僕たちの宝物 (今井綾菜)
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第1話

気がついたら猫になっていた。

いや、比喩とかそういうものではなく本当に猫になっていた。

頭の中に人間の一般常識や知識はあるから元人間だとは思われるが、こうなるまでの記憶が一切ない。

周りには自分を囲むようにそして守るようにして丸まった自分と同じような姿の猫。

 

辺りを見回して状況を確認してもここがどこかはわからない。

ただ暗くて、寒くて、そしてとても寂しい感覚

 

ピタ、と自分の頭をなにかが撫でた。

瞳を開けば緑色の瞳の猫が『がんばれ』と一声鳴いて自分の頭を撫でてくれていた。

 

『ありがとう』の意味を乗せて小さく鳴けば緑色の瞳を閉じて小さくうなずいて自分も瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つぎに目を覚ますとそこは暖かい室内だった。

硬い地面だったのが柔らかい毛布に変わっていた。

そして、なんだか体のほうも初めて目が覚めた時のように重たくない。寧ろ飛び跳ねることができそうなほど調子がいい。

 

隣を見るとあの緑の瞳の猫が目の前にいるヒトに向かって威嚇していた。

あの時丸まっていた他の2匹はまだ眠っている。

あの子はまだ目を覚ましていない自分たちを守るように金髪の女の子を必死に威嚇していた。

 

「えっと、私悪い人じゃないですよ?」

 

「ユーリ、それじゃあ伝わんないわよ。寧ろ警戒されちゃってるじゃないの」

 

「そんなあ」

 

落ち込むユーリと呼ばれた彼女をみて笑う赤髪の少女に未だ警戒を緩めない緑目の猫

 

そんな絵面をみてしょうがないと自分は立ち上がる。

ゆっくりと歩き出して緑目の子の前へと出てユーリちゃんの差し出した手を舐めた

 

後ろから『オイ馬鹿者!』と罵られたような鳴き声が聞こえたが状況を見るに彼女が自分たちを助けてくれたのだろう。

ならば、自分たちはそれに応えなければ

 

後ろを振り向いて『この人たちは大丈夫だよ』と鳴けばあの子からは『本当に警戒心のないやつだな』と呆れられたような答えが返ってきた

 

それに対して自分が指を舐めた彼女だが目をキラキラさせてうずうずしている。

 

おや、これは選択を間違えたかな?

 

 

次の瞬間、自分の体は彼女に抱えられて宙を舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう、高い高いを連続でやられるものではないと。

ユーリちゃんの腕の中で抱かれながら自分はしみじみそう思った。緑目の子に助けを求めてもその目が『自業自得よな』と助けてはくれなかった。

ちなみに他の2匹も目が覚めていてブンブン回されている自分を見て顔を真っ青にしていた(猫視点)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女がシュテル、貴女がレヴィ、貴女がディアーチェで貴方がクロヴィスです」

 

あれから約1週間、この部屋にも慣れてきた頃ユーリちゃんから自分たちの名前をもらった。

青色の瞳を持つ頭のいいシュテル

紫色の瞳を持つ元気一杯のレヴィ

緑色の瞳を持つ自分たち3匹を守ってくれるディアーチェ

そして赤色の瞳を持つ末っ子ポジの自分改め僕がクロヴィス

 

『クロヴィスー?言いにくいからクロでいい?』

 

『せっかくユーリがつけてくれた名前を秒であだ名にされた』

 

『良いではないですか。私達だけがわかるあだ名』

 

『クロヴィス、お前もあだ名がついたか。我など名がついてもどうせ呼ばれるななど変わらぬわ。シュテル、レヴィ、我の名を呼んでみよ』

 

『『王さま(我が王)』』

 

『ほらな』とどこか諦めた様子を醸し出すディアーチェに僕はなんとも言えない顔になる

 

「なんですか?4人で内緒話ですかー?」

 

イリスちゃんがいなくて僕たちに構ってもらえないユーリちゃんは頬を膨らませながら僕の頭を優しく撫でた

 

『あっ!クロずるーい!』

 

『ユーリからの撫でを独り占めするとは』

 

『お前ら…………(呆れ)』

 

これが今の僕の日常だった



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第2話

名前をもらってからしばらく時間が経った。

普段はあいも変わらずシュテルやレヴィと遊んでディアーチェに見守られる。そしてユーリとイリスが帰ってきたら2人と一緒に遊んでご飯を食べて寝る。

 

最近は少しだけだが外にも出してもらえるようになったから大きな樹の下でみんなで遊んでいた。

 

『王様ークローシュテるん!あそぼーよー!』

 

『グッフ!』

 

お昼ご飯を食べた後の余韻に浸っていた僕を襲ったのはこれまたお昼ご飯を食べたばかりのレヴィ。

勢いよくタックルされて僕は完全に無防備の状態だったが故に少し遠くに吹き飛ばされた

 

『レヴィ、遊びたいのはわかりますがタックルはいけないかと。クロをみてください、状況を理解できなさすぎて口が開きっぱなしです』

 

『あっははは!ホントだ!クロ変な顔〜』

 

ケラケラ笑うレヴィと我慢しきれずにクスクス笑うシュテル。

それをみて見守る(干渉しない)ディアーチェ

プチっと何かが切れた

 

『こぉら!レヴィー!おまけにシュテルも!』

 

僕が2人に向けて走り出すとレヴィとシュテルも走り出した。

 

『ふっふーん!今日はボクに追いつけるかなー?』

 

『絶対シバく!』

 

『あっ、これは追いつけないやつですね』

 

『シュテルもだよ!』

 

『私、完全に八つ当たりですよね?』

 

『笑ったじゃん!』

 

『ええ……(呆れ)』

 

バタバタバタッと“室内”を駆け回る僕たち3人。

それをいつの間にか移動していたキャットタワーの最上階で俯瞰するディアーチェ、その表情は散らかっていく室内を見てここにはいない部屋主が戻ってきたときの反応を予想していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった。

レヴィをシバいた(追いついたとは言ってない)あと冷静になって辺りを見回すとイリスの室内はぐっちゃぐちゃになっていた。

 

『ディア、どうしよ』

 

『知らぬ』

 

部屋の外からはイリスとユーリの楽しそうな笑い声が聞こえてきた

 

ヤバイヤバイヤバイ!

 

王様を見ると知らんと言わんばかりに目を閉じていた。

レヴィは遊び疲れて寝ているし、シュテルはユーリの使っている端末?をタッチしまくっている。

 

そしてこの部屋の惨状を見て慌てふためくのは僕だけ

 

あっ、これ詰んだやつですわ。

 

プシュっ!

 

「………………」

 

「あっ…………」

 

部屋に入ってきてイリスの顔が一気に赤くなって身体が震えだした。

 

「こら!チビ助ども!あたしの部屋になんか恨みでもあんの!?」

 

「ごめんなさい!みんな遊びたい盛りなんです!」

 

ゴトっ!

 

あっ、さっきまで絶妙なバランスを保ってた端末が落っこちていた。

 

「もーーー!」

 

プリプリと文句を言いながら片付け始めたイリスに近付いていく足を畳んで座り、軽く頭を下げた

 

『ごめんねイリス』

 

「もう怒ってないわよ。クロヴィスもシュテルとレヴィをちゃんと止めてよね〜ディアーチェもよ?」

 

『そこで我を含めるのか』

 

『王様だからね、仕方ないよね』

 

『解せぬ』

 

「あんたたちまた内緒話?猫なのに人間みたいに会話するわよねあんたたちって」

 

『そりゃ、ちゃんとした意識があるもの。ねえ王様』

 

『なぜそこで我に話を振る』

 

『え?今のって僕たちに向けたものでしょ?』

 

ディアーチェとの会話をしているとイリスの隣にユーリがやってきて僕のことを抱き上げる

 

「この子達は少し特別なのかもしれませんね。クロヴィスに微弱ながら魔力を感じるのできっと思念通話みたいなものがクロヴィスを通してみんなで行ってるのかもしれません」

 

『魔力?この世界って魔法があるの?』

 

ペシペシとユーリの頬を肉球で叩いてみて問いかける

 

「どうしたんですかクロヴィス?片付け終わったら遊んであげますから少しだけ待っててくださいね」

 

そう言ってディアーチェの座る天辺から一つ下に降ろされて雑談しながら部屋を片付けるイリスとユーリを眺める

 

気がついたら片付けの邪魔になるからとシュテルが僕の一つ下のところで寝こけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたよ〜ってあれ」

 

「みんな寝ちゃってるわね。ホント寝てる時はみんな可愛いんだけどね」

 

「ふふっ、起きてても可愛いですよ。時々やんちゃしちゃいますけど」

 

私があの雨の日に助けた4匹の猫。

みんな弱っていたのにクロヴィスを囲むようにして集まって温まっていたこの子達を保護してから一月以上が経った。

保護する直前まで私とイリスに牙を向け続けたディアーチェはきっとこの子達の王様なのだろう。

 

シュテルとレヴィとクロヴィスがじゃれてる時もご飯を食べる時も必ず少し遠くで見守っていて危なくなったら必ず助けてあげるのを何回も見ているから確信を持てる。

 

「こいつら普段はいっつもディアーチェにくっついて寝てるわよね」

 

「ディアーチェはみんなの王様なんですね。他の三匹の面倒をいつもみてあげてますから」

 

「出来ればやんちゃを収めてくれると嬉しいんだけどなあ」

 

「ふふっ、そうですね」

 

戯けたように笑うイリスに私も笑顔になる。

私の壊すだけだった魔法にそれ以外の意味をくれた人たち

そして、救うことができることを教えてくれたこの子達にたくさんの幸せが訪れますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話

今日は珍しく王様を含めて僕以外が外で遊んでいる。

僕が外に出ないで室内にいるのは普通に外に出る気がないからである。

 

おいそこ、ダメ猫とか言うな

 

研究所の周りはいろんな機械のおかげで気温から湿度諸々が全て管理されてはいるが、この暑い夏の季節猫にとっても暑いものは暑いのだ。

 

ああ〜空調の効いた室内最高〜

 

ぐでんと横になっていると部屋の中に今日のお仕事が終わったのかユーリが戻ってきた。

 

「あれ、今日はクロヴィスだけなんですか?」

 

手に持っていた端末を机に置いて僕を抱き上げるユーリ。

そういえば、僕ってかなりの頻度でユーリに抱き上げられるけど何か理由があるんだろうか。

 

抱かれたままユーリがソファに座って僕を膝の上へ、そして端末を魔法(?)で浮かせて僕を撫でながら端末の内容を流し読みしている。

 

「最近は研究所の周りにも花とか沢山咲き始めましたね。クロヴィスも見ましたか?」

 

『見たよ。去年に比べて少し増えた気もするよね』

 

言葉は伝わらないけれど、ユーリが最近のことを楽しそうに話してくれるのが僕は本当に嬉しい。

 

「それでこの間、イリスが……」

 

「あたしがなんだって〜?」

 

「わっ!イリス!?」

 

「クロヴィスに何吹き込んでるのかな〜あたしの親友は〜?」

 

ユーリの頭を乱雑に撫で回すイリスにユーリは「やめてください〜」なんていいながら涙目になっていくのを見て僕はほっこりする。

 

「クロヴィスもユーリに何吹き込まれたのか教えなさい〜」

 

『何にも吹き込まれてないです!最近の楽しかったことを聞いてただけです!』

 

「ほれほれ、部屋主さまに教えなさいな〜」

 

ユーリの膝の上からイリスの膝の上に移動させられて肉球をぷにぷにされている。

 

くすぐったいからあまりやならないで欲しいんだけど僕の意思は伝わらなかった。

 

結局このあと、みんなが帰ってくるまで肉球を触られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クロ、少しいいですか?』

 

『どしたのシュテル?』

 

珍しくシュテルから声をかけられたと思えば何やら真剣なご様子。大事な話だろうから出来るだけ顔をキリッとさせてみる

 

『そんなに畏まらなくていいです』

 

『あっ、はい』

 

『今日、レヴィと遊んでいるときに何やら機械的な動きをする人形を目にしたのですが、なにかユーリやイリスが話してるのを聞いたりはしませんでしたか?』

 

機械的な人形?

そもそも人形って動くの?なんて疑問はさておき、今日ユーリから聞いた話の中にはそんな変なものを使い始めたなんて聞いてない。もちろん、肉球を触り続けて今日やったこととか話してくれたイリスの話の中にもそんなものはなかった。

 

『なんも聞いてない。そんなの使い始めたらユーリとイリスって絶対話してくれるし』

 

『そうですよね……あまり関わらないほうがいいのかもしれませんが、気になったので』

 

『その話、僕以外には?』

 

『していません。レヴィは考えなしに向かいそうですし、王に関しては気づかぬ間に関わっていそうですから』

 

『だよね、わかった。2人の会話を聞いててそんな感じのことを口にしてたら覚えておくようにする』

 

『お願いします』

 

話し終えるとレヴィの元に歩いていくシュテルを見て考える。

 

そもそも、そんなもの研究所の敷地内にいれば誰かが気づくはずだし、その話を聞いたとユーリたちが教えてくれるはずだ。

侵入者……の線はほぼあり得ない。

だって、僕たち猫4匹以外のみんなはIDを持っているし持ってないものが侵入すれば警報が鳴る仕組みになってるとイリスが教えてくれた。

 

「どうしたんですか?難しい顔をして」

 

目の前にユーリの顔が現れて僕はビクッと体を震わせた。

 

「あ、すみません。驚かせちゃいましたね」

 

シュンと落ち込むユーリの頬に肉球を押し当てて大丈夫だよと意思表示をする。

 

「何か困ったことでもあったんですか?」

 

『変なロボットを見かけたってシュテルが話してたんだけど……って伝わらないよねえ』

 

「何か言ってるのはわかるんですが、まだあなた達の言葉がわからなくて。今、翻訳の魔法を作ってるので完成したら私達とも意思の疎通が出来るようになりますから。完成したらいっぱいお話ししましょうね!」

 

翻訳魔法を作ってるのは今初めて知った。

翻訳魔法ってそもそも猫に効くのか?

でも、ちゃんとユーリやイリスの話せるのは楽しみだ。

 

『うん、沢山お話ししようねユーリ。楽しみにしてる』

 



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第4話

『おい、クロヴィス』

 

珍しくディアーチェが僕のことをちゃんとした名前で呼んできた。彼女の顔を見るところ普段の二割増して鋭い目をしてることろをみれば相当に大事な話だろうと察しはついた。

 

『どーしたの?』

 

『お前、変な人形が敷地内にいるのを知っているか?』

 

それは先月シュテルに言われた例の人形のことを指しているのだろう。たが、それを僕が知っていると口にしていいのだろうか

 

『目撃したのは我だけではない。我が見たときにはシュテルもレヴィもいた。故にお前にも問いかけておこうかと思ってな』

 

ディアーチェが見たときにシュテルもいたなら僕も話してもいいだろう。それに僕だって日がなずっとユーリやイリスの膝の上にいるわけではない。

 

『僕も見たよ。見たのは荷運びしてるような場面だったけど』

 

『お前もか、何故それを我に言わん』

 

『僕らじゃどうしようもないじゃないか』

 

『……それはそうだがな』

 

『僕たちはユーリやイリスが危険な目にあったときに相手に噛み付くことくらいしかできないよ。僕たちにもユーリみたいな魔法が使えたり、イリスみたいにフォーミュラを使えるわけじゃないからさ』

 

ディアーチェはその後すぐにいつも通りキャットタワーの一番上に向かっていき、そこで僕たちをずっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猫にも睡眠中は夢を見るんだなとここのところわかった事がある。見始めたのはつい最近だが、毎度同じようで違う光景が僕の眼前には広がっていた。

 

時には天使の羽をモチーフにした鍔を持つ透き通るような青色の劔

 

時には炎を纏った不滅を思わせるオレンジ色の劔

 

時には優しい風を連想させる美しい翠色の劔

 

その全てを見た後に全てを守護するような純白の劔を順に見ていくことになる。

 

なんてことはないただひたすら剣を眺めるだけのつまらない夢だった

 

自分でもなんでこんなわけのわからない夢を見るのかわからないし、もしそれが人間であった頃の僕に関係があったとしてもあまり興味はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ス」

 

眠っていたら誰かに頭を撫でられているのに気がついた。

片目だけを器用に開けると電気を消した暗闇の中で僕の頭を撫でているのが誰なのか猫特有の暗視で理解できた

 

(今日はイリスかあ)

 

「あら、起こしちゃった?ごめんね。ちょっと目が覚めたからあんた達を少し可愛がろうと思ったんだけどクロヴィス以外はみんな固まって寝ちゃってたから」

 

『イリスってたまにこうして撫でてくれるんだよなあ』

 

「あたし、あんた達のこと怒ってばかりだけど嫌いなわけじゃないのよ?あんた達にどう思われてるかはわかんないけどさ」

 

『みんなイリスのことが大好きだよ。流石にユーリには敵わないけどさ』

 

「あんた達って私達の言葉を理解してるのかしら?話しかけたら必ずすぐに返事するように鳴くじゃない?『にゃー』って」

 

『実際、通じてるし理解はしてるんだよね。僕たちとの意思の疎通はユーリが作ってる魔法が完成してからいっぱいしようね』

 

僕のこの言葉は伝わらないけど、なんとなくイリスは感じ取ってくれたのかニカッと笑って頷いた。

 

「言葉はまだわかんないけど、今のはなに考えてたか分かった。ユーリの作ってる魔法が完成したらいっぱい話そうって思ったわね?」

 

『すごいね。まさにその通りだったよ』

 

「今度はなんで分かったのって感じかしら。クロヴィス、あんた顔に出やすいのよ、まるで人間みたいに表情変わるからあたしでもなんとなく考えてることわかるようになってきたのよ」

 

くすくすと笑うイリスに僕も短く鳴いて笑い返した。

その後はイリスの話を聞き続けているとどんどん空が明るくなっていった

 

「あっ、もう日が昇っちゃってる。クロヴィスに話してると返事してくれるみたいに鳴くからつい話し込んじゃうのよね。それじゃあ、続きはまた今度聞かせてあげるわね」

 

イリスや話してくれる話はとても面白くて僕の方も聞き入ってしまう。つい、ふつうに返事をするように鳴いてしまうから彼女もどんどん話してくれて気がつけば朝方なんてのも結構あった話だ。

 

『また、たくさん聞かせてね』

 

「それじゃあ、あんたは寝なさいな。あたしはこれからユーリを起こして仕事に行ってくるから。帰ってきたらまた続きを聞かせてあげるわ」

 

僕をディアーチェの近くに下ろしてそのままユーリの眠る部屋に向かうイリスに軽く手を振って僕はその場で丸くなった。

 

『長い話だったな』

 

『起きてたの?ディアーチェ』

 

『途中から聞こえていただけだ。安心しろこやつらはピクリとも動かなかったからな』

 

『それはそれでどうかと思うけどね』

 

『冗談だ、軽く目は覚めたようだがお前達が楽しげに話しているのを見てすぐにまた眠りについたわ』

 

『そっか、そしたら僕は眠たいから寝るよ』

 

『ああ、シュテルとレヴィには起こさぬように言っておく。我も近くにいる故、存分に眠るといい』

 

ディアーチェの背中に頭を乗せて僕は眠りにつく

 

『おやすみ、ディアーチェ』

 

『ああ、おやすみクロヴィス』

 

こんな日々がもっと続きますように。

僕は心にそう願いながら眠りについた。



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第5話

「みんなこの中に入ってください!」

 

慌てた様子で部屋に戻ってきたユーリに僕たちは顔を合わせて首を傾げた。

 

「ここは危ないんです!時間がないから早く!」

 

ユーリがここまで慌ててるのは2年くらいの付き合いになる僕たちもはじめて見た。余程の事態なんだろうと僕たちは言われるまま鉄でできた籠の中に入った。

 

『ユーリったらどうしたんだろうね?』

 

『わかりません、ですがいい事態ではなさそうですね』

 

『走り出すようだぞ、怪我をしないようにバランスを取れよ』

 

『分かったよ、でも危ないって……』

 

僕が言葉を終える前にユーリは立ち上がった。

普段はユーリの腕の中に収まっている茶色の本は今日はユーリを守るようにユーリの近くで滞空していた。

 

(本当にどうしたんだろ……)

 

部屋の扉を開けると僕たちの敏感な嗅覚は濃い鉄の匂いを感じとった。そして、周りを見ると

 

『なんということだ…………この者達は……』

 

ディアーチェはこの光景を見てすぐに絶句した。

それはシュテルもレヴィも僕も同じだった。

眼前に広がっていたのは正に地獄と例えられてもおかしくない光景だった。見知った顔のスタッフたちがそこら中に横たわり床を赤黒い血で濡らしていた。交戦したようなあともみられ床だけならまだしも壁に飛び散っているものも無数に存在していた。

そうして僕たちは“ここは危ない”という言葉の意味をようやく理解したのだった

 

ユーリが向かったのはここの所長がいる司令室、僕たちも何度か向かったことのある部屋だった。

ユーリが部屋に入るなり所長であるフィル・マクスウェルに問いかける

 

“この惨状を起こしたのは貴方か”

 

“如何にも、残念ながら研究は中止になった。ここにいるスタッフも訳の分からない研究チームに飛ばされる。それなら、いっそのことこの手で送ってあげたほうが良心的だろう?”

 

“なんで……こんなことを!”

 

“私を欲しがる組織は星の数ほどある。イリスも私の研究成果の一つだ”

 

“……武装組織ですか。イリスがそういう目的で作られたのはなんとなく予想はできてました……けど、貴方は!”

