鳴柱には泣き虫な弟がいるらしい (燕子花_㎜)
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鳴柱と我妻善逸

「ぐすっ……ひっく………うぇぇ、姉ちゃん……いかないでぇ」

 

 隈の残る目を真っ赤にして泣いているのは、我妻善逸。私の弟で、唯一にして最愛の家族。

 

 そして、弟弟子でもある。

 

 私としては、鬼なんて無縁な場所で、幸せに暮らしてほしかったのだけど。

 数年前、4つ年下のまだ幼い善逸を連れ、雨風を凌げる場所を転々としていたとき。

 後に師範となる、桑島慈悟郎さまに救われた。

 

 ───金銭的な意味で。

 

 情けない話だが、私もまだ子供で。

 雇ってくれる所など、ほとんどなくて。

 善逸を飢え死にさせないようにするだけで、精一杯だった。

 それでもお腹が空いたと泣くあの子を宥め、ようやく眠らせたとき。

 どこから聞きつけたのか師範がやって来て、善逸が満足に衣食住を得られるほどの金銭を与えてくれた。

 

 ただ、そのような甘い話には裏があるもので。

 

 代わりに、私が師範の後継に───雷の呼吸を継ぐこととなった。

 

 それら全てに善逸を関わらせたくなくて、知られたくもなくて。

 少し遠くへ仕事に行くと言って、小さな家と当面の衣類と食料を揃え、あの子を一人残し、修行の地へと旅立った。

 

 善逸は聴覚が優れていたから、嘘をついたことも、誤魔化したことにも気付いていただろう。

 それでも何も聞かずに、不安そうな、心配そうな顔で私を見送ってくれた。

 

 師範は弟を案ずる私に、ときどき暇と共に当分、困らないくらいの金銭をくれた。

 おかげで、善逸とは定期的に会えていたのだけれど。

 問題は、私が最終選別を合格した後のことだった。

 

 任務が忙しすぎて、なかなか善逸に会いに行けなくなってしまったのだ。

 

 あの頃はもう、善逸が心配で心配で堪らなかった。

 鬼を目の前にしても気になってソワソワしてしまうから、共に最終選別を生き残ってから懇意にしていた同期に話を聞いてもらって、焦りをやり過ごしていた。

 

 転機が訪れたのは、しばらく文のみのやり取りが続き、私が柱に任命される少し前のこと。

 

 師範から、弟を弟子にしたと知らされた。

 

 それはもう、驚いた。

 不思議と怒りはなかったが、その場で放心してしまったくらいには、驚いた。

 

 届けられた師範からの文をよくよく見返してみると、弟子になった理由は「借金」だった。

 

 これには、別の意味で驚いた。

 私も善逸も、揃って金銭的な理由で弟子入りだなんて。

 こんな所は似なくてよかったのに、と。

 

 この後、何とか時間を見つけて会いに行ってみたら。

 

 

 ───善逸の髪色が、金色になっていた。

 

 

 あの子の髪色は本来、私と同じく黒だった。

 それが、いつの間にか金色になっていた。

 

 理由を聞いてみると、雷に打たれて変化したらしい。

 何度か聞き直したが、何度聞いても答えは変わらなかった。

 

 とりあえず、雷に打たれたときに負った怪我はほとんどないとのことで安心した。

 

 

 閑話休題。

 

 

 那田蜘蛛山から運ばれたばかりの善逸は、蝶屋敷に私がいるとは思わなかったらしい。

 会った途端、堰を切ったように泣き出した。

 私は、久しぶりに会った善逸の手足が縮んでいるのを見て泣きたくなった。

 

 

 現在、善逸は血鬼術で一時的に短くなってしまったという腕を懸命に伸ばし、桜色に白の三角柄が散る私の羽織を両手で握りしめていた。

 

「う"ぅぅ……」

 

 涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになっている顔を、手拭いでそっと拭ってやる。

 昔から寂しがり屋で臆病、そしてよく泣く子だったが、剣士になってもそれは変わらないらしい。

 安心させるように頭を撫でると、泣き顔がふにゃふにゃと緩んで笑みになる。

 泣いてる顔も可愛いけれど、やっぱり笑顔が一等愛らしい。

 愛しい子には、いつでも笑顔でいてほしいものだ。

 

