ガールズ&パンツァー サイレンがなる頃に‥‥ (ステルス兄貴)
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1話

ガルパンとSIREN(映画版)とのクロスになります。

家族構成とみほの過去がSIREN(映画版)の設定に使えそうだったので‥‥


 

 

サイレン‥‥それは、救急車、パトカー、消防車など警察・消防の諸機関が、人々に注意を促すために大きな音響を発する装置で、その装置が発する音の名称にも使用されることがある。

 その名称の語源は、ギリシャ神話に登場する、航行中の船の乗組員を美声で誘惑し、難破させる半人半鳥の魔物、セイレーンであるとされる。

 

 サイレンは、人々に注意を促す音響装置であることから、このサイレンもまた、奇妙な世界への警告だったのかもしれません‥‥

 

 

 

 

 

 

 

1976年‥‥某月某日‥‥

 

日本に存在する数ある離島の中で、最も日本本土から離れた有人島 夜美島。

この日の昼過ぎ、夜美島を大型の嵐が襲った。

だが、島の地理上、この島には季節によって嵐が良く来る位置にあり、今はその嵐が到来するシーズンの真っただ中‥‥。

よって島の住人にとっては嵐など別に珍しい物ではなく、浸水や土砂崩れさえ、気をつけて警戒していれば自然に収まるだろうと島の住人の誰もがそう疑わなかった。

しかし、嵐は夕方になってからも勢力を増し、海は荒れ、風も強くなるばかりであった。

そして、日が落ちた頃にそれは起きた。

突然、島中の電気が全て落ち、島中に有るありとあらゆる電気機器、電話が使えなくなったのだ。

明かりという明かりがすべて消えた事から、島中は夜の暗闇に包まれた。

夜、八時頃、まだ雨と風はあるものの船を出せないほどではないので、捜索・救助隊が夜美島に上陸した。

 

「おーい!!誰か!?誰かおらんか!?」

 

捜索隊は夜美島の住宅地を中心に島民を捜索した。

 

「どうだ!?そっちは!?誰かいたか!?」

 

「いえ、島民どころか犬一匹いません!!」

 

捜索隊の隊長が近くを捜索し、合流した隊員に訊ねるが、隊員の方も島民の誰一人見つかっていない様だ。

 

「どうなっているんだ!?この嵐の中、この島の人たちは一体どこに行ったんだ?」

 

捜索隊の隊長が辺りを見回しながら不安げに言う。

港には、ロープできつく固定されていた漁船群があり、皆で船に乗って島を脱出した様子も見えない。

小さな漁船では島民全員を乗せるには無理があるし、それ以前に嵐の中を小型の漁船で逃げるにはあまりにも無謀である。

たまたま島の近くを通った貨客船に乗って避難したとしても何かしら、置手紙や連絡を入れる筈だ。

しかし、夜美島からも、この近くを通る貨客船や大型船からは、島の人を収容したと言う連絡も無い。

つまり、この島の人間はまだ島の中に居る筈である。

隊員らが一軒の民家の中に入り、住民を捜すも、やはり家の中には人の気配はない。

居間のテーブルにはこの家の住人が夕食を摂っていたのだろうか?

食べかけの料理が乗っかったままとなっていた。

隊員の一人が恐る恐る味噌汁に指を入れると、

 

「まだ温かい‥‥」

 

味噌汁はまだ冷めておらず、ついさっきまで人が居た形跡がある。

隊員たちが困惑していると、他の地区で捜索をしている別の班から連絡があった。

 

「こちら第二班!!民家にて、男性一名を発見!!保護しました!!」

 

どうやら他の場所で島民が居たようだ。

そこで、島民が見つかったとされる民家へと向かうと、

そこで、隊員たちの見たものは、部屋中に沢山の火が灯った蝋燭と懐中電灯があり、まるで夜の闇から必死に逃れようとしている様だった。

そして部屋の壁には沢山のお札が貼ってあり、その部屋の隅では一人の男が震えながら膝を抱えていた。

 

「見つかったのはこの人だけか?」

 

「はい」

 

「他の島民は?」

 

「それがいくら聞いても、訳の分からない事ばかり言って‥‥」

 

「きみ、他の島民はどうした?どこにいる!?」

 

隊員が他の島民の行方を訊ねても男は何の反応も見せない。

 

「おい!!なんとか言え!?他の島民はどこだ!?」

 

業を煮やした隊員が強めの口調で男に訊ねる。

 

すると、

 

「‥‥れ‥ン‥‥だ‥‥」

 

「ん?なに?」

 

男はブツブツと何かを話し始めた。

 

「‥‥さ‥‥れ‥‥ん‥だ‥‥サイレンだ‥‥」

 

「サイレン?」

 

「三度目‥‥三度目のサイレンが鳴って‥‥」

 

男は相変わらず、訳の分からない事ばかり言っている。

このままこの男をここに放置するわけにもいかず、事情も聞かなければならないので、隊員たちは男を連れ出そうとする。

 

「や、やめろ!!どこへ連れ出す気だ!?」

 

男は声を荒げ、暴れるが、隊員たちは両脇を固めて男を連れ出そうとする。

 

「さ、サイレンが鳴ったら、外に出るな!!サイレンが鳴ったら、外に出てはならない!!サイレンが鳴ったら‥‥うわぁぁぁぁぁぁぁ‥‥!!」

 

男は隊員の腕を振りほどき、頭を抱えながら、悲鳴をあげた。

 

後にこの出来事は夜美島集団失踪事件として一時期世間を賑わせ、この男以外の島民の行方は依然として不明のままとなった‥‥

 

 

夜美島の島民が謎の失踪をしてから、三十五年後‥‥

未だにあの時の島民が見つからないまま時は流れ、静岡県にある陸上自衛隊の富士演習場では、第六十二回戦車道全国高校生大会、決勝戦が行われていた。

決勝まで駒を進めたのはこれまで過去の大会で、九連覇している黒森峰女学園と同じく戦車道では、強豪校として名の知れたプラウダ高校だった。

 

戦車道の試合には主に二つのルールがあり、相手チームの戦車すべてを撃破する殲滅戦。

自軍チームの車輌の中からあらかじめ一輌をフラッグ車として指定し、相手のフラッグ車を先に行動不能とした側が勝者となるフラッグ戦の二種類があり、全国大会ではフラッグ戦のルールが適用されていた。

 

決勝戦のこの日、天候は悪く、いつ雨が降ってもおかしくない雲模様だった。

そして、試合の最中、とうとう雨は降りだした。

しかし、大会運営本部は試合の停止、または中止を伝えることなく、両チームは運営本部からの連絡がなかったので、試合を続けた。

だが、時間の経過と共に雨の勢いは激しさを増し、運営本部も試合の停止、または中止を検討しようとした時、それは起きた。

黒森峰女学園チームの戦車の一両が、氾濫した川へ落ちてしまった。

近くに居た黒森峰女学園チームは急いで、仲間の戦車が川に落ちたことを運営本部に伝え、試合の停止と救助を要請した。

そんな中、今回黒森峰女学園チームのフラッグ車の車長を務める西住みほは、一人で川に落ちた戦車の救出へ向かった。

みほがフラッグ車を出て仲間の救助に行った直後、対戦相手であるプラウダ高校の戦車の攻撃を受け、黒森峰女学園のフラッグ車は被弾、行動不能を示す、白旗が上がった。

大会運営本部が、試合の停止の放送したのは、黒森峰女学園のフラッグ車被弾から数秒経ってからの事だった。

その後、黒森峰女学園側はこの試合の無効を訴えたが、対戦相手のプラウダ高校側は、大会運営本部が試合の停止をしたのは、黒森峰のフラッグ車撃破後の事で、試合停止前に撃破したのだから、今回の試合の勝者はプラウダ高校だと主張した。

結果的にプラウダ高校側の主張が認められ、黒森峰女学園は十連覇と言う偉業を達成できず、第六十二回戦車道全国高校生大会はプラウダ高校の優勝と言うことで幕を下ろした。

 

試合後、黒森峰女学園側の空気はまるでお通夜みたいに重かった。

全国高校生大会の中でも偉業ともいえる十連覇まであと一勝と言うところで、その記録は無くなってしまった。

そして、その責任は運営側ではなく、当時、フラッグ車の車長を務めていたみほに集中した。

彼女はあの時のフラッグ車の車長の役職の他に、黒森峰女学園戦車チームの副隊長と言う役職についていた。

みほはこの時、今年黒森峰女学園に入学したばかりの新入生‥‥

そんな新入生がいきなり副隊長と言う幹部の地位につけたのは彼女の実家に関係していた。

みほの実家、西住家は戦車道では有名な流派の一つ、西住流で、彼女は幼少期の頃から、姉の西住まほと共に戦車道をしていた。

姉であるまほは、黒森峰女学園戦車チームの隊長であり、今回決勝戦でみほの戦車をフラッグ車に決めたのは、まほが、みほの成長の為にと思い決めたのだ。

しかし、結果的に黒森峰女学園はプラウダ高校に敗れ、準優勝と言う結果になり、これまで先輩たちが積み立ててきた功績と十連覇の夢が潰えてしまった。

そして、今回の敗戦の責任で、みほは、副隊長を解任され、半年の間、戦車道に顔を出すことを禁止された。

しかし、任命したまほには一切の責任はなく、全てみほ一人に責任を押し付けた結果となった。

役職の解任と試合への出禁‥‥

これだけでも十分に責任を果たしたはずだが、周囲はそうは思わなかった。

みほは、仲間を‥‥人の命を助けた‥‥

人として褒められることをした。

しかし、戦車道の中では母校の十連覇と言う偉業を潰し、さらに実家の流派である西住流に泥を塗った。

先輩や同級生、黒森峰女学園のOG、西住流の門下生たちがらバッシングを受け、更には母親であり、西住流家元の西住しほからは、

 

「貴方は西住流や黒森峰戦車道に泥を塗ったのよ!!黒森峰戦車道の培ったものを全て台無しにした!!あなたの行動でね!!恥を知りなさい!!」

 

と叱咤された。

すると、みほは、

 

「私は西住流に反することをしました。しかし、人の道から足を外してまでその道を歩もうとは思いません!!人命を軽視してなにが競技ですか!?仲間を切り捨てて何が戦車道ですか!?何が西住流ですか!?戦車道は戦争ではなくスポーツ競技の筈です!?」

 

と、反論した。

隣に居たまほは、驚いた。

みほは幼少期の頃は明るく闊達な子だった。

しかし、年を重ね、戦車道をしてから、みほは何だか常に自信がなさそうにオドオドし、引っ込み思案で自分の本心を言わない子になっていった。

それが自分の母親‥‥自分の門下である家元に対して声を上げて言ったのだ。

それから二人の口論は続いたが、最終的にしほが、みほを部屋から退室させて、二人の口論は終わった。

それからしばらくして、まほは、みほの異変に気づいた。

 

「みほ!!その怪我はどうした?!」

 

「ちょっと階段から落ちちゃって‥‥」

 

学校の廊下で会ったのは、お腹を抑えながら無理やり歩いていると言う状態のみほだった。

しかも片頬を少し赤くして鼻血を流しながら、弱々しく歩いていた。

まほに笑顔を絶やさないみほの顔は、姉であるまほから見ても、見るのが辛い…

確認のため、まほがみほの制服の上着をめくると、そこには青あざが数カ所に及んでいた。

あざは腹部から背中に集中していて、どう見ても階段で落ちた怪我ではない事は見ればわかった。

その後、まほは保健室までみほを運んで、ベッドに寝かしつけた後、事の次第を後輩から聞いた。

 

みほが‥‥妹が虐めにあっていると言うことを‥‥

 

これが陰口だの悪口だのを言われていたぐらいの事ならまほは注意するぐらいで済ませた。

しかし、事情を聞けば聞くほど、腸が煮えくりかえる事がみほの身に起こっていたことを知った。

あの負け試合からほぼ毎日休み時間になるとみほは先輩方に呼び出されては暴行を加えられていたと言う。

顔は目立つから腹を殴る、蹴る、そんな事がよく起きていたらしい。

 

当初は、まほに笑みを浮かべ、何事もなかったかのように振る舞っていたみほであったが、続く陰湿な虐めに等々耐えきれなくなり、対人恐怖症を患い登校拒否をする羽目になった。

母親のしほは、西住流に泥を塗った不出来な娘に対してもう関心が無いのか、みほが登校拒否をしても何も言わなかった。

学校側もいじめ問題を大きくしたくはないのか、静観する構えをとっている。

 

みほが登校拒否をするようになってから、数ヶ月後‥‥

父である、西住常夫が、

 

「しばらく離島で精神療養をしよう」

 

と提案してきた。

 

みほを休学扱いにして、離島の静かな環境で過ごし、療養させようと言うのだ。

なお、その最中‥離島での収入に関してだが、常夫は優れた整備士であり、整備士資格の他に様々な資格を有しているので、離島でもその資格を活かした仕事があるので、離島での仕事と収入は問題ないと言う。

 

「みほが行くのであれば、私も行きます!!」

 

妹の身を案じるまほもみほと共に離島へ行くと言い出した。

妹の虐めの事実にもっと早く気づいていれば、みほは精神的に参ることも、対人恐怖症になることもなかった。

そもそも、あの試合のフラッグ車を自分がやれば良かった。

十連覇がかかった決勝なのだから、隊長である自分が務めるべきだった。

そんな後悔がまほの中に渦巻いており、みほの為に何かしてやりたいと思っていた。

しかし、みほが半ば家元から見放されている現状で、まほは今となっては西住流の大事な後継者‥‥今年の全国大会で負け、来年の大会は何としてでも雪辱を果たさなければならない。

その為にチームの再編や練習メニューの作成など、この大事な時に学業、戦車道から離れて、離島へ行くなんて、家元のしほが許さないのではないかと思いきや、意外にも、しほは、まほの離島行きを許可した。

 

まほは、常夫とみほと離島へ行く前、みほを虐めていた者たちへの報復は忘れなかった。

そして、今日、最後のターゲットである、みほを虐めていた主犯格の先輩に制裁を加えていた。

 

ドスッ!

 

ドカッ!

 

ドスッ!

 

「なんて声を出すんですか?それでも黒森峰戦車道の一員ですか?」

 

「ご、ごめ‥‥ゆ、許して‥‥」

 

「許す?『何を』ですか?私は何か先輩方に許しをこわれる様なことをしましたか?」

 

ドスッ!

 

「へぐぅ!‥‥ご‥‥ごべん‥‥なざい‥‥」

 

「はて?それは何に対しての謝罪ですか?ねぇ?私は貴女に聞いているんですけど?」

 

ドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッ

 

ドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッドスッ

 

みほがされたいたように、何度も先輩の腹部を蹴るまほ。

 

「ほら…言ってくださいよ、先ほどの謝罪は一体、誰に対してですか?」

 

「あ‥‥あ‥‥に‥‥にしず‥‥西住‥‥み‥‥み‥‥」

 

「は や く 言 え!!」

 

「西住みほさんに暴力を振るってしまい……ごめんなさい……本当にごめんなさい!」

 

「はぁ~‥‥そうですか‥‥でも、口で言うのは簡単ですよ?謝るなら、言葉ではなくちゃんと行動で示してみてください。例えばほら、額を地面につけて土下座をして謝るとか?」

 

「は、はい!本当に……申し訳ありませんでし‥‥」

 

ズシッ!!

 

「うぐっ‥‥」

 

先輩はまほに土下座して謝罪する前にぐもった声を出す。

 

その訳は、

 

「額が浮いていますよ?ほら、こうしてちゃんと地面につけなきゃ、ダメですよ」

 

まほは先輩の頭をまるでボールの様に踏みつけたからだ。

 

「た、隊長‥‥一体何を‥‥?」

 

そこへ、かつてのみほの同級生で、戦車道のチームメイトである逸見エリカが目を見開いて立っていた。

 

「『何を?』決まっているだろう?休学前に虫けらへの教育だ‥‥そうでしょう?先輩?」

 

まほは先輩の頭に置いた足をグリグリと動かす。

 

「先輩、これは貴女が階段から落ちて負った傷ですよね?」

 

「は、はい‥‥そうです‥‥」

 

まほは先輩に対して確認するかのように訊ねる。

 

「エリカもここには来ていない、何も見ていない‥‥そうだろう?」

 

次にまほは、目撃者であるエリカにここで見たことは忘れろと言う。

 

「は、はい‥‥」

 

エリカは怯えるように返答する。

 

「そうだ、それでいい‥‥私はしばらく、みほと共に離島で過ごす‥‥後の事は任せたぞ」

 

そう言って、まほはこの場から立ち去っていく。

 

「あ、あの!!隊長!!」

 

「なんだ?」

 

「あっ、いえ‥‥その‥‥なんでもありません。お大事になさってください」

 

「?」

 

エリカの発言にまほは、首を傾げながらも、きっと、みほの事をさしているのだと思い、

 

「ああ‥‥みほにもよろしく伝えておく」

 

そう言い残し、まほはみほと共に学校を休学し、父の常夫と共にみほの療養の為、ある島へと向かった。

 

島の名前は、夜美島と言う名前の島だった‥‥

 



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2話

ゲストとして、ひぐらしのなく頃に から、監督こと、村の診療所の医師、入江京介と隣人役として、レナがゲスト出演です。

ガルパン映画版より、西住家に犬が飼われていることが確認できるのですが、名前は不明だったので、ヴィットマンと名付けました。


戦車道の第六十二回全国大会における母校の敗戦の責任から、周囲の人々からの虐めにより、西住みほは、重度の対人恐怖症を患って登校拒否児となってしまった。

そんな、妹のみほの療養の為、まほと父、西住常夫は、離島、夜美島へと向かった。

母のしほは、西住流の家元の他に戦車道連盟の理事も兼務しているので、離島へは同行しなかった。

 

(こんな時でも、西住流に戦車道か‥‥)

 

まほは、妹が虐めにあい、精神的に参って、重度の対人恐怖症を患っているのに、娘を放って戦車道だの西住流だの言っているそんな母親の姿を見て、胸糞悪い気分となった。

しかし、どのみち、みほは、母親に対して苦手意識をもっていたし、しほ自身もみほには失望している様子だった。

虐めにより精神的に参っている今のみほにとって、離島で療養する現状で、母親のしほの存在は正直邪魔でしかない。

その為、しほが夜美島へ一緒に来なかったのはみほにとっては結果オーライなことだったのかもしれないとまほはそう思っていた。

 

「どうした?学園艦が恋しくなったか?」

 

母親に対して不満感を持っていたまほに父、常夫は声をかける。

 

「い、いえ、そんなことは‥‥」

 

母に対する不満はあるが、母校に残してきた戦車道のチームメイトの事が心配でないと言うのは嘘になる。

 

「まほ‥‥お前の気持ちは分かるが、しばらくの辛抱だ」

 

「はい、分かっています。みほの為ですから」

 

「‥‥」

 

まほの返答を聞き、常夫はすまなそうな顔をする。

そんな、常夫を安心させるかの様に話題を振るまほ。

 

「そういえば、新しい家ってどんな家なんですか?」

 

この先、厄介になる新居がどんな家なのかを訊ねるまほ。

 

「立派な一軒家らしいよ。と言っても熊本の実家程じゃないけどな、でも、親子で暮らすには十分な広さで、家具の他に庭もついている」

 

「どんな所にせよ、みほが良くなってくれれば構いません」

 

「‥‥」

 

そう言ってまほは一階下のデッキを見る。

そこにはみほの姿があり、彼女は静かに海原を見ていた。

その姿は、あまりにも儚げで、消えてしまいそうだ。

ただ、その反面、絵画や写真のモチーフとしては、なかなか合いそうだ。

やがて、船は目的地である夜美島へと到着する。

離島である夜美島の唯一の交通手段はまほたちが乗ってきた連絡船かこの島の漁師たちの漁船のみで、連絡船には島民の為の生活物資が積まれていた。

港に到着すると、物資の卸し作業が始まり、港は人と荷物の往来が激しくなる。

そんな中、まほたちも島に降り立った。

 

「‥‥」

 

