主人公の名前はコミカライズの名前を採用。
───朝ですよ、マイトリックスター
長年聞き続けてきた馴染みのある声を受け、深く沈んでいた意識が覚醒する。
薄らと瞼を開けば、視界に入ってきたのは中学卒業を機に越してきて以来、毎朝目にする無機質な天井。
カーテンの隙間から差し込む朝陽が目覚めの時を告げていて、今日も『彼女』は日々の務めの一つだという目覚まし係の仕事を全うしてくれたようだ。
ありがとう、と心の中で感謝の念を述べると、どういたしまして、と優しい声音が返ってきたような気がした。
「んぅ……何だ、もう朝か」
ベットから体を起こすと、隣で眠っていたであろう
その姿を見て、そう言えば昨晩はモルガナと随分話し込んでしまったのを思い出す。
悪いことをしてしまったかと申し訳ない気持ちになりながら、まだ寝ていてもいいんだぞという旨を寝惚けながら爪の手入れを始めたモルガナに伝える。
「………いや、ワガハイとアキラは一心同体。アキラが起きるならワガハイも起きるぞ」
一瞬逡巡した様子を見せたモルガナだったが、迷いを払うように頭を振ると軽快な足取りでベットから飛び降りた。
先に行ってるぜ、と言い階段を下りていくモルガナを尻目に、モルガナを拾って世話をし始めてもう五年以上経つのかとどこか感慨深い思いを抱きながら、ベットを後にし事前に用意していた制服を手に取り手早く着替える。
白のタートルネックに黒いブレザー、そしてサスペンダーが付いたチェック柄のズボンを履けばそれで終わりだ。
変な所がないかと鏡を見れば、元々癖の強い髪質だからか幾つか主張の激しい寝癖が気になった。
直すべきかと悩んだが、洗顔と歯磨きのついでにやろうと決めて階段を下りてリビングへ向かう。
「お、来たなアキラ」
リビングへ向かえば既に朝食を終えたのか、モルガナが定位置の鞄の中に納まっていた。
机の上に置いてある置き時計に視線を向ければ、どうやらゆっくり朝食を取る余裕はあるようで一安心する。
「昨日作ったカレー食べるのか?」
その言葉に頷きながら鍋の火をつける。
適温になるまで少し時間がかかるので、その間に洗顔を済ませておこうと洗面所へ向かう。
一応弱火にしてあるので大丈夫だとは思うが、念のためを考えモルガナに火を見て置くように伝えたので万が一はないだろう。
そう考えながら洗顔を済ませていると、背後からスリッパの足音が耳に入る。
「んむっ──…、鼻が……」
そしてそのまま背中に衝突。
一息ついて後ろを見やれば、鼻頭を押さえる妹分の姿があった。
おはよう、と声をかければ妹分──佐倉双葉は寝惚け眼を擦りながら、消え入るような声でおはようと挨拶を返してくる。
おそらく昨日は遅くまでゲームをしてたかアニメを見ていたかしていたのだろう、若葉さんが本部に泊まると言っていたから大体の見当はついた。
「違う……最近イレギュラーな
そうだったのか。
そうとは知らず邪推してしまったことを謝罪すれば、頭撫でてくれたら許す、と言うのでそれくらいで良ければと若葉さんがしているように頭に手を置き優しく擦る。
───アキラー! そろそろだぞー!