 たまに会ったときだけでも、長く一緒にいてあげたいのだけど。

 残念ながら、私はこの後、柱合会議が控えている。

 内容は聞いていないけど、大切なお話があるらしい。

 指通りの良い金色の髪をもうひと撫でして、椅子から立ち上がる。

 

「ごめんね、善逸。そろそろ行かないと……」

 

 ギュッと握られていた羽織から不自然に小さな手を優しく解くと、薄く涙が残る不安げな目と目が合った。

 

「………また来てくれる?」

「柱合会議が終わったら、またすぐに来るわ」

「うん、待ってる」

 

 頷いた拍子に零れてしまったらしい涙を指で拭ってやってから、名残惜しいが病室を後にした。

 

 

 

 

 病室を出て2、3歩進んだところで「…えへへへへ……うへへへ」と、妙な笑い声が聞こえた。

 あの病室には他にも寝ている子が居たけれど、あれは十中八九、弟の声だろう。

 嬉しいときにあのような笑い方をするみたいだけど、大丈夫だろうか。

 最近、文で好きな子ができたと書いてあったけれど……

 もしやその子の前でもあのような笑い方をしているのだろうか。

 

 ………引かれてないといいけど。



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鳴柱と音柱と炎柱で、柱合会議前のちょっとしたお喋り

 あれやこれやと考えている内に、目的地である産屋敷家へと到着した。

 蝶屋敷からここまであまり遠くなかったし、もう少しお話しできたかもしれない。

 心細そうにしていた善逸を思い出して、悪いことをしたかなと思った。

 ……が、そういえば背後で嬉しそうに笑っていたから問題ないか、と思わず考え直す。

 

 あの子は怖がりでよく泣く子だが、根は強い子なのだ。

 聞くところによると、友人もできたようだし。

 あまり、心配しすぎるのも良くないのかもしれない。

 

「よっ。なぁに1人で笑ってんだ?」

 

 ……顔に出ていただろうか。

 

 集合場所である産屋敷家の庭に着くなり、同じ柱の宇髄天元に声を掛けられた。

 

「天ちゃん、今日は早いのね」

「いや、お前が遅えんだろ。珍しいじゃねえか」

 

 天ちゃんは3つ年上だけど、私の友人でもある。

 

 頭をぽんっぽんっと撫でられるが、正直、叩かれるに近い強さだから痛い。

 放っておくといつまでもやっているので、さっさと振り払う。

 どうやら、私のことを妹のように思っているらしく、やたらと構ってくる。

 別に嫌なわけではないのだけど、力加減をどうにかしてほしい。

 

 主張したところで、素直に聞いてくれる人ではないけど。

 

「弟のお見舞いをしていたの。血鬼術で手足が縮んじゃって……」

「…あ? もしかして、例の那田蜘蛛山にいたのか?」

 

 私は離れた地にいたから、加勢は出来なかったのだが、どうやら下弦の伍がいたようだ。

 しのぶちゃんと冨岡さんが途中から加わったそうで、無事に討伐できたと聞いている。

 

「そうみたい。蝶屋敷に運ばれたばかりだって聞いたから、会いに行ったのよ。てっきり眠ってると思ったんだけど……ふふ、元気で安心したわ」

「ふぅん。お前の弟、強いのか?」

 

 強かったら何だというのだろう……?

 

 継子にしたいと言われたら、困ってしまう。

 誰の継子になりたいかは善逸の自由だが、あの子は私の継子になってもらいたい。

 弟だから、というのを抜きにしても。

 私の継子は善逸と、もう一人の弟弟子にしようと、師範と相談して決めているのだ。

 もちろん、本人たちが嫌がるなら無理強いはしないけれど。

 

 誤魔化してもいいけど、あの子を侮られるのも面白くない。

 

「最終選別を突破したのよ? 弱いわけがないでしょう。あの子はやれば出来る子よ」

「それ、贔屓目に見ての話だろ?」

 

 過大評価だと思われた。

 

 善逸は、とても強い子なのに。

 このまま鍛錬を続ければ、きっと私よりも強くなれる。

 

「やぁ吉野!! 今日は珍しく遅かったな!!」

「あら、杏くん……私、いつもそんなに早いのかしら?」

 

 分からず屋の天ちゃんに、善逸が如何に可愛くて良い子で、そして強いのかを教えて差し上げようと口を開いたとき。

 別の人とお話ししていたはずの煉獄杏寿郎───私の同期であり現・炎柱に声を掛けられた。

 そしてそのまま、私の前までやって来て。

 

