【完結】ジャベリンと逃避行 (ろーるけーき)
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指揮官が逃げるお話

初投稿です(ガチ)

逃亡生活が本編なので世界観設定とかガバガバ。

※主人公の発言などを他の話に合わせ修正


 つらつらと資料に目を通し、認可の判子をポンとつく。

 これで本日の執務も終了。用意された資料に判子をついていくだけとはいえ膨大な量をこなしたためとてもつらい。しかし、毎日続くこの単調な生活とも今日でさよならだと思えば楽なものだ。俺は椅子に座ったままグっと体を伸ばした。

 

 「指揮官、お仕事おわり?」

 

 ふと隣を見ると長い金髪をツインテールにした幼い女の子、エルドリッジがやってきていた。

 

 「抱っこ」

 

 アホ毛を揺らし、電気をパチパチと発する彼女の要求を聞いて膝の上にのせてあげる。電気がぴりぴりするので最初は驚いたが、今ではすっかり慣れたものだ。

 

 「ねむい」

 

 彼女は手伝ってくれた後、いつも俺の膝の上で寝ようとする。まぁ、一日中秘書官として頑張ってくれたのだ。ベルファストのように完璧とはいかなくとも、エルドリッジなりに精一杯書類整理をしてくれたのだし、疲れてしまうのも仕方がない。

 

 それに眠ってくれたほうがこのあとの予定にもちょうどいい。

 眠っていいよと言って頭をなでる。しばらくそうしていると可愛らしい寝息を立て始めた。

 

 ……さてと、問題はここからだ

 

 机に隠してあった資料を取り出す。これを入手したのはつい先日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 「指揮官殿のお見立て通り、『人類生存戦線』の本部からこのようなものが見つかったでござる」

 

 そう言って紙の束を渡してきたのは右目を仮面で隠した忍者っ子の暁。

 

 暁との秘密の会合。

 俺はこの日も眠ったエルドリッジを膝に乗せている。重要な話がある際はいつも彼女が秘書官である。この執務室には指揮官のプライバシーなど関係ないとばかりに、某艦船たちの手によって監視カメラなど大量に仕掛けられている。

 そのため常に特殊な電波を発するエルドリッジを連れてジャミングしなければいけないのだ。

 

 それはさておき、俺は暁から受け取った資料に目を通す。

 

 「うーん、暗殺かぁ……」

 

 『人類生存戦線』 

 その名の通り外敵の脅威から人類を守るために作られた組織。レッドアクシズ離反前のアズールレーンのようなもの。

 

 そんな組織から暁が持って帰ってきた物騒な資料。簡潔にまとめると俺を排除して向こうの用意した新人指揮官を着任させたいらしい。

 

 まあ理由はっきりわかっている。以前、かの組織から艦船ごとこの鎮守府を明け渡すように通達がきたのだ。もちろん拒否したが、その後さっぱり音沙汰がない。さすがにこれで終わりとは思わなかったので暁に調査を依頼したんだけど……

 

 結果がこれか……まいったなぁ。なんて一人で悶々と考えていると暁がひどく静かにこちらを見つめていることに気づいた。

 

 あの、暁?なんだかとても怖いんだけど…

 

 「それを見つけたとき、あの建物にいる人間を皆殺しにしようかと思ったんだよ。許せないよね、指揮官がいたからこの世界は平和になったのに。今思い出すだけでもはらわたが煮えくり返すやっぱり今からでもあいつら全員殺して___」

 

 暁から恐ろしい言葉が湧き出てくるとともに彼女の右目には炎がほとばしる。感情が表れているのだろうか勢いよく燃え盛っている。

 

 「あー、ストップストップ! 地が出てるよ、ほら笑顔笑顔」

 

 「……ごめん、いや、申し訳ないでござる」

 

 その言葉とともにいつもの口調に戻った暁。完全には怒りが治まっていないのか仮面に隠された目には未だに炎がくすぶっている。

 

 「ううん、心配してくれたんでしょ? それにこんなことになったのもしょうがないって。平和になったのは艦船のみんなが頑張ってくれたおかげだし。俺はあの人たちからしたら目の上のたんこぶって感じなのかな、基本的に何にもしてないデクの坊だし」

 

 それとも、この世界の技術力では敵わないから怖いのだろうか、艦船が。あるいは、彼女たちに命令できる俺が。

 

 「……そういうこと、言わないで」

 

 顔を伏せてそうつぶやいた彼女。それでもすぐに顔を上げ、今後について話し合う。

 

 「……それで、どうするのでござるか? 某としては鎮守府の全員に公表して指揮官の警護を厚くするべきだと思うでござる」

 

 ……みんなに知らせた場合どうなるか考えてみる。

 〇実は俺、『人類生存戦線』の抹殺対象になってしまいました。ドンドンパフパフ。

  →一部の艦船が組織に突撃

  →うちの鎮守府が世界の敵になる

  →死傷者多数

 

 まずいまずい。いや、うちの戦力なら間違いなく勝てると思うけど……せっかく平和になったのに今度は俺たちが人類の敵になってしまう。艦船のみんなにはこれ以上争わず平和に生きてほしい。

 そしてなにより一般人である俺はもう戦争なんてこりごりなのだ。……正直に言うと指揮官としての生活も終えて静かに暮らしたい。

 

 うーん、どうしようか。全員がダメなら一部の艦船に伝えて護衛についてもらう?……いや、赤城や大鳳あたりは絶対に違和感に気づいてこの件にたどり着く。確実に、戦争待ったなし。

 

 「……そうだね、護衛はいらないよ。混乱が大きくなるからまだこの件は内密にしよう。明らかに暴走する艦船たちもいるしね」

 

 「で、でも危険だよ……」

 

 「安心しなって、ほら口調が戻ってるよ。この鎮守府に入ってくる刺客なんてそういないし、俺もわざわざ向こうに行ったりしないよ」

 

 そんな俺の言葉に危機感が足りない!とプリプリ怒っている暁をしり目に、今後の対応を考える。しかし本当にどうしようか。いつかは向こうからアクションがあるし、いつまでも何もしないわけにはいかない。

 

 もうなにもかも放り投げて逃げ出した……い………?

 

 

 暗殺計画書に載っている新人指揮官の情報をもう一度見る。

 庶民出ではあるものの軍のエリート校に入学、成績優秀で次代を担う期待の若手……あまり詳細には書かれていないが、たたき上げの超エリートらしい。しかもイケメン。

 

 向こうの組織は信用できない俺ではなく、しっかりと首輪のついた彼を着任させて安全を確保したいと思っている。

 

 …冷静に考えたら、彼に指揮官を譲っていいのではないだろうか?

 

 能力も容姿も俺よりはるかに優れている。現状、俺は判子を押すだけの機械。彼が来れば艦船たちの仕事の負担も減る。さらに甘いフェイスでモチベーションも向上。

 

 つまり艦船たちは喜ぶ。あの組織も絶対に裏切らない駒を配置できて喜ぶ。

 

 あとは『指揮官としての限界を悟りました。疲れたので消えます』なんて書き置きを残して消えればいい。端から見たら『すべてを投げ出して逃げた無能な指揮官』だ。

 

 これなら俺はわがままで逃げただけ。向こうの組織が原因とは思われないから一部のやばい艦による特攻もない。

 

 つまり艦船も俺に対して失望し未練が消える、後任の新人指揮官君は運営しやすくなって喜ぶ。

 

 問題は艦船たちに変なことをしないか不安もあるということだけど…

 それについては、彼女たちの指揮権を俺が持ち続けることで解決する。これなら彼女たちに無理やり命令することはできない。艦船を実験に利用するなんて展開も阻止できる。まぁ、艦船のほうがこの世界の人たちより強いからどのみち拘束なんてできないだろうけど。

 

 そして次が一番重要な点だ。

 もちろん俺は死にたくないのでこの鎮守府から逃げることになる。

 

 ……本当はいけないことだろう。艦船のみんなを無責任に放り出して自分だけ逃げるなんて。でも……

 

 正直に言ってしまえば、この鎮守府にとって俺なんていてもいなくてもいいのだからもう楽になりたい。何の役にも立たないのだし。

 

 この考えに至った瞬間、思い立ったが吉日と言わんばかりに暁に対して新たな指令を出すのだった。

 

 「この新人指揮官君について調べてきてほしい。彼に関わるありとあらゆることすべて」

 

 

 

 

 隠していた資料の確認をする。

 その資料には新人指揮官についての経歴から個人情報、果てには性癖まで事細かに記されていた。さすが暁、優秀である。

 

 新人指揮官君には特に問題なし。

 

 彼がロリコンだったらアークロイヤルでもけしかけなければならないと思っていたが杞憂に終わったようだ。

 

 証拠が残らないように前回の暗殺計画書とまとめてシュレッダーにかけてぐしゃぐしゃにする。

 

 暁にはこの件に関して決して口外しないように言い含めてある。

 『俺に任せてくれ、すべてうまくいく』なんて珍しく自信満々に宣言してしまった。これが最後なのだ。暁のきらきらした期待のまなざしを裏切らぬように頑張らねば。

 

 ここまでの準備は完璧。ちらりと腕時計を確認する。残るはもうすぐ後に___

 

 その時、コンコン!と執務室のドアがノックされた。

 

 「―――! ……うん、入ってきていいよ」

 

 声をかけると同時に扉はゆっくりと開く。そして、薄むらさき色の髪に王冠を乗せた少女が現れた。

 

 「呼ばれて飛び出て~ジャベリン参上です!えへへ、指揮官と二人っきりで大事なお話なんて…キャー!だめです指揮官、まだ時間も早いのにそんな……って私の特等席にエルドリッジちゃんがいるー!?」

 

 そう、俺は彼女を呼んでいた。ロイヤル所属Jクラス駆逐艦ジャベリン。いつも明るくみんなを元気づけるムードメーカー。俺が最初に選んだ初期艦でもあり、最も信頼しているといっても過言ではない女の子。

 

 そして今回も俺に選ばれてしまった、かわいそうな女の子。

 

 「ぶーぶー、エルドリッジちゃんばかりずるいですよ~。…まぁいいですけどね、私は指揮官に膝枕だってしてもらったことがありますし~。……でもやっぱり妬けちゃうから私にもやってもらったり―――」

 

 文句や願望をとめどなくあふれさせているジャベリンを前に、早く話を済ませようとつばをごくりと飲み込む。……なんだかひどく緊張している。冷や汗もでてきたのか背中が気持ち悪い。なんでだろう、もしかして自分で思っていたよりも怯えているのだろうか、俺は。

 

 「―――指揮官、大丈夫ですか?顔色が悪いですけど……もしかして風邪ひいちゃいました!?」

 

 大変だー!なんて慌てて額に手を当ててくるジャベリン。ネギをおしりに差し込むとすぐ治るって綾波ちゃんが言ってましたよ!ラフィーちゃんはお酒を浴びるように飲めば治るって言ってたけど本当なのかな……。いえ、今はネギもお酒もないし、やっぱり私からのラブパワーを送って病原菌を吹き飛ばすしかありませんね!さあ指揮官、横になってください今度は私が膝枕してあげます!なのでエルドリッジちゃんはソファーに運びますね~って寝てるのに力強いよ離れて~!

 

 ……いつものように、見当違いの方向に向かって右往左往する彼女の姿を見て、ふっと笑いがこぼれる。いつのまにか緊張もほぐれていた。やっぱり相性がいいのかな、なんて思いつつ今度こそ、俺を心配する声に被せるように言葉を紡いだ。

 

 「ちょっと指揮官、聞いて―――」

 

 「ジャベリン、何も聞かずに俺と一緒に逃げてくれ。君にそばにいてほしい」

 

 驚いた表情でこちらを見て固まるジャベリン。先ほどまでの姿は鳴りを潜め、ただただ沈黙がこの場を支配した。

 

 静まり返った空間の中で、自分の心臓だけが大きな音を立てている。そう経過していないはずなのに、まるで永遠のように感じる時間。断頭台に立たされる死刑囚になったような、そんな感覚。

 やはりだめなのか、もう心が折れそうだ。……いや、でも、ジャベリンならきっと……

 

 そんなぐちゃぐちゃとした俺の思いをばっさりと断ち切るかのように、彼女は大きな声で言い切った。

 

 「はいっ!私もずっと一緒にいたいです!」

 

 「――――」

 

 あまりにもあっけないその一言に、拍子抜けというか、断られたら食い下がろうとした矢先のことだったので、逆に面を食らってしまう。

 

 「……正直、オーケーがもらえるとは思ってなかったけど、いいの? 何も説明していないし」

 

 「はい、どこへでも、世界の果てにだってついて行きます」

 

 ……分からない。何も、いいところなんて見せたことがないのに。

 

 「もうここには帰ってこられないよ?」

 

 「私が帰る場所は指揮官のもとですから。それに、指揮官の帰る場所はジャベリンのところですよ~なんて、キャー!」

 

 どうして、そんなに、俺なんかを思ってくれているのか。

 

 「……分からないけど、本当にいいんだね?」

 

 そんな最後の問いかけに、彼女は当たり前だと言うように宣言した。

 

 「分からないなら教えてあげます。 あなたが私の指揮官だから、あなたがここに着任してくれたから、そして、あなたが私を選んでくれたから。理由なんて、それだけで充分なんです」

 

 「だからね、指揮官、何があっても私がそばにいます。何があってもあなたを守ります。だって私は、あなたの選んでくれたジャベリンなんですから!」

 

 

 _____アズールレーン?

 

 _____この子かわいいなぁ

 

 _____声が変とか言われてるけどそんなことないよ

 

 _____改造きたー!槍でっかい!

 

 _____結婚衣装も綺麗でかわいいなジャベリン

 

 

 そんな彼女を見て思い出す、かつての言葉。文字通り、次元の違う世界、画面越しでの出会い。彼女がその言葉を聞いていたはずがない。

 

 それでも、彼女のほほ笑みは、まるですべてを受け入れているかのように力強く。

 指に付けられた指輪は、強くまばゆい光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで、いつ出発するんですか?」

 

 「今夜」

 

 「……え!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 ざざーんと波が押し寄せる、そんな中。

 

 「準備はいいですか? 飛ばしていきますよ~」

 

 人も寄り付かない寂れた廃港から、小型ボートに乗った男とそれをけん引する女の子が元気に飛び出していくのだった。

 

 「ジャベリン、全力で行きま~す、です!」

 

 




〇指揮官♂
・転移者。気づいたら自分がやっていたアズレンの鎮守府と一緒にこの世界にいた。転移時はひどく混乱し、知識もないため人類生存戦線との交渉なども艦船に任せきりで引きこもっていた。 
・八方美人。不和にめっぽう弱く、何か問題が起こるとなあなあで済ませる。実際に艦船同士のいざこざでも「指揮官がそう言うなら…」と不満をためつつも収まっていた。
・艦船たちの心配もするけど基本は自分第一。自分がいなくても艦船たちならなんとかなるだろうと逃げだした無責任なクズ。たぶんヤンデレ艦に捕まったらひどい目にあう。(R18G) ヤンデレ艦じゃなくても監禁される。


〇ジャベリン Level:120 over
・初期艦。指揮官との信頼イベントを発生させ見事に攻略。謎のパワーアップを果たした。たぶん世界最強。「本当に愛の逃避行ができるなんて~」と浮かれている。
・指揮官の二番目のケッコン相手。なお一番目はエンタープライズ(え


〇人類生存戦線
・指揮官と鎮守府が転移した世界の最高機関。艦船より弱い。エイリアン的なものと人類存亡をかけて戦っていた。なお艦船たちのおかげでエイリアンはほとんど壊滅。作者がジャベリンとの逃亡イチャイチャ作品が読みたかったので逃亡する理由作りのためだけ用意された組織。たぶんキレた赤城とかに壊滅させられる。ごめん。


〇新人指揮官
・さわやかイケメン。ハイスペック。いい人。
・指揮官を取り戻すために艦船たちに利用されたりされなかったり。一応ジャベリン小説なので多分出番なし。ごめん。


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加賀さんが悩むお話

お、おかしい。ジャベリンSSが読みたいから書き始めたのにジャベリンのジャの字もない……


!キャラ崩壊注意!