 

“道具を使うのに必要なのは如何にこちらを信用させるかだ。そしてユーリ、キミもね”

 

マクスウェルの瞳が赤く輝き、その目に無数の数字の羅列が浮かび上がるのが見えた。そして、その瞳がユーリに向けられたことでユーリの瞳にも同様の羅列が現れる。

 

僕たちは直感でそれが良くないものだと理解した。

 

『マクスウェルを止めろ!レヴィ、入ってきたところをぶち破れ!』

 

『りょーかい!僕たちのユーリに手を出すなあ!』

 

ディアーチェの指示を受けてレヴィがケージの柵を破壊してマクスウェルに飛びかかる。それに続いてシュテルとディアーチェもマクスウェルに飛びかかり爪と牙を立ててその肉に食い込ませる。

 

『クロヴィス!貴方はユーリを連れて別の場所へ!』

 

『わかった!』

 

「死に損ないの猫風情が邪魔をするな!」

 

マクスウェルが体を大きく動かしてみんなを弾き飛ばす。

だが、負けじと再び噛みつき爪を立てる

 

「シュテル!レヴィ!ディアーチェ!」

 

『ユーリ!キミは早く逃げないと!みんなが時間を作ってくれるうちに!』

 

「クロヴィス!でも、みんなが!」

 

「逃すものかあ!」

 

今度はみんなを1匹づつ掴み壁に投げつける。

シュテルもレヴィもディアーチェも衝撃を受けてそのまま気を失ってしまった。

 

「ああ!みんな!」

 

「猫に時間を取られてしまったが……さあユーリ、キミも僕の子供にしてあげよう」

 

また、あの瞳がユーリに向けられた。

僕の後ろでユーリの苦しむ声が聞こえる。

 

(僕に、みんなを守れるだけの力があれば…)

 

壁に打ち付けられて力なく倒れ臥すみんなの姿が見えた。

 

(僕がヒトの姿でいられたなら)

 

逃げてと僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

(僕にユーリを守れるだけの勇気があれば)

 

“力が欲しいのか”

 

コエが聞こえた。

厳密には違うと僕は答えを返す。

 

(力が欲しいんじゃない。守るためのチカラが欲しい)

 

“何故、ソレを求める”

 

(助けてくれた人を、暖かい日々をくれたみんなを助けたい)

 

“その姿では一度の奇跡。代償にお前の思い出と命を少しばかり貰い受けるがソレを望むか?”

 

(思い出と命を?ソレはどれくらい?)

 

“死にはしない。寿命を一年から二年燃やすだけだ。思い出に関しては……当たり障りのないものにしておこうか。さあ、どうする”

 

(答えなんて初めから決まってる。誰だかわからないけど力を貸して欲しい!)

 

“ならば、我等を継承せよ!”

 

瞬間、眩いばかりの蒼が視界を覆い尽くした。

それと同時に僕の中からナニカが抜け落ちていく感覚

 

「なんだこの光は……バカな!コードが無効化されるだと!」

 

驚くマクスウェルの顔が目に入って僕はザマミロと心の中でほくそ笑んだ。そして、そのまま僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロヴィス!」

 

眩いばかりの光にクロヴィスが包まれた後、私を蝕んでいたものは体からなくなった。

その瞬間、クロヴィスが気を失ったかのように倒れたところを抱き上げるが、マクスウェルが再びあの瞳で私を見た。

 

「最後に聞きます。貴方はイリスやここのみんなをどう思ってたんですか……」

 

問いかけた言葉にマクスウェルは驚いた顔をしたがそんなことかと軽く笑った

 

「愚問だね。この世界は私にとっての実験場だった。イリスは私の研究成果、そしてここのスタッフは私にとってはただの道具に過ぎなかった。それがどうかしたのかい?」

 

「マクスウェル……あなたはっ!」

 

夜天の魔導を使うまでもなく、私が最も嫌う生命力を奪い取る魔法をマクスウェルに向けて放った。

 

「ぐふっ!ユーリ、私を殺してどうする。忘れていないかな?イリスは私の研究成果だと、つまりイリスは私の支配下にずっとあるんだよ」

 

「イリスに……なにをしたんですか」

 

「ふはは……親友同士の殺し合い……実に見物じゃないか……」

 

そう言って事切れたマクスウェルを魔法から解放すればマクスウェルはそのまま地面に倒れ臥す

 

マクスウェルの言うことが本当なら私をかばって傷ついたこの子達が危ない。

 

「夜天の書、お願いできますか」

 

夜天の魔道書にお願いすれば了承したと言わんばかりにくるくるとその場で周り、みんなを本の中に収納してくれた。

 

「次に会えるのかいつかはわかりません。ですが、きっとまた」

 

人の走ってくる音が聞こえる。

きっと走ってきているのはイリスだろう

 

「所長!ねえ、ゆーり!なんで!」

 

「聞いてください!イリス!」

 

私の言葉は彼女には届かないまま、私は彼女の身体まで殺してしまった。

 

 



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第六話

次に僕が目を覚ましたのは暗闇の中だった。

ただ、ふわふわ浮いているわけではないということから地面であるのは間違いなさそうだ。

 

辺りを見回しても見えるものは何もない。

シュテルやレヴィ、ディアーチェたちも感じ取ることができなかった。

 

『どこだろう』

 

ここにいても仕方ない。

ならばとりあえずまっすぐ進んでみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いたが辺りは先ほどと何にもかわらない暗闇のまま、流石にラチがあかないなとため息をつきそうになるが僕はそのまま歩き続けた。

 

 

 

 

それからまたしばらく歩いていると遠くのほうに微かに光が見えた。僕はその光へと向かって一直線に走っていく

光に包まれ視界に広がったのは少し広めの空間だった。

さっきまでの違いといえば少し明かりがあるところだろうか。それ以外は大して変わらないけど、ひとつだけ全然違うものがひとつ。

 

「猫……か?どうしてこんなところに」

 

『なんか迷ってて、歩いてたらここに』

 

「なるほど、どうやってここに来たのかわからないがよくあの暗闇の中を歩き続けたものだ」

 

銀髪の物凄くスタイルのいいお姉さんが僕と同じ赤い目で僕を見ていた。

 

いや、こんなところに人がいるのも驚きだけどそれ以前に僕の言葉に普通に返答してきたよねこのお姉さん。

 

『えっと、僕の声聞こえてるのかな?』

 

「聞こえているとも、それがどうかしたのかい?」

 

『あ、いいえ。なんでもないです』

 

「ふふっ、そうか。キミはどこから来たんだい?」

 

彼女の問いかけに僕は前にユーリやイリスが言っていた星の名前を思い出した。

 

『えっと、エルトリアって星です。貴女は聞いたことありますか?それと僕の名前はクロヴィスって名前です』

 

「エルトリアか、前に防人の少女が滞在していた星だな。となるとキミはあの子が拾った4匹の猫のうちの一匹か。名前も記録にある黒猫と一致する。しかし、キミのその耳のあたりの毛は銀色だっただろうか?」

 

言われてみて僕は確認しようと思ったけれどそれはできなかった。それもそうだろう、ここには鏡もないし水溜りなんてものは勿論ない。

 

「ああ、キミでは見れないか。それならこれでどうだろう」

 

彼女は緑色の指輪をつけて鏡のようなものを僕の目の前に出現させた。

 

僕は現れた鏡に自分の姿を映し出す。

確かに彼女がいう通り僕の耳の付け根のあたりが銀色に染まっていた。

 

『あれ、なんでだろ。この辺りも黒かったはずなんだけど……』

 

「この空間に入ったことへの代償か、それともキミが使ったチカラの代償だろうな。記録を見させてもらったがキミが継承したのはベルカという国があった頃に一人の王が所持していた魔剣の一振りだ。名を『果てしなき蒼(ウィスタリアス)』といったはずだ」

 

懐かしいものを見るかのように彼女は目を細めて僕を見る。

僕も、なぜか彼女といると懐かしいような感じがした。

まるでユーリと一緒にいる時のような暖かさに包まれるような

 

『なんだか懐かしい名前だ。覚えがあるような無いような曖昧な感覚だけどね』

 

「そうか、キミは防人の少女が夜天の魔道書の中に取り込んだことでここにいるのだろう。もっとも目を覚ましたのはキミだけのようだが」

 

『みんなは、いまどうしてるんだろう?』

 

「ここに取り込まれた他の3匹はいまは眠っているよ。防人の少女に関しては……別の世界に飛ばされたようだな」

 

どこに飛ばされたのかはわからないと申し訳なさそうにする彼女に僕は首を振った。

 

『それは貴女のせいでは無いよ。きっとまたいつか会える時が来る。この本は旅をする魔導書なんでしょ?それなら、きっと』

 

「……そうだな。そうだろう」

 

彼女は目を瞑ったが、すぐに開いて僕を見つめた。

 

「キミはこの後どうするんだい?望むなら彼女と再び会える時まで眠らせておくこともできるが」

 

『それもいいんだけど、どうせ会えたんだから貴女と話していたいな。貴女も話し相手がいた方が暇しないでしょ?』

 

僕の言葉に彼女は目を見開いたがその顔を微笑ませて僕を抱き上げた。

 

「そうだね。なら、話し相手になってもらおうかな。わたしは旅をする魔導書の管制融合機だ。この本がある限り私は存在するからな。キミもそうやすやすと私から離れられると思わない方がいいぞ?」

 

『うーん、これは選択肢ミスったかな?』

 

「なに退屈はさせないよ。私には暗い過去ばかりだが、それなりに面白い話も持っているつもりだからね」

 

『話すのは好きだから、その話をたくさん聞かせてもらおうかな』

 

「ああ、暇はさせないとも」

 

僕を膝の上に乗せた彼女は微笑んだままたくさんのお話を聞かせてくれた。

とある王国で生まれたその時から辛かったことや楽しかったことを含めて本当にたくさんのことを語ってくれた。

 

彼女がほんと共に過ごした数百年の物語を僕はその本人の口から聞くことが出来るという類稀なる経験をすることになる

 

これが、僕と新しい友人の数十年の始まりだった。



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第七話

『そういえば、ここに来てしばらく経つけど貴女の名前を聞いてなかったよね』

 

「私の名前?私に名前はないよ。強いて言うなら『夜天の魔導書の管制人格』が私の名前だね。別の名で呼ぶならば『闇の書の意思』とも呼ばれているが」

 

少し自虐めに話す彼女にいたたまれなくなって僕は複雑な心境になる。ここは友人としてあだ名でもつけてあげるべきだろうか。

 

「キミの呼びやすいように呼んでくれて構わないよ。なんならキミが名をくれてもいい」

 

『うーん、それはパスで。貴女にはきっと素敵な名前をくれる人が現れるはずだよ』

 

そうか、と少しシュンとした顔になる彼女に僕は少し笑った

 

『でも、いつまでも“貴女”じゃあ友達としても味気ないしね。何より距離感を感じるからあだ名でもつけようか』

 

「あだ名か、いいな。どんな名をくれるんだ?」

 

『単純ですごく大雑把な感じになるけど貴女は戦闘形態の時に黒い羽があらわれるだろう?そこからとって“クロハネ”なんてどうだろう?何より僕と同じクロって付くしね』

 

僕が3日かけて考えたあだ名を彼女に告げる。

彼女は数瞬呆然としていたがやがて破顔して笑った。

 

「クロハネ……ね。うん、いいと思うよ。私は」

 

『単純な名前だと思ったでしょ』

 

「ああ、だが不思議と不快ではない。キミと同じクロと付くからと言うのもあるかもしれないが私はそのあだ名を好ましく思うよ」

 

『そっか、それじゃあ改めてよろしく。クロハネ』

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。クロヴィス」

 

クロハネの細く綺麗な手と僕の右足が小さく握手をした(決してお手とかではない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の戦闘スタイル?」

 

『うん、管制人格とはいっても必要とあれば戦うでしょ?どうやって戦うのかなって後学の為にも知っておきたいと思って』

 

クロハネはそういうことかと納得して自分の戦闘スタイルを話してくれた。それもあまりにも得意げに

 

「基本的には魔導書に記録された魔法を駆使して戦うがそれ以外だと……殴るな」

 

『殴るんだ』

 

「ああ、殴るな」

 

『…………殴るんだ』

 

僕が少しジト目で見るとクロハネは顔を真っ赤にして口を開いた

 

「……いや、普通に武器も扱えるぞ。片手剣から始まり両手剣、槍、鉄槌、戦斧、弓、なんなら二刀流でだって戦える!だからそんな可愛そうなものを見る目で私を見るな!」

 

手をワタワタさせて全力で否定に入ったクロハネは可愛らしかった。

 

あれだよね。見た目がクールな女の子が唐突にポンコツになると萌えるよね。ギャップ萌えだよね。そして少し脳筋だとか更に(ry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウィスタリアスの起源を知りたい?」

 

『うん、僕が継承したってことになってるけどよくわからないままじゃダメでしょ?だからクロハネなら知ってるかなと思って』

 

「知らないことではないが少し長くなるぞ?」

 

『構わないよ。幸い、時間はたくさんあるからね』

 

そしてクロハネは語り始めた。

 

その剣の起源はとある厄災を封じた剣だったという。

人々を長い間苦しめ、暴虐の限りを尽くした破壊の権化。

それを封じる為に打たれたのが『碧の賢帝(シャルトス)』と『紅の暴君(キルスレス)』と呼ばれる剣だった。

 

厄災を封じ込める為に多くの犠牲を払って厄災をある神殿へと封印することに成功する。神殿と厄災を繋ぐ楔として二振りの剣は神殿の最下層に安置された。

 

月日は流れ古代ベルカ1度目の戦乱時代。

剣には厄災の意思が宿りやがて魔剣と呼ばれるものに変化したそれはあらゆる国の王が欲する力の象徴ともなった。

 

あらゆる国が魔剣を奪い合い戦争を起こし、人々が死んでゆく中、ある国がその魔剣を手にして搬送している最中に事件は起こる。

 

陸路では族や他国に狙われる可能性があると一般の客船に紛れ込ませて運搬していたのがその国の仇となった。

 

嵐が船を襲い、偶然その船に居合わせた男女2人がその剣を手にした。

 

碧の賢帝(シャルトス)』を手にしたのがアティと呼ばれる女性。

紅の暴君(キルスレス)』を手にしたのがイスラと呼ばれる少年。

 

2人は力を合わせ戦争を終結まで導くがその過程で二つの剣は折れてしまった。

そこでその剣の修復を買って出たのが当時名を馳せていた擬似魔剣専門の鍛治師だった。

自分の作った剣がこれ以上人を殺すのを見たくない。

そんな願いを込めて打ち直し、継承者だった2人の平和な世界を作るという思いを込めて完成したのが『果てしなき蒼(ウィスタリアス)』と『不滅なる炎(フォイアルディア)』という剣だ。

 

『……まった。打ち直した剣には厄災の意思は?』

 

「消えたそうだよ。鍛治師と継承者の2人の思いが強すぎて瞬く間に浄化されたらしい」

 

『でも剣からいなくなってもその神殿には残ってるんだよね?』

 

「ああ、それがこの後の話なんだ」

 

二人は国をまとめ王と王妃となった。

世界は平和に満ち、国は笑顔と幸福が行き交うものになった。

緑が溢れ、川は美しく流れ、滅びかけていた生態系も瞬く間に復活していく。

 

しかし、それを神殿に封印された厄災は許さなかった。

そこで王と王妃は剣を持って討伐へと向かう。

王妃が王妃となる前に教鞭を振るっていた弟子……名はアリーゼといったかな。彼女も鍛治師が生み出した第3の魔剣『翠遠の息吹(ヴェルディグリオン)』を継承して討伐に参加した。

 

結果だけいえば成功した。

その代償として王と弟子は命を落とし、王妃が三つの魔剣を一つにするという奇跡を起こして厄災を完全に消し飛ばすことに成功した。

 

その後王妃は悲しみに暮れ国を後継者に預けて魔剣とともに消えたという。

 

「そして、その3本のうちの魔剣の一つがキミの手元にあるということだ」

 

『……なんだか悲しい物語なんだね』

 

「ああ、私も初代の夜天の主から物語として聞かされたものだからね。その時の私はその剣が存在していることすら疑っていたよ」

 

『三本の魔剣と奇跡の代償』という古代ベルカから現代まで語り継がれるほどの物語だそうだ。

ミッドチルダという星ではこの王妃を崇拝する人も少なくないそうだ。

 

「向こうの世界に行くことがあったらその剣は抜かない方がいい。よくて偶像、悪くて監禁だ。防人の少女……ユーリと過ごしたいのならば使わないほうがいい」

 

『だね。僕もなるべくこれは使わないようにしないと』

 

ただでさえ、抜くだけで思い出と命を消費するんだ。

そんな代物やすやすと抜くことなんてできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇の書が覚醒してしまったな」

 

『これで僕が来てから2回目だ。ナハトヴァールは随分とせっかちなんだね。本当に次元を滅ぼしかねない勢いだ』

 

「一度覚醒すればあたりにあるものを全て喰らい尽くして無に帰す。余計な防衛機構を付け加えた十二代前の主に苦言を呈したいところだね」

 

『……何度見ても笑えるものじゃないな。これは』

 

僕たちに見えるのは小さな宇宙船で単身闇の書を持ち出してそのまま母艦に狙撃させるというものだった。

話の内容を聞いたところでは小型艦に乗っていたのは母艦に乗って引き金を引いた人の旦那だったそうだ。

 

『終わらせないとね。こんな悲しい結末は』

 

「ああ、本当に。その通りだ」

 

クロハネは悲しみとやるせなさでいっぱいの顔を必死に隠すように俯いた。

 

僕はそれを見なかったことにすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それから十年。

闇の書……いや、夜天の魔導書は運命に出会った。



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第八話

 

『今回の主の子、すごく優しい子だね。夜天の力も求めず、ただただ平和と守護騎士たちと過ごす時間を大切にしてる』

 

「ああ、だがそのせいで防衛機構の侵食が激しい。このままでは年を越えることができるか……というところだろう。出来るならこの優しい主を死なすことはしたくない」

 

クロハネは守護騎士たちが戸惑いながらもふつうの人として過せていることに感謝をしていた。

戦いばかりで主を信用することのできずにいた守護騎士たちの心を開いたのは齢9歳になる少女だとは誰も思わなかっただろう。それは僕だってそうだった。

 

『あのアイスクリームっていうの美味しそうだよね』

 

「猫はあのような氷菓は食べられるのか?」

 

『基本的には無理。だから、美味しそうだなっていうところでおしまいかな。それに、もし食べられたとしても自分じゃあ食べられないからね』

 

「残念だ。もし食べられるのなら私が表に出られるようになったら食べさせてやろうと思ったんだけどな」

 

『それは残念、仮に人の姿にでもなれたら食べてもいいかもね。その時はクロハネも一緒にさ』

 

「ふふっ、そうだな。その時は私が食べさせてやろう」

 

『それは勘弁。みんながいたら殺されそうだ』

 

「特にユーリにすごい目で見られるのは私だぞ」

 

クロハネの言葉を聞いて射殺すような目線を送るユーリを想像して僕は吹き出した。

 

『あの子に限ってそれはないでしょ!僕はユーリにとっての飼い猫だからね。そんな嫉妬じみた感情なんて浮かべないはずだよ』

 

「そうだろうか?その辺りはやってみないとわからないな」

 

2人で守護騎士たちの生活を見て笑いながら月日は流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主が倒れた……か」

 

『ナハトヴァールの侵食が思ってたよりも早い。魔法を一切使わないしもう少し持つかなと思ったんだけど』

 

「蒐集を一切行わないのが祟ったのだろう。一定期間蒐集を行わなければ主人へ危害を加えるのが『闇の書』としての機能だ」

 

『ほんと、余計なもの付け足すバカ者もいたものだよね』

 

「ああ、主の延命をするには収集するしかない……だが」

 

『はやてちゃんは蒐集を禁止してるからね。あの子達がどう対応するか、なんてもう決まってるみたいだけど』

 

外を見れば守護騎士たちは公園のベンチでうなだれていた。

 

“はやてを助けなきゃ!”

