かぐもこ はやれ (エスカリボルグ)
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かぐもこ はやれ

息抜き小節だぁー。


〜輝夜視点〜

 

「輝夜ー。どうせ寝てるだけなんだから早くでてこーい」

 

……その声で目が覚めた。

 

私の名前は蓬莱山輝夜。()()長生きな少女である。

そしてこの声の主は……。

 

「ほら、起きろー。もう昼だぞ。一緒に食べよう」

 

そう言って荷物を片手に(ふすま)を開けた長髪の彼女は藤原妹紅。

腐れ縁とも言うべき知り合いだ。

 

「……はぁ」

「いきなり溜息なんてついてどうしたんだ」

「……なんでもないわよ」

 

弁当を包んでいた風呂敷を取り、竹の葉で包んだ握り飯を渡してきた彼女を見て溜息をつく。

妹紅は気不味くないのかしら、と思いながら貰った握り飯を食べる。

握り飯は海苔で包まれており、中は胡麻と鮭の粉末らしきふりかけで味がつけられていた。

 

「美味しいか?」

「ええ、美味しいわ」

 

屈託のない笑顔でそうかそうかと笑っている妹紅。

……これを第三者が見たら何故気不味いのか不思議に思うであろうから説明しよう。

それは数日前に遡る。

 

 

 

〜数日前の輝夜視点〜

 

私は同居人の因幡てゐが廊下の板に細工しているのを見ながら、部屋でお茶を飲んでいた。

 

「たまには、こうしてゆっくりするのも悪くないわね。そうは思わないかしら、てゐ?」

「そうだねぇ……」

 

てゐは返事はしたものの作業に集中している為か、話が続かない。

……暇だわ。ゆっくりするのは良いとは言ったが退屈が良いとは言っていないのである。

私を含めて暇こそが私達、蓬莱人を殺す。故に退屈こそが最大の敵と言っても過言ではない。

 

「……鈴仙を呼んで何か持ってきて貰おうかしら」

「鈴仙なら、私が呼んでこようか。姫様」

 

細工を終えたのかてゐが立ち上がって私に聞いてくる。

 

「そうね。お願いしようかしら」

「りょうかーい!」

 

てゐは返事をすると直ぐ様走っていった。

静かになった私は暇なので、仕方なく食べる予定ではなかった煎餅を棚の奥から出して食べる事にした。

バリ、バリ、という音をたてて煎餅を噛じる。女性としてはしたないのだろうが、煎餅とはこういう物である。そう思いながら醤油で味付けされた煎餅を食べていた。

 

「姫様ー。何か御用ですかぁー、あああぁぁぁ!!!」

 

鈴仙は走ってきて、私に話しかけようとしたところ、そのまま床下へと落ちていった。歩いてそこまで行くと床下には更に落とし穴があり、かなり深く常人では脱け出せない程の深さであった。

 

「てゐぃぃいいい!!!」

 

鈴仙は足を曲げて力を溜め、勢いよく跳躍して、戻ってくる。このままこの子を眺めるのも面白いのだが、てゐの所へ行ってしまいそうなので呼び止めた。

 

「ねえ、鈴仙」

「……なんですか姫様」

 

こちらへと振り向いた鈴仙は、今にも飛び出しそうなのを堪えて話を聞く体勢となる。

 

「何か面白い物はないかしら」

「……またですか」

 

彼女は私の何時もの無茶ぶりに対して死んだ魚のような目をしている。

 

「私はこれから昼御飯の用意があるのですが……」

「そんなことより面白い物ない?」

 

私が手を出してねだっていると、思い出したかのように彼女は言った。

 

「ああ。そう言えば、今日は妹紅さんが来る日では?」

「……忘れてたわ」

 

妹紅とは週に何回か会って殺しあい(遊ぶ)仲なのだ。そして、今日がその日であった。

 

「なら、もうそろそろ来る頃かしらね」

 

そう呟くと同時に空を駆ける炎の塊が見えた。そして、庭へと落ちてきて煙が舞う。煙が晴れると白い長髪の赤モンペ(妹紅)が立っていた。

 

「よう、輝夜。遊びに来たぞ」

「いらっしゃい妹紅」

 

そう返し、挨拶変わりの炎が飛んでくるだろうと身構えていた。が、何時まで立っても炎が飛んでこない。

 

「今日はその……。話があってだな」

 

何時もとは態度が全然違う彼女。何故か顔を背けながら頬を赤く染めて話し始める。その態度を見たこともない筈なのに既視感を感じながらも、私は話を聞いた。

 

「お前と再開したときのこと、覚えてるか?」

「再開した時と言うと、出会い頭に炎をぶつけてきた時のことかしら」

 

彼女とはこの幻想郷で再開した。それまでは千年近く会ってなかった為か、私は彼女のことを忘れていた。だが、妹紅は覚えていて私に向かって炎を投げつけてきたのだ。

痛くはあったが今では日常のようなものだから、今の今まで正直、忘れていた。

 

「覚えているけど、それがどうしたの?」

「あの時、お前を見たときから胸が痛くなった。始めはただの輝夜に対する殺意からだと思っていたんだ」

 

……なんか急に語り始めたわね。

 

「だが、お前と別れた後。その痛みは収まるどころか段々と強くなっていった。試しに病気かと思って一回死んで見たんだ」

 

でた、蓬莱人あるある。治すのが大変なら体ごと再生する。

 

「でも、収まらないんだ。そして、何故こんなにも胸が苦しいのか考えに考えた」

 

……この流れってまさか。

 

「……多分、私はお前に一目惚れしたんだと思う」

 

これを聞いて私は頭を抱えた。見覚えあるに決まっている。彼女の父親が同じ事をしていたのだから。髪の色は違くとも、顔立ちは同じだ。そりゃ、既視感も感じるわけだ。

 