港湾労働者以外にこの島の漁師や漁業関係者である島民たちが、まほたちの事をジッと見ていた。

まほは島民たちの様子から自分たちはあまり歓迎されていないのではないかと思った。

しかし、まほが毅然とした態度でいれたのは、自分の腕をつかみ、背中に隠れているみほの存在があったからだ。

学校でのいじめで、みほは極端に人との接触を怖がり、今ではまほ以外と口を聞こうともしない。

父との会話も自分が仲介して行っているくらいだ。

島民たちの奇異な視線にさらされている中、港に一台のワゴン車が現れ、白衣を身に纏い、眼鏡をかけた一人の男が、運転席から降りてきた。

常夫がその白衣の人物の下へと駆け寄る。

 

「どうも、遠路はるばるようこそ」

 

「えっと、入江‥‥先生ですよね?」

 

「はい。夜美島診療所の入江京介です」

 

「西住常夫です。この度は、どうもお世話になります。まほ‥‥みほ、こちらは、お世話になる入江先生だ。‥‥みほの‥‥カウンセリングをしてくれる先生だよ」

 

「よろしく」

 

入江と言う医師が一礼する。

 

「‥‥お世話になります」

 

まほも入江に一礼する。

 

「ほら、みほも挨拶を‥‥」

 

まほは自分の背中に隠れているみほに挨拶するように促すが、みほはまほの背中に完全に隠れ、首を横に振る。

やはり、初対面とはいえ、人が怖いみたいだ。

 

「すみません。ある事情で、この子、対人恐怖症になってしまったみたいで‥‥」

 

まほは、入江にすまなそうに言う。

 

「いえ、気にしていませんよ」

 

入江は微笑みながら言う。

そして、常夫と向き合い、

 

「黒森峰の病院から報告は受けています‥‥娘さん、この島の療養で少しでも良くなってくれればいいのですが‥‥」

 

「私もそう願っています」

 

小声で話したつもりなのだろうが、二人の会話の内容はまほに聞こえていた。

 

(お父さんはあんなにもみほの事を思っているのに、あの女は‥‥)

 

母、しほに対する不満はますます募るばかりだった。

その後、入江が運転してきたワゴン車に乗り、新居へと向かうまほたち。

 

「御覧の通り、何もない島で、娯楽施設はなく、島民の皆さんは、主に漁業や農業で生計を立てています」

 

ワゴン車はこの島の唯一の商店街の中を走っていく。

入江の言う通り、コンビニもなければ、スーパーの類も無く、商店と言えば個人商店のみで、商品も魚の干物や果物、野菜、そして生活雑貨。

生活物資はそこで、購入するみたいだ。

しかし、この商店街を見る限り、この島の島民たちは、ほんとうに食べて、寝て、働いての生活だけをしているみたいだ。

そして、商店街に居た島民たちも物珍しいのか、ワゴン車を‥‥正確にはワゴン車に乗っているまほたちの事をジッと見ている。

 

「話には聞いていましたが、ほんとうに日本じゃないみたいですね」

 

助手席の常夫が入江に話しかける。

常夫は事前にみほの療養地であるこの島の事をある程度調べ、ここがみほの療養地としてふさわしいと判断したようだ。

確かに常夫の言う通り、建物の造りや装飾など、自分たちの知る日本文化とはややかけ離れているように見える。

 

「ああ、異人さんの影響みたいです。昔、この島に流れ着いた異人さんが、この島の開墾の祖となったみたいで‥‥戦時中は日本軍の基地があって、戦後、アメリカ軍がレーダー基地を作ろうとしたみたいです」

 

入り江が運転するワゴン車は商店街を出ると、

 

「あそこが、駐在所です。もっとも、この島じゃあ、犯罪なんて起きませんけどね」

 

入江は、『はっはっはっ』と笑いながら、駐在所の場所を教えると同時に夜美島は平和な島であると言う。

まほがチラッと駐在所を見ると、そこには一人の制服警官がおり、警官はこれまで出会って来た島民同様、ジッとこちらを見ていた。

そして、警官と目が合うと、気まずそうにまほは視線を逸らした。

 

「こちらが西住さんのお宅になります」

 

やがて、ワゴン車は目的地である夜美島の西住家に到着した。

まほたちは、ワゴン車から降り、新居である家を見る。

新居は長い間、手入れをされておらず、庭は草木が生い茂り、後で草取りをしなければならない。

玄関先には先に送っておいた荷物が届けられていた。

まほはみほの様子をチラッと見ると、みほは特に怯えた様子もなく、ジッと家を見ていた。

全く異なる環境に放り込まれることにより、みほが不安になっているのではないかと思っていたまほにとって、みほが怯えている様子がないことは、まずは一安心だった。

 

「では、のちほど、診療所でお待ちしております」

 

「どうもありがとうございました。今後もよろしくお願いします」

 

入江はワゴン車に乗り込み診療所へと戻っていく。

まほたちは玄関を開け、新居の中に入った。

 

家は広いが比較的薄暗くなんだか気味が悪い。

居間には大きな窓があるのだが、間取りの位置、庭に生えている木々のせいで、薄暗かった。

家の造りは古いのだが、意外にもしっかりとした造りとなっていたので、痛んだ様子はなかったが、長いこと人が住んでいなかったせいか、埃だらけなので、掃除は必須事項だった。

 

あちこちにあるクモの巣を取り払い、窓と言う窓は全て開けて換気をすると、心地よい風が入り込む。

次に拭き掃除をするため、まほは台所の蛇口を捻る。

最初は、水道管に詰まった錆の為、赤い水が出てきた。

まほにはそれが一瞬血の様に見えたが、家の状態を考えてみれば当然のことで、しばらく水を流していると、やがて水は赤い水から、透明な本来の水の色となる。

バケツに水を入れ、残されていた家具を拭くまほ。

居間のテーブルを拭き、埃を落とすのだが、テーブルには食器が置かれていた痕跡がくっきりと残っており、いくら拭いても落ちない。

そこへ、段ボールを持った常夫が通りかかる。

 

「ねぇ、お父さん、家具ぐらい新しいのにしない?」

 

「そうか?どこも壊れていないんだろう?それに一生此処に居る訳じゃないんだし」

 

「それはそうだけど‥‥」

 

確かに常夫の言う通り、自分たちはみほの療養の為にこの島にやってきただけで、この島に永住する訳ではない。

次にまほは、バケツを持ち、廊下に出ると廊下や家の通路を拭き始める。

すると、みほは積まれた段ボールの陰に膝を抱えて座っている。

 

「ん?どうした?みほ」

 

「‥‥」

 

まほはみほに声をかけるが、みほは何も答えず、ただジッと膝を抱えて座っているだけ‥‥

 

「はぁ~‥‥掃除は私とお父さんでやるから、みほは自分の荷物だけでも、整理しておきなさい」

 

そう言ってまほは再び拭き掃除を始める。

この家の通路は入り組んでいる造りになっており、まるで回廊みたいだった。

まほは四つん這いになりながら雑巾がけをしていくと、目の前に大きなヤスデが居た。

 

「ひっぃ!!」

 

その姿を見たまほは思わずバケツを倒してしまった。

 

「あぁ~‥‥やってしまった‥‥」

 

まほは倒れたバケツを起こし、通路に出来た水たまりを拭き始める。

その時、まほはあるモノを見つけた‥‥

それは壁に出来たシミで、どす黒い何かが壁にかかって出来たモノだった。

まほは雑巾でそのシミを拭くが一向にその汚れは落ちない。

 

「頑固な汚れだな‥‥」

 

まほは、そのシミを触る。

 

「ん?‥‥これ‥‥まさか‥‥血?」

 

それは錯覚だったかもしれないが、この壁のどす黒いシミは飛沫血痕に見えた。

その時、庭先で、飼い犬であるヴィットマンの吠える声が聞こえ、まほは顔を上げた。

この犬は元々まほが熊本の実家で飼っていた犬なので、まほが離島に行くならと、まほが連れてきたのだ。

まほはその足で玄関口へと向かう。

 

「ヴィットマン、どうした?」

 

まほが玄関口を開けると、そこには見慣れない若い一人の女性が立っており、ヴィットマンはその女性に向かって吠えていた。

 

「えっと‥‥何か御用でしょうか?」

 

まほは恐る恐る女性に訊ねる。

すると、女性は貼り付けたかの様な笑みを浮かべ、

 

「あっ、私、隣に住んでいる竜宮レナと言います」

 

若い女性はまほに自己紹介をした後、

 

「さっき、入江先生の車があったんで‥‥先生から、今度お隣に引っ越してくる人が居るので、よろしくしてあげてと言われていたので‥‥」

 

レナの話を聞き、事態を理解したまほ。

 

「お引越し、大変でしょう?なにか手伝いましょうか?」

 

レナは手伝うことを買って出てくれた。

確かにまほと常夫の二人だけは荷解きと掃除は大変だ。

みほには自分の分の荷物だけは解くように言ったが、それ以外は多分できないだろう。

そこで、まほは、

 

「‥‥すみませんが、いいですか?」

 

「ええ、かまわないわよ」

 

まほはレナを家の中に招き入れた。

拭き掃除はさっきあらかた終わっており、常夫は段ボールから荷物を出している。

まほとレナは台所にて、食器の洗い物をしていた。

 

「わざわざすみません。手伝ってもらって‥‥」

 

まほは改めてレナにお礼を言う。

 

「いいのよ、お隣さんなんだし‥でも、なんでこんな辺鄙なところに引越しなんてしたの?」

 

レナはまほに引っ越して来た理由を訊ねてきた。

 

「療養なんです‥‥妹の‥‥」

 

「そう、大変ね‥‥島で何かわからないことがあったら、なんでも聞いてね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「前はどこに居たの?」

 

「黒森峰の学園艦と熊本の実家を行ったり来たりしていました」

 

「そう‥‥学園艦から来たのなら、分かるかもしれないけど、こういう島でも近所付き合いは大切なのよ」

 

「はい」

 

「あと、夜はあまり外に出歩かない方が良いわ。野生動物や崖とかもあって危ないし‥‥特に、森にある鉄塔近くには野生動物も多いし、鉄塔自体が古いものだから、倒れてくるかもしれないわ」

 

「は、はい」

 

「それと‥‥」

 

レナは真剣な顔でまほを見つめる。

 

「それと?」

 

「‥‥サイレンが鳴ったら外に出ちゃダメよ‥‥絶対に‥‥」

 

「サイレン?なんですか?それ?」

 

「大したことじゃないの‥‥島に伝わる迷信と言うか、決まり事なのよ。ほら、こういう世間から隔離されたようなところだと、その地域や島独特の決まり事みたいなローカル・ルールみたいなものがあるじゃない?」

 

「は、はぁ‥‥」

 

島の規則?をまほに伝えた後、レナはテキパキと洗い物を続ける。

まほはレナの言うサイレンと言う単語に引っ掛かりながらも、「郷に入っては郷に従え」と言う言葉通り、とりあえず従うことにした。

 

 



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3話

 

 

戦車道の全国大会の敗戦の責任から、周囲の人から虐めに遭い、重度の対人恐怖症を患ってしまったみほ。

そのみほの為、離島、夜美島へ療養に来たまほと常夫。

引っ越し当日、荷解きと新居の掃除をしていると、隣人であるレナが挨拶と共に手伝いに来てくれた。

洗い物が終わり、レナの事を父に紹介した後、掃除と荷解きがあらかた終わり、レナが帰った頃、まほは、みほを連れて、入江が居る島の診療所へ連れて行った。

診療所は島の商店街から少し離れた場所にあり、家から歩いて十五分くらいの場所にあった。

入江の診察では、診察室に二つの椅子があり、その椅子にまほとみほが座り、入江の問診に対して、まほがみほに伝え、みほの言葉をまほが入江に伝えることで診察を行って行く。

一通り、診察を終え、入江はカルテにボールペンを走らせ、診察の結果を書いている。

 

「では、今日はここまでにして、しばらく様子を見ましょう」

 

「はい、ありがとうございます。ほら、みほもお礼を言いなさい」

 

まほに促され、みほは無言のまま入江に一礼する。

 

「みほ、私は少し先生とお話をするから、待合室で待っていてくれ」

 

みほは肯くと診察室から出ていく。

 

「黒森峰の病院から、みほの事を聞いていると思いますが、みほ‥虐めで極度の対人恐怖症になってしまって、私以外に心を開かなくなってしまったんです」

 

「ええ、その件については聞いております」

 

「でも、今日の様子を見て、みほ‥先生の事は気に入ったみたいで、そこまで怯えた様子ではありませんでした」

 

港であった時は、入江の他に沢山の人が居たから、みほもきっと恥ずかしかったのだろう。

 

「そう‥ですか‥‥」

 

入江は少し引き攣った顔をしながら答える。

 

「先生」

 

「はい?」

 

「‥先生‥あの子、本当に良くなるんでしょうか?このまま、ずっと人付き合いが出来ない子のままで‥‥」

 

まほはみほの将来を案じた。

自分だって常日頃から、みほの傍に居られるわけではない。

それでもちょっと目を離すと、みほの事を心配してしまう。

少しでもみほの対人恐怖症が治ってくれればそこまでの心配や不安を抱くことはないのだが‥‥

そんなまほを入江がなだめる。

 

「西住さん、そう焦らないで‥ここは熊本でなければ、黒森峰の学園艦でもない‥‥ゆっくり治していこう‥‥島には島の時間が流れているんだから」

 

まほは少し落ち着きを取り戻すも、入江に、

 

「は、はい‥‥ただ、私、島の人たちとうまくやっていけるかどうか‥‥」

 

まほはみほの他にこの島での生活の不安も口にする。

確かにこうした離島暮らしは初めてなのだが、やはり気になるのは島民たちのあの視線‥‥

 

「ま、まぁ、こうした離島は閉鎖的なところもあるからね。私だって、この島に来たばかりの頃は、いろいろ不安はあったけど、今では普通に暮らしている。島での生活も時間が経てば慣れていくよ」

 

「‥だと、いいんですけど‥‥」

 

(入江先生も元は島の外の人だったんだ‥‥)

 

入江の言葉から、彼も島の島民ではなく、元は島の外の人間だったことが伺える。

 

「まぁ、何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

まほが入江に礼を言って診察室を出る。

そして、待合室で待っている筈のみほに声をかける。

 

「みほ、帰ろう」

 

しかし、待合室にみほの姿はなかった。

 

「みほ?‥‥みほ!!どこにいるの!?」

 

まほは待合室の隅々を捜すもみほの姿はない。

もしかして、トイレに行ったのかと思い、トイレも探すが、やはりそこにみほの姿はない。

 

「みほ!!みほ!!‥‥一体何処に‥‥まさか、一人で外へ!?」

 

まほは急いで、外へと出る。

そして、商店街へとやって来た時、まほは周囲に人っ子一人いないことに気づく。

 

「なんで?‥‥どうして誰も居ないの‥‥?」

 

辺りを見回しても人の気配さえない。

さっき、入江の車で通った時はあんなにも沢山の人が居たのに、今はまるで廃墟になったみたいに誰も居ない。

しかし、今は島民の行方よりも居なくなったみほの捜索が優先だ。

 

「みほ!!」

 

まほは人の気配がない商店街を歩き回り、みほを捜す。

その最中、チラッと近くの屋台を見ると、テーブルには食べかけの料理や飲み物、そして灰皿には火が付いたままのタバコが放置されている。

ラジオも点けっぱなしの状態で、スピーカーからはDJの声が空しく辺りに響いている。

それはほんのついさっきまで人が居た形跡ばかりだ‥‥

 

「どうして‥‥?‥‥みほも居ないし、他の人も‥‥一体どうなっているんだ?」

 

まほはそのまま商店街を抜け、港につくがそこにもやはり誰も居ない。

 

「みほ‥‥一体何処に‥‥ま、まさか、森に行ったんじゃあ‥‥」

 

まほはお隣の住人であるレナが森の鉄塔の近くには野生動物や崖があり危険だと言っていたことを思い出した。

だが、レナが説明していたあの場にみほは居なかった。

もしかしたら、みほは森へ行ったのかもしれない。

森にある鉄塔はここからでも見えるし、みほはあの鉄塔が気になったのかもしれない。

 

「みほ!!」

 

まほは急いで鉄塔のある森の山道へと向かう。

レナが鉄塔近くは危険だと言っていたが、そんなの気にしていられない。

山道は少し登るとやや平坦になったが、生い茂る木々が増えて次第に森の中を彷徨っている感覚になってきた。

太陽はまだ頭上高く昇っていたが、森の中は随分と薄暗かった。

 

「みほ!!どこだ!?」

 

まほは森の中でみほの名前を叫びながらみほを捜す。

すると、不意に森の奥でガサっと、音がして何かが動く気配と一瞬、木々の間を横切る影が見えた。

 

「みほ?」

 

まほはそれを追うようにして更に茂みの奥へと入る。

しばらく進むと、そこには廃墟となった山小屋が姿を現した。

 

「みほ、そこにいるのか?」

 

まほはゆっくりと慎重な足取りで廃屋の中へと足を踏み入れる。

廃屋に入ったまほは、中の様子を見て、思わず足を止めた。

雑然とした部屋の中は、沢山のガラクタで溢れている。

それは廃屋と言うよりも物置にちかい。

そして、まほは壁に赤いペンキで書かれている落書きに目をやった。

 

「なんだ?これは‥‥?‥‥DOG‥‥LOVE‥‥犬が好き?」

 

まほは壁の落書きを見て、首を傾げるが、所詮はただの落書き‥‥

そんな落書きよりも今はみほの方が大事だ。

 

「みほ」

 

みほの名前を呼びながら、まほは廃屋の中を歩き回る。

すると、足元でジャリっと何かを踏んでまほは足を止める。

足元を見ると、そこには割れた鏡が散らばっていた。

そして、鏡の破片の他に古びた赤い表紙の手帳が落ちていた。

まほは不意にその手帳を拾い上げる。

手帳は途中で破り取られており、裏表紙がなかった。

もう一度、表に返すと、表紙には手書きの文字で、「1976年、取材メモ」と書かれていた。

まほは、太陽の光が差し込む場所まで移動して、手帳をパラパラとめくる。

中ほどのページに「サイレンの定義」と言う文字が並んでいる。

 

「サイレン?‥‥ここでもサイレンか‥‥」

 

レナの他にここでも、「サイレン」と言う単語出てきたことに益々意味が分からなくなる。

だが、サイレンが一体何なのか、この手帳にはもしかしたらその謎を解く答えかヒントが書かれているかもしれない。

まほはそう思い、ページをめくる。

 

・1819年、フランスの物理学者カニャール・ド・トゥールによって発明された穴の開いた円盤を回転させた音を出す装置。 

警報、時報、信号など用いる。

 

・ギリシャ神話で、上半身は女、下半身は最中の姿をした海の魔物。

美しい歌声でフナ人を惑わして遭難させていた人魚伝説のモデル、セイレーン。

 

まほはひたすらページをめくっていく。

その時、まほの手は小さく震えていた。

 

風が吹きサイレンが鳴る。

 

二度目のサイレンが島に鳴り響く。

 

次第に書かれている文字は、走り書きの様に乱れていく。

 

サイレンの鳴る島 犬を恐れる島民 サイレンは鉄塔か? などと言う言葉だけがページにデカデカと書かれている。

 

「サイレン、サイレン、サイレン‥‥一体、サイレンってなんなんだ!?」

 

ここに記されているサイレンというモノが、自分が知るサイレン‥‥

救急車やパトカー、消防車に備え付けられているサイレンとは異なるモノと感じるまほ。

そして、最後のページには‥‥

 

 

8月2日、深夜、大停電、のち、三度目のサイレンで島民に変化

 

と書かれていた。

 

「島民に変化?どういう事だ?」

 

まほが手帳に書かれた言葉の意味が理解できずにいると、

 

「そこで何をしている!?」

 

不意に背後から声がして、まほは反射的に手に持っていた手帳をポケットの中に入れ、背後を振り向く。

そこにはまるでホームレスのような出で立ちの男がいた。

まほはその男の異様な風貌に思わず後ずさる。

 

「サイレンだ‥‥」

 

すると、男はそう呟きながら、まほに近づいてくる。

 

「サイレンが鳴ったら、絶対に家の外に出てはならない!!」

 

男はまほの腕をつかむと、レナが言っていたことと同じことを叫ぶ。

 

「サイレンが鳴ったら、絶対に家の外に出てはならない!!」

 

男の異常な様子にまほも段々と恐怖を感じ、

 

「いや、放して!!‥‥放せ!!」

 

まほは男の腕を振りほどき、廃屋から逃げていく。

逃げる最中、時折後ろを振り返り、男が追ってきていないかを確認する。

しかし、男はまほの後を追ってくる気配はなかった。

 

「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 

男が追ってこないことを確認し、立ち止まり、息を整える。

息を整えていると、森の奥から何か金属が軋むような音がしてきた。

途切れ途切れに聞こえてくるその音にまるで導かれるかの様に音がする方へと歩いていくと、森を抜け、広い草原にたどり着いた。

草原の真ん中には巨大な電波塔のような鉄塔が聳え立っていた。

 

(これが、レナさんの言っていた鉄塔‥‥)

 

まほは、眼前に聳え立つ鉄塔こそレナが言っていた鉄塔で、その鉄塔は確かにレナが言っていたように、朽ち果ててボロボロの状態‥‥

台風か強い風が吹けば倒れてしまうかもしれない。

そして鉄塔にはワイヤーの様なモノが沢山絡まっており、風が吹くたびにワイヤーと鉄塔の鉄骨が当たって金属がこすれるような音がしていたのだ。

まほが鉄塔を見上げていると、鉄塔の近くから笑い声が聞こえてきた。

 

「みほ?」

 

まほにとって、それは聞き慣れた声であり、最近では聞くことのなかった声だった。

小走りで声がする方へと向かうと、鉄塔の真下にはみほがまほに背を向けて座っており、みほの前には赤い服を着た見慣れない少女がしゃがみ込んでおり、二人は何やら楽しそうに話していた。

この前の全国大会から、みほの笑っている声も顔もまほは見たことがなかった。

自分がどんなに声をかけてもみほは、必要最低限の事しか言わないし、笑みも浮かべてくれない。

そのみほが、あの少女の前では、以前の様に明るく振る舞っている。

それが嬉しいように思えつつ、突然見ず知らずの少女にそれが出来たことにあの少女には嫉妬めいたものが、まほの体の中で疼く。

 

「みほ、こんなところに居たのか!?ちゃんと待合室で待っていないとダメじゃない!!」

 

みほが見つかったことで、まほはみほに声をかける。

すると、まほの声に気づいた少女がスッと立ち上がる。

フードのように頭まですっぽりと包んだ赤い服を着た少女は寂しそうな表情で、まほをジッと見ていた。

 

「‥‥」

 

まほは、少女の不思議なまなざしに不思議な力を感じ、何も言えずに固まったまま立ち尽くしていた。

少女がどこの誰なのか?

