竜殺しだけど竜殺しじゃない竜殺しのお話 (竜殺し)
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竜殺しだけど竜殺しじゃない竜殺しのお話

 ジークフリートが己を自覚したのは五歳の頃であった。

 シグルド機関と呼ばれる教会の裏の顔の一つにおいて、日夜魔剣との適合実験のさなかに幼いながら彼は世界を見たのだ。

 気づけば、機関の中でも最高峰と称される“ジークフリート”の完成形としてこれからの教会を引っ張っていく存在であると期待を受ける事になる。

 

 果たして、彼は見事にそれを成し遂げた。

 生身でありながら並大抵の攻撃では傷一つ付かない頑強にして堅牢な肉体と、破壊力抜群の聖と魔の性質を併せ持った黄昏の大剣。

 生物の最強種であるドラゴンすらも打倒する最強の竜殺し(ドラゴンスレイヤー)

 そんな彼は、

 

「すまない。俺には壊す事しかできそうにない」

 

 謙虚だった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 教会陣営にとって最強の切り札といえば幾つか挙げられる。

 一つは、教会のジョーカー。序列二位の神滅具をもった男。

 一つは、聖剣デュランダルの前任者。年老いてなおその実力は、相当な者。

 一つは、文字通り最強の竜殺し。SSランクのはぐれ悪魔すらも歯牙に掛けず塵殺する男。

 

「―――――此度の聖剣の一件は、お前に任せよう、ジークフリート」

「はっ」

 

 荘厳な一室にて、一段上がった席に着く司祭たちの前でジークフリートは膝をついて頭を下げていた。

 彼の持つ大剣の在り方を示すような灰色の髪に、褐色の肌。肉体は筋骨隆々としており身に纏うのは、黒が印象的な軽装甲冑。肉体そのものが鎧である彼にとって、防具というのは動きを阻害するものでしかない。

 

「今回は合同の任務となる。若手の戦士をお前の元へと付けさせる」

「それは、扉の前の者たちでしょうか?」

「ほう、気づいていたか。ああ、その通り。彼女たちがお前の同行者となる」

 

 司祭の一人に入室を促され、入ってくるのは二人の少女。

 

「ゼノヴィアだ」

「紫藤イリナです」

「…………」

 

 名乗る二人を前に、立ち上がったジークフリートは彼女らを見下ろすだけで口を開こうとしなかった。

 その様子に、ゼノヴィアが眉根を寄せるが今はお偉いさんの前。流石に糾弾するようなことは言えない。

 

「ではな、ジークフリート。任務達成の報告を待っているぞ」

「はっ」

 

 そうして、三人は退室を促される。

 部屋を出た一行は、大理石が鏡面の様に輝く静謐さのある廊下に出て歩き出す。任務達成には一分一秒が惜しいのだ。

 

「…………あの、ジークフリートさん?」

 

 その道中で、おずおずとイリナが声を掛けた。

 

「こ、今回の任務、宜しくお願いします!」

「…………」

「その、貴方の威光はいろいろ聞いてて……憧れてたんです!」

「…………」

 

 キラキラとした目を向けられ、ジークフリートは眉を顰めて若干後ろに仰け反る。主に、称賛の目が彼にとってはむず痒いというか、居心地が悪かったから。

 そんな露骨な避け方をされているというのに、イリナは更に興奮を募らせたように迫っていく。余談だが、彼女とゼノヴィアの着る教会の戦士としての格好は黒のボンテージのようなピッチりとしたかなり挑戦的な見た目をしている。

 プロポーションの良い美少女が恥ずかしげもなくそんな恰好をしているのだ、野郎としては来るものがあるというもの。

 だが、

 

「…………」

 

 相変わらず口を閉ざしたままのジークフリートは、困ったように眉根を寄せるだけだ。

 この反応にカチンと来たのが、ゼノヴィア。

 

「おい、何か言ったらどうなんだ?」

「ちょ、ゼノヴィア!」

「何か言ったらどうなんだ?」

 

 イリナが止めようとするも、ゼノヴィアは詰め寄る事を止めない。

 ジークフリートは、少し彼女と目を合わせ、そして目を逸らし、

 

「……すまない。俺は君たちのような美人と接したことが無いんだ。話題の無いつまらない男で、本当にすまない」

 

 蚊の鳴くような小さな低い声でそう呟き、顔を逸らした。

 教会において、現英雄とすらも称される彼の初々しい反応に、さしものゼノヴィアも舌鋒を収めるしかない。どうやら黙っていたのは、彼女らに対して動揺していたかららしい。

 まあ、当然か。彼も今年十八歳になったばかり、御年ごろというやつである。

 

「…………いい」

 

 耳を赤くして顔を逸らしたジークフリートを見ながら、イリナは息荒く彼を見つめ何やら呟く。赤くなった頬なども加味すれば実に変態じみていた。

 

 とにもかくにも、彼らは教会より奪われた聖剣を求めて大陸を縦断する。

 目指すは極東。日の出国、日本。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 世界各国には、それぞれに神話体系が根付いており、日本ならば日本神話が基本となる。とはいえ、この国は様々な宗教が入り混じっているのだが。

 

「おばあさん、そちらの荷物をお持ちいたしましょう」

「おや、ありがとうねぇ」

 

「坊や、泣いているだけでは何も起きないぞ?」

「で、でも…………」

「大丈夫。俺も共に君の母君を探してあげよう。さあ、立って」

 

「引ったくりよーーーーッ!」

「返してもらおうか」

「げぺっ!?」

 

 聖剣が持ち込まれたとされる街、駒王町にて何度目かとなる光景を前にしてイリナもゼノヴィアも呆れるしかなかった。

 というのも、ジークフリートは数メートル進むたびに困っている人々に手を差し伸べ続けるのだ。それはもう、節操無しと言われそうなほどに留まる事を知らない。

 果ては、車に撥ねられそうになった子猫も車道に飛び出して助けるのだから相当だ。

 因みに彼の今の格好は、スーツに眼鏡。主武装である剣は、教会の開発局に作らせた異空間を内包するポーチの中だ。

 見た目こそいかついが、誰であろうとも腰を折り、ひざを折り、彼は目線を合わせる事を心がけている。ついでに整ったその顔立ちから初恋ハンターになりかけていたり。

 

 今回の任務は、聖剣の奪取。敵は、教会の裏切り者と堕天使幹部。

 三人が街の中を回っているのは何も捜索だけではない。全開(・・)の戦闘を行うための場所を探しているのだ。

 イリナやゼノヴィアは未だしも、ジークフリートの戦闘は派手の一言。場合によっては、街一つなど容易く焦土に変えてしまう可能性すらあるのだ。

 無論、そこまで暴れるつもりは彼には無い。だが、念には念を入れて場所探し。

 ついでに周りに悟られない程度に、しかし鋭い者ならば気づく程度の敵意を振り撒きながらの行脚。

 釣りだ。そして、その時は訪れる。

 

「―――――なっつかしい顔じゃねぇのよぉ。なあ、良い子ぶりっ子ちゃんよぉ?」

「フリードか。久しいな」

 

 突如周囲に結界が張られ、現れた白髪の神父に、ジークフリートは温度の乗らない声を返した。

 

「チッ、相変わらずのすかした面してんじゃねぇかよ。昔から、テメェのその面は気に入らねぇ!」

「貴様の奪った聖剣を返還しろ、フリード。言っておくが、今回の任務に貴様たちの命に関しては一切の救済は無い。死にたくなければ、大人しく渡せ」

「ハッ!いつまでもテメーが優勢だと思ってんなよ堅物!俺ちゃんの聖剣の錆にしてやる!」

 

 叫んだフリードが取り出すのは、過去の大戦で七つに分かれた聖剣エクスカリバー。その内、“天閃”“夢幻”。腰には“透明”。

 それぞれが特殊な能力を秘めており、所有者にその力を与える。

 七つに分かれようとも過去最強と称された剣は伊達ではなかった。

 対するジークフリートは、腰のポーチに手を突っ込み、一振りの魔剣を抜き放った。

 教会の戦士が持つには、その気配は禍々しく、しかしそのオーラのすべては敵対するフリードへと向けられており、従順な猟犬を思わせる雰囲気だ。

 

「そいつは…………」

「悪いが、貴様との会話を楽しむ気は俺には無い。速攻で片を付けさせてもらおう」

 

 言うやいなや、ジークフリートは前へと飛び出していた。

 凄まじいオーラを放つ魔剣。本来ならば、所有者本人にすらも牙を剥く様なじゃじゃ馬である筈のソレは、しかし全ての呪いを主の敵へと向けていた。

 反射的に防ごうとするフリード。だが、

 

「―――――は?」

 

 僅か一太刀すらも止める事など不可能。圧縮された呪いと魔剣そのものが元より持ち合わせた切れ味は、たとえ過去最強であろうとも折れて弱体化した聖剣など歯牙に掛けるはずもない。

 その光景には、ついていけていなかったイリナとゼノヴィアも目を丸くするほかなかった。

 何せ、

 

「ああああああっ!?お、俺の腕がぁああああああああ!?」

 

 叫んでその場にへたり込むフリード。彼の前には無惨にも刀身の中ほどからへし折れたエクスカリバーだったものが転がっているのだから。

 彼の間違いは二つ。一つは聖剣を過信し過ぎた事。二つ目は、ジークフリート本人を侮り最初から能力を使わなかった事。

 

「言っただろう?俺達の目的は、聖剣の奪取。貴様たちの命は勘定に含まれていない、と」

 

 イリナに詰め寄られて頬を染めていたジークフリートの姿は、そこにはない。

 

「さらばだ、フリード。かつての、同志よ」

 

 躊躇いなく、彼はフリードへと魔剣を振り切った。

 圧倒的なまでの魔剣のオーラが彼の体を飲み込み、それが収まれば残るのは鞘に収まった聖剣と折れた聖剣だけ。

 

「任務完了。帰ろう、二人とも」

 

 聖剣を回収し、ポーチへと収めたジークフリートは魔剣も収め結界が消えていく様子を見ながら提案する。

 呆気ないものだが、確かに仕事は終わった。であるならば、最早長居は無用というもの。

 しかし、事はそう簡単に運ばないというのが世の常だ。

 

「―――――止まりなさい!」

 

 解けかけていた結界に代わり、新たな結界が三人を包み隔絶すると声が響いた。

 現れるのは数人の悪魔たち。その中で、紅の髪をした女性が厳しい目をジークフリート達へと向けていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 駒王町は悪魔が日本神話より貸借している土地である。その統治権は悪魔にあり、今は若手四天王と称される一人、リアス・グレモリーが治めていた。

 そんな彼女のホームである駒王学園旧校舎に置かれた、オカルト研究部にて教会の戦士と相対する。

 

「―――――つまり、貴方たちは聖剣の奪取の為に来たのね?」

「ああ」

「あの結界は?」

「敵のモノだろう。だが、既に討った。聖剣も回収済みだ。すまないが俺たちは一刻も早くこれを返還しなければならないんだ」

「…………あのオーラを使ったのも貴方かしら?」

「ん?ああ、そうだ」

「明らかに魔に属するオーラだったわ。結界越しでも感じられる程度には、ね。貴方一体何者かしら?」

「俺は、ジークフリート。しがない、教会の一戦士をしている」

「ジークフリート!?あ、貴方があの…………?」

 

 リアスが驚くのも無理はない。彼女の眷属も、二人を除けば驚いた眼を彼へと向けているのだから。

 

「あの、部長?こいつって、そんなにすごい奴なんですか?」

 

 いまいちピンと来ていない兵藤一誠が問う。

 

「凄い、何てものじゃないわ。彼は生きた伝説よ。最強の竜殺しだものね?」

「りゅ、竜殺し!?」

 

 彼が反射的に跳び下がるのも無理はない。

 

「む?彼はどうしたんだ?」

「イッセーは今代の赤龍帝なのよ。だから、貴方は天敵という訳ね」

「成る程…………すまない、こちらとしても君を怖がらせるつもりは無かったんだ」

 

 すまない、と頭を下げるジークフリート。その姿には威厳もくそもない。

 事実、彼は偉ぶる事など無いし力を笠に驕る事も猛る事もない。相手が変身を残していようとも第一形態で殺すのが基本だ。

 子供にやさしく、老人に優しく、敵対者には容赦なく。そんな男が、ジークフリートであった。

 

 その後、ゼノヴィアが悪魔となった元聖女、アーシア・アルジェントに噛みついたり。その件でジークフリートが再び深々と頭を下げて謝ったり、ゼノヴィアの頭をイリナがハリセンでしばいたりしたのだが、それよりも重要な事がある。

 

「―――――それで?そちらの彼は、俺に何か用か?」

 

 穏やかな様子から一転、ジークフリートは部屋の隅からギラギラとした目を向けてくる金髪の彼、木場祐斗へと目を向ける。

 彼だけが、この場で交流を持とうとせず、ジッとゼノヴィアとイリナを、正確には彼女たちの携えた聖剣を見続けていたのだ。

 

「……僕が用があるのは、聖剣さ」

 

 言って、己の神器『魔剣創造』によって生み出した魔剣の切っ先をエクスカリバーへと向ける木場。

 突然の状況。咄嗟の事で周りも唖然としている。

 そんな中で、ジークフリートが立ち上がった。

 

「どうするつもりだ?」

「決まっているだろう?僕はエクスカリバーを破壊する。そう決めたんだ!」

 

 それは、復讐の念に囚われた者の末路といってもいいだろう。

 

「…………それは困るな」

 

 言って、完全に切り替わったジークフリートは木場限定で威圧感を発する。

 その圧倒的な気配は、幼少より復讐を誓った彼ですら目を見開き、驚きを露にするほどの圧倒的なまでの強者のもの。

 

「復讐の是非について、俺から言う事は無い。だが、聖剣をこれ以上破壊されるのは仕事にも差し支えるというもの。向かってくるのならば―――――斬る」

「ッ…………それでも…………!」

 

 彼にも引き下がれない理由がある。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 結界の張られた駒王学園の校庭。

 その中央では、魔剣を構えた木場と無手のジークフリートがそれぞれ相対していた。他の面々は距離を置いて観戦。

 

「剣は抜かないのかな?」

「お望みとあらば」

 

 木場の挑発とも取れる言葉に、ジークフリートが抜くのは一振りの魔剣。

 瞬間、観戦していただけの一誠の背に冷たいものが走っていた。

 

「な、何なんだあの剣…………!」

『グラムだな、相棒』

「グラム?」

『最強の竜殺しの呪いを内包した魔剣だ。その力は使用者すらも蝕むとされている。だが…………』

「ジークさんは、完全に手なずけている。でしょう?赤龍帝さん?」

 

 赤龍帝ドライグの言葉を引き継いだイリナへと周りの目が集まる。

 

『あの小僧、あの若さで魔剣を手懐けたというのか?』

「ジークさんは、最強の教会の剣士よ。当然じゃない」

『ジークフリート…………シグルドか。ファーブニルを倒した英雄だったな』

「ジークフリート殿は間違いなく私達よりも上の領域に居る。この場に居る全員が奥の手を駆使して襲い掛かっても五分もかからず殺されるだろうな」

 

 ゼノヴィアの補足に、しかし反論は出ない。

 魔剣を飼いならすような男だ。それも、神話級の代物。

 

 相対する木場は、観戦者以上の圧力を全身に浴びていた。

 手が震え、脂汗が滲むほどの、生物の本能的な死の恐怖が目の前にあるのだ。逃げださないのは偏に、彼の復讐心が折れそうな心を支えているから。

 

「来い」

「ッ、あああああああ!」

 

 折れそうな心を繋ぎ留めながら、木場は魔剣を振りかぶりジークフリートへと切りかかる。

 だが、その刀身が彼の肉体に触れた瞬間、

 

「―――――あ…………」

 

 ガラス細工の様に砕け散っていた。この間、ジークフリート一切の防御の姿勢も、魔剣を構える事すらもしていない。

 

 そこからは一方的だ。

 何度も何度も木場は魔剣を創り出し、ジークフリートに振るうのだがその度に儚い音を立てて魔剣は砕け散るばかり。

 十を超え、三十を超え、五十を過ぎたころ、

 

「―――――はぁ…………!はぁ…………!」

 

 木場は項垂れる様にして両手両膝をつき崩れ落ちていた。

 この間、ジークフリートは無傷。只、グラムを片手に木場を見ていたのみ。

 

「僕は…………!」

「…………俺は、復讐を悪だとは思っていない」

 

 血を吐く様な彼に、ジークフリートは語る。

 

「そもそも、死者の気持ちなど俺たち生者には分からないものだ。元より、生者同士ですら言葉のやり取りは齟齬が生まれるからな」

「…………」

「俺は、言葉を尽くせない。だからこそ、誰よりも前に立ち剣を振るうと決めた」

 