そう言えば、鈴仙が静かだからどうしたのだろうと思い、彼女を見ると顔を両手で隠しながら指の間から凝視していた。告白とかの恋愛経験があまりないのだろう、顔を真っ赤にしながら、瞬きもせずに見ている。

 

「ふぅ、すっきりした」

「いやいやいや。え?」

「ん? なんだ、輝夜」

「いや、なんだ。じゃなくて。返答を求めたりしないの?」

 

そう言うと彼女は清々しい笑顔を浮かべて言う。

 

「いきなり返事を求めても困るだろ? だから、返してくれるまで待つことにするよ」

「えぇ……」

 

私は酷く困惑した。昔、告白してきた人達は贈り物を持って結婚しろと迫ってくるのしかいなかったのに、妹紅は待つというのだ。

確かに蓬莱人には時間が幾らでもあるから待ちようはあるのだが……。

 

「あなたねぇ。私がずっと返答しないならどうするつもりなのよ」

「そりゃ、待ち続けるさ。輝夜が振り向いてくれるまで幾らでも」

「……はぁ」

 

妹紅の言葉に私は頭を抱える事しか出来ないのであった。

 

 

 

~現在の輝夜視点~

 

と言うわけなのである。

それからは私が一方的に気不味く感じて、互いに殺しあいすることもなくなってしまった。むしろ、告白してきた相手と遊び間隔で殺り合うとか気不味く感じない妹紅の方が可笑しいのだ。

 

別に意識しているとかではないのだ。

 

「でも、姫様は憎からず思っている所はあるでしょ」

「きゃっ!?」

 

妹紅と握り飯を食べていると隣の部屋からスコップを肩に乗せたてゐがずかずかと入ってきた。

 

「なによ、いきなり……」

「だって本当のことウサ」

 

わざとらしく語尾にウサをつけて入ってきたてゐ。

 

「へぇー。じゃあ嫌な理由があるならあげてみなよ」

「貴女のお父様に恥をかかせたり、貴女自身を蓬莱人にしてしまった間接的な原因だし……」

「他には?」

「……思い付かないわ」

「なら少なくとも私に対しての嫌がる理由は無いわけだ」

「それはそうだけど……」

 

確かに、今あげた理由は妹紅のお父さんと私が引け目に感じている点であって、妹紅自身を嫌がる理由は無かった。

 

「だからといって、貴女を好きになるかは話が別でしょう」

「それでもいいさ。少なくとも嫌われてはないってことだけ分かった。それだけでも、私は嬉しい」

 

なんか、何時もと違って口説き文句を言う妹紅は違和感があるけど、これはこれで新鮮味があって楽しいと感じてしまう。

これって惹かれてるってことなのかしら。今まで告白されたことはあるけど、心惹かれる用な相手は一人もいなかった。

 

……それってつまり、私は男性より女性の方が好きだったってことかしら。それも考えものだわ。

 

決めた。

 

「そうね。確かに悪くはないのかもしれないわね」

「お。その気になった?」

「勘違いしないでよ。別に、男性相手に蓬莱人になってくれって頼むよりはもうなってる人間に頼むべきと考えただけよ。だから、はい」

 

そう言って私が手を出すと、彼女は首をかしげる。

 

「まずはお友達からってことでどう?」

 

私がそう言うと、妹紅ははにかんで顔を赤く染めながら答えた。きっと、今の私も恥ずかしさのあまり顔が赤いのだろうな。

 

「……ああ!」

 

そう言って私の手を掴んだ妹紅の手はとても温かかった。

 

 





てゐ(焚き付けといて気不味いウサ。さっさと退散するウサ……)


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2話

続けるつもりなかったのに続きました。次話は失踪してから書きます。

後これ、時系列的に永夜抄より前です。どの辺りの異変が起きたかまでは、はっきり言ってしまうと考えていませんがね。


~輝夜視点~

 

ジー。目の前を見ると擬音が聞こえてきそうな程の視線を向けてくる妹紅が目に入る。そんな視線に耐えきれず、つい声をかけてしまう。

 

「……ねえ、妹紅」

「なーに? 輝夜」

 

話しかけられた妹紅は凄く嬉しそうな笑顔で返事をした。

 

「そんなに私を見ていて楽しい?」

「うん、輝夜だから楽しいんだよ。他の人ではこうはならないさ」

 

……何だろうか。自分のことを言われているのにそんな気が欠片もしない。これも常日頃から愛想を振り撒くことなくつんけんした態度をとっていた妹紅の口からでたせいだろう。告白してきた日から、彼女はでれっとしており、いつもこんな調子だった。

 

「かーぐやー」

「……何かしら」

「一緒に出掛けない?」

「……それってつまり逢い引きしたいと?」

 

そう聞くと彼女は先程よりも顔を赤くしながら答える。

 

「まあ、そうだね。実は最近、人里で商売し始めたんだ。その時に美味しそうな団子を売ってる店を見つけたの。だから、一緒に行ってみないかな」

 

そう言われて妹紅の変化に気付く。彼女は蓬来人の性質上、あまり人に関わろうとしなかった。なのに最近になって商売を通して関わっている。いずれ別れる有象無象と付き合いを持つこと自体、蓬来人はあまりしない。

 

「残念だけど無理よ。月から追われている私が迷いの竹林から出れる訳がないじゃない」

「そっかぁ……」

 

目に見えて残念がる妹紅。それを後目に本の続きを読む。

 

……。

 

何時までもがっかりしている妹紅が視線に入る。私は溜め息をついて話し掛ける。

 

「なら買ってきてもらえる?」

「……え?」

「二人きりで月を見ながら食べるの。どうかしら?」

 