んふふー、とだらしない声を溢す双葉に苦笑しながら満足するまで頭を撫でていると、リビングからモルガナの声が響いた。
そう言えばカレーを温めていたんだった……完全に忘れていた。
「ん? この匂いは……カレー!」
リビングに続くドアを開けていたからか、カレーの匂いに釣られた双葉は一目散に駆けていってしまった。
洗顔するためにここに来たんじゃないのかと呆れつつ、しょうがないなと濡らしたタオルを持って双葉の後を追う。
「モナー、おはよー」
「おいちょッ、やめろフタバ!」
リビングへ向かうと双葉に弄り倒されてるモルガナがいた。
モルガナの声は双葉には聞こえないが、何となく何を言いたいのかは分かるとは本人の談なのでおそらく確信犯なのだろう。
止めてくれアキラ! と戻ってきた自分に言うモルガナだが、生憎と火を止めなければいけないので見捨てざるを得なかった。
「なーあきらー、わたしの分もある?」
モルガナを弄り終えて満足したのか、どこかウキウキ気分の双葉にタオルを手渡しながら頷く。
視線を動かしてモルガナを見れば、ぐったりした様子で裏切り者……と呟いていたので、放課後にスーパーでマグロやトロの入った寿司を買うことで手打ちにしてもらった。
「そう言えばゴローがいないな。まだ寝てるのか?」
食事の席にて、未だ下りてこない同居人の部屋を見上げながらモルガナが言った。
その言葉にそう言えばと思い、もしまだ寝てるなら遅刻してしまうかもしれないので起こしてくるという旨を双葉に伝えると、
「んー? ごろうなら予定があるから先に行くって昨日言ってたぞ」
「マジかよ。ワガハイたち何も言われてないぞ」
モルガナの言葉に同意を示そうとしたところで、そう言えば数日ほど前にそんなことを言われたような気がしていたのを思い出す。
その時はちょうど防衛任務でモルガナが双葉と待機してた日だったので、モルガナがそれを知らないのは当然だ。
「まぁアイツは色々と忙しそうだからな。帰って来たらご主人から教わったコーヒーでも淹れてやれよ」
主にメディアの出演等の打ち合わせで本部と
「あきらは今日本部に寄るのか?」
双葉からの疑問に首を横に振る。
召集を受けたら話は変わってくるが、今のところ本部に顔を出す用事はない。
何かあるのか? と聞いてみると、どうやら日用品の買出しに行きたいから付き合ってほしいとのこと。
それくらいであればお安い御用なので、双葉と放課後に買い物に行くことを約束した。
「約束ノート……今週の課題は友だちと一緒に買い物に出かける、あきらは友だちだし何も問題はないよな!」
おそらく若葉さんの言ってる友だちというのは学校の友だちだと思うのだが、双葉自身もどこか諦めたような眼差しをしているので指摘するのは止めておいた。
◇
秀尽学園高校。
支部から自転車を飛ばして三十分のところにある、三門市に数あるごく普通の進学校の一つ。
陸上やバレーに力を入れていて、全国でもこの二つの部はかなり有名なのがこの学校の特徴だ。
ただボーダーの提携校という訳ではないので、ボーダー隊員としては同じ三門市の高校ならボーダーの提携する高校に通ったほうがいいのだろうが、若葉さんから、
『好きなところに行きなさいそのための支部所属なんだから』
と言われたので中学時代の友人たちと同じ高校を選んだ。
明智からは色々文句を言われたが、今では秀尽を選んで良かったと心から思えるので若葉さんには感謝してもしきれない。
「はよーっす」
校門前につくやいなや肩に腕を回され人一人分の体重が上乗せされる。
重い……、と思うのと同時に視線を向ければ、中学からの付き合いの友人──坂本竜司が体操服の姿でそこにいた。
なぜ体操服? と考えたが、竜司の後から続くように現れた同じ体操服姿の学生を見て陸上部の朝練かと納得し挨拶を返す。
「リュージおまえ、重いわっ!」
と、竜司の腕に押し潰されて窮屈になったのかモルガナが鞄から顔を出した。
「お、モナじゃん。はよっす」
「はよっすじゃねーよ! 死ぬかと思ったわ謝れ!」
「ハハハ、相変わらずにゃーにゃーうるせぇヤツ」
