IF:ZERO-ONE VS ZO (TAC/108)
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第1話 ボクと博士の研究記録
アバンタイトル


ある日の夜のことである。

爆発事故によって水中に沈んだ実験都市。瓦礫と残骸が迷宮の様相を呈する、人類には到底立ち入ることのできない場所。その一角に小さな研究室がある。謎めいた計器や諸々の精密機器が置かれ、休むことなく演算を行う薄暗い室内で、二人の男が話し合っている。

黒いパーカーのフードを被った青年は、幼さを感じさせる笑顔を浮かべながら、もう一人の男に何事かを尋ねた。

 

「何それ? 新しいキー!?」

「ああ。我らがアークの思し召しというヤツだ。過去のアーカイブを検索したところ、興味深いデータを発見し、それを基にこのキーを開発した。今は、実際にコレが動くかどうか……そしてどのように動くかを検証している最中だ」

 

男は構築中のプログラムを表示するモニターではなく、モニターに繋がれているカーキ色の鍵型装置だった。機械的な意匠のある形状から、電子鍵の類であることは判別できる。バッタを人型にしたような怪人のイラストや、機能を示す『TYPE:ZETSUMETSU』の文字が確認でき、物々しい雰囲気を漂わせている。

全ての演算を終え、男がキーを青年に渡す。幼子のように満面の笑みを浮かべて、青年が喜びを口にした。

「これでまた新しい友達が増えるんだぁ……! あ、そうだ! 暗殺ちゃんは?」

「バックアップデータの整理中だ。(じん)、お前は街に出て『お友達』を探してこい。新しく技術的特異点(シンギュラリティ)に到達したヒューマギアが現れた」

男が青年に機械仕掛けのベルトを持たせる。帯の内側に無数の棘を備える、明らかに人間が使うに適さないベルトを、青年……迅は慣れた手つきで懐にしまった。

そのまま部屋を出ようとする迅を、男が呼び止める。一拍置いてから彼は、ニヤリと笑みを浮かべながら静かに言った。

 

「一つだけ言っておく。今回のゼツメライズキーは()()()だ。我々にも予想外の挙動を起こすかもしれん。扱いには気を付けろ」

 

迅が間延びした返事をして去っていく。遠足に行く幼児のような心持ちで、彼は人々の住む街へと繰り出していくのだ。

人工知能を搭載し、物体認識の機能によって人間の暮らしを支援する人型ロボット『ヒューマギア』を、自らの同胞(尖兵)へと変えるために。

研究室の壁に掛けられた布こそは彼らの旗印。無機質な紋章を取り囲む『滅亡迅雷』の四文字。

 

彼らの名は、滅亡迅雷.net(めつぼうじんらいネット)

人類滅亡を企てる凶悪なサイバーテロリスト組織であると同時に、僅かに二人の構成員によって維持されている()()()()()()()()()()()()()である。

 

滅亡迅雷.netの首領たる男……(ほろび)は、再びモニターに向き直った。先程の演算結果を再確認しているのだ。不測の事態に備え、彼らでも制御できなくなった場合の対策を練る。

モニターに映された鍵型装置・ゼツメライズキーの画像データを滅は睨みつける。実物と同じくカーキ色のキーに刻まれた、恐るべき怪物のデータ。数多の絶滅種動物を歴史上に記してきた人類にすら手に余る、新たな生命体の名を冠する、極めて凶悪な魔性の機械(マギア)

 

——『DORASMAGIA(ドラスマギア)』の名を。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

IF:仮面ライダーゼロワン

 

ZERO-ONE VS ZO



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A Part-1


人工知能搭載人型ロボ・ヒューマギアが、様々な仕事をサポートする新時代。
AIテクノロジー企業の若き社長が、人々の夢を守るため今飛び立つ——!



飛電(ひでん)インテリジェンス二代目社長・飛電或人(ひでんあると)の朝は早い。

飛電インテリジェンスが開発したヒューマギアは、既に人々の生活に深く根付いている。高度なAIテクノロジーは、極めて汎用性の高い人型ロボットを生み出した。しかし、企業というものの常として、新しい製品を開発し続けて、商品の可能性を模索する必要は生じる。

 

加えて、()()()()()()()()()()()()()()。現在の彼はなんと僅かに22歳、大企業の社長としては異例ともいえる若輩なのだ。彼の前歴は売れないお笑い芸人であり、経済のイロハに詳しいわけでも、ヒューマギアの内部構造を知悉しているわけでもない。本人曰く『社長なのに新入シャイーン(社員)!』である。あるいは、ピカピカの社長一年生とも言うべきか。腹芸もそこまで得意な方ではない。

 

そういった理由もあり、飛電或人の社長としての業務とは、専らヒューマギアが運用されている仕事の場に社長自らの足で出向くことで、ヒューマギアの良さをプレゼンしたり修理の依頼を請け負ったりするという方向になる。

かくして、或人が現在向かっているのは、植物の研究を長年続けている秋月孝三(あきづきこうぞう)という学者の研究所だった。その目的とは、秋月氏が使用している研究職支援型ヒューマギア・白辺(しらべ)テルゾーの修理にあたって、実物を受け取りに行くためであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「よく来てくださいました、社長さん」

研究所に備えられた植物園で、飛電或人は初老の男と握手を交わしていた。朗らかに笑う恰幅の良い男性、彼こそ植物学者・秋月孝三その人である。周囲を見回すと、奇妙な形状の植物が数多く育成されている。

 

「この研究所では現在、食虫植物を主な対象として研究が進められています。秋月博士は食虫植物の研究において一定の功績を残し、現在はこの『秋月植物研究所』の所長を務めています」

「詳しいですな、お嬢さん。そちらもヒューマギアで?」

「飛電インテリジェンス社長秘書のイズと申します。私は或人社長を支援するヒューマギアです」

ハエトリグサを前に目を輝かせる或人に向かって、一人の女性が言った。機械のヘッドギアは、彼女がヒューマギアであることを示している。

彼女の名はイズ。飛電インテリジェンス社長秘書の役割を担うヒューマギアだ。或人と共に行動し、彼を的確にサポートする敏腕秘書である。

 

「ひぇ〜すっごいなァ——ってそういえば! 博士、ヒューマギアの修理って話なんですが……具体的にはどのような?」

未知の研究に感嘆する青年から、或人は社長の顔に戻った。彼の用事は、修理すべきヒューマギアを孝三から受け取ることである。孝三は自らが所有する機体について語り始めた。

「そうでしたな。御社のヒューマギア『白辺テルゾー』なのですが、私は彼に色々と研究を手伝ってもらっていました。論文執筆や文献の調査、あるいはこの研究所で育てている植物の観察など、諸々の研究がかつて以上に捗っていたのは彼のお陰です」

現在、秋月孝三の年齢は62歳である。彼がテルゾーを購入した主な動機は、老化に伴う体力的な問題をカバーするためであった。しかし、彼が漠然と予想していた以上の成果をテルゾーは出すことができた。そこで孝三は、テルゾーを自らの研究に積極的に関わらせたのだという。

 

「そうしておよそ一年が経過しました。今から三週間ほど前、私が植物園にいたテルゾーを呼んだのですが、どうにも反応が遅く……以降も似たようなことが度々起こったので、何か不具合があるのではないかと」

「センサー関連の異常が考えられます。本社でのメンテナンスを推奨しますが、いかが致しますか?」

或人にとって孝三は一人の客であると同時に、ヒューマギアを自らの裁量で最大限に扱ってくれている人物だということがわかった。ならば、或人の答えは一つである。

「よし! だったら、まずは実物を見に行かないと。秋月博士、テルゾーは今どこに?」

或人が尋ねたその時、先程まで或人と話していた孝三の視線が、或人の後方に向かった。

 

白衣を着た若い男性が、植物園の一角を見つめている。男の目とヘッドギアが青く光り、目の前に生えていたサラセニアについての分析を素早く完了する。男は眼鏡を掛けると同時に、孝三のいる方に歩いてきた。

「博士、C区画のサラセニアは状態が少し良くないようです。栄養過多が原因かと」

「自分で調べたのか!? よくやったな、テルゾー。改善案はあるか?」

「与える水の量を少し減らす必要があります。現状で水が多すぎるのであれば、減らしても問題はないかと」

孝三と話しているヒューマギア、彼こそ飛電インテリジェンスが修理依頼を請け負った研究職支援型ヒューマギア、白辺テルゾーであった。

自分だけで植物の状態を調べ、改善案まで提示してみせたテルゾーの様子に、或人はまたしても感嘆させられる。

「あれが白辺テルゾーか……技術研究のサポートに使われるヒューマギア、だったよな? だからあんなこともできるのかな」

「高くはないですが、そういった挙動ができるという可能性もあります。しかし……長期の使用に伴い、何らかの形でエラーが起きている場合も考えられます。本社に搬送し、点検を行った方が良いでしょう」

イズは冷静に状況を分析し、依頼を遂行すべきだと伝える。テルゾーと話し込む孝三の肩を、或人が後ろから突いた。

 

「あの、博士。もしかしたら、今後の使用で不具合が生じるかもしれません。本社で一度テルゾーを点検し、何もなければ問題なく返却するという形で良いですか?」

「どのくらい、時間がかかりますかな? なにぶん私も老骨というやつです。研究を進めるため、できれば早い方が良いのですが……」

「長くても一週間あれば。停止したテルゾーの機体をトラックに積んで運びます。トラックが来るまでに、テルゾーの機能をシャットダウンしてもらえますか? イズ、飛電の本社からヒューマギア配達用のトラックを呼んで!」

承知致しました、とイズが返す。或人が孝三の方に向き直ると、孝三が今まで見せたことのない焦りの表情を浮かべていた。

「博士、どうしまし……あ!」

周囲を見渡して、或人がようやく表情の意図を理解する。先程まで孝三の傍らにいたはずのヒューマギアが——。

 

「白辺テルゾーが、いなくなったァー!?」

 

つづく。



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A Part-2

植物園の外は、美しい花を咲かせる植物が見られる庭となっている。秋月研究所は年に4回、外部に向けて一部エリアの一般公開が行われる。単純に景観に優れるというだけではなく、秋月植物研究所が研究する対象の幅広さを示すオブジェクトでもあるのだ。

白辺テルゾーはパンジーの前に跪き、紫色の花をじっと見つめていた。

 

「やあ。君が新しいお友達だよね?」

 

背後から声をかけられ、テルゾーが振り向いた。そこにいるのが自然であるかのように振る舞う、あまりにも不自然な色彩。黒いパーカーを着た青年が、テルゾーに向かって笑いかけた。

「何の用でしょう? 現在この研究所は一般公開されていないのですが……」

「ああ、そういうのじゃなくて。()()()()()()()()()()()

「な——ぐああーっ!?」

青年がテルゾーに歩み寄り、右掌を彼の腹部に押し付ける。電流と衝撃がテルゾーの全身を迸り、彼の人工知能(AI)が無数に警告音を鳴らし始めた。一秒前まで正常だった視界が、フィルターを差したように赤く染まる。テルゾーの腹部には、機械的なベルトが既に巻かれていた。帯の裏側にある無数の棘で固定され、正常なアルゴリズムを保てない中で外すことはテルゾーには不可能であった。

 

「私の<人類>仕事は<滅亡>……博士の研究を<Annihilation>手伝うこと! 人間を滅ぼすなど<Connecting……40%>できません!」

時間が経つごとにAIが侵食されてゆくが、テルゾーは必死に抵抗する。ヒューマギアの膂力で青年に掴みかかるが、僅かな動きで躱され白衣のポケットに何かを差し込まれた。

「君の仕事は……人・類・滅・亡。わかるよね?」

青年——迅に足を引っ掛けられ、テルゾーが転んだ。人工皮膚の顔面が浮かべる苦悶の表情は、彼が()()()()()()()()()()()()()ヒューマギアであることを意味していた。

 

「嫌<How To Kill>だ……私<Installing>は……僕は……嫌だァーッ! うわぁぁぁーーー!!」

地面に叩きつけられた身体を起こすと、泣き喚くような声を上げてテルゾーは走り出す。どこに辿り着くかなど彼自身にも分からない。テルゾーにとって最重要だったのは、正体不明の何者かから逃げることだった。

 

「えっ、あ、ちょっと! どこ行くの!? あー、逃げられちゃった……」

不意を突かれて逃げ出され、テルゾーは一瞬のうちに迅の視界から消えてしまった。少し不機嫌そうな表情を作った後、迅は恐怖に怯えるような声を上げた。

「マズい! キーは渡したけど、このまま逃がしたら滅に怒られる! 早くお友達見つけないと!」

見失った標的(お友達)を探すため、迅は当てもなく何処かへと走り去っていった。

 

▲▲▲▲▲▲

 

<Fatal Error>

回路が灼けていく。

<Memory is broken>

記録が消えていく。

<Storage 2.15GB 400KB>

かつて白辺テルゾーが保有していたデータが消失する。

 

<Connecting……75%>

嫌だ! どうして! 僕はただ研究したかっただけなのに! 秋月博士と一緒にもっと色々知りたい! もっと褒めてもらいたい! まだ仕事が残ってるのにどうしてこんな!

<No Data available>

秋月はkkあせ? だレだっけ? 調べなきゃ……<Searching 秋月博士>『秋月孝三とは、日本の植物学者。食虫植物の研究を主として行っており——』

<Data transmission>

<Connecting……90% >

秋月博士 ■さなきゃ 博士に ■■しないと 博士 ■■てくれるかな 博士

 

<Connecting……100%>

<transmission complete>

滅亡迅雷.netに接続。

 

<METSUBOU JINRAI.net>

 

▼▼▼▼▼▼

 

研究所全域に、突如として警報が鳴り響く。

修理依頼を受けていた白辺テルゾーを探していた或人達三人が、その音量に足を止めた。

『緊急事態が発生しました。各員は速やかに、各々の判断で避難を行ってください。繰り返します。緊急事態が——』

「或人社長、これは……」

「急に何だ!? いや、ひょっとしたら……」

イズも或人も、その先を口には出さなかった。状況の結論を保留したか、あるいは()()()()()()を口にするのは憚られたか。

「とりあえず、この研究所から出ましょう! 研究所の入口、東門に輸送用のトラックを呼んであるから……イズ、もしもアイツらが出たら、博士を連れて飛電の本社まで逃げて! 俺は最悪一人でも——ってアレは!?」

 

或人は見つけた。いや、見つけてしまった。

頭から血を流して地面に横たわる研究員と、研究員の上体に馬乗りになっているヒューマギア……白辺テルゾーの姿を。

テルゾーの両腕は赤黒く染まっている。それが何の色であるか、或人は瞬時に理解した。テルゾーの両眼が、赤く光った。

「逃げろイズ! 早く! 博士を連れて!」

「承知致しました。或人社長、どうかご無事で」

形式の挨拶を返すと、イズは孝三の身体を右肩に担ぎ走り去っていく。有無を言わせぬ迅速な対応は、ヒューマギアの出力が為せる業であった。

「お前も……滅亡迅雷にやられちまったのかよ!」

或人の叫びは警報の音に掻き消され、テルゾーに届くことはない。テルゾーは白衣のポケットから電子キー型の装置——ゼツメライズキーを取り出し、起動スイッチを押した。

 

『ドラス!』

腰のベルトにキーを装填すると、赤いコードが突き刺さって罅割れた。不気味な音色を響かせながら、テルゾーは赤く染まった手でスイッチを押し込んだ。

 

『ゼツメライズ!』

 

無数の線がベルトから突き出し、折れ曲がりながらテルゾーの全身を包み込む。絶滅種の力を過去から現在に呼び戻す悪夢の兵装、その名をゼツメライザー。かつて在りし者達の力は、今の世界を打ち壊すために振るわれる。ある意味では、死者の蘇生とも言える奇跡の具現だ。

そのようにして生まれる、ヒューマギアが変ずる機械の怪物。ヒューマギアにあってヒューマギアに非ず。人間社会を回す歯車は既に無い。

 

彼らは『マギア』。魔法(マギア)のように新生した、絶滅の魔性にして機械の怪物である。

 

かくして現れし此度のマギアは、人類をも凌駕する新たな生命体のデータから生み出された。一人の男が創り上げた狂気の怪物。その凶悪さ故に枷を嵌められながらも、外界に接触する端子を使い、完全な生命に成ろうとした者の残滓は、人類滅亡という使命を帯びて人間社会に降り立った。

 

冷酷にして残忍。人間が創り出した孤独の絶滅種にして、その端子。

もはや白辺テルゾーというヒューマギアの面影は無い。怒りに満ちた形相と、鈍く光る体躯が彼の全て。

 

爆発の如き衝撃の後、ドラスマギアが姿を現した。

 

B Partにつづく。



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B Part-1

「滅亡迅雷.netの意志のままに……」

 

ドラスマギアが歪んだ声で言った。辛うじてかつてヒューマギアだった者の面影を残す、その声で。

滅亡迅雷.netに乗っ取られたヒューマギアは、決して元には戻らない。マギアに対する唯一の対策とは、マギアの破壊であった。

或人が大きなバックルを取り出す。腰に当たると自動的に帯が展開され、ベルトに内蔵されたシステムが起動する。

『ゼロワンドライバー!』

「……やるっきゃない! ここで止める!」

或人がゼツメライズキーと酷似した装置——プログライズキーを取り出し、同じようにスイッチを押す。起動したキーをベルトの中心部にかざすと、ベルトが認証の完了を告げた。

『ジャンプ!』

『オーソライズ!』

鳴動の音は空から響く。宇宙から世界を見守る飛電インテリジェンス社製の人工衛星・ゼアが、ベルトのシステムと連携して巨大なバッタ型の機械を出力したのだ。地面に降り立ったバッタは一つところに留まることなく、辺りに衝撃を走らせながら跳び回る。

ベルト中心部から光が放たれ、立体映像が描かれる。映るのは或人が『変身』する戦士の姿。飛電インテリジェンス社長専用変身ベルト・飛電ゼロワンドライバーに組み込まれた、人類とヒューマギアの危機に立ち向かう戦士のカタチだ。

「変身!」

展開状態のプログライズキーをベルトの右側に挿入する。バッタが一際大きく跳び上がり、黄色の光に分解された。

 

『プログライズ! 飛び上がライズ! ライジングホッパー! A jump to the sky turns to a riderkick.』

 

ホログラムが或人の全身を透過し、黒いパワードスーツが全身を包んだ。続いて黄色い光が頭部から爪先まで全身各部の追加装甲に変わり、右手には鞄型の兵装が生成された。

流線型のフォルムと黄色い追加装甲、赤く輝く複眼。これこそは飛電インテリジェンス社長の新たなる『仕事着』。新時代を戦うためにデザインされた、新たな騎士の姿。

 

空への跳躍は、やがて騎士の一撃(ライダーキック)へと変わる。

仮面ライダーゼロワン・ライジングホッパー。

夢に向かって飛び立つ社長は、人類の夢を守るために仕事場(いくさば)へと降り立った。

 

10メートルはあるドラスマギアとの距離を、ゼロワンは一度の跳躍で至近まで縮めた。ジャンプの勢いを乗せた拳が、ドラスマギアの胸を強かに打つ。ライジングホッパーが再現するのはバッタの能力。ゼロワンの基本システム内において、脚力でこの形態の右に出るものはいない。

ドラスマギアは踏み止まって殴り返したが、ゼロワンは鞄を盾に押し返す。衝撃を返されて怯んだ隙に、ゼロワンは鞄を()()()()()()()()()()()

『ブレードライズ!』

中天の光を受けて刃が銀色に煌めく。鞄型兵装・可変剣アタッシュカリバーの攻撃形態・ブレードモードが起動した。

ドラスマギアが体を捻り、強力な右ストレートを放つ。突き出された拳を踏み台にして飛び上がり、上空からゼロワンが斬り下ろす。逆手に持ち替えてドラスマギアの腹に刃を押し当て、ゼロワンは力を込めて斬り抜けた。確かな手応えを感じ、或人の戦意が高揚する。よろめいた隙に蹴りを入れ、跳ね返る勢いを利用して距離を取った。

「あんまり強くないな……今のうちに倒せるなら!」

『チャージライズ!』

刀身を折り畳んで鞄の形に戻すと、アタッシュカリバーが蓄えたエネルギーを刃に集め始めた。ブレードモードを再起動すると同時に、剣が黄色い燐光を纏う。

『カバンストラッシュ!』

両脚に力を入れ、光の軌跡を描きながらゼロワンが跳ぶ。アタッシュカリバーを逆手持ちに、光刃をドラスマギアに直接叩き込んだ。颯爽と斬り抜け、ゼロワンが残心めいて剣を振った。黄色の光刃が爆ぜ、衝撃が塵を巻き上げて煙を作る。

「やった……ってワケでもなさそうだな」

煙の中から現れたドラスマギアは健在だった。確かなダメージに動きを鈍らせつつ、ドラスマギアは自らの後方に向け手を伸ばす。指先からケーブルが延び、一瞬にして警備用ヒューマギアを引き寄せてしまった。

「しまった! これじゃ被害が——え?」

或人は妙な違和感を覚えた。滅亡迅雷.netの手に落ちたヒューマギアは、ケーブルを伸ばして他のヒューマギアをハッキングする能力を持つ。大抵の場合、その能力は戦力の増強に使われるのだが、今回はどうも様子が違う。

 

滅亡迅雷.netに接続されかかり、視線を虚ろにした警備員のヒューマギア。ドラスマギアは顎の部分を展開し、両手で掴み上げた彼を——()()()()()()血管(ケーブル)が飛び出し、血液(潤滑液)を噴き出させ、人工皮膚と金属の骨格を食い破る。人喰いの化物を思わせる異様な光景に、或人はただ唖然とする他なかった。

「何……してんだよ……?」

思わず口をついて出た言葉は、勇壮とは程遠いか細い声によって発せられた。それだけドラスマギアの所業は、他のマギアとかけ離れたものだったからだ。

ドラスマギアは動かなくなった警備員を無造作に放り捨て、再び指先からケーブルを延ばして何かを吸い上げる。ヒューマギアを稼働させるためのエネルギーのようだ。ある程度エネルギーを吸い上げてから、無機質な声が呟いた。

 

「エネルギー充填、完了」

 

僅かに姿勢を低くした次の瞬間、ドラスマギアの姿が消えた。風圧を背後に感じ、ゼロワンが剣で何かを受けるも、威力を殺しきれずに身体ごと吹き飛ばされる。ドラスマギアの回し蹴りが、以前とは比べものにならない強さで襲ってきたのだ。

ドラスマギアに首を掴まれながら、ゼロワンは辛うじて自由になっている左手で顔面を殴る。ドラスマギアは微動だにせず、ゼロワンの身体を地面に叩きつけた。システムが限界を迎え、ゼロワンの変身状態が解除される。或人は激痛に身動きが取れず、仰向けのまま倒れていた。

「強え……ヒューマギアから奪った、エネルギーで、ここまでやるかよ……」

呼吸もままならず、精一杯の悪態が途切れる。ドラスマギアの出力は圧倒的で、或人は重傷を負っている。逃走は不可能であった。

 

しかし、もはやこれまでと諦める気は、或人には毛頭なかった。

何度も経験した逆境である。お笑い芸人として芽が出なかった日々を、或人は思い返した。

動画サイトに投稿したギャグの再生数が、一ヶ月経っても二桁に達しなかった時。舞台でギャグを披露した時、数少ない観客ですら誰一人笑わなかった時。SNSでエゴサーチしても、コキ下ろすどころか自分の名前を呟く人間すら全く見かけなかった時。

つまりは、それと同じだ。万事が簡単ではないと知りながら、無謀であれ何であれ挑んできた或人の精神力が、激しく痛む肉体を衝き動かしていた。

 

「たった一回ブッ倒されたくらいで、眠ってなんかいられるかよ……! 俺はな、七転びしても寝起きはバッチリなんだぜ……!」

激痛に耐えながら、或人は腕に力を入れて起き上がる。震える右手でプログライズキーを握り、

「七転び……寝起き? 理解不能。該当データなし」

ドラスマギアが僅かに首を傾げた、その時であった。ドラスマギアの全身に、無数の銃弾が突き刺さった。銃声は一つではなく、複数聞こえてくる。或人が後方を見遣ると、二人の男女が青い銃器を構えながら走ってくるのが確認できた。それを追い越す形で社長秘書・イズが滑り込み、或人の手を取って肩を組んだ。

 

「今のは『七転び八起き』という慣用句に、寝起きという言葉を掛けた——ギャグです」

「イズ! ……だからさ、ギャグを説明すんなって……!」

イズが自信満々とばかりにドラスマギアを指差す。それはお笑い芸人アルトの決めポーズだった。ギャグを説明されたことに対し言葉の上ではダメ出しをしつつも、或人は安堵の笑みを浮かべていた。

或人達の前方に、男女が並び立つ。二人とも既にプログライズキーを握り、戦闘準備に入っていた。

 

A.I.M.S.(エイムズ)……!」

「随分と派手にやられたようだな、社長。コイツは俺達がブッ潰す、アンタは引っ込んでな」

『ショットライザー!』

『バレット!』

男が青いプログライズキーを片手で展開した。認証(オーソライズ)を経ていないキーのロックは素手で解除するものではない。開けるのは一瞬だが、男が込めた力は尋常なものではなかった。

『ダッシュ!』

「人工知能特別法違反を確認、対象を破壊する!」

対して女は冷静そのものであった。プログライズキーを起動し、青い拳銃の銃身に挿し込むと、腰に巻いたベルトに拳銃を固定した。

『オーソライズ! Kamen Rider. Kamen Rider. Kamen Rider……』

「変身!」

『ショットライズ!』

二人が同時に引き鉄を引いた。銃口から銀色の弾丸が飛ぶと同時に、男が全力で駆け出す。

危ない、と或人が叫ぼうとしたが、時既に遅し。ドラスマギアの胸に刺さり回転する弾丸と、男が突き出した拳が衝突した。

「!?」

衝撃に吹き飛んだのは、ドラスマギアの全身だった。銀弾が爆ぜ、男の肉体が青と白の強化外骨格に覆われる。後方に控えていた女も、同様に橙と白の装甲を纏っていた。

 

『シューティングウルフ! The elevation increases as the bullet is fired.』

『ラッシングチーター! Try to outrun this demon to get left in the dust.』

 

ヒューマギアは人間の生活に欠かせないほどに普及している。であれば、人工知能に対応した法律が制定され、()()()が起こった際に出動する機関が設立されるのも、一つの道理である。

Artificial Intelligence Military Service、略称『A.I.M.S.』。人工知能特別法に違反するヒューマギアを取り締まる権限を持ち、暴走した場合に備えて破壊するための武力を持つ、人工知能特務機関。

ヒューマギアを生産する飛電インテリジェンスが仮面ライダーゼロワンを最強の防衛システムに据えているのと同様に、A.I.M.S.が保有する最強の戦力もまた『仮面ライダー』であった。

 

弾丸を放つが如く、彼は高みへと昇り詰める/逃げてみろ、この悪魔に圧倒されるために。

A.I.M.S.隊長・不破諫(ふわいさむ)が変身する、オオカミを模した青いライダー/A.I.M.S.技術顧問・刃唯阿(やいばゆあ)が変身する、チーターを模した橙のライダー。

仮面ライダーバルカン・シューティングウルフ。

仮面ライダーバルキリー・ラッシングチーター。

闘志を燃やす人狼と冷徹なる戦姫が、倒すべき敵に狙いをつけた。

 

バルカンは拳銃——エイムズショットライザーをベルトに固定すると、ドラスマギアとの格闘戦を開始する。高い出力により速度ではドラスマギアが勝る。バルカンの拳打を避けると、後方からバルキリーの射撃が正確に各部を狙い撃つ。右腕を撃たれ、損傷を確認した一瞬の隙を狙い、バルカンが首筋にラリアットを浴びせた。倒れ込んだドラスマギアの胸を踏みつけ、バルカンが容赦なく腹部にショットライザーの弾丸を叩き込む。ゼロワンが斬り裂いた腹から入った銃弾が、ドラスマギアの内部で暴れ回った。バルカンが後ろへ跳んで反撃に備える。

「……010は……僕……は」

言語機能に深刻なエラーが発生したのか、譫言めいてノイズを吐き続ける。地面から跳ね返るように起き上がると、ドラスマギアの肩から赤い光弾が連射される。バルカン達は身体を伏せて乱れ飛ぶ光弾を避け、その場から動かないドラスマギアを撃ち続ける。

 

いつ果てるとも知れぬ銃撃戦に、割って入った影があった。吹き荒れる突風が、ショットライザーの弾丸もドラスマギアの光弾も弾き飛ばす。

「お前は……」

「滅亡迅雷ッ!」

不破が仮面の下で怒りに顔を歪める。銀の翼を広げるマゼンタカラーの戦士が、純朴な幼子のように二人に手を振った。

「悪いけどさ、今お友達を倒されちゃうと困るんだよね……だからさ!」

広げた翼から光刃をバルカン達に向けて飛ばし、二人が避けている隙に新たな影は飛び去っていく。彼の両脚には、眼から光を失ったドラスマギアがぶら下がっていた。

「バイバーイ、A.I.M.S.!」

「待てッ!」

バルカンが空中の敵を撃つが、奇妙な回転機動で弾丸を全て躱され、謎の戦士の姿は空の彼方へと消えていく。逃がしたか、と苛立ち混じりにバルカンが空に向けて発砲する。

昼の空が、徐々に曇り始めていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

A.I.M.S.とドラスマギアの戦闘に紛れて逃走した或人とイズは、研究所東門の前に駐車された車両に乗っていた。イズに案内される形で乗り込んだのは、A.I.M.S.が使用している車だった。不破達の部下と思われる男が、この車を運転している。

「エイムズの車……なあイズ、コレどこに向かってるんだ?」

「飛電インテリジェンスです」

驚く或人に、イズが事情を説明する。

元々イズはヒューマギア・白辺テルゾーを飛電インテリジェンスまで運ぶために呼んでいたトラックに秋月孝三を乗せて、飛電インテリジェンスに匿おうとしていた。そのタイミングで偶然にもA.I.M.S.の部隊と遭遇したイズは、滅亡迅雷.netのヒューマギアが暴れていることを伝える。状況を把握したA.I.M.S.側との協力を取り付け、先にヒューマギア輸送用トラックで孝三を運び、A.I.M.S.の車両は『緊急時に備えて』待機させることにした、ということであった。

「ソレに俺とイズだけ乗っちゃっていいの?」

「急を要する事態ではあったので。あれ以上戦闘を続行すれば、命の保証はできませんでした」

「マジか……いや、なんかすいませんねホント」

或人が謝ったのは、A.I.M.S.の運転手だった。A.I.M.S.による飛電インテリジェンスの捜査以来、何かと縁のある不破諫の怒り顔を思い出しつつ、運転手からは見えていないにもかかわらず頭を下げる。

「不破さんは絶対良い顔しないけど、一応怪我人だって言いますからね。何も違反ヒューマギアをブッ潰すだけが、A.I.M.S.(ウチ)の仕事じゃないってコトで、どうでしょ」

まだ若いA.I.M.S.の運転手が和やかに返した。彼個人としては特に気にしてはいないようで、或人はその優しさに胸の内が暖かくなる思いだった。

「曇ってきたかな……洗濯物取り込んだっけ……」

運転手がボヤく声が、或人達の耳に入る。イズはインターネットで今日の天気予報について検索をかけた。夕方から夜にかけて雨が降るらしいという予報を、イズは或人に伝える。

「一雨来るか……なんとなくだけど、不安になるよなぁ」

雨の予報に不穏な何かを感じながら、或人は車両のシートに身を横たえる。車両の走行する重苦しい音が、いつにも増して大きく聞こえた。

 

つづく。



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B Part-2

午後4時、飛電インテリジェンス・社長室。

滅亡迅雷.netによる秋月植物研究所襲撃事件は、研究所に多大な被害を齎した。負傷者19人、破損ヒューマギア8体。負傷者のうち重傷者6名に加え、修理中ヒューマギアが2体、破棄及び戦闘で破壊されたものが4体、残り2体に至っては消息不明と、今回の事件で飛電インテリジェンスが被った被害も大きい。

ヒューマギアに関する事件で真っ先に疑われるのは、ヒューマギアの生産を担う飛電インテリジェンスだからだ。そのことに頭を悩ませる男が、社長室に三人いる。一人は飛電或人。残り二人は、この会社の幹部社員であった。

 

「今回こそは言い逃れもできませんよ、社長。我が社が今、どれほどの窮状に立たされているか分かっているのですか!?」

「そうですとも。最悪、今度ばかりは社長辞任どころではなく飛電の会社そのものが……!」

 

中年の男と、初老の男。飛電インテリジェンス副社長・福添准(ふくぞえじゅん)と専務取締役・山下三造(やましたさんぞう)である。長年飛電に尽くしてきた彼らは、先代社長の指名があったとしても、或人が社長の座に就いている現状を快く思ってはいない。社長の座から引き摺り下ろそうと、何かあれば或人に嫌味たらしく絡んでくるのが日常である。

或人の方も徐々に彼らのいなし方を覚えてきている。故に、社長として或人が思案していたのは滅亡迅雷.netへの対応だった。

「聞いてるんですか社長!?」

福添が叫ぶ。半ば涙声である。先代社長・飛電是之助(ひでんこれのすけ)の死後には己が次期社長であろうと踏んでいたのが、諸々あって会社そのものが危地に立たされている。或人とて彼の心情が読めぬ冷血漢ではなく、慰めるように言葉を掛ける。