 

“主の体を蝕んでいるのは闇の書の防衛機構”

 

“でも、はやてちゃんに蒐集は禁止されてるわ”

 

“主との約束を破るのは忍びない。だが、それで彼女が生きることができるのなら私たちはその手段を取らないわけには行かない”

 

“あの優しい主を苦しみの中で死なせることなどさせるものか”

 

覚悟を決めた騎士たちが一斉に武装する。

 

“はやてがこの先、生きやすくするために殺しは一切しない”

 

“魔力の蒐集は普通の生活ができるくらいまでに済ませておく”

 

それから騎士たちはいくつかの決め事を設けて数多の世界を渡った。主にリンカーコアをもった原生生物から蒐集を行い、極力人には手を出さないようにした。

手を出しても相手方が襲ってきた時に倒したついでとして後遺症が残らない程度に魔力を蒐集していく。

 

 

そして、半年が経過した。

 

 

 

 

 

「そろそろ、私が出なければな。主には優しい穏やかな夢の中で最後の時を迎えてもらいたい」

 

悲しげにつぶやくクロハネに僕は頷く。

 

「クロヴィス、君はどうする?今回は今までとは比べものにならないほど悲惨なことになるかもしれないが」

 

『最後まで見届けるよ。だって、友達が泣いてるんだ。それを見なかったことになんてできない』

 

「……そうか、私は泣いていたんだな。そんなこともわからないくらいに壊れ始めてるということか……」

 

瞳から溢れる雫を拭ってクロハネは覚悟を決めた顔になる。

 

「私の側から離れないでほしい。今回はかなり堪えそうだ」

 

『うん、側にいるよ。君が望む限りね』

 

この空間が揺れるほどの大きな戦闘が始まる。

それと同時に僕たちの目の前には車椅子に座ったはやてちゃんが現れた。

 

クロハネは膝をつき、愛おしそうに彼女の頬に触れる。

今までは本としてだけ魔法を使いながら彼女をサポートしていたがこんな状況になって初めてやっと彼女に触れることができたのだ。

 

(本当に、こんなはずじゃなかったことばかりだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は数時間に及んだ。

闇の書としての人格を表に出したクロハネに対抗するのはまだ幼い魔導師の少女だ。

 

知識も経験も魔導の量も圧倒的にクロハネの方が上。

それなのに決して折れず、挫けず、諦めないで挑むその姿に僕は見惚れていた。

 

人間の可能性を、僕は垣間見た気がした。

 

 

 

 

そして、この本に蒐集されたもう1人の少女。

あの子ももう少しでこの世界を抜けることが出来るだろう。

クロハネもあの子にとって優しい世界を作り上げてしまったからこそ、あの子は自分で覚悟を決めて元の世界へと戻る決意を固めた。

 

 

 

 

それと同時にはやてちゃんが目を覚ました。

 

「どうか、再びお眠りを……我が主……!」

 

泣きじゃくりながらはやてちゃんに訴えかけるクロハネ。

だけど、それをはやてちゃんは良しとしなかった。

 

「ううん、それはあかん。私が意識を保って貴女が側にいる。そして、その子も一緒や。外で戦って止めようとしてる子もおるんやろ?なら、私が諦めるのは絶対ダメや」

 

今度ははやてちゃんがクロハネの頬を両手で包み込んだ。

 

「止まって!」

 

その一言でこの空間の揺れは一瞬で収まる。

そしてはやてちゃんの足元には純白の三角形の魔法陣が現れる。

 

「名前をあげる。初めて会った時から、ずぅっと考えてた名前や。やっと、貴女にあげることが出来る」

 

優しい瞳でクロハネを見て僕を一瞥してはやてちゃんは深呼吸してその名を告げた

 

「強く支えるもの、幸福の追い風、祝福のエール」

 

目一杯の祝福を授けた奇跡の名前がはやてちゃんの口から溢れた

 

 

 

“リインフォース”

 

 

 

瞬時に僕たちがずっと過ごしたこの暗闇はひび割れ、砕け散った。新たに生まれたのは新たな旅立ちに相応しい純白の空間。

 

 

「ナハトヴァールの機能は主と2人の魔導師たちのおかげで一時停止しています。ですが、そう時間も経たずに起動するでしょう。私の手から離れた今、制御することはできません」

 

「うん、それはなんとかしよ。ほな行こか、リインフォース?」

 

名前を呼ばれた瞬間、クロハネ……いやリインフォースは目を見開いて直ぐに力強く頷いた。

 

「はい、我が主!……それではすこし行ってくる。クロヴィス」

 

『はーい、いってらっしゃい。リインフォース』

 

頷いて言葉を返すとリインフォースは嬉しそうな顔で融合機としての姿へと形を変える。

 

「君はクロヴィスくんって言うんやね。リインフォースと仲良くしてくれてありがとう」

 

『君も守護騎士のみんなと仲良くしてくれて。クロハネに素敵な名前をくれてありがとう』

 

「私は外に出なあかんけどクロヴィスくんはどないする?」

 

『……僕はここから見守ってるよ。リインフォースをよろしくねはやてちゃん』

 

言葉を交わせないというのを久しぶりに感じた僕はそのままこの場を後にする。

 

しばらく歩けば知らない場所に出た。

中央に大きな樹が佇み。その樹の下では金髪の少女が僕たちがいつも見ていたようなモニターを見ていた。

 

『君は……』

 

「あれ、ここに猫が来るなんてめずらしいね」

 

『君こそ、どうしてこんなところに』

 

「妹を送り出したの。あとすこしだけ時間があるから見守っていたくて」

 

優しい瞳でモニターを見つめる彼女の隣に僕は移動した。

 

『僕も一緒に見ていいかな。たった今友達を送り出してきたところでさ』

 

「うん、いいよ」

 

モニターではすでに戦いが始まっていた。

ナハトヴァールを迎撃しながら確実に多重防壁を打ち破っていく。防壁を打ち破り、本体を叩くたび、その見た目を醜悪なものへと変化させ復活していく。

 

僕の隣にいる子にそっくりな子が巨大な剣を振り下ろし、はやてちゃんが石化の槍を降らせて砕く。

 

しかし、石化をさせても尚ナハトヴァールはさらに醜悪な見た目へと変化させる。まるで妄執に取り憑かれたナハトヴァールの生みの親のように

 

その復活を止めるかのように黒髪の少年が強力な凍結魔法でナハトヴァールを一気に凍りつかせた。

 

そして放たれる幼い少女たちが放つ強大な一撃。

そのどれもリインフォースからとんでもない魔法だと教わった。

 

 

あたりに散らばった魔力の残滓を収束して放つ“スターライトブレイカー”

 

雷の剣を巨大化させ振り下ろす“プラズマザンバー”

 

夜天の魔導書に記される中で最も強力な“ラグナロク”

 

その全てが同時に放たれ、ナハトヴァールはその肉体を塵一つ残さず吹き飛ばされる。

 

その隙を狙ってコアをこの星の外で待機していた船の正面へと転送。その間に再生した醜悪な外装ごと10年前に見たあの光が消し去った。

 

 

ナハトヴァールの消滅を確認した外の面々は各々の喜びを体現する。そんな中はやてちゃんがリインフォースからユニゾンアウトしてそのまま気絶してしまった。

 

そして、隣を見ればモニターを見ていた少女も体から光の粒が出始めていた。

 

『行くのかい?』

 

「うん、話したいことは話せたし託したいものも託した。後は思い残すことはないとは言えないけど、それは諦めるよ」

 

『そっか、僕に言うつもりはないかい?もしかしたら叶えられる願いかもしれないけど』

 

「うーん、そうだなぁ。あの子、フェイトが成人した写真を私の墓前に持ってきてほしいな。ミッドチルダっていう星の一番大きな墓場に私の名前が載ったお墓があると思う」

 

『わかった。出来るだけ叶えられるように努力する』

 

「そっか、嬉しいな。私の名前はアリシア。アリシア・テスタロッサだよ。それじゃあ、お願いね」

 

アリシアは笑いながら粒子となって空に溶けていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「夜天の魔導書が完成して防衛機構が停止している今、夜天の書を浄化するには今しかない」

 

『そのために君が消える選択をするの?』

 

「ああ、私とて消えたくはない。だが、主の今後を思えば私は幸福の中で消えて行ける。全ての悲しみと罪は私が背負って持っていく」

 

『…………そっか』

 

「クロヴィス、キミにもわかって欲しい」

 

『わかるよ。その気持ちは、僕の持つ力だってそういう思いで手に入れたものだから。それがキミの選択なら僕は止めない』

 

「キミのことだから止めると思っていたよ」

 

『本当は友人としてはキミを止めたい。だけど、主を思う優しい融合機としての選択を、僕は止めることなんてできないよ』

 

もし、僕が人の姿ならきっと泣いてしまっていたと思う。

けど、友人の彼女がこんなにも幸せそうな顔をして大切なものを守ることで天へと還ることが出来ると笑うのに僕が悲しそうな顔をしていいはずがなかった。

 

『ごめん、これから長い旅になるのに餞別なんて何も用意できてなかった』

 

「そういうところ、とことんキミらしいな。私はきっちり用意していたぞ?なにせ私にとっては今生の別れになるんだ初めてできた友人に私からプレゼントをあげよう」

 

くすくすと笑いながらリインフォースは僕の額に触れた。

僕の身体の中に別の何かが、暖かなものが流れ込んでくるのがわかった。

 

「私という存在の因子をキミにあげよう。文字通り私はもう少しでこの世からいなくなる。だが、何も私の持つ知識、経験、戦闘技能……上げればキリはないがなくすのは勿体無いだろう?その全てを今、キミに託した」

 

『……っ!それは、はやてちゃんに授けるべきもののはずで!』

 

「いいや、主には夜天の魔導と守護騎士たちを残すことが出来た。私の名は新しい魔導の器に継承させて貰う予定だ。それにもしキミが人の姿を取ることになった時に器の元となる因子があった方が姿を形成させやすいんだぞ?それとも、私のものでは不満だったかな?」

 

不服そうに、でも楽しげに笑うリインフォースに僕は首を振る。そんなわけはないと必死に伝える。

 

「クロヴィス、我が友よキミの目標は険しい道となるだろう。そのために私が出来るのはこんなことくらいしかないんだ。だから、受け取ってくれないか?」

 

『もう与えた後によく言うよ。でも、ありがとう。リインフォース』

 

「ああ……私が消えた後、キミはどうするんだ?」

 

『もう一度眠るさ、今度こそ誰かに起こされるまでは』

 

僕の答えを聞いて僕らしいと呆れた顔になったがやがていつも通りの彼女の顔になって

 

「そうか、ならば達者でな。クロヴィス」

 

『うん、キミも素敵な旅路を送れることを祈るよ。リインフォース』

 

本当になんでもないかのように、僕たちは別れた。

長い付き合いだからこそわかる。

彼女は本当は寂しがり屋で照れ屋で泣き虫なことを。

だから、ふつうにまた明日会えると言うような別れ方を僕らは選んだ。

 

だって、僕だってそうだったから。

 

彼女と過ごした僕にとっての一番長い思い出。

その全てを思い返すたびに泣きそうになる。

振り返っても彼女はもういない。

きっと、外の世界では彼女を送り出す儀式が行われてるはずだ。

 

手を前に出して(・・・・・・・)魔力を行使してモニターを出して外の世界を見つめる。

 

雪の降る静かな世界で沢山の人の見送られ幸福な顔で天へと還った彼女を僕は見送る。

 

「あっ……ああっ……!」

 

瞳から涙が溢れて止まらない。

顔を両手で覆って(・・・・・・)僕は泣きじゃくった。

 

「うわああぁぁぁぁああ!」

 

時間を忘れて僕は泣いた。

それが数分だったか数時間だったか……それとも数日だったかは分からない。

 

心にポッカリと空いた穴を埋めるように……僕は泣き続けた

 



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第九話

私が、彼に出会ったのは本当に奇跡といえる事柄だったのだろう。彼と出会い、彼と話し、彼と過ごす中で私は生まれて初めて楽しいという感情を得た。

 

私、リインフォースの生は争いと研鑽の日々だった。

私が生まれたのはベルカの対戦の最中、1人の魔導学者が知識と力を欲して生み出したのが『夜天の魔導書』

その管制人格として私は彼のサポートをするために生み出された。

 

彼の生きる間、私は彼の護衛と魔導の研究の補助に勤しんだ。

彼の死の間際に彼の娘や息子の因子を魔導書に組み込み守護騎士システムとして人格を生成、当時の騎士団団長クラスの戦闘能力を持つ騎士を完成させ、私に自分の意思を継ぎ新たな魔導の知識を集め続けろと言い残して彼は他界した。

そこから私の無限にも思える転生の旅は始まった。

 

数百年もの間転生を繰り返し、魔導を集め続け挙げ句の果てに妄執取り憑かれた愚か者に改悪された私の前に1匹の黒猫が現れた。

 

その日から私と彼の不思議な日々が始まった。

 

 

 

 

 

彼と過ごしていく中で私と彼は友人となり他愛のない話や外の世界のことや私の過去の話や彼が体験してきたこと(猫目線)を話したりして時間はあっという間に過ぎていった。

これまで感じたことのない充実した友人との日々に私の心はどんどん穏やかになっていった。

 

彼と過ごしてしばらくした頃、彼が私にあだ名をつけてくれた。名前の由来なんて単純なものだったと今になれば思う。

おそらく、私の戦闘形態を一度見せた時に黒い翼があったからなのだろうと考えて仕舞えば笑えるようなものだった。

 

だけど、私は彼からもらったその名を大切にした。

クロハネ、名というにはあまりにも粗雑だが、友人同士のあだ名としてはそんなものでいいだろうと彼は言った。

 

それから、彼に名を呼ばれるのが楽しみになった。

名を呼ばれるたび私の心は踊った。

名を呼ばれるのがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。

彼しか知らない私の名だけれど何故かそれが誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

魔法の存在しない小さな世界の小さな国の小さな町で幼い少女が今回の主となった。

守護騎士たちを人として扱い、家族として接する彼女に私と彼は驚いたが自然とまた笑うことが増えていた。

 

しかし、そんな日々も一年と続かなかった。

主の体調が急変した。

理由は明白だった。

一定期間蒐集を行わなかったがために闇の書としての防衛機構が主の身体を蝕み始めたのだ。

 

守護騎士たちは主に隠れて蒐集を行い、流れるがまま管理局の魔導師と戦闘になり追われる立場となった。

 

やがてこの星の聖夜と呼ばれる日に闇の書は完成してしまった。此度もこの優しい主を呪い殺すことになると思うと胸が張り裂けそうになった。

だから、私は無二の友に願った。

 

“私のそばを離れないでほしい”

 

私が願ったそれを友はなんともないように答えを返した。

 

“うん、そばにいるよ。キミが望む限り”

 

彼のその言葉に私は救われた。

この私が孤独に対する恐怖を感じる日が来るなんて思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは終わり、私は主からリインフォースという美しい名前をもらった。

しかし、主に生きて貰うためには私はナハトヴァールを連れて消滅しなければならない。

それを話すために私は再び書の中に戻り友にそれを話した。

 

だが、友は私を止めなかった。

止められると思っていた私はあっけにとられて止めないのかと問いかければ“友としては止めたいが融合機として選んだその道を止める資格なんてない”とのことだった。

彼の震えた声も必死に隠しているつもりなんだろう。

 

だから、私は旅立つ前に……この世から消える前にたった1人の友人に贈り物を渡すことにした。

 

私という存在の因子。

それはきっと彼がこの先に待ち受けるであろう戦いに備えてしてあげられる友としての私からの最大の恩返しのつもりだった。

 

私という存在がもつ戦闘技能や魔法の蓄積量、リンカーコアの総量やあげればキリがないが私という存在の全てを彼に託した。

 

きっと、人の姿をとるときには彼の家族たちに見合った姿になることだろう……その前に少しだけ細工を施したが……

 

彼との別れは私も彼もしみじみしたのは似合わないとあっけなく終わった。それもまた会えるかのように何事もなかったかのように……だが、それでよかったんだ。それで……よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外の世界に戻った私はすぐに儀式を始めた。

主はやてが来るのはわかっていた。

逝かないでと泣く主に私は私が逝く意味を説明して説得した。

優しい主だ、きっと私の願いと思いはわかってくれる。

だけど、ひとつだけわがままを言っても許させるだろうか

 

「では、ひとつだけ私からのわがままを」

 

「……うん」

 

泣き腫らした目で私を見つめる主に私は口を開いた。

 

「ユーリという少女を見つけて欲しいのです。少し前まで夜天の魔導書の防人をしていた少女です。私の友が彼女を捜しています……難しい願いなのは承知ですが、どうか……」

 

「クロヴィスくん……やね。リインフォースの友達っていうと」

 

「ええ、自慢の友でした」

 

「わかった……!必ず見つけ出すから!約束……するから!」

 

「ありがとうございます、我が主」

 

私は陣の中に戻り儀式を再開した。

その場にいる全ての人々に感謝を込めて私は空に還る。

だが、私が最後に思ったのは私にここまでの幸福を与えてくれた友のことだった

 

(クロヴィス……無限にも思えた孤独の中でキミが私の前に現れてから私は一度も寂しいと思ったことはなかったよ)

 

そして、私はこの世から1つの厄災と共に去った。

 

 

きっと、今頃彼は人の姿になっていたことだろう。

姿を見られないのが心残りだが……それは仕方ないことだ。

 

 

 

 

クロヴィス……我が親友よ

 

キミの辿る道が目一杯の祝福と幸せな日々に彩られますように

 

私はキミのことをずっと、見守っているよ



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第拾話

 

 

 

……僕を呼ぶ声が聞こえる。

はて、僕は誰だっただろうか、長い間眠っていたようにも感じる。

 

記憶がよく定まらない。

大切な誰かを失った気がする。

ひどく悲しみに打ちのめされた覚えがある。

それでもその人は笑って逝った気がする。

僕にたくさんの祝福を残して……

 

ただ、僕が誰であろうと……やることハッキリと覚えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人を必ず救い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我等を目覚めさせたのはお前か』

 

「ええ、私よ。ディアーチェ、シュテル、レヴィ……クロヴィス」

 

2人の声に記憶の定着が始まった。

だんだんと思い出し始めた。隣にいる3人のことはよく覚えている。僕が眠る少し前の記憶もある。

大切な友との出会いも過ごした日々も……別れも

 

だが、何故だろう?

 

大切な記憶だけが抜け落ちている。

いや、靄がかかっているといったほうがいいんだろうか……

目の前にたつ赤髪の少女に見覚えはあるのに思い出せない。

 

「あなたたちに行動するための姿と力をあげる」

 

僕という存在の中に別の何かの因子が混ざりこんでくる。

なるほど、彼女は僕にこれをもとにして姿を作れというのか。

 

……僕にこんなものはいらない。

僕には託された因子が存在している。

だから僕は与えられたそれを吐き出した。

 

 

姿を作り出していく。

記憶の中の友を基にして僕と彼女の因子を混ぜ合わせた。

身体の中に新しい器官が追加された。

僕の知らない知識と経験がまるで始めから知っていたかのように思い出される。

彼女が見てきた“思い出”が全て僕の中に蓄積される。

 

そして、僕は再び(・・)人の姿をとった。

他の3人もどこか見覚えのある顔立ちになっている。

ああ、そうか……リインフォースを送り出した2人と彼女の主か

 

そして、目の前の赤い髪の少女の前に浮いているのは夜天の魔導書だろう……何度も見たから間違いはない。何故そこにあるのかは分からないが、この姿(・・・)の僕にとっては好都合だ

 

「僕を目覚めさせたのはキミかな。記憶に靄がかかってるのもキミの仕業だね。そして、何故キミがその本を持っている?」

 

「質問ばかりなのね。与えた因子とは随分違う姿になったようだけど?」

 

「質問を質問で返さないでくれ。これでも寝起きで機嫌が悪いんだ……それに、訳の分からない因子を送り込んできたことにも苛立ちを隠しきれない」

 

僕が目の前の彼女と話していると小さな手が僕の肩を叩いた。

 

「そのようなことは今はどうでもよい。我等を呼び出したものよお前は何を求める」

 

「なーんにも、貴方達には好き勝手暴れてもらうだけだもの」

 

「ほう?」

 

ディアーチェは目を細めて彼女を見る。

彼女は飄々とした表情で言葉を続けた

 

「貴方達が求める強大な力。このあたりにね永遠結晶(エグザミア)っていうのが眠ってるの。あなたたちにはこれを起こす手伝いをして欲しいのよ」

 

「それが、私たちが暴れることと何の関係が?」

 

「あなたたちが勝手に暴れてくれればあとはこっちで起こすから面倒な連中をまとめて相手してて欲しいわけ。貴方達に合わせた兵器も用意したからそれも使ってくれて構わないわ」

 

「ボクは思いっきり暴れられれば何でもいいけどね!強いやついるの?」

 

「いるわよ。貴方達の元になった人たちならそれなりに強いんじゃないかしら?」

 

3人の問いかけにきっちりと答えていく赤髪の少女。

表情は愉しげで愉快そうに笑っているが……瞳が寂しさを覚えているような気がする

 

「それで、あんたは?」

 

「別に何もない」

 

「ふーん、じゃあ好きなだけ暴れて頂戴」

 

それぞれがその手に武器を持ち出し巨大な機械とともに飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は各所で戦闘が行われる中、海上にただ佇んでいた。

海面に移る僕の姿を見てひとつ、ため息をつく。

長く美しい銀髪、僕の生きてきた中で最も見た整った顔立ち。

僕と同じ赤い瞳。黒い戦闘装束、背中には3対計6枚の翼。

この姿を見てあの別れが本当にあったことなのだと実感する。

 

「身長は縮んで性別が変わっても、クロハネとおんなじ姿なんだ。この声も、この顔も僕が扱える全てのものがクロハネから託された大切なものだ……」

 

でも、今出来ることはディアーチェ達を援護することだろう。

僕は海上から飛び立ち、一気に地上から100メートル以上離れた位置にまで移動する。

 

「キミも、ここにおいで」

 

右手に“夜天の魔導書”を呼び出す。

この身体は夜天の魔導書の管制を行なっていたヒトの姿だ。

彼女が僕に残したのは彼女という存在のほぼ全て。

その中には夜天の魔導書の管制ユニットとしての機能も残っている。

何故あの少女が持っていたのかは分からないが目の届くところにあったのが幸いした。すぐにゲスト登録されていた管制システムを僕が乗っ取ってやった。

 

 

僕は夜天の魔導書の中から魔法を選ぶ

範囲攻撃、しかし攻撃力はあまり高くなく致命傷の負わないもの

 

検索すればすぐにそれに適した魔法を魔導書とクロハネの残した経験が導き出した。

 

即座にそれを展開すれば僕の足元に白銀の三角形の魔法陣が現れ、それと同時に機械……機動外殻といったか、それと交戦している魔導師達の上空へ一際大きな魔法陣を展開する。

 

魔法陣から白銀の剣が数百と顔を出し、その全てが魔導師達に狙いを定める。

 

「怪我人はあまり出したくない、頼むよ夜天の魔導書……バルムンク」

 

その言葉とともに天空に待機していた無数の光の剣は一直線に魔導師達へと襲いかかる。

だが、一足遅かったみたいだ。

その直前に施設付近に上陸していた二機の機動外殻は倒されてしまったらしい。

こちらに高速で接近してきている魔力も4つ確認できた。

結果としては上々だろうか?