 死んだ者たちに代わって、とジークフリートは続け言葉を切る。

 教会の裏側では、神の為にと謳って数々の非道な実験が行われてきた。

 シグルド機関もそうであるし、木場の復讐の原点である聖剣計画もその一つ。

 多くの犠牲の末に、ジークフリートは前を見て進み、木場は後ろを見て立ち止まってしまった。それが二人の違い。

 

「―――――だからこそ、立ち塞がるならば貴様も斬り捨てよう」

 

 ジークフリートが睨む先。月の昇り始めた夜の空に、月を背にして空を飛ぶ男が一人結界を見下ろしていた。

 

「成る程、貴様か竜殺しの英雄」

 

 男の声が響き、直後結界を破壊して襲い掛かるは光の槍。その穂先は、真っ直ぐにジークフリートへと向かい、

 

「…………」

 

 グラムによって斬り払われた。

 極光は儚く霧散するも、そんな物はこの場においての単なる準備運動に過ぎない。

 

 校庭に降り立つ十の黒翼を持つ黒髪の男。その威圧感は、確かな上位者であると如実に語っている。

 突然の事態に、動くのはただ一人。

 グラムのオーラを開放し、その全てを真っ直ぐに男へと向けているジークフリートその人だ。

 

「黄昏の剣を抜かんのか?」

「必要ない。貴様程度ならば、グラムでも十二分に戦える」

「フッ…………思い上がったな、小僧!」

 

 男、堕天使幹部コカビエルは叫ぶと同時に、背後に数十本にも及ぶ光の槍を出現させ撃ち放つ。

 対するジークフリート。これを躱すという選択肢は彼には無い。躱せば背後にいる者たちすべてに脅威となって襲い掛かる事になるから。

 

「“我が身は、竜殺しなり”」

 

 グラムの刀身を撫でながら、詞を紡ぐことによって、その刀身に呪いのオーラが纏わりつく。

 そうして振り下ろされる一撃より放たれるのは、呪いの激流。これにより、光の槍との相殺を狙った。

 弾ける衝撃が張り直された結界の中で飽和し、びりびりと薄紙の様に四方八方を揺らしていく。

 

「―――――ッ」

 

 巻き起こる粉塵で完全に視界が潰れていたにも関わらず、ジークフリートは僅か一歩で距離を詰めるとコカビエルへと肉薄していた。

 跳ねるように振り上げられたグラムが、黒い線の様になって振り落とされる。

 

「な、に…………!」

 

 光の槍で反射的に受けようとしたコカビエルであったが、グラムの刃はまるで水にでも通したかのようにアッサリと槍の穂先を斬り落とすとその勢いのままコカビエルの左腕と左足の一部を切り離していた。

 フリードの時と同様、コカビエルもまたジークフリートを侮った結果だ。

 グラムは確かに竜殺しに特化した魔剣だが、そもそも呪いだけが全てではない。

 剣としての質もそこらの魔剣に勝っており、龍に特攻なだけでその呪いが他の生物を蝕まないとは言っていない。

 何より、ジークフリートの膂力は過去の英雄の中でもかなりのモノ。何せ不死身の肉体を手に入れる前に彼はファーブニルに勝利し、その後肉体を得るのだから。

 つまり、その魂を継ぎ更なる修練を己に課してきた彼も同等かそれ以上の実力を有しているという事。最早、人間の枠組みに収める事すら馬鹿らしくなってくる。

 

「ぐっ……!」

「貴様の油断が招いた事だ。大人しく、その首を刎ねさせてもらおうか」

 

 無常だ。ジークフリートは、愛用の剣すらも抜いていないというのに。

 

「一つ、聞かせてもらおう」

「…………」

神のいない(・・・・・)この現状で、貴様は何をもって教会に属している?」

 

 揺るがすつもりなのか、コカビエルは爆弾を投擲してくる。

 しかし、

 

「俺は、俺の道を行くだけだ。貴様にどうこう言われる筋合いは、無い」

 

 全くの効果なし。そもそも、信仰に縋っていないジークフリートにとってその手の話題は意味をなさないのだから。

 血払いし、グラムを収めた彼は振り返った。

 

「帰るぞ」

 

 たった一言。

 

 史実であったのならば何日もかかった事件は二日で幕を閉じた。

 

 最強の竜殺しの名の下に。



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竜殺しだけど竜殺ししない竜殺しのお話

小説のお気に入りなどの情報を見てお茶を吹いた私です
一発ネタでお気に入り百件超えたら書こうとか思っていたら、気づけば百五十超えて今は二百を超える不思議

皆様に感謝しかありません








 ジークフリートという男にとって、任務の無い時間というのは存外暇を持て余しているのが常だったりする。

 無論、自己研鑽は怠らない。何なら一日中鍛錬に明け暮れても良いかもしれない。実際、彼は剣を振るだけで一日を浪費したこともあった。

 誰しもが、彼を狂人であるかのように見て、聖人の様に崇め、英雄として憧れる。

 しかしその実態は、

 

「すまない、無趣味な人間で本当にすまない」

 

 趣味探しをするつまらない男だった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「―――――ふむ、これは何とも」

 

 築百年は優に経っているであろうアパートメントの一室。

 現英雄とも呼ばれるジークフリートの住んでいる一室であるのだが、途轍もなく簡素だ。

 梁の高さは最低でも二メートルで百九十センチの彼が頭をぶつける事は無い白い所々剥げのある壁紙の一室には、身長に合わせた金属フレームのベッドが一つ。カウチが一つ。その前には簡素なテーブルが置かれ、部屋の隅には三段の本棚。窓際にはサボテンの鉢植え。

 電化製品などは、基本的に冷蔵庫など位しか置かれておらず、テレビやパソコンは愚か、ラジオすらも置かれていなかった。

 そんな簡素を形にしたような部屋に隣接する小さなキッチンに、件の英雄の姿はあった。

 彼の前には、銀の大き目なボウルが置かれその中には牛乳と卵を混ぜ合わせた液に四等分にされた食パンが浸されていた。

 作っているのはフレンチトースト。パンを切ってあるのは、単純に液が染み込みやすくトロリとした味わいとなるから。イチゴジャムをたっぷりつけて頂く。

 現在朝の七時を少し回ったところ。彼の朝食は、手抜きと思われそうだが大抵こんなもの。むしろ、存外かわいらしいものを食べると思われるかもしれない。

 

「やはり、甘味は良いな」

 

 口の端についてジャムをなめとって、ジークフリートは一息ついた。

 結構な量を食べていたように見えたがまだまだ余裕が窺える。

 ボウルとフライパン、皿やフォークなども洗い。マグカップにコーヒーを注いでリビングへ。

 特に何かをする予定などは無い。無趣味ゆえに致し方なく、悪魔狩りをするほどの敬虔でもなく狂信的でも妄信的でもないジークフリートは、このままカウチに腰掛けた状態で一日を浪費していくことになるだろう。

 

「…………ん?」

 

 このままであったなら。

 この部屋で最も最新の文明の利器である二つ折りの携帯電話が鳴る。スマホなどの文明の利器は、彼の手元には無いのだ。

 

「はい」

『仕事だ、ジークフリート。今回は、あるお方の護衛。期間はこれより帰還し、送り届けるまでだ』

「了解」

 

 短い会話が交わされ、そこで通話は切れた。

 彼の休日は、時折、というか結構な頻度でこうして潰える事が多かったりする。そしてそれを当人も気にしていない為に、仕事が舞い込み続けるのだが。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 教会の人間は基本的に敬虔な信者ばかりだ。ほぼ全員が、神への信仰心を拠り所としており、同時に狂信的で妄信的であるとも言える。

 故に、神の不在(・・・・)はトップシークレットとされていた。

 

「久しいですね、ジークフリート。竜殺しの英雄よ」

「…………」

「今回は、貴方に護衛を任せます。こちらへ」

「御意」

 

 金髪の美丈夫、ミカエルの前でひざまずくジークフリート。

 彼こそ、現天界陣営のトップを張っている熾天使にして、システムの管理者でもある。

 

「任務の内容は?」

「はっ、ミカエル様の護衛となっております」

「その様子だと、詳しくは聞き及んでいないみたいですね」

「…………」

「今回向かうのは、日本。貴方も馴染みがあるでしょう?駒王町です」

「…………」

「目的は三大勢力の和平。今の世界情勢はどこまで?」

「テロリストが、徐々に動き始めている所でしょう。俺も、一度勧誘を受けましたから」

「ほぉ、教会の戦力にも彼らは手を伸ばしているんですね」

「英雄派と名乗っておりました。首魁は、曹操と」

「曹操……三国志の英雄ですね。神器保有者でしょうか?」

「…………」

「ジークフリート?」

「…………あの男の神器は、【黄昏の聖槍】です」

「ッ、そう、ですか…………」

 

 神器の上位種である神滅具。その中でも始まりであり、同時に序列一位という文字通りの神をも殺せる聖槍。

 それは、存在するだけでも彼ら教会陣営にとっては忘我の境地へと至らせるほどの神聖さを持ち合わせ、悪魔を滅ぼしかねない特級の代物。

 そんな槍が、テロリストの手の中にある。それだけでも、熾天使である彼にとってもまた衝撃的であった。

 ジークフリートが言い淀んだのは、相手の内心を慮っての事。因みに彼には、何ともない。槍は槍でしかなく、武器は武器。それが由緒あろうとも、名が知れ渡っていようとも敵対するならば戦うのみであるのだから。

 良くも悪くも、彼は孤高だ。

 誰よりも前に立ち、誰にも背中を預けず、誰かに頼る事をしない。

 英雄とは、そう言うものだ。特に、ジークフリートという、シグルドという英雄はその側面が強いと言えるだろう。

 “誰か”の為に邁進し続け、最後はその背を裏切りによって貫かれた。

 

 魂を継ぎ、完成した彼もまた、その記憶が無いわけではない。しかしそれでも、英雄は止まらない。

 再びその背を貫かれる、その日まで。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 日本家屋というのは、天井が低いとよく言われる。

 ただこれは、単純に日本人の身長が低いため天井を無駄に高くする必要が無いためだ。

 

「…………」

 

 諸刃の大剣を背に、左腰に魔剣をそれぞれ装着したジークフリートは腕を組んで目を閉じ待っていた。

 彼の前では、今まさにミカエルが今代の赤龍帝である一誠へと聖剣を譲渡している所。ジークフリートは護衛である為立ち会っているが、興味のある光景ではないらしい。

 

「あの、ジークフリートさん?」

「…………どうした」

 

 聖剣アスカロンを進呈され、神滅具の中へと取り込んだ一誠がジークフリートへと話しかけた。

 

「いや、その……あの時は、助けてくれてありがとうございます」

「……?俺が、君を?」

「えっと、あの堕天使が来た時なんですけど…………」

「気にするな。戦闘行為には何の支障も無かったからな」

 

 素っ気ないとも取れる態度だが、元より口下手である為会話を膨らませる事は出来ない。

 一誠としても、もう少し英雄とも称される彼と話したいと思わなくもないが、如何せん相性が悪すぎる。特に今はミカエルの護衛の為に自身の持つ魔剣と黄昏の剣の二振りを携えた状態。(ドラゴン)絶対殺すマンとでも言うべき状態だ。龍の神器を持つ一誠には近寄るだけでも辛いものがあった。

 

 短い対談を終え、ミカエルとジークフリートは厄介になっている教会へ。

 一時期は、堕天使がのさばり加護の外れてしまった場所だがミカエルが訪れたことにより、それを解消。悪魔の寄り付けない駆け込み寺状態であった。

 

「貴方から見て、彼はどうですか?」

 

 ジークフリートの用意した紅茶に口を付けながら、ミカエルは問う。

 赤龍帝もとい、二天龍というのは三大勢力にとってのみならず世界的にもその存在が持つ影響力は大きいと言わざるを得ない。

 

「可も不可も無く。今はまだ卵の殻を被った雛鳥かと」

「ふふっ、優しい評価ですね。飛び立てる雛鳥、ですか」

「それは、彼の周り次第かと。少なくとも、才能は有りません」

 

 それが、ジークフリートから見た戦士としての一誠への評価。

 彼とて神滅具の力は知っている。すでに複数の神器保有者と戦い下してきた実績もあるのだから。

 その上で、神器保有者の特有の弱点も知っていた。

 

「彼らは等しく、神器に頼った戦いを主としています。赤龍帝の籠手は、十秒ごとの倍化が主。であるならば今の彼が禁手化しようとも、俺の障害足り得ない」

「……驕りでは?」

「力を誇れ、それは彼らとの誓いですので」

 

 生きられなかった命ほど、重いものは無い。

 ジークフリートの剣はそれだけ、重かった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 駒王学園会議室。

 今宵この場に集まる三大勢力のトップたち。

 悪魔陣営からは、四大魔王の内、サーゼクス・ルシファー、セラフォルー・レヴィアタン。

 堕天使陣営からは、総督であるアザゼル。

 そして、天界陣営からは、ミカエル。

 各々が顔なじみであるが、纏め役とするならばこの中ではアザゼルが一番長いか。因みに悪魔陣営が二人であるのは、ホストという事もある。

 

「おいおい、ミカエル。お前、気合入り過ぎじゃねぇか?」

「いきなりなんですか、アザゼル。言いたい事があるなら、ハッキリと言ったらどうです?」

「チッ、見せびらかすように竜殺しの英雄を連れ回すなって話さ」

「ですがそちらも、白龍皇を連れているじゃありませんか」

「こいつは勝手についてきたんだっつの」

 

 アザゼルが天界に居た頃からの付き合いである二人。

 そんな彼らから距離を置いたジークフリートに絡む一人の男。

 

「初めまして、と言うべきか竜殺しの英雄よ」

「………君は」

「俺の名は、ヴァーリ。今代の白龍皇だ」

「そうか」

 

 戦意を滾らせて迫ってくるヴァーリだが、ジークフリートが乗る気配はない。

 元より今回の彼の仕事はミカエルの護衛だ。必要以上に戦う事など良しとしないし、護衛対象である彼を放りだして私欲に走るなど以ての外。

 目を瞑ったジークフリート。流石のヴァーリも相手が乗ってこなければ、この場(・・・)では手を出せない。

 

 

 そんな不穏な幕開けより始まった和平会談。

 議題は、聖剣強奪。コカビエルの一件。これは、聖剣回収に赴いたジークフリートが居たお陰と言うべきか大した被害は出なかった。強いて挙げれば、校庭の一部に強力な竜殺しのオーラが滞留してしまい数日の間赤龍帝である一誠が近寄れなかった位。

 次に上がるのが、アザゼルが大量の神器保有者を自身の陣営に集めている点。元々胡散臭い事で有名な彼だ、特にミカエルなど黒歴史ノートを持ち出す始末。

 とはいえ、彼とて何も考え無しにそんな事をしていたわけではない。

 

「俺が神器保有者を集めて―――――チィッ、来やがったな」

 

 瞬間、世界が冗談無しに止まる。色を失い、その場で動けるのは確かな実力者のみ。

 

「ミカエル様」

 

 その一人、ジークフリートは腰の魔剣の柄に手を掛けて警護対象であるミカエルの側へ。

 動けないのは、この場に呼ばれたグレモリー眷属とシトリー眷属のみ。リアスは一応動けていた。

 世界が停止していたのは、ほんの少しの間だけ。だが、窓の外は様変わりしていた。

 

「ジークフリート」

「はっ」

「私はこれより、サーゼクス、セラフォルーと共に結界を張ります。貴方は、外で襲撃者を討ちなさい」

「…………」

「心配せずとも、貴方が間に合わない程に早くやられたりはしません。頼みましたよ?」

「……御意」

 

 命を受け、戦士は戦場に立つ。背後では、結界が構築され前方には多数の襲撃者たちが魔法陣を通して学園を覆う結界内に侵入してきていた。

 何より、

 

「あらあら、セラフォルーを殺す前の手慰みかしら?」

 

 今回の首謀者である褐色の美女、カテレア・レヴィアタンがジークフリートを空より見下ろしていた。

 

「…………」

「竜殺しの英雄でしたか。ふっ、人間の中で持ち上げられた程度で図に乗るなんて、随分と安い英雄ね」

「…………」

「この真の魔王である、私の敵ではありません」

 

 言って、カテレアは前座としてジークフリートへと向けて手をかざした。

 膨大な魔力が陣を築き、放たれるは紫電の一撃。受ければ、上級悪魔であろうとも一発で消し炭になる事間違いなし。

 だが、

 

「―――――児戯に付き合うつもりはない」

 

 抜き放たれる魔剣。そこから発された圧倒的なまでのオーラが紫電を飲み込み消し飛ばしてしまう。

 英雄とは、一番わかりやすい形態として、人の身で人外の怪物を打倒するというものがある。ジークフリート、シグルドの逸話ならば竜殺しといった具合に。

 如何に聖剣や魔剣を携えようとも、その実力は実際の本人に依存する。

 