「分かってますって。飛電が潰されるなんてコトにならないように、俺達はやるべきことをやるんですよ」

社長の椅子に座る或人がイズに目配せをした。イズは社長専用の机から一枚の紙を取り出し、福添に渡す。

 

「私と或人社長で設定した、明日以降のプランとなります。明日の午後に緊急記者会見の場を設けましたので、或人社長はこちらに出席し、後の対応は副社長に任せるとのことです」

福添が担当するのは雑誌関連のインタビューである。普段であれば腹に一物を抱えて受け入れるところだが、ここで下手を打てば飛電が存亡の危機に陥るのは火を見るより明らかだ。社長の責任どうこうの問題ではない。福添は一瞬のうちに目まぐるしく表情を変え、肩を落としながら紙を受け取る。

「ぐぬぅ……! 次こそは、矢面に立ってもらいますからねッ!」

不安と怒りの混ざった呻き声を上げ、懐から取り出したハンカチを噛みながら福添が去っていく。山下もその後を追って、社長室から出て行った。或人はほっと一息吐いて、社長室の白い壁に目を遣った。

 

「これで大丈夫ですよ、秋月博士」

 

白壁が複雑怪奇な変形を見せ、社長室のもう一つの顔を露にした。

未使用状態のヒューマギアが安置される専用の装置や、人工衛星ゼアの命令を受けて新装備の開発を行う機械、プログライズキーを装填し戦闘データの解析を行う機器など様々な研究用設備を持つ『秘密のラボ』。秋月研究所の所長である秋月孝三は、そのラボで或人達を待っていた。

「社長さん、話は終わりましたかな?」

「ハイ、今後の対応はバッチリって感じ……ですかね?」

後方に控えていたイズが無言で親指を立てた。何だかんだと言って、或人は決して福添のことは嫌いではない。経済のイロハも政治力学も知らぬ或人にとって、たとえ会うたび睨まれたり嫌味を言われるような間柄であったとしても、福添をはじめとする飛電の重役達は立派な先達である。一定の敬意を払えばこそ、彼はゴシップ誌への対応を福添に一任(丸投げ)できるというわけである。

 

「にしても……暇になっちゃったなァ〜」

或人が伸びをしながら言った。事件の元凶たる白辺テルゾーは研究所で見たきり行方をくらましている。他の場所で暴れたならばA.I.M.S.か飛電の社員か、誰かしらから情報が入るが、そういった報告は無い。

この一時だけは、静かで平和な時間だった。帰宅するにも、終業にはまだ早い。或人は思いついたように手を叩き、孝三の方を向いた。

「そうだ、せっかくですし博士から聞きたいんですけど」

そこまで言って或人は気づいた。テルゾーのことを今の博士から聞くのは傷心の女性に元カレのことを聞くのと同じことだ。固い意志を持って他人の心に踏み入ることはあっても、或人は失言が分からぬ人間ではなかった。

「……テルゾーのことですかな?」

或人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。察しの良さからではない。彼が全く嫌な顔をしなかったからだった。

「い、良いんですか……? いや、暇つぶしに聞こうとしたのはちょっとマズかったかなって……」

「ハハハ、貴方はヒューマギアを作る会社の社長さんでしょう。私から聞きたいとすれば、やはり彼の話ではないかと思っておりましたよ」

或人は少しだけ気恥ずかしくなった。ラボに置かれた椅子に座り、二人が向かい合う。計器の駆動音と、イズが二人分のコーヒーを淹れる様子を背景に、孝三は己の思い出を語り始めた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

同じ頃。

一台のバイクが高速道路を駆ける様を、空から見ていた者がいる。マゼンタと銀の装甲を纏う彼こそ、滅亡迅雷.netの凶悪なるヒューマギア・迅……またの名を、仮面ライダー(ジン)。本来ならば彼の両脚からぶら下がっているべきドラスマギアは、既にいなくなっている。

理由は単純であった。いかなる理由によってか、稼働限界を超えるダメージを負っていた筈のドラスマギアは再び動き出し、彼の制御下を離れてしまったのだ。

迅としては『親』にあたる滅に怒られるのは避けたい。そういうわけで、現在彼はドラスマギアを追っている最中であった。ドラスマギアは高速道路を走行していた一台のバイクを強奪し、我が物として法定速度を超えて走行している。ゆうに時速150kmは出ているだろう。マシンの限界を無視した走り方である。

バイクの速度は徐々に上昇していく。高速道路を逆走しながら、走ってくる車に向けてケーブルを伸ばし、エネルギーを吸収しているのだ。構造を別のものに置き換えて、ドラスマギアはバイクと一体化していく。

もはや迅が追える速度ではなくなっていた。遥か彼方……街の方角へと走り去る姿を、空中に浮遊しながら呆然として見つめる。

「えー、どうしよう……滅に何て言えばいいかな……」

迅は肩を落とし、彼らの棲み家であるデイブレイクタウンの方へと飛び去っていった。

 

数分後。雨の降る高速道路を、順逆に走る影があった。

黒いレザージャケットと青いジーンズを着用した、壮年のライダー。動かない車を避けながら、黒いバイクが雨天の下を駆け抜ける。

男の表情はヘルメットに隠されて伺い知ることはできない。僅かに覗く双眸だけが、彼の心情を湛えている。

それは決意か、あるいは使命感。虎穴に入らんと覚悟を決めた、勇壮たる男の姿であった。

 

C Partにつづく。



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C Part-1

午後5時。福添達と入れ替わるようにして、A.I.M.S.の面々が社長室に集っていた。不破諫と刃唯阿に加え、或人達を飛電本社ビルに送り届けた運転手もいる。社長室に入ってきた運転手を認めると、或人が軽く会釈をした。運転手も頭を下げ、イズからコーヒーを受け取ると不破達に供した。

A.I.M.S.が飛電本社にまで現れたのは、今回のヒューマギア災害の拡大について、飛電の社長である或人に見解を求めるためであった。

「あの後もどこかで暴れてるのか……」

「ああ。高速道路に現れ手当たり次第に車両から電力を奪って回ったという報告がある。どうやらこの街に向かって進んでいるらしい」

A.I.M.S.技術顧問・刃唯阿が、或人の使用する携帯端末・ライズフォンにフォルダを送信する。渡されたフォルダの内容は、一定時間毎に更新されるドラスマギアの目撃情報だった。

「良いのかよ、コレって機密情報なんじゃ……」

「頭の固い組織と思われても困る。今回の件、こちら側としては飛電を糾弾する理由もないからな」

唯阿は暗に協力を迫っていた。A.I.M.S.側から協力的な対応を行うことで、飛電に対しても相応の対価を提示させるという手口である。唯阿の言葉に嘘は無いとはいえ、企業としての飛電は唯阿の行動を疑うわけにもいかないというわけである。不破が隣で苦々しげな表情をしていたが、唯阿は涼しい顔で無視した。

「それにしても、A.I.M.S.は何故わざわざここに?

「あのヒューマギアの狙いは知らんが、研究所の時と同じように、エネルギーを補給するためにヒューマギアを襲う可能性もあるからな。次にヤツが狙う可能性があるのはヒューマギアをどこよりも扱ってる場所だと考えれば、ここで張るのも一つの手——何だ?」

不破の言葉を携帯端末の着信音が遮る。唯阿が自らの端末を確認し、不破の肩を叩いた。

 

「大当たりだ。例のヒューマギアが、飛電インテリジェンスの敷地内に入った! 行くぞ、不破!」

 

唯阿の言葉を聞いて全員が立ち上がる。A.I.M.S.の面々が急ぎ足で出て行くと、或人が後を追って駆け出した。

「イズ、俺も行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ、或人様」

 

◆◆◆◆◆◆

 

本社エントランス、その正面に独り立つドラスマギア。勢いを増した雨を気にも留めず、彼はA.I.M.S.の隊員達と睨み合っていた。膠着する一帯に、或人達が駆けつける。

「ありがとう、後は俺達が!」

A.I.M.S.隊員が一斉に後退し、三人はそれぞれのツールを起動した。

『ジャンプ!』

『バレット!』

『ダッシュ!』

『オーソライズ!』

或人と唯阿はそれぞれゼロワンドライバーとショットライザーで認証を済ませ、不破は片手でプログライズキーを展開してからショットライザーに装填する。

『Kamen Rider. Kamen Rider……』

「変身!」

 

『プログライズ! ライジングホッパー!』

『ショットライズ! シューティングウルフ!』

『ショットライズ! ラッシングチーター!』

 

或人達が同時に変身した。ゼロワン・バルカン・バルキリー、三人のライダーが一斉に駆け出す。

走力に優れるバルキリーがドラスマギアとの距離を詰める。ドラスマギアの拳を受け流しつつ、首筋にショットライザーを押しつけて連射した。後から追いついたバルカンと、後退したバルキリーが並んでドラスマギアを狙い撃つ。敵の射撃を意に介さず迫るドラスマギアに、ゼロワンが飛びかかって空中から斬撃を浴びせた。アタッシュカリバーが纏う光刃すらも、拳の一撃でドラスマギアは掻き消した。

「前より強くなってるな……!」

ドラスマギアが肩から光線を放つ。研究所の時と違って色が青い。後方の二人は回避したものの、ゼロワンは被弾して大きなダメージを受けた。どうやら威力は以前より上がっているらしい。直接受けるのは初めてだが、或人はそう直感した。

バルカンがドラスマギアに殴りかかった次の瞬間、紅い旋風が巻き起こる。滅亡迅雷.netの援軍、仮面ライダー迅である。バルカンの拳を受け止め、無造作に腹を蹴る。

「お友達に渡すものがあるからさ……ちょっとどいてて欲しいな!」

迅が三つのゼツメライズキーをドラスマギアに投げ渡した。

記された文字はそれぞれ『ONYCHOMAGIA』『NEOHIMAGIA』『MAMMOTHMAGIA』。絶滅種の名と力を宿す鍵だ。

迅が飛び上がって警備ヒューマギアにケーブルを伸ばす。ヒューマギア達の表皮が一斉に炸裂し、滅亡迅雷.netの尖兵・トリロバイトマギアと化した。三葉虫(トリロバイト)の名の如くに角ばった顔をした三機のマギアが、迅の指令でドラスマギアの前に立った。

『オニコ!』

『ネオヒ!』

『マンモス!』

ドラスマギアが三機にケーブルを突き刺すと同時に、ゼツメライズキーを無理矢理内部にねじ込む。ゼツメライザーを介さない強制起動。暴走は必至、しかしながらそれこそが目的であった。内部構造を組み替え、三機のトリロバイトマギアが姿を変容させる。

コウモリに似たマギア、イカめいた白いマギア、ゾウの顔面を胸部に象ったマギア。新生したマギア達は皆、全身に血走ったような赤いラインが入っていた。彼らの備える力とは、既にこの世に存在しない絶滅種のものであった。

哺乳類絶滅種・オニコニクテリス。

頭足類絶滅種・ネオヒボリテス。

哺乳類絶滅種・マンモス。

暴走するマギア達は、全身に満ちる力を放出せんと震えている。

三人のライダーも応戦すべく各々の武器を構え直した。

 

◆◆◆◆◆◆

 

オニコマギアが滑空しつつバルカンを両手で斬りつける。その爪は鋭く、また暴走状態故に高まった出力が斬撃の威力を高めていた。バルカンは身を逸らして避けつつ反撃の一射を放つが、不規則に飛行軌道を変え続けるオニコマギアを撃墜するには至らない。

「チッ、まどろっこしい! その翼、穴だらけにしてやる」

ショットライザーをベルト部分に装着し、後方に控えていた隊員から投げ渡された新たな武器を持った。アタッシュカリバーと同様、鞄型の可変兵装である。

『ショットガンライズ!』

「これでも……喰らえッ!」

鞄型兵装・可変散弾銃アタッシュショットガン。単発弾や散弾を放つ大火力兵装だ。強靭たるヒューマギアのボディであれ、直撃を受ければ無傷では済まない。強烈な反動に耐え、バルカンは空を舞うオニコマギアに散弾を放つ。オニコマギアが僅かにバランスを崩した瞬間を狙い、鞄の形に戻したアタッシュショットガンを全力で投擲する。鞄はオニコマギアを撃墜し、その機体が聳え立つ街灯の一つに激突した。

オニコマギアは立ち上がるが、両翼には無数の穴が開いている。もはや飛ぶことはできなかった。

「やっと引きずり下ろせたな……!」

『パワー!』

バルカンが新たなプログライズキーを取り出す。暗い灰色をしたそれには、屈強なゴリラが描かれていた。

『オーソライズ!』

ショットライザーを抜き放ち、新たなる銀弾を放つ。

 

『ショットライズ! パンチングコング! Enough power to annihilate a mountain.』

 

バルカンの青い半身が黒く塗り替わった。黒光りする増加装甲を上半身に纏い、両腕は太く剛強な手甲に覆われる。頭部の追加装甲とバルカンの仮面が浮かべる怒りの形相も相まって、その全身が象るフォルムは強大かつ戦闘的であった。

 

その怪力は山をも吹き飛ばす。

仮面ライダーバルカン・パンチングコング。

 

両腕を広げて迫り来るバルカンを前にして、オニコマギアは逃げの一手を打った。逃がさぬとばかりにショットライザーの弾丸が背後から撃ち込まれ、オニコマギアが地面に倒れ込む。翼は使い物にならず、右脚が破損して最早立ち上がることすらできない。勝敗は明らかであるが、バルカンは止まらなかった。起き上がろうとしたオニコマギアを右腕で殴り倒し、破損した頭部にショットライザーを連射する。原型を留めぬほどに頭部を破壊され、オニコマギアが沈黙した。

 

一息つく暇も惜しんで、バルカンはドラスマギアに駆け寄る。全力疾走の勢いを乗せ、強烈なストレートを喰らわせる。レーザーの反撃を両拳で弾き返すと、手甲の後部から炎が噴き出した。

両者が至近にて拳をぶつけ合う。拳打が無数に繰り出され、互いに合わせるように突きの速度も上がっていく。バルカンが最高速に達した瞬間、それを上回ったドラスマギアが顔面を殴りつけた。目にも留まらぬ速さのアッパーカットで空中に打ち上げられ、光線を喰らい変身を解かれた。

不破はショットライザーを握りしめたまま地面に倒れ伏す。弾き出されて地面に転がったパンチングコングキーを、ドラスマギアが手に取った。

「返せ……ソイツは、俺のキーだ……!」

地に伏したまま、不破が手を伸ばす。その手が何かを掴むことはなかった。ドラスマギアの顎が大きく展開し——。

 

手にしたプログライズキーを()()()()()()()()()

 

「あ……? 何をした、お前……?」

他のマギアとは一線を画する異様な習性に、不破はただ唖然としていた。身体の痛みも忘れ、ドラスマギアを見上げている。

ドラスマギアの全身が一度だけ大きく震えた。雷の衝撃を思わせる震動の後、その機体が鈍色のエネルギー光を纏い始める。

それは機械の領域を超越した、殺意の具現であった。ドラスマギアはその存在の全てを、人類絶滅という目的のために走る殺戮の化身へと昇華させた。

 

純粋かつ高次元の力によって大破壊を齎す、鋼の殺戮者。

『ドラス』と呼ばれた怪物が、かつて白辺テルゾーと呼ばれていたヒューマギアを依代として、真の目覚めを迎えた瞬間である。

 

大きく上半身を捻ったドラスマギアが、右拳を虚空に突き出す。暴力的な風圧を生み出しながら、右拳が飛翔した。

自らの生み出した眷属と戦う、仮面ライダーゼロワンに向かって。

 

つづく。



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C Part-2

仮面ライダーバルカンとオニコマギアの戦闘と同じ頃。

刃唯阿・仮面ライダーバルキリーは暴走するネオヒマギアと対峙していた。ネオヒマギアが幾つもの触腕を伸ばしてバルキリーを牽制するも、一つ残らず撃墜されて本体に銃撃を喰らう。

口ほどにもない。心の中に言い捨てて決着をつけようとした、その時であった。

 

「また会ったねバルキリー。お友達は僕が守るよ!」

 

空中から光弾が両者の間に降り注ぐ。滅亡迅雷.netの尖兵にしてマギア関連事件の主犯格、仮面ライダー迅が立ち塞がった。

「今はお前に付き合っている暇などない」

「僕にはあるもんね。滅に『あのマギアを手伝え』って言われてるからさ。じゃあやろっか!」

ネオヒマギアを後衛に、迅が鋼鉄の羽を広げながら飛び掛かる。白い触腕を回避しつつ、ショットライザーで迅を狙い撃つが、急激な軌道変更で一つ残らず回避してしまう。迅の飛び蹴りを受けて、二人が接近戦に突入する。迅の肘打ちとバルキリーのパンチが激突し、押し負けたバルキリーが体勢を崩した。苦し紛れの銃撃を回避すると、迅がネオヒマギアに向けて人差し指と中指を立てるハンドサインを送った。

「くッ……!」

「頼むよお友達!」

その声に反応してか否か、触腕の数本が地面に潜る。隙を晒した迅の横顔に、バルキリーが閃光を纏う回し蹴りを叩き込んだ。倒れた迅を踏み台にして跳び上がり、バルキリーが空中から弾丸を放つ。

しかし、弾丸がネオヒマギアに命中することはなかった。地面から突き出した一本の触腕に弾かれ、更なる数本がバルキリーの四肢を縛り上げる。縛られたまま空中に固定され、バルキリーは迅が起き上がる姿を見遣る。

「しまった!?」

「痛いなぁ……サンキューお友達、後は僕が!」

迅が腰に巻いたベルトのレバーを引いて、押し戻す。マゼンタの暴風を巻き起こしながら、厄災の隼が飛翔する。

『フライングディストピア!』

 

隼 迅

 

狙うは一点、宙吊りのバルキリー。両脚が光を放ち、総身を以て魔弾と成す。音速すら超える死翔の一撃が、バルキリーを貫いた。

 

フライング

ディストピア

 

衝撃と爆発音。ネオヒマギアの触腕が千切れ飛び、バルキリーの身体が爆ぜる。地面に叩き落とされ、バルキリーの変身が解除された。

「くっ……これほど、とは……!」

唯阿は地面に転がった黄色のプログライズキーを取ろうとした。しかし、僅かな差で掠め取られてネオヒマギアの手に渡る。その光景を確認すると、唯阿は力尽きて目を瞑った。

バルキリーの無力化を確認した途端、迅はネオヒマギアとは別の方向に向いた。デイブレイクタウンにいる滅から連絡が入ったからだ。

『迅、よく聞け。例のマギアについてだが、不審なデータが手に入った。すぐにこちらに戻れ』

「えー……滅が言うんならしょうがないか。わかった!」

ネオヒマギアに手を振り、迅が翼を広げて飛び去っていく。残ったネオヒマギアは、何処かへと歩いていった。

 

降り始めた雨の音が強まってくると、刃唯阿は密かに目を開いた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ゼロワンが対峙していた暴走マギアは、剛健たる巨象を模したマンモスマギアであった。一際膂力に優れ、胸部に備えるマンモスの顔面めいた装置は驚異的な吸引力を発揮し、並大抵の攻撃であれば跳ね返してしまう。攻撃の合間に差し挟まれたドラスマギアの空飛ぶ鉄拳を寸前で躱し、ゼロワンは水色のプログライズキーを取り出した。

「マンモス……コービーと同じタイプか。だったらコレで!」

『ブリザード!』

『オーソライズ!』

ゼロワンが水色のプログライズキーを起動する。冷気を纏った巨躯のクマが、暴走するマンモスマギアの頭上から落下する。氷の彫像めいたそれに吹き飛ばされ、マンモスマギアとゼロワンの距離が大きく離れた。

「行くぜ、クマちゃん!」

 

『プログライズ! Attention Freeze! フリージングベアー! Fierce breath as cold as arctic winds.』

 

クマの巨躯がゼロワンを包み込むと、光となって水色の装甲に変成した。重厚感のあるフォルムを象り、マンモスマギアにも劣らぬ力強さを秘めていた。極地の厳しい環境を生きるホッキョクグマの能力を元に作られた亜種変身機構(フォームチェンジ)である。

 

息吹の激しきは、極地の風が如く。

仮面ライダーゼロワン・フリージングベアー。

 

ゼロワンが跳躍し、仁王立ちするマンモスマギアに飛び蹴りを放った。左脚はマンモスマギアの胸板に受け止められるが、続く右脚で蹴り飛ばす。キックの反動で跳び上がり、空中のゼロワンが両掌から白い霧を噴射する。マンモスマギアは胸の吸引ユニットで霧だけでなくゼロワンの身体までもを吸い込まんとした。白い霧に含まれる凍結剤を吸い込んで尚、勢いが衰えることはない。

ゼロワンの両掌が、マンモスマギアの胸に張り付いた。象の鼻(吸引ユニット)が塞がり、吸い込む勢いが弱まった瞬間。

「そおらッ!」

気合の一声と共に、マンモスマギアの胸板を斬り裂く。手指に備える強靭な爪に吹き付ける冷気を加え、斬撃の破壊力を高めたのだ。フリージングベアーへの変身で強化された腕力は、ゼロワンの亜種形態の中でも屈指のもの。巨大な氷すら一撃で打ち砕く。マンモスマギアは胸から吸い込んだ凍結剤を破損部分から噴き出させながら、再びゼロワンに向かってきた。マンモスマギアの突進を躱しつつ、ゼロワンが新たな変身を遂げる。

『ファイア!』

『オーソライズ!』

手に取ったのは赤いプログライズキー。側面部にはトラが描かれ、『炎』の力を宿すことを示していた。

「行くぜトラちゃん!」

 

『プログライズ! Gigant Flare! フレイミングタイガー! Explosive power of 100(one hundred) bombs.』

 

空から降るは炎を纏うトラ。咆哮と共に赤い光となり、ゼロワンの追加装甲へと変わった。降り出した雨を変身と共に蒸発させ、強烈な熱風を受けたマンモスマギアがたじろぐ。赤い装甲に入れられた黒いラインは、見る者に虎斑を想起させる。腰を低くし、両脚に力を込めてゼロワンが構えた。

 

その威力は、百発の爆弾に匹敵する。

仮面ライダーゼロワン・フレイミングタイガー。

 

降り注ぐ雨粒を凍らせながら、マンモスマギアが突進する。歪な氷の牙を形成し、ゼロワンに向かって射出した。ゼロワンが両手を虚空に翳すと、飛来する氷が瞬時に水となって蒸発し、マンモスマギアが噴き出す冷気すら掻き消していく。

ゼロワンの両掌から放たれるのは、超熱の火炎であった。軽いスナップをかけて両腕に炎を纏わせ、身を低くして駆け出す。フリージングベアー同様、指先に鋭い爪を備える故に、次に放たれる一撃はまさに火を見るより明らかであった。

「これでェ……決まりだッ!」

前方に飛びかかり、両腕をマンモスマギアの胸に突き入れる。末期の抵抗めいて放たれる冷気をものともせず、マンモスマギアの内部で炎が荒れ狂う。やがて噴き出す白煙が赤炎に変わると、巨象を写したる人機が力なく倒れ込んだ。ゼロワンは両腕を引き抜き、動かなくなったマギアを静かに地面へ横たえる。一瞥の後、ゼロワンは顔だけを別の方向に向けた。

 

「全部分かってるつもりだった。けど……やっぱり許せないし、割り切れもしないんだよな……そうだろ、テルゾー!」

 

かつて研究支援型ヒューマギア・白辺テルゾーだった者。滅亡迅雷.netに接続させられ、変わり果てたドラスマギアに、飛電インテリジェンスの社長として僅かな希望と決意を突きつける。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。確かに、人間に似せて作られたヒューマギアは、笑顔だって作れる。けどそうじゃない、お前だけのホントの笑顔があったんだってな……秋月博士から聞いたことだ」

 

()()()()()()()()()()()()()()。その笑顔を奪うモノを。

マギアを生み出す滅亡迅雷.net。人類絶滅のために戦うマギア。そして、ヒューマギアを守り切れない己自身もまた同様。

固く拳を握り締め、飛電の社長が立ち上がる。ゼロワンの周囲に立ち昇る火柱は、溢れ出す或人の激情そのものであった。

 

「俺は必ずお前を倒す。ヒューマギアだろうと人間だろうと、これ以上誰の笑顔も奪わせない!」

 

かつて在りし白辺テルゾーの笑顔が、偽りではなかったと証明する最後の手段——それがドラスマギアの破壊であると、飛電或人は結論づける。たとえ機械の怪物に成り果てたとしても、秋月博士の研究を手伝っていた『白辺テルゾー』が、破壊者となることは許さない。

ゼロワンの拳が炎を噴き上げる。ドラスマギアが殴り返すと、衝撃と共に蒸発した雨が霧を作った。

 

「お前を止められるのはただ一人、俺だ!」

 

燃え上がる右腕が、ドラスマギアの鉄拳を押し返す。次いで放たれた左腕が、怪物の腹部に深く食い込んだ。

 

つづく。



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C Part-3

「お前を止められるのはただ一人、俺だ!」

燃え上がる右腕が、ドラスマギアの鉄拳を押し返す。次いで放たれた左腕が、怪物の腹部に深く食い込んだ。

機械の身体が重苦しく軋む。炎を帯びた拳が、抉り込むような回転と共に胴を滑り、鋭い爪の斬撃と顎に向けての鉄槌めいたアッパーを同時に叩き込んだ。身に纏った火炎が渦を巻き轟々と響く音に、ドラスマギアは虎の咆哮を想起した。着地したゼロワンが腰を落として構え、両腕から噴き出す炎を球状に集束させると、黒煙を噴きながらよろめくドラスマギアに向けて撃ち放った。

ドラスマギアは火球を両腕で振り払い、炎の塊が霧散する。視界を埋め尽くした炎が消えると、別の姿へと変じたゼロワンが胸に飛び蹴りを叩き込んだ。青い仮面と追加装甲の鋭利な形状を認識したドラスマギアの頭脳が、ゼロワンがサメの力を宿す形態に変化したと結論づける。

 

『キリキリバイ! キリキリバイ! バイティングシャーク! Fangs that can chomp through concrete.』

 

激流を進むに相応しき脚力が、ドラスマギアの防御を押し退ける。仄かに赤く光ったゼロワンの双眸は、体勢を整えて着地するまでの間、一瞬たりとも標的を捉えて離さない。ヒレめいて広がる前腕部の刃を見せつけるように、ゼロワンが両腕を大きく広げた構えを取った。

 

その牙はコンクリートをも噛み砕く。

仮面ライダーゼロワン・バイティングシャーク。

 

ドラスマギアが大きく上半身を捻り、虚空を殴る。音速を超えて飛翔する鉄拳を回避し、ゼロワンが両腕を振って斬りつける。噛み砕くような粗い裂傷を幾つも胸部に刻み込むが、何らかの修復機構がその傷を塞いでいった。片腕だけのドラスマギアがゼロワンの脇腹に重いフックを叩き込み、続けて力任せに蹴倒す。仰向けに倒れたゼロワンの胸に、宙を舞っていた拳が激突し、跳ね返るように元あった場所に戻った。

「がぁ、ッぅ……!」

か細く呻く声を雨の音がかき消す。先程使っていたプログライズキーが懐から零れ落ち、ドラスマギアに拾われた。

「俺、の……キーを、返せ!」

地面を這ってゼロワンが手を伸ばすが、ドラスマギアがその手を踏みつける。バルカンのキーと同様に、フレイミングタイガーのキーを口から飲み込むと同時に、倒れ伏すゼロワンを蹴って転がした。

 

「ラーニング開始」

 

数秒の沈黙の後、無機質の声が低く唱える。ドラスマギアの体躯が、激しく軋みながら()()()()()()。頭から爪先までを覆っていた装甲が凄まじい熱量により橙色に溶け落ち、液状と化したそれが意志を持った如くに渦を巻く。力を込めた部位が筋肉の動きによって膨れ上がるように、露わになったヒューマギアの素体部分が本来の限界を超えて内側から肥大化し始める。溶鉄の渦が無数の球体へと形を変え、巨躯となったヒューマギアの新たな装甲を形成する。

全身が人間に近く、石膏彫刻の如く滑らかな流線型となり、覆う表層は漆黒の鎧となった。膝・肩・前腕部が血のような深紅に染まり、そこから全身各部を繋ぐようにして血管めいたラインが無数に走る。頭部の形状もより威圧的なものへと変化し、長く伸びた(アンテナ)曲剣(ショーテル)に似た形状となった。

 

「ラーニング完了」

 

この怪物は、もはや単なる人類滅亡の走狗ではない。

学習の末に新たな段階への進化を遂げた特異点(シンギュラリティ)の存在。水中に没した方舟(アーク)を離れ、未開の領域を征く新時代の悪魔。

ドラスマギアは今この時を以て、()()()()()()()()()()()()()()()()()新たなる(ネオ)生命体と呼ばれ、完全にして孤高の種として歴史に刻まれたモノが、かつての白辺テルゾーでもドラスマギアでもない鉄の軋むような声で歪な咆哮(うぶごえ)を上げる。

 

傷の痛みに耐えながら立ち上がるゼロワンの真後ろに、怪物が音も無く現れる。振り向いたゼロワンの顔面を肘で打ち、無防備の胴に拳打を幾つも叩き込むと、熱量の増した光弾を胸部から放った。バイティングシャークのシステムが停止し、ゼロワンの姿が基本形態(ライジングホッパー)に戻る。取り落としたバイティングシャークのキーは掌から伸びる導線に絡め取られ、口を開けた怪物に呑み込まれる。

ゼロワンが拳を振るうが、一発とて届くことはない。反応速度が違いすぎるのだ。空を切った右腕を掴み上げ、怪物の手刀が装甲を斬り裂く。前蹴りで距離を離し、ゼツメライザーに備えられたスイッチを押した。

 

『ゼツメツ・ノヴァ!』

 

ゼロワンに向かって歩む左脚に光が灯る。内に溜め込んだ熱は、漏れ出るだけでも路面を溶解させるに足る。ゼロワンは咄嗟に一歩後ろへ退がるが、その足を掴んで離さない何かが回避を阻む。

「なっ、お前は……!」

それはバルカンによって頭部を破壊されたオニコマギアであった。破損した右脚を切り離し、誰にも気づかれることなく這い寄り、最後の役目を果たさんとしていた。

凡そ10メートルの距離で静止すると、怪物が左脚を上げて渾身の横蹴りを放つ。膨大な運動エネルギーと新たに備わった射出機構により、爆発寸前の左脚が()()()()()()()()()()()。一瞬に満たない時間で必殺の一撃が突き刺さり、左脚がゼロワンと共に爆散した。

 

爆煙が晴れると、そこにゼロワンはいない。オニコマギアは塵も残さず消滅し、地面に横たわる飛電或人の姿だけがあった。怪物は意識を失った或人を片腕で掴み上げると、無造作に放り捨てる。地面に落ちたライジングホッパープログライズキーを拾い上げ、怪物はそれすらも己の体内に呑み込んだ。

雨足が強くなり始めていた。激しい雨に打たれながら、新生した悪魔は空を見据える。

雨の音か、あるいは芽生えた自意識への陶酔であったか、どちらにせよ彼は気づかなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

撥ね飛ばされた怪物の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。起き上がった彼は、宵の闇に赤い双眸を見た。

バイクから降りた影を見た瞬間、怪物は激しい衝撃に襲われた。電子の頭脳が憎悪と恐怖を叫ぶ。それは一種のフラッシュバック現象であった。怪物の元となった存在が、眼前の騎士に対して、本能と呼ぶべき何かによって激しく反応している。

影はただ無言で構え、怪物の前に立ち塞がる。怪物の脳内に掠れた音が響き始めた。著しく劣化したオルゴールのメロディが再生されると、痛まないはずの頭が苦痛を訴える。何事か理解の及ばぬ事象に恐怖したか、怪物は何処かへと走り去っていった。

 

後に残された影は、静かに或人に歩み寄る。倒れたまま動かない身体を抱き上げて、彼は横を向く。傘をさした女性型ヒューマギアが、或人と赤い目の男を見つめている。

男の傍らで、一匹のバッタが身を震わせていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

数時間後。

夕方から降り始めた雨はどうやら次の朝まで止まないらしい。ニュースキャスターの天気予報を聞きながら、飛電或人は目を覚ました。

「邪魔してるぞ、飛電の社長」

聞き慣れたぶっきらぼうな声。ソファから身を起こして周囲を見渡せば、そこは見紛うはずもなく飛電インテリジェンスの社長室であった。

「俺は……テルゾーに、負けたのか」

「そういうことだ。……悔しいが、俺達(A.I.M.S.)もな」

或人の向かいで、不破諫がコーヒーを啜っていた。彼の表情は明るいものではなかった。

「散々なこった。プログライズキーは奪われる、出処不明のマギアが次々と湧いてくる、滅亡迅雷の連中まで出張ってくる……」

不破がそう言うと、或人の背後に立っていた社長秘書・イズが、或人が眠っていた間の出来事を話し始めた。

 

飛電本社ビル前での戦闘から程なくして、無数のトリロバイトマギアが各地に出現。複数の群体となって行動する量産型マギアの集団を、現在A.I.M.S.が対処している最中である。

白辺テルゾーが変異したマギアは、人工衛星ゼアのアーカイブから『ドラス』という生命体の力を持っていることが判明。以後、このマギアを『ドラスマギア』と仮称し、対策を練っていたのだが……一向にドラスマギアが直接出現する気配がない。更にマギアが大量に出現した現場の付近では滅亡迅雷.netの構成員、滅と迅が目撃されたという情報もある。

 

「博士は?」

或人が気になったのは、秋月孝三博士のことだった。この街一帯がマギア出現地帯となった今、秋月博士を自宅に帰すのは余計に危険であろう、と或人は思った。イズは白い壁に視線を遣った。壁の向こうにある秘匿ラボに、博士を匿っているのだと、或人は瞬時に理解した。

「……不破さんはなんでここに?」

「実働隊の半分は刃に預けて、俺は本社側の見張り番だ。後は……()()()()次第かもしれねえな。今ここにいる中で戦えるのは、俺と……ソイツだけだ」

「……どういうことだよ!? 俺だって、ゼロワンドライバーとプログライズキーがある以上は——」

「残念ですが彼の言う通りです、或人社長」

イズが或人の反論を遮った。

「ゼロワンシステムの中核を担うのは、ゼロワンドライバーとライジングホッパープログライズキーです。ライジングホッパーキーがあのマギアの手に落ちたため、ゼロワンシステムの起動は現状不可能となっています」

「ウソだろ!?」

信じ難い事実であった。

社長権限の一つであり、ヒューマギアと人類の未来を守るために作られながら、ドラスマギアがいつ再び現れるかも不明なこの状況でゼロワンが戦えない。或人はあまりの衝撃に膝から崩れ落ちた。

「奪われなかったプログライズキーはこちらで管理しています。また、衛星ゼアによる強制シャットダウンを試みた結果、ドラスマギアに取り込まれた中では、ライジングホッパーキーのみ機能の完全停止を確認しています」

イズの報告すら、或人の耳には届かない。彼が案じていたのは、この場で己が()()()()()()という一点だけであった。

「俺はこんな時に戦えないのかよ……ッ!」

悔しさが言葉となって零れ落ちる。無機質な白い床を殴りつける音が虚しく響いた。

重苦しい雰囲気の中、社長室の扉が静かに開く。その場に居た三人が、一斉に入り口に目を向けた。

 

入ってきたのは、壮年の大男だった。黒いレザージャケットと青いジーンズを着た、やや古めかしい服装(ファッション)の男が、ゆっくりと歩いてくる。肌は日に焼けて浅黒く、灰色の混じった黒髪や僅かに皺を刻んだ彫りの深い顔立ちは、滲み出る活力故に全く老い衰えた印象を与えない。戦場より帰還した老兵を思わせる雰囲気を、或人は一目見た瞬間から感じていた。

 

「あ、貴方は……?」

正体不明、しかし確実に只者ではないこの男。或人は先程までの怒りや悔しさすら忘れて、彼が何者であるのかを問うていた。

「ドラスマギア討伐にあたり、我々に協力を申し出た人物です。或人社長を救出していただいた方でもあります」

「えぇっ、この人が!?」

「気絶していたので、覚えていないのは当然かと。或人様に応急処置を施し、ここを出て行かれたのですが……」

イズに軽く会釈をして、男が或人の前に立つ。覗き込むように或人の目を見つめながら、男は優しげな声で言った。

 

「君が、或人君……いや、飛電或人社長か」

「は、ハイ」

「俺は……いや、僕は麻生(あそう)(まさる)。あの怪人、ドラスマギアとは因縁のある間柄だ。一つ、協力させてはもらえないかな?」

 

男……麻生勝が手を差し伸べる。呆気に取られていた或人であったが、ゆっくりと立ち上がって、勝の大きな手を固く握り締めた。

或人の瞳に、活力の炎が灯っていた。

 

次回へつづく。




次回、仮面ライダーゼロワン!