みほとどんなことを話していたのか?

訊ねることは沢山あったはずなのに、まほは何も言えなかった。

そして、先程まで少女と楽しそうに話していたみほも笑顔をまほに向けることなく、普段通りの無表情の顔を向けてくる。

 

(なんで‥‥?どうして、そんな顔をするんだ?みほ‥‥さっきまで、笑っていたのに‥‥)

 

まほとしては、やはり先ほどまで笑っていたのに、自分には笑顔を向けてくれないみほに空しさを感じるまほ。

やがて、少女はクルっと踵を返し、何処かへと行ってしまう。

まほは少女に声をかけることも、追いかけることもなく、ただ呆然として彼女の背中を見ているだけだった。

 

「‥‥みほ、帰るよ」

 

少女が去り、まほは、みほの手を引いて、自宅へと戻った。

 

夜美島に来た初日から、いろんなことがあった。

しかし、大勢の島民と比べ、廃屋であったあの男と先程の少女は、島の島民とはちょっと異なる印象を受けた。

まほは、帰り道、どうやって戻ってきたのか覚えていない。

色んなことがまほの頭の中でグルグルと渦巻いており、思考がまとまらない。

気づくとまほたちは森を抜け、所々に民家がある所まで来ていた。

先程の商店街とは異なり、人の声も聞こえる。

耳を澄ませると、それは人の歌声に聴こえる。

まほは恐る恐る声がする方へ向かうと、みほはまほに手を引かれるまま後をついてくる。

やがて、目の間に現れたのは古びた円形の建物だった。

とりたて大きいと言う訳ではないが、この島では大きな建物の部類に入る。

窓に施されている細工は洋風で、周囲の風景とのギャップはあった。

歌声はその建物の中から聴こえてくる。

まほは意を決し、入り口のドアを開けて、中を覗き込んだ。

建物の中は高い天井が吹き抜けになっており、広いホールみたいな造りだった。

ドアを開けると、更に歌声は大きくなっていく。

目を凝らし、薄暗い明るい奥を見つめた。

ホールの明かりはゆらりとうごめいていた。

壁の一角に祭壇の様にこしらえたテーブルがあり、そこには沢山のろうそくが立てられいる。

明かりの正体はそのろうそくの炎だった。

これらの要素からここは教会か集会所の様な建物なのだろう。

そして、まほはホールの中央に大勢の人たちがおり、陶酔したように歌い、踊っている姿を見つけ、息を呑む。

多くの島民たちが恍惚の表情をしており、その光景はクラブ活動やお祭りの催し物の練習というよりは何かの儀式みたいに見えた。

ここに沢山の人が居るから、あの商店街には人の気配がなかったのだろうか?

まほが更に驚いたのが、人垣の真ん中にまるで熱で浮かれたかの様に激しく舞い踊るレナの姿があったことだった。

思わず声が漏れそうになるのをまほは、必死にこらえ、レナたちの様子を窺っていた。

やがて、ホールに居る人たちが歌っている歌詞が聞き取れるようになってきて、まほは物陰に身を潜めながら、彼らが歌っている歌声に耳を傾けた。

彼らの歌声は何度も繰り返され、その異様な宴は一向に終わる気配がなかった。

これ以上此処に居ると、覗き見しているのがバレそうだったので、そっとその場から立ち去った。

夜も更け、まほはみほと一緒にお皿を洗っていると、昼間に聞いたあの異様な歌の歌詞が聴こえ、まほは思わず体をビクッと震わせる。

 

「~~♪~~~♪~~♪~♪~~~♪~」

 

気づくと隣に居るみほがあの歌を口ずさんでいたのだ。

無表情であの不気味な歌を歌われると、不気味だ。

 

「みほ、あんな不気味な歌を歌うのは止めなさい!!」

 

まほは、みほに口調を強めて、あの不気味な歌を止めるように言う。

すると、みほは無言のまま、まほをジッと見てくる。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

そこへ、常夫が台所へとやってきて声をかけてきた。

 

「別に‥‥」

 

「そうか‥‥?」

 

常夫は何か言いたげであったがそれ以上は言わなかった。

 

「‥‥ねぇ、お父さん」

 

「ん?」

 

「この島‥‥」

 

「島がどうかしたのか?」

 

「あっ、うん‥‥なんでもない」

 

まほは、昼間に見た島民たちのあの異様な光景を口に出そうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

この島に来たのは、自分の為ではなく、みほの為に来たのだ。

自分の島民や島に対する偏見で父親やみほに心配させる訳にはいかなかった。

みほの治療が済むまで自分一人が我慢すればいい‥‥

この島にずっと住むわけではないのだから‥‥

まほはこの時、そう思っていた。

 




島民が歌っていた歌はSIREN2の『巫秘抄歌』をイメージしてください。


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4話

原作のゲーム版SIRENとは、海送りの設定が異なります。


極度の対人恐怖症を患ってしまったみほの療養の為、まほと常夫が夜美島に来てから数日が経った。

相変わらず、島民はお隣のレナと島の診療所の医師である入江以外は、自分たちに積極的に話しかけてくることなく、遠巻きから自分たちの事をジッと見ているだけ‥‥

買い物の為、商店に言っても必要最低限の言葉しか交わさないし、表情も無表情か不愛想だ。

そして、この日もまほはみほを連れて、入江の診療所へと向かった。

まだ数日しか経っていないので、みほの状態はあまり変化がないのは仕方がない。

診察室で、診療をしていると、まほはふと、窓の外を見た。

すると、全身黒ずくめの妙な仮装をした人たちが、診療所の前の道を歩いてきた。

 

「先生、あれはなんですか?」

 

まほは入江に窓の外を歩いている黒ずくめの人たちの事を訊ねる。

 

「ああ、あれは海送りですね」

 

「海送り?」

 

「ええ‥この島の風習‥‥ってやつですかね?亡くなった方を海の水で洗い、身を清め、不老不死の理想郷である常世に入る為の儀式です。儀式を終えた後、穢れを洗い清めた人は常世の神の恩恵を受けるとされています」

 

「えっ?亡くなった方?常世?‥‥そ、それじゃあ、あの列は‥‥?」

 

「ええ、簡単に言えば、この島のお葬式です」

 

「お葬式‥‥」

 

入江の『お葬式』と言う言葉にまほの脳裏にズキッとする痛みと共に葬儀場の光景がフラッシュバックする。

 

「ぐっ‥‥」

 

まほは思わず、手で髪の毛を鷲掴み、顔をわずかに歪める。

 

「大丈夫ですか?顔色が悪いですけど?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「そうですか?あまり無理はしないでください」

 

「は、はい」

 

入江の診察を終え、みほと共に帰宅するまほ。

ただ、その帰路で、先程脳内にフラッシュバックした光景がどうしても忘れられない。

 

(なんであんな光景が‥‥ここ最近、私はお葬式何て参列していないのに‥‥)

 

まほは、ここ最近、誰かのお葬式に参列した記憶はない。

それなのに、自分はつい最近、誰かのお葬式に参列したような感覚があったからだ。

 

(いや、気のせいだな‥‥きっと、ドラマか何かだろう‥‥)

 

しかし、まほは実際に自分は誰かの葬式に参列した記憶がないのだから、先程脳内にフラッシュバックしたのは、きっとサスペンスドラマあたりで葬儀のシーンでも見て、それが記憶に残っていたのだろうと自分で納得させた。

 

その日、夕食が終わった後、西住家の電話が鳴る。

 

「はい、西住です‥‥えっ?父ですか?はい、居ます‥‥お父さん、島の役場の人から電話」

 

まほが、電話に出ると、それはこの島の役場の人間で、常夫に用があるみたいだった。

 

「はい、お電話代わりました。‥‥ええ‥はい‥‥わかりました。すぐに向かいます」

 

電話の内容から常夫は、これから何処かへ出かけてしまうみたいだ。

 

「まほ、すまないが、ちょっと急用が出来た」

 

「えっ?これからですか?」

 

もう夜なのに、これから出かけなければならないことに心配そうにまほは、常夫に訊ねる。

 

「ああ、戸締りには気をつけてな」

 

常夫は、着替えて仕事に必要な荷物をまとめて家を出ていった。

 

常夫が家を出ていってから小一時間ほど経過し、まほは、黒森峰の戦車道チームの現状を聞こうと、黒森峰の学園艦に居る逸見エリカに電話を入れた。

携帯の発信ボタンを押すと、プッ、プッ、プッと呼び出し音が鳴ったが、それが不意に途絶えて、ピーッと言うエラー音がした。

画面をみると、アンテナマークが消え、『圏外』と言う文字が表示されている。

 

「えっ?どうして‥‥ついさっきまで、使えたのに‥‥」

 

これまで、夜美島の生活の中で、携帯電話が圏外になったことはないのに、突然、携帯が使えなくなった。

そこで、固定電話で話そうとして、固定電話の下へと向かう。

受話器をとり、耳に当てると、何の音も聞こえない。

固定電話も使えなくなっている。

常夫がこんな夜中に出ていったのは、もしかしたら、島の電話線かアンテナに異常があったからではないだろうか?

 

「はぁ~‥‥今日は、諦めるか‥‥」

 

電話が使えないのでは、エリカと連絡を取るのは無理だ。

まほは、諦めて後日、電話が使えるようになったら、連絡しようと決めた後、お茶でも飲もうとして、台所へと向かう。

そこで、まほはギョッと目を見開き、息を呑んだ。

 

「‥‥」

 

台所の窓の外には、レナが立っており、ジッとこちらを見ていた。

まるで、西住家を監視するかのように‥‥

 

(レナさん!?なんで、あんな所に!?)

 

まほは、レナがどうして、夜中なのに外で一人、ポツンと立っているのか理解できなかった。

まほが、声を上げようとした時、台所の明かりがチカチカと点滅し始める。

思わず、天井を見ると、台所だけでなく、家中の明かりが一斉にフッと消えた。

同時に冷蔵庫のモーター音も消え、辺り一帯は静寂な闇の世界に変貌する。

 

「停電‥‥?」

 

電話線以外に電力を供給する電線にも異常があったみたいだ。

まほは、暗闇の中、電灯のスイッチを捜しカチカチとスイッチをいじるが、明かりが点く気配はない。

 

「嘘でしょう‥‥えっと‥‥懐中電灯は‥‥」

 

明かりが点かないので、まほは懐中電灯を捜そうとする。

その時、突然、

 

PIRIRIRIRI‥‥

 

「っ!?」

 

暗闇の中からけたたましく携帯電話の着信音が鳴り響く。

さっきまで使えなかったはずの携帯が鳴っている。

まほは半信半疑で、携帯電話のディスプレイを見る。

すると、そこには『非通知』と表示されていた。

出ようかと迷ったが、まほは通話ボタンを押した。

すると、通話口の向こうから、風を切るような音と共にくぐもった男の声が途切れ途切れに聞こえてきた。

 

「こっち‥‥い‥‥」

 

「えっ?」

 

まほは、携帯電話に耳を押し当てた。

すると、段々と男の声がさっきよりはっきりと聞こえる。

 

「こっちへ‥‥来い‥‥」

 

男の声はたしかにそう言った。

 

「もしもし、どちらへおかけですか?」

 

相手は番号を間違えているのではないかと思うまほ。

 

「お前‥‥周り‥‥いる‥‥サイレン‥‥」

 

最後の『サイレン』と言う単語にまほは背筋が凍り付く。

 

「あなた誰なの!?それにサイレンってどういう意味なの!?」

 

まほは、男にサイレンの意味を問いただすが、相手は答えることなく、一方的に電話を切った。

 

「もしもし!!もしもし!!」

 

まほがいくら聞いても電話口からあの男の声がすることはなかった。

再び闇と静寂が訪れる。

台所の蛇口からは水がポタリ、ポタリと滴り落ちる音が暗闇の中で不気味に響く。

段々と暗闇に目が慣れてきたその時、不意に外から、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

と、耳をつんざくようなサイレンの音が、聞こえてきた。

 

「な、なに?この音‥‥?」

 

いきなりの停電に、突如鳴り響いた謎のサイレン。

まほは珍しく狼狽える。

パニックになりつつあるまほは、玄関の方からガタンと言う音が聞こえてくる。

その物音で、まほは我に返る。

居間に目をやると、さっきまで、居たはずのみほの姿が消えていた。

 

「みほ?」

 

まほは、慌てて周囲を見渡し、みほを捜す。

こんな訳の分からない状況下でみほを一人にするのはあまりにも危険だ。

 

「みほ!?どこ!?どこに行ったの!?」

 

みほを捜している中、まほは頬を撫でる風に気づいた。

玄関を見ると、ドアが半開きになっており、そこから風が吹き込んでいた。

 

「まさかっ!?みほ!!」

 

まほはみほが、外へ出ていったのだと思い、急ぎ外へと出る。

その中でも、外からは謎のサイレンは流れ続けている。

外へ出ると、玄関の近くで繋がれているヴィットマンが宙を仰ぐように物凄い勢いで、吠えていた。

ヴィットマンがこれほど、我を忘れたように吠えている姿は見たことがない。

まほは、大きな不安にとらわれ、みほを捜して家の周りを走り回った。

 

「みほ!!」

 

すると、家から少し離れた十字路の真ん中にみほが佇んでいるのが見えた。

まほは急いで、みほに駆け寄り、彼女の身体を抱きしめる。

 

「みほ‥‥よかった‥‥でも、なんで外に出たの!?サイレンが鳴っている時、外に出ちゃダメなの!!」

 

まほはみほにどうして黙って、外に出ていったのかを訊ねるが、本音としてはみほが見つかって良かったと言う安堵感の方が強かった。

 

「さぁ、早く家に戻ろう」

 

まほは、レナやあのホームレス風の男が言っていた、『サイレンが鳴ったら外に出てはならない』と言う言葉を思い出し、みほを連れて急いで家に戻ろうとする。

すると、みほは、まほの腕を振りほどき、スッと空を指さす。

まほが、その方向に目をやると、みほは、島の中央にある山の頂上に聳え立っているあの鉄塔を指さしていた。

しばし、呆然としていたまほであったが、まほは気を取り直し、みほの手を引いて、家に急いで戻る。

そして、家の中に入ると、カギをかけ、まほは耳を塞ぎながらその場にしゃがみ込む。

外では相変わらず、サイレンが鳴り響き、ヴィットマンが吠え続けている。

みほは、そんなまほの様子をすぐそばで、彼女を見下し、無表情のままでジッと見ていた。

まるで、みほにはサイレンなんて聴こえないかの様に‥‥

それから、どれだけの時間が経っただろうか?

いつの間にか、サイレンの音は鳴り止み、ヴィットマンも吠えるのを止めていた。

けれども、常夫は夜が明けても帰ってこなかった‥‥

 

 

翌朝、まほが目を覚まし、常夫の部屋に行くと、常夫はまだ帰ってきていなかった。

 

「お父さん、徹夜だったんだ‥‥」

 

まほはポツリと呟く。

あれだけの大規模な停電だ、きっとあちこちで断線が起こったのだろう。

それにあのサイレンも鳴っていたので、鳴り止むまで作業は中止だった筈だ。

技師である常夫はサイレンによる作業の停止と断線の修理に奔走して、昨晩は徹夜だったのだと思ったまほ。

今日はみほの診療がなかったので、まほは家で常夫の帰りを待つ。

しかし、十時を過ぎても常夫は帰ってこない。

携帯電話が使えるようになっていたので、まほは、常夫の携帯に電話を入れるも出ない。

心配になったまほは、みほに、

 

「みほ、ちょっとお父さんを捜してくるから、みほは大人しく家で待っていて」

 

家で待っているように言うと、みほは肯き、まほは常夫を捜しに行く。

まずは、常夫を呼び出した役所へと向かう。

すると、役所の人間は、

 

「西住さんは、単独で修理に向かったので、今どこへ行ったのか分からない」

 

と、随分とぞんざいな返答を返してきた。

まほは、まだ常夫が帰ってきていないことを伝えると、

 

「それじゃあ、駐在に言って捜してもらってくれ」

 

と、更に投げやりな返答が返ってきた。

自分たちが昨晩、常夫を呼び出したのにもかかわらず、その常夫がもしかしたら、行方不明になっているのかもしれないのに、自分たちは捜すこともなく、まほに投げやりな対応をしてくる。

役場の人間に不満を抱きながらも、このままここで何を言っても役場の人間は対応しないだろうと思い、まほは駐在所へと向かった。

まほは、駐在に常夫が帰ってこないことを伝えると、

 

「行方不明になるほど広い島じゃない‥‥そのうち戻ってくるだろう」

 

と、駐在も役所の人間と同じような対応だった。

 

「でも‥‥」

 

まほはそれでも食い下がる。

しかし、駐在巡査はギロッとまほを睨みつけてくる。

その態度に気圧されまほは、それ以上なにも言えず、駐在所を後にした。

困り果てたまほは、診療所へと向かい、入江に常夫の事を相談した。

事情を聞いた入江はまほと共に常夫を捜しに出てくれた。

電線の断線が起きたのは、森の中にある電線ではないかと思い、森の中を捜す。

 

「西住さん!!」

 

「お父さん!!」

 

二人の声は、森の中に吸い込まれていく。

しかし、二人の声は森の中に空しくこだまするだけで、辺りはすぐに静寂に包まれる。

森の奥へ進みながら、入江がポツリと漏らす。

 

「夜の森には島民でも滅多に足を踏み入れない‥‥西住さん、無事ならいいけど‥‥駐在さんには届けたの?」

 

「届けました。でも、お巡りさんも役場の人も全然取り合ってくれなくて‥‥」

 

「やっぱり、島の人に応援を頼んだ方がいいんじゃないかな?」

 

二人だけでは、どうも効率が悪い。

医師である自分が言えば、もしかしたら、協力してくれるかもしれない。

 

「ダメ!!」

 

しかし、まほはそれを拒否した。

 

「えっ?なんで‥‥?」

 

入江が怪訝な顔でまほを見る。

 

「‥‥なんか、島の人たちって信用できなくて‥‥」

 

これまでの島民の視線や役所の人間、駐在の対応から、まほは島の人間に対しての不信感が増していた。

入江が神妙な顔つきで考え込んでいると、まほは常夫が帰ってこない理由に、

 

「サイレン‥‥」

 

「えっ?」

 

まほがそう呟くと、入江はキョトンとした顔をする。

 

「きっと、お父さん、サイレンが鳴っていたのに、外に出たりしたから‥‥」

 

入江は訝しむ表情で黙ったまま、まほの事を見ていた。

まほは昂る感情を抑えきれずに声を荒げる。

 

「私、言われたんです!!サイレンがなったら、外に出てはならないって‥‥それなのに‥‥私は‥‥」

 

まほは、常夫に『サイレンが鳴ったら外に出てはならない』と言うレナからの言いつけを常夫に説明することを忘れていた。

てっきり、常夫もこのサイレンについては知っているものだとばかり思っていたのだが、昨夜、常夫はサイレンが鳴っても家に戻ってこなかった。

もしかしたら、サイレンが鳴っている最中は、どこかに避難しているのかと思ったが、家に戻らなかったことから、常夫は『サイレンが鳴ったら外に出てはならない』と言うこの島の言い伝えを知らなかったから、サイレンが鳴っても家に戻ってこなかったのだろう。

島の言い伝えを破ったから、常夫の身に何か起こったに違いない。

まほは、自分のせいで、常夫が帰ってこないのだと自分を責めた。

その時、茂みの奥から沢山のコウモリたちが飛び掛かるように襲ってきた。

 

「きゃっ!!」

 

まほは、両手で頭を抱えこみながらその場にしゃがみ込む。

コウモリたちは、すぐにその場から消え、まほは恐る恐る周囲を見渡しながら起き上がると、さっきまで一緒に居たはずの入江の姿がいつの間にか消えていた。

コウモリに驚いてどこかに逃げてしまったのだろうか?

