のうきん短編 ヤンデレーナ (新世界のウサギさん)
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1話 マイル、捕まる

 Cランクパーティ“赤き誓い”は今日に至るまで、様々な依頼をこなし、類稀なる功績を挙げてきた。そして今日も、彼女たちは無事に依頼を終えると、メンバーであるマイル、レーナ、ポーリン、メーヴィスはその疲れを癒すために宿で疲れを取る。

 しかしながら、その休憩はある人物においては束の間にもなりはしなかった。

 

「ねぇ、マイル」

「ん、レーナさん?」

 

 眠っていたマイルは夜中に突然起こしてきたレーナに誘われ、宿から夜の寝静まった町へと出る。魔術師のレーナ曰く、魔法に使える希少な鉱石が近くにあったと、その目を光らせていた。異世界からの転生者であるマイルは、転生後は英才教育のように、この異世界に関する知識を魔法の化身たるナノマシンより詰め込まれている。寝惚けた頭を可能な限りフル回転させて知識を捻り出す。

 レーナの言っている鉱石には全く心当たりが無かったマイル。レーナに隠れてナノマシンに聞いても、返ってくるのは否定的なものばかり。

 マイルはそれでもレーナの言っている話を信じて、彼女に付いていく。

 案内されたのは闇夜がより強調される森の中で、昼間とは異なり、枝も葉も暗闇に溶けた影となって、彼女たちの行く手を阻むようになっている。

 マイルは暗闇を晴らすべく魔法を使って明かりを灯そうとするも、レーナの顔色が変わる。

 

「駄目でしょ、そんな事をしたら……」

 

 レーナは明かりを点ける事をとにかく拒んだ。理由を聞いてもはぐらかされる一方で、進展は無いも同然だった。お人好しであるマイルはもう彼女に焦った理由を聞くのを取り止め、レーナの意向を汲んで不便な

方法を取る事を選んだ。

 

「こっちよ、マイル」

 

 それにしても、何故夜中が良いと言って聞かないのだろう。そう首を傾げるマイルには、レーナが危険を冒してまで夜道を出歩きたがる理由に合点が行かなかった。悪党たちが夜にあれやこれやと悪事を働くのに都合が良い。それはこれまでに見てきた悪党の傾向から納得できる。逆の視点に立てば、即ちそういった奴等が跋扈する危険な時間帯であるのは明白だ。

 マイルは様々な点において引っ掛かりがあるレーナの行動原理に疑問を持ちながらも、仲間の頼みを素直に聞き入れる度量をもって、彼女の魔石探しに加わる。

 

「ここら辺にあった気がしたわ。ちょっと見てくれない?」

「え、ええ……」

 

 口振りからして、夕方に通って気付いたのならばその時に言ってポーリンやメーヴィスにも手伝ってもらった方が良かったのではないのだろうか。マイルの抱くレーナへの疑問は雲のように膨張していく。

 レーナが指を差した黒い石を取って欲しいと言われ、疑念に焦らされながらも、仲間のためだと渋々それに手を出すマイル。

 手に取って調べたその石には、レーナが大層に評価していたような力は眠ってはいなかった。触る前からそんな気はしていたが、何らかのギミックが仕込まれている可能性もあり、何より仲間が嘘を吐いているなんて結論へ彼女は導かれたくはなかった。

 そんなマイルの淡い幻想は背後に立つレーナの不意打ちにより、意識と併せて打ち砕かれる。

 

「がはっ!」

 

 油断していたマイルを襲う杖の一撃。それは彼女の後頭部へと直撃し、なし崩しに彼女は地面に伏せる。いくら魔力や身体能力が高かろうと、抵抗もなく急所に一撃を見舞われては、その耐久力は凡人と大差は

なかった。

 

「あれだけヒントを与えたのに盲目的に信じちゃうマイル、本当に可愛い……」

 

 マイルの薄れ行く意識の先では、瞳から光を無くして薄ら笑いを浮かべるレーナがいた。

 

「こ、ここ、は……」

 

 マイルが目を覚ますと、そこは外の光が差し込まない、暗くじめついた密室が周りを取り囲んでいた。剣や四次元ポケットなど、マイルにとって武器になり得るものは残さず取り上げられた挙句、頼みの綱の身体は手錠と足枷に繋ぎ止められている。鎖なんて、とマイルが力で無理矢理抜け出そうとするが、その力が一向に入る気配が無い。しばらくそんな無駄とも言える抵抗を続けていると、密室だったこの一室に一条の光が差し、一人の少女が食事を持って入ってきた。

 

「レーナさん……」

 

 赤い髪にキリッとした目付きをした彼女。マイルをこんな部屋に監禁した張本人であるレーナである事はまず間違いはなかった。

 変身魔法も疑ったマイルだが、気配探知にも優れたマイルが常日頃側にいる彼女がすり替わったと気付かない程に精巧な魔法を使える人間がそう多いとも思えない上に、こうしてターゲットであろうマイルを捕らえた以上、いつまでもレーナのフリをしている理由も無い事から、その説は否定された。

 

「あら、もう起きたのね。流石はあたしたちを鍛えてくれたマイル。まあ、積もる話があるとは思うけど、マイルのためだけにあたしが作ったご飯。まずはお腹を膨らませましょう?」

 

 恍惚な表情を湛えるレーナはまずパンを千切り、マイルの閉じた口に当てる。マイルは細やかな抵抗を込めて、彼女の施しを断ろうと頑固になる。

 

「ああ……マイル、マイル……やっとあたしだけのものになったと思ったのに。多分まだ躾をしていないのが悪いのね。じゃあ躾も兼ねましょうか」

「レーナさん! 何を!」

 

 マイルに拒まれたレーナはパンを食べさせるのを諦めたように、それを手元へ手繰り寄せたと思えば、口に含んで咀嚼をしながら、マイルに優しく口付けを始める。

 

「んんっ! んぐっ!」

 

 レーナの口から無理矢理食べ物を流し込まれた挙句、口内を舌で掻き回されるマイルが混濁する意識の中で唯一鮮明に映ったのは、レーナの死んだ魚のような目。死んだ魚とは違って、彼女はマイルだけを視界に収めようと躍起になっている。その瞳に反射されているのは、繋がれた鎖も、背後に控える壁も無く、レーナに