、空を飛べない俺は自力では帰れない。というわけで、俺が幻想郷に来たばかりのときのように、彼女にお願いする。

「魔理沙、また乗せてくれ」

 ところが、イタズラを思いついた子供のような、どこか含みのある表情で「悪いな」と短く言うと、魔理沙は自分だけ箒に跨って上昇していった。

「残念、今日は一人が定員なんだぜ」

「ちょっ、おま、冗談よしてくれよ」

「あーあー、困ったなぁ。優斗は飛べないんだもんなー。一人じゃ帰れないよなー」

 何やら芝居がかったオーバーリアクションだが、それどころではない。このままでは迎えに来てもらったのに置いて行かれるという、意味不明すぎる展開になってしまう。

「頼むって。マジで困――る?」

 交渉しようと一歩踏み出しかけた時、トンッと誰かが俺の後ろから身を寄せてきた。自転車を二人乗りするときみたいに、俺の胴体に両腕をそっと回す。さらに、何やら大きくて柔らかい独特の感触が、温もりと共に背中から伝わってくる。

 もしやと思い、首だけ動かして後ろを振り返ると、頬をぽーっと赤く染めたアリスの顔がすぐ傍にあった。こちらの視線に気づいて、チラッと上目遣いで俺を見る。「その……」と恥ずかしそうに、だけど手を離すことなく、

 

「私が抱えて飛ぶから……ね?」

 

 まごうことなき天使がいた。圧倒的破壊力の照れ顔を目の当たりにし、理性が吹っ飛ぶか鼻血を吹き出すかの二択まで迫られかける。うむ、久しぶりだが早速断言しよう。やっぱりアリスは可愛い。今の幸運を神に感謝しよう。八坂様、洩矢様、ありがとうございます!

「おお、助かる。サンキュな」

「お、お礼なんて言わなくても」

「それでもだ。アリスがいてくれてよかった」

「~~~~~っ!!」

 

 

 優斗とアリスの仲睦まじげなやり取りを、一足先に空中に浮かんでいた霊夢と魔理沙が、上からニヤニヤと見物していた。魔理沙の箒が今日限定で一人乗りだというのは、もちろん嘘である。彼女がわざわざそんなことを言い出したのは、アリスの背中を押すためだったようだ。

「やるわね、魔理沙」

「なにせ私は、恋の魔法使いだからな」

 二人が互いにグーにした手をコツンと軽く合わせる。もう一度下を見ると、ようやく彼らがこっちに向かってきていた。

 

 

 何やかんやで色々あったものの、俺達は無事に白玉楼を後にした。あれだけ長かった階段も、飛んでしまえばあっさり通過し、例のブラックホールもどきを潜り抜ける。真っ暗な空間を出ると、視界が一気に開ける。晴れた青空の下では、新緑の森が一面に広がり、四方へ向かうかのようにいくつも枝分かれした河川が流れ、妖怪の山が聳え立つ自然満載の光景が目に入った。

 やっと、やっと帰ってきた。一週間ほどでこんなにも懐かしく感じるとは、俺も相当この地に馴染んでいたっぽい。普段あっちこっちフラフラしている節がある分、尚更珍しい体験だったと思う。きっとここは、俺にとって特別な場所なのだろう。それもそうか、アリスがいるんだし。そういえば、大事なことを忘れていた。最初に俺がやるべきこと、ある言葉を彼女に伝えることを。

 俺は再び後ろに顔を向け、彼女の名を呼んだ。

「アリス」

「うん?」

「ただいま。ずっと会いたかった」

 アリスは驚いたように目を見開いたが、それもわずかな間だけ。そのあと、彼女はとても嬉しそうな、色鮮やかな大輪の花が開くような笑顔と共に、その言葉を返してくれた。

「うん、おかえりなさい!」

 

 

つづく

 




ようやくここまで来れた……

次回、「第二十五話 『シアワセありす』」

このタイトルを使いたかったんですよ。けど、何だか最終話っぽいですな。
じゃあ次回エピローグかって? いや、全然?


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クリスマス特別回 「ましろ色ファンタジー」

皆様、この作品ならびにこの作者を覚えておられますでしょうか……?

はい、ご無沙汰でございます。東方人形誌の作者、サイドカーでございます。
いきなりですが、弁解をさせてください!
決して失踪しかけたわけではなく、前話投稿後から間もなくして我がパソコンがぶっ壊れちゃったのです!
パソコンがない状況が現在も続いており、なんと今回は近所のネットカフェからの投稿でやっております。

長い前置きはここまでにして、
今回は特別回です。なので本編の時系列(季節)とは大幅に異なっていますが、そこんところはご了承くださいまし。

では、クリスマス特別回。ごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


「うぃーうぃっしゅあ めりっくりっまっ♪ うぃーうぃっしゅあ めりっくりっまっ♪」

 浮かれ気分を代弁するように、どことなくネイティブっぽい音調で今日という日を象徴する曲を口ずさみつつ手を動かす。最初のうちは軽く鼻歌でやっていたのだが、あれやこれやと作業を進めていくうちに、テンションが上がって今じゃすっかりカラオケ状態だ。といっても、今日くらいは多少浮かれても罰は当たるまい。お前それ普段と大差ねーべとかいうツッコミはなしで。

 そんなわけで、はいどうも。毎度おなじみアリス宅のリビングルームにて、俺は自分の身長よりも少しばかり高い木と向かい合っています。裾から頂点にかけてバランスの整った三角錐が緑色の葉によって形作られている。木といっても人工物で、プラスチックの素材で作られているレプリカの木だ。どうしてそんなものがあるかと言えば、

「いやはや、霖之助さんも気前が良いな、今日限定でツリー貸してくれるなんて。まぁ、たまたま俺が店の隅っこにあったの見つけただけなんだけど」

 多くの方がご察しのことと思うが、俺が現在せっせと執り行っているのはクリスマスツリーの飾りつけ。クリスマスっぽい雰囲気を演出するため、アリスと二手に分かれて装飾を進めている最中なのである。アリスは用意するものがあると言って、さっき部屋に戻った。はてさて、何をしているのだろう。私、気になります。

 赤やら青やらの定番色から金銀などのゴージャスカラーまで取りそろえたピンポンサイズの玉を枝に吊るしたり、これまた色とりどりなリボンをくるっと巻いたりしてデコレーションしていく。そして、仕上げにクリスマスツリーのメインディッシュといえるであろう、金ピカなキラキラスターを天辺に乗せれば完成だ。一歩下がって全体の出来栄えを確認してみる。うむ、なかなかいいんじゃなかろうか。

「シャンハーイ」

「おう?」

 ドヤ顔で腕を組み、満足げに頷いていると、背後から声がした。同時に、何かを頭部に装着させられる。ピタッとフィットした感触から、どうやらヘアバンドのようなものだと予想できた。

「何を付けたんだ、上海?」

 振り返ると案の定、ちょうど俺の目線の高さで上海がフワフワと浮いていた。俺の問いかけに答えるようにもう一度「シャンハーイ」と言うと、どこかに飛んで行ってしまった。かと思いきや数分もせずに戻ってきた。その小さな両腕には手鏡が抱えられている。見ろということらしい。どれどれと鏡を覗き込むと、そこにはコスプレっぽいトナカイの角を装備した己のビミョーな姿が映っていた。

 別にトナカイの角自体は問題ない。今日はクリスマスだし、角もド○キホーテや百均で売っていそうなありふれた品だ。ただ、それの色と俺のヘアカラーが全く同じせいで両者の境目が曖昧で、一体化している錯覚に陥る。奇抜な髪形か独創的な寝癖でもついているように思えて、ムムムと唸ってしまう。

「うーむ、なんか変じゃね?」

「シャンハーイ……」

「そんな期待外れみたいな声出されてもなぁ」

 どうも上海のお気に召さなかったようだ。残念だといわんばかりのリアクションをすると、上海は再びどこかへ行ってしまった。って放置かい。悪いことをした覚えはないのに、いたたまれない気持ちになってくる。

「あははっ、似合ってるわよそれ」

「褒められている気がしないんだが……」

 俺と上海が仮装審議会をやっている間に向こうの準備は終わったのか、アリスの声が耳に届いた。似合うと言うわりには、明らかに笑っていたのは気のせいではないだろう。限りなくお世辞に近い褒め言葉に答えつつ、彼女が立っているドアの方を向く。そこには、

 

「えへへ……どう、かしら?」

 

 はにかみながらアリスが感想を求めていたが、俺の口からは「おお……」と感嘆の声しか出てこなかった。彼女の姿を見た瞬間、咲夜さんの能力を受けたみたいに、俺の動きは完全にフリーズしてしまっていた。俺の目は入り口に立っているアリスの姿をしっかりと捉えている。では、何にビックリしたというのか。それは、彼女が着ているものが、いつもの青と白を基調とした洋服でなかったのである。

 モコモコの暖かそうな布地で作られたその衣装は、全体がほぼ赤一色で構成されている。頭には彼女が普段愛用しているカチューシャではなく、先端に飾られた白い綿玉が特徴の三角型の帽子を被っていた。手首まで届く長袖の上着と膝丈ほどのスカートも、襟元や袖口、裾を雪のような綿生地で覆っている以外は赤で統一されている。そして、いつもより短めのスカートから伸びた美脚は、穢れのない純白のストッキングに包まれていて、その可憐さを一層際立たせていた。わかりやすく一言で説明しよう。

 サンタっ娘コスのアリスが、モジモジと照れながらも楽しそうな笑顔をたたえ、その破壊力ありすぎる魅力的な姿を披露しているの。

 俺の脳内では、拍手喝采のスタンディングオベーションで全俺が感涙している。こんな可愛いサンタさんから「プレゼントは何がいい?」と聞かれたら「君が欲しい(キリッ)」って言うのは確実である。間違いなく、マジで。部屋で何をしているかと思えば、アリスが用意していたものってこれだったのか。本格的な衣装やアリスの楽しげな様子から、彼女が今日を期待していたことが伝わってくる。

 昇天しそうになるところを必死に踏ん張って乗り越え、俺はグッと親指を立てつつ、七色の人形遣い(サンタバージョン)を絶賛した。

「最ッ高に可愛いぜ、アリスサンタ! あ、もちろんアリスは普段から可愛いんだけどな。何ていうか、いつもと違った一面が見れたって感じでスッゲーいい!」

「あ、ありがと……変じゃない?」

「全然まったくもって微塵も変じゃない。むしろ反則級に似合いすぎて俺が変になりそうだぜ」

「ふぇえええっ!?」

 握りこぶしで熱弁する勢いでベタ褒めしまくったせいで、彼女が着ている衣服と同じくらいに、アリスは顔を赤く染めてしまう。本当に、美少女は何を着ても似合うものだと、しみじみ実感させられる。それに対してこちとら角ひとつでこの有様だ。誠に遺憾である。もういっそ着ぐるみでいいんじゃないかな、全身すっぽりで暖かそうだし。着たことないからわかんないけど、息苦しいのだろうか。

 とりあえず装備中だったシカの角もどきを外し、テーブルの上に置く。あとで上海の頭につけてやろう。それから、先ほどよりは顔の赤みが治まったところで、アリスが窓の外を見ながら提案してきた。

「ねぇ、ちょっとだけ外出てみない?」

「いいとも。今夜はロマンチックが止まらないぜ」

「ふふっ、何よそれ」

 アリスと同じように窓の向こうの景色に目を向ける。日は完全に落ちて外は真っ暗だが、雪も降ってないようだし、庭先に出るくらいなら申し分なさそうだ。

 

 外に出ると、家の周囲一帯を覆い尽くすように白銀の景色が広がっていた。動物の足跡もついておらず、まるで新品といわんばかりにまっさらに積もっている。森に生える木々も枝に雪を乗せて、さながら天然もののクリスマスツリーといったところかと洒落たことを思う。

 視線を真上にやれば、冬の澄んだ空気によるものか夜空が鮮明に映る。暗闇に目が慣れてくると、少しずつだが星の小さな瞬きが認識できた。ところで、冬の星座には何があったっけか。あれがアルタイル デネブ ベガ、君が指差す夏の大三角。

 半ば無意識でそれらの光に向けて掌をかざしてみる。

「遠いな……」

 呟きと一緒に白い息が漏れた。届くはずがないのに、手を伸ばせば届きそうな気がしたという幼稚な発想。だけどそれが叶うことは決して有り得ないという現実を、何も掴めなかった空虚な感触をもって突きつけられる。ここから見ることはできても、そこへ行って触れることは叶わない。それはまるで幻想のように。だったら、俺が今居る「幻想」の名を持つこの地も、俺には届かない遠い存在なのだろうか。わかってはいる。自分がもともとこの世界の住人じゃないことは。だが、それでも――

 俺が妙に静かだったせいか、アリスが怪訝そうに首を傾げながら俺の名を呼んだ。

「優斗?」

「ん、ああ。悪い悪い、ぼーっとしてた。ちっとばかし寒くてな」

「そ、そうよね。やっぱり寒いわよね?」

「そりゃまあ、雪が降ってなくても気温が低いと冷えるべ」

「えっと、じゃあ……はい」

 アリスはこちらに一歩近づくと、いつの間にか持っていたものを広げた。直後、フワッとした柔らかな触り心地が、俺の首回りを包んだ。手に取ってみると、それは毛糸で作られたマフラーだった。結構なロングサイズで、なかなかおしゃれなデザイン。

「これは?」

「クリスマスプレゼントよ。今日渡そうと思ってこっそり編んでいたの」

 サプライズが成功したかのような、茶目っ気あるウインクをきめつつアリスはそう言った。そうか、これアリスの手作りなのか。アリスサンタから本当にプレゼントをもらえたことに感激すら覚えてしまう。首だけでなく心も温かくなった。

「サンキューな、大事にする。あと、これは俺からのクリスマスプレゼントだ」

 俺は上着のポケットにしまっていた小さな紙袋を取り出し、アリスに手渡した。実のところ、俺もアリスに気づかれないようにこっそり買っていたのである。ちなみに購入場所は、幻想郷に来たばかりの頃にアリスと二人で立ち寄った雑貨屋です。何気にセンスいいのよね、あの店。

 紙袋を受け取ったアリスの「開けてもいい?」との確認に「もちろん」と快諾する。彼女が封を開け手の上で包みを傾けると、お菓子くらいの大きさで淡い色合いをした固形の物が出てきた。

「これは、キャンドル? それに何だか良い香り……もしかしてアロマかしら?」

「正解。アリスって人形作りとか魔法の研究とかで机作業が多いんじゃないかと思ってさ。ちょっとしたくつろぎタイムにでも使ってくれ」

「優斗。ありがとう、嬉しい」

 アリスは微笑みながら、宝物をしまうようにプレゼントを愛おしげに胸元に抱く。喜んでもらえたようだ。俺としてもガッツポーズしたいくらいに嬉しさマックスハートでござる。

「じゃあ、このあと早速使ってみましょう」

「へ? いやいや別に今すぐでなくても」

「今日だからいいの。…………だって、優斗と一緒に楽しみたいんだもの」

 やべぇ、キュンと来た。

「……そうだな。だったらこっちも二人で使わないとフェアじゃないっしょ」

「え? きゃっ」

 俺はアリスの肩に手を乗せてそっと自分の方へ引き寄せると、マフラーの首元を緩め彼女の首にかけた。長めに作られていたため、二人で巻いても長さにおいては大丈夫だった。

 だがしかし、頬が触れ合いそうなほど近くにお互いの顔が寄せられていて、

 

『ぁ…………』

 

 相手との近さに思わず漏れた吐息交じりの声が重なった。肩から肘にかけてピッタリと密着し、アリスの体温が伝わってくる。アリスは顔をイチゴみたいに赤くし、上目遣いをこちらに向けた。勢いでやったはいいが物凄く照れくさい。もしかしたら、俺も顔が赤くなっているかもしれない。それでも、俺もアリスも離れることなく、抱き合うような体勢で互いに見つめ合った。

 

 ――ああ、そうか。何てことなかった。幻想の中にも本物はあるし、俺の手はちゃんと大事なものに届くんだな。頬を赤らめつつも俺の上着の袖を掴んで寄り添うこの愛しい女の子は、決して遠い存在ではなく、すぐ隣にいるじゃないか。そして、この幸せな気持ちは偽りでも幻でも誤魔化しでもなく、本物の……

 

 

 幾分の時間が経っただろうか。

 ほどなくして、空から揺蕩いながら流れ落ちるように、白く冷たい粒がチラリチラリと降り始めてきた。まるで桜の花びらが舞い散るような儚さで、夜に白い模様をつけていく。

「お、雪降ってきたな」

「えと、そろそろ中に戻りましょうか?」

「そうだな。そうするか」

 さすがに雪の中をいつまでも突っ立っているわけにもいかないので、俺とアリスは家に入ることにした。まぁ玄関はすぐ後ろなんだけど。ドアノブに手をかけたところで、あることを思いついた。正確には、思い出したというべきか。扉を開けない俺を不思議に思ったのか、アリスがきょとんとしていたが、俺が悪戯じみた表情を浮かべていたのを見て理解したようだ。これが以心伝心ってやつだったりするのかしら。

 そして、彼女もニコッと微笑み、俺達は同じタイミングで祝いの言葉を贈った。

 

『メリークリスマス!』

 

 さて、それじゃアリスと一緒にご馳走の支度でもしようか。きっとこの後にでも紅白巫女と白黒魔法使いが遊びに来るだろうし、多めに作っておきましょうかね。それまでは、この可愛いサンタクロースを独り占めしても良いですよね、イエスの旦那?

 

 パタンと扉を閉じたそのしばらく後、夜空のどこからかシャンシャンシャンという鈴の音が聞こえてきた気がした。

 

 

Happy Christmas




東方鈴奈庵の最新刊を買いました。
メロンブックス限定のブックカバーもついてきて僕満足!

この話が無事に(?)投稿できて本当によかったです……


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第二十五話 「シアワセありす 1/2」

おかえり(修理に出していた)僕のパソコン!
ただいまハーメルン!

皆様、長らくお待たせしました。サイドカーが戻ってまいりました。
そして、「東方人形誌」ようやく再開でございます!

というわけで2015年最初の投稿です。もう2月ですが……
今回も久々で文章感覚が鈍っているかもしれませんが、本年もごゆるりと楽しんでいただけると、嬉しいです。


 地底にダイブしたり冥界に打ち上げられたりと、いくつもの摩訶不思議アドベンチャーなイベントを乗り越え、ついにアリスとの再会を果たした本日未明。

 すっかり日は落ち、雲一つない闇色の空には、自らの存在を主張するかのごとく形の整った満月がくっきりと浮かび上がっていた。季節外れのお月見をするにはピッタリな、風情あふれる宵の口である。アリスと魔法の森を散歩でもしながら、二人きりで過ごすには最適なシチュエーションだ。一週間ぶりにアリスの顔が見れたんだもの、エンジョイしたいじゃない。

 そんな風に計画を立てていた時期が、僕にもありました。

 

 

「さぁーて、異変も片付いたし今夜は恒例の宴会よぉー!!」

「いよっ、待ってました! 私も今日はバリバリ楽しむぜ!」

 元気ハツラツオフコースでアクセル全開の霊夢と魔理沙を筆頭に、参加者達の歓声が夜空に届かんばかりに響き渡る。みんな寝静まった夜なんてものとは無縁のドンチャン騒ぎが幕を開けた。

 現在進行形で俺がいるのはアリス宅でも魔法の森でもなく、幻想郷の東の端に位置する賽銭不足で有名なかの神社だった。普段ならまともに参拝する者などおらず、魔理沙や一部の顔馴染みくらいしか来ない場所である。ところがどっこい、今の境内は人妖問わず大勢の衆でごった返していて、さながら縁日のような賑わいを見せていた。

 いつぞやの花見以上の大盛況っぷりを前に、呆気にとられてしまう。

「はて、どうしてこうなったんだ?」

「宴会があるのはいつものことよ。別に深く考える必要はないわ」

「それもそうか。にしても、大した呼びかけもしてないってのに、よくもまぁこれだけ集まったもんだ」

「お酒が飲めるチャンスがあると、いつの間にか皆集まってくるのよ」

「幻想郷のすさまじい団結力の一端を垣間見たで」

 賽銭箱の前に陣取った霊夢が、高らかに開催宣言を告げると同時に、誰もかれもが酒や肴を手に、ライブ会場に集まったファンを連想させるほどの喝采を上げていた。もっとも、これだけの人数が一つの輪に収まるはずもなく、皆あちらこちらで飲み語らい、思い思いに楽しんでいる。まぁ、俺としてもこれくらいフリーダムな方がやりやすくていいんだけど。騒ぎたい奴は騒ぎ、静かに飲みたい奴は静かに飲む。これが酒の嗜みってもんよ。アルハラとか罰ゲームで一気飲みとか、やっちゃいかんのよ。誠に遺憾ながらそういうのが多いのよね、大学だと。坊やだからさ。

 俺とアリスは賽銭箱から少しだけ離れたところの、適当な木の根もとに腰掛けて宴会の光景を傍観していた。守矢一家をはじめ見知った顔もあれば、初めて見る顔もある。チルノを中心に、彼女と同じくらいの背丈の少女達が集まって騒いでいる。大ちゃんのそれと似たような羽を生やした三人組、あの子らも妖精なのだろう。あんな見た目小学生くらいのが酒を飲んでいても気にならなくなったあたり、俺も適応してきたとしみじみ思う。

 ふと、さっきの音頭の時に霊夢が妙なことを言っていたのを思い出した。

「そういえば、異変ってどうゆうことだ?」

「私も聞いてないけど、最近何かあったのかしら?」

 俺の疑問にアリスも首をかしげる。顎に人差し指を添えて考える仕草が萌える。

 ちなみに異変については俺もある程度は聞いている。幻想郷で起こる事件や異常現象で、主に誰かが何らかの目的で起こしたものを総称して「異変」と呼ぶそうだ。それらが起こった際は我らが博麗の巫女こと霊夢を筆頭に、弾幕ごっこで異変を解決していくという筋書きだそうな。過去ではレミリアが赤い霧出したり、ゆゆ様が春を集めたり(春って集めるものなのか?)したという。んで、異変が解決したら打ち上げ感覚で宴会が行われる。というか宴会までが異変の流れって感じらしい。そんでもって、幹事というか準備係やらされるのが、そのとき異変やらかした犯人だそうだ。周りに迷惑かけた件はこれでチャラってことなのかしら。

 二人で疑問符を浮かべていると、すでに酔いが回り始めているのだろう、顔が少し上気している魔理沙が、「何言ってんだ」とのたまいつつ俺達の間に割り込んできた。

「主犯はお前達だぜ? 名付けて『痴話喧嘩異変』だぜ!」

「いやいや、勝手に異変扱いされてもなぁ」

「そもそも痴話喧嘩じゃないわよ」

 どうやらこの一週間の出来事が今夜の宴会のきっかけにあたるらしい。ぶっちゃけ飲み会の理由なんてどうでもいいんだろうけど。つーか今回の異変の規模小っちゃいな、ただの身内騒動じゃん。

 俺とアリスのツッコミも軽く笑い飛ばし、魔理沙は俺の肩をバシバシと叩いてきた。

「気にするなって。どうせみんな飲む口実がほしいだけだぜ」

「飲み会好きな大学生か、おのれらは。まったく、どこに行ってもやることは変わらないぜよ」

 

「あややや、見つけましたよ! 優斗さんにアリスさん!」

 

 突然目の前に一陣の風が吹いたかと思うと、聞き覚えのある喋り口調とともに、清く正しい烏天狗が鼻息荒くこちらに乗り込んできた。興奮しているのは伝わってくるのだが、とりあえず顔が近い。文も結構な美少女なわけで、あまり無防備なことされると俺としては悪い気はしないからいいんだけどさ。まぁ、それはそれとして。

 さりげなくアリスが文の肩に手を乗せ、俺から引き離しながら口を開く。

「今回の『異変』についての取材かしら?」

「さすがアリスさん、その通りです。私ともあろうものが今回こんなに面白いネタがあったことに気付けなかったのはまさに一生の不覚。かくなるうえは徹底的に取材して号外を作り遅れを取り戻してみせましょう。速さには自信がありますからね!」

 得意気に早口でぺらぺらとマシンガントークを繰り広げる文のテンションに、いつもながら元気だなと呆れ半分感心半分な気持ちになる。彼女はマイクを向ける要領で、ペンの先端を俺の顔にピッと突き出して質問を迫ってきた。

「さあさあ、洗いざらい全て吐いちゃってください」

「飲み会で吐くって単語を使うと誤解を招くぞ」

「取材というより、まるで取調べね。それもいつものことだけど」

 彼女も酒が入っているせいか、いつもにも増してハイテンションになっているようだ。こういう時は当たり障りのないこと言って、あとは酒で誤魔化すのが手っ取り早い。いざとなれば萃香を呼んでから逃げるか。

 作戦を立てたところで、鼻の穴にでも挿入しそうなほどに接近したペンを手のひらで押し返しながら立ち上がる。そこから数歩前に出て……

「わぁーった。それじゃ事の顛末を――」

 

「あ、ユウだ!!」

「ごふぅううううっ!?」

「優斗!?」

 

 悪魔の妹のロケット頭突きが俺の腹部にダイレクトアタックし、視界がぶれるほどの勢いで一瞬にして数メートル後方に押し飛ばされた。そのまま地面を転げ回りそうになるところを、同じ失敗(白玉楼でアリスを受け止めた時の転倒)は晒すまいという男の意地にかけて、バトル系ドッチボール漫画なみの踏ん張りで衝撃を真正面から受け止める。ズザザザーッと靴底がマッハで擦り減っていく感覚と、土煙だと信じたい煙が足の裏から上がっている摩擦熱のダブルコンボにダメージゲージがごっそり削られる。だが、幼い少女の前で軟弱なところを見せてたまるものかと根性を奮い立たせ、ついに倒れることなく成し遂げてみせた。よく頑張ったよ、俺。もうゴールしてもいいよね?

 足が生まれたての小鹿を思わせるガクガク状態になっているのを必死に隠し、絶賛俺の腹にグリグリとこすり付けられている少女の頭にポンポンと手を乗せた。

「ごほっ、よ……よう、フラン。元気だったか?」

「うん!」

 ニコニコと俺を見上げるフランドールの純真無垢さに、腹の痛みを耐えねばという使命感がほとばしる。この無邪気な笑顔を守るためなら、どんな男だって漢になれるであろう。

 フラン登場から少し遅れて姉吸血鬼のレミリア・スカーレットが、ワイングラスを片手に優雅さを演出しつつメイド長とともに歩いてきた。

「相変わらず天狗はうるさいわね」

「あやや、うるさいとは失敬ですね」

 口喧嘩というよりは軽口を交えつつ、互いにニヤッと笑みを浮かべる。いっつ、くーる。

 駆け寄ってきたアリスにフランをパスし、ようやく腹の圧迫から解放される。いつも通りというか、フランはアリスによく懐いていて、あっさりと俺からアリスに移ってしまったことに若干寂しいものを感じた。いやまぁ、いいんだけどね。うん。

「優斗様、ご無事ですか?」

「はっはっは、何のこれしき」

 銀髪クールビューティーの慈愛の言葉によって、一瞬にしてリザレクションする俺。いやはや、相変わらずお美しいメイドさんだ。彼女には世話になった件が多くて、頭が上がらないね。

 俺の大げさな元気ですよアピールに、咲夜さんはクスッと上品な笑みを浮かべる。が、直後翳りのある表情で頭を下げた。

「申し訳ありません。お嬢様のご命令だったとはいえ、内緒にしたいという優斗様のご意向に反して、アリスに話してしまいました」

「いやいやいや、謝んないでください。仕方ないことですし、あのまま隠し通したらアリスを傷つける結果になっていたかもしれないんですから」

「いえ、ですが」

「無茶を言って手伝ってもらったのは俺の方です。俺が礼を言う立場であって、謝られる立場じゃないですよ。お礼になるかはわかりませんが、手伝いが必要な時はいつでも言ってください。咲夜さんのためなら俺頑張っちゃいますから!」

「うふふ、ありがとうございます」

 咲夜さんとのなごやかトークを楽しんでいると、レミリアが空になったグラスを弄びつつ「それで?」とからかい交じりに聞いてきた。

「異変を起こしてみた感想は?」

「またそれか。まぁ、色んな奴らと知り合うことができたかな」

「そういうことじゃないんだけど」

 やれやれ、と嘆息して首を横に振る。呆れられているようだが、こちとら異変を起こしたという自覚がないので勘弁願いたい。レミリアは咲夜さんにグラスを向けると、メイド長はすかさず赤ワインを注ぐ。満たされたグラスを月にかざして紅色を楽しんでから口元に運ぶ動作が様になっている。

 息の合った主従だと感心していると、境内のど真ん中でやいのやいのと騒いでいた霊夢が大声で呼んできた。

「アリスー、優斗ぉー! ちょっと手伝ってー!!」

 レミリアがくつくつと笑いながら、一升瓶を振り回しながら喚いている霊夢を指さす。

「博麗の巫女がお呼びよ。お二人さん?」

「ああ、ちょっくら行ってくる」

「でしたら優斗様、私も――」

「まあまあ、咲夜さん達はのんびりしていてください。異変の主犯が宴会の幹事をやるのが一連の流れなんでしょう? なら、今回は俺とアリスですよ」

「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきますね」

「そうしなさい。それじゃあ、行きましょうか優斗?」

「だな。したっけ皆さん、また後ほど」

 というわけで、紅魔勢に手を振り、俺とアリスは霊夢のもとに向かうのだった。

 

 

つづく

 




今回のタイトルについている1/2ですが、前半と後半に分けているという意味です。
何かオシャレな感じにしたいなと思った結果このように表記しました。

というわけで次回は2/2をお送りいたします。

どうにかして一話分でまとめようと頑張ってみたけど無理だったんやー(開き直り)


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第二十六話 「シアワセありす 2/2」

世間では、今日は何やらお菓子を配るイベントらしいですね。作者よくワカラナイ

さてさて、前回に引き続き後半です。
お菓子もらえた方はそれを食べつつ、ごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。


 俺達が霊夢から指示されたのは、酒と肴の追加を準備してほしいというものだった。料理の方はアリスに任せ、俺は追加の酒を蔵から運び出すのを引き受けた。花見のときに既に一度やっているため、迷うことなくピクミンのように運搬作業を進める。チラッと調理場の方に目を向ければ、料理が山盛りに乗った大きな皿を持っているアリスが出てくるや否や、ゆゆ様がアリスに絡んでいるのが見えた。

 会場が大分ゴチャゴチャしてきたところで、周囲一帯に転がっている空き瓶を拾い、一箇所に集めて一区切りつける。その辺に腰を下ろして楽にしていると、ふいに声を掛けられた。

 

「こんばんは、異変の首謀者さん」

 

 声がした方に首を動かすと、初めて見る女性の姿があった。身長は慧音さんや紫さんに近く、落ち着いた物腰も加わってか大人の余裕が溢れている。腰まで届く長い銀髪を三つ編みにして後ろで束ねていた。服装はちょうど真ん中を境目に左右を赤青で分けたツートンカラーがロングスカートの端まで続いているもので、帽子の真ん中には赤十字のマークが施されていた。そして幻想郷ではお約束なことに、彼女もまた美人さんだった。

 異変の首謀者などと言われたからには、俺に話しかけたのは間違いないだろう。彼女の大人な雰囲気に合わせて、こちらも丁寧に対応することにした。

「こんばんは、異変の首謀者こと天駆優斗です。といっても貴女とは初対面ですかね」

「ええ、そのようね。私は八意永琳、薬屋をしている者です。迷いの竹林か永遠亭という言葉に聞き覚えはあるかしら?」

「なんと、医者でしたか。残念ながらどちらも初めて聞きますが……あ、もしかして八意製薬の?」

「あら、そちらの方は知っていたのね。その通り、私が作った薬のブランド名です」

 本当にいたよ美人女医さん。パルスィに会ったときのは適当言っただけだったけど、世の中言ってみるもんだなぁ。迷いの竹林にある永遠亭ってのが病院の名前なのだろうか。ブラックジャックみたいな凄腕ドクターっぽいし、いずれお世話になるかもしれない。法外な治療費を請求されたらヤバいが……

「永琳先生が一人で医療をされているんですか?」

「いいえ、助手がいるわよ。そうね、せっかくだし一緒に紹介しちゃいましょう。ウドンゲ、ちょっと来てくれるかしら?」

 いくつかあったグループの一つに永琳先生が呼びかけると、「はーい」と返事をしながら輪を抜けて少女がこちらに歩み寄ってきた。

 その少女は黒いブレザーにピンク色のミニスカートという現代の女子高生スタイルの服装をしており、薄紫色のロングヘアーの頭部にはウサミミが生えていた。さっき後姿を見たときに綿玉のような尻尾がついていた気もする。なんというか、なかなかあざとい感じの格好をしている女の子だ。

 ウサミミ少女を自分の隣に置き、八意先生が「紹介するわね」と話を再開する。

「この子が私の助手をしている、鈴仙・優曇華院・イナバよ。ウドンゲ、こちらは天駆優斗さん。今日の宴会のきっかけを作った人よ」

「ああ、あなたが天駆さんなの。よろしくね、あなたのことは妖夢からさっき聞いたわ。改めまして、師匠の助手をしている鈴仙・優曇華院・イナバです。覚えにくい名前だろうから、鈴仙でいいわよ」

 医者の助手というから、てっきり白衣とメガネが似合う理系女子がくるかと思いきや、いたって今風な女の子だった。俺のことを妖夢から聞いたと言っていたし、二人は仲が良いのだと思われる。考えてみれば両者とも従者的なポジションなわけだし、近しいものを感じたのかもしれない。

 何はともあれ、相手が名乗った以上こちらも自己紹介しなくては。

 

「やぁ、君と出会えた夜に乾杯してもいいかな? キュートなバニーガール――へぶほぉっ!?」

 

 鈴仙に爽やかスマイルを送った瞬間、スコーン! という効果音とともに襲いかかった殴打される衝撃と鈍い痛みに、「ぐぉおお……」と呻きながら後頭部を抑えてしゃがみこんでしまった。すぐ足元には痛みの原因と思われる、円形のお盆が転がっていた。涙目混じりに後ろを振り返ると、

 

「…………」

 

 宝石を彷彿させる眩い目を吊り上げてご立腹の様子の人形遣いが、離れた位置からこちらを睨んでいらっしゃった。彼女の体勢はオーバースローで何かを投げつけた時のそれで、言うまでもなく彼女が凶器を放ったのだと理解できた。フリスビーは凶器であった。

 アリスは俺が痛みでうずくまっているのを一瞥すると、「ふんっ」とそっぽを向きながら再び調理場へ戻っていった。彼女の後ろを慌てた感じで妖夢が追いかけている。おそらく彼女の主人である亡霊姫が、追加のつまみを短時間で食べ尽くしてしまい、妖夢がお詫びに手伝うと言い出したのだろう。ゆゆ様の食欲は今日も健在のようだ。

「いてて……永琳先生、早速お世話になるかもしれないっす」

「残念だけど、やきもちに効く火傷の薬はないわね。仲直りしたばかりなんでしょう、あまり彼女さん困らせちゃダメよ?」

「火傷ではなくて打撃によるダメージなんですが……」

「知ってる? 寂しがり屋なのはウサギだけじゃないのよ」

「脈絡もないけど何かそれっぽいアドバイスありがとう、鈴仙」

 アリスのお盆フリスビー攻撃に驚くこともなく、落ち着いた対応で受け流す永琳先生に畏敬の念を覚える。というか彼女さんって、おそらく十中八九からかっているんだろうけど。そして鈴仙は自分がウサギであることをかけているのか。座布団一枚。

 その後、彼女達は立ち去り際に「本当に怪我か病気になったら、いつでもいらっしゃい」とだけ言い残し、俺は一人その場に佇んでいた。

 

 

 宴もたけなわ、すっかり出来上がってしまった集団から一旦離脱し、俺は神社裏手の縁側に腰を下ろし一休みしていた。決してハブられたわけではないし、彼女らのテンションについていけなくなったわけでもない。単純に休みたくなっただけだ。俺の席あるから。

 一人だけの静けさの中で、どこか遠くに聞こえる祭りの喧騒が耳に届いて心地よく思う。こういう楽しみ方も風情があって良いんじゃないかと思うんだが、どうだろう?

 右手に持つお猪口がゆらゆらと水面を揺らしているのをぼんやりと眺め、そこから視線を夜空の満月にもっていく。

「月が綺麗ですね、か。まったく洒落たこと言う人もいたもんだな」

「そうなの?」

「おっと。アリスか」

「うふふ、驚いた?」

 俺一人だけだと思っていたから不意を突かれた。自分以外の声に思わず振り向けば、いつから居たのかアリスが立っていた。彼女はくすくすと笑いながら俺のところまで歩み寄る。

「隣いい?」

「もちろん。どうぞどうぞ」

 それじゃあ、とアリスが俺の隣に腰かける。ふわっと穏やかな春の夜風が吹き、酒で火照った体を程よく涼しませる。彼女もお猪口を持っていたので、俺は場所移動するときに一本失敬してきた日本酒を自分の分も合わせて注ぎ、後ろに瓶を置いた。

『乾杯』

 チン、と陶器を軽く重ねたとき特有の鈴に似た音が鳴る。俺達は隣同士の向かい合わせで、俺はグイッと一息に、アリスは少しずつ盃を傾けた。さっきよりも美味しく感じるのは、気のせいではないだろう。

「ふふっ」

「どしたん、急に笑い出して。俺なにか変なことしてた?」

「ううん。あんなことがあったのに、もういつも通りなのが何だか可笑しくて」

「確かにな。というかアリス、結構酔ってる?」

「少しだけね」

 アリスは困ったような微笑で肩をすくめた。酒は酔うためにあるものだし、別に悪いことではないと思うが。今日は彼女もいつも以上に飲んでいたのかもしれない。

 向こうから聞こえる歓声が、いつの間にか怒号に近い雄叫びに変わっていた。あっちでは一体何が始まっているんだ? 世界大戦か? 酔った勢いで弾幕ごっこでも始めたのだとしたら、しばらく戻るのは控えるとしよう。流れ弾が当たったら痛そうだし。

 また緩やかな風が吹き抜け、木々の枝を揺らしさわさわと涼しげな音を奏でる。それに混じるように、アリスの口からポツリと言葉がこぼれ出た。

「…………った」

「え?」

 いまいち聞き取れなかったせいで、ついアリスの顔を凝視してしまう。彼女は自分の手元のお猪口を見入るように、視線を落としていた。やがて、弱々しく儚げな雰囲気を漂わせ、ぽつぽつと再び言葉を紡いだ。

「優斗がいなくなったんじゃないかって思ったとき、私すごく怖かった……」

「アリス……」

「変よね。優斗だっていつか帰るのに、もう会えないかもって不安になって、それで――」

「俺はここにいるぞ」

「あ……」

 アリスが今にも消えてしまいそうな表情をしていたのが見るに耐えず、俺は彼女の頬に片手を添えた。包み込む優しさでその白い肌に触れる。俯いていた顔をすっと上げさせ、俺と目を合わせる。自惚れているのかもしれないけど、俺が彼女の不安を取り除きたいと思った。カッコつけと言われてもいい。気障ったらしいと笑われても構わない。それでも、お気楽な気分屋としてアリスの不安を和らげることができるなら、一切迷うことなく道化になってみせる。

 俺はアリスに軽い調子で笑いかけながら、だけど穏やかさを込めて答えを言い聞かせた。

「なぁーにを心配してるかと思えば、俺は勝手にいなくなったりはしないって。まだまだ此処で楽しみたいし、アリスの可愛さが反則レベルだしな。だから大丈夫だ。……な、俺はここにいるだろう?」

 少しでもアリスを安心させられればと、彼女に触れた手のひらで頬を撫でる。絹のような滑らかな手触りと、火照った頬の熱が伝わってきた。

 アリスは愛おしそうに俺の手の上に自分の手を重ね、潤んだ瞳で俺を見つめると、安らぎを得た表情で目を細めた。

「うん……伝わってくるわ。優斗の手の温かさ……」

 青い瞳を潤ませる切なげな表情が、彼女の可憐さに一際拍車をかけていた。それこそ魔法がかかったのではないかというくらいに、その姿に俺はすっかり目を奪われていた。酔いが入っているせいか、それとも恥ずかしいのか、右手に伝わるアリスの体温がすごく熱く感じる。それとも、熱いのは俺の方なのだろうか。

 宴の喧騒などもはやどこか遠くの出来事に思えるほど、耳に届いても気にも留めずに、ただ目の前に意識を取られる。

 どちらからということなく、俺達は肩を寄り添わせるほど近くまで距離を詰めていた。盃を置き、互いの空いていたもう片方の手は、床の上で繋ぐように重なっている。熱を帯びて顔を赤く染めながらも、こちらを見つめるアリスが可愛すぎて目が離せない。

 そして、アリスがそっと目を閉じて、唇を差し出すように顎を軽く上げたのに合わせるように、俺も目を閉じて互いの顔を近づけた。

 

「アリス……」

「優斗……ん」

 

 月明かりに照らされる中、やがて二人のシルエットが一つに重なろうと――

 

 

「おおー!? ヤバいぜ興奮するぜついにやっちゃうのかぁ!?」

「ちょっと魔理沙、静かにしなさいよ。見つかっちゃうじゃない」

「あの、やっぱりこういうのはやめた方がいいと思いますよ……」

「そう言いつつ興味津々で見ているのは貴女も同じですわよ」

 

――したところでピシッと動きが完全停止した。

 明らかにこちらを見ながら発せられたと思われる外野の声に、正気を通り過ぎてマイナス温度級に冷静沈着になると、俺はジト目になりながら声がした方を見た。そこには、神社の角から顔だけをニョキッと覗かせている様子が、あたかもダンゴ三兄弟を連想させる感じで一連に重なっている、普通の魔法使いと博麗の巫女と風祝とメイド長の姿があった。というか、あなたもですか咲夜さん。

 

『……………』

 

 全員で沈黙という名の大合奏。これがジョンゲージの四分三十三秒か。

 ふぅ、そろそろ現実逃避はいい加減にしよう。誰かが何か言わないとこのまま凍結した空気が続きそうだし、ここは俺が動くしかないか。というわけで、なんとも間の抜けた感じで実況者達に疑問を投げかける。

「あー、何してはるんですか皆さん?」

 俺が質問すると、彼女達は捲し立てるように次々と言い訳やら感想やらを言い始めた。

「き、今日の主役はお前達だろ? なのに勝手にいなくなるから探してたんだよ!」

「こっちで何か面白いことが起きてるって勘が告げるから」

「あ、あの。えっと、私は止めようとしたんですけれど……」

「申し訳ありません。お声掛けする雰囲気ではなかったものですから」

 つまるところ野次馬精神に支配されてずっと見ていたということで間違いないようだ。って、もしかしなくても今までのやり取り全部聞かれてたの? うわぁおっ、恥ずかしッ!

 思わず悶絶しそうになっていると、「さて、と」と何やらわざとらしく霊夢が口を開いた。何々? と疑問を含んだ眼差しを送ると、彼女はちょいちょいと俺の方を指差した。はじめは意図が分からず困惑したが、彼女の動きを鑑みると俺のすぐ隣を示していることが分かった。そして、そちらを見ると、

 

「~~~~~~っ!?」

 

 突然の出来事に戸惑い大きく目を見開き、湯気を噴き出さんばかりの勢いで顔をカァアアッと真っ赤に染めているアリスがいた。もはや記録更新レベルの赤面っぷりで、このまま熱中症で倒れてしまうのではないかという状況であった。いや、むしろ火山が噴火する直前といった方が近いかもしれぬ。

 俺とアリスのことは完全に放置するつもりなのか、傍観者達は頭を引っ込めつつ捨て台詞なのか激励なのかわからない言葉を残していった。

「あとは二人でごゆっくり。だけど神社で暴れるのはほどほどにしてよね」

「なぁに、弾幕だったら死にはしないぜ……たぶん」

「あ……あはは、お邪魔しました~」

「ご武運を」

 そして誰もいなくなった。いや、正確には俺とアリスがいるけど。もうこれ完全に投げやりじゃないですかーやだー。前に紫さんのことトラブルメーカーだと思ったけど、幻想郷の住民ほとんどがトラブルメーカーなんじゃないかと嘆きの念が込み上げてくる。

 取り残された二人の間に何とも言えない空気が流れる。自爆だと理解しつつも、他に手がないため、俺はアリスに恐る恐る声をかけた。

「あのー、アリス?」

「………ぃ……ぃ」

 あ、あかん。コレあかんやつや。

 そう思った頃には、時すでに遅かった。

 

「やぁぁああああ!? きゃぁぁあああああああああ!?」

「ちょっ、ぎゃぁああっ!! 瓶はッ、瓶で殴るのは洒落にならんからぁあああ!!」

 

 

 羞恥のあまり錯乱した人形遣いが暴走したにもかかわらず、誰一人として救援に来なかったどころか気にも留められなかったのは、きっと馬に蹴られたくなかったからだろう。

 

 

つづく

 




この時期はアリスが踊っている新作動画が見れるシーズンなので、テンションがおかしくなります。
とりあえず喧嘩っぽい回はこれにて完結し、次回からはまた日常な感じになります。


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第二十七話 「たまにはそんな日常を」

えー、今回の話に関して皆様にお詫びを兼ねた注意事項がございます。
日常回なのにやたらに長くなりました。いつもの字数の二話分くらいあります。
いやね、分割するのが面ど……ゲフンゲフン区切りの良い場面がなかった故の強行手段でございます。

何はともあれ、今回もお付き合いいただけると嬉しゅうございます。


 俺がそいつとエンカウントしたのは、お使いの帰り道での出来事だった。

 ご無沙汰に居候としての責務を果たそうと、アリスから買い物を引き受け人里に向かったのが今朝のこと。手にぶら下げている買い物袋には、化学農薬とは無縁の天然野菜や、人形作りで使うと思われる布が入っている。スーパーやコンビニもなければバスも電車もない土地で普通に生活しているが、俺が向こうに帰ったとき、上京してきた田舎者みたいにならないか気になるところだ。

「といっても、まだ帰るつもりはないけどな。風の吹くまま気の向くまま、さすらう私は渡り鳥~なんつって」

 他人に聞かれていたら恥ずかしいことこの上ない自作ポエムっぽいものを口ずさみ、家に向かって森をブラブラと歩く。誰もいないと油断していたせいか、俺は自分の背後に忍び寄る影があることに気付かなかった。

 その影はじわじわと俺の真後ろにまで近づき、そして――

 

 

「ただいまー」

「あ、優斗。おかえりなさ……い……?」

 アリス邸に戻り家主に帰宅の挨拶をする。アリスはいつもの可憐な笑みで出迎えてくれたのも束の間、その端正な顔が戸惑いプラス呆気にとられたもの変わった。うん、わかっている。そりゃそうなるだろうな。なぜなら頼まれていたもの以外の「お土産」がついてきたのだから。そしてその「お土産」が現在進行形で問題を起こしているのだから。

 目が点になっているアリスに救いを求めて、俺は自分の頭部を指差した。

「アリス、この子どうにかしてくれ」

 

「ほーあおあー」

 

 指し示す先には、金髪の幼い少女が我が頭に噛り付き、自慢の茶髪をよだれでベチョベチョにしている姿があった。

 

 

「いやはやまったく、何事かと思った。いきなり後ろからしがみ付いてこられてさ。地縛霊に憑りつかれたのかとビビったべ」

「私だって驚いたわよ。頭にルーミア乗せて帰ってくるんだもの」

「ルーミアっていうのか、この嬢ちゃんは」

「宵闇の妖怪って呼ばれているわね。『闇を操る程度の能力』からきているんじゃないかしら」

「闇を操るとかカッケーな」

 濡れタオルでヨダレまみれにされた頭を拭きながら、アリスに事情を説明する。唾液の滴るイイ男になる気はさらさらない。幸い血が出るほど強く噛まれたわけでもなく、絆創膏を貼る必要はなさそうだ。使い終わったタオルを片付け、ついでに買ってきた野菜もキッチンにおいてきたところで、ルーミアという名前らしい例の少女を改めて観察した。

 見た目姿の年齢は幼く、あどけない子供っぽさはチルノあたりに近い。短い金色の髪に赤いリボンを飾り、闇と呼ぶにふさわしい黒い服とリボン同様に赤い目はさながら吸血鬼のようだ。知り合いに吸血鬼いるけど。

 話題の少女は現在、食卓の席に座ってアリスお手製のオムライスをパクパクと頬張っている。ご機嫌な笑顔で食事を進める様子から、料理の美味しさが言葉にせずとも伝わってきて微笑ましい。彼女が俺に噛り付いていたところから、アリスが「お腹空いているんじゃない?」と判断し、軽食をささっと作ったものだ。人形遣いの女子力が素晴らしいと思う今日この頃。できる女、アリス。

 ルーミアが食事を終え、アリスが食器を下げに行ったところで、俺は少女に話を聞いてみることにした。

「して、ルーミアとやら。なぜに俺に狙いを定めたのかね?」

 たまたまそこに俺がいたからっていう理由がほとんどなんだろうけど、いきなり襲われた身からしたら本人からキチンと理由を聞きたい。幼い少女に襲われたとか、言葉にすると情けないような若干やらしいような。

 俺が質問すると、ルーミアは俺の顔より少し上を見据えながら答えた。

「栗」

「くり?」

 突然何を言い出すんだ、この子は。もしやデザートをご所望なのか。とはいえ秋の味覚を楽しむには季節はまだまだ先のことだし、せめてリンゴとかイチゴで妥協してほしいのだが、交渉の余地はあるのだろうか。

 食後のメニューについてうんうんと頭を悩ませる。と、どうやら俺達の会話が聞こえていたらしい。食器を洗い終えて、アリスが可笑しさを堪えつつ戻ってきた。

「ふふっ、優斗の頭が栗に見えたのね」

「嬢ちゃんは栗をイガごと食べるワイルドチャレンジャーなのかい?」

 俺のアイデンティティの一つを木の実と同じ扱いっすか。誠に遺憾である。話逸れるけど、幻想郷の皆さん(主に女性)って綺麗な髪しているよな。ルーミアも金髪ショートで、アリスと並ぶとまるで姉妹みたいだ。フランといい勝負しそう。妹対決とか企画してみたい。

 妹も義妹も捨てがたいけど個人的には幼馴染属性の方が好みだとか、思考が飛び始めたところで、アリスが「それはそうと」と話を振ってきた。

「買い出しでお願いしていた布はあったの?」

「オールライト、ちゃんと忘れずに買ってこれたぜ。コレも人形作りで使うやつか? あまり使い道がなさそうな気もするんだが」

「はずれ。これは人形作り用じゃないわよ」

「おろ、そうなん?」

 アリスは俺から布地を受け取ると隅々まで吟味し、「うん、これならいけそうね」と満足げに頷いた。どうやら合格ラインだったようだ。あまり使い道がなさそうと意見したのは、それの色がグレーだったからである。アリスが作る人形は、上海をはじめほとんどが女の子の姿をしているため、正直あまり必要ないのではと思ったが、別の目的があったっぽい。

 しかし、人形用じゃないとするならば、一体何に使うつもりなのだろう。

「覚えてる? 優斗の上着がボロボロになっていたでしょう?」

「ああ、アリスが回収しておいてくれてたやつか。結局、洗濯してもシミが落ちないし派手に破けてたしで、もう着れそうもないが……」

「だからね、よかったら私が新しいの作ってあげたいなって思ったんだけど……いい?」

「わお、マジでか!?」

 もう一つのアイデンティティ復活の予感に思わず声とテンションが上がってしまう。ロボットアニメで例えるならば、前半の機体を壊された後に新しい機体が登場するザ・王道な胸熱展開だ。むしろこっちからお願いしたいくらいだぜ。

 すると、俺たちのやり取りを聞いていたルーミアが、「服?」と興味を示した。そんな彼女の反応を見て、アリスが「あ、そうだ」と何かをひらめく。

「ねぇ、ルーミア。私の部屋まで来ない?」

「うん、いいよー」

「決まりね。それじゃ、私達ちょっと行ってくるから、優斗は待っててくれる?」

「おう、のんびりでいいぞ」

 ひらひらと手を振って人形遣いと宵闇の少女を見送り、俺はソファーにズズッと身を沈めた。言っておくが、覗きなんてしませんよ? 僕は紳士という名の紳士だよ。

 

 

 数分後、アリスとルーミアが戻ってきた。

 先ほどと変わっていたのはルーミアの方だった。彼女の衣服が黒を基調としたものから、白いブラウスと水色のスカートのコーディネートになっていた。全体が明るめの色で構成されているためか、軽やかな印象を受ける。なかなか愛らしいじゃないか。

 ほほう、と感心しているとアリスが自慢げにルーミアを前に出して感想を求めてきた。

「じゃーん。どうかしら? 似合っていると思わない?」

「ああ、いい感じに似合っているな。というか、その服はどしたん?」

「私が子供の頃に着ていた服よ。この間、部屋を整理していた時に見つけたの。よかったわね、ルーミア。優斗もあなたの格好似合うって言ってるわよ」

「おおー」

 ルーミアも満更でもなさそうでクルクルとターンを決めて喜びを表現している。服装も相まって、あたかも妖精が踊っているみたいだ。小さくても女の子。オシャレには敏感なのかもしれない。それにしても、アリスの子供時代か。アルバムとかあったら見せてもらいたい。きっと天使が写っている写真が沢山あることだろう。

「さて、じゃあ次は優斗の番ね」

「ん、よろしく頼む」

「わたしも手伝う!」

「あら、それならルーミアにも手伝ってもらいましょうか。まずは採寸からね」

「わかったのだー」

 というわけで、ルーミアを助手に加えて創作タイムが始まったのだった。幸いなことに、以前着ていたジャケットを捨てていなかったので、それを見ながらデザインする方向で作業が進められる。ハサミで生地を裁断し、河童製だというミシンを使って縫い合わせ、ボタン付けや細かいところは手縫いでこなしていく。二人の金髪少女が共同作業する光景は、絵本の一ページみたいで映えるものがあった。途中で起こったトラブルといえば、ルーミアがメジャーで自分の胸囲を測ろうとした瞬間に、アリスが俺の頭に買い物袋を被せてきたことくらいか。あの時は俺も風間一派になってしまったのかと思った。むしろゲーム制作部(仮)か。

 

 そして、ついに新たなジャケットが完成した。アリスから服を受け取り、さっそく試着してみる。見本を忠実に再現した成果なのだろう、まるで以前着ていたものと同じのを着ているようなフィット感があった。

「着てみた感じはどうかしら? サイズは大丈夫そう?」

「こいつぁグレートだぜ、体によく馴染む。うむうむ、これで俺もようやく本調子って感じよ。ありがとな」

「ふふっ、どういたしまして」

「ルーミアもサンキュな。どうよ、似合ってるか?」

「うん!」

「そうか、そうか。よーしよしよしよしよし」

 ワシャワシャとルーミアの頭を撫でる。動物にやるみたいなノリになってしまったが、彼女も嫌がっている様子はなく、むしろ気持ちよさそうに目を細めていた。ちなみに彼女は現在もアリスの子ども服を着ていたりする。

 瞬間、俺の脳裏に電流が走る……ではなく電球が閃いた。

「なぁ、この服とルーミアの格好を誰かに見せに行かないか? 自慢しようぜ」

「いいわね。ここからだと……一番近いのは魔理沙の家かしら」

「魔理沙か。そういえばまだ家まで遊びに行ったことなかったな。よっしゃ、行き先はそこで決定。ルーミア、出かけるぞ」

「おおー」

 彼女は元気に返事をしたかと思うと、ふわりと宙に浮きなぜか俺の肩の上に太腿を乗せる形で着地した。いわゆる肩車である。まぁ、全然重くないし別に構わないんだが。また頭をかじられたりしないか心配だ。

 どうしようかとアリスにアイコンタクトを送ると、彼女は「大丈夫じゃない?」というメッセージを込めた優しい笑顔で答えた。アリスって子供好きなのかも。面倒見の良い性格だし、人形劇もやっているから小さい子からの人気もありそうだ。

 なにはともあれ、普通の魔法使いのお宅を目指して、いざ出陣でござる。

 

 

「ここが魔理沙の家か。『霧雨魔法店』ねぇ……商売をしていたとは知らなかった。マジックアイテムの販売とか?」

「依頼をこなす何でも屋みたいなものよ。妖怪退治から水道工事まで幅広く受け付けているわ。本人がいつも不在だから臨時休業ばかりだけどね」

「香霖堂もそうだが、幻想郷の商売人はフリーダム過ぎないか?」

 さてさて、三人でアリス邸を出発して移動すること数十分。俺達は目的地である魔理沙の家までやってきた。会話の内容からご察しのことと思うが、魔理沙の自宅は店を兼ね備えていた。その名も『霧雨魔法店』、事業内容はギルドみたいに依頼を受けて動くタイプらしい。建物は普通の洋風民家なのだが、家の周囲にガラクタが散乱している様がバイト先を彷彿とさせる。類は友を呼ぶってことか。あ、でもアリスは綺麗好きだよなぁ……

 俺はルーミアを肩車して両手がふさがっているため、アリスが玄関扉をノックする。木材を叩く乾燥した音が響いた直後、中の方から「今出るぜー」と家主の声が聞こえてきた。今日は営業中だったようだ。まぁ、店兼自宅なのだから毎回不在の方が変か。

 やがて内側からドアノブが捻られ、戸を押し開けながら霧雨魔法店の店主であり普通の魔法使いこと霧雨魔理沙が姿を現した。お茶でも淹れようとしていたのか、片手にはキッチンミトンがはめられており、湯気を噴出しているヤカンを握っていた。

「アリスじゃないか。どうしたんだぜ? 面白いものでも見つけたのか?」

「ええ、とってもいいものよ。ほら」

「ういっす、遊びに来たぞ魔理沙」

「優斗も一緒だったんだな。というか、お前なにを乗せ……て……」

 魔理沙が俺の肩に乗っかっている少女を見るや否や、驚愕に目を見開いた顔でパーフェクト・フリーズした。手にしていたヤカンが落ち、金属が地面にあたる甲高い音と同時に熱湯がぶちまけられる。あぁ~あ、もったいない。というか足に当たったら危ないでしょうが。

 そして直後、「お……お……」魔理沙がわなわなと震えながら手袋をしていない方の手でルーミアを指差し、ド派手な勘違い発言をしたのだった。

 

「お前らいつの間に子供なんて作ったんだぜーーっ!?」

 

『……………はい?』

 久しぶりにアリスと声がハモった。魔理沙がルーミアのことを知らないはずはないだろうし、もしや服装が違うせいで気づいていないのだろうか。っていうか彼女は今何と言った? 子供を、作った……? え、まさか――

 時間が停止したのかと錯覚する数秒が経った後、アリスも魔理沙の発言の意味を理解し、まるで火が出たようにボッと顔を紅潮させた。そのまま慌てふためきながら言葉を捲し立てる。

「あっ!? な、何言っているのよ! 私と優斗はそそっ、そういうのじゃないからっ!! 付き合っているわけでもないし、子供なんて尚更……!」

「魔理沙ぁー、やっほぅー」

「ん? あ、お前ルーミアか! アリスの子供の頃の服なんか着てたから一瞬わからなかったぜ。まったく、驚かせないでほしいぜ」

 アリスがテンパっている一方で、ルーミアが呑気に魔理沙に声をかけた。そのおかげで魔理沙も相手の正体を理解したようだ。あと、アリスが早口過ぎて途中から何と言っているのか聞こえぬ。

「俺はお前の想像力にビックリだよ」

「弾幕はパワーとイメージが大事だからな! おっと。おーいアリス大丈夫かー? とりあえず上がるといいぜ」

「ふぇっ!? あ……そ、そうね。お邪魔するわ」

「はいよ、三名様ご案内~~」

 

 魔理沙に招かれた俺達なのだが、中を見て最初に抱いた感想はというと、「これが一人暮らしの女の子のお宅か……何というか、うーむ」ってな具合だった。大半がとある洋館の図書館から持ち出したものと思われる大量の本が、開きっぱの状態で机の上に重ねられていたり、閉じてある本が床の上でタワーを建設していたり。本以外にも、どこかで拾ってきたのだろうガラクタや小道具の類が散らばっている。

 部屋の混沌具合にアリスが思わず溜息を漏らした。

「たまには片付けしなさいよ」

「たまにはやってるぜ、たまには」

 魔法使い二人が言葉を交わしていると、ルーミアが俺の肩から降りて床に着地した。ルーミア大地に立つ、とか言ってみたりして。少女はそのまま奥の部屋までトコトコと歩いていった。アリスと魔理沙は会話に熱中していて気づいていない。二人の邪魔をするのも悪いし、俺が様子を見てくるか。

「ルーミア、どうした? って何だこりゃ」

 ルーミアの後を追って行った先はキッチンだった。部屋の中心に置かれたテーブルの上に、森で採取したと推測される多種多様なキノコがこんもりと山を築いていた。一つ一つが色も形も個性的で、探せば残機が一つアップする顔つきキノコでも出てきそうな勢いである。

 ルーミアはそのキノコの山をじーっと凝視していた。ちなみに僕はキノコでもタケノコでもどっちでもいい派です。こんなこと言ったら新たな紛争が起こりそうだから黙っていよう。

「じー」

「どした、また腹減ったのか?」

 俺の問いかけに宵闇の少女はコクリと頷くと、おもむろにマッシュルーム・マウンテンに手を突っ込み、そこから一つ抜き取った。それのクンクンと臭いを嗅ぐと、

「ぱくっ」

「おぉい、生で食って大丈夫なのか」

 迷うことなく口に入れちまった。モゴモゴと口を動かし、やがてゴックンと嚥下する。そして、再び食糧に手を伸ばし、さっきとは違う見た目のものを取ると、今度はそれを俺に差し出してきた。

「あい」

「いただこう」

 条件反射でルーミアからブツを受け取ってしまった。とりあえず、先ほどの彼女を真似て臭いをチェックしてみるが、無臭であった、というかキノコって臭いがあるものなのだろうか。見た目も普通というか、松茸っぽいしモノホンなのではないかとすら思えてきた。結論、特に警戒することなく俺は松茸風キノコを口の中に放り込んだ。

「むぐむぐ……んめーなコレ」

「そーなのかー」

 って自分でも分からないもの渡してきたのかこの子は。まぁ、魔理沙が取ってきたものだし全て食用のタイプだろう。多分、きっと、メイビー。

 一つでは足りなかったのかルーミアが「もう一個」とおかわりしようとした時、

 

「お前ら何やっているんだぜ!?」

 

 魔理沙の大声が鼓膜に響いた。彼女は「まったく、油断も隙もないぜ」とボヤキながら腕を組む。

「人のモノを勝手に取るのは――」

 自分のことを棚の上に放り投げた発言をしかけたところで、

 

「あなたたち!! 何やっているのよ二人して!!」

 

 人形遣いの怒声に見事かき消された。さっきの魔理沙の声量を上回るボリュームで、思わず耳がキーンとなった。ついでに頭もキーンとなった。アリスは眉間にしわを寄せてさらに吊り上った目つきという、はたから見ても激おこの様相で俺達に詰め寄ってきた。

「変なもの食べてお腹壊したらどうするの!?」

「変なものとは心外だぜ」

「魔理沙は黙ってて」

「りょーかい」

 アリスの目にジロリと射抜かれて、魔理沙は肩をすくめつつすごすごと引き下がった。もはやこの場はアリスが支配している空間となった。ルーミアがさりげなく俺の後ろに隠れるように移動していることにも、ツッコミを入れる余地はなかった。

 仕方あるまい。子供にきつく当たるのも良くないだろうし、ここは俺が助け船を出すか。

「まぁまぁ落ち着けって、アリス。ルーミアもまだ腹減ってたみたいでさ――」

「言い訳しない! そもそも何で優斗まで一緒になって食べてるのよ!? まさか優斗が先に食べたのをルーミアが真似したわけじゃないでしょうね!?」

「助け舟沈没!? いや、誤解だってぇー!」

 

 

 そんな目の前の光景を、魔理沙は呆れを含んだ顔で眺めていた。怒涛のごとく説教するアリスの様子に、どこぞの閻魔か仙人を思い浮かんだ。それと、アリスの怒りの矛先が完全にそちらに向けられている優斗の哀れな姿に心の中で合掌する。原因となった幼い少女はといえば、自分の被害がなくなったことでどうでもよくなったのか、再びテーブルの上のものに気を取られていた。

 マイホームでアウェイと化した魔理沙は、どこか遠くを見るような目で思わず呟いた。

「何なんだぜ、この家族は」

 

 

つづく

 




執筆途中から使用期限が切れたパブ○ンを服用しつつやったため、変なところがあるかもしれませんです、はい。
皆様も健康管理にはお気を付けくださいませ。


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第二十八話 「男はつらいお」

実のところ、このままだと失踪するかもしれないと思っていましたが、久しぶりに執筆すると予想以上に集中していました。なんだかんだ言っても、自分は東方projectと二次創作が好きなんだなと実感した出来事でございました。

まだしばらくこの物語は続くこと思われます。今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


 幻想郷。時代が進むにつれて人々から存在を忘れ去られていった者、あるいは人々が存在することを信じなくなった者が集う場所とされている。その地に住まうのは、妖怪やら神様やら幽霊から不老不死まで絵本に出てくるようなものばかりだ。とはいうものの、おとぎ話な連中しかいないというわけでもなく、平凡な人間もそれなりに暮らしている。良くも悪くも普通な彼らは集落を作り、日々の生活や己の仕事にいそしみ、ときには自分たちとは違う種族とも意気揚々と酒を交わし、思い思いに人生を謳歌している。人が作りし集落を皆は「人里」と呼んでいた。

 今回のお話はその人里で起こった、女性に弱いことが玉に瑕な一人の青年が発端のしょうもない騒動である。

 

 

「いくつもの~虹ぃ~♪ 越えて行けーるー ふたりでオーバー ザ レインボーゥ♪」

 恥ずかしい台詞禁止な名曲を口ずさみながら大通りを歩く。現代でやったら痛々しい視線が突き刺さるような行動も、ここでは平気でやれてしまうのだから素晴らしい。行き交う人々は老若男女問わず活気に溢れていた。店を営む者は客を引こうと威勢よく商品を宣伝し、主婦と思しき女性たちは井戸端会議に花を咲かせ、子供たちは歓声を上げながら走り回っている。天気も良好、本日も平和なり。

 さりげなくお気に入りの歌を楽しんでいると、見知った顔と偶然ばったりと出くわした。知的な印象とスタイルを含め全体が大人な彼女は、俺に気付くと長い髪をなびかせながらこちらにやってきた。これほどの美人が教師をしているというのだから、授業参観が行われた日には何人もの父親が訪れるに違いない。ついでに俺も混ざりたい。

「こんにちは、ご機嫌そうだな。今日はアリスと一緒じゃないのか?」

「こんちはっす。慧音さんのようなべっぴんさんと会えば機嫌も良くなりますぜ。アリスは博麗神社に行ってますよ。こちとら乙女の会話に乱入するなんて無粋なマネはしない主義なんで、人里に来てみた所存であります」

「ははは、なかなか紳士的な心がけをしているじゃないか。ただし、あまり女性をむやみに褒めるものじゃないぞ。痴情のもつれが起きてからでは色々と大変だからな」

「うい、気を付けるだけ気を付けます。ぶっちゃけ直しようのないレベルですが」

「ふむ、それもそうか」

 慧音さんにあっさりと納得されてしまったことが誠に遺憾である。だかしかし、自覚はあれども反省はしない。退かぬ、媚びぬ、省みぬ。なぜなら幻想郷の女性陣がレベル高すぎるんですもの。そしてアリスに至ってはもはや天使だと思う。

 ふと改めて慧音さんを見ると、本を三冊ほど重ねて両腕で抱えていた。寺子屋の授業で使う資料だろうか。俺の興味が本に向いているのを察し、彼女は「ああ、これか」と本に視線を落とした。今思ったけど、一歩間違えていたら胸を凝視する形になっていた。危うく劣情に支配された変質者の扱いを受けるところでござった。

 痴漢冤罪のピンチだったことなど気付いてもいないようで、彼女は持っている本について説明してくれた。

「今日の授業の参考資料になると思って、さきほど鈴奈庵から借りてきたんだ」

「鈴奈庵っていうと、確か貸本屋でしたっけ? 『外』の本も置いているって話らしいですな」

「おや、知っているのか?」

「名前だけならアリスに聞いたんすよ。今度二人で行こうって約束して、まだ達成されていないんすけどね」

 あの後に色々とあったのが未達成の原因なのは言うまでもない。一部じゃ異変扱いされていたことにはたまげたが、宴会までやって大団円だったのだから結果オーライ。

 あ、そうだ。今のうちに鈴奈庵とやらの場所を下見してはどうだろう。何ていうかこう、デートの下見をするみたいな感じで。幸いにさっきまでそこに居た人物が目の前にいらっしゃることだし、場所を聞いてみるか。

「慧音さん、これから俺もその鈴奈庵に行ってみようと思うんですが、どこにあるんすか?」

「それならここをまっすぐ行けばいい。店の名前を記した看板が吊るしてあるから、間違えることもないだろう。私が案内してやれれば良いのだが、これから寺子屋に行かなくてはならないのでな……すまないが自力で向かってくれるか?」

「心配無用っす。お気遣いありがとうございます。んじゃ、ちょっくら行ってきますぜ」

「ああ、私も失礼するよ」

 

 

 慧音先生のお導きのままに進んでいると、彼女の言うとおり『鈴奈庵』と書かれた板が入口上部にぶら下がっている一軒家が見えてきた。紅魔館の大図書館と比べると規模が小さい気もするが、比較対象がデカ過ぎるんだろう。そもそも、ヴァンパイアお嬢様の館と一般ピーポーの家を比べる方が間違っている。

「そういえばパチュリーから貸出許可をもらったのに何も借りてなかったな……っていうか俺でも魔導書が読めちゃったりするのだろうか?」

 迂闊なことに、ぼんやり考え事をしていたせいで周りへの注意がおろそかになっていた。ちょうど鈴奈庵から出てきた人物がこちら側に歩いているのに気が付いたがすでに遅し。

 

「うおっと!?」

「きゃっ!?」

 ドンッと俺とその人の肩がぶつかり、相手は反動に圧されて尻餅をついてしまった。同時に持っていた書物が周囲に散乱する。

「やべっ! すみません怪我してませんか!? 今すぐ本拾いますんで!」

「い、いえ。こちらこそ不注意でした」

 慌てて謝罪の言葉を口にしつつ、しゃがんで辺りに散った本を猛スピードで拾い集める。っていうか今聞こえたの女の子の声だったよな。お、俺ってば女の子を突き飛ばしちゃったの!?

 自分が犯した罪の重さに顔面蒼白になりながらも、「申し訳ございませんでした……」と回収した本をおそるおそる手渡し、顔を上げて相手を見た。

 

「お気になさらないでくださいな。私にも非がありますので、お相子ということにいたしませんか?」

 

 目の前に大和撫子がおった。

 その雰囲気はまさに和風良家のご令嬢。鮮やかな黄緑色に染められた上質そうな着物と山吹色の着物を重ね着している。肩に届かない短さに切りそろえられた紫色の髪には、牡丹のような花飾りを留めていた。体は細く小柄なのも加わって、どこか薄命そうな儚げな印象を受ける乙女だった。

 少女に手を差し伸べると、彼女は「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言い、こちらの手を取った。彼女を立ち上がらせたところで、

 

「あなたのような美しい御嬢さんに非はありません。全てワタクシの罪なのです。どうかせめてもの詫びに茶を奢らせてはいただけませんか?」

 

 いつも通りの展開になってしまった。さっき慧音さんに注意されたばかりなのに、早くもやっちまったよ。どんだけ物覚え悪い問題児なんだ。

 俺の突然すぎるお誘いに少女はパチクリと目を瞬かせていたが、おしとやかな物腰で上品な答えを返した。

「それでは私からもお詫びに、そこの甘味処でお団子を召し上がってくださいな? そちらでお茶もいただきますから」

「はい喜んでーーッ!」

 テンション上がりすぎて思わず居酒屋店員みたいなリアクションをしてしまった。もしや彼女は本当に名家の娘さんなのではなかろうか。とても少女とは思えぬ立ち振る舞いなのだが。

 なんにせよ美味しい展開だ。まさしく、登校初日に遅刻して食パンくわえて走っていたら曲がり角でドーンみたいな。しかも相手は美少女、これはフラグなのではという気もしてくる。是非ともこのお嬢さんと親睦を深めようと甘味処に行こうとしたまさにその時、遠巻きに俺たちを見ていた周囲の野次馬が、行く手を遮るようなフォーメーションで立ち塞がった。

 

「兄ちゃんちょっと待ちな。黙って聞いていれば稗田嬢と二人きりでお茶かよ。羨ましいじゃねぇか。その権利を譲ってくれないか?」

「まったくもってけしからん青年だ。こうも簡単に阿求様を口説こうとは……君には荷が重い。僕が代わってあげよう」

「おいらも稗田様とお茶したい。かわれ」

 次々と上がる代打要請に、隣の着物少女は「え……? え……?」と戸惑っている。そういえば自己紹介してなかったっけ、こりゃ失念していた。どうやら彼女は稗田阿求という名前らしい。様付けされているということは本当に名のある方だったみたい。しかもこの人気っぷり。人里の野郎どもにとって高嶺の花だったのだろう。それをあっさりナンパしてOKまでもらった俺に、羨望と嫉妬と己の欲望が重なった結果「自分がお茶したい」という答えに至ったと考えられる。まぁ、俺も男だし気持ちはよくわかる。だが断る。

 いつの間にやらギャラリーが集まり始め、ガヤガヤと騒がしくなってきた。最高にハイってやつかしら。

 やれやれだぜ。ここまでお膳立てさせられたら、やるっきゃないよな。俺は観衆も含めその場にいる全員に高らかに宣言した。

 

「じゃあこうしよう。この場で戦って最後まで生き残った奴が、彼女とお茶する資格があるものとする。稗田阿求さん、それでよろしいでしょうか?」

「え……? は、はい……?」

 突然話を振られて困惑しながらも、彼女はコクリと頷き許可を示した。どっちかといえば状況に気圧された感じで若干不憫だ。しかし、この場を収集つけるためにも我慢してもらおう。

「んじゃ、本人の許可が出たところで……名付けて『稗田阿求デート権争奪戦』! 権利が欲しいやつは全員かかってこいやぁああああッ!!」

『WRYYYYYYY!!』

 こうして、スマブラのような飛んで乱れるバトルロワイヤルが開幕したのだった。突如始まった喧嘩祭りに、当事者の一人である稗田阿求さんは完全に置いてきぼりをくらって放心していた。彼女に巻き添えがいかないことを祈ろう。

 

 

 博麗神社。

 幻想郷の住民でこの名を知らない者はいない。楽園の素敵な巫女が妖怪退治や大結界の管理を営む神社である。重要な神社なのだがいかんせん賽銭不足が続いているため、妖怪の山に引っ越してきたもう一つの神社と比べるとやや貧しいイメージがあるのはここだけの話。

 その神社の縁側にて、アリスがお土産に持ってきた彼女お手製のクッキーをおやつに、ティータイムと称して談笑している仲良し三人娘の姿があった。楽園の素敵な巫女こと霊夢が恍惚の表情でクッキーを堪能している傍らで、魔理沙も焼き菓子に手を伸ばしている。

「ん~っ! 相変わらずアリスの作るお菓子は美味しいわね。やっぱり嫁に欲しくなるわ」

「もう、霊夢ったら変なこと言わないでよ。クッキーならいつでも焼いてあげるわよ」

「むぐむぐ……私も霊夢と同意見だぜ。一家に一台は欲しいな」

「人を家具みたいに言わないの」

「冗談だぜ」

 軽くジョークを交えつつ憩いの一時を過ごす。お茶請けがクッキーなのに対し、茶が緑茶であることにツッコミを入れてはいけない。和洋折衷というやつである。

 しばらくして、この場にいなかった人物の声が三人の耳に届いた。

 

「平和そうですわね、貴女方は」

 

 やってきたのは銀髪とメイド服が特徴の、瀟洒な従者こと十六夜咲夜だった。時間を操ることができる彼女は、ある意味スキマ妖怪なみに神出鬼没な人物かもしれない。今日は普通に移動してきたので、驚いてお茶をぶちまける大惨事は起きなかった。

「あら、咲夜じゃない。よかったらあなたもクッキーどう?」

「ええ、いただきますわ」

 アリスに菓子を勧められ、咲夜もティータイムに加わる。吸血鬼の館で働く彼女だが、たまにはこうして外出することもあるのだ。もっとも、人里での買い出しや主からの命令によるものが大半なのだが、そこんところは割愛する。

 四人でまったり過ごしていると、思い出したように咲夜が口を開いた。

「そういえば、さっきまで人里に行っていたのだけれど随分騒ぎになっていましたわ」

「騒ぎ? もしかして異変か!? だったら私の出番だぜ!」

「たぶん違うと思うわ。それで、何があったのかしら?」

 今すぐにでも出撃しかねない魔法使いのかじ取りをこなしつつ、メイド長に詳細を聞く人形遣いはいつもながら優等生であった。博麗巫女も異変ではないと勘付いているようで、ズズッと緑茶をすすっていた。

 咲夜はセルフサービスで用意した茶を一口飲むと、少し前に見てきた光景を語った。

「幻想郷縁起の書き手、稗田阿求だったかしら? 彼女と甘味処で同席する権利をかけて、大勢の男性が争っていました」

「ふーん。どうでもいい話ね。異変でもなんでもないじゃない」

「はぁ~、男ってしょうもないことで大げさに争うんだな」

「ほんと、彼女も大変ね」

 霊夢は心底興味なさそうに一蹴し、魔理沙は低レベルな争いに呆れ果て、アリスは苦笑を浮かべ阿求に同情する。探究心の強い魔理沙ですらヤル気を削がれてしまう内容だった。

 三者三様の反応を示す中、そのうちの一人に対し咲夜が意外そうな声を上げる。

「あら、随分と落ち着いているのね。アリス?」

「え? どういうこと?」

 咲夜の発言の意図がわからず、アリスは怪訝そうに首をかしげる。霊夢と魔理沙も同様で、大量のハテナマークが頭上を飛び交っていた。

「ああ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわね。それで――」

 そして、続いて咲夜が放った一言が、疑問を払拭する代わりに新たな問題を生む爆弾と化すのに時間はかからなかった。

 

「その中で一番派手に暴れていたのが、優斗様でしたわ」

 

「私、用事ができちゃったから行くわね」

「ええ、いってらっしゃい」

「躾は大事だよな」

「これもいつも通りですわね」

 言葉にせずとも伝わる思い。少女たちが笑みを浮かべながら手を振る様子は、一見すれば他愛のない日常のワンシーンのようだが、実際の中身は愚者への制裁を宣言するものだった。友人に見送られ、アリスは博麗神社を後にする。彼女が向かう先はバカが大立ち回りをしているところなのは言うまでもなかった。

 

 

 その惨状を一言で表すならば「死屍累々」であろう。あるものはボディブロウを喰らい地面に倒れ伏し、あるものはジャイアントスイングで叩きつけられた民家の壁に頭から突き刺さり、またあるものは投げ込まれた水路の上で力なく浮いていた。他にも至る所に力尽きた数多の戦士たちの姿があり、先ほどまで繰り広げられていた闘いがいかに熾烈であったかを物語っていた。

 その戦場の中心地に佇む影が一つ。体はボロボロで片膝をつき息を荒げているが、唯一人だけ力尽きてはいない男だった。彼の手には長い棒状の得物が握られている。戦闘が激化する中で手に入れ、武器として振り回していたものだ。しかしながら、武器と言っても殺傷力皆無であることは物を見れば明らかである。

「ぜぇ……はぁ……は、ははっ」

 やがて、男はゆらりと立ち上がった。勝利の余韻に浸っているのか、笑い声が漏れる。そして、身にまとっているグレーのジャケットを翻しながら手にしている得物を高々と掲げ、勝どきの声を上げた。

「っしゃおらぁあああ! ドンパッチソードに斬れぬものなどあんまりなィイーッ!」

 まぁ、俺なんですけどね。武器として使っていたドンパッチソードもとい長ネギです。たまたま近くにあった八百屋さんで調達しました。俺にもハジケリストの素養があったみたいだ。

 いやはや、実に凄まじいバトルだった。途中からテンション上がった野次馬がどんどん乱入してきて本当に喧嘩祭りになったし。萃香や姐さんがいたら参戦してきたかもしれない。彼女らが入ってきたらスマブラから○○無双に早変わりだけど。もちろん俺らは蹴散らされる側で。

 大乱闘が終わったことで、放心状態から覚めた稗田阿求さんが心配そうに声をかけてきた。

「あの……大丈夫ですか?」

「まったくもって全然このくらい何でもありませんとも! お待たせしました御嬢さん、早速これからお茶に行きま――」

 

「ねぇ、何をしているのかしら?」

 

 めっさ聞き覚えのある声が背後から聞こえたのは気のせいだろうか。いや、俺が彼女の声を聴き間違えるはずがないし本物だろう。おかしいな、今日は博麗神社に行くって言っていたのにな。へへ、なんだか汗が止まらないぜ。

 ギチギチと古びたロボットみたいな動きで振り返ると、思った通りアリス・マーガトロイド嬢が立っていらした。ニコニコと笑みを浮かべているのに、その後ろに地獄の炎が燃え盛っている幻覚が見える。

「よっよよよよう、アリス。何をしているのかって? えーっとだな、ね……ネギ買っていたんよ」

「そうなの。ご苦労様、じゃあコレもらうわね」

「あ、はい。どうぞ」

 アリスに長ネギを献上する。意外にもうまく話題を逸らせたのか、俺ってばサイキョーね。そんな「やったか!?」なみの死亡フラグを思ったのがいけなかったんだろう。アリスは俺から「武器」を受け取ると、しっかりと握って大きく振りかぶり溜めの姿勢に入ると、

 

「咲夜から全部聞いているわよ! この節操なしぃーーーーッ!!」

「あいやこれまでぇええええええ!?」

 

 会心の一撃がクリーンヒットし、スパーン! と小気味良い音が周囲一帯に響き渡った。

 こうして「稗田阿求デート権争奪戦」は、七色の人形遣いのお仕置きをフィニッシュに勝利者ゼロで幕を閉じたのだった。

 

つづく

 




他の作者さんの小説の感想を書いたりもしてみようかなー、と最近になって思い始めました。 ←ものすごく遅い発想


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第二十九話 「町内会役員共」

どうも皆様ごきげんよう。サイドカーでございます。

明後日に自分が住む県で東方祭が開催されます。それを言うと自分が何ケンミンかバレてしまいそうですなぁ。
もちろん狙いはアリスです(真顔)

さてさて、前書きはここまでにして今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「あっははは! それは災難だったな、阿求殿?」

 和風茶屋の一席から発せられた女性の笑い声に店内の注目が集まる。そのテーブルに集う面々が魅力的な女性ばかりというのも、目立つ理由の一つに違いない。声の主は人里の守護者こと慧音先生だった。里で乱闘騒ぎが起こったと報告を受け、寺子屋から素っ飛んできた彼女だったが、現場で見たものが金髪美少女に野菜で叩かれている男の姿だったのだから状況の理解に苦しんだという。

 慧音さんが駆けつけ当事者から事情聴取ということになり、取締部屋もとい甘味処で俺とアリスと稗田阿求さんと慧音さんの四人で卓を囲んでいた。寺子屋はひとまず自習だそうな。ちゃんと勉強するんやで、子供たちよ。

 

「からかわないでくださいな、上白沢先生」

「ごめんなさいね。優斗が迷惑かけちゃったみたいで」

「いえ、もとはといえば私がぶつかってしまったのがいけなかったのですから」

 慧音さんのからかうような一言に、隣に座っていた稗田嬢が困ったような苦笑いでやんわりと言葉を添える。その向かいでアリスが申し訳なさそうに両手を合わせていた。阿求様はそれに謙虚な姿勢で答える。実に平和で和む。結果的に三人の麗しき女性に囲まれているという大勝利のオマケ付きときたもんだ。しかも隣はアリスである。これを僥倖と言わずに何と言おうか。いや、もちろんアホな珍騒動やらかした反省はしてますよ?

 取り調べも終わり穏やかムードになったところで、ススッと団子が積み重なった皿を彼女達の前に差し出し、場を仕切り直す。

「まぁまぁ、反省会は終わりにしましょうや。ここは俺の奢りなんで、どうぞ皆さん召し上がってくださいまし」

「調子に乗らないのっ」

「あいでっ」

 おどけた調子で言ったせいか、アリスから軽いデコピンをお見舞いされる。といっても実際にダメージはなく、むしろくすぐったかった。甘いものを前にしてアリスの機嫌も直ったようで、悪戯染みた微笑みを浮かべている。女の子はスイーツ好きというのは、『外』でもここでも変わらないことに安心した。

 みたらし団子を一つ手に取りながら、阿求様が俺達を温かく見守っていた。

「お二方は仲がよろしいのですね」

「ふぇ? そ、そう見えるかしら?」

「はい、とても」

 春風のような優しい笑みで答える大和撫子。彼女の純粋な言葉にアリスは少々戸惑い、どう返せばいいのか困っている様子だった。ちょっぴり顔を赤らめてチラッと俺の方を見ると、すぐに視線を戻してしまった。今日もアリスが可愛くて心が満たされる。

 やがて、対面している阿求様と慧音さんから向けられるむず痒い視線を誤魔化す感じで、アリスは俺の前にある皿を大げさに指差した。

「ゆ、優斗はこれ食べ終わるまでお団子はお預けだからね! わかった!?」

「イエス、マム。お残しは許されざることだと、忍者学校の食堂のおばちゃんが言っていたよ」

 人形遣いの命令に、両手を上げて了解の意を示す。怒ったような顔で声を強めているが、まだ頬が桜色に染まっているので照れ隠しっぽく見えて萌えた。

 ちなみに、彼女が指差したのは先ほどの戦いで使われた長ネギでござんす。甘味屋の店主のご厚意で調理してもらったものであります。焼き鳥のネギのみバージョンみたいな具合で、輪切りにしたのを串で通し醤油を垂らしながら炙って出来上がり。「スタッフが美味しくいただきました」とかいうテロップが流れてきそうだ。

 それぞれ食べ物を口にし舌鼓を打つ。そんな中、慧音さんが阿求様に問いかけた。

「そういえば、阿求殿も鈴奈庵に行っていたそうだな?」

「はい。小鈴も相変わらず本のこととなると勢いが止まらなくて」

「元気なのが彼女の取り柄だ。良いことじゃないか」

 二人の会話に耳を傾けていたおかげで、本来の予定を思い出した。サブイベントが濃過ぎて忘れるところでござった。本当に、本当に、何て遠い回り道。スティールボールラン。

「おっと、そうだった。そこに行こうとしていたんだった」

 俺の発言に女性三人の視線が集まる。最初に口を開いたのはアリスだった。

「鈴奈庵に行こうとしていたの?」

「今度二人で一緒に行こうって、前に紅魔館で約束しただろう? その下見しようと思って」

「あ……覚えててくれたんだ」

「アリスとの約束を忘れるなんてあるわけないさ。たとえ記憶喪失になっても覚えているとも」

「……バカ」

 

 目の前で繰り広げられる初々しい雰囲気に、二人の歴史家が顔を寄せてコソコソと耳打ちしていた。

「二人とも本当にお似合いだな」

「ふふ、そうですね」

 

 

 食後、会計を済ませて店を出る。慧音さんと阿求様とはここでお別れとなった。慧音さんの場合、土壇場で自習時間にしてしまったのだから早く戻らねばならないだろう。子供たちが休み時間にしていないか心配である。そうなった原因作ったの俺だけど。

「ご馳走様、それでは私は寺子屋に戻る。あとは二人でゆっくりしていくといい」

「私も屋敷に戻ります。本日は楽しませていただきました。ありがとうございます」

「はいっす。お二人も道中お気をつけて」

「また一緒にお茶しましょう」

 去りゆく後ろ姿が小さくなるまで見送る。予想以上の出費に財布の中がやや軽くなってしまった。近々また香霖堂で入荷商品の鑑定依頼があることを期待したい。

 俺とアリスの二人だけになったところで、彼女に今後の予定を尋ねる。

「アリスはどうするん? 博麗神社に戻るのか?」

「ううん、このまま優斗と一緒にいるわ。また変なことしないように見張っているから……ね!」

「ハッハッハッ、こいつぁキビシー。んじゃ例の本屋さんに行きましょうかね?」

「ええ、そうしましょうね」

 二人して冗談を交えた作戦会議が可笑しくて、顔を見合わせて一緒に笑ってしまう。下見のつもりが本チャンになったが、私は一向に構わんッ。俺の隣を楽しげな表情で歩くアリスを見ていると、こっちも嬉しくなりニヤけているのが自分でもわかった。

 

 

 はてさて、目的地目前で寄り道するという、はじめてのおつかいレベルのハプニングもあったものの、ようやく鈴奈庵の前まで辿り着いた。店先に吊るされた暖簾をくぐり、「ちはーす。三河屋でーす」と呼びかけながら中に入る。

 

「いらっしゃいませー! あ、どうもアリスさん」

 

 元気な掛け声とともに出迎えてくれたのは、小動物を思わせる小柄な少女だった。亜麻色の髪をツーアップにしてまとめている。着物の上に黄色いエプロンをかけているため店員だと分かりやすい。阿求様とは対照的に活発な印象を与えるタイプだった。

 本を読んでいた少女はつけていた真ん丸レンズのメガネを外し机の上に置くと、席を立って接客モードに入った。メガネは読書のとき限定の装備品らしい。ついでに机の上置いてあるラッパ型のレコードにレトロを感じた。

「こんにちは、小鈴ちゃん。元気そうね」

「もちろんですよ。元気いっぱいの鈴奈庵を今後ともよろしくお願いしまーす」

 なんとまぁ商売魂溢れる女の子だった。天真爛漫な感じで実に清々しい宣伝である。新聞記者をやっている烏天狗とコンビ組んだら面白いことになるのではなかろうか。

「あれ?」

 アリスに小鈴ちゃんと呼ばれた少女が、ようやく他にも来客があったことに気付いた。クリクリとしたパッチリお目目で、「ん~?」と興味深そうにじっと見入ってくる。

「な、なんぞ?」

「どこかで見たことあるような……」

 下から覗き込む形で俺の顔を凝視しながら、何かを思い出そうとうんうんと唸っている。一つ一つのアクションがデカい娘さんだ。あまりにも大仰に悩んでいるもんだったので、「大丈夫か?」と声をかけようとした途端、

 

「ああーーーッ!!」

「ポゥッ!?」

 

 耳をつんざく鋭利な大声が鼓膜を貫通した。近所迷惑じゃないのか、今の絶叫。思わずマイケル化してしまったではないか。思わず華麗に後ずさりするところだったぞ。

 叫び終えた彼女はまるで犯人を名指しする名探偵のように、俺にビシッと指を突き付けながら高らかに言い放った。

 

「いつぞやの新聞に載っていたアリスさんの彼氏さん!!」

 

「ふぇええ!? ちょっ、小鈴ちゃん何を言い出すの突然!?」

 少女の言葉を聞くや否や、カァアアッと赤面したアリスが俺を押しのけて説得体勢に入った。あー、そういえばそんなこともあったっけなぁ。懐かしや懐かしや。

 しみじみと思い出に耽っている間にも、アリスは誤解を解こうと奮闘していた。

「アレは文の思い込みだから! そもそもあの新聞が偏見混じりなのはいつものことって知ってるわよね?」

「えー? 本当のところはどうなんですか?」

「もう、いい加減にしなさいっ」

「あいたっ。はーい」

 アリスのチョップが店員少女の脳天にコツンと当たる。ノーダメージだったみたいだが、にやにやスマイルで詮索してきた彼女も、ペロッと舌を出しつつの返事をして更なる追及はしなかった。

 それから下世話な笑顔からナチュラルな営業スマイルに変わると、少女がこちらに向き直った。

「改めまして、鈴奈庵へようこそ。当店は妖魔本から外来本まで多数取り揃えている貸本屋です。立ち読み大歓迎ですが、できれば借りていってくださいね。そして私はこの店の看板娘、本居小鈴といいます」

「よろしゅう、俺は天駆優斗。アリスとは……何ていえばいいんだろうな?」

「そんなの私に聞かないでくださいよぅ。彼氏さんじゃないんですか?」

「だとしたらどれほど素晴らしいことかねぇ」

 

 

 自己紹介が終わると、来たはいいがこれといった要件がなかった俺達は、小鈴も含めてそれぞれ自由に過ごしていた。壁を沿ってズラリと並び立つ本棚に敷き詰められたタイトルを眺めながら店内を闊歩する。幻想郷クオリティとでも言おうか、懐かしいタイトルのマンガから自分が生まれる前の頃の出来事を特集した雑誌まで置いてあった。アリスの方はすっかり集中モードのスイッチが入ってしまったらしく、長椅子に座って熱心に読書をしている。

 俺が本棚の前で立ち止まっていたのを見た小鈴が、こちらに歩み寄った。

「何かいいものはありました?」

「うーむ、そうだな。そういえば、幻想郷でも珍しい本とかってあるのか?」

「それなら妖魔本なんてどうでしょう。うちなら貴重な資料まで色々取り扱っていますよ」

「魔導書みたいなもん?」

「そうですね。妖怪が綴った歴史本や妖怪が人間に向けて書いた本など、何かしらの形で妖怪が関与している書物をそういいます。グリモワールも妖魔本の一種に入りますね」

「赤い本とか出てきそうだな、ザケルガ撃てるやつ」

「ざけるが?」

「こっちの話さ。気にせんといて」

「はぁ、そうですか?」

 

 

 優斗と小鈴が話している間も、アリスは目の前の活字を夢中になって追いかけていた。彼女が読んでいるのは『外』の世界で執筆された小説。それもファンタジー要素も入った恋愛小説だった。主人公がヒロインを守るために命懸けで強敵と戦う王道なストーリーで、特にバトル要素よりも恋愛描写がアリスの心を鷲掴みにした。物語の佳境で、二人が最初に出会った場所で主人公がヒロインを守り抜くことを誓う場面を迎えたところで、アリスは本から視線を少しだけ上げた。

 彼女の眼差しが向けられる先には一人の青年が居る。見られていることに気付いていない彼の後ろ姿を、物語の主人公と置き換えて想像してみる。大切なヒロインを守るため、勇敢に立ち上がる騎士の姿に。

「私のことも、守ってくれるのかな……」

 

 

 やがて、アリスが読書を終えたタイミングで、小鈴が「一休みしましょう」と提案してきた。

 俺もそれに賛同し、アリスが座っている長椅子の空きスペースに腰を下ろす。しばらくして、小鈴がせんべいとお茶が載ったお盆を運んできた。礼を言い、ありがたくいただくことにする。バリボリと音を立てて醤油味の焼き菓子を齧っている傍ら、アリスは読み終えた余韻に浸っているのかどこかボーっとしていた。

 乾いた口の中をお茶で潤していると、アリスが話しかけてきた。

「あのね、優斗」

「んむ?」

「例え話なんだけど、もしも私が危ない目に遭うかもしれないとしたら……どうする?」

 彼女にしては珍しい質問だったから少しばかり意表を突かれた。そもそも聡明な彼女なら極限までリスクを避けられる手段を模索するだろうし、俺とは違って危険なことに無暗に首を突っ込んだりもしないだろう。もっとも、これはそういう成功率云々の質問ではない。彼女が聞きたいのは夢や可能性を想像する「if」の話だ。

 アリスの例え話に興味をひかれ、小鈴も何やらワクワクした感じの輝いた目で俺を見ていた。

「んー、そうだな。バトルマンガなら『世界中を敵に回しても、お前を守る!』なイケメンシーンなんだろうけど、俺じゃ力不足でそんな気障な台詞は似合わんし……」

「う……それもそうよね」

「ちょっと、優斗さん――」

「だから」

 小鈴が表情を一転して非難の声を浴びせようとするのを遮る。

 人形を自在に操れて弾幕も撃てる魔法使いのアリスを、ただの人間の俺が守ろうとするなんておこがましい話かもしれない。だが、一人の男としてこの可憐な美少女の危機に何もしないなどできようか、いやできない! 反語!

 たかが例え話と侮るなかれ。俺は一つの決意を示すため大真面目で答えを返した。

「その時は世界中を味方に入れて、誰よりも早くアリスのもとに駆けつける」

『……………』

「ちょいと、お二人さん。なんでそこで無言なん? 俺の回答ダメだった?」

 二人とも顔を赤らめて硬直するという予想外のリアクションが返ってきた。これはアレか? クサすぎて聞いてるこっちが恥ずかしいわ、みたいな感じなのか。だってねぇ、アリスのピンチとなれば幻想郷の皆が動くと思うんですよ。だけど真っ先に乗り込むのは自分だという男の意地もあっての答えだった。っていうかどうすりゃいいのよこの空気。

 

「いいえ、素敵な答えでした」

 

「What? ああ、咲夜さんでしたか。不意打ちすぎて驚いちゃいましたよ」

「うふふ、申し訳ありません」

 アリスと小鈴が沈黙する中、突如として聞こえてきた第三者の声にネイティブ発音とともに振り向くと、俺とアリスの後ろに控えるようにメイド長が佇んでいた。いつでもどこでもメイドな彼女は、恭しく一礼して微笑みかける。ふつくしい。

 咲夜さんは一歩横に移動してアリスの真後ろに立つと、人形遣いの肩に手を置いた。

「アリス、起きなさい」

「ふぇっ!? あ、あら咲夜じゃない。どうしたの?」

「え、あ、え? いらっしゃいませ……?」

 咲夜さんのおかげでアリスが放心状態から回復する。ついでに小鈴も正気に戻ったみたいだ。というか最初の一言が「いらっしゃいませ」かい、商人ソウル半端ねぇな。

 アリスの意識が戻ったのを確認したところで、彼女は再び頭を下げると要件を告げた。

「お嬢様の思いつきに付き合っていただきたく、お迎えに上がりました」

『……思いつき?』

 

 

つづく




次回、第三十話「君がメイドで執事が俺で」

タイトル予告でネタバレしている件については見逃してやってくださいまし。
このタイトルを使いたかったんや……! ←デジャヴ


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第三十話 「君がメイドで執事が俺で」

土曜に投稿しようと思ったのに、待てませんでした。
イベントが楽しすぎて創作意欲が湧いたのがいけなかったんや!(前回の前書きの続き)

いつもにも増して妄想乱舞していますが、今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 颯爽と現れたメイド長の発言に、俺とアリスは揃って首を傾げた。言葉のとおりと受け取るならば、彼女の主が何かを企んでいるようだが、その内容がまったくもって分からない。

 何か一つでも情報を得るべく、咲夜さんに質問してみた。

「一体何が始まるんです? 咲夜さん」

「申し訳ありません。私も『面白いこと思いついたから、あの二人を連れてきて頂戴』と仰せつかっただけでして、詳しいことはお嬢様ご自身が説明なさるかと」

「随分と突拍子もない話ね」

「とりあえず、行ってみないことには始まらないか。あー、でも今から紅魔館に向かうとだいぶ遅くなりそうだな……」

 なんやかんやで現在時刻は昼をとっくに過ぎてもう夕方間近だ。これから紅魔館を目指して出発するとなると、到着する頃には夜になっている可能性が高い。いや、吸血鬼にとってはむしろ丁度良い時間なのだろうか。

 どうしたもんかと悩んでいると、その懸念を取り除くように咲夜さんが自信ありげに言った。

 

「ご心配には及びません」

 

 その声を聞くや否や、周りの景色がガラリと変わった。

 時代を感じるこじんまりとした古本屋から一転し、広々とした長い廊下のド真ん中に俺達は立っていた。すぐ目の前には見上げるほどに大きな扉が立ち塞がっている。西洋貴族の城を思わせる厳かな雰囲気と気品が漂う。はい、どう見ても紅魔館でございます。近道だとか時間短縮どころの話じゃなかった。身をもって体験したおかげで、彼女の能力がいかに凄いかがよくわかった。

 手品師もビックリのテレポートを披露してくれたメイドさんに向けて、パチパチと称賛の拍手を送りつつ思った疑問を口にする。

「ところで、時間を止めている間は咲夜さんしか動けないんですよね? どうやって俺達二人を運んだんですか?」

「それについては企業秘密ですわ。ヒントを差し上げますと……メイドですから」

「はっはっ、こりゃ一本とられましたなぁ」

 実際にはヒントになっていないが気にしてはいけない。女性の秘密を探るのはあまり褒められたことではあるまい。何より、クールビューティーが茶目っ気あるウインクを決めたギャップ萌えが辛抱たまらぬ。うっかり鼻の下が伸びる伸びる。

 しかし同時にある問題が浮上し、俺は隣にいる彼女に声をかけた。

「なぁ、アリス」

「……何よ?」

「俺の足踏んでいるんだけど気付いてる?」

「……知らない」

「えぇえー……」

 アリスは不満そうに口を尖らせ、どこか拗ねた感じで俺から顔を背けた。そっけない返事とは裏腹に、俺の足にグリグリと圧し掛かるピンポイントな重みが自己主張してくる。これもまた一つのギャップなのか。つーんとそっぽを向くアリスに戸惑い、痛みを受けながらアホなことを考える。

 そうこうしているうちに、このままではらちが明かないと思われてしまったのか、咲夜さんが一歩前に出ると「失礼します」と一声かけ眼前のドアノブに触れた。廊下と部屋を遮っていた仕切りがなくなり、部屋の中心に伸びる一本の道が拓かれた。この館の名に相応しく赤い、いや紅い絨毯が真っ直ぐな通路を描いている。直線の先には玉座が仰々しく構えていた。君主の席に腰かけているのは一人の少女。俺達よりも小さい容姿をしているが、その雰囲気と彼女の背中に広がる黒い翼が只者ではないことを物語っている。

 誇り高き吸血鬼にして紅魔館の主レミリア・スカーレットの瞳が、こちらを見据える。

「よく来たわね。アリス、それに優斗」

 優雅な笑みで出迎える姿が様になっている。知らない人が見れば、そのカリスマっぷりに圧倒されるであろう。しかしながら、こちとら既に何度も顔を合わせている間柄である。ゆえに変に畏まることもなければ恐れ戦くこともなかった。さらに彼女の妹に関していえば、アリスにくっつくのが好きな無邪気で甘えん坊なイイ子ですしお寿司。

 俺達が立っている入口からレミリアが座る椅子まで距離があったため、中に入り彼女の前まで歩み寄った。

「よっす。呼ばれて飛び出て只今参上したぜ」

「それで、どんなことを思いついたのかしら?」

 アリスが早くも用件を尋ねる。レミリアは余裕に満ちた表情を崩すことなく、「それはね――」と答えを告げた。

 

「貴方達二人に今夜限定で従者になってもらうことよ」

 

 しばしの沈黙。

 彼女が今言ったことを頭の中でリピートしてみる。つまりは「私の執事をやらないか?」というわけか。なんという三千院家。レミリアの思いつきの中身を把握したら予想外な考えだった。あ、咲夜さんも珍しくちょっと驚いている。

 アリスが呆れに近い表情を浮かべながらレミリアを見た。

「どうして、その考えに至ったのかしら?」

「だって面白そうじゃない。どう? 今夜だけでいいから付き合ってみない?」

「いいぜ、その話乗った」

 アリスに代わって俺が答える。即答級のOKサインに、レミリアが満足げに頷いた。その一方で、アリスが何か言いたそうに「優斗」と俺の名を呼んだ。あまりにも考える時間が短かったからノリだけで答えたと思われたのかもしれない。半分正解だけど。

「いいんじゃないか? レミリアの言うとおり、確かに面白そうだ。それに、咲夜さんの手伝いにもなる。彼女にはお礼したいことが色々あったし、丁度良い機会だと思うんよ。咲夜さんは俺達が働く件については構いませんか?」

「はい、お嬢様の提案ですから。私としましても手伝っていただけるのでしたら大助かりですわ」

「だそうだ。アリスはどうだ?」

「もう、仕方ないわね。いいわ、付き合いましょう」

「話はまとまったようね。そうと決まれば、まずは形から入りましょうか。咲夜、二人の着替えを用意して」

「畏まりました、お嬢様。ではお二人ともこちらへ」

「了解です。んじゃレミリア、またあとでな」

 咲夜さんに先導され、俺達は謁見間を後にした。再び扉が閉じられる間際に「ふふ、今夜は楽しくなりそうね」というレミリアの上機嫌な声が聞こえたのが、妙に印象に残った。

 

 

「執事服なんて初めて着たんだが……高そうだなコレ」

 紅魔館の物なら実際高級な品なんだろう。滑らかな肌触りから素材の良さがうかがえる。俺は姿見の前に立つと、服装のチェックに入った。目の前に移る自分の姿は、色々なフラグを乱立させる借金執事と同じものを身にまとっていた。それもコスプレ用の衣装ではなく、本物のバトラー服だ。

 慣れない格好をしているのもあってか若干ぎこちないものを感じないでもないが、本格的な衣装を着たおかげか気分が高揚する。制服って大事だよね。学生服は学生の特権だし、職業の専用服は一種のステータスだと思う。

 当たり前だが、男性更衣室として用意されたこの部屋には俺しか居ない。アリスと咲夜さんは別の部屋で着替えをしている。まぁ、執事服を着るのは初挑戦とはいえ、基本的にはスーツと似通っているから問題が生じることはなかった。着物とか袴だったら手こずったかもしれない。

 軽くストレッチして少しでも体に馴染ませようと試みていると、コンコンと部屋の入口をノックする音が耳に届いた。

「優斗様。入ってもよろしいですか?」

「問題ないです。ちょうど着替え終わったところなんで」

 返事をすると、「失礼いたします」との一言に続いてドアが開かれた。

 先に入ってきたのは瀟洒な銀髪メイド。そして、彼女の後ろから控えめにそっと入ってきたのが、

 

「えっと、あの……お、お待たせ」

 

 その光景を見た瞬間、理性が破壊させるかと思った。

 まず目を惹いたのは、白と黒のコントラストで描かれたその芸術の全体像。表面の大半を占める純白のエプロンをさらに強調するように、黒の洋服が襟元や肩から覗く。袖は肩回りのみを覆い、きめ細やかな肌をした華奢な腕が露わになっていた。スカートの丈とエプロンの裾がほぼ同じラインで重なり、膝上から足元にかけて続く健康的な脚を包む黒ストッキングが、何とも言えない艶めかしさを放っている。

 そして、まるで水面に反射する日の光のような輝きをみせる、彼女の鮮やかな金色の髪に、メイドの象徴ともいえる波打つデザインの白いカチューシャが重ねられていた。一つ一つが見惚れてしまうほどに完成されすぎたアートだった。

 メイド服に身を包んだアリスが恥ずかしげに俺の前に立つ。照れているのが非常にわかりやすいくらいに頬が赤く染まっている。吸い込まれそうになる青く澄んだ瞳が、上目遣いという反則技を繰り出した瞬間、それがトドメとなった。

「ごふっ……!!」

「きゃあっ!? ちょっと優斗どうしたの!?」

「いかん、アリスのメイド姿が可愛すぎて鼻血出そうなんだが……萌え死にしそうなくらいに似合いすぎて可愛すぎて。最高すぎるぞ、アリス。このままずっと見ていたいぜ」

「~~~~~~~っ!!」

 ドストレートな感想を伝えた瞬間、アリスの顔全体がボッとさらに真っ赤に茹で上がる。待って、それ以上は俺がヤバいから。飛ぶ、理性が飛んでいってしまう。い、いかん……とにかくクールになれ、俺よ。落ち着いて素数を数えるんだ。九九でもいい。というわけで皆様、しばらくお待ちください。

 

 数分後。見えない衝撃波が直撃して崩れ落ちた体勢から、かろうじて回復に成功しよろよろと立ち上がる。アリスの方も深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻していた。そうして改めて向かい合ったところで、アリスは俺の襟元を見て「あっ」と声を漏らした。

「優斗、ネクタイが乱れちゃっているじゃない。 直してあげるから、じっとしててね」

「お、おう。すまない」

「……これでよし。うん、カッコいいわよ」

「ゑ?」

「あ……」

 アリスの言葉を聞いて、俺はいつになく間抜けな声を出していた。それにより、アリスは自らの発言に気付いて目を見開いた。数秒とかからず再び彼女の顔がリンゴのように紅潮していく。直後、アリスは慌てた様子で俺の襟元からパッと手を離した。

 

『……………』

 

 なんてこったい、お互い目を逸らしたまま言葉に詰まってしまったではありませんか。アリスの不意打ちすぎる褒め言葉に、咄嗟に気の利いた返しができなかった。一生の不覚である。第三者から見たら、今の俺達は一体どんな感じに映っているんだろうか。アリスが凄まじい勢いで赤面しているのは見えた。実のところ、俺も顔が熱くなっていたりもする。もしかしたら今度は二人とも赤面しているのかもしれない。

 向かい合っているのに言葉が出てこない、気まずさとはまた違った雰囲気が場を包む。いかんね、久々にきちゃったよアレ。こう、むずむずして悶絶しそうになるこの感じがよォ! だ……誰か、誰かヘルプウィー!

 そんな心の声が届いたのか、この止まった時を動かす救世主が現れる。それは時を操る能力を持つ彼女だった。ただし、今回は能力を使わず、

 

「こほん」

『――ッ!?』

 

 事務的なまでに冷静さ溢れる咳払いを一つ、ただそれだけなのに俺とアリスは思いっきり肩を跳ね上げて動揺した。天井高くジャンプでもしそうなくらいに盛大なリアクションだった。

 それすらも咲夜さんは意に介さず、普段以上にクールな眼差しで俺達を射抜いた。あまりにも瀟洒レベルが高すぎて戦慄が走る。メイド長すげぇ。

「お二人ともよろしいでしょうか?」

「もっもも、もっちろんヨロシイですヨ!? バッチオーライ何時でもカモンッ!!」

「だ、だだ大丈夫大丈夫よ! 早く始めちゃいましょ!!」

 ずっと見ていたにもかかわらず、顔色すら変えずに話を始めた彼女は相当な大物だと思う。一方で俺とアリスは二人揃ってテンパっているのが丸わかりだった。バレバレユカイ。踊ってみたのタイトルで動画アップされそう。

 

 仕事を始める前から一波乱発生したこのイベント、レミリアの思いつきがとんでもない爆弾発言だったことに今更になって気付いた。どうか、吸血鬼姉妹の今日の晩餐に俺の鼻血で満たされたグラスが出てこないことを、守矢家の神々に祈るとしよう。

 

 

つづく

 




メイド喫茶行きたい


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第三十一話 「木曜どうでしょう」

GWであっても、いやGWだからこそ投稿するしかないんだ!

皆様、連休はいかがお過ごしでしょうか。サイドカーでございます。
あまりにも長くなりすぎたので大幅にカットしたにもかかわらず、この文字数に自分でも唖然としております。前回に引き続き勢いでやってしまった感じですが、今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しゅうございます。


「それでは仕事内容を説明いたします。アリスは妹様の遊び相手を、優斗様は私と館内の清掃に回っていただきます」

「了解です」

 咲夜さんから本日のミッションを告げられ、いよいよメイド&バトラーの出番と相成った。アリスとは別行動になってしまうが仕方あるまい。彼女のメイド姿はあとでじっくり観察して、しっかり目の保養をするとしよう。もし、今度またメイド服着てほしいと頼んだら着てくれたりするんかなー、とかちょっと期待してみたり。

 さて、アリスはフランの相手をしている間は、俺は掃除担当か。フランはアリスに懐いているから、妥当な役割といえる。もっとも、『外』でバイトを色々と掛け持ちしていた俺でも執事はさすがに初めてだ。とはいえ、ここはビシッと決めてアリスや咲夜さんにイイところを見せたい。

 好感度アップ作戦を練っているのに意識を集中していたせいか、俺はアリスが少しだけ複雑そうな顔をしているのに気付いていなかった。彼女は周囲に聞こえないくらいの小声で呟いた。

「優斗と咲夜が二人きり……」

「二人きりではないわよ。妖精メイドもいるから、心配いりませんわ」

「なっ!? べ、別に心配なんて!」

「うおっ、いきなりどしたん? 大きな声出して」

「何でもない! じゃあね!」

 咲夜さんから何かを言われてアリスが急に焦り出したと思ったら、次の瞬間にはプンプンと怒った風な顔で部屋を出て行ってしまった。バン! とドアを強めに閉めた音が、彼女の心情を表していた。もしや、俺ってばまた何か悪いことしてしまったのかしら。どうしたのか聞いただけのつもりだったが、デリカシーがないとか思われていたらえらいこっちゃ。

 救いを求めて咲夜さんの方を見たが、彼女は小さく肩をすくめるだけだった。

 

 

 とりあえず、気を取り直してお仕事開始。

 大図書館へと続く階段が近くにあるフロアが今回の掃除範囲だ。陸上競技でもできそうな長い廊下だが、常日頃から完璧なまでに掃除が行き届いているため、汚れは見当たらない。正直俺の出番がなさそうなくらいです。咲夜さんといい妖夢といい、デカい屋敷に仕える方々の掃除スキルの高さにはビックリである。ただ、妖夢にはちょっとドジッ娘属性の片鱗を感じているのはここだけの話。

 従者達のハイスペックさに改めて感心させられていると、咲夜さんから布巾を手渡された。今回の掃除用具のようだ。

「それで、俺は何をすれば?」

「はい、通路や壁に飾ってあります装飾品を磨いて回るのをお願いいたします。中には壊れやすい品もありますから、取り扱いにはお気を付けください。私も近くにおりますので、何かございましたらお呼びくださいませ」

「お任せください。咲夜さんのお役に立てるとあらば、たとえ火の中水の中。この天駆優斗、全力でご期待に応えましょう!」

「まぁ、頼もしいですわ」

 俺のしょーもないジョークにも笑顔で応じてくれる銀髪女神に一段と気合が入る。彼女は「それでは、お願いいたします」と一言だけ残し、パッと目の前からいなくなっていた。マジでスゲーな、時間操る系の能力。

 何はともあれ、さっそく作業に取り掛かるとしよう。武器(布巾)を装備し、彫刻やら花瓶やらを拭きつつ館内を前進する。壁に取り付けられている絵画は落とさないように慎重に外し、額縁を磨く。ちなみに絵はレミリアの肖像画だった。金持ちの館あるある光景の一つである。

 絵画を元の位置に戻し、次のターゲットを補足する。金持ちあるある其の弐が俺の前に立ちはだかっていた。台の上にドッシリと鎮座しているのは、

「いかにも歴史ありそうな模様をした壺ときましたか、嫌なフラグの予感がビンビンするぜ」

 クールに去った喧しい実況者の台詞と似てしまったが偶然だ。これはアレやで、きっと手を滑らせて割ってしまう展開が待ち受けているに違いない。だがしかし、来ると分かっているなら回避できる。当たらなければどうということはない。

 強敵に立ち向かう勇者のごとく身構えていると、ふとすぐ傍から視線を感じた。隣を見ると、

「…………」

 メイド服を着た小さな女の子がじーっと俺を見上げていた。体はチルノよりも小さく、背中に透き通った羽が生えている。少女は言葉を発することなく、物珍しそうにこちらを眺めていた。

「ああ、妖精メイドか」

 説明しよう。少女が何者かというと紅魔館に仕えている妖精メイドなのである。この館には咲夜さんや美鈴の他に、この子のような妖精達を従者として従えているのだ。知能が低く、喋ることはできないが言葉は理解できるらしく、主に人海戦術でこの広い屋敷の仕事をこなしている。ただ、厄介なことに知能は低くても悪知恵は働いて悪戯することがあるそうな。悪戯好きは妖精の本能ですから、というのは咲夜さん談。メイド長の負担がそれほど減っていないのが不憫でならない。

 この子も掃除担当なのだろうか。妖精メイドを観察していると、彼女はおもむろに壺の縁を小さな両手で掴むとフワフワと浮き始め、俺の目線と同じくらいまで上昇した。そのおかげで壺が置かれていたスペースが空き、全体の拭き掃除ができそうだった。

「もしかして、手伝ってくれるのか?」

 俺がそう問いかけると、彼女はニコッと微笑んだ。なんだ、イイ子じゃないか。そうよ、喋れなくても意思の疎通はできるのよ。この子は真面目で働き者なタイプと見た。

 置き場をササッと拭いて「よし、もういいぞ」と妖精メイドに合図を送る。それを受け取った少女は、

「……♪」

 

 壺を持ったまま廊下の先まで飛んで行ってしまった。

 

「デリバリーサービス!?」

 びっくらこいて思わず叫んだ。何てこったい、手伝ってくれたんじゃなくて悪戯したかっただけかい。意思疎通ができたとか勘違いも甚だしい数秒前の俺をブッ飛ばしてやりたい。

「って、それどころじゃない! 何処へ行こうというのだね!?」

 ラピュタ王の台詞を拝借しつつダッシュで追跡を開始する。追いかける二人の姿はさながらルパンと銭型のとっつぁん。ここから始まる大レース。君に賭けたデッドヒートのアイラビュー。

 脇目も振らずにひたすら走る。非常に不味いことに、前方を飛行する逃亡者の手元がブツの重さに耐えられなくなってきたのかプルプルと震えていた。

「モウヤメルンダ!」

「……!」

 ジャスティスのパイロットの叫びと同時に妖精メイドの手から壺が滑り落ちる。落下していく様子がスローモーションで再生されているような錯覚に陥る。このままでは……このままでは、他人様の物を壊したとアリスに嫌われてしまうではないか!

「さっせるかぁああああああ!!」

 瞬間、火事場の馬鹿力か潜在能力が覚醒したのか。俺は自分でも驚くほどの超加速で助走をつけると、バレー選手みたく高々と跳ね上がった。今なら時をかけることもできそうな気がした。

 ターゲットに手を伸ばし、ガシッと空中でキャッチに成功する。そして華麗に着地を決めたと思われた時、その違和感は訪れた。重心が前方に傾く奇妙な浮遊感。なぜか足場が安定せず前のめりになる。何事かと視線を足元に落とし、理解した。あーなるほど、走り回っていたせいで前をよく見ていなかったけど、そういうことね。

 俺が着地したのは廊下の上ではなく、地下へと続く長い階段のスタート地点でした。

「あらららららわぁああああッ!?」

 しかも助走しすぎたせいか止まれない。それどころか重力の後押しも加わってますますスピードアップしていく。大泥棒の三世が落としたワイヤーロケットを追いかける、カリオストロのある場面に酷似していた。シーンを忠実に再現しようというのか、やがて壁みたいな分厚い扉が見えてくる。このままでは正面から激突して壺と俺のメンタルが割れてしまう。回避する手段は一つしかなかった。

「飛べよぉおおおおお!!」

 下り切るまで残り数段というところで、俺は力いっぱい踏み込むと再び時かけポーズになった。そのまま宙でぐるりとUターンして背を向ける。数秒後、特攻さながらの体当たりで扉が蹴破られ、デカい風船が爆発するような激しい音が図書館中に響き渡った。

 

『え?』

「あ」

 

 俺を含めた三つの声が重なる。

 ドアにぶつかり勢いが殺されたおかげで徐々に落下していく中、俺が見たのはアリスがフランに絵本を読み聞かせている微笑ましい光景だった。椅子に座るアリスの膝の上にフランが乗っかり、アリスがフランにも見えるように絵本を広げている。平和な一コマに武力介入する第三者のド派手な登場の仕方に、二人の金髪少女は揃って呆気にとられた顔をしていた。

 その様子に癒されているのも束の間、背中から床に叩きつれられるみたいにダイレクトアタックが炸裂する。それでもまだ勢いが完全に止まり切らず、俺は彼女たちの前をF1カー並みに高速のスライディングで通り抜け、行き止まりにあった本棚にドガシャーン! とゴールインした。

「ゲブホォオオッ!?」

「え、ウソッ優斗!? どうして何があったの!?」

「わー! すごいすごい、もう一回やって」

 アリスが混乱しながらも慌てて俺のところまで駆け寄ってくる。一方でフランはキラキラと目を輝かせてアンコールを希望していた。すまんが勘弁してくれ……

 それから間もなく、騒ぎを聞きつけた小悪魔とパチュリーがやってきた。パチュリーは微塵も取り乱していなかったが、その分小悪魔の騒ぎっぷりが一段と大きかった。

「な、何事ですか!? 敵襲ですか!? また魔理沙さんですか!? って優斗さん!?」

「こあ、落ち着きなさい。それで、状況を説明してくれるかしら?」

「ああ、実はな――」

 かくかくしかじかと経緯を述べる。上のフロアで備品を磨いて回っていたこと、メイド妖精が手伝ってくれたかと思ったら悪戯だったこと、壺を割らずにキャッチしたが大図書館への階段に着地してしまい暴走機関車と化したことなどなど。

 事情を理解してもらうと、パチュリーが小悪魔に咲夜さんを呼びに行くよう指示した。小悪魔が図書館を出たあたりで、アリスが俺の傍にしゃがんで心配そうにこちらを覗き込んだ。

「大丈夫?」

「ああ、問題ない。ほら、この通り壺には傷一つないぜよ」

「もう! そうじゃなくて、優斗は怪我していないかってことよ。お願いだから、無茶なことはしないで……」

「……悪い。心配かけちゃったな、これからは気を付けるから」

「うん……」

 アリスが俯き小さくうなずくのを見て、罪悪感と反省の念が込み上げてくる。普段のノリでやってしまったが、確かに結構危なかった。あれだけダイナミックに激突したのに怪我しなかったのが不思議なくらいだ。

 そんな俺達のやり取りを見ていた、もう一人の魔女が特に気にした風もなく口を開いた。

「アリスにとっては紅魔館の備品よりも彼の方がずっと大事だものね」

「ぱっ、パチュリー!? いきなり変なこと言わないでよ!」

「変なこと、ね。そういうことにしておいてあげるわ」

「~~~~~ッ!!」

 

 

 しばらくして、小悪魔が咲夜さんを連れて戻ってきた。

 来るや否やメイド長は深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。私の監視不行届きです。あの妖精メイドには私から厳しく躾けておきます」

「いえいえ、こちらこそ危うく装飾品を壊すところで、本当にすみませんでした。とりあえず、コレどうします?」

「あの妖精メイドに罰として責任をもって戻させますので、ご安心ください」

「いやまぁ、ほどほどにしてやってくださいね。悪気は……あったかもしれませんけど」

「お気遣いありがとうございます。それと、お嬢様がお呼びでした。優斗様と話しがしたいと」

「レミリアが? わかりました。ちょっくら行ってきます」

 お嬢様がお呼びとあらば執事(仮)としては向かわねばなるまい。君主が待つ場所を目指し、俺は図書館を後にした。アリスと一緒にではなく俺単品をご所望というのが気になるが、行ってみれば分かることだ。

 

 

 再び謁見間へ赴くと、先ほどと同様にレミリアが腰かけていた。肘掛けに頬杖をつき、「来たわね」と赤い瞳がこちらを射抜く。

「お待たせしました、お嬢様」

「いつも通りレミリアでいいわ。敬語も不要。本当に従者になってほしいわけじゃないから」

「じゃあ何故、俺とアリスに従者ごっこをさせたん?」

「言わなかったかしら? 思いつきだと。貴方もアリスのメイド姿が見れて嬉しかったでしょう?」

「あややや、お見通しってわけかい。それで、話というのは何ぞ?」

 俺が質問すると彼女は表情を崩すことなく、頬杖をしていないもう片方の手を前に出し、人差し指の先端をスッとこちらに向ける。ピストルを突きつけられるのに似た感覚がした。

「運命が見えたのよ。貴方達二人のね」

「運命、ときましたか」

 レミリアの能力は「運命を操る程度の能力」と聞いている。早苗の能力もそうだがこっちも大概ぶっ飛んでいるな。運命を見たと彼女は言っているが、未来予知の類だろうか。

 何より気になるのが、彼女は「貴方達二人」と言っていたことだ。俺ともう一人。誰なのかは大体予想がつく。俺の願望というのもあるけど。脳裏をかすめた彼女の笑顔は、いつも通り可愛かった。

「聞かせてくれるか?」

「もちろん、そのつもりで呼んだのだから」

 そう言ってレミリアは頬杖を解き、両手の指を組んだ。祈りのポーズにも似ているが、彼女のそれは威厳と余裕の象徴だった。その姿勢のまま、まるで判決を下すかのように吸血鬼が告げる。

 

「運命は二つ。一つはいずれ大きな困難が立ち塞がるということ。もう一つは、これまでのようにはいられなくなるということ」

 

「うーむむ、何だか抽象的だな」

「そういうものよ」

 具体的に教える気はないのか、はたまた彼女自身も知らないのか。レミリアはそれ以上のことは語らず、面白そうに俺を見るだけだった。

 レミリアの発言の内容を整理しようと、頭の中では疑問や憶測が飛び交う。一つ目の大きな困難とは何だ? 定番で言えば、強敵でも現れるか無理難題でもふっかけられるあたりだが。だとしたら、二つ目は? これまで通りにはいかないということは、今のような生活はできないということだろうか。俺が現代に帰るのとは違う意味を指しているとしたら……なるほど、わからん。

 頭を回していると、レミリアが問いを投げかけてきた。

「この運命にどう立ち向かう? 少なくとも良い知らせとは受け取らなかったでしょう」

「これから先に何があるにせよ、為せば為るさ。こういうのは出たとこ勝負の方が楽しいんでね」

「そう。つまりどうする気もないということ?」

「自分らしく気の向くままに動くってことだ。あー、でも一つだけ断言できることがあるぞ」

「ほう、それは?」

「アリスを傷つけるような結末だけは断固拒否する。そういう展開なら運命だろうがなんだろうがねじ伏せてやんよ」

 言ってから気付いたけど、運命を操る相手に運命をねじ伏せる発言とは宣戦布告っぽいな。捉え方によっては相手のアイデンティティに対峙しているようなもんだし。

 これは失言かと思ったが、どうやら無用な心配だったらしい。カリスマ吸血鬼は大層愉快そうにくつくつと笑みをこぼしていた。それに加えて、優美な感じの拍手で俺を褒め称えた。

 

「ククッ。素晴らしい答えだわ、エクセレント。先に呼んだのは正解だったわね――だそうよ、アリス?」

 

「……なぬ?」

 レミリアの最後の一言に耳を疑った。しかし、どう見ても彼女は俺ではなくその後ろに視線を向けている。なんかもう考えられる状況が一つしかないんですけど。ほぼ確信に近い予感を抱きつつ後ろを振り返った。

 そこには、熱に浮かされて上気した顔で立ち尽くしている人形遣いがいらっしゃった。

「あー、どしたん? アリス」

「えっとね、その、食事の用意ができたから呼びに来たの……」

「そーなのかー」

 オーケー牧場、彼女が何でここに来たのかは把握した。問題なのは、

「……もしや、聞かれてた?」

「ええ、バッチリね」

 独り言に近い俺の問いに、顔を伏せてしまったアリスに代わってレミリアが丁寧に答えてくれた。

 うぉおおおい、どうすんだよ。さっきの「アリスを傷つけるような~」とかってクッサイ発言を本人に聞かれてしまった。しかもキリッてな具合でカッコつけちゃってたし。しかも恥ずかしッ、マジで恥ずかしッ!