 

「‥‥先生?入江先生?」

 

まほは、慌てて辺りを見渡し、入江を捜す。

しかし、入江の姿は見当たらない。

 

「入江先生!!お父さん!!」

 

まほは精一杯、声を張り上げて叫びながら森の奥へと進んで行く。

だが、入江からの返答もなく、彼の姿も常夫の姿も見えない。

すると、不意に森の茂みがガサッと葉音がした。

 

「っ!?入江先生?お父さん?」

 

まほは、入江か常夫かと思い、声をかけるが、茂みからは一向に返答がない。

先日のホームレス風の男の事を思い出したまほは思わず後ずさる。

不気味な気配はなおも増えてくる。

それも一人や二人ではない。

自分は近くから、沢山の強烈な悪意みたいなモノを感じる。

 

「い、いやっ!!」

 

まほは踵を返してその場から逃げ出す。

黒森峰で戦車道チームの隊長を務め、凛々しいイメージがあるまほも年頃の女の子、丸腰の状態で、未知なる存在に戦いを挑んだり、それを確認するほど、強くはなかった。

走って逃げるまほ。

しかし背後からはあの不気味な気配が後をつけてくる。

まほは必死に森の中を走る。

背後から迫ってくる不気味な気配‥‥それに万が一、捕まったらと思うと想像するだけでも恐ろしい。

 

「いや!!誰か助けて!!」

 

誰にでも言うでもなく、まほは叫ぶ。

そんな中、まほの眼前に古びた建物に気づき、夢中でその中に駆け込む。

ドアを閉めて、カギをかけ息を殺して外の様子を窺う。

すると、さっきまで自分を追いかけてきた不気味な気配は完全に消えていた。

ほっと息を吐いた後、まほはその場にへたり込む。

息を整えて、まほは辺りを見回すと、そこは先日、みほと共に迷い込んだあの礼拝堂だった。

先日、島の人が謎の儀式っぽいことをしていた時と異なり、辺りはシーンと静まり返り、不気味だ。

まほは立ち上がり、ホールの奥へと進んで行く。

祭壇の様になっていたテーブルの上には火が消えたローソクが無造作に置かれている。

窓から差し込んだ光に頼っている埃が舞っているのが見える。

まほは、祭壇の奥の壁に安置されている何かに気づく。

近づいてみると、それは人型の土偶の様なモノだった。

土偶は両耳で耳を塞ぐ格好をしている。

顔はまるで苦悶しているような表情をしている。

まるで、何か騒音から逃れるかのような‥‥

そして、土偶の体の部分には文字が書かれていた。

 

『REVIVER』

 

と、英語単語が彫られていた。

 

「リバイバー‥‥?」

 

更に土偶の下にはレリーフの様なモノがあり、うっすらと消えかかった文字が刻まれている。

まほは、所々朗読できる文字を読んだ。

 

「鏡を‥‥狗は神‥‥生者は悪‥‥変わらぬ者‥‥果て無き命‥‥」

 

そして、まほは気づいた。

 

「狗‥‥生‥‥」

 

まほの脳裏に先日迷い込んだあの廃屋の壁に書かれたあの文字‥‥「DOG」 「LOVE」が蘇る。

 

「‥‥」

 

まほが、固まっていると、ホールの裏の階段からゴトッと言う物音が聞こえてきた。

 

「っ!?だ、誰かいるの‥‥?」

 

物音を聞いて、まほはビクッと体を震わせ、音がした方へと振り返る。

声をかけるが、返答はない。

まほは恐る恐る物音がした階段へと近づく。

この下のフロアは、半地下になっているようで、下にも窓がるのかうっすらと光がさしていた。

まほはゆっくりとした足取りでその階段を降りていく。

すると、そのフロアに誰かが倒れているのを見つける。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

まほは声をかけながら、その倒れている人に近づく。

 

「っ!?」

 

そして、まほは倒れている人の顔を見て目を見開く。

倒れていたのは捜していた自分たちの父親である常夫だった。

息を呑んだまほは、常夫のことをまじまじと見ると、身体から血を流していた。

 

「いやー!!」

 

まほは悲鳴を上げて、たまらずその場から走って逃げた‥‥。

 



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5話

島の駐在には、ひぐらしのなく頃に の 前原圭一を採用しました。


第六十二回全国高校生戦車道大会での敗戦により、学校で虐めにあい、母親から半ば見捨てられ、重度の対人恐怖症になってしまったみほの療養の為、彼女と父である常夫と共に離島、夜美島にやってきたまほは、島民からの奇異な視線と離島と言う閉鎖した雰囲気に戸惑い、みほの治療が終わるまで、島の人たちとうまくやっていけるのか不安になるまほ。

そんなある日の夜、島中が一時停電となり、島中に謎のサイレンが響き渡る。

父である常夫はその日、急な仕事が入り、家を出ていった。

しかし、その日、常夫は家に戻ってこなかった。

翌日、まほは常夫を捜しに行くが、職場である島の役所の人間も駐在もまほの言っていることに冷たくあしらい、協力的ではなかった。

みほの担当医である島の医師、入江だけはまほの言っていることを信じてくれ、一緒に常夫を捜しに行ってくれた。

その最中、昨晩、常夫が向かったとされる森の中でまほは、入江とはぐれてしまった。

まほは、森の中で常夫と入江を捜している中、背後から得体の知れない気配を感じた。

気配の主はまほのことを後ろから追いかけてくる。

不安と恐怖から、まほは森の中にあった礼拝堂の中に逃げ込む。

そして、逃げ込んだ礼拝堂の中で、まほは倒れている常夫を発見した。

倒れていた常夫の姿を見て、まほは不安と恐怖がピークとなり、その場から逃げ出す。

礼拝堂から飛び出したまほは、我武者羅に走った。

途中、湿った草地に足を取られ、転んだが、すぐに起き上がり、まほは森の出口を目指す。

 

「待って!!西住さん!!一体どうしたんだ!?」

 

その時、まほは不意に背後から腕を掴まれ、グッと何かに引き寄せられた。

 

「い、いや!!」

 

びっくりしたまほは、あの得体の知れない気配の主かと思ったが、

 

「西住さん、落ち着いて、私ですよ!!」

 

まほの腕を掴んでいたのは、森の中ではぐれた入江だった。

まほは事態が把握できず、呆然としていたが、次第に落ち着きを取り戻す。

 

「どこに行っていたんだい?捜したんだよ」

 

それは、まほのセリフだったが、今はこうして入江と合流できたことで、まほは、

 

「先生‥‥」

 

まほは自分らしくないと思いつつ、この時は本当に怖かったのか、入江の胸に飛び込んだ。

黒森峰の戦車道チームの面々が見たらきっと、驚愕していただろう。

 

震えていたまほをひとまず、落ち着かせるため、入江は一旦、診療所までまほを連れていき、ベッドで休ませた。

どうにか落ち着いたまほが入江に事情を説明する。

すると、入江は、

 

「じゃあ、私は駐在所へ行ってくる」

 

と、言って、駐在所へと向かった。

まほの言葉よりも島の医者で大人の入江の言葉なら、あの駐在も信じてくれるだろう。

一人、診療所で残されたまほは不安に押し潰されそうだったが、すぐに入江は駐在と共に戻ってきた。

 

「で?どういうことなんだ?」

 

駐在はギロッとベッドに居るまほを一睨みしてくる。

まほはそれが辛くて黙って俯く。

 

「前原さん、西住さんもまだ混乱しているみたいですから‥‥」

 

入江が夜美島の駐在、前原圭一巡査を宥める。

しかし、前原は険しい表情のままだ。

 

「ともかく、行ってみましょう。西住さん、案内を頼めるかな?」

 

「は、はい」

 

その後、まほは入江と前原の二人をあの礼拝堂へと案内する。

前原は、当初、まほの言葉をやはり信じてはいない様子だった。

 

「西住さん、確かにこの中で、間違いないんだね?」

 

入江がまほに確認するように訊ねると、まほは黙ったまま頷く。

 

「あ、あの‥先生、ここは‥‥?」

 

そして、まほは入江にこの礼拝堂がどんな建物なのかを訊ねる。

 

「ここは、昔使われていた集会所みたいです。今は管理人もおらず、老朽化しているので、ただの廃墟みたいですけど‥‥」

 

「えっ?」

 

入江の話では、ここは使われていない様だが、先日、ここには大勢の人たちが居た。

あれは一体何だったのだろうか?

入江と前原が顔を見合わせ、頷くと二人は礼拝堂のドアを開け、中に入っていく。

まほも二人の後をついていく。

 

「地下だそうです」

 

入江が説明すると前原は警戒しながら礼拝堂の地下へと向かう。

まほは不安ながらも自らを奮い立たせるため、ブラウスの胸のあたりのボタンをギュッと握りしめる。

 

「先生、ちょっと‥‥」

 

すると、地下に降りた前原が入江に声をかける。

 

「どうですか?」

 

「ちょっと来てくれ」

 

前原に言われ、入江とまほも地下に向かう。

 

「どうかしたんですか?」

 

「どうもこうもあるか‥‥見てくれ」

 

「あ‥‥」

 

入江は地下のフロアを見て、唖然とする。

それはまほも同じだった。

地下のフロアにはさきほど、まほが見た常夫の姿はなく、ガラーンとした静寂が支配しているだけだった。

 

「そ、そんなっ‥‥!?」

 

まほはヨロヨロとフロアに歩み出てあまりのことに言葉を失った。

 

「これは一体どういうことなんだ?」

 

前原が厳しい口調でまほに問う。

振り返ると、入江もまほの顔をジッと見ていた。

まほ自身も何がどうなっているのか分からず、説明できなかった。

だが、確かに自分が最初、ここへ来た時、常夫が倒れていたのだ‥‥

しかし、今はその常夫の姿がない。

一体、常夫はどこへ行ってしまったのだろうか?

まほの不安が益々募った。

 

前原巡査と別れ、入江に送ってもらったまほは、混乱と不安の中、家に戻った。

 

「みほ‥‥」

 

まほは、みほがちゃんと留守番していたのか気掛かりで、みほの部屋に向かい声をかけるが、部屋の中から返答はない。

寝ているのだろうか?

まほがみほの部屋に入ると、みほはスースーと、静かに寝息を立てて眠っていた。

みほがちゃんと留守番をしていたことにまほはホッと胸を撫で下ろした。

しかし、父親である常夫の行方はまだ分からないまま‥‥

どこへ行ってしまったのか?

父の行方が気掛かりになっていると、台所の方からカタンっと、物音が聞こえてきた。

まほが台所に行くと、そこには冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注ぎそれを飲んでいる常夫の姿があった。

ただ、常夫の足には無数の擦り傷があり、所々出血しており、絆創膏や包帯が巻かれている。

 

「ん?よお、おかえり。どこに行ってたんだ?」

 

「それはこっちのセリフよ!!心配したんだからね!!」

 

まほは呆れる振りをしようとしたが、不安からの開放からか、自然と目から涙を流し、常夫に抱きつき、ギュッと父の身体を抱きしめた。

それから、まほは常夫の治療をする。

 

「いや、まいったよ。作業中に落っこちちゃってね」

 

常夫はまるで他人事のように淡々と自分に起きた出来事をまほに話す。

まほは包帯を巻き直すと、ジッと常夫の顔を見る。

 

「どうかしたのかい?」

 

その視線に気づいたのか、常夫が訊ねてくる。

 

「ううん‥‥もし、痛んだり、腫れるようなら、入江先生のところに行って、ちゃんと診てもらってね」

 

「いや、大丈夫だよ。心配をかけたね」

 

常夫はそう言ってスッと立ち上がり、居間を出ていった。

まほは、常夫の背中を目で追いながら、何か表現出来ない漠然とした不安感‥‥というよりも違和感を覚える。

目の前に居るのは確かに姿も声も父である西住常夫に間違いないのだが、昨日までの常夫とは何かが違うように見えたのだ。

 

「うぅ~‥‥」

 

すると、不意に静寂を破るように、ヴィットマンの唸り声が聞こえてきた。

 

「ワン!!ワン!!ワン!!」

 

まほが庭に面した窓を見ると、そこには今にも飛び掛からんとばかりの勢いで、こちらに向かってヴィットマンが吠えていた。

ヴィットマンの視線の先には常夫がいた。

まほは信じられない思いでその光景を見ていた。

昨日までヴィットマンは常夫に対してあんな態度を取っていなかった。

それが急に威嚇するかのように、ヴィットマンが常夫に唸りながら吠えていたのだから‥‥

 

その日の夜、まほは夢を見た。

 

薄暗く小さな部屋で自分はみほにしがみついていた。

みほの顔色はまるで死人の様に蒼白く、息をしていない。

そして、首筋にはザックリと刃物の傷痕が残されていた。

 

「みほ!!みほ!!お願いだ!!目を開けてくれ!!みほ!!」

 

「残念ですが、妹さんは既に‥‥」

 

まほの後ろから白衣を着た人物‥‥恐らく医者が声をかける。

 

「そんな訳ない!!みほが‥‥みほが‥‥!!」

 

まほは医者の言葉を否定するかのように声を荒げ、目からは大粒の涙を零す。

 

 

「っ!?」

 

そこで、まほは目が覚めた。

夢見が悪く、息を切らし、目には涙が伝っていた。

 

(なんなんだ?今の夢は‥‥?縁起でもない‥‥)

 

そう思った、まほはみほの事を確認せずにはいられず、掛け布団をめくると、まほは自分の部屋を後にして、みほの部屋へと向かう。

みほの部屋では、みほがまだ眠っていた。

 

(よかった‥‥みほは生きている‥‥ちゃんと生きている‥‥)

 

まほは眠っているみほに近づき、

 

「みほ‥大丈夫だ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」

 

みほが重度の対人恐怖症になったのは自分の責任でもあるのだ。

ならば、みほの対人恐怖症が治るまで極力自分はみほのそばに居て、彼女を守るのは姉である自分の責務であると自分に言い聞かせながら、みほの髪を撫でた。

そんな中、チラッと机を見ると、みほが描いたのか、一冊のノートが開かれたままの状態で置かれており、そこには先日、あの鉄塔の近くでみほと出会っていた赤い服の少女の姿が描かれていた。

その姿はすっぽりと頭巾の様に被った赤い服が生々しい色遣いで描かれていた。

まほはそのノートを手に取り、まじまじとその絵を見る。

あの少女といた時のみほの様子はとても楽しそうで、自分がみほの笑顔を取り戻すはずだったのに、いきなりポンと出てきたどこの馬の骨とも分からない少女にその役割を横から掻っ攫われたことにまほは複雑な思いを抱く。

 

それから暫しの時間が経ち、日が昇る。

まほはヴィットマンの為の朝食を持って庭にいくと、鎖でつながれていた筈のヴィットマンがおらず、鎖だけがポツンと地面に置かれている状態だった。

 

「ヴィットマン?‥‥ヴィットマン!!」

 

呼びかけてもヴィットマンからの返答はおろか、姿も見えない。

まほは心配のあまり、大声を上げて辺りを捜し回った。

 

「ヴィットマン!!ヴィットマン!!どこに行ったの!?」

 

すると、その声を聞きつけた常夫が玄関から姿を現した。

まほは、常夫にヴィットマンの事を訊ねる。

 

「お父さん、ヴィットマンが居ないんだけど、知らない?」

 

常夫は表情を曇らせ、ぶっきらぼうな感じで、

 

「いや、知らないな」

 

まほは、常夫のその態度に疑問を感じながらもヴィットマンの行方が気になった。

 

「ヴィットマン‥‥一体何処に行ったんだろう‥‥?」

 

朝食後、まほはヴィットマンのリードを手にヴィットマンを捜しに出た。

島民の人にヴィットマンの事を訊ねても、常夫と同じく、

 

「知らない」

 

「見てないねぇ」

 

と、ぶっきらぼうな様子での返答しか返ってこなかった。

やがて、まほはまたもや、森にヴィットマンを捜しに来た。

 

「ヴィットマン!!ヴィットマン!!」

 

森の中で、ヴィットマンの名前を呼ぶが、ヴィットマンの姿は相変わらず見えないし、犬の声もしない。

 

「もう、どこに行っちゃったんだろう‥‥?」

 

しばらくの間、ヴィットマンの事を捜しまわったが、ヴィットマンの姿を見つけることが出来ず、更に天候も風が強くなってきたので、家に戻ることにした。

もしかしたら、入れ違いでヴィットマンも家に戻っているかもしれないと言う思いを抱いて‥‥しかし、家に戻ってもヴィットマンは居なかった。

 

午後になり、まほはみほの診察の為、入江の診療所へとむかった。

そして、診察後、先日同様、みほに待合室で待っているように言うと、みほは診察室を出ていく。

みほが診察室から出ていったのを確認したまほは、

 

「先生‥‥」

 

「ん?なんです?」

 

「サイレンってなんです?」

 

「えっ?サイレン?」

 

「はい‥‥この前の停電の日に鳴ったあのサイレン‥‥あのサイレンが鳴った日からおかしいんです!!お父さんも帰ってきてから、なんか変ですし、今日の朝、ヴィットマン‥‥家の飼い犬も行方不明になったし‥‥」

 

「考えすぎですよ」

 

「違います!!絶対にあのサイレンのせいです!!」

 

「西住さん、落ち着いて」

 

「サイレンって、一体何なんですか!?サイレンが鳴ったら、一体何が起きるんですか!?」

 

まほが声を荒げると、入江は大きくため息を吐き、答える。

 

「単なるこの島の迷信ですよ。迷信」

 

「でも、あの手帳に書いてありました!!」

 

「手帳?」

 

「はい!!きっと、あの日の夜、お父さんの身に何かあったんです!!でなければ、ヴィットマンがお父さんにあんな態度を取る訳がないし‥‥もしかして、ヴィットマンはお父さんに‥‥」