「殺す」
モルガナが日々手入れを欠かさない爪を出したのを見て慌てて鞄の中に押し込む。
流石に朝から、それも人の多い校門前でのご法度はいただけない。
噂に名高いボーダー隊員だからと色々目を瞑ってもらっているが、本来秀尽でのペットの持ち込みはアウト。
問題なんて起こそうものなら本部に話がいくし、そうなったら多分モルガナは毎日家で留守番だ。
だからこれはモルガナのためでもある。
「あ、竜司に暁じゃん。おはよ」
「アン殿……むがが」
「おっす杏」
想い人の登場に荒ぶるモルガナを鞄のチャックを閉めることで事なきを得て、改めて杏に挨拶をする。
杏は鞄の中で暴れるモルガナを見て首を傾げていたが、特に気にすることなくスルーすると竜司へ視線を向けた。
「竜司あんた、早く着替えてこないと遅刻するよ? あんたのクラスって一限牛丸でしょ?」
「げっ、そういやそうだった! わりぃ暁、俺もう行くわ!」
そう言うと竜司はその快速を活かして陸上部の部室へと走っていった。
その姿を杏とともに嘆息しながら見送り、杏の私たちも行こっかという言葉に従い教室へ足先を向ける。
「それにしても最近物騒だよね」
教室へ向かう途中の杏の言葉に首を傾げる。
何か今朝のニュースでやっていたのだろうか、今朝は双葉がフェザーマンの録画を見ていたのでサッパリだ。
「あれ? 暁ってボーダー隊員だから知ってるかと思ったけど……ほら、最近警戒区域の外にも近界民が出るって有名じゃん?」
警戒区域の外、……というと朝に双葉が言っていたイレギュラー門のことだろう。
確かに最近どういう訳か警戒区域以外にも門が開くようになった話は有名だ。
なるべく市民の不安を煽らないようにと、メディア対策室長が裏で正隊員に巡回の範囲を広げる指示を出しているが、その成果は微妙なところだ。
ボーダーには門を誘導する装置があるが、イレギュラー門はその誘導に引っかからず大規模侵攻の時のように三門市のあちこちで開く。
それを考えたら、確かに杏の言う物騒という言葉は的を得ているだろう。
「ま、もしウチに来ても暁がいるから大丈夫だよね!」
そんな杏からの信頼の言葉に任せろと頷く。
ボーダーの提携校ではないので、ボーダー隊員は校長曰く自分しかいないようだが余程の大群でなければ問題ないだろう。
ボーダーに入りたての頃に明知や双葉から仮想訓練室で扱かれた記憶が酷く懐かしい。
「大丈夫だ! アキラがやられてもアン殿はワガハイが必ず守る!」
「モナ、授業中は静かにしないとダメだよ?」
「全然伝わってない!?」
そんなこんなであっという間に時間は過ぎていった。
◇
──…放課後。
双葉と約束していた日用品の買出しだが、ボーダー本部からの予期せぬ連絡を受け
、やってきたのは警戒区域に登録された無人の市街地。
本来なら今日防衛任務を行う筈だった部隊が体調不良で全員欠席ということで、特に予定がなかった自分にその役目が回ってきたのが切っ掛け。
『うー、なんでよりによって今日なんだ。訴訟も辞さない』
オペレーターを務める双葉は楽しみにしていた予定を反故にされご立腹だ。
その気持ちは分からないでもないが、これもボーダー隊員としての務めなのだからあまり文句を言ってはいられない。
『休日出勤だー! ブラック企業だー!』
『まぁまぁいいじゃねぇか。この前はご主人の所にいて防衛任務に参加してなかったし、鈍った勘を取り戻すいい機会だろ?』
『むー、モナが私をバカにしてるような気がする……この、このッ』
『ちょやめろフタバ!』
通信越しでも仲睦まじく(?)じゃれあっているのであろう二人を思いながら時間を潰していると、突如として空に黒い穴が開いた。
『ほらフタバ、来たぞ敵!』
『ん? ──…、あーバムスターが二体だけだ、雑魚だ雑魚』
門から現れたのは民家を上回る巨大な怪物。
近界民──正確には彼等が作り出したトリオン兵と呼ばれる怪物は、周囲を軽く一瞥した後に自分という獲物を見つけたのか、高らかと雄叫びを上げるやそのまま突き進んで来た。
『───やっちまえ、あきら』
その言葉に笑みを浮かべ、懐から取り出したトリガーを起動する。