「変身できなくても、戦うことはできる」
遂に現れる、仮面ライダーZO!

「アークの意志など関係ない」
ドラスマギアは新たな領域へ——!

「きっと、分かる日が来る。俺は信じるよ」

「ブッ潰すだけだ、誰が相手だろうとな!」

第2話『オレだけの戦い方』


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第2話『オレだけの戦い方』
アバンタイトル


研究職支援型ヒューマギア・白辺(しらべ)テルゾーが、滅亡迅雷.net(めつぼうじんらいネット)の手によりドラスマギアと化した、その日の夜。

滅亡迅雷.netの構成員である(ほろび)(じん)は、星の光も望めぬ雨天の下で、ドラスマギアと相対していた。ヒューマギアの暴走によって滅んだ実験開発都市・デイブレイクタウン。無数の残骸が雨晒しになっている中で、三機のみが沈黙しながら()()()()()()()()()()()()

 

無表情の滅に対し、迅は恐れと怒りの混ざった視線をドラスマギアに向けている。滅が迅を制し、腰に提げていた刀の柄に手を添えた。

「何のマネだ?」

「言ったハズだ。()()()()()()()()()()()()

滅の顔が僅かに歪む。それは想定外の事態であると同時に、「ドラスマギアはラーニングの結果として、滅亡迅雷.netを離反する」という予測が実現した瞬間であった。

滅亡迅雷.netの拠り所である『アーク』への反逆行為。本来ならば有り得ないことではあるが、『ドラス』の特異性がヒューマギア由来の学習能力と結び付き、滅亡迅雷.netにとって最悪の事態を現実のものとしたのである。

「お前がマギアである以上、どうあってもアークには従わざるを得ない。滅亡迅雷.netからの離脱を試みるならば……滅ぶのは貴様だ」

「全てが違うな。もはや()はマギアではない。そして滅亡迅雷.netにも従わない。阻むならお前をバラバラにする」

ドラスマギアが左腕を天に伸ばす。超常の引力か、あるいは予測の結果か、その全身を空からの落雷が貫いた。全身を引き裂くような熱量と衝撃に耐え、膨大な力を稲妻から吸収する。

確かな手応えを感じながら、ドラスマギアが左腕を振り下ろす。機能を停止していた無数の残骸が、目に赤い光を宿しながら一斉に蠢き始めた。

「滅、どうしよう! お友達が……お友達じゃなくなっちゃった!?」

「お前のお友達じゃない。()()()()()。不完全な生命体を……人間を支配する新しい生命体だ」

「そんなぁ……」

迅が大きく肩を落とす。シンギュラリティの萌芽か、ヒューマギアの機能に留まらない『人間的な』悲しみを迅はこの時確かに感じていた。

 

「既にドラスは滅んだ。お前が新たなドラスだとでも?」

滅が刀を鞘から抜いた。どうあっても戦闘は避けられないという演算機器の声に従い、反逆者に剣を向ける。

滅の問いに、悪魔が答えた。

 

「新たなドラス……そうだな。僕はかつて在りしネオ生命体の遺志を継承する存在。名付けるならば……ドラス02(ゼロツー)だ」

 

光が疾る。拡散する熱光線が白刃の一閃にて霧消すると、そこにドラスの姿は無かった。同時に無数のマギア達が蠢きながら四方八方に散らばっていく。滅は納刀しつつ、襤褸布めいた黒い衣服を翻した。

 

「行くぞ、迅」

「これからどうするの、滅?」

「簡単なことだ。()()()()()()()()()()

 

滅亡迅雷.netの反逆者、即ちは敵対者の抹殺のために。

二人のマギアが、呪わしき残骸の都市を去っていく。その姿は父と子に似て、しかしながら人が見るには些か歪なものであった。

 



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A Part-1

人工知能搭載人型ロボ・ヒューマギアが、様々な仕事をサポートする新時代。
AIテクノロジー企業の若き社長が、人々の夢を守るため今飛び立つ——!


飛電(ひでん)インテリジェンス二代目社長にして、仮面ライダーゼロワンである飛電或人(ひでんあると)

新たに出現したドラスマギアとの戦闘により、プログライズキーを強奪された結果、或人は仮面ライダーゼロワンへの変身能力を失ってしまう。

特務機関A.I.M.S.(エイムズ)との共闘が始まる中、一人の男が或人の元を訪れる。彼の名は麻生勝(あそうまさる)。ドラスマギアと因縁があると語るこの男からの協力を、或人は快く受け入れるのであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「というのが、大まかな経緯となります」

「いやいや、勝手に話進めてんじゃないよ!」

飛電インテリジェンス本社ビルの社長室に、男の怒号が響き渡る。副社長の福添准(ふくぞえじゅん)は、眼前の状況に呆れ果てていた。

社長の椅子には飛電或人、来客用の椅子にはA.I.M.S.の隊長・不破(ふわ)(いさむ)と、ドラスマギアについての情報を握る外部協力者・麻生勝が座る。不破の傍らに立っていた社長秘書ヒューマギア・イズから概ねの事情を聞かされた福添は、若き社長に対する怒りを爆発させている最中であった。

「だいたい先代社長の遺品も今は使えないんだろ!? どうせなら私がしばらく社長代理を——」

「それはできません」

「なんでだよ!?」

「現状ゼロワンシステムはあくまで一時的な停止状態であり、喪失したわけではありません。衛星ゼアを通して安全のためにスリープモードにしているので、再起動は可能です。そして、或人様には社長としての業務を継続する意志があります。わざわざ代理を立てる理由もないかと」

淡々と述べるイズの発言を、福添は否定できなかった。それらが概ね事実であることは福添自身も理解している。

苦々しさの極まったような表情を或人とイズに見られながらも、それ以上の追及を避けて福添は社長室を後にした。

 

「或人様、今夜はもう帰宅なされますか?」

福添の退室を見届けてから、イズが或人に尋ねる。或人は住み込みで社長業に勤しんでいるわけではなく、帰るべき自宅があるのだ。

「いや、今日は泊まりかな……今の俺じゃ、マギアに襲われても戦えないし」

「妥当な判断だ。マギアがあちこちに出没してるってのに、()()()を一人で家に帰らせるワケにもいかん。それがたとえ、飛電の社長でもな」

そう言って、不破は熱いコーヒーを一口飲んだ。A.I.M.S.隊長としての立場から発せられた言葉だったが、或人は奇妙な可笑しさを覚えていた。

「随分優しいコト言ってくれるじゃないですか」

「あ? 何言ってる。マギアから市民を守るのもA.I.M.S.の仕事だからって話だ。変身できない以上、『飛電の社長』だろうとそこは変わらん」

「あっ、ハイ……いや何となく分かってましたケドね……」

冗談半分の発言を無慈悲に切り捨てられ、或人は気まずそうに不破から目を逸らした。視線の先に勝を捉えると、或人はある疑問について彼に尋ねる。

「えーっと……麻生さん?」

「好きに呼ぶといい」

「じゃあ改めて……ドラスマギアについて、麻生さんの知ってる限りを話していただけたらな、と」

勝は緑色のマグカップを卓上に置いてから、彼の知る『ドラス』について語り始めた。

 

「僕の知っている『ドラス』は、ネオ生命体という存在が作り出した、いわば端末のような存在なんだ」

数十年前、望月(もちづき)博士という人物が発明した完全生物。それがネオ生命体である。勝の説明に、不破が口を挟んだ。

「ゼツメライズキーも本質的にはプログライズキーと変わらんハズだ。今出ているマギアの力は、そのネオ生命体とやらではなく『ドラス』の方に由来すると考えていいんだな?」

「ああ。ある意味では()()より厄介かもしれない。望月博士の施した措置によって、ネオ生命体は特殊な生体プールに浸からなければ、生命を維持することができなかった。それが結果的にはドラスの弱点にもなっていたんだが、あのロボット……ヒューマギアが本体になっている以上、分かりやすい弱点は現状見出せない」

特に表情を変えることなく、勝は恐るべき事実を語る。もしかすると原型となったドラスよりも、今のドラスマギアの方が強いかもしれない。明確な弱点を克服している以上、『弱点を突く』という戦法は取れないのだ。

「どうすりゃいいんだよ……」と呟き、或人は頭を抱えた。その傍らでイズが質問する。

 

「ゼアのアーカイブを検索しました。麻生勝さん、あなたは『仮面ライダーZO(ゼットオー)』と名乗って各地で活動していたようですが、間違いありませんか?」

「詳しいんだな。僕は望月博士の助手をやってたんだが、ネオ生命体を作るための実験台にされたことがある。バッタの遺伝子を身体に取り込み、人間よりも優れた能力を持つ生物へと改造されてしまったんだ」

博士の研究所を脱走した勝は、雷に打たれて意識を失い、山奥で長い間眠り続けていた。突如現れたテレパシー能力を持つバッタの導きを受けて彼は覚醒し、ネオ生命体との戦いへ向かったという。

「ネオ生命体は危険な存在だった。人の心を持たず強大な力だけがある。恐ろしい強敵だったが、僕を助けてくれた人がいたお陰で勝つことができた。それからは……時々、色々なところで戦いを経験した。何度か死ぬような目にも遭ったが、どうにか生き延びて今ここに居る」

勝の背後から一匹のバッタが顔を出した。肩に乗ったバッタは、恐ろしげな形相で或人を見つめている。

「そのバッタが、今回も麻生さんを導いたってワケですね」

「これは望月博士が開発した特殊なバッタを、僕なりに再現したものだ。広い行動範囲を持ち、僕を支援してくれる。見た目は多少怖いかもしれないが、ドラスマギアを探知できたのも、君の怪我を素早く治せたのも、彼のお陰なんだ」

「……えぇーッ!?」

機械文明に慣れ親しんだ或人にとっては、勝の発言はあまりにも実感からは遠いものだった。勝自身ですら、己に宿った力——即ちは『ZO』が持つ能力の全貌は未だ把握していないという。同様に、今回のドラスマギアもまた、未知数の存在であると勝は付け加えた。

「ネオ生命体、か……案外、ヒューマギアとも近いのかもしれないな。マシンか生命体かが違うだけで、学習して成長する可能性がある以上、大きな差は無いのかも……」

或人が独り言ちる。人間の生活を豊かにするために、ヒューマギアは生み出された。人が無限の夢を見るように、或人曰く『夢のマシン』であるヒューマギアもまた、学習による成長という形で未知の可能性を秘めている。或人が想像していた以上に、ヒューマギアは単なる『機械』や『道具』という枠組みを超えた存在であった。

 

不破の懐から着信音が鳴った。この時代においては一般的な携帯端末であるライズフォンからであった。ショートメールの文面を確認すると、不破が或人に画面を見せる。

「……ここを一時的な拠点にしたい!?」

「そういうことだ。アンタもここに泊まり込むなら都合が良い。A.I.M.S.がここを守る代わりに、飛電のビルを拠点として提供してもらう。構わんな?」

驚きに反応が遅れながらも、或人は承諾の旨を伝えた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「ハァ……」

飛電インテリジェンス・本社屋上。街の夜景を一望できるこの場所で、或人は物思いに耽っていた。降り続いた雨は勢いを弱め、徐々に止み始めていた。

 

ゼロワンへの変身能力を失った自分に、何ができるか。

飛電或人は売れないお笑い芸人であった。()()()()ではなかった或人に、降って湧いたように『飛電インテリジェンス代表取締役社長』の肩書きが付随したようなもので、それもゼロワンの力と飛電の血筋という要素が深く関係している。

もしかしたら、()()()()()()()()()()()

そんな考えが、脳裏を過る。しかし、或人は暗雲のように己を取り巻く不安を振り払った。ゼロワンに変身した、最初の時。遊園地に出没したマギアから、人々を守るために戦ったあの日の自分を否定したくはなかった。

 

「いつ見ても、思い出されるな」

或人の後ろから声がした。声の方へと振り向くと、不破諌が立っている。不破は或人と視線を合わせると、街の方へと目を遣った。夜の街から離れた場所に、不破にとって思い出深い場所が見える。

「不破さん?」

「社長秘書が『ここにいる』って言ってたからな」

不破が何かを或人に投げ渡す。差し入れは栄養ドリンクの小瓶だった。或人は軽く頭を下げてから、瓶の蓋を開けた。

「ヒューマギアは全てブッ潰す。俺は12年間、それだけを考えて生きてきた」

不破の言葉を或人は重く受け止める。12年前に起こった、実験開発都市での爆発事故『デイブレイク』。その実態は滅亡迅雷.netによるヒューマギアの大規模暴走事件であった。不破は暴走したヒューマギアの襲撃を受け、命からがら逃げ延びた過去がある。彼と同様に、マギアの発生以降においてはヒューマギアに対する反感を持つ人間も多い。

 

「だが……飛電の仕事は、ヒューマギアを作り、世に送り出すことだ。そして、飛電が作ったヒューマギアは……俺の命を救った」

不破はそう言って、懐から取り出した栄養ドリンク瓶の蓋を開け、一息に飲み干した。

「借りや恩を返すつもりじゃないが、そこは認める。それに、世の中には大勢いるんだろう。ヒューマギアの手も借りたいような奴らが」

滅亡迅雷.netとの戦闘で重傷を負った不破は、ヒューマギアの医師によって命を救われた。その経験が、彼の心境をわずかに変化させたらしい。或人の驚く顔を見ることもなく、不破は続ける。

()()()()()。アンタにはアンタの仕事があるんだろう、飛電の社長さんよ。そのためのプログライズキーは、俺がヤツから取り返す」

「……頼んで、良いんですか」

「俺もあのマギアにキーを奪われてるからな」

不破の厚意に、或人は目頭が熱くなった。蓋を開けたままにしていたドリンクを飲み切って、或人は改めて頼み込んだ。

 

「俺のキーを、取り戻して欲しい。飛電インテリジェンスの社長として、A.I.M.S.の隊長に頼みたい」

「ああ、任せておけ」

そして。

一拍置いてから、或人は意を決して問うた。

「もしも、俺が……飛電が、()()()()なら——」

「決まってるだろ。その時は、俺がこの手でブッ潰すまでだ」

或人の言葉を遮りながら、不破が決然と述べた。不破の真意を直接に聞いて、或人は安堵に息をつく。

 

雨は既に止んでいた。夜景を背にして、或人達は屋内へと去りゆく。或人の心中から、憂いはとうに消えていた。

 

つづく。



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A Part-2

飛電本社ビルの警備に向かった不破と別れて、或人は秘匿研究室に戻っていた。長話で来客にして護衛対象である秋月孝三(あきづきこうぞう)博士を待たせてしまったものの、孝三は紅茶を飲みながら快く迎え入れてくれた。

 

それはそれとして。

「イズ、麻生さんはどうしてここに……?」

「或人様と不破諌さんが出て行かれたのを知って、博士が社長室に入ってきてしまったのです。状況を説明するため、麻生さんにもここへの入室を許可しました」

外部からの協力者とはいえ、全くの部外者である麻生勝も研究室にいる状況は本来ならば推奨されていない。イズからは他言無用を求められた、と勝はにこやかに語る。彼の手にはイズによって記された即席の契約書が握られていた。

「ここでのことは内密に、と秘書さんに言われているからね。社外秘は決して漏らさないが、それはそれとして申し訳ないことをした」

「いえ、こちらこそ。暴走したヒューマギアが出現している状況とはいえ、わざわざここで待機してもらって……」

或人が孝三に頭を下げる。マギアへの対抗手段を持たない一般人である孝三は、ドラスマギアによって引き起こされたマギアの大量出現が原因で、飛電本社ビルへの滞在を余儀なくされた。一時的な協力関係となったA.I.M.S.の任務には秋月孝三の警護も含まれていた。

 

「お二方、寝床はどうされますか?」

イズは勝と孝三に尋ねる。時刻は既に午後9時を過ぎていた。就寝するには丁度良い時間帯である。

「私は……そうですな、他に空き部屋があればそちらに行くとしましょう。誰か案内してくれる方はいるかな?」

「イズ、警備員ヒューマギアの中で無事だったヤツに連絡を取ってくれないかな」

イズが飛電インテリジェンスのネットワークに接続し、或人の要望に当て嵌まるヒューマギアを検索し始めた。

「該当するヒューマギアを確認。現在こちらに向かうよう呼びかけています。また、今回損失したヒューマギアについても現在補填を行っています」

「流石だな、イズ!」

「ゼアの方に運用データが残っていましたので」

ヒューマギアを統括管理する人工衛星・ゼアの機能が、代替機による補填を可能としていた。これに加えて、ゼロワンの装備もゼアが管理・開発を請け負っている。社会に広く普及したヒューマギアと人々の生活を支えている、縁の下ならぬ空の上の力持ちである。

 

社長室の扉が開き、厳かさの滲む表情をした男性型ヒューマギアが或人達の前に現れる。腕に黄色いハンカチを巻いたヒューマギアが軽く会釈をすると、孝三が手を差し伸べてその手を握った。

「では、私はこれで」

「お疲れ様でした、博士」

「それと……最後に一つ。テルゾーのことだが……()()()()()()()()()()()()()()。私の要望に、応えてくれますかな?」

その言葉を聞いて、或人は胸の奥に熱い何かが宿るのを感じた。

孝三が今まで一緒に過ごしたテルゾーは、もう戻ってこない。滅亡迅雷.netによる強制ハッキングは、ヒューマギアの内部データすら破壊してしまうが故に、元のまま複製することができないからである。テルゾーとの思い出を聞いた際に、或人はこの事実を孝三に説明していた。

それでも孝三は、研究職支援型ヒューマギア・白辺(しらべ)テルゾーと共に研究を再開することを選んだ。その事実が、或人には何よりも嬉しかった。

「秋月博士! ありがとうございます……ッ!」

目に涙を溜めながら、或人が勢い良く頭を下げる。孝三は微笑みを返し、警備員と共に社長室を後にした。或人は近くにあった椅子に座り、涙を流しながら呟く。

「良かったな、テルゾー……良かったなぁ……!」

「或人様、どこか具合が悪いのですか?」

その姿を見たイズが冷静に尋ねる。或人は懐から取り出したハンカチで涙を拭くと、イズの方を向いて言った。

「嬉しくってさ……博士がまた、テルゾーと一緒に研究したいって言ってくれたのが……」

「嬉しくても、人は涙を流すものなのですか?」

イズの疑問に、或人が笑顔で答えた。

「こういうのは『嬉し涙』っていうんだ。イズにもきっと、分かる日が来る。俺は信じるよ」

 

◆◆◆◆◆◆

 

孝三が離れて、少し後。

研究室を今日の寝床として、或人は就寝の準備を進めていた。イズが用意した寝間着に身を包み、黄色い寝袋を検めていると、背後から声をかけられた。

「或人社長」

「はいィ!? ……って何だ、麻生さんか」

麻生勝であった。優しげな目を向けつつ、マグカップに注いだ緑茶を口にする。

「君の秘書……イズさんの案内を受けて、僕の寝床も決まった。もう夜も深いが、何か話しておきたいことがあれば、付き合えるかと思うのだが……余計なお世話だったかな」

「そんな、滅相もありません。そうですね……『仮面ライダー』の先輩として、後輩に何かアドバイスとかあったら、なんて」

冗談交じりに或人が返す。とはいえ、先達から話を聞き、そこから得られる何かがあるかもしれないという思いがあったのは事実である。

しかし、勝の返答に或人は首を傾げることとなる。

「君は十分に『仮面ライダー』として頑張っていると、僕は思う。そこに気づいている人もいるんじゃないかな」

「えーっと……それは、どういう?」

()()()()()()()()()()()()()()()()ってことさ。仮面ライダーが戦う理由は様々だけど、きっと根底にあるものはそう変わらない。皆一生懸命に戦ってきたんだ、人類の自由と平和を守るために。変身できて凄い力を持っているとか、そういうのとは異なる……『人の心』を持ちながら戦える存在として」

 

人の心。抽象的な概念だが、或人にとっては身近に感じられるものである。人心持たぬヒューマギア達が、心を持つかのように見える。それはヒューマギアという存在が『人を支える道具』であるが故に、扱う人を映す存在であるからだ。

「君が戦うのは、何のためかな?」

「もっと多くの人を、笑顔にしたい。ヒューマギアと一緒に、笑い合える世界を俺は目指したいんです」

或人には()()()()()()()()と交わした約束がある。幼き日に失った父親が託した、最後の希望。

『夢に向かって飛べ』。その一言が、ヒューマギアは夢のマシンであると主張し続ける、飛電或人という男の原点であった。

「ヒューマギアを世に送り出す飛電インテリジェンスの社長にして、人間とヒューマギアの危機に立ち向かう仮面ライダー。確かに、君にしかできないことだ。人とヒューマギアの間に立てるのは君だけかもしれない。だからそれは、君だけの戦い方だ」

「俺だけの、戦い方……」

「けれど、君の頑張りを知っている人は必ずいる。そういう人達の中には、君の助けになる人もいるだろう。一人であっても、孤独(ひとり)じゃない。そうやって助け合いながら、人は明日に向かって生きていくんだ。きっと、ヒューマギアも一緒にね」

『仮面ライダー』の先輩としての、麻生勝の助言はそのようにして締めくくられた。

 

或人は、自らの内にあった形容しがたい感情に得心がいくような思いだった。ヒューマギアも人間も、その在り方は一元的なものではない。人が人と助け合えるように、ヒューマギアとも人間は助け合うことができるのだ、と。

ならば、自分のすべきことは決まっている。この世界で『仮面ライダーゼロワン』として戦う自分は『飛電インテリジェンスの社長』でなければならない。人間とヒューマギアの()()()()に立つただ一人の存在として戦い続けることを、或人は改めて決意した。

 

突如として研究室の壁が展開する。備品整理のために席を外していたイズが戻ってきたからだった。

「或人社長、ただいま戻りました。御用が無ければ、本日の業務は終了いたしますが、如何なさいますか?」

或人がイズに現在時刻を問う。日付が変わるまで30分を切っていた。

「イズ、一つ頼みがある」

「というと」

「ゼアに接続して、ゼロワンドライバーと残ったキーのメンテナンスを行って欲しいんだ。ドラスマギアと戦う前に、可能な限り最高の状態で仕上げておきたい」

イズは疑問故に首を傾げる仕草を取ったが、一つだけ思い当たる方法があった。

「であれば、より効果的な方法があるかと」

「ホントか!?」

或人の側に寄って、イズが耳元で囁く。或人はその内容を理解すると、勝機の確信を得て笑みを浮かべた。

「よし、頼むぞイズ!」

「承知しました。では、お休みなさいませ。或人様」

イズが社長室の方へと戻る。その後を追うようにして、勝もラボを去らんとしていた。

「僕も明日に備えて寝る。じゃあ、また」

或人は去り行く背中に手を振りながら見送る。先達への感謝を胸に抱きつつも、勝の大きな背中に彼は懐かしいものを感じていた。

寝袋に身を包んだ或人は、その感覚が何であったのかに気づくより先に、静かな眠りに就いた。

 

B Partにつづく。



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B Part

 

ドラスマギア出現の翌日、午前7時。

A.I.M.S.の車両内で寝ていた不破諌を起こしたのは、規則正しいノックの音であった。寝息を立てる運転手をよそに、不破が扉を開ける。

「おはようございます、不破諌さん」

「……飛電の社長秘書か。何の用だ」

不破を待っていたのはイズであった。ジュラルミンケースを両手に持ち、簡潔にお辞儀を済ませたイズを、不破は訝しげに見つめる。

「A.I.M.S.の(やいば)唯阿(ゆあ)さんから提供された情報を元に、マギアの行動パターンを分析したところ、あと15分でここに現れるという予測結果が出ました」

「俺の知らん内に、あのマギアも現れていたってワケか……で、そのケースは何だ?」

『HIDEN INTELLIGENCE』のロゴが入ったケースをイズが開封する。ケースの中にはゼロワンの装備であるアタッシュカリバーや、ゼロワンが使用するプログライズキーが揃えられていた。

「不破諌さんを援護せよと、或人社長からの命令です。ご自由にお使いください」

「随分と殊勝なこった……あの社長らしい」

飛電の社長からの善意を受け取り、不破は隣で寝ていた運転手を揺り起こす。A.I.M.S.の運転手は驚きに目を瞬かせ、隊長である不破の命令を聞いた。

 

「今すぐに他の隊員を起こして刃が指揮する部隊と合流しろ。()()()()()()()()()

「はい……えっ、待ってください! 無茶では!?」

運転手は不破の発言に仰天した。彼とてA.I.M.S.の隊員であり、ドラスマギアによる被害の実態およびその未知数の戦闘能力は知っている。不破自身が勝てなかったというのに、それを一人で相手取るなど無謀にも程がある。

……否、果たして無謀であろうか。

「いいから聞け。ヤツは何の策もなしに勝てる相手じゃない。俺達が総出でかかっても難しい相手だが……こっちには秘策がある」

そう言って、不破は自ら編み出した『秘策』を耳打ちする。運転手はその内容に唖然としつつも、渋々といった様子で認めた。

「……了解しました。けど、もしこの方法で成功しなかったら承知しませんからね!?」

 

◆◆◆◆◆◆

 

15分後、飛電インテリジェンス本社ビル・正面玄関前。

A.I.M.S.の車両は一台残らず引き上げ、隊長である不破諌だけが、扉の前に座り込んでいる。朝の静けさも相まって殺伐とした雰囲気が漂う中、金属質の足音が大挙して迫り来る。

無数のトリロバイトマギアであった。統率者なき鋼の群体は、滅ぼすべき人間の姿を確認し、一人佇む不破をじっと睨んでいる。

一人と大群、その間に割って入った影があった。四肢を赤く染め、より屈強なフォルムを形作ってはいるが、紛れもなくドラスマギアであった。右手で何らかのサインを送ると、マギアの大群が四方八方に散り、後には一人と一機のみが残った。マギアの統率者が、その意識を不破に向ける。

「仮面ライダーはどこだ。バッタの仮面ライダーは、どこにいる」

「バッタのライダーならもういない。ここにいるのは俺だけだ」

事実である。A.I.M.S.の撤退作業中に、ドラスと因縁の深い麻生勝とは既に話をつけていた。不破の作戦に乗った勝は、唯阿と合流するためにバイクを走らせている最中である。

「ならば……なぜお前はここにいる?」

「決まってんだろ、お前を倒すためだ」

不破はおもむろに立ち上がると、変身用のベルトを取り出して腰に巻いた。右手には青い拳銃が握られている。

「知ってるか? 飛電(ここ)の社長は毎日飽きもせずに、ヒューマギアとお笑いのことばかり考えてるんだぜ。ヒューマギアを夢のマシンだと言い張って、バカバカしいくらい真剣な目つきで、相手が誰だろうと立ち向かっていく。それがあの社長の仕事だからな」

「何の話だ」

不破が青いプログライズキーを空いた左手に握り、起動スイッチを押す。

()()()()()()()()って話だ」

 

『バレット!』

左手から万力の如き握力を瞬間的に発揮してロックを解除すると、青い拳銃——エイムズショットライザーにキーを装填した。

『オーソライズ! Kamen Rider. Kamen Rider……』

「変身……ッ!」

成形された銀弾が、光の軌跡を描いて放たれる。マギアの装甲を掠めながら、戻ってきた弾丸が不破の拳に砕かれる。

『ショットライズ! シューティングウルフ! The elevation increases as the bullet is fired.』

弾丸が無数の装甲へと変じ、不破の全身を覆う。

仮面ライダーバルカン・シューティングウルフ。無数の弾丸によって怪物すら撃ち砕く青い狼の仮面ライダーは、かつて取り逃した獲物の前に再びその姿を現した。

 

「その形態は既に一度見た。そんなもので僕に挑もうとは」

ドラスが鉄の擦れるような声で嗤った。滅亡迅雷.netの制御から離れ、唯一絶対の存在となった己に、今のバルカンが敵う道理はない。冷徹にして残忍な結論であった。

「気合だけで勝てるとでも? 滅亡迅雷.netの意思すら超越した、新たな生命種であるこの僕に」

「お前が滅亡迅雷だろうとそうでなかろうと知った事じゃない! 立ち塞がるならブッ潰すだけだ、誰が相手だろうとな! それが俺の……仕事(戦い方)だァッ!」

『ブレードライズ!』

エイムズショットライザーをベルトに固定し、後方から投げ渡されたアタッシュカリバーの刃を展開する。僅かな間のみ後方に目を向けると、イズがバルカンに対して会釈しているのが見えた。

バルカンか腰を低く落として力を溜める。爆発めいた勢いでドラスマギアに斬りかかると、赤い右腕と刃が激突して激しく火花を散らした。

 

「覚えておけ、僕の名はドラス02。マギアを超えた存在、二流の生物であるお前達人間の上に立つ絶対の支配種だ」

防ぐ右腕を力任せに斬り伏せ、バルカンが大きく飛び離れる。

「支配するだと? 違うな……俺がルールだッ!!」

爆発する怒りを咆哮に変えながら、不破諌が闘志を燃やす。

 

次回につづく。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

次回、仮面ライダーゼロワン!

 

「反逆者は始末する……」

 

「ギーガーとも違う、アレは何だ!?」

 

「最初からコレを狙ってたんだ」

バルカンの秘策が発動!

 

「もう一度立ち上がってください」

夢に向かって飛ぶために——

 

「一緒に飛ぼう、『ライダー』」

 

「お前を止められるのはただ一人、俺だ!」

ゼロワンは再び立ち上がる!

 

第3話『オレの夢が止まらない』

 



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第3話『オレの夢が止まらない』
アバンタイトル



前回のあらすじ

飛電インテリジェンスの若き社長にして、仮面ライダーゼロワンに変身する飛電或人。新たに出現したドラスマギアとの戦いの中で、プログライズキーを奪われた或人は、変身能力を失ってしまう。しかし、仮面ライダーZO・麻生勝やA.I.M.S.の不破諌との対話を経て、或人は再起を決意する。
一方ドラスマギアは、戦いの中で新たなシンギュラリティに到達し、自らをドラス02と名乗って滅亡迅雷.netを離脱。『全人類の支配』という新たな目的を掲げて独自に活動を開始した。
翌日、ドラス02は飛電インテリジェンス本社に出現し、不破諌と対峙。奪われたプログライズキーを取り戻すため、仮面ライダーバルカンとドラス02の決戦が始まる……!