 ジークフリートも自身より弱い相手に悦に浸る様な戦いなどしてこなかった。それどころか、己の堅牢な肉体すら貫きかねない相手と戦った事も少なくない。

 今回の相手、カテレアも旧魔王派として十分な力はあるだろう。だが、それでもジークフリートにとっては背中の剣を抜く必要が無い程度。

 

「貴様がどれほどの覚悟を持とうとも、俺は貴様を、貴様たちを打倒する。ここより後ろに進みたくば、俺の屍を踏み越える事だな」

 

 地面に魔剣によって線を引き、その刀身に膨大な負のオーラを纏わせたジークフリート。その存在感は彼が何倍にも肥大したかのような威圧感があった。

 これには、襲撃者たちも黙っていない。しかし、接近戦では勝ち目が無い事は明白。

 それぞれが遠距離手段を、それは神器であったり魔法であったり様々だが、それら極光がジークフリートへと襲い掛かってくる。

 

「フンッ!」

 

 対して彼はその場から動かずに、横薙ぎに魔剣を一閃させる。

 魔剣グラム。あらゆるものを切り捨てる聖剣デュランダルにも勝るとも劣らない逸品であるこの魔剣は、何と言ってもその破壊力が凄まじい。

 それこそ、生半可な神器など逆に破壊するのではと思えるほどだ。

 

「…………ッ、これほどとは……!」

 

 カテレアもまた、目の前の光景に冷や汗を流す。

 人間の英雄であると侮っていたのは事実だ。自分には勝てるはずが無いと驕っていた事もまた事実。

 しかしそれは、淡い幻想でしかなかった。

 今も、嵐のような攻撃を魔剣一振りで全て叩き落し、斬り潰し、弾き返す。奔る魔剣のオーラは触れただけでも一瞬で老け込ませるほどの恐怖を相手に刷り込み圧巻の一言。

 更に、

 

「―――――“我が身は、竜殺しなり”」

 

 刀身に指を這わせ、真名解放。竜殺しの呪いが全開となり、横薙ぎに振るわれた一閃によって襲撃者の尽くが消し飛んでいた。

 これだけでも、相手の戦意をへし折るには十分すぎた。何より、今回の襲撃には英雄派と呼ばれるメンバーの下部構成員も交じっており、彼らの心は既に折れている。

 

 そしてそれは戦況を見ていたカテレアも同じく。

 

「~~~~~ッ!我らが首領、オーフィスの力をこの身に!」

 

 故に、切り札を切った。

 取り出した小瓶の中には一匹の蛇が。それを彼女は飲み干したのだ。

 瞬間、まるで位階が上がったかのような爆発的な力の上昇が発生し、彼女を中心とした魔力の嵐が吹き荒れる。

 オーフィス。無限の龍神にして、世界最強の片割れ。この蛇は、そんな龍神の力の一部を己へと取り込むことで増強するドーピングのような物。

 だがしかし、彼女のこれは悪手と言う外ない。

 

「―――――これ以上の時間は、無駄だな」

 

 魔剣を片手に携えたジークフリートが、一瞬の合間にカテレアの前に現れていた。

 振り下ろされる一閃。それは、防御に発現した魔法陣すらもガラス細工のように割り砕き、容易く彼女の右半身を消し飛ばしていた。

 オーフィスは“龍”神だ。そして、ジークフリートは竜殺し。

 本体ならば未だしも、力の端末程度ならばお話にもならない。

 

「わ、私は…………!」

「貴様の言い分など、俺は知らん。敵として、俺の前に立った。それだけだ」

 

 奥の手である自爆すらも許さない。猛るオーラを纏わせて振り上げられた一閃により、カテレアの体は塵一つ残さず消し飛ばされる。

 襲撃は明らかな失敗。降り立ったジークフリートの完全勝利と言っても差し支えないだろう。

 だが、彼は魔剣をそのままに構えこそしないまでも警戒を緩める様子が無かった。

 

「凄まじいな。流石は、人間最強候補の一人と言ったところか」

 

 背より神滅具【白龍皇の光翼】を出現させ宙に立つヴァーリは、戦意を隠そうともせず、言葉を落としてくる。

 

「……君が、裏切った経緯はどうでもいい。ただ一つ、敵か、味方か?」

「敵さ。俺が目指すは、最強の座。何より、アースガルズに喧嘩を売らないかと誘われていてね」

「そうか」

 

 返答は簡潔に、しかし濃密な殺気がヴァーリに襲い掛かる。

 ビリビリ肌を刺すような、刺激にしかし彼は好戦的に口角を歪めた。

 

「―――――禁手化!」

 

 纏うは、白銀の鎧。白龍皇の鎧と呼ばれるそれは、ある種の神器の極み。一定の力量に達した証拠である。

 効果は、半減と吸収。相手の力を削って、己の力へと変えて余剰分を翼より放出するという造り。

 だが、

 

「…………半減が、上手く作用しないな」

『気を付けろ、ヴァーリ。奴は竜殺しだ。喰らえば、お前と言えども致命傷は避けられんぞ』

「分かっている!」

 

 上手く作用しない神器の効果。忠告する相棒の言葉を振り切るようにして、ヴァーリは飛んだ。

 彼は最強を求める。その手始めが、竜殺しの英雄など自殺行為にしか思えないがそれでも彼自身は、負けるつもりは無かった。

 

「―――――ガッ!?」

 

 その瞬間まで。

 何が起きたのか分からないというのが、率直な感想。

 ジークフリートに突っ込んだところまでは覚えている。だが、気づけばヴァーリは上空の結界を見ていた。

 斬られた、訳ではない。斬られれば竜殺しの呪いによって、彼の体にはこの世のものとは思えない激痛が走る筈であるから。

 ならば何が起きたのか。

 それは、外野から見ていたものならばよく分かっただろう。

 

「化物か、あの男…………!」

 

 冷や汗を頬ににじませたアザゼルが結界の向こうより、そう呟く。

 彼含めてジークフリートへの援護に向かおうと言い出す者は少なくなかった。だがそれを、ミカエルが封殺。むしろ邪魔になるとして、彼らを止めたのだ。

 結果はどうだ。彼の言う通り、無駄な手助けはむしろ邪魔になった事だろう。

 

 そして今。歴代最強の白龍皇と名高いヴァーリが青天を食らっている。

 何をしたのか。何の事は無いカウンターで顔面を殴りつけてその勢いのまま地面に叩き付けただけ。

 ジークフリートは“剣士”ではない“戦士”なのだ。徒手空拳は疎か、槍もメイスも暗器だろうが使える。剣ばかりなのは、単純に剣が得意であるから。

 

「ぐっ…………!」

「大人しく投降しろ白龍皇」

 

 倒れたままのヴァーリに魔剣の切っ先を突き付けたジークフリートはそう告げる。

 だがそれは、到底彼には受け入れられるものではなかった。

 

「嘗めるなよ、ジークフリートォ!」

 

 吠えると同時に、ヴァーリは魔力を全身から放出し疑似的な爆発を引き起こした。

 この程度でジークフリートの姿勢が崩れる事は無い。だが、倒れているヴァーリは違う。衝撃によってその体は大きく後方へと飛んでいた。

 距離が空くが、ジークフリートは追う素振りすら見せない。

 それが、今の実力差を表しているようでヴァーリの苛立ちを加速させていく。

 

「見せてやる、俺の力を!!!」

 

 竜の気配が増していき、鎧の輝きがより一層強まった。

 

「『Half Dimension』」

 

 掛け声と同時に展開される領域。触れた全てを半減させるそれは、周りへの影響を顧みることなく、ジークフリートへと迫る。

 いつものように魔剣による迎撃―――――とここで、彼は予想外の行動へ。

 

「…………貴様の性根をへし折る。そして、そこからやり直せ」

 

 魔剣を鞘へと納め、背負った大剣の柄に手を掛けたのだ。

 引き抜かれるそれ。十字架を模したような柄と鍔、刀身であり、柄には蒼い宝玉がはめ込まれその中には太古のエーテルが揺らめいている。

 聖剣にして、魔剣。二種の相反する性質を有した黄昏の大剣。

 

「―――――邪悪なる龍は失墜し」

 

 竜殺しという点においてはグラムと並ぶ世界トップクラスの一振り。

 

「―――――世界は今、落陽に至る」

 

 溢れんばかりの魔力と聖力の二つが刀身を包み、黄昏の極光を成す。

 

「―――――撃ち落とす」

 

 その剣の名を、

 

「―――――“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”!」

 

 突きの構えから放たれた黄昏の極光は、極太の光線となってヴァーリへと突き進みその姿を鎧ごとアッサリと飲み込んでしまう。

 極光は、斜め上への軌道で放たれており結界を薄紙の様に突き破って夜空を貫き、雲を抜けて成層圏を掠めていく。

 たっぷり十秒の放射。徐々に細くなり消えた極光。

 その後では、校庭に焦げ目が刻まれており穴の開いた結界が空気に溶けるようにして消えていくところであった。

 

「加減はした。貴様の預かりは、未だ堕天使勢力、アザゼル総督だからな」

「…………」

 

 鎧が解除され、仰向けに倒れたヴァーリは辛うじて息をしているが確かに生きていた。

 ジークフリートが手心を加えたからだ。その程度の事は、余裕。半分寝ていても出来る。

 

 和平会談。本来ならば、テロリストである禍の団の危険性を喧伝するような事態になる筈であった。

 だが、たった一人の英雄がその暴走を阻む。

 圧倒的な力と、今後の火種を携えて。



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竜殺しだけど竜を宿した竜殺しのお話

お気に入り件数が、十倍どころの話じゃなくなっている件について
本当に、このような拙作がここまで伸びるとは思っていませんでした。感謝しかありません、はい

ただ、同時にプレッシャーも凄いですね。お腹痛くなりそうです










 三大勢力と銘打ってはいるものの、その実他勢力に劣る部分が無い、こともない彼ら。

 原因はやはり、天界が秘匿しているが聖書の神の不在。そして勢力内の不和だろう。

 いや、それだけではないか。主に神器関連では、他勢力の秘宝やら何やらをシステムに組み込んでいるモノが幾つもあるのだから。特に神滅具には最低でも二種類は他神話の要素が組み込まれている。

 後は、教会陣営が悪魔を目の敵にしており見敵必殺(サーチアンドデストロイ)をかましてくる位か。

 正直なところ禍の団が動いている事を加味すれば、最早いがみ合っているときではないのだが、如何せん禍根が深すぎるというもの。

 

 そこで、今回トップ陣が一計を案じた。

 場所は駒王学園。和平会談が行われたこの場所で、彼らはそれぞれの陣営から代表者を立てて接触を持つことにしたのだ。

 

「…………」

 

 その代表として、武装を外し黒いシャツとスラックス姿となった現英雄ジークフリートは今目の前で行われている鍛錬?を眺めながら腕を組んでいた。

 今は灰色の髪もポニーテールで纏められ、黒ぶちの眼鏡をかけたその姿は身長と体格も合わさって十八歳には到底見えない。

 だが、学園の生徒ではないのだ。ついでに、鎧姿というのも目立つ。

 何より、ジークフリートはこれ以外の服を持ち合わせてはいなかった。

 

「よぉ、ジークフリート。会談ぶりじゃねぇか」

「…………」

「愛想のねぇ奴だな。少しは、他の勢力のトップと顔つなぎしようとは思わないのか?」

「貴様との顔つなぎは、既にミカエル様がされている。俺は、ただの戦士だ。戦う事しかできない」

「その割には、随分と熱心に観察してないか?」

 

 隣に胡坐をかいて座ったアザゼルはニヤニヤと裏の在りそうな笑みを向けてくる。

 元より、腹芸など出来ないジークフリートにとって、この手の輩は接触すらもしたくは無いのだが、今回は仕事だ。文句やら何やらは飲み込む。

 前方では、今まさに聖剣デュランダルを振るいデイウォーカーであるリアスの眷属の一人を追いかけるゼノヴィアの姿があり、少し離れたところでは一誠が木場とシトリー眷属の匙元士郎も交えて組手を行っている。

 それぞれが神器を発現させた状態であり本人たちからすればかなり本気で戦っていた。

 

「アザゼル総督」

「ん?なんだ?」

「あの程度の鍛錬で良いのか?」

 

 だが、ジークフリートからすれば温いと言わざるを得ない。

 

「そうか?結構本気だぜ、アイツら」

「同格か、少し下の者たちで戦っても意味は無いだろう。戦士として強くなるならば、上の相手との戦いを経験しなければ、いつまで経ってもあの程度だ」

「なら、お前が相手してやれよ。今回の任務だろ?」

「…………良いだろう」

 

 ジークフリート、動く。アザゼルの言うように、今回の任務は勢力交流。そして、若手の育成。

 彼とて十八歳なのだから十分若手なのだが、そこは割愛。人類のバグとも言えるような存在をそこらの若手と同列に扱うなど若手がかわいそうだからだ。

 

「すまない、君たち。少し集まってはくれないか?」

 

 木剣を片手に鍛錬用に張られた結界の中心で彼は呼びかける。

 

「どうしたんですか、ジークフリートさん」

「呼び捨てで構わない、兵藤。俺は、さんと付けられる程高尚な人間ではないからな」

「いや、その…………」

「部長の意向なんですよ、ジークフリートさん。貴方が良くとも、周りは現英雄に対して悪魔が対等に接することは気に入らないんです」

「…………そうか」

 

 言い淀む一誠と木場の言葉を受けて、若干ながらテンションを落とすジークフリート。

 事実、聖剣デュランダルを携えたゼノヴィアが変な事を言うな、とでもいうかのように睨んでいるではないか。

 彼女、あの聖剣の一件からジークフリートのファンになっているらしく、対とも言える魔剣グラムに並ぶ聖剣デュランダルを極めようとこうして振るっていた。

 もっとも、元々デュランダルはじゃじゃ馬も良いところ。破壊力ブッパの文字通り“全て”を斬る事が可能な一振りは、未だに彼女の手には馴染んではいなかった。

 

「……んんっ、まあ、それは良い。君たちは、強くなりたいか?」

 

 咳払いで暗い気持ちを押し流したジークフリートは問う。

 瞬間、一人を除いて全員がその目にある種の渇望を輝かせて、彼を見返してきた。

 その眼には、ジークフリート本人も覚えがある。というか、今も鏡を見れば確認できるであろう自分の目と同じだ。

 であるならば、

 

「ならば、俺が手助けをしよう。君たちならば、直ぐに踏み越えていけるとは思うがな」

 

 現英雄からの手解き。教会関係者ならば発狂しそうな事だが、この場は若手育成の為の時間だ。何の問題もある筈が無い。

 ただ、

 

「あの、ジークフリートさん?俺達も、素手の方が良いですかね?」

「?何故だ?」

「いや、その、木剣ですし…………」

 

 神器を出したままの一誠が指摘するのは、ジークフリートの得物。

 先述のように彼の手元に有るのは何の変哲もない木剣、いや素振り用の木刀とでも言うべき刀身部分が分厚く太い代物。

 人が振るうには丁度いいだろう。だが、悪魔などの人外にしてみればへし折る事すらも容易い小枝同然だ。

 だがしかし、その発言は現英雄と呼ばれる男を正確に測れていない証拠でもあった。

 

「問題ない。好きなように掛かってくると良い」

 

 ジークフリートも必要以上には語らなかった。

 只、木剣を右手にその場に立つのみ。構えを取る気配すらも無い。

 困惑したような彼らだったが、その中で最初にジークフリートの前に立ったのは両手に魔剣を創り出した木場だった。

 

「お願いします」

「ああ」

 

 返答は短く。二人の間の砂塵が巻き上げられ、

 

「ッ!」

 

 先手は木場から。悪魔の駒である騎士の特性を発揮した高速機動からの、背後からの斬撃。

 しかし、

 

「―――――ガッ!?」

 

 気づいた時には右脇腹に痛みを感じ、吹き飛ばされていた。

 簡単な話だ。確かに、木場は速い。常人には影も捉えさせないような速度だろう。しかし、ジークフリートからすれば目で追える速度でしかない。

 後は、背後に来ることを確認した時点で振り返りながら右手の木剣を横薙ぎに振るった。それだけの事だ。

 

「次。何も一人ずつで向かって来いとは、俺は言っていないぞ?」

 

 再び唖然とする生徒たちに向き直り、ジークフリートはそう告げた。

 そもそも、神器を持とうと持たずとも結局のところ使えなければ何の意味もない。

 

「兵藤。私が切り込む、お前は力を高めておけ」

「ッ、ゼノヴィア?」

「ハッキリと言っておくが、今の私ではデュランダルを十全に扱えてもあの人と十秒切り結べる気は全くもってしないがな。それでも数秒、持たせて見せよう!」

「俺も行くぜ。正面戦闘じゃ勝てなくても力は吸い取れるだろうからな!」

 

 次に出るのは、ゼノヴィアと匙の二人。

 聖剣デュランダルと神器【黒い龍脈】それぞれを携えての特攻とも言える突撃だった。

 