そう言うと、妹紅は花が咲いたような笑顔を見せて大きく

 

「うん!」

 

と頷いた。

 

……そんな妹紅を不覚にも可愛いと思ってしまう辺り感化されてるなぁ、と感じる。

 

私は無言で手招きして妹紅を引き寄せる。いきなりどうしたのかという顔をして、首を傾げながら近づいてくる。私は本を置いて、妹紅を抱き寄せた。

 

「うわっ!」

 

急に抱きしめられたから、驚いたのかそんな声をあげる妹紅も可愛くて、そのまま頭を撫でてしまう。少し経ってから彼女の顔を見ていると表情が(とろ)けていた。

そして気がついた。私が彼女に抱いている想いは、友愛でも信愛でもなく、我が子を可愛がる母親に近いのだと。だって、今の彼女を見ていると愛していると言うよりも可愛らしいとしか思わない。

本人に聞かれたら悲しむだろうけど、この関係は始まったばかりだし、気長に待ってもらいましょう。

 

だって、時間だけは無限にあるのだから。

 

 

♢♢♢♢♢

 

~妹紅視点~

 

私は今、気持ちが浮き出し*1ていた

 

「ふん、ふふ~ん♪」

「あら、妹紅ちゃん。御機嫌じゃない。もしかして良い人でも見つかった?」

 

そんな風に声をかけてくれたのは、何時も炭を買ってくれるお客さんの一人だった。

 

「いや~。そう言うわけでも……」

「まあ、照れちゃって。隠さなくていいのよ。皆、心配してたんだから」

「心配?」

「ええ。妹紅ちゃんって成人してるでしょう? それなのにこんな綺麗な子が独身だなんて。家族もいないって話だし」

「あははは……。確かにそうですよね。お気遣いありがとうございます」

「いいのよ。それよりお相手はどんな男性なの?」

「……うーん。秘密ですね」

 

彼女に相手について聞かれて気がついた。普通は男だろうと思うだろう。だが、違う。父上の愛した人であり、仇でもある存在(女性)なのだ。そんな人に恋をするだなんて狂人か何かだと言われても可笑しくない。

 

お客さんと会話を終えて、そんなことを考えながら団子屋に向かう。

しかし、考えても考えても思考が纏まらない。私は確かに彼女を愛しているのだ。どんなに何かを考えても輝夜に繋がる程に想っている。

 

……本当にそれでいいのか? 父上の好きな人を後から奪うような真似をして。父上の仇を愛するような事をして。

 

「っと、ついたか」

 

考え事をしているといつの間にか目的の団子屋についていた。

中に入ると、老若男女問わず人が入っており、屋内の水墨画を見たり、外の風景を見ながら食べたりと、中々に繁盛している。

因みに、この店の絵は外から流れ着いたという古く、ぼろぼろな水墨画を香霖堂で買い、それを魔術という西洋の技術で復元したら名のある作品であったとのこと。それを売りにして今のように二階建ての大きな団子屋になるまで儲けたと言うから、店主の手腕はすさまじい。

 

「すいませーん。みたらしと黒ごま一つ!」

「はーいっ!」

 

店の店員に頼んでから、持参している竹の水筒を取り出して入れてある茶を飲んで一息つく。我ながら婆臭いと思いながらも、やはり椅子に座り落ち着いて飲む茶程、美味しいものはないと思う。

ふと、水墨画を見てみると、それは天高くそびえ立つ山を背に都の様子が描かれている。まるで、かつて父上と過ごしていた都のようだった。

 

「……思えばあれから幾星霜。随分と遠い所まで来た」

 

永いようで短い。例え、人という存在が滅びるときが来ようとも、私は幾度も思うのだろう。

 

……ああ、永かった(短かった)と。

 

こんなにも時の流れとは残酷なものなのかと。

私を可愛がり愛してくれた父の思いも、私を心配して止めようとしたあの男の純粋な気持ちも、時は全てを運び去る。

 

 

「お待ちどうさまー」

 

そう店員に声をかけられ長考していた思考が止まった。

店員から団子を受け取りながら、馬鹿なことを考えていたと自嘲する。

それと同時に思うのだ。

 

「団子、すっごい美味しい……」

 

と。いつの世も、女の子は甘いものに弱いのである。

 

 

~輝夜視点~

 

妹紅に頼んだその晩。みたらしに餡に黒ごまが三本ずつ乗った皿を持ってきた。そして、私の部屋の前の縁側に腰掛け私が来るのを待っている。私はその隣に腰を下ろして団子を一本貰った。

 

「……ねえ、輝夜」

「何かしら」

 

彼女は思い詰めたような顔をして何かを話そうか迷っているようだった。まるで、迷子の子供のように泣き出しそうな妹紅に苦笑いしながらも、悩みを聞くことにする。彼女が話すまでゆっくりと待ち、覚悟を決めたのか口を開いた。

 

「私に輝夜を愛する資格はあるのかな」

「……何を言い出すかと思えば、よりにもよってそれ?」

 

私は妹紅の悩みに対して、はっきり言うと失望した。愛する事に、誰かを想うことに資格なんて存在するわけがない。それなのに、有りもしないことで悩むだなんて。

 

「愛する事に資格何て無いわ。あるのは愛する事、それ事態に感じる罪悪感のみよ」

 

そう、資格なんて存在しないのだ。それを資格だと思うならば、それの正体はただの罪悪感でしかない。

親や恋敵、果ては自分の子供。その時その時の関係性による近しい人への罪悪感のみ。

 

「そんなものに邪魔されるくらい、貴女の愛は弱いのかしら」

「……! そんなことない!」

「なら、良いじゃない。それで」

 

