PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) (双葉寛之)
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EPISODE:1 Rev1.0

執筆しなおした"リビジョン版"
正しい文法ではないでしょうが、ここ最近統一した書き方で整えてみました。
試しに載せてみます。


 夏を目の前にしたこの時期、7月というのは憂鬱なものである。

 

 いかにも暑い日差しにビーチが似合いそうな響きのする月ではあるが、今の時期――特に7月の初めというのは梅雨真っ只中であり、暑くなっていく気温に加えて強い湿気を好む人間というのは中々いないと思う。

 

 それでも、学期末考査――1学期の期末テストが終わったこの日は、テスト期間ということで部活動を禁止されていた生徒達、とりわけ運動部員にとっては勉強漬けから開放された素晴らしい日と感じたことだろう。

 

 そんな今までの抑圧されてきたストレスを発散しようといわんばかりの威勢のよい掛け声、ボールを打つバットの乾き響いた音。学園生活の青春を描くような爽やかさを見せるこの夕方。

 

 屋上のフェンス越しに校庭を見下ろす生徒――小木曽雪菜は校庭の部活に励む生徒と対称的に物憂げに、何度もため息をはいていた。

 

 

――わたしも、部活に入っておけば良かったかなぁ……。

 

「はぁー……」

 

 またため息がこぼれる。

 

 学園に入って以来。自分という個性を人前に出すことを戸惑い続けながら早2年と少し。

 もう少し経てば同級生たちは部活動を引退する時期だというのに、今更何を思っているんだと、雪菜は自嘲する。

 

 悲しい出来事があった中学時代。明るく社交的だったばかりに起った、ありがちだけど――辛いこと。

 その二の舞いを演じることはないようにと、当たり障り無く、波風を立てぬようひっそりと過ごした結果。

 念願叶って辛かったり悲しい経験を再び味わうことは無かったが、その代わりに取り立てて楽しいことや嬉しい事、充足感を得ることもなかった。

 

 親しい友人といえばクラスメイトに一人、女子バスケの部長を務めている子とは交友があるが、それも親友かと尋ねられると、自分が壁を作っているだけに返事に詰まる。

 

 あとは去年から急速に仲良くなった男子生徒――それこそ休みの日に一緒に遊びに行ったりする程の付き合いがある男子生徒はいるのだが。

 学校内では気を使っているのだろう。話しかけてくることは無かった。

 

 それもこれも、大人しく暮らそうと思ったのに選出された挙句、1位を取ってしまったミスコン――ミス峰城大付属のせいだろう。

 

 自分という個性を強く出さないでおこうとした足かせか、積極的に拒否することが出来なかったせいで、2年も連続して優勝してしまったそれは、雪菜にとって、全くありがたいものではないし、むしろ恨めしいタイトルであった。

 

 そんな人間と親しく話をする男がいては周りから恨まれる。

 決してそういう意味でその男子生徒は避けているのではなく、彼は学校内で評判の悪い。所謂不良生徒の烙印を押されている故に雪菜にあらぬ噂が立たぬように配慮して避けている。

 そんな彼の変なところに気を配る優しさがまた、今の雪菜には孤独感を強く与えていた。

 

 つい最近、その男子生徒に愚痴をこぼしたことを思い出す。

 

 

――寂しいならよ、いつまでもウジウジしてないで行動しろよ? 今からだって遅くねーよ。世界はお前にとって辛いことを与えるかもしれないけどさ、楽しいことだっていっぱいある。そう悪いことばかりじゃないぜ?

 

 今どき流行らない、脱色した明るい髪にだらしのない挑発――まるでどこぞのホストみたいな格好をしている彼は、とてもそうは想像が付かない程親身になって話を聞いてくれていた。

 

 

――わたしは変われるかな。そうしたら男子生徒(拓未くん)は、学校でもわたしと仲良くしてくれるかな。

 

 そうはいっても永きに渡る学園生活ですっかり染み付いたこの性格、どうやってチャンスを掴めばいいだろうか……。

 

 

「はぁ……」

 

 また深い溜息。幸せが加速を付けて自分から離れていきそうなほど哀愁を漂わせる。

 

 

「あっ……」

 

 階下の教室――音楽室から聞こえてくるギターの旋律。その音色を耳にした雪菜は一瞬、目を大きく開かせると、心のなかに染み渡らせるように、ゆっくりと細め、閉じていく。

 

 

――今日も弾いてるんだ……!

 

 クリーントーンのエレキギター――手放しに上手だとは決して褒められない。けれども1ヶ月前よりかは遥かに上達したその旋律。

 その上に、1ヶ月前も手放しに上手だと、掛け値なしに上手だと断言出来るピアノが優しく導くように寄り添うように重なり。雪菜のお気に入りの曲のイントロを奏でる。

 

 雪菜はこの時間が好きだった。放課後、どういった間隔かはわからないがたまに彼女の大好きな――けれどももう、10年も前の古い古い曲。

 

“WHITE ALBUM”

 

 それが今年の春から始めたであろう、ギターの男の子の練習の題材に使われているのだ。

 

 

 ギターの男の子。

 

 軽音楽同好会の子。

 

 去年の学園祭の辺りから何度か目にした男の子。

 

 雪菜の数少ないクラスメイトである友達――水沢依緒が言っていた事を思い出す。

 

 

 曰く、軽音楽同好会は解散の危機らしい。

 

 曰く、軽音楽同好会はボーカルが欲しいらしい。

 

 

――立候補しちゃおうかな。いやでもわたしなんか……。それに恥ずかしいし。

 

 相変わらずウジウジした自分の性格を恥ずかしいと頭をブンブンと音が鳴りそうなほど左右に振りながらフェンスを握り再び校庭を見やる。

 そこに先程回想した愚痴相手の――拓未と雪菜が指した男子生徒が、校庭を歩き、校門に向かっていく姿を見かける。

 

 おそらくまた、進路指導の教師――諏訪に呼び出され今まで説教をされていたのであろう。ふてくされた態度が容易に想像がつくその足取りを見て雪菜はふっと笑う。

 

「そっか……ちゃんと、テスト受けていたんだね」

 

 彼が、テスト期間であるにもかかわらず、何かの目的の為にだろうか……精力的に、積極的に活動し、多忙を極めていた事を雪菜は思い出す。

 

 

――そうだね。立候補、出来なくても。今ここで、歌うことくらいなら……。

 

 自分もいつまでも殻に閉じこもっていてはダメだ。少しでも外に飛び出さないと。

 

 

 そう決心した雪菜は、目を閉じて深呼吸し、しっかりと見開いたあと曲に集中する。

 

 ……が、次の瞬間には決心した相手――”WHITE ALBUM”は最後のサビが終わりエンディングに向かっていった……。

 

先程までの気持ちの高鳴りの落とし所がない。後悔と共に萎んでいく……。

 

 

「…そんなのって……ないよ……」

 

 雪菜の学園生活で一世一代の覚悟は脆くも崩れ去り……。

 

 

――やっぱり、すぐに行動するべきだった。でも、歌いたかったな……”WHITE ALBUM”……。

 

 意識せず勝手に流た涙を拭いながら、少し早いけどアルバイトに向かおう。そう思いながら踵を返そうとしたとき……。

 

 

「ああっ……!」

 

 再びギターのイントロが響いてきた。

 

 さっきと全く同じ音――けれども音に纏う空気感の違いから録音したものだと判る。

 

 イントロにピアノが重なってきた。恐らく先ほどの練習の確認の為に再生しているだけだろう。

 

 

―― 演奏に合わせてじゃないけど、録音が相手だけど。

 

――けれども……届いて、わたしの”想い”!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『――すれ違う毎日が 増えてゆくけれど ――』

 

 

 

 

 

 

 一度歌い出してしまえば、あとは簡単だった。

 緊張してどうしよう、と思った気持ちも忘れ去り、勝手に動く唇はメロディを口ずさんでいく。

 

 本当は録音じゃなくて生の演奏で一緒に心を交わしたかったけれど。それでもわたしも、少しでもあなた達と同じ気持ちを共有したい!

 

 

――わたしに気付いて!

 

――わたしを仲間にいれて!

 

自分の胸の内を。学園に入学してからずっと出すことを抑えていた自分の気持を。

 

 

――隠すのはやめて、わたしはみんなと打ち解けたいの!

 

 

 

 

 

『――アルバムの空白を全部 埋めてしまおう』

 

 

 

 

 久しぶりの、永く忘れていた感情が終わりを告げるのは突然だった。

 1コーラスを歌い終わったのと同時に、金属製のドアが乱暴に、急いで開け放たれる。

 

 

 

「――小木、曽……?」

 

 

 

 金属製のドア、階段の出入口のドアを開けながら、男子生徒は雪菜を確認すると息を切らしながらも呆然と、自分の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――小木、曽……?」

 

 急いで階段を駆け上って乱れた呼吸を整えようとする男子生徒――北原春希は呆然と呟いた。

 

 

 彼、北原春樹は先程までクラスの”お隣さん”であり、軽音楽同好会の仲間であり、そして自分のギターを指導してくれる師匠でもある、自身はピアノ担当である女子生徒――冬馬かずさから、席を外すからその間に録音した先ほどの曲を確認しておけと”指示”されていた。

 

 大好きな”WHITE ALBUM” 指導をお願いして以来、初めて一曲通しでの練習だった。

 胸が高鳴らないはずがない。ワクワクを抑えずにレコーダーの再生ボタンを押す。

 

 自分の拙いギターの音色が流れる。それでも、かずさに教わってからはまともに聞こえる音になったと思う。

 

 

 相変わらず惚れ惚れするようなピアノの旋律が寄り添うように重なり……歌い出しの部分が始まる。

 

 

――Aメロの出だしから少しもたついてるな……。

 

 そう自己分析出来る程度には上達していた。注意深く再生される音に耳を傾ける……。

 

 集中して聞くその音に、違和感を覚える。

 

 

――なんだろう。しっくりくる違和感……って、日本語おかしいな。

 

 自分はこんなにボキャブラリーの貧困な人間だったろうか。変な自嘲をしながらもその違和感の原因を辿る。

 

 スピーカーじゃないのだ。外か? 誰か、歌ってる……!

 

 慌てて開いてる窓から身を乗り出す。歌声の向きは定まっていないのか、大きく聞こえたり、小さくなったり。何処から聞こえてるのかははっきりわからない。

 

 わからないがこれだけ聞こえるというのは割と近い。大声を出せる場所……上か?

 

 春希は弾かれるように教室に身体を戻すと慌てて――しかしスピーカーを窓の外に向けるくらいには落ち着いて、教室を飛び出した。

 

 

 もちろん今向かう先が確実な訳ではない。違うところで歌っている可能性も充分にある。

 だが、賭けるしかないのだ。

 全力で走るしかないのだ。

 何故ならば、今。自分が想像していたどんな人より。誰よりも”WHITE ALBUM”にピッタリの声

 

 つまりは春希の求める理想の歌声の人がそこにいるのだから……!

 

 階段を駆け登る。運動部の部員ほど鍛えられていない自分の肺が、心臓がもどかしい。焦ってもつれそうになる脚を必死に抑えながら屋上に繋がる出入口に辿り着き、倒れそうな程身体を押しこみ扉を開いた。

 

 

 

 日没までにはまだ時間のある、けれども少し茜色に染まりつつある陽を背景に。綺麗な、薄茶色がかった髪が踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっ…?」

 

 久しぶりの心地よい時間を乱暴な音と自分の名を呟く声に邪魔され、雪菜は我にかえる。

 

 立候補する勇気はないけど、この歌を聞いてスカウトしてくれたらいいな、届いてほしいな。そう思っていた癖にいざ歌い始めると最初の目的はすっかり忘れ去られていた。

 

 だからこそ、意識していないからこその突然の事態に雪菜は驚き目を見開き、手を口に重ねて当てる。

 

 

 簡単に言えば、混乱し(テンパッ)ていた。

 

 

「え…? あ、あの……。わたし……え。……あ、なんで?」

 

 これが2年間の集大成か。取り繕うことが出来ない状態でまともな言葉を紡ぎだすことが出来ない。

 

「あ……あの、わたし。やってませんから! これは何かの間違いなの……!」

 

「はぁ……?」

 

 保安員に万引きが見つかった少女のようなセリフを放ち始めた雪菜を見て、ようやく心臓がいうことを聞き始めた彼、北原春希は思わず間の抜けた返事をしてしまう。

 おかげで呼吸よりも、興奮していた思考のほうが先に落ち着いてしまった。

 

 

「あの、驚かせてごめん。俺、同じ3年のE組、北原春希っていうんだけど別に警察……じゃなくて、歌声が教室の外から聞こえて、慌てて駆け上って……」

 

「う、うん……」

 

 

「別に文句とかじゃなくて。その、俺の理想の”WHITE ALBUM”の歌声だったから……つい」

 

 

――あっ!

 

――わたしの気持ちが、届いてくれたの?

 

 言葉に出来ない嬉しいような、感謝のような、達成感のような、今までの事が報われるような。複雑で形容しがたい感情が心のなかに広がっていく……。

 

 

「小木曽……あの……。っ……!」

 

 春希は言い出しかけたのを一旦堪え。そして覚悟を決めた目で雪菜を捉える。

 

 

「小木曽……。俺の……俺達の軽音楽同好会に入っ――!?」

 

 そして溢れだした感情は遂に心のダムを決壊してしまう。

 

 

「ぐすっ、うぇぇ……ふぇぇぇぇぇぇん!!」

 

「えー!?」

 

 意を決して、まるで愛の告白をするような意気込みで雪菜を誘おうと言葉を発し終わる前に突然雪菜は泣き始める。

 

 いきなりの事態にさっきとは正反対に春希がテンパる。

 

 

――ど、どうすれば……。俺なにかしたっけ!? っていうか、どうやったら泣き止んでくれるんだ? こういうときは……ヒッヒッフーと呼吸を……って違う、小木曽は妊婦じゃない!!

 

 掛けて良い言葉が見つからずあたふたとする春希の前で遂に雪菜は崩れるように座り込む。

 混乱したまま手をかけようとしたそのとき――

 

 

「北原ッ!!」

 

 怒声が背後から鳴り響く。怒りの主は、彼のクラスメイトであり”お隣さん”であり同好会のメンバーでありギターの師匠であり……つまりは先程自分に”指示”を与えてくれた女の子、冬馬かずさだった。

 

 かずさから見て春希の姿は逆光になっており、春希本人かどうかははっきりとはわからない。

 わからないがそんなことは些細なことと無視して怒り上げながら”春希”であろう方向に歩き進んでいく。

 

 

「お前、舐めてるのか!? あたしお前に言ったよね!録音聴いとけって!

 ……って小木曽、雪菜?」

 

 ようやく目が慣れ、中腰になっている春希を見たかずさは絶句する。

 泣き崩れる小木曽雪菜の肩を掴みながら明らかに理性のない顔(驚いている+テンパっているだけ)で振り向く春希。

 

「……なぁ、北原。どうしたってんだよ。

 ……お前、そんな奴じゃないって思ってたのに。

 ……小木曽、大丈夫か? 何をされた?」

 

 

 全く予想をしていない内容であるかずさのセリフにギョッとする春希の後ろで、先程まで泣きじゃくっていた――今ではエグエグとすすりながら泣く程度までは回復した雪菜は 。

 

「えぐっ……、北原くんが……。

 えぐっ……、いきなり……。ぐすっ……、急に。わたしを……、その……!!」

 

 

――北原くんがいきなりやってきてわたしを軽音楽同好会に誘ってくれたの

 

 

「えっ、小木曽……さん? 間違ってないけど正しいこと言ってくれないとそれじゃ俺冬馬に……」

 

 

「うわぁぁぁぁん!!」

 

 傍から聞いたら完全に犯罪者と間違われかねないセリフを吐きながら再び決壊する雪菜。

 

 訂正を求めるも再び泣き崩れる雪菜を見て混乱の極地に達しながらも、もう全て手遅れだと悟る。

 

 だって自分の後ろでは……かつて見たことがないほど顔を真赤に染めながら身体をふるふると震わせているかずさ。

 その表情は怒りか、蔑みか、信じてた者に裏切られた絶望か……。

 

 形容しがたい程の恐ろしい表情を見せながら、長くスラリとした、誰が見ても美しいといえる右足を、言葉に出来ない感情をその右足に込めるかのように、斜め後ろに弓引く。

 

 

「きぃたぁはぁらぁ……!」

 

「た、頼む!冬馬!話を聞いてく――ひぃっ!」

 

 

――どうしてこうなるんだろう。

 

――どうしてこうなっちゃうんだろう。

 

 そんなこの世界には存在しない似たような舞台背景の某ゲームの冒頭のシーンみたいなセリフを頭に浮かべる春希をかずさは待ってはくれず。

 

 夏の盛りも始まろうとする7月最初の金曜日の夕方。茜色に染まりつつある空に似つかわしくない、重く痛々しい音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 




前半部分を割と大幅に加筆や修正をしたのですが、これがいいかどうかは判断付きません。

ですが最初に書いた時よりかはマシだろうと思い差し替えてみます。


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EPISODE:2 Rev1.0

リビジョン版。
後半はちょくちょく変えていたので主に前半、千晶の部分を修正。


 夏服の衣替えから1週間と少し、昨日は快晴だったが、今日は午後から曇りが見える。

 明日から天気を崩す模様――そうテレビで天気予報をしていた6月の第二水曜日。

 目前に梅雨入りが迫っているのかもしれない。明日からの雨の分も励むべく部活動に勤しむ運動部員を普段なら情緒を感じながら見ていたかもしれない。

 しかしそんな気分には到底なれないと、演劇部の部長、瀬能千晶は彼らには目もくれずズンズンと渡り廊下を大股で歩いて行く。

 

 千晶は”演劇部部長”という肩書以上に、演劇というものに情熱を注いでいた。

 役を演じること、つまり役になりきる時。その役の過去の経験、今の心情。その全てを吸収し自分の糧とする。

 彼女は演劇を通して様々な人間の感情というものを貪欲に求めていた。

 

 故に、去年の3年生が引退してからというものの、部全体の実力の低下に千晶は苛つく。

 拙い演技しか出来ない部員に苛つき、上手く指導出来ていない自分にも苛ついている。

 上手く役をこなせないのならいっそ舞台上から消えた方がいい。そう切って捨てたい気持ちが強いがさすがにコンクールでそれは出来なかった。

 

――今年の高等学校演劇発表会は優勝は無理かな。

 

 あぁ、駄目だ。イライラして気持ちが悪い方向にしか考えられない。早く喉を潤したい。自販機はまだだろうか。

 何か気分転換となるような刺激が欲しい。そう、こんなときは炭酸飲料がいいかな。

 

 そんなことを考えながら食堂を通りかかった所で意外な人物がテーブルに向かって唸っているのを見かける。

 放課後の、閑散とした学生食堂で考え混んでいる仕草の人物、学年でも有名な優等生だ。

 

 学年の優等生――北原春希。

 真面目でお節介焼き。東に困った人あれば手を差し伸ばし、西に悩んでいる人があれば共に考え知恵を貸す(正しい言葉ではないが)

 

 お約束に違わず、先程述べたような典型的な優等生であり。演劇に傾倒するあまり落第寸前の危機に瀕している自分とは正反対に、常に学年上位をキープする成績優秀者。

 

 おそらく3年生の間で『いいんちょくん』と言えば誰しも春希のことだと理解するだろう。1年次2年次と彼とお同じクラスだった生徒達は勿論、教師陣からも信頼されている。

 そういう意味で彼は有名であった。

 

 そんな彼の、けれども今までの経歴――誰にでも平等に接するように、何も浮ついた話を聞かない。そんな彼らしからぬ顔を目にした千晶は足を止める。

 

 彼のその表情はおよそ勉強や頼まれごとで考えたり、悩んだりしているそれではない。

 伊達に演劇部部長――自身は全国大会に出れるほどのレベルで通っている千晶には、春希が普段通りの顔を装っているものの、時折――物憂げな表情に、しかし何か鬼気迫るような雰囲気を作る瞬間を見逃すほど、表現というものに疎くは無かった。

 

――あの顔は……おそらく。

 

 役者としての直感。女性としての直感。たぶん、どちらも正しいのだろう。そして、普通の者が見せない思いつめたような表情からは、瀬能千晶としての直感。それらを信じた千晶は舌なめずりをすると『いいんちょくん』に気付かれぬよう彼の背後に回りこむことにした。……面白い悪戯を思いついたという表情をしながら。

 

 よほど集中しているのか全く気付く気配のない春希。その後ろから彼の手元を覗き見る。

 参考書や教科書でカモフラージュしているが、彼の視界の中央には図書室で借りてきたであろう『開桜社 基礎シリーズ 作詞の仕方 プロに学ぶヒットソングの技法』と、書き殴るためのメモ紙。そして何度も消して書きなおしたと思われる作りかけの詞だった。

 

 千晶はスッと目を細める。歌詞の一言一句見間違えないように注視する為に。

 

 プロの作詞家には到底及ばないであろう言葉の選び方かもしれない。実際に曲を乗せると無理がある構成かもしれない。けれども、その文章は、彼の心の底からの情景をありのままに映しだしていて。そんな注文など蹴飛ばしていいくらい千晶の心に染みていくものだった。

 

 今まで、様々な物語――中には当然、恋愛者も含まれていて、その役だってこなしてきた千晶。

 恋や愛というものを理解して演じていた千晶。

 演技の完成度の高さゆえか、演劇で彼女の恋人役を演じた男達はことごとく彼女の虜になる程、完璧といえる程恋愛というものを理解はしている。

 

 けれども、自身は一度も経験したことがない本物の恋愛感情。彼の心の中はどのような気持ちで溢れているのだろうか。爽やかで甘酸っぱいのだろうか。それともドロドロと渦巻いているのだろうか。

 

 その”生”の感情をノートに打ち付けている彼、春希に千晶は只ならぬ興味を覚えた。

 

 

 

 

 

「あなた、恋しているのね……」

 

「ッ……!?」

 

 突如、背後から首に腕を回して抱きつかれながら耳元で囁かれた春希は声も出ないほど驚く。

 身体が硬直し、呼吸をすることを忘れ、囁かれた方を見ることすら出来ない。

 

 

「驚かせちゃった? 北原くん」

 

 ようやく硬直が取れる春希。「うあぁぁっ!?」と叫びつつ下手なホラー映画を見るよりもよっぽど早く心臓を動かしながら千晶の下から離れ、レブリミットを超えそうな胸元に手をやる。

 

 

「ごめんね? あんまり真剣に取り組んでいるものだからついつい気になって覗きこんでしまったよ」

 

「っていうか、誰? なんで俺の名前を知って……」

 

 ぜぇ……ぜぇ……と、普段の、噂通りの彼――安全志向で冷静沈着で全てが計算通りであると言わんばかりの落ち着きのある人物。とは全く違う状態の、彼の呼吸を整えようとする余裕の無い反応を見て満足感を得る千晶。そしてさも意外だと言わんばかりに応える。

 

「あなたほど模範的な生徒という意味での有名人はいないよ。北原くん。先生からの信頼も厚く、定期テストの結果発表じゃいっつも上位をキープ。そして去年の学園祭を実質掌握していた実行委員。」

 

 まさに理想の高校生よねー。と続けながら千晶は彼の問に応え忘れていたことに気付く。

 

 

「っと、返事が逆になってごめんね。私は瀬能千晶。G組だよ。よろしくね」

 

 そして「いやー、それにしても意外なもの見れたよ。良かった良かった」と再び千晶はカラカラと笑い始めた。

 

 

「そうかい……。で最初の言葉はどういう意味だったのかな」

 

 なんなんだよ、この女……。と憮然とした表情も隠さずに春希は応える。――歌詞を書くことと恋愛している事は関係ないだろという態度を出しながら。

 

 

「どういう意味もなにも、そのまんまの意味だよ。こんなに激しく切なく心から想いを紡いでいる『恋文』はなかなかお目にかからないよ」

 

「そういう設定の歌詞なんだから。しょうがないだろ。実際の俺の気持ちとは別だよ……」

 

 いかにも感動した。と気持ちを込めた声色を出しながら千晶のその瞳は相手は誰なの? と興味津々の色を隠していない。

 

  ふぅっと息を吐きながら、更に言葉を続けようとした春希を遮るかのごとく千晶は春希に近づきスカートを押さえるように手を膝に当てる。そして意識してかしてないでか胸元を強調するよう――もちろん意識して行っていることだが。春希を下から覗き込むように見上げる。

 

 

「北原くん」

 

 不意に――反応する暇も無く春希の顔に手を当て耳元に口を近づける千晶。

 傍から見るとまるで春希の頬にキスでもしているように見える距離で。

 最初とは正反対の向きから、囁くように、しかし強烈に。千晶は彼に対して更に爆弾を投下した。

 

 

「そんなに、好きなんだね。『冬馬、かずさ』さんのことが」

 

 

「はふぇっ……!?」

 

 息を吐くのか吸うのかどちらを取っていいのかわからない声を上げながら、どうしてそれを。という目で千晶を見る。

 そして同時に自分の態度でその指摘が間違ってないことを示してしまったことに気付いた。

 

 実際は、ノートの横のメモ紙に『冬馬』や『かずさ』と書きなぐられているのを見たから確信していたのだが。

 

 

 ――私は何でも知ってるんだよ。

 

 そんな言葉が出そうな表情をしつつ、テーブルに右手を乗せて身体を預けながら千晶は最初の驚き方以上の顔を見せる春希を見つめていた。

 無言の勝利宣言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「春希ー! はやくぅ、ご飯食べに行こっ!」

 

  明けて木曜日。午前最後の授業が終わった後、前日の予報通りの雨。

 そのジメジメとした湿気を吹き飛ばんさんとすべく、さぁ昼食だ!とにわかに活気づきはじめる教室。

 その教室――春希の所属するE組にまるで顔パスだと、クラスメイトだと、皆おつかれー!といわんばかりの自然さで入室し、机に座っている春希の右側から声を掛けたのは、親友である飯塚武也でなく、水沢依緒でもなく。春希にとって昨日の悪夢の張本人である彼女。

 親友のと同じクラスの、G組の瀬能千晶だった。

 

 

「なんでお前こっちに……。っていうかお前、名前で――」

 

「いいじゃんいいじゃん。昨日あんだけ深く語り合った仲じゃない。

 そんなことより、お腹すーいーたー!」

 

 千晶の発言にクラスの中では「あれってG組のあの瀬能だよな」や「えー、北原くん瀬能さんと付き合ってるの?」とか「堂々と交際宣言!?」とか飛躍しながらヒソヒソとこちらを眺めている。

 

 語り合ったんじゃなくてズカズカとお前が探りを入れてきたんだろ! と交際云々は否定するがそれ以上は教室中を鎮めるのにすっかり疲れ果てて反論する余力を春希は持ち合わせていなかった。

 

「はぁ……。もういい。飯、行くんだろ。早く行こ――」

 

 春希が言い終わる前にこの混乱の元凶、千晶は彼女から向かって春希の後ろ――左隣りに位置する席で顔を伏せたまま眠っている”お隣さん”に声をかける。

 

 

――あ、やばっ

 

 ギョッと千晶の動く方向へ首を向けながら、昨日の件が春希の脳裏をよぎる。

 からかいのネタとしてかずさに接するのか、それとも暴露するのか……。

 春希は身体から嫌な汗が吹き出てくるのを感じる。

 

 

「春希の、隣の席の~、冬馬さんだよね~? 冬馬さんも一緒に――」

 

 千晶の言葉を遮って”お隣さん”は椅子をずらす。床と椅子の足が擦れる音がひときわ大きくクラスに響き渡った。

 

 起き上がった”お隣さん”――冬馬かずさは春希と千晶、二人を一瞥することもなく無言で教室の外へ出て行く。

 

 あっ……、と声を出し左手を冬馬が出て行った場所に伸ばしたまま春希は固まる。

 

 先程まであれだけ賑やかだった教室が静寂に包まれる。が、次の瞬間には「おおう、修羅場か?」とか「三角関係の予感!?」とか「宮崎先生の授業に似た展開なかったっけ?」とかそれまで以上に激しい”ヒソヒソ話”が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、岩津町。雨は上がり、気温はそれほど高くないまでも相変わらずどこかしらジメジメとしているのは梅雨ならではだろうか。

 

 かずさは帰宅後、不快な気分を一掃しようとバスルームへ赴く。

 嫌なことも何もかも綺麗さっぱりと流すかのように、頭から降り注ぐ暖かいシャワーが心地いい。

 

 

 

 

 結局。その日かずさは放課後まで教室には戻らなかった。

 

 生徒の間では”開かずの間”と言われているここ――第二音楽室でかずさは荒々しく鍵盤を叩いていた。その音色は怒りと、誰を責めるのかできかねているかのような理不尽な迷いとが混在する奏者の、乱暴に鍵盤を叩く力が奏でる音だった。

 

 かずさは何故、自分がこんなに苛ついているのかよくわからなかった。

 ただ、いつも彼女がピアノで"壁越し"にギターのサポートというべきか、指導をしていたクラスメイトの"お隣さん"――春希がだらしない顔をしながら他所のクラスの女と話していただけだ。

 

 いつも面倒を見てあげていた自分を放っておいて違う女――自分が初めてみた相手と仲良くしていた事に嫉妬したのか?

 

 

――いや違う。自分はそんな女々しくはない。第一、北原のことなどなんとも思っていない!

 

――そうだ。あれはきっと、ちっとも上達せずに女にフラフラする、教え子の不甲斐のない軟派な姿を見たからだ。

 

――あぁ、不愉快だ。不愉快だ。

 

 かずさの心の叫びが鍵盤を通して音に現されたのか、その日――”木曜日”だが、隣の第一音楽室で下手くそなギターが聴こえることは無かった。

 彼女の音がギターをひくことを躊躇わせたかどうか。今はひたすらがむしゃらに弾いていたかった彼女にはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 やはり湯上がりというのは気持ちがいい。身も心も軽くなった気がする。

 バスルームから湯気をこぼしながら出て、誰が見ても褒めるであろう黒髪をドライヤーで乾かしながら時計を見やる。

 20時を回る前だ、まだ時間に余裕はある。

 自宅に帰ってくるまで浮かべてた難しい顔をシャワー上がりからは一転して穏やかにして、かずさは私服に着替える。

 

 もともと身の回りに頓着しないかずさは化粧をすることは殆ど無い。しかしほんの少し薄くする程度だが今日くらいはと、あまり多くはないが一通りは揃えている化粧道具を収納した棚に手を伸ばす。

 

 30分後、支度を整えたかずさは家を後にする。さすがにいくら暖かくなって日没までが長くなったといえどこの時間住宅街は静かだ。そんな中、かずさが向かう先は付属もある町、南末次町にあるファミリーレストラン、グッディーズだった。

 

 

 グッディーズの敷地にたどり着くとかずさは駐輪場のほうを見やる。

 そこには停めてあるビッグスクーターの横で紫煙を燻らす男――かずさが待ち合わせている男が居た。

 彼もまたかずさを見つける。色を抜いた長髪をテールアップにしている軽薄そうな容姿。

 どうみてもかずさには似合わない感じの男だが、かずさは彼を見つけると弾むような軽い足取りで向かっていく。

 

 

「久しぶり、待った?」

 

「久しぶり、かずさ。もう少し待たせてくれても良かったくらいだよ」

 

「あたし、タバコ嫌いなんだけど」

 

 彼は、苦笑し謝りながら手元の火を消してかずさに並ぶと、店内に入るため一緒に歩き出した。

 

 

 

 




あまりに酷い出来だと、逆に手を付けられない。
そんな典型例を強く感じる今日このごろ。

千晶ってのを表すのは難しいですね。この宇宙人っぷり。雪菜以上に書きにくいです。


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EPISODE:2.5

実は、今まで舞台は2008年だと思い込んでいたですが2007年ですよねこれって。なんで勘違いしていたんだろ。

細かいところは変更していかなくちゃ。


 2007年4月9日 月曜日

 

 昨年よりもいくらか開花が早かったせいか、すでに桜は葉をつけて萌葱色の青みをうっすらと含ませはじめた始業式の日。

 

 付属に入学し迎えた、三度目の春。

 

 新しいクラス編成の発表を見て、去年からの級友おなじクラスで安堵する者。好意を寄せた者と同じクラスになったのか薄く頬を染めてはにかむ者。逆に離れてしまい悲しむ者。その他色々の表情を浮かべる者達がいる新しいクラスを眺めながら、彼――北原春希はどちらかと言うと後者の感情を持っていた。

 

 1年、2年と共に過ごした親友、飯塚武也とその幼なじみである水沢依緒と三年間同じクラスという淡い期待は失われ、離れ離れになってしまった事がその感情の原因であった。

 

 尤も、寂しいという気持ちも持ちあわせているのだが、大半は『あいつらきちんと宿題提出出来るだろうか、定期考査はともかく小テストは大丈夫だろうか。問題をおこなさないだろうか』といったお節介、ともすればお前はおふくろか!というような心配事が占めていたのだが。

 

 春希にしては珍しく呆けたような顔でそのような考えを運ばせているうち、SHRが始まるまで残り数分という時間になって春希の左隣の席の主は教室に入ってくる。

 

 さしたる感情もなく、なんとなしにその隣の席の主が椅子を引き、席に座ろうとする姿を見た途端。春希の時間は停止した。

 

 心底億劫そうに、気怠いという気持ちを隠そうとしない横顔を見せる少女に一目惚れした瞬間だった。

 

 

 周りから優等生とか、委員長タイプとか言われている春希だが、当然その事は認識していた。

自身でも、安定を好む性格である、と。音楽であるならば緒方理奈の燃え上がるような恋の歌詞も好きだが森川由綺の落ち着いた、すこし後ろ向きではあるが受け入れるような恋の歌詞のほうが心に響く。

 ドラマチックな物語よりも読んでて安心感をもたらしてくれる物語のほうが好きだし、例えるなら『ひぐら○のなく頃に』より『らき☆すた』のほうが、『リリ○の』より『みな○け』を好む性格である。

 突然陥る恋とか馬鹿げていると思っていた。それこそパンを咥えて遅刻を回避すべく走る少女とぶつかる出会いとかありえねーよな、王道過ぎてもはや死んだ設定だよ。と、以前似たような出会い方をしたと女友達と話している少女を尻目に心の中で一蹴したくらい醒めていた。

 一番ありえる自分の将来を想像してお見合い結婚かな、と思うくらいには。それでもそういった場でお互いのことをじっくりと知りあう事が出来るならそれが自分にとって一番幸せな恋愛なのかもしれない。

 おおよそ現代の少年が考えそうな事ではないが、それくらい自分にとって誰々が可愛いといった顔の部分で好きになったり、ましてや一瞬で恋に落ちるなどというのはありえないと自覚していたのだ。

 

 

 衝撃だった。一目惚れというのがこんな感情だと初めて知ったのは。

 

 

 比較的身長が高くスラっとした、けれども細いだけでなく女性としてしっかりと主張した身体。腰まで伸びているが決して重い感じはなく、ふとした風でもさらりと舞いそうな、深い艶をもつ黒髪。

 普通の女子生徒は何かしら化粧をしているが、その作られた顔すら彼女と同じ舞台に立つことは出来ないくらいに白い肌に淡い桜色を彩っている薄い唇。気怠そうな目をしているがその奥には儚げな表情を宿しながらもそれを固く閉ざして必死に堪えようとしている瞳。

 

 これほどまでに自分の好みと合致している女性をみたら恋に落ちるのも無理はない。

 春希の17年間の人生で形作っていた固定観念が打ち砕かれていくのを感じた。

 

 

 ――冬馬、かずさ。

 

 春希の隣に座り、ずっと窓ガラスの外を眺めている女子生徒。

 

 今まで学年の『いいんちょくん』として様々な生徒と接してきた自分なのに彼女のことを知らなかっただなんて、俺はなんて馬鹿なのだ。と、これまでも自己を振り返り省みる事はあった春希だが初めて己の過去を罵った。

 と、同時にこれまで無神論者だった春希だったが最後の学年でかずさという少女に出会えたことをこれまた初めて天にいる偉い人に感謝した。それが神様なのか仏様なのかイ○オ様だったのかはわからないが。

 

 かずさと何としても仲良くなりたい。しかし恋愛経験などなく、しかも興味さえも無かった春希にはその方法がわからなかった。しかしここで止まっていては何もならない。ええい、ままよ!と勇気を振り絞り春希はかずさに話しかけた。

 

「あ、あの。これから一年、よろしくな!」

 

 彼の恋愛経験第一歩は、微塵の反応さえ返してくれない。無視、という形で敗北を飾った。

 

 

 

 

 SHR中もかずさはずっと外を眺めている。ヒソヒソとクラスメイトの話す「すごい美人」や「あの、冬馬かずさがなんでここに?」などといった話にも少しも反応することさえなく、窓ガラスの向こう――葉桜になりつつある姿か、やや崩れそうになっている曇り空か。すくなくともその瞳に映しだすのはクラスの光景ではなかった。

 

 SHR終了後の体育館への移動時間も、始業式中も、終わり教室に戻ってきてからも。様々なクラスメイトが彼女に話しかけるが全て無視。しばらくの時間消化の後に次のコマは新学期を迎えるにあたってのHRが始まったがそこにきてかずさは遂に机に伏せて眠りに入ってしまった。

 

 他者を寄せ付けない排他的な性格にほんの数時間であるがクラスメイトが彼女に関わることを萎縮してしまっている。

 彼女は人と関わりたくないのだろう。どういった事情があったかは知らないが。

 そんな中彼女に声をかけるのはいかにも『俺、彼女のこと狙ってますけん!』といわんばかりだと思い、ためらってしまう。

 しかしだからといってこのままの彼女との距離を保ってしまえばいずれ距離感が固定されてしまい近づくことに今まで以上に困難になってしまいそう――これまでの人付き合いの経験から距離感に対する固定観念というのを春希はよく知っていた。

 下手をすれば……、いいやこれほどの美人だ。こんな寄せ付けない性格でも絶対かずさに近づいて仲良くなっていく(ライバル)は現れるだろう。ならば、俺らしいやり方で先手を打つしかあるまい。

 

 初めての恋愛感情からか、春希は空回りすることも厭わないと持てる頭をフル回転させ勇気なのか無謀なのかわからない試練にチャレンジしていこうと決めた。

 

 その第一弾が前期クラス委員長への立候補だった。

 これまでクラス委員長になったことは何度もある。それは全て決して邪な気持ちでなく。教師陣への覚えを良くしておこうという思いから受けていたのだが。今回初めてそのプライドを捨て去り、近寄り難いかずさに接触する為のオフィシャルな口実作りに立候補した。

 ……もっとも、はたから見ればどちらにせよ覚えを良くするためクラス委員長になったんだろ。と突っ込みたくはなるが。

 

 斯くして、3年E組の前期クラス委員長となった春希であったが、早速行動を起こそうとした翌日も翌々日も、かずさが学校に来ることはなく。春希の中で空回り感は加速していった。

 

 

 

 

 4月13日 金曜日

 

――今日は最高気温が20度前後だろうと朝登校する前にテレビで予報をしていたが、さすがにこれだけ暖かいと眠気も誘う。春希はそんなことを考えつつ。左隣りを見る。

 

 4日ぶりに登校したかずさは暖かかろうが寒かろうが関係ないとばかりに朝も、ご飯の匂いに釣られて起きるだろうと思っていた昼休みも、そして授業が終わり放課後に至る今まで眠り続けていた。

 

 

「……冬馬? 冬馬。……おい。悪いけどちょっと起きてくれ」

 

 タイミングを図りかねていた春希だが、この後何も予定がない今こそが最後のチャンス。――これはお仕事の時間なのだ。と気合を入れ惰眠を貪るかずさに声を掛けた。

 

 

「……ぅ。……ん?」

 

 開けようとするのを拒否するかのような瞼を動かし、覚醒しきっていない瞳を声の主に向けるかずさ。

 そんな視線を受けた春希は「はっ……」と息を呑む音をだすと同時に心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じる。

 

 

――やばい、やっぱり。可愛い。

 

 そんな気持ちを心のなかで抱きつつ。かずさに見惚れて言葉を続けるのを忘れる春希。

 

 

――冬馬かわいいなぁ。もし世界が違ってこの容姿で苗字が違ったら。今頃この子は武家で人型戦闘機を駆りながら地球外起源種と戦って食べられてしまうくらい可愛いんじゃないか。

 

 謎の感想を抱きつつトリップしていたところ、かずさは再び眠りに入らんと机に伏せようとする。

 それを慌てて留める為春希はかずさの机の前に回り、話を続けた。

 

 

「あぁ!ごめん、ごめん!……冬馬、かずさ。だよな?」

 

  伸びをするかずさを見ながら更に話を続ける。

 

 

「始業式の日以降ずっと登校していなかったよな。大丈夫か?」

 

 ん……。と春希の続きを促すかずさ

 

 

「冬馬が休んでる間な。連絡事項がいろいろあってさ――」

 

――かずさの顔を見続けていたいが、これも口実の為だ。

 

 話しながら左手に持ってるプリントを掲げ注意をひきつけ、そのプリントをかずさの机に広げながら話を進める。

 

 

「教科書、学生書、諸手続きの申請書類。……あと、学割の申込書……。岩津町だから、電車通学だよな?」

 

 で、とその中から一枚のプリントを取り出しかずさの前に掲げる。

 

 

「一番忘れちゃいけないのが保護者懇談会のお知らせ」

 

 その言葉を聞いたかずさはバツが悪そうな顔を作るが気づかずに話しかける春希

 

 

「来週から始まるから、ご両親には今日中に渡しといてくれ。ここまでで、なにか質問はあるか?」

 

 質問などない。話が終わったのなら私に構わないでくれ。とばかりに左手でシッシと手を払うかずさ。

 一瞬春希の心にチクリと痛みが走る。しかしその態度を表に出さずに質問がないなら次は書類の書き方だと。かずさの意向を無視し、話し続けた春希にかずさは遂に机を強く叩いて抗議する。

 

 

「……うざい」

 

 何ともない顔をし、慣れてますよと「よく言われているよ。俺がうざいなら……。これは必要なことだから一回で覚えてくれよ」としつこく話を続ける。しかし内心は接し方を間違ったか!?でもこれ以外に方法ないしどうしたらいいんだ!と激しく葛藤していた。

 

 

「いいかげんにしろお前……。っと」

 

 先程より幾分トーンを落ち着かせた声で接触を拒否しようとするかずさに、春希は自己紹介を忘れていたことに気付いた。名前を告げ、役職を述べる春希。かずさの担当になったんだぞ、とばかりに握手を求めて手を差し出そうとする春希の”うざしつこい”態度にかずさの怒りが頂点に達した。

 

 

「あたしに触るなっ!!」

 

 椅子から立ち上がり差し出そうとする手もろともプリントも巻き込み払いあげるかずさ。その怒声と手が叩いた音に教室に残っていたクラスメイトは一斉に注目する。喧騒から静寂に移っていく中、払われたプリントがひらひらと舞い散って落ちていく。

 

 それは手酷く拒否された春希の心を表しているようで。決して見せてはいけないと仕舞いこんでる自分の代わりに表しているようで……。

 

 春希は落ちたプリントを一枚一枚拾い上げながら「手荒い歓迎だな」とつぶやくしか無かった。

 

 拾われたプリントをテーブルにトントンと当てて整え、春希はかずさに再び渡す。

 

 バツの悪い表情のかずさは、何も答えず受け取ったプリントを鞄に詰め込み、立ち上がる。

 しかし、憤りを表すかのように荒く一歩を踏み出した際に、足を痛めたのだろうか。かずさはよろめくようにバランスを崩す。

 

 

「お、おい冬馬――」

 

 まさか転倒するとは思ってもいなかった春希。

 かずさに近づき声をかけようとするが、自力で立ち上がり関わるなとばかりに鋭い睨みを浴びせるかずさの剣幕の前に、彼は最後まで言葉を続けることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 明けて土日を挟んだ月曜日。SHRギリギリに登校してくるかずさ。

 先週の出来事が気になるが弱気になってはダメだ。と勇気を出して「おはよう、冬馬」と挨拶する春希に

 

 

「あぁ……」

 

 と、到底フレンドリーとは思えない言葉だが、しっかりと春希に返事を返した。その声色は先週のことなど気にしていない。もしくはこの間のことはごめん。と伝えているようだったと春希は感じていた。

 

 その後も、かずさは遅刻をしたり授業中に机に伏せて眠っていたり。窓ガラスの向こうを見ていたりと先週までと変わりがないように見えていたが、クラスメイトが話しかければ受け答えをし(やんわりと断る方向に話を持って行っていたが)春希が話しかければウザがりながらもきちんと応え。しかし偶にはやはりウザいと激昂するが。とても始業式があった週とは思えない態度を取るようになった。

 

 

 春希やクラスメイト達は知ることはなかったが、付属に入学して以来、ずっと他者と関わろうとすることなく拒絶し続け、欠席を繰り返し、時には生徒にも教師にも激しく声を荒らげていたかずさと同一人物とは思えないほど穏やかな毎日だった(知らないクラスメイトにとってはそれでも問題児扱いだったが)

 

 そしてそれを見た春希はますます冬馬に想いを募らせ、伝える事はできっこないものの、なんとか形として表現出来ないものかと考えていくことになる。

 

 

 想いを伝えることなどできっこない――17年間、恋愛なんぞ少しも興味なかった自分がいきなりこのハイレベルな難関。それこそ難攻不落のジェリコの要塞に初陣で向かうようなものだと。

 

 

 そんな色々思いついては意気消沈しているある日。親友である武也が軽音楽同好会を結成しようと思う、と春希に溢す。

 

 

――飯塚武也。3年G組。春希にとって無二といえる親友。非常に軟派な男で、クラスごと、曜日ごとに彼女がいるんじゃないかと言われるくらいの女好きである。春希の誘いを断るときの理由は女性関係の場合が殆どだ。

 

 そんな武也だが春希とは何故か馬が合う。水と油くらいに正反対の性格だが、だからこそお互いにないものにひかれあったのかもしれない。

 

 そんな彼、武也に、そんなもの作ってどうするんだ? と今まで部活らしい部活などしていなかったじゃないか? と。

 しかも3年のこの時期だ。正直言って理解出来ない。春希は武也にそう伝えた。

 そんな春希に武也は『わかってねぇなぁ』と言わんばかりの表情を向けながら話を始める

 

 

「ギターってのはなぁ、女の子を落とすには最ッ高のツールなんだよ」

 

 と、続けて「これまでもギターを使ってきてたが、今度は軽音楽同好会を作って学園祭でライブを敢行する!そうすりゃすごいぞ。これまで全然縁がなかった子からも言い寄られて今まで以上にモテるぞ~」と笑いかけながらも意気込む。

 

――武也、お前なぁ。そんなことより時期考えろよ。もうすぐ進路調査の時期だろ。(峰城大)に進学するにしても推薦を受けたりとかあるだろ?

 

 そう返事が帰ってくるものと思ってた武也に投げられた言葉は武也の春希との友人関係を迎えて以来初めての意外すぎて驚くものだった。

 

「そっか! そっか! そうだよなぁ! ギターいいなぁ!武也、俺もギターやる!」

 

――春希、お前こんな時期なんだから推薦とか考えろよ。

 

 思わずそんなことを口にしそうになるほどの衝撃にまともな思考が追いつかない武也だった。

 

 思い立ったが吉日、というには些か時間が経ったが、4月下旬に入ろうとする金曜日の夕方。春希はギターを買いに御宿町のとある楽器店に訪れていた。




今日は飲み会の幹事なので早めに投稿します。

1話で7月、2話で6月、今回で4月の話になっちゃった。きっと次話は1年前の話に……なるわけないですけどねw
話が前に進まないし、原作と大差ないので今回はEPISODE:2.5となりました。


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EPISODE:3 Rev1.0

リビジョン版に差し替えです。


SOUND OF DESTINIYが大好きです。
水樹奈々のオリジナルも好きですが、SETSUNAバージョンのSOUND OF DESTINYは音源のクオリティが段違いですよね。今でもパワープレイしています。



 『女三人寄れば姦しい』という言葉がある。女性はおしゃべりだから三人も寄れば騒がしくて仕方がないということ。

 類義語に『女三人寄れば市をなす』という言葉もある。

 確かに女子高生が集まったグッディーズやヤックは非常に騒がしいし言い得て妙だと思う。

 昔から現代まで意味が通じるというのはやはり女性の本質そのものを的確に表しているのだろう。

 

 だけど今、この瞬間だけはその言葉を信じたくはなかった。

 

 あり得ないものを見てしまった。誰がこの光景を信じられるだろうか。と武也は隣に座る春希にだけ聞こえるように呟く。

 

  冬馬かずさ――現在ウィーンで活躍している世界的ピアニスト、あの有名人、冬馬曜子の娘。

 昨年度までは音楽科在籍。

 1年生の時からすでに数々のコンクール で入賞をかっさらう音楽科の”優等生”。

 しかし才能を持つものの独特の思考か周囲のやっかみか判断はつかないがクラス内での問題を起こすことが多く。すぐに孤立することになる。

 そして今年、3年生になって普通科へ移籍。

 

 音楽科時代は誰とも話そうとしないとの評判だったが、普通科に移籍してからは、ぶっきらぼうな口調ではあるが、クラスメイトとの最低限の受け答えは出来ている

 ……もっとも、誘われることがあっても断るのが常ではあるが。

 問題行動云々においても春希のお節介に耐えかねて激昂するくらいだ。

 相変わらず気性が激しい部分はあるが、音楽科時代の評判と比べると遥かにマシ。

 

 ただ、自分が口説こうとした時はかなり機嫌が悪かったらしく、怒り心頭で強烈な蹴りをお見舞いされたのは軽くトラウマである。

 もしタイミングが違えばこのような苦手意識は持たなかっただろう。

 

 以上が武也のかずさに対する印象である。

 

 

 そんな自分の苦手な女――冬馬かずさが、目の前で武也のクラスメイトである千晶にからかわれ顔を赤くして反論している。そんなかずさを宥めるようにまぁまぁ、落ち着いてと肩を叩く依緒。

 ぱっと見て、喧嘩のようだが笑みのような表情も含まれていて――つまり、彼女らなりの付き合い方で、随分と仲良くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日と同じように千晶はE組を訪れ、前日と同じように春希を昼食に誘っていた。

 

 そしてこれもまた前日と同じようにかずさも誘う。「冬馬さんも一緒に行こう、春希が冬馬さんを食べたがってるよ?」と。

 続けて、演劇部にしては妙に棒読みで「あっ、春希も冬馬さんと食べたがってるよ、だった。ま、でもどっちも間違ってなんかないかなぁ?」とケタケタ笑いながら、とんでもないことを口にする。

 

 

――冗談じゃない、昨日でさえあの怒りの含ませ方だったんだぞっ。

 

 昨日のかずさの怒り具合は、無言だけど半端なかった。あのプレッシャーを覚えている春希は、千晶に要らないちょっかいを出すなと口に出しかける。

 しかし言い終わる前にかずさが動く。椅子を引く音が響く中、立ち上がるかずさ。

 

 思わず緊張のあまりビクッと肩を震わせる春希。

 だがかずさはそんな春希をよそに、千晶に目をやると――幾分か挑発的な表情で「いいよ、行こうか」と予想外にも了承したのだった。

 

 

――え、受け入れた?

 

 にわかに信じられないものの、目の前をかずさは通り過ぎ千晶に付いていく。

 このメンツで学食へ向かうことを想像するとまさに昨日クラスメイトが言っていた「修羅場」という単語にふさわしい光景が目に浮かぶ。

 

 千晶にからかわれて怒り狂うかずさ。

 千晶にからかわれる自分を見てなぜか怒るかずさ。

 もしかしたら二人まとめてからかって……結局怒るかずさ。

 

 

――駄目だ、どう考えても俺じゃ対処できない。

 

「春希ー、早く行かないと混んじゃうよー!」

 

 助けを求めようと、武也に連絡することを思いつくが、千晶の無慈悲な催促は、春希に携帯電話を触る機会を与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

学食の定食というのは利用しやすいようにリーズナブルであることが定番である。それは公立でも私立でもそれほど変わらない。よっぽどの裕福な家庭専用の学校でもなければ……。

 

 しかし、2日間続けて定食大盛りを千晶に貢ぐこと、そして今日は売店でかずさにも昼食――と言って良いのかわからないスイーツだらけのソレを振る舞うことになった春希は、続く想定外の出費に頭痛を覚えていた。

 

 

――アルバイトをしていない小遣い生活が憎い、それ以上に2日もせびってくる瀬能が憎い。

 

 学業を優先するあまり……あの(ひと)にお小遣いをもらうというのは癪だが、アルバイトすることを控えていたのをここまで後悔することは今まで無かった。

 

 憮然とした表情で席につく春希。

 戦利品を勝ち取ったように喜びながら座る千晶。

 先程までの春希にとって危機感を覚える表情はどこへやら――微かにだが嬉しそうな顔をしながら、これまた奢ることになった苺ミルクにストローを刺すかずさ。

 

 座るなり、学食を利用している生徒らの視線が集まるのを感じる。それも当然だろう。

 かずさは例え自分の恋慕で贔屓しても、もちろんしなくても間違いなく美人であると断言出来るし、千晶もまた顔立ちは整っている。

 それに加えて生来の役者としての素質だろうか、他人を惹きつけるようなオーラのようなものを持っている。

 付け加えて二人ともスタイルは素晴らしい。性格は……難あり(アレ)だけど。

 

 学園のアイドルと言われている3年A組の小木曽雪菜には遠く及ばないが、それでもこの二人が揃うとかなりの注目を浴びることとなった。

 

 ……しかし、今回の場合。その注目の中でも大半の部分は目の前の美少女2人ではなく、主に自分に、ではあるが。それも嫉妬という名の視線……春希はまだ箸をつけてもいないのに先程までの空腹が消えるのを感じていた。同時に胃痛も感じてはいたが。

 

 

 

 

「なんで2日間も昼飯を奢らないといけないんだ」

 

「あららぁ? 別に私は無理に奢ってもらわなくても大丈夫だったんだよ?」

 

 視線を気にしてはいけない。そう決め込んだ春希は当初の不満を千晶にぶつける。

 千晶はその不満もどこ吹く風といった感じで、ねっとりとした声――言外に一昨日の弱みを含ませた声で応える。

 その証拠に、春希の定食のトンカツを千晶は行儀悪く寄越せと指し箸で催促している。

 

 

「でも、美少女二人に振る舞うなんて男冥利に限るじゃない」

 

「美少女だなんて、お褒めに預かり光栄ですわ、瀬能さん。……これで満足か」

 

 棒読みで、しかし不満を隠さず厭味ったらしく答えるかずさ。

 そもそも、春希が奢ろうが奢らないだろうが関係ないだろ。そんなかずさの内心が春希には見て取れた。

 

 

「それに、なんで2日もあたしを誘うんだ。あたしは昼休みは眠っていたいんだ」

 

「冬馬さんに興味があったからね。形は違えども、芸を志す者として、ね」

 

 新たな戦利品を口元に運びながら千晶は答える。

 

「音楽科のことか? それならお生憎、あたしはもう移籍した身だ。参考になれなくて悪かったな」

 

 平然としているようでかずさは結構我慢をしているのだろう。火に油を注ぎそうで春希はうかつに口を挟めない。

 

 やはりこうなるのか。この先はかずさが怒鳴るんだろう。十分に予想できたパターンだ。

 

 しばらく関わらないでおこう、それより。と春希はテーブルの下でゴソゴソと隠れながら携帯電話を扱う。

 

 

「そうね、以前コンクールであなたの演奏を聴いたことがあるけど、誰かへの強い感情を打ち付けるような音だった。

 あんなに気持ちを表現出来る音を出せる冬馬さん、あなたが音楽科を離れたのはその人に見てもらえなくなったから?」

 

「何がいいたい? あたしを怒らせるために呼んだのか、瀬能」

 

「そんなわけないじゃない。

 ……そうだね、音楽科時代と普通科の今を見比べてどこか塞ぎこんでしまった感じがしたから気になったんだよ」

 

「ッ……!」

 

 

 ――武也、メールに気づいたら早く来てくれ!

 春希が祈りながら打ち込み終わった携帯電話のメールを送信する。。

 

 

「そんな冬馬さんを元気付けることができたらいいなと思ってね、『ピアノの向こうのその人』がどんな人かは知らないけどさ、新しい『ピアノの向こうの人』を見つけたらいいじゃない」

 

「お前……ッ。勝手な事を――」

 

「簡単だよ、だって冬馬さんこんなに美人だしなにより素晴らしい武器を持ってるじゃない――」

 

 誰もが羨むこのボディをっ!と声を上げると同時にかずさの背後に回り込み、両手でその”素晴らしい武器”を揉みしだく。

 かずさの口から出るとは思えない可愛らしい悲鳴が小さく響く。

 解こうと抵抗するもうまくいかないかずさ。

 その”ありがたい武器”を揉むことよりも、くすぐることに比重を変えたのだろう。かずさの頬が赤みを増すのが加速した。

 

 息遣いの荒い、悩ましげな声が聞こえる。

 

 今夜の”参考資料”としては申し分ないのだが、あまりの展開に思考が追いつかない。

 

 周囲の学生も何事かと注目する。その注目の的のすぐ近くにいる春希は強調される”やんごとなき武器”に気を取られてしまい、止めさせることも忘れてしまった。

 

 

「ほらっ、この顔と、この胸があれば、目の前の堅物だって、”イチコロ”だよっ」

 

 ようやく開放する千晶、息も絶え絶えに新しい酸素をと必死に整えようとするかずさ。

 

「止めようともせずにガン見する春希って、むっつりスケベだね、私がやめなければずっと鼻の下伸ばしていたよきっと」

 

 いたずらが成功したと言わんばかりの顔をしながら千晶は春希に向かって強烈な一撃を放つ。

 

「え、いや、だっていくらなんでも想像できないだろ!

 目の前であんなに胸が揺れたら仕方ないじゃないか」

 

 俺だって男なんだから仕方ないじゃないか。そう言いそうになるのを堪えながら弁明する春希。

 

 

――いや、口に出してしまった。

 

 

「……北原、お前ってそんな奴だったんだな」

 

 未だ顔が赤いかずさは胸元を手で押さえて「ドン引きしました」といわんばかりに身を引きながら春希に侮蔑を含んだ目を向ける。

 

 

「いや、違うって――」

 

「黙れ、変態」

 

「ちょ、だから――」

 

「見るな、変態」

 

 話を聞いてくれ!と懇願し始める春希とばっさりと捨て去るかずさ。

 

 

「ね。怒り以外で思っきり感情を発散するのも悪くないでしょ?

 ……肩肘張るのもいいけどさ、ガス抜きすることも必要だよ」

 

「ッ……。突然くすぐってくれば……あんな風にもなる!」

 

 春希とかずさ、2人のやりとりを見てケタケタ笑いながら、でも「少しは楽になった?」とかずさに話す千晶。

 それに反論するかずさだったが、先ほどまでの怒りの感情は含まれていなかった。

 

 

「あれ、春希ー。珍しい組み合わせじゃん?」

 

 後ろから声がかかり、春希は振り返る。話しかけてきたのは武也の幼なじみ、A組の水沢依緒だった。

 

 

「依緒、学食だったのか?」 

 

「ううん、お弁当食べ終わって。売店にジュース買いによったら春希を見かけたから……。んん……?」

 

 春希に答えながら、この子、春希のクラスで見かけたことがあるっけ、こっちは確か演劇部の……。と見慣れない二人の事を考えながら依緒は自己紹介を始めた。

 サバサバしつつも友好関係が気軽に築ける――時には後輩のメンタル面にも気を使うことがある。

 女子バスケットボール部の部長を務める水沢依緒はそういうことが自然に出来る子だった。

 

 

 そういう意味で依緒は女子生徒に人気があるし、そのはつらつな姿は2年連続のミス峰城大付属と比べることは流石にできないが――依緒に好意を寄せる男子生徒もそれなりにいる。

 

 美少女二人に加えて、更にもう一人の参入に、学食を利用している生徒の春希に対する視線は嫉妬からともすればやや暴力的な感情を含むものに変わりつつあった。

 

 あぁ、やっぱり春希のお隣なんだ。じゃあ冬馬さんも大変だね、春希の『いいんちょさん』ぶりが、とか。

 G組の飯塚武也の被害者をこれ以上出さないように頼むよ、瀬能さん。とか。

 あたしと武也っていう友人がお節介の対象者だったから冬馬さんが新しい獲物だね。とか。

 そういや見たことあるなと思ったけど演劇部だよね!体育館とかで!と直ぐに打ち解け始める依緒。

 それを見て安心した春希も加わろうと口を開くが

 

 

「話しかけるな変態」

 

「いや、だからそれは――」

 

「春希はスケベだなぁ」

 

「元はといえばお前のせいだろ瀬能!」

 

「……春希。……あんたいったい何したのよ?」

 

「依緒、話を聞いてくれよ――」

 

「水沢もそんな目で見ようとするのか、変態」

 

 うがぁー!と叫ぶのを堪えて頭を抱える春希。女三人寄れば姦しいなんてもんじゃない、俺の胃がいくつあっても足らない!

 

 

 と、ようやく春希が学食についてから送ったSOSメールを受け取った武也が辿り着き、冒頭のようにその惨状を見て驚き恐れ慄くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前夜。

 

 グッディーズ南末次店。

 

 

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?おタバコはお吸いに――禁煙席はこちらとなります」

 

 案内を受けて席についたかずさは改めて挨拶する。

 

「こんばんは。久し振りだね――拓未」

 

「あぁ、久しぶりだな、かずさ。5月の終わりにカラオケに行って以来だな。寂しかったか?」

 

「馬鹿いうんじゃないよ」

 

 なにいってんのさ、とかずさは目の前の男――浅倉拓未という男に笑いかけながら話す。

 

「そうか? そりゃ残念かな。しかしまぁ久しぶりなのは事実だな。忙しいんじゃないのか? かずさ」

 

「ううん、そうでもないよ。でも最近少しだけだけど楽しいかな。昔よりは」

 

 今日は嫌なことがあったが拓未の顔みたらどうでもよく思えてきたよ。と続けるかずさに拓未は「俺の顔ってそんなに脱力を誘う顔か?」と苦笑交じりに答える。

 

ウェイトレスを呼びコーヒーを2つ。なめらかプリンを3つ注文しながらかずさは拓未に逆に問いかける。

 

 

「拓未、あんたは忙しいのか?」

 

「俺か? 今はそうでもないが、来週末からはツアーだな。昔、初めの頃にお世話になったバンドの、ヘルプとして」

 

 ま、平日はツアー先とこっちの行ったり来たりだな。と続ける。

 

 そう告げられたかずさは「そっか……」と少しだけ寂しそうにするが拓未は「そんなことより、最近楽しく思えてきたってのが気になるな」とかずさの話を促す。

 

 ウェイトレスが運んできたコーヒーを、拓未はミルクを注ぐ。

 一方かずさは水位が上がるのが明らかにわかるほどスティックシュガーを入れた”ブラック”コーヒーにする。

 

 

「あぁ、最初は4月の終わりくらいからだったんだけどね――」

 

 放課後、暇つぶしに音楽室でピアノを弾いていたら隣の部屋から下手くそなギターが聞こえて我慢するのに大変だったこと。

 

 コードを弾くだけなのに音を外すのが理解出来なかったこと。

 

 5月半ばを過ぎた辺りからあまりに我慢ならずについつい教室越しにピアノでギターを引っ張ろうとサポートしたこと。

 

 教室から出て来たギターを弾いていた子は自分にとって”うざしつこい”同じクラスの『いいんちょくん』だったこと。

 

 なんでも出来て信頼も厚い、画に書いたような優等生があまりに下手くそな音を出すから、いい気味だと優越感を覚えながらもピアノで教えていくうちに。ほんの少しだけだが上達していくのを聴いていながら楽しくなってきたこと。

 

 あたしは出来るのにあいつは出来ない。あいつは出来るのにあたしは出来ない。最初は理解出来なかったが段々とそれがとてもユニークであると思えてきた。と、かずさはなめらかプリンを食べながら拓未に語った。

 

 

話を終えたかずさに拓未はにこやかに言葉を返す。

 

 

「いやー、お前ってほんっと、そのプリン好きだよな。何個目だそれ?」

 

 テーブルに頭を打ち付けるかずさ。ゴンッ、と鈍い音が響く。

 コーヒーが髪を汚すじゃないかと慌ててかずさのコーヒーを自分の近くに退避させる拓未。

 

 

「あんた……あたしの話ちゃんと聞いてたの?」

 

「いやいや、前も言ったけど甘いものを食べるときのかずさはホント素直で可愛いからなぁ。

 さっきのお前の話もそうだけどさ、周りを少しでも受け入れてさ、いつもとちょっと違う視点で見てみたらさ。案外、世界ってそれほど悪くないもんじゃないって気付くかもしれないぜ?」

 

 初めて出会った時のかずさ。

 何にでも食って掛かるような、なりふり構わないキレ方を見せていた彼女に、拓未は自分の過去を見ているかのような気にさせられていた。

 

 だが数度会ううちに、そんなカミソリのようだったかずさは幾分と柔らかい表情を見せるようになっていく。

 

 目の前の甘いものを食べる時の可愛い顔。常にそんな彼女でいて欲しいと思っていた拓未は、楽しそうに音楽室での出来事を語るかずさを見るのが嬉しかった。

 

 

「……あたしと一つしか違わない癖に随分と偉そうだね、拓未は」

 

「一つでも違えば先輩は先輩、言うことは聞きなさい」

 

「あたしの周りは”うざしつこい”やつばかりだ」

 

 お前はきっとそういう運命にあるんじゃねーの?と言う拓未とかずさはクスクスと笑いあう。

 

 

「そうだな。もう少しだけ、違った視点で考えてみるようにするよ」

 

「ん、そうしてみたらいいよ。応援する」

 

 

 拓未は笑いながら手元の”ブラック”コーヒーを口にすると、あまりの甘さに噴き出した。

 

 

 

 




あまり加筆はしてませんが少しおかしいと思った点を修正。

ですがやっぱり違和感ありますよねぇ。どうしたらいいんでしょう。


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EPISODE:4 Rev1.0

差し替え版です。
1500文字程度と特に大きく修正はしてはいませんが、読みにくいと感じた部分を幾分か修正。

それでもやっぱり読みにくいですが(´・ω・`)


「なぁ、春希。ちょっと話……いいか?」

 

 学食での馬鹿騒ぎを起こした――かずさと初めて昼食を取ったその日の夕方。

 放課後を迎え、教科書を鞄にしまおうとする春希に武也は話があると声をかける。

 座っている春希は武也を見上げる。どこか真剣な顔をしていた。

 

 何か大事な話だろうか。長引くようなのであれば先にこっちの用事を済ませないと……。

 春希はちらりと横目をする。自分の席の左ではかずさが――昼の騒動でよっぽど疲れたのか、もしくは久しぶりの昼食で満腹感を得たのだろうか。

 机に突っ伏しているも微かに覗くその顔は気持ちよさそうに、すやすやと眠っていた。――よだれを垂らしながら。

 

 

「あぁ、武也……ちょっとまって。――冬馬、起きろ。放課後だぞ」

 

「んぁ……」

 

 ズズッとお世辞にも上品とはいえない音を立てながら覚醒するかずさを見やる春希。

 

 

――堂々とかずさの肩を揺する事ができるのはクラス委員長の特権だよな。

 

 そんな優越感に浸りかける春希だが、それではあまりによこしま過ぎる考えじゃないか。

 俺はむっつりじゃない。ともすれば不名誉な烙印を押されてしまいそうな感情を抑え、待たせたな。と武也に振り返った。

 

 

「……で、武也。話って?」

 

「……あ、あぁ……実は――」

 

 話を切り出そうにも、先程の出来事が武也にまともな思考を与えさせてくれない。

 

 

――あの冬馬がこんな顔するのかぁ!?