「伸びろ!」

 

 匙が黒い龍脈よりラインを伸ばし、ジークフリートの右腕へと巻き付けた。

 この神器。ラインを伸ばすだけにも見えるのだが、このラインがなかなかに厄介。自身と対象を繋ぐことで力を吸い取ることが出来るのだ。更に習熟すれば、逆に力を送り込んだり、血を吸い取ったりすることも可能。

 更に、ラインそのものも所有者のしぶとさに応じて強化されるというものであり、搦め手型だ。

 

「このまま力をッ!?」

 

 力を吸い取り、ほんの少しでも勝ちの目を引き寄せようとした匙だったが、突然の事態に膝をつく。

 

「がぁあああああああ!?な、んだよ、これぇ!?」

 

 胸の内から焼き尽くされるような膨大なエネルギーに、匙自身の体が耐えられなかったらしい。

 吸い取ったそばから、むしろ流入してくるようなエネルギーの奔流は容易く匙元士郎の容量限界を踏み越え、

 

「かはっ…………!」

 

 撃沈させた。

 血反吐を吐いて倒れる匙。ラインも消えた。

 ここで漸く、ゼノヴィアがジークフリートに接敵する。

 

「ハァアアアアアッ!」

 

 聖なるオーラを纏わせて、デュランダルが振り下ろされる。

 

「……軽い」

「なっ、ぁ…………!?」

 

 対するは木剣。片手で頭上に持ち上げられたソレは、断ち切られる事無くデュランダルの刀身と噛み合っているではないか。

 あんまりな光景に、ゼノヴィアから思考が抜け落ちた。

 一瞬の隙。だが、近接戦闘でそんな隙を晒す時点で落第点だ。

 

「ガッ!?」

 

 ゼノヴィアの腹に、ジークフリートの左拳が突き刺さる。

 衝撃が彼女の背中を突き抜け、次の瞬間にはその華奢な体は大きく吹き飛ばされていた。

 手放されたデュランダルが空中で担い手を失い地面に落ちる―――――途中でその柄を左手が掴んだ。

 ジークフリートはデュランダルを掴むとひっくり返し、その切っ先を地面へと突き刺してしまった。

 

「マジかよ…………」

 

 全員が一撃。それも、その場からほとんど動くことなく、だ。

 

『相棒。十秒だ』

「え?」

『あの男。今の相棒ではどれだけ高めても間違いなく一撃で仕留めてくる。ならば、疑似とはいえ禁手化しなければ一矢報いる事さえ不可能だ』

 

 その一矢すら掠り傷にもならないがな、とドライグは内心で続ける。

 竜殺しと赤龍帝という相性の悪さがある事は言うまでも無いが、それだけではない。

 未熟と言えども若手の中でも粒揃いの面々こうも容易く撃退したのだ。何より、自身のライバルである白龍皇の禁手化すらも容易く一蹴した相手に疑似的な禁手化しかできない自分たちが勝てるとは到底思えない、というのが彼の考え。

 ドライグとしても素直に負ける等と、認める事は出来ない。しかし、全盛期の時に出会ったとしてもいい勝負をしてくるだろうと、彼はジークフリートを認めていたのだ。

 

「ウォオオオオオオッ!」

 

 紅蓮の鎧を纏い、一誠は吶喊する。

 禁手化、赤龍帝の鎧は一気にパワーを増大できるだけでなく、籠手の状態ではない倍加の重ね掛けが可能であり背にはブースターがあるお陰で高速戦闘も可能となる。

 ただ、倍加というのは結局のところ所有者本人の力量を倍加するという事。重ね掛けするといっても肉体が耐えられなければ意味が無い。

 今回は、一発かます為だけに限界まで倍加しておりその一撃は格上であっても場合によっては打倒できるかもしれない可能性を秘めていた。

 だが、

 

「甘いな」

 

 目の前の男にはご都合主義は通用しない。

 右手一本で振り落とされた一撃。木剣の刃は的確に突っ込んできた一誠の脳天を捉えており、一撃のもと地面へと叩き伏せてしまった。

 鎧が解除されたことから、気絶したのだろう。

 

「…………ふむ、やり過ぎてしまったか?」

 

 木剣を片手に、ジークフリートがそう呟く。

 彼基準の鍛錬としては、破格の手抜きであったのだが、如何せん現英雄に至るほどの男の鍛錬を受けるには彼らは下地が出来てはいなかった。

 因みに修業時代、ジークフリートは骨が折れようとも内臓が傷つこうとも腹に穴が空こうとも、剣を片手に前へ前へと進み続けてきた。それも、今のような黄昏の大剣や魔剣等ではなく量産品の鋼の剣を片手に、だ。

 それだけで悪魔や堕天使、道を外れたエクソシスト等々様々な相手と渡り合ってきた。

 

「ああああ!い、イッセーさん!」

「君か、アルジェント。彼らの治療を頼めるだろうか」

「は、はい!」

 

 元聖女であるアーシア・アルジェントに治療を任せ、ジークフリートは苦笑いしながら一方的な光景を眺めていたアザゼルの元へと向かう。

 

「やり過ぎじゃねぇか?」

「あの程度で折れるようならば、これから先の戦いでは生き残れない。俺は、彼らに死んでほしくはないからな」

「厳しくするのも愛の鞭ってか?流石は英雄様だな」

「…………すまないが、やはり俺は英雄などと呼ばれるような素晴らしい存在ではない」

「いいや、英雄だろ。才知、武勇に優れ、常人には出来ない事を成し遂げた奴の事を英雄って言うんだからな」

「俺には、壊す事しかできない。何かを守ろうと伸ばした手は、取り零してばかりだ」

 

 実感の籠ったその言葉は、事実彼の経験からきている。

 英雄だ何だと、持ち上げられてはいるが彼とて人間なのだ。大陸の端から端まで瞬きの間に走破したりできないし、大海に落ちた針を見つけ出す事も出来はしない。

 任務を受けて、その日のうちに出発しても場所によっては間に合わなかった事など両手両足の指でも足りない程。

 それでも、生き残った人々は彼を英雄(ヒーロー)として褒め称えた。

 

 それが、どうしたって辛い。

 

(英雄って言っても、まだまだ子供か)

 

 拳を固く握るジークフリートを横目に、アザゼルは内心でそう零していた。

 たった一人で全てを背負い。それでも潰されない精神性は、最早人の領域を踏み越えている。力量も言わずもがなだろう。

 それでも、鬱屈とした精神が時折こうしてポロっと表に顔を出す。

 だがそれは、アザゼルが他勢力の“大人”であるから。これが同じ天界陣営ならばこうして口を滑らせることも無いだろうし、滑らせてもそれは剣の師匠とも言える人類の極致とさえ言われるデュランダルの前任者位ではなかろうか。

 

 とはいえ、アザゼルとしても踏み込みはしない。気休めの言葉を掛けたりもしない。

 竜殺しの英雄(ジークフリート)の名は、それだけ“重い”のだ。

 それは過去から今にかけての歴史然り、そこから生まれた偶像然り。

 そして何より、三大勢力内のみならず他勢力にも少なくない影響力がある。

 特に、北欧勢力。知識欲の塊である変態爺などは既に行動を起こし始めているのだから。ついでに、禍の団の動向もある。

 こんな状況で、特記戦力である一人を失う訳にはいかない。

 

「そういやお前、神器(・・)は使わないんだな」

 

 そこで、話を逸らす事にしたらしい。

 まあ、これもまたアザゼルが聞きたい事ではあった為に致し方ないが。

 

「使う必要が無い」

「そうか?まあ、普通の(・・・)神器保有者なら宝の持ち腐れも言ところだろうがな」

「……随分と、詳しいな」

「おいおい、これでも堕天使のトップ張ってる男だぜ、俺はよ。何より、戦闘は得意じゃねぇが本職は研究だ。他勢力だろうとその手の情報は仕入れてるのが当たり前だろ」

「…………」

「ただ、な。お前の神器【悪龍の心臓(ハーツ・オブ・ファーブニル)】は過去の例が極めて少ない。そして、」

「使い過ぎれば、龍になる。だろう?」

「知ってたか。ドラゴン系神器の中でも取り分け危険。所有者に無限に等しい力を与えるが発動回数が重なると、徐々に体を龍鱗(りゅうりん)に覆われ、最後には完全な竜へと変わる。お前、よくもまあグラム何て龍殺しの頂点の一角みたいな代物振るえるな」

「鍛えたからな」

「ンなことで、弱点の一つを克服されちまえば世話ねぇよ。あそこ迄持ち主に従順な魔剣なんて初めて見たぞ」

「俺の体が竜へと変わらないのは、魔剣のお陰だ。俺自身も抑えてはいるが、全力を尽くす時には使えるモノは使わなければならない」

「お前がそこまで言う相手、ね。おっかねぇや」

 

 アザゼルは肩を竦めるが内心では、気が気ではない。

 悪龍の心臓は、生半可な者では卒倒し、下手すれば体の内側から爆散しかねないような代物なのだ。ジークフリートほどの肉体が無ければ間違いなく持て余す。因みに、デュランダルを木剣で受け止められたのもこの心臓から発生し彼の体に溜まった魔力を纏わせたお陰である。

 そんな代物のバックアップを受けなければジークフリートが打倒できない敵など最早悪夢と言う外ない。

 最低でも神クラス。下手すれば戦神の中でも上位の可能性。

 

「因みに、誰と戦ったんだ?」

「師である、ヴァスコ・ストラーダだが?」

「…………修行か?」

「ああ。何年も前の話だが、未だに昨日の事のように覚えている。極限まで時間が圧縮され、どちらもが十手先迄読み切りながら剣を振るう。互いに訓練用の(玩具)を使っていたことが悔やまれるがな」

 

 補足すると彼らの訓練によって、鍛錬に使われた森一つが更地になっていたりする。

 アザゼルは、肩に籠った力が抜けるのを感じていた。

 そして、天界勢力の一部が頭おかしいと、頭痛を覚える。

 

 その後、回復した四人が再びジークフリートに挑む光景が何度となく繰り返され、その度にアーシアの悲鳴が響くのだが、それは余談だ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「ふーむ、どうしたものかの」

 

 長い顎髭を撫でながら、主神は考えていた。

 手元に欲しい英雄(玩具)をいかにして、手に入れるか。

 少なくない回数手を出しているのだが、その度に返ってくるのは手厳しい対応ばかりで進展など一ミリたりとも起きてはいないのだ。

 力づくで手に入れる事を考えないわけでもない。だが、それをしてしまえば面白さもまた同時に潰すことになりかねない。

 勝てないわけではない。むしろ、英雄と言えども人間が相手ならば問題は無いだろう。

 

「色仕掛けも効かんし……とにかく、接触すべきか」

 

 丁度いいと言うべきか、自分の目的に合致した誘いも受けている事であるし。

 主神はニヤリと口許を歪めるのだった。



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竜殺しだけど女殺しな竜殺しのお話

書きたいシーンが果てしなく遠い件について
ついでに、副題のネタがそろそろ無くなりそうですね、はい


 英雄とは、才知と武勇に優れ、常人には成しえない事を成した者の事を言う。

 そこに善悪の関係は無く、後の世に悪逆の限りを尽くしたと記されようとも彼らは等しく英雄足り得た。

 そして、彼らは少なからず自分の偉業に一定以上の自負を持ち合わせているものだ。

 であるならば、

 

「すまない。俺には、誇れる何かなど無いんだ。本当に、すまない」

 

 彼は英雄足り得るのか、否か。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「振りが遅い」

「くっ!」

「動きが単調だ」

「なっ…………!」

「力が弱い」

「おわぁああああ!?」

「イノシシでは、勝てるモノも勝てないぞ」

「はべしっ!?」

 

 木剣を片手に、尽くを叩きのめしていくジークフリート。

 ゼノヴィアは弾かれ、木場は蹴り飛ばされ、匙はラインを逆に引かれて振り回され、一誠は拳一発で地面に半分埋まった。

 四人は連日、こうして放課後になるとジークフリートに鍛えてもらっていた。いや、鍛える等という生易しいものではない。未だに彼の魔剣を抜かせるどころか、真剣すらも振るわせていないのだ。

 それでも掠り傷一つ付けることが出来ずに叩きのめされている。

 心の折れそうな状況だが、徐々に徐々に食らいつけている時間が増えているし、今では叩きのめされても直ぐに起き上がって向かっていく程度のタフネスは身についていた。

 

「―――――む?」

 

 今まさに、木場の魔剣を指で挟みへし折ったジークフリートはズボンのポケットに入れた携帯が振動するのに気が付いた。

 折れた魔剣を放り、新たな魔剣を創造して向かってくる木場の顔面を掴んで投げ飛ばした彼は、空いた左手で携帯をとり開いて通話ボタンを押すと耳に押し当てた。

 

『任務だ、ジークフリート』

「……今も任務中ですが?」

『火急の要件だ。然るお方の護衛に貴様が指定されたのだ。そちらには、戦士ゼノヴィアが居るのだろう?学園には堕天使総督も居るならば、戦力としても問題あるまい』

「…………了解」

 

 それから詳細が言い渡され、通話は一方的に切られることになった。

 この間にも向かってくる教え子たちを捌いていたのだから、その実力は計り知れない。

 

「……………………ふぅ」

 

 木剣の切っ先を地面に突き、ジークフリートは一つ息を吐きだす。

 これは単なる休憩ではなく、鍛錬終了の合図でもある。

 崩れ落ちる四人を見つめ、彼は口を開く。

 

「すまない。任務が入ってしまった」

「っ、はぁ……はぁ……に、任、務…………?」

「ああ。暫くは掛かるだろう。すまない、君たちの相手を勝手にしておきながら放り出してしまう俺を、許しれくれとは言わない。本当にすまない」

 

 深々と頭を下げるジークフリート。

 だが、頭を下げられる側からすれば彼が謝る事など何もない。むしろ、態々時間を作って自分たちの壁として立ちはだかってくれるだけでも感謝しているほどなのだ。

 

 慌てる彼らに再度謝り、彼はその場を後にする。向かうは―――――

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 基本的に、勢力間の繋がりというのは希薄な場合が多い。特に内戦続きで外へと目を向ける余裕の無かった三大勢力。そして、基本的に静観を守ってきた北欧神話。

 

「ジークフリート、参上いたしました」

 

 軽装の鎧に、黄昏の大剣を背に腰には魔剣をそれぞれ配して、ジークフリートは片膝をついて礼を取る。

 彼の前、一段高くなったそこに立つのは白い髭を蓄えた隻眼の老人と彼の斜め後ろに控える白銀の髪をした女性の二人が見下ろしていていた。

 

「そう、堅苦しい態度は必要ないぞ英雄よ。ここには儂とお主しか居らんのでな」

「あ、あの、オーディン様?私も居るんですが…………?」

「む?ロスヴァイセ。護衛は、この男に任せる。主は帰ってよいぞ」

「出来るわけないじゃないですか!?主神を一人で他勢力に送り出すだなんて!」

「じゃから、護衛はこの男に任せると言っておろう」

「ですから……!」

「実力と言えば、十分ではないか?現代に生きる竜殺しの英雄じゃ。少なくとも、ワルキューレが束になろうともこの男には勝てまい。のう、ジークフリート」

「…………」

 

 アースガルズ主神であるオーディンに水を向けられ、ジークフリート顔を上げた。

 

「……お言葉ですが、俺は単なる一戦士に過ぎません」

「ほっほ、謙虚だな。だが、お主にはそれだけの功績があるではないか」

「勝負とは水物。俺が勝ってこれたのは、偏に運が良かったからでしょう」

 

 自分の事を一切誇らない彼の態度は、戦うものからすれば卑屈にすら見えるほどに低い。

 どこぞの英雄を名乗る集団であるならば、むしろそれらを鼻にかけるだろうに彼は実に対照的とも言えた。

 立ち上がる事も無く、訥々と語るジークフリートを見下ろし、オーディンは残った左目を細め現英雄にあるまじき低姿勢を見つめる。

 今回の一件を案じたのは、オーディンだ。彼はジークフリート、もといその背に負った黄昏の大剣に興味があった。

 無論、英雄本人への興味もあるが、大剣の柄に収められた宝玉には神代の魔力ともされる真エーテルが込められており、これとジークフリートの魔力が合わさる事でその破壊力を更に高めているのだ。

 だが、その剣は所有者を認めない限りは鞘から抜けないどころか、持つことすらも拒絶する魔剣の特性を持ち合わせており、同時に抜けたとしても万全に振るうには適性が必要という聖剣の特性も持ち合わせ、今の所有者であるジークフリート以外が手に取ろうものならば神であろうとも呪われる。

 過去に、神も恐れる二天龍と呼ばれた赤龍帝と白龍皇。そして、そんな二体を殺す可能性のある竜殺しの力。

 そもそも竜殺しは呪いのような物だが、その本質は圧倒的な生命力の塊のような存在を縊り殺す為のモノ。龍以下の存在であったならばその呪いに耐え切れずに死んでしまう。

 