 

ヴィットマンが居なくなったのは、常夫がヴィットマンを殺したのではないかと推測するまほ。

 

「西住さん、落ち着いて‥‥それで、手帳って何かな?それを踏まえて、ゆっくり話して下さい」

 

入江はジッとまほの事を見て、まほは小さく頷く。

 

それから、まほはこの夜美島に来てから体験したことを入江に話した。

まほとみほが家に戻ったのは夕陽が水平線の彼方に沈んだ頃だった。

家に戻ったがやはり、ヴィットマンの姿はなかった。

常夫はまだ仕事から戻っていなかった。

みほは部屋に戻り、まほは夕食の準備をした。

夕食の準備ができても、まだ常夫は仕事から戻らず、先にみほと夕食を食べようと思ったまほは、みほの部屋に行き、彼女に夕飯が出来たことを伝える。

 

「みほ、晩御飯が出来たぞ」

 

しかし、みほからの返答はない。

 

「みほ?」

 

まほはみほの部屋に入るが、部屋にみほの姿はなかった。

 

「みほ‥‥どこに行ったんだ‥‥?」

 

まほは家中を捜すが、みほの姿は見つからない。

みほを捜す中、まほは常夫の部屋に入る。

部屋の明かりをつけると、みほの姿は無く、机の上にはなにやら書類が置かれており、そこにはでかでかと『YAMIJIMA』と書かれた書類が置かれていた。

気になったまほはその書類を手に取り、表紙をめくる。

するとそこには『集団失踪』と書かれた文字があり、下にはその事例が書かれていた。

 

 

ロアノーク島植民地集団失踪事件 (1587年~1590年)

 

1584年、時のイギリス女王エリザベス一世の寵臣、ウォルター・ローリーが率いる探検隊がロアノーク島に辿り着いた。

およそ六週間の滞在を経て、この地が植民に適しているという感触を得たローリーは、帰国後、早速植民地建設計画を練り上げ、イギリス議会の下院へ計画書を提出する。

女王はローリーに対し、サーの称号と、発見した地域を自身にちなんでヴァージニアと呼ぶ許可を与えてこれに報いた。

しかし、ローリーの報告とは裏腹に、ロアノーク島近辺は決して植民に適しているとは言えなかった。

近海は岩礁だらけで、浅瀬が多く、常に座礁の危険があったのだ。

取り敢えず一隊はロアノーク島北部に砦を建設し、グレンヴィルは進捗状況を報告する為にいったん母国へと戻る。

一方、107名の男と共に砦に残り守備を担っていた守備隊たちは、現地のインディアン(先住民)と衝突して激戦を繰り返していた。

彼らは戦いには長けていたものの、植民に関しては全くのド素人同然であった為、食料の欠乏を如何ともしがたく、すっかり植民の意欲を失っていた。

そんな中、サー・フランシス・ドレーク提督率いる探検隊が近くを通りかかり、ドレーク提督たちに救出されると、これ幸いとばかりに島に居た人たちは提督たちと一緒にイギリスへ帰国してしまい、最初の植民はみじめな結果に終わった。

二度目の植民は1587年5月8日に行われ、今度は前回の航海に 測量士兼画家として参加していたジョン・ホワイトが率いる一団150人が、再度ロアノークへ向けて出発する。

ロアノーク島に到着した一団は植民を進め、ホワイトの娘が女児を出産し、植民地にちなんでヴァージニアと名づけられるといった慶事もあった。

しかし、インディアンとの衝突が数を増すなど、状況は深刻になる一方であったことから、ホワイトは救援隊の派遣を求めるべくイギリスへ帰国する。

ところが当時のイギリスは、スペインの無敵艦隊との決戦に向け 一国を挙げて決戦の準備が進行中で遥か西の植民地などに余分な船と人員を割いている余裕などあるはずもなく、ロアノーク島への救援は先延ばしとなる。

ようやくホワイトが救援隊と共にロアノーク島に到着したのは約三年後の1590年8月17日であった。

しかし、島は不気味なくらい静かで、イギリスの音楽を演奏し、何度も呼びかけるも、全く返事が無い。

翌18日にホワイトたちはロアノーク島に上陸し、捜索を始めたが、小屋や防護柵は雑草に覆われているばかりで、娘も、孫娘も、 他の仲間も、誰一人姿を見出せない。

やがて一つの標識が見つかり、きれいな大文字ではっきりこう記されていた。

 

「 C R O A T O A N 」

 

と‥‥そして消えた人々は未だに発見されていない。

 

 

マリー・セレスト号乗組員失踪事件(1872年)

 

1872年11月5日、マリー・セレスト号という二本マストのアメリカの帆船が原料アルコール(飲酒用ではないアルコール)を積んで、アメリカのニューヨークからイタリアのジェノバに向けて出港した。

この船に乗っていたのは、ベンジャミン・ブリッグス船長と八人の乗員、そして、船長の妻、マリー(本によってはファニーと記されている)と娘のソフィアの総勢十一人であった。

そしてマリー・セレスト号がニューヨークを出港して1ヵ月後の12月5日、そのマリー・セレスト号が、ポルトガルとアゾレス諸島の間の大西洋を漂流しているのが、イギリス船、デイ・グラシア号に発見された。

マリー・スレスト号は航行している様子はなく、海上を漂っている状態だったため、何か事故が発生したのではと思い、グラシア号は、マリー・セレスト号に近づいて船を横付けにして声をかけてみたが、返事がない。

そのため、船長以下、数人の乗組員がマリー・セレスト号に乗り込んで中の様子を確認することにした。

しかし、船の中には誰も見当たらなかった。 

海賊に襲われたのか? 

それとも船内で伝染病が起き、皆その病気に感染して乗組員全員が死亡したのだろうか? 

それにしても、船内に乗員の死体がないのはおかしい。

しかし、不思議なことはそれだけではなかった。 

船内の様子を調べる内に、次々と奇怪なことが分かったのだ。

無人で漂流していたマリー・セレスト号の船長室のテーブルの上にあった食事は食べかけのままで暖かく、コーヒーは、まだカップから湯気を立てており、調理室では、火にかけたままの鍋がグツグツと煮立っていた。

また他の船員の部屋には食べかけのチキンと、シチューが残っていた。

洗面所にはついさっきまでヒゲを剃っていたような形跡があり、ある船員の部屋には血のついたナイフが置いてあった。 

そして、船長の航海日誌には、

 

「12月4日、我が妻マリー(本によってはファニー)が‥‥」

 

と走り書きが残っていた。

船に備え付けの救命ボートも全部残っており、綱をほどいた形跡もなかった。

船の倉庫には、まだたくさんの食料や飲み水が残っており、積荷のアルコールの樽も置かれたままで、盗難にあった様子はなかった。

12月4日、一体この船に何が起こったのだろうか?

マリー・セレスト号の乗組員が、どこへ消えたのかは、未だ謎のままである。

 

 

「‥‥」

 

まほは、息を呑んで書類をめくり続けた。

 



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6話

1976年に起きた夜美島集団失踪事件におけるただ一人の生存者は、ひぐらしのなく頃にからトミー、こと富竹ジロウを採用しました。


 

 

重度の対人恐怖症を患ってしまったみほの療養の為、父と共に離島、夜美島に来たまほ。

しかし、ある日の夜、突如島中が停電となり、その直後、どこからともなくサイレンの様な音が鳴り響く。

サイレンが鳴った夜、父である常夫は家には戻らず、翌日心配になったまほは、捜しに出る。

そして、森の中に佇む礼拝堂の地下で倒れていた常夫を発見する。

診療所の医師、入江と島の駐在警官の前原と共に改めて礼拝堂の地下へと向かうと、そこに常夫の姿はなく、その後、何事もなかったかのように常夫は家に戻っていた。

しかし、常夫の様子は明らかに自分の知る父とは異なる存在に見えた。

それはまほだけではなく、飼い犬であるヴィットマンも常夫に向かって飛び掛からんばかりの勢いで吠えている。

翌朝、ヴィットマンの姿がいつの間にか消えていた。

まほが捜してもどこにも見つからない。

常夫や周辺の人に聞いても『知らない』 『見ていない』と言う。

午後、みほの診察の為、診療所に行き、入江にまほは、この島に来てから何度も耳にした『サイレン』について訊ねた。

全てはあのサイレンが鳴った夜‥‥常夫が変になったのもヴィットマンが行方不明になったのも全部あのサイレンが原因だとまほはそう推測していた。

しかし、入江からサイレンに対する明確な答えは得られなかった。

 

その日、夕食の準備が終わった後、まほはみほを呼びに行くが、みほの姿がない。

みほを捜している中、まほは常夫の部屋で集団失踪に関する資料を見つけ、それに目を通した。

そこにはロアノーク島の集団失踪、マリー・セレスト号の乗員失踪の事が書かれていた。

まほは、更にその書類に目を通す。

続くページにはロアノーク島やマリー・セレスト号の他に世界中で起きた集団失踪事件の事例が書かれていた。

 

 

ノーフォーク連隊集団失踪事件(1915年)

 

第一次世界大戦中の1915年8月28日、連合国軍は、同盟国軍側であるオスマン帝国の首都イスタンブールを制圧すべく、ガリポリ半島に軍を展開して、イギリス陸軍のノーフォーク連隊三百余名もサル・ベイ丘の第60号丘陵の占拠を目指し歩みを進めていた。

以下はオーストラリア及びニュージランドの連合部隊、通称アンザック軍団が目撃した奇妙な出来事である。

 

その日は快晴であったが、丘の上には複数の奇妙な雲の塊が漂っていた。

不思議なことにその雲はどれも形が似ており、風に流されることもなく一箇所に固まっていた。

丘の上へと行軍を続けるノーフォーク連隊の将兵たちは次々に雲の中へと消えていき、やがて最後の一人も雲の中に姿を消した。

およそ一時間後、雲は空に流され消えた‥‥

当然、丘にはノーフォーク連隊が展開している筈であった。

ところが雲が去り、アンザック軍団が目撃したのは、無人の丘陵地帯だったのである。

ノーフォーク連隊の誰一人として雲から出てきていない以上、彼らはそこに居なければならなかった。

だが、彼らはそこに居なかった‥‥。

やがて戦争は終結し、イギリス側はオスマン帝国に対しノーフォーク連隊の将兵たちの返還を要求した。

イギリス政府は、消息を絶ったノーフォーク連隊の将兵たちはオスマン帝国軍の襲撃を受け、多数が捕虜にされたと考えていたからである。

だが、オスマン帝国は、そのような部隊との交戦記録は無いとしてイギリスの要求を否定した。

一部始終を目撃していたアンザック軍団の将兵たちも、当時いかなる戦闘行為も行われなかったと署名つきで証言、オスマン帝国の見解を裏付けた。

結局ノーフォーク連隊の将兵たちは全員が『行方不明』として処理された。

あの時、彼らに一体何が起こったのかは今日でも不明である。

そしてノーフォーク連隊の将兵たちは現在も行方不明のままである。

 

 

イヌイット村、村人集団失踪事件  (1930年)

 

1930年11月、カナダの猟師、ジョー・ラベルは、チャーチルから500マイル北方に位置する アンジクニ湖近くのイヌイット村を訪れた。

この村には多数のイヌイットが暮らしており、ジョーは彼らとは良い付き合いであった。

ところがその日、ラベルの目に飛び込んできたのは、誰一人として存在しない無人の村であったのである。

彼が村を調べてみると、手のつけられていない食べ物、縫い物の途中で放棄された針や布などが見つかり、飼われていた七匹の犬が餓死していた。

何か村に急な異変が起き、村人たちは慌てて 村を放棄したのだろうか?

だが、湖の近くでカヤック(ボート)が打ち捨てられたままであったため、湖を越えたのではないのは 明らかである。

しかも、ライフルまでもが放置されているのは妙であった。

狩猟を行うイヌイットにとってライフルは生活必需品であり、それを残して旅に出ることなど有り得ない。

やがて警察隊が調査に訪れると、さらに奇妙な点に出くわした。

なんと、村にある墓が掘り起こされており、土の中に埋葬されていた筈の死体が全て消えていたのである。

食器に残っていた穀粒の形状から、村からは村人たちはおろか、埋葬された死体までもが姿を消したのはおよそ二ヶ月前であることが判明した。

失踪の原因は今も不明で、村人たちは現在も行方不明である。

 

 

人気アーティスト失踪事件(1970年代)

 

大西洋にあるバミューダトライアングル‥‥そこでは、これまで多くの船舶や航空機が消失した魔の海域として有名だ。

そして、日本でも同じグループ名のアーティストがかつて存在しており、そのアーティストたちも謎の失踪をしていた。

 

アーティストのグループ名は『バミューダ3(スリー)』。

 

彼らは1970年代を中心に活躍したアフロヘアーの三つ子アイドルグループだった。

長男レッド(アイドル名)と次男グリーン(アイドル名)がボーカルを務め、三男イエロー(アイドル名)はタンバリンを担当。

当時のアイドルにしては珍しいソウルフルな歌唱力とルックスで異彩を放っていたが、三枚目のシングルである『恋の三角海域SOS』が爆発的なミリオンセラーとなり、一躍人気アイドルの仲間入りをした。

しかし、『恋の三角海域SOS』が好セールスを記録する中、はじめに長男レッド(アイドル名)が行方不明になり、続いて次男グリーン(アイドル名)が歌番組収録中に忽然と姿を消すという怪事件がバミューダ3を襲った。

『恋の三角海域SOS』の歌詞になぞらえた見立て殺人ではないかと報道され、世間を騒然とさせたニュースとなったが、三男イエロー(アイドル名)は楽屋で意識を失い倒れているところを発見され事無きを得た。

しかしタンバリンのみでは活動は無理という事務所判断により人気絶頂のまま解散した。

 

 

「なんで、お父さんがこんなモノを‥‥」

 

自分が知る限り、父はこんなオカルトやミステリーに関してそこまで興味があるとは思えなかった。

それが何故、こんな書類を持っていたのかまほには理解できなかった。

そして、最後のページ‥‥

そこには、夜美島集団失踪事件と書かれた項目があった。

 

「夜美島‥集団失踪事件‥‥?この島でも、集団失踪事件が‥‥」

 

まほは、震える手で、書類を握りしめ、夜美島集団失踪事件の項目に目をやる。

 

1976年、夜美島である嵐の夜、海底ケーブルが謎の断線が起き島は停電となる。

島に来た救助隊は、島民の安否を確認するため、島中を捜索するが島には島民の姿がどこにもない。

民家の中を捜索すると、ついさっきまで、人が居た形跡があった。

捜索の結果、救助隊は一人の男を発見した。

身分証から、その男は東京在住のフリーのカメラマン兼ジャーナリストの富竹ジロウ氏と判明。

彼が何の目的で、この島に来たのかは不明であったが、彼は救助に来た人たちに、

 

「サイレンが鳴ったら、外に出てはならない」

 

と、喚き散らしたらしい。

大規模な捜索の結果、結局この島で見つかったのはこの富竹だけで、他の島民の行方は知れず、捜索は打ち切られた。

その時の島民たちは現在も行方不明のままであり、救助された富竹も夜美島から救助された時、精神疾患を患っており、まともに事情聴取できる状態ではなく、救助から数ヶ月後に自殺した。

唯一の生存者である富竹が自殺したことから、夜美島集団失踪事件の真相は謎のままとなった。

 

(もしかして、あの手帳‥‥)

 

夜美島集団失踪事件の項目を見たまほは、富竹の職業とこの島で集団失踪事件が起きた1976年と言う年代から、あの廃屋に落ちていた手帳は富竹が残した手帳なのではないかと思った。

 

さらにこの夜美島には人魚伝説なるモノがあった。

元々この夜美島は江戸時代の頃、疫病患者の隔離島であった。

その島に住む‥‥病気で隔離された一人の青年がある日、浜辺を散歩していると、一匹の人魚と出会った。

そして、青年は人魚に、

 

「貴女の血肉をほんの少しだけ分けてはくれませんか?私は重い病を患っており、毎日苦しい日々を送っています。私をこの苦しみから解放してくれませんか?」

 

と、頼んだ。

人魚の血肉は不老不死の薬と信じられていた。

青年の話を聞いた人魚は、その青年を哀れに思い、青年に血肉の一部を分けてあげた。

しかし、それを見ていた島民たちが、次々と人魚に襲い掛かった。

人魚を取り囲み、人魚の肉体に噛みつき、人魚の血肉を貪る。

やげて、海は浜辺で食い殺され、流れた人魚の血で海は赤くなる。

しばらくすると、海から人魚の鳴き声が聞こえてきた。

その声を聞いた島民たちは苦しみ、次々と人魚の血で赤くなった海へと入っていき、夜美島から人が消えた‥‥。

それから夜美島では人魚に近づいてはならないと言う言い伝えが出来た。

 

昔話の最後のページには血に染まった様な赤い衣をまとった人魚の姿が描かれていた。

その姿は、あの森で、みほと出会っていたあの少女の姿に似ていた。

 

書類に一通り、目を通したまほは書類を手に持ったまま、部屋に戻り、手帳を取り出して、ページをめくる。

 

「サイレンの鳴る島」

 

「犬を恐れる島民」

 

「大停電の後、三度目のサイレンで島民に変化」

 

犬の部分は兎も角、「サイレンが鳴る島」 「大停電」 この二つは合っている。

更に富竹の手帳にはサイレンの由来が書かれていた。

 

「セイレーン‥‥不老不死‥‥サイレン‥‥」

 

まほはポツリと呟く。

手帳と赤い衣の少女が描かれている書類を見比べる。

書類に描かれている赤い衣の少女は、まるで自分の事を見つめ返してくるかの様に見えた。

そして、みほの事を思い出す。

家の中に居ないみほ、サイレン、そして赤い衣の少女‥‥

 

「まさかっ!?」

 

まほは、嫌な予感がして、家を飛び出す。

暗くなった森の中、恐怖や不安があったはずなのに、まほは躊躇することなく、あの鉄塔の下へと走る。

 

「みほ!!」

 

夜の闇の中、吹き付ける風が容赦なく、まほの頬を叩く。

 

「みほ!!」

 

まほは夢中でみほの名前を叫びながら、鉄塔の下に向かう。

そして、まほが予感した通り、みほは鉄塔の下に居た。

ただ、みほのすぐ傍にはあの赤い衣の少女も一緒に‥‥

少女は両手を広げ、まるでみほをどこかへ導くかの様な仕草でみほと対峙している。

そこで、まほがやってきたことに気づいたみほは、まほの方へと振り返る。

 

「みほ!!こっちに来て!!ソイツからすぐに離れて!!早く!!」

 

みほはまっすぐまほの事をジッと見ている。

そして赤い衣の少女もみほ同様、無言のまま、ジッとまほを見ている。

みほがまほの方へ一歩歩み出ると、少女は不敵な笑みを浮かべる。

それは邪悪女神の様な怪しい微笑みだった。

まほにとって、それは、

 

「今日は、返してあげる」

 

と、言われているみたいに不快な気分にさせる。

その瞬間、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

突如、辺りにサイレンが鳴り響く。

まほたちが夜美島に来てから、二度目のサイレンだ。

サイレンの音を聞き、まほは思わず耳を塞ぐ。

そして、みほはまるで糸が切れた人形の様に倒れる。

 

「みほ!!」

 

サイレンの不快な音が鳴り響く中、まほは我慢してみほの下へと駆け寄る。

赤い衣の少女は、それを確認したかのように、踵を返して何処かへと去って行った。

 

「みほ!!大丈夫!?みほ!! みほ!!」

 

まほは、みほの身体を抱き起こし、何度もみほの名前を呼ぶ。

しかし、みほは目を覚まさない。

このままここで夜を明かすわけにはいかない。

まほはあのサイレンが鳴り響く中、みほをおんぶして家を目指す。

風は吹き抜け、追い立てるかのように鳴り続けるサイレン。

言い知れぬ恐怖を感じる中、まほは歩みを止めることなく森の中を進んで行く。

今のまほには背中のみほだけが、心の支えになっていた。

そんな中、まほは以前森の中で迷い込んだあの廃墟を見つけた。

ここから家まではまだ距離があるし、この暗さと風、鳴り響く謎のサイレン。

このままでは、道に迷い、一晩中森の中を彷徨うかもしれない。

まだ目を覚まさないみほの事が心配なまほは、嫌な胸騒ぎがしたが、屋根のある所に避難した方がいいと判断したまほは、再びあの廃墟に足を踏み入れた。

 

廃墟の中に入ると、まほは背中からみほを降ろし、床に横たえる。

そして、入口の戸を閉めて、近くにあった棒をつっかえ棒として戸に噛ませる。

戸を閉めて、まほがみほの様子を見ると、みほは苦しそうで、息遣いも荒い。

額に手を置いてみると、みほは熱があるようで、熱かった。

まほは少し離れたところに毛布があるのを見つけ、駆け寄ってその毛布を拾う。

すると、壁の落書きが鏡越しに映っていることに気づく。

鏡越しに壁に書かれた『DOG』と『LIVE』は、『GOD』 『EVIL』と読むことが出来た。

 

「GOD‥‥EVIL‥‥っ!?」

 

そこでまほは気づいた。

 

「狗は神、生者は悪‥‥」

 

あの礼拝堂にあったレリーフの言葉通りだった。

まほが唖然としていると、背後から男の声がした。

 

「変わらぬ者こそは、果て無き命を授かりし‥‥この世の理、越ゆる者」

 

まほは反射的に振り返る。

すると、そこにはいつの間に来たのか、あの時、この廃墟で出会ったあのホームレス風の男が立っていた。

男はブツブツと訳の分からない言葉を言いながらゆっくりとまほに近づいてくる。

まほは、ホームレス風の男の姿を見て、緊張と恐怖で呼吸が自然と荒くなる。

この廃墟に入った時、この中には誰もいなかった筈だ。

それに唯一の出入り口の戸にはついさっき、自分がつっかえ棒をして、開けられた形跡はない。

となると、この男は自分たちがこの廃墟に入る前から居ることになる。

やはり、この廃墟は、この男の住処だったのだろうか?