『我ながら完璧なデザインだな、惚れ惚れする』
瞬きの後にトリオン体に換装され黒のロングコートが風に揺れる。
真紅の手袋が握るのは傑作と謳われるトリガー『弧月』に並び立つ『スコーピオン』と称される攻撃主専用トリガー。
トリオン体の違和感は皆無、体調も問題なし。
であれば、眼前の相手に負ける道理は一切ない。
「行くぞ」
大地を蹴り上げ飛翔する。
生身では到底太刀打ちできないトリオン兵も、トリオン体ならばその立場は逆転する。
大口を開けて自身を呑み込もうとするバムスターの動きを先読みし回避して、狙うはその口内にある弱点たるモノアイ。
バムスターの攻撃を避けモノアイと交差したその一瞬を捉え、スコーピオンでモノアイを斬り裂く。
噴水を彷彿させるように夥しいトリオンが噴出すが害は一切ないので気にしない。
注意を向けるのは着地の隙を狙っているもう一体のバムスター。
『サポートは?』
「必要ない」
副トリガーにセットしていた拳銃を取り出し、迫り来るバムスターのモノアイへその銃口を向ける。
そして呑み込まれる瞬間に引き金を引き、モノアイが撃ち抜かれた。
『敵全滅、お見事』
そのまま地面に着地し戦闘終了。
……と、思ったが。
『ん? ……すまんあきら、まだ生きてるっぽい』
完全に核が砕かれなかったのか、撃ち抜いたバムスターが起き上がり特攻してくる。
そんなバムスターにスコーピオンを手に対応しようとしたところで、
「詰めが甘いな──…」
言葉の後、銃弾が砕き損ねたバムスターの核を完全に貫いた。
核が砕かれたことで動きを停め地面に倒れこむバムスター。
そのバムスターの上に、気づけば人影が一つあった。
「無事かい?」
どこか小馬鹿にするような口調で、明智吾郎がそこにいた。
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来栖 暁②
「───少し見ない間に随分腕が落ちたようだけど、もしかしてスランプかい?」
門から出てきたトリオン兵たちを弧月で苦もなく斬り伏せながら明智が嗤う。
余所見どころかコチラの動きを観察しながらでもトリオン兵相手に傷一つ負わず立ち回れるのは、やはり流石と言わざるを得ないだろう。
だが、腕が落ちた覚えはまったくない。
それを証明するように、スコーピオンを握る手に力を込め周囲のバムスターのモノアイだけを両断する。
「へぇ……まぁ、それぐらいやって貰わないと足手まといだけどね」
そう言って、明智は弧月専用のオプショントリガー『旋空』を起動すると後方から砲撃を繰り返すバンダーたちを薙ぎ払い壊滅させた。
如何に相手が機動力のないバンダーと言えども、ここからバンダーのいる場所まではかなりの距離がある。
それを弧月のブレードを拡張させる機能を持った旋空を使ったからといって、あれほどまで伸ばせるものなのか……否、ボーダーでも最高峰の域に立つ明智だからこそ可能な技なのだろう。
流石A級隊員、と言うと早く上がってきなよと言葉を返される。
分かっていて言っているのだろうが、一応無理だと首を振っておく。
「部隊に入るなり作るなりすればいいじゃないか。今の君なら引く手数多だろう?」
モールモッドのブレードを掻い潜りながら明智は言う。
確かにA級に昇格すれば様々な恩恵を受けられるだろう、給料だって今より幾分も貰えることは確実だ。
だが、自分は今の立場に満足している。
トリガーを改造したいとも思っていないし、別段お金に困っているわけでもない。
そして───A級隊員になって遠征に行きたいとも考えていない。
であれば、他にA級に上がりたいという隊員の道をわざわざ阻むことはないだろう。
「ははっ、その言い草だとまるでA級に上がろうと思えば上がれるように聞こえるね」
トリオン兵の中でも最高の硬度を持つモールモッドのブレードを難なく斬り裂いて、明智は意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
そういう意味で言ったわけでは当然なかったが、確かにそう捉えられてもおかしくなかったなと内心反省する。