 

 

「お前か、あの魔法を放ったのは」

 

問いかけられた声に僕は振り返り、肯定する。

 

「そうだね。あれを放ったのは僕だ。はじめまして、というべきかな夜天の守護騎士たち。僕の名はクロヴィス。クロハネ……いや、今では初代リインフォースと呼ばれる人の友だ」

 

眼前に構えた騎士たちは信じられないものを見たような顔で僕のことを見ていた。




さて、必須タグとして『クロスオーバー』をつけられた訳ですが、内容としては数話前のウィスタリアスの起源のお話でしょうか。
きっとサモンナイト3のお話を古代ベルカ風にしたのが恐らく原因でしょう。

作者としては『他作品要素』タグで収まるだろうなとは思っていたのですが認識が甘かったようでした。

読者の皆様方には大変なご迷惑をおかけいたしましたこと深く謝罪申し上げますm(_ _)m


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第拾壱話

「何でお前がその姿をとっている。その姿は既に故人のものだ。高町やテスタロッサ達のように彼女達の因子を取り込むことなどできないはずだ」

 

「その質問にはこう答えよう。僕は彼女から直接因子を与えられたというだけだよ。君たちは知らないだろうけど僕は少なくとも数十年は彼女とともにいたからね」

 

夜天の将に対して僕は事実を述べる。

 

「あたしたちはオメーを知らねえ……けどリインフォースのやつと一緒にいたっていうならあたしたちのことも知ってるはずだろ。ここでやりあわねえって選択肢だってあるはずだ」

 

「それは出来ない相談だ。起こされた以上、一度くらいやっておかないと何を言われるか分からない。それに、僕はこれでも初陣でね、この先のためにも僕が何を出来るのか知っておきたいのもある。彼女から託された力を君たちに振るうのは気がひけるが少しだけ付き合ってほしい」

 

鉄槌の騎士の問いかけに僕は首を振る。

そして、その答えを聞いた彼女たちは再び臨戦態勢に入る。

 

「だったら、最後に聞かせて欲しいんだけど。それ、夜天の魔導書よね?私たち、それを奪われたんだけど何であなたが持ってるの?」

 

「それは簡単な話だよ。リインフォースが持ってた管制の能力でゲスト登録されてたものを奪い返したんだ。この戦いが終わったら君たちの主に返却するよ」

 

「それを保証するものは?」

 

「僕の親友に誓って」

 

その言葉に守護騎士たちは納得したのか首を縦に振った。

僕は右手に持っていた夜天の魔導書を宙に浮かせ、その代わりに蒼色の剣を手元に呼び出す。

 

「その剣は……!」

 

「貴女は知っているみたいだね、烈火の将」

 

「知らないはずがない……それは、その剣はベルカの騎士にとっては神聖な剣だ」

 

「そういえば彼女もそんなことを言っていた。それじゃあ、始めようか……」

 

僕は再び高く舞い上がり、夜天の魔導書を開いて魔法を行使する。クロハネが最も得意としていた純粋な魔力のみによる範囲攻撃魔法『デアボリック・エミッション』

 

「っ!初っ端からめんどくせぇ魔法を!」

 

「みんな!私の後ろへ!」

 

シャマルが一際大きな風の盾を前面に展開して『デアボリック・エミッション』を防ぐ。

しかし、それは想定済みだ。

この魔法を行使した直後は辺りが暗闇に包まれるため視界があまり良くない。その隙をついてくるのは僕も知っている。

 

「わかってるよ、視界の外から攻撃してくるのは」

 

『プロテクション』を左右に展開して、維持している魔力を強制的に暴発させる。

 

「……なるほど、リインフォースの因子を受け継ぐとはそういうことか」

 

「彼女自身はもっと巧みな技を使うと思うよ。たとえばこんな風に」

 

夜天の魔導書を開き、再び『バルムンク』を展開する。

それも、追従の特性を持たせて

 

「刃以って血に染めろ……穿て、ブラッディダガー」

 

そしてそれを後を追うように『ブラッディダガー』を発動させて逃げ回る騎士たちに向けて放つ。

シグナムが自身に迫り来る光の剣と血の短剣をひたすら剣で叩き落としているがそれだって限界がある。

 

「機動外殻への対応で本来のデバイスを使わないからこうなる。貴女のレヴァンティンにあるシュランゲフォルムなら十分に対処できた筈だ」

 

「痛いところをついてくれるな。だが、この程度でやられると思ってくれるな!ヴィータ!」

 

「ああ!こいつで……どぉーだ!」

 

「っ!」

 

蒼色の剣を前に出して迫り来る鉄槌を抑え込む。

だが、今度は左からザフィーラが迫り来るのを視界の端で捉えて先ほどよりも数倍強度を上げた『プロテクション』で対抗する。

 

「流石に1人であたしたちを相手取ろうってのがそもそも間違いなんだよ!お前の元のやつだってそう簡単には勝てねえだろうさ!」

 

「確かにキミたちは僕の知る中でも最も強い騎士たちだ。だから油断なんてしないしそのための対策も無数に考えた。戦い方だって彼女がくれた記憶の中に残ってる……」

 

「お生憎様だな!あたしたちは2年間の間にもっと連携が取れるようになったんだよ!」

 

その言葉とともにグラーフアイゼンを拘束していた全てのパーツが弾け飛んだ。それが意味するのは彼女の持つ鉄の伯爵の本領を発揮できるようになったということで

 

「ブチ抜けぇぇええええ!」

 

「……くぅっ!」

 

鉄槌を加速させるようにブースターを全開にして僕を押し込む。そして、更にガラ空きになっている右側から巨大な炎の剣を構えたシグナムの姿が見えた。

 

「紫電……一閃っ!」

 

「させる、かあ!」

 

それに対抗するように僕も蒼色の剣の出力を増すために燃料を投下する。それに応じるように輝きを増した剣をヴィータを押し返してから一閃してザフィーラの体勢を崩した瞬間蹴り飛ばしてヴィータにぶつけてそのままシグナムの剣を受け止めた。

 

「確かに威力は高い……貴女の技量でみれば制限された剣でもこれほどの剣技を扱えるのは頭が下がる。けど……!」

 

「なにっ!?」

 

輝きを増したままの剣でシグナムの剣を押し返す。

そして振り切ったその勢いのまま僕は体を回転させてそのままシグナムへと剣を振り下ろす。

 

覚醒剣・蒼穹無限

 

その最後の一撃は魔剣に満ちた魔力をエネルギーに変換して放出することで敵を屠るまさに必殺の一撃、それを放出するのではなく紫電一閃のように刀身に纏わせて振り下ろした。

 

「これ、でええぇ!」

 

「くっ!」

 

「させない!」

 

振り切った剣は強靭な風の盾に防がれる。

その盾を切り裂いた時には既にシグナムの姿はシャマルの横にいた。

 

その事実を確認して軽く舌打ちしそうになるがそれよりも先に僕は自分の身体に起きた違和感に首を傾げた。

 

(おかしい、思い出が無くなってない……寿命が削れた感覚はあった……だけど、瞬間的に補填されるような感じが……)

 

初めて使った時に起きた思い出の欠落と自分の中から何かが抜け落ちるような感覚。それが、いまほぼなかったと言っても過言ではなかった。

 

(どちらにせよロクなものじゃない。あまり使わないに越したことはないけど……加減して勝てるような相手でもない。かといってもう一度今みたいな大技を許してくれる相手でもない)

 

視線を戻せばシャマルが全員の治癒を終えて僕を見ていた。

守護騎士たちは全快で僕は若干の違和感を覚えたまま……

部が悪いかと聞かれれば頷くがそれはこの身体を与えてくれた友への侮辱に当たるだろうか。

ならばと僕は左手を前に出してその名を呼んだ。

 

「僕の元へ不滅の炎(フォイアルディア)

 

左手に唐突に炎が現れその姿を剣へと変える。

紅の暴君と呼ばれた剣が何かを守るために新たな力を得て生まれ変わった不滅の炎を纏った剣、ベルカの伝承にある三本ある魔剣のうちの一振りが僕の手の中にあった。

 

同時に今度は何かが欠落する感覚。

僕の中にあった大切な日々がいくつか消えて無くなった。

 

「伝承の剣を二振りも持つとはな」

 

「ああ、ベルカに生きる者としては敬意と畏怖を抱くところだが……」

 

「そんなこと言ってる余裕なんてねえだろ。一本でもやべえのに二本なんてシャレになんねえ」

 

「流石に伝承の魔剣二本は防ぎきれるかわからないかも」

 

おもいおもいに言葉を紡ぐ騎士たちに僕はまっすぐ向き合う。

思い出が消えるときに起こる激痛。

初めてこれを味わった時は本当に気を失ってしまったが今度は人の姿だったからか……それとも痛みに慣れた身体だったからなのかは分からないが1回目の時に比べればだいぶ楽だった。

少なくともこの人たちの前でそんな無様を晒す羽目にならなくてよかったと心の底から思えるほど

 

「さて、第2ラウンドを始めようか」

 

剣を両手に構えて夜天の魔導書を腰につけられていたブックホルダーに収納して騎士たちに肉薄しようとしたその時

 

少し離れた海上で光の柱が立ち昇った。

それと同時にとても懐かしい感覚がする。

 

 

 

“貴方の名前はクロヴィスです!”

 

脳裏に僕に微笑みながら手を差し伸べる誰かの顔が映った

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かなくちゃ……っ!」

 

騎士たちのことを置き去りにして僕はその方角へと飛び立つ。

 

「お、おい!待てよ!」

 

「私たちも追うぞ!」

 

「ああ!」

 

「ええ!」

 

僕の後を追う騎士たちをおいて僕はクロハネ自身が持っていた高速移動系統の魔法を発動させる。

 

「……軌跡(ミーティア)

 

トップスピードはレヴィやフェイトちゃんにだって負けない速度で光の元へと駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

そして、たどり着いたところで見たのは

死屍累々とした光景と光を灯さない瞳で涙を流しながら僕を見つめる金髪の少女とその後ろでほくそ笑む赤髪の少女だった。

 

 

 



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第拾弐話

広がるのは死屍累々とした光景。

海中から突き出した無数の槍に貫かれ、誰もが苦悶の声を上げている。表すのならばまさに地獄というのが正しいのだろうか

 

 

「クロヴィス……お前も来たか」

 

「懐かしい声に呼ばれた気がしてきたんだけど。これは……」

 

僕たち4人はこの光景に唖然とする。

後から遅れてやってきた守護騎士たちは無事だったが彼女たちの主であるはやてちゃんやレヴィの元であるフェイトちゃん、それにあの時ナハトヴァールを凍結させた黒髪の少年もあの槍に貫かれていた。

 

「「主!」」

 

「はやて!」

 

「はやてちゃん!」

 

駆け寄る守護騎士たちにはやてちゃんは安堵の声を漏らすがその声はやはり苦しそうだった。

 

「来たのね、あんたたち」

 

「来たとも、それより。その娘はなんだ。光の灯らぬ瞳で涙を流すその娘をお前ばどうするつもりだ?」

 

ディアーチェの問いに赤髪の少女は答える

 

「復讐よ、私から幸と家族全てを奪ったこの子に対しての」

 

「お前の勝手な復讐に関係のない人々を巻き込むなど」

 

「それ自体がこの子への復讐になるのよ。この子自身の手で最も忌むべき力で他人を傷つける。それが復讐の一歩目」

 

ディアーチェが彼女と話している間に僕は周りの人たちを救出する方法を探し出す。

シュテルとレヴィも辺りを見回してどう動くべきかその答えを探している。

 

「そして、最後にはこの子の力であんたたちを殺す。それで私の復讐はおしまい。たくさんの屍の上で泣き喚く姿を見ることが私の目的よ」

 

「我等がそのように簡単にやられると思っているのか?」

 

「やれるわよ。ユーリの力はそこらの魔導師なんかが太刀打ちできるものじゃないもの。あんたたちの素体がいくら強くてもすぐに握りつぶされて終わりよ」

 

ディアーチェが時間を稼いでいる間にどうにかしたいが方法が見つからない。いや、きっと魔剣の力を使えばどうにかなるんだろうけど……

 

視界の端に赤髪の少女に抱かれた桃色の髪の少女が見える。彼女たちに念話でも飛ばしてみようかと考えた瞬間、桃色の閃光が金髪の少女……ユーリに向かって放たれた。

当然、ユーリはその閃光を周りに滞空しているユニットで防御する。

 

だが、それが狙いだったかのようにその閃光が散った後には閃光を閃光たらしめていた粒子がこの空域に広がった。

 

フォーミュラと魔導による彼女の生命力を奪う魔法の無効化。

 

それを成したのはあの時、クロハネと死闘を繰り広げた不屈の心を持つ少女だった。

 

「……この力、フォーミュラ?っ!アミティエの!」

 

「今度こそ、なにも奪わせない……必ず、救ってみせます!」

 

ここに不屈の魔法使いが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリスさん、私たちと来てください!きっと力になりますから!」

 

「力になってほしいことなんてなにもない。ユーリ、危険度の高い順に排除して」

 

「《入力確認、排除行動準備》」

 

なのはちゃんの問いかけに対して出したイリスの答えは拒絶、そしてそれに対しての対応だった。

 

そしてユーリが向いたのは現状で最も彼女の脅威となり得るなのはちゃんだった。

 

「《敵対勢力確認、排除開始》」

 

彼女がなのはちゃんの方へと突撃するのと同時に僕もなのはちゃんの目の前に飛び出す。

サイドに浮いている腕のような形に変形したユニットを両手に持った剣で受け止める

 

「え、リインフォース……さん?」

 

「この姿に驚くのはわかる。僕の姿については後で説明するから今は一緒に彼女を止めるのが先決だ!」

 

「あっ、はい!」

 

なのはちゃんの返事を受けて僕はまた剣に燃料を投下する。

今度は少し多めに記憶と命を燃やしたつもりだった。

だが、僕の中で消えたのは全く違うものだった。

 

(……今消えたのは、僕の思い出じゃない……?クロハネが残した戦争の記憶が消えていってる……そして、燃やした寿命も燃やした寿命が即座に補填されてる。不滅の炎(フォイアルディア)を抜いた時には確かに僕の思い出も命も燃やしたのに……こっちに関しては全く理解できない)

 

だが、今はそんなことを考えている余裕はない。

二振りの剣に補填されたエネルギーをそのまま前方に放出してユーリの姿勢を崩す。

その瞬間を見逃さずなのはちゃんの砲撃が彼女に直撃する。

 

「即席のコンビだけど、よろしく頼むよ」

 

「はい!えっと、私はなのはです、高町なのは!」

 

「僕はクロヴィス、クロハネ……リインフォースの友人で彼女から直接因子をもらってこの姿をとってる。彼女の持っていた戦闘技能はそのまま持ってるから役には立てるはず」

 

「なるほど、それは頼もしいです!」

 

態勢を立て直して僕たちに迫るユーリから距離を取るように並走して飛びながら僕たちは軽い自己紹介を済ませる。

それと同時に僕となのはちゃんは左右に分かれてユーリを挟み込む形をとって同時に彼女を捕縛して同時に魔法陣を展開する

 

「N&C中距離挟撃コンビネーション!」

 

「クロッシング・レイ!」

 

「「ファイア!!」」

 

強力なリングバインドの上から強力なチェーンバインドで身動きを封じてなのはちゃんの持つ純粋な魔力砲撃と僕の光属性に変換した魔力砲撃を同時に放つ即席コンビネーション

 

間違いなく直撃したはずの砲撃にビクともせず高火力の砲撃同士がぶつかり合って相殺しあった中心部からユーリは傷1つつかずに飛び出して僕の方へと飛んできた。

 

『クロヴィスさん……くん?私の方は後3分が限界みたい!まだ細かい調整とか終わってないから……』

 

なのはちゃんの声が僕の頭の中に直接響いた。

使ったことがなかったけどこれが念話だろう。

それに返すように僕もなのはちゃんに向けて魔力に乗せて言葉を送る

 

『了解!だったら、後3分で助ける!名前に関しては呼びやすい方で!』

 

『うん!』

 

なのはちゃんと交差し、ユーリを挟み砲撃。

僕が切り込み、その隙になのはちゃんが砲撃。

なのはちゃんが砲撃してそれを防御して怯んだ好きに僕が切り込み。それを繰り返し、様々な魔導を組み込んで僕となのはちゃんはユーリへと攻撃するも全て周りにあるユニットと彼女の持つ防御力の高さから全てほぼ無効化されてしまう。

 

残り3分と言われてからカウントした時間を見れば後2分。1分の間で様々な方法を高速戦闘の中試したけどそのどれもが決め手に欠けていた。

 

『なのはちゃん……収束砲撃、いける?』

 

『いける……けど。一発が限界』

 

『それでいい。僕が時間を稼ぐから今の戦闘で散らばったの全部集めて、全力全開で撃って!』

 

なのはちゃんが頷くのを確認して僕はまたユーリへと飛び立つ。クロハネの残した二刀流の技に『バルムンク』や『ブラッディダガー』多重展開して同時に放つアレンジを加えた『クラウソラス』等ありとあらゆる戦術を試すが決定打に欠ける。

そして、空に輝く星にユーリが気がつきそれを止めに入る……だが、それを許さないのは僕だけじゃない

 

「クロの邪魔はさせないよ!」

 

「ナノハ!時間は私たちが稼ぎます!あなたは収束に専念しなさい!」

 

ここには雷光と星光がいる。

雷と業火が道を遮り2人の影がなのはちゃんとユーリの前に立ちふさがる。

そして、僕たちを統べる王がいる。

 

「クロヴィス、王たる我の命を待たずして駆け出した無礼は不問にする。今は奴を止めるぞ!」

 

凛と響いたその声と同時にユーリの周りを暗黒の魔法陣が埋め尽くしそこから無数の砲撃が彼女に向けて放たれる。

爆煙が晴れるかと言う前に今度は業火の一矢が爆煙の中心へ吸い込まれていった。

 

「私たちも黙っているわけにはいかない。助太刀させてもらうぞクロヴィス」

 

「あたしたちの戦い方が頭に入ってんだ。連携、いけんだろ?」

 

拘束された剣ではなく本来の炎の魔剣(レヴァンティン)を携えたシグナムと鉄の伯爵(グラーフアイゼン)を担いだヴィータが僕の横に並ぶ。

 

そして、空にはさらに2つの輝きが増えていた。

デバイスを改修して新しい形態を手に入れたバルディッシュ・ホーネットから放たれる『ホーネット・ジャベリン』

 

そしてさらにもう1つは代用のデバイスを使った魔法だろうか。僕と夜天の魔導の出した答えは複数照準型殲滅魔法の『ウロボロス』だ。おそらく管制は二代目の祝福の風がやっているのだろう。ターゲットは1人だけだからチャージに時間もかからないはずだ。

 

その間を稼がないといけない。

僕たちは目を合わせて頷いて飛び立った。

僕たち4人の中で守護騎士の2人と合わせられるのは僕だけ。

だが、守護騎士たちに関してはそうとも言えないのだ。

僕たちは元となった因子の影響を受けて戦闘技能やその他の知識を得る。つまるところ、似たような戦術を取る僕たちに元となった3人を間近で見てきた守護騎士たちは自分の判断で自由に連携を取ることができる。

 

残りの約1分、それを稼ぐために僕たちは全力を出した。

レヴィの隣に着いたのはシグナム、そしてシュテルの隣に着いたのはヴィータだった。

そして、僕は真っ直ぐにユーリへ向かって飛び立つ

 

軌跡(ミーティア)』を使って瞬間的に最大加速にまで至った僕はその速度のまま両サイドに滞空しているユニットへ剣を叩きつけた。

 

そして僕とユーリの頭上からレヴィが《バルニフィカス》を《バルディッシュ》の“ライオットブレード”に近い形状にさせて振り下ろしてきた。

さらに僕の背後からはシグナムが『紫電一閃』を構えて接近してきているのがわかった。

 

「「クロっ!(クロヴィス!)」」

 

2人の声と同時に僕は即座に転移魔法を展開してディアーチェの横に飛んで次の準備を始める。

 

上空と正面からの襲撃、不意をついたはずのそれにもユーリは何なく対応してみせる。だが、それだけでは終わらない。

動きを止めたその瞬間を見逃さないように今度は左右からシュテルの砲撃とヴィータの鉄槌が迫っていた。

 

「《想定外の事象を確認、機鎧を二機追加して対処》」

 

機械的に呟かれるそれと同時に出現した2つの機械的な翼に鉄槌と砲撃は防がれる。だが、それを待っていたかのように天空から漆黒の直射砲撃がユーリに降り注ぐ。

前後左右を押さえつけられたユーリは身動きが出来ずにそのまま砲撃に押されて地面に叩きつけられる。

 

「「「「クロ!(クロヴィス!)」」」」

 

夜天の魔導書から選んだ3つの拘束系魔法を同時展開させる。

『鋼の軛』で四方を囲み、『レストリックロック』で四肢を固定し、『チェーンバインド』で『レストリックロック』と『鋼の軛』を繋いで拘束した。

 