 要するに、連ねてはみたがオーディンがじっくりと観察するにはジークフリート諸共自分の手元に置いてしまう事なのだ。

 

「では、運のみで英雄にまで上り詰めた者よ。お主は、いったい何を望む?」

「…………」

「金か?地位か?名声か?名誉か?国か?人か?あるいは、世界か?」

 

 問いかけるオーディンの目が鋭くジークフリートを貫き、捉えて離さない。

 嘘も隠し事も、この目の前では無駄になるだろう。そう理解させられるそんな目だ。

 

「…………何も」

 

 間を開けて、ジークフリートはただ一言そう返した。

 この返答をある意味では予想していたのかオーディンに驚きはない。ただ、その後ろで未だに動向を伺うロスヴァイセは違う。

 

「な、何も望まないんですか……?貴方なら、何でも…………」

「何故、望まなければならない。俺は、あくまでも一戦士に過ぎない。そんな俺が分不相応な“何か”を得ることは間違っているだろう?」

 

 ジークフリートは自嘲するでもなく、淡々と語る。

 それは彼のいや、“ジークフリート”という魂が抱える欠陥とでも言うべきモノ。

 求められて(・・・・・)全てを成してきた彼は、その最期に己の死が求められた(・・・・・)

 それは悲劇の引き金となり、誰一人として幸せにする事無く幕を下ろすことになる。

 アザゼルに語った自身の英雄としての在り方に対する思いと、魂に刻まれた呪いの様な欠陥、そして彼自身が生み出された経緯も相俟ってその価値観は崩壊。

 

 ただ、考えても見てほしい。何も知らない筈の子供の周りで自分のせいで(・・・・・・)他の子どもたちが傷つき死んでいくというその状況を。

 成長すれば、救えずとも英雄と呼ばれる。魂の記憶にも引きずられ、求められた事のみを成してきた。

 指の隙間から命は零れるばかり。背負うそれらに潰されそうになりながら、魂に従って求めに応じ続ける。

 その結果が今の(ジークフリート)だ。

 

 “周りに”望まれた英雄。それこそが彼だった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ニーベルンゲンの歌、ヴォルスンガ・サガ。

 悪龍ファーブニルを打倒したとする英雄ジークフリートとシグルドの活躍を描いた二つの英雄譚。

 両英雄を同一の起源とする説や、片方の英雄が元となりもう片方がリメイクされた等々、さまざまな説があるのだが、その最期は女難によって悲劇で終わる。

 もっともジークフリートの場合は女“から”愛されており、シグルドは女“を”愛した結果悲劇となった。

 

「す、すまない俺は未成年なんだ……だ、だから酒のグラスを近づけるのは止め―――――」

 

 暗い店内で大きく胸元の開いたシャンパンドレスを着た美女が、妖艶な手つきでジークフリートに迫る。

 迫られた当人は、顔を真っ赤にして目を逸らしながら両手を上げて限界まで上体を反らし出来る限り相手を見ずに触れようともしない。

 

「やっぱ、まだまだ子供だな、アイツも」

「ほっほ。壊れているかとも思えば年相応の純粋さも持ち合わせるか。実に、良い」

 

 しどろもどろの年相応な反応を示す現英雄を尻目に、アザゼルそしてオーディンの二人はカウンター席に腰掛け酒を呷っていた。

 今回のジークフリートの任務は、オーディンの護衛。冥界にて行われる若手悪魔のレーティングゲームへの誘いを表の目的として、その実三大勢力の和平を伝え助力を願う為の会談が予定されているのだ。

 

「それで、アザ坊。あの男は、鳩どもの預かりであったか。よくもまあ、飼いならせるものよ」

「飼いならす、ねぇ…………ありゃどっちかって言うと、飼い潰し(・・)だな。ジークフリートは強い。それこそ、神にもその牙が届く。だがな、アイツはどうしたって甘すぎる。そりゃ、仕事なら一切合切を無視して相手を消すだろうさ。けど、個人で動く時のアイツは専守防衛が基本だ。明確な危害を加えられなければ、反撃すらしないかもな」

 

 (とぼ)されても、(けな)されても、困ったような雰囲気を発するだけのジークフリートがアザゼルには容易に想像できた。

 この世界のみならず、強者が持ち合わせている一種の自尊心とでも言うべきものが彼には欠けている。

 

「オマケに見ろよ。照れちゃいるが、欲情は欠片も抱いてねぇ。好みが違うのかとも思ったが、サーゼクスの妹やその眷属にも反応しなかったからな。枯れてやがるぜ」

「英雄色を好むとはよく言うが、その逆か。魂が影響しているならば、あの男が反応しない事も無理はない、か」

「随分物分かりが良いじゃねぇか、色ボケ爺。てっきりハニトラでも仕掛けるのかと思ってたが…………」

「既に試した。逆に落とされたがの」

「ワルキューレか?」

「それだけではないが、な。随分と紳士的に対応されたらしい」

 

 あのようにな、とオーディンが示す先では今まさに初心な反応を楽しんでいた女性の堕天使が足をもつれさせて転びそうになったところをジークフリートが受け止めている所だった。

 その際に胸などに触らないように配慮しているのが彼らしい。横抱きに持ち上げるとそのまま傍らの椅子に、座らせているではないか。

 更にその肩に自身が着ていたスーツのジャケットを羽織らせるオマケ付き。その眼には下心の欠片もあらず、唯々相手への気遣いだけがあった。

 

「おいおいマジかよ。堕天使が浄化されかけてんぞ」

「アレが、紳士というものではないか?」

 

 堕天使は、天使が邪な感情を抱くことで堕天することで成る種族だ。当然ながら、欲に塗れており、それは主に性欲が大きい場合が大きい。というか、この堕天使が経営するクラブに居る堕天使は揃ってエロ塗れであり、客もまたエロ塗れである。

 そんな中で、欠片もエロさなど無く寧ろ、初心すぎると言っても過言ではない彼は浮いている。

 見た目こそは一流の戦士でありながら、その中身に見える年相応の反応。そして、この紳士的な対応。

 要するに、ギャップ萌えという奴だ。

 

 その日、一人の堕天使が真剣に足抜けを考えるのは全くの余談である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 レーティングゲーム。悪魔の駒を用いて最大十六VS十六となる悪魔のゲームは、その発端を三大勢力の戦争後に起きた問題解決に始まっている。

 最大、というのは駒を与えられる側の、すなわち悪魔に転生する側の持ち合わせた潜在能力によって転生に必要な駒の数が変わる為。

 例えば神器などを持っていなければ、兵士の駒が一つで十分だ。だが、神滅具などならば主である王の力量にも左右されるとはいえ、駒を八個使う事もある。

 その他にも、変異の駒と呼ばれるものもあるがこれはレアケース。

 

「あの赤龍帝の小僧、魔剣の小僧、ブリトラの小僧はお主の弟子だったか」

「……弟子、ではありません。彼らが強くなる一助となれば、と手助けをしているだけです」

「ほう、手助けか…………赤龍帝以外は未だ禁手化には至っておらずとも随分と粒揃いではないか?」

「彼らは常に努力を続けていますから」

 

 貴賓席の一つ。周りの悪魔から隔離するように秘匿された席より、レーティングゲームを眺めながら言葉を連ねるオーディンにジークフリートの反応は芳しくない。

 彼の隣では、少々機嫌の悪いロスヴァイセがむっつりと頬を膨らませていた。

 彼女、オーディンに撒かれてしまい一夜丸々主神探しに費やしたりしてしまいへそを曲げてしまったのだ。

 ジークフリートもフォローしない。彼は自分が言葉をもって誰かを説得したり、和ませたりすることには向いていないと自覚しているから。

 

「お主ならばどう戦う?」

「…………そもそも、俺はあのような地形では戦いません。引き付けて自分の有利な戦場へと誘い込みます」

「そんな事は分かっておる。儂が聞いておるのは、あの場での活路じゃ」

「でしたら、最初に相手の王を抑えるかと」

「ほう?」

「閉所での戦闘。匙の王は搦め手を得意としたテクニカルなタイプ。であるならば、盤上を最も見通せる場にて指揮をとっている事でしょう」

「だが、トラップもあるぞ?あの女王の神器は厄介だとは思うが?」

「あの程度であるならば、まだ俺の壁には足りません」

 

 カウンター型の鏡の神器を見ながら、ジークフリートはそう判断を下す。

 猪突猛進なパワー型には、カウンターが効果的だ。しかしそれは力量が伯仲、若しくはある程度の差しか無い場合。

 実力差が隔絶しているとカウンターを取る前に、潰される。

 ジークフリートもまた、パワー型。その中でも、圧倒的な破壊力で相手を叩き潰すような戦闘スタイルだ。止めるには彼以上の破壊力を持って押し切るしかない。因みに、ジークフリートがガス欠することは、先ずありえない。

 今回のレーティングゲームは、ショッピングモールの内部を模したもの。破壊力に特化したグレモリー眷属はいつもの破壊力を発揮できていない。ついでに、作戦立案実行能力にも少々難がある為、今回は相当な苦戦を強いられていた。

 もっとも、レーティングゲーム自体が娯楽の側面が強いため、実際の戦闘に当てはめる事が難しい面があるのは事実なのだが。

 

「ふむ、グレモリーの小娘の勝ちか。いや、これは勝ちというには些か傷が多すぎるな」

「…………」

 

 下馬評では、グレモリー眷属の勝ちが濃厚であったのだが、結果は辛勝。手札を生かしきれず、相手にしてやられた感が否めない結果であった。

 

「さあて、見世物も終わりじゃ。七面倒な会議は抜きにして、あ奴らには助力を伝えておこうか」

「オーディン様、良いんですか?アースガルズでは他勢力と手を組むことを良しとしない方も大勢いらっしゃいますが…………」

「いい加減田舎に引きこもり続けるのも、儂は飽いて来たんじゃ。若い娘っ子とのイチャイチャも出来んからの」

 

 ニヤリと笑ったオーディンに、ロスヴァイセは頭痛を覚える。

 正直なところ、組織というのは完全に一枚岩になる事はまず不可能。それも、神という個の頂点の様な濃いメンツが揃って一つの方向へと右向け右など出来はしない。

 特に、稀代のトリックスターとも称される悪神などはかなり不穏だ。

 

「どうした、ロスヴァイセ」

「ああ、ジークフリートさん…………いえ、何でもありません……」

 

 明らかに何かある態度であるロスヴァイセなのだが、そのままジークフリートに寄りかかったりはしなかった。

 神というのは、勇者を求めている。その過程で、特に人との接点が多いのは彼女のようなワルキューレだろう。

 メッセンジャーであったり、導き手であったり、その面は実に様々。

 そんなワルキューレ達の中でも、ジークフリートの評価は高かった。いや、評価というよりも最早アイドルのファンとでも言うべき状態である。

 特に、ジークフリート、そしてシグルドという名に関連するワルキューレのトップは純情乙女っぷりが加速している始末だ。

 だからこそ、ロスヴァイセは流されない様にしている。彼女は(自称)軽くない女であるから。

 

 頭に浮かんだ考えを振り払い、ロスヴァイセは一歩前へと踏み出し、

 

「きゃっ!」

 

 足がもつれて後ろへとバランスを崩してしまう。

 転ぶ!と頭が反応しても、咄嗟の事で体がついてこない。

 尻餅を覚悟して、

 

「―――――っと、大丈夫か?」

 

 その背中を大きな体に受け止められていた。

 構図としては、ロスヴァイセが背中からジークフリートに凭れかかる様にして抱き留められているというもの。

 状況を理解し、その耳で力強い心臓の鼓動を聞いた彼女は、その瞬間、沸騰した。

 

「~~~~~~~~ッ!」

 

 耳まで真っ赤に染まった彼女は、頭から蒸気が上がりそうな羞恥心が巻き起こるのを感じた。同時にその胸の奥に溢れる暖かな気持ち。

 だが、ロスヴァイセは(自称)軽くない女。そんなチョロインでは―――――

 

「ロスヴァイセ?」

「…………あふっ……」

 

 間近で囁くように呼ばれた名前。それによって彼女のキャパシティは溢れてしまう。

 

「ほっほ、これならば竜殺しではなく、女殺しと呼んだ方が良いかのう?」

「……とりあえず、助けてはいただけませんか」

「面白いから却下じゃ」

 

 気絶してしまったロスヴァイセを抱きかかえて、困った様子のジークフリートをオーディンは実に趣味悪く眺めるばかり。

 彼にしてみれば、英雄篭絡の為の手札が増えた様なものなのだから。

 

 結局この後、起きたロスヴァイセがジークフリートに横抱きにされていた結果再び気絶することになるのだが全くの余談である。



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竜殺しだけど竜殺ししない竜殺しのお話 Part2

 世界というのは、残酷だ。善性を信じた為に、貧乏くじを引かされることだって少なくはないし、何より詐欺師というものはそういうもの。

 そんな詐欺師に真っ先に引っかかり、詐欺関係なく踏み倒す者も実は居たりする。

 

「すまない、金は持っていないんだ。ただ、君の両親を救う為の手立てを用意はした。案内してはくれないか?」

 

 騙された上でも救う彼は、確かに英雄なのだろう。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 駒王学園も学校だ。夏休みを終えて、新学期。新任教師であるアザゼルや、転入生である紫藤イリナとゼノヴィアがそれぞれ教員と生徒に加入することになったがそれ位。

 少なくとも、表の学校生活には殆どの変化が無かった。

 

「…………」

 

 ホースからノズルを通ってシャワーとなり草花を揺らす水を見ながら、ジークフリートはひと時の平和を噛み締めていた。

 英雄と呼称されようとも、彼自身は戦闘狂ではない。平時はゆっくり眠り、甘味を食べて、日光浴をする。鍛錬もするが、殺伐としているのはそれ位だ。

 今彼の仕事は、学園の用務員。生徒として編入することも提案されたのだが、彼自身が多忙であり仮に学園に通っても欠席が増えるばかりになりかねない。

 という事で、居なくなってもそこまでバレる事の無い用務員という場所で落ち着いた。

 もっとも、筋肉質な体に、灰色のつなぎを大きく膨らませる様な体格と褐色の肌。帽子と眼鏡で隠しても目立つ整った容姿のせいで少なからずの噂にはなってしまっていたのだが。

 

 ノズルのトリガーを戻して水を止め、ジークフリートはボーっと水に濡れて陽光に輝く花を眺めている。

 腑抜けているようにも見えるが、任務の無い時の彼は大体こんな感じだ。

 果たして、苛烈にして壮絶にして剛毅な剣を振るう彼と、今の彼、どちらが本当なのだろうか。

 

「こんにちは、ジークフリートさん」

「…………ああ、こんにちは。君は……支取だったか」

 

 穏やかな昼下がりに、ジークフリートへと声を掛けたのは、この学園の生徒会長であり悪魔の若手の一人、支取蒼那。

 彼女が、声を掛けたのは今の情勢を考えての顔つなぎ。そして、王として自分の眷属を鍛えてくれている彼への礼があったから。

 ただ一つ驚いたとすれば、彼の何というかオーラの無さ。

 蒼那もまた、学園でのカテレア襲撃に立ち会った。

 何もできなかったが、その戦闘力に関して結界越しにもその目で見たのだ。圧倒的な、それこそいかなる策を用いようとも踏み壊されると理解させられるようなそんな戦いを。

 

 その上で、今のジークフリートはオーラが無い。どこにでもいるような、穏やかな青年、ともすれば少年にしか見えない。

 

「何か用か」

「あ、いえ、その…………」

 

 花に視線を向けたまま問うてくるジークフリートに、蒼那は言い淀む。

 言葉はあったはず。だが、そのどれもが、この穏やかな光景を崩してしまう気がして、彼女の喉を塞き止めてしまっていた。

 かといって、声を掛けたのは彼女だ。このまま何も言わないというのもバツが悪い。

 

「花、お好きなんですか?」

 

 という訳で、当たり障りのない言葉を選ぶことにする。

 キョトンとした顔を蒼那に向けるジークフリート。だが、直ぐにその口元に穏やかな笑みが浮かぶと口を開いた。

 

「花、というか植物、自然を見ているのは好きだ。心が落ち着く」

 

 似合わないがな、と彼は笑って膝を折ると花へと手を伸ばし撫でるように触れた。

 優しい手だ。誰よりも血に汚れながら、それでも大切なモノに伸ばされ続けてきた手はしかし何も掴めてはいなかったが。

 

「…………戦う事がお嫌いなんですね」

 

 あまりにも優しい光景に、蒼那は思わずそんな事を呟てしまう。

 呟いてから、自分は何を、とも思わないでもないが目の前の彼は咎めるでもなく、怒るでもなく、ただぼんやりと花を見つめたまま口を開く。

 