 

 冬馬かずさというものは隔絶した壁のようなものを常に周りに与えている

 音楽科時代はクラスメイトと会話らしい会話をすることもなく、他者を決して寄せ付けず。癇癪を起こして物を投げつけたり、あまつさえ教師陣にも謝ることはせず刃向かう……。

 おそらく、自分と周囲との音楽に関する考え方の違いから反りが合わない故のことだとは思うが、協調性というものには全く無縁の、孤高の人という言葉がぴったりの人間だった。

 

 およそ不良ともいえない――とっくに放校処分になってもおかしくないが、実親である冬馬曜子の学園に対する多額の寄付と、コンクール受賞の実績からそれも出来ないという。

 学園始まって以来、前例があるのかわからないほどの問題児。

 

 それが武也の知ってる冬馬かずさ、その印象だった。

 

 そのかずさが、こうも無防備に寝顔を晒し、春希に肩を揺すられることすら許す。

 しかも昼休みでは自分の間の前で、顔を赤くし怒りながらも他者との会話を楽しむ表情さえ見せたのだ。

 

 

――本当、今日はありえないことが続くな。こうまで周りを受け入れるようになったのは、春希、お前の影響なのか。いや、さすがにお前だけじゃここまでの心境の変化を与えるとは考えにくいか。では、他に誰が……。

 

 

 4月の新学期当初、気軽に口説こうとした結果。

 激しく罵られながら蹴り倒された過去をもつ武也にとって受け入れがたい現実にしばし反応に遅れる。

 なんとか用件を切り出そうとするが、大事なことを伝えたいときに限って邪魔が入るものだった。

 

 

「春希ー、飯塚君ー。帰りにグッディーズに寄ろうよ!水沢さんが行きたいって!」

 

 

 よだれに気づき顔を赤くしながらあたふたとティッシュで机を拭くかずさを遮るように背を向け武也と話していた所に千晶から誘いがかかる。

 

 

「瀬能さんのほうが先に行きたいって言ったじゃない!――冬馬さんも行こう。いいでしょ?」

 

「あ、あぁ。あたしは別にいいけど」

 

 口元を新しいティッシュで拭きながら慌てて答えるかずさ。それを勘違いした千晶が「スイーツを想像したからってそんな口元拭うほど緩めなくても」と囃し立て、かずさが否定し噛み付く。まぁまぁと諌める春希。

 

 

「良いけど瀬能、今日はもう奢らないぞ」

 

「春希って瀬能さんに尻に敷かれてる感じ?」

 

「私胸を強調したことはあるけど、春希は胸よりお尻派だったのー?」

 

「クラスに誤解を招くような事を言うなぁぁぁ!」

 

「きゃぁ!水沢さーん!」

 

 そこはまだダメよぉー!と手で隠しながら逃げる千晶を割と必死で追いかける春希。

 

 A組とG組がなんで完璧にE組に馴染んでるんだよ。と呆れるかずさ。

 今日一度も開けていないカバンを手に取り、行くなら早く行こうと促す彼女は、大の甘党であり、グッディーズのなめらかプリンに目がなかった。

 クールに促しているつもりでも早く向かいたいというオーラがプンプンと漂っている。

 

 

 完全にタイミングを逃した武也は、こんな状況じゃ話せやしない、と諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 峰城大の敷地から程近い、ここグッディーズ南末次店は夕方以降になると学生たちで賑わう。

 その一角で昼休み学食中を注目させた5人が場所を変えてとばかりに再び騒いでいた。

 

 

――この底抜けのハイテンションは疲れるけど。こうやって冬馬を誘って絡む機会が出来るなんて、そこは瀬能に感謝すべきかな。

 

 千晶の振る舞いは春希にとっては悪魔の如き所業――例えばかずさという弱みを握られてひたすらたかられたり……という点はまさにそれだと断言していいと思っているが、こう見えて千晶は美少女だと断言していいレベルである。

 加えて演劇部部長を努め女優を目指すような彼女だからだろうか、なにか他者とは違う周りを惹きつける不思議な力があるように思える。

 それになんだかんだとかずさとの仲を取り持ってくれている。

 先日までじわりじわりと牛歩の如くゆっくりとした足取りで、おっかなびっくり近づいては離れてを繰り返していたかずさとの精神的な、物理的な距離は今日だけで恐ろしく近づいたと思っている。

 

 春希からすれば多少憎い部分もあるものの隣に座る瀬能を評価せざるを得ない。

 

 かずさが自分達の仲間として騒いでいる、この雰囲気を大切にしたいな。そう浸っていた春希に、少しの安寧も許さんとばかりに新たな爆弾が降り注いだ。

 

 

 

「春希こないださ、詞を書いてたの。歌詞。それがもうラブレターか!ってくらいビックリする程の内容でさー」

 

 

 気を許した途端。いきなりバラした。

 

 スッと、春希に冷房以上の寒気が襲う。

 

 

「な、な……。おま……ッ!」

 

 ゴポッ!と口にしていたストローへ思い切り吹き込んでしまう春希。こぼれてしまいそうなほどせり上がってくる空気で暴れるアイスコーヒーを見て、依緒は心底汚いという非難の表情を向けてくる。

 

 突然の裏切りにうまく言葉が出ない春希。――裏切り?いや、こいつはこのタイミングを狙っていたんだ、きっと。

 畜生、なんてことだ。昼飯代が全く意味をなしてなかったじゃないか。やっぱり悪魔だ。

 

 

 この話はなんとかしてやめさせよう。じゃないと――

 

 

「でもね、それがすごい良くてね。こう、心情というか情景というか、自分もその気持ちになったように思えるようなね。良い詞だったんだ」

 

 結露しているグラス――よく冷えたオレンジジュースを手に取ろうとしながら、意外な方向に持っていく千晶に武也が言葉をつなげる。

 

 

「そういや、同好会に入ってしばらくして一曲形にしたいって言ってたもんな春希。出来てるのか?」

 

 意外でもなんでもない。そういやそうだったと武也の反応に少々毒気を抜かれる春希。

 確かに武也には話したことがある。それまでに上手くなるほうが先なー、とあしらわれていたが。

 

 

「飯塚君、同好会って何? ポエムクラブ?」

 

「曲だって言っただろ。軽音楽同好会なんだよ。俺達」

 

 納得したー。だから少し韻を踏ませたような作り方だったのねー。と感心する千晶。

 

 

「作詞?お堅い北原にしちゃ少々はっちゃけてるな」

 

 逆に想像がつかなかった一面に、春希の向かいに座るかずさはカップから口を離しながら驚いた、と伝える。

 

 

 その反応に敏感に気付く武也。

 今日の春希の周りに起こる騒動を見る限り、どうやら春希はかずさに気があるようだ。と武也は考える。

 お堅い北原。そのイメージを覆す意外性をかずさに与えれば春希にとってプラスの要素になり得るだろう。

 ならば、春希の想いを手助けしてやることこそが親友の務め。

 サポートしてやるぞ! と決意をした武也は、努めて明るく話題を続けようとした。

 

 

「そうそう! 俺がギターやってるとモテるぞっていうと春希、食いついちゃってなー。

 こいつ意外と男なんだなーって、俺も驚いたよ」

 

「……なんだ、種馬の影響か」

 

 

 ――うわぁ……そういやあの冬馬かずさだった……。話してる相手を忘れてた。

 

 ギロっと睨むかずさに、嫌な汗をかきながら武也は硬直する。

 蛇に睨まれたカエル。武也は春希の手助けをしてやれない無力感に打ちひしがれる余裕すら無かった。

 

 

「でさ、でさ。また見せてよ。こないだのそのノートをさ!

 ねぇ、いいじゃないー」

 

「へぇ……。ラブソングなんでしょ? 春希がどういうの書くのかあたしも興味ある」

 

 と催促する千晶に興味津々の依緒。

 

 どうしようかと戸惑う春希に対して、歌にするなら見せるのは当然だろと武也は言う。

 そして意外にも、かずさもノリ良く食いついてきた。

 

 ここで断っては空気が読めない。仕方がない、観念しよう。と鞄を取ろうとした手が宙を切る。横では「えっとねー、確かこのノート!」と言いながら千晶が勝手に取り出していた。

 

 わーわー、と「お前勝手になに人の鞄を漁ってんだよ!」「いいじゃん、もったいぶる春希がいけないんじゃん」と騒ぎながらノートを開き、机に広げる千晶。

 

 

 作曲を多少意識して構成された文章を見て悪くないな。と武也。

 

 依緒は意外と乙女チックな所があるらしく楽しむように見ている。

 

 

「春希って意外と心に訴えるようなことを書くんだねー」

 

「依緒、こういうの好きなのか?」

 

「何不思議そうにしてんのさ、春希。あたしだって普通に興味あるよ。

 恋愛、いいじゃん? 何故か告白してくるのは女子ばかりだけど……」

 

「……あぁ、ご愁傷様……」

 

 女子バスケのキャプテンで、面倒見がよく、容姿もそれなりに整っている依緒。これでモテないはずはないのだ。

 しかし悲しいかな、どうしてか同性にばかり打ち明けられる事が多い。

 おそらく、勝ち気な性格が強すぎるせいだろうが……。

 

 

「ね、この歌詞、悪くないでしょ」

 

 千晶は私が春希ですと言わんばかりに答える。

 

 

「なんでお前が返事しているんだよ」

 

 そう突っ込みを入れる春希だが、先程からこの歌詞のイメージ対象である人物――目の前に座るかずさを見れないでいる。

 

 何しろ意識して書いた相手、その張本人だ。短文だから気付く筈はないだろうが。もしかして、と思われても大丈夫か? ……あるいは。

 

 

「ふぅん……。これが北原の……か」

 

 えっ、と前を向いた春希にかずさは「悪くない」と、完成を楽しみにしてるよ。とかすかに微笑んだのだった。

 

 

「あ、メモ紙が落ちた」

 

 ノートを戻そうとした千晶が間に挟まれていた紙が落ちたことに、あららと声をだす。

 

 ん、メモ紙? と落ちた紙に視線を見やる春希の目に「冬馬」「かずさ」「伝えたい」と書かれた文字が映る。

 

 

――んあぁ!そのメモ紙は!!見られちゃヤバイ!!

 

 

「あー、なんだろうなーこのメモはー(棒読み)」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、それを拾い上げようとする千晶に覆いかぶさる事すら厭わんと奪いにかかる春希。

 

 

「せ、瀬能。貸せ!!」

 

「いいじゃない少しくらい。ちょっとー、オッパイ触るのはやめてよー」

 

 メモを持つ手を掴もうとする春希を、身をよじって背中を向けて避ける千晶。

 きゃー、そこを掴んじゃだめー。とあらぬ想像をもたせるセリフを放つ千晶に春希は「触れてないだろ!」と必死に否定しながらもメモを取り上げようとする。

 

 

「あぁん! やっぱり春希はお尻よりオッパイ派じゃないー。冬馬さん、はい!これ!」

 

 ジト目で春希を睨むかずさに千晶が後は任せた! といわんばかりに顔の前にメモ紙を押し付ける。

 

「せ、瀬能。な、何だ。こっちに――」

 

 押し付けられたメモ紙を受け取り損ねたかずさ。

 ヒラヒラと落ちるそれを「駄目だぁー!」と春希が手を伸ばし……。

 

 

 

 昼休みに春希を釘付けにした”素晴らしき武器”ごと掴まえた。

 

 

 (メモ紙を)しっかりと掴む。しかし何故か柔らかい感触。

 思わず力を入れたり緩めたり確かめる仕草をする春希の右手は、脳内から「ヤバイ」という信号が送られてきても……離すことが出来ない。

 

 

「おぉー……」

 

「は、春希?」

 

「春希……勇者だな」

 

 あまりの展開に三者三様の反応をする千晶、依緒、武也。

 

 

「あ……」

 

 事態に気付いた春希。

 目の前では顔を真赤にしながらも身体を震わせるかずさ。

 

 「北原ぁ!」の怒声と共に、テーブル下で強烈な勢いで加速づいたローファーが春希の脛に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「あ、依緒だ――」

 

 ミス峰城大付属――峰城大のミスコンと違って、非公式に行われる付属高校の人気投票に2年連続1位という輝かしい経歴を持つ女子生徒――小木曽雪菜は、帰宅途中に通りがかったグッディーズの窓の向こうに、クラスで数少ない話し相手である依緒を見かけた。

 

 何か慌てて取り返そうとしている学年でも有名な『いいんちょくん』とそれから逃れようとする女子生徒。

 囃し立てるようにそれを煽る依緒。

 

 店員にとっては迷惑な客だろうが、その仲の良い雰囲気は自分の憧れる学園生活そのもの……。

 

 先程まで同じ附属生にナンパまがいにしつこく誘われていたのを丁寧に断りながらようやく開放された雪菜には、依緒達5人がワイワイと騒ぐ姿がすごく眩しかった。

 

 耳に入った、去り際の附属生の話す会話を思い出す。

 

 

『残念だなー、また今度ね』

 

『だからー、お前にゃ小木曽ちゃんは無理だって』

 

『うっせー。わかんねーだろそんなん。って、わかってたからとかいうなよ……』

 

『当たり前だろ、ミス付属だぜ? お前には高嶺の花だっての』

 

 

 

 

――わたしをステータスとしか見てない。わたしの本当の姿を見てくれようとしない。

 

――ううん、本当の姿を出せないのはわたし自身。

 

――わたしが弱いから、勝手にキャラを作りこんで勝手に避けているだけ。

 

 偽りの自分で形作られた。偶像(アイドル)を演じてしまったのは自分自身なのだ。

 

 

 雪菜にも、本来の自分を知っている、受け入れてくれる。どんなくだらないメールをしても返事をしてくれる”お友達”はいる。

 

 

 しかし、付属の学園生活では孤独である。

 

 『ミス峰城大付属』の小木曽雪菜に集まる人達。

 

 『お嬢様』の小木曽雪菜に集まる人達。

 

 雪菜の思い込みかもしれない。

 

 中には本当に、何もかも心から話せる友人として付き合いたいと思ってくれている人がいるかもしれない。

 が、一度覚えてしまったこの違和感は拭うことが出来ない。

 

 

 自分をさらけ出さない限り……"あちら側"に映る依緒達みたいに集まり、騒ぎ、笑い合う。そんな雪菜にとっては羨ましい、”普通”の日常を得ることはもう叶わないのだろうか……。

 

 

 ふぅっ……。溜息がこぼれる雪菜。

 自分と依緒達を遮る窓ガラスまで2mもない。

 しかし自分のいるこの歩道と、グッディーズを挟む花壇がやけに、その2mを遠く感じさせた。

 

 無意識に手を窓ガラスの奥――依緒達に向けて伸ばす。

 

 うっすらと透けるように自分の姿も映し出しているその窓ガラス。

   

 

――遠い、遠いよ……。ぼやけて見える。

 

 

 「あぁ……届かないや……」

 

 

 それが自分と、彼らとの距離だった。

 

 

 

 




少しでも、少しでも皆さんに描写が伝わるようにと手を加えては見るんですが……。

かえってそれがテンポを悪くする要因となったりして、物を書くというのは本当に難しいと実感します。


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EPISODE:4.5 Rev1.0

改訂と名付ける程じゃないですが、細かく気になった部分を訂正。
文章自体は特に変更はありません。


EPISODE:4として上げる事ができなかった後半部分です。

話は少しずつですが進展していきます。


「本当に……すみませんでした……」

 

 まだ脛の痛みが引いてないのか、涙を堪える故にだみ声気味に謝る春希。

 そんな春希に対して「ちゃんとわかってるのか?」と、かずさはメニューを縦にして頭を叩き続ける。

 

 メモ紙を死守したものの、代償は大きかった。もっとも、あんなハプニングでもなければかずさの”すばらしき武器”を触る機会なぞありやしないと。春希はプラス思考に捉えること――とりあえずはラッキースケベの神様に感謝することにした。

 

 

「勇者じゃなくて英雄になっちまったなぁ」と武也は遠い目をする武也。

 

 

――いやいや、俺は少しだけ大人になったのだよ。

 

邪な考えが伝わったのだろうか、かずさのメニュー攻撃の勢いが更に強くなった。

 

 

「春希はおっぱいだったら誰にでも見境なく飛びつくんだね」

 

 あたしだけじゃなかったのね。と自分の胸を揉みながら千晶は「水沢さんも気をつけようね」と依緒にまで話を広げる。

 

 

「北原をそこの種馬と一緒にするな」

 

 何故かムキになるかずさと、何故かいわれのない誹謗を受ける武也。

 依緒の隣に座るかずさに「俺は公衆の面前でわいせつな事はしてないぞ」と反論しつつ目の前の千晶を見ながら話を続ける。

 

 

「そんなに春希を苛めるなよ瀬能。お前が本心からそう思ってるとは到底思ってはいないけどさ。そんな風に印象を悪いように持っていかれると、親友としては少し辛い。」

 

 武也の意外な反応に目を丸くする千晶とかずさ。

 

 彼女らは武也のことを――容姿の良い女性に対して誰かれ構わず声をかけ、また実際に存分に遊びまわる軽薄な男。つまりは人間関係全てにおいて軽薄なんだろう。何故春希は彼と友人関係を築いているのだろうか……。

 

 簡単に書くと上記のように思っていた。故に友達思いな一面に意外を感じていた。

 

 

「へぇ……。種馬だなんて決めつけてたのを修正するべきか……」

 

 

――友達思いの種馬だな。 

 

 もちろんかずさは口に出すことはしないが。

 

 

「意外と友達思いの種馬なんだね、飯塚君」

 

 躊躇いもなく口に出す千晶。依緒はたまらず笑い出す。「おい依緒」と抗議しようとする武也に依緒は「おい依緒はやめてよね。回文じゃないそれ!」と腕を抓った。

 

 

「意外といえば、どうして春希はギターと作詞を? まさか本当に飯塚君の言うとおりモテたかった?」

 

「……わ、悪いかよ……」

 

 

 出来れば避けたかった話題だろう。春希は戸惑いの表情を浮かべながら膝を擦るのをやめ、アイスコーヒーを一口啜ると、観念したように口を開く。

 

 

「そりゃ、俺にだって勉強だけじゃなくて何かしらの形を残したかったんだ。それが、モテたいからだと言われても否定は出来ないよ。現にこんな恋愛モノラブソングを書いてみたくらいだしな」

 

 そう、ギターなら。言葉ではなく音でなら。伝えることは出来なくても聴いてもらえたら……。

 ステージで格好良く決める自分の姿をかずさに見てもらえたら。まともに話してもウザがられて煙たがられても、音楽でなら。

 

 伝わるかもしれない。好きになってくれるかもしれない。そう思って手にとったギター。

 

 しかしその決意も、自分の少しも上達する気配がない腕前を実感してすぐに挫折しそうになる。

 

 そんな時に女子生徒がボーカルとして軽音楽同好会に加入すると聞いた時、最後の希望が見えた。

 

 

 もしギターがダメでも自分が作った詞を歌って届けてもらえたら。例えかずさが聞いてくれても自分のことに気付いてはくれないだろう。しかしどうにかして想いを伝えたかった。本人はわからないだろうが、自分のけじめとして折り合いは付けたかった。

 

 それに、もしその後話すときにライブの話題が出て、あの時の歌詞は俺が作ったと話すことができれば……あるいは。

 

 藁にすがる思いではあるが。今考えてみても中二病こじらせてるようなもんだが――あの時の春希はいたく真剣であった。

 

 必死に詞を読みあさったり、作詞の参考書を見たりしながら。メモ紙にまずは気持ちを書いて、それからノートに整えて。

 

 もちろん、ギターの練習だってまじめに取り組んだつもりだ。

 

 武也はからかうことはあれど少しも教えてくれなくて諦めようとしたこともあったが。隣の教室――第二音楽室の顔も見たことがないエリートがピアノの音で語るように教えてくれて……。

 

 あれから火曜日木曜日の活動後、毎度の自主練が楽しく思えて……。それが作詞へのモチベーションへと繋がって……。

 

 

――あぁ、俺ってすごい健気だな。なんだか泣けてきそう。

 

 

「そうだそうだ、モテたくて何が悪いんだ、俺だってギターで目立ってるところを見てほしいくらい思う!歌で伝えたいと思って何が悪いんだよ」

 

話していながら当時考えてた秘めた思いがあふれてきた春希は、振りきって忘れようとせんばかりに

開き直ってることにした。

 

 

 

 

「いいや、悪くないよ」

 

 

 

 

思わぬところから春希を慰める声がかかる。向かいの席、かずさだ。

 

 

「女の子ってのは例えば――すこし悪ぶってていて怖い印象を与えても自分にだけ少し優しく接してくれる。……いや、あくまで例えばの話だぞ。そんな普段とは異なる意外な部分を見せられると、ついカッコイイって思ってしまうもんなんだよ」

 

 だから、普段真面目な北原が、カッコつけたいという意外な一面性を見せることは全然悪くない。と珍しく饒舌にかずさは語る。

 

 

「北原のギターが下手なままでも、詞をきちんと完成して文化祭で見せてくれよ。あたしはそれが見たい。応援する」

 

「冬馬……」

 

 向かい合う春希とかずさの間に何とも言えない雰囲気が醸し出される。甘酸っぱいような、青春の匂いのような……つまり。

 

「なんかクーラー効いてないんじゃねー!? すっげー暑いんですけどー!」

 

「武也、アイス追加で頼んで」

 

「おーおー、いいね依緒。俺もフロートにすっかなー」

 

 囃し立てて盛り上がる3人に必死に反論しようとするかずさ。やいのやいのと盛り上がる彼らを見ながら春希は一人、先程の会話に違和感を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、春希ってやっぱWHITE ALBUM好きなだけあるな。歌詞が森川由綺っぽいというか控えめというか後ろ向きな恋愛調というか。同年代の緒方理奈だと奪い取るような勝ち気で前向きの恋愛ソングが多いんだけどな。」

 

 そういやお前未だに部屋に遊びに行くと流れてるし。リマスター音源版揃えてるし。ケータイにも入れてるし。フロートを一口飲んだ武也はまだ話題を続けてきた。

 

 

「えー、そこがいいんじゃない。グイグイと前面に自分の気持ちを推し出すだけじゃない。どこか控えめではあるんだけど、内に秘めた切ない想いが伝わってくる。……そういうもどかしい、森川由綺のような歌詞を春希が書くことに意味があるんだよ」

 

 

 非常にこそばゆい意見をもって武也に異を唱える千晶。その恥ずかしさをぐっと堪えて、春希はいっそ平然とすることにした。

 

 

「古臭いっていうんだろ。好きなもんは仕方がないだろ。ホント、なんで突然引退したんだろうなぁ。」

 

 清純な出で立ちに、はにかむような表情。それでいて透き通るような声で綴られる冬の想い出の歌。

 

 昔、子供の頃、TVで見ていた。毎年春に行われる音楽祭。そこに一度だけ現れた当時人気を集めていたアイドル――森川由綺。

 

  同じ緒方プロに所属する当時ライバルと言われた緒方理奈との合作の、同名のアルバムタイトルをも飾った。冬の定番の今でも名曲と言われる”WHITE ALBUM”――彼女の最初で最後のアルバムだが、それを春希は生まれて初めて自分のお小遣いで買った事を今でも覚えているし。大切に保存していた。

 

 

「いや、いいけどさ。しかしこのままじゃそれが形になっても披露出来ないぞ」

 

 春希の手元にある歌詞ノートを指しながら大丈夫か? と指摘する武也。

 武也の危惧するその指摘――つまりは春希の果たして文化祭に間に合うかどうか疑問に思えるギターの腕前のことである。

 

 歌詞も作った。メロディも作った。しかし肝心な本人が碌に弾けないがためにステージに立てませんでした。それじゃ話にならないぞと武也は心配する。

 

 

「お前ちっとも教えてくれないのによく言うな」

 

 自分にギターを勧めておいて、まともに教えてくれないお前がそれをいうのかという表情を作りながら春希は言葉を続ける。

 

 

「俺に親切に教えてくれるのは第二音楽室の主であるエリート君だけだよ。お陰で少しずつだが上達してるだろ。彼の教えを無駄にしないためにも間に合わせてみせるよ。

 ホント、会ったらいくらお礼をしてもしたらないよ」

 

「あぁ、前にお前が言ってた奴のことだな。

 お前、その第二音楽室の主が男でもさ、抱いて!とか言い出しそうだよなー」

 

 っつーかあれって3年H組音楽科の”松川君”なのか? からかう武也に春希はお前より人間的に素晴らしいのは確かみたいだな、と春希は平然と応酬する。

 

 え、なになに、何の話? 話の続きを促す千晶と依緒。

 新たな話題に盛り上がろうとする彼らを他所に。かずさの表情は止まっていた。

 

 

 

 

 

――ちょっと、待てよ。

 

――なにをいってるんだ、こいつら?

 

――何の話をしている?

 

――第二音楽室の主?

 

――エリート君?

 

――っていうか”松川君”って誰?

 

――会ったらお礼?

 

――もしかして、今まで……。

 

 

 

 

 

 

 

「あははははは!」

 

 

 

 

 

 

 突如、昼ドラか? と間違えるような。かずさとは思えない笑い声が響く。

 豹変したかのような声に驚き何事かと、どうしたのかと困惑する春希達。

 千晶だけは大女優の予感!? と違う意味で驚いていたが。

 

 春希達だけでなく近くに居た他の客も突然のことに一瞬だが注目を集めていた。

 

 

 

 一息ついたかずさは笑い終わって俯いた顔を上げ、春希を見つめた。

 

 

 

「北原、今までずっと、あたしが教えていたこと……。気付かなかったのか?」 

 

 

 

 予想をしていなかった突然の告白に口の中に乾きを覚える春希。

 

 

「え……冬馬。教えてくれていたのは……お前だったのか?」

 

 つぶやくことしか出来ない。

 

 

 先程感じていた違和感。『ギターが下手なままでも――』……そういう意味だったのか。と理解し始めていた。

 

 

 

 その言葉を聞いたかずさは再び俯き、身体を微かに震わしていた。

 

 

 こいつが、今まであたしが邪険にしながらも接してきたのは、委員長としての責務もあるだろうし、あたしが”音楽”を教えてあげてるから。そのお礼だというクソ真面目で”うざしつこい”義理感からだと思っていた。

 

 だってそうだろう? 1ヶ月以上もだよ。自分は春希に対して最低限の受け答えしかしない。うざいお説教を受けることが何度か続いては癇癪を起こすように激昂する。普通は愛想を尽かして相手になんかしない。現に1年も2年もそうだった。

 

 なのにこいつは……。春希はそんなことを関係なしにうざったらしく何度も何度も世話を焼いて。馬鹿みたいに面倒を見て。

 

そしてこいつらは春希からあたしのことを聞いてコネだのなんだの下心の為に接触してきたわけじゃなくて。

 

 そのくらい考えたっていいだろうに。馬鹿だからそんなことも思いつかずに。馬鹿みたいに騒ぎに来て……。

 

 たまにいう皮肉もプライドから来てるものかと思ったけど、本心からからかってきているだけで。

 

 ホント、馬鹿だなこいつら……。

 

 

 でも……、馬鹿だったのはあたしか……。

 

 

 ほんとに、もう……。

 

 

 

 

 くくく、と俯いたかずさからこらえるような笑い声が聞こえる。

 

 再び顔上げると、馬鹿だな北原は、と笑いながら、先ほどの春希が呟いた問いに答えた。

 

 

 

「そうだよ、あたしがアンタを教えていたんだよ」

 

 

 

 

――拓未、あんたがあたしの背中を押してくれたから。

 

――少しだけ受け入れて違う視野見ることが出来たから

 

――初めて仲間っていいなって、思えたよ。

 

――世界って、そう悪いものでもないんだな。

 

 

 かずさは嬉しかった。今までピアノを通してでしか接点が無かった春希。それに加えて今日――たった1日で放課後に遊びに出掛ける程の友達が出来たこと。

 1年生のときも、2年生になっても必要とは思わなかったし、到底つくろうとは思えなかった仲間。その絆を作るきっかけとなった拓未の後押しは、かずさにとって全く新しい世界を築こうとしていた。

 

 

 

 




かずさ視点でサブタイトルを決めるとすると「あたしが育てた」でしょうか。

雪菜ディスってるように見られてしまいがちですが、私は特別かずさ派ではないし。千晶が好きだし。何より小春に先輩と呼ばれたい人間です。


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EPISODE:5

FireFoxだとルビ打っても正常に表示されないようですね……。

というわけでブラウザはそれ意外をオススメしたい今日このごろ。私の常用しているブラウザはFireFoxなんですけどね。


「そっか……。そうだったのか」

 

 

――俺に教えていたのは冬馬だった。

 

 

 カッコ良い所見せたい。

 詞を綴って歌と共に伝えたい。

 仲良くなりたい。

 振り向いてほしい。

 その為に始めたギターだった。

 

 

 誰に? 冬馬かずさだ。

 

 あろうことか、そのかずさが実は春希にギターの指導をしていたという事実。

 

 

 本末転倒のような恥ずかしさで――自分が道化のような、掌の上で転がされてるような。そんな負の感情も僅かだが湧いてきたのも確かであるし、普段通りの自分であるならば「どうして教えてくれなかった」「本当に趣味が悪い」「いいか、大体お前はそんなことより……」など言い訳がましく説教をして誤魔化すところだが。

 今回は、ただただ感謝することにした。そう素直に思わせる程に目の前のかずさの表情は、余計な感情はすべて吹き飛ばしてくれたから。

 

「冬馬……。その、本当にありがとう。教室越しにピアノでとはいえ、何もわからなかった俺にとってすごく助かったし、楽しかったよ。」

 

「物覚えが悪いヤツでイライラしてたよ」

 

 全く教え甲斐がない。そんな風に答えるかずさの様子は不機嫌そうにはとても見えない。

 

 

「え、マジかよ。そんなことってあり?」

 

 春希の斜め向かいに座る武也もまた驚きを隠せないでいる。

 依緒も話の理解がうまく追い付いていないのか目を点にした状態だ。

 千晶も、いや千晶は……ニヤニヤしていた。――絶対良からぬことを考えてる。そう春希に思わせる顔だった。

 

 

 かずさはさすがに恥ずかしさを覚えたのか、顔を赤くしながら話を逸し始めた。

 

「い、飯塚、お前部長なのに、本当に部員(北原)の面倒を見ていなかったのか?」

 

 軽く咳払いをすると共に、よくそんなので部長が務まるな。と批難するかずさ。

 

 そのブーイングに乗る依緒と千晶

 

 依緒も千晶も運動部と文化部の違いはあれど部長だ。部長と部員で同じギター同士なのに少しも教えていなかったという事実は非難されても仕方がないだろう。

 

 言い訳がましく自己弁護する武也に。そんなことしていると部員無くしちゃうよ。と千晶は指摘する。

 

 どうやってこの場を逃れようかと考えてるのがありありと見て取れる武也だったがその指摘で何かを思い出したように顔を変えた。

 

 

 春希もまた、部長と部員という言葉で気付かされる。

 自分のことしか考えていなかったが、自分もまた同好会というメンバーの一員なのだ、と。――きちんとメンバーの迷惑にならないよう。そして補欠から昇格出来るよう精進しなくてはいけないんだと。そう意識させられた一言であった。

 

 

「あの、冬馬! 頼みがあるんだ」

 

 軽く息を吸い、意を決して、はっきりとかずさに聞こえるように話し始める。

 

「俺を、学園祭のステージに――補欠じゃなくレギュラーとして立てるように指導してくれ!」

 

 

「俺、少し自分勝手だったみたいだ。本当のことをいうとさ、ギターで目立ちたいとかいっても、全然上達出来ないし、ならせめて作詞だけでもと、なにか形だけ残せたらいいやって、逃げていたんだ。

 でも、それじゃダメなんだよなやっぱり。

 ステージの上に立てるのかどうかわからないだなんて、楽曲のパート編成だって考えないといけないのにそんな不確定な状態は同好会のメンバーとしてあっちゃいけないと思う。

 それに…例え俺自身が知らなかったとはいえ、今まで教えてくれていた冬馬の親切を徒労に終わらせるなんて不誠実だ。

 ――だから、だから、お願いします!」

 

 そう言い切って、春希はかずさに向かって頭を下げた。

 

 少し上擦ったように「春希ぃ……」と呟く衣緒の声が左耳から聞こえる。

 

 

 かずさはどう答えてくるのだろうか。親切ではなく暇つぶしだ、とでも言い捨てられるだろうか。

 いつからお仲間になったと錯覚している? 笑わせんな。とか言われたらさすがに立ち直れないかもしれない。

 

 そんな春希に振り注ぐ言葉は……。

 

 

「お前にゃ無理だな。北原」

 

 

 想像ができた答えとはいえ、その言葉は春希にとってひどく冷たさを感じさせる、淡々とした声だった。

 

 

 

「同好会のメンバーとして迷惑を掛けたくない。なるほど…『委員長』らしい責任感のある言葉だな、北原。

 あたしのことまで考えてくれるなんて、例え間接的にだが教えた者として冥利に尽きるし。誠実であろうとするその姿勢には敬意を表するよ。

 だが無理だろうな。それに、所詮学園祭だろ。そこまで責任を持たなくちゃいけないことか?」

 

 

「お、おい冬――」

 

 身を乗り出し抗議の声を上げようとする武也を、千晶は手で遮ってそれを止める

 

 

 春希はそんな二人を見ることも気にすることもせず、ただかずさに向かって答える

 

「俺にとっては大事なことだ」

 

 

「ギター一人欠けても飯塚がいるからいいだろ。期日までにお前の上達は間に合わないよ」

 

「……ッ。間に合わせて見せる」

 

 

「だから無理だ。お前は詩だけを作り上げて舞台裏で見てろよ」

 

 

 突き放すかずさに春希の抑えていた、我慢していた感情がついに限界を迎える。

 

 

――……るな、よ。

 

 

「…っ巫山戯んな! 無理だ無理だ無理だって! 勝手に決めつけて馬鹿にするな、俺はステージに立ちたいんだ!」

 

 

 俺の、ガキっぽい上に遠回りな恋慕の行方を、誰でもないお前が否定するな。

 誰でもないお前が、俺を見くびるな。

 巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな、見返してやる。お前を見返してやる。

 

 

 思わず怒鳴る春希。それは意中の相手から過小評価を受けたからだろうか、それとも春希の、少ないと自覚しているとはいえ――男としての意地だろうか。

 

 

 

 

 

 

怒声を浴びせられたかずきは、微動だにせず。ただフン、と鼻を鳴らすと

 

 

 

 

「そんな啖呵はなァ。これから数ヶ月間あたしのシゴキに耐え切ってから言うんだな」

 

 

 願望でも義務感でもない、明確な春希自身の意志をたたきつけられたかずさは、まるで賭け事に勝った賭博師みたいだと春希に思わせる顔をしていた。

 

 

 

――発破を掛けられたのか?

 

 

 

 自分の生涯数えても珍しい程の感情の発露を誘導された……? かずさにコントロールされてる――”してやられた感”に呆然とする春希。

 

 

 かずさは一旦コーヒー――コーヒーというのはコーヒー自身に失礼な程甘ったるい黒い何かを一口飲むと話を続ける。

 

 「言っておくけど、さっき指摘したのはウソじゃない。今のままじゃいつまでたっても――それこそ本当に学園祭を迎えるその日まで北原はギターを持ってステージに立つことは出来ない。取ってつけたような建前じゃなくて、本当にお前がギターを弾きたい。上達したいという覚悟がないとな。

 あたしが……自分の過去を引き合いに出したくはないが――ピアノの全国コンクールで優勝をいくつか果たしたあたしが音楽を教えるということ。本当にお前はその覚悟があるのか?」

 

 

 あらためて決意の程を問うかずさ。上等だ、といわんばかりに春希は頷いた。

 

「ま、あたしも偉そうなこと言ったけど、管楽器や弦楽器――日本でいうストリングスの類は触ったことはあるけど、ギターはしたことがないからね。あくまで音楽で教えるということしか出来ないけど」

 

 未経験の楽器故に若干参ったなという表情を見せるかずさだが、音楽そのものについては充分教えれる。その自信の程からか、失望させてくれるなよ? と春希に付け加えた。

 

 

 

 

 

 

「あのぅ……。盛り上がってる所非常に申し訳ないんですが……」

 

 かずさと春希、二人の学園バンド物にお約束のシナリオをぶち壊す男がいた――武也だ。

 

「本当は、今日放課後すぐに春希に話そうと思ったんだが……」

 

 

――モジモジした仕草の種馬とか見たくもない。

 

 言い出しにくいことなのか、なかなかはっきり話を切り出さない武也に苛立ちを覚えるかずさ。

 

 逆に相談事なら慣れっこだといわんばかりの「いつもの顔」の春希。

 

 

 

 こういう展開じゃなかったら話しやすかったんだけどなぁ。とボヤきながら武也は気まずそうに告げた。

 

 

 

「学園祭を目指す軽音楽同好会、そのバンドがですね。昨日、空中分解してしまいました……」

 

 

 

 

『はぁ!?』

 

 

 

 グッディーズの客席の一角で驚きの表現がハモる。

 

 

 

 意味がわからなかった。自分が嫌われる覚悟で春希に発破を掛けた覚悟が。

 せっかく出来た仲間と仲違いを起こすかもしれないという不安を振りきって発破を掛けた覚悟が。

 

 ほんの数分もしないうちにそれが無駄骨になったと知ってそれ以上言葉が出ないかずさ。

 

 春希を見ると彼自身もさっきあれだけ啖呵を切ったのに……。と呟いてる。

 

 かずさは依緒を見ると今度こそ話しについていけなさそうな顔をしてる。

 千晶の方は……。いや、こいつの今の表情は読みたくない。

 

 この展開でもニヤニヤと興味ありますという顔をしている千晶を見やったのを、かずさは後悔した。

 

 なかったことにしつつ、騒ぎの元凶へ問い詰める。

 

 

「で……だ。種馬、どういうことだ」

 

 

 さっきまで、嫌な顔をしていただけの「種馬」という単語に、武也はビクッと震えた。

 

 

 

「実は……。昨日同好会の活動が無かったのは藤代たちに呼ばれて……」

 

 

 話の経緯はこうだ。

 

 軽音楽同好会のボーカルとして名乗りを上げた2年C組、柳沢朋。

 去年の準ミス峰城大付属に輝いた彼女は今年こそ優勝を飾らんとアピールし知名度を上げるための活路をステージ上に見出した。

 強引に加入を迫る彼女を快く思わないメンバーをあの手この手を使ってコントロールしようと懐柔を画策した結果。メンバー全員が抱いたの抱いてないのだのと。メスを奪おうとする本能か、男として衝突が発生するという事態に陥ったのだという。

 

 

 「まさにサークルクラッシャー……。サークラ柳原だな」

 

 ぼそっと呟くのはかずさのテーブル向かいに座る春希である。

 

 

 しかし、全く下らない話である。男性心理を理解出来るほど人間関係が成熟していないかずさにとってはあまりにも下らない話だった。

 

 尤も、かずさに比べて遥かに人間関係において()があるはず依緒も「こんの……バカタレがぁ!」といわんばかりに武也の肩を掴み脳内シェイクをかけてる最中であるが。

 

 春希が「お前もいい思いしたんだろ」と武也に追い打ちをかけるとさらにその激しさを増す。その勢いはまるで人間の耐Gの限界を越えるんじゃないかといわんばかりだった。

 

 

「と言うわけで、昨日は揉めに揉めて。一気にボーカルを筆頭にドラムとベース、そしてキーボードが居なくなっちゃいました」

 

 もうどうにでもなーれ! といわんばかりに、いっそ正々と包み隠さず話す武也

 

「もともと一ヶ月で集めたメンバーだ。まだ7月に入ろうとする前だし、新しく探す機会はある。本当はそう気楽に探しながらダメだったら解散でもいいかなと思ってた。

 けどさ、さっきの春希のやりとりをみたらそんなことも言えなくなった。春希――なんとしてでも他のメンバーを見つけるから、お前はギターの練習を続けてくれ」

 

 懺悔するように独白するように話し始めながらも、最後は春希を見ながらそう説明する武也だが、「でも」と付け加えた上でかずさ――依緒越しではあるが。身体ごと向けて話すのを続けた。

 

「ドラムやベースとボーカルは案外すぐに見つかるだろうけど。ただ、キーボードだけは人口が少ない希少なパートだから中々見つからないかもしれない。冬馬、結局俺らが全部悪いんだけど。それを踏まえた上でお願いする。

 代わりの人が見つかるまでだけでもいい。キーボードの担当になってくれないか。

 冬馬にとっては学園祭のライブだなんてお遊戯に等しいかもしれないが――春希のさっきの決意を、思いを遂げさせてやってくれ。頼む!」

 

 

 ――あの飯塚武也が頭を下げた。

 

 4月の始めに、春希の横の席であるかずさに、そこらにいる(ビッチ)と同じようなノリで(あくまでかずさ主観だが)口説いてきた武也が。友達のために頭を下げたその姿は、かずさをはじめ、他の皆をも驚かせた。

 

 

 かずさは無言で目を閉じ考える。

 

 確かにかずさは――自分の生涯をかけんと研鑽してコンクールに挑む人達を知るかずさにとっては学園祭のライブなど、武也自身も述べたとおり”子供のお遊戯”に等しいという思いはあるし、あまり気乗りするものでもない。

 

 今までは。それこそ春希をピアノでからかってる時までは理解できなかった思考だが。最近の自分、特に今の自分にならうっすらとだが、その”真剣なお遊戯の価値”をわかるくらいには彼らの――春希のことを応援したいと思っている。

 

 

 それに……。

 

 

 目を開けたかずさは武也に質問というか提案を持ちかける。

 

「なぁ、その同好会というかライブの出場メンバーって、付属の生徒じゃないとダメなのか?」

 

 心当たりのある人物――拓未のことを考えながら口にするかずさ。だがやはりそれはダメだろうと申し訳なさ気な武也に否定される。

 

 

「瀬能、あんたならボーカル出来るんじゃない?」

 

 演劇、特に高校の演劇なら普通はマイクによる拡声ではなく、生声であることが殆どだ。

 その演劇部きっての大女優であり部長である千晶なら、声量も申し訳なくボーカルとしての素質はあるのじゃないか。そう踏まえての問いだった。

 

「あー、冬馬さん。ごめん、参加してみたいとは思うけどさ、あたしもその日演劇部として出演する予定だし」

 

 それに学園祭とニアミスに近い形で、演劇コンクールの地区大会があるんだよね。と、さすがに手一杯だと千晶は断る。

 

 その年は文化祭の一週間前に地区のコンクールの中央発表会がある。現状部員の力量を考えるとそれでさえ余裕がなかった。

 

 

「なるほど……。水沢は?」

 

 女子バスの水沢ならバッティングすることもないだろう。

 

「え、あたし? あたしはさすがにそういうには苦手だし出ようとも思わないから。申し訳ないけど」

 

 依緒にとってはステージに立つことそのものに興味がないようだ。

 

 

「冬馬、やっぱり……。ダメか」

 

 説得は失敗に終わったのか。それもやむ無しか。そんな声音でかずさに問いかける武也。

 

 かずさは武也と春希、それぞれを見ると首を振った。

 

 

「いいや、他の人間が決まるまでの代理だ。受けていいよ」

 

 

 武也と春希はにわかに表情を明るくすると

 

「本当か、冬馬!」

 

「冬馬、ありがとう!」

 

 と口々に感謝の意を述べる。今日は感謝をされることが多いなと考えつつも、普段お礼などされないからどう対応していいかわからず。

 

「べ、別に春希の師匠としてある程度の責任は取ってやらないとな!」

 

 端から見ればツンデレとして開花しようとしつつあるのではないかという態度を取る。向かいから「おぉ……冬馬ぁ」という涙声が聞こえるのは無視することにした。

 

 代理とはいうものの、かずさは心では最後までやり遂げるのも構わないと思っていた。

 

――だって……。

 

――ステージに立てばあいつも見に来てくれるかもしれないしな。

 

 

 拓未が見に来てくれる可能性は充分にある。それならお遊戯も楽しいのではないか。そう考えながら。

 

 

 

 

 




雪菜がかずさを説得すると思った?

残念、うちのかずさは強い子です。


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EPISODE:6

執筆する上で困ったこと――日本語入力の変換が艦これ基準になってる。

中(仲)=那珂
期間=旗艦


 春まで着用していた冬服も、装いをみて可愛いと思うことは確かにあるが、先月頭に切り替わった夏服もまた、女子生徒そのものの魅力を引き立てる。――真面目な『いいんちょくん』として周囲には知れ渡っている春希だが彼だって男の子である。そういった思考をすることは当然ながらある。

 

 そして何故魅力を引き立てるかといえば、やはり厚手で長袖な冬服とは違い、薄地というのもあるが、やはり腕を露出させる半袖。つまりは肌を見せる部分が多くなるからだろう。

 

 

 千晶の手首に、昨日までは付いていなかった痣。依緒はそれを見つけ指摘した。

 

「瀬能さん。その手首の痣、どうしたの?」

 

「んー、あぁ、水沢さん。これはね――昨日、春希の家に泊まったんだけど。彼、いきなり「食後のデザートは千晶、お前を食べたい」なんて言いだして。

 私もその場のムードに流されてね、なすがままにされていたら気がついた時には手錠が。春希ったら拘束プレイじゃないと燃えないとかなんとか。私もそんなことしたことなかったから怖かったんだけど、春希が望むならいいかなって――」

 

「んなわけあるかぁ!!そもそも家に来ていないだろ!!」

 

 

 

 春希の、これが俺の全力全開!と言わんばかりの否定が学食中に響き渡った。

 

 

 

 7月の第一週、その金曜日。期末考査最終日の昼の学食。グッディーズに集まったことから始まった5人のグループは昼食を兼ねながら、午後の試験対策をしている中の雑談だった。

 

「あはは、本当はね――冬馬さんが求めてきた時の痣だけど、冬馬さんの名誉のために春希ってウソ付いちゃった。ごめんね」

 

「あたしの名誉を本当に守りたいと思うなら、その捏造をまずやめてもらおうか。瀬能」

 

 そして、周囲に真摯に説明してからあたしに謝れ。と付け加える冬馬。

 

 要は、千晶がかずさの家に泊まった翌朝、何故かベッドに潜り込んでてかずさの胸を揉み揉みと楽しんでいたのを抵抗された。その際につけられた痣だ。ということだった。

 

 

「良くもまぁそんなにポンポンとウソが出てくるな。さすが演劇部部長(女優)か」

 

 感心したと言いながら呆れた声を隠そうとしない武也。

 

 その横で春希は、今が何をしなくちゃいけない時期で、千晶が昨日何をしていたかというところに疑問を持つ。

 

「瀬能、お前昨日あれから泊まったのかよ」

 

「瀬能さん、期末テスト期間中に大丈夫なの?」

 

 同じ疑問を感じた依緒が会話を繋げる。そんな春希と依緒、二人を見ながら千晶は自信ありげに答えた。

 

「いいやー、全然だいじょうぶじゃないよ。私は下から数えたほうが見つけるのが早いくらい成績は良くないからね。諦めはついてるよ」

 

 あっけらかんと言う千晶。その目は、覚悟を決めた戦士の目……ではなく、どちらかというと水揚げされた魚の眼のように濁っていた。

 

「お前なぁ、そんなんでどうするんだよ。そもそもな、期末考査というのは三年にもなって言うのもおかしいが――」

 

「あーっ、だから少しでも追試を減らそうと、今こうやって春希にヤマを教えてもらってるんだって」

 

 説教をし始める春希を遮るように反論する千晶――しかしその内容は結局春希頼みのものであったが。

 

 ため息を付きながら春希は知ってるだろう? と言わんばかりに自らの状況を説明した。

 

「そうはいうものの、今回ばかりは俺も全然試験対策をしていないから、お前のお目当てのヤマはあてにならないぞ」

 

 

 

 

 

 

 かずさの加入から――遡ること3週間前、グッディーズで師弟関係を結んだあの日。春希は「じゃ、期末テスト終了後から頼む」とかずさに言い。今度はメニューなんぞ軽い物の角ではなく、歌詞ノートの角で頭を思い切り叩かれていた。

 

「あたしのさっき言ったことを忘れたのか? お前本当は馬鹿じゃないのか?」

 

 このままじゃ絶対無理。それでも叶えたいならシゴキに耐え、ピアニストのあたしを満足させる結果を出せ。

 

 そう告げたかずさに、春希が喧嘩を買う勢いで啖呵を切ってからそれほど時間も経たないうちに「ダイエットは明日から」みたいな先送り発言を受けたかずさは割と本気でノートを振りかざしている。

 

「しかしなぁ……学生の本分は勉強であり、もう期末テストは半月後に迫ってるんだぞ」

 

「そんなこと知らないしどうでもいい。生半可な覚悟だったらギターは諦めていいから、北原は真面目に勉強だけやって、学園祭では真面目にローディーとして頑張れ」

 

 学生としての正論を振りかざす春希と、それをそれを心底下らないと切り捨てるかずさ。

 

 

「それは出来ない」

 

「なら練習だな」

 

「だからそれはテストが終わってから……」

 

 平行線を描き、決着が付かない二人に武也は妥協案を提示する。

 

――テスト期間とその1週間前は部活動が制限されるから、部活動の時間帯は勉強に当てる。これは学校側から活動の禁止を言い渡されているので仕方がない。しかし、部活動の時間帯以外で自主的に練習しても問題あるまい?と。

 

 それから議論を重ねた末、斯くして今回春希は上位の成績を狙うことを諦めさせられる事となった。代わりにかずさは部活動禁止の時間帯は勉強を教えられるハメに。そして放課後、音楽室が使えない代わりに校外で練習することになった。

 

 

「何故、あたしまで変な約束をさせられるんだ……」

 

 自分は間違ったことをしていないのに。そうボヤくかずさ。

 

 

 期末テスト対策は終わった。次は軽音楽同好会の予定建てだ。そう仕切りなおした部長と渋々納得し受け入れる春希。

 

 春希の練習場所としてどこのリハーサルスタジオを借りるか。そう話し始めた周囲に待ったをかけたのは現実に復帰した妥協案の犠牲者――かずさだった。

 

 練習場所としては申し分ない所があるからそれは気にしないでいい。あたしの家を使えばいい。と。

 

 何故自宅で練習が――ピアノもそうだがアンプにつないだエレキギターの練習が出来るのか。ご近所からクレームが飛んでくるのは間違いない。そう思った春希は、自分の常識という物差しだけで物事を考えてはいけないと実感することになった。

 

 何しろ、豪邸なのだ。都内の、都心から少し離れたところとはいえ、岩津町。そこに決して小さくない……いや、むしろ広いといい敷地を構え、自動シャッターのあるガレージにはB○Wが鎮座しているその外観は春希を圧倒させた。

 

 そしてなにより、一番驚いたのが地下という空間で防音を施した――つまりは地下練習スタジオだ。自宅に練習スタジオ。まぁ、中には老後の趣味とか、パパの一生の夢なんだ。と作る人はいるだろう。

 しかし複数のシンセサイザーにドラムセット。それに(春希は知るはずもなかったが)Ken○mithのベース。さらに各種アンプにモニタースピーカーはもちろん、録音用のミキサー室。……加えて(もちろん春希は知らないが)およそ2千万相当のグランドピアノだ。

 

 これでなんとも思わない人のほうがどうにかしている。自分の知らない世界がそこにはあった。同時に世界的ピアニストの家はこういうものなのだと春希は思い知らされた。

 

 さてさて、そんな恵まれた待遇だったら涙を出して喜ぶ環境で普通科の優等生(一般人)である春希は、かずさが加入した翌日の土日から、そして放課後は日が暮れた頃から此処で別の意味で涙を流しそうな地獄の特訓メニューを消化していくことになる。

 

 1日というには長く、2日というには短い期間でかずさは初めて触ったエレキギターの腕前を春希と比べて軽く凌駕し、それなりに披露できる程度になっていた。

 才能の違いに悲しむ春希だが、かずさは言う――人間の扱う物事には何にでもルールが有るんだ、と。

 

「北原がテストの問題で設問がどういった答えを求めているのかなんとなくわかったり、相談事を受けた時に解決方法がなんとなくわかったりするのと同じだよ。積み重ねた練習が法則性を見つけるんだよ」

 

 

 あえてかずさは極力ギターを自ら披露して春希に教えることは控えていた。そのかわりかずさは、音の構成にはスケールという存在があること。そしてそれらを組み合わせたコードがあること。理屈で考えるのが苦手なのだろうか、かずさは本格的ではないせよ多少の音楽理論を説き、それらを踏まえた上でゆっくりとしたテンポから始まって、ピアノ――他者と合わせること。を最も時間を割いて充てた。

 

 

 最初の一週間近くは殆ど座学らしきものが中心で、残りは春希自身の練習。次の週からかずさのピアノとで練習することが中心になった。

 

 多少のぎこちなさはなくなってきたものの、本当にこれでステージに立つほど上達出来るのか不安な春希。なんせエレキギターとしてのテクニックは殆ど教えてもらっていない。

 

 まだまだ始めたばかりだとはいうが、ピアノと合わせるように鳴っても曲じゃなく。コード進行に合わせてストロークの練習ばかりだった。

 

 そうして今週。テスト期間を迎え、放課後は試験のヤマ当て目当てで来た武也達と教室で勉強会を開き。放課後は冬馬邸で指導を受け、終電ギリギリに帰宅しては自分の試験勉強を開始する。そんなかつてないほどの忙しい毎日を春希は続けていた。

 

――こんな生活続けていると死んでしまう。

 

 必死に気合で乗り切るも弱音を上げそうな春希だったが、まさか将来。この程度なんともないぜ、と言わんばかりの超ブラック勤務の出版社でさらに自分で自分に鞭打つような仕事をこなす可能性があることは当然、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんな回想をしつつ。今回は俺も本当に全然勉強出来てないんだと説明しつつ。昼食を終えた一同に前日の深夜に必死で見つけた次のテストのヤマを教えている中、春希は武也に”その後の進捗”を尋ねる。

 

 あれから、メンバーは見つかったか、と。

 

 

 武也はあからさまに掌を上に向け肩の高さまで上げると全く芳しくないといったジェスチャーをした。

 

 

 武也も先日の件以来、奔走を続けていた。春希がレギュラー入りしてみせると宣言した熱意と、依緒達にさんざん避難された手前、格好悪いことは出来なかった。

 

 楽器経験がある生徒にひたすら声を掛けるも、軽音楽同好会の評判はここ3週間で急降下を辿る。

 

 なにせ相手が悪かった。噂が巡るのは早く、男子生徒からは準ミスを入れてグチャグチャにしたサークル。さらに柳沢朋のファンにとっては朋ちゃんを傷つけた憎き怨敵。女子生徒も実際に何があったかは知らないまでも女性ボーカルとして入ると問題が起こるサークルとして。勧誘をするとそのように警戒気味に認識されていた

 

 

「まったく、北原みたいに堅ければばこんな事態にはならなかったんだろうにな」

 

 いや、そもそも『いいんちょ』はモテそうなタイプではないだろうけどね。と武也を避難しているのか春希を貶しているのかわからないかずさ――多分両方だろうが。

 

 

 春希は柳沢朋に「懐柔されなかった」だけで「いい思い」――具体的には女性(柳沢)って柔らかかったなぁと思うくらいには楽しませてもらっていたのだがあえて知らぬ顔で通すことに決めた。

 

 

「あれぇ、冬馬さん。春希のことそんな風に言い切っちゃていいの?」

 

 千晶は知り合いに何人か春希のことを良いなって言ってる子がいるよ、と口にする。

 

「あぁ、そういや俺も何人からそういう話があるってのは聞いたことあるな」

 

 武也も耳にしたことがあるのか春希に対する噂に同意する。

 

「そ、そうなのか?」

 

 心底驚いたのか慌てたようなかずさに武也は続けた。

 

「そりゃ、そういうこともあるだろうよ。なんとか効果ってやつ?お節介焼かれてブーブー言ってた女の子が、後からなんだかんだ言って有り難みを実感させられたりするとホロリといっちゃう子もいるってわけだ。

 とにかく、春希はただの真面目一辺倒の優等生。という評価だけじゃない。というのは確かなことだ」

 

 

 ”そのテ”のことに縁がない春希がどう反応していいからわからず挙動不審にオタオタしているのを尻目に、武也はかずさを見ながら――ひょっとして脈ありなんじゃないかという感想を抱く。

 

 恋愛方面に聡い武也だ。春希がギターや歌詞を作り始めたいと言った時期、その春希の歌詞を見たかずさの反応に加え、これまでのかずさの変貌ぶりと先程の反応。それらを踏まえた上で武也は――"限りなく正解に近い”考えをしていた。

 

 

 

 

 

 

 試験終了後の第二音楽室。ようやく使用を解禁されたその音楽室には自宅においてあった予備だろうか、おそらく学校にも無断で運送の手配をしていたJ○-120――ギターアンプが設置されていた。

 

 

「昨日までは各パートを集中して練習していたよね。今日は最初はテンポをゆっくりとしてだけど……通しで"WHITE ALBUM”を弾くから」

 

 思えば一ヶ月近く、かずさの様々な罵倒。そして春希の言い訳を黙って聞いた後「続けるなら早くやれ。でなければ帰れ」とサングラスの偉い人のような声音で宣告するかずさに、謝りながらも指導をお願いし続けた日々。

 

 長かった、でも今日でようやく報われる!遂に、かずさ(師匠)から一曲通しての演奏を許可される喜びに震える春希。返事を返してこない春希にかずさは「さっさとギターといつものを準備する!」と催促した。

 

 

 

 ギターのチューニングをし、アンプのパラメータをクリーンに設定した後、レコーダーを設置した春希。

 同じく指のストレッチを終えたかずさは、最初は原曲の半分のテンポから始めると伝える。

 

 

 イントロの終わりで躓き演奏を止める春希。まだピアノを引き始めていないかずさは頬杖をつきながら春希に、「ん、どうした?」と聞く。

 

「もう一度、はじめから弾きます……。」

 

 判ったと答え、春希が演奏するのを待つかずさ。これまでも冬馬邸で行われていた、いつもの光景だ。だが春希は通しで行われるという指導をお願いして以来初めての事にやはり緊張は隠せなかった。

 

 

 はじめはイントロで、次はAメロで、その次はBメロ、サビ……。躓くたびに演奏を切り直しながらも着実にミスを減らしながら曲を進行させていく春希。完奏しきっても次はテンポを上げるから、とかずさは何でもないことのように練習を進めた。

 

「ん、少し休憩だね。いつものようにスケールの運指を確認したあと休ませて、また運指を確認して」

 

「なぁ冬馬。少しずつテンポを上げていってるけど、ホントにこれでステージに建てるほど上達しているのかな」

 

「なに、北原。あんたはそんな余計なこと考えなくていいって。あたしの指示を信じてればいいんだよ」

 

「あぁ……。俺はお前を信じてる。俺はお前の期待に応えるよ」

 

「き、期待なんてしてない!いつまでも休ませてないでさっさと指を動かせ!」

 

 

 練習を再開する春希。パート毎の繋ぎの部分を確認した後、かずさは春希に次は原曲テンポで行くから。と伝える。

 

 

 

 

 

 

「で、出来た……。ありがとう冬馬!俺冬馬のおかげで、ノーミスで"WHITE ALBUM”を演奏出来るようになったよ!!」

 

 遂に完璧に弾ききった春希はかずさに喜びのあまり普段はあまり見せないテンションで喜びを伝える。

 

 未だに礼を言われることに慣れていないかずさは反応に困りながらも、それでもなるべく素直に春希に労いの言葉を掛けた。

 

「何を言ってんの北原。あたしはギターは教えてない。あんた自身が努力したから出来るようになったんだよ」

 

 かずさとしても、以前の自分からしたら到底信じられないほどの才能のない相手、それこそ理解できない事だし我慢も出来無い事だったのだが。ようやく――ギターを始めて2ヶ月以上。本格的に練習を見てあげてからは3週間も時間がかかったが、着実に成長して一曲を演奏しきった春希を見るのは嬉しかった。

 

 何しろ、春希は普通科なのだ、音楽科のように才能を磨くために学校に通っているわけではない。 その一般人の中でも音楽に少しだけ向いていないだけなのだ。そう思える程度にはかずさは他人のことがわかるようになっていた。

 

 喜びのあまり「うぉぉ!」と吠えたり、跳ねたり、回ったりする春希――アンプとギターが接続された状態で、危なっかしくて見てられないかずさ。

 

「ほらほら、いつまでも暴れてないで。録音を確認してて。あたしはちょっと、席を外してくるから」

 

 同じように浮かれている自分がいる。――あたしらしくない、諌めよう。手洗いに行くついでに頭を冷やそうとするかずさに春希は「そうだった、でも本当にありがとう」といいながらレコーダーをパワードスピーカーに接続しに取り掛かった。。

 

 

 ――そう、まだギターとピアノだけ。アコースティックバージョンに近いような構成で、出来も粗いクオリティで完奏しただけなのだ。バンド構成でのギターパートはまだ演っていないし、しかも1曲だけ。

 

 

 自分まで喜んでいて学園祭に間に合わなかったら仕方がない。用事を終え、第二音楽室に向かいながらそう考えるかずさ。

 

 近づくつれ、聞こえてくる録音に不思議だと違和感を感じた。ドアが開かれたまま再生されているのだ。

自分は締めたはずだったが……。そう思いながらもたどり着いたかずさは音楽室を見て呆けたような顔になった。

 

 開けた窓、つまりは外にスピーカーを向け再生し終えようとしているレコーダー。開かれたままのドアに、春希がいない無人の教室。春希が何を意図してこの状況を作りだしたのか理解出来ない。

 

 とりあえず、再生を切り、外でも眺めて待とうかとしたかずさに外――自分達よりも上の階層かと思われるところから女性の泣き声が聞こえた。

 

 ――まさか、北原。理由はわからないけど文句か説教をしに行って泣かせたのか!?

 

 踵を返し、駆け出す――声の聞こえ方からしておそらくだが屋上。自分の指導を無視して訳のわからない行動をしている、だろうである春希を考えると怒りがこみ上げる。

 

 女にうつつを抜かす暇があるのか?一言文句を行ってやらないと気がすまない!

 

 あくまでかずさの勝手な考えではあるが込み上がる激しい感情は足を加速させた。普段の自堕落な自分からは考えられないほどの勢いで階段を駆け登るかずさ。

 

 

 

 鉄扉を跳ね飛ばす勢いで開け、夕暮れだが眩しく照らす屋上へと出る。逆光越しではあるが春希と……座り込んでる女子生徒であろうシルエットが見える。

 

 

「北原ッ!!」

 

 まだ目が慣れないがアレは春希に間違いない。ならば問い詰めるしかあるまい。

 

「お前、舐めてるのか!?あたしお前に言ったよね!録音聴いとけって!……って小木曽、雪菜?」

 

 迫りつつ目が慣れてきたかずさの目に映った光景は……。

 

 

 泣き崩れながらも抵抗する学園の人気投票No.1である女子生徒――小木曽雪菜と、”性的な犯行現場”を見られて驚いたような表情をしている春希。

 

 

 

 怒りのあまり、かずさは頭が真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 




雪菜「ようやくきちんと登場出来たと思ったのに……。セリフがないまま終わった」


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EPISODE:7

参考資料として、原作を再びプレイしようとするも……。胃が痛くなって、一気に進めることが出来ません……。


「き、北原くん!!」

 

 かずさの身体から放たれたとは思えないほどの威力の蹴り――それをまともにうけた春希は雪菜の横をまさに吹き飛ばされるように浮いて倒れていった。

 

「小木曽、だよね。大丈夫だった? あいつに何かされた? ごめん、あたしの不注意だった。まさかこんなことをしでかす奴だったとは――」

 

「あ、あの……、違います。北原くんは何もしてないんです……。本当に」

 

 未だ誤解をしているかずさにそれまでのことを説明しつつ、雪菜は春希を看護する。幸い、頭は打っていないようで意識はあった。

 

「っつぅ……。冬馬ぁ……今回ばかりは俺は何も悪くないからな」

 

「悪かったよ、早とちりして……ごめん」

 

 強く怒られた訳ではないものの、さすがにバツが悪いかずさはシュンとしながらも謝る。

 

 上半身を起こし蹴られた辺りを手で抑えている春希をかずさは「立てるか?」と手を差し出す。「あんな蹴り男にだって食らったことないよ」と言いながら手を借りて立ち上がった。

 

 

「すごいキックだったよね。あんなに飛んでいくの初めて見た」

 

 あまりの展開に、もう笑うしかない雪菜は「こぉーんなに飛んでいった!」とアイドル然としていない素の状態で手を大きく振りながら先ほどの凄さを表現する。

 まぁ実際”男にだって……”の件はまともに喧嘩をしたことがない春希だから事実だったが――そんなことより、学園のアイドルらしからぬ素振りに意外を感じすぎて春希とかずさは、ぽかんと雪菜を見やった。

 

 

――あ、しまった……。

 

 普段の学園生活では見せない。あまりに幼稚な仕草をしてしまったことに気付いた雪菜は顔を赤くする。

 

 フォローしないといけない! 気を使った春希はとりあえず自己紹介をし直す。

 

「あー……あの、小木曽。あらためて自己紹介するけど、さっき下でギター弾いてた北原。

 そしてこっちのタイキック――いや、なんでもない。こっちの子は冬馬かずさ。さっきピアノを弾いていたのは冬馬なんだ」

 

「あ、こちらこそあらためまして。A組の小木曽雪菜です。――あなた達のことは少し前から聞いていました。依緒に」

 

「……水沢に?」

 

 

 意外な繋がりにそういったことに疎いかずさはよく理解しきれていなかったが、世の中は意外と狭いなと感じていた。

 

 

 

 

 

「なるほど、水沢と同じクラスの友達だったんだ」

 

 雪菜の説明にようやく把握し、納得したといった表情のかずさ。――それにしても先程のはよっぽどだが、今までの評判と随分と違う子だな。そんな印象を雪菜に見受ける。

 

「それに、先月くらいから北原くん達、学食で賑やかにしてたでしょ? だから何度か見かけたことはあるんだよ」

 

「いや、よっぽど小木曽の周りの方が沢山集まってたと思うけど……」

 

 2年連続ミスコン優勝者に仲良くなろうと寄る人だかりの多さ――それを何度も見たことがある春希は苦笑しながら雪菜程じゃないと答える。

 

 あまり嬉しくなさそう。そう思える笑みを雪菜は浮かべると、曖昧に返事をして話の話題を変えた。

 

「そ、そういうわけで。さっきは北原くんがスカウトしてこようとしてたの。

 ……わたしなんかで良ければ、是非歌わせていただきたいなと思うんだけど」

 

 Vo.(ヴォーカル)加入の件をすんなり受け入れようとする雪菜。――スーパー、公園、ブランコ、カラオケ、『これで……全部知られてしまいました――』何かいろいろとフラグが消滅していっていると、頭に流れ込んでくる変な意識を外に、皆がどのような反応をするか考える。

 

 春希自身は、自ら声を掛けた人間だし、これ以上ピッタリの”WHITE ALBUM”は無いと思っていたので是非参加してもらいたかった。

 

 部長である武也だって、準ミスを大きく引き離したミスコン優勝者を連れてくるんだ。前回の反省があったら多少は渋るかもしれないが。まぁそんな部分で反省はすることはないだろう。

 

 依緒は同好会ではないが雪菜の友達だから歓迎するだろうし、募集しているとタレコんだ張本人だ。

 

 千晶は……、こいつはよくわからん。

 

 

 そしてかずさは不機嫌さを出していた。

 

「あんなしょうもないギターにホイホイ引っかかる女がミス峰城大付属だとはね……。おい北原、あんたステージで演奏したらミス峰城大も釣れるんじゃないか?」

 

 かずさは怒っているようだ。そりゃそうだろう。師匠の指示に弟子が従わず好き勝手した結果が今に至るのだ。理由はどうであれ機嫌を悪くして仕方ないかも。

 

 そういった部分を春希は感じ取ったのだろう。一応形だけ、かずさの皮肉に「お前もピアノを弾いていただろ」と返すだけにとどめた。

 

 まったく無駄な言い訳を無視して「だが……」とかずさは言葉を続ける。

 

「北原がいくらべた褒めで考えなしにスカウトしたとしても、あたしはこいつ(北原)の音楽センスの無さを知っているし、あたしは実際に小木曽の歌を聴いてみたことはないから「はいそうですか」と認めて受け入れるわけにはさすがにいかない」

 

 音楽における春希の才能を全くといっていいほど信用していない師匠に弟子は些か傷つく。

 

「ふーん、冬馬さん。わたしを認めないってこと?」

 

「だから、あたしはお前の歌を聴いたことがないから――」

 

「なら、これはもう、勝負(バトル)しかないワケだよね」

 

「なっ……! ……いいだろう、受けて立つよ」

 

 ――勝負って何?