嫌な予感が当たってしまった事にまほは自らの判断に迂闊さを覚える。

まほは逃げようとするが、男の動きはまほよりも速く、まほの前に立ち塞がる。

 

「サイレンが鳴っている!!外に出るな!!奴らに襲われてもいいのか!?」

 

男はまほの両肩を掴みそう叫ぶ。

その時、サイレンの音がより一層高まり、廃墟全体が揺すられているかのようにガタガタと音をたて始めた。

 

「き、来た‥‥奴らだ‥‥奴らが来た!!」

 

男が血走った目で叫ぶ。

廃屋の外から何か大勢の気配と低い唸り声の様なモノがこの廃墟に迫ってきている。

それは決して、野生動物などではない。

あの時‥‥常夫を捜しに行った時、礼拝堂の近くで、自分の背後から迫ってきたあの気配と似ている‥‥いや、あの時感じた得体の知れない気配そのものだった。

しかもあの時と異なり、今回はその気配の主は一体や二体ではない。

まほは身をすくめて、所々壊れている壁の隙間から外の様子を窺う。

暗闇の筈の外から怪しい光が差し込み、その光を遮るように、ちらちらと何かが外を蠢いている。

まほは、たまらず、その場に蹲る。

その瞬間、壁に空いていた穴の向こう側に異様な何かの目が現れ、まほはソレと目が合ってしまった。

 

「キャーッ!!」

 

壁の向こう側にあった血走った真っ赤な目にまほは思わず、悲鳴をあげる。

気が付くと、その異様な目は既にこの廃墟全体を取り囲んでいた。

廃墟にはガリガリと壁に爪を立てるような音が響き、屋根の上にも何かが動き回っているような気配もある。

まほは、床で横になっているみほの下に駆け寄り、彼女の身体を思いっ切り抱きしめる。

自分は廃墟の周りに居る得体の知れない気配の奴らに殺されるかもしれない。

しかし、みほだけは何としてでも守らなければならない。

その一心で、まほはみほを抱きしめたのだ。

やがて、奥の方からガシャンと窓ガラスを割る音がした。

奴らが入り込んできたのかもしれない。

まほは音がした方を振り向き、息を呑む。

 

「逃げろ!!」

 

男がそう叫ぶ。

 

「えっ?」

 

「此処に居たら、やられるぞ!!」

 

「で、でも‥‥」

 

まほが口ごもると、男は声を荒げる。

 

「いいから逃げろ!!サイレンを止めるんだ!!奴らに取り込まれる前に!!」

 

すると、男の背後から異様な風体をした人型なのだが、完全に人とは言えない異形の何かが、男の頭を鷲掴みにして、外へと引きずり出していった。

まほは慌てて男の後を追うが、あっという間に外に居た異形の集団に男は連れていかれてしまった。

 

「いやーっ!!」

 

次は自分とみほかもしれない。

そう思い、まほはみほの上に覆いかぶさるようにして蹲る。

しかし、いつまで経っても自分が外へ引きずられることもなく、目を恐る恐るあけてみると、サイレンの音は止まっており、廃墟を囲んでいた得体の知れない気配は消えており、今度は不気味なくらいの静寂だけが残されていた。

 



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7話

 

 

廃墟の周りを取り囲んでいた得体の知れない気配の連中が去った後、まほは再びみほを背負い、廃墟を後にする。

この時、まほはある決意を胸に抱いていた。

みほを背中におんぶして我武者羅に家まで走る。

そして、ようやく家に辿り着く。

常夫はまだ家に戻っている様子はなかった。

まほはみほをベッドに横たえ、玄関、勝手口、そして家中の窓と言う窓のカギをかける。

それからまほは、汚れた服を着替え、身の回りに必要なモノを片っ端からバックへと詰める。

自分の荷物の荷造りが終わると、次にみほの部屋に行き、自分と同じく、みほの荷物をバックへと詰める。

みほの荷造りをしていると、横になっていたみほがムクッと体を起こす。

どうやら、目が覚めたようだ。

まほはみほが目を覚ましたことに気づくと、彼女の手をとる。

 

「みほ‥‥」

 

まほがみほに声をかけると、みほは無言のままジッとまほの事を見つめてくる。

 

「みほ‥‥私の‥‥お姉ちゃんのこと好き?」

 

「うん‥‥」

 

まほの問いにみほは無機質な声で返答する。

みほは、自分の事を嫌ってはいなかった。

 

「お姉ちゃんのこと、信じてくれる?」

 

みほは、今度は無言のままだが、首を縦に振り、頷く。

あの忌まわしい大会の後、学校で虐めにあい、母親から半ば見捨てられ、重度の対人恐怖症を患ってしまうほどの事態を招いたのに‥‥みほが虐められている時、自分はみほに何もしてやれなかった。

自分がもっと早く対処しておけば、みほは対人恐怖症なんて患わなかったかもしれない。

いや、それ以前に自分があの大会でみほの戦車をフラッグ車に任命しなければ、そもそもこんな事にはならなかった。

それなのに、みほはまだそんな自分の事を好きでいてくれた。

健気な妹の姿にまほは、目から鱗が落ちるほどの思いがまほを包み込む。

 

「だったら、よく聞いて。明日の朝、連絡船で、この島を出るの‥‥」

 

「‥‥?」

 

みほはまほの言葉の意味が分からなかったようにキョトンとした顔でまほを見つめる。

まほは、語気を強めてみほに言い聞かせる。

 

「恐いお化けから逃げるためよ‥‥みほも恐いお化けと一緒にいるのは嫌でしょう?」

 

「うん‥‥」

 

「だったら、お姉ちゃんの言う通りにして、みほの事は私が必ず守ってあげるから」

 

まほはみほに小指を差し出す。

みほもまほの動作からその意味を理解したのか、みほもまほの小指に自らの小指を絡ませる。

まほは、みほを強いまなざしで見つめ、指切りをする。

 

(明日の朝一に連絡船でこの島を出た後、エリカと連絡を取り、ヘリで迎えに来てもらおう)

 

(黒森峰の学園艦に戻ることになるが、それも一時的な事だ‥‥)

 

エリカに迎えに来てもらった後、まほはみほを連れて実家には帰らず、黒森峰の学園艦に戻ることにした。

実家ではしほが再びみほをこの島に戻す可能性があるからだ。

こんな不気味で化け物だらけの島にみほを戻すなんて冗談じゃないし、自分だってこんな島、もううんざりだ。

 

(みほの療養地の選定は、私がする‥‥こんな化け物だらけの島ではなく、みほが落ち着いて静かに療養できる場所を‥‥)

 

黒森峰の学園艦に戻った後、自分かエリカの寮の部屋に一時的、みほを匿い、その間にみほの新たな静養場所を捜そうと決意するまほ。

出来ることなら、今からでもエリカと連絡をして、ヘリでこの島に迎えに来てもらいたかったが、夜間でのヘリの離発着はいくらヘリの免許を保有しているエリカでも危ない。

ヘリが墜落すれば、それこそこの島からの脱出なんて不可能になってしまう。

それに携帯を見ると、圏外になっており、エリカと連絡を取ることが出来ない。

当然、家の固定電話も同じように使用不可の状態となっていた。

 

自分とみほの荷物をまとめた後、まほは常夫の部屋に入る。

確かに常夫が居ないことを確認すると、部屋にある机の引き出しの中を探る。

そして、そこにあった現金と通帳、印鑑を上着のポケットに入れる。

他にも何か持っていける貴重品は無いかと引き続き、引き出しの中を探っていると、引き出しの中に入っているあるモノに気づく。

 

「っ!?これって‥‥」

 

まほは恐る恐るソレを手に取る。

それは、犬の首輪だった。

 

「‥‥こ、これ、もしかして、ヴィットマンの‥‥」

 

震える手でまほが首輪を調べると、裏側に『Wittmann』と彫られていた。

この首輪は間違いなく、ヴィットマンの首輪であり、首輪にはヴィットマンの毛の他に少量の血もついていた。

 

(やっぱり、ヴィットマンはお父さんに‥‥)

 

ヴィットマンの首輪を見て、あの日ヴィットマンは出ていったのではなく、常夫に殺されたのではないかと言う推測はますます強くなる。

 

「ん?」

 

引き出しには更に『夜美島島民消失前の現場写真』と書かれた大きな茶封筒があった。

時間もないし、昔消えた人たちの事なんて、正直どうでも良かった筈なのにまほはそれを確かめずにはいられなかった。

茶封筒を開け、中の写真を取り出す。

一枚一枚、めくっていくと、写真自体に年季を感じ、写っている写真の中にはいかにも昭和時代って感じの島民の生活風景が写し出されている。

この写真に写っている人たちはあの夜美島集団失踪事件で、消えてしまった人たちであり、そう考えると考え深いものがあるが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。

機械の様に一心不乱で写真をめくっていると、一枚の日本家屋を写した写真がまほの目に留まる。

 

「っ!?この家‥‥」

 

そこに写っていた日本家屋は紛れもなく、現在、自分たちが住んでいる家そのものだった。

しかも、その中にはまさに今、自分が居る部屋の写真もあった。

まほは振り返り写真と実際の部屋の様子を見比べる。

家具も写真と同じ状態のままの部屋‥‥

まほは写真をめくり、この家の中を写した写真をピックアップして、写真が写っている場所と実際の場所を見比べる。

台所も実際の台所と写真に写っている台所は寸分たがわぬ配置のままだ。

違うとすれば引っ越しの際、持ってきた冷蔵庫や電子レンジなどの家電ぐらい‥‥

廊下を写した写真には壁に飛び散った飛沫血痕の様なモノを写した写真があった。

まほは、この家に来たばかりの頃、廊下にあったあの黒ずんだシミの事を思い出し、その場所へと向かう。

壁にあった黒く変色したシミは、写真の中では同じ形のまま、真っ赤な色で写っていた。

それからまほは、みほの部屋へと向かう。

写真の中にはみほの部屋を写したモノもあった。

ただ、これまで写真と見比べて来た部屋と異なり、みほの部屋には違う部分が一つあった。

みほの部屋にあるふすまの部分が、写真ではふすまではなく、扉の様なモノが写っていた。

まほは、ふすまを開け、写真に写っている扉がある部分を調べる。

そこには沢山の新聞紙がベタベタと張り巡らされており、目隠しされていた。

みほは、気づかなかったのだろうか?

そんな疑問を感じつつも、まほは、新聞紙を剥がしていくと、その下には写真で映し出されていた扉があった。

 

「‥‥」

 

まほは、ゴクッと生唾を飲み込んだ後、恐る恐る扉を開ける。

扉にはカギはかかっておらず、あっけなく開く。

天井からぶら下がっている裸電球に気づき、スイッチを捻るとパッと薄暗かった部屋が明るくなる。

そこは畳二畳ほどの納戸で奥にはこの家の前の持ち主の荷物が積み上げられたままになっていた。

まほは、奥の壁にしつらえた棚の上に、礼拝堂で見かけたのと同じ、両耳を塞いだ土偶があるのに気づいた。

土偶の胸にはやはり、『REVIVER』の文字が刻まれている。

そして、辺りを見回していたまほ、床に落ちていた一枚の写真に気づく。

少なくともそれは、自分が手に持っていた写真ではない。

写真の上には埃が乗っており、この写真が長い時間、この床に放置されていたことが伺える。

まほはその写真を拾い上げる。

その写真も古いもので、写真の隅には「1976・3・12」と写真が写し出された日付があった。

よくよく見れば、納戸の壁にはこれと同じ、古い写真が沢山貼ってあった。

この家の前の持ち主はカメラマンだったのだろうか?

 

(‥‥っ!?カメラマン?‥‥まさかっ!?この家の前の持ち主って‥‥)

 

カメラマンと言う職業からまほの脳裏に蘇ったのはあの夜美島集団失踪事件の唯一の生存者である富竹の事だった。

彼もカメラマンだったからだ。

まほが壁の写真を見ていると、ある不自然なことに気づく。

写真の隅には写真が撮られた日付が書かれているのだが、どれも集団失踪事件の前に撮られたモノなのだが、その中で見かけた様な気がする島民の写真がいくつもあった。

 

(この写真は集団失踪事件の前に撮られたモノの筈‥‥それ以前に三十五年前のことなのに、どうして‥‥どうして、みんなの姿が変わっていないの‥‥?)

 

写真の中にはレナが写し出されたモノもあり、あの集団失踪事件に行方不明になったはずのレナが今も存在しているのに、富竹以外に生存者が居ないと世間に知らされているのは可笑しいし、何より三十五年の年月が経っているのに、自分の知っているレナと写真に写っているレナの姿は全く変わっていない。

写真に写っているレナと自分の知るレナが親子とか、親戚とかの可能性もあるが、それにしても、写真のレナと現在のレナは本人ではないかと言うレベルでそっくりである。

更にレナの隣には駐在所でとったと思われる駐在警官の写真もあり、写っているのは紛れもなく前原の姿だった。

 

「ま、まさか‥‥」

 

まほが振り返ると、納戸の壁に吊るされていた鏡にあの土偶が映っている。

そして、土偶の胸の文字、『REVIVER』は鏡越しに見ても同じ、『REVIVER』。

 

「リバイバー‥‥蘇る者、変わらぬ者‥‥不老不死‥‥」

 

REVIVERの意味を口にするまほ。

そして、極めつけが診療所の写真‥‥

そこには入江の写真もあり、彼もまた、レナや前原同様、一切、三十五年前と同じ姿で、全く年を取っていない。

まほの背筋が寒くなり、身震いしたその時、大きな雷鳴と共に納戸の明かりがフッと消えた。

さきほどの雷で、停電したみたいだ。

 

「停電‥‥?‥‥こんな時に‥‥」

 

辺りが停電で暗くなったと思ったら、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

またもやあのサイレンが鳴り響いた。

 

「停電に三度目のサイレン‥‥」

 

まほは、手帳に書かれていたあの文章‥‥

 

『三度目のサイレンで島民に変化』

 

と言う内容を思い出した。

手帳を拾った時には分からなかったが、今ならその意味が分かる。

この三回目のサイレンの音を聞いて、きっと島の人たちは人ならざる姿になるのではないだろうかと言うことに‥‥

これ以上、この家に居るのは危ないと思ったまほは、みほと共に家を出ることにした。

 

「みほ!!」

 

懐中電灯を持ち、みほを連れ出そうとするが、部屋にみほの姿はない。

 

「みほ!!どこ!!」

 

居間にも人の気配がなかった。

まほが居間を出ようとした時、ごそっと物音がした。

振り返ると、それは押し入れの中から聞こえた。

 

「みほ?」

 

恐る恐る押し入れに近づき、押し入れのふすまを開けると、そこには膝を抱えて蹲るみほの姿があった。

 

「みほ‥‥ダメじゃない、ちゃんと待っていないと‥‥ここで何しているの?」

 

まほはどうして、部屋から出て今の押し入れに隠れていたのかを訊ねるが、みほは無表情で黙ったまま、まほの顔をジッと見つめてくる。

やがて、みほは押し入れから出て来ると、まほに抱き着いてきた。

 

「みほ?」

 

みほから自分に抱き着いてくるなんて、いつ以来だろうか?

まほはそんなことを考えながら、みほを抱き返す。

その時、まほは、何かを引きずるような物音と背後に何かの気配を感じて、ゆっくりと後ろを見る。

黒い人影が何かを振りかぶっている。

そう感じた瞬間、まほはみほを抱きかかえたまま、身を翻す。

その直後、二人の身体を掠めるようにして鈍い音がした。

まほが見ると、そこには先が尖った大きなスコップが壁に突き刺さっていた。

壁に突き刺さって抜けなくなったスコップを手に、ワナワナと震えながら此方を睨んできたのは、紛れもなく自分たちの父である常夫だった。

 

「お、お父さん‥‥?」

 

常夫はカクカクとした変な動きで、ゆっくりと顔を上げる。

その顔色は血が通っていないのかと疑うぐらい蒼白で、目からは赤い血がまるで涙の様に流れていた。

常夫は壁からスコップを引き抜くと、再び大きく振りかざしてきた。

まほは立ち上がり、片手で荷物が詰まったバックを掴み、もう片方の手でみほの手を掴むと、その場から一目散でその場から逃げ出す。

その瞬間、まほたちが居た場所にスコップが叩きつけられる。

そして、フラフラとした足取りで、常夫は後を追いかけてきた。

まほは信じられなかった。

母であるしほは、西住流の家元と言うことで、昔からまほにもみほにも厳しく育ててきた。

反対に父である常夫は、しほとは異なり、まほとみほにはどちらかと言うと、甘かった。

まさに、飴と鞭の様な家庭環境だった。

その常夫が自分たちを殺そうとスコップで襲ってきたのだ。

あれはどうみても、冗談では済まない。

 

(本気だ‥‥本気で、お父さんは私たちのことを殺そうとしている‥‥)

 

(あの最初のサイレンの夜にお父さんは化け物になってしまったんだ‥‥)

 

(やっぱり、ヴィットマンはお父さんに殺されたんだ‥‥)

 

常夫はスコップを振り回し、追いかけてくる。

今の常夫の姿を見るとヴィットマンが常夫に殺されたのも納得がいく。

スコップが壁に当たり、ガキンっと金属質の音が後ろから聴こえ、まほを恐怖に陥れる。

廊下を奥まで運んだまほとみほは角のところで、身を潜め、懸命に息を殺して、常夫の気配に意識を集中させた。

ガラガラとスコップを床に引きずりながら歩く常夫の足音が遠くから迫ってくる。

 

「ま、マ‥ホ‥‥ドコ‥ダ‥‥?マホ‥‥」

 

自分の知る常夫と思えない野太い声が、途切れ途切れに聞こえる。

スコップが壁に当たる音、ガラスが割れる音も鳴り響く。

その音は次第に自分たちの方へ近づいてくる。

 

(殺される‥‥見つかったら、殺される‥‥)

 

優しい父とは違うモノに代わってしまった常夫の姿と行動にまほの恐怖は募っていく。

しかし、みほは泣き叫ぶ様子もなく、無表情のまま‥‥

声をたてて気づかれないだけましであるが、このまま此処に居れば確実に見つかって殺される。

まほは意を決し、みほの手を引いて、回廊になっている廊下を進んだ。

一周して台所に逃げ込んだまほとみほは、壁に身を潜めるようにして、そっと背後を覗いた。

常夫はやはり、スコップを振り回しながら自分たちを捜している。

外は、雷とサイレンは相変わらず鳴り響いている。

まほとみほは息を押し殺して、常夫の気配に集中していたが、激しく壁を打ち付ける音は少し遠ざかって行く。

どうやら、常夫は自分たちを見失ったみたいだ。

まほは、家から脱出のタイミングを見計らっていると、

 

piririri‥‥

 

まほのポケットから携帯が鳴り響く。

慌てて取り出すと、ディスプレイには『お父さん』と表示されていた。

しかし、アンテナのところには『圏外』と表示されたまま‥‥

 

(なんでっ!?どうして、圏外なのに!?)