私は言い終えて彼女に寄りかかった。妹紅はいきなりで驚いたのか慌てたものの、私の邪魔にならないように動かないでくれる。

 

「……不思議ね」

 

本当に不思議だ。私が彼女と居て安心感を覚えていることに。彼女が向けてくる愛に対して、かつて求婚されたときと違い、忌避感が起きない。多分、家族に対する愛、いわゆる性欲を伴わない愛に近いからなのだと思う。

 

「何が不思議なんだ?」

「永琳や鈴仙、てゐと一緒にいるときと同じくらい落ち着いている事が」

「……ということは私は恋人というより家族扱いなのか」

「そう、落ち込む事ないじゃない。私は蓬莱人である以前に月の民だった。只でさえ、死という概念が遠い存在だ。だからこそ、他人から向けられる感情に対して何か思うこともあまりなかった。そんな私が同じ蓬莱人である貴女から受けた感情を享受している。今までの私からしたら大きな変化だと思うわ」

「……えーと、つまり?」

 

話が長くて理解するという考えを途中で放り投げたわね、こいつ。私は呆れて溜め息がでながらも話す。

 

「つまりは貴女から受ける愛は悪くないってことよ」

「ふーん、なるほど……。え!?」

 

納得して頷いたかと思ったら、声をあげて赤面する。なんで、顔を赤くしているのか疑問に思ったが、少し考えて理解した。いまの台詞はまるで、この前の告白に対する返事ではないか。

 

「あ、うあ……」

 

妹紅はもはや、服の色と同じくらい顔を赤くして、声にならない声を発している。この子、こんなに(うぶ)だったかしら。何時も、男っぽい口調で話すから割りと知識豊富なのかと思ったけど。この様子だと、本当に男性経験なさそうね。

 

「ほら、おいで」

 

彼女に寄りかかるのを止めて膝をポンポン、と叩く。彼女は意味がわからずに少し考えていたが、理解すると同時に再び赤面して逡巡する。

段々、妹紅を弄るのが楽しくなってきたが今は単純にしてあげたくなっただけだ。この行為に特に意味はない。

 

少し迷ってからおずおずと私の膝に頭を乗せる妹紅。彼女の頭を撫でると透き通るように白く、艶のある髪だった。

 

「綺麗な髪」

「う、う……」

 

誉められなれてないのか赤面してそわそわしている。月明かりが反射して輝く髪は、まるで絹のようだった。こんな彼女を見ながら星空が背景の見慣れた景色はとても美しかった。

 

そして彼女を肴に食べる団子は中々どうして美味しかった。

 

*1
嬉しくて落ち着かない様子、また上機嫌な様子。浮き足立つとは別の意味



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3話

眠いので失踪します。起きたら再開します。

今回は顔合わせ回です。



~輝夜視点~

 

「……よく寝たわ」

 

寝ぼけ眼を擦りながら、布団の誘惑をはね除けて起きる。そして、昨日の夜に帰らずに膝枕の上で寝た妹紅は、私の隣の布団で未だに寝ていた。彼女は布団を蹴って掛け布団を全て足下に移動させて、自分は寒さで震えている。

何というか、子供みたいな一面もあるんだなと微笑ましかった。そして、布団を掛けてあげてから、縁側へ向かう。外は丁度太陽が登り始めたようで、雲が薄く赤色になっているのがとても美しいと感じた。

 

「あれ? お早いウサね、お早う姫様」

 

庭にいたてゐが挨拶してくる。

 

「うん、お早うてゐ」

 

そう返すと満足したのか穴堀を再開する。

 

「また、落とし穴かしら。それこの前もやってなかった?」

「ウッシッシ。同じ悪戯では華がないウサ」

 

そう言うと今度は穴を分かりにくくして、元に戻した。そして、その上に人参を一本置いて、近くに用意していた竹梯子を持ってくる。彼女は竹筒に水を入れたものを手に、梯子を登って人参の上の方にある竹に切れ目を入れて、そこに紐で結んで仕掛けた。

 

「器用ねぇ、貴女」

「弄り甲斐のある存在が近くにいると、自然と鍛えられるもんさ」

 

彼女は紐の先を近くの林へと持っていくのを見ながら、思い出す。因幡てゐと鈴仙・優曇華院・イナバの関係性とは、家族以上、恋人未満という感じだ。

因幡てゐ、彼女は自分の部下である竹林の兎をまとめる為に、他者の感情を察することに長けていた。日頃は御飯や永琳の補佐をするときくらいにしか会話をしない鈴仙の事を良く見ているのか、鈴仙が苛ついている時にしか悪戯を仕掛けない。

多分だが、悪戯をする、それについて怒る、追いかけっこが始まるというのが概ねの流れなのだが、追いかけっこという運動をさせることによって多少は苛つきを緩和させているのだと思う。

 

そして鈴仙自身、悪戯をされることに喜んでいる節がある。悪戯と言えば物によっては死ぬ危険性もあるが、てゐの場合だと長い年月の末の知識を元にやっているため、加減がわかっているのか危険性はそこまでない。悪戯をかわすための知恵比べも楽しんでいたり、そこには絶対に互いに傷つけ合わないだろうという安心感があった。

そもそもの話、元々軍人であった鈴仙が度々簡単な罠にかかるというのも可笑しな話ではある。彼女、罠対策を軍人時代にちゃんと学んでいる筈だろうに。かつて、月へと移動する前は妖怪対策の為、富国強兵が国是であった。その時の影響で私ですら行軍等には参加しなかったが訓練事態はしている。

故に、てゐの罠は割りと見抜けるのだが、鈴仙は単純に見極められていないだけなのだろうか。後で聞くことにしよう。

 

「ふぁ~……。お早う、輝夜」

 