 

 意味の分からない雪菜の誘導に、煽り耐性のないかずさが"バカにしないでくれる!?知ってるわよそのくらい!!"とエルフェンな登場人物の名台詞を彷彿させるようにホイホイと、意味もわからず喰らい付く。ワケのわからないデュエルの予感に春希はもう、まともに相手をする気力をなくしていた。

 

「じゃあ、そういうわけで。わたしはこれから用事があるから。冬馬さん明日の15時に末次町駅で待ち合わせだから!」

 

「あぁ……バイトか。頑張ってな。うん」

 

「……やっぱり北原くん。去年のあの時気付いていたんだね」

 

「まぁ、な。あんだけ大声出してしまったからさすがに小木曽にもバレてしまったとは思ってたけど」

 

「秘密にしてくれてて、助かったんだよ? それじゃあね」

 

 雪菜は軽快な足取りで去っていく。かずさは「勝負か……腕がなるな」と聞いていなかった。

 

 

「あれ、小木曽はどうしたんだ?」

 

「……バイトだってさ」

 

「小木曽がバイト? 何の?」

 

「駅までの帰り道のスーパーあるだろ「ごんだ」ってところ」

 

「あそこか……? あんなところに小木曽雪菜がいたっけ……」

 

 やはり、雪菜の変装は完璧なようだった。

 

 

「ま、冬馬。明日は頑張ってな」

 

 

 

 ちなみに、信じきっていないかずさを「なら見てみよう」とスーパーでアイスでも買って帰ろうと誘い、実際にレジに並んだ時にようやく雪菜の変装に気付いたかずさは「うあぁぁ、小木曽!?」と叫んでいた。雪菜は春希を変装に用いる眼鏡越しに睨む――早速バラしてごめん。 心の中で謝る春希だった。

 

 

 

 

 

 

 末次町きっての繁華街。そこに店を構えるカラオケハウス「メイフラワー」そこに連れて来られたかずさは、自分を連れてきた女――小木曽雪菜とバトルをする……。はずだった。

 

 

「……なぁ冬馬、なんで俺までいるんだよ」

 

「……スカウトした張本人を外すワケにはいかないだろ」

 

「……そりゃそうかもしれないけどさ」

 

 

 人間、だれでも意外な一面……というか本当の自分というのを隠しているもんだよな。目の前の光景をぼぉっと眺めがら、春希はそんな考えを始める。

 

 隣の、アイスコーヒーをストローで混ぜながら思考停止している彼女――かずさ。最初は孤独な一匹狼に見えたし、今でもそう思わせることはあるのだが。内面結構さみしがりやなのではないかと感じている。

 それと直情的で激情家でもあるが、それゆえに他を見落として単純なポカをしがちな一面も。あと飯は作らせてはいけない。

 

 そして目の前で歌っている彼女――小木曽雪菜はどうなのだろう。

 普段の学園のアイドルとして沢山の取り巻きの中心にいる彼女。

 苦学生なのだろうか、華やかな印象とは程遠い地味な格好でスーパーでレジを打ったりカゴ台車に在庫を乗せたりしている彼女。

 屋上で手を大きく振ってアホの子(失礼)みたいに表現してた彼女。

 

 そして今……。

 

 

 

 貸し出された部屋に入ってから、時刻は16時に差し掛かろうとしている中。彼女――小木曽雪菜は独走(マイクを独占)していた。

 

 その暴走っぷりを見せつけられ春希は現実逃避の人間分析とたまにタンバリンを揺するくらいしか出来ない。

 

 

 隣で同じく雪菜を見るだけのかずさは何を考えているだろうか。怒っているかもしれない――なんせ、この間5人で会話をしている時にかずさも結構カラオケが好きだと言ってたくらいだしな……。

 

 入って1度も歌わせてもらえない。その仕打ちにかずさが怒っても仕方がないと春希は思っていた。

 

 

 歌い終わり一息ついたー! とばかりに上機嫌な雪菜。次は新譜かなーと恐ろしいことも言っているが……。

 

「あ、北原くんと冬馬さんも何か飲む?」

 

「い、いや。俺は……いいよ」

 

「あたしも……特に」

 

――何歌う? とは当然聞かないよねー……。

 

 嬉しそうに喉乾いちゃったーと烏龍茶を頼む雪菜を見てかずさは当初からの疑問を口にした。

 

「なぁ。小木曽……。勝負ってのは、どうなったんだ……?」

 

「勝負? ……その話をする前に、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだけど」

 

 

 どういうこと? そう目を細めて疑問を浮かべるかずさを他所に雪菜は独白を続けた。

 

「あたし、週に一度はここに来て、ヒトカラやってるんだ。他の人と一緒だと5曲くらい続けただけで顰蹙かっちゃうし」

 

「ご……5曲……。次の順番が回ってくるまで待つんじゃダメなのかな、あはは……」

 

 そりゃ顰蹙くらいかって当然だろ。という気持ちをぐっと堪える春希。

 

「ダメなの、そんなの待ってたら時間あたりの曲単価が跳ね上がっちゃうじゃない。そんなのダメ、イライラしちゃう」

 

「あたしが言えることじゃないけど……さすがに空気読めてなさすぎじゃない?」

 

「うん、でも歌うことに関しては空気なんか読みたくない。それだけ歌うことが好きなの。誰にも負けたくない、譲れない部分なんだ」

 

「わたしね、学校じゃ仲の良い友達が居なくて。あ、依緒は結構話す方なんだけど――躊躇うところがあって、自分の気持ちを正直に出したくなかったの。

 それでも昨日、二人の"WHITE ALBUM”が流れてきたときはどうしても歌いたかった」

 

『――昨日の曲?(”WHITE ALBUM”)

 

 同時に答える春希とかずさ。

 

 

「うん、わたしの一番のお気に入りで、一番大好きな曲」

 

「あぁ、俺も一番最初に買った大好きな曲だよ」

 

「そうなんだ! だからなんだね。

 以前からギターとピアノのが合わせているのは屋上で聴いたことはあったんだけど。昨日はこう、なんだか一体感を感じるような音で。我慢できずに歌おうとしたら終わっちゃって……。

 録音していたのがまた、流れてきた時は本当に嬉しくてすごく気持ちよく歌っちゃってた」

 

 

 雪菜は続ける。

 

 

「ねぇ、冬馬さん。あたしね、ミスコンにエントリーされても強く断る事ができない自分が嫌だった。

 優勝しちゃって、どこにでもいる中流家庭なのに、ひっこみがつかなくなっちゃって「お嬢様」のイメージを守ろうとお洒落するために無理してアルバイトする自分が嫌だった。

 目立ってアイドルみたいに見られるのも嫌。

 でも……でもね。歌うことを諦めるのはもっと嫌なのっ」

 

 

「小木曽、あんた……」

 

「”WHITE ALBUM”……。楽しかった。録音とはいえだけど、他人に合わせて歌うのがこんなに気持ちいいんだって思えたのは初めてだった。

 だから、今日は知ってもらいたかったの。お嬢様でもアイドルでもないただの小木曽雪菜を……。

 歌うことが大好きな小木曽雪菜をどうか知ってもらって、そして……」

 

 

――そして……お願いするの。

 

 

「冬馬さん、北原くん。わたしを……軽音楽同好会に入れて下さい!

 バンドなんてしたことないし、実力不足かもしれないし。もしかしたら練習ってすごくきつかったりして、わたし泣いちゃうかもしれないけど、ステージで、皆に好奇の目に晒されて、笑われてしまうかもしれないけど。

 最後まで全力でやり通すから、お願いします! 歌わせて下さい!」

 

 

「小木曽……」

 

 名前をつぶやくことしか出来ない春希の横で、ふぅっと息を吐いたかずさは、やれやれ。といった表情で話す。

 

 

「……参ったね、そんなふうに言われたらあたしが断ったら悪者じゃないか」

 

 

「本当! 冬馬さん、ありがとう!」

 

 先程の涙目になりながらも必死だった顔はすっかり消え、喜びながらかずさの手を取り強く振る雪菜。

 わかったわかったといってかずさは止めさせると、雪菜はまたリモコンをとり、慣れた手つきで暗記してるのだろう――番号を入力すると画面の横に立った。

 

「小木曽……。まだ歌うのか」

 

 あたし、まだ一曲も歌ってないんだけど。そう言いたげなかずさ。

 

 イントロが流れると雪菜は言葉を紡ぐ

 

「わたしのすべてを知ってもらった二人に、昨日の歌を捧げます。

 軽音楽同好会に加入した記念に、わたしの勝負に勝った記念に。

 二人と出会えた記念の曲……”WHITE ALBUM”」

 

 

 

    『――すれ違う毎日が 増えてゆくけれど ――』

 

 

 

――本当、今日は圧倒されてばかりだったよな。それでも、小木曽がボーカルとして加入して、嫌じゃないだろ?

 

 

 隣の席で「今日の出来事すべてが勝負だったのか……。負けたよ」とボヤくかずさをみて春希は、同好会がうまく活動できそうな、そんな期待が沸き上がってきた。

 




雪菜は意識してもしなくても、計算高い女の子ですよね。そういう子も好きです。

ちなみに、小説で名称が出て来たカラオケ「メイフラワー」巡礼先だと「コート○ジュール」って名前らしいんですが、関連なさすぎてそれまでのLeaf系の名づけ方から考えると違和感を感じます。


本当はあと倍の話を入れたかったけど、字数をみて間を挟もうと思います。

続きはEPISODE:7.5に。


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EPISODE:7.5

うまく編集出来ませんでした。


「ねぇお母さ~ん、片栗粉どこやったっけ?」

 

「ん? ほらそこにあるでしょそこよ」

 

「そこってどこよ~!そんなんでわかるわけないって言ってるじゃない。もー、戸棚?この引き出しのこと~!?」

 

「……あなた、いつもそこって言うだけでわかるじゃない」

 

 

 わかるなら文句言わないの。呆れながらも雪菜の母、秋菜はその片栗粉先に使うから渡して。と告げる。

 

 

「ってお母さん、エビをお酒で洗って片栗粉まぶすなんて……」

 

「これはね、中華の下処理には必要なのよ。こういった一手間が大事なの」

 

「そうなんだ……。尾を切って洗ってとしか書いてなかったけど」

 

「あたしもあの子に教えてもらってんだけどね~」

 

 

 

 

「丸聞こえだよ……。母娘(おやこ)の会話が……」

 

「あはは……。ごめん、うるさい家族で……」

 

 ピンクを基調とした女の子らしさ溢れる部屋――小木曽雪菜の部屋で目の前に座る少年、弟の小木曽孝宏はうちの姉がみっともないところを晒してごめん。と恥ずかしそうに謝った。

 

 

 

 

 カラオケハウスでの雪菜の”勝利宣言”の後、しばらく遊んでから店を出たところで雪菜は「せっかく仲良くなれたんだから、まだ帰りたくないな」そう言って春希とかずさを引き止めた。

 

「ねぇ、二人とも。まだ、大丈夫? ……門限とかある?」

 

「ウチは……親は海外にいるし、今日は柴田さん――お手伝いさんもいないから大丈夫だけど……」

 

 お手伝いさん――柴田さんとは何度かかずさの家で練習していた時に会ったことがある。

 

 年頃の女の子の家に通う男。

 ……誤解を抱かせるのは容易に想像が付いた春希は、懇切丁寧に説明し誠意を持って接するハメなった事は忘れるに忘れられない。

 

「俺も門限とかは特にないよ」

 

 門限も無い代わりに家族としての関わりも無いけど――自分の家庭環境を愚痴に出すのも良くない。春希はあえて必要最小限を述べるだけに留める。

 

 

 雪菜は二人の答えに目を輝かせると嬉しそうに、それでいて言いにくそうにしながらも二人を誘った。

 

 

「ならさ……。ね、ご飯食べてかない? 懇親会も兼ねて」

 

 

 

 

「確かに、ご飯を食べていかないかとは聞かれたけど、自宅に料理を食べに来ないかとは思わなかったよ……」

 

 これが学校の男子生徒(雪菜ファン)に知られたら俺、大変な目に合うかも。とボヤく春希

 

 横を見るとかずさも居心地悪そうな顔をしている。

 

 

 多分、その原因はお茶を持ってきてくれた、向かいの少年。孝宏だろう。

 

 かずさも俺とおそらく同じで、俺達は一人っ子だし、弟――雪菜の弟だが。 そういう存在にどうやって接していいか図りかねていた。

 

「孝宏くん……だっけ? 今年いくつ?」

 

「今年、中3。姉ちゃんとは3つ違いだよ」

 

「ってことは受験生か。……やっぱり同じとこ(峰城大付属)?」

 

「んー、ウチは普通の中流家庭だから無理かなぁ。二人も私立に通わせる経済力は無さそう

 しかも姉ちゃんはこのまま峰城大だからね。俺まで行くとなったらすかんぴんになるかも」

 

「す、すかんぴん……。よく知ってるね」

 

 

 都内のこの近辺に一戸建てを構えるのは中流家庭の中でも十分に裕福だと言えるだろう。

 でも、たしかにうちの学校はお坊ちゃんにお嬢様が多いから、中流というのがピッタリといえばピッタリだ。

 

 目の前の顔を強ばらせている――おおかた緊張しているだろう 「本物のお嬢様」と比べれば。

 

 

「……なぁ、冬馬ぁ」

 

「な、なんだ!?」

 

「お前なに中学3年生におっかなびっくりしてんだよ……。彼のほうがよっぽど年上に見えるぞ」

 

「ふ、ふざけるな!あたしはビビってなんかない!

 ……あ。……し、仕方ないだろ。あたしは……今まで、こんなこと」

 

「あーはいはい。孝宏くん、ごめんな。こいつ、獰猛だけどただの人見知りだからさ、近づいて手を出さなければ怖くないから」

 

「えーっと……。たしかにちょっと今のは怖かったけど。だいじょうぶ……」

 

「ば、馬鹿に――」

 

「あーはいはい。ほら冬馬、せっかく孝宏くんがコーヒー持ってきてくれたんだ。飲んで落ち着こう。

 孝宏くん、ごめん、そのスティックシュガー貰っていいかな? この子甘党でさ」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、軽音楽サークルのボーカルにうちの姉ちゃんを」

 

「そう、突然押しかけてごめんな?」

 

「いやー、無理して家に誘ったのは姉ちゃんでしょ?

 姉ちゃん付属じゃ猫被ってるみたいだしなぁー。中学の時は部屋に入りきらない程友達連れて来てたのに急にバッタリと。

 それが3年になっていきなり綺麗な人と男の人連れてくるから、痴情のもつれかと思ったよ」

 

 ゴホッと気管支に入ったのかむせるかずさ。噴き出さなかっただけマシであるが代わりに苦しいのは間違いない。

 

 春希は慌ててかずさのカップをテーブルに置かせると、ハンカチを口元に差し出した。

 

 

「お、おい、大丈夫かよ冬馬……。

 孝宏くん、痴情のもつれってどんなことを考えてるんだ」

 

「ご、ごめん冬馬さん。いやー、だって緊張した男女二人を迎えて、手を上げるかわりに料理で語る。そんな展開を――」

 

 数時間前に歌で勝負を決めてきた雪菜だけに違和感が無い……。

 強く否定出来ない春希を他所に話を続けようとする孝宏を遮ったのは雪菜の声だった。

 

 

「北原くーん、冬馬さーん、両手がふさがってるから扉開けてー――ありがとうって孝宏、どうしてここに?」

 

「どうしてじゃないよ。お客さんをお迎えしといてお茶も出さないなんておもてなしの心がなってないよ。姉ちゃん」

 

「孝宏にしては妙に気が利いてる……。なにか余計なこと聞いてない?」

 

「なーんにも! 2階から乾いた音が鳴り響くような状況じゃなくて安心しただけだよ。それじゃ北原さん、冬馬さん。ごゆっくり」

 

「な、どういうことよ!? 孝宏!って……もう!」

 

 

「……えーっと」

 

 ぷりぷりと怒る雪菜。学校じゃアイドルが絶対に見せない顔だけに春希とかずさが驚いても不思議ではないだろう。

 

「ごめんね、二人とも。弟が何か変なこと言ってなかった?」

 

「い、いや。特には……」

 

「小木曽は猫を被ってるって言ってた」

 

「と、冬馬……」

 

「あー。やっぱり、孝宏ったら!」

 

――これ以上こじらせたってしかたないだろ!

 

 春希は無言でかずさを叱りつけるように見やると雪菜の機嫌を取るように……だけども、本心からの言葉を話す

 

「孝宏くんは雪菜のことが心配だったんだよ。

 ……いいな姉弟って。俺一人っ子だからさ、そういうケンカもすごい楽しそうに見えたよ」

 

「そんなにいいことばかりじゃないんだよ? どっちかというと……。

 はい、お待たせしました!さっ食べよ食べよっ」

 

 湯気をたてながらローテーブルに並ぶ献立、鰤の照り焼きに八宝菜、そしてハンバーグ。それにごはんとしじみの味噌汁。何処に出しても恥ずかしくない「家庭の料理」を見るのは春希は久しぶりだった。

 

 昔、父が出て行く前の”見かけの上”でも仲が良かった家族だった頃を思い出す。

 そんな感傷に浸りかけた春希は思考を振り払うように「あぁ、食べよう!」と雪菜に同意した。

 

「おぉ……。肉汁が溢れてくる……」

 

「グッディーズとはまるで違うね。美味しい……」

 

「ほんと!? ありがとう!

 ハンバーグはスプーンでこねたりして、焼くまではなるべく冷やしておくのがポイントなんだ」

 

 あとは、片栗粉でコーティングしたりとか。 そう心から嬉しそうに話す雪菜。やはり学校では見られない生の表情だ。

 

「ハンバーグには砂糖は入れないって本当なのか?」

 

「冬馬さん、砂糖を混ぜて焼いちゃったら一気に焦げちゃうよ。

 玉ねぎで甘さを引き立てるのが普通で、どうしても甘い味付けにしたいならソースを甘くするんだよ」

 

 

――こんなふうに食べるのも悪くないな。

 

 友達の女の子の家で食べる夕食は、始め緊張していた時とは想像もつかないほど、和やかに過ごせていた。

 

 

 

 

 

 

「そういや、小木曽。ひっこみがつかないとか、お嬢様を守るために無理してバイトってどういうことなの?」

 

 あたし、スーパーで見かけた時は苦学生だったのかと思ったんだけど……。

 

 食後、お茶を飲みくつろいだ所でかずさはカラオケハウスでの疑問を聞き出していた。

 

 

「えーっとぉ、最初に優勝した時はやっぱりわたしも嬉しくってニコニコしてたんだけど。周りはみんなわたしのことミスコンの小木曽雪菜としか見なくなって。そんな皆のイメージを壊しちゃいけないと思って……。

 それに、そういったものにエントリーされるのは本物のお嬢様ばかりでしょう? 毎回違うお洋服とか揃えなくちゃいけなくちゃってドツボにはまっちゃって……」

 

 

 なんだそれ、くっだらない話。とかずさはばっさり切り捨てる。

 確かに周りのイメージに応えなくちゃいけないというのはかずさの最も嫌うところだとは思うが――春希自身、優等生のイメージを崩してはいけないと思うことは少なからずあるわけで、かずさみたいに断言することは出来なかった。

 

 

「な、ならさ……小木曽、そんなに嫌だったら2年の時のエントリー、断ったらよかったじゃないか」

 

「そんなの断る事が出来たら今こんなになってないよぉ……」

 

 

 ――やっぱりくだらないかもしれない。

 

 エントリー条件は、本人の合意があることが大前提なのだから、適当に理由を上げたらすむ話なのに。

 

 フォローして少し後悔する。

 

「でも、カラオケハウスでも言ったように、だからといって歌をうたうチャンスを諦めたくはなかったんだよ。

 ……だから、仲間に入れてくれて嬉しいし。こんな風に晩御飯食べながらお話出来るなんて夢みたい」

 

 ――偶像(アイドル)……か。

 

 以前、緒方理奈が出した著書で森川由綺について述べていたことについて思い出す。

 アイドルは誰にでも等しくアイドルでなければならない。そのためには普通の人と同じような生き方は出来ないのだ。と。

 転向して一新。実力派アーティストとして新たな道を選んだ元アイドル、緒方理奈だからこそ語ることが出来る当時のライバルの心境。それを春希は思い出していた。

 

 

「あー……。小木曽、軽音楽同好会は俺と冬馬の二人だけじゃなくて、飯塚っていう部長がいるんだ。

 だからアイツにも話を付けないといけないから。まだ確定ってワケじゃないんだ」

 

「そ、そうなんだ。飯塚君ってあの依緒の幼なじみで……その。”あの”飯塚君だよね?」

 

――”あの”というのが彼をどういう人を指しているのかと、あえて聞くのはよしておこう……。

 

 

 隣で笑いを隠し切れないかずさ。おそらく彼女の中では"あたしが蹴り飛ばしたあの飯塚武也だよ”って言ってるところだろうか……。

 

 そんなかずさを見ながら容易に想像できることを春希は考えていると。向かいの部屋の主は。

 

「その、ね。一つ、わたしもまだわからないことがあるの」

 

 申し訳無さそうに話し始めた。

 

 

 

 

 

「なるほど、家族に相談ね……」

 

「なんだよ、家族ってそんなにめんどくさいものなの?」

 

「いや、俺もその点についてはよく解っていない存在(モノ)だけど」

 

「ごめんなさい、見切り発車で物事を進めちゃって」

 

 

「いや、武也に了承してもらう前で助かったよ」

 

 小木曽の家みたいなのが普通なのかどうかはわからないけど、そういう事情があるということだけは理解するも、かずさはやはり理解できないものは受け入れられないようだ。

 

 

「そんなものさ、無視して押し切ればいいじゃない。あたしならそうするけど」

 

「そんなのダメだよ! だって、大事なことだよ。

 でも、大丈夫だから。話し合って、ちゃんと認めてもらう」

 

 

――なら、その手助けをしてやらないとな!

 

 こういうのは自分の得意分野だ、とばかりに春希は宣言する

 

「なるほどなるほど、それじゃ説得だな。家族会議だな。

 会議といえばプレゼンだ。早速作戦会議しよう」

 

 

 こうして。春希達は失礼にならない時間まで、小木曽雪菜ボーカル承認計画を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは……秋菜さん。俺、奥さんに会えなくて寂しかった!」

 

「あぁ、そんな、いけないわ……。私には主人がいるのにっ」

 

「だって……俺、ツアー中ずっと会いたくて会いたくて――」

 

「……人の伴侶を口説く前に、まずは小木曽家の主に対して挨拶すべきじゃないかね、浅倉君」

 

 

 帰宅して間もない小木曽家の主人の目の前で、訪問して早々間男ごっこを始める男、浅倉。

 

 

「いやー、つい。すみません、晋さん。こんばんは。

 ……あ、これ。お土産ですけど、兵庫の地ウィスキーらしいっす」

 

「ふぅ。まぁいい、上がっていきなさい」

 

「ははっ、お邪魔しまーす」

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、自分の母さんを口説くのを見ると。俺、拓未さんにどういう目を向けていいかわかんないよ……」

 

「何言ってるんだよ、孝宏。こんなに美人なお袋さんの元で育つと目が肥えすぎなんじゃないのか?」

 

 そりゃ晋さん心配で心配で家族第一になるくらいだよ。と孝宏(雪菜の弟)に言いながら、小木曽家にやってきた男――浅倉拓未は小木曽家の主人(雪菜の父)、晋にビールを注ぐ。

 

「あまり、大人をからかうな。それより浅倉君、今回は名古屋、大阪。広島に福岡、だったか?」

 

「そうです。さっきのおみやげは大阪から広島への移動中に。あ、雪菜と孝宏のおみやげはこれな」

 

「福岡は……確か」

 

「えぇ、俺が中学1年の途中まで育った故郷っす。今回は久しぶりに帰れました」

 

 リビングで、孝宏に土産を渡しながら晋と話しているところに、秋菜が夕食を運んでくる。特に態度には出さないが秋菜はことさら上機嫌のようだった。

 

「……おぉ、八宝菜にハンバーグ。それに鰤の照り焼きですか? ご馳走ですね!」

 

「そういや、母さん。雪菜は?」

 

「それがね、今日は雪菜。お友達を連れてきてて、この献立もあの子と作ったのよ」

 

「そうそう、姉ちゃん付属に入ってから一度も連れて来なかったのに。スラっとしたすごい美人と、男を連れてきてるんだよ――怖いお姉さんだったけど」

 

「雪菜が男……だと?」

 

 後半にだけ反応する父、晋を孝宏は「とーもーだーちー、だから!女の子と一緒に!」と両手を前に突き出しながら慌てて抑える。

 それなら仕方……ないのか……? 渋々引き下がる晋。そんな家族ドラマの光景を目に

 

「そっか……、アイツ、友達連れてきたのか」

 

 雪菜が仮面で繕って寂しい学園生活を送っていた事を知る拓未は雪菜が変わっていくようで嬉しいと思っていた。

 

 

 

「大体、拓未さんが学校で親しくしてあげてたら姉ちゃん猫被らなくて良いんじゃないの?」

 

 欠食児童のように夕食に喰らい終わり、人心地つくと孝宏は拓未に軽く非難の声を上げる。

 

「そりゃそうだけどよ。学校じゃ素行不良の俺と関わってたら雪菜の評判が悪くなる。それに逆なんだよ、雪菜(姉ちゃん)が猫被るから、学校じゃ俺は話しかけないの」

 

 

 そう、拓未は学校での評価はすこぶる低かった。喫煙問題や教師陣への反抗的態度等、懲罰を受けたことも何度かある。そういった過去があるだけに学園のアイドルと親しくしている姿を見られるのは避けなければならなかった。尤も、いつ周囲に知られてもいいように、最近は随分となりを潜めていたが。

 

「そう娘を思いやってくれるなら、その髪型と態度を改めるべきじゃないのかね?」

 

 表に出す態度と実際の人当たりの良さの使い分けが理解出来ない。普通逆だろと晋は拓未に苦言を呈する。

 

「いやー、確かに俺もこの髪型は嫌いなんすけど。ライブだとステージ映えが良いって理由で……」

 

 鬱陶しく、街を歩くだけだと時代遅れに見える髪――脱色し、後ろ髪をゴムで一本に束ねた長髪 を触りながら、拓未はピアノで歌うのに専念するならアフロとかでもいいんですけどねー。と答える。

 

「そう、それ!思い出した。姉ちゃん今日の友達とバンドをやるって――学園祭に出るって言ってたんだ!」

 

 だったら拓未さん教えてやってよ。姉ちゃんヒトカラばっかで素人だし!と話題を振ってきた孝宏は、それが軽々しく言ってはいけない――父にとって重大な事だと気付いた。

 

 

 小木曽家のルールの中の一つに、誰かが、何か大きな行動をする前に家族で話し合って決めなくてはいけない。ということ。

 

 

 そんな大事な事を話し合わずに勝手に、と顔をしかめる晋。

 

「母さん、悪いがそのお友達には今日は帰っていただくように――それと浅倉君も」

 

「お父さん、それはそうですが――」

 

 

 そういやそうだった。小木曽家は何処よりも家庭を大事にすること優先する、今どき珍しい家だったと拓未は思い出す。

 

 確かに家長が言うことなら絶対だろう、だがしかし杓子定規だとアイツ……。

 

 

「なるほど、家族会議っすね。それなら仕方ないです。

 でも、ちょっと待ってもらえませんか? アイツは、雪菜は。家族にウソをついて、影でこっそりと裏切りをするような人間だとは晋さんも思ってないはずっす。

 ここで、父親が娘に横槍を入れるとせっかく出来た友達との関係に亀裂を生むかもしれません。

 家族会議を切り出すのはアイツを信じて、もう少し待ってやって下さい。雪菜は絶対、相談してきます」

 

「浅倉君……」

 

 晋は相変わらず腑に落ちない顔を作っている。……そんなことはわかっている、だが決まりは決まり――そう考えているのかもしれない。何より、娘と同じ歳の男に言われるのは癪だろう。

 

「出過ぎたことを言ってしまいましたね。すみません晋さん。とりあえず今日はお邪魔します」

 

 席を立つ拓未。「秋菜さん、ごちそうさまでした」と伝えると晋に向き直り、よろしくお願いします。と頭を下げて帰りの支度を始めた。

 

 

「拓未さん!なんか……。こんな展開にしちゃってごめん」

 

 玄関で謝る孝宏。拓未は何言ってんだと肩を叩きながら言葉を続ける。

 

「気にしてねーよ。なぁ孝宏、親父にお袋、それに姉ちゃん。家族が揃っているってのは良いよな。お前の自慢の家族だろ? 信じてたらいいんだよ。それじゃ、おやすみ」

 

 

 大丈夫、お前んちのこういうところ、嫌いじゃねーよ。そう笑いながら拓未は小木曽家を後にした。

 

 

 

 

――な、孝宏。やっぱり問題なかったみたいじゃないか。

 

 深夜に拓未の携帯が鳴り響く。発信元は「小木曽雪菜」

 

 

 

「よぉ、雪菜。俺さっきお邪魔してたんだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

「……と、言うわけでだ。武也。ボーカルとして入ってもらおうと誘ったのが――」

 

「小木曽雪菜です。今日から軽音楽同好会に迎えてもらいたくて来ました。よろしくお願いします!」

 

 

 明けて翌週、月曜日の放課後。あえて何も告げなかった春希はあえて何事もないように雪菜を連れてき、武也に紹介した。

 

 染み付いたアイドル魂(?)でお辞儀する雪菜。ミスコンで見せてもおかしくない笑顔での挨拶だ。

 

 

「んな!?……お、おい春希!なんで小木曽さんがここにいるんだよ。冬馬もどうして落ち着いて……知ってたのか!?」

 

 

 まぁそういう反応するだろうなー。あえてそれをわかってて提案したかずさも人が悪い。

 

 

――さすがの種馬、飯塚武也でも小木曽雪菜(学園のアイドル)が現れたら驚くだろう。

 

 そう意地悪い考えを春希に明かすかずさ。案の定想像通りの展開になったというわけだ。

 

 

「ダメか?武也」

 

「いや、この危機的状況で導き出したのが小木曽さんなら最上の結果だろうが……。その、失礼だけど歌の方は確かなのか?」

 

「安心しろ部長。あたしが保証する。アイドル目当ての一見さんならホロリとダマされる腕前だ」

 

「そっか……。やってくれたなぁ春希!冬馬に小木曽さんに、美人二人を揃えてくるとか、おまえ文化祭までに刺されるぞコンチクショウ!」

 

 とんでもないことを言いながら春希の頭をもみくちゃにする武也。やはり予想以上のサプライズ人事だったのは間違いなかったのだろう。

 

「よろしく、小木曽さん……いや、雪菜ちゃん!俺、部長の飯塚武也。

 いやぁ、雪菜ちゃんがボーカルだなんてこりゃすごいバンドになりそうだ」

 

 

 有頂天の武也を諌めたのは音楽には厳しい性格の――やはり、かずさだった。

 

 

「部長。他のパート。ドラムやベースはどうなってる?」

 

 

「……冬馬。それが――」

 

 

 やはり準ミス、柳沢朋を迎えて崩壊したという事実は重かったみたいだ。

 

 それだけで敬遠する人達もいる中で、元同好会の藤代(ドラム)達で新たなバンドを結成するとの噂まである。

 

――”兄弟”達で集まるって、正気なのか?

 

 げすな俗語でその噂を考えられないと切り捨てる春希。さすがにそんな目に見える修羅場に見を置きたくなかった。

 

「――そういうわけで、だ。このまま夏休みを迎えて2学期、噂も消えた頃に探して見つかるかどうかという状態だ」

 

 本当に、申し訳ないと思っている。そう言わんばかりに真摯に謝る武也。

 

 かずさはふん、と鼻を鳴らすと、彼女の実力を考えると嫌味でもなんでもないことを話し始める。

 

「そこの小木曽は確かにいい声を持ってるし、あたしだってピアノは全国の高校生に負けない自信を持っている。2学期のいつになるかわからない時期に素人を迎えて、さぁ練習だ。曲を決めよう。とかグダグダするのはあたしはやりたくないぞ」

 

 というわけで、と続ける。

 

「部長、あんたベースに転向しろ」

 

「んあ!?」

 

「小木曽はこういっちゃセンスを疑うけど、北原のギターを聞いて加入するって言ってきたんだ。

 ベースならギターから転向もし易いだろ。自分の仕出かした責任はきちんと取るんだな。

 そして、ピアノは確かに伴奏や主旋律も奏でることができるが必須じゃない。バンドの構成で一番大事なのはそれを支えるリズム隊だ。だったらあたしがドラムをやる」

 

「ちょ!冬馬!」

 

――小木曽は冬馬のピアノも聞いてたんだぞ!?

 

 そう春希が意見するのはわかってたのだろうか。かずさは手でそれを遮る。

 

「もちろん、練習を続ける傍らメンバー探しは続けろ。あたしも出来ればピアノがやりたいし、なにしろ代理だしな。

 ……それが、一番リスクが少ない方法だろ?」

 

 

 たしかに正論だ。それで立派なバンド形態になる。だがそれでいいのだろうか。小木曽は……自分は……、かずさにピアノを弾くことを諦めてもらいたくはないはずだ。なにか……いい代案は。

 

 

 結論が出る前に、なにか別の方法を――必死に探す春希だが思考の邪魔は、想像もつかない形で訪れた。

 

 

 

「ほら、こっちこっち!!拓未ー、なんでそんなに嫌な顔してんのー?」

 

「引っ張んなよ、おい!ちょ、話せ!俺は今日から音楽室方面には行きたくねーの!!」

 

 勢い良くドアを開き、みんなー練習やってるかねー!と脳天気な声を上げる千晶。

 

 その千晶に腕を引っ張られながらやってきたのは……。

 

 

 

「あ、拓未くん。やっほー!」

 

 

「たく……み……?」

 

 

「おい、まじかよ。カチコミってやつ?」

 

 

 どこか間の抜けたセリフを放つ雪菜。呆然と呟くかずさ。同好会の悪評はそこまでだったかと絶望感を露わにする武也。

 

 

 

 春希の目の前には、かずさを知るまで普通科で一番の問題児だと思っていたB組の暴れ者、浅倉拓未がいた。




長くてスミマセン。
0時辺りに更新とか嘘っぱちタグです。

そして寝る時間がヤバイです。

推敲なしに投稿。修正は明日仕事中に……。


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EPISODE:8

こりゃもう0時更新タグは外すべきだな……。


「よ、よぉ……雪菜。部活、頑張ってるか?」

 

「やだなー拓未くん。今さっき加入したところだってば」

 

 1日目から会わないようにと避けてたやつ(雪菜)と遭遇してしまった拓未は自分の運の無さを呪う。

 

 自分が関わっては、雪菜に――ひいては同好会とやらも評判を悪くさせてしまうのではないかと。そう思って今日から音楽室には(今まで行くことも無かったが)近寄らないでおこうと思ってたのに。

 

 

――今なら、ただの知り合いで通せるか?

 

 

「そ、そっかははは……。それじゃ、俺はここで――」

 

「た、拓未っ。どうしてここに!」

 

「アァ? 誰だ……ってかずさァ!? お前、どうしてここに!?」

 

 いやー悪い悪いと、退出しようとしたところに拓未を呼び捨てにする女子生徒。

 怪訝に振り返ると惚れ惚れするような黒髪を持つ、ここにはいないと思ってたやつ(かずさ)がいた。

 

 

「質問をおなじ質問で返すなよ!だいたい、あんたはひとつ上じゃなかったのかよ!」

 

「……お前、今年18歳の3年生?」

 

「あ、当たり前だろ?」

 

「……2年じゃなくて?」

 

「馬鹿にするな!」

 

 

 同好会の男子二人――春希、武也。それと連れてきた張本人である千晶は突然のまるで蚊帳の外に置かれたような想像をしていない展開に目を白黒させる。

 

 

「あ、あのー……。俺達もう何がなんだかわかんねーから、落ち着いて説明してもらえないか?」

 

 とりあえず軽音楽同好会の部長である武也は、混乱の極みにある現状の打開を拓未に求める。

 

「あぁ……そうだな。飯塚だっけ? ――とはいうものの、俺も全然把握出来てねーからよ、質問してもらえると助かる。

 とりあえず、なんか皆知ってるみたいだが、3年B組の浅倉拓未、だ」

 

 

「学校で話すのなんて、初めてだよねー拓未くん」

 

「あー、ちょっと待ってね。雪菜ちゃん、今から大事な話するから。……えっと、どうしてここに?」

 

「ンなもん俺が聞きたいくらいなんだが……。こいつ(千晶)に理由も説明されないまま連れて来られた」

 

「瀬能。連れてきたって……どういうことだ?」

 

「飯塚君。拓未はね、フリーのバンド経験者だからね。せっかくだからって連れてきたんだけど」

 

 

――えぇー、こいつ連れてきたのかよぉ?

 

 そう言いたくなる武也はグッと堪えてとりあえず、納得する。

 

 

「そ、そうか。じゃあ……さっき冬馬と争っていた件だけど」

 

「トーマ? ……かずさのことか」

 

「か、かずさ、ねぇ……。そう、その冬馬かずさと言い合っていたけど、どういう関係?」

 

「知り合い。っと言い切ったら納得しねぇよなぁ。

 4月の初めにナンパ絡まれているところを助けた……のと、その時脚を痛めていたのを介抱したのがきっかけで知り合った」

 

「べ、別にあの時はお前の助けなんて――」

 

「あと、どういう関係かというところは……。2~3回程デートした関係?」

 

「はぁ!? デート!?」

 

 一斉に驚く周囲の中でも春希は一歩抜きん出た驚き方である。それこそ「なんだとぉぉぉ!」と叫びかねない勢いだった。

 

 

「ちょ!お前、そんなところまで言わなくても――!」

 

「ま、まぁまぁ冬馬。はい抑えて抑えて。……とりあえず、知り合い。ね

 あとは……雪菜ちゃんとのことだけど、まさか二股……」

 

 

「あー。……雪菜とは去年からの知り合いで。家族ぐるみ――というか俺が勝手に小木曽の家とだけど、親しくさせてもらってる仲で。決して雪菜が不良って訳じゃない」

 

 

「あ……そう。雪菜ちゃんがそんな子だとは思ってないけど。

 ……いまいち納得というか理解出来なかったけど。そうかい、わかったよ」

 

 

「まさか……こんなの私も予想してなかったよ……」

 

 普段は見せない、狼狽えた態度で千晶は呟く。

 

 今回はからかいでも興味本位でもなく、ただ単純に心当たりがある人物を紹介しようと親切心で行ったことだった。――アクの強いメンバーが加わったら見てて面白そうだ。 という気持ちがあったのは否定しないが。

 

 

 だがここに連れてきて、同好会の女子――まさかそこに小木曽雪菜まで加わっているとは思わなかったが――二人と何かしら親しい関係だったと話が展開するとなると、次の矛先は当然……。

 

 

「あー、じゃあ。連れてきた瀬能とは……?」

 

「千晶か? こいつは最初、ライブの客として見に来てて……その後、妙に近づいてきてな――」

 

――いけない、考えこんでて止め損ねた!

 

「んで、いざ抱こうかってときになって、やっぱり怖いっていって逃げ出した女だよ」

 

「んにゃああ! い、言うにゃあ!!」

 

 

「せ、瀬能!?」

 

「瀬能さん!?」

 

 

 

 第二音楽室の混乱は、今度こそ収集が付かない極みに陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー、仲がいい”お友達”だっつーの!」

 

 一人は未遂だが、とは言葉にしない拓未

 

 

「はぁ……。俺の想像を遥かに超越した――大物を手玉に取る男だな。浅倉は」

 

「あぁ? 学園が誇るスケコマシ(飯塚武也)にそこまで褒められるとはなぁ?」

 

「……いやもう、敵わねぇよ。浅倉には勝てねぇ」

 

「だから何もしてねぇって……」

 

 しつこい勘違いをする武也にもう構ってらんねぇ。と髪を手で掻き分け掌を額に当てる拓未

 

 

「拓未、あんたが同じ学校で同じ学年だとは知らなかったんだけど」

 

「俺だってわかんなかったよ。制服姿見るの初めてだし、会った時はお前17って言ってたからな、年下と思ってた」

 

「あたしは、5月が誕生日で。今年は18だったんだ」

 

「……あー、俺4月の初めが誕生日だからな。……会った時は既に」

 

 ようやく合点がいったと、最初の言い争いだった議題が解決する拓未とかずさ。

 

 と、同時になんで3年になるまでかずさのことを学校で見かけなかったのかと疑問も出てくるが……。まずはこの場を離れるのが先だと判断する。

 

 

「んじゃ、ま。とりあえず俺は帰るな。そいつ(千晶)が引っ掻き回してごめんな。それじゃ――」

 

「えー、拓未くん帰っちゃうの? 一緒に、軽音楽同好会に入ってくれるんじゃないの?」

 

「いや、俺やるとは一言も言ってねぇし……」

 

「ツアー終わって今はフリーなんでしょ? いいじゃない」

 

「だからって俺がここに入る理由には……」

 

「一緒にしようよー!……ダメ?」

 

「……あー、その……」

 

 

――こうなった雪菜は断りづれぇ!

 

 カラオケに行こうと駄々をこねる雪菜と同じモードだ。こういう時は秋菜さんか晋さんの手を借りないと逃げにくい。分の悪さから、振り切って逃げようとする拓未をかずさが制した。

 

 

「はん……なんだ、拓未。あたしの腕に吊り合わないと思って、ビビッてんの?」

 

 

「いや……お前のピアノは楽器屋デートで試奏した時くらいしか知らねーんだが……。かずさ、お前、誰がビビってるっつった?」

 

「ビビってるだろ。ウジウジと逃げまわって――それをビビるって言わなくて何ていうんだよ」

 

「……言ってくれるな。いいぜ、ンなら話だけでも聞いてやろうじゃねーか」

 

 

 

「え、そんなおっきな釣り針に……?」

 

 

 雪菜のことを考えて早めに逃げ出そう――そんな考えを綺麗さっぱり忘れる拓未。

 

 

 

――案外単純なのかも……。浅倉(拓未)って。

 

 

 簡単にかずさに載せられる拓未をみて、こいつひょっとして御しやすいんじゃ。そう思ってしまう武也と千晶だった。

 

 

 

 

 

 

「はー? “WHITE ALBUM”をやりたい? なんでそんな懐メロを……。あー、雪菜のお気に入りか」

 

「そゆこと!それと春希のお気に入りでもあるらしくてね。それで集まったらしいよ」

 

 

 千晶の補足を受けて、「古臭い曲の何処が悪いっていうんだよ」と文句を垂れる春希をみる拓未。

 

 

――ん。確かこいつって

 

 

「なぁ、『いいんちょくん』って……かずさが前に言ってた。あの、お気に入りのギター君か?」

 

 

「な、お気に入りとは一言も――!」

 

「と、冬馬?」

 

 かずさの”お気に入り”だという拓未の発言を受けて、驚きながらもムキになる春希。

 

「あぁ、そうだよ。お気に入りかどうかは知らないけど。俺がかずさにギターを教わってて、そして同好会に入ってもらった。――そういう意味では浅倉がいうギター君は俺だよ」

 

――あの、ナンパ野郎達に絡まれて……男三人に囲まれても蹴りを繰り出した、かずさが気に掛ける男か……。

 

 

「なるほど、ねぇ。なら、いいぜ。学園祭が終わるまでの間。参加してやるよ、軽音楽同好会に」

 

「本当!? 拓未くんとバンドできるの!?」

 

「ま、マジか……」

 

 性格は気に入らないし、かずさと同じくらいの問題児。――男である分、余計に関わりたくない類ではあるが。先程の雪菜のツアー云々から、これはひょっとしたら良い拾い物なのでは? と武也は計算する。

 

 春希も、こういった人種は苦手ではあるが声を上げて喜ぶ雪菜と、「やりました」と言わんばかりに手を組みながら頷くかずさを見ると反対することが出来なかった。

 

「まぁ、実力者が入ってくれるなら歓迎するよ。とりあえずさ、はじめからゴタゴタしてて、まだこっち側の自己紹介が済んで無かったよな。

 俺が軽音楽同好会の部長の飯塚。楽器はギター。ま、名前は知ってくれてるみたいだけど」

 

「飯塚も北原も、それぞれ真反対の意味で有名っちゃ有名だからな。よろしく」

 

 真反対の――女性に言われると不名誉だが同性に言われると何故か誇らしげに感じてしまうのは何故だろうか。そんな下らないことを考えつつ武也は「んで、こっちが――」と他のメンバーの自己紹介を促した。

 

「はーい!今日からボーカルの小木曽雪菜でーす!」

 

「拓未に自己紹介する必要はないよな。知っての通り、あたしはピアノ。あ、クラスは3年E組」

 

「……北原春希。担当はギター、補欠だけど……。レギュラーになれるように冬馬に特訓を受けてるところだ」

 

「あぁ、よろしくな。『ギター君』」

 

 不機嫌な春希に「そう警戒すんなってー!仲良くやろうぜ」と笑いながら話す拓未。

 

「で、千晶は掛け持ちか? お前演劇部だろ?」

 

「わ、私ー? 私はー、春希のファンかな?」

 

「ふぅん……。今度は北原ねぇ……」

 

 うすうす感づいている拓未。

 

――こいつは、千晶は生粋の……。形は違えど表現し伝える、そういう同業者としての……。

 

 

「それで、浅倉。お前のパートは」

 

 思考を中断させたのは同好会の部長、武也。

 

「ん、パートは? と聞かれたらギターだ、って答えるんだが」

 

「……浅倉もギターか。となるとやっぱりベースは俺が――」

 

 せっかく拾った『逸材』もギターか……。やっぱりベースに転向して冬馬にドラムをお願いするしかないのか。

 

 そう諦めかけたのを救ったのは千晶だった。

 

 

「あー、飯塚君。その質問は拓未にとって適当じゃないよ。彼にはこう聞かないとダメ。

 拓未、得意なパートは?」

 

「ギター」

 

「じゃあ、弾ける楽器は」

 

「バンドで考えるならほぼ全部」

 

『え?』

 

「だから、オーケストラはともかく、バンドで使う楽器なら全部担当出来るよ。俺は」

 

 事も無げに――自慢も謙遜もしないような平坦な言葉でとんでもないことを伝える拓未に驚く春希と武也、そして雪菜。

 

 千晶は知ってたみたいだし、かずさも驚いていない。

 

 武也は、まさか下手の横好きというわけではないだろうが……。そう思いながらも一応尋ねる。

 

「何でもって……それって広く浅くってことか?

 ちなみに、ギター歴は?」

 

「10年くらい」

 

「マジか! べ、ベースは?」

 

「10年くらい」

 

「嘘だろ……。ピアノは?」

 

「キーボードとしてなら10年くらい。本格的なピアノとして教育を受けたことはない」

 

「……ドラムは」

 

「10年くらい」

 

 

『…………』

 

 

 弦楽器も鍵盤楽器も打楽器も歴およそ10年の18歳。そんななかなかいない経歴に今度はかずさも含めて息を飲む。

 

「な、なぁ……浅倉。一応聞くけど、バンド歴って、どのくらい?」

 

「んー、正式に所属したことはないけどずっとサポートとしてやってて、今年で5年」

 

「拓未、あんたどんだけ暇人なの?」

 

 

 思わぬ逸材どころじゃない『とんでもない逸材』に武也は性格の問題など忘れたかのように喜ぶ。

 

 

「ほ、本当か浅倉!! なら、ならベースとかドラムを頼んでもいいのか!?」

 

 

「あぁ、いいよ。そうだ、忘れてた。確か飯塚、お前準ミス相手にやらかして大顰蹙かってたんだっけな」

 

 そりゃパート探し大変だよなー、と笑う拓未。やっぱり知っていたのかと武也は苦虫を潰したような顔で嘆く。

 

「ってことはさ、俺が来るまでどんな編成考えてたんだ?」

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ。確かに4人なら得意楽器を変えてでも編成しなおさなくちゃなんねぇな」

 

 拓未が来る直前までの転向の話を聞き、その通りだなと頷く。

 

 だが拓未が来た所で二人必要なリズム隊が埋まるのは一人だけ。 

 

「だけどなぁ、これから探すとしても厳しいだろうなぁ……」

 

「なんでだよ、そこまで武也がやったことは広まってるのか?」

 

 

 あまり気に入らない人間が自分の親友を咎めているのかと非難する春希。

 

 予想していなかった反論に拓未は思わず笑い出しながらも「違う違う」と説明する。

 

「いやまぁ、広まってるのは確かだけどそりゃどうとでもなるよ。問題は雪菜だな」

 

「小木曽が?」

 

 拓未に予想していなかった反論と思わせた春希も、拓未から予想もしていない問題点を指摘され、どういうことだ? と尋ねる。

 

「これから活動を続けていくうちに雪菜が同好会に加入したことは嫌でも知られるだろうな。

 小木曽雪菜(ミス峰城大付属)が所属するバンド。下心を持って仲良くしたいと思う奴が出てくる。……そんな奴らを同好会に迎えられるか?」

 

 

 客観的に考えて事実だった。お近づきになろうと人だかりを作ってまで雪菜に接触してくる奴らはいるのだ。バンドに雪菜だけを目当てに入ってあわよくば……と考える不届き者がいてもおかしくはない。

 

「そんな……。わたし……」

 

 雪菜も想像がついたのだろうか、自分は何処に行っても自由に振る舞えないと思ったのかもしれない。みるみるうちに顔が暗くなっていく。

 

 そんな雪菜の頭の上にに手をやりながらも笑いながら拓未は話を続ける。

 

 

「心配すんなって、案はまだある」

 

 

 

 

 

 

「まず、北原はかずさのギター君だし外せない――二人ともそう睨むなって。

 次にかずさだが、これも雪菜が加入するきっかけとなった一人だ。モチベーション的にも技術的にも担当を変えるべきではないと思う」

 

 そして、だ。と続ける。

 

「飯塚だが、確かにベースに転向するのはありかもしれないな。慣れない打楽器をするよりかはマシかもしれない。

 だが俺は反対するね。不安定なリズム隊を編成してはバンド自体が不安定になってしまう。

 それにツインギターのメリットもある。音の幅が広がるし、ごまかしが聞くからな。

 ま、デメリットはゴチャゴチャしやすいんで音作りをしっかりとすることだが」

 

 ここまでは良いか? と理解を促す拓未。なぜか千晶まで真剣に頷く。

 

 こいつ自分の部活は良いんか? と思いながらも更に話を進める。

 

 

「今のところを整理すると。当然Vo.(ヴォーカル)は雪菜。Gt.(ギター)は北原と飯塚。Key.(キーボード)にかずさと、何も変更しないことになる。

 そして残すパート、Dr.(ドラムス)Ba.(ベース)のどっちかに俺が入るわけだが。残るパートはシンセサイザーを使って打ち込みで良いかなと思うわけだ」

 

「しんせさいだー?」

 

『……あ!』

 

 

 よく解っていない雪菜に、そういう手段もあるかと気付く春希、武也、かずさ。そして千晶。

 

 

「ねぇそれって何?」

 

「シンセってのは、ようは予めこのパートをこうやって演奏しろよ。ってコンピュータにわかる楽譜を読ませて再生してもらう機械だな。お前の大好きなカラオケが楽器ごとに分かれて超進化したようなもんだよ」

 

「ふぅーん? つまり、足りない楽器だけカラオケするってこと?」

 

「ま、そんなもんだな」

 

「だ、だが浅倉。それって打ち込みだろ? 偽物臭さが……」

 

「厳密にいうと偽物臭さは隠せねぇけどな。案外いい機材つかってリバーブとかベロシティ(強弱)を作りこめば聞けるもんだぜ? 演奏を想定していない体育館ならなおさらごまかしが効く

 ま、機材なら知り合いから借りてくるよ。プロユース仕様じゃないけどな」

 

「拓未の言うとおりかな。

 確かに、テクノ系やポップス――特にアイドル系とかは打ち込みを多用しているアーティストは多いし」

 

 

 かずさの同意に「そういうこと。ま、大きなところだとさすがにバックバンド連れてくるけど」と拓未は答えた。

 

「だ、だけどよ、浅倉。そうするとお前はどっちをやるんだ?」

 

 ドラムか? ベースか? 武也はどっちがお前にもバンドにもいいんだ? と尋ねる

 

「俺がドラムを叩いてベースを打ち込みにしたほうが生音の打楽器の迫力というのはあるだろうが……あえて俺がベースをする。

 人間じゃなくて機械にリズムを合わせなくちゃ行けないからな。慣れないやつらを加えて(ドラム)機械(ベース)お前ら(ウワモノ)って、間に打ち込みを挟むより――機械(ドラム)(ベース)お前ら(ウワモノ)という構成にしたほうが引っ張っていけると思う。どうか?」

 

 

 少しの状況説明をしただけでそこまで楽器編成を判断し、振り分ける拓未。

 

「はー。やっぱ拓未連れてきて正解だったね」

 

「お前さっきバージンって知られてにゃあにゃあ叫んでなかったっけ」

 

 私の功績だ、とばかりに拓未の突っ込みを無視して春樹に今度の学食をねだる千晶。

 

 

「お、おい浅倉、お前って……」

 

「すげぇ。なんかこれなら行けそうじゃないか?」

 

 活動開始に光明が見えたように希望を見出す男性陣――春希、武也。

 

 

「ま、拓未なら一人でリズム隊も任せられるだろうね」

 

 そうか? と笑う拓未に「あんたのベースでピアノを弾けるのは嬉しいよ」と付け加えてかずさも笑う。

 

 

 

「ね、拓未くん。これでみんなで"WHITE ALBUM”やれそう?」

 

「あぁ、雪菜。お前を音楽祭の森川由綺(伝説のアイドル)にしてやるよ」

 

 

 

――WHIE ALBUMか。懐メロにも程があるなぁ。

 

 

 またあの冬の定番曲を演奏するのもいいかもな。”WHITE ALBUM”――昔、初めて覚えた曲をステージで披露することが出来る事に拓未もまた楽しみを見出すのだった。

 

 

 

 

 




自分で見ても微妙すぎる出来栄え……。

ちなみに、筆者の周りにピアノ以外は出来る。という人間は数人。
ドラム以外は出来るという人間は一人います。

そういう才能持ってる人、いるもんですねぇ……羨ましい。


昨日に続き改訂は昼頃に。


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EPISODE:9

一応、0時頃です!


 浅倉拓未 3年B組。

 所属していた部活はなし。

 

 過去に2回停学処分を受けており、その内訳は校外での喧嘩が発覚した際の学内処分と喫煙問題。

 風紀には甘いとされる峰城大付属だが、まるでホストかと思うようなセンスの悪い脱色と長髪をしているのは彼以外には見当たらない。

 

 

 校内でも他生徒や教師陣と揉め事になることも多く、素行の良くない生徒以外の評判は悪い。しかしながらそういう不良(ワル)に憧れる夢子ちゃんもそれなりにいるらしく、多少の女性関係の話を耳にすることもある。

 もちろん教師陣からの評価も低いが、陰湿な反抗的行動を取ることは無い為か比較的扱い易いワルガキといったところか。

 しかしながら去年の今頃。一年近く前からそういった悪評を聞くことは少なくなった。尤も、存分に知り渡ってしまった結果、なかなかそれまでの評価を払拭することは出来なかったが。

 

 成績は問題のある言動に反して平均より少し上程度。しかしながら当然のごとく(峰城大)への推薦は絶望的。

 

 

 あと、個人的に――冬馬と仲が良いのが気に入らないし、『ギター君』とやけに横柄な態度が更に苛立たせる。もう少し欠点を上げるとすれば、自分より身長が低いこと。

 

 

 

 

 それが春希の持つ浅倉拓未の印象――そしてそれはあながち間違いではなく。というよりかなり正しかった。

 

 

 そんな拓未が軽音楽同好会に加入することになった。

 

 反対しようにも「実力」という彼我の戦力差と、何より雪菜とかずさの圧力によって屈しざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 今まで『外』で活動していたとはいえ、彼にとっての初めての――同好会という扱いだが部活動、軽音楽同好会に入部を決意した初日。多少なりとも今日から起こる新しい出来事を期待していたのは拓未にとって無理からぬことだろう。だからこそ突きつけられた事実は予想外のことであり、受け入れがたかった。

 

「はぁ、練習が週に2回しかないだって?」

 

 第二音楽室に彼の呆れた声が鳴り響く。ここは大学の飲みサーか?とありがたくない比喩まで付け加える。

 

 

「あぁ。火曜日と木曜日の放課後の第一音楽室。それが軽音楽同好会に与えられた時間と場所だ」

 

 春希は拓未に事実だと答える。武也は新しく加入した部員の入部届――正式な部活動ではないが届け出が必要なそれを提出に行っている。

 

 

 マジで同好会な活動だな、やる気感じねぇ。そうボヤく拓未。そして「ん?」と何かに気づく。

 

「今日月曜だな、なんで集まってるわけ。あとここ第二音楽室だろ?」

 

 ここはあの『開かずの間』じゃなかったか?と疑問を口にする。

 

 

「ここはあたしが自由に使っている教室だからね。部活がないときはここで北原に教えてる」

 

 拓未の疑問をかずさが解消する。なるほど、ここは部室代わりみたいなものか、と。

 

 

「いやいやいや、学校の教室を自由に使って(占領して)いる? かずさ、お前も結構ヤンチャしてんなぁ」

 

 かずさの学校内での話を知らない拓未は妙なところに関心をしていた。

 

 

 教室を見渡すと、授業用の机と椅子。そしてピアノと1台のJ○-120(ギターアンプ)だけ。これじゃ練習なんか出来やしない。と拓未はぼやく。

 

 

「よぉ、雪菜ちゃん、浅倉。入部届、受理してもらえたぜ。これで晴れて軽音楽同好会の一員となったってわけだ」

 

「ありがとう、飯塚君」

 

「おう、サンキュ」

 

 

「んで、飯塚。今日これからどうするんだ? 活動は火曜と木曜らしいじゃないか」

 

「……ここ最近は、崩壊の危機だったからな……。

 今まではここで冬馬が春希のギターを見てくれててさ、その代わり俺がメンバー探しに行ってるっていう毎日だった」

 

 辛い毎日だった……とでも言いたそうな目で遠くを見る武也。つまり最近は活動らしい活動をしていなかったんだな?と拓未は話を理解する。

 

「なるほどねぇ、音楽室で二人だけの特別授業か」

 

 

 

 

 

夏の盛りを見せる日差しを遮る、厚めのカーテンが風に揺らいで時折教室に光を注ぐ。

 

 窓の外では運動部の掛け声が遠く聞こえる放課後のここ、音楽室に一組の男女がまるで重なりあうのではないかという距離で真剣に、しかし恥ずかしさも含ませたような空気を醸し出しギターの練習をしていた。

 

『違う、ここはこう――そう、きちんとセーハ出来たか3弦の音を鳴らして見て……』

 

 そういって彼――春希の後ろから指板を覗くように顔を突き出し、慣れずに苦戦している指を優しく添えて矯正する、かずさ。

 

 ふっと風で揺れる彼女の黒い髪が春希をからかうように靡く。春希は心を乱されながら彼女に言われた通り弦を弾く。

 

『そう、出来た。ちゃんと、綺麗に音が出てるでしょ』

 

 そういって春希に振り向くかずさ。髪からいい香りが伝わり思考を鈍くさせる。そしてうっすらとだが、はにかむような仕草で春希に微笑む彼女の唇の動きを見つめてしまった春希は……。

 

 

 

 

 

 

「変な朗読はやめろおぉぉ!」

 

 

 春希にブラウスの襟を引っ張られ中断させられる千晶――なまじ上手すぎただけに誰も違和感を感じる人がいなかったその朗読は、潰れたカエルのような声で終わった。

 

 からかっているのだとは春希自身理解している。それに現実の練習(スパルタ教育)は千晶の朗読したそれと大きく乖離しているとはいえ。実際ありえないが、そういう状況に陥ってしまった場合の自分を考えると強く否定出来ないだけに余計にムキになってしまう。

 

 

「なによぉ……。せっかくアドリブで『音楽室の甘いひととき、彼女の誘惑レッスン』を語っていたのに」

 

 

「要らんわ!そんなん!」

 

 

「あらぁ? 今日のこれからの練習中意識しちゃうんだ。むっつりだね春希は」

 

「お前がそう仕向けさせたいのはよくわかったよ瀬能!」

 

 

 打てば響く。ツーといえばカー。諸田真といえばお金貸して。そんな息のあったコントを見せる春希と千晶。

 

 尤も、千晶はともかく春希は狙ってやっていないだけにその様は滑稽としかいいようがない

 

 

 そのやりとりを堪え切れずゲラゲラと笑う拓未。

 

「飯塚、こいつらいつもこんな調子か?」

 

「まぁ、だいたいこんな調子だな」

 

 

 

 

 

「……ふぅ。落ち着いた。それで、今日は月曜日だから解散するのか?」

 

「あ、水沢さんが今日は早めに終わるから少し待っていようよ」

 

「瀬能? なんでお前が水沢の予定を知ってるんだ?」

 

 演劇部と女子バスケットボール部、文化部と運動部程も違うのになんでそんなに詳しいのだ、とかずさは怪訝に思いながらも千晶に尋ねる

 

「それはね、今日は女バスの3年生の引退と2年生への引き継ぎやらで体育館が貸し切りだからね。同じ体育館を使う演劇部だから知ってるんだよ」

 

 女子バスケの県大会がちょうど期末試験の一週間前と前後した今年。依緒達3年は残念ながらも早めの引退を行う結果となってしまった。

 

 悔し涙を浮かべていた依緒をしる武也。依緒の、精一杯の夏。そんなあいつの夏はもう終わったんだなと3年生であるという自分達の置かれた状況を実感した事を覚えている。

 

 

「あー! 飯塚君、それなら依緒のお疲れ様会と同好会のバンド結成会をしようよ!」

 

「雪菜ちゃん、いいアイデア!」

 

 雪菜の提案をナイスだと受け入れる武也。それなら話は早いと自分の考えを伝える

 

「よし! じゃあ、今日は久しぶりに春希の練習の成果を見ていくか!」

 

「俺も自分が入るバンドのギターの腕前を知っておかないとな」

 

 

「そ、それなら! 拓未も一緒に練習を――」

 

 

――拓未もあたしと一緒にギターの練習を見てやってよ。

 

 

「んで、少しみたら雪菜、屋上にあがるぞ。俺も詳しくないがボイトレを教えるから」

 

「っ……」

 

「あーっそうだね! なんかボーカルって感じがしてきたー!」

 

 

 かずさに気付くことなく、時間を無駄に使わないでおこうと雪菜に練習を持ちかける拓未。

 

 

 その一方で春希は、拓未がずっと自分に張り付く予定ではないことを知って安堵する。

 

――この練習時間はかずさが俺のことだけを考えてくれる、俺のことだけを見てくれる。俺にとって大事な時間なんだ。

 

 実際そうはっきりと表現できるほど強く認識していたわけではないが、独占欲ともいえる感情。今後バンドとして活動する以上そういったことは許せないとわかっていても、湧き出た気持ちはうまく塞ぐ事はできなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……。その、北原。お前さ、ギター初めて1ヶ月だっけ」

 

 春希の練習の成果を聞いて拓未は、自分が知っている春希のギター歴は聞き間違えだったのかなと考える。

 

 

「……いや、もうすぐ3ヶ月だ」

 

「なるほど、確かに聞いた通りだ。……ほんと下手くそだなお前って」

 

「うるさいなっ。ここ数週間冬馬が面倒見てくれたおかげでようやくここまで出来るようになったんだ」

 

「かずさ、それまで以前の北原の腕前は?」

 

「前にも言ったでしょ。コードを弾くだけなのに音を外すくらいだって」

 

 

 だれでも初めてはこんなものだったかなと考えるも、かずさも上達していっていると判断している。

 

 楽器屋デートで弾いているところを見たり、かるく連弾したりしたぐらいだが、拓未はかずさの素質をある程度は知っている。そのかずさが言うのなら、まぁ間違ってはいないだろう。

 

 

「そっか……。じゃあ、上達はしていってるんだな。なら問題ねーよ。ライブに間に合うんならな」

 

「も、もう行くのか?」

 

 まだ少し早かったかな?そう思わせるかずさの声音。

 

「おう、だってお前ら出かけるんだろ? それまでに少しでもボーカルの練習時間取りたいしな。

 千晶、お前も暇だろ、ついてきてくれよ舞台女優なら発声くらい教えてやってくれ」

 

「えー、春希と私を離れさせようっていう魂胆でしょ」

 

「今日だけだ、我慢しろよ」

 

 軽口を叩く千晶をあしらい、拓未は雪菜にちょっと先に行っててくれと伝えた。

 

 

 

 

 

 

「――そう、声量ってのはつまり、単純に大声を出せるかっていう話じゃなくて。声を遠くまで届けることが出来るかってのが大事だからね。

 それを意識してもう一回やってみて」

 

 

 

 

「――じゃあ、次。拓未ー、『ド』の音を出して。ん、じゃあ小木曽さんは音に合わせて「ア」って言って。そう、伸ばして……。短く切って……。拓未、次は『ミ』の音――」

 

 

 拓未は第一音楽室から借りてきたアコースティックギターで音を出しながら千晶の合唱部経験者かと思わせるような指導に感心していた。部長とは聞いていたが、なかなかどうして教え方が上手いじゃないかと。

 

 

「驚いた。発声練習や滑舌練習だけじゃなくて、音階練習までやるのか演劇部は」

 

「演劇部っていうか私がね。ミュージカルの練習していたこともあったし、基礎程度なら知ってるよ」

 

 普通は音階練習とかはやらないよ。と伝えながらも頃合いをみて雪菜の練習を止める。

 

「小木曽さん、喉乾いたでしょ。飲み物取ってくるね」

 

 そういって千晶は鉄扉を開け、階下に降りていく。はじめて練習したー、結構難しいねと言いながら雪菜は拓未の横に座った。

 

 

「お父さんがね、拓未くんにあったらお礼をいいなさいって」

 

「土産のことか?」

 

「わざとはぐらかしてるでしょ。同好会のことだよ。口添えしてくれたんでしょ」

 

「……出過ぎた真似だったよ。目上にするような事じゃない」

 

「それも言ってた。わかっているから強く言えないってね」

 

「そっか……。まぁ、雪菜が言いたいってんならありがたく受け取っとくよ」

 

「うん、受け取ってて。

 ……ほんとはね。拓未くんが学校で私を避けてる理由、なんとなくわかってるんだ」

 

「そっか」

 

「2年までの拓未くん。結構暴れていたもんね。でもせっかく出来た友達と学校で話せなかったのは辛かったよ」

 

「そっか、すまなかったな。俺のせいで」

 

「ううん。それってどちらかというとわたしのせいだよね? わたしが周りの顔色ばかり伺っていたから。

 たぶんそのあと拓未くんがおとなしくなったのもわたしと関係があるよね?