「…………そう、だな。ああ、そうだ。俺は、そもそも戦う事は好きじゃない」

「…………」

「この血塗れの手で言う事ではない、が俺は一度も戦いに高揚感を求めた事は無いんだ」

「では、なぜ、戦うんです?」

「それが、俺に求められたことだからだ。戦い、勝ち、打倒する。この身が滅ぶその時まで、立って戦う事を求められた。ただ、それだけでしかない」

 

 ジークフリートは典型だが、英雄とは求められるものだ。それが何であれ、求められるからこそ英雄は成立し、後の世にまで語り継がれることになる。

 彼もまた、求められたからこそこの場に居る。

 

「世界の平和の為には戦わないんですね」

「………………」

「ジークフリートさん?」

 

 黙ってしまった彼に、蒼那は首を傾げた。

 彼の顔を覗き込むために腰を曲げて前に乗り出してみれば、何やら渋い顔をしているではないか。

 

「ど、どうしたんですか?」

「…………いや、平和と言われたからな。少し、考えていた」

「?」

「支取。君は何をもって、平和と呼ぶ?」

「それは…………」

 

 思わぬ、と言うほどではない。ありふれているが、同時に答えの出る事の無い命題とも言える問い。

 この問いに答えるには、大前提として平和とは何なのかを定義するしかない。

 

「…………とりあえず、禍の団を討伐する事でしょうか」

「そうか…………」

 

 どうやら、彼が求めた答えではなかったらしい。

 花から手を離したジークフリートは立ち上がると踵を返してしまう。

 

「ジークフリートさん!貴方の思う平和は、一体何なんですか!」

 

 離れていく背中に、蒼那は叫ぶようにして問うた。

 聞かねばならないと思ったから。かの英雄が、いったい何を思ってこの質問をしたのかを知りたかったから。

 立ち止まったジークフリートは、首だけ振り返る様に捻り、

 

「恒久的な平和は存在しない。平和は全て、仮初だ」

 

 ただ一言、それだけを呟き去っていく。

 多くの戦いを見てきたからこそ言える彼の言葉は、重い。それだけの裏を見てきたし、笑顔のままその背に斧を隠して握手するような講和も見てきた。

 平和という夢を見るには、最早遅すぎるほどに。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 三大勢力の和平と禍の団の行動により、世界は急速に慌ただしくなり始めている。

 

「しばらくぶりではないか、ジークフリートよ。また、儂の身辺警護を任せよう」

「はっ」

 

 重視されるのは各勢力の繋がり。

 今回もレーティングゲームへと御呼ばれしたオーディンは、自身の警護としてジークフリートを指名していた。傍らには、付き人のロスヴァイセが居る。

 今回は、彼女も何も言わない。むしろ、頬を赤らめてチラチラとジークフリートへと視線を送っているではないか。

 そして、

 

「は、初めましてジークフリート……いいえ、シグルド。貴方に出会えて、光栄です」

 

 ジークフリートの前に立つのは、水色の髪をした美女。

 ロスヴァイセの様にヴァルキリーの鎧姿なのだが、その雰囲気は精錬されており抑えても溢れる魔法力は確かな強さを感じさせる。

 彼女こそ、今代のブリュンヒルデ。実力ならば、ロスヴァイセを優にしのぐほどであり今回のレーティングゲーム鑑賞についてきたのだ。

 

「……すまない、俺はシグルドではなくジークフリートと名乗っているんだ。君には申し訳ないが、ジークフリートと呼んではくれないか?」

「…………ええ、分かりました。では、ジークと呼ばせていただきます」

「あ、ああ」

 

 思いのほか、グイグイと突っ込んでくるブリュンヒルデに、さしものジークフリートもしどろもどろ。

 何より、目の前の彼女は今までに出会った女性陣の中にも埋もれる事の無い美人。

 端的に言って、彼は照れていたのだ。無論、ブリュンヒルデの名が彼にとってどれほどの意味を持つのか知らないわけではない。

 シグルドの死因は彼女と出会った事。もっとも、彼の場合は破滅すると予言されていながら自分の一目惚れを押し通した結果ではあったが。

 ジークフリートの場合は、どちらかと言うと受け身。思われている事に気づくことなく、悲劇を起こしてしまった。

 

 頬を掻くジークフリートと、そんな彼に詰め寄るブリュンヒルデ。

 名に宿った逸話からも距離が近くなるのは自然であった。だが、この場において二人の距離が近すぎると面白くない者がいる。

 

「あ、あの、先輩?少し、ジークフリートさんに近いのでは……?」

 

 ロスヴァイセはおずおずとしながらも、声を掛ける。

 前回の一件。チョロいと言うなかれ、彼女もあそこまで異性が近かった試しが無いのだ。それも、耳元で名前を囁かれるオマケ付き。

 不幸とすれば、ジークフリート本人にそこまでの意図が無かった事か。

 

「あら、ロセ。他勢力の重要人物と繋がりを持つことは重要でしょう?」

「そ、そうですけど……」

 

 だが、実力も地位も上の相手。それも戦い方を教えてもらった師匠筋が相手では分が悪い。

 黙ってしまったロスヴァイセから視線を外し、ブリュンヒルデはジークフリートへと向き直った。

 

「ジーク、ああ……ジーク…………」

「…………」

 

 熱に浮かされた様に迫ってくるブリュンヒルデ。

 自分の頬を撫でるようにまさぐって近づく精巧なビスクドールすらも歯牙にかけない人外の美貌に、ジークフリートは上半身を反らせていた。

 心の臓がドクドクとより大量の血流を巻き起こし、耳や頬が紅潮していく。

 女慣れなどしているはずもない彼には、ここまでの美女を前にしてどうこう出来る術など無い。

 

「くくっ、流石の英雄も美女の前では形無しか。面白い――――――が、今は暇が無いのでな。行くぞ」

 

 助け船はオーディン――――――ではなく、時間。もしも余裕があったならば、彼はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて女性陣に四苦八苦しているジークフリートを眺め続けていた筈だ。

 かくして、英雄譚はここに再現される。

 願わくば、その行く末が悲劇ではあらぬことを。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 レーティングゲームの観戦は、政治的な面で見れば外交の場となっている。

 時折、自勢力内で全て完結させようとする者が居るが、それは大きな間違いであるのだ。

 

「HAHA!お前があの竜殺しの英雄か?」

「お初にお目にかかります、帝釈天様」

 

 アロハシャツに数珠、坊主頭にサングラスというファンキーと仏教の合体の様な男を前に、ジークフリートは深々と頭を下げた。

 帝釈天、またの名をインドラ。阿修羅に勝利し、ヴァジュラをもってヴリトラを撃滅した武神にして、この世界においてもトップクラスの戦闘能力を有した神。

 伝説に違う事無く、彼自身も相当な戦闘狂。戦いの為ならば、己が負ける事すらも笑って受け入れるのだから質が悪い。

 

「ほうほう、成る程成る程…………」

「?」

「HAHAHA!いや、なぁに。“最強”の竜殺しとか煽られてたからよォ。俺も一応、竜殺しみたいなことはやってるもんだから気になっただけさ」

「…………そうですか」

「お前も、人間にしては十二分に強いな。俺が戦いたいと思える人間なんざ、レアものだぜ?」

「俺では、あなたの足元にも及ばない」

「そりゃあ、どうだろうな。龍の逆鱗(・・)に触れちまえば、神であろうとも止められないってのが通例なんだぜ?」

「…………」

 

 サングラスにより、目元は分からないがニヤリと笑った帝釈天に、ジークフリートは何も返す事は無い。

 龍の逆鱗は下級であっても触れれば手に負えないとされるほどに暴れ狂う。

 

「まあ、仲良くやろうや」

 

 本心では欠片もそんな事を思っていないであろう帝釈天は、ジークフリートの肩を叩いてすれ違うと、そのまま奥へと向かってしまった。

 

「…………ふぅ」

 

 ジークフリートは襲ってくる頭痛に眉を顰める。

 彼はオーディンの護衛だが、仕事自体はそれだけではない。

 先程の帝釈天との接触のように他勢力との顔つなぎ及び、危険人物の把握等々、しなければならない事は多い。特に帝釈天は、なまじ力があり尚且つ危険思想という事で周囲からも危険視されていた。

 如何にジークフリートといえども、世界トップテンの強者たちに抗う事は難しいのだが足止めはできる。ついでに、トップを二分する龍神に関しては相性上優位を取れるお陰で一矢報いる事も出来るだろう。

 

 話を戻すが、ジークフリートに降りかかる仕事は重く、大きいという事。

 だが、そうしなければ他が回らない。

 聖書の神が不在になったその時より、三大勢力陣営は弱体化を始めていたのだから。若手の育成も急ピッチで行われているが、それでもまだまだ追い付いていないのが現状。

 であるならば、力のある者が責務を全うするのもまた必然。粛々と従わなければならないのもまた、組織に属する者としては仕方が無かった。

 

「……私情は、必要ない」

 

 一言そう呟けば、彼の意識は切り替わる。

 公私を分けろとはよく言われる事だ。そして、間違いなく今は公の時間。であるならば、個人的な感情を廃して臨まなければいけない。

 個人的な感情で言えば、世界に争いを撒きかねない帝釈天を好きにはなれない。だが、それでも彼は勢力の長にして世界を破壊できる可能性のある重要人物であることも確か。仮に消えれば、それだけで勢力図が大きく書き換わるだろう。

 

 ジークフリートの仕事は、皆の盾になる事。その対象は、護るべきものであるならば選ばれないのだから。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「HA!良いじゃねぇか。欲しいな、アイツ」

 

 帝釈天は、先程であったこれぞ英雄と言わんばかりの男の姿を思い出し、口元を歪める。

 手駒としても、手慰みの相手にしても、かの英雄は及第点。いや、人間としてみれば合格点の花丸をやっても良いと彼が思えるほどの完成度であった。

 強靭にして堅牢な肉体に、竜殺しの力を有した最上級の魔剣と黄昏の大剣を携える龍に関した神器保有者。

 後者に関しては、ほぼあり得ない。

 何故なら魔剣というのは、敵のみならず使用者にも牙を剥くのが基本。いや、下手すれば所有者の方が手酷い事になる可能性の方が高い。

 そんな代物を普通に持ち歩き、剰え全開で振るえる。それ即ち、魔剣を完全に屈服させ従えている事にほかならず、彼が死んだ後には誰も振るえなくなる可能性があるほどだ。

 

 帝釈天は兵が欲しい。それも腕利きの。その為に、他の陣営を自身の手元に呼び込んだりしているのだ。

 その範囲は、神などの人外に限らず、腕利きの人間であってもその対象となる。

 

 かくして、ジークフリートは新たな神に狙いを定められることになる。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 強い力というのは、色々と面倒を運んでくる。

 

「オーディン様、お下がりを」

 

 背負った大剣を引き抜き、ジークフリートは眼前の光景を睨んだ。

 レーティングゲームの会場には、夥しいとすらも言えるほどの悪魔たちが集まっていた。

 禍の団の襲撃である。それも、旧魔王派と呼ばれる者たちであり、今回の襲撃は若手の一人であるディオドラ・アスタロトの手引きにより発生したもの。

 上級悪魔といえども、そう易々と傷つける事が出来ないのが神というものだが、それでも万が一があった場合瑕疵になるのは明らか。

 故に、ジークフリートは加減しない。誰よりも前に出ると大剣を眼前に切っ先が結界の天井を突くように構えた。

 

「ジーク、貴方が戦うならば私も戦います」

「ブリュンヒルデ……ああ、頼んだ」

「わ、私もお手伝いさせていただきます!」

 

 彼の三歩斜め後ろに、それぞれブリュンヒルデとロスヴァイセの二人が立ち魔法力を高めていく。

 

「「――――――ッ!」」

「合わせてくれ、二人とも」

 

 上級悪魔を迎撃しようとしていた他の神々ですらもその手を止めて、その光景に釘付けとなる。

 それほどまでの膨大な魔力が黄昏の極光となって大剣の刃に集束していく。その後ろでは、二人の戦乙女の魔法力が互いに反応し合い絡み合ってより鮮やかな七色の極光へと変わっていた。

 

「撃ち落とす――――――“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”!」

「「――――――“フルバースト”!!」」

 

 放たれる竜殺しの極光。結界全てを黄昏に変えるような暴力的が過ぎる巨大な光線は、降り立とうとしていた悪魔たちを飲み込んでいく。

 更に、その極光を中心として包むように螺旋を描く幾筋もの七色の光線がそれをサポートする。

 

 凄まじい破壊力だ。だが、

 

「――――――“幻想大剣・天魔失墜”!」

 

 隙を生じさせぬ二段構え。

 光線が細くなってきたかと思えば、二撃目が悪魔たちへと襲い掛かってきた。

 黄昏の大剣の破壊力は凄まじい。だが、真の恐ろしさはその破壊力を極小の溜で放つことが出来る事。

 その後も、ほとんど絶え間なく襲ってくる極光に悪魔たちはなすすべもなく消し飛ばされ続けていった。たった一人の人間がやるにはあまりにも常軌を逸した戦法だ。

 この戦法を支えるのが彼の心臓。

 【悪龍の心臓】はデメリットを無視すれば半永久的に力を生み出す器官に他ならない。これによって素早く連射が可能なのだ。

 

「…………殲滅完了」

 

 刀身に残った黄昏の剣気を払い、ジークフリートはそう呟いた。

 十数発にも及ぶ連射は、結界の空を覆うような悪魔の軍勢であっても抗う事無く消し飛んだ。それだけやって、息切れの一つもしないのだからその化物っぷりは人類として群を抜いている。

 

「お疲れ様です、ジーク。申し訳ありません、援護が及ばず…………」

「いや、構わない」

 

 歩み寄ってきたブリュンヒルデにそう返し、ジークフリートは大剣を鞘へと納めた。

 彼が本気で戦えば、街どころか国一つが更地になりかねない可能性があるのだ。理由は言わずもがな、この大剣による連射。日がな一日ぶっ放し続けても余力があるのだから規格外だ。

 

 とにもかくにも、襲撃者の大半は沈めた。後は、主犯格を取り押さえるだけ。

 ジークフリートはそう考え、レーティングゲームの会場、その中心へと目を向け、

 

「むっ」

 

 眼前に迫った翡翠の極光を両手を突き出して受け止める。

 

「ジーク!?」

 

 完全な不意打ちに、ブリュンヒルデは悲鳴のように彼を呼んだ。

 だが、当人は僅かに後方へと押されただけで極太の光線をその場に押しとどめていた。

 膠着状態。このままでは、埒が明かないだろう。

 

「ふんっ!」

 

 そこで、ジークフリートの右足が空へと跳ね上がった。

 魔力が込められたその一撃は、ほぼ直角に光線をへし折り天井へと向かわせ霧散させる。

 光線がやせ細り、空間にその残滓が辛うじて見えたところで、彼は光線を放ったであろう怪物へと目を向けた。

 

「あれは…………覇龍か」

 

 彼が言うのは、封印系神器の禁手化以外の強化、というか暴走形態の一種。

 覇龍は龍系神器だけでその他の場合は覇獣と呼ばれるのだが、この状態は凄まじい破壊力を発揮する代わり神器保有者の魔力を根こそぎ奪ってしまい、それが足りなければ寿命を削る。

 

「■■■■■■ーーーーーッ!」

 

 空に向けて咆哮する金属チックな紅蓮の龍。

 

「あれは、赤龍帝、ですか…………」

「ロンギヌス・スマッシャー。ここに撃たれれば、神であろうとも手傷を負いかねない、か」

 

 戦慄したようなブリュンヒルデに対して、ジークフリートは冷静に状況を見極め、そして選択した。

 

「ッ、ジーク。行くんですね」

「彼は、俺の弟子とも言える。何より、このまま暴れるに任せられては、な」

 

 拳を握り、少し足に力を籠めると跳躍。そのまま瓦礫などを踏み越え、彼は真っ直ぐに暴走する紅蓮の龍の前へと降り立った。

 剣は、どちらも抜けない。抜けば覇龍となった彼を勢い余って殺しかねないから。

 

「■■■■■■■■ーーーーーッ!」

「君が少し羨ましいよ、兵藤一誠。その熱い心のままに生きていられたならば」

 

 猛る龍を前に、ジークフリートは拳を握った。

 その内心は誰にも分からない。ただ、堅く握られた拳だけがその心を表しているのかもしれない。

 

 先手は龍。先程、旧魔王派の首魁であるシャルバ・ベルゼブブを蹂躙したように目の前の嫌な気配のする人間を一捻りにしようと襲い掛かった。

 その神器としての面影の残る左腕を振りかぶり、振り抜く。

 

「フンッ!」

 

 対するジークフリートは、右ストレートを真正面から馬鹿正直にその掌へと叩きつけた。

 人体と金属がぶつかったとは思えない破砕音を響かせて衝撃が瓦礫を吹き飛ばす。

 

「■■■■ーーーーーッ!」

「――――――軽いな」

 