振り向くと布団から出て背伸びをしている妹紅の姿があった。

 

「お早う妹紅。良く眠れたかしら」

「うん、熟睡できたよ」

 

そう言って頭を掻きながら朝日を見る。思考して気づかなかったが、もう朝ごはんを食べてもいいぐらいの時間になっていた。

 

「ねえ、妹紅。朝ごはん、食べてく?」

「んー……。そうだね、御相伴にあずかるよ」

 

私達は自分の布団を畳んでから、食堂へと向かうのだった。

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

てゐが伝えてくれたのか、何時もより多く五人分の御飯が並んでいた。品物は、玄米に人参と里芋の煮物、川海苔という希少な海苔に、小松菜と油揚げと豆腐の味噌汁、甘い煮豆だ。何故、白米ではなく玄米なのかというと永琳言わく、そちらの方が栄養があるのだと。

蓬莱人の私達ではなく、うどんげやてゐに気を使った形の食事なのだ。永琳とうどんげの二人で作る料理なのだから、美味しさよりも栄養重視なのである。まあ不味い訳ではなく、舌の肥えた私が美味しいと思うのだから、その努力が窺える良い料理だ。

 

「あら、お早う姫様」

「お早う、永琳」

 

丁度、料理を終えたのか前掛けで手を拭きながら台所を出てきた。私の隣にいた妹紅を見ると柔和な眼差しで見ながら挨拶をする。

 

「お早う、妹紅。貴女も食べてくのよね?」

「ああ、お早う。せっかく用意されたんだから頂くよ。そうじゃないと用意された料理に失礼だからね」

「なら、良かったわ」

 

そう言うと椅子に腰掛ける。私達も椅子に座ると、鈴仙とてゐもやってきた。我が家では、自然と全員揃って朝と夜を取るという決まり事というか暗黙の了解があった。

始まりは何だったのかは忘れたが、何かあったときの報告の場としても丁度良い為か、誰も文句は言わなかった。

 

「「「「「頂きます」」」」」

 

そう手を合わせてから食べ始める。蓬莱人とは言え、餓死しないわけではないため、食事は体を保つ上で必要なのである。

 

「そう言えば姫。妹紅と関係を持ったって本当なのかしら」

 

それを聞いて隣に座っていた妹紅が飲んでいた水を吹き出した。気管に入ったのか、勢い良く噎せている。その様子に苦笑しながらも永琳の問いに答えた。

 

「返答中かしらね」

「ほぉー。そうですか。あれだけ断ってきた姫が考えると。ほぉー」

 

……薄く笑って一見すると祝福しているようにも見えるが、長年付き合っているから分かる。あれは確実に馬鹿にしている目だ。普段、私を弄れる事なんてないからこれを種に弄るつもりなのだろう。

実際、彼女自身は百合というのか同性愛については理解はあるのだ。だが、昔はありふれていたのに今は隠す方が主流なのだ。

それを理解しているのか、永琳は弄るつもり満々なのだろう。意地の悪い笑みを浮かべている。

その様子にため息をつきながらも、家族のような関係なのだ。これくらい目くじらたてるような内容でもないか。

 

「今更ですが姫って男性経験ありましたっけ」

「……いや、ここで聞くの?」

「それはまあ、気になりますから」

 

この従者めんどくさい、と思いながらも答える。

 

「求婚されたことはあってもお付き合いした方はいないわね」

「そうですよね」

 

……妹紅はその小さくやってる握り拳を握って、昔の男たちに勝ち誇るのを止めなさい。見えていないようで見えてるから。ほら、永琳も見て笑っているし。

呆れてため息をつきながらも、勝ち誇る妹紅の様子が可愛らしくて笑ってしまう。それを気づいているてゐと永琳も意地の悪い笑顔を浮かべている。

気付いていないのは煮豆に夢中の鈴仙と勝ち誇っている妹紅だけである。

 

「まったく……」

 

そんな二人に呆れながらも舌鼓を打つのであった。

 

 

♢♢♢♢♢

 

~永琳視点~

 

味噌汁を飲みながら思う。姫様ってこんなに乙女心満載の人だったかと。私は姫に対して長年一緒に居たせいか、家族のような情がある。あるにはあるのだが、それよりも従者として仕える忠誠心と言った感情の方が強いのだ。

そんな私だが、最近は、資金を稼ぐ為に薬屋の真似事をしていたので姫様とは食事以外で関われていない。

そんな姫様が蓬莱人とは言え寂しがり、そこに漬け込まれたのかと思っていたのだが……。

 

頬を薄く染めて愛しい人(妹紅)を見つめる視線に熱を帯びていれば、その心配も杞憂だったか、と思う。

 

というか姫様って男性相手だと身持ち固いのに、女性相手だとそんなに御されやすかったかと疑問に思う。

でも、昔から綺麗な女性はちらほらと居たのに反応はなかった。

つまり、色恋を知る段階に最近になって、ようやく成長したという事なのだろうか。

 

……月の頭脳と言われた私でも、流石に教え子の成長具合。それも精神力までは、進歩のない停滞した生活をしている身では図る機会があまりない。

 

これが俗にいう「子の成長は早い」という奴なのだろうか。

それに嬉しいと思う反面、その成長を感じ取れなかった事がとても悲しく、そして悔しかった。

家族よりも先に外の人間の方が気づくだなんて、と。

 

そんなことを思いながら箸を進めるのだった。

 




永琳の抱いている想いは簡単に言うと嫉妬ですね。輝夜を一番近くで見ていて、一番長く共にいたのに、気付いたのがぽっと出の千年近く前の少し見掛けた程度の他人。
そりゃ、嫉妬の一つもしますよ。