それを確認した4人が一斉にユーリから離れた直後。

 

 

 

3つの光が降り注いだ。

 

 

 

《ウロボロス》《ホーネット・ジャベリン》《エクシードブレイカー》その3つを一斉に放つ新たなトリプルブレイカーとでも呼べるそれは非殺傷ではあるがゆえにユーリを殺してしまうことこそないがその破壊力は街1つ消せるレベルの砲撃だった。

 

《カウント-9なんとか撃ちきれました》

 

その声と同時に僕たちは全員、身を守るように滞空しているユーリへと向かう。改めて全員の顔を合わせる結果となりはやてちゃんは僕の顔を見て驚愕に染まった顔になるが目の前の少女が目を開けたことで彼女の方を見た。

 

「……うん」

 

そして、今度は目を開いた彼女が驚愕した顔になる。

僕たち4人の顔を見て順番に見たあと僕たちの名前を呼んだ。

 

「まさか、あなたたちは……シュテル、レヴィ、ディアーチェ、クロヴィス?それに、貴女は?」

 

「私は八神はやて、夜天の魔導書の主です」

 

「はやて!お願いがあります!ディアーチェ達をどうか……それにあの子、イリスを……ぐうっ!」

 

激痛が走るであろう身体で一枚のページを作り出したユーリの下腹部を刃物が貫いた。

 

「「「「ユーリ!!!!」」」」

 

「喋らないで、嘘はもう聞きたくない」

 

手元に本を取り出して、その中の魔法を行使して僕たちを払いのける。

 

「夜天の魔導書!?どうしてそこに!」

 

「アンタがどうやって原典を取り戻したかは知らないけど、こういう可能性は考えてコピーは作っておいたの。便利な力よね、魔法って」

 

僕の腰についているブックホルダーにはきっちり収められている夜天の魔導書に触れて安堵するが、現状はそれどころではない。

 

「…………いりす」

 

「ユーリ……」

 

小さく呟くユーリに僕たちは彼女の名前を呟くことしかできなかった。

 

「完璧には作りきれなかったけど精々役に立たなくなるまで使わせてもらうわ」

 

僕たちを蔑んだ瞳で見下した直後イリスとユーリは既にその場からいなくなっていた。

 

結果的に言えば、僕たちはイリスからユーリを救えなかった。

 

僕たちは負けたのだ。

 

 

 



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第拾参話

読者の皆様、あけましておめでとうございます。
昨年の年末は忙しくて更新できませんでしたが更新再開いたします。
“僕たちの宝物”もあと残すところ数話、最後までお付き合いいただければ幸いです


僕たちの実質の敗北から1時間後、僕たちはなのはちゃん達の組織に連行、もとい保護させることとなった。

精密な身体検査を行い、僕たちへ与えられた部屋に着いたのはちょうど1時間が経過したところだった。

 

「それにしても、お前があのユーリとやりあえるとは思ってもみなかったぞ」

 

「僕1人で戦ったわけじゃないしね。みんながいたからあの程度だったけど本当ならもっと被害が出てたはずだよ」

 

シュテルとレヴィ、ディアーチェと話しつつ僕は呼ばれてからずっと思っていた不快感を言葉にした。

 

「姿を得てからずっと記憶に靄がかかったような気がするんだけど、みんなはどう?」

 

「ボクもそれは思ってた。なーんか気持ち悪いっていうか無理やり閉じ込めてるような」

 

「そうですね。私もそれはずっと思っていました。あのユーリという少女を見てからそれが一段と強くなる感覚も」

 

「ふむ、やはりお前達もか。心にポッカリと穴が空いたような感覚、あまりいい感情ではないな。それに、あやつ泣いておった」

 

噛みしめるようなディアーチェの言葉に僕たちはその時の光景を思い出して顔を俯けた。

 

「どちらにせよ我等4人とユーリとイリスの間に何かあったことはほぼ確定的だ。ならばその記憶を取り戻すのが先決と言いたいところだが……客が来たようだな」

 

ディアーチェの視線の向けた先、つまるところここの部屋の扉が開いてそこから夜天の主であるはやてちゃんと守護騎士達が入ってきていた

 

「大事な話しとったとこ?」

 

「いいや、区切りは良かったから構わん」

 

「そっか、ほんなら早速本題に入ろっかな。さっき、ユーリが私たちに渡そうとしたページ、その紙片を解析してたんやけどなかなかうまくいかんくてなあ」

 

困った困ったとわざとらしくディアーチェにいうはやてちゃんに数年の間見ていた僕は逞しく育ったなとクスリと笑った。

 

「それで、夜天の魔導書の中にいた我等に修復を、というわけか」

 

「まあそんなとこ、王様達ならできそうやなって持ってきたんやけど、どう?」

 

「出来ないこともないだろう。ちょうど地頭はいいレヴィがおる。レヴィ、この紙片修復できるか?」

 

ディアーチェに呼ばれて駆け寄ってきたレヴィは渡された紙片を見て少し唸る。

 

「出来ないことはないと思うけど、時間かかるよ?」

 

「構わん、いい暇つぶしにはなるだろう」

 

「はーい、そういうことなら任せて!」

 

早速修復を始めたレヴィの隣にシュテルが座って仲良く話しているのを見て僕とディアーチェは頷いてはやてちゃんの方へと向き直った。

そして、はやてちゃんを見てまだ渡してないものがあったと思い出してジャケットと一緒に格納されていた夜天の魔導書を取り出した

 

「はやてちゃん、これ返すね」

 

「これ、夜天の書……?イリスが持ってたのは……?」

 

「偽物といっておったろうが、どういう原理かはわからんがこやつがイリスから本を奪ったのだ。ありがたく受け取っておけ」

 

話をちゃんと聞かんか戯けがと続けるディアーチェに僕は笑って本をはやてちゃんの腕の中に返した。

 

「察しの通り僕の素体は初代リインフォースだ。はやてちゃんには一度会ってると思うけど、彼女が天へと還る前に彼女から直接因子を受け取った。その中の1つに夜天の魔導書の管制権があったから返してもらっちゃった」

 

もちろん、渡した瞬間に管制権は二代目ちゃんに返したから問題はない。あの本を管制出来るのは祝福の風の名を持つもの達だけだ。

 

「ありがとうっ……ほんまに、ありがとう!」

 

夜天の魔導書を大切そうに抱きしめながら放てちゃんは涙ながらに“ありがとう”と繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、クロヴィスくんはどーやってあの子に、リインフォースにであったん?」

 

「僕とクロハネ……あ、リインフォースか。彼女に出会ったのは外の時間にするともう30年以上前だね。僕とクロハネは出会ってからはクロハネが消えたあの日までずっと他愛もない話をしてただけだよ」

 

僕にとっては昨日のように思い出せるクロハネと話し続けた日々、僕にとっては今まで生きてきた中で最も長く一緒にいたのがクロハネだったと言える。心の底から親友だったと断言できるほどの人だった。

 

「ほう、その話。我にも聞かせよ」

 

「別にいいけどそんな面白い話じゃないよ。クロハネ……彼女達のいう夜天の魔導書の初代管制融合機の人との話だし」

 

「よい、お前はその友の姿をとっているのだろ?お前にとってかけがえのない友の存在ならば我も知っておかねばならん」

 

ディアーチェの言葉に僕は嬉しくなって頷く。

レヴィとシュテルはお菓子を食べながら修復をしているし時間ならまだかかるかと思った僕はクロハネとの日々を話し始めた。

 

「始まりは本当に奇跡みたいな出会いだった。僕は夜天の魔導書中を彷徨ってたんだけど、そこで偶然彼女のいる空間に足を踏み入れたんだ。それが僕と彼女の出会いだった」

 

僕はその日々をゆっくり、物語を語るかのように語っていく。

 

他愛のない話をした。

彼女の知る本当の歴史を聞いた。

時折、拗ねる彼女を宥めたりもした。

叶わなかった約束も沢山した。

 

照れ屋で寂しがり屋で泣き虫な親友との日々を思い出して語って行く中で僕は今になって後悔で心が締め付けられた。

あの最後の時、僕はきっと見送る以外の選択肢もあったのに……

 

トンと僕の肩に誰かの手が乗っかった。

 

「もうよい。辛い思い出なら語らなくともよい。お前の泣く姿など我は見たくない」

 

「違う、違うんだよディアーチェ。辛い思い出なんて何もない。毎日が楽しかったんだ!僕は彼女に生きていて欲しかった!結局叶わなかった約束だって沢山したんだ!僕は……クロハネに貰うばかりで何も返せなかった……!」

 

「ううん、クロヴィスくん。それは違う」

 

右手をはやてちゃんに握られて僕ははやてちゃんを見た。

 

「リインフォースがクロヴィスくんのことなんて言ってたか知っとる?」

 

僕はその言葉に首を振った。

あの最期の時、僕は彼女達の会話を聞くのが怖くて映像だけを見ていた。何を最後に話したのか、僕は知らなかった。

だから、あのとき最後に2人が何を話したのか僕は知る由もなかった。

 

「クロヴィスくんのこと、自慢の友だって私に言っていったんよ。クロヴィスくんが探してるユーリのことも任されてな。リインフォースにとって、クロヴィスくんはかけがえのない友達だったんよ?」

 

抑え込んでいた別れの悲しみが波となってまた僕に襲いかかる。彼女達は2年と月日を経た別れ。

僕にとってはつい先ほどのように感じる別れ。

まだ、心の整理なんて付いてなかった。

そんななかでこんな言葉をかけられたら僕はどうしようもなかった。

 

僕はまた泣いた。

 

ただあの時と違うのは1人ではなかったこと。

隣にディアーチェとはやてちゃんがいてシュテルとレヴィが心配そうにこっちを見ている。

僕はたくさんの人に見守られながらただ泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、クロが泣いてたから言いにくかったんだけど修復、終わったよ?」

 

「ごめん、ありがとレヴィ」

 

「いいのいいの、クロはあんまり泣かないからね。たまには沢山泣いたらいいと思うよ」

 

レヴィに頭を撫でられるのはなんだか不思議な感覚だ。

いっつも追いかけ回してたからタックルされてばかりだった気がする

 

「とりあえず再生してみよっか」

 

はやてちゃんがそう口にしたのと同時にレヴィがその記録を紐解いた。

 

 

 

 

 

“私たち惑星再生委員会は〜”

 

“人がいる”

 

“私はユーリです”

 

“この子は夜天の魔導書、危険な力もありますけど私は……こういう魔法の方が好きです”

 

“すごいすごい!ユーリの魔法は奇跡の力だよ!この星を救うことのできる力!”

 

イリスとユーリの笑う日々がそこには記録されていた。

その中で僕が見ていて敵意を覚えたのは

 

“しょちょーも一緒に遊ぼう!”

 

“遊びましょう!”

 

“ああ、今いくよ”

 

ユーリとイリスに微笑みかけるこの男だった。

しばらく微笑ましい日々が続いていたと思えばとたんにノイズが走った。

 

「あっれー?ここのデータ壊れちゃってる。再生できる場所まで飛ばそっか」

 

レヴィが首を傾げて次の再生できる場所までとばした瞬間

 

“どうして!ゆーり!”

 

“わたしが……やりました”

 

1人の男の死体の前で泣きじゃくる2人の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「この前に何があったかわからへんからなあ」

 

「何があったにしろあの男の死が2人の決定的な亀裂となったのだろう。家族を奪われたというイリスの言葉はあの男の死のことを言っているのだろうな」

 

「でも、ただ殺すだけだったら泣かないでしょ。何か理由があったのかもしれないし…」

 

「どちらにせよ捕まえて事情を聞くしかないだろ。あたしらはその為に管理局やってんだ」

 

重苦しい雰囲気の中、一度解散の流れとなった。

レヴィのバルニフィカスは修理が必要だし、シュテルのルシフェリオンもメンテナンスが必要だ。

 

それぞれが次の作戦までのあいだに必要な場所へと向かう中、僕は船の甲板の人目のつかないところに移動していた。

 

僕の中にあるもう1つの夜天の魔導書……いや、それに類似した魔導書を呼び出す。

 

夜天の魔導書との相違点といえば表紙が紫色なところだろうか、それ以外に見た目の違いはない。

だが、記されている魔法は夜天の魔導とは正反対のものばかりだ。

 

「キミが残したこの魔導書……なんの意味があるのか僕にはわからない。けど、この身体の“管制融合機”としての役割を果たすなら僕は……」

 

魔導書を左手で触れて消して僕は空を見上げる。

記憶の片隅にある大切な記憶、霞んでいてはっきりしないけど僕の目的は何も変わらない。

 

「必ずキミを救う。ユーリ、記憶は定かじゃないけど僕の探していた人がキミだとはっきりとわかる」

 

僕の中に宿る3つの魔剣

その全ての力を使ってでも、僕の全てを使っても必ず救ってみせる。

 

「目指したこの道の果てで、何が待っていても……」

 

みんなで笑える世界を作る。

その為に僕は戦い続ける



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第拾肆話

それから数時間後、僕たちは東京の空を飛んでいた。

作戦の決行は30分前に行われた。

作戦名『オペレーション・デイブレイク』は言って仕舞えば防衛戦だ。東京各所にある防衛ラインを守護しつつ僕たち4人がユーリとそしてキリエがイリスを各個撃破し捕縛する。

時空管理局所属の面々はそれぞれ担当区域が決められて自由行動ができるのは僕たちとエルトリアから来たフローリアン姉妹のみ。

 

「ごめん!お待たせ!」

 

「よい、向こうはもうよいのか?」

 

「うん!フェイトが頑張ってくれるから!」

 

ドームの支援に行っていたレヴィが合流して僕たちは眼下に広がる大きな橋の下、そこに佇む少女の元へ向かう。

 

さっき見た時よりも少し、瞳に意思がある。

僕たちを見てその瞳を見開いたのを僕は見逃さなかった。

 

周囲のユニット……機鎧を自身の周囲に展開して僕たちを避けるように遠ざけるようにその身を覆っていた。

 

「《敵性勢力四騎確認、対象の排除を開始します》」

 

「「「「ッ!」」」」

 

シュテルとレヴィが青と赤の光を纏ってユーリへと突撃する。

2人のファーストアタックは当たり前のように機鎧に防がれる。だけど、それだって僕たちは織り込み済みだ!

 

「ウィスタリアス!フォイアルディア!僕に力を!」

 

手に持つ二振りの魔剣に思い出を投下する。

あいも変わらず燃え尽きるのはクロハネの残した苛烈な戦争の記憶が燃料と化して剣に莫大な魔力を乗せた。

 

覚醒剣・蒼炎無窮

 

魔剣に乗った魔力を刃に変えて僕は機鎧に斬りかかる。

果てしなき蒼(ウィスタリアス)による純粋な魔力の刃と不滅なる炎(フォイアルディア)による業火を纏った刃が機装に無数の斬撃となって叩き込まれる。

 

だが、それしきのことで破壊されるほど機鎧だって脆くはない。その全てを耐えきった上で機鎧は僕を弾き飛ばした。

 

「っ!ディアーチェ!」

 

「わかっておる!アロンダイトッ!」

 

すでに魔法の準備を終えていたディアーチェによる暗黒の砲撃が今度はユーリを弾き飛ばした。

その隙を逃すまいと僕とレヴィとシュテルは三方向からユーリに斬りかかる。

 

それを迎撃するように新たに腕型の機鎧が三機現れ、僕たちに襲いかかるがそれを僕とレヴィで全て切り刻んだ。

 

そして上空から追い討ちをかけるように闇と炎の弾幕がユーリの翼型の機鎧へと叩き込まれる

 

「《っ!》」

 

「雷光招来!」

 

連携をかけるようにレヴィが落雷を自分に落としてその電力をそのまま充電してユーリへと放つ。

それに合わせるようにユーリの周りに純白のスフィアを展開させてクラウソラスを全面からユーリへとぶつける

 

「あああああぁぁぁぁあ!」

 

痛みに涙をするのか、それとも僕たちと戦っていることに涙しているのかはわからない。だけど、僕たちはあの子の泣いている姿を見たくない

 

「ユーリを蝕んでいるのはウイルスコードによる支配。連続で攻撃し続ければその拘束は破壊される!」

 

「ゴメンね、痛いよね……!でも、泣かないで!キミが泣いてるとボクたちも苦しいんだ!」

 

「私たちが、必ず救ってみせます!だから!」

 

「その手を……もっと僕たちに伸ばして!」

 

絶え間なく砲撃を続け、ウイルスコードを弾き飛ばそうと試みる。徐々に彼女の瞳に光が戻ってきているのが僕たちにもわかる。

 

「シュテル、レヴィ、ディアーチェ、クロヴィス……」

 

微かに聞こえたその声に僕たちは砲撃をやめてユーリの様子を伺う。翼型の機鎧で自身の周りを囲み、更に魔法で自身の周囲にフィールドを張って僕たちを遠ざけるように胸と頭を抑えながら苦し紛れに声を張った

 

「イリスは……私がきっとなんとかしてみせます……だからあなた達は私から……離れて!」

 

その言葉を必死に絞り出したのはわかった。

だけど、そんな言葉で僕たちは止まれない。

泣いているこの子を見なかったことになんて出来ない!

 

「そのような言葉!泣いている子供のいうことか!」

 

怒鳴るディアーチェに対してユーリも間髪入れずに心からの言葉を叫んだ。

 

「あなた達まで!失いたくないんです!!!」

 

再び動き出したユーリを迎撃するようにディアーチェは『グリモアール』のページを散らしてユーリへと闇の波動を放つ。

その中を一直線に突っ切りながらユーリは涙を流しながら叫ぶ

 

「いつか故郷に帰るため……交わした誓いを守るため……!あなた達まで失ったら……私は!」

 

「クロヴィスっ!」

 

「わかってる!」

 

だんだんと押し負けるディアーチェの隣について僕は『紫色の表紙の魔導書』の魔導を行使してディアーチェと同じようにユーリへと光の波動を放つ

 

「あの惨劇の中で残せたのは……イリスの心と、あなた達だけだった!私に希望をくれたあなた達を……この手で壊したくない!」

 

段々と縮まる僕たちとユーリの距離はやがて零になってその拳をディアーチェが優しく触れた。

 

「「「「っ!?」」」」

 

その瞬間、僕たちの中にあった記憶の靄が一気に晴れた。

 

始まりは身体全体が寒かった。

次は暖かい部屋の中でこの子とイリスが僕たちを見つめていた。

僕たちに名前をくれた。

僕たちを幸せにしてくれた。

僕たちを大切にしてくれた。

僕たちを生きながらえさせてくれた。

 

“たくさん、お話をしましょうね!”

 

“今年は去年よりも花がたくさん咲いたんですよ?”

 

“クロヴィスも一緒に読みますか?”

 

“あんた達のこと嫌いなわけじゃないよ?”

 

“ユーリの魔法が完成したら目一杯話すわよ?”

 

“いつか、あんた達と一緒に星を見に行きたいわ。ユーリといいところ見つけたの”

 

“いつか一緒に星を見に行きましょうね。素敵な場所を見つけたんです”

 

僕の思い出の中で幸せをたくさんくれたのはユーリだった、イリスだった。

 

力が欲しいと願った。

だけどそれは自分のためじゃなかった。

ユーリを守りたい。

イリスを守りたい。

この2人が笑っていける未来を守りたい。

遊び道具にしかならない尻尾じゃなく。

追いかけることしかできない手足じゃなく。

言葉を発せない猫の姿ではなく!

 

だから僕はあの時この劔達を継承したんだ!

それをわかっていたからクロハネは僕にこの魔導書……『紫天の魔導書』を託してくれたんだ!

だったら、僕が……僕たちがやることなんて決まってる!

 

「救いましょう!私たちの主を!」

 

「ユーリとイリスが笑い合う未来のために!」

 

「来て!翠遠なる息吹(ヴェルディグリオン)!」

 

思い出がなくなろうとも構わない。

僕にとって本当に大切なものを守れるなら!