 押し込もうとする龍だが、体格差を無視したジークフリートはビクともしない。

 彼は苦悶の表情や、歯を食いしばる事も無くただ愁いを帯びた眼で龍を見るだけ。

 

「君の拳は、こんなにも軽いものではなかった」

「■■■■!?」

 

 手のひらと押し合いになっていた拳を横に弾けば相手の腕もまた動く。

 姿勢の崩れた龍の顎、そこに左のショートアッパーが突き刺さった。

 

「君の肉体は、こんなにも脆くは無かった」

 

 顎の装甲が拳一発で砕け、龍は後方へと上体を反らしながらたたらを踏む。

 そんな龍へと、ジークフリートは駆けよらない。

 ただ一歩一歩、踏みしめるようにして、彼は距離を詰めていった。

 

「君の心は、こんなにも薄弱としてはいなかった」

 

 言葉を紡ぎながら歩みを進める彼は、ジークフリートやシグルドというよりも北欧のもう一人の竜殺しの英雄にして、巨人殺しを成した英雄(ベオウルフ)のよう。

 龍は目の前の英雄(怪物)に本能的な恐れを抱く。

 竜殺しの剣を使わず、己の拳のみで自身を打倒しかねない化物なのだから。

 

「■■■■■■■■ーーーーーッ!」

「君はこんなにも―――――…………弱くは無かった」

 

 龍の胸部装甲が光り、力が充填された直後ジークフリートの体は跳躍する。

 振りかぶられた拳が放たれ、紅蓮の巨体に衝撃を齎した。

 一瞬の硬直を挟み、その肉体は大きく後方へと吹き飛ばされ巨大なクレーターの中へと落ちていく。

 その様子を彼は見送ると、不意に後方を振り返った。

 

「ヴァーリ。貴様の出番だ」

「素手で覇龍を圧倒するか、凄まじいなジークフリート」

「御託は良い。貴様としても、彼に死なれては困るだろう?」

「ああ、そうだな。こちらとしても、余計な力を使わずに済んだと考えるべきか」

 

 言って、ヴァーリは白龍皇の鎧を纏うとクレーターへと飛んでいく。

 その姿を見送ったジークフリートは、少し目を細めどこか遠くを眺めるような眼をしていた。

 

 かくして、この一件は幕を閉じる。

 だがそれは、激化する世界情勢の未だ序章にしか過ぎないのであった。



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英雄だけど英雄じゃない英雄のお話

短編の利点は、書きたい所だけをポンと書ける事だと思う今日この頃です


質問に来ていたのですが、ジークフリートやシグルドが倒した龍は“ファフニール”ですけれども、ハイスクールD×Dでは“ファーブニル”となっているので、後者を採用しています

今更ですけれども、DDの魔剣やらって大分設定変わってますよね。ダインスレイブとかバルムンクとか。後者に関してはドリルかよ、と


 英雄とは自分から進んで成る物ではない。

 周囲からの要請や期待、懇願等々。兎にも角にも個人で英雄になれるわけではないのだ。

 

「俺は英雄ではない。ただ、そう在れと創り上げられたに過ぎないんだ。期待に添えず、本当にすまない」

 

 英雄(ジークフリート)もまた、その例には漏れる事は無い。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 神の不在と魔王の不在によりその力を落としている三大勢力。

 彼らにとってテロリストである禍の団に対抗するためには、他勢力との顔つなぎが特に重要となってくる。

 

「面を上げよ、竜殺しの英雄よ」

「…………」

 

 月明かりが照らす玉砂利の敷き詰められた枯山水を望む日本家屋のとある一室。

 九つの尾をその背に揺らす金髪の女性と、彼女の座る上座より一段下がった畳に正座し深々と頭を下げていた灰色の髪をした青年のみがその部屋の主。

 

「そなたらの言い分は分かる。このところ妾の庭にも無粋な輩が出入りしている様子。手を組む必要性に関しても理解しておるつもりじゃ」

「では―――――」

「だが、妖怪としての総意を妾の口から述べることは不可能であると理解せよ」

「…………」

「そなたらが一枚岩ではないように、妾達もまた一枚岩とは到底呼べぬ。少なくとも、顔役をしておる西日本においても少なからずお主たち三大勢力への反発があるのだからな。東日本ともなればそれも増してこよう」

 

 カツリ、と煙管の雁首を煙草盆の灰吹きへと軽くたたき中身を落とした彼女、西日本妖怪の顔役であり大将でもある九尾の狐、八坂は金の目を細めて、目の前の青年を見定める。

 人間でありながら、龍の様に屈強な肉体。生命力に溢れており、生気を吸ってしまえば逆に酔ってしまいそうなほどだ。

 

 彼、ジークフリートの今回の仕事は日本妖怪への顔つなぎ。

 普通ならば一人で熟すような案件ではないのだが、三大勢力は目下内外の対応に追われておりとてもではないが重要人物をおいそれとよこすことが出来ない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、彼だった。

 代表としての知名度も高く、現英雄としてお偉いさんへの対応も心得ており、尚且つ自衛どころか相手方の護衛も可能であるのだ。

 人間が名代としてやってくると聞いて、妖怪の一部は反発心を持ったものだが当人を見ればそのヤジも治まる。

 それだけの存在感があったらしい。

 

「時に、ジークフリートよ」

「はっ」

「そなたは、英雄であるか、否か、応えてもらおうではないか」

 

 突然の問答。ジークフリートは一瞬だけ、目を見開きそして直ぐに目を伏せてしまう。

 少しの間逡巡し、やがて意を決したのかその口を開いた。

 

「否、と答えましょう。俺は、英雄ではありません」

「ほう。それは何故じゃ?そなたは、英雄と持て囃されているのだろう?」

「…………」

 

 どこか含みのある八坂の言葉を、しかしジークフリートは言葉を返さない。

 前にアザゼルへと語ったように、彼自身はその手で救った命よりも取り零した命にばかり目が行ってしまうからだった。

 謙虚さは卑屈さの裏返し。求められるだけの英雄にとって己を評することは相当な難題であったのだ。

 沈黙の帳が部屋に下りてくる。遠くで鹿威しが響き、虫が鳴く。

 紫煙が再び天井に昇り始めた頃、そこで漸く彼は口を開いた。

 

「…………俺は、何も救えてはいません」

「理由を聞こうか」

「感謝されたことも、敬意を払われたこともあります。ですが、やはり俺の目には取り零してしまった命ばかりが映ってしまう。俺がもっと強ければ、救えたのかもしれない。賢ければ、救えたのかもしれない。素早ければ救えたのかもしれない。後悔ばかりが募ってくる。感謝を伝えてくれた者たちに誇って胸を張れない俺は、やはり英雄の器ではないのでしょう」

 

 それは、紛う事なき彼の本心だ。

 救った命には悪いとは思うが、8の命を救っても残りの2がジークフリートの目に映る。

 腕の中で泣いて感謝を述べる誰かよりも、手の届かなかった誰かを思い涙が流れる。

 

 汚れていない筈の両手は救えなかった誰かの血で汚れている。肩にはそれだけの命を背負って、今にも崩れ落ちそうなその体を歯をくいしばって耐えている。

 だって彼は、十八歳。親も無く、兄弟も無く、肉親も無い。すでに研究機関も潰れており、共に実験体として買われていた者たちもどこに居るのか分からない。

 何より、ジークフリート本人はそんな彼らの命の上に立っている。

 

 現英雄の心の一端に触れた八坂は、煙管の雁首を灰吹きへと叩き灰を落とすと目を閉じた。

 彼女もまた現英雄と称されるジークフリートが名代としてやってくると聞いてどんな傲岸不遜な男が来るのかと警戒していた面があったのだ。

 だが、蓋を開けてみれば甘さというものが服を着て歩いている様な優男がやって来た。

 功績よりも失われた命と向き合い、償い、懺悔する。

 責める者など居ないというのに、その当人が自分自身を責め続ける。深く深く、自分で自分の首を絞めて水中に潜るような悔い方だ。

 少なくとも、人となりはそれで何となく理解できる。同時に誰よりも、少なくとも八坂の主観ではあったが誰よりも英雄と呼ばれるに相応しい、そんな男であると。

 

「ふふっ…………そなたは、やはり英雄じゃ。少なくとも、妾がそう保証してやろう」

「…………」

「納得がいかぬか?それも良い。少なくとも、妾個人としてそなたが気に入った。いっその事、この手の内に収めて愛でていたいほどじゃ」

「お戯れを」

 

 蠱惑的に微笑む八坂に対して、ジークフリートは顔を伏せる事でその視線を絶った。

 凄まじく今更ながら、彼女の格好というのは実にエロチック。大きく着崩された着物からは、肩や鎖骨のみならず胸の上部まで露出しており、少しでも動けば大きな胸が零れてしまいそうなほど。

 ジークフリート自身、仕事であると割り切って顔には出ていないが、これがプライベートならば顔を真っ赤にして目を逸らしていた事だろう。彼は初心なのだ。

 

 色々とあったのだが、少なくともこの場での顔つなぎは成功であろう。二人の間に流れていた空気は若干の緩みを見せており、穏やかになりつつある。

 

「どれ、茶でも共にしようではないか」

 

 言って八坂が両手を軽く打ち合わせればどこからともなく魑魅魍魎が部屋の内側に溢れ、お盆に湯呑と急須、茶請けの菓子を幾つか載せて現れる。

 

「こちらを」

「あ、これはご丁寧に…………」

 

 小鬼から差し出された湯呑を両手で受け取るジークフリート。

 

「本当ならば茶室へと招きたい所ではあるが……すまぬな、妾が認めようともそなたが未だに外野である事には変わりが無いのじゃ」

「いえ、それは……当然かと。八坂様は、この京都の重要人物。であるならば、俺の様な外の人間と個室で対面するのは宜しくないでしょう」

 

 いつの間にやら魑魅魍魎は消え、再び二人きりとなった部屋。

 距離にして大股で歩いて数歩。戦闘ともなれば一歩掛からずに詰められる距離だが、この距離をジークフリートから詰める事は無いだろう。

 この距離が縮まるとするなら、それは相手側から。

 

「少し、寄っても?」

「……俺は、構いませんが」

 

 彼の返答を聞くやいなや、八坂は立ち上がりするりとジークフリートの側へ。

 まさかこんなにも一気に距離を詰めてくるなど思いもしなかった彼は目を見開くが、しかしかといってその場から逃げ出すわけにもいかず硬直するしかない。

 互いの静かな息遣いが聞こえる程の近さ。

 

「フッ、そなた未経験かえ?」

「…………」

「望む望まず関係なく、そなたは英雄。であるならば引く手も数多であろうに」

 

 するりと頬を撫でてくる白魚の様な指。琥珀と金の入り混じるような綺麗な瞳がジークフリートの顔を覗き込んでくる。

 

「や、八坂様……!」

「ん?なんじゃ?」

「いや、近すぎるのでは……ないでしょうか?」

「そなたと妾の仲ではないか」

「ッ…………」

 

 どんな仲だよ、とは言わない。言えない。

 相手は勢力の顔役とも言える相手だ。そんな存在を前にして注意できるはずもない。

 結果、固まったまま動けず、しなだれかかってくる彼女を受け止めるしかない。

 

「ふふっ、現英雄も可愛いものじゃ」

「ッ!や、八坂様…………!お戯れは――――――」

 

 顎の下を摩ってくる指の感触に、ジークフリートの肌が粟立つ。

 余談だが、龍の顎には通常とは逆に生えた鱗、逆鱗があり触れればその怒りに触れる事になるとされている。だが、彼の逆鱗は違うらしい。

 二人の距離がさらに近づき、互いの吐息が当たりそうな距離となり―――――

 

「母上!お話は終わったのですか!」

 

 軽快な足音と共に、部屋に通じる襖が勢いよく開かれた。

 入って来たのは、狐の尾と耳を持った金髪の少女。

 

「九重、おまえはいつも慌ただしいものじゃ。お客人の前ではもう少し淑やかな態度をじゃな―――――」

「むぅ、家鳴りめ………お客人がまだ居るではないか。九重は母上に用があったというのに」

 

 少女、九重は八坂のお説教など知らぬと言うように話を聞かない。

 流石に、この場での娘の暴走は予想外であったのか八坂は一つ息をつくとジークフリートより離れて、眉を下げた。

 

「すまぬな、ジークフリートよ。娘が粗相してしまい」

「いえ、構いません。活発なお嬢様ではありませんか」

「活発か…………ふふっ、確かに。少々走り過ぎる気はあれども、素直な良い子じゃ」

 

 綺麗に微笑む八坂。彼女の雰囲気からして、九重を愛している事は明白。むしろ、溺愛と言えるかもしれない程に彼女の雰囲気は柔らかかった。

 ついでに、娘の乱入はジークフリートにとっても渡りに船。先程までの背徳的なまでの淫靡な空気は霧散しており、漸く人心地つけるというもの。

 そんな二人の内心など知らない九重は、しかし弛緩した空気を感じ取ったのか八坂へと駆け寄り彼女の胸へと飛び込んだ。

 

「これ、九重。まだ、話し中じゃ。もう少し大人しくはしておけぬか?」

「嫌です!」

「はぁ……困った子じゃ…………では、九重。先方への挨拶ぐらいはするもの。ほら、やって見なさい」

「む…………九重。御大将、八坂の娘だ」

「俺は、ジークフリート。教会の戦士として、そして三大勢力の名代として今回は参上させてもらった」

「ジークフリート……!そ、そなたが、そうなのか?」

 

 八坂の腕の中で目を丸くする九重。

 思った反応ではないが、しかしどこかで見たことのあるようなそんな反応に、ジークフリートは首を傾げた。

 

「どうか、したか?」

「ふふっ、九重は英雄の本をよく読むんじゃ。その中に、ニーベルンゲンの歌やヴォルスンガもあったさかい」

「…………子供が読んで面白いものとは思わないのですが」

「そうでもない。そなたらの様な英雄譚は子供向けに書き直されているものも少なくはないんじゃ。読みやすく、美しい、そして優しい世界をな」

「…………」

 

 八坂の言葉に、ジークフリートは締め口する。

 英雄譚は、美しいだけでも勇ましいだけでもない。大抵は悲劇で終わる事も少なくない。

 ジークフリートもシグルドもその最期は、悲劇だ。アーサー王やジャンヌ・ダルクなどの英雄たちもまた似たようなものかもしれない。

 それこそが英雄譚であるとも言えるのだが。つまり、超人たちの人間らしさとでも言うべきか、そんな面。

 何より、英雄たちの最期というのは、周囲が原因である場合が多い。

 英雄と持て囃すのが周囲であるならば、その引導を渡すのもまた周囲。

 

 ジークフリートは理解した。九重は英雄譚の綺麗なところだけを抜粋して読める本を読んだのだろう、と。

 確かに、その部分だけを抜き取ればジークフリートの物語は竜殺しという英雄の中でも王道にして、同時に心躍る冒険譚であっただろう。

 そんな子供の夢を壊せる程、彼は非道ではない。むしろ彼は、子供に対して甘いとさえいえる。

 

「そなたの話、九重に聞かせてくるか?」

「……機密に触れないならば」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 サラサラと夜風が吹き抜け、着物の裾を揺らす。

 

「…………」

 

 縁側に腰かけ、月を見上げたジークフリートは湯上りの浴衣姿のまま静かなものだ。

 顔つなぎの為の京都であったがズルズルと滞在日数が伸びて、今では一週間が経過しようとしている。

 

 定時連絡は入れているが、そのついでに彼には少しの暇が出されていたのだ。

 いや、ジークフリート自身は何もしていない。むしろ、直ぐにでも戻ろうとした――――――のだが、どうやら色々とごたごたしているらしい。

 なんでも、来日したオーディンを追って悪神ロキが現れ、供回りはフェンリルを連れているという始末。

 流石に戻ろうとした。それこそ、京都から走って帰ろうとした程なのだが、そこで上層部が待ったをかけた。

 曰く、一から十まで一人に頼り過ぎるのは後進の妨げになる、という事らしい。

 出来る限りのバックアップを行う事を条件に、渋々と言うべきか彼は引き下がり、そのまま京都に留まっていた。いや、正確には留まるしかなかったと言うべきか。

 彼の本来の拠点は欧州だ。そして日本での拠点は駒王町。そう、帰ってくるなと言われた混沌の坩堝である。

 ホテル暮らしが出来ない程困窮はしていない。していないのが、どこから洩れたのかあれよあれよと八坂の屋敷に宿泊する流れとなり、断ろうとすれば九重が引き留めるという多重攻撃を受け、ジークフリートは撃沈した。

 

 そしてこの一週間、彼は天狗と将棋を指し、鬼と相撲を取り、家鳴りと戯れ、ろくろ首と料理を作り、妖怪たちの宴会に巻き込まれ続けた。

 人間の身でありながら、妖怪を相手に余裕さえ見せる彼は、最早何者なのか。

 

「ここに居ったか、ジークフリートよ」

「八坂殿」

 