……まあ、妹紅自身は単純に告白しただけなんで、成長とか何も分からないので、真相はただのすれ違いですね。はい。


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4話

題名がかぐもこなのに、今回はかぐもこ要素ないです。

許して




~永琳視点~

 

「……」

 

私は机の上で試験管に二つの薬を入れ、混ぜ合わせながら上の空だった。

大事な売るための薬を、そんな態度で作って失敗しないのかと言うと別にそんなことはない。何千年とやってるから体が覚えているというのもあるが、それよりかは()()と呼ばれる力によるものでもある。

 

「……し、師匠?」

「わっ!?」

 

試験管は床に落ちて、大きな音をたてて割れてしまう。それを見て溜め息をつきながら振り向くと、怒られないかと不安になって怯えている鈴仙の姿があった。

 

「全く……。この程度の事で怒るほど器は小さくないつもりよ」

「す、すみません……」

「……はぁ。次から気を付けてくれればそれで良いわ」

 

彼女はそう言って人里へ薬を売りにいくための準備を始める。

私は手早く割れた試験管をゴミ箱へと入れ、新しい試験管を取り出して、作業を再開する。作業をしながら鈴仙見ると、彼女は私から説教が飛んでこないか震えていた。

私はこれまで、彼女に対してあまり厳しくしていないし、怒鳴ったこともないのだが……。そう言えば、てゐが私を見ながら鈴仙に話しかけたあと、鈴仙が震えていたような。

あの時は分からなかったが、あれっててゐが何か吹き込んだのだろうか。この作業を終えたら問い詰めるとしよう。

ああ、でもてゐも薬売りに付き合う時があるからこのあとは無理か。

何時なら良いだろうか……。

 

 

♢♢♢♢♢

 

「へっくしゅん!」

「あら、てゐ。風邪でもひいたの?」

「それはないなぁ。……はっ! きっと大国主様に噂されてるウサ~」

「……平和ねぇ」

 

茶を飲みながら浮かれているてゐを無視する蓬莱山輝夜であった。

 

 

♢♢♢♢♢

 

というかあの兎詐欺、私には直接的な悪戯はしないが、持ってくるように頼んだ薬を黙って変えたり、何か書くときに墨汁を醤油に変えたり、私に教えを乞う割にはそれ相応の態度ではないし。これ、舐められてるのではないだろうか。

そう思うと何だが苛ついてきた。今度、分からせることにしましょう。

 

「……あ、あの師匠」

 

支度を終えたのか、鈴仙が声をかけてきた。だが、その割には声が何故か震えている。

 

「何かしら」

「いや……。それ、気付いてないんですか?」

 

鈴仙が私の手元を指差す。そう言われて見てみると、人差し指と親指で摘まんで持っていた試験管が真ん中から割れて膝に落ちていた。

またやってしまった、と溜め息をついて近くのゴミ箱を持ち上げて膝の割れた試験管を入れていく。そして立ち上がって調合し終えた薬を鈴仙に手渡す。

 

「時間も時間だし、今日はこれくらいで良いかしら」

「そうですね。大丈夫だと思いますよ」

「なら宜しく頼むわ。ああ、そうだ。てゐは一緒にいくの?」

「今回は行くみたいですよ。何でも部下から人参の種を買ってきてほしいと頼まれてるらしくて、自分で見ておきたいのだとか」

「そう。なら、帰ってきたら話があると伝えてちょうだい」

「わかりました」

 

鈴仙は薬を背負い籠(しょいご)に入れていく。丁寧に積めて、財布を服の衣嚢(いのう)に入れて、頭の兎の耳を隠すために笠を被る。

 

「それでは行ってきますね」

「ええ、気を付けてね」

 

彼女はそう言って出掛けていった。

 

 

♢♢♢♢♢

 

~鈴仙視点~

 

「はい、丁度ですね。ありがとうございました」

 

礼をしながら最後に買いに来た客を見送る。

 

「それじゃ帰りましょうか、てゐ先輩」

「そうだね、そろそろ日が沈む。そこいらの妖に負けないけど荒事をわざわざ起こす意味もない。『兵は拙速を尊ぶ』ウサ」

「孫子、ですね」

「まあ、そこはどうでもいいのさ。重要なのは言葉の出所より意味ウサ」

「はーい」

 

二人で荷物をまとめて背負い篭に入れる。それらを持って二人で横にならんで歩き始めた。人里の人々は暗くなって既に寝る準備をし始めている。月にいた頃だと夜遅くまで町が明るかったから、日と共に起き日と共に眠るこの生活に、まだ慣れていない。

 

「この生活には慣れてきた?」

「え? ……そうですね、ぼちぼちですかね」

「それならいいウサ」

 

こうして気にされると言うことは、私も永遠亭の仲間になれているのだろうか。聞いてみたくはあるが、聞いたら怒られそうで怖い。

 

「ねえ、先輩」

「なにかな」

「先輩って何で悪戯をやめないんですか」

 

何となく話を変えるために適当な話題を出してみたが無言のままだ。

 

「……そこは自分で察するウサ」

「えー。ならせめてヒント下さいよ」

 

そう言うと彼女は上を向いてうーん、と唸ったあと、私を見て答えた。

 

「息抜き、かな」

「息抜き、ですか?」

「永遠に対するちょっとした反抗みたいなものさね」

「うーん……?」

 

やはりなんのことかわからない。だが、考えがあってのことなのだけは理解した。ならば、なにも言わない方が良いのだろう。

私達はそのあとは夕飯の献立について話ながら、帰路についたのであった。

 

 



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5話

しばらく、短期的な睡眠障害に陥っていました。
治ったので初投稿です。

今回は感染症についてとかぐもこ成分を増し増しにしてみました。




~永琳視点~

 