 だからもう、そういうのやめようと思うの。まずはこの同好会で、隠さずに私らしさを出していこうかなって」

 

「少し、つよくなったな。雪菜は」

 

 拓未が何かしたわけじゃない。雪菜が前向きに、自分を隠したまま過ごそうとしていた事をやめさせるきっかけとなったのは、かずさと春希。

 

 ちょっとした、自分の役割とでもいうべきか、そういった活躍を奪われたかのような気分を拓未は感じさせられるものの、結果として雪菜にとって良い方向に向かうのは単純に嬉しかった。

 

 

 

 

「あれれーお邪魔だったー?」

 

「瀬能さんー、ホントにわたしのぶんまで持ってきてくれたの? ありがとうー!」

 

「おい、千晶。なんで手に2本しか持ってねーんだよ。俺のは?」

 

「だって拓未は声だしてないじゃない」

 

「声出していなくてもなー。いくら日陰といっても。それなりに暑いぞここ」

 

「なんなら私の飲ませてあげようか?く・ち・う・つ・し。で」

 

「それが出来る度胸があればお前はあの時素直に俺に――」

 

「だああ、それはいわないで!」

 

 

 

 

 下の階から”WHITE ALBUM”が聞こえる。

 

――これが雪菜を変えさせた音か……。下手くそなギターだけど、悪くない音だな

 

 

 そう思った矢先に間違え止まる演奏。

 

 

「だぁぁぁ! アイツほんと下手くそだな! イライラして聴いてらんねぇ!」

 

 

 そういって拓未もギターを弾き始める。これがお手本だといわんばかりの”WHITE ALBUM”を。

 

 

「えぇー。すごい! ギターなのにピアノの部分も一緒に弾いてるの?

 

「いわゆるソロギターVer.ってやつ?右手の親指で伴奏しながら他の指でメロディを弾くんだよ」

 

「ほんと、拓未ってジャンル問わずだね」

 

「ジャンル問わずじゃないぞ。好きなものしか弾かないからな」

 

「それって拓未くんも”WHITE ALBUM”好きってことだよね? 古臭いって言ってたくせに。もう」

 

 

 

 再び春希のギターの音が聞こえてくる。

 

 さっきよりだいぶ安定したコード演奏。

 

 それを導くかのようにピアノの旋律が重なる。

 

 

 

――ま、こんなのも悪くねーよな。

 

 

 

 拓未はギターのボディを指の腹で叩きリズムを作ると二人を補うようなメロディを弾き始める。

 

 

 

「ほら、雪菜。歌えよ」

 

 

 

「……うん!」

 

 

 

 夏の日差しも強い7月の放課後。到底そんな時期に似合う曲ではないが3人が奏でる旋律に乗せた彼女の歌声は心地よさをその場にいた者達に運んでいた。

 

 

 

 




お気に入り、30件もいただきありがとうございます。

また、評価欄に励ましのメッセージもいただき、感激の極みです。

どマイナーな作品が題材の上、稚拙ではありますが。これからも付き合っていただければ幸いです。


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EPISODE:9.5

更新しないと発言してましたが、予定より早く仕事から帰れたので投稿。


 人を魅力的だと思うのはどういった時だろうか。

 

 普段は見せない意外な表情や態度。そういった一面性というのは確かに魅力的である。また、ありがたいことに自分の周りには容姿端麗な女性が多いが、それのように人の外見というのも魅力的だと感じる重要な部分であるというのは確かだろう。

 しかし魅力というのは何も異性にだけ感じるものではない。同性にも魅力を感じときというのはある。

 

 一例を上げるとすれば部活動に励む者達などその最もたるものではないだろうか。

 入部してから必死に汗を流し、時には涙を流し。仲間と励まし合い、時には意見の対立を起こしながらも身体や技術の向上に務め、全国大会を目指し練習を重ねていく。

 上級生ともなれば後輩の面倒を見てあげ、部の中心的存在として頭も身体も貢献していかなければならない。彼らのそういった物事に打ち込む姿勢や人間性の部分。それらは十分魅力的だといえるのではなかろうか。

 

 水沢依緒は容姿もさることながらバスケに高校3年間、真剣に取り組み、またキャプテンという立場で部を牽引してきた面倒見の良さ。そういったものを兼ね備えている。

 そういった事から、異性にも同性にも彼女は多くの人間から慕われている。

 

 もちろん、自分――春希から見ても依緒の事は十分に人間的な魅力を感じていた。

 

 

 

「えぇぇ! 浅倉も同好会に入ったって!?」

 

 

 そんな印象を春希に与えていた彼女――依緒は、ファミレス「グッディーズ」であり得ないとばかりに大声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 先の――同好会の活動中に雪菜の言った「依緒のお疲れ様会と同好会のバンド結成会」は予定通り水沢の合流を以て、グッディーズで行われることとなった。

 

 

「春希と武也も。試合応援しに来てくれて嬉しかったよ。ありがとうね」

 地区大会で負けたことは悔しかったけどね」

 

 依緒に、3年間ご苦労様でした。と労いの言葉を贈った春希達に礼を返す依緒。

 

 

「確かに、負けたことは残念だったけど。俺も武也も全力を尽くす依緒を見てかっこいいと思ったし、その……変に思われるかもしれないけど感動した」

 

「そっか……。はぁ、なんだか「部活が終わっちまった悲しみに、なすところなく日は暮れる」って感じかなぁ……」

 

「中原中也かよ……」

 

 

 無我夢中で突き進んで、夢が敗れて。引退することが決まって、そして今。やっとそういった現実を認識したのであろうか。依緒の表情はおそらく、それら部活の青春が今まさに終わってしまった、過去の事になったと気付いた寂しさを表しているのではないかと春希に感じさせる。

 

 

 そんな依緒を武也は(峰城大)でも続けるんだろ?また頑張ればいいさ。と励まし、話題を同好会に加入した雪菜の事に移した。

 

 

 自分からタレコミしておきながらというのもおかしな話だが、雪菜がボーカルとして加入したことを依緒は喜ぶ。

 

また、実際に語る本人が見てきた訳ではないが――そのきっかけがなんともフィクションのような出来事だったという、千晶お得意の妄想ナレーションを肴に「えーウソー! 春希って大胆!」と黄色い声を上げながら盛り上がる依緒達。

 

 春希は脚色するな! と突っ込みつつもキャッキャと騒ぐそんな依緒を見て、意外にも彼女に乙女的な部分もあるのだな、と少し失礼なことを考える。

 

 

「武也、依緒もああいう話って好きなんだな」

 

「知ってるさ。あいつの部屋、最近は入ってないが、あれはあれでそういった漫画が大好きなんだぜ」

 

 

 幼なじみとして友情を続けながら、お互い少なからず――とくに武也は他の遊びに女の子とは違う本気さを感じさせることはあるので、想い合ってると春希は考えるのだが、二人が付き合う様子を見せることはない。

 武也の女性に対する軽さがそうさせているのだろうし、もしかしたらそうなったきっかけが二人の間であるのかもしれない。しかし、幼なじみとしての長い付き合いはそれらの問題が「卵が先か鶏が先か」のように複雑なものとしているように思える。

 

 武也も、本命さんには随分と奥手なのかもしれないな。……なんてまさかな。

 親友として交友を続けているも、それより遥かに長い武也と依緒の関係。それを知る機会があればその時に考えよう。春希はそう割り切って考えることにした。

 

 

 賑やかに話しが盛り上がってる中、話が今日加入した二人のことになり、冒頭の叫びにつながる。というわけだが。

 

 

 

 

 

 

「だって、浅倉だよ? 去年まで問題行動ばかり起こしていたあいつが同好会に入るって信じられない。

 それに……女子とのゴタゴタもあったみたいだし」

 

「ブフッ!」

 

 見に覚えがあることを指摘されドリンクを飲もうとした直前に噴き出す千晶。

 おそらく、音楽室での大暴露とその後の猫騒ぎを思い出したのだろう。

 

 

 しかし、水沢の反応のほうが普通なのだ、坊っちゃん校である峰城大付属において、盗んだバイクで走り出しそうな人間というのはそれだけ奇異に見えても仕方がない。

 

 

 武也は見た目通り社交的な人物ではあるから気後れはするものの話しかけはしてた。おかしいのは依緒意外の女性陣の方なのだ。

 

 

「まさか、雪菜。あいつに何か弱みとか――」

 

「もう、依緒。拓未くんはそんなんじゃないって」

 

「そうだぞ、水沢。拓未はそんな奴じゃない」

 

 擁護のため反論する雪菜とかずさ。「えぇ、二人が無理やり引き入れたの!?どういうこと?」と驚く依緒は、雪菜とかずさに関係の説明を求めた。

 

 

「依緒には隠してたんだけど。帰り道のスーパーでわたし、地味なカッコに変装してバイトしてたんだ」

 

 

 依緒どころか武也と千晶もそんなことはつゆ知らずと驚くのを見るが、話を続けていく雪菜。

 

「で、去年。レジで名前を呼ばれてね。附属生にバレたと思って顔を見てみたら、学園でも怖いで有名な拓未くんで。

 何か彼、いきなり勘違いしちゃってね。涙流しそうな顔で「お前も大変なんだなぁ」って言ったあと転がるように走って出て行って。

バイトも終わる時間になったくらいにまた拓未くん店に戻ってきてね、兄弟とかいるかもしれないから多めに作ってきた。これ持っていけ。ってタッパーにおかずを入れて持ってきたの」

 

 あとで聞いたら。やっぱりだけど、親が病気で苦労してるとか思ってたらしいってーっとクスクス笑いながら話す雪菜。

 

 

「その後またお客さんとして拓未くんが来た時にね。タッパーを返して、お礼を言ったら拓未くん、結構な量だったのに食べたってことは育ち盛りの弟でもいるのか?って今度はもっと多めに持ってきてさ。

 さすがにウチもそんなもらってばかりじゃね。って家で話してたらお父さんがそのコにお礼をしなさい。今度家に連れて来なさいって。

 いいのかなぁって思って家に誘ったけどやっぱりお父さんは女の子と思ってたみたいで……。まぁそんな感じで去年からお友達なんだよ」

 

 

「北原くんにもバレた時に、大声あげられたけど。そのあと学校でも内緒にしていてくれてさ。ホントに二人には助かったんだー」

 

 

 かずさの挑発に簡単に乗る拓未を見て御しやすいのではと思った武也だが、まさかそんなに単純で現実的にありえない思い込みをするヤツだったとは……と呆れを隠せないでいる。

 

 

 春希も雪菜がバイトをしているのを知ったとき、家庭の問題で苦労しているなと察していただけに、武也の単純だという発言に強く同意は出来ずに「ハハハ……」と乾いた笑いを出すので精一杯だった。

 

 

「そんな昭和の、大根飯を食べるようなドラマじゃないんだからさぁ……」

 

 自分の生まれるずっと前に有名になったドラマを引き合いに出しながら呆れる依緒。

 

 

「まさか冬馬さんも、雪菜みたいな展開だったりする?」

 

 そんなテンプレなシナリオばかり勘弁して欲しいと続ける依緒にかずさは済まなさそうに答える。

 

 

「いや、あたしも。小木曽程じゃないけど、春にここで食事した後店を出たら大学生くらいのウザい男3人にナンパされて。機嫌悪かったから蹴飛ばしたら足をくじいてね……。

 相手が激昂してたところを、店に入ろうとしていた拓未がナンパ男をひねって投げ飛ばして追っ払った」

 

 

 どこの学園都市の冒頭のシーンだよ。と武也は呟く。いや、たしかあれは女のほうが返り討ちにする話だったが……と春希はツッコむのをやめ話の続きに集中する。

 

 

「おかげで気まずくてここに一人で入ることは出来なくなったけどね。まぁ、もう会うことはないと思ったけど。御宿を歩いた時に通りかかった楽器屋であいつを見て……」

 

 そんなこんなで今に至ると、話を終えたかずさ。

 

 

「おもいっきり漫画だな、浅倉って」

 

「あー武也、あたしもそれ思った」

 

 

 ベタといえばベタだが実際ねーだろそんな話。だよねー。と話す武也と依緒。

 

 そういうことがあったから拓未は皆が言うような人間じゃないんだよ。と再び擁護する二人

 

 

 自分より先に、自分の知らない所で仲良くなっていることに胸のあたりにチクリとした痛みを感じる春希。

 かずさのような綺麗で才能あふれる女性に自分が吊り合うわけがない――もっとも拓未だってかずさと吊り合うとは春希は到底思っていないが。

 そんな自分が、いまこんなに仲良く接することが出来ている。だからずっとこういう関係が続いていて欲しい。そんなささやかな願いをするのはおかしいだろうか。複雑な思いを春希はかかえていた。

 

 

 

 

 

「で、その浅倉は? さっき雪菜ちゃんが一旦帰ってから来るらしいって言ってたけど。ホントは集まるのが嫌でそんな口実を言っただけなんじゃないの?」

 

「うーん、そう言われると否定出来ないけど。きっと大丈夫だよ。

 ……あ、そうだ。みんな、アドレス交換しようよ! ほら、北原くんケータイだしてっ赤外線しよ? 」

 

 自分のピンク色の携帯電話を両手で胸の前に持ちながら「ねっ?」と春希に笑いかける雪菜。

 

 変に心臓の鼓動が上がるのを感じながらも「あ、あぁそうだな。今後の連絡に必要だもんな」と自分の携帯電話を取り出す春希。

 

 

――だって、小木曽だもんな、そんな仕草されたらそりゃ可愛いと思うよ。

 

 この光景は他の男子に見られるわけにはいかない。身に迫る危険をひしひしと感じていた。

 

 

「あー、雪菜ちゃん。俺も、部長だから、ね」

 

「雪菜ー、武也はやめときなさい。こんなやつとやりとりしてたら電波で孕まされるよ」

 

「そうだね、水沢の言うとおりだ。なんせ部長の先月までのあだ名は「種馬」だったしね」

 

「……。正直、そのあだ名はやめてくれ」

 

からかう依緒とかずさ。不名誉すぎるあだ名の上に、同好会を空中分解させたことを思い出させるのであろう。心底武也は嫌だと苦虫を潰したような表情を作る。

 

 

 

 

「よぉ、待たせたな」

 

 不意に、背後から声がかかり振り返る。そこにはラフなシャツにジーンズを着た、耳前のサイドだけをおろし、後ろ髪をアップに束ねキャップを被った明るい髪色、女性にしては身長が高めの……確か声は男性だったはずだが――

 

 

「遅いぞ、拓未。待ちくたびれたよ」

 

 はっきりと拓未だと答えるかずさ。

 

 

「え、えぇぇ!?」

 

 かずさに指摘されてようやく目の前の人物が拓未だと気付いた周囲は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

 

 

「ったく、絶対こんな風にからかわれるから学校じゃだらしなくぜんぶ下ろしてたんだよ。あれかなり鬱陶しいんだぞ」

 

 そう言いながら座りキャップを取る拓未。ようやくここで顔と名前が一致していく一同。

 

 

「逆にあたしは学校でのロン毛がびっくりしたけどね。

 なんだよアレ、今どき無いよ。売れないホストみたいだ」

 

「仕方ないだろ、アレだとステージでライト当たると映えるらしいんだよ」

 

 

「なんか、拓未って」

 

「うん、意外と可愛いよね」

 

「うっせっ!」

 

 ありがたくない評価を下す千晶と雪菜。そんな二人を威嚇する犬みたいに大きなお世話だと拓未は返す。

 

 

「随分と遅かったな、浅倉。紹介するよ。こっちが今日のもう一人の主賓の、A組で女子バス元キャプテンの水沢依緒」

 

 

 拓未に対してだいぶ慣れたのだろうか。対して気構えずに話しかける武也。

 良くも悪くもこういう人懐こさ――イケメン顔が更にそれを感じさせるのが武也のいいところである、と春希は思っている。

 

 

「あ、あぁ。まぁそのなんだ。とりあえず迷惑はかけないようにしとくから、よろしくな。水沢」

 

「なんだか……。学校の雰囲気と噂と実際の雰囲気が随分違うね……。いちおう!よろしく。浅倉」

 

 

 そしてその人懐こさは依緒も持ち合わせている。だてにお堅い春希が知り合って3日で遊びに出かけたほどではない。依緒はやはりそれまでの噂からか多少の警戒感は出しているものの、先程までの険しさを潜め予想より遥かに落ち着いて挨拶をしていた。

 

 

 

 

 

「――へぇ、浅倉は何でも弾けるんだ。まぁ、そのなりをみたらいかにもバンドかホストしてますってカッコしてるけどね」

 

「お前初対面にズケズケと物言うやつなのな、水沢って……。まぁいいけど。まぁそういうわけで千晶に誘われて入ったっていう理由だな」

 

 

「俺は春希と冬馬の演奏を聞きながら窓側にいたから雪菜ちゃんと浅倉のギターも聞こえていたけど、アコギは上手かったな」

 

 しかもあんなパートないし、あれアドリブだろ?と付け加える武也。

 

 

「あぁそうだ。1回目は下手すぎて聞くに堪えないギターが下から聞こえてきたけどな」

 

「悪かったな浅倉。俺が下手なのは俺が一番わかってる」

 

 お前に言われるまでもないよ。そう含ませたような春希の悪態を、拓未は怒ってんなーと笑いながらまぁそう卑下するなってと加えた。

 

 

「下手くそだが音は悪くねーよ。だから雪菜もお前のギターが好きなんだよ」

 

 

 貶されているような、でも褒められているな? そんな疑問を抱かせる不思議な反応に返事が止まる春希。

 

 こいつ(拓未)は、俺のことを認めている……?

 

 

「ま、あんな下手なプレイを本番で披露させないように俺も鍛えてやっからよ」

 

 自分とかずさの時間が邪魔されることが確定した拓未の発言だが、以前ほど強い不快感を感じることはないと思ってしまう自分に戸惑う。

 そんな春希を。覚悟しとけよ! と拓未は背中を叩く。――やっぱりこいつムカツク。考えなしの強さで叩かれる痛みに、その戸惑いは思い違いだということにした。

 

 

 

 

 

 

 賑やかだったその集いは終わりを迎え。一同はレジで精算をしたあと外に出る。そこで拓未は思い出したとばかりにかずさに包装した小さな何かを渡した。

 

 

「ほら、これ」

 

「ん、なんだよこれ」

 

「ツアーのお見上げだよ。大阪行った時テーマパークに寄ってな、そん時に。

 お前のことだから甘い菓子にしたほうがいいかなと思ったけどさ、なんかそのマスコットの犬がかずさっぽくてな」

 

「なっ。い、犬っぽいのか……。あ、ありがとう。受け取っておくよ」

 

「ちょっと拓未くん。なんで冬馬さんだけストラップなの? 私にはめんたいスナックだったじゃない」

 

「しょーがないだろ。孝宏もいるんだから菓子一択だろ」

 

「だからっていって甘くもないじゃないあれ。拓未くんのばか!」

 

「……なんで土産一つでそこまで言われなきゃならん」

 

 

 あれ不味かったかなぁ、俺は旨いと思って好きだったんだが。と理不尽な怒りに理解しかねる拓未。

 そんな3人に置いていくぞと催促する声がかかる。

 

 

「おう、悪い悪い。俺、末次町だしビクスクだからここで帰るわ」

 

「そっか、案外近いとこに住んでるんだな。

 それじゃあ、浅倉。明日また学校で。昼飯でも一緒にしようぜ」

 

「……あぁ、その時に丁度会えば、な。」

 

 

 武也の何気ない誘いに、学校では避けていた自分の態度を思い出す拓未。何か考えこんでいるのか反応が少し送れて返事をする。

 

 それじゃ、と。駐輪場に向かう拓未に「同じ場所だから乗せてってよ」と雪菜がついていく。

 

 

「浅倉って、実際あってみると随分ギャップを感じるね」

 

「まぁそれは否定しない。去年は酷かったけど今年はだいぶ鳴りを潜めているらしいし」

 

 依緒の呟きに春希が答える。認めたくはないがそれなりに付き合える人間のようだ、と含ませて。

 

 

「けどなぁ、ギャップと言えば雪菜ちゃんもそうだよな。あんなに普通の女の子っぽい姿を見るのは初めてだったから驚いた。まぁ冬馬の時も驚いたけど……」

 

「あたしは……。小木曽は本当はパワータイプっていうか押しが強いように見えるね。気が付いたらグイグイ押されてるっていうか……」

 

 カラオケすごかったし、と珍しく弱々しく話すかずさ。あれは無理もないなーと春希は苦笑する。

 

 

――そっかなぁ、確かに小木曽さんは女の子女の子してるけど、そんなにパワーがあるタイプには見えないけど。

 

 まさか違う世界で将来、彼女の性格の理解ができなくて混乱し苦悩するはめになるとは知らない和泉千晶……いや、ここでは瀬能千晶はそんな風に心のなかで考える。

 

 

 

「これで我が同好会もなんとか軌道に乗れそうだし。結果オーライになるといいな」

 

 崩壊しかけた軽音楽同好会。せっかく持ち直したから学園祭を成功させたい。武也は珍しく女の子絡みから忘れて、純粋にそんなことを考えているようだった。

 

 

 

 




読んでいればわかると思いますが。春希は拓未のことが嫌いです。

ま、そりゃあそうですよね。って感じですがw


明日は飲みなので本当にお休みです。それでは良い週末を。


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EPISODE:10

急遽、新しい住居を探すことになりてんやわんやの週末。

だから遅くなった私は悪くない(開き直り)


 ――周りの視線が痛い……。

 

 隣に座る、色んな意味で数々の修羅場をくぐってきたであろう親友、武也も顔を引き攣らせながらも必死に笑顔を作っているように見える。

 

 人間とは常に何かしらの”妬み”という感情を――授業で例と出された古文で、愛憎故に想い人を奪い取らんと他人を殺める話があったように。昔から根底に、本質的に備えていると考えたことがある。

 

 かつて隣の水の豊かな”ムラ”を妬み支配下に置こうとした時代。中央集権の力が崩れ、各地の豪族が盛んに争うようになった時代。世界でいえば夢の胡椒や新大陸を求めて駆け抜けていった大航海時代に、近代では列強による帝国主義の時代。

 

 何時の時代だって人間は隣の芝生を羨み自分こそ幸福に、豊かにと妬んだ結果、今の人類の発展があったということは決して否定出来ない。人間の欲深さが今日の恩恵を与えてくれるのは皮肉なものだ。そう考えた中二病真っ盛りの頃の自分ももちろん否定出来ない。

 

 そんな原始的な感情である”妬み”だが、出来ることなら自分がそれを買うようなことはしたくない。したくないのだが、今この学食で浴びてる周囲からの視線は――まさに”妬み”そのものであり、まっさきに否定したいものだった。

 

――ご飯が味気ない。そういや先月もこんな視線はあったけど今程じゃなかった。周囲を見たくない。昼食に集中したい。

 

 だけど、春希の所属する軽音楽同好会の女子、そしてその友達の女子の3人は決してそれを許してくれなかった。

 

 

 

 

「――えぇー。じゃあ北原くんって期末テストの前から1日6時間ギター弾いてるの!?」

 

 雪菜の、周囲に気を使っておとなしく微笑んでいた今までとは違った、明瞭な印象を与える素の混じった驚く声が春希に向けられる。

 

 ついでに、「すごいすごーい。この玉子焼きご褒美にあげちゃうね!」と自前の弁当から手作りのそれを箸で春希の定食の皿に乗せる。

 

 周囲からの、特に今まで雪菜に取り囲むように集まっていた男子からいっそ殺意と思えるくらいの視線を浴びた春希は、あとで保健室に行こうかなと真剣に思い始めた。

 

「あ、あぁ。その結果学年成績が30位程落ちてさ、これまでの記録が灰塵に帰してしまった」

 

「北原は1日10時間でもしないと追いつかないのにこいつはギターに勉強に中途半端に――」

 

 かずさに師事した結果、試験勉強の枠を寝る前の僅かな間しか設けることが出来ず、結果学年成績10位以内を保持という記録が終わったことを嘆く春希。

 

 一方かずさといえば音楽に関してはさすが厳しいといったところか、成績なんか関係ないね。ギターだけしているべきだったんだと春希に非難をあげる。

 

「冬馬さん……。さ、さすがにそれは」

 

 6時間でも驚く時間なのにさすがにそれは酷というものだと依緒は春希を擁護しようとかずさを諌めるものの、ダメだ、こいつは今後寝ることさえ許さん。と取り付く島もないかずさ。もっとも音楽科ではなく、普通科の生徒なのだということを理解しての冗談ではあるのだが。

 

「……それでも40位代かよ」

 

「あんたは春希を羨む資格なんてないんだからね、武也」

 

「どういうことだよ依緒」

 

「べっつにぃ。ちゃらんぽらんしてるあんたへの、あたしの率直な感想ですけどぉ」

 

「やけに突っかかってくるな。何が言いたいんだ」

 

「べっつにぃ!後輩から地区大会のあと武也にナンパされたって話を聞かされただけですけどぉ!」

 

「いっ!?」

 

「やっぱり飯塚君って、”あの”飯塚君なんだね……」

 

 試験日前日の女子バスケ地区大会終了後に、依緒の最後の試合の日にあろうことかその後輩をナンパしていた事が暴露される武也。

 

 噂に聞くその節操の無さに思わず雪菜は自分の弁当箱をすっと武也から遠ざける。

 

「やはり、お前は種馬なんだな」

 

 その横に座るかずさも倣ってトレイを遠ざける。

 

「そりゃ俺も擁護出来ないな」

 

 武也の横に座る親友――春希もトレイを遠ざけた。

 

 

「う、うおおおおっ――」

 

 

「きゃっ!」

 

 

 身から出た錆だがいたたまれなくなった武也が涙を切るような勢いで振り返り立ち上がろうとする。

 しかしその勢いは顔を柔らかい感触の中に埋めることによって防がれることとなった。

 

「何すんのよ!」

 

「――北原の時とは思えない反応だね」

 

 その柔らかい感触の持ち主、千晶は普段と違い怒りの感情を露わにした武也の頬を叩きっぷりにかずさは感嘆する。

 その賞賛に似た視線を向かられている当の本人は隣に座ろうとしていたのを取りやめ、向かいの依緒の横に座りに回った。

 

 

 親友の、これまた自業自得とはいえ。ちょっと今回は可哀想かなという事態に同情しつつも春希は千晶に遅かったなと尋ねる。その千晶は今度は先ほどとは違う別の種類の怒りを含ませた声で、その訳をテーブルを乗り出すように春希に近づくと愚痴を始めた。

 

 

「拓未を探しに行っても姿を消してるし。遭遇したウザいやつ(諏訪先生)に捕まって小言を言われるし。学食についたらもう目当ての物は売り切れて売店でパンだけしか残ってなかったし。今しがたセクハラには合うわ春希のチキン南蛮は一切れだけになってるしぃ!」

 

「っておい俺の最後の一切れ!!」

 

 楽しみに最後まで残していたそれを後から来た略奪者に取られる春希。思わず子供のようにムキになって文句の声をあげるも、なんだかスッとしたぁ!と千晶にまるで相手にされていない。

 

 

「そういや、確かに昨日武也が昼食を誘っていたね」

 

「……」

 

 

 やっぱりアイツ性格悪いしガラ悪いし付き合い悪いよ。依緒がそう言葉を続ける一方、拓未が避ける事情を知ってる雪菜は顔に影を落とす。

 

――何か知っている?

 

 その雪菜の表情を見逃さなかったかずさは、自分の知らないところにある二人の関係に、なんともいえない胸のモヤモヤを感じることになった。

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉、あんた今日学校どうしたのよ」

 

 放課後、第一音楽室に現れた拓未に、引退したので遊びに来ている依緒がまっとうな人間になったんじゃなかったの?と文句をつける。

 

 

「おう、水沢。今日も元気がいいな!」

 

「っ!あんた、馬鹿にしてんの?」

 

「そう怒るなよ。ほら、通れねぇからどけって」

 

 かっかしなさんなよ。飯塚がビビるぞ。そうからかいながら楽器の準備を初めている同好会のメンバーのところに向かう。

 

 

「よぉ、おはよう」

 

「あぁ、拓未。おはよう」

 

 学校に何時に登校しようが何も問題はあるまい。とさも当然のように挨拶をかわすかずさと拓未。

 

 

「かずさ、なんだか良く眠れたって顔してるなー」

 

「そういう拓未は、あまり眠っていない?」

 

「もう、拓未くん? 夕方におはようはおかしいよ?」

 

 

 あまりの違和感の無さに一瞬納得しかけたが、やはりその挨拶はおかしいと雪菜はツッコむ。

 

 

「ははは、しらねーの? 雪菜、ヤックのクルーは出勤時は何時でも「おはよう」なんだぜ?」

 

「働いたことないじゃん!」

 

 冗談を言い合いながらも、拓未は鞄からプリントを取り出し春希を呼ぶ。

 

 

「おい、北原」

 

「なんだよ、遅刻魔」

 

「遅刻魔だってな、一生懸命生きてるんだ!ってンなことはどうでもいいんだ。お前さ、もう”WHITE ALBUM”のコード弾きは出来るんだよな?」

 

「一応、原曲テンポで完奏は出来るようには」

 

「結構、んならさ。お前次からはバンドのエレキギターパートを覚えろよ」

 

「え、アレじゃダメなのか?」

 

「お前アレでいいと思ってたのかよ。アレじゃピアノとギターによるアコースティックコンサートにしかなんねぇぞ……」

 

 

 ほらっ、と言って手に持っていたプリントを渡す拓未。春希はそれを怪訝に受け取りつつもページを開いてめくると、そこには拓未の手書きであろう――春希はあまり詳しくない5線譜と、ここ数ヶ月で覚えた為よく知っている6線譜――つまりはTAB譜だった。

 

 

「お前、これ……」

 

「ほい、これはかずさのコピー分。明日は放課後二人で練習するんだろ?

 ちょっと昨日帰っていろいろ編成考えていてな。”WHITE ALBUM”はギターが1本だけだったから北原用のパートを作ってきた」

 

「ふーん、拓未。割とバランスとれてるじゃない」

 

「殆どアドリブから崩して考えたようなもんだからな……手癖とかを指摘されると辛いが」

 

 かずさが読んだその楽譜。そこには春希の腕前を考えたような――つまり現時点じゃ弾けないだろうが着実にレベルアップしていけば弾ける程度の内容が記されてあった。

 

 

 適度に2拍、4拍と伸ばした音を中心に、カッティング混じりの伴奏とアルペジオを混ぜた構成。今後、エレキギターをする上で必要不可欠になる要素、他弦のミュートやキレのある弾き方。そして弦の分離を加えたパートだった。

 

「手書き……なのか?だから今日は――」

 

「いや、確かに手書きだが午後には終わってたさ、後は昼寝してた」

 

 だからお前が気にすることじゃねー。そういって春希の肩を叩くと、ロン毛をグッディーズで見せたようにアップで束ねながら、今度は拓未は武也を呼ぶ。

 

 

「おい、飯塚。お前曲は覚えてるのか?」

 

「いや、”WHITE ALBUM”をやることになるだろうと思ったのは昨日だったからね。途中まで軽くしたやってない。途中っていうかサビのところだけだが」

 

「そいつぁ殊勝な心がけだな。サビんとこできりゃ大体大丈夫だからな」

 

 そう言って武也のギターを借りると拓未は春希のパートのお手本を弾く。最初は普通の速度で、次はゆっくりと。そしてまた速度を戻し。三回程特徴的な部分を披露する。

 

 

「まぁこういう感じの弾き方だ。どうせかずさと後日練習するんだからとりあえず今日は他のメンバーのを見て、さっきの演奏をそれに重ねてイメージしてみておけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の楽器屋デート、そして昨日の春希との練習時のかずさを見た拓未はさすがかずさ。こいつは間違いなく本物だなと実感する。

 

 おそらくお遊びで取り組んでいたことがあったのだろう。ピアノだけでなくキーボードのパートも難なくこなしたその姿は、ごくごく自然に、それこそ呼吸をするように扱えるくらい身の回りに音楽というものを浴びて育ってきたのだろうという印象を与えた。

 

 教室備品のキーボードに加えて、自身が持ってきたであろう自前のキーボード2台構成で音色の幅を広げてプレイするかずさ。拓未は今回、リズムの安定に重みをおいたためドラムを叩いているが、しっかりベースパートを補うかのような弾き方は、かずさとプレイをしたらどんなに楽しいだろうか。そう期待させるのに十分な旋律を奏でてくれた。

 

 一方で、苦労しているのが春希より遥かに楽器に対して経歴もセンスもある部長、武也だ。ウワモノの部分でリズムが狂うからであろう。雪菜もつられるようにリズムを乱しがちになり歌いづらそうなシーンが多々有った。

 

 

「小木曽、人間が演奏するところで歌うっていうのは他人にリズムを持っていかれることもあるってことだよ。

 逆に自分だけのリズムを強要して周りの調子を崩すこともある。意識を同じ方向に合わせることや自分のペースを変える必要性ってのもあるんだよ」

 

「う、うん。カラオケとは全然違うんだね。いろんな楽器と合わせるのがこんなに難しいんだなんて初めて知ったよ……」

 

 音楽に関しては饒舌になるかずさ。そして拓未も武也に注意点を伝える。

 

 

「飯塚、お前そこそこ弾けるみたいだが。バンドっていうのは初めてだったりするか?」

 

「あ、あぁ。浅倉。同好会結成してからだよ、合わせるのは。それもすぐに空中分解したわけだが」

 

「なるほど、おおかたCDとだけ合わせるのが多かったわけだろうな……。

 だいたい判った。お前さ、ドラムとリズムを合わせる大事さはわかってるよな?」

 

「あ、当たり前だろ。なに当然のことを言ってるんだ」

 

 

「じゃあさ、ドラムの何処と合わせればいいワケ?」

 

「えっ……それは、ドラムの叩くところと……」

 

「そ、叩くところと合わせなくちゃいけない。そりゃ誰でも思うわけだ。だけど漫然と理解したっぽい状態と、しっかりと指摘されるとじゃ全然違うからな。ギター置いてこっちこいよ」

 

 仮にも部長、仮にも入部一日目。生意気なことを言う。と武也は腹を立てるものの、具体的に反論できない事実があるため、憮然とだがギターを置いておとなしく従う。

 

 

「お前さ、俺の代わりにココに座って、これ握って……。

 あとさ……。キモいことするけど決して他意はないからな。気にするなよ?」

 

 

「きゃっ!」

 

「っ……!」

 

「え、えぇぇぇぇ?」

 

 

 まるでお耽美なシーンを見たと口に両手を当てる雪菜。

 

 武也に殺気を向けるかずさ。

 

 最近友達に読まされたBL系がここに!?と焦る依緒。

 

 

 立ち上がった拓未のかわりにドラムスローンに座りスティックを渡される武也。

 

 キックペダルに足を乗せろと言われ素直に従う。

 

 そしてあろうことか拓未は背後から腕を回してスティックを握る武也の手を取ると、ペダルを踏む武也の右足に沿うように自らも足を置く。

 

 

「お、おい浅倉。ちょっ、うぁっ!」

 

 混乱する武也に、いいから落ち着いてろと耳元で落ち着かせる――雪菜いわく可愛いバージョンの拓未。……明らかに落ち着かせるには逆効果ではあるが。

 

 

「だぁ、黙れ!……いいか、ドラムってのはな、大体お約束が決まってるんだ。まずはバスドラム。いろいろパターンはあるが、最初の1拍目に踏むことが多い。そして3拍目はドドンと連符で。2小節目は1拍目は同じように、3拍目が同じく連符かもしくはオモテかウラかどちらかに一回だ」

 

 いち、にー、さん、し。と数えながら実際に踏む拓未。武也にもわかってきたなら自分も一緒に踏んでみろ。と数回繰り返す。

 

 

「そして、クローズのハイハットがそれぞれ4拍刻む事が多いんだが、その3拍目がスネアと一緒に叩くことが多い。これが3拍目をカウントするポイントだ。

 わかるか?ゆっくりやるからな、こうだ」

 

 シャッ、シャッ、タンッ、シャッとゆっくり繰り返し武也にも一緒に動かさせながら身体で覚えさせていく。

 そして次は先ほどのペダルを踏みながら手も加えてゆっくりと、慣れてきたらまた武也にも……とお約束のパターンを叩き込む。

 

 

「んでな、一番の極めつけのポイント、これは簡単だ。つまり、だ。AメロBメロ、そしてサビ。各パートの入るところにはかならずクラッシュシンバルがなるんだ。これで次のパートに入ったところが戸惑うことはない」

 

 

「お、おぉ!そうなのか!」

 

 拙いながらも今までの動作を染みこませるように反芻し身体に叩きこむ武也。その表情は新たな発見に喜びをだしたように。ニヒルに、クールに見せてる普段と違って無邪気さを感じさせて、依緒は何か懐かしい気持ちを感じながらその姿を眺めていた。

 

 

「飯塚もなんとなくはそのことを知ってたはずだ。ただ理屈つけて説明されるのとじゃ理解が違うだろうと思ってな。恥ずかしいことさせて悪かったな。

 んじゃギター持って、バスドラの1拍目、スネアの3拍目、シンバルの1拍目に気をつけて弾いてみろよ。次は少しゆっくり叩くからよ」

 

 先程よりも遥かに安定してカッティングを刻む武也。わからなかったことがわかるのは余程楽しいのだろう。驚くほど素直に拓未に礼を言って逆に拓未を驚かせてしまっていた。

 

 再び気分を変えてドラムとキーボード、そしてギターで合わせ、歌を乗せる雪菜。初めての時よりだいぶ歌いやすそうなその表情に、一歩上達したことを武也は感じていた。

 

 

 その光景を羨ましく見る春希。嫉妬というよりも羨望。俺もバンドで合わせられるようになりたい。かずさのピアノに合わせて、雪菜に歌って欲しい。自身の腕前の無さに情けない表情を作るもしっかり拓未に見られる。

 

 ある程度形になったのを見計らって、今度は武也のギターを拓未は借りると、かずさの伴奏と共に今回のTAB譜のポイントの説明に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺、なんか浅倉のこと見なおした」

 

「確かに、あの格好はすごく恥ずかしかったけど、音楽知らない私にもわかるくらい丁寧だったね……」

 

「いやー、おかげで合わせることの楽しさがわかってさ、俺今自分がすげぇガキっぽいって自覚出来るぐらいテンション高いんだぜ?」

 

 末次町で雪菜、拓未ペアと別れ。南末次町でかずさと自宅レッスンを受ける春希と別れ。二人電車に残る依緒と武也。

 

 最初は興奮していた武也だったが、話を続けるに次第、今日の出来事でこれまでのワルガキというイメージが崩れ、どうしていいかわからない。そんな雰囲気を二人は醸し出していた。

 

 

「親身に教えてくれるヤツなのに、アイツどうして2年まであんなに荒れていたのかな」

 

「さぁ、それはわかんないけどさ、依緒。やっぱり何か理由があったんじゃないのか?」

 

「まぁあって数日のあたし達がわかるはずもないか」

 

「そういうことだな」

 

 

 まだ深く突っ込むような間柄じゃない。きっといつかわかるんじゃないのか。そういう日が来るさ。そう話して帰路につく二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 今日も冬馬邸での個人レッスンを終え、コンビニへカスタードプリンを買いにいくかずさと一緒に駅方面まで歩く春希。

 

「なぁ、冬馬……。小木曽とさ、浅倉が仲良く話してるところを見ると不機嫌そうになるだろ?それってやっぱり……」

 

 意を決して今まで気になっていたことを尋ねる春希にかずさは顔を真赤にしながら食って掛かる。

 

 

「なっ!? それがお前に何の関係がっ……。

 いや、そうだな。確かに拓未には助けてもらったこともあるし、学園外とは言え初めて仲良くなった男性だからな。

 それよりも前に知り合って仲の小木曽と話しているのを見ると、なんというか変な感覚を起こすのは否定しないよ。

 けど、北原。お前も学園内で孤立している劣等生のあたしを面倒みてくれて、こうやってギターを教えるくらいになっている。

 お前に他の子が話しかけてるのを見ても似たような気持ちになるのは……あたしは、欲張りなんだろうかな。そういう嫌悪感を感じることはあるよ」

 

 思いの外、素直に心情を打ち明けるかずさにうまく声が出ない春希。

 

 

「……そっか。……素直にそう言われると少し恥ずかしい感じもするけど嬉しいかな。だから嫌悪感とか感じるなよ」

 

「……あぁ」

 

 コンビニに辿り着き、自動扉の前で今日もありがとう、またよろしく。と挨拶し別れる二人。

 

 

 

 駅まであと少し、踏切が目の前に見えた交差点で背後から思わぬ声がかかることとなった。

 

 

「北原先輩……?」

 

 

 えっ、と振り返ったその先には、かつて軽音楽同好会を崩壊寸前……、いや崩壊に導いたその元凶の女。一つ後輩であり去年の峰城大付属の準ミス――柳原朋がそこにいた。




ようやくエピソード上の10話に到達。

2週間ですか?長かった……。

推敲は……明日でいいよね?誤字見つけても生暖かく微笑んでて下さい。おねがいしますなんでもしますから。


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EPISODE:11

再度原作をプレイするも、千晶が主演する「届かない恋」の登場人物が金剛型の艦娘、榛名に脳内変換されて集中できない。


はい、榛名は大丈夫です。って響いて原作が台無しに。



「北原くん」

 

――拓未から割り振られた自分のギターパートがうまく弾けない。2拍伸ばした後に入るタイミングがどうしても掴めない。カッティングの”ウラ”も理解してはいるのだが実際に弾くとなると全く出来ない。あとアルペジオも滑らかにいかない。

 

 

「……おーい、北原くーん」

 

――ただ繰り返して練習するだけじゃダメなのか。冬馬は頭で考えるのじゃなく指で覚えろと教えてくれているが、それだけじゃダメなのか。俺と浅倉、浅倉と武也、武也と俺……経験してきた歴だけはどうしようもないが、それぞれの違いは一体……。

 

 

「ねー、北原くん」

 

――俺の前で実演したときのアイツはどう弾いてた。思い出そうとしても綺麗に弾いてたとしかわからない。そういえば綺麗に弾こうとしても余計な音が混じってしまうのもあった。……駄目だ、徹夜で弾いていたせいか考えがまとまらない、眠い。

 

 

「ねぇってば!!」

 

「いだだだだっ! 小木曽!? 痛いって!」

 

 春希の思考が雪菜によって中断される。何事だと雪菜を見ると「わたし、怒っています」といわんばかりの表情が春希を責めているのを物語っている。そこで初めて春希は雪菜に何度も呼ばれていたことに気がついた。

 

 

「もう、北原くん。ひどいよ、なんで無視するのかな」

 

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて気が付かなかったんだ。それで小木曽、どうしたの」

 

「……北原くん、生姜焼きをズボンに落としたのを指摘したんだけど」

 

「へ? あぁっ、うあぁぁ!」

 

「……馬鹿が」

 

 見ればタレがたっぷりついた本日のA定食のメニューである豚のしょうが焼き――日替わりの定食の中でも美味しいと人気ですぐに売り切れるそれは春希の太もも、というより股間に近い部分にしっかりと、豚肉が広がった状態で付着している。

 

 雪菜とかずさ。良くも悪くも周りの目を引く美少女二人と席を囲んでいる春希は、学食利用生徒の視線を集めている中間抜けな声を上げながら自身の注意散漫さを改めて呪った。

 

 

 

 

「もう、北原くんどうしたの、そんなにぼうっとしてて」

 

 慌ててトイレに駆け込んで汚れを落としてきた春希。

 その横でプリンとシュークリームという昼食と呼ぶには非常に甘ったるい食事を終えたかずさは「北原、くさい。近づかないで」と鼻を押さえる仕草をしながら春希から距離を置く。

 

 

「いや……地味にショックなんだがそういう態度……。

 ごめん小木曽、心配かけて。ちょっと昨日眠れなくてさ」

 

「寝てないの?悩み事?」

 

「ん、そんなところかな。学園祭のライブのことを考えてたら寝付けなくて」

 

「そうなんだ!そうだよね、楽しみだなぁ学園祭。まだだいぶ先のことだけどわたしも本当に楽しみ!」

 

「……小木曽はさ、不安じゃないのか?緊張というか」

 

「北原、あんたは考えすぎ。そうならないために今練習しているんでしょ。

 それに小木曽の言うとおりまだまだ先の話。そんなこと考えている暇があるなら寝ずにギターでも弾いてろ」

 

 かずさの指摘に思わずムッと機嫌を悪くするも、ここで事を荒らげたって仕方がないと春希は抑える。

 

 

「うーん。冬馬さんに春希くんに飯塚くん。それと拓未くんがいたらね、なんだって出来そうな気がして不安な気持ちなんて全然しないよ。屋上で歌う前の時のほうがずっと緊張したかな」

 

「小木曽は北原と違って本番に強そうだね。逆に北原は本番はトイレに篭っていそうでそれがあたしは心配だ」

 

「もう、冬馬さん。あまり北原くんをいじめちゃダメだよ。

 でもホントに楽しみ。そういえば他にやる曲はまだ決まってないんだっけ」

 

「”WHITE ALBUM”だって正式に決まっていたわけじゃなかったけどね。

 小木曽は森川由綺を推すけど、あたしは里奈派かな」

 

「緒方理奈っ!じゃあ、”POWDER SNOW”とかかなぁ。」

 

「それもいいけど”WHITE ALBUM”と曲調が被っちゃうね」

 

「そっかぁ、アップテンポな曲なら”SOUND OF DESTINY”が好きだけど」

 

「……それはまぁ、皆と相談しないとね」

 

 盛り上がる二人を他所に春希は箸を進めながら春希はまたギターの事を考える。自身のセンスと今の練習量じゃ到底、他のメンバーと釣り合うとは思えない。ならどうすればいいのだろうか……。

 

 武也は昨日のあの数時間で見違えるほど上手くなった。特にその数時間、ひたすら練習したわけではない。ただちょっとドラムの練習をしただけだ。だからといって俺がドラムの練習したって上手くなるとは限らない。

 

 

「そういえばさぁ、冬馬さん。グッディーズに夏限定で、なめらかプリンとトロピカルマンゴーっていうのが出るらしいよ」

 

「え、本当か!いつ、あたしはいつ行けばいいの!?」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて。あ、そろそろ戻らないといけないよ」

 

「夏限定なんだな。そうか、通い詰める必要があるな……。

 おい、北原。いつまで食べてるんだよ。先に戻るからな」

 

「あ、あぁ。すまん」

 

 とりあえず今は練習をし続けよう。それしか方法がわからないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、かずさ」

 

「あ、拓未。そっか、今日は学校きてたんだ」

 

「いや、そりゃ来るだろうよ……お前の前で来てなかったのはこないだの件しかないじゃないか」

 

「そうだよね、あんたはこの学校の生徒だったんだよね。会おうと思えば毎日会えるんだよな」

 

 音楽科の時は新校舎だったから知らなかったのは無理もない。けど3年になってからずっと気付かなかったのは、あたしは他所に気をつける余裕なんてなかったのかな。そんな自嘲染みた考えをしてしまい苦笑するかずさ。

 

 

「あぁ、なんで2年以上もかずさのこと知らなかったんだろうな。普通こんだけ美人なら気付くだろうにな」

 

「なっ、恥ずかしいことを言うな!」

 

「……ホントお前、俺がツアーから帰ってきてからなんか変わったな。素直な表情するようになった。何があったんだ」

 

 あんたがあたしに世界は良いものだって教えてくれたからだよ。と言い出しそうになったかずさだが、やっぱり気恥ずかしいからか躊躇う。

 それでも感謝の気持ちは少しでも伝えなくてはいけない。そう思うこと自体が拓未の指摘するような”変わった”ことそのものなのだとはさすがにかずさは自覚しては居なかったが。

 

 

「……あんたがあたしの背中を押してくれたんだよ」

 

「なんだそりゃ?それよりさ、今晩飯食いにいかね?久しぶりに落ち着いて話とかしたい」

 

「ほ、本当!――いや、ごめん。しばらく夜忙しくてさ、ちょっと無理かも」

 

「……そっか、まぁまた今度誘うよ。んじゃ、明日の部活でな」

 

 心なしか気持ちが沈んだような背中を見せて廊下を去っていく拓未。夜に会うことを楽しみにしてくれてたのかな、そんな思いが頭をよぎるもさすがに自分にとって都合が良すぎる考えだと頭を振りつつ、教室の席につく。

 

――せっかく誘ってくれたのにごめん。拓未

 

 

 だが、今は他に心配な事があるのだ。自分が上手く教えられないばかりに悩ませてしまっている春希(馬鹿弟子)を何とかしないと。それは同好会の不和にも繋がるかもしれない。

 

 他人の事を心配するなんてあたしも馬鹿だよな。確かに拓未が言った通り変わったみたいだ。でもね拓未、あたしはそんな今の自分が嫌いじゃないんだよ。

 

 まぁ放課後の心配事は放課後に考えよう。とりあえず今は今のするべきことをしないとね。そう思いながらかずさは机に伏し、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っつ!」

 

 

 軽やかなピアノを響かせる教室に、必死に追いつこうとしていた春希は手元を狂わせ盛大な不協和音を奏でる。

 深夜に繰り返し練習していたところと相変わらず同じポイントで間違える春希は自身の苛立ちを声に出そうとし、必死に堪えた。

 

「なぁ、北原。あんた、昼休みもずっとギター弾いてたでしょ――頭のなかで」

 

「えっ……どうしてそれを」

 

「いや、昼休みだけじゃないな。昨日の夜も寝ずにギターを弾いてた。違う?」

 

「……あぁ。そうだよ。なんでわかったんだ」

 

「そりゃわかるよ。ずっと上の空というか思いつめたような感じだったし。指、それと身体が微かに動いていた。

 そんな態度されちゃね、あたしとしてはそれしかないと思ったんだ」

 

「そっか……。いやごめん、そのせいでちょっと今集中出来てないのは確かだ。教えてくれているのに失礼だよな」

 

「北原、あたしも悪いとは思ってるんだ。説明しようとしても、あたしにとっては当たり前のことすぎて、北原が上手く出来ずに失敗しているその原因を理解できないっていうのもあるんだ。

だから少しでも良くなれればとテンポを遅くして繰り返したりはしてるけど――」

 

 

 そう、幼少の頃からピアニスト冬馬曜子の娘として、音楽に触れて育ってきたかずさにとってそれこそ考える必要もないほど染み付いた事。それを春希が出来ずに悩んでいるのは解っていた。それでもその事を上手く説明するのは難しい。

 例えるなら事故等にあった結果、身体を治しても上手く動かすことが出来なくなった人にどうしてそれが出来ないのかと思うようなもの。かずさにとって手足みたいなものなのだ。

 

 だからこそリハビリを行うかのようにゆっくりと繰り返して練習する事を選んだかずさ。そしてそれを受け入れて何の不満も無かった春希。だがここに来て問題点に突き当たったことは確かだ。

 

 

「そんな、冬馬。俺はお前が教えてくれて助かっているんだ。感謝こそしても冬馬のことを悪いと思ったことは一度だってないよ」

 

 でも……と、春希は言いとどまる。しばらく無言が続くも苦々しげに、そして申し訳ない顔も含ませながらもかずさをしっかりと見つめ、話しだした。

 

 

「こんなことを言うのは冬馬に悪いとは思っている。それに俺自身だって嫌だ。だけど冬馬、お願いがあるんだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏といえどさすがに薄暗くなってきた時間、世間でいえば夕食の時間帯だろうか。春希は公園のブランコに腰を掛け、眼鏡に三つ編みの地味な少女――雪菜と話をしていた。

 

 

 

 

『あぁ、わかった。北原がそう思うのならそうなんだろう。確かに一理あるね、良いよ。

 それで、どうする。明日あたしから誘う?』

 

『いや、そこはやっぱり俺が話をつけないと……。ありがとう冬馬』

 

『っ……。お前の感謝は気持ち悪いんだよ。とりあえず、そんな寝不足で浮ついた考えじゃ練習にならないだろ。今日は帰ったらゆっくりと寝なよ』

 

 あたしの家での練習は無しだ。とりあえずこの時間は今の苦手なポイントを割り出し練習しよう。その日は夕焼けが出来るくらいの時間で切り上げ、先に帰らせてもらう春希。

 

 下駄箱で靴を履き替えた所で携帯電話に届いた一通のメール。

 

『北原くん、練習が終わってもし19時くらいに時間があいたら、私のバイト先に来れる?』

 

 どうしたんだろう?そう思いながらも「大丈夫。直接店に顔を出すよ」と返信し――今に至る。

 

 

 

「小木曽、どうしたの。バイト先抜け出して来てよかったの?」

 

 いつ見ても――自分は気付いたが、完璧な変装っぷりに感心しながらも春希は雪菜がアルバイトの就業時間であることを気にする。

 

 

「うん、ピークの時間は過ぎたし、少しくらいなら。休憩時間扱いだよ」

 

「そっか。しかしやっぱりその格好は小木曽だとは信じられないな」

 

「見破ったのは北原くんと拓未くんだけだよ。

 北原くん、はい、これ。急いでいたから既成品だけどね。それと呼び出しておいてなんだけど応援したくて」

 

「チョコレート?それに、応援って」

 

「北原くん、昨日寝ていないのはギターをずっと弾いていたからだよね。

 私は楽器弾けないから、よくわかってもいないのに無理しないで休めだなんて言えないから。甘いもの食べてリフレッシュして、少しでも早く休める時間を作って欲しいなと思ったんだ」

 

 集中して疲れた頭には甘いモノが一番良いでしょっ?そう笑いながらチョコレートを差し出す雪菜。

地味目の女の子に変装してなお、その仕草は春希の鼓動を早めるのに十分な威力を持っていたが、それ以上に春希は雪菜の優しい気遣いが有り難かった。

 

 

「ありがとう……小木曽。でもなんでわかったんだ」

 

「私も、アーティストの端くれだからね。ってのは冗談で、北原くんあの時ぼうっとしてたけど、瞳は拓未くんと冬馬さんが見せるのと同じだった。

 だからかな、何か真剣に取り組んでることがあるのかなって。だったら同好会のことかなって」

 

「それだけでそこまでわかったの? かなわないな、小木曽には」

 

「女の子はね。男の子の普段見せない仕草っていうのは敏感なんだよ?」

 

 身体を壊しちゃダメだからね? そう言いながらスーパーに戻る小木曽。

 

 

 かずさには帰ったら休むようにと言われているものの、寝る前に少し練習しようかな。

 既成品のチョコだってきっと特別な味になるだろう、そう思いながら帰路につく春希だった。

 

 

 

 

 




ま、真夏のバレンタイン!

もうすぐ"あの"時期ですね。死にたい。


さて、例によって誤字は後日修正。ダジャレじゃないです。ホントです。


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EPISODE:12

※真面目なおはなし。

作中で未成年者が喫煙をする描写がありますが、決してそれを助長する意図はありません。
真似をすることは法律的にも禁じられていますし何より社会的、健康的、金銭的、そして臭いという公衆衛生的にも問題があります。

そして一度喫煙を行えば依存し、その後断ち切るのに多大な精神的苦痛を伴うことになります。私は禁煙補助薬を用いた結果、禁煙には成功しましたが心の不調を起こしかねない事態となりました。

喫煙自体を否定するつもりはありません。ただ法律的に年齢の問題が無くなった時に、改めて自分の責任で行っていただくよう。この話を見て興味本位で試すことがないようにお願い致します。


なお、ガイドラインに記されてない為、映倫のケースによるPG-12を想定し、今作ではそれ以上であるR-15のレーティングを設けていません。



「北原くん、こないだの委員会の件だけど――ッ!?」

 

「あぁその時のなら既に議事録に……ってどうした?」

 

 昼休み、教室を出た所でクラスメイトに、前回代理出席した委員会の件について尋ねられる。

 軽音楽同好会に加入してからもなおクラス委員長として『いいんちょくん』ぶりを発揮している春希だが、話しかけてきたクラスメイトの女子は彼を見るなり固まる。

 

 それは驚きも含まれているのだがどちらかというと恐れ――

 

 

「よぉ、北原。用事があるって言っておいて呼び出すたぁ、随分と偉いんだな『いいんちょ』様はよォ?」

 

「あ、あさ……くら、くん……」

 

 怯えるクラスメイト。北原くんはいじめられている。金銭を強要されたりしているのだろうか。逃げないと私も標的にされちゃうかも。――そんなことを考えているかもしれない。

 

 春希は軽くため息混じりに無理からぬ事、というよりこれが普通であって、やっぱり同好会(ウチ)のメンバー達がおかしいのだと実感する。

 

 拓未が学校から受けた処分は2つの停学だけだが、これは事実が発覚しただけであり、その他のバレてない――もしくは”立件”出来ないような事というのは大小合わせれば事欠かない。やはり1年近く経とうとしてもなかなか風評というのは消えないものなのかな。

 

 春希は軽くため息を、今度は拓未への同情分を含めての事だが、ふうっと吐くと振り返り拓未に言葉を返す。

 

 

「浅倉、俺は昼に用があるってメールしただけであって、此方から赴くつもりだったんだが」

 

「え、そう?」

 

 

――本当は結構単純で御しやすいヤツなんだけどな。

 

 

 

 

 

「……で、俺に話って一体なんだ」

 

 正午を迎えたばかりの夏の空は屋上を影を作る隙間すら作らせないとばかりに照り尽くす。

 

 正直言って何処に避けても暑い。それでも春希と拓未は出入口の庇に隠れるように少しでも涼を求める。

 

 幸い今日は日差しが強いだけで気温自体はそれほど高くはない。風さえ吹き続ければそれなりに凌げそうだ。

 

 

「あぁ、浅倉に頼みがあって……。

 浅倉。俺に、冬馬と一緒にギターを教えてもらえないか?」

 

「はぁ? 既にかずさっていう先生をつけておいてなお他を求めるのか。

 それに、お前は俺のこと嫌っているだろうが。意味わかんねぇんだけど」

 

「……見返して、やりたいやつがいるんだ」

 

 

 しばらく拓未は無言で春希を見るが。はぁ、と息を吐くとポケットをガサガサと取り出し、白地に赤い丸がついた紙箱をトントンと叩くと、付属の学生がおよそ嗜んではいけないものを一本取り出し咥えて、火をつける。

 

 腰を下ろし――いわゆるヤンキー座りをしながら火を付けたそれを、深く吸い込んでニコチンを血中に取り入れようと肺に行き渡らせると、先程よりも幾分楽な気持ちで息を吐き出した。

 

 あまりにも自然に紫煙を燻らすその姿に春希は反応が遅れたが、目の前で行われている行為を認識すると共に大声をあげる。

 

 

「お、おい浅倉!タバコは法律的にも、校則としても認められて――」

 

「お前がバラさなければ問題ない、わかる? それに頼み込んでるお前が文句を言える立場か」

 

 それとこれとは話が違う。そう思いながらも春希は黙認することを選ぶ。

 

 その態度を見て拓未は満足すると再び紫煙で肺を満たし、吐き出すという一連の動作を行う。

 

 

「……さっきの話。続けろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『北原先輩……?』

 

 そう呼ばれて思わず振り返る春希。

 その視線の先にはラフだが可愛らしい服装で、コンビニで買ってきた雑誌を入れた袋を下げている美少女。

 

 しかし、春希にとってはかつて自分達を奔走させるハメになった忌々しい女。サークルクラッシャー、むしろサークラと名付けた、去年の準ミス峰城大付属に選出された女。柳原朋がいた。

 

 

『やっぱり北原さんだ……。

 さっきのコンビニの外で見かけたからもしかしてと思って追ってみたら。久しぶりですねぇ』

 

 そう言って愛らしい笑顔でクスッと笑う。

 

――いいや、愛らしいなんてそんなことはない。これは同好会を手中に収めんと画策した時の笑顔。獰猛な顔だ。

 

 

『……柳原』

 

『偶然ですねぇ。この辺はよく通るんですか』

 

『お前こそ、何してるんだよ。こんな時間に』

 

『私ですか? 見ての通り買い物の帰りですよぉ。あ、お友達と遊んだ帰りなんですか』

 

 鼻につくような話し方の朋。春希は所謂こういったあからさまな媚を売るような態度の女子は苦手だ。学校では誰にでも平等に接する彼だが学校の外でまで、ましてや(コイツ)なんかにそうであろうとする必要は無い。

 

 

『それに、まだギターなんて担いでるし。空中分解してまで続けるなんて、飯塚さんと二人でフォークソングユニットでも結成するつもり?』

 

『どうだっていいだろ、お前には』

 

『もしかして、まだメンバーを探しているとか? 無理に決まってるのに無駄なことをするんですね』

 

『あー、もう。煩いな。「どうだっていいだろ」お前には』

 

 

『……なんてね、さっきのは彼女さんですかぁ? 随分と綺麗なコでしたねぇ。ちょっと高望みしすぎじゃありません?

 ひょっとしてギターを始めたのも彼女の為ですかぁ? アハハハッ! 超ウケるんですけど』

 

『っ……勝手な事を言うな』

 

『違うんですか? まぁそうですよね。全然釣合わないですもん』

 

 何も知らない朋、知らないだけに図星をついた先程の指摘は春希を苛立たせる。こいつは一体何が目的なんだ。いきなりやってきて一方的に嫌味を繰り出す朋に関わることは早めに終わらせたかった。

 

 

『一体何が言いたいんだ。柳原』

 

『……私、今度藤代さん達と新しくバンドを組むことになったんですけどぉ。北原さんがどぉーしてもって言うんなら。入れて差し上げても構いませんよぉ? 北原さん、あなた女性ボーカルを探してたんでしょう』

 

『……女性のボーカルと演奏できたら、そりゃ最高だな。だがな、柳原。お前とだけは絶対ゴメンだね』

 

『っ……! 残念でしたね! せっかくステージに立てる最後の機会だったのにっ』

 

 なによ、からかいがなくて超つまんない。そう言い捨てて、来た道を返す朋。

 

 

 話を思い出すのも苛々するが、やはり朋は藤代達――おそらく他にも引っ掻き回して手中に収めた手駒と新しくバンドを組むようだ。

 

 となると、当然自分達軽音楽同好会と同じ舞台で対面することなる。拓未を含めた実力者が偶然にもそろったこの同好会。自分のせいで観客にはともかく、柳原達には恥を晒したくはない。対抗心からその日、春希は今まで以上に集中してギター練習に励むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、準ミスに吠え面をかかせたくて上達したい、ねぇ。

 人によっちゃ不純と考えるかもしれないけど、いいんじゃねぇの?」

 

 話を拓未に打ち明けると、意外に悪い反応を返さない。春希は望みが見えたと思うがやはりそう思うように上手くことは運ばず、色よい返事は続いてこなかった。

 

 

「けどよ、それは俺が必要な理由にはなんねぇだろ。かずさがいるじゃん。

 思っちゃいるがアイツの音楽に対する素質はガチだぞ? 俺のお呼びじゃねーよ」

 

「確かに冬馬の指導には何も不満はないよ。ないけど現実問題として俺が今、成長出来ていないのは間違いないんだ。冬馬が悪いわけじゃない。かといって何が悪いかもわからない。

 冬馬には学校帰ってからもあいつの家でいろいろ教わってるんだ。なのに成果がここ最近見られないのは申し訳なくて」

 

「……へぇ」

 

 表情を崩さないようにしているように見えるが、その奥の目が笑っていない。そんな気配がしつつこれは拓未は知らなかった話だったか。失敗したかと春希は焦りを感じる。

 

 演奏について相談したのに女の家がどうのこうのと話が展開されてはさすがに拓未も面白くなぞないだろう。慌てて話の方向を戻すことにした。

 

 

「こないださ、武也が上手くいかなくて悩んでた時に。思わぬ方向から助け舟を出しただろ?

 ……いや、俺がドラムを叩けば上手く行くとかいう話じゃないけど。違う視点からアドバイスを貰えたら助かると思ってお願いをしにきたんだが、やっぱりダメなのか」

 

「んー。とりあえず、部活内ではお前も鍛えてやるけどさ、その話はちょっと考えさせといてくれ。それが答えだ」

 

 第一回の交渉は次回へ持ち越しとなった。だがまだ学園祭までは時間がある。罵倒され拒否されなかっただけマシだ。今後の交渉がうまくいく可能性はまだ高い。

 

 わかった。すまないな、呼び出して。そう春希は拓未に曖昧な笑みを浮かべる。

 

 

「今後も部活ではよろしく頼むよ。……それと、今から皆と一緒に飯食いに行かないか?」

 

「へ? お前が、俺を、飯に誘うのか? ……なるほど、南の雲行きが怪しいな。雨が振りそうな訳だ。

 まぁ、冗談はおいといて。今降りて学食に行ったら雪菜にあって匂いについてどやされちまう。誘ってくれてありがとな」

 

 俺はしばらくここにいるわ。そう告げる拓未。わかった、喫煙。バレるなよ?と一応形だけの、効果も何も期待できない注意を残して春希は学食に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 学食についた春希が辺りを見回す。いつもの一角――もはや彼らの専用席となりつつあるそのテーブルに雪菜、かずさ、武也、依緒と千晶が集まっていた。

 

「遅いぞ春希。一体どこに行ってたんだ」

 

 すっかり食べ終わった皿を乗せたプレートを指差しながら春希を迎える武也。

 すまん、遅くなった。そういいながら春希は空いている席――雪菜の隣、かずさの向かいに座る。

 

 

「春希ぃー。なぁんで遅いの? 定食売り切れたじゃん。私A定食も食べたかったのにB定食しか食べてないよ」

 

「いや、瀬能さん。いつも思うけど食べ過ぎじゃないの?」

 

「そりゃー私は文化部だけど、演劇部ってのは意外とエネルギーを使うんだよ。水沢さんだってダイエットとか考えたことなかったでしょ?」

 

「おい依緒ー。お前部活引退したから今度から考えなしに食べるのはやめとけよー?」

 

「ちょっと武也! デリカシーなさすぎでしょ! 信じらんない。っていうかその呼び方やめてって何度も――」

 

 非常に騒がしい。いい表現をするなら賑やかな中、購買で買ったパンを食べようと袋を開ける春希は、雪菜とかずさ、二人から怪訝な目で見られていることに気づく。

 

 陰と陽、月と太陽。実際は真逆の激情家とそれに比べて温厚派の部類に入るが、対局的な二人が同時に、同じ目で自分を見るその顔は春希にとって非常に奇異に映る。一体どうしたというのだろう。

 

 

「な、なぁ、どうしたんだよ。二人とも」

 

「……いや、なんでも。ただ――」

 

「春希くんさ、拓未くんと会った?」

 

「な、なんで?」

 

「うーん、なんていうか――」

 

「拓未の匂いがする……」

 

 そうそう、そんな感じー! 二人とも同じ表情で同じ意見を述べる。

 

 

――匂いってなんだよ匂いって。お前ら犬かよ……。

 

 煙がついたのかな。一応風上だったんだけどな。

 

 目ざとく気付く、女というものに、春希は若干の怖さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しますーぅ。お久しぶりですねぇ、飯塚先輩。それと、この間はどーも。北原先輩」

 

 放課後、練習を行うべく一同が集まった第一音楽室。

 口にヘアゴムを咥えながら髪を束ねようとする拓未、指のウォームアップを行うかずさ。依緒に茶々を入れられている武也と、喉の確認をする雪菜。それに、やはりスランプ状態みたいなものだろう、いい表情ではない春希。

 

 そんな拓未達の部活動を邪魔をするかの如く、遠慮なく開けられたドアの発した音に各々の動作をやめ、一同はその音を出した人物に注目する。

 

 

――新入部員だろうか?