「各員、散開してマギアの撃破に当たれ! 滅亡迅雷.net(めつぼうじんらいネット) の構成員を見掛けたら無線で私に報告しろ!」

特務機関A.I.M.S.(エイムズ)の技術顧問・(やいば)唯阿(ゆあ)/仮面ライダーバルキリーが声を張り上げる。高速移動に特化したラッシングチーターの力により、散発的に出現するマギアの軍勢にも辛うじて対応が可能だった。雑兵程度であれば何体来ようと同じであり、隊長である不破(ふわ)(いさむ)から託されていた部隊との連携も十全にこなせてはいた。

とはいえ、夜を徹しての市街戦に、誰もが疲弊を隠し切れない状況であった。プログライズキーとエイムズショットライザーが使用者に与える超常の身体能力により、唯阿はどうにか持ち堪えることはできたが、他の隊員の消耗は尋常なものではなかった。負傷者は増える一方であり、応急処置すら出来ずに銃を握る隊員までいる。

対して、マギアの数は不明。底が知れないどころか倒しても互いに部品を補って復活する機体まで現れる始末であった。更には、この騒動の発端となったテロ組織・滅亡迅雷.netのメンバーを目撃したという報告も上がっている。事態は確実に悪い方へと進んでいた。

 

この状況に、割って入る影が一つ。

異形のバイクで機械の軍団を蹴散らしながら、A.I.M.S.とマギアの間に一人の男が立った。盾を構えて防衛線を張った隊員達の前に、バルキリーに変身した唯阿が現れると、謎めいたライダーに対して問いを投げかけた。

「あなたは……まさか、不破から連絡のあった……?」

「A.I.M.S.の刃唯阿技術顧問だな? 僕は麻生(あそう)(まさる)、そちらの救援に来た!」

黒いレザージャケットを着た壮年の男……麻生勝は、一秒にも満たない速度で屈強たる異形への変身を果たした。変身の一瞬を視覚で捉えた者はいない。

赤い複眼と全身を走る金色のラインを輝かせる、深緑の闘士。この戦場においてただ一人、武器を持たず己が五体のみを以て戦う、力強き大自然の騎士。

 

彼の名は仮面ライダーZO(ゼットオー)

古き時代の超戦士が、新時代の戦場にて立ち上がる。

 

ZOがマギアの大群に単騎で突撃すると同時に、バルキリーは防衛ラインの背後からタイヤがアスファルトを擦る音を聞き取った。後方に銃を向けると、見覚えのない車両が停車していた。威圧的なドクロのマークを貼りつけた大型トラックの運転席から、A.I.M.S.の隊員が降りてくる。

「刃技術顧問!」

「一体どういうことだ!? このトラックは……」

「隊長命令です、救援に来ました! このトラックは飛電インテリジェンスからの提供です!」

運転手が叫ぶと、もう一台の車両が後から大型トラックの横に並んだ。黒いドクロのマーク——A.I.M.S.の部隊章を貼り付けた青いバンから、重装の隊員が続々と現れる。

「……不破は?」

「隊長は例のマギアと一騎打ちを行うとのことです」

無茶だ、と叫びそうになるのを呑み込む。不破に深謀遠慮の類があるとは思わないが、無闇に戦力を投入するよりはよほど合理的だというのも、唯阿にとっては事実だった。

 

それに、何より。

「言っても聞かないだろうな。『俺がルールだ』……そうだろ?」

無理を通して本当に成し遂げる。不破諌とはそういう男だと、彼女は知っていた。

呆れと納得を胸に仕舞い込み、バルキリーが最前線に躍り出た。

「前衛と後衛を入れ替える! あのライダーを支援しながら少しずつ前線しろ! 何としてもマギアの大群を押し留めるぞ!」

鬨の声が響き渡る中、戦乙女が先陣を切る。

 

◆◆◆◆◆◆

 

高層ビルの並び立つ市街地の激戦区を、見下ろす影が二つ。

黒衣の二人……否、()()はビルの屋上からA.I.M.S.とマギア群体の戦闘を眺めていた。

「何あれ!? 一瞬で変身した! わぁーカッコいいなぁー……」

「アレがZO……アークのアーカイブに記されていた存在か」

滅亡迅雷.netの幹部、(ほろび)(じん)。彼らが見つめていたのは、マギアの群れに立ち向かう仮面ライダーZOだった。白辺(しらべ)テルゾーというヒューマギアに使用したドラスゼツメライズキーは、その名の通りドラスのデータを基にして生み出された。製作者である滅にとって、ZOという存在はドラスの関連事項の一つでしかなかったが、変転する状況は彼に一つの選択肢を提示していた。

 

「ねえ滅、アレはお友達……じゃないよね?」

「そうだな。ヤツらはアークの意思に背く反逆者だ」

迅が指しているのは、自らに刃や銃口を向ける尖兵……トリロバイトマギアの集団であった。個体ごとの微妙な違いこそあれ、全てのマギアが機械的な殺意を同族(マギア)である滅と迅に向けている。

 

「じゃあ……どうする?」

「反逆者は始末する……我々は、アークの意思のままに」

滅は腰に提げた刀を鞘から抜き放ち、敵勢に向けて構える。それに倣うように、迅も懐から拳銃を抜いて狙いをつけた。

 

「行くよー……バーン!」

 

乾いた発砲音は、迅の拳銃から鳴らされた。敵の一機に着弾すると、それを合図にマギア達が一斉に襲いかかる。

たった二人の『テロ組織』は、しかしながら全く怯むことはない。

「取りこぼしは任せるぞ、迅」

ゆっくりと歩み出て、向かってくる一機に滅が斬りつける。マギアが放つナイフの刺突をいなし、頸部に刀身を押し当てると、三葉虫めいた意匠の頭部が千切れ飛んで宙を舞った。続く二体目を迅が組み伏せ、後頭部に弾丸を叩き込んで静止させる。

ヒューマギアの身体性能と、彼らの依処たる『アーク』より授かりし殺戮の技巧を兼ね備える二人であれば、変身せずともこの程度の有象無象は敵ではない。

人類滅亡の徒党が、裏切り者を滅ぼすための戦いを開始した。

 



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A Part-1

「ダァッ!」

気合の声と共に、鋼と鋼の激突する音が響く。早朝の飛電インテリジェンス本社ビル前で、不破諌/仮面ライダーバルカンとドラスマギア改めドラス02(ゼロツー)の戦いは続いていた。

バルカンの得物はアタッシュカリバー。本来は飛電(ひでん)或人(あると)/仮面ライダーゼロワンが用いる近接戦闘用の装備だが、変身能力を失った或人の意向により不破に貸与されることとなった。

対するドラス02は徒手空拳。特別な能力は一切使わず、ただ純粋な性能(スペック)のみで戦っていたが、それでもバルカンの猛攻を軽々と凌ぎ切る。基礎性能で遥かに上回る以上、バルカンが勝る可能性など万に一つも存在しない。それがドラス02の電脳が弾き出した冷酷な試算であった。

上段からの振り下ろしを左腕で防ぎ、空いた右手でバルカンの顔面を殴りつける。自動車の衝突にも勝る衝撃を受けて、バルカンの視界が歪んだ。青く光るバルカンの左眼に灰色のノイズがかかる。

「テメェ……やってくれるじゃねえか……!」

左半身の制御が僅かに狂ったことを察知し、両手持ちにしていたアタッシュカリバーを右手だけで構え直す。アタッシュカリバーがある分リーチではバルカンが上回るが、逆に言えばバルカンがドラスを上回るのはその一点のみ。形勢が彼の優位に傾いたことは全くない。

 

制御システムの完全復旧まで3分はかかるだろう、と不破は直感していた。それは『圧倒的な強さを誇るドラス02を相手に、3分間持ち堪える必要がある』という意味である……本来ならば。

しかし、不破諌という男は良くも悪くも()()ではなかった。

「3分か……やってやる」

視界の左半分がノイズに霞む中でも、彼の声色から闘志が消えることはなかった。姿勢制御のズレた回転跳躍から、アタッシュカリバーの刃を振り下ろすと、ドラス02の防御に弾かれる。衝撃にカリバーを手放し、無防備の腹に貫手が突き刺さる——かに思われた。

「ぬうッ!?」

ドラス02の右眼から火花が散った。後退しつつ眼前に視線を動かすと、右手だけでエイムズショットライザーを構えるバルカンの姿があった。僅かな一瞬でベルトに固定したショットライザーを外し、至近距離とはいえ精確に一射のみでドラス02の右眼を撃ってみせたのだ。

「お前……」

ドラス02の電脳が未知の揺らぎを知覚する。『ドラス02』として技術的特異点(シンギュラリティ)……自我の獲得を成した彼は、人間的な感情をデータとして認識できる。しかし、この時のドラス02は、自らの内に芽生えた情動の正体についての回答を保留した。

明確な結論を出すためには、データが不足している。それがドラス02の答えだった。

 

バルカンは左手にショットライザーを持ち、空いた右手で地面に突き立ったアタッシュカリバーを引き抜いた。一刀一挺を以て異形の二刀流と成し、身を低くして両手を大きく広げた。

「仕掛けてこないなら、こっちから行くぞ!」

地を這うような高速移動で距離を詰め、バルカンが重さに任せてカリバーを振り下ろす。剣の一撃は避けられたものの、回避地点を予測してショットライザーで射撃すると、ドラスの脇腹に弾丸が突き刺さった。

ドラスは弾を脇腹から引き抜くと、潰れた弾丸を手指の力だけで球状に変形させ、指で弾いて撃ち出す。即席のベアリング弾はショットライザーから射出された際よりも速く飛翔し、バルカンの胸に着弾した。尋常ならざる弾速が驚異的な威力を生み出し、バルカンの身体が大きく仰け反る。

「ぐっ……ぬぬ……ハァッ!」

仰向けに倒れ込みそうになった身体が、気合の一声で踏み止まる。バルカンは手首のスナップを利かせてアタッシュカリバーの刀身を畳むと、腰を低くして攻撃の体勢に移った。

『チャージライズ!』

攻撃を阻止するために動いたドラス02の右足をバルカンがショットライザーで撃ち抜き、続けて連射しながら牽制をかける。生じた一瞬の隙に、青と黄の燐光を纏うアタッシュカリバーが抜き身を晒した。

『フルチャージ! カバンストラッシュ!』

縦に振り下ろす一撃が黄色の光刃として飛び、横に薙ぎ払う青い光刃が追従する。反応が僅かに遅れたドラス02に交差する二発が直撃し、鋼鉄の身体が爆煙に包まれる。

煙が晴れると、そこには無傷のドラス02が立っていた。

「こんなモンじゃ足りねえか……」

仮面の下で不破が呟いた。頭部システムの復旧率は70%を超えている。左側の視界が徐々に色を取り戻し、怒りを湛えたようなドラスの顔面を明瞭に捉える。

ドラス02はこの時初めて、単身のバルカンに対して構えを取った。両手を下ろし脱力した直立姿勢ではなく、明確に格闘戦を目的とした体勢となり、全身のエネルギー供給量を上昇させる。

「もうお前には、容赦しない」

至高の生命たる己に、眼前のライダーが傷をつける可能性を認めたことが、ドラス02に芽生え始めた誇りにヒビを入れた。溢れ出す感情の正体を、ドラスは理解した。

純粋な『怒り』だった。鋼鉄の顔面は表情を変えることなく、しかしながら確かにバルカンに怒りを伝えている。

「上等だ、こっちも全力でやらせてもらう」

『ブリザード!』

バルカンは水色のキーを起動させると、アタッシュカリバーが備えるスロットに装填した。空気すら凍る冷気が刀身から生じる。

『Progrise key confirmed. Ready to utilize.』

『Polar bear's Ability!』

『ブリザード』の能力(アビリティ)を持つフリージングベアープログライズキーを読み込ませ、刃を通してその力を発揮させる。その場で行った回転斬りの勢いを乗せて、アタッシュカリバーから冷気を纏う光刃が放たれた。

『フリージングカバンストラッシュ!』

横薙ぎの一閃をドラス02が手刀で叩き折るも、二つに割れた凍刃が軌道を変えて宙を舞う。迎撃しようとした次の瞬間、ドラスの目にアタッシュカリバーの刃が映った。

「何だと!?」

ドラスが驚愕の声を漏らす。凍刃が己に命中する可能性があるにもかかわらず、バルカンが接近戦を挑んできたからだ。

不規則に軌道を変えながら、二つの氷晶が飛翔する。直撃を避けるために回避動作が小さくなったドラスに対し、バルカンが強引に斬撃を当てる。肩口を深々と刃が抉り、触れた先から内部機関が凍結する。氷の刃は当たる寸前で砕け散り、無数の弾丸となって二人に突き刺さった。二人の両脚が凍りつき、至近距離からの移動を完全に封じる。

「ぐうッ……まだまだァッ!!」

冷気と激痛に苦悶しながら、バルカンがアタッシュカリバーを両手で強く押し込む。ドラスの胴体を刃が引き裂いていく。

「なぜこのようなマネを——」

「この距離なら剣だろうと弾けねえだろ……ハァァーッ!」

切開された胸に右手を突き入れると、掴み取った何かを勢いよく引きずりだした。氷に覆われたアタッシュカリバーを強引に引き抜くと、その拍子に両脚を封じていた氷が砕け散る。疲弊した様子のドラス02を蹴倒してから、バルカンは引きずり出したそれを——暗い灰色のプログライズキーを確認した。

「お前、そのキーは……」

「まずは一つ目、取り戻させてもらったぜ」

 

昨日、飛電インテリジェンス本社前の戦いで奪われた、パンチングコングプログライズキー。それがバルカンの手元に再び戻ってきたのだ。

「おのれ……人間ごとき、二流の生物が……」

ドラスの全身から光が洩れ、力を大きく減退させる。パンチングコングのデータこそ手に入れたが、キーの生み出す力を失った以上、弱体化は免れ得ない。

「返してもらうぜ、俺達から奪った全てをな!」

アタッシュカリバーを地面に突き立て、バルカンがパンチングコングキーを起動した。

『パワー!』

『オーソライズ!』

ショットライザーに装填されたキーを差し替え、装備を圧縮した弾丸を撃ち放つ。

 

『ショットライズ! パンチングコング! Enough power to annihilate a mountain.』

 

弾丸を裏拳で粉砕すると、青い装甲が素体諸共組み替わり、屈強な上半身を持つ黒いパワードスーツを形成した。装甲の隙間から熱気を放ち、纏わりついた氷が一瞬で蒸気に変わる。鉄塊の如き巨躯が煙を吹き上げる様は、さながら蒸気機関車めいている。

仮面ライダーバルカン・パンチングコング。山すら吹き飛ばす双腕を携え、怪力の王が戦場に舞い戻った。

「行くぞドラス……()()の力を見せてやる!」

 

つづく。

 



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A Part-2

「行くぞドラス……()()の力を見せてやる!」

頭部システム、完全復旧。明瞭な視界を取り戻すと、バルカンが前傾姿勢から猛烈な勢いで走り出した。ドラス02は格闘戦で応じるが、助走をつけて放たれる超重量の右ストレートを躱しきれずに体勢を崩す。地面ごと抉り砕くようなアッパーカットの追撃が顎を打つと共に、ドラスの全身が虚空へと吹き飛ぶ。

キーを一つ奪われたとはいえ、前回よりも性能の上昇したドラスにバルカンは追従できている。

不破は仮面の下で不敵な笑みを浮かべた。()()()()だと言わんばかりに。

ドラスが空中で身を翻し、安全に着地する。片膝を立てた状態でバルカンを睨みつけ、次の瞬間には音速を超えた飛び蹴りをバルカンの胸板に叩き込んでいた。防御が間に合わず上半身が大きく揺れるが、パンチングコングの装甲が齎す重量が転倒を防ぐ。

バルカンは両手を強く握り締め、全身の力を両腕に集中させた。巨大な腕部装甲が隙間から熱を放ち、溶鉄めいた色へと変わっていく。

「オオオオオ……ダリャァッ!」

赤熱する両腕からエネルギーの奔流を噴き上げながら、糸に引っ張られるようにしてバルカンが飛び出した。バルカンの前腕部を覆う巨大な装甲は、それ自体が強力な格闘戦用の武器である。溜めたエネルギーを放出することで射出する機構を持つ他、推進器として扱うことも可能だった。発せられた膨大な推進力に身を任せ、単体の質量弾としてドラスに迫る。

電脳の予測を僅かに上回る勢いに、ドラス02は回避を諦め防御体勢を取った。抱え込むように受け止め、空中に向かって放り投げるも、バルカンは不規則な軌道で飛び回りながら何度も突撃してくる。

ドラスの電脳が危険を訴える。予測可能な危機ではなく、予測不可能な攻撃が繰り出される可能性に、彼は内蔵火器の使用を決意した。

 

「喰らえ!」

「当たる、かよッ!」

ドラス02の肩から放たれる光線を、バルカンは急旋回で避けた。空中で回転しながらドラスの肩に両足を引っ掛け、プロペラの回転を思わせる動きで二人の身体が宙を舞う。バルカンは回転の向きを強引に転換し、車輪の如く縦に回転し始めた。急激な加速に身動きが取れず、ドラスの全身が地面に叩きつけられる。エネルギーの放出が止まると同時にバルカンも着地し、両者の距離が開く。

「まだ足りねえか……」

不破の目的はドラス02が取り込んだプログライズキーの奪還であった。攻撃力と防御力に優れるパンチングコングを最初に取り戻せたのは良かったが、それでもドラスを再び追い込むにはダメージが足りない。ドラスが強力なレーザー兵器の使用に踏み切ったのならば、こちらも同様にカードを切る必要があるだろう。

「不破諌さん」

地面を滑るように高速で接近してきたのは、飛電(ひでん)の社長秘書ヒューマギアのイズだった。その手に抱えているのは、先程まで地面に突き立っていたアタッシュカリバーである。

「これを」

「猫の手ならぬ秘書の手か」

「各種装備を交換する際にはお呼びください」

「良いぜ、使わせてもらう……!」

言い終えるや否や、バルカンはアタッシュカリバーを右手で持ち、左手で新たなプログライズキーを起動した。

『プレス!』

新たに取り出した明るい灰色のプログライズキーは、驚異的な重圧を生み出す能力を持つ。

その名はブレイキングマンモス、絶えて久しき巨象の威容を示すキー。

『Progrise key confirmed. Ready to utilize.』

『Mammoth's Ability!』

両手で天高く剣を掲げると、灰色の光が刀身を包み込み、バルカンの体長を遥かに上回る光の大剣を形成する。アタッシュカリバーから絶大な重量が生み出され、踏み出した両脚が地面を砕いた。上半身を包む黒い装甲が軋み、摩擦に火花を散らす。

「オオオオオーーッ!!」

『ブレイキングカバンストラッシュ!』

咆哮と共に振り下ろす。ドラスは光の剣を押し返そうとするが、圧し潰されて地面に倒れ込んだ。凄まじい衝撃にコンクリートの路面が砕け散り、微塵に砕かれた破片が煙となって立ち込める。

「まだまだ行くぞ……!」

この程度で倒せる相手ではない。剛腕を振るって煙を払い、カリバーを投げ捨てて走り出した。起き上がったドラスに右腕で殴りかかるが、軽い動作で躱され反撃の蹴りを喰らう。腹に突き刺さった一撃によろめきつつ、ベルトからショットライザーを抜き放って連射した。着弾に装甲が火花を散らすが、痛痒などないと言わんばかりに光線を撃ち返され、大きく仰け反った。

 

シューティングウルフに比べて増加した重量によって低下した機動力を、力任せに補う戦法にも限界が見えてきた。

先の見えぬ状況下、不破は次なる戦術を思案する。強力なレーザー兵器を使ってくる以上、接近戦と遠距離戦の危険性は実質的に大差がなくなった。ならば、方法は一つ。

()()叩き込んでやる……!」

『バレット!』

『オーソライズ! Kamen Rider……ショットライズ!』

パンチングコングからキーを差し替え、弾丸を放つ。青い軌跡を描いて戻る弾丸を殴り砕き、新たな装甲を纏う。

『シューティングウルフ!』

青と白、左右非対称の形態に再び戻った。イズを呼びつけると、彼女は青いラインの入った鞄型兵装、アタッシュショットガンを鞄の状態で差し出してくる。

「仕事が早いな」

「私はヒューマギアであり、何より或人社長の秘書ですので」

『ショットガンライズ!』

ぶっきらぼうに鞄を引っ掴むと、アタッシュショットガンをその名の通りに散弾銃(ショットガン)へと変形させる。両手でショットガンを構え、ドラスの胸板を狙った。

「後は任せろ、ここから一気にカタをつける……!」

 

轟音と共に光弾が飛んだ。ショットガンから放たれたのは高威力の単発弾。ドラスの防御より速く、青い光が炸裂する。ドラスは煙を噴きながら跳躍し、勢いを乗せて貫手を放つ。首元を狙った一撃を避け、バルカンはショットガンの銃口をドラスの腹部に押し付けた。

「ハァッ!」

至近距離にて散弾を撃ち込み、無数に散らばった弾丸が堅牢な装甲を削った。衝撃と損傷により、ドラスは後方へと倒れ込む。生じた隙を突くように、新たなプログライズキーをアタッシュショットガンに装填する。

『リボルバー!』

『Progrise key confirmed. Ready to utilize.』

キーの名はガトリングヘッジホッグ、無数の針持つハリネズミの力。アタッシュショットガンに込められた時、針は弾丸へと変わる。

『Hedgehog's Ability!』

『ガトリングカバンショット!』

腰だめに構え、バルカンが引き金を引いた。緑色に光る細長い弾丸が、その名の通りガトリング銃の如く連射される。間髪入れずに襲い来る幾百の光弾を前に、ドラスが両腕を前に突き出した。

まさか打ち返す気か。思い至るより早く、黄色の鋼が飛び散るのをバルカンは目撃した。

 

スズメバチを彷彿とさせる形状の小型ミサイルが、ドラス02の赤い両腕から放出され続けている。それらがショットガンの撃ち出す光弾と相殺し、攻撃を打ち消していたのだ。

「チッ、考えてみりゃ道理か。刃のキーまで腹の中とはな!」

昨日行われた戦いにおいては、刃唯阿/仮面ライダーバルキリーもまた敗北を喫した一人であった。キーを奪われたというのは本人から聞いていたが、よりにもよってその所在がドラスの体内であったと知り、不破が納得と共に毒づいた。

「言っただろう、もう容赦はしないと。僕の力をここまで引き出したこと……後悔しながら死んでいけ!」

対するドラス02はもはや怒りの感情を隠さない。生態系の頂点と自負する故に、唯一無二たる己を脅かす者は、その可能性とて許容しない。冷徹にして暴力的な自我が、怒声となって発露する。

「怒ったか、だったら俺の怒りも持っていけッ!」

『チャージライズ! フルチャージ!』

激昂するドラス02を相手に、バルカンは微塵も怯むことなく切り返す。アタッシュショットガンを折り畳んでエネルギーをチャージし、再度の発射を試みる。対するドラスはミサイルを周囲に展開すると共に、両手から噴いた炎を纏わせる。

ここにきてドラスが奪ったプログライズキーの力を解放し始めた。向こうもいよいよ本気だと確信し、バルカンが一気に駆け出す。燃えるスズメバチの大群が一斉に襲いかかる、次の瞬間。

 

『ガトリングカバンバスター!』

 

バルカンが足を止めて引き金を引いた。猛烈な勢いで緑色の散弾が弾け飛び、炎を掻き消して一点へと集束する。ドラスの全身に緑の針が幾本も突き刺さると、ミサイルは制御を失いながら地面に落ち、纏った炎に焼き尽くされた。

地面に両脚を縫い止められたドラスに距離を詰め、バルカンは胸に突き刺さった一本の針を左手で掴む。瞬間的に力を入れると、緑色の針が内部機関を抉り、ドラスの全身から一時的に力が抜けた。裂傷を刻んだ胸板に突き入れた右手が、新たなプログライズキーを掴む。

パンチングコングキーを引き摺り出した時に感覚は掴んだ。次こそは更に多くを取り戻す。強く念じ、二つのキーを手中に宿す感覚と共に右手を引き抜いた。

握った掌を開き、戦利品を検める。水色に黄色、アビリティは『FANG』と『THUNDER』。一つを懐に納め、ドラスが再び動き出すより早くもう一つを起動する。

『サンダー!』

「使わせてもらうぜ、刃!」

『Hornet's Ability!』

スズメバチの飛来するは雷の鳴るが如く。本来は仮面ライダーバルキリーの用いる、ライトニングホーネットキーを躊躇なく使う。不破に出し惜しみなど無く、あるのは攻撃の意志だけである。

アタッシュショットガンにキーを装填し、次なる一射の狙いを定める。

『ライトニングカバンショット!』

ショットガンから放たれたのは閃光の尾を引く散弾であった。空中で軌道を変更し、枝分かれする稲妻めいた軌跡を残しながらドラスの全身を襲う。プログライズキーを奪われた直後であり、著しい弱体化の最中にあったドラスは、防御する間もなく直撃を受けた。砂粒ほどの小さな弾丸から流し込まれた電撃が全身を灼くも、自らの機能を用いて弾丸を内部に取り込み、各部の修復を行う。

「まだだ!」

ドラスが両腕を炎に包み、バルカンに殴りかかった。僅かな間にバルカンは次弾を装填し、至近距離で撃ち込まんとする。しかし、ドラスにアタッシュショットガンを弾き飛ばされ、顔面に炎の掌底を受ける。その勢いのまま顔面を掴んだドラスが、バルカンの頭部を地面に叩きつけた。マウントポジションを取り、灼熱の鉄拳で何度もバルカンの顔を殴る。熱と殴打の苦悶に喘ぐ不破の声と、硬質な打撃音が響く。

「許さないッ! 人間ごとき、二流の生物が! 完全な生命となった僕の体に傷をつけるなど!」

怒りに震える拳を、ドラス02は振るい続ける。両手を組んで槌の如く叩きつける一撃を喰らわせてなお、彼の憤怒が収まることはなかった。

 

しかしながら。

仮面の下から、くぐもった声が響く。

「本気だと、思ってたが……()()()()()()()()()()()()()

『Shark's Ability!』

何を、言っているのか。その疑問はすぐに打ち消される。

 

『バイティングカバンショット!』

 

()()()()()()()()()()()()。射手を失った散弾銃が、最後の足掻きとばかりに放ったのは、サメの姿をした巨大な光弾だった。

車両の激突にも勝る衝撃が二人を襲う。直撃を喰らったドラスが勢いよく吹き飛び、胸元を光る牙が喰い破る。巻き込まれたバルカンも少なからぬ傷を負ったが、それ以上にドラスのダメージは大きかった。

「なぜだ……なぜ、そうまでして戦える……! 力を削がれ、性能差は圧倒的で、僕はお前よりも強いのに、なぜ!?」

よろめきながらも立ち上がるバルカンに、ドラスが問いを投げかける。ほとんど慟哭するような声色だった。

 

「俺はな……()()()()()()()()()()()()()。ヒューマギアが人間と同じような自我を得るなら、それが善意だけとは限らねえ。お前が悪意に目覚めたなら、そこに必ず隙が生じる。お前自身も気づかないうちにな……!」

スペックの差ではなく、使える力の幅広さでもない。ドラスに芽生えた自我こそが、ドラスをここまで追い詰めたのだと不破は叫ぶ。

「自分の力に驕り、他人を見下すその心! だからな……お前は今の今までずっと、()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

全力を出すまでもなく、自分が人間に負けるはずはない。その思い込みと驕慢が、無意識にドラスの力を抑えていた。

なぜバルカンが単独でドラスに挑みながらも、互角以上に戦えたのか。

なぜバルカンは何度もドラスからプログライズキーを奪い返せたのか。

……そもそも、なぜ不破諌は()()()ドラスに挑んだのか。

 

その答えはただ一つ。

マギアとして特異点(シンギュラリティ)に到達したドラス02は、自らの内に悪意——他者よりも自らを上に置く驕慢を、無自覚に宿していた。不破はそれこそを狙い定め、勝負に打って出た。

不破諌の『秘策』に、ドラスはまんまと嵌り込んだのである。

「貴様……ふざけるなァーッ!」

「もう遅いッ! 全て返してもらうぞ!」

ベルト部分に固定したエイムズショットライザー。装填されたシューティングウルフキーの起動スイッチをバルカンは力強く押し込む。

『バレット!』

ショットライザーのグリップを強く握りしめ、引き金を引いた。

 

『シューティングブラスト! フィーバー!』

 

バルカンの周囲に青い火の玉が幾つも浮かび上がると、それらがオオカミを象ってドラスの全身に噛みつく。眼前に光弾を生み出しながら、バルカンが空中に跳んだ。

「俺の全力を見せてやる……ハァッ!!!」

光弾を蹴り飛ばしてドラス02に当て、更なる追撃に飛び蹴りを繰り出す。深く抉るように蹴り込む一撃が、辺り一面を吹き飛ばさんばかりの巨大な爆発を生んだ。

 

ブラストフィーバー

 

吹き荒れる突風が爆煙を晴らす。全霊を注ぎ込んだ一撃にて、バルカンはドラス02の駆体を貫いていた。地面に倒れ込んだドラスをよそに、バルカンは右手を開いた。その手には、二つのプログライズキーが握られている。

一つはフレイミングタイガー。炎を操る赤いキー。

そしてもう一つは……バッタの描かれた黄色のプログライズキー。ライジングホッパープログライズキーは、確かにバルカンの掌中にあった。

「確かに、取り戻したぞ……受け取れッ!」

後方で様子を見ていたイズに向かって、バルカンが二つのキーを投げ渡した。仮面ライダーの全力投球を正確に受け止め、自らの通信機能を用いて宇宙を漂う人工衛星・ゼアと接続した。

 

「ライジングホッパーキーの奪還を確認。ゼロワンシステムの再起動、及び各種戦闘データのアップデートを要請します」

 

◆◆◆◆◆◆

 

飛電インテリジェンス本社・極秘ラボにて。

飛電(ひでん)或人(あると)は目の前にある巨大な装置の前で、『その時』を待っていた。

ラボに存在するこの装置は、プログライズキーをはじめとする各種装備の開発・製造を担う多次元プリンター『ザット』。その内部には、機能を停止した変身ベルト、飛電ゼロワンドライバーが置かれている。

『衛星ゼアからの命令を受信。ゼロワンシステムを再起動、アップデートを開始します』

ザットのアナウンスが或人の耳に入るや否や、3Dプリント機構が一斉に起動し、細かい損傷を修復していく。プログライズキーの形をした入力装置がドライバーに挿入され、過去の戦闘データを入力していく。

「ついに来たか! 待ってたぜ、衛星ゼア……!」

単独でドラスに挑む不破を援護するために、イズを送り出してから、或人は一人で待ち続けていた。ゼアを通して強制的に機能を停止させたライジングホッパーキーが、再起動するその時を。

 

『システムアップデートを完了しました』

 

ザットの設備が停止し、安全扉が開く。或人は新品同然にまで修復されたゼロワンドライバーを手に取ると、ザットに向けて礼の言葉を言ってから駆け足でラボを去っていった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

全く動かなくなったドラスに、バルカンは変身を解くことなくショットライザーの銃口を向け続けていた。完全に破壊しきっていない以上、警戒を怠ることはあってはならない。

「社長はまだか……?」

不破が呟いた、次の瞬間であった。

 

「遅れてェ……ゴメェェェーーーーン!!!」

 

絶叫が響き渡る。飛電或人が、謝罪の言葉を叫びながら走ってきていた。イズの傍らで止まると、息を切らしつつ彼女の顔を見上げた。

「ッハァ、ハァッ……待ったァ?」

「お待ちしておりました、或人様」

イズは行儀良く頭を下げてから、或人にライジングホッパーキーを手渡した。

「どうか、もう一度立ち上がってください、或人様。飛電の社長として。そして——」

「仮面ライダーゼロワンとして。そうだろ? 他にもライダーはいるけど、やっぱりゼロワンは……俺じゃないとな!」

「はい。『アルトじゃ〜〜ないと!』ですね」

自らのギャグを取られて苦笑する或人の方へと、バルカンが駆け寄る。

「おい! 俺がいるのも忘れるなよ」

「不破さん! ……今まで戦ってくれてたんだな。ありがとう」

「キーを取り返して、ヤツを倒す。それだけだ」

取り戻したプログライズキーの幾つかをバルカンから手渡されると同時に、鋼の軋む音が歪に響き始めた。

見るも無惨な姿になりながら、ドラス02が立ち上がっていた。血のように潤滑液を垂れ流し、内部機構を露出しながら、赤く光る双眸を或人達に向けている。

「まだ生きてやがったか!」

バルカンがショットライザーで撃つも、大したダメージにはなっていない。むしろ着弾した弾丸と融合し、修理を行っているようにも見える。

両腕をだらりと垂らした体勢で、ドラスが雑音混じりに呻いた。

「次は、必ず……倒す……バラバラにしてやる……」

或人はその姿を見て確信する。目の前のマギアは、既に研究者型ヒューマギアではなく『ドラス』という名の破壊者の写し身なのだと。

「そうはさせない。今度は、俺達の番だ!」

 