 

圏外の筈なのに、常夫からの電話を受信している。

そんなあまりにも非現実的な事実に理解が追い付かない。

しかし、この携帯の着信で‥‥

 

「ミィツケタァ~‥‥マホ‥‥ソコニイタノカイ?」

 

「っ!?」

 

台所に不気味な常夫の声が響く。

雷光を浴びて、常夫のシルエットが浮かび上がる。

 

(見つかった!?)

 

「マホ‥‥オマエモ‥‥コッチヘ‥‥コッチヘ‥コイ‥‥」

 

「キャッ―!!」

 

悲鳴を上げて、まほが身を翻すと、その場にスコップが振り下ろされる。

間一髪で躱したまほ、みほを連れて再び廊下に逃げのびた。

背後から物凄い音を立てながら、常夫は後を追ってくる。

常夫とある程度の距離を取り、まほは息を整える。

少しして、常夫の気配が不意に消え失せた。

集中して気配を窺うが、雷鳴とサイレンがまほの集中力を阻害する。

まほは、廊下の壁からそっと、向こう側を覗こうとした。

雷鳴が轟いた瞬間、まほの目の前に、ヌッと血走った目をした常夫が現れた。

 

「いやっー!!」

 

常夫は反射的に後ずさったまほの正面に立ち、スコップを振り上げる。

まほは悲鳴を上げるが行動し、常夫に体当たりをする。

常夫はまさかのまほからの反撃に合い、尻餅をつく。

その隙をまほは見逃さず、みほの腕を引いて、その横をすり抜けた。

居間に逃げ込むと、常夫がよろよろと立ち上がり、自分たちに向かってくる。

まほは、みほを庇って、抱きかかえるようにしながら、居間に入ってきた常夫を睨みつけた。

 

「やめて!!お父さん!!」

 

常夫がスコップを振り上げ、まほとみほ目掛けて、振り下ろしてくる。

その瞬間、

 

バリン!!

 

ガラスが砕ける音がした。

常夫は、ハッとした。

先程、常夫がスコップを振り下ろしたのは鏡に映っていたまほとみほだった。

まほは、鏡を叩き、唖然としている常夫に対して、廊下で見つけた殺虫スプレーを常夫の顔めがけて吹き付ける。

 

「グワーッ!!」

 

常夫が獣の様な声をあげ、スコップを手から離し、両手で目を抑え、のたうち回っている。

 

「みほ、逃げるよ!!」

 

まほは、みほの手を掴み居間を飛び出し、家から出ていく。

背後からは未だに悶えている常夫の声が不気味にまほの耳に残った。

 



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8話

夜美島で突然の停電が起こり、三度目のサイレンが島中に鳴り響き、優しかった父、常夫は化け物みたいな様相となり、自分たちに襲い掛かってきた。

何とか、隙をついて家から脱出したまほはみほの手を引いて、港へと向かう。

その途中、ポケットから携帯を取り出し、黒森峰にいるエリカと連絡をとろうとするが、やはり圏外の為か使用できない。

家から脱出する少し前、圏外の筈なのに、常夫から着信が来たのに自分が使うとやはり使えない。

まほは携帯をポケットにしまい、港を再び目指す。

商店街を通ると、そこには誰も居ない。

ある意味不気味さを感じる。

そんな中、少し先の建物から、よろよろと歩み出てくる人影があった。

目を凝らしてその人物を見てみると、それは警官の制服を着た前原であった。

 

「お巡りさん!!助けてください!!」

 

まほは駆け出し、前原に声をかける。

 

「助けてください!!私たち、さっきお父さんに‥‥っ!?」

 

まほは先程、家で常夫に殺されそうになったことを話したが、その途中で、まほは口をつぐみ、固まる。

ゆっくりと振り返った前原は常夫と同じく、顔面蒼白で目からは赤い血をたらたらと流していた。

 

「‥‥リョウカイ‥‥シャサツ‥‥シマス‥‥」

 

前原は腰のホルスターに収められていた拳銃を抜くと、その銃口をまほとみほに向けてきた。

戦車道をしていれば、当然相手チームの戦車から砲口を向けられるし、反対に相手へ砲口を向けたことはこれまで何度もあった。

しかし、今は身を守るための特殊カーボンも装甲もない。

弾が当たれば白旗ではなく、自分の身体に流れている血を出すことになり、試合や大会ではなく、人生が終了してしまう。

 

「いやっ!!」

 

まほはは、悲鳴を上げ、常夫の時の様に前原に体当たりをする。

その反動で前原は倒れ、空にむかって拳銃を発砲する。

常夫の時と同じく、前原も冗談ではなく、本気で自分たちを殺すつもりだ。

これも常夫と同じく、よろめきながら獣みたいな雄叫びをあげながら身体をピクピクと痙攣しながら拳銃を持った手を硬直させていた。

まほはみほを抱き寄せ、前原の横をすり抜け、駆け出す。

二人のスピードについていけない前原は、やみくもに拳銃を乱射する。

よろけながらも立ち上がった前原はまほたちを追いかけようとするが、近くに停めてあった自転車につまずいて倒れ、弾倉の弾が無くなるまで、発砲し続けた。

しかし、滅茶苦茶に撃った弾がまほたちに当たるわけもなく、まほとみほは、その場から上手く逃げることが出来た。

戦車の砲撃音ではなく、初めて聞いた拳銃の銃声にビクビクしながら、まほとみほは、港を目指した。

 

やっとの思いで港についたまほは周囲を見渡す。

当然連絡船の発着時間ではないので、連絡船の姿はない。

それどころか、漁船さえ一隻もない。

 

「船が無い‥‥くっ、一体何処へ逃げれば‥‥」

 

船がない以上、島から出ることが出来ない。

まほが港を見渡して船が無いか探していると、みほは振り返り、遠くの空を指さした。

それに気づいたまほは、みほが指さしている方向に視線を向ける。

みほの指先は、島の中央に聳え立つ山があり、その頂上にはあの鉄塔が稲光に照らされ、光っている。

 

「鉄塔‥‥」

 

まほは、半信半疑で呟く。

そして、みほをチラッと見ると、みほは力強く頷く。

その時、まほの脳裏に、「サイレンは鉄塔か?」と言う手帳のメモの文章と廃屋で出会ったあのホームレス風の男の‥‥

 

「サイレンを止めるんだ!!奴らに取り込まれる前に‥‥」

 

と言う言葉が蘇る。

まほは、意を決し、自分に言い聞かせる強い口調で言い放つ。

 

「みほ、行くぞ!!」

 

まほは、みほの手を引き、もう一度、島の中心部へと戻っていく。

 

(お父さんやお巡りさんの様子から、おそらく島の人間すべてが、化け物になっていると見た方がいいだろう‥‥)

 

(化け物がひしめく中、あの鉄塔に行けるのだろうか?)

 

三度目のサイレンで島民に変化‥‥

 

常夫や前原みたいに島に居る人間すべてが化け物になり、自分たちを殺そうと襲い掛かってくるだろう。

しかし、朝になれば、元に戻る筈‥‥

あんな化け物が居れば、ニュースにならないわけがない。

だが、日の出までまだかなりの時間がある。

それまで、みほを連れて隠れるなんて、難しい。

それならば、あのホームレス風の男が言っていたように、あのサイレンを止めることが出来れば、島の人間も元に戻るかもしれない。

その思いを抱き、まほはみほの手を引いて、鉄塔を目指した。

 

森へ分け入れる道にさしかかり、まほは足を速めて鉄塔を見上げる。

サイレンの音は徐々に大きくなる。

やはり、あの鉄塔からサイレンが鳴り響いている。

ところが、鉄塔に気を取られていたせいで、まほは道がカーブしているのに気づかず、足を踏み外し、斜面から転げ落ちてしまった。

レナから鉄塔の近くは、崖があるから危ないと言っていたことをすっかり失念していた。

最初に来た時は、まだ太陽が昇っている時に来たし、二度目は暗かったとは言え、足元を見ながら下りたので、落ちることはなかった。

しかし、今回は上ばかりを見て、足元への注意が疎かになっていたのだ。

斜面の下にたたきつけられたまほは、苦痛で顔を歪める。

 

「いった‥‥っ!?みほ!!大丈夫!?」

 

まほはすぐに起き上がり、みほに怪我がないか確認する。

みほは頷く。

見たところ、みほに怪我はないみたいだ。

立ち上がろうとしたまほは、右足に激痛を感じ、その場に蹲る。

みほは心配そうにまほを見つめている。

まほは取り繕い、微笑む。

 

「大丈夫だ‥‥お姉ちゃんがみほを絶対に守るから‥‥」

 

すると、頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「まほちゃん‥‥どこにいるの‥‥?」

 

それはレナの声だった。

 

「大丈夫よ‥‥何も心配いらないわ‥‥出ておいで‥‥」

 

まほは足を引きずるようにして、斜面から身を預けて、上の様子をこっそりと覗き見る。

声は確かにレナの声だが、常夫や前原のこともある。

レナの後姿が少し離れたところに見える。

おぼつかない足取りでフラフラと歩いていたレナは、ゆっくりと振り返った。

 

「っ!?」

 

まほは、思わず声を出しそうになるのを手で口を塞いで、こらえる。

レナの顔はやはり、常夫や前原と同じく、顔面蒼白で目からは赤い血を流していた。

 

「デテオイデ‥‥マホチャン‥‥」

 

レナの声が野太い声に変わる。

 

「ドコニイルノ‥‥?」

 

まほは斜面に身を隠し、みほを抱き寄せる。

みほは、息をひそめてレナをやり過ごそうとしたが、

 

「くしゅん!!」

 

その時、みほが不意にくしゃみをしてしまう。

 

「っ!?」

 

まずいと思ったが、既に遅く、

 

「ソコニイルノ?」

 

頭上からレナの声がする。

まほはレナの注意を逸らすため、ポケットから携帯を取り出し、アラームの時刻を一分後に設定し、遠くの茂みへと投げ捨てる。

島を出た後のエリカとの連絡手段が無くなったが、本土の連絡船ターミナルにも公衆電話ぐらいはあるので、そこからエリカと連絡すればいい。

圏外で使えない携帯なんてただのお荷物でしかない。

それにまた常夫から着信が着て、居場所がバレるのはまずい。

ならば、このピンチを乗り切るために役立ってもらおう。

レナがすぐそこまで、近づいてきた時、離れた茂みから、アラーム音が鳴る。

 

「アラ?ソコニイタノ‥‥?」

 

レナは、自分たちから離れ、携帯を投げ入れた茂みへと近づいていく。

 

「みほ、行くよ」

 

レナが携帯の方へ向かっている隙にまほはみほの手を引いて、斜面から飛び出し、森の中を進んで行く‥‥

 

雷鳴とサイレンが鳴り響く中、まほはやっと目的地であった鉄塔に辿り着く。

見上げると、鉄塔は、はるか上空の暗闇まで吸い込まれるかの様に高く聳え立っている。

そして、サイレンはやはり鉄塔の頂上に設置されているスピーカーから出ている様だ。

 

「みほ、下は絶対に見ないようにね」

 

まほはみほを先に鉄塔の梯子に上らせ、自らのみほの後から梯子を登っていく。

 

「いい、手を離しちゃダメだからね!!」

 

まほは後ろからみほに声をかけながら、梯子を登る。

みほとまほは一歩、一歩着実に梯子を登り、てっぺんを目指す。

上に上がれば上がるほど、風の影響が強くなり、登るスピードが遅くなる。

 

「くっ‥‥」

 

強風で吹き飛ばされそうになり、ギュッと梯子を掴み、風が弱まるのを待つ。

そして、風が弱まり、再び登ろうとしたその時、まほは凄い力で足首を引っ張られ、バランスを崩す。

下を見ると、廃墟で出会ったあのホームレス風の男がまほの足首を掴んでいた。

男は常夫、前原、レナと同じく顔面蒼白で、目からは赤い血を流している。

どうやら、あの男も廃墟から連れ出された後、奴らの仲間入りをしたみたいだ。

まほは男の手を振り切ろうとするも、男はしっかりと足首を掴んで離さない。

さらにもがくと、男の力が緩む。

その隙を見逃さず、まほは梯子を登ろうとする。

すると、男はまた手を伸ばしてくる。

まほはその手を蹴りつけて避けようとする。

それでも男はまほの蹴りを躱しながら、執拗に掴みかかってくる。

まほはタイミングを見計らって男が梯子を上がろうとして、身を乗り出した瞬間、

 

「このっ!!」

 

男の頭目掛けて真っ直ぐに蹴りを振り下ろす。

 

「グワーッ!!」

 

まほの放った蹴りは男の顔面に直撃し、バランスを崩した男は梯子から落下していく。

地面に強く叩きつけられた男を見て、まほは思わず顔をしかめる。

震える身体を奮い立たせ、まほはもう一度、頂上を目指す。

永遠に続くのではないかと思うほど、長い梯子をひたすら登って上を目指す。

ようやく、みほとまほの二人は鉄塔の頂上に到着した。

天井には足場が設けられており、手すりをしっかり握る。

 

「な、何よ‥‥これ‥‥」

 

鉄塔の頂上から周りを見たまほは、声を振り絞るかのように呟く。

島の周りの海が血の様に赤く染まっている。

これは決して、光の具合から赤く見えるとかではない。

そして、まほは鉄塔の下からこちらに登ってくる異形の者たちの存在に気づく。

 

「早くサイレンを止めないと‥‥」

 

このままではいずれ、異形に変化した島民たちが梯子を登り此処に辿りついてしまう。

まほは鉄塔の上にあるスピーカーを睨みつける。

そして、足場に転がっていた鉄パイプを拾い、

 

「止まれ!!このっ!!このっ!!」

 

鉄パイプでスピーカーを叩く。

何度も鉄パイプで叩くと、やがて、スピーカーのカバーが外れ、サイレンの音が乱れ始める。

 

「止まれっ!!止まれっ!!止まれっ!!止まって!!」

 

まほの渾身の一撃で、等々スピーカーは鉄塔から外れ、落下していき、スピーカーが地面にたたきつけられると、サイレンの音はついに止んだ‥‥

サイレンの音が止み、まほは足場にへたり込む。

大きく息を吐き、安堵していると、不意に誰かが自分に呼びかける声がした。

 

「西住さん!!それを壊してもサイレンは鳴り止まない!!」

 

びっくりして振り返ると、梯子の最上部にしがみついた入江がまほに向かって声を張り上げていた。

入江はこれまであってきた島民と異なり、普通の人間だった。

しかし、まほはもう、島民の誰も信じることが出来ない状態だった。

信じられるのは自分とみほだけ‥‥

まほは鉄パイプを握りしめ、身を固くし、警戒する。

 

「来ないで!!もう、信じない!!私はもう、貴方たちを信じない!!」

 

まほがそう叫ぶとさっき鳴り止んだ筈のサイレンが再び鳴り始める。

 

「ど、どうして‥‥スピーカーは壊したはずなのに‥‥?」

 

サイレンを鳴らしていたスピーカーはさっき地面に叩き落とした。

その筈なのにどこからか、サイレンは鳴っている。

 

「だから、言っただろう!?」

 

入江がまほに向かって叫ぶ。

 

「じゃあ‥‥じゃあ、このサイレンは一体何処から‥‥?」

 

スピーカーはもうない筈なのに、サイレンの音はますます激しくなり、この音を聴き続けていると、頭がどうにかなりそうだ‥‥

入江がまほに向かって何かを叫んでいるが、サイレンの轟音で聞こえない。

 

「サイレン‥‥か‥‥えない!!」

 

「えっ?なに!?」

 

入江の叫び声が所々に聞こえる。

 

「サイレンなんか‥‥っていない!!‥‥サイレンなんか、鳴っていない!!」

 

ようやく聞こえた入江の声。

しかし、まほには入江の言葉の意味が理解できない。

 

「サイレンなんか、鳴っていない」

 

入江はそう言うが、実際にサイレンは鳴っている。

しかし、入江は言葉を続ける。

 

「サイレンは君だけにしか聞こえていない!!実際にサイレンなんか鳴っていないんだ!!」

 

「な、何を言っているの‥‥?先生‥貴方、おかしくなったの‥‥?」

 

まほはみほのいる場所へ向かう。

しかし、その最中、サイレンが再び鳴り止み、辺りは静寂に包まれる。

 

「西住さん!!そこは危ないから早くこっちへ!!」

 

入江が手を差し伸べるがまほはソレを無視して、みほに話しかけようとする。

 

「ねぇ、みほ‥‥」

 

すると、さっきまで傍に居た筈のみほの姿が消えていた。

 

「みほ?‥‥みほ!?どこ!?どこに居るの!?みほ!!みほ!!みほ!!」

 

(まさか、強風に煽られて、足場から転落したんじゃあ‥‥)

 

最悪のケースがまほの脳裏を過ぎる。

急ぎ、鉄塔の下を見るが、みほが転落した様子はない。

 

「西住さん!!危ないから!!ジッとして!!」

 

やがて、入江が足場に到着し、まほの身柄を確保しようとする。

 

「みほ!!みほ!!どこに居るの!?みほ!!みほ!!」

 

「西住さん!!まだ、分からないのか!?」

 

入江の剣幕にまほは呆然としながら入江の顔を見る。

そして、入江は悲しげな顔で、まほにきっぱりと言う。

 

「よく聞いてくれ、西住さん‥‥君の妹、みほさんはもういないんだ!!」

 

「‥‥えっ?」

 

「みほさんは‥‥みほさんはもう、死んでいるんだ!!」

 

まほはその言葉がどこか遠くから言われているように聞こえた。

 

「死んだ‥‥?みほが‥‥?そんな‥‥そんなバカな‥‥」

 

その時、まほの耳にまたあのサイレンの音が鳴り響く。

 

「嘘‥‥嘘よ!!だって、みほはいつも私と一緒に‥‥」

 

狼狽えるまほに入江は手を差し伸べる。

 

「そこは危ないから、こっちへ‥‥」

 

しかし、まほは異様な気配を感じ後ずさる。

手に持っていた鉄パイプはするりと、まほの手から落ち、地面へと落下する。

背中に手すりが当たり、その外側を見ると、下にはどこまでも続く暗闇が大きな口を開けているように見える。

 

「ニシズミサン‥‥アブナイカラ‥‥コッチヘ‥‥」

 

振り返り入江を見ると、彼もまた顔面蒼白で目からは赤い血を流している異形に変身していた。

 

「い、いやー!!」

 

その姿を見て、まほはバランスを崩し足場から落下しそうになる。

とっさに手すりに掴まると、まほの脳裏にこれまで自分が封印してきた記憶が蘇る。

 

みほが登校拒否してから数日後、みほは自室で自殺した‥‥

常夫は仕事、しほは戦車道の会合、そして自分は学校で家を留守にし、お手伝いの菊代が買い物で家を出ている間にみほは自殺した。

みほは、刃物で首の頸動脈をバッサリと切り、出血多量で死んだ‥‥

菊代が見つけた時、みほは既に息絶えていた。

みほは、家に誰も居ない時間を見て、自殺を図ったのだ。

菊代が居たら、止められるか、すぐに救急搬送されて一命を取り留めてしまうかもしれなかったからだ。

まほが夜美島で見た海送り、そして入江が言った『お葬式』と言う単語を聞いた時、自分の脳裏にフラッシュバックした葬儀場の光景‥‥あれは、ドラマではなく、みほの葬儀だった。