 

 この後の展開を考えると到底ありえない予想をする拓未と雪菜。

 

 拓未はこんな華奢なコがベースをするのか、と。

 

 雪菜はコーラス担当? ボーカルだったら勝負(カラオケ)しないといけないのかな、と。

 

 一方、かずさはストイックだ。練習の邪魔、とばかりにすぐに意識を手元に戻す。

 

 しかし来訪者のことをよく知る春希と武也。そして武也づてにも、周りの生徒からも噂を聞いている依緒は違う反応を返す。

 

 

「なっ、柳原朋! 今更どうしてここに!」

 

 驚愕の表情で目を見開く武也をみて、拓未はこいつが準ミスだ。と判断する。

 なるほど、そういえば良く見かける顔だ。確かに可愛い、可愛いがよく作られた笑顔だ。

 

 一昨日、春希が朋をみて評した内容と一致する。獰猛な、獲物を奪おうと計算しているのを隠すような笑顔。

 

 そりゃー騙されてコロッと手玉取られる男も多いだろうなぁ。それが拓未が朋に抱いた第一印象だった。

 

「先日ですねぇ、北原さんとお会いした時に、なんだかやたらと強気だったのが気になってぇ。いろいろ調べてみたんですけど。

 ……噂通り、小木曽雪菜を迎えていただなんて、やってくれましたね。北原さん」

 

 初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさん達は……。とは言わないものの。

 春希に向けられて吐き捨てられたセリフからは作られた笑顔から苦々しさが隠せずに零れ出ていた。

 

 

「え、わたし……?」

 

「飯塚さん、今日は宣戦布告に来ました。私も忠実な兵隊(メンバー)揃えてバンドとして学園祭にライブ出場しますので、そのご挨拶に」

 

 準ミスとして上品に、しかし嫌味ったらしく元同好会のメンバーも含めて新しくバンドを結成したことを律儀に報告する朋。もちろん嫌がらせ意外のなにものでもない。武也は苛立たしげに朋を睨むも朋の注意は既に彼女にとって最大の敵。雪菜に向いていた。

 

 

「私が考えた案を真似するなんて、今年はそんなに人気投票に自信がなかったのかしら? まるで泥棒猫みたいな所業よねぇ」

 

「そんな、あの……あなた――」

 

「まぁでもぉ? 見たところ上手くコントロール出来ていないみたいだし。所詮真似事、底が浅いわね、小木曽雪菜――」

 

 雪菜に向かって牽制を兼ねた口撃を続ける朋、そんな朋から雪菜を会話から、物理的に遮るように拓未は身体を割り入れ追撃を中断させる。

 

「おい、そこの穴の開いた中古品(クソビッチ)

 グダグダ喚いてねーで、見てもわかんないのか? お前邪魔になってんだからとっとと出ろや」

 

「お、おい浅倉」

 

 意外な人物――だがよくよく考えたら問題行動の代名詞にもなろう拓未は全然意外じゃないのだが。火に油を注ぐような発言をする拓未に春希と武也は慌てて止めに入る。

 

 

「なっ、あなた……。3年の、浅倉……浅倉、拓未。見た目通り、随分と下品な言葉を使うのね。

 気をつけたほうがいいですよぉ、先輩? 噂一つで同好会なんて簡単に吹き飛んでしまうんですから」

 

「ほう、自信満々に言ってくれるな。やってみろよ? ミスコンに無事に出れると思うなよ、お礼参りが待ってるぜ。

 暴力沙汰は信頼と実績があるんでな、期待しとけや」

 

 同好会の邪魔をするだけならまぁ、静観しといてやろう。だがコイツの本来の目的は、ミスコンの優勝――つまり雪菜だったのか。ならどんなことをしてでも阻止せねばなるまい。

 

 火に油を注ぐ? とんでもない。ガソリンにマッチを投げ入れるようなもんじゃないか。

 拓未の過激な発言にもはや朋が激昂するのは明らかだと予想する春希と武也。

 

 朋は拓未の剣幕に一瞬だけ怯むも春希と武也、二人の期待に応えるように。顔を真赤にして怒りを露わにする。

 

 

「ッ! ……どうせあなたが所属しているだけで、私が何もせずとも同好会も小木曽雪菜も地に落ちるわ!

 見てなさい、小木曽雪菜。ステージで人気を得るのは私。ミスコンだってあなたには取らせない」

 

 吐き捨てるように自身の勝利を雪菜に叩きつけると、忌々しげに拓未を睨み足音荒く出て行く朋。

 

 事態を上手く読めないのか雪菜がオロオロしている中、拓未は歯ぎしりの音が伝わりそうな程顔を歪めると、売られた喧嘩だな、言い値で買ってやるよ。と意気を露わにする

 

 

「おい、北原ァァッ!」

 

「は、はい!!」

 

 今まで聞いたことがない、叫ぶと表現するのがすんなり当てはまるほどの怒声に思わず春希は直立不動で返事をする。

 条件反射でやってしまった。しかし誰も指摘はしないだろう、だって武也も依緒もかずさや雪菜でさえもビクッと身体を震わせるんだから。そう思わせても仕方のないような声量だった。

 

 

「……昼の話。受けてやんよ。お前、覚悟しとけよ。1日10時間はギターから離れることは許されないと思っておけ」

 

「あ、あぁ……。望むところだ。よろしく、頼む」

 

 春希にとって降って湧いた幸運。のはずだが、素直に喜んでいない春希の表情は、まるで藪蛇のような墓穴をほったかのようなそれを作っていた。

 

 

 

 

――さっきの子、誰だったんだろ。

 

 

 そんな中一人この場にそぐわない考えをする雪菜。

 彼女が柳原朋を認識するのは別の世界でも3年後。……無理はないのかもしれない。

 

 

 




中古呼ばわりされてる朋ですが、実はそのあたりの貞操観念はキチンと持っている。と設定します。


だって、俺の朋ちゃんが、そんなはずない……。

話は次回に持ち越します。EPISODE:12.5です。


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EPISODE:13

物語は序盤の終わりに向けて動き出します。


 この場所を、覚えている。

 

 中学の時、荒れていた俺を、俺のギターの音色をどうにかしようと、親父に連れて来られた所。

 

 

 この場所を、覚えている。

 

 たった一日だけど、俺のすべてを受け入れて、そして全力でぶつかってきてくれた人が住んでる所。

 

 

 この場所を、覚えている。

 

 たった一日だけど、ギターを手に取るたびに蘇る。少しだって記憶の色褪せていない所。

 

 

 この場所を、覚えている。

 

 俺にとっての今までで唯一人と言える恩師が住んでいるこの場所。

 

 

 この場所を、覚えている。

 

 俺にとって――経験したことがなかった、年若くだがそれでも母親のような暖かさを与えてくれた人が住んでいるこの場所。

 

 

 

 多忙故に会えないと聞くも、何度も家の前まで訪れ。玄関のボタンを押すこと無く帰ったこの場所……。

 

 

 

 ここは――

 

 

 

 

 

 

 

「うそ……だろ?」

 

「やっぱ何度見てもすごいよなぁ」

 

「心配しなくていいぞ、浅倉。誰だって最初はそんな反応示すんだから」

 

 

 

"冬馬 - TOHMA -”

 

 

 そう大理石で誂えた表札を掲げているこの邸宅を眺めながら拓未は、それまで疑問に思いつつも放置していた事が頭のなかで急速に解決していく。

 

 出会った最初から特に考えず、彼女のことを『かずさ』と名前で呼んでいたので苗字などどうでも良かった。

 彼女を知る他の者達が『トーマ』と呼んでいたが、あれから3年も時を経た自分にとってまさか『トーマ』が『冬馬』だとは思いもしなかった。

 

 そこらの素人とは隔絶したそのピアノの素質――それこそ全国コンクールクラスにエントリー出来る程であろうと拓未は見込んでいたのだが、この家を見ればなるほど、よくわかる。

 

 彼女は、かずさは世界的ピアニストの――

 

 

「なぁ……かずさ」

 

「うん、どうした」

 

 

 門を開け広げたまま敷地に入り、鍵を取り出そうとするかずさ。

 慣れた様子でその後ろに続く春希。

 対称的におっかなびっくり入っていく武也。

 その彼らの後に続かず、門の外でぼおっと目に入りきらないその邸宅を眺めながら拓未はかずさに自分の考えが正しいかと確認する。

 

 

「お前さ、もしかしてだけど。

 曜子さん――冬馬曜子の親戚?」

 

 

 閑静な住宅街に、綺麗に縦に並んだ3人の盛大にずっこける音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、あんたは人の親のこと何だと思っているんだ」

 

「いや、だって。俺の知ってる曜子さん――かずさの母さんは3年前だけどビックリするぐらい若かったんだぞ。

 まさか曜子さんがかずさの母親だったなんてな……これっぽちも思いもつかなかった」

 

「……浅倉さ、お前らが最初に知り合った時とか、俺達が冬馬冬馬って呼んでてさ、その可能性は考えなかったのか?」

 

 先程の部活での拓未の怒りを見てからなのか、帰りの電車で拓未は雪菜に今日は春希と用事があると伝えると彼女はおとなしく末次町で一人降りていった。

 

 依緒も自分から飛んで火に入ることも無いと岩津町で降りる事無くそのまま帰るつもりだと敬遠した。

 一方武也だが、先日の自身が受けたアドバイスの事を考えて期待したのだろうか。それとも拓未の怒りの行く先を怖いもの見たさで知りたいのか、春希達に付いていくと決める。

 

 

 そんな武也は入ってきてから繰り広げられる拓未の勘違いっぷりに「今更すぎるだろ、何を言ってるんだ」と続けながら呆れ返る。

 

 

「会った時は、苗字はよく聞き取れなくてな。聞き返すのもめんどくさいから名前でいいやって思ってそれっきり。

 それに、俺にとっては冬馬曜子……ではなくて曜子さん。だったからな。冬馬と聞いてもピンと来なかった」

 

「拓未……。あんた母さん(あの人)と一体?」

 

「……昔。少しだけ会ったことがある人、だな」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 盛大に転げ――しかししっかりとピアニストの命である指を守るために全身で衝撃を受け取ってしまったかずさ。

 こちらはにわかギタリストの意地だろうか……いや、単に壊れたりでもしたらお金が心配だったんだろう。ギターを守るように倒れた春希と武也。

 

 倒れながらも見事にそれぞれの大切なモノを守った3人を見て拓未はその意地をある種の感動を以て讃えた。

復帰が早かったギタリスト二人を置いて、身体を打ち付けたかずさを起こそうと手を伸ばす。

 

『親戚じゃなかったのか……。まさか妹!?』

 

『冬馬曜子はあたしの親だよっ!!』

 

 

 

 

 

 

 そんな過去を経て冒頭の会話をしながら屋内の、地下スタジオを目指す一同。不慣れの為かそわそわとしている武也とは反対に拓未は、懐かしさを感じながらリラックスして後を付いていく。

 

 

 

――そう、そうだ。右手側がミキサー室で、突き当りの扉の向こうには……。

 

 

 久しぶりに、3年ぶりに訪れた冬馬邸の自宅スタジオ。

 その部屋内を天井のスポットライト達が暖かな電球色で隅々まで照らす。

 

 入ってすぐ右にその存在感を強烈にアピールするグランドピアノ。

 

 パーティション越しには、これがドラムの代名詞と断言していいくらいに有名なPe○rlのドラムセット。

 

 

 アンプの配置など所々変わった点はあるが、間違いなく拓未があの日過ごした部屋だった。

 

 

「拓未、どうしたの」

 

「あ、あぁ。わりぃわりぃ。普通の家じゃあり得ない光景だったんでな。驚いて声が出なかったよ。

 つか地下にグランドピアノ? 24時間湿気に気を使わないといけないのに。まぁ確かに防音性を考えるならこっちがいいだろうが……。やることすげぇな」

 

「このスタジオは、以前この家の所有者だった時からあるからね。そういった辺りの話はよくわからないけど」

 

 かずさに自分の想い出を語るのも恥ずかしい。

 拓未は初めて来たような態度を取りつつ、春希に「お前こんな環境で練習とか羨ましいな!」と絡んだりすることで自分のさっきまでの感情をごまかす。

 

 胸のあたりにチクリとした痛みが走る……これはきっと、かずさに嘘をついた痛みだろうか。

 

 

「へぇ……。しかしこれだけの設備があればかずさのその腕前も頷けるもんだな。曜子さん――かずさの母さんも鼻が高いだろ」

 

「――ん……ない」

 

「ん」

 

「あたしはもう音楽(ピアニスト)の世界とは関係ない!!」

 

「お、おい……」

 

「っ……ごめん」

 

 適度な吸音、適度な反射を考えた部屋の作りは。スタジオ独特の響きで――かずさの叫びを伝える。

 

 その突然の感情の発露に、予想をしていなかった反応に拓未はどうしていいものか戸惑うものの、かずさの謝罪を聞いて慌てて雰囲気を変えることにした。

 

「そ、そうだ。せっかくきたんだ、早速練習しようぜ。

 ほら北原、はやく準備しろよ。俺はお前と違って忙しいんだぞ、わかるか」

 

「……あ、あぁ。浅倉、昼に言った通りにだ。よろしく頼む」

 

 春希は学年内で自他ともに認める『いいんちょ』である。時にはお茶を濁さず追求する姿勢を求められるその称号だが、今回は空気を読むことで緊張感を少しでも和らげることを選んでくれた模様だ。

 

 察することの出来る『いいんちょ』は優秀だな。拓未はとりあえず春希を評価した。

 

 

 

 

 

 

 

 苦手なポイントを列挙し、今までどういったことをして練習に取り組んでいたのかを春希の口から聞く拓未。

 

 拓未は予想よりも春希が真剣にギターに打ち込んでいた事に軽く驚く。

 

 彼の考える北原春希というのは何事においても勉強が最優先であり、次に優先度が高いと思えるところとしては武也達との交友のための時間。

 

 そして残った時間でその他の趣味――つまりはギターの練習に取り組んでいるものだとばかり思っていた。

 

 かずさの家で練習していると聞いても、だ。もっとも、男女が同じ部屋でただ練習しているだけでは済まないと考えてもいたが、それはかずさのことを信じたいという願望も混じって排除することに決めていた。

 

 そんな予想を裏切るかのように、春希は実は1日6時間近くも練習に取り組んでいたのだことを拓未は知る。

 

 そこまでやってあの腕前だということにセンスがないにしても程があるとは思いつつも、拓未自身の過去から一つの予想を、見栄もあってさぞ正しい回答だとばかりにアドバイスする。

 

 

「そりゃあれだな。レベルアップ出来てねぇからだ」

 

「レベルアップ? それをするために練習しているんだろ」

 

「うーん、なんていうの? 昔のロープレの黎明期とかさ、経験値貯めたらレベルアップを自分で選択しなくちゃいけなかったってのもあったな。

 そういや、レベル神に祈ってレベルアップとかいうゲームも――」

 

 他ブランドの話題はやめろ!と武也の叫びが拓未の長ったらしくなりそうな説明を中断させる。

 

 慌てて我にかえる拓未。脳裏に先程まで、某不思議の国のタイトルになった少女が手を振っていた光景が浮かんでいたのだが、武也によってそれは霧散された。

 

 

「あ、あぁ。悪ぃ、飯塚。俺どうにかしてたみたいだ。

 つまりだな、上達に必要な練習は既に十分積んでいるんだが、お前はレベルアップするためのトリガーが引けてないんだよ」

 

「じゃあ、どうすればいいんだ」

 

「そりゃー、何かきっかけが無いことにはどうしようもねーな。俺にはわかんね」

 

 何なんだ。さっきまで勿体ぶって話を引き伸ばして、結局答えはわからない、だと?

 そんな剣呑な空気を醸し出す春希と武也。

 

 拓未はだってこればっかりはしょうがねぇんだと言い訳しつつ言葉を続けた。

 

「基本的に、かずさの指導は間違っちゃねぇと思うよ」

 

「た、拓未。本当?」

 

「あぁ……。だからそんな自分が至らないみたいなことは考える必要はないぞ、かずさ。

 だけどな、本人を前にして言っちゃアレだが、かずさは培った下地の結果かもしれないが、才能がある。今までの弾き方から考えるに天才肌だと思っている。

 そんなかずさだから、練習の先には上達があること以外、考えることは出来なかったと思うんだよなぁ」

 

「どういうことなの、練習したら上手くなる。それは当然でしょ。才能が無くても練習すれば少しずつ上達する。

 ……それが、選ばれるまでに間に合うかどうかは知らないけど……」

 

「……うん? いや、そうだな。それは当然だと思う。だけどな、俺ら凡人にはそこに至るまでにもう1つのステップが必要なんだよ。

 それがレベルアップのトリガー。きっかけってのが要るんだ」

 

 いまいち理解出来ていない3人、そりゃそうだよな。と思いながら実例を挙げてみる。

 

「例えばさ、あるところが上手く弾けなくて、練習にも疲れてちょっと休憩する。そして再び何となく弾いてみたら「アレ? 出来た?」ってそんな経験はあるかとおもうんだが」

 

「あー、それならあるかも。次の日に急に出来ていることがあるよな!」

 

 思い当たる節があるのか頷く春希に賛同する武也。ようやく話しの糸筋が掴めてきた事に拓未は安堵した。これで伝わらなかったらどうしようもなかったな、と。

 

「それは休んで他のことに取り掛かったっていうトリガーがあったから出来るようになった、と思ってくれ。

 あとはソロとか早弾きが出来なくてもう適当にいいやって脱力したら素直に弾けた、とかな。

 それらは練習しないともちろん成し得ることは出来ないが、練習以外で何かきっかけが必要となるんだ」

 

 合点がいったとばかりの表情を二人は作るも、かずさだけはピンと来てはいないようだ。

 だからこそ才能に恵まれているのだとは思うが――

 

 

「ま、そういうわけでな。春希や武也の答えってのを俺が出してやることは出来ないが。まぁ、きっかけになりそうなことを提案することは出来る」

 

「お、おう。例えば……」

 

 拓未は、「ん」と頷くとかずさにピアノで何か適当な音を4分でゆっくりと弾いてくれとリクエストする。

 

 あまり把握していないようだが、とりあえず弾けばいいんだね、とかずさは椅子に座ると無難な音を出そうと鍵盤を叩く。

 

 

「その1つが……これだ!!」

 

 

 1拍目、両手を握りながらその位置は肩の前まで持っていき両肘は左右に、肩が水平になるように広げる。腰は左に「くの字」に突き出す。

 ん。といいながら手の位置はそのまま、肘をおろしギュッと脇を締める。腰は直立に戻す。

 

 2拍目、先ほどと同じように肘を肩に水平に広げ、腰を左に突き出す。

 ん。といいながらまた脇を締めて腰を正す。

 

 3拍目、手は1拍目と同じだが今度は腰を右に突き出す。

 ん。という後は同じ動作。

 

 4拍目、これも3拍目と同じ。

 

 

 気持ち程度だが、拍とともに首をかしげるその動きは、女の子がやれば可愛らしいの一言だが、いかんせんやってる人間は、遺憾ながら可愛いと評価されることもあるが、男。しかもヤンキー。

 

 

「……プフッ!」

 

「そこぉ! 笑うなぁ! しっかり弾き続けろぉ!」

 

 あまりのキモさに笑いをせき止めることが出来ないかずさが噴き出す。それをリズムに合わせながらビシッと指を指して注意する拓未。

 笑いながらもリズムを崩さないかずさは流石だが、キモいと笑われながらもリズムに乗って怒る拓未もよっぽど流石だ。

 

 

「ほら! お前らも! 俺に続け!」

 

 えぇ、俺達にもそれを、しろと……?

 

 拓未が挙動不審な動作をし始めてから薄々と感づいていたが、やはりやらされるのか。春希達に軽い絶望感が襲った。

 

 

 

 

 

 なるべく右手――拓未達を見ないように首元に力を入れピアノを弾くかずさ。だがしかし、拓未の「こらぁ!」とか「腰を突き出せ!」とか、なぜか「笑顔を見せろ!」という声が聞こえるたびに思わず振り返ってしまい笑いが噴き出す。

 

 

「だ、ダメ……もう、あたし、無理!!!」

 

 笑いを抑えることが出来ず、遂にピアノを断念するかずさ。拓未達とは反対側を向いて手を口元に当てながらプップフフックッと笑い声なのか嗚咽なのかわからない音を漏らす。

 

「ふぅ。ま、こんな感じで”ウラ”を取る事を身体で覚えさせるのも1つのきっかけだな」

 

 そういって他には、と今度は右手を下げて「ウ、ウン!ウ、ウン!」という声と共に手をそのまま右肩を上下させる拓未。

 

 

――あ、あの浅倉が。あ、あの浅倉が。ウッウン!ウッウン!

 

 

 踊ったためか――おそらく羞恥心からだが息を切らしながら顔を赤くしていた春希達はそれを見て今度こそ噴き出した。

 

 

 

 

 

 頭を押さえる春希と武也。久しく受けたことのない、げんこつの痛みに笑いとは違う涙目を浮かべている。

 

 

「お前ら、親切に実演してやったのに、笑うとはいい根性じゃねぇか」

 

「いや、あんなことをしといてこの仕打ちってそりゃ酷いってもんだぞ……」

 

 頭をさすりながらあれを堪えるのはさすがに無理だと反論する武也。笑っちゃダメなシリーズじゃないんだからと付け加えもするが。

 

 

「まぁいい、お前らギターを手に取れ。実際に弾きながらさっきのリズムを思い出せ」

 

 その後も「口に出せ」とか「ウ、ウン!だ」とか「ウー、ウン!」だとか拓未とは思えないセリフを聞き、笑いを止められないかずさ。

 

 しかし意外にも、指導を受けている当の本人たちは既に笑うことをやめている。

 特に春希はウラを取りながら伸ばすというそれまで感覚を掴むことが出来なかった難題に解決の糸筋を見つけようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、浅倉。さっきは笑ってしまって済まなかったな。

 お陰で、何となくだが感覚が掴めてきたみたいだ」

 

 あまりに不意に、そして奇抜だった……というかキモかったばかりに笑ってしまったが中々どうしてか普段練習するよりも何倍もの効果が得られたような感じを春希には与えていた。それこそ口で呟くよりも遥かにわかりやすいと思わせるほどに。

 

 そんな様子をみて、結果は好感触だったみたいだと拓未は判断する。そして指導をしているうちに他の課題も見えてきた。しかしわかってしまえば後は簡単。伝える方法を考えるのみだ。

 

「おう。とりあえずあの感覚を忘れないようにして練習してみろ。常に頭のなかで拍を数えろよな」

 

 玄関で靴を履きながら帰る支度を整える春希達。時間は23時を迎えようとしている。女性の部屋にいていい時間ではない――もっとも、武也にとってはこれからが勝負と思わせる時間だったが。

 

 だが拓未は振り返るとかずさに向かってちょっと、二人で話したいことがあるが良いか? と尋ねた。

 

 

 

 

 春希と武也が帰った静けさを帯びた広い家。

 いつもならかずさ一人で過ごす夜の時間。リビングでごくごく近い距離で並び座る拓未とかずさ。

 

 

「なぁ、かずさ。お母さん、帰ってこないのか?」

 

「知ってるだろ……。あの人はウイーンに活動の拠点を移してるって」

 

「やっぱりそうか。……その、お前は一緒に暮らさないのか?」

 

「ッ……。

 あの人は……、母さんはあたしを捨てた。

 あたしは必要ないから――連れて行く意味が無いからって」

 

 ムキになって怒鳴ることも考えられた。というより知り合った当初のかずさだったらそうするだっただろうと拓未は判断していた。

 それでも、感情が昂ぶり涙目になりながらだが、必死に堪えながら話すかずさ。

 春希たちの出会いが4月の、自分と知り合った刃物のような鋭さをもったかずさを、こうまで和らげたのか。

 若干の嫉妬に似た感情を感じながら拓未はかずさに、思いを吐き出しても良いんだと。受け入れるぞという目で見つめる。

 それに、拓未にとって到底信じることの出来なかった独白の真偽を確かめたかったのもあった。

 

 

「あたしは、一緒に付いて行きたかった!でも、でも母さんはあたしをいらないって!

ピアノも食事も家事も、必要な人は全部至れり尽くせり手配してくれるけど。そんなの要らないから母さんと一緒にいたかった……。一緒にいたかったのに!」

 

 感情の決壊を迎え拓未に泣きつくかずさ。

 それを髪を撫でながらあやす拓未は、やはりかずさの言うことを信じられる気にはなれなかった。

 

 

 呆れる曜子。冷めた目で見る曜子。罵る曜子。煽る曜子。そういった激しい感情を見せる曜子。

 

 だけどその一方で、叱咤する曜子。見守るように見つめる曜子。そして、あやすように微笑む曜子に、よくやったと褒めてくれる曜子。

 

 

 中学の初めまで祖父母と九州で暮らし、その後は父親とこちらで過ごす拓未。

 

 たった一日だが自分に怒り、叱り、最後は自分を褒めてくれた曜子という先生は自分にとって生まれてこの方知らない”母親”のようなものを拓未は感じていた。

 

 だからこそ今でも強烈に印象が残っているし、憧れている冬馬曜子。

 

 

「母さんに認められないならピアノを続ける必要も無くなった。

あたしはレッスンを辞め。発つ前に言われるまま入学した、惰性で続けてた音楽科も辞めて。

ただこうしてお遊びでピアノを弾いてるだけなんだ……」

 

 いつのまに落ち着いたのか、かずさは頭を撫でられながら自嘲するように呟く。ますます母さんにとって興味のないあたしになってしまった、と。

 

 そんな悲しい顔を見せるかずさを拓未は認められない。そしてそんな母親としての曜子の態度を拓未は信じることなど出来ない。

 

 だから拓未は、かずさの両肩に手をやってかずさを見つめる。今見ている現実は、真実ではないと確かめるために。

 

 

 

「かずさ……。曜子さんの、電話番号を教えてくれ」

 

 

 

 




ちょっと急すぎる感。
今までの間に拓未の過去を挟めたかったのですがプロットと実際の執筆内容との乖離がここにきて出て来た。


そんなことより弥生ちゃんと卯月ちゃんが出ないのが私に焦りを感じさせるのですが。

大和? どうだっていいのだよ、そんなおっきい娘は。駆逐艦こそ至高。


追記 サブタイトルをEPISODE:13に変更


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EPISODE:13.5

一応、序盤の完結です。


 スゥ……スゥ……。

 

「ん……」

 

 カーテンから漏れた日が拓未の顔を照らす。例えカーテンの隙間から僅かにしか入ってこないそれだとしても、夏の日差しは強く、拓未は軽いうめきにも似た声をあげる。

 

 

 スゥ……スゥ……。

 

 小鳥のさえずりが耳に入ってくる。

 瞼が重い。しかし朝を告げるその鳴き声は再び眠りにつかせる事を許してはくれない。

 花を思わせるような、いい香りが拓未の意識を急速に覚醒させてゆく。

 

 

 スゥ……スゥ……。

 

 なぜか下半身が微妙に重い。

 そして首周りに圧迫感がある。しかし決して苦しいというわけではなく、温かく、柔らかい感触。

 うっすらと瞼を開け、視界に入った最初の光景は……。

 

 

「な、何でかずさがここで寝とっと?」

 

 目の前には静かに寝息を立てているかずさがいた。

 

 此方に来てから久しく使っていなかった言葉が思わず漏れる。

 

 

――やっちまった!? うそ!?

 

 状況を確認しようと自分のに手を当てようとするも先に触れるのはかずさの太もも。下半身に重さを感じた原因は片足を乗せられていることに気付いた。代わりに覗きこみたくても首に手を回されているせいで身動きが取れない。

 

 

――洒落になんねぇぞ、おい。

 

 バンド内で誰々と関係を――そんな沙汰を起こしては準ミスを笑うことなど出来やしない。自分が原因で崩壊することなど考えたくはない。

 

 つまり、今の状況を確認することは、これからのことを考えると死活問題であり、自分の沽券に関わる事である。

 

 かずさを起こさないように気をつけつつ空いているもう一方の手を回し自分のを確かめる。

 

 

――だ、大丈夫っぽい……?

 

 考えうる最悪の結末を回避出来そうな事に安堵を覚えるも、どうしてこのような事態になったのか……。

 

 

 確か……昨日は。

 

 曜子さんに電話をした後、さらに泣きじゃくるかずさをなだめていたはず。

 そして終電もとっくに過ぎて、タクシーを使って帰ろうとした自分を遅いから泊まっていけと引き止めたかずさ。

 

 さすがに豪華な――ベージュを加えた白色の本革ソファーで寝るのは忍びなく、来客用の布団を借りてリビングで寝てたはず。

 

 首を動かせる範囲であたりを見渡すがやはりどう見てもここはリビング。

 自室に戻ったはずのかずさが何故……。

 

 

「ん、んう……」

 

 寝息を立てていたかずさだが目覚めたのか軽く声をあげると瞼を開けていく。

 

 拓未を意識がはっきりしないまま見つめるかずさ。

 

 普段のクールさを感じさせない、とろんとした目で拓未を見ると……。

 はにかむような柔らかい――10人中10人が可愛いと断言していい笑みを顔に浮かべ、ただでさえ近いその距離を縮めようとする。

 まるで、おはようのキスをするような――

 

 

「ちょ! かずさ、待て!」

 

「……ぁ」

 

「……」

 

 接触するまでもうあと数センチ。重なろうとするかずさを止めたのは部員としては正しい選択だが男としては非常に惜しいことをしたような……。

 緊張しながらそんなことを拓未が考えていると完全に意識が確認したのだろう。

 超至近距離で、自分が仕出かしかけた事に気づいたかずさは口をパクパクと何度も動かして……。

 

 

「あぁ、うあああああああ!?」

 

「うぉああああ!!」

 

 超至近距離――ささやかれてもはっきりと聞こえる距離で放たれた悲鳴というよりは叫びといえるそれは、拓未の鼓膜を破りそうな程の音量で伝える。あまりのうるささに拓未も大声をあげるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん。寝ぼけて潜り込んでた……」

 

「いや、泊めてもらった俺が文句をいえる立場じゃねぇし」

 

 失態を謝りながらコーヒーを飲むかと尋ねるかずさ。

 

 畳んでおいたシャツに腕を伸ばしつつ、もう帰るから結構だと拓未は断りを入れる。

 

 

「かずさも、あまり気にするなよ? 何もなかったんだから」

 

「……あぁ、そうだね。そうするよ。

 拓未、今日は学校には来るんだろ?」

 

「だから、俺を登校拒否のように言うなっての。お前の前では一日しか前例ないだろ。

 とはいうものの、今日は午前中はパスする。昼から受けるよ」

 

 玄関で靴を履き「じゃあまたあとで、昼飯でも食おうぜ」と告げ、冬馬邸を後にする拓未。

 

 

「……昼飯?」

 

 確認するかのように口唇を人差し指で撫ぜつつ、拓未から聞き慣れないセリフを聞いたことに違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、もしもし。柴田さん……にしては遅いわね。……かずさ?』

 

 表示された番号を見て、電話の主を確認する曜子。

 

 時刻は17時。日本(現地)の時間でいえば深夜0時だ。

 訝しがる曜子。あの子が電話を掛けてくることは考えられない。ということはかずさに何かあって近所のお手伝い(柴田)さんが掛けてきたのか。

 

 しかし、そんな考えを他所に。曜子の耳に響く声は全く予想のしていなかった。男性のそれだった。

 

 

『曜子さん、お久しぶりです。……3年前にお世話になりました、浅倉拓未です』

 

『浅倉……アキくん? いや、拓未……アキくんの連れてきた子?』

 

『あ、アキくん……。そうです。浅倉晃弘の息子です』

 

 自分の親父が愛称で呼ばれていることに軽く頭痛を覚える拓未。しかしそんなのはまだ序の口だった。

 

 

『あー! 浅倉、拓未!

 ギターでシコシコ弾きながら慰めてた……悲ニーくんじゃない!』

 

『やーめーてー!!』

 

 3年前のあの日曜子に『自分の殻に閉じこもってグチグチと過去を引きずっている音――泣きながらギターで自慰してんじゃないわよ――腕前ばっかで全く聞くに堪えない情けない音』そう酷評されたことがさめざめと蘇る。

 

 思い出したくない過去。出来れば曜子さんとの美しい思い出だけで美化したかった。なのに当の本人からぶち破られる。

 

 

『ふぅん、あの時の悲ニー君か、随分落ち着いちゃって。

 あなた、結構頑張ってるみたいね。こないだの巡業、動画で見たわよ』

 

『え、知ってるんすか? っていうか俺のこと覚えてて……』

 

『私はね、教え子なんて貴方以外持ったことはないのよ。

 あなたが高校1年になった時からのTAKUMIってステージネーム、私は知っているんだから。

 昔とは見違えたわね。自分を自由に表現出来る。いい音出してたわ』

 

 嬉しかった。自分を覚えていることや、サポートで入っていたバンドが動画投稿サイトにアップロードした動画を見てくれていたこと。そして何より自分のことを教え子だと恩師が言ってくれたことが……。

 

 

『でも、かずさと付き合っていたとは思わなかったわ。

 関心しないわね。こんな時間まで家主がいない家で……私はまだおばあちゃんにはなりたくないわよ?』

 

『付き合ってねぇです!』

 

 感動はわずか5秒で壊される。あぁ、これが曜子さんだ。マイペース過ぎる。

 懐かしいやりとりにある種別の感動も沸き起こっていたが、それは疲れ混じりの感動だ。

 

 

『今日は、そのかずさとの事でお電話しました――』

 

 

 

 

 

 

 電車を使わず徒歩で学校とは真逆の方向に――つまりは朝帰り状態なわけだが、そんな拓未は昨夜のやりとりを思い出す。

 

 自分から難儀な課題を出してしまった。そもそも昨日はいろいろと出来事がありすぎた。

 

 

 ……柳原朋の襲来。

 

 

『――どうせあなたが所属しているだけで、私が何もせずとも同好会も小木曽雪菜も地に落ちるわ! 』

 

 あの言葉が心に重く響き渡る。

 

 そうだ。自分がいるだけで、それだけで悪評が立ってしまう。

 既に一度、楽器経験者の間で主にだが噂が広まった同好会事態はこの際どうでもいい。

 

 だが雪菜が加わった。彼女にまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 しかし抜ける訳にもいかない。それこそ最悪の結果学園祭に出演出来ず恥をかかせてしまうことになりかねない。

 

 だからこそ、出演して彼女を朋に勝たせなくていけない。

 

 それに春希のお願いの件もある。

 

 ならば、自分が推し進めようとする計画の交渉も上手くいくかもしれない。

 

 同好会は藤代達に。

 雪菜は朋に。

 そして拓未は曜子に。

 

 勝たなければいけない。

 

 

「しゃーねーよな。しばらくサポートの一時停止(開店休業状態)だな!」

 

――前より気軽にタバコ吸えねぇよなぁ。停学どころか次は退学だもんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーるーきー! 今日はエビフライだよぉーっ。

 はいっ、料金前払いー!」

 

「だぁ! くっつくな。腕を組むな! 押し当てるな!」

 

 昼休みを迎えた春希のもとに千晶が学食をタカリにやってくる。

 いや、千晶にとってはタカリではない。誰もが羨むその豊かな膨らみを春希に押し付け――所謂おさわりで定食の対価を支払っているのだから。

 

 またまたぁ、ホントはまんざらじゃないんでしょ? かわいいねぇ、むっつりだねぇ。と"やらしく"笑う千晶を連れた、同伴状態で廊下を歩く春希に、周囲の男子生徒は突き破る程の強い殺気を浴びせる――実際、胃に穴が空きそうではあるのだが。

 

 

「そんなことしても、俺は奢らないからな」

 

「えぇ、これじゃ満足出来ないの……?

 これ以上するんだったら。私、きつねうどんも食べたいな……」

 

「さらにタカる気かよ!?」

 

 定食も大盛りを食べるくせに、こいつの一日の消費カロリーは一体いくらなんだ……。そこなしの食欲に若干恐れをおののく春希。

 実際、千晶にとっては定食1つじゃ全然足りないのだ。

 彼女の演技に掛けるそのエネルギーは、まるで命の灯火を燃やし尽くさんとするぐらい情熱的に、激しく、オーラといってもいい程まばゆく発される。

 それが定食1つで賄えるなど、どだい無理な話。きつねうどんを追加した所でおやつ程にも値しないくらいだった。

 

 

「北原くんっ」

 

 周りにとってイチャラブ同然の雰囲気を醸し出してる春希達に声をかけるのは同じ同好会のメンバーである雪菜。

 彼女と一緒に依緒と武也が春希を待っていた。

 

 

「あれ、冬馬さんはいないの?」

 

「あ、あぁ……。冬馬なら授業が終わるなり先に学食に言ってると伝えて走っていったんだが」

 

 何か絶対食べたいものでもあったのだろうか。それにしても焦りすぎだったが……。

 甘いものに目がないといってもさすがに限度があるだろう。

 そう思わせるような勢いで飛び出していったかずさを不思議に思う春希。

 

 

「春希……、お前公衆の面前で何やってんだよ」

 

 そういうのは隠れてしないと身動き取れなくなるぞ。と筋の違うアドバイスをする武也。

 

 

「最近春希の武也化が進んでいるような気がするわ。

 ……春希、あんた種馬二世とか言われないようにしなさいよね」

 

「北原くんってさ……。やめろやめろっていう割には本気で嫌がってないよね?

 ううん……むしろ――」

 

「喜んでいる」

「鼻を伸ばしている」

 

 雪菜の確信めいた指摘の後半に被せてくる千晶。言葉は違うが同じような意味合いだけに余計に春希の心に刺さる。

 

 

「それそれ! 鼻を伸ばしている! 北原くん、ホントはやめてほしくないんだよね?

 周りの目も顧みずにさ。だったら……こうされても平気だよね」

 

 えいっと、千晶と腕を組んでいない反対側に周り、ぐいと春希の腕を抱きしめる雪菜。

 所謂”両手に花”状態の春希に降り注ぐ周りの視線は、既に殺気というようなもんじゃない。怨念といっていい程だ。

 

  無理もない。騙された男は数知れず。魔性の演劇部部長である大女優、千晶と2年連続ミス峰城大付属の雪菜を侍らかせればそうもなる。

 

 あまりの空気の変わり様に「俺らも真似しよっか、依緒」など軽口も叩けない武也。なまじ、依緒となら……と思っているだけに軽口の割には随分と本気が籠もる予定だったが……。

 

 そんな武也に気付く依緒

 

 

「するわけないでしょ、バーカ!」

 

 愛嬌混じりでベー!っと舌を出しかねない怒り顔を見せる依緒はとても魅力的で武也は思わず呆けて見続けてしまう。

 

 

「何も言ってないだろ、したかったのか?

 なんだ、腕を組みたいならそう言えば――ヒギィ!」

 

「馬鹿なことを言ってないで、さっさと歩く!」

 

「わ、わかったから腕をつねってひっぱらないで、ください……」

 

 腕を組むどころかつねられ引っ張られる武也。

 

 今日も賑やかな、終業式までちょうど一週間を迎えた、春希達の昼休みの光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、遅かったじゃないか……」

 

 定食の乗ったプレートを運びながらいつもの席にたどり着くとかずさが一人、いつもより気持ち少なめのデザート――メインなのにデザートを手にしながら春希達に文句をいう。

 

 

「いや、お前が早すぎただけだろ……。冬馬、席詰めてくれ」

 

「だ、だめだ。ここは、空けてるんだ」

 

「はぁ?」

 

「いいから、さっさと食べなよ。熱いうちのほうが美味しいだろ」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 いまいち要領を得ないかずさの言動を変に思いつつも席につく春希。

 

 春希と千晶の定食――ちあきにはきつねうどんもついてるが。それを見て雪菜は「ホントに今日はエビフライだったんだ……ひょっとして全部記憶しているの?」と千晶に問う。

 

 

「私はねー、学校じゃ部活の次に楽しみなのがお昼ごはんなのだよ。

 テストは全然わかんないけど、日替わりのパターンは暗記しきったよ!」

 

「瀬能さぁ、そういうこと自信満々に言わないで少しは勉強に向上心を持ってだな。そもそも――」

 

「よぉ、飯塚。飯、一緒にしてもいいか?」

 

「おぉ!浅倉、お前やっと来てくれ――え?」

 

 同好会に加入して以来、一度も一緒に昼食を取ることはなかった拓未。

 昨日でだいぶ打ち解けたのだろう。武也が朗らかな声で迎え入れようと、向かいに座る春希の後ろを見上げたが、お前誰だ?と言わんばかりの表情のまま固まった。

 

 拓未の声を聞いてすごい勢いで後ろを振り返ったかずさもその姿勢のまま固まっている。

 千晶は振り返らずにひっくり返るように背を反って見上げたままだ。

 依緒と雪菜は、二人とも同じように口をあんぐりと開けたまま時が止まっていた。

 

 どういうことだ?訝しげに春希も後ろを向くと。

 

 

 いつものだらしのない長髪――ロン毛ではなく。

 ここ数日見せていた部活時のトレードマークであるテールアップ……ですらなく。

 

 

 お世辞にも綺麗とはいえなかった脱色した髪色はアッシュを交えた焦茶色に。

 

 サイドに2ブロックを入れたショートレイヤーをWAXで無造作に持ち上げた、ある意味想像がつかないだけに不気味にすら思える好青年な――浅倉拓未が立っていた。

 

 

「あ、浅倉。お前……」

 

「いやー、登校した途端生徒指導(諏訪)に会って、そのまま職員室に連れ込まれて”職質”されちまった。

 北原に諭されたと答えてみたらアイツ、涙目混じりになってて、超ウケたぜ」

 

「い、いや浅倉。俺が言いたいのは春希との事じゃなく……」

 

「へへ、意外と似合うだろ。あ、だが伸びると飯塚と被るな……。

 とりあえず、これが俺の覚悟だ」

 

「拓未くん。ひょっとして昨日の事……。

 わたしのせい……?」

 

「――昨日のこと?」

 

 心配する雪菜の言葉に千晶が反応する。

 自分が部活に行っている間に同好会で何かが起った?

 雪菜のせいでトレードマークを捨てた?

 

 俄然興味が湧いてきたのか。うっすらとだが口元を歪めた千晶の表情は昨日の朋――獲物を定めた顔をわずかに浮かべる。

 

 

「いいや、雪菜が気にすることじゃない。同好会を成功させるためだ。

 まぁ、今からの話次第じゃその同好会から早くも脱退することになるんだが」

 

「拓未っ、どういうこと?」

 

 かずさを見つめる拓未、これから話しかける相手は武也なのだろうが、自分に挑戦状を叩きつけるような、挑発的な目を向けられている。かずさは何故だかそう思えた。

 

 

「飯塚……いや、部長。

 同好会で、このメンバーで、夏のHOTLIVEに参加してくれ」

 

「……は?HOTLIVEって、あの全国でやってるオーディションの?」

 

 HOTLIVE――複数の大手楽器店が共同で主催するライブ形式のオーディション。

 高校生や大学生などの若手に知名度は高く、特に関東ローカルでは全国大会が深夜の音楽番組で取り上げられる程人気がある。

 楽器屋に訪れたら誰しも一度はポスターでそれを目にする故に、特に音楽経験がない武也や春希でもよく知っているイベントだった。

 

 

「あぁ……御宿の広場で予選やってるのは知ってるだろ? そのHOTLIVEだ」

 

「広場って……あれ野外じゃないか。

 ちなみに、それっていつの話だ?」

 

「……1ヶ月後、8月11日だ」

 

「いっ、1ヶ月後!」

 

 どこか他人ごとのように聞いていた春希が具体的な日付を聞かされて思わず声を上げる。

 それはそうだろう。春希の腕前は、ライブに出るのはおろか、人前で披露することでさえ躊躇してしまうレベルだったのだから。

 

 

「浅倉、春希のことも考えて言ってるんだよな……?

 なんでまた急にそんなこと言いだしたんだ」

 

「俺はな、勝てない勝負はしたくないんだ。

 学園祭のライブではあいつらに負けるわけにはいかねぇ。

 だが、ぶっつけ本番でこのメンバーが成功させることが出来ると思えるほど、俺は楽天的ではない。

 かずさを除く他のメンバー、特に雪菜の度胸付けが主な理由だ。

 それに、ハコと違って参加料はあるがチケットノルマがないからな。」

 

「だからといっていきなりHOTLIVEか……。あれってデモテープ必要じゃなかったか?」

 

「そんなもん、俺が参加するって伝えたら審査なんてパスだよ。俺伊達にサポートで回ってねぇよ。顔広いんだぜ?」

 

「そ、そっか……」

 

 存外に、審査があるから無理って流れを期待していた春希が気落ちした声を発する。到底今の自分には出来っ子ないと思っているのに、最大の障壁である参加条件がクリアとなると現実味を帯びてきた。

 

「おい、春希。どうするよ」

 

「そ、それは……」

 

 武也に振られた春希はかずさを見る。なんといっても自分の師匠はかずさなのだ。彼女が断れば自分も諸手を上げてそれに賛同出来る。

 「俺には無理だ」などと情けなくて自分からは決して言い出せない。

 故に若干男らしくない、卑怯だとは思うが自分にとってはそれ以外に方法が無かった。

 

 

「わたしは良いよ」

 

 えっ。と一同は雪菜を見る。楽器の経験がないとは言えど、アレを聞いてなおその発言が出来るのか。っていうかどんだけ春希のギターが好きなんだ。そんなことを言外に含ませた視線を皆は隠そうとしない。

 しかし雪菜は平然と続けた。確信していると断言して。

 

 

「だって、拓未くんが問題ないと思ってるから話を切り出してきたんでしょう?

 だったら、わたしは信じるよ。拓未くんを、みんなを。

 自分が出来る事を――精一杯歌うだけだよ」

 

 

「小木曽」

「雪菜ちゃん」

 

 春希と武也の声が被る。

 

 

「あたしは……。正直、今までのあたしなら北原なら無理って言ってた。

 けど拓未、あんたが北原を出せるって思ってるのは、昨日の経験値の話が理由なの?」

 

「ああ。昨日話した、今までの経験値と今後の練習(調教)次第では、可能性は十分にある」

 

「そっか……。ならあたしは反対しないね。もともと自分の腕前には何も不安はないんだし」

 

 

――なるほどね、自分の弟子を仕上げてみせろって挑発だったわけだね。

 

 先ほどの意味ありげな目配せをそう解釈したかずさ。もっとも、拓未自身にも手伝わせるつもりなのでその挑発には十分勝算があると見込んでいる。

 

 

「女性陣は賛成してるぜ? 飯塚と北原(野郎共)はどうなんだ」

 

「ちなみに、断ったら?」

 

「俺は恥をかきたくないんでな、同好会の入部は無かったことに」

 

「受け入れるしかないじゃないか……」

 

「北原は?」

 

「……。

 やるよ。師匠が出来るというんだったら弟子は応えて見せないとな」

 

「よし、交渉成立だな。あらためて、よろしく頼むぜ。部長」

 

 

 そういって拓未は昨日に比べて気味が悪いほど清潔感のある笑顔で武也に握手を求める。

 ホントに春希のこと頼むぞ? といいながらそれに応える武也。

 

 春希の肩を叩く依緒。栄養ドリンクの差し入れぐらいはしてあげるよ。と、叩くその手は語っている。

 

 

「ねぇ冬馬さん。衣装どうしよう!白いフリルがついたのとかどうかな?」

 

「い、衣装? ……制服じゃダメなの?」

 

 

 昨日何かあったのは間違いない。それがきっかけで今後波乱がありそうだと誰に気付かれることなくほくそ笑む千晶。

 

 

 夏休みまで残り1週間を迎えたこの日、軽音楽同好会は本格的に活動を始めることになる。

 

 

 

 




少し急いで執筆したせいか、当初のプロットとのズレを戻すために、今までの投稿分を加筆修正しようと思います。
したがって次話の投稿はしばらくズレこむことに。

やっぱ大人は余裕が大事だよねー。

ちなみに、いわゆるカップリング的な部分はどうしようかと悩んでいたり。複数パターン用意してるんですがどれもなぁ……。


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EPISODE:14

中盤に入ります。
もうね、完全に別の話になってきて自分でも違和感を覚えますw




 場所は変わって放課後の第二音楽室。今日ここにいるメンバーは春希、武也、雪菜、かずさ、そして拓未の正規部員のみ、である。

 千晶は部活動に。依緒は同じく部活だが、後輩の面倒を見に。それぞれ体育館に向かっていた。

 

 

『この声が聞こえたら アクセスして欲しい――♪』

 

 教室に入り、蒸し暑い空気を入れ替えようと窓を開けて回る拓未と武也。かずさは目もくれずにピアノに向かう。

 そして……よほど部活動が本格的に活動するのが嬉しいのだろう。雪菜の身体は舞うように回りながらアカペラで歌い出す。

 

 

「”ACCESS”って……。どマイナーな上に”WHITE ALBUM”より古いじゃないか……」

 

「いいじゃない、北原くん。昔だろうとなんだろうと好きなもんは好きなんだよ?」

 

「まぁ、俺も小学校初め辺りの曲は結構印象に残ってるけどさ……

 それにしてもマイナーすぎるだろ」

 

「おーい、春希に雪菜ちゃん。選曲決めるぞー」

 

 ミスコン2連覇という偉業を果たす、傍目には抜群の可愛さを誇る雪菜。しかしその実態は懐メロ好きで趣味は温泉などという地味の一言に尽きる性格である。

 

 このバンドには、何か若さというのが足らなくないか? そう呟く春希。

 もっとも、森川由綺推しの彼が言うほど滑稽なこともないが……。

 

 そんな二人に武也から何してるんだと声がかかる。

 

 

「あぁ、悪い悪い。いまどきの10代の好む音楽傾向について考察していた」

 

「はぁ? まぁそれはいいから。一ヶ月を切ろうとしているんだ。曲について決めようぜ」

 

 

 

 

 

「そうだなぁ、まず条件だが。HOTLIVEはライブといえどオーディション形式。3曲が限度だ」

 

「3曲~?そんなのあっという間に終わっちゃうよ」

 

「そりゃ、小木曽は一度に5曲入れるような子だもんな……」

 

「ははっ、北原も犠牲になったのか? アレは普通に顰蹙買うよな」

 

 3曲、転換込みで20分。それが自分達に与えられた時間である。当然準備がスムーズに済めばその分曲数を稼ぐことは出来るが、どう考えても3曲が限度である。

 

 そう告げた拓未に非難をあげる雪菜。彼女にとって3曲などゲームで言えば1ターンにも満たないのだ。

 あの”勝負”の日を思い出す春希。かずさがただ、1曲を入れるのにどんなに全力を注いだか……。思い出して苦笑しか出てこなかった。

 

 

「そう、3曲だ。そして都内、特に御宿の野外だからな。激しいコアやメタルといったジャンルは敬遠される。

 夏のクソ暑い時期に、激しい曲を入れることが出来ない。夏のHOTLIVE予選は結構条件が厳しいんだ」

 

「なるほど、つまり俺達は比較的ポップな曲を中心に揃えるしかないわけだな」

 

「そうだ、飯塚。付け加えるなら、入場料は無料。音楽ファンだけでなく一般の人だって見に来る。ベストなのはポップで、かつ有名な曲だな」

 

 いろいろ条件がきつく、選曲範囲が狭まられることに、難しい顔を作る武也。彼は意外にも結構激しい曲調というのを好むのだ。もちろん、女の子とカラオケに行くときは砂糖を口から吐くような甘い歌を囁くのが得意ではあるが……。

 

 そうした武也と拓未のやりとりを――いや、拓未をじっと見続けるかずさ。

 

 

「おい、かずさ。どうした」

 

「――い、いや! なんでもない!」

 

 あたしに気にせず、続けてくれ。と反対方向を向きながら慌ててそう告げるかずさ。

 昼休みもそうだったが、今朝からかずさは変だ。一体何があったんだろうか。疑問を感じながらも拓未は選曲の話を続けることとする。

 

 

「――まぁ。そういうわけなんだが皆、何かいい曲あるか?」

 

「曲ならさ、もう1曲は決まったようなもんじゃない?

 私達が、知りあうきっかけになった――」

 

「”WHITE ALBUM”か」

 

 雪菜の言葉に、反応する春希とかずさ。

 

 きっかけは初夏に、春希が弾いていた”WHITE ALBUM”に重なるように合わせたかずさ。

 そしてその二人の演奏に合わせて雪菜が歌うことで集まったこのメンバー。

 

 軽音楽同好会、特にこの三人には思い入れのある曲と言っていいくらいだった。

 

「ね、これ以外は考えられないよね! それに今練習しているのもこの曲だし!」

 

「そうだよなぁ」

 

「ま、そうなる予感はしていたけどね」

 

「……ダメだ」

 

「えっ?」

 

 1曲目は”WHITE ALBUM”に決まり!――そんな空気を打ち破るかのようにあり得ない、と否定する拓未。

 そんな拓未に、どうして。拓未くんだって好きだって言ってたじゃない!と割と本気で怒る雪菜。

 

「だってさ。8月だぜ? 夏だぜ? 夏といったらT○BEっていうくらい暑いんだぞ。

 そんな中に冬のド定番の曲を歌ってみろ。それこそジングルベルって口ずさむくらい場違いだって」

 

「まぁ、当然だろうなぁ……」

 

 拓未に同意する武也。武也としても真夏に真冬の歌は出来る事なら避けたかった。

 真冬に半袖で真夏の曲を熱唱するくらいには嫌だった。そんなもの某元テニスプレイヤーくらいしか似合う人いないじゃないか。

 武也は完全に思考がそれているが、冬だろうが夏だろうが暑苦しいあの姿で演奏しているのを想像など、到底思いつきたくもなかった。

 

 

「じゃあ何が良いっていうの? 拓未くん。言っとくけど、わたしを満足させるのは厳しいよ」

 

「お前何で上から目線……。まぁまぁ、お前の好きな懐メロも考えようぜ。だから、な?機嫌直せよ」

 

 

 ぶーぶー、と文句をいう雪菜。結局歌なら何でもいいんだろ、ヒトカラだと思えよ。という拓未にヒトカラって言わないでよ!と反論する。

 

 そんな二人のやりとりをみながらかずさは先程のアカペラを思い出す。この構成なら……いけるかな、と。

 

 

「小木曽、拓未。あのさ……さっきの”ACCESS”の繋がりでさ、”Feeling Heart”はどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「おいおい、春希。まだ落ち込んでいるのかよ」

 

「だって、本来ならレギュラーの武也のポジションだろ。なんで補欠の俺が……」

 

「しょうがないだろ。あの顔を見せられちゃ。俺も譲るしか無いと思ったよ」

 

「それに、北原。ボーカルのモチベーションってのはバンドにおいては大切なファクターだよ」

 

 放課後、岩津町で降りた春希、武也、かずさの3人。向かう先はもちろん――冬馬邸である。

 

 しかしその春希の足取りは重い。4ヶ月は先だと思っていた本番が一気に1ヶ月後にまで迫り、なおかつ自身の担当するパートが伴奏を中心としたサイドギターだと思っていたのが……。

 

 

 

 

 

『飯塚には悪いが、北原。俺はお前にはリードギターをやってもらいたいと思うんだが』

 

『リードギター?』

 

『伴奏を中心としたリズム隊の1員として数えてもいいサイドギターとは違って、バンドの前面にギターの音を出す、ソロも演るパート。それがリードギターだな』

 

『え、俺が!? そういうのは武也じゃないのか』

 

 ”WHITE ALBUM”は含まない、全く新規の曲を3つも覚えなくてはいけない。その大変さを感じていた春希にさらなるプレッシャーが拓未から与えられる。

 

『俺も最初はそう思っていたさ。

 まぁでも、お前よりリズム感に長けている飯塚がサイドギターするなら安定するだろ。

 ……それに。お前、アレを見て断れるか?』

 

 アレ――顎でその先を指すのは、かずさにボーカルパートについて説明を受けている雪菜だ。北原のギターで歌いたいって言ってたぞ。その拓未の言葉が聞こえたのか雪菜がこちらを向く。

 

 

『北原くんなら大丈夫だよね? わたし、楽しみにしてるね』

 

 そういってにこりと微笑む雪菜。男子生徒が羨む――伝説になりつつある学園アイドルが自分だけに向ける笑顔に、先程まで無理だ武也の方がいいと言い張っていた春希も陥落するしかなかった。

 

 

 

 

「大丈夫だ、北原。あたしも拓未も、部長もお前を鍛えてやるから。

 お前は安心してひたすら練習しておけばいいんだ」

 

 ま、起きてから寝るまでギター漬けの毎日になるだろうけどね。そういってクツクツと笑うかずさ。

 自分を大丈夫と言ってくれるかずさを春希はありがたいとは思ったが、それを実現するための日々を思うと気が重くなる。

 しかし、やるしかないのだ。決まった以上、最後になって出来ませんでした、では許されない。

 

 

「んで、その浅倉は何時になったら来るって?」

 

「あぁ、瀬能に小木曽を稽古つけてもらうって言ってたから、もう3時間くらい後かなぁ」

 

「雪菜ちゃんねぇ。さすがの問題児も学園のアイドルには弱いよな。あいつ、去年から雪菜ちゃんと仲が良いんだろ? もしかして付き合っている、とかな」

 

 

――っ……。

 

「まさか、それならもっと小木曽に黒い噂が流てもおかしくないだろ」

 

「ははっそうだよな。ってか春希、やっぱりお前浅倉に対して容赦ねぇな……」

 

 軽口を叩く春希と武也。横に並んでいたはずなのに、いつのまにかその後ろを歩くかずさは微かに唇を噛み締め険しい顔を作る。

 どうした? と尋ねる春希になんでもないと答えるが、先程までの軽口に合わせるようなセリフを考えるのはかずさには無理だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀬能さん、ごめんね。付き合ってもらって」

 

「おまたせー。小木曽さん。拓未、あたしお腹へってるんだけど?」

 

「ほらクリームパンとミルクティー。とりあえずこれで我慢してくれ」

 

「これだけかぁ……。まぁいっか。ありがとね」

 

 夕暮れを迎え次々と部活動が練習を終えていく中。屋上で千晶を待っていた拓未と雪菜。

 夏休みを目前に迎える真夏だが、日差しが弱くなればここ、屋上は風が適度に吹いて心地の良い場所だった。

 

 瀬能が来るまで拓未が演奏する、借りてきたアコースティックギターで新たな課題曲3曲を練習していた雪菜。

 そんな二人のもとに演劇部の練習を終えた千晶がやってきた。

 

 

「ふーん……。”Feeling Heart”に”Routes”それに”夢想歌”かぁ……。

 割と、ノリのいい曲を集めたね?」

 

「あまり激しく出来ないけど、夏の野外だからな。少しでもノリがいいのを取らなくちゃいけなかったんでな」

 

「なるほどねぇ。最初の2つは結構、高いキーでの伸びを要求されるよね。そこらの発声を中心に、かなぁ」

 

「よろしくお願いします。瀬能さん!」

 

 事も無げに素早くクリームパンを平らげた千晶。「まだあるでしょ」と催促され拓未は隠していた自分用のメロンパンを苦々しげに差し出す。

 そのメロンパンを咥えながら課題曲を聞いた千晶は今回のポイントをさらりと挙げる。

 

 音楽をやっているならピアノであれバンドであれ、歌い手と関わる機会はある。

 拓未もかずさも、音に合わせて歌うだけのアドバイスなら雪菜には出来る。

 しかし、”声を届ける”それに関しては千晶以上に的確なアドバイスを出来る人間は少ない。

 

 それが今日、千晶を待っている理由だった。

 

 

「――それじゃ小木曽さん、こないだのおさらいからしよっか!

 

 

 

 

 

 

「なぁ、千晶。お前こないだ北原にご熱心だって言ってたよな。アレ、どうしてか聞いてもいいか?」

 

「なーに、拓未。もしかしてまだ私の事狙ってるぅ?」

 

「狙ってきたのはお前だろ……。それに途中で逃げられるのはもう嫌だからな」

 

 屋上の、フェンスの近くで校庭に向けて発声練習をしている雪菜から少し離れた所で紫煙を燻らせながら千晶に尋ねる拓未。今度見つかれば退学ものではあるが……。

 

 その拓未の風上で雪菜を見ながら千晶は先程の問いに少しだけ逡巡するような仕草を見せるも、言葉を紡ぎだした。

 

 

「私がさ、他人に接近する理由は知ってるでしょ?

 自分の役の糧になるように、少しでも吸収したいから近づくってこと」

 

「あぁ、俺んときもそうだっただろ。最初から気付いていたさ。何せ住む世界が違いすぎる」

 

「知ってて食べようとするんだからタチが悪いね、拓未も。

 ……で、春希だけど。私が見た時は詞を作っていたんだよ。作詞。同好会に入った理由なんだってさ。

 真面目な人間だけど何かを伝えたい。そう考えて詞を書くのは、まぁそんなに不思議な話じゃないんだけどね」

 

 けどね、と千晶は言葉を続ける。

 

 

「そんな作詞に集中している春希は、一見普通の顔を装っているんだけど、時折、ほんの瞬間だけ本当の顔を見せたんだ。

 なんていうのかな、思いつめたような、真面目故に強迫観念に駆られたような顔。

 お節介で有名な優等生『いいんちょ』くんが見せる、危うさを持った一面。そこが今回のポイントかなぁ」

 

 6月のあの日、学食のテーブルで見かけた時の春希について話す千晶。

 潜在的に秘めた危うい表情を見ぬいた千晶。それが今後どんな波乱を起こすのか、それが気になると告げる。

 

 

「強迫観念、か。作詞をするってことは……まぁ恋だろうなぁ。

 案外、初恋なのかもしれねぇな。辛いことにならなければいいが……。

 あまり北原をいじめてやるなよ? あと初めてを捨てたければ俺に言えよ」

 

「やだよ、だってもう拓未すっかり丸くなっちゃってさ。全然興味わかないもん」

 

「丸くなったァ? ……まぁ去年からに比べりゃ確かに問題行動は起こしてないが、そこまでいうほどか?」

 

「あんたのその髪型がすべてを表してるよ。逆に考えると、そう決意させるほどのことが今起こっている。それはそれで興味が沸くんだけどね」

 

「ホント、お前性格悪いよな」

 

「拓未くん、何話してるの?」

 

「うおっ、雪菜。いつの間に!」

 

「あぁ小木曽さん。拓未は私のことを性格悪いって言うけど、私はあんたのセンスのほうが悪いんだって話してたんだよ」

 

 突如、口を挟んだ雪菜に驚く拓未。どこまで聞かれていただろうか。そう焦っている中で平然と切り返す千晶はやはり役者なのだろう。

 全く隙を見せつけないその態度に拓未は感嘆した。

 雪菜にはドロドロした人間の醜い部分などは見せたくない。いつも明るく人を信じる雪菜でいて欲しい。

 エゴだとは感じつつも先ほどの春希の云々を知られては欲しくなかった。

 それを回避してくれた千晶に感謝を感じる。

 

 

「あーあの髪型? 確かにライブだったらカッコイイかもしれないんだけど。さすがにねぇ。

 ……って拓未くん、またタバコ吸った!? 匂うんだけど。

 お父さんに言いつけるよ?」

 

「お父さんって、親父のこと? 晋さんだけは勘弁してくれよ。親父より怖いんだから」

 

 晋の、あの淡々と正論でする説教は拓未にとって父親の怒りより苦手だった。なんせ正論すぎて反論出来ない。胸ポケットにうっかりタバコを入れたまま訪問して没収、そして怒られることが何回あったか。

 それはもう嫌だと雪菜に嘆願する。結果、拓未は校内では二度と吸わないと約束させられるハメになった。

 

 学園でも有名なミス峰城大付属に説教される、教師も手を焼かされる問題児。

 その光景に千晶は、やはり軽音楽同好会に――春希に、拓未を接近させたのは正解かな。と今後何を見せてくれるのかと意地悪げな期待をしていた。

 

 

 

 

 

 

 




ルート、定めました。
当初とはちょっと違う方向ですが、敢えて受け入れて進めます。

合わせて初期の投稿分を改修していくので、若干新規の更新ペースは落ちます。



追伸:艦これを初めて5ヶ月目にしてやっとレアでもなんでもない白露ちゃんが来てくれました。ワキ見せがたまりません。


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EPISODE:15

改訂よりもこっちが先に進んでしまう。



「小木曽、せっかくの休みなのに付き合ってもらってありがとうな」

 

 メンバーの誰も持っていなかった音源”Feeling Heart”

 地元のレンタルCDショップで探すも生憎在庫が無く、御宿まで出掛けたところ。とあるショップで旧譜として格安で販売されていた中古品を見つけた土曜日。

 自分には必要のないモノなのに探すことに付き合ってくれた雪菜に春希は礼を述べた。

 

 

「ううん、わたしもきちんとした曲は持っていたほうがいいかなって思ってたし。

 動画投稿サイトの曲だとライブ版だったり、妙に劣化してたりするからね。やっぱりCDのほうがいいよ」

 

 気にしないでいいと伝える雪菜。

 拓未とかずさは曲を持ってなくてもそこらで流れているのを聴けばわかる。と言って付き合ってくれなかった。

 武也も春希と同じくCDを手に入れる必要があったのだが、今日はデートの予定があると言って春希に一任した。部長なのに。

 雪菜も歌うだけならネットで聞くだけでわかるだろうに付き合ってくれている。その優しさに改めて春希は感謝した。

 

 

「あー、やっぱり店内は涼しいよね。御宿のヤックなんて久しぶり」

 

「小木曽も? 行くとしても大体が南末次のグッディーズにヤックだもんな」

 

「そうそう。でも同じ都内でも離れているせいか御宿と南末次じゃ全然雰囲気違うよね」

 

「服装もおしゃれな格好をしている人が多いよな。三つ編みに厚いフレームの子なんかいやしない」

 

「もぉ! アレは変装なんだって!」

 

 歩きまわって疲れたのと昼時ということもあって近くのヤクドナルドに入る。

 案の定、休日のヤックは客で溢れごった返しているが運良く空きテーブルを見つけた二人はそれぞれのトレーを持って席につく。

 

 あぁ、涼しいといってノースリーブのブラウスをパタつかせる雪菜。無防備すぎるその姿にどぎまぎしながらも隠す為にあえて春希は軽口を叩く。

 それにうまくのってくれる雪菜。大丈夫、バレていないようだ。

 

 

「変装っていえば。北原くんってさ、去年のあの時、どうして黙ってくれてたの? 

 自分で言うのもおかしいけど、わたしがアルバイトしてるっていうのは男子には美味しい情報だと思うんだけど。

 ……最悪のパターンで、それをネタにいろいろ無理難題ふっかけられるのかなとか思ってたんだよ?」

 

「あぁ、あのバイトの子と小木曽が一致して思わず叫んでしまった日の事?

 別に大した理由なんてないよ。

 学園のアイドルのお嬢様だって実はこんなに苦労してるんだなぁって思って――てなんだよ無理難題って」

 

 ネタで脅すって、俺は何処のエロゲーの主人公だよ。と春希は嘆息する。いや、実際その手のカテゴリの主人公であることは間違いないのだが本人が気付くはずもない。

 

 顔をしかめた春希に覗き込むようにやや顔を寄せる雪菜。

 上目遣い気味なその角度が春希の鼓動を早くする。

 かずさに惚れているとはいえ、彼も男。学園のアイドルが誰もが羨む距離で自分を見てる。

 この状況でドキドキしないほうがおかしい。

 

 

「ふぅん……やっぱり、優しいんだね、北原くんは。

 私を見つけた二人とも優しい人でよかった。

 あ、でも北原くんはムッツリだからやっぱり怖いかなぁ」

 

「ムッツリって、瀬能のことか!