 ───なぜか、天ちゃんと同じように私の頭を撫で始める。

 

 ……いや、特に文句はないけど。

 天ちゃんと違い、年の離れた兄弟がいる杏くんの撫で方はひどく優しい。

 奥さんが3人もいるくせに撫で方が乱暴な天ちゃんには、是非とも見習ってほしいものだ。

 

 ………にやにやした顔でこちらを見ている天ちゃんが視界の端に見える気がするけど、こういうときは反応してはいけないことを知っている。

 

 まったく、楽しそうで何よりね。




─ 補足 ─

・我妻 吉野

オリ主。善逸の姉。鳴柱。呼吸は雷。

隊服は詰襟に袴。
羽織は、桜色に三角柄(善逸と色違い)。
日輪刀の刃の色は「黄」

見た目は儚げな美人さんをイメージしてます。

宇髄さんとは限りなく兄妹に近い友人。
煉獄さんとは、まぁ察して下さい。


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鳴柱と竈門炭治郎、そしてある日の報告と

 柱合会議が終わって蝶屋敷に戻ったときには、もう夜も更けた頃だった。

 日を改めようとした私は、しのぶちゃんに大丈夫だからと言われて一緒に帰ってきたのだけど……

 

 この分では、眠っているかもしれない。

 

 寝ていたら顔だけ見て帰ろうと考えながら病室に近づくと、目的地付近がずいぶん騒がしいことに気付いた。

 

 その騒がしさの中に、聞き覚えのある泣き声も混ざっている。

 

 今度は何が原因で泣いているのだろうか。

 傷が痛むようなら、しのぶちゃんにお願いして鎮痛薬を───

 

 

「いーやーだーーッ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!! こんな苦い薬、飲みたくないよぉ」

 

 ええ…?

 幼い子供じゃないんだから……もう、あの子ったら。

 

 ガラッと病室の扉を開けると、中にいたのは4人。

 全員、見覚えのある顔だ。

 

 1人はやはりというか、善逸だった。

 そしてその善逸に薬を押し付けている、アオイちゃん。

 彼女は蝶屋敷で働いているのだが……弟が迷惑を掛けているようで、申し訳ない。

 

 それから今日、裁判にかけられていた竈門くんと、柱合会議前に立ち寄った際、ベッドで寝ていた猪の子。

 竈門くんは善逸を説得していて、猪の子は前に見たときと一寸違わぬ姿でベッドに横たわっていた。

 

 善逸は私が来たことに顔を輝かせていたが、状況が状況だ。

 こんな夜更けに女の子を男ばかりの部屋に留めておけないと、アオイちゃんの手から薬を受け取った。

 

「あ、あの」

「こんな時間まで、ありがとう。薬は私が飲ませておくから、もう休んでちょうだい」

「そうですか。では、あとはお任せします」

 

 ちょっと疲れた様子のアオイちゃんが部屋を出たのを確認して、善逸と向き合う。

 

「ねぇ、善逸。私の言いたいこと、分かるかしら?」

「う"ぅぅ……でもでも、この薬すっごく苦いんだ」

「そうね」

「………苦いんだよぅ」

 

「もう、仕方のない子ね」

 

「えっ!?」

 

 飲まなくていい、と言われると思ったのだろう。

 沈んでいた善逸の顔が、期待に満ちた表情になった。

 

 そうね。

 別に、飲みたくないなら飲まなくてもいいけど。

 

「善逸、あなた────蜘蛛になりたいの?」

「…え?」

「もし薬を飲まなかったら」

「の、飲まなかったら?」

「残った毒が体内を徐々に浸食して……」

「ヒェッ」

 

「そのすでに縮んでいる腕がもっと縮んで、縮んで────」

 

 

「きゃああああああ、フガッ」

 

 

 想像して怖くなったのか、急に叫びだした善逸の口を手で塞ぐ。

 

「薬、飲む?」

 

 ゆっくりと口から手を離しながら、聞いてみる。

 

「ぐすっ……飲むよぉ、ちゃんと飲むから………蜘蛛は嫌だぁ……」

「よしよし」

 

 泣きながら薬を口に流し込む善逸の頭を撫でる。

 

 そして、ちょっと引いたように様子を窺っていた竈門くんを見ると、目が合った。

 

「あ、えっと」

「覚えてるかな。私、あの場に居たんだけど」

 

「ッはい! あの、俺、竈門炭治郎です!」

「うん。私は、我妻吉野。善逸の姉です」

 

「………えっ?」

「うん?」

 

「あの、善逸の? ………本当に?」

 

 竈門くんは、私と善逸を何度も見比べている。

 そんなに疑うようなことだろうか。

 

「……もしかして、似てない?」

「はい、あまり。………いや、かなり」

 

 あら。

 髪の色が違うからかな?