だが自信がないというわけではなかった。
だから、少なくとも一対一なら絶対に負けないと、モールモッドのモノアイを拳銃で撃ち抜き笑みを溢す。
「──…調子に乗んな」
その答えに満足したのか、薄く笑みを浮かべた明智が上空でトリオンキューブを展開する。
その大きさは並みのトリオン能力では決して作り出せないほど巨大なもので、この防衛任務の幕引きを予感させるには十分な代物だった。
「合わせろ暁」
「ああ」
何をするのか、そんなことは言われずとも理解できた。
明智に倣うようにトリオンキューブを展開し、周囲の残りのトリオン兵の位置を視界に収め、十六に分割したトリオンキューブの道筋を脳内でイメージする。
「バイパー」
そうして放たれたトリオンの弾丸が迫り来るトリオン兵たちの体を貫きその動きを瞬間的に停止させる。
それを大きく後方に跳躍しながら確認すると、明智の準備はとっくに終わっていたのかその巨大なトリオンキューブを四つに分割して手を下した。
「メテオラ」
静かに紡がれた言葉とは対照的に、地面に立つトリオン兵たちに降り注いだ弾丸は着弾と同時に大きな爆発を引き起こし、その巨体を瞬く間に塵へと帰していった。
後に残ったのは大きく抉られた地面と、誰も居なくなったその大地に華麗に着地を決めた明智のみだった。
「これで終わりかな?」
『門反応なし、──…お疲れさんだ二人とも。オーバーキル気味だった感は否めないけどな』
少しやりすぎじゃないか、という考えはどうやら双葉も同じだったようだ。
当の明智は、どうせ誰も住んでないんだから問題ないよ、とどこ吹く風だがそう言うことではないと思う。
まぁ、それは一端置いておくとして……どうして明智は今日の防衛任務のことを知っているのだろうか。
本部からの連絡では自分にしか連絡を入れていないとのことだったが。
「イレギュラー門のことで少し調査してたら偶々見かけてね。そのまま見過ごしてもよかったけど、どうせ戻るところだったしそれならと思ってね、……もしかして迷惑だったかい?」
そんなことはないと首を振り助かったと言えば、明智の頬が緩み君一人でもどうにかなったとは思うけどね、と返される。
まぁ自分一人でも大丈夫だと判断されたから自分のところに連絡が来たのだと思うが、それでも一人でやるより手間なく片付いたのは事実だ。
そう言うと相変わらずお人好しだねと呆れらたが、よく分からなかった。
『男のツンデレって需要あるか? しかもごろーのって』
『ゴローは素直じゃねぇからなー』
「黙ってろ」
双葉だけでなくモルガナにも何となくバカにされたのを察したのか、明智の顔が不機嫌そうに歪む。
そんな通信越しに明知をからかう双葉とモルガナという光景を目にしながら、帰ったら一波乱ありそうだと嘆息しながら、明智と共に帰路につくのだった。
◇
「───そういやごろー、イレギュラー門のこと何か分かったか?」
皆で夕飯を食べ終え一人若葉さんの夜食の準備をしていると、双葉が不意に思い出したようにコーヒーを口にする明智へそんな言葉を投げた。
その言葉にそう言えばイレギュラー門のことで支部に用があると明智が言っていたことを思い出し、気になったので双葉同様に明知を見やる。
「何か分かった、というよりは原因っぽいものを掴んだっていうべきかな」
「え!?」
「マジか!?」
双葉とモルガナが目を見開いているのを横目に、何が原因だったんだ? と明智に聞くと明智は傍に置いておいた自前のアタッシュケースを開くと、幾つかの資料を出して机に広げるとこっちに来てと手招きする。
「僕が今日調査していた時に見つけた新種のトリオン兵だ」
そう言って明智が指差したのは今までのトリオン兵と比べるとかなり小柄な、それこそ掃除ロボット程度の大きさしかない未知のトリオン兵だった。
「戦闘力は皆無。多分C級でも余裕で倒せるくらいの雑魚、ということしか今は分かってない」
「コイツはどうしたんだ?」
「若葉さんのところに持っていったよ。こういうのはエンジニアの連中に任せたほうが早いだろうし」