 アレは仕方がないだろ。あんな事されて、普通ならどういう態度取ればいいんだよ」

 

「あはは、鼻の下伸びすぎだったよねー。

 どんな態度って言われても、わたしは男の子じゃないからわかんないし。

 ……あ、でも拓未くんなら堂々と、もっと身体を寄せさせるくらいするかも?」

 

 どっちかというと飯塚くんも鼻の下伸ばしそうだよね。そう言ってケラケラと笑う雪菜。

 浅倉に抱きつく女。それこそ軽音楽同好会とその友人の女性しか考えられない。

 どうして雪菜がそういう発想に至るのか。

 

 

「小木曽はさ、その時くらいから浅倉と――」

 

「あ、待って。メール……拓未くんから。あれ、今御宿にいるんだって

 ね、北原くん。拓未くんと冬馬さん近くにいるっていうからさ、ココで合流しない?」

 

「あ、あぁ。そうだね。じゃあもう少しここで待ってようか」

 

――浅倉が、冬馬と……一緒に?

 

 昨日拓未は用事があるとだけ言っていた。

 かずさは暑い、だるい、引き篭もりたい。と自宅警備を宣言していた。

 

 何故、二人が御宿に――

 

 

「北原くん? 北原くーん」

 

「――小木曽? うわっ、頬をつねるのはもうやめろって!」

 

「どうしたの? ボーっとして。それよりさっき何か言い掛けなかった?」

 

 ちぇっ、と残念そうな笑みを残しながら右手――妙にニギニギと親指と人差し指でつまむ仕草をしながら、つねろうとするのを諦める雪菜。

 先日の昼食時のあまりの痛さを思い出した春希は回避出来たことにホッと胸を撫でる。

 

 

「いや、小木曽って。去年から浅倉と仲がいいだろ。

 お世辞にも評判が良い奴じゃない浅倉と、どうしてそんなに仲良く出来ているのかなって」

 

「うーん……実際は意外と拓未くんも、北原くんとみたいに優しいから。かな

 高校で初めて出来た、本当の私を見てくれるお友達、だったし。

 あと。結構、私のことを一番に考えていてくれていた……ところとか」

 

 そう言いながら微笑む雪菜。

 だがそれとは裏腹に言葉に含まれる感情は、やや悲しげだったのは春希の気のせいだろうか。

 春希には雪菜の微笑みが、まるで昔のことだと言っているように思えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしは、家で怠惰を満喫したかったんだ……」

 

「相変わらず不健康だなお前……。楽器屋に寄るのも久しぶりだろ?」

 

 近年定着していた”NEET”の呼称が拓未の脳裏をチラつく。

 コイツは、進学出来るのか? 出来ないだろうな。ともすれば真のNEETになれるのではないか。

 誰もが夢見る境地に一番近い彼女、かずさをたまには楽器屋デートしようと無理やり連れ出してやってきたココ、御宿の○村楽器。

 

 ウダウダと文句を言っていたかずさだが、やはり楽器が好きなんだろう。先程までの隠さずにいた怠そうな態度を一変させる。

 

 

「あ、このメーカーの電子ピアノ。新しくなってる。

 うん、結構鍵盤が重くなってるな。

 ……ねぇ、拓未。ちょっと連弾しようよ」

 

「へぇ、感触が随分と本物っぽい。最近だとアップライトピアノより電子ピアノのほうが良いんじゃないか?

 連弾か、良いぜ。蒸し暑いから吹き飛ばすようなキーが良いな」

 

「じゃあKey=D(ニ長調)で、140くらいのテンポで」

 

「悪くないな。じゃあ右に詰めろよ。俺がセコンドやるから。かずさはプリモで」

 

 スタッカート気味に間隔を空け、跳ねるように低音部を弾き始める拓未。

 それに合わせてかずさ高音部を奏でる。

 Dのキーはやはり明るい曲が多い。自然とアレグロ気味に弾む鍵盤。

 

 

「拓未、それじゃまるで”SOUND OF DESTINY”じゃない。

 アドリブするんじゃなかったの?」

 

「あれ。いやお前がそういう風に持っていったんだろ。

 第一、俺は由綺派。お前が理奈派だろ?」

 

「ふん。緒方理奈の素晴らしさがわからないなんて、損しているな」

 

「おいおい、これじゃホントに”SOUND OF DESTINY”のメロディ――」

 

 楽器屋で男女で連弾――しかもお世辞抜きに上手いそれを決して他人に披露するつもりはなく、本人たちで楽しもうと盛り上がる二人。

 最初は二人の周りに人だかりが出来て「すごい」とか「上手い」とか「綺麗な子」とか辺りは騒いでいたが。

 段々とその仲の良い雰囲気に当てられて嫉妬のような殺気のような視線に変わっていった。

 

 

「――あー、お客さん? あんまり店内でイチャつかれては周りのご迷惑になるのですが?」

 

「あぁ? てめぇ客に文句を――って、あれ?」

 

 幾分冗談めかした、大袈裟な態度で注意をしてきた店員に食って掛かろうとした拓未。しかし見知った顔であるとわかると怒気を霧散させる。

 注意をしてきた店員。それはサポートとしてツアーについていったバンド。

 そのバンドの正規ギター、つまりそのバンドでの拓未の相方だった。

 

 

「ほらよ、これが参加の申請用紙。バンド名と人数。それとやる楽曲。オリジナルかコピーのチェック欄。それに気をつけてな」

 

 昨日、武也達と相談して決めたバンド名「峰城大付属高校軽音楽同好会」

 何のひねりもないつまらないその名前だが奇をてらうよりインパクトがあってわかりやすいだろうと全員賛成のもと、決まったそれをバンド名欄に書き込む。

 

 

「しっかし、いきなりサポート業辞めるって聞いてこっちは大慌てだったんだぜ?

 それが当の本人がいきなり現れては随分とまぁ髪型変えちまって。お陰で最初は拓未なんてさっぱりわかんなかったよ」

 

「すんません、上田さん。ちょっと下手くそなギターの面倒を見るために集中したくて」

 

「あぁ? そんな言い訳は要らねーよ。

 隣のめちゃめちゃ美人の彼女とイチャイチャしたくて休業宣言したんだろ。

 お前も一端の高校生なんだなぁ。音楽よりも学園生活を取るかァ」

 

「か、彼女!?」

 

 あ、バレました?そうなんですよ。と何でもないように返す拓未に、お前にはチケット3倍で売りつけると軽口で返す店員(上田)

 一方のかずさは彼女発言に顔を赤くさせながら口をパクパクと動かすことしか出来ない。

 

 

「ほい、確かに受け取ったよ。当日は俺もスタッフとして設営に回るから見させてもらうぜ?」

 

「あざっす――ガキの演奏ですよ。それなりに生暖かい目で見てやって下さい」

 

 ほら、いくぞ。とかずさに促す拓未。上田に挨拶し、店を出ようとする拓未にあわててかずさは追いつこうと駆け寄った。

 

 

「うはぁ……。やっぱ暑ぃな外は。

 あ、雪菜からメールが着てる」

 

「拓未。か、彼女だなんて肯定して、あんた一体どういうつもり」

 

「あー? あんなん社交辞令だって。お前のことを褒めてたんだよ。めちゃめちゃ美人って言ってたろ」

 

「なっ……。ふん、やっぱり見かけどおり随分とチャラいんだな。拓未は」

 

「いや、見かけを言われると否定しようがねぇが。それでもそれは前の髪型の話だろ……。

 そんなことより、北原と雪菜、御宿に来てるんだってよ。ヤクドナルドで落ち合おうぜ」

 

 特段の変化も見せず軽くあしらう拓未。

 やはり自分では彼の一番にはなれないのだろうか。

 

 そんな感情がかずさを襲うも「早く涼しいところに行きたい。ぼさっとしないで歩く!」とかずさは自分を押し殺して努めて明るく振る舞うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうして俺達はココにいるんだ。浅倉」

 

「どうしてかって、これから雪菜と付き合っていくんなら小木曽家とも仲良くしねーとな」

 

「うわぁ、拓未さん。一緒にバンドやるとは聞いてたけど……その髪、どうしたの?」

 

「孝宏、前よりマシだけど似合ってないだなんて、拓未くんに失礼でしょ」

 

「いや姉ちゃん、誰もそんなボロクソに言ってないし……」

 

 以前、食事をしようと連れられてやってきた小木曽家。

 1週間と短い期間でまた訪れることになったこの家だが、妙に密度の濃い毎日を送っていたせいか、随分と久しぶりな気がする。と春希は多忙だったここ1週間を思い出していた。

 

 お茶を淹れるから部屋で待ってて、という雪菜に従い彼女の部屋に入る。

 かずさの家と違い、女の子らしい部屋。春希は勿論、なぜかかずさまで居心地悪そうにしているのを他所に拓未はさっさと座れと気楽に催促する。

 

 

「小木曽家はな、極道の方達よりも仁義を気にする家なんだ。筋は通さねぇとな」

 

 本人がいないからと勝手なことをいう拓未。だが実際あながち外れていない分、説得力がある。

 

 

「あたしは……こんなドラマみたいな画に書いたような家族は苦手だ」

 

「俺も、家族ってのがわからないから。居心地は悪いかな」

 

「え……。北原くん、迷惑掛けちゃった。かな」

 

 タイミング悪く、お茶を持ってきた雪菜に話を聞かれてしまう春希。

 違う、小木曽を責めているわけじゃない……自分が異質なのだと念頭において、春希は言い訳じみた説明を始める。

 

 

「いや、そんなことはないよ……。

 ただウチは離婚して、母親とはもうずっと無関心を決め込んでいるから……」

 

 小学校の頃別れた両親。母親に引き取られ、彼女は仕事に打ち込み。自分は強く生きようと頑張ったが、結果はお互いのことが理解できないし、今更しようとは思わない。そんな戸籍上だけの関係に至ってしまっている。

 父親が名家の出で、そのお陰で養育費に困ることないのも相まって、こうやって私立に通えるから文句がいえる訳じゃないけど……。

 

 

――バカヤロウ。男が暗い雰囲気作ってどうするんだよ!

 

 しんみりと自分の生い立ちを語る春希を心のなかで詰りつつ、慌ててフォローに入ろうとする拓未。

 

 

「い、いやまぁ家庭ってそれぞれだし?

 テレビドラマみたいな家族が身近に見れるってのは中々ないことだぜ?

 おかげで雪菜はこんないい子に育ったんだしな!」

 

「拓未は、拓未は家のこと、嫌いじゃないのか?」

 

 かずさが、伺うような訪ね方で拓未に問う。まるでお前は私達の境遇の味方だよな、と。

 しかしその答えは彼女にとって裏切りのような形で返される事となる。

 

 

「いや、俺は家族のこと。親父のことは大切に思ってるよ」

 

「そ、そんな。あんた前に昔は祖父母のところで暮らしていたって言ってたじゃないか。

 普通、捨てられたとか思わないのか?」

 

「冬馬さん……」

 

 かずさのその問いに雪菜は言葉が詰まる。

 自分の家庭が普通だと思っていた。春希やかずさのような家庭は想像が付かなかった自分。

 二人に悪い印象を与えてしまったかな。

 拓未くんは片親だけどなんでもないように言ってたけど、本当は冬馬さんたちと同じように……。

 

 

「あぁ、昔は思ってたよ。っていっても主に小学生時代だが……。

 少なからずとも最後までそういった感情が引っ張っていたのは中3くらいまでかな。

 家すらも追い出されるのなら話は別だが。

 別に捨てられたくないとか、認められたいとか躍起になる必要はないんだよ。

 どんな親でも、子供は子供。どんな子供でも親は親。そう思うようになったら一気に関係は変わったよ」

 

 だから、と拓未は続ける。

 

 

「だからかずさも……そして北原も。そう思える日はきっと来る。それがいつかはわかんねーけどな。

 それに雪菜は今後、きっつーい反抗期がやってくるかもしれねーしな!」

 

 そうなった時の雪菜の父ちゃん、きっと見ものだろうなーと無理やり明るく務める拓未。

 

 

「ほら、話をしていたら晋さん、帰ってきたようだ。下に降りようぜ!」

 

 雪菜が淹れてくれた茶を飲むと、拓未は立ち上がって「謁見の時間だ」と二人を急かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋菜さん。今度御宿インテグラルのカフェにでも出掛けません?

 たまには主婦としての自分を忘れて息抜きしましょう」

 

「やだわ、こんなところ、主人に見られたら」

 

「大丈夫ですって。ただの息抜きです。何も悪く思うことなんて――へぶっ!」

 

「だから私を見るなりこれみよがしに妻を口説くんじゃない、浅倉くん」

 

 階段を降りて小木曽家の主、晋を一瞥すると拓未は雪菜の母、秋菜をナンパし始める。

 もちろんそれをわかった上で”いけない不倫ごっこ”に興じる秋菜だが……。

 わかっちゃいるがいい気分ではない。その原因である拓未に晋のげんこつが落ちた。

 ちなみに、その回数は生まれてから数えても孝宏より多い。

 

 

「つぅっ……。晋さん、こんばんは。おじゃましてます」

 

「髪型がずいぶんと変わったから心も変わったかと思えば……。君は普通に挨拶することも出来ないのかね」

 

「いやこれも一種の挨拶みたいなもんで、愛情表現ですよ……秋菜さんに――痛っ」

 

「もうお父さんやめて!これ以上頭叩いたら拓未くんの唯一の取り柄さえも忘れちゃう!」

 

 親しい者には容赦がない雪菜。これもコミュニケーションの1つではあるが……。

 

 

「雪菜、この方たちは? 紹介しなさい」

 

 

 

 

 

「そうか、浅倉くんも交えて部活をすることになったのか」

 

 話を聞く限り春希のほうがよっぽど拓未より信用できそうだ。そう言いながら雪菜と”友達として”仲良くしてやってくれ。と告げる晋。

 無言のプレッシャーを受けながらも「コチラコソ、ヨロシクオネガイシマス」と答えるのに精一杯の春希。

 

「父さんああはいうけど拓未さんのこと信用してるからなー。北原さんはそれより更にかな?」

 

「あらあら、二人が雪菜を取り合うの? もしかしてあの綺麗な子から雪菜が奪ったのかしら?」

 

「母さん、話が全然脈絡ないから……」

 

 そんな親子のひそひそ話を耳に挟みながら、晋は軽く咳払いをする。

 慌ててキッチンに隠れる母と息子。

 

 ちなみにかずさは怯えた犬のようにプルプルと大人しい。相変わらず人見知りが激しい。

 

 

「それで、それだけなら私にこんな形式張った挨拶することもないだろう?まさか、何か雪菜を――」

 

「いやいや何考えてんすか、晋さん。

 雪菜を部活動に加入させることを許してくれたお礼と。あとはまた勝手な事ですが、報告を」

 

「報告?」

 

 よもや、まさか……!

 交際だけならまだ許せるが……。そんなとんでもないことを言い始めた晋に、だから違いますってと拓未は話を続けた。

 

 

「初陣のご報告です」

 

 

 

 

 

 お邪魔しました。そういって小木曽家を後にする一同。

 見送るから、という雪菜に拓未は断りをいれる。かわりにしっかりとお父さんを納得させろと伝えながら。

 

 

「はぁ……。親父ってのはあんなものだっけ」

 

「いやぁ、晋さんはだいぶ特殊だからなぁ。

 あの人家族が第一仕事が第二って人だからな。多少排他的な気はある」

 

「あたしはやっぱりあの家族ってのは苦手だ。

 わけがわからないよ。勝手にしていいだろうにどうして一つ一つにいちいち干渉するの?」

 

「ま、あそこまで極端なのは珍しいが、かずさもきっとわかる日が来るさ」

 

 辺りは薄暗くなりつつある。世間ではすっかり晩御飯の時間帯である。

 小腹を空かせた春希は空気を一新しようと提案をする。

 

 

「浅倉、冬馬。二人とも腹空かしてないか? どこかで夕食でも――」

 

「なぁ、北原。今日はライブ参加の申請書を出した。

 雪菜も出演の説得を今日中に終わらせる。

 周りの準備は出来つつある。

 なら、お前の今からすることは……?」

 

「……ギターを弾くこと、です」

 

 現実を突きつけられ項垂れ気味に答える春希。

 その仕草がおかしかったのかかずさが笑い出す。

 

 

「そんなにしょぼくれないでよ北原。

 あんたはギターをとってきなよ。その間に何かご飯買っておくからさ」

 

「お、なら俺が飯作ってやろうか。お前ら何が食いたい?」

 

「拓未作ってくれるの? あたしアイスバインがいい」

 

「よしかずさ、お前は1週間飯抜きな。北原には腕によりを掛けて作ってやる」

 

「浅倉、お前が? 食えるのか?」

 

「北原、お前も結構酷いこというのな。俺の腕前は主婦(秋菜さん)を唸らせる程だっての。

 お前は飯の心配よりギターの心配をしろよ。なんせ先生が二人も付いているんだからな」

 

 軽口を叩き合いながら末次駅を目指す3人。

 

 雪菜は必ず説得を終える。自分も頑張らなくては。

 他の部員の期待に応えなくてはいけない。そう春希は決意を新たにしたのであった。

 

 

 

 




内容が薄いしさらりと述べただけですが。
今小説では拓未と雪菜はEPISODE:9.5で拓未の作ったおかずがきっかけで仲良くなっていると明かしています。
案外、男の料理ってのも悪くないもんですよ。

少なくとも私は慣れました……この孤独に(´;ω;`)ブワッ


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EPISODE:16 Rev1.0

さすがに短すぎると思って差し替え版です。
後半がまだ微妙なんでまた後日変えるとは思いますが。



 土曜日。

 小木曽家から帰ると、ギターを担いで冬馬邸に赴く。

 浅倉のヤツがハンバーグを作って待っていた。何処かで食べたことのある味だ。

 野郎の料理が美味しいと思ってしまう自分が悔しい。

 ”Routes”と”夢想歌”のTAB譜(ギターの楽譜)を渡される。ご丁寧に記号の意味まで書いてあった。

 それくらいは知っている、俺を馬鹿にしやがって。

 

 日曜日。

 目が覚めたら冬馬邸の地下スタジオだった。

 キスしそうな距離に浅倉が眠っていた。

 息が止まるほど驚いていたらヤツが目を覚ました。

 今度はお前か。と意味の分からない事を言いながら蹴られた。

 理不尽だ。

 

 月曜日。

 冬馬も浅倉も朝からやたらとテンションが高い。

 土曜日曜と合わせて3時間も寝ていないせいだからだろうか。

 ギターを弾く以外には食事しかしていなかった為、身体が匂う。

 一度家に帰ってシャワーを浴びよう。

 その日は授業中も左手が無意識に動いていた。

 教わったペンタトニックスケールだと気がついた時少し気味が悪かった。

 心配する雪菜に、まさか二日間夜通しで指導してもらっていたなど、恥ずかしくて言うことは出来なかった。

 

 火曜日。

 昨日は一応、終電で帰ったが結局夜明けまでギターを弾いていた。

 お手本として渡された音源をスロー再生しながら完全に一致するまで繰り返す。

 出来たら少しテンポを上げて繰り返す。

 出来なかったらテンポを下げて繰り返す。

 昨日と今日、浅倉は昼食に来なかった、金曜日だけのつもりだったのだろうか。

 放課後の練習には参加させてもらえなかった。

 お前は一人で弾いていろ、だと。

 

 水曜日。

 また冬馬邸で朝を迎えた。

 お手伝いの柴田さんと今週は2回もはちあわせした

 ただれたかんけい、そんなめでみられていたきがす

 なにをして た か おぼえ ない

 ぎーた くびっ け

 

 もく

 あさが くるで ひい た

 おなか すいた

 たすけ て

 とま

 

 

 

 

「北原くん!!」

 

 両頬を叩かれる痛みとパシンと響く乾いた音でハッと目を覚ます。

 雪菜が本当に心配したという表情で叩いたまま頬に手を当てて揺すってくる。

 

 

 ここは……学食?

 意識が飛んでいたか。まだ思考がままならない頭で春希は自分が眠っていたことを知らされた。

 

 

「ごめん、寝ていたっぽい」

 

「そんなの見たらわかるよ……。また徹夜で練習していたの?」

 

「あぁ……ほら、火曜日は一緒に参加させてもらえなかったからさ、悔しくて」

 

「前も言ったけど……あんまり頑張りすぎて、体壊しちゃ意味ないんだからね?」

 

「おい、春希。お前まさかホントに1日10時間弾いてるんじゃ……」

 

「どうだろう、数えてない。ただ、帰ったらギターのことしかやってない」

 

「ふぅん、だから北原くん。髪ボサボサなんだ」

 

 よっぽど心配しているのか、テーブルに乗り出すようにして春希の前髪を触る雪菜。

 

 雪菜は以前、アルバイト先の近くにある公園で、頑張る春希に無理をしないようにと話したことを思い出す。

 人の話を全く聞かない。自分の周りには何でこんなに頑固者が多いんだろうと考えるとため息が出そうだった。

 けれど、彼女だって女の子。”頑張る男の子”が嫌いなはずもなく。見守ったほうがいいものか、諌めたほうがいいものか、判断に困る。

 

 そんな事を考えている雪菜を見て、乗り出したら髪が定食について汚れるのではないかと春希は心配するが、当の雪菜は弁当箱をあらかじめずらしていたし、自分の手元には調理パンしかなかった。

 

 パンしか買わなかったっけ……?既に先程までの記憶が曖昧な春希。

 確かに睡眠欲のほうが食欲より上まっているのは確かだが、ココ最近の苛酷さはカロリーもより求めているはず……。

 

 

「……ほら、そんなに遅くまで取り組んでいるならご飯もちゃんと食べないとダメだよ?

 北原くん、ミニハンバーグあげる! おかずは殆どお母さんが作ったけど、これはわたしの自作なんだ」

 

「え、えぇっと……小木曽……」

 

「どうしたの北原くん、前に食べたわたしのハンバーグ、嫌いだった?」

 

「い、いや。小木曽のハンバーグはすごい美味しかったよ。あはは、嬉しいなぁ……ありがとう……」

 

 弁当箱の上蓋をにハンバーグをよそい差し出す春希に周囲のテーブルから妬みの視線が注がれる。

 それを感じ取った――もう慣れてきたがやはり不快なものは不快である。

 そんな視線を前に春希は素直に雪菜から貰うのを躊躇う。

 

 知り合って数日で”誰にでも平等に隔てることのない”小木曽雪菜というアイドル面をかなぐり捨ててきた雪菜だが、そんな自分をさらけ出す彼女を春希は好意的に見ていた。

 見ていたが、こうもあけすけな態度を取ってくるとその被害者の最もたる自分としては些かダメージがでかい。

 

 そこに更に投下された”2回目の雪菜の手作りハンバーグ”発言に、周りの視線が恨みに変わるのを、もう春希は受け入れるしか無かった。

 こうも毎度、憎しみで人が殺せたらと言わんばかりの感情をぶつけられても耐えていけるって俺、すごいんじゃないのだろうか? 等と思いながら。

 

 

「なぁ春希。冬馬は?」

 

「さぁ……。たぶん教室で寝てるんじゃないか?」

 

「そういや、拓未も机に突っ伏して寝てたよ。いつもは誘いに行ってもどこかに消えるんだけどね」

 

「瀬能も何だかんだあったみたいだけど、結構浅倉と仲良くやってるよな」

 

「そりゃあ飯塚くんはヤってハイおしまいってするような鬼畜かもしれないけど。私は未遂だし、拓未は本当は根はいい人なんだよ?」

 

「人をろくでなしのように言うな!」

 

 この場にいないメンバー、かずさと拓未の話をする武也と千晶。

 

 すっかり武也はかずさと拓未に対しての恐怖感や苦手意識といった感情は抜けきったようだ。

 むしろ仲間として当然といった雰囲気も醸し出している。

 こうやって他人と分け隔てなく接することが出来るのが武也のいいところだ。……別け隔てなさすぎて女性関係は最悪であるが。

 

「ふぁぁ……。そうかぁ、あいつらも夜遅くまでやってんのかな」

 

「そういう武也だって眠そうじゃん。あんたは別の意味で夜遅かったわけ?」

 

「おい依緒。俺だってな、やらなくちゃいけない時の分別くらいは付いている。

 春希がこんなに頑張ってるんだからな。俺も負けてらんねぇし――朱美と絢子にはフラれたけど」

 

「だからおい依緒はやめてって前から言ってるでしょ。っていうか最後のは自業自得じゃん……。

 はぁ……それにしてもさ、雪菜も随分と変わったよねぇ」

 

「依緒はそう思う? ……ううん、そうかも。このメンバーでいると居心地良いんだよね。

 何だかね、本当の自分でいていいんだって思えてきちゃうっていうか」

 

「嬉しい事言ってくれるねぇ雪菜ちゃん。俺も、こうやってメンバーとして仲良くやっていけるなんて嬉しいよ」

 

「ふふふっ、飯塚くん。こちらこそありがとうね」

 

 さすがに武也といえど、学園のアイドルに微笑みもされたら少しは舞い上がる。

 もっとも、目の前の依緒の睨みの前にはその気持ちもすぐに消え去ってしまったが。

 

 

――しかし、一日10時間ねぇ……。

 

 前に、冬馬や浅倉に言われたことを真に受けているのか。と武也は案ずる。

 武也自身でさえ10時間も弾くなどありえないと思っているのに、まさか春希があの”規格外”達の真似をするとは考えられなかった。

 彼にとって春希という人間は何よりも学業、いや――学生らしさを重視する人間だと思っていた。

 学業と断言しないのは、武也と一緒に酒盛りをしたこともあるしカラオケをオールナイトで楽しんだこともある。

 ある程度の、若者らしいハメの外した遊びををすることはあったが、それでも授業に支障が出るレベルというのはこれまで無かった。

 夏休みも間近、ということで特にキツ目の課題こそ出されていないものの、今度ばかりは春希も無茶をする。

 馬鹿な行動だと武也は思っているが、春希のひたすらに打ち込む姿勢に、意固地さもそこまでくれば大したものだと、いっそ褒めてあげたいという気分でもあった。

 

 

「お、小木曽……風呂、入り忘れたから。あまり触らない、で……」

 

 髪を触ってくる雪菜にそう言い残し再びこっくりと船を漕ぎだす春希。

 笑みを浮かべながら、春希の髪を弄り続ける雪菜。

 

 周りの男子生徒の声にならない叫びや絶望で濁った瞳など、寝ている春希が気付くことはない。

 

 2種類の定食を食べる千晶のほくほく顔にも――気付くことは、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほぅ……」

 

 「ま、あれだけ練習すれば、ね」

 

 「北原くん、すごーい……」

 

 「マジかよ、春希」

 

  上から順に拓未、冬馬、雪菜、武也の声。

 

 放課後の第一音楽室に彼らの感嘆の声が響く。

 拓未のドラムで始まる”Routes”の演奏に、ソロこそ失敗したが、もたつきながらも、なんとか食いついた春希に驚く一同。

 

 深く考えなくていいと前置きしながらも各種主要なスケールの運指を拓未は春希に暗記させた。

 無理のないテンポからはじめて、ミスをすればすぐに止めさせ、問題なく弾けるテンポにまで下げることを仕込んだ。

 居眠りしそうになる春希を楽譜を束ねて叩いた。

 

 その結果、それまで溜め込んだ経験値も加味してだが――眠たさのあまり脱力して弾いたのがトリガーとなったのか、数段飛びでレベルアップを果たした春希。

 とはいってもようやく同期間の他人と同じレベルに並んだ。というのが正解だろうか。

 だがギターというのは一度コツを掴めばある程度までは――もちろん努力に比例してだが、すぐに上達出来る。拓未はHOTLIVEへの可能性を感じていた。

 

 ぼぉっと椅子に座る春希。

 自分がソロ以外、合わせて弾けたということも実感する余裕なく、眠たさのあまり意識を手放す。

 

 まぁ、今日はこのまま寝かせとくか。仏心を見せる拓未にかずさが労いの声を掛けてきた。

 

「あんなに練習してようやくこれか……拓未、あんたも頑張ったね」

 

「あぁ、かずさだって……っていうかお前のほうがよっぽど根気よく付き合ってだろ。

 これでようやく、追いついて弾けたってだけで、不安定ったらありゃしないがな」

 

 こんな美人に教わるんだから、妬けるってもんだ。と拓未は軽口を叩く。

 

 やはり、最初の頃から春希に教えていたからだろうか、かずさは拓未が想像していた以上に熱心に春希の練習に付き合っていた。

 終電の時間を忘れるほど集中する春希に水を差すようなことは言わず、あえて黙って指導するかずさ。

 練習を見る傍ら、自前のノートブックとかずさのキーボードで、ドラムと足らないシンセのパートの打ち込みを作る拓未と違って、かずさはずっとつきっきりで面倒を見ていた。

 

 もっとも、3人が3人共徹夜の身。

 ハイな気分になったのは、かずさも同じで「お前、あたしのこと舐めてるの?」とか「あたしの耳を腐らせる気なの?」とか数々の罵声の中には「人に頼むときは大事な言葉が要るだろう?『お願いします(プリーズ)』が!」とか随分サディスティックな声も聞こえていたが。

 

 そんな部分はあえて忘れるとして。

 普段の表に出す性格は180度違うが、かずさの春希に対する様子は曜子と重なって見えた。

 当時の自分とは比べ物にならない程下手くそではある春希だが、かずさの指導を受けるその姿は、かつての自分と曜子を思い出させたのだった。

 

 

 一方、武也と雪菜も春希の予想以上の成長ぶりに驚きを隠せないでいた。

 

 3ヶ月も掛けてようやく”WHITE ALBUM”ただ1曲がようやくギリギリ聞けるレベルになった春希。

 そんな彼が今日一緒に合わせて弾くといっても、すぐに調子を外して皆の演奏を止めてしまう。

 そんな事態が十分武也には予想が出来ていた。もしそうなっても拓未やかずさが文句を言うまでは自分は何も言わないでおこう。それが部長として、親友としての優しさかなと考えていた。

 

 ところが実際合わせてみれば、まぁソロは失敗したしリズムも危ないレベルではあったものの一発目で見事に春希は弾ききったのだ。

 もっとも、その一発目だけで眠ってしまったのだが――そんな春希の成長ぶりは予想外である。

 これが、この間言っていた経験値とレベルアップなのか。何がきっかけだったのかは分からないが春希が確実にレベルアップを果たしたのは事実だ。

 同好会を始めた理由は軟派な考えだった武也だが、親友と二人、ギターを持ってステージに立てる――その可能性に、大袈裟に例えるなら震えるような喜びを感じてしまった。

 

 

 雪菜はそんな楽器を扱うものとしての感想は持ちえていなかったが、今まではクリーントーンとピアノが一緒に奏でている――そんなイメージが春希にはあった。

 もちろんそれが良くて、そんな二人の旋律に引き寄せられるかのように誘われたのも事実だったが。

 今日のズクズクと歪ませながらギターを弾く春希を初めてギタリストとして見るようになった。

 

 正直に、格好良いといっていい。拓未もギターで合わせて演奏したらあんな感じなのだろうか。

 武也にはそのような感想を考えもしなかったのは若干失礼かなと思いながらも、バンドって面白い。ただ歌うだけとは全く違う楽しさに雪菜はライブがますます待ち遠しく思えてならない。

 

 

 残念ながら眠りこけた春希をおいて、結成以来かつて無いほどのテンションの高さで練習を続ける一同。

 

 武也に渡したライブ向け編成の”夢想歌”のギターパートも数日にしてはまずまずの出来で雪菜が安定して歌えている。

 そんなバンド全体の様子をドラムを叩きながら見渡す拓未。

 ”Routes”と”夢想歌”は平行して取り組んでいると春希は言っていた。

 さっきの春希の出来栄えと、皆の調子を考えれば。週末は”あのこと”を実行出来るかもしれない。

 

 何せ結成以来、初めてのライブ。しかもメンバーの内1人はとてもステージに立たせることの出来ない腕前。

 そんなメンバーを集めて本番を迎えるには普通のやり方ではとても残り3週間で拓未が納得できるような形にすることは無理だと思っていた。

 

 かずさと考えた”あのこと”――合宿練習。

 尚早かもと悩みもしたが、今の調子なら一気に一体感を加速させることが可能だろう。

 

 

「なぁ。飯塚、雪菜。お前ら今度の土日、予定は?」

 

 果たしてその選択が吉と出るか凶と出るか。拓未は己の直感に掛けてみることにしたのだった。

 

 

 

 




短いな、雑だな。と思いつつも投稿。
おかしい部分は後日変えればいいや。って考えはやっぱり良くないことですね。
しかし何かしらしないと自分のモチベを意地出来ない性分でして……。
何時にもまして拙い文ですみません。


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EPISODE:17 Rev1.0

このアクセス数。いったい何が始まるんです?
じゃなくて、いったいどうしたんでしょうか。すごい怖いんですが。
通常の2.5倍のUA数と1ヶ月相当のお気に入り追加数が一日で起こるって……。いやホントに怖い。


差し替え版。先日予告していた通り、後半を追加しています。


※軽く2話分の文字数です。長ったらしくてスミマセン。

前日の文章の修正は殆ど行っていないので、続きを読まれる方は

◇追記

の単語をブラウザで抽出すると読みやすいかと思います。


『小木曽、お前のこと、ずっと好きだったんだ』

 

『ごめんなさい。わたし、あなたのこと嫌いじゃないけど。お付き合いするわけには……』

 

 

『佳美、どうしてわたしの事無視するの!?』

 

『……雪菜、あたしが彼に告白して、フラれたって知ってるでしょ』

 

『う、うん……』

 

『その彼から雪菜。告白されたんだよね?』

 

『で、でもわたしは佳美の事考えて――』

 

『彼が雪菜の事を好きにならなかったら、まだあたしにも……。

 ねぇ、可愛かったから告白されたの?

 愛想よくしてるから告白されたの?

 ぶりっ子してれば告白されるの?

 どうして雪菜ばかり!

 ねぇ、雪菜。あたしのこと考えてって言ったけど、可笑しかったでしょ。

 あたしが空回りしていたことに気付いたなんて笑っちゃうよね。

 

 彼の告白を断ることが出来る身分の雪菜が許せない。

 それに……告白されたことを黙ってるなんて許せない』

 

『佳美っ……』

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁああああ!」

 

 

 跳ねるように起きて目を覚ます雪菜。

 叫んでいたのか、喉が痛い。

 

 嫌な夢を見てしまった。

 3年前の秋の友達の慟哭……そして無視という仲間外れ。

 べったりとした嫌な汗でパジャマが張り付く。

 不快感が先程までの悪夢に加味してさらに雪菜の気持ちを沈ませる。

 

 

――シャワー浴びよう。

 

 この汗も、嫌な気持ちも、すべて流してしまおう。

 

 新しく出来た5人の同好会と、2人の友達とは決して昔みたいにならないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、雪菜ぁ……。お前さ、迎えに来るのがビクスクだってこと、忘れてたのか?」

 

「何よ、拓未くん。知ってるに決まってるじゃない。まだ目が覚めてないの?」

 

「寝惚けてんのはお前だろ。

 ……たかが一泊するのにこんなに荷物いらねぇだろ! 遊びじゃねーんだぞ、合宿は!」

 

「女の子が色々と準備が必要なのは当たり前じゃない!」

 

「合宿に服を何着も持っていく阿呆がどこにいる。なんだこれ、化粧箱?お前は化粧の練習をするのか?」

 

「ひどーい!大事だもん、持っていくの!」

 

「あぁ、もう。秋菜さーん!ちょっとコイツに一言いってくださいって!」

 

 土曜日の朝、迎えに来た拓未の前に現れたのは、大きめのファブリック製のトートバッグにいつものハンドバッグ。そしてキャスター付きのキャリーケースを持って玄関を開けてきた雪菜だった。

 

 

――こいつは……何をしにいくつもりだ?

 

 木曜日の晩、合宿を行うと伝えたその日の夜。拓未らは再び小木曽家を訪れ、渋い顔をする晋を一生懸命説得した。

 もちろん、信用している拓未、それに好感のもてる春希。何もないとは思うが、嫁入り前、しかも未成年の娘を男が混じる所に宿泊に行かせるというのを素直に賛成は出来るはずもない。

 女の子も、一緒に連れてきたかずさに加えて、おそらくあと2人。計4人となれば男女の比率も変わる。安心してほしいと訴えるが、尚も首を縦に振らない晋に許可を出させたのは娘である雪菜だった。

 

 

『お父さん、私はお泊り会に遊びに行くわけじゃないの! これは部活。バンドの練習なの!』

 

 遊びなんて半端な気持ちじゃないんだよ。と、熱く語った雪菜だが、当の本人がどうみても旅行や遊びを前提とした準備で目の前に立っている。

 

 普段は、雪菜第一主義とでもいおうか、自分のことを二の次にしてでも雪菜を優先する拓未ではあるが、さすがにバンドのこととなると話は別だった。

 

 持っていくのは下着とシャツだけでいい。そう言い切る拓未にそれはあんまりだと非難の声をあげる雪菜。

 助け舟を出してくれた秋菜のおかげも手伝ってお互いに妥協点を作り、なんとか30分後には出発することが出来たのだった。

 

 

 

 

「あー、くそ。10時に岩津町に集合、10時半には合宿入りだったんだぞ。もう既に10時過ぎてるじゃないか」

 

「拓未くんが文句を言うから遅くなったんじゃない」

 

「どうやっても入りきらない荷物を見ればそりゃ文句だって――」

 

「ねぇ拓未くん、風で髪が暴れて痛いんだけど」

 

「――あぁ、ほら、これ使えよ」

 

 道の脇に一旦停車した拓未は、ハンドルしたの収納パネルから髪留めゴムを取り、タンデムシートに座る雪菜に渡す。

 

 それを受け取りながら女の子に常備している髪留めゴム渡すなんて……。等といってくるが、勿論長髪時代の拓未を知ってての軽口だ。

 

 留め直し、ヘルメットを被る雪菜をみて再び拓未はアクセルを握りスロットルを開く。

 

 夏休みも始まってもうすっかり暑いが一度走りだせばそれなりに快適だ。風の心地よさからか雪菜は上半身を動かし歌い始める。

 

 歩行者や他の車からみたら明らかな変人――そしてそれを連れて運転している拓未。さすがに恥ずかしい。

 

 

「雪菜ー。えらく気分がいいみたいだな。通りすぎる人達が変な目で見てるぞ」

 

「え……。うわぁっ。もう拓未くん、もっと早く言ってよ」

 

「あはは、やっぱ気付いてなかったか。でもそんな楽しそうにして、遊びにいくんじゃねーんだぞ?」

 

「わかってるよ。でも、楽しみなのは楽しみなの。合宿、うまくいくといいね」

 

 運転している拓未の肩に手を乗せる雪菜。頻繁に姿勢を変えられるのは危なくて仕方がないんだが、そこは雪菜も後ろに乗り慣れているのだろう。平然と身体を動かすのは、拓未の運転を信頼している現れだった。

 

「あぁ……うまくいくといいな。大丈夫、お前が気持ち良く歌う為の土壌は作り上げた」

 

 あの日、雪菜が同好会に入るといった日から。

 そして自分もそれに加わることとなった日から、

 

 雪菜につらい思いをさせないようにとバンドの掛け持ちも全て断ってひたすら注いできたこの2週間。

 全ては雪菜が楽しく歌えるように。雪菜が柳原朋に負けないように。

 雪菜が選んだのなら仕方がない。

 ならば自分の気持を殺してでも俺は最高のバンドを作り上げてやろう。それがきっと――

 

 

「うん! 目指せHOTLIVE! だね!」

 

 

 それがきっと、音楽しか能が無い自分にとって、してあげられることだから。

 

 

 

 

 

「うわぁ……、ここ、何……え、冬馬さんの家?」

 

「あー、すっかり遅れちまった。怒ってるかな、皆」

 

「ねぇ拓未くん。ここに来たことあるの?」

「そりゃあ、それくらいあるさ。すげぇだろ。かずさの家。

 そういや雪菜は、かずさが冬馬曜子の娘って知ってたんだよな。

 この家、地下に練習用のリハーサルスタジオがあるんだよ」

 

「え、ウソ!? スタジオって、音楽室だよね!?」

 

 呆然と冬馬邸を見上げる雪菜。それはそうだろう。自宅に音楽室さえ備える豪邸。

 左横にはクルマが3台は入るんじゃないかというシャッターが見える程の家。

 

 雪菜の偶像としてのお嬢様じゃない。本物のお嬢様が、まさかあの暴れ馬のかずさだなんてな。

 そんな皮肉に思わず笑いが出てくる拓未。

 

 

「そっか。――ここが、ここがあの女のハウスね」

 

 拓未の背中を冷や汗が流れる。

 英語の教科書の一節から引用した雪菜。

 だが、拓未にはそれが冗談でも何でもない。というか現実になりそうな……

 何気ない一言はとても恐ろしく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 集合時間より30分も過ぎて拓未と雪菜が冬馬邸にやってきた。

 格好がつかなくて、この家で練習していることを雪菜に言えなかった春希だが、拓未が直接バイクでやってくると知った時ホッとしたし。遅れることになったと聞いて、一緒に門をくぐって自分も初めて来たと知らない振りをしなくて済んだのは助かった。

 

 

「遅いぞ浅倉。何してたんだ」

 

 合宿を言い出した浅倉が遅れるなんてどういう了見だ。と文句を付ける春希。

 先程まで思っていた気持ちも確かにあるが、それはそれ、これはこれ、だ。

 遅刻など言語道断。たまには日頃の仕返しをしてやりたかった。

 

 

「あぁ、北原。悪い。この阿呆が2泊3日の旅行にでも行くのかっていう荷物持ってきてな……」

 

「阿呆ってなによ阿呆って! わたしは女の子としてちゃんとした準備をしただけじゃない」

 

「はいはい。荷物置いたな。水は持ってけよ。それとほら、のど飴。声少しおかしいぞ」

 

「あ、ありがとう……。なんで判ったの、拓未くん」

 

「そりゃ何度もお前のヒトカラに付き合わされるくらいだからな。調子が悪いのなんてすぐに判るさ」

 

「浅倉、その場合ヒトカラじゃないだろ」

 

 ヒトカラの女王、雪菜の王国である、ヒトカラ王国に領民が1人いた! 春希はそんな妙な感動を抱きつつも拓未と雪菜を連れて地下への階段を降りる。

 何度も来たけど、相変わらず自宅に地下スタジオとかやっぱありえないなーと思うのは春希がやはり庶民だからだろうか。そんなことを考えながら、既に待っている皆のもとに通じるドアを開けた。

 

 

「うわぁ……。すごい。ホントにスタジオなんだ……」

 

 趣味やお父さんの夢でもなんでもない、プロが作曲や自身の練習をするためを前提として作られたその部屋(スタジオ)をみて思わず雪菜は感嘆の声をあげる。

 

 ピアノを弾いていたかずさ、指の調子を確かめるために運指の練習をしていた武也。遊びに来ている依緒。そして春希のギターもすでに準備を整えてプラグ接続してある。

 

 

「遅いぞ拓未、あんたにしては珍しい」

 

「あー、いや。すまん、この阿呆――いやなんでもないごめん」

 

「ごめんなさい、冬馬さん。そしてお邪魔します。すごいねこの家……、びっくりしちゃった」

 

「小木曽、怪我や事故じゃなくて良かったよ。……ちょっと声の調子悪い?」

 

「あ、やっぱりバレるんだね。大丈夫、風邪とかじゃなくてちょっと寝方が悪かったみたい。

 のど飴もらったから少しずつ慣らしていくね」

 

「ん、ならいいけど。無理のないようにね。ボーカルの喉ってのは一番デリケートなんだから」

 

「おいかずさ、ボーカルマイクの準備してやってくれ。あと打ち込み用のケーブルも繋いで」

 

「あぁ、わかった。――小木曽、ミキサーの使い方わからないよね。教えてあげる。こっちに来て」

 

 このメンバーの中で一番準備が大変なのが拓未である。

 自身のベースの準備に加えて、ノートブックの打ち込み音源のセットアップまでしなくてはならない。

 ミキサーとケーブル周りのセッティングをかずさに頼むと拓未はノートブックを立ち上げる。

 

 

「よう、水沢、こんな暇な夏休みってのも珍しいんじゃねーの?」

 

「ホント。久々だから時間の使い方がわかんないよ。

 引退が早かったのは残念だけど、まさか武也と春希のバンドとしての練習を見ることが出来るなんてねぇ。

 案外こういう夏休みも悪くはないよ」

 

 依緒と拓未のわだかまりもこの2週間ですっかり取れた。もともと武也と似て人付き合いのいい性格をしている彼女だ。

 こうやって何の気兼ねもなく話している2人を見て春希はもう心配することなど無い。

 自身の周りが和やかに過ごせる。そんな幸せな感覚が心地よかった。

 

 

「千晶は? あいつも来るって言ってなかったっけ」

 

「瀬能は部活。夕方に来るんだって。ったくあいつはあたしんちにご飯をたかりにくるわ何度も泊まりにくるわ……」

 

 文句を垂れるかずさだが、嬉しそうな声が隠せていない。なんせ中学時代までははそれなりにいたのであろう友達付き合いが付属にはいってからは一気にゼロだ。

 それを3年生まで続けるんだから寂しさはかなりのものだったはずだ。だから気軽に泊まったりご飯を食べたりする女友達というのはかずさにとって有り難かったのだろう。

 

 

「よし、出来た。悪かったな遅くなって。

 ……それじゃ、合宿1日目。始めようか!」

 

 

 高校生活最後の夏休み。軽音楽同好会の、夏のライブに向けた合宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

「はぁ……」

 

「えぇ、ウソ……。あんた、春希、よね?」

 

 

 ”Routes”と“夢想歌”2曲を弾き終える。

 皆が自分を奇異なものを見るような目を向ける。

 特に依緒のセリフがひどい。ギターを弾く俺のどこが悪い。

 

 確かに春希自身、不安はあった。

 昨日の夜、なんとか原曲のテンポでソロは弾ききれた。

 が、それはあくまで自分一人での練習の話。

 皆と合わせた時にうまくいくとは思ってなかった。

 木曜日はそれなりに出来たらしいが、自分は夢うつつで実感していなかったし。

 

 が、実際はどうだろう。

 打ち込み音源こそ鳴っていないものの、拓未のドラムをはじめ――皆の演奏と共に弾いてみれば多少もたつくところはあったが完全に喰らいついたまま弾ききった。

 ソロパートでは雪菜が口に手を当てて此方を見ていたくらいだ。

 

 春希は自分自身でさえ、今2曲とも完奏出来たのが信じきれてない。

 まさか、2週間前までポロロンと弾くくらいしか出来なかった自分が。

 こうやって一端のギタリストっぽく演奏しきれた。

 1ヶ月前にはレギュラー入りさえ諦めかけていた自分が、だ。

 

 

「す、すごいよ北原くん。木曜日もびっくりしたけど、今日はそれ以上……」

 

「春希、お前……。もう普通に弾けてるぞ。俺と遜色ないんじゃないのか?」

 

「あたしが知ってる春希は、下手くそな”WHITE ALBUM”しか弾けない春希なんだけど」

 

 やっぱり依緒のセリフが一番酷い。

 

 だが、皆の反応をみて。春希はやっぱりこれは現実なんだ。自分はちゃんと出来たのだと実感することが出来た。

 

 

「……やった? 俺、ちゃんと出来た?」

 

「あぁ、出来た出来た、春希。お前は頑張ったよ」

 

「うんうん、北原くん。ギタリストだよ」

 

 うおおお、やったぁぁ! 見た、小木曽。俺出来たよ! と、やいのやいのと騒ぐ周囲を見ながらかずさは対称的に落ち着いていた。

 彼女にとっては出来て当然だし、今2曲とも弾けたのは拓未のおかげ。その理由はおそらく次でわかる。そう思っていた。

 

 

 一方、こちらも落ち着いて春希らを見ていた拓未だが、こちらは少し違った。

 正直いって、彼らより驚いていた……という意味でだが。

 

 そりゃ確かに初めてから3ヶ月くらいか? それにしちゃ出来は良くない。はっきりいって音楽の神様から全く相手にされていないやつだと思っていた。

 だがたった2週間でここまで伸びるか? 今の春希は普通にやって1年ちょいは優に超えるであろう相当の腕前を持っている。

 確かに、3週間のかずさとのトレーニングの時は1日6時間。この2週間はおそらく12時間を超える時間ギターと向き合っている。確かに頑張っていたではあろう。

 しかしそれより前の時間を加味しても延べ時間を500時間を満たすことはない筈だ。

 楽器であれなんであれ、普通の人間がある程度のレベルに達するには1000時間は大体必要である。

 

 拓未は自分は凡人だと思っているが、ガキの頃は周りのことに見向きもせずにひたすら楽器を触っていた経歴があるし、すこしは音楽の神様にも期待はされているのだろう。伸びも良かった。

 かずさは明らかに素質がある。自分が見た限りじゃ曜子さんと同じかそれ以上――それにもまして本当に物心付く前からピアノに触れてきたサラブレッドだ。才能が伸びて当たり前である。

 

 だが、全く才能がないと思っていた春希がここまでの成長を成し遂げるとは……。

 学年10位以内(3年の1学期中間までは)という秀才っぷりは伊達ではないのだろうか。

 理屈として体感しているだけに春希の成長が信じられなかった。

 

 

――ま、次はその生まれたての自信もへし折られることになるんだろうがな。

 

 

「なぁ、拓未……。」

 

「あぁ、わかってる。かずさ、クリック要る?」

 

「要らない。拓未のベースを信じてる」

「そこまで評価してもらえるのはありがたいな。

 ――おい、お前らいつまで騒いんでんだよ。北原を育てたのは俺らなんだからまずは俺らを称えるべきだろ?

 ま、軽口はこのくらいで。次は、打ち込み交えてやるぞ。本番さながらに、だ」

 

 

 ベースを担ぎながら拓未は不敵に笑った。

 

 

 

 

◇追記

 

 

 

 

 エレキギターとエレキベース。この2つは似たような見た目であるし、フレット間隔の音階も6弦と4弦という違いとオクターブの差があれども同じ音階であるといえる。

 しかしそのルーツは全く異なり、ギターはリュート系から発展した楽器であり、ベースはコントラバスから派生した楽器である。

 気軽に即興的に楽しむ事から発展したリュートと違って、コントラバスはオーケストラの元で発展してきた系譜がある。

 中世においては、指で弾くリュートは悪く言えば野蛮な、良く言えばPOPS的な存在であり、コントラバスはそもそもバイオリンのように運弓法(ボウイング)が基本であった。

 

 そんなどうでも良い知識をギター始めたての時に漁った書籍で覚えていた春希。

 何故こんなことを思い出しているのかというと、目の前の拓未を見ているからである。

 殆どのバンドで扱う楽器は弾けると豪語していた拓未。

 自分にギターのお手本として何のことはないように披露した拓未。

 かずさに信頼されるほど安定したリズムをドラムで叩いていた拓未。

 そして同好会で担当するパートとして挙げていたベースを弾いている拓未。

 

 マルチタレント過ぎる。

 ベースを弾くところを今日はじめて見せたのに、かずさは少しも不安に思うこと無くそのリズムに身を任せている。

 音楽を嗜む女の子はやっぱり楽器が上手な男が好きなのだろうか。

 勉強と生真面目さしか取り柄がない自分では到底敵わないのだろうか。

 

 陰鬱とした気分がギターに伝わったのだろうか、打ち込み音源を用いた本番バージョン。

 それに春希は付いていくことが出来なかった。

 

 

 

「ほら、春希。また1人だけずれてるぞ」

 

「うっ……。わかってる、武也」

 

「ふぅ……ま、そうなるよね。一日で完璧に出来るとは思っていないし」

 

 もう何度目だろうか、途中で演奏を中断する原因の殆どは春希だった。

 髪をかきあげながらかずさは無理もないと擁護する。

 

 確かにさっきまで、拓未がドラムの時は春希は完奏出来た。今までの春希の程度を考えればすごい進歩だといってよかった。

 しかしそれは、他の人間が――主に拓未やかずさが春希のリズムのズレを細かく修正したり合わせてあげたりした結果だったのだ。

 

 さっきまで出来ていたのは自分の腕前ではなく、他の人間が補佐に回れるだけのレベルだったから……そう気付いた春希は先程までの浮かれていた自分が恥ずかしくて仕方がなかった。

 

 ベースに持ち替えてから拓未は特に口を出すこともなく寡黙に徹している。

 春希が何度ミスをして演奏を中断されても決して文句を言ったり声を荒げることもない。

 表情さえ少しも苛つきを見せることは無かった。

 

 きっかけを掴むことが大事だとは教えてある。あとはそのきっかけというトリガーを自分の手で掴み取るかどうか。

 それがこのバンドがHOTLIVEを成功に導くためには、必要不可欠な要素であると拓未は考えていた。

 ぶっちゃけていうと大きな博打ではあった。

 

 少し不満気にズレを指摘する武也。

 今度こそ大丈夫だよと励ます雪菜。

 繰り返すことには慣れているといった顔のかずさ。

 さっきまでとは打って変わって和やかな雰囲気とはいえなくなったことに不安を覚える依緒。

 皆に迷惑を掛けてしまうことにぶつけようのない気持ちを抱き始める春希。 

 

 

 ここで口を挟めば確かに改善するが、後のためにはならない。しかし潮時か……。

 

 諦めにも似た間隔を拓未が覚え始めていた時、予想外の――ある意味では博打に負け、だが結果的には勝った事になる、という不思議な事態が起った。

 

 

「浅倉、打ち込み音源って今ココでパラメータの微調整は出来るか?」

 

「飯塚? ……簡単な調整ならすぐに出来るが、どうした」

 

「なら、まずドラムの音、特にシンバルとスネアのベロシティを強調して、春希側のスピーカーに音量を割り振ってくれ」

 

「……っ。いいぜ、すぐにやってやる」

 

「それと、通しで1曲練習しないで、イントロやサビとか各パートごとに区切ってやってみないか」

 

 

 まさかの結果だが、武也がトリガーを引いてきた。

 部長という肩書だけでそれらしい事、実績といえばサークルクラッシャーを招き入れた事や空回りしたメンバー集めしかなかった武也だが、ここにきてリーダーシップを発揮してきた。

 パートごとにやるなら少し待ってろ。別プロジェクトで保存して音頭のカウントを入れる。と拓未はノートブックの作業を開始する。

 

 

「武也……?」

 

「焦んなよ、春希。打ち込みだってドラムはドラム。浅倉の音を思い出しながらやれば大丈夫だって」

 

「あ、あぁ……」

 

「冬馬、春希と俺と。気をつけたい所があるんだが教えてくれないか……サビ終わりの間奏から――」

 

 自分も、ドラム相手に合わせるの苦労したからな。春希が今悩んでいるポイント、何となくわかるんだぜ?

 そういって笑う武也。先程まで、自分は有頂天になりかけていたようだと春希は自身を戒める。

 

 

「北原くん、大丈夫……?」

 

 バンドなんだから自分もわからないとこや疑問に思った所は挙げていかないと。

 

 

「小木曽、ありがとう。……大丈夫、皆で頑張らないといけないんだよな」

 

 いい演奏をすること。

 それが結果であり目標ではあるが、そのためには良いバンドを作り上げていかなくてはいけない。

 

 

「そうだね……うん! 皆で作っていこうね!」

 

  その意味や大切さを実感する春希。それに気付かせてくれた親友に心の中で感謝していた。

 

 

 

 

 普段クールな雰囲気を作っている武也が、熱心にギターを弾く。

 空調が効いたこの部屋で汗を浮かばせ、春希にわかりやすいように身体を動かしてリズムを伝える。

 躓いたポイントをクリアするたびにまるで自分のことのように――子供のように喜ぶ武也。

 

「武也って……こんな良い表情(かお)していたっけ……」

 

「依緒ー。どうしたの? 飯塚くんをずっと見続けて。

 そうだよね。今日の飯塚くん、なんか今までと違ってカッコイイもんねぇ?」

 

 依緒が武也に向ける視線に目ざとく気付く雪菜。

 雪菜も、武也と依緒が互いに好意を持っていることをわかっている。

 何が問題で今のような状態になったのかは知らないが、今の武也を見る依緒の顔だとそれを乗り越える日も近いのではないだろうか。

 そんな気持ちを抱きながら雪菜は依緒にからかい混じりに話しかける。

 

 

「べ、別に。客観的に容姿が整っているのは否定しないし。

 あたしはアイツの軟派な部分が嫌いなだけ!

 ――けど……幼なじみ続けていた中で、あんな顔見るのは何年ぶりかなぁ……」

 

 懐かしそうに武也の表情を見る依緒。

 だけどその顔はまるで寂しさや後悔混じりのそれじゃないの。

 そう雪菜は問うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、休憩にしよう。雪菜、喉の調子はどうだ?」

 

「ふぅ……。大丈夫だよ、拓未くん、ヒトカラと大して変わんない」

 

「……お前の喉はプロ顔負けだな……。うがいしてから水分補給して、のど飴舐めてろ」

 

 ヒトカラご利益ありすぎだろ……と呟く拓未。

 確かに以前、かずさに”勝負”を仕掛けてきた時は2時間近く歌い続けていたのを春希は思い出す。

 確かにアレは化け物級のタフさだな、よくよく考えたらとんでもないと思わず苦笑してしまう。

 

「ほらよ、北原。汗拭けよ」

 

「あ、あぁ……。浅倉、ありがと」

 

 拓未は几帳面に用意していたタオルをメンバーそれぞれに渡す。

 全体で行う演奏というのは思った以上にエネルギーを消費するのだ。

 キンキンに冷えた冷房の下でも汗だくになるのは別に普通のことであり、拓未には十分予想のついたことだった。

 

 受け取りながら浅倉に対してあまり使い慣れない感謝の言葉を述べる春希。

 おそらく自分の恋敵……そう思う相手にはやはり少し身構えてしまう。

 しかし自分のそんな警戒を含めた態度なぞどこ吹く風といわんばかりに拓未は気にせず話しかける。

 

「北原、お前頑張ったな」

 

「……へ?」

 

「すごいぞって褒めてんだよ。

 ソロの成功率は半分を軽く超えてるしな……。正直、予想外だった」

 

「あ、ありがとう」

 

 お前のおかげだ。とは口に出せない春希。

 ここで素直に感謝しては何かよくわからないが、負けを認めるような気がしてしまう。

 強がりと照れ隠しから出た言葉が、後で春希を後悔させてしまうとも知らずに。

 

「あ、浅倉はさ、楽器扱うの確かに上手いけどさ。

 実際ギターの腕前はどうなんだ? お手本は見せるけど、実際そこまで実力あるのか?」

 

 俺素人だからなー。お前がどの程度なのかよくわからないし。と口走る春希。

 

 

「……あぁ? お前随分強気な態度だな。

 ――いいぜ、ちょっとだけ見せてやるよ。ほら、ギター寄越せ」

 

 

――そういや、こいつ素行不良の問題児だった。

 

 睨みつけられ、危うく喧嘩沙汰になりそうだったのを想像し顔を青くする春希。

 いわゆる”メンチを切る”状態になる春希と拓未。

 周りも一瞬にして静まり、緊迫した雰囲気を醸し出すが拓未は一転、皮肉めいた笑みを浮かべるとギターを貸せと催促してきた。

 

 

「かずさ、ちょっと付き合ってくれ。こないだの”SOUND OF DESTINY”のコード進行でいいや」

 

「あ、あぁ。どういう進行にする?」

 

「ラストのソロ前、間奏の部分だな」

 

「ん、どうしたの? 拓未くん”SOUND OF DESTINY”やるの? わたしも歌いたい!」

 

「あぁ、おかえり雪菜。んー、わかった。

 ま、気晴らしな。かずさ、頭から頼む」

 

 流れ始める”SOUND OF DESTINY”

 所謂”AOR”系と言われるジャンルの中でも、ディスコ調なこの曲の主役は、ピアノだ。

 拓未の手で、自分のギターがその邪魔をしないように軽快なカッティングを奏でる。

 原曲とはちょっと違う、彼のアレンジが多分に入っているが、雰囲気はどう聞いても”SOUND OF DESTINY”

 その証拠に、なんら違和感なく。むしろ楽しげに雪菜は歌う。

 

 シングルピックアップで拾った弦振幅をJ○-120が増幅する。

 chorus混じりのクリーントーンがなおさら軽やかなイメージを強く与える。

 

 自分のギターはこんな音を出せるのか。ショックを受ける春希。

 武也と依緒も、思わず身体が動いて俗にいう”ノっている”状態となっていた。

 

 

『歌いながら行こう いつまでも~』

 

 最後のサビを歌い終わり、賑やかな曲調から一転して静かになる。

 この後、この後だ、春希や武也にとっては超絶ソロの部分は間奏20小節後に始まる。

 

 スタッカートで印象を強くした5拍がソロの始まりを告げる。

 

 荒々しく蹴り飛ばすかのようにエフェクターのペダルスイッチを踏み込む拓未、それまでの軽やかな音から一転して歪みの効いたロックサウンドに変わる。

 

 伸びのあるチョーキングで始まるギターソロ。ペンタトニック・スケールで低音弦に向けてトリルしながら上っていく指。

 出だしから強烈過ぎた。

 身体全体を使って音に含まれる感情を表現する拓未。

 合間合間のビブラート奏法の揺らぎは次の音の間隔が短いのに余裕をもったうねりを見せる。

 チョーキング前にわざといれるチョッピングノイズがエレキギターらしさを強調する。

 一切の乱れを見せないレガートも鮮やかだった。

 全然違う。自分とは格が違う。

 拓未に魅せつけられた春希は打ちのめされるよりも先に圧倒された。

 

 

 ギターソロ終わりの静寂を打ち破るかのように周囲がわぁっと盛り上がった。

 

「拓未くん、かっこいい~!」

 

「浅倉、あんたすごいじゃん。

 伊達に豪語してないね。見直したよ」

 

「だろう依緒。浅倉はすげぇんだよ」

 

「いやーこの曲ギターで弾くのは久しぶりでだいぶ間違ったけどな」

 

「え、何処を間違えたの? わかんなかったんだけど」

 

「わかんないように間違えるんだよ」

 

「3点ミスしたな」

 

「いや、かずさ。4点だ」

 

「そう? まぁ、上手いことは確かだけど。随分とCD通りで、大したことはなかったね」

 

 ショックを受けている春希をよそにかずさが期待はずれだと挑発する。

 

 

「んだと? 言ってくれるじゃんかずさ。いいぜ。ならジャムセッションするか?」

 

「良いね、見せつけてくれる?」

 

「あー、いやいや。待って待って、2人ともちょっと待って。今はバンドの練習中、な?」

 

 皆を他所にセッションを始めようとする拓未とかずさを慌てて止める武也。

 

 あんな軽口、叩かなければ良かった。

 

 一生懸命練習してきた自分が彼の足元にも及ばない。その事実をまざまざと見せつけられた春希は、先ほどの照れ隠しからの発言を後悔していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『LaLa 星が今――』

 

 口ずさみながら服を脱ぐ雪菜。

 

 冬馬邸の豪邸っぷりは見た目だけじゃなく、スタジオだけじゃなく、シャワールームもすごかった。

 脱衣所と繋がるそのシャワールームはガラス製の壁で、まるでどこかの高級ホテルかと見間違うほどの作りである。

 合わせると雪菜の部屋よりも遥かに広いその面積に似合うように浴槽もまた、広かった。

 普通二人がゆったり入れるくらいだと大きいといっていい日本の一般的な浴槽だが、ここにあるのは3人入ってもまだ余裕がありそうなほど……。

 風呂好きの雪菜としてはココに通いつめようかしら。冬馬さんと一緒にお風呂に入るのも悪くないな。あーでもあのスタイル見たらへこむかも。そんな厚かましい考えを抱きつつ脱ぎ終え、シャワールームに入る。

 

 カランの弁をシャワーに切り替え、暖かいお湯を頭から浴び、汗を流す雪菜。

 

 あの後も練習を続け、夕方になって千晶もやってきた。

 

 

「せっかくやって来たのにカレー? でもカレーが好きな私は強く文句を言えないぃ」

 

 と、拓未の作るカレーにイチャモンのような、そうでないような謎のセリフを吐きつつも、人一倍食べていたのは彼女だ。

 ちなみにかずさの手元には、練乳が置いてあった。

 カレーに練乳って……。とおぞましさを感じたのは雪菜だけではあるまい。

 

 食後の練習に千晶も交えてボーカルについてトレーニングを受けたりもした。

 

 ”Feeling Heart”を全くといっていいほど手を付けていなかった春希を拓未が楽譜のプリントで頭を文字通り叩いていたのを思い出し笑い出す雪菜。

 

 時計の短針も頂点を指し、日付が変わろうかという時間帯になって。今日はここまで、と練習を打ち切り。かずさは雪菜にシャワーを勧め、今に至る。

 

 楽しかった。まるで中学時代の仲良しグループだった時を思い出したようだった。

 そういえば昔もわたしの部屋でパジャマパーティとかしてたなぁ……。

 

 秋から辛い想い出に変わってしまったあの頃とは違う。

 皆で、1つの目標に向かって一生懸命打ち込む今のメンバーならあの時のようにはならない。

 

 どのくらい時間がたったのだろうか。シャワーを浴び終わり、バスタオルを手に取る。

 柔軟剤のいい香りが漂うそれは、しっかりと日光の下で干されていたとすぐにわかった。

 かずさがそんなマメなことはしない。

 ということはお手伝いさんか。ますますお嬢様だなぁと実感する。

 

 

――お嬢様……かぁ。

 

 

 あんな経験、二度としたくないと反省して他人と距離を置いていた付属の2年間の日々。

 自分が変われば。周りと距離を置けば傷つくこともないから。

 しかし不幸なことにミスコンに選出され優勝を飾り、彼女はお嬢様としてのイメージを持たれる事になる。

 ただでさえ、人間関係に距離を置いていたのに、その不名誉なタイトルはますます彼女と周りとの間に壁を作ってしまうことになった。

  自分が望んだこととはいえ、あまりにも虚無過ぎた2年間。

 

 けど、やっぱりそれを貫き通すことは無理だった。

 拓未の言葉に押されるように同好会のメンバーに加えてもらった今回は、楽しいことばかりであって欲しい。

 どうか、幸せな高校生活が送れますように……。

 

 揺れる思いがあるのは確かだけど、今の状態を満喫していたい。

 

 

 バスタオルを巻いて洗面所の前に立つ雪菜。

 肌水を取ろうとポーチを手にするが誤って化粧台に手をぶつけてしまう。

 

「っつぅ~……」

 

 したたかに打った手を撫でる。余程強く打ったのか棚の戸が開いてしまった。

 

「――っ」

 

 見るつもりは無かった。偶然空いてしまったその戸棚の中には……。

 歯ブラシが3本。ピンクに、青に、緑色。

 

 ……そして男物の髭剃りが2本、入ってあった。

 

 

――どういうことだろう。きっと、ご家族が帰国した時の物だよね……?

 

 いつも、私の事を一番に考えてくれていた拓未くん。

 

 皆で作っていこうと。お昼に笑いながら言ってくれた北原くん。

 

 

――皆、なんだよね? 5人揃ってはじめて同好会なんだよね?