 

 

 

 

「――――指揮官が視察に出向く間は我々だけになるが、各々いつものように過ごしてくれ、以上だ」

 

 近くにいるはずなのに、長門の声がやけに遠く感じる。

 下座の方からは駆逐艦の子どもたちの泣きわめく声が聞こえた。

 

 指揮官が失踪してから二日目の朝。

 

 ―――どうしてお前はいなくなったのだ。

 

 加賀の胸中では昨晩から疑問がぐるぐると渦を巻いていた。

 

 

 

 

 「たいして強くもないくせに、数だけは多いのだから困りものよねぇ」

 

 残党狩りの帰路。黒と白の影が水面に二筋の航路を作る。

 

 海の上をすべりながら話しかける黒い影、赤城。それに対して同意の声があがる。

 

 「ああ。これならセイレーンを相手にしていたほうが万倍は楽しい。だからといって手加減するつもりはないがな」

 

 静かな声で返した白い影、加賀。

 

 そうだ、おろそかにするつもりはない。これは指揮官からの命令でもあるのだから。

 

 彼女は内心で独りごちた。

 

 「真面目ねぇ、加賀は。まぁ、いくら雑魚とはいえ指揮官様に害を及ぼすかもしれない存在ですもの。私としても文句なんてみじんもありませんわ。……いえ、指揮官様との逢瀬の時間を削られていると考えると腹立たしいわねぇ」

 

 指揮官が絡むと頭のねじが飛ぶのはいつものことだ。

 ぶつぶつと怒りをつぶやく赤城の言葉をスルーし、少し足早に海路を進む。

 

 しばらくすると遠くのほうに鎮守府が見えてきた。身体は疲れていないものの、長期間やつらの処理に赴いていたためか心が休息を求めている。

 和菓子でも作ってお茶を飲みたい。そうだ、うまく作れたらあいつにも持って行ってやるか。

 

 自分の隣でくつろぐ指揮官の姿を想像して、顔がほころぶ。

 

 そんな風に考えていると、ふと、騒がしかった赤城がやけに静まり返っていることに気が付いた。横を見れば彼女は先ほどまでとは打って変わって真剣な表情をしている。

 

 「姉さま……?」

 

 「なにか胸騒ぎがするわ。急ぎましょう、加賀」

 

 言うや否や急激にスピードを上げる赤城。

 赤城の直感はよく当たる。そんな姉の様子に不安を覚えつつ、些細なことであってくれと願い、離れないように追走した。

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に帰還して通されたのは、執務室ではなく重桜のために作られた会議室だった。

 

 「うむ、よく来てくれた。無事なようで何より」

 

 ねぎらいの言葉をかけたのは、黒い髪を伸ばし和服で着飾った人形のような少女、戦艦長門。

 いつものように上座に座っているものの、その姿はいささか疲れているように見えた。

 

 「ええ。任務も無事終了致しましたし、ようやくゆっくり休めますわ。……なぁんて言いたいところですけど、なぜ執務室ではなくここに呼ばれたのでしょうか? 説明していただけます?」

 

 私の隣に立つ赤城が長門を問い詰める。

 そう、普段であれば指揮官のもとに報告をしに行くのだ。なぜ、今日に限ってこのような場所に……

 

 嫌な考えが頭をよぎる。ばかな妄想だ、そんなことはありえない。

 

 「そのことだ。すでにほかの重桜幹部には説明を済ませてある。お前たちも落ち着いて聞いてほしい」

 

 長門の表情と声色が、今までにないほど硬い。嫌な予感は徐々に確信に変わっていく。

 

 やめてくれ、そう言いたかった。しかし、喉がこわばる。私の口は動かない。

 

 やがて長門は姿勢を正し、私たちの目を見て言い放った。

 

 「結論から言おう。昨夜、指揮官が失踪した」

 

 

 

 瞬間、頭をガツンと殴られるような感覚。

 

 ――――待て、長門は今なんと言った?

 

 脳が今の言葉を理解できない。

 

 ――――あいつがいない……?

 

 口の中が渇く。

 

 ――――そんなはずがない…

 

 身体が冷たい。

 

 ――――そんなことがあってはならない……!

 

 視界が、揺れる。

 

 

 

 

 「……詳しく説明してもらえる? その口ぶりだと、指揮官様がいなくなった理由も、もう分かっているのでしょう?」

 

 「――――!」

 

 そんな、どこか落ち着いているような姉の言葉に意識が戻る。

 ……意外だ。赤城ならいの一番に飛び出していくばかりだと思っていた。

 

 「ああ。それについては当事者から直接聞いたほうが早かろう。まったく、休めと言うのに本人が説明するといって聞かん」

 

 その言葉とともに、私たちの前に小さな影が現れた。

 

 「……某が、説明いたしまする」

 

 普段から小さい姿をしているのに、今日は一段と小さく見える。涙でまぶたを泣きはらし、身体を震わせながら、暁は事の詳細を伝え始めた。

 

 

 

 

 

 

 「そう……そうなのね。指揮官様は自分を犠牲に……」

 

 暁から話を聞き、納得したという風な赤城。

 

 ――――なぜ、姉さまはそんなにも冷静なのだ。

 

 許せない。指揮官に対する恩を忘れ、殺害を企てたこの世界の人間どもが。視界のすべてが赤く染まる。怒りが感情を支配する。

 

 「指揮官、ずっと一人で考えてて……! 私たちに平和に暮らしてほしいって言ってて……! 誰にも言わないでって言われて……!」

 

 「……!」

 

 暁の、その言葉で思い出す、指揮官の姿。この世界の人たちと争いたくない、平和が一番だ、なんてへらへらしている男の顔。

 

 この世界への復讐、あいつはそれを望まない。 

 

 心に溜まった怒りが行き場を無くす。

 

 ――――ならば、この怒りはどこにぶつければいい。

 

 「ごめんなさい……!わ、わたしがすぐみんなに知らせていれば、指揮官だっていなくならなかったのに……!」

 

 震えながら泣いて謝り続ける暁。指揮官の失踪を知ってから今まで自分を傷つけてきたのだろうか。その姿はあまりにも痛々しかった。

 

 そんな暁に赤城が近づき、彼女の頭を胸元に寄せて抱き包んだ。

 

 「いいのよ、あなたは悪くない。仕方ないわ、指揮官様に言われたのですもの。私だってあなたの立場だったら秘密にするわ」

 

 指揮官様ったら女泣かせで困ってしまうわね、なんて冗談めかしつつ暁の頭をなで続ける赤城。

 そんな彼女の言葉に少しは楽になったのか、暁はわんわんと泣き続けた。

 

 

 

 

 しばらくして落ち着きを取り戻した空間。

 

 泣き疲れて眠った暁を抱き、赤城は長門に問いかける。

 

 「指揮官様のそばには誰かいるのでしょう? あの方がひとりで行くなんて思えませんわ」

 

 「うむ、詳しい情報ではないが一人、ロイヤルの駆逐艦の姿が見えないらしい。おそらくジャベリンだとは思うがな。指揮官には彼女がついて行ったのであろう」

 

 「……ふぅん、そう」

 

 視線をずらす赤城。どこを見ている……? 方向は、ユニオンの拠点か?

 

 長門は赤城の様子には気づいていないようで、話をまとめに入った。

 

 「混乱を避けるため、今回の件は幹部以外には知らせることはない。これは各陣営の代表会議で決まったことである」

 

 「重桜の全艦隊には明日の朝、指揮官は長期の視察だと伝達する。くれぐれも失踪したことは漏らさぬように」

 

 「指揮官の捜索には幹部で動くこととなる。絶対に勝手な行動はしてくれるな」

 

 以上だ。

 そう締めくくり話を終えた。

 

 「では、この子も届けなければなりませんし失礼いたしますわ」

 

 暁を抱いて出口へと向かう赤城。それを追おうと歩き出した瞬間に、長門に声をかけられた。

 

 「加賀。赤城のことを頼むぞ。いつもどおりお主が歯止め役になれば、あやつも無茶はせんだろう」

 

 そんなことは言われなくても分かっている。

 

 「……長門、お前も今日はもう休むことだ。全く隠せていないぞ、その疲れた顔」

 

 ぐぬっなんて変な声を出す長門を背後に歩き出す。

 

 やっかいなことになったものだ、そうつぶやいて赤城を追いかけた。

 

 胸の中の黒い感情はそっとしまい込んで。

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日の朝。

 

 長門による伝達も終わり、重桜の全体会議は解散となる。

 

 「しゅきかん、アメさんこうかんするっていってたのに……うぅ」

 

 睦月が泣くと同時に周りの子もつられて泣き出す。

 

 「おかしいですわねぇ、指揮官様にそんな予定はなかったはずですけど……ん~? どうして私を連れて行ってくれなかったんですか指揮官様ぁ」

 

 手帳のようなものを何度も見返して訝しむ大鳳。

 

 「こんなのおかしいわ! 指揮官が「オサナナジミ」の私に何も言わずに行くなんて! そんなことありえない! 誰かの陰謀よ! 指揮官の危機なのよ!」

 

 錯乱し、落ち着け落ち着けと姉に取り押さえられる隼鷹。

 

 指揮官の急な視察と聞き、各々が異なる反応を示す中、加賀は足早に部屋から去った。

 

 

 

 

 自室に戻り、縁側に座って物思いにふける。

 

 ……こうしていると、あいつのことを思い出す。

 

 _____やっと加賀さん来たー!出ないのかと思ったよ本当に。

 

 着任した際に、やけに大げさに喜ぶ姿。

 

 _____クールかと思ってたけど、意外と赤城と一緒で肉食系だったんだねぇ。

 

 姉さまと似ているとほめられ、少し照れくさかったこと。

 

 _____今日からしばらくは加賀さんを秘書官にしよっと。

 

 出撃時だけではなく、執務室でも愛を育んだ日のこと。

 

 

 

 覚えている。

 

 たとえ私からお前に触れられなかったとしても。

 お前と長い時間の中で培ってきた絆は、忘れたくても忘れられない。

 

 だからこの世界に来たときは、嬉しかったのだ。

 

 お前もここにいたことが。

 お前と触れ合えることが。

 お前の身体の温もりが感じられたことが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのに。

 

 

 なのに、どうしてお前は私の機嫌をうかがうような、そんな目で私を見るんだ。

 

 どうして、私に媚びへつらうかのような、そんな顔で笑うんだ。

 

 お前と私は対等なはずだろう。

 

 やめてくれ。

 

 そんな目で私を見るな。

 

 そんな顔で私を――――

 

 

 

 

 

 

 

 「――――大丈夫? 加賀」

 

 ハッとして顔を上げると目の前には赤城がいた。

 ああ、らしくないな。何を弱気になっているのだ。

 

 「……この世界に来た時の、あいつのことを思い出していた」

 

 そんな私を見て赤城は苦笑する。

 

 「そうねぇ、こちらに馴染むまでは指揮官様もひどい状態だったわね」

 

 「昔ほどとは言えないが、あれでも良くなったものだな」

 

 あの女のおかげっていう点は気に入らないけど、まぁそこだけは感謝しましょう。

 

 そう言って姉さまは私の隣に腰を掛ける。

 

 会話はない。それでも、二人の間の空気は悪くない。

 

 そのままぼうっと外の景色を眺めていると、冷たい風がひゅるりと体を通り抜ける。

 

 ―――あいつは寒がっていないだろうか。

 

 厚い雲に覆われた灰色の空。なんだかいつもより寒々しい。

 

 そんな同じ空の下にいるであろう男に、加賀は思いをはせた。

 




〇加賀 Level:114
・いくら掘っても全くでないのでドロップした瞬間はとても喜ばれた。赤城と一緒に演習で上がった力をこの世界でもふるっている。
・実は途中までは赤城にそそのかされて指揮官を取り戻すためなら立ちふさがるものすべてを粉砕する修羅モード加賀さんになる予定だった。しかし書いていたらいい感じにまとまってしまい弱気な加賀さんのままなってしまった。ごめんね。

〇赤城 Level:116
・最初はやべーやつだと思われていたけどキャラストの実装や後続のやつらがやばすぎて最近では比較的まともな人扱いされている。
・前半は息を潜ませていて後半から加賀に「あなたがいつも言っているじゃない。弱者は踏みにじられても仕方ないわ」なんて感じで加賀を覚醒させる役割にしようとしていた。しかしやっぱりいい感じにまとまってしまったのでただの面倒見の良い人になった。なんだこの聖母。

〇指揮官♂
・たぶんジャベリンとキャッキャウフフな船旅を楽しんでいる。しね。


次回は一カ月か二カ月以内には投稿したいです。


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レーベ様は迷わないお話

アニメの悩むジャベリンかわいいなぁとかイベントにジャベリン出てきて嬉しいなぁと思いつつ、自分の書くジャベリンに納得できなくてどんどん没にしていく。

そしていつのまにかジャベリンより進む鎮守府側の話。

もうタイトルを変えたほうがいいかもしれない。


前半は昔のお話。後半は逃亡後のお話。


 

 水平線の向こう側から太陽が昇り始める。

 鎮守府には朝日が差し込み、周囲を明るく照らし始めた。

 

 普段と変わらない朝早く。

 まだ冷え込んでいるにも関わらず、浜辺には身体を動かしている一人の少女がいた。

 

 「イッチ、二、三、四!」

 

 押し寄せる波の音にも負けない掛け声とともに、身体を動かし銀髪を躍らせる少女。

 

 「はっはっは!体操終了、レーベ様は今日も絶好調だぜ!」

 

 鉄血所属駆逐艦Z1は太陽に向かって快活に吠えた。

 

 

 

 

 

 

 始業時刻三十分前。余裕をもっての移動、廊下を進むと執務室が見えてきた。

 

 久方ぶりに出番が回ってきたこともあり、手には力が入る。逸るな逸るな、と深呼吸をしてから部屋の中に踏み込んだ。

 

 「素晴らしい朝だな指揮官よ! 本日の秘書官、レーベ様が到着したぞ!」 

 

 執務室の扉をノックし、壊さんと言わんばかりの勢いで扉を開け放つ。特別大きくもない空間だ。目的の人物はすぐに見つかった。

 正面の机に座り、ぽかんと口を開けて目を白黒させる男の姿が目に入る。どうやら驚かせてしまったらしい。

 

 しかし、すぐににへらと笑い、彼はこちらにあいさつを返してきた。

 

 「おはようレーベ。今日は一段と元気だね」

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばこんな報告が上がっていたけど」

 

 そう言って指揮官は一枚の資料を俺に渡してきた。

 

 なになに、昨日、カールとゼクが遊んでいたらドイッチュラントの部屋を吹っ飛ばしただぁ?

 

 「寮に帰ったときはそんなの見なかったぞ!?」

 「あぁ、レーベに怒られたくないからうまく誘導したんじゃないかな」

 

 ……確かに昨日はカールが出迎えにきていた。やけに丁寧だと思っていたけどあいつら…!

 

 「……ドイッチュラントには後でなんか持って行ってやらねぇとな」

 

 そしてあいつらは締める。

 

 「ほどほどにしてあげてね」

 「それは保証しかねるが……その、お前の方から罰則なんかは?」

 

 ちらりと指揮官を見る。妹たちがやらかしたのだ、少し気まずい。

 

 「ないない。ドイッチュも最初は怒ってたけど、シュペーが部屋に泊めるって言ったら喜んで許したみたいだし」

 

 ……ドイッチュラントのやつも妹が絡むと単純だな。そう思っていると、その資料も捨てていいよ、なんて言う指揮官。

 

 一応保存するべき書類なんだぞ、と少し考える。

 思い浮かべるのはカールとゼクの泣いている顔。……まぁ、指揮官が良いというのだし、捨てさせてもらうか。

 

 

 「指揮官も見られたくないものはしっかり処分しておくんだぜ」

 

 

 シュレッダーを起動してひょいっと紙をセットする。飲み込まれてバラバラになっていく資料。

 なんだかんだレーベも姉妹には甘いのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カランカランと、午後五時の鐘が鳴り響く。

 

 

 秘書官用のデスクに腰を下ろし、目の前に広がる資料一枚一枚に目を通す。隣接した机に座る指揮官は、若干緊張した様子でこちらに視線を向けていた。

 

 「へえ、だいぶ読めるモンになってきてる。よくまとめたな、やるじゃねえか指揮官」

 

 今読んでいるのは、指揮官が作成した鎮守府の機密文書。

 

 褒められるとは思っていなかったのか、俺の言葉を聞いた指揮官は大げさに喜んでいた。

 実際、軍務に関する知識が全く無くなっていたあの頃と比べると、文書の完成度は雲泥の差だ。

 

 ……とは言っても

 

 「ま、あくまで昔と比較したらってことだ。まだまだ精進あるのみだぜ指揮官」

 

 こいつは俺が手直ししておいてやるよ。

 そう声をかけると指揮官は溜息を吐いて机に突っ伏した。姿勢が悪くなるぞコラ。

 

 「はぁ……レーベは厳しいなぁ。もう少し手心を加えてくれてもいいんだよ? ベルファストなんかは、こういう仕事は私の役目です、なんて言ってさ。全部取られちゃうんだ」

 

 書類の内容を読み上げてくれたり判子を押すだけにしてくれたりするから、こういうスキルアップの時間も少ないんだよね

 

 突っ伏したまま顔だけこちらに向けて不満を垂れ流す男。……あのメイド、さすがに過保護が過ぎるだろ。なに考えてやがる。

 

 「はっ、ロイヤルは甘ちゃんが多いな! 俺はあっちの連中と違って甘やかさないぜ。お前にはまた俺と作業速度で競えるくらいになってもらわないとな」

 

 弱気なことを言う指揮官に、シャキッとしろよなと叱咤する。ちょっとは身に染みたのか、きちんと椅子に座りなおした。

 

 「うん、そうだね。みんなにばかり負担をかけられないし、がんばらないと」

 

 「そのいきだ。まぁ、俺はこれっぽっちも負担だなんて思ってないけどな」

 

 実際、この程度の仕事など苦でも何でもない。自身の頭脳をもってすれば、やろうと思えば片手間で終わるのだ。それでもこれは指揮官のため。

 

 「……レーベはすごいね」

 

 「俺は天才だからな。指揮官もいつかはこのくらいできるさ」

 

 その言葉に反応したのか、指揮官はピクリと身体を動かし視線を床に下ろした。顔には影が差し、そのまま黙りこくっている時間が続く。

 

 どうしたんだこいつ。そんな風に訝しんでいると、やがて指揮官は、くしゃりと笑って口を開いた。

 

 

 「……どうして…レーベは、鎮守府のみんなは、そんなに俺に期待してくれるの?」

 

 ――――俺はなんにもできないのに。

 

 言外に、そう告げているように聞こえた。 

 

 

 意味を考えたのは一瞬。指揮官の表情を見た瞬間に、身体は勝手に動いていた。

 

 椅子から立ち上がり、あいつの座っている所へと突き進む。

 俺の突然の行動に目を見開いて驚いている姿。朝から驚いてばかりだなこいつは、なんて苦笑する。 

 

 驚く指揮官の顔に手を伸ばす。両手で頬をつかむと同時に、左右に思いっきりひっぱり上げた。

 

 

 「そんな笑顔じゃダメだな。ああ、全然ダメだ」

 

 そんな諦めたように笑っている顔は、笑顔とは言わないんだ。

 

 

 「そもそも勘違いしているぞ。俺はお前に一度も期待したことなんてない」

 

 ひゅっと漏れる息、目の前にある両目が揺れ、だんだんと眉が下がっていく。ったくめんどくせえな!