エンジニアとはボーダーのトリガーや近界の技術の研究に携わっている人たちのことで、双葉の母親の若葉さんはその中でも五人しかいないチーフエンジニアの一人だ。
「お母さんから連絡はあったのか?」
「今のところは何も。コイツがどういう能力を持ってるのか分からない以上、慎重に調べるに越したことはないしね」
「しかしゴローのやつは何でコイツがイレギュラー門に関わってるって分かったんだ?」
モルガナの疑問は最もだろうが、よくよく考えればそんな難しい話でもない。
今まではイレギュラー門なんて発生していなかったし、こんな未知のトリオン兵もボーダーでは確認されていなかった。
イレギュラー門の発生と明智がこのトリオン兵を発見したのは同時期のこと。
だったらこのトリオン兵がイレギュラー門に関わっていることは明白だ。明智もそれが分かってるからすぐに若葉さんのところに持っていったのだろう。
「うーむ……一応わたしの方でも調べて置きたいから資料コピーしてもいいか?」
「構わないよ。元々若葉さんに双葉に
「おまっ、なんで帰ってきてすぐ言わなかったんだ!」
「誰かさんのせいですっかり頭から抜け落ちててね」
「うぐっ」
確信犯だなゴローのやつ、というモルガナの言葉に同意しながら改めて資料に写る新種のトリオン兵を観察する。
このトリオン兵がイレギュラー門に関わっている以上、何かしらそれに通じた機能を持っていると考えるのが筋と思うが、そもそも門は何十人分ものトリオンと専用の装置を使って開くことを可能にしている。
だからトリオンの障壁を遣って限られた時間の間で門を強制封鎖するとも出来るし、その装置の機能を逆手に取って門の発生場所をある程度誘導することも出来る。
しかし見た限りだとこのトリオン兵には門の発生装置は搭載されてるように見えても、それほどまで莫大なトリオンを内包しているようには思えなかった。
仮にこのトリオン兵がイレギュラー門を開いているとしたら、どうやってそのトリオンを賄っているのか。
「相変わらず鋭いね暁。僕の考えではトリオンを賄う別のトリオン兵がいるか、それとも何か別の手段でトリオンを賄っているかの二択だ」
「んー、──…前者で考えるとイレギュラー門の発生が少な過ぎるから、多分後者だな」
「だろうね。方法は分からないけど、野放しにしておくには危険すぎる」
「ちょっと調べてくる」
いてもたってもいられないと、双葉はすぐコピーして返すからと明智に言うと資料を持って自室へ行ってしまった。
双葉には防衛任務などでオペレーターをやって貰っているが、若葉さんと同じく元々はエンジニアの人間だ。
それに若葉さん譲りの頭脳も持ち合わせているので、この件は若葉さんと双葉たちエンジニアに任せて置けば問題ないだろう。
「後はこのトリオン兵の特定と捜索、そして駆除だけど……まぁその辺も大丈夫なんじゃないかな」
特に焦ってる様子もなく優雅にコーヒーを嗜む明智は、ボーダー本部がある場所へ視線を向けながら言葉を続けた。
「迅悠一が動いてる。それに何か掴んだみたいだし、僕たちが表に立つことはないだろうね」
◇
「よっ、暁」
明智の言った通り、というべきか。
いつものように自転車に乗って秀尽へ向かおうとすると、背後から声をかけられ振り返れば迅さんがいた。
取りあえず、おはようございます、と挨拶をして何の用ですか? と首を傾げると迅さんは昨晩明智が持ってきた資料と同じものを手にして眼前に掲げた。
「昨日明智が若葉さんのところに持ってきたこれ、助かったよ。お陰でイレギュラー門の問題は今日中に何とかなりそうだ」
「ゴローのやつ、お手柄だな!」
「お、相変わらず鞄にモルガナ入れてんのか。よしよし」
モルガナを愛で始めた迅さんに苦笑しつつ、どうやって解決するつもりなのかを聞いてみる。
「ほい、これ」
すると手渡されたのは『命令書』と書かれたボーダー本部からの用紙。
それを受け取りどんな内容なのかと読んでみれば、今日の昼から大仕事があるから基地に戻っておくように、と記されていた。
大仕事、というと間違いなくイレギュラー門関連のことだろう。