 

 

 脱衣所を出てすぐ右手にある地下スタジオの入り口にフラフラと降りていく雪菜。

 

 スタジオのドアに手を掛けた時に微かに中の会話が聞こえた。

 

 

「――拓未がね、本当にすごいって褒めていたよ。北原のこと」

 

「――大丈夫、お前が劣等感を恥じる必要なんてないんだから」

 

「――北原は、北原の出来る事、それを精一杯やればいいんだよ」

 

「――”Feeling Heart”が出来てなくて怒られたのは気にしなくていいから」

 

「――来週からも泊まりに来な。あたしも、拓未も。あんたをきっちりしごいてやるから」

 

「――そう、悔しいなら見返せばいいんだよ。大丈夫」

 

 

 ドアを、開けることが出来ない。

 

 よろよろと、壁に寄り添うように階段を登る雪菜。

 

 なんとか誰に会うこともなく、脱衣所に戻る。

 

 開いたままの戸棚の歯ブラシと髭剃りが目に入る。

 

 途端に、晩に食べた食事が込み上げて来そうな感覚を覚える。

 

 慌てて蛇口をひねり顔を洗う雪菜。

 

 2週間、2週間で驚異的な成長を遂げた春希を、すごいすごいと思いながらも何か理由があるとは勘付いていた。

 

 そういう理由があったからか……。

 

 乾いた笑いが自然と出てくる。

 

 

『皆で頑張らないといけないんだよな』

 

 春希のセリフが頭の中で反芻する。

 

『うん! 皆で作っていこうね!』

 

 裏切ることはないと思ったメンバー。

 

 裏切られることはないと思ったメンバー。

 

 雪菜にもう一度勇気を与えてくれた人達のいう”皆”の中にわたしは……。

 

――ふふ……あはは。皆、で……。

 

 顔を洗い流す水の中に、たくさんの涙が混じるのに気付く余裕さえ、今の雪菜には無かった。

 

 

 

 




長くてすみません。しかしここは1つの枠に収めたかったんです。
文章力の無さを痛感する……。最後は公式ノベルとほぼ似たような展開だし。


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EPISODE:18

3日ぶりでしょうか……。
確かに忙しいということもありますが、最近文字数を上手く収めることが……。


「あれ……」

 

「おはよう! 拓未くん、やっぱり起きるの早かったね!」

 

「お、おう。おはよう雪菜。

 ……お前こそ、何でこんなに早く起きてるんだ?」

 

「見てわからないかなー。朝ごはんの支度してるんだよ」

 

 合宿2日目の日曜日。皆が起きてくる前に朝食をつくろうと一番に起床したと思った拓未だが、キッチンには既に雪菜が立っていた。

 

 昨晩、拓未が鍋につけておいた煮干しを出汁に味噌汁を作る雪菜。ウチは昆布出汁なんだけどなぁとボヤキながら味噌を溶いている。

 

 

「拓未くん、こういうね、料理とかってのは女の子に任せるべきだよ?

 料理出来る男の子ってのも確かにポイント高いけどさ、女の子に活躍する機会を与えてあげるっていう器量も大事なんだからねっ」

 

 手際よく溶き終わると、手を休めること無くグリルを開けて鮭の切り身の焼き加減を確認する。

 テキパキと効率よく動く雪菜。心なしかいつもよりテンションが高い気がする。

 

 

「ねぇ昨日買った納豆だけどさ、6個しかないよ? 一人分足らないんだけど」

 

「あぁ、かずさが納豆嫌いっていうから、6個でいいんだ。代わりのミニ豆腐を頼む」

 

「っ。……そっか。そういうことまで知ってるんだ」

 

「んー、何?」

 

「なんでもない! それよりもうご飯炊きあがっちゃうよ。皆起きるの遅いなぁ。

 拓未くん、そろそろ起こしてきて!」

 

「あ、あぁ……そうするよ」

 

 朝飯、任せっきりで悪いな。そう言い残してリビングを後にする。

 何だか雪菜がおかしい。

 明るい声を出しているが、肩が強張っていた気がする。

 そして何より笑顔を見ていない。

 

 いいや、それだけじゃない。

 

 

 雪菜はキッチンに向かいっきり、一度も自分を振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあー、さすが雪菜。女の子してるよねぇ」

 

「もう、依緒ったら。出汁は昨夜拓未くんがとってたし、炊飯器はタイマーだし。

 わたしがしたのは、豆腐を切ってわかめと一緒にお味噌汁に入れたのと、鮭の切り身だって焼いただけだよ」

 

「いやぁ、雪菜ちゃんが準備をしてくれたってのが感激なんだよ。

 野郎が準備したご飯なんて少しも嬉しくないし! ――旨かったけど……」

 

「ふぁぁ……。いい匂い~。

 あ、朝ごはんだー。小木曽さん、私ご飯は大盛りがいいなぁ」

 

「小木曽、ありがとう。……瀬能も少しは小木曽を見習えよな」

 

「あらぁ? いいじゃない、役割分担ってやつだよ。

 私は食べる係っ。

 そして……春希を満足させてあげる係かなぁ? ――はいっじゃあ鮭貰うね」

 

「だぁっ! お前はいちいち身体で払うな!」

 

「あんた達。朝くらい静かにしてよ……」

 

 

 騒がしい朝。広い冬馬邸だが、さすがにダイニングに全員収まるのは厳しく。半分がダイニングに、残りがリビングのローテーブルに陣取る。

 

 かずさは皆と賑やかに過ごす朝というのは小学校中学校の行事以外では初めての体験で、あまりの騒々しさに面食らってはいるが、それでも心なしか嬉しそうではある。

 

 鮭には既に塩味が付いているのに醤油を垂らすのは塩分の摂取過多になりかねないと武也に説教を始める春希。

 いの一番に茶碗を空けおかわりをねだる千晶。

 席を立とうとする雪菜に自分がするから座っててと代わりに立ち上がる依緒。

 

 

 賑やかである。賑やかではあるが違和感を覚える。

 雪菜と何度か目が合ったが、彼女の目は赤く腫れていたように思える。

 

 やっぱり雪菜に何かあったのだろうか。そんな考えを抱く拓未は周囲の騒ぎに混じることが出来ないでいた。

 

 

「ねぇ、小木曽。眼が赤いけどどうしたの?」

 

「え。そうだね、私だけ腫れてるみたいだね。

 おかしいなぁ、夜更かししたのは皆同じなのにね」

 

 同じく目の腫れに気付いたかずさが雪菜に問うも、それは夜更かしのせいだと告げる。

 パジャマパーティなんて久しぶりだったから、とっても楽しかったね!とかずさに笑顔を向ける雪菜。

 

 

 やはり自分の気のせいなのか?

 女の子同士で過ごした夜のことを笑いながら話すのに、涙で目を腫らす理由があるわけがない。

 きっと深く考えすぎなのだろう。

 どうにも雪菜の事になると余裕がなくなっていけない。

 拓未はついつい心配してしまう自分の気持ちを味噌汁と一緒に飲み込んでしまおうと汁椀に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く練習してこなかった”Feeling Heart”を必死に覚えようと、昨夜も夜遅くまで――それでもここ数日の中では比較的早めに寝ることが出来たが、地下スタジオで取り組んでいた春希。

 他の2曲とは違ってこの曲はAメロが極端に難しかった。春希にとってはAメロがずっとソロみたいなものだ。

 軽快に単音弾きするのは初めての経験で、ウラを取るところが再び掴みづらい。

 

 深夜特有のハイテンションも相俟って、拓未がまた身体を張ってリズムを教え込もうとしたのを自暴自棄気味に付き合ったおかげか、朝には朧気だが弾けるようになっていた。

 

 

「やっぱり調子悪いみたいだね、北原何かした?」

 

 淡々とかずさが指摘する。やはり一夜漬けで覚えただけでは出来が悪いのか。

 確かに自分のせいだろう、昨日よりも雪菜は歌いにくそうな雰囲気ではあった。音楽に対しては非常に敏感なかずさのそのセンスは流石だと春希は改めて感心する。

 

「やっぱり、一晩で覚えようたってそう上手くは行かないか」

 

「誰がお前の事を言った。北原が一番下手くそなのは最初からわかっていることでしょ。

 むしろ今日のお前に関しては調子がいいくらいなんだけど。

 ――いや、わかってないならいいんだ」

 

 自分が悪いのでないのなら、何が悪いって言うんだろう。いまいち要領の得ないかずさのその言葉が春希には何を指しているのかよくわからなかった。

 

 

「なぁ……北原。お前やっぱカタいよな。どうにかなんないか、ソレ」

 

「俺がお堅いって言われるのは今に始まったことじゃないだろ、浅倉」

 

「いや誰もお前の性格とか話してねぇよ。お前のギターの弾き方の話してるんだっつの。

 ストロークが固すぎて全然音に艶が出てねぇ。

 飯塚もだいぶマシだがまだ固い。

 観客を沸かす前に自分のギターを悦ばせないと話になんねぇぞ」

 

「よろこばす?」

 

 自分のフォームのぎこちなさを指摘する拓未に理解が追いつかない春希。

 よろこばすってなんだ。ギターをよろこばす?

 自分のぎこちなさと拓未の綺麗な手の動き。そこにあるのは上手か下手か。慣れてるかそうじゃないか。それだけの違いではないのだろうか?

 お前の言ってることがわからないよ、といった顔で拓未に応える春希。

 

「んー、わかんないか。

 北原。お前さ、改めて聞くまでもないって感じだが……女、抱いたことないだろ?」

 

 

「んあ!?」

 

 ブフッと変な音を出して噴き出すかずさ、依緒。

 一体コイツはいきなり何を言い出すんだ。武也だってフォローに困っているじゃないか。

 

 指摘されたように春希にそういった経験はない。

 18歳を迎えている自分。いわゆるやらずの二十歳(ヤラハタ)までもう2年を切っている。

 今まで意識したことがないので特段それに負い目を感じていないが、改めて指摘されると何故だか自分が大きな損をしたような、もしかして俺の人生、ダメなんじゃなかろうか。そんな気分にさせられる。

 

 後ろから千晶の笑いを押し殺し切れていない声が聞こえる。

 普通なら馬鹿にされたと思うだろうがその声がきっかけで、ともすれば泣きながらこの場を去ってしまうに至りそうだった思考の悪循環に陥った春希を救う。

 そうだ、何故自分がここで赤裸々に自分の女性体験を打ち明けさせられそうになっているのだ、と。

 そもそも浅倉にそんな話をする程俺は親しくない、と。

 

 

「あ、いや……悪い。

 別に北原が音楽センスがないのは童貞をこじらせた結果だと言ってるわけじゃなくてだな……」

 

 今度こそ笑いを堪え切れないかずさと依緒。千晶は既に限界を迎え、スタジオに併設してあるソファーに転げまわっている。

 最悪だ……。天上のスポット照明が自分の顔を照らして熱くしているのを強く感じる。

 

 あぁ……この光は……これは憎しみの光だ。

 

 

「まてまて! 瞳のハイライトを消すな!

 俺がいいたいのは、ギターを女性に例えるヤツがいるけど、それは別に間違っちゃいない。

 言ってみればギターってのは艶やかな音を出すにはエロく弾かなくちゃなんねぇってことだ。

 ガツガツと弾いたら硬い音しか出ない。

 魅了する音を出したいなら、優しく撫でてやるんだよ」

 

 

 そう言いながら拓未は雪菜の前に立つ。

 左手で雪菜の後ろ髪を撫で、右手はこめかみから顎先までをなぞる。

 キスを促すような、女性を燃え上がらせるような愛撫だった。

 

 雪菜の頬が朱に染まる。今朝から腫ればっていた瞳も潤みを出す。

 どこかぼぅっとぼやけたような表情を向ける雪菜。

 少し前まで趣味の悪い髪型のイメージが強かった拓未だが……髪をアップにした時に可愛いと評されるように、切れ長の目で割りと整った顔つきで、それこそ化粧をすれば女形でも出来るのではないかといった印象がある。

 彼女の視界にはそんな拓未しか映っていない。

 

 なんだ、このムードは。学園のアイドルがこんな顔を見せるのか?

 指先の動かし方1つでこうも変えさせてしまうのか。

 拓未が喉に這わせていた手を動かし顎をくいっと持ち上げる。

 瞬間、雪菜の瞳が焦点を戻した。

 

 

 

 

「触らないで!!」

 

 

 

 乾いた音がスタジオに響き渡る。

 

 

――え……。

 

 目の前では拓未の手を振り払い。右手で平手打ちをした雪菜。

 

 雪菜の荒い息遣いが聞こえる。

 

 

 何が起こったのかわからなかった。これがただの知り合いという男女なら、今の出来事もあり得るだろう。

 しかし、春希の知る拓未と雪菜はスキンシップが多い。

 どの程度かというと、彼女のファンが決死の討ち入りを覚悟すると断言出来るくらいだ。

 さすがにキスを促すような触れ方は見たことがなかったが……頭を撫でる、頬を撫でるくらいは当然といった事を今まで何度も見てきたのだ。

 

 

 その雪菜が拓未をぶった。

 

 いつも拓未くん拓未くんと付き纏う雪菜が拓未に手を上げた。

 

 

「っ……。雪菜?

 ――いや、すまなかった。ごめん」

 

「た、拓未くん……?

 ああっ、ごめんなさい! 大丈夫!?

 わたし、そんな……。痛くない? ホントにごめんなさい!」

 

 さすがに悪ふざけが過ぎたと謝る拓未に、先程の行為は無意識だったのだろうか。我を取り戻したかのように雪菜がわぁっと涙混じりの声で拓未に手を上げてしまった事を謝る。

 

 

「いや。大丈夫だから。俺が悪かったんだから。お前がそんなに謝らなくていいから。

 お、おい水沢。すまないがちょっと雪菜を顔洗いにでも連れて行ってくれないか」

 

「う、うん。ほら雪菜……こっち、行こ?」

 

 何度もごめんなさい、ごめんなさいと取り乱す雪菜を落ち着かせるため依緒に頼む拓未。

 

 

「ま、無理やりは良くないよな。何事も同意が大事だってな!

 浅倉も案外経験値低いんじゃないか?

 ここは俺、飯塚武也が女性の扱いってのを教えてあげてもいいんだぜ?」

 

 

「あぁ……。そうだな、学園の誇るスケコマシには敵わないみたいだな。

 よし、今度ナンパ繰りだそうぜ。是非指南してもらわねーとな!」

 

 残った者の場の空気を変えようと務めて明るく振る舞う武也。

 その機転に拓未は感謝しつつ同じように軽口を叩く。

 

 

「ナンパとか意識してやったことないな。

 可愛い子を見かけたら自然と声を掛けてしまうんだ」

 

「さすがだな、どんなセリフで興味を引きつけるんだ?

 おい、北原。お前も真剣に聞けよ。一緒に行くんだからな」

 

「なっ、俺も!?

 武也、そういう女性を軽視したような言動は不誠実だって前々から言ってるだろ。

 ――ちなみに、どうやって話しかけるんだ?」

 

「あ……じゃあ小木曽さんが帰ってくるまでそっちの練習しよっか。

 私が相手役やってあげるよ? 自慢じゃないけど演技は自信があるよ?」

 

「えー千晶、お前本番になったら泣きながら逃げるじゃん」

 

「だからそれは言わないでって!」

 

 

 みんな先程の出来事を忘れたかったのだろう。普段はこんな話になることはない春希だが無理やり合わせようとする。

 千晶のフォローも有り難かった。恒例の自爆ネタが一気に沈んでいた空気を軽くする。

 

 だがかずさは1人、ピアノの前に座ったまま、雪菜が出て行ったドアを見続けていた。

 いつものクールさを感じさせない。不安気な目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しました、冬馬さん。またね」

 

 そう言ってドアを閉じ、門をくぐる雪菜。

 武也は家が一番遠い千晶を依緒と一緒に送るため先に出ていた。

 雪菜は拓未と一緒にバイクで帰る予定だったが、かずさが拓未に用があると言い、自分が送っていく事となる。

 かずさと拓未が二人きりになるなど、春希にとっては見逃すことの出来ない事態ではあるが、今日の雪菜を放っては置けなかった。

 

 

 あの一件の後は特に何事も問題なく練習を進めることが出来た。

 昼過ぎになって、男子達は気晴らしにコンビニにアイスを買いに行った際。炭酸飲料の一気飲み勝負で武也が盛大にぶちまけたりしたが……。

 午前の出来事が後を引くようなことは、春希が知る限り一度もなかった。

 だが、昨日までの盛り上がりも無かった。

 雪菜がいつものように何度も歌いたいと演奏をせがむことも無かった。

 ただ淡々と、皆笑顔は作りながらも。どこか事務的に練習をこなす以外は何もなかった。

 

 皮肉にもそれが功を奏したのか、春希は”Feeling Heart”をまずまずの出来で習熟することが出来たし、”夢想歌”や”Routes”は細かい調整を残すのみと、バンド演奏の底上げという意味での完成度を高めることとなったが……。

 

 

 春希は今、自分の目の前を、先を歩く雪菜を見る。

 決して自分と肩を並ばせて歩こうとしない。こちらが追いつこうとペースをあげたら雪菜もさり気なくだが同じようにペースを上げ一定の距離を保つ。

 

 このままじゃ走りだしてしまう。不毛な事になりかねないと思った春希はペースを下げ、こうして3歩後ろを歩くことを選んでいた。

 

 

「やっぱ日が暮れても蒸し暑いな」

 

「そう? そうだね」

 

「っ……。この土日、密度が濃いかったよな」

 

「そう? そうだね」

 

「よくよく考えたら7人だもんな」

 

「そう? そうだね」

 

「さすがに冬馬の家が広くたってなぁ」

 

「そう? そうだね」

 

「……が、合宿のお陰で俺もだいぶマシになったみたいだけどさ。

 小木曽には何度も歌わせるハメになって大変だったよなハハ……」

 

「ううん、別に」

 

 家を出てから明らかに雪菜の機嫌が悪い。

 岩津町駅を目指す間、必死に会話を繋げようとしたが、続かない。

 自分のコミュニケーション能力の無さを痛感しかけるものの、雪菜が会話を続けたくないという意思がありありと見えている。

 

 午前中の拓未に手を上げた一件は、実は自分が悪いのではないだろうか。

 そうでなければ2人きりになってからの、この不機嫌さの説明が付かない。

 何か、気に触るようなことがあったのなら謝らないと――

 

「……あのさ」

 

「なに?」

 

「……何か、気に触るようなことをした?」

 

「別に、何もないよ」

 

 即座に何もないと否定する雪菜。逡巡することなく断言する雪菜。

 本人がそう言い切るならきっとそうなのであろう。しかし――

 

「何もないこと、ないだろ」

 

「っ……」

 

「余計な心配じゃなければいいんだけど。何もないこと、ないんじゃないか?

 要らないお節介かもしれないけどさ」

 

 いつもの『いいんちょくん』としての性格だろうか、お節介を焼いてしまうのは確かだが、それだけではない。

 

 雪菜とは確かに知り合って半月程ではあるが、文字通り同じ釜の飯を食うという、彼女と自分は普通の学校の友人関係とは違う、一歩進んだ”仲間”という関係だと春希は思っている。

 

 そんな仲間だと思っている相手――雪菜が午前のように手を上げたり、自分に対して不機嫌さを出して他人行儀にする理由が何もないだなんて到底思えない。

 雪菜は何か悩みがあるのか? それともやはり自分に対して何かあるのではないか?

 春希は今、ここで自分が尻込みしてはいけないと思っていた。

 

「知ってどうするの?」

 

「……え」

 

「どうして? 余計な心配だと思っているのにどうして知ろうとするの?

 北原くん、あなたがそれを聞いてどうするの?」

 

「やっぱり、何かあったんだろ? 俺さ、相談に乗ってあげたくて――」

 

 やはり、雪菜には何か不機嫌になる理由があったのだ。今の反応がそれを如実に語っている。

 ならば春希としてはそれを何としても解決してあげなければならない。

 

「しつこいよ、北原くん」

 

「……」

 

「なんでそこで察してあげるってのが出来ないかな。

 そういうしつこい所、鬱陶しいって言われない?」

 

「そんなこと出来るわけないだろ!

 何か困っていることがあったら助けるのは当然だろう!

 俺達は仲間だろ――」

 

「っ……い、じゃない」

 

「……え」

 

「何も、ないじゃない!

 わたしだって……そう思っていた。

 でも、わたしとあなた達の間には……何もないじゃない!!

 うそつき! うそつきうそつき!

 拓未くんも、冬馬さんも、北原くんも、皆うそつき!」

 

「小木曽……?」

 

「っ……。

 ごめんなさい。やっぱり今日は疲れてるのかな。

 明日になれば、元気になるから。元通りになるから。

 ……今のことは忘れて」

 

 呆然と立つ春希に、謝ると走り去る雪菜。

 

 雪菜に何があったのだろう。何が雪菜に慟哭させたのだろうか。

 走って駅を目指す雪菜は確かに泣いていた。

 

 浅倉も、冬馬も、自分も嘘つき……?

 

 自分は、騙していることなど何も、ない。あいつらだって何か騙すような人間ではない。

 春希は雪菜の言葉の意味を必死に考えるも答えが出てこない。

 

 明日になれば元に戻ると雪菜はいっていた、このままそっとして置いたほうがいいのだろうか……。

 

 

「あれぇ? 北原先輩?

 さっきの人って――」

 

 聞きたくない声を聞いてしまった。どうしてこういう時ばかり出会うのだろうか。

 そういえば前回も今回も同じような場所――

 

 出来れば違う人間であってほしい。

 そう思って振り返った先には残念ながら予想通りの人物、柳原朋が立っていた。

 

 

 

 




拓未、雪菜に振られる?いや打たれる。という話、でした。

正直、次話は追記する形にするか、新しいEPISODEにするべきか。
追記しておそらく1万5千文字以下でしょうか。それはちょっと……。

※この話をEPISODE:18にすれば解決すると気が付きました。


ところで神通改二かっこ良すぎですよね。今lv50なんで必死に上げなくては。
那珂ちゃんはついうっかり、いつもの癖で解体して……2代目が60です……。


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EPISODE:18.5 part1

うん、収まりがつかない!


『冬馬さん、紅茶淹れたよ』

 

 午後の練習を一区切り付けて、男3人に依緒、千晶はコンビニに出掛けていった。

 地下のスタジオから上がってここは1階のリビング。

 外ではセミが懸命に夏を生きようと鳴いている。ほぼ24時間空調が効いているこの家だが、そのセミの鳴き声は快適な室内に居ても夏の暑さを感じさせる……そんなことをかずさは考えていた。

 

 同じく家に残った雪菜が休憩だからと淹れた紅茶を差し出す。

 家には紅茶は置いていなかった筈だけど……。

 ついつい顔に出ていたのだろう。

 

 

『昨日、スーパーで一緒に買っておいたんだよ。冬馬さん、苦いのはホントはダメなんでしょ?』

 

『コーヒーは香りを楽しむものだろ? 苦味は余計なだけだよ』

 

『えぇ……美味しい淹れ方ってのがあるくらい味ってのは大事な要素だと思うんだけど』

 

 ありがとうと述べてかずさは受け取る。砂糖が気になったが雪菜はきっちりとスプーン山盛り3杯入れたと教えてくれた。

 口の中にダージリンの香りが広がる。もっともそれは、普通の味覚の人であれば香りよりもまず先に強烈な甘味でエナメル質や味蕾が破壊されるのだろうが……。

 かずさにとってはコーヒーと違って苦味が少ない分、スプーン3杯でもまずまず満足出来る量だった。

 

 コーヒーの香りも良いけど、紅茶も割りとイケてるかもしれない。砂糖が少なくて済む分ヘルシーだろうし。

 

 そんな考えを浮かべながらもひとときのティータイムを楽しむ。

 

 テーブル向かいのソファーに座った雪菜が同じく――こちらは無糖のだが、ミルクティーを口にする。

 

 

――そういえばチョコレート置いてあったっけ。

 

 チョコ、いる? と尋ねるかずさ。雪菜は引き攣ったような笑みを浮かべながら断る。

 これ以上さらに甘いものを求めるのか。そう思っているとはかずさは想像がつかなかった。

 

 

『冬馬さんは一緒にコンビニに行かなくてよかったの?』

 

『あたしは、暑いのは苦手だ。涼しいところにいたい。そういう小木曽こそよかったの?』

 

『あはは……きっとそう言うと思ってた。

 わたしも、暑いところはちょっと苦手かなぁ……それに』

 

『……うん?

 まぁ、北原にはアイスを買って帰るように言ってるからね。安い授業料だよ、ホント』

 

『っ……』

 

『ちょっと小木曽……そんな顔しなくても。

 大丈夫だって! ちゃんとあいつには2人分買ってくるように伝えてるからさ――』

 

 思いつめたような、難しい顔を作る雪菜。

 やっぱり雪菜も甘いものが欲しかったのか。察することが出来るとは自分も成長したな……。

 そんな事を考えながらかずさは心配は要らないとフォローに回る。

 

 

『北原くんってさ……』

 

『ん……北原?』

 

『北原くんってさ、見違えるように上手くなったよね。

 あの日屋上でわたしが2人のセッションを聴いて歌った時より……格段に上手になってる』

 

『一応、厳し目には躾けたからね。これで上達しないほうがどうかしてる。

 それでも、油断したらすぐミスるし、拓未が今朝、指摘していたようにまだまだ音が固い……あ――』

 

『そうだよねっ……そこまで面倒見たらさすがに上手くもなるよね、ずっと泊まり込みで練習すれば』

 

『いやっ、今朝のことは拓未が悪い――え、泊まり込み……』

 

 今朝の、雪菜が拓未に手を上げた件をうっかり話題に持ちだしてしまい慌てるかずさにとって、予想だにしていなかった事を雪菜は指摘する。

 

 

『違うの? 合宿はここ最近、ずっとやってたんだよね?

 北原くんだけじゃなくて拓未くんも一緒だったんじゃないの?』

 

 なら、あの洗面所の男物の歯ブラシと髭剃りは誰の?

 続けて問を入れてくる雪菜にかずさはとっさに言葉は出なかった。

 

 

『夜もずっとつきっきりで練習していたんだよね。だからあんなに上手くなったんだよね』

 

『別に、意味があって隠していたわけじゃない……。

 ただ単に話す機会が無かっただけだ』

 

『でもそれって、黙っていたってことは、隠していたっていうことと同じなんじゃないかな』

 

 もし雪菜が、眠たそうにしている春希に声を掛けた時、春希が素直に話していたらこうはならなかったかもしれない。

 もし雪菜が、放課後どこで北原は練習しているのかと聞いていたら。自分は何の躊躇いもなく話していたかもしれない。

 もし雪菜が、合宿待ち合わせの時に皆と合流していたら。話題に上がっていたかもしれない。

 

 だが全てはもしもの――ifの話だ。もしもの話をしたって今の雪菜の悲しい顔が消えるわけじゃない。

 

 

『そんなつもりなんてない。話したところで、別に何が変わるわけじゃないと思ったんだ――』

 

『何も変わらないから、話す必要もないか……。そうだよね、わたしって、そうだよね』

 

『ちょっと小木曽。どうしてそう悪い方悪い方に――』

 

『だって、関係無いんでしょ!?

 皆で頑張るって言ってた同好会なのに、わたしは関係ないんでしょ!

 そう思ったから、結果として3人で内緒にしていたんでしょ!?』

 

 一人でも遅くまで頑張るなんて北原くん、格好いいところあるんだなって思っていたのに……。

 

 かすれたような声でそう呟く雪菜。

 

 セミの鳴き声で埋もれてしまいそうな程弱い声音。

 こんなに近いのに聞き取りにくい。こんなに近いのに雪菜が遠くにいるように感じる。

 

 この距離は、雪菜の感じている距離なのか?

 この距離は、雪菜が胸に秘めていた疎外感なのか?

 

 自分が思っていたより、ずっと雪菜は仲間というのを重く捉えていたのか。

 だから、こうして普段の陽気さからは想像がつかないほど、声を張り上げながら、隠していたのかと問い詰めてきたのか。

 

 

『ごめん――』

 

『ごめんなさい! 冬馬さん、ごめんなさい。

 こんな風に言うなんて、わたしって嫌な女だな……』

 

 

――そんなことはない。小木曽を傷つけたのはあたし達だ。

 

雪菜が謝ることじゃないと告げようとするが、雪菜は膝に置いた手を握りしめながら『こんなこと、言うはずじゃなかったのに』と呟いている。

 

 どこか遠い目をしながら自分の発言を後悔する雪菜は何かと重ねて見ているのだろうか……。

 何故彼女は内緒にされていたことにそこまで傷ついてしまったのだろうか。

 

 

『みっともなく喚いて……。少女漫画のヒロインみたいに声上げちゃって……。

 これってアレかなぁ中二病をこじらせたっていうヤツなのかなぁ……。

 ごめんね、冬馬さんにこんなこと言ったって、どうしようもないのにね』

 

『小木曽……そんなに――』

 

『待って、冬馬さん。遮ってばかりだけど、もうこの話はお終いにしよう?

 わたしが、どうかしてたんだよ、きっと……。

 せっかくの休憩時間に、せっかくの合宿に、こんな思いさせてごめんね。

 ちょっと顔洗ったらいつものように戻るから。

 勝手だけど、冬馬さんは気にしないで。お願い』

 

 なんだかわたしって今日、顔洗ってばかりだね。そう笑いながら――力なく笑いながら雪菜は席を立つ。

 

――きちんと、謝ること……出来なかったな。

 

 口にした紅茶は、十分に甘いはずなのに、苦くて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……ね」

 

「拓未ぃ、どうしよう。どうしよう、あたし……小木曽を傷つけてしまった。

 友達を傷つけてしまった……」

 

 合宿も終わり、皆が帰ろうとするときに自分を呼び止めて。昼間、自分達が家を後にしている時に起った出来事を話すかずさ。

 拓未は、そこまで雪菜を傷つけてしまう事態が起こってしまっていたのかと痛感する。

 

「いや、かずさ。お前が悪いわけじゃない。話す機会は俺のほうがずっとあった。

 なのに雪菜に話さなかった。俺のほうがずっと酷い」

 

 朝起きてから、雪菜の様子が変だったのはこういう理由だったのか。

 妙に、自分との間に壁を作っていたのは昨晩男物の歯ブラシを見つけたからか。

 触れた自分を拒絶し避けたのは、仲間に騙されたと傷ついた、雪菜の距離感の現れだったのか。

 

 拓未は、どうして雪菜がそこまで仲間外れにされたと傷ついたことまでは理解が出来なかった。

 女心という、男に無いものも確かにもあるのかもしれないが……。ことバンドに関してはクールに捉えてしまうのは拓未の悪癖かもしれない。

 彼にとって、当たり前過ぎたのだ。

 ボーカルに比べて、楽器隊のほうが必要とする練習量はずっと多い。

 ライブの日程も決まった今。一番脚を引っ張っているのがボーカルと対をなすバンドのフロントマンとしてのリードギター。

 徹夜でつきっきりで扱いたところで何もおかしい点はない。

 故に、雪菜が深く悲しむ理由をわかってあげることが出来ない。

 しかし、彼女が傷つき、悲しみ、手を上げ、声を上げたことは事実なのだ。

 

 その原因を作ってしまったのはかずさではない。主に北原が悪いとは思うが、何より一番雪菜と接していたのは拓未、自分だった。

 

 何で気付いてやれなかったんだろう。

 雪菜の事は何よりも大事にしていたのに、バンドのほうがそれよりも勝っていたのか……。

 

 落ち着けと諭されたかずさは、じっと拓未を見つめる。

 

 

「なぁ、拓未。あんたやっぱり小木曽を……」

 

「……何を言ってるかわからないな、かずさ」

 

 言外に、それ以上発言するなと匂わす拓未。

 

 口にはしたくない。

 

 

 今の自分が、雪菜を選ぶ事は、無い。

 

 

 バンド内で自分が誰か女性と付き合うことを選択することは、絶対に無かった。

 

 

「とにかく、俺が連絡とって、話を聞いてみるから。

 お前は落ち着いて、今日はもう寝ろ。

 徹夜しても平気だったのは授業中寝てたからだろ。実際はキツイはずだ」

 

「う、うん。

 ……拓未、ごめん。よろしく頼む」

 

「お前が謝ることじゃないってさっきも言っただろ。

 それじゃ、帰るな。おやすみ」

 

 そう告げて冬馬邸を後にする拓未。

 バイクを数百メートル走らせるが近くのコンビニ前で停車し、ポケットに手をやる。

 

 目当ての物を見つけ出すとヘルメットを脱ぎ、それを軽く叩き一本取り出し、咥えて火をつける。

 

 虫の声が響く夏の夜の空に紫煙が広がる。

 

 今は雪菜と話がしたい。

 

 肺に溜め込んだ煙を吐き出しながら携帯電話を耳に当てる。

 しかし耳に聞こえるのはコールする音ではなく、話中の音だった。

 

 

――くそ、繋がんねぇ。

 

 もう何本吸っただろうか……。何度も雪菜に電話をかけ直すも、ずっと話中のツー、ツーという音ばかり響く。

 

 

 このまま雪菜と、距離が広がって行くのだろうか。

 漫然とした不安を、ニコチンは和らげてくれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「北原さぁん。私、見ちゃいましたぁ」

 

 振り返った春希の先に立っている女、会いたくなかった女――柳原朋は、格好のネタを見つけたとばかりにいやらしい笑みを浮かべる。

 

 

「あ、こんばんは、北原先輩。

 ――今の人、小木曽雪菜ですよねぇ?

 ミス峰城大付属と夜道を歩くなんて、北原さんも意外とやるもんなんですねぇ」

 

「柳原……」

 

「この間の綺麗な女に、今回は小木曽雪菜、結構手を延ばすものなんですね、北原さん」

 

「なんだ? 冬馬のことか?

 あいつも同好会の一員だ。練習帰りに一緒に歩くことだってある」

 

「そうでしたねぇ、こないだ音楽室にも居ましたよね。冬馬さん、ね」

 

「それがお前に何の関係があるんだ」

 

「だってぇ、ねぇ?

 さっき、小木曽雪菜。泣いていましたよね。

 恋愛沙汰ですかぁ? まさか手を出して傷つけたとか」

 

「変なことを言うな。たまたま話の行き違いがあっただけだ。

 お前の考えているようなことは何もない」

 

「そうですかぁ?だって、普段この道、北原さん通らないでしょ?

 冬馬先輩絡みでこの町に寄ったんですよねぇ?

 そんな所で小木曽雪菜が泣いて去って行く……」

 

 あーあぁ、どうしたもんですかねぇ。そう続ける朋に春希は苛立ちを隠せない。

 今は先程の雪菜の事のほうが重大なのだ、コイツ()に構う余裕はない。

 下らない、と春希は朋に背を向ける。

 

 

「だからお前が考えているようなことは何もないって言ってるだろ。

 しつこいよ、お前。んじゃ――」

 

「どう見ても二股じゃないですか?

 私が居ても居なくても、結局バンドは崩壊したんじゃないんですか?

 これなら噂が広まる必要なんて無かったですねぇ。

 

 だって――当の本人達が実際どうであれ。端から見れば誰だって小木曽雪菜と関係があった、そう思いますよぉ」

 

 そう笑いながら屈むように――上目遣いに朋は春希の前に回り込み。はいっと差し出す。

 

 そこには、携帯電話が。

 春希を見つめる雪菜。涙を流しながら声を上げる雪菜。手で顔を抑える雪菜。走り去っていく雪菜の画像が――いわゆる”写メ”が映し出されていた。

 

 

「お前……。

 ――何が言いたいんだ」

 

「決まっているわ。

 小木曽雪菜のミスコンエントリーを辞退させて」

 

 これが出回れば、小木曽雪菜の取り巻きに確実に刺されますよ?

 そう朋は続ける。朋は自分を……あからさまに脅してきた。

 

 

「……なんだと?」

 

「困るでしょう、困るでしょう?

 ほら、こうやって……と。

 私が今、この右上の送信ボタンを押せばすぐに広まっちゃいますよぉ」

 

「脅すっていうのか、ふざけるなよ?」

 

「ふざけてると思います?

 夏休み明けには軽音楽同好会、跡形もなく消し飛びますよ。

 今度は、期末試験後の噂とは訳が違いますよぉ」

 

「っ……。

 残念だが、そんなもの広まったって、悪評は既に付いているんだ。

 小木曽が可哀想だという噂は出るだろうけど、それだけだ。

 俺の評判だけが下がるだけで、今更どうってことはないな」

 

「あぁもう、理屈ばっかり考えて、ホントうざったいですねあなた。

 それに、意外とお馬鹿さんなんですね」

 

「はぁ?」

 

 自分を貶されることについてはこの際どうだっていい。

 朋に見くびられようが何されようが、所詮は朋。深い付き合いはないし、学年だって違う。

 だがそれでも優位性を見せる朋に、自分は何か見落としがあるのかと春希は考えてしまう。

 

 

「前回の”私”の脱退騒ぎの噂に、今回の小木曽雪菜の写メ。

 それにさらに冬馬先輩と関わりがあったという噂も流せば、風紀上問題があると教師陣から干渉が入るでしょうね。

 消し飛ぶってのは、例えじゃないんですよ?

 私としては、あの忌々しい浅倉拓未が悔しがる姿も見たいんですけどね」

 

 チェックメイトだと言わんばかりに朋は告げる。舌なめずりをしそうなその顔は、獲物を追い立てようと目を光らせる、獰猛さを潜ませた表情だった。

 

 

「ね、悪いことは言わないから彼女、辞退させなさい?

 あなたにとって、コンクールよりライブのほうが大事でしょう? やりたいでしょう?」

 

 去年からサークルクラッシャーとしての噂は文化祭の実行委員の中では広まっていたし、実際同好会を引っ掻き回した朋ではあるが、ここまで見下げ果てた女だとは思わなかった。

 しかし逆らうことが出来ない。ここで逆らっては余計に雪菜を傷つけてしまう。

 

 

「少しだけ、先輩に時間をあげまーす。

 ……北原さんだって小木曽雪菜や、同好会をこれ以上傷つけさせたくはないでしょう。

 私、それほど返事は長く待てないの。

 近日中に連絡をしてもらいますから。ほら、先輩。携帯出して」

 

 呆然と、言われるままに携帯電話を差し出してしまう春希。

 

 悔しかった。ここまで良いようにされてしまうことが。

 悔しかった。自分が原因で同好会を危機に陥れてしまうことが。

 悔しかった。雪菜の意思の関係なく、ミスコンを断念させることに加担してしまうことが。

 

 思えば、自惚れていたんだ。

 かずさに出会い、恋に落ちて。恋愛初心者故に空回りしてギターを始めて。

 そのギターの先生が当の実はかずさで。

 雪菜という理想のボーカルを見つけて舞い上がってしまって。

 

 あぁ、自惚れていたんだ。

 恋敵であろう拓未に負けてられないと躍起になって。

 情けないことを承知でその彼に、かずさと一緒に教えてくれと頼み込んで。

 そして徹夜で指導してもらって。拓未に認めてもらって、見返してやったと思って。

 

 気恥ずかしさから雪菜に言えなかったけど、言えないと思った事自体自惚れ以外の何物でもないのだろうか?

 カッコつけようと思わなければ普通に言えていたのに。

 

 自惚れていなければ、浮かれていなければ朋に隙を見せることはなかった。

 自惚れていなければ、浮かれていなければかずさとのことを揚げ足取られたりはしなかった。

 自惚れていなければ、浮かれていなければ誰にも知られず隠し通していたのに。

 

 隠し通す? 何をだ?

 かずさの家で練習していたことか?

 誰に隠す? 朋に対してか?

 誰にも知られずと思った。

 誰にも――。

 

 自分は、雪菜に対して、かずさの家で練習していたことも、泊まりがけで教わっていたことも、自身の保身のために言えていない。隠していたんだ。

 

 

『皆で頑張らないといけないんだよな 』

 

 

『うそつき』

 

 

『俺さ、相談に乗ってあげたくて』

 

 

『うそつきうそつき!』

 

 

『俺達は仲間だろ』

 

 

『でも、わたしとあなた達の間には……何もないじゃない!!』

 

 皆でやるんだと言った自分。雪菜を仲間だと言った自分。

 だが、その雪菜を仲間外れにしたのは、何より自分じゃないのか?

 

 そうだ、そうだったんだ。

 自分は、雪菜にかずさと拓未のことを隠していた。

 

 何かがきっかけで雪菜は隠されていた事実を知り、騙された思って傷ついた。

 なんということだ、だとしたらやっぱり今朝の件も自分のせいじゃないか。

 

 だから、雪菜は自分に対して怒り、慟哭して、走り去っていったんだ。

 

 頭のなかに残っていたもやっとした違和感がすうっと消えていくのを春希は感じた。

 

 呆然と、朋にいわれるがままになっていた春希の瞳に意思が灯る。

 

 ならば、やるべきことは1つしか無いんだ、と。

 

 

「……うん?

 ほら、先輩。アドレス帳に登録しましたよぉ。私の番号。

 いいお返事をお待ちしていますね」

 

「柳原」

 

「あら、意外と早いんですね」

 

「はは、そうじゃない。そうじゃないんだ。

 その噂、流してもらっても構わない。

 俺、今日のお前に感謝だってしてるんだぜ?」

 

「は、はぁ!?」

 

「お前、案外良い奴かもしれないな。

 お陰で用事が出来た、何か話すことがあったらまた今度しような。じゃな!」

 

「ちょ、ちょっと北原さん!?」

 

 春希はひったくるように朋の手から自分の携帯電話を取り戻すと、にわかに活気付いたように先程までと打って変わって、明るく朋に感謝を告げる。

 朋自身はそれを嫌味に、皮肉に感じているかもしれないが当の本人である春希は本当に朋に有り難いと思っていた。

 

 

 噂が流れてしまうかもしれない。これ以上はさすがに指導が入るかもしれない。

 だが雪菜に騙されたとこのまま思われるのは嫌だった。

 こじれるならこじれた時に考えればいい。

 今は彼女に謝ってきちんと説明するのが先だ。

 

 決心すると春希は理解が追いついていないといった顔をしている朋を置いて駆け出す。

 走りながら先程奪い返した携帯電話を操作し耳に当てる。

 

 コールし続ける音が耳に聞こえる。一分一秒さえ惜しい。

 何度も電話をかけ直しながらも、必死に息を切らす勢いで春希は駅を目指して行った。

 

 

 

 




前々回から雪菜さんを中心としたお話。
スーパー雪菜タイムは大事なのです。

とは言っても、基本的にノベライズ版と流れが変わらない。

彼らの印象的な、象徴的な出来事。
本質に迫る事柄を、別の手段で表現出来ないのは悲しいことですが。

それだけ丸戸史明さんの設定するキャラクタとシナリオが秀逸なんですね……。


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EPISODE:18.5 part2

雪菜は難しい。雪菜側の視点は描写したくない……。


 暗い部屋で、すすり声をあげながら泣き続ける。

 窓は閉めきっている。外の虫の声を聞きたくなかった。

 

 タオルケットを頭から被り、くぐもった声を漏らして泣き続ける。

 今の自分は、外との関わりを持ちたくなかった。

 

 枕に顔を伏せ、カバーを濡らしながら泣き続ける。

 きっと、窓を開ければ、同じ夜空の向こうにいる彼らと繋がってしまう。

 

 抑えようとしても、必死に抑えようとしても、こみ上げてくる涙は止まらない。

 枕から漏れ、壁で反射した泣き声が耳に入ってくる。

 

 感情が昂ぶり、呼吸さえも忘れて嗚咽をあげる。

 今は自分だけの世界に閉じこもっていたい。

 自分の耳に入ってくる、わたしの泣き声。それさえも遮ることが出来ればいいのに。

 

 

――拓未くんをぶつつもりなんてなかった。

――冬馬さんに話すつもりじゃなかった。

――北原くんを罵るつもりなんてなかった。

 

 けれど、自分の考えとは裏腹に身体が動いてしまう。自分の考えとはちぐはぐに言葉を紡いでしまう。

 

 前は一方的に友人関係を絶たれた。

 しかし今回は自分のほうから口火を切ってしまった。

 

 また、失ってしまった。

 

 二度と、大切だと思ってしまうような仲間を作らないって思ったのに。

 寂しいからやっぱりと女々しく自分から加えてもらって自分から壊してしまった。

 

 勇気を出せと自分の気も知らないで言ってきた拓未が嫌い。

 冷たいふりしてる癖に温かく受け入れてくれたかずさが嫌い。

 仲間だと言いながらのけ者にした春希が嫌い。

 知っていただろうに告げなかった武也達が嫌い。

 だが、そんな彼らより今めそめそと泣いている自分が嫌い。

 

 

――もう、どうしていいか……わかんないよ。

 

 ひっく、ひっくと泣きすぎたせいでしゃっくりをあげながら呼吸をする雪菜。

 

 

 携帯電話の着信音が鳴り響く。

 ”White Album”を着信音に設定しているのは――かずさと、春希だ。

 通話に出ることなんて、出来やしない。

 早く終わって、そう願ってから10秒ほど鳴り続け、電話は切れる。

 

 履歴の表示は春希だった。

 コールバックなんてしない、出来るはずがない。

 

 再び電話が鳴る。次もやはり”White Album”

 先程よりも長く鳴り響くが、ようやく観念してくれたのか電話は切れる。

 

 それから何度も何度も電話は鳴る。

 サブディスプレイに表示されるのは変わらず”北原 春希”

 よほど何かを伝えたいのだろうか。

 何度もかけてくるということは、必死に自分と関わりを持ちたいのだろうか。

 

 雪菜は自分のことを『かまってちゃん』だと自覚をしている。

 その容姿もあいまって、自分が望めば、周りは大抵のことをを叶えてくれる。

 ミス峰城大付属というステータスはそれを更に加速させてしまうから嫌だった。

 それに甘えてしまえば、自分はどんどん嫌な女に――人を操って利用する女になってしまうから。

 

 例外だったのはミスコンに選ばれるくらい有名な自分だと知りつつも、そんなのお構いなしに――ただの小木曽雪菜として接する。強引だけど何故か自然で、嫌な気持ちにさせることがない男、拓未だった。

 いつも自分を見てくれて、何でも頼ってこいと言ってくれる彼には自然に甘えることが出来た。

 

 そんな彼から勇気を出せと言われ加入した同好会は、拓未と同じく自分を色眼鏡で見ることは無かった。

 居心地が良かった。本当の『かまってちゃん』をさらけ出してもいい人達に囲まれるということは。

 その中でも特に、春希とかずさに関しては格段の思い入れがある。屋上で歌った”White Album”録音越しの歌だったけど、ちゃんと自分を見つけてくれた春希。

 

 電話をとって話したい。でもやっぱり話したくない。

 裏切られたと思う気持ちと、こうやって自分に必死にコールしてくれるという気持ち。

 嫌いと思ったのに、もう信じないと思ったのに。それを否定しようとしている自分に苛立つ。

 

 

「あぁもう! 何度も煩いよ! 北原春希のバカ!!」

 

 目の前で光りながら鳴り響く携帯電話の着信音が、考えこむことを許してくれない。

 

 

『うあぁぁ!?

 ……いきなり人のことを馬鹿呼ばわりかよ』

 

「夜に、人の迷惑も顧みずに何度も何度も何度も……。

 どう考えてもバカでしょ。常識知らずの大バカ野郎だよ北原くんは!」

 

『あぁ! そうだよ、俺は大馬鹿野郎だよ!!』

 

「バカだよ、バカよ。大嫌い!

 そうだよ……

 冬馬さんも、拓未くんも、わたしを騙して。

 みんな大嫌い!」

 

『っ――

 浅倉達の事を悪く言うな!!』

 

 予想外の怒号が雪菜の耳につんざくように響く。

 春希は拓未のことを快く思っていなかった筈なのに本気で怒っているように思える。

 雪菜は逆に自分の怒りを忘れるほど戸惑ってしまう。

 

 

『俺を罵るのはいい。今回のことは、俺が……俺のせいで小木曽は怒っているんだろう?

 悪いのは俺なんだ。だから冬馬や浅倉達の事を嫌わないでくれ。

 それに、浅倉を悪く言う小木曽なんか例え冗談でも考えたくねーよ!!』

 

「き、北原くん……」

 

『俺、わかったんだ。お前が怒っている理由。小木曽、ごめんな』

 

「な、なんの事かしら。わたしさっぱりわからないわぁ」

 

『……なんでそこでお前がしらばっくれるんだよ。

 俺、先週冬馬の家に泊まり込みだったんだ。ほとんど連日。

 浅倉と冬馬に徹夜で、つきっきりで特訓してもらってさ。でも小木曽には恥ずかしくてそのことを言えなかった。

 結果、仲間外れにしたことには変わりないのにさ、俺達は仲間だなんて言われたってきっと小木曽は白々しいと思っただろ。本当に、ごめん』

 

「冬馬さんから……」

 

『うん?』

 

「冬馬さんから、聞いたの?」

 

『冬馬には話していたのか……?

 俺はちょっとさっきまでトラブルに巻き込まれてて、その時に偶然小木曽が起った理由が思いついたんだけど。

 ……そのおかげで今度はまた危機的状況が予想されるわけなんだが』

 

「……は?」

 

『いや、それはまた別の話!!

 とにかく、俺の予想だったんだけどさ。間違いだった、かな?』

 

「……バレちゃったんだね。気付いちゃったんだ、北原くん」

 

『小木曽?』

 

「ごめんね、嫌な女だよね、わたし」

 

 春希に、自分が取り乱した理由を気付かれてしまった。

 よくよく考えれば、自分の知らないところで何かしてたから仲間外れだ! と喚いているのだ。

 高校3年生にもなろう人間が。もう半年で18になろうとしている人間が。わーわーピーピーと泣き叫んだのだ。

 

 冷静に考えれば考える程恥ずかしくなってきた。春希相手にだけじゃないのだ。かずさにも、そして拓未には平手すら振ってしまった。

 恥ずかしさが過ぎれば今度は落ち込んできた。自分の幼さが見えてしまってどうしようもなく情けない。

 

 ベッドの上で壁に背を預けながら座る雪菜。先ほどの悲壮とはまた違ったどんよりとした影が漂っている。

 

 懺悔するように春希に言葉を紡ぐ、かずさにも昼間に話をしたことを。

 急に悲しくなって、気がついたら拓未を叩いていた自分がいたことを。

 

 

「ああぁ。色々わかってきちゃった。やだやだ、傍から見たらわたし、幼稚に捉えて勝手にスネて喚いている痛い女の子じゃない。

 ううん、傍から見なくても痛すぎるよぉ。格好悪すぎるよぉ……」

 

『……俺は小木曽のそういうところ、好きだけど』

 

「す、好きぃ!?」

 

 いきなり好きとか言われて驚いた雪菜は思わずのけぞり後頭部をしたたかに打ち付ける。 

 可愛いと評される雪菜であれば「きゃっ」とか「いたぁいっ」とかいうところではあるだろうが……。

 予想外の発言を受けた雪菜にはそんな可愛らしい悲鳴を上げる余裕はなく、「あだぁっ」という、なんとも品のない声を晒してしまった。

 

 

「す、好きというか! 嬉しいって意味でだな!

 ――って小木曽、何今の、大丈夫?」

 

「いたた……気にしないで……。

 好きって、嬉しいってどういう意味よ?」

 

『うっ、気にしないで……』

 

「どういう意味よ?」

 

『……今までの小木曽の周りの――学園のアイドルで皆に分け隔てなく優しくて、静かに微笑んでいるようなお嬢様っていう小木曽雪菜しか知らない奴ら相手とは違ってさ。

 俺らには甘えたり、大声をあげて笑ったり。逆に怒ったり、泣いたり、叫んだりするってのは俺達に本当の小木曽を見せてくれているってことだろ? それって嬉しいじゃないか』

 

「そ、そうなの……?」

 

『そうだよ。それってきっと小木曽が、俺達の事を仲間だって心から思っているからなんだろうって思う。

 そう思ってくれるってのは嬉しいことじゃないか。

 それなのに、俺達は……いや、俺は自分の可愛さの為に小木曽に隠し事をしてさ、結果傷つけてしまっただなんて。

 もともと下手なんだから包み隠さずにバラせばいいのにさ……。

 小木曽、お前を悲しませて、本当にごめん。

 仲間外れだなんて思っていない。結果として今回のような事にはなってしまったけど、俺は小木曽のことを本当の仲間だと思っている。その気持ちは間違いじゃない』

 

 過去の出来事を思い出させたからって、スネていじけて喚いて。皆に迷惑を掛けてしまった自分に春希は本音で語ってくれている。

 心から謝って、そして同時に仲間なのは間違いじゃないと言ってくれている。

 

 嬉しかった。

 自分が感情を剥き出しにしてもきちんと答えてくれる春希が。

 仲間のことを悪く言うなと逆に怒り返してくれた春希が。

 真摯に話を聞き入れて謝り、自分を受けれいてくれる春希が。

 

 だから、自分も本当の事を話そう。

 昔の、かつて周りにいた友達の事を――。

 

 

「中学の時のわたしは、大人しいお嬢様なんかじゃなくて。

 むしろ騒いだりすることのほうが多い、本当に普通の女の子だったんだ」

 

『……うん』

 

「友達もたくさんいてね。結構かまってちゃんで、今思うとうざったい性格だったかも知れないけど、そんなわたしを受け入れてくれる仲良しグループもあって」

 

『あー、うん』

 

「……なによ?

 でね、そんな仲の良い子達とお誕生会したり、私のあの狭い部屋で皆でパジャマパーティしたり、休みの日は御宿の雑貨屋に買い物に行ったり、ずっと一緒にいるような仲間がいたの」

 

『部屋に、飾ってあった写真?』

 

「そうそう私の隣にいたのが美知子、見たっ?」

 

『いや、隣が誰だかとか全然知らないけど……』

 

「そ、そうだよね、何言ってるんだろわたし」

 

『それで、その仲間は?』

 

「うん、すごく好きだった。同じ高校に行こうねって話してたんだ、3年前の今頃までは」

 

『えっ――』

 

「3年前の、夏休みが終わって。そんな仲が良い、一生涯の友達だって思った関係は簡単に壊れちゃったんだ……」

 

 雪菜は夏休み明けて男子バスケ部のキャプテンから告白されたこと。

 その男子を1年からずっと片思いを寄せていた――振られてもそれでも諦めきれなかった仲良しグループのリーダー格の女の子。

 

 もちろんその子がずっと、告白してきた男子のことを好きなのは雪菜だって知っている。

 だからきちんとその男子にはお断りをしたのだが、リーダー格の女の子はやはり不愉快だったのだろう。

 

 自分の好きな男が好きだと思っているその相手は、自分の友人。

 

 大人の女性でも複雑な気持ちを持ってしまうその関係は、思春期の彼女にとっては到底受け入れることが出来なかったのだろう。

 グループ内での雪菜に対する無視、仲間外れが始まる。

 

 高校も、大学も、社会人になってもずっと友達。そう思っていた関係はたった一人の男子生徒の一言だけで簡単に瓦解してしまった。

 

 暴力沙汰があったわけじゃない、ただ一方的に無視されただけ。

 しかし何よりの友達と思っていた仲間が、一緒に笑いあった翌日から一転して自分のことを一切無視する。

 自分が悪いことをしたわけでもないのにたった一晩で崩れ去った”大の仲良し”という関係は、深く雪菜を傷つけた。

 

 

「――それから、私は1人だけ付属を受験することにしたんだ」

 

『そんな、そんなことって、酷いじゃないか』

 

「うん、今でも悲しいよ……」

 

『だから、小木曽は高校では一歩引いて壁を作っていたのか』

 

「うん。 本当は写真も捨てたほうがいいかもしれないんだけど、どうしても出来ないぐらい未練がましいんだよね、わたしは。だったら、最初から、親しくないほうがいいかなって。

 でも、出会っちゃった、皆に。

 あの日、”White Album”を歌った自分を受け入れてくれたあなた達とすれ違いたくはないのっ

 わたしは、もう……仲間外れは本当に、嫌なの!」

 

『っ……』

 

「……本当に、全部話しちゃった。私の隠していたこと、全部知られちゃった。

 これはね、拓未くんにも話したことなかったのに」

 

『あ、あのさ。小木曽。

 今から大事なことを言うからさ、ちょっとお願いを聞いてくれないか』

 

「北原くん? お願いって」

 

『カーテン開けてさ、窓も開けて』

 

 どうして窓を閉め切っていることをを知っているのだろうか。

 外の音が全く聞こえなかったから予想がついたのだろうか。

 不思議に思いながらも雪菜は言われる通りカーテンを開き、窓ガラスのロックを外してスライドする。

 冷房を入れた部屋とは違う、やや蒸し暑いような、そんな外の空気が部屋の温度を交換する。

 

 

『右側の電柱の街路灯の下を見て』

 

 春希の言葉に反応するように言われた方向に目を向ける。

 灯りの下をみた雪菜は、はっと息を飲んだ。

 

 

「き、北原くん!?」

 

「……俺は、小木曽から、絶対に離れたりしないから!」

『俺は、小木曽から、絶対に離れたりしないから!』

 

 一瞬遅れて電話からも同じセリフが聞こえてくる。

 

 慌てた雪菜は咄嗟にカーテンを閉める。

 何故、春希がここにいるのだろう。彼は何時からここにいたのだろうか。

 

 

「ね、ねぇ、何時からそこにいたの!?」

 

『なんで隠れるんだよ……。

 電話が繋がって少ししてから、いたよ。

 ホントは会って話そうと思ったんだけど、なんだかそんな雰囲気じゃなくてズルズルと』

 

 通話を始めてからもう2時間近くは過ぎている。夏とはいえ、ずっと外で春希は話していた。

 ずっと近くで、電話越しに話していた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。すぐ降りるから!」

 

 慌てて通話を切ると、雪菜は髪だけ簡単に整えて外の春希にも聞こえるんじゃないかというくら音を立てて階段を降りていった。

 

 

 

 

「小木曽、こんばんは」

 

「こんばんはじゃないでしょ!

 もう、暖かいからってずっとそんなところにいたら身体壊すよ」

 

「言いそびれたんだよ」

 

「……すこし、歩こっか」

 

 割りと、いや本気で雪菜は心配して怒っているのだが、春希は少しも堪えずに悪いと思った態度を取らない。

 軽く目眩を覚えながらもこういう春希には何を言っても無駄だと思い出す。

 

「それで、さ。

 さっきのはどういう意味?」

 

「さっきの、って?」

 

「その……は、離れないって言ったこと!」

 

「あ、あぁ。あのこと……」

 

「適当に口が滑ったって顔してるけど」

 

「そ、そんなことない!」

 

「じゃあどうして言ったの? ねぇ!」

 

「……ホントに、言葉のとおりだよ。俺は小木曽から離れないよ。

 仲間外れなんて絶対しない。ずっと、ずっと、小木曽がもう絶交だって言うまで離れることはないから」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「夏休みが終っても、文化祭が終っても、一緒にいてくれる?」

 

「いるさ、一緒だ」

 

「一緒に、笑いながら卒業式を迎えてくれる?

 春は、笑いながら峰城大(うえ)の門をくぐってくれる?」

 

「当たり前だろ。約束する」

 

「約束、信じちゃうからね?

 ……ウソはもう、嫌だよ」

 

「大丈夫だ。絶交なんて絶対ない」

 

 じわっと雪菜の目に再び涙が浮かぶ。

 家に帰ってから、部屋に閉じこもってから、仲間に裏切られたと思って流した涙とは違う。

 それは、絶対に仲間外れにしないという宣言を受けての――嬉しさに溢れる涙。

 

「あぁ、もう。泣くなって

 小木曽、手を出して――約束の、握手をしよう」

 

「今日はこれが最後だもん。

 明日からは、いつもどおりのわたしできっといられるから……だから今だけ」

 

 約束だからね。春希に念押ししながら手を取り、握手をする。

 しっかりと握り返してくる春希。

 涙を拭くことを忘れてその感触を確かめる雪菜。

 自分を包んでくれる春希の手は意外と大きな事に雪菜は安心感を覚える。

 

「よし、約束した。明日からもよろしくな。

 ……。

 ――って、小木曽?」

 

「……」

 

「小木曽……さん?」

 

 握手した手を離さない雪菜に不安を覚え始める春希。

 

 

「わたしはぁ、確かに小木曽っていう苗字だけど、名前は小木曽じゃない……」

 

「いや、そりゃ小木曽小木曽さんっていう人はいないと思うけど」

 

「……」

 

「小木曽ぉ」

 

「名前は小木曽じゃないよ……」

 

「どうしろっていうんだよ……」

 

「わかってるでしょ……私の言ってほしいこと」

 

「どうしても?」

 

「やっぱり心から思っての約束じゃなかったんだね。

 仲間だって言ってくれたのに……」

 

 再び目に涙を溢れさせヒクッヒクッと泣き始める雪菜に春希は狼狽する。

 

 

「あぁもう。雪菜! 約束は絶対だ!

 雪菜を仲間外れにしない!」

 

 

「……えへへ、よろしくね! 春希くん!」

 

 途端に笑顔を浮かべる雪菜に春希は自分が騙された事に気付く。

 文句を言おうにも、怒るに怒れないといった表情をみて雪菜は満足した。

 

 

――春希くんがわたしを騙したことはこれで帳消しにしてあげる。

――嘘泣きでチャラだからね。今日は泣いているって言ったこと、嘘ついてごめんね。

 

 明日の、明日の練習からは素直な自分でいるから。そう雪菜は心に近いながら握ったままの春希の手を強く握り返したのだった。

 

 

 

 




今回だけ、EPISODEがおかしな形になりまして……。見苦しい。
いや、サブタイトルだけじゃなくて中身も見苦しいのですが。

とりあえず新着投稿という形にしていますが、明日にはEPISODE:18.5に統合します。

1万5千文字ほどになりますがお許し下さい。


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EPISODE:19

はぁ、拙い。ランキング載っても恥ずかしくのない文章がかけるようになりたい。
そうすればきっとより一層執筆に精を出せるのだろうに。




 7月13日

 

 拓未が去ったこの部屋――自室でかずさは、眠れないでいた。

 

 今から数時間前、日付の変わろうとする時間に拓未が電話を掛けた相手、冬馬曜子。

 かずさが、自身が捨てられたと泣きながら、慟哭しながら打ち明けたのを聞いてなお、その自分を捨てた母親に連絡を取ろうとする拓未がかずさは理解できなかった。

 

 当然かずさは断る。だがしかし、大丈夫だから。と真剣な眼差しでなおも連絡先を伝えてくれと迫る拓未にかずさは渋々ながら――かずさ自身は一度も掛けたことがない、ウイーンに住む母親の番号が書かれたメモを拓未に渡した。

 

 リビングの戸を開け廊下に出て電話をかける拓未。近づけば戸を上げずとも何を話しているかは聞こえる。しかし今のかずさにその会話を聞く勇気など無かった。故に、廊下からは離れたこの場所――リビングのソファーでかずさは足を抱えたまま座り、拓未が戻ってくるのを待つ。

 

 

    『柴田さんに身の回りのお世話は頼むから、あなたは何も心配しないでいいわ』

    『今までどおりレッスンは桜井先生に見てもらいなさい。

     もちろん担当は好きに変えてもらっていいわ』

    『それじゃ、元気でね』

    『……ふぅ、わかってちょうだいかずさ。今のあなたを連れて行く事に意味はないの』

    『あなたを連れて行くことに、意味はないの』

    『意味は、ないの』

 

 あの日、中学3年生の冬。自分を置いて単身ウイーンに渡った母さん。

 あたしを連れて行くことに意味は無い――あなたは必要がないと断言して去っていった母さん。

 

 それでも、高校で頑張れば。コンクールで何度も優勝を取れば、きっと振り向いてもらえると、がむしゃらに取り組んでみたけど……。気がつけば周りから孤立し、一人ぼっち。いや、自分は不幸だという思い込みもあっただろう。殻に閉じこもり最初から他人と関わるつもりがなかったのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 

 誕生日が来ても、曜子は帰ってこなかった。数日遅れて犬のぬいぐるみが届いただけだ。

 こんなぬいぐるみなんかより、母さんと会いたかった。どうしてこの気持は伝わってくれないのだろうか……。

 1年が過ぎ、2年が過ぎ。自分は一生懸命頑張ったつもりだったが、母親に再び振り向いてもらえることはなかった。そして誰も自分のことを見てもらえない。疲れきったかずさはピアニストとしての自分を捨て、普通科へ逃げた。

 

 今更拓未が連絡を取った所で一体何が変わるというのだろう。今の自分は、例えピアノを弾かなくても、学校に通わなくても、家から一歩も出なくても、生活が保障されているのだ。渡されたカードの限度額は無制限。何も困ることはない。

 今更見てくれない母親のことより……新しく出来た、ようやく出来た自分の大切な仲間。そちらのことをかずさは大切にしたい。そう思い込むことでかずさは自己を保とうとしていた。

 

 扉の向こう、廊下で拓未が大声を上げて喚いているのが聞こえる。悲しんでいるような声、否定するような声、懇願するような声。詳しくは聞き取れないが、かずさにとってはどうでも良かった。

 

 どうでも良かった、自分を捨てたような人など。

 どうでも良かった、あの人のことなど。

 どうでも良かった、母さんのことなど。

 

 抱え座り込んだ膝に染みが出来る。気にするまいと思えば思うほど、再び涙が零れてきた。

 母さんなんて、母さんなんて、母さんなんて……!!

 一度涙が流れると、それを止めることは難しい。負の感情の循環がより一層と悲しみを呼び寄せる。

 

 

『かずさ、終ったよ……まだ泣いているのか?』

 

『うるさい、うるさい……!

 どうして今更あの人に電話なんかするんだよ……

 拓未は、あたしをいじめたいのかよっ』

 

『……』

 

 感情がとめどなく溢れてくる。先程拓未に泣きながら出し切ったと思われる慟哭。しかしそれでもなおかずさには足りなかったのだろう。かずさの胸の内に溜まっていた寂しさ、悲しさといった孤独感とようやく折り合いをつけた今の心の平衡を乱してほしくないといった気持ち。様々な考えが湧き出て次々と拓未にぶつけてしまう。

 

 

『ウイーンにあたしを置いていった母さんは、あたしを連れて行く意味はないとだけ告げて去っていった。

 だけど、2年間、頑張ったんだ。たくさんのコンクールに応募して、受賞して。

 行きたくもない音楽科に通って。程度の低い奴らの中に我慢して混じって授業を受けて。

 あたしにとって母さん、冬馬曜子は全てだったんだ。

 唯一人の親として、先生として、ライバルとして、本当にあたしにとって全てだったんだ。

 それでもやっぱり振り向いてもらえなかった……。

 全く相手にされていないってわかったらさ、もう音楽科も、ピアノも、どうでも良くなった。

 だから3年からこっち(普通科)に旧校舎に移ったんだ』

 

『かずさ……』

 

『そこで瀬能と、北原と、水沢に部長。それに小木曽と出会ったんだ。

 嬉しかった。こんな無気力で自堕落な生活を送ろうとするあたしをさ、仲間に引きずり込んで馬鹿騒ぎしてさ。

 やっと母さんのことなんてどうでも良いと思えるようになってきたんだ』

 

『どうでも、いいのか……』

 

『どうでも、いいよ。なのに……。

 なのにどうして拓未はそれを思い出させるんだよ!