 

「ベルカの魔剣が3つも……!クロヴィスダメです!それは!」

 

「代償が何であれ構わない!僕は君が救えればなんでもいい!」

 

ディアーチェの大型魔法の準備ができる数瞬の間に僕はヴェルディグリオンをユーリへと向けた。

あと少しで届く、そう思った瞬間。

 

「飼い猫達に救われる主か、涙ぐましい話だがそれはいけないよ。ユーリ」

 

嫌に聞き覚えのある声が僕たちの耳に届いた。

それは橋の上から響いたと思えば次の瞬間にはレヴィの後ろへ現れて

 

「っ!レヴィ!」

 

「……え?」

 

ゴスッと鈍い音ともにレヴィは男に蹴られて近くのアスファルトへと叩き落とされた。

 

「レヴィーー!」

 

「よそ見をしている暇があるのかな?」

 

レヴィの安否を心配し叫ぶシュテルの眼の前に現れ今度は手に持った剣で斬りかかるもシュテルはとっさの判断で『プロテクション』を展開して防いだ。

 

 

 

 

筈だった。

 

『プロテクション』はあっさりと切り裂かれ、驚愕したシュテルの顔をそのまま掴んでレヴィを叩き落とした方へと力任せに放り投げた。

 

「なるほど、この力で投げ飛ばしても死なないか。さすがは魔法生命体とでもいうべきか……研究のしがいはあるだろうが……どちらにせよ私には必要ないな」

 

その声とやっと見えた顔に僕は怒りを抑えきれなかった。

僕の目の前で2度も2人を傷つけた。

あの日の元凶、僕たちの……ユーリとイリスの幸せを奪った張本人

 

「……マクスウェルっ!」

 

「君は……その様子で見るとあの黒猫か。一番厄介なのは君だ。ここで始末させてもらうさ」

 

動き出すマクスウェルに合わせて武器を構えた瞬間

 

“アクセラレイター・オルタ”

 

僕の視界から奴が消えた。

そして、次の瞬間。

 

「グフッ!」

 

奴の持った剣は僕ではなく僕を庇うように僕の目の前に出てきていたディアーチェの腹部を貫いていた。

 

「無事か……クロヴィス」

 

「ディアーチェェェェ!」

 

力なく僕の方へと倒れ込んでくるディアーチェを抱きとめて怒りのまま魔剣の力をそのままマクスウェルに叩きつける。

 

「チッ……やはり一筋縄ではいかないか。私1人ではおそらくあの剣には敵わない……ここは一度引くとしようか。行こう、ユーリ」

 

「『了解』」

 

みんながやられている間に新しくウイルスコード打ち込まれたユーリを引き連れてマクスウェルは遠くの空へと消えていく。

僕はそれを見つめることしかできなかった。

 

「……クロヴィス……シュテルと、レヴィ……を」

 

「わかってる。でも、ディアーチェも傷に触るから」

 

ディアーチェを抱えたままシュテルとレヴィのところへ向かえば2人もとても動けるような状態ではなかった。

 

遠くの空ではいまだに激戦が繰り広げられている。

ユーリはマクスウェルに奪われた。

おそらく、イリスだって今は奴の支配下にあるだろう。

僕はいかないといけない。

だけど、三人をこのままおいてはいけない。

大切な家族をこのままになんてできない。

 

「クロ……私たちからのお願い。聞いてくれますか?」

 

「ボクたちはもう戦えないから……僕たちの分まで戦って欲しいんだ。ユーリとイリスを助けるために」

 

シュテルとレヴィの言いたいことはわかる。

 

「だけど、三人をここにおいてくなんて」

 

「戯け、お前を1人になどさせぬわ。我等三人の力をお前に託す。“その姿”で翼がないなど笑い話にもならんからな」

 

三人が僕の手を繋いで、その身体から光が溢れ出す。

それと同時に僕の身体の中に三人の魔力が流れ込んでくる。

暖かく、優しい魔力が僕を包み込んでいく。

 

「ボク達がクロの翼になる。だから、ユーリのところまで一直線に駆け抜けて」

 

「私たちがクロの道を切り開く星となります。だから、イリスを悲しい束縛から連れ出してください」

 

「我等三人は常にお前のそばについておる。忘れるな、お前は我の臣下で我等の家族だと。堕ちることは許さん、折れることも許さん。我等が四人の渾身の恩返し、ユーリとイリスに叩き込んでこい」

 

やがて光が大きく溢れたところで三人は僕の腕の中で昔の姿に戻っていた。

僕の背には四色の大翼が背中と腰から溢れ出んばかりの魔力とともに顕現していた。

 

「待ってて、必ず2人を連れ戻す!」

 

バルニフィカス、ルシフェリオン、エルシニアクロイツ、そして三本の魔剣を従えて僕は翼をはためかせ大空へと飛び立った。

 

 



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第拾伍話 GET BACK

真夜中の大空の下、僕はなんとなくユーリのいる場所を把握できた。一直線に駆け抜けてくる1人の魔導師とその背後を追いかけるように突撃してきている1つの機動外殻に近い反応。

 

僕の周りに浮く6つの武器を眺めて更に『紫天の魔導書』を手元に呼び出せば直進してきた彼女と目があった。

 

「ユーリは僕達に任せて、キミはなのはちゃんのところへ」

 

「でも、クロヴィス1人じゃユーリの相手は難しいんじゃ」

 

「大丈夫、僕は1人じゃない。シュテルもレヴィもディアーチェも……リインフォースも僕の中にいる」

 

閃光の少女……フェイトちゃんへ僕は確固たる意志を持って言葉を返した。負ける気なんて初めからない。負ける理由なんてカケラもない。

 

「キミのお姉さんとも約束もある。まだ死ねないから安心して」

 

たった数十分しか会話できなかった友人のとの約束もある。

彼女はそれを聞くと目を見開いたが、やがてすぐに頷いてくれた。

 

「それじゃあ、任せていいかな?」

 

「任せて、必ずユーリを連れて帰るよ」

 

反転して飛び去ったフェイトちゃんを見送り、僕の前で急停止したユーリを僕は見つめる。

 

「その様子だと、意識は……あるみたいだね。あの時の話をしようって約束をこんな形で果たすなんて思わなかったけど」

 

「クロヴィス……こんなことやめてください!身体のいうことが効かなくて……このまま戦えば私はあなたのことを壊してしまう!」

 

先ほどよりも一回りもすた周りも大きな機鎧を纏ったユーリを見て僕は少しため息をつく。

それに答えるように僕の周りに浮いていた武器達が臨戦態勢に入った。

 

「それは出来ないんだ、ユーリ。僕たちは自分たちの意志でここにいる。キミが笑える世界を作る。あの日々のように幸せに笑える世界を守る。それが、僕たちができるキミへの最大の恩返しだからっ!」

 

「っ!恩返しなんて……私はっ!私の方があなた達にたくさんのものを貰ったのに!」

 

涙を流しながら叫ぶように言葉を吐き出すユーリに僕はそっと微笑む。

 

「キミを蝕むウイルスコード……僕が今、解き放つ!」

 

「ああっ!クロヴィス……っ!」

 

僕とユーリが駆け出したのは同時だった。

膨大な魔力を振りまく大翼をはためかせ、僕はバルニフィカスを手にとって真っ直ぐ迫りくるユーリに向かって“雷”を纏いながら突撃する。

 

僕たち4人の魔力を合わせたブレードは文字通り規格外の出力へと昇華している。元がSランクを超える魔導師三人をベースにしたシュテル、レヴィ、ディアーチェに単騎で国を相手できるクロハネの全てを受け継いだ僕。

一人一人の戦闘力と魔力量がおかしなことになっている僕たちの全てを1つにすればどうなるか……

 

それはユーリに対抗できるまでにその存在を一時的に昇華させることができる。

 

僕たち4人が1人に力を託して1つの存在となる一番最後の切り札……それが『クアドラプル・ハーツ』だ。

 

「力を貸して……レヴィ!」

 

“もっちろん!僕たちでユーリを救うよ!”

 

機鎧の周りに浮いている腕型のユニットを高出力の魔力ブレードが切り裂く。

レヴィと同じように雷を纏い、そのまま高速移動を繰り返しながら次々と機鎧を破壊していく。

 

「やめてくださいクロヴィス!そんなデタラメな力……何の代償もなしに使えるはずがありません!私のことは……もういいですから……!」

 

「しつこい!身体が言うことをまともに効かないクセに!」

 

形状を変化させて大剣を少し短くして二本に分けて両手に持った。バルディッシュの『ライオット・ブレード』形態。

バルニフィカスでいうなれば『スプライト・ブレード』といったところだろうか

 

「まずはその邪魔な機鎧……破壊させてもらうから!」

 

更に速度を上げて縦横無尽にユーリの周りを駆け回り目にも留まらぬ、正に雷のような速度で僕は次々と両刃で機鎧を切り刻んでいく

 

「これで……終わりっ!」

 

“いっくぞー!双刄光翼蒼覇斬!”

 

剣に込める魔力を増やして機鎧へ向かって剣を振るう。

剣を振るのと同時に雷の衝撃波が同時に剣から放たれて機鎧を内側から破壊していく

 

爆炎とともに崩れ去っていく機鎧を見つめながら僕は次にルシフェリオンを手に取る。

 

「行こう……シュテル」

 

“私の魔導……ここが見せ場です!”

 

爆煙が晴れないうちにパイロシューターをユーリの周囲へ展開してそのまま爆煙の中心へと次々と撃ち込んでそのままルシフェリオンを構えて魔力を集め始める。

総数にして120にも及ぶパイロシューターを撃ち込んでそのまま充填した業火の砲撃を撃ち出した。

 

「ルシフェリオン…………ブレイカー!」

 

“私たちの思いが必ず貴方を救います!”

 

遥か彼方まで一直線に撃ち抜いた灼熱の閃光。

その中から人影が真っ直ぐに突き進んできた

 

「っ!」

 

僕たちもよく見知った防御に特化した翼型の機鎧。

それを纏ったユーリが目にも留まらぬ速度で僕の目の前に現れ、その勢いのまま機鎧を叩きつけられて僕は後方へと吹き飛ばされてそのまま大きなタワーの鉄筋へと叩きつけられた。

 

「なかなかエゲツない事してくれる……けど……」

 

“我が魔導の真髄を見せるための距離は稼げた”

 

先の戦闘でディアーチェの使おうとしていた『ラグナロク』に匹敵する極大魔法『ジャガーノート』を即座に展開してユーリを待ち構える。

 

向かってくるユーリも僕の展開している魔法を見てその目を大きく見開くがもう遅い。

はじめの戦闘で使用した多重拘束の魔法

チェーンバインド

レストリック・ロック

鋼の軛

この3つを掛け合わせて確実に固定した瞬間、暗黒の極大砲撃を放った。

 

「あの子を繋ぐ鎖を喰らい尽くせ!」

 

“我等の主に働いた狼藉!決して許さん!”

 

轟音とともに打ち出された5つの砲撃は屈折を繰り返し、ユーリに接近した瞬間巨大な爆発を起こす。

 

「ああああああぁあぁああっ!」

 

一度ではなく複数回に分けて起こる爆発に流石のユーリに少しはダメージが入るだろう。

爆発の中聞こえるユーリの悲鳴に僕は顔をしかめる。

それと同時に三人から託されたデバイスが限界を超えたようにひび割れてその姿を待機状態に戻した。

 

多分、あと僕にできるのは魔剣を使うことだけ。

だけど、それぞれの剣を個別に使うことではきっと太刀打ちできない。ならば……やることは1つだ。

 

僕にできるかはわからない。

何せ伝承の英雄しかやったことのないたった一度の奇跡だ。

三本の魔剣を1つにして新しい魔剣を生み出す禁忌にも近い奇跡

 

「……頼む、僕の大切な人を救うために。僕の全てを使っていい。一撃、彼女に与える時間だけでいい。僕に救うための力を……!」

 

浮遊していた三本の魔剣を1つにするイメージを持つ。

頭の中に思い浮かぶのは純白の劔、全てを守護するような神聖そのものを体現したような奇跡の剣。

 

「ダメです!クロヴィスッ!それは……貴方に何が起きるかわからないんですよ!」

 

「うるさい!僕は救うって決めた!あの時、君が涙を流しながらイリスと戦ったあの日から!これだけは譲れない!これが僕にできる、キミへの最大の恩返しだ!」

 

3つの剣を1つにした。

魔力が暴風のように荒れ狂い、周囲のものを編んであれ吹き飛ばす。光が溢れ、やがてそこには1つの純白の剣が僕の目の前に顕現した。

 

それの代償として、僕の中から大きくナニカが崩れ落ちた気がした。大切なものだったかもしれないものがぽっかりと大きな違和感とともに抜け落ちた。

 

そしてそれと同時に僕の見た目にも変化が起きる。

この姿を与えてくれた人と同じように美しかった銀髪が色素が抜け落ちた白髪へと変わり、左右の耳の上くらいからは長い耳のようなものへ髪が変化した。

 

身体からは魔力がそのまま雷へと変換されて僕の周りを帯電したように駆け巡る。

 

目の前で泣いている少女を助けるために僕は飛び出した。

少女から放たれる魔法を身体が覚えている魔法でそのまま迎撃する。

炎、雷、闇の魔法が僕を守るように弾幕の中を一直線に進む。

 

純白の剣に彼女が残してくれた戦いの想い出を出来る限り燃やしてそのエネルギーを剣に乗せた

 

少女を救いたい。

彼女が笑える世界を作りたい。

そして、彼女の友と一緒に笑える世界を

 

その一心で僕は剣にエネルギーを乗せて少女への距離を詰めていく。

 

だが、少女を操っているウイルスだってバカではない。

弾幕がさらに激しくなり、展開されている魔法だけでは対処しきれなくなり、僕への被弾もどんどん増えていく。

服が裂け、肌は焼け、髪が焼き切れていく。

 

「もうやめてください!それ以上は貴方が持ちません!」

 

泣きじゃくり、涙を流しながら僕へと訴えかける彼女の言葉を無視して弾幕の中を突き進んだ。

 

「それ以上こっちにきたら……!貴方が死んでしまいます!お願いですから……もう、やめて……」

 

あと少し、あと少しで届くのに……

 

“あと一歩、届かないのか……ならば私が力を貸そう”

 

美しい銀髪に赤い瞳の彼女が僕へと伸ばしていた。

それを掴むように僕は手を伸ばす。

 

“私の残した想い出の残骸を……全て燃やし尽くせ!クロヴィス!”

 

言われる声のまま僕は僕は残った“僕のものではない思い出”を全て燃やし尽くした。

翼に更に一色、漆黒が追加されてその翼を更に大きくはためかせた。

 

「『とどけえええぇぇぇえ!!!』」

 

──真・覚醒剣・暁の曙光──

 

たった一度きりの奇跡の一撃が少女へと命中した。

刀身に収束されていた思いを乗せたエネルギーは少女の体を駆け巡り、その余剰エネルギーが少女の体から溢れ出して天空へと突き出した。

 

やがてそのエネルギーはこの東京の街を覆い尽くすほどのドームとなり白い雪のような粒子が空から舞い降りてくる。

 

僕と手を貸してくれた彼女が想い出のほぼ大半と魔剣の加護にものを言わせた生命の焼却。

その結果なし得たのが『ウイルスコードに対する完全耐性』

 

そしてその対象は僕の目の前にいる少女と少し離れたところで戦っていた赤い髪の少女だ。

 

「クロヴィス…………」

 

「いったでしょ……必ず救うって……ぼくはもう名前も思い出せないけど……キミたちだけは必ず救うってこの命に刻み込んでいたから」

 

僕が僕であった証。

僕が大切にしていた想い出。

僕に生きる意味を与えてくれた人たち。

僕に戦うための力をくれた大切な親友。

僕に救うための力をくれた大切な家族。

もうほとんど忘れてしまって名前も出てこないけれど。

 

やることは1つだけ残ってる。

微かに残った記憶の中から少女の名前を見つけ出して最後まで僕たちを見守ってくれた本を彼女に託す。

 

「……ゆーり、この本をキミに。僕の友人がキミを救うために残してくれた大切なものだ」

 

紫色の魔導書を少女の腕の中へと託して僕は微笑んだ。

 

「これは……?」

 

「『紫天の魔導書』だ。『夜天の魔導書』と対になる君を盟主として迎えるためだけの魔導書。きっとすぐに必要なことはわかるよ。後は……キミのやりたいように突き進んで」

 

《盟主登録完了。ユーリ・エーベルヴァインを我らが盟主として迎え入れましょう。まずは盟主へ新たな力と装いを》

 

「頼んだよ。《紫天の魔導書》僕たちの大切な主を導いてやってくれ」

 

少女が光に包まれて新たな装いになるのを見切ることなく、僕は力を失って地へと落ちていく。

だが、いつまでたっても僕が地面へとぶつかることはなく、その代わりに先ほどいた少女とは違う少女の腕に抱かれていた。

 

「あんたも無茶し過ぎよ。クロヴィス……こんなにボロボロになってまであたしたちを救ってくれて……」

 

「あはは、ゴメン……あんまり記憶が残ってなくて。顔は覚えてるし大切な人なのも覚えてるんだけど名前が……出てこないんだ。あの金髪の子も本当はもう記憶が曖昧で……」

 

「それはいいの。想い出はこれからまた作っていける。あんたとした約束だってあたしはまだ覚えてる。だから」

 

「だから、決着をつけにいきましょう。イリス」

 

イリスと呼ばれた少女に語りかけた少女は先ほどとは全く違う装いに変わっていた。

先ほどの服装よりも白系統の色が増え、ヘソを出したルックに袖の長いルックと同じくらいの短さの上着に炎の紋様が入った袴の上には更に白い腰布を着けている。

更に大きく変わったのは後ろにあった機鎧が大きな紅蓮の翼に変わったことだろうか。

 

「ユーリのそれ、えげつないくらい似合ってるわよ」

 

「イリスのその格好はすこし変態さんっぽいですね」

 

「煩いわよ。でも、真面目な話。ユーリにもあんたにも、そしてあのチビたちにも謝りたいことがたくさんある。だけどそれは全部終わってから……あたしが始めたことだから。あたしがケリをつけなきゃダメなんだ」

 

「それは私も同じです。あの日、イリスにちゃんと説明できなかったから……こんなことになったんです。悪かったのは私もイリスも同じ、だから、私たち2人で決着をつけるんです」

 

僕を2人が見つめて頷いた。

2人は僕を地上に下ろすとそのまま未だ過激な戦闘が行われている最後の区画へと飛び去っていった。

 

僕はそれを見送り、そっと目を閉じる。

身体の力が抜けて、立っていられなくなった。

 

「僕はやったよ。クロハネ……ユーリを救うことができた」

 

それは無意識に口にした言葉だった。

 

“ああ、お前の勝利だよ。クロヴィス、だから少し休め”

 

光が集まって、僕の隣に僕と同じ姿の女性が現れる。

頭に手を置き、そっと撫でてくれた。

 

「ああ、うん。キミがそう言うなら休もう。きっと次に目が覚めた時は…………」

 

“ああ、素晴らしい未来がお前を待っているさ”

 

その言葉を聞いて、僕はヒトの姿を放棄して意識を手放した。



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第拾陸話 Destiny’s Prelude

あと少しで最終話です。
そこで読者の皆様にアンケートを実施します。
アンケート次第でエンディングが分岐しますのでよろしくお願いします


2人の少女は大空を駆け抜ける。

目的の場所はこの先に見える戦闘が行われている場所。

魔法とフォーミュラの融合を果たした強大な砲撃が乱射されている戦闘区域へと全速力で駆け抜けていた。

 

「さっきさ、クロヴィスにはああ言ったけど……ユーリにはやっぱり言っておきたいことがあるの」

 

「……?なんですか?」

 

ユーリは俯きながら隣を飛ぶイリスに首を傾げて問いかける

 

「ユーリにはひどいこと沢山したから……話を聞かなかったし、たくさん傷つけた。あの子達とも戦わせてたくさん泣かせたりもした。許してくれるなんて思ってないしあたしはユーリに殴られても仕方ないと思ってる。けど、せめて謝らせて欲しいの。ホントにゴメン」

 

ユーリの顔をしっかりと見て謝るユーリに彼女はクスリと笑って言葉を返した。

 

「それを言うなら私もそうですよ。私はイリスのこと一度殺してしまってますから。これくらいのことは覚悟してました」

 

でも、とユーリは続ける。

 

「クロヴィスの様子を見ると私たちを救うために払った代償は計り知れないと思います。私たちが確認できただけでも記憶の殆どを失ってるみたいでした。私たちを救ってくれたように、今度は私たちがクロヴィスを支えていかないといけないんです」

 

「……そうね。その為にも、負けられないわけか……」

 

「負けませんよ。私とイリスなら」

 

「うん、あたしもユーリとなら誰にだって勝てる。たとえ相手が所長だって」

 

2人の少女はその言葉を最後に更に速度を上げてその空域まで飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーリやイリスを配下に置き、自身に立ち向かう少女たちですらウイルスコードで支配することができると思った瞬間、フィル・マクスウェル……もとい『侵略武装マクスウェル』はふと、違和感に気がついた。

 

ウイルスコードが目の前の少女たちに一切効くそぶりがないことに

 

(何が起きている……この白い粒子が関係しているのか?)