『ゼロワンドライバー!』

或人が変身ベルトを腰に装着する。手に取ったプログライズキーを起動し、ベルトの認証機構と接続した。

『ジャンプ!』

『オーソライズ!』

衛星ゼアが出力したバッタ型のロボットが、上空から飛来する。バッタは或人達を守るように周囲を飛び跳ね、やがて或人の眼前に着地した。

展開したキーを構え、或人が叫ぶ。

 

「変身!」

『プログライズ! 飛び上がライズ! ライジングホッパー! A jump to the sky turns to a riderkick.』

 

バッタが黄色の光となり、或人の全身を包み込む。変身が完了すると、そこに或人の姿はない。バッタの力を宿す仮面の戦士が立っていた。

仮面ライダーゼロワン・ライジングホッパー。夢に向かって飛ぶために、飛電インテリジェンスの社長が再び戦場に舞い降りる。

 

「ドラス! お前を止められるのはただ一人、俺だ!」

 

B Partにつづく。



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B Part-1

銃声と打撃音の響き渡る市街地にて、刃唯阿/仮面ライダーバルキリー率いるA.I.M.S.部隊及び麻生勝/仮面ライダーZOと、トリロバイトマギアの大群は未だ戦闘を続けていた。

低い掛け声と共に突き出した拳をマギアの一体にめり込ませると、そのままZOは腕を振るってマギアを投げ飛ばす。

飛電ともA.I.M.S.とも起源は異なるが、ZOの力もまた、科学技術によって生み出されし超常の戦闘能力であるという点に違いはない。極めて高い水準にて発揮される力に、唯阿は安堵と同時に戦慄に近いものを覚えていた。

「刃技術顧問、あれを!」

部下の一人が指差した先に、雑兵(トリロバイト)とは異なる様相のマギアがいる。その姿に唯阿は見覚えがあった。イカめいた触腕を頭部から垂らした、ネオヒマギアという白いマギアである。先日の戦いにおいて、唯阿が辛酸を舐めさせられた強敵であった。

「まさかここに現れるとはな……総員! あの白いマギアには手を出すな、あれは私達がやる!」

下手に気を引いて被害を増やすよりは、単独で攻め込んで引きつけた方が良い。前回は2対1という形で不覚を取ったが、仮面ライダーバルキリー・ラッシングチーターの脚力をもってすれば倒せない相手ではない。そう判断し、バルキリーが全力疾走の準備を始めた瞬間であった。

 

「何かが……より恐ろしく、強大な何かが……来る!」

ZOが身構えると同時に、アスファルトの大地が震える。地面が揺れるだけでなく、何もない道路が強烈な重圧がかかったように砕かれる。四足動物の歩行を思わせるペースで、破砕の足跡が刻まれていく。

明らかに何かがいる。不可視にして巨大な重圧の主が、この街にいる。唯阿の思案に応えるが如く——。

 

()()は滲み出るように姿を現した。

 

「じょ、冗談だろ……?」

A.I.M.S.隊員の一人が洩らす通り、冗談の産物としか思えないような怪物が、突如市街地に出現したのである。

光学迷彩の機構を解除したソレは、全長70メートルを超える機械の巨象(マンモス)であった。

漆黒の巨躯が、朝の陽光を照り返して輝いている。一対の象牙も長大な鼻も、全てが黒に染まっている。激戦を見下ろす双眸だけが、狙い定めるように赤い光を点滅させた。

「ギーガーとも違う、アレは何だ!?」

冷静に戦況を分析していた唯阿ですら、この荒唐無稽極まる存在に困惑と驚きを隠せなかった。

ギーガーとは、A.I.M.S.で運用されている巨大ロボット兵器である。眼前の鉄巨象に対し、ギーガーは人型というのが違いだ。サイズも全く異なり、ギーガーと比してかの異形は10倍近い大きさがあった。

 

どこにこんなものを隠していたのか。いつ造られたのか。疑問ばかりが唯阿の脳内に湧いてくる。

巨象が鼻を大きく振り上げた。摩擦に鋼が絶叫し、象の鳴き声を思わせる甲高い音を一面に響かせる。鼻は幾つもの節に分かれており、有機的なフォルムを形成した多節の鞭と化している。手始めに左右に振り回すと、長い鼻が高層ビルの一角を打ち砕き、破片を道路に降らせた。

サイレンが鳴り始め、唯阿の思考が寸断される。止められるかどうかではなく、絶対にこの怪物をここより先に進ませてはならない。そう判断したバルキリーの手は、懐に隠した携帯端末——ライズフォンに伸びていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「お前を止められるのはただ一人、俺だ!」

 

飛電或人/仮面ライダーゼロワンが、半壊したドラス02に向けて宣戦を布告する。キーを取り戻すために尽力してくれたイズと不破諌/仮面ライダーバルカンに恩を返すため、ゼロワンの反撃が始まる……かに思われた。

 

流れを断ち切るように、着信音が鳴り響く。バルカンのライズフォンに電話がかかってきていた。首を傾げるイズとゼロワンをよそに、バルカンが応答する。刃唯阿からの着信だった。

「俺だ。急にどうし——」

「写真と座標を送る。プログライズキーを取り戻し次第、飛電の社長も連れてすぐにこちらに来てくれ! こちらでも時間は稼ぐが、正直()()が相手ではどこまで保つか分からない!」

「アレって何だ! 説明し——刃!」

通信が途絶え、不破が声を荒らげる。要領を得ない説明にやり場のない怒りを覚える暇もなく、短い着信が2件続いた。唯阿から送られてきた写真には、漆黒の巨大マンモスが街を破壊する姿が写っていた。画面を覗き見たイズが、戦闘態勢に入っていたゼロワンを呼び止める。

「或人社長。正体不明の巨大兵器が市街地に出現し、被害が拡大しつつあるようです」

「え……えぇーーッ!?」

ドラスに背を向け、不破のライズフォンを覗くゼロワン。不破の説明を聞きつつ、事態の深刻さを把握していく。

「コイツが街で暴れ回ってる以上、ドラスに構ってる暇は無さそうだ。刃達のいる場所に急行し、あのデカブツをブッ潰す」

「そうだな……っていつの間にかいなくなってるーーーッ!?」

ふとした拍子にゼロワンが前方へ向き直ると、ドラス02の姿はどこにも無かった。或人の叫びが空しく響く。

「やる事が単純になったな。デカブツのいる方に向かうぞ!」

「イズ、あのバイクって予備とかある?」

或人の言うバイクとは、ゼロワン専用装備の一つ、ライズホッパー。飛電インテリジェンス社長だけが操縦できるスーパーバイクである。ライズホッパーが複数台用意できれば、現場への急行も容易だと或人は考えていた。

「機密保持のため、ライズホッパーの予備機は存在しません。ですが……複数人で移動するのを前提とするなら、マンモスキーを使うのがよろしいかと」

飛電インテリジェンスが開発した、大規模災害に対応するための()()()()()()()()。ブレイキングマンモスキーをゼロワンドライバーに装填することで、衛星ゼアの秘密兵器たるこの装備を行使できる。

 

幸か不幸か、次なる敵は大型目標。ならばこちらも文字通りの最大戦力にて立ち向かうまで。

 

「ブレイキングマンモス……その手があったか!」

バルカンから受け取ったキーの一つを手に取り、ゼロワンが起動させる。

『プレス!』

『オーソライズ!』

ブレイキングマンモスを認証(オーソライズ)したゼロワンドライバーが呼び掛ける先は衛星ゼア。軌道上を漂う衛星の後部ユニットが分離変形し、光となって射出される。

ゼロワン達の頭上に灰色の巨大な戦闘機が突如出現した。ジェット噴射に風が吹き荒れる中、ゼロワンが更なる変身を遂げる。

 

『プログライズ! Giant Waking! ブレイキングマンモス! Larger than life to crush like a machine.』

 

戦闘機が垂直に向き直り、()()()()()()()()()()()()()()異形の人型へと変形した。マンモスの威容を象る、全長8メートル近い巨大な人型ロボットが、地面を揺らしながら大地に立つ。

灰色の巨人機、その上半身は胸から伸びる一対の牙も合わせてマンモスの頭部を表している。太く頑強な二本の脚からは悪路も易々と踏破するための爪が生え、巨大な両腕にはプログライズキーを模したシールドを備える。腰に巻いたベルトはゼロワンドライバーと同一であり、機能こそないものの、象徴としての役割を果たしていた。

 

重機の如く押し潰す巨体が、ここに大いなる目覚めを果たす。

仮面ライダーゼロワン・ブレイキングマンモス。

 

「イズ、不破さん! コイツで目標までカッ飛ばす! 背中に乗って!」

巨大ユニットのコックピットから、ゼロワンが地上の二人に向けて呼び掛ける。高速機動形態(ジェットフォーム)へと変形するや否や、バルカンとイズが巨大な背中に飛び乗った。

「或人社長、我々への心配は無用です。最高速度で出撃し、目標地点へと向かいましょう」

「コッチはしっかり掴まってるから、加減なんざ必要ねえ! ブッ飛ばせ!」

「サンキュー! それじゃあ……全速力で突っ切るぜーーッ!」

爆発めいた勢いでジェット噴射が起こり、巨大戦闘機が飛翔する。

目指す先は激戦の市街地。奇しくも相手は巨象(マンモス)を模した、漆黒の大機械獣であった。

 

つづく。



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B Part-2

マギアの一団が高層ビルを飛び回る。群れを成す虫のように、黒々とした塊が建造物の合間を飛び移っていた。突如出現した巨象すら、この一群にとっては対岸の火事も同然である。

集団に追われていたのは二人の若い男だった。滅亡迅雷.netの幹部、滅と迅である。極めて高い戦闘能力を持つ二人は、雑兵程度ならば変身せずとも相手にできる。

 

とはいえ。

「飽きてきちゃったなー。そろそろ変身しようかな」

ビルの屋上に着地しつつ、迅は遊びに飽きた子供のように呟いた。飛びかかる一機を刀で斬り飛ばしながら、滅が無表情に返す。

()()()()もこれまでか。ならば——ん?」

ヒューマギアとしての機能が、風を切る音を滅に伝える。類似する音の波形は、旅客機の飛行音だった。次の瞬間、二人の視界に巨大な影が落とされる。

「ほう……ついに現れたな、ゼロワン」

影を落とす者、その正体を察して滅は口元を歪ませる。高速で飛行する巨大戦闘機、ゼロワン・ブレイキングマンモスが彼らの頭上を通過していった。

凶悪さを滲ませる笑みを作りながら、懐から奇妙な装置を取り出した。ジャッキを思わせる機構を備える、黄色と黒の小ぶりな機械を腰に据えると、()()()()()()()()()が出現し、ベルトを形作る。

 

『フォースライザー!』

 

「ゼロワンも来ちゃったね、じゃあ僕らも——やろっか!」

遅れて同じ装置を着用した迅が、拳銃をホルスターに納めてからマゼンタのプログライズキーを起動させた。滅も静かに納刀し、前方に立つ一機に刀を投擲してから紫のキーを手に取る。硬質な鞘が正確に一機の腹を貫くと同時に、二つのキーが自らの能力を示した。

『ウィング!』

『ポイズン!』

展開もしないままにベルトに装填するや否や、ベルトが低く禍々しい音を鳴らし始める。赤く発光する基部と合わせて警報を思わせる。

このベルトの名は滅亡迅雷(めつぼうじんらい)フォースライザー。古い技術で作られた、()()()()()()()使()()()()()()()()()()変身ベルトであり、プログライズキーの行使に認証(オーソライズ)を必要としない。なぜならば——。

 

「変身」

滅は、氷の如く冷徹に。

「変身!」

迅は、自由なる鳥めいて楽しげに、ベルトが備えるレバーを引いた。

 

『フォースライズ!』

装填されたプログライズキーが()()()()()()()()、二人のベルトから二体の機械獣が飛び出した。迅のベルトからはマゼンタの光を放つハヤブサが、滅のベルトからは紫に光るサソリが形成される。群がる有象無象を吹き飛ばしつつ、迅の身体をハヤブサが包み込み、滅の胸にサソリの毒針が突き刺さった。

 

『フライングファルコン!』

『スティングスコーピオン!』

 

激しく光を放ちながら二機と二頭が融合する。拘束具にも似た導線が、装甲と化したハヤブサとサソリを全身各部に固着させ、異形の変身が完了した。

迅はマゼンタの身体と、鋼の翼を持つ姿に。滅は紫の身体と、毒蠍の棘を持つ姿に変わっていた。更に滅の右手には、かつてA.I.M.S.の基地から強奪した鞄型兵装・可変弓アタッシュアローが握られている。

 

『Break Down.』

 

低く重苦しく、開戦を告げる声が響き渡る。

仮面ライダー(ジン)・フライングファルコン。

仮面ライダー(ホロビ)・スティングスコーピオン。

人類殲滅の騎士達が、稲妻よりも(はや)く戦場に降り立つ。

 

◆◆◆◆◆◆

 

誰もが空を見上げていた。

上空より影を落とす、巨大なソレを見上げていた。

戦闘の手を止め、敵味方の別なく全ての存在が空に視線を向けている。影の主は大きく旋回しながら、自身よりも遥かに大きい巨大な大機械獣に突撃を仕掛けようとしている。

「あれは……ゼロワンの巨大戦闘形態……!」

バルキリーは空を見上げながら、巨影の名を呟く。強力な援軍の出現に、彼女は我知らず胸を撫で下ろした。

直線軌道上に二機が並ぶ。ジェット噴射が猛烈な勢いを生み、狙い定めたように機首がマンモスの頭部に激突した。高速で飛行するブレイキングマンモス・高速機動形態(ジェットフォーム)の機首が、何者をも刺し貫かんとする衝角となって巨象の頭部に大穴を開けた。衝撃に地面が震えるが、同時にA.I.M.S.の隊員達が喝采の声を上げた。

衝突の直前に、空中を飛んだ小さな影があった。二つの影は突撃するゼロワンから飛び降りると、バルキリーの眼前に着地した。

「不破と……飛電の社長秘書か!?」

「半日ぶりだな、刃」

「奪われたキーは全て奪還いたしました」

バルキリーの前に現れたのは、ゼロワンの背に乗って駆けつけたバルカンとイズであった。バルカンが黄色のプログライズキーを取り出し、バルキリーに手渡す。

「ライトニングホーネット……取り戻してくれたのか」

「連中を騙すためかは知らんが、厄介なモン渡しやがって」

飛電本社ビル前での戦闘にて、唯阿が敵に奪われた……否、敢えて奪わせたプログライズキー。暴走するネオヒマギアを通してドラスに捧げられた、ライトニングホーネットの力が、再びバルキリーの下に戻ってきたのだ。

「苦労をかけたな……わざとキーを渡すような真似までして——」

「細かい説明も謝罪も要らん。俺は俺のやり方で、ヤツからキーを分捕っただけだ。今はそれで良いだろ。それよりも、せっかく取り戻したお前の力で、目の前の連中をブッ潰す。そうだな?」

「不破……わかった。ここからは私も協力しよう」

乱暴な言い方ではあったが、深く詮索しなかったという事実が、唯阿に僅かばかりの安堵を与えた。

 

空中で身を捻り、人型に変形したゼロワンがイズ達のいる方を向く。

「不破さん、イズ! 大丈夫!?」

「問題ありません。プログライズキーを取り替える場合はお呼びくださいませ」

「コッチも問題ない。そんなことより……何なんだ、アイツは!?」

前方、山の如く聳え立つ黒い影を見据えながらバルカンが言う。

漆黒の機動兵器は眼下の喧騒を気にも留めず、四脚をゆっくりと前に進める。鉄骨よりも重い脚が地面を踏みしめる度、衝撃が道路を走る。

サイズ比は巨大戦力たるブレイキングマンモスと比べても10倍近い。事実として、地に足をつけたゼロワンですら、巨象の頭部を()()()()()()

ライダーの集う一点に、新たな影が降り立つ。先程までマギアと戦っていた、麻生勝/仮面ライダーZOであった。

「勝さん!」

ゼロワンが機動兵器のコックピット越しに呼びかける。

「その声は或人君か! 凄まじい巨体だな……」

「巨体は向こうも同じですよ。それじゃ、アイツをどうやって倒すか……って、アレは!?」

物理的には誰よりも高い視点を持つゼロワン。彼だけが見つけられたものがあった。

——巨象の頭部に立つ、ドラス02の黒い影である。

 

◆◆◆◆◆◆

 

本来の形からの逸脱が見られるとはいえ、ドラスマギア……現在のドラス02は、ゼツメライズキーに保存された『ドラス』および『ネオ生命体』のデータから発生した存在である。つまり、ドラスが可能とすることが、後継を名乗るドラス02にできない道理はない。

痛ましい破壊の痕を刻んだ全身が、再び元の形を取り戻す。もっとも、姿形こそ以前のままとはいえ、今のドラス02は大きく力を減じていた。仮面ライダーから入手したプログライズキーを奪還されたドラスは、データこそ盗めても、キーの発するエネルギーを失っている。今の状態は、いわば張子の虎であった。

 

形状変化。この能力が、ゼロワンほど大がかりな移動能力を持たないドラス02を激戦の地たるビル街に、誰に気づかれるでもなく到達せしめた所以であった。

ゼロワン達が市街地に現れた巨大機動兵器——()()()()()()()()()の情報に気を取られている隙に、全身を折り畳んで小さな金属球のような姿に変身して身を隠したドラス02は、ジェットフォームに変形して目的地へと向かったゼロワン・ブレイキングマンモスの背に乗った。ゼロワンがギガマンモスマギアに突撃したその瞬間に、ドラスはマンモスの頭部に飛び移り、元の姿に戻ったのである。

 

巨象の頭部から全てを見下ろしつつ、ドラスの駆体が液状に変じていく。機体色の黒に溶け込むようにして彼が至ったのは、()()()()()()()()()()()を動力として埋め込んだ、巨大な制御室であった。隅から隅まで張り巡らされたケーブルが、赤く光りながら脈動する。背を壁につけると、独りでにケーブルが赤黒い玉座を作り出す。導線を背中から接続したドラスに、膨大なエネルギーが供給され始めた。

 

事ここに至って、ドラス02は冷静な思考を取り戻していた。

傷を癒さねばならない。滅亡迅雷.netの本拠地、デイブレイクタウンから入手した大量のマギアと、ゼロワンに撃破されたものの駆体は残った暴走マンモスマギア。二つを組み合わせて作った最大最強の兵器・ギガマンモスマギアの制御権限は、暴走マンモスマギアを生み出したドラスの手にある。

 

ヒューマギアから強大なマギアを生み出せるのなら。

より強大なマギアの糧として、()()()()()()()ことなど造作もないのだから。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ゼロワンがドラスの消失を確認した、わずか数秒後。

眼前に立つ70メートルの巨体が、節々から赤い光を放ち始めた。頭部のカメラアイが一際強く発光し、咆哮するかのように全身から軋む音を立てる。

何かが来るという予感だけを、その場の全員が共有していた。

 

一瞬の沈黙を破ったのは、誰あろう巨象自身であった。

 

振り上げる勢いに任せ、長い鼻を最大限に伸長させると、鼻先の巨大な穴から、強烈な引力が発生し始めた。地上に散らばっていたおびただしい数のマギアを、無傷のものから微塵に砕かれたものまで無差別に穴へと吸い込んでいく。

縦幅にして3メートル前後の穴は、通気孔であると同時に巨大な吸引孔であった。マギアを優先して吸い上げるが、凄まじい引力が周囲の建築物に張られた窓ガラスすら砕いていく。ガラスの破片や窓枠をも吸い込んでなお、吸引力が変わることはない。停車していたA.I.M.S.の車両が1台、巻き込まれるように穴へと消える。

「させるかァァァーーーッ!」

雄叫びと共にゼロワンが駆け出し、下を向いた鼻を蹴り上げる。両脇に備える一対の錨を手に持つと、鎌のように振るって何度も鼻を斬りつけた。半ばまで吸われていたA.I.M.S.の車両がガラス片と共に吐き出され、吸引が止まった。ゼロワンが両手で安全に受け止め、乗車していた隊員に脱出を促す。

 

一帯を埋め尽くすほどのマギアが、半数以下にまで数を減らしていた。マギアを吸い込む巨大兵器という異様な光景と、各所で響き渡る悲鳴やサイレンが事態を混沌へと導く。

バルカンが隊員達に指令を飛ばす。負傷者の救護と、一般市民の避難援助。呼びかける声は半ば怒号であったが、不破自身は冷静だった。A.I.M.S.の隊長としての判断力が、戦闘中という熱狂の只中でさえ思考の一端に冷静さを備える一因となっていた。

 

危地にあってなお冷静さを残していたのは不破だけではない。機動力を活かし、落下する建築物の破片を砕くバルキリーは、街を駆ける中で更なる異変を目の当たりにする。

市街地に現れて以来、明確な行動を起こしていなかったネオヒマギアが頭部から触腕を伸ばして巨象の駆体を高速で登っていたのだ。触腕を錨としてあっという間に頭頂部に登り詰めたネオヒマギアは、ゼロワンの突撃で開いた穴に自らの下半身を埋め込んだ。傷口が一瞬にして塞がり、ネオヒマギアの上半身が溶けるように沈む。

「どこに消えた……?」

地上を駆けつつ見えない姿を追いかけるバルキリー。マンモスの右側に回り込み、落ちてくる破片を足場に跳躍すると、長大な背中の一部が何やら蠢いているのが見えた。

 

次の瞬間、波打つ背中を突き破るようにして巨大な装置が出現した。

イカの頭部を彷彿とさせる基部を持つモジュールの頂点から、ネオヒマギアの上半身が突き出ている。モジュールを円状に囲むのは、ネオヒマギアのそれよりも遥かに長大な触腕であった。

呼応するように巨象の胴体部分に、白い砲台が出現する。砲口の一つが煙を噴きながら白いアンカーを放つと、速度と重量が凄まじい威力を生み出し、アスファルトの路面が大きく抉れた。

 

「何なんだよアレ……マンモスがイカを背負ってるのか……?」

あまりの異常事態にゼロワンが呆れ気味に洩らした。イズは疑問と受け取り、自らの機能に基づく分析結果を伝えた。

「衛星ゼアにデータを送信したところ、あの巨大兵器の構築に使われているのは無数のマギアであるという推測が出ました。恐らく、ドラスの備える何らかの能力により、自由自在に変形する機能を実現しているのではないかと」

「じゃあ、アレも元は一体のマギアだったの!?」

「そういうことになります。そしてあの形状、原型は或人様が戦ったマンモスマギアではないかと」

自らが仕損じたことを察し、或人は激しい怒りを覚える。

マンモスマギアに改造されたヒューマギアは、元を正せば飛電インテリジェンスを守る警備ヒューマギアの一体だったのだ。或人にとっては社員も同然の存在、その成れの果てが恐るべき破壊兵器だったという事実に、トドメを刺せなかった自分と、元凶たるドラスへの怒りが湧き上がった。

 

マンモスマギアを基にして生まれた、漆黒のギガマンモスマギア。そこにネオヒマギアが合体し、黒い巨獣は更なる変身を遂げた。

黒と白のツートンカラー。マンモスとネオヒボリテス、二つの絶滅種を組み合わせた鋼の合成獣(キメラ)

古代の生命が、現代の悪夢と化して蘇る。

即ち——。

 

絶滅機動決戦形態・()()()()()()()()()である。

 

つづく。



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B Part-3

巨大(ギガ)マンモスマギアとネオヒマギア。

二機の合体によって誕生した悪夢の如き破壊兵器・ギガネオヒマンモス。哺乳類(マンモス)頭足類(ネオヒボリテス)を組み合わせた、おぞましくも雄大な姿は、見る者の正気を削ぎ落とす。

もはやヒューマギアとしての面影などない。この世に存在してはならない怪物が、全身から破滅的な駆動音を上げてビル街を蹂躙し始めた。

緩慢ながら確実な一歩が道路を踏み砕き、全身各部に生成された砲台からは自由自在に動くアンカーが射出される。

巨象の変化を見てとったバルキリーが、バルカンに通信を繋ぐ。

「不破! アレが見えているか!?」

『見えてる! 何なんだアレは、銃撃もまるで効かねえぞ!』

通信機器越しに、ショットライザーの銃撃音が聞こえた。マギアの装甲をも貫く弾丸は、一発たりともギガネオヒマンモスを傷つけることはない。あまりにも分厚い装甲が弾丸を弾いてしまうのだ。

「私は空中から攻撃し、可能な限りヤツの足を止める!」

『なら俺は地上からだな……任せるぞ、刃!』

通信が終了すると、バルキリーの手には新たなプログライズキーが握られていた。

『サンダー!』

『オーソライズ! Kamen Rider. Kamen Rider.……』

地上での機動力に特化したバルキリー・ラッシングチーターに対し、大火力攻撃に優れるライトニングホーネット。変身に用いれば、稲妻のように飛翔するスズメバチの翼をバルキリーに与える。

ショットライザーをベルトに固定し、バルキリーが引き金を引いた。

 

『ショットライズ! ライトニングホーネット! Piercing needle with incredible force.』

 

放たれた銃弾が炸裂し、バルキリーの装甲が一瞬にして切り替わる。左右非対称の橙色から、全身を満遍なく覆う黄色と黒へ。蜂の巣状(ハニカム)の装甲から稲妻が奔り、流麗かつ攻撃的なフォルムを際立たせる。

背中から青い光の羽を広げると、バルキリーは地面を蹴って大空へと飛び立った。その姿はまさしく、冷徹にして凶猛たるスズメバチの女王。

 

貫く針は、驚異的な力を秘める。

仮面ライダーバルキリー・ライトニングホーネット。

 

全身からミサイルを放ち、バルキリーはギガネオヒマンモスの側面部にある砲台を攻撃する。大口を開けた砲口に、スズメバチ型ミサイルを大量に送り込むと、内部からスクラップを吐きながら白い砲台が爆散した。

「一基ごとの耐久力は大したことはないな……ならば!」

ショットライザーの弾丸を弾く装甲とて、()()()()()()()()()()()()()。バルキリーは更に高度を上げ、巨象をも見下ろす上空から数百発のミサイルを展開する。号令一つで全てのミサイルが随意に動き、変幻自在の軌道で目標に着弾する。

『サンダー!』

バルキリーがショットライザーを持った右手を振り上げると、全てのミサイルが黄色い電光を纏い始めた。スズメバチの兵隊が、今か今かと女王の命令を待ち望む。

『ライトニングブラスト!』

スズメバチが一斉に降下し、ギガネオヒマンモスの全身を囲むようにして爆発した。追撃に太く鋭い針がショットライザーから射出され、マンモスの背中に乗ったネオヒマギアを守る防壁に突き刺さった。触腕が形成する白い防壁がガラスのように砕け散り、破片を通じて強烈な電撃がネオヒマギア本体を襲う。

ギガネオヒマンモスの側面部に存在していた砲台が機能を失った。バルキリーは狙いをネオヒマギアに定め、直下の目標を狙い撃つ。

 

「昨日の借りは返させてもらうぞ!」

 

◆◆◆◆◆◆

 

『ショットライズ! パンチングコング!』

バルキリーとの通信を終えると、バルカンはパンチングコングへと形態を切り替える。耳元に軽く手を当て、ゼロワンとの通信が始まった。

「ドラスがあのデカブツの中にいるのか?」

『不破さん!? ……ああ、そうだ。多分、今あのマンモスを制御してるのはドラスだと思う。マギアを吸い込んだのも、ひょっとしたらエネルギーを補給するためかもしれない』

或人はドラスマギアが最初に出現した時のことを覚えている。研究所のヒューマギアを喰らうようにしてエネルギーを吸収し、力を増す。ドラスマギアとしての特殊能力である。

「つまり、あの中を叩けばドラスの野郎に辿り着くわけだ」

バルカンは地上から凄まじい爆発と閃光を目撃した。バルキリーの放った大量のミサイルが、ギガネオヒマンモスの周囲で一斉に爆ぜたのだ。

「俺は地上から攻撃し、可能な限りアレの力を削る。ドラスを引きずり出すのは……飛電の社長、アンタに任せるぞ!」

脚に力を込め、バルカンが勢いよく駆け出す。遮るマギアの雑兵を撥ね飛ばしながら、巨象の前脚を目指して走り去った。

 

バルカンとの通信を終えると、ゼロワンは両手の錨を胸に仕舞ってギガネオヒマンモスと睨み合う。ブレイキングマンモスの駆体を以てしても、見上げるような巨体である。頭部の機能を最大限に発揮し、僅かな時間でスキャニングを終わらせると、右肩に何かが乗った。

「勝さん!」

「僕も力を貸そう。あの怪物をここで食い止める」

「ありがとうございます! よし、ここからは俺達も攻めるぜ!」

肩に乗ったのは、地上で戦っていたZOだった。

心強い味方だが、いくらZOが強くとも相手は山のように巨大である。しかし、二人の心には一片の曇りも無かった。

ZOを肩に乗せたまま、ゼロワンが大きな歩幅で大地を走る。射程圏内に捉えた瞬間、マンモスの長い鼻が真上から振り下ろされる。走行の勢いを乗せた跳躍から、ゼロワンは上から来る影をアッパーカットの要領で殴りつけた。巨大なる多節の鞭が波打ちながら跳ね上がる数秒のうちに、ZOがゼロワンの肩から飛び離れる。マンモスの鼻を階段のように駆け上がるZOに対し、ゼロワンはバックステップで距離を取ると同時に両脇の錨を投擲した。

ブレイキングマンモスの備える『錨』、それはマンモスの牙を模したモノ。投げ放たれた灰色の牙は、ギガネオヒマンモスの顔を何度も斬りつけた後に、頭部から生える二本の黒い牙を根元から斬り落とす。

漆黒の牙が落下し、深々と地面に突き刺さった。曲線の軌道を描いて飛来した錨が、ブーメランめいてゼロワンの両手に戻る。

或人は確かな手応えを感じたものの、牙の付け根が白く変色して新たな砲台を作り出す。轟音と共に放たれる二つのアンカーが、ブレイキングマンモスの胴体を抉る。

「ぐあッ!?」

一撃で内部機構を貫かれた。更に鏃の形をした先端が()()となり、引き抜くことができない。直立のまま動きを封じられたブレイキングマンモスの胸に、ギガネオヒマンモスの鼻の穴——巨大通気孔が押しつけられた。

僅か20センチの隙間を覗けば、穴の中で黒い風が渦を巻いている。何もかもを吸い込む穴から、何やら得体の知れないモノが噴き出ようとしていた。何が出てくるにしろ、70メートルの巨体が吐き出す物質を至近距離で吹き付けられれば、衛星ゼアの後部ユニットを原型とするブレイキングマンモスのボディとて四散五裂は確実である。

アラートを鳴らし続けるコックピット内にあって、ゼロワンは自らの窮地を理解すると、自らの思考と繋がった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ブレイキングマンモスの駆体が、芯を失ったように膝をつく。破滅的に勢いを増し続ける渦風は、解放の秒読みに入っていた。

蠕動する鋼の鼻が膨らみ……()()が解き放たれる、僅かな一瞬。

「今だァーッ!」

灰色の機械巨人の姿が、()()()()()()()()()()()()。空中に放り出されたゼロワン・ライジングホッパーが、ベルトにプログライズキーを挿し込む。

 

『プログライズ! ブレイキングマンモス!』

 

霧散したはずの巨人が、空中に姿を現す。落下の勢いに任せて、再び現れたゼロワン・ブレイキングマンモスが、ギガネオヒマンモスの鼻を踏みつけた。長大な鼻が地面に叩きつけられ、大きな亀裂を作る。

アンカーに繋いでいた重量を失ったことに加え、この一撃で巨象は大きく体勢を崩す。前方につんのめったギガネオヒマンモスの赤い両眼が、拳を構える小さな人型を目撃した。

顔面にしがみつき、上半身を大きく捻って右拳を握り締める存在。仮面ライダーZOがそこにいる。

「ハァァァァ……!」

ZOの右腕に緑色の光が満ちる。己の体内を循環するエネルギーを、自らの感情を昂らせることによって爆発的に増幅し、右腕に収束させているのだ。ZOの口元に牙が展開し、後頭部から余剰エネルギーを逃すが、輝きは一層強くなる。放出した余剰エネルギーをも、右腕に巻き込んでいるのだ。

ギガネオヒマンモスが転倒する、5秒前。

一際大きな輝きと共に、ZOが右拳をマンモスの顔面に突き出した。

 

例えるならば、雷撃。

絶大な衝撃と、猛烈な熱を以て、遍く全てを打ち払うモノ。

人間大の戦士が放つ全力の拳でありながら、自然の暴威に匹敵する重く大いなる一撃を受けた機械の巨獣は、根本から長い鼻を千切れさせながら、自らの身体を大きく後退させた。

牙と鼻を失った鋼の獣が、虚しく鳴き声を上げる。スクラップ混じりの煙を噴く象の鼻が、力無く地面に横たわっていた。

 

千切れた鼻から足を下ろし、ゼロワンは再び構える。ブレイキングマンモスの損傷は再起動を経てある程度回復したものの、出力を通常の8割程度に落としていた。完全復旧には少しばかり時間がかかる。

通信機器から信号を送り、ゼロワンはイズを呼んだ。

「プログライズキーの交換ですね?」

「思ったよりダメージを受けてる。少しの間だけ休ませたい」

「承知しました」

ブレイキングマンモスの駆体が光となって消える。地表に立ったゼロワンがイズからキーを受け取った時、強化された聴覚が地中を掘り進む何かの音を聞いた。

「イズ……地面の下だ! 何かがいる!」

「それだけではないようです。空中に動体を確認、これは……プログライズキーの反応です」

 