 言葉にできない空気がついに限界に達する。アリスは赤くなった顔をバッと上げると、あたふたと部屋を飛び出していった。

「わ、私お洗濯してくる!」

「おぉおお待ってくれぃアリス! これはその違わないけど違うんやー!」

 

 

 本日二度目の追いかけっこが唐突に始まり、二人の騒がしい声と慌ただしい足音が遠ざかっていく。部屋に一人残されたレミリアは嘆息すると虚空に向かって言葉を放った。

「こんなにも月が紅いから、本気で退屈しないわね。あの二人を見ているのは」

 

 

つづく

 




そろそろラブコメの王道を仕掛けようかと思う、そんな今日この頃。


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第三十二話 「魔法使いの昼」

皆様お元気でしょうか? サイドカーでございます。

平均文字数4,000前後を狙っているのに、今回も分割ポイントが見つかりませんでした。「またか……」と思われた方、申し訳ない! 許してくだせぇ!

此度もごゆるりと楽しんでいただけると、嬉しいです。


 吸血鬼お嬢様の思いつきにより一日限定の従者ごっこが行われた翌日。

 いつもの服装に戻った俺達は、大図書館を訪れていた。ちょうど紅魔館に来ているので魔法の研究を進めたいというアリスの希望に応えるためだ。魔女が司書をしているくらいだから、魔法に関する書物は相当なものに違いない。

 紅魔館の頭脳的ポジションを務める魔女、パチュリー・ノーレッジは今日も変わらず大量の本に囲まれていた。

「二人とも昨日はお疲れ様。今日は自由に過ごしていくといいわ」

「ええ、そうするわ。早速だけど何冊か読ませてもらうわね」

「どうぞお好きに。私も自分の研究に集中しているから、何かあったらこあに言ってちょうだい。もう何度も来ているアリスには今更言うまでもなかったかしら?」

「ふふ、そうね」

 二人の魔法使いが軽く言葉を交わす。その後パチュリーは目の前に積み重なった書籍から一冊手に取り、あっという間に他者を寄せ付けない集中力で読書に没頭した。アリスの方もそれ以上は声をかけず、参考資料を調達すべく一人で奥へ歩いて行った。

 はてさて、誠に遺憾なことに俺には特に用事がない。放置プレイとはいわないが手持無沙汰となってしまった。とりあえず二人の邪魔にならないよう、隅っこで大人しくしていますかね。

「ふむ、俺も適当に何か読ませてもらうか」

 これだけ沢山の本があるのだから、面白そうなものも見つかるだろう。天井の高さも含めてだだっ広い部屋にズラリと隊列を組む本棚を眺めつつ、フラフラと探索を開始する。図書館にあるもの全部が魔導書というわけではなく、普通の本も置いてあった。そういえば昨日もアリスがフランに絵本の読み聞かせしていたっけ。わりとバリエーション豊富なライブラリーでござった。

 

 しばしウロウロしていたが、適当な所で立ち止まりこれまた何となくの適当で一冊選び開いてみる。六芒星の魔法陣やら詠唱呪文と思われる長い文章が、紙面を埋め尽くさんばかりに密集していた。

「わかりやすいくらいに魔導書やん。っていうか達筆過ぎて逆に読めん」

 解読不能な文章に目を通しながら、魔法というか魔法使いについて思考をシフトする。俺が知っているのはアリス、魔理沙、パチュリーの三人。見た目イメージでいえば一番魔女っぽいのは魔理沙だろう。服装が典型的な魔女のそれだし。ただ、雰囲気でいえばパチュリーの方がいかにも魔女って感じはする。ならばアリスは魔女っぽくないのかと問われると、もちろん答えはノーだ。もっとも彼女の場合、魔法の国のお姫様だと言われても余裕で信じられる。だって可愛いから。お姫様のドレスを着たアリスを想像したら、完璧なまでにパーフェクトだった。

 魔導書を片手に素晴らしき妄想に耽っていると、後ろから声をかけられた。

 

「魔法に興味がありますか?」

 

「気にはなるってところかな。アリスも魔法使いだし」

 質問に答えながら振り返る。すぐ近くに立っていたのはパチュリーの助手こと小悪魔だった。ワイシャツにネクタイを締め、黒いベストと黒のロングスカートの制服ファッションが図書館を背景によく馴染んでいる。

 最初に会ったときと同じく、彼女は蔵書を数段重ねにして運んでいた。俺は持っていた本を棚に戻し、代わりに小悪魔が抱えている束の上から数冊を持ち上げた。

「あっ、ありがとうございます」

「ここ使わしてもらっているんだ、これくらいは手伝わせてくれや。この本棚にあったやつでいいのか?」

「はい、そうです。一番上のがそこで、その下にあるのがこっちです」

「はいよー」

 小悪魔が指示した場所に本を収納していく。俺の近くで彼女も同様の作業を始めた。お互い担当していた量をこなし、全て元の位置に戻したところで、俺は小悪魔に一つ聞いてみることにした。

「なぁ、俺みたいな外来人でも魔法が使えることってあるのか?」

「うーん……可能性は低いでしょうけど。ですが、もし魔力を扱う素質があれば修行次第では可能になります。外来人ではありませんが、魔理沙さんは人間の魔法使いですし。それに、もしかしたら魔法の森の影響を受けているかもしれませんよ」

「魔法の森の影響とな? どういうことだ?」

「そもそもなぜ『魔法の森』なんて呼ばれているか知ってます? あそこに自生する植物が魔法の研究材料に適しているのと、それ自体が幻覚作用などを及ぼす瘴気を放つこともあるからなんです。なので、森の空気に耐性がなければ人間でも妖怪でも具合が悪くなっちゃうんですよ。ですが、優斗さんは問題なく生活していますから、少しは素質があるかもしくは耐性が身についたかのどちらかだと思います」

「ほわぁー、マジで? 実は選ばれし者だけが入れる領域だったのか」

 どうやら魔法の森という名前は伊達じゃなかったらしい。ニューガンダムは伊達じゃない。近場で素材が調達できる上に、邪魔が入り難くひっそりと研究に勤しむことができるのなら、確かに魔法使いにとっては最良物件なのだろう。

 ここで魔法使いについてザックリ説明しておこう。魔法使いには二種類あって、簡単にいってしまえば先天的なものと後天的なものがある。前者は生まれながらの種族としての魔法使いで、パチュリーがこれに当たる。それに対し、後者は人間が魔法の修業を重ねた結果によるもので、魔理沙が該当する。

 アリスの場合、実は後者に当てはまる。ただ、彼女はあるとき魔法を使ってクラスチェンジした元人間の魔法使いだそうだ。俺も詳しいことは分からないが、一つだけ明らかなのは、人間だった頃のアリスも今のアリスも可愛いことは間違いないということですな。

 脳内チュートリアルをやっていると、小悪魔がある提案をしてきた。

「でしたら、簡単な魔法でも試してみます? 魔法の森で普通に生活しているなら、少しは素質があるかもしれませんよ」

「そうだな、折角だしやってみるか。『少しは』って部分をやたら強調されたことには目を瞑っておこう」

「決まりですね。じゃあ初心者向けの本を何冊か持ってきますから、向こうの広いスペースで待っててください」

 小悪魔はそう言うと、あちこちの本棚を飛び回りつつ、文献を抜き取り始めた。さすがパチュリーの使い魔だけあって、どこに何があるのか把握しているのだろう。

 その姿を少々眺めた後、俺は彼女の言葉に甘えて言われた場所で待機することにした。

 

 さあ、そんなわけで始まりました「小悪魔先生のイケナイ魔法教室 ~初級編~」の時間、本日のスチューデントならびに司会進行はワタクシ天駆優斗がお送りいたします。記念すべき最初の魔法はこちら!

 

「ふんぬっ! うぉおお、まっがーれ!」

「力づくはダメですからねー」

 

 俺は右手に握りしめた銀の匙にひたすら念を送り込む。だがしかし、いくら念じても匙は曲がる兆しすら見せない。指摘の言葉を送ってくる小悪魔が持っているテキストには「カンタン! マジック入門」と書かれていた。

 ぶっ通しで無駄に集中していたせいか、謎の疲労感が圧し掛かってきた。俺は作業を中断し、講師に意見するべく口を開いた。

「ときに小悪魔さんよ」

「何ですか? スプーン曲げじゃなくて、帽子から鳩を出すのが良かったですか?」

「どっちかといえば花を出すやつが良いな。じゃなくて、これ魔法というより超能力の類ではないかと思うのだが。あとテキストに『マジック』って書いている時点で間違えてません?」

「あ、バレちゃいました?」

 たった一つの真実を見抜かれ、小悪魔は悪戯っぽい笑みで誤魔化した。どう見てもからかわれていたらしい。大図書館コンビは師弟揃ってさり気なく人をからかうのが好きなのか。

 やれやれと嘆息し、俺は微塵も曲がることがなかった銀食器を小悪魔に返す。彼女はそれを制服のポケットにしまうと、「冗談ですよ」と軽く流し今度こそ魔導書っぽい書物を広げた。

「ウォーミングアップはここまでにしまして。そうですね、軽度の身体強化魔法でもやってみますか?」

「俺は構わんが、弾幕みたいなやつの方が目に見えて分かりやすいんじゃないか?」

「魔力を放出する類は消耗量が大きいですし、結構難しいんです。上級魔法ともなれば術式が複数組み合わさるので、その構成はさらに複雑になります。一方で身体強化であれば、少量の魔力を体内に維持するだけでも本人が変化を感じ取れるくらいの効果は期待できます」

「おお、一気にマジになったな。大したもんだ」

「これでもパチュリー様の秘書をしていますからね!」

 エッヘンと自慢げに胸を張る小悪魔がどこか可愛らしい。個人的には火とか雷とか、いかにも魔法出してます感が出ているのを試してみたかったのだが仕方あるまい。そもそも自分が魔法使えるかもしれないというのが、いまだに実感が湧かない。

 気が付けば小悪魔が白のチョークで床に魔法陣を描いていた。人ひとりなら余裕で入りそうなサイズの円の内側に五芒星。ところどころに文字らしきものを書き加えている。英霊召喚でも始まりそうな感じだ。問おう、貴方が私のマスターか。

 俺が見ている間に準備が整ったらしく、小悪魔が床から立ち上がった。

「お待たせしました。この円の中心に立ってください」

「この魔法陣は?」

「魔法の効果が上がるようにするための補助です」

「そーなのかー」

 リトルデビルに指示された通り、五芒星のど真ん中に移動する。それだけでも何となく魔術師になった気分になって楽しい。あれ、魔法使いと魔術師って別物だっけ?

 俺がふと湧いた疑問に気を取られているうちに、小悪魔が本のページをパラパラとめくり、あるところで止めた。

「では、私がこれから言う呪文を復唱してください。上手くいけばそれで発動するはずですから」

「ああ、わかった」

 俺が頷いたのを確認し、小悪魔が魔導書に書かれている内容の朗読を始める。幸いなことに、とんでもない早口とか再現不可な発音はなく、見様見マネもとい聞きマネで彼女の言葉を後追いできた。ついでにいうと詠唱する小悪魔の声が綺麗で、まるで歌を聞いているみたいだった。うっかり聞き惚れてしまうところであった。

 やがて全ての内容を言い終え、小悪魔は本を閉じて一息ついた。書物を近くの小机に置き、俺の方を向く。

「これで完了です。どうですか? 体に何か変化は感じられますか?」

「せやなぁ、何となく体が軽くなったようなー、感覚が鋭くなったような―?」

 ぶっちゃけると特に変わった様子はない。イメージとしては髪が逆立った金髪になる超戦士だったのだが。いやまぁ、ド素人がお試しでやる魔法でそれは無理か。というかアレは魔法じゃない、気だ。

 成功したのか自分でも分からず困惑していると、小悪魔が何かを思いついた様子で、キランッと目を輝かせた。「ちょっと待っててください」と短く告げ、パタパタとどこかに行ってしまう。数分後、多種多様なアイテムを両手いっぱいに抱えてホクホク顔で戻ってきた。それらをバラバラと床の上に撒く。

 スリッパ、ハエ叩き、ピコピコハンマー、ハリセン、モップ、百科事典……エトセトラetc。

 並べられた品々を見て何となく嫌な予感がした。それは見事正解し、リトルデビルは楽しそうに言った。

「身体強度を検証してみましょう。私がこれらで叩きますから、一つ試すごとに詠唱からやり直しますよ」

「いやいやいや、強化しなくても痛くなさそうな物もあるんですが。っていうか魔法もやり直すのか?」

「いきなり武器で殴ってもし殺しちゃったら私が殺人犯になるじゃないですか。こういうのは一番下から段階を踏むのが安全なんです。あ、別に私が面白がってるわけじゃないんですよ? それと、いくら補助魔法がついているといってもここまで簡略化した方法じゃ効果なんて一瞬で切れちゃいますよ」

「大変よくわかりましたぜ。ですが、何だか凄まじいほどにヤル気が感じられますぞ、ティーチャー」

「いつもパチュリー様から教わってばかりで誰かに教える側なんて滅多にないですからね! さあ、先生が認めるまで終われませんよー!」

 こうして使い魔の魔法教室は「呪文を唱えた後、物理で試す」という体育会系まっしぐらな科目と化したのであった。もう魔法の練習なのかMの調教なのか分からんね。

 

 

 あれから結構な時間が経過し……

 俺達が居る場所を中心に使われた実験道具が散乱している。柄が折れて「く」の字に曲がったモップを両手に持ち、臨時講師の小悪魔先生はやけに爽やかな笑顔でバッサリと無慈悲な結論を下した。

「うん、ビミョーですね!」

「清々しいほどにハッキリ言ってくれるな……」

 俺の方はと言えば心身ともにボロボロです。何度も頭どつかれてタンコブが三兄弟しているかもしれない。悲しきかな、成果はまるで得られなかったにもかかわらず、代償はキッチリ持っていかれたようで、さっきから妙に体が重い。体中のエネルギーを使った気分だ。空打ち繰り返してMP尽きるってどういうことよ。

 マラソン完走した後のような疲労感にすぐに立ち上がることができず、床に座り込んでしまう。俺のグロッキーっぷりを見兼ねた小悪魔が魔法陣を消しながら気遣いの言葉をかけてくれた。

「あとは私が片付けておきますから、優斗さんは休んでいた方がいいですよ」

「……そうだな。すまんがそうさせてもらう。それとサンキュな、わりと面白かったぜ」

「いえいえ、こちらこそ」

 彼女の厚意をありがたく受け取り、俺は近くにあった椅子を求めてノロノロと足を引きずる。辿り着いた座席に腰を下ろした瞬間、ドッと体の重みが増して机に突っ伏してしまった。

「あー……慣れないことは、するもんじゃない、な……」

 そのまま次第に瞼が下がる。重度の眠気に勝てるはずもなく、俺は眠りの底に落ちていった。

 

 

「あら?」

 何冊か参考にしていた図書を戻し、新しい資料を求めて館内を歩いていると、アリスはとある光景に目にして足を止めた。

 それは、盛大に机に突っ伏して爆睡している同居人の姿だった。彼が小悪魔と魔法の練習をしていたことなど、もちろん彼女が知る由もない。アリスは優斗が座る席に歩み寄り、机の上に本を置くと彼の隣にある椅子に座った。彼女が傍に来ても、同居人は一向に起きる気配がない。

「もう、よく寝ちゃって」

 腕を組んでその上に顔を伏せているため表情はよく見えないが、よほど眠気が溜まっていたようだ。聞こえてくる規則正しい寝息が安眠を表していた。アリスは頬杖をついて、優斗の寝顔をじっと見つめる。いつの間にか、彼女は自分でも気づかないうちに頬が緩んでいた。

 しばらく寝顔を観察していたアリスだったが、そのうちちょっとした悪戯心が芽生えた。自分の手を彼の顔に近付け、人差し指で彼の頬をツンツンとつついてみる。深い眠りに落ちている青年はその程度で起きることはない。だけど、リアクションはあった。

「んぐぅ……んごごっ」

「ふふっ、変な寝言」

 きちんと反応があったことの可笑しさと嬉しさに、楽しげな笑みがこぼれる。胸の内が温かくなるような、安心感にも似た気持ちに満たされていく。優斗の隣にいる心地良さに、アリスの心がトクンッと跳ねた。ほんの少しだけ、顔が熱くなってきたのは多分気のせい。

 照れ臭くなってきてアリスは彼の頬をつつくのを止めた。かわりに彼の頭をそっと撫で始める。本人も特殊だと言っていた固めの髪質が手のひらに伝わり、くすぐったさを感じる。

 優斗の頭に乗せた手をゆっくり動かしつつ、彼女は慈しむような表情と共に誰にも聞こえないくらいの小さな声で囁いた。

「おやすみなさい、優斗」

 

 

 その後、アリスは引き続き読んだ資料を戻して回っていると、ちょうどパチュリーがいる場所まで来た。向こうも休憩しているところだったようで、椅子に座ったままこちらを向き、声をかけてきた。

「成果は順調? アリス」

「ええ、有意義な時間だったわ」

「そう、それならよかったわ。もっとも――」

 パチュリーはそこで言葉を区切ると再びアリスに背を向けた。「?」と疑問が顔に出ているアリスにも聞こえるように、されどボソッと図書館の魔女は言葉を紡いだ。

 

「本よりも誰かさんの寝顔に夢中だったみたいだけどね」

 

「ふぇえええ!? みっ、見てたの!?」

 瞬間、まるで火がつく勢いでアリスの顔がボッと真っ赤に染まる。思わず素っ頓狂な声を上げてしまうほどに、見事な動揺の仕方だった。

 人形遣いの慌てふためき具合など気にも留めず、パチュリーは大して興味なさそうに落ち着いて答えを返す。

「私は偶々よ。だけど、これだけ広い空間で誰も見ていないと思ったのかしら?」

 その言葉を聞くや否や、弾かれたようにアリスがハッと振り返る。彼女の視線の先には、いつから来ていたのか三人の少女の姿があった。三人とも笑顔なのだが、その意味合いがあまりにも違い過ぎていた。レミリアはニヤニヤと意地悪い笑みを、咲夜はやたら温かい笑みを、そして美鈴は明後日の方に視線を逸らしながら乾いた笑みを浮かべていた。さらに別の方向からは、

「ユウの頭チクチクしてたよ」

「アリスさんのマネしちゃったんですか?」

 仲良く手を繋ぎながらこちらに戻ってくる二人の悪魔が見えた。会話の内容から何かもう色々と明白だった。

「~~~~~~っ!!」

 紅魔館のメインキャスト全員に先ほどの光景を目撃されていたことを理解し、アリスは羞恥のあまり言葉も出ない。頑張って口を開いても「あ……」とか「うぅ~」しか出てこなかった。皆の微笑みに見守られている状況の中、紅潮した彼女の耳にその声が届いた。

「ふぁ~あ。ダメだこりゃ。まだ体がだるい……」

 

 

 いまいち覚醒し切らない頭を掻きつつ、欠伸もしながらアリスを探して闊歩していると何やら賑やかな声が聞こえてきた。声がした方に足を進めると、なぜか皆さん勢揃いの状況が出来上がっていた。よく分からんがアリスを囲むように紅魔館の住人がそれぞれ位置している。というか皆さんやけにイイ笑顔してますな。あとアリスが顔赤くしてテンパっていた。

 俺はアリスのもとまで近付き、特に警戒することもなく呼びかけた。

「おーい、どしたん? アリス、何かあったのか?」

「なっ、何でもないわよ! バカバカバカァーーーーッ!!」

「おぉおおお!? ちょっ、待っ、タンマ! 強化魔法はもう切れているからぁあああ!!」

 赤面した人形遣いが振り向き際に分厚い魔導書でフルスイングを放ち、俺の顔面にクリーンヒットする。さらに錯乱したように何度も振りおろし、無限コンボが止まらない。美鈴が慌てて止めに入らなかったら、フルコンボだドンとか聞こえてきたかもしれなかった。

 

 

 そして、無事とは言い難いものの、かろうじて帰宅したその日の晩。

 体力がすっからかんではあるが外でタバコを吸いたい気分になった俺は、森の夜風に当たりながら紫煙を燻らしていた。腰を下ろしている岩のひんやりとした冷たさがズボン越しに伝わってくる。

 ほぅ、と吐き出した煙で輪を作る。歪な形だが一応輪にはなっていた。しかし、それも少しの風が吹けばいとも容易く霧散してしまう。

「今日は……っていうか昨日からか。色々あってさすがに疲れたな……」

 まさか魔法を練習することになるとは思わなかった。結局、外来人で一般人の俺では魔法なんてファンタジーな力は扱えなかったけど。誠に遺憾である。でも早苗は外来人だけど能力あるよな。俺も魔法は無理でも能力は出たりしないだろうか。

 色々と考えてはみたが、結局のところ答えは以前と変わらなかった。

「まぁ、いいか。どっちにしたっていつも通りだろうな」

 一人まとめに入り、再び輪を描いた煙を吐く。先ほどよりは形も整っていたし長続きした。それに満足したところで灰皿に吸殻をねじ込み、俺はだるい体をかろうじて上げて帰宅の道を歩き出した。今日のところはさっさと寝よう。

 ああ、それと……魔法も能力もないなりにも――

 

 願わくば、ちょっとくらいはカッコつけた生き様を残せますように。

 

 

つづく

 




前回の投稿時に、この小説が日間ランキング入りしていたり、400名近くの方々がお気に入り登録をしてくださったりと、感謝感激なことがありました。

この場を借りまして……皆様、本当にありがとうございます!
今後とも、「東方人形誌」をよろしくお願いします!


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第三十三話 「風邪ひいたった」

ハーメルンンンン! 俺の最期の投稿だぜ! 受け取ってくれぇええ!!

どうも、サイドカーでございます。
先ほどのセリフは誤解を招くのであとがきで詳細を……

今回は、以前に感想でリクエストもいただいた内容でございます。
人気キャラランキングの結果に若干影響されていたりと、やや路線変更したところもありますが、本筋は変わっておりませぬ。
というわけで、今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「ぶぇえええっくしょいやぁッ! あ゛ぁ~……」

 夢心地の朝一番に盛大なくしゃみをブッ放し、間抜けな声と共にズズッと鼻をすすった。圧し掛かるような気怠さが全身を襲い、どうにも体に力が入らない。さらに熱っぽさの追い打ちもあって頭がボーッとする。完璧なまでに風邪です本当にありがとうございました。起床するなりこの有様である。昨日の魔力切れ(そもそも俺に魔力があったのかも定かではないが)の後にさっさと休もうとせず、呑気に外でタバコふかしていたのが良くなかったらしい。「少しはカッコつけた生き方を~」とか考えた次の日にコレかい。カッコ悪いことこの上ない。誠に遺憾である。

しかし、ここでダウンしてはアリスに心配かけてしまう。居候である手前それはよろしくない。それ以前に一匹の男として、情けないザマを晒すのは俺の主義に反する。病は気から、風邪など気合でブッ飛ばしてやる。

 俺は腰かけていた自室のベッドから立ち上がるべく、気合一発とばかりにバンッと両膝を叩いた。

 

「うぉおおお! 立ち上がれ俺のマイソウルッ!!」

「寝てなさいッ!!」

「あぶぅっ!?」

 

 ほぼ同時にアリスの手刀が脳天に炸裂し、俺はマットもといベッドに再び沈んだ。しばらくして、不調の体をもぞもぞと起こし何とか立ち上がると、アリスがちょっと不機嫌そうな顔で睨むように俺を見ていた。

 俺が何か言おうとするよりも早く、アリスが口を開く。

「大きなくしゃみが聞こえたから来てみれば、やっぱり風邪ひいてるじゃない」

「あー、いや……ちゃうねん、誰かが俺の噂してるんよ。今日も俺は元気さ、今なら元気玉も出せそうだ」

 疑惑の視線を向けてくるアリスにウソの健康アピールをするため、身振り手振りを交えて空元気を維持する。だが、聡明な彼女には見え透いた芝居だった。第一、熱がある時点で顔に出ているだろう。ついでに言えば息も荒いし、動きがぎこちなかった自覚もある。ダメだこりゃ。

 アリスは溜息を一つ吐くと、青く澄んだ瞳で俺をジッと見つめる。無言の圧力に押さえつけられ、とても逆らえそうにない。白旗を上げる以外に選択肢はなかった。

「優斗」

「うぃ、おっしゃる通り風邪ひいちゃいました。今日は大人しく寝るであります」

「ええ、よろしい」

 根負けして降参する俺を見て、アリスは腰に手を当てて大きく頷いた。満足げな笑みが可愛い。とはいえ、せめてもの抵抗としてもう一度だけ交渉を試みる。

「本当に大丈夫なんだが……」

「だーめ。大人しく言うこと聞きなさい。ちゃんと治るまで私が看病してあげるから、ね?」

「マジすか」

 これはもう今日は安静にするよりほかはなさそうだ。まぁ、このくらいならわざわざ永琳先生のところに行くほどでもないだろう。それに、アリスが看てくれると言っているのだ。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 

 

「はい、タオル乗せるから動かないでね」

「ああ」

 アリスは桶に入った冷水に浸していた布を絞り、丁寧に畳むと俺の額の上にそっと置いた。瞬間、心地よい冷たさが額を中心に広がり熱が緩和される。その後、アリスは近くにあった椅子をベッドの前まで引き寄せて腰を下ろした。

「ゲホッ……ゴメンな、手間かけさせて」

「いいの。私がやりたかったからやっているだけ」

「じゃあしばらくは風邪ひいてようかね」

「もう、バカ言わないの」

 どこか楽しそうにクスクスと笑うアリスの可愛らしさに癒される。鼻歌交じりにタオルを取り換えてくれる様子から、実際に楽しんでいることがうかがえる。母性本能がくすぐられているってやつかしら。

 時折、水の音だけが静かに聞こえる安息の時間がゆったりと流れる。ふいにアリスが壁掛け時計を見上げた。

「もうすぐお昼ね。食欲はある?」

「せやな、言われてみれば確かに腹は減ったかも」

「そう? それならお粥を作るから、ちょっと待っててね。あ、言っておくけど大人しくしていなかったら怒るわよ」

「イエス、マム」

 

 アリスがキッチンに向かってから十数分後。

彼女はお盆に食事と薬を載せて戻ってきた。俺はぬるくなったタオルを洗面器に入れ、彼女がトレーを置けるように卓上のそれを少しずらした。空いたスペースに置かれたお粥は、まさに出来立てと言わんばかりのつやのある光沢を放っていた。ホカホカと立ち上る湯気から漂う匂いが食欲を誘う。

「おお、美味そうだな。さすがアリスだ」

「これくらいで大げさなんだから。でも、ありがと」

 アリスは再び椅子に腰かけると、お粥で満たされた深皿とスプーンを手に取った。そして、一口分すくうと、

 

「ふぅー、ふぅー。はい、ぁ……あーん」

 

「あーん」

 差し出された匙を口に含み、中身を舌の上に滑らせて味を堪能する。米の他に卵の味がするところ、卵粥のようだ。卵は栄養価の高い食材というし、ベストな病人食といえる。こういうところでもアリスの優しさが表れていた。善き哉、善き哉。

「って『あーん』ですとぉおおおおゲホゴホガホグホッ!?」

「きゃあ!? ちょっと大丈夫!?」

 いきなり物凄い勢いでむせた俺にアリスは驚いたが、すぐに水の入ったコップを手渡してくれた。コップを受け取り一気に喉の奥に流し込む。心配そうにする彼女を片手で制しつつ、やっとこさ呼吸を整える。あやうく炎の臭い染みついてしまうところだった。

 そんなことよりも今のミラクルについて確認せねば。普通に条件反射しちゃったけど想像を超えたとんでもない奇跡が起きたで。

「ア、アリス? 一体何を?」

「えっと、その、熱いと食べにくいかなって……イヤだった?」

「滅相もない。むしろもう一回お願いしたい」

「う、うん……わかった」

 ほんのり頬を赤く染めているあたり、アリスも恥ずかしかったのだろう。それでも俺のワンモアプリーズに応えてくれた。いやまぁ、俺も少しばかりハズいのだが、思わず口走ってしまったのだ。体は正直ね。

 さっきと同じようにアリスがお粥をすくうと、ふぅふぅと吐息をかけて冷ます。そして、それを俺の口元まで持ってきて、

「はい、優斗……ぁ、あーん」

「あーん。むぐむぐ」

「味のほうはどうかしら? おいしい?」

「もちろん。最高にハイってやつだ」

「えへへ、よかった」

 美味しいというか幸せです。俺の返事を聞いて、アリスは安堵したように微笑んだ。照れ笑いにも似たその表情が魅力的で、風邪ひいてよかったかもと少しだけ思った俺は悪くないはず。ちなみに食後に飲んだ風邪薬の瓶を見たら、案の定「八意製薬」と書いてあった。ありがとう、いい薬です。

 

 凄腕ドクターお手製の特効薬と、心優しい天使の看病と手作り粥のおかげか、最初の頃と比べてかなり楽になった。少なくとも熱は引いたような。

 というわけで、少しでもアリスの負担を減らすべく、俺は懲りずに復活を申し出た。

「熱もかなり下がったし、これもう治ったといえるんじゃないか?」

「本当に? どれどれ」

 俺の発言に、アリスは椅子から身を乗り出しベッドに手をつく。すぐ目の前にアリスの端整な顔が近づいてきたかと思うと、彼女は俺の額に自らのおでこをピタッと重ねた。触れ合った箇所から彼女の体温が伝わってくる。

「う~ん……まだ熱いじゃないの。駄目よ、寝てなきゃ」

「あー、なんだ。この状況じゃ熱も上がるというか何というか」

「え……?」

 彼女は俺が言っていることにはじめは戸惑った顔をしていたが、自分たちの現在の状況を理解したようだ。お互いの顔がゼロ距離レベルで接近しているこのポーズに。

 数秒とかからずに、アリスはその碧眼を大きく見開き、白い肌がボッと真っ赤に茹で上がった。

「~~~~~~ッ!!」

 彼女は声にならない声を上げながら、跳び退く速さで俺から身を離した。傍から見れば二人揃って顔が赤くなっていることだろう。あ、あれだ。もしかしてアリスに風邪が感染してしまったのかなぁ~。そんで俺の方は熱がぶり返してしまったんだろうなぁ~。きっとそうだ、そうに違いない。間違いない。

 

『……………』

 

 目が合わせられない二人の沈黙が続く。悶絶しそうな雰囲気が部屋を包む中、ハッとしたようにアリスが赤みを帯びた顔を上げた。

「みっ、水替えてくるわね!」

 早口で捲し立てるなり、アリスはすぐ脇にあった桶を抱えて部屋を飛び出していった。一人取り残された俺は、まだ残る熱っぽさと頬が若干ニヤけていることを自覚しつつ、ボフッと寝床に身を沈めた。

「やべ……幸せすぎて死ぬかも」

 呟いた直後に「ふわぁ……」と欠伸が出た。眠気に身を委ね、俺はそっと瞼を閉じた。

 

 

 懐かしい光景を見た。光景というより、スライドショーを見ているといった方が近いかもしれない。場面の繋ぎ方がえらく雑なのは、これが夢だからか。再生されているのは『外』での日々。もっとも、高校時代から始まっているあたり、わりと最近の内容なのだが。え、というかコレまさか走馬灯じゃないよな? そんな俺の不要な心配を余所に景色は時系列を進む。

 かつて通っていた母校。いつも通った商店街の賑やかな大通り。便利な近道なのだが夜は危険と噂された路地裏。これまでの人生の大半を過ごした実家。優秀すぎる兄と、それを自慢げに誇る両親。新しい根城となったアパートの一室。新しい舞台となった大学。何かある度によくつるんだ二人の友人。そういえば、俺が向こうを発つ最後の日も、あいつらと飲んだっけ。元気にしているだろうか。

 そして、そのあとに俺は彼女と出会ったんだ――

 

 

「ん……」

 自然に目が覚めた。どのくらい寝ていたのだろう。あまり覚えていないが、何とも言えない気分になる夢を見ていた感覚だけが、頭の片隅にぼんやりと残っている。悪夢でも予知夢でもないだろうし、別に気にすることはないか。

周囲を見渡すがアリスの姿はなかった。俺が寝ているのを見て、起こさないように気を使ってくれたのかもしれない。とはいえ、アリスはいなかったが誰もいないわけではなかった。

「シャンハーイ」

「見ててくれたのか」

 アリスの代わりに椅子に座っていたのは、セリフからご察しの通り上海人形だった。

俺が起きたのを確認すると、上海は俺の目線の高さまで浮き上がり、何かをアピールするかのごとくクルクルと回り始めた。

「何かして欲しいことないかってか?」

「シャンハーイ」

 当たりらしい。上海は回転を止めてコクコクと頷いた。面倒見の良い主に影響されたのか、それとも相手が寝ていたせいで退屈だったのか。自分の出番を待ちわびている様子が少し微笑ましかった。ふむ、そうだな。それじゃ……

「タバコ持ってきてくれないか?」

「バカジャネーノ」

「辛辣な返しだな」

「当たり前でしょ」

 俺と上海の会話に第三者の呆れた物言いが加わる。声がした方を向くと、ちょうどアリスが部屋に入ってくるところだった。ナイスタイミング。

「飴で我慢しなさい。上海、持ってきてくれるかしら?」

 アリスの指示を受け、上海は「シャンハーイ」と返事をするとふよふよと宙を漂いながら退室していった。それを見送り、アリスは「それで」と前置きしてこちらに向き直った。

「具合はどう?」

「ああ、ぐっすり寝たおかげか本格的に良くなった。もちろんアリスが看病してくれたのが一番だけど。サンキュな」

「うふふ、どういたしまして」

「ところで、なして上海が代理してたん?」

「さっきまで魔理沙が来ていたから、代わりに看ているように頼んだの。寝てるならお見舞いは次の機会にするって言っていたわ」

「魔理沙が来てたのか。相変わらず仲がよろしいことで」

「ええ、当然よ。魔理沙もそうだし霊夢も私の大事な親友だもの。あ、そうだ。ねぇ、優斗の話聞かせて?」

「俺の?」

「だって、優斗が向こうでどんな生活していたのか知らないから。聞きたいな」

 アリスから期待の籠った眼差しを向けられる。何だか絵本の読み聞かせを期待しているときのフランみたいだ。そんな風に言われたら断るわけにもいかない。それに、調子が良くなってきたのに寝てばかりじゃ退屈だ。話し相手がいるのはこちらとしても願ったりです。

「シャンハーイ」

「お、戻ってきたか」

「お疲れ様、上海」

 これまたグッドタイミングなことに、上海が飴玉が詰まった小瓶を持って戻ってきた。

容器を受け取り、一粒選び口に含む。ほどよい甘味と酸味を味わいつつ、何について話すか考える。よし、決めた。

「OK。んじゃ、まずは大学でよくつるんだ二人の友人の話から始めようか」

「私にとっての霊夢と魔理沙みたいなものかしら?」

「そうかもな。やたらカッコつけなヤツとえらく素朴なヤツでさ。出会ったのが――」

 

 そんなこんなで、俺はアリスと上海に幻想郷に来る前にあった出来事を聞かせた。

 ありふれたしょうもない日常の一コマを、アリスは途中相槌を交えて興味津々に聞いてくれた。彼女を楽しませたくて俺も色々なことを話した。もっとも、幻想郷に来てアリスと一緒に過ごし始めてからの方が何倍も充実している、みたいなことを言ったら「バカ……」と目を逸らされてしまったが。早く治して、また彼女と出かけたくて仕方ないね。

 

 

 

翌朝。

「ふぁ~あ。お、風邪治ってる。一日で治るもんなんだな」

 スッキリした実に清々しい朝を迎える。脳に靄がかかった不快感は霧散し、体力も回復している。本当、アリスには感謝だな。気分も良いし、今日は何だかいいことが起きそうな予感。新しい一日の始まりだ。

 ベッドから身を起こそうとした時、俺はようやくその違和感に気付いた。

「なんだ? 体が重……くはないけど」

 体調は順調に快調なはずなのだが、なぜか軽く力を入れた程度では体が動かなかった。腹部のあたりに感じる、布団以外の物体が乗っかっているかのような重み。何事かと首だけを動かし原因を確認する。それを見た瞬間、俺は驚きを通り越して思考が止まった。

 肩ほどまでの長さに伸ばされた、緑色というかは瑠璃色に近い髪。大きめの袖口にフリルがあしらわれた黄色の洋服と若草色のスカート。なにより特徴的なのが、閉じた目を彷彿とさせる外観の球体とそれに繋がっている細長い管のようなもの。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 俺の上に覆いかぶさっていたのは、可愛らしい寝顔で安眠する幼い少女の姿であった。

「……え゛」

 この子、誰?

 

 

つづく

 




4ヶ月前に修理に出したPCがまた壊れました。
なので、今後更新が滞るやもしれません。

前書きのは「俺の(今のPCからの)最期の投稿だぜ!」というわけですね。

新たな(PCからの投稿よる)物語が始まる予感がしますぜ。


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第三十四話 「サトリ様が見てる」

復活ッ! 何か知らんけどPC復活ッ!

またまたご無沙汰しております。サイドカーでございます。
気が付けば、相棒が少し調子を取り戻していました。「ネカフェがあるではないか。書け」という天のお告げに従った矢先のことでございました。

何はともあれ、今回もごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。


 あ、ありのままに起こったことを話すぜ。風邪が治ったと思ったら見知らぬ少女が俺の上で寝ていた。何を言っているのか分からねぇと思うが俺にも状況がさっぱり分からねぇ。お持ち帰りだとか隠し子だとか、そんなものじゃ断じてない。

 とりあえず、今言えることはただ一つ。

「う、動けん……!」

 件の少女がちょうど腹の位置に覆いかぶさっているせいで、下手に上体を起こすことも危ぶまれる。ベッドから落っこちるかもしれないから。しかしながら、となりの灰色UMAとその上に落ちた五月姉妹の小さい方みたいな構図である。念のため誤解がないように言っておくけど、俺はロリコンやないで。

 誰にというわけでもなく言い訳していると、部屋の入り口からコンコンとノックする音がした。

「優斗、起きてる? 入ってもいい?」

「らっ、らめぇ!」

 自分でもビックリするくらい気色悪い声が出た。いかん、動揺しすぎだ。扉の向こうでアリスが怪訝そうな顔をしているのが容易に想像できる。っていうか、彼女にどうにかしてもらえばいいじゃん。別にやましいことは何もないんだし。

 そんなわけで、俺は人形遣いに救援信号を送ることにした。

「アリスぅ、座敷童に憑りつかれて金縛りにあっているんだが。助けてくれぇー」

「いきなり何を言い出すのよ……入るからね?」

 呆れの反応とともにアリスがドアを開ける。部屋に入ってすぐに、彼女は俺と座敷童(仮)の姿を見て、頭痛に苛まれたみたいな感じで眉間に手を当ててしまった。目の前の光景に、彼女も理解が追い付いていないようだ。

「どうして地底の妖怪が優斗の上で眠っているのよ……」

「地底の妖怪? この童は座敷童じゃないのか?」

「全然違うわよ。とりあえず……ほら、起きて」

 そう言ってアリスは少女の肩を優しく揺する。「んぅ……」という可愛らしい声が聞こえ、やがて眠気眼をこすりながら少女が目を覚ました。

「おはよぅー……」

「ええ、おはよう。早速だけどベッドから降りてくれる? 下の人が起きられなくて困っているから」

「はーい」

 アリスに起こされ、女の子は見た目相応な子供らしい素直さで返事をする。この子が誰なのか、どこから来たのか、いつから俺の部屋にいたのかなどなど聞きたいことは山ほどあるものの、やっと動けるようになって一安心だ。さてさて、ちゃちゃっと着替えて事情聴取といきますかね。

 

 

「私はこいし。古明地こいしだよ。よろしくね、お兄ちゃん!」

「ん、古明地とな? もしかして、地霊殿とやらの古明地姉妹か?」

「私とお姉ちゃんのこと知ってるの?」

「前に地底に行ったことがあってな。そのときに知り合いから話しだけ聞いたんだ」

「へー、そーなんだー」

 向かい合って座っている少女、古明地こいしはニコニコと楽しそうな笑みを浮かべている。この子が、ヤマちゃんが言っていた姉妹の片方か。読心術を持つのは姉の方だっけ。心を読む妖怪といえば、やはりサトリだろう。本人が言うには、少女の胸元に位置する球体は「第三の目」であり、これを通して相手の心を読むという。ただし、こいしのそれは見ての通り閉じているため、彼女は心を読むことができないそうな。第三の目を閉じたということは、彼女自身もまた心を閉ざしたということ。ゆえに、こいしは姉とは正反対の能力すなわち「無意識を操る程度の能力」を持った、ということらしい。

 見た目の幼い女の子がそうなってしまうほどの出来事があったのかと思うと、やるせない気分だ。ただ、今はこうして笑うことができるのなら、俺がとやかく言うのはお門違いってものだろう。

 というか、俺が知りたいのは過去話ではなく現状ですたい。

「して、どうしてこの家に来たん?」

「んー、どうしてかな? 私にもわかんないよ。何となく来ちゃった」

「これも無意識のうちにってところかしらね。こいしは能力の影響で、考えて行動するというよりは無意識で行動したり、彼女自身が周りから認識され難かったりするのよ」

「なるほどなぁ。にしても詳しいな、アリス?」

「多少はね。面識はあるもの」

 本人に代わってアリスが説明する。相槌を打ちつつ視線をずらすと、さっきまで大人しく座っていたこいしは、今度はリビングをウロウロと歩き回っていた。なんだろう、こいしの事情を知ってから気になってしまう。いや、ロリコンじゃないぞ。もう一度言うけど。

 わだかまりが残ってどうにもスッキリしない気分だ。だが、それはひとまず置いておくとしよう。俺は窓の外をじーっと見ている少女に質問を投げた。

「今朝から俺の部屋にいたってことは、もしや昨日から来ていたのか?」

「うん、そうだよ。お兄ちゃんがアリスに色々してもらっているのもずっと見てたんだよ?」

「おぉう、マジでか。スネークもたまげるステルス迷彩じゃけえ。って、そんなことより――」

「おうどんたべたい?」

「確かに……じゃなくて、姉ちゃんに何も言わずに一泊したのか。そりゃいかんな、心配しているだろう。また遊びに来てもいいから、一旦帰った方が良いぞ」

「じゃあ帰ろうかな。あ! それならさ、お兄ちゃんたちも行こうよ! きっとお姉ちゃんも歓迎してくれるわ!」

 名案を思い付いたと言わんばかりに、こいしが俺の上着の袖をグイグイと引っ張ってねだる。心を閉ざしたとは思えないほどの明るさだ。さっきからどうもこの子のことが放っておけないんだよな。

「ああ」

少女に腕を引かれ立ち上がりつつ、ふと謎が解けた。合点がいったとでも言うべきか。そうだ、俺とこの子は似ているんだ。気分というかノリで行動するところとか、あてもなくフラフラと流れるようにどこかへ行くところが。だから、他人事に思えなくてお節介なほどに気にかけてしまうのだ。

 こいしをぶら下げたまま、俺はアリスにも聞いてみた。

「アリスはどうする?」

「もちろん、一緒に行くわ。それに、優斗は飛べないんだから自力で行けないでしょ」

「言われてみればごもっとも。これにて話はまとまった。こいし、俺達も行くぞ」

「わーい!」

 こいしは両手を高く掲げ、大阪の某看板みたいなポーズで喜びを表す。そのまま彼女はパタパタと腕を上下に振りながら玄関まで走って行った。「お兄ちゃーん、はやくー」と催促の声が外から聞こえてくる。

 俺とアリスは顔を見合わせて、可笑しさに思わず吹き出してしまった。

「ずいぶん懐かれちゃったわね、『お兄ちゃん』? ルーミアのときもそうだったけど、優斗って子供に好かれやすいのかも」

「そりゃお互い様じゃないか? アリスだってフランのお気に入りっしょ。アリスなら良いお姉ちゃんになると思うね」

「うふふ、それもいいわね」

 二人で茶化し合いながら玄関に向かう。外に出ると、無意識少女の姿はどこにもなかった。

「こいしいねぇ!?」

 

 

「それで、探し回っていたらここに居たと」

「その通りでございます。いやはや、はぐれないように手でも繋いでおくべきっした」

 古明地妹を発見したのは、魔法の森の入り口にある何でもござれな道具屋、香霖堂だった。店主の森近霖之助さんに経緯を説明し、何気なく自分が言ったことを想像してみる。グリコポーズのこいしの右手を俺が、左手をアリスが握って歩く……何か、昔そういう絵か写真があった気がする。エイリアン捕獲みたいなやつ。

 ちなみに、いきなり姿を消した娘は現在、店に置いてあったマジックハンドが気に入ったらしく、「びょーん、びょーん」と口で効果音を再現して遊んでいた。アリスが傍にいるから、今度は失踪の心配はあるまい。

 二人の少女を見守りつつ、男二人のトークを再開する。

「ところで、君達はこれから先を急ぐのかい?」

「そこまで急ぎではないっすけど、あの子の姉が心配のあまり倒れる前には送り届けたいってところです。何かありました?」

「ああいや、別に大したことじゃないんだが――」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 霖之助さんの台詞を遮ってこいしが割り込んでくる。その後ろで、アリスがちょっと困ったような苦笑で肩をすくめていた。こいしの両手がフリーになっているところを見ると、マジックハンドは飽きたのだろうか。

 黒い帽子を被った小さな頭に手を置き、「どうした?」と聞いてみる。

「私ね、お姉ちゃんにプレゼントがしたいの」

「大好きな姉に何かしたいって言うから、贈り物で気持ちを伝えたらどうかしらって勧めたんだけどね。この子お金持ってきてないのよ」

「あー、そういうことか」

 アリスがわかりやすく教えてくれたおかげで、すぐに内容を把握できた。本当に、古明地姉妹は聞いていた通りの仲好しシスターズのようだ。スカーレット姉妹もそうだが、幻想郷の姉妹愛は美しいぜ。今日も元気にキマシタワー。

 そんな俺達の会話を聞いていた霖之助さんが、「それなら」と一計を案じた。

「君もついてくるといい。先ほどの話の続きだけど、実はこれから仕入れに行くのを手伝ってほしくてね。優斗君には無縁塚まで同行願いたいんだ。もし、個人的に気に入ったものがあったら自分のものにしてくれて構わないよ。妹さんの方も、無料で贈り物が入手できる。何せ、売り物にする前の段階だからね」

「商売人らしからぬ考え方ね」

「香霖堂は利益よりも嗜好に重きを置く店だ。むしろ貴重な品は手放したくないくらいさ。急な仕事ですまないが、頼めるかい?」

「モチのロンっす。こいしのことまで気遣ってくれて、ありがたい限りっすよ」

 アリスの言葉をサラリと受け流す店主の提案を採用し、俺は臨時アルバイトも兼ねて少し寄り道することになった。さとり姉には申し訳ないが、妹の帰宅までもう少しだけ待ってもらうこととしよう。というか、気分屋がタッグを組んでいるのだから、まっすぐ向かう方が無理ってもんだ。

 

 

「さあ、そんなわけでやってまいりました無縁塚。ここは名前の通り縁者が居ない者どもの墓地でございます。その大半が外来人ということで、『外』の世界に結界が緩み始めているとも言われています。さらにさらに、墓地ということで冥界にも近いといわれ、何が起こってもおかしくない、まさに辺境! ミステリースポットなのです!」

「急にどうしたのよ、もう……」

「せっかくなんでバスツアーっぽくしてみた。この方が雰囲気出ていいじゃん?」

「えへへ。私は楽しいよ、お兄ちゃん」

 何をやっているかといえば、調達品を運搬するための台車(箱型の荷台に二輪がついていて、人力で引っ張るやつ)にアリスとこいしを乗せて、タクシー代わりに俺が運転していたのである。先導する霖之助さんが「楽でいいねぇ」と手ぶらで移動できることに満足していた。

 デュラハン号二世(今名付けた)から二人が降りたのを確認してから、辿り着いた場所を見渡す。小さな道を抜けた先にある行き止まり、木々に囲まれたそこまで広くはない空間だが、ざっと眺めただけでも所々に何かしら落ちている。加えて、どこか空気が不安定な感覚が体中にまとわりつく。今日は風が騒がしいな、とか言っちゃいそう。

「何か使えそうなものや売り物になりそうなものがあったら、どんどん荷台に積んでほしい。あと、珍しい品があったら教えてくれるかい? 非売品で店に置くから」

「了解っす。こいしも好きなもの持って行っていいぞ。ただし、このあと地底に行くんだから、あまり遠くに行くのはダメだからな。約束できるか?」

「うん、わかった。約束する」

 その後、「それじゃ、頼んだよ」という霖之助さんの一言を合図に、俺達はそれぞれ採取クエストに手掛けた。霖之助さんは手馴れているため一人で調達に行き、こいしもいつの間にか姿を消していた。もっとも、時々戻ってきては台車に拾ったものを入れているから、きちんと約束は守っている。あの子なりに俺の仕事を手伝ってくれているみたいだ。何を拾ってきたのかは気になるが。

 そんなこんなで今はアリスと二人で無縁塚を探索している。彼女は何かを考えているようで、俺の後ろを静かに歩いていた。しばしの沈黙かと思いきや、「ねぇ」と声をかけられた。続いて放たれた言葉に、俺は少しばかり意表を突かれることになる。

「こいしと自分を重ねているの?」

「バレていたのか。まぁ、似た者同士って程度で、そこまで大げさなものじゃない。何ていうか、あの子は俺と違って帰りを待っている家族がいるだろう? 余計なお世話かもしれんが、こいしにはそのことを覚えていてほしいのよ。勝手に俺の願いを押し付けたみたいで、大層迷惑な話だけどな。お、未開封のコーラが落ちてる」

「…………」

 偶然見つけた瓶を拾ってみると、昔懐かしの王冠キャップの類だった。そりゃ幻想入りするわな。栓抜きが必要だが、確か店にあったはずだ。賞味期限の数字がかすれて読めないが、未開封だし大丈夫だろう多分。

「ゆ、優斗」

「うん?」

 ふいに、どこか上ずった声でアリスが俺の名を呼んだ。振り返ると、彼女は視線を泳がせて、そわそわした様子で言葉を選んでいた。心なしか、頬が上気している。じっと続きを待っていると、やがてアリスは意を決したように口を開いた。

「えっとね、優斗にもいるのよ……? 優斗が帰ってきたら、『おかえりなさい』って言うのを楽しみにしている……そんな相手」

「え? それって――」

 次第に声が小さくなって途中から聞き取りにくかったが、とても大事なことを言われた気がする。

 詳しく聞こうと、アリスに近づいた時、

 

「お兄ちゃーん!!」

「キャァアアアア!?」

「カハァ……ッ!?」

 

 彗星のごとく現れた無意識系妹キャラに、アリスは黄色い声を上げながら掌による一撃を俺の鳩尾に叩き込んだ。世界を狙える突きが決まり、格ゲーなみに吹っ飛ぶ俺。それから間もなくして声の主が俺達のところまでやってきた。

 地面に伏してピクピクしている俺を、こいしは不可思議そうに見下ろした。

「何してるの?」

「なっ、なな、何でもないわよ!? そ、それよりもプレゼントは決まったのかしら!?」

「うん、これに決めたよ!」

 アリスのあからさまな話題逸らしが功をなし、こいしは手にしていたものを愛らしい笑顔とともに彼女に向ける。満足のいくプレゼントが見つかってよかったな。だけどね、倒れている人を放置するのは兄ちゃん感心せんよ。

 どうにか自己再生で復活して立ち上がり、彼女が姉への贈り物に選んだものを覗く。小さな手が大事そうに持っていたのは、なんとも女の子らしさが溢れる一品だった。

「こいつぁ珍しい、青いバラの花か」

「外の世界の花には枯れないものもあるって、お姉ちゃんから聞いたことがあるわ。これならずっとお姉ちゃんの部屋に飾っていられるでしょ?」

 花びらに軽く触れてみると、天然ものとは明らかに違う手触りだった。確かに造花なら枯れる心配は無用だ。もしかしたら、姉への想いが枯れてなくなることはないという、こいしからのメッセージが込められているのかもしれない。というのは、俺の深読みしすぎだろうか。

「どうかな? お姉ちゃん喜んでくれるかな?」

 可愛らしい妹の問いに、俺とアリスはアイコンタクトを交わす。そして、二人とも優しげな笑みでそれぞれの手をこいしの頭にそっと重ねた。

「いいセンスだ」

「さとりも大喜び間違いなしね」

 

 

それから、再び戻った香霖堂にて。

「お疲れ様、助かったよ。君達のおかげで今回は大漁だ。時間を取らせてしまって悪かったね」

「いやいや、そんなことはないっすよ。結果的にイイことばかりでしたし、俺達も助かりました」

 霖之助さんから労いの言葉とともに受け取ったコーラをグビグビと喉に流し込む。うむ、一仕事の後の一杯はしみるぜ。こいしも気に入ったらしく美味しそうに飲んでいる。一方で、アリスは炭酸が苦手なのか一口飲んで顔をしかめてしまった。

 黒い炭酸飲料でエネルギーを充電したところで、いよいよ出発の時が来た。

「君達なら心配はいらないと思うが、くれぐれも気を付けるんだよ」

「ういっす。それじゃ、行きますか!」

「ええ、そうしましょう」

「行こう、行こう!」

 霖之助さんに別れを告げ、いつぞやの大きな穴を目指して俺達は香霖堂を後にした。久しぶりに地底に行くことになって俺自身も楽しみだったりする。前回は怪我することがあったせいで温泉を逃したし、これを機に一風呂いくのも良いな。もちろん、例の古明地さとり氏がどんな相手かも気になるし、すでに知り合ったメンバーとも再会できるかもしれない。

 

 それに、地底といえばあの娘がいる。緑の瞳と金色の短髪が綺麗で、「妬ましい」と言いながらも世話を焼いてくれる、魅力的な女の子。彼女に再び会えると思うと、自然と足取りが軽くなった。そうそう、おにぎりのお礼も言わないと。メッチャ美味かったし。

 道中、アリスが不審なものを見る目を俺に向けていたのは、きっと気のせいだろう。

 

 

つづく




次回、東方人形誌
第三十五話 「トライアングラー ~君は誰と……?~」

とか久しぶりに次回予告っぽいことをしてみたり


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第三十五話 「トライアングラー ~君は誰と……?~」

暑中見舞い申し上げます。
冷たいものでも飲み食いしつつ、此度もごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。
サイドカー


「まさかこんな早くに再びここを訪れる日がくることはのぅ」

 野を越え山を登り、ようやく俺達は目的地へ繋がる入口までやってきた。そう、俺がかつて獣妖怪と激闘を繰り広げたあの場所だ。前回と同じく、崖っぷちギリギリまで近寄り、身を乗り出して下を覗き込む。相も変わらず底なし沼もビックリな暗闇が奥深くまで続いていた。今にして思えば、よくもまぁ飛び降りて無事だったもんだ。

 ふと、お約束なネタをやりたくなり、俺は後ろにいる二人に声をかけた。

「落ちたら危ないからな、押すなよ? 絶対に押すなよ?」

「押さないわよ」

「えい」

『あ』

 アリスが答えるのと、こいしが俺の背中を突き飛ばすタイミングが重なる。ついでに俺とアリスの声も重なった。

 足元の感触がなくなり血の気が引く感じが頭の先まで上ってくる。感覚がスローモーションになる中、体を半回転させて振り返れば、相撲でいうところの押し出しのポーズで「テヘペロッ☆」とばかりに笑顔満開なこいしと、口元に手を当てて息をのむアリスの姿があった。

 

 そして時は動き出し、俺は重力の井戸に引き込まれていった。

「おのれディケイドぉおおおおお!?」

 あっという間に旧地獄へ真っ逆さま。パラシュートもバンジー用のロープもない文字通りのスカイダイビングが始まった。冗談抜きで大ピンチです。キノコで強くなる配管工も、吸い込んでコピーするピンク色で丸いやつも一機失う。谷底とは昔からのキルゾーンなのだ。

「優斗!!」

 名前を呼ばれてハッと見上げると、アリスが必死に手を伸ばしながら俺に向かって急降下していた。こちらに差し出された手を掴むべく、俺もギリギリまで彼女の方へ片手を伸ばす。

 どこまでも落下していく中、俺達は互いの距離を縮めんとばかりに相手の名前を叫んだ。

「アリス! アリスーーー!!」

「優斗ーーーー!!」

 はたから見ると映画にありそうな場面である。ジブリとか、そのあたりで。

 二人の距離が徐々に縮まっていく。あと少しで俺とアリスの手が重なると思われた、まさにその時、

「グェッ!?」

 突然何かが俺の首根っこをガシッと掴み、ボッシュートが止まった。幸いにも握られたのはジャケット部分なので首吊りショーにはなっていない。ついでに、布が破けるイヤな音も聞こえてこなかった。七色の人形遣い手製の衣服は頑丈だった。

 そんなわけで今の俺は、あたかも片手で持ち上げられた猫のような宙吊り状態である。アリスでもこいしでもない第三者の登場、はたしてその正体は?

 ブラーンとされるがままになっていると、俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

「まったく、この間と全然変わらない妬ましさね」

 

「この声……もしかしてパルスィか?」

「やっと気付いたの? 本当に妬ましいわね。とにかく、地面に着くまで大人しくしてなさい。話しはそのあとよ」

 どうにか動ける範囲で後ろを向くと、金色の短髪をなびかせて溜息を吐いている橋姫がいらっしゃった。今更だけど落ちてきた人間の首根っこ掴むとか器用ね。

 

 

 パルスィに救出され、俺は無事に着地できた。その後、

「は? こいしに突き落とされた?」

「だって、お兄ちゃんが『押すな』って言ったんだよ」

「まぁ、ある意味では間違ってない行動だが。しかし、このネタも幻想入りしていたのか」

「バカ言ってんじゃないわよ、妬ましい」

 再会するなりパルスィの口癖が炸裂する。それにしても、真っ先に彼女に会えるとは幸先が良い。いや、あやうく正規ルートで冥界行になるところだったし、幸先も何もあったもんじゃないか。

 言い訳大会が終わると、パルスィは「で?」と腕を組んで話題を変えた。エメラルドグリーンの瞳がジロリと俺を射抜く。

「この前の怪我は治ったわけ?」

「おう、バッチリ完治したぞ。ああ、おにぎりも美味かった。あのときはパルスィのおかげで色々と助かったぜ」

「別に。たまたまよ」

「とにもかくにも、久しぶりだな。また会えて嬉しい」

「……ふん」

 パルスィは興味なさそうに俺から視線を逸らした。一見すると不愛想に思われがちだが、俺が帰った後も怪我のことを気にかけてくれていたみたいだし、やっぱり世話焼きな美少女ですたい。

 

「ふーん」

「おおぅ!?」

 

 橋姫と話していると、すぐ隣からどこか棘を含んだ声が聞こえた。気付けば、アリスが面白くなさそうに俺を見据えていた。責める視線がチクチクと刺さり、よく分からんけど芳しくない状況なのは分かった。

「ずいぶんと仲が良いのね? そうよね、彼女可愛いもの」

「あー、確かにそれも大きな理由だが、他にも色々と助けてもらった恩とかもあるわけで。というかアリス、何か怒ってないか?」

「……怒ってないもん、優斗のバカッ」

 ぷくーっとふくれっ面で言われても説得力がありませんよ、アリスさんや。

 

「お兄ちゃん、早く行こうよー」

 俺達が話し込んでいたのにしびれを切らしたのだろう、こいしが急かしてきた。ナイスだ、こいし。この流れで上手いこと仕切り直そう。どうやら無意識娘が勝手にいなくならないように見ていてくれたらしく、さりげなく彼女の近くにいた橋姫も憮然としていた。

「地霊殿に行くんでしょうが。油売ってないで、さっさと来なさい」

「おお、パルスィも一緒にか?」

「暇だから付き添うだけよ。ほら、はぐれても知らないわよ」

 そう言いながらも俺がはぐれないようにか、パルスィは初めて会った時みたく俺の手を取った。彼女の柔らかな手に引かれ、一歩踏み出しかけたとき、

 

「ダ、ダメェーーーーッ!!」

 

 人形遣いの、焦りを含んだ叫びに近い声が響いた。そして、パルスィが握っているのと反対の腕が、アリスの両腕にギュッと強く包み込まれる。かなりの大きさが感じられる女の子特有の柔らかさと温かさが、俺の左腕に広がった。さらに、進もうとした方とは逆向きに引っ張られ、俺はその場に立ち止まった。というか、

「なんとぉおおおお!?」

 右手をパルスィにキャッチされ、左腕をアリスにホールドされているという、何かもうスゴイ状況になったせいで、シーブックみたいな叫びを上げてしまった。そんくらい驚いた。こんな素晴らしいことがあっていいのだろうか。

 直後、アリスも自分の行動に気付いて「あ……ッ!?」と瞬く間に耳まで真っ赤に染まる。彼女は慌てふためきながら俺から身を離した。

「こ、これは違うの! そういうのじゃなくてッ、と……とにかく違うから!!」

 アリスは振りほどいた手をブンブンと動かし、これは違うと否定の言葉を連呼する。湯気でも噴き出しそうなレベルで彼女の顔が紅潮していた。むしろ間欠泉か、地底だけに。

 そんな人形遣いの動揺っぷりに、橋姫が「妬ましい……」と嘆息しつつ俺達(主に俺の方)に恨めしげなジト目を向けているのはどういうことだろうか。ちなみに、手はとっくに離されていた。

 

「お兄ちゃん、おんぶしてー」

「こいしがフリーダムでお兄ちゃん助かったで」

 古明地妹のおかげでようやく先に進むことができました。めでたし、めでたし。

 

 

 背中にしがみついて前を指差しながら「進め、進めー」とはしゃいでいる少女に和まされる。俺とこいしを真ん中にアリスとパルスィが両隣を歩いている。右も左も金髪美少女でまさに両手に花であります。幻想郷は此処にあった。数十分ほど歩き続けると、前方にでっかい屋敷が見えてきた。紅魔館にも匹敵しそうな広々とした敷地に、地底では珍しい洋風な建築物が構えている。

 門の前まで来たところで、俺は背中にいる少女を降ろした。

「ここが地霊殿だよ。お姉ちゃんのところまで案内するから、ちゃんとついてきてね!」

「ああ、わかった。したっけ、お邪魔するぜ」

 タタタッと駆けていくこいしに先導され、俺達は地霊殿の門をくぐった。建物内に入ると、独創的なエントランスが広がっていた。ステンドグラスを通した光が、幽玄さ漂う空間を演出している。なかなかにモダンなアートだ、よくわかんねぇけど匠の技を感じる。正面の階段を上がり、廊下を進む。こいしを見失わないように彼女の後ろに続くと、彼女はある部屋の前で立ち止まった。おそらく、この部屋に姉がいるのだろう。

 こいしが元気よく扉を開く。

「お姉ちゃん、ただいま!」

 

「おかえりなさい、こいし。あら、お客さんもご一緒かしら?」

 

 部屋に足を踏み入れると、こいしと同じくらいの身長の女の子がこちらに顔を向けた。薄紫色のショートボブに、水色の洋服と桃色のフレアスカートを身にまとっている。俺をじっと見ているその目は落ち着き払っていて、大人の雰囲気すら漂わせていた。そして、胸元にはこいしと同じく第三の目。妹のとは違い、彼女のそれはしっかりと開いていて、全てお見通しと言わんばかりにこちらを捉えている。

 こいしが少女の元まで走り寄り、ニコニコと無邪気な笑みで彼女の隣に立った。

「これが私のお姉ちゃん、さとりお姉ちゃんだよ!」

「初めまして。古明地こいしの姉、古明地さとりと申します。この地霊殿の主も担っています。妹がお世話になったようで、ありがとうございました」

 礼儀正しく頭を下げるさとりお姉ちゃん。容姿と雰囲気の見事なギャップ萌えを披露する、大人っぽい少女だ。それにかなりの美少女である。実はファンクラブがあるとか言われても信じられる。本当にあったら俺も入ろうかしら。

 さて、今度はこちらの自己紹介ターンだ。彼女は心が読めるのはすでに知っている。ならば、やることはただ一つ。読心術よりも早く全てを言ってのけるまでだ。

 俺は紅魔館で培った執事風の一礼と共に、早口で捲し立てた。

 

「お初にお目にかかる。我が姓は天駆、名は優斗、天駆優斗と申す者。おたくの妹さんを送り届けるべく参上した次第で候。能力弾幕一切不所持の外来人、好きな食べ物は――」

「『野菜炒め』ですか」

「間に合わなかった!?」

 あと一歩のところで先読みされてしまった、誠に遺憾である。速さが足りなかった。さすがだぜ、さとりん。

 

「……そっか、優斗の好きな食べ物って野菜炒めなんだ」

「……別にいいけど、妬ましいわ」

 俺が頭を抱えてガッデムの意を表している傍らで、二人の少女が思いを馳せながらボソッと呟いていた。いまいち聞き取れなかったのだが、彼女達がどんなことを考えていたのかちょっと気になる。

 俺達三人を順番に見渡すと、さとりんは少し戸惑った反応を示した。

「さとりんって……そうですか、ヤマメから聞いたんですね。そこのお二人が考えていた内容ですが、私からは言わないでおきます。お二方もその方がよろしいのでしょう?」

「ふぇ!? な、何のことかしら!?」

「余計なこと言ったら妬むわよ!」

「うおっと、二人して急にどしたん?」

『うるさい! 何でもないから!』

「驚異的シンクロ率!?」

 どうしたのか聞いたらキッと睨まれてしまった件について。目の前で繰り広げられる光景に、さとりはやれやれと言いたそうに肩をすくめていた。

 

 

 さてさて、互いに自己紹介も終わり、姉の元へ妹を届けるミッションも完遂した。俺達の役目はここまでだが、無意識系妹にはもう一つやることがある。

 こいしはピョンピョンと飛び跳ねそうなテンションでさとりに話し始めた。

「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 聞いて聞いて!」

「どうしたの? こいし」

「今日、色んなことがあったんだよ。最初はアリスの家に行って――」

 これまでの道のりを思い返しながら、こいしは帰るまでの出来事を姉に語っていった。俺が風邪をひいていてアリスが看病していたこと(パルスィの目つきが鋭くなったのは気のせいだと思う)、香霖堂にあった変な道具で遊んだこと、無縁塚に行って俺の手伝いをしたこと。そして……

「これね、お姉ちゃんにあげようと思って持ってきたんだよ」

「私のために?」

 こいしが一生懸命に選んだ贈り物、青いバラがさとりの手に渡る。妹からのサプライズプレゼントに意表を突かれ、彼女はじっと手元の花を見つめていた。やがて、姉は慈愛に溢れた笑みをこぼし、柔らかな手つきで妹の頭を撫でた。

「ありがとう、嬉しいわ。大事にするわね」

「えへへ、うん!」

 

 

 心温まる姉妹愛劇場が上映された後、こいしは姉から「おやつがあるから食べてらっしゃい」と言われると、ゴキゲンな蝶になって部屋を出て行った。

 こいしを見送ると、さとりは花を机の上の花瓶に挿した。しばらくそれを眺めてから、彼女はこちらに向き直る。

「改めてお礼を言わせてください。妹のことを気遣ってくださってありがとうございます」

「いいってことよ。可愛い妹だな」

「ええ、大事な家族です。ただ……時々心配にもなるんです」

「心配って?」

 さとりの不安げな表情が気になったのか、アリスが続きを促す。パルスィも無言ではあるが耳を傾けていた。気遣いの上手い彼女達に後押しされ、さとりは地霊殿の主としてではなく一人の姉としての心情を告げた。

「あの子の心は私にも読めません。こいしは無意識で動いています。その能力の赴くままに、いつかどこか遠くに行ってしまうのではないかと、私の前からいなくなってしまうのではないかと……そう思ってしまうんです」

「そりゃないな」

『え?』

 彼女の悩みを聞いて即答してしまった。さとりだけではなくその場に居た全員から注目される。

 こんなことは俺が言えた立場じゃないのは重々承知している。だが、言わずにはいられなかった。お兄ちゃんなんて呼ばれたからかねぇ。

「最初にこいしが言っていただろう、『ただいま』って。つまりはそういうことだ。その花だって枯れないから選んだんだぜ? ずっとお姉ちゃんのところに置いておけるって。さとりがこいしを思っているのと同じで、こいしもさとりのことが大事なんよ」

 そげぶでもないのに説教染みたことをしてしまった。だが、気休め程度でもさとりの不安を取り除くきっかけになれば上出来だろう。

 さとりは俺の言葉を反芻している様子だったが、やがて気持ちの整理がついたようなふっきれた顔で頷いた。

「……そうですね。私も過剰に考えていたのかもしれません。もっとこいしを信じるべきでした」

「あー、何か偉そうなこと言ってすまんかったね」

「いえ、そんなことはありませんよ。貴方はとても優しい方なのですね」

「紳士だからな。掃除屋はしてないけど」

「ふふ。彼女達の気持ちがちょっとだけ分かった気がします」

 

 

 というわけで、イイハナシで全て丸く収まった。スピードワゴンはクールに去る頃合いのはずだったのだが……

 くいくいとジャケットの袖を引っ張られる。視線を下ろすと、いつの間にか戻ってきたこいしが俺の腕にぶら下がっていた。少女の手にはおやつと思われる温泉まんじゅうが一つ。

 どうしたのかと身を屈めると、こいしはおもむろに菓子を俺の口元に差し出した。

「お兄ちゃん! はい、あーん!」

「あーん」

『…………!!』

 条件反射で口を開く。俺が饅頭を口に含むと同時に、なぜかアリスとパルスィがピクッと反応した。そのリアクションに興味を引かれたのか、彼女達の心を読んださとりんが内容を声に出したことが事態を大きくした。

「なるほど。天駆さんは、アリスさんとパルスィさんからも食べさせてもらったことがあるのですね」

「むぐ。ん、確かにあるが……ハッ!?」

 ゾクリと背筋が凍る冷たい視線に貫かれる。そろーっと背後を見ると、冷ややかな目をした金髪美少女が二人並んでいました。

「へぇ……パルスィからもやってもらったことがあるのね?」

「別にどうでもいいんだけど、何だか無性に妬ましいわね」

「アリスとパルスィから不穏な空気が!? これが本当の饅頭怖い!?」

 アリスは笑顔なのに目が一切笑っておらず、パルスィは不貞腐れたようにそっぽを向いた。さっきまでのハートフルムードがガラガラと音を立てて崩壊の兆しを見せる。こうなったら、ここはさとりんお得意の読心術でベストな選択肢を教えてもらおう。この思考も彼女の元に届いているはずだ。

 しかし現実は無常。俺のヘルプ要請に、さとりんは「うふふ」と蠱惑的な笑みを浮かべるだけだった。なぜだ。

 

 急に不機嫌になった人形遣いと橋姫に狼狽える青年に、地霊殿の主は悪戯っぽい表情でこう告げるのだった。

「女心は簡単に読めるものではありませんよ?」

 

 

つづく

 




そんなことよりギャルゲーやりたい


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第三十六話 「フロマエ・テマエ」

皆さま御機嫌よう、サイドカーでございます。

それっぽいサブタイトルですが……つまりそういうことです ←投げやり

何はともあれ、此度もごゆるりと読んでいってくださいまし。では、どうぞ。 


 カポーン……

 誰かが木桶を置いた音が反響する。湯煙がほのかに漂い、縁を築く大きめの石はしっとりと濡れていた。息を吸うと、硫黄混じりの独特な臭いが鼻を軽く刺激する。露天というのも風情があって実に良い。地底なので空が見えないのはご愛嬌。やや熱めの湯加減も、時折吹く風が火照った体を程よく涼ませてくれるおかげで、むしろ丁度良いくらい。まさに気分は極楽浄土だ。旧地獄で極楽というのも変な話だけど。

「はぁ~……ええ湯じゃのぅ」

 もはやおっさん通り過ぎて爺様みたいな台詞と共に一息つく。

 偶然なのか幻想郷の男女比によるものなのか、男湯には俺しかいない。大浴場を独占して泳ぎ回れそうだ。やらんけど、できないけど。

 首元まで深く天然風呂に身を沈め、安らぎのひとときに浸る。源泉が湯船に注がれる控えめな水音が耳に心地良かった。ふと顔を上げ、男女を隔てる竹製の壁の向こうに耳を澄ませば……

 

『アリスの肌って白くてきめ細やかよね。髪もツヤツヤで綺麗だし』

『そうかしら? 霊夢だって肌も髪質も良いじゃない――きゃあっ!? ちょっと魔理沙どこ触ってるの!?』

『うーむ、羨ましいくらいのスタイルの良さだぜ。腰は細いのにこっちは大きくて、ついつい揉んでしまいたくなる。調べずにはいられないな』

『あっ、あ……あんッ! ん、や……やめ――ひゃうッ!?』

『くぅーっ、けしからん女子力の塊め! こうなったら、とことん揉みまくってアリスのお色気ボイスを優斗にも聞かせてやるんだぜ!』

『あ、んん……! ダッ、ダメ……ゆうと、聞かない、でぇ! あッ、あぁん!』

『何やってるのよ魔理沙……』

 

「んぶぶぶびゅぅーーーーーッ!?」

 年齢制限されそうな桃色トークが聞こえてきて、体温ゲージが振り切れんばかりに急上昇する。音声のみというのが余計に危険な香りを漂わせていて、キマシタワーが摩天楼だ。即座に湯から起立し、鼻から溢れ出そうな何かを堪えながら近くの水風呂に駆け込む。そのまま水泳選手の如くドボーン! と頭からダイブした。水の中で座禅を組み、ブクブクと気泡を吐きながら心頭滅却をひたすら唱える。鎮まれ俺の煩悩! 悪霊退散、悪霊退散ッ!

 

 さて、そろそろ皆さんも疑問に思っている頃だろう。どうして俺が露天風呂に浸かっているのか。普通にいたけど、なぜ霊夢と魔理沙がアリスと一緒に女湯に居るのか。その理由を説明するために、少しばかり時計の針を戻そう。きっかけは俺達が地霊殿を後にするところまで遡る。

 

 

「――というわけで、前回惜しくもチャンスを逃した温泉に行きたいのだが、地底住まいの皆さんのお勧めスポットを教えてくださいまし」

 用事が一通り済み、地霊殿の主から「天駆さん達はこのあとどちらに?」と尋ねられたのが事の始まり。彼女の問いに、以前は負傷していたため実現できなかった幻想郷温泉を所望する旨を話した。

 俺の頼みに、地霊殿の主こと古明地さとり(通称さとりん)は「それでしたら」と悩むことなく答えた。

「地霊殿と旧都の中間ほどの場所に、私達が管理している温泉施設があります。先ほど私のペットが調整に向かいましたので、そろそろ――」

 戻ってきますよ、と彼女が言い終わる前にノックもなしにバン! と扉が開かれた。

 

「さとり様! お仕事カンリョーしました!!」

 

「ご苦労様、お空」

 威勢よくやってきたのは、これまた特徴的な格好をした女の子だった。漆黒の長髪に同じく真っ黒な鳥類の翼。おそらく烏の妖怪と思われるが、文みたいな烏天狗ではなさそうだ。何より注目するのは彼女の右腕に嵌められている大型の筒。大砲に似たそれを、少女はロックバスターかサイコガンの如くガッチリと装着していた。あらやだカッコいい。

 どうやら俺の内に秘められた中二心がくすぐられているのが読まれたっぽく、さとりんが上品な笑みを浮かべて少女を紹介する。

「今しがた話に出ましたペットのお空です。八咫烏の力を身に宿していまして、温泉の温度調整などを任せています。ちなみに、天駆さんが興味をお持ちのものは制御棒です。お空、お客様にご挨拶なさい。こいしがお世話になった方々よ」

「はい! わかりました、さとり様!」

 お空と呼ばれた少女は大きな声で主に返事をすると、裏表のない笑顔で名前を告げた。

「お空です! 温泉卵が大好きです!」

「おう、よろしく。俺は――」

「あ、パルスィさんがいる! コンニチハ!」

「めっちゃスルーされた!?」

 お空とやらは俺の名前を聞く素振りすら見せることなく、一緒にいた橋姫にブンブンと制御棒を振り回しながら挨拶しにいった。パルスィも腕組みを解き、小さく手を上げて答える。ペットの我が道まっしぐらな行動に飼い主の少女は、「ごめんなさい……」と眉間に手を当てて頭を悩ませていた。姉とは対照的に妹の方は「お空は忘れっぽいからねー」とコロコロと笑っている。色々とガンバレ、お姉ちゃん。

 そんな主の心境など知る由もなく、鴉娘は橋姫との会話に夢中な様子。俺が名乗れなかったのを考慮してか、パルスィは俺のことを彼女に説明していた。

「うにゅ。じゃあ、あのお兄さんはパルスィさんがお世話しているの?」

「そんなわけないでしょ、あんな放し飼いの面倒を見るなんて妬ましい。世話役はそこの人形遣いよ」

 パルスィが指差した方にいるアリスを見て、お空が「うにゅ?」と首を傾げている。とりあえず、俺は放牧扱いで誠に遺憾であることは確かだった。

 やがて、お空は俺とアリスを交互に見比べると、段階を飛ばしまくった疑問をぶつけてきた。

「お兄さんは人形遣いさんのダーリンさんなの?」

「ふぇえええ!? ダッ……ダダダ!?」

 アリスの顔がたちまちカァアアッと朱に染まっていき、動揺のあまり言葉が詰まってマシンガンの効果音みたいになっている。こうもハッキリ聞かれるといっそ清々しいわね。残念ながら答えはノーですがな。

 人形遣いが赤面して固まっているのを見兼ねたさとりんが助け舟を出し、お空を窘めた。

「お空、そこまでにしなさい。アリスさんの心が激しく乱れているわ」

「うにゅ」

 

 お空の爆弾発言から数分後。

 ようやくアリスが落ち着きを取り戻したので話題をリセットし、これから古明地温泉(勝手に命名した)に行くことを告げた。すると、俺の意見にまたまたお空が元気よく手を上げた。

「はいはーい! それなら空が案内する!」

「そんな案内で大丈夫か?」

 失礼ながら彼女に一任するのに不安を覚えてしまう。子供におつかい頼んだら目的忘れて遊びに行ってしまいそうな、そんな感じ。補足すると、「お空」っていうのは愛称で本名は空と書いて「うつほ」と読むらしい。

 彼女の善意に甘えるべきか悩んでいると、さとりんが「大丈夫ですよ」と助言を差し出した。

「この子の仕事場なので無事に行けますよ。それに、パルスィさんもご一緒するそうですし、問題ないでしょう」

「……勝手に読むんじゃないわよ、妬ましいわね」

「マジっすか。だったら皆で行かないか? その方が楽しそうだし、アリスは構わないか?」

「ええ、良いと思うわ。反対する理由は特にないもの」

「決まりだ。んじゃ、幻想郷の秘湯を目指してレッツゴー!」

『おー!』

 俺の掛け声にお空とこいしが握り拳を掲げて応えた。その様子をアリスとさとりが優しげな笑顔で温かく見守る。パルスィは相変わらずの溜息だったが嫌ではなさそうだ。

 

 そんなわけで、さとりんとお空を新たな仲間に加え、俺達一行は地霊殿を出た。わいわいと道中を歩き始めて束の間、いきなり上空から聞き覚えのある声が降ってきた。

 

「天っち確保!!」

「ゲッチュ!?」

 

 宣言と同時に飛来した捕獲用ネットがバサッと被さってきて、サルを捕まえるゲームみたいな声が出てしまった。ちなみに俺が好きなガチャメカはダッシュフープです。あの疾走感がクセになる。閑話休題。

 声のおかげで、俺に狙いを定めて網を放ってきた犯人の見当はつく。パルスィも同じようで、絶賛俺を覆っている蜘蛛の巣状に編まれた糸を摘みながら、嘆息して上を向いた。

「ヤマメ、何してんのよ」

「あっはっは、さすがパルパル。よく私だとわかったね?」

「他に誰がいるのよ。その白々しさが妬ましいわ」

「気にしない、気にしない。やっほー、久しぶりだね天っち。地底に来てるなら言ってよー、水臭いじゃん。待ってたのはパルパルだけじゃないんだよ?」

「やっぱりヤマちゃんの仕業か。まぁ、アレだ。今回はこいしを連れてくるのが目的でな、地霊殿に行くのが先決だったんよ。ついでに言うと、パルスィがヤマちゃんのこと睨んどるで」

「え?」

「ヤ~マ~メ~? 変なこと言い出して、覚悟はできてるんでしょうね?」

「わわわ!? アイアンクローは勘弁して! パルパルのそれすごく痛いんだから!」

 奇襲に意表を突かれたものの、結果的にパルスィに続いて地底の知り合いと再会できた。その土蜘蛛は今、橋姫に追いかけられてわりとガチで逃げ回っている。とりあえず、このネットをどうにかしてほしい。

 捕獲状態のまま突っ立って動けない俺の姿がツボだったようで、アリスが声を出して笑った。

「あははっ、優斗の格好面白いことになっているわよ?」

「アリス……笑ってもいいから助けてください」

「ふふ、ごめんなさい。可笑しくてつい……ね? 今解くから」

 茶目っ気あるウインクで言われたら許すしかない。可愛いは正義だ。むしろその可愛さは反則だと思う。流石というべきか糸の扱いはお手の物で、アリスは網を絡ませることなく簡単に解いていった。地底コンビの方はといえば、とうとうパルスィに捕まったヤマちゃんが「ギブギブギブ!」と必死に降参を喚いていた。俺も巻き添えでくらったことあるけど、あれマジで痛いのよね。

 直後、ヤマちゃんだけでなく予想外の知り合いの声が聞こえた。

 

「知らない間に大所帯になってるわね」

「その中に私達も入るんだけどな」

 

「霊夢!? それに魔理沙も!?」

 意外な場所で会った親友二人にアリスが驚きの声を上げる。まさか地底で合流するとは思わなんだ。タイミングからみてヤマちゃんと同行していたっぽいな。地霊殿の前でバッタリということは、古明地姉妹に用事があるのかも。

 俺と同じ考えに至ったのか、さとりんが霊夢と魔理沙に質問を投げた。

「お二人とも、地霊殿にご用でしょうか?」

「残念だけど外れだぜ。アリス達が地底に行くのが見えたから追いかけてきたんだ。面白いことが起きそうな気がしたからな!」

「わざわざ神社まで私を呼びに来てからね」

「そう言うわりには霊夢もノリノリだったんだぜ?」

「うるさいわね。いいじゃない、気になったんだから」

「……なるほど、ヤマメとは途中で会ったのですね。彼女は天駆さんと知り合いだったので行動を共にしたと。地霊殿に居るとわかったのは……霊夢さんの勘ですか」

「あんた相手だと説明する手間が省けるから楽でいいわね」

「こういう時に便利だよな、さとりの能力は」

「貴方達も相変わらずですね」

 彼女達の目的は古明地ではなく俺とアリスだった。面白がって後をついてきたそうだが、どんなことを期待していたのやら。

 その後、やってきた三人に俺達がこれから一風呂いくことを教えると案の定、彼女達も一緒に行くこととなった。気が付けばメンバーがかなり増えている。もはやパーティと呼べる人数だ。加えて、この後も知り合いに会いそうな予感がするのは俺の気のせいだろうか。

「女の子いっぱいで嬉しい? お兄ちゃん」

「オフコース。まぁ、現地に着いたら俺は仲間外れだけど」

「こっち来る?」

「こいし……混浴以外でそれやったら湯煙殺人事件が起きるからな?」

 

 

 総勢九名でぞろぞろと移動することしばらくして、我々は目的の場所にたどり着いた。俺の眼前には昔ながらの銭湯を彷彿とさせる和風な建築物が構えている。入口に吊るされている「湯」と記された大きな暖簾。瓦屋根から飛び出ている一本の高い煙突からは蒸気が立ち上っている。建物は相当大きく、銭湯というより温泉旅館の規模だ。想像以上に立派なテルマエでござる。ルシウスでもいるんじゃなかろうか。

 と、先客がちょうど出てくるところだったようだ。向こう側から話し声が近づいてきたかと思うと、暖簾がパサッと捲られて相手が姿を見せた。そこには、

 

「あら~? ゆう君じゃない、久しぶりねぇ」

「こんにちは皆さん。ここで会うなんて奇遇ですね」

 

「こりゃたまげた。ゆゆ様と妖夢も来ていたとは、お二人も秘湯巡りっすか?」

 偶然とはこれほどまでに重なるものなのか。現れたのは冥界の白玉楼に住む二人だった。片やおっとり美人の西行寺幽々子様ことゆゆ様、片やまっすぐ生真面目で可愛い系の魂魄妖夢のナイスコンビ。彼女らに会うのはあの一件後の宴会以来か。

 ゆゆ様は扇子で自らを煽ぎつつ、ついつい見惚れてしまう柔らかな笑みを浮かべた。動作ひとつとっても優雅で、美しゅうございます。

「なんだか温泉まんじゅうが食べたくなってねぇ~、せっかくだから温泉も楽しみに来たのよ」

「それはそれは。俺達は……まぁ、なんか色々あってこうなった次第です」

「説明が困難なほどなんですか……」

 妖夢が若干引きつった苦笑いをしている。そう言われても、こいしがアリス宅にいたところから現在までのアレコレを、立ち話で簡潔に話すのは難しいのだから仕方あるまい。

 ゆゆ様は俺達にゆっくりと視線を巡らし、口元に扇子を当てて楽しそうに言った。

「女の子をこんなに連れちゃって、『紳士』なのは変わってないみたいね~」

「アリスさんは平気なんですか?」

「なっ!? へ、平気もなにも私と優斗はそもそも何でもないんだから!」

 妖夢に質問を振られ、アリスは焦ったように言葉を強める。すぐ傍で霊夢と魔理沙がやれやれと言わんばかりに肩をすくめて首を横に振っていた。ところでゆゆ様、女の子を沢山連れているイコール紳士みたいに言われると、全国のジェントルマンが誤解されますぞ。

 ふいに、亡霊姫は微笑のまま俺に一歩近寄って、どこか含みのある声でそっと耳打ちしてきた。

「紫がよく言うのだけれど、幻想郷は全てを受け入れるそうよ~」

「……なぜ今そのことを?」

「なんでかしらねぇ~? それじゃあ行きましょうか、妖夢」

「はい、幽々子様。それでは失礼します」

 彼女は謎の発言を残し、従者を連れて去っていった。彼女達と入れ替わるように皆が次々と暖簾を潜って中に入っていく。それを見ていながらも、俺は先ほどのゆゆ様の言葉が気になって立ち尽くしていた。

 彼女の意図を推理してみよう。まず、幻想郷は全てを受け入れるという。そして現在、俺は温泉施設の前にいて、彼女は俺だけに聞こえるように小声でそう言った。以上のことから導き出される結論は……まさか!?

「優斗? どうしたの?」

「いやいやいやいや、何でもないぞアリス! 何も考えてないし実行する気もない!」

「? 変なの。ほら、こんなところで立ち止まってないで早く行きましょう」

「もちろんさぁ!」

 俺が来なかったことに気付いたアリスがわざわざ呼びに戻ってきていた。ビビった、めっちゃビビった。幸いにも想像していたことは勘付かれていない。これがさとりんだったらヤバかったぜ。うん、この推理は間違いだな。

 アリスが不思議そうな顔で青い瞳を俺に向けている。詮索される前にこの件はひとまず切り上げよう。少なくとも覗いたり乱入したりすることを勧めていたわけではないはず。思い返してみれば結構マジなトーンだったし、実は真剣な内容だったのかもしれない。その辺についても、風呂に浸かりながらじっくり考えてみようか。

 アリスと一緒に布の入り口を通り抜ける。その先では、

 

「いらっしゃーい! お兄さんのことは聞いてるよ。ゆっくりしていっておくれ」

「旦那! オ久シブリデゴザイヤス!」

 

 赤髪の猫耳娘と、何か見覚えのある狸が番台に座っていた。

 

 

つづく

 




入浴シーンは次回に持ち越すという暴挙


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第三十七話 「ハプニング ダークネス」

危うく一ヶ月経過するところだったじゃないの、このおバカ!(自虐)

何とか連休初日に滑り込みました、サイドカーでございます。
言葉は、不要ですな。はい、前回の暴挙……その続きです。

では、どうぞ。


「あたいは火焔猫 燐、さとり様のペットでお空の同僚さ。お燐と呼んでおくれ。お兄さんが例の人間だね。まさかこいし様を連れてくるなんてねぇ。しかも、さとり様に意見したそうじゃないかい」

「まぁな。とりあえず、よろしゅう。受付しているのは招き猫だったか」

「あたいは火車だよ」

 俺とアリスが来るなりペラペラと喋り出した猫耳少女に合わせ、こちらもフランクに挨拶を返す。明るくお喋り好きな性格の持ち主と見た。紅色の髪を左右の三つ編みにまとめていて、最大の特徴である猫耳との絶妙なバランスがグッド。っていうか猫耳、猫耳デスヨ奥さん。いつだったか、ブレザー&ミニスカートなあざといウサミミの女の子を見たことがあるからもしやと思ったが、やはり猫もいたか。やりおるわ幻想郷。

 猫娘もといお燐の言い回しからして、おそらく俺が外で呆けている間にさとりん達から説明を受けたのかもしれない。あとは、コイツから聞いているとか。かつて俺と行動を共にしたこの狸と。

「今更だが、なしてタヌ吉がここに居るんだ?」

「ヘェ、勇儀姐サンニココヲ紹介シテモライヤシテ、今デハサトリ様ノペットノ一員ナンデサァ」

「ほう、そうだったのか。晴れてお前も地底の住民になったわけか」

「優斗はこの妖怪と知り合いなの?」

「ああ、前にちょっとな」

「旦那ハアッシノ命ノ恩人ナンデサァ」

 俺とタヌ吉の会話を横で聞いていたアリスが素朴な疑問を口にする。実をいうと、あのときの出来事について全て話してはいないのである。もちろん大方のところは話してあるが、殴り合いの件とかには触れていない。なにせ、血が付いた俺のジャケットを見てアリスが取り乱したと、魔理沙から聞かされたからな。アリスに不安な気持ちを思い出させるようなマネはしたくないし、してはいけない。

 俺達の返答でひとまず納得したのか、アリスはそれ以上の言及をしてこなかった。そういえば、同行していた他のメンバーの姿がない。どうやら彼女達はすでに浴室に向かったようだ。すっかり出遅れてしまった。

 俺が周囲を見渡していたのを察し、お燐が気を利かせてくれた。

「さとり様達はもう行ってるよ。お兄さん達も行ってくるといいさ。お空のおかげでここの湯加減は格別だよ」

「ん、それじゃお言葉に甘えて。アリス、また後でな」

「ええ、またね。のぼせちゃダメよ?」

「ハッハッハッ、楽勝っすよ」

 そんなこんなで、お燐に促された俺達はそれぞれ浴室に向かうことにしたのであった。

 

 

 「女湯」と記された暖簾を潜り、アリスが脱衣所に入ると、そこに居たのは一人だけだった。その少女はいつもの巫女服を籠に入れて、胸にさらしを巻いた無防備な格好になっていた。

「遅かったわね。優斗はどうだった?」

「入口でぼんやりしていたわ。他の皆はもう中かしら?」

「そうよ、私達も早く行きましょう」

「ふふ、そうしましょうか」

 霊夢はアリスが来るのを待っていてくれたらしい。親友の気遣いに嬉しさを覚えつつ、アリスも衣服と下着を脱ぎ、綺麗に畳んでから籠に入れる。愛用のカチューシャも外して、体にタオルを巻いたら準備完了。ちなみにタオルはレンタルしていたものを利用させてもらった。

 アリスと同じくタオル姿の霊夢が硝子戸を開けると、温かい空気と冷たい空気が入り混じった風がアリスの素肌を撫でた。木桶を一つ手に取り、湯煙が漂う浴場の中心に進む。見れば道中一緒だった面々がすでに好きな位置で入浴していた。

 持っていた木桶で温泉をすくって全身に浴びせる。その後、つま先を温泉に浸けて湯加減を確かめてから、胸元にかけてゆっくりと湯船に身を沈める。日頃の疲れが解されていくような安らぎが全身に広がった。

「ふぅ……いいお湯」

 思わず息を吐いてしまうのは万人に共通することだろう。ちなみに、ここはタオルを纏ったままの入浴がOKである。場所によってはアウトなところもあるので、入る前には注意書きをよく読もう。

 しばらくして、隣で入浴していた霊夢がアリスをまじまじと見て感想を漏らした。

「アリスの肌って白くてきめ細やかよね。髪もツヤツヤで綺麗だし」

「そうかしら? 霊夢だって肌も髪質も良いじゃない――」

 その時、人形遣いの背後に忍び寄る人物がいた。もう一人の親友、霧雨魔理沙だ。彼女はスイーッと流れるような動きでアリスに接近すると、おもむろに彼女の脇腹をガシッと掴んだ。強烈なくすぐったさの不意打ちに、アリスはたまらず黄色い声を上げる。タオル装備では防御力など皆無に等しかった。

「きゃあっ!? ちょっと魔理沙どこ触ってるの!?」

「うーむ、羨ましいくらいのスタイルの良さだぜ。腰は細いのにこっちは大きくて、ついつい揉んでしまいたくなる。調べずにはいられないな」

 お咎めの言葉もお構いなしに、魔理沙はアリスの腰に回していた手を上に持っていくと、今度は豊かな膨らみを持つ双丘を鷲掴みにする。真面目な目でその柔らかな感触を確かめているが、やっていることは過激なスキンシップでしかない。

 一方で、アリスは抵抗しようにも力が入らない。くすぐったさとは違う感覚に翻弄され、時折ビクッと身体が跳ねる。頑張って堪えようとしても艶っぽい声が口から漏れてしまう。

「あっ、あ……あんッ! ん、や……やめ――ひゃうッ!?」

「くぅーっ、けしからん女子力の塊め! こうなったら、とことん揉みまくってアリスのお色気ボイスを優斗にも聞かせてやるんだぜ!」

「あ、んん……! ダッ、ダメ……ゆうと、聞かない、でぇ! あッ、あぁん!」

 若干八つ当たりっぽいギラリとした眼光を放つ魔理沙。彼女自身もおかしな方向にヒートアップしている様子。両手の力加減が激しくなり、アリスの息遣いが次第に熱を帯びていく。はしたない声を彼に聞かれてしまうと思うと、恥ずかしさのあまり気を失いそうになる。

 もはや魔理沙がアリスに襲いかかっているようにしか見えないシチュエーションを前に、霊夢は呆れの溜息でツッコミを入れるのだった。

「何やってるのよ魔理沙……」

 

 

「はぁ……はぁ……んっ」

 あれから野獣化するギリギリ一歩手前の白黒魔法使いの拘束をどうにか解き、アリスは壁際まで避難していた。壁といっても男女を隔てる竹製の仕切りだが。満足げな笑みを浮かべる魔理沙の肌がツヤツヤなのは温泉の効能だけではないはず。

 今しがたの痴態を思い出しかけてブンブンと首を振って追い払う。気を紛らわそうと視線を巡らすと、お空が「もう上がる!」と勢いよく温泉から出て脱衣所に向かっていた。カラスの行水というのだろうか。短い入浴時間だった。

「色っぽい声出して、妬ましいわね」

「え……? あ、パルスィ」

 突如聞こえた声に振り向くと、少し離れた場所に橋姫の姿があった。彼女はこちらではなく別の方を見ている。多少の距離はあるが、近くに居るのはアリスだけなので、独り言でなければアリスに対しての発言とみるのが妥当だろう。

 本当のところ、アリスはパルスィが少しばかり気になっていた。どうしても彼女に聞きたいことがあったから。よし、と小さく決意してアリスは口を開いた。

「ねぇ、パルスィは優斗のこと……その、どう思っているの?」

「その質問がすでに妬ましいわね。別にどうとも思ってないわよ……あなたの方こそどうなのよ? あいつとどうなりたいわけ?」

「ふぇええ!? わ、私は……ただ、もう少しこのまま一緒にいられたら……」

「釈然としないわね。もう少しって何よ?」

「だって、優斗は外来人でいつか帰っちゃうでしょ? でもね……今の生活がすごく楽しいのも事実なの。できれば今がもうちょっとだけ続いてほしいなって……そんな私のわがまま」

 アリスは自らの気持ちを呟き、何となく両手で湯をすくって水面を見つめる。聡明な理性と隠れた本心のせめぎあい。せめて、いつか訪れるその時までは彼と過ごしていたい。これ以上を望んでしまうのは、求めすぎだと思うから。だけど、もし可能ならこれからもずっと……

 人形遣いの思いを橋姫は黙って聞いていた。やがて彼女が話し終えると「……ふん」と短い反応とともに、湯船から身体を上げた。美しいプロポーションから湯が滴り落ち、幻惑染みた魅力を醸し出している。

 パルスィはアリスに背を向け、数歩進んだところで足を止めた。

「謙虚なわがままね、妬ましい。その気持ちも嘘ではないようだけど、本当はもっとあるんじゃないの? それとも素直になれないだけ?」

「パルスィ……」

「別に追及するつもりはないわよ。そうね、これじゃ対等じゃないし前言撤回するわ。私はあの男が妬ましいから放っておけない、それだけよ。お先に失礼するわ」

 結果的に、最後まで彼女達の視線が交わることはなかった。さっさと大浴場を後にしようとする橋姫の後ろ姿を、アリスは何も言わずにただ眺めていた。

 

 

 パルスィが風呂からあがろうとする途中、一人静かにこちらを見守っていた少女の前を横切ると話を振られた。心を読む程度の能力と、幼げな容姿とは反対に大人びた雰囲気を持つ彼女は、橋姫にだけ聞こえるような声量で誘いをかける。

「アリスさんの本音を教えましょうか? それとも『彼』の気持ちの方が知りたいですか? パルスィさんがお望みなら内緒で答えますよ」

「台詞と裏腹に言うつもりが微塵もないのがバレバレよ、妬ましい。さとりはあの二人に何か思うところでもあるのかしら?」

「そうですね。こいしが懐いている方々ですし、それを差し引いても好感が持てますから。幸せになってほしいですね、特に天駆さんには」

「含みのある言い方するわね」

「さて、どうでしょうか」

 やはり具体的に教える気がなかったのか、はぐらかす物言いをするさとりに主導権をもっていかれた気分で面白くない。とはいえ、読み取った内容を無暗に話そうとしないのが彼女の信頼できるところでもある。

 結局、いつも通りパルスィは「妬ましい」と口癖を残し、脱衣所の戸を開けるのであった。

 

 

 橋姫が去った後、アリスは物思いに耽っていた。これから先のこと、優斗が幻想郷に居られる期間、一緒にいることができる残された時間はどのくらいだろう。それともう一つ。パルスィの気持ちを聞いたときに意図せずに浮き上がった、「取られたくない」という意地悪な感情に対する自己嫌悪に近い悩み。

「私……どうしちゃったのかしらね」

 複雑な気持ちを全部ひっくるめて溜息を吐く。この向こうに居る彼を想像して、柵にそっと触れようとした時、

「ストーップ! お姉さん、それには触らないでください!」

「きゃっ!?」

 あまりにも突然に大きな声で注意され、アリスは驚いて手を止める。声の主は番台にいた火車、お燐だった。衣服を着ているところを見ると、入浴に来たわけではなさそうだ。

 目をパチクリさせて戸惑うアリスに、お燐は「間に合ってよかった……」と安堵し事情を説明する。

「ちょうどお姉さんが居るそこの仕切りだけど、さっき勇儀の姐さんが壊しちゃった所なんだよ。覗きを試みた輩を成敗しようとして柵ごと粉砕しちゃってね。急いで直したから支えが不安定なのさ。だから力を加えたりしないでおくれ。いいですね、『絶対に押さないでください』よ」

 お燐は最後の一言を特に強調する。あくまで彼女は念を押しただけなのだろう。だが、それがいけなかった。仕方がなかったともいえる。「そういうネタ」があることを、彼女は知る由もないのだ。

 そう、お燐は知らない。その言葉に反応する少女が身近にいて、なおかつ前科があるということさえも。そして、実は本人が近くに居たことを。なぜなら、その子は無意識を操り、誰にも気付かれずに行動することが可能なのだから。

 古明地こいしの無垢な瞳が興味一色に染まる。こいしは一切ためらうことなく、かつて優斗にやったように防壁の急所に向かって両手を突きだした。

 

 

「おお、寒い寒い。温泉に来て体冷やすとか意味わからんわ」

 水風呂で念仏やら素数やら151匹の名前やらをメドレーしていたら、頭どころか全身が鳥肌立つくらいクールダウンしてしまった。ところで今は全部で何匹いるのだろう、ポケットなあれらは。

 再び温泉に入った瞬間、生き返るような温かさが染み渡り「お゛ぉ~」と形容しがたい声が喉の奥から吐き出される。早く温まりたいので、少しでも湯加減が良さそうな所を求めて仕切りの近くまで移動する。何となくだが、温泉の中心部が当たりっぽい気がしたからだ。

 

ミシミシ……

 

「あい?」

 すぐ隣から奇妙な物音が聞こえて視線を向ける。音の発生源は竹製フェンスの一箇所、それも眼前からだった。何事かと思う暇もなく、次の瞬間にはその一部がバラバラと崩壊の音を立てて分解しながらこちらに倒れてきた。

「どゆことなの!? 新手のスタンド使いか!?」

 ビックリして立ち上がったことが幸いし、反射的に頭上で腕をクロスして防御する。素材自体は軽いおかげで大したダメージを受けることはなかった。やがて襲撃が収まり、腕をおろして前方を確認する。と――

 

「ぶッ…………!?」

「ぇ…………?」

 

 冷静に考えてみればわかることだった。壁が崩れたイコールこちら側と向こう側との境目が消滅したということ。ポッカリと見事に開通されたすぐ目の前、そこにいた女の子を見て、危うく意識が飛びそうになる。彼女も俺と同じく驚いて立ち上がったのか、脚だけを温泉に入れて驚愕の表情で固まっていた。

 このままでは非常にマズイとわかっているはずなのだが、目に映る光景に釘付けになる。俺は完全なまでに目を奪われていた。至近距離にいる――アリスのあられもない姿に。

 まるで彫刻の女神像のような美しさだった。キュッと引き締まった腰のくびれ。それとは対照的に胸は大きく膨らんでいて激しく自己主張している。局部はかろうじて隠されているものの、身に着けているのはタオル一枚。しかも水分を吸収しているため身体にピッタリと張り付き、むしろ身体のラインがはっきりと表れて言いようのない色気が漂う。金色の髪は濡れて普段以上の艶を放っていた。白く瑞々しい肌は湯を弾き、浮かんだ滴が肢体を伝って静かに落ちる。

 

『…………』

 

 世界が止まったかと思うほどの沈黙。俺達はお互い薄布のみの格好で向かい合っていた。ちなみに俺も腰にタオル巻いているのであしからず。あ、アカン。鼻の奥からさっき以上の余波が迫ってきた。咄嗟に鼻を摘まんで堤防の決壊を食い止める。

 そして、そのアクションを合図とするかのように、アリスの表情が驚愕から羞恥に変わり始める。タオルで覆われた身体を両手でさらに押さえる。かつてないほど顔が紅潮していき、青い瞳に涙が浮かんだ。全身がわなわなと震え、爆発寸前の兆候が微かな声となって俺の耳に危険信号を送る。

 世界がマッハで動き出したのは、そのコンマ数秒後だった。

 

「やぁあああああ!! 優斗のえっちぃーーーー!!」

「おんぎゃぁあああ!?」

 風よりも速い平手打ちが頬に炸裂し、風船が割れるような乾いた音が浴場全体に響き渡る。想像を絶する威力にギュルギュルと回転しながら吹っ飛ばされ、そのまま落下した衝撃でデカい水柱が上がった。顔の左側に大きな紅葉が描かれているのは確実である。

 俺にビンタを決めたアリスは、悲鳴を上げながら脱兎のごとくその場から逃げだした。

同時にパニック祭りが盛大に幕を開けた。

「ふぇえええん! 優斗に見られちゃったぁああああ」

「待ちなさいアリス! 魔理沙、追うわよ!」

「合点だぜ!」

「こっ、こっ……こいしぃいいいいい!?」

「おー、珍しくお姉ちゃんが焦ってる」

「いやん、天っちのスケベ♪」

 巻き起こる大混乱の嵐に、事態はもはや収拾がつかないレベルまで達した。さとりんの慌てっぷりからみて犯人はこいしで間違いないだろう。あと、ヤマちゃんが明らかに面白がっている件については見なかったことにします。とにかくアリスの誤解を解かなければならぬ。誤解というか事故だけど。ヒリヒリと痛む頬をそのままに、彼女を追いかけるべく走り出す。普段の俺なら到底考えられない、限りなくテンパっていた故の血迷った行動だった。

 

「待ってくれぇー、アリスー!」

「なに女湯に入ろうとしてんだい!!」

「ごべやぁっ!?」

 

 もちろんそんなキチガイな所業が許されるはずもなく、お燐の猫パンチ(右ストレート)がビンタと同じ個所に突き刺さり、またまた俺は盛大に吹っ飛んでいった。

 

 

つづく

 




ゆーげっとばーにん♪


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第三十八話 「探偵はYATAIにいる」

いつも2828、あなたの隣に這いよる煩悩、サイドカーでございます。

この物語も間もなく四十話近くになろうとしておりますが、いったい何話まで続くのか作者にもわかりませぬ。
プロットはあるのよ? 予定外に長引いているだけで……

そんなわけで、今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


 お風呂場での大騒乱が鎮静化してからも、戦いの傷痕は残った。

 世界遺産に匹敵する絶景を目の当たりにした代償というか必然というか、俺は女の子達から置いてけぼりにされた。詳細を述べると、逃げ出したアリスとそれを追いかけた霊夢と魔理沙は未だ戻ってこず、さとりんを筆頭に地霊殿組は屋敷に帰ってしまい、ヤマちゃんはキスメのところに遊びに行った。パルスィにいたっては一足先に上がったらしく、何処に行ったかは不明。避けられているわけではないと願いたいが、こうも全員バラバラに散っていかれると泣きたくなってくる。

 とりあえず、こいしの教育は姉に任せるとして、俺が解決すべきはアリスへの謝罪だ。彼女の無防備な姿を至近距離で見てしまったのだ。これはもう事故だとか不可抗力だとか言い訳できる状況じゃない。

 もし近くに教会でもあれば神父さんに懺悔して、ついでに美少女シスターとお近づきになりたいがそれも叶わず。そんなわけで今の俺はといえば……

 

「嫌われた……間違いなく嫌われた。確実に嫌われた……あ゛りずぅううう」

「旦那……気ヲ落トサンデクダセェ」

 

 赤い暖簾と提灯が目立つ昔ながらの屋台の一席、そのカウンターに突っ伏して絶望を嘆いていた。卓を越えた先から炭火焼鳥の香ばしい匂いが煙となって流れてくる。演歌が似合いそうな、和風というよりレトロな造りの店だ。慰めの言葉をかけるタヌ吉と並んで、男二人の寂しい背中……かと思いきや同席者がいたりする。

「あっはっはっは! やっちまったねぇ! ま、こういう時は飲むのが一番さ」

「笑い事じゃないっすよ姐さん……」

 女性にしてはかなりの長身と額の一本角が特徴の鬼。我らの勇儀姐さんが酔いの入った豪快な笑いでお通夜ムードを吹き飛ばす。顔に紅葉マークつけたままフラフラと力なく彷徨っていたら、この方に偶然バッタリと会いました。ちなみに、ここに連れてきた張本人でもある。あと、そんなにバシバシと背中を叩かんでください。酔っ払って力加減をミスられたら速攻で折れます。

 どうにか気を取り直そうと身を上げる。ついでに懐からタバコを取り出し一本咥えた。すると、正面から伸びた人差し指がタバコの先端に近づき、次の瞬間、指の先から小さな火が灯った。紫煙が上り始めたのを確認し、相手に礼を言う。

「どもっす。女将さん」

 

「女将さんなんて柄じゃないよ。妹紅でいいよ、藤原妹紅」

 

 腰まで届く長さの白い髪をした女性が肩をすくめる。白いシャツと赤いもんぺのコーディネートが良く似合う。この女将さん、普段は迷いの竹林に店を構えており、副業?で永遠亭までの道案内もやっているという。どうして今日は地底で営業しているのかと問えば、「移動しなきゃ屋台じゃないだろう?」とあっけらかんと言われた。さいですか。

 慣れた手つきで次々と串に火を通しながら、女将さんもとい妹紅さんが同情染みた表情を浮かべる。

「あんたも大変だね。変わっているともいえるけど。女の柔肌を見た喜びよりも罪悪感の方が上とはね」

「いやまぁ、そりゃ俺も男ですから確かに眼福でしたけど、彼女に嫌な思いをさせてしまったのも事実なわけで……くぅっ、すまねぇアリス! 俺は紳士失格だぁああ」

「はいはい。ほら、これでも食べて落ち着けって」

「うぃ……ついでに麦酒も頼んます、妹紅さん」

「はいよ。あと、さんも付けなくていいから」

 差し出された盛り合わせからつくねをチョイスし、タヌ吉の前にある小皿に乗せる。嬉々として熱々を頬張る子分を眺めつつ、狸って猫舌じゃないんだなぁとか考えていると、姐さんとは反対側に座っていた客人からも話しかけられた。俺らが来たときにはすでに居た先客さんだ。誰かというと、

「あらあらぁ、ゆう君もすっかり泣き上戸ねぇ。店主さん、おかわりもらえるかしら~?」

「天駆さん……意外とトラブルに巻き込まれること多いですね」

 ニコニコと微笑むゆゆ様と、苦笑いの妖夢のダブルスマイル。温泉まんじゅう巡りに出かけた彼女達だったが、甘味ばかりで塩気のあるものも食べたくなったそうな。主にゆゆ様が。亡霊姫の皿にはすでに食されて串のみになった残骸が何本も乗っていた。鬼と亡霊姫のおかげで今日の屋台は大盛況である。

 追加注文の到着を待つ間、ゆゆ様は気品ある動作でゆっくりとお猪口を傾けていた。

「そこまで心配しなくても、アリスはゆう君のこと嫌いになってないわよぉ。ねぇ妖夢?」

「はい、幽々子様の仰る通りです。きっと恥ずかしかっただけではないかと。その……私も同じ立場だったら逃げ出してしまうと思います……」

「そうだそうだ。悪い方向にばかり考えるもんじゃないよ。前向きにいきな、まずは飲みな!」

「はい、麦酒お待ちどう。鬼に便乗するわけじゃないけど、こういうのは時間が解決するものさ。男がいつまでも辛気臭い顔してないで元気出しなさい」

「おお、貴女方は神か……!」

 皆々様方の温かい言葉に涙ちょちょぎれそうです、僕。結果的に女湯を見てしまったクズに対して、なんと寛大なのでしょうか。惚れてまうやろ。

 しかしながら、姐さんや妹紅の言っていたことも一理ある。本音を言えば、今すぐアリスにスライディング土下座したいところだが、少し間を置いてからにしたほうが賢明か。

 熱い声援を受けて俺様復活とばかりに、今しがた出されたジョッキをガシッと掴む。

「あざっす! 男一匹天駆優斗、一気にいかせていただきますッ!」

 そして本日何杯目かもわからぬビールを勢いよく喉に流し込む。瞬く間に中身が消えていき、すっかり空になったグラスをカウンターに置いた直後、急激に平衡感覚と景色が歪み始めた。真っ直ぐに姿勢が保てず、体がぐらぐらと左右に揺れている。あ、これダメなやつだ。そもそも風呂上りに一気飲みとか普通に考えて自爆コースですわ。

 やがて、歪に捻じ曲がった世界が一転して真っ暗になる。お約束のゲームオーバーの瞬間だ。俺は糸の切れた操り人形の如く、テーブルにガンッと頭突きをかまして動けなくなった。

「かゆ……うま……」

「わわっ!? 天駆さん大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

「あーあ。仕方ないね、そこに予備の長椅子があるから寝かせとくといいよ」

 妖夢が驚いた声を上げて、わざわざ俺の後ろに回り込んで背中をさすってくれている。奥で妹紅が何やら指示していたが、もはや思考回路も正常とは程遠く、知らない国の言語に聞こえる。結局、俺はピクリとも反応も示せずに力尽きてしまった。

 

 

 どこからともなく、そよ風が吹く。

 それも一度や二度ではなく、短い間隔で何度も繰り返して起こった。包み込むような、撫でるような、優しい風。ずっと続いてほしいと思える夢見心地に癒される。まだ頭がぼんやりするものの、すぐ傍に誰かがいるのが何となく分かった。薄目を開けると、おぼろげながら短い金髪と顔の輪郭が見えた。いつだったか、前に似たことがあった気がする。

「ありす………?」

 意識と目の焦点が定まらない中、かろうじて声が出た。だが、返ってきたのは予想していた人物のものではなかった。

 

「何ヤケ酒してるのよ、妬ましいわね」

 

「え? あぁ……パルスィ」

 ようやく視界がハッキリする。エメラルドグリーンの瞳とエルフ耳が特徴の美少女の顔が間近にあった。定番の呆れを含んだジト目でこちらを見下ろしている。やっぱり可愛いな。

 そよ風の発生源は、彼女が手にしている団扇だった。現在進行形でパタパタと俺を煽いでくれている。店で使っているやつを妹紅から借りたのだろう。

 そして極めて重要なことが一つ。俺の後頭部に感じる、ほのかな温もりをもつ柔らかさ。クッションにしては上質すぎる心地良さに既視感を覚える。もしや今の俺はとんでもない状況になっているのではなかろうか。

「あのー、パルスィ? もしかしなくてもコレは――」

「大人しくなさい。まったく、何しているかと思えば……」

「えっと、既に聞いてるのか?」

「さとりから聞いたわ。こいしが悪戯したんでしょ? 妬ましい」

 まったくもう、と文句をぼやきつつも団扇を動かす手は止めないあたり、さすがと言わざるを得ない。質問の答えはなかったが、彼女の端正な顔がすぐ近くにあることや俺が横になっていることを合わせると、パルスィに膝枕されていることは間違いない。目が覚めたら天国でした。

「お、目が覚めたか!」

 俺とパルスィの会話が聞こえたのか、姐さんがこちらに気付いた。つられて他のメンバーも一斉に俺達を見る。どうも、ご心配をおかけしました。

 親切なことに妖夢が水の入ったコップを俺のところまで持ってきてくれた。健気でエエ娘さんや。

「どうぞ。少しずつ飲んでくださいね」

「ああ、サンキュな。俺どのくらい寝てた?」

「えぇっと、大体三十分から一時間くらいです」

 至福の膝枕タイムに別れを告げ、上体を起こしてコップを受け取る。ぷはー、水うめぇっす。

 さて、時間的にもイイ塩梅だ。そろそろアリスを探しに行きたいところだが、一体何処にいるのやら。むむむと頭を悩ましている最中に、その大声は聞こえた。

 

「あー! やっと見つけたんだぜ!」

 

 発声の主は普通の魔法使い。犯人はお前だというセリフが似合いそうな感じで、ビシッとこちらを指差していた。

「魔理沙か。まぁ、その、何だ。さっきはすまなかった」

「気にすんなって。というか、私は見えない角度にいたから問題ないぜ。もし見てたらマスタースパークを撃ち込んでいたけどな!」

「そ、そうか。あー、ところでアリスは今どうしている? 会いたいんだが……」

「そのために探してたんだ。アリスなら地上に出る場所の近くにいるぜ。少なくとも怒ってはないから安心して行くといい」

 どうやらアリスの方も落ち着いたようだ。ならば行くしかあるまい、彼女の元へ。

 椅子から降り、妹紅に支払いを済ませる。多少寝たおかげか、足元がふらつくことはない。さすがに酔った状態では格好つかないし。

 時は満ちた。屋台にいた面々に背を向け、さながら赤き弓兵を思わせる男らしさで別れを告げる。

「それでは皆の衆、行って参る」

 俺の言葉に、「ああ、行ってこい」や「お気をつけて」など各々が応える。まるで引退試合に臨むスポーツ選手みたいだが、ある意味で似た緊張感がある。怒ってはいないと魔理沙は言っていたが、はたして大丈夫だろうか。

 

 

 フラグっぽい雰囲気を残して、優斗が無駄に勇ましく踏み出す。

 その後ろ姿を見送りつつ、パルスィは確かめるように脚の上に手を乗せた。つい先ほどまで、彼を膝枕していた箇所。久しぶりに地底に遊びに来たかと思えば、またしょうもないトラブルで自分を騒ぎに巻き込んで。本当に、世話の焼ける男だ。次に来たときには彼の好物だという野菜炒めでも作ってあげようか、なんて思ったあたりでハッとした。軽く頭を振って誤魔化す。

「ほんと、妬ましいわ」

 

「おぉーい、パルスィもこっち来なよ。そんな所じゃ酒も飲めないだろ?」

 

 屋台の方から勇儀の大声が響いてきた。呑兵衛の友人はまだまだ飲み足りないらしい。気付けば白黒魔法使いもいつの間にか同席していて、冥界勢も含めてドンチャン騒ぎになっている。

 パルスィは去りゆく優斗の背中をもう一度だけチラリと見て、わざとらしい溜息を吐きながら彼女達の方へ歩き出した。

「今行くわよ、妬ましい」

 

 

 辺り一帯どこもかしこも岩だらけの道を進み、途中で管理者不在の橋を渡ったりもして幾しばらく。魔理沙が教えてくれた場所で探していた少女を見つけた。彼女の隣にいた紅白巫女が俺の姿を捉えると、人形遣いに耳打ちして飛び去る。あとは二人でごゆっくりとでも言ったのだろうか。

 やがて俺とアリスの距離が縮まり、手を伸ばせば届きそうな幅で向かい合う。アリスは顔を俯かせて視線を合わせてくれないが。さあ、やることは決まっているだろう俺よ。こういう時は男からって慧音先生が言っていた。夢の中で。

「ごめんな、アリス。事故だったとはいえ、女の子に対して不快な思いさせてしまった」

 俺が頭を下げると、反対にアリスがバッと顔を上げた。その顔はまだちょっぴり赤かった。

「違うの! 別に嫌だったわけじゃなくてッ、ただ……恥ずかしかったというか、心の準備が……」

「え?」

「な、何でもない。えっと、私の方こそごめんなさい。思いっきり引っ叩いちゃって……痛かったわよね?」

「いやいやいや、それこそ気にするなって。当然の報いなんだからさ」

「でも……」

 アリスはさらに一歩こちらに近寄り、そっと重ねるように俺の頬に手を添えた。細く柔らかい綺麗な手から温かさが伝ってくる。涙が零れそうなほどに潤んだ青い瞳に見つめられ、思わずドキリとしてしまった。温泉効果によるものか、アリスからいい匂いが漂ってきて頭がクラクラする。アリスの可愛さがいつも以上でえらいこっちゃです。お、落ち着け。ここで台無しにしたらバッドエンドしか残らない。

 不安そうな顔をするアリスを元気づけるため、あと俺の理性が吹っ飛んでいかないために、「まぁまぁ」と普段通りに彼女に笑いかける。

「俺はアリスに引っ叩かれるの嫌いじゃないぞ? あ、言っとくけど変な意味じゃないからな」

「……バカ。本当に、バカなんだから」

「おうとも。バカで結構、それでアリスが笑顔になるなら。よっしゃ、この話はこれでおしまいにするべ。あっちに妹紅の焼き鳥屋が来てるんよ。ゆゆ様とか魔理沙とか続々と集まっている。さとりん達も連れて一緒に行こうぜ」

 温泉でのアレコレは酒に流して、派手に面白くいこうじゃないか。パーティタイムはこれからだ。俺の誘いにアリスも賛成する。俺と同じく明るい表情で、パチッとウインクを決めた。萌えた。

「いいわね。それなら、まずは地霊殿ね」

「うむ。さとりんの教育指導がこいしに効いているか見にいきますか」

「上手くいっているのかしら?」

「全然効いてなかったりしてな」

 飄々として反省しない妹に手を焼く姉の姿が容易に想像できる。アリスも同じイメージをしたっぽい。俺達は顔を見合わせて同じタイミングで吹き出したのだった。

 

 地霊殿までの道のり、どこか上機嫌のアリスが俺の数歩前を歩いている。

 突然、彼女はタンッタンッとスキップしてさらに距離を広げるとその場に立ち止まった。よくわからんけど俺も足を止める。

 どうしたのかと首を傾げていると、背を向けたままアリスの声が聞こえた。

「優斗」

「ん? どした?」

「えへへ、呼んでみただけ」

 アリスはくるりと振り返って、楽しげな悪戯っぽい笑顔をみせた。その可憐な笑みと、スカートの裾がふわりと広がるのもあいまって、まるで青空のもとに咲き誇る彩り鮮やかな花畑のように綺麗だった。鼻血出して失神しそうです。

 彼女につられて頬が緩むのもそのままに、俺もお返しとばかりに声をかける。

「アリス」

「何?」

「いーや、呼んでみただけでござる」

「もう、さっきの仕返しのつもりかしら?」

「はっはっはっ、アリスの名前を呼びたい気分だったのさ」

「ふふっ、何よそれ」

 それから、お互いの名前を呼んだり呼ばれたりが交互に続いた。呼ばれた方が何かと聞けば、呼んだ方は何でもないと答えて、可笑しさが堪えきれずに揃って笑う。いつしか二人の前後の距離はなくなり肩を並べて歩いていた。まったくもって幸せな気分だ。もう幻想郷に引っ越そうかな、なんて思えてくる。アリスと一緒にいる時間、プライスレス。

 さてさて、二人きりの散歩を満喫したその後は、皆で楽しく宴会といきまっしょい!

 

 

 数時間後、酔っ払ったヤマちゃんに抱きつかれて、何故か俺が金髪美少女二人に半殺しにされたのは酒のせいだと信じている。

 

 

つづく

 




フロニャルドの平和な世界観が良い。
姫様可愛い。
個人的にユッキーが好みです。あとベッキーも。


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第三十九話 「今日から俺が!」

ポッキーの日までには投稿しようと決めていた(震え)

今回はいつもと少々違う雰囲気かもしれませぬ。
ジャスト?一ヶ月ぶりですが、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 俺とアリスがこいしを連れて地底に遊びに行ったあのときから、数日が経過した。

 外に出て、いつも通り気分と流れに身を任せていたら人里に辿り着いた。集落の中もまた普段と変わらず、人々の活気と喧騒で溢れていた。幻想郷に実在するファンタジーな種族と比べると、人間の命は寿命も含めて儚いものだ。この安全地帯から一歩踏み出せば、知能のない低級妖怪や獰猛な獣に襲われるという話も珍しくない。とはいえ、妖怪退治に関しては霊夢が活躍するときもあるだろうし、民間人だって何かしらの対策を持っているはず。厳しい世界で生き残るために知恵を振るうのもまた人間というわけだ。

 さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろう。一つだけ気をつけておかなければいけない。ズバリ、思いもしないところで危険な目に遭うってのは、現代でも幻想郷でも変わらないのである。

 

 

「ええ! 阿求様も小鈴も一般人なのに能力を持っているのかい?」

「うわ、何ですかそのわざとらしい喋り方」

 久々な俺のマスオさんボイスに若干引いている少女が一人。天真爛漫で表情豊かな彼女は、こういうマイナス方向のリアクションも大きい。鈴奈庵の自称看板娘は色々と遠慮がなかった。そんなわけで拙者、鈴奈庵なうで候。ちなみに一人で来た。アリスは別行動中である。

 加えて、俺のすぐ近くに看板娘の他にもう一人乙女の姿があった。小鈴とは対照的に楚々とした佇まいの彼女は、柔らかな笑顔で相変わらずの大和撫子っぷりを披露していた。

「天駆様はご存じではありませんでしたか? 能力については自己申請なのですが、発現は生まれつきであったり、後々に目覚めたりと人によって異なるものなのです。たとえば、私には一度見たものを忘れることなく記憶する能力があります。厳密に言えば少々異なりますが、稗田家の当主が代々受け継いでいるものです」

「あいやー、どこぞの禁書目録みたいな能力っすね。んじゃあ小鈴の場合は?」

 小動物系少女の方を見ると、当人は「待ってました!」といわんばかりにキラキラと目を輝かせて興奮気味に語りだした。

「ある日突然色んな文字が読めるようになっちゃったんですよ! 古文から英語まで何でもオッケーです! すごいでしょう!?」

「おうふ、二人揃って学生涙目のチートスキルの持ち主ときましたか。そんでもって小鈴の方は覚醒タイプと。文字に関係した能力が発動するあたり、貸本屋の娘さんにはうってつけやね」

「そうなんですよー。やっぱりこれって必然だったりするんですかね?」

 楽しそうにコロコロと笑う小鈴の姿から、年相応の明るさを感じさせられる。しかしまぁ、阿求様はともかくとして完全にパンピー(死語)だと思っていた小鈴ですら能力持ちだったとは、誠に遺憾である。俺って立ち絵もないモブキャラ扱いなのだろうか?