そして、みほを虐めていた先輩に制裁している最中、エリカが驚いていたのは、先輩を制裁していたまほの姿に驚いているのではなく、あの時、まほは誰も居ない中、まるで、そこに人が居るかのように一人でエアーファイトをしていたのだ。

エリカが驚いていたのは一人でエアーファイトをしていたまほの姿だった。

なお、みほを虐めていた先輩たちは、みほを自殺追いやったと言うことで、まほが制裁をする前に転校していた。

エリカがまほに言った『お大事になさってください』は、みほへ送った言葉ではなく、まほ自身に向けられた言葉だった。

そして、先輩たち同様、これまでのみほの姿は彼女の死の記憶を封印していた為に出来た、まほが見ていた幻だったのだ。

夜美島に療養へ来たのは、みほ ではなく、まほ の方だった‥‥

島民たちが、まほを遠巻きから見ていたのは、そこに居もしない人間をまるで居るかのよう振舞っていたまほの姿にドン引きしていたからだ。

礼拝堂で見た常夫に関しても、あの日、徹夜で作業した常夫は、家に戻る前、あの礼拝堂を見つけ、そこで仮眠をしていただけで、まほの悲鳴を聞いて起きた後、家に戻った。

そして、入れ違いで、まほ、入江、前原が礼拝堂へやって来ただけであった。

ヴィットマンに関しては恐らく病気で死んでいたのを常夫が見つけ、まほが見つける前に、常夫が埋葬したのだろう。

みほが死に、可愛がっていた愛犬のヴィットマンまでが死んだと知るとまほの治療に何らかの悪影響あると考えたからだ。

しかし、良かれと思ったヴィットマンの密葬がかえって、まほに不信感を募らせてしまった。

 

 

 

「みほは‥‥死んでいる‥‥もう‥‥どこにもいない‥‥私‥‥私‥‥みほを守ってあげられなかった‥‥」

 

封印していた記憶を取り戻し、みほが既に死んでいる現実を思い出したまほの目には涙があふれる。

 

「西住さん!!思い出したかい!?」

 

「‥‥みほのいない‥‥世界に‥‥生きている意味なんて‥‥」

 

まほは掴んでいた手すりをパッと離すと、彼女の身体は暗闇の彼方へと落ちて、その姿は消えていく。

 

(みほ‥‥お姉ちゃんもすぐにそっちへ行くからな‥‥)

 

この時、まほにはもう、あのサイレンの音は聴こえなかった‥‥

そして、これから死ぬかもしれないと言うのに、まほには恐怖は一切なく、むしろ微笑んでいた。

 

「西住さん!!」

 

入江は急ぎ駆け寄るが、まほの手を掴むことは出来ず、空しく宙を切るだけだった‥‥

彼はあと一歩のところで、間に合わなかった‥‥

 



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最終話

夜美島にて、停電とあの鉄塔での騒ぎが起きた翌朝、まほの姿は診療所のベッドの中にあり、腕には点滴の針がささり、チューブが伸び、パックの中の点滴液はポタ、ポタ、と静かに落ちており、彼女はスー、スーと静かに寝息を立てていた。

鉄塔から落ちたにもかかわらず、まほは奇跡的にも一命を取り留めていた。

ただ、顔や腕の彼方此方には擦り傷の様な傷があった。

ベッドで静かに眠っている彼女の寝顔を見る限り昨晩、あのような事があったなんて嘘みたいに思える。

そして、診察室には入江と常夫の姿があった。

当然、二人の顔は顔面蒼白で目からは赤い血を流している顔ではなく、普通の人間の顔だ。

 

「まさに間一髪でした‥‥島民の皆さんが用意したマットがなければ、西住さんは命を落としているところでした」

 

まほはあの鉄塔から落ちた時、下で島民たちが用意したマットの上に落下したことで、落命も骨折もすることなく、打撲と擦り傷のみで一命を取り留めたのだ。

 

「先生のおかげです。私は父親なのに、あの子の変化に気づいてやれなかった‥‥ハハハ、父親失格です」

 

常夫は自嘲めいた笑みを力なく浮かべる。

 

「しかし、なぜ急にあの子は『サイレンが聴こえる』などと言っていたのでしょう?」

 

この島に来る前、まほはみほの幻は見ていたが、一度もサイレンが鳴っているなんて、発したことはない。

それが、この島に来た途端、『サイレンが鳴っている』と言うようになった。

 

「おそらく、傷ついた西住さんの心が、彼女だけに聴かせていた幻聴だったのでしょう‥‥妹さんの幻と同じく‥‥三十五年前と同じです‥‥」

 

「三十五年前?それって、例の島民消失事件の‥‥?」

 

「はい。あの時もこの島にやってきた一人の男が、突然、『サイレンが鳴る』と言う幻聴と『島民が異形の者に変化した』と言う幻覚を見て、錯乱状態となり、島民を手にかけてしまったのです‥‥」

 

「それがあの集団失踪事件の真相ですか‥‥?」

 

「そう聞いています。それ以来、夜美島ではこう言われるようになったんです。『サイレンが鳴ったら外に出でてはならない』‥‥と‥‥」

 

「‥‥」

 

常夫は入江の口から語られる三十五年前の夜美島島民消失事件の真相を黙って聞いている。

 

そして、あの言葉‥‥『サイレンが鳴ったら外に出てはならない』‥‥の由来も‥‥

 

「あの言葉の意味は、『サイレンが聴こえている人間を外に出してはならない』‥と言うことだったんです。‥‥しかし、今回は死者を一人も出す事無く、未然に防ぐことが出来て良かったです」

 

入江の口調から三十五年前の惨劇と異なり、今回は一人も死人を出していないと言う。

と言うことは、鉄塔から落ちたあのホームレス風の男もみほ同様、まほが見ていた幻だったのかもしれない。

そして、あの納戸の壁にあった三十五年前の‥‥島民消失事件前に撮られた写真‥‥

そこに写し出されている島民の姿もまほが見た時と異なり、レナ、入江、前原ではなく、全くの別人物であった。

まほの島民たちは不老不死の化け物ではないか?と言う疑心暗鬼から、彼女には写真の島民たちの姿が、自分の知る島民たちの姿に見えただけだった。

 

「娘は治るのでしょうか?」

 

実際にまほの現状はかなりの重度である。

しほが、まほの離島行きを許可したのは元々、まほの療養だったからであり、みほが死んでしまった今では、残されたまほは、西住流の唯一の後継者‥‥何としてでも療養して、病気が治ってもらわなければならなかった。

そして、しほが来なかったのは、みほの自殺に対して、まほがしほに不信と不満を抱いていたからだ。

自分が行くことでまほの療養に支障をきたすのではないかと判断し、しほは夜美島には来なかった。

しほは、まほの為に理由をつけ敢えて島にはいかず泥を被ったのだ。

例え、嫌われても病気を治し、西住流を継いでくれさえすれば‥‥

それが、しほの‥西住流の家元としての思いであったが、一母親としては失格だったのかもしれない。

 

「妹さんが亡くなっている現実を受け入れることが出来るか、全ては今後の彼女次第です」

 

あの鉄塔で、まほは、みほが既に死んでいることを‥‥現実をまほは知った‥‥と言うよりも、思い出した。

しかし、その現実を知り、まほはまさかの自殺未遂をした。

現実を見てくれたのは良いが、今後もまたまほが自殺行為をしないか心配だ。

 

「そうですか‥‥」

 

「はい‥‥ですが、私も全力で治療に当たりますから‥‥」

 

「よろしくお願いします」

 

常夫は入江に深々と頭を下げ、診療所を後にした。

そして、入江は眠っているまほの様子を見に行くと、まほの荷物の中に一冊の古びた手帳を見つける。

 

「この手帳‥‥もしかして‥‥」

 

入江はその手帳を持って、診察室へと戻って行った‥‥

 

 

 

 

それから、どれくらいの時間が過ぎただろうか?

 

うっすらと目を開けたまほの耳に、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

あのサイレンの音が聞こえた‥‥

 

すると、まほはまるで夢遊病患者の様にベッドから起き上がった‥‥

 

 

一方、診察室でまほが廃墟で見つけた手帳を調べていた入江は、最後のページを見た後、おもむろに机の引き出しを開く。

そこには、失われていた手帳の続きがあり、入江はその手帳を見る。

そして、合わせてみると、まほが持っていた手帳と入江が引き出しから出した手帳はピッタリと合う。

まほが持っていた手帳と入江が持っていた手帳は同じモノだった。

入江が持っていた手帳の最初のページには、

 

『四度目のサイレンで奴らを皆殺し』

 

と、書かれていた。

 

「四度目のサイレンで奴らを皆殺し‥‥ま、まさか‥‥」

 

すると、入江はこの言葉の意味を瞬時に理解した。

 

「っ!?」

 

その直後、自分の背後に人の気配を感じ、振り返る。

すると、そこには、血走った目に殺意で満ちた表情で、刃物を振り上げているまほの姿があった‥‥

 

 

ザシュッ!!

 

 

そして、診察室に刃物で肉を刺すような鈍い音がした‥‥

 

 

 

 

「皆殺し‥‥奴らを‥‥皆殺し‥‥奴らを‥‥」

 

それからすぐに、虚ろな目と足取りで何度も同じセリフを言い続けるまほが診療室から出てくる。

彼女の顔や服には赤い血が付着していた。

しかし、これはまほの血ではなかった。

彼女はそのまま診療所を後にして、島の商店街へとフラフラした足取りで向かった。

まほが去った診察室では、鮮血で白衣を染めた物言わぬ入江の姿があり、机にはあの手帳の他に、二つのカルテが置いたままとなっていた。

各カルテの患者の名前の部分には、『西住まほ』 『西住みほ』の名前が記されていたが、みほのカルテには名前のみが記載されているだけで、その他の項目は全て空欄となっていた。

反対にまほのカルテにはびっしりと診察結果が書かれており、病名の部分には、『解離性障害 (急性ストレス障害の疑いあり)』と明記されていた。

まほが見えていたみほが幻だったように、みほの診察だと思っていた診察が、実はまほの診察であり、みほのカルテはまほの目を誤魔化すためのカムフラージュであった。

 

 

まほが診療所を後にしてから、しばらくして、島の彼方此方からは島民の悲鳴や叫ぶ声が聞こえてきた‥‥

 

島の彼方此方で、島民の悲鳴と叫び声が聞こえる中、あの鉄塔がある草原にみほと楽しそうに語り合っていた赤い衣をまとった少女の姿があり、

 

「~~♪~~~♪~~♪~♪~~~♪~」

 

島民たちの悲鳴と叫び声を遠巻きで聞きながら、『巫秘抄歌』を歌っていた‥‥

 

 

 

 

彼女の目に映る世界‥‥

それは、彼女にしか見えない奇妙な世界だったのかもしれません‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥なんだ?これは?」

 

「あ、ははは‥‥」

 

まほは不機嫌そうな声と共に原稿用紙から視線を移す。

彼女の隣には乾いた笑みを浮かべるみほの姿があり、まほの視線の先には一人の人物が居た。

 

「いやぁ~ハハハハハ‥‥」

 

まほの目の前にはもじゃもじゃのくせ毛をした女子高生が居り、みほ同様乾いた笑みを浮かべていた。

彼女の名前は秋山優花里‥‥

大洗女子学園に通う二年生で、戦車道における大洗チームメイトであり、みほが車長を務めているⅣ号の装填手をしている。

 

「実は、先日、あるホラー映画のDVDを見て、その内容に姉上殿を置き換えて小説を書いてみました」

 

秋山は何故、この小説を書いたのか、その理由をまほに言う。

そして、黒森峰に通っている筈のまほが大洗に居る理由‥‥

それは先日、大洗女子学園が戦車道の大学選抜チームと試合をしたのだが、この時まほはエリカたち、一部の黒森峰の戦車道チームと共に大洗女子学園に短期留学として、みほたちと共に大学選抜チームと試合をしたのだ。

試合目的は大洗女子学園の廃校阻止‥‥

第六十三回全国戦車道大会で優勝した大洗女子学園であったが、元々参加したのはこの時、既に大洗女子学園は廃校が検討されており、生徒会が廃校阻止の為、戦車道を復活させて、全国大会に優勝したら、廃校を取り消せと言って、文部科学省の学園艦の責任者と取引をして、黒森峰から転校してきたみほを隊長にして見事、全国大会で優勝したのだ。

しかし、文科省の学園艦担当者は、その時の約束事を破り、今度は大学選抜チームと試合して勝てば正式に廃校を止めると言ってきたのだ。

そもそも、第六十三回全国戦車道大会の前、大洗女学園生徒会長の角谷杏が文部科学省の役人と取引した際、書面で交わした訳ではなく、口約束しただけで、官僚・役人お得意の『記憶にございません』で逃げようとした。

しかし、完全に大洗の戦意を削ぐ為、役人はある提案をした。

それは大洗女子学園の戦車道チームと大学選抜チームと戦車道の試合をして、勝ったら今度こそ正式に廃校を取り消すと言うことになったのだ。

だが、対戦相手は日本に数ある大学から選抜されたエリートチーム‥‥学生と言う括りでは、まさに日本一の実力者たちだ。

いくら大洗女子学園が今年の全国大会で優勝したからと言っても簡単に勝てる相手ではなかった。

そんな中、まほを始めとする各高校の隊長たちが仲間を引き連れて、大洗女子学園に短期留学と言う形で大洗に転校し、大学選抜チームと戦ってくれたのだ。

結果は大洗女子学園の勝利で、大洗はようやく廃校の危機を回避したのだが、まほたちにはまだ短期留学の期間が残っていたので、こうして大洗の学生艦に居るのだ。

そんな中、秋山はあるホラー映画を元ネタにした小説を書き、それをモデルにしたまほに見せていた。

 

「モデルにするにしても、まずは本人に許可を取るモノではないか?」

 

秋山の書いた小説はどうやら、まほのお気に召さなかったみたいだ。

 

「す、すみません」

 

「それに私はこんなに弱虫ではないぞ!!」

 

小説に登場した自分と本物の自分の違いを指摘するまほ。

 

「は、はぁ~‥‥」

 

「えっ?でも、お姉ちゃん昔は‥‥」

 

「ん?」 (ギロッ)

 

「あっ、いや、なんでもない‥‥」

 

みほが、まほの過去の一部を暴露使用となった時、まほはギロッとみほを睨みつけ、黙らせる。

 

「でも、お姉ちゃんは主人公で描かれているからいいじゃん。私なんて、死に役だよ。出ていても、お姉ちゃんが見ていた妄想だし‥‥」

 

みほ自身もちょっと、自分の役に不満があったのか、口をとがらせながら言う。

 

「‥‥コホン、そもそも、設定自体がおかしいだろう‥‥」

 

「は、はぁ~‥‥」

 

と、まほは秋山の小説にダメ出しをする。

 

「いくら幻覚・幻聴で錯乱したとはいえ、一人の男が島民全員を殺す事なんてできるのか?それも救助隊が来る前に死体まで処理して‥‥大体、私ですら、丸腰の状態で大の大人数百人を相手に出来るか!!」

 

まほは、小説内で起きた夜美島集団失踪事‥の真相‥‥精神異常を起こした一人の男が夜美島の島民を皆殺しにして、嵐の中、救助隊が来るまで間に島民の死体を全て処理することが出来るのか?と問い、更にまほ自身も、いくらなんでも丸腰の状態で島民全員を皆殺しにするのは不可能だと言う。

 

「そ、そこはフィクションですし‥‥」

 

秋山はフィクションなのだから、その辺の設定は無視してもいいのではないか?と言う。

 

「とにかく、これは没だ」

 

「えぇー!!せっかく苦労して書きましたのに~‥‥!!それにまだ、色んな方々からの感想や意見もまだ聞いておりませんのに~‥‥!!」

 

秋山は、苦労して書いたモノなので、西住姉妹以外の人たちにも見てもらい、感想を聞きたいと思っていたのに、まほに没収されてしまった。

そもそも、他の人と言ってもホラーが苦手なⅣ号の操縦士である冷泉麻子は絶対に見ないだろう。

 

「この小説のデータは?」

 

「自宅のパソコンにあります!!」

 

「破棄しろ!!いいな?」

 

ギロッとまほは秋山を睨む。

まほは、更に秋山がパソコン内に保存していた小説のデータも削除しろと言う。

彼女がここまでこの小説を亡きモノに使用としているのは、例え小説内の人物とは言え、自分の怖がっている場面を他の人に見られるのが恥ずかしいのだろう。

その他に、みほが死んでいると言う設定も許容できないのかもしれない。

 

「は、はいっ!!了解であります!!」

 

まほの眼光にビビった秋山は大人しく従った。

 

「これはこちらで破棄しておく」

 

そして、出来上がった小説の方はまほが持って行った。

 

 

その夜‥‥

 

「な、なぁ、みほ」

 

「ん?なに?お姉ちゃん」

 

まほは、大洗にいる時、みほのアパートに同居していた。

 

「その‥‥今日は一緒に寝てもいいだろうか?」

 

大洗にいる時、普段まほは、みほのアパートの部屋に下宿させてもらっており、寝る時、みほはベッド、まほは布団で寝ているのだが、今日に限って、まほはみほと同じベッドで寝たいと言う。

 

「‥‥お姉ちゃん‥‥もしかして、怖いの?」

 

みほは首を傾げ、まほに訊ねる。

 

「そ、そんな訳がないだろう!!ただ、みほと離れ離れに生活をしている訳だし、丁度良い機会だから、姉妹の絆を‥だな‥‥」

 

必死に取り繕っているが、長年まほと時間を共にしてきたみほには、まほが怖がっているのだと分かっていた。

例え、小説でも、ホラーモノを読んだのだから‥‥

 

「はいはい、そう言うことにしてあげるから」

 

「なっ!?ほ、本当だぞ!!私はたかが、みほのチームメイトが書いたホラー小説ごときに‥‥」

 

「分かったからもう寝よう。明日も早いんだし」

 

「う、うむ‥‥」

 

こうしてこの夜、まほはみほと同じベッドで寝ることにした。

 

そして、深夜零時‥‥

 

まほは何故か寝付けず、中途半端な時間に目が覚めてしまった。

 

「‥‥ん?今は‥‥夜中の十二時か‥‥変な時間に目が覚めてしまったな‥‥」

 

携帯で現在時刻を確認した後、ふと隣を見ると、みほの姿がない。

 

「あれ?みほ?‥‥トイレか?」

 

トイレにでもいったのか?

まほが、そう思っていると、外から、

 

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

ウウウウウウウウウウウウウウ~

 

 

サイレンの様な音が聞こえてきた‥‥

 

「ん?サイレン?‥‥だと‥‥?」

 

まほが慌てて起きて、カーテンをめくると、周りは赤い海が広がり、サイレンの様な音はその赤い海の彼方から鳴っていた‥‥

まるで、大洗の学園艦を惑わせるセイレーンの鳴き声みたいに赤い海が広がる暗闇の夜にその音は鳴り響いた‥‥

 

「赤い海‥‥サイレン‥‥そ、そんなバカな‥‥」

 

まほは唖然としながら、外の光景を見ていると、

 

「お姉ちゃん?」

 

「みほ?‥‥みほ、あのサイレンは一体何なんだ?大洗じゃあ、夜中にサイレンを鳴らすのか?」

 

みほの声がした。

まほがみほの声がした方へ視線を向けると、

 

「っ!?」

 

「ドウシタノ?オネエチャン‥‥?」

 

みほの顔は蒼白で、目からは赤い血を流していた。

 

「いやぁぁぁぁぁー!!」

 

まほの悲鳴が辺りに響く‥‥

 

 

 

 

 

 

サイレン‥‥それは、その大きな音で人々へ警告を知らせる装置であるが、秋山が書き、まほに見せたサイレンが取り扱われているこの小説は、これ自体がもしかすると、奇妙な世界への警告だったのかもしれません‥‥

 




SIRENのキャッチコピーは、『どうあがいても絶望』

そして、SIREN2のキャッチコピーは、『逃げ場なんてないよ』

サイレンに魅了されてしまったまほは、まさにこの二つのキャッチコピーそのものな状態となってしまいました。



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