 

 

 「話は最後まで聞くモンだぜ。ああ、俺はお前に期待しているんじゃない。そうだな、手のかかる妹がひとり増えた、そんな感じだ」

 

 無理やり上げられた指揮官の口から困惑の声を漏れる。

 なにか言いたげにしているので手を放してやる。

 

 「……俺は男なんだけど」

 

 「茶化すなバカ、言葉の綾だ。……俺にはたくさんの妹がいる。Zの系譜の原点だからな。いろんなやつばかりで毎日大変だぜ」

 

 

 自分の艤装に俺の名前を付けるやつ

 

 戦場でもいつもニコニコと笑顔を忘れないやつ

 

 大人ぶってはいるけれど、実は甘えたがりのやつ 

 

 どこに行ってもすぐ走り出す、バカっぽいけど素直なやつ

 

 ツンツンした態度の裏に、優しさが見え隠れするやつ

 

 勉強熱心で真面目だけど、どこか抜けている所があるやつ

 

 強気に見えるけれど、いつも人形を持ち歩く寂しがり屋なやつ

 

 自身をアイドルだと自称する、陽気で努力家なやつ

 

 よくわからない言葉を話し、相方とアイドル修行に勤しむやつ

 

 名前が欲しいと言うから考えてあげたら、微妙な顔を見せるやつ

 

 

 まだまだたくさんいるけれど、どいつもこいつも一癖も二癖もあるやつばかりだ。 

 

 

 「こっちに来てからの指揮官も、そんな妹たちの一人みたいなもんだと思ってるんだぜ」

 

 

 この世界に来て、部屋に閉じこもり、顔を合わせることも少なかったあの時。 

 

 確かにあの時、お前はつまずいてしまったかもしれない。

 だけど、お前は前を向いて、少しずつ前進している。

 

 またつまずいたっていい。逃げたっていい。だけどな―――

 

 

 

 「―――昔言っただろ。がんばれ指揮官、俺がずっとそばにいるから」

 

 

 

 もし頑張れなくなったとしても、俺がずっとそばにいてやる。 

 待っている。今のような笑顔じゃない、心の底から笑顔を浮かべる日を。

 

 

 「いつかお前の笑顔が見られる日を、俺は楽しみにしているぞ」

 

 

 呆然とこちらを見る男に、俺は笑顔で言い切った。

 

 

 

 

 

 

 やがて彼はまた、くしゃりと笑う。

 

 「……そっか、レーベは、期待しているんじゃなくて、ただ、応援してくれているんだね、俺を」

 

 その顔はまだ笑えているとは言えないものの、先ほどよりはどこか憑き物が落ちたように見える。

 

 「はっ! 少しはマシになったじゃねーか。まったく、柄にもないこと言って疲れちまったぜ」

 

 言い終わると同時に、指揮官の膝の上に座り込む。

 

 「ち、ちょっと、レーベの椅子はあっちだよ」

 

 あーうるさいうるさいと、抗議の声を無視する。しばらくすると観念したのかおとなしくなった。

 

 「……少しだけ、頑張ってみるよ。いつか、本当に逃げちゃうかもしれないけど」

 

 「いいぜ、そしたら俺が迎えに行ってやるよ。必ずな」 

 

 

 それっきり二人とも話さない。

 静かになった部屋の中。互いの心臓の鼓動だけが聞こえていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビスマルクから指揮官が視察に行ったと連絡があった。

 

 

 

 

 最初は少し違和感を覚えただけだった。

 

 

 

 あいつがどこに行ったのか聞くと、教えられないことだと、はぐらかされた。

 

 

 ティルピッツやグラーフの不審な動きを見て違和感が増した。

 

 なぜ事前に連絡しなかったのか、なぜ今のタイミングなのか、なぜ今回に限ってあいつが直接出向くのか、なぜ、なぜ、なぜ。一度疑いだすと止まらない。

 

 たまたまだと言われてしまえば、肯定せざるを得ないほどの些細な違和感。 

 

 でもなぜか、指揮官になにかあったのだと、漠然とそう思った。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 全員が眠りについた時間、だれもいないことを確認して執務室に潜り込む。

 

 デスクや棚、なにかないかと手当たり次第に手がかりを探す。

 しかしすでに処分された後なのか、何も見つけることはできなかった。 

 

 残るは、すでにシュレッダーに掛けられ、細かい短冊状になったゴミの山。

 ダストボックスを取り出し中身を見る。

 

 

 これだ。そう、直感した。

 

 

 「……駄目だぜ指揮官。見られたくないものはちゃんと処分しなきゃ」

 

 

 ダストボックスを宙に放り投げる。

 

 

 大量の紙クズたちが、ひらひらと舞い落ちる。

 

 

 「言っただろ。なんたって俺は―――

 

 

 目を見開いてそれらを見る。一片たりとも、見逃さない。 

 字体、インク、色、切断面、折り目、紙片の種類、傷、劣化 etc.,etc.

 

 文字が、繋がる。

 

 

 

 ―――天才なんだぜ」

 

 

 

 

 指揮官の危機を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日の出にはまだ早い、薄暗い朝。

 鎮守府周辺はこれまでにはないほど冷え込んでいる。

 

 そんな寒さにも関わらず、浜辺には身体を動かしている一人の少女の姿が見えた。

 

 「イッチ、二、三、四!」

 

 

 確かに逃げてもいいとは言ったけど、なにか一言くらいは言って行けよな。 

 姿を消した男に愚痴を漏らす。

 

 俺が迎えに行くことを、ビスマルクには伝えていない。組織には縛られない駒も必要なのだ。

 言ったら、絶対に止められるし。

 

 それに……約束だからな。さっさと迎えに行ってやろう。

 

 

 艤装の整備も完璧。出発の準備は万端。

 

 「さてと、行くか___「レーベ君」___!」

 

 飛び出していこうとした瞬間、思いがけない声を聞き思わず振り返る。

 

 

 紺色を基調とした制服。頭に被る同色の帽子には赤いラインが入っている。自分の妹、Z2がそこにいた。

 

 

 「あ、ああ、ティーレか。実はこれはな……」 

 

 「指揮官のところに行くんですよね」

 

 慌てる俺の言葉を遮り、ティーレは断言した。

 

 ……驚きに声が出ない。妹の目は確信の光を持っていた。ごまかせないことを悟る。 

 

 でも、なんで―――?

 

 「いいえ、わたしは何も知りません。知らないけれど、分かります、ええ。だって、家族ですから」

 

 ……いつもの特徴のある話し方でそう言われ、思わず笑ってしまう。場違いではあるが、それは嬉しい言葉だった。

 

 

 「悪いけど、今回ばかりは止められても行くぜ」

 

 「……別に、止めはしませんよ。見送りに来ただけです、はい」

 

 レーベ君が必要だと思ったのだからきっと、そうなのでしょう。ですが約束を。ええ、どうか指揮官と一緒に、無事に戻ってきてください。

 

 

 「へへっ、いい妹をもって幸せ者だな、俺は」 

 

 「そうでしょう。わたしはレーベ君の自慢の妹ですから、はい。では、こちらはわたしにお任せください」

 

 

 いってらっしゃい

 

 

 妹の言葉を背に海へ飛び出す。

 

 水平線の向こう側から太陽が昇り始めた。

 鎮守府には朝日が差し込み、周囲を明るく照らし始める。

 

 

 胸の中に感じる温もり。指揮官とのつながり。

 これを辿った先に、あいつがいる。

 迷いはしない、一直線に進むだけだ。

 

 

 まぶしく光る朝焼け。日差しを受けて、海は蒼さときらめきを増していく。

 

 そんな蒼穹のような海原に負けないくらい、彼女の銀髪はきらきらと輝いていた。

 

 

 




〇Z1(レーベレヒト・マース) Level:120
・サービス開始から実装されていたこともありこの鎮守府でもだいぶ古株。加入した順番は(長島)、ジャベリン、ユニコぬん、ポネキ、エンプラ、z1←今ここ。こうしてみると初期艦より加入が早い長島さんがマジで謎。本当に幽霊なのでは?
・アズレンの兄貴枠だとクリーブランドを思い浮かべる人も多いと思うけど個人的にはレーベのほうが好き。中の人ブーストがかかっているのかもしれない。


Vチューバー知らないけどかわいいですね。フブキちゃんが好みです。しかし2.42おるやんけとは一体……うごご。

次回はほんとのほんとに1か月後とかです。


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†ヨーク†は信じているお話

読んでもらえるだけでもうれしいのに評価までもらえて逆にびびっています。

初めてルビ振ってみました。


 

 

 

 

 「……? 何だろうこれ」

 

 指揮官の机の上には差出人不明の手紙が置いてあった。

 

 封筒には丁寧にも十字架のようなマークの入った封蝋が使われている。

 一体だれが置いたのだろうか、疑問に思いながらも中身を見る。

 

 

『指揮官様

 拝啓

  秋が深まり、空気が気持ちよく感じる季節となりました。

 指揮官様におかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。

  このたびは、指揮官様に私事にお付き合いいただきたいと思い、手紙を送らせていただきました。

 二日後、午前五時三十分に港の東側にてお待ちしています。温かい服装でお越しください。

  それでは、指揮官様との時間を楽しみにしております。

敬具』

 

 

 封筒の造形的にロイヤルの誰かだろうか、と疑問に思いながらも手帳を取り出し予定を確認する。指定された日はちょうど休みで特にすることもない。

 

 時間が早いから起きられるか心配だなぁ、と指揮官はしっかり予定に書き込んだ。

 

 

 

 

 

 二日後、早朝の港。

 周囲は暗闇に覆われ、空と海の境界すら朧気としている。

 

 手がかじかむような寒さの中、コートに身を包んだ指揮官の姿があった。約束の場所に到着する。そこには港に付けられたボートが一隻、電気を灯して浮かんでいた。

 

 しかし人の姿はどこにも見られない。

 間違ってはいないはずだけど……そう不安に思い持ってきていた手紙を見返していると、ふいに背後から足音が聞こえてきた。

 

 「来ましたか。†約束の時間(ジャッジメントタイム)†五分前とはさすが指揮官ですね」

 

 ロイヤル所属ヨーク級重巡洋艦のネームシップ、ヨーク。 本人は魔導重巡洋砲艦と名乗り、妹にも呆れられるほどの重度の中二病を患っている。いや、実際に奇妙な力を操っているので一概にそうとは言えないのかもしれないが。

 

 しかしなぜ彼女がこんなところに? 

 ……ふと、今回の誘いの手紙がロイヤルの封筒に入っていたことを思い出す。そこまで考えが及ぶとピンとひらめいた。

 

 「あ、もしかしてヨークも手紙で誘われたの?」

 

 「……」

 

 返事がない。心なしか目つきが怖くなった気がする。

 

 「あ、その。誰なのか分からないんだけど、実は俺も誘われてね。ごめん」

 

 「…………」

 

 なんだか怒っている。もしかしてあの手紙はエクセターが書いたもので、姉妹水入らずのところに入ってきてしまった…とか?

 

 やっぱり帰ろうかな、なんて考え始めたその時、ヨークはようやく口を開いた。

 

 「……私です」

 

 え?

 

 「君に†手紙(レター)†を送ったのは私です」

 

 ……手紙を見直す。目の前の中二病とはかけ離れた文体。

 

 「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 数日前

 

 

 「ときに妹よ。最近、指揮官の†(フォース)†の輝きが淀んでいると思いませんか?」

 

 「……また唐突によく分からないことを言いだして」

 

 とある日の朝、鎮守府の食堂。

 朝食も食べ終わると同時に二人の少女の間でそんな会話が交わされた。

 どちらも赤と白の服に身を包み、明るい茶色の髪には王冠が乗せられている。

 

 肩まで伸びる髪をツーサイドアップにした姉と、左サイドをおさげにした妹。

 ヨーク級重巡洋艦、姉のヨークの問いに、二番艦で妹のエクセターは困惑の声を上げた。

 

 

 「雰囲気から察するに指揮官の元気がないとか、そのような感じか?」

 

 「おお! 妹よ、あなたもついに†(フォース)†に目覚めたか……!」

 

 いえそんなことはあるはずない、などと否定する妹に向かってフォースについてとくとくと語る姉。いつものことではあるが、エクセターは朝から訳のわからないことを話す姉に頭痛を覚えた。助けてカラビニエーレ。

 

 「そうだな、確かに指揮官は最近また出不精気味だ。どこかに連れていってあげるというのは?」

 

 「……! なるほど、私の†(フォース)†を指揮官に分け与えるということね」

 

 さすがは我が妹ね、姉として鼻が高いわ、と賛辞を述べるヨークの隣で言葉の意味を咀嚼していく。

 

 「えーと、うん。そういうことだ。サプライズなどもあるといいかもしれない」

 

 「サプライズ……むっ、†(フォース)†が何か語り掛けている! ……これは、港の方向へ行けというのか」

 

 感謝するわ妹よ!

 そう言うや否や、急に立ち上がり食堂の出口から飛び出していったヨーク。なお食器はしっかりと返却していった。

 

 「不安だ……」

 

 いつも以上に張り切っている姉の姿を不安に思いつつ、エクセターはつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 さっそく港にやってきたヨークは周辺を散策し始めた。

 

 「†(フォース)†の導きによればこの辺りに手がかりがあるはず……」

 

 そうは言うものの目の前に広がる光景は普段となにも変わらない。おかしい、間違いなく反応はここなのだが……。むむむ、と悩んでいると堤防の先に座る小さな白い影が見えた。

 

 「そこな少女よ! このあたりで†変わったもの(レリック)†を見ませんでしたか?」

 

 「れ、れり……? いや、見ていないな」

 

 声をかけられた少女、江風は困惑しつつも答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、指揮官の気分転換というわけか」

 

 「ええ、そのようなものです。何かないかと思いまして」

 

 ざざんと打ち寄せる波を足元に、二人で堤防に座って話しあう。

 

 「ならばこれだろうな」

 

 江風はそう言って海中に糸を垂下げた竿をくいっと引いた。

 ふむ、釣りか。しかしいまいちぱっとしないような……。そんな風に悩んでいると江風はさらに続けた。

 

 「釣りはいいぞ。なにも考えずに、ただこれだけに集中できる。時間の流れも忘れられる」

 

 そしてなにより……そう言い溜め、おもむろに立ち上がる。竿先がグイグイとしなり、それに負けないようにリールがくるくると巻かれていく。やがて海面には茶色の大きな影が映った。

 

 「おおおおお!?」

 

 「このように大物も釣り上げられる。四十センチくらいか、うん。いい大きさのカレイだ」

 

 以前阿武隈と釣ったヌシほどではないがな。そううそぶいて江風はカレイをバケツに放り投げた。

 

 「沖に出ればもっと大きいものも狙える。どうだ、釣り方なら教えられるが」

 

 「良い、非常に良いです! ぜひご教授願います、†(マスター)†!」

 

 し、師か、そんな大げさな。そう言って彼女は顔を赤くして照れた。まんざらでもなさそうな表情だった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで午前中一杯を使って江風に釣りについて教わった。

 

 自分と指揮官の道具を一式そろえ終わり、ロイヤル寮の廊下を歩く。あとは指揮官に伝えるだけだ。

 ルンルン気分で上機嫌に歩いていると、前方から金髪の美女がやってきた。

 

 「あら、ごきげんようヨーク」

 

 「こんにちは、ヴィクトリアス様。これから†お茶会(ティータイム)†ですか?」

 

 そうなの、姉妹で一緒にね。なんて緩やかに笑う勝利の女神。しかしこの方たちはいつもお茶会をしていて飽きないのだろうか。

 

 「ヨークはなんだか楽しそうね。何かあったのかしら?」

 

 そんなに顔に出ていたかなと思いつつも、実は……と今回の件を話す。そう、あとは指揮官を誘うだけなのだ。早く伝えに行かねば。

 

 終始うんうんと相づちを打っていたヴィクトリアスだったが、話しが終わると同時にヨークの手をつかんだ。おもわず、ひゃうっと変な声が出る。

 

 「指揮官に伝えるならもっといい方法があるわ、一緒に行きましょう」

 

 「え、ちょ、ちょっと~」

 

 手をつかまれたまま連れていかれる。やけに力が強くふりほどけない。助けを求める声もむなしく宙に消えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで釣りに誘ってくれたんだ」

 

 「まあ、そういうことです」

 

 空気と海水の温度差により周囲には靄がかかっている。

 釣りのポイントまでもう少し。ヨークと指揮官を乗せた船はまだ暗い海の上をかき分けて進む。

 

 「手紙ありがとう。形が残るものって、やっぱりうれしいからね」

 

 「……そう言ってもらえるならよしとしましょう」

 