 

並列思考でそんなことを考えながらなのはとフェイトを圧倒していくマクスウェル。

ウイルスコードでこの子供達を支配下に置くことはここでなくともできる。ならば、先に動けなくして仕舞えばいい。

そう考え、今まで以上の速度でなのはへ接近して武器を振り下ろした瞬間。

 

無数の赤い槍が降り注いだ。

 

「っ!何者だ!」

 

「わかりませんか?マクスウェル」

 

「ユーリ!」

 

「ユーリちゃん!」

 

紅蓮の翼から無数の赤槍を展開させてマクスウェルを睨みつけるユーリとなのはとフェイトを自身と同レベルのアクセラレイターを使って回収して安全地帯まで運んだイリスを見てマクスウェルは舌打ちした。

 

「ユーリもイリスも、これはどう言う冗談かな?私たちは家族、そうだろう?」

 

「そうですね。数十年前なら確かにそう言えたかもしれません。ですが、私とあなたはあの日に決別しました。そうでしょう?」

 

「あたしも、あたしの親であった所長は……あの日に罪を暴かれてユーリに殺された。あたしの所長はもうこの世界にはいない。貴方は所長の姿をした只の群体と同じだわ!」

 

「いけないな、親に向かってそのような口を利いては」

 

やれやれと呆れたように首を振るマクスウェルにイリスは目を閉じて覚悟を決めた。

そして、ポケットから試験官のようなものを取り出してフェイトへと渡す。

 

「これ……」

 

「私のもってるオリジナルのナノマシンよ。アミティエから受け取ったやつなんかよりも強いやつだから使うなら少しだけ使いなさい。それと、ここから丁度真上の衛星に最後の群体のあたしがいるわ。衛星砲の守護用の奴だから宇宙まで上がんなきゃいけないけど……」

 

「大丈夫です!私とフェイトちゃんで止めてきますから!」

 

両手でグッと握りこぶしを作ったなのはにイリスは微笑んだ。

 

「あの人との決着はあたしとユーリでつける。2人には悪いけど宇宙の方を頼むわね」

 

「「はい!」」

 

飛び去った2人を見送ってイリスはユーリの隣へ並び立ち、マクスウェルを見つめ、剣を構えた。

 

「イリスもユーリも私のところへ戻って来る気はないのかい?」

 

「ありません、たくさんの犠牲を払って私を助けてくれたあの子のためにも」

 

「“私”の幸せはもう過去にはないわ。私とユーリのために全てを投げ打ってくれたあの子達のために私はこれから生きる!それが、私の幸せで!私に出来るあの子たちへの償いだから!」

 

確固たる意志で2人の少女は目の前の男に言い放つ。

マクスウェルは不敵な笑みを浮かべて首を振った。

 

「やれやれ、言葉でわからないか。ならばここから連れ出してまた私の子供にしてあげよう!」

 

ノーアクションでアクセラレイターを発動させたマクスウェルに対してユーリとイリスも同時に動き出す

 

「行くわよ!ユーリ!」

 

「ええ!終わらせましょう!イリス!」

 

そして、地上で最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅の翼……魄翼から勢いよく無数の槍が射出される。

フォトンランサーを優に超えるその速度を持って20を超える赤槍が意思を持ったようにアクセラレイター・オルタをフル稼働させて逃げるマクスウェルへと殺到する。

 

「厄介だな、まだこれほどの魔法を隠し持っていたとは……」

 

「そうね、私もこれほどの魔法をまだもってたとは思ってなかったわ」

 

「なにっ!?」

 

マクスウェルの独り言に答えるように同じくフル出力のアクセラレイターを使ったイリスが現れてマクスウェルに蹴りを入れ、追従してきていた赤槍の中へと吹き飛ばす。

 

「ぐあああああっ!」

 

迫り来る赤槍は寸分たがわずマクスウェルへ直撃し、その全てが着弾と同時に魔力爆発を起こす。

 

「やった?」

 

「まだです!」

 

明らかに大きなダメージを負ったマクスウェルだが、爆炎の中から現れたその姿に損傷は見られない。

 

「流石にこの程度ではやれませんか」

 

「当たり前さ、私のこの体はそこらの群体とはそもそも基本スペックが違う。通常の群体の数百倍のコストで私は自分の身体を作ったからね」

 

未だに余裕の表情のマクスウェルにユーリとイリスはあからさまに嫌な顔をする。

 

「傷つくな、そのような顔をされては」

 

「そうですか、ですがイリスの負った心の傷はもっと大きいです!…………行きなさい!セイバー!」

 

魄翼がその姿を剣に変えてマクスウェルへと襲いかかる、

だが、マクスウェルは迫り来る紅蓮の剣を避けて切り払っていく。

 

「相手がユーリだけじゃないこと、忘れてない?」

 

「忘れてないとも、油断は一切していない」

 

飛んでくる紅蓮の剣を叩き落としながら不意に現れたイリスに対しても焦ることなく的確に対応していく。

イリスは手に持った武装を次々と変化させてユーリの放つ無数の魔法に合わせるように戦場を駆け回る。

 

「紫天の書、私とのリンクはどのくらい進みましたか?」

 

《解、現在89%です。盟主ユーリとの完全リンクまであと5分ほどで完了します》

 

「わかりました。それじゃあ私とイリスのリンクは?」

 

《解、現在98%です。盟主ユーリと盟友イリスとのリンクまであと30秒》

 

紅の矢を飛ばしながらそれの中を駆け巡りマクスウェルと戦うイリスを見つめながらユーリは紫天の書とのやりとりを数秒行う。

 

そして、その言葉を聞いてすぐにユーリとイリスの中で“カチリ”と何かがハマったような音が聞こえた。

そして、2人は同時に口角を上げる。

この男に“勝つための手段”の1つがここに出来上がった。

 

イリスという存在はその存在上“魔力”というものを扱えない。

ユーリという存在はその存在上“フォーミュラ”というものを扱えない。

 

たとえ、イリスが持つナノマシンをユーリに与えたとしてもユーリの身体の内側からそれを強制的に消滅させるだけの力を彼女の身体は持っている。

 

ならば、お互いに持つ力をお互いの技に乗せればいい。

ユーリがイリスの攻撃に魔力を乗せ、

イリスがユーリの攻撃にフォーミュラを乗せる。

高町なのはが1人でやっていたことをイリスとユーリ2人で行う。

 

効率が悪い、と言われればそれまでだ。

成功率が低い、と言われても終わりだろう。

一方的な憎しみが長い間続いてそれが少女を傷つけた。

言葉を伝えられずに友を殺め、長い時を経て傷つけられた。

だが、それでも心が繋がっていた時間は少女たちも長かった。

 

「「イリス(ユーリ!)」」

 

お互いに考えることがわかる。

次に何をする、ユーリの魔法の軌道やイリスの駆け抜けるその軌跡がお互いに全て観えていた。

 

イリスとユーリ、2人の力は数秒ごとに進化していく。

戦いの中で2人はさらに加速していく。

矢を放つ速度、剣を振るう速度、剣を飛ばす速度、魔法を発動させる速度、武器を切り替える速度。

その全てが数秒ごとにマクスウェルの許容範囲を超えていく。

 

「……なんなんだ!なんなんだキミたちは!」

 

額に汗を垂らし、追いつかない思考の中でマクスウェルは悪態を吐く。先ほどまでは確かに対処できていた。

だが、これはなんだ。

途端に自身の観測範囲を超える反応を見せた2人にマクスウェルは動揺を隠せない。

そして、このまま最悪の事態が自分の中で導き出される。

 

「私が……イリスとユーリに、負ける?」

 

既に虎の子である“アクセラレイター・オルタ”はフル出力で使っている。身体の負荷も気にかけずに限界を超えるような出力で使用しているはずなのに、自分の身体には次々と傷跡が増えていく。

 

「負けて……たまるかあああぁああああ!」

 

《紫天の書、リンク100%です。盟主ユーリ、盟友イリス。さあ、新たな運命の始まりです》

 

叫ぶマクスウェルと同時にユーリとイリスの間に機械的な魔導書の声が響く。

 

「魄翼っ!」

 

ユーリの背後に翼のように滞空していた魄翼が勢いよくマクスウェルを握るように捕まえる。

 

「これで終わりです、マクスウェル!」

 

「私は罪を償って、大切な友達と家族と一緒に歩き出す!」

 

“あたしを生み出してくれてありがとう、所長”

 

言葉には出さない。

だが、その言葉をしっかりと胸の中で呟いて目を開けた。

 

「イリス、手を握ってもらえますか?」

 

「うん、もちろんだよ。ユーリ」

 

しっかりとお互いの手を握りそして空いた方の手でイリスの持つライフルへと手を伸ばす。

 

2人から溢れ出す魔力とフォーミュラの余剰エネルギーが燦めく星のように2人の周りを包みこむ。

ライフルの先端にエネルギーが充填されるのと同時に2人の周りに無数の魔力スフィアが現れる。

赤、青、紫、白、四色の魔力スフィアは既に20を超えるほどの数が2人の周りに滞空している。

 

「これが私たちが前に進むための最後の一撃です!」

 

「いっけえぇぇぇえええ!」

 

カチリと2人の指が引き金を引いた。

その瞬間、手に持ったライフルから発射されたフォーミュラと魔法の合わさった砲撃とともに炎、雷、闇、光の属性を持ったスフィアから無数の光線がマクスウェルに向かって放たれた。

魄翼に掴まれ、身動きの取れないマクスウェルは為すすべなく光の中に包まれる。

 

ユーリとイリスが放った一度だけの奇跡。

魔法とフォーミュラの融合、ディアーチェたち4人の持つ属性のスフィアから放たれる中距離殲滅コンビネーション『デスティニーズ・プレリュード』

 

轟音と爆風の中からマクスウェルの叫ぶ声が聞こえるが、自分たちの放った技の威力が尋常ではないことくらい2人ともわかっている。

ユーリはマクスウェルへの着弾が確認できた時点で魄翼を自身の元に戻して自分とイリスを守るために魄翼で防壁を作って被害を防いだ。

 

それと同時に遥か上空の宇宙でも爆発が起きた。

2人の少女が桜色と金色の流星となって降りてくるのがイリスとユーリにも観えている。

 

爆発が収まり中心地へ向かえば手足が吹き飛び、外装が剥がれ無惨な姿になったマクスウェルが地に転がっていた。

 

「イリス、ユーリ。君たちにはしてやられたよ。まさかここまでの力を隠し持っているとは思わなかった」

 

既に視界もかすれてよく観えていないであろうマクスウェルが剥き出しになったカメラでユーリとイリスを見る。

 

「私たちはもともとこんな力を持ってたわけじゃないです。クロヴィスが託してくれたこの本があったからたった一度の奇跡を起こせただけ」

 

「奇跡、か。そのようなもの、私はついぞ信じることはなかったよ」

 

吐き捨てるように、しかし感慨深いようにマクスウェルはそんな言葉を吐いた。

 

「ユーリは私を許してくれた。キリエやクロヴィスたちにだってこれからきっちり謝って許してもらっていく。過去はもう戻らない、私たちと所長の過ごしたあの日々は、あの日にもう終わったのよ」

 

「そうだね、それを壊した本人が……私な訳だが。イリス、君はどうする?今ならば私をこのまま殺すこともできる。本当の復讐はそれで終わるよ」

 

目の前に転がる既に機能の停止寸前のマクスウェルを見てイリスは目をそらすことなく真っ直ぐに答えを返した。

 

「何もしない。貴方には『侵略武装マクスウェル』として罪を背負って生きてもらう。あの日、犠牲になったみんなのためにもここで殺して楽な道なんて選ばせてあげないんだから」

 

拳を強く握って涙を堪えてそう告げたイリスにマクスウェルは再び空を見上げて1つ、呟いた。

 

「そうか……イリスも強くなったね」

 

その声は遠い日の優しい彼の声音に重なった。

確かに今マクスウェルは無意識のうちにあの頃の自分のような気持ちでそう呟いたのだった。

 

「あの時、あの黒猫に邪魔をされたのは必然だったわけか……道理で、勝てなかったわけだ」

 

雪のように降り注ぐ白い粒子を見つめながら静かにマクスウェルはその瞳を閉じた。

次に眼を覚ます時は牢獄にでも入れられていることだろうと気を遠くしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間後。

事件の後片付けやゴタゴタが終わり、ユーリやイリスをはじめとしたエルトリア組はエルトリアに帰ることとなる。

事件解決の翌日に復活したディアーチェ、シュテル、レヴィは“ある目的”のため自身たちの再生速度を最低限に抑え、“姿のみ”消滅前の姿で復活して、魔力に関してはほぼない状態でそのリソースを別のところへ回していた。

 

「クロ、まだ起きないね」

 

「仕方ありません、クロはああ見えて寝坊助ですから」

 

浮かんでいる紫天の魔導書をツンツンと突くレヴィを見てシュテルは同じように紫天の魔導書を突いた。

 

「お前たち、その辺にしておけ。そんなことでクロヴィスのやつの寝起きがさらに悪かったらどうする」

 

ディアーチェがエルトリアに持っていくための農業書や建築書を選別しながらシュテルとレヴィに呆れたように声をかけた。

 

「それにしてもあんたたちはクロヴィスのこと“クロ”って呼んでたのね?私もその名前で呼んでもいいかしら?」

 

「ダメだよ〜。それはボク達だけが呼んでいいあだ名!」

 

「ええ〜いいじゃないのよ!私も家族みたいなもんでしょ!?」

 

まさかのレヴィからの否定にイリスはレヴィに抱きついてお腹と顎の裏を同時に撫で回した。

 

「んっ!ちょっ……イリスっ!それダメっ……!」

 

「あんたがここ弱いの知ってんだからね!」

 

猫の頃からの弱点を攻撃されて完全にふやけてしまったレヴィを見てシュテルはそーっとその場から離れる。

今になって思い出したのだ、イリスの撫でテクは自分たちが一瞬で撃沈してしまうレベルのものだったと。

 

「さーてシュテルは……」

 

「わ、私はいいと思いますよ。クロのことあだ名で呼んでも」

 

「ふーん、そうなの?」

 

明日は我が身とはよく言ったものだ。

ここで首を横に振れば同じ目にあうのは必至。

ならばとそこで伸びて痙攣してるレヴィのようにはならないとシュテルは首を縦に振った。

 

「まあ、それはいいわ。それより、久しぶりに撫でさせなさいよ」

 

「えっ!」

 

ほぼゼロ距離にいた為、回避することも出来ぬままシュテルはイリスに捕まってそのままレヴィと同じ末路を辿った。

具体的にはよだれ垂らして虚ろな目で痙攣している。

 

「イリス、そこまでにしてやってくれ」

 

「わーかってるわよ。そろそろユーリも帰ってくるしね」

 

最後の処理を終えたユーリが部屋に戻ってくれば後は明日エルトリアへと帰還するのみだ。

残念ながら、クロヴィスのみがまだ復活できていない為全員で帰還ということは出来ないのだが。

 

「安心せい、あやつなら必ず眼を覚ます。頑張りすぎたから少し休眠が我らよりも長いだけだ」

 

不安そうな瞳で紫天の魔導書を見つめるイリスの頭にディアーチェは手を乗せて微笑んだ。

 

「あんたにそう言われるとなんか安心するわ。流石、あの子達の王様やってるだけあるわね」

 

「当然だ、我は王だからな」

 

ニヤリと笑ったディアーチェに誘われるようにイリスも笑顔になった。

 

プシュッと扉の開く音がすればそこには急いで帰ってきたであろうユーリの姿があった。

 

「ただいま戻りました!クロヴィスは……まだ、みたいですね」

 

部屋の中を見回して1人足りない事実を認識すればユーリはディアーチェの隣の椅子に座る。

 

「明日の出発時刻ですが、地球時間での午前10時だそうです」

 

「そうか、ならば今日はすぐ眠らなければならんな」

 

手元にあったコーヒーを一口すすったディアーチェはユーリの話の続きを待った。

 

「それでマクスウェルですが……」

 

ユーリの口から正式に決まったマクスウェルの処分がみんなに伝えられた。

管理局の軌道勾留場にて数十年の拘束を受けたのち本人の希望次第で管理局に従事との事だった。

 

「そっか」

 

「はい」

 

「殺されたりしなくて…………よかったっ……」

 

静かに涙を流すイリスをユーリはそっと抱きしめた。

そしてその光景をディアーチェとシュテルとレヴィは優しい瞳で見つめるのだった。

 



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Epilogue

今回のお話で“僕たちの宝物”のストーリーは最終話となります。
また、この後のアフターストーリが欲しいと言う方がいましたらアンケートを設置しておきますのでご協力お願いいたします


何もない空間で僕は漂っていた。

瞳を開けることはできない。

四肢に力が入らない。

言葉を発することすらできない。

さて、僕は誰だっただろうか。

そんなことすら思い出せない。

なんでこんなところにいるのか。

どうして、こんなことになっているのか。

 

なにも、わからない。

 

そうして、このまま消えていくのだろうか。

だけど、それでもいいと僕の中の何かが告げている。

やらなければならないことは全てやったと僕の心が告げている。

 

 

“ああ、だったらもう大丈夫”

 

「だが、それではお前が救われないな」

 

“それをキミが言うのかい?”

 

懐かしいような声に僕は反射的にそう返した。

 

「私は十分救われたよ。あの暗闇の中で君に会えたのが私にとって1番の救いだったさ。君と過ごした日々が私にとっての宝物だった。だから、我が友“クロヴィス」

 

聞こえる声にその名を呼ばれた瞬間、全身に力が入った。

視界は開けて、口は自由に動く、言葉を発しようと目の前の女性へと視線を向ける。

 

僕と同じ姿、僕と同じ瞳、僕と同じ声の女性は微笑んだ

 

「私の分まで生きてくれ。あの世界で私の見ることのできなかった美しい世界をその目にたくさん刻んできてくれ」

 

美しく微笑み、僕の胸をトンッと押した。

先ほどとは違う明らかな浮遊感に包まれて僕と彼女の距離は離れていく。

 

お礼を言わなきゃならない。

だけど……彼女の名前が出てこない。

僕だけが呼んだ彼女の名前が…………っ!

彼女に手を伸ばして待ってくれと声を上げる。

だが、僕を見送る彼女はとても清々しいほどの笑顔で手を振っていた。

 

「…………ネ」

 

小さく、それでも確かに頭の中にそれが浮かんだ。

 

「…………ハネ」

 

僕はその名をきっちりと叫ぶように呼んだ。

 

「クロハネ!キミの代わりにたくさん美しい世界を見て回ってくる!キミが救った主の姿も!キミが見たいと言ったものを全てこの目に心に刻み込んでくる!だからその時は……!」

 

「ああ、待っているさ。だから、私に会いにくるのはゆっくりでいい。我が友よ、キミの行く道にたくさんの祝福があらんことを願っているよ」

 

僕から抜け落ちていた思い出が少しだけ戻ってきた。

細かい記憶なんかは思い出せない。

せいぜい僕の名前と大切な家族の名前くらいしか僕には思い出せない。

あとは、直前になにがあったか覚えてる程度だ

 

白い空間に僕1人。

だけど、不安はない。

ここから出る方法も今ならわかる。

 

『行くのか、我が主』

 

手元に純白の剣が現れて僕に問いかける。

 

「行くよ、ブランリュゼール。ここから始めるんだ。僕の命は」

 

手にそれが現れたというのに僕にはなんの影響もない。

この間までの代償が嘘のようにその剣が僕の手にあるのが普通のように感じる。

 

それはきっと僕の髪の毛先が翡翠色に変化してるのが原因なんだろう。きっと、彼らに認められたからこうなったに違いない。

 

「代償はもういいのかい?」

 

『主の見極めはもう終えたさ。これからは我らのことを自由に振るうといい』

 

「そっか、それじゃあ。頼らせてもらうよ」

 

ブンッと純白の剣を横に一閃する。

空間がひび割れ、崩れ落ちていく。

 

「いってきます、クロハネ」

 

“ああ、いってらっしゃい。クロヴィス”

 

親友に送り出されて僕は崩れていく空間を一歩前に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フワッと、風が僕の髪を撫でる。

大きく息を吸えば花の柔らかな香りが胸いっぱいに広がった。

瞳を開けば一面に美しい花畑が広がっている。

天から溢れる優しい光が花畑と僕を包み込み、まるで僕がここにいるのを祝福してくれるように柔らかな日差しを浴びせてくれている。

 

「───」

 

遠くの方から声が聞こえる。

どんどん近づいてくるのを確認できたから誰が走ってきているのだろうか。足取りは急いでいるようで待ちきれないという感情がそのまま乗っかっているかのようだった。

 

「───ス、───ヴィス!」

 

何かと思えば僕の名前を呼んでいるようだった。

ゆっくりと背後を見ればここに来る前に少しだけ思い出せた大切な人たちがその瞳に涙を溜めて僕を見つめていた。

 

「───ただいま」

 

「おかえりなさい!クロヴィスっ!」

 

金髪の少女、ユーリが走ってきて僕の首に腕を回して抱きついた。それを受け止めるように手に持っていた剣を消して僕はユーリを抱きしめ返した。

 

「本当に……ほんとうに……おかえりなさいっ!」

 

「うん、ただいま。ユーリ」

 

僕の首に顔を埋めて泣きじゃくるユーリの頭を撫でながら僕は駆け寄ってきたみんなの顔を見て頷いた。

 

「みんなも、ただいま」

 

「ほんと、クロは寝坊助なんだから……っ!」

 

「私たちが……どれだけ、まったと思って……っ!」

 

レヴィとシュテルがユーリごと僕を抱きしめてくれる。

密かに2人が泣いているのを僕は見逃さなかった。

 

「ほんと、遅いのよ……クロヴィスっ!」

 

イリスが僕の背中から抱きついて顔を僕の横に出して綺麗な笑顔で笑っていた。

 

「あの日、お前が眠ってから今日で丁度10年だ。本当に長かった……長かったんだ……」

 

僕の頭に手を置いて、ゆっくりと撫でながらディアーチェはそっと涙を流す。それを払うように首を振って再び目を開いた。

 

「よく、帰ってきた」

 

「うん、ただいま。ディアーチェ」

 

気がつけば僕の背丈もクロハネよりも少し大きいくらいにまで伸びていた。人で言うところの20歳そこそこといったところだろうか。

 

周りのみんなを見ても最後に見た時とは全然違った。

きっちりみんな成長して一人前の女の子と呼べるくらいに綺麗に成長していた。その過程を一緒に過ごせなかったのは残念だけど、それは僕のわがままだろう。

 

 

 

今の僕にはみんなの名前と少しだけの想い出しか残っていない。

 

あの時、魔剣を継承したことを後悔するかと問われればきっと僕は首を振るだろう。

 

あの時、魔剣を継承したからこそ僕は親友に出会い。大切な人たちがこうして笑える世界を作れたんだから。

 

代償として剥がれ落ちた想い出は沢山ある。

 

沢山、いろんな人と約束をしたような気がする。

 

それももう、思い出せないけど。

 

それでも、僕にはこれから歩んでいける未来(あした)がある。

 

大好きな人たちときっとこれからたくさんの思い出を作っていける筈だ。

 

だから──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間よね」

 

「ですね、観測結果的にあと何分もしないうちに見れると思います」

 