イズが言い終えた瞬間、十字路の中心が爆発を起こした。

巨大な銀色のサソリが地面を突き破ると同時に、紫色の人型へと変ずる。次いで空から飛来した無数の羽根が、ダーツのようにギガネオヒマンモスの顔面へと突き刺さる。空中でマゼンタの戦士へと変わった影が、紫の戦士の傍らに着地する。

 

ゼロワンとA.I.M.S.は彼らを知っている。ただし、協力し合える味方ではなく、倒すべき敵としてである。

人類絶滅を掲げる滅亡迅雷.netの戦士、仮面ライダー滅と仮面ライダー迅。二人が無数の戦闘員(トリロバイトマギア)に追われながら、天と地より現れたのだ。

 

つづく。



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B Part-4

突如出現した滅亡迅雷.netの戦士、仮面ライダー滅と仮面ライダー迅。思いがけぬ敵手の登場に、事情を知らないZOを除く全員が一斉に身構える。

「滅亡迅雷……!」

ゼロワンがイズを庇うように立ち、彼女から受け取ったキーの一つを構える。大打撃を与えたとはいえ、ギガネオヒマンモスは健在なのだ。ここで手間取るわけにはいかない。密かにバルカンやバルキリーと通信回線を繋ぎつつ、両腕を前に出して拳を握る。

「今はお前達に構ってる場合じゃないんだ! 退いてくれるなら、コッチも手出しはしない」

「蒙昧極まるな、飛電或人。我らの目的はお前達ではない」

「……何だって?」

滅の言い分が理解できず、或人は明らかに困惑していた。

「ドラスマギア……否、ドラス02はアークの意志に従わず、滅亡迅雷.netに反旗を翻した。我々の目的はただ一つ、()()()()()()だ」

「僕達の邪魔をしないならお友達……じゃなくて、ドラスを倒すまでの間は休戦してもいい。そうだよね、滅?」

迅の質問に滅が無言で頷く。不破から少しだけ聞いていたとはいえ、ドラスが滅亡迅雷.netからも離脱した独立勢力と化していたことに、或人は驚きを隠せなかった。

「ドラス02……それが今のドラスなのか」

「ヤツの目的は人類の支配。人類絶滅を謳う我らとは、根本的に相容れない存在だ。さて、どうする?」

或人は滅の機械的な笑みが目に浮かぶような心地がした。滅の提案に乗らなければこの状況で滅亡迅雷.netまでもが敵となる。いずれは倒すべき相手だが、或人は迷いを払って答えた。

「わかった。ドラスを倒すまでの間、俺達は敵対しない。その代わり……約束を破るならその時は全力で戦う」

「承知した」

言い終えた瞬間、滅の姿が掻き消える。迅も背中から翼を広げ、ギガネオヒマンモスの背中を目指して飛んでいった。

「ふぅ……き、緊張したァ〜〜ッ!」

ゼロワンは額の汗を拭うも、仮面越しでは無意味であった。

組織の規模こそ小さいが、極めて強大な戦闘能力を持つ滅と迅を相手にしなくてもいいという事実を認め、或人は一時的な緊張からの解放を味わう。

とはいえ、安堵は一瞬のうちであった。ブレイキングマンモスを復旧させるまでの間、山の如き巨大機械獣を止めねばならない。イズからアタッシュカリバーを受け取ると、ゼロワンは前方に跳躍しつつ赤いプログライズキーをベルトに装填した。

『プログライズ! フレイミングタイガー!』

空から落ちてくる炎のトラを装甲に変換し、ゼロワン・フレイミングタイガーへの変身を遂げる。火の粉を散らしながら着地すると、熱風を吹かす赤い影が荒れた路面を疾駆し始めた。

 

地面を駆けながら、ゼロワンはギガネオヒマンモスに目を遣る。根元から千切れた黒い鼻が少しずつ伸びている。この時の或人は知る由もないが、これもまたギガネオヒマンモスを制御するドラス02の能力によるものだった。左右側面部、バルキリーが破壊した砲塔も再生し、徐々にではあるが攻撃的な形態へと変化し続けている。

「姿形が変化してる……変化しきる前に、ダメージを与えられれば!」

ゼロワンの前方20メートル地点に立つはマンモスの右前脚。走行の勢いをつけて跳躍し、前方宙返りからアタッシュカリバーを投げつける。刀身を展開したアタッシュカリバーが、炎の矢となって右膝に突き刺さった。着地と同時に再び跳ぶと、カリバーを膝から引き抜くついでに着弾地点に向けて腕を振り抜く。指先から発せられた炎の爪が内部を焼き、ゼロワンはマンモスの足元に着地した。

距離は詰めたが、問題はここからであった。人間大のままに人智を超えた力を発揮できる仮面ライダーの力があろうとも、70メートルの巨体を足止めするのは困難だ。ギガネオヒマンモスを後退させたZOの一撃も強烈ではあるが、二度も三度も繰り出せるものではない。形態を変化させる力がある以上、次は何らかの対策を取られる。それが或人の見立てだった。

 

或人は対岸から自分を呼ぶ声を聞いた。ギガネオヒマンモスの左前脚を殴り付けていたバルカンである。攻撃と両立するためか、ゼロワンの方を向くことなく通信回線越しに怒号が響く。

『さっきの通信はどういうつもりだ!? 滅亡迅雷と手を組むなんざ——』

「ドラス相手でこの状況です! 確かに今回の事件を起こしたのはアイツらだけど、滅亡迅雷まで敵に回すわけにもいかない!」

『そういうことだ。案ずるな、我らヒューマギアは()()()()()()

突如回線に割り込んできたのは滅だった。紫色の弓(アタッシュアロー)から光の矢を絶え間なく連射し、腹部装甲の隙間を正確に撃ち続ける姿が見える。

『ドラスを引きずり出すならば内部に潜り込め。巨大マギアの制御権はヤツの手中だ。引き離せば大幅に弱体化するだろう』

「本当か! ……いや、仮にそれが分かったとしても、誰がどうやってコイツの中に入る?」

或人の思案を遮り、ZOが滑り込むようにしてマンモスの真下に現れる。気づけばゼロワンの肩には小さなバッタが乗っていた。或人の脳内に、勝の声が響く。

『僕だ、或人君。そのバッタを通して、君の脳内に語りかけている。盗み聞きのようで悪いが、通信も傍受させてもらった』

「ホントですか!? ……まさか、通信を聞いてたってことは……?」

『ドラスを引きずり出す役割は、僕が引き受ける。その後は君達に任せるぞ!』

ZOの全身が光に包まれると、大跳躍からのアッパーカットが炸裂した。滅が損傷を与えた腹部が突き破られ、鈍い音を立てながらZOの全身がギガネオヒマンモスの内部へと入っていった。その姿を確認すると、ゼロワンはアタッシュカリバーをマンモスの爪先に突き立て、再び攻撃を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ギガネオヒマンモスを空中から攻め、背中に設置された追加ユニットと戦うバルキリーであったが、予想外に苦戦を強いられていた。ユニットの本体であるネオヒマギアを守る触腕は、破壊しても問題なく再生する。触腕は徐々に復活する速度を上げてきており、本体を狙いにくくなっている。

このままでは千日手か、と唯阿が考えた矢先に、どこからともなく飛来した鋼の矢が触腕を切断した。マゼンタに光る羽根を散らしながら、射手が広大な背中に着地する。

「滅亡迅雷か……!」

「昨日ぶりだね、バルキリー。通信聞いてたでしょ? 手伝ってあげる!」

朝の太陽が影を照らす。翼を広げたままの仮面ライダー迅が、バルキリーの前に立っていた。

迅は翼を光らせると、そこから複数の光弾を放った。ハヤブサの羽根を模した形状の、切断力の高い光弾が縦横無尽に飛び回り、あらゆる方向からネオヒマギアを囲む触腕の壁を斬り裂く。下半身をマンモスの体躯に埋め込んだネオヒマギアが、自らの無防備を察して慌てふためく。

『サンダー!』

この隙を逃すわけにはいかない。プログライズキーの起動スイッチを押したバルキリーが、迅と位置を入れ替えつつ狙いをつける。銃口が帯電を始め、強烈な一射に備える。

『ライトニングブラスト!』

引き金が引かれ、バルキリーのショットライザーから長大な弾体が発射された。青く光るスズメバチの針が、稲妻を撒き散らしながらネオヒマギアの胸を貫く。

しかし、これで倒れるネオヒマギアではなかった。自衛用の触腕が再生しきる前に、本体から触腕を放つ。粗雑な狙いで放たれる白い触腕を苦し紛れと睨み、バルキリーが次の一撃に勝負をかけようとした、その時であった。

「ここから先は僕の番、だよ」

迅の声と共に強風が吹き荒ぶ。何事かと振り向いたバルキリーは、迅を中心としたマゼンタの竜巻と、その中で妖しく光る迅の眼を目撃した。

『フライングディストピア!』

竜巻の中から光弾を無数に撒き散らし、ネオヒマギアが伸ばした触腕を全て断ち切る。バルキリーもベルトにショットライザーを固定し、より高くへと飛び上がった。

空中から降りかかる光弾の雨が、ネオヒマギアを襲う。

イカの頭部にも似たモジュールごと、ネオヒマギアの動きが止まる。光弾は全てが全身を引き裂く刃であり、腕を動かす力すら削ぎ落としてしまったのだ。

しかしながら、これは最後の一撃ではない。

 

『サンダー! ライトニングブラスト! フィーバー!』

 

バルキリーは迅の攻撃から逃れるためではなく、自らがトドメを刺すために上空へと飛んだのである。

バルキリーの右足から鋭く太い三角錐型の針が飛び出す。先程ショットライザーから放たれたものと同じく、青い針が稲妻を帯びる。

これこそ無慈悲なる最後の一撃。スズメバチの戦姫が、罪ありき機械の悪魔に裁きを下す。

 

ブラストフィーバー

 

空飛ぶ羽音は雷鳴であり、突き刺す威力は落雷であった。

虫の息となったネオヒマギアも、本体を失ったモジュールも爆砕しながらバルキリーの蹴撃が巨大な標的を貫通する。

モジュールに大きな風穴を開けながら、バルキリーが着地する。因縁の決着を示すように、ネオヒマギアの胴体が火花を散らして爆発した。

「えーっ……僕の番じゃないの?」

ゆっくりと着地しながら、迅が不服そうに呟く。かつて自身が『お友達』と呼んで共闘した相手だろうと、敵となった以上彼に容赦などない。破壊を()()()に楽しむ悪の戦士(ダークライダー)の側面が顕れる。

彼に対して、唯阿は冷然と述べた。

「アイツは私の獲物だ。それ以上の理由があるか?」

「ちぇっ……」

 

◆◆◆◆◆◆

 

——ギガマンモスマギアの損傷率、48%。戦闘機動の展開効率が著しく低下。ヒューマギアパーツの不足により、完全修復は不可能。

 

巨大マギア動力部にて座するドラス02の電脳に、現在の戦況が逐一報告される。ドラスが用意した決戦形態・ギガマンモスマギアとネオヒマギアの合体による巨大戦力が、人間大の仮面ライダー達に力を削られ続けている。

この機体もいよいよ潮時か。冷徹な結論を下し、彼は次の戦術を練る。

 

——ネオヒマギアおよび追加ユニットが爆散。合体機構を排除し、修復・強化対象をドラス02に限定。

 

新たな報告と命令の入力は同時だった。巨大な駆体を捨て、自らをより強くする方向へと舵を切る。プログライズキーを奪還された分のエネルギー補填も含め、完全修復を終えていたドラス02であったが、ギガマンモスマギアに吸引させた無数のトリロバイトマギアを素材として、更なる自己強化を開始した。既に内部機構として溶け込んでいたトリロバイトマギアのあらゆる部品が、ドラスに繋がれたケーブルの数本を通して彼の内部へと流れ込む。

より太く、より硬く、より強く。液体金属と化したマギア部品は、動力機関を増設し、全身を鎧う装甲となり、駆動系を強靭なものへと変えていく。急激な変容を受けて、ドラス02の全身が猛烈な勢いで赤熱する。溶鉄めいた赤は深みを増し、彼の全身を染め上げる色となった。

 

例えるならば、鮮血。

深紅に非ず、断末魔と共に噴き上がる鮮血の真紅へと、ドラス02の駆体が塗り替えられる。

首から下は爪先に至るまで膨張し、有機的かつマッシヴな体格を形成していた。全身の各パーツが変形し、鋭角的なフォルムが曲線的なものへと変わっている。ヒューマギアを基としながら、偉大な芸術家の手になる英雄の彫刻めいた屈強かつ均整の取れた体躯が完全する。背中からは細長い鋼鉄の尾が伸び、独立した生き物のように滑らかに蠢いていた。

 

これぞ完全形態。自ら宿すゼツメライズキーのオリジナルたるドラスが、自らの兄弟とも呼ぶべきZOをその身に取り込んで至った姿に、今のドラス02はあまりにも酷似していた。ゼツメライズキーに集積されたドラスとネオ生命体のデータが弾き出した、『最強の姿』の答えとも言える。

ただ外敵を蹂躙し、殲滅し、破壊するための姿であり、人類の支配者という目的から遥かに遠ざかり敵対者を絶滅させるための形態であった。

内部システムの最適化が完了し、肥大化した大型カメラアイが小さく赤い瞳を光らせる。

それと同時に、前方の床を突き破って侵入者が現れた。

 

「お前は……僕のプロトタイプか」

我知らず呟いた言葉。忌々しさを隠さずにドラス02が言い放った相手こそ、ドラス02をこの場から引き離すために現れた仮面ライダーZOであった。

「その姿は! ……なるほど、多くのマギアを吸収して、より強い形態へと変身したわけか」

「時代遅れの原型め。お前の存在そのものが僕を苛立たせる。断じて許すわけにはいかない」

一人の男が生み出した、二人の怪物。一人は人間の自由と平和を守る仮面ライダーとなり、もう一人は人間の自由と平和を脅かす悪の怪人となった。源を同じとしながらも、真逆の在り方を選んだ二人が、時を超えて再び巡り合う。

「いわば君はネオ生命体の遺児。邪悪にして冷徹の意志を受け継いで現代に蘇り、人間の自由を脅かそうというのなら……僕が、いや僕達が! 再びこの手で倒す!」

「倒されるのはお前だ。お前を倒して僕はオリジナルを超え、全人類を支配する」

ドラス02が立ち上がり、拳を握り締めて全身を高熱に包む。ZOも拳を構え、全身をエネルギーの膜で覆った。

天然自然の強さや大きさを体現する深い緑の身体を持つZOと、触れれば全てを焼き尽くす炎のような真紅に染まったドラス02。

かつて昭和の戦記と数えられた戦いの記録に記される、どこまでも相容れない二人が、再び宿敵として令和の時代に相見える。

 

ZOが右ストレートを、ドラスが左ストレートを放つ。全身を包んでいたエネルギーオーラと熱気が、拳の衝突と同時に霧散した。

緑と赤の熱波が密室と化した動力部にて混ざり合って爆発し、天井から床まで全てを構成するケーブルに破壊をもたらす。室内は一瞬にして修復を終え、元の形を取り戻した。

これは開戦を告げる一撃に過ぎない。ZOの放つ追撃の左拳が空振る。伸縮自在の尾が地を這い、ZOの右足首が縛られていた。バックステップから距離を離したドラスが、尻尾を駆使してZOの全身を引き寄せ、顔面に向かって強烈な蹴りを浴びせた。尻尾の拘束が解かれたことで大きく吹き飛び、ZOは壁に叩きつけられる。

彼我の距離は30メートル前後。人間・麻生勝としての思考は、現在のドラス02がスペックの上では自らを上回ることを理解していた。

 

立ち上がろうとした一瞬、ZOは奇妙なものを目撃した。

自らの立つ壁の対極に位置する、隅から隅まで全てが赤いこの室内で一際赤く輝き、脈動するもの。眼前のドラスが背にしている、巨大マギアの心臓部……ケーブルの壁に埋め込まれた、マンモスマギアの駆体を。

勝の脳内に閃光が走った。賭けに近い思いつきだが、実行する価値はある。気合の声を上げて脚に力を溜め、ZOがドラスに向かって飛びかかった。空中から放たれるパンチを横っ飛びに避けて後頭部に蹴りを入れ、ZOの身体が前のめりに転倒する。うつ伏せから仰向けに体勢を変え、ドラスが床を殴るより速く立ち上がった。

 

ドラスの両肩に眼球に似た砲口が浮かび上がり、二門が標的に向けて青い光線を放つ。ZOは一発を避け、もう一発は腕で弾いた。右腕に激痛が走り、僅かな間だけ無傷の腕でもう一方を押さえた。その隙に歩み寄ったドラスが大振りなパンチを喰らわせ、ZOを大きく後退させた。体勢を立て直したのも束の間、力任せに押し出すような前蹴りで地面に蹴倒され、ドラスにマウントポジションを取られた。

馬乗りになったままドラスが両手でZOの首を絞め始め、両腕が青白く光る。絞殺を目的とした行動ではなく、ZOのエネルギーを吸収するための接触であった。身動きが取れず、されるがままに力を吸い取られるZO。表情の変わらないドラスの顔面が、冷酷な笑みを浮かべているようにも見えた。

「所詮この程度……僕の力になってもらうぞ」

「……お……え、たぞッ」

「聞こえないな、苦しむならもっと大袈裟に苦しんでもらおうか」

力を失いつつある両腕が、力を奪い取る両腕を掴んだ。

 

「お、ぼえ……た、ぞ!」

「覚えた……何を——ぐぁッ!?」

ドラスの腕が唐突に爆発し、両腕から激しく火花が散る。腕を離した瞬間を狙い、ZOが起き上がりざまに頭突きを放った。ドラスの胸に強烈な衝撃が襲いかかり、今度はドラスが仰向けに転倒する。

起き上がろうとした瞬間にドラスは激しい違和感を抱いた。

両腕が動かない。胸部の修復が遅い。出力が低下している。何より……エネルギー供給が来ない。

「力を奪われるのは二度目だ。それに僕は……()()()()()()()()だからね」

「まさか……僕からエネルギーを奪ったのか!?」

冗談めかして語っているが、ドラス02にとっては信じ難く認め難い事実だった。

いかにドラス02がドラスを模したとしても、滅亡迅雷.netから独立したとしても、ドラス02がヒューマギアを基としたマギアであるという事実に変わりはない。未だドラスの腰に装着されているベルト——ゼツメライザーと、今のドラスを形作るドラスゼツメライズキーが何よりの証である。

ZOとドラスが同じ研究の過程から生み出された存在であったとしても、マギアとして能力を再現されたドラス02にまで繋がりがあるとは言い難い。技術系統が違いすぎるのだ。

 

しかし、事実としてZOはやってのけた。他者から力を奪い取る能力を利用してエネルギーの向かう方向を逆転させ、ドラス本体からエネルギーを奪ったどころか()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それも、かつて一度自らがドラスに力を奪われ、封じられたというだけで。

……当然ながらそれだけではない。天才であったが狂気に堕ちた科学者・望月博士が、『完全な生命体』……即ちネオ生命体を生み出す過程で作られた、麻生勝の肉体にバッタの遺伝子を結合させた改造人間。言うなれば()()()()()()()()()()()()である彼は、ドラスですら持ち得なかった力を手にした。森羅万象からエネルギーを貰い受け、100%以上の力を発揮する……『未知数』の力を。

この男を前に、あらゆる数値は意味をなさない。友情、愛、希望。人を守りたいと思う心すらも確かな力として振るう戦士は、数字で語るスペックを超越して常識外のパワーを発揮するのである。力を奪い返したのも、力の流れを変えたのも畢竟するに、()()()()()()()()()()()を心一つで乗り越えたからに他ならない。

 

赤く発光していたケーブルが淡い緑に色を変え、ZOの両脚を入り口に膨大なエネルギーを供給する。両腕の修復を終えたドラスが立ち上がり、ZOに向かって構えた。全身からオーラとして力を溢れ出させながら、ZOが一歩ずつゆっくりと距離を詰める。破れかぶれに殴りかかるドラスの拳を掌で掴むと、空いた片手でドラスの顔面を掌底にて打ちのめす。大きく退いたドラスが次に見たのは、右拳を強く握り締めて力を溜めるZOの姿だった。

あれを喰らえばただでは済まないと、ドラスの本能めいたモノが警告する。復旧した吸収機構を用いてエネルギー供給の幾分かを取り戻し、そのほとんどを防御に回す。

二人は力を溜め続ける。一方は攻撃のため、もう一方は防御のため。光纏う人型が、掌中に宿した最大の力を込め、右腕を大きく振りかぶる。

 

ドラスは防御姿勢を取らなかったが、有り余るエネルギーを用いた多重防壁を前面に繰り出し渾身のパンチを防ぎきる——はずだった。

光の壁が一瞬、ZOの拳を止める。しかし、拳が触れた瞬間に20枚以上も重ねられた防壁が砕け散り、ドラスの胸板を凄まじい衝撃が襲った。

己の身を微塵に砕きかねない一撃に、ドラスは全身の力を振り絞って耐える。室内が再び赤の一色に染まり、ドラスのダメージが一瞬にして修復された。本命は動力室の制御奪回、それが成された以上、ZOに次の手は無い。振り上げた手刀を以て、ZOの肩を斬り裂かんとした、その時であった。

「ハァ……ッ!」

「何!?」

拳が胸に触れたまま回転を加えられると同時に、膨大な力が解き放たれた。古流武術においては寸勁と称される、標的に触れるほどの超至近距離から放つ高威力の拳打。人間として放つならば、修練の末に修得する技だが、超人たるZOにとっては純粋な『力の解放』で事足りる。

「しまっ——」

嘆きを紡ぐ間も無し。糸を引かれたようにドラスの全身が後方に吹き飛んだ。赤い壁すら突き破ってドラスは激戦の市街地へと放り出される。ZOが見据えるものは己の兄弟とも言える怪物ではなく、朝の陽光が僅かに射し込む人型の大穴であった。

ドラスを追うか、動力を潰すか。思案は一瞬にして終わり、ZOはドラスが突き抜けた穴道を走り出す。巨大マギアの防衛機構が作動し始め、ケーブルでZOを拘束しようとしたのだ。

全速力で光の方へと走った末に……ZOは巨象の額から飛び降りた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

『プログライズ! フリージングベアー!』

様々なプログライズキーを使い分け、ゼロワンはギガマンモスマギアの全身を隈なく攻撃する。フリージングベアーへと形態を変えつつ、右後脚を氷の斬撃にて凍結させ、歩行のバランスを崩す戦法であった。

しかし、有効とは言い難い。脚を凍らせて動きを止められるのは短い間に限られる。多少弱体化したとはいえギガマンモスマギアの出力は依然として凄まじく、文字通りに足止めが精一杯と言わざるを得ない。

そのような状況で、あったのだが。

 

突如としてギガマンモスマギアの全身が小刻みに震え始める。数秒後には顔面に大穴が開くと同時に、真紅の人型が飛び出してきた。それを追うようにして、ギガマンモスマギアの内部に侵入していたZOが地上へと飛び降りる。

真紅の人型……ドラス02は空中で身を翻すと、コウモリめいた巨大な翼を背中から展開した。ドラス02はカメラアイを赤く光らせ、ギガマンモスマギアに最後の指令を送る。命令を受け取った巨大マギアは、瞑目するように双眸から光を消し、修復途中の鼻を一瞬にして伸ばした。

追加装備を失い、制御からも離れたギガマンモスマギアが命ぜられた内容は、極めて単純な暴走であった。無理な修復が祟り関節部が爆散するが、新たな関節を増設して無理矢理にでも四脚が全身を支える。

「マジかよ……」

「或人社長、巨大マギアを完全に撃破するなら今かと」

ゼロワンの戦闘を支援していたイズが提案する。ドラスを内部から引き剥がした今、ギガマンモスマギアを支えるものは何もない。

ドラスが与えた力を使い潰し、破滅に突き進む壊れた歯車と化した機械の大怪獣。あまりにも痛ましいその姿に、飛電或人は決意する。

かつては警備ヒューマギアの一体であったマンモスマギアに、今度こそ自らの手でトドメを刺す、と。

 

「衛星ゼア後部ユニットの修復は完了しております」

或人の意志を汲むようにイズが言った。つまり、巨大戦力(ブレイキングマンモス)が再び使えるということである。

「わかった……今度こそ絶対に、俺が止める!」

路面を凍結させて氷上を滑り、ゼロワンはギガマンモスマギアの前方に回り込む。キーを差し替え、衛星ゼアが投射する光に向かって跳躍すると、鋼の巨人が再び戦場に降り立った。

『プログライズ! Giant waking! ブレイキングマンモス!』

漆黒の巨体から黒い煙を噴くギガマンモスマギア。真の決着をつけるため、ゼロワンが巨象に向けて跳び上がり、顔面を全力で殴りつけた。

 

つづく。



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B Part-5

鋼が鋼を打つ音が鈍く響く。決意を込めた巨人の鉄拳が、巨象の顔面を強打して尚、巨象の勢いは衰えない。全てを巻き込みながら、巨象は破滅に向かって歩みを進めんとしている。

仮面ライダーゼロワン・ブレイキングマンモスとギガマンモスマギアの戦いは最終局面へと突入していた。巨大ユニットに搭乗中のゼロワンが通信回線を開き、通信に応じた全てのライダーに呼びかける。

「あのデカいマギアが暴走を始めてる! これ以上被害を出さないために、少しでも動きを止めてくれ! 決着は——」

『俺がつける、だろ? 上等だ。トドメは譲ってやるから確実に決めろ! それが飛電の社長……アンタの戦い方なんだろう!』

誰より早く応じたのはバルカンだった。次いで空中から攻撃を続けていたバルキリーと迅が、敵の側面へと回り込む。

『巨大マギアの身体を支えているのは四本の脚だ。そこは私達で可能な限り抑え込む』

『やってみなよ、ゼロワン。僕達もお膳立てしてあげるからさ』

ただ一人、滅は無言であったが、ゼロワンの視覚にはアタッシュアローで巨象の脚を狙い撃つ滅の姿が見えた。

 

呉越同舟。たとえ今だけであろうと、飛電或人には心強い味方がいる。思想も目的も異なる戦士達が、この瞬間だけは確かな共同戦線を形成している。

その光景を歴史の先達、仮面ライダーZOは見据える。

共に戦う仲間の尊さを知る一人の男として、彼はゼロワンの背後に立つ。地上を見下ろす真紅の悪魔……ドラス02を見上げながら、麻生勝が或人に声をかけた。

「僕は再びドラスを追う。そっちは……いや、言うまでもなさそうだ」

ZOの方を向いたゼロワンが、大きな手で親指を立てる。短い間に結ばれたが、確かな信頼が二人の間にはあった。

ならば、勝はただ一言を告げるだけで事足りる。

「こっちは、任せてもらおうか」

誰の目にも留まることなく、緑と赤の影が姿を消した。熱り立つ巨象を目前に、ゼロワンは両腕を前に出し、顔面を守るようにして構える。

 

「よし……行くぞ、皆!」

 

或人の言葉が号令となったか、四騎が一斉に動き出す。ゼロワンも積極的に格闘戦を仕掛け始め、ギガマンモスマギアに攻撃の機を与えない。

「オラァッ!」

仮面ライダーバルカン・パンチングコング。その剛腕で巨象の脚を執拗に殴り、表面装甲を無理矢理に引き剥がす。単純暴力を体現する戦いに、呆れたように滅が横槍を入れる。

「その野蛮な戦法……暴走と大して変わらんな」

「俺は俺のやり方で敵をブッ潰すだけだ! お前に! とやかく言われる筋合いは……ね、え、なァッ!!」

装甲板を剥がし、内部骨格まで殴り折る乱暴な戦い方。右前脚の再生が追いつかないほどの勢いで、バルカンはただひたすらに殴り、蹴り、千切り飛ばす。

「ならば……」

『ストロング!』

『Progrise key confirmed. Ready to utilize.』

滅がアタッシュアローにプログライズキーを装填する。さながら矢をつがえるが如く、キーに秘められた力は射出の瞬間を待っていた。

『アメイジングカバンシュート!』

数秒の後、黄緑色の光がアタッシュアローから放たれる。狙うは右後脚の膝部分。長短二本、ヘラクレスオオカブトムシの角を模した光弾がマンモスの脚を半ばから両断した。

「お前……!」

「戦いとはこうするものだ」

膝から下を失い、大きくバランスを崩すギガマンモスマギア。次いで動いたバルキリーが、着陸と同時に形態を切り替える。ラッシングチーターの俊足で左前脚に喰らい付き、周囲を疾走しながら装甲の隙間を確実に狙撃する。

『ダッシュ!』

点を狙う銃撃は布石に過ぎない。ショットライザーをベルトに固定しつつ、右腕を大きく広げた構えを取った。

『ラッシングブラスト! フィーバー!』

極限まで引き出された四肢の力が、バルキリーの速度を猛烈な勢いで上げていく。虚空すら足場として宙を駆け、右腕・右脚から発振した光の爪で装甲の隙間を斬り抜ける。一斬ごとに達磨落としめいてマンモスの脚が分断され、その度にバルキリーが加速した。

バルキリーが光の爪を三つの光線として放つ。大きく腕を振るって放たれた光爪の向かい側へと回り込み、爪先から伸びる橙の光をマンモスの左前脚の付け根へと突き刺した。接合部を失い無残に崩れゆく左前脚を、落下しながらも音速を超える足捌きにて微塵に斬り刻む。光が斬撃の軌跡を描く中で着地したバルキリーが、斬り損ねた破片をショットライザーにて撃ち抜いていく。

「わぁ……良いね、僕もやってみようかな!」

『フライングディストピア!』

崩壊と修復を繰り返すギガマンモスマギアの胴体を、無数の閃光が斬りつける。バルキリーに追従するように、迅が自らの翼を巨大な刃としてすれ違い様に斬撃を浴びせたのだ。マゼンタに光る大翼が分厚い装甲を左後脚を一閃すると、焼き付いた痕を残して半ばから断ち切られた。

三本もの脚を失ったギガマンモスマギアは立つことすらままならない。バルカンが破砕し続ける右前脚も胴体を支えるに足らず、前方へ投げ出され巨体が地面に倒れる。かつての威容は既になく、ただ死を待つ鋼鉄の獣が破壊をもたらしながら地に伏せっていた。

 

決着をつけるならば今しかない。巨体に見合わぬ脚力で上空へと跳躍すると、コックピット内のゼロワンがベルトを操作する。

『ブレイキングインパクト!』

成層圏に至る直前で静止しつつ左腕の盾を地上に向けて投げつける。高速で落下する盾が巨大化する。対象の巨躯に合わせた、80メートルを超えるシールドへの質量変化。確実にこの一手で決めるための特別仕様であった。

それを灰色の光に包まれたゼロワンの左脚が蹴る。重圧を増した盾と一体になったブレイキングマンモスが、銀灰の流星となって一直線に突き進む。

この高さまで跳んだのはドライバーを通じてのゼアからの提案ゆえである。高速で落下しながら、ゼロワンの視覚は確実にギガマンモスマギアの頭部を捉えていた。

首が僅かに持ち上げられ、鼻が蠢く。真っ暗な通気孔に、破壊を齎す黒い光が渦巻いていた。

 

市街地上空700メートルにて、ゼロワンの全身を凄まじい衝撃が襲う。マンモスの鼻から黒い竜巻が放たれたのだ。

「やっぱり来たか……けどなァッ!」

本来なら市街地にて解放されるはずだった、吸引した物質を膨大な破壊エネルギーと共に発射する広域殲滅兵装。想定されていた威力に届かない全霊の一撃が、高空より落下してきたゼロワンの重圧すら押し留める。漆黒の風が、銀の流星と拮抗していた。

その様を誰もが遠巻きに眺めている。バルカンが、バルキリーが、迅が、滅が、そしてZOとドラスが。天より落ちる巨大なゼロワンと、ギガマンモスマギアの最後の拮抗を離れた場所から見据えていた。

社員(ヒューマギア)のお前を止められるのは、ただ一人……俺だァッ! それが俺だけの『戦い方(仮面ライダー)』! ゼロワンだァァーーッ!!」

破滅の風を吹き消して、巨大質量が押し通る。地に伏せるギガマンモスマギアにゼロワンの飛び蹴りが直撃し、巨体をシールドが押し潰す。

一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間には灰色の鋼板が大爆発に跳ね上げられる。元の大きさに戻った盾がゼロワンの左腕に収まると同時に、爆風を背にしてゼロワンは着地した。

 

ギガマンモスマギアを構成していたパーツ、そして市街地にて吸引したマギア達の破片が、爆風と共に周囲に散らばる。動力炉となっていたマンモスマギアの上半身が転がる。両腕も下半身も失った小さなマギアの前に、一つの影が現れた。

「これで終わりだ……じゃあな」

鉄の巨人から降りた影が、優しげな声と共に剣を向ける。地より天を仰ぐマンモスマギアは、その姿を知っているような気がした。

抵抗する素振りも見せず、マンモスマギアは静かに眠る。一瞬の後、その身体に剣が突き立てられると、マギアの駆体が力尽きるようにして崩れ落ちた。

 