 明かりの消えた部屋より、月光の射し込む縁側へと出てきた八坂。彼女の手には、円形の盆とその上に徳利、猪口が二つ。

 

「随分と気が立っているように見えるが?」

「…………いや、何でも――――――」

「妾に、嘘が通ずるとは思わぬことだ」

 

 ずいっと寄ってきた金の瞳が彼を射貫く。

 

「…………」

「当ててやろう。ここ数日裏京都を嗅ぎまわっている輩に関しての事じゃな?何か思い当たる節がある、と」

「…………はぁ……恐らく、だ。俺も確証がある訳じゃない」

「それは、禍の団ではないのか?」

「その中でも、特に搦め手が得意な連中だ。一人では荷が重――――――ッ!」

 

 言い切る前に、ジークフリートは立ち上がる。

 直ぐに彼の全身を濃密な魔力が包み込み、それが晴れた時には彼の姿は浴衣から戦闘時に纏う軽装の鎧姿へと変わっていた。

 明らかな戦闘態勢。剣が無いのは、彼自身が今回は名代としてやって来たことを全面的に押し出す為に装備を外していたから。荷物の中という何とも締まらない状況だ。

 

「久しぶりだな、ジークフリート」

 

 警戒する彼と相対するように現れるのは四つの影。

 中華風の衣服に身を包んだ青年。その隣の学者風の青年。二人を挟むようにしてそれぞれ巨漢と、金髪の美女がその場には表れていた。

 

「……何の用だ、曹操。貴様の誘いは既に断ったはずだが?」

「ああ、そうだな。であるならば、俺達がここに来た理由も分かるんじゃないか?」

「俺を消す―――――だけじゃないな。狙いは、八坂殿か」

「良い発想だ。それだけではないがな」

 

 青年、曹操はその手に一本の槍を出現させる。

 人外の身にすれば、恐ろしいと思えるほどの膨大な聖なるオーラを湛えた槍だ。

 これこそ、神滅具の中でも最上位に位置し、神滅具(ロンギヌス)の呼び名の始まりともされる槍、【黄昏の聖槍】。

 赤龍帝の籠手や白龍皇の光翼よりも序列的に上であり、聖遺物としての側面も持ち合わせた神殺しの結晶の様な代物。

 残りの三人もそれぞれ神器を発動しており、敵対は必至。

 

 だからこそ、ジークフリートはソレに反応するのが遅れてしまう。

 

「ッ、八坂殿ッ!」

 

 叫んで振り返った時には、遅すぎた。

 護衛対象となる筈の彼女の姿は忽然と消えており、残るのは生温いような霧の感触だけ。

 

「あの狐は、俺達の目的に必要なんだ。ゲオルクの絶霧の結界の中に隔離させてもらったよ」

「…………」

 

 ミシリ、とジークフリートの拳が軋みを上げて握りしめられる。

 その苛立ちに、しかし曹操の余裕は崩れない。

 彼は、念入りに準備してきた。それこそ、目の前の竜殺しの英雄を仕留める為に。

 

「剣が手元にない。それは随分な、油断だ。お前の敗因はジークフリート。英雄でありながら人外に与する事にある」

「…………」

「だが、それでもその力を人間の為に使う事を誓うのならば命は―――――」

「断る。貴様らに与する気など、毛頭ない」

 

 曹操の言葉を遮り、ジークフリートはそう言い切った。

 だがしかし、彼の返答は予想の範疇であったらしく曹操は目だけを一瞬隣の学者風の青年、ゲオルクへと向ける。

 彼はそれだけで理解したのか頷くとその場から消えた。

 残るは、三人。生粋の武闘派であり、その実力は曹操が抜きんでているとはいえ相当な物。

 対して、ジークフリートは生身。扱い慣れた剣は、どちらも手元には無い。しかし、そんな事は関係ない。

 

「貴様ら、八坂殿をどうするつもりだ?」

「ん?あの狐が気になるのか?どうなろうとも、お前には関係ないだろう」

「いいや、ある。彼女は、九重の母だ。子から親を奪うな」

 

 ジークフリートの発言は、曹操の眉間にしわを寄せるには十分な物。というか、その返答は予想外であったらしい。

 彼の予想では、八坂を誘拐して何をするつもりなのか聞かれると考えていた。だが、蓋を開ければ子から親を奪うなという温いもの。

 

「…………話にならないな」

 

 人外を救うなど己の矜持に反するとばかりに、曹操は会話を打ち切った。ついでに、戦闘狂の嫌いがある巨漢がうずうずしており、交戦欲求が限界寸前に至っていたことも理由の一つか。

 

「はっはァーーーッ!殺ろうぜ、竜殺しの英雄ゥッ!」

 

 己の武器である拳を握り巨漢、ヘラクレスはジークフリートへと襲い掛かった。

 世界最大級とも言える英雄の子孫である彼の怪力は、最早人のソレではない。

 握りこぶしは岩のようで。それは真っ直ぐに振り切られ、ジークフリートの顔面へと突き刺さった。

 瞬間、爆発。まるで炸薬を破裂させたかのような、爆発がジークフリートの上半身を飲み込み彼の背後にあった屋敷の縁側の一部を消し飛ばしていた。

 【巨人の悪戯】。効果は、触れた個所を爆発させるという単純なものだが、単純ゆえにその破壊力はすさまじく、更にヘラクレス自身のパワーを上乗せすることで街路樹すらも木っ端みじんに消し飛ばす。

 直撃だった。並みいる人外ならば、これでゲームセット。上半身が消し飛んだのだ、不死身であっても普通は、

 

「――――――あ?」

「…………」

 

 普通は機能停止に陥る――――――はずなのだが、ヘラクレスの手首が確りと煙の中で握られていた。

 軋むほどの力。夜風によって粉塵が晴れれば、拳を顔面で受け止めながらも、煤汚れが頬に付いた程度のジークフリートがそこに居た。

 彼の左手が、ヘラクレスの右手首を万力の様な力で握りしめ、いや最早握り潰さんと言った勢いで拘束しているのだ。

 

「テメ――――――ッ!」

「嘗めるなよ、偽者(フェイカー)

 

 更なる追撃を行おうとしたヘラクレスであったが、その前にジークフリートの拳がその大きな胴体へと突き刺さる。

 巨体がくの字に折れ曲がり、突き刺さった拳がそのまま体を貫かんと言わんばかりにめり込み、その直後にその体を後方へと大きく吹き飛ばしていた。

 山なりの軌道ではない。まるで弾丸のように、その体は後方へと跳び、白壁の塀を突き破ってその向こう側に広がる闇へと消えていく。

 

 唖然と、その光景を見送るしかなかった曹操とジャンヌ・ダルクの二人。

 そんな二人へと視線を向けたジークフリートは、頬を手の甲で拭い口を開く。

 

「貴様らの八つ当たりの自己満足に付き合うほど、俺も暇ではない。八坂殿を解放し、ここへ連れてこい」

 

 ゾッとするほど低い声だ。

 端的に言って、ジークフリートはキレていた。主に自分の不甲斐無さと、目の前の子供の様な事をする自称英雄たちに。

 

「自己満足だと……?」

「ああ、そうだ。貴様らのやっているテロなど、自己満足以外の何物でもないだろう?」

「ッ、俺達は俺達を虐げた異形に、そして受け継いだ血筋と魂を証明するために戦ってきた。それがなぜ、自己満足と言われなければ――――」

「貴様らが、自称英雄だからだろう?」

 

 怒りを必死に飲み込んでいた曹操は、しかし次のジークフリートの言葉で目を見開いた。

 

「英雄は、自分で自分を英雄など呼ばない。他者になしえない偉業を成して、それを周囲が認めた時、英雄は初めて英雄足り得る。そう名乗れる。そうでなければ、英雄など単なる殺戮者に過ぎないからな」

 

 “一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄になる”

 とある映画のセリフだが、これこそ英雄の本質だろう。

 だからこそ、

 

「俺は殺戮者だ。殺す事しかできない。目の前で消える命に手を伸ばしても救えない、そんな弱い人間でしかない。貴様らはどうだ。自身を英雄と呼ぶだけだ。何を成した。テロ行為だ――――ふざけるなよ?」

 

 ジークフリートは、右手を空へと掲げる。

 

「――――――――来い」

 

 一言そう呟けば、屋敷より勢いよく何かが空へと打ちあがり回転しながら飛んでくるではないか。

 それも、二つも。

 

「貴様らが、あの子から親を奪うというのなら、俺は貴様らから全てを奪おう」

 

 庭に突き立つのは、この世に二つとないとされる黄昏の大剣、そして魔帝剣の二振り。

 どちらも、既に鞘より解き放たれておりその刀身からは主の心情に呼応するようにして凄まじい威圧感を竜殺しのオーラと共に吐き出しているではないか。

 龍に関連した神器を持つジークフリートにとっても、本来ならばそのオーラは毒になりうる筈なのだが魔剣も大剣も彼自身を担い手として認め、心酔しているような状態である為侵される事は無い。

 右手に黄昏の大剣を、左手に魔剣を。

 

「覚悟は良いな、自称英雄。その身をもって、対価を払え」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 禍の団英雄派にとって、ジークフリートという存在は目の上のたん瘤どころか、怨敵とさえいえる程のヘイトを集める対象にして、同時に潜在的な羨望を抱かせるような存在であった。

 世界で唯一、現英雄の肩書を背負いその名に恥じない働きと実力を有した存在。世界最強の人間、その一角に数えられる存在。

 

 世界に認められた(・・・・・)存在。

 

 英雄派に所属する者たちは、彼を妬むと同時に憧れてもいたのだ。

 だって、心のどこかで自分たちの行いがおかしい事に気づいていたから。

 英雄とは、名乗らない。自然と周りから認められて、初めて英雄と呼ばれるのだから。

 

「――――――――“幻想大剣・天魔失墜”」

「――――――――“珠宝”!」

 

 目の前を覆いつくす黄昏の剣気を見ながら、曹操は懸命に槍を、そして禁手化した際に現れる珠を用いて抗っていた。

 そう、抗って(・・・)いた。それも抗戦ではなく抵抗。戦いにすらなっていない。

 原因は、ジークフリートの持つ剣。全開にしたオーラは、聖槍の聖なるオーラとすら拮抗するほどの出力を発揮したのだ。

 更に、黄昏の大剣。この二つを合わせて振るう事により、曹操の禁手化である【極夜なる天輪聖王の輝廻槍】によって出現する珠も一撃で破壊されてしまうのだから。

 珠宝は、相手の攻撃を渦で吸い込み、新たな渦で相手へと返すカウンターの効果であるにも拘わらずまさかの許容限界。膨大な黄昏の剣気に飲み込まれて盾としての役割しか果たしてはいなかった。

 

「本当に、出鱈目だな…………!」

 

 想定以上の出力に、曹操は舌打ちを零しながら悪態をつく。

 既に、残りのメンツはゲオルクを除いて敗退済み。むしろ、神滅具と正面からかち合って勝るような化物相手に一介の神器保有者が勝てというのが土台無理な話。

 

 二人の戦闘は京都の上空で行われている。

 曹操は禁手化である象宝に乗り、ジークフリートはその背より龍の翼を出現させてそれぞれ飛んでいるのだ。

 【悪龍の心臓】。使い過ぎれば肉体を龍へと変えてしまうが、魔剣を用いて出力を削げばこんな芸当も可能となる。

 

「人としての矜持は、お前には無いのか?」

「そんなもの、必要ではない」

「お前は英雄と呼ばれているじゃないか!なぜ、それだけの力があるにもかかわらず異形に味方する!?」

「…………」

 

 吠える曹操に、ジークフリートは目を細めた。

 その様子は、まるで何を言っているのか、と問いかけているようで曹操の苛立ちを加速させる。

 

「俺達は、英雄の子孫だ!血を受け継ぎ!力を得た!ならば――――」

「継いだだけだ」

 

 曹操の演説を静かな声が断ち切る。

 

「俺は、名と剣を受け継いだだけに過ぎん。貴様らとてそれは同じことではないか?英雄の子孫が皆等しく英雄であると?笑わせるなよ、偽者(フェイカー)。俺も貴様も先祖ではない。俺は俺であるし、貴様は貴様でしかない。その事から目を逸らすな!」

 

 黄昏の大剣、その切っ先が曹操へと突き付けられる。

 二人の違いは単純に、自分を自分として認めたか否かにある。

 ジークフリートは、己を認めた。自己を認識し、その上で全てを背負って生きてきた。

 曹操は、潜在的に理解していたとしても目を逸らしていた。自分を弱っちい人間だと評しながらも英雄の子孫であるというある種のフィルターがその目を逸らさせてきた。

 ある意味では、そのフィルターが無ければ自己を保てなかったとも言えるか。

 

「…………俺は、俺、か……」

 

 曹操は、一度放しそうになった槍を再び握り直して、前を見る。

 目の前に相対するのは、紛う事なき英雄だ。

 

「ならばこの一刺しをこれまでの俺への手向けとしよう」

 

 足元の象宝のみを残して、曹操は全ての力を槍へと集約させていく。

 応えるようにして、ジークフリートは右手で黄昏の大剣を空へと掲げた。

 放出される剣気とその剣気へと纏わりつくように広がる竜殺しのオーラ。

 

「――――――――セェァアアアアアアッ!!」

「――――――――“幻想大剣・天魔失墜”!!」

 

 聖なる槍と竜殺しの一撃。

 夜空が、昼と見まがうほどの輝きに照らされ、空を流れていた雲が大きく弾け千切れ飛んで消えていった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「答えを得たのか、曹操」

 

 今までの中でも一番晴れやかな表情をしていた自分たちのリーダーの様子を確認し、ゲオルクは目を細めた。

 彼の前では、魔法陣で囲まれた八坂がぐったりと項垂れている。

 気質的には研究者に近い彼。魔術師としての技量も人間の中では間違いなくトップクラスであり、人外が相手でも余程でなければ劣る事は無いだろう。

 

 そんなゲオルクであるが、魔術師として手段を選ばない節がある。あるのだが、流石に今回は退く事を選択していた。

 リーダーも敗北。構成員も軒並み全滅。サンプルとして、八坂は魅力的ではあるのだが、連れ去れば最強のストーカーを爆誕させることは明白。

 とはいえ、

 

「リーダーの仇を討つのも構成員の仕事でね」

 

 何もしないわけではない。

 丁度手元には八坂が居る。洗脳こそ中途半端だが、そのお陰で精神的にガタガタだ。であるならば、そこから崩す事など魔術師には造作もない。

 

「さあ、行け」

 

 魔法陣が輝き、八坂の姿が消える。

 魔術師は手段を問わないのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 曹操が逃げ、夜がそろそろ終わりを迎えそうな時間帯。

 

「…………」

 

 庭に降り立ったジークフリートは、翼を収めてソレと対峙していた。

 

「う……あ………………」

 

 項垂れた金の髪、ユラユラと揺れる九つの尾。

 不穏な気配を放つ八坂は、ただただその場に立つのみでありながら重苦しい空気を放っている。

 

「…………」

 

 ジークフリートは何も言わない。その手に携えた剣は地面に突き立てて空手となっているし、雰囲気からも戦闘しようとする気迫が欠片も無い。

 ただ黙って、その両手を広げた。

 

「アアアアァァァアアアアアアアァッッッ!!!」

 

 両手に青白い炎、狐火を灯し、牙を光らせて八坂はジークフリートへと襲い掛かっていく。

 狐火は、単純な魔術の火と違い妖怪特有の妖力が元となっている。これを防ぐとなれば、妖術の使い手として上を行くしかない。魔術の場合は、物量で押し潰すぐらいか。

 だが、ジークフリートの選択は違う。

 

「ぐっ…………!」

 

 肩口に食い込む牙と体を焼く狐火を全身に受けながら、彼は八坂を受け止める形で後方へと倒れていた。

 焼ける肉の音と、牙が突き立ちほんのりと血が流れる。如何に頑強と言えども、受け入れる(・・・・・)前提で攻撃を受ければ血も流れる。

 ヘラクレスの一撃で血が流れなかったのは、彼が受け止めて、尚且つ膨大とも言える魔力も防御に回したからだ。

 今は違う。八坂の体が傷つかないようにほぼ生身でその攻撃を受け止めていた。

 

「八坂殿………」

「フーーーッ!フーーーッ!」

 

 体が焼けることも厭わずに、ジークフリートは八坂を抱きしめる。

 彼は決めていた。何があっても、九重を親無しにはしない、と。その為ならば手傷も厭わない、と。

 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。少なくとも、東の空が白み始めたそんな時間。

 

「じーく、ふりーと…………」

 

 狐火も治まり、揺らいでいた瞳に正気が戻った八坂は小さく呟くとそのまま、寝息を立て始めてしまう。

 

「はぁ…………」

 

 竜殺しの英雄の長い夜はこうして終わりを告げた。

 後の波紋を大きく残しながら。



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