帰ってきたてゐを叱ってから数日後、永遠亭は異常な忙しさに襲われていた。

 

「先生! 急患です!」

「……そこの寝台にのせておいてちょうだい」

 

今、永遠亭の寝台には妹紅と人里の教師を勤めている上白沢慧音(かみしらさわけいね)という人物が飛んで、運んできた子供が六人程いた。

 

「うどんげ、教師と妹紅を呼んできなさい」

「は、はい!」

 

弟子に二人を呼ぶように頼んでから、子供達の様子を見る症状は見ると、全員が下痢や嘔吐をしており、中には発熱を起こしている者も数人いた。便の様子が水様便*1なことから、これが続くなら極度の脱水症状が起こることが予想される。そこから推察するにこの病気はたぶん……。

 

「師匠! お呼びしましたっ」

「なぁ! 子供達は大丈夫何だよな! 頼むからそうだと言ってくれっ!!」

 

やってきた妹紅は子供達をじっと見て黙っていたが、教師の方は額に汗をかいて私につかみかかりそうな勢いで聞いてくる。

 

「聞きたい事があるのよ」

「き、ききたいこと?」

 

彼女が焦っているのを無視してさっさと聞きたいことを聞く。

 

「あの子達、最近何か変な物を食べてないかしら」

「変な物……」

 

そう聞くと彼女がうなり考え出す。私はその間に感染したであろうウイルスに対する死滅剤を調合していた。

 

「……あっ! 思い出したぞ。外から珍しく海産物が流れてきたみたいでな。その子達の親がそれらを買っていたのを見たぞ」

 

ああ、これではっきりした。私は調合し終えた薬を飲ませながら話す。

 

「うどんげ、点滴の用意を。それと教師、原因は分かったわ」

「はい、師匠」

 

全員に薬を飲ませ、椅子に座る。弟子が点滴の用意を済ませている間に、教師に空いた椅子に座るように促す。

彼女はあたふたとしながらも座って、私の言葉を待つ。

 

「彼らの病はコレラよ」

「コレ、ラ?」

「ええ、コレラウイルスというウイルスに感染した動植物を食べると感染するわ」

「……コレラだか何だかはどうでもいいっ! 子供達は治るんだよなっ!!」

「もう治療済みよ」

「そうか……。それなら良かった……」

「点滴と経口補水液を摂取しながら放置でも2週間すれば体外に出るけど、今回は私の能力で造ったコレラに対する死滅剤を調合して投与したわ」

「そ、そうか……」

 

上白沢はどんな治療を施したのか理解出来ていないようだが、まあいい。医師として説明を終えた私は話を変える。

 

「一応、この子達は一日様子を見てから帰すわ。脱水症状がひどくて逆戻りされても困るし。明日の昼過ぎ辺りに迎えにきてちょうだい」

「了解した」

 

治ると分かって安心したのか、狼狽した様子も消え、きりっとした顔で話を聞いている。

 

「それと、この菌の潜伏期間*2は数日あるから、あとから症状が出た人が出たら連れてきなさい」

「了解した、先生。治療してくれてありがとう」

 

彼女はそう言って立ち上がる。

 

「もう行くのかしら」

 

上白沢は苦い顔をしながら、渋るように答える。

 

「確かに子供は心配ではある。だが、私は人里を守る為にあまり離れられない立場なんだ」

「そう……。うどんげ、お見送りを」

「分かりましたー、上白沢さん、こちらです」

 

そうして部屋を出ていった彼女達から、意識をずっと黙りな妹紅に向ける。

 

「貴女はどうするの。今日は泊まってくの?」

「……ん、ああ。そうだな。今日は輝夜と話していこうかな」

「なら、私は残りの子供へ点滴を打つのと経口補水液の準備をするから、貴女はうどんげと一緒に夕食の用意をお願いしてもいいかしら」

「ああ、それくらいならお安いご用さ」

 

妹紅はうどんげを手伝いに行くために厨房へと向かった。

私は部屋に備え付けている煮沸済みの水が入った水瓶(みずがめ)から水を一リットル出す。そして、その水に砂糖40グラムに塩3グラムを入れてかき混ぜる。それを終えると、脱水症状がひどい子に飲ませながらぼやく。

 

「本当ならこういうのは弟子にやらせるのでしょうけど、うどんげは夕食の準備で忙しいし仕方ないわね」

 

私は椅子から立ち上がって子供達用にそれぞれの簡易的な屑籠の準備を始めるのだった。

 

 

 

~輝夜視点~

 

二人で並んで月を見る。ぼーっとしている妹紅をよそに、私はお茶を啜る。竹林の間を通って流れてくる風が心地よく、このまま寝てしまいそうになる。

湯呑みを隣に置いて妹紅の顔を見ると、いまだにぼーっとしていた。愛していると言った相手と一緒にいてその態度は流石に如何なものかと思う。私は妹紅が組んでいた膝の上の手を退けて、無理矢理その膝に頭をのせた。

 

「か、輝夜……」

「なによ、妹紅」

「いきなりこういうのは心臓に悪いから、せめて一言言ってくれ」

「五月蝿い。貴女がそう言う態度なのが悪いのよ」

 

そう言うと妹紅は顔をしかめて、うなり始めた。

彼女のその態度に呆れてため息をはき、私は彼女の頬に手を添える。

 

「まったく……。何かあるなら言いなさいよ。その為に、ここに来たんでしょ?」

「……輝夜にはかなわないなぁ」

 

彼女は何かを言おうとして言葉を一旦飲み込んで、整理してから少しずつ口を開いた。

 

「何も感じなかったんだ」

「……というと?」

「子供達が苦しんでいても何とも思わなくなったんだ」

 

……ああ、そういうこと。

 