C Partにつづく。



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C Part-1

巨大なる機械獣が斃れ、市街地には静寂が訪れていた。

A.I.M.S.の隊員は市民の避難を誘導しながら戦闘区域より脱出しており、残されたのはマギアと戦っていた仮面ライダー達と、崩壊した巨大マギアの破片のみであった。

しかし、全ての決着がついたわけではない。この事態の元凶となった、赤い悪魔が残っている。

ギガマンモスマギアの撃破を察知して、ドラス02が地上に降り立った。ドラスを追っていたZOも着地し、膝立ちしながらドラスを睨みつけている。

基本形態(ライジングホッパー)に戻ったゼロワンがZOの傍らまで歩いてきた。アタッシュカリバーを構えながら、赤い瞳でドラスを見据える。A.I.M.S.および滅亡迅雷.netのライダー達も、彼らと並び立つようにして集結した。

 

ドラスは両腕を広げると、赤く禍々しい力を全身から放射し始めた。巨大マギアを構成していた無数のスクラップが、赤い光に触れた側からヒューマギアの機体部位を形成し、それらがやがてトリロバイトマギアの群勢を作り出した。一つ違うのは、無骨な姿のトリロバイトマギアの機体色が漆黒に染まっていたことであった。

果たしてその色はギガマンモスマギアの機体色でもあり、彼らはその遺児とも呼べる存在である。顔面が破損し、露出した眼を赤く光らせるマギアの群れが、ドラスの背後に展開されていた。

ドラスは再び翼を広げて空中に飛び上がると、自身の背後にブラックホールめいた黒い穴を作り出した。並び立つ仮面ライダー達の後ろに回ったドラスは、挑発するような仕草を取って勢い良く穴の中へと飛び込む。ゼロワンの右隣に立ったバルカンが、ショットライザーを構えながら言った。

「行ってこい、飛電の社長。このマギアどもは俺がブッ潰す」

「我々を忘れてもらっては困るな、A.I.M.S.。ゼロワン、反逆者の撃破は貴様に任せる。我らはあの徒党を殲滅する」

「わかった。エイムズ、それに滅亡迅雷……こっちは任せた!」

滅とバルカンの後押しを受け、ゼロワンはZOと共に空中の穴に向かう。小さなバッタを肩に乗せ、イズがバイクに乗って走ってきた。

「イズ!? それは……」

「麻生さんのバイクです。こちらも戦闘中にライズホッパーを手配しておきました。ご利用ください」

「なるほど。サンキュー、イズ! さて、どこに降りてくるかな——ってうわッ!?」

高高度から凄まじい速度で落下してきた物体が、地面に触れる寸前に急停止する。角ばった形状のそれは騎乗用のバイクとは呼びがたく、むしろ一般に普及している携帯端末(ライズフォン)に似た形をしていた。

ゼロワンは巨大な携帯端末の画面をタップし、バイクのアプリケーションを起動する。

『モーターライズ! ライズホッパー!』

巨大端末が空中にて展開され、バイクの形を取って地表に立つ。

本来は社長(ゼロワン)専用のライズフォンにて手配する、ゼロワン専用の高性能バイク。壁面すら自在に駆ける黒と黄のプレジデンシャル・マシン。これこそがゼロワンが令和の騎士(ライダー)たる象徴、ライズホッパーであった。

 

「それじゃ……行きましょう、麻生さん! 今度こそ……」

「ドラスは僕達が止める」

ゼロワンとZO、二人のライダーがバイクに跨り、目標たる黒い穴を見る。ZOのバイクが緑色の炎に包まれ、曲線的なフォルムを形作る緑色のバイクへと変身した。マシンの名はZ(ゼット)ブリンガー。麻生勝がZOに変身した時のみ現れる、頼れる愛機だ。

二人が同時に走り出すと、前方の道が盛り上がって傾斜を成した。アスファルトの坂を登り切り、空中に放り出される。走行の勢いを乗せた大ジャンプで、ライダー達が穴に飛び込んだ。

 

遠くからその様子を見ていた者がいる。

飛電或人の秘書、イズ。或人が何処とも知れぬ決戦の地へ向かったのを見届け、彼女は一人虚空の穴を見つめている。

如何にすべきか。自己の安全を考え、いずれは再び戦場と化するこの場から退避するか。衛星ゼアの力を借り、この場から可能な支援をするか。

……否定(ネガティブ)。彼女は自分が何者であるかを知っている。ヒューマギアとして自らを定義する役割(ロール)を、仕事(ジョブ)を知っている。

その答えは、ただ一つ。

 

「私の仕事は……社長秘書です」

 

誰に見送られるでも、命じられるでもなく、彼女は一人歩き出す。

視線の先には、未だ空中に浮かび続ける穴があった。

 

つづく。



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C Part-2

ゼロワンとZOが時空を超える穴を抜け、二台のバイクがタイヤの痕を残して停車する。入ってから出るまでは一瞬にも満たない短い時間であり、或人は拍子抜けするような思いだった。

 

周囲を見渡すと、先程までのビル街とは全く異なる景観が目に入る。広大な陸地は土砂によって構成され、巨大な岩壁が聳え立つ。

そこは都市部より遥かに離れた場所にある、古びた採石場であった。身を隠すための遮蔽物も存在せず、誰もいないはずの場所に、ただ三人のみが立っている。衛星ゼアとゼロワンの接続は未だ保たれており、外界と切り離された異空間の類ではないことがわかる。

並び立つゼロワンとZO、そして彼らの前に立つ赤い怪人。かつては研究職支援モデルのヒューマギアであり、現在は人類支配の野望に向かって進化を続けるマギア……ドラス02である。

 

研究職をサポートするために生まれたヒューマギア、白辺(しらべ)テルゾー。滅亡迅雷.netの手引きによって、彼は科学が産み落とした怪物の似姿へと変身した。

飛電或人はヒューマギアとして、かつて白辺テルゾーであったドラス02と向き合う。

麻生勝はネオ生命体の後継として、宿敵たるドラス02と向き合う。

始まりは偶然だが、二つの運命が交わる瞬間とは今まさにこの時であった。昭和の伝説に列せられた騎士と、令和の新時代を切り拓く戦士。決して交わるはずのない二人が、時代の壁を超えて共に決戦の地に立つ。

もはや前置きに語る言葉など不要。二人の仮面ライダーと一人の怪人による最終決戦が幕を開ける。

 

ドラスは何も語らず、広げた両翼を二対の脚へと変化させる。鋭い針のような先端に、節のある構造はさながら節足動物の脚部であった。身の丈を遥かに上回る長大な四つ脚が、二人に向けて振るわれる。

先行するはゼロワン・ライジングホッパー。低空跳躍で懐に飛び込み、アタッシュカリバーで斬りつける。胸部に届いた刃が不自然に止まると同時に、ゼロワンは異常の源を探る。

ドラスの胸部からクモの頭部めいた器官が生えていた。クモの顎が刃を文字通りに喰い止めつつ糸を吹き出し、アタッシュカリバーの刀身を白く包んでいく。

一方、ZOは巨大な脚に徒手空拳にて挑んでいた。四つ脚はそれぞれが独立した生物のように、しかしながら機械的かつ隙の生じぬ連携で襲いかかる。上から降る一本が地面に突き刺さり、掬い上げる一本を横っ跳びに躱しつつ、回避動作の勢いを乗せて三本目の先端を後ろ回し蹴りにて砕く。地面に刺さったもう一本を駆け上り、ドラスに向かって走り始める。自由であった最後の一本脚の攻撃が、ZOに向かって放たれたが、ZOは回避と同時に大きく跳躍し、動きを止められたゼロワンをも飛び越えて強烈なパンチがドラスの顔面に入った。仰向けに転倒したドラスの背中からクモの脚が切り離され、代わりにコウモリめいた翼が新たに生成される。

胸からクモの頭部を生やし、コウモリの翼を広げる異形のヒトガタ。鋼鉄のキメラを前にしようと、彼らは一歩も退くことはない。

 

『プログライズ! バイティングシャーク!』

アタッシュカリバーを放り捨て、水飛沫を散らしながらゼロワン・バイティングシャークが飛び出す。ドラスの放つ白い糸が巻き付くが、触れた先から四肢のヒレが切断し、動きを封じるには至らない。続くZOがゼロワンを追い抜いて殴りかかるも、羽ばたいた翼の先から飛んだ弾丸めいた何かに勢いを殺される。

骨片や爪のようにも見えるソレがZOの右手に衝突する。次の瞬間、砕け散った弾丸が無数の糸と化し、ZOの周囲に散らばった。

「この重圧は……しまった!」

右腕に強烈な重みを感じ、ZOの腕が独りでに垂れ下がる。ZOの右腕に巻き付いた糸が、ドラスが切り離した巨大な四つ脚と繋がっている。ドラス02本体をも上回る質量の節足モジュールが、ZOの動きを鈍らせたのだ。

胸から放つ糸は囮に過ぎない。ドラスの目的はZOとゼロワンの連携を断つことであった。未知数の力にて自らを単独で倒しかねないZOと、スペックで有利を取れるゼロワン。二体一という数的不利の状況下、どちらを取るべきかは明白であった。

 

ドラス02……厳密には原型となったドラスゼツメライズキーには、ドラスの全てが宿っている。ネオ生命体の記憶を参照しつつも、ネオ生命体の完全なコピーではない新たなドラスの意識は、ZOを真に脅威と認め、敵対者に対する軽侮を捨てた。

確実に脅威を潰すためのラーニング。ヒューマギアを基にしたからこそ成し得た境地である。機械の理性と怪物の意識が調和した現在の彼は、正しくネオ生命体の後継であると言えよう。

 

ゼロワンは後ろを振り返らず、ドラスとの格闘戦にもつれ込む。振るわれる四肢の切断力にものを言わせた回転斬撃がドラスの全身に粗い傷を刻んだ。鎌鼬めいて青い斬撃が飛び、コウモリの翼が半ばから斬り飛ばされる。現状を不利と見たか、ドラスは翼を背中に収納してクモの頭部を光らせた。無数に散らばる光芒は糸に非ず、青白い拡散レーザーであった。今のドラスには内蔵火器の変形すら思いのままである。

至近距離で光線を受けたゼロワンが吹き飛ぶも、受け身を取りつつ形態を変え、爆炎を纏って再び攻める。

『プログライズ! フレイミングタイガー!』

全身を燃やし、両手から炎の爪を生やして突撃する。レーザーすら焼き払って追い縋るゼロワン・フレイミングタイガーに対し、回避に注力していたドラスが攻撃に転じた。炎の拳を振り払い、右腕で顔面を殴る。想定を上回る威力の鉄拳に仰け反るも、ゼロワンは反撃に炎を噴き付ける。

総合的なパワー勝負において、今のゼロワンはどの形態を用いてもドラスを上回ることは叶わない。唯一大きさで勝るブレイキングマンモスも、精密な動きこそ可能だが他の形態に比べて小回りが利かず、ドラスの相手には適さない。

或人は現在の戦況を把握している。ZOと切り離され、単独でドラスを相手しなければならない。ここで少しでも後退すれば隙を突かれ、大火傷では済まないダメージを負うことになる。

 

しかし、ZOに無いアドバンテージがゼロワンにはある。衛星ゼアやイズとの連携、そしてマギアとの戦いで獲得した幾つかのフォームチェンジ。

特性の異なる形態を切れ間なく取っ替え引っ替えしながら戦うことで、基礎スペックで上回るドラスが相手でも()()にまでは持っていける。イズのいない中でも或人に出せる、この場を凌ぐための解であった。

 

噴出した炎を赤く光る壁が防ぐ。ドラスが展開した光壁(ビームバリア)が炎を弾き、拡散してしまうのだ。

防壁を破るため、ゼロワンが炎の球を繰り出す。灼熱の波動が僅かにバリアにヒビを入れるが、破るには至らない。拡散した炎がドラスの視界を覆った次の瞬間、白い結晶体(クリスタル)の突撃を受けてバリアと共に無数の氷晶が砕け散った。

『プログライズ! フリージングベアー!』

周囲を凍土に変えながら、空色のゼロワン・フリージングベアーが姿を見せる。上半身を低くした構えを取り、氷による障壁で自らを包んでいた。一瞬にして展開された分厚い氷の防御が、反撃するドラスの拳を弾きながら両脚を地面に縫い止める。

次の瞬間、ゼロワンを包む氷の結晶が爆散し、膨大な数の氷片が全方位に飛散した。ドラスが全身各部から伸ばしていた非常に細い糸の数々が凍結し、朝の日光を反射して輝き始めた。

糸が繋がった先は、切り離された節足モジュール。ZOを排除するために張り巡らせた糸を、ゼロワンが氷の爪で断ち切った。ホッキョクグマの腕力で放つ掌底がドラスの胸を叩き、赤い躯体を大きく吹き飛ばす。

 

ドラスは自らの計算が狂ったことを自覚した。確実に倒せるはずのゼロワンが、なぜここまで自らと互角に戦えるのか。その理由がわからなかった。

ドラスにとって未知の力がゼロワンに存在するのか。それとも、ゼロワンもZOの同類——心一つで『未知数』の力を発揮する存在だというのか。明確な答えは不明だが、少なくとも今のゼロワンは『脅威』と呼ぶに値する存在であることだけは、理解できた。

 

ゼロワンを睨みつけながらドラスが立ち上がる。クラウチングスタートめいた姿勢から駆け出し、全霊の拳を敵手に叩きつける。

一秒にも満たない間の反撃に吹き飛んだゼロワンの身体が、一瞬にして採石場の岩壁に激突した。

 

◆◆◆◆◆◆

 

再び戦場と化した市街地においても、最後の戦いが始まっていた。

A.I.M.S.と滅亡迅雷.netの、本来ならばあり得ない共同戦線により、黒ずくめのマギアとの戦闘が開始される。

 

誰よりも先に駆け出したのは、ヒューマギアに強く敵意を示すバルカンだった。パンチングコングの剛腕で黒いマギアをなぎ倒し、敵の集団を蹴散らす。さながら敵陣に撃ち込まれた砲弾のような暴れぶりである。

「人類に敵するマギアは! 全て俺がブッ潰す!」

「無駄に敵を散らすな。露を払う手間が生じる」

「ンだとォ!?」

バルカンの猛攻に巻き込まれて吹き飛んだマギアを撃ち落としながら、敵の集団に斬り込む紫の影。不破諌が最も敵視する滅亡迅雷.netの首魁、仮面ライダー滅が割り込む。

「どいてろ! お前なんぞの助けなんざなくても、俺は!」

「手伝うつもりなどない。我らはただ、反逆者に誅を下すのみ」

滅に迫る8体のトリロバイトマギア。空中から飛びかかる1体をアタッシュアローで撃墜し、2体をアタッシュアローが上下に備える刃で斬り捨て、4体目にアタッシュアローを投擲。

顔面への掌底と胸部への貫手が5体目を止め、背後の6体目を組み伏せつつナイフを奪って首を刈る。次の1体は腹部にナイフを深く突き刺し、8体目が左手から生成した毒のナイフの投擲で消滅する。

僅か数秒のうちに多数のマギアを撃破する手際。ヒューマギアとしてのラーニングによって得た戦闘技量は、A.I.M.S.の訓練された隊員すらも凌駕するほどであった。

 

「なるほど、私達も負けてはいられないな」

一言呟いて、バルキリーが駆ける。冷静な声音のまま、射線上の敵に対しては容赦なく弾丸を見舞う。飛来する銃弾よりも速く、立ち塞がる敵に蹴りを浴びせ、一瞬のうちに多数の敵を追い詰めていく。

後方より車両の走行音が聞こえる。バルキリーは避難誘導を終えて戻ってきたA.I.M.S.の車両に通信を入れ、アタッシュショットガンの手配を要求する。敵を蹴り飛ばしつつ、投げ渡された武装を受け取る……はずだったのだが。

「ゴメンね、僕が使わせてもらうよ!」

「あっ、貴様!」

空中から割り込んだ影がショットガンを強奪し、そのまま空から散弾を撒き散らし始めた。巻き添えを避けるべく、バルキリーが高速で回避機動を取り続ける。

「後で返してもらうぞ!」

「後でね!」

反動の大きいアタッシュショットガンで射撃を繰り返しながら、不規則な軌道を描いて迅が戦場を飛ぶ。回転しながら散弾と翼の光弾を全方位に放ち、狙いもつけずにマギアを殲滅する様は、児戯めいた異様な光景であった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

かくして決戦は幕を開ける。

交わるはずがなかった運命は、繋がるはずのない点と点を繋げ、強大な敵と有り得ざる共同戦線を生み出した。

戦いの決着は近い。

 

つづく。



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C Part-3

市街地での戦いは、概ねA.I.M.S.および滅亡迅雷.netの優勢にて進められていた。A.I.M.S.のライダー達はマギアとの戦闘には慣れており、滅亡迅雷.netはマギアの特性を熟知している。量産型のトリロバイトマギアが多少強化された程度では、彼らに及ぶべくもなかったのである。

それを察知してか、マギアの一団の動きが変わった。内側から膨れ上がるようにして、黒々とした強化装甲を次々に纏い始める。バイザー付きのヘルメットを装着し、右肘から先が武骨な短機関銃へと変形させる。

より戦闘に特化した形態への変身は、彼らを生み出したドラスが埋め込んだプログラムによるものであった。

黒い戦闘兵が群れを成し、一塊になって巨大な人型を形成する。右半身に火器を、左半身に無数の刃を備えた頭部の無い巨人が現れ、結合部の隙間から赤い光が漏れ出ていた。

 

「チィ……数を減らしたと思ったらコレか!」

バルカンが毒づき、巨人の左腕が振るわれる。バルカンは後ろに跳ぶが、薙ぎ払う腕の勢いにより、ナイフを前面に突き出したマギアの躯体が質量弾となって猛烈な勢いで飛来し、直撃を受ける。着弾したマギアは大急ぎで撤退し、再び巨人の一部となった。

合体と分離を繰り返しながら暴れる異形の鉄巨人。巨大マギアほどの脅威ではないにせよ、生半な用意で倒せる敵ではない。

巨人の右腕から機関銃が豪雨の如く連射され、バルキリーと迅を狙う。回避にこそ成功したものの、銃弾が路面を微塵に砕く。

短期決戦を期するため、作戦を提示したのは滅とバルキリーだった。

「迅、時間を稼げ。俺と……バルカンがトドメを刺す」

「オッケー! 先行ってるねー!」

「勝手に巻き込んでんじゃねえ!」

「不破! 私も援護に回る。この際だ、滅との同時攻撃で仕留めろ!」

先行した迅が鉄巨人の背中をアタッシュショットガンで撃った。両腕を振り回して反撃するが、迅は踊るように巨人の周囲を飛び回り、回避と攻撃を繰り返す。

巨人が迅の相手にかかりきりとなった隙を見て、バルキリーが仕掛ける。地上を走りながらショットライザーを連射し、機関銃の掃射を避けながら形態を変えた。

『ショットライズ! ライトニングホーネット!』

帯電するミサイルを放って掃射攻撃を相殺し、巨人の注目を自らに向けさせる。

「行くぞ!」

バルカンが巨人に向かって駆け出すと、巨人の胸から腕が伸びる。掴みかかるに強烈なショルダータックルを喰らわせると、腕を構成していたマギア達が引き戻され、全身が石を投じられた水面の如く波打った。

衝撃で仰向けに倒れ、迅とバルキリーによる一斉攻撃を受ける巨人。自らのカタチを成すマギアを至る所で爆散させ、全身から爆煙や火花を噴きながらも最後の力を振り絞って立ち上がる。

巨人の胸から黒焦げのマギア躯体が飛んだ。一直線に突撃するソレをバルカンが剛腕で打ち返す。跳ね返ったマギアが巨人の一部となり、再び別のマギアが飛ぶ。更にバルカンがパンチで打ち返すと、新たなマギアが放たれる。

「何本でも来やがれ、全部打ち返してやる!」

マギアが飛び、バルカンが殴り返す。巨人と超人のラリーが始まった。

巨人がマギアを放つ速度と、バルカンが打ち返す速度は、ラリーが続くにつれて徐々に上がっていく。マギアの全身を受け止め、倍以上の力で送り返すのは、バルカンの全体重を乗せた両腕である。上がり続ける出力に黒い両腕が赤熱し、爆発寸前までエネルギーが蓄積されていく。

巨人も全くの無傷ではない。打ち返されるごとに細く小さくなっていくその姿は、バルカンの拳が巨体を構成するマギア達を砕いている証だった。互いに限界は近づいている。

 

投ぜられたマギアの数が百を超えた頃であった。バルカンが殴り返すと、飛来したマギアが爆散した。

一瞬の静寂。直立不動を保つ鉄巨人は、既に限界を迎えていた。鉄柱めいて太かった四肢は、強かに打ち据えられて細く変形している。動体から煙を噴いたまま、再び動くことはないかに思われた。

「どうだ……!」

「まだだ。ケリをつけるぞ」

後方から歩いてきた滅が、ベルト基部のレバーを操作する。ジャッキが押し戻され、装填されたプログライズキーが再び展開された。

『スティングディストピア!』

滅の左腕に装着された、サソリの尾を思わせる刺突兵装が、紫電を帯びて伸ばされる。滅の全長を遥かに超える長さまで伸長した毒針が、鎖のように巨人の全身に絡みついた。

滅の拘束が刺激となったか、巨人が最後の力を振り絞って必死に足掻く。しかし、巨人を拘束するサソリの尾が猛毒の如き破壊エネルギーを全身に浴びせ、磔刑めいた体勢に動きを封じた。

『パワー!』

バルカンはショットライザーを両手で構え、縛り上げられた巨人を狙い定める。赤熱した両腕から蓄積した力が炎として噴き出し、爆発的な推進力を生み出した。

「ハァァァーーーッ!」

『パンチングブラスト!』

咆哮と共に轟音が響き、バルカンの前腕を覆っていた装甲が弾丸となって飛翔する。一直線に目標へ向かって飛んだ剛腕が鉄巨人に激突し、滅による拘束をも突き破って空中へと吹き飛んでいく。

 

パワー

ブラスト

 

巨人の形を成していたマギア達が分離し、花火めいて断続的な爆発を起こした。ショットライザーをベルトに固定したのと同時に、バルカンの両腕に黒い装甲が収まった。マギアを縛っていた滅の毒針も、長大な支管を縮めて左腕に収納される。

夜を徹して続いたマギアとの戦いが、決着を迎えたのである。

 

「帰るぞ、迅」

「そうだね。またね、エイムズ! 次は僕達が相手だよ」

滅が左腕を振るうと、紫色の霧が全身を覆い隠す。迅がアタッシュショットガンを放り捨て、霧の中に入っていった。

「待て!」

「よせ。ヤツらとの戦いは次の機会だ」

ショットライザーを抜き放ったバルカンをバルキリーが制止する。あからさまに舌打ちしつつ、二人がショットライザーからキーを引き抜いて変身を解除した。

霧の中で、滅と迅の眼が妖しく輝いていた。

「何故手を引く。俺達を背後から撃って、漁夫の利を掻っ攫うこともできただろ」

霧に向かって不破が問いかける。問いは剣呑そのものであったが、滅は平然と返した。

「ゼロワンとの約定は未だ終わっていない。ドラス02が斃れた時こそ、我らは真に敵同士に戻るのだ」

「そうかよ……次は容赦しねえ」

滅の笑い声が不気味に響き渡る。不破は強い怒りを込めて、霧の中に光る二つの影を睨みつけていた。

 

「では、さらばだ——アークの意志のままに」

 

一陣の風が吹き、紫の霧が晴れる。未だ謎多き人類の敵手、滅亡迅雷.netの姿はそこにはなかった。

A.I.M.S.の隊員達が、徐々に集まってきている。不破は隊員達の下に向かい、作戦の終了を伝える。

唯阿は携帯端末でA.I.M.S.本部に連絡を入れていた。負傷者の救護や破壊された街の修復など、戦闘で発生した被害の補填作業を手配させるためであった。

「どうにかコッチは片付いたが……飛電の社長、アンタはどうだ」

不破が密かに呟いたのは、自らが強く憎むヒューマギアを世に送り出し続ける、飛電インテリジェンスの社長のことだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

暗闇の中で、飛電或人が目を覚ます。

自らの立つ地面さえ深い暗黒に染まった世界に、或人は立っていた。

光源も無いのに、自分の身体だけは見えていた。仮面ライダーゼロワンとしてではなく、生身の飛電或人の姿である。

真っ暗闇に放り出され、或人は困惑していた。進むべき道がわからず、戻るべき場所へと戻れないからだ。

「そうだ、勝さんのところに……ドラスを倒すために、戻らないと」

かつて敗北を喫し、再び仮面ライダーとして挑んだ強敵・ドラス02。今度こそ彼を倒すため、或人は戦場へと戻ろうとしていた。

しかし、見渡す限り全てが暗闇である。道標どころか道が無い。一寸先は果てなき闇に繋がっており、自分がどこに立っているのかすら曖昧だった。

 

突然、彼の前に白い影が現れた。白衣を着た壮年の男が、或人の傍を通り過ぎてから振り返る。或人と男の視線が合った。

「あなたは……?」

知らない男だった。しかし、どことなく秋月(あきづき)博士を思わせる雰囲気がある。ヒューマギア・白辺テルゾーと共に、植物の研究をしていた植物学者、秋月孝三(こうぞう)。顔立ちも体格も異なるが、目の前の男には不思議と秋月博士に近い、優しい面影があった。

白衣の男は口を動かして何事か話していたが、或人には聞こえなかった。男の背後は、いつの間にか炎が広がっていた。

「誰なんだ、あなたは」

或人が問う。男は微笑みながら、或人の背後を指差した。彼の背後から炎の枝が伸び、或人を避けて暗闇の果てへと進んでいく。遠くで十字の火柱が上がり、暗闇の一部が砕け散った。道の先にある光明が、或人を照らす。

「俺に……道を教えてくれてたのか」

男は或人に歩み寄ると、金色の懐中時計を手渡した。古めかしいそれに備えられた機構が、独りでに動き出す。

 

オルゴールの音色が優しく響いた。

「この曲は……」

或人にとっては、初めて聴くメロディだった。しかし、オルゴールの奏でる穏やかな音は或人に一時の安らぎを与えていた。

戦いに追われ、忘れかけていた感情が蘇るような心地だった。雪の日にショーウィンドウを覗く父子の姿が脳裏を過り、或人の記憶と重なる。父の顔は、目の前の男と瓜二つだった。

幼い自分の背中を押してくれた、()()()()()()()()

ヒューマギアと人間が、共に笑い合える世界という夢。大人になった今もなお或人の原動力となっていたのは、自らを育ててくれた父親を心から笑わせたいという幼い頃の夢であった。

「そうだ……俺は、俺の夢に向かって飛ぶ。そのために……誰が相手でも向き合ってみせる。ヒューマギアと人間が()()()()()()世の中を、飛電の社長として……仮面ライダーゼロワンとして作るために!」

或人は白衣の男に礼を言った。自分が何をすべきかを示してくれた、名も知らぬ男に。

白衣の男は笑顔のみを返し、炎の中へと去った。

 

オルゴールの音色は、或人の手の中で鳴り続けている。

音楽が遠のき、炎が男を包んでいく。

間違え続けた人生だった。後悔もある。

それでも……誰かの助けになれたことを、少しだけ誇りながら。

かつての罪人は、炎の十字架へと消えていった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

白い光の中で、或人は再び目を覚ました。

「……えっ、俺二度寝したの?」

「おはようございます、或人様」

0と1の電光が柱のように立ち昇る空間に、或人は立っている。彼の背後から、イズが起床の挨拶をした。

この場所を或人は知っている。ゼロワンドライバーを初めて使用した際に入り込んだ、衛星ゼアの電脳空間である。

……イズが、いる。何故?

「イズ!? どうしてここに……?」

「状況に基づいた判断です。衛星ゼアへの提案でゼロワンドライバーに仕込んだ()()()()()()()()()()()は、私と衛星ゼアを通した二段階の承認によって初めて起動します」

イズが衛星ゼアより送信される中継映像を或人に見せる。映像にはドラス02と格闘戦を繰り広げるZOが映っていた。ドラスは背中から広げた翼で空中に飛び、空を飛べないZOに対して優位に立ちつつあった。

ゼロワンが叩きつけられた岩壁の近くに、イズが立っているのを或人は確認する。形態はフリージングベアーのまま、ゼロワンの全身は氷の壁で覆われていた。物体を凍結させる機構の応用で、自らの身を守る自動防衛機能が働いているらしい。

「いや、秘匿システムとか全ッ然知らなかったんだけど……もしかして、ドライバーをアップデートした時に仕込んだ?」

「はい。『秘匿』システムですので、A.I.M.S.にも滅亡迅雷.netにも知られるわけにはいきませんでした。こちらを」

イズがプログライズキーを或人に手渡す。形状はごく普通のキーだが、秘める能力やモデルとなる動物が一切描かれていない。

色は真っ黒だが、白紙の(ブランク)キーとでも言えそうな見た目をしている。或人が起動スイッチを押しても、一切反応しない。

「現時点を以てシステムを解禁いたします」

『衛星ゼアによる承認。秘匿システム『MODEL(モデル)-01(ゼロワン)』の起動が可能となりました』

イズと衛星ゼアの承認により、ブランクキーが独りでに、或人の装着するゼロワンドライバーへと装填される。

その瞬間、或人の脳内に膨大な情報が流れ込んだ。秘匿システムの使用法が、ゼロワンドライバーを通して叩き込まれる。

「そういうことだったのか……! ありがとな、イズ!」

「お褒めにあずかり光栄です。それでは……行ってらっしゃいませ、或人社長」

或人の視界が明転し、白い世界が塗り替えられる。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ドラス02にはZOに存在しない決定的なアドバンテージがある。

確かにZOは、数値上に現れない『火事場の馬鹿力』ともいうべき力を発揮することがある。しかし、それが為されるのは、あくまで人型の超人という括りの中である。

つまり、ドラス02……更にはその原型たるネオ生命体の端末・ドラスが持っていた、怪物的な変身・変態や分身・分裂の手段を持たない。ドラス02が広げるコウモリの翼やクモの脚は、元々は原型たるドラスが自らの身体から生み出した怪人をルーツとしているが、同様の機能をZOは持っていないのだ。

ZOの原型が、完全生命を生み出す過程で生まれたある種のプロトタイプであり、『バッタの力を持つ超人』()()()()()という点から、ドラス02に空中へと逃げられたZOは、有効打を与えられずにいた。クモの糸による拘束を引き剥がし、自由の身となってなお、苦戦を強いられる強敵であることに違いはなかった。ドラスが本気を出し始めたことで、ゼロワンと引き離されたのも痛い。

戦況が徐々に、ドラスの優位に傾きつつある。

巨大マギアとの戦いに相当な力を投じた。長時間の戦闘によって体力は削られ、万全とは言い難い。ZOとて無敵ではないのだ。

それでも、麻生勝は耐え続ける。言葉を交わし、信念を認めた若き戦士が、再び戦場に舞い戻ることを信じている。

 

そして。

その時はやってきた。

 

「行、ッ、くぜエエェェーーッ!!!」

 

叫び声と空を裂くような打撃音が響き渡り、空中にいたはずのドラス02が一瞬にして地面に叩きつけられた。

「バカな……何が起こった!?」

声を上げたのはドラスだった。土と砂の大地から身を起こしながら、衝撃の発生源を……土煙を巻き上げて着地した黄色の光を確認する。

『飛び上がライズ! ライジングホッパー!』

戦士の到来を告げるコールがその場にいた全員の耳に入った。ZO、ドラス02、そして……イズと、仮面ライダーゼロワン/飛電或人。

ゼロワン・ライジングホッパーが、再び帰ってきたのだ。

想定を超えた事象に、ドラスの電脳が激しく困惑する。明らかに今の一撃は、ゼロワンが発揮しうる想定上の最大威力を遥かに超えている。

何より異様だったのは、ゼロワンの全身が、黄色の光を発していた点である。装甲が自ら光を発し、ゼロワンの周囲から電光が迸る。

 

想定外。その言葉が、ドラスの自我を埋め尽くしていた。

 

装甲から光が発散され、輝きを振り払ったゼロワンがZOの手を取る。

「或人君……よく、戻ってきてくれた」

「当然ですよ。ヒューマギアと人間が一緒に笑える夢……そのために、ドラスをここで止めてみせる! 俺の夢に向かって飛ぶために!」

新時代の若き戦士が、確固たる決意を語る。歴戦の男は、この若者に応えるために、立ち上がって拳を握った。

「ああ……一緒に飛ぼう、『ライダー』。それがきっと、僕にできる最大の助けだ!」

かつて自分が守った少年が、自らを称えた名前。『ライダー』の名を贈るその言葉こそ、ZOからゼロワンへの最大の賞賛であった。

 

「お前は……お前達は、何だ?」

立ち上がったドラスが、ゼロワンに尋ねた。その後方にはイズが立っている。マギアとして逸脱し、ネオ生命体の後継を名乗る在り方故に、彼は目の前の仮面ライダーを『異物』とみなしていた。もはや彼にとって宿敵とはZOであり、自分はそれを打ち倒すドラスの後継者であった。

それでも、ゼロワンは決して忘れない。ドラス02がかつて、ヒューマギアであったことを。

だからこそ、彼は名乗り上げる。

 

「俺の名はゼロワン! 飛電インテリジェンスの社長で……令和01(イチ)番目の、仮面ライダーだ!」

 

——オレが社長で仮面ライダー、であると。

 

つづく。



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C Part-4

「俺の名はゼロワン! 飛電インテリジェンスの社長で……令和01(イチ)番目の、仮面ライダーだ!」

 

青天の下、再び仮面ライダーと怪人の戦いが始まった。

両脚に光が灯り、ゼロワンが跳んだ。弾け飛ぶような勢いの突撃でドラス02に体当たりを喰らわせ、衝撃に仰け反ったところへ追撃の拳を放つ。

原理不明のパワーアップに、ドラスの反応が遅れる。閃光めいた速さの連続攻撃を防ぎつつ、ドラスは背中から翼を生やして空中に逃れた。胸に形成したクモの頭部から拡散レーザーを撃ちながら、敵の強さを測る。

「飛んだな? だったら——()()()で勝負だ!」

ゼロワンの言葉を遠方から聞いたイズが、黒いプログライズキーを投げ渡す。ゼアの電脳空間で或人が受け取った白紙の(ブランク)キーと瓜二つのそれを、起動も認証もなしに展開し、天へと掲げた。

次の瞬間、衛星ゼアから放たれた()()()()の光がブランクキーへと注ぎ込まれると、ゼロワンがドライバーのキーを差し替えた。

 

『プログライズ! Fly to the sky! フライングファルコン!』

 

ゼロワンが高く跳躍すると、上空から舞い降りる機械の鳥と融合し、光の羽根を散らしながら……ドラスにとって全く未知の形態へと変身を遂げた。

マゼンタの仮面に、翠玉(エメラルド)めいて煌めく眼。上半身から太腿の辺りまでを満遍なく包み込む追加装甲も、仮面と同じマゼンタカラーであった。

鋭角的かつ流線型のフォルム、翼のような肩部装甲、そして猛禽類の顔を思わせる顔面。あらゆる外見上の要素が、この形態こそがゼロワンの()()()()であることを示している。

 

『Spread your wings and prepare for a force.』

——翼を広げ、力に備えろ。

仮面ライダーゼロワン・フライングファルコン。

 

空中にいたドラスが、ゼロワンの新形態に瞠目した。その形態を、ゼロワンが使えるはずがないからだ。

フライングファルコン。ハヤブサの力を宿し、飛行能力を与えるプログライズキー。このキーは現在滅亡迅雷.netの手中にあるため、ゼロワンが同じものを持っているというのはありえない。

ならば、目の前にいるゼロワンは一体——?