それから数週間後、僕はイリスとユーリに連れられて家から少し遠い山の山頂に足を運んでいた。

かつて僕がユーリとイリスとしていたという約束の1つである“星を見にいく”という約束を果たすために。

 

「ねえ、クロヴィス」

 

「ん?どーしたの?」

 

「あたしね、あんたに会えてよかったわ」

 

星空を見上げながらイリスはなんてことないように僕にそう告げた。その言葉にどんな想いが乗せられていたか、それは僕にはわからない

 

「僕もだよ。イリスに会えてよかったと思ってる」

 

「むー。私はどうなんですかー?」

 

少しだけふてくさったように頬を膨らませるユーリに僕は笑いながら答えた。

 

「もちろんユーリもだよ」

 

「ほんとですか?」

 

「もちろん」

 

その言葉に少し満足したのか僕の肩に頭をちょこんと乗せて重心を僕に預ける。

 

「……はあ、まったく。ユーリの甘えっぷりったらどうしたものかしらね。この2週間、ずっとじゃないの」

 

「数十年間、まともにクロヴィスと触れ合えてなかったですから」

 

「それ、私も同じなんだけどね」

 

呆れ返ったように星空に視線を戻すイリスにつられて僕たちも視線を空へと戻す。

 

その瞬間、

 

 

キラリと一条の流れ星をきっかけとしてこのエルトリアで数十年に一度見れるという流星群が空を埋め尽くす。

 

「……すっごいなあ」

 

「私とイリスがこれを見たのは出会ってすぐの頃でしたね」

 

「そうねぇ、それも50年くらい前になるけど」

 

僕がその光景に釘付けになっているとユーリとイリスはこれを始めてみたときの話を始める

 

「2人ともまだ若いんだから年寄り臭いこと言うのやめなよ」

 

「ひっぱたくわよクロヴィス」

 

「やめてあげてくださいね?イリス」

 

完全に目が座ってるユーリにイリスは少し顔を引きつらせる

 

「冗談よ」

 

「ならよかったです」

 

静かに3人で星を眺め続ける。

圧倒的な光景に心を奪われたようにその光景に釘付けになる。

ふと、隣を見れば幸せそうな顔で空を見上げる2人がいて僕はあの時の選択が間違いじゃなかったと今、確信した。

 

「ねえ、クロヴィス」

 

「クロヴィス」

 

僕の目の前に立った2人を僕は見つめ返した。

 

「私は」「私ね」

 

「「クロヴィスのことが───」」

 

 

 




無事、合計17話で完結いたしました。
毎話感想をくれていただいていた方々、本当にありがとうございました。感想をくれたおかげでモチベーションが上がってここまで来ることができました。
また、この作品に評価をつけていただいた皆様方にも感謝を申し上げます。高評価をくれた方々も厳しい評価をくれた方々にも本当にお礼を申し上げます。

この後のアフターストーリーは前書きにも書いた通り下記にてアンケートを行いますのでそちらにご協力をお願いいたします。


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ユーリ√ そして僕は君の隣にいる
episode1


今日からアフターストーリーを投稿していきます。
結果は
ユーリ→シュテル→ディアーチェ→イリス→レヴィ
の順番になっていきます。
第一弾としてユーリ√第1話です。




僕が目をさましてから数ヵ月後、僕はユーリと一緒に新しく建てた小さな家に2人で住んでいた。

みんなが住むフローリアン家の家からは歩いて5分くらいの場所にポツンとその家は建っている。

 

「で、その後はどーなのよ。ユーリと2人で住んでみて」

 

「僕が目をさましてからとあんまり変わんないかな。僕が眠ってる間に惑星の再生もかなり進んで人も戻ってきてユーリの仕事もあんまりなくなったみたいだし、家の裏に作ってあった畑を2人で育ててのんびりしてるくらい」

 

「ほんとにそんだけなのー?ほら、2人きりなんだし私たちと一緒にいるとできないこととかあるじゃない?」

 

「何を言わんとしてるかわからなくもないけど、ちょっと恥じらいを覚えようか、イリス」

 

そんな僕はユーリがディアーチェたちと買い物に行っている間にフローリアン家にて畑の手伝いをしながらイリスと他愛のない話をしていた。

 

「ま、でも実際。あんたが寝てる間に色々あったのよ。グランツは延命できたとはいえ5年で死んじゃったし、エレノアも今は知っての通りユーリによる治療中でしょ?エレノアの方はまだ初期段階だからなんとかなるけどね」

 

「僕の知ってる2人はまだ小さな子供だったからなぁ。立派な親になってたとはつゆほどにも思ってなかったよ」

 

「それは私も思ってたわ〜グランツとエレノアが?ってキリエとあった頃に考えてたもん」

 

「僕は面影があるかなくらいかな。顔合わせる機会は10年前はあんまりなかったし」

 

記憶の片隅にあるまだ小さかった少年と少女のことを何となく思い出して苦笑する。

こういう思い出は残ってる癖にほんとに大切なものばかり持っていくんだから僕の中にある魔剣にも困ったものだ

 

そうこう話してるうちに少し遠くの方から聞き慣れたエンジン音が聞こえ始める。

 

「あ、ユーリたち帰ってきたわね」

 

「だね、それじゃあお迎えに行こうか」

 

僕とイリスは立ち上がって近くの水道で顔と手についた土を落としてみんなの帰ってくる方へと歩いていく。

家の方まで歩いていくとユーリたちの乗った少し大きめの車はちょうど車庫にあたる場所に入ったところだった。

 

「戻ったぞ」

 

「お疲れ様、目的のものは買えた?」

 

「ぼちぼちといったところだな。外のものは最近はだいぶ出回るようになってきたがある程度揃えるとなるとやはり時間がかかる」

 

「そーよねぇ。とりあえず、ご苦労様♪」

 

ディアーチェとイリスがトランクに積み込まれた荷物を見て話をしていると僕の隣には当たり前のようにユーリが立っていた。

 

「ユーリもお疲れ様」

 

「私は大したことはしてませんから、ディアーチェとシュテルがリストを決めてレヴィがもの凄い勢いで回るだけですからね。私は魄翼を使って荷物を持ったくらいです」

 

そんなことを言いながらしっかりと僕の右手を握っているあたり、みんながいる前では控えるようにはなったがそれでもやっぱり甘えることは辞めないらしい。

 

「いいの?みんないるけど?」

 

「手くらいは繋がせてください。半日もクロヴィスから離れてたんですから」

 

僕が目覚めたその日のうちにユーリは《僕が目を覚まさなかった世界線》の夢を見たらしい。

その日から目が覚めたら僕がいないとか出かけて帰ったら僕がいなくなってるとかそういう風に考えてしまっているみたいだった。

 

だから、基本的には僕のそばから離れないし離れる時も誰かしら必ず僕の側にいた。

流石に僕もこの甘えっぷりというか、くっつき具合はどうかと思ったが、あの日見たこの世の終わりのような顔を思い出すと何も言えないでいた。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、僕とユーリは日課になっているバルコニーで椅子に座りながら星を眺めていた。

 

「そういえば、クロヴィスは何で私を選んでくれたんですか?」

「どうしてって言われもね」

 

ユーリの口からこぼれた言葉に僕は考えた。

イリスとユーリと星を見にいった日、流星を見ながら同時に告白されたあの時、僕はユーリの手を取った。

イリスは少し悲しそうな目をしたけれどすぐに僕たちを抱きしめて祝福してくれた。

 

あの時、僕がどうしてユーリの手を取ったか。

あたらめて聞かれると少し困る。

 

「それがユーリだったからだと思うよ。僕が生きてる中で一番一緒に過ごしたのはこの姿の元となったクロハネだったけど、僕にとって一番大切な人って聞かれると僕はきっとユーリって答えると思う」

 

目を閉じて、再び開く。

満点に広がる星空を見つめながら僕はユーリの瞳を見ることなく言葉を続けた。

 

「僕に生きる幸せを教えてくれたのはユーリだ。僕に暖かい世界を教えてくれたのはユーリだ。僕を生かしてくれたのはユーリだ。だから、自然と僕はユーリの手を取ってたんだ」

 

ユーリを見ると顔を真っ赤にして俯いていた。

少し冷えたユーリの手を取って僕はまっすぐに瞳を覗き込む。

 

「僕はユーリのことが好きだよ。ほんとに大好きだ。だから、ってことでわかってくれないかな」

 

「あ……あう」

 

更に赤くした顔で俯くけど、僕はその顔を覗き込むように少し頭を下げてユーリの顔を見る。

 

「わ、私も……クロヴィスのことが好きです。でも、どうしてって聞かれるとやっぱり恥ずかしくて……言えなくて……」

 

「それでいいと思うよ。僕がこうして人の姿を取っていることが奇跡に等しいことなんだ。きっと、猫の姿のままじゃユーリが僕にこうして恋愛的な感情はむけてくれなかったと思う。だから、僕はそれでいい。ユーリが僕を好きでいてくれて、僕がユーリのことを好きでいられる。40年前には考えられないような奇跡じゃない?」

 

僕が笑ってそう問いかければユーリは頷いて笑った。

 

「そう、かもしれないですね。でも、奇跡でも私はこうして貴方と話せている。貴方に……その、好きだって言ってもらえる。それがたまらなく嬉しいんです」

 

こうして彼女が自然に微笑んだのを見たのは久しぶりだった。

何かに追い詰められるような顔をして、そして僕を見て安心したように胸をなでおろす。

そんな日々の中で自然とあまり笑わなくなっていたのは僕の中でずっと心に引っかかっていた。

 

こんなことなら目覚めない方が良かったと心の底から思っていた。

 

あの頃の僕の願いはたった1つ。

ただ、あの日々の中で笑っていたユーリに戻って欲しかった。

僕たちが遊んでいるところを見て笑って

イリスと他愛のない話をして笑って

僕たちに話しかけながら微笑んでくれたあの日々のようにキミに笑って欲しいだけだった。

 

だから、あの時僕は痛みなんて感じなかった。

欠けて落ちていく想い出に恐怖を感じなかった。

自分が誰だかわからなくなっても始めに誓ったことは何1つ変わらなかった、忘れなかった。

 

僕にとって陽だまりのような笑顔をずって見せて欲しい。

時には曇るかもしれないけど、その時は必ず僕がその曇りを晴らしてみせるから

 

「僕は、どこにも消えないよ。ずっと、ユーリのそばにいる」

 

そっと立ち上がって、目が覚めてからクロハネよりも大きくなった背丈のまま少しだけ背の伸びたユーリを抱きしめる。

 

「だから、安心して眠ってもいいんだ。今日のおやすみの次は明日のおはようが必ずあるから」

 

「本当ですか?約束……してくれますか?」

 

「うん、約束するよ。僕は絶対にいなくならない」

 

10年という月日はユーリにとって大きな傷跡になって残ったとディアーチェとイリスが口にしていた。

あの戦いの日、僕はユーリとイリスが飛び立つ姿を見送ってその姿を消した。

正式には紫天の魔導書の中で眠っていたわけだが、ディアーチェ達が翌日には再び体を構成して戻っていたにもかかわらず僕だけが“抜け落ちた記憶の修復”と“変わりすぎた体の構成”に時間がかかってしまったという。

それでも、結局は記憶の定着が上手くいかなくてこうして僕がみんなのことを覚えてて何があったかとか少しだけある記憶があるだけでもすごいことだとディアーチェは言っていた。

実際はクロハネが僕にとって大切な人の名前と少しだけの想い出のカケラを僕に与えてくれたからこうして何不自由なく過ごせているのだ。

ただ、それだってあるはずのない奇跡だったはずだ。

ユーリのまた夢のように僕が永遠に目を覚まさない未来だってあったはずなんだから。

 

ユーリは僕もすぐ目覚めるだろうと思って日々を過ごしていたが半月経っても一年経っても目覚めなかった僕に言いたい言葉を言えない辛さに押し殺されそうになっていたと聞いた。

 

たった一言

 

“助けてくれてありがとう”

 

それを伝えるのに10年もかかったと目覚めた日にユーリは語ってくれた。

どこか疲れ切った表情で、それでも明るく振舞っていたユーリを僕は見ぬふりはできなかった。

だからこそ、ユーリの告白を受け入れた後はここにこうして2人で過ごし始めた。

少しでもユーリの心の傷を癒せるならと少しでも笑ってくれるならと必死に頑張った。

 

そして、それは報われた。

ほんの少しだけど、まだまだ小さな一歩だけどユーリがちゃんと笑ってくれたんだから

 

「なら、安心できました。クロヴィスは……嘘はいいませんから」

 

うとうとと船を漕ぎ始めたユーリの背中をトントンと小刻みに叩く。

 

「ゆっくりおやすみ。また明日、いっぱい話そうね」

 

「はい……おやすみなさい。クロヴィス……」

 

すぐに小さく寝息を立て始めたユーリを抱きしめたまま僕は星空を見上げる。

ここのところずっとユーリの眠りが浅いのは知っていた。

僕が消えていないか、いなくなってないか心配と不安でまるで確認するかのように目を覚ましては僕の姿を見て服の端をつかんで寝っていたのを知っていた。

 

今日のことで安心して眠ってくれるなら僕はいくらでもユーリに大好きだと伝える。いなくならないと抱きしめて伝えるだろう。

 

ユーリがあの頃のように笑えるまでまだ時間はかかるかもしれない。

けど、僕たちには沢山時間がある。

だから、ユーリ。

これからたくさん想い出を作りに行こう。

君が心から笑えるようなステキな想い出を

 




導入としては少し暗めな感じでしょうか。
それでも、十年間会えなかった重みや苦しみや傷跡って凄いと思うんです。
次回から少し明るめな感じにしていきますのでお付き合いいただければ



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episode2

そして、あの夜から僕たちの距離は少し、いやかなり近くなった。

何しろユーリが僕との間に魔力パスを繋いだことでお互いのことがさらにわかるようになったからだ。

 

そして、更に数ヶ月の月日が経って僕たちはイリス達から少しの休暇をもらってミッドチルダという星に訪れていた。

 

「わっ!見てくださいクロヴィス!くれーぷ……ですって!美味しそうですね!」

 

「ほんとだね、食べてみる?」

 

「いいんですか!?」

 

「うん、まだ3時だし少しご飯の時間遅くすればいいから」

 

屋台のお兄さんにクレープを2つ頼んでお金を払い、テキパキと作られたクレープを受け取って近くの簡易テーブルまで移動する。

 

ユーリが頼んで頬張っているのはイチオシと書いてあった『バナナチョコ&生クリーム』という生クリームをふんだんに使った上にこれまた大量のバナナとその上にこれでもかというほどチョコレートソースをかけた実に甘ったるそうな品物。

ほっぺたにクリームが付いているのを気にしない程度には夢中に食べているユーリの姿を見ると相当美味しいんだろうと僕は心の中で思った。

 

それに僕が頼んだのは『キャラメルクリーム』という商品だった。ユーリのやつ同様にふんだんに使われた生クリームの上に結構な量のキャラメルソースをかけたものだが……

 

うん、甘い。

 

僕がなんとなく最近わかってきたのはあまり甘いものが得意ではないということだった。

別に嫌いなわけではないし食べられないわけでもないんだが……なんでか寂しい気持ちになる。

特にアイスクリームを食べている時なんか一番その寂しさというかそういうのを感じることが多い。

 

「ふふっ、おいしいですね!」

 

幸せそうな笑顔で僕をみるユーリに僕は頷く。

 

「僕のやつも食べてみる?」

 

「いいんですか?」

 

「うん、ユーリの好きそうな甘さかなって思うよ」

 

ユーリの口の前にクレープを出してやればユーリは笑顔のまま僕の持つクレープにかぶりついた。

ゆっくりと咀嚼しながら幸せそうな表情でほっぺたを持ち上げている。

 

「美味しい?」

 

「美味しいです!」

 

ずっと幸せそうな笑顔でクレープを食べるユーリを見て僕も自然と笑みがこぼれていた。

 

クレープを食べ終えてそのまま公園でゆっくりしていたところで、僕はユーリにこの星に来た目的を話すことにした。

 

「そういえば、なんだけど」

 

「はい?」

 

「僕がなんでこの星に来たがったかまだ話してなかったなと思って」

 

「ああ……そうでしたね。楽しくてすっかり忘れてました」

 

ユーリは少し顎に手を添えて考えたみたいだが、結局わからなかったのか首を傾げた。

 

「どうしてこの星にしたんですか?地球とかでも良かったと思うんですけど……」

 

「うん、普通にユーリと旅行なら地球でも良かったんだけど。昔に夜天の書の中で出会った子との約束を果たすのに、ね」

 

シュテルから事前にもらっていた僕があった時はまだ少女だった女性の写真を僕はカバンの中から出してユーリに見せる。

 

「これは……フェイト、ですよね?」

 

「そう、彼女の亡くなったお姉さんの残滓と夜天の魔導書の中で出会って、その時に成人した彼女の写真を墓前に持ってきてくれって頼まれてて……ここ最近、断片的にだけど記憶を誰かが繋いでくれてるおかげなのか思い出せることも多くなってきて、その約束を思い出したから……っていうのもあったんだ」

 

あの時であった小さな少女との約束を少し過ぎてしまったけど果たそうと思ってここへやってきた。

もともと、僕1人で来る予定ではあったんだけどユーリが離してくれないからこうして一緒に来ることになってしまったんだけど

 

「クロヴィスにとって大切な約束なら護ってあげないといけません。何より、亡くなった方との約束ならなおさらですよ」

 

「……ありがとう。それじゃあ、少しだけ寄らせて」

 

ユーリと手を繋いで少し遠くにある墓所まで向かっていく。

徐々に人通りが少なくなっていって緑あふれるその場所にたどり着く頃には人気は完全に亡くなっていた。

 

たくさんの人が眠るこの大きな墓所の中で僕は導かれるようにその墓石の前に足を運んでいた。

 

紫天の書を呼び出してその中に収めて持ってきていた花束を墓石の前に写真と一緒に置く。

 

「約束、遅くなったけど果たしに来たよ。生前のキミは僕のことを知らないと思うけれど、あの夢幻の世界で君とあった黒猫だ」

 

手を合わせて何十年も前に旅立ったという少女に向けてせめてもと思い、祈った。

隣ではユーリも一緒に合掌して祈ってくれている。

 

「実は僕も成人したフェイトちゃんには会えてないんだ。僕にもいろいろあって10年近く眠ってたからね。ここに滞在してるうちに会えれば……とは思ってるんだけど、それも難しいだろうね」

 

僕が暮石に話しかけている間、ユーリは一言も喋らずに僕のことを見つめていた。

その後も少しだけ現状のことを話して僕は写真を回収して暮石の前から立ち上がった

 

「もういいんですか?」

 

「うん、もともと話した時間は少ないんだ。これだけ話せれば十分だよ。それじゃあ、いこっか」

 

「そうなんですか……」

 

手を繋いで最後に暮石を見返す。

 

“ありがとう……約束、守ってくれて”

 

風に乗ってそんな声が聞こえた気がした。

僕はそっとその言葉に頷いてその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓所を出た頃にはすっかり日は暮れ始めていた。

ディアーチェが予約してくれた宿泊先はここから少し離れたところにあるようで、僕たちはゆっくりとそこを目指して歩いている。

 

「クロヴィスにとって、一番大切なものってなんですか?」

 

唐突なその質問に僕は不思議に思いながら困ったように答えた。

 

「僕にとって一番大事なのはユーリだけど?」

 

「あの、そういってもらえるのは嬉しいんですけど、そうじゃなくて……その行動というか、そういうのを決める時に一番大切にしてることです」

 

そう言われてみて、僕は少し考えてみた。

僕が行動を起こす時に一番大切にしていること……

考えてみて、思い当たるもの、と言われれば思い浮かぶのは

 

「……約束、かな」

 

「約束、ですか?」

 

「うん、僕が眼を覚ます時にクロハネ……えと、リインフォースに後押しされて眼を覚ましたんだけど、その時に約束をしてきたんだ」

 

「…………」

 

「彼女の分まで生きて、この目に美しい世界の景色を焼き付けていくって。きっと、あの時イリスが僕に渡した因子……えと、クロノ……だったけ?あの子の因子をもとに形を作っていたらいまきっとここに僕はいないと思う」

 

少し歩を緩めながら僕はゆっくりと語る。

 

「ユーリといま一緒に居られるのは本当にクロハネのおかげなんだ。だから、この約束だけは絶対に守らないといけない。それに、世界を旅するっていっても1人じゃないしね。僕もユーリも性質上実質不老不死みたいなものだし、エルトリアがもう大丈夫になってイリス達がゆっくりできるようになったら一緒に旅をしたいなって思ってたくらいだから」

 

ついつい、話しすぎたかなと思って隣を見れば顔を真っ赤にしたユーリが俯いたまま口を開いた。

 

「えと、それはアレでしょうか……私とこの先も一緒に居てくれるということで……」

 

思ってたことをそのまま口にしたからか、いま言わなくてもいいことまでいってたみたいだと思いながらも僕は頷いた

 

「うん、僕はそのつもりだった。もちろん、ユーリが迷惑じゃなければの話だけどさ」

 

「私は……その、寧ろ大歓迎といいますか……嬉しいですけど……」

 

僕はその答えに頷いて少しだけ強くユーリの手を握った。

 

「ならよかった。ここで拒絶されてたら僕は泣いてたね」

 

冗談まじりに笑ってそう口にすればユーリもそれにつられて笑う。

 

そうして、僕たちは宿泊先のホテルまで雑談をしながら歩いて行った。

 

 

新暦75年の9月18日の出来事だった。

 

 

 

 



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