 やっと、あの人のことを忘れることが出来そうになったのに。

 あんな、酷い奴のことなんて。

 あんな、あたしを捨てた母親のことなんて!!』

 

『かずさっ!!』

 

 パシン。と乾いた音が部屋に響く。頭に伝わる衝撃と、両頬に広がる痺れ。

 それは、気付けではあるが、拓未が叩いた音。拓未がかずさの両頬を勢いをつけて挟むように押し当てた衝撃だった。

 

 

『バカなことを、言うなよ。

 そんな悲しいことをいうなよ。

 確かに結果として曜子さんはかずさを捨ててしまったかもしれない。

 けど今こうやってかずさの面倒を見てくれている人もまた曜子さんなんだ。

 お前のことを捨て切ったワケじゃない。

 お前のことを嫌いになったワケじゃない

 もう一度言うぞ

 曜子さんは、お前を嫌いになったワケじゃない』

 

『たく……み……?』

 

『曜子さんはきちんとかずさのことを見ているさ。

 そりゃウイーンは遠いところだけど、いつだってお前のことを気にかけている。

 かずさはさ、母親に見てもらおうと躍起になる必要なんて無いよ。

 今までそうやってダメだったんなら、自分のしたいことをすればいい。

 自分のやりたいことをやって、曜子さんにこれが自分なのだと思いっきり見せつけてやればいいんだ』

 

『自分の……やりたいこと……』

 

『そう、自分のやりたいことを精一杯やり遂げろ。

 差し当たっては同好会でいいじゃないか。

 バカみたいなガキのお遊戯に等しいだろうけどさ、別に嫌いじゃないだろ?

 だったら、存分に暴れてやろうぜ?

 そういった積み重ねがきっと、曜子さんを見返してやる事に繋がるんだと思うぜ、俺は』

 

『母さんを見返してやるのか……?』

 

 かずさは、自分は母親に振り向いてもらうことだけを考えていた。

 どうすれば母さんの好みになれるのだろうか。

 どうすれば母さんに腕前を認めてもらえるのだろうか。

 どうすれば母さんのいるウイーンで一緒に過ごせるのだろうか。

 そのための答えの1つが、彼女にとって当然のことではあるがピアノの技術を磨くことであった。

 それ以外になにも思い浮かぶことは無かった。

 

 だが拓未は見返してやれと言った。

 母さんの好みになれというわけでなく、ピアニストとして上達しろというわけでなく。

 自分の今やりたいことを精一杯楽しめと言った。

 お遊びのようなキーボードでやりたいように暴れろと言った。

 母さんの好みとは全く正反対になるだろうが、呆気にとらせてやろうぜ、と。

 そんなこと考えもしなかった。だって、そんなことしたら母さんはますます離れていくじゃないか。

 

 

『そんなことして、見返してやることが出来るの……?』

 

『あぁ、出来るさ。俺が付いている。何も寂しい思いをする必要はない。

 見返してやるまでずっとお前に付いていてやるよ』

 

 何故そう自信満々に断言出来るのかがわからない。

 だが拓未は何も心配は要らないとばかりに言い切る。

 お前だけじゃない、俺もお前の味方だと。

 表層的には仲間が出来て新しい自分を歩めると思っていたかずさ。

 そこに、根本的なところからお前を見捨てない、悩み事を1人でさせないと拓未は宣言する。

 孤独感を常に抱えていたかずさには、それがとても暖かく。何より嬉しかった。 

 

 

『っ……拓未ぃ』

 

『だぁ、もう泣くなよ……ほら。涙拭けって。

 おい俺の手で鼻をかむな!!』

 

『うぅ……だってぇ……。グスッ』

 

 

 

 

 

 

 

 今日は一体何度泣いてしまったのだろうか。

 ようやく落ち着いたかずさ。それまで何も言わずに、ただ黙って自分の髪を撫でてくれる拓未が有り難かった。

 落ち着いたのをみると手を離し、帰りの支度を始めようとする拓未。

 急に離れるぬくもりに寂しさを感じる。

 嫌だ。沸き起こった気持ちが意識せずかずさの口から零れた。

 

 

『なぁ、本当に帰るのか?』

 

『あぁ、もうすっかり遅いし』

 

『だからだよ。終電なんてとっくに終ってるじゃないか』

 

『だが、かといって泊まるわけには――』

 

『――泊まっていって』

 

『はっ?』

 

『今のあたしを置いて帰るほど拓未は薄情なのか?

 あたしはいま情緒不安定だぞ。ついうっかり何をしてしまうか――』

 

『あぁ、わかったわかった! 泊まるよ! だから早まるなよ!?

 ……俺が寝るのはリビングだからな。布団とタオルケット借りるぞ』

 

『うん、けどあたしが眠るまではあたしの自室に居て……。

 今日は、1人は嫌だ』

 

『……わかったよ』

 

 

 パジャマに着替えたかずさは自室のベッドに横になる。

 拓未はその近くに並べてある1人用のソファーにいた先客――犬のぬいぐるみをどかす。

 腹が破けて綿がみえるそのぬいぐるみは、縫い針で2~3針縫った程度のすぐにまた綿がこぼれそうな縫合しかしていなかった。

 ソファーに腰掛けると、横になったかずさが手を伸ばす。握れと催促しているのだろう。

 今日のかずさに反抗しても何もいいことはない。大人しく拓未は差し出された手を握り返すことにした。

 

 

『ねぇ、拓未。昔の話を聞かせてくれよ』

 

『昔の話……? 曜子さんとのことか?』

 

『母さんとのことも気になるけど、それよりもっとずっと昔の話

 拓未の子供の頃の話が知りたい。

 楽器歴10年なんでしょ? その当たりとか』

 

『そうだなぁ……。

 前も話したと思うかもしれないけど、俺もともと福岡の出身でな。

 母ちゃんは生まれた時に死んじゃった。親父は東京でレコード会社務めでな、営業職でまぁ俺を面倒見ることが出来なくて、祖父母のところに預かられてたってわけだ』

 

『父さんと、会えなくて寂しくなかった?』

 

『そりゃ寂しかったさ。爺ちゃんと婆ちゃんは優しかったけど、でもやっぱり”パパとママ”はいないわけだし。運動会とかの行事はいつも俺のところだけ両親がいなかった。

 それが原因で親父なんか嫌いだと思ってた時期もあった。けど幸運なことに、出来るだけ帰ってきてくれてたし、少ない時間でも最大限愛情を注いでくれてたと思うよ。お陰で今では親父のことは一番尊敬している』

 

『そっか……あたしとは違うんだな』

 

『あぁ、ほんの少しでも、ボタンのかけ間違いがあったらかずさのようになってかもしれないから、俺は幸せだったのだろうな……』

 

 親のいない環境や寂しさもあって、友達はそれなりには出来たが。なかなか作ることに苦労したらしい。

 祖父は当時は珍しく楽器に、バンドに理解があって(当時のバンド=ロックは不良の、反社会的なならず者がやることだった)。親父が若い頃は自宅のガレージを練習スタジオとしてバンド練習に使っていたため、楽器が一通り残っていた。

 拓未の生涯を一変したきっかけは10年前の、当事8歳だった時にテレビで見た音楽祭。森川由綺の”White Album”に、それになにより緒方理奈の”SOUND OF DESTINY”だったこと。

 当時ブラウン管にくっつくのじゃないだろうかというくらい、迫り寄ってただひたすら画面を見続けていたらしい。

 それから、祖父に楽器の使い方を習った。ただ、あくまで祖父なので、手入れの仕方や基礎的な使い方しか教わることは出来なかったそうだが。

 CDの再生ボタンが壊れるまで、ピックアップレーザーのギアが壊れるまで、何度も何度もその2つの曲を聞きながら真似して弾こうと練習していたこと。

 学校の授業の合間に宿題をこなして、家に帰ればすぐにガレージに籠り。ご飯を食べて風呂に入ればガレージに籠り。朝は早くから起きてガレージに籠り。ただひたすら耳コピをしながら、ビデオを見ながら練習したこと。

 音楽祭を見てから1年と少し。10歳を迎えた夏、遂に拓未は遊びを極めたとでも言おうか。カセット式MTR(マルチトラックレコーダ)にドラムからベースにキーボード、ギターまでといった全て自分で弾いた曲を録音し終わることとなる。

 

 それを聞いたかずさは驚いた。3歳くらいからの英才教育を施した子供ならまだしも、8歳である。音楽的な感性についてはもう固定されるような年齢になってだ。

 わずか1年半で2曲とはいえすべての楽器をこなすようになったのだ。最初の使い方だけ教わり、後は全てビデオとCDの耳コピでという超ハードモード。

 素質の問題かと思ったが、どうやら本気で何もかも捨てて練習に打ち込んだような話から。努力の賜物だとかずさは感嘆した。

 

 そのテープが親父の手に渡って。怒られるかと思わずげんこつを恐れて目を瞑ったが、代わりに頭を撫でられたのは印象に強かった。それがきっかけで当事寂しさから憎んでいた親父とのわだかまりはなくなったのだ。

 もっとも、当事ガレージにたくさんあったロック(ロックンロール)なレコードのせいで、やたら反社会的な考えが染み付いてしまったのには、今でも親父を恨んでいるが。と軽口を叩きながら。

 

 

『拓未も、なんだか音楽に関わる部分はあたしと少し似ているね。

 ただひたすら打ち込むところとか。

 母さんに褒められた時は本当に嬉しかったなぁ……』

 

『ま、俺達はどうあがいても、親父や、曜子さんの子供であるっていう事実は消えないからな。

 やっぱり褒められたら嬉しいし。怒られたら悲しい。

 今のお前の抱えている気持ちだって間違っちゃないんだぜ。それをどう捉えて受け止めていくか、だな』

 

『そう、だね……。

 なぁ、その後の拓未はどうだったの?』

 

『その後は……。今となっちゃ大したことないさ。

 ちょっと女性関係で揉めてな、中学校入ってすぐは荒れに荒れた。

 楽器がそこそこ弾けるのも関係したんだろう。親父に、こっちに来て好きにバンドでもやってみたらどうだって言われてな。

 それで上京してきたんだ。ま、こっちでも女性関係で荒れて曜子さんに修正……いや、矯正してもらうことになったんだが。

 そういや、あの小学校の時の録音テープ返してもらってないな……』

 

 ま、それが俺の中学校時代だ。そういって拓未の話は終った。

 

 やはりそこで母さんの話が出て来たか、と思ったことは事実だ。

 自分は捨てられたのに、拓未は自分の母さんに助けられたと言っている。同じ年の出来事なのに。

 そう思うことでかずさの心にチクリとした痛みが走るも、同じくらい、お前の母さんはすごいんだぞと褒めてくれることに対して少し誇らしげな気持ちもあった。

 そのすごいと言われた母を見返してやらなくちゃいけない。けど、見返すことに囚われちゃ駄目だとも拓未は言った。

 大切なのは楽しむこと。バンドを、ライブを馬鹿みたいに騒いでやることが大切なんだと。

 なーに、お前なら出来る。クールに決めただけでも大盛り上がりするはずだからよ、と。

 そう言いながら拓未は握っている方とは反対の手、左手でかずさの髪を撫でた。

 

 

『ありがとう拓未……。なんだか寝れそうな気がする。

 ごめん、遅くまで』

 

『いいってことよ。んじゃ俺はリビングで寝るから、また明日な。おやすみ』

 

 学校での全く束ねていない……だらしない長髪と違って、テールアップにした拓未は、とても人懐こいような、安心させるような顔をしてかずさの部屋を手を振りながら出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思い出しながらはや2時間。一向にかずさは寝付ける気配がない。

 下の階に拓未が寝ているからだろうか。泣きつかれたはずなのに、身体は眠気を訴えているのに、意識が落ちようとすることはなかった。

 妙に身体が熱い。少し顔を洗えばすっきりするだろうか。

 出来るだけ、音を立てないように階段を降り、洗面台へ向かう。

 何度も顔を洗う。これだけ泣いてしまえば明日はきっと目が腫れるのだろうか。

 皆には情けない顔は見せたくない、そう思い再び顔を洗い始めた。

 

 その帰りにリビングで寝る拓未を見る。

 途端に、かずさの鼓動が跳ね上がった。

 この感覚は、前にもあった。ギター君が春希だと知った時と同じ感覚。

 かずさの身体が更に熱くなる。

 顔のが赤くなるのが自分でも判った。

 

 

 そうか、そうか……。この感覚が。

 

 

 好きっていうことなのか。

 

 

 二人の相手に好意を寄せるなんて、浅ましい。

 しかし、一度意識してしまえば、その衝動を止めることは出来なかった。

 

 

 拓未に離れていたくない。触れていたい。

 

 

 

 少しだけくっついてみようかな。

 

 

 

 バレたらバレタで開き直るまでだ。

 

 

 窓側を向いて眠る拓未の背中に寄り添うように横になり、手を置くかずさ。

 春希より若干小柄そうにみえる拓未の背中。だけど自分を叱咤してくれた彼の背中は他の誰より大きく頼りがいがあるように感じる。

 両手から伝わる拓未の体温、それを感じるのが何かとても幸せなことのように感じた。

 

 もう少し、もう少しの間だけ。

 

 

 不意に、寝返りをうつ拓未。

 焦って手を伸ばしてしまったかずさは、結果として拓未の頭を抱きかかえる形になってしまった。

 自分のすぐ目の前に拓未がいる。大人しく寝息をたてている。

 

 少しでも近づけば触れるその距離。

 

 

 あぁ、拓未……拓未……拓未ぃ……。

 

 熱に浮かされるように、かずさは顎を突き出すようにし、その距離を縮めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっ。と目を覚ます。

 ここは、何処――私の自室。

 今は何時――朝の9時前。

 そうだ。今日は、合宿が終った翌日、夏休みが始まって最初の月曜日か。

 

 

 すこしだけ汗ばんだかずさは不快感を拭うためにシャツをはためかせる。

 そっか、夢か。どうしてあのことが夢に出て来たのだろうか。

 たぶん、昨日の事だろうか。

 泣きながら自分に仲間外れは嫌だと打ち明けてきた雪菜。

 その話を聞いて隠したつもりでも――隠しきれていないショックを受けた拓未に気付いたかずさ。

 

 拓未は、きっと本当は、雪菜の事を……。

 

 

 胸が痛む。

 しかし、まだそのことが、拓未の想いが雪菜との関係を持つことには至っていないのだ。

 同時に北原のことを思い出してしまう。

 

 なんて浮気者なのだ、あたしは。女々しいにも程がある。

 

 今日だって彼らは練習をしに来るのだ。雪菜と顔を合わせるのは辛いが。だからといって自分がこの調子ではいけない。

 

 

 気分を入れ替えよう。そう思いかずさは部屋を出るとシャワールームに降りていった。

 

 

 

 




今回はかずさのターン。
小春ちゃんのターンはまだか。まだです。そもそも予定が……。


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EPISODE:19.5

帰ってきたのが遅くなりました。
投稿も遅くなりました。



 「はぁ? 柳原朋(クソビッチ)に脅されている、だぁ?」

 

 学年でもこれほど信頼されている人間は他にいるだろうか。『いいんちょくん』と呼ばれる理由、それは何も学力だけの話ではない。生来のお節介焼きのせいで培われたのか、それともその能力故にお節介焼きになったのだろうか。

 トラブルや悩み事、切羽詰まったスケジューリングや学校行事の現場での生徒に対する指揮といった運用能力(マルチタスク)に長ける、厄介な物事を解決するのに定評のある男。そんな北原春希が年下の女の子に脅されているという。

 そんな滑稽な話があるか。そう拓未は一蹴する。

 

 

 

 不穏な空気を見せたまま終った合宿の翌日。昼にまた冬馬邸にて練習を行うべく集まった同好会部員一同の前で雪菜は『ごめんなさい!』と集まるなり謝罪を始めた。

 合宿が始まる前から泊まりがけで練習していたことに仲間外れを感じていたこと。そのことに子供っぽく腹を立ててしまったこと。かずさにみっともない姿を見せたこと。拓未を叩いてしまったこと。

 幼稚なことをしてしまってごめんなさい。それでも、今後も仲良くしてほしい。素直に雪菜は謝った。

 

 拓未もかずさも、何が雪菜に昨日のような行動を起こさせたかは十分知っていたので、こちらこそ悪かったと謝り合う。

 でも、わたしが。いやいや、こっちのほうが。それぞれが謝るのを止めない中、昨日の出来事に対してようやく合点がいった武也が『いや、そもそも春希が悪くね? 下手だったから徹夜してたんだし』と助け舟を出し場を収めることが出来た。――もっとも、春希は自分が原因だと自覚していた為助け舟どころか傷に塩を塗りこまれたような顔をしていたが……。

 

 

『あ、あのさ皆……。実は昨日俺、柳原朋に――』

 

 やっと解決したことだし、さぁ練習を始めるぞ。気持ちを切り替えてバンドの完成度を高めよう。そう意気込んだところに春希が新たな問題を持ちだして、冒頭のセリフに繋がる。

 

 

 

 

「脅されたって、お前。ハニートラップでも引っかかったのか?」

 

 そんなバカみたいな手に引っかかるヤツ飯塚達ぐらいだろ。笑う拓未に喉に詰まったようなうめき声を上げて反応する武也。

 

 

「……いや、そういうわけじゃないんだが。

 昨日の帰りに小木曽――わかったよ……雪菜、と口論したのを柳沢に見られて、よりによって写メも取られてさ……」

 

 雪菜? わざわざ言い直して名前で呼んだ春希を不審に見る拓未。

 昨夜に何か2人の間であったのだろう。電話が通じなかったのはそれが原因なのか。今日の憑き物が落ちたように、スッキリとした雪菜を見れば春希が解決したのだろうというのは容易に想像がついた。

 しかし、いきなり名前で呼ぶようになるとは余程のことがあったのだろう……。勝手に自分で線引きしておいて勝手に嫉妬している。何だ俺は、ざまぁないなと拓未は自嘲した。

 

「これが知られたら小木曽の追っかけに文字通り殺されるかもしれない……ということ?」

 

「いや、むしろ春希の犠牲だけで済めば御の字じゃないかな。冬馬」

 

 親友だから骨は拾ってやる。安心して逝ってこい。武也に紙切れのようにペラッペラの”アツイ”友情を実感したのか春希は泣きそうな情けない顔を作る。もちろん悲しみの涙を彷彿させるほうの顔だが。

 

 

「そもそもこの確執を生み出した原因はお前たちだろう、武也ぁ。

 ……たしかにファンから恨まれる云々もあるけど、柳沢騒動に加えて今回の雪菜騒動が加われば生徒指導が介入するぞと言われてさ。

 柳沢は、それが嫌なら雪菜のミスコンエントリーを辞退させろと条件をつけてきた」

 

「えー、ミスコン? 良いよお、そんなの出なくても。

 ……もともと推薦を断れなかっただけだし」

 

 ……何の事はない、問題は解決されてしまった。

 よくよく考えれば雪菜にミスコンへのこだわりはこれっぽっちも無いのだ。今までだって立候補したことは一度もない。出なくて済むし、ライブは出来るし、問題ないよね? そう笑いながら話す雪菜。

 

 

「……なんなんだ? この茶番は。お前は何を悩んでいたんだ?

 それに、北原。お前年下に良いように扱われて悔しくないのか?

 ギターのセンスは無くてもプライドは有るヤツだと俺は思ってたんだがな」

 

「いや、俺だって悔しいし! 確かにセンスは無いかもしれないけどそこまで言われたら傷つくし!

 雪菜はそういうだろうと思ってたけどさ、悔しいのは確かだよ。だから何か良い方法ないかなって」

 

「そんなもの、放っておいていいでしょ。その柳原って子がどうこうしようっていっても、相手にしなければ良い話」

 

「いや冬馬。そんないつもみたいに関係ないねって態度してたら同好会がだな――」

 

「だから、本当に放っておいて、適当にあしらえばいいんだって。

 ――だって、もう皆仲直りしてるだろ? 仲間内でよくある言い合いの喧嘩だったんだって言えば済むでしょ」

 

 はっきりと言い切るかずさに、そんな簡単に物事が解決するのだろうか。そんな不安気な顔を春希は見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としてかずさの提案は正解だった。

 練習中かかってきた朋からの電話に対して、「アレはただの喧嘩だから何も問題ない」全員が同じセリフでそう言い切ってしまうと朋は教師陣へ噂をリークする訳にもいかなかった。

 憎たらしげな声を隠しもしないで、ならば追っかけに噂を流そうかと諦め悪く責めようとする朋に「弱みを握ってるのはお互い様だろ?」と武也の含みをもたせた反論で朋の追撃は途絶え、目論見は崩れ去ってしまった。

 

 

 ようやく本腰を入れて練習に取り組むことが出来る軽音楽同好会。

 雪菜がアルバイトの日は夕方まで、そうじゃない日は夜まで。再び訪れた土日は合宿形式で。これほど毎日皆で一丸となって真剣に取り組むバンドはそうそうないだろう。

 そう自画自賛出来るくらいに練習に励んだ成果が実ったのか、著しく上達する春希に拓未はようやく自分のパートに専念出来る。そう安心できるくらいにはバンドの完成度が高まっていった。

 

 

 

 

「なあ、拓未」

 

「んー、なんだ?」

 

 その日は皆予定があり、久々に練習がない日だった。

 特に用事のない拓未はかずさの家で、ライブ用に向けた打ち込みパートの細かな調整をしていた。

 別に拓未の自宅でも作業が出来ないことはないが、良い設備が整っている上にモニタースピーカーで確認できる冬馬邸だと仕事の捗りも良い。

 そんな拓未と同じ部屋、地下スタジオでピアノを弾くのをやめて休憩に入るかずさ。手元に、大量のガムシロップのせいで随分と透明度が高くなったアイスコーヒーを持ちながら、かずさは拓未に話しかける。

 そろそろ時間だし、昼飯の話だろうか。今日は何を作ろうかな。

 かずさのことだから辛いのはダメだろうな。そう思いながら拓未は応える。

 

 

「あたしはさ、暑いのは苦手だ」

 

「そんな感じだよな。外に出たらバターみたいに溶けてしまいそうだ」

 

「特に今日みたいなセミのうるさい日とか買い物に出掛けることすら億劫だ」

 

「必要な物があったら何でも言っていいって柴田さんが言ってただろ?

 ――正直、ハウスキーパーさんが訪れる家って今でも慣れないけどさ」

 

「けどさ、だからと言って毎日ピアノを弾いていたいっていう訳じゃない」

 

 かずさは不満だった。拓未が楽器を持ち替える時は4人で楽しそうに会話しながら帰るのが、楽器を持たない日や遅くなった日はヘルメットを被りタンデムシート乗って帰る雪菜と拓未が帰るのが。

 いつも見送る立場であること、拓未や春希達がほぼ毎日会ってくれるのは嬉しい事だがあの帰りは皆でどこかに寄っているのだろうかと考えたりしたこともある。わかりやすく言えば雪菜のように仲間外れに似た感覚を味わっていた。

 

 

「だからさ――暑いけど……あたしをどこかに連れて行ってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしを、他の女が使ったシートに座らせるのか」

 

「……どうしろっていうんだよ」

 

「別に、ただちょっと言ってみたかっただけだよ。

 それにしてもやっぱり外は暑いね」

 

「すげぇ反応に困るんだけど。……ほらよ、ヘルメットの被り方はわかるか?」

 

 ダックヘルではあるが留め具はプラスチックではない”日”の字形の金具に紐を通すタイプのそれを渡す拓未。

 バイクのヘルメットを被ることなんて初めてのかずさに留め方がわかるはずもない。

 拓未は困ったような顔をするかずさに苦笑しながら留めてあげることにした。

 

 

「……よし。わかったか?」

 

「顎の下が見えるわけないだろ。全然わかんないよ」

 

「あぁ、そりゃそうだよな。紐の通す順序、もっかいやり直すから、お前も触りながら確認しよっか」

 

 かずさに紐をもたせ、その指を取って通し方を教える。

 触れているからだろうか、かずさの頬がにわかに赤くなる。

 普段クールな顔を見せるかずさが頬を染めるその反応に拓未は柄になくドキドキと、自分の心臓が早く鼓動するのを感じた。

 かずさの容姿が好みじゃない、というわけではない。というかはっきりと美人だと断言出来る。

 雪菜のような可愛らしさよりも、凛とした綺麗さ。全く反対方向ではあるが整った容姿であることには間違いない。かずさを不細工だという人間がいたらそいつはきっとどこか頭がおかしい。きっと家畜の写真をみて興奮するようなやつだ

 ひどい言い方ではあるがそこまできっぱりと決めつけてもいいくらい掛け値なしの美人だった。

 だがしかし、彼女は拓未にとって友達なのだ。そして友達であり同じバンドのメンバーなのだ。

 そんな彼女に対して起こして良い反応ではない。平静を保ちながらも内心、早まる鼓動を抑えるのが必死だった。

 

 

「それで、何処に行きたいんだ?」

 

「そ、それを考えるのは男の役割だろ」

 

「んー、んじゃあ何処か適当な――」

 

「……海」

 

「え?」

 

「……海に、行きたい」

 

「水着は?」

 

「要らない。行くだけでいい」

 

「いくら薄手のサマーカーディガンを羽織ってるからって、首元とか日焼けするぞ?」

 

「日焼け止めなら持ってきてるし、塗ってある」

 

「……へいへい。わかりましたよ、お嬢様。

 ほら、俺の肩に手を置いて、跨って。……いや、ステップを踏むのは左足な」

 

 バイクの左側にいるのに、跨るために右足を出すかずさ。

 ホントに乗ったことがないんだな。不慣れがもたらす緊張故に、よく考えたらそれじゃ全く乗れない事に気付くはずなのに。

 右足を先にステップにかけてしまうと大正浪漫なハイカラさん座りになってしまう。

 初めての子にありがちなパターンに拓未は笑いが出てしまう。

 不貞腐れるかずさはヘルメットの後頭部を叩いてくる。

 笑って悪かったって。そう話しながらセルスターターを回す。

 

 

「おっし、それじゃ当機はまもなく発車しまーす。肩か腰かグラブバーか、捕まるところを今一度ご確認しろよ」

 

 フライトアテンダントのようなセリフで安全を促してスロットルバーを開く。

 おっかなびっくりしている搭乗者を後ろに、拓未はビックスクーターを走らせた。

 

 止まっているときは暑いと思ったけど、一度流れに乗ると風が気持ち良い。

 信号につかまる時の暑さだけは勘弁して欲しかったが、思ったより快適なバイクはかずさにとって全く初めての体験だった。

 環状通に向かって緩やかに南下するなかで、最初は不安で戸惑っていたかずさだったが次第に慣れてくると頬を撫でる風を楽しむようになってきた。

 

 

「バイクも、意外と気持ちいいんだね」

 

「そうだろ、話しづらいのが難点だけどな」

 

「こんなことなら、もっと早く乗ってみるんだった」

 

「そういや乗せる機会がなかったな」

 

「ここは今まで小木曽専用シートだったからね」

 

 環状通りにたどり着く。学生にとっては夏休みだが世間では平日の昼間。

 環状通りはそれなりに交通量が多く渋滞するところもあったが、そこはバイクである。すり抜けすることで比較的快適に走ることが出来た。

 実際は法律的にグレーゾーンではあるし、タンデムしているから細心の注意を払って、ではあるが。

 

 

「環状通りまできたけどさ。かずさ、海は海でも、何処に行きたいんだよ」

 

「うーん、鎌倉?」

 

「は? ……マジ?」

 

 一日を使った外出になることに、拓未は今日の作業はもう無理だな。そう諦めながら予定の変更を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中で休憩しながらも有料道路を2つ突き抜け、国道に入れば目の前に広がるのは青く広がる太平洋だった。

 休んだ時間を含めても片道で1時間半程度。頻繁にストップアンドゴーを繰り返す下道を走るよりも有料道路だとずっと疲労は少ないが、それでもタンデム初心者に一時間以上はきつかったのではないだろうか。

 そう心配した拓未だったが海を目にしたかずさの歓喜の声に心配は不要だったと安堵した。

 都心とは違う、潮の香りを含んだ風が鼻孔をくすぐる。

 晴れ渡る空の下で輝く海原は気持ちがおおらかになるような、包み込むような気持ちにさせる。

 広がる海とさざ波は拓未に落ち着きを与えてくれるのだが、目の前の連れ――かずさの喜びようは異常だった。

 

 

「これが、海水浴場……。拓未っ、ねぇ拓未!  海だ! 海が見える!」

 

「だぁ、お前普段とキャラ全然違うって。海だろ、見ればわかるだろ。

 生まれてこの方、海を見たことがない日本人なんて珍しいだろ」

 

「なんでそんなにテンション低いんだよ、あんたは。

 あたしだって海くらい見たことあるさ。でもホテルのプライベートビーチじゃない、日本の海水浴場ってのは初めてなんだよ」

 

「日本の海が初めてだなんて……お前」

 

 普通の人間とは方向の違う感動に拓未は呆れる。

 だがしかし、それならこの喜びようもまぁ納得は出来るか――それにしてもはしゃぎすぎではあるが。

 

「海の家がある、かき氷はやっぱりイチゴだよな。いやでもブルーハワイも好きだし……ミルク宇治金時も渋いな……いっそ制覇してみるのもありかな」

 

「全然ありじゃねーよ、お前腹壊すぞそれ。

 とりあえず、この格好じゃ暑い。サンダルもねーし、Tシャツでも買って着替えようぜ。周りは水着なのに場違いすぎる」

 

「むぅ……わかったよ。でもそのあとでかき氷、忘れるなよ」

 

 

 水着こそ用意しなかったので泳ぐことは出来なかったがそれでもかずさにとって海水浴場は楽しかった。

 貝殻を探すといった少女チックなことでも新鮮な事だったし、砂遊びをしたのも10年以上ぶりだった。

 海の家で食べるかき氷は、フェスで食べるそれと同じシロップだが、何故か特別に美味しく感じた。

 どこまで浸かれるか進んだ結果、深くなった部分に足をとられ、結果水浸しになったのさえも笑うことが出来た。

 どうせ水浸しになってしまったのだと拓未も道連れだと背中を押し、無理やり進ませればやはり同じ所で転ぶのを見てはゲラゲラと笑った。

 

 ただの遊びでここまで笑うことは随分と無かった。いや、ずっとピアノと関わっていただけに、物心ついてからはおそらく初めての出来事だった。

 

 普段とは全く違う、底抜けの笑顔を見せるかずさ。斜に構えたような笑みではなく、弾き終えた達成感による笑みでもない。連弾やセッションで見せる顔でもない、心から、ガキのような笑顔。

 今まで見たことがなかった、それこそこれが本当のかずさかもしれない。そう思わせるような彼女の喜びを見て拓未は今日ここに連れてきて良かったと、自分のことのように嬉しく感じた。

 

 

 

 

 昼から出かけた為、日が暮れるのは思ったより早かった。18時を迎えれば夕焼けが見えてくる。

 海水浴場からバイクの駐輪場に向かう際にすれ違う人の数は、海に向かって歩いた時より随分と少なくなった。

 

 かずさは帰り道の海岸の堤防に登り、手を広げながら歩く。

 

 

「よっと」

 

「おいかずさ、危ないぞ。何やってんだよ」

 

「AIRごっこ」

 

 その発言が果たして許されるかどうか……。ブランド違いのネタに言葉が詰まる拓未。

 夕焼けが2人の影を作る。遠く伸びるその足元に立つかずさ。手を広げながら歩く彼女は、来た当初の喜びようとは打って変わって、落ち着いた声で拓未に話しかける。

 

 

「なぁ、拓未」

 

「んー」

 

「初めて来た海、楽しかったよ。

 貝殻を集めたことも、かき氷を早食いしたことも、二人ともびしょ濡れになったこともすごく楽しかった。

 ピアノ以外の世界がこんなに楽しいなんて、想像さえつかなかった。」

 

「そっか、俺も久しぶりに楽しめたよ。ガキの頃みたいだった」

 

「ありがとう、拓未。

 拓未が連れてきてくれた事、今日見たこの景色も、心から笑った出来事も、あたしは絶対忘れない。

 ……なんだか、無性にピアノが弾きたくなってきた。

 今度のライブは、HOTLIVEはあたしは万全のモチベーションで挑めそうだよ。必ず成功させような」

 

「かずさ……」

 

 いきなり感謝された拓未は思わず堤防を歩くかずさを見上げ息を呑む。

 夕陽に照らされた髪が輝く逆光になってはっきりと判断は出来なかったが。

 笑いながら、感謝を告げた彼女の顔は。笑顔のはずなのに泣いているように見えた。

 

 繰り返すことになるが美人だと断言できるかずさ。

 だが単純に美人だと簡単に言い切る事ができない。笑っているのに悲しいという、心の琴線に触れるような、揺らぎを与えるような、そんな美しさを今のかずさに感じていた。

 

 かずさを見続けたまま、鼓動を早くする拓未。

 駄目だ、抑えろ。必死に身体に命令するが言うことは聞かず鼓動は早くなったままだ。

 

 

 いけない、この感情を認識してはいけない。

 バンド内では絶対に持たないと思っていた感情。

 雪菜に対して起こる想いを必死に抑えつけていた感情。

 それをあろうことか同じバンドのもう一人に対してまで湧き上がらせてしまう。

 

 それは彼が嫌悪する意思をはっきり持たない人間――周りに流されてしまう者が持つ、最低の感情だった。

 

 

 

 




冗長な日常回だけにするつもりだったんですが、尺的にその後も挿れることに。

手元の詳細なプロットが全部尽きて、中期的なプロットしか無い状態になったので執筆に必要な時間が今以上に増えそうに。
更新のペースは落ちてしまいそうですが、物語は中盤のさらに中程に差し掛かろうとしています。
つまらない改編物語ですが中盤の完結までもうしばらくお付き合い下さい。


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EPISODE:20

ついにやってきたライブ当日



「うっわぁ……、すごい人だかり……」

 

 御宿の、ビルに囲まれた中にある、行政施設の横にある御宿中央広場は、ヒートアイランド現象のせいだけだとは決めつけれない程の熱気に包まれていた。

 広場の周りにはアルコールこそないものの、ジュースやかき氷、ホットドックや焼きそば等、そして暑い日中であることを見越してか、タオルやリストバンドを売っていたり……縁日さながらの露店が並んでいる。

 花火大会に近いくらいの人の多さではないだろうか? そんな人口密度に思わずすごいと呟いた彼――小木曽孝宏は圧倒されていた。

 一緒に娘の初舞台を応援しに来た母、秋菜も想像していなかった観客の群れに人酔いを起こしそうな程である。

 今日は、軽音楽同好会としての最初のステージの日。HOTLIVEの予選開催日だった。

 

 HOTLIVEは、複数の楽器店が共同で開催するオーディション形式のライブである。予選を勝ち抜き、全国大会で優勝すればプロへの道も拓けるということでレコード会社も協賛している。つまり、それなりに広告を打ってあるイベントであり、特に御宿の野外ライブは入場料が無料なのはもちろん、広場という通りすがりの人らへの目のつきやすさが飛び抜けている。

 コアな音楽ファンや、出演するバンドのお客さん、遊びに来ていた家族連れやカップル。そして自分のような出演者の家族……。夏季休暇――いわゆるお盆休みの初日にあたる今日、会場は様々な類の人達でごった返していた。

 Tシャツといった普通の夏模様の服装の人が多いが、中にはイベントを満喫するためか、開放感も野外ライブの醍醐味と言わんばかりの露出度の人もかなりの割合で見かける。

 孝宏の斜め前の女性もチューブトップにジーンズ姿でステージに向けて手を降っている。

 目のやり場に困る。しかしかといって目をそらしてしまったら勿体無い。鼻の下を伸ばしている孝宏を秋菜はニコニコしながら見ている。

 

 

「あらあら、孝宏ったら。お姉ちゃんがこれを知ったら大変ね」

 

「うわわっ。な、何も見てないって!

 か、母さん、人酔いしていない? 大丈夫?」

 

「あなたのそういうころ、お父さんと違って残念よね。

 まぁ、黙っておいてあげましょう」

 

 家族第一主義で、浮気心も一切見せない秋菜の夫、晋と違って息子の孝宏はそれなりに助平なようである。

 父が、晋が全て正しいとは思わないが、母としては孝宏の見せる男性の(さが)というのは仕方ないと思いつつも少し複雑な心境ではあった。

 

 

「人の多さにはびっくりしているけど、大丈夫よ。

 それにしても……ライブってこんなに音が大きいのねぇ」

 

「ホント、すごい音だよなー。でもやっぱり生で演奏しているのを見ると迫力がすごいね」

 

 初めてライブ会場に来た秋菜は今ステージの上で演奏しているバンドの音量の大きさに驚いているが、御宿HOTLIVEは野外という条件もあり、あまりに激しいジャンルの演奏は認められていない。

 演奏している彼ら――十分POPだと言っていい程のロックサウンドなのだが、秋菜には十分大音量に聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……ダルい……。帰りたい……」

 

「冬馬ぁ、野外ライブなんだから暑いのは当たり前だろ。ほら、水分とって」

 

「誰のせいでこんなに疲れてると思ってるんだ、北原……」

 

「わたしも。こんなに疲れるとは思ってなかった……」

 

「そりゃ確かに俺のせいであることは否定できないが……。

 俺らの出番まで時間はまだあるんだからさ、無理して全部の出演者のライブを見ることはないだろ」

 

「だってぇ、他の人の演奏も見てみたかったんだもん。でもそろそろキツイ……」

 

「ほら、あの陣取った木陰のところで武也達待ってるからさ。戻ろう」

 

 かずさと雪菜の極端までの疲れよう――なんてことはない、いくら上達したといえど、一番不安が残る春希の完成度を高めようと明け方近くまで練習していたからだ。

 それに加えて参加者の集合は朝の8時。それから午前中はリハーサルだった。たくさんの出演者がいるため、音量のセッティング程度しか時間は取れなかったが……。

 そんなハードスケジュールのうえで、更に出演者の演奏を見ようというのだ。彼女らが疲れてしまってもそれは仕方がないことと言えた。

 彼ら、朝早くから集まった出演者の特権――広場の周りの好きなところの場所を確保出来ること。それを最大限に活かした軽音楽同好会は、真昼に丁度木陰になる絶好のポイントにビニルシートを敷くことに成功していた。

 

 

「浅倉もやっぱ眠そうだなって、……武也」

 

「あぁ、誰かさんのお陰で寝不足で仕方ねぇよ。

 飯塚もすっかりこの通りさ――もっとも、コイツにとっては天国かもしれんが」

 

「あたしにとっては地獄……というのは言い過ぎだけど、暑苦しいし痺れるし結構辛いんだけど」

 

 決して快適とはいえないものの、直射日光に比べれば木陰は遥かに涼をもたらしてくれる、そんな樹木により掛かるように腰掛けている拓未が顎で指すその先には武也が暑さなんて気にしないとばかりに眠っていた。

 その武也を膝枕している依緒が困り顔で自分にとっては天国なんかじゃないと悪態をつく。しかしその彼女が決して嫌な顔をしていない――むしろ喜んでいるように見えているのは拓未も春希も、そして雪菜達も指摘しないでいた。

 

 

「やっぱクーラーボックス持ってきて正解だったな。雪菜、水沢に飲み物と、保冷剤を2つ、タオルに巻いて渡してやってくれ」

 

「あ、そうだね。依緒もお疲れ様。飯塚くん朝まで頑張ってたからね、もうちょっと我慢してあげて?」

 

「まぁコイツが思っていたよりずっと、同好会に対して熱心だったのを見ていたからね。我慢されてあげるしかないよ」

 

「ホント、依緒から話を聞いていた飯塚くんとだいぶ印象違ったもんね。はい、これ。

 保冷剤は首とか手首とか、結構が良いところに当てたらだいぶ涼しくなるよ」

 

 受け取った飲料水で少しだけ喉の渇きを癒やした依緒は保冷剤を武也と自分自身、それぞれの首元に添える。

 空いているもう一方の手には団扇を持ち、武也に扇いであげる依緒。

 普段は活動的な、武也に対して口喧嘩することも多い、あえて言うなら男の子みたいにサバサバした性格の依緒が甲斐甲斐しく世話をするその姿は雪菜にとって意外だった。

 拓未のほうを向く雪菜。しかし当の拓未はその視線に気づくこと無く春希と話している。

 そうだよね、そういうもんだよね。ボヤきながら雪菜は淡い期待はするもんじゃないと嘆息した。

 

 

「けど、こんなに暑いのに、みんな本当にあの格好でやるの?」

 

「わたし達は峰城大付属高校の軽音楽同好会だよ。本来の目的は文化祭だもん、あっちのほうがわかりやすいよ」

 

「そういうものかなぁ……」

 

「あたしは、嫌だよアレ。ホント暑いって。これを提案した小木曽も、押し切られた北原に拓未も、許可した部長もみんなどうかしてるよ……」

 

「いや、俺は最後まで否定していたつもりだったけど……。コイツが根負けするから飯塚が許したんだ」

 

「お前全然強く否定していなかっただろ。浅倉がそれだから俺も大丈夫だと思ってしまったんだっての」

 

「あんた達……結構情けないんだね」

 

 雪菜に強く否定出来なかった男性陣を冷ややかな目で見る依緒。この暑い中、あんな厚手でステージに立って、倒れても知らないからね。そう言って彼女は保冷剤を額に当て直した。

 

 

「あー、いたいた!って、冬馬さん、げっそりしてるねぇ。さっき入り口にかき氷の出店があったよ。それとグッディーズもなめらかプリンアイスを売りに来てたよ」

 

「えっ、なめらかプリンアイス……!?」

 

「御宿店だけのオリジナルらしいけど。

……あれ、春希も拓未も、なんでそんな変な顔してんの?」

 

「あぁ、瀬能……いや、Noと言い切れない日本人らしい自分を不憫に思ってただけだよ

 ……ってお前なんていう格好」

 

「えー? 水着だけの人だっているじゃない。それに比べりゃ十分大人しい服装だと思うけど?」

 

「――なめらかプリンアイスは魅力的だが、かき氷はやはり鉄板。しかし御宿店限定は捨てがたい……」

 

 答えながら千晶に振り向いた春希が絶句したその格好。

 キャミソールにローライズと言っていいくらいのデニムホットパンツ。

 下着も微かに覗いている。

 なまじスタイルが良い千晶。水着だけの女性よりも遥かに扇情的な出で立ちだった。

 

 

「ま、千晶は出るとこ出てるし、外面だけは魅力的だからな。北原が目のやり場に困るのも仕方がないな」

 

「なぁに?……肩紐がキャミだけしかないのが気になるの?

 しょうがないなぁ、ここまでだけど、見せてあげるね」

 

「だああ、見せんでいい。紐をずらすな!」

 

「――何を迷う必要があるんだ。両方買えばいいじゃないか。でもプリンは3つは欲しいし、かき氷の他の味も気になる……」

 

「あはは、そういえば春希はお尻も好きだったっけ?ローライズに驚いていたのぉ?

 でもこっちはずらせないからね、ごめんね」

 

「だから見せなくていいっての!

 ったく、お前は誰にでもそんな態度して、少しは自分の身体を大切にしろよ」

 

「――けどこないだの海で食べ過ぎは懲りたしな……。あぁ、悩むっ……」

 

「誰にでもな訳ないじゃない――

 それより、意外だね。もっと緊張してると思ったのに。春希って結構大物?」

 

「……うん?

 いや、リハーサルの時はそれなりに緊張してたけどさ。徹夜明けってのと、皆のだらけっぷりを見てたらなんだか、すっかり忘れてた」

 

「――本番が終ってからまた買いに行くって方法も。いや、それまでに売り切れていたら……」

 

「ふふっ、いいね。その脱力感。十分に弾けるようになったから他のことが考えられるんだね。

 期待しているよ。見せてちょうだい。春希の、あんた達の作る舞台を」

 

「あぁ、これだけ頑張ったんだ。期待に応えられるかどうかはわからないが、全力を出すまでだよ」

 

「――そうだ!誰か連れて行って持ってもらえばいいんだ!……って、拓未は?」

 

「……浅倉なら、雪菜とかき氷を買いに行ったよ。ほら、あそこ」

 

「え……。あ、しまった! 待って、あたしも――」

 

 依緒の冷静な答えを聞いて慌てて指差す方向へ駆けていくかずさ。

 たかだか氷菓にどれだけ真剣に悩むんだよ。そんな雰囲気を残された3人は醸し出していた。

 

 

「……っていうか冬馬さんも出会った当初に比べて随分変わったよね」

 

「ホント、自分の出し方が上手くなったというか、素直になったというか」

 

「うん、素直になったよね。最初は凛としたっていうか、我関せずっていうか」

 

「そうだよねぇ。そんなイメージと随分変わった冬馬さんだけど、春希はどうかな? 前のほうがいいかな?」

 

「そ、そこでなんで俺に振るんだよ!?」

 

「……決まってるじゃない、メモ紙――」

 

「あぁああああ! お前、口を滑らすなよ。……ったく。

 冬馬が素直になる、いいことじゃないか」

 

 口を尖らせながらもっともらしいことを言う春希。しかし目は走って行くかずさをずっと追っていた、その視線を外すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから始まるバンドを見に来たのか。それとも何かイベントを開催していると興味をもって来たのか。

 広場に次々とやってくる人達と、目当てのバンドの演奏を見終わったのか、帰る人達。

 露店が並んでいる広場の入口付近は出入りの流れがあるということも手伝って、特設ステージ前よりも人だかりが多い印象を拓未は覚えていた。

 そんな中、かき氷を食べたいと言いだした雪菜に付き合って拓未は人混みの中を歩いて行く。

 

 

「やっぱり露店にを見ると、イベントって感じがするよね。

 こんなに暑いからかき氷きっと美味しいだろうなぁ」

 

「そうだなぁ、こういう所で食べるのって何でかわかんねーけど上手いんだよな。

 俺としてはソフトクリームとかシャーベットのほうが好きなんだけどな。ちょっと気を抜くととコーンの下からポタポタと」

 

「あはは、拓未くんもそういう抜けたところあるんだ。

 これが夜の夏祭りとかだったりするとイカ焼き串焼き、そういったものも欲しく鳴るんだけどなぁ。

 さすがに今は食欲が」

 

「確かにボーカルが本番前に口にするのはあまり良くないけど、体力持たないぞ。焼きそばかって、分けて食おうぜ」

 

「あ、焼きそばもいいね――」

 

「小木曽、拓未。待って!」

 

「冬馬さん、どうしたのそんなに焦って」

 

「はぁ……はぁ。いや、2人になめらかプリンアイスを持ってもらおうと……」

 

「かずさ、お前こないだの事懲りてないのかよ……。ま、クーラーボックスあるからガツガツ食べるわけじゃないだろうけどさ」

 

「う、うるさいな。持ってくれるくらいいいだろ」

 

「わかったわかった。けどお前も何かメシ、口にしろよな。本番までにエネルギー持たないぞ」

 

「あたしは、甘いモノが主食だから大丈夫」

 

「冬馬さんそれって、ブドウ糖と糖分を考え違いしてないかな……」

 

 カレーは飲み物と豪語する人達ばりにきっぱりと甘味が主食と言い切るかずさに苦笑する雪菜。

 雪菜が苦笑するのも無理は無い。何せ、コーヒーに山盛り3杯入れてなお、まだ少し苦いと言う程なのだ。

 本人はその苦さを残すところが大人っぽいと思ってるらしいが……。

 以前、明らかに砂糖のせいで水量が増した、コーヒーと呼ぶのもおこがましいそれを誤って口にした時の事を思い出す拓未。

 そりゃ確かに、あれだけの量を摂取すればかなりのカロリーにはなるだろう。しかしそれだけ甘いものを口にしながらも虫歯1つないのが拓未には不思議だった。

 

 そんなことを考えながら歩く拓未に聞き慣れた声が耳に入る。

 

 

「――今日、お休みでしょう? 大体部署違いですし、なんで課長が来てるんですか?」

 

「――確かに部署は違うが、結構ウチの人間は来ているはずだぞ。。それに今日はもともと見に来る予定だったからな」

 

「――もう、私は仕事ですから、この後予定がありますからね」

 

「――おいおい、俺はなんで口説いても無いのに振られてるんだ?」

 

 透き通るような声の女性の後に聞こえた男性の声。思わず拓未はその声の主を探そうと振り向く。

 

 

「親父っ――」

 

「おお、拓未。出番はまだか? あ、お前。サラダを野菜室に入れてるならそう書き置きしてろ。気付いた時はパサパサだったんだぞ。勿体無い」

 

 親父、と呼ばれた男、浅倉晃弘は拓未に気づくと2日前の晩御飯のサラダに気付かなかったと文句を言い始めた。

 この場の雰囲気に全くそぐわない話を持ち出す晃弘にがくっと転げそうになる拓未。

 2人きりの父子家庭ではあるが、その関係は良好だった。どちらかが家にいるときは食事の準備をするくらいに。

 もっとも、多忙な父ということは理解しているので用意するのはもっぱら拓未の仕事ではあったが。

 

 

「いや、ここで話すことじゃねーだろそれ。なんでここにいるんだ?」

 

「そりゃ雪菜ちゃんの初ライブって聞いたら見に来るしかないだろ。そうじゃなくてもウチは協賛しているからな、視察も兼ねているわけだが」

 

「あら、ご子息ですか?」

 

「ああ、すまん岩本。こいつが息子の拓未だ」

 

「はじめまして、ナイツレコードの営業部広報課の担当、岩本です。課長――お父さんとは部署が違うけど仕事上いろいろとお世話になっています。

 ……あなたがあのTAKUMIね。色々噂は聞いたことあるのよ」

 

 ナイツレコード、数あるレコード会社の中でも中堅に位置するその企業。父、晃弘はその営業企画課の課長だった。

 イベントやキャンペーンを提案していくその部署は、広報課に橋渡しをする仕事も多い。岩本と名乗る女性が語った内容は、社交辞令も含んだ挨拶ではあったが、部署違いといえど父と関わりのある人間であった。

 

 基本的に、年上の綺麗な女性というものに弱い拓未は突然の父の知り合いという岩本と会って緊張する。

 確かに関わりがあるとしても、先ほどのやりとりはただの担当と別部署の課長が話すにしては気さくだった。

 焦った拓未は晃弘に小声で話しかける

 

 

「お、おい親父。……まさか、再婚を考えて付き合っているとかじゃ――痛ぇっ」

 

「馬鹿野郎。なわけないだろ。お前何野暮なことを考えてるんだ」

 

「っつぅ、ならいいんだけどよ。

 ……いやぁ、岩本さん、すみません。浅倉の息子、拓未です。ってか噂って?」

 

「あら、あなたはインディーズ界隈じゃ結構有名なのよ。凄腕のマルチタレントって」

 

「そ、そうなんすか。確かに色々なバンドに関わりはしましたけど」

 

 曜子が動画で自分が演奏してる姿とクレジットを見たと言うくらいなのだ。それなりには知られているだろうが。まさか業界の人、それもただの広報担当に知られているとは思わなかった。

 休業しなかったらプロのバンドユニットにスカウトもあったかもしれない。まぁ、そんな訳は無いよなと拓未は馬鹿な考えをしたと自嘲する。

 

 

「おじさん、お久しぶりです。ご無沙汰してます」

 

「雪菜ちゃん。こちらこそご無沙汰してるよ。小木曽さんには息子がお世話になってて申し訳ない。

 いやー、それにしても相変わらず可愛いねぇ。ウチの息子と替わって欲しいと何度思ったか。

 今日は雪菜ちゃんの初ライブだって聞いたからね。応援してるよ」

 

「あのカラオケの空気の読まなさっぷりを考えりゃライブは大丈夫だろ――痛っぅ」

 

「もうタ拓未くん! ――おじさんが応援してくれるなんて嬉しいです。頑張りますね!」

 

「あぁ、写真もたくさん撮っておくよ。現像したら、拓未に渡しておくからね。

 それと、そちらの綺麗なお嬢さんは?」

 

「ハ、ハハハ、ハイ!」

 

 人見知りだといっても限度があるだろう。拓未はかずさをみて苦笑してしまう。

 顔を真赤にしながら「はい」だなんて普段使わない言葉を言おうとするからなんべんも噛んでしまうのだ。

 相手は自分の親父なんだから緊張することはないのに。そんな考えをかずさが読み取れるはずもなく、彼女は暑さ以外の汗をかきながら挨拶を続ける。

 

 

「は、はじめまして。オトウサン、っあ……いや! おじさん。

 た、拓未さ、んとは、おおお同じバンドで、一緒に……り、ます。

 冬馬……かずさ、です」

 

 教師にだって敬語を使うことが稀なのだ。慣れない言葉を苦労して紡ぎ出そうとする挙動不審なかずさに笑いが出る拓未と、逆に心配してしまう雪菜。

 思わずおとうさんと言ってしまったせいでかずさは更に顔を茹でダコのように赤くしてしまっていた。

 

 

「――冬馬……ね。

 かずさちゃん、こちらこそはじめまして。拓未の周りにはこんな可愛い子ばかりだなんて、いや驚いた。

 そんなに緊張することはないよ。なに、バカ息子の、拓未の”おいちゃん”と思うくらいでいいんだからね」

 

 

「ハ、ハイ。

 あ、いや。……うん」

 

「それじゃ、課長。私は先方さんと会う予定がありますから。

 拓未君とそのお友達も頑張ってね、応援してるから」

 

 随分と時間が経っているみたいだ。岩本は約束の時間が迫っていると晃弘と拓未達に挨拶をすると運営スタッフのいるテントに向けて歩いて行った。

 自分達もかき氷をかって春希達のところに戻らなくてはいけない。ライブ初心者の人間が放っておかれるのは心細いはずだ。そう思った拓未は自分達も買い物を終わらせて戻ると晃弘に伝える。

 

 

「おう、わかった。拓未、お前達は何時にやる予定なんだ?」

 

プログラム(予定)じゃ15時。あと1時間と少しってところかな。

 ……親父も、ただ来たってワケじゃないんだろ。ま、それでも俺らの時はきちんと見ていてくれよな」

 

「当たり前だろ、雪菜ちゃんとかずさちゃんのステージを見に来たんだからな。

 それじゃ、二人とも、思いっきり弾けておいで、楽しい想い出になるよう暴れてくるといいよ」

 

「はん、都合いいこと言っちゃって」

 

「はい、おじさん。見ていてくださいね」

 

「う、うん……また、ね。”おいちゃん”」

 

 ブフッ! そんな音を出して拓未と雪菜は”おいちゃん”発言に噴きだした。

 

 

 

 

 

 拓未達がさった後、広場に向かう晃弘の内ポケットが震える。

 着信音を鳴らしながら振動する携帯電話。取り出しボタンを押しながら受話器部分を耳に当てる。

 

 

「よぉ……。そうか、着いたか。まさかお前が誘ってきて、しかもきちんとやって来るだなんてな。

 ――いや、そう怒るなよ。それじゃ、広場のステージから少し離れた時計の下で。そう、そこで待ち合わせるか」

 

 

 携帯電話を閉じ、ポケットにしまうと、晃弘は新たに指定した待ち合わせ場所に向かい、歩き出した。

 

 

 

 

 




まだ出番の前だからか、話に抑揚がない。
次回、EPISODE:20.5で挽回したいです。したいです……。


いや、したいのはホントです。出来るかどうかは別です……。


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EPISODE:20.5

ハーメルンよ、わたしは帰ってきたっぽい!



 「おかえり、随分遅かったんだな……って。3人共、どうしたんだ?」

 

 公園の木陰を陣取った軽音楽同好会の”楽屋”に戻ってきた拓未、雪菜、かずさを見て春希は疑問の声をあげた。

 笑いながら帰ってきた拓未の腕には紙袋に包まれたたくさんの――おそらくなめらかプリンアイス。ツンとすまし顔の雪菜は焼きそばが3つ。そして赤面して不貞腐れているかずさは現在進行形で消化中のいちご練乳味のかき氷を手にしていた。

 

 

「はい、春希くん。お昼ごはん替わりの焼きそばだよ。

 あ、飯塚くんも起きたんだ? 何か口にしておかないと持たないかもしれないけど、寝起きに食べれる?」

 

「ふぁぁ……。お、ありがとう雪菜ちゃん! いやぁ、雪菜ちゃんに気を使ってもらえるのは嬉しいねぇ」

 

「武也。あんた、今まで甲斐甲斐しく世話してたあたしにたいしては何も言うことが無いわけ?」

 

「あ、あぁ。依緒。ありがとう。少しゴツゴツとして固かったけ――イタタタ!」

 

 気恥ずかしさからか余計なことを口走った武也の頬を依緒が抓る。

 まさか依緒が膝枕をしながら団扇を扇いでいてくれていたとは思っていなかったのだ。

 目が覚めて瞼を開けたら依緒が覗き込むように見つめていた……その時の慌てようは曜日ごとに彼女がいると豪語するような所謂”チャラい男”で通している武也からは想像がつかないほどウブな反応を見せていた。

 

 

「ありがとう、雪菜。で、なんで雪菜と冬馬は不貞腐れているんだ?」

 

「それがさ、ちょっと聞いてよ、春希くん。誰だって友達のお父さんと会うときはお行儀よくするでしょ?

 なのに拓未くんったらさ――」

 

 プリプリと怒った顔を作りながら拓未の父親と会ったという話を始める雪菜。

 雪菜のいう”お行儀”よくしている所を拓未が相変わらず猫を被っていると言ったことについての不満だった。

 

 

「女ってのは、いくつも顔があって当然なのにそれが男はわからないんだよねぇ」

 

「瀬能さんのいう意味とはちょっと違うと思うけど……。別に演技じゃないし、キャラ作ってるわけじゃないのにさ。時と場所と相手をわけまえているだけなのに酷いよね!」

 

「あぁ、いや。悪かったって。雪菜。そう拗ねるなよ。

 それにかずさも怒るなって。まさか素直に”おいちゃん”とか言うとは思わなかったんだって」

 

「あたしは、自分もそうだけど、友達の父親というものに会ったことが無かったんだ。緊張くらいするさ」

 

「わかったわかった。まぁ、親父も悪いやつじゃなかっただろ? 今度会った時も仲良くしてやってくれよ。

 緊張といえば、北原、飯塚。お前らもうすぐ本番だけど大丈夫か?」

 

「あー、いや。寝起きで緊張感はこれっぽっちも。直前になるとさすがにどうかはわからないが……」

 

「今までの扱きがきつかったからかな。緊張が無いといえば嘘になるけど、まぁ大丈夫かな」

 

「お前ら、結構大物なんだな。……おい、千晶。お前初舞台の時どうだった?」

 

 ここまで大きな大会が初陣なのに緊張の色を見せない2人。自分の最初の時はかなりビビっていたのだが、それは自分が特別に臆病だったのだろうか。不安になってきた拓未は経験者である千晶に同意を求めるように問いかけた。

 

 

「初めての時? やっぱり痛かったかなぁ――って痛い~! ホントに叩かないでよ。

 初舞台の時は、セリフ飛んじゃってさ、それがきっかけで連鎖していって大変だったよ。

 先輩が上手くアドリブ効かせてくれて修正したけどさ。酷い出来だったかなぁ」

 

「だよなぁ、やっぱそうだよな。俺も最初のライブは頭が真っ白になって何も出来なかった。もうガッチガチに緊張しちまってなぁ。やっぱりそれが普通だよな。」

 

「なんだよ浅倉、脅すなよ。そんなん言われたら緊張してくるだろ」

 

「あ、いや悪い。全然関係ないところで自信をなくしてきたもんでな、つい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、拓未さん。姉ちゃーん!」

 

 人混みの中から自分を呼ぶ声を見て振り返った先には孝宏がいた。姉の初ライブを応援しに来たのだろう。

暑さからかびっしょりと汗をかきながら。手を振って走ってきた。

 しかし、この姉にしてこの弟。朗らかな性格に加えて整った顔立ちは家系なのだろうか。中学校では相当モテるであろうこの少年が、隣に彼女を連れて歩いていないのが不思議に思えてならない。

 

「おう。孝宏、応援しに来てくれたのか、ありがとうな」

 

「拓未さんのライブってさ、ビデオは見たことあるけど生は初めてだからさ。すげぇ楽しみにしてるよ!」

 

「嬉しい事言うじゃねぇか。まぁ今回はベースだからな、俺はあまり活躍することはないが。

 それよりキーボードとギターも見てやってくれ。

 っていうか、せっかくのイベント事なのにお前は彼女も連れていないのか?」

 

「俺、受験生だよ? 勝負の夏に彼女連れ回して遊び呆けていたらなんて言われるかわかったものじゃないって。

 まぁ、確かに彼女はいないけどさ……。いいよね、エスカレータ式の学校は受験と縁が無くて」

 

「上に行けるのは成績と素行がまともなやつだけさ。ほら、喉乾いてるだろ、そこのクーラーボックスに――」

 

「拓未くん、こんにちは。元気にしてました?」

 

「秋菜さん!」

 

 孝宏に遅れてやってきた秋菜に声を掛けられる拓未。

 きた、メインヒロインきた!これで勝つる!そんなことを口に出してしまいそうなほどテンションが跳ね上がった。

 

 そうだ、小木曽家は家族の繋がりが強いのだ。娘の舞台となれば弟のみならず母親だって当然来るだろう。

 辺りを見回す。どうやら父親――晋はいないようだ。これは神が与えてくれたチャンスなのではないだろうか。

 

「秋菜さんに来てもらえるなんて、こりゃもう優勝するしかなくなったな。

 ささ、暑かったでしょう。冷えたジュースとお茶がありますよ。どっちにします?

 おい、お前ら。秋菜さんが来てくれたぞ。きちんと挨拶しろ――あ、孝宏。お前は水道水な。そこの蛇口の」

 

「ちょっ、酷くね!?」

 

 こんにちは。と挨拶をする一同。加えて武也、依緒、千晶は初めましてと自己紹介をした。

 かずさ、依緒、千晶と美女揃いの集団をみて孝宏は勝ち取ったジュースを握ったまま固まっている。

 

 

「うっわぁ……。姉ちゃんの友達。レベルたけぇ……」

 

「この子が雪菜の言ってた孝宏くん?」

 

「えー、嘘。ジ○ニ系じゃない。可愛い!

 中学生? おねーさんと一緒に応援しようねーっ」

 

「え、ちょ。うわっ」

 

 きゃーきゃーといいながら孝宏に抱きつく千晶。露出が激しい上に大きな胸に顔が埋められ苦しそうだが同時に幸せそうな顔を浮かべる孝宏。

 高校は何処にするの? 峰城だったらキャンパスと隣同士だから帰りに遊びに行けるねー。

 胸に包まれる孝宏は志望校は決まっていなかったが思わず峰城にしようかと揺れてしまう。

 女性陣の中でも一番のスタイルを誇る千晶だ。武也と拓未はもちろん、普段はくっつくなと文句を言う春希でさえも孝宏を羨ましく思ってしまう。

 

 

「ちょっと、孝宏。お姉ちゃんの前で情けない顔を見せないで!」

 

 今まで静かだった雪菜がきつい口調で孝宏を注意する。だらけた顔を見せるな、しっかりしろと姉らしく、毅然とした態度だ。

 しかし、手にした割り箸を孝宏に向ける――指し箸はエチケット的によろしくないし、余程一心不乱に食べていたのだろうか。口と歯には青のりが付いている。

 

 姉として弟を叱る。青のりまみれの学園のアイドル。なんかもう、いろいろとダメだ。

 

 

「っておい、雪菜。ボーカルが直前にそんなに食べたらダメだって!

 半分こにする話だっただろ。そこでやめとけよ?」

 

「だって、お腹すいていたしこの焼きそばすごく美味しかったんだもん。

 大丈夫だって、わたしカラオケ行ってもこのくらい普通だよ?」

 

「そうかもしれねぇけどよ。さすがにこの暑さと本番前は……」

 

「いや、雪菜。浅倉のいう通りにしよう。はい、お茶」

 

 全部食べても平気(そもそも半分は拓未の分だという話だったが)だという雪菜に対して強く出れないでいる拓未に替わって春希が止めに入る。

 

 

「うーん。わかったよ。じゃあ残りは終った後だね」

 

「おい春希、珍しいな。お前が浅倉の肩を持つなんて」

 

「確かに自分でもそう思うけどな。けど、バンドの事に関してはアイツは間違ったことはいわないしな」

 

 意外な行動に出た春希に話しかける武也。同じように驚いていた拓未だったが気持ちを切り替えると、メンバーに打ち合わせの確認をすることにした。

 

 

「いいか、もうすぐ本番だ。最後の打ち合わせをするぞ。まず曲の入り方だが――」

 

 本番が、始まる。文化祭だけのバンドと思っていたが、いつの間にか夏休みにこんな大きな会場で初ライブをすることになった軽音楽同好会。そんなに緊張していないといっていた春希と武也だが、時間が迫ってくると共に身体が強張り、息苦しくなるような、鼓動が早くなるような感覚を覚え始めていた。

 

 

「多分な、さっきより緊張してきているはずだ。打ち込みだから皆の都合お構いなしに正確なテンポだし、全体のリズムを変えての修正ってのは出来ない。

 だが、心配することなんて何もないぞ。なんせ、自分でいうがベテランのベースに。コンクール全国大会で優勝したピアニストがいるバンドだぜ?

 北原、飯塚、それに雪菜。お前らは安心して初めてのライブを楽しめばいいんだ」

 

「拓未」

 

「……北原?」

 

「正直、だんだん緊張してきたけど、お前を頼りにしている。

 同じ場所で寝て、同じ飯を食べて、一緒に練習……っていうか指導してくれたお前をいつまでも余所余所しくするなんて出来ないよ。名前で呼ばせてもらってもいいか?」

 

「だな、俺も自分が壊しておいてなんだけど、空中分解してどうしようかと焦っていた時に現れて助けてくれた事とか、ギターのこととかいろいろ教えてくれて感謝してたしな。俺も呼ばせてもらっていいかな」

 

「……ったく、春希、武也。……お前らまだ早ぇーよ。

 カッコつけるのはステージの上だけにしろよな」

 

 バレていないだろうか。顔をそむけて照れ隠しのようにしてみたが拓未は内心では非常に驚いていたし、嬉しさのあまり涙が込み上がりそうになっていた。

 

 いろんなバンドを渡り歩いている学校の外では素直でいられた拓未だが。自らの素行の悪さという自業自得ではあるが、悪名の広まった自分は疎まれていた。

 そんな自分に、学園生活で名前で呼び合えるような仲間が出来るとは思っていなかったのだ。

 

 

「ならよ、その理屈でいうと、かずさのことも名前で呼ばないといけないよな。

 な、かずさ?」

 

「え、あ、あたし!? ……わかったよ。

 今までの練習とか、楽しかったよ。本番も楽しみにしているよ……春希、部長」

 

「あ、あぁ。冬馬……じゃなくて、か、かずさ。よろしく」

 

「俺は変わらず部長なのか……」

 

「ねぇ、冬馬さん。わたしは、名前じゃダメかな?」

 

「小木曽……。ダメ、じゃない。

 あんたの歌は気持ちよくてさ、落ち着いた気分でピアノが弾けたのは3年ぶりだったよ。

 雪菜、あたしのことも名前で、……名前で読んで欲しい」

 

「かずさ!」

 

 感極まりかずさに抱きつく雪菜。余程嬉しかったのだろう、なんどもかずさの名前を呼んでいる。

 依緒とも親友として付き合っているつもりではあるし、千晶には指導してもらったり仲良くしている。しかし、同じ目的を共にする女の子同士、名前で呼びあえるのは雪菜にとって夢みたいなものであった。

 

 

「かずさ。わたし、嬉しいよ。これでやっと、私達本当の仲間になれたような気がするの」

 

「泣くことないでしょ、雪菜。あぁもう、本番前に目を赤くしちゃダメだって」

 

 だってだってと、いいながら抱きついたままの雪菜の髪を撫でるかずさ。

 そろそろ時間だと千晶が告げる。数組前のバンドが演奏を終わらせようとしていた。

 

 

 

 

 




随分とお待たせしました。期間が開くとどういうふうに書いていいかわからず手間を取りました。

いや、ほんと久しぶり過ぎて全然書けない。少しだけエターが頭をよぎってしまいました。

EPISODE:20.5はライブが終わるまでの内容の予定です。よって続きは今回の途中から書き足す形になります。


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