それに昼からということは学校は早退することになりそうだ。
「若葉さんにはおれから伝えておくから、明智と双葉ちゃんには暁から頼むよ」
分かりました、と頷くと迅さんは他にも渡すやつらいるからーと去っていった。
「大仕事かー、何やるんだろうな」
さぁ? とモルガナに返答しながら明智と双葉宛てに迅さんからの用件をメールで送っておく。
明智は今日も早く支部を出ていったし、双葉は昨晩のイレギュラー門の調査が祟って恒例の爆睡中だ。
ああなった双葉は何をやっても起きないので、もしかしたら昼からの大仕事にも間に合わないかもしれないと若干不安になりつつ、そうなった時のために何か言い訳を考えておこうと思いながらモルガナと秀尽へ向かった。
◇
その後、早退とかずりぃ! と言う竜司との一悶着があったが、特に遅刻することなく指定されたボーダーの基地前へ到着することが出来た。
双葉はどうやら支部に戻ってきた若葉さんに叩き起こされたようで、今は技術開発室で若葉さんの仕事の手伝いをしているのだとか。
正直言い訳が何も思いつかなかったので素直に寝てますというしかないかと諦めてたが、やはり若葉さんならあの状態の双葉を起こせる何かがあるらしい……今度それとなく聞いてみようか。
「ん……? 来栖くんじゃないか!」
それでこの後はどうすればいいんだろうと考えていると、嵐山さんが駆け寄ってきた。
「全ボーダー隊員に召集をかけたと迅が言っていたが、来栖くんのところもだったか」
私生活が優先される支部所属の隊員の中でも、若葉さんが責任者の自分たちの支部は特にその傾向が強い。
だからてっきり学業を優先して来ないのかもしれないと思われても仕方ないことだが、流石に本部から召集がかかればそうも言っていられないだろう。
それに今回の事件は放っておくことは出来ない、というのは自分たちの支部の総意でもある。
「イレギュラー門には俺もほとほと困っていたところだ。一緒に解決できるように頑張ろう!」
「く、くくく来栖先輩!?」
嵐山さんの快活な言葉に返事をするといつの間にか木虎が後ろに居た。
というより、木虎は嵐山さんの隊の一員なのだから嵐山さんの近くに居ても何ら不思議なことではないだろう。
少し見れば時枝や綾辻の姿もあるのが分かる……佐鳥はどこにいるんだろう?
「来栖先輩、俺ならここ──ぶべっ」
「お久し振りです来栖先輩! 最近本部の方に顔出されていないようで心配しました……あの、もしお時間があればまた模擬戦していただけませんか?」
佐鳥らしき人影が木虎に吹き飛ばされる姿を幻視してしまったのだが、あれは指摘した方がいいのだろうか。
「サトリ……」
モルガナが何やらかわいそうな視線を向けているから触れないほうがいいのだろう。
そう結論を出して木虎に向き直る。
本部に顔を出せてなかったのはもうすぐ期末テストだからなのと、友だち(竜司たち)の勉強に付き合っていたからという旨を説明し、テストが終わってからであれば本部に顔を出せる機会も増えるだろうからその時にまた模擬戦をしようと木虎に言うと、
「はい、楽しみにしてます!」
と、溢れんばかりの笑顔で返されたので、それだけ楽しみにして貰えると何だかこっちも嬉しくなってつい笑みが漏れてしまう。
「あれ? でも藍ちゃん年末は結構お仕事溜まってなかったっけ?」
「───……」
だが綾辻の言葉で木虎の表情が固まり……そのまま崩れ落ちた。
そう言えば明智も年末は結構忙しくなるって言ってたし、同じくメディア出演してる木虎たち嵐山隊も結構ハードなスケジュールをこなすことになるのだろう。
そう考えたら何だかまだ中学生の木虎や後輩の時枝、同い年の綾辻が可愛そうに思えてきたので、今度本部に顔を出すときは何か甘いものでも差し入れしを持っていこう。
「嵐山さん、来栖先輩。そろそろ始まるみたいですよ」
そんなこんなで時間を潰していたら、迅さんの言っていた大仕事──新種のトリオン兵の一斉駆除が始まった。
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