 まぁ、確かに。

 成長と共に、似ているところは減ったかもしれない。

 

「吉野さんは毅然としているので、善逸とは似ても似つかないというか。……そういえば、においは少し似ています」

「におい?」

「俺、鼻が利くんです」

 

 ふむ、善逸の聴覚と似たようなものだろうか。

 

 しっかりしているようだし、善逸のそばにこういう子がいるのは安心する。

 

「姉ちゃん、口の中が不味いよ」

「頑張ったね、善逸。ちゃんと飲めて偉いわ」

「ふへへっ」

 

 だから、その笑い方……私からしたら、可愛いんだけど。

 あぁ、ほら。

 竈門くんが可哀相なものを見るような、なんともいえない顔で善逸を見てる。

 違うのよ、竈門くん。

 この子のこの顔も、慣れたら可愛く見えてくるのよ。

 

 

「ふわぁぁ」

「まぁ、大きな欠伸。………疲れてるのね。もう寝た方がいいわ」

「手、繋いでくれる?」

「大丈夫よ。ちゃんと繋いでるから、安心しておやすみ」

「………うん」

 

 血鬼術で小さくなった左手を包み、もう片方の手でお腹辺りをぽんぽん、と優しく叩いてやる。

 もう限界だったのか、すぐに眠ってしまった。

 

 私は翌日からまた任務で、ここからは少し遠くの地へ行く。

 しばらく会えないだろうからと、愛らしい寝顔を目に焼き付けていると。

 

「善逸、すごく頑張ってますよ」

「ん?」

「任務先で会った男の子を守って、俺の妹も庇ってくれました。那田蜘蛛山でもあんなに嫌がってたのに、探しに来てくれたみたいだし。

……あとで、たくさん褒めてあげてください。吉野さんに撫でられたときの善逸、すごく幸せそうなにおいがしたので」

「………そう」

 

 竈門くんも眠かったのだろう。

 話し終わった後、おやすみなさい! と元気に挨拶をしたかと思えば、宛がわれたベッドに戻ってすぐに寝息が聞こえてきた。

 

「ふふ、おやすみ」

 

 

 

 

 鬼殺隊の隊士は、入れ替わりが激しい。

 怪我をすることも多く、最悪の場合、二度と日を見ることはない。

 

 それでもこの道を選んだ少年たちが、どうか一日でも長く生きて。

 そして願わくは、鬼がいなくなった世界で幸せに暮らしてほしいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カアアアーーッ!! 報告!! 報告ーーッ!!」

 

 

 上空を、鎹鴉が飛んでいる。

 クルクルと旋回しながら紡ぐ言葉に、耳を傾ける。

 あまり、良い予感はしない。

 

 真っ先に浮かんだのは、弟の顔。

 思わず、どうかこの予想だけは外れてくれと願う私に、鎹鴉は続けた。

 

 

 

 

 

 まさか、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

「死亡!! 煉獄杏寿郎!! 死亡ッ!! 上弦ノ参ト格闘ノ末死亡ーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 私よりもずっとずっと強い、あの人が。

 

 

 

 

 

「─────え?」

 

 

 

 先に、死んでしまうなんて。



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想いの行方

 初めて会ったのは、最終選別のとき。

 

 緊張した雰囲気の中で、不安や緊張などないかのように、真っ直ぐ前を見据えていた。

 

 

 あぁ、この人は生き残るだろうな、と。

 

 漠然とそう思った。

 

 

 その年の最終選別で生き残ったのは、私と彼だけで。

 戻ってこなかった子の中には、途中で私が助けた子もいたから、少しだけ泣きたくなった。

 結局、涙はでなかったけど。

 

 その後、唯一の同期だからと、彼と仲良くなった。

 