「それくらい普通でしょう」

「普通、ふつうかぁ……」

 

何か言いたげな煮え切らない態度の妹紅に少し苛ついてきたので、両手で彼女の頬っぺたをつまんで引っ張った。思いの外柔らかくよく延びて面白い。

 

「何するんだよっ」

「貴女は優しすぎる」

 

さっきから思っていた言葉をそのまま伝えると、妹紅は疑問に思ったのか眉をひそめる。

 

「別に優しくなんて……」

「赤の他人を想う事ができる時点で優しすぎるわ。その考え方は永遠を過ごす者ではなく刹那を生きる者の発想よ」

 

彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔で唸る。そんな子供が駄々をこねるような態度に呆れながらも話を続ける。

 

「まあ、そんなところも貴女の魅力なのかもしれないわね」

「……え?」

「他人を想い、慈しみ、敬う。永遠を生きる者からしたら下らない事でも大事にできる。心が擦りきれてないという良い証拠ね」

 

永遠を生きる者に死が存在しないかと聞かれるが、別に死が無いわけではないのだ。肉体の細胞分裂は止まらないが、精神的には死ぬ。

そうならない為にも人は何かしらの願いを探すのだ。それが例え、愛であれ、憎悪であれ、盲信であれ、暇だからではない。()()()()為にだ。

だからこそ、心配にもなる。妹紅がこんなことで精神を削られるのは本意ではない。故に、そうだ。演じるとしよう。

 

妹紅には少し、愛に溺れてもらうとしよう。

 

私は妹紅の顔を近づけさせてから、自身の顔を近づけ唇を重ねた。いきなりのことで驚いた顔を見せる妹紅。

 

「……ぷはぁ」

 

唇を離すと彼女の口から吐息が漏れる。そして、一瞬の後に頬を紅潮させて戸惑った様子を見せる。

 

「い、いきなり何をす…っ!?」

 

そんな妹紅の唇を私の口でふさいで舌も入れる。はしたないと思われようと関係ない。今、やることこそが重要なんだ。彼女から来たとは言え、私の依存相手になり得る存在を手放すわけにはいかない。

永琳では駄目だから。彼女が求めているのは従者としての立ち位置と親のような視点。それでは駄目なんだ。永く生きて対等に分かち合える存在こそ、未来の私が死なない為にも必要なんだ。

だから妹紅。私を恨んでくれても良い。愛してくれてもいい。ただ、対等に分かち合ってほしいだけなんだ。一人で過ごすにはこの世界は広すぎるから、どうかお願い愛しい(恨めしい)人。私と永遠を歩んでほしい。

 

長く接吻をして蕩けてきた妹紅から唇を離した。彼女の口からは先程よりも、艶かしい吐息が漏れてくる。

 

「ハァ、ハァ……」

 

私は興奮しているかのような顔を造り、彼女を押し倒した。

 

「ねぇ、妹紅」

「な、何だよ。輝夜……」

「月明かり照らす夜。見るものは誰もいないわ」

「……それで?」

「私から言わせる気なの?」

 

そう言うと今度は彼女が私を下に押し倒す。その表情は先程悩んでいたことを微塵も思わせない興奮ぶりだった。計画成功と思うと同時に少し罪悪感もわく。

私は彼女をまだ愛してはいない。自分の、いや、自分達の未来で互いに依存出来るように誘導した。これが必要な事だと分かっていても彼女の意思を問うていない以上、私の勝手でしかない。

その事に罪悪感を覚えながらも、彼女に部屋の布団へと連れられて行く。

 

互いに布団に入っていざ、事に及ぼうとしたときに何かに気付いた様子で動きを止める妹紅。そのまましばらく停止するものだから次第に空気が気まずくなる。痺れを切らした私から話しかけることにした。

 

「何故、続けないの?」

 

そう聞くと少しの躊躇の後に答えた。

 

「だって輝夜が望んでいないように見えるから」

「……え?」

 

そんなバカな。表情は造ったし、雰囲気も造ったのに私が望んでいないように見えるだって?

 

「どうして分かったの」

「んー……。何となく、かな」

 

諦めて聞いた問いに帰ってきた答えを聞いて愕然とする。家族でもないのに、何となくで分かるわけないだろう。

 

「永琳でも騙せるのに見破られたのは初めてよ。流石ね」

「そ、そうかなぁ……」

 

誉められて、素直に照れる彼女。彼女は私の側ではなく本質を見てくれたのね。多分、彼女自身も根本的な所で理解しているのかもしれない。私が、他人からの愛を安易(あんい)に信じられない事を。

だから、依存という形にしか落とし込めない事に、直前で気付いたのかもしれない。

 

なるほど……。上っ面の顔だけで求婚してきた男達と違って内面をちゃんと見てくれる、初めての人、か……。信じてみてもいいのかもね。

 

私は初めて心の底から望んで妹紅に接吻をした。妹紅は驚きながらも受け入れてくれる。その口づけは先程と違って舌を入れずに軽くするものだったが、私にとっては何よりも意味のある口づけだ。

 

「妹紅」

「……なに、輝夜」

「少しだけ貴女の事が好きになったわ」

「……というと?」

「私の内面を見てくれた初めての相手を信じたくなった。でも、これ以上になりたいならもう少し時間が欲しい」

「……分かったよ。輝夜が相手なら永遠に待てるさ」

「ありがとう、妹紅」

 

私は彼女と恋人繋ぎをする。妹紅はそれに応じてくれて、一緒に横になった。そうして、私達はお互いの温もりを感じながら夢を見るのであった。

 

 

*1
米の磨ぎ汁みたいな感じ、様はコロコロした形のない液状の便

*2
ウイルスが体に入ってはいるが症状が出ていない期間



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