 ヴィクトリアス様に連れて行かれた後のことを思い出す。イラストリアス級御用達の庭園での手紙作成。

 相手に思いを伝えるなら手紙が一番よ、私もティルピッツと文通(爆撃)しているわ、なんて言いながらの熱血指導。

 

 イラストリアス様とフォーミダブル様まで悪乗りしてきて断れなかった。……いや、完全な善意だとは思うけれど。

 

 しかし、そのかいもあってかここまでは計画通りなのだ。気を取り直して指揮官に声を掛ける。

 

 「†驚嘆の宴(サプライズ)†もあるので楽しみにしておいてください」

 

 「……サプライズって言っちゃったらサプライズにならないのでは?」

 

 指揮官は訝しんだ。

 

 

 

 

 

 

 太陽も昇って明るくなり、ポイントに到着したので釣りを始めた。

 そのままゆるりと時間が流れる。

 釣れない時間もあったが、お互いにぼちぼちと数がそろっていた。

 

 †江風(マスター)†の言った通り、釣りをしていると時間の流れが早い。自然と釣ることに注力してしまう。

 ちらりと、少し離れて釣りをしている指揮官を見る。かなり集中しているようで真剣な顔をして竿を動かしていた。

 

 そうこうしていると自分の竿にも魚がヒットする。

 

 「見なさい指揮官、†大きな鯛(スカーレット)†ですよ!」

 

 「おお、でっかい! ってこっちも来た!」

 

 ……指揮官の†(フォース)†も輝きを取り戻しつつある様子。そろそろ仕掛け時だ。

 ゴソゴソと用意してきたとっておきの仕掛けを取り出す。

 

 「それでは†驚嘆の宴(サプライズ)†を始めましょう!」

 

 「……なんだかグロテスクな見た目だけど、なにそれ?」

 

 指揮官が若干引いている。視線の先は、私が持っている赤くてデロデロとした仕掛け。

 

 「これは†明石(グリーンデビル)†特製、特定の種類しか食いつかないとっておきの仕掛けです。あらかじめオーダーしておきました」

 

 さあ、いきますよ! その言葉とともに海へ投げ入れる。

 効果はてきめん。狙いの獲物はすぐに姿を現した。

 

 

 深い青色をした三角形が海面から現れ、一直線に近づいてくる。

 

 

 「サメが来たんですけど!?」

 

 「ふふ、驚きましたか? どうやら†驚嘆の宴(サプライズ)†は成功のようですね!」

 

 「確かに驚いたけどなんか違くない!?」

 

 ワーワーと叫び元気になっている指揮官の声を聞きつつ、艤装を展開して海面に飛び出す。

 まさかこんなに喜んでもらえるとは。†計画(プラン)†を立てて本当に良かった。

 

 「さあ、今夜のディナーはフカヒレスープよ!」

 

 ねらいを定め魚雷を発射。サメにめがけて一直線に進む魚雷に、直撃を確信する。

 

 さて、沈まないうちに縄でくくろう。海面を滑ってボートの方へと戻っていく。

 

 「指揮官、縄を取ってください」

 

 「――――」

 

 「……指揮官?」

 

 なぜか指揮官は大きく口を開けて動かない。彼の視線は私の後ろに固定されていた。

 威力を間違えてスプラッタな光景になってしまったのだろうか? 後ろを振り向く。

 

 「え……?」

 

 

 サメが空を飛んでいた。比喩ではなく、宙に浮いていた。

 

 

 「「と、飛んだぁーーー!?」」

 

 

 二人で叫ぶと同時に空から襲い掛かってくる。反射的に対空砲を発射し動きをけん制した。

 

 「ば、ばかな。ついにサメも独自の†進化(エボリューション)†を遂げたというのか!」

 

 「サメが飛ぶわけないでしょ! たぶんこの世界の敵の一部だよ!」

 

 そう言っている間にも、迫りくるサメに向かって打ちまくる。素早い動きでなかなか当たらない。

 こんなことになるのならちゃんとした装備を持ってくるべきだった……!

 

 「ヨーク、逃げるよ! 早く乗って!」

 

 私の焦りが伝わったのか、指揮官は退避を促した。

 瞳には恐怖の色。彼のフォースの輝きが濁ってゆく。

 

 それを見た瞬間、私の中の†(フォース)†が爆発した。

 

 「いいえ、ここで倒しますよ!」

 

 「でも……!」

 

 彼を不安に思わせてしまった。ならば挽回しよう、もとよりそのために来たのだから!

 

 「信じなさい! あなたが信じてくれるなら†(フォース)†は必ず応えてくれます!」

 

 指揮官との距離は決して近くはない。しかし、彼の瞳をまっすぐ捉えて離さない。

 

 

 「私もあなたを信じています! だから――――私を信じて命令なさい!」

 

 

 その言葉に数秒、彼はぎゅっと目を閉じる。

 そして再び開いたとき、瞳には覚悟の色が宿っていた。

 

 

 「ヨーク、勝って!」

 

 

 彼の願いに、†(フォース)†が全身をかけめぐる。

 

 「<†ダークネスフィールド†>展開!」

 

 空中に重力場が形成され、サメの動きが鈍る。

 奴のバランスが崩れると同時に一気に接近し、海面を蹴り上げた。

 

 「この距離なら避けられないわよ」

 

 隔てるものは何もない。

 がら空きの腹に向かって全力で主砲を打ち放つ!

 

 

 「フォースの力を思い知りなさい! <†魔砲・アルマゲドン†>!」

 

 

 必殺の一撃が直撃し、爆発が起こる。

 

 爆風で身体が吹き飛ばされる。

 

 「ヨーク!」

 

 ……ドサリという衝撃に目を開いた。身体は揺れる船の中。やけに柔らかいと思ったら指揮官が受け止めてくれたらしい。

 

 心配そうにこちらをのぞき込む彼の顔が面白くて、なんだか笑ってしまう。

 

 「……お疲れ様、でも心配したんだから。二度とこんな無茶はしないように」

 

 そう言って指揮官も笑った。

 サメもどきは爆発四散。フカヒレスープは惜しかったけど、まあ、指揮官が笑ったのなら良しとしよう。

 

 「……指揮官、元気はでましたか?」

 

 「うん、でた。今日は楽しかったよ、ありがとね」

 

 

 

 その言葉に嘘はない。彼の†(フォース)†は確かに明るく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで、また別のサメが見えるんだけど……しかもたくさん」

 

 「早く仕掛けを回収して逃げますよ! 全速力です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指揮官が視察に行ったと聞いて一週間。

 最近、鎮守府がやけに騒がしい。

 

 女王陛下は何か隠したいようだが、後任の指揮官だという者まで現れる始末だ。

 もはや限界が近いだろう。艦船たちの不安が爆発するまで時間はそう多くない。

 

 

 しかし私は不安だとは思わなかった。

 この身に宿る†(フォース)†が指揮官の†(フォース)†と共鳴している。

 

 

 近いうちに、彼は必ず帰還する。

 

 

 疑念が渦巻く鎮守府の中、ヨークは一人、その時を静かに待った。

 

 

 

 




〇ヨーク Level:105
・よくジャマイカやZ36と一緒に出撃していた。指揮官とは力/心(フォース)でつながっている。フォースじゃなくてもこちらの世界で指揮官と信頼イベントを起こすと結構だれでも繋がることができる。
・アズレンの中二病枠。最近はアニメで加賀さんがキツネを出したり赤城が龍を出したりしているのでフォースも違和感がなくなりつつあるのかもしれない。


一話投稿時とは書こうと思っていた話とベクトルが変わったので練り直しました。もうこのまま走り切ります。残り三話くらい。

次回は年が明けてからです。


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彼と彼女と終わりの足音

短めです。
※ちょっと修正しました


 

 

 

 

 

 どこかの島。名前もない無人島。

 

 目の前の少女が俺に問う。

 

 

 「―――どうして、エンタープライズさんじゃなかったんですか?」

 

 

 エンタープライズ。俺が、最初にケッコンした艦。

 ジャベリンは言った。どうして彼女を選ばなかったのか。

 

 

 どうして今、俺の隣に彼女がいないのか。

 

 

 「……だって、エンタープライズはユニオンのリーダーだからね」

 

 個を重んじるユニオンに明確な主導者はいなかった。でも、そんな自由な彼女たちを自然と取りまとめていたのがエンタープライズだった。

 

 「俺がいなくなっても鎮守府はあり続けるんだから、みんな困っちゃうよ」

 

 彼女までいなくなったら鎮守府はいよいよ崩壊する。

 

 そうだ。だから俺はエンタープライズを選ばなかった___

 

 

 「それは嘘です」

 

 

 両手がジャベリンの手で包まれる。まっすぐこちらを見つめてくる。

 まるで全部知っているとでも言うような、優し気なまなざしが俺を見る。

 

 「……嘘じゃないよ。……嘘じゃ、ないんだ」

 

 彼女のおおきな碧の瞳に映る顔は、苦しそうに歪んでいる。

 そんな俺の表情を見て、ジャベリンは苦笑した。

 

 「じゃあ質問を変えますね。……えへへ、この前は指揮官が聞いたけど、今度は私が聞いちゃいます」

 

 

 「―――どうして私を選んでくれたんですか?」

 

 

 一瞬、言葉に詰まる。だけど、その質問に答えるのは簡単だった。

 

 「……エンタープライズとは逆だよ。ジャベリンは、そういうのに縛られていなかったから」

 

 「ええ~、木っ端貴族だから駆け落ちしやすいとか、そんな理由だったんですか?」

 

 乙女心が分かってませんよ! そんな風に頬を膨らませてすねた表情を作るいつもの彼女に安堵した。

 怒らせたままでもいけないのでフォローをいれよう。そう考えた矢先、彼女は告げた。

 

 

 「でも、それも嘘です」

 

 「――――」

 

 

 今度こそ、声が出ない。

 

 「……さっきの答えも含めて、全てが嘘とは言いません。でも、それだけではないはずです」

 

 「そんな、ことは……」

 

 ……そんなことはない。それに、ジャベリンにそばにいてほしいと思った気持ちに嘘はなかった。

 

 「はい、私もそんなに指揮官に思われていて幸せです」

 

 そう思うと今でもニヤニヤが止まりませんよ。そう言って、彼女は笑う。

 俺が選んだせいで姉妹とも離れ離れになったのに。不幸だと思っても当然なのに。

 

 「不幸なんかじゃありませんよ。鎮守府にいるみんなには悪いですけど、指揮官に選んでもらえたのは幸せ以外の言葉では表せないです」

 

 彼女は一度、指輪に視線を落とし、また俺の目を見つめてくる。

 

 「指揮官、もう気づいてもいいころです。たとえ無意識であったとしても」

 

 

 あなたのこの逃亡劇に、なぜ私だけを呼んだのか。なぜ、エンタープライズさんを呼ばなかったのか。

 

 

 「(ジャベリン)なら、最後には絶対についてきてくれるという確信があったんですよね」

 

 

 ……分からない。分かりたくない。

 

 

 「――――ねえ、指揮官。どうして、あなたは泣いているんですか?」

 

 

 ……涙なんか、出ていないのに。

 

 もうこれ以上、この話題は続けたくなかった。

 

 「……ジャベリンは、帰ったほうがいいって言うの?」

 

 「うーん……そのほうがいいとは思います。でも、前も言いましたけど私の居場所は指揮官のそばなんです。指揮官が帰りたくないならそれでもいいです」

 

 指揮官が帰りたくないと言うなら、他の子たちが指揮官を迎えに来ても返り討ちにしちゃいますよ~

 

 そう言って手を銃の形にして撃つ真似をするジャベリン。

 

 迎えに来る? ……そんなことはありえない。俺はみんなを裏切って逃げたのだ。

手紙だって置いてきた。俺を殺しに来るかもしれないが、迎えにくるなんてことはあるはずがない。

 

 「……やっぱり指揮官は全然わかってないですね、私たちのこと」

 

 

 困ったように、ジャベリンは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、指揮官は私たちのことを分かっていませんね。

 

 あんな紙切れ一枚残して逃げた程度で、私たちとの関係が全て終わったと思っているなんて。

 

 まったくどうしようもない人です。どうしようもないくらい、臆病で面倒な人です。

 

 でも、私を選んでくれて本当に良かった。本当に指揮官と一緒に消えてしまいかねない人たちもいたから。

 

 だからこれは荒療治。あなたは今度こそ自分と向き合わなくてはいけません。

 

 鎮守府のみんなは――――エンタープライズさんは、絶対に来てくれる。

 

 私は指揮官も鎮守府のみんなも信じています。

 

 だからね、指揮官。今あなたに必要なのは私ではなく_____

 

 

 

 

 

 

 「……どうして」

 

 

 

 

 

 「約束通り迎えに来てやったぜ、指揮官」

 

 「お久しぶりです指揮官様。指揮官様にずっと会えなくて赤城は寂しくて寂しくて……」

 

 「姉さま、自重してください。……来たぞ、指揮官」

 

 

 

 

 ____彼女をおいて他にはいないんです。

 

 

 

 

 「帰ろう、指揮官」

 

 

 

 

 雲一つない澄み渡った空。

 

 そんな今にも落ちてきそうな青空の下で、大鷲の鳴き声が天高く鳴り響いていた。

 

 

 

 

 




〇ジャベリン Level:120over
・指揮官に選ばれた初期艦。


次回:エンタープライズは挫けない


今年の更新は終わりです。みなさんよいお年を。


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エンタープライズは決意したお話

あけましておめでとうございます!(違

!赤城のキャラストのネタバレ有!



 

 

 

 

 

 

 エンタープライズ、ただいま任務より帰還した。

 

 ああ、怪我なんてないさ。ありがとう。

 

 あなたも変わりないようで安心したよ。

 

 いや、鎮守府にいるみんなを信頼していないわけではないさ。

 

 それでも心配になるものなんだ。

 

 過保護だって? ……ふふ、そうかもしれないな。

 

 そうだ、土産話があるんだ。任務先で立ち寄った島に機械仕掛けの大きな街があって―――

 

 

 

 

 ―――その時ホーネットが……む、もうこんな時間か。

 

 ああ、喜んでもらえて私も嬉しいよ。

 

 

 

 ……ん? そうだな。少し考え事をな……。

 

 

 ……どうだろう。そろそろ外の世界に出てみないか?

 

 分かるよ、未知は怖いものだ。あなたにとって、この世界は何もかもが恐ろしく見えている。

 

 でも、私たちがいる。あなたの知っているみんなが、あなたのそばにいる。

 

 どんなことでも、始まりはいつだって不安や恐怖でいっぱいだ。

 

 だから、なにがあっても私が守るよ。

 

 あなたがそばにいれば、私は星だって撃ち落としてみせるさ。

 

 

 

 ……! 

 

 ああ、行こう! さぁ、私の手を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変なことになっちゃったね、エンプラ姉」

 

 妹の声が隣から聞こえる。

 

 ユニオン全体に指揮官視察の報を知らせた後の会議室。すでに私とホーネット以外の艦船は退出し、閑散とした空間が広がっていた。

 

 大変なこと……指揮官の失踪。昨日、各陣営の代表が緊急招集されて会議が行われた。ロイヤルのメイドから提示された指揮官の書置き、ロイヤルの駆逐艦の所在不明、暁からの指揮官暗殺計画の証言。

 

 これだけの証拠があるというのに、いまだに現実感がない。 ……いや、単に認めたくないだけなのか。

 

 「……それで指揮官の捜索についてなんだけど、どうしよう。いつもみたいに……その、エンプラ姉に……」

 

 快活なホーネットにしては歯切れが悪く、声もだんだん細くなっていく。そんな彼女にいつものように(・・・・・・・)声をかけた。

 

 「ホーネット」

 

 「ひっ…は、はい!」

 

 ビクッと大きく反応し身体をのけぞらせ、ホーネットの頭からは帽子がずり落ちる。なにをそんなに怯えているのだろうか、顔は青ざめて身体を震わせていた。

 

 「采配はあなたに任せるよ。……すまないが、今回の件で私は役に立てそうにない」

 

 無責任な姉ですまない、そう言って部屋を後にする。

 

 「姉ちゃん……」

 

 妹の心配するような声も聞こえないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツコツと、歩く音が廊下に響く。まだ明るい時間にもかかわらず人気は少なく、普段よりも空気が淀んでいるように感じられた。

 

 (これは指揮官が決断したことだ……)

 

 だから、私は何も言わない。何も思うことはない。何も感じない。指揮官がそうするべきだと思い、自らの意思で決めたのだ。だから……

 

 それなのに、なにも考えたくないのに、指揮官のことが頭から離れることはない。嫌な考えが廻ればめぐるほど深く沈みこんでしまう。

 

 そんな状態だったせいか廊下の曲がり角から現れた人物と思い切り衝突してしまった。小さく悲鳴を上げて転んでしまった彼女に向けて、慌てて手を差し出す。

 

 「す、すまない。こちらの不注意で……怪我はないか?」

 

 「……うん、だいじょうぶ。ありがと」

 

 ぶつかった少女、エルドリッジは気にしていないという風に手を取って立ち上がる。問題ないというかのように彼女の頭から飛び出た毛先はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 

 しかし間抜けにもほどがある。普段なら起こりえないミスに何をやっているんだと自嘲していると、エルドリッジは私の名前を呼んだ。

 身長差のためにこちらを見上げる彼女の眼は、いつものようなどこか超然としたものではなく、憂いに満ちているように見える。

 

 「エンタープライズ」

 

 「どうした? やはりどこか痛むのか」

 

 「指揮官、いない」

 

 「それは……先ほど皆に連絡したとおり、指揮官は視察に行っているんだ」

 

 「……怖い夢、みた。……指揮官、ここからいなくなる、帰ってこないって言ってる夢」

 

 怖い夢……見当はつく。エルドリッジは睡眠中に意識を幽体化させて漂うことがある。おそらく見たのだろう、指揮官が計画を立てているところを。今になって思えば、彼は最近エルドリッジを秘書官にすることが多かった。

 

 「エンタープライズ。指揮官、帰ってくる?」

 

 「―――――」

 

 不安に揺れた瞳が私を映す。無垢な瞳が私を見る。

 彼女を安心させてやればいい……一言、安心しろと、帰ってくると言えばいい。それなのに、私の口からは言葉がでない。

 

 (どうしてだ……私は……どうすればいい……)

 

 そのまま何も言えずに立ち尽くしていると、エルドリッジは唐突に私に向かって抱き着いてきた。軽い衝撃によろめきつつもその場に留まれば、腰のあたりにある頭をぐりぐりと押し付けてくる。

 

 「エンタープライズ、どこか痛い?」

 

 「……いた、い? 私はどこにも怪我なんてしていないよ」

 

 転んでもいないし負傷しているところもない。なにも、どこにも問題はないのだ。不思議に思ってエルドリッジにそう答えた。

 しかし、彼女はいっそう抱きしめる力を強めるばかり。

 

 「ううん、エンタープライズ、痛い。悲しい……」

 

 痛いの痛いの飛んでけ、そう言って身体を密着させてくる小さな少女。先ほどまで指揮官の身を案じて震えていたのに、どうしてか、今度は私のことを必死になって慰めていた。自分だって、不安でいっぱいのはずなのに。

 

 (私は、何をしているんだ……こんな幼い子にまで心配をかけて……)

 

 

 もう自分をごまかせない、認めるしかなかった。

 

 

 指揮官はここには戻ってこない。

 

 指揮官が私を置いて行ったことが、どうしようもなく悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (独りだとこんなにも弱いものなのか……)

 

 とうの昔に太陽は沈み、大きな月がうっすらと海を照らす。

 

 誰もいない砂浜で、コートも帽子も身に付けず、ただただ波打ち際に立って海の向こうを眺めていた。波の音以外に鼓膜を震わせるものはなく、本当に静かで穏やかな夜。

 

 そんな静寂を切り裂くかのように、鋭く低い声が背後から聞こえてきた。

 

 「それで、あなたは一体何をしているのかしら」

 

 「……さあな」

 

 重桜の一航戦、赤城がそこにいた。彼女はそのまま私に問いを重ねる。

 

 「指揮官様の捜索にも参加せず、さりとて単独で指揮官様のもとに向かうこともない」

 

 「指揮官がそう望んだことだ。だから私は動かない」

 

 「……そうですか」

 

 そう言うと、にこりと笑ってこちらに近づく赤城。今まで見たこともないくらいにこやかに距離を詰めてくる。そして私と目と鼻の先というところでようやく止まった。

 

 「なんのつもり――――」

 

 「あなたの目を覚まさせてあげようかと思いまして」

 

 何を言っている―――そう言おうと思った時には、視界のすべてに満点の星空が広がっていた。少しの浮遊感の後に背中に受ける衝撃、打ち寄せる波が身体を濡らす、身に付けた服が海水を吸い、まとわりついて気持ち悪い。

 

 なにが起こったのかと呆然としていると、あご下に鈍い痛みが広がってくる。そこでようやく理解した。自分は今、殴られたのだ。

 

 「赤城、何を……!」

 

 「あらぁ、もうダウンですか? そんな体たらくだから指揮官様に失望されたのではなくて?」

 

 ―――ああ、だからあなたは置いて行かれたのね。

 

 そんな、赤城の言葉が心に突き刺さる。

 

 指揮官に置いて行かれた―――一番聞きたくない言葉。図星をつかれ瞬間的に頭に血が上る。とっさに立ち上がり、にやにやとこちらを嘲る赤城に向かって殴りかかった。

 

 「うるさい! そういうお前はどうなんだ、私と同じじゃないか!」

 

 言葉を放つとともに赤城の右頬に拳が直撃した。避ける素振りも、防ぐ素振りも見せずにただ殴られた彼女の様子に、思わずこちらが硬直する。

 赤城はそんな私を見つつ、口から血を地面に吐き出してから宣言した。

 

 「ふぅん、まだそれだけの元気はあるのね。いいわ、これは証明よ。どちらが最後まで立っていられるか、指揮官様への愛の大きさが物語る!」

 

 「ぐ、ガッ……!」

 

 ボディーに二発、立て続けに拳と蹴りがめり込む。続く連撃をバックステップで回避し、距離をとって息を整えた。

 

 

 ―――何も考えたくないのに、どうしてこうも……誰もかれもが私をかき乱す。

 

 

 いらだちが溢れ来る。ここで吐き出せと騒ぎ出す。

 

 「……いいだろう、受けてやるさ。だいたいお前のことは気に食わなかったんだ。指揮官をいつも監視していたり、執務室にカメラや盗聴器を仕掛けたりいろいろとな!」

 

 「あなたのほうこそ! 指揮官様に選ばれたのをいいことに、暇さえあれば指揮官様のそばで見せつけて……! 腹立たしい、目障りなのよ……!」

 

 殴打、脚打、頭突き、互いにノーガードで相手に叩き込む。先のルールを真に受けてか、それともただの意地なのか、どちらも譲らず全力で殴り合う。

 

 「指揮官とケッコンしている身として当然の権利だ!」

 

 「そういうところが鼻につくのよ!」

 

 衝撃と罵倒の応酬。

 二人の戦いはしばらく終わりそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東の空が白んでくる時間。太陽は今か今かと顔を現す時を待っている。

 

 いったい何時間経ったのだろうか。時間の間隔も忘れ殴り合っていた二人は、未だに倒れていなかった。両者ともすでに満身創痍、服は血と砂で汚れ体中があざだらけ。もはや怪我をしていないところを探すほうが難しかった。

 

 それでもお互いが正面を見据え、相手の顔から視線を外さない。気力だけで両足を地に縫い付けていた。

 

 「……指揮官様が失踪したと聞いたとき、間違いなくあなたは付いて行ったと思ったわ」

 

 息も絶え絶えに赤城は問う。

 

 「なのに、そうではなかった。……それならすぐにあなたは指揮官様の後を追うだろうと思った」

 

 なのに、そうでもなかった。

 半端な返答は許さないというかのように、赤城の鋭い視線がこちらを射抜く。

 

 「ねぇ、あなたはいったい何をしているの?」 

 

 「……言ったはずだ、私は指揮官の想いを尊重している。それに、ユニオンの長としての立場が―――」

 

 「―――そんなことを聞いているんじゃないわ……! ユニオンとしての立場? 指揮官様の想い? そんなことはどうでもいいのよ!」

 

 もう倒れてもおかしくない這う這うの体なのに

 

 「私は、あなたが本当は何をしたいのか聞いているのよ!」

 

 それでも赤城は敵意をむき出しにして心の底から咆えていた。

 

 「この、臆病者が―――!」

 

 ぼろぼろの腕が勢いよく拳を後ろに引き上げられる。次で終わりだというように。

 

 ……うるさい。本当に、目の前の女は普段から何もはばかることなく指揮官への愛を謳う。指揮官が消えた今だって、自身の愛が一番だと本気で疑うことなく、己が正当性を主張する。

 

 本当にうるさい……私はこんなにも我慢しているというのに、本当は分かっているのに……!

 

 私は……私だって―――!

 

 

 「―――私だって、指揮官を愛しているんだ! 指揮官のそばにいたいんだ!」

 

 

 ずっと、しまい込んでいた感情が零れ落ちた。

 拳を握りこむ。赤城に負けないように強く、強く力を振り絞る。

 

 

 

 「指揮官と、みんなと、またこの場所で笑い合いたいんだ――――!」

 

 

 

 直後に襲う、右手と左頬への衝撃。赤城の拳に殴られると同時に、自身の拳も赤城の頬へめり込んでいた。

 

 もはや限界。二人とも同時にドサリと地面に倒れ、脱力して空を仰ぎ見る。太陽はすっかり顔を出し、空は青と白に色づいている。

 今の状況に似つかわしくないくらい、本当に、晴れ晴れとした空だった。

 

 「……ならば、あなたはそのように、あなたの思うように動くべきです」

 

 倒れた赤城からの言葉。顔は見えない彼女は今、どんな感情を浮かべているのか。

 

 「……いいのだろうか、それで」

 

 「ええ」

 

 「彼に拒絶されたとしても?」

 

 「傷つき、傷つけられることが愛の本質なのよ。……本当は、私がそうしたかった。でも、私ではだめなのです。私は指揮官様の傷を癒すと誓ったけれど、今の指揮官様には私の言葉()は届かない」

 

 ああ――――あなたを殺して、あの組織の連中を皆殺しにして、それで指揮官様が笑ってくださるなら、こんなに楽なことはないのに……

 

 「でも、それでは指揮官様も私も、誰も、幸せにはなれないから……。だから、あなたに任せます。それが、指揮官様の傷を癒す一番の方法なのだと、そう思うわ」

 

 そこで一度言葉を切り、本当に恨めしそうに私に告げた。

 

 「あなたが憎いわ……指揮官様に愛されるあなたが。本当に、心の底から憎くて憎くて憎くて憎くて……どうしようもなく、羨ましい」

 

 「……お前だって指揮官に想われているだろう」

 

 「そうね、指揮官様はお優しい人だから」

 

 

 そして、まるでこのタイミングを見計らっていたかのように、一匹の大鷲が天空から降りてきた。彼は足につかんでいたものを地面に落とす。

 

 「いーぐるちゃん、私のコートと帽子を持ってきてくれたのか」

 

 ゆっくりと身体を起こしてそれらを受け取る。

 私の言葉を聞いて大きく啼いたイーグルちゃんの声色は、肯定しているかのような、私に活気が戻ったことを喜んでいるかのようだった。

 

 ……いーぐるちゃんにも心配をかけてしまったな。

 

 「……鉄血は捜索を打ち切ると、グラーフ・ツェッペリンから通達がありました。信頼のある者が指揮官様を迎えに行ったとのことですわ。あなたも早く行くことね。そも、あなたが動けばすぐに解決したことなのよ」

 

 確かに、赤城には迷惑をかけたと申し訳なく思う。あの赤城が悪役を買って出てくれるなんて思いもしなかった。

 

 「ああ、私ならすぐに追いつける。行こう、赤城も一緒に」

 

 「……あなた、私の話を聞いていまして? 私では無理だと―――」

 

 「いいや、お前が決めたんだ。指揮官への愛の大きさだったか? 私と貴女は同時に倒れた。つまり互角ということだ。ならば貴女も指揮官を迎えに行くべきだ」

 

 「……なんなのかしら、その理屈。あなたのそういうところが嫌いだわ」

 

 「そうか? 私は好ましいと思うよ、貴女の、そこまで指揮官を想う心の強さが」

 

 だからといって指揮官への監視や盗聴はやめてほしいものだが。

 

 そう言うと、しばらくの間苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める赤城。

 それでも、やがて諦めたかのように溜息を吐いた。

 

 「……加賀も連れていきましょう。あの子も力になってくれるはずです」

 

 「ああ、了解した。準備と連絡ができ次第、出発しよう」

 

 

 赤城に背を向け、ユニオンの本部へ歩き出す。怪我なんか気にならない、数時間後には治癒している、私たちはそういうモノなのだ。

 

 

 

 

 指揮官に置いて行かれたという事実から、目をそらした。

 

 ――――エルドリッジが、その悲しみを自覚させてくれた。

 

 指揮官に拒絶されるのが怖くて、動かない理由を探した。

 

 ――――赤城に、やりたいようにやれと背中を押された。

 

 

 

 

 白い帽子と白い外套、正義の象徴を身にまとう。これから指揮官の判断に背く私は、正義とは言えないのかもしれない。

 それでも、もう、我慢なんてできなかった。一度心が折れかけたけれど、私は、私のわがままを押し通すと決めた。だから―――

 

 

 「―――あなたに会いに行くよ、指揮官」

 

 

 拒絶されても構わない。私は指揮官を取り戻す。

 

 エンタープライズの決意とともに、正義の象徴は大きくはためいた。

 

 

 

 

 




〇エンタープライズ Level:120
・指揮官の運命の艦船。似た者同士。






最近の重いエンプラも曇ってるエンプラも好きだけど、やっぱり最後にはかっこよく決めてくれるエンプラが一番好きなんだよなって。

最終話はまだ一文字も書いてないので忘れられたころに更新します。
それでは今度こそ、みなさんよいお年を。


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誰かが観ていたお話

 

 

 

 

 

 ジャベリンと指揮官が語り合った無人島、その浜辺。

 

 

 今にも出発しようとしていた二人の前に立ちふさがるのは銀髪の少女。

 

 「おいおい俺が一番乗りか? ようやく見つけたぜ。まったく、ちょろちょろ動き回って苦労させやがって」

 

 少女、レーベレヒト・マースが開口一番に放った言葉。不機嫌さと達成感が入り混じったそれに指揮官は酷く狼狽した。二度と会わないと思っていた相手との突然の再開に、彼の顔に浮かんだのは恐怖だった。

 

 「ぅ……ジャベリン、気づかなかったの?」 

 

 「え? い、いや~。私はヘレナちゃんみたいに探索能力に優れてなくって」

 

 困ったように言い訳をするジャベリン。彼女の反応は誰の目から見ても嘘をついていることが明らかだった。故に指揮官は戸惑う。信頼している彼女が、なぜ他の艦船が近づいてきたことを伝えなかったのか。

 

 「……どうして」

 

 「どうしたもこうしたもあるかよ。俺は言ったはずだがな」

 

 指揮官が漏らした疑問。呆然とつぶやいたそれは宙に消えることはなく、レーベに拾い上げられた。

 

 「約束通り迎えに来てやったぜ、指揮官」 

 

 かつてと同じように、快活に笑いながらレーベは言う。そして、その答えを聞いて喜色を表したのはレーベの接近を許したジャベリンだった。レーベが迎えに来たということは、指揮官のために鎮守府の皆が動いているという事実に他ならない。

 

 「指揮官、どうします? やっぱりみんな指揮官のことを待っているんじゃないですか?」

 

 「……いやだ、もう戻れないんだ」

 

 「そう、ですか」

 

 返ってきたのは拒絶の言葉。でも、それに落胆はしなかった。もとより、今の彼を本当の意味で動かせるのはエンタープライズしかいないと思っていたのだ。だから。

 

 「分かりました。レーベちゃん、そういうことなのでお引き取り願います」 

 

 

 艤装を展開し、レーベに向かって槍を構えた。

 

 

 正直に言えば、ジャベリンも指揮官に鎮守府に帰ってきてほしいし、やろうと思えば無理やり連れ帰ることだってできたのだ。

 

 しかし同時に、それでは何も意味がないことも分かっていた。このまま戻っても彼はまた耐え切れなくなって逃げだすか、もしくは今度こそ潰れるかもしれない。艦船たちはそんな指揮官の様子を見ていっそう不安を深めるだろう。どっちにしろ鎮守府はもう以前のようには戻らない。

 

 だからエンタープライズに賭けたのだ。選ばれて当然だったはずの、選ばれなかった彼女に。指揮官が彼女を避けたという事実こそが、彼の心を動かし得る存在だという証明だった。

 

 ――――だから、エンタープライズさんが来るのを待つ。彼女もすでに動いているはずです。

 

 ジャベリンは愚直なまでにエンタープライズのことを信じている。だって彼女も間違いなく、指揮官に選ばれた艦船であるのだから。

 

 

 「おい、本気(マジ)で言ってるのか?」 

 

 「私は本気だよ。お願い、レーベちゃん」

 

 文句の一つでも言ってやろうかとレーベも口を開いたが、ジャベリンの顔を見て言葉を飲み込んだ。ジャベリンが何を考えているのかは分からない。でも、真剣に懇願しているようなジャベリンの様子に、こいつも指揮官のために色々と考えているやつだったなと、内心で溜息をついた。 

 

 「……はっ! 分かった分かった、よく分かんねーけど分かったよ。それなら一発ぶん殴って二人とも連れ帰ってやるぜ!」

 

 

 言葉と同時に、互いに駆け出し――――光を纏う大槍と赤刃を帯びる艤装が激突した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャベリンとレーベの激突と同時刻。

 海上をハイスピードで進行するエンタープライズ、赤城、加賀の三つの人影があった。

 

 

 「グレイゴースト、本当にこっちなのか? 偵察機もなく闇雲に探しているんじゃないだろうな」

 

 「いや、指揮官はこの先にいる。分かるんだ、これが彼と私を繋いでいるから」

 

 そう言ってエンタープライズは自身の指に通された指輪を見せた。美しい銀色をしたそれは微かに光を放っている。

 

 「本当にいちいち言い方が癪に障るわねぇ……! ……安心していいわよ加賀。私もこちらの方角に指揮官様を感じるもの」

 

 この女より正確に分からないのが腹立たしいけど……! そう言って赤城はエンタープライズを睨む。その一方、加賀は二人と違い自分が何も感じ取れないことに複雑な気持ちを抱いていた。

 

 「それで、本当に覚悟はよろしくて?」

 

 「ああ、もう決めたよ。大丈夫だ」

 

 再びの、赤城からの問い。その返事に迷いはなく、彼女はまっすぐに指揮官のいる場所を見据えた。

 

 そして加賀がピクリと反応する。 

 

 「……戦いの匂いだ。近いぞ」

 

 耳をすませば微かに聞こえてくる爆発音。その方向は向かっている場所と同じ方向だった。無関係だとは思えない。

 

 「急ごう!」

 

 

 

 

 

 

 

 爆音が怒号する。

 

 その発生源である島に急行すると、浜辺に一つの人影が息を荒げながら膝をついているのが見えた。

 

 「痛ってぇ……。お前、なんでそんなに強くなってるんだよ」

 

 膝をつくレーベが見ているのは数メートル先にかかっている煙の中。その中から煙を槍で切り払いジャベリンが現れる。それに、その後ろにいるのは……

 

 「指揮官!」

 

 いた。数日ぶりの再会。実際には短い時間だったが、もう何年も会っていなかったかのように感じる。こちらと目が合うと指揮官は後ずさった。そしてそんな彼とは対照的に、彼を背後に隠すように立つジャベリンは、エンタープライズの姿を確認すると顔をほころばせた。

 

 「あら、大丈夫かしら? レーベレヒト・マース」

 

 「来るのが遅ぇんだよ、全く……」

 

 そのような口がきけるのなら大丈夫そうね。そう言って赤城はゆっくりと視線を前方に向け、その瞳に思い人の姿を捉えた。

 

 「お久しぶりです指揮官様。指揮官様にずっと会えなくて赤城は寂しくて寂しくて……」

 

 「姉さま、自重してください。……来たぞ、指揮官」

 

 見悶えながら、心の底から言葉を紡ぎ、今にも彼のもとへと駆けていこうとする赤城。そんな彼女を冷静に引き留めたのは加賀だった。 普段ならば止めなかっただろうが、しかしこの状況がそれを許さない。槍を手に持ち艤装を展開しているジャベリンに、艤装が半壊し負傷しているレーベ。周囲に敵性体は確認できない。つまり、今戦っていたのは―――

 

 「なんのつもりかしら」

 

 槍をこちらに向けて構えるジャベリンに、赤城は目を細めて問い質した。笑みを湛えたはずのその顔は全く笑っていない。

 

 「ベタで悪いですけど言っておきましょう―――ここを通りたければ、私を倒してから行くことです!」

 

 「そういうことらしいぜ。指揮官を連れて帰りたきゃアイツを突破しろってさ。気を付けろ、原理は分からねぇが強くなってんぞ」

 

 「……ふぅん、それならさっさと片付けてしまいましょうか、ねぇ……!」

 

 戦闘が始まった。

 

 四対一の構図。本来ならば駆逐艦一隻など取るに足らないものである。赤城たちも即座にジャベリンを大破まで追い込み戦闘が終わると思っていた。だがその予想に反してジャベリンは四人を相手に対等に渡り合っている。誰かが指揮官のもとへ抜け出そうとすれば即座に射撃で進路を塞ぎ牽制する。彼女が槍を振るうたびに戦闘機はひしゃげて落下する。彼女が槍を振るうたびに風圧で爆撃があらぬ方向へと逸れていく。 

 

 指揮官が指示を出しているというわけではない。彼は艦船たちが傷つけあっているさまを呆然と立ちすくんで見ているだけだった。そんな彼というハンデを抱えているというのに、大槍、射撃、体術、アンカーショットすらも巧みに扱い、ジャベリンは己の技量のみで力を拮抗させていた。

 

 無人の島ではなかったらどれほどの被害があっただろうか。戦いの余波で海岸付近は焦土と化し、浜辺を中心にして地表は大きく抉られていく。

 

 「とっておき、いきますよー、それ!」

 

 その言葉とともに白煙が周囲の視界を奪われた。エンタープライズは疑問に思う、この状況での煙幕散布は明らかにこちらにとって都合が良すぎる。これではまるで指揮官のもとへ向かえとでも言うような―――

 

 そこまで考えて、エンタープライズは指揮官のもとへ走った。相手の考えは分からないがなんにせよ千載一遇の機会なのだ。例え罠であったとしても逃す手はない、全速力で駆け抜ける。

 

 

 

 そして小さく、声が聞こえた。 

 

 「指揮官のこと、お願いします」

 

 

 その直後、再びエンタープライズの背後で戦闘音が響きだす。おそらくジャベリンの言葉を聞いたのは自分だけ。言葉の意味を理解して、結局ジャベリンの掌の上だったのかと笑みがこぼれた。一瞬止まりかけた足を動かし、振り返らずに歩みを進める。

 

 

 今度こそ、エンタープライズは指揮官のもとにたどり着く。

 

 彼はエンタープライズと目を合わせることなく、視線を下に向けて立ちすくんでいた。 

 

 「違う、こんなのを、望んでいたんじゃない……」

 

 「分かってるさ。みんな、あなたの帰りを待ってるよ」

 

 「エンタープライズ、だって、俺は……」 

 

 「……すまないな。久しぶりの会話なのに、楽しいものではなくて」

 

 「……俺は」

 

 ――――赤城は、私が指揮官に会えば全て解決すると言っていた。そして私も覚悟を決めた。だが……

 

 レーベならその勇ましさで彼を叱咤しただろう。赤城ならその愛で彼を包み込んだだろう。加賀だったらその冷静さで彼を諭しただろう。だけど私は……

 

 今の彼に、どうすれば思いが伝わるのか。エンタープライズが答えに窮したその一瞬だった。 

 

 

 

 

『あら、じゃあ手伝ってあげるわ』

 

 

 

 背筋をぞわりと撫でつけるかのような声が響いた。何者だ! そう声を上げた時には、指揮官とエンタープライズの間を起点にして

 

 

 ぐにゃりと、空間が歪んだ。

 

 

 歪みから風が轟轟と吹き荒れる。その中心は光を放ち、徐々にそちらに引き寄せられる。

 

 「な、にーーー!」

 

 本能が、これに近づいてはいけないと警告を発した。これは艦船にとって致命的な何かだと、離れるべきだと危険を知らせる。それでも風は勢いを増し、周囲のすべてを飲み込まんとうなりを上げた。

 

 ――――拙い、艦船である自分でもとどまり切れない。だとしたら只の人間である指揮官は……!

 

 

 そして目に映る、彼が光に飲み込まれる姿。

 

 

 「指揮官ッ!」 

 

 それを見た瞬間、身体は勝手に動いていた。頭の中でうるさく警告音が鳴り響く。それらを一切合切無視して光の中に飛び込んだ。

 

 

 

 そして光が収束する。

 

 

 

 赤城、加賀、レーベ、そしてジャベリンも何が起こったのか理解できない。戦いを止め、全員が全員、徐々に収まりつつある光を呆然と見る。

 

 

 

 指揮官とエンタープライズが消えた先で――――小さな青い立方体が地面に落ちた。

 

 

 

 「指揮官……?」

 

 彼を呼ぶジャベリンの震えた声も、波の音にさらわれ虚しく消えた。

 

 

 

    






 
(戦闘描写が書けずにうだうだ放置していたけどさすがにまずいと思ってごまかして投稿しました)
 思っていたより長くなったので切りのいいところで分割。
 最終話後半はひと月以内に投稿出来たらいいな(願望)


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指揮官が逃げたお話

今更ながら独自設定のタグを投入。


 

 

 

 うふふふふふふふ、指揮官様ぁ。今、私があなたのもとへと……

 

 よう。

 

 ひぃっ! ……って、飛鷹じゃない。驚かせないでくれる?

 

 いや、すまん。実は私がお前のお目付け役に選ばれてしまってな……

 

 お目付け役ぅ? 言っておくけど私はこれから指揮官様を迎えに行くのよもしかして邪魔するつもりなのかしら……!

 

 ……ああ、うん。私だけじゃ無理だと思って―――

 

 やっほー、呼んだ?

 

 あああああアルバばばばばばばb_____!

 

 おろ、倒れちゃった。いつものことだけど。大丈夫かー?

 

 すまんな、助かったよ。妹だけでも大変なのに大鳳まで押し付けられて困ってたんだ。

 

 いいよー。まぁ、大鳳の気持ちも理解できるけどね。指揮官、怪我とかしてないといいけど……。

 

 大丈夫だろう。……お前のところの英雄サマが向かったんだから。

 

 

 

 

 

 

 うあああん!

 

 幼い少女の泣き声を聞き、アークロイヤルが参ったぞ! どうしたのかな睦月ちゃんたち。

 

 しゅきかん、いないよぉ……!

 

 う、うむ、閣下のことか。まいったな、どうしたものか。

 

 アメさんのっ、やくそくもしてたのに……うぅ。

 

 ――! 大丈夫だ。指揮官が睦月ちゃんたちとの約束を破ったことなんてあったかな?

 

 ぐすっ……ない。

 

 そうだろう。指揮官は必ず帰ってくるさ。それで帰ってきたときにみんなが泣いていたら彼も悲しくなってしまうよ。どうかな?

 

 ひぐっ、う…ん! もうちょっと、がまんする……!

 

 ああ、みんなえらいな。強い子たちだ。……よし! 元気になったことだし閣下が帰ってくるまでみんなでお姉さんの部屋に遊びに来て―――

 

 ――――アークロイヤル様、少々よろしいでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 大したもてなしも出来ずに悪いわね、お客人(・・・)。そういうことでいいかしら。

 

 はい。私たちにとっても、それが一番良いと思います。

 

 ……ティルピッツは鎮守府で待機。ツェッペリンは私と同行。あとは……ライプツィヒも連れていくわ。用意をするように連絡して。

 

 分かったわ、姉さん。

 

 ふっ、了解した。

 

 ……なにかおかしいかしら、ツェッペリン。

 

 なに、普段は感情を表に出さない卿がそのような表情をしているのだ。我も手は抜けぬと思ってな。

 

 ……ええ、そうね。今、私は少し―――怒っているわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 __落ちる。

 

 ___落ちる。

 

 _____どこまでも下へと落ちていく。

 

 「これ、は―――」

 

 身体の制御ができず、頭から奈落に向かって落下していく。

 

 そのさなかに大量に頭に入り込んでくるのは、鎮守府の光景。

 

 強い衝撃に意識を保つこともままならない。

 

 そして意識を失う瞬間に彼女は見た。

 

 「し、きか…ん……!」

 

 泣いている、彼の_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉さん、どうしてそんなに落ち着いているんだ!

 

 ふっふっふ。私ほどの†(フォース)†の持ち主になると精神が悠久の時を超えて―――

 

 今はそんなふざけたことを言っている場合ではない! 指揮官が帰還しないということは王家の栄光が失墜すると同義! 未曽有の危機なんだぞ!

 

 ……落ち着きなさいエクセター。女王陛下からも†通達(メッセージ)†があったはずよ。全艦船は指示があるまで待機。まだ動く時ではないわ。

 

 そうだが……! っ……いや、すまない。熱くなった。

 

 あなたにそこまで言わせるなんて、やはり彼は私の見込んだ通りの†(フォース)†の持ち主ですね。

 

 それは…よく分からないが……指揮官は大丈夫だろうか……

 

 大丈夫、安心しなさい。なぜなら―――この私が、信じているのですから!

 

 

 

 

 

 

 指揮官たちは今どこにいるんでしょうか……

 

 ニーミ、心配しすぎです。ジャベリンがついているから安心するです。

 

 ラフィーもそう思う……。でも…指揮官もジャベリンもいないとやっぱり寂しい…。

 

 ……心配です。心配すぎて勉強にも集中できません……!

 

 ラフィーも…いつもより酸素コーラが喉を通らない…かも。

 

 うぅん…じゃあみんなで指揮官たちの無事をお祈りする、です。

 

 それって効果あるんでしょうか…。

 

 指揮官と会わせてくれた神様に祈れば効果あるかもです。

 

 

 

 酸素コーラあげるから…みんな無事に帰ってきますように……。

 

 ええっと、指揮官ジャベリンみなさん無事でありますように……!

 

 みんな、早く帰ってきてほしいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ……ここは……」

 

 気が付けばうつ伏せに倒れていた。身体が怠い。それでも言うことを聞かない身体に鞭を打ってなんとか立ち上がる。

 

 

 そして眼前に広がったのは、一面の紅い花畑。足の踏み場がないくらいに地平線まで続くその光景はまるで紅い海のようであり、紅い花―――彼岸花が、ゆらりゆらりと妖しく揺らめいていた。

 

 

 ___目立った損傷はなし。身体は重いが活動可能。ここはどこだ、確か指揮官と一緒に光の中へ……っ!

 

 よく分からないがこの場所は危険だ。指揮官を一人にしてはいけない。おぼつかない思考の中で状況を整理し、周囲を見渡す。

 

 エンタープライズの後方、少し離れたところにその人影はあった。

 

 

 うずくまって泣いている―――幼い男の子が、そこにいた。

 

 

 「指揮官、なのか……?」

 

 自身の知る姿とは程遠いけれど、それでも、この子どもが自身の指揮官であると、なぜか理解する。どうしてそんな姿になっているのか、ここはどこなのか、聞くべきことが数多くある。

 

 しかし、そんなことはもはや後回しにするほかになかった。一度も泣いている姿を見たことがない彼が今、ここで泣いているのだ。

 

 重い体を引きずってなんとか彼のもとまで近づいていく。

 

 そして、ようやく手の届く距離まで来たところで気づいた。薄赤い色をした半円状の壁のようなものが、彼を守るように覆っていることに。

 

 「壁……?」

 

 右手でそれに触れ―――

 

 「~~~~~~っ!」

 

 反射的に壁から手を離す。何かが徐々に失われていく感覚。吐き気を覚えて右手を見れば、壁を触った指先から半透明に薄くなっていた。何が起こっているのか理解できずに顔を歪める。

 

 

 そして、背後から甘い声とともに近づいてくる一つの気配があった。

 

 

 『そんな殻に閉じこもってしまって可哀そうね』

 

 「貴様は……!」

 

 『【KAN-SEN】それは人々の思い、感情がキューブによって具現化されたヒトのかたち。誰かの願いから生まれた存在。そんなあなたが人間の心の中に入るなんて、烏滸がましいことだとは思わない? ねぇ、エンタープライズ』

 

 「セイレーン……!」

 

 禍々しい艤装に乗った透き通るような白い肌の少女が、金の瞳でエンタープライズを見つめていた。その姿は半透明で、時折プロジェクターで投射されたようなブレを生じさせている。

 

 『その手……そう、消えかけているのね。どんな気持ちなのかしら、KAN-SENとしての死を迎えるのは』

 

 「何を言っている……!」

 

 『そもそもの話、なぜKAN-SENがこの世界で存在していられるのか不思議よね。あなたたちの功績を知る者が…あなたたちを願う者がいないこの世界で、存在できるはずがないというのに』

 

 小馬鹿にするような、憐れんでいるような視線を向けて笑う少女は、エンタープライズの疑問を気にも留めずに言葉を吐き出し続ける。

 

 「……」

 

 『そう、この世界に ”エンタープライズ” を知る人はいないわ。故に今、存在が不安定になったあなたを繋ぎとめる者はいない。消滅するのは時間の問題ね……あなたが望めば外に連れて行ってあげてもいいのだけれど』

 

 こんなところで死にたくないでしょう? 観測者である私がこんなにも手を貸すなんて、本来ないことなのよ。そう言って少女がクスクス笑って手を差し伸べる。

 

 ゆっくりとではあるが、確かに消えゆく自分の身体。このままここに留まり続ければ、いずれは完全に消滅することが嫌でも分かる。消えたくないなら、助かりたいのならば命を乞うべきだろう。目の前の存在もそう言っている。

 

 それでも、私の答えはすでに決まっていた。

 

 

 「失せろ」

 

 ―――いま私がすべきことは、彼の涙を止めることなんだ

 

 

 『……ふふっ。正しく”困難へ挑戦する者(Enterprise)”か。……いいわ。さようなら、永遠に』

 

 その言葉を最後に少女は消えた。まるで、初めからいなかったかのように。セイレーンがいったい何をしたのか、何をしに姿を現したのかは分からない。だが―――

 

 残されたのは二人だけ。今一度、指揮官の方へと向きなおす。

 

 

 奴が言ったことが事実なら、ここは指揮官の心の中であり、彼を取り巻いているものは彼の心の殻。それが分かったのなら迷いはない。

 

 「行くぞ」

 

 深呼吸をして―――消えかけた右手で、殻を思いきり殴りつけた。

 

 

 

 直後に溢れ出る、彼の負の感情。

 

 

 

 ___いやだ

 

 ___ただ、普通に過ごしていただけなんだ

 

 ___こわい

 

 ___怖くて引きこもって何もしなくて努力しても何もできなくて

 

 ___どうしてみんな俺のことを

 

 ___この世界が怖い 争いが怖い 死ぬのが怖い

 

 

 

 ___そして なによりも 艦船のみんなに失望されることが 拒絶されることが どうしようもなく 怖い

 

 

 

 ___だったら逃げればいい 失望されるくらいなら自分から遠くへ

 

 ___もう二度と会わなくてもいいように

 

 

 

 

 「ようやく聞けたな。それがあなたの本心か、指揮官」

 

 

 叩きつけている右手の感覚が消える。

 

 

 ___どうして

 

 「私はあなたに置いて行かれてひどく傷ついたぞ」

 

 

 右手が完全に消えた。感覚がなくなっていて良かった。これならもう余計なことを考えなくていい。

 

 

 ___だって エンタープライズは いやだ 失望されたくない

 

 「私だってあなたに拒絶されるのが怖かった―――でも、私は一歩前に進んだぞ。あなたに嫌われてもいいと思ってここに来た」

 

 

 手首から徐々に消えていき、同時に全身が希薄していく。

 

 

 ___なんで……

 

 「私があなたに会いたいと思ったからだ……あなたとともに在りたいと願ったからだ……!」

 

 

 右肘まで消失。殻にはピシりと亀裂が入る。我慢比べだ、すべての力をここで出し切れ……!

 

 

 ___わがままだ……そんなの

 

 「ああそうだ。あなたがどこに逃げようとも、あなたがどこに隠れようとも私は必ず追いかけるんだ!」

 

 ___……あ、ぁ

 

 「だから、ごちゃごちゃ悩んで逃げるのはもう諦めろ……!」

 

 ___あき、らめ……

 

 

 

 「――――――諦めて 一生私のそばにいろ!」

 

 

 

 右腕の消失とともに、心の殻が砕け散る。そのまま勢いに任せて、残った左腕で小さな体を引き寄せた。

 

 「つかんだぞ……!」

 

 抱きしめて、離さない。二度とどこにも行かないように強く、自分の身体が崩れるほど強く抱きしめる。

 

 

 ―――誰かに、言ってほしかったんだ……。裏切られない、証が欲しかった……。

 

 「誓うよ。これから先、私はあなたを傷つけても、あなたに傷つけられても、ずっとあなたとともにいる」

 

 そして彼は瞳を涙で揺らしながら、諦めたように、くしゃりと笑った。

 

 

 ―――……エンタープライズって重いよね、ちょっとだけ

 

 「このくらい重い方が、逃げるあなたにはちょうどいい。それに私だけではないさ。ジャベリンや赤城、鎮守府のみんながあなたの重りだ」

 

 

 ―――みんなは……

 

 「もう分かっているだろう。あなたの心は皆と確かに繋がっている。ここに落ちてくるまでに見えた鎮守府の光景は、あなただって見ていたはずだ。皆があなたを心配していた」

 

 

 ―――……そうだね

 

 「全員に謝らないとな。なに、私も一緒に付き合うさ。あなたのそばで」

 

 ―――……うん、ありがと

 

 

 「ああ―――――帰ろう、指揮官」

 

 

 

 いつの日か、あなたを守ると誓った約束。その約束をいま果たそう。

 

 彼女の左手の薬指から光があふれだす。それは互いに愛を誓った証。

 

 空が割れ、大地が裂けていく。彼岸花の花びらが宙に舞い上がり―――世界が光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの顛末。

 

 目が覚めたらジャベリン、赤城、加賀、レーベに抱き着かれ、いーぐるちゃんにも突つかれた。なんでも自分とエンタープライズはメンタルキューブのようなものに取り込まれていたらしい。

 

 全員がボロボロで動くこともままならなかったが、どうやって帰るか考えているとアークロイヤルが空から現れ回収しに来た。俺とエンタープライズが消えてから赤城が鎮守府に支援を要請したとのことだ。

 

 女王陛下からベルファスト経由で命令があった、ちょうど駆逐艦の子たちと遊ぼうとしていたらベルから声をかけられ死ぬかと思った、とはアークロイヤルの言。

 

 そのまま彼女の空母に乗り込み鎮守府へと帰還すると、港は艦船たちであふれかえっていた。鎮守府にいる全員が出迎えに来ていたのだ。

 

 泣かれたり、心配されたり、文句を言われたり、他にもいろいろあったけど、どれも俺の身を案じた温かいものだった。

 

 それからみんなに謝った。殺されそうになったから逃げたのではない、それはきっかけに過ぎなかったと。みんなが自分に失望することが、失望した顔を見るのが怖かったから逃げたのだと。

 

 やっぱりみんなから怒られた。そして、俺の性格ならすでに知っているとも、そんなことで失望するならとっくの昔に失望しているとも言われ、最後にはみんな笑っていた。

 

 結局、俺は一人で悩んで勝手に決めて、みんなに迷惑をかけただけなのだった。

 

 

 

 そして、例の組織や新しい指揮官に関しては、自分の知らないところで決着がついていた。

 

 ビスマルクたちが鎮守府に来た新人指揮官と一緒に組織に話をつけに行ったらしい。

 

 新人指揮官君も説得に協力的だったということだ。実際にこの鎮守府を見て指揮官は変わらないほうがいいと思ったとのこと。

 

 後日、彼と会って言われた。

 

 「ここは私には荷が重すぎます。おそらく彼女たちの支柱となれるのは貴方だけなのでしょう」

 

 そう言ってクールに去った彼。資料で知ってはいたけれど、顔だけではなく心も爽やかなイケメンだった。女性ばかりの中での生活は辛いでしょうと連絡先を渡され、ちょくちょく会話をする仲になっていたりする。

 

 

 まあ、流石にそれだけでは組織も納得できなかったとの話だが、ひと悶着あった末に円満(・・)に解決したらしい。誰も詳しいことは教えてくれなかったけど。それ以来組織はおとなしくなり、代わりに定期的に俺のお見合い相手を紹介してくるようになった。その度にビスマルクはお話が足りなかったかしらと怖い顔をしている。

 

 

 

 

 

 そして今。

 

 

 「やはりいい眺めだな、この丘は」

 

 エンタープライズとともに緑に染まった丘の上で海を眺める。

 

 「大丈夫? 疲れてない?」

 

 「ああ、さすがに右腕がないのにも慣れたよ。……いや、やっぱり疲れたな。あなたに膝枕でもしてもらわないと辛いかもしれない」

 

 エンタープライズの右腕は未だに消失したままだった。明石やヴェスタルが精密に検査した結果、腕自体はちゃんと付いているらしいのだが、なぜか誰にも認識できず物体にも触れないらしい。徐々にもとには戻るだろうとのことだが、いつになるのかは分からない。

 

 「ふふっ。これはいいな、とてもいい」

 

 膝枕をしてあげると満足そうに笑う彼女。しばらくそうしているとスヤスヤと寝息を立て始めた。どうやら本当に疲れていたらしい。穏やかな表情で眠っていた。

 

 

 「……いるんでしょ、出てくれば?」

 

 『あら? どうして分かったのかしら』

 

 「ようやく『一人』になったから、来るのかなって」

 

 膝枕をしたまま正面を見ていると、歪みだした空間から半透明な少女が現れた。

 

 「この世界に俺を送ったのは君たち?」

 

 『いいえ。これは完全なる奇跡、私たちの手も届かない知覚外の領域』

 

 「その割にはこうして会話できているけど……」

 

 『これでも無理をして干渉しているのよ、とびきりのレアケースに潰れてもらっては困るもの』

 

 クスクスと少女が笑う。徐々にノイズが増していく彼女の姿を見るかぎりあながち間違いではないようだ。そのままジロジロと不躾にこちらを覗いてくる。

 

 『なるほど。貴方も私と同じなのね』

 

 「……?」

 

 何を言っているのかよく分からない。自分は確かに人間のはずであるが……。こちらの疑問には構わず彼女はそのまま続けた。

 

 『そろそろ時間だわ。興味深いものを見せてもらったお礼に、何か一つ質問に答えましょう』

 

 おそらくもう二度とあなたと会話する機会はないわ。何が聞きたい? 笑う少女の姿が足元から消えていく。もう時間はない。

 

 ……元の世界や、家族のこと。聞くべきことはたくさんあった。

 

 でも、これが最後だというのなら、いま彼女に伝えたいと思ったことはただ一つ。

 

 

 「―――ありがとう、助けてくれて」

 

 

 精一杯の感謝とともに頭を下げる。たぶん彼女がいなかったら、俺はここにはいなかったと、そう思ったから。

 

 顔を上げると、彼女は少しだけ目を見開いていて―――それでも、消える直前に再び笑った。

 

 『さようなら、指揮官さん』

 

 

 ―――いつも観ているわ あなたたちの行く末を

 

 

 空間の歪みは消え、何事もなかったかのように世界は動き始める。

 

 波の打ち寄せる音。海鳥が空で鳴いている音。ふわりと頬をなでる潮風が心地いい。

 

 眠っているエンタープライズの髪を優しくなでていると、元気な声が遠くから聞こえてきた。

 

 

 _____しきかーん、お弁当持ってきましたよー……って、また私の特等席が占領されてるー!? エンタープライズさんばっかりずるいですよ私にも膝枕してくださーい! ……いや、ここは指揮官と背中合わせで座るというシチュエーションも捨てがたいような~

 

 

 ぜんぜん変わらないなと笑って、近づいてくる少女に手を振った。

 

 

 そんな変わらない日常を、これからもここで生きていく。彼女たちと一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 




〇指揮官♂
・転移者。この世界でKAN-SENたちの存在を観測するただ一人の人間。鎮守府に帰ってきてからは以前よりも艦船たちと交流する姿がよく見られるようになった。よく笑うようにもなった。


〇エンタープライズ Level:120 over
・指揮官を取り戻す際に右腕が消失した。指揮官がエンタープライズの右手があると認識すればたぶんすぐに元に戻る。そのことに誰も気づいていないので当分は片腕生活である。
・右腕がないことを理由に指揮官のそばにいる権利を得てホクホク顔。指揮官も自分のせいで負傷したと申し訳なく思っているので他の艦に比べて対応が甘い。いつも指揮官にご飯を食べさせてもらっている。




初投稿、初完結ということであとがきも活動報告に載せておきます。約二か月間、この作品にお付き合いいただきありがとうございました!


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おまけ
ジャン・バールが不遇なお話


趣味100%で立つ鳥跡を濁していくスタイル。二話で終わる予定です。


 

 

 

 

 

 「できたにゃ指揮官! 飲むと自信がわいてくるお薬にゃ!」

 

 早朝、明石から店に来てほしいと連絡があって来てみれば開口一番に放たれた言葉。ふふんと胸を張って自慢げな顔をする彼女の目元は大きなクマができていた。

 

 「えっと、こんな朝早くから一体なんなの?」

 

 「指揮官は以前から自分に自信がないって言ってるにゃ。だから明石がそれを克服する薬を開発したんだにゃ。ささ、どうぞにゃ」

 

 わけが分からずに説明を求めれば、明石はずいっとこちらに近寄って口元にビンの飲み口を押し付けてきた。いかにも劇物ですよと主張する緑色の液体の入ったビン。その中央には『ジシンガデール』と書かれたラベルが貼られている。

 

 すでに嫌な予感がして腰が引けた。ビンの中に入っているというのに明らかに危険な香りがするし、朝からこんなの飲みたくないというのが正直な気持ちだ。

 

 だけど……

 

 「あ、ありがとう……」

 

 明石なりの好意だと思ってビンを受け入れとった。艦船のみんなには今でも申し訳ないと思っているし、本当に効果があるならばもっとみんなの役に立てるかもしれない。

 

 フタを開けるとおどろおどろしい瘴気がビンから流れるが、覚悟を決めて一気に飲み込んだ。口の中に苦いような辛いような、よく分からない味が広がる。なんとか飲み切ったが不味すぎて思わずむせた。

 

 「どうにゃ? なにか変化はあるかにゃ?」

 

 「げほっ……体がちょっとぽかぽかしてる、かも…?」

 

 「ん~、おかしいにゃあ。ホノルルが飲んだ時はもっと分かりやすく効果がでたんだけどにゃ」

 

 そう言って胸の前で腕を組んで悩む素振りを見せる緑のネコ。

 

 ……というか、以前ホノルルがおかしくなったのは明石のせいだったのか。

 

 ホノルル事件――なぜかハイテンションになったホノルルは陣営の壁を超えて多くの艦船を振り回した。紆余曲折の末ヘレナの活躍によって正気に戻ったが、彼女はその後三日ほど落ち込んで部屋から出てこなかったという悲しい事件。

 

 あれ? もしかして俺もああなってしまうのでは……

 

 「大丈夫にゃ、前回の反省を踏まえ十分改良したから……まあ、効果はそのうち出るはずにゃ。指揮官の活躍を楽しみにしているにゃ」

 

 ……非常に不安だが覆水は盆に返らない、もはや手遅れである。

 

 さっそく後悔していると始業開始の鐘が鳴った。まずい、今日の秘書艦は気難しい艦船なのだ。あまり待たせてしまうと何を言われるのか分からない。ホノルルのようにならないことを祈りつつ、急いで執務室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 「ふう、徹夜で作ったからもう限界にゃ。ちょっと仮眠するにゃ」

 

 明石の研究室。

 

 眠りにつく彼女のそばにある机の上に、先ほどの薬と同色の薬が一つ。

 

 その薬から、ラベルがぺらりと地面に落ちた。

 

 薬品名『ミリョクガアガール(未完成品)』

 

 

 

 

 

 

 急いで執務室に戻れば、すでに秘書官の席で書類の整理をしている艦船の姿があった。

 

 彼女の姿を見ると、いつものごとくその周囲を饅頭(※ヒヨコのような生物)や犬、猫など様々な動物がたむろしている。とはいえ彼女自身は小動物が嫌いなようで、懐かれるたびに鬱陶しそうに追い払っているけれど。

 

 「……オレを待たせるなんてどういう了見だ」

 

 「あ、あはは……ごめん……」

 

 ヴィシア聖座所属・戦艦ジャン・バール。すらりとしたスタイルに長身、茶色の長髪を後ろにまとめているその姿は、彼女の放つ雰囲気も合わさりどこか海賊のような印象を持たせる。

 

 「ふん。謝っている暇があるならこの動物どもをさっさ、と……ぉ?」

 

 そんな凛々しい彼女の表情が変わる。

 

 秘書官を頼んだのに遅れてきてしまったから絶対怒られると思っていたけど……どうしたのだろうか。予想に反してジャン・バールはこちらを見て口をつぐんだ。そのまま何も言わずにこちらをじっと凝視して、普段の彼女からはあまり想像できない表情で固まっている。

 

 「ジャン・バール?」

 

 「――! お前……いや、いい。とりあえずこいつらを部屋から追い出すのを手伝え」

 

 具合でも悪いのかと心配したが、そういうわけでもないらしい。その後もちらちらと俺の顔を見てくる彼女に妙な違和感を覚えつつも、いつもの一日が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 数時間後

 

 「そろそろお茶でも飲んで一休みしようか。あ、俺がやるから座ってていいよ。エリザベスからおいしい紅茶をもらったんだ」

 

 ジャン・バールが動く前に、お茶菓子の置かれた棚に向かって準備に取り掛かる。

 

 昔はお茶出しも秘書官がやってくれていたが、今はお礼もかねて自分が率先してやるようにしているのだ。……とはいっても秘書官がニューカッスルやベルファストなどのメイド隊の時は気づかないうちに準備されていたりするのだが。(押しに弱い一部のメイドは除く)

 

 それはともかく早く淹れて休憩にしよう。

 

 未だにロイヤルの作法はよく分かってはいないので、ジャベリンがいつもやってくれる紅茶の入れ方でいいだろう。ポッドの中に茶葉を入れ、給湯器で沸かしていたお湯をゴバーッ!っと注いでいく。あとはできた紅茶をカップに二人分注げば……完成!

 

 「……流石にロイヤルの女王にも同情するぞ」

 

 「え? 何か言っ―――あ」

 

 ガシャン!と鋭い音が部屋に響く。

 

 しまった。ジャン・バールが零したつぶやきが聞き取れず、振り返ろうとしたら足首を捻って転んでしまった。運ぼうと紅茶の乗ったお盆も持っていたため盛大に落とした。

 

 「おい大丈夫か! 火傷は!?」

 

 「あたた……大丈夫……」

 

 心配の声とともに立ち上がる彼女に、問題ないと言って手で制す。

 

 派手な音こそしたがカップも割れなかったし、紅茶も肌が露出している所にはかからなかったので火傷はしていない。とはいえ軍服は思い切り紅茶を被って濡れてしまった。

 

 せっかく茶葉を譲ってくれたエリザベスに申し訳ないなぁ。紅茶が内側のシャツにも染みてちょっと気持ち悪い。

 

 そう溜息を吐いて上着を脱いだその直後

 

 

 ――ジャン・バールは机に手を叩きつけて激昂した。

 

 

 「おい……!」

 

 「へ?」

 

 「お前、少し無防備なんじゃないか、今日は特に……!」

 

 静かな言葉の内に確かな怒りを込めてジャン・バールが俺の方に近づいてくる。普段から人を寄せ付けないオーラを放っている彼女ではあるが、戦場以外でここまで怒りを露わにするのはまれだ。

 

 あまりの迫力に動揺して上着を地面に落としてしまう。そのままじりじりと後ろに後ずさるが、抵抗もむなしく壁を背後にする形で追い詰められた。

 

 「え、ちょ」

 

 「……そんな怯えた顔をするな。お前がオレを裏切らない限り――いや、一度裏切ったんだったな、お前」

 

 ―――ドキリと心臓が跳ね上がる。

 

 ジャン・バールは明らかに怒っている。裏切ったとはやはり、鎮守府から逃げたことだろう。一応の決着はついたが、あんなにすんなりと許された方がおかしいのである。客観的に見ても俺は艦船の皆から殴られたって文句は言えないのだ。

 

 「だったら、オレの好きなようにしてもいいよな―――」

 

 逃げられないようになのか、彼女の左手が壁に添えられる。鋭い視線がこちらの顔を射抜く。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと、目を逸らすことも許されず、ただ彼女の顔を見ることしかできない。

 

 心臓がバクバクとうるさい。たぶん殴られる。

 

 心臓の鼓動が激しい。甘んじて受け入れるべきだ。

 

 心臓がせわしなく動く。それくらいのことをしたのだ。

 

 

 心臓がドキドキとときめいて―――………………なにか、おかしい。 

 

 

 なんでときめいているんだ。今は殴られる覚悟を決めるときだろう。ほら、彼女の怒っている顔をよく見ろ。

 

 そう、徐々に近づいてくる彼女の端正な顔を間近で見つめるとこんなにも―――顔が熱い。思考が鈍る。頭に血液が上ってのぼせそう。

 

 

 なにか、絶対におかしい……!

 

 

 「や、やっぱり火傷したみたいだから医務室に行ってきます―――!」

 

 「なッ……おい!」

 

 突然に発せられた大声に、ジャン・バールは面を食らって硬直し隙ができる。

 

 何か取り返しがつかなくなるその前に、彼女の横をするりとダッシュで抜けて部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 「……チッ! なにをやってるんだオレは」

 

 一人残された部屋の中で少女は苛立ちを吐き出す。こんなにイライラしているのはいつ以来か、全く自分らしくない。

 

 それもこれもあの男が悪い。そうだ、普段から放っておけないような危なっかしい男だが、なぜか今日はいつにもまして気に掛けずにはいられなかった。

 

 紅茶に濡れた上着を拾い上げ、まだ温かさの残るそれをギュッと握りしめる。

 

 ……逃げられた。勢いでこうなってしまったとはいえ、こちらの気持ちを受け入れるくらいの気概は見せてほしかったのに。

 

 「くそっ……」

 

 苛立ちと寂寥感の混ざったその物言いは、どこか悲しみを感じさせ―――

 

 

 そんな彼女の周りには、いつのまに集まってきたのか大量の小動物がずらり。

 

 

 ポン、と肩に乗った饅頭は優し気なまなざしでサムズアップ。

 

 「ぴよ」(※元気出しな)

 

 「……よ、」

 

 寄ってくんな!!! どこから入ってきた!!!

 

 

 執務室からはしばらくの間、少し元気になった怒鳴り声が響いていた。

 

 

 

 

 

 




〇ジャン・バール Level:115
・開幕ぶっぱで敵を薙ぎ払うクリティカルお姉さん。小動物が嫌いだが優しい一面も持っている。指揮官がいなくなったと聞いたときはショックでダメージが大きかった人。




明石の発明であべこべ世界になってこの話みたいに艦船の皆から言い寄られる話にしようかと思ったけど大人しく普通の世界になりました。

後半も一か月以内に投稿します(未定)


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青葉はちょろいお話



「今回の事件の原因にゃ?」
「い、いや~ちょっと分からないにゃあ」
「え、あの薬?」
「あ、あれは完全に善意から渡したものであってだにゃ……」
「そんなにじっと見られても……にゃはは……」
「にゃ……その、えーと……」
「…………」
「はい……渡す薬を間違えました……にゃ」



 

 

 

 

 執務室から飛び出した指揮官は、医務室に着く頃には体力が底をついて壁にもたれかかっていた。

 

 「ぅっぷ……気持ち悪い……」

 

 ……逃げてしまった。いやあれは邪な気持ちが混じっていたし、あの状態では反省したことにならないような気がするから。でも結局また逃げてしまったことには変わらないわけで、彼女のことは見慣れてるのになんで今日に限ってこんな―――

 

 頭がクラクラして考えがまとまらない。

 

 自信が出るという薬の効果はまだでないのだろうか。先ほどの場面でこそ効果があれば逃げずにすんでいたかもしれないのに。

 

 荒い息を整え、服をはためかせて身体を冷やす。

 

 少し医務室で休ませてもらおう。ジャン・バールには申し訳ないが、落ち着いてから執務室に戻って……それから、彼女の気が済むまで付き合うことにする。

 

 そんな弱気な決意をして、医務室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 日差しが差し込む鎮守府の廊下をゆっくりと歩く青い髪の少女の姿があった。窓からふわりと風が通り、彼女の纏うハーフスリーブの制服と白のスカートを揺らす。

 そんな爽やかな風景とは対照的に、少女――青葉の表情は暗かった。

 

 ――密着取材で疲労困憊、結局スクープも撮れないこの始末……はぁ……

 

 頭の獣耳がペタリと垂れる。ため息とともに重い足取りが向かった先は医務室。さっさと体力を回復してもらって新たなネタを探しに行こう。

 そう思いつつ医務室の扉をガラリと開いた。

 

 「ちーすっ、ヴェスタルさんいる? ……って指揮官じゃん。何してんの?」

 

 いつもヴェスタルがいる位置に誰もいない。グルリと部屋を見渡せば、病人用のベッドのそばで指揮官が椅子に座っていた。

 こんなところで彼に会うなんて珍しい。そう思って近づくと、ベッドで誰か寝ているのに気づいた。

 

 「え、どうしちゃったのヴェスタルさん」

 

 ベッドで指揮官に看病されているのはこの部屋の主、ヴェスタルだった。

 

 健康には人一倍うるさい彼女が床に臥すなんて、医者の不養生というやつだろうか……と心配したのは数瞬。

 

 よくよく見れば顔は紅潮しているものの、頬を緩めて眠っている彼女の表情はとても幸せそうに見える。

 さらに時折「ごめんなさいエンタープライズちゃん……」「これは医療行為だから……」と寝言を言っていた。

 

 あ、これは心配するような病気じゃないわ。そう察して、事情を知っていそうな指揮官に説明を求めた。

 

 「診てもらってたら急に倒れたんだ。とりあえずベッドに運んだんだけど……」

 

 こんな様子のヴェスタルだがそれでも彼は心配らしい。タオルを水に付けて冷やしては、彼女の額に何度も運んでいる。

 確かに普段の彼女のことを考えると、ぐふぐふ笑って眠る今の状態は異常だと捉えるべきなのかもしれないが……

 

 「ま、すぐに良くなると思うけどねー」

 

 そんな風に楽観視しながら、せっせと看病する彼を眺める。

 

 すると、ふと奇妙な違和感に気づいた。なんだかいつも見ている彼とは雰囲気が違う気がするのだ。

 この感覚はなんと表現すればいいのだろう……言葉が出ずにうんうんと唸りながら観察する。

 

 本人も診察してもらいに来たというだけあって、普段よりも顔は赤く調子も悪そう。そんな状態でも甲斐甲斐しく病人の世話をする様子。

 なんだろう、すぐ喉元まで来ているんだけど……

 

 指揮官から訝し気な視線を受けつつもしばらく悩んでいれば、やがてピタリとあてはまる単語がひらめいた。

 そう、そうだ、今日の彼はなんだか――

 

 「エロい! 今日の指揮官なんかエロいんだ!」

 

 直後にブフォっと吹き出してせき込む指揮官。

 

 「青葉さぁ……」

 

 「い、いや、オブラートに包めば魅力的……かな?」

 

 指揮官の非難の声を受け、ごめんごめんと両手を合わせて謝罪の言葉を口にした。

 彼は彼で伏し目がちになり「でもやっぱり……だとしたら怪しいのはあの薬……」とぼそぼそ小声で何かつぶやいている。

 

 それでも、やがてこちらを見ると目を丸くした。

 

 「その指、どうしたの?」

 

 「ん?」

 

 目の前で合わせていた手をくるりと裏返して見れば、左の小指の切り傷から少し出血していた。

 

 指摘されるまで気づかなかったが、どうやら取材のときに切ってしまった傷のようだ。さすがに熊に襲われて無傷とはいかなかったらしい。

 

 「あっちゃ~、全然気づかなかったわ」

 

 「ちょっと待ってて」

 

 そう言って指揮官は棚のほうへと向かって消毒薬と絆創膏を取ってきた。診せてというので小指を彼につきだせば、手慣れたように治療し始める。

 「意外だなぁ」なんて口から零れてしまった声に「これくらいはね」と彼も返した。

 

 「はい」

 

 「ん、さんきゅ」

 

 腕を伸ばして、彼が巻いてくれた絆創膏を仰ぎ見る。

 電灯の光を反射するブラウンが、その存在を主張していた。

 

「……へへ~」 

 

 少し、頬が緩んでしまう。

 

 何の柄も入っていない、可愛げのない医療用の絆創膏。

 見栄えもせずに治療の跡を際立たせるそれは、見る人には冷たさを感じさせるかもしれないけれど――

 

 

 でも、私の心はポカポカと温かくて、とても嬉しくなったのだ。

 

 

 「【絆】の意味は繋ぐもの、だっけ……ちょっとかっこいいんじゃない?」

 

 「……? なにそれ、ヨークの真似?」

 

 頭の上に疑問符を浮かべながら失礼なことを言う指揮官。しかし、こんなにも嬉しい気持ちにしてもらったのだ。彼になにか感謝の気持ちを表したい。

 自分にできること、私ならではのお礼。少し考えたらすぐに思いつた。

 

 「へへへ、機嫌がいいからお礼したげる。私とのツーショットなんて激レアだよ!」

 

 自分が記事に載るのは嫌いだ。私は目立ちたくないのだ。

 だから写真に写ること自体、自然と避けていたけれど……今、彼との写真は特別だ。

 

 流れるようにスマホを取り出し、指揮官の隣に密着する。絆創膏をばっちり目立たせて――

 

 「はいチーズ!」

 

 直後のシャッター音。

 

 画面を確認すれば、写っているのは赤い顔をして驚いた表情を見せる彼と、少し照れて笑う自身の姿。

 

 悪くない。みんなに自慢したいな、なんて悪戯心も芽生えてきた。

 

 「指揮官、これジュースタに上げてもいい?」

 

 指揮官に許可を求めると、彼は俯きながら相槌をうった。表情は見えないが声もなく首を何度も上下に動かしている。

 

 もしかして指揮官、恥ずかしがってるのかな。にひひと笑ってスマホを操作する。

 写真のアップロードが終わると、さっそく衣笠や古鷹からリプが飛んできたので返信した。いいねの数も普段よりも早く増加しているようだ。やはり指揮官が絡むと艦船の食いつきが違う。

 

 「ほら見てよ指揮官。もうこんなに――……指揮官?」

 

 座っている彼を見れば、まだ首を上下にふらふらと動かしていて――次の瞬間、椅子から崩れ落ちた。

 

 「なぁ―――――ぐぅお!?」

 

 間一髪で指揮官と床の間に滑り込む。お腹と背中に衝撃を受け、乙女にあるまじき声が口から飛び出た。

 

 「(いった)ぁ……ちょっと、大丈夫?」

 

 指揮官は顔を紅潮させて気を失っていた。体温こそ高いが表情は穏やかで呼吸も変化はない。しかし……

 

 焦りながらも考える。

 なんで突然。どうする。とりあえず指揮官をベッドに寝かせて、ヴェスタルも眠っているし誰か別の医療班を呼ばなければ。夕張や明石は今日は非番だっただろうか―――

 

 そして息をつく暇も与えないというように、けたたましい着信音が思考の波をかき消した。

 

 「こ、今度はなんなの……」 

 

 音源である自身のスマホを見る。

 

 鳴り響く音の正体は

 

 

 

─────

────

──

 

青葉 『指揮官、医者になる』  Reply 999+ いいね 999+

 

【衣笠】:え、なになにどうしたのそれ。

  【青葉】:いま指揮官に絆創膏巻いてもらってさ、いいでしょ~。

  【古鷹】:私も転んだら手当てしてもらおうかな。

 

【Unicorn】:どこの医務室だろう……?

  【Gascogne】:内装から本部かユニオン寮が該当。撮影時刻の太陽の位置、影の角度を計測・修正……結果、本部内医務室だと推察される。

  【Unicorn】:あ、ありがとう、ガスコーニュさん……。

 

【如月】:(音声入力)睦月ちゃんが転んでケガしちゃって、行ってもいいですか?

  【Arkroyal】:何!? 大変だ私がすぐに向かうぞ!

  【神風】:丁度わっちがそばにおったわ。安心せい。

 

【赤城】:これから行きますので私の治療もお願いいたしますわ指揮官様!

  【瑞鶴】:赤城先輩が尻尾を引きちぎろうとしてる誰か止めてー!?

  【翔鶴】:斬新なエクササイズですねぇ先輩(プッ…… あ、私は頭が痛くなってきたのでお先に失礼しますね。

  【加賀】:本当に頭痛がしてきたぞ……はぁ……。

 

【Washington】:おいおい全然笑顔が足りねぇな。そんなんじゃダメだぜ。

  【North Carolina】:ワシントンは素直じゃないわね~。

  【Washington】:いーや、もっと上手く撮ってほしいモンだね。

  【South Dakota】:見た瞬間に保存したくせによく言うよ。

  【Washington】:サウスダコタてめぇ!なんで知ってんだ、どこにいやがる表に出ろォ!

  【South Dakota】:カマかけただけなんだけど……いいよ、やろう。

  

【Graf zeppelin】:ほう、指揮官自らの献身。それが任務へと赴いている我らへの報酬か。そう考えれば斯様な力なき混沌の掃討も悪くはn

  【Z46】:……グラーフがサメに捕食された。

  【Zepplin mini】:お、大きい我―!?だから巡航(あるき)スマホは危ないと言ったのに!

  【A.G.Spee】:あ、お腹を突き破って出てきた……

 

 

            ・ 

            ・

            ・

 

───

────

─────

 

 

 

 迫りくるクソリプの嵐。

 

 止まらない着信音とともにまだまだ下へと伸びるリプ欄を閉じ、電源を消してポケットにそっとしまい込む。

 

 ――私は何も見なかった。あちこちで事件が起きて大騒ぎになっている気がするが、そんなことはない……ない。

 

 額に手を当てて天を仰ぐ。さすがヴェスタルさん天井も掃除が行き届いていてきれいだな。今日も母港は平和です。

 

 ……いや、現実逃避している場合じゃなかった。

 

 ここにいるのは拙い。既に場所が特定されてるし、少し返信を見ただけでも何人かやばそうな人たちが……と、そこまで考えた時にはすでに遅かった。

 

 大きな音が地面を伝わって響いてくる。地響きがどんどん近づくにつれて揺れも大きくなっていく。

 

 「あ、これやばいかも……」

 

 ギギギ、とブリキのように首を入口に向けた瞬間

 

 

 大量の艦船が部屋の中に雪崩れ込んだ。

 

 

 しっきっかーん、私も元気にしてもらいに来たよー! サンディエゴちゃんアイドルはもっと可憐に、だよ! 頬を膨らませるサラトガちゃんも可愛い~! 指揮官様、尻尾がちぎれてしまってのでくっつけていただけませんか? ぐっ、この先輩足が速すぎる……! この馬鹿下僕!そんなことしているのならいい加減私のお茶会に参加しなさいよ! へ、陛下、どうか気をお静めに……! うふふ、紅茶もいいですが抹茶もいかがですか? 比叡、発見……自己リミッター解除……。 ラフィーちゃん落ち着いてー! あらあら、ひっく……指揮官が二人に見え、ひっく……。 オイゲン……!重桜の酒は呑むなって言ってんでしょー! プリン~!わははは、指揮官がなんかおかしいプリン! 

 

 その数は十、二十、三十と時間が経過するにつれ絶え間なく増え続け、とうとう医務室は艦船で埋め尽くされた。

 満員電車もかくや、ぎゅうぎゅうに密集した空間の中で呼吸をするのも難しい。

 

 (やばい、指揮官を見失った! ていうか息ができない……!)

 

 「むぐ、ぐ……!!!」

 

 必死の抵抗。

 しかしその努力もむなしく、目の前にいたポンコツメイドの胸に押しつぶされて意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

翌日のこと。

 

 少女が玄関から外に出ると暖かな日の光が降り注いだ。草花は露で葉を濡らし、小鳥のさえずりは青い空へと消えていく。

 

 穏やかな朝を迎えた鎮守府。

 そんな心地の良い光景に似つかわしくないくらい、少女――青葉の表情は暗かった。

 

 ――珍しく一晩寝たのに疲れてる。しんどい。

 

 聞いたところによると、昨日の騒動は焦ってやってきた明石によって解決したらしい。ジャスティスオフニャを総動員して室内の艦船を転移させたとのことだ。

 私も気が付いたときには自室のベッドの上だった。

 

 しばらくは文屋の活動は休業しようかな……。

 疲れからか弱気な考えが頭をよぎると、ピコンと着信音が鳴る。

 

 スマホを見れば指揮官からのメッセージ。

 

 

【指揮官】:昨日は倒れちゃってごめん。今度はみんなで撮ろう。あと、次の鎮守府新聞も楽しみにしています。

 

 

 ……微妙な距離感を感じさせる文章。「みんな」という部分も減点である。

 

 それでも、なんだかやる気が湧いてきてしまう自分に溜息を吐いた。こんなんで喜ぶとか、我ながらチョロすぎる。

 

 「……しゃーない、休業は撤回ね」

 

 頬を叩いて気合を入れなおし――

 

 「じゃ、新しいネタを探しに行きますか!」

 

 

 ――青葉は今日も鎮守府を駆けた。

 

 

 

 




〇ミリョクガアガール(未完成品)
 ・メリット・魅力が上がり異性を引き付ける。(好感度が限界突破の異性には効果が薄い)
 ・デメリット・異性への耐性が弱くなる。
 ・ジシンガデールと一緒に明石が作っていた薬。完成したら明石が自分で飲もうと思っていた。



 長くなったのでヴェスタルが倒れるくだりはカット。ごめんヴェスタル。
 これにて完結です、読んでくださりありがとうございました!


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