 鎹鴉を通じての文通から始まり。

 同じ任務をこなし、空いた時間でぽつり、ぽつりとお喋りをする。

 私は善逸を優先していたし、彼にも弟がいたから、会えたのは任務のときと蝶屋敷で治療を受けているときくらいだったけれど。

 

 とても楽しかった。

 それは、離れて暮らす善逸に、罪悪感を抱いてしまうほどで。

 

 後に友情から、別の感情に変わったと気付いたとき。

 私は、大いに戸惑った。

 友人すら初めてだった私に、その感情は受け入れがたくて。

 

 交流を続ける中で芽生えたいくつかの感情には、蓋をした。

 日に日に大きくなる気持ちに、見て見ぬふりをして。

 

 焦れた彼に、私と同じ気持ちを抱いているのだと伝えられたときも。

 一つだけ約束を交わして、変わらぬ関係を続けた。

 

 平和な世になったら、ちゃんと蓋を開けて向き合うから、と。

 

 

 

 鬼を狩る姿を見て。

 たくさんの人に慕われる姿を見て。

 美味しそうにご飯を食べる姿を見て。

 隣で、嬉しそうに笑っている姿を見て。

 あぁ、きっと。

 

 きっとこの人は、多くの鬼を狩って、たくさんの命を救って。

 

 そして、鬼がいなくなった平和な世界で。

 

 ずっと、私の隣で笑っていてくれるのだろうと。

 

 

 根拠もなく、そう思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天ちゃん、調子はどう?」

 

 場所は蝶屋敷の一室。

 柱だからと、一人で一部屋を使っている天ちゃん───音柱の宇髄天元のお見舞いに来ていた。

 

 先の任務で上弦の陸と戦い、本人は片目と片腕を失うも、他の隊士と協力して倒したそうだ。

 上弦が一体減ったのは喜ばしいことだが、犠牲は大きかった。

 

「引退、するんだって?」

「お、もう知ってんのか」

「ここに来たとき、しのぶちゃんに聞いたの」

「へぇ~」

 

 興味なさそうに相槌をうつ天ちゃんに、そういえば聞くことがあったのを思い出した。

 

「ねぇ、善逸のことなんだけど」

「あ?………あー、連れて行ったことか?」

「化粧のこと」

「そっちか」

 

 体中に怪我をしてボロボロになって帰ってきた善逸は、会いに行ったときには疲れて眠っていた。

 その時、気になったのだ。

 善逸が着ていた着物と、化粧が。

 

「あれはあれで、可愛らしいけど」

「あれを可愛いなんて言えんのはお前くらいだわ」

「なにも、女装でなくても良かったんじゃない?」

「男がぞろぞろ行ったら、目立つだろう」

「遊郭は基本的に、男の人が行くものでしょう? やりようはいくらでもあったと思うけど」

「結果的に何とかなっただろ」

「……反省、してないでしょう?」

 

 敷かれた布団の上で胡座をかいて座る天ちゃんは、心底面倒そうな顔をしている。

 それならと、病人には気になるだろう話をしてやることにした。

 

「しのぶちゃん、怒ってたよ」

「………だろうな」

「心当たりがあるの?」

「それなりに」

「ふぅん。じゃあ、罰は甘んじて受けないとね」

「罰? 何のことだ?」

「しのぶちゃんね、天ちゃんが飲む薬だけ、うんと苦くするって楽しそうに言ってた」

「…………」

「ちなみに」

 

 無言で立ち上がり、何処かへ行こうとする天ちゃんに足払いを掛ける。

 まだ片目片腕に慣れていないのか、あっさり転んで恨めしそうに睨んでくる。

 

「頼まれたの」

「……………」

「お薬の時間まで、逃げないように見張ってほしいって」

「……見逃してくれたりは?」

「しない」

「だよな」

 

 逃亡は諦めたのか、今度は寝転がってくつろぎ始めた。

 

 もう見張らなくても良さそうだけど、どうしよう。

 今日は任務がなくて、しばらく時間がある。

 また、善逸の顔でも見に行こうかな。

 

 

「なぁ」

 

 

 静かになったところで、急に話しかけられて驚いた。

 善逸のところに行こうと思っていたのに、いけなくなってしまった。

 

 そうして天ちゃんは、やけに真剣みの帯びた表情で。

 私が今、一番触れられたくない話に触れてきた。

 

 

「お前、泣いたか?」

 

 

 泣く?