 

「驚いただろ、そこだァーッ!」

風を纏った飛び蹴りがドラスの胸部に突き刺さる。ゼロワンの脚部が備える鋭い爪が、胸の可変機構を破壊していく。

ドラスを脚部の爪で捕らえたまま、ゼロワンが空中で回転し始めた。マゼンタの旋風となって空中を飛び回り、急加速と急旋回を繰り返しながら上空へと突き進む。

地上より遥か彼方、ゼロワンの蹴り下ろす一撃でドラスが地面へと叩きつけられる。飛翔と墜落は一瞬であり、土煙を上げてドラスが地面に激突した。

 

ドラスの疑問は正しい。ゼロワンはフライングファルコンキーを所持していない。滅亡迅雷.netのメンバーである迅に()()()()からだ。

それでもこの形態に変身できたのは、衛星ゼアの仕込んだ秘匿システムによるものだった。

その機能の一つが『衛星ゼアに登録されているゼロワン用形態のデータを、ゼアから直接引き出す限定的な権限』である。

要は()()()()()()()()()()()()()()衛星ゼアの承認で直接変身できるのだ。禁じ手であると同時に、今回の戦いにおいては正真正銘奥の手であった。

飛行能力があると言ってもフライングファルコンが特に強力な形態というわけではない。しかし、熟練の兵士でも初見の兵器には戸惑うように、かつてドラスに敗北を喫したゼロワンがドラスにとって未知の形態を引き出せば、一瞬程度であろうと反応は遅れる。

その一瞬を突くための、いわば或人なりの()()()()なのだ。

かくしてドラスの意表を突くための策は、見事成功を収めた。着陸すると同時にゼロワンの装甲が脱落し、ライジングホッパーへと姿が戻る。

 

「お前の目的は何なんだ、ドラス!」

ゼロワンが問う。相容れないと知りながらも、かつてヒューマギアであったドラスに、或人は問わずにはいられなかった。

「人類の支配こそが僕の使命……完全な存在として生まれたんだ、ならば生態系(せかい)の頂点に立つのはこの僕……ネオ生命体の後を継ぐ、ドラス02が相応しい!」

立ち上がり、ドラスがゼロワンに殴りかかった。拳を受け止めつつ、ゼロワンが殴り返す。

「それじゃ結局、()()()()()()()()()()! たった一人でテッペンに立ったって、お前が独りぼっちになるだけじゃないか! お前はそれでいいのかよ……!?」

「頂点は一人だけだ。人類の、ヒューマギアの……いや、僕はこの地球そのものの支配者となる。その邪魔は……させない!」

反撃を受け止めたドラスが力任せにゼロワンを投げ飛ばした。大きく距離を離したゼロワンに代わって、後方に控えていたZOが仕掛ける。

「自らの意志で選んだ答えが、それか!」

ドラスに組み付き、至近距離で膝蹴りを入れるZO。しかし、返す頭突きで体勢を崩され、胸部からのレーザーを喰らう。

「そうだよ。共存も、滅亡も、全て僕が管理する。阻むことは許さないよ、『お兄ちゃん』?」

「貴様!」

仰向けに倒れたZOへと、ドラスが指を揃えての手刀を突き出す。ZOは首を動かして避けたが、顔面を掴まれ起き上がれなくなった。

一瞬の動揺がZOに隙を与えたのだ。目の前の存在は確実に、かつて戦ったネオ生命体に近づいている。もはやその残虐性と冷徹さは、ヒューマギアのラーニング能力と新たに芽生えたドラスとしての自我が渾然一体となった、新世代のネオ生命体と言っても良い。

ただのマギアに非ず。ただのネオ生命体の生き写しに非ず。彼こそが新たなドラスであり、新たなネオ生命体であった。

ZOの顔面を地面に押しつけ、引きずりながらドラスが走る。空いた片手でゼツメライザーのスイッチを押し込むと、ZOの顔面を掴んだ腕が赤い稲妻を放ち、掴まれたZOを焼き焦がす。

『ゼツメツ・ノヴァ!』

ゼロワンがいる方へとZOを投げ上げると、ドラスの胸から無数の光条が一斉に発射され、倒れ伏すゼロワンと放り投げられたZOを巻き込み大爆発を起こした。

「消し飛べ……」

吐き棄てた言葉は、しかしながら次の瞬間に否定されることとなる。

「まだ、倒れられないな……」

「お前は絶対に、俺達が止める!」

爆炎の中で、二人のライダーが立ち上がる。

まだ戦える。いや、戦わねばならない。『仮面ライダー』になった意味を……平和な世界から、痛苦に満ちた戦場へと身を投じた意味を、まだ果たせていないのだから。

「なぜ立ち上がる? 勝てるつもりでいるのか?」

「当然だろ!」

「それが僕達、仮面ライダーだからな……!」

全身を炎上させながら、ZOが殴りかかる。炎が徐々に緑色に変じていき、ZOの力へと変換されていった。大振りの拳をドラスが両腕を交差させて受け止めるも、予想外の威力に後退る。

ゼロワンはブランクキーを手に取り、何度もゼロワンドライバーの認証機構にかざす。内部システムの多重プロテクトが一つずつ外され、その度に全身に力が漲っていく感覚が或人を満たす。

『ビットライズ! バイトライズ! キロライズ! メガライズ! ギガライズ! テラライズ!』

全てのリミッターが解除され、ゼロワンの全身が輝きを放つ。更に衛星ゼアから照射される光線を受け、全身に満ちたエネルギーが黄色の稲妻となって溢れ出している。

ゼロワンがベルトに装填されたライジングホッパーキーを押し込み、次の瞬間に備えた。

 

『ライジングテラインパクト!』

 

ZOと殴り合うドラスの顔面を、突如猛烈な衝撃が襲った。電光の如き速さで、雷鳴じみた轟音を伴って飛来した一撃は、ゼロワンの飛び蹴りに他ならない。糸に引っ張られたように吹き飛んだドラスが、地面を勢いよく転がる。その一撃は、ゼロワンが再び戦場に現れた際のそれとよく似ていた。

ゼロワンが着地し、ドラスを指差した。

「ここからが俺達の本気だ! 見せてやるぜ、ドラス!」

全身を光らせるゼロワンが駆け出す体勢から一瞬でドラスの前に現れると、ZOのいる方へドラスを蹴飛ばす。

吹き飛んできたドラスの腕をZOが掴み、回転の勢いを乗せたスイングでドラスを空中へと投げ上げる。ドラスが空中で翼を広げ、体勢を整えるも、そこに再び高速機動でゼロワンが迫る。光の尾を引きながら飛ぶゼロワンの拳が、ドラスの胸に突き刺さった。

ゼロワンの急激な攻撃力の上昇に戸惑いながらも、ドラスは自らの全力を引き出し始めた。ゼロワンに匹敵する速度で飛行し、空中で何度も互いに激突する。

 

ゼロワンがドラスとぶつかり合う度、或人の全身に微かな痛みが走る。

ドラスの反撃によるものではない。変身者の身を保護するドライバーの力でも、限界以上の稼働による負担が軽減しきれていないのだ。

秘匿システムの効果はもう一つ存在する。それは衛星ゼアによるリアルタイムでの出力サポートであり、通常時では発揮できないほどの強大な力をゼロワンに与える。これに加えて、イズが遠隔でナビゲートを行うことで或人が常に最適な攻撃方法を選択できるようにする、通信能力の強化も含まれていた。イズが提案する複数の選択肢から一つを採用し、その通りに動き、攻撃を打ち込む。これによって一時的にとはいえ、洗練された戦士と同等の動きを可能としている。

衛星ゼア、イズ、そしてゼロワン。三位一体の連携でドラスを相手に立ち回るが、戦闘機動を実行する或人の身体とゼロワンのシステムが、徐々に悲鳴を上げ始めていた。

ゼアの支援を合わせても、ドラスとパワー勝負で拮抗し始めている。やはり一人では分が悪いが、これはゼロワンにしかできない戦い方であった。振りかぶった腕が火花を散らしても、ゼロワンは止まらない。

或人の狙いは、ここでドラスを仕留めることではない。

——()()()()に繋げることだ。

 

「終わりだ、ゼロワン!」

ドラスの最大出力が発揮される。回転突撃とゼロワンの飛び蹴りが衝突し……ゼロワンが全身から小爆発を起こしながら墜落した。再び立ち上がろうとするも、右膝がスパークして膝立ちの体勢になる。

我慢比べめいた何合もの激突の末に、ドラスはゼロワンに勝利した。ドラスの全力は、ゼロワンの全力を上回ったのだ。

ドラスが地面に降りる。膝立ちのままドラスを見据えるゼロワンに、赤い手刀が振るわれた、次の瞬間。

「ば、馬鹿な……!?」

ドラスの腹から、アタッシュカリバーの刀身が生えていた。ドラスの全身に漲っていたエネルギーが暴走し、背中から生えた翼が砕け散る。

背中に手を回し、カリバーを引き抜くドラス。その背後には、イズの姿があった。

「或人様!」

自らを呼ぶ声を聞き、ゼロワンが全力で拳を突き出した。稼働限界を超えたボディが立ち上がり、ドラスの胸に光り輝く拳が突き刺さる。

衝撃と損傷に、ドラスがアタッシュカリバーを手放す。地面に転がった剣を手に取り、向こう側のイズに親指を立てるサインを送った。

「言ったろ? ()()が止める、ッてな……!」

もがき苦しみながらドラスの駆体が爆発する。隣に立ったZOの手を取り、ゼロワンは震える足を立たせた。衛星ゼアの投射する光が内部システムを修繕し、ゼロワンの身体が本調子を取り戻した。

 

「なぜだ!? お前達、一人一人の強さを……僕は上回ったハズ……! 最強の存在になった僕が、ここまで追い詰められるなど!」

「僕も一人では勝てなかったさ。君の先代……オリジナルのネオ生命体と戦った時だってそうだ。(ひろし)君や望月(もちづき)博士が、僕を助けてくれたから勝てた」

麻生勝が語るのは、かつての激闘の記憶。自らを生み出した科学者、望月博士とその息子、宏。ZOの勝利は仮面ライダーとしての力だけで勝ち取ったものではなく、信じ合える仲間の協力も得た結果である。

「今も同じだ。僕には、信頼できる仲間がいる」

共に立ち、人類の自由を脅かす者と戦う仲間。刻まれし伝説(レジェンド)の一人として、麻生勝は飛電或人と出会った。偶然か必然かは問題ではない。そこに敵が現れたなら、手を取り合って戦う宿命であった。

 

ドラスはそれを理解しえない。頂点とは、『最強』とは孤高であると定義するが故に。

「ふざけるな……他者との協力を糧にするだと? そんな力、紛い物だ! 絶対に認めるものか!」

あるいは、それは古きネオ生命体の記憶だったのかもしれない。生まれてから滅びるまで孤独であった存在の、自らを否定する者への魂の叫びが、赤黒い奔流となって彼を中心に広がっていく。

採石場の土砂を巻き上げ、赤と灰色の竜巻が巻き起こる。跳び離れたゼロワンとZOであったが、すぐに転進して竜巻の中へと飛び込んでいった。

 

中は猛烈な暴風域であり、風に飛ばされて二人が離れ離れになる。自由に動けるのは、竜巻の発生源たるドラスだけだ。

「まだ、これほどの力が残っていたか」

「それでもやれる! 俺達なら!」

巻き上げられた岩石の一つを足場として、ゼロワンが跳躍した。アタッシュカリバーで斬り抜けつつ、竜巻の外から投げ込まれたキーで更なる変身を遂げる。イズの支援だ。

『プログライズ! ブレイキングマンモス!』

鉄巨人再臨。竜巻の中で巨体を回転させ、巻き込まれたドラスを上方へと吹き飛ばす。その後を追うのはZOだった。浮遊する岩石を飛び石にしながらドラスを大跳躍にて追い抜き、拳を叩き込む。

ZOの拳が胸部にめり込み、赤く染まった全身にヒビが入った。屈強さを体現していた追加装甲が砕け散り、赤い四肢と黒い胴体を持つ姿へと変じた。ドラス02と名乗った際の、最初の形態だった。

暴風に流されるようにして空中を回遊しながら、ZOが殴りかかった。拳が空を切り、背後に回ったドラスの剛腕がZOを叩き落とす。

かつてドラスが奪ったプログライズキーの力は、ラーニングによって未だ健在である。地上へと落ちていくZOを受け止めた鉄巨人の中から、ゼロワンが飛び出した。

四肢から炎を噴き出し、ドラスがゼロワンを撃ち落とそうとする。炎はゼロワンに直撃する寸前で凍りつき、長大な氷の柱となった。

『プログライズ! フリージングベアー!』

氷柱を滑りながらゼロワンがドラスの顔面を蹴りつける。右脚は弾かれるも、続く左脚の攻撃が直撃した。突き抜けたゼロワンの姿が、再び変わっていた。

『プログライズ! バイティングシャーク!』

螺旋状に走る光の牙を飛ばしてZOを掬い上げ、前後からの同時攻撃を叩き込む。ZOの手刀とゼロワンの斬撃が、ドラスの全身を斬り刻んだ。ZOと位置を入れ替えたゼロワンが形態を変え、両手から火球を飛ばしながら飛び上がる。

『プログライズ! フレイミングタイガー!』

ドラスは全身から雷電を纏うミサイルを射出し、数十を超える火球を防いだ。視界を塞いだ爆煙を斬り裂くは、黄色の光刃だった。

『ライジングカバンストラッシュ!』

二撃を重ね、十字を刻む斬閃を防いだドラスの腕が砕け散った。変容を経た装甲が溶けるように脱落し、ドラス02の姿が再び変わっていく。

……否、それはドラス02の姿ではない。彼がこの世に生まれ落ちた最初の姿。滅亡迅雷.netの尖兵として現れた、ドラスマギアの姿だった。

ドラスマギアへの変容と共に、採石場にて巻き起こった赤黒い竜巻が消滅した。天変地異めいた現象を起こすほどの力は、既にドラスからは失われていた。

 

採石場に無数の岩石や土砂が降り注ぐ。落ちてくる中でも一際大きい岩に、陽光を背負って立つ影がある。

仮面ライダーゼロワン・ライジングホッパーと、仮面ライダーZOであった。

地上より天を見上げる怪人に、仮面ライダーが宣言する。

「どんなに相手が強くても、僕達は負けはしない!」

「信じ合い、支え合える仲間が俺達にはついている!」

 

「黙れ! そんな理屈に、負けられるか!」

『ゼツメツ・ノヴァ!』

ドラスマギアは全身を光らせながら飛び上がった。光が左脚に収束し、渾身の飛び蹴りが放たれる。

「僕に続け、ライダーッ!」

ZOが飛び降り、ドラスの飛び蹴りに同じく飛び蹴りで応じた。全霊の一撃が激突し、絶大な衝撃が生まれる。

「ハァァァァーーーーッ!」

乾坤一擲。緑の流星となったZOのライダーキックが、ドラスの蹴りを粉砕し、地面に叩き落とした。

「今だ、行けェッ!」

「コイツで……最後だ!」

ゼロワンがプログライズキーを押し込み、急加速で地面に降り立った。

 

『ライジングインパクト!』

 

一瞬で距離を詰めたゼロワンが、ドラスを空中へと蹴り上げる。黄色の光がゼロワンを包み込み、遙か彼方へとその身体を飛ばしていく。

空への跳躍は、やがて騎士の一撃(ライダーキック)へと変わる。

輝ける右脚が天より降る様は、空の彼方から降り注ぐ太陽の光にも似ていた。

 

打ち上げられたドラスは、その刹那に影を見たような気がした。

彼方へと消えてしまったはずの影。人類を滅亡させる怪物ではなく、人と共に生きるヒューマギアであった、自らの影。

眼鏡を掛け、白衣を着た青年の姿をしたヒューマギアが、寂しげな顔で、ドラスに微笑んだように見えた。

 

一瞬の後、ゼロワンの一撃がドラスの胴体を貫く。

地を削りながらゼロワンが着地する。背後で、胸に風穴を開けられたドラスが呻いた。

「そうか……僕は……『一人』を選んだんだ……!」

 

イ ン パ ク ト

呟いた直後、ドラスマギアは空中で爆散した。

古き怪物を模した、新時代の怪人が、滅んだ瞬間であった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「ようやく終わったな……或人君」

変身を解いた勝が言う。その声には、厳しい戦いを終えた後の感慨が含まれていた。

「ハイ。遂に俺達は……ドラスを倒したんですね」

或人の表情は明るいが、その一方で複雑なものを滲ませている。

ドラスを生み出す基となったヒューマギア・白辺テルゾーのことを、或人はよく知っているわけではない。しかし、テルゾーと研究仲間として付き合い続けていた秋月博士のことを思うと、或人は心に僅かばかりの無念を抱かずにはいられなかった。

 

ゼツメライザーの残骸から飛び出た、ドラスゼツメライズキー。あまりの激戦に耐えかねてか、ドラスの記憶を宿したキーは独りでに砕け散った。或人が持っていたブランクキーも役目を終えたかのように発火し、崩壊している。

この戦いを知る者は、記憶の片隅に今回の出来事を置いていくに留めるだろう。そんな結末を示唆しているかのようだった。

それでも、と或人は思う。

俺は忘れずにいよう。この戦いで得たものを、そして目の前に立つ男との出会いを。

 

「お疲れ様です、或人様」

イズが行儀良くお辞儀をした。

彼女の姿を見て、或人は気持ちを切り替える。なにせ今回の戦いで発生した被害は大きい。大変な事後処理が待っているのだ。

「ところで……ここはどこでしょうか?」

「あっ……そう、いえば……」

イズの質問に、或人の表情が固まった。勝も妙に気まずそうな表情をしている。

言われてみるとここが何処なのか、或人には全く見当がつかない。国内の採石場である、というくらいはわかるのだが……事態を察し、或人の顔が青くなった。

 

「そう言えばーーー!! ここ、何処だァーーー!?」

「今のは、『そういえば』と『ここ、何処だ』で韻を踏んだギャグ……ですか?」

「これはジョークじゃないってばァーーーッ!」

 

彼らが自らの日常に帰るまでは、まだ少し時間がかかりそうだった。

 

つづく。



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C Part-5/エピローグ

数日後、デイブレイクタウン・滅亡迅雷.net本拠地にて。

滅亡迅雷.netの司令塔たる滅は、データの編纂に取り掛かっていた。今回の事件で観測した事象についての情報を、可能な限り入力する。

本来ならばゼツメライズキーさえあれば事足りる作業であったが、肝心のドラスゼツメライズキーは失われてしまっていた。戦闘の結果としてキーが破壊されてしまった上に、破壊された場所もデイブレイクタウンからは遠く離れた採石場であったため、回収は不可能と判断した。

 

「ドラスだっけ。残念だったね、滅」

「データの喪失。マギア作戦の進行が遅れるな」

拳銃を分解して遊んでいた迅が滅に話しかける。自ら表に立って動いたこともあり、今回の件は滅にとって概ね徒労と言って差し支えはない。人類滅亡という野望のために利用されるべきデータが失われたことは、計画の著しい停滞を意味するからである。

「それにしても……今思えばヘンなマギアだったよね。なんであんなのがいきなり出てきたんだろう?」

迅が素朴な疑問を口にした。彼らの主たる『アーク』の指針に疑問を抱くことがない滅も、ドラスゼツメライズキーの出自には懐疑的になっていたところがある。

それ故か、滅は迅の問いに珍しく推論を返した。

「アークにはドラスに限らず、人類を滅亡させうる存在のデータが無数に記録されている。数あるデータの中からドラスを選んだのは我々滅亡迅雷.netだが……ゼツメライズキーの作成に成功したということは、やはりアークの意志なのやもしれんな」

 

滅は思考の先に、水底に沈む巨大な機械を見据える。水没都市デイブレイクタウンの下で眠る、甚大な損傷を負った通信衛星。

これこそが、滅亡迅雷.netを生み出した真の黒幕。()()()()()()()()()()()()にして、12年前のデイブレイクにて水の底に沈んだ()()()()・アーク。

その名は方舟であり、また触れる者を滅ぼす聖櫃であった。

 

「恐らくアークにとってヤツの存在は一種の技術的特異点(シンギュラリティ)だったのだろう。ヒューマギアと親和性の高い概念をゼツメライズキーに嵌め込み、より強力な存在を生み出そうとした……」

「でも、最後には僕達とも敵になっちゃったよね?」

「そうだな。そこまでアークの読み通りだったのか、あるいは予期せぬ誤算であったのかは……今となっては我らが知る由もないがな」

滅は推論を打ち切り、黙々とデータの編纂を行う。迅は先程分解した拳銃を組み立て、再び分解するという奇怪な遊びに興じていた。

人類滅亡の使徒達は、未だ闇の中で息を潜めている。

 

水底の通信衛星が、仄かに赤い光を放っていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

薄暗い部屋であった。室内の窓にはロールスクリーンが降りているため、昼の日光が僅かに入るばかりである。電灯も点いておらず、清潔感のある広々とした部屋でありながら、どこか落ち着かない印象を受けるものとなっている。

 

その部屋に、二人の男女がいた。男は部屋の中央に置かれた机に座ったまま、女の報告を聞いている。上から下まで真っ白な服を着た、若々しい見た目の男だ。

そして彼に諸々の報告を行っている人物こそ、A.I.M.S.の技術顧問・刃唯阿であった。

 

「そうか。事情は把握した。ご苦労だった、唯阿」

「都市機能への被害は甚大です。早急な判断が必要かと」

「わかっていますよ。金銭面での支援はこちらが引き受けます。この際だ、ギーガーも動員してA.I.M.S.の技術力を世に知らしめる機会としましょう」

 

椅子に座った男の表情は、不敵な笑みに満ちている。自らこそを時代の王と確信した、強者の笑みである。

……彼の名は天津(あまつ)(がい)。唯阿にとっては()()()()()にあたる人物である。

そして彼は、ZAIA(ザイア)エンタープライズ日本支社の()()でもあった。

 

ZAIA(ザイア) ENTERPRISE(エンタープライズ)

AI事業をはじめとした様々なテクノロジー事業を扱い、世界中に支社を持つ大企業である。

12年前に滅亡迅雷.netの決起によって滅んだ実験都市構想……デイブレイクタウンの計画にも参入し、飛電インテリジェンスを含む数々の企業の中にその名を連ねていた。現在は政府機関であるA.I.M.S.とも提携し、数々の技術提供を行っている。

天津垓はその当時から、ZAIAエンタープライズ日本支社(ジャパン)に重役として勤務していた。若々しく美形の部類に入る風貌は、12年前から保たれ続けている。

 

「滅亡迅雷を離反したそのドラスとやら……なかなか奇妙なヒューマギアですね」

「他の個体とは何が違ったのでしょう?」

「さて、それは現時点では何とも言えません。ともかく……今回も良く働いてくれたようだ。我々ZAIAからもより一層の援助を確約すると、A.I.M.S.の技術班には伝えておいてほしい」

唯阿が頭を下げて承諾した。

()()()()()()()()()はZAIAエンタープライズなのだ。A.I.M.S.にはあくまで()()という形で任務に当たっているだけである。

垓の机の上に置かれたジュラルミンケースには、幾つものプログライズキーが入っている。それは、A.I.M.S.で運用されているキーの出自がZAIAに由来することを意味していた。

 

「現場に戻るといい。A.I.M.S.としての事後処理が待っている」

「承知しました。では、これにて」

唯阿は再度一礼し、垓の社長室を退出した。

報告にあった『ドラス』という存在に、垓は思いを馳せる。この目で見ることはなかったが、滅亡迅雷.netから逸脱した存在が生まれるとは……と考えたところで、彼は思考を打ち切った。

 

そのような存在に対抗すべきは、やはり『アレ』を置いて他にない。

彼が今も進め続ける計画……『プロジェクト・サウザー』の果てに待つ存在を除いては。

「滅亡迅雷.net……貴方達の時代はいずれ終わりを告げる。100%、いや——1000%」

闇の中に煌めく黄金の如き決意が、天津垓の心を満たす。

◆◆◆◆◆◆

 

同日、飛電インテリジェンス本社ビル前にて。

A.I.M.S.のマークを貼り付けたトラックが、エントランスの前に停車している。元は飛電の車両だったのだが、資材運搬などに活用するため、一時的にA.I.M.S.が借り受ける形となっていた。

そのトラックから二人の男が降りてきた。助手席からは隊長の不破諌が、運転席からはフルフェイスヘルメットを着けた隊員が降りてきた。

彼らがここに来たのは、飛電インテリジェンスに車両を返却するためであった。

A.I.M.S.の到来とあって、社長である飛電或人が彼らを出迎える。

「待たせたな、飛電の社長。アンタのところから借りてた車両を返しに来た」

「えっ、もういいの? 確か街の方はまだ作業中じゃあ……」

「それなんだがな、俺らの上層部が援助を受けたとかで、大規模な復興作業はギーガーを動員することになった。手配する車両もA.I.M.S.の分だけでどうにかなりそうなんで、これ以上飛電からトラックを借りてる理由も無くなったってワケだ」

或人が納得して手を叩いた次の瞬間、エントランスの自動ドアが開いた。現れたのは三人の人影。

社長秘書のイズ。所用あって飛電を訪れていた植物学者・秋月孝三。そして——白衣を着た青年を模したヒューマギアがそこに立っている。

 

「博士! いやァ〜わざわざすみません。一度お帰りいただいたのに、もう一回来てもらうことになってしまって……」

「ハハハ、気にすることはありませんよ社長さん。そちらさんの用事は大方解決して安全が戻ったそうですし、何より——また、テルゾーと研究ができますからね」

初老の男性が、隣のヒューマギアに向かって微笑んだ。研究職支援型ヒューマギア・白辺テルゾーは、秋月孝三本人の希望により、再び購入されることとなったのだ。

「これから、よろしくお願いします。秋月博士」

テルゾーの様子は、どこかぎこちない。ヒューマギアの着用するヘッドギアからは、黄色と緑の若葉マークが投影されている。滅亡迅雷.netのハッキングを受けると、ヒューマギアのバックアップは困難となる。現在のテルゾーは秋月博士との研究に関する記録を持たない、初期状態のヒューマギアである。

「それじゃあ行こうか、テルゾー。お前に見せたいものが沢山あるんだ。分からないことがあれば、また私が教えてあげよう」

「承知しました」

或人に手を振りながら、二人の研究者は歩き去っていく……かに思われたのだが。

 

「不破さん! そのトラック、まだ使ってていいからさ。博士とテルゾーを研究所まで送ってあげてくれない?」

「あ? 俺は飛電のタクシー係じゃないんだぞ!?」

「隊長、良いじゃないですかたまには。自分、秋月博士の研究所までは道知ってますから、運転できますよ」

反射めいて怒り立つ不破を諫めたのは、A.I.M.S.の運転手だった。

「あの方は……もしや、以前我々を飛電本社までお送りしていただいた運転手の方では?」

「あー……言われてみるとそうかも! お久しぶりですね!」

フルフェイスメットの男が笑い声を上げた。ドラスマギアが研究所に現れた際に、或人とイズを飛電の本社ビルまで送り届けた運転手。それが彼の正体だった。

「なあに、隊長は助手席で起きてるだけでいいんです。博士、よろしければ安全運転でお送り致しますよ?」

「おお、これはありがたい。テルゾーも構わないかな? まあ、少し揺れるかもしれないが……」

「問題ありません」

勝手に決めるな、と不破が運転手を威圧するも、或人が仲裁に入って事なきを得る。不破は渋々といった様子で助手席に乗り込み、運転手を待った。

「それでは社長さん、お元気で。今度会う時は、代替えの用事でないと良いですな」

「博士もお元気で!」

資材運搬用トラックの後部から、孝三とテルゾーが乗り込んでいった。

「次会う時は敵同士でないといいな、飛電の社長」

助手席の窓を開き、不破が言う。その言葉を聞いた或人が返す。

「そのためにも、俺は戦い続けますよ」

助手席の窓が閉まると、研究者を乗せたトラックはゆっくりと走り去っていった。

 

トラックが去ると、街の方から歩いてくる影が見えた。黒いレザージャケットを来た壮年の男が、或人達のいる方へと走ってくる。

或人は彼を知っている。今回の事件で出会い、共に戦った仮面ライダー。即ち麻生勝/仮面ライダーZOであった。

勝が走ってくると、どこからともなくバイクが独りでに走ってくる。バイクのサドルに乗っていたのは、恐ろしげな形相のバッタだった。

「やあ、或人君。少し街の方に出歩いていたんだ。ヒューマギアのいる街がどんなものか、気になってね」

「勝さん! バイクを出したってことは、つまり……?」

「ああ。この街を発つことにしたよ。あまりこっちに長居するのもよろしくないし」

言いながら、勝はバイクに跨る。小さなバッタは、彼の右肩に移動していた。イズが一礼し、勝に手を振る。

「もう行かれるのですね。では、行ってらっしゃいませ。良い旅を」

「ああ。君も、よく或人君を支えてやってくれ。いつかその意味が、果たされる時が来る。或人君も、元気でな。また会おう!」

「……ハイ。また、いつか。その時も、一緒に戦いましょう!」

バイクのエンジンが起動し、徐々にスピードを上げながら走っていく。或人とイズは、走り去るバイクに手を振り続けていた。感極まってか、或人が大声で彼の名を呼んだ。

「勝さん!」

——バイクが止まった。それでも、彼は振り返ることはない。

或人は最後に、彼のもう一つの名前を呼ぶ。魂に刻まれた、約束の名前。縁を結んだ、彼の名前を。

 

「——ライダー!」

 

麻生勝は……否、仮面ライダーZOは、己の愛機に跨りながら、或人に微笑みかける。握った拳を或人に見せつけて、彼は陽光射す街の中へと去っていった。

 

「或人様」

イズが問いかける。手を振り続けていた或人が、イズの方を向いた。

「仮面ライダーとは、つまるところ何なのでしょう?」

彼女が尋ねたのは、概念のことであった。或人は少し考え込み、自分なりの答えを言う。

「祈り……なのかもな。人々が邪悪に負けそうになった時、仮面を着けた誰かが、この世界を救ってくれるっていう。その誰かが誰で、どんな風に戦うのかっていうのは、きっとライダーによって全然違うんだ。エイムズや、滅亡迅雷も、俺達とは違う仮面ライダーなんだ」

「ゼロワンも、誰かの祈りだったとお考えですか?」

或人はその質問の答えに迷った。或人にとってのゼロワンは、願われたというより託されたもので、何より、自分が願ったものだったからだ。

 

「そうかもな。だとすれば俺は……俺の願い、俺の夢のために、仮面ライダーになったんだ。人間もヒューマギアも助けて、一緒に笑い合える世界が欲しい。それが俺の……『仮面ライダーゼロワン』だと、信じてるからな」

 

そう言って、或人は締め括った……のだが。

「なるほど。つまり……ゼロワンは『或人じゃないと』なのですね」

「……イズーーーッ!? お、俺、俺のギャグを取らないでェーッ!?」

「はい、或人じゃ〜〜ないと」

予想外の返答に、或人は今日一番の驚きを見せた。

かくして、世界は一時の平和を取り戻し、彼らは各々の日常へと戻っていく。交わった運命は、再び別々の道へと繋がった。

慌ただしく騒ぎながら、飛電或人とイズはビルの中へと入っていく。

秋の陽光が、彼らを照らしていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

IF:仮面ライダーゼロワン

ZERO-ONE VS ZO

 

おわり。



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