 テンションがヒートアップして愉快愉快と高笑いする看板娘の傍らで、呆れとも苦笑ともつかない微妙な表情を浮かべている稗田家当主に気付いた。ついでにいうと、書物がらみの共通点があるためかこの二人、結構な仲良しさんなのである。

「どうかされましたか、阿求様?」

「いいえ、大したことではないのですが……小鈴が能力を得たおかげで、この頃彼女の好奇心に一層の拍車がかかってしまいまして。時折行き過ぎた行動を起こしてしまうことも」

「トラブルメーカーというわけですか。ある意味俺も同類なので、その好奇心は否定しづらいところです。が、阿求様にご負担がかかるのはいただけませんな」

「うふふ、ありがとうございます。でも、私のことはお気になさらないでくださいな。あの子は昔からそうでしたから」

 そういってお淑やかに一礼する阿求様の気品溢れる振る舞いに、ついついだらしなく頬が緩む。阿求様マジ大和撫子。守りたい、この笑顔。

 俺と和風令嬢の和やかトークに花が咲いていたところで、演説レベルの語りを繰り広げていた小鈴が、表情を一転させてぷくーっと頬を膨らませてきた。

「ちょっと、私の話ちゃんと聞いてます?」

「ああ、悪い悪い。それで、何だって?」

「ですから、妖魔本の封印を解くのも可能になったんですよ。前にも話しましたけど、妖魔本というのは何らかの形で妖怪が関与している書物をいいます。妖怪が書いた本が典型ですが、中には妖怪そのものが封印されている類もあるんです。ただし、こちらは貴重なので貸出料は高いですけどね。借りていきますか?」

「だが断る。それ以前に封印されていた輩を解き放つとか、フラグ臭が半端ないのだが? 野放しにできないような危険度だから本に閉じ込めたんでしょうよ。あぶねーべ?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。逆にいえば本に閉じ込められてしまうくらいに力が弱まったとも言えますし。たまーに勝手に出てきちゃうこともなかったわけではないですが、その時はその時で意外と何とかなりましたから。それに、いざって時は霊夢さんにでもお願いしちゃいます」

「とんでもねぇプラス思考やで、この子。いやはや、阿求様の気苦労が忍ばれます」

「ご察しいただけて何よりです……はぁ」

「何々? 二人して、女の子の顔見て溜息つくなんて失礼じゃない?」

 俺と阿求様に憐みの眼差しを向けられて、小鈴は再びハムスターを彷彿とさせる頬袋を作る。つくづくこの嬢ちゃんは小動物っぽい仕草が似合う。隣の令嬢がもつ上品さとのコントラスト効果もあって、互いの個性が良く映える。白玉楼のコンビとはまた違った良さを見た。

 話を戻すと、俺が先ほど阿求様に言ったように、小鈴の気持ちが分からんでもない。彼女は好奇心と探究心が人一倍強いタイプなのだろう。かくいう俺だってそもそも留学しようとしなければ、幻想郷に来ることもなかったわけで。ってことで、この娘の手綱は身近な人たちに任せませう。言っておくが、決して逃げでも責任転嫁でもない。

 はてさて、さしあたっては噂の妖魔本でも見させてもらおうか。実のところ、俺だって気になるのである。

「んで、鈴奈庵イチオシの妖魔本はどのようなもので?」

「ふっふっふ、やっぱり気になっちゃいますか? いいでしょう、お見せします」

 なにやら怪しい笑いを見せながら、少女は本棚に立てかけてあった梯子をよじ登り、棚の上に置いてあった一冊を手に取って戻ってきた。このように他にも本棚に入りきらなかった本は、棚の上だったり床の上に積み重なっていたりと、至る所で店のスペースを占領している。収納スペースを追加する予算はないのか気になるところだ。紐で縛ってあるやつとか、間違って廃品回収に出されても文句はいえへんで。

 あと、スカートで高いところに行くのはいささか無防備ではないだろうか。あー、でも文もミニスカで飛び回ってるよな。もっとも早すぎて見えないし、万が一にでも見えたらアリスに確実に怒られる。

 

 その後、三人でテーブルを囲んで件の本を広げた。パラパラと捲っていく中、小鈴がとあるページで手を止めた。紙面にはいかにもな妖怪の絵と、波線にしか見えない歪んだ文字らしきものが記されている。見たところ、別段これといった違和感はない。

「ふむふむ、中身は魑魅魍魎が一、二……全部で五体か。こう言っちゃ失礼だが、普通の図鑑と違いがわからんな。何でも鑑定団に出品するか?」

「鑑定しなくても間違いなく本物の妖魔本です。それも妖怪が直接封じられているもの。何がすごいかというと、実は中身が増えているんです。初めは三体くらいだったのに、気が付いたら五体になってました。近いうちに百鬼夜行絵巻の類似品になるかもしれませんよ?」

「ちょっと待って小鈴。鈴奈庵にこんな本あったかしら?」

「さすが阿求、よくわかってるわね。そうよ、さらにこれは最近仕入れたばかりの新商品でね。さらにさらに、多少だけど妖気を感じるわ。かなり新鮮な妖魔本ね」

「また危なっかしいものを……」

 どうやら阿求様は小鈴と話すときはタメ口になるらしい。いや、そこは重要じゃない。

 改めて、本に描かれたそれぞれに注目する。RPGの序盤に出てくるモンスターという例えがピッタリな、小型と推測される怪物。大きな口から牙を覗かせているコウモリはドラクエにでてくるアレっぽいし、ヤモリを鋭くさせたようなドラゴン未満もいれば、残りは食器やら瓶に足が生えた見た目の付喪神。

 その中に一つ気になったところがあった。指差しながら小鈴に問う。

「この雑すぎる稲妻模様は妖怪の文字か? 俺じゃ全く読める気がしないのだが、小鈴だったらこういうのを読めるん?」

「ふふーん、そうですよ。では、私が代わりに読みましょう。えぇっと、『封を解きし言の葉、――』」

「ッ!?」

 彼女が発した内容の意味から、厄介な事態が起きると瞬時に理解した。危ない、と本能が警鐘を鳴らし、不快な寒気が背筋を這い登る。考えるよりも早く、俺は咄嗟に傍らにいる少女たちの肩を掴んでテーブルから引き離した。それはまさに紙一重の差だった。

 直後、本の中に封じられていた魑魅魍魎が実態を持ち、一斉にページから飛び出してきた。想像以上のスピードは、まるでドラゴンボールが世界中に散っていくさまを連想させる。紙に描いてあったサイズより一回り大きくなっている異形の怪物は、店内の書物や道具を次々と蹴散らしていく。壁に張り付いたかと思えば本棚へ飛び移り、間髪入れず天井へ向けて跳躍したりと、決して一箇所にとどまることなく駆け回る。まるで台風がご来店されたのかと錯覚する、見境のない暴走。

『きゃああああああ!?』

「やべぇな……!」

 完全に油断していたと反省するがもう遅い。力が弱まって封印されていた類といっても相手はガチな魑魅魍魎。しかも言葉の通じない低級妖怪となっては一般人にはあまりにも分が悪すぎる。彼女達の身が危険に晒されている以上、早くどうにかしなければ。

 焦りでブレる思考回路をフル回転させて打開策を模索するのも束の間、小鈴が悲痛な声で叫んだ。

 

「阿求ッ!! 危ない!!」

「やっ……!」

 

 弾かれたようにバッとそちらを振り向くと、瓶の付喪神が阿求様に向かって今まさに体当たりを仕掛けようしていた。華奢な彼女にあんなものが当たれば無事では済まない。それだけは……俺の目の前で女の子が傷つくなんてことだけは、絶対にあってはならない!

 付喪神が彼女に突撃するよりも早く、俺は阿求様の前に滑り込んだ。

「天駆様!?」

 彼女が俺の名を呼ぶのが後ろから聞こえる。その言葉に応える暇もなく、陶器による鈍器クラスの一撃が俺の腹にめり込んだ。内臓もろとも押し潰そうとする圧力に、吐き気を催す痛みが胃の奥から込み上げてくる。加えて体内からメシッと鈍い音が聞こえた。

 耐えろ。リバースするなどもってのほかだ。このくらいフランのロケット頭突きに比べれば三分の一の威力もないだろうが。壊れるほど愛しても三分の一も伝わらないのだ。

「ッガァアア!」

 ゼロ距離にいる付喪神が俺から離れるよりも先に、ターゲットをガシッと捕獲する。そして抵抗する隙も与えずに、俺はそいつを床に思いきり叩きつけた。体が瓶のそれは衝撃に耐えられるはずもなく、甲高い音をたてて粉々に砕け散り、物言わぬ残骸と化した。

「ふー……」

 スイッチ切り替えの合図として、深く息を吐く。

 仲間をやられた怒りか単にデカい音に興奮しただけなのかは定かではないが、どうやら残りの魑魅魍魎は全て俺に狙いを定めたようだ。敵意がビシビシと向けられているのを肌で感じる。

 念のため少女たちに注意を促す。

「危ないから二人とも下がっているんだぞ」

「優斗さん!」

 本当はやりたくなかったのだが、阿求様に手を出そうとしたのを見てしまったからにはやることは一つ。ここから先はいつぞやのデート権争奪戦とはわけが違う。俺は久しぶりにおふざけなしの喧嘩モードで身構えた。

 

 

つづく

 




久々にアリスが出なかった。


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第四十話 「これはバトルですか? ~はい、いつもはラブコメです~」

やっほぃ! 勢いに乗ったサイドカーは止まれないぜ!

皆様、御機嫌よう。
一ヶ月も待たせたり一週間以内に投稿したりと、やりたい放題なサイドカーでございます。
そんなこんなで最新話、今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


あと今週のオルフェンズの戦闘シーンに興奮しすぎてヤバかったです。


「ドラァッ!」

 さっきまで俺達が囲んでいたテーブルをありったけの脚力で蹴り上げる。打撃を受けた卓が荒々しく起き上がり、楕円形の面を横に向ける。それは敵の行く手を阻む即席の壁となり、目の前まで迫っていた付喪神二体と正面から激突した。木材と陶器が奏でる鐘に似た音が室内を木霊する。間もなくして、付喪神だったものは脚が消えてただの食器に戻り、空しげに足元を転がっていた。小鈴の発言はあながち間違いではなかったらしい。とにかく一撃当てればコイツ等を倒すことができるとみた。

 次の標的を捉えるべく、目を凝らして天井を見上げる。キキィーッと耳障りな鳴き声を上げて、バサバサとを飛び回るドラキーをロックオン。ヤツは他の連中と違い、ほとんど同じ所を羽ばたいていた。その様子は灯りに群がる蛾を思わせる。

 その辺にあるものを投げつけたところで、撃ち落とすのは難しいだろう。辞書なら話は別だが、敵も本が当たったくらいでは致命傷にはなるまい。ならば、リーチの長い得物で直接叩き落としてやる。

「ちょいとコレ借りるぜ!」

 そう告げて俺が選んだ武器は、先ほど小鈴が上っていた梯子。立てかけてあっただけの道具を両手で握りしめ、「せぇーのっ」と一旦後ろに溜めを作る。直後、バルバトスの初出撃シーンの如くコウモリ目がけて振り下ろした。重量級の一撃は見事ターゲットの眉間にクリーンヒットし、敵はギギィッ!? と濁った鳴き声とともに霧散した。残り一体。

「天駆様! 左からッ」

「!? グぁッ……」

 阿求様の警告に反射的に仰け反る。顔面すれすれの目の前をサラマンダーもどきが掠めて行った。ヤツの攻撃を完全に躱しきれず、刃物の切れ味を持つ爪が、すれ違いざまに額の皮膚を切る。斬撃のみならず、ズキズキと痛む腹での無理な姿勢に負荷がかかって苦痛の声が漏れた。

 歯を食いしばり痛みを堪える中、赤い滴が傷口から瞼の横にかけてダラリと垂れる。阿求様たちが悲痛な顔で息をのむのが視界の端に映った。申し訳ない。もうちょっとだけ、耐えてください。

「避けて! また来ます!」

 今度は小鈴が叫んだ。彼女の言う通り、攪乱するように周りを跳躍していた爬虫類が再び一直線に飛び掛かってくる。だが、むしろこの瞬間を待っていた!

 小鈴の言葉に反して躱すことなく真正面から睨み合う。鋭い爪と尖った牙が眼前に差し掛かった刹那、無能力者の幻想殺しばりの右ストレートをブッ放つ。

「天元突破ぁあああああ!!」

 クロスカウンター。渾身の拳は敵の刃と交わり傷を負いながらも決して勢いを落としはせず、相手の顔面にしかと突き刺さった。ドサリと力なく落ちた最後の一匹はしばらくもがいていたが、やがてしゅぅと音を立てて煙となって消えた。

 

 

 数分にも満たない激闘が終わり、店に静寂が戻る。

「助かった……の?」

「…………」

 事態がうまく飲み込めずにいた小鈴が、誰に問うわけでもなく呆然と呟いた。わずかな時間で自分の家がこうもメチャクチャにされてしまったのだから、放心するのもあるまい。阿求様も声は出せてなかったが、似たような気持ちだと想像がつく。

 危ないところだったが……何にせよ、彼女達が無事で良かった――ッ!?

「い゛ッ……がぁ!?」

「天駆様!? 小鈴、救急箱! 急いで!」

「わ、わかった!」

 遅れてきた鈍痛に膝を曲げてうずくまる。お得意のやせ我慢が間に合わなかったことが悔やまれた。まったく、最後の最後でカッコ悪いじゃないか。小鈴が店の奥に引っ込むのをどこか遠目に見送る中、そんなしょうもない考えが頭の片隅を過った。

 あと、アリスがこの場に居なくてよかったとか、むしろ居てくれた方がよかったんじゃないかとか、まとまらない思考が無限ループで堂々巡りしていた。

 

 

 ものっそい急いでくれたおかげで、数分とかからず小鈴は救急箱を手にして戻ってきた。というわけで、ただいまワタクシ手当の真っ最中なのでござるが……

 

「すごくカッコ良かったです! 私ビックリしちゃいましたよ。もう戦い慣れてるっていう感じ、実は強いんですね!? あ、でも前に里でも大健闘してたんでしたっけ?」

「あー……いや、そのだな」

「小鈴、今は手当を優先すべきよ。天駆様、このような怪我までされて……他に痛むところはありませんか?」

「えと、大丈夫っす。そんなことより、お二人とも平気なんですか? ……こんな乱暴な男の近くに居て気マズくない?」

 腕やら頭やらに傷薬を塗ったり包帯を巻いたりしてくれている女性陣に、おそるおそる問いかける。すると、二人はピタッと動きを止めてお互いに顔を見合わせていた。わっしょい、沈黙が傷に染みるぜ。

 やがてアイコンタクトが終わったのか、少女らは呆気にとられた表情を俺に向けた。ポカーンなフェイスのまま口を開いたのは小鈴の方だった。

「何言ってるんですか?」

「……えぇえ?」

 まるで馬鹿を見るような目の小鈴と、可愛そうな人を見るような目をした阿求様に、俺も予想外な事態に戸惑いが隠せない。汚物を見るような目をされなかっただけマシなのだろうか。俺はいたってノーマルな趣味の持ち主ゆえ、そういうので興奮したりはしないぞ。って違う、そうじゃない。

 おかしいだろう、この状況は。なんで彼女達はこうもいつも通りなんだ。だって、俺は――

 

 

 

『―――ッ! ―――ッ!』

『――!?』

『―――』

 

 

『乱暴な人は……嫌いよ』

 

 

「……ッ」

 ふと脳裏をかすめた光景に思わずギリッと奥歯を食いしばる。無意識に拳を握りしめたせいで傷口が広がってしまったのか、右手に巻かれた包帯がじわりと赤く滲んだ。

「あの、どうかされましたか? やはりどこか痛むのですか?」

「そうじゃないんす……そうじゃなくて、不快じゃないのか? 俺は暴力を振るったんだぞ? それも君たちの目の前で」 

 阿求様に敬語を使うのも忘れて質問を重ねる。傍から見ても自分が困惑しているのがわかる。ダメだ、どうにも理解が追い付かない。仕方がなかったとはいえ、あんな野蛮な暴れ方を晒したんだ。だから、俺は彼女達から幻滅されるだろう……そう覚悟していたのに。

 一体、なぜ――どうしてこの少女たちは前と変わらない態度で俺と話している?

 焦る自分とは裏腹に、疑問まみれで百面相になっている俺の顔が可笑しかったらしく、小鈴が「ぷぷっ」と遠慮なしに吹き出した。さすがに吹き出したりはしないが阿求様も似たニュアンスの笑みをしている。何でや、ここ笑う場面じゃないでしょうよ。

 だが直後、二人はしっかりと俺の目を見つめて同じタイミングで答えを口にした。

 

『だって、私たちのこと守ってくれたでしょう?』

 

 

「…………そりゃ反則っすよ」

 あまりにも真っ直ぐな答えに、もうなんか色々と負けた気がして脱力する。乾いた笑いが漏れるが、どこか清々しい気分でもあった。

 言葉にできない感情の揺れに、油断するとうっかり泣きそうになる。それを誤魔化すように俺は天井を仰いだ。

 やれやれ、どうやらこの世界は俺が思っていた以上に一味違うみたいだ。ゆゆ様が言っていた「幻想郷は全てを受け入れる」という言葉が、今になって心に染みる。もしかしたら――この世界には救いがあるのかもしれないな。

 

 

「ところで、問題が二つほどあるんですがどうしましょう?」

 突如として、小鈴が神妙な顔つきでそんなことを言い出した。話しを遮るわけにもいかず、俺は彼女に続きを促した。

「問題とは何ぞ?」

「こほん。えー、一つはこの惨状と化した店内の片付けです」

 そう告げると、彼女は室内をぐるりと見渡す。撒き散らされた本の数々、ひっくり返ったテーブル、破片となった瓶の亡骸などなど。挙げればきりのないゴチャゴチャパラダイスだった。俺もこの状況を作った一人なので耳が痛い。といっても非常事態だった故、やむを得なかったのだが。

「Oh……さすがにこのままじゃマズイよなぁ。しゃーない、皆で片付けるか。よいしょイエ゛アァアア!?」

 立ち上がろうとした途端、腹がズキッと悲鳴を上げて俺自身もどこかで聞いたことのある悲鳴を上げた。バカな、もしや骨にも響いているというのか。ヒビが入っているというのか。

 ビクビクと気色悪い痙攣をしている俺を見やり、阿求様が小鈴に確認をとる。

「もう一つの問題は、これかしら?」

「せいかーい。良さそうな薬がないんだけど、どうしたらいいと思う?」

「へ、へる……へるぷ……」

 瀕死の一名も交えてうんうんと頭を悩ませていた、まさにその時、

 

「こんにちは~、薬の交換に来ました~」

 

『いらっしゃいませぇえええ!!』

「ひいッ!? な、何なの!?」

 俺と小鈴の熱烈な歓迎を受けたウサミミ少女がドン引き通り越して恐怖に顔を歪ませた。特に、床に倒れていた男がバネを思わせる勢いで飛び起きたのだから、彼女のSAN値に影響したかもしれない。一方で阿求様だけ大声を出さなかったあたり、さすがのお淑やかさだと思いました。

 

 

「あらら、これは随分派手にやっちゃったわね。体の方も、店の方も」

 素晴らしきタイミングで訪ねてきた鈴仙にかいつまんで事情を説明すると、彼女はすぐに俺をペタペタと触診して、残念そうに目を伏せた。ちょっと、手遅れみたいなんで止めてくれません? 可愛い女の子から触れられるのは嬉しいんだけれども。

「詳しいところは師匠に診てもらわないとわからないけど、どうする?」

「うぅむ……こうなった以上は行くしかないか。あー、できれば痛み止めとセットで処方箋をいただけるとありがたい。アリスに心配かけたくないから、こっそり治していく方向で頼んます」

 鈴仙にこちらの希望を伝えると、彼女は苦々しい表情で「あぁ~」と俺から顔を背けた。さすがにそこまで都合のイイ展開はなかったか?

 しばらくして、ウサミミ少女はポリポリと頬を掻くと非常に言い辛そうに口を開いた。

「ごめんなさい。その要望は応えられそうにないわ」

「いやいや、俺の方こそ無理難題言ってすまんね。そんな便利な薬あるわきゃないよな」

「ううん、薬の方は大丈夫よ。師匠なら作れるだろうから。問題はね……」

 またしても口をつぐむ鈴仙。見れば、どういうことなのか阿求様と小鈴も似た表情をしている。こう、負けが確定している戦いを見ているのに近い、悲愴の顔であった。

 俺だけが状況についていけない中、ついに鈴仙がその事実を告げた。

 

「あなたが怪我を隠したい相手……来てるわよ」

 

 鈴仙の発言の真偽を確かめる必要はなかった。

「優斗……!!」

「ファッ!?」

 店の入り口からご立腹の様子でこちらに迫ってくるのは、まぎれもなくアリスだった。ご本人登場であった。ビックリし過ぎてうっかり変な声が出た。

 彼女は眉を吊り上げて鋭い目つきで俺を見据えている。天使のような可憐な容姿からは想像できない、魔王の如き威圧感に腰が抜けた。アリスから放たれる覇者のオーラに、全てバレているのだと本能が悟った。先ほどまでとは別の危険を感じ取り、気付けば俺は情けないくらいにオロオロしながら弁解していた。

「ま、ま、待てアリス! 話せばわかる! っていうか情報早すぎじゃない!?」

「紫が来て逐一丁寧に報告してくれたわ。小鈴ちゃん達も危なかったから仕方なかったことも理解してる。だけどね……どうしてそうやって無茶ばっかりするの? 気を付けるって紅魔館で言ったこと忘れたの? もし取り返しのつかないことになったらどうするの?」

「ぅぐ、返す言葉もございません――いひゃい、いひゃい。ゆるひへ~」

 静かな怒りを身に宿したアリスにギューッと頬をつねられる。今度は声を荒げず無表情での質問攻めという斬新なお説教に戦慄が迸る。言い訳のしようがなく俺が悪いので、ここはひたすら謝るしかない。というか紫さん、俺の監視でもしてたんですか。しばらくお会いしてなかったけど、相変わらずやってくれるぜコンチクショウ。

 折檻の姿勢のまま、アリスは小鈴にもお叱りの言葉を投げた。

「小鈴ちゃん、これから慧音が来る手筈だから片付けを手伝ってもらいなさい。そのあとの指導も任せてあるから。危険なものを軽々しく使った罰よ。阿求さん、後はお願いしてもいいかしら?」

「そ、そんなぁ~」

「ええ。承りました」

 四つん這いの体勢でがっくりとうなだれる小鈴。今回の原因が彼女にもあることさえ知られているようだ。そのうち霊夢からガサ入れが入って、妖魔本を根こそぎ没収されるのではなかろうか。

 かくして、人形遣いが来たことで決定権が全て彼女に委ねられてしまった。アリスは俺の頬から手を離すと、こちらを見守っていたウサギ少女に話しをつけた。

「鈴仙、今から永遠亭に優斗を連れて行くから手伝ってくれる? 私が手を抑えるから、あなたは両足をお願い」

「わかったわ。アリスったら容赦しないのね、彼は怪我人なのよ?」

「いいの。心配かけた罰なんだから。治療も一番痛い方法でしてね?」

「ああ、それはうちも助かるわ。その方が早く治せるもの」

 ニコニコとガールズトーク?を繰り広げながら、アリスは俺の両手首をしかと掴み、鈴仙は俺の左右の足をガシッと両脇に抱える。完全に拘束された。担架がないからとはいえ、いくらなんでも運び方がダイレクトすぎませんかね。しかも会話の内容が不穏よ。

 こうなったら最終手段、義理と人情に訴える作戦でいくしかない。

「堪忍や~、オラぁ注射はイヤだぁ……仙豆をくれぇー」

「あら、優斗ってば注射が怖いの? いいこと聞いちゃった」

「逆効果!? ごめんってアリス! 反省してるから許してくれまいか? な?」

「イヤ。一度くらいは痛い目みないと許さないんだから」

「あのー、もう遭ってるでござるよ?」

「知らない。優斗のバカ……ホントに心配したんだもん」

 

 必死の抵抗もむなしく、俺は人形遣いと兎っ娘の二人に四肢の自由を奪われた状態で鈴奈庵から外に連れ出された。己の情けない姿が白日の下に晒され、たまたま近くを通りかかった人たちの視線がすごく痛い。もはや公開処刑です。

その恰好のまま空を目指して浮き上がり、俺は永遠亭に搬送されるのであった。

 

 しばらくして、人里の方からガンッと!というデカい打撃音に続けて『にゅぁ゛あ゛あ゛あ゛』という少女の悲鳴が木霊して聞こえてきたのは記憶に新しい。

 

 

つづく

 




次回
「第四十一話 流されて永遠亭」

へるぷみー、えーりん


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第四十一話 「流されて永遠亭」

長い目で見れば一ヶ月単位での定期更新(白目)

どうも皆様、サイドカーでございます。
今年一年間も東方人形誌を読んでいただき、ありがとうございました。
来年もこの物語をよろしくお願いします……と言うにはまだ早いですかね?

さてさて、何はともあれ最新話でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「入院ね。少なくとも一週間は養生すること」

 

 現実は無常だった。誠に遺憾である。

 俺の正面に座っている永琳先生がカルテを眺めてキッパリと言い放った。この人と会うのは宴会のとき以来だが、メガネと白衣が似合いそうだと常々思っている。先ほど俺が美少女二人に運搬クエストされてきたときも、顔色一つ変えることなく普通に出迎えてくれた猛者でござった。

 何となく、自分が腰かけている事務用品っぽい丸椅子を回してみる。たまにやりたくなるよね、コーヒーカップごっこ。一周してわかったのは、ここは永遠亭の診察室ということ。棚にしまってある薬品と思しき瓶の数々や、視力測定で使う大小様々なC文字の張り紙が置いてある。病院より学校の保健室に雰囲気が近いかも。

 しばらくクルクルと回っていたが、永琳先生が無言で俺を見ているのがつらくなってきたので止めた。「ごほん」と咳払いを一つし、何事もなかったかのごとく真顔で問う。

「マジっすか」

「嘘ついても仕方ないでしょう。それとも手術してほしい? お望みなら瞬時に治る便利な薬も用意できるわよ。効き目が強すぎて副作用が表れる可能性もあるけど構わない?」

「しばらくの間お世話になります、ドクターヤゴコロ」

 もはや脅迫に近い選択肢に、俺は迷わず入院を選んだ。中身が極端すぎて絶対選択肢と同じくらい怖いわ。っていうか一瞬で怪我が治る薬って何ぞ? どんな材料が使われているのかワタシ気になるのですが。ホントに仙豆があったりするのだろうか。

 もっとも仙豆云々はともかくとして、このお方、なんとビックリなことに不老不死のお薬はホンマに作れるらしい。もう何でもありやね、この世界。

 やがて頃合いを見計らって、同席していたアリスが口を開いた。

「珍しいわね、あなたなら薬で即解決しちゃいそうなのに」

「偏見ね、私だって患者の要望くらいは聞きます。それに勿体ないじゃない。ただの人間しかも外来人なんて貴重なサンプルをすぐに手放すなんて」

「あたしゃモルモットですかい、先生?」

「冗談よ。大袈裟な怪我ではないものの、一応の様子見ってところです。念のため、痛み止めと回復を早める栄養剤を処方しておきましょう」

 いやはや、この女医さんが言うと冗談に聞こえないから心臓に悪い。まぁ、重症ではないとお墨付きをもらっただけありがたい。

 今更なのだが、この永遠亭。竹林の奥に居を構えているというのもあって、なかなか和の趣を感じる屋敷だったりする。白玉楼が優雅さを体現しているとすれば、こちらは風流さが表れている。平安貴族が住んでいそうな、ああいう感じの屋敷。歴史の教科書とかに載ってない?

 入院という形はアレだが、こういった場所で過ごしてみるのも面白そうだ。すると、今度は永琳先生がアリスに尋ねた。

「貴女がよければ、彼が治るまでアリスもうちに居ない?」

「私? 別に怪我も病気もしていないけど」

「保護者役としてよ。患者が脱走でもして竹林で迷子になったら困るから。なんとなくだけど、彼そういうことしそうだし……離れ離れよりは一緒に居た方がいいでしょう?」

「ふぇえ!? な、なっ、なんでそうなるのよ!」

「残念、交渉決裂かしら。ところで天駆君は彼女にいてほしい?」

「もちろんっすよ。むしろアリスに会いたくなって脱走すると、ここに宣言します!」

「宣言されても困るのだけど」

 永琳先生からの質問に、俺は高らかに逃亡を予告した。この天駆優斗、見くびってもらっては困る。アリス絡みとなれば病院から抜け出すくらいわけないぜ。まぁ、脱走したら八意印の鎮静剤(副作用あり)でも注射されて、冗談抜きでモルモットにされる危険性もありそうだが。

 同時に、人形遣いの顔がカァアアッと赤く染まっていった。俺の視線に気づき、彼女は表情を隠すように顔を背けてしまう。そんな俺達の様子に永琳先生が意味ありげに目を細めている。やがて、彼女はどこかヤケクソ気味に「あーもう!」と声を上げた。

「わ、わかったわよ! しばらく厄介になるわ! ……そんなこと言われたら断れないじゃないの、バカ」

「そうしてくれると助かるわ。心配しなくても部屋なら余っているから問題ないわよ。あぁ、それとも相部屋の方がよかったかしら?」

「~~~~~~っ!!」

「あら、熱があるようね。解熱剤も処方しておきましょう」

 耳まで真っ赤になった少女に睨まれてもドクターの余裕は変わらず。永琳先生はどこか芝居がかった口調で椅子から腰を上げ、棚の方に向かった。チラリと見えた横顔が含み笑いをしていたのは気のせいかしら。

 何はともあれ、こうして一週間にわたる俺の入院生活が始まったのだった。

 

 

 時は流れて、あれから早くも数日。

 永遠亭での過ごし方がどんなものになっているかといえば、よくあるイメージの病人ライフとは大きくかけ離れていた。アリスと一緒に永遠亭にホームステイかお泊り会している気分だ。

 というのも、俺自身が肋骨にヒビが入っているのを除けば切り傷が少々ある程度で、筋トレとかしない限り元気なんですもの。アリスの方は世話になるお礼にと、永遠亭での家事を手伝っている。「医療は専門家の仕事だけど、せめてこれくらいは良いでしょう?」というのがマーガトロイド談。実際、彼女のおかげで皆さん特に鈴仙が助かっているのが感じ取れた。アリスの女子力ハンパねぇっす。

 あと本当に俺が脱走しないためにか、永琳先生のご厚意で屋敷の敷地内を散歩する許可をもらった。というわけで現在、俺とアリスは中庭に足を運んでいる。そこには、

 

「ふふっ、みんな元気ね。私達のこと歓迎してくれているのかしら?」

「おお、えらくテンション高いなコイツら。しかしまぁ兎ってここまでアグレッシブなんねぇ」

 

 小さくて白いもふもふの動物が俺達の周りを飛び跳ねていた。丸々としていて、その姿は雪見だいふくを思わせる。その正体は迷いの竹林に住む白兎である。数も一匹や二匹ではなく、あちらこちらでスーパーボールさながらのジャンプをアピールしていた。

 そうそう、一つ補足すると「迷いの竹林」と呼ばれる由来は自生する竹そのものにある。成長が早いおかげで景色がすぐに変わってしまい、まるで不思議のダンジョンみたいな場所になっているのだ。そんでもって、永遠亭の住民以外でこの不確定な領域を迷わず進める稀有な人物が、前に地底で焼き鳥屋をしていた藤原妹紅である。彼女の副業はわりと重要なものだったのですねコレが。やりおるわ。

 

「あら?」

「ぬ?」

 ふと、アリスの不思議そうな声が聞こえて、チュートリアルに飛んでいた意識が現実に戻った。

 彼女の方を見ると、一匹の兎がアリスの足元に身を寄せて鼻をひくつかせていた。つま先の匂いを嗅いだ後、とぼけた感じのキョトンとした顔でアリスを見上げる。動物って見ていて飽きないよな。動物園やペットショップが好きな人の気持ちが少しわかった。

「抱っこしてほしいの? ほら、おいで」

 アリスは件の白兎を落とさないようにソフトタッチで持ち上げ、きゅっと優しく胸元に抱えた。抱えられた方は変わらない顔つきで鼻をひくひくさせているが、どことなく嬉しそう。喜びを共感しているのか、他の兎達も彼女のところに集まり始めた。

 ぬいぐるみと見分けのつかない小動物に囲まれて、アリスが愛おしげな笑みを浮かべる。

「うふふ、この子たち可愛いわね。優斗もそう思わない?」

「ああ、可愛いな。可愛すぎて心が浄化されてしまいそうだぜ」

「? そんなにじっと見ちゃって、どうしたの?」

 なんというパラダイス。金髪碧眼の美少女と真っ白な兎が戯れて、笑顔の花が咲き乱れる。これぞまさしくアリス・イン・ワンダーランド。今すぐ連射モードで写真を撮りまくって永久保存したい。射命丸、射命丸はおらんのか。ここに特級の被写体があるというのに。ところでそこのラビット君、羨ましいので僕と代わってくれませんかね。ちくしょう、俺も兎になりたい。

 せめて脳内メモリに焼き付けるべく前方の楽園をガン見していると、正門の方から「ただいま戻りましたー」という鈴仙の声が聞こえてきた。どうやら薬売りの仕事は終わったみたいだな。

 ほどなくして、ウサミミ少女がこちらに姿を現した。相変わらずのあざとい容姿がたまらぬ。

「あ、いたいた。ごめんアリス、昼食の支度するから手伝ってくれない?」

「いいわよ。そういうわけだから、優斗はできるまで待っててね。食事前なんだから汚しちゃダメよ?」

「あいよ」

 アリスは両腕に収めていた小動物を地面におろすと、鈴仙と二人で厨房へ歩いて行く。あれだけ跳ね回っていたモフモフ達が一匹たりとも違わず彼女達の方を向いているのが何だか可笑しかった。

 少女達が屋敷の中に入って行ったところで、「さて……」と俺はラビット小隊に指示を出してみる。

「よし、自由行動だ。好きなように過ごしていいぞ」

 直後、彼らは迷いのかけらも見せずに一斉に散って行った。俺だけ一人その場にポツンと取り残されて、ちょっと泣いた。ホワイト・ラビットはクールに去るぜ……

 

 

 優斗が放置プレイされてしまった一方その頃、人形遣いと兎少女は調理場に移動しながら、今日の昼食について話し合っていた。

「ところで、献立は決まっているの?」

「ううん、まだ。どうしようかしら……アリスはリクエストある?」

「そうね……」

 鈴仙に質問を返されてアリスも一緒に考え込む。アレコレと思いを馳せていく中で、彼女はあることを思い出した。さりげなくチラチラと後ろを気にしつつ、アリスは鈴仙にその内容を提案する。

「作ってみたいものがあるんだけど……いい?」

「もちろん構わないわ。それで、どんなの?」

「えっとね…………ゃ、野菜炒め」

 

 

『いただきます』

 食卓に揃った面々の挨拶が重なる。大きめの四角テーブルを囲んで、早速それぞれの食事に箸を伸ばし始めた。本日のメニューはこちら。白米と味噌汁は鉄板として、とろみがクセになる里芋の煮っ転がしに、ふっくら香ばしい卵焼き、そしてなんと俺の好物である野菜炒めが並んでいる。人参が多く入っているのは、兎の住む屋敷ゆえか。

 各々が食事を進める中、永琳先生が箸を一旦置いてこちらに顔を向けた。

「天駆君、怪我の具合はどう?」

「そうっすね。痛みもほとんど残ってませんし、すこぶるOKです。先生の薬のおかげでビックリな回復速度っすよ」

 

「もー、食事中くらい仕事の話は止めにしましょうよ永琳」

 

 俺と永琳先生の会話に割って入ってきた声の主は、ストレートの黒髪ロングが特徴で、桃色の着物と紅色のスカートを装った永遠亭の姫君。まさに絵に描いたジャパニーズ・ガールなのだが、何を隠そうこの少女こそかの有名な竹取物語の主役、かぐや姫ご本人だというのだから驚きだ。日本昔話の存在と思いきや実在したのね。そのとき歴史が動いた。プロジェクトX。なお、現在ではスゴロク等のインドアゲームがお気に入りの模様。

 庶民派プリンセスに便乗するように、別のところからも声が上がる。

 

「そうウサ。せっかくのご飯が味気なくなるのは勘弁してほしいウサ」

 

 胡散臭い語尾で同意したのは、垂れ系ウサミミの小柄な少女。彼女の名前は因幡てゐ。永遠亭が建てられる前から迷いの竹林に住んでいる年長者であり、兎達のリーダー格。性格は非常に悪戯好きで、十八番はトラップ落とし穴。

 いやー、思い出すねぇ。「寝室まで案内するよん」とてゐに連れられて、俺とアリスが通された部屋にあった地雷を。布団が一組だけ敷かれてあって、これ見よがしに枕が二つ置かれていた状況。すっかり固まってしまった俺達のもとに鈴仙が素っ飛んでこなければどうなっていたことやら。

 かぐや姫(フルネームは蓬莱山 輝夜)と悪戯兎に諭され、永琳先生は「そうですね」と頷いて再び箸を取った。

「失礼しました。天駆君、食事が済んだら診察室に来てもらえる? アリスも一緒に」

「了解っす」

「わかったわ。そうそう、おかわりもあるから遠慮なく言ってね」

「じゃー、私は味噌汁をちょーだい!」

「私はご飯を所望するウサ!」

 輝夜とてゐがイイ笑顔でそれぞれ茶碗とお椀を彼女に差し出す。実に清々しい食べっぷりだ。作った側としても嬉しいのだろう、アリスもニコニコしている。可愛い。

 アリスが空になった器を受け取ろうとすると、鈴仙がそれを遮った。人形遣いに代わって彼女が二つの食器を手にして立ち上がる。

「ここは私がやるからアリスは食べてていいわよ。客人ばかり働かせるわけにもいかないし、そもそも私がやるべき仕事なんだから」

「ありがとう。だったらお願いしちゃうわね」

「ええ、任されたわ。……それに、感想が聞きたい相手がいるんじゃないの? そっちの方が気になって仕方がないんでしょうに」

「う、うん……」

 

 

「ねぇ、優斗……」

「んむ?」

 鈴仙が席を外した後、アリスがおずおずと話しかけてきた。彼女は食事の手を止めて、俺とは目を合わせずテーブルに視線を落としている。何やら落ち着かない様子で、両手の指を絡めて言いよどんでいた。

「どしたね? 何か悩みがあるなら言ってみ? 俺にできることなら全力で力になるぞ」

「その、ね? 大したことじゃないんだけど、この野菜炒め……どう、かな?」

「ああ、ひょっとしてコレ作ったのアリスなのか?」

 俺が問いかけると彼女は小さく頷いた。やっぱりそうだったか。普段あまり作らないメニューだから、ちゃんと上手くできたのか不安だったのかもしれない。まったく何を心配しているのかしらね、この娘は。アリスの手料理なんだから美味いに決まっているのに。しかも自分の好きなものを作ってくれたのだから、その喜びは計り知れない。

 彼女があまりにも健気すぎて、俺はこの思いをストレートに伝えずにはいられなかった。

「今まで食べた野菜炒めの中で一番美味いな。アリスが良ければ、また作ってほしい」

「そ、そう? よかったぁ……たくさん作ったから、いっぱい食べてね?」

「じゃあ遠慮なく。うむ! 美味し美味し、こりゃ箸が止まらんなぁ」

「もう……優斗ったら」

 先ほどまでの不安は見る影もなく、アリスははにかみながらも俺の食べる様子を見つめていた。ほんのり頬が赤くなっている彼女の照れ笑いに、俺もなんだか胸の内がくすぐったくなる。さっきよりも美味しく感じるのはきっと……

 

 

 そんな俺達のやり取りが、同席していた者達の好奇心とか悪戯心とか探究心とか諸々を刺激していたことに気付くのは、このあとの出来事が起きてからだった。

 

 

つづく

 




次回は薬に関係する騒動が起きそうな予感がするかもしれない可能性が無きにしも非ず


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クリスマス特別回第二弾 「サンタのみぞ知るセカイ」

ちくしょぉおお、(カレンダー的に)間に合わなかったぁああ……!!

はいどうも、サイドカーでございます。
昨年にもクリスマス特別回はやったのですが、リクエストもありやってみました。
あと一時間早く投稿していればもっとよかったのですが……

少々タイミングがずれてしまいましたが、こちらもお楽しみいただけると嬉しいです。


「いくよ、こいしちゃん!」

「いつでもいいよ、フランちゃん!」

 

 ちまたではクリスマスと呼ばれている、冬のある日。

 澄み渡った青空の下。幼い少女達が元気いっぱいな声で名前を呼び合っていた。子供は風の子とはよく言うが、まさにその通りの光景だ。吸血鬼であるフランは直射日光が肌に当たらないように、モコモコ素材のコートとマフラー、厚めの手袋に加えて、なぜかスキーとかスノボーで使うゴーグルを装着した完全武装である。あとはパチュリーが敷地内に結界を張って日の光を緩衝しているのかもしれない。

 本日の舞台は紅魔館。正門と館までの間にあるガーデンは一面の銀世界になっていて、雪遊びをするには絶好の場所といえた。現に、さっきフランとこいしが協力して作った雪だるまが屋敷の前に立っている。

 雪だるまの次は雪合戦をしよう、といって妹キャラ二人は雪玉を作り始めた。そこまではよかった。問題なのは、

 

『あはは! 待て待てー!』

「ちょまうぇあんぎゃぁああああ!?」

 

 フランとこいしの二人がかりで俺を狩るというルール。モンハンか。キャッキャッと雪玉を連射でぶつけてくる小さなハンター達は可愛らしく容赦がなかった。冷てッ!? こいし、ヘッドショットはやめて! ツンツン頭が凍って針山になるべさ!

 

 

 無邪気で活発な妹達が仲良く遊んでいる様子を、それぞれの姉が微笑ましそうに見守っていた。地霊殿の主が紅魔館の主に向き直る。

「二人とも楽しそうですね。レミリアさん、今日はお招きいただきありがとうございました」

「礼には及ばないわ。可愛い妹の頼みだもの、姉としては叶えてあげたいでしょう。それは貴女も同じじゃなくて?」

「ええ、同意します。だから天駆さんとアリスさんも誘ったのですね。こいしもフランさんも彼らに懐いていますから」

「そういうことよ、わかっているじゃない。もっとも、フランに限らず私個人としても彼らは気に入っているわよ」

「ふふ、それも同意します」

 互いが館の主という立場ゆえか、レミリアとさとりが大人の余裕オーラで談笑する。前方では滑って転倒した優斗に雪玉の弾幕を浴びせている妹達の姿が目に映るが気にしない。すると、「お嬢様」と従者の声が聞こえてレミリアが振り向く。いつ間にやら、吸血鬼の傍らにメイド長が控えていた。

「咲夜が来たということは宴の支度は整ったということかしら?」

「はい。地霊殿の方々とアリスが協力してくださいましたおかげで、事が早く進みました」

「そう、それは結構。なら早速始めましょうか、クリスマスパーティーを」

 

 

「あー、寒かったぃや。アリスのところに行って心を温めねば死んでしまうわ」

 雪合戦という名の討伐クエストで俺が追いかけ回されているところに咲夜さんが現れて、イベントの準備ができたと教えてくれた。今朝、彼女がクリスマスパーティーin紅魔館の招待状を届けに来たときは驚いたものだ。話を聞くと、フランとこいしがクリスマスの日に一緒に遊ぶ約束をして、どういうわけか俺とアリスも呼ぶことにしたらしい。

 本来であれば俺も会場の飾りつけとか料理とか手伝うべきなんだが、アリスをはじめ女性陣からフランとこいしの遊び相手を命じられたので、外で雪遊びをしていた次第です。

 エントランスでコートを脱ぎ、いつものジャケットスタイルに戻る。咲夜さんに先導されてパーティー会場となっている大広間に足を踏み入れると、明るく色鮮やかなクリスマスバージョンになっていた。

 

「おお、こりゃスゲーな!」

 

 まず目に入ったのは高い天井まで届かんばかりの巨大なクリスマスツリー。まさに大木という表現がピッタリのそれに透明のクリスタルや金銀のベルが吊るされており、さらに光る球体がいくつも飾られてキラキラと輝きを反射させていた。おそらくコレもパチュリーの魔法によるイルミネーションだろう。お疲れ様です。っていうかこんなデカいのどうやって運んだのだろうか。

 視線をぐるりと巡らせれば、カラフルな折り紙で作られたリングが鎖状につながった装飾が壁に沿って架けられていた。これを作ったのはお空だろうか。なんとなく、そんな気がする。

 そして会場の中心には、複数のテーブルの上にご馳走が次々と運ばれている。ビュッフェスタイルといったか、いかにもオシャレなパーティー用メニューが綺麗に並んでいた。料理を運んでいるのはお燐と美鈴の赤髪コンビ。お燐はホテルのルームサービスで使うような台車を使って運搬しているのに対し、美鈴は左右それぞれの手に大皿を乗せていた。バランス感覚すごいわね。

 貴族の舞踏会さながらの景色に圧巻される中、アリスが俺のもとまで歩み寄ってきた。

「優斗、お疲れ様。外は寒かったでしょう?」

「何のこれしき。アリスこそ準備お疲れさん。驚いたぜ、凄まじくハイクオリティじゃないか」

「ふふっ、皆して張り切ってたもの」

 アリスの可愛らしい笑みに冷えた体が温まってくる。と、赤いサンタ帽を被ったお空がニコニコと眩いスマイルで俺達のもとにやってきた。両手に同じデザインの帽子をいくつも持って。

 そして、お空は「はい!」とそのうちの二つを俺とアリスに元気よく差し出した。

「お兄さんたちもコレつけなきゃダメだよ! クリスマスなんだから!」

「はいはいっと。ちゃっかり準備してんなぁ」

「いいんじゃない? 彼女の言うとおり、今日はクリスマスでしょ」

 俺達はサンタの帽子を受け取ると、それぞれ頭に被った。はい、アリスのサンタ帽子姿いただきました。可愛い、アリス可愛い。ふと周りを見れば、全員が同じように装着していた。クリパらしくなってきたな。しかも皆さん似合いすぎ。

 俺の視線に気づいたのか、今回の言いだしっぺである妹ペアがブンブンと大きく手を振って俺達を呼んできた。二人の小さな手には既にクラッカーが握られていて、今すぐにでも鳴らしたくてうずうずしているのが、こちらまで伝わってくる。

 

「ユウ! アリス! 早く早く!」

「もう始めようよ~!」

 

 少女達の愛らしさに俺とアリスが同時にくすりと笑みを零す。アリスが一歩前に踏み出し、俺を振り返った。それはそれは見惚れてしまうほどの、綺麗な笑顔だった。

「行きましょう?」

「もちろんさぁ、ほんじゃいっちょ楽しみますか!」

 

 

 祝福のクラッカーの音とともに開幕したクリスマスパーティー。

 ワイワイと飲んで騒いで、すっかり皆さん出来上がってしまった。いつもの宴会ムードである。ツリーの下ではお空がジングルベルを熱唱し、付き合いの良い美鈴と小悪魔が合いの手を入れている。小悪魔の隣ではパチュリーがいつもジト目で黙々とワインを傾けていた。心なしか飲むペースが速いのは、楽しんでいるからだと信じたい。

 ペットのコンサートを温かく見守っているのは地霊殿の主。彼女のもとにお燐が飲み物を持っていくと、同僚の方へ向かって行った。多分、さとりんから「お燐も楽しんでいらっしゃい」とでも言われたのだろう。優しげな表情でお燐を見送るさとりんに母性を感じた。萌える。

 別のところでは、レミリアが咲夜さんに何かを確認しているのが見えた。あいにく読唇術スキルは持っちゃいないが、イメージ的には「例のブツは?」「既に準備は整っております」みたいな感じ。ああ、もしかしてフランへのプレゼントをサプライズで用意しているのか。

 

 その中で、俺とアリスは白ワインが入ったグラスを片手に、パーティーの賑わいを眺めていた。

「いやはや、善き哉善き哉。仲間とクリスマスを祝うってのも楽しいもんだな」

「ええ、私も楽しいわ。フラン達には感謝しないとね、わざわざ誘ってくれたんだもの」

「アリスの人徳の賜物だろう。特にフランの喜びっぷりがハンパなかったべ?」

「それを言ったら優斗だって、雪遊びするって言い出した二人に引っ張られていったじゃない。すごく懐かれている証拠よ」

「まぁ、子供に好かれて悪い気はしないわね」

「ふふっ。優斗のそういう小さい子に優しいところ、私は気に入っているわよ?」

「そりゃ光栄だ。って、そういえば……その小さい子たちはどうした?」

 俺とアリスにくっついていたチビッ子たちが、いつの間にか大人しくなっていることに気付く。さっきまでなぞなぞしたり外の世界の話を聞かせたりしてはしゃいでいたはず。とはいえ、別にいなくなったわけではない。なぜわかるか、答えはこいしが俺の手をずっと掴んでいるからだ。ちなみにフランはアリスの手を握っている。

 手の感触がする方に視線を下ろすと、こいしがごしごしと眠気眼を擦っていた。アリスの方を見れば、フランも似たような具合でうつらうつらと体が揺れている。二人とも半分夢の中にいるようだ。

「こいし、眠いか?」

「んにゅー……すぅ」

「おっとと。あんれま、寝落ちしてしもうたがな」

 返事ともつかない謎の声を残し、無意識少女は完全におやすみモードに入ってしまった。バランスを崩して寄りかかってきた少女を支える。人形遣いの方を見れば、全く同じ状況になっていた。

 アリスが困ったような微笑でこちらに目を向ける。

「こっちも寝ちゃったわ。よっぽど楽しかったのね、遊び疲れるくらいに」

「メッチャはっちゃけてたからなぁ。となると、ここらでお開きにしたほうが良さそうだ。おーい、お姉ちゃんたちよー」

 

 

 幼い妹達が夢の世界に旅立ったので、パーティーは幕を閉じることとなった。

 妹吸血鬼は美鈴が部屋まで運んで行き、妹サトリはお空が背負っている。どちらも可愛らしい寝顔をしていたし、このままゆっくり休んでもらおう。

 ふと思い立ち、俺はレミリアとさとりんに悪戯染みた笑みでカマをかけてみた。

「ちょうど寝てるし、枕元にプレゼント置くにはいいんじゃないか?」

「言われてみれば確かにそうね。まだ宵の口だけれど、タイミングとしては悪くないわ」

「そうですね。なら、私達も帰りましょうか。こいしが眠っている間にサンタクロースからのクリスマスプレゼントが届くように」

 やはりレミリアもさとりんもプレゼントを用意していたみたいだ。キマシタワー。

 それでは失礼します、と一礼して地霊殿勢が紅魔館を後にする。こいしが目を覚ます頃には、枕元の靴下に妹想いなサンタからの贈り物があることだろう。

 さてさて、ここからは家族の時間だ。水を差してしまわぬよう、我々もお暇しますか。

「アリス、俺達も帰ろうぜ」

「うん。それじゃあね、レミリア。今日は楽しかったわ」

「ああ、二人ともちょっと待ちなさい。咲夜、彼らに土産を」

「かしこまりました。お嬢様」

 誰もいない空間にレミリアが一声かけると、いつも通り?突然パッと登場した咲夜さん。彼女はまるで主の発言を予想していたかのごとく、やや大きめの紙袋を俺に手渡してくれた。何だろうと中を興味津々に覗いていると、「ケーキです」とにこやかに教えてくれた。あらやだ、恥ずかしい。

 改めてお礼を告げて紅魔館を去る途中、レミリアの声が後ろから聞こえてきた。

「仲間を大切にする心優しい者達、二人きりの時間も大切になさい。……ま、このあとの運命を見れば心配はいらなかったみたいね」

 

 

 魔法の森までの帰路をアリスと二人で歩く。

 つい先ほどまでフラン達と雪遊びしていたときは明るかったというのに、宴をしている間にすっかり暗くなっていた。といっても、まだ夜の七時くらいだろう。サンタのオジサマが出動するには早い時間だ。スカーレット家と古明地家には一足早く訪れているかもしれないけど。

 サンタクロースについて考えていたら、ピンと良いアイディアが浮かんだ。思い立ったら即実行、俺は隣を歩く人形遣いに問いかけた。

「アリス、何か欲しいものないか? 天駆サンタが一つだけ願いをかなえるぜよ」

「ほんと? うぅん、どうしようかしら……」

 アリスが楽しげに色々と考えている姿に癒される。と、どうやら答えが決まったみたいだ。だが、彼女はどこか言い辛そうに目を逸らす。「えっと……」ともじもじと両手を擦りながら上目遣いで俺の顔を微かに覗いた。彼女の青い瞳に惹かれてしまうのはいつものことである。

「その、フランとこいしを見て思ったんだけど、ね? 欲しいものというか、してほしいことというか……」

「おう、何でも言ってくれ。アリスの願い事なら全力で叶えてみせるからさ」

 アリスは希望があるものの言うか否かで迷っている様子。天駆サンタを侮るでない、多少の無茶ぶりでも無問題よ。彼女を後押しすべく、俺は自信満々にドンと己の胸元を叩いた。

 やがて、アリスは俺と視線を合わせたり逸らしたりを何度も繰り返し、頬を赤く染めながら控えめに口を開いた。

 

「あの、ね? ちょっとだけ、家に着くまででいいから……手、つないでほしいな……なんて――キャッ!?」

 

 アリスが言い終わるよりも早く、気が付いた頃には既に俺は彼女の手を取っていた。こいしが近くに居るのではないかと思うくらい、無意識の行動だった。

 触れてみてわかった。その白くて綺麗な肌が、冷気に晒されて少しばかり冷たくなっていたことに。俺はそっとアリスを引き寄せて、繋いだ手を自分のコートのポケットに入れる。二人の体の距離がさらに縮まる。まるで腕を組んでいるように。

 自身の片側に熱が集中しているのが自覚できる。妙に意識してしまっているのを表に出さないように、いつも通りを装うものの……

 

「あー、こんな感じ?」

「……うん。こんな感じ」

『……………』

 

 いかん、顔がニヤけて言葉が出ない。照れ隠しにアリスの方を見ると、さっきよりも顔の赤みが増していた。だけどその表情は、恥ずかしくもあり嬉しくもありの可愛らしい笑顔だった。手を繋ぐ、ただそれだけでこんなにも嬉しそうに笑ってくれる女の子がすぐ隣にいる。幸せと萌えが合わさった無限大な気持ちがアクエリオンしそうです。

 ポケットの中でお互いの温もりを伝え合う。言葉を交わさずとも、気持ちが通じていると感じる心地良さ。じんわりと温かく、ちょっぴり熱くなる。

 ザッザッと雪を踏む音だけが鳴る静かな帰り道。俺は密かに幸福を噛みしめながらゆったりと足を進めた。

 

 

 やがて、マーガトロイド邸のすぐ近くまで戻ってきた。いつもより短く思えた道のりだったな。時間が止まればいいのに、なんてベタなことは言わないが。

 チラッと隣を盗み見ると、アリスもどこか名残惜しそうな顔をしていた。このまま終わりってのも何だか勿体ない。どうしようか……

 

「……ん? 何だこりゃ」

「どうしたの――あら、何かしら」

 こちらも相手もタイミングが掴めないまま玄関まで来たとき、扉に一枚の紙が貼り付けてあるのを見つけた。なにやらメッセージが記載してある。内容は、

 

『来たれ博麗神社! 今夜クリスマスパーティーやるから来るんだぜ☆ あ、差し入れよろしく!』

 

「魔理沙か」

「魔理沙ね」

 口調と文面で一発だった。今夜ってことはちょうど始まった頃かもしれない。なまらタイミング良いわね。とりま、手土産は咲夜さんからもらったケーキだな。二人で食べるには大きすぎるし、皆で食べるのが乙ってもんよ。せっかくのクリスマスなんだし。

 ……ああ、そうだよな。せっかくのクリスマスなんだし――

 

「なあ、アリス。俺からも一つ願い事してもいいか?」

「何かしら?」

「博麗神社まで、これをキープしていたい。叶えてくれるか?」

「あ……」

 

 つないでいるアリスの手をきゅっと握り直す。俺の伝えたいことを理解し、彼女から安堵の吐息が漏れる。アリスは自分の指と俺の指を絡めてそっと軽く力を込めた。

 そして、金髪碧眼の可憐な少女は頬を桜色に染めて、上目遣いをこちらに向ける。お互いに照れながらも、気持ちを確かめるように相手の瞳を見つめていた。彼女の答えは、

 

「……私も、こうしていたい。だから、えと…………離さないで、ね?」

 

 

 

 聖なる夜を、愛しい人形遣いとその仲間たちと共に。

 さあ、いきましょうか。それでは皆さん、グラスを片手に。メリークリスマス、乾杯!

 




妄想と勢いだけで突っ走ってしまった。許してヒヤシンス


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番外特別回 「はぴ☆すた 1/2」

皆さま、あけましておめでとうございました。
新年最初の投稿がコレって……いいのかしらねぇ


注意!
・今回の話は本編とは一切関係のない番外モノです
・作者が久しぶりにギャルゲーを手にした末路です
・5割の妄想と4割の煩悩と1割の出来心


広い心で受け入れて、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


ピピピッ ピピピッ ピピピッ

 

 目覚まし時計のアラームが甲高い音を響かせる。

 寝ぼけ眼でヨロヨロと腕を伸ばし、頭部にあるスイッチを軽く叩いた。直後、一定のリズムで自己主張していた置時計が瞬く間に大人しくなる。再び自室に静寂が訪れる。窓の外から雀の朝チュンが聞こえてくるが、むしろ二度寝を誘う子守歌でしかない。

「んん……あと五分だけお許しください、ボルガ博士ぇ……」

 微睡に身を任せ、再び夢の世界に旅立つ五秒前。と、ガチャリと扉を開く音と誰かが部屋に入ってくる気配がした。その人物は「もう……」と呆れを含んだ息を一つ吐くと、シャッと手早く一気にカーテンを開いた。それまで薄暗かった部屋に一気に明るさが差し込む。瞼越しでも感じる眩しさに、思わず顔をしかめた。

「うぉお……目が、目がぁあ……」

 甲羅に閉じこもる亀のごとく、布団に潜って避難を試みる。だが、それよりも早く「えいっ」という掛け声とともに我が最終防衛ラインが引っぺがされてしまった。

 そして、鈴を転がしたような可愛らしい声が舞い降りてきた。

 

「こぉら、いつまでも寝てちゃダメよ」

 

 ――ああ、今日も起こしに来てくれたのか。

 ゆっくりと瞼を開く。やがて視界いっぱいに広がるのは、まるで天使のように可憐な美少女の笑顔。朝日に煌めく鮮やかな金髪は肩ほどの長さに切り揃えられている。サラサラのショートヘアに赤いカチューシャをセットして、乙女の魅力で溢れている。こちらに向けられたオーシャンブルーの瞳はガラス玉のように澄んでいた。整った顔立ちと容姿は人形なのではないかと思うほどに美しい。

 俺は体を起こして、「ふぁ~あ」と大きく欠伸を一つかました後、彼女の名を呼んだ。

 

「おはよ、アリス」

「おはよう。朝ごはんできてるから早く支度してね」

 

 彼女の名前はアリス・マーガトロイド。お隣さんの一人娘にして、お互い小さい頃から一緒にいる幼馴染であり、さらに同じ高校に通うクラスメートだ。彼女が着ているのは我らの母校の制服。爽やかな白を基調とした夏用の半袖セーラー服とちょっと短めの紺色のスカートの組み合わせはまさに青春の象徴。健康的な脚のラインを再現する黒いニーソックスと、スカートの間からチラリと見える太腿の絶対領域は、天使が見せる小悪魔の魅力というべきか。

 

 そして、俺の名前は天駆優斗。ブラウンカラーのツンツン頭がアイデンティティの、極めてフツーの男子高校生です。

 

 アリスが朝から俺の部屋を訪れるのは理由がある。実を言うと、現在この天駆家には俺しか居ない。といっても両親が他界したなどのワケありではないのでご安心を。仕事柄、夫婦そろって世界中を飛び回っているのだ。家と息子をお隣に託して。

「朝飯まで作ってくれたのか? 悪いな」

「今更そんなこと気にしないの。『気分屋なバカ息子をお願いね』っておばさんに頼まれちゃったもの」

「気分屋なのはあんたらの遺伝だよマイマザー!」

「ほら、いつまでもベッドにいないで着替えて? 今日は野菜炒めとジャガイモのお味噌汁を作ってみたのよ」

「おお、朝からグッドなモーニングメニューですたい。ほんじゃ、ちゃちゃっと着替えちゃいますかね。アリス、先に下で待っていてくれるか?」

「ええ、わかったわ。二度寝しちゃダメだからね?」

 そういってアリスは俺の部屋を出るべくクルリと振り返った。制服のスカートがふわりと広がる光景にしばし見惚れる。さりげない仕草ひとつですら、さながら妖精が踊っているかのよう。いやはや、持つべきものは女子力が高くて可愛い幼馴染だな。

 

 

『いただきます』

 着替えたり顔を洗ったりと身支度を済ませ、アリスと向かい合ってテーブルを囲む。いつもの光景だ。

 うちが俺一人になってからというもの、アリスはよく食事を作りに来てくれる。また、彼女の家でご馳走になったりすることも珍しくない。さらに、

「はい、優斗。今日のお弁当」

「サンキュー。アリスの弁当楽しみだな、早く昼休みにならないだろうか」

「もう、まだ朝ご飯の最中でしょ」

 こんな感じで弁当まで用意してくれるのだから頭が上がらない。ホント、アリスには感謝してもしきれない。可愛くて優しくて料理も裁縫もできて、アリスは良いお嫁さんになると思う。前にそれを本人に言ったら、顔を真っ赤にして逃げられてしまったが。

 味噌汁をすすっていると、アリスが話しかけてきた。

「ねぇ、今日の放課後なんだけど時間ある? ママからお買いもの頼まれちゃって、できれば優斗にも手伝ってほしいんだけど」

「もちろん構わんぞ。食材の買い出しか? 米とか意外に重いからな、その辺は俺が持つから」

「ありがとう、助かるわ」

「なーに、アリスと一緒にいられるならこのぐらい軽い軽い」

「ばっ、バカ! 変なこと言ってないでよ、もう!」

 一瞬にして、アリスの顔がボッと茹で上がる。こういう照れ屋なところは昔から変わらない。その後、彼女はお茶を淹れると言って台所へそそくさと撤退していった。もっとアリスの照れ顔を見ていたかったのに、誠に遺憾である。

 とりあえず、食後の一服したら学校に行きますか。

 

 

 晴れた夏空の下、いつもの街並みが広がっていた。

 田舎と都会の中間くらいのどこにでもありそうな町。特に目立った観光スポットもなければ世間を賑わす事件も起きず、まさに普通の一言に尽きる。そんなありふれた住宅街をアリスと二人で歩くのが、俺達の通学パターンだった。

 ふと思い出したように、アリスがこちらに顔を向けた。

「そういえば、昨日は何かあったの? 帰りが遅かったみたいだけど」

「んー、ちょっとな。咲夜さんがポスター貼りして回ってるの見かけたから手伝ってた」

「そうなの。咲夜も大変ね。学生なのにメイドの仕事もしているなんて」

「んだなぁ。俺としては咲夜さんみたいな綺麗な人と一緒に過ごせたし、お礼に手作りのクッキーも貰えたから結果オーライだったけどな。いやぁ満足満足ハッハッハッ!」

「……ふーん」

 アリスの声のトーンが一段階低くなった。見ると、彼女はなぜか頬をむすっと膨らませていた。あ、ヤベ。たまに出る「アリスご機嫌斜めモード」だ。

 つーんとそっぽを向く幼馴染に、おそるおそる声をかける。

「あのー、どったの? アリス」

「もう知らない! 先行くからね。ふんっだ」

「えぇえ!? ちょっ、何か知らんけど悪かったって。待ってぇ、許してぇー」

 アリスが急にへそを曲げてしまったと思えば、拙者を置いて行こうとツカツカと足早になったでござるの巻。俺はそれを慌てて追いかけながら、学校に着くまであれやこれやと彼女の機嫌を取るべく奮闘するのだった。

 

 

ガラガラッ

「おっはよーっす」

「おはよう」

 教室に入ると、既に登校しているクラスメートがちらほら。その中で、俺達に気付いた二人の女子生徒がこちらにやってきた。片や金髪ロングとボーイッシュな口調が特徴的な少女、片や黒髪セミロングに赤いリボンのような大きな髪飾りを着けた少女。どちらもアリスに負けず劣らずレベルの高い容姿をしている。

「おはよーだぜ、二人とも。今日もご一緒とは相変わらずだな」

「おはよ。アリス、あと優斗」

「おっはー。だがしかし霊夢よ、できれば『あと』は付けないでほしかったんだが……」

「おはよう。魔理沙、霊夢」

 アリスが彼女達の名前を言う。金髪の方が霧雨魔理沙、黒髪の方が博麗霊夢だ。聞いた話によると、入学初日から意気投合したらしく、今ではアリスを含めて親友グループとなっている。

 女三人集まればなんとやら。レイマリアリはそのままキャイキャイとガールズトークを始めた。その華やかさで目の保養をしつつ、一足先に席に着く。HRまでまだ時間もあるし、次元から借りたマンガの続きでも読むか。

 隣のクラスにいる悪友から借りた、ベッタベタな展開のラブコメを鞄から取り出す。読み始める前に表紙を眺め、何となく思ったことを口に出した。

「……空から可愛い女の子が降ってきたりしないだろうか」

 

「何朝からバカなこと言ってんのよ、妬ましいわね」

 

「んむ?」

 突如浴びせられた辛辣な一言に顔を向けると、ジト目でこちらを見据える女生徒がいた。

 ややウェーブのかかった金色のショートヘア。瞳の色はエメラルドを彷彿とさせる鮮やかなグリーン。白いスカーフを首に巻いているのは彼女のこだわりなのだろう。冷めた表情が不愛想な印象を与えるが、それさえも似合ってしまうクール系の美少女。

 彼女の名前は水橋パルスィ。不機嫌そうな口調はデフォルトであり、実際の性格はむしろ世話焼きタイプである。ちなみに口癖は「妬ましい」。

 ところで、最近は以前にも増してパルスィの俺に対する世話焼き度が上がった気がするのは気のせいかしら。この間、学校の敷地内に迷い込んだ狸に餌付けしているところを、たまたま通りかかった彼女に目撃されたのは……関係ないよな。

「おはようっす、パルスィ。どうかしたのか?」

「あのねぇ、今日はあなたが日直でしょうが。先生が待ってるわよ」

「そういやそうだっけ。やれやれ、プリント運びのミッションがお待ちってわけね」

「文句言わない。ほら、チャイムが鳴る前に職員室に行くわよ」

「ん、パルスィも職員室に用事か?」

「別に、仕方ないから手伝うだけよ。いちいち聞くんじゃないわよ、妬ましい」

「おお! サンキューな、助かるぜ。パルスィがいるならヤル気も出るってもんだ」

「……ふん。本当に妬ましい男ね」

 相変わらずパルスィは面倒見のよろしいことで。彼女も良いお嫁さんになること間違いなしやね。何より可愛いし。新妻パルスィとか、そっちの方が妬ましいわ。けしからん、もっとやれ。

 俺とパルスィが教室を出ようと扉まで差し掛かる。その時、

 

「ま、待って! 私も行く!」

 

 アリスが俺達のもとまで駆け寄ってきた。どこか焦った様子で、心なしか頬に赤みが差している。後ろの方では、霊夢と魔理沙がまるで悪戯好きなシャムネコみたいな表情でニヤニヤと口元を吊り上げていた。

「そうか? そんなに大量にブツはないと思うが……んじゃ、せっかくだし三人で行きますか」

「え、ええ……」

「どうでもいいけど、早くしなさいよね」

「へーい」

 なんやかんやで女の子二人に挟まれて職員室に向かうことになりもうした。朝からツイてる。グレートですよ、こいつぁ。ただ、アリスが安心したようにホッと息を吐いているのが少しだけ気になった。

 

 

『失礼しました』

 先生方にキチンと一礼してから退室する。

 俺達が職員室を訪れると案の定、プリントの束をドッサリと渡されてしまった。運び屋気分で教室まで続く長い廊下を渡り歩く。

 ちなみにアリスとパルスィもそれぞれ書類を抱えている。もっとも、彼女達の分が重くならないように、ほとんどは俺の手元にあるんだけど。そこら辺は女の子にカッコつけたい男の意地である。

「いやはや、森近先生もちゃっかりしていらっしゃる。三人で行ったら『丁度良かった。ついでにこっちのプリントも頼むよ』だもんな」

「何回も往復させられるよりはいいんじゃない? 何だか私達が同行するのを予想していたみたいな反応だったけど」

「まったく、効率的で妬ましいわね。それより下ばっかり見ていると転ぶわよ」

 

「あら、皆様。おはようございます」

 

「この声は、もしや!?」

 前方から聞こえた麗しい声にハッと顔を上げる。

 そこには女神のごとき美しいレディが立っていらした。エレガントな雰囲気を纏ったスレンダーなクールビューティー。肩までの長さの髪は艶のある銀色で、フリルっぽいものがあしらわれた白いヘッドドレスがよく映える。

 十六夜咲夜さん。俺達と同学年でありながら、紅魔館という屋敷でメイドも務めているパーフェクト・ガール。ちなみに彼女が仕える主も同学年なのだが、その容姿が高校生にしてはあまり小柄過ぎるゆえ、飛び級という説も。しかし実際のところは不明。ジャーナリズム精神がハンパない報道委員が取材に押しかけているらしいが、咲夜さんが上手くあしらっているという。

 最初にリアクションを示したのはアリスだった。

「あら、咲夜だけ? 一人なんて珍しいわね。レミリアは一緒じゃないの?」

「はい、少々野暮用を仰せつかっていたものですから。今からお嬢様のところに戻るところですわ」

 そっとスカートの端を掴んで優雅に一礼する姿は、従者というより令嬢に近い。今日も綺麗で眩しいぜ、咲夜さん。デレデレとだらしなく鼻の下が伸びてしまうのは悲しい男の性です。仕方ないね。

 すると今度は、咲夜さんは俺に向き直って恭しく頭を下げた。

「優斗様、昨日はありがとうございました。とても助かりましたわ」

「いえいえ、咲夜さんのお望みとあらば。俺の方こそ、クッキーご馳走様です。誠に美味でございました」

「お口に合いましたでしょうか?」

「結構なお手前で。また何かあればいつでも、どうぞワタクシめをお呼びください」

「まあ、頼もしいのですね」

「いやぁ~、もう是非ともお任せください!」

 口元に手を当ててくすくすと笑みをこぼす咲夜さん。ふつくしい。

 それからしばしの談笑を楽しみ、「では、ごきげんよう」と会釈をして去っていく咲夜さんの後ろ姿を、俺は満面の笑みで見送った。

 瀟洒なメイド女子高生が見えなくなってから、「さて」と気持ちを切り替える。HRまで時間もないし急いだ方が良さそうだ。そういえば、アリスとパルスィが途中から無言だったが一体どうし――

 

ダンッ! グリグリ……!

「ほんぎゃぁああああ!?」

 

 突如として、右足に筆舌に尽くしがたい鈍い激痛が迸る。何事かと見れば、アリスが俺の足の甲を踏んづけていた。思いっきり足に力を込めてらっしゃる。目が吊り上がっており、いかにも面白くないと言いたげなオーラが滲み出ていた。

 とにかく説得せねば。このままでは俺の足が危ない。

「い、いかがなさいましたかアリスお嬢様? そのおみ足はどのような……」

「優斗のバカ。スケベ。節操なし……ホント、女の子に弱いんだから」

 次々と罵声を浴びせてくるや否や、トドメとばかりに踏みつけの威力を一際上げる我が幼馴染。「ぬぁああ!?」と悲鳴を上げつつピョンピョンと片足跳びをして悶える俺をどこか拗ねた目で一瞥し、アリスは一人でさっさと行ってしまった。

「お、お~いアリス~……なあ、パルスィ。アリスどうし――ふぬぉおおお!?」

 今度は左足にダメージが!? パルスィが普段以上に冷たい目でキッとこちらを睨み、無言の圧力をぶつけてくる。

 ひとしきり踏みつけ攻撃を繰り出したクラスメートは、最後に「……妬ましい」とだけ言い残し、幼馴染と同様に俺を放置して去って行った。

「待ってー! 二人とも置いてかないでー! 痛いのぉ、足が痛いのほぉおおおお!!」

 

 数分後、俺の叫びを聞きつけた慧音先生(歴史担当)が「朝から学校で変な声出すな!」と頭突きをかましてきた。解せぬ。

 

 

後半に続く

 




後半に続いちゃったよ、アリス。


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番外特別回 「はぴ☆すた 2/2」

(空白期間が)長いよ! (文字数的にも)長いよ!

お久しぶり?でございます。サイドカーが再びやってまいりました。
というわけで、今回は番外特別回の続きでございます。ギャルゲーをインストールしつつ、ごゆるりと楽しんでいただければ幸いです。


キーンコーンカーンコーン

 

「ひゃっほう、昼休みだぜぇー!」

 魔理沙の喜びに満ちた喝采を筆頭に、待ってましたと言わんばかりの賑やかな声が教室を包んだ。授業という呪縛から解き放たれた若人たちの顔つきは、数分前とは打って変わって輝きを放っている。彼らの復活っぷりを目の当たりにした慧音先生が苦笑いで職員室に戻っていったのを、はたして何人が気付いているのやら。あの日見た慧音先生の顔を僕達はまだ知らない。

 昼休み。学生諸君が自由に過ごせる、憩いの時間。机をくっつけて弁当を広げる女子グループに、数量わずかな人気パンを手に入れんと奮闘する猛者の集団。一番多いのは学食行きだろうか。なお、学食に至っては創設者のこだわりなのか、たとえ全校生徒が押しかけても空席が簡単に見つかるほどにデカい。メニューもダイエット女子必見のヘルシー系から運動部男子も満足なガッツリ系まで豊富なラインナップなうえに、高校生の財布にもやさしいお値段で提供しているのだから、その人気たるや想像を絶するものがある。ちなみに、パルスィも学食派の一人で、先ほど隣のクラスのヤマちゃんに引っ張られていった。キマシタワー。

 

「あぁ~、腰にくる……」

 教科書やらノートやらを机の中に突っ込み、ググッと背伸びをしたりトントンと腰を叩いたりして体をほぐす。畑仕事を終えた爺さんみたいだな、と我ながら呆れる。

 ほどなくして、各々の昼食を手に携えた仲良し三人娘が俺の席に集まってきた。

「優斗、行きましょう」

「あいよ、さっきから腹が警告出してて敵わんぜ。不思議のダンジョンだったらライフポイントが減っているな」

「だったら早く行こうぜ、私も腹ペコなんだ」

「そうよ、私だってお腹空いているんだから早くしてよ」

「わぁーった、わぁーった。そう急かさんといて」

「ふふっ、みんな考えていることは一緒なのね」

 俺達の空腹アピール大会に、アリスがくすくすと笑みをこぼす。可愛い。

 何気ないやり取りを交わしながら四人で教室を出る。目指すはいつもの場所、屋上だ。

 

 

 意外にも昼休みの屋上は人が少なく、隠れたベストスポットになっている。なぜなら、学生の大半が大衆食堂もビックリな学食に向かうからだ。

 最上階まで続く階段のゴールにある扉を開けば、まるで中庭をそのまま持ってきたかのような景色が目に映る。ベンチやテーブルが置かれた休憩スペースに、ヒマワリが咲いている花壇。ここは本当に屋上なのかと疑ってしまうクオリティーである。この学校を建てるのに一体どれだけの大金が動いたのか、私気になります。梅ノ森学園か。あとで迷い猫でも探しに行くか。

 

「いやー、慧音の授業は頭が疲れるんだぜ」

「よく言うわ、あんた授業中ずっと寝てたでしょうが」

「睡眠学習だぜ、霊夢知らないのか?」

「どう見ても爆睡だったわよ。むしろ見つからなかったことに感心するわ」

「日頃の行いの結果だな」

「もしそうなら即刻バレてるわ」

 霊夢のツッコミも魔理沙からすればどこ吹く風。ボーイッシュな少女はなぜか勝ち誇った顔で、サンドイッチをモッシャモッシャと頬張っている。あまりの清々しさに霊夢もすっかり呆れて嘆息し、自分もおにぎりをパクつき始めた。

 さてと、こちらもアリスの手作り弁当をいただきませう。いざ、御開帳。パカッとな。

「おお、こりゃ美味そうだ」

「そうかしら? いつもと変わらないと思うんだけど」

「要するにいつも美味しいって意味さ」

「もう、調子いいんだから」

 ふりかけご飯に卵焼き、タコさんウインナー&野菜炒めのコンビがイイ感じにキチッと整列している。栄養バランスよし、今朝の野菜炒めを有効活用しているところも経済的だ。几帳面でしっかり者のアリスらしい献立でございます。

 いただきます、と両手を合わせてまずは卵焼きを一口。なんと、卵焼きではなくだし巻き卵であったか。やりおるわ。

 ワイワイと昼食をとっていると、ふいに「あ、そうそう」とアリスが何かを思い出した。

「優斗、さっきノートに落書きして遊んでいたでしょ? ダメよ、ちゃんと授業聞かなきゃ」

「むぐっ!? な、なぜ分かった!?」

「だって、やけに楽しそうにペンを走らせていたから。それに、優斗の顔がイタズラとか思いついた時と同じだったんだもの。すぐわかっちゃった」

「いや、まぁ、その通りなのだが……でも授業も多少は聞いてたんよ?」

「はいはい。先生に怒られても知らないからね?」

「くくく、アリスの言うとおりだぜ。授業中はマジメにならないとダメなんだぜ? 優斗」

「お前もな、魔理沙。あと、さりげなく俺のタコさん誘拐するのはどうかと思うぞ」

「いっつもアリスの美味しい手料理食べてるんだからイイじゃん。一品くらい私にも分けてくれよ。なんなら私のサンドイッチ一口とトレードしてやろうか?」

「交渉に応じたら最後、一品どころかおかず全員連れ去られそうな気がするのは俺の思い過ごしだろうか……?」

 どこか試すようなニヤニヤスマイルで食べかけのパンを差し出してくる金髪少女。そんなことされたら俺だって期待してまうやろ。魔理沙も十分可愛い女の子なのだから。

 一方で、先ほどまで我関せずとお茶を飲んでいた霊夢が「それにしても」とアリスの方を向いた。

「優斗のことよく見ているわね。家がお隣なんだっけ? お弁当まで用意して、どう見ても通い妻じゃないの」

「ふぇええ!? べっ、別に変な意味はないわよ! 優斗は――た、ただの幼馴染みよ。それ以外のなんでもないもん……」

『ふ~~~~~ん??』

「って、なんで今度は魔理沙まで一緒になってるのよ!? とにかく違うんだからー!」

 やたら「幼馴染み」を強調して親友二人に弁解するアリス。見事なまでに赤く染まった顔は、リンゴかイチゴかはたまたトマトか。オーバーヒートして熱中症になるのではなかろうか。

 実を言うと、俺も落書きの合間にアリスを見ていたのだが……黙っておくか。

「あ~、空が眩しいんじゃぁ~」

 現実逃避に、少女達のじゃれあいから視線を逸らして青空を見上げる。初夏の日差しに時折聞こえてくる蝉の声。やれやれ、午後も暑くなりそうだ。

 

 

「――と、先生からは以上だ。各自気を付けて帰るように、解散」

 森近先生は連絡事項を簡潔に伝えるや否や、締めの挨拶もそこそこに教壇を離れる。事務的に済ませるときもあれば無駄に長話するときもあったりと、日によって落差の激しい担任教師なんです。

 そんなわけで放課後が訪れた。俺はパッパッと手際よく帰り支度を済ませ、隣の席にいる少女に声をかけた。そう、教室でも幼馴染がお隣なのである。偶然ってスゴイね。

「アリス、帰ろうぜ。ママさんからおつかい頼まれてるんだろう? タイムセールなら急いだ方が良いっしょ」

「あ、ちょっと待って。その前に図書館に寄ってもいいかしら?」

「俺は構わんけど、時間は大丈夫なん?」

「大丈夫よ。今日はタイムセールの日じゃないから」

 まだ残っていたクラスメート達からの「バイバーイ」や「お幸せにー(?)」の声に軽く答えつつ、俺とアリスは教室を出た。それじゃ行きますか。この学校が誇る知識の宝庫、通称「大図書館」に。

 

 その場所が「大図書館」と呼ばれる理由は圧倒的な蔵書量にある。なんせ校舎とは別に存在する建築物がフル活用しているときたもんだ。図書室ではなく図書館というのもそういうわけですたい。落とし神が通う学校の図書館もこんな感じだったな。

 施設内に足を踏み入れると、さながら城壁のようにたたずむ無数の本棚がズラリと並ぶ光景が奥まで続いていた。広大な空間でありながらも静寂は保たれており、その雰囲気は開演前のコンサート会場を思わせる。

 入口のすぐ傍にある受付カウンターに、黙々と読書を続ける物静かな少女がひとり腰かけていた。薄紫色の長髪と冷めた瞳。体は細く、どことなく病弱そうな印象を受ける。

 アリスは少女の元まで近づいて、「パチュリー、返却お願い」と声をかけた。だが、件の少女――パチュリー・ノーレッジは本から顔を上げようとしない。ん、とカウンターの空きスペースを指差して終わりだった。そこに置いとけという意味だろう。

 今日も平常運転な友人に肩をすくめ、アリスは言われた場所に本を置く。と、

 

「もぉー、パチュリー先輩。ちゃんと対応してくださいよぅ」

 

 近くで本棚の整理をしていた、紅色ロングヘアが特徴的な少女が俺達のところまでやってきた。プリプリと頬を膨らませる仕草は、あざとくも可愛らしい。

「こんにちは、こあちゃん」

「よっす」

「どうもです。アリス先輩、優斗先輩」

 アリスから「こあちゃん」と呼ばれたこの女の子。俺達とは一コ下の後輩であり、彼女もまた図書委員である。パチュリーをえらく慕っていて、身の回りの世話もしているとかいないとか。もはや後輩というより助手ですな。

 すると、我々のトークがうるさかったのか、ずっと読書に徹していたパチュリーがパタンと本を閉じた。やる気のなさそうなジト目でこちらを見上げ、「ああ」と声を漏らした。

「あなた達だったのね」

「いやいやいや、相手も確認してなかったんかい」

 思わずツッコミを入れた俺は間違っていないはず。だが侮れないことに、彼女は先生以上にここを知り尽くしており、どこにどんな本があるか完全に把握している実力者なのだ。ぶっちゃけ、図書館の主はこの少女だと思っている。

 揺るぎない大図書館の裏ボスに、アリスは呆れ半分諦め半分の様相で一つ忠告を試みる。

「そうやってるから、魔理沙が勝手に延長しちゃうのよ。パチュリーってば、読書に集中すると何を言っても生返事しかしないんだもの」

「心配いらないわ。またアリスが代わりに返しに来てくれるんでしょう?」

「もう……魔理沙もそうだけど、あなたも大概自由よね」

 誠に遺憾なのだが、魔理沙は無期延期の常習犯で図書委員(主にこあ)が手を焼く相手なのである。本人いわく「卒業するまで借りていくぜ」。アリス達が話している延長云々も、おそらくパチュリーが固有結界しているタイミングをみて「卒業まで延長するぜー」とでも言っているのだろう。ついでにいうと、魔理沙がDVDをレンタルしてきた際もアリスが返却に行くことがあったり。大丈夫なのか、色々と。

 その後、パチュリーは返却された本の確認を始めた。それが終わると、彼女はカウンターに山積みになっていた本のうち、一番上にあったものを手に取ってアリスに渡した。

「その本の続きなら取り置きしておいたわよ」

「ありがとう、パチュリー」

「常連へのサービスよ。もしくはギブ&テイクというべきかしら」

「なぁ、アリス。どんな本を借りてたんだ?」

「気になる? えっとね――」

 アリスが借りていたのは小説だという。内容はこうだ。現代日本のどこか、不思議な境界の向こう側にある世界が舞台の物語。神様や妖精がいる幻想的な場所で、魔法使いの少女と一人の青年が偶然出会い、やがて恋をする……

 アリスがおおまかなストーリーを話し終えると、パチュリーがボソッと口を開いた。

「登場人物が誰かさん達にそっくりね」

「だ、誰のことかしら?」

「そういう素直じゃないところが、よ。……その本を参考にするのは構わないけど、もし図書館でいちゃつくなら静かにやってちょうだい」

「~~~~~~っ!?」

 パチュリーに小声で何かを言われた直後、瞬く間にアリスの顔がカァアアッと紅潮してしまった。この図書委員系女子、さりげなくアリスをからかうスキルを持っているのも油断ならない。っていうか、どんなこと言ったんだ。

 そうこうしているうちに、耳まで真っ赤になってしまったのを隠すように俺達に背を向ける我が幼馴染み。そのまま有無を言わせぬ力強い足取りで、出口に向かって歩き始めた。

「も、もう帰るわねッ! お買いものしなきゃ! また明日ね、二人とも!」

「はいはい、お幸せに。あと図書館では静かにしてくれるかしら」

「パチュリー先輩、その返しはヘンですよー」

 誰のせいだと思っているんですかねというツッコミを喉で留めた俺エライ。

 ……うん? もしかして俺ってばまた置いてかれた?

 

 

 あれから、どうにかこうにかアリスに追いつき、俺達は当初の目的を果たすべく商店街までやってきた。

 今時にしては珍しく、この町に住む人のほとんどは商店街で買い出しをする。また、学生受けするおしゃれな店も多く、俺達と同じ制服を着た人もちらほら見かける。別名「人里」と呼ばれるショッピングゾーンはいわゆるシャッター街とは無縁の活気をみせていた。

 

「まったくもう、パチュリーったら急に変なこと言い出すんだから」

「俺まで内容が気になってくるのですがアリスさん」

「ダメ、教えない……言えるわけ、ないわ」

「えー」

 俺は米袋を担いで、アリスは自作の買い物袋を手に提げて、夕暮れ時のアーケード通りをのんびりと歩んでいた。彼女のマイバッグからは食材が見え隠れている。人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉、カレールーなどなど。お隣の晩ご飯のメニューを品々が物語っている。

「おっ?」

 人里商店街を出る手前で、とある張り紙が目に留まりついでに足も止まった。そういえば、どの店にも同じものが掲示してあったような。買い物中は華麗にスルーしていたぜ。

 俺につられてアリスもその場に立ち止まる。

「どうしたの?」

「ん、もうそんな時期かと思ってな」

 怪訝そうな顔をするアリスに、俺は自分が見ていたポスターを指差した。夜空と打ち上げ花火を背景に、赤い鳥居が構えているイラストが毎年恒例のデザイン。この町においては夏の風物詩ともいえる催し物『博麗神社 ~夏の縁日~』の開催を知らせるものだった。

 アリスもポスターを見て「そういえばそうね」と同意してくれた。

「霊夢もこれから忙しくなるわね」

「神社の一人娘っていうか巫女さんやってるんだよな。巫女服も似合っていたし。したっけ、今年も準備の手伝いに行きますか」

「ええ。ちょうど夏休み中だし、またみんなで宿題を持ち寄るのもいいわね。そうすれば当日は気兼ねなく遊べるもの」

「そいつぁグレートだぜ。それはそうと、今年もアリスの浴衣姿を期待しちゃってもイイか? 去年のもスッゲー可愛かったから今回もぜひ」

「ふぇええ!? ぇ、えっと、うん……でも、せっかくだから浴衣も新調しちゃおうかな」

「うぉおお! マジっすか!?」

 テンション上がりすぎてつい声がデカくなってしまった。とはいえこれは極めて重要な問題である。

 俺の問いに、アリスは恥ずかしそうにモジモジと両手を重ねながら小さく頷いた。俯いた顔からわずかに覗く頬がほんのり桜色に染まっているのは夕日によるものなのか、それとも……

 

 やがて、彼女は顔を上げると可憐な花が綻ぶような微笑みを浮かべて俺を見つめた。夕焼けに彩られたその表情は、ありきたりな言葉では表せないくらいに……綺麗だった。

「ねえ、優斗。今日はうちでごはん食べていかない?」

「いいのか?」

「もちろん。いつでも呼んでいいのよってママも言っているじゃない」

「ん、そうだな。ならばお言葉に甘えようかね。ごちになります」

「決まりね。ほら、早く帰りましょう?」

「ちょ、いきなり走るのはナシ! 米がッ、米が圧し掛かってくるからぁ!」

「あははっ! 待たないわよー」

 

 アリスはまるで子どものような、いや、子どもの頃から変わらない心惹かれる笑みでこちらを振り返った。

 俺もまた彼女を――誰よりも愛おしい女の子を追いかけて、帰り道を駆け出す。

 

 なぁ、知っているか? アリス、俺はずっと君のことが――

 

 

 

 とある日の宴会場、守矢神社の大広間にて。

 酔ってすっかり上気した頬で秘蔵の原稿を公開する風祝と、それを食い入るように目を走らせる少女たちの姿があった。

「えへへー、どうですか? 結構な自信作なんですよー」

「あやややや、これは面白いです! さすが早苗さん、『外』の女子高生は格が違いますね! ぜひこの小説を我が『文々。新聞』に掲載――」

「させるわけないでしょ! 上海、やっちゃいなさい!!」

「シャンハーイ!!(ビリビリッ)」

『あ゛ぁ゛―――ッ!?』

「あー! 何てことするのよアリス!? 私まだ全部読んでないのに!」

「そうだぜ! あんまりなんだぜ!」

「知らないわよ! そもそもなんで私と優斗が中心なのよ!? 却下だからね、却下!」

「そ、そんなぁ~……せっかく続編も執筆途中なのに――あ」

「ふぅん、そうなんだ? 早苗、全部処分してあげるからひとつ残らずもってきなさい?」

「あ、アリスさん……! 綺麗な笑顔なのに何だか怖いですぅうう……ッ!?」

 

 あとから訪れた吸血鬼とメイド曰はく、その晩、守矢神社には人形遣いから逃げ回る泥酔した少女たちの姿があり、その周りになぜか紙吹雪が舞っていたという。

 

 

 おまけ。

 同日同時刻、同じく守矢神社。別室にて。

「オラァッ! 脱げや天駆ぇえええええ!!」

「おっ、いいね諏訪子! やっちまいなぁー!!」

「イヤァァアアアッ!? 酒の勢いで生贄にされちゃうぅううう!!」

 

~番外特別回 おしまい~

 




ギャルゲーの力ってすごいね。

次回は本編の続きです。
今年こそ、完結できれば……いいなあ(遠い目)


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第四十二話 「ホレグスリはイチゴ味?」

生きとったんかワレェ!! って言われてみたかった(切腹体勢)


サイドカーよりメッセージ
・長らくお待たせして申し訳ありませんでしたァ!
・今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです

では、どうぞ


「――うん、もういいわよ」

「うぃっす」

 担当医の許可が出たので、膝かけ代わりにしていたシャツを広げて袖を通す。グレーのジャケットを羽織ればいつもの俺スタイルだ。永琳先生は今しがた俺に当てていた聴診器を外すと、机の上にあったカルテを手に取りサラサラと結果を綴り始めた。待っている間また椅子を回して遊ぼうとしたがアリスから窘められてしまったので断念する。なぜバレたし。

 数分とかからずカルテの項目をすべて書き終えた彼女は、いかにも頭脳明晰な余裕ある動作で顎に指を添えて軽く頷いた。

「ふむ、経過は順調のようね。というより思った以上に回復が早くて驚いたわ。まるで体が慣れているみたい。もしかして、こういう怪我は日常茶飯事だったりする?」

「いやー……まぁ、あったりなかったり時々だったりなら可能性も無きにしも非ずってくらいでございまする」

「長いうえにあからさまに誤魔化してきたわね。別に無理に話さなくてもいいわよ。もっとも、体が頑丈なのは大いに結構だけど、そこの彼女さんには心配かけないようにしなさい。診察は以上です、じゃあコレが今日の分ね」

「なんと、あのクレイジーな薬がまだ続くとおっしゃるか。救いはないとですか!?」

「男ならそのくらい我慢しなさい。よく言うでしょう、良薬は口に苦いものなのです」

 女医の有難いお言葉とともに、八意印の栄養剤を受け取る。顔が若干引きつってしまうのは仕方あるまい。なぜならこの薬、見た目こそファイト一発な栄養ドリンクなのだが、その味は筆舌に尽くしがたい苦みを持つ。しかもドロリと濃厚でしばらく口の中に残るという二重のトラップを展開し、口に入れたら最後、思わず歌舞伎の顔になってしまうのだ。永琳先生の言う通り、確かに効き目はバツグンなのですがね。

 無論俺に拒否権はない。レミリアっぽく言うならば避けられぬ運命、ならばさっさと終わらせるに限る。その場で飲んでいってしまおうと瓶を開封し口元に運ぶ。だがその直前、「ちょっと待って」とドクターストップをかけられた。いや、それだと意味が違うかしら。

 怪訝に思いながら先生を見ると、彼女は妙に温かみのある笑みを浮かべていらっしゃった。なんでや、何か企んでいるとか? いや、てゐじゃあるまいしそれはないか。

「どしたんすか先生?」

「この薬も一緒に飲んでもらえる? それとは違って小さな子供でも飲みやすい甘さよ。丁度良い口直しにもなると思うわ」

「ちょっと永琳。変なものじゃないわよね? 嫌な予感がするんだけど」

「いやね、心配いらないわよ。この手の類は珍しくないものだし、私も過去に何度か作っているもの。それに、アリスにとっても悪くない展開になるわよ」

「え? どういうこと?」

「まー、いいんじゃないか? ここにきて毒を盛るようなお方ではあるまいて。というか、口直しになるなら是非とも僕にくださいオナシャス」

「どれだけ苦い薬なのよ……」

 真顔で懇願する俺にアリスが冷ややかな反応をみせる。こればかりは体験した者にしかわからない苦行なのでござる。いやマジで。この薬を飲んだ後なら青汁だって爽やかフレーバーに感じることだろう。

 というわけで八意印のオクスリ(unknown)を受け取る。こちらも同じく瓶に入った液体タイプ。だがしかし、蓋を開ければ天と地ほどの差が広がった。飲み口からほのかに漂うのはマイルドなストロベリーの香り。本当に駄菓子だったりして。ちなみに俺はほたるさん派です。もちろんサヤ師もいいよ。

 どことなく心配そうな眼差しを向けるアリスに「大丈夫だ、問題ない」と一言告げ、まずは本日のノルマから喉に流し込む。苦いとか不味いとかそういう次元を突破したアンビリーバボーが押し寄せてくる前に、立て続けにイチゴ風味の不思議ドリンクを一息に煽った。するとなんということでしょう。プラスとマイナスが見事にぶつかり合って相殺されていくではありませんか。口の中に平穏が訪れた瞬間であった。第三部完。

 卒業式を迎える我が子を保護者席から見守る親のような面構えになっている俺がよほど危なく見えたのか、アリスが恐る恐る聞いてきた。

「優斗、大丈夫? 具合悪くなったりしてない?」

「いやいや、むしろ清々しい気分だぜ。あ、永琳先生ありがとうございました。とりあえずこれで良いっすかね?」

「ええ、ご苦労様。もし体調に変化が表れたらすぐに言ってちょうだい」

「了解っす。行こうぜ、アリス」

「うん。じゃあ私達は行くわね、永琳」

「あっ、悪いんだけどアリスは残ってくれる? あなたに相談したいことがあるのよ」

「相談? 私に?」

 同席していた人形遣いを連れて退出しようとした時、またしても永琳先生に引き留められてしまった。しかも今度はアリスをご指名ときた。俺はいない方が良い内容なのかもしれない。アリスもそれを察して、先に行ってて、とアイコンタクトを送ってきた。

 その先はもはや以心伝心。俺は彼女達に向けて「心得た」といわんばかりにビシッと親指を立てると華麗に背中を見せた。スピードワゴンはクールに去るぜ。

 

 

 さ、そんなわけで一足先に診察室を後にした現在、俺は廊下を歩きながら次の行き先について頭を悩ませていたのであった。アリスがいつ戻ってくるか分からないし……さて、どうしたものか。

「暇だし、輝夜のところにでも行こうかね。なんか面白いもの持っているかもしれないし、鈴仙かてゐとゲームしてたら混ぜてもらおうっと……?」

 目的地が決まればあとは移動するだけ。いざ、かぐや姫のもとへと参らんと足を進めた途端、ふと身体に奇妙な冒険……じゃなくて奇妙な違和感を覚えた。

 感じたのは熱っぽさだった。いや、熱っぽいというには語弊があり、正しくはドンドン体が熱くなってくる。イメージ映像を出すなら、心臓が活性化して全身の血液の流れが急激に速まったような状態。なんか知らんけどメッチャ漲ってきた。今なら衛宮切嗣の二倍速が使えるかもしれぬ。

 突然に訪れた謎の症状の影響により、ガンガン行こうぜなみにテンションもヒートアップしてきた俺はもう叫ばずにはいられなかった。

「ど、どうなってんだコリャぁああ!? はっ……まさか、まさかぁあああ!?」

 ふいに先ほどの永琳先生の言葉を思い出す。『もし体調に変化が表れたらすぐに言ってちょうだい』って、これを指していたのか。右手がうずいたり邪気眼が覚醒するタイプじゃなくてよかった。モノホンの中二病になったらアリスにドン引きされてしまう。

「ととと、とにかく永琳先生のところへ行かねば!」

 俺は踵を返すと、来た道をまさに文字通りに逆走し始めた。ドタバタと討ち入りさながらの喧しさで廊下を突き進み、やがて見えてきたのは先ほどの診察室の戸。勢いそのままに一時停止すらせずノックと開扉を同時にしながら中に飛び込んだ。

「先生! 殿中でござる、殿中でござ――」

 

 しかしながら、タイミングの悪いことに訪ねた部屋に目的の人物はいなかった。

 そこにいたのは『彼女』一人だけだった。

 

「あら、優斗。どうしたの? そんなに慌てちゃって」

 

「…………」

 彼女――アリス・マーガトロイドがこちらに歩み寄る。ついさっき退室したばかりの男が戻ってきたせいだろう、不思議そうに首を傾げながら俺を覗き込んだ。

「優斗? 聞いてる?」

「…………」

 おーい、と彼女が俺の顔の前で手を振るが、俺はすっかり魂が抜けてしまっていた。なぜならば、この世のものとは思えない神秘的な幻覚が広がっていたからだ。

 キラキラと眩い光を放つ数多の粒子が、アリスを囲みつつ風に乗っているかのごとく緩やかに舞っていた。彼女自身もまた、星にも似た煌めきを纏ったことで一段と輝いている。その姿は慈愛に満ちた女神を彷彿とさせた。一切の言葉を失うほどの美しさを前に周りの景色など目に入らず、ただただ彼女だけに見惚れた。何が言いたいかというと……

 

 アリスがいつも以上に綺麗で可愛く見えてヤバかった。

 

 そして気が付いた頃には、俺という名の暴走機関車はどこまでもオーバーランしていた。

「アリス、可愛い」

「ふぇええ!? なっ、何を言い出すのよ!?」

「光に照らされて輝く金髪も、空よりも青く澄んだ瞳も、陶器のように白い肌も、どんな芸術品よりも綺麗だ。容姿端麗とはアリスを示しているに違いない。いや、容姿だけじゃないな。その思いやりの心あふれる優しいところに、アリスは天使なんじゃないかと何度思ったことだろう。それに、照れ屋さんなところもすごく萌える。目が離せなくなる」

「~~~~~っ!!」

 次から次へと出てくるアリスへの賛辞に、彼女は瞬く間にカァアアッと耳まで真っ赤に染まる。先ほどとは正反対に、今度はアリスの方が言葉が出てこなくなっていた。顔を俯かせて、もじもじと身を揉んで恥じらっているのが反則過ぎる。

 その様子があまりにもいじらしくて、俺は思わず彼女の手をすくい上げた。不意の出来事に驚いたアリスが再び顔を上げる。この機を逃すまいと、俺は彼女の瞳をじっと見つめた。

「ぇ……ぁ……」

「素敵だよ、とっても素敵だ。声を大にして言おう、一万年と二千年前から――」

「みゃあああああ!!」

「どわぁ!?」

 アリスがいきなり叫びだしたかと思うと、次の瞬間には掴んでいた手を振り払い、目にも留まらぬスピードで俺の後ろに回り込んだ。射命丸もビックリだ。それから背中に両手を当てて、まるで棚を動かす要領でぐいぐいと押してきた。

「ちょっ、アリスッ、いきなりどういう」

「バカバカバカ出てってー! いいから出てってぇえええ!!」

「なんでさー!?」

 あれよあれよとされるがままに、部屋の出入り口まで連れて行かれる。その後、場外に押し出されたのも束の間、バタン! と大きな音を響かせながら戸を閉められてしまった。ご丁寧に施錠の音も聞こえる。

「お~い、アリス~。開けてはもらえないだろうか?」

『知らない! 優斗のバカッ!』

 取りつく島もなかった。もっと彼女と話したかったのに、誠に遺憾である。

 しかしこいつぁ困ったことになったぞ。アリスを見たのが起爆剤になったと推測されるのだが、実はさっきからある熱意がふつふつと湧き上がってきて俺を燻らせているのである。先ほどから燃え滾る感情、それは「無性に女の子に会いたい」という渇望にも近い衝動。

 そして厄介にも、アリスをお預けされたのがスイッチとなり俺の野生が目覚めてしまった。時は動き出した。

「ならば行くしかあるまい。震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 突撃ラブハートォ!」

 高ぶる気持ちを掛け声に乗せ、本能の赴くままに風と一体化したスタートダッシュを切る。当初の目的であった、体調を報告することなど頭からすっぽり抜け落ちていた。

 

 

 一方。

 

 ドッ、ドッ、ドッ……

 

 アリスは胸の動悸が全身に響き渡っていく感覚に戸惑っていた。胸に手を当ててみると、忙しなく乱れている心のリズムが直に伝わってくる。まぎれもなく自分が落ち着きを失っているのがわかってしまい、余計に恥ずかしくなる。

 気のせいだと己に言い聞かせても、顔が熱くなっているのが自覚できてしまう。事実、彼が陶器のようだと例えた白い肌は、今や誰の目にも明らかなほどに紅潮していた。

「~~~~っ」

 足腰に力が入らなくなったのか、アリスは施錠した扉を背もたれにして寄りかかった。あまりにも突然のこと過ぎて、彼女自身も頭の整理が追い付いていなかった。

 ほんの少し前にあったやり取りを思い返す。彼がいつになく真剣な表情で自分を可愛いと言ってきたこと。そのあとに繰り広げられた止まることを知らない褒め言葉の連鎖。まるでエスコートするかのように恭しく手を取ってきたとき。

 思い出せば思い出すほどアリスの中に羞恥心が募っていく。あわせて体温も上昇していく。朱に染まった頬はしばらく元に戻りそうになかった。

「もぉ……何なのよぉ……」

 

 

つづく

 




次回はちょっと早めに更新します ←フラグ


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第四十三話 「ほとばしる熱いパトスでうんたらかんたら」

一ヶ月経ってないからいつもよりは早い(痙攣&白目)

どうも、サイドカーでございます。
もっと早く投稿するつもりでしたが……いやはや、申し訳ない。
おのれインフルエンザ! 貴様だけは絶対に許さん! ←責任転嫁

ともあれ、今回もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


「うぉおおお!!」

 俺は走った。たった一つの望みを叶えるために。

「む、こっちか!」

 俺は走り続けた。たとえ行く先にどんな困難が立ち塞がろうとも乗り越えていく確固たる決意を胸に宿して。

 すべては――

「幻想郷のお嬢様方、天駆優斗がただいま参りますぞー!!」

 可愛い女の子と会うために!!

 

 

 アリスが火照った頬を手でパタパタと煽いでいると、部屋の奥にある調合スペースに引っ込んでいた八意永琳が戻ってきた。実をいうと、不在ではなく優斗からは見えない場所にいただけの話だったのである。

 永琳は自分の席に再び腰を下ろしつつ、アリスに軽く頭を下げた。

「ごめんなさいね。引き留めておきながら席を外すというのも失礼とは思ったのだけど、急を要する薬品はいつでも出せるようにしておかないといけなくて」

「き、気にしないで。永琳たちも忙しいでしょうし、今は私たちがお世話になっている身なんだから」

「そういってもらえると助かります。あと、さっきは相談にのってくれてありがとう。やっぱりアリスにお願いしたのは正解だったわ。これ以上の適任者はいないもの」

「買いかぶりすぎよ。でも、聞いたからには私だって何とかしたいし可能な限りの手伝いはするわ。一応、内容は優斗には伏せておくべきかしら?」

「いいえ、別に話してくれても構わないわよ」

「そうなの? ならどうして私だけを呼んだの?」

 相手の答えが予想外だったため少女は質問を重ねる。彼に話しても問題ないのなら同席させてもよかったのではないか。その方が協力者も増えて好都合だろう。お気楽でお調子者な一面もあるが、優しくて温かい性格なのはアリスがよく知っている。思っていてもなかなか口には出せないのはひとまず置いといて。

 人形遣いの問いに対し、竹林の薬師はわざとらしく出入り口に目を向けながら質問で返した。

「そうそう、さっき天駆君が戻ってこなかった?」

「え? ええ……」

 アリスは首肯しつつ、数分前にあったアレを思い出しそうになり慌ててイメージを追い払う。

 その様子から大体の事情を察した頭脳明晰な科学者は楽しげに目を細めた。

 

「どうやら実験は大成功だったようね」

 

 さりげなく放たれた一言に少女の動きがピタリと止まる。直後、ゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちなさでゆっくりと顔を向けた。

「…………どういうこと、かしら?」

「彼に飲んでもらった薬。アレは惚れ薬よ」

「んなっ!?」

 永琳から明かされた衝撃の事実にアリスは驚きのあまり目を見開いた。椅子を倒さんばかりに盛大に立ち上がった様は、まるで探偵が真犯人に辿り着いた瞬間に似ていた。

 立ち尽くして戸惑う少女の頭の中に「惚れ薬」の文字が回り続ける。言葉通りの代物ならば、先ほどの彼のおかしな態度は……

 アリスの動揺など露知らず、永琳はといえば十分な結果が得られてご満悦らしく、自らの計画についてネタばらしを始めた。

「本当は薬が効き始めた頃に貴女たちを二人きりにして様子を見る算段だったのだけどね。彼が思ったより早く戻ってきたおかげで決定的瞬間を見逃しちゃったのは迂闊だったわ。というわけで、実際にはどうなったか詳しく聞かせてくれない? 私の予想だと普段とは一味違った甘い雰囲気になれたと思うのだけど合ってる?」

「な、な、な、何よそれぇーーーー!?」

 おほほ、と貴婦人の微笑を浮かべる女史に純情乙女は叫ぶしかなかった。というか、人に悩み事を持ちかけておきながら同時進行でトンデモ実験を仕掛けるあたり、とんだ食わせ者である。不幸中の幸いなのは悪戯兎が関与していなかったことだろう。もし彼女が携わっていれば、マムシやらスッポンやらの類の品々を惚れ薬に仕込まれた挙句、お茶の間の皆様にはお見せできない祭りになっていたのかもしれないのだから。

 やがて語りを終えた医者兼科学者(マッドサイエンティストの気配あり)は、ふと今さらながら思い浮かんだ疑問を人形遣いに投げた。

「ところで、当の本人は何処に行っちゃったの?」

 

 

 長く遠い旅路の果て。ついに俺は探し求めていた理想郷に辿り着いた。

「おお……!」

 目に映る絶景を前に意図せずとも感嘆の声が漏れる。この気持ちを表すのであれば「感動」の一言に尽きた。

 並んでいたのは二つの華。その美しさと華やかさをもって、見る者すべてを魅了の罠に落とし心を掴んで離さない。俺自身も例外ではなく、瞬く間に虜にされてしまった。キケンな甘美さを振りまく「華」とは、

 

「あれ? 天駆じゃないの。あなたも対戦する?」

「どうしたの天駆さん? やけに急いでいるみたいだけど」

 

 お互いに向かい合って正座し、オセロを対局中の月の姫君とウサミミ美少女であった。

 

 彼女たちの姿を捉えた途端、脳内がGOサインのランプで埋め尽くされる。俺はゲーム盤には目もくれず二人の前に片膝をついた。きょとんとしている美少女コンビを交互に見据え、極めて真面目な面構えで最初の一言を告げた。

「二人とも、今日は一段と綺麗だよ」

「え、何々? いきなり口説き文句? 竹取物語の姫を相手によくやるわねー」

「あはは、ありがとう。天駆さんこそ今日はいつにも増して面白いわね」

 輝夜も鈴仙も軽い冗談だと思って流している。輝夜に関してはおとぎ話の通りで既に何人もの男性から言い寄られてきたから慣れているのかも。だが受けは悪くない。鈴仙も笑って済ませているが、そのわりには満更でもなさそうで嬉しげに頬を緩めている。ファーストコンタクトは好感触だ。いける。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 立て続けに俺は盤に置かれていない石を一つ摘み、どこぞのレールガンがコインでやるように指で弾いて白い面と黒い面を交互に繰り出していった。

「白と黒。どちらかを選べと言われたら何と答えれば良いだろう。それぞれ魅力的な相手を前に片方だけを選ぶなどむしろ愚行ではないか。ならばどちらも掴み取ろう! そうだ、右と左、手は二つあるのだから! 男たるもの二兎追うなら両方とも捕まえんかい! ヒャッハー!」

「……今度は暑苦しく語り出したわ。頭でも打ったのかしら?」

「……おそらくですけど、師匠が治療薬とは別の薬を飲ませたのではないかと」

「あぁ、それで愉快な状態になっているのね。納得」

 ひそひそトークしつつ憐みの眼差しを向けられているがまったくもって問題ない。ノープロブレム。時代の波は我と共にあり。いざゆかん!

 宙を舞っていた白黒の円を掴みとりゲーム盤の空いていたスペースにタンッと軽やかに置く。そして、輝夜と鈴仙、二人の細い手にそれぞれ自分の手を重ねた。呆気にとられている少女たちに俺は決め台詞を送る。

「二人とも聞いてほしい! 一万年と二千年前から――へぶしっ!?」

 直後、ガン! と頭部に凄まじい打撃音と衝撃が響き渡り、意識が彼方まで飛んで行った。

 

 

 いきなり現れて口説き始めた優斗が次の場面では畳の上に沈むというハイスピードな展開に輝夜と鈴仙は絶句するしかなかった。栽培系量産型宇宙人の自爆に巻き込まれた武闘戦士のポーズで倒れている優斗から、無言のまますーっと視線を上げる。そこには、

「はぁっ……はぁっ……!」

 よっぽど急いで駆け付けてきたらしく、肩で息をしている人形遣いが仁王立ちしていた。しかも、彼女の手には室内に無造作に置かれていたはずのけん玉が握られている。あれで一撃かましたのは想像に難くなかった。傍から見ればこの立ち位置、倒れている青年に凶器を手にした少女、それらを前に呆然とする目撃者たち。もはや火サスである。

 呼吸が整ってきたところで、アリスは二人が自分を見ているのに気付いてハッとした。ささっと武器を元の位置に戻し、苦笑いを浮かべてどうにか場を取り繕う。

「あ、あはは……お邪魔しました~」

 そのまま優斗の両脇を後ろからホールドしズルズルと引きずっていく。まるで死体処理だ。数秒ばかし経って、ようやく我に戻った鈴仙が「ま、待って待って。私も手伝うから!」と困惑しつつも後を追いかけていった。

 次第に声が遠くなっていき、やがて部屋に静寂が訪れる。オセロ勝負を中断されたあげく取り残された輝夜は、三人が出て行った方向を眺めながらポツリと一人ごちた。

「けん玉でもしようかしら」

 

 

つづく

 




次回こそ早めに投稿します ←リベンジ


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第四十四話 「君でなきゃダメみたい」

次回投稿は早いといったな、ありゃマジだ。
見よ! コレがサイドカーの本気だぁああ!!


分割していただけとか言っちゃいけない


そんなわけで早くも前回の続きです。
ごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。


『それで、相談っていうのは何かしら?』

『実は、うどんげのことで一つ気になって』

『鈴仙の?』

『貴女もあの子が月から来たのは知っているでしょう? 理由まで知っているかはわからないけど、ちょっとした事情があってね。今でもたまに一人で月を見上げては悲しげにしているのよ……本人は隠しているみたいだけど。彼女なりに思うところがあるのでしょうね』

『そうだったの……でも、どうしてそれを私に?』

『本題はここからよ。もし、うどんげがそういう風になっているのを見かけたら、貴女からあの子の気持ちを聞いてあげてほしいのよ。アリスになら話してくれるかもしれないから』

『話してくれるかしら? 彼女があなたたち家族にも話せない内容について他人の私が関与するなんて……』

『そうでもないわよ。他人だからこそ身内には言えない内容もあっさり言えたりすることもあるでしょう?』

『もしもの話よ? それで鈴仙が月に帰りたいって言ったらどうする気?』

『その時は、そうねぇ……あなたの想い人ならこう言うかしら――成せば成るって』

 

 

「……はぁ」

 優斗を病室まで運び布団に寝かしつけた後、アリスは自室で膝を抱えて溜息を吐いた。むすっと頬を膨らませているあたり、彼女がちょっぴり拗ねているのが見て取れた。膝に顔をうずめて小声で文句を漏らす。

「永琳のバカ、なんで惚れ薬なんか飲ませちゃうのよ……しかも節操なしに拍車がかかっただけじゃないの」

 製作者が言うには今日中には効果が切れるから放っておいても問題ないとのこと。とはいえ油断はできない。今は眠っているが、目を覚ましたときにまだアレが続いていたらどうなるのかは言うまでもない。とにかく、彼が女の子と鉢合わせする事態は何としてでも避けねばならない。

 よし、とアリスは静かに決意を固めた。

「それだけは絶対にダメなんだから」

「何がダメなんだぜ?」

「きゃあ!?」

 いつのまにか隣にいた第三者に驚いて悲鳴を上げてしまう。声のする方を見ると、「よっ」と朗らかに片手をあげる白黒魔法使いとその後ろに佇む紅白巫女がいた。どちらも我が物顔で部屋に上がり込んでいるあたり、本日も相変わらずだった。

「魔理沙に霊夢。どうしてここに?」

「小鈴から聞いたんだぜ。優斗が下級妖怪と戦った怪我で永遠亭に運び込まれたって。アリスも家にいないみたいだったし、一緒だと思ってさ。見舞いがてら様子見に来たぜ」

「で、一人でうずくまっていたみたいだけど何がどうダメなのよ? どうせまた優斗に何かあったんでしょ? 話してみなさいよ」

「う、うん……えっとね――」

 これまた相変わらず勘の鋭い霊夢に言い当てられ、アリスは親友たちに順を追ってこれまでのあらすじを話していった。八意印の惚れ薬を優斗が飲んでしまったのが本件の始まり。そのせいで彼がいつも以上に異性に対して情熱的な性格になったこと。念押しに、危ないから優斗に近づいちゃダメ(二人とも可愛いから)等々。

 ひとしきり状況を説明し、アリスは霊夢と魔理沙から知恵を借りることにした。

「優斗が変なことしないためにも、何か良い対策はないかしら?」

「そんなの簡単だぜ。優斗がアリスだけを見るように自分からアタックしちゃえばいいじゃないか」

「で、できるわけないでしょ!? そもそも私と優斗はそういうのじゃないんだから!」

「え~」

 アリスは顔を赤らめて魔理沙の提案を却下する。矢継早に自分たちの関係を否定する彼女に、今度は霊夢が問いかける。

「じゃあ、アリスには名案があるわけ? あ、言っておくけど私も魔理沙と同じ意見だから」

「霊夢までそんな……うぅん、優斗に部屋から出ないように言うのは? いえ、それだと気まぐれで勝手に出ちゃうかも。なら、薬が切れるまで眠っていてもらう? 催眠魔法は準備に時間がかかるから、永琳に睡眠薬を準備してもらう必要があるわね。ダメ、どのみち時間がかかるわ。ああ、それならいっそ糸で縛り上げて動けなくしてしまえば!」

「落ち着けアリス! 発想がおかしくなってる!」

「戻ってきなさいアリス! それ以上はよくないわ!」

 後半に行くにつれて早口になり目のハイライトが消えて虚ろな色になっていく人形遣いを、紅白巫女と白黒魔法使いは冷や汗を流しながら全力で阻止した。このまま放っておいたら彼と心中するとかブッ飛んだ結論に行きかねない。これが噂のヤンデレかと親友二人はかつてない危機感に体を震わせるのだった。

 

 

 目が覚めると、なぜか俺は布団に寝かされていた。とりあえず、

「知らない天井だ」

 このシチュエーションに遭遇したら誰もが言うであろうセリフを言ってみた。まあ、俺が充てられた病室なのはわかっているんですがね。言いたくなるのよ、男だもの。

 のそのそと身を起こす。どうしてこうなったのか記憶を巡らせるがいまいちハッキリとしない。唯一わかるのは後頭部が妙に痛いことだけ。もしや、何者かに背後から殴られて気絶されられたとかだったりして。まさか、さすがにそれはないか。黒ずくめの怪しげな取引を見た覚えもないし。バーロー。

「とりあえず、布団たたむか」

 思考をひとまず切り上げ、折りたたんだ寝具を部屋の隅まで運ぶ。すると、まるで片付け終わったタイミングを見計らったかのように、乾いた音を立てて襖が開いた。

「あ……」

「ああ、アリスか」

「お、起きたの?」

「たった今な。いつから寝てたのか覚えてないけど」

 たはは、と笑って誤魔化す。アリスはなぜかその場に立ち尽くして、中に入ろうとしない。胸の前で両手を重ねて、どこか気まずそうにチラチラと目を逸らしている。ほんの少しだが、顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。しかも「薬のせい……薬のせいだから……」とかよくわからない独り言を呟いている。

 彼女の態度がどうにも不可解で、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。事情を聴くべくアリスに近寄る。立ち話もなんだし、ひとまず座って落ち着いてもらおう。

「アリス、どうしたんだ? 様子が変だぞ?」

「ダッ、ダメ! きちゃ――きゃあ!?」

「危なッ――!?」

 俺が近づくとアリスはこっちがビックリするくらい狼狽えながら後ろへ一歩下がった。だが、気が動転していたせいで足をもつれさせてしまう。バランスを崩し倒れそうになった彼女の腕を咄嗟に掴む。が、人ひとりを引っ張る重力に対抗するだけの力を発揮する暇もなく、あっけなく二人仲良く床に転がってしまった。

 

「いてて……」

「ゆ、優斗……」

「へ……? ほわぁっ!?」

 

 情けなく呻いていると、いきなりアリスが艶っぽい声で俺の名を呼んだ。どうしたのかと怪訝に思ったのも束の間、今の俺たちがどのような状況になっているのかを知ったもんで変な叫びが出た。

 畳の上に仰向けになっているアリス。彼女に覆いかぶさるような形で重なっている俺。転んだ時に反射的に両手をついて自身を支えたおかげでアリスを押し潰してしまわずに済んだが、その代わり二人の吐息が混ざり合いそうなほどに相手の顔が近くにあった。すぐ目の前にある群青色の瞳が潤いを帯びて揺れている。そんな彼女のどことなく扇情的な表情に俺は悟った。

 

 あ、コレどう見ても俺が押し倒しているポーズにしか見えんわ。

 

「ダメ……ゆうとぉ……」

 アリスの口から零れ落ちる切なげな声音が俺の鼓膜をくすぐる。言葉では拒絶しているものの、わずかに身じろぎするだけで抵抗の素振りというには程遠い。恥じらいと緊張の中に微かな期待の色を覗かせている、なんて妄想じみた錯覚が俺の理性を奪いにきていた。

「アリス……俺は……」

 まるで夕焼けのように赤面している金髪碧眼の美少女。かくいう俺自身も顔から火が出そうになっており、心臓の音がやたら大きく響いて他の音がかき消されてしまいそうだった。

 アリスはポーッとしていて周りが見えていない。それは俺も同じだった。他には誰もいない、二人きりの世界がいつまでも続く――

 

「薬の効果が切れる頃だと伝えに来たら、お邪魔だったかしら?」

『…………え?』

 

 かと思いきや、その幻想は絶妙なタイミングで登場した永琳先生の手によってあっさりと打ち砕かれた。

 永琳先生は診察のときと変わらない落ち着いた表情で俺たちを見下ろしていた。目の前に人がいるというシンプルな話なのに脳の処理が追い付かず、俺もアリスも彼女を見上げてただ固まるしかなかった。と、

 

「ちょっと永琳、何でこのタイミングで出てくるのよ」

「まったくだぜ。あとちょっとだったのに」

 

 今度は押入れからメッチャ聞き慣れた声が二つしたかと思えば、扉がスライドし中から霊夢と魔理沙が不満げに唇を尖らせながら姿を現した。いやいやいや、青い猫型ロボットかお主等は。

 次々と現れる介入者に心でツッコミを入れるしかない俺とは対照的に、永遠亭の管理者は「あら」と普通のリアクションを示した。

「てっきりお見舞いを終えて帰ったのかと思ったら、こんなところにいたのね」

「へへ、帰ったフリしてアリスたちがどうなるか見守っていたんだぜ」

「盗み見の間違いじゃなくて?」

 バチコン☆と悪戯なウインクを決める白黒魔法使いに月の頭脳が真っ当な指摘を入れる。彼女たちの掛け合いを目の当たりにし、ほんの少し前までの空気は嘘のように消えていた。そんな中で、俺は間抜けな顔で問いかけるしかなかった。

「あのー、皆さん? これは一体どうなっているのでしょーか?」

「その反応だと元に戻ったみたいね。天駆君、診察のあとに何があったか覚えてる?」

「へ? えっと、言われてみれば……あれ? どうしたんだっけ?」

「ふむふむ、本人の記憶にも残らないと。これは改良の余地ありね」

「何がっすか?」

「いえ、こちらの話よ。おほほ」

 どっかのオブジェクト乗りみたいな笑い方をする永琳先生。事情がさっぱり読み取れんのだが、なんとなく誤魔化された気がする……ん?

 ふと、先ほどとは違う雰囲気の視線を感じ取った。そちらを見ると、

 

「もとに、もどって……?」

 

 俺たちのトークを聞いていたアリスが、いまいち呂律が回っていない状態でぼんやりとこちらを眺めていた。

 しかもよくよくみると彼女の目に徐々に理性の光が灯りつつある様子。まだどこか熱っぽく蕩けた表情をしているが、回復するのも時間の問題なのは明らかだった。

 そして、続いて放たれた霊夢の一言が決定打となった。

 

「ところで、あんた達いつまでそうしてるつもり?」

「ふえ……?」

「……あ」

 

 言われてみればそうだった。霊夢と魔理沙、それと永琳先生に囲まれている真っ只中であるにもかかわらず、エッチぃ雰囲気が漂う体勢のままになっていましたワタシタチ。誤解待ったなしです。

 親友の言葉にアリスはゆっくりと周囲を見渡す。やがて目の色が完全にいつも通りのものになる。ついに正気を取り戻した彼女は、今の状況を把握するや否や大きく目を開いた。間髪入れずに先ほどとは比べ物にならないほどにボッと顔が真っ赤に茹で上がる。そこから先は弁解する余地などなかった。

「き……」

「アリス待て落ち着」

 

「きゃぁああああああ!!」

「巴投げですとぉおおお!?」

 

 いたいけな少女の悲鳴と共に繰り出された豪快な投げ技によって宙を舞う。そのまま昔のお笑い番組さながらの勢いでバリーン! と障子をブチ破って外まで放り出されたのだった。我々の騒ぎを聞きつけて駆け付けた鈴仙に「怪我人が暴れないでください!」と怒られた。解せぬ。

 

 皆さんも薬の説明はきちんと聞きましょう。

 

 

つづく

 




次回で永遠亭編は完結……予定!


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第四十五話 「月に願いを」

自分が想像していた以上に長くなった(茫然)

だけど今日も上々に、あなたの隣人サイドカーでございます。
前回のあとがきのとおり、今回で永遠亭編は完結となります。

8000字くらいありますが、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 偶然なのかはたまた狙ったのか、霊夢と魔理沙が見舞いに来てくれたあの日以来、さながら日替わりメニューのごとく代わる代わる誰かしらが永遠亭を訪問するようになった。

 

 ○月□日△曜日、朝。

 病室でアリスと他愛のない話に花を咲かせていたら、彼女達がやってきた。

「お邪魔するよ。具合はどうかな?」

「あんれま、慧音さんじゃないっすか。それに……」

「ご無沙汰しております、天駆様。その節は本当にありがとうございました」

「どうも~、鈴奈庵の看板娘がお見舞いに来ましたよ! お元気でしたか?」

「こんにちは。優斗のお見舞いに来てくれたの? ありがとう」

 本日のお客さんは人里の主要人物たち。寺子屋の教師を務める慧音さん、稗田家の当主であらせられる阿求様、自称(といってもその通りなのだが)鈴奈庵の看板娘こと小鈴の三人。聞けば、永遠亭の門までは彼女達の護衛と道案内を兼ねて妹紅が一緒にいたらしいが、目的地まで送り届けたら仕事は済んだと言わんばかりに一人先に帰ってしまったらしい。なにそのイケメン。

 その後、彼女達が差し入れに持ってきてくれた果物詰め合わせセットを本日のおやつに、かぐや姫主催の人生ゲーム大会が行われた。阿求様がトップで上がったことに誰もが内心たまげたのは秘密である。ついでにいうと、リンゴはアリスがウサギさんカットにしてくれた。色んな意味でうまかった。

 

 ○月◇日▽曜日、昼。

 輝夜から借りたオセロでアリスと対戦(俺全敗中)していると、新聞屋さんがやってきた。

「毎度お馴染み清く正しい射命丸です! 今日は二人の可憐な少女を守り抜いたナイト様に突撃取材に来ました! とりあえず瀕死の重傷を負ったことにしときますね」

「待て待て待て、瀕死の重傷だったらインタビューできないだろう。そこは『掠り傷だ』つって夕暮れの街に去りゆく背中とかそんな感じでよろぴく」

「あやや、ハードボイルドな演出がお好みでしたか。悪くはないんですが、ちょっとインパクトに欠けますね。どうしたらいいと思いますアリスさん?」

「普通にありのままを書きなさいよ……」

 確かに。

 

 ○月O日0曜日、夜。

 中庭で兎達と戯れるアリスの可愛さに悶絶しているところに、吸血鬼とメイドさんがやってきた。

「天狗の新聞を見たから来てみたけど、本当に入院していたとはね。生身で雑魚と殴り合ったんですって? あまり優雅とは言えないわね」

「お嬢様、彼は霊夢と違って一般人である点をお忘れなく。優斗様、お加減はいかがですか?」

「いやー、ハハハ。咲夜さんの美しいお顔を見れたおかげで元気百倍――あででででッ!? ちょ、アリス!?」

「…………ふんっだ」

「やれやれ、どこにいっても貴方達は相変わらずね。とにかく、フランも会いたがっているから早く治して紅魔館に来なさい。これは命令よ」

「ら、らじゃー……」

 

 そこからさらにカレンダーが経過し、某日。ついに永琳先生から完治した旨を言い渡された俺は、いよいよ退院を翌日に控える次第と相成った。

 

 最終日in入院生活、その晩。

 俺の退院祝いと称したいつもより豪勢かつ賑やかな夕食も終えた。あとは明日に備えて寝るだけなのだが、すぐに寝るのもどこか勿体ない。

 というわけで、俺とアリスは二人で縁側に腰掛けて月見酒としゃれ込んでいた。すっかり夜も更けて辺りは静まり返っている。今宵は夜空もよく映えて、その中でもひときわ目立つ真ん丸のお月様が俺達を見下ろしていた。竹林と満月、まさに竹取物語の舞台だと思ったが、よくよく考えればご本人がいるんだった。うっかり、うっかり。

 ふと俺とアリスが仲直りした日の宴会の記憶が蘇った。あの夜も縁側に座って満月を眺めていたっけ。彼女と二人きりで……野次馬はいたけど。

「何だかあっという間だったわね」

「そうだなぁ。皆で飯食ってゲームして霊夢達が遊びに来たりもして、今思えば完全にホームステイだったけど、おかげでスゲー楽しかったよ」

「もう、ちゃんと反省してる? 次また同じようなことやったら本気で怒るからね」

「イエス、マム。っと、アリスの空になってるじゃないか。ささ、どうぞどうぞ」

「ありがと。ほら、私からもお酌してあげるからお猪口出して?」

「サンキュ」

 古き良き日本を体現した情緒ある庭園と黄金の丸を肴に酒を嗜む。加えて、月明かりに照らされた少女の横顔はいつにも増して美しかった。

 ついつい見惚れていると、アリスも俺の視線に気付いてこちらを向く。不思議そうに首を傾げる仕草が、もうグレートに可愛いです。

「どうしたの?」

「ん、綺麗だと思ってさ」

「そう。確かに今夜は特に綺麗なお月様ね。まるで絵画みたい」

「……ま、いっか」

 わざわざ訂正するのもどうかと思い、あえて何も言わないでおく。なんとなく、今はこの心地良さを味わっていたい気分だった。

 

「話し声がするから来てみれば、良いもの持っているわね」

 

「おっす、鈴仙。一緒にどうだ?」

「いただくわ。アリス、となり失礼するわね」

「ええ、どうぞ」

 どうやら我々の会話が聞こえていたらしい。声をかけられ振り返れば、鈴仙・優曇華院・イナバが後ろに立っていた。せっかくなので彼女にもお誘いをかける。こんなこともあろうかとお猪口は余分に用意しておいたのだ。その辺は抜かりないぜ。

 律儀にもアリスに一言告げてから、ウサミミ少女は人形遣いの左側に腰を下ろした。むむむ、こりゃ失敗したか。俺とアリスのポジションが逆だったら両手に花だったのに。誠に遺憾である。

 己の浅はかさを悔いていると、鈴仙がこちらに酒の入ったお猪口を差し出してきた。

「一日早いけど、退院おめでとう。アリスも色々と手伝ってくれてありがとね」

「ああ、俺の方こそ世話になった。サンキューでした」

「ふふっ。それじゃあ、鈴仙も加わったことだし改めて――」

『乾杯』

 陶器を交わす軽やかな音が夜の空気に染み込んでいく。杯を口元に運べば、仄かに香るは日本酒特有の匂い。ちなみにこのお酒、永琳先生にもらった一品なのだがコレがまたビックリするほど上質でウマい。先生曰はく決して洗練させないであくまで複雑な味とのことだったが、なるほど納得こいつぁすげーや。こんなにイイ酒をもらってもいいのかと尋ねたところ、なんでもお詫びらしい。俺自身まったく身に覚えがないのでアリスに聞いてみたら、知らない!と顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。どゆことなの。

 意外にも真っ先に飲み干したのは鈴仙だった。立て続けに彼女は空になった杯を俺に向ける。

「天駆さん、もう一杯もらってもいい?」

「あたぼうよ、一杯と言わず好きなだけ飲んでくれ」

「言ったわね? だったら遠慮しないわよ」

「いいとも、今夜は無礼講だ。そもそも可愛い女の子の頼みを俺が断るわけないって」

 いやはや、美少女二人と月見酒とは素晴らしき哉。そう、本来なら文句などつけようもなく満足な筈なのだ。

 ところが、実を言うとひとつの小さな疑問が頭に引っかかっていた。

 鈴仙の飲む速度がやけに早い気がしてならない。いや、単純に今日は飲みたい気分なのかもしれないし、酒が反則級に美味だからというのも理由として考えられる。だが、その飲み方は正直いって彼女にしては珍しい。変、とまでは言わないが違和感に近いものがあった。まるで何かを忘れたくてヤケ酒しているみたいじゃないか。

 瞬く間に二杯目を飲み終えた鈴仙は、ほう、と一息つくとおもむろに夜空を仰ぎ見た。狂気を操るという彼女の眼に映っているもの。それが何であるのかを察するのは容易い。

 その横顔はどこか寂しげで、そして哀しげだった。

 やがて、憂いの表情とは裏腹に普段通りの軽い調子で少女は問いを投げかける。

「ね、知ってる? 月には兎が住んでいるのよ」

「俺がいた世界でも言われていたよ。まぁ、小さい子供に聞かせるおとぎ話の世界だけどさ。そういや鈴仙も月にいたんだっけ?」

 俺がそう返すと、彼女は遠く――月を見上げたまま答えた。

 

「そう、私は月の兎。いいえ、月から逃げてきた臆病者……それが今の私よ」

 

「鈴仙……」

 アリスが悲しそうな声で彼女の名を呟く。たぶん永琳先生から何かしら聞いているのだろうと、彼女の様子をヒントに直感が告げる。だけどさ、だからってアリスまで辛そうな顔しないでくれよ。

 心配の眼差しを受けて鈴仙は大丈夫と言いたげに笑った。それはあまりに力なく、触れれば崩れてしまいそうなくらいに脆い、俺には泣き顔にしか見えない笑顔だった。

 

 ……すぐ目の前にいる女の子がそんな顔しているのを見て黙っているなんて、俺にできるわけないだろうが。

 

「あは……ごめん、気分悪くさせちゃったわね。私はもう行くからあとは二人でごゆっくり」

「あっ、あのね、鈴仙――」

「続けよ」

『え?』

 立ち去ろうとする鈴仙を引き留めるアリスの声が俺の声に上書きされる。少女達が意表を突かれた顔で揃ってこちらを見た。やべ、半ばノリで気取った言い方をしてしまったのが今さらになってハズくなってきたぞ。ええい、しっかりせんかい俺!

 気合入れに手元に残っていた酒をぐいっと一気に煽る。その勢いに任せて続きを促した。

「何か悩んでいるんだろ? 案外こういうのは話してみたらスッキリしたりするもんだ。言ったろ、今日は無礼講だって。内容が愚痴でも一向に構わん。少なくとも、ここで鈴仙が退場する方がよっぽど気分悪いっすよ僕ぁね」

「ねぇ、鈴仙。私からもお願い……話してくれない? 苦しいのなら、辛いのなら、私もあなたの力になりたいの」

「天駆さん……アリス……」

 俺達の気持ちが届いたのか、鈴仙は足を止めてその場に立ち尽くす。しばらくして、彼女は再びアリスの隣に座りなおした。それを見てアリスが安堵したように微笑む。が、すぐに真剣な顔つきになり鈴仙が話し始めるのを待った。

 そして、自らを臆病者だと評した少女は秘めていた胸の内を打ち明けていく。ぽつぽつと、少しずつ絞り出していく。

 

「ずっと前にね、戦争があったの。地上の民が月に攻め込んでくる……そういう話だった。月の兵隊は玉兎――ああ、月の兎のことね。もちろん私もそのうちの一人だったわ。その時が来たら戦わなきゃいけない。だけどね……」

 

 沈黙が訪れる。抑え込んでいた感情が言葉と一緒に詰まっているのだろう。うつむき、膝の上に乗せた拳は固く握りしめられていた。肩も震えている。俺もアリスも黙って彼女を待ち続けた。

 「だけど、ね……」間もなくして少女の口から告げられたのは、不安と後悔と悲哀と、どこまでも追いつめる自責の念だった。

 

「逃げちゃったの……ッ! 戦争が怖くて、死ぬかもしれないのが怖くて……ッ! 仲間も仕えていた主も見捨てて自分だけ助かろうとした! 結果からいえば月が滅ぶことはなかったわ。だけど私が裏切り者だってことは変わらない、もう誰も私を許してくれない……もう私の居場所なんてどこにもないのよ!!」

 

 慟哭。鈴仙の頬をいくつもの滴が伝っていき零れ落ちる。ようやく見せてくれた彼女の心の奥底にある気持ち。鈴仙はずっと自分を責めていたのだろう。みんなの前で見せる屈託のない笑顔の裏側で、この少女は涙を流さずに泣いていたのだろう。満月を見つめ、たった一人で。

 

 この少女に対して俺ができることは何だ? 何ができる?

 気にしすぎだと、君のせいじゃないよと優しく慰める。そういうのもあるだろう。だがしかし、あいにく俺の答えは違った。

 話を聞いていてわかった。彼女もまた俺と似た者同士だと。ならば、俺にやれるのはただ一つ。そもそも気分屋で道化な自称紳士にそんなイケメンな方法できるかい。

 先ほど鈴仙が言っていた。自分は逃げたんだと。居場所はどこにもないと。だったら――

 

「ご、ごめんね。やっぱり私戻る――」

「ある部隊があってな」

「え……?」

「優斗……?」

 元軍人なのもあってか、「部隊」という単語に鈴仙のウサミミがピクリと反応した。いきなり話題を変えてきたせいでアリスも困惑している。彼女達の視線を受けながらも俺は話を続けた。カボチャとハサミのマークを思い返しながら。

「部隊っていっても敵兵を潰すガチな戦闘タイプじゃなくて、むしろ戦争が終わってからが本番なんだ。『戦災復興』――飢餓とか疫病とか、そういうので困っている人々を助けるのが任務だと」

「…………いいわね、それ。私なんかとは全然違う」

「ぬぁーに言ってんだ、同じだべ? 鈴仙が薬売りに人里に来てくれるから、怪我したり病気したりしても自宅で治療やら応急処置やらできるっしょ? 家に薬があるとないとじゃ状況が全く違うんやで。要するにだ、『みんな鈴仙に助けられているんだよ』。ついでにいえば、俺だってあのとき鈴仙がいなかったらどうなっていたか分からんしな」

「――ッ!!」

 おそらく本人にとっては思いがけなかったであろう発想に、鈴仙が息をのむ。

 よいしょ、と縁側から腰を上げて中庭に出る。それから今度は俺が満月を仰いだ。

「その部隊の少尉さんが言っていた、『遠くを見るな、前を見ろ』って。月ばかり見るな、そんで幻想郷で鈴仙に救われている連中がいるのも忘れたらいかん。アーユーオーケー? ……あ、間違えた。こほん、ドゥーユーアンダスタン?」

 なんてことない。俺にできることはこれくらい……じゃなくて、これだけでよかったんだ。

 鈴仙を必要としている人が幻想郷にいるのを、鈴仙の居場所が此処にあるのを気付かせるだけでいい。彼女が求めていたものはすでに揃っていたのだから。まるで幸せの青い鳥だな。

 そう思ったら可笑しくて、ふっと表情が緩んだ。最後に、依然背を向けたままなのだが言いたかったことを言わせてもらう。

「まぁ、どーしても月に心残りがあるなら一度行って謝ってくればいい。もし一人で不安なら俺達もついていくし、一緒に土下座でもなんでもしたる。で、すっきり仲直りしたら幻想郷に……永遠亭に帰ろうぜ。お前はもう月の兎じゃなくて心身ともに地上に降りてきた地上の兎だよ」

 全部言い切った達成感を胸に、ポケットからタバコを取り出し一本咥えて火をつける。深く息吐くと、一緒に出た紫煙が風に乗って流れてやがて霧散していった。

 結局のところ、こいしのときと一緒なんだよな。俺がやったのは彼女に自分の理想を押し付けたようなもんだ。本当、何やってんだろうね。自分自身が解決していないというのに。

 自嘲の笑みを浮かべそうになり、おっとこいつぁいかんと負の感情を振り払う。俺までネガティブフェイスになっていたら元も子もない。とはいえ、このクッサイ話が鈴仙の苦しみを和らげることができたのかちょっち不安だが。まぁ、あとはアリスにバトンタッチ。

 後ろを振り返れば、アリスが鈴仙に優しく微笑みかけていた。

「鈴仙、膝枕してあげる」

「ぃ、いいって……」

「いいから、いいから。いらっしゃい」

 鈴仙が戸惑っている間にアリスは自身の膝の上に彼女の頭を乗せる。穏やかな笑みを浮かべたまま、アリスは少女の長い髪に手櫛を入れていく。母親が子の頭を撫でるときにも似た、温もりと慈しみが籠っている手だった。手櫛を続けながらアリスもまた鈴仙に語りかける。

「永遠亭にはあなたがいないと。それは永琳達も同じ気持ち、あなた達は家族なんだもの。……本当言うとね、永琳に相談されていたの。鈴仙のことが心配だって」

「師匠に……?」

「ええ。だけどね、頼まれたからってだけじゃないのよ? 私だって鈴仙がいなくなったりしたら寂しいもの」

「…………もー、二人ともお人好しなんだから。このお似合いカップル」

「か、からかうんじゃないの」

「あはは、ゴメンゴメン」

 冗談っぽく笑う鈴仙の瞳からまたもや一筋の滴が流れる。だけど、今度は喜びを含む温かさがあった。見ればわかる。なぜなら、「本物の」いつもの笑顔に戻った少女の口が「ありがとう」と紡いでいたのだから。

 もう一度だけ夜空を見上げ、まだ見ぬ月の住民達に向けてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。顔も名前も知らないけれど、鈴仙の仲間だというなら悪い奴はおるまい。いるとすれば美人や美少女に決まっている。だから、

「あんた達の方から遊びに来てもええんやで?」

 

「あら、楽しそうね。主治医を差し置いて祝い酒かしら?」

「なにー? 三人でこっそり秘密の酒盛りなんかしちゃってズルいじゃない」

「抜け駆けは許さんウサ」

 

「お?」

 みんな寝静まった夜かと思いきや、永遠亭の皆さんが揃いも揃ってぞろぞろと集まってきた。何でぇ、起きてたんですかい。しかも追加の酒にお猪口にお団子と、各々が手にしている品々から察するに参加する気満々みたいっすね。

 ついでに、アリスに膝枕してもらっていたのを家族に見られたのが恥ずかしかったのか、鈴仙が慌てながら体を起こしたこともここに付け加えておこう。

「あーらら、なんだかんだで全員集合しちゃいましたなぁ」

「なに言っているのよ。ほら、私にお酌しなさい天駆。あとお団子取ってきて、一番大きいやつね」

「ほれほれ、姫様の次は私にもやるウサ」

「いきなりパシってきたよこの人達!? よかろうですとも!」

「天駆さんはそれでいいんだ……」

 

 やいのやいのと騒がしくなった縁側の一角にて。ニコニコと楽しげに皆を見守るアリス・マーガトロイドに八意永琳がこっそり近寄り、こそっと小さく耳打ちした。

「アリス、どうもありがとう」

「どういたしまして……と言いたいところだけど私は何もしていないわ。ほんのちょっと膝を貸しただけよ。それよりも飲みましょう?」

「ふふ、そうね。今夜のお酒は一段と美味しく頂けそうです」

 

 みんなで呑んで騒いで大いに笑って、月見酒というには趣もあったもんじゃなかったけれど。たくさんの笑顔に囲まれたその宴。シアワセは月よりも高く、もしかしたら彼らにも届いていたのかもしれない。

 

 

 翌朝。

 永琳先生や鈴仙、輝夜とてゐに見送られて俺達は永遠亭を後にした。ビックリなことに入院費とか治療費とかは稗田家が全額払ってくれたらしい。阿求様マジ感謝。

 屋敷を出てすぐ、大きな籠を背負った妹紅が俺達を待っていた。慧音先生が事前に俺の退院日を彼女に教え、道案内をするよう頼んでくれたそうな。いやはや面目ない。

 「焼き鳥屋もこたんの健康講義」に相槌を打ちつつ(ただし寒中水泳はご免こうむりたい)、妹紅を先頭に竹林を進むこと幾しばらく。ついに竹林を抜けた途端、眩しい日差しに思わず目を瞑った。目が、目がぁあ。

 そんな俺のリアクションなど気にも留めず、「ああそうだ」と妹紅は背負っていた籠を下ろし丸ごと俺に渡してきた。

「これは私からの退院祝い、新鮮とれたてのタケノコだよ」

「あ、あざっす」

「道案内してもらったうえに食材まで……ありがとう、ちゃんと今度お礼するからね」

「気にしなくていいよ、ここに居ればすぐに手に入るものだから。強いて言うなら、また店に来てほしいかな。それじゃ」

 そう言って妹紅は去って行った。ヒラヒラと片手を振りながら遠くなっていく背中を見送る。あらやだカッコいい。

 

 やがてクールな焼き鳥屋さんの後ろ姿が完全に見えなくなったところで、「うーん!」と盛大に体を伸ばした。あわせてコキコキと全身をほぐしながら、アリスに声をかける。

「さーてと、俺達も行くか」

「うん、今日はどこに行く?」

「そうだな……ちょうど食材が大量に手に入ったし、博麗神社でタケノコパーティーしようぜ。そんでもって魔理沙からキノコを持ってきてもらえば完璧なコラボレーションの出来上がりってな」

「タケノコパーティー、ね。いいんじゃない? きっと他にも集まってくるだろうから、全部使い切っちゃうかもしれないわね」

「いつものパターンですねわかります」

 容易に描ける未来予想図に二人で笑い合いながら、紅白巫女が住む神社を目指して歩き出す。どこまでも広い青空。日差しは強く、気温もさらに高くなりそうだ。

 

 俺が幻想郷に来てから最初の夏、その始まりはすぐそこまで訪れていた。

 

 

つづく

 




夏は近い ←久石譲「Summer」を聴きながら


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第四十六話 「天駆君と7色の魔女」

サブタイトルを語呂でしか考えなくなった。

皆さま元気で御機嫌よう、クレイジーノイジーサイドカーでございます。

東方人形誌は忘れた頃にやってくる ←這い寄り
というわけで最新話でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「妖怪の山に出張……っすか?」

「そうだ、頼めるかい?」

 おうむ返しに尋ねると霖之助さんの声が店の奥から返ってきた。

 今日も今日とて閑古鳥が元気にシャウトしている香霖堂。退院の報告も兼ねてアルバイトに来てみれば、「おや、もう退院したんだね」なんてあっさり言われたのがついさっき。『文々。新聞』のおかげで大体の事情は把握していたそうな。相変わらずトラブルが絶えないね、と苦笑されてしまった。いやぁ、面目ない。

 ついでにいうと、ここ数日にかけて気温が上昇しているにもかかわらず窓を閉め切っていたのはたまげた。「ちはーっす」と呑気にドアノブを捻った次の瞬間、むわっと蒸した空気が顔面を襲ってきたのは記憶に新しい。すぐさま店中の窓を次々と開け放ち、プチサウナ状態の空気と外の新鮮な空気を入れ替えた俺の判断は正しいはず。そもそも、この人はなして平気なのだろうか。いつもの着物姿で汗ひとつかかないクールな店主にあたしゃビックリだよ。

 そんなこんなで換気しながら店内の掃除を始めた矢先、霖之助さんから頼まれごとをされて今に至る。当の本人は「どこにやったっけなぁ」とボヤキながら倉庫でガサゴソ物色中だ。

 ほどなくして、店長殿が道具を二つほど抱えて戻ってきた。それらを床に置き、話を続ける。

「正確には河童のところだね。河童については前にも話したとおりさ。これらの修理を依頼したい」

「んで、どっちも直ったら売り物にするんですか?」

「まさか。これは私物として使わせてもらうよ。どちらも便利な代物だからね」

 そういって霖之助さんは得意げにメガネをクイッと指で上げた。さいですか。

 彼が持ってきたものを見下ろす。片や卓上で使う小型の扇風機、もう一つは円盤型自動お掃除ロボット。扇風機出す前に窓開けようぜとか、そんなに自分で掃除するのが面倒なんですかとか、ツッコミどころ満載だが気にしたら負けだ。しかしまぁ、もう幻想郷に来ちゃったのね、サンバ。あれ、違ったっけ?

 せっかくだ、ここで一つおさらいしとこう。この生活に慣れてしまったせいで忘れられがちだが、俺が居るのは幻想郷であって江戸時代にタイムスリップしたわけではない。つまり、此処にも電気はキッチリ存在するのである。その恩恵を主に受けているのが、天狗や河童といった妖怪の山に住む者達。独自の社会を築く彼らは高い技術を持つと言われており、現に文が写真撮影やら新聞製作やらしているからあながち間違いではないのだろう。天狗は風を操れるし、河童は水を操れる。となれば、風力だろうと水力だろうと発電方法には困るまい。

 ところがどっこい、残念ながら香霖堂は妖怪の山ではなく魔法の森に構えている。コンセント差込口はどこかと聞かれたら「ねぇよ、んなもん」と即バッサリ袈裟斬りだ。レッドホットチリペッパーも真っ青である。そんな場所で電化製品を使うとすれば、

「発明が趣味の技術屋に、バッテリー式に改造してもらうんすか? 店には今まで拾ってきた電池が仰山ありますし、無縁塚に行けば落ちてますしおすし」

「さすがだね、察しがよくて助かるよ。そういうわけで、優斗君には一人の河童に会ってきてほしいんだ。名前は河城にとり」

「ほ~、お値段以上のインテリアショップみたいな名前っすね。行くのは構わんのですが、山のどの辺に居るんですかね? やっぱり河童なら川とか?」

「山の麓、玄武の沢だね。川沿いを歩いていくか、白狼天狗がいたら道案内を頼むといい」

「白狼天狗……実は俺まだ会ったことないんすよねぇ。どんなんですか?」

「職務をいうなら山の自衛隊。外見的な特徴をいうなら狼の耳と尻尾が生えた少女――」

「OK牧場、今すぐ行ってきます!」

「……うん、君ならそう言うと思っていたよ」

 神業レベルの速さで外出の支度を始める俺を見て、霖之助さんは予想通りとばかりに肩をすくめた。インテリジェンスな彼がやるとメッチャ様になっている。うらやま。

 さすがに台車を引きずって山を登るのは体力的にしんどいため、登山用リュック(香霖堂の備品)にブツを詰め込む。あと、依頼を引き受けてもらいやすくするためにとキュウリが数本入った袋も授かった。あ、やっぱりキュウリ好きなのね。

 準備が整い、「天駆優斗、行きます!」と言いかけたまさにその時、

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

「何奴!?」

 バン! と威勢よく扉が開く音とともに放たれた大きな声が店内を響き渡った。つい三下の敵キャラみたいな反応をしたのは条件反射です。仕方ないね。

 入り口に立っていたのは森に住む魔法使いコンビ――アリス・マーガトロイドと霧雨魔理沙だった。意外にもデカい音をたてて扉を押し開けたのはアリスの方で、人形を操るときみたいに手を前に伸ばすポーズをとっている。

「うぃっす、いらっしゃいませー」

「おう、いらっしゃってやったぜ」

 いつもの元気ハツラツなスマイルを浮かべる魔理沙とは対照的に、アリスは気難しげな表情でツカツカと俺のところまで歩み寄る。ちょ、近い近い近い。

 彼女は動揺する俺の顔をジッと凝視しながら、おもむろに口を開いた。

「優斗ひとりで行かせるなんてダメよ。迷子になるかもしれないし心配だわ。だから私もついていくからね」

「いやいや、はじめてのおつかいじゃあるまいし、いくら俺でもさすがに迷子にはならんでござるよ? 妖怪の山には何回か行っているし」

「にゅふふふ。それだけじゃないよなぁ~アリス?」

「んな!? ちっ、ちがっ……! 本当にそれだけよ!」

 どこか含みのある口調で魔理沙がアリスに問いを投げると、瞬く間に彼女の表情は一転、カァアアッと頬を赤く染めながら焦ったように白黒魔法使いの言葉を否定した。よくわからんが、魔理沙の笑い方が気になってしょうがない。イタズラ好きの猫みたいだ。

 だがしかし、ここまで心配されちゃ一人で行くのは野暮というもの。何より彼女が隣にいてくれた方が俺としてもテンション上がる。となれば、

「せやな、俺もアリスと一緒にいたい」

「ふぇえええ!? な、何を言い出すのよ突然!?」

「つーわけで一緒に行こうか、アリス?」

「あ……その、えっと……まっ、魔理沙も行くでしょ!? ね!?」

「え、私もか? そうだなぁ……もうちょっとここで涼もうと思ったけど蒸し暑いし、水辺に行った方がマシかも。よし、私も行くぜ。こーりん、あとはよろしく」

「ああ、これ以上店の中が暑くなる前に出てもらえると助かる」

 魔理沙のニヤケ顔とはまた違った、含みのある笑みで霖之助さんが我々に出発を促す。やっぱり暑かったんじゃないっすか。

 

 

 さてさて、魔法使い二人をパーティに加え、水系エンジニアに会うべく妖怪の山の麓までやってきた我々一行。

 ふと思ったが、もし俺単品だったらここまでの道のりも無言か一人実況プレイだったかもしれない。いやはや、彼女達が同行してくれて本当によかった。嬉しくて言葉にできない。

 生い茂る木々がいいあんべぇで日差しを遮る山道を美少女達と談笑しながら歩む。すぐ近くから聞こえてくる清流の涼しげな音に心が落ち着いた。気分はすっかりハイキングである。

「マジで? 幻想郷には海がないのか。じゃあ夏になったらどうすんの?」

「涼をとる方法はいくらでもあるわよ。目の前にも適した場所があるでしょう」

「そうそう。去年も皆で水浴びに行ったんだぜ? アリスが水着を作ってくれてさ」

「なん……だと……ッ!?」

 聞き逃せないワードに顔つきが雄々しくなる。そんなパラダイスがあったとですか!?

 そのときの光景をより詳しく聞き出そうとした刹那、

「――ッ!」

 第六感が俺達以外の気配を感じ取った。

 いきなり足を止めた俺に少女達が疑問の眼差しを向ける。「優斗?」アリスが俺の名を呼んだ。ちょっと待て、とハンドシグナルで告げながら神経を研ぎ澄ませる。

 予感が確信に変わった瞬間、俺は片手で顔半分を覆うどっかで見たことある立ち姿勢とともに、空の彼方に向かってビシッと言い放った。

「貴様! 見ているな!」

『…………』

 アリスと魔理沙の「ああ、この人とうとう頭やられちゃったのね」といいたげな視線が痛い。違うの、確かにちょっとネタ入ってるけど別にトチ狂ったわけじゃないの。だから魔理沙、アリスの肩に手を置いて首を横に振るの止めてくんない? 退院したばかりでまた永琳先生のところに連れて行かれたらシャレにならん。

 可愛そうな人を見る目の女性陣に必死の言い訳をしている時、こっちに飛んでくるヒトカゲ……じゃなかった人影があった。やがて、そいつが俺達の近くに着地する音を耳にして全員が振り返る。

 

「私の千里眼に気付く人間がいるなんて思いませんでしたよ……」

 

 真っ白な和風装束と紅葉模様があしらわれた黒いスカートを身にまとった女の子がおった。短めの白髪が白い衣装によく映える。困ったような戸惑いの顔からは常識人の真面目さがうかがえ、同時にどことなく苦労人っぽそうな雰囲気も出ていた。

 そして、前もって聞いていなかったら確実に犬と間違えたであろう、狼をモチーフにしたケモミミと一房の尻尾が容姿にベストマッチしている。

 ならば、やることは一つだろう兄弟。

 

「ふっ……君のような可愛い女の子からの熱い眼差しに俺が気付かないワケがない。遠回りをしても追い付けるはずなら、行くあてもない旅にたまには一緒に行きませんか――んぎゃぁあああ!?」

 

 キリッとイケメンに決めようとしたが、言い終わる前に脇腹をギリギリとつねられて絶叫してしまった。台無しでござる。

 襲い来る痛みに仰け反る俺の隣では、可愛らしい天使の笑顔をしたアリスが右手に込めた力を一切緩めずに少女と話していた。

「こんにちは、椛ちゃん。ごめんなさいね騒がしい人で」

「よう椛。今暇だろ? ちょっと私達に付き合えよ」

「仕事中だと知ったうえで言っていますよね、魔理沙さん。あと、アリスさん。その……手……」

「あら、いけない。うっかりしていたわ」

「そ、そうですか……」

 太刀と盾を装備しているわりに根は穏やかな性格であることが口調から伝わってくる。言おうか言わないかオロオロしながらも、人形遣いの細い指が俺の脇腹を捻じり取らんとしている状況に立ち向かおうとしている。その姿がある知り合いに似ていたせいで、気が付いたら口に出ていた。

「妖夢みたいだな」

「え? は、はい。妖夢さんとは互いに精進しようと、よく手合せしますけど……」

「ふむふむ、好敵手と書いてライバルと読むアレですな。そういやまだ名乗ってなかったな。俺は優斗、にとりという河童さんに仕事を依頼すべくやってきたアルバイトです。よろぴく」

「どうも、私は犬走椛といいます。にとりに用事でしたか。彼女は私の友人ですし、よければ居るところまで案内しますよ?」

「そいつぁ非常にありがたい話だが、いいのか? 仕事中なんだろう?」

「これも仕事のひとつですよ。さ、ついてきてください」

 犬耳をピコピコ動かし尻尾を振りながらニッコリと笑いかける椛。エエ娘や。

 先導する彼女についていく傍ら、俺の後ろで魔法使い二人が女同士の秘密のオハナシをしていた。残念ながら俺の耳には届かなかったが、お互いの研究とかそのあたりだろう。

 

 そう、まさかこんな会話をしているとは微塵も思っていなかった。

「アリスもケモミミつけてみたらどうだ? きっと優斗が泣いて喜ぶぜ」

「ばっ!? バカ言わないでよ! もう!」

 

 

つづく

 




もみじかわゆす


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第四十七話 「最強◇+計画」

遅いことなら誰でもできる!
3日あればサイドカーでも小説投稿ができる!
情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそして何よりもぉぉぉお!!

アリスが足りない!!


というわけで最新話でございます。
今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。



 玄武の沢は妖怪の山の麓に位置する、断崖絶壁の岩場を流れる大きな河川である。

 川の上流では轟音を響かせる滝が水しぶきやらマイナスイオンやらを振りまき、下流へ進めば流れが穏やかな小川に枝分かれしているところや無数の洞穴がある浅瀬など、バリエーションが豊かでまさに水の楽園。

 そもそもなぜ「玄武の沢」と呼ばれているのか。それは、岩の表面にできた六角形の亀裂がびっしり並んでいるため亀の甲羅に見えるからだ。また、崖の断面はまるでいくつもの柱が密集している光景に似ており、探してみると階段状になっているところもある。おかげで、うまくいけば崖の下まで降りることが可能だ。なお、これらは非科学的なモノではなく「柱状節理」という自然現象なので興味のある方はウェブで検索してみよう。

 椛の話によると、噂のにとり氏はこの時間だと滝のさらに向こう側にいることが多いらしい。そんなわけで白狼天狗のお導きのもと、俺達は探検隊のごとく山の奥まで足を運んでいた。進むにつれて川の規模もデカくなってくる。鮭とかニジマスとか大きめの魚が釣れそうな予感。店に戻ったら釣竿がないか探してみようかしら。

 そして何よりも驚きだったのが、椛は俺を知っているというではないか。その原因となったのが、やはりというかアレだった。

「文さんの新聞で何度か取り上げられていましたから。最近は下級妖怪と戦ったんですよね。武道の心得があるんですか?」

「いーや、全然さっぱり。もみっちゃんみたいに剣を握ったこともないし、弾幕も出なけりゃ銃も持ってねェ。赤いコートと金色のグラサン身に着けたヒューマノイドタイフーンとは似ても似つかぬ、せいぜいちょいと喧嘩ができる程度のド素人よ」

「もみっちゃん!?」

 質問の答えよりも呼ばれ方に反応する犬走椛もといもみっちゃん。

 アリスは彼女をちゃん付けで呼んでいたからありかと思ったのだが、本人は思いもせぬ呼ばれ方だったらしくメッチャ動揺していた。魔理沙にいたっては「も、もみっちゃん……プククッ!」と笑いを堪えきれていない。アリスもどこかツボったのか顔を綻ばせている。可愛い。

「いいじゃない。あなたにピッタリの可愛らしいニックネームだと思うわよ」

「アリスさんまで……えっと、つまり早苗さんとは違って本当にただの一般人なんですね」

「そういうこった。つーか、早苗とも知り合いだったのか?」

「同じ山に住むご近所さんですから。――あ、いましたよ。この先に河城にとりがいます」

「おっ、そうか。さすが千里眼の使い手、そこにしびれる憧れるゥ!」

 椛が目的の河童の姿を捉えたらしい。頼れる味方ができたものだ。やったね。

 そうそう、出会いがしらに本人も言っていたが彼女の能力は千里眼、正式名称は「千里先まで見通す程度の能力」。俺が最初に察知した視線はハーミットパープルな念写ではなく直視だったわけだ。やりおるわ。

 

 そして我々が辿り着いたのは上流の先、山の湖。

 真っ先に見つけたのは、俺が背負っているやつ以上に大きいにもかかわらずパンパンに膨れ上がっている緑色のリュックを、さも当然とばかりに背中に装着した小柄な少女の姿。青色の髪をツーアップにまとめている。長靴を履いているのもあって、上下ともに水色の服装はまるでレインコートを着ているかのよう。「ああ、水属性だな」と思わざるを得ない。

 椛が件の少女に向かって「にとり」と呼びかけると、「んー?」という生返事とともに相手がこちらを振り返った。

 

「おやおや、今日は団体さんのツアーガイドかい? 椛」

「あなたのお客さんですよ」

「そうかい。ご苦労さん」

 

 彼女こそが我らが探し求めていた河童、河城にとりその人(妖怪)か。今更だが、予想はしていたが、幻想郷は河童も普通の女子でした。強いて言えば皿の代わりに帽子をかぶっているのがそれっぽい……のか?

 彼女は白狼天狗と一言二言交わすと、人懐っこい笑みで俺の前に立った。

「やぁ盟友。この河童に何か御用かな?」

「ようカッパさん。機械の修理を頼みたいのだが引き受けてはもらえまいか? 依頼主は香霖堂だ」

「あー、あそこからの依頼か。ってことは電池式に改造する必要があるね」

「よくお分かりで。おっとそうだ。これは店長からの差し入れ、今後ともよろしくってさ」

 お得意さんというのは伊達じゃないらしい。店の名前を告げたらほとんど察してくれた水属性エンジニアの洞察力に舌を巻く。なお、彼女が俺を盟友と呼ぶのはワケがあり、曰はく河童と人間は古くから盟友なのだとか。霖之助さんの教えより。

 香霖堂&人間の代表として友好の証に彼女達の好物を手渡すと、にとりは感嘆の声を上げた。同時にヤル気ゲージもアップした模様。

「おお、キュウリか! オッケー、引き受けた。これくらいなら大して時間もかからないからすぐに終わるよ。工房でちゃちゃっと済ませてくるけど待てる? 悪いけど工房は関係者以外入れないんだ」

「大丈夫だ、問題ない。サンキュな、これからも香霖堂を良しなに」

「盟友の頼みだからね。あと、この辺は水底が深いから待ってる間に川に落ちないように気を付けて」

「うぃっしゅ」

 水のプロが言うと軽い忠告も重みが違う。俺だからというのもあるのだろうけど。

 早速キュウリを一本ポリポリとかじりながら仕事場に向かうにとり。ここからは職人の時間だ。我々は大人しく待つとしよう。

 

 さ、そんなこんなでにとりが戻ってくるまで時間ができてしまったわけだが。アリス達の顔を順に眺め、今後の方針について意見を求む。

「とりあえず、これからどうすっかねぇ」

「せっかく水があるところに来たんだ、涼んでいこうぜ。何より私が休みたい。さすがに歩き疲れたぜ」

「そうしましょうか。にとりがいつ戻ってくるかわからないし、あまり移動しない方が賢明だわ。椛ちゃんはどうする?」

 アリスが椛に尋ねると、彼女は「そうですね」と呟きながら上空のある方向に視線を定めた。

「見回りに戻ろうかと思ったのですが……私も残ります。もう一人こちらに向かってきているようですし」

「え?」

 千里眼の意味ありげなセリフにアリスが疑問の声を漏らす。つられて俺も椛が見つめる先を仰ぐが、真っ白い雲が流れる青空が広がっているだけでスズメの一羽も飛んでいない。

「……むむむ?」

 と思ったのも束の間、ゴォオオッと風を切る音が聞こえてきそうな物凄いスピードで俺達に急接近してくる「何か」が目に映る。初めは豆粒サイズだった「何か」はあっという間にどんどん距離を狭めていき、やがて人型のシルエットが認識できるところまで迫ってきた。人の姿をしていて、疾風のごとき速さで空を飛べて、ここは妖怪の山で……もしかしなくても鴉天狗ですねわかります。

 頭に浮かんだのは毎度お騒がせな清く正しい新聞記者。いつもどおりネタを集めて文字通り「飛び回って」いるのか。入院しているときに取材されたばかりなのだが……

 ところが、その予想は外れることになる。俺達のもとに飛んできたのは、

 

「ああーっいたいた! ちょっと聞いてよ椛! また文がアタシのパンチラ撮っていったんだけど――って何よこの集まり」

 

 開口一番マシンガントークで愚痴をぶちまける、女子高生オーラ全開のミニスカ女子が現れた。

 ほどけば腰ぐらいの長さまでありそうな栗色の髪をツインテールにまとめ、文や椛と同じデザインの帽子を頭に載せている。半袖ブラウスに紫と黒の市松模様のミニスカート、そして彼女の右手に収められた携帯電話それも折り畳み式のガラケー。どこからどう見ても完璧なまでにJKであります。

 勝気そうな顔を怒りに染めていたギャル系少女はこれまでの猛スピードに急ブレーキをかけて椛の前に着地し、そのまま彼女に詰め寄る。が、俺達がいるのに気付いて今度は疑惑の眼差しを向けてきた。このお嬢さん、文とは違った方向でテンション高いわね。

 少女は俺とアリス、魔理沙の三人を交互に見比べ始めたかと思えば、ハッとした顔で「ああーっ!」と歓声に近い大声を上げながら俺を指さしてきた。あ、なんかデジャヴ。

「アリスとカレシじゃない! それに魔理沙も……え、うそコレもしかして修羅場の真っ只中!? ネタにしていい!?」

「ちょっ、はたて!? い、いい、いきなり来てヘンな想像しないの!!」

「いくらなんでもその発想はないぜー」

 キラキラと顔を輝かせる少女(アリスがはたてと呼んでいた)の爆弾発言に、瞬く間に顔を真っ赤に染め上げるアリス。人形遣いが全力の弁解をしている傍ら、白黒魔法使いは呆れた顔で「ないわー」と手を振っていた。温度差すごい。しかし魔理沙よ、お前だってルーミアのときに盛大な勘違いをしただろうに。

「昔のことは忘れたな」

「さりげなくさとりんの専売特許を取らないであげて。そもそもあの娘さんはどなたですかい? 椛さんよ」

「ははは……私の上司の一人で、姫海棠はたてといいます。文さんと同じ――彼女のは『花果子念報』というのですが、新聞を作っている鴉天狗です」

「新聞記者いうてもケータイしか持ってないぞ彼女。写メるの?」

「しゃめる? えっと、はたてさんはあれを使って念写ができるんですよ」

「マジでハーミットパープルいた!?」

 時を止める美しきメイドさんに続いて念写の使い手までいる幻想郷マジ第三部。次はどれだろう、むしろ俺が覚醒したら嬉しい。オルフェウス! とか叫んでみたいね。それスタンドやない、ペルソナや。ちなみに入院中に聞いた話なのだが、過去に永琳先生が夜を永くした異変があるそうな。先生、薬だけじゃなくて影時間まで作れるんですか。

 それぞれの第三作に思いを馳せている間に、アリスとはたての話し合いが終わっていた。どうやら勘違いは解けたようだ。

「だから私と優斗は全然なんでもないの。わかった?」

「そーなの? でもでもっ、取材には協力してくれない? あなた達をネタにするとイイ記事が書けそうなの! 変なことは書かないから、お願い!」

 パンッと両手を合わせてアリスに頼み込むはたて。拝まれたアリスはしばし思案した後、俺に話を振ってきた。

「そうねぇ……優斗に任せるわ」

「おうふ、そうきたか」

 アリスがそう言った途端、姫海棠氏は参拝の姿勢を維持したままグルリと回り、人形遣いから俺に標的を変更した。よっぽど新聞が切羽詰まった状況にあるのか、俺のところへじりじりと迫りつつ懇願を込めた上目遣いで顔を覗き込んできた。もしかして、文と新聞対決でもしているとか?

「ね、ね、いいでしょ?」

「まぁ、構わんけどよ。といっても俺もバイト中なもんでね。にとりが戻ってくるまでって条件付きで良いか?」

「ホント!?」

 俺が首肯すると彼女は大輪の花が咲いたような眩しい笑顔をみせた。うむ、引き受けたのは正解だった。やはり可愛い女の子の笑顔はひときわ輝きを放っている。アリスの笑顔にいたってはもう、見るたびに生きててよかったと思うね僕は。

 「やった! やった!」とどこかで聞いたことのあるフレーズで飛び跳ねていた彼女は、

 

「ありがとー!!」

「おほぉおおおおおおお!?」

「ふぇええ!?」

 

 喜びのあまり勢いよく俺に抱き着いてきた。背中に回された細い腕と、前面に押し当てられる柔らかさ。至近距離から漂う甘い香り。どれもがまぎれもなき女の子のそれであり、予想できるはずもない不意打ちに変な声をあげて硬直してしまった。

 突然すぎる急展開にアリスも同じく目を見開いて固まっていた。が、すぐさま頬を紅潮させてテンパりながらも俺にしがみついているJK天狗に飛びついた。

「ダメー!! は、離れて!!」

「きゃー」

 どことなく楽しそうな悲鳴を上げながら人形遣いに引っぺがされる念写使い。危なかったぜ、主に俺の理性的な意味で。いかんいかん、紳士としてあるまじき失態だ。だがしかし悲しきは男の性。非常に心地よい感触でした。

「……グレートでしたよ、こいつぁ」

「優斗……?」

「ゲフンゲフン! と、とにかく! そういうスキンシップのサービスは俺じゃなくてアリスにやってくれ。女の子が簡単に男に抱き着いたりしたらあかんよ」

「そ、そうよ! はたても気をつけなさい、あなた可愛いんだから!」

「いやー、ごめんねアリス。あまりにも嬉しかったから。別に他意はないから安心してね? だから取材なしとか言っちゃ嫌よ?」

 俺とアリスの注意のことばをはたては飄々とかわす。感情表現が豊かというか、切り替えが早いというか。それ以前に無防備すぎませんかね? 俺でなくても勘違いするぞ。

 

 

 優斗達が騒いでいる一方その頃。たった今起こったToLoveるを遠目に見ていた二名はといえば、

「おーおー、ここに来ても暑くなってきたぜ」

「うわぁ……これは見ているこっちが照れちゃいますね」

 白黒魔法使いは実に清々しいニヤニヤ顔でからかい、白狼天狗は両手で顔を隠しながらも指の隙間からしっかりとガン見していた。

 傍観者ポジションに立った彼女達が視線を向ける先では、今まさにはたての質問攻めに遭おうとしている青年と人形遣いの姿があった。

 

「こほん、それじゃ取材させてもらうわね。では……二人の馴れ初めは? お互いの第一印象はどんな感じ? ぶっちゃけどこまでいった?」

「ちょっ、おま、質問の内容おかしくねェ!?」

「~~~~~~っ!!」

 『花果子念報』を作る鴉天狗、姫海棠はたて。三度の飯より特ダネと恋バナが大好物の今時の念写記者である。

 

 

つづく

 




予告、ついに主人公の弱点が明かされる……かも?

次回 東方人形誌
第四十八話「天駆優斗は○○ない」

○○には答えが入りますぜ。デュエルスタンバイ!


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第四十八話 「天駆優斗は泳げない 1/2」

タイトル予想大会、正解された方おめでとうございます!
賞品はあなたの妄想力、好きなだけアリスとのイチャイチャをイメージしてください(投げやり)

どうも、一ヶ月ぶりのサイドカー登場でございます。
お待たせしました最新話。ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しゅうございまする。


「最高だったわ! こんなに充実した取材は久しぶりよ、ありがとね二人とも!」

「ふふ、どういたしまして」

「ふぃー、やっと終わったか。ここまで根掘り葉掘り聞かれるとは思わなんだぞ」

 矢継早というかマシンガントークというか、念写系鴉天狗による怒涛の質問ラッシュを全てさばき切りようやく一息つく。はたては手帳をミニスカートのポケットに収めると、アリスの両手を掴んでブンブンと上下に振りまくる。なんともまぁ、こんだけ嬉しそうにされたら文句は言えまいて。どちらかといえば新聞云々より個人的な興味で訊かれたものが多かった気がするのは触れないでおこう。

 最後の質問を言いかけたところをアリスに口を押さえられてモガモガ言っていたのも気になるが、乙女の秘密に関するものだとしたら詮索はマズイ。わずかにだが、式はどうとか聞こえたけど……魔法の術式とか?

 ネタの釣果が大漁だったのもあり、気分上々の少女はモチベーションも昂ぶってバリバリ絶好調のご様子。ぜひともその熱意で面白い新聞を書いていただきたい。ただし、ねつ造は勘弁してほしいですがね。

 俺と同じ考えを抱いたのか、アリスはしっかりと言い聞かせるように確認する。

 

「本当に変なこと書かないでね。約束よ?」

「だいじょーぶよ。文とは違うんだから、アタシを信じなさいって」

「別に疑っているわけじゃないけれど、浮かれすぎていて心配なのよね……」

「やーね。大丈夫よ問題ないわ」

「なぜかしら。今ので余計に不安になったわ」

 

「うむうむ。なかなか良いものだな」

 二人の少女による漫才染みたやりとりについついニヤけてしまう。と、俺達の取材模様を遠巻きに見ていたもう二人の少女も集まってきた。

 「お疲れ様でした」と労いを忘れないもみっちゃんの心遣いに癒される一方で、白黒魔法使いは悪戯っぽい表情でからかってきた。可愛いから許すけど。

「にゅふふふ、いいもん見させてもらったぜ~」

「その笑い方やめい。あと、止めさせろとまでは言わんけどちょっとぐらいは助太刀してほしかったですね」

「またまたぁ、そんな野暮なことしたら馬に蹴られてしまうぜ」

「す、すみません……私もちょっと入り込めそうにありませんでした」

「なんでさ、お主等には一体どんな風に見えてたのよ?」

 

「おーい、盟友。終わったぞー」

 

「おっと、職人のお戻りだべか」

 インタビュー終了とほぼ同時という、実にグッドなタイミングでにとりが戻ってきた。彼女は俺のところまで来ると、「どっこいしょ」と年頃の娘さんが言うにはどうかと思う掛け声で背負っていたリュックを下ろす。

 立て続けに彼女は中をゴソゴソと漁り始めた。だが、目的の品が見つからないらしく「あれ~? どこだ~?」とボヤキいて次から次へと中身を引っ張り出す。溢れ出る流れはとどまることを知らず、少女の周りを埋め尽くさんばかりに敷き詰められていく。

 工具箱、電動ドライバー、溶接バーナー、ガスマスク、何かのパーツっぽい大小さまざまなガラクタたち、赤いスイッチ単品の起爆装置みたいなリモコン、手のひらサイズのドリル、土台の上に水晶と塔の屋根が載っている何かよく分からん物、吸盤付きの黄色い竹とんぼなどなど。

「えっと、これでもない。これも……違うな。むむむ、なかなか出てこない」

「ちょちょちょ、あきらかに容量オーバーしてねェ!?」

 劇場版だとよくある、ピンチな状況でドラえもんが焦りまくってポケットから色々な道具をポンポンと放り出す場面を思い出した。まさかあのリュックも四次元だというのか。っていうかさっき変なの混ざってなかった?

 

 そんなこんなでしばらく経って、ようやくお目当ての品――依頼した掃除ロボと扇風機が出てきた。

「お、あったあった。ほい、お待ちどうさん」

「うぃ、どもども。って、最初の時と変わってねぇかい?」

「ふふん、そりゃそうさ。なんたってパワーアップさせといたから。キュウリをもらったからにはこれくらいしないとね」

「あらま、そいつぁありがたい。コレが匠の技か、劇的やね」

 ブツを受け取ってみれば、両方とも微妙に変化していた。ビフォーとアフターを比べて、なんということでしょうとか言いたくなる。

 まず円盤型お掃除マシーンが大きくなっていた。ざっと当社比1.5倍くらい。パワーアップしたというだけあって、ちょっと大きなゴミもイチコロな吸引力を予感させる。キチンと電池式にも改造済み。デカくなったせいで狭い所に入らなくなりそうだとか言っちゃいけない。いいね?

 続きまして扇風機。こちらも要望どおりコンセントの代わりに電池を入れるタイプになっている。ふたを開けると単一が二つ入っていた。あとボタンの表記が弱中強ではなく「イージー」「ノーマル」「ハード」「ルナティック」になっている。一つ増えとるがな。

 幻想郷のエンジニアが持つワザをふんだんに盛り込んだ魔改造ギリギリ手前なメカを見て、アリスが眉をひそめた。魔理沙も興味を引かれてしげしげと観察する。

「大丈夫なの? いやな予感がするんだけど、危なくないでしょうね?」

「だったら私にイイ考えがある。持って帰る前にここで試してみようぜ。使うならそっちの風車がいいな。風を起こして涼しくするんだろう? 日が高くなってきたせいで汗かいてきちゃってさ。スカートの中が蒸れてジメジメするんだ」

「こら、はしたないわよ」

「えー、これくらい別にいいだろう? 減るもんじゃないし」

 汗ばんだ衣服を乾かそうと、魔理沙はバッサバッサとスカートをはためかせて中を扇ぐ。が、すぐさまアリスにしかられてブーブー文句を垂らした。本人が気にしていないにしても、魔理沙みたいな美少女にスカートをたくし上げられたら男としては目のやり場に困る。あれか、短パンはいているから恥ずかしくないもんってやつか。いや、知らんよ? 見てないよ?

 とにもかくにも、魔理沙の言う通り試運転といきませう。とりあえず「イージー」を押してみる。プロペラがゆっくりと回り始めて次第に速度を上げていく。ブォオオ……という若干レトロな回転音とともに、心地良いそよ風が生み出された。

「おー、こいつぁ誠に涼しすヒヤシンス」

「おいおい、なに自分だけ涼んでいるんだぜ。私らにもやってくれよ」

「へいへい。ほいっとな」

「あ~~~~。あははっ、面白いなコレ! 声が変になるぜ!」

 魔理沙に催促されて、手に持っていた小型扇風機を百八十度回して彼女に向ける。誰もが一度はやるであろう、声がぶれるお約束もやったりしてすっかり楽しんでいた。ついでに首ふり機能をオンにしてアリスにも風が行き渡るようにしておく。

「あら、いい風ね……」

「だろ? アリスもやろうぜ。あ~~~」

「それは遠慮しておくわ」

 はじめは心配していたアリスも頬をなでる優しい風に目を細めた。ブロンドの髪がさらさらとなびくのも合わさって眩しいくらいに麗しい。後ろでは魔法使い二人の反応にご満悦のにとりが腕を組んでドヤ顔を浮かべている。さすがやでぇ。

 そんな感じでワイワイと文明の利器を囲んでいる俺達を眺めて、椛がぽつりと疑問を漏らした。

「風を起こして涼むのであれば内輪でも良いのでは……?」

「野暮なこと言うもんじゃないわよ椛。自分は何もしなくてもいいんだから楽チンじゃないの」

「はぁ、そういうものでしょうか?」

「そういうもんよ。ま、アタシら天狗にはあまりカンケーないけどね」

 面倒くさがりの一面があるのか、はたてはわりと現代人に近い考え方をする。ケータイも持っているのもナウいぜ。それはそうと、

「にとり氏、ボタンが一つ多くないっすかね?」

「あー、リミッターを解除するやつだね。その小さい型式だと遠くまで風が行き届かないだろう? だから限界まで性能を引き上げたのさ。圧倒的な火力、いや風力だよ」

「ほほう?」

 にとりの解説を聞いて魔理沙の目が怪しく光る。火力と聞いて反応したっぽい。弾幕はパワーと豪語する彼女だ。興味を引かれるのは必然といえよう。あんま関係ないけど、たぶん魔理沙にゲームやらせたら能力値の振り分けで攻撃力に全部つぎ込むんじゃないかと思う。そんでアリスはバランス良く配分しそう。

「やっぱ何事もパワーだよな。んじゃ早速」

「魔理沙ッ、ちょっと待っ――」

 人形遣いが止める声も聞かず、白黒魔法使いの指が「ルナティック」のスイッチに触れる。すると、機械がガタガタと危なっかしく震え出し、ドリルみたいな鋭い音を響かせてプロペラが超絶スピードで回転を始めた。直後、目の前にあるものすべてを吹っ飛ばしかねないほどの暴風が手元から繰り出された。

 

「ぬぉおおおおお!?」

「うわぁああ!?」

「は、早く止めてぇえ!」

 

 三者三様の驚きの叫びが轟音にかき消される。

 その威力たるや、まさに嵐。まるで竜巻を横向きにしたかのような乱気流が唸りを上げる。推進力すら発揮する風圧が来るなどとは思いもせず、暴れっぷりに踏ん張りがきかず数歩下がってしまう。しっかり持っていないと手を放しそうだ。私の愛馬は凶暴です。

 不幸にも俺が後ずさったことがさらなる波乱を生む結果となった。アリス達から距離が開いたのと絶賛首振り中であることが重なって、扇風機から放たれるサイクロンが及ぶ範囲が全体に広がる。よって――

 

『きゃぁあああああああ!!』

 

「なななななんですとぉおおお!?」

 

 イタズラな風なんて生温いもんじゃない。その場にいた少女達のスカートが一斉に捲り上がり、足の付け根近くまで素肌が晒される。あやうく下着まで露わになる寸前で彼女達は悲鳴を上げて衣服の裾を必死に押さえつけた。はたてにいたってはミニスカが翻って相当きわどいことになっている。

 って、なんだこの展開!? こんなんまるでラブコメのラッキースケベみたいじゃないっすか!?

「ちょ、ヤダ! 優斗見ちゃダメぇー!!」

「ア、アリしゅッ!?」

 アリスの声につい反応してしまうと同時に思いっきり噛んだ。人形遣いの鮮やかな青のロングスカートが花弁のように舞い、布地の下に隠された白くてスベスベな肌と健康的な弾力をもつ太腿が視界に飛び込む。沸き起こる鼻血衝動とお宝映像のダブルパンチ、加えて荒ぶる扇風機のトリプルパンチにより足がもつれてまたしても一歩後ろに……

 

ズルッ

 

「あ」

 

ドボーン!!

 

 

つづく

 




タイトルに1/2がつくということはつまり……


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第四十九話 「天駆優斗は泳げない 2/2」

どーも奥さん。知ってるでしょう? サイドカーでございます ←水どうっぽく

パイはないけどラブコメはある。
そんなこんなで前回の続きでございます。
此度もごゆるりと読んでいただけると嬉しゅうございます。


 ほんの数秒前とは打って変わって、恐ろしいまでに辺り一帯がしんと静まり返る。

 まさしく台風一過。荒れ狂う風の奔流が収まり、場に静寂だけが留まっていた。乙女たちはスカートに手を当てたままピクリとも動かない。前髪で表情が隠れているのが不穏さに拍車をかけていた。その中で一人、離れた場所にいたおかげで難を逃れた幸運者――河城にとりがポリポリと指で頬を掻きながら気まずそうに口を開いた。

「う~ん……強すぎた?」

「は、破廉恥な!」

 我に返るや否や真っ先に叫んだのは友人の犬走椛。もはや遠吠えである。狼だけに。気が動転しているのが尻尾にも表れてブンブンと物凄いペースで左右に揺れていた。椛に続いてはたても目を吊り上げてにとりに迫る。

「ちょっと! ここでもパンチラしちゃうところだったじゃない。気を付けてよね!」

「にとり! 聞いてるんですか!」

「ひゅいい、ごめんなさぁあああい!」

 

 二人の天狗に河童が平謝りをしている一方。羞恥と怒りで顔が赤一色に染まりあがった人形遣いもまた鋭い眼光で白黒魔法使いに詰め寄っていた。この中で一番恥ずかしい思いをしたのは彼女だろう。今の痴態をそりゃもうってほど間近で彼に見られたのだから。

「まぁ~り~さぁ~……!!」

「わわ、悪かったよ。だけど私もまさかあんなに強力だとは思わなかったんだぜ。それにギリギリ見えてなかったから大丈夫だって! な!」

「そういう問題じゃないわよ!」

「えーっと、そうだ! そんなことよりも優斗が川に落ちたみたいだぜ!」

「そっ、そうよ! 優斗は!?」

「まーまー、落ち着けって。あいつなら大丈夫だと思うぜ。むしろ冷たくて気持ちいいとか言って泳いでいるんじゃないか? ほら、あそこ、に……」

「魔理沙? 一体どう、し……」

 魔理沙はある方向を見た途端あんぐりと口を広げて棒立ちしてしまった。その表情はまさに呆然の一言に尽きる。指をさす体勢で止まっているあたり、どうやら彼はすぐに見つかったようだが。

 いつでも元気溌剌な彼女にしては珍しい態度にアリスは怪訝に思いつつも、親友が指し示す先に視線を飛ばす。そして、間髪入れず彼女もまた隣の少女と同じようにピシッと体が硬直した。

 二人が見つめる先に確かに彼はいた。ただ、想像と違っていたのは……

 

「ゴべゴブゴボボ…………」

 

 ほぼ全身がすでに川に吸い込まれ、水面からブクブクと気泡が沸き立っている。その中心からは高々と掲げられた右腕のみが伸びていた。はたして何がやりたかったのか全く理解できないが、グッと親指を立てたポーズを維持したまま徐々に沈んでいく。やがて、ついに彼の全身が水中に消えて、チャプン……と些細な音だけを残して川の表面に波紋がゆらゆらと広がった。

『…………』

 再び訪れる沈黙。考えるまでもなかった。ここから導き出される答えは一つしかない。

 

 そう、彼は。

 天駆優斗は……泳げなかったのである。

 

『えぇぇぇえええええええ!?』

 

 

 ――ああ、俺死ぬんかな。

 薄れゆく意識の中。次第に遠くなっていく上方の明るみと、それとは正反対に暗い水底に落ちていく自分の体をどこか他人事のように感じる。

 まさか、ここで俺が泳ぎがてんでダメだというのがバレてしまうとは。あまりにもダサくて正直ガチで凹む。なによりアリスに知られてしまったのが一番ツライ。またカッコ悪いところを見せてしまったなぁ。とはいえ泳げないものは泳げないのだから致し方あるまい。よもや川に落ちるとは、一生の不覚でござる。

 しかも死因が救いようがないレベルの残念っぷり。美少女たちのスカートが捲れてびっくらこいて扇風機に力負けしたあげくにドボンして溺死……うん、ないわー。

 あと「俺だってなんかしなくっちゃあな……カッコ悪くてあの世に行けねーぜ……」って最後の力を振り絞ったのに、なぜか某洋画の再現に走った俺の深層心理がわからない。無意識ってすごいな、こいし。

 あ……やば……もう、息が……

 沈む身体は水の中へ。消える意識は闇の中へ。視界が暗転する間際に思い浮かんだのは、やっぱりというか彼女だった。

 

 

「優斗! しっかりして!」

「まさか盟友が泳げないなんてねぇ」

「何を呑気な! ど、どうしましょう!? ひとまず永遠亭に――」

「あんたまで取り乱してどうすんのよ。天狗の端くれならしゃんとしなさいっての。それに、医者に診てもらう前に応急処置くらいは必要でしょ」

 あの後、沈没した青年は河童の手によって無事に回収された。

 しかし、依然気を失ったまま目を覚まさない状態が続いていた。横たわってうんともすんともでっていうとも言わない優斗を起こそうと、アリスが必死に呼びかける。耳元で名を呼んで肩を揺するが、うめき声一つの反応すらみせない。

 いよいよもって本格的にヤバそうな事態に焦りが募る。そんな折、今まで黙っていた魔理沙が難しい顔で口を開いた。

「こうなったら残された方法はアレしかないぜ」

「何か良い方法があるんですか魔理沙さん!?」

「もちろん」

 椛に急かされながらも、魔理沙は含みのある表情で勿体つける。わざとらしく一拍置いた後、少女は決め台詞とばかりに『アレ』と示したものを告げた。

 

「溺れたヤツにやるべきことなんて一つしかないだろう? ――人工呼吸だぜ」

 

 人工呼吸、そのフレーズを聞いた皆が同時にバッとアリスへと顔を向けた。誰一人としてタイミングを外さない、完璧なまでに一体化した流れだった。皆の視線が何を伝えているか理解した少女は、先ほどとは違う意味であたふたと慌てだす。

「ふぇえええ!? わ、私!?」

「他に誰がいるっていうんだぜ?」

「ムリムリムリ! できるわけないわよ!」

 まるでだだをこねるように、アリスは上気した頬をブンブンと横に振って否定する。未だに意識が戻らぬ彼の口元をチラリと盗み見たせいで、さらに体温が上がってしまう。

「~~~~~っ!!」

 人形遣いの頭の中を思考の渦がグルグルと廻り続ける。ついでに目も回りそうだ。

 早くしないと本格的に命にかかわる危険性がある。だけど人工呼吸なんて、皆が見ている中で唇を重ねるなんて恥ずかしすぎる。でも、このままじゃ優斗が……!

 最後の後押しとばかりに仲間たちが声援を送る。

『アリス(さん)!』

「わ、わかったわよ!」

 幾たびにもわたる葛藤の果てに、ついに少女は覚悟を決めた。

 ほんのわずかでも自分を落ち着かせようと、アリスは何度も大きく呼吸を繰り返す。そして、決意が宿った瞳で彼の顔を見つめた。

「……ん」

 少しずつ、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。トクン、トクン、と鼓動が速まっていくのも、火が出そうなくらいに顔が火照っているのもわかってしまう。すごく恥ずかしいけれど、彼を助けるために止めるわけにはいかない。いつの間にか、半ば無意識に瞼を閉じていた。それでも確実に二人の距離は縮まっていく。

 

 一刻を争う人命救助に、周りは固唾を飲んでただひたすら見守る……

 なんてものは微塵もなく、むしろ絶賛カーニバルでフィーバーしていた。

「キャー! キャー!」

「むふーっ……むふーっ……!」

「来た来た来た来たキタァー!」

「……なんなんだ、コレ」

 カシャカシャカシャカシャ!とゲーム名人さながらの指さばきでボタンを連打する念写系天狗。連写機能はついていないはずなのに同等の撮影音が鳴り続ける。ついでに歓声も止まらない。隣の白狼天狗は言葉こそ出していないが、先ほどのように両手で顔を覆うことすら忘れているうえに、呼吸が乱れているなんてもんじゃない。言いだしっぺの魔理沙でさえ目が爛々と輝きを放っていた。まともな反応を示しているのはにとり一人だけで、哀れにも観衆の沸き立ちっぷりに顔を引きつらせている。

 

 近所迷惑もいいところな外野の声ですらも、アリスの耳には届いていなかった。

 その心にもう迷いはなかった。今だって顔が熱くてどうにかなってしまいそうだけど、彼を助けたいのは変わらない。それに、他の女の子が彼に人工呼吸をするのは嫌だった。こんなときにと非難されるかもしれないけれど、やっぱりそれだけはどうしても見たくなかったから。だから……

「優斗………」

 二人の唇が重なるまであとわずか。ここまで近付けば目を閉じても外さない。すぐ傍から優斗の気配を感じ取れる。相手の吐息が口に触れてくすぐったさを感じた。

 

「………?」

 その瞬間、彼女の脳にわずかな疑問が生じた。それもそのはず、だって「相手の吐息」が自分に当たっているのだから。

 アリスが瞼を開くと――

 

 

 目が覚めたら天国にいた。

 いや、正しくは天使の顔が目と鼻の先にあった。人形を思わせるほどに整った顔立ち。手入れが行き届いた鮮やかな金色の髪。石鹸かそれともシャンプーだろうか、ほんのりと甘くてイイ匂いが鼻孔をくすぐる。まるで眠っているかのように瞼を閉じているその表情がすごく綺麗で、俺は言葉を失って見惚れるしかなかった。

 え、なにコレどうなってんの?

 お互いの顔が触れ合いそうなところまでアリスが近くにいる現状について。ビックリするほどユートピア。幸せが限界を超えたハッピーエンドに訪れに、これは夢なのかはたまたやはり昇天したのかと大混乱中です。あかん、顔が熱くなってきた。だってアリスの可愛いお顔が目の前にあるんですもの!

 体は動かさず精神だけのた打ち回るという器用なリアクションで悶える。と、

「………?」

 違和感を察したのか、少女の瞼が少しずつ開かれる。吸い込まれそうになるほどに澄んだオーシャンブルーの瞳が俺の顔を捉え、バッチリと二人の目があった。

『…………』

 二人揃って無言のまま見つめ合う。アイコンタクトなどは一切なく、眼差しだけが交錯する。ただただ相手と視線を絡ませるだけの時間が続く。

 えっと、何か言った方が良いよな。とりあえず、

「お、おはようさん」

 にへら、と笑って返す。もうね、なんつうかね、笑うしかなかったのですよ。

 俺の返しにアリスはきょとんとした顔になっていた。だがそれも束の間、体勢も表情もそのままにして瞬く間にカァアアッと顔が紅潮していく。やがて目に見えてハッキリわかるほどに赤くなり、彼女の頬の熱がこちらにも伝わりそうだ。というか、たぶん俺も同じくらい赤くなっているんじゃないかな。いうなれば嵐の前の静けさ、ほんの一瞬だけ世界が止まったような気がした。

 目と目があった数秒後、そして世界は動き出す。彼女の沸騰を合図にして。

 

「いゃぁぁあああああああああ!!」

「ゴボォオオオッ!?」

 

 アリスはウサギさながらの跳躍で俺から飛び退き、近くに置いてあった掃除ロボを両手で掴んで大きく振りかぶった次の瞬間、喉の奥から叫びながら俺の腹に向かって全力で叩きつけた。重力と遠投力がコラボしたとんでもねぇ圧迫力に押し潰されて、水だけではなく出してはいけないものまで出てきそうになる。腹パンを遥かに越えた大ダメージに俺は泡を吹いてピクピクと痙攣するしかなかった。

 しかしカンペキなまでに取り乱している人形遣いの連撃は終わらない。今度は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せたかと思うと、空いている方の手で平手打ちを二発三発と立て続けに繰り出す。彼女の掌が俺の頬に紅葉をつけるたびに乾いた音が辺りに散らばった。

「ダメぇ! 忘れてッ、忘れてぇええ!」

「ぶべッ!? ちょ、アリス……ッ! タンマ、タ――あべしッ!?」

「これは違うの! 違うのぉ!!」

「待っ――あだッ!? わ、わかったギャブッ! わかったからこれ以上はらめぇええええ!!」

 

 本日も晴天なり、少女の弁解と青年の断末魔が空高く響き渡ったという。

 

 

 おまけ。

 ガチャッ カランカラン……

「ただいま戻りましたー……」

「ああ、お疲れ様。どうだった――いや、やっぱり何も言わなくていいよ。おおよその出来事は理解したから」

「……マジっすか」

「そりゃね、着ている衣服ごと全身が濡れているのと、左右の頬についた秋の風物詩を見れば何があったかくらいは」

「ですよねー……」

 結局、店で使う用の電化製品が増えることはなかった。

 

 

つづく

 




泳ぐ前にはしっかり準備運動をしよう。いいね?


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第四十九・五話 「とある橋姫の一日」

もしもし、あたしサイドカー。
いま本編とは関係ない話ばっかり思いつくの。

というわけで今回はサブタイのとおり彼女がメインの番外編です。
バカがテストで召喚獣みたいな話数ナンバーですが、気にしたら負けでございます。

では、どうぞ。


 地底。

 地獄へと通ずる、読んで字のごとく地下の奥深くまで続く奈落の世界。かつては地上との間に相互不可侵条約なんてものが締結されていた。過去形なのは間欠泉と怨霊が地上に湧き出た異変が起こり、それが霊夢達の手によって無事に解決したのをきっかけに縛りが緩くなったからだ。もっとも、自由気ままな幻想郷の住民からすれば、もとより大して意味のない条約ではあったのだが、それはそれである。いずれにせよ、以前よりも容易に行き来が行われるようになったのは事実だ。

 そして、そんな地底もまた幻想郷の一部。そこでは個性豊かな住民が酒に温泉と毎日を面白おかしく暮らしている。

 此度の物語では、幻想郷の温泉スポットとも呼ばれている秘境に住む、「妬ましい」と言いながらも世話焼きな少女のなんてことない日常の一コマをみてみよう。

 

 

 日は上らねど地底にも朝はくる。旧都から数里ばかり離れた場所に、茅葺屋根が特徴の一軒家が佇んでいた。開かれた窓から食欲をそそる匂いを乗せた湯気が外に流れ出る。

 耳を澄ませば聞こえてくるのは、包丁とまな板が奏でるタンタンとリズミカルな音に、食材を炒めたり揚げたりするジュウジュウと香ばしい音のオーケストラ。調理場という指揮台の上で演奏をまとめているのは一人の少女だった。

 食材に視線を向けるその瞳はエメラルドを彷彿させる緑色を帯びている。やや尖った形をしている耳は俗にいうエルフ耳というやつだ。短くまとめられた金髪は、日の光が当たらない地下に住んでいるのか疑わしくなるほどに明るい色彩を放つ。

 橋姫――水橋パルスィの一日はとても規則正しい。

「ん、大体こんなものかしらね」

 パルスィは小皿に盛った味噌汁を一口だけ味見し、ほどよい具合になっているのを確かめてから火を止めた。米も炊いてあるしおかずもすでに出来上がっている。彼女の手際の良さがうかがえた。

 出来立ての料理を居間に運びちゃぶ台の上に並べていく。その量は一人暮らしにしてはいささか多い。どう見ても二人分は確実にある。とはいえ、どこぞの亡霊姫とは違ってパルスィは決して食欲旺盛な女性ではない。

 すべての食器を並び終えた後、パルスィは外した前掛けを折りたたみながら言葉を発した。

「ちゃんと手は洗ったんでしょうね? こいし」

 

「うん! バッチリだよ!」

 

 彼女の問いに答える幼い声。部屋の中央には、声と同じく幼げな少女が一人。座布団の上にちょこんと正座して屈託のない笑顔を浮かべていた。

 古明地こいし。地底の管理を担う地霊殿の主、古明地さとりの妹だ。小柄な容姿も無邪気な性格もまさに子供そのものだが、彼女こそ第三の目を閉ざしたことで「無意識を操る程度の能力」を身に宿したサトリ妖怪である。本人も自覚していない行動をとる他、気配を一切出さずに動き回るという高度な隠密スキルを持っているため、なかなか侮れない。まあ、こいし自身せいぜい些細なイタズラくらいしかやらないので、ぶっちゃけ大した被害はないのだけれど。閑話休題。

 パルスィとこいしがちゃぶ台を挟んで向かい合う。では、と両手を合わせて。

「いただきます」

「いただきまーす!」

 さも当然のようにパルスィがこいしを受け入れているのは、彼女が朝食を食べにくるのが今回が初めてではないからだ。というか最近はちょくちょくやってくる。どうやら橋姫の手料理がお気に召したらしい。ついでに、こいしが朝食をごちになりにくるたびに姉が申し訳なさそうに謝りに来るのだが、パルスィは気にしなくていいと軽く流している。

 もむもむと頬が膨らむほどにご飯を口に含む無意識娘の食べっぷりを眺めつつ、パルスィも自分の食事に箸を伸ばす。今日のおかずはコロッケと野菜炒めだ。ここのところ野菜炒めを作る頻度が増している。だけど別に他意はない。たまたまだ、とパルスィは自分に言い聞かせた。

「いざ進めやキッチン~♪」

「なによその妬ましい歌は」

「コロッケの歌だって。お兄ちゃんが教えてくれたの」

「あいつはまた変なこと吹き込んで……まったく、妬ましいったらないわね」

 こいしが「お兄ちゃん」と呼ぶ相手は一人しかいない。茶色いツンツン頭の気分屋な青年が脳裏にチラつく。初めて会ったときはケガをしているくせに能天気に話しかけてきたり、また来たと思えば今度は丸腰で落っこちてきたり。つくづく人騒がせな外来人だった。

 ぐちゃぐちゃとご飯と味噌汁を合体させたお茶漬けもどきを作りながら、こいしが話を広げる。

「そうそう、お姉ちゃんが言ってたんだけどね。お兄ちゃんって泳げないみたいだよ」

「そうらしいわね。天狗の新聞に載っていたわ。泳げないのに川に落ちるとか、少しはおとなしくできないのかしらね」

 件の記事に添えてあった写真を思い出してフンと鼻を鳴らす。水面から片腕だけを伸ばしている謎のポーズや、顔がリンゴ色に染まった人形遣いから往復ビンタをもらっている光景が紙面を飾っていた。

 ふいに手前の野菜炒めに目が行く。偶然なのかそれも無意識なのか、こいしがパルスィに尋ねるのとタイミングが重なった。

「会いたい?」

「別に。こっちから行く理由もないでしょうし、どうせそのうちまた向こうから来るわよ」

「このコロッケおいしい!」

「そう、よかったわね」

 会話が飛ぶのもいつものこと。パルスィはどうでもよさげに短く答えるが、料理が好評なのは満更でもなかった。その証拠に、さりげなく自分の分をこいしの皿に乗せてあげている。こいしの笑顔がパァアアッと輝きを増したのを見て、彼女自身もまた薄く笑みを浮かべた。

 と、ドンドンと扉を叩く音が玄関から響く。それに合わせて木板を隔てた先から知り合いの声も聞こえてきた。

 

『パルさーん。あたいです、お燐です。こいし様お邪魔してませんかー?』

 

「いるわよ。入ってきなさい」

「失礼しまーす。ああ、こいし様。やっぱりここにいましたか。すんませんねパルさん、今日もごちそうになっちゃったみたいで」

「構わないわ、一人分も二人分も作る手間は変わらないし。さとりにもいつも言ってるんだけど」

「まーまー、そうは言ってもさとり様もお礼をしないと気が済まないんですよ。というわけで、食後のお茶とデザートを用意するんで一緒に来てください」

「あいかわらず律儀な性格しているわね、妬ましいわ」

 いつもの口癖が出るが、もちろん断る理由もない。デザートと聞いた途端、早く早くと急かす古明地妹をおとなしくさせてから、パルスィは後片付けのため腰を上げた。

 

 

「すみませんパルスィさん、またこいしが……」

「だから別にいいってば。さっきお燐からも同じこと聞いたわよ」

 地霊殿の一室。橋姫が訪ねると待っていたさとりから早速紅茶とケーキを振る舞われた。さっきまで妹の方も一緒だったのだが、こちらはケーキをペロリと平らげたと思った次には姿を消していた。よって今はさとりとパルスィの二人だけで、優雅な食後のティータイムだ。クラシックでも流したらさぞ絵になるであろう。

 パルスィの対面に座る少女は上品な手つきでカップを口元に運んでいる。可愛らしい容姿とは対称的な落ち着いた雰囲気もさることながら、妹やペットなど家族へ愛情を注ぐ母性まで兼ね備えているのだからこの少女は反則だと思う。旧都にファンクラブがあるのを本人は知っているのだろうか。心を読めるなら知っているのかもしれない。

「さとり、ここのところ機嫌が良いみたいね」

「そうですか? あまり自覚していませんでしたが……おそらく、こいしが前にも増して外に出るようになったからかもしれません」

「相変わらず妹想いね、妬ましい。しょっちゅう外出されて心配にならないわけ?」

「ええ、私はこいしを信じていますから」

 パルスィが試しに投げた質問を、さとりは微笑みとともに返した。読心術をもつ彼女のことだ、どうせこちらの意図もわかっているに違いない。

 信じている、さとりがそう答えたのはやはりあの時がきっかけだろうか。いつぞや青年が残していった影響を目の当たりにして、妬ましいと内心呟くが不思議と悪い気はしなかった。

「会いに行かないんですか? 不可侵条約はもう建前だけのものですから地上に行っても問題ありませんよ」

「姉妹揃って似たような質問するんじゃないわよ、妬ましいったらないわね」

 またしても心を読んだのか、今度はさとりからパルスィに問いが投げ返される。内容がアレだったせいで、パルスィはムッと不機嫌そうな顔で切り捨て、黙秘するとばかりにカップを口元に運んだ。不機嫌そうといっても本気で怒っているわけではないし、さとり自身もそれは百も承知だ。

 そもそも、さとりは心を読めても奥深くまで詮索はしないし、読み取った内容をむやみに広げもしない。そういう相手への気遣いが奥ゆかしさとなって今日も順調にファンが増えているのだが、ひとまず置いておく。

「チェスでもしませんか?」

「冗談。あなた相手に勝てるわけないでしょ」

「それは残念」

 セリフのわりにさして残念そうには見えない。もしかしたら彼女なりのジョークだったのかもしれない。さとりもジョークを言うようになったのだな、と橋姫は友人の良い変化をほのかに感じ取って少しだけ綻んだ。

 

 

 その後、地霊殿をお暇したパルスィは旧都に向かった。

 いつでも夜の繁華街を彷彿とさせる賑わいをみせるこの区域は、まだ昼前だというのにどこもかしこも居酒屋が営業を始めている。しかしながら、パルスィからすればいつもの光景なので何一つ珍しくもない。

 大通りに沿ってしばらく足を進めると、軒並ぶ店のうち一軒が周りと比べて一段と騒がしさを放っているのに気付いた。もしやと思い、件の店の前まで行きガラガラと引き戸を開ける。店内に入れば案の定、見知った顔があった。

 

「何だい何だい? もうアタシに挑むやつはいないってか。情けないねぇ」

 

 昨夜もパルスィが飲みに付き合った友人にして山の四天王と称えられる鬼、星熊勇儀が店のど真ん中でドンと力強く構えていた。正面に設置されたテーブルの上に肘をついて手を出しているあたり、どうやら腕相撲大会が行われている模様。実際、戦いに敗れたと思われる者たちが右腕を抑えてあちらこちらで蹲っている。一歩間違えれば中二病大量発生の異様な空間だった。

 そんなカオスな状況にも臆せず、パルスィは勇儀のもとに歩み寄る。

「いつもながら元気すぎて妬ましいわね。あと、やりすぎてないでしょうね?」

「おお、パルスィじゃないか! なーに、骨は折っちゃいないし大丈夫だろ。そんなことよりパルスィもどうだい? アタシと一勝負」

「馬鹿言わないでよ妬ましい。お断りするわ」

「つれないねぇ」

「当たり前でしょうが。弾幕勝負ならまだしも完全に力比べじゃない」

「それもそうか。んじゃコッチでならいいかい?」

 勇儀が懐から取り出したのは花札。鬼という種族ゆえ、本音を言えば腕っぷしの戦いが一番盛り上がる。しかし勇儀はそれ以外でも勝負事を好むし、時には「持っている盃から酒が零れたら自分の負け」などハンデも自ら決めもする。つまるところ、彼女は根っからの勝負好きなのだ。

 彼女のそういう性格を知っているからこそ、パルスィも彼女の期待にできる範囲で答える。不本意そうな態度で臨んでしまうのはご愛嬌。

「はぁ~……仕方ないわね。ほら、早く札を配りなさいよ」

「そうこなくっちゃ! 負けた方がここの代金持ちだよ」

「ふん。だったら今日も遠慮なくご馳走になるわね」

「そうはいかない、これ以上負けはしないよ。いざ」

「勝負」

 結果、本日をもって橋姫の十連勝目が飾られた。

 

 

「まったく、今日は朝から妬ましいのが続くわね」

 ようやくやってこれたいつもの橋の上で、嘆息混じりに一人ごちる。旧都とは正反対に周囲には誰の姿もなく、彼女の呟きだけが静寂の空気に溶け込む。

 特に何があるというわけでもないのだけれども、パルスィはこの場所が一番のお気に入りだった。やはり橋姫という種族によるものだろうかとも考えたが、理由などさしたるものでもないので正直どうでもいい。

 手すりに腰かけてぼんやりと遠くを眺める。一日の大半をここで過ごすため、彼女に用事がある者はいつも自宅よりも先にここを訪れる。今日も例外ではなく、ほどなくして自分を呼ぶ知人の声が耳に届いた。

 

「パルパルー。おーいパルパルー」

 

「聞こえているわよ、妬ましいわね」

 ニヤニヤと悪戯じみた表情で姿をみせたのは黒谷ヤマメ。地底などという暗い場所に住んでいながら、明るく元気なハイテンションガールだ。

 ふと彼女が後ろに何か隠しているのに気付き、パルスィは要件を察した。

 趣味か娯楽か定かではないが、ヤマメは地上へ続く穴の付近に蜘蛛の巣もとい網を仕掛けては、たまに落ちてくるものを拾っている。そして、「当たり」を引いたときはこうやってパルスィに見せに来るのだ。どうやら今日は「当たり」だったみたいだ。

 ただ、ヤマメの表情がこういう時に見せるいつもの嬉々としたスマイルとは若干異なる雰囲気を放っているのに違和感を覚えた。そのあたりも含めてパルスィは一言で問う。

「どうしたのよ? ヤマメ」

「ふっふっふ。聞いてよパルパル、なんと今日は大物がかかったんだよ! 久々だったから思わず糸でグルグル巻きにしちゃった。見たい? 見たい?」

「見たいもなにも、そのためにここまできたんでしょう? 妬ましいわね」

「ありゃ、これは一本取られたね!」

 てへ、とヤマメは自分の額をペシリと叩いて舌を出す。そういうあざといリアクションも似合ってしまうのだから、一部では地底のアイドルと呼ばれているのも頷ける。

「で? 何を拾ったっていうのよ?」

「それはね~……」

 一拍ほど溜めを作ってからヤマメが後ろを振り返る。そして、背中に隠していた収穫物をパルスィの前に放り投げた。ドサリと落ちた件のブツを見た瞬間、橋姫の新緑の目が点になる。思わず「は?」と声が漏れてしまった。

 彼女が見下ろす先にあった「それ」は、ヤマメが言った通り全身を糸で拘束されていた。活きの良い獲れたての魚を思わせる動きでビチビチと飛び跳ねている。しかしながら「それ」は生き物ではあれど魚ではない。パルスィを驚いたのは、「それ」が彼女自身よく知るものであったから。

 ヤマメが大物だと評した本日の成果とは――

 

「じゃーん! 天っち拾っちゃった!」

 

「ムー! ムムムー!?」

 今日に限ってあちこちで話題に上がった外来人、天駆優斗だった。

 当の本人はと言えば、わざわざご丁寧に目隠しと猿ぐつわまでされて、アブノーマルな格好でモガモガ言っている。完全に蜘蛛にとらわれた獲物だった。

「何よコレ」

「いやー、はじめは軽く手足を縛っただけだったんだよ? だけど天っちがあまりにもイイ反応するもんだからつい――オーケー落ち着こうかパルパル私たちに必要なのは争いではなく話し合いだと思うんだよねだから私の顔にかけた手を放そうよアイアンクローは待って許して痛い痛いギブギブギブ!」

「ヤ~マ~メ~? とりあえず糸を解きなさい。いいわね?」

「わわわ、わかった! わかったから手も放して!」

 橋姫のジェラシーフィンガー(技名)をまともに受けた土蜘蛛の悲鳴と懇願、あわせて今なお足元でビッタンビッタンともがいている青年の奇行に、パルスィはまたしても深々と溜息を吐くしかなかった。

 

 

「で、なんであなたは毎回まともに来れないのよ。妬ましい」

「せやかて工藤! これには湯船よりも深ぁーい事情があんねん!」

「誰よ工藤って」

 その後、彼の拘束を解いたのもつかの間。パルスィは冷たい眼差しで優斗を射抜く。彼女の正面では、橋の上に正座させられた優斗が全身全霊の弁解を繰り広げていた。

 曰はく、妖怪の山で子供たち(知り合いの妖精や妖怪)と鬼ごっこをしている途中、例の穴の近くまで逃げたのまでは良かったが、鬼役の氷精が躍起になるあまり全力の体当たりを仕掛けてきて、華麗かつ見事に吹っ飛ばされた結果あとはご想像のとおりです云々。

 身振り手振りを交えた全力の言い訳を聞き終えたパルスィは、

「はぁ~~~」

「えぇえ? さっきよりも深い溜息が出たぞ?」

「原因は自分で考えなさい。で、帰る手段は?」

「あ、ああ……たぶんダイジョビ。メンバーの中にちゃんとした子がいるからアリスに伝えに行ってくれてるはず。そうであってほしい。僕は可能性を信じる」

「いまいち当てにならないんじゃないのよ、妬ましいわね。……ほら、行くわよ」

「へ? 行くって何処に?」

「どうせ人形遣いが迎えに来るんでしょ? それまで時間潰しくらいは付き合ってあげるわよ」

「おお、さすがパルスィ! ありがたや、ありがたや」

「……ふん。本当に妬ましいったらないわ」

 両手を合わせて拝み倒してくる青年からプイッと視線を逸らす。顔を背けた先でヤマメがまた意味ありげなニヤケ面をしていたから手刀を落としておくのも忘れない。

 場所と時間を合わせて計算すれば、人形遣いが優斗を回収にくるのは夕方頃になるだろう。それまでは、今日一日くらいは彼を貸してもらうとしよう。いや違った。そうじゃない。これはあくまでついでであって、この男がまた余計なことに首を突っ込まないように見張るためだ。別に深い意味はない、断じて。

「さっさと立ちなさい、置いていくわよ」

「パルスィのためとあらば何度でも俺は立ち上がるぜ!」

「バカ言うんじゃないわよ。ヤマメもいつまでやってる気よ、妬ましいわね」

「もー……だったら手加減してよぉパルパルー……」

 優斗とヤマメを立ち上がらせる。時間も時間だし、とりあえず家に戻って昼食の支度でもしよう。彼がいる以上、メニューはほぼ決まっていた。

「まったくもう、今日はなんて妬ましい一日なのかしら」

 その声色はいつもの彼女と比べるとどこか軽やかな響きをしていた。

 

 

次回は本編

 




血界戦線を見始めました。
オープニングとエンディングに惚れた。


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第五十話 「あなたと飲みますミルクティー」

アリスと団扇で煽ぎっこしたい ←熱暴走&煩悩ダダ漏れ

拝啓 皆さま、生き残っておられますでしょうか。
お待たせしました最新話、ごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。
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「…………」

 ただ真っ直ぐに、真剣な面持ちで目の前に意識を傾ける。わずかなタイミングも逃してはいけない。時の流れ、色の広がり、温度から匂いに至る端々に全神経を研ぎ澄ませろ。まさに勝負の一瞬。神のグラスと呼ばれるバーテンダーになった気持ちで、至高にして究極の一杯を思い描く。

「優斗様、そろそろよろしいかと」

「わかりました」

 後ろに控えていたメイド長のアドバイスに頷き、火にかけていたヤカンを手に取った。あとは彼女から懇切丁寧に教わった手順を忠実に再現するのみ。沸騰したてのお湯でポットをさっと素早く洗うと同時に容器そのものを温める。茶葉とお湯を入れ、すぐさま蓋をする。しばらく待つと、茶葉がふわふわと浮いたり沈んだりし始めた。よしよし、イイ感じにジャンピングしてるな。蒸らす時間は三分。チラチラと壁掛け時計を確認してその時を待つ。

「……この瞬間を待っていた!」

 時間ジャスト。あらかじめ用意していたカップに茶漉しを通して紅茶を注ぐ。優雅さを感じさせる香りと湯気が仄かに漂った。

 入れたての紅茶を講師に差し出す。

「どうぞ、咲夜さん」

「ええ、頂戴いたします」

 彼女の綺麗な指がカップの取っ手にかけられる。恭しくも気品ある所作で持ち上げ、ほんの少量だけ口にした。咲夜さんは静かに目を閉じて余韻を確かめている。採点待ちの緊張感よりも、その様子に見とれるほうに軍配が上がるのは男の悲しい性である。さながら女神が降臨なすったと思しき美しさ。うっかり跪いて頭を垂れてしまいそうになる。

 数十秒が経過したあたりか。やがて、沈黙していたメイド長がふっと表情を緩めて言葉を紡いだ。

「合格ですわ。これでしたらお嬢様にお出しすることも可能でしょう。今までの成果が十分に表れております」

「マジですか!? いやー、いやー!」

 お褒めの言葉にだらしなく顔がにやける。鼻の下も伸びているかもしれない。

 今更かもしれないけど、一応説明しておこう。

 かつてトラブルの原因にもなった紅茶レッスンだが、実は今日まで密かに?続いていたりするのである。その成果がようやく形になったという次第だ。思い返してみると、紅茶ひとつでえらく波乱万丈な展開にまで膨れ上がったものだが、何はともあれこれでようやくアリスに振る舞うことができるぜ。咲夜さんにも心から感謝の意を表したい。ただでさえ忙しい身なのに、俺のわがままに付き合ってくれたのだから頭が上がらない。もちろんタダで教わる気はなく、対価として彼女の仕事を手伝って多少は恩返しした。これでわちきもlike a butler。AXL万歳。

「咲夜さん、度重なるご教授ホントにありがとうございました。あと、こんなに手間のかかる不出来な教え子で申し訳ないです」

「いえ、私も楽しい時間を過ごさせていただきましたから。それに、大切な相手のために頑張る優斗様は素敵でしたよ。本音を言うと、アリスが少し羨ましいくらいです」

「いやはや、照れますなぁ。ですが、俺は咲夜さんのためにも頑張れる男なので心配には及びませんよ」

「うふふ、また頼りにしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですとも!」

 ググッと力こぶを作るマッスルポーズで男らしさをアピールする。彼女がお呼びとあれば、たとえ令呪がなくても参上してみせよう。

 レッスンが終わったところで後片付けに入る。その後、俺は麗しいメイドさんとともに紅魔館の厨房を出た。大図書館にいるであろう、人形遣いに会うために。

 

 

「おーい、アリスー」

 彼女の名を呼びながら図書館に足を踏み入れる。だがしかし返事はなかった。誠に遺憾である。

 その代わり、奥からアリスたちの話し声が聞こえてきたのでそちらに向かう。ひょいっと顔を覗かせると、アリスがフランを椅子に座らせて何やら作業していた。てっきり読書をしているのかと思いきや、いつもどおりフランがくっついてきたようだ。その近くではこれまたいつものように本に没頭して我関せずまっしぐらのパチュリーと、主の傍らでアリフラを微笑ましそうに見守っている小悪魔もいた。

「せっかく綺麗な髪しているんだから、ちゃんと手入れしないともったいないわよ? フラン」

「えへへー、アリスにやってもらえるからいいもーん」

「もう、甘えん坊さんなんだから」

 アリスがフランにしていたのはヘアーブラッシングだった。髪を梳いてもらっているフランが嬉しそうに足をパタパタと揺らしながら無邪気な笑顔を振りまき、その後ろでアリスが丁寧に櫛を入れている。二人が繰り出す姉妹オーラが半端ない。心が浄化されていく。

「幻想郷はここにあった」

「今更ね」

 思わず口に出た感想に、真っ先にツッコミをいれたのは以外にも沈黙の読書家だった。ただし、やっぱり本から顔を上げていない。パチュリーって周りに興味なさそうにしているわりにはよく見ているよな。表情一つ変えずにアリスをからかったりもするし、人は外見によらないものだ。

 そんな俺たちの短い会話が聞こえたのか、アリスもこちらに気付いた。

「あ、優斗。そっちはもういいの?」

「まぁな、アリスの方こそコレはどういう展開なん?」

「うーん……気が付いたらこうなっていたのよね」

 そういって彼女はサラサラとフランの髪に指を通す。頭を撫でられたフランが「んにゅー」と猫みたいな声をあげて気持ちよさそうにしていた。我がハートフルメモリー集に新たな一ページが刻まれる。

 俺がほんわかした気分になっていると、咲夜さんがパチュリーの前に出て声をかけた。

「パチュリー様、そろそろ休憩されては?」

「そうね。咲夜、悪いけどお茶を用意してくれるかしら? アリスたちの分も合わせて」

「畏まりました。ああ、でしたら本日は優斗様が淹れた紅茶はいかがでしょうか?」

「咲夜がそんな提案してくるなんて珍しいわね。私はどちらでも構わないけど」

「ユウがお茶入れてくれるの!? じゃあじゃあ、せっかくだからみんなでお外でお茶会がしたいわ!」

 メイド長の一言に、フランが目を輝かせて俺を見上げた。無垢でつぶらな瞳が期待の一色に染まっている。合格もらって即出番とハードルを上げられている件について。まぁ、アリスもいるし俺にとっても願ったりではあるが……

 どうしたもんかと咲夜さんの顔を窺うと、「期待していますよ」というニュアンスが伝わってくる魅惑的なウインクで返された。ドキッとした。むっとしたアリスに軽く睨まれた。ビクッとした。

 その辺をまとめて誤魔化すべく、わざとらしい咳払いを一つ。

「いいですとも。此度のティータイムは天駆プレゼンツの提供でお送りいたしましょう! でさ、アリス」

「何かしら?」

 アリスの青い瞳が俺に向けられる。サプライズが事前にバレてしまって改めて言うのは正直いってハズい。とはいうものの、もともとは彼女に捧げるのが目的なのだから、やはりハッキリと伝えるべきだろう。

「……まぁ、その、なんだ。色々とネタバレしちまったけど、日ごろの感謝とか労いとかも込めてあるからさ、よければアリスにも堪能してもらえると嬉しい」

「ええ、もちろんよ。だって……ゆ、優斗が私のために頑張ってくれたのも、知ってるから……」

「そっか……ありがとな」

「うん……」

 言葉が尻すぼみになっていくアリスの頬がほんのりと染まっている。彼女は恥ずかしげにモジモジと両手を重ねて顔を伏せた。かくいう俺も照れくさくなってきて後頭部をポリポリと掻いて目を逸らしてしまう。いかん、アリスが可愛くて直視できん。

 俺たちの半径数メートル四方が温かくむず痒い空気に包まれる。このままではマズイ、具体的には俺の理性が危ないって意味で。どうする俺、どうするよ!?

 葛藤を繰り広げていたまさにその時、メイド長が動いた。

「話はまとまりましたか?」

『!?』

「では、妹様のご要望に従いましてバルコニーでお茶会にいたしましょう。お茶請けの菓子は私が作りますので、優斗様は紅茶の方を、アリスはパチュリー様の付き添いをお願いしますね」

『……っ! ……っ!』

 テキパキと役割分担を振るクールビューティーなメイド長様。一方で我々は動揺のあまり声が出ず、二人揃ってコクコクと何度も頷くしかない。俺らの慌てふためきっぷりを見たフランが不思議そうに首を傾げた。頼むから何も聞かないでおくれ。

 そして図書館の片隅では、のほほんとした表情の小悪魔が微動だにしない主に声を投げていた。

「今日も平和ですねー」

「そうね。というより、もしかして私もバルコニーまで移動しないといけない流れなのかしら。動きたくないのだけれど」

「ダッ、ダメよパチュリー! たまには外の空気を吸わないと身体に悪いわよ、ほら行きましょ!」

「アリスが早くこの場から離れたいだけじゃないの? 正確には彼――」

「ふわぁああ!? 余計なことは言わなくていいから早くー!」

「あーはいはい、わかったから落ち着きなさい」

「あぁー、待ってくださいよパチュリー様、アリスさーん」

「フランも! フランもー!」

 しぶしぶと席を立つ動かない大図書館の肩をぐいぐいと押す人形遣いに続いてフランや小悪魔も図書館を後にする。咲夜さんは「お嬢様にお茶会のことを伝えてまいります」と残して忽然と姿を消す。気付けばその場に立っていたのは俺だけだった。

 ひとまず、先に厨房に戻って咲夜さんが来るのを待ちますかね。

「……その前に、水でも飲んで頭冷やすか」

 いまだに余熱が残る頬を手で煽ぎつつ、俺も知識の宝庫を立ち去るのだった。

 

 

 紅魔館のバルコニーからは遠くまで景色を眺めることができる。

 広がるのは森や霧の湖など、幻想郷ならではの豊かな自然だ。さらに、視線を下にやればこの館が誇る中庭も一望でき、まさしく貴族がお茶を嗜む場と呼ぶに相応しい。

 注目すべきは後者。中庭というより庭園とかガーデンという表現の方がしっくりくる。ここが本当に吸血鬼の館なのか疑わしくなるほどに瑞々しい緑で彩られ、合間には鮮やかな花々も咲いており、訪れた者の目を楽しませてくれる。庭園そのものがちょっとした散歩コースとして通路が整備されているところも、まさにブルジョワジーの一言に尽きる。ベタではあるが中央に噴水が置かれているのもえらく様になっている。

 そして、洋風ここに極まれりな背景をいとも容易く馴染ませるは、カフェテラスでよくある白い丸テーブルを囲み談笑する少女たち。とっつぁん、俺生きててよかったよ。

 瀟洒な従者に呼ばれた颯爽と現れた紅魔館の主、レミリア・スカーレットが仰々しく命令を下す。

「うちの自慢のメイドから学んだ技術がどれほどのものか、この私自ら吟味してあげるわ。早く紅茶を用意なさい」

「はいはい、少々お待ちくだされ」

 ホテルのルームサービスで使うようなワゴンと向かい合う。その上に並べられた紅茶セットを順繰りに手にし、つい先ほどやったのと同じように支度を進める。思っていた以上にテキパキと作業が進んで自分でも驚いたが、理由はきっとアリスがいるからだろう。我ながらわかりやすい。

 完成した紅茶を全てのカップへ、濃さが均一になるように往復しながら注いでいく。皆が見つめる中、とうとう最後の一滴がポツリと落ちて水面に波紋を作った。品定めの視線を遠慮なしにぶつけてきたレミリアの口から「ほう……」と感嘆の声が漏れる。

「なかなか似合うじゃない」

「うん! ユウとってもカッコいいね、アリス!」

「ふぇえっ!? そ、そうね……」

「すっかり見惚れて声も出なかったのかしら?」

「パッ、パチュリー!? いい、いきなり何を言うのかしら!? ちょっとボーっとしていただけよ!」

「アリスさん可愛いですー♪」

「もー!!」

 女性陣が随分賑やかで楽しそうだ。淹れるのに集中し過ぎたせいで彼女たちのトークの中身はほとんど聞いてなかったのが悔やまれる。アリスが耳まで真っ赤になっているのは何故に。

 人数分のカップを咲夜さんと手分けして皆の前に並べていく。ちなみにテーブルの中央にはメイド長お手製のクッキーが大皿にびっしりと敷き詰められて香ばしい匂いを放っている。短時間でこれだけの量を出せるあたり流石としか言いようがない。

 やがて全員に行き届いたのを確認し、俺は皆に一礼して告げた。

「どうぞ、ご賞味くださいまし」

 その言葉を合図に、各々がカップを口元に運ぶ。またしても訪れるしばしの静寂。最初に感想を述べたのはレミリアだった。

「咲夜には遠く及ばないわね。素人が覚えたばかりというのが丸わかりよ。だけど、飲めないレベルではないわ」

「お姉さまったらシンラツぅ~。私はいいと思うな。おいしいよ、ユウ」

「可もなく不可もなくね」

 レミリアに続いてフランとパチュリーも感想を口にする。まさに及第点といったところか。何かのマンガで読んだが、紅茶は淹れ方が悪ければ飲めたもんじゃないが、キチンと淹れれば世界一上品な飲み物だという。

 それはさておき、もっと重要なのはこっちだ。

 俺が一番感想を聞きたい相手がまだ一言も反応を示していない。もしかして不味かったのかと心配になったあたりで、ようやく彼女――アリスが口を開いた。柔らかな笑顔と共に。

「おいしい……どこかほっとする味ね……」

「おお、そうか! あぁ~~、よかったぁ~~。マズってたらどうしようかと思ったぞマジで」

「ふふっ、大げさなんだから」

 可愛らしく顔を綻ばせるアリスにつられて俺も脱力しながら笑みで返す。努力が実った、というほど大層なものではないが、じわじわと喜びが込み上げてきて顔のニヤケ度が増していく。

 ……次は二人きりでお茶会がしたい、なんて言ったら彼女はオーケーしてくれるだろうか。なんつって。

 

 

「さあ、優斗様も席にお着きください」

「はへ? いやいや、今回は俺もおもてなしする側ですからお構いなく」

 唐突に咲夜さんから椅子を勧められた。そう仰いましても、彼女だけに配膳を任せるのは男が廃るというもの。ブンブンと両手を振って遠慮の意を伝える。だが、向こうも引けないものがあるようで、逆に説得されてしまうのだった。

「あとは私にお任せください。優斗様もお客人なのですから、いつまでも立たせてしまうのはメイドとして見過ごせません。何よりも、もう一人のお客様もそれをお望みのようですし」

「え――」

 どういうことですか、と聞くよりも先に。

 誰かが俺のシャツの袖口を摘まんでくいっと控えめに引いてくる。どことなく懐かしい感じを覚えて、隣を見る。

 

「ほら、優斗も一緒に……ね?」

 

 頬を桜色に染めて、上目遣いで俺を見上げる金髪碧眼の美少女がいた。照れ顔で見つめられてのお誘いセリフに、ズキューン!とハートを射抜かれる音が直接脳内に響く。滾る鼻血衝動を気合と根性で押し返す。あやうく紅茶とクッキーがスカーレット仕様になるところだった。

「あー……うん。したっけ、お言葉に甘えさせていただきます」

 促されるままに空席に移る。アリスも咲夜さんも嬉しそうだからいっか。ここで断固拒否する方が彼女たちに対して失礼だろう。

 椅子に腰かけ、なんとなく周囲を見渡す。ふと、例の庭園が目に留まった。

「そういえば、ここの庭は美鈴が手入れしているんだっけ?」

「あの子はこういうのが得意みたいでね。それだけじゃないわ。あの庭、他の者の趣味嗜好も反映されているのよ」

 俺の問いにレミリアが答える。どうやら美鈴の仕事は門番だけではないらしい。大変そうだな。あとで彼女にもお茶とお菓子の差し入れを咲夜さんに頼んでおこう。

「他の者の趣味嗜好?」

 レミリアの言葉に気になる内容があったので質問を重ねる。すると、今度はメイド長が主の代わりに教えてくれた。

「あそこには、パチュリー様が研究の素材として用いる植物や、私が調理で使う香草なども栽培しております。有害なものはありませんが、引き抜くと衝撃にも似た大音量を放つものも植えてありますので、立ち寄る際にはお気を付けください」

「めっさ聞いたことがある植物な気がしてならんのですが。そういえば、アリスの家にも庭っていうか花壇あるよな」

「ええ。知り合いに花妖怪がいて、よく種や苗を分けてくれるの。ガーデニングのコツなら彼女に聞くのが一番ね」

「そんな人がいるのか。今の時期ならヒマワリ畑にでもいそうだな」

「あら、よく分かったわね。正解よ。太陽の畑って呼ばれるくらい、本当に綺麗なヒマワリ畑なの。今度一緒に行きましょうか?」

「おっ、そいつぁグレート。ぜひぜひ」

 アリスと二人で花畑にお出かけなんて、そんなん最高に決まってるじゃないか。その花妖怪さんとやらも気になる。しかもヒマワリ畑って、もはやNavelっつーかSHUFFLEじゃねーの。俺もいつか神にも悪魔にも凡人にもなれる男とか言われてみたい。

 そんなこんなでお庭トークに盛り上がっていたら、またまたフランが要望を言い出した。

「私にいい考えがあるわ! このあとみんなでお散歩しましょ!」

「めっちゃ日差し出てるけど大丈夫なのか?」

「日傘があるから平気だもん! 行こ、アリス!」

 真っ先にアリスを呼ぶあたり、つくづくこの子は彼女に懐いているのだと感心せざるを得ない。そのうち紅魔館にアリスの部屋ができてそうな気がしてならない。レミリアならやりかねんな。

 無垢な少女のお願いを優しい彼女が断るはずもなく、午後の予定は確定した。

「そうね。図書館に籠ってばかりの誰かさんもいるし、私は賛成よ。優斗もいいわよね?」

「ん、俺は一向に構わんよ」

「決まりかしら。ふふ、楽しい午後になりそうね?」

「ねー!」

 二人の金髪少女が微笑み合う。同じ卓を囲むのは、溜息を吐きつつも拒否しない諦め顔の魔法使いと、その様子をくつくつと意地悪く笑ってからかう吸血鬼。小悪魔も乗り気みたいだし、咲夜さんも微笑を浮かべている。いやぁ、癒されますなぁ。

 おのずと紅茶に手が伸びる。砂糖は入れていないはずなのだが、不思議とさっきよりも甘い味がした。

 

 

つづく

 




次回(予定)
第五十一話 「向日葵畑で捕まって」

誰が登場するんでしょうねぇ?


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第五十一話 「向日葵畑で捕まって」

夏コミに参加できなかったとしてもッ、メロンちゃんで委託されたのを買い漁るまでだッ!

同人誌と某紅茶サークルのドキドキディスクでアリスを補充したら漲ってきました。
アリス尽くしでサイドカー満足でございます。
あ、一冊だけサグメ本も買いました。


妄想暴走の最新話、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。



 今日もハレバレ幻想郷。緑が生い茂る魔法の森も、木々が日差しを遮ってくれる場所を除いては、太陽の光がサンサンと降り注ぐ。俺が居候させてもらっているアリス邸がまさにそうだ。たまたま木が生えていない場所に家を建てたのか、はたまた建築時に伐採したのかはわからないが、洗濯物がよく乾くベリーグッドな立地であるのは間違いない。

 家の周りも良さげな平地となれば有効活用しないのは勿体ないというもの。どうやら家主もそう思ったようで、ちょっとしたお庭スペースとして花壇が作られていた。洋風な家に添う小さな花畑は、いかにも彼女の可愛さを象徴していると力説したい。

 さて、いきなりアリス邸のお外事情から始まって疑問を抱いた人もいるかもしれないので種明かしをしよう。まぁ、理由はいたってシンプルなもんで、

 

「うんとこしょ、どっこいしょ。それでもカブは、引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬぅ!」

 

 現在進行形でその庭の手入れに勤しんでいるからでござる。最高にナウってやつだぜ。

 言うまでもなくお察しかと思うが、事の発端は先日のお茶会にありけり。紅魔館のご立派な庭園を鑑賞したり、ガーデニングの話題に花が咲いたりしたらこうなるのは自然の理ともいえよう。加えて、あのとき美鈴がずいぶんと活き活きしていたのは記憶に新しい。

 つーわけで、今日は朝からアリスと二人で土いじり。ちなみに俺のお仕事は花壇の拡張工事です。

「ハァ~、アリスのためならえんやこらっと」

 もともとあった長方形を伸ばしてスペースを増やすという脳内設計図を再現すべく、横のラインを延長していくかたちでレンガを並べていく。枠ができればあとは土を詰めるのみ。仕上げに軽く手で叩いたりして土の高さを均等に調節すれば、はい完成。

「ふぃー。ま、こんなもんかな」

 こちらの仕事はひと段落したので、他の花壇で作業をしているアリスの方へ顔を向けると、

 

「フーンフフフーン♪」

「シャンハーイ」

「ふふっ。そうね、みんな元気に咲いてくれているわね」

 

 健気な花たちに微笑みながら水やりをしている天使がおった。彼女が手にしているジョウロが生み出す雨を浴びた草花が、日を反射させるほどに瑞々しさを纏う。アリスの綺麗な声が紡ぐ歌に合わせて、彼女の傍にいた上海がクルクルと回っていた。それを見て少女の笑みがさらに優しいものになる。

 おとぎ話の一ページみたいな光景を前に、成仏しかねない勢いで心が洗われていく。

「ふつくしい……」

 

「シャンハーイ」

 うつかり出た呟きに反応したらしく、上海がアリスのもとを離れて俺のところまで漂いながら流れてきた。ようやく止まったかと思えば、今しがたできたばかりの増設された花壇を見下ろしている。俺の仕事の出来栄えを採点しているのかしら。

「こんな感じでどうよ? 上海先生」

 ちょっとおどけて上海に意見を求める。まぁ、この子が鳴き声以外の言葉を発した記憶なんてバカジャネーノくらいしか……

「……ヤルジャネーノ」

「!?」

 な、なんかいつもと違うセリフが出なかった!? 実はボキャブラリー豊富なのか!?

 かつて予想していなかった上海喋れる説が浮上して驚きのあまり硬直する。すると、水やりを終えたアリスもこちらにやってきた。

「優斗、そっちはどう――あら、いいじゃない。綺麗に形作られているわよ」

「聞いてくれアリス! 上海が妙に渋い口調で俺の働きを褒めてくれたんだけど!?」

「なにを言って……ってなんでそんなに泥んこなのよ? もう、ちっちゃい子じゃないんだから。どうやったら顔まで土がつくのよ?」

 アリスは俺の衝撃発言に聞く耳もたず、体中いたるところまで土だらけになっている俺の恰好に呆れの表情を浮かべた。「しょうがないわね」なんて嘆息して、衣服に付いた汚れを手で払い落してくれる。その優しさと気遣いはとても嬉しい。汚れた甲斐があったぜ。ってそうじゃない。

「そ、そげなことよりも上海が!」

「わかったから暴れないの。いいから、お風呂に入って着替えなさい。その間に今着ている服もお洗濯しちゃうから」

 必死の訴えもにべもくれず、あれよあれよという間に家主の手によって家の中に押し込まれていく。こうも華麗にスルーされると自信がなくなってくるというか、自分でも疑わしくなるというか。ひょっとしてさっきのアレも俺の聞き間違いだったんじゃなかろうか。ああ、きっとそうだ。嫌だわアタシったら恥ずかしい。

 変な疑いかけてすまなかったな、と謝罪の意味を込めて上海を見る。相手は俺と目が合うと首をかしげる仕草で返した。いや、わからないならいいんだ――

「ヤレヤレダゼ」

 !?

 

 

 風呂から上がったあと、俺とアリスはメガ進化した花壇に何を植えるか作戦会議を開いた。ついでに仕事終わり&風呂上がりの牛乳は格別に美味かった。

「やっぱり花がいいんじゃない? そもそも花壇なんだから」

「いや、ここは逆転の発想で家庭菜園というのも捨てがたい。自家製の採れたて野菜とかイカしてると思う」

「うぅん、悩むわね」

 二人で色々と案を出し合う。折角だし、やるからには拘りたい。アリスもかなり張り切っているのが見て取れた。水やりも楽しそうにやっていたし、もともと好きなんだろうな。さっきの絶景を思い出したら頬が緩んでしまう。

 そんな折、ふいにアリスが「そうだわ」と何やらピンと閃いたっぽい声を上げた。

「こういう時こそ幽香に相談してみるべきよ」

「幽香?」

「お茶会でも話したでしょう? 風見幽香、太陽の畑にいる花妖怪よ。もしかしたら種も分けてもらえるかもしれないし、行ってみない?」

「そいつぁグッドアイデア! なら、今日はヒマワリ畑にピクニックと洒落込みますか。あ、だったら弁当を持って行かないとな。それから冷たいお茶も欠かせないぜ!」

「いいわね。幽香の分も合わせて多めに作っていきましょうか」

 かくして、俺たちは件の風見幽香氏に会うべくお出かけの支度を始める。手始めにランチの用意からでしょうかね。

 

 

 太陽の畑。

 妖怪の山とは反対方面の幻想郷の奥地に進んだ先に、彼の地はあるという。人里をスタート地点にしたらゴールするにはいささか距離があるが、道のりを差し引いたとしてもその美しさは一見の価値があるそうな。ちなみに、夜は陽気な妖怪たちの夏のコンサート会場となる。それもまた幻想郷ならではの風物詩なのかもしれない。

 

 

 眺めがいい場所があるの、なんてイタズラっぽく顔をほころばせるアリスについていく。やがて俺達が訪れたのは、件の場所からすぐ近くに位置する小高い丘だった。

 斜面になっている草原を上り続けて、ようやく丘の一番上に辿り着く。到着と同じくして口から漏れたのは疲れの溜息ではなく、視界一杯に映る光景にただ感嘆する声だった。

 

「はぁああ、こりゃまたなんともスンゴイなぁ~」

「でしょう?」

 

 まるで絨毯が敷かれているかと錯覚するほどに、眩しくも鮮やかな黄色が一面に広がっている。太陽の畑と呼ばれる由来が一瞬にして理解させられた。本当に、太陽の欠片が落ちてきた拍子に花になったんじゃないかとすら思えて。日本の夏を象徴する大輪の花が、美しく、逞しく、精一杯に背伸びしている。

 現代の田舎ですらめったにお目にかかれないであろう、広大なヒマワリ畑が俺たちの来訪を待っていた。

「たまげたなぁ。これを幽香氏が一人で管理しているんだっけ? 牧場物語もビックリだべ」

「幽香は『花を操る程度の能力』を持っているから相性がいいのよ。それよりも、本人を探しましょう。どこかにいるはずなんだけど……」

「んじゃ、俺が探してくるからアリスは昼飯の支度しておいてくれないか? さくっと見つけて連れてくるぜ!」

「あ、ちょっと!?」

 アリスの制止の声も待たずに高原を駆け降りる。ここまでずっと歩き通しだったし彼女には休んでいてもらおう。あと近づく途中で分かったのだが、ここのヒマワリは思っていた以上に背が高い。場所によってはアリスの背丈では隠れてしまいかねない。もし二手に分かれて探していたら、合流するのが大変だっただろう。結果オーライだ。

 目の前にある花畑に走る俺の背中にアリスの声が重なる。

「幽香はいつも日傘をしているわ! あと、意地悪してくるときがあるから気を付けてねー!」

 

 

「幽香殿ぉー! 風見幽香殿はいらっしゃらぬかー!」

 ご本人の名前を呼びながら奥に進む。こういう場合、向こうさんから来てもらうのが一番手っ取り早い。整備された通路らしきものがあったので道筋に沿う。おそらく件の風見氏が作ったのだろう。おかげでヒマワリを掻き分けていかずに済んだ。ありがてぇ。人様の花畑に勝手に手を出したら怒られかねない。

 結構歩いたつもりだが、なかなかどうして人っ子ひとり見つからない。とはいえ、「いませんでした」とアリスに報告するのは自分から言い出した手前もあってカッコ悪い。

 もう少しだけ奥に行ってみようと思った矢先、やや離れた位置に黄色以外の色が視界に飛び込んできた。周りにある鮮明なカラーとは対照的な淡い桃色。はじめは別の花かと思ったが、それが傘の広がりと気づくのにさほど時間はかからなかった。

「日傘? とすればあの人がそうか!」

 目的の人物を見つけた喜びから一直線にショートカットしそうになるがここは自重。ルートから外れることなく駆け足で目印を追いかける。

 ついに、どうにかこうにか相手のもとまで追い付いた。アンブレラで顔が隠れているが、とりあえず近づいて声をかけてみる。

「もし、そちらのお嬢さん。あなたが風見幽香さんでしょうか?」

 

「ええ、私が風見幽香よ。何の用かしら?」

 

 凛とした女性の声が鼓膜に届く。立て続けに日傘の持ち主が振り返った。

 やや癖のある緑色の髪。凛々しさある声に違わない切れ長の瞳が俺を捉える。赤いチェック柄のベストと、同じ色彩のロングスカートが非常に似合っていた。花妖怪というから、てっきり幽々様みたいなポワポワしたおっとり系かと思ったら真逆だった。だが、これだけは合っている。スゲー美人や。

 キリッと顔を引き締めて対面するレディに申し上げる。

 

「貴女を探していました。この身は貴女に会いたくてここに馳せ参じた次第であります」

 

「そう」

 幽香さんは吐息にも似た短い言葉を返した。手にしていた日傘をクルクルと回しながら俺の前まで歩み寄ってくる。ピッタリくっつきそうな間隔まで来てようやく足を止めた。って、いくらなんでも近すぎませんかね。美しい女性に密着しそうなほどに迫られるのはやぶさかではないのですが。

 彼女はその整った顔に挑発的な笑みを貼り付け、俺の耳元まで口を近づける。そして、妖艶な声で囁いた。

 

「ねぇ、気持ちいいことしてあげましょうか?」

 

 エロゲ級の急展開キタコレ。

 おいおいおいおい、一体どうなってやがんだ!? ええい、とにかく落ち着け俺よ。いきなり美人からアダルティな誘い文句が来たからって動揺していたんじゃ男としてダサすぎる。クールになれ、女性に紳士な天駆優斗が持ちうる理性をフル動員するのだ!

 大人の余裕を失わず、かつ真剣な眼差しで彼女の赤い双眸を見つめ返し、

「ぜひとも」

 この勢い、もはや脊髄反射である。ああ、やっぱり今回もダメだったよ。男ってやつぁよ、たとえそれが甘い罠だとわかっていても飛び込まずにはいられないものなのさ。悲しいね、バナージ。

 俺の返事がお気に召したらしく、幽香氏がくすりと笑みをこぼす。一見するとお淑やかな、だがどこか妖しげな微笑だった。

 表情を維持したまま彼女は地面を指さし、ある言葉を紡ぐ……

 

 そして、気が付けば俺はその場で四つん這いになり、背中の上に幽香氏が腰かけている構図が出来上がっていた。

 ……………ん?

「女王様と下僕!?」

 色々と問題ありな態勢になってた急展開其の弐に、ただただビックリしすぎて叫ぶしかなかった。いやまぁ確かに、彼女に言われるまま四肢を地に着いた俺も大概だけど! っていうか、なしてこの女性は初対面の男性に堂々と跨っているんだ!? しかも妙に様になっているし!

 驚愕しっぱなしの俺とは正反対に、彼女はこともなげに口を開いた。

「あら、もっと悦びに悶えるのかと思ったのだけど意外な反応ね。ところで貴方は誰かしら?」

「天駆優斗といいまっしゅ……」

 人を腰かけにしたまま名前を尋ねる女性と、その女性を乗せたまま自己紹介する男。もはやこの場にツッコミ要員はいなかった。

 こちらの名乗りを聞いた幽香氏は、自身の膝の上で頬杖をついて少々考える素振りを見せる。ほどなくして、名案を思い付いたとばかりにこう言った。

「じゃあポチね」

「いやいやいやいや、んな犬みたいな――」

「いい子ね、ポチ」

「わんっ」

 なんと凄まじい圧倒的までの逆らえないオーラ。どう見てもキケンな絵面だというのに、情けなくもあっさり返事してしまった。しかしなんだろう、この背徳感は。悔しい、でも感じちゃう。

 ごめんよアリス、もう俺は戻れないかもしれない。君といられた輝かしかったあの日々が遠のいていく。僕は新世界に旅立ちます。どうか、お元気で。

 我が生涯において一度たりとも開かなかった禁断の門がゆっくりと……

 

「な、な、ななッ……何やってるのよぉおおおおおおおお!!」

 

 人形遣いの絶叫により、ギリギリのところで解き放たれずに済んだのだった。

 

 

つづく

 




サイドカーはいたってノーマルです。
Mでもロリコンでもありません、断じて ←全力の真顔


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第五十二話 「微笑みのダイナマイト」

アリスが可愛い動画が投稿されたとき、サイドカーはやってくる!
金曜日のおはようマジかわゆす


待たせたな! とか言ってミサカはミサカはカッコつけてみたり
とにもかくにも最新話、ごゆるりと読んでいただけると嬉しいです



 前回までのあらすじィイーッ!

 ひょんなことからアリスと一緒に太陽の畑にやってきた俺イコール天駆優斗。そこで出会ったのはエロティックなお誘いをしてくる日傘美人だった! かくして青年の淡い期待は木端微塵に打ち砕かれ、椅子にされるわ犬にされるわもう一人の僕が目覚めさせられそうになるわであわや大ピンチに陥ったまさにその時! 駆けつけた人形遣いのおかげで人としての尊厳はかろうじて守られたのであった! おとーさん、おかーさん、おげんきですか。ぼくはげんきです。

 

 

「なーんだ。ポチの飼い主ってアリスだったの」

「ペットじゃないわよ! あとポチって何!?」

「居候もペットも似たようなものじゃない」

「全然違うから!」

 数分前の光景がまだ瞼に焼き付いているらしい。混乱状態のアリスがツッコミやらハテナに振り回されている。人形遣いのテンパりっぷりとは真逆に、幽香氏はいたってクールなすまし顔だったが、よく見ると口元が意地悪っぽく吊り上がっている。いや、意地悪っていうかサディスティックじゃね?

 いたいけな少女を弄り倒して心が満たされたのか、幽香氏は視線を前――正確にはヒマワリ畑に向けた。自身が丹精込めて育て上げた草花を愛おしげに見守りながらサンドイッチを一口齧る様は、麗しい容姿も加わってさながら深窓の令嬢の如く。だがしかし中身は玉座に君臨する女王様である。一部のオトモダチにとってはむしろご褒美ね。俺は……ノーコメントで。

「今更だけど、今日は私に用事があって来たのかしら?」

「あ、うん。そうなの。うちの花壇を大きくしたんだけど、新しく何を育てたら良いか幽香に相談しようと思って」

 アリスが用件を伝えると、彼女は「なるほどね」と相槌を打った。しばらく考えに耽った後、再びサンドイッチを手に取りながら言う。

「ならあとで家まで来なさい。丁度良い種があるから貴女にあげるわ」

「ほんとう? ありがとう、今度お礼に……」

「対価ならこのランチで十分よ。それに、アリスに育てられた花たちは皆幸せそうだもの。私にとっても喜ばしいことだわ」

 幽香氏に褒められて、まるで目の前にあるヒマワリのようにいじらしく微笑むアリス。健気さと可愛さが合わさってもう辛抱たまらぬ。

 とりあえず一件落着かしらね。プロが選んだ一品なら心配するのは無粋というもの。加えて、花たちが幸せそうだというセリフも彼女が言うと説得力があった。もしかしたらマジで植物の気持ちが分かるのかもしれない。

「幽香氏はホンマにガーデニングがお好きなんねぇ」

「当然よ。精一杯に生きて、綺麗な花を咲かせるあの子たちを好かない理由がないわ」

 

 さて、ここで改めて彼女――風見幽香の紹介をしておこう。太陽の畑を管理している花妖怪なのはいわずもがな。花をこよなく愛する、凛とした佇まいの美しい女性だ。なんとその実力たるや紫さんと並んで幻想郷でもトップクラスだという。アリスとは付き合いが長いらしい。二つ名は四季のフラワーマスター。

 詳しく聞いたところ、此処に限らず季節の花を訪ねてブラリ旅をしたりするそうな。その辺は俺の気分屋な性格とも馬が合いそう。賛同するとおのずと次は俺自身について問われる。

「アリスはどこでポチを拾ったの?」

「魔法の森で迷っているところを偶然見つけたの」

「迷い込んで……ああ、外来人か。どおりで人里の人間にしては違和感があると思ったわ」

「拙者の名前が上書き保存されてしまっている件については諦めたでござるよ、安西先生」

 アリスまでもがツッコミを放棄した以上、もはや手の施しようがない。訂正しようと思っても訂正できないので、そのうち俺は考えるのを止めた。誠に遺憾である。

 そんな感じで悟りの心境に至ったなどとは知る由もなく。フラワーマスター殿は俺を頭からつま先までジロジロと観察し始める。

 やがて彼女はスッと目を細めて、含みのある物言いをしてきた。

「外来人にしては平和ボケしたヒヨコじゃないのね」

「んむ? つまり……どういうことだってばよ?」

 話の繋がりがまったく分からんのですが。俺が外来人っぽくないと言いたいのだろうか。何故に?

 よほどのアホ面になっていたらしく、彼女はくつくつと喉で笑った。

「幻想郷に迷い込んだ『外』の人間の大半は情けなく取り乱すものよ。ケータイデンワとかいう手のひらサイズの機械が使えなくなったくらいで絶望すると聞くわ。人里にいる人間以上に脆弱で、弱小妖怪どころかその辺の獣に襲われた時点で為す術もなくやられちゃうんでしょう? 確かに、外来人の中にも此処で暮らす変わり種もいるわ。けど、せいぜい守矢の巫女くらいじゃないかしら。ここまで幻想郷に馴染んでいる『外』の人間なんて」

「まあ、フツーに考えたら異世界に飛ばされるってレベルのハチャメチャが押し寄せてきたもんだからなぁ。誰だって落ち着いてなんかいられないって。俺の場合はもともと旅に出る途中だったし、ちょっち行き先が変わっただけよ。大した問題じゃないのさ」

「随分と寛容なのね」

「自分、気分屋な男ですから」

 不器用ですから、みたいなノリで渋い声でキメ顔を晒す。

 何よりも、幻想郷に来て真っ先にアリスと出会ったんだ。これに勝る幸福イベントはあるまい。人形遣いの方を見るとタイミングよく二人の目が合う。急に視線を向けたせいで、どうしたの? と言いたげに小首を傾げられた。仕草に合わせて鮮やかな金色の髪がさらりと流れる。アリス可愛いよ。

 可憐な金髪美少女に見惚れている間も幽香氏の話は続いた。それも、次第に内容が妙な方向に流れ始めて、

「これは私の直感だけど、あなた荒事に慣れてるでしょう? 少なくとも泣いて命乞いをするような弱者じゃないわね。どちらかというと真っ直ぐ立ち向かって突破口を見つけるタイプ」

「ますますもって読めなくなってきたぞ。んな王道バトルマンガの熱血主人公みたいなイメージを抱かれても……いくらなんでも過大評価だ。俺はただの一般ピーポーでっせ」

「へぇ、ポチが私に意見する気かしら?」

「サーセン」

 女王様の目つきが鋭くなったので瞬く間に平伏する。調教とか言っちゃいけない。

 しかしながら、こちとら本当にどこにでもいる庶民だ。宇宙人でも未来人でも異世界人でも超能力者でもない。荒事とか……ねぇ?

 すると、今まで俺達の会話を聞いている側だったアリスも話に入ってきた。どこか拗ねている感じの、むすっと頬を膨らませた表情で、

「だけど優斗、この前も低級妖怪と戦ったりしているわよね。あんな怪我までして入院したの忘れたとは言わせないからね」

「あー、いやー、そいつぁ仕方が――ハイ、言い訳の仕様がございませぬ。その……アリス、やっぱりまだ怒ってる?」

「当たり前じゃない!」

 どうやらアリスは俺が負傷するほどの無茶をしたのがお気に召さなかったご様子。そりゃそうだ。なんてったって彼女は優しい性格なのだから。多数決でもとろうものなら、十人中十人が言うだろう。アリスに心配かけた俺が悪い、と。

 だから今は全力で反省の意を伝えよう。本当マジすんませんっしたぁああ!!

 

 

 過ぎ去りし過去の過ちに対する懺悔祭りでようやくアリスに機嫌を直してもらい、ついでにランチタイムも終わって食後のお茶に入った頃。ふいに幽香氏が俺に一つの案を投げた。

「ふぅん、低級妖怪を倒すくらいの実力はあるのね。なら今度は私と手合せしてみない?」

「ハッハッハッ、ご冗談を。そういうのを向こうでは無理ゲーと申すのですよ、レディ?」

「ふふ、幽香ったら面白い冗談を言うのね。はい、優斗の分ね」

「お、サンキュー」

 幻想郷トップクラスの一人を相手とか、一瞬にして入院どころか千の風になってしまう。フルなハウスのアメリカンコメディーのセリフを借りるなら、ご冗談でしょう? ってやつだ。アリスも軽いお茶目と受け取り、水筒のお茶を人数分のコップに注いでいる。

 人形遣いが手渡してくれたお茶で喉を潤す。

 

「ベッドの上での手合せでもいいわよ?」

 

 むせた。

 ゲッホゴッホと吐血レベルで咳が止まない俺の隣ではアリスが完全に石化。凍りついたという表現が見事に当てはまる。水筒とコップを手に微動だにしない。大惨事な俺らを幽香氏はニヤニヤと楽しげに眺める。

 

「そんなのダメェえええええ!!」

 

 数秒後、弾かれたように石化が解けた人形遣いがグイッと俺を押し退けてフラワーマスターに詰め寄った。白い肌から湯気が沸きそうなほどに真っ赤になって、ついでに俺を突き飛ばさんばかりの力からは彼女がいかに取り乱しているかがよく分かる。

「ゆ、ゆッ、幽香ぁあ!? 何言ってるのよ絶対ダメよそんなのぜっったいにダメなんだから! よりによって優斗が相手なんてダメ! とにかくダメったらダメなのー!」

「ああ、その表情グッとくるわぁ……♪」

「ちょっと聞いてるの!? ねぇ!?」

 若干涙目になって顔をさらに紅潮させるアリスの訴える姿を、舌なめずりでもしそうな嗜虐心あふれる妖艶な瞳で見つめる女王様。ああ、うん。確信した。この人やっぱりアレだ。

「RとTの間やなぁ……」

 押し退けられた姿勢のまま、幸いにも零さずに済んだ残りのお茶をちびちびとすする。うん、大丈夫大丈夫。残念とか思ってないから。ホントに。

 

 

「ま、冗談はさておき」

「笑えないわよぉ……」

 さらりと話を戻す幽香氏をアリスが恨めしそうにジト目で睨む。睨まれた方は少女から向けられる負の視線を気にした風もなく飄々としている。つおい。

「ねぇポチ」

「なんだい――!?」

 適当に返事をしかけた途中で言葉がつまり、息をのんだ。

 一体どうしたというのか。こちらを射抜く瞳がほんの少し前までのイタズラな雰囲気を霧散させて、真剣なものになっていた。俺をジッと見定める彼女が、やがて言葉を紡ぐ。

 

「外来人だろうとなんだろうと、せめて彼女を守れるくらいの力は持ちなさいな。男ならね」

 

「そいつぁ忠告か?」

「強者からのアドバイスよ。素直に聞き入れておきなさい」

「I see」

 実際、間違った内容は言っていないので頷いておく。なんとなくだが意図がわからんでもない。なんてったって俺自身が何度か厄介事に巻き込まれたりしているし。此処が時には現代ではありえないような危険(妖怪に襲われるとか)があるのは重々承知している。さっきアリスが言った通りドンパチやって病院送りも経験済みですから。そういう意味では力が必要になるのは当然といえよう。そう、わかってはいるのたが……

 正直言うと、本当は気乗りしない部分もあった。もちろん、アリスの身に危害が及ぶ事態があったとなれば一切の躊躇いもなく身体を張って盾になる。だが、俺にできるのはその程度まで。ギリギリまで頑張ったとして、わずかな足止めと時間稼ぎくらいだ。それさえも、手段も手加減もなりふり構っていられない。もはや暴力と大差ないやり方で。

 ……俺は、また「あんなこと」を、よりによってアリスの前でやらないといけないのか?

 

 

『乱暴な人は……嫌いよ』

 

 

「優斗……?」

 険しい顔をしていた俺を、アリスが不安そうに覗き込んでくる。ガラス玉を彷彿とさせる青い瞳が、こちらの心の奥深くまで見透かしてきそうで、つい目を逸らしてしまう。

「ん、すまん。ボケッとしてた」

「……そう」

 笑っちまうくらいにわざとらしい誤魔化ししかできない自分が恨めしい。納得していない様子だがそれ以上何も言われなかったのが唯一の救いだった。わずかに見えた寂しげな表情に良心がチクリと痛む。天然タラシ系の主人公ならここでヒロインの頭のひとつでも撫でたりするのだろうけど、生憎とイケメンスキルなんざ持っちゃいないので却下だ。

 なんだかしんみりした空気になってしまった。これ以上この話題は良くない。もっと楽しいトークをせねば。

 そう思って別の話をしようと思った矢先、またしても幽香氏が口を開いた。

「守るために振るった力は暴力とは言わないわ」

「――っ!?」

 心を読まれたかのようなあまりにもドンピシャすぎる一言。思わず目を見開いて振り返った俺を別段気にも留めず、彼女は言葉を続ける。

「大切なものを傷つけられてヘラヘラしているのは愚者ですらない、救いようがない底辺よ。最悪なのは力がないことではないわ。最初から何もせず、守ろうという気持ちすら持たず、それさえも仕方ないのだと言って自分を正当化するやつよ」

 

 

『だって、私たちのこと守ってくれたでしょう?』

 

 

「……さすが、花畑の守護者が言うと重みが違いますわ」

「ふふふ。言ったでしょう? 強者のアドバイスだって」

 してやられた。白旗を上げる代わりに深く息を吐いて降参を示す。

 実際、彼女自身が此処を守るために何度も戦ってきたのだろう。その強大な力が生まれつきの素質なのか経験を積んで得たものなのかは分からないが、花畑を荒らす敵からヒマワリたちを幾度となく救ってきたに違いない。

 やれやれ、ここまで言われちゃ紳士として期待に応えるしかあるまい。やるだけやってみようぜ、為せば為る。俺だってアリスに悲しい顔させたくないに決まっている。ある歌のフレーズが頭をよぎる。

 

 ――ここから始めよう全てを。穴だらけの傘なら捨てて。

 

「遥かな時に名を馳せた英雄みたいに誇り高く……なんつって」

「どうしたの急に?」

 清々しいまでに言い負かされて、スッキリした面持ちで晴れ渡った空を見上げた。先ほどまでの暗い雰囲気が突如としてなくなった原因が分からず、アリスが疑問符を浮かべる。

 今度は誤魔化したりはしない。まっすぐに彼女を見据えて笑いかけた。

「何でもないさ。いつでも心を満たすのは空の青さと風の声だと思ってな……なあ、アリス」

「うん?」

「幻想郷って良いところだな」

 突拍子もないセリフにアリスがキョトンとした顔になる。が、すぐに柔らかい微笑みで俺を見つめ返してくれた。

「ふふっ、そうでしょう? 素敵な楽園なんですもの」

「ああ、まったくもってその通りだ」

 

 見つめ合う俺たちに、ヒマワリを見守るときと同じく優しげな表情をした幽香氏が最後にもう一言付け加えた。

「ま、私が一方的に相手をいたぶるのは楽しいからなんだけど」

「台無しだよ!」

 

 

 それからしばらくして。アリスに約束していた種を渡すために、幽香は彼女を自宅に招いた。女性同士で話がしたいと理由をつけて、優斗はあの場所で待たせてある。幽香が「ポチ、お座り」と言ったときの、彼の俊敏なしゃがみポーズとアリスの冷めた目にあやうく嗜虐心がくすぐられてしまったのだが、ぐっと堪えた。

 幽香は小物を収納している箪笥からお守りサイズの巾着袋を取り出し、アリスに手渡す。

「はいコレ。約束していた種よ」

「ありがとう。何の花かしら?」

「貴女にピッタリのものよ」

「私に?」

 アリスが袋を開けて中を覗く。しかし、種を見ただけで品種が分かるほど詳しいわけではないので残念ながら答えは出そうもない。このナゾナゾは都会派魔法使いにも解けない難題だった。潔く参ったと認め、アリスは幽香に正解を尋ねる。

 ニヤリ、と幽香が意味ありげな態度で答えた。

「マーガレットよ」

「それって単純に名前が似ているからってこと? 随分とストレートね」

「半分正解。名前もそうだけど、他にも理由があるわ。アリスはマーガレットの花言葉を知らない?」

 アリスが頷くと、幽香はこれから予想できる反応に期待を膨らませながら教えた。

「マーガレットの花言葉は……『恋占い』よ。他には『真実の愛』や『信頼』があるわ」

「へぇ……え? えぇええ!?」

 始めは単純に知識として捉えていたアリスだったが、さっきの幽香の言葉と繋ぎ合わせて考えてみた結果、あっという間に面白いくらいに焦りだした。幽香がピッタリだと言ったのはつまりそういうことで。

 どうにかして気を逸らそうと辺りを見回す。その行動がかえってそわそわと落ち着きがなく必死になっているのが伝わってくるのだけど、本人は気付いていないようだ。

 頬がイチゴなみに朱に染まっている人形遣い。予想通りのリアクションにご満悦なフラワーマスターが追い打ちをかける。

「その想い、枯らしたらダメよ?」

「~~~~~ッ!!」

 結局、顔の熱が収まるまでアリスは彼のところに戻れなくなってしまったのであった。

 

 

「お~、お帰り~。なんか時間かかってたみたいだが、困りごとでも起きた?」

「な、なんでもないわ! ほら、もう帰りましょ!」

「え? ちょっ!? 何事!?」

 数十分ばかし経ってようやくアリスが戻ってきたかと思えば、俺の脇をすり抜けてズンズンと一人早足で帰り道を突き進んでいく。呆気にとられてしまったが、はたと我に返り急いで彼女の後を追う。もしかしたらアリスも幽香氏に意地悪、はなかったとしても何かしらからかわれたのかもしれない。風見幽香、油断ならぬ相手ッ!

 駆け寄ってアリスの隣に並ぶ。よく見れば、彼女の指には神社のお守りみたいなちっちゃい巾着袋が引っかけられていた。

「お、無事に種もらえたんだな。ところで何の花?」

「うぅ、えっと……な、内緒」

「えぇえ? ならせめてヒントだけでも」

「ダメ! 絶対に教えてあげないんだから!」

「マジっすか」

 なぜそこまで隠そうとするのか気になるが、女の子の秘密を詮索するのは俺の主義に反する。まあ、サプライズだとでも思っておけばよかろうなのだ。咲くのが楽しみでござる。きっと、アリスに似て可愛らしい花なのだろう。帰ったら早速種まきですわ。

 

 帰り道の途中、花言葉の話題になるや否やアリスに全力で逃げられてしまったのは未だに謎である。

 

つづく

 




少しずつだけど物語がクライマックスに向かい始めてゐるかも?(疑問形)


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第五十三話 「愛を込めた花束を」

僕はね、アリスに耳掃除してもらいたかった……
ただ、それだけだったんだ……

WARNING!
サイドカーの発作が発症してしまったため、いつにも増してアレな感じになっています
「構わん、やれ」という方は、ゆっくりしていってくださいまし



 目が眩むような日本晴れが続く夏の昼下がり。博麗神社の家屋、その居間でアリスと霊夢が外の景色を楽しみながらお茶を啜っていた。障子を全開にして風通しを良くしたおかげで、時折涼しげな風が部屋に流れ込んでくる。軒先に吊るされた風鈴が高い音色を鳴らした。

 長閑なひとときにアリスが表情を和らげる。

「今日も良い天気ね」

「本当、洗濯物がよく乾きそうだわ。咲夜とか妖夢あたりが喜ぶわね」

「冥界も雨が降ったりするのかしら?」

「さあ? 空があるなら降るんじゃないの? ちゃんと朝も夜もくるし、その辺は一緒なんでしょ多分」

 二人が手にしている湯呑からは湯気が立っている。たとえ最高気温を更新する真夏日であろうとお茶は熱めにするのが霊夢のこだわりだ。ただし麦茶は例外。キンキンに冷やして飲むに限る。氷入りの麦茶が最高なのだが、氷精が神社に来たときくらいしか飲めないのが悔やまれる。

 と、渡り廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。音から察するに相手は一人、誰なのか大体の見当はつく。

 ほどなくして、やはりというか金髪白黒ファッションの少女がひょっこりと顔を出した。太陽に負けず劣らずの元気スマイルが相変わらず彼女らしい。

「よっ、遊びに来たぜ! とりあえずアリス、喉乾いたからお茶くれ。霊夢に頼んでも自分でやれとしか言わないんだよ」

「だから自分でやりなさいっての。なにアリスにお願いしてるのよ、厚かましいわね」

「別にいいわよ。霊夢はお茶のおかわりいる?」

「いる!」

「霊夢お前、よく私に厚かましいとか言えるなオイ……?」

 ちょっと待っててね、と告げてアリスは調理場に向かう。勝手知ったる何とやら、たまにご飯を作ったりもするため家主と同じくらい台所を把握している。ちなみに優斗は香霖堂で仕事中につき、今は仲良し三人娘が揃った状況だ。

 お盆にお茶を乗せて戻ってきたアリスから湯呑を受け取る。ふーふーと冷まして適温にした後、ズズーッと大きな音を立てた。「ぷはーっ」とまるで風呂上りの牛乳を彷彿とさせる息を吐き、魔理沙は中身が半分以上減った湯呑を卓袱台に置いた。

「よし、お茶のお礼に私が有益な情報を教えてやるぜ」

「有益な情報?」

 アリスがオウム返しに尋ねる。魔理沙は持ち前の性格もあって探究心が強い。毎日のように箒に跨って幻想郷中を駆け巡り、色々なものを見つけたり拾い集めたりしている。そのせいで家が散らかり放題なのは年頃の乙女としてどうかと思うのだが、彼女自身は全く気にしていない。

 イタズラっぽい表情とともに魔理沙が続ける。

「さっき香霖堂で盗み聞きしてきたんだが」

「あんた本格的にドロボーになりつつあるわね」

「失敬だな。今日はたまたま窓から静かに入ろうとしただけだぜ」

「訂正するわ。あんたもう立派なドロボーよ」

「ところで魔理沙、また紅魔館から持ち出した本そろそろ返した方が良いわよ? この間咲夜が『今度取り立てに行きますわ』って言ってたから」

「げげ。あいつ時間止めて回収するからいつの間にか全部無くなってるんだよな。しかもたまに掃除もしていくから、せっかく集めたコレクションまで一緒に捨てられるしたまったもんじゃ……って違う! 今はそんなのはどうでもいいんだぜ!」

 まるで母親に自室を勝手に掃除されて怒る男子中学生みたいな言い分を繰り広げる白黒魔法使い。だが途中で当初の話題を思い出して半ば強引に路線を戻した。どのみち彼女の自宅にメイド長が家庭訪問する日はそう遠くなさそうだ。

 ごほん、と咳払いをして魔理沙が再び話し始める。

「いいから聞くんだぜ。優斗と香霖が面白い話をしててさ――」

 以下、普通の魔法使いによる回想シーンをお楽しみください。

 

 

『ときに霖之助さんや、可愛い女の子に耳掃除してもらいたいと思ったことはありませんかね?』

『いや別に。それよりも珍しい道具が手に入る方が僕にとっては有意義だと思うね』

『何ば言うとっとですか男のロマンっすよ! 偉い人(=店長=森近霖之助)にはそれが分からんのですか!? 全国の青少年が一度は夢見るイベントですぞ!』

『なんというか、今日も好調だね。要するに、君は女性から耳掃除を受けたくて仕方がないという解釈で合っているかい?』

『イエス、イグザクトリー! そりゃもう、俺ほどイチャラブ体験を今か今かと待ちわびている男はいないっすよ』

『うん、君は一度自分の日常生活を客観的に見てみるのをお勧めするよ』

 

 

「つまり優斗は『誰か』に耳掃除をしてもらいたくて密かに期待しているってわけだぜ」

「へー、思ってた以上にイイ情報じゃない。ね、アリス?」

「ふぇえ!? な、なんでそこで私に振るのよ?」

 魔理沙の回想を聞いて何やら考えに耽っていたアリスだったが、霊夢から急に話を向けられて驚いた反応で顔を上げた。声が上ずった辺り、明らかに挙動不審になっている。

 仄かに頬を赤らめている人形遣いを、紅白巫女は意味ありげなニヤケ顔とこれまた意味ありげなトーンでからかった。

「さー、なんでかしらねー?」

「も、もう! 霊夢の意地悪ッ!」

 

 

 夜、バイトから帰宅した俺は自室でダラダラと寛いでいた。

 本日も香霖堂は売上なし。掃除と講義(題目「萌えとはなんたるか」)くらいしかしていない。にも拘わらずバイト代を用意してくれるのはありがたい一方、店員としては心配である。大丈夫なのか、香霖堂。

 しかしまぁ、霖之助さんの花より団子もとい女の子より骨董品な性格にはたまげる。俺には到底たどり着けない領域だぜ。もし俺が美少女に興味を示さなくなったら……うむ、そいつぜってー偽物だわ。ばっかもーん、そいつがルパンだ! あとクラリスが正統派美少女すぎて生きるのが辛い。

 窓の外からはフクロウの高いとも低いともつかない鳴き声が聞こえてくる。カーテンを捲れば星がぽつぽつと散らばる夜空が目に映る。ハム太郎なら飼い主の少女が日記を書いて今日は楽しかったねとか言う時間帯をとっくに過ぎている。ところでハムスターってなしてあんなに脱走したがるの? 自由な俺たちは何者にも縛られねぇ的な熱いパッションの持ち主なの? レジスタンスやね。鉄華団できそう。

「今度さとりんに聞いてみるか、動物の心も読めるらしいし。……ふぁ~あ。さぁてと、ぼちぼち寝るとしますかね」

 そう思った矢先、部屋の入り口が外側からコンコンと叩かれた。

 

『優斗、まだ起きてる?』

 

「アリス? ああ、入ってきてくれ」

 夜更けにアリスが部屋を訪ねてくるとは珍しい。何かあったのかしら。

 部屋に入るように告げると、「お邪魔します……」となぜか控えめにアリスが扉を開けた。彼女が着ていたのは普段着の青い洋服ではなく薄桃色のパジャマ。淡い色合いがやさしく可愛らしいデザインがアリスの容姿によく似合う。ちょうど風呂から上がったばかりだったようで、ほんのり上気した柔肌としっとり濡れた金色の髪が目についた。やばい、可愛いだけじゃなくて色っぽい。湯上り姿のアリスに見つめられてうっかり鼻血が出そうになったのは皆には内緒だよ?

「どうしたね? 寝る前の一杯に付き合ってほしいとか?」

「ぇ、えっと、あっ、あのね……今日、魔理沙から聞いたんだけど、優斗が耳掃除されたがっているって……」

「おうふ、アレ聞かれてたんか。つーかご丁寧にもアリスに教えたのか」

 

「うん。だから……ね? その、私でよければしてあげようかな、なんて」

 

「なん……だと……ッ!?」

 見れば確かにアリスの手には綿玉つきの耳かきとちり紙があった。言った手前もあり、モジモジと照れ気味に佇んでいる。だけど恥ずかしさに耐え切れず「やっぱりなし!」と言ったりはしない。

 本当に、耳掃除するためにこんな時間にわざわざ俺のところまで来てくれたのか。アリスの……耳掃除……

 

 この世界に神はいたんだよ刹那!

 

 俺たち=ガンダムの名言を残したイノベーターに謎報告。思わずトランザムして夜空の向こう側へランナウェイしかけるが、そしたら舞い降りた奇跡をみすみす逃すはめになるので昂ぶる本能を全力で押さえつける。

 俺が口を開くよりも先に、アリスは部屋の中央にあるベッドまで移動して腰を下ろす。隣にちり紙を置くと、いつでもどうぞと言いたげに自分の膝をポンポンと叩いた。

「来て……?」

「行きまぁす!」

 ルパンダイブではないが、迷いの欠片もない一直線スライディングでベッドに横たわる。そのまま少女の太腿に頭を乗せた。

 柔らかい。ほんの少し前まで湯船に浸かっていたから、寝間着を通して伝わってくる体温が高く感じる。花の香りにも似た、ふわっと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。着ているものも彼女が選んだ布地で作られただけあって、頬ずりしたくなるほどにスベスベな肌触りだ。

 これらがすべてアリスのものだと思うと、顔が火照るのとニヤけてくるのが抑えられない。横を向いているせいで分からないが、彼女の方は今どんな表情をしているのか気になる。

「くすぐったいかもしれないけど動いちゃダメよ」

「ああ、そもそも幸せすぎて動きたくない。ここが夢の世界だというのなら現実のアリスに起こしてもらうまでこのままがイイっす」

「へ、変なこと言わないの」

 叱りつつもアリスが耳掃除を始める。耳かきを動かして俺の耳の中をカリカリと掻いていく。くすぐったいが、それすらも含めて気分はまさに夢心地。なんつーかもう、耳が幸せです。

 これといった会話もなく、穏やかな時がゆったりと流れていく。安らぐ雰囲気と間近で感じられるアリスの温もりに身を委ねて瞼を閉じる。あまりの気持ちよさに、ついうとうとして……

 

「ふぅー……」

「あひゃひゃぁあ!?」

 

 いきなり耳に吹きかけられたアリスの吐息によって一気に目を開いた。さながら春風が素肌を撫でるようなむず痒さに我慢できず、アホの子っぽい反応をしてしまった。驚いた拍子に九十度の寝返りを打ってアリスを見ると、さも可笑しそうにクスクスと顔を綻ばせていた。

「ふふふ、優斗ったらビックリし過ぎよ。そんなにくすぐったかったの?」

「お、おう……あやうく天国へのカウントダウンが刻まれるところだったぜ」

「いくらなんでも大袈裟よ。ほら、今度は反対側だから」

 そう言ってコロンと反転させられる。されるがままに転がされたわけだが、ここで新たな懸案事項が浮上した。勘の鋭い方なら既にお気づきかもしれない。

 俺は先ほどとは逆向きで横になった。つまり、目と鼻の先どころか当たりそうなくらい至近距離にアリスのお腹があるのですね。さっき以上に彼女の体温とイイ匂いが感じられる気がしてならない。

 しかしそんなドキドキ悶絶も束の間。

「……ふぁあ、あふ」

 アリスの耳掃除が上手すぎるせいでまたしても睡魔がやってくる。その後、数分とかからず今度こそ俺の意識は沈んでいった。

 

 

「優斗……?」

 耳掃除が終わり、仕上げに軽く息を吹きかけようと顔を近づけると、スース―と規則正しい息遣いが聞こえてきた。もしかしてと思い覗いてみると、案の定すっかり眠りについている彼の寝顔があった。どうやら耳掃除が気持ちよくていつの間にか寝落ちしてしまったらしい。

「……もう少しだけ、寝かせてあげよう」

 膝の上に乗せられた青年の頭に手を添える。手のひらに当たる感触は以前触れたときとひとつも変わっていなかった。

「やっぱりチクチクしてるわね」

 耳掃除のきっかけは魔理沙と霊夢に唆されたから。でも本当はそれだけじゃない。二人には内緒にしていたが、アリス自身もまた、彼に耳掃除をしてあげたいと前から思っていた。風邪の看病と違って、する理由がないから今までチャンスはなかったけれど。

 ちょっとだけ頭を撫でてみる。すぐ傍に優斗がいて、こうして触れることもできるのがアリスは嬉しかった。

「んんー……む」

「ぁ……」

 もぞもぞと彼が身じろぎする。起きたかと思ったが、単なる寝相だったようだ。

 引き続き寝顔を眺めていると、優斗の口から寝言が発せられた。

「ん、ありすぅ……」

「!」

 まさか自分の名前が出てくるなんて思いもしなかったので、アリスは目を見開いた。一体どんな夢を見ているのやら。呼ばれたということは、ひょっとして夢の中でも一緒にいるのだろうか。

 鼓動が高鳴っていく。一度意識してしまうともうダメだった。お風呂上りとは違う熱が顔中に広がっているのがわかる。起きていても寝ていてもこちらを動揺させるなんてズルいと、アリスは頬を赤らめながらもジト目で優斗を睨んだ。

「もう、驚かせた仕返しにイタズラしちゃうんだから」

 誰にというわけでもなく言い訳して。優斗の横顔、その頬に人差し指を当ててスッと弧を描いた。それぞれの端を繋ぎ合わせるかたちで左右対称にもう一つ描く。直接は見えないけれど、線が浮かび上がれば一つのマークができるはず。指でなぞった時に込められた少女の一途な想いとして。

 もっとも、その本人はといえば、

「えへへ……な、なんてね! そ、それよりも優斗を起こさないと」

 自分にも羞恥という名のダメージがいく結果となったようで、やっぱり誰にというわけでもなく懸命に誤魔化していた。彼女がどんなイタズラをしたのか、された方には知る由もないのだが。

「こら、こんなところで寝ないの」

「んむむ……!?」

 責任転嫁とばかりに優斗の鼻を摘まむ。呼吸が苦しくなったのか眉間にしわが寄っている。数秒とかからずに目を覚ますのは間違いない。

 アリスは思う。このあと間抜けな表情で起きた彼に笑いながら言ってやるのだ。

 バカ、と。

 

 

つづく

 




アリスの寝間着を決める時、

a パジャマ
b ネグリジェ
c ワイシャツ

のどれにするかでクッソ悩んだ(妄想した)


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第五十四話 「この素晴らしい幻想郷にご祝儀を!」

サブタイトルに使ったわりには原作もアニメも見ていないでござるの巻
せめてアニメは見てみようかしら?

ご無沙汰しております。忘れた頃にサイドカーでございます。
一ヶ月をちょいと過ぎしまいましたが、最新話投稿でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「こんにちは。アリスさん、優斗さん」

 

 アリスと二人で人里の大通りを歩いていたときのこと。ふいに後ろから聞き覚えのある穏やかな声に呼びかけられ、足を止めた。振り返ると、緑色の長髪と青白カラーの巫女服の風祝がニコニコと微笑んでいた。いつ見ても愛想の良さが伝わってくる、イイ笑顔だ。

「あら、早苗。こんにちは」

「ヘイルトゥユー。なんかしばらくぶりな気がするな」

「そうですね。お二人ともここ最近は守矢神社に遊びに来ていませんから。あ、別に責めているわけではないですよ? 少し前に妖怪の山まで来ていたのも知っていますし……」

 そう言って早苗は何やら気まずそうにチラチラと俺に視線を向けたり逸らしたりを繰り返す。多分、いつぞやの水難事故にまつわる記事が、念写使いの手によって彼女の元にも届けられたのだろう。もう過ぎた話だし、別に今さら気に病むほどのものでもない。

 その旨を早苗にも伝えると、彼女はほっとした様子を見せる。エエ娘やねぇ。さらに、ポンと両手を重ねて楽しそうに声を弾ませた。

「もしよければ、立ち話もなんですし近くでお茶にしませんか? 私オススメのところがあるんですよ。きっとアリスさんも気に入ってくれると思います」

「へぇ、早苗のオススメなんて楽しみね。優斗もそれでいい?」

「Come one」

 構わん、をネイティブに発音したらこんな風になった。もちろん、可愛い女の子からのお誘いを俺が断るはずがない。いつ行くの、今でしょ。

 かくして、風祝のイチオシとやらでおしゃべりと洒落込むべく、俺たちは件のお店に向かって再び歩き出した。

 

 

 珈琲豆を淹れたとき独特の芳醇でほろ苦い匂いが仄かに漂う。

 しっとりと、かつ軽やかなピアノの旋律が滑らかに流れていた。音は店内に置かれたレコード機材から生まれる。CDですらないというのが、いかにも幻想郷らしい。あいにく音楽には詳しくないので、ジャズなのかクラシックなのかも分からない。誠に遺憾である。

 しかしながら、そっと耳を澄ませてようやく聞こえる程度の繊細なメロディーが店の空気に溶け込んでいくのは、そこいらでは味わえない上品さがあった。なかなか大人っぽい雰囲気を醸し出している場所じゃないか。

 四人掛けのテーブル席に着き、軽く店内を見渡す。人里では団子もしくは饅頭に緑茶がベタなのもあって、こういう茶屋は意外と珍しい。西洋風、というよりは、

「現代にありそうな個人経営の喫茶店……か?」

「さすが優斗さんですね。ほぼ正解です。鈴奈庵に現代のカフェに関する雑誌があったそうで、ここの主人がそれを読んで店をリニューアルしたんですよ。すっかり影響されたみたいです」

「なるほどね。早苗、妙に詳しいじゃない。どうしてそんなことまで知っているのかしら?」

 アリスが早苗に尋ねると、彼女は照れくさそうに答えた。

「えへへ、実を言うと私もちょっとだけ手伝ったんです。といっても、『外』のお店の特徴や品書きを教えたくらいですけど。これでも一応は外来人ですから」

「はっはー、そげな裏事情があったんか。しかしなぁ……店が洋風だってのに店員さんが和服なのはいささかミスマッチじゃね? なんなら執事服貸そうか」

 かつて袖を通した高級な黒服を思い返す。とある吸血鬼の思いつきに付き合ったときの思い出の品。あの後、館の主に「あげるわ」と言われて受け取っていたりする。もっとも、持って帰っても普段着にできるものじゃないんで、結局そのまま預けてきた。

 以来、紅魔館を訪れるとたまに手伝いがてらに着ることもあるのだが、その辺もレミリアの狙いなのかしら。アリエール、ピュアクリーン。そのうち香霖堂と紅魔館のダブルワークになりそうでござる。

 そんな俺の些細な一言に早苗が意外そうな顔で食いつく。

「え、優斗さん執事服持っているんですか?」

「おうよ、ちょいと前に紅魔館でお仕事体験したことがあってさ。おかげで俺の職歴に執事が追加されたってわけ。そんでもって何が一番だったかって、メイド服のアリスがメチャクチャ可愛かったのがもう! たまらん!」

「アリスさんがメイド服を着たんですか!? 私も見たかったです!」

「ちょ、ちょっと!? 恥ずかしいから二人とも大きな声出さないで!」

 ガタッとテーブルから身を乗り出さんばかりに興味津々の巫女。俺が執事した件よりも反応が良いのが悲しき哉。でもいいんだ、わかっている。アリスみたいな美少女のメイド姿があったとなれば誰だってそうなる。俺だってそうなる。

 すぐさま、慌てながらもアリスがこの話題を終わらせようとする。が、爛々と目を輝かせた早苗に苦戦を強いられ、しまいにはカァアアッと顔を赤らめて俯くしかなかった。天然属性だけじゃなくて意外とはっちゃけるタイプだった。早苗、恐ろしい子ッ。

 

 お待たせしました、と頼んでいた品々がテーブルの上に並べられていく。

 俺の前にはコーヒーとナッツ。人形遣いのところにはバウムクーヘンとカフェオレ。そして守矢巫女の方には、

「早苗、それ一人で食べるの……?」

「はい、そうですけど。ああ、アリスさんも食べます? 半分こしましょうか?」

「いいえ……遠慮しておくわ」

「そうですか? う~ん、やっぱり喫茶店と言えばこれですよね♪」

 同性のアリスですら苦笑いでやんわりと断りを入れる。かくいう俺も初めて見るその存在にすっかりたまげて返す言葉が見つからない。

 両手で持てそうなビッグなガラスの器がドドンと居座る。中には彩り豊かなフルーツやら白玉やら餡子やら、とにかく甘そうなアレコレがこれでもかってくらいギッシリと敷き詰められ、もはや山盛りと呼ぶにほかない。天辺からは黄金色の蜂蜜がトローリとかけられ、その様はさながら山を下る川のごとく。

 風祝曰はく、店づくりのときに是非とも取り入れてほしいとお願いしたという特別メニュー。それがこちら、特盛サイズのパフェ『ミラクル☆スイーツパフェ』である。

 うぅむ、見てるだけで微糖のコーヒーがコーヒー牛乳になりそうだ。いっそブラックでも良かったかもしれぬ。

「早苗ってかなりの甘党だったんだなぁ」

「いえいえ、私に限らず女の子はみんな甘いもの好きですよ」

「その意見は同意するけど、さすがにこの量はいくらなんでも多すぎると思うわよ。他に頼む人がいるのかしら?」

「ちゃんといるみたいですよ。この間は水色の着物を着たおっとりした感じの綺麗な女性が完食したとか」

「その女性間違いなくゆゆ様じゃなイカ?」

 ともあれ注文した品が揃ったところでイタダキマス。お互いに最近あった出来事などを話しながら甘味を楽しんだ。早苗からは、八坂様が洩矢様のおやつを食べてしまったのが原因で弾幕勝負まで発展しただの、文とはたてが同時に取材にやってきたせいで取り合いになってしまっただのと不憫な内容もあれば、雑貨屋で可愛い小物を見かけて思わず買ってしまったなんていかにも女の子らしい一面も。特に後者にはほっこりさせられた。

 もちろん彼女の次は俺たちのターンとなる。

「――ってなわけでチルノのダイレクトアタックで地底に突き落とされちまったのよな。ところがどっこいそいつが幸い。幾つもの色々があった結果、パルスィが俺の分も昼飯作ってくれたんだ。野菜炒めがマジ絶品だった」

「えっと、そもそも突き落とされた時点で幸いではないと思いますよ……? でも、パルスィさんですか。ここにきて強力なライバルが現れちゃいましたね、アリスさん?」

「ふぇえええ!? な、ななな何を言っているのかしら早苗ったら!?」

 ちらっと早苗がアリスに謎のメッセージを投げたと思えば、受けた方は耳まで真っ赤にして取り乱す。俺だけ置いてけぼりなのが残念無念ハラキリジャパン。

 

 やがて積もり積もった話題が一段落した頃。ふと、早苗が半分以上なくなったパフェをどこか懐かしそうに見つめた。片付けの途中で偶然見つけた卒業アルバムを捲っているかのような、少しだけ寂しそうな微笑を浮かべて。

 誰に聞かせるでもない、本当に小さな呟きが彼女の口から漏れた。

「高校に通っていたときも友達と喫茶店に寄って、こんな風にお喋りしたっけ……ふふ、懐かしいなぁ」

 気を抜けばうっかり聞き逃してしまいそうなくらいに、ぽつりと出た一粒の言葉。だが、俺の耳にはバッチリ届いていた。アリスにも聞こえていたはずだ。

 早苗も俺と同じく『外』から来た人間。ただ、俺と違って彼女は自分の意思で此処に住み続けると決めた。向こうでの生活も、通っていた学校も、仲の良かった友人だっていたはず。その全部を手放して、今までの常識が通じない世界に飛び込んだ決意に、一体どれほどの覚悟が込められていたというのだろう。

 青春真っ只中の女子高生が選ぶ道にしてはあまりにハードルが高い。あちらでの日々にキレイさっぱり別れを告げるなんざ簡単にできるものではあるまい。それでも、彼女は幻想郷を選んだ。だったら「現代に帰りたくなったか?」なんて尋ねるのは無粋ってもんだろう。

 

 だがしかし。

 

 女の子がそんな表情をしているのをスルーするってのは俺にはもっとムリなんですがね。

 

 時間が経ってやや温くなったコーヒーで軽く口元を湿らせた後、一言だけ問う。

「寂しいか?」

 直後、ほんの少しだけ間が生まれる。アリスもカップをテーブルに置く。青い瞳が正面の少女をじっと捉えていた。

 少女が微かに首を横に振る。

「寂しくない、とは言い切れません。事情が事情とはいえ、キチンとお別れも言えずに皆の前から姿を消してしまいました。もちろん、そのあたりは紫さんがフォローしてくれましたから行方不明扱いにはなっていないでしょう。もしかしたら、皆の記憶から私に関する全てが消されているのかもしれませんね」

「早苗……」

 アリスが思わず彼女の名を口にする。その悲しげな声色が相手への気持ちを物語っていた。まったく、この娘はどこまで優しい心を持っているというのか。

 ところが、少女は「大丈夫ですよ」と人形遣いの心配を拭う。先ほどの寂しげなものとは違い、スッキリとした笑みで前を向いた。

「ですがそれ以上に、神奈子様と諏訪子様のお二方を失う方がもっと悲しくなっていたと思います。ずっと私のことを親身になって案じてくださいました。たくさんの愛情をもらいました。だから決めたんです。神奈子様と諏訪子様が行くところへ私も行こうと。お二人のために私にできることをやろうって……なにより、私の力で奇跡が起こせるこの世界が大好きですから。だから後悔はありません」

「……そっか。悪いな、我ながら野暮な質問だった」

「いえ、むしろお礼を言わせてください。こうして言葉にしたおかげで改めて自分の気持ちを確かめられました。やっぱり、本音では誰かに聞いてほしかったんだと思います」

「ん、声に出すってのはそれだけで意味があったりするもんだ。言葉には魂が宿るっていうからな。人一倍強いのが宿ったんだろう、なんたってお前は二神に愛された守矢の巫女さんなんだからよ」

「はいっ」

 そして早苗はまたスプーンを手に取ってパフェを突き始めた。あれだけの量を既に半分以上食べているはずなのに、さも当然のようにパクパクと口に運んでいく。むしろ先ほどよりもペースアップしているような。色々と吹っ切れたんだろう。そういうことにしとけ。

 

 ふと、隣から袖をくいっと引かれる。引かれた方に顔を向けると、アリスが親指と人差し指で俺の衣服を摘まんでいた。控えめに、だけどしっかりと。

 どうした、と俺が聞く前にアリスが口を開く。

 

「優斗は……? 向こうが恋しくなったりしない……?」

 

「俺?」

 言われて考えてみる。俺は自ら此処に来た身ではない。何か知らんけど気が付いたら幻想郷に居たって立場だ。いってしまえばアクシデントでイレギュラーである。加えて、霊夢も言っていたが帰ろうと思えば帰れるらしい。つまるところ、あまり深刻に捉えていない。

 

 ただ、最近になって揺れ動く自分がいた。

 

 現代に帰るということは、それは同時にもうアリスに会えなくなることを意味する。

 

 彼女と過ごすこの日々に区切りをつけなければならないということ。

 

 はたして俺は、その日を選べるのだろうか?

 

「優斗……」

 アリスの瞳が不安に揺れている。放したくないと指先に力が込められた、ような気がした。

 だから俺はいつものように笑う。

 始めっから答えなんて決まっていた。自らを気分屋と称する男の心情、俺が俺たる所以。

「いや? まだ帰る気にはならんよ。そういう気分じゃないんでね。つーわけで、まだしばらくは此処に居させてもらうぜ? アリス」

「……うん!」

 ふわり、と。野に咲く花を思わせる柔らかな笑顔。どこまでも愛らしく、ただただ可愛いの一言に尽きた。この幸せを今すぐ手放すなんて冗談じゃない。ならば続けよう、この幸せが続く限り。

 なーんて、カッコつけてるけど要するに俺がアリスと一緒に居たいだけである。理由は一つ、たった一つのシンプルな要因だ。だってアリスが可愛いんだもん。

 

 

 あれからなんやかんやでしばらく経って。ふとした疑問が頭に浮かんだ。

「ところで、俺ってばそもそも外来人についてよく知らないんだけどよ。俺や早苗の他にも幻想郷に来ちゃった人がいるんだべ? その人たちって結局どうなったん?」

「でしたら専門家に聞いてみませんか?」

「専門家?」

「はい。幻想郷の歴史を綴り続けている、まさに歴史の証人がこの人里にいるんですよ。この手の話は彼女に聞くのが一番ではないかと」

 俺の疑問に対し、ついにパフェを全て平らげた守矢巫女が一つの案を出した。って、ホントに完食しちゃったよこのお嬢さん。チャベス。

 人知れず戦慄する傍ら、スイーツ完食系女子の提案にアリスが補足を入れる。

「阿求さんね、確かに適任だわ。優斗が入院したときの費用もお世話になったし、挨拶も兼ねて行くべきかもしれないわね」

「おろ、てっきり慧音さんかと思いきや阿求様だったか。確かに、遅くなったがお礼の一言でも伝えにいかねばなるまい。ほんじゃ、行きますか」

 全員の意見が一致したところで、外来人について詳しく聞くべく我々は稗田邸に向かうため席を立った。目指すは人里一番の大屋敷だ。

 

 

 何か知らんけど、お会計の時、店員さんが真ん中の俺と両サイドに立つアリスと早苗を交互に見て、無言でグッと親指を立ててきた。

 いやいやいや、ダブルデートちゃうで! そもそもダブルデートってそういう意味じゃないィイイイーッ!

 

 

つづく

 




昔やったギャルゲーがまたやりたくなってきた症候群
顎バリア先生ェ……


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第五十五話 「うぬの名は」

待たせたな! ←開き直り

1ヶ月オーバーの遅れは、7000文字以上で取り戻すのがサイドカー
明日が何の日とか一切考えず、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 稗田邸。

 人里で一段と目立つ豪邸。屋敷に留まらず庭もまた広々としており、春になれば桜を肴に花見ができるほど。敷地の外枠を瓦屋根付きの白壁で囲い、不届きな輩の侵入を防いでいる。もっとも、実際はさほど高さもなく、助走をつけて挑めばわりと簡単に乗り越えられる(魔理沙が実証済み)。だとすると、どちらかといえば単に見栄えの問題なのかもしれない。

 正面の門を通ると仰々しい建物が来訪者を迎え入れる。まさしく江戸時代の風格を醸し出すこの大屋敷こそ、人里で最たる権力を持つ稗田家の本拠だ。堅苦しいもとい厳かな雰囲気とは裏腹に、ここの主が華奢な乙女というのも、ある意味シャレがきいているともいえる。

 

 

 つーわけで、稗田邸にやってまいりました。

 アポなしの突撃訪問でお邪魔したにもかかわらず、すんなりと通してもらえたのは幸い。門番に不審者と勘違いされて捕らえるベタ展開もなかった。守矢の巫女と人形遣いがいたおかげです。アリスも人形劇で有名なのよね。あと可愛いし。

「しっかしまぁ、ご立派なお宅だぁな。わびさび感がパないの」

「あまり訪れる機会はないものね。ちょっと物珍しいかも」

「あ、見てください。鹿威しなんて風情がありますねぇ」

 あたかも早苗の言葉に返事をするかのごとく、庭先に作られた鹿威しがコーン!と鳴った。

 白玉楼や永遠亭とはまた違う。この部屋に来るまで何人もの従者の方々とすれ違っているからだろうか。さながら大河ドラマの一場面である。夜になったら忍者が忍び込みそう。アィエエエ、ニンジャ!? ニンジャナンデ!? あと忍道戒は神ゲーでした。

 女中さんに案内された客室にて、やたら座り心地の良い座布団に腰を下ろして大人しく待っていると、ほどなくしてスッと襖が開いた。

 

「ようこそおいでくださいました、皆様」

 

 我らが大和撫子、阿求様のお越しである。華やかな着物をまとう儚げな少女は、俺たちと向かい合うかたちで正座した。ピッタリのタイミングで先ほどの女中さんが現れて、テキパキと慣れた手つきでお茶と菓子を俺たちに差し出していく。

 むむむ、こいつぁ玉露と見た(適当)。メッチャ高そう。茶菓子の方も老舗の職人が丹精込めて作った一品にしか見えない。羊羹みたいな和菓子、金つばっていうんだっけか。

 出されたものは残さないのが俺の流儀。まずは全員でお茶を一口いただく。一息ついた後、阿求様がにこやかに尋ねてきた。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「恥ずかしながらどうしても貴女に会いたくなったので馳せ参じた次第であります」

「まあ」

 袖で口元を隠す上品な仕草とともに、少女は楽しげに声を弾ませる。彼女は気づいていまい。正座する俺の足を、前からは見えない角度でアリスがギリギリと抓っているのを。ひくひくと引きつった不自然な顔を浮かべたまま、小声で隣に話しかける。

「ぁ……アリスさんや? 別に間違ったこと言ってなくない……?」

「言い方ってものがあるでしょ……ッ!」

「いででだだだだ!?」

 険しい表情のアリスと急に悲鳴を上げた俺に、阿求様が怪訝そうに首を傾げる。ナンデモナイデスヨー、と冷や汗交じりの愛想笑いでどうにか誤魔化した。

 

「えっとですね、外来人と幻想郷の関係について、阿求さんに教えていただこうと思いまして。幻想郷の歴史を綴る稗田家当主の知識を頼りに来ました」

「なるほど、そういうことですか。承りました」

 俺やアリスに代わって早苗が本題を切り出す。なお、出された高級菓子をためらいもなく一口で平らげた模様。常識にとらわれない娘さんである。

 ありがたいことに阿求様は二つ返事で俺たちの頼みを引き受けてくれた。女中さんを呼び、何かを持ってくるよう伝える。数分後、年季の入った一本の巻物が届けられた。

「どうぞ」

「これは……?」

 彼女は従者から書物を受け取ると、そのまま俺に手渡してきた。見ても良いという意味なのか。念のため彼女の顔を窺う。コクリと頷かれたのを確認し、シュルシュルと閉じ紐を解いていく。

 しかしまぁ、鈴奈庵で和紙と紐で作られた本を見たときも驚いたものだが、ここにきてガチな巻物にお目にかかれるとは思わなんだ。巻物を読んだ体験なんて風来のシレンでしかないわ。あ、トルネコでもあったっけ。

 しょうもない思考を巡らせつつも書物を広げる。直後、紙面を目にした俺は久々に真面目な声を出した。

「阿求様」

「はい、なんでしょう?」

「読めませぬ」

 嗚呼、悲しきは時代の進歩か。シャーペンとルーズリーフで大学の講義を受ける現代人にとって、筆文字&読み方不明の漢字が並んでいる江戸時代まっしぐらな文章とは縁のないものなのです。一応、言葉の端々から外来人にまつわる記述だとボンヤリ分かるが、正しく読み取れるかどうかも怪しい。

 アリスと早苗も左右から俺の手元を覗き込んでいるが、二人ともお手上げと言わんばかりに首を横に振ったり苦笑いを浮かべたりした。ついでに俺としては、両隣から女の子が近づいている状況の方に意識が持っていかれるワケで。しかたないでしょ、こちとら健全な男なんだから。

 我々の白旗サインに、阿求様はくすりと笑みをこぼす。そして、一度見たものを完全に記憶する能力を有する少女はつらつらと言葉を並べていく。

「お察しのとおり、その書は外来人について――さらに言えば幻想入りの原理を綴ったものです。天駆様、外来人とは何でしょうか?」

「幻想郷に迷い込んだ人間で、かつ幻想郷の外にある世界に住んでいた者……ですよね?」

「はい、その通りです。では、博麗大結界については?」

「あー、幻想郷と現代の境界を担い、博麗の巫女が管理していて……あとは、現代で忘れられた存在が幻想郷に流れてくるのも博麗大結界のシステムによるものと聞きました。俺が知っているのはそんくらいです」

 俺の答えに、相手は満足そうに首肯する。どうやら及第点はもらえたらしい。最初にアリスと出会ったときに聞いといたのが役に立った。

「幻想入りのパターンは大きく三つに分けられます。一つ目が、天駆様が仰った通り結界の影響、すなわち全ての他者から己の存在を忘れ去られた場合。二つ目は幻想郷の創設者、八雲紫の手によって招かれた場合」

「え、紫さんそんなことしてんの?」

 知り合いの名前が出てきた途端、俺は正面にいる阿求様ではなく隣にいるアリスに問うた。俺があの人(あの妖怪?)と面識を持った場所は博麗神社だったけど。まさか、向こうで会う可能性もあったとは。

 そのあたりも把握しているらしく、人形遣いが歴史の綴り手から話を引き継ぐ。

「幻想郷に住む人間がゼロにならないように調整しているのよ。厳しいことを言うけど、人を食料にする妖怪とかに食材を提供しているの。もちろん、手当たり次第にスキマに放り込んでいるわけではないわ。例えば自殺志願者とか、本人が元から死ぬつもりだったりね。神隠し、なんて呼ばれたりもしているけど」

「ふぅむ、なるへそなー。外来人の行く末その壱、食われるべくして食われるか」

「優斗さん、驚かないんですね」

 気の抜けた相槌に早苗が意外そうに目を丸くする。あるいは、彼女がこれを初めて聞いたときに少なからずショックを受けたのかもしれない。

「ま、理由が分かれば理解もできるさ。これでも大学生なんでね」

 むしろ、わざわざ自殺志願者なんつーメンドクサイ輩を狙ってくれるんだから良心的だ。別に可哀相とは思わない。まぁ、アレだ。スーパーのお肉みたいなもんだろう。

「続けても?」

「おっと、こいつぁ申し訳ない。お願いします」

 話が脇道に逸れてしまったせいで、阿求様に確認を取らせてしまった。いかん、いかん。

 謝りながら阿礼乙女のご教示を賜る。彼女は不快げな様子もなく再び語り始めた。

「そして三つ目が、結界に不具合――具体的には綻びが生じた時に、不運にも巻き込まれてしまった場合があります。無論、博麗大結界は博麗の巫女と八雲紫によって維持されているため、そのような事態は滅多にありません。ですが、幻想郷全体に行き渡る規模ともなれば、彼女達の見ず知らずのところで僅かなズレが生じてしまうのもまた事実なのです。そのような結界の事故により幻想郷に迷い込んだ外来人は、無事に博麗神社に辿り着ければ元の場所に帰されます。時折、幻想郷を気に入ってそのまま住みつく方もいますが、大半は帰還を望みます」

「すべてを要約すると、外来人の行く末は帰るか残るか食われるかの三択と……実にシンプル、分かりやすくて逆に清々しい」

「私からお伝えできるのはこのあたりまでとなりますが、お力になれましたでしょうか?」

「いやはや、十分すぎるほどですよ。外来人の端くれとして知っておきたい内容ばかりでした。どうもありがとうございます」

 改めてお礼と共に阿求様へ頭を下げる。

 あえていえば、早苗みたいに自らの意思で幻想郷に引っ越してくるパターンもあるのだが、わざわざ訂正するほどのものでもない。

 

 気になるのは、俺はどのパターンに入るのか。

 

 エサ役ならばコンマ一秒で食われている。此処に来る直前まで友人と飲みに行っていたからには、忘れ去られたという線も考えにくい。消去法でいくと残りは結界の綻びとなる。

「ふむ……?」

 まぁ待て、俺よ。早まるなかれ。幻想入りした時を思い返してみよう。ヒントは例の木から伝わってきた奇妙な感覚。あれが結界のズレだったのか? いや、どこか違う気がする。仮に、結界の綻びとやらが紫さんのスキマみたいなイメージだとすれば、樹木という「物体に直接」ではなく、おそらく何もないはずの「空間」に亀裂が入るんじゃなかろうか?

 よく思い出せ、当時の状況を。ご神木みたいだと思った原因を。

 違和感の正体が幻想郷に通ずるものだったからだとして、樹木そのものから幻想を感じ取ったのだとすれば……

 

 あ。

 

 ひょっとすると、あの木が幻想入りする瞬間に紛れ込んじまったんじゃね?

 

 例えば、相当な昔に植えられた何かの記念樹だったとか。例えば、実は根元にタイムカプセルが埋められていたとか。そして関係者が全員いなくなったか忘却したため幻想入りした。まさにそのタイミングで俺が接触してしまったことで一緒に幻想入りした、と。

 おお、ついに謎は解けた。これぞまさしく、

「僕たちを僕たちたらしめる証明になる、QED」

「いきなりどうしたの?」

「どの証明が完了したんですか?」

「きゅういーでぃ……?」

 マーマレードとかピーナツバターの歌詞を呟いたらアリスに変な目で見られてしまった。早苗とは反対に、阿求様は言葉の意味を知らないそうで疑問符を浮かべている。今日はこの方に首を傾げられてばかりだ。いかん、このままでは変な人を通り過ぎて残念な人の烙印を押されてしまう。彼女に蔑んだ目で失笑された日には、ショックのあまり卵まで逆戻りするかもしれない。でっていう。

 

 

「そうそう、思い出しました。天駆様に差し上げたいものがありまして」

「刺身揚げ鯛モノ……」

 さすがに無理のあるボケだったのか、皆にスルーされた。誠に遺憾である。

 少女が二度ほど柏手を打つと、またまた登場する女中さん。今回この人の出番多いな。阿求様の乳母役なのかも。だって、「彼らにあれを」「畏まりました」なんておしどり夫婦レベルの意思疎通っぷりですもん。

 そして今度は、まるで掛け軸を広げたまま梱包したかのような薄くて細長い木箱が運び込まれた。使われているのは檜だろうか。外箱だけでも高級感ありありでアリーデヴェルチ。

「どうぞ、受け取ってくださいな」

「一体何が入っているんでしょうか? 優斗さん、ここで開けてもらってもいいですか」

「おう。さぁて、箱の中身はなんでしょねっと」

 俺以上に興味津々な早苗に推されて蓋に手をかける。上から被せただけの単純な造りになっていたのですんなりと外れた。内包されていたものが露わになる。

「綺麗……それに凄く上質なものよ……」

 思わずといったふうにアリスが感嘆の声を漏らす。確かに、コレなら真っ先に彼女が反応したのも当然だ。

 ほおずきを彷彿とさせる茜色。単色でありながらも決して味気なさを感じさせず、むしろ彩りの奥深さが際まで引き出されていた。艶やかに染められた一品は、匠の技と素材の良さとの見事な一体感を物語っている。手に取らずとも分かる。触り心地はさぞ滑らかであろう。

 送り主のお召しのものに匹敵する和の趣を醸し出す布地が丁寧に畳まれていた。

「あのー、なぜコレを俺に?」

「問いを問いで返すのは無礼と承知なのですが、天駆様は近いうちに人里で祭りが催されるのはご存じですか?」

「まったく存じませぬ」

「私も知らなかったわ……」

「アリスさんも優斗さんも知らなかったんですか?」

 早苗が目をパチクリさせているが、知らなかったもんは知らなかったんだから言い訳できない。まぁ、ここのところ人里に来ていなかったのもあるんだけど。

 ふと、人形遣いが難しげな表情で悩んでいるのに気付いた。

「アリス?」

「どうしよう、今からだと人形劇の準備が間に合わないかもしれないわ……」

「何を言っているんですかアリスさん!」

「さ、早苗?」

 甘いものをたらふく食べてエネルギーがハイになったのか、いつになく勢いのある風祝に人形遣いがたじろぐ。正直俺もビックリした、位置的に二人の間にいるから尚更。

 早苗の熱弁は続く。

「見てください、この鮮やかな茜色を。彼女は優斗さんへと言いましたが、男性が身に着ける色とは考えにくいですよね。どう見ても女性向きです。さらに、今度行われるお祭りの情報も伝えました。ここから導き出される結論は一つです。この布地で作った浴衣を着たアリスさんとお祭りを楽しんでください、ということ。そうですよね阿求さん!」

「お見事です♪」

 早苗が「ふふふ、QEDです」とか言っているけど俺の影響じゃないよね?

 アリスとお祭り……これは勝つる間違いなしな超イベント、ぜひとも実行したい。だがしかし、その前に貰えるワケがまだハッキリしていない。祭りよりも先にそちらを片付けなくては気になってしょうがない。

「品物の理由は分かりました。この上なく素晴らしい提案にワタクシも魂が震えております。が、こんな高そうな物を俺にくださるのは何故に?」

「お忘れですか? この身は私の友人とともに貴方様に救われたのだということを」

「いやいやいやいや! その件についてはお見舞いに来てもらいましたし、さらに入院費治療費その他諸々を丸ごと全部肩代わりしていただきましたが!?」

「命の恩人に対して礼を尽くすのです。恩を返すことはあれど、返し過ぎるなど決してありえません」

 まさに当主と呼ぶに相応しい凛とした眼差しを向けられ、言葉を失う。

 立てば芍薬、座れば牡丹という表現がピッタリの薄命の乙女。だが忘れるなかれ。彼女こそ稗田の姓を受け継ぐ九代目なのである。大和撫子を超えた大和撫子っすよ阿求様!

 結局、ありがたく頂戴しました。

 

 一方で、アリスはどこか心配そうに阿求様に尋ねた。

「でも……せっかくなら見るものが一つでも多い方が良いんじゃない? 私の人形劇を楽しみにしてくれている人たちがいたら、何だか申し訳ないわ」

「ふふ、ご心配には及びません。上白沢先生と話し合って決めたことですので。アリスさんはいつも人形劇で里の者を楽しませてくださっているのですから、たまには客側になって祭りを満喫していただこうと」

「もう、慧音も一枚噛んでいたのね」

 

 粋な計らい心意気。それは阿求様や慧音さんに留まらず。

 実を言うと先ほどから早苗に小突かれていた。彼女が何を伝えたいのかも十分察している。どのみち俺からも誘うつもりだったから大丈夫だって。

 

 心優しい少女の本音を、さりげなく聞き出す。

「んー、アリスは俺とお祭り行くのはイヤか?」

「そんなわけないわ! 私だって優斗と一緒にお祭り見て回れたらいいなって思――ぁ」

 声を大にして本音を口にしたことに自分でも驚いたのか、彼女は途中で口元を手で覆った。その布地と同じくらい、頬がみるみる紅潮していく。アリスの可愛さに身悶えたいのを堪え、彼女の青い瞳を真っ直ぐに見つめる。

「俺も同じだ。アリスと一緒が良い。いや、アリスじゃないとダメなんだ。だからさ、俺と一緒にお祭り行ってくれや」

「バカ……どうしてそんなカッコつけるのよ、もぉ」

「相手がアリスだから」

「~~~~~~っ!!」

 ぷしゅう、とアリスの顔から湯気が上がった。俯かれたせいで顔は見えないが、耳まで真っ赤に染まっている。あーもう、アリス可愛いなぁ! 立てば天使、座れば女神、歩く姿はお姫様!

「こほん、ところで早苗さんや」

「うふふ、何ですか?」

 俺たちのやり取りを見守っていた早苗が、眩しいくらいに爛々と顔を輝かせる。このままでは帰り道で文やはたてに言いふらしかねない。そんなんしたら明日の朝にはダブル天狗が家に突っ込んでくるのは間違いない。さすがに毎回ネタにされるのは勘弁してほしい。俺やアリスのプライベートがダダ洩れですやん。

 どうか内密にお願いしますというメッセージを込めて、ススッと自分の和菓子を守矢巫女に献上する。巫女様は「わかってますよぉ」と言いたげなウインクとともに奉納品を腹中に収めた。賄賂とかいっちゃいけない。これで平穏が守られるのだから。

「いやー、お祭り楽しみだなぁ。アリス?」

「…………」

 未だに頬の熱が収まらないのか、無言でプイッとそっぽを向かれてしまった。やっぱり先ほどのはキザ過ぎたかもしれない。う……やべ、俺まで恥ずかしくなってきた! うぉおお、顔が熱いッ!

 

 何はともあれ女の子と一緒にお祭り巡り、それもアリスという飛びっきりの美少女と。夏休みの絵日記が同人誌になるくらいのミラクルイベントが予定された。これは期待しかない。何をしようか。綿あめとかリンゴ飴とか食って、輪投げやって、アリスなら型抜きとか得意そう。射的があったらシティハンターばりにカッコよく決める姿を見せてあげたいぜ。

 そんなこんなで俺の頭はすっかりアリスと縁日を楽しむプランの花畑で埋め尽くされていた。さぞ素敵な一日になると信じて。

 

 

 

 しかし、この時の俺はまだ気付いていなかった。

 

 かつてレミリアが言っていた運命が、すぐそこまで近付いていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言えば映画になりそうな気がしたので、

 

 とりあえず言ってみた私だ。

 

 

つづく

 




今年中に完結できなかったなぁ(遠い目)

東方鈴奈庵と東方茨歌仙の最新刊に東方M1グランプリ、東方尽くしで年末が楽しみ


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正月特別回 「新年だよ! そこそこ集合スペシャル」

皆さんは新年の瞬間はいかがお過ごしでしたでしょうか。
サイドカーはこの話を執筆しておりました。 ←いつも通り

というわけで新年一発目は特別回でございます!

ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


『あけましておめでとうございます』

「シャンハーイ」

 

 やってきましたお正月。ア・ハッピーニューイヤー。

 初日の出も既に空高く上っている。窓の外に目をやれば、新年の開幕にはもってこいの清々しい快晴と白く眩い雪景色が映った。

 窓ガラスを通して差し込む日の光が、アリスの艶やかな金髪を美しく輝かせる。それが息をのむほどに綺麗で、どうしようもなく見惚れてしまった。ここが天国か。

 天気もテンションも絶好調。となればやるべきは一つしかあるまい。

「アリス、出かける準備はできたか?」

「ええ、いつでも大丈夫よ。行きましょう」

 俺が呼びかけると、外を眺めていた少女がクルリと振り返った。めでたい日のなせる技だろうか。俺もアリスもどこか心躍る気持ちで玄関に向かい、扉に手をかける。

 

 それでは張り切ってまいりましょう、レッツゴー初詣!

 

 

 石段のラスト一段まで上りきり、いざ博麗神社に足を踏み入れる。

「おおっ」

 入るなり感嘆の声が出た。境内はビックリするほど念入りに雪かきが施されている。さらに、ホクホク笑顔で賽銭箱の中を覗き込んでいる紅白巫女の姿も発見された。俺たちが来る前に何人もの参拝客が訪れた様子。どうやら彼女も幸先の良いスタートを切れたらしい。ご利益は美少女巫女が笑顔でお出迎えってか。ごっつぁんです。

「あら?」

 霊夢は俺たちがいることに気付くと、上機嫌な足取りでタタタッと駆け寄ってきた。

「二人ともあけましておめでとう! じゃんじゃん初詣していってね!」

「あけましておめでとう。毎年そうだけど今年も嬉しそうね」

「あけおめっす。『キラッ☆』っくらい輝いているなぁ。もちろん可愛いから許す!」

「だって年に一度あるかないかのお賽銭がタンマリ入る素晴らしい日なのよ! 本当、毎日これなら大歓迎なのに」

 相変わらず自分に正直な巫女さんだ。もっとも、毎日忙しかったら彼女の性格上それはそれで面倒くさがりそうな気もするのだが。

 ルンルン気分の霊夢に導かれるまま、アリスと並んで賽銭箱の前に立つ。ガランガランと大仰な鈴を鳴らし、小銭を放り込んでからパンパンと柏手を打つ。はじめは瞼を閉じていたのだが、何となく隣が気になったのでこっそり片目だけ開き、相手にバレないようにチラリと盗み見た。

 アリスが静かに両手を合わせている。目を閉じて真摯に祭壇と向き合うその姿勢は、さながら聖女が祈りを捧げるシーンを彷彿とさせる。どことなく神秘的な雰囲気に惹かれ、またしても見入ってしまう。彼女はどんな願いを思い描いているのだろう。

 おっと、いかん。俺だって拝んでいる真っ最中なんだった。

 謹賀新年、昨年は格別のご厚意を賜りまして厚く御礼申し上げます。本年もよろしくお願いいたします……ってこれじゃ年賀状じゃねぇか。ごほん。えー、今年の願い事は、アリスと――

 

 最後に、下げていた頭をスッと上げる。と、いつの間にやら人形遣いの顔がこちらに向けられていた。ガラス玉を連想させる青い瞳がじっと俺を覗き込み、さりげない上目遣い攻撃に俺のハートが射抜かれる。萌えた。

「すごく真剣になっていたわね。何をお願いしたの?」

「今年もよろしくって」

「それ、お願いっていうのかしら?」

「はっはー、細けぇこたぁいいんだよ。アリスはどんなお願いしたんだ?」

「ん、内緒♪」

「えぇー」

 アリスが口元に指を当てて、可笑しそうにくすくすと笑みをこぼす。その仕草が可愛らしくて、俺もつられて顔が綻んだ。二人の心が温かい気持ちで満たされる。

 

 ――今年もアリスと笑い合えますように。

 

 俺の願いは、早くも聞き届けてもらえたらしい。

 

 

「おーい!」

 白黒魔法使いが箒に跨ってやってきたのは、初詣を済ませた直後の出来事だった。

 彼女は境内に集っていた俺たちを見つけて着地するや否や、引率の先生みたいに高らかにこう宣言した。

「よーし、皆いるな! 今から餅つき大会の準備を始めるから帰ったらダメだぜ」

「うむ? 餅つき言うたって材料も道具もないぞ。魔理沙だって手ぶらじゃないか。今から人里まで買い出しに行くとか?」

 俺の至極真っ当な質問に、魔理沙は「チッチッ」とアブドゥル復活ばりのドヤ顔を決める。もちろん指のジェスチャー付きで。イエス、アイアム。

「心配無用だぜ。もう知り合い連中には声をかけてあるからな。参加者は全員もち米を持参することって」

 いいのか、それで?

 あえて心の中でツッコミを入れる俺に、魔理沙に続いて霊夢とアリスも補足を入れる。

「ついでに言っておくと臼と杵はうちの蔵にしまってあるわよ」

「これも毎年のことだから皆わかっているわ。結局いつもの宴会になるもの」

「宴会と聞いた途端に全てを納得した俺が通ります」

 考えてみれば、元旦などという絶好の晴れの日に、此処の住民が宴を開かない筈がない。魔理沙の口ぶりから察するに、相当あちこちに呼びかけまくったっぽいな。霊夢もお賽銭ガッポガッポで浮かれているし、こいつぁハチャメチャが押し寄せてくる予感がするぜ。

 というわけで、この後メチャクチャ転がした(臼を)。

 

 

 魔理沙の声掛けが功をなし、あれから参加者が続々と集まり始めた。

 白玉楼から亡霊姫と半人半霊の庭師が、永遠亭からかぐや姫ご一行が、守矢神社から二柱の神と風祝が、紅魔館から吸血鬼とその従者たちが。さらには地底からは地霊殿メンバーだけでなく橋姫や土蜘蛛の姿もあった。他にも寺子屋の教師に妖怪の山に住む天狗に香霖堂の店主と、挙げればきりがない。

 当然、こんだけ大勢いて餅だけで足りるはずもなく。現在、母屋の台所では各勢力の調理担当(妖夢、鈴仙、早苗、咲夜さん等々)がおせち作りに勤しんでいる。ちなみにこちらも参加者たち持参の食材だ。皆さん準備良いわね。あと、霊夢と魔理沙も奥に引っ張られていった。家主と言い出しっぺだからね、仕方ないね。

 で、俺はというと……

「ユウー!」

「お兄ちゃーん!」

『お年玉ちょーだい!!』

「わぁーった、わぁーった! やるからアームロックを解いてくれっていうかどこでその技を覚えてきたァア!?」

 紅魔館と地霊殿の妹コンビが左右の腕にしがみつき、やじろべえの如くバランス良くぶら下がったままお年玉を催促されていた。無邪気な幼子に懐かれる光景は一見すると微笑ましいのだが、実際には腕の絡め方がそれ以上いけない感じになっていて世界がヤバイ。

 どうにかこうにかフランとこいしを石畳に降ろす。腕の無事を安堵しつつ、財布から小銭を数枚取り出して各々の小さな手のひらに乗せた。

「ほれ、これで初詣してきんしゃい。他に欲しいものがあったらお姉ちゃんに言うんやで」

「やったー! お兄ちゃん大好き!」

「ありがとユウ! 行こ、こいしちゃん!」

 妹コンビが賽銭箱に突貫していく。その様子を見届けていると、今度はアリスとパルスィがこちらに歩み寄ってきた。片や優しげな微笑み、片や溜息つきの呆れ顔で。

「ふふっ、優斗ったら完全に狙いを定められていたわね。すっかり人気者で良かったじゃない」

「まったく、新年始まったばかりだっていうのに早速賑やかで妬ましいわ」

「腕の関節やられそうになった挙句、有り金を差し出して助かったところだったってばよ!?」

 ありのままに起こったことを言葉にすると、小さい子にお年玉をあげる場面には到底思えないのだから世の中不思議でござる。

 

 

 んで。

 どいつもこいつもフリーダムでグダグダの危険性があったのだが、おせち係の少女たちに料理完成に間に合わせるようにとのご命令が下ったため、いよいよ餅つき大会を始める展開となった。

 なお、厨房は戦場とはよくいったもので、特に妖夢から鬼気迫るものを感じたのは余談である。さすがゆゆ様の従者だと、褒め言葉なのか自分でもよく分からない賞賛を送っておこう。

 で、俺はというと(テイクⅡ)

「俺よりも鈴仙の方が上手いんじゃね?」

 なし崩し的に渡された杵を手に、素朴な疑問を口に出した。いつだったか聞いた話によると、月見やら催し物やらがある度にウサミミ少女たちがペッタンペッタンやっているそうな。兎の餅つきってホンマにあったんやね。

 木槌を装備した俺の呟きに返してきたのは、今回の餅つきパートナーとなった少女だった。

「しょうがないでしょ、おせち作るのって大変なんだから。私たちは私たちでやれることをやりましょう」

「というか、アリスは餅つきの経験あるのか? 何か知らんけど皆してアリスをご指名だったような……?」

「経験はないけど、やり方とコツの知識くらいはあるわよ。そもそも毎年見ていたら自然と覚えるわ。だから平気よ」

「そういうもんか」

「そういうものよ」

 餅返し係に選ばれた人形遣いが諭すように頷く。

 言ってしまえば見様見真似なんだけど、彼女なら本当に要領良くこなしてしまいそうな気がする。いやはや、さすが都会派魔法使いと言わざるを得ない。

 かくいう俺もガキの頃に町内会でやってくらいしか記憶にないんだけど。身体が覚えていると信じている。

「それとね……私が選ばれたのは、きっと優斗が……」

「俺がどうしたって?」

「きゃあ!? な、何でもないからッ! 優斗は気にしなくていいことなの!」

「お、おう……?」

 アリスがぽそぽそと呟いたのを聞き返したら、悲鳴を上げられた直後に物凄い勢いで否定されてしまった。よくよく見ると、心なしか頬に赤みが差している。

 俺、何かしたっけ?

 

 一応は今回のメインイベントだからだろう。境内に居る面々の衆目が俺たちに集まっていた。こいフラに至っては「アリスー! がんばれー!」だの「フレーフレーお兄ちゃーん!」だのとエールまで送ってきた。

 よし、と気合を入れて木製のハンマーを担ぎ直す。

「んじゃ、皆さんお待ちかねのようだしぼちぼち始めますか。タイミングは声で合わせようぜ」

「ええ、わかったわ。お互い慣れてないんだから最初はゆっくりね?」

「もちろん」

 アリスの綺麗な手に怪我や火傷など絶対にあってはならない。

 そして、記念すべき一突きめの構えに入る。細心の注意を払って、かつ勢いを殺さぬよう重力に乗せて一気に振り下ろした。杵の槌が餅のタネに当たった瞬間、思っていたよりも粘り気を感じさせない軽い音と弾力のある手応えが返ってくる。

 あとはこれをひたすら繰り返すのみ。

 

「よいしょっと」

ターン!

「はいっ」

サッ

「どっこいしょー」

タターン!

「はいっ」

ササッ

 

 初めはペッタン、ペッタン、とゆっくりやっていた動作も、徐々に慣れとリズムが掴めてきてタン、タン、とペースが上がり始める。たとえ掛け声が短くても、相手の呼吸を聞けばタイミングが読める域に近づいていった。

 そいつがまぁ何というか、まるでアリスと気持ちが通じ合っているような、とにかく得も言われぬくすぐったさにも似た感覚が全身に伝わってくるわけで。おかげで他の連中に注目されている真っ只中だというのに、うっかり気を緩めると頬までだらしなくニヤけてしまいそうになる。

 必死に顔の筋肉を引き締めようとする一方で、

「どんぶらこいやぁ!」

「はいっ」

 とても楽しそうに無邪気な笑顔で餅を返すアリスを前にすると、杵を握る手に一段と力を込めてしまう件については、男の意地ってことで許してほしい。

 

 

 そんな感じで餅を叩く軽快な音が繰り返し聞こえてくる境内の片隅では。

 青年と人形遣いの息の合ったコンビネーションをジト目で傍観しているエルフ耳の少女がいた。

「ふん……見せつけてくれるわね」

「あれあれ~~? パルパルったら不満げな顔しちゃって、ひょっとしてあの娘が羨ましいの?」

「ばっ、バカ言うんじゃないわよ妬ましい! えぇい、引っ付くな離れなさい!」

 背中に負ぶさってくるヤマメを振り払おうとパルスィが激しく身をよじる。しかしその抵抗も大した意味をなさず、ハイテンションなアイドル系少女はケラケラと笑ってばかりで一向に離れない。

 それどころか、「ほれほれ~」と橋姫の頬をイタズラに指で突き始める始末。

「こんなにほっぺた膨らませて、モチがヤケちゃったみたいだね餅つきだけに――ナンチャッテ!」

「…………ふ、ふふふふふっ」

「え、あ、あら? ぱ、パルパル?」

「ねぇヤマメ? あいつらも疲れただろうし私たちで交代に行きましょうか。私が杵を持つからあんたは手を入れなさい」

「ちょっ!? 絶対違う意味でタイミング合わせてくるつもりだよねヤマメちゃんのお手々がピンチの予感!? ゴメンゴメンゴメンもうしないからお願い離してぇえええ!!」

 逃げる隙など一瞬たりともなかった。橋姫にがっしりと両手首を握り絞められた土蜘蛛の絶叫もむなしく、無慈悲にも彼女はズルズルと処刑台へと誘われる。

 その後、地底コンビによる神速クラスの餅つきラッシュに好奇心を刺激された妹コンビも名乗りを上げたり、さらにその様子をレミリアとさとりが落ち着きなくハラハラと見守ったり。ついにはその場にいる全員が交代で餅をつくハメになったのだが、結果的に「餅つき大会」としては大成功だったのかもしれない。

 

 

 餅におせちに酒と全ての準備が揃ったところで、いよいよ新年最初の宴会が幕を開けた。

 乾杯の音頭はもちろん彼女、お賽銭を大漁ゲットで気分上々な博麗の巫女が嬉々としたお日様スマイルで一升瓶を掲げた。

「せっかくの新年の始まりなんだし今日は無礼講よー! 酒もつまみもドンドン持ってくるがいいわ! せーの、かんぱーい!!」

『乾杯ーーーッ!!』

 わっと会場が湧く。人も妖も交流の浅い深いも関係なく、誰もが笑顔で杯を交わし合う。

 そんな中、俺の隣に座っていたアリスがこそっと耳打ちをするみたいに囁いてきた。

「優斗……」

「ん、どしたの?」

「えっと……今年もよろしく、ね?」

 そう言って照れくさそうにはにかみながら小さく舌を出す人形遣いの愛おしさに、鼻血がロケット噴射しそうになる。アリスさんそれ破壊力がヤバいから! 俺の理性もヤバいから!

「ん゛ん゛っ」

 ありったけの根性をもって、鼻血の危機と理性の崩壊を会心の踏ん張りで堪え抜く。そして、

「俺の方こそ」

 唯一堪えきれなかったニヤケ顔をそのままに、俺は彼女にお猪口を向けた。

「アリス、今年もよろしくな」

「うん!」

 乾杯、と二人の陶器が重なる。幸せが訪れる一年になりそうだな。なんてったって傍にいる少女の笑顔がこんなにも可愛らしいのだから。

 仄かに甘さが増した日本酒を口にしながら、そんな風に思っていた。

 

 

 

 二時間後。

「あーもう、思いっきりお酒零してるじゃない。なんでそのままにしてんのよシミになるでしょうが妬ましい」

「いやこれはだね、こいしが後ろからガバッと来たせいであって決してわざとではちょちょちょパルスィさんそこにおしぼり当てるのはアカーーーーン!!」

「ふぇええ!? ダッ、ダメぇええ! 優斗のお世話は私がするのー!」

「うわぁお、お漏らししたみたいになってるお兄ちゃんのズボンを巡ってパルスィとアリスが迫」

「こ、こら! こいし見ちゃいけません! というより、あなた方は衆目の前で何をやっているのですか!?」

 

 今年最初の苦労人はさとりんでした、まる。

 

 

 正月特別回 おしまい

 




グラブルやったことないけどジータ超可愛い


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第五十六話 「sweet little brother」

クライマックスが近いとか言っておきながら
まったく関係ない思いついたネタはやる


ご無沙汰です。月に一度はサイドカーでございます。
今宵は節分、豆や恵方巻きを肴にごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


追記(2017.2.14)
サブタイトルが入っていなかったことに気づきました……
第63話ってどういうことだってばよ!? と思われた方、申し訳ありませぬ(土下座)


「アリス、何をしているんだ?」

 ついつい気になって声をかける。

 話し相手になってもらうつもりでリビングに顔を出すと、黙々とテーブルに向かっているアリスの背中が視界に入った。てっきり毎度お馴染みの人形作りかと思いきや、後ろから覗き込んでみてビックリ。見慣れた作業光景じゃなかったもんで意表を突かれてしまった。卓上に所せましと広げられているのは、人形遣い愛用の裁縫道具ではない。これがまた懐かしいというか、小学中学を思い出すブツだった。

 ビーカーやフラスコに試験管などなど特徴的な形状のガラス容器。いずれも薄ら色を帯びた半透明の液体を内包する。少女の手前には魔導書と思しき分厚いハードカバーの洋書が見開きで置かれ、辺りには魔法の森で採取したのだろう草花や鉱石、クリスタルの欠片なんかが散らばっている。魔理沙が好んで拾ってそうな赤紫色の毒々しいキノコまであった。

 後半はともかく、理系大学の学生ではないものゆえ、こういった器具を目にするのもご無沙汰なわけで。興味を引かれるのもさもありなん。

 手にしていたビーカーをテーブルに一旦戻し、アリスが答える。

「ちょっとした調合実験よ。素材になる特殊な植物や鉱石を魔法薬品と混ぜて反応を見ているの。魔法を研究する上での基礎ね。マジックアイテムが生まれるきっかけにも繋がるの」

「ふむふむ、なるへそなぁ。パッと見じゃ理科の実験と見分けがつかんのだが、やっぱ違うんやね。禁書目録でもオカルトだとか神話的な意味合いを絡めたりして魔術の術式ができるもんな。不可視のナニカは確かに存在するってことか。んで、この実験はどんな感じのやつなんだ?」

 童話に登場するいかにもな魔女のばっちゃまがやるような、大鍋に適当なゲテモノ放り込んで「フヒヒw」とかプチ発狂しながらグツグツ煮込む感じではない。傍から見る限り学校の授業と遜色ないまともなサイエンスだ。

「典型例は混ぜた薬品に含まれている魔力が増量したり、素材が持つ特性そのものが変化したりするわね。あと、素材自体に魔力を与えると反応を示すケースもあるわ。組み合わせは多岐にわたる以上、得られる結果も膨大かつ未知数よ。それだけ魔法は奥が深いの。あくなき探求心とブレインがないと魔法使いは務まらないんだから」

 ふふん、とアリスはどこか誇らしげに胸を張った。ちょっぴりイタズラ染みた得意げな顔で。彼女にしては珍しい表情だ。もっとも、魔法使いが魔法について語るのだから当然といえば当然なのだが。それよりもお茶目な仕草が繰り出すギャップ萌えに胸キュンが止まらない。世界の中心で萌えを叫びたい。

 金髪碧眼の少女が見せた貴重な一面を前にして、もちろん俺がじっとしていられるはずもなく。

「なぁ、俺にも手伝えることない? さすがに魔力供給とかは無理だけどさ、そういうの以外だったら雑用なり何なりご要望があればいくらでも申し付けてくれ」

「そう? じゃあ、お願いしちゃおうかしら。今回は材料を混ぜるだけだから優斗でもできるはずよ」

「おうよ、じゃんじゃんバリバリやったるで!」

「もう、どれだけ張り切っているのよ?」

 勇ましくドンと胸を叩く俺を、アリスがくすくすと可笑しそうに笑った。

 こんなことなら白衣も常備すべきだった。フゥーハハハとかできたのに。誠に遺憾である。

 

 

「優斗、この実をすり潰してもらってもいいかしら? 表面が硬くて力の入れ具合が難しいのよ。なかなか上手くできなくて」

「よしきた、ここは俺に任せて先に行け!」

「どうして不穏な言い方するのよ……」

 役割分担はいたってシンプル。力仕事は俺が引き受け、アリスは調合とその結果の記録に集中してもらう。

 すり鉢と麺棒を受け取る。すり鉢には木いちごにも似た赤い実がいくつか入っていた。試しにコンコンと軽く叩いてみるが、一粒も潰れることなく原形をとどめている。確かに思っていたより頑丈なヤツらだ。ある程度まで粒を細かくしてからじゃないと、粉状にもっていくのは厳しいだろう。

 ざっくり作戦を立て、麺棒をトンカチ代わりに木の実を砕いていく。多少粗めの粒になったところですり潰す段階に移る。だが、大きさにむらがあるせいか途中で引っかかり難航する。なるほどアリスが苦手とするのも頷ける。強引に力押しする荒っぽい作業である。

「ふふ、優斗がいてくれてよかった。すごく助かるわ」

「その言葉でさらにやる気が出たぜ」

「お願いね。あとでお茶淹れてあげるから頑張って?」

「イエス! オラオラオラオラオラ、オラァッ!」

 アリスの笑顔という飛びっきりのエネルギーが充電されて動きがさらに加速する。今こそ男を見せる時。頼りになるイカした益荒男スピリットをアピールするのじゃ。セプテットの舞じゃ!

 第三部のラッシュと脳内イメージで気分はすっかり承太郎。猛スピードでゴリゴリと実を挽いていく勢いはさながら原始的な火おこしのごとく。あっという間に粒がみるみる細かくなっていき、胡椒のような褐色の粉末と化した。

 一仕事終えた達成感を込めた息を吐いて、人形遣いの方を向く。

「よーし、できたぞ。この後どうすればいい?」

「それなら、ついでに右側の試験管の薬品と混ぜておいてくれる? ほんの数滴垂らすだけでいいから」

 アリスがこちらを見ることなくテキパキと指示を出す。彼女も彼女で真剣な眼差しで実験に取り組んでいる。フラスコ内の液体が色を移り変えていく経過を一瞬たりとも見逃すまいと、ひたすらに用紙にペンを走らせていた。むやみに話しかけるのはむしろ邪魔になってしまう。そっとしておくべきだ。

 とりあえず、俺は俺で仕事をこなすのが最優先事項でござる。

「さて、と」

 ゴチャゴチャと大小様々なアレやコレやがごった返すテーブルを見渡す。目的の試験管はすぐにわかった。同時に、彼女がわざわざ補足を入れてきたワケも理解する。

 なぜならば試験管は二本、それもピッタリ並んであった。片や赤い液体、片や緑色の液体。左右タイプの信号機を連想させる。緑じゃなくて青だったら導火線をイメージしていただろう。時限爆弾を止めるためにはどちらかを切れっていうお約束ね。

「えーっと、確か数滴でいいんだよな。入れすぎて爆発するオチは避けねーと」

 オチを未然に防ぐ独り言をぼやきつつ手を伸ばす。()()()()()()()にあった試験管の中身を二、三滴ほど落とし――

 

 ボンッ!!

 

「おぼぁッ!?」

 被爆。

 瞬く間もなく空気が爆ぜる。火山の噴火と紛うほどの、一斉に湧き出た大量の煙が全身を包む。もちろん発生源は手元の器に他ならない。無論、俺はその煙を顔面直撃レベルでモロに浴びた。間髪入れず辺り一帯がピンク色に染まった。エロい意味ではなく、物理的な意味で。

 僅かに目を離していた間に近距離から爆発が起こったとなれば、集中モードのアリスもさすがに動揺の声を上げざるを得ない。

「ちょ、ちょっと何なの!? 上海、とにかく窓開けて!」

「シャンハーイ」

 アリスと上海の声に次いでガチャッと窓が開け放たれる音が耳に届く。

「優斗、大丈夫なの!?」

「僕は死にましぇん!!」

 いかん、錯乱し過ぎてなぜか金八になってしまった。

 ほどなくして外の新鮮な空気と入れ替わり、桃色の謎気体が外へと逃げていく。失われていた視界が徐々に晴れていった。やっとこさ景色が完全に戻り――

「……………えぇえ?」

 呆然と、俺の口からはなんとも気の抜けた声が出ていた。

 なんでだろう、景色が完全に戻ってなかった。むしろ初めて見るものになっていた。

 まるで大平原のど真ん中に立ち尽くしているかのような、全方向に広がりゆく大地。そのはるか遠くで、もし世界の果てが壁だったらまさにこんな具合なのだろうと思わせる巨大な壁がそびえ立つ。

 

 ありのままに起こったことを一言で説明するならば、

 

 俺が知らない間に世界がとんでもなくデカくなっていた。

 

 さらに、驚きは留まりを知らない。

 

「ゅ、優斗……」

 

 頭上から聞こえてきたよく知った声にゆっくりと顔を上げる。

「ぶっ……!?」

 危うく鼻水が噴き出るところだった。

 俺の視線の先には今の今まで同じ部屋に居た少女と同一人物なのだが、明らかに違うところが一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()が驚愕に青い瞳を大きく見開き、口元を両手で覆いつつ俺を見下ろしていた。

 ビックリのオンパレードがここまで続くと逆に冷静になるもので、俺は前に読んだマンガでこれとよく似た展開があったのをふと思い出した。周りをよく見れば彼女だけではなく俺以外のすべてが巨大化している現象が示すところは……

 おそるおそる、俺は自身の数倍はあろう彼女に確かめる。

「アリス……たぶんだけど、皆がデカくなったわけじゃない、んだよな……?」

「う、うん……その、優斗の方が……小さくなっているわ」

 お目目をパチクリさせてコクコクと頷いているのが小動物みたいでまた可愛らしい。

 俺は「そうか」と頷き返した。そして、すぅぅっと大きく息を吸い込んで、

「なんでさぁああああああああああ!?」

 お約束として、まずは叫ばなければいけないような気がしたので叫んでみた。

 

 

「うーん、これは予想外かも。さっきの煙に包まれた副作用でしょうね。すぐに換気したから時間経過で元に戻れる範囲の軽い症状とは思うけど」

 すぐに落ち着きを取り戻したアリスが辺りを調べていき、その結果、どうやら俺が彼女の指示したものとは違う薬品を混ぜてしまったのが原因であると判明した。

 さほど珍しい状況ではないのかしら。対応が手馴れすぎていてかえって心配になる。一緒にパニックに陥られても困るんだけど。

 まぁ、何はともあれ。

 そんなわけで俺こと天駆優斗は小人さんになってしまいましたテヘペロ。

「いやはや俺もびっくりだ。びっくりするほどユートピアってやつだぜ。まさか上海に身長で負ける日がくるなんて……なぁ?」

「シャンハーイ」

 ドンマイ、と言いたげにポンと肩に手をかける上海氏。ちなみに定規で測ってみたら、現在の俺の身長は十五センチほど。元のサイズと比べて十分の一以下である。今ならガンプラと肩を組んで記念撮影もできる。

 テーブルにあぐらをかいてアリスを見上げる。もはやここだけでも一部屋分は余裕で確保できる。

「ごめんなさい。私が優斗を手伝わせたから……」

「どうしてアリスが謝るんだ? 百パー俺のミスだって。むしろアリスに被害がいかなくてよかったぞ。俺はアリスが無事ならイイんだよ。まぁ、二人とも小さくなっていたらお手上げ侍だったネHAHAHA」

 しゅんとしてしまったアリスに、俺はいつもと変わらないノリで言葉をかける。だって、彼女は何も悪くないのだから。

 大体、小さくなったといっても人形とさして変わらない。別に豆粒になったわけでもない。ゆえに気づかれず踏みつぶされてバッドエンドを迎える危険性も無し。ついでいえば服も一緒に小型化したので、ラブコメの展開よろしくスッポンポンにもならずに済んだ。同じく、戻った時に服が破けてキャーなオチもあるまい。

 巨大化じゃなくて良かったとつくづく思う。そっちの方が絶対に大騒ぎになる。

「せっかくだべ。戻るまでミニマムライフを楽しもうじゃん。これはこれでオモロイと思うし、俺はさして困っとらんよ。だからアリスが責任を感じる必要なんてナッシング、オーケー?」

「……うん、ありがと」

 お調子者のニヤリ笑いでおどけてみせる。つられてアリスにもようやく笑顔が戻った。そうそう、可愛い女子は笑っているのが一番よ。

 すると彼女は、上海や他の人形たちにやるのと同じように俺の頭を撫でだした。母性に溢れる優しい手で抵抗する気力すら起きない。

「うふふ。小さくなった優斗、かわいい」

「か、かわいいって……」

 全国の青少年が女の子から言われて複雑な気持ちになる台詞ナンバーワンに顔が引きつる。とはいえ、愛おしそうに触れてきて、可愛らしく顔をほころばせるアリスを前にすれば、受け入れるのもまた紳士というもの。あとぶっちゃけ心地良かったり。

 なでなでとされるがままになっていると、ふとアリスが「そうだわ!」とおもむろに声を上げた。

「ひょっとしたらパチュリーなら早く戻れる方法も知っているかもしれないわ。知識量なら私や魔理沙よりも豊富だもの」

「おお、そいつぁグレートだぜ。ついでだ、ただでさえデカい紅魔館がさらに大きくなったらどこまで迫力映像になるか試してみるか」

「決まりね」

 アリスは椅子から立ち上がり、外出の支度を始める。そして、テーブルに座る俺を両手で持ち上げて、

 

「のぉおおおおおおお!?」

 

 そのまま自分の胸に抱え込んだ。

 布越しでも伝わってくる豊かな二つの膨らみが俺の背面全体に押し当てられる。かつて体験したことのない包み込まれる柔らかさ。まさしく埋もれると呼ぶにほかない。着やせするタイプなのだろう。衣服の下に隠された大きなそれが惜しげもなく密着していた。そのうえ、落とさないようにしっかりと腕を回されたおかげで、女の子らしいイイ匂いと彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。

 嬉しくて言葉にできない幸せに溺れる。なんか、もう、このままでもいいかなっておもえてきた。

「いきなり大きな声出してどうしたの? そのサイズじゃ紅魔館まで歩いて行けるわけないでしょう」

「ああ、うん、そだね。プロテインだね」

 もはや生返事しか出ない。

 しつこいながら俺は空を飛べず、そのためアリスから運んでもらった経験はすでに数回かある。なら今更だろうと思われるかもしれないが、感じるボリュームとかが全然違うんですよこれが。脳ミソとろけちゃいそう。

「~~~♪」

 アリスはご機嫌に鼻歌を口ずさむ。異性を抱きかかえているというのに、照れ屋な彼女が恥ずかしがる様子を一切見せていない。

「……?」

 おかしい。

 疑問という名の潤滑油が差し込まれ、ようやくお花畑になっていた頭の中の歯車がカチカチ回り始めた。何かがいつもと違う。そう、あまりに無防備すぎる。

 これではまるで猫かウサギでも抱っこしているみたいじゃ――

「は……ッ!?」

 瞬間、俺の中に閃きの電流ではなく衝撃の雷撃が落ちた。

 

(今の俺、アリスから男として見られてない!?)

 

 知らず知らずのうちに陥っていた一刻を争う絶望的かつ深刻な事態。

 かつてない危機を理解した途端、サラサラと灰と化した俺の口からはショックのあまり魂が抜けていくのを感じた。

 

 

つづく

 




某サークルの童遊という曲にハマってリピートが止まらない


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第五十七話 「ミニマムマキシマム」

皆さま元気で御機嫌よう、サイドカーでございます。

後半が前半の倍近い文字数だって! すごーい!(病気)
そんなこんなで最新話、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「で、うちに来たと」

 どうでもよさげに平坦な口調でパチュリーが結論をまとめる。

 さすが紅魔が誇るブレインだ。理解が早くて非常に助かる。彼女に事情を説明していたアリスが「そうなの」と頷いた。

「パチュリー、何とかならない?」

「アリスも分かっているでしょう。この程度の症状、ほっておけばそのうち勝手に治るわよ。寧ろわざわざ余計な手間をかける必要なんてない」

 一秒たりとも本から顔を上げようとすらしないあたり、全くと言っていいほど興味なさそうな魔女殿でござる。ごもっともなんだけど、なかなかドライな返事だった。

 さりとて、こちらとしても別に大至急で治してほしいわけでもないので「ですよねぇ」の一言で片づけられる。アリスも予想通りの答えだったらしく「まぁね」と軽く肩をすくめた。

 魔法使い二人がその後もいくつか言葉を交わす。その一方で、俺は彼女たちから些か離れた場所にいた。なぜならば、

 

「わーい! ユウのお人形さんだ~♪」

「いやいや本人やで!?」

 

 先ほどのアリスと同じく、今度はフランに抱っこされております。

 幼げな容姿の少女は、俺をホールドしたまま図書館の中をてててっと走ったりくるくると回ったりと大変お気に召した模様。

 さて、その辺も踏まえて俺たちが紅魔館を訪れたあたりから語ろう。時系列は二十分ほど前まで遡る。

 最初は正門にて、ポカンと呆気にとられた顔で出迎えてくれた美鈴に経緯をかいつまんで話し、次いで館内にて、いつもと変わらず接してくださった咲夜さんにも同様にかくかくしかじか。レミリアには咲夜さんが伝えておいてくれるというので、お言葉に甘えて我々は一足先に地下の大図書館へ。

 七曜の魔女に助けを乞うべく扉を叩いてから数分と経たずに、「アリス・マーガトロイドが小人族にクラスチェンジした天駆優斗を連れてきた」などと知らせを耳にしたフランがキラキラと目を輝かせながらこの部屋に飛び込んできた。結果はご覧のとおり。貸して貸してとせがむフランにアリスが優しく微笑みながら俺を手渡す光景は、まるで可愛い妹にプレゼントを贈るお姉ちゃんのようで心温まる描写だった。だがしかし忘れるなかれ。その代償に一人の青年から男としての尊厳が密かに、そして確実に失われつつあるのだと。

 

「イイ子イイ子、たかいたかーい!」

「頼むから落とすなよゼッタイに落とさないでくれよ!? いつでもいつも本気で生きてる俺たちなんだから!」

 無垢な少女のお気に入りおもちゃとなって振り回される。ギャーギャー喚いているのが余程うるさかったのか、アリスとの会話中も手元から視線を動かさなかった図書館の魔女がとうとう本を閉じた。読書の邪魔をされて苛立っているとかじゃないと信じたい。

 限りなく無表情に近いジト目が俺を射抜く。

「こんな初歩的なミスをやらかすなんて迂闊ね」

「慰めてとは言わないけどせめて冷たくしないでよぉ! いつもいつでも上手くいくなんて保証はどこにもないんですよ!?」

「でしょうね」

「もー! ユウ、暴れちゃメッ!」

「ギュピィッ!?」

 懸命に身をよじって抗議の声を上げる俺を、フランがギュウッと押さえつける。ほっぺたを膨らませる表情が愛らしい。小さい女の子が小動物にしつけを教えているかのよう。けれど彼女も立派なヴァンパイアであり、しかも現在の俺は骨まで細くなっている。よって、このままではマジで折れる五秒前がカミングスーン。

 一部のモビルスーツのごとく胴体が上下に分離すると思われたまさにその時、悠然とした足音と余裕に満ちた声が大図書館に行き渡った。

 

「フラン、そろそろ下ろしてやりなさい。さっきからその男の血流が止まっていそうよ。そんなのじゃ美味しい血は飲めないわ」

 

 現れたるは紅魔館の主、永遠に幼き紅い月の異名を持つ吸血鬼レミリア・スカーレット。最後の一言については考えるのを止めた。

「はーい、お姉さま」

 フランちゃんは素直なイイ子なので、お姉ちゃんの言うことにキチンと従う。嫌がる様子もなく、宝石の羽を持つ少女は俺を床に下ろした。

「いやはや、ようやく地に足の着いた生活ができるぜ」

 久しぶりに地面の固さを足の裏で感じ取って、なんとなく額を拭うフリをする。

 思えばアリス邸を出てからずっと誰かしらの腕の中だったな。一番ヤバかったのはもちろんアリスに抱えられたとき。柔らかいのが当たるしイイ匂いもするしで色んな意味でも限界ギリギリで危なかった。異性として扱われないという諸刃の刃も含めて。

 俺が自分の足で立てた頃合いに合わせて、レミリアの後ろに控えていた麗しき銀髪メイドが俺の前に歩み出た。

「優斗様、テーブルまでお連れいたしますので――」

「いかぁあああああん!!」

「優斗様!?」

 突如、謎の絶叫とともにセルフサービスで右フックを頬に叩き込んで吹っ飛ぶ、もはや奇行としか思えない行動に、さすがの咲夜さんも目を丸くさせる。決して頭がパーになったワケではないのであしからず。これには深いワケがあった。

 考えてもみてほしい。スラリとした美脚の眩しいミニスカメイドが身長十五センチの世界の俺へ無闇に近付けばどうなるか。答えなどいわずもがな。

 咲夜さんに対してそのような、清らかな聖域を汚すに等しいマネは絶対に許されぬ。理由など他にないと心が叫んだ。俺が己に拳を振るうには十分すぎた。

 というかアリスも咲夜さんも無防備すぎです! こちとら小さくなっても頭脳は同じなの! 幼児化したわけじゃないの!

 あと当たり前だがフツーに痛い。わりと本気で殴ったから膝がガクガクしてやがるぜ。力絶え絶えに立ち続けるボクサーにも似た姿勢で、かつ顔を横に背けたまま彼女にどうにかこうにか意図を伝える。

「ごふっ。さ……咲夜さん、これ以上俺に近付いてはダメです。俺の紳士がケダモノと化す前にお離れください」

「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。メイドですもの、お客様の前ではしたない粗相などいたしませんわ」

 相も変わらぬ瀟洒な声色で従者の鑑と称えたくなるセリフを口にすると、メイド長は左右の手のひらで俺をすくい上げた。一瞬だが、うっかりそちらに目が行く。ミニスカでしゃがむというメッチャ危険なポーズであるにもかかわらず、確かにそういうのは見えなかった。むしろ見えないとおかしいポジションなのに。完全無欠に鉄壁のスカートであった。

 とりあえず、男の本能に支配されてガン見しそうになった罪は生涯誰にも言わないと心に誓った。

 

 

 咲夜さんに運ばれて、アリスたちがいるテーブルに戻る。吸血鬼姉妹もすでに椅子に腰かけていた。

 ひとまず、お茶の支度を始めたメイド長の邪魔になってはいかんので、人形遣いのところまで移動しよう。テーブルの上をテクテクと歩き、彼女のもとへ。

「優斗、おかえりなさい」

「うぃ、ただいま。なんか、遊びに行ってた飼い猫が帰宅したみたいな反応じゃね?」

「あ、言われてみれば確かにそれに近いかも。ネコミミ付けたら似合いそう」

「…………」

 無言で崩れ落ちる。その場に四肢を着いて心の汗を流した。

 おかしいな。小さくなって女の子からチヤホヤされるってラブコメなら美味しい展開なのに、現実は想像と違った。どうやら俺ではリトさんになれないらしい。誠に遺憾である。

 

 男の密かな嘆きなど露知らず、始まるのは毎度お馴染みのティータイム。放課後じゃなくてもティータイム。あとキャラの中では唯が一番好きです。

 強いて言えば、皆の視線がやたらと俺に集まっているのがいつもと違ってむず痒いったらない。まぁ、ある日いきなり知り合いがミニマム化してたら誰だって注目するわな。気持ちは分からんでもない。

 紅茶のひとときが訪れる。しかしながら、十分の一スケール以下の俺が普通サイズのカップなどもちろん持てるはずもない。ってなワケで代わりに用意されたのは喫茶店とかでコーヒーと一緒についてくる小さいマグカップ。ほら、あるじゃん。銀色で取っ手が付いてミルクを入れるためのアレ。名前は知らん。

「超ピッタリな大きさで逆に驚きなんですけど」

「良かったわね、優斗」

「せやろか、せやな」

 なお、焼き菓子の方はさすがに小さいものを準備することもできず、俺の隣には寝ッ転がれそうな分厚いパンケーキが敷かれている。そいつをアリスが小さく千切ってくれたものを受け取るかたちで落ち着いた。

「ふふっ。ほら、おいしい?」

「ンマーイ!」

 窓辺に留まる小鳥がエサをもらっている気分でござる。彼女の視点だと小人が焼き菓子の欠片を頬張っているようにしか映らないのだから言いえて妙なのかもしれない。やべ、自分で言ってて辛くなってきた。早く大きくなりたい。

 そんな俺たちをレミリアが愉快そうに眺める。

「相変わらず貴方たちが来ると退屈しないわね」

「もう、人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれる?」

「褒め言葉よ。私の友人なのだから常に話題性に溢れていてこそ相応しいわ」

「私たちよりも霊夢や魔理沙の方が話題に欠かないんじゃないの? いつも異変解決の中心なんだから」

「そうとも限らない。貴方たち二人が出会ってから運命の歯車は大きく回り始めたわ。面白いくらいにね。今回の件も定められていた運命の一つなのよ。そもそも、天狗の新聞に何度も取り上げられた時点で既に目立っている証拠でしょう?」

 カリスマっとばかりに悠々とカップを傾けるレミリア。あらやだ素敵。

 すると、今度はアリスの対面に座るパチュリーがレミリアに問いを投げかけた。

「だとすれば、レミィは私にも話題性を求めるつもりかしら?」

「まさか。パチェがアグレッシブになったらそれこそ異変よ。すかさず霊夢が動くほどにね」

 吸血鬼が意地の悪い微笑を浮かべる。ニィッと吊り上げた口の端から八重歯が覗く。

 インテリなジョークを交えた会話が繰り広げられる傍らでは、またもやフランがアリスに子どもらしいおねだりをしていた。

「ねーねーアリス。フランもユウにおやつあげてもいい?」

「いいわよ。ちゃんと細かくしてからあげるのよ?」

「うん!」

「君たち、本人に直接聞かないのはどうかと思うのですが僕は――」

「はい、どうぞ」

「うむ。もぐもぐ」

 いよいよもって俺の立ち位置が危うくなっている件について。差し出されたお菓子は素直にいただいておくけど。たとえ体が十五センチになろうとも、子どもの期待にはしかと応える男でありたい。断じてロリコンではない。

 気が付けばアリスとフランから交互におやつをもらうという、色々と腹いっぱいなシチュエーションになっていた。

「えへへ、こいしちゃんにも見せてあげたいな」

「お持ち帰りされてその辺に放置される未来が予想できるからホンマ勘弁してください」

 あの無意識妹の手に渡ったりでもしたら。始めのうちはいいかもしれないが一度でも別のものに興味を抱かれたら最後、だだっ広いうえにアニマルたちが闊歩する地霊殿のど真ん中に置いていかれてしまう。あなおそろしや。さとりんかパルスィが来なければ即死まっしぐらだ。スフィンクスを恐れたオティヌスの気持ちが痛いほど分かった。

 実のところ、先ほどからそれと似た体験をしている最中だったり。フランお気に入りのテディベアがいつの間にやらテーブルに置かれている。こやつでさえも俺にとってはツキノワグマに匹敵する。せめてシルバニアファミリーにしてくれ。

 

 

 お菓子の欠片で腹が満たされるという凄まじくエコロジーな体験をしたお茶会も終わり。アリスとこれからについて作戦会議を開く。

「どうしたもんかねぇ。食物連鎖の底辺目指してこのままじゃ野良猫さえも百獣の王だべ」

「家に帰りましょうか? おそらく今日中には戻るでしょうし、大人しく待っていた方が安全だと思うわ」

「そうすっか」

 命の灯が危ういのもあるが、俺一人では移動もままならない現状がとんでもなく不便極まりない。ミニマムライフはもういいや。いつもの日々がたまらなく愛しいものだと気付くテンプレなオチですね分かります。

 すると、俺たちの会話に耳を傾けていたレミリアが、「あら」と意外と言いたげな声を出す。続けて、さも当然とばかりに一つの案を出してきた。

「ここに居ればいいじゃない。うちは猫も飼っていないし安全は保障するわよ」

「吸血鬼の館で安全が保障されるというのもどうかと思うが……」

「その吸血鬼の館に頻繁に遊びにくる人間がこの期に及んで何を言っているのかしら?」

「はっはっはっ、そいつぁごもっともですわ」

 テーブルに両肘をつき、組んだ指に顎を乗せてレミリアが妖しげに笑う。彼女に対して、俺も気障ったらしく肩をすくめて応えた。

 主と客人が織りなす小粋なユーモアに、さらに従者と図書館の魔女も加わった。

「猫はいませんがネズミは出ますね」

「そうね、手癖の悪いのが一匹」

「名前を出さなくても誰を指しているのかすぐに分かっちゃうのも考えものよね……」

 魔法に森に住む魔法使いの親友を思い浮かべてアリスが困ったような顔をする。借りていた本を咲夜さんに全部持っていかれたと、件の少女がこの前遊びに来たときにブー垂れていたのは記憶に新しい。

 ふいに、遠くから扉が開く音が聞こえた。立て続けに、

 

「おーい、誰もいないのかー? 魔理沙さんが遊びに来てやったぜー!」

 

「あら。噂をすれば陰ね」

 人形遣いの青い瞳が、聞き覚えのある声がした方に向けられる。っていうか名乗ってたな。なんともタイミングの良い。話題にあがっていた張本人がおいでなすった。

 同時に、図書館の魔女が諦めを含んだ溜息を吐く。

「いつから図書館はたまり場になったのかしら」

「くっくっ、そう言ってやるなパチェ。これも運命なのよ。アリス、ホビットよりも小さくなったこの男を魔理沙にも見せてやりなさい。きっと愉快な反応を晒してくれるでしょうから」

「いいわね。せっかくだし、ちょっとだけ驚かせちゃいましょうか」

 レミリアがまさに悪魔と呼べる表情と態度で人形遣いを唆す。白黒魔法使いがおったまげる姿を思い浮かべたのか、アリスもイタズラっぽいウインクで返した。あ、可愛い。

「優斗、じっとしててね」

「マッ」

 待ってと言う暇も与えられず、おかげでラスカルの鳴き声っぽい音が口から漏れた。

 椅子から立ち上がった彼女にひょいっと持ち上げられ、そのまま再び柔らかな感触のもとへ導かれる。

 俺を腕に収めながら、アリスが本棚を隔てた先に呼びかける。

「魔理沙、こっちよ」

「ん、その声はアリスか? お前も来ていたのか」

 靴音がこちらに近づいてくる。

 そして――

 

 ボフンッ

 

『……………え?』

 脈絡もなく、どこからともなく生じた煙が十五センチの体を包む。それは瞬く間もなく、すぅーっと幻のように霧散していった。

 視界が晴れればアラ不思議。先ほどまでの見上げる世界はどこへやら。しかと己の足で大地もとい床を踏みしめ、慣れ親しんだ高さで全てが目に映った。つまるところ、

「お、おお? 戻った、のか……?」

 前触れなく復活したせいでいまいち実感が湧かず、情けなくも疑問形になる。何秒もかけて、ようやく全てを理解した。感情がじわじわと身体中に染み渡っていく。全身の隅々まで行き届いた途端、俺は思わずガッツポーズと喜びの雄叫びを上げた。

「いぃぃぃやっほおおおう!!グレートだぜ、ついに俺は失っていたものを取り戻したァアア!!」

「おーおー、なんだぜ賑やかなのがいるじゃないか」

 まさに紙一重のタイミング。こちらの騒ぎに乗っかるように魔理沙が本棚の裏側からひょっこりと顔を出した。

「おっす、魔理沙」

「よっ。一体何があっ……た……」

 なぜか彼女の言葉が途切れた。こちらへの歩みもピタリと止めて、さらには活気な表情を真顔に変え、かと思いきや今度は慄いて一歩下がるリアクションまでした。なんでや、もう小人化しとらんやろ。

 俺が訝しげな面をしているのも気に留めず、魔理沙が思わず口に出した一言が全てを物語った。

 

「本当に何があったんだ? アリスがこんなに積極的になるなんて珍しすぎるぜ……」

 

 メーデー、メーデー。状況を整理されたし。

 今しがたアリスはミニマム化した俺を持ち上げていた――異論なし。

 前を向いている俺を彼女が後ろから抱っこするような感じだった――異議なし。

 そして、その状態でいきなり本来のサイズになっちゃったわけで――ここ重要。

 そんでもって、間髪入れずに魔理沙がやってきちゃったわけで――即ち。

 彼女が目撃するものなんて……

 

 そんなの、どう見ても誤解される光景に決まっているじゃないの。

 

 俺の背中に身を預けて、華奢な腕を胴に回してぎゅっと力を込めているのは、俺を落とさないようにしていたから。なんだけれども、現状だけだと第三者にはどう映るだろうか。空を飛ぶときの、運ぶ側と運ばれる側の関係とは全然ワケが違う。まるで離さないと縋っているような、誰にも渡したくないとしがみ付いているかのような。はたまた、精一杯の甘えの気持ちにもとれるかもしれない。

 全身が沈められるほどの巨大な柔らかさの塊に代わって、伝わってくるのは女性らしい豊かな膨らみと、少女の顔が埋められていること。先ほどまでの俺たちとは真逆で、アリスの顔がすっぽり隠れてしまっている。要約すると、

 

 『仲間たちに見守られる中で、金髪碧眼の少女がすぐ傍にいる青年の身体を、体温を、匂いを、その存在の一つ一つを大切そうに確かめている』という映画のワンシーンがみたいな状況が出来上がっていた。

 

「~~~~~~ッ!?」

 鮮やかな金色のショートヘアから覗いていたアリスの耳がみるみるうちに真っ赤に染まる。後ろに密着する温もりが熱っぽいものに変わったのは気のせいかマジなのか。

「~~~~ッ! ~~~~ッ!!」 

「おおお落ち着くんだアリスこれは事故だ孔明の罠だ!」

 アリスが声にならない悲鳴をあげて俺の腰に回していた左右の腕にさらに力をかけてくる。離れるどころか反対にもっとくっつくなんて相当テンパっているに違いない。かくいう俺も自分が何を言ってんのか分かんない。

 もはやここまでタイミングが良すぎるミラクルが重なると、レミリアが運命をいじくったんじゃないかと疑いたくなるが、紅魔館勢の誰一人として言葉が出てこないあたりガチな偶然なのだろう。

 そしてついに人形遣いが微かに声を出す。あかん、嫌な予感。

「ひ………」

「ちょま――」

 直後、ふっと足の裏から感触が消えた。立て続けに景色がぐるんと反転、上下逆さまで真後ろにあるはずの図書館の背景が視界に飛び込む。もしやコレは……

 トドメばかりに、喉の奥から生み出された叫びが少女から解き放たれた。

「きゃぁああああああああああああ!!」

「バックドロップぅううううううう!?」

 迫りくる床面に指す術もなく叩きつけられ、脳天に迸る激痛と首筋に走る筆舌に尽くしがたい鈍い音が響く。意識が遠のいていくなかで、どういうわけか白玉楼にいるゆゆ様と妖夢の幻覚が見えた。

 

 

つづく

 




無性に観たくなったのでDVDをレンタルしてきました。
感想、

ミュウツーの逆襲が二十年ほど前の映画って……嘘やろ……


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第五十八話 「幻想入りの定番ネタをやってみた」

劇場版SAOオーディナル・スケールおもろかった
特典の小説も手に入ってボク満足
レイトショーで観たから映画館を出た頃には午前0時でした


ってなわけで最新話、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
※前書きと今回の話は一切関係ありませぬ


 カッカッと黒板にチョークを走らせる音だけが通り抜けて行く。ほんのちょっと前まで騒がしかったのがウソのように静まり返っていた。日頃の教育が行き届いている証拠だ。ただし、口はチャックできても目はそうもいかず。こうしている間にも、さながら虫眼鏡を使って日光を一点に集めるかのごとく、数多くの興味に満ちた視線を背中に受ける。

 黒板にデカデカと自分とアリスの名前を書き終え、くるりと正面を振り返る。案の定、オラワクワクしてきたぞと言わんばかりの好奇心いっぱいな目が、ひとつ残らず俺と隣にいる少女を捉えていた。

「ごほん。えー」

 咳払いで前置きしつつ、全体を見渡す。アリスはニコニコと愛想の良い笑顔を子供たちに送っていた。人形劇でこの手の純真な眼差しには慣れているのだろう。なるほど、彼女が適任といわれたのもよくわかる。

 とりま、始めましょうかね。

 

「ってなわけで慧音先生の代打で本日限りの臨時講師としてきました天駆優斗です。ハッピーうれぴーよろぴくねー」

「同じく臨時講師のアリス・マーガトロイドです。みんな、よろしくね」

 

 よろしくおねがいしまーす! と活気あふれる返事が教室中に響き渡る。子供は風の子、元気な子。元気があれば何でもできる。ってどこかの格闘家も言っていた。

 さて、なしてまた俺とアリスが寺子屋で教師なんぞをやっているんだウソだドンドコドーン! と疑問を抱かれた方もいらっしゃるであろう。なので、ちゃんと説明しておこうと思うので安心したまへ。

 話をしよう。あれは、今から七十二時間、いや百二十時間ほど昔だったか……

 

 

「人形劇の代わり?」

 慧音さんが首を傾げる。水色のロングヘアーをもつ知的な美人は今日も麗しかった。

 かつて阿求様を加えた四人で団子を食した甘味処。授業を終えた慧音さんをお誘いし、俺たちは再び席を同じくしていた。きっかけはアリスだ。慧音さんに相談があるという。

 その内容とは、祭りの日に人形劇をしない代わりに何かできないかというものだった。ほどよく冷たい緑茶で喉を潤しながら、俺は先日の稗田邸であったやり取りを思い返した。

 卓上の湯呑を両手で包んで、人形遣いがまっすぐに慧音さんを見据える。

「うん。慧音も関わっていたんでしょう? お祭りのこと、阿求さんから聞いたの。すごく綺麗な布地まで貰ったんだから」

「ああ、その件か。アリスが気にする必要はないよ。これまで何度も人形劇で行事を盛り上げてもらっているのだし、たまにはゆっくり羽を伸ばしても良いんじゃないか?」

「ありがとう。もちろん当日はそうさせてもらうわ。でも、やっぱりどこか申し訳ない気持ちもあって……だからせめて、私にできることでフォローさせてほしいの」

「本当に気にしなくてもいいのだが……いや、そこまで言われたら断るのもかえって失礼か」

 熱心な説得に慧音さんが苦笑じみた表情をみせる。その反面、人形遣いの思いやりを目の当たりにしてとても穏やかな雰囲気だ。

 相変わらず優しいというかマジメというか、アリスらしいねぇ。しかも可愛いしホントに天使なんじゃなかろうか。ひだまりスケッチのゆのちゃんも天使なのではないか。

 無論、アリスの気持ちを知ればこそ、こちらも名乗りを上げないわけがない。むしろアリスのいるところ我ハココニ在リ。

「もちろん俺も手伝いますぜ。会場の設営でも資材の調達でも、八百屋の店番からジャイアント・トードの討伐まで、どんなクエストもどんとこいっすよ」

「ふむ……なら、こういうのはどうだろう。私が寺子屋を不在にしている間、生徒たちの勉強をみてくれないか? 聞けば君は外で学生をしていたそうじゃないか。アリスも聡明で頼りになる。二人に適任な仕事だと思うのだけれど」

「慧音はいいの? 大事な教え子を私たちに託しても」

 アリスがそう尋ねると、慧音さんは「何を言う」と朗らかに表情を和らげた。

「君たちの人柄の良さは良く知っているつもりだ。実を言うと、打ち合わせが少ないせいで祭事の準備か遅れ気味でな。里の者たちと会合を行う時間が欲しいんだ。引き受けてくれると非常に助かる」

「なるほどね。そういう事情なら喜んで代役を務めさせてもらうわ」

 いかん、そいつぁ確かに一大事だ。もし準備が間に合わず中止となれば、アリスと二人でお祭りに行く計画がおじゃる丸、じゃなかったオジャンになってしまう。しかも美人がお困りとなれば、もはや俺が動かぬ道理はナイツ。

 慧音さんの提案を俺たちは二つ返事で引き受けた。塾や家庭教師のアルバイトみたいなもんだと思えば、やってやれないことはない。むしろやれる。

「そんで、俺たちは何を教えればいいんすか?」

「ひとまず簡単な読み書きを。使う教材はこちらで用意しておこう。あとは、あの子たちから質問が来たら答えてやってほしい。好奇心の塊みたいな子ばかりで少々手を焼くかもしれないが、よろしく頼む」

「ふふ、任せて。勉強の楽しさを教えてあげるわ」

 やっぱりアリスって子供が好きなんかな。

 可愛らしく声を弾ませる彼女の横顔に見惚れつつ、みたらし団子の串に手を伸ばした。

 

 

 という経緯があって今に至るのでした、まる。

 慧音さんは俺とアリスを紹介するとすぐさま、会合に向かうべく教室を後にした。いそいそとした足取りから余程忙しいのだと思われる。アリスの申し出は彼女にとっても僥倖だったに違いない。

 ちなみに、俺たちが教室に足を踏み入れたときはそれこそお祭り騒ぎだった。なにせ、アリスは子供たちからも有名なので彼女を見るや否や「アリスお姉ちゃんだ!」と大賑わい。そこまでは良かった。俺を指差して「ナンパのお兄ちゃんだ!」と叫んだり、メイドのお姉さんとかウサギのお姉ちゃんとか半分ユーレイのお姉ちゃんの名前を出したり、あげくには「でも本命はアリスお姉ちゃんなんでしょ?」とか言い出してあたりで、かつてない真顔で「それ以上いけない」と言った俺は間違ってないはず。

 そんな子どもたちの発言に俺たちは見事に振り回された。むっと頬を膨らませたアリスに詰め寄られたかと思えば、カァアアッと顔を真っ赤にして俺が突き飛ばされてしばらく収拾がつかなかった。

 いつの時代も子供はパワフル、はっきりわかんだね。

 

 授業は前半と後半に分ける方法とした。前半は俺が書きを教えて後半はアリスが読みを教える。そんなわけで先方、俺のターン!

 再び白いチョークを手に取って黒板に滑らせる。今更だけど、幻想郷にもあったんやね。てっきり先生がテキストを読み上げる講義形式だと思っていた。おかげで本格的に教師になった気分でござる。

 俺が彼らに教えるのは小学一年生でも書けるシンプルなもの。此度の仕事を引き受けた際、漢字をやるならコレは絶対にやらねばならぬと決めていた。

 二つの斜線からかたどられる字を記し、踵を返す。

 

「はいっ、いいですかぁ、『人』という字は、人と、人が、支え合ってできてるんです」

 

 コレだけは欠かせなかった。大事なことなので以下略。このばかちんがぁ。

 俺の全力のモノマネは華麗にスルーされた。誠に遺憾である。と、三年B組(仮)の生徒の一人が「せんせー」と手を上げた。

「なんでそれで支え合ってるの?」

「良い質問だ。ならば先生が実際に見せてしんぜよう。こんなこともあろうかと、カッパさんからスペシャルアイテムを作ってもらっていたのさ」

 スペシャルアイテムの響きに生徒の関心が一層高まる。

 そう、俺はこのときのために前々から妖怪の山へ赴き、にとりにある道具の製作を依頼していた。こういうのを作りたいんだけどできる? というお願いに、水中エンジニアはマジ余裕だし屁の河童だと親指を立てた。ゴメン嘘。「できるよ」と言ったのはホント。

 のびーるアームや光学迷彩スーツなど一部オーバーテクノロジーを持つ彼女は、もしかしたら幻想郷のドラえもんなのかもしれない。

 下手に目立たぬよう教室の隅っこに隠しておいた道具を運ぶ。スタンドミラーとシーリングライトをコードで繋いだ形状の機械だ。照明器具を床に、姿見を仕切り板の要領でその横へ置く。パチン、とスイッチを入れると照明が薄緑色の光を放ち始めた。

 正常に作動しているのを確認し、鏡の真横に立つ。

 

「よーし、全員注目ー!」

『おおー!』

 

 子供たちからどよめきと歓声が上がる。

 さもありなん。彼らの目の前には俺が二人立っているのだから。これぞ名付けて「立体ホログラムくん ~映るんどす~」。鏡に映った物体を立体的に読み取って、照明が放つスクリーンに虚像を投影するというハイテクなマシンなのである。どやぁ。

 すべては先の質問が来たときに実例をもって解説するため。そのために霖之助さんからも知恵を借り、さらにバイト代の一部を使って河童にキュウリを献上した。さらにさらに、サプライズにしたかったのでアリスに隠すのにも全力を注いだ。もはや徹夜明けのテンションみたいな謎の勢いである。閑話休題。

 片手を腰に当て、人差し指をビシッと突きつける。鏡の向こうではコピーの俺が左右対称で同じポーズをとっているはずだ。

「今から人という漢字の元ネタを再現するから、しっかり見ておくんだぞー」

『はーい!』

 完全に一致した動きがなければ「アレ」は成功しない。だが、この機械を使えば成功率百パーセントだ。だって両者がリアルタイムで同一人物なのだから。

 まずは二人が並んで立つ。間隔はおおよそ三歩分だ。次に、左右の腕を真っ直ぐ横――相手がいる方とは逆向きに伸ばす。この時、手の形はパーだ。

 

「フュー……」

 

 頭上に弧を描いて両腕を反対にしながら二人が近づく。移動はガニ股歩きでススッと素早く。腕の角度にも気をつけろ。

 

「ジョン!」

 

 手をグーの形にして左右の腕を元のポジションに、あわせて片足も膝を曲げて同じく外側に向ける。仕上げに――

 

「ハァッ!!」

 

 両手を斜め上に伸ばして二人の指先を合わせる! またまた腕の角度に気をつけろ! 最後はグーから人差し指を伸ばすんだぞ! あと足の角度にも要注意、左足をピーンと伸ばすのを忘れるなァ!

 そして描かれるフュージョンのポーズ。頂点の指先から左右斜め下に引かれる線の形を、体全体を使って表す。それは偶然にも真後ろの黒板に書かれた「人」の文字とピッタリ重なった。

 先ほど以上の大喝采が教室中を駆け巡る。

『すげー!』

『ほんとだー!』

「括目せよ! 強敵を打ち倒すためにサイヤ人が力を合わせたこのポーズこそが! 人という字の始まりなのだぁ!!」

「デタラメ教えるんじゃないのッ!!」

「んあ゛ぁああ!?」

 直後、素っ飛んできたアリスの拳骨が容赦なく俺の頭を打ち抜いた。

 

 余談。

 しばらく子供たちの間で「フュージョン!」と叫んで互いの指先を合わせる謎の遊びが流行ったという。

 

つづく

 




次回更新は予想外にいきたい


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第五十九話 「幻想入りの定番ネタをやってみた 其の二」

いつもより文字数が少ないとき、奴は隠し玉(ストック)を持っている


連日投稿したのって初投稿のとき以来かも……
本当は昨日のうちにコンボをつなげるつもりでしたが、ひだまりスケッチ☆☆☆みてたらタイミング逃してました


 後半、アリスのターン。

 ホログラムくんを泣く泣く撤去し(とりあえず職員室に置かせてもらった)、教室に戻るとアリスが教科書を朗読していた。一人一人の顔を窺いながらゆったりと歩く彼女の姿はまさに教師のそれだった。なんというか、すごく……イイ。

 人形遣いの透き通った声が書物に綴られた詩を読み上げる。

「子供の頃の夢は色あせない落書きで――」

 彼女たちの邪魔にならないようコソコソ迂回して、窓際の壁を背もたれにして静かに腰を下ろす。そのまま、アリスの授業風景をぼんやりと眺める。おそらく今、俺の顔はだらしなく緩みきっているのだろう。仕方ないね。

 人形遣いの綺麗な声に聞き惚れつつも、無垢な瞳は一生懸命に自分の教科書を追いかけていた。

 ふいに、アリスが読み聞かせを止めて、一人の女の子に声をかける。

「この続きをあなたが読んでくれる?」

「は、はいっ」

 急に話を振られた女の子がやけに緊張した様子で立ち上がった。教科書をまっすぐに構え、彼女が中断したところから読み始める。

 どうやらその子は引っ込み思案な性格らしい。自信なさげな小さい声が上ずっている。さらに途中で何度もつっかえたり止まったりしてしまう。それでも、アリスが「大丈夫、ゆっくりでいいから」「あなたならできるわ」「あと少し、頑張って」と微笑みかけるとコクリと頷いて、たどたどしくも懸命に音読を続けていく。俺も無言のエールを送って少女を応援する。ガンバルゥェエエ!! と叫びたいところだが、んなことしたら教科書の角が飛んでくるかもしれないので自重する。念力で我慢だ。

 そしてついに、その子は最後の一節までたどり着いた。

「お、思うまま書き滑らせて、描く未来へとつながる」

「はい、よくできました。頑張ったわね」

 アリスが少女の髪をサラサラと撫でる。少女は恥ずかしげに顔を赤らめて人形遣いの手を受け入れた。くすぐったそうに口元を緩めている。よくやったな、おっちゃん感動した!

 すると、アリスに褒めてもらえたのが羨ましかったのか他の子たちが次々と手を上げた。

「アリスせんせー、次はおれが読む!」

「ぼっ、ぼくも!」

「アタイもー!」

「あらあら、じゃあ今度はみんなで一緒にやりましょうか」

 すっかりクラスの人気者なアリス先生を中心に、子供たちによる夢想の歌が紡がれる。この光景に色を付けるならば、きっとお日様のような優しくて温かい色で彩られるだろう。

 いくつもの声が重なる中。やっぱりというか、俺が一番印象の残ったのは他ならぬ彼女の声で。

 その声が耳に届く度に心が温かくなっていき、俺はまたしても顔がニヤけていたのだった。

「これはこれは、見出しは『七色の旋律、寺子屋を温かく包む』ですかね」

「いやはやまったく。というか、いつから居たんだ射命丸さんよ?」

「あややや、私はいつでもお二人を見守っていますよ」

「心意気は大いに結構だが、カメラを構えながらそのセリフを言うのはやめれ」

 いつの間にか窓からひょっこり顔を出していた鴉天狗に至極真っ当なツッコミを入れる。一歩間違えればストーカーやで。あと、その写真いくらで譲ってくれる?

 

 

 「ネタが決まりましたよぉおお!」と文字通り疾風のごとく飛び去って行った文を見送る。明日か明後日ぐらいにはアリス先生の授業風景が幻想郷中にばら撒かれているのやもしれぬ。気が付けば授業も終わりに差し掛かっていた。

 何か聞きたいことある? と問うとこんな質問がきた。曰はく、「外の世界ってどんなの?」と。

 アリスからアイコンタクトを受けて頷き返す。こればかりは彼女より俺の方が適役なのは言うまでもない。質問した彼も俺が外来人であると慧音さんあたりから聞いたのだろう。

 年端もいかない少年の疑問に、俺は子供にもイメージしやすい言葉を選びながら答えていった。

「一言でいえば、とにかく大きい。んで、その大きい世界の中に色んなものがギッシリ詰まっているんだ。数え切れないくらい人も動物もいっぱい居て、美味い飯も不味い飯もたくさんあって、諸君が見たことない玩具や遊び場だって幾つもある。しかも続々と新しいのが生まれていって、世界が物凄い早さで成長しているのよな。けど、新しいのがドンドン出てくる一方で、古いのが次々と皆から忘れられていっている。特に道具は。皆から忘れられるってのは寂しいよな。それは人だけじゃなくて道具だってそうさ。ところで、この中で無縁塚に行ったことがある人はいるか?」

 俺が生徒たちに問いかけたところ誰も手を上げなかった。当たり前か。幻想郷で特に危険とされている場所だし。そんなところへただの人間の子供が行ったとなれば問題だ。間違いなく慧音先生に怒られる。

 さっと目を逸らした男の子が数人ほどいたが……黙っておいてあげよう。男だもの、冒険したくなるさ。気持ちは分かるから安心せい。

 ともあれ、せっかく「外」の話をするならば、少しくらいは彼らのためになるオチで締めくくりたい。そんな風に思いつつ俺は話を続けた。

「無縁塚には現代の物が流れ着くのは諸君も知っていると思う。それはなぁ、あっちで忘れられて居場所がなくなった物たちに『ちゃんと居場所があるんだよ』『此処に居て良いんだよ』って幻想郷が呼びかけているんだ。そう考えると、幻想郷ってのはとっても優しい世界だと思わないか?」

 再び俺が問いを投げると、今度は全員が一斉に首を縦に振った。幼いながらも真剣な顔つきでこちらの話に耳を傾けている。良い目をしてやがるぜ。慧音先生、あなたの教え子たちは立派っすよ。

 ラストに、ちょいとパクリだがこのセリフを借りよう。

「そんな優しい世界に住んでいる君たちに、一つだけお願いがあります。時々で良いから、幻想郷にやってきたものたちのこと思い出してあげてください」

『はい!』

 よし、良い返事だ。

 正直いうと、またしてもガラでもないこと語ってしまった感じはあるが……まぁ、今回くらいは見逃してくれや。と、誰にというわけでもなく言い訳をしてみたり。

 

 俺が話し終えるのに合わせて、それまで離れた場所で聞いていたアリスが俺の傍まで歩み寄る。彼女は俺の耳元に顔を近づけると小声でそっと囁いた。仄かに香る甘い匂いにドキッとした。

「優斗」

「アリス?」

「私、忘れない。優斗が今言ったコトバずっと覚えているからね」

「うぐ、それはそれでハズイから忘れてくれ……」

「もう、どうして照れるの? 自分から言ったのに」

「いやぁ……だって、ねぇ?」

 急に冷静になって、アリスも居るところでクッサイ語りをしていた己の姿を思い出してしまう。さっき開き直ったばかりなのだが、床の上を転げ回りたくなってきた。子供たちの成長のためとはいえ俺ってば何言っちゃってるんだ……

 いやー! やめてー! そんな生暖かい目で見ないでー!

 くすくすと笑みをこぼすアリスに見つめられ、恥ずか死ぬ寸前の俺は堪らず彼女から顔を逸らして顔を隠したのだった。ちくせう、コレ絶対赤くなってるだろ。

 

 

 教室の入り口から拍手が鳴る。

「やっぱり君たちに任せて良かった。子供たちのためになる非常に良い話だった」

「へ?」

 立て続けに聞こえた声に思わず振り返れば、本物の先生が満面の笑みで立っていた。いや待て、もしかしなくても彼女にも聞かれていたというのか。もうだめだ、おしまいなんだぁ。もうオムコに行けない。

 アリスが慧音さんを出迎える。

「おかえりなさい、慧音。会合はもういいの?」

「ああ、おかげで大幅に進展があった。予定より余裕をもって準備が整いそうだ。二人とも本当にありがとう」

 深々と頭を下げる女教師に人形遣いが「こちらこそ」と礼儀正しく応える。

 役に立てたのなら幸いだ。祭りの日に人形劇がない代わりの特別授業ってコトで子供たちも納得してくれたし。

 アリスに次いで、俺もキリッとキメ顔で慧音さんの前に進み出る。決して先ほどのを誤魔化そうとしているわけではない、断じて。

「他にも手伝いが必要なときは呼んでくださいっす。人里の外まで資材調達なんかがあれば俺が行くんで。魔法の森はもちろん、霧の湖も地底も冥界も迷いの竹林も妖怪の山も太陽の畑も無縁塚にも既に訪問済みなんでオールライトっすよ」

「とても空を飛べない者とは思えない行動範囲だな……でも、あまり無理をするな。この間から、里の外で外来人が目撃された噂をよく耳にする。知っての通り、外来人は特に妖怪から狙われやすいのだから、君も気を付けるんだぞ」

「ふっ……大丈夫だ、問題ない――」

「優斗?」

「ゴメンナサイ気を付けます」

 人形遣いの重圧を帯びた声色に、目にも留まらぬ速さでキッチリ九十度腰を曲げる。弱いとかいうなよ。

 思えば、俺や早苗以外の外来人と未だに会っていない。本当に外来人いるのってレベルだ。実は結構なレアキャラの立ち位置なのか。メタルスライムと同じくらい?

 土下座の下位変換を維持したまま考えに耽っていると、近くに座っていたやんちゃそうな男の子が威勢よく声を上げた。

「おれ会ったことあるよ! にーちゃんぐらいの男の人が無縁塚にいたんだ!」

「貴重な情報サンキューな。だがしかし少年、チミは一つだけミスを犯した。せっかく俺が黙っていたのに無縁塚に行ったと自らバラすとはね」

「…………あ゛」

 俺の指摘にヤンチャボーイがサーッと顔を青くする。そんな彼の前に立ちはだかる影。少年が恐る恐る顔を上げると、我らが上白沢慧音先生が腕を組み仁王立ちで見下ろしていた。目と目が合う瞬間、美人が浮かべる笑顔に怒気が宿ったのを肌で感じた。

「お前、無縁塚に行ったのか? 危ないから行っちゃダメだってあれほど教えたのに?」

「あ……あぁあ……」

 俺もアリスから似たような表情を向けられた経験があるから分かる。アレはあかんやつや。

 ガクガクと震えながら冷や汗を流し、少年が乾いた声で俺に本日最後の質問をぶつけた。

「優斗せんせー……こういうときはどうすればいい……?」

「…………諦めろ。大丈夫だ、先生も同じ経験あるから」

 

 

 教師の咆哮と生徒の断末魔と人の頭からしてはいけないような震えんばかりの打撃音を右から左に聞き流す。寺子屋じゃよくある光景らしいから気にしないキニシナイ。とりあえず、あれだ。慧音さんに心配かけるのはほどほどにな、ボーイ。

 それにしても、

「外来人、か」

「どうかしたの?」

「んー、ちょっとな」

 阿求様から聞いた通りであれば、これからも「外」の人間が幻想郷にやってくるのだろう。幻想郷に招かれて。あるいはスキマに落とされて。あるいは結界の事故に巻き込まれて。

 

 もしかしたら、だけど。

 万が一どころか億が一ぐらいの確率かもしれないけど――

 

 そこまで考えて、頭に浮かんだ内容のバカらしさに失笑して思考回路からさっさと打ち消した。

「……いやいや、そらないわー」

「どうしたの本当に?」

「うんにゃ、何でもない」

「そう? 変なの」

 アリスが怪訝な顔をして俺を覗き込む。中途半端に口に出ていたのがいけなかったか。とはいえ、わざわざ口にするほどのものでもないので肩をすくめて誤魔化した。

 そりゃ、なぁ……

 

 

 ――此処でも知り合いに会うかもしれない

 

 

 そんなまさか。

 一体どんだけの偶然が重なったらそうなるんだってハナシだよな、まったく。

 

つづく

 




フラグ? 知らんな。


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第六十話 「最終章スタート」

Toloveるダークネスも山田君と七人の魔女もまがつきも最終巻が出てしまった……
この心の穴は幻想入り動画を片っ端から観て埋めるしかない(ダメ人間の発想)

そんなわけでこの物語もいよいよ大詰め?
読んでいたラブコメが次々と完結する波に、サイドカーも乗るしかない!

GWもいよいよスタート、まずはごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 寺子屋で教師のマネゴトをこなした数日後、俺はお馴染みのバイト先である香霖堂を訪れた。戸をあけてすぐさま、ガラクタおっとコレクションが増えているのに気付く。どうやら俺の知らない間に無縁塚で調達していたと思われる。

 ただし今日の俺は店員ではない。ここに来た理由はいわばビジネスだ。河童印のホログラムマシンをイイ値段で買い取ってくれると言われたので持ってきたのである。もとより寺子屋の仕事が片付いたら使い道がなかったわけで、こちらとしてもオイシイ話だった。買い取ってもらった立場で言うのもアレだが、そのうち倉庫行きになるのは想像に容易い。また掃除せんとなぁ。

 その後も店内でのんべんだらりと過ごしていた折、ふと思ったことを聞いてみた。

「霖之助さんは出店やらないんすか?」

「何の話だい?」

「ほら、明日って人里のお祭りある日じゃないっすか。香霖堂は何かしないのかと疑問に思いまして」

「ああ、そういうことか。特に予定はないよ。そもそも僕が出店を開いて誰彼構わず客引きをする性格に見えるかい? あいにく明日もここで静かに過ごすつもりさ」

「果てしなく納得っす」

 この人もブレないわね。とはいえ、祭りでワッショイするタイプとは思えないし、露天商のおっちゃんみたいなノリで道行く男女を呼び込んでアクセサリーを売る姿も想像できないんだけど。たまに宴会にも参加しているし、騒がしいのが苦手というわけではないのだろう。寡黙で落ち着いた雰囲気を漂わせるが、その辺はやはり幻想郷の住民というべきか。

 男同士の他愛のない会話を繰り広げていると、同じく店でくつろいでいた仲良し三人娘の一人が加わってきた。白黒魔女ファッションで金髪ロングの活発な少女がニヤリと口の両端を吊り上げて、霖之助さんに右手を差し出す。

「魔理沙、おおよその察しはつくがこの手は何かな?」

「もちろんお小遣いの要求だぜ。任せろって、香林の分も代わりに私がお祭りを楽しんできてやるからさ」

「まったく、君という子は……」

 霖之助さんが呆れ返った溜息を吐きつつも懐から財布を取り出す。てっきり断るなり諭すなりすると思ったのだが、やけにすんなり受け入れるのが妙に気になった。

 気を抜いていたせいでポロッと疑問が口に出てしまった。

「イイんすか? あっさりオーケーしてますが」

「被害は少ないに越したことはない。また引き出しの中を勝手に物色されるのは勘弁してほしいからね」

「ヨシヒコォォオオオオ!」

 家に上がり込んで引き出し漁るって、お前はどこのドラクエだよ。もしや壺を持ち上げて床に叩き付けて割ったりとかしているんじゃなかろうか。言っておくけどそこの壺(水煙草というらしい。使い方は俺も知らぬ)は店主のお気に入りなんだから止めろよ。絶対に止めろよ!

 魔理沙に小銭を手渡すイケメン眼鏡に心より同情を捧げる。すると今度は、その様子を眺めていた紅白巫女が口を開いた。

「ねえ、私にはないの?」

「さりげなく自分も要求してきおったでこの巫女さん」

「そうくると思ったよ……まさかとは思うが、君まで同じこと言わないだろうね?」

 霖之助さんに問いと疑惑の視線を向けられた少女、七色の人形遣いがゆるやかに首を横に振る。臨時収入を手にした親友二人の浮かれっぷりに苦笑いを浮かべ、

「心配しなくても言わないわよ」

「フッ……大丈夫っすよ。なぜなら、明日アリスと一緒に行くのはこの俺なんすから。なぜなら私は魚雷だから! そこんところはバッチコイコイ!」

「別に優斗が出さなくても自分の分は自分で――」

 アリスが咄嗟に口を挟もうとするが、両サイドから伸びてきた霊夢と魔理沙の腕に遮られる。そのまま二人に店の隅っこまで引っ張られていった。さらに、なぜか俺を見ながらニヤニヤ笑いで彼女に耳打ちし始める。

 

「まーまー、そこは素直に甘えとけって」

「魔理沙は自重しなさいよ。ツケも溜まっているのにお小遣いまで貰うなんて、霊夢も」

「気にしない、気にしない。それよりもせっかくのお祭りデートなんだから、こういうときくらい頼っちゃいなさいって」

「だ、だからっ! そんな……でっ、デートとかじゃないんだってば!」

 

 よく分からんがとりあえず、美少女たちの内緒トークの様子をしかと目に焼き付けておく。霊夢に何かを言われた途端、アリスがカァアアッと顔を紅潮させて焦ったように否定しているみたいだが、ひそひそと喋っているせいでうまく聞き取れない。誠に遺憾である。

 にしても、霖之助さんも立派に保護者しておられますなぁ。慧音さんといい、幻想郷のインテリは人格者が多い気がする。そういえば……

「魔理沙が使っているマジックアイテム……ミニ八卦炉でしたっけ。あれ作ったのって霖之助さんなんすよね?」

「確かにそうだけど、それがどうかしたのかい?」

「いやー、剣と魔法が普通にあるファンタジー世界にいるからには、どうせなら俺にもその類が得られないものかと。つまるところ、そういうのないっすかね?」

「要は外来人でも使えるマジックアイテムが欲しいと。ちなみに、優斗君は魔力を宿しているのかい?」

「実はこれが全然まったくミジンコの欠片もございやせんでした。以前、紅魔館で魔法を試しましたが頭にタンコブできるし力が入らなくなるしで大変でしたぜ」

「何をやっていたのかは聞かないでおくよ。そうなると使い手が持つ魔力をエネルギーにする構造では無理だね。できるとすれば道具そのものに魔力を宿らせる方法か……」

 ブツブツと独り言を呟きながら思考の海に沈み込んでしまった。難しい顔をして腕を組んで唸り、「これなら……」「いや……」などと言葉をときどき漏らす。ここでバイトをしていて分かったのだが、彼は仮説を立てたり考察を人に聞かせるのが特に楽しいらしい。なにせ一度熱く語り始めたら止まらないときたもんだ。この間も夜になっても一向に終わらず、俺の帰りが遅いと心配したアリスが迎えに来たほどである。かたじけのぅござる。

 

 と、先ほどまでの俺と霖之助さんの会話を聞こえていたのか、再び魔理沙が話しかけてきた。女の子同士のナイショのオハナシはいつの間にか終わっていた。

「ちょっといいか? 今更なんだけど優斗ってどうやって幻想入りしたんだぜ?」

「本当に今更だな。かくいう俺もつい最近まで気にしてなかったんだがね。そういやアリスにもちゃんと話してなかったな。これはあくまで俺の推論だが――」

 せっかくの機会だ。ここらで推理パートといこう。

 いつぞや稗田邸で得た外来人に関する情報をもとに、俺なりに考えた幻想入りルートを彼女たちに聞かせる。現代にいたときに見つけた一本の樹木から感じた違和感のようなものがすべての始まり。それ自体かあるいはすぐ傍にあったものが幻想入りする瞬間に俺が触れてしまったために、結果として巻き込まれる形となったのではないかという可能性まで。俺が思いつく限りを一つずつ追って説明していった。

「――とまぁ、こんな感じで幻想入りしたんじゃないかと思うわけですよ」

 

「その話、詳しく聞かせていただけます?」

 

 突如、虚空から女性の声がした。

「こいつ、直接脳内に……!?」

「そんなわけないでしょ」

 すかさず人形遣いの冷静なツッコミが入る。言ってみただけなんです。ファミチキください。唐揚げ棒でも可。

 そんな俺らをスルーして、霊夢がスンゴイ面倒くさそうなしかめっ面で嘆息し、虚空に向かって声を放つ。

「紫、出てきなさい」

「ふふふ。バレてしまいましたわ」

「相変わらず白々しいやつだぜ。誰でもわかることだってのに」

「あら手厳しい」

 どこか芝居じみた声に続いて、何もないはずの空間に切れ目が入る。姿を現したのは長い金髪と白い帽子が特徴の知的な美女。優雅で、それでいてどこか掴みどころのなさも見え隠れする微笑をたたえる。余裕に満ちたその様相たるやまさに策士。さもありなん、彼女こそがこの世界の創設者なのだから。

「どうも、紫さん。ご無沙汰してます」

「こんにちは。アリスと仲良く……いえ、仲睦まじくしている?」

「はい、おかげさまで毎日がエブリデイでハッピーデイ――むぐぅっ!?」

「ちょっと紫!? へ、変な言い回ししないで!」

 俺が答える途中でアリスが飛び込むように間に割って入ってきた。さらに口を手で塞がれてしまって喋れなくなる。ちょ、待て……い、息が……

 ますます人が増えて余計に騒がしくなったせいか、思考の海にハチワンダイブしていた霖之助さんもさすがに顔を上げた。彼は窒息しそうな俺よりも紫さんの存在に気づき、

「おや、賢者様のご来店とは珍しい。ご入用で?」

「残念、用があるのは貴方ではなく彼ですわ。優斗くん、今の話は本当なの? 他者の幻想入りに紛れて此処に来てしまったというのは」

「確たる証拠はないですけど、俺の中では正解に一番近いのではないかと。じっちゃんの名にかけて!」

 無駄に自信満々にそう答えると、紫さんが顎に手を添えて考える素振りをみせる。ほどなくして彼女の瞳が俺を射抜く。次いでかつてないマジトーンを耳にする。

 

「その場所まで案内してもらえる? 霊夢もついてきなさい。他の二人は、言われずともついてくる気でしょうね」

 

「当たり前だぜ。事件のニオイがプンプンするぜ!」

「目の前でこうも不穏なやり取りされたら誰だって気になるわよ……それにその、優斗が関係することなら尚更、ね」

「んむ? 俺がどうかしたって?」

「ななっ、何でもないわ! ほら、早く案内して」

「お、おう? したっけ霖之助さん、また後日っす」

 名前を呼ばれた気がしたのだが、ほんのり頬を赤く染めたアリスに急かされて早々に店の外へ出る。俺たちに続いて紫さんたちもぞろぞろと香霖堂を後にした。あれだけ人がいた店内も、今やすっかり店主ひとりだけとなる。

 

 

 パタン、と扉が閉まる音を最後に静寂が訪れる。

「やれやれ、さながら台風一過といったところか」

 静まり返った店内で霖之助がひとりごちる。その後、先ほどの考え事の続きをしようと椅子の背もたれに寄りかかろうとした時、再び入口の扉が開き、呼び鈴がカランカランと乾いた音を響かせた。

 香霖堂の店主が来客と向かい合う。

「いらっしゃい、何をご所望かな?」

 

 

 そんなわけで目的地に来ました。

 幸いにも香霖堂が魔法の森の入り口にあるため、わりと早く着いた。てっきりスキマを使ってテレポートになるかと身構えていたのだが、そもそも行こうとしている場所を知っているのが俺だけという理由から歩いていく次第となった。座標でスキマを開く位置を特定しているのだろうか。そんな能力者いたな。レベル4くらいだっけ?

 科学と魔術が交錯する世界に思いを馳せつつも、かつて己が幻想郷に足を踏み入れる原因となったであろうご神木(仮称)を指差す。この辺がさほど変わってなかったのを差し引いても、我ながらよく覚えていたものだと感心さぜるをえない。アタイやればできる子。

「ありましたよ、あの木です。俺が不可視の違和感、いうなればオーラ力を感じ取って根元の穴に落っこちて気が付いたら幻想郷に居たんですよねぇ。そんでもって、そのあとにアリスと出会ったんです」

「そう……」

 あのときの出来事は今でも忘れない。当たり前だ。身に覚えがないってのにいつのまにやら不思議な森に迷い込んでいて、そんな中で天使と見間違えるほどに可憐な金髪碧眼の美少女と出会った。そんな衝撃を忘れるわけがない。その前に上海との遭遇があったわけだけど、それはそれ。いいね?

 俺が指し示した樹木を賢者が真剣な顔でまっすぐに鋭い視線をぶつける。見れば霊夢も似たような目つきで周辺を窺っている。意外にもガチな雰囲気にアリスも魔理沙も静かに見守っている。

 いいや、限界だッ! 五人全員が沈黙している空気が耐えられん! 俺は沈黙を破るぞ、ジョジョーッ!

「あのー、紫さん? ひょっとしてマズイなにかが起こっているのでしょーか……? 主に俺のせいで。具体的に言うと俺のせいで」

「ご心配なく、大した問題ではありませんわ。少々の結界のズレがあっただけです。このあたり一帯が幻想入りしてまだ日が浅いのと、おそらくは優斗くんという異物が混入した故に生じた誤差でしょう」

「ゴプベシャぁッ……!!」

 女性からさりげなく異物とみなされたショックでエア吐血が炸裂する。数歩後ずさり、その場で体育座りをしてドンヨリと負のオーラを落とした。もちろん皆に背を向ける感じで。あれ、おかしいな。目から汗が出るよ。

 見兼ねた魔理沙が「よしよし」と頭を撫でてくれる。あ、なんか元気出てきた。彼女とは別に「あっ……」という小さな声が聞こえて顔を向けると、どこか躊躇っているような顔のアリスと目があった。手を伸ばす途中のような体勢で固まっていたが、俺と目があったことに気付くとパッと視線を逸らされてしまった。

 

 待つこと幾しばらく。調査が終わったらしく、紫さんと霊夢がこちらを振り返る。体育座りの俺と魔法使い二人の様子を見て、はじめは怪訝な眼差しを向けていた紫さんだったが、すぐさま心当たりに気付いたようで、

「ごめんなさい、悪気はないの。あまりに例外な幻想入りの仕方だったもので少し驚いただけですわ。むしろ優斗くん自身は幻想郷に馴染んでいるし問題ありません。本当に、こちらが驚くくらいに此処の住民と慣れ親しんでいるもの。知っていますのよ? つい最近、あなたが古明地さとりファンクラブに入ったというのも」

「ななななななぜソレを!?」

 びっくりするほどプライベートだだ洩れのピンチに体育座りどころではなくなり「な」を連打しながらバッと立ち上がる。そういやこのお方、以前に俺が鈴奈庵でドンパチやってたのをアリスに通報したんだよな。え、実は監視ついているの? 俺って観察処分者なの?

 ちなみに俺の会員ナンバーは114514である。十万ボルトじゃなかった十万以上の会員がいるのか単に適当な数字を割り振っただけなのかは知らんが割と気に入っている。噂によると会員ナンバー1は実の妹と言う説が出ている。本当にありそうなのが逆に怖い。

 どうやって地底まで行ったのかって? そりゃお前、文とかはたてとかもみっちゃんだよ。言わせんな恥ずかしい。特に文には何度も取材されているので快く引き受けてもらえた。そうだ、いつかにとりにタケコプターを作ってもらおう。

「あんた何やってんのよ……」

「うわー……」

 霊夢と魔理沙の蔑むような視線が痛い。やめて、そんな目で見ないで。こちとら幽香氏に養豚場の豚を見る目で見下ろされて踏みつけられて「ほら、鳴いてみなさい」と妖しげに言われて堪らず「ブッ、ブヒヒィイイイ!!」と嘶いたところをチルノや大ちゃんに目撃されてドン引きされたあげくアリスに通報されてしばらく口きいてもらえなかったという前科はないのだ。断じて。

 はたしてアリスはどう思っているのだろうか。未だ反応を示していない彼女をおそるおそる窺う。

「……何よ?」

「いや、その……怒ってる?」

「怒ってない」

 どっからどう見ても明らかに不機嫌そうだった。頬を膨らませてむっとした表情で俺を睨むと、今度はツーンとそっぽを向いて「もう知らない」と言わんばかりのおかんむり。ファンクラブに入会したのは良くなかったのかもしれない。たまたま会ったパルスィに話したときもすっごいジト目されたもん。どことなく冷たかったし。

 どうにか機嫌を直してもらおうと、両手を合わせて平謝りを実行する。情けないとか言わんでくれ。

「悪かったって。それに入会特典のさとりんの写真は帰りに文とトレードしちまったからもう手元にないし。だから許してくれ。な?」

「トレード?」

「ああ、人里で子猫と遊んでいるアリスの写真と」

 ポケットを漁ってその写真を引っ張り出す。団子やの長椅子に腰かけている金髪ショートの女の子。生後間もない子猫を膝の上に乗せて喉元をこしょこしょとくすぐっているところが写っている。見ているこちらもだらしなく顔が緩んでしまいそうになる可愛らしい笑顔がたまらない。会員限定のレアアイテムを差し出すだけの価値が確かにあった。

 俺が持っていた写真を目にするや否や、アリスはボッと湯気を吹き出すほどに顔を真っ赤にして神業のごときスピードでそれを引ったくった。

「~~~~~~~ッ!! ゆ、優斗のバカぁぁあ! コレは没収だからね!」

「なんですとォオオオ!?」

「泣いたって返さないんだから!」

 レアアイテムを代償にして手に入れたお宝を失うという無慈悲な判決に血の涙が迸る。もう一枚あった写真、さとりんとパルスィのツーショットも橋姫に奪われたし、ひょっとするとファンクラブ入会早々にファンたる証を他者に譲り渡した報いなのかもしれない。

 次に地霊殿に行ったら真っ先にさとりんに謝ろうと、俺はしかと心に誓った。

 

 

つづく

 




次回はGWの終わりくらいに投稿するかもしれませぬ
できなかったら許してヒヤシンス


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第六十一話 「ヤ○ザキ春のフラグ祭り」

若干タイミングがズレましたが、気が付けばこの小説に1000名以上の方がお気に入り登録してくださっていました。
ただただ感無量でございます。本当にありがとうございます。


さてさて、そんなこんなで此度の最新話。
ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「痴話喧嘩はもうよろしくて?」

「だっ、誰が痴話喧嘩してるっていうのよ!」

 生暖かく見守っていた紫さんにからかわれてアリスが顔を赤らめながら声を荒げる。取り乱している人形遣いを「まあまあ、落ち着きなさいな」と大人の余裕をもってなだめ、いつのまにやら手にしていた扇子を広げて口元を隠す。

「失礼な扱いをしてしまったお詫びをいたしましょう。家に帰ったら井戸の中をご覧なさい。きっと良い具合に冷えていて食べ頃になっているから」

「はて、井戸で冷やして食べ頃……? あっ、もしや!」

 散りばめられたヒントを集めていくと思い当たる節に頭の電球がピロリンと光る。俺の答えを察したようで紫さんが然りと頷く。

「ええ、夏といえば……スイカでしょう?」

『スイカ!?』

 夏の風物詩を耳にして霊夢と魔理沙が期待に満ちたキラキラな眼差しをこちらに放ってくる。みなまで言うな、仲間外れにはしないから安心したまへ。どうせならスイカ割りもやっておきたいところなのだが、時間をかけてせっかく冷やしていたものがぬるくなるのは些か勿体ないというもの。よって今回は普通に食べるとしよう。

 紫さんも誘ってみたところ、ついでだからもう少し調べておきたいという理由で断られてしまった。どこの世界線でも管理者ってのは大変なのは変わらないらしい。いやはや、お疲れ様です。

「案内ありがとう、優斗くん」

「いえいえ、俺の方こそゴチです」

「アリス、今から遊びに行っていいかしら?」

「もちろん私も行くぜ!」

「ふふっ、わかってるわよ。皆で食べましょう?」

「やったぜ!」

「そうこなくっちゃ!」

 巫女と魔法使いが人形遣いの手を取って嬉々とした足取りで駆け出す。仲良きことは美しき哉。賢者様も保護者のようなにこやかな目をしている。って俺おいてかれとるがな。

 仲良し少女たちを見送る紫さんに軽く頭を下げた後、俺も三人の後を追って歩き始めた。

 

 

「……さて」

 同行者たちの姿が見えなくなったところで後ろを振り返る。

 幻想郷の創設者にして境界を操る程度の能力をもつ賢者、八雲紫が神妙な面持ちで例の樹木を正面に捉える。その顔色には先ほどまで知人に向けていた穏やかさなどとうに消え失せ、代わりに貫くような鋭さを帯びていた。

 結界に多少の歪みがあったのは彼女自身が彼らに伝えた通りである。一人のイレギュラーが混入してしまったが故の結果だろう。香霖堂であの青年が語った推測はおそらく正しい。この木自体がすでに幻想郷の存在と化している。別の表現をするならばこの世界の一部となったのだともいえる。あと、うっかり彼のことを異物と例えてしまったのは反省しなければなるまい。まさかあそこまで落ち込むとは思わなかった。

 実際のところ、結界の修復というよりほんの微調整をしたにすぎず難なく終わった。そのくらいの些細なものでしかなかった。加えて、結界の不具合に巻き込まれた外来人が此処に迷い込むパターンも過去にあるのでさほど珍しいものでもない。

 どちらにせよ、実際のところこれといって問題はないはずなのだが……

(見落としに気が付かなかったほどの僅かな誤差とはいえ、結界のズレを一定期間にわたって放置していたのは事実。我ながら迂闊だったわ。偶然によるものだとしても、まさか他者の幻想入りに便乗してくる外来人が出てくるなんて想定外だったけど)

 八雲紫が幹に手を添える。能面のような無に近い表情から、密かに眉が動いた。

「……?」

(誰かが結界を通り抜けた痕跡がある。……これは、優斗くんではない? 他にもいるのかしら。これに巻き込まれた外来人が)

 今しがた行動を共にしていた茶色いツンツン頭が脳裏をよぎった。東風谷早苗とは違って何の能力も持たない、いかにもといわんばかりの典型的な外来人。その性格から幻想郷とは相性が良さそう。ついでにいうと個人的には人形遣いとの行く末が気になってしょうがないのだけれど。ついついスキマから二人の日常を覗き見してしまうのは許してほしい。本当にたまにしかやらないし。

 気分屋な青年と照れ屋な少女が肩を寄り添わせて歩いていたのを思い出し、厳しげな表情がふっと和らいだ。

「ふふふ」

 なんだか気分も良くなったところで自らの屋敷へと通ずるスキマを開く。そこへ足を進める途中、小さな疑問の欠片が落ちてきてふと立ち止まった。

(だいぶ無理矢理な方法で幻想入りしたわけだけれど、彼自身には何の影響も出ていないのかしら……? まぁ、変わった様子もないし大丈夫よね。さ、私も早く帰って冷たいお茶でも飲もうかしら)

 スキマが閉じる。些細な疑問もまとめて飲み込んで。

 

 

 井戸を覗き込むと、緑と黒の縦縞模様の丸い物体がプカプカと浮かんでいた。

「冷てぇー! ンマーイ!」

「うん、美味しい。紫には感謝ね」

「というか紫のやつ、うちの神社にはおすそわけしてくれないのかしら」

「私はどっちでもいいけどな。どこであろうと駆けつけるから関係ないんだぜ」

 瑞々しい赤い果汁が滴る夏の恵みを皆で一斉にかぶりつく。夏空の下で頬張るというのがより一層の風情を醸し出していた

 俺と魔理沙は半月型の大き目カットを両手で持ってガブリとワイルドに、アリスと霊夢は三角サンドイッチ型に小さく切ったスイカを齧る。森から響いてくるは蝉の合唱。青空から照りつけるは真夏の太陽。ときたま吹く涼しげな風が少女たちの髪をサラサラと揺らす。いやぁ、これぞ日本の夏ですわー。

「ぷぷぷぷぷっ」

「おっ、優斗も弾幕が撃てたんだな。よーし弾幕勝負だぜ!」

 茂みに向かって勢いよく種マシンガンを飛ばす。これもまた外で食べるからこそできる芸当でござる。ひょっとしたらそのうち自然に芽が出るかもしれない。そうなったらいいのにな。そうじゃないならファンタ飲もう。

 俺に対抗して魔理沙も種を遠くに飛ばし始める。それを見たアリスが「こら」と窘めた。

「二人ともお行儀が悪いわよ」

「いいじゃないの、これもスイカの食べ方の一つよ。さすがに私はやらないけどね」

「……もう、しょうがないわね」

 はじめはアリスも呆れていたが、手や口回りをベタベタにしてスイカを貪り食う俺をみて可笑しそうに顔を綻ばせた。ついでに用意していたおしぼりを手渡してくれる。ありがとー、ふきふき。

 そんな中、霊夢がふいに食べる手を止めた。

「にしても、紫ってば人についてこいとか言っておきながら今度は自分だけ残って調べ事なんて。相変わらずワケわかんないわね。やましいことでも隠しているのかしら」

「あいつが隠し事なんて毎度のことだろ?」

 霊夢の愚痴に魔理沙が肩をすくめる。連れ出されたわりには出番もなく終わったのが不満だったのだろうか。結界の修正も紫さんが自分でやったみたいだし。まぁ、アレだ。関係者の立ち合いが必要だったんじゃね? 博麗の巫女という立場で。

 白黒魔法使いが軽く流す一方で、人形遣いが顎に人差し指を添えて思考する。

「やっぱり結界かしら? 霊夢は他に違和感とかなかったの?」

「あいつも言ってた多少のズレくらいよ。ま、あいつの考えなんて胡散臭いものばかりだし今から気にしてもしょうがないか」

「原因の一つな俺が言えた立場じゃないのかもしれんが、言い出しっぺがそれでいいのか?」

「大丈夫よ。本当に危なくなっていたら勘でわかるし」

「勘かい」

 これが推理小説だったらアウトな根拠だったぞ。だがしかし、アリスも魔理沙も「それもそうか」とあっさり納得している。

 もしや、この巫女さんの勘はニュータイプに匹敵するレベルだというのか。例の効果音付きで。そこか!と意味もなく叫んだり。

 やっぱ幻想郷ってスゲーやと思いつつ、俺は再びスイカにかぶりついた。塩は使わなかった。

 

 

「……んで、そのままお泊り会になるとはたまげたぞ」

 夕食も風呂も済ませ、今やすっかり夜である。先ほどまでちょっとした宴会があったのは言うまでもない。湯上りでますます色っぽくなった女の子たちと酒を飲みかわすのは大いに万歳でした。しかも全員もれなく可愛いときたもんだ。グレートですよ、こいつぁ。

 発端はスイカを食べ終えたあと、魔理沙がある提案をしてきたことにある。曰はく、明日の祭りの練習をしよう。チーム名はリトルバスターズだ。

 はたして一体何をするかと思えば、その答えはなんと型抜き。皆さんはご存じだろうか。上手く作れたらお金がもらえるというアレだ。用意の良いことに祭り会場の準備を見て回るついでに物をいくつかちょろまかしてきたらしい。もはや盗賊スキルの領域だ。スティールとか習得するんじゃなかろうか。あと、金がもらえると聞いた途端に、霊夢が鬼気迫る顔でミシンさながらの針さばきをみせた。賞金といっても駄菓子の当たりくじくらいの金額だと思うぞ。気合いの入りっぷりが違っていたので口にするのは躊躇われたが。

 ちなみにアリスは持ち前の器用さからどんな型も楽々とクリアしてみせた。一方、俺は星形を手裏剣に変える事故に魔理沙からメッチャ笑われた。誠に遺憾である。

 

 そんなこんなで賑やかな一日もようやく落ち着き、客人たちは既に就寝中だ。二人が客室に行くのを見届けてから、夜風に当たって涼もうと屋根を登った。酒を飲んだ後に屋根の上にいるとか、冷静に考えるとなかなか危ないのだが……まぁ、そういう気分だったのだ。落ちたりはせんよ、安心せい。

 俺の隣には家主の少女が腰かけている。彼女もまだ酔いが残っているのか頬に仄かな赤みが差している。もともと肌が白いのもあって、その色香にドキリとする。

「ん、風が気持ちいい……」

 艶をもつ金色のショートヘアがゆるやかになびく。青い瞳は夜空に浮かぶ星の煌めきを映している。あまりに綺麗ですっかり見惚れてしまう。

「あ、そういえばさ。俺が幻想郷に来た初日もこんな感じじゃなかったっけ?」

「そうだったわね。あのときも二人がうちに遊びにきて、みんなで一緒に夕飯を食べてお酒も飲んでそのまま泊まったのよね。何十年も前ってわけでもないのに、なんだか懐かしいわ」

 アリスがくすくすと思い出し笑いをこぼす。可愛らしい声が耳をくすぐる。数々の思い出が蘇ってきて俺もしみじみと呟いた。

「あれから色々あったなー」

 

 思えば本当に、色々なことがあった。

 魔法の森でアリスと出会った。この世界のことを教えてもらって、あげくには居候として迎え入れてくれて、今もこうして彼女と一緒に暮らしている。彼女との出会いが全ての始まりだった。

 博麗神社とその道中ではアリスの親友二人と知り合った。普通に人が飛んでいるのを目の当たりにしたのもこのときだった。さすがに腰を抜かしたりはしなかったが、此処は自分が知っている世界とは全然違うのだと心が躍った。博麗神社でやった花見や宴会も楽しかった。酒はほどほどにしとかないとアカンというのはどの世界も変わらず。

 人里では古き良き日本の光景をリアルタイムで見た。そこかしこに和服を着た人たちがいてタイムスリップしたかのようだった。そして、あるとき二人の少女が俺の拳に意味を与えてくれた。おかげでほんの少し、前を向けた気がした。

 紅魔館でモノホンの吸血鬼や美しいメイドさんと友好を交わした。世界中の知識を集めたといわんばかりの大図書館で魔法の実験をしたり、ご当主の思いつきで一日限定の執事とメイドになったりと、頻繁に行っていたせいかここでのイベントは多い。アリスがお気に入りでいつも彼女にくっついている無邪気な妹にも癒された。

 ちょっとした擦れ違いからアリスに会えない日々もあった。そのときは地底に広がる世界に足を踏み入れ、そこの住民たちと知り合いとなった。特に世話になったのは橋に佇んでいた少女。傷だらけの俺を手当てするため自分の家まで手を引っ張ってくれた。彼女にはその後も何度も助けられた。そっけない態度とは裏腹にとても他人思いで世話焼きな橋姫だった。他にも無意識の少女を姉のもとへ送り届けるために地霊殿を訪問したこともあった。

 思い出はまだまだ尽きない。生きたまま冥界まで吹っ飛ばされたり、本物のかぐや姫がいる屋敷で入院生活を送ったり、俺と同じく「外」から来た巫女とこれまた本物の神様と会ったり、ヒマワリが咲き誇る花畑で犬にされそうになったり。どれもが現代ではありえないトンデモ体験だ。

 

 おもむろにゴロンと寝転がる。視界いっぱいに天然のプラネタリウムが広がっていた。俺につられてアリスも夜空を見上げる。

「あ、流れ星」

 まるで彼女が見てくれるのを待っていたかのようなタイミングで、一筋の光がまっすぐな線を描いた。さらに二つ、三つと流れる瞬きが続く。感嘆の息が洩れる。流れ星を見たのなんていつ以来だろうか。

 流れ星が暗闇に溶けていったあとも、俺たちはしばらくそのまま見続けていた。

 ふいに、アリスが歌を紡ぎ始める。

 

――星が拡がる空 一人立ち止まって 伝えられずにいる この想い見上げて

 

 目を閉じて少女の旋律に耳を澄ます。愛おしいほどに純粋で、温かいほどに優しくて、なのに胸が切なくなるほどに儚い。彼女によく似合う繊細な曲だった。もっと聴いていたい。静かに彼女の歌に身を委ねる。

 

――いつも強がる私は突っぱねて 本当は君が居ないと駄目なのに

 

 歌に込められた想いを感じる。淡くも美しい光を放つ星色に輝く夜空に託した願い。歌詞に綴られた気持ちにこちらの心に仄かな温かさが宿る。ただひたすらに一途で、まさに星座か流れ星を彷彿とさせるまっすぐな煌めきだった。曲がサビに入ったときにその想いがもっと強く伝わってきた。指を組んで枕代わりにしていなかったら星空に手を伸ばしていたと思う。願いをかけて。

 

 やがて歌い終えて、アリスはそっと息を吐いた。素敵な歌声に拍手を送りたいがあいにく真夜中。霊夢や魔理沙を起こしてしまったらあとで何を言われるやら。せめて感想だけでも伝えたい。

「何の曲?」

「なんだったかしら……どこかで聞いたんだけどね。なんとなく思い出したの」

「そっか。なんつーか、こう……上手く言えないけどさ、良い曲だと思うぜ」

 私も、とアリスが頷く。

 それっきり二人の間に静けさが訪れる。俺もアリスも何も言わず互いに見つめ合う。切なげに俺を見つめる彼女の姿がさっきの歌のイメージと重なった。良くも悪くも。

 ぽつり、と。アリスが言葉を落とした。

 

「ねえ、優斗。まだ一緒にいれるよね……?」

 

 夜の闇に溶けて行きそうな弱々しい声。寂しさを感じさせる、すがるような瞳。

 何か予感があったのか、獏然とした不安に襲われたのかもしれない。いや、そんなのは正直どっちだっていいんだ。

 星を映した青く澄んだ瞳が微かに潤んで、今にも滴が零れそうだった。消えてしまいそうな表情をみて、俺は密かに拳を握りしめた。

 

アリスを守りたい。

――外来人の俺に何ができるっていうんだ?

 

彼女の力になりたい。

――力を振るったらどうなるか自分がよく知っているだろう?

 

これからも一緒にいたい。

――「気分屋」たる俺はいつまでも幻想郷にはいられないんだぞ?

 

 

『乱暴な人は……嫌いよ』

 

 

 でも……

 

 

『守るために振るった力は暴力とは言わないわ』

 

 

『だって、私たちのこと守ってくれたでしょう?』

 

 

 それでも――!!

 

 

「あらよっと」

 おどけた口調で軽やかに身を起こしてアリスと向かい合う。内心の葛藤を押さえつけて、一つの答えを告げる。以前と変わらない答えを。

「もちろん、拙者まだ帰りたくないでござる。だから心配すんなって、勝手にいなくなったりしないから」

「うん……約束だから、ね?」

「ああ、約束だ」

 俺の言葉を聞いてアリスが柔らかく微笑む。本当ならもっと格好イイ感じに決めるべきなのかもしれないが、どうもそういうのは合わないのでござる。すまぬ。

 なんにしたって、まだ帰る気分じゃないのは本当だしまだまだ幻想郷にお世話になるつもりでもいる。大丈夫だ、問題ない。

 これもベッタベタなセリフだが、未来なんて誰にもわかりはしないのだから。ならば今この瞬間にかけようではないか。というか、それこそが気分屋たる我が進む道。そして輝くウルトラソウル。

 気合一転とばかりに「よーし!」と景気良く立ち上がる。急に元気を見せつけてきた俺に、アリスが目をパチクリさせた。可愛い。

「さぁてと、さしあたっては明日の夏祭りだな。目いっぱい楽しもうぜ」

「ええ、いっぱい見て回りましょう。それじゃ、明日に備えて私たちもそろそろ寝ましょうか?」

「そーしましょ」

「………ふふっ」

「………ぷっ」

 さっきまでしんみりとしていたのが嘘みたいで、それが何だか可笑しくてお互いに顔を見合わせて吹き出してしまう。すぐ下で来客が寝ているのを思い出して、人差し指を口に当てて「しーっ」とやるとそれさえも重なって、とうとう我慢できずに笑い声をあげてしまった。霊夢、魔理沙、起こしたらすまねぇ。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 就寝のあいさつを交わして俺たちはそれぞれの部屋に戻った。今夜は心地良い夢が見れそうだ。こりゃ寝坊するかもしれんな、なんちて。

 だらしなく緩んだ頬を隠そうともせず、俺は自室の扉を開いた。

 

 

 

 

 次の日が俺たちの運命を大きく変える日になんてことを、この時の俺が気付くはずもなかった。

 

 

つづく

 




明日の例大祭に参加される方はお気をつけて。
自分はメロンちゃんに委託されるのを待ってます(遠い目)


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第六十一・五話 「覚えていますか ~前回のあらすじを~ 」

東方人形誌&サイドカー、ここに復活!(ドヤ顔)
一カ月過ぎてマジですみませんでした(ガチ土下座)

クライマックスに近づいているとか言っておきながら番外編を思いつくグダグダっぷり
それでもお付き合いいただければ嬉しゅうございます。

ロクでなし魔術講師と禁忌教典を見始めました。ルミアちゃんマジ天使。
「また金髪か」とか言わないの(ガチ土下座Ⅱ)


「よぉおこそ地獄の入り口へ!!」

 

 扉を開けて中に踏み込むと同時に、野太い声に気圧されて危うく吹っ飛ぶか腰を抜かすところであった。

 世紀末クサいセリフで出迎えてくれた強面の大男が眼光を光らせてくる。モリモリマッチョで筋肉質なガタイはさながら歴戦の闘士。頭部には角が生えており、こちらが言うまでもなく鬼であった。

 チラッと周りを見渡しただけでも、目の前にいる鬼と同じくらいの巨漢の他にも様々な連中があちこちでテーブルを囲み、耳に塞ぎたくなるほどの大音量で雄々しい歓声を上げている。どこもかしこも男だらけでむさ苦しさここに極まれる。

 もっとも、地底の雰囲気からすれば却ってこれが普通なのかもしれない。幻想郷に来てから美少女との出会いが続いて感覚がズレたのだろうか。我ながらトンデモなく贅沢な悩みである。「外」の友人に知られたら袋叩きに遭うかも。閑話休題。

 知らない人が見ればここは闘技場かギルドの集会場所なのかと疑う光景が広がっていた。あ、言い忘れていたけど地底なう。

「あんちゃん、あんたも入会希望者か?」

 幾たびの修羅場を潜り抜けてきたような渋いボイスで問われる。思わずマネしたくなる声色にあてられて、俺もいかにもなカッコつけた感じで返した。ニヒルな表情かつクールな笑みで、

「ああ、風の噂でここのことを聞いたよ。だったら俺も仲間に入れてもらおうとな」

「ふっ……そうかい。命知らずよ」

 男は腕を組んで静かに笑う。というかさっきからやけにキャラ濃いなこの人。何者だ?

 ほどなくして、彼は懐から一枚の紙切れを取り出し「ほらよ」と俺に差し出してきた。言われるがままに受け取った直後、俺は驚きのあまり目を見張った。

「これは、まさか……!?」

「餞別だ。持っておきな」

 紙切れと思われたものは写真。右下には雑な手書きで六桁の数字が綴られてある。

 写っているのはとある女の子だった。薄桃色のショートボブと小柄な体は年端もいかない少女。だが、全身から伝わる落ち着いた雰囲気は大人の余裕と呼ぶに相応しく、瞳に宿る母性は無邪気な子供を見守るそれ。最大の特徴たりうるは、アクセサリーのように身に着けられている第三の目。

 地底に住む者なら誰もが知っている。彼女こそ地霊殿の主。そして彼らこそが、

「古明地さとりファンクラブ、通称『SSS』だ! 新入りが来たぞテメェら祝杯を上げろぉお!!」

『ウォオオおおおお!!』

 SSS――()れいけ!()とりん()衛隊。本当にあるとは思わなんだ。さとりんのファンクラブ。鬨の声で共鳴する野郎どもを前に、俺は興奮を隠せなかった。

 

 

 ――古明地さとりのファンクラブが実在しているらしい。

 出所がどこかも忘れたがそんな噂話を耳にした。面白そうだったのとついでに暇だったのもあり、その噂の真相を確かめに行くとした。そうと決まれば即実行。俺は地底への入り口がある妖怪の山に赴いた。

 え、アリスは一緒じゃないのかって? 今日はパチュリーと共同で魔法の研究するんだって紅魔館に行ったよ。この間みたいな調合実験じゃなくて魔導書の解読とかするらしい。一緒に行こうかとも考えたのだが、ド素人の俺がいたら邪魔になりそうだったので見送った。でも咲夜さんとお話しするチャンスだったかも、と思ったところで時すでに遅し。彼女はとうに出かけていた。誠に遺憾である。

 いい加減聞き飽きたかもしれないが、俺一人では地底に行くなんて不可能なので協力者が要る。無論その辺に抜かりはない。既に目星は付けてある。

 山を登りながら「文ぁー! もみっちゃーん! はたてー! もみっちゃーん! もみっちゃーん!!」って叫び続ける。やがて期待に応えてもみっちゃんもとい犬走椛がやってきた。かくかくしかじか理由を説明し、地底まで送り届けてほしいとお願いしたところ、めっちゃ乾いた笑いだったけど引き受けてもらえた。やったね。

 「帰りは文さんかはたてさんに迎えに行ってもらいますね」とありがたい気遣いとともに地上に戻っていくもみっちゃんに手を振り、俺は先を進んだ。そして集会の場所と囁かれていた旧都でとりわけ大きい飲み屋の扉に手をかけ――

 

「さっとりんりん、さとりんりん! さっとりんりん、さとりんりん!」

「エル、オー、ブイ、イー、ラブリーさとりん!」

「さとりちゃんマイラァアアアブ!」

『ウォオオオオオオ!!』

 秋葉原あたりでお目にかかれそうなノリで昂ぶりまくっているSSSの集まり。ガタイの良い男たちが謎の掛け声に合わせて腕を高く振り下ろしたり、凄まじく軽快なステップでエールを送ったりと、もはや混沌と化していた。

 まぁ、その中に普通に俺も混ざっているんですがね。美少女が好きなやつに悪いやつはいないのだよ、ワトソン君。同志たちと古明地姉の魅力を語り合う時間、プライスレス。

 ところがぎっちょん。オタクじみたパフォーマンスをしても此処は地底でメンツは鬼を初めとする旧都の住民に変わりはない。オタ芸だけで終わるはずもなくむしろ次第に本来の血が騒ぎ始めた。

「おぉーい! 酒が足りんぞコラァ!」

「オウオウこっちにも早う持ってこんかぁーい!」

「酒じゃ酒じゃぁぁああ!!」

 はい、ご覧の有様です。一升瓶の直飲みは当たり前、中には樽ごと持ち上げてゴクゴクと喉を鳴らすバケモノまでいる。あっちゃこっちゃで酒を求める怒号が飛び交い、たまに皿や料理も宙を舞う。そのうち喧嘩祭りに発展しそうな物々しさ。

「うぅむ、これはこれでありだが……ちとマズイな」

 そんな蒸気用に俺は密かに離脱を企てた。

 男たちの宴は見ていて楽しいのだが、このまま場に飲まれたらほぼ確実に酒に溺れる。このあと迎えが来る予定だし、知らぬ間に酔い潰れて一夜を明かしていたなんてワケにはいかない。アリスにも心配をかけてしまう。

 となればここは戦略的撤退に限る。幸いなのは他人に飲ませるよりも自分が飲むのを優先する連中ばかりということ。ついでに既に収拾がつかないくらいにハチャメチャになっている。おかげで一人くらい減ったところでバレはしない。

「それでは皆さんサヨナラ~……」

 下手に見つからないように小声で別れを告げてコソコソとしゃがみ移動で出口に近付く。去り際に、最初に話しかけてきた渋い鬼さんがグッと親指を立ててきたので、とりあえず俺も同じように返しておいた。結局何者だったんだ、あの人……

 

 

「困った。予想外にも暇になってしまったぞ」

 さとりんの魅力について語り合いたかったのだけど、あの様子じゃ仕方あるまい。思っていたよりも早く集会場を後にしてしまったため、時間が相当余ってしまった。お迎えがくるのもまだまだ先だろう。さて、どうしたもんか。

 いっそのこと本人にでも会いに行こうか。なんて考え始めた時、

 

「お兄さん、お兄さん。ちょいと頼まれてやっちゃくれないかい?」

 

「俺?」

 あたりをキョロキョロと見回すが俺以外に男性の姿はない。もしかしなくても話しかけられたのは俺らしい。

 声がした方を振り返ると、赤髪ネコミミでゴスロリ系に近い黒ファッションの少女がいた――犬を十匹ほど引き連れて。

 猫娘が犬の散歩ってまたシュールやなぁ。しょうもない感想を抱きつつも片手を上げて応える。

「ういっす。いつぞやの温泉以来だな、お燐」

「ああ、あたいのこと覚えててくれたんだね。嬉しいよ。それでお兄さん今ヒマ?」

「まさかのナンパの常套句が来るとは……ちょうど暇になったところで、お前さんの主に会いに行こうかと思っていたところでもあるぞ」

 俺がそう言うとお燐はパァッと顔を輝かせた。どうやらお困りだった様子で「ちょうどよかった!」なんて喜んでいる。

 予想通り、すぐさま彼女は両手を重ねて頼み込んできた。

「ものは相談なんだけど、あたいの代わりにこの子たちの散歩をしてあげてくれないかい? ちょっと急用ができてお空のところに行かないといけなくなったんだけど、途中で切り上げるのもこの子らが可哀相で……」

「なーんだそげなことかい。別にええよ、構へん構へん」

「本当かい!? 助かるよ!」

 なぜか大阪ノリで快諾する。困っている女の子がいたら手を差し伸べるのが紳士の道。ワンちゃんのお散歩ぐらいお安い御用だ。お燐やさとりんには子分な狸が世話になっているみたいだし。いや、別に親分になったつもりはないんだけどさ。

「あ、もちろんタダとはいわないよ。お礼にお兄さんにはコレをあげるよ」

 お燐は衣服のポケットからある物を取り出して俺に渡してきた。あれ、これさっきも似たような展開があった気が……

 案の定、彼女が俺にくれたのはまたもや写真だった。そしてその紙面を見てまたまた目を見開いた。

「な、なんとォッ!?」

「気に入ったかい? さとり様とパルさんがお茶会しているところだよ。よく撮れているだろう?」

「こいつぁスゲーよ。マジで本当に貰っていいの?」

「もちろんさ」

 上品に微笑む小柄な少女と、ツンとすまし顔の金髪エルフ耳の少女がテーブルを挟んで向かい合う。よくよく見れば橋姫の方も満更でもなさそうに微かに口元を緩ませている。気心の知れた友人と過ごす憩いの一時だった。というかアイテム入手するイベントが続くのだが一体何事?

 まぁいい。こんなお宝をいただけるとあれば俄然やる気が湧いて出るというもの。手渡された十匹分のリードを力強く握りしめる。ちなみに左右の手に五本ずつである。

「用事が片付いたらあたいがそっちに行くよ。特に散歩コースは決まっていないから適当にその辺ぶらついておいておくれ」

「了解、報酬を前払いしてもらった以上はキッチリこなしてみせるぜ」

 じゃあ頼んだよ、と言い残してお燐は同僚の鴉がいる方向へと去っていった。お空が張り切りすぎて温泉が熱すぎと苦情が出たのかもしれない。なんとなくそんな気がした。

「さて、と」

 ゴーサインを今か今かと待っている犬たちを見下ろす。二匹三匹ならまだしも十匹もいるとなかなか圧巻だ。アレみたい。犬ぞり。白く染まった北の大地を駆け巡ってそう。

 物は試し。ちょっとした出来心で両手の手綱を軽く上下に振ってみる。

「ハイヨー! なんつって冗談冗談――」

『バウバウバウ!!』

「――ゑ?」

 瞬間、犬たちの目がギラリと光った。グンッと物凄い引力が働いてブレる残像が生まれる。あまりにも早すぎて最初何が起きたのか全くわからなかった。

 怒涛の勢いで駆け出した犬たちに引っ張られている自分がいたと気が付いた時には既に手遅れだった。先ほどの合図で野性が目覚めたのか、地鳴りを上げて突き進む様はまさしく獣の軍勢と呼ぶに尽きる。

「うそぉおおおおおおん!? ちょっ、待っ! うおぉおい!」

 止めようにも総勢十匹の動物パワーに俺一人で抗えるはずもなく、ただひたすらに足を動かす。しかし、想像以上の速さに自分のペースで走ることも叶わず、うっかり躓いて足がもつれてしまった。

 あっ、と思った頃にはもう遅い。主導権を奪われている真っ只中の俺に体勢を立て直す暇などなく、そのまま背中から転倒した。さらに悲劇の連鎖は止まらない。

 今度はどこぞの処刑方法みたいにズザザザーッ!と地面を引き摺られ始める。摩擦で背中が擦り減っていく。熱い痛い絵面も酷いの三連コンボが成立する。

「んほぉおおおおお!!」

 先ほどは犬ぞりと例えたが撤回しよう。そんな生易しいものでは断じてなかった。本能のままに地を踏襲する彼らの姿はもはや地獄の番犬だった。

 いっそ手綱を放してしまえば楽なのではと誰もが思うだろう。だがしかしここで悲しいお知らせをもう一つ。さっき転んだ拍子に紐が手首に絡まって振り解けないの。いよいよもって処刑の光景に近い感じになっています。

 あえて言おう、「これアカンやつや」。だッ、誰かぁー! ヘルプミー!

 

()()!」

 

 凛とした声が響く。

 

『わん!』

 

 その声がハッキリと聞こえた直後、あれだけ暴走していたドッグランが一糸乱れぬ統制でピタッ!と足を止めた。よくわからんけど……た、助かったぁ~……

 仰向けのまま地底の空を見上げて安堵の息を吐く。すると、俺のすぐ傍で砂利を踏む音がした。顔だけそちらの方へ向けると彼女が立っていた。そして開口一番、

「なんで毎回懲りもせずにバカげた騒ぎ起こしてんのよ。あなたって人はホント妬ましいわね」

 眉間にしわを寄せてジトッとした視線で見下ろす金髪少女。眩いエメラルドグリーンの瞳には呆れと怒りと諦めが入り混じった風な、こちらとしても返事しがたい色に染まっていた。

 まったくもって仰る通りで返す言葉もない。「たはは……」と笑って誤魔化すしかなかった。いやはや面目ない。

「あー……はろ~、助かったぜパルスィ。ついでに悪いんだけど手首の紐解くの手伝ってくれない? 絡まっちまってお手上げ侍なんよ」

「……はぁ~。ほら、見せなさいよ」

 深々と溜息を吐きつつも、俺を引っ張り起こしてくれるパルスィの優しさに涙が止まらない。彼女もその場にひざを折ると俺の手に巻き付いた何本ものリードから解き目を見つけてシュルシュルと解いていく。相変わらずの女子力の高さと手際の良さに惚れ惚れする。

 あと偶然というか必然というか、橋姫の柔らかいお手々が俺の手を包み込んできて嬉しハズかしな構図になっている。パルスィみたいな可愛い女の子と触れてちょっとドギマギしちゃう。これぞケガの功名なんつって。

「またバカなこと考えてないでしょうね?」

「滅相もございませぬ」

 ジロリと軽く睨まれてしまった。どうして女の子ってこうも鋭いときがあるのだろう。それとも俺が分かりやすいだけなのか。

 俺のときは散々好き勝手走り回っていた犬たちも、パルスィの周りで甘えの鳴き声を上げている。かなり懐かれているのが伺えた。彼女が「もうちょっとだけ待ってなさい」と一声かければ、彼らはお座りしたり寝そべったりと大人しく従う姿勢をみせる。

「手馴れてんなぁ、大したもんだ」

「さとりが躾けているから当然よ。むしろ振り回されていたあなたがおかしいんだけど。で、なんでまた犬の散歩なんかしてたわけ?」

「あぁ、それはお燐が……」

 冗談でもハイヨーなどと言ってはならぬと身を以って知った。嫌な事件だったね。

 リードを解いてもらっている間にお燐から頼まれた経緯をパルスィに話しておく。さとりんファンクラブのことは言わなかったけど、地底に住む彼女ならとっくに知っているのだろう。

 そうこうしているうちに複雑に絡まっていたはずの紐束は橋姫によってキレイに解かれて一本一本の状態に戻された。

 あやうく止血しかけていた手首をコキコキと回して無事を確かめる。もちろんお礼も忘れない。

「いやぁ危なかったぜ。いつもスマンね、ありがとな」

「別に。もう慣れたわ」

『ワンワン!』

「はいはい、待たせたわね」

 催促してくる犬たちを撫でながらパルスィが身を上げる。ついでに俺が左右に持っていたリード束のうち片方をさりげなく取っていった。

 彼女に続いて俺も立ち上がる。あれだけ凄まじいデッドヒートがあったというのに怪我ひとつない不思議。世間一般でいうところのギャグ補正とかいう神のご加護やもしれぬ。

 って、さりげなく手綱を半分こにされたんですがこのパターンは……

 俺が期待した目で彼女を見ると「ふん……」とそっけない態度で短く言った。

「また暴走されても迷惑だから付き合うわよ」

「さすがパルスィ! そこに痺れる憧れるゥ!」

『わおーん!』

「うるさい。まったく、さっさと行かないなら置いていくわよ」

 俺と犬たちが歓喜の声をあげるのに文句を言うも、散歩の続きを促す橋姫様。

 というわけで、「お燐が来るまで適当に犬の散歩」は「パルスィと一緒に犬を連れて旧都を見て回る」ルートへとシフトチェンジしたのであった。うひょー! テンションあがってキター!

「だからうるさいって言ってるでしょうが! 妬ましいわね!」

「モノローグなんですけど!?」

 やっぱり女の子の洞察力は凄い(小並感)。

 

 

番外編なのに後半に続く

 




今更になってPSYCHO-PASSを見始めました。
こんな面白いアニメを見逃していたなんて……!(後悔)

あとグッドスピードなら来週には投稿します ←小声

さて、PSYCHO-PASSⅡでも見ようか


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第六十一・五話 「覚えていますか ~前回のあらすじを part2~」

グッドスピードでサイドカーでございます。

番外編とはいえ二話連続でアリスが出ないという異常事態(痙攣)
その代わり彼女に焦点があてられています(復活)

クライマックス前の箸休めとして、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しゅうございます。


追記
ご指摘があり冒頭を修正いたしました


「風と一緒にまた歩き出そう」

「脈絡もなく一体何を言い出すのかしらこの男は」

「気にしたらそこで試合終了ですよ。要は気分の問題さね」

 軽い足取りで旧都の街並みを犬連れで歩く。

 ほんの数分前までケルベロスに蹂躙される囚人だったのは綺麗サッパリ水に流しておこう。犬たちも今や聞き分けが良くなり、ちゃんとこちらのペースに合わせている。

べらぼうに気分が良い。ついつい顔がだらしなく緩むくらいに浮かれているのが自覚できる。すべては隣に彼女がいるからなのは言うまでもなかった。

「何よ?」

 知らず知らずのうちにじっと見てしまっていたらしく、パルスィが訝しげにジロリと軽く睨んできた。凛とした端正な顔立ちもあってクールな返事に違和感がない。もっとも、不愛想に振る舞うけど実際は世話焼きタイプなのは周知の事実。そこもまた彼女の魅力でもあるギャップ萌え。

 ツンとした態度に臆することなく、お調子者のヘラヘラ笑いで肩をすくめた。

「何でもないさ。ただ、パルスィと一緒にいられるなんて今日は全くもってツイてると思い、密かに喜びを噛みしめておりました」

「あーそう、相変わらず口が軽いわね。妬ましいわ」

「はっはっ、可愛い女の子と並んで歩けて嬉しくない男なんていないぞ? ついでにいうと、口が軽いのは俺も認めるが少なくとも本心だからな。ましてや相手がパルスィなら喜びもマシマシやで!」

「……はぁ、あなたって人はどうしてこう……」

 イイこと言ったつもりなのに何故か嘆息されてしまった。誠に遺憾である。

 だけど俺は知っている。経験則で知っている。こうして軽くあしらわれている間にも、先ほどのアレで俺がケガをしていないか密かに目配りしてくれているのを。初めて会ったときに負傷していた前科があるから仕方ないね。今回は大丈夫なんだけど、もしケガを隠していたとなれば再び彼女の家まで連行されていたであろう。それはそれであり。

「サンキューな。色々と」

「別に。何もしてないわよ」

 またまたぁ、謙虚ってよりかは本気で自分は大したことしてないと思っているのやもしれぬ。タヌ吉と地底をウロウロしていたときも、こいしに突き落とされたときも、ヤマちゃんに緊縛されたときも彼女が助けてくれたというのに。うそ、俺ったら登場の仕方ダサすぎ?

「ワンッ」

「お?」

 前方を歩いていたうちの一匹が不意に足を止めた。つられて他の犬たちも次々と立ち止まる。皆して鼻をひくつかせて何やら匂いを辿り始めた。なんぞ?

しばらくその様子を眺めていると、出だしの彼(たぶんオスだと思う)は匂いの発生源があると思しき方向へと顔を向けた。その先には店が一軒ばかし佇んでいる。正面に立て掛けられた看板には「肉屋」の二文字。

 ひたすら前を見据えていた犬たちがおもむろにこちらを振り返った。そのつぶらな瞳は懸命に思いを訴えようとしている。ハッハッと犬特有の息遣いと尻尾をブンブン振りまくって俺を見上げる。彼らが何を期待しているかなんて、わざわざ答え合わせする必要もなかった。

「食べていくか?」

 俺がそう問うと動物たちが一斉に元気よく吠えた。さながら「キターッ!」と言わんばかりのハイテンション。まったくゲンキンな奴らだぜ。だがそのノリ、嫌いじゃない。

「わかった、わかった。どうせバレるとは思うけど一応さとりんには内緒やで? 勝手に間食して怒られても自己責任でヨロシク」

「買い食いする気?」

「まぁまぁ、ええじゃないか。コレも散歩の楽しみってもんよ。あ、金は俺が出すから大丈夫っす」

「そんなこと心配してないし私も半分くらい出すわよ。というか、いつの間にこの子たちと意思疎通ができる間柄になったのよ。さっきまで一方的に引きずられていたってのに」

「体を張った成果だな。タヌ吉のときも拳で語り合ったし」

「他に方法はないわけ? そんな調子じゃいつか大ケガするわよ。そしたら人形遣いが悲しむんじゃないの?」

「耳がアウチ」

 アリスの名前を出されたら反論の余地がない。カンペキなまでに俺の弱点を見抜かれている。

 すっかり呆れ顔のパルスィに対し、彼女がリードを持つ方の犬たちまでもがワンワンと訴え出す。このままではオヤツを却下されると危惧したのか。全力で抗議する彼らを「わかったから」と宥める橋姫。そもそも、面倒見の良い彼女なら彼らの期待を無視したりなんてしないはず。なんだかんだで彼女は世話焼きなだけじゃなくお人好しでもあるのだから。

 ぞろぞろと御一行でお肉屋さんへ足を進める。やがて店の前まで来ると、待ち構えていた店主らしき大男がデカ声を張り上げた。

 

「よぉおこそ地獄の入り口へ!」

「ってさっきのおっちゃんじゃねぇの!?」

 

 思わずツッコミが出た。

「ほう、あんちゃんか。よもやここまで辿り着くとは、ひょっとするとお前さんこそが……いや、考え過ぎか」

「何その謎に意味深なセリフ。めっちゃフラグ臭がするんですが、とうとう俺も主人公になれる時が来ちゃった?」

「あなたここの店主と知り合いなの?」

「まぁな、驚いたか? おっちゃん、ソーセージとかジャーキーとか干し肉とか適当に詰め合せてちょうだい。あ、犬が食っても大丈夫なやつでね」

 俺の注文に彼は「任せろ」とやっぱり渋い声で応じて商品をいくつか包み始めた。しかし、まさか肉屋さんだったとは。これで機織り職人だったら某キャラと被っていたぞ。安心したような、ちょっち惜しいような複雑な心境である。このすば。

 待っている間もパルスィの質問タイムは続いた。

「で、どういう繋がりで地底の肉屋と知り合いになるのよ?」

「んー、言うなれば男同士の繋がりってやつで。そうそう、おかげでイイもん貰ったんだ。えーっと……」

 愛用する上着のポケットに片手を突っ込む。決して自慢するわけではないが、せっかくだし彼から餞別にと渡された写真をパルスィにも見せてあげよう。タララタッタラー。

 ところが出てきたのはもう一枚、さとりんとパルスィのツーショットの方だった。二分の一の確率で外すとは、俺もまだまだ修行が足りぬ。

「あ、違った。これじゃなくて――」

「ちょっと待ちなさい」

 出てきた写真をしまおうとすると、有無を言わせない圧で手首をガシッと掴まれた。 何事と思い彼女を見れば、すっごい疑わしげな表情をしているではありませんか。握る力が思いのほか強くて、心なしか声が硬いようにも見受けられる。

 いきなり団子で動揺する俺に、橋姫が起伏のない声色で静かに問う。

「その写真どこで手に入れたのよ?」

「へ? お燐が犬の散歩を代わってくれたお礼にってくれますた」

「あぁそうなの……じゃコレは私がもらうから」

「なんやて工藤!?」

「だから誰よ工藤って。私だって散歩の手伝いしているんだから権利はあるでしょ。文句ある?」

「ぐぬぬ……」

 ここにきて報酬を没収されてしまうとは、なんたる仕打ち。よもやあの写真を彼女が欲しがるとは思わなんだ。さとりんとの仲良しツーショットを欲しがる理由とは何だろうか。プリクラみたいな感覚とか? 俺もパルスィとプリクラでツーショットしたい。

 ショックに打ちひしがれている俺に、包装を終えた肉屋の店主が品物を放り投げてきたのでキャッチする。いや投げんなよ。

「ふっ、ざまぁないな。だが俺が渡したさとりちゃんの写真はあるんだろう新入り。そいつで我慢しておけ」

「そりゃそうなんだけどよ。まぁいいや、全部でいくら?」

 俺と男の会話に目ざとく気付いた橋姫がピクッと眉を吊り上げる。

「さとりの写真? しかも新入りって……あなたもしかして」

 パルスィの反応に今度は男が怪訝な顔をする。直感に近い何かが得も言われぬ嫌な予感を告げる。だが、俺がストップをかける前に彼は全てのネタばらしをぶちかましてくれた。

「なんだ、橋姫様には言ってなかったのか。そうだぜ、こいつは俺たち古明地さとりファンクラブの新入りだ。まさか地上の人間がはるばる来るとは、大した根性してやがるぜ。とんだ命知らずよ」

「ふーん、へぇ……そうなの」

 感情の籠ってない相槌で頷きながら少女が俺の方に視線をぶつける。背筋を凍らせるほどに冷たくて刺々しい、まるで氷点下の氷柱を思わせる鋭い眼差しを浴びる。なんだろう、この居心地の悪さは。

 冷や汗が伝うのを感じながら、恐る恐ると彼女の顔を窺った。

「あのー、どったのパルスィ? お気に召さないことでもありもうしたか?」

「別に。あなたって本当にバカなのねって呆れてただけよ。あと前言撤回、代金はあなたの全部持ちね。先行くから後は任せたわ」

「いきなりの置き去りプレイ!?」

 スタスタと足早に歩き去っていく橋姫にビックリが止まらない。急いで彼女を追いかけようにも支払いがあるのでそうもいかない。あろうことか犬たちまで全員彼女についていった。オヤツよりもパルスィを優先しやがった。同志かよチクショウ。

 こちらに目もくれず行ってしまう彼女に焦りつつも全力のハイスピードでお会計を済ませて、俺は店を飛び出した。

「早く行きな。今ならまだ可能性は残っている」

「土下座でひたすら謝れってことですねわかります!」

 

 

 走る走る俺単品、彼女のホームグラウンドともいえるあの橋まで来たあたりでようやく追いついた。正確には待っていてもらえたんだけど。見捨てられなくて本当に良かったと泣き崩れるところだった。

 橋の上で包み紙を広げてお肉の詰め合わせセットを犬たちに与える。その傍らで俺と彼女もオマケでもらったメンチカツを頬張った。さりげなくサービスがイイお店であった。謝謝。

「なんで私たちまで買い食いしているのかしら?」

「細けぇこたぁいいんだよ。よく言うっしょ、みんなで食べるともっと美味いって」

「まったく、能天気で羨ましいわ。美味しいのは否定しないけど」

「だろ?」

見事な食べっぷりでガツガツと貪っている犬たちを尻目に最後の一口を放り込む。

「むう、揚げ物食ったら喉乾いてきたな……」

「ん」

 俺の何気ない呟きにパルスィが竹筒をぶっきらぼうに突き出す。その拍子に中からチャプンと水音がした。どうやら水筒のようだ。なかなか乙なデザインである。しかしながら、いつの間にそんなもの用意していたのだろう。

 疑問が顔に出ていたのかパルスィが答えを告げる。

「どうせそうなると思ってついでに買っておいたのよ。飲みたいなら好きなだけ飲みなさい」

「おお、サンキュー! やっぱりパルスィは気が利くなぁ」

「余計なこと言うんじゃないわよ妬ましい」

 だってパルスィが可愛いから。なんて言おうものなら睨まれそうな気がしたので大人しく水分補給に勤しむ。勇義姐さんならともかく彼女なら中身が酒というオチもない。思った通り、中身は美味しい水でした。

 

「おーい! お兄さーん!」

 

「お、ようやっとお迎えが来たか」

「まったく待ちくたびれたわ」

 声とセリフからお察し、遠くからこちらに駆けてくるお燐の姿を捉えた。用事は無事に終わったらしい。我々もこれにてミッションクリア。なお報酬は奪われた模様。無念。

 俺たちの元まで走ってきた猫娘は息を切らせた様子も見せず、朗らかに笑った。

「いやいや、待たせちゃったね。もしかしてとは思ったけどやっぱりパルさんも手伝ってくれてたんですね。ありがとー!」

 スマイル割り増しで橋姫の手を取って感謝の気持ちを伝える火車に、パルスィもやけに明るい笑みで返した。ただし声は笑っていなかった。

「ねぇ、お燐。この男に渡した写真について詳しく聞きたいんだけど?」

「ギクッ!」

 おい今ギクッていったぞこの猫娘。これだけのベストショットをよく撮れたもんだと感心したけど、実は隠し撮りだったというのか。

 滝のようにダラダラと冷や汗を流すお燐。どう見ても言い訳を考えているようにしか見えない。いよいよもってクロの疑いが出てきた。俺の刑事の勘が告げている。

「いやいやいや違うんですよパルさん。もともとはこいし様があたいにくれたもんなんです。あたいもよく撮れてるなーって感心したもんですよ。聞けばこいし様がカメラを手に入れたそうで、ご自身の能力と合わせてごく自然な一枚が撮れるんですって。で、さとり様とパルさんのお茶会の様子があまりに絵になるから無意識にシャッターを押したとかなんとかで。あっそうだ今度はさとり様に用事があるんだった大変だ急がなきゃそれじゃお二人さんありがとね失礼しまぁーすッ!! 行くよみんな!!」

『ワォーン!!』

 途中から息継ぎ不明のマシンガントークで一気に捲し立てたかと思えば間髪入れずに走り去って行った。疾風怒濤と表現するに値する見事な逃走であった。もはや追いかける気も起きない。かのケルベロスの突進はここから生まれたのか。

あっという間にお燐と犬たちが遠くまで行ってしまう。というか写真の犯人はこいしかい。確かにあの子の無意識能力なら被写体に意識されずに自然な一枚を手に入れられる。考えたな、こいし。お姉ちゃんを隠し撮りするのは妹としてどうかと思うが。被写体が俺だったら可愛いから許すけど。

 面白いことに偶然とは重なるもので、それから数分と経たずに今度は反対方向から声が飛んできた。

 

「あやや、ここに居ましたか。探しちゃいましたよ」

 

 仰げば尊し、振り向けば清く正しい鴉天狗がちょうど橋の上に着地するところだった。

「オッス、文。わざわざすまんね」

「いえいえ、優斗さんには取材で何度もお世話になりましたから。それよりも、これはどういう状況で? ハッ、まさかパルスィさんとの秘密の逢瀬ですか!? アリスさんを交えて三角――」

「焼き鳥をご所望かしら?」

「あややや! いやだなぁ冗談ですって冗談!」

 橋姫の緑色の瞳が攻撃的に染まったのを見て文が慌てて撤回する。俺よりも彼女の方がよっぽどテンション高いと思います。

 苦し紛れの話題転換に文が俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張り始める。痛い痛い。

「さあさあ帰りますよ! 私としても勇義さんに見つかってしまう前にお暇したいんです。鬼との飲み会は命懸けですから不意打ちはできれば避けたいんですよ。優斗さんならその辺わかってくれますよね?」

「わぁーった、わぁーった今から帰るから! それじゃなパルスィまた来るぜ。あとコレありがとな。アイルビーバック!」

 水筒をパルスィに返したすぐ後に足から地面の感触が消える。あまりに急展開に唖然としている少女にどうにか早口で別れを告げて俺は空へと旅立った。

静止画で見ればネロとパトラッシュの最終回のような構図だが、実際は遊園地にある超速度で上昇と下降を繰り返すアトラクションに近い。超エキサイティング。数秒とかからずに橋姫が豆粒サイズより小さくなっていった。

 

 

「まったく、どいつもこいつも騒がしいったらないわね」

 お燐に続いて文の登場でそれぞれの連れがいなくなり、散々騒がしかった橋もすっかりいつもの静けさを去り戻していた。台風のような慌ただしさに本日何度目かの溜息が零れる。

 ふと、青年から奪った写真を取り出してみる。まさかあの場にこいしがカメラを持って潜入していたとは油断した。しかもよりによってこの瞬間の一枚が彼の手に渡るなんて。幸いにもあの男には知る由もないのだけれど……

 

さとりから彼の話を振られたときの場面だなんて、言えるわけがない。

 

 もう片方の手には道すがら買っておいた水筒。別に全部飲んでくれてもよかったのに、わざわざ半分近く残したのはこちらの分を気遣っていたのか。変なところで律儀な男だ。

 写真を再び懐にしまって水筒の蓋を取る。

「…………」

飲み口に自分の口が触れる手前で、ほんの一瞬だが手が止まった。彼女自身も意識していなかった僅かな間が生まれる。しかしそれも束の間、彼女はそっけない表情で何事もなかったかのように口をつけた。

 コクリ、とほんの少しだけ喉に流し、小さな声で呟いた。

「……妬ましい」

 

 

おまけ

「ところで優斗さん、一つ取引をしませんか?」

「取引?」

「さとりさんの写真を手に入れたんでしょう? 私に譲ってください。どうもあの人写真に写るのが嫌みたいで、私が行っても狙いを読まれてシャッターチャンスが訪れないんですよ。おかげでさとりさんの写真は少ないんですよねぇ。もし応じてくれれば優斗さんには対価としてこれを差し上げます。じゃじゃーん!『子猫を膝に乗せて戯れるアリスさん』の写真です!!」

「ふぉおおおおお!? かっ、可愛いぃいい!!」

「ふふふ、いかがです?」

「いいだろう、乗った!」

「取引成立ですね! 毎度あり~♪」

 なお、その写真が人形遣い本人に没収されることを、この時の僕はまだ知らない。

 

 

番外編 完

 




人混みに飛び込んでモミクチャにされた挙句、無造作に放り出されることに喜びを感じるようになっている自分に気づいた(懺悔)


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第六十二話 「心が叫びたがっているんじゃねーの?」

月一更新になっている件について……もはや言い訳はせぬ(漢顔)
ウソです。お待たせして申し訳ございませんでした。


皆さまお久しサイドカーでございます。
昨日投稿できれば七色の日で完璧だったのにこのマンモーニが! ←自虐

気を取り直して最新話でございます。
此度もごるゆりとお楽しみいただけると嬉しいです。


 夕暮れに染まる空。黒いカラスがカァカァと鳴き声をあげながら飛び去っていく。

 沈みゆく夕日を見ていると、今日という日が終わるのを告げられたみたいで物寂しい気分にさせられる。とか憂い顔で言うとモテたりするのだろうか。よし、今度やってみよう。

 唐突だがここでクイズだ。夕焼け小焼けで日が暮れて、そんな時間帯にはたして俺は外で一体何をやっているのでしょうか。夕日に向かって走っている、ハズレ。太陽に向かって吠えている、ノーノ―。正解はこちら。

「そわそわそわそわそわ」

 ものごっつ浮足立っている真っ只中でした。

 アリス邸の前で、下手すれば職質されかねんほどに落ち着きを失くしている大学生。とはいえ別にやましい前科があるわけではない。その逆、このあと来たるイベントに期待と興奮でワクワクが止まらんのだ。

「アリスまだかなー、アリスまだかなー」

 修学旅行前日の小学生と同じレベルで、支度中の少女が出てくるのを今か今かと待つ。阿求様から貰った布地を使って彼女が衣装作りに勤しんでいたのは知っている。そのお披露目がいよいよ今日むしろナウというわけだ。ちなみに俺はいつもの恰好です。

 そんなわけでお天道様を拝んだりしていると(大神のラスボス戦は泣いた)、玄関の扉が開いた。続けて、カランッと軽やかな下駄のステップと待ち侘びていた彼女の姿。

 

「お待たせ」

「おお……ッ!」

 

 茜色の浴衣が少女を雅に彩る。華の衣装に身を包んだ少女が可憐な笑みでお淑やかに佇む。夕焼けが己の色を分け与えて染めたかのような色彩に和の趣が施され、広い袖口から覗く綺麗な手が眩しい。

 細い腰を締める帯は、この間行った花畑を思い浮かべる向日葵の色。全体を占める茜色との調和はとにもかくにも素晴らしいの一言に尽きる。

 きゅっと引き締まったウエストのくびれから腰に掛けてのなだらかな曲線に慎ましくも色気さえ感じてしまう。

 履物はブーツではなく女性モノの愛らしい下駄。艶のある金色のショートヘアには彼女がいつも愛用するカチューシャが乗せられていた。

 

 感嘆の声を漏らす俺の傍まで来たアリスが照れくさそうに笑う。

「えへへ。その……どう、かな?」

 こちとらニヤけすぎて顔面崩壊を起こすか鼻血をブッ放して昇天するかの瀬戸際ですたい。恥ずかしげな上目遣いで見つめられたらもう我慢の限界だった。

 アリス浴衣バージョンを間近にして俺のテンションは一気にフル回転、

「超絶可愛い。いやマジでマジで、ホントすごい似合ってる。可愛い以外の言葉が出てこない。最高、生きてて良かったアリガトウゴザイマス!」

「~~~~~ッ!!」

 可愛いを連呼し褒めまくると人形遣いの顔がカァアアッとみるみる紅潮していく。もはや浴衣の色と見分けがつかない。咄嗟にうつむいて隠そうとしたがすでに耳まで真っ赤で誤魔化せていない。ああもう可愛いなぁ!

 いやはや、金髪碧眼と浴衣、洋と和の組み合わせはミスマッチどころかベストマッチですわ。和洋折衷ってヤツかな。辛抱たまらん。

「ほ、ほら! ボーっとしてないで。お祭りに行くんでしょう?」

「おっと、いかん。すっかり見惚れて本題を忘れるところだったぞ」

「…………もう、バカ」

 まだ少し顔に赤みを帯びている人形遣いに急かされて、俺たちは家を後にした。そうだ、お楽しみはこれから始まるんだ。こんなところで成仏している場合じゃない。

 行き先は人里。今夜は待ちに待った夏祭り。レッツ、カーニバル・ファンタズム!

 

 

 魔法の森を抜けて、人里に続く道をアリスと二人きりで歩く。

 かろうじて半分くらい顔を残していたお日様も今やほとんどその姿を隠し、オレンジ色だった空も濃い青へ、さらに黒へと移り変わりつつある。ドクタースランプあたりなら顔つきの太陽と月が交代するところか。あ、でもアレって昼からいきなり夜になるんだっけ? むむむ、記憶がアイマイミー。

 次第に夜が訪れる。辺りも薄暗くなってきたけれど、かといって急ぐ必要もない。アリスが浴衣なのもあって、ゆったりとした足取りで平原の道を進む。

 昼間の照りつける日差しと蝉の大合唱は鳴りを潜め、ささやかな月明かりと鈴虫のコーラスが夏の宵に溶け込む。隣を歩く浴衣姿の少女の横顔もどこか楽しげだ。

 ふと、アリスが遠くを指差した。

「見えてきたわよ。もう始まっているみたいね」

「おっほう、ここからでもお祭りムードが伝わってくるぜ」

 微かに見える人里からはいつも以上に明るい輪郭がぼんやり映っている。人里そのものが一つの灯りとなって周囲の闇を照らして俺たちを呼んでいるかのようだ。

 さらに足を進めていくと、静けさを通り抜けて笛の音色や太鼓の轟きが聞こえてくる。どんどん近づく祭りの気配にテンションが躍り昂ぶる。イエス、漲ってきたぜ。

「コレは期待しかないな」

「本当にね。ここまで楽しみなのは久しぶりかもしれないわ」

 はやる心を隠そうともせず、俺とアリスは賑やかな場所を目指す。月と星に見守られる二人はきっと似たような表情をしていたことだろう。

 

 

 はい、やってまいりました人里でございます。

 来てみてビックリ。入り口に着いた時点でもう人、人、人の人だかりで視界が埋め尽くされそうです。もちろん人だけではなく妖怪もたくさんいる。もしや幻想郷中の住民が勢揃いしたのではないかと勘繰ってしまう。

 踊る祭囃子に合わせて太鼓が響く。浮かれた老若男女の喧騒に、耳を澄ませばカランコロンと下駄が鳴る。

 提灯が列を成して連なり、ほおずき色の灯りの下では屋台や出店も同じようにズラリと続く。里の中心部らへんからは櫓も高くそびえ立っている。

 今も昔も変わらない、これぞ日本の夏祭りってな光景が目の前に広がっていた。オゥ、ジャパニーズ・フェスティバル。HAHAHA。いかん、はしゃぎ過ぎて外国人になりかけた。

「おお! やってる、やってる。トンデモねェ、文字通りのお祭り騒ぎじゃないっすか」

「ここまで規模が大きいとは思わなかったわ……」

 博麗神社の境内でやる宴会もなかなかのものだが、人里全体を使って開催された祭りのデカさたるや、もはやコミケに匹敵するやもしれぬ一大イベントと化していた。こいつぁグレート、こうなったらトコトン遊び尽くそうジャマイカ。

 いざ突撃せんと、アリスにも声をかける。

「よし、行こうぜ。はぐれないように気をつけんとな」

「えっと……じゃあ、こうする?」

「へ?」

 思わず間の抜けた声が出た。呆けた俺に人形遣いが控えめに手を伸ばす。彼女の手は俺の手首のあたり、正確にはシャツの袖口の端っこを親指と人差し指で摘まんだ。指先で軽く挟んだだけの小さな繋がり。

 ほんのり桜色に染まった頬と潤んだ青い瞳がこちらに向けられる。緊張しているのかちょっぴり声が震えていた。

 

「こ、こうすれば大丈夫だから……ね?」

 

 萌え死んでもいいですか。

 あまりにも可愛すぎるあざとい行動にとうとう俺の理性が吹っ飛びそうになる。予想を超えた不意打ちに天国行きの扉が開きかけた。俺も顔が赤いだって? ばっ、バーロー! 夕日のせいだよッ!

 くすぐったさを必死に堪えて、俺はわざとらしいくらいにカクカクと何度も頷いてみせた。

「せやな、うん! これならダイジョーブだな!」

「そ、そうよね! ちゃんと対策はとらないと。こんな人混みの中ではぐれたら大変だもの」

「……あー」

「……えーと」

『………………』

 お互いに相手とは反対側に顔を逸らしてしまう。そんな中でもアリスは繋いだ手を離さなかったのがますます照れくさくて、でもそれ以上にどうしようもなく嬉しかった。えぇい、ここでヘタレては男の恥。俺は鈍感&草食系ラノベ主人公とは違うのだ。シャキッとせんかい。

 手首をそっと返してアリスの指に俺の指を重ねる。二人の指が触れた瞬間、アリスはピクッと震えたがそのまま受け入れてくれた。

 いつものお調子ノリで人形遣いの方を振り向きながら最初の一歩を踏み出し、俺は彼女と一緒に祭りの中に身を投じた。

「さぁて、始めますか!」

「うん!」

 まぁ、もし本当にはぐれたとしても絶対に見つけてみせるけどね。俺の美少女センサーは伊達じゃない。そこんとこヨロシク。

 

 

「あ、おいしい。優斗も食べる?」

「いいのか? くれくれ」

「ふふっ。はい、どうぞ」

「サンキュー」

 差し出された綿あめをちょこっと千切って口の中に放り込む。あっという間に舌の上で溶ける甘さに、あぁ祭りの味だなと謎の感慨深さを抱いた。

 両端に向かい合わせで軒並ぶ出店の一本道もまた祭りの風物詩。少女が手にする綿あめはもちろん、リンゴ飴やらカキ氷やらお饅頭もあれば、焼き鳥や焼きトウモロコシなどの炭火焼きの香ばしい煙が漂ってきては食欲を刺激してくる。金魚すくいやヨーヨー釣り、射的や輪投げなんかの定番も欠かしていない。まだ見つけてないが、型抜きの店では紅白巫女と白黒魔法使いが上位を独占しているであろう。南無三。

 忙しなく右も左も見渡しながら歩いて回っていると、ある出店を通りかかった際に抑揚のない声で呼び止められた。

 

「そこの二人。見ていくといい」

 

 

つづく

 




いつもより短いとかきっと気のせい(フラグ)


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第六十三話 「君が居るから」

真夏の夜にサイドカーでございます

ハヤテの如くが13年かけて完結しました(感動&放心)
東方人形誌も3年かかってようやくここまでやってまいりました。
これ今年中に完結できるのか? やるしかないんだよッ!(気合)

というわけで最新話でございます。
ごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。


「ワタクシをお呼びですかなプリティなお嬢さん?」

「むっ……!」

「あだだだだ!? あッ、アリスッ、それシャツの袖ちゃう! 俺の手や!」

 女の子の声に条件反射でキラリン笑顔と颯爽とした足取りになる。直後、不機嫌そうなアリスに手の甲をギリッと抓られた。この間わずか二秒。令呪が刻まれたのかと思うくらい痛かった。

 出店の前で痛みに喚く俺を、前に所狭しと飾られた表情豊かな顔たちが一斉に凝視する。能で使いそうな白いキツネや般若などのガチなものもあれば、チビッ子に受けそうな犬猫の可愛らしいデザインもあった。案の定、店には「お面」と書かれていた。なるほど納得、確かにこれも祭りの定番だ。

 客引きしてきたのは、表情が乏しいを通り越してもはや無表情な少女だった。クセのない薄紫色の長い髪。その上に柔和な翁のお面を斜めに被りけり。髪と同じ色の瞳からは微塵も揺らぎが感じられず、完全無欠のポーカーフェイスを決めている。服装は群青色を基調としたチェック柄の長袖と、カボチャか風船のように丸く膨らんだピンク色のスカート。下に至っては弧の切れ目が幾つも刻まれており、素足が微かに見える。チラリズムの魔力に逆らえず、ついつい目が行ってしまう俺を誰が責められようか。俺は悪くねぇ!

 店員の少女を見て、ツンとそっぽを向いていたアリスがようやく口を開く。

「あら、あなたは確か面霊気の……」

「秦こころ。お面の付喪神にして今はしがないお面屋さん。あとで能楽もやる予定」

「やっぱり能楽もやるのね」

「私の生きる道だから」

 淡々と自己紹介を済ませるお面屋さんもとい秦こころという女の子。聞くと、どうやら少女は己の表情ないし感情を身につけているお面を通じて表現しているらしい。優しそうな爺さんのお面をつけているのは彼女なりの営業スマイルだったというわけか。

 いやはや、喜びも悲しみも知らない無感情な娘じゃなくて安心した。「笑えばいいと思うよ」とシンジ君のセリフを言わずに済んだ。あと他にどんなセリフがあったっけな。「ヒャア! 知らない天井だァ!」なんか違う気がする。

 ちなみに石仮面は置いてなかった。誠に遺憾である。

「ふむ、せっかくだし何か買っていくか。こころのイチオシはどれだね?」

「毎度あり。今日は特別にお面以外も用意してきた。きっとアリスに似合うと思う」

「え、私?」

 いきなり話を振られてアリスが戸惑う。そんなのお構いなしにちょいちょいと手招きする付喪神に流されて、人形遣いが彼女の元へ近寄る。

 こころは物陰に置いていた木箱の中身をゴソゴソと漁り、ヘアバンド状の物を引っ張り出すと間髪入れずアリスの頭にセットした。ちょ、おまッ!?

 俺のツッコミよりも早く、こころの目がキランと光った(ような気がした)。

「そこですかさず猫の鳴き声」

「え、ええ!? あ、う、にっ……にゃあ?」

「完璧」

 無表情でグッと親指を立てるお面屋さん。頭のお面が陽気そうなサルに変わっていた。囃し立てているっぽい。

 一方で俺はといえば、鼻を摘まんで決壊を留めるのに命がけのてんやわんや。ちくせう、こんなの反則過ぎるだろう。

 一人だけ状況がわかっていないアリスが、疑問符を浮かべて俺と面霊気を交互に見やる。

「もう、何なの? とりあえず外すからね……きゃあ!? 何よコレぇええ!?」

 それを見た瞬間、絶叫に近い大声がアリスの口から放たれた。プルプルと肩を震わす彼女の手には、先ほどつけられたヘアバンドが握られている。当然ただのヘアバンドではない。動物の耳を模したアクセント付きの――いわゆるネコミミだったのである。ついでにいうとアリスの金髪と同じ色だったので一体感がパなかった。

 いかん、思い出し鼻血が。ネコミミが生えたアリス、いうなればニャリスの萌えの破壊力たるや推して知るべし。浴衣との組み合わせがより一層の魅力を引き立てていました。ブラボー、おおブラボー。

 そして、面霊気の勢いに乗せられてネコミミを装着したあげく猫のモノマネまで披露していたと彼女が気付いた時にはすでに手遅れ。人形遣いの顔中が瞬く間に真っ赤に染まってついにはボンッと湯気まで立ち上り始める。

「~~~~~~~~ッ!!」

 衆目の前でコレはハズイ。このままでは恥ずかしさのあまりアリスが逃げ出してしまう。とにかくフォローしなければ!

「大丈夫だって気にするなアリス! スゴイ似合っていたしメチャクチャ可愛くて俺もすっかり見惚れてたしそれどころか危うくキュン死するところだった――んぎゃあああああああ!?」

「バカバカバカバカ優斗のバカぁあああ!! お願いだから忘れてぇええええ!!」

 リンゴ飴よりも赤面したアリスの連続パンチが怒涛のラッシュで浴びらせられる。羞恥のあまり錯乱状態のオラオラに吹っ飛ばされながら、俺は一つの事実に気付いた。

 ウソ、俺のフォロー駄目すぎ?……と。

「買う?」

「買 い ま せ ん!」

 その後も性懲りもなくネコミミを勧めてくるこころは大した根性してやがると思いました。

 というか箱の中にあった時点で売り物じゃなかったんだろうに。すっかりオモチャにされてしまっていたようだ。悔しいです!

 

 

「うぅ……恥ずかしい」

「あー、ドンマイ?」

「……ばか」

 ジト目で睨まれてササッと両手をホールドアップする。うぃっす、余計なことは言いませぬ。

 せめて気を逸らせそうな出店はないかと目を走らせる。すると、面白そうなのが丁度すぐ近くにあった。俺の視線を追ってアリスもそれに気づく。

「へえ、面白い品揃えね」

「せっかくだし見てみるか」

「いいわよ」

 店先に並ぶ品々は一見バラバラなようでちゃんと共通点を持つ。透明なガラスで作られた涼しげな風鈴、力強い筆使いで「祭」と書かれた丸い団扇、あとは色取り取りの風車が立てられる。そう、どれもが風にまつわるものばかり。まさに風流といえる、良いセンスだ。

 店の人(鴉天狗かと思いきや人間のオッサンだった)に断りを入れてじっくり鑑賞させてもらう。今は風がなく、風鈴も風車もシーンと黙りこくったままなのが惜しい。

「とりあえず団扇でも買っておくか。アリスはどうす――」

 言いかけて動きが完全に静止する。

 

「ふー……」

 紅色の風車に端正な顔を近づけて、アリスがそっと吐息を吹きかける。息吹を受けた四枚の羽がクルクルと回り出す。まるで水を受けた草花のように生き生きと回っているのを愛しげに見つめ、少女はくすりと笑みを零した。

 

「Oh……」

 天使が見えた。あどけない仕草にまたもや意識がもっていかれる。あと風車が羨ましいと思った俺は末期なのだろうか。

 俺の視線に気づいた様子もなく、アリスがその風車を持って振り向いた。

「私はコレにしようかしら。優斗は何か買う?」

「あ、ああ。俺は団扇にしとくかな。そいつ気に入ったん?」

「なんだか可愛いじゃない? こうクルクルって回るところとか」

「うぅむ。分かるような、分からんような……?」

「そうなの」

 自信ありげにウインクされてしまっては頷くしかない。風車よりもアリスの方が何倍も可愛いと思います。

 店のオッサンが生暖かい眼差しで「青春だねぇ」と愉しげな声でからかってきて、気恥ずかしさから逃げるように立ち去ることになるのは、もう少し後の話である。

 

 

 あらかた巡ったところで、ひとまず人の波から外れて休憩することにした。ほどよいところに石段があったので腰掛ける。少し狭い。二人の肩が触れ合いそうになる。

「いやぁ、遊んだ遊んだ。お、そうだ。今のうちにさっき買ったお好み焼き食べようじゃん?」

「それもそうね。ようやく座れたところだし」

 さすがにこればかりは歩き食いできない。お好み焼きをそれぞれ膝の上に乗せて蓋を外す。まださほど時間が経ってなかったおかげで微かに湯気が残っていた。割り箸を割って、いただきます。

 道行く人々を眺めながら、ソースたっぷりの炭水化物をガツガツと頬張る。遠くからでも見知った顔がちらほらと確認できた。できれば声ぐらいかけておくべきなのかもしれないが、だいぶ離れているし今はやめておこう。あとでまた会ったらでいいや。

「あ、優斗。ソース付いてるわよ」

「なぬ?」

「もう、急いで食べたりなんかするから。ちょっと待ってね」

 アリスは懐からハンカチを出すと身を乗り出して俺の口元に当ててきた。なんか前にもこんなことがあったような。というか顔が近いし身体も近い。ただでさえ幅の少ない石段に二人掛けしているというのに、もっと寄ってこられたら彼女のイイ匂いまで伝わってくるわけで。柑橘系の香水を使っているのか、ほのかに甘酸っぱい爽やかな香りにドキリとした。

 

 突如、上空からドォンと重みのある破裂音が響き渡る。

 この場にいた誰もが足を止めて一斉に上を向いた。

 夜空に大輪の花が次々と咲き誇る。数秒遅れて尺玉が爆ぜる重音が轟いて耳に残る。埋め尽くさんばかりに開いた大輪は徐々に光のシャワーへとその形を崩し、地上に降る途中で闇に溶けて、やがて跡形もなく消えていく。そして次に弾けた新しい打ち上げ花火が、人々を自らの輝きで照らす。大きいのが上がると、たまや、かぎや、と合いの手が入った。

「綺麗……」

「ああ……」

 隣に腰かける金髪の少女もまた、宵の空を豊かな彩りで染めていく大輪に目を奪われていた。白い肌が花火の色を受けて、時には赤に、時には黄色へと映ろう。本当に綺麗だ。

 夏の思い出を飾るにはこれほど相応しいものはない。夜空に描かれる光の絵画を記憶のアルバムへ綴っていく。

「あのね、優斗」

「ん、どした?」

 ふいに名前を呼ばれて花火からアリスへ視線を移す。

 その時の彼女の顔を、俺はきっと忘れはしないだろう。

 青い瞳が切なげに濡れている、それこそ花火のように儚く消えてしまいそうな寂しげな微笑み。

 少女が言葉を紡ぐ。

 

「―――……」

 

 だが、その言葉は、今夜の中で一番大きな花火の音に掻き消された。

 

「すまん、花火のせいで聞こえなかった。何だって?」

「ううん、何でもないの」

「……本当か?」

「ええ。本当に何でもないから」

「…………そっか」

 もう一度言ってもらおうと聞き直してもアリスは首を横に振るだけだった。それから彼女は花火に視線を戻して会話を切り上げてしまう。

 なんだか大事なことを言われた気がしてならない。かといって、しつこく聞いて嫌われては元も子もない。もしかしたらまた聞けるかもしれない。その時こそ聞き逃さないようにしよう。

 そう自分に言い聞かせて、俺も彼女と同じく花火鑑賞に気持ちを切り替えた。

 

 

 青年は知らない。

 

 少女の声に乗せられた淡い願いを。

 

 

『――来年も、一緒に見たいな……』

 

 

 

 さてさて、打ち上げ花火で幕引きかと思いきや、まだまだ夏祭りは終わる兆しを見せなかった。それどころか、あっちゃこっちゃで酒盛りまで行われている始末。もしやこれ朝まで続くんじゃあるまいな。

 そろそろ帰ろうと意見が一致した俺たちは、スタート地点である人里の入り口へ向かっていた。さすがにオールナイトはご遠慮いたそう。

「楽しかったわね」

「おうよ。腹も一杯だし言うことなしだべ」

 記念すべきアリスと夏祭りデートは大成功。これで我が軍はあと一週間くらい戦える。

 他愛のない話をしつつ一向に減らない人混みの中を遡る。川の流れじゃないんだからせめて一方通行じゃなくて上りと下りがあってほしいものだ。いや、近いからって最短ルート選んだこちらのミスか。ちゃんと自然の流れに沿うべきだったな。

 やれやれと溜息を一つ零し、何となく周りに視線を巡らす。

 

 視界の端に『それ』を捉えたのは紛れもなく偶然だった。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 一瞬、息が止まった。

 

 見間違いなんじゃないかと目を疑った。

 

 けれど同時に見間違いなんかじゃないとも本能が悟った。

 

 

 なんで、どうして、そんなバカな――

 

 

『あの人』が此処に来ているというのか――!?

 

 

「優斗?」

 急に立ち止まって黙り込んだ俺に違和感を覚えて、アリスが怪訝そうな顔で覗き込んでくる。

「……すまん、アリス。急用ができた。気にせず先に帰っていてくれ!」

「え……ちょ、ちょっと優斗!? どこに行くの!?」

 アリスの困惑した声を背に俺は走り出した。人混みの隅間をかき分けて体を捻じ込み、無理矢理にでも奥へ押し進む。いまだに彼女が俺を呼ぶ声が途絶えないのに罪悪感を抱きつつも、振り返る余裕も残されてはいない。

 嫌な汗が噴き出る。呼吸も荒くなってきた。頭の中が焦燥感と疑念と混乱で掻き乱されて、自分でも何が何だか分からなくなる。それでも一歩たりとも足は止めない。ただ一心不乱に、前へ前へと執念深く。

 だが、いくら人の流れをかき分けても思うように進まない。もどかしさに苛立ちさえも募り始めた。

「はぁッ……はぁ……ッ!!」

 

 結局、ようやく開けたところに出た時には既にその姿は影も形もなかった。

 完全に見失ったのだと自覚した瞬間、全身の力がガクンッと抜け落ちる。立て続けにドッと襲ってきた疲労感に抗えず、手近にあった民家の壁に寄りかかった。

 やるせなさを込めて、額の汗を乱暴に拭った。柄にもなく口汚い悪態もついてしまっていた。

「はぁ……はぁ……なんでだよクソッタレが」

 

「優斗!!」

 

「え……?」

 よく知った少女の切羽詰まった声が喧騒を突き破って俺の耳まで届いた。見ればアリスが人の波を抜けてこちらに駆け寄っている最中だった。わざわざ追ってきてくれたらしい。あーあ、折角の浴衣が着崩れしているじゃないか。勿体ない。

 まだ整わない呼吸で苦笑を漏らす。そんな俺に彼女は心の底から心配そうな表情を浮かべて歩みを緩めた。

「ねえ、急にどうしたの? そんなに汗だくになってまで一体何があったの……?」

「あー……言わんとダメ?」

「ダメ」

 有無を言わせない言葉の圧力にまたも苦笑い。どうやら誤魔化しは効きそうにない。かつてない真剣な眼差しが絶対に見逃さないと訴えかけてくる。そりゃそうか。黒ずくめの組織を追いかけるコナン並みのガチ追跡をしてしまった以上、何でもないだなんてセリフが今さら通じるはずもない。

 後頭部をカリカリと掻いて俺は正直に白状した。

「知っているヤツによく似た人を見かけたんだ」

「ただの知り合い……というわけではないわよね」

「ああ、ぶっちゃけ普通じゃない。なんてったって此処で会うはずがないんだからな」

 此処、という部分をあえて強調する。あからさまなヒントに、聡い彼女は早くも薄々察したようだ。サファイアを彷彿とさせる青い目が大きく見開かれた。

 そして、アリスが核心に迫る質問をぶつける。

「誰なの?」

 

 

 なぁ、あんたが此処に居るわけないよな――?

 

「………俺の、兄貴」

 

 タイムリミットは、俺の想像の斜め上を行く形で、音もなくけれど確かにすぐそこまで迫ってきていた。

 

 運命のカウントダウンは、すでに始まっている。

 

 

つづく

 




急展開? いいえ、当初のプロットどおりです。

今だから言える唐突な裏話
一度でいいから他者様の作品にコラボで出てみたいというメッチャ他力本願な願望を持っていた時期が僕にもありました。


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幕間

待たせたn(大爆発)


皆さま大変長らくお待たせいたしました。
失踪疑惑の汚名挽回サイドカーでございます。

そして、サブタイの通り今回はちょっとした繋ぎとなります。
いつもと違った感じですが、ごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。


 昔話をしよう。

 

 とある青年が後に自らを「気分屋」と称するに至るまでの道のりを。

 

 他愛のない与太話だ。拍手喝采の面白おかしい内容ではない。幻想はなく、あるのは現実の壁と正解がわからない選択肢。似た話がそこかしこにありそうな、ほんの些細なサブストーリー。もしかしたら途中で退屈してしまうかもしれない。

 

 それでも、頼まれてやって欲しい。

 

 少しだけでも構わないから、

 

 どうか聞いてはくれないだろうか――

 

 

 

 彼はごくありふれた一般家庭に生まれた、どこにでもいる男子でした。

 頭は悪くなく、成績もそこそこ良い。けれども、かといってテストで常に上位一桁にいるほど頭が良いワケでもない。

 運動もそれなりにできる。けれど、体育祭でヒーローになれるほどスポーツ万能というワケでもない。

 授業は真面目に受けて、休みになれば年相応にバカみたいな悪ふざけだってやらかす。

 言い方は悪いかもしれませんが、彼は良くも悪くも「普通」の一言で表せられる男子学生でした。

 それと、彼も年頃の男子でしたので、女の子からの頼みは二つ返事で引き受けたり一段と気合が入ったりする一面もあったのは仕方のないことでしょう。

 面白半分で厄介ごとに首を突っ込むお祭り野郎でもありましたが、なんだかんだで困っている人を放っておけない、そういう性格の持ち主なのでした。

 

 そんな彼にはお兄さんが一人いました。

 彼の兄はとても優秀でした。まさしく、完璧超人という表現がこの上なくピッタリと当てはまる逸材でした。

 兄は非常に頭が良かった。知識はもちろん、他の人とは違った視点からの斬新な発想力で周囲をいつも圧倒させました。天才だったのか秀才だったのかはわかりません。ズバ抜けた頭脳に同級生だけでなく教師さえも一目置かずにはいられませんでした。ですが、肝心の兄は羨望や称賛などどうでもよく、黙々と己の見識を広めることだけに徹しました。

 兄は運動神経も抜群でした。腕力もあれば足も速く、その身体能力を欲して数多の部活動がこぞって勧誘をかけ続けました。しかし、当人である兄はその全てを一蹴し、ただ己を鍛えることだけに集中しました。

 

 まるで、密かに牙を研ぐ一匹の狼。

 他人に関わる時間を一切作らず、兄は全て自身を磨くために費やしていたのです。

 唯一の欠点は協調性の欠如。しかしながら、その欠点すらも、自身の実力をもってすれば容易に補えてしまえたのでした。ある意味で真っ直ぐな姿勢が密かに女子からの人気を集めていたという裏話もあるのですが、結局、それさえも兄には眼中になかったようです。

 誤解しないでほしいのは、兄は決して他人を貶めているのではなく、ただ興味がなかっただけなのです。

 

 仲が悪かったわけではない。でも、両者の差は明らかでした。

 

 勉強においても運動においても常に首位を独走し、にも拘らず決して奢りもせず精進を続ける兄と、何事においても良くも悪くも平凡な弟。

 

 両親がどちらを推すかなど考えるまでもないでしょう。

 あらゆる場面において、父も母も長男を鼻高々に褒めちぎりました。ある時は勉学で、ある時はスポーツで。多少人付き合いに難があったとしても、兄は間違いなく理想かつ自慢の息子像でした。

 幸いにも長男と次男を比べたりはしませんでしたが、両親の目には次男などまともに映っておらず、いつしか彼を褒めることさえも忘れていきました。嫌味ではなく、単純に彼への関心が薄れていく。それは却って辛辣な仕打ちだったのかもしれません。

 とはいうものの、弟も兄の能力の高さをよく知っていましたから、当然のことだと割り切っていました。そもそも、実力差があまりにも違い過ぎて、対抗意識すら湧いてこなかったのですから。不貞腐れもせず、あるがままを受け入れて日々飄々と振る舞いました。

 いつしか、彼は自宅よりも外にいることの方が次第に多くなっていきましたが、彼の立場をみればそれも当然なのでしょう。

 

 兄と弟は考え方も真逆でした。

 片や、信じられるは己の実力のみ。他者との関わりを疎ましく思って避ける。

 片や、様々な人たちと関わりを持ち、もし困っているなら放っておけなくて、軽い調子でカッコつけたりなんかしつつも手を差し伸べる。

 

 あくまで生き方の違い。

 どちらかが正しいかどうかなんて誰にもわかりません。ただ一つだけいえるのは……

 皮肉にも、あらゆる面で兄に劣った弟は、兄が唯一持たなかった他者との繋がりが自身の強みとなったのです。

 

 お人好しで、お調子者で、変なところで情に厚くて、厄介事に自分から巻き込まれに行って、優しくて、臆病で、平凡な男の子。

 

 そんなある時。

 

 たった一つの行動が、これまで築き上げていったものを彼自身の手で壊してしまう結末を招いてしまったのです。

 




Q. 読者を散々待たせた割には短くない?
A. 一日一回しか投稿しないと誰が言った?


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第六十四話 「~その血の宿命~」

別に、続けて投稿してしまっても構わんのだろう? ←UBW感


どうも奥さん知っているでしょう? サイドカーでございます(二回目)
先ほどのはジャブ(前座)、こちらが本命の右ストレート(本編)でございます。
ちゃんとアリスも出ますよ!

というわけで、こちらもごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 時間が解決するとは上手い表現だと思うのだが、皆さんはどうだろうか。

 人間は歳を重ねると並大抵の事象には耐性がつくというか慣れてしまうものらしい。いやね、早い話、大学生くらいになると一晩も経てば案外冷静になれちゃうのよね。すごーい! たーのしー!

 遠く離れた実家にいるはずの身内がこんな異世界に来ているかもとなれば、そりゃお前、フツーならば焦って当然である。誰だってそーなる。俺もそーなる(経験談)。

 ところがどっこい、神様やら妖怪やらをガチで目の当たりにして積み重ねてきた経験値っぽいナニカが、どうにも俺を変な方向のレベルアップへと導いちゃったみたい。幻想郷は何でもありなんよ今更何を驚くと言うのだねHAHAHAとやけに達観した今朝を迎えました。念のため後でSAN値チェックもしておこう。

 それに望みは薄いけど人違いのセンも微レ存。まだだ、まだあわてるような時間じゃない。

 アレコレと御託を並べてみたものの、ぶっちゃけて言うとマジで本人だとしたらあんまり会いたくないのが本音だ。できれば俺に気付かぬままさっさとお帰り願いたいところです。お帰りくださいませご主人様。

 安否は心配しないのかって? いやなに、薄情と言うなかれ。あのチートが追いつめられる事態そうそうないので無問題っす。イミフにもサバイバル知識もあるし、ボクシングやらの格闘技も嗜んでいて腕っぷしも相当強いのだ。つくづく色々とブッ飛んでいるブラザーである。

「はぁあ~……」

 ふと、紅魔の吸血鬼がいつか言っていた言葉を思い出す。

 

『運命は二つ。一つはいずれ大きな困難が立ち塞がるということ。もう一つは、これまでのようにはいられなくなるということ』

 

「優斗……大丈夫?」

「ん、アリス……」

 もう考えるのもメンドクセーと脳内にちっこい億泰が現れ始めたあたりで、耳に届いた少女の声が、俺の意識を現実に戻した。

 人形遣いの青い瞳が心配そうに俺の顔を覗き込む。テーブルに置かれた淹れたての紅茶から甘い香りが漂う。アリスが用意してくれたのか。彼女にも気付かないなんて、どうやら自分が思っていた以上に考え込んでいたみたいだ。

「悪い、ボーっとしてた」

「ううん、それよりも一息つきましょう。ずっと難しい顔してる」

「ぬっ、そうか?」

「ええ、こことか皺が寄っていたわよ」

 そう言って、つんと人差し指で俺の額をつつく。もう一つの椅子に腰かけて自分用のカップを手に取った彼女にならい、こちらも紅茶を口にする。ちなみに今日はストレートティーだった。甘く、且つサッパリした味わいに凝り固まっていたものが解れる。人形遣いの優しさの味、なんつってな。

 しばらくティータイムが続く。ほどなくして、どことなくそわそわしていたアリスがおもむろに口を開いた。

「やっぱり、昨日のこと?」

「まぁな。だがもう平気だ。今から考えたってしゃーないし、事実どうあれ為るように為るさ。そんなことより、せっかく祭りを楽しんだ後だったのに台無しにしてスマンかった」

「いいの。いっぱい出店も巡ったし、花火だって見れたんだもの。何も台無しになんてなってないわよ」

 天使だろうか、この娘は。優しすぎておっちゃん涙が出てきた。

「そっか。うん、アリスの浴衣姿も可愛かったしな!」

「そ、それはもういいからッ!」

 ちょっぴり顔を赤らめてアリスがプンプンと怒る。可愛かったのと可笑しかったのが合わさって、ついつい笑みがこぼれる。そのせいでアリスが余計にへそを曲げてしまい、両手を合わせてひたすら平謝りで許しを請う。

 そうだ、俺には何よりも優先すべきものがあるじゃないか。レミリアにも宣言したというのに。彼女を守ると(実際とはイメージが異なる場合がございます)。雪下の誓いでも真っ赤な誓いでもない、俺だけの誓いを掲げよう。マグロ、ご期待ください。

 正面に座る金髪の少女に声をかける。窓の外は今日も晴れ渡っていた。

「アリス、もう一つ気分転換に付き合ってくれないか?」

「もちろん。どうするの?」

「森林浴――ちょいとお散歩しませんか?」

 

 

 これといったルートもなく、何となく気が向いた方向へと森の中を歩いていく。

 木々が寄り集まっていて日陰が多い。逆にいえば、木漏れ日が降り注ぐ箇所は一際眩しくてよく目立つ。さながら天然のスポットライトだ。その下をアリスが通ると、まるで舞台に立つお姫様のようで瞬く間に惹かれていく。お日様の光を反射してキラキラと輝く金髪は鮮やかに美しい。本当に綺麗で、それ以外の言葉が出てこない。

 足を進めていくと、唐突にアリスが「あっ」と声を上げた。その場に立ち止まり、なにやら悪戯っぽい表情で振り返った。

「ねえ、覚えている? ここ」

「あったりめぇよ。覚えているとも、むしろ忘れるわけがないべさ」

 第三者から見れば別段変わったところもなく、他と同じ森の一箇所に映るだろう。だけど俺とアリスにとっては特別な場所なのだ。そこの茂みとか倒木とか、色褪せることなく記憶に残っている。

 周りの景色を確かめながら、俺は彼女に正解を告げた。

「俺たちが初めて会った場所だったよな」

「うん!」

 二人だけの思い出。境界を隔てて交わるはずのなかった、異なる世界の青年と少女がお互いを知る始まりの始まり。運命か奇跡かはたまた番組の展開か。出会うべくして俺たちは出会い、今もこうして一緒にいる。

 今日も、きっと明日も、この温かくてくすぐったい幸せな時間を過ごしていくのだろう。青く染められた夏色の空は広く、俺たちの未来を象徴するかのようにどこまでも続いているのだった。完。

「もうちょっとだけ続くんじゃ」

「どうしたのよ急に」

 エピローグっぽい謎のナレーションを始めた俺にアリスが怪訝な眼差しを向ける。いかん、いかん。感慨に耽りすぎてあやうくスタッフロールまで行ってしまうところだった。

「あー、いや何でもなくてよ? 久しぶりに来てみたらあまりに懐かしくてなぁ」

「もう、まだ数ヶ月しか経ってないじゃない。でも……そうね。実を言うと私も同じなの。色々あったからかしら? ずっと前の出来事のような気がして。ふふ、可笑しいわね」

「だな。ま、これからも仰山イベントがやってくるんだろうけど、ここから始まったことは僕ぁ絶対に忘れませぬぞ」

 思い出に微笑む人形遣いに、俺もまた自信ありげなニヤリ顔で親指を立てる。幻想郷との、アリスと綴ったアルバムの最初の一ページを埋もれさせるなんざあるわきゃねえ。消したりなんてするものか。クイックロードでいつでも回想シーンを再生できますとも。

 俺が宣言すると、頬を仄かに赤く染めながらアリスも小さく頷いて応えてくれる。

「私だって。ずっと覚えているから……ね?」

「アリス……」

 そう言ってくれたのがあまりにも嬉しくて、恥ずかしがりながらも誓ってくれた彼女があまりにも可愛くて、俺はアリスから目を離せなかった。アリスも同じように、俺から目を逸らそうとしない。

 見つめ合う互いの瞳には、もはや相手の顔しか映っていなかった。

「優斗……」

 二人はやがて――

 

「おー、おアツイこって」

 

『ッッッ!?』

 魔理沙の登場によって盛大にびっくらこいたのであった。ド派手に肩を跳ね上げて、だいぶ近くなっていた二人の距離をバッと引き離す。俺に至っては後ろ足を引っ掛けて尻餅も着いた。痛い。アリスも顔全体を真っ赤にして相当テンパっている。

 そんな俺たちを見逃してくれるはずもなく、もはや芸術的なニヤニヤ顔を浮かべて白黒魔法使いが追い打ちをかけてくる。

「にゅふふふ。せっかくお楽しみのところだったのに、二人の邪魔しちゃったみたいなんだぜ。いやー、失敬失敬」

「ふぇええ!? ま、魔理沙ったら何を言っているのかしら!? 私と優斗はただお散歩していただけで別に変な意味はないんだから! 勘違いしないでよね!!」

「うおー、ここまでテンプレなセリフが出てくるとはさすがの私も驚愕だぜ」

「だーかーらーッ!!」

 羞恥心がえらいことになってリンゴよりも赤面したアリスが若干涙目になっている。手助けしようにも下手に介入したら自爆する気しかしない。そもそも俺も顔が熱くてそれどころじゃない! やめろ、今こっちを見るでない!

 結局、魔理沙の誤解を解くために多大な時間と労力を費やすハメになるのであった。主にアリスが。南無三。

 

 

「そんで? 二人で()()()お散歩していたのはどういうシナリオなんだぜ?」

「妙な強調に関してあえてツッコミはしないぞ。ごほん、ちょっとした気分転換ってやつだ」

「ふーん……ってことは何か行き詰まっているのか? 水臭いぜ、そういう事情なら私にも相談くらいしてくれよ」

「優斗、せっかくだし話してもいいんじゃない?」

「ん。せやろか、せやな」

 実際のところ、これといって隠しておかなければならない理由もない。彼女に話して損する中身でもあるまい。せいぜい、根拠も証拠もないただの噂話くらいに聞いてもらえば十分だろう。

 魔理沙に経緯をざっくりと教える。アリスと二人でお祭りに出かけたあたりではまたしても意味ありげな笑みをされたが、帰り道に起きた例の件に触れると彼女も真面目な顔で耳を傾けてくれた。

 一通りの説明を終えると、白黒魔法使いは活気に満ちた顔で高らかに、

「よし! その事件、名探偵の霧雨魔理沙さんに任せとけ!」

「いつから探偵になったのよ……」

 ドンと胸を叩いて誇示する親友にアリスが嘆息する。しかし人形遣いの呆れなどどこ吹く風で、異変解決のエキスパートはすでに気合が充電されきっていた。

 こうしちゃいられないぜ、と魔理沙探偵が意気揚々と調査に乗り出す。

「まずは現場に急行する。犯人は必ず現場に戻ってくると相場が決まっているんだぜ」

「現場って、人里じゃないのか?」

「いーや、私の予想だとお前が幻想入りしたあの場所がチェックポイントだぜ。優斗と同じようにあそこから入ってきた可能性が高い」

「マジっすか。して、その根拠は?」

 俺が問いかけると、彼女はあっけらかんとした様子で、

「だって兄弟なんだろう? 何かしら共通点があるはずだ。あとは勘だぜ」

「推理小説なら一発アウトの探偵にあるまじきトンデモ暴論!?」

「ほんとにもう霊夢みたいなこと言って……魔法使いがこれでいいのかしら」

「その霊夢があの時に言っていたじゃないか、紫の様子が変だったって。これは恐らく優斗以外の何者かの気配を感じたからに違いないんだぜ」

「強引なこじ付けじゃないの。うーん、でもひょっとしたら当たらずとも遠からずだったりするのかも……? ねぇ、優斗はどう思う?」

「ええんやないの? 人里よりかは断然こっちのが近いし、とりあえず行ってみるだけの価値はあるべ」

 魔理沙のテンションをみれば、どのみち何らかのアクションを起こすのは避けられない。せっかくヤル気出しているのに水を差すのは野暮というもの。手伝ってくれるというのにケチをつけるのも失礼な話だ。

 第一、散歩に可愛い女の子がもう一人加わったのだと考えれば、こちとら微塵の不満もございませんとも。

「おーし、行くぜ! 事件は現場で起こってるんだ!」

「そのセリフも幻想入りしておったか……」

 

 

 というワケで、つい先日も訪れた場所に再び足を運んだ霧雨探偵隊御一行。

 目的地に着くなり魔理沙が例のご神木(偽)に突撃し、忙しなくあれやこれやと調べ回っている。幹をコンコンとノックしたり内側に耳を澄ませたり根本を注意深く覗き込んだりと、意外にも本格的でござった。探偵というよりトレジャーハンターの方が近いかもしれない。日頃の収集癖もあって余計にそう思う。

 俺とアリスは魔理沙の調査活動を見守ることにした。我ながら当事者がこれでいいのだろうかと疑問を抱かないでもないが、気にしたら負けだ。いいね?

「いやはや、いつもながら元気だなぁ」

「探究心が強いのよ。魔理沙に限らず魔法使い全員にいえることだけどね」

 二人でのほほんと眺めていると、ちょうど木の裏側に回り込んだ彼女の「アリスー、来てくれー」という人形遣いをご指名する声が飛んできた。

「ちょっと行ってくるわね」

「うぃ、行ってらー」

 親友の元へ駆け寄る少女の背中を見送る。あ、しまった。暇だったし俺も着いていけばよかったわい。かといって今から追いかけるのもカッコ付かない。完全にタイミングを逃した。誠に遺憾である。

 手持無沙汰になってしまった寂しさを紛らわすべく、せめてもの慰めにポケットからタバコを取り出す。紫煙を燻らしながら少女たちが戻ってくるのを待つ。

「お宝でもあったのかねぇ……」

 

 

「残念だが、何もないのは既にこちらで確認済みだ」

 

 

 きっと彼らは一目見てわかったはずだ。

 

 二人は初めて出会うより以前から、ああなる運命だったのだろう。

 

 すれ違っていたわけでもない。

 

 彼らは誰よりも深くお互いを理解し、相手のことだけを見つめていた。

 

 

 思わずサイコパスの導入シーンを再現してしまった。

 タバコを咥えたまま背後から投げかけられた声の主へと振り返る。若い男が一人立っていた。

 俺よりも少しだけ背が高く、切れ長の目つきは無関心を象徴するかのように暗く冷たい。日本人らしい黒い短髪はクセもなく真っ直ぐに下りている。こっちは天然のツンツン頭だというのに、どうしてこうも髪質が違うのかと疑問に思ったのは中学ぐらいのときだったっけ。

 ワイシャツとスラックスというシンプルな服装の下は、細身ながらにしかと鍛えられた身体が隠されているであろう。

 ああ、もう誤魔化しは効かない。人違いの可能性は皆無となった。俺はこの人を知っている。見覚えしかない。やはり昨日の時点で確信していたのだろう。さほど動揺していない自分が居た。

 男の無機質な眼光が、矢の如き鋭さをもって俺を捉える。

 

「タバコは感心せんな――弟」

 

「たまにしか吸わないし、案外悪くないもんだぜ――兄貴」

 

 

つづく

 




今年はアニメ映画が豊作で大変ですね。
SAO、プリヤ、生徒会役員共、エウレカセブンetc ←観てきたやつ

個人的には桜ルートが楽しみ過ぎて失禁しそうです(末期)


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第六十五話 「賽は地上高く投げられた」

秋の訪れとともに今宵も現るサイドカーでございます。


予定通りのシナリオなのに急に不安になってくる症候群
それでも、スランプなんかに絶対に負けたりなんかしないッ! ←即堕ち2秒前

何はともあれ最新話でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 しばらくぶりの再会にもかかわらず、感動を分かち合いなど欠片もない。兄と弟が対峙する様は、下手をすれば一騎打ちによる決闘の幕開けにも映りかねない。

 まったく、その何事にも動じないスーパードライな眼光も変わっちゃいない。お茶の間のチビッ子が見たら泣くで。

 先に声を発したのはまたしても正面に立つ男だった。だが、それは「久しぶり」の一言とは到底似ても似つかぬもので、

「やはり此処に居たか」

「そいつぁこっちのセリフだっつの。つか、何でいんだよ?」

「身内が行方不明という情報を得て調査した結果、この地に辿り着いた。それと調査を進めていく中でコレを拾った。お前の落し物だ」

 最後の一言と同時に何やら小さい塊を無造作に放り投げてきた。地面に落ちる前に掴み取ってその物体に視線を落とす。見覚えのある品物だった。てっきり失くしたかと思っていた、

「俺のケータイ……?」

「当時まだ充電が残っていたおかげで持ち主はすぐに分かった。お前の居場所を特定する手がかりとしても役に立った」

「いやいやいや、そもそも身内が行方不明ならサツに通報した方が良くね?」

「この程度であれば自分で調査した方が早い」

 ふんと鼻を鳴らし、つまらない質問だと言いたげに兄は俺の意見を一蹴する

 あー、そうだった。そうでしたそうでしたよ。さも当然のようにこういうこと言うんだったわ、この人は。常識の有無は判断材料としないというか。曰はく、存在しないことを証明できないのであれば可能性はゼロではない。それこそ、そいつで状況の説明がつくなら神隠しだって視野に入れる。

 ズレているようでトンデモなく頭は良いのも事実。現実的思考の堅物に見えて非現実的なオカルトも否定しない。故に、彼は幻想郷の入り口となる箇所を見つけた。狙い通り、行方を眩ました弟の痕跡を。

 改めて思い知らされるキチガイ一匹狼を前に、ひとまずタバコを携帯灰皿に押し付ける。

 奴と向かい会っていると、ふいに誰かがシャツの裾を掴んできた。

「優斗……もしかして、この人が?」

 いつのまにか俺の傍に戻ってきていたアリスが不安げな声で問う。脈絡なく現れた見知らぬ男、しかも社交的とはいえない雰囲気。戸惑うのも無理はない。どの辺から聞いていたのかはわからないが、状況は察しているようだ。

 昨晩のシリアス場面を思い出したのか、彼女はシャツから手を離すと今度は右腕をぎゅっと抱きかかえてきた。

「お察しの通り、俺の兄貴その人だ」

「おいおい、ちょっと目を離したすきに一人知らないヤツが増えているんだぜ?」

 アリスに続いて魔理沙も駆け寄ってきた。無駄に緊張感を伴う微妙な空気だったので、陽気な彼女の介入はありがたい。

 二人の少女が立て続けに俺の近くまでくる様子を眺めていた兄貴が「なるほど、そういうことか」とか言って一人で納得し始める。いや、どういうことだってばよ。

 そんな自己完結型ブラザーにアリスが「あ、あのっ」と少し上ずった声で話しかけた。兄貴メッチャ警戒されとるがな。ごめん、それ俺のせいだわ。

「あんたは?」

「アリス・マーガトロイドといいます。優斗とは、その、今は一緒に住んでいます。あっ、でもそういう関係じゃなくてあくまで居候ですから! こほん。えっと、立ち話もなんですし良かったらどこか移動しませんか? 近くに私の家もありますし」

 アリスの提案もごもっともだ。積もる話もあれば立ち話で済ませられる内容でもない。落ち着ける場所で腰を下ろしてじっくりとっくり腹を割って話そうではありませんか。

 兄貴が答えるよりも早く、人形遣いの意見に白黒魔法使いが口を挟んだ。

「だったらうってつけの場所があるじゃないか。外来人絡みなら一つしかないだろう?」

「それってもしかして……」

 

 

「――んで、ゾロゾロとうちに押しかけて来たってワケ?」

「ごめんね、霊夢。もしかして都合悪かったかしら?」

「アリスが謝る必要なんてないわよ。魔理沙の言う通り、外来人絡みなら私も無視するわけにはいかないし」

 仕方ないわ、とぼやきながら紅白巫女が緑茶を啜る。ちょうど喉が渇いていたところだったし俺もいただくとしよう。アリスも手伝ったおかげで既に人数分のお茶が卓袱台に並んでいる。さりげなく気配り上手なアリスさんの女子力よ。

 俺たちが訪れたのは毎度お馴染み博麗神社だった。迷い込んだ外来人を「外」に送り返す場所でもあり、安全地帯としても申し分ない場所である。境内で掃き掃除をしていた霊夢に、俺の兄が幻想入りしていたことだけでも先に伝えると、ひとまず居間に全員集合と相成った。

 中身が空になった湯呑を卓袱台に戻し、形勢逆転とばかりに今度は俺が兄貴を見据える。

「じゃあ兄貴、ご説明願いましょうか。何がどうなってあんたまで幻想郷に来ているのか洗いざらい吐いてもらうぞ」

「言われんでも説明する。そもそも原因はお前であることを忘れるな」

「ぐぬぬ……!」

 訂正、やっぱり逆転できていませんでした。

 

 男同士の牽制合戦もとい謎の睨み合いが続く一方、女の子たちもまた身を寄せ合いヒソヒソと小声で会議を繰り広げていた。

「ふ~ん、あれが優斗のお兄さんねぇ。似てないわね」

 初めて見る外来人を横目に霊夢が気のない感想を漏らす。近寄りがたい一匹狼オーラを放つ男性に対しても、何物にも縛られない少女はいつも通りだった。

「うん、似てないよな。むしろキッチリ反対方向を向いているというかさ。兄弟だなんて言われないと分かんないぜ」

「でも、幻想郷に来ても取り乱した様子もなかったみたいだし、そのあたりはやっぱり似ているのかもしれないわね。優斗のときもあっさり信じたもの」

 三人の少女に注目されていても件の男性は気にも留めていない。気付いていないというより、本当に関心がないのだろう。顔立ちが整っているだけあって、そのクールさも加わって一部の女性陣からはキャーキャー言われそうなものだが、生憎この場にいる彼女たちには効かなかった。

「なんか、相手にしていると調子狂いそうだぜ。反応が淡泊で張り合いがない。優斗を弄ってる方が面白いぜ」

「そうね、あれ霖之助さんや慧音以上の堅物だわ。下手すりゃ閻魔といい勝負よ。アリスも優斗が良いわよね?」

「うん……って、えぇええ!? ち、違うの! 優斗とは過ごした時間がそれなりにあるからであって今のは別に特別な何かがあるとかってわけじゃなくて!」

「あーはいはい、わかってるわよー」

「だぜだぜー」

「~~~~~ッ!! 絶対わかってないでしょ二人とも!?」

 小声で怒鳴るという器用なマネをする人形遣いに、紅白巫女と白黒魔法使いは慈しみと生温かさが合わさった絶妙な笑顔で軽く流すのだった。

 

 

 兄貴の話は耳が痛くなるものだった。ついでに頭も痛くなってきた。

 結論から言えば、大学から実家に俺が留学先に行ってないと連絡があったらしい。幸か不幸か、その時に両親共々外出しており電話に出たのがこの男だったというわけだ。大学から事情を聞いた彼は、こちらで対処するので問題ないと返答(この時点で早くも兄貴クオリティが炸裂)。

 後日、俺が通う大学まで遠方から遥々やってきて調査を開始。出発予定日の前夜まで行動を共にしていたという弟の友人から当時の状況を聞き出した。さらにアパートの大家さんに言って俺の部屋の鍵を開けてもらい、旅立ちの荷物が置き去りにされてあるのも確認したという。魔理沙よりもこっちのが探偵っぽいことしてやがる。つーか俺の部屋に勝手に入りおってからに。三番目の引き出しが開けられてないことを切に願いたい。

 かくして、俺とダチが最後に解散した自然公園をわざわざ当時と同じく午前二時過ぎに捜索し、例の樹木があった場所で俺のケータイを発見するに至る。その場を中心に周囲の木々や地面を調べていく途中、奇妙な違和感に襲われて視界が歪んだかと思えば、次の瞬間には幻想郷に居たらしい。QED。

「おそらくは両世界の境目が完全に成立していない、混合して曖昧になっている時に接触したためにこちら側へ足を踏み入れる結果となったのだろう」

「さらりとそういう分析をするあたり、ホンマ大概っすわ。此処、幻想郷についてはどうやって知ったんだ?」

「森の中に店を構えていた骨董品屋の男性から聞いた。無縁塚という場所に外界のものが流れ着くと聞いて調べもした。妖と思しき血の気の多い獣と相対したのは悪くない腕試しになった。近辺にいた子供に人里の場所を聞き出せたのも収穫だ。訪問した日と夏祭りが重複したのは想定外ではあったが」

「怒涛の伏線回収ラッシュに俺のキャパがアヘり始めているのだが……オーケー、大体は把握した」

 むしろどうして今まで一度も会わなかったのか不思議なくらいだ。つーか香霖堂に行ってたんなら教えてくださいよ霖之助さん。いや、聞く限りだと人を探しているとは言わなかったみたいだな。店主を責めるのはお門違いか。

 はぁ、なんか無駄に疲れた。霊夢にお茶のおかわりを貰って喉を潤す。

「で、兄貴はこれからどうするんだ? そこの巫女さんに頼めば無事に元の世界へ帰れるっすよ」

 気が抜けたせいで半ば適当に質問を投げる。なんだかんだで家族が無事だったんだ。安心したのかもしれない。本当に低級妖怪と戦闘済みだとは思わなかったけど。しかも当たり前のように勝っているし。なんだこの主人公属性。

 投げやりな問いかけに、兄貴は眉一つ動かさずに端的に言い放った。

 

「決まっている。お前を連れて帰るのが此処に来た目的だ。理解したのならば早く支度をしろ」

 

『………え?』

 瞬間、部屋中の空気が静まり返った。凍り付いたといってもいい。俺も兄の言葉に耳を疑った。アリスから一切の表情が消える。霊夢と魔理沙も呆然と目を見開いて固まっていた。

 真っ先に声を上げたのは魔理沙だった。よほど焦っているのか思わず立ち上がって会話に割り込んできた。彼女に続いて霊夢も鬼気迫った顔で兄貴に詰め寄る。

「ちょ、ちょっと待てよ! そんなに急ぐこともないだろう!?」

「そうよ! 別れの挨拶も碌にしないでハイサヨナラなんて許されるわけないでしょう!?」

 少女たちの怒号に男が静かに目を閉じて沈黙する。思考を練る時の癖だ。どうするのが最適か彼なりに再計算しているのだろう。それを見て霊夢と魔理沙も口を噤む。もっとも睨み付けるのはそのままだが。

「優斗……」

「大丈夫、俺はまだ帰る気はない」

 隣まで寄り添ってきたアリスの声が震えている。今にも泣き出してしまいそうな顔を少しでも和らげたくて、彼女の手を握る。声だけじゃなくて手も微かに震えていた。

 わずか数分が何時間にも感じられる。やがて、その男は静かに目を開いた。こちらに向けられる視線に鋭さが増す。

「優斗」

「兄貴、悪いけど今すぐ帰るってのは俺は賛成できない。兄貴は知らないかもしれないけど、こっちに来てから世話になった人たちが沢山いるんだよ。その人たちに挨拶もお礼もなしに去るなんて無粋なマネ、俺はしたくない。そんなん紳士じゃないやろ!」

「一理ある。そこのお嬢さんには住む場所を提供してもらったというのなら、確かに相応の礼はするべきだ。わかった、幾らかの猶予をやる。その間に全部終わらせろ」

 彼を除く全員がほっと安堵の息を吐く。やれやれ、助かった。偏屈だけど人の話を聞かないわけじゃないんだよな。

 言いたいことだけ言うと兄貴はすくっと立ち上がった。

「どこに行くんだよ?」

「時間ができた以上、有効活用するまでだ。此処は身体を鍛えるには効率が良い」

「襲ってきた輩を返り討ちにして鍛える方法を効率的と申すか」

「……優斗。お前も立て」

「え? あ、ああ」

 言われるがままに腰を上げる。直後、俺は自らの油断と不甲斐なさを身を以って知ることになる。

 

ズドンッ!!

 

「ガッ……ァ……ッ!!」

 腹に抉り込むような鈍痛が襲いかかってきて、掠れた息を漏らしながら膝をつき崩れ落ちる。

 至近距離から握り拳を鳩尾に打ち込まれたとようやく理解できた時には、すでに吐き気を堪えるので精一杯でまともに動けない状態に陥っていた。呼吸が苦しい。酸素が足りないせいか視界が霞む。

 あのバカ兄貴が、本気で殴りやがった。

 女の子の悲鳴が聞こえる。悲痛な声で何度も俺の名前を呼んでいるのが分かる。分かるはずなのに意識まで薄れていくせいで返事ができない。大丈夫、そのたった一言が出てこない。

 耳までおかしくなったのか誰の声かが分からない。だけど、声では判断できないけれど、それが誰なのかは感じられた。俺にとって、大事な、

 

 ぼやける視界が徐々に暗転していく。

 

 やがて意識が完全に落ちる間際に、先ほどの言葉がやけに耳にこびりついた。

 

 ボディブロウと共に兄から放たれた――

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 だが、その意図を確かめる間もなく、とうとう完全に気を失ってしまった。

 

 

つづく

 




貪るように幻想入りシリーズの動画が観たい


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第六十六話 「ご注文はウナギですか?」

台風の接近とともにサイドカーでございます。

Fate桜ルートに興奮しすぎて映画館で失禁するところでした。
観終わった後、無性にホロウがやりたくなったのはここだけの話。


前置きはここまでにして最新話投稿でございます。
今宵もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「――ファッ!?」

 奇声を上げながら目を覚ますとまず木目の天井が視界に広がった。次いで首を横に動かせば襖と畳を認識して、ようやくここが和室の一間であると理解した。こんな分かり切った内容にさえ時間を要したところ、まだイマイチ寝ぼけているらしい。軋む体をどうにか起こすと、掛布団がずるりと落ちた。俺の他には誰もいない。静寂に支配された空間が物寂しさを生む。

 多少は覚醒した頭でもう一度だけ辺りを見渡す。障子越しに焼付くような橙色の光が差し込み、白い障子が夕焼けに染まる。

「むむむ……なして俺は寝ていたんだっけ?」

 寝癖のないツンツン頭を小突いて、記憶を掘り起こす作業に入る。アリスと一緒に魔法の森を散歩。途中で魔理沙と合流。そして、俺が幻想入りした例の場所で……あ。

 歯車がカチリと噛み合ったアハ体験に喜ぶ余裕もなく、最悪な災厄を思い出してげんなりとテンションが急降下する。

「そうだった……あの野郎、いきなり人のこと殴りおってからに」

 腹をさするが痛みはとっくの昔に引いている。博麗神社に来たのが昼過ぎかそこらだったから、ざっくり計算でも二時間か三時間くらいは気を失っていたのか。いかんな、完全に寝過ごした。

 しかも美少女たちの前にもかかわらず一撃KOで気絶させられるとは、なんたる不覚。これでは文化的二枚目半ではないか。もっとも、再会を果たした兄弟から不意打ちで当て身をくらうなんて予想できるはずもないのだが。

 ともあれ、こうなりゃ文句の一つでも言ってやらねば気が収まらんというもの。さくさくと適当に布団を片付けて、部屋を出るべく襖を開く。案の定、茜色に染まる坂じゃなかった空が開幕一番に俺を出迎えてくれた。日本風景を象徴する美しい夕焼けだが、感傷に浸っている暇はないのでござる。

 さぁて、これからあいつを殴りに行こうか。

 

 まだ皆が集まっていると思しき居間を目指して廊下を突き進む。頻繁に宴会をするだけあってこの神社もそこそこ広いのだが、さすがに紅魔館ほどではない。五分と経たずにゴールに辿り着く。どのように登場するかしばし作戦を練ってから、気の抜けた一声とともに引き戸に手をかけた。

「うぃーす。WAWAWA忘れ物ぉ~、俺の忘れも――」

「優斗! よかった……もうお腹痛くない? お薬いる?」

「大丈夫だ、問題ない。心配かけてすまんかったな。だがもう平気よ、ご覧のとおり完全回復したぜぃ」

 金色のショートヘアにカチューシャを飾った可憐な少女がすぐさま立ち上がり、俺のもとに駆け寄ってきた。ガラス玉のように澄んだ青い瞳を見つめ返して、やけに仰々しく頷いて無事を伝える。アリスの顔がふわりと綻んだのをみて、俺も頬がだらしなく緩んだ。

「おー、ようやく起きたか」

「とんだ寝坊助ね。もう少し遅かったら叩き起こしていたわよ」

「お目覚めコールするならお手柔らかにオナシャス」

 残り二人から茶化されながらも、卓袱台の近くまで足を進めて腰を下ろす。アリスも俺の隣にちょこんと座った。顔を見合わせてどちらからともなく笑みがこぼれる。が、それを見ていた霊夢と魔理沙がニヤニヤとこちらに眺めているのに気付き、取り繕うように居住まいを正した。

 この辺まではいつものやり取り。だが、どうしても無視できない問題が一つだけ残っていた。わざとらしく周囲をぐるりと一瞥し、口を開く。

 

「ところで、あの不意打ちマンは何処に行ったんだ?」

 

 数刻前と明らかに違う点、肝心な彼奴めが忽然と姿を消している状況を除いては。

 俺が尋ねると人形遣いの表情が暗く曇った。目を伏せ、膝の上に乗せた綺麗な手をぎゅっと握りしめる。躊躇う彼女に代わって紅白巫女がぶっきらぼうに答えを言った。

「あのあとすぐに出て行ったわよ。次に来るときまでには全て片付けておけって勝手な捨て台詞を残してね」

「まったくホント何なんだぜ? お前の兄ちゃん」

 霊夢だけでなく魔理沙もぶすーっと不貞腐れた様子で唇を尖らせる。彼女たちには兄貴の情報タグに冷血漢が追加された模様。身内なら奴に悪意がないと察せても、初対面からすればそうもいかない。

 やれやれ、文句を言いたいのは俺も同じな筈なのに、なんで兄貴のフォローせにゃならんのだ。ついつい嘆息してしまう俺を誰が責められよう。

「すまんのぅ、人付き合いがアレな一匹狼なんよ。許したってや」

「むー……ブン殴られた張本人がそう言うなら、まぁ仕方ないぜ」

「あー、できればブン殴られていたところも忘れとくれ……」

 しぶしぶ引き下がる白黒魔法使いに苦笑せざるを得ない。

 すると、なぜか今度は霊夢がジロリと鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。まるで異変解決に臨むかの如き真剣な声で、

「で、まさかとは思うけど今から帰り支度始めるなんて言い出したりしないわよね?」

 瞬間、俺の傍にいる金髪少女の肩がビクッと震えた。まるで置いて行かれた子どものような、不安で強張った顔で俺を見上げる。きめ細やかな白い肌から血の気が失せて、もはや青白く痛々しい。片や有無を言わせぬ覇者の波動を放つ博麗の巫女。魔理沙も顔を引き締めてこちらを見据えていた。

 

 覚悟を決めろ、あの男は確かにそう言った。その言葉の意味するところとは何か。

 

 幻想郷を去り、現代に帰れというのか。余所者がいつまでも居座ってないで、いい加減に元居た場所に戻るべきときが来たと、そう言いたいのか。結局のところ、此処もまた、俺の居場所とは為り得なかったのだろうか。

 渡り鳥を気取る気分屋らしく、一箇所に留まらず次の行き先へ向かう。俺自身、これまでずっとそうやって生きてきた。あっちへこっちへフラフラと、風の吹くまま気の向くままに何度も何度も寄り道を繰り返してきた。他ならぬ自分自身がそうしたくて選んだ道だ。今になって躊躇うのも可笑しな話だ。

 

 でも、それでも、だからこそ。

 

 気分屋を称する故にこそ、旅立ちのタイミングは自分で決めずしてどうするってんだバーロー。

 

「それこそマッカーサー。俺の道は俺が決める。『道』というものは自分の手で切り開くものだ」

「優斗……」

 揺れる瞳で覗き込んでいた人形遣いが安堵の息を吐く。ただ、まだ心配事があるようで躊躇いがちに聞いてきた。

「本当にいいの? 家族が迎えに来たのに……」

「おうともよ。……え、ひょっとしてコレ帰った方が良い流れだったりするべか?」

「そんなわけないじゃない!! わ、私ッ、わたしは――!!」

「どわぁっ!? ごごごごゴメンって! 意地悪したつもりはなかったんだ! だから泣かないでくれ、な? な!?」

「…………ぐすっ」

 青い瞳に涙が浮かんだのを目の当たりにして大慌てで彼女をなだめる。

 我ながら冗談にしても性質が悪かった。猛省せねば。ほら、紅白巫女と白黒魔法使いがそれぞれ得物の切っ先を俺に向けていますもの。怖ぇーよ。顔がマジだよ。

 

「まぁいいわ、辛気臭いのは止め止め。もういい時間だし今から夕飯にしましょ。どうせ全員食べていくでしょ?」

 霊夢が俺に突き付けていたお祓い棒をポイッと放り投げ、その場にいるメンツに聞きながら腰を上げる。というか神事に使う道具をぞんざいに扱ったらアカンやろ。バチ当たんぞ。

 内心ツッコミを入れつつも、無論俺に断る理由など一つもない。のんべんだらりとしたいつもの空気に戻り、力なくプラプラと手を振って応える。

「そら女の子の手料理をいただけるなら是非ともご相伴に預かりますとも」

 己の言葉に反応するかのごとく、腹の虫までもぐぅと音を鳴らして賛成の意を示す始末。そんなに大きな音ではなかったのだが、アリスにはバッチリ聞こえていたらしい。くすくすと可愛らしい声で笑われてしまう。うぅむ、カッコ付かない。むしろ平常運転ですねわかります。

「優斗がそう言うなら私も。でも霊夢、食材は足りそうなの?」

「そこまで切羽詰まってはいないわよ。魔理沙がこの前大量に持ってきたキノコも残っているし」

「なんだ、まだ消化しきれてなかったのか? 早く食べないと腐っちまうぜ」

「毎日三食キノコ単品なんて冗談じゃないわ。ま、そういうことだから協力してほしいわけ」

「ふふっ、じゃあ飽きないように色々レパートリーを増やさないとね」

「任せとけって。なんてったってキノコ料理専門家の魔理沙様がいるんだからな!」

 少女たちが華やかに談笑しながら台所に向かう。つられて俺も手伝おうと腰を浮かしたが「病み上がりは待ってて」とアリスにやんわりと止められ、大人しく座り直す。天使の微笑みを前にしたら素直に従うしかない。彼女の優しさに涙が止まらないね。

「どっこいせ、と。ふぁ……」

 欠伸を隠すことなくそのまま畳の上に寝ッ転がる。せっかくだ、夕餉の支度ができるまでもう一眠りさせてもらおう。

 微かに耳に届く美少女達のお料理シーンを子守唄に、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 翌日、アリスは一人で魔法の森を歩いていた。

 彼のマネではないけれど、ちょっとだけ気分転換をしたくて朝早くにこっそりと家を抜け出した。さらさらと流れる涼しげな微風が鮮やかな金髪をなびかせる。

 同居人はまだ自室で眠っている頃だろう。そういえば昨日も夕ご飯ができるまで二度寝していたっけ。

「優斗……」

 ぽつり、と思わず彼の名前が口に出てしまう。

 分かっていたはずなのに、彼が「外」に帰るかもしれない戸惑いを隠せなかった。心のどこかで、期待してしまっていたのかもしれない。きっと、あるいは、もしかしたら。これからも当たり前のように一緒にいられるかも、なんて。

 でも、実際は違った。無慈悲なほどにあっけなく。

 分かっていたはずなのに。優斗は幻想郷に迷い込んだ外来人で、本来あるべき場所に

戻るのが正しい選択なのに。

 居心地の良いひとときに甘んじているご都合主義な自分を叱ろうと、常に理性的であろうとする魔法使いとしての自分が現実を告げてくる。

(ううん、違う)

 頭を振って自らの考えを否定する。本音はそんなものじゃない。魔法使いだからどうかは関係ない。原因なんて分かりきっていた。

 素直になれなかったから。行かないで、そう言いたくて、でも言えなくて。彼の兄が帰り支度をするよう冷たく言い放ったとき、心が張り裂けそうなくらいに辛くなった。思わずその場で泣いてしまいそうだった。

 でも、優斗はまだ帰る気はないとハッキリ言ってくれた。不安で震えていた私の手を優しくもしっかりと握ってくれた。包み込んでくれた頼もしい手の感触が記憶に蘇り、心臓の鼓動が高鳴る。

(私……どうしたらいいのかな……)

 彼を考えるとドキドキする。頬が熱を帯びて朱に染まっていくのが抑えられない。うららかな陽だまりのような温かさに、一粒の切なさが混ざり込む。でもそれだって嫌じゃなくて。一緒にいると嬉しい、気が付いたら姿を目で追っていたことも何度もある。

 いつだったか、地底の温泉でパルスィにも言ったけれど。もし、わがままが許されるなら、

「やっぱり、まだ離れたくないよぉ……」

 

 

 考え込んでいたせいか、知らず知らずのうちに足が昨日と同じ場所を選んでいたことにさえ気づかなかった。古明地こいしの能力は作用していなくとも、無意識というのは出るものだ。

 鬱蒼と生い茂っている木々に囲まれる中に、周りと代わり映えしない一本の樹木。それと相対してこちらに背を向けている男性がいた。気配を察したのか無造作に振り返る。

 男性――優斗の兄がアリスを見て独り言じみた台詞を口にする。

「……昨日のお嬢さんか」

「あ……」

 すぐに言葉が出てこなくて挙動不審になってしまう。昨日の展開からいって、しばらく会うことはないと思っていただけに意表を突かれた。まさか一日と経たずに鉢合わせするとは。だからといって挨拶もしないで呆然と相手を見ているのも失礼極まりない。人形遣いが慌て気味にぺこりと頭を下げると、相手も微かに頷いて返してくれた。

 沈黙を破ったのは、意外にもあちらからだった。

「愚弟が世話になっている」

「い、いえっ。私の方こそ優斗が来てくれてもっと楽しくなりましたから!」

「そうか、なら良いのだが」

 しかし早くも会話が途絶える。わざわざ此処まで家族を捜しに来たりするし、少なくとも悪い人ではないはず。優斗からも少しだけ聞いたことがあったけど、嫌っている様子はなかった。そのときに垣間見えた達観に近いどこか諦めたような乾いた笑みが脳裏をかすめる。

 色々と聞いてみたい。なのに、変に緊張してしまって上手く言葉がまとまらない。気まずい空白の時間がただ闇雲に過ぎ去る。

「あいつをどう思う?」

「――え?」

 不意の問いかけに驚いて顔を上げる。まるで機械を思わせる冷めた視線と正面からぶつかった。

 アリスは今の言葉を反芻して、質問に対する答えを頭の中で整理する。

(私が、彼をどう思うか……)

 彼と出会って、一緒に過ごして、これまであった出来事を思い出していく。想いが芽生えて、気持ちが培われていって、いつしか胸の内に在った特別な感情。それに気づいたのは、思えばいつからだったのだろう。

 小さな手のひらで一つ一つを丁寧にすくい上げるように、少女はポツポツと語り始める。

 

「いつだって優しくて温かくて、一緒にいるとなんだか安心できて。私だけじゃなくて優斗と関わってきたみんなが彼のおかげで笑顔になれたんです。そりゃ、すぐに調子に乗ったりするし、女の子を相手にするといっつもデレデレしてだらしない顔になったりするし、カッコつけて危ないことして怪我したりもするしで目が離せないんだけど。でも、やっぱり誰かのために一生懸命になれる人だから……だから信じているんです、優斗のこと」

 

 あと一つ、大切な気持ちを隠しているのだけれど、ここで言うには恥ずかしいから内緒にしておこう。まだ誰にも言えない女の子のヒミツ。もっとも、親友をはじめとした面々からしょっちゅう弄られるけど、今は認めるわけにはいかない。やっぱり、素直になるのはもうちょっと先になりそう。

 少女の話に静かに耳を傾けていた男は、最後まで聞き届けるとまたもや短い質問を投げた。それもドストレートに、

「お嬢さんは優斗の恋人か?」

「ふぇええええ!? ちッ、ちちち違いますッ!」

 真顔で放たれた直球に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。アリスの顔がみるみるうちに火照り、瞬く間に耳まで紅潮する。向こうからすればただの質疑応答のつもりでも、彼女にとっては爆弾を投下されたようなものだ。

 カァアッと赤面して俯く人形遣い。だが、立て続けに前方の男から告げられた容赦のない一言が、周りの空気もろとも冷酷な色で塗り潰した。

 

「あいつは今も変わらず気分屋を気取っているようだが、単なる言い逃れに過ぎない。あれは目の前から顔を背けて逃げ回っているだけの――臆病だ」

 

「な、何を、言っているの……?」

「愚弟が気分屋などと名乗りだした原因、過去に何があったのか。知りたいのであれば語るが、どうする?」

 いきなり身内を臆病者呼ばわりする男性の意図が掴めない。いや違う。身内だからこそ見てきたものがあるのだ。それこそ、幻想郷に来る前の彼について決定的な何かを。

 彼は事あるごとに自らを気分屋と称していた。まるで口癖のように、さながら自分に言い聞かせるように。ひょっとしたら、ただ単に自分の性格を表していたのではなく、自己暗示も含まれていたのではないか。薄暗い邪推が這い出るように、少女の心を蝕もうと手を伸ばす。

 

 だけど、やっぱりあの得意げなお調子者の笑顔が嘘だとは思えない。あの手の温もりは絶対に偽りなんかじゃないから。何よりも、たった今、彼を信じていると言ったばかりなのだから。

 

 優斗に何があったかは知らない。不用意に本人に聞いて良い内容でもないからこれまで躊躇われた。だが、もう避けるわけにはいかない。否、自分が求めたものだ。

 だからアリスの答えなど最初から決まっていた。

 

「教えてください。私だって優斗のこと、もっと知りたいから」

 

 

つづく

 




FGOやってないけど「色彩」を聴いて神曲すぎて失禁しかけた(二回目)


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第六十七話 「追憶の夢」

これ年内に完結させるの無理だわ(諦観)


皆様お久しゅうございます。またまた一カ月ぶりのサイドカーでございます。

今回の話は前話の終わり方からお察し、主人公の過去回となります。
東方要素もアリスもなく、さらにタグにある残酷な描写や不快な展開もあるやもしれません。マジすまねぇ ←土下座

以上をご理解のうえ、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。




 懐かしい夢を見る。

 忘れたかった。忘れなかった。忘れられなかった。自分が犯した失敗の記憶。

 所詮よくある話だ。あの時こうしていれば、他の選択肢をとっていれば。もしも、やり直せるならば。誰もが一度くらいは考えたことがあるんじゃなかろうか。とはいっても、そんなものは結果から見たたられば話にしか過ぎない。電話レンジも運命探知(リーディングシュタイナー)もこの世界線には在りはしないのだ。誠に遺憾である。

 

 懐かしい夢を見る。

 あのときの俺は出来得る限りの最善を尽くしたつもりでいた。いいや、違うか。そんな余裕すらなかった。ただガムシャラに、むしろヤケクソで、兎にも角にも一杯いっぱいだった。助けなきゃ、なんて笑ってしまうくらい大それた善意を心に宿して。

 でも、辿り着いた結末は散々たるものだった。

 なにせ、善意がきっかけで行動を起こしたのに、逆に相手を傷つけてしまったのだから。他ならぬこの俺の手で。

 

 

 夢を通じて語られるは、ある大学生がまだ高校生だった頃の与太話――

 

 

 

「んー、やっぱりアーケードゲームこそが文化の基本法則ですなぁ」

 学校の帰りにゲーセンに寄って、いつもの格ゲーでドンパチやるのが放課後のお決まり。百円玉を投入し、赤い球付きレバーとプッシュボタンの手触りを確かめたときの「さあ始めようか」という感覚は、テンションが上がってたまらんですたい。

 連コイン(正しくはインターバルを挟む。マナー大事)と顔馴染みな常連たちとの下らない駄弁りがついつい白熱してしまって、店を出る頃にはすっかり日も落ちていた。つっても、俺の帰りが遅くなつたところで心配する両親ではあるまい。どうせ兄貴が家に居るだろうし。故にわちきはフリーダム、カップヌードル。

 道往く人を妖しく誘うネオンライトが灯る夜の繁華街を、さながらシティハンターを気取って悠々と歩く。表通りの商店街は軒並みシャッターを下ろす時間帯だ。さらに一本通りをずらせば大人の世界が広がる。あいにくアカギみたいな独特なオーラは持っちゃいないが、せめてもの背伸びでござる。憧れてしまうのだ、坊やだからさ。

「まぁ、酒の銘柄も知らんけど。ビールは苦いというが、世のお父さんたちは何故にそげな苦いものを旨そうに呑むのやら。わからんねぇ」

 俺も成人したら酒を飲んだりタバコを吸ったりするのだろうかと、立ち並ぶスナックやら居酒屋やらの看板を見上げてぼんやりと空想に耽る。可愛い女の子たちに囲まれて宴会をするとか、空想というか妄想の域だが気にしない。

 だから、その声が聞こえたのは紛うことなき偶然だった。

 

 

「放し……い……ッ!」

「いいじゃ……から……」

 

 

「おん?」

 微かに流れてきた会話の切れ端が、立ち止まっていた俺の耳にかろうじて届いた。

 ちょうど通りかかった路地裏の奥、ここからはまともに見えない薄暗がりから男女複数の声が零れ出てくる。どうにも揉め事らしい。ネオンライトがやけに眩しいアダルティな通りのさらにそのまた外れで、良くない噂をクラスでもちょくちょく聞いたことがある。所謂ワケありスポットだ。

 外灯もなく、店の裏口がいくつか点在するだけの暗くて小汚い狭い路地。使い古されたビールケースや不潔に黒ずんだ業務用のゴミ箱、ポイ捨てされた空き缶が散乱する。いかにもアウトローのたまり場。

 普通ならば近付こうともしない危険地帯。とはいえ、そいつもあくまで夜ならのハナシ。日中は全く問題もない。それどころか、ここを通れば学校までのショートカットコースになるのはうちの生徒なら大半が知っているし、実際に使っている人も多い。

 もっとも、先に述べた通り安全なのはせいぜい夕方まで。そんでもって今はバッチリ夜だ。いくら近道とはいえこの時間に路地裏に入るような輩といったらせいぜい不良か怖いもの知らず。はたまた図書室で遅くなるまで勉強して、急いで帰らなくちゃいけない門限ありの優等生さんとか。最後だけえらくピンポイントだなオイ。

 さて、と。途切れ途切れに聞こえる声の様子と男女比からみるに、

「ま、後者だろうな。女の子を路地裏に連れ込むにはさすがに通行人の目もあるし」

 一人で勝手に納得して然りと頷いてみせる。

 自慢にもならんが、頻繁に面白イベントや厄介事に首を突っ込む性分のせいで、こういう事態を前にしても慌てふためいたりもしない。

 やれやれ、と頭を振ってわざとらしい溜息を吐く。

 上条ちゃんみたいなフラグメーカーではないが、明らかにヤバげな気配を察したからには無視するのも寝覚めが悪かろう。ましてや女の子のピンチとなれば、俺が行かなきゃ誰がやる。まぁ、好奇心というか怖いもの見たさもあるのは否定しないが。自覚はあれど直しようがない俺の悪い癖だ。

「ま、とりあえず行ってみましょうや」

 決意と呼ぶには程遠い軽いノリで、俺は暗がりの中へと足を踏み入れた。この後に自分がどうなるか一切予想だにせず。

 

 カラスや野良猫のエサ場と化した汚らしい通路を、さも通りすがりを装って歩く。繁華街にある外灯の光は届かず、生ゴミが放置された感じの鼻を衝く異臭も加わって思わず顔をしかめる。

 それでも足を止めずに先を進む毎に、微かだった喧噪が着実にハッキリと聞こえてくる。

「……居た」

 かくして、やがて絵に描いたようなテンプレともいえる事件現場に出くわした。

 

「あ、あまりしつこいと警察呼びますよ!?」

「つれないこと言わないでさぁ~、ちょっとだけ俺らと遊ぼうよー」

「カラオケとかどう? おごっちゃうし!」

 

 私服姿の男が三人がかりで、一人の女の子(こちらは制服姿。うちの生徒ではないが他校の女子高生)の進行方向を阻んで塞いでいる。少女は毅然と相手を睨みつけているものの、怯えているのは明らか。なかなか可愛らしい顔立ちもあって、まったくもってこの場に似つかわしくない。やはり近道を使ったばかりに不運に巻き込まれたクチか。南無三。

 対して男たちの方はこれまた分かりやすいチンピラもどきの不良だった。俺と歳近そうだけど、君たち学校行ってる?

「夜はこれからっしょ、行こうぜぇ」

「いやッ! 離して……!」

 三人のうち一人が女子の腕を半ば強引に掴んで迫る。誰がどう見たってカラオケで数曲歌ってバイバイする雰囲気じゃない。けしからん、こいつらナンパの仕方も知らんのか。

 憤慨も込めて足元に転がっていたコーラの空き缶をわざとらしく蹴り飛ばした。カランカラン、と中身のない音がその場にいる全員に聞こえる大きさで反響する。

 

『あ゛ぁ?』

 

 途端、不良どもの眼光が一斉にこっちに向けられる。お楽しみを邪魔された苛立ちを前面に押し出したガン飛ばし。ここまでくるとネタ過ぎて逆にドッキリなんじゃないかと疑ってしまう。が、カメラ係もいなければネタばらしの看板も隠されていない。何より彼女の表情を見る限りマジでピンチなのは言うまでもなかった。

 向こうの数は三人。どれも似たり寄ったりの体格で、厳ついガチムチとか厄介そうなのはいない。ミッションの勝利条件は、逃げ切れるかどうか。こちとら何も喧嘩しにきたわけじゃないのだ。そもそも、三対一で正面からぶつかるなんて分が悪すぎる。

 ひとまず、不良どもの特徴からそれぞれをニット帽、ピアス、サングラスと名付けよう。というか夜中にサングラスする意味あるのかしら。

 作戦は上条が御坂にやったのと同じ「知り合いのフリしてさりげなく連れ出す」を用いる。大丈夫、俺ならできる。為せば為る。

 ヘラヘラと、この状況に不釣り合いな気軽さを纏ってするりと輪の中に入り込む。

「あぁ、いたいた。いやー、帰りが遅いから迎えに来ちゃったよ。さーさー帰りましょ。今日の夕飯はリンゴと蜂蜜のカレーですよ」

 あまりにも拍子抜けする第三者の登場に、女の子を含めて誰もが「何だコイツ?」といわんばかりに呆気にとられた。芸人みたいな変なノリを保ちつつも、狙い通り、少女の腕を掴んでいたニット帽の力が緩んだ隙を見逃さない。

 今です! と俺の中の孔明が鬨の声を上げた。

 すかさず空いている方の腕をグイッとこちらに引き寄せながら叫ぶ。とっくに足はUターンで走り出していた。

 

「――走れ!!」

「えッ、きゃあ!?」

 

 突然すぎて何がなんだか分かっていないながらも、助けが入ったと察したのか少女もどうにか足を動かす。

 もちろん不良どもだって馬鹿だとしても間抜けじゃない。「んなっ、テメェ!」「コラァ!」など声を荒げて追いかけてくる。いちいち振り返って確かめる暇もなく、怒号や足音を背中に受けながらとにかく逃げ続ける。

 下手して行き止まりに突き当ったりしないよう、出来の悪い迷路みたいな路地を右へ左へとルートを変えながら少女の手を引っ張る。構造は知り尽くしている。日頃から好奇心で探索しているのが功を成した。

「もうちょっとだから踏ん張れよ!」

「……っ! は、はい!」

 あとは彼女とともに路地裏の外にさえ出てしまえば……!

 

 だが、時に運命のサイコロは無慈悲且つ残酷なまでにイタズラを施す。

 

 日頃から素行の良い女子高生が一人で、それも人通りのない路地裏でガラの悪い男たちに絡まれた恐怖とは如何ほどのものか。助けが入ったとして、すぐに恐怖から抜け出せるワケもない。

 ついさっきまで力なく震えていた足を無理矢理に動かしているせいか、いくら走っても奴らを撒けるほどの速度が出ない。それどころか段々とこちらと向こうの距離が詰まってくる。さすがの俺も焦りが生じ始めた。

 そして、一瞬だけチラ見で後ろを確認したことが、俺と彼女の命運を分けた。

「――ッ!? 危ねぇ!」

「きゃあ! 痛ッ」

 咄嗟の行動。持ちうる力を総動員して女の子を俺の前に引っ張り上げ、さらに前方目がけてその背中を突き飛ばした。いきなり乱暴な動作を受けた彼女は二、三メートル先まで押しやられ、そのまま体勢を崩して尻餅をついてしまう。

 だが、彼女の安否を確かめることはできなかった。

「ガッ!?」

 直後、背中に襲い来る硬い衝撃と痛みに、俺はその場で前のめりに倒れた。女生徒が尻餅をついたまま目を見開いて固まる。薄暗がりでなければ下着がハッキリ見えていたかもしれない。

 ターゲットとの距離が詰まったのを好機と見た不良の一人――たしかピアスが、その辺にあった空のビールケースをスイングするモーションが見えたのは、本当に偶々だった。より厳密には今まさに投げつけようとする瞬間だった。

 大した飛距離は出せずとも、当たれば十分な凶器となる。そして、不幸にも俺たちは射程圏内まで追い詰められていた。まして、奴らからみて手前にいるのは女生徒の方だった。

「ァ……ぐ……」

 背骨が砕かれたのではないかと錯覚に陥る。これが女子高生の身体に当たっていたかもしれないと思うとゾッとする。あの娘が無傷で済んだ。ダメージの代償としては十分じゃないか。

 たとえ、ゲームオーバーだったとしても。

 

 獲物が足を止めれば捕まるのは必至。

 ゼェゼェと息を切らせた不良三人は俺を取り囲むや否や、うつ伏せから起き上がろうとしていたところを汚れた靴裏で荒々しく踏ん付けた。中には蹴りも入り混じる。

「ゴッ!? が、はっ……!」

「調子乗ってんじゃねーぞ」

「ナメてんのか」

 鬱憤を晴らそうと口汚い罵声を吐きながら何度も何度も勢いつけて靴裏を押し付けてくる。もはやボロ雑巾と大差ない有様に、情けなく歯を食い縛って耐えるしかできない。

 せめて、俺がやられている間に彼女が逃げてくれれば。その時間稼ぎだけでも……!

「…………ッ」

 そう思いかろうじて顔を上げるが、女生徒は目の前で繰り広げられる一方的な暴行に怯え、足がすくんで動けない。悲鳴を上げる余力も残っておらず、へたり込んだまま悲痛に顔を歪めて震えている。

 頼む。今のうちに逃げてくれ。

 どうにかして、あの娘だけでも安全なところに逃がさなければ。

 もはや痛覚すら怪しくなりかけた意識の中で突破口を探る。すると、容赦のない蹴りを執拗にぶつけていたサングラスが「おい」と他の仲間に声をかけた。

「こんな虫けら放っておいて本命いこうぜ?」

「お、いいねェ」

「待ってました!」

 醜いゲスな笑いを浮かべて厭らしい視線を浴びせてくる連中に、女子高生が「ひっ……」と息を詰まらせてわずかに身を退く。可愛らしい顔が恐怖に染まる。

 無様に倒れ伏す俺を放置して近付くケダモノたちを前にして、とうとう堪えきれずに零れた一筋の涙が彼女の頬を伝う。

 

「ゃ……こな、いで……」

 

 逃がさないと。逃がさないと。逃がさないと――!

 守らないと。守らないと。守らないと――!

 助けないと。助けないと。助けないと――!

 

 もう手段は選んでいられない。

 

 泣いている女の子が傷つくなんて、あってたまるか――!!

 

 俺の中で何かのスイッチが入る。カッと燃え滾るように熱く、ゾッとするほど冷酷に。痛みなどとうに範疇になく、揃ってガラ空きの背中を晒す標的を見据える。

 背後で起きている事態にも気づかず愉悦に浸るバカどもの後ろで、死に損ないが音もなく起き上がる。それはさながら地の底から這い出る死神の如く。

 よろめきながらも立ち上がり、足元にあった先ほど自分を襲った凶器を拾い上げる。ゆらり、ゆらり、と亡者の足取りで不気味にピアス男の真後ろに憑りつく。

 そして、己がされた仕返しとばかりに回転力を加えた横薙ぎの一撃を、後頭部目がけて直に叩き込んだ。重量一キロの立方体をヘルメットなしで頭に受ければどうなるかは想像に難くない。

「アガッ!?」

 ピアス男が白目を剥いてその場に崩れ落ちる。当たったのが角でなかったのが彼にとって唯一の救いといえよう。

 完全に予想外の奇襲にニット帽とサングラスがどよめき、たじろぐ。もう動けないと思っていた奴からの反撃で仲間が殴り倒されたのだ。

 残り、二つ。

 

 確かに何度も踏みつけられたのは痛かった。しかし、全力で走った直後で息が切れていたうえに頭に血が上った大雑把な動きじゃ、見た目こそ派手だが威力はそこまででもなかった。

 あと、一撃一撃が冗談抜きで重い腕っ節の強いヤツが身内いるんだよなコレが。

 

 敵の動きが止まっている機を逃す理由は一つもない。立ち尽くすサングラスにすかさず足払いをかける。

「うわぁ!?」

 まともな受け身などとれるはずもなく、夜中にサングラスをかけた男は情けない声をあげながら転倒する。まるで隙だらけだ。

 まだ持っていたビールケースを掲げ、今度は重力をつけて上から下へ、ガラ空きの腹部に振り落す。俺の手を離れた硬いプラスチックの塊がノーガードの腹に減り込んだ。

「オ゛ェッ……ゴホッ、ゴホッ!?」

 筆舌に尽くしがたい鈍痛にサングラスが腹を押さえて蹲り、涎を垂らしながら咳き込む。残念だが、まだ終わりじゃない。追い打ちとして奴の足首を狙って全体重を乗せて踏み潰す。

「ギャァアアアア!!」

 力任せに足首を挫かれサングラスが絶叫を上げて転げまわる。これでしばらくはまともに立てはしない。

「こ、この野郎ぉ!」

「ぐあっ」

 二人も立て続けにやられてようやく我に返った残り一人――ニット帽がなりふり構わず俺の背中にタックルを仕掛ける。そのまま二人とも煤だらけの地面に倒れ込んだ。

 俺の上にニット帽が跨るマウントポジション。一対一にまで追い詰められてパニックに陥った男が喚き散らしながら闇雲に左右の拳を振り下ろす。

「死ね、死ねッ!!」

「ぐっ、ゴハッ……!」

 執拗に顔を殴られ視界がチカチカと点滅する。痛みと熱が混在して気持ち悪い。チャラっぽくシルバーの指輪アクセなんぞしてやがるおかげで、口の端が切れたらしい。マズイ鉄の味がする。

 しかし、こんなもん兄貴の右フックに比べれば屁でもない。

「おぉおおおお!」

「なっ!?」

 反動をつけて上体を起こし不意打ちの頭突きを一発、次いで胸ぐらを掴み反対に地面に押さえつける。が、奴も抵抗を諦めない。ゴロゴロと横に転がり、手足をバタつかせて上下が何度も入れ替わる。

 再び自分が上になった瞬間、間髪入れずに奴の頬に拳をブチ込む。そこから先は攻守逆転。今度は俺がマウントポジションを取って只管に殴って殴って殴り続ける。

 

 そして俺は気付いていなかった。

 

 馬乗りで拳を振るい続ける俺を、その一部始終を見せつけられた女生徒がどんな顔をしていたのかを。

 

 

つづく

 




悲報 主人公の過去回が一話分で片付かなかった

速報 次回投稿まであと一時間半くらい(可能性)


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第六十八話 「彼の過去、彼女の想い」

ヒャア! マジで連続投稿しやがったぜこのサイドカー! ←テンション崩壊

主人公の過去回なんぞまとめて倍プッシュでございます。
今宵は豪華?二本立てでお送りいたしましょうぞ(キリッ)

というわけで本日続けて最新話
ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「ハァ……ハァ……」

「も、もぉかんべんしてくれよぉ~……」

 涙と鼻水でグシャグシャになった痣だらけの顔で、ニット帽が掠れた声で許しを乞う。報復の意思など微塵も感じられない、弱り切った敗北者のツラを晒していた。

 正直いうとこちらも結構ボロボロなのだが、悟られてはいけない。胸ぐらを掴んだまま威圧する。

「あの娘にもう手を出さないか? 言っておくが、お前らの顔と特徴は覚えたから何時でも通報できるんだぞ」

「出さねぇ! 出さねぇよぉ! だから見逃してくれよぉ!」

 大の男が駄々をこねるように泣き喚く。降参したと見せかけて騙し討ちの心配もなさそうだ。

 俺はニット帽から退くと、手近にあったビールの空瓶を拾ってそいつの鼻先に突き付けた。さすがに割れた瓶を向けるほどの鬼畜ではない。

「お前の足は潰さないでおいてやる。反省したならお仲間連れてさっさと帰れや」

 自分からこんなドスの効いた声が出たことに内心驚いた。まったく、我ながら酷い声してやがる。

 あとは早かった。ズタボロのニット帽が気絶したピアスと片足を挫いたサングラスにそれぞれ肩を貸して逃げ去っていく。三人の姿が完全に暗がりに消えるまで、俺は彼女を背に庇っていた。

 

 危機が去ったことにようやく安堵しつつ後ろを振り返る。俺は未だに立とうとしない少女に笑いかけながら手を差し伸べた。

「無事か? もう大丈――」

 

 

 バシッ

 

 

「…………え?」

 

 呆然と、乾いた痛みを発する掌を見やる。

 その音が、彼女が俺の手を振り払ったものだと気付くまで数秒かかった。

 

 今なお地面にへたり込む少女を見下ろす。俯いて前髪で表情が隠れてしまっているが、震える肩と息遣いがやけに印象に残った。

 

 拒絶の意思。

 なんでだ。危機は去ったはずだ。もう大丈夫なはずだ。不良どもだっていなくなった。もう、何の問題もないはずだ。なら、どうして彼女は拒むんだ?

 その答えは、本人の口から聞かされることとなる。

 最後まで決して顔を上げないまま、女生徒は悲しみに僅かな怒りが混ざった声を絞り出した。

 

 

「乱暴な人は……嫌いよ……」

 

 

 素行の良い女子高生には見るに堪えない光景だった。

 

 一体俺は、彼女の前で何をやった?

 

 背後から凶器で相手の後頭部を躊躇うことなく殴打した。

 腹を押さえて蹲る相手の足を容赦なく踏み潰した。

 相手が泣いて降参するまで徹底的に拳を叩き込んだ。

 

 殴り殴られ傷だらけになった己の姿で思い知らされる。

 彼女が傷つけられそうだったから、何としてでも助けるつもりだったのに。

 顔を覆いたくなる惨状を目の前で見せつけて、トラウマになりかねない苦痛を与えてしまったのか。精神的な傷を負わせてしまったというのか。

 

 恐らく本人も俺に助けられたと理屈では分かっている。だとしても、その方法がどうしても許せなかった。

 だって理由がどうであれ、暴力で以て解決したのだから。

 

 少女にとって恐ろしかったのは、不良どもと俺と果たしてどちらだったのだろう。いや、どちらも同類か。乱暴な男であることに何の違いもない。もうこんな連中と関わりたくもないのは聞くまでもなかった。

 これ以上、この娘の前にいてはいけない。

「……………すまない」

 返事が来るとは思っちゃいないが、どうしてもその一言だけは残しておきたかった。

 未だ腰を上げない女の子に背を向け、重い足取りで立ち去る。実をいうと、その辺の記憶はあまり覚えていない。空っぽな思考で彷徨い歩き、いつしか気が付いたら自宅の玄関前に立ち尽くしていた。

 多分、あの娘も無事に家に帰れたと思う。そう信じたい。信じないと、やってられない。

 

 

「……ただいま」

 出迎えはおろか照明すらついていない暗がりの中で靴を脱ぐ。親父とお袋は部屋にいるようだ。ひょっとしたらもう寝ているのかもしれない。今の格好は見られたいものではないので、こちらとしてもその方がありがたい。

 残された力を振り絞って、どうにか自室を目指して体を引き摺る。

 階段を上りかけたところで、リビングへ通じる扉がガチャリと無機質な音を立てて開いた。そして中から一人の男が出てくる。

「兄貴……」

 兄貴は傷と埃に塗れた俺を一瞥し、顔色一つ変えることなく簡潔に言った。

「喧嘩か」

「……まぁ、な」

 ただいまもおかえりもない本題だけの会話が交わされる。

 もし、あの場に居たのが俺じゃなくてこの人だったら、非の打ちどころがない完璧な答えを出していたのだろうか。

 自分が思っていた以上に堪えていたらしく、ありもしない「もしも」にさえ貶められる。何かもう色々と限界だった。意図せずとも口から言葉が次から次へと溢れ出る。

「はは、やっちまったよ。助けたかったのに、助けられなかった。怖がらせてしまった。俺が深く関わったせいで余計なトラウマを植え付けたんだ。あぁチクショウ、あそこで連中の注意を逸らせればそれで十分だったじゃないか。俺がド真ん中に飛び込む必要なんてなかっただろうが。もっと安全に逃がすやり方なんていくらでもあっただろうが。俺が近付きすぎたせいで、あの娘をもっと危ない状況に晒したんだ……!!」

 懺悔か自分への憤りか分別つかない卑屈な中身が後を絶たない。誰かのためにと言いながら俺自身の手で跡形もなくブッ壊した。それも他人を危険に巻き込んでまで。

 鷲掴みにするように顔面を手で覆い、支離滅裂で要領を得ない妄言を捲し立てる俺を、兄は黙って聞いていた。やがて俺が全て吐き出し終えると、「そうか」と一言だけ告げて先に階段を上っていった。

 結局、翌日には両親にもバレてしまった。そりゃ当然だ。制服をボロボロにして、顔も身体もケガしまくりじゃ隠し通せるなんて出来るわけもない。もともと大して関心は寄せられてなかったおかげで大事にはならなかったんだから、もういいだろう。

 良くも悪くも問題ない平凡な息子が、街中で喧嘩する平凡以下に落ちた、たったそれだけの話だ。

 

 

「――以上が顛末だ。以来、愚弟は広く浅い人付き合いを繰り返す手段を選び、特定の人物と深く繋がることを避けるようになった」

「そんな……」

 アリスは言葉を失った。聞かされた真実、その内容のあまりにも残酷さに。

 どうしようもなく悲しかった。彼は誰かを助けようとしただけなのに。どうして彼が辛い目に遭わなければならないのか。言いようのない悲哀が頭の中を巡る。今すぐにでも、彼の元に戻りたかった。話しがしたかった。

 人形遣いの心境に構わず男性の説明が続く。そんな折、ふと俄かに間が開いた。

「ただ、一つだけ例外が発生した」

「え?」

 小首を傾げる少女を、彼の兄が冷たい眼差しで捉える。

「あんただ。お嬢さんに対しては他の者と比較して距離が近い。珍しい傾向だ。推論だが、愚弟にとって特別な何かがあると思われる」

「わたしが……とく、べつ?」

 無機質な物言いのせいですぐには理解できなかった。優斗にとっての特別な存在と言われた。けど、それはどういう意味での発言なのだろう。

 人形遣いは答えを求めて考えを広げていく。

 幻想郷の住民だから? 此処で初めて出会った相手だから? それとも、女の子だから?

(もし、優斗にとっての私が……)

 ()()()()()()での特別なのだとしたら……

「~~~~~ッ!!」

 自分が思い描いた想像に耐えられず、アリスの顔がみるみる紅潮していく。すかさず両手を頬に当てて隠そうとしても、頬が熱くなるのも心臓の高鳴りも止められない。ブンブンと首を左右に振って浮かんだ想像を追い払う。霊夢か魔理沙でもいれば素敵な笑顔でからかってくること待ったなしである。

 実に恐ろしきは、恥ずかしさに身悶えしている乙女を前にしても、この男が怪訝な顔さえ見せなかったことか。

「よって、あと少しの間はお嬢さんに愚弟の面倒を任せたいと思う」

「どうしても――」

「む」

「どうしても、優斗は帰らなくちゃいけないの?」

 人形遣いの青い瞳が男性に向けられる。不安に揺れながらも、どうしても確かめたかった質問をぶつける。

 ワガママなのは分かっている。これが優斗本人の意思だったのなら、きっと本心を隠して送り出していたと思う。けど、彼の意思によるものではないのなら。それどころか彼自身はまだ帰る気はないと言っているのなら。無理矢理にでも彼を連れ帰らなければならない事情が、この男性にはあるのか知りたかった。知る必要があった。

 じっと相手の顔を窺う。やがて、彼の兄はおもむろに語り始めた。

「愚弟は逃げ続けるばかりで己を鍛えて強くなることを放棄した。件の失敗は己の弱さが招いた結果であると理解していない。腹が立った。他人など知ったことではないが、あいつだけは看過できない。言わば血縁に基づくある種の同族嫌悪だと考察している」

 今まで自身の感情を口にしなかった男性が初めて表に見せたのは、静かな苛立ち。彼は落ちていた太い木の枝を拾うと、ベキッと難なく圧し折った。

 アリスは何も言わず、話の続きに耳を傾ける。

「実家を避けて夜遅くまで遊び回り、先の一件も加わり進学は県外の大学、あげくには留学の計画も立てていた。向上心など一切ありはしない、どれも臆病に屈した行動だ。一方で他人との関わりを切り捨てて自己研鑽に努めるわけでもない。無意味な表面だけの人付き合いに時間を割く始末。ましてや、己が弱さにさえも向かい合わず、気分屋を自称するなど冗句にもならない。どれをとっても実に下らん」

 ただでさえ冷たい物言いがより一層に冷酷なものになっていく。

 知らず、アリスは自分の手を強く握りしめていた。

 この人は確かに家族を気にかけて迎えに来た。けれど、それは心配だったからではなく、弟の不甲斐なさに憤りを覚えたから。何事にもストイックに向かい続けて力をつけていった兄にとっては許しがたい愚行だったから。自分とは似ても似つかぬ行動ばかり繰り返すから。

 まるで他人に興味がない男にとって唯一のイレギュラー。それが優斗だった。

 アリスは知る由もないことなのだが、いつしか優斗がフランに兄について語ったとき、彼は心の中でこうも思っていたりする。兄は偏った思考回路の持ち主だと。

 顔を伏せて押し黙る金髪少女に、男性は最後にこう告げた。

「これは兄としての義務だ。逃げ回るだけの愚弟の腐った性根を叩き直さねばならな――」

 

「いい加減にして!!」

 

 最後の台詞を遮って、アリスの怒声が周囲に響き渡る。

 俯いていた少女は今や完全に怒りを露わにしていた。いや、そもそも俯いていたのは聞いているうちに沸々と湧き上がってきた感情を抑えていたからか。それがついに臨界点を突破したのだ。

 人形遣いの端正な顔立ちは誰の目から見ても明らかな怒気が込められている。オーシャンブルーの澄んだ瞳が、キッと男性を睨みつけて離さない。

「さっきから悪いところばかり言って! どうして良い方向に捉えようとしないの!?」

「客観的な事実だ」

「ならこっちも客観的な事実を言わせてもらうわ。優斗はあなたが思うほど弱くなんかない。何でもかんでも『逃げ』と捉えないで。優斗は幻想郷で沢山の人と関わったわ。でもそれは決して上っ面の繋がりなんかじゃない。困っている人がいれば手を貸して、悩んでいる人がいたら真剣に話しを聞いて、時には体を張って誰かを守って、楽しいことがあれば宴会で一緒に笑って。あなたは優斗を逃げ回るだけの臆病者だって言っているけど、私には彼が自分の世界をどんどん広げていく前向きな人に見えるわよ。確かに始まりは逃げだったのかもしれない。でもね、今の優斗はあなたが思っているような人じゃないの。優斗と、幻想郷にいる私たちとの繋がりを否定しないで」

「あんたに愚弟の何が分かる?」

「分かるわ!」

 悲しい真実を聞かされて狼狽えていた女の子はもういない。そこにいるのは幻想郷に住む都会派魔法使い。

 目の前にいる男性の偏屈な思い込みで好き勝手されるなんて、彼と一緒にいる日々に終止符を打たれるなんて、そんなの冗談じゃない。

 確固たる意志を胸に宿して、乙女はまっすぐ立ち振る舞う。

 

 これからも優斗と一緒に居たい。

 優斗がホントに自分を特別な存在と思ってくれているか分からないけれど。

 

 私だって――

 

「優斗は特別な人だから!」

 

 

つづく

 




次回は主人公視点に戻ります

シリアス展開ばっかりで発作が起きる ←深刻
安西先生……ネタ回が……やりたいです……


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第六十九話 「から紅の置手紙」

コナン映画のマイベスト1が更新されました。
今までは迷宮の十字路がトップでしたが、今回のやつヤベーわ ←レンタルDVDで観た人

土曜の夜にサイドカーでございます。
過去編は終わって物語もついにゴールが見えてまいりました。
ここまでお付き合いくださった皆様に今一度感謝を。ありがとうございます!

そんなこんなで最新話でございます。
今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「ったく、酷い目醒めだぜオイ。二日酔いの方がまだマシってもんだわ……」

 のそりとベッドから起き上がるなり重苦しい溜息を吐く。新しい朝を迎えるには似つかわしくないのだが、イヤな夢を見たばかりなので勘弁してほしい。

 苦々しい気分だ。せっかくの風呂上りに間違えて洗濯前のパンツを穿いてしまった年末大晦日の夜のようによォ。一応言っておくけど、別にこの歳でオネショしたとかじゃないから。そーゆー夢をみてアレしちゃったワケでもないから。勘違いしないでよね!

 とりあえず起きるとしよう。とてもじゃないが二度寝する気にはならない。

「顔洗ってくるか」

 かくなるうえは、この悲しみの連鎖を断ち切るには、アリスに癒してもらうほかない。我々に残された道はそれしかないんだ。絶望を退ける勇気を持て。

 シャッとカーテンを開けば晴れた青空がどこまでも広がる。今日も良い天気だ。おかげで少しだけ気分も晴れた。ウソ、俺ってばチョロすぎ?

 なんておバカ発想をしつつ、手早く着替えを済ませてドアノブに手をかける。

 いざゆかん。金髪碧眼の美少女とモーニングカフェなひとときを味わうべく、可愛いあの娘が待つリビングへ。

 

 

 なんということでしょう。

「神は……死んだ……ッ!!」

 『いや死んでないよ!?』と守矢二柱のツッコミ声が聞こえた気がしたが、今はそんなこたぁどうでもいい『よくないよ!?』

 アリスはいなかった。リビングにもキッチンにも彼女の姿はなかった。念のため、彼女の部屋を訪れたがノックしても返事は来ず。どうやら朝早くに出かけてしまったらしい。終ぞ望みは断たれたのだ。人に夢と書いて儚いと読みます。悲しいね、バナージ。

 先日の諍いと昨晩のトラウマ悪夢がダブルで蘇る。ついにはテンションまでイマイチ上がらなくなる始末に頭を抱える。おお、神よ。救いはないのですか。

 いかん、いかんですよこいつぁ。前日徹夜してコミケに臨んだばかりに肝心な時に本調子じゃなくなるくらいイカンですよ。誠にイカンである。

 よし、ここは一つ気持ちを切り替えようではありませぬか。切り替え大事。スイッチオンオフ、ピタ・ゴラ・スイッチ。

「うっし、掃除でもすっか!」

 テスト勉強しなきゃいけないと思うと無性に部屋の片付けがしたくなるアレですね分かります。類似例として、読み飽きた筈の本を何故だかじっくり読み返してしまう症状などが挙げられます。

 いざと挑んでみたものの、なんと早くも問題が発生。むしろ冷静になって考えてみれば至極当然の状況。つまり何が言いたいのかというと、几帳面な性格の人形遣いが日頃から整理整頓を怠るはずもなく、わざわざ俺が気合い入れて片付けるまでもなくアリス邸はキレイだったのである。ナ、ナンダッテー!?

 これが近所に住む白黒魔法使いのお宅だったなら片付ける余地はあった。いっそやり甲斐すらあっただろう。綺麗好きの人形遣いに感服の念を抱かざるを得ない。さすがアリスさんやでぇ。

 出鼻から盛大に挫かれたが諦めたらそこで試合終了だ。まだだ、まだ終わらんよ。止まるんじゃねェぞ。何かないかと部屋中を探索して回ると、丁寧に折り畳まれた新聞紙が山積みになっているのを見つけた。

「うぅむ。ま、暇つぶしには丁度いいか」

 あっさり掃除から読書へとシフトチェンジ。適当に真ん中あたりに挟まっている一束を抜き取る。「文々。新聞」がほとんどだが「花果子念報」もちょっとだけ交ざっていた。やはり発行スピードは文が一枚上手のようだ。しょっちゅう飛び回っている姿を見ればさもありなん。

「うぉ、懐かし」

 しかもまた何という偶然の賜物か、たまたま手に取った新聞のどれもこれも俺やアリスに関する記事が盛り込まれていた。懐かしさについ顔がニヤける。さながらアルバムのページを捲る感覚で紙面を広げて読み耽ってしまう。

 

 初めて取材を受けたときの記事を見つける。

 幻想郷に来てまだ日も浅く、この日は他の外来人にも会いに行こうと守矢神社に向かう途中で、清く正しい鴉天狗に質問攻めにされたんだっけか。記事には動揺したアリスに突き飛ばされて木の幹に頭突きをかましている俺の姿もあった。地味に痛かったなぁ。

 永遠亭に入院していたときの記事を見つける。

 鈴奈庵の看板娘がうっかり妖魔本の封印を解いてしまったドタバタ騒動。読んでみると、名誉の殉死かと思われたが奇跡的に一命を取り留めたというドラマティックな展開になって書かれていた。しかし残念なことに、任侠映画ばりの渋いキメ顔でサムズアップする俺と、その後ろで額に手を当てて首を横に振る人形遣いの呆れ顔で、せっかくの感動が台無しだった。いや文章と写真の落差おかしくねぇかい。

 ちょっとした擦れ違いがあったものの無事に仲直りしたときの記事を見つける。

 アリスにサプライズを仕掛けようとしたが、変な勘違いをさせて却って彼女を怒らせてしまった苦い記憶だ。ちなみに記事はすべて丸く収まって博麗神社で宴会したときのものだった。吸血鬼姉妹と麗しき銀髪メイド長も加わって、賑やかな様子が写真から伝わってくる。

 さらには妖怪の山で俺が川に沈没したときの記事まで出てきた。リンゴみたいに耳まで真っ赤になった金髪少女が錯乱しながらずぶ濡れの俺に往復ビンタしてる。派手に痛かったなぁ。

 記事の写真を眺めるたびに、同じところで視線が止まる。どの写真にも共通しているところ。俺の近くには彼女が写っていた。

「アリス……」

 

 いつも俺の傍に居てくれた心優しい少女。煌めく鮮やかな金色のショートヘアと青く澄んだ瞳が特徴の、まるで人形のように綺麗な容姿の可愛らしい女の子。

 彼女は俺に沢山の表情を見せてくれた。

 

『優斗!』

 ――楽しげに笑った顔も。

 

『優斗のバカッ』

 ――拗ねたように怒った顔も。

 

『もう、優斗ったら……』

 ――仕方ないなと呆れられてしまった顔も。

 

『ななな何言ってるの優斗!?』

 ――恥ずかしさのあまり赤面して慌てふためく顔も。

 

『ゆうと、ゆうとぉ……』

 ――子どもみたいにしがみついて泣きじゃくる顔も。

 

『優斗……』

 ――そして、頬を仄かに赤らめて潤んだ瞳で俺を見つめる切なげな表情も。

 

 アリスの笑顔が、泣き顔が、照れ顔が、まるでシャボン玉のように次から次へと浮かび上がる。彼女と過ごした日々の証。

 大切だった。特別だった。失いたくなかった。絶対に、悲しませたくないと思った。

 

 一方で、別の声が脳内に割り込む。

 

『乱暴な人は……嫌いよ……』

 

 もう嫌なんだ。

 俺のせいで誰かが傷つくのが、俺のせいで誰かを傷つけてしまうのは。あげくには俺自身も傷つきたくなくて。また差し伸べた手を振り払われるんじゃないかと不安に駆られた。

 それでも、やっぱり希望を捨てきることもできなかった。兄貴みたいな一匹狼にはなれなかった。

 矛盾や葛藤に何度も悩んでいって、いつしか俺は気分屋な性格に落ち着いた。傷つくことも傷つけられることも多少は抑えられる、おそらくは最適な解答だった。違和感が全くないくらいピッタリと性に合っていたのは皮肉な冗談だけど。

 思い立ったら、気が向いたら、そんな感じの行動が俺らしさとなった。

 「初めまして」を繰り返し、「またいつか」を繰り返す。その場で楽しく盛り上がって、終われば後腐れせずあっさり別れる。近すぎず離れすぎずの心地良い距離感。過度な期待もなければ、裏切られる心配もない。

 大学デビューしてもその辺は変わらなかった。本格的にダチといえたのはあの二人くらいじゃなかろうか。よく三人で飲みに行ったのが今や懐かしい。

 そうそう、合コンなんかはまさしく俺のスタイルにドンピシャだったんだよな。まぁ、可愛い女の子たちと遊ぶってのが大きかったのかもしれないけど。飲み屋とかカラオケでパァーッとやって、あわよくばキャッキャッウフフなアレコレを期待したりなんかもしちゃって。悪友どもと一緒になって盛り上げまくったものよ。

 だけど結局は同じで、解散したらあとはおしまい。そこから先への発展は望まなかった。合コンに参加しておきながら彼女を作ろうとはしなかったなんて、本末転倒にもほどがある。しかも理由が情けなくて泣けてくる。

 

 特別な関係になってしまうのを躊躇った。相手との距離が近くなりすぎてしまうから。深いところまで関わってしまうから。もしそうなったら、俺のせいでまた女の子を傷つけてしまうかもしれないから。つかず離れずの居心地の良い関係が、俺には性に合っているから。

 ほんのひとときの間だけ楽しく過ごせれば、俺はそれで十分だから。

 だというのに、

「十分だった、はずなんだけどなぁ……」

 そう呟いて自嘲する。どうしてこうなったのやら。

 幻想郷に来て、アリスと出会って、ハチャメチャでドタバタでファンタジーみたいなブッ飛んだ日常を経ていくうちに、俺は「もっと」を求めた。求めるようになってしまった。

 そして何よりも、誰よりも、あの娘の隣に立つことを。

 

 

 幾つもの声が頭の中で反響する。さぁ答えろと迫ってくる。

 

 まだ現代に居た頃、ある少女は言った。

『乱暴な人は……嫌いよ……』

 

 ああ、もう間違えたりなんかしないさ。そう何度も同じ過ちを繰り返してたまるもんかよ。

 

 紅魔館で、ある吸血鬼は言った。

『運命は二つ。一つはいずれ大きな困難が立ち塞がるということ。もう一つは、これまでのようにはいられなくなるということ』

 

 確かにとんでもない壁が現れやがったぜ。兄上様のお出迎えってやつが。でも、そうだな。いつまでもこのままってワケにはいかないよな。

 

 太陽の畑で、あるフラワーマスターは言った。

『守るために振るった力は暴力とは言わないわ』

 

 そんな簡単なことすら言われるまで気付けなかった、バカか俺は。どんだけ見誤ってんだ。中二病より性質が悪いわ。だが、おかげさまで目が覚めたぞ。

 

 人里で、ある少女たちは言った。

『だって、私たちのこと守ってくれたでしょう?』

 

 思えば、君たちがそう言ってくれたのが前を向くきっかけだったのかもしれない。ありがとう。守ってくれたというけれど、実のところ俺の方も救われていたんだよ。

 

 

 だけど――

 

 

『ねぇ、優斗。まだ一緒にいれるよね……?』

 

 俺だって、まだまだ君と一緒にいたい。幻想郷を去るのはあまりに惜しい。ここでの生活は、思いっきり全力で生きてるって感じがして、すっげーワクワクするんだよ。毎日がメッチャ楽しいんだ。充実している。この日々を、こんなところで終わらせたくない。

 

 

 だから――

 

『うん……約束だから、ね?』

『ああ、約束だ』

 

 アリスと交わした言の葉の契り。

 悲しませたくなんかなかった。辛い目に遭わせたくなんかなかった。どうか泣かないでほしいと、いつものように笑っていてほしかった。彼女に、幸せになってほしかった。

 カッコつけとバカにされても良い。からかわれたって構いやしない。だがしかし、この気持ちに嘘や偽りは断じてない。こればかりは誤魔化すつもりもなかった。

 男の意地。この俺、天駆優斗の本心として。

 

 

 だからこそ――

 

 

『いい加減、覚悟を決めろ』

 

「……なーんだ。覚悟もクソもないがな。最初から答えなんぞ決まっていたんじゃないか」

 すとん、と。難解な謎が解けてすべて腑に落ちたような感覚を覚える。達成感というよりかは納得感と呼ぶのが近い。例えるなら、何本もの糸が複雑に絡まっているように見えたのに、いざやってみたら簡単に解けた瞬間か。実際、色々と拗らせていた呪縛が解けたワケだし、あながち間違いでもあるまい。

 まったく、常日頃から言っていただろうに。

 

 

 なぁ、俺よ。いつもお前は何を自称していたっけ?

 

 

 思い立ったらが我が信条。俺はダッシュで自室に戻り、すぐさま必要な道具を持って再びリビングに駆け込んだ。早速とばかりにテーブルに向かい、白紙の便箋を広げていそいそとペンを走らせる。

 記すのは人形遣いに宛てた手紙。それもたった一言だけのシンプルなメッセージ。だが、これで十分だ。伝えたいことはハッキリと書いてある。

 

「…………これでよし、と」

 書き終えた手紙が風で飛んでいかないようにペンを重石代わりに置き、テーブルの上に残す。その後、外出の身支度を軽く済ませてから、俺は家を出た。

「うぉ、眩し」

 外に出るとすぐさま夏の日差しが俺に降り注ぐ。幻想郷のお日様は本日もバリバリ元気でした。手で日差しを遮りながら青空を仰ぎ見る。が、いつまでもそう呑気していられない。

 玄関の扉を閉める。パタン、と呆気ない音がどことなく今の心境を表しているみたいで苦笑してしまった。いやホント、我ながらあっさりしてんなぁ。

「さーて、行きますか」

 誰にでもなく呟いて、アリス邸に背を向けて歩き始める。なんてことない、いつも通りの軽い足取りで。

 

 これが、気分屋たる俺の導き出した答え。

 

 

 ――お別れだ。

 

 

つづく

 




次回、最終回!

………とはならないんですねコレが(フェイント)


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第七十話  「恋離飛羽 ~サヨナラノハネ~」

あと二週間くらいで2017年が終わるとかヤベェな(小並感)

皆様、年の瀬はいかがお過ごし予定でしょうか。サイドカーでございます。
外が吹雪いているときは自室でアニメチェックするに限りますの

今回はアリス視点の話となります。前回の終わり方がアレなのにお前……
そんなこんなで着実にエンディングに向かいつつ、此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。

追記
多くの方のご指摘により前書きのミスに気付けました
2107年なんてなかった、いいね?



 ザッザッザッ

 

 木々が生い茂る道を、アリスは前へ前へと突き進んでいく。しかしながら、歩くと表現するには足の動きは幾分か早く、さらにブーツが土を蹴るたびにザクザクとやけに力強い音を立てた。つまるところ彼女は怒っていた。激おこプンプン丸だ。可愛らしい顔も今や目が吊り上がっており、まるで睨み付けているかのようであった。

 あのあと、アリスは優斗の兄に啖呵を切ってすぐにその場を去った。こっちが言い返しても向こうは微塵も態度が変わらず。それが余計に腹立たしく、憤りを口にせずにはいられない。

「優斗は弱くなんかないもん……!」

 自らの弟を悪く言った男性の、冷静を通り過ぎてもはや冷酷な目つきが思い返される。敵とまではいわないが、このままあの人の言いなりになるなんてまっぴらゴメンだ。

 とにかく家に帰ろう。優斗と話してお兄さんを説得させる作戦を練らないと。こんなところで無理矢理に終わらされてたまるもんですか。

 アリスの心に闘志が宿る。譲れない想いを抱いた乙女のパワーは無限大だった。

 まさしく戦乙女といわんばかりの気概で勇ましく歩み続ける。その途中、

 

「お?」

「あっ」

 

 同じく魔法の森に住まう魔法使いの親友と出くわした。

 どうやら向こうもここで会うとは思わなかったらしく、意外そうにパチクリと目を瞬かせる。白黒ファッションを着こなし、人形遣いよりも色の濃い金髪を長く伸ばした少女は、何やら大きなカゴを背負っていた。その姿は山へ芝刈りに行く某有名な日本昔話のお爺さんを彷彿とさせる。もっとも、彼女の嗜好や趣味を鑑みれば、中身はキノコとみてほぼ正解だろう。

 カゴを背中に装着したまま、霧雨魔理沙が陽気に片手を上げる。

「ようアリス。いつになく随分とご機嫌斜めそうじゃないか。ははーん、さては優斗と口げんかでもしたか?」

「違うわよ!」

「お、おう。そうか」

 だがしかし、アリスが放つ怒りの波動にたじろいでしまった。若干引き気味でさえある。軽くからかうつもりが予想以上にマジな反応が返ってきたのだ。仕方ないといえば仕方ないといえよう。

 魔理沙が口の端をヒクつかせて微妙な表情をしているのを目の当たりにして、それまで頭に血が上っていたアリスも少しずつ冷静さを取り戻していった。いけない、少し我を見失っていたようだ。

 胸に手を当てて深呼吸を一つ。落ち着きなさいと自分に言い聞かせる。

「ごめんなさい。ちょっと気が動転していたみたい」

「気にするなって。それよりも、一体どうしたんだぜ?」

「……さっき優斗のお兄さんに会ったの」

「うげ、アイツかぁ」

 相手を聞いた途端に魔理沙の顔が渋った。先日の博麗神社で起きた一悶着がまだ尾を引いているようだ。良くも悪くも裏表のない魔理沙らしいハッキリした性格に、アリスも苦笑してしまう。そういう自分に素直になれるところは羨ましいと思う。

 わかりやすい反応にくすっと零しつつ、ほんの数分前までの出来事を話そうと口を開きかける。が、不意に人形遣いの動きがピタリと静止した。何か大事なことを忘れているような。

(そういえば……)

 さっき、その場の勢いに任せて優斗のことを……

 

 

『特別な人だから!』

 

 

「キャァアアアアアアアア!?」

「にょわぁあああああああ!?」

 瞬く間にボッと顔を紅潮させて恥じらいの悲鳴を上げるアリスと、それにビビって年頃の女の子にあるまじきヘンテコな絶叫を上げる魔理沙の声が、さながらデュエットのごとく見事なまでに重なった。大気を震わす黄色い声が、光る雲を突き抜けフライアウェイ。

 乙女二人のスクリームが森中に響き渡り、そこらにいた鳥たちがバサバサと一斉に空へ避難していった。

「どどどっ、どうしたんだぜ!?」

 他愛のない会話をしていた最中に脈絡もなく悲鳴を上げられたら、さすがの白黒魔法使いも腰を抜かすというもの。あと、親友が色々と大丈夫なのか心配になってきた。よもやアリスが壊れる日がこようとは、と何気に失礼なことを考え出す始末。

 狼狽える魔理沙をよそに、アリスの脳内は別の意味で大変な事態になっていた。早い話がどうしようもないくらいテンパっていた。

 

(わ、わたっ、私ったら何言っちゃってるのー!? いくらなんでも飛躍しすぎじゃないの! あの流れで、とっ……特別だからだなんて、これじゃまるで――ダメダメっ、余計なことは考えちゃダメよアリス! 気をしっかり持って!)

 

 顔中に集まる熱をブンブンと首を左右に何度も振って追い払う。だけど耳まで真っ赤になっていたのでは、そう簡単に治まりそうもない。

 思わず口走ってしまった大胆な発言を思い出し、アリスは顔全体を両手で覆い隠して悶える。隠された表情から湯気が上っているのは気のせいではあるまい。

 恥ずかしすぎて穴があったら入りたかった。このまま帰って彼に会おうものなら、挙動不審に陥るのは避けられない。そうなったら絶対に怪しまれてしまう。かくなるうえは、

 凄まじい速度でガシッと親友の両肩を掴み、真剣な眼差しをもって彼女を正面から捉える。

「魔理沙!」

「は、はいっ!」

 いきなり両肩を押さえつけられながら名前を呼ばれて、動揺のあまり敬語で返事をする白黒魔法使い。いとあわれなり。

 もはや怯えが混じりつつある魔理沙の心境に気づいた様子もなく、アリスは頼みを伝える。

「今から遊びに行ってもいいかしら?」

「あ、ああ。別に構わないぜ。というか、やっぱり優斗と何かあったのか?」

「う……そうじゃないけど。でも今はちょっと心の準備ができていないというか……とにかくお願い! 匿ってほしいの!」

 勢いよく両手を合わせてお願いされてしまっては、魔理沙も断るわけにはいかない。事情はイマイチ読めないけれど困っている彼女の頼みだ。アリスがここまで切羽詰まるなんて余程の事態があったのだろうと推測する。

 今度は魔理沙がアリスの肩に軽く手を置いて、頼もしくも朗らかに笑いかけた。

「わかった。その代わりに話せるところは全部聞かせてもらうぜ?」

 霧雨魔法店、本日最初のお仕事は人生相談になりそうだ。

 

 

 借りてきた本やら採取した素材やらが散乱する、ある意味いつも通りな部屋にどうにか座れる空間を確保して、よっこらせとテーブルを挟んで椅子に腰かける。ついでに用意しておいた二人分のマグカップから焙煎した豆の香ばしい湯気がわずかに漂う。

 先に一口含んで唇を湿らせてから、魔理沙が話を促す。

「さてと。んじゃ何があったか話してもらおうか」

「うん……」

 匿ってもらった手前さすがに嘘を吐くわけにもいかず、アリスが一度だけ小さく頷く。彼女もまた手前のマグカップを引き寄せ、指で弄りながらポツリポツリと言葉を紡ぎ始める。

「さっき優斗のお兄さんに会ったのは言ったわよね」

「聞いたぜ」

「それで、ね。あの人が言ったの……」

 かいつまんで経緯を説明していく。兄が弟に向けていた静かな怒り。彼の不甲斐なさを自らの手で矯正する、それが連れて帰る理由であることも。話して良いものかどうか悩んだけれど、説明するうえで避けられなかったので優斗の過去についても差しさわりのない程度に触れておいた。本人の許可なく喋ってしまったことを、心の中で彼に詫びた。

 彼奴の行動が身内を弱虫とみなしたうえでの強行手段であると知るや否や、またもや魔理沙の眉間にしわが寄った。

「なんだそりゃ、そんな勝手な言い分で優斗を連れて帰るってことかよ。冗談じゃないぜ」

「うん。それで私も怒っちゃって、感情的に言い返してそのまま飛び出してきちゃったのよ」

「なるほどなぁ」

 背もたれに仰け反り天井を仰ぐ。アリスを介して事情を聞いたからこそ、多少なりとも落ち着いて状況を整理できた。もし魔理沙がその場にいたのなら、先日のように食って掛かっていた可能性は高い。

 そして、客観的になれたからこそ気付けたところもあった。

「でも、それだけじゃ全ての説明はつかないぜ? 大事なところが一つだけ抜けている。具体的にいうなら、アリスが顔赤くして悲鳴あげた原因がまだだろ? ん?」

 意味ありげに言われ、少女の肩が縮こまる。実のところ、優斗について悪く言われて彼女が怒ったというあたりで、魔理沙も薄々察していたりする。その証拠にイタズラ染みた笑みを浮かべているのがなんとも性質が悪い。

 アリスもその辺を分かっているので、どうしても言うのを躊躇ってしまう。

「言わなきゃ、ダメ……?」

「匿った代金だぜ」

「うぅ……」

 しばらく俯いて唸る人形遣いだったが、とうとう観念してかろうじて聞き取れるくらいの小さな声で白状した。

「い、言っちゃったの……優斗は特別な人だから――」

「マジか!?」

「ひゃあっ!?」

 言い終わる前に、ガタッとテーブルから身を乗り出して彼女に迫る。期待を超えた急展開に瞳が星のように眩しく輝いていらっしゃる。

 好奇心フルスロットルな魔理沙のイイ笑顔が至近距離まで詰め寄ってきて、カァアアッと赤面したアリスが早口で言い訳を捲し立てる。

「ち、違ッ! 確かに優斗は大切だし特別だけどそれは一緒に暮らしている相手だからであって別に何か深い意味があるとかそういうのじゃなくてッ…!」

 身振り手振りで弁解すると咄嗟にマグカップを持ち上げコーヒーを一気に飲み干す。少し時間が経っていたおかげで火傷せずに済んだのは幸いだった。

 いつもなら照れる乙女に生暖かい笑みを向ける場面なのだが、意外にも今日の魔理沙は違った。彼女は再び椅子に身を沈めると、

「はぁ~~~」

「な、何よ……?」

 大げさな溜息を吐いて頭を振る親友に、人形遣いがわずかに身構えつつ訝しげに見やる。

 仄かに頬を赤らめたままジト目を向けるアリスに対して、魔理沙は頬杖をついて視線を送り返した。

「アリスをそんな意地っ張りな子に育てた覚えはないんだぜ」

「魔理沙に育てられた覚えもないんだけど」

 こんな時でも相変わらずの的確なツッコミが入る。それをスルーして魔理沙が指でピストルを型作り、「いいか、よく聞け」と先っぽを突きつけた。

「そろそろ素直になってみたらどうだぜ?」

「う……悪かったわね、素直じゃなくて」

「拗ねるな、拗ねるな。アリスのそういうところも可愛いから私的にはありだぜ。でも優斗の兄貴にも聞かれたんだろ? 『優斗をどう思うか』って。そんでちゃんと答えられたんだろ? その過程をもっと掘り下げて考えてみればいい。例えば、そうだな……いつからそう思うようになったか、とかな。そうすれば自ずと答えが見えてくるはずだぜ」

「……うん」

 

 

 いつからだっただろう。

 魔法の森を散歩していたとき、偶然の出会いが彼との始まり。それまで男性から面と向かって「可愛い」なんて言われたことなかったから、すごく顔が熱くなったのを覚えている。

 当たり前のように上海と話していたし悪い人ではない、むしろいい人だと思った。この人は信用できると感じた。そして彼もまた、初対面にもかかわらず私のことを信じると迷いなく言ってくれた。同時に、また顔が熱くなったけど。やっぱり、可愛いと言われることに慣れていなくて。

 変わっているなとも思った。幻想郷という外来人には到底信じられないであろう未知なる環境に迷い込んだのに、彼は焦ることもなければ途方にくれたりもせず、それどころか「面白くなってきた」と笑っていた。明るくて前向きだった。なんとなく魔理沙に似ているようで、でもどこか違う印象を受けたのは男の人だったから? きっと違う、そこに居たのが他でもなく彼だったから。

 もっと話したいと思った。彼のことをもっと知りたくて、幻想郷について教えると口実を作って家に誘った。やがて一緒に暮らすようになって、一緒にご飯を食べたりお出かけしたりしていくうちに、彼に抱く気持ちがどんどん大きくなって。ふと気づいたら、そうなっていた。

 けれど、あるいは……

 

 初めて出会ったその時から、私は彼に惹かれていたのかも。

 

 今でも可愛いと言ってもらえるたびに顔が赤くなって胸がドキドキする。彼が他の女の子に鼻の下を伸ばしてデレデレしているところを見ると、面白くなくてうっかり手が出てしまう。やっぱり、そういうことなのかな。

 

 

「あのね、魔理沙」

「何だぜ?」

 いつもと変わらない親友に、意を決して一つだけ聞いてみる。

「えっと、ね? 一目惚れってあると思う……?」

 自分で聞いておきながら無性に恥ずかしくなってきた。思わず俯いてしまう。でも、聞いてしまった手前、もう後戻りはできない。

 アリスの突拍子もない質問にはじめは魔理沙も口を開けて呆けていたが、すぐさまその意図を察すると自信ありげに口角をクイッと上げた。

「そういう言葉が存在するってことは、やっぱりあるんじゃないか?」

「そっか……そうよね」

 噛みしめるように反芻する。返ってきた答えは、すんなりと自分の胸の内に溶け込んでいった。

 ゆっくりと椅子から腰を上げる。花も恥じらう可憐な微笑みで、人形遣いは白黒魔法使いに礼を言った。

「ありがとう、少しだけ分かった気がするわ。ううん、正しく言うなら素直になれそう、かしらね」

「そりゃよかったぜ。ま、優斗が絡むと素直じゃなくなるのもアリスらしいといえばらしいけどな」

「も、もうっ、からかわないでよ……じゃあ帰るわね。コーヒーご馳走様」

「またなー」

 椅子に座ったままプラプラと右手を振って送り出す魔理沙に背を向けて、アリスは霧雨魔法店から外に出た。彼女のおかげで気分がだいぶ楽になった。

 帰ったら彼と沢山お話しよう。これからのこと、そしてこの気持ちのことも全部。

 

 そしてアリスは再び歩きはじめる。

 やがて見えてきた我が家に自然と歩調が速くなる。期待や嬉しさで鼓動も高鳴って、溢れんばかりの想いが全身に行き渡っていく。

 ようやく辿り着いた玄関。アリスはとびっきりの笑顔で扉を開けた。

「ただいま! ……あら?」

 結構大きな音をたてたはずなのに、なぜだか返事はなかった。ひょっとして、まだ寝ているのだろうか。首を傾げつつも、とりあえず彼の部屋へ行ってみる。

 彼の部屋の前で足を止めて、ノックと合わせて扉越しに声をかける。

「優斗? 起きてる?」

 またも静寂が返ってくる。さすがにアリスも違和感を覚え、「入るわよ」と一声かけてから躊躇いがちにドアノブを捻った。

 扉を開いた先に、彼の姿はなかった。

 ベッドの上にあるタオルケットはキチンと畳まれてある。既に起きているのは確かだ。

 リビングへ移動してみるが、やはりそこにも彼は居なかった。自分が出かけている間に彼も外に出たのだと結論付ける。今日は香霖堂でアルバイトの予定はなかったはずなのだけれど。じゃあ、一体何処へ行ったの?

「……?」

 ふと、視界の端に見覚えのないものが映って振り向いた。テーブルの上に置かれた一枚の白い紙。大きさからいって便箋の類い。風で飛んでいかないための配慮か、ペンが重石の代わりに乗せられている。彼が書き残していったものだと想像がついた。

 便箋を拾い上げて中身を読む。メッセージはたった一言だけ――

「――ッ!?」

 次の瞬間には、アリスは手紙を放り捨てて家を飛び出していた。

 

 

「はぁッ、はぁッ……!」

 息を切らせながら脇目も振らずに魔法の森の中を駆け抜けていく。おぞましい寒気と動悸に蝕まれ、不安に押しつぶされそうになっても、絶対に足を止めてはいけなかった。なぜなら、急がないと取り返しのつかないことになりそうだったから。

青い瞳に滲む涙を堪えながら、アリスは彼の元へ辿り着こうと懸命に走り続けた。きっと彼はあの場所に居る。根拠はないけれど確かな予感が彼女の背中を押した。

 祈るように、すがるように、少女は声を絞り出す。嘆きにも似た願いを乗せて。

「お願い……間に合って……!」

 

 運命が導き出した結末が、間もなく下されようとしていた。

 

つづく

 




完結まであと二~三話くらいかもしれぬ
ひょっとしたらこれ年内に完結できるんじゃねぇかな ←フラグ


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第七十一話 「色彩 ~ナナイロ~」

俺ガイル1~2期をブッ通しで観てたせいで昨日投稿し損ねたテヘペロ

大晦日の前日にサイドカーでございます。
年内完結は無理でしたが、今年ラストの最新話でございます。ついに主人公が……?
年の瀬にごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。

皆様良いお年を。



 アリス邸を後にして歩き続けること幾しばらく。やがて目的の場所に辿り着き、立ち止まる。ここまで来てしまった以上、後戻りは不可能。まぁ、するつもりもないけど。

 待ち合わせの約束なんざしちゃいない、しかし予想通り奴は一足先に訪れていた。感情の籠っていない冷たい目つきが俺を補足する。

「来たか」

「何でもかんでもお見通しな態度にはもう慣れたけどよ。実は未来予知の能力が覚醒しとったとかそういうオチか?」

「お前の思考および行動のパターンを推測したに過ぎん」

「さいですか」

 適当な軽口を案の定つまらなそうに流される。特に意味のないやり取り。

 予感はあった。終止符を打つ舞台があるとしたら、それは始まりの場所でもある此処になるだろうと。魔法の森、タイミングは違えど俺と兄貴が幻想入りしたスタート地点。

 確信もあった。兄貴なら、常に俺の数歩先を行くこの男なら、俺が選ぶ行動くらい容易に読んでいるだろうと。だから奴が先に来ていたとしても、別に驚きはしない。

 スタンド使いがスタンド使いと引かれ合うように、兄と弟もまた一つの場所で会い見える。

「んで、どうするつもりなんだ? 昨日も言ったけど霊夢――あの巫女さんが協力してくれないと帰れんぜよ。兄貴めっちゃ睨まれとったやんけ」

 ちょいと意地悪く軽い質問で揺さぶりをかける。

 実際のところ、昨日見た博麗の巫女の剣幕を考えれば、兄貴の要求をすんなり受け入れてもらえるとは到底思えない。むしろ怒りの火山が噴火して、何か言うよりも早く俺まで巻き添えで退治されるやもしれぬ。我々の業界ではおっとそれ以上はいけない。

 俺が指摘すると、そいつぁ盲点だったと頭を抱える――なんて展開は残念ながら微塵もなかった。さも当然といわんばかりに兄貴は斜め前方に顎をしゃくって示した。

「問題ない。そこで様子見している人物が対処できる筈だ」

「へ?」

 

「あらあら? 気配は消していたつもりでしたのに、掴みどころのない殿方ですこと」

 

 どことなく余裕のある大人びた女性の声を伴い、数メートル先にある空間にスゥッと亀裂が生じる。俺はその正体を、その能力の持ち主を知っていた。

 スキマと呼ばれる固有結界の内側から現れたるは、長い金髪をもつ美女。幻想郷を創り出した妖怪の賢者にして普通に知り合い、八雲紫その人の姿があった。

 紫さんは出てくるなり俺たちに向かって「はぁい」なんてニコニコと手を振ってくる。呑気だなぁと思いつつも、美女に微笑まれながら手を振られたなら返さないわけにはいくまい。どうも、と軽く頭を下げて応じる。手ぇ振らないのかって? そりゃお前、一応の礼儀ってやつだよ。

 自らの存在が観察対象にバレていたと知ってもなお、彼女は平然としていた。むしろ面白そうにしている節さえある。この人も底知れないところがあるし、こちらの考えていること全部読まれてそう。いや、心を読めるのはさとりんか。たまにアリスからも読まれたりするのは俺が分かりやすいのだろうか。

 微笑を浮かべたまま、紫さんが兄に尋ねる。

「なぜ私が見ていると分かったの?」

「視線を感じた」

「なるほど、感覚が鋭いのね。お見事」

「いやいやいや、紫さんはそれで納得できるんですか。色々とオカシイと思いませんこと?」

「優斗くんだって最初に私と会ったとき『えーと、どちらさんで?』で済ませたじゃない。二人とも外来人なのに私のスキマを見て全然驚かないんだもの。どちらも似たようなものですわ」

 やや呆れ顔でそう言うと、紫さんは愛用の扇子をパッと広げて口元に添えた。悔しいが事実を指摘されてはぐうの音も出ない。誠に遺憾である。他に言うことなかったのか、あの頃の俺よ。

 さらに彼女は片目を瞑って流し目を送るというなかなかどうして妖艶な仕草を兄貴に向けた。

「名乗りましょう。私は八雲紫、この幻想郷を管理している者です。以後お見知りおきを。貴方が考えている通り私の能力を使えば『外』の世界に戻れますわ。でも、それを行うにはここではダメよ」

「説明を要する」

「いいでしょう――」

 この男の無礼な物言いに内心焦ったが、当人の紫さんは別に気にした様子もなく説明を続けた。やっべー、おらヒヤヒヤしたぞ。紫さんの寛容さに感謝せいよ、お前。

 

 彼女曰はく、幻想郷は忘れ去られたものたちを受け入れる安息の地であり、そして同時に全てを受け入れる残酷な場所でもある。ここでカギとなるのは現代と幻想郷を隔てる結界の存在。『外』から招き入れるならまだしも、反対に送り出すとなればどこからでもOKというわけにはいかない。もし適当な所を無理矢理に抉じ開けられて、そのせいで結界の維持に不具合が生じてしまっては、最悪の場合、幻想郷の存続にも関わってくる。もちろん、そのような事態はあってはならない。だとしたら、迷い込んだ外来人が元いた世界に戻るための出口は、結界を管理する者がいて、かつ『外』の世界と幻想郷の境目にあたる場所が最も適している。つまり、

「博麗神社。あそこが帰り道の出発駅になりますわ」

「理解した。八雲紫といったか、あんたの能力で我々を博麗神社へ頼めるか。余計な時間を消費せずに移動したい」

「承りましょう」

 兄貴の依頼に紫さんも了承の意を示す。彼女からしてみれば別に断る理由もないのだろう。

 というか、さっきから俺が置いてけぼりくらっている件について。頭が良い者同士で話がどんどん進んでいっているのですが。誠に遺憾であるワンモア。

 まぁ、いいか。どっちみち俺がやることに変わりはない。そろそろアリスも俺が残した手紙に気付いた頃だろうか。できれば口で伝えたかったけど仕方あるまい。それにこういうのも悪くはない。男は黙って何とやらってヤツだ。渋いぜ。

「優斗、ぐずぐずするな」

 不意に名前を呼ばれて我に返る。見れば、成人男性の身長を上回る大きさのスキマが俺たちの前に開いていた。躊躇なく入ろうとする兄貴の肝っ玉に今更何もツッコむまい。

「ちょっと待った。悪い、その前に一つだけ言っておかないと」

「何だ」

 踏み出しかけた足を戻し、兄貴がこちらを振り返る。顔には表れていないが早くしろと急かされているのが伝わってきた。けど、これだけは言わせてもらう。

 

 あのスキマを通り抜ければ博麗神社の境内に入る。

 その後、霊夢に気付かれないようにしながら、紫さんの助力を得て俺たちは元の世界に戻る。

 幻想郷での日々は思い出として残され、俺はまた現代で生きることになるのだろう。

 

 それが、この物語の結末。

 

 

 

 ただし、その筋書きには注釈がある。

 

 

「俺、此処に残るわ」

 

 

 この男が勝手に決めつけている展開でしかないワケで、こちとら帰るとは一言も言っていないんですよねぇコレが。

 兄貴の読み間違いを指摘し、すべての前提を覆そう。イッツ、ダンガンロンパ。

 

「……何と言った?」

 

 刹那、男の纏う空気が氷点下のごとく急激に底冷えする。ドス黒い暗闇に塗り潰すかのような禍々しい威圧感を帯びた眼光が、情け容赦なく俺を突き刺す。数年ぶりに見た完全なマジ切れ。

 だがしかし、俺だって退けない理由がある。だから受けて立つ。

 かつて、どうせ自分では敵いやしないと諦めていた相手を前にして。歳を重ねるにつれて無意識に目を逸らしていた強者に対して。俺は真っ向から反旗を翻した。

 当然ながら、この期に及んで戯言を宣う愚弟に賢しい兄が大人しく黙っているはずもない。

 静かに、けれども確かな怒気を宿した様相で睨みつけられる。そこいらのチンピラだったらチビッて腰を抜かしかねない強者の迫力で、

「自分が何を口走ったか理解しているのか。まだ逃げ回るつもりか。腑抜けも大概にしろ」

 

 あー、やっぱりそうか。

 この男から「いい加減、覚悟を決めろ」とか言われた時から、何となくだが察しはついていた。今の発言でそいつが確信に変わった。

 おそらく彼奴には俺が逃げ回ってばかりのどうしようもないチキン野郎にしか見えないのだろう。ヘラヘラと上っ面ばかりを取り繕って中身空っぽな弱小者とみなした。

 まぁ、それも仕方ないか。

 もう当時のことはあまり覚えちゃいないが、俺自身きっと初めはその通りだったから。

 だけど、生憎と今はそうじゃない。ようやっと気付くことができたから。本当の答えってヤツに。

 それに、どうせアレだろ? お兄ちゃんの手で根性なしの弟くんの精神を叩き直しやるとか思っているんでしょ? そんくらい分かるよ。こっちだって伊達に兄弟しとらんわ。

 

 なればこそ敢えて言おう、だが断る。

 贋作に許された唯一つの魔術があるように。俺にもまた許された、たった一つの生き様があるのだと告げよう。

 

「勘違いしていた。俺は、一箇所に留まらない固執もしないであてもなくフラフラと寄り道を繰り返すのが自分らしいと、そんなふうに思っていた。けど、そうじゃなかった。それじゃただの根無し草だ。気分屋とは言わない」

 

 まったく可笑しな話だ。いつの間にか目的と行動の順序が入れ替わっていた。

 そうあろうと、そうあり続けようと思い描いた理想像に頑なに縋ってしまったばかりに、進むべき道を間違えてしまった。まずは形から入ろうとして、とにかく形に表すことだけに囚われてしまった。

 

「『気分』っていうのはさ、言い換えれば『思い』とか『気持ち』と一緒なんじゃないか。どんなに漠然としたものであったとしても、自分自身の心に生まれた、確かな感情なんだと思うわけよ」

 

 くっせぇ言い方すると、思いの強さが行動に繋がるというかそんな感じ。

 行ってみたいと望んだ場所を目指したり、やってみたいと憧れたことに手を伸ばしてみたり。それが例え下らないものであったとしても、己の意思に従って進み続ける。

 だとしたら、間違った道もあながち間違いではなかったのだ。なぜならば、

 

 正しくても間違っていても、俺は俺の道をちゃんと選び続けていたんだから。他の誰でもない、俺自身の意思で。

 

 どこかの誰かも言っていた。

 他人に運命を委ねるとは意思を譲ったということだ。意思なき者は文化なし、文化なくして俺はなし、俺をなくして俺じゃないのは当たり前。だから俺はやるのだと。

 

「俺はな、兄貴。これからも幻想郷で生きていきたいんだ。この『気分』が変わることは絶対にない。この世界で、何よりも大切にしたいものを見つけたもんでね」

 

 思い浮かべる。暖かな陽だまりで優しげに微笑む金髪碧眼の女の子を。

 天駆優斗が抱いた唯一無二の譲れない想いを。

 

 命を燃やすものはあるか?

 ある、出会ったんだ。

 

 覚悟はできているか?

 少なくとも、誓いはとっくに前から立てられていた。

 深い真紅に染まる館で、城主たる吸血鬼の少女に問われた際に俺は答えた。「アリスを傷つけるような結末だけは断固拒否する」と。

 

 現代と幻想を秤にかけた天秤は既に傾いている。あとはそいつを言葉にするだけで良い。

 強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん。

 

 

()()()()()()()()()()。帰るなら兄貴一人で行ってくれ、わざわざ来てもらってすまんけどな」

 

 

 もっとも、これくらいで引き下がってくれるような話しの通じる相手だったら、こっちだって最初から苦労はしないんですけどね。

 身内だからこそよく知っている。その男が時に俺以上に偏屈で頑固者であるとも。一匹狼が故に、誰かに計画を潰されると凄まじく腹を立てる性格であることも。

 長い沈黙の果てに、

「……そのような戯言で納得すると思うか?」

 先ほどよりも硬い声で一言だけ、奴は口にした。

 きっとこの人は、俺にいい加減に現実と向き合う覚悟を示せと言いたかったのだろう。ところがどっこい、言われた本人はその意に反して此処に残ると返しやがったのだ。そりゃ腹の一つも立つに決まっている。

 けどよ、そんなん初っ端からお互い様だろうが。

 どちらも一方的で自分勝手な考えの押し付け合い。こちらも相手も妥協するつもりは毛頭ない。

「思わねーよ。このまま口論しても平行線がオチだ。だったら手っ取り早く済ませた方がいい」

 もはや話し合いで解決できる範疇などとっくに超えている。となれば方法は一つ。所詮男はバカばっか、決着のつけ方なんて今も昔も相場が決まっている。惜しむべくは場所が河原じゃなくて森であるところか。

 きつく握り締めた右手を前方に突き付ける。

「兄貴も得意だろ? ()()が一番わかりやすいし、勝敗もハッキリする」

 正々堂々と真正面からぶつかり合う、単純にして明快な拳と拳の語り合い。男の意地をかけた一騎打ち。

 視線が交錯する。ほどなくして、兄貴はワイシャツの袖を腕まくりすると、次いで左右の指を重ねてバキバキと鳴らし始めた。

「いいだろう。まずはここで貴様の腑抜けた精神を叩き直す」

 

 さて、あとは立会人の同意が必要だ。

 これまで会話に口を挟まずにいてくれた賢者様に声をかける。

「紫さん、というわけなんで決着つくまで待っていてもらってもいいですか?」

 俺が問うと、彼女は扇子を広げたままかつてない楽しげな笑みを零して頷いた。

「ふふふ。貴方という人は本当に面白いわね、優斗くん。もちろん待つわよ。最後までしかと見届けましょう」

 なしてそこまで笑われているのかは疑問だが、とりあえず了解は得られたので良しとする。

 ついでにもう一つ頼んでおこう。恐らくないとは思うが念の為だ。

「あと、外部からの手出しも一切無用でお願いできますか? これは俺と兄貴の問題なんで……なんか、すみません」

「ご心配なく。殿方の真剣勝負に野暮な真似はいたしませんわ。ですが、こちらからも一つ。もしお兄さんが勝ったら、彼の望みに応じて貴方たち二人を『外』に送り出します。よろしくて?」

 立会人もとい審判による条件の確認。もちろん返事はイエスしかない。

「構いません。決着がついたのに約束を違えるなんて紳士じゃないですから」

「潔くて大変結構。できれば個人的には優斗くんを応援したいところだけど、果たして勝算はあるのかしら?」

 兄貴の高性能っぷりは紫さんもとっくに調べているはず。それを知ったうえで彼女は俺に問いかけた。あなたは彼に勝てるのですか、と。

 試すような質問に、俺はいつもと変わらない軽い調子で返した。

「正直言うとキツいですよ。あの男のキチガイ級は俺自身よーく知ってしますから」

「そう」

「でも、だからこそ……こういう状況で最弱が最強に打ち勝つのってなかなか燃えるだと思いませんか?」

「…………」

 得意げなニヤリ顔で答えたところ、これまた珍しいことに紫さんが意表を突かれたかのように瞼を瞬かせていた。

 それも束の間、さっきよりも大きな笑いが返ってくる。愉快痛快といわんばかりの反応だ。それさえも優雅に映るのだから美人ってのは色々とヤバいっす。

「ええ、最高に粋ですわね。でしたら、応援の代わりに一つ朗報をお伝しましょう」

「何ですか?」

 いきなり朗報とか言われてもまるで心当たりがないので首を傾げるしかない。訝しげな表情をする俺に、紫さんはパチンと閉じた扇子の先端を俺に差し向けた。

 そして、彼女の口から告げられた朗報というのが、俺にとってこの上ない激励の言葉となる。

「実をいうと先ほどアリスもそちらの男性と鉢合わせしていてね、彼が優斗くんについて悪く言っていたから怒っていたのよ。よっぽど譲れないものだったのでしょうね、彼女があれほどまでに啖呵を切るところなんて初めて見ましたわよ」

「……はは」

 そうだったのか、アリス。

 彼女が俺のためにそこまで怒りを露わにしてくれたと聞かされて嬉しくないわけがない。悪いと思いつつも頬がにやけてしまう。胸の内が熱くなってくる。尚更負けるわけにはいかなくなった。

 つっても、ここに来る前にメッセージは残してきてあるんだけどね。ただ一言だけ、

 

『ケジメをつけてくる』

 

 俺が欲しい未来は此処にある。ならば、やるっきゃないっしょ。

 弾幕ごっこもない。そもそも異変ですらない。この世界に相応しくないショボくて泥臭い真剣勝負を。

「行くぜ、兄貴。勝っても負けても恨みっこなし。これが俺たちの……たぶん最後の兄弟喧嘩になるぜ」

「……愚か者。痛い目を見ないと分からないか」

 

 幻想郷の片隅で、新聞の小ネタにもならないようなちっぽけな最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

つづく

 




アリスとのお別れになるのかと思ったぁ?
正解は現代とのお別れでしたァン!(煽り)

これがやりたかった


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第七十二話 「つまり幻想郷に出会いを求めるのは間違っちゃいない」

貪るように片っ端から気になるアニメ観てたらこの有り様だよ!(大遅刻)

皆様、長らくお待たせいたしました。サイドカーでございます。
そして、ついにこの物語も最終局面を迎えました。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

というわけで、此度もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。
分割しなかったから8000文字くらいあるがな!


「が、ハ……ぁッ!?」

 土手っ腹を目がけて蹴り飛ばされた拍子に草の上を滑っていく。地面を転がされたのがこれで何度目になるのかも忘れた。シャツもズボンもとっくに土やら傷から滲み出た血が付着してばっちぃし、身体も殴られるわ蹴られるわのオンパレードで節々が痛む。

 あー、この男マジで強え。どこの戦闘民族だっつーの。

 

「いってぇ……」

 咄嗟に腹部を庇った両腕が痺れる。マジで痛いしメッチャ苦しいけど、どうにか耐えられた。まだいける。まだ終わっちゃいない。いくらでもコンティニューしてやる。

 

 しかしながら、どれほどカッコつけても世の中はかくも無常にありけり。俺が圧されているという現実は、どう取り繕ったところで否めなかった。

 果敢に挑めばボコボコに打ちのめされてブッ飛ばされて地面を転がって。それでも懲りずに立ち上がってまた突っ込んでいって、そんでまたまた返り討ちに遭っての繰り返し。もはや滑稽なピエロと大差ない。

 兄貴の一撃はそりゃもう容赦ないほどに重く、かつ速かった。何かのスポーツ格闘技をやっていたと記憶しているだけある。避けることも叶わずに、肩に、脇腹に、そして顔面を狙って確実に打ち込まれる。それに対して、こちらの攻め手は容易く防がれたうえに反撃される始末。

 雑草に覆いかぶさって這いつくばる俺を、兄貴が冷ややかな目で見下す。

「まだ続ける気か?」

「当たり、前……だ」

 まるで犬畜生みたいに見上げて睨み返す。なんとも三下くさいザマだが、なりふり構っていられるほどの余裕なんか最初から皆無だ。こちとら異世界転生チート持ち系のハーレム主人公ではない。どこにでもいる一般庶民なのだ。

 グダグダと駄々をこねる足腰をシャキッとせいやと叱りつけ、半ば意地で上体を起こす。口の端を大雑把に拭うと僅かに乾いた痛みが生じる。いつのまにか切ってしまったらしい。

 とにかく意識を保て。気を失ったらKO判定で試合終了になってしまう。そうなったら、兄貴は気絶した俺をスキマに放り込んで強制帰還させるだろう。冗談にしても性質が悪い。

 ついでに言わせてもらうと、美少女だらけなこの世界、男として失ってなるものかよ。

 

「行くぞオラァ!」

 かませ犬のごとく吠えながら土を蹴り、奴の懐に踏み込む。

 初手は正拳。握り締めた右拳は左手の甲で難なく払われた。間髪入れずに放った左拳のアッパーカットも身体の軸を横にずらして避けられる。不発に次ぐ不発。だが、おかげでヤツも反撃できる体勢じゃなくなった。

 微かに垣間見えた一瞬の隙に逆転の望みを託す。

「もらったァ!」

 さっき蹴り飛ばされた意趣返しに脇腹狙いの回し蹴りを放つ。脚力全開のフルスイング。まともにくらえばただでは済むまい。

 しかし……

「甘い」

「ぐぉあッ!?」

 勝機と見込んで繰り出した右脚を、兄貴は抑え込むように両腕でガッシリと捕えて受け切った。そのまま遠心力をつけて俺ごと後方へ投げ捨てる。片足立ちでバランスを崩していた状態では防ぐ術などなく、結構な高さから背中を地面に打ち付けた。

「おごっ……ごふッゲホッ!! ぁ……」

 呼吸器官に詰まった空気を追い出そうと何度も咽る。視界がチカチカと瞬いたり暗転したりと忙しない。やばい、酸素が足りなくなったみたいに意識が遠退き始めてきた。どうにも頭がひどく朦朧とする。

「…………」

「が……はっ、ぁ……」

 さっきの巻き直しに似た構図で、冷酷に見下ろされる。そう、兄貴はこちらの攻撃をいなしているだけで未だ自分から仕掛けていない。今もこうして無言で待つ余裕すらある。暗に見せつけられる実力差に思わず歯を食い縛った。

 やっぱり俺じゃ相手にならないっていうのか。

「ち、くしょ……が」

 ぶっちゃけると、ちょっと手足を動かそうとしただけで全身が鈍くて鋭いような矛盾した痛みを発している。情けなくて苦悶の声が漏れる。どうにかして起き上がろうと、力を込めた指先がむき出しの土を削った。

 死に戻りみたいなやり直せるチャンスはない。いや、あれもあれで辛そうだし羨ましいとは言えんけど。なんにせよ現実は一回だけだ。後悔する結末を迎えたくない。

 だって、俺はまだ――

 

 

「優斗!!」

 

 

「…………ぇ?」

 思わず耳を疑った。この場にいない筈の、けれども絶対に聞き間違えるわけない声。

 かろうじて首だけを動かして、その声が聞こえてきた方向へと視線を彷徨わせる。そこには、より正確にはちょうど紫さんの後ろあたりから、息を切らせてこちらに走ってくる人形遣い。遠くからでもなんとなく伝わってくる。彼女が、怒っているようで今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていると。

「は、は……やっぱ来ちゃったか」

 なんでこの場所が分かったのか、とかいう疑問は不思議と湧いてこなかった。いつもの調子で軽く手を上げて応えたいのに、それすら厳しいという体たらく。

 アリスが紫さんの横を通り抜けて俺の元まで駆け寄ろうとする。だが、その刹那、少女は何かに気付いておもむろに足を止めてしまう。まるで見えない壁に行き先を阻まれているかのように。そしてそれは比喩ではなく、

「結界!? 紫ッ、どういうつもり!?」

 少女が端正な顔に怒りを滲ませて後ろを振り返る。さもありなん、このメンツで結界を張れる人物はその者しかいないのだから。

 アリスの鋭い声に紫さんは臆した様子もなく、それどころか至っていつも通りの雰囲気で当然と言ってのけた。

 どこか少し意地悪く、皮肉にも人形遣いの表情とは対極的に穏やかな微笑を浮かべて、

「これは彼ら当事者だけが許された戦い、誰であれ一切の手出しは無用ですわよ。何せ、そういう決まりですもの。大体、殿方の真剣勝負に女が横やりを入れるなんて無粋ではなくて?」

「何を言っているのよこんな時に! ふざけないで!!」

 オーシャンブルーの瞳に激情を宿して妖怪の賢者を睨みつける人形遣い。下手をすれば次の瞬間にも結界に弾幕を放ちかねない勢いを呈していた。

 喋ろうとして二度三度また咳き込む。かろうじて掠れた声を絞り出せた。

「……いや、いいんだ、アリス」

「優斗!?」

 不可視の障壁を隔てても、俺の声はちゃんと彼女に届いてくれた。傷だらけの両手をついて体を起こすが、立つまでには至らずガクンッと膝を折ってしまう。

 なお立ち上がろうと抗う俺に、アリスが悲痛な叫びを上げる。

「どうして……どうしてこんなことになっているの!? こんなのが優斗が選んだケジメだっていうの!? とっくにボロボロじゃない……お願いだから、もう無理しないでッ!」

「あー、ホント……何やってんだろうなぁ」

 俺はあと何回、彼女を悲しませれば気が済むのだろうか。そんな表情をさせたくなかったのに。置手紙は却って失敗だったかもしれない。ハードボイルドでナイスミドルな演出は俺には似合わなかったようだ。誠に遺憾である。

「うぐ、あ……」

 諸々のダメージを堪えて、やたら時間をかけて二足立ちにもっていく。よろけながらも振り返って、アリスの顔を正面からしっかりと見据える。彼女と目が合う。ガラス玉のように綺麗な青い瞳には涙が浮かんでいた。

 自身がズタボロな有り様なのを、いかにも何でもなさそうな感じを装って彼女に笑いかける。

 

「昔さ、俺のせいで女の子を傷つけちまったことがあったんだ。一時期そいつがトラウマになったりもしてな、まぁ……恥ずかしながら歪な生き様を晒していたりもしたわけよ。また同じ失敗をするから、俺は深い人付き合いをしたらダメなんだって。ワケわからん理由を自分に言い聞かせた」

「…………っ!」

 

 こんなタイミングで男の独白シーンとか、傍からは痛々しくて見てらんないと思う。中二病すぎてブログ炎上するやもしれぬ。でも、だからといって止める気はなかった。

 少女は言葉を詰まらせて、口元に手を重ねる。驚いた様子で目を見開いていた。

 

「そうするのが俺らしさだと疑わなかった、でも、そんなもん所詮は独りよがりの思い込みだった。しかも俺自身も気付けていなかったんだが、本心は別のところにあったらしい。ずっと燻っていた戦火の灯みたいに、ちっぽけでも確かにそこに在り続けた。ようやっとそいつに俺は気付くことができた。この場所に、幻想郷に来たことがきっかけで」

 

 そして一番の理由は、アリス。君と出会えたから。

 初めてだった。こんなにも大事にしたいと思える誰かができたのは。

 星空の下で彼女と約束を交わした。一緒にいると。そうだとも、何が何でもこの約束だけは絶対に守ってみせる。

 俺の許可なく幕を下ろすなんざ、アリスと離れ離れになってもう二度と会えないエンディングなんざ、オラぜってぇ許さねぇぞ。

 

「こいつぁ俺が自らの意思で選び取った未来への道だ。代々受け継ぐツェペリ魂だ。逃げてばかりのチキン野郎と思っていた愚弟様の覚悟が生半可なもんじゃなかったってのを、兄貴に、そして俺自身に示してやる。ここから先は、俺の喧嘩だ!」

 

 最後らへんで第四真祖になっちゃったけど気にしたら負けだ。

 この場に居る全ての者に聞こえるほどの大きな声を張り上げる。揺るがない決意を燃やして、再びあの男と対峙する。ヤツは変わらずにその場で待ち構えていた。

 俺の熱弁を全て聞き通したうえで、兄貴はたった一言だけ告げた。

「ならば、来い」

「言われなくても行ったらぁ!」

 大地を蹴りつけて、もはや何回目になるかも分からない挑戦。助走をつけて慣性の法則を上乗せした渾身の右ストレートを叩き込もうと――

「遅いと言っている」

「ごぼぉッ!?」

 より速く相手の拳が腹部に埋まる。一発だけでは終わらせず、立て続けに左拳そしてまたも右さらには蹴りも交えた連撃が襲いかかる。まさに打撃による怒涛の雨。躱す暇など微塵も与えない。

「がッ、あぐッ!? ごほっ! ぐぁあ……ッ!」

 まるで鈍器で滅多打ちにされているのではないかと錯覚する激痛。無慈悲にも止まない打撃の豪雨をことごとく浴びる。ふいに力尽きて崩れ落ちそうになったところをアッパーカットで無理矢理に掬い上げられ、またしても連撃の餌食となる。

 防御はおろかその場に倒れることすら許されないサンドバッグと成り果てる。キツイ吐き気に咽た際に、中途半端に飲み込んだ鼻血を吐き出してしまう。傍からは吐血したかのように見える状況に、人形遣いが悲鳴を上げた。

 

「もう止めてぇ! 優斗がっ、優斗が死んじゃう! もういいっ、もう……いいよぉ……!」

 

「ならこれで終わりにしてやる」

「がはッぁあ!?」

 泣き叫ぶアリスの意を汲んだのか、トドメとばかりに全力の中段蹴りで俺の胴体を薙ぎ払った。体当たりに匹敵する威力をまともに受けて、地面をバウンドして無様に滑り転がる。

「ぁ……ぉ……ッ」

 まともに声も出せず、うつ伏せに倒れたまま動けない。視界が狭くぼやけてきた。耳の調子もどこかおかしくザァザァとノイズが煩わしい。思考回路さえもがどこまでも鈍り、自分がどうなっているか曖昧になる。

 はたして自分は起きているのか寝ているのか。いつ落ちてもおかしくない崖っぷち。

 

 

 その間際で、かろうじて見えてしまった。聞こえてしまった。

 

 

「うぅ……えぐ、ひっく……ぐすっ……」

 

 

 地面に膝をついて、両手で顔を覆って泣きじゃくるあの娘の姿が、嗚咽を漏らしている微かな声が。静かに零れ落ちた、小さな涙の粒が。

「…………ッッ!!」

 違う、違うだろう。俺が望む未来はコレじゃない。全て解決して、「もう大丈夫だ」って笑いかけるベッタベタなハッピーエンドで、これからも彼女の隣にいたいと願ったんじゃないのか。そうじゃなかったのか、天駆優斗!

「わ、か……ってる……」

 だったら立て、立つんだジョー! 諦めんなよ! いつやるの、今でしょ!

 目の前に泣いている美少女がいるというのに、いつまで寝ッ転がってやがんだ!

 

 いつも自分で言っているだろうが――

 

 ()()()()()!!

 

 

「おぉぉおおおらぁあああああああッッ!!」

 

 纏わりつくネガティブな思考を根こそぎ引き千切った。両手両足をフル動員して地面にへばり付いていた胴体を徐々に浮かせていく。

 何かが胸で叫んでるのに、気付かぬふりで過ごせるか。

 俺にはまだ、アリスに伝えていない言葉があるんじゃけぇのォ!

 

「だらっしゃぁあああああい!!」

 

 暑苦しい雄叫びを上げて、ついに両足で全身を支えきってみせる。

 意地とか気合だとか根性だとかの類いが続々と湧き上がる。あえて言おう、漲ってきたぜ。スーパーサイヤ人に覚醒した気分といっても過言ではない。頭髪はブラウンカラーのままだが。

 ずっと傍観していた紫さんが何故か「へぇ……」と妙に面白げな声を漏らすのが聞こえたが、気のせいだろうし今はどうでもいい。俺の視線はただ一点を捉えている。

 人形遣いが泣きはらした顔で、零れた涙で潤んだ瞳を俺に向けていた。泣いている顔も綺麗だけど、泣かせたいわけじゃない。やっぱり彼女は笑顔や照れ顔がとびっきり可愛いのだから。

 だから、泣かせてしまったのならばせめて、その涙の理由を変えてみせる。

 

 

 瀕死の状態から巻き起こした燃え滾る俺の気概を前に、兄貴は「ふむ」と小さく零した。一見すると反応が薄いが、どことなく感心している雰囲気があった。

 ついでに、どうやら感心だけではなく関心もあったらしく、一人で考えを巡らせていた。

「なるほど、この可能性も確かに有り得たか。確率は極めて低かったのだが、満身創痍でそれほどの気力を維持できるとは凄まじい」

「へっ、あんたが俺を褒めるなんて驚いたぜ。だったらついでに認めてほしいんですけど?」

「お前次第だ。覚悟を見せることができるのならば認める余地もある。無論、先ほどの言葉が口先だけでないという前提があった上でだが」

 ふと、ヤツの言い分に微妙な違いが生じていることに気付いた。

 問答無用で俺を連れ帰ろうとし、俺自身についてもことごとく否定していた兄貴が、俺を認めるための条件を示した。些細なようで決定的な差異。

「こちらとしちゃ願ったり叶ったりだけどよ、一体全体どういう心境の変化があったん?」

「新たに一つの仮説が立てられた影響によるものだろう」

「なんだそりゃ」

 まぁ、考えたって仕方ない。この人が一段飛ばしの思考回路しているのは今に始まった話じゃないし。もとより話し合いでの解決はできなかったから、こうなっているのだから。

 けど、これ以上の長丁場は無しにしようや。

 

 深く息を吐いて身構える。俺も兄貴もどちらともなく察していた。正真正銘、これが最終ラウンド。

「……勝負だ」

 さっき口走っていた仮説がどうとかまるで知らないけど、すべての答えが間もなく出る。

 強く拳を握りしめて駆け抜ける。この一瞬だけでいい、兄貴を超えてみせろ。今の俺はとんでもなく鬼がかってるぜ!

 射程圏内に入ると同時に右腕を振りかぶる。

 だがしかし、俺が攻撃を仕掛けるよりも早く、相手が動いた。

 意識を狩り取る死神の鎌と化した拳骨が、無防備にガラ空きだった鳩尾に減り込んだ。

 かつて博麗神社でやられた時と同じ、ボディブロウが炸裂する。詰まった息が数秒遅れて体の外に排出された。

「ガ、はッ……!」

「ふん」

 前と何一つ変わっていないあっけない終幕に、兄貴が興醒めしたように鼻を鳴らす。俺は色を失った瞳で虚空を眺めた。

 無様にも力尽きて呆けた顔は――

 

「………掛かった」

 瞬く間に一転して悪役さながらのあくどい表情となって口の端を上げた。

 

 土手っ腹に深々と減り込んだ右拳、その手首を前もって構えていた右手がありったけの握力を奮わせてガシッと拘束する。左手も決して逃がさずもう片方の腕に目がけてヘビの牙の如く喰らいつく。ほぼゼロの至近距離にまで詰め寄った以上、蹴りも使い難い。

 防御も回避も反撃も封じた。文字通り、手も足も出せない拮抗した状態に追い込む。

「つかまえっ、たぁ……!!」

「なッ」

 もしかしたら生まれて初めてかもしれない、兄貴の意表を突かれた顔に愉悦が止まらない。まさか痛恨の一撃をわざと直撃してしかも動けるとは思うまい。言っとくけど超痛ェからな。

 

 だけど、せっかくのチャンスなのに自分まで手足が使えないんじゃ意味ないだろって?

 ところがどっこい、パンチやキックの他にも強烈な攻撃が残されているのだ。人里に行くとたまに見かける――

 

「っしゃぁぁあああ!!」

 

 寺子屋流決闘術 美人女史の教育指導(ダイヤモンド ヘッドバット)

 

 

 頭蓋骨を突き抜けた、さながら大地震にも匹敵する衝撃が響き渡る。もしバトル漫画だったら周囲一帯に衝撃波が広がっていく演出が起きたであろう。

 脳ミソの奥まで感覚を失うレベルのハンパねェ痺れが浸透していく。頭突きを叩き込んだ俺まであまりの反動によろけて尻餅をついた。

 そして、あの男は、

 

「……………ぐ」

 

 想像を絶する痛みに襲われたと思しき頭部を押さえて苦しげに呻いていた。少しずつとはいえ体勢を崩していき、とうとう地面に膝をつく。

 女性陣を含めたこの場に集う全員が言葉を発せず、俺の荒い呼吸だけがやけに目立った。

 

 はたしてどのくらい時間が経っただろうか。

 長くて永い静寂の果てに、兄貴が口を開いた。

 

「合格だ」

 

「へ………?」

 すぐに意味を理解できなくて、つい間抜けな声で聞き返してしまう。

 アホ面を晒す俺に対して、額を手のひらで押さえたまま兄貴はさらに言葉を続けた。

「仮説は証明された。加えて、お前の覚悟を確かに見させてもらった。条件は揃い、十分な成果が出た」

「兄貴……つまり、どういうことだってばよ?」

「従来の考えを訂正せざるを得ないということだ。どうやら、お前を少し見誤っていたと認めねばなるまい。若干の上方修正をしよう」

「これだけ体張って若干かい……なあ、結局のところ仮説って何だったんだ?」

「後程にでも話す。いずれにせよ結果は変わらず、鍛え直す予定も白紙に戻そう。この土地で好きに生きろ」

 そう言って、兄貴はぶっきらぼうに拳を突き出した。無機質だった目がほんの少し笑っているように見えたのは気のせいなのか。感動モノならここで俺が「お兄ちゃん……」とか懐かしの呼び名を言ったりするんだろうけど、あいにくそんな趣味はない。

 この男にしては珍しい青春じみたアクションに苦笑しつつ、俺も拳を出して軽くぶつけた。

「とっくにそうしてるってばよ」

「……ふん、そうだったな」

 

 

 それが試合終了の合図となった。

 紫さんが俺たちの周囲に張っていた結界を解く。同時に一人の女の子が飛び出した。

 日の光にあわせて煌めく金色のショートヘアを風に揺らして。オーシャンブルーの澄んだ瞳に涙を溢れさせて。七色の少女が俺の元まで走ってくる。

 そして、そのまま俺の胸に飛び込んできたアリスを――しっかりと抱きしめた。

「ばか……ばかぁ……!」

「ああ、ゴメンな。お詫びにあとで何でも言うこと聞くからさ。それに、もう大丈夫だから。ケジメはキッチリつけてきたんで心配無用だぜぃ」

 顔をうずめて大泣きする少女に語りかけると、華奢な腕に込められた力がもっと強くなった。俺もそれに応えて彼女の背に回していた腕でぎゅっと抱き返した。アリスの温もりを確かに感じる。そっか、俺は約束を守れたんだな。

 片手を背中から頭に回して、金色のショートヘアをそっと撫でた。サラサラと指で梳いていると髪質の良さがよく分かる。

 彼女の頭を撫でながら、ひとつだけ聞いてみる。

「つーわけで、これからも一緒にいていいか? アリス」

「うん……うんっ!」

 涙声で何度も頷いてくれる。俺の胸元に顔をうずめたままなので、頬ずりされているようで少しくすぐったい。けれど、それも含めて愛おしい。

 やがて泣き止んだアリスが、俺にしか聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。

「ねぇ、優斗……」

「おうよ」

「お願い……もうちょっとだけ、このままでいさせて……?」

「もちろんさぁ」

 一秒たりとも迷うことなく即答する。そんな可愛らしいお願い、むしろこっちからお願いします。

 すぐ近くで紫さんが微笑みと温かい視線を向けてきたが苦笑いで返すしかなかった。すんません、ちょっとだけでいいので見逃してください。

 

 今日も明日も明後日もその先も、幻想郷で楽しくのんびりとやっていこうじゃないか。なにせ、「そういう気分」なんでね。

 金髪碧眼の少女が呟いた。

「ありがとう、優斗……ほんとうに」

「どういたしまして。俺の方こそサンキューな、マジで」

 掴み取った幸せはここにあるのだという実感が、ダサくボロボロになった身体に心地良かった。

 

 

つづく




次回、最終回。そしてエピローグへ(予定)


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最終話 「君と歩く陽だまりを」

マジで長かった(語彙力)

皆様、サイドカーでございます。
長らくお待たせしました。最後までこのザマである(自嘲)
初投稿から4年も過ぎた東方人形誌も、ついにこの回を迎えました。

というわけで最終回!
分割なしの9000文字オーバーでお送りいたします。
最後までごるゆりと楽しんでいただけると嬉しいです。


「―――……」

 お祓い棒を振りながら霊夢が呪文らしきものを唱える。その傍で紫さんが祈祷を見守っていた。あるいは、彼女もまた自らの能力を使って結界を調整しているところなのだろう。

 さっきから霊夢がブツブツ言っているアレ、正確には祝詞っていうんだっけか。かしましとかかしこみとか。

 なお、霊夢や早苗のおかげで普通の巫女服のデザインが記憶から薄れ始めている今日この頃に危機感を抱かざるを得ない。このままではいけない。由緒正しき日本文化を失わぬためにも、できればアリスに巫女服を着てもらいたいですねぇ。

 一縷の期待をかけて彼女を顔を窺うと、ちょうどこちらを見ていた青い瞳と目があった。

「優斗、傷は痛くない? 辛かったら我慢しないで言ってね……?」

「ん、痛くないと言ったらウソになるけどダイジョーブイ」

 心優しい女の子の思いやりに心が浄化される。感動のあまり全俺が泣いた。むしろ天に召されそうです。喜びの歌が晴れてハレルヤ。

 ガーゼと絆創膏がペタペタと貼られているのもなんのその。自信に満ちた勝利のVサインを決める。青痣付きドヤ顔をみてアリスも表情を緩める。ついでにチョキの片割れをデコピンするみたいに軽く弾いてきた。

 お互いの指先が微かに触れるのがなんだかくすぐったい。穏やかな笑みに涙はもう零れていなかった。

 

 場所は博麗神社。

 いよいよもって兄貴をお見送りする時間だ。

 

 

 我ら御一行がスキマを通じて只今参上したときの霊夢の反応たるや、大きく見開いた目を点にして湯呑を持ったままフリーズしてしまった。いとおかし。

 もっとも、それもしゃーなし。スキマから出てきたのが紫さんだけならまだしも、あたかも集団リンチに遭ったのかと疑われるレベルでズタボロ状態な俺に、思いっきり泣いたときの痕がまだ少しだけ残っているアリスが連れ添い、さらにさらに半ば敵とみなしていた兄貴が続いたのだ。そんなのが一服している最中に突如出てきたら誰だって驚くわな。

 アリスの呼びかけが功をなし、遠くへ旅立っていた意識が現実に帰ってきた巫女さんにカクカクシカジカと事の顛末を話す。すると、彼女は真っ先に人形遣いに「おめでとう!」と抱きついてキマシタワーを建設した。その後も色々とゴタゴタがあったりもして……

 ともあれ、やっとこさっとこ今の状況に至るのでありんす。

「紫」

「ええ」

 霊夢と紫さんが合図を交わす。

 博麗神社の入り口、赤い鳥居が額縁となる空間がまるで石を投じた水面のように揺らぐ。白色の光が少しずつ溢れ出していき、ほどなくして「いかにも」といわんばかりの異世界転移のワープゲートが出来上がった。なるほど、紫さんのスキマとはだいぶ印象が違う。

「ここを潜れば『外』の世界に出られるわよ」

「そうか」

 霊夢の短すぎる説明に兄貴もまた簡潔に答える。いや、いくらなんでもドライ過ぎやしまいか。アサヒの生ビールじゃないんだから。

 しかしながら、かくいうこっちも似たようなもの。男と男のさらばとなれば、あっさりしている方が良い。ましてや俺とこの男となれば尚更だ。

「悪いな、兄貴」

「愚弟の尻拭いも長男の務めだ。大学とアパートの手続き程度、大した問題ではない」

「おう、任せたぜ。アパートにある家具とか売り払った金はやるから。せめてもの報酬ってことで」

 俺がこの土地に残るにあたって兄貴にしていた頼みごと。

 かつて居た世界に残された自分自身に関するアレコレを放置するワケにもいかない。立つ鳥跡濁さず、心残りはわりと現実的な問題だった。三番目の引き出しに隠されたパンドラの箱とパソコンのハードディスクは決して中身を見ずに完膚なきまでに破壊してくれと念を押したから、きっと大丈夫……なはず。

 おもむろに兄貴が視線をすっと横にずらした。その先にいた少女を捉える。

「この馬鹿者を頼む」

「はい、優斗は私が責任を持ってちゃんとお世話しますから」

 人形遣いがしっかりと頷く。決意が込められた真っ直ぐな声だった。

 ちょっとちょっと、お二人さん。なんだか犬か猫を余所に預けるときみたいな言い方になっているのですが。一応これでも人間なんですよ――

「あ…………」

 そう言いかけて、ふと、先ほどあった出来事を思い返した。そういえば、

 

 ――俺、一般人じゃなくなったんだっけか。

 

 

 さらりと明かされたビックリ事実。続きはCMの後なんて言ってられねぇ。

 それでは時間を三十分くらい前まで遡りませう。いざ、キングクリムゾン。

 

「んで、兄貴は何を考えたと?」

 博麗霊夢とアリス・マーガトロイドの和洋ダブル美少女に手当てしてもらったり、汚れた衣服を半ば無理矢理に着替えさせられたり。されるがままの展開がしばらく続いたが、ようやく一息ついた頃合い。

 俺は兄貴に気になっていた内容を尋ねることにした。いわずもがな、例の仮説とやらについて。

 俺とは対照的にほぼノーダメージなその男は、こちらの質問に対して普段と変わらぬ冷静さでキッパリと言い放った。

「お前は普通の人間ではなくなった」

「お前は何を言っているんだ」

 この間わずか二秒足らず。あっちの真顔ならこっちも真顔という異様な状況に陥った。

 血の繋がった兄弟から自分が人間であることを否定された時の気持ちが、はたして皆さんには想像できるだろうか。脳が、震える。

 だがしかし、この男はこういう冗談で笑いを取るタイプでは断じてない。しかもヤツが仮説を立てた場合、大抵が的を射ているのだから余計に性質が悪い。つまるところ本気と書いてマジなのだ。俺は人間を辞めるぞ、ジョジョーッ!

 とりあえず、隣に可愛らしく女の子座りする少女にヘルプを求める。

「アリス、俺人間辞めてるってよ」

「ごめんなさい。私も混乱しているから少し待って欲しいの」

 さすがの彼女もどんでん返しな事態に理解が追い付いていないらしい。額に手を当ててうんうんと唸っている。そういう悩んでいる顔も魅力的だ。頬が、ニヤける。

 なんとも言い難い空気が漂う。すると、霊夢が急須から湯呑にお茶を注ぎつつ、呑気に質問を投げてきた。

「なによ、まさか優斗が仙人になったとでも言うの?」

「いいえ、似ているけれど違いますわ。ここからは彼に代わって私がお話ししましょう」

 博麗の巫女の問いに、紫さんが先んじて答える。兄貴も異論は無いようで口を挟まなかった。今さらツッコまないけど、紫さんホンマに何でも知っているのね。

 その先は妖怪の賢者による独壇場だった。

「そもそものきっかけは幻想入りした時点で既に生じていたのよ。優斗くん、自分がどうやって此処に来たか覚えているかしら?」

「そりゃもちろんですよ。とある樹木が幻想入りするのに俺もハッピーセットされちゃったんですよね」

「その通り。あの樹木は存在の概念が移り変わった、現代から幻想へと。博麗大結界の効力によるものであり、いわば自然に行き着いた結果。それだけなら問題はなかったわ。でも、その過程に優斗くんという別物が混ざってしまった」

 彼女はそこで一旦言葉を切った。

 卓袱台に置かれたお茶請けの中から煎餅を一枚取って、まるでトランプのようにそれを俺とアリスの前に出す。何の変哲もない普通に丸い醤油味の煎餅ですが。

 焦げ茶色の米菓を凝視する俺に言い聞かせるように、紫さんが続ける。

「ここからが本題よ。誰からも忘れ去られたわけでもない、百パーセント『外』の存在である人間。本来であれば結界の効力を全く受けない筈の貴方は、他者が幻想と化す瞬間に紛れ込み、半ば強引に幻想入りを果たした。言うまでもなく相当な荒業ね。その所為である影響を受けてしまったの。具体的には――」

 紫さんが煎餅の端っこをパキッと割る。割ったというより欠けたといった方が近いか。彼女は二つのうち欠片の方を示しつつ、

「存在概念の一部が幻想に移り変わったのよ。あくまでほんの一部ですけれど」

 そう言って二つに割った煎餅のうち、大きい方を霊夢に食べさせて一口サイズの方は自分の口に入れた。美人の食事シーンって絵になるよね。閑話休題。

 俺はと言えば気の抜けた相槌を打つ他ない。

「はあ、さいですか」

「優斗、ちゃんと理解してる?」

 いやいや、ちゃんと聞いてましたって。だからそんな疑わしげな顔しないでください、アリスさん。

 イマイチ抽象的ではあるが、要するに例のご神木(仮)の延長として扱われて幻想入りしちゃったから俺自身の一部もまた幻想の存在となったって解釈でオーケー牧場?

 はー、なんという密入国スタイル。貨物船のコンテナに紛れ込んだ気分ですわ。

 しかしながら、いくらなんでもこのくらいで人間否定までされるのは可笑しいとも思うの。何かが変わった自覚症状は全く言っていいほど無いのだし。実際に手を前にかざしたところで弾幕も豚汁も出ない。

 そんな疑いの心情が顔に出てしまったのか、紫さんが分かりやすくヒントを出す。

「優斗くん、本当に心当たりはない? 例えば体質が変化したとか、今までなかったことが起きているはずよ」

「いやいや。いくら紫さんのお言葉といえど、人間そげなカンタンに体質が変わったりなんて――」

 

 言いかけてピタリと止まる。まさにフラッシュバックというやつか、かつての記憶が急スピードでドリフトしながら頭の片隅を過った。

 

 幻想入りした初日に、リンゴらしき果実を齧っている俺を見てアリスは何と言った?

『どうして、それを食べて平気なの? 毒性の果実のはずなのに』

 

 永遠亭に入院しているときに、永琳先生が診察後に何て言っていたっけ?

『思った以上に回復が早くて驚いたわ。まるで体が慣れているみたい』

 

「……………へひっ」

 変な汗が額と背中にじっとりと滲み出す。え、待って。ガチなの?

 もしや同じことを思い出したのかアリスも口の端を引きつらせている。お互いに顔を見合わせて乾いた笑いを零してしまう。なんということでしょう、伏線はとっくに用意されていたのだ。待て待て落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。

 シリアスな雰囲気なのもあってうっかり早合点しそうになるが、往生際が悪くも異議を唱える。

「いやいやいやいや! たまたま体の調子が良かっただけかもしれないですしお寿司!」

「ならば明確な違いを示そう。優斗、お前の頭髪の色を答えろ」

「いきなり何を言い出すかねこの兄貴は……誰がどう見たってブラウンカラーじゃろ」

「違う、それは染色したからだ。本来の色を聞いている」

「そんなん聞くまでもなく黒っしょ。だから、それがなんだってんだ――」

 文句を垂らす途中で、ふと気付く。

 そういえば髪染めたのっていつだったっけ。此処に来る前だから確か春先だったと思う。あれから結構な日数が経過しているだろうし、ほんの少しだったとしても実際に髪も伸びた。ここで一つだけ疑問が生じる。

 で、未だに黒と茶色のツートンカラーになっていないのはよくよく考えなくても変じゃねぇかい――

「ンンマァアアアアアアアアアアアア!?」

「優斗落ち着いて!!」

 天井を仰いでライオンキングもビックリな甲高い叫びを上げる。奇行に走った俺を慌てて人形遣いがどうどうと背中をさすって宥める。霊夢は顔をしかめて人差し指で耳を塞いでいた。

 俺が正気に戻るのを待ってから、紫さんが確かめてくる。

「まだ話しの続きがあるのだけれど、心の準備はよろしくて?」

「う、うぃっす。騒がしくして申し訳ないです」

「お願いだから良い子にしててね……」

「大丈夫だ、問題ない」

 アリスに心配されてしまった分、キリッと表情を引き締めて第二波に構える。平気平気、さすがにこれ以上のビックリなど、そうそうあるまいて。

 またもや紫さんが煎餅を摘まむ。再び目の前に差し出された円形の焼き菓子が、今度はほぼ均等なサイズに真っ二つに割られる。

 なんでも鑑定団のごとく煎餅を見比べている俺に、境界を操る賢者が優雅に微笑みながらオープンザプライス。

 

「先ほどの戦いで優斗くんにも能力が目覚めました。その反動で存在概念のおおよそ半分が幻想郷寄りに大きく傾いてしまった。正直にいって、今の貴方はこのまま『外』の世界に帰るには少々危うい立場になっているのですわ」

 

「ンナァアアアアアアアアアアア!?」

「うるっさいッ!!」

「ホグゥッ!?」

 霊夢が怒鳴り声と共に放った指弾の落花生が喉の奥に刺さった。そのまま勢い余って畳に後頭部を打ちつける。のた打ち回る俺を犯人はフンッと鼻を鳴らして知ったことかとそっぽを向く。なんて恐ろしいマネしてくれるのだこの娘は! 可愛いから許すけど!

 一方で、アリスは俺が豆鉄砲(直表現)を喰らったことよりも、紫さんの発言に動揺を隠しきれない様子だった。倒れている当事者さえ放置して狼狽えている。

「うそ!? どうして!?」

 驚愕に取り乱す人形遣いに対して、幻想郷の管理者が半分こした煎餅を渡しつつ妖しげな微笑を浮かべる。

「ひとえに能力が表れる理由といっても多種多様です。そして、彼の場合は貴女と共にいる未来を心の底から願ったから。ただ真っ直ぐに、たとえ己の限界を超えてでも、絶対に成し遂げるという確固たる意志。それこそが起爆剤、尋常じゃない精神力が彼の中にあった常識を覆した。はたして彼をそこまで奮い立たせたのは、何を目にしたからでしょう?」

「ふぇっ!? え、ぇっと、じゃあ……その……」

 アリスの頬に赤みが差していく。まだ畳の上にひっくり返っている俺をチラッと見たかと思えば、恥ずかしそうにサッと逸らされてしまう。

 照れてうつむく少女に、賢者が耳打ちするように顔を寄せてこそっと囁いた。

 

「きっと貴女の考えている通りですわ。アリスを本気で想う気持ちが形を成したのよ。事実、彼は厳しい試練を乗り越えて貴女のもとへちゃんと帰ってきたでしょう?」

「~~~~~~ッ!!」

 

 紫さんが言葉を伝えた途端、アリスの顔が瞬く間にボッと真っ赤に染まった。耳まで紅潮させて湯気が立ち上っているのを両手で覆い隠す。小声で聞き取れなかったので、一体どんなことを吹き込まれたのか気になる。私、気になります!

 羞恥に悶える人形遣いを博麗の巫女がめっちゃニヤニヤした顔で見つめながら、紫さんに問いを投げかけた。

「んで、どんな能力が目覚めたのよ? 能力は自己申告がほとんどだけど、さすがに本人に自覚がないんじゃどうしようもないわ」

 予想外にまともな質問で驚いた。真面目な内容になりそうだし、ぼちぼち俺も起きよう。アリスも姿勢を正して場の雰囲気を仕切り直す。まだちょっぴり頬が朱い。

 全員を順番に見渡してから、紫さんが俺の能力を語った。

「彼の能力は己の意志の強さに起因するもの。瀕死で意識を落とす瀬戸際から這い上がってくる執念深さ。名付けるとすれば……『為せば為る程度の能力』」

「為せば為る……」

 それは紛うことなき我が座右の銘。

 言われてみれば確かにあの時、とんでもなく力が漲っていた気もするけれど。気合とか根性だと思っていたが、まさか覚醒する瞬間だったとは。あらやだ、俺ってばガチで能力者になっちゃったっぽい。

 じわじわと歓喜が湧き上がってくる。ここにきて異能を宿すという中二展開に男のロマンが止まらない。何かこう、クールでカッコいい感じのイケメン主人公みたいな自分を思い描く。俺の時代キタコレ。

 やや興奮気味になって紫さんに期待の眼差しを向ける。

「もしやイメージしたものがリアルとなって顕現するチート能力ですかァ!?」

「いいえ。優斗くんのそれは言うなれば強烈な自己暗示ですわ。外部への干渉はできないでしょうね」

「……え、ええぇえ? じゃ、じゃあ! 強く念じれば飛べるようになったりとか!」

「質問で返させてもらうけど、優斗くんは本気で信じ込むことができる? 鳥のような翼もロケットのような爆発的なエネルギーも一切用いない。ただ自分が飛べと念じただけ。たったそれだけで自由自在に空中を移動できると、今まで学んできた常識もメカニズムも全て無視して、かつ微塵も疑いを持たずに自分を騙せる?」

「ごめんなさいこれ以上は勘弁してください」

 あまりの現実の厳しさに土下座で許しを乞う。全国の青少年男子が一度は抱くであろう「メッチャ強い自分」のイマジンは跡形もなくブレイクされてしまった。そげぶ。

 二十年近くも科学と一般常識のリアルワールドで生きてきたんだ。そら無理やわ。大学生にもなって「僕は思っただけで空が飛べるんだ」とか真剣に言っていたら危ない薬をキメているとしか思えん。頭の中ならお空飛んでるわね、なんつって。

 見れば霊夢が顔を背けてプルプルと震えている。口元を押さえているところから察するに必死に笑いを堪えているらしい。我が異能のショボさがツボった模様。兄貴はいつも通りの仏頂面だ。アリスは良いフォローが思いつかず、逆に彼女の方がお困りのようです。これはヒドイ。

 というか、それって能力とかじゃなくて俗にいう火事場の馬鹿力ってヤツじゃなイカ? 逃げちゃダメだを連呼して逃げなくなった類では。理不尽なう。

 まるで女神が慈悲を授けるような柔らかな笑みで、幻想郷の賢者が俺にトドメを差した。

「今の優斗くんは仙人でも蓬莱人でも現人神でもない、新たなヒトの存在を表した。普通の人間をわずかに上回る人間――いうなれば強化人間ね」

「せめてニュータイプと言ってほしかった……ッ!!」

 ついに泣き崩れた俺を、アリスだけが唯一慰めてくれた。

 

 

「…………ふっ」

 おっと、思い出したらまたしても視界が歪んできやがったぜHAHAHA。

 そんなこんなで拙者、そんじょそこらの凡人よりもちぃとばかり物理的に打たれ強くて、変なモノ食べても腹を下しにくくて、火事場の馬鹿力がわりと発動しやすい人間(修正パッチ充て)となり申した。

 兄貴が言いたかったのはあくまで「普通」ではなくなったって意味だったらしい。紛らわしい言い方すんなや。

 ちなみに、それこそがまさに面倒になっている原因ともいわれた。なにせ、極めて稀なケースなので前例がなく、このまま現代に帰って無事でいられる保証はないそうな。

 結界の効力で幻想郷に引き戻されるなら御の字。下手すれば、現代で信仰を失った神と同じ末路、すなわち消滅もありえるらしい。帰還と同時に滅とかご冗談でしょう? いいえ、マジです。

 そういう事情もあって、ますます俺は幻想郷に残るべき男となったのだ。ある意味、幻想郷に認められた存在ともいえなくもない。やったぜ。

「結局、俺ってどういうポジションなんだべな?」

「うぅん……強いて言うなら幻想郷寄りの外来人、かしら? まだ半分くらい『外』の存在概念が残っているみたいだし」

「あくまで外来人ってことか。ま、その方がなんとなく俺らしいかもなぁ」

「でもね、優斗」

 アリスが上目遣いで俺を見つめる。澄んだ青い瞳と、少女から伝わる温かくて優しい雰囲気にドキリとさせられる。か、可愛い。

 俺のドギマギにも気づかぬまま、少女はくすぐったそうに微笑みながらそっと片目を閉じた。

「どんなときでもあなたが優斗であることに変わりはないわ。私がよく知っているあなたなの……それだけは忘れないで、ね?」

「お、お、おうよ」

 不意打ちのウインクもあわさって思わず顔が熱くなっていく。心臓の高鳴りが止まらない中、俺は一つ確信した。

 きっと俺の能力は彼女の笑顔を守るためなら間違いなく発動するだろう、と。はいそこ、恥ずかしいセリフ禁止。

 

「そろそろ行くとしよう」

 兄貴の声でハッと我に返る。危ない危ない、皆が見ている前で理性が飛ぶところだった。

 歩き始めた身内の背中に向けて、アリスと一緒に最後の言葉を送った。

「ああ、じゃあな」

「さようなら。どうかお元気で」

 別れの挨拶を受けながら、兄貴が転移門の中へ身を投じる。それに合わせて空間がより一層に眩い光を放った。つい目を閉じたくなるのを堪えて、たった一人の兄弟の帰還をしかと見届ける。

 光が徐々に薄れて始める。兄貴の姿もあわせて霞んでいった。やがて、光の粒が弾けるのと同時に、見慣れた後ろ姿は跡形もなく消え去った。しん、と静けさだけが残る。

 

 赤い鳥居の先に広がる景色は、幻想郷の豊かな自然と青い空。鳥居を潜ったそよ風が神社の境内を通り抜けていく。

 すっかり馴染んだ風景をしみじみ眺めながら、俺もアリスも小さく息を吐いた。

「……行っちゃったわね」

「んだなぁ。ま、兄貴のことだから心配いらんさ」

 肩の荷が下りた安心感というか解放感というか、なんか気が抜けてしまった。あ、そうそう。あちらの二人にも感謝しないとな。

 博麗の巫女と幻想郷の管理者に頭を下げて礼を言う。

「霊夢、それに紫さんも。ありがとうございました。おかげで兄貴を無事にあちら側の世界へ送り届けることができました」

「葬式の挨拶みたいな言い方やめなさい」

 俺なりにマジメにやったつもりだったのに巫女様に叱られてしまった。誠に遺憾である。

 俺と霊夢の漫才を横目に、紫さんはスキマを開いて入ると、なにやら意味ありげにこちらを向いた。

「それでは優斗くん、また後で」

「あ、はい。お疲れ様です」

 あまりにもさらっと帰っていくものだから疑問はなかった。だが直後、紫さんの発言に違和感を覚えて首を傾げる。

 去り際、彼女は俺たちに「また今度」ではなく「また後で」と言葉を残していった。その意図たるや如何に。

「なぁ、アリス。今日このあと何かあった――あいや待たれぃ、皆まで言うな。謎はすべて解けた」

 人形遣いに聞こうとして思い当たる節に気付く。なんてことない。こういう時に此処で開かれる催しといえば決まっている。ついでに言えば、大学でも頻繁にやっていたじゃないか。そうか、そうか。そういうことですね分かります。

 楽しげなアリスと顔を見合わせる。

「ふふ、それなら答え合わせしてみる?」

「オフコース、せーので言おうぜ」

 せーの、一拍置いてから同じタイミングで答えを言う。

 

『宴会!』

 

 キレイにハモった声が可笑しくて、そのまま二人して吹き出してしまう。

 笑いながらお互いを見つめる俺たちを、すでに母屋に上がっている霊夢が催促するように呼びかける。さすが主催、気が早いというか手際が良いというか。

「仲良しなのは良いけど、ちゃんと準備も手伝ってよねー!」

 親友の声にアリスが手を振って応える。それから、くるっとこちらを振り返って可愛らしく微笑んだ。

「行こ、優斗」

「あいあいさー!」

 夏色に彩られた陽だまりを七色の少女と一緒に歩き出す。

 さてと、今夜は忙しくなりそうだ。けど、そうこなくっちゃ面白くない。人も神も妖怪も集いしお伽噺。酒に肴に弾幕と、ドンチャン騒ぎはお約束だ。なんてったって、此処は全てを受ける幻想郷なのだ。行くしかないでしょ、この先も。

 そんなわけで、またいつか。僕らが君に語るのは、たとえばそんなメルヘン。

 

 ――なんてな。

 

Epilogue

 




残すはエピローグのみ

投稿は2時間後くらいに設定した ←最後の最後で初めて予約機能使う輩


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エピローグ 「終わり良ければオールでっていう」

東方人形誌 エピローグとなります。
最後に作者からメッセージを一つだけ……

アリスは可愛い


 宴会から二日ほど過ぎ去った。長閑な昼のひととき。

 今日も今日とて博麗神社には仲良し三人娘が集まっていた。縁側に並んで座り、それぞれ団扇でパタパタと自分に風を送る。みんな揃ってスカートを膝までたくし上げ、冷たい水を張ったタライに裸足を浸している。現代社会では見かけることも少なくなった田舎スタイルである。

 軒下に吊るした風鈴がわずかな風に揺られてチリン、と鳴った。涼しげな音を奏でるガラス細工をぼんやりと見上げながら、霧雨魔理沙がアリス・マーガトロイドに尋ねた。

「そんで、あれからお前達はどうなったんだぜ?」

「どうって……今までと変わらないわよ。優斗がうちで暮らしているの、魔理沙だって知っているでしょう?」

 同じく風鈴の音色に耳を澄ませつつ、アリスが現状を答える。

 もともとは現代に帰るまでの一時的なホームステイ。それが例の一件で彼はめでたく幻想郷の住民として迎えられた。本来であれば人里に移り住むのが外来人のあるべきかたちなのかもしれない。

 けれど、今さら彼らが離れ離れで暮らすつもりなどあるはずもなく、それについては周りも同感。よって、これまでと同じく二人暮らしが続いていた。

 たまに人里に行くと、仲睦まじくお買いものをしているお二人さんの姿がちょくちょく見られる。それはさておき。

 質問の意図とは違う返事に、魔理沙は「そーじゃなくてさ」と眉をひそめる。彼女に代わって霊夢がズバッとブレのないど真ん中ストレートを投げた。

「もっと大事なところよ。彼に告白はしたの? 付き合ってるの?」

「ふぇえ!? そ、そういうのはまだ、ちょっと……ね?」

 包み隠さない直球をまともに受けて、カァアッと顔を赤らめているのは気温の高さだけではあるまい。団扇を扇ぐ早さが上がっているが、いまいち効果はないようだ。ちなみに噂の彼とやらも博麗神社に来ている。さっきお手洗いに行ったところだ。そのうち戻ってくるだろう。

 どうにも煮え切らない態度の人形遣いに、「あれぇ~?」と意地悪な声色とニヤけ顔で白黒魔法使いがさらなる追い打ちをかける。

「この間うちに来たとき、素直になれそうって言わなかったっけ?」

「あぅ……」

 痛いところを突かれた少女が言い難そうに肩を縮ませる。

 なんとも驚いたことに、彼も彼女もこの期に及んで未だに想いを伝えていなかったりする。あれだけ一緒にいたいとか声を大にして言っていたくせに、一番重要なところで躊躇っている。おかげで、以上で未満な焦れったい関係が相も変わらず続いているのだった。

 純情な気持ちを胸に抱きながらも、アリスが「だって」と言い訳を始めた。

 

「今はこうしていられるだけでも、なんだか夢みたいなんだもの……」

 

 いつか現代に帰るときが来てしまうと思っていたのに、これからもずっと一緒にいられるようになった。それだけでも幸せだから。彼が聞いたら喜びのあまり昇天しそうな健気な理由を、頬をほんのり桜色に染めつつ口にする。

 それを耳にした霊夢と魔理沙の眼差しが生暖かいものになっていく。

「くぁーっ! 聞きましたこと霊夢さん?」

「ええ、ええ。本当にもう、ご馳走様ですよね魔理沙さん?」

「かっ、からかわないでよ! もーっ!」

 親友二人に茶化されて恥ずかしそうに頬を膨らませるアリスをみて、場の空気が温かくなる。仲良しな女の子たちのじゃれ合い、心が和まさせる。今日も平和だ。

 

 しかし、そこに暗雲が立ち込める。

 きっかけは、気持ちを伝えることができない原因にもなっている、アリスが抱える心配事。

 一人の青年に想いを寄せる少女は、「それにね……」とその切実な気持ちまで口にしてしまう。

 

「やっぱり、こわいの……もしダメだったら、今の関係までなくなっちゃう……」

『……………』

 

 時が、止まった。

 霊夢と魔理沙の表情が温かい笑顔から一転し、まるで甘い桃と渋柿を同時に食べたみたいな、何とも表現しがたいものに変わり果てる。

 手を伸ばせば必ず届くというのに、その一途さ故に失いたくないあまり臆病になってしまっている。彼の自分に向けられる気持ちが「そういうこと」ではなく、あくまで友愛からくるものではないか、と。そんな心配しているのかこの娘は。

 これは由々しき事態だと、二人の少女の決意が固まる。

 このままではいつまでたっても進展しないかも。親友として彼女にはぜひとも結ばれて欲しい。奇妙な女の友情があった。あとぶっちゃけ、ここまで来てゴールインしないとかふざけんなという気持ちもあった。ついでにからかいたい気持ちもあった。

 そして、タイミングを狙ったかのようにチャンスが訪れる。ちょうどお手洗いから戻ってきた優斗の姿を視界の端に捉えた。鼻歌とはまた違う謎のリズムを口ずさんでいるが、気にしている場合じゃない。

 異変解決コンビが無言でアイコンタクトを交わして頷き合う。もしゲームの戦闘シーンだったら凛々しいカットイン演出があっただろう。ペルソナみたいに。

『………………』

「え、え? 霊夢、魔理沙? どうしたの?」

 急に黙りこくってタライから足を上げる親友二人にアリスが首を傾げる。なんとなく嫌な予感は伝わってくるのか、どこか困惑気味だ。

 おろおろと戸惑うアリスに、霊夢と魔理沙が異変解決に臨むときにみせる力強い笑みを浮かべる。そのまま肩に手をやると、頼もしい雰囲気を纏ってやけに優しい声をかける。

「アリス、安心なさい。その心配を消し去ってあげるわ」

「そうそう、私たちに任せるんだぜ」

「えっと――」

『行ってくる!!』

「あっ……」

 次の瞬間、異変解決コンビは鴉天狗もかくやというスピードで廊下を走り出した。

 あろうことか、全力疾走しながら少女たちは目的を叫んで、

『優斗の好きな女の子を聞いてきてあげるから!!』

「え……えぇええええええええ!?」

 刹那、乙女の三重奏が響き渡った。

 

 

「デデンデンデデン、デデンデンデデン」

 ターミネーターの曲を口ずさみつつ神社の廊下を歩み進む。無駄にゴツい演出をしているが、実際にはただトイレに行ってきただけです。

 あのとき負ったケガはすっかり治った。宴会では咲夜さんからお淑やかにお酌してもらったり、限界無視で体を酷使したのを妖夢と鈴仙に咎められたあと全身マッサージされたり。わざわざ地底から来てくれたパルスィには「地底に来たら顔くらい出しなさいよね」なんて嬉しい誘いを受けたりもした。次から次へと可愛い女の子に囲まれて鼻血が危なかったでごわす。

 俺が幻想郷に残る選択肢を選んだことを誰もが祝福してくれたのは本当に嬉しかった。だらしなく鼻の下を伸ばしていたらアリスにほっぺた抓られたのは痛かったけど。

 先日の宴会を思い出していると、ふと気付く。

「おん?」

 どこからかドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。どうやらこっちに近付いているらしい。

 キョロキョロと周りを見渡すと、爛々と目を輝かせた霊夢と魔理沙がこちらに向かって走ってくるではないか。さらに、その後ろからは顔を真っ赤にしたアリスが二人を追っかけている。明らかに追う側と追われる側のチェイス。しかも追われる側の二人が俺に狙いを定めているとしか思えないほどに、完全にこちらをロックオンしている模様。

 案の定、前を走る二人が声を飛ばしてきた。

「優斗、正直に答えなさい!!」

「今すぐにだぜ!!」

「え、ちょ、おま、何事なん!?」

 

『優斗の好きな人って――』

「ダメェええええええええええええ!!」

 

 二人の質問をかき消さんばかりの、アリスが放った全力の叫びにあわせて、彼女のもとから上海がズバッと射出される。まるでウルトラマンの変身シーンのように拳を前に突き出して、一直線に俺めがけて飛んでくる小さな彗星。躱す術などあるはずもなかった。

 ロケット発射された体勢そのままに拳が俺の顎に突き刺さる。

「おごっ……ぶるぁァアアアアアアアア!?」

 ブチャラティのごとく顔が歪んだ直後、巻き舌混じりの絶叫を上げながら俺は壁際まで吹っ飛ばされていった。

 空中を凄まじい勢いで横回転しながら床に叩きつけられる。リングで決着の鐘が鳴った幻聴が聞こえた。K・O。

「な……なんだってんだ……ごふっ」

 ピクピクと痙攣しながら意識を落とす間際、惜しかったとばかりに「ちぃっ」と悔しがる博麗の巫女と白黒魔法使いのコンビ、耳まで紅潮させたまま大きく肩を上下させて呼吸を繰り返す人形遣い。そして、クリティカルヒットを叩き込んだ上海が俺を見下ろしながら、たった一言だけ。

 

「バカジャネーノ」

 

 

おしまい

 




スペシャルサンクス

この物語にお付き合いいただいた読者の皆様


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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OVA前編 「優アリが子守りするハナシ」

本編終了のあとは、OVAに決まっておるだろうがぁああ! ←アニメ脳


東方人形誌が完結したって? もうちょっとだけ続くんじゃ。

というわけでGWのド真ん中にまさかのOVA回でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。



 この日、大図書館には門番を除いた紅魔勢の主要人物が揃っていた。

 なんだか開戦の狼煙を上げに行きそうな字面だが、実際のところは大したことない。単純に当主が退屈しのぎに友人を頼っただけ。幻想郷は今日も平和なのであった。

 紅魔館を統べる吸血鬼、レミリア・スカーレットがニヤリと不敵な笑みを零す。興味に満ちた眼差しを隠そうともせず、促した。

「さぁ、パチェ。早速やってみて頂戴」

「……この手の術式はあまり得意ではないのだけど」

 レミリアの声を受けて、大図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジがヤル気のなさそうな胡乱な目でため息をつく。病的なまでに細い腕には古めかしい魔導書が抱えられていた。数枚ほどページを捲って、精神を集中し魔力を練り始める。

 前もって床に描いた魔法陣に意識を向ける。幾何学模様が施された円の中心には、数センチにも満たない鉱石らしきものが一つ。魔石の類かと思いきや、何の変哲もないレンガの破片。

 魔女の詠唱にあわせて、魔法陣に沿って青白い光が浮かび上がった。

 彼女の集中力を削がないように注意を払いつつ、十六夜咲夜が小声で尋ねる。

「お嬢様、よろしいのでしょうか」

「平気よ。なにも異変を起こそうとしているワケではないわ。それに、もし上手くいったら霊夢にでもあげればいい」

「お姉さま、それワイロっていうんだよね!」

「フフフ、いいえ。悪魔からの甘美なお裾分けよ?」

 妖しげに笑う表情はまさに魔性の一言に尽きる。片や、フランドール・スカーレットは無邪気に顔を綻ばせた。人間には到底及びもつかない歳月が過ぎていたとしても、彼女はまだまだ年端もいかない少女なのだ。

 ところで、彼女たちは一体何を成そうとしているのか。その答えはズバリ、錬金術である。暇を持て余した吸血鬼の些細な娯楽。随分とスケールのデカい手品ショーだった。

 

「…………()()()

 

 魔女がラストワードを口にしたのと同時に、外枠の光が中心点めがけて収束していく。全方向からの光を吸収して欠片が青白く灯った。まるで生命を授かったかのように、鼓動にも似た点滅が起きる。発光と暗点を何度か繰り返していたそれは、やがて物言わぬ状態へ戻っていった。

 パチュリーが本を閉じたのを合図に、フランドールが我先にと駆け出す。

「できた!? できたの!?」

 純真無垢な妹キャラが、魔方陣があった場所にしゃがみ込む。まるでどんぐりを拾い集めるメイのごとく、嬉々として落ちていた粒を摘まみ上げた。しかし、ワクワクのスマイルが数秒と経たずに曇ってしまう。

「……なんにも変わってない」

 無垢な少女が手にしているのは黄金の粒ではなく、赤茶色いレンガの残骸。ビフォーとアフターに何の違いもなかった。

「あら、パチェにしては珍しく失敗かしら」

「準備が不十分過ぎるのよ。在り合わせで作る料理じゃあるまいし、そう簡単にはいかないわ」

「残念。霊夢も金を得るチャンスを逃したわね、可哀そうに」

 もともと暇つぶしでしかなかったため、レミリアもパチュリーも不成功を悔やむつもりはない。ただ一人、フランだけが不満そうにほっぺたを膨らませていた。

「つまんないの……」

 なんとなく、レンガ粒を天井にかざしてみる。

 刹那、カッと目が眩むような閃光が迸った。

「わ、わわっ!?」

 小さな鉱石が放つ太陽拳が大図書館の隅々まで行き渡る。その場にいた誰もが堪らず目元を覆った。強烈な目眩ましのせいで動くに動けなかった。

 ほどなくして徐々に閃光が費える。まだチカチカする目でフランの姿を捉え……皆が息をのんだ。

「まさか……」

「まぁ……」

「これは厄介ね……」

 確かにフランはいた。ムーンプリズムパワーもどきを浴びてなんちゃらムーンやプリキュアに変身したとかではない。が、明らかに普段と違った。というのも、

 

「………だぁー」

 

 ただでさえ幼い容姿をしているフランドールが、さらに幼くなってしまっていたのだ。

 絶賛注目の的になっている少女も、自らがどういう状況になっているのか把握していない。クリクリした目を瞬かせて、ちょこんとお座りしている。だがしかし、

「ぇ……ふぇ……」

『――っ!?』

 ちっちゃいフランのおめめに大粒の涙が溜まる。まずい、と全員が思った時にはすでに手遅れ、大規模なダムの崩壊が始まった。

 

「ぎゃぁああああああん!!」

 

 堰を切ったかのように大泣きするフラン。その姿はどこからどう見てもに赤ん坊だ。

 いかにカリスマ溢れる紅魔館の主といえど、愛する妹の突然の幼児化とギャン泣きのダブルコンボを前にしては、為す術もなく狼狽えるしかない。

「咲夜! なんとかしなさい」

「は、はい」

 泣き喚く妹君を従者が恐る恐る抱き上げる。しかしながら、そこからどうすれば良いのか判断に窮する。瀟洒なメイド長も赤ん坊のあやし方までは心得ていなかった。

「お嬢様、やはりここは唯一の肉親であるお嬢様が適任かと思われます」

「わ、私が?」

 まさか自分にパスが回ってくるとは思わず、レミリアが困惑して目を丸くする。

「……わかったわ」

 お姉ちゃんとして、可愛い妹のためにと言い聞かせて、咲夜から妹を受け取る。たった一人の姉妹に抱っこされて、フランも安らぎを取り戻す――

「ぎゃぁあああん!!」

『………………』

 という淡い期待は見事に砕け散った。それどころか、さっきよりも泣き声が大きくなっている気がしないでもない。実の妹にガチ泣きされたレミリアの心情を考えると南無三。

 口の端をヒクヒクと引きつらせながら、紅魔が誇るブレインに望みを託す。

「パチェ、早く戻して」

「すぐには戻せないわ。まず原因を解析するところから始めないといけないもの。あと、私に子守りを期待されても無理だから。せいぜい頑張りなさいな、お姉様」

「この薄情者……!」

 万事休す。紅魔勢に子守りスキルを持つ者は誰一人としていなかった。

 レミリア・スカーレットの思考回路がかつてないスピードでフル回転する。誰か、頼れる知り合いはいないのか。

 

 泣いている赤ん坊に安心感を与えるような、母性を持ち合わせていて。

 かつ、もともとフランが懐いている心優しい女の子であれば、この子も泣き止むだろう。

 さらに、父親役もいればこの上なく完璧な布陣だ。

 

 けれど、そんな都合良く全条件に当てはまる人物なんて、

 

 ――心当たりしか、なかった。

 

 

「それで、どういうことなのかしら?」

「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! 俺はアリスとお茶していたと思ったら、いつの間にか大図書館にいた。な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺にもわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。尺の都合だとか手抜きだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねェ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わっ――」

「優斗は黙ってて」

「アッハイ」

 あと二文字で言い終わりそうだったのに、バッサリと切り捨てられてしまった。誠に遺憾である。だがしかし、おったまげたのは本当でござるよ。

 アリス邸で二人仲良くのんびりまったりしていた真っ只中に、突如として麗しの咲夜さんが現れた時は、そりゃもうビックリし過ぎて気管にお茶が入って咽たくらいだ。よもや彼女がノックもなしに上がり込んでくるとは夢にも思うまい。

 「来てください」と早口で言われるや否や、移動シーンまるごとカットで気付けば紅魔館に突っ立っていた。彼女がこんな強引なやり方を取るほどのエマージェンシーに戦慄する。

 はたして、紅魔館で一体何が起きたのか。レミリアたちの安否や如何に。続きはCMの後!

 ……にはいかず、今まさに目の前で繰り広げられておりました。

 

「ぎゃぁああああん!!」

「よ~しよし、妹様~イイ子イイ子~~……お嬢様ぁ、もうダメですぅ……!」

「踏ん張りなさい、美鈴! アリスが来るまでの要は貴女しかいないのよ」

「そ、そんなぁ……ああっ! 妹様どうか泣かないでください!」

「パチェ、どうにかできそう?」

「やるだけやってみるけど期待はしないで」

 

 俺が知っているのよりもさらに一回り小さくなったフランがおった件について。

「えっと、私にはフランが赤ちゃんになっているようにしか見えないのだけど」

「奇遇だな、俺もそうなんだ」

 幼女を通り越してもはやベイビーなフランちゃんが、心が叫びたがっているんだといわんばかりにギャン泣き。それを必死にあやしている紅美鈴もまた涙目。アレコレ奔走する彼女に対してレミリアが声援を送り、パチュリーは本を凝視している。なかなかにカオスな光景であった。

 この状況を目の当たりにして俺が言いたいことはたった一つ。

「今北産業」

 もしやアポトキシン4869でも飲んでしまったというのか。妖しげなクスリを飲まされ、目が覚めると、身体が縮んでしまっていた。バーロー。

 見れば、アリスもなんとも反応に困った感じのビミョーな表情を浮かべている。

「あー、ひとまず行ってみっか」

「ええ。それしかなさそうね」

 顔を見合わせて、俺たちは騒ぎの中心に歩んでいく。

 とりあえず、説明を求めるよりも先にアレをどげんかせんといかんね。しかし、普段から妖精たちの遊び相手をしている美鈴さえもお手上げとは。咲夜さんが急いでいたのも今ならよく分かる。

 

「今度は何をしたのよ、もう」

「あっ、アリスさぁ~ん、よがっだぁ助けてください~」

「ほら、貸して」

「は、はいっ。お願いします……」

 あたかも救世主を見る目になって助けを乞う門番に、人形遣いが両手を差し伸べる。

 おチビなフランが美鈴からアリスへと移り渡る。少女は赤ん坊を抱っこしなおすと、小さな背中をトントンと優しくたたきながら穏やかなトーンで言葉を紡いだ。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。フランはイイ子だものね」

 

 春の陽だまりのように温かく、天使の歌声のような慈しみに溢れた声で、金髪碧眼の乙女は幼子に囁きかける。そっと添えられた指先がゆったりとリズムを刻んでいく。

 それはまさしく母性の象徴であった。

 すると、あれだけ大泣きしていたはずのフランが少しずつ声を収めていくではありませんか。安らかな温もりに抱かれた赤子は、ぐすぐすと鼻を啜っていたが、ほどなくしてそれさえもなくなる。

「……ぁー」

「ふふっ」

 完全に泣き止んでアリスの顔をじーっと見始めるフランちゃん。アリスが微笑みかけると彼女も嬉しそうに笑った。あらやだ可愛い。ちょっとカメラさん、こっちこっち。

『おお……』

 あっさりと事態を収束させた人形遣いの神業に、紅魔館の住民が感嘆の声を上げる。

 俺はといえば、地上に舞い降りた女神アリスの慈愛があまりに眩しくて世界がヤバい。ちっちゃなおててが彼女の頬をペタペタと触っているのが、これまた尊い。

「とりあえず拝んでおこう」

 

 そんなこんなで執り行われた事情聴取の結果、なんとも幻想郷クオリティなブッ飛んだ動機であることが判明しました、まる。

「っべー! 暇つぶしで錬金術とかマジパないわー、宇宙の法則が乱れかねないわー」

「もう、なんでそんなことしたの」

「ほんの出来心だったのよ」

 バツが悪そうに姉吸血鬼が肩をすくめる。本当に手品ショーを観るくらいの気軽さだったのだろう。したり顔で腕を組みつつ、うむうむと仰々しく頷いて同意する。

「出来心なら仕方ない」

「分かってくれて嬉しいわ」

「良いわけないでしょ」

 アリスが半目になってジロリと俺やレミリアを睨んだ。もちろんフランを抱っこしたままだ。

 いやいや、錬金術も大概だが、飛行石を作ろうとしなかっただけマシだと思いますよ。ラピュタはあったんだよシータ! ホンマか工藤!

 大図書館の魔女が本を凝視したまま口を挟む。

「一応、私の方でもできるだけ早く戻れるように努力するけど」

 なんだろう、いつぞや俺がミニマム化してしまったときと対応に違いが見られるのですが。あのときは放っておけばそのうち治るとか言ってませんでしたっけ。この差は何ぞや。

 疑惑の感情が顔に出ていたのか、パチュリーはいつものジト目を俺に向けた。

「あなたの場合は自業自得。今回の件は私の不手際も原因の一つ。責任の所在が違うのよ」

「正論過ぎて返す言葉もない……ッ!」

 見事に論破されもうした。そうだね、プロテインだね。

 とはいえ、俺の場合はサイズだけ変わって、精神というか中身はそのままだったワケだし。その辺も含めて状況が違うか。色々と。

 その張本人はといえば、さっきまで泣いていたカラスがなんとやら。上機嫌でキャッキャッと愛らしいスマイルをみせている。いやんキャワイイ。

「しっかし、ガチで赤ちゃんになったんやねー」

 腰をかがめて目線の高さをフランに合わせる。彼女も俺に気付き、赤ちゃん特有のジーッと見てくる反応を示した。

 目と目が合う瞬間――

「ちゃっ!」

「んがぁ!?」

 いきなり鼻を摘ままれた。解せぬ。僕のだぞッ!って思っているのかい。しかし動けん。う……動けん……! 俺が時を止めた。承太郎ッ、貴様ァ!

 されるがままになっている俺に代わってアリスが窘める。

「こーら、フラン。めっ」

「ぶぅ」

「ぶぅじゃないの」

「めっちゃ不満そうですがな」

 アリスに言われて素直に手を離すフランちゃん。よーし、やったなー?

 お返しにほっぺたをプニプニと軽く突いてやる。おおう、柔らかい。続けて人差し指でくすぐってやるとフランは楽しそうな声を出した。やり過ぎてまた泣かれたら困るので、ほどほどに加減するのがコツやで。

 そんな俺たちのやり取りに、レミリアが真紅の瞳をギラリと光らせた。何か思いついた時のリアクションである。もっとも、この状況からすれば大体は予想つくのだが。

「頼みがあるわ。フランが元に戻るまで、この子の面倒をみてはもらえないかしら? 見ての通り、貴方たちしか頼める相手がいないのよ……」

「私はいいわよ。さすがに放っておけないもの。優斗はどう?」

「せやなぁ……」

 「外」の世界で数々のアルバイトをこなしてきた経験はあれど、さすがにベビーシッターは未知の領域だ。未経験者歓迎の誰でもできる簡単なお仕事、なんてことはあるまい。素人は黙っとれぃ!と言われるのがオチね。

 いつものノリで「いっすよ!」と言いたいところだが、安請け合いしても大丈夫なのだろうか。

 柄にもなく即答できない俺に、パチュリーが疑問を投げた。

「もしかして、赤ん坊が苦手なのかしら?」

「そんなわけあるかい。むしろこんな娘ほしいわ」

 これまた心外な問いかけだったので、こっちは即答で返してやった。全国のパパンが溺愛しそうな可愛い娘を体現したような、めんこいフランちゃんをどうして苦手といえようか。

 

 

 一人悩んでいる青年をさて置き、ふいにパチュリーが人形遣いに気怠そうな目で告げた。

「だそうよ、アリス?」

「な、なんでそこで私に振るの?」

 脈絡なく矛先を向けられて戸惑った少女は、思わず質問で返してしまう。その様子に魔女は訝しんだ。

 ひょっとして気付いていないのか、それともわざとスルーしたか。七曜の魔女が人形遣いの顔を窺う。表情を見る限り恥ずかしがっているようには見えない。おそらく前者だろう。

 よって、彼女は言ってやることにした。大事なところを強調するかたちで。

 

「だから彼、子どもは女の子が良いんですって」

 

「え……? ふぇえええええ!?」

 その言葉を耳にした直後、アリスの顔が瞬く間にカァアッと真っ赤に染まった。耳まで紅潮させた少女はどんな想像したのか、熱を帯びた頬に手を当ててぽーっとしている。ガラス玉のような青い瞳が揺らいだ。

 素っ頓狂な声を上げた人形遣いに、どうやら例の彼も驚いたらしい。

「どっ、どげんしたアリス!?」

「~~~~~ッ!! なな、なんでもないのッ! 本当になんでもないから!」

 おそらく彼も無自覚の発言だったのだろう。相変わらずお似合いのくせに焦れったい二人に辟易し、大図書館の魔女は再び視点を本へと落としたのだった。

 

 どうやら俺が知らない間にまたパチュリーがアリスをからかったようだ。低いテンションでさりげなく仕掛けてくる、いつも通りですね分かります。

 さてさて、いつまでもウジウジしていられないし、ぼちぼちバシッと決めちゃりますかね。念の為に言っておくが、もとより断るつもりはない。レミリアたちが困っているのは明らかなのだから。

 その時、ふいに俺の手がなにやら心地良い手触りに包まれた。まるでシルクのようにキメ細かく滑らかで、繊細さと柔らかさが合わさった感じの、ほんの少しだけひんやりとした何か。

 ハッと顔を上げると、

 

「優斗様、どうかお願いできませんでしょうか……?」

 

 銀髪クールビューティーのメイドさんが、その白陶器さながらの綺麗なお手を俺の両手に重ねていた。

 美しい彼女の顔がすぐ目の前にあり、懇願する瞳が上目遣いで俺を映す。ラベンダーと思しき香水の匂いに、女性を意識させられる。

 大事なことなのでもう一度言おう。

 

 咲夜さんが、俺の手を取ってお願いしている……だと……!?

 それを理解した瞬間、俺の脳ミソはファンタスティックにカーニバる。キキキキターーーーッ!!

 

「アッシェンテ。お任せください咲夜さん、貴女の願いはワタクシめが必ずや叶えましょう。咲夜さんが望むのならばどんな難題もワンパンチで乗り越えてみせま――うぐぇえええええええ!?」

 

 間髪入れず、ものっそい力でほっぺたを両方から思いっきり引っ張られた。おかげで紳士的な決め台詞も間抜けな悲鳴に取って代わられた。これは酷い。

 そして、マンガみたいに口元を引き伸ばされている俺の真後ろから、耳元にとっても不機嫌そうな彼女の声が通った。

「…………なにデレデレしているのよ。優斗のバカ」

「バーッ!」

「あ痛ッ!? ちょ、頬が千切れる……ッ! タンマタンマこれ以上いけない! すッ、すんませんっしたぁああああ!」

 どうやらアリスとフランがそれぞれ左右から抓っている模様。こっちからは見えないが、きっと二人とも目を吊り上げて頬を膨らませていることでしょう。というかフラン、お前もか。

 呂律が回らない口で謝罪を叫ぶ俺と、容赦なく抓り上げる金髪の少女と赤ちゃん。なんかもう、最初からクライマックスで大ピンチ。この子守り、ちゃんと無事にこなせるのだろうか。私、気になります。

 あと悲しき哉、今のダメージのせいで咲夜さんの手の感触は綺麗サッパリ記憶から消えてしまった。誠に遺憾で――

「優斗……?」

「イダダダダダ!?」

 

 

 

「咲夜、やり過ぎよ。誰もそこまでやれとは言ってないわ。ま、面白いからいいけど」

「申し訳ありません、お嬢様」

 

 って、お前の差し金かよレミリアァアアア!!

 

 

OVAつづく




OVAとか言っておきながら一話で完結できない安定のマンモーニっぷり


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OVA中編 「優アリが子守りするハナシ」

毎月の始めに最新話……衛宮さんちの今日のごはんと一緒じゃねぇーか!

投稿が遅くなったうえに、OVA後編と思いきやここにきて三本立てになっちゃってアへ顔さらすサイドカーでございます。
「かまわん、やれ」という寛大なご処置をオナシャス ←土下座

というわけでOVA続きでございます。
此度もごゆるりと読んでいただけると嬉しいです。


「いや~んカワイイ~! ほらほらパチュリー様見てくださいってほらほらほら!」

「分かったから。いい加減に作業に戻りなさい」

「もうちょっとだけ! あと少しだけでいいですから!」

「却下」

 キャーキャーと黄色い声を上げる小悪魔と、我関せずを貫くパチュリーの漫才が繰り広げられる。

 図書館の魔女は余所を一瞥たりともせず、次から次へと本を手にとっては流し読み、閉じては横に積み重ねる。本の塔が倒壊する寸前ギリギリなところで、ようやく持ち場に戻った小悪魔がせっせと片付けを始めた。今でも名残惜しそうにチラチラとこっちを見ながら。

 先ほどの眼福な絶景にしばし思いを馳せる。やんやんと腰をくねらせて悶える小悪魔の動きがどことなくエロかった。こあちゃんサキュバス説を唱えざるを得ない。コペルニクス先生の地動説に匹敵する大発見かもしれんで。

 そんな小悪魔のこあちゃんが歓声を上げていた原因というのが、こちらでございます。

 

「ちゃっ、ちゃっ」

「こっちよフラン。がんばれ、がんばれ」

 

 四つん這いになってハイハイする赤ちゃんフランと、両手を広げて迎え入れようとするアリスがいた。二人とも金髪なのもあって、うら若きママと愛娘の触れあいを連想させる。こりゃ堪りませんわ。清い鼻血が出そうであります。清い鼻血って何ぞや。

 大好きなアリスを見つけたフランがニッコニコの笑顔で彼女を目指してまっしぐら。ヨチヨチと辿り着いた幼子を、金髪碧眼の少女が抱き上げて頬を重ねつつ褒める。

「イイ子ね。よくできました」

「たー!」

「頑張ったな、フラン。エライぞぉ」

 これぞ何物にも代えがたい幸せな一ページ。守りたい、この笑顔。

 いやはや、いざやってみると子守りへの懸念などスッパリなくなっておったわ。それどころか楽しいまである。たーのしー!

「アリス、俺も俺も」

「はい、あまり強くしちゃダメよ。そっとだからね」

「おう」

 チョイチョイと自身を指差して抱っこの交代を要請する。プリーズプリーズ交換しましょ。

 ふと冷静に考えてみると、今の言い回しって下手すりゃ俺にも頬ずりしてほしいみたいなニュアンスにも取れそうでもあった。いかんいかん、いい歳してバブみに目覚めてしまうところだったぜ。はーいちゃーんばっぶー。マグロ、ご期待ください。

 俺の鼻っ柱をおててでペチペチと叩いてくるフランちゃんを、言われた通り力加減に気を付けながら脇の下から支える。いつものこの子も純真無垢だが、今の状態はそれに輪をかけてピュアッピュアでござる。

「おー、よーしよしよしよしよし」

「あぅ?」

「ほーれ。たかいたかーい」

「きゃー♪」

 お約束に高々と掲げ上げればご満悦の声も上がる。やべぇ、顔が緩む。俺の中に眠るパパンスイッチのレバーが切り替わっちゃいそうです。

 何かに目覚めそうになりながらも高い高いを繰り返し、さらに遊園地のコーヒーカップみたくグルグルと回る。こちらもお気に召したらしく、フランはますますご機嫌になった。

 俺とフランの戯れに、アリスも表情を和らげた。

「ふふっ、優斗ったらすっかりお父さんね」

「そうか? いや~、でもまぁ悪くないもんだなハッハッハッ」

 

「これはまた、とんだ親バカ――いえ、子煩悩ね」

 やや離れた場所で椅子に腰かけていたレミリアが、肘掛けに頬杖をつきながら呆れた風な面立ちで呟いた。いやそれ、言い直した意味なくない?

 彼女は子守りに参加するでもなく、かといってパチュリーの手伝いをするでもなく、近すぎず離れすぎずの傍観者ポジションに落ち着いていた。

 美鈴は門番だからしゃーないとして、そういえば咲夜さんもいない。

「てか、こっち来りゃいいのに。赤ちゃんフランなんてSSレベルのレアキャラよ? 課金ガチャがフィーバーしちゃうよ?」

「途中から何語なのか全く理解できないけれど、お気遣いどうも。でも結構、こういうのは特等席で見ているのが最も楽しいのよ」

「さよか」

 こんな時でもレミリアらしいというかなんというか。

 どうやら彼女は俺とアリスの子守り劇場を心行くまで鑑賞していくつもりらしい。霊夢もブレない性格だがレミリアも大概である。もっとも彼女の場合、俺たちが来る前にフランを泣き止ませるのに失敗して余計に泣かれてしまったらしいが。そん辺は言わぬが花か。

 そんなこんなでレミリアと話していると、「ぅ……ぅ~」とフランがぐずり始めた。危ういことに、既に涙目になっている。

「よーしよし、どした? また高い高いすっか?」

「わぁあああああん!!」

「ぬわッ!?」

 声掛けも虚しく、またしてもフランが泣き出してしまった。図書館中に赤ん坊の泣き声が響く。

「言っておくけど私のせいじゃないわよ」

「わぁーってるよ」

 姉吸血鬼が念を押してくるが、もちろんここで彼女のせいにするほど外道ではない。むしろ幼子が泣くのは自然の摂理です。なんともはや、大学生――いや、()大学生が赤ん坊の世話してみて分かった。おいたんって実は凄かったんだな。ちょーリスペクトだわー。

 ひとえに赤ん坊が泣くとしたら、ミルクかおしめかママのいずれかのはず(偏見)。

 嗅いでみたところその手の臭いはしなかったから、一つ目は除外される。赤ちゃん状態とはいえ、将来が楽しみな愛らしい幼女の下のニオイを嗅ぐとか、「外」の世界だったら一発アウトで手錠モノの案件だが、俺はロリコンではないので他意はない。だから大丈夫だ、問題ない。通報するなよ、絶対に通報すんなよ!

 残るはミルクかママの二択。ならば、すぐに試せるやつからやってみるのが手っ取り早い。

「すまんアリス、頼む。俺は……無力だ……ッ!」

「はいはい。無駄に鬼気迫る顔つきしなくていいから」

「うぃっしゅ」

 というわけで、絶賛ギャン泣き中の駄々っ子フランちゃんを人形遣いに託す。先ほどと同じく彼女が身体をゆったりと揺らしてあやし始める。ところが、今回はそれでも泣き声が収まる気配はなかった。

 どうやらフランちゃんは空腹だったようです。そして今になって素朴かつ重大な疑問が生じた。紅魔館に赤ちゃん用のミルクなんて置いてあるのかしら。おいおい、こいつぁひょっとして詰んだんじゃなイカ?

 まさにピンチかと思われたその時、美しき救いの手が差し伸べられた。

「優斗様、こちらを」

「あ、咲夜さん」

 忽然と姿を消していたメイド長が音もなく傍らに立つ。彼女から子育てアイテムの一つ、その名も哺乳瓶を手渡された。いなくなっていたのはコレを調達するためだったのか。さすが咲夜さん、フォローが完璧です。そこに痺れる憧れる。やはりメイドさんは男の浪漫、はっかり分かんだね。

 ちなみに哺乳瓶の中身は白かった。吸血鬼といっても、食事は全て血液というわけではなく、どっちかというと嗜好品に近いそうな。言われてみれば宴会とかでもフツーに飯食っていたわね。東京のグールみたいな体質事情じゃなくて安心した。ヒナミちゃんペロペロ。

 新しいアンパン頭を運んできたパン職人のごとく、人形遣いに哺乳瓶を差し出す。

「アリス、咲夜さんが用意してくれたぜぃ。これで勝つる!」

「一体何に勝つ気なの? ちょっと待って……うん、貸してもらえる?」

「あいよ」

 バランスを崩さないように片腕でフランを抱き直してから、アリスはミルクを受け取って小さな口元に近付ける。

「わぁあああ…………んっ、んっ」

 すると、泣き喚いていたのがピタリと止んで、フランが容器の先端を咥えた。立て続けにちうちうと飲み口を吸い上げていく。空腹を満たすべく夢中になってミルクを飲んでいる。

 さながら孤独のグルメ。「これこれ、こういうのが欲しかったんだよ」とゴローさんの心の声が聞こえてきそう。ンマヤ・ンマヤ。

「おっ、飲んでる飲んでる。いいじゃないの」

「やっぱりお腹が空いていたのね」

 元気な飲みっぷりに俺もアリスも顔を綻ばせる。この子を見ていたら何だか急に……腹が、減った。

 みるみるうちに容器の中身が減る。まさにドラマの追い込みシーンそのもの。モノローグだけでなくBGMの幻聴まで聞こえてきた。勝利確定。

 やがて満足したのか、フランが哺乳瓶から口を離す。あわせてアリスが背中をトントンしてやると、けぷっと可愛らしい「ごちそうさま」のサインを発した。お粗末!

 

 

「赤ちゃんって腹いっぱいになったら寝るもんじゃないのか……?」

 いつから食事の後はおねむの時間だと錯覚していた?

 むしろ満たされたおかげでフランちゃんはますます元気でした。漲ってきたぜと言わんばかりにテンションが荒ぶっております。10秒チャージ2時間キープ。元気ハツラツオフコース。鷲のマークの大正製薬です。

 コアラみたいにひしっとアリスにしがみつくベイビーフランは「あー」とか「だー」とか赤ちゃんコトバを連発して、自己主張がハンパないの。

「無理に寝かせる必要はないんじゃない? フランが遊びたいなら遊ばせてあげるべきよ」

「せやろか、せやな。んじゃ、遊び疲れるまでとことん相手したろか。ほ~れほれ、いないいないばぁ~~」

 遊び相手とならば、ここから先は俺のターンだ。 

 お約束第二弾「いないいないばぁ」で興味を誘う。だがしかし、始めは興味深そうにジーッと見てくれたものの、どうにもお気に召さなかったのか、ほどなくしてスルーされてしまった。

「な、なんと……!?」

「つまらなかったみたいね」

「ぐぬぬ……なら、こっちはどうだ? レロレロレロレロレロ」

 ならばとアピールの方法を変えて、花京院のモノマネを試みる。ところがどっこい嗚呼無情、今度はこちらを見ることすらなかった。

「ぅー」

「あらあら」

「ついにノーリアクション!?」

 俺から顔ごと背けて、アリスの胸に顔を埋めるフランちゃん。って、なにさりげなく羨ましいマネしてんでしょこの子は。

 

 

 青年と人形遣いが子守りに夢中になっていたその頃。大図書館に新たな来客が現れた。

 白黒ファッションと黒のとんがり帽子、ボーイッシュな口調でおなじみの少女、霧雨魔理沙その人である。パチュリーからすれば無断レンタルの常習犯であり、いっそのことアリスの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい輩だ。

 もちろんそんな事情など露知らず、罪悪感を微塵も感じさせない爽やかなノリで、少女が飄々とこちらにやってくる。

「おーす、今日も本借りに来たぜ」

「パチェなら取り込み中よ。また今度にすることね」

「つれないなぁ。ん? なんだ、アリスたちもいるじゃん。仲間外れとは感心しないんだぜ」

 レミリアに一蹴されて肩をすくめるが、視界の端に親友の姿を捉えて目を瞬かせる。今日も想い人と一緒にいるあたり、仲睦まじくやっているようで大変結構。

 魔理沙の言葉に、吸血鬼が思い出したかのように「ああ」と一置きしてから答える。

「私が呼んだのよ。不法侵入の泥棒とは違うわ」

「ふぅん。よし、せっかくだし声かけていくか」

「お好きにどうぞ」

 あいにく、ここからだと何をしているのかイマイチよく分からないが、どうにも面白いことが起きている気がしてならない。好奇心と探究心は魔法使いの必須スキル。みすみす見逃すつもりは一片たりともあるものか。

 ついでに驚かしてやろうと抜き足差し足でそろりそろりと彼らのもとに近付く。二人がビックリする未来を想像して、「にしし」と悪戯っぽい笑い声が漏れる。

 ところがどすこい、驚かされるのは彼女の方となる。というのも、

 

「プルコギッ、プルコギッ…………くっ、これもダメかッ!?」

「……ぶー」

「もう、変なこと覚えさせないでね?」

 

「………は?」

 なぜか親友が赤ちゃんを抱っこしていたのだから。それも、彼女によく似た金色の髪をした愛らしい幼女を。すぐ傍で青年が次々と顔芸を披露しているが、それが子守りなのは彼らを見れば明らか。さっきの不審な動きはともかくとして。

(え、マジで……?)

 いやいやいや!と魔理沙が大げさに頭を振る。うっかり()()()()()()なのかと勘繰ってしまい大変焦ったけれど、思い起こせば以前にも似たような展開があった。具体的には、アリスの子供服を着せられたルーミアとか。

「ふっ、あやうく同じ失敗を繰り返してしまうところだったぜ……」

 帽子のつばをクイッとやって一人ごちる。謎にカッコつけたのは己を落ち着かせるための儀式か。なんで紅魔館に赤ちゃんがいるのかなど色々と疑問はあるものの、どうにか取り乱さずに済んだ。大丈夫、普通の魔法使いは狼狽えない。

 なお、件の子育てカップルは魔理沙にまだ気づいていなかった。ともあれ詳しい経緯を聞こうと、魔理沙が口を開く。

「おーいア――」

 

「うふふ、ヘンなパパでちゅね~」

「だーぶー」

 

「    」

 ピシッ、と。どこからかガラスにひびが入る音が聞こえた。

 不可解な音を耳にしたレミリアが、魔理沙を見て唖然とする。なんと彼女はまるで乙女マンガのキャラみたく白目を剥いて固まってしまっていたのだ。心なしか顔立ちも微妙に変わっている気がする。もともと金髪ロングのせいか、逆に違和感がなかった。

 ベルサイユとかガラスの仮面とか、そういう感じの作画になっている少女が、慄きながら声を震わせる。

「いつの間に……アリス、恐ろしい子ッ!」

 なんか口調まで変化していた。どんだけショックだったのやら。余計な色が消えて文字通りの白黒となった普通の魔法使い、その背後に稲妻っぽい幻覚まで映る。

 八割以上が白と化した白黒魔法使いの変わり様を見兼ねて、レミリアが嘆息混じりに声をかけた。

「言っておくけど、それは貴女の勘違い……ちょっと、聞いているのかしら?」

「……………」

 あろうことか、レミリアのフォローを全て無視して魔理沙がおもむろに後退を始める。手の甲を口元に当てて少し仰け反った姿勢を維持しつつ、じりじりと摺り足で徐々に下がっていく。その奇行に流石のレミリアも言葉を失った。

 結局、彼女はそのまま無言で去っていった。珍しく、本を一冊も借りることなく。

 些細な物音レベルの扉を閉める空しげな音が、得も言われぬ哀愁を感じさせた。

「あら? レミリア、誰か来てたの?」

 そして、見事な擦れ違いのタイミングでアリスたちがようやくこちらに気付くのだった。

 普段よりもさらに幼くなった我が妹を抱きかかえた人形遣いが、可愛らしく首を傾げつつ歩み寄ってくる。今や閉じられた扉を一瞥してから、何事もなかったかのように視線の先を彼女へと移した。

「ついさっきまで魔理沙がね。もう帰ったけど」

「そうなの? それなら声くらいかけてくれればいいのに」

「急いでたんじゃね? のぅ、フランや」

「うー?」

 そう言って、朗らかに笑いながら優斗がフランの頭をぐしぐしと撫でる。男性の大きな掌が幼子の頭に覆いかぶさる風景は、いよいよもって父親っぽい。

 きっと、今しがたの人形遣いの発言さえも本人は無自覚だったのだろう。かなり大胆な発言だったのに勿体ない。ましてや、魔理沙がどんな表情で出て行ったかなんて知る由もないだろう。

「ハァ……」

「な、なしてそこで溜息つくし」

「いえ。運命というのは、残酷なものね……」

「レミリアが言うと説得力がスゴイのだが」

「えっと、私たち魔理沙に何か悪いことしちゃったのかしら?」

「気にしなくていいわ」

 知らぬは当人ばかり。これは後で大変な騒ぎになりそうだが、考えてみればそれはそれで面白い展開が期待できそうでもある。かえって好都合なのかも。願わくば、彼らが自ら気付かんことを。

 よって、レミリアは敢えて放っておく選択肢をとる。なにせ、もとより彼女は退屈しのぎを求めていたのだから。

 事情を知らない男女のきょとんとした顔を盗み見て、吸血鬼が意味ありげな笑みを浮かべる。

「妹が世話になっているけれど……それはそれ、これはこれというやつね」

 

OVA後編へ




後編は今月中に投稿してぇなぁ……

あとアリスとイチャイチャしてぇなぁ……


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OVA後編 「優アリが子守りするハナシ」

(二週間で投稿が)できたじゃないか ←シローアマダ感

東方人形誌、本編からOVAと続きましたが、ひとまず完結でございます。
ここまでの閲覧感想評価メッセージその他諸々、皆さま本当にありがとうございました!

というわけで残るはOVA後編のラスト一本!
最後までごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


 紅魔館に泊まりませう。

 結果からいえば、その日のうちにフランが本来の成長段階まで戻ることはなかった。気付いた頃にはすっかり夜の帳が下りており、もうここまでくればどのみち同じ。アレコレと治す方法を調べていたパチュリーも「一晩経てば治るわ」と時間による解決を推した。下手な策を打って余計に長引いてしまったら厄介だと。それあるー!

 んでもって本題。この状況で俺たちが帰ろうものなら、主にアリスがいなくなったのが原因で赤ちゃんフランが大泣きするのは明らか。そういうわけで、今宵は紅魔館で過ごすことが決定したのでござる。いいか、よく聞け。ここをキャンプ地とする。

 そして、時は流れていき……

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……ふぃ~、ようやっと寝てくれたか」

 一日の大半を寝て過ごすのが赤ん坊かと思いきや、まさかこんな遅くまで起きているとは予想だにせんかった。あるいは魔法の影響による幼児化だから、普通の赤ちゃんとは事情が違うのやもしれぬ。詳しいところは俺も知らん。興味があるヤツは適当にググれ。

 フランの自室で彼女愛用のテディーベアを動かしたりして遊んでいたら、おねむの兆しがあったのがついさっきの出来事。そこから眠りにつくまではあっという間だった。

 ダブルどころかキングサイズのベッドにフランを寝かせ、健やかな寝顔を覗き見る。和むわぁ。

「いっぱい遊んだからね。パチュリーも言っていたけど明日には元に戻っているはずよ」

「つまりこれにて一件落着ってか。いやはや、頼まれた時はもっと大変かと思ったが……案外何とかなるもんだな」

「フランは素直なイイ子だもの」

「ハッハッ、ちげぇねぇっすわ」

 アリスが添い寝してフランのお腹にゆったりリズムで手を置く。無垢な幼子に慈しみの眼差しを送る姿は、地上に舞い降りた天使かはたまた女神か。ふつくしい。

 優しくて温かな、そんな陽だまりの世界に心が満たされていく。その光景を俺もすぐ傍で見続けていた。

 金髪碧眼の少女と同じく、大きなベッドに身体を横たわらせながら。

 

 お気付きだろうか。フランを真ん中にして、左右それぞれに俺とアリスが添い寝している。いわゆる「川の字」というヤツである。

 

 いや、言っておくがいかがわしい気持ちは断じてない。というか俺用に客室も貸し与えられている。それもメッチャ豪華なのが。ならば、どうしてこうなったか。答えは実に単純。たった一つのシンプルな理由だ。

 俺がそっち行こうとしたらフランがぐずり出したから。どうやらアリスだけじゃなくて俺にも居てほしかったっぽいのよ。さすがにコレで出ていくわけにはいかなくない?

 以上により、ツインルームの四人使用ならぬキングベッドの三人使用となったのだ。QED。まぁ、こっちは全然狭くないけどね。

 

「ふふっ、可愛い寝顔」

 アリスが微笑みながら、フランの前髪をさらりと撫でる。ベッドサイドに置かれた小型のランタンから仄かな灯りが漏れて、タンポポのように柔らかな黄色の髪が照り輝く。

 照明器具の隣には彼女のお気に入りだというオルゴールが並ぶ。ネジを回して箱を開くと、どこか子守唄や揺りかごを連想させる、懐かしく繊細なメロディーが静かに流れ始めた。

 あえて真っ暗にしなかったおかげなのだろう、部屋の雰囲気とも相まって夢心地な気分になる。俺まで眠気を誘われる。

「なんか、イイもんだな。こういうの」

「そうね……」

 愛らしい幼子をアリスと二人で見守るひととき。なんだかんだ言いつつも、この子守りが今日限りと思うとちょっとばかり名残惜しい気もする。フランからすれば堪ったもんじゃないだろうけど。

 ひょっとしたら、レミリアの言う通り俺には親バカの素質があるのかもしれない。

「でもまぁ、本当に愛娘ができた気分だ」

 スヤスヤ眠るいつもより幼いフランに笑みを零しながら、ふとそんな言葉が口から出た。俺の何気ない呟きに人形遣いも頷く。

 

「ええ……いつか、ほんとに――」

 

「…………え?」

「…………あっ」

 

 オルゴールの音色が、ピタリと止んだ。

 ランタンの薄明りだけが残される。微かな光に照らされた少女の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。オーシャンブルーの澄んだ瞳が潤み、サファイアのように綺麗だった。

 「いつか、ほんとに――」アリスが言いかけたその先に、どんな言葉が続くはずだった? 

 お互いに言葉を発するのも忘れて見つめ合う。まるで意識が吸い込まれるように、相手に惹かれて目が離せない。

 

『…………』

 

 静寂の中、呼吸の音だけが聞こえる。

 時間が止まったみたい、なんてベタな表現がまさにそれ。気恥ずかしくてむず痒い雰囲気に包まれる。彼女との距離の近さと添い寝というシチュエーションに、今更になって心臓が早鐘を打ち始めた。

 

「………あ、えと」

「~~~~~っ!!」

 

 オィイイ!? なんでここで言葉に詰まっちゃうのかなぁ俺よォ! 草食系男子かコノヤロウ!

 だけど、本当にそういう未来が訪れる可能性もあるのだろうか。彼女と二人で子どもを育てたりする、素晴らしく幸せなルート。つい想像してしまう。神聖な教会で純白のドレスに身を包んだアリスをってファアアアア! いかんいかんいかん、恥ずかしい妄想禁止! と、とにかく何でもいいから何か言え!

 照れ臭さが溢れて身悶えしそうなのをグッと堪え、必要以上に真剣な顔になって口を開く。

「ありす」

「は、はいっ」

 名前を呼ぶとアリスが緊張した面持ちで声を上ずらせる。かくいう俺も声が引っくり返ってしまった。ダメだこりゃ。テイクツーをお願いしたい。

 彼女に至っては暗がりでも認識できるくらいに耳まで真っ赤になっている。おそらく俺も。コレはマズイ。こちらの理性がブッ飛ぶ五秒前。どうするの俺、どうするの!?

 と、その時。

「ぅ~……」

『!?』

 枕元のフランが唸り声っぽいものを上げた。決して大きい声ではなかったのだが、あまりにタイミングがピンポイントすぎて俺もアリスも揃って肩をビクつかせた。違う意味でドキドキした。

 もしや起こしてしまったのかと焦ったが、どうやら寝言の類いだったらしい。その後は何事もなかったかのようにスヤスヤと眠り続ける。夜泣きの危機は去ったみたいだ。

 それにしても助かった。あのままいたら、勢いに任せてトンデモナイこと口走ったりしていたかも。ギリギリセーフ。

 あとは撤退するべく、いそいそとベッドから身体を起き上がらせる。

「おぉおしッ、んじゃ俺はそろそろ部屋に戻るかな。二人ともおやすみ――」

 

「ま、待って」

 

 アリスが手を伸ばしてシャツの袖を掴んだ。二人が動いたせいで寝具が僅かに軋む音を立てる。

 なぜか人形遣いに引き留められる俺氏。恥ずかしげに、けれど手を離そうとしない彼女の行動に、高鳴る鼓動と戸惑いが隠せない。

「えっと、アリス……どしたの?」

「…………から」

「へ?」

 ラノベの難聴系主人公みたいに聞き直してしまったが、本当に小声だったのであしからず。

 僅かな間が生まれた後、再びアリスが口を開く。頬を紅潮させた彼女が告げたのは、いつになく大胆なものだった。

 

「だから、優斗もここで一緒に寝ましょう……?」

 

「なん……だと……」

 鼻血を噴出さなかった吾輩を褒め称えたい。

 健全な青少年の妄想さえも上回る圧倒的な破壊力を目の当たりにして、狼化ではなくブリーチ化してしまった。フリーズしたともいう。

 深みのある真顔で固まった俺に対して、アリスが弁解するように理由を捲し立てる。 

「ち、違うの。ほら、フランがいつ起きるかも分からないし。もし目を覚ました時に優斗がいなくなってたら泣き出しちゃうかもしれないでしょ?」

「あ、あぁー。なるほど確かになぁ」

「さっきだって優斗が一度出て行こうとしたらぐずり始めたじゃない。だから、ね? お願い」

 上目遣いで俺を見上げる金髪碧眼の少女。ベッドに横になっているのも悩ましげな仕草に映って小町的に超ポイント高い。もういっそ余計なことは考えないで流れに身を任せてしまいそう。そもそも言い出しっぺはアリスの方だし。

 けれど、だからこそ俺は彼女を大事にしたい。しなければならない。

 据え膳なんてもっともらしい言い訳でうやむやに誤魔化すのは、紳士としてご法度であろう。俺は俺であり続けたい、そう願った。

 

「………アリスはいいのか? その、何というかさ」

「うん……優斗だから、いいの……」

 見惚れるほどに美しい表情で、人形遣いが小さくもはっきりと頷いてくれる。女の子にそこまで言われたら、出ていくなんてマネが出来ようものか。それこそ男として。

 もっとも、ものっそい勘違いしちゃいそうな展開だけど、あくまでアリスはフランが寂しい思いをしないようにと案じて俺に「一緒に寝よう」なんて言ったんだ。だから、あくまで一緒に寝るだけ。そう自分に言い聞かせる。

 袖を掴んでいたアリスの手を取って、再びベッドに身を沈める。ゆっくりしていってね。

「わかった。今夜は三人で仲良くお休みしましょうかね」

「……ありがとう、優斗」

「俺の方こそ。信用してくれてあんがとな」

「うふふ、最初に出会ったときに言ったじゃない。あなたを信じるって」

 くすぐったそうに笑う人形遣いの可愛らしい声が耳に心地良い。初めて出会った彼女が俺にかけてくれた言葉。全てはここから始まった。

 というかアリスさん、その笑顔が可憐すぎてヤバいです。惚れてまうやろ。

 あやうく世界の中心で愛を叫んでしまいそうだったので、「んんっ」とわざとらしい咳払いをしてやり過ごす。人はそれを照れ隠しともいう。

 とはいえ、今夜はもう遅いしぼちぼち休むべきだろう。ヘタレいうなよ。

「おやすみ、アリス。フランは……もとから寝てるか」

「おやすみなさい。良い夢を」

「んー、今がよっぽど幸せな夢だな」

「もう、バカ……」

 おやすみの挨拶と他愛のないやり取りを交わして、ランタンの灯りを消す。真っ暗になったところで、ゆっくりと瞼を閉じた。ほどなくして聞こえてくる、少女たちの寝息。

 視覚以外の感覚に意識が集う。アリスとフランの息遣い。シャンプーと思しき甘い香り。直接触れていなくても、シーツを通じて彼女の体温が伝わってくるような感じさえも。

 だがしかし、緊張して眠れないなんてオチはなかった。

「………ふぁ~あ」

 今日も今日とてドタバタやってたせいか、あっさり眠気に誘われてうつらうつらと微睡み始める。やがて眠りにつく間際に、

「……えへへ」

 どこか嬉しそうな彼女の笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 翌朝。

 俺たち全員が集まった食堂では、真っ白なテーブルクロスの上にパンやサラダを初めとする朝食メニューが上品に並んでいた。高級ホテルさながらの豪華テイストに食欲と涎がヤバし。いざ、ごちになります。

 けど、その前に。

「ごめんなさい」

 眠っている間に本来のサイズに戻っていたフランが、ペコリと小さな頭を下げていた。パチュリーの読み通り一晩で効果が切れたのだ。計画通りドヤァ。

 皆に迷惑をかけたと思っているのか、フランがしゅんとした表情を浮かべる。赤ちゃん時の記憶がうすぼんやりと残っているらしい。

 モチのロン、誰も迷惑だなんて思っちゃいない。しみったれた空気などお呼びじゃないぜ。

 ってなわけで、スライスされたフランスパンにレタスとチーズを乗せつつ、暗い顔した妹吸血鬼に向けて軽快なハイテンションで言ってのける。声高らかに、

「しーんぱーいないさー!」

「朝から無駄に通る大声出さないでくれるかしら? 頭と耳に響くから」

 レミリアがしかめっ面で睨んできた。すまぬ。しかし吸血鬼と一緒に朝ごはんを食べるとはね。これぞ幻想郷の一日といえよう。良き哉。

 ただ、その吸血鬼が手にしているグラスに赤い液体が注がれているのが気になってしょうがないのですが。もしやブラッド的なアレだろうか、それとも朝っぱらからワインを開けたのか。謎は尽きない。この世であなたの愛を~。バーロー。

 俺の視線の先に気付いたのか、レミリアが自慢げにグラスを掲げた。

「新鮮なトマトジュースよ。今朝うちのガーデンで採れたばかりの逸品を使ってね」

「さいですか」

 もはやドッキリでも使わなくなったベタすぎるネタに引っかかってしまった。誠に遺憾である。ついでに俺にも同じものをキボンヌ。すると颯爽とグラスに注いでくれる咲夜さん。さすがやでぇ。

 そんな俺とレミリアの会話を可笑しそうに聞いていたアリスが、いまだに席に着いていないフランに手招きしながら優しく声をかける。可愛い。

「ほら、フランもこっちに来て一緒に食べましょう?」

「うん! アリスの隣がいい!」

 百点満点のスマイルでアリスのもとに駆け寄るフランちゃん。そうそう、こうでなくっちゃ。やっぱり癒しですわ。きっと最後は大団円、めでたしめでたしってな。

 

 さて、フランちゃんベイビー事件も無事解決したし、朝飯も腹いっぱい食った。これにてミッションコンプリート。いつも心は虹色に。

 レミリアたちに見送られながら洋館を後にして、正門へ向かう。去り際、そのレミリアから「頑張りなさい」と言われたのだが、終わった後に頑張れとは是如何に。ま、いっか。何が起きようとも為せば為る。じっちゃんの名にかけて。

 ともあれ、まずはお家に帰りましょ。

「あー、一時はどうなるかと思ったぞい」

「でも楽しかったわね」

「せやろか、せやな」

 軽い足取りでアリスと並んで歩いていく。数分とかからずにチャイニーズ門番が佇むデカい門が見えてきた。が、そこで一つ違和感が生じた。

 具体的にいうと妙に騒がしい。どうやら来客が押し寄せているらしく、美鈴が受け答えにあたっていた。いやはや、朝から賑やかなこって(人のこと言えない)。

 というか、アレは……

 

「お願いですから皆さん落ち着いてくださいって!」

「あやややや、これが落ち着いてなどいられましょうかッ! 幻想郷を揺るがしかねない大スクープなんですよ! 事態は一刻を争うのです、早くここを通してください美鈴さん!」

「ちょっと文! どさくさで抜け駆けして独占取材になんかしたら許さないわよ!?」

「私だってビックリしたんだから! 魔理沙が魂の抜けた顔で神社に来るから何かと思えば……!! とにかくアリスはまだ中に居るんでしょ!? さっさとどかないと退治するわよ!」

「アリスー! 私だー! 結婚してくれー!!」

「だから皆さんの勘違いなんですって! というか魔理沙さんだけおかしくないですか!?」

 

「むむむ、ありゃ何ぞ?」

「さあ……?」

 文にはたてに霊夢に魔理沙、四人の少女たちが血相をかけて門番に詰め寄っているではありませんか。鴉天狗の二人がいるあたり、さしずめフラン幼児化の噂を聞きつけて飛んできたのだと察する。残念だが事件は既に解決しているのだよワトソン君。

 しかしながら、どいつもこいつも美鈴の話しに聞く耳を持たず、説得が難航しているのも伺えた。仕方あるまい、ここは俺が代わりに事実を伝えてやりますか。

 文とはたてはガッカリするかもしれんが、どうか恨まないでくれよ。俺は悪くねぇ。

 正門を通り抜けて喧騒の中心に近付く。

「なーにやってんだ皆して」

「ホントにもう、こんな朝早くから一体何の騒ぎなの?」

 

『あぁああああああああ!! いたーーーーーーッ!!』

 

「おわっ!?」

「え、えぇ? 何?」

 なぜか美鈴を除く全員から大げさに指を差されて叫ばれた。いきなりな反応に俺もアリスもワケが分からず狼狽える。ちょ、おま、殿中でござるか!?

 動揺する俺たちの事情などお構いなしとばかりに、少女たちが一斉に突撃してくる。さらにさらに、まるで特ダネに食いつくマスコミのように矢継早に質問攻めが押し寄せてきたのだった。

「あやや! ちょ、ちょっとお二人さん! 子どもが出来たって聞きましたけど本当なんですか!?」

「文どいて! で、どうなのよ!? ついにシちゃったの!? ヤッちゃったの!?」

「ちょオイ!? ナニ言ってんのこの新聞記者たち!?」

 お日様が出たばかりの朝っぱらにもかかわらず、鴉天狗組のブッ飛んだ発言に思わずツッコんでしまった。どうやら俺たちが知らない間に何やらトンデモナイ噂が幻想郷に流れている模様。言わずもがな、今回の子守り騒動があらぬ誤解を生んでしまっていると察した。っていうか、はたての台詞がやけに生々しいわ!

 その一方で、人形遣いも親友たちに取り囲まれてガックンガックンと肩を揺さぶられていました。

「水臭いじゃないのよアリス! なんで相談してくれなかったの!? こんな大事なことッ……私たち親友でしょ!?」

「れ、霊夢、話しを聞い――」

「ご祝儀はいくら欲しいアリス!? それとも子育てグッズの方が役に立つか!? リクエストしてくれれば香林とこから取ってきてやるぜ!」

「お願いだから魔理沙も聞いて!」

 もはや暴走列車と化した少女たちを前にして、先ほどの美鈴の二の舞になる俺たち。件の門番はやっぱりとでも言いたげな遠い目をしておった。俺の、俺の、俺の話しを聞けぇい!

「だから私たちはフランを――」

 どうにか場を宥めようと試みる人形遣い。しかし、それさえも無視してついにJK鴉天狗が紅白巫女と白黒魔法使いを押し退けて超弩級の爆弾を投下しやがった。

「ねぇねぇそれでどうだったのアリス!? 彼は優しかったそれとも激しかった!? やっぱり雰囲気作ってからベッドでシたの!? ハッ……まさか外で!?」

「ふぇえええええええええ!?」

「だから生々しいってばよ!!」

 ギャルゲーどころかエロゲに通ずる内容を大声でブチ撒けられ、金髪碧眼の少女は一瞬にしてボッと顔を紅潮させてしまった。そしてパニックは伝染する。

 よりによって、ベッドという単語を出されたせいで脳裏に昨晩のことを思い浮かべてしまう。薄明りの寝室でベッドに横たわるアリス、こちらを見つめる儚げな青い瞳、間近で感じた彼女の体温。そういえば、さりげなく手も重ねていたような……

 ふと隣をチラ見したら見事に目が合ってしまい、人形遣いが赤面しているのを隠そうと咄嗟に俯いた。彼女も昨日の夜を回想していたのだろう。うん、そのリアクションますます誤解されるパターンや。

 案の定、観衆がどよめく。

 そして、湯気を立ち上らせていたアリスがとうとう我慢の限界に達した。

 

「~~~~~~ッ!! もう知らないっバカぁあああああああああ!!」

 

「あ、アリスぅううう!? カムバーーーーーック!!」

 耳まで真っ赤にして叫びながら飛び去っていく人形遣い。残された俺は情けなく手を伸ばしたまま膝をついた。誤解が深まったのが確定した瞬間である。

 ガックリと項垂れる俺の肩にポンと手が乗せられる。嫌な汗が背中に滲んだ。俺だって逃げたいわ。

 頬をヒクつかせつつ後ろを振り返ると、不自然なほどに清々しい笑みを浮かべる少女たちが横一列に並んでいた。その彼女たちの目がこうも言っている。

 

 ――詳しい話は署で聞こうか、と。

 

 

 

 おまけ。

 後日、地底に遊びに行ったとき。

「お兄ちゃん、こいしも抱いて! フランちゃんにやったみたいに優しくベッドまで連れて行って!」

「ちょおおお!? だから言い方に語弊が――ファッ!?」

「……ロリコン」

「ちゃうねん、パルスィ。聞いて。ねぇ聞いて? あの夜はアリスとも一緒に寝たし大体俺はロリコンじゃなくて」

「うるさいケダモノ。妬ましいわ」

「さっき以上に絶対零度の視線が突き刺さる!? いやいやいやッ、そうじゃなくてですね?」

「抱きしめて! 銀河の、果てまでーーーー!」

「どこでそのセリフを覚えてきたァ!? ちょっ、パルスィ待って待って誤解なんやって!」

 拝啓、兄上様。ただいま子守りよりも誤解を解く方が大変そうだと身に染みております。

 

 

OVAおしまい




長らくの応援ありがとうございました!
サイドカーの次回作にご期待ください ←どっかで見たことある〆のセリフ

そして……

アリスは可愛い


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???回  「もう一人の外来人 ~another side 1/2~」

帰ってきちゃった

お久しぶりでございます。サイドカーでございます。
サブタイ通り、もう一つの物語「東方扇仙詩」と繋がった内容となります
正直あんまり関係ないけどな!(暴露)

完結したはずの東方人形誌のオマケ話
此度もごゆるりとお付き合いいただけると嬉しいです。


 守矢神社に遊びに行く約束なのよさ!

 そんなわけで、マグロマンになれない俺たちは妖怪の山の麓までやってきた。あとは守矢神社を目指して登らなければならないのだが、ついこの間、なんとロープウェイが建造されたのだ。やったぜ。

 おかげで登山も楽々チンチン。人里の村人らも参拝がしやすくなったそうな。守矢、ロープウェイ始めるってよ。

 

「善き哉、善き哉。飛べない俺にはありがたい限りだっちゃ」

「そうね。優斗が空を飛べるようになったら違和感あるかも」

「マジで? そんなに変な感じ?」

「ふふっ、冗談よ」

 

 天使のような声でくすくすと微笑む女の子がいた。お洒落なショートヘアに整えられたサラサラした金髪に赤色のカチューシャを飾り、サファイアを彷彿とさせる青く澄んだ瞳が芸術的に美しい。綺麗な顔立ちと容姿はさながら人形のようだと謳われる。彼女が着飾っている群青色のスカートをはじめとする洋服もよく似合う。一言でまとめば、すっごく可愛い。

 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。俺にとっては何よりも大事な女の子だ。彼女が居るからこそ、俺は幻想郷に残る道を選んだのだから。

 なんつって、いざ口にすると超恥ずかしいでありますなぁ。甘露甘露。

 

 はてさて、此度のきっかけは何気ないところから出てきたものに候。

 数日前にアリスと早苗がお菓子談義に花を咲かせていたことがあった。その際、風祝の地元で作られるモノがあると聞き、人形遣いが興味を持ったのだ。んで、せっかくなので一緒に作ってみましょうと緑髪の巫女さんに誘われて、人形遣いが二つ返事でOKした。

 ちなみに、今回は早苗に教えてもらう側だが、この次はアリス邸で洋菓子作りを教える約束も交わしていたり。可愛い女の子たちの教え合いっこを想像するだけで夢が膨らむ。漲ってきたお。

「楽しみね、早苗の故郷のお菓子ってどんなのかしら。和菓子なんてほとんど作ったことないから気になるわ」

「んー、俺は地元が違うから詳しくは分からんけど、やしょうまっていうらしい。何でも信州の春を迎えるには欠かせないらしい」

「特定の時期に限られるってことは、おせちみたいなものなのかしら……? 今の時期には合わないかもしれないわね」

「いいんじゃね? 夏に餅食うこともあるだろうし、逆に冬にアイスとか珍しいもんでもないし。臨機応変にいこうや」

 おせちも良いけどカレーもね。ただし漬物テメーはダメだ。

 なんて立ち話をしながらロープウェイを待ちぼうけ。小耳にはさんだところ、ちょうど上から降りてくる乗客がいるのだとか。ロープウェイの建設に一役買っていた河童、河城にとり工場長閣下がそう言っていた。間違いない。なお、その河童氏は麓サイドの操作盤に不具合がないかチェックしに行っています。

 まだ来ぬアトラクションにまだかまだかと首を長くしながら、本日もよく晴れた青空を仰ぎ見る。

「アリスは乗ったことあるか?」

「ううん、今回が初めて。いつも自分で飛んでいるのとどう違うのか、ちょっと楽しみなの」

 えへ、と小さく舌を出してお茶目に照れ笑いする金髪碧眼の美少女が可愛いのだが、はたして俺はどうすればいい?

 さらに待つこと幾しばらく、お山の向こうからユラユラと揺れながらこっちに来る箱らしきものの輪郭をボンヤリと捉えた。やがて近付くにつれて、その形がハッキリと映る。まるで櫓のような造り、三角屋根が特徴な木造の乗り物が見えてくる。

 お待ちかね、ロープウェイの乗車時間だ。

 

「おっと」

 索道のアトラクションが停止すると、まずは中に居た先客が降りてくる。俺とタメっぽい若い男女ペアで少しだけ驚いてしまった。なんてったって格好が目立つのだコレが。

 片や、黒髪オールバックにシャツもズボンも全て黒尽くめの男。コナンの敵組織ではない。ちょいとガラの悪そうな、ぶっきらぼうな印象を受ける青年であった。マジヒクワー。

 そして片や、桃色のミディアムヘアにシニョンを括り、赤い薔薇の花飾りが付いた中華衣装を纏った女の子。ミニスカートは緑色なのだが、全体的にピンク色なイメージを抱く。うわぁお、すんごい綺麗なお嬢さん。

 擦れ違い際に、クロムクロよりも黒い青年がジロリと横目で一瞥してきた。が、特に何も言わずに通り過ぎていく。すぐ後ろをピンク属性な美少女が追う。こちらに軽く会釈してきたので、つられて俺たちもペコリと返しておいた。「あ、ども」って感じで。

 何となく気になって、俺もアリスも彼らの後ろ姿を見送った。当然、あちらさんはこっちを振り返ることなく歩き去って行く。

 人里の方に向かった男女が遠くに消えて、人形遣いがポツリと零す。

「変わった二人組だったわね」

「そうやねぇ……」

 初めて見る顔ぶれだったが、守矢神社の信徒だったのだろうか。いや、そんなことよりも見逃せない点があったでぇ。

 若い男女が二人きりでお出かけ。見たところ、彼も彼女も距離が近くて親しそうな雰囲気だった。つまりリア充か。

「破ったな……ルルーシュが遺した平和を……!」

「ルルーシュなんて人いたかしら……?」

 思わずナイトメアで出撃しそうになった俺の横でアリスが小首を傾げていた。シャーリー生存ルート万歳。

 

 その後、戻ってきたにとりに「早く乗っておくれ」と急かされて乗り込んだ。特に発車トラブルもなくロープウェイが動き始める。飛行機の離陸する瞬間にも似た高揚感が湧き上がってくる。

 手すりに掴まって身を乗り出し、声高らかに叫ぶ。

「こいつ……動くぞ!」

「もう、小さい子じゃないんだからあまりはしゃがないの」

「うぃ」

 穏やかな時間。アリスと二人乗りな旅のひとときを楽しむ。駅弁ほしかったなぁ。

 それから到着するまで、貸し切りのゴンドラもといロープウェイからの絶景を眺めたり、たまたま見回り中だったもみっちゃんに手を振ったり。とっても充実していました、まる。

 

 

「それでは、やしょうまを作ってみましょう」

「お願いね、早苗」

「はい、任せてください」

 そんなこんなで所変わって所沢……じゃなくて、守矢神社のお台所にお邪魔なう。ちなみに俺は埼玉じゃない。

 外来人にして女子高生にして巫女さんにして現人神と盛り沢山で、されどお淑やかな清楚系美少女。強化人間(1.25ver)な俺とは違ってお空も飛べちゃうミラクル☆ガール、東風谷早苗先生によるクッキング教室が始まった。本日のメニューはズバリ、やしょうま。

 実況はワタクシ、天駆優斗の提供でお送りいたします。

「まずは――」

 守矢に仕える巫女と一緒にお菓子作りに勤しむ人形遣いの表情は真剣そのもの。一つ一つの説明にふむふむと相槌を打ちながら賢明な頭にインプットしていく。ともあれ、可愛い女の子たちが仲良くお料理しているこの光景を尊ばずにはいられない。はぁ~、ありがたや。

 ちなみに、八坂様と洩矢様の二柱は居間でのんびり駄弁っている。「できたら持ってきて~」と仰り賜れた。なんか、さっきまで来客があったらしく結構話し込んでいたんだってさ。お勤めご苦労様です!

 

 さて、他にやることもないので解説でもしよう。先ほどから名前がでている「やしょうま」とは一体何ぞや。

 ざっくりいうと、信州地方で涅槃絵に作って食べる団子っぽい食べ物である。涅槃絵とはお釈迦様の入滅の日に行うイベントのこと。詳しく知りたい人は近くのお寺さんへGO!

 そんでもって件のやしょうまだが、面白いのがその形にありけり。団子といってもよくある真ん丸な玉ではない。蒸し上がった段階ではまるで沢庵のような棒状なのだ。もちろん、それで終わりではない。恵方巻きとは違うのだよ、恵方巻きとは。

「こうすると……」

「あら、綺麗ね」

 早苗が包丁を手にして棒団子の端っこを切り取った。すると、その断面から風情ある花模様が形を見せた。いかにも祝い事に適した雰囲気を醸している。お見事にございまする。

 要するに金太郎アメみたいな作りなのだ。模様を付けられた輪切りの団子、それがやしょうま。趣もあり、見てよし食べてよしの万能タイプなのよさ。

「さらにこっちは……はいっ」

「あはは、これは霊夢なのね」

 もう一つにも包丁を落とせば、今度はマスコットっぽくデフォルメされた博麗の巫女が出てきた。仏様絡みの祝い事のはずが、年頃の女の子たちの手によってキャラ弁みたいなノリに早変わり。だが、それがいい。

 さらにトントンと立て続けに霊夢柄のやしょうまを輪切りにすれば、五つ子姉妹ばりに同じ顔をした少女が並んだ。ちなみに俺は四葉推しなんで。その次に一花です。

 

「はい、アリスさん。あーん」

「あむっ……うん、美味しい。はい早苗も」

「あー……ん。こっちも良いです。やっぱりアリスさんはお上手ですね」

「うふふ、ありがと」

 

 しかも、何ということでしょう。

 目の前で、アリスと早苗が食べさせあいっこしているではありませんか。ペロッ……これは、ゆるゆりっ! ディモールト! ハラショー!

 くわっと目を見開いてガン見してしまった俺を誰が責められようか。キモイとか言ってはいけない。ふいに、清楚な巫女さんが俺に視線を移した。

「優斗さんもお一つどうですか?」

「キタコレ! もちろんいただきますのですっ!」

 魅惑の一言を受けて我は喜び庭駆け回る。そのまま浮き足立って彼女の元へ馳せ参じた。オラワクワクしてきたぞ。

 ところがどっこい、やしょうまがたんまり載ったお皿が俺の前に差し出された。穢れのない巫女の笑みとともに、

「どうぞ」

「……ですよね」

 テンションゲージが重力反比例で急降下していく。嗚呼、泡沫の夢よ。笑えよベジータ。

 ショボンな顔文字みたいな表情になりながらも、とりあえずお一つ頂戴いたす。一口サイズにはやや大きいものの、そこは男らしく豪快にパクッといっとく。お団子特有の素朴な甘さが口の中に広がった。餡子も入っていないため、生地の味わいがダイレクトに伝わってくる。

 うまし。元気出てきたお。

 

つづく




だからどうして一話分で完結できないんかねこのマンモーニは(憤怒)

後編は二十四時間以内に投稿します


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???回  「もう一人の外来人 ~another side 2/2~」

二十四時間以内といった時点で既にストックがあったのだよ(ドヤァ)

というわけでアフターストーリー?の続きでございます。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


 一つ食い終わると、早苗に続いてアリスもお皿を持ってきた。

「私も作ってみたの、味見してくれる?」

「もちろん、もちのもっちー」

「うふふ、なにそれ」

 ヘンテコな返事で答えたら、彼女は可笑しそうに綺麗な顔を綻ばせた。可愛い。

 コトン、と調理台に置かれた大皿には、人形遣いデザインのやしょうま詰め合わせが彩られていた。決して適当な盛り付けではなく、一つ一つの模様が分かるようにちゃんと並べられておった。几帳面な彼女の性格がよく表れている。

 どれにしようかな、と昔ながらのフレーズで順繰りに指差しながら選んでいく。さすが七色の人形遣いは女子力もハイスペックでござった。手先が器用なうえに料理上手なのもあって、すぐにコツを掴んだらしい。よくよく見れば上海印のやしょうまもある。その愛らしさに笑みが零れる。

 むむむ、優柔不断な軟弱主人公に成り下がった覚えはないが、どうにも悩んでしまう。

 

「優斗」

「ん? どしたのア――」

「えい」

「んむぐぅぉ!?」

 

 金髪少女から名前を呼ばれて顔を上げると、いつの間にスタンバっていたのか手にしていた団子を口の中に押し込まれた。その拍子に、ちょっと勢いがあったせいで彼女の指まで咥えてしまう。

 やしょうまのモチモチした食感をじっくり咀嚼し、喉に詰まらせないよう飲み込む。何でだろう、さっき早苗が作ったものよりも甘く感じる。特別な隠し味でも入っているのかしら。

 俺が食べ終わったのを確かめて、イタズラな笑顔で少女が感想を尋ねてくる。

「美味しい?」

「おうとも、チョーイイネ!」

 ネイティブ発音で親指を立てながらデリシャスっぷりを伝える。いきなりで驚いたけれど、こういうおちゃめ機能なのも大歓迎です。アリスが楽しそう、ただそれだけで十分に満たされる。

 ゴメン、ウソついた。できれば「はい、あーん(はぁと)」もやってほしかったです。心も体も正直なの、俺。

 そんな俺たちを早苗がニコニコと微笑ましげな様子で眺めながら、こそっと口を開く。

「幸せいっぱい、ご馳走様でした」

 えっと、よく分からんけど……お粗末!

 

 さてさて、アレコレやっているうちに楽しい楽しいお料理タイムも終わりを迎えてしまった。誠に遺憾である。しかも、ここで一つ問題まで発生したもんだからえらいこっちゃ。

 いくつものお皿がテーブルに所狭しと密集し、さらにそれら一枚一枚にもまたやしょうまが満員御礼のオンパレードで大名行列。あっちもこっちもやしょうまで、もはややしょうま祭りじゃった。まかでみ・WAっしょい!

 どう見ても作り過ぎです本当にありがとうございました。

「どうしてこうなった……」

「う~ん、作っているうちに楽しくなって……ね?」

「あはは……」

 八坂様と洩矢様を数に入れたとしても、とても五人で食べきれる量ではない。そのうえ俺以外は全員女性ときたもんだ。さすがにお団子は別腹にならないっしょ。とはいえ生モノ、いつまでも保つものでもあるまいて。

 こうなったからには作戦をプランBに変更するしかない。一人は皆のために、皆は一人のために。つまるところお裾分け大作戦でござい。

 いざ行動開始にあたって早苗たんからお呼びがかかった。

「優斗さん、お手伝いをお願いしても良いですか? 重箱を取りに行きたいのですが、私一人で全部持てるかちょっと不安なんです」

「いいよぉ、女の子からのお願いとあらば喜んで行くよぉ!」

「ありがとうございます。アリスさん、すみませんが少し待っていてもらえますか? すぐに戻りますので」

「いいわよ。片付けられるところは先にやっておくから。それよりも優斗のことお願いするわね」

 役割分担。ひとまず現場を人形遣いに託し、俺と風祝はお裾分け用のタッパーもとい重箱を取りに台所を後にしたのであった。

 ところで、お願いされちゃった俺ってどういう扱いなんだべか?

 

 金髪碧眼の少女、アリス・マーガトロイドに台所の留守は任された。本人がそう言った手前、後片付けに入るであろう。

 ところが、すぐに取り掛かるものかと思いきや、そうはならなかった。原因は少女の挙動不審な行動にあった。

「…………」

 彼と早苗の二人がいなくなってから、おもむろにキョロキョロと周りを見渡し始める。その様子は、まるで他に誰もいないか確認するかのよう。やがて自分を除いて誰も居ないと分かると、少女はほっと息を吐く。

 直後、彼女の顔がみるみるうちにカァアアッと紅潮していった。キメ細やかな白い肌が真っ赤に染まるのに時間はかからなかった。

(わ、私ったら早苗が見ている前で何てことを……)

 先ほど彼にしたことを思い出す。軽いイタズラの感覚でやってみたけれど、よくよく考えれば彼にまで食べさせっこ(こちらが一方的にだが)したのと変わりない。そのことに気付いてしまえば、今更になって恥ずかしさが込み上げてくる。

 せめて二人きりだったらまだよかったのに、と後悔したところでもう遅い。友人の目の前であんなにも堂々とやってしまった事実は変わらないのだ。

 顔が熱い。でも、美味しいって笑ってくれたのが嬉しくて。この胸のドキドキはしばらく治まりそうもなかった。どうしよう、心が切ないのに、こんなにも幸せだなんて。

「……っ」

 ぽーっと自分の人差し指を見つめる。ちょっぴり勢いつけすぎちゃったせいで、うっかり彼の口に触れてしまった。本当に、今が誰もいないときで助かったと思う。耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かってしまうから。

(でも、ほんのちょっとだけ……)

 それでも、乙女の気持ちは一歩踏み込んでみたいと願う。

 心の中で言い聞かせながら、アリスは指先を自分の唇に重ねた。密かな想いを添えるように、そっと瞼を閉じて。

「~~~~~ッ!!」

 もっとも、触れた瞬間に何かもう羞恥心がとんでもないことになってしまい、すぐに離してしまったのだが。

 まるでリンゴみたいに赤みを帯びた顔の熱を冷まそうと、人形遣いは何度も首を横に振るう。その後、いそいそと誤魔化すように後片付けを始めるのであった。

 

「アリス、顔赤いけど大丈夫か? 水飲んでおいた方がいいぞ。熱中症だったらマズイで」

「な、なんでもないのッ! 大丈夫だから心配しないで」

「お、おう……」

 ようやっとこ発見できた空箱を抱えて戻ってきたら、なぜか赤面したアリスがお出迎えしてくれた件について。この短時間で一体何があったのか分からぬ。あと、どうしてか俺と目を合わそうとしないんですけど。俺ってばまたやっちゃったパターン?

 とにもかくにも、気を取り直して箱詰め作業に取り掛かりませう。重箱なんてお正月のおせちぐらいしか出番がないと思うかもしれないが、そうとも限らないのが幻想郷なのだ。なんてったって宴会が多いんですもの。毎度毎度の参加人数もさることながら、おかげで料理の持ち込みも結構大事だったりする。

 つーわけで、何気に登場シーンが多いキャラな重箱キュンにやしょうまを詰め込んでいく。一箱埋まれば脇に置き、二箱埋まれば積み重ね。蓋を開ければやしょうまの玉手箱や。

 しかしながら単調なオシゴトだもんでトークタイムは欠かせない。ふと思い出したこともあって口を開いた。

「そういやさ、ここに来る途中で変わったコンビを見たんよ。キリトみたいに真っ黒なのと、ミルヒ姫みたいなピンク色のべっぴんさんじゃった」

「そうそう、もしかして早苗のお客さんだったの?」

「あ、お二人も会ったんですか? 実はですね、男性の方は私たちと同じく外来人なんです。私もビックリしました」

「へー、あのイカ墨が? 確かに現代風……と呼ぶには些か個性派ファッションだったで」

「い、いかすみ……」

「こら、勝手に変な名前付けないのっ」

 早苗からリアクションに困った苦笑いを浮かべられる傍ら、アリスに窘められてしまった。

 だって黒の組織って全員コードネームが酒じゃん? でも黒いお酒ってないじゃん? だからピンときたのよ、イカ墨でいいじゃないかと。ジョースターさんだって逆に考えるんだって言ってた。

 

 テキパキと手作業を進めながらも会話が弾む。お題はやはり、さっきの二人組について。

「外来人が訪ねてきたのね……じゃあ、元の世界に戻ろうとしたの?」

「いいえ、仙人様のところで数日間の修行していたそうで、帰りにロープウェイを使わせてほしいとお願いに来たんです」

「あぁ、そういうこと」

「いやいやいや、仙人様のところで修行って何事? それどこのドラゴンボール?」

 風祝の解説に人形遣いが納得していたが、俺としては謎が謎を呼ぶミステリー状態となり申した。どっちかといえば龍が如くに登場しそうなキャラしていましたが。

 というか修行って、彼奴めっちゃ綺麗な女の子連れていましたぞ。めちゃ許せんよなあ。あ、めちゃ続いちゃった。

 そんな折、アリスが残念そうに声のトーンを下げた。

「彼らもタイミング悪かったわね。もう少し居ればお裾分けできたのに」

「あ、その手がありましたね」

「うむ、確かに。でもまぁ帰っちゃったもんは仕方あるまいて。それに何となくだが……あの二人とはまた会いそうな気がするって俺のゴーストが囁いているぜよ」

「そう? ……うん、私もそんな気がする。ふふ、これが霊夢の勘だったら当たりなのにね」

「はっはっ、ちげぇねぇっすわ」

 アリスと顔を見合わせて、可笑しくなってお互いに吹き出してしまう。

 そゆこと。今回は偶々擦れ違っただけ。きっと、彼には彼の物語が紡がれている途中なのだろう。ひょっとしたら、またどこかで道が重なる偶然が起きるかもしれない。そんな可能性だって皆無じゃない。なぜなら、未来は誰にも分からないのだから。

 なーんて、それっぽいモノローグを思い浮かべながら、やしょうまボックスを積み重ねていった。んでもって、こいつが終わったら次はピザハット気分でデリバリーに転職だぜ。

 

 見つめ合っていたとき、早苗の呟きを二人揃って聞き逃していたことに最後まで気付かずに。

「どうしてまだ付き合ってないんだろう……?」

 

 

 おまけのおまけ。デリバリー先の紅魔館であった一幕。

「はい。パチュリーも良かったら食べてみて?」

「へぇ、めでたそうな色合いしている食べ物ね。祝い事……もしかして二人ついに結婚したのかしら?」

「ふぇええ!? なななっ、なんでそうなるの!? これはね――」

「おめでとう。幸せになってね」

「~~~~~ッ!! もうっ、パチュリーのばかぁ! だから違うんだってばぁああ!!」

 

めでたし、めでたし?




ここまで閲覧いただき、本当にありがとうございました!

→ ending
  to be cuntinued


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第if話 「自転車でGO!」

失踪なんてしてないんだからね!
小話のネタ考えるのにどんだけ時間かかってんだこのロリコン!マンモーニ!(自戒)

東方人形誌と東方扇仙詩の話数が重なりました
そんなわけで超絶久々の最新話でございます。ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです


「Hey霖之助さん。いつの間にこんなの拾ってきたんすか?」

「うん? ああ、これのことか。この前無縁塚に行ったときだったかな。自転車、という乗り物で合っているかい?」

「Exactly(その通りでございます)」

 香霖堂に新たな商品がちゃっかり加わっていた。恐ろしく早い手際。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。さすがはコレクター霖之助。みんなもポケモンゲットだぜ!

 そんなわけで通学に使うタイプのチャリンコが置いてあった。ギア搭載なしカゴあり荷台あり。フレームはアルミっぽいシルバーの量産品モデルときましたか。大したものですね。

 見る人によっては無難すぎてナンセンスだと言うかもしれない。炭次郎が天狗お面の人にビンタされてしまう。あれって個性がないから叩かれたんだっけ? 閑話休題。

 十五の夜に盗まれたチャリが駐輪場に置き去りにされた果てに幻想入りしてきたのだろうか。明日が僕らを呼んだって返事もろくにしなかったように。

 そのわりには野ざらしにされてたとは思えぬ状態の良さ。錆びもなければタイヤもパンクしてない。これならすぐにでも乗れそうだ。こいつぁ何気に掘り出し物ではないでしょうか。やりますねぇ!

 そんなこんなで店長もとい森近霖之助さんと自転車の何たるかを熱く語っていると、天使のような可愛らしい声が耳を幸せにした。

 

「優斗はこれに乗れるの?」

「乗れますとも! チャリのチャーリーと言ったらこのあてぇのことさぁ」

「どんな呼ばれ方してたのよ、もう」

 

 オーシャンブルーの澄んだ瞳と綺麗な金髪の美少女が呆れながらも物珍しそうに自転車を覗き込む。まるでジブリの一枚絵を思わせるワンシーンにこっちも見惚れる。

 サラサラと艶の良い金色のショートヘアに、お気に入りの赤いカチューシャを飾っている。透き通った白い肌も繊細な指先も芸術品のようだ。華奢な体に纏うオシャレな青いスカートが優雅に翻る。あたかも西洋人形をイメージさせる女の子がいた。

 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。彼女がサファイアを彷彿とさせる碧眼を俺に向ける。その顔はちょっとだけ心配そうだ。そんな表情も可愛かった。キュンです。

 

「大丈夫なの? 何だかバランスが取れてなくて壁に立て掛けてあるみたいだけど。乗った途端に倒れないかしら」

「へへ、まぁ見てなされ。ここをこうしてやればっと。はいきたクララ大地に立った第三部完!」

「あ、本当ね。ちゃんと自立してる」

 

 脚部のストッパーを下げて立たせると、アリスよりも霖之助さんの方が興味深がっていた。クイッと眼鏡を指で上げながら近付いてくる。キャーイケメン!

「へぇ、そんな仕掛けがあったとは気付かなかった。やっぱり外来人がいるのは何かと助かるね」

「お褒めに預かり恐悦至極。そういうのもっとちょうだい」

「もう優斗ったら、そうやってすぐ調子に乗るんだから」

「うぃ、サーセン」

 霖之助さんの能力があれば道具の名前と用途はわかる。ところがどっこい、使い方までは見抜けないなんて縛りプレイの鑑定スキルときたもんだからさぁ大変。しかし本人は仮説と想像を膨らませて楽しんでいるから、逆にこのままでも良いのかしら。でも幸せならオッケーです。

 おかげでこうして俺のバイトにも繋がっているのだもの。ズドドーンと結果オーライっつーことでどっすか。げっげろーん。

「んー、ちと空気が足りんかねぇ」

 されど心配無用。そんな時はコレの出番だ。てれれれってれー。店に元々置いてあった空気入れでタイヤの空気をマックスまでチャージ完了。香霖堂の品揃えは伊達じゃないのよ。

 さぁ、お膳立ては整った。ここまでして何もしないのはご無体というもの。いつ乗るの、今でしょ。

 

「てなわけで霖之助さん、ちょっち乗ってみても良いっすか?」

「もちろん構わないとも。僕もそれがどんな風に動くのか気になっていたんだ。どのみち今は優斗くんくらいしか乗れる人はいないだろうから、しばらく使ってくれてもいい」

「マジっすか!? あざます!」

「はは、その代わり今度僕にも乗り方を教えてほしい」

「合点承知の助! 秋名の峠を攻められるくらいに鍛え上げてみせましょうぞ」

「あぁ、うん。お手柔らかに頼むよ」

 

 トップガンのテーマ曲を口ずさんで自転車を転がしながら、アリスと一緒に香霖堂の外に出る。あとから霖之助さんもついてきた。早速ですが実演といきましょうか。

 脚部のロックを蹴り上げてサドルに跨る。ブレーキも故障してないか念入りに確かめた。どれも全て異常なし。本日も晴天なり。久し振りの自転車だが体が覚えている。アーニャしってる。

 後ろの荷台をポンポンと叩きつつ、金髪碧眼の彼女にも声を掛けた。

 

「アリス、ここ座って。こいつぁ二人乗りできるんだ」

「そうなの? えっと、そこに座ればいいのかしら」

「ああ、座るときは横向きでな。スカート長いからチェーンに絡まったりしたらえらいこっちゃ」

「こう?」

「そそ、いい感じいい感じ!」

 

 アリスは俺に誘われるがまま荷台に横座りになった。ナイスですねぇ。

 人形遣いが後ろに腰を下ろして、小さな肩がトンと軽く背中に寄りかかる。さらに俺の下腹部にも片方の腕が回される。おそらく無意識なのだろう。魔理沙の箒に相乗りする時こんな感じで掴まっていたのかも。我々の業界ではご褒美です。

 本能解放。キリッと顔を引き締めてペダルに足を乗せる。御堂筋くんみたいなあんな顔はしまへんで。

 

「よっしゃ、このまま人里まで行っちゃいますか!」

「ええ、わかったわ。お願いね優斗」

「任された! したっけ、霖之助さん。お言葉に甘えてしばらく借りまっせ」

「それじゃあ失礼するわね」

「ああ、いってらっしゃい。君たちなら大丈夫だと思うけど、一応それも売り物にするつもりだからくれぐれも壊さないでくれよ」

「大丈夫だ。問題ない」

 アイツ(自転車)はいいやつだったよ。

「……本当に気を付けてくれよ」

「あはは……もし何かあったら責任もってにとりに直してもらうから安心して」

 大丈夫だって言ったのになぜか信用されてなかった。これがイーノックか。誠に遺憾である。

 

 まずはゆっくり初動をつける。すべてはここから始まった。プロジェクトX。

「おっとっと」

「きゃ」

 少しだけハンドルが左右にブレてしまった。いやぁ乱世乱世じゃなかった失敬失敬。

 すぐさま持ち直して、出始めの遅さはあるものの順調に進み出す。チェーンと歯車も次第によく噛み合い、ペダルの回転が滑らかになる。速度も上がっていく。

「ほぉ……」

 霖之助さんの感心を含んだ呟き。さぁさぁお客人とくとご覧あれ。お代は結構。タネも仕掛けもございませんなんつって。

 やがて香霖堂と魔法の森がどんどん遠ざかる。俺たちを乗せた自転車が風を切って走り出した。快晴をもたらすあの空の彼方を目指して。Fin.

「もうちょっとだけ続くんじゃ」

「急にどうしたの?」

 

 

 夏の日のひととき。

 青と白の絵具でいっぱいに描いたような、どこまでも広がる大空をいつくもの綿雲が泳ぐ。大きな雲は空に浮かぶ島みたいだった。あの雲、絶対中にラピュタアルネ。

 眩しい陽射しを浴びて緑の草原がそよ風に揺れる。その真ん中を長い一本道が伸びていた。遠くまで繋がっていく道のりを、自転車で颯爽と駆け抜ける。

 後ろに乗せた金髪碧眼の美少女が「わぁ」と楽しげに声を弾ませた。

 

「思ったより速いのね」

「だろ? 下り坂ならもっとスピード出るんだけどな。お客さん乗り心地はどうでっか?」

「ええ、悪くないわ」

 

 くすぐったそうな笑みが近かった。可愛い。

 背中に触れる彼女の小さな肩も、胴体に回された細い腕も、どれもがアリスが傍にいるのを実感する。幸せ空間に俺まで顔がニヤけてしまう。

 これが青春か。思えば女の子と二人乗りなんて人生初だった。しかもその相手がアリス・マーガトロイドなんだから控えめに言っても最高です。我が生涯に一片の悔いなし。

 テンション上がってきて思わずベルを鳴らす。チリンチリンと軽快な音が夏空に爽やかな彩りを施した。リズミカルな鈴の音を聞いてアリスがますます可笑しそうに言う。

 

「うふふ、なぁにそれ。楽器まで付いているの?」

「おうよ。中にはラッパまでカスタムする強者もいるんだべ」

「演奏でもするのかしら?」

「どっちかというと青少年の主張的な? 俺の歌を聞けー!って」

 

 いつか俺もギター担いで妖怪の山に向かって「今日こそ動かしてやる!」とか叫んでみたいものだ。たった一曲のロックンロール。やっぱりマクロスったらセブンだと思うのぼかぁ。

 

「上海も一緒に乗せてあげたかったわね。ほら、そこのカゴに入りそうじゃない?」

「お、いいねぇ。じゃあ今度はそうしようぜ。霖之助さんもしばらく貸してくれるって言ってたし」

「また乗せてくれるの?」

「あたぼうよ! アリスが望むなら何度だって」

「……うん。ありがと」

 

 むしろこっちからお願いしたいぐらいだ。手に取るように脳内イメージが再生される。

 カゴにすっぽり収まった上海人形と、後ろの荷台に座る七色の人形遣い。上海がイタズラにベルを鳴らして、アリスがくすくすと顔を綻ばせる。これまたジブリチックな微笑ましいワンシーンに胸が熱くなる。こりゃぜひとも現実にしなければなるまい。映画化決定ですね。

「デュフフ、いやはや楽しみだなぁ」

「もう、変な笑い方しないの」

「アッハイ」

 またもやアリスに窘められてしまった。誠に遺憾である。

 

 

「良い風……」

 煌めく金髪を左手で抑えながら、アリス・マーガトロイドは心地よさそうに青い瞳を細めた。自然の息吹が涼しさとともに彼女のショートヘアをさらりと靡かせる。

 一緒に暮らしている茶髪ツンツン頭の青年が自転車を動かしている。ここからだと顔がよく見えなくてちょっぴり残念に思う。けれど、この位置だからこそ見つけられたこともあった。

 男性特有の筋肉質な硬さをもつ大きな背中。すぐ間近にあったそれが頼もしくて、ふいに垣間見えたギャップが乙女の心をときめかせる。普段はお気楽そうにしているのに、目の前にいる後ろ姿は逞しかった。

 金髪ショートヘアの少女は、知らず知らずのうちに見入っていた。切なく潤んだ瞳で外来人の青年を見つめる。

 

(やっぱり男の人なんだ……)

 

 そっと寄り添う。右肩から彼の高くなった体温を感じる。耳を澄ますと呼吸も聞こえた。すん、と少しだけ息を吸ってみる。

 

(あ、優斗の汗の匂いがする……)

 

 すぐにアリスの頬がカァアッと赤く染まる。どうしても落ち着かなくてドキドキと胸も高鳴った。容姿端麗な彼女の顔が熱くなってきてしまう。

 ほんの少しだけ、青年に回した腕に力を込めた。彼にもわからないくらいに、こっそりと。

 いつも気分でフラフラ行動するし、女の子に弱くてすぐだらしなく鼻の下を伸ばしたりするし、そういうところは面白くないけど……

 さり気ない優しさが温かくて、誰かのために頑張れる人だから。そんな彼と一緒にいると安心できて、嬉しくて、でも本当はもっと――

 

「優斗……」

「ん? 呼んだかアリス?」

「ふぇえ!? あの、えと、な、何でもない!」

「むむむ?」

 

 人形遣いの綺麗な顔がますます紅潮していく。気付かないうちに彼の名前を呟いてしまった。そう思うと恥ずかしくて、素直になれなかった。それでいて心のどこかで安堵する。自転車に乗っていてよかった、と。

 だって、そのおかげで自分がどんな表情をしているかこの人に見られないで済むのだから。

 

 パシャッ

 

「え?」

 シャッター音が聞こえて少女が顔を上げる。

 そこには自転車と並走してカメラを構える黒髪ショートのカラス天狗の姿があった。かのブン屋が人形遣いと目が合って満面の笑みで応じる。

 

「どうも! 清く正しい射命丸です!」

「あ、文!?」

「アイエエエエ!? シャメイマル!? シャメイマルナンデ!?」

 

 夏の日差しにも負けない爽やかスマイルで射命丸文がもう一度シャッターを切る。例え高速で飛びながらでも、一切の手ブレを許さないのがプロの御業。ファインダーの向こう側に映った男女をバッチリと捉えていた。

 ベストショットを激写できて、カラス天狗の少女はほっこりした表情を浮かべる。

「ふふふ、幸せそうなアリスさんのお顔いただきました。これは捗る」

「何が捗るの!?」

 知り合いに目撃されたことの羞恥に人形遣いが赤面したまま叫ぶ。捗るのは新聞作成のことだと信じたい。

 ちょっとアブナイ発言から一転して、いつもの取材モードで彼女が手帳を取り出す。ペロリと舌なめずりして唇を湿らせた。射命丸文の本領発揮である。

 

「香霖堂の店主からアリスさんたちが面白いものに乗って出かけたと聞いて追いかけてきましたが……なるほどなるほど。甘酸っぱいイチャイチャご馳走様です」

「ふぇえ!? い、イチャイチャなんてしてないってば! これはそういう乗り物なの!」

「あやや、頭の良いアリスさんにしては苦しい言い逃れですね。いやはや、面白アイテムのコラムにするつもりだったのに熱愛スクープを撮ってしまうとは予想外でした。まぁ、お二人の愛はもう幻想郷中が知っているので、今更特ダネにはなりませんけど」

 

 ペラペラと聞き捨てならないことを捲し立てつつ、パパラッチがペンを走らせる。

 その一方で、金髪の少女はもはや開いた口が塞がらない。ちなみに外来人の青年はといえば、先ほどニンジャな奇声を上げていたにもかかわらず今もペダルを漕ぎ続けていた。

「まさかこのことを記事にするつもり?」

「え、もちろんそうですけど。それで優斗さん、今のお気持ちは?」

「アリスが可愛くて幸せです」

「~~~~~ッ!!」

 文にインタビューされて馬鹿正直に答える茶髪ツンツン頭の青年。その発言に金髪ショートヘアの少女の顔はもうこれ以上ないくらいに真っ赤に茹で上がってしまう。初心な乙女の照れ顔を見逃すはずなく、黒髪ショートの少女が再びシャッターを切る。

 そして、女の子がミニスカートなのを気にもせず高い空へと舞い上がり、達成感に満ちた様相で意気揚々と片手を上げた。

「ではでは私はこれで! ああ、そうでした。霊夢さんと魔理沙さんも香霖堂にいたので、じきに来ると思いますよー」

 そう言い残して、清く正しいを自称する少女はまさしく風のように飛び去った。僅かに留まった旋風が、この場に彼女がいたことを示す。

「~~~~~ッ!!」

 射命丸の言う通りならば、紅白と白黒の親友二人がもうすぐ飛んでくるであろう。彼女たちの意地悪なニヤニヤ顔を想像して、アリスは体から力が抜けるのを感じた。顔中の熱はしばらく冷めそうもなかった。

 こつん、とおでこで彼の背中を小突く。もし振り返られても赤面しているところを見られないように俯いて、

「アリス?」

「……もう知らないもん」

 

 ちょっぴり拗ねた「もん」口調に天駆優斗は真っ白に萌え尽きた。

 

END

 




アリスと二人乗りしてぇなぁ

東方扇仙詩の方もよろしくです(宣伝)


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