 どうして、私が。

 

「……何のこと?」

「何って、分かってんだろう」

 

 分からない、分からない。

 

 私は鬼殺の剣士で、柱で───そして、善逸の姉だ。

 

 

「煉獄のことだ」

 

 

 杏くんは友人で、鬼を狩る仲間。

 死んでしまったのは、悲しい。

 でも、泣くほどではない。

 

 私が鬼殺の剣士で、柱で、善逸の姉なら。

 

「泣かないよ」

「泣いちまったほうが楽だぞ」

「……優しいね、天ちゃん」

「吉野」

 

「いいの、まだ」

 

 まだ、泣けない。

 泣いてしまったら、もう二度と立ち直れなくなってしまう気がする。

 

 私は、弱いから。

 

 自分の気持ちすら、上手く受け止められない。

 

 最後にはちゃんと、たくさん泣くから。

 最期には、きっと素直になるから。

 

 

「まだ、頑張らないといけないから」

 

「はぁ………ったく。馬鹿だな、お前」

「うん」

 

 いつの間に起き上がったのか、天ちゃんは私の頭に残った片手を乗せて、体重をかけてくる。

 重くて俯いてしまったけど、頬は乾いたままだった。

 

 そのまま頭をぽんぽんと、相変わらずの力加減で叩き始めた天ちゃんは、少しの間だけ好きにさせておこう。

 

 これから善逸に会いに行くのだ。

 揺らいだ音なんて、聞かせられないものね。



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約束

 そこかしこにいる雑魚の頸を落としつつ、他の柱を探す。

 みんな方々に散っているようだが、可能なら集まった方がいい。

 

 周囲を探ると、弱い気配に混ざって近場に一カ所だけ、強い気配が集まっていた。

 

 気配は三つ。

 

 一つは、鬼のものだ。

 気配の大きさや禍々しさから、おそらく上弦。

 

 それから、あと二つある気配。

 これは仲間のものだ。

 流石に誰かまでは分からないけれど、もしかしたら柱がいるかもしれない。

 鬼が増える前に合流してしまおうと、強い気配の方向へと一直線に走る。

 

 少しすると、一体の鬼が視界に入った。

 そばには満身創痍な隊士が二人、どちらも見覚えがある。

 まだ生きていることに安堵しつつ、援護をしようと敵に攻撃を仕掛けると、振り向いた鬼の目に文字が描いてあるのが見えた。

 

 それによってこの鬼が上弦であることを確信すると共に、身体が沸騰するように熱くなるのを感じた。

 

 頭の片隅で、無一郎くんの言葉が過ぎる。

 

 

 ───痣が出現する条件。

 

 

 心拍数も上がっている。

 熱くて熱くて、目眩がする。

 でも、きっとこれでいい。

 

 

 心拍数をあげろ。 

 

 

 どろりとした感情が湧き上がる。

 あの日、訃報を聞いたあの時に、身の内に押し込めて封じた感情。

 

 

 強い憎しみを糧に大きくなった負の感情が、身を焦がすほどの殺意に変わっていく。

 

 

 相対した鬼は、上弦の参─────煉獄杏寿郎を殺した鬼だ。

 

 

 仇討ちはできないと思っていたけど、遭ってしまったなら仕方がない。

 

 

 

「───お前の頸は、私が落とす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───心を燃やせ。

 

 いつか聞いた言葉。

 

 私には、程遠い言葉だと思っていた。

 

 

「もっともっと……はやく、はやく………速くッ!!」

 

 

 私には、速さしかない。

 力が弱く、体力も少ない。

 

 それでも、私がやらないといけない。

 

 鬼と斬り結ぶ中、先に戦っていた冨岡さんと竈門くんが援護をしてくれている。

 しかし、傷が深いのだろう。

 動きが鈍く、攻撃を避けきれていない。

 

 対する鬼は、どうしたことか。

 私の攻撃にだけ、反応が遅れているようだ。

 これは動きについていけてない、というより。

 ……躊躇ってる?

 

 冨岡さんと竈門くん、そして私の違いは何?

 

 ……呼吸か、性別。

 

 

 躊躇っているなら呼吸ではなく───。

 

 

「あなた、女が嫌いなの?」

 

 

 問うと、一瞬だけ動きが止まった。

 

 その一瞬で切れたのは頸ではなく、腕。

 それもすぐに再生してしまう。

 腕では意味がない、頸じゃないと。

 

 鬼にも色々いる。

 この鬼のように女を避ける鬼、反対に女を好んで喰う鬼。

 大抵は女の方が狙われやすく、男だけを好む鬼はあまり聞かないけれど。

 この鬼の戸惑いかたは、好き嫌いよりも女に対する苦手意識の方が強いのか…?

 

 何にしても、そろそろ私の体力が限界だ。

 もう、終わらせないと。

 

「冨岡さん、竈門くん。足を狙って」

 

 言うが早いか、二人とも鬼の足を狙い始めるが、相手にも足を狙っていることは伝わった。

 狙う場所が知られている分、長引けば不利になる。

 

 

 でも、隙はできた。

 

 

「さようなら、どうか地獄で苦しんでね。

 

 

 ────雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷」

 

 

 

 鬼の背後でお別れを告げた後、呼吸を使って正面に移動し、頸を切った。

 

 

 目の前で鬼が倒れ、消えてゆく。

 

 

 近くに冨岡さんと竈門くんが無事に立っていることを確認して身体の力を抜くと、急速に地面が近づいた。

 あぁぶつかるな、と思ったとき、寸前で見覚えのある羽織が目の前を過ぎった。

 

「あり、がとう……とみおかさん」

 

「………あぁ」

 

 自分も傷が深いだろうに、支えてくれたのか。

 そういえば、ずっと無口で無表情だったけど、実は優しい人だったなぁ。

 

「ぁ……っ吉野、さん…?」

 

「うん……なあに、かまどくん」

 

 視界が霞んでいく。

 あんなに熱かったはずの身体が、今は冷たくて寒い。

 

 竈門くんの声が揺らいでいた。

 泣かせちゃったかな。

 

「どうして、だって……全部、避けて…」

 

「ぜんぶ、よけたうえで…くびをきる、には……わたしの、たいりょくが、ね……たりなかったのよ。……おにの、くびとひきかえ、に…わたしの、いのちを…さしだした、だけ………あなたたちが、いきているなら…やすいものよ」

 

 深呼吸をしようとすれば、口からは空気ではなく血がこぽりと溢れる。

 

「ぜん、善逸は、どうするんですか!? あいつ、吉野さんのこと大好きでッ、いつも嬉しそうに……吉野さんの話ばかり、して………」

 

「そう、ね」

 

 きっと、泣いてしまう。

 私が、泣かせてしまう。

 

 でも、そのときは、

 

「そばに、いてあげて………ぜんいつはね、さみしがりや、なのよ」

 

「………はい…………約束、します」

 

「ふ、ふふ………あり、がと…」

 

 

 もう、目は見えないけれど。

 両手が、微かに温かくなった気がした。

 

 あぁ、幸せね。

 

 最期は一人なのだろうと思っていたのに。

 

 仲間に、見送ってもらえるのだから。

 

 

 

 

 

 

 脳裏に善逸の泣き顔が浮かび、それが大好きな笑顔に変わる。

 

 私の、唯一の家族。

 

 自慢の弟。

 

 大切で、大好きな善逸。

 

 大丈夫よ。

 

 私がいなくても、独りにはならないわ。

 

 泣いてもいいから、みんなと生きるのよ。

 

 

 

 

 さようなら。

 

 次はもっと、ずっと先の未来で会いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 師範が、頭を撫でてくれた。

 温かくて、優しくて、懐かしい。

 

 周りには、先に逝ってしまった仲間もいた。

 

 そして、守りたかった、敬愛するお館様。

 奥方や、ご息女もいる。

 

 みんな、穏やかに笑ってる。

 

 

「───吉野!!!」

 

 

 大きな、聞き慣れた声で、名を呼ばれた。

 

 

 そうだ。

 約束だった。

 

 

 蓋を開ける。

 押し込めていた気持ちを、一つ一つ丁寧に見つめていく。

 

 

 今までの分もたくさん泣いて、素直になる。

 

 そういう約束。

 

 

 伝えたいことが、いっぱいある。

 

 まずは、何から伝えようか。

 

 とりあえず。

 

 両手を広げて待っているらしい彼の元へ、飛び込んでみようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ、善逸。

 

 いつまでも待ってるから、ゆっくりおいで。

 

 あなたとの約束も、次に会うときには、ちゃんと叶えられるから。




原作沿いの吉野視点はこれで終わりますが、次は別視点で続きます。
気長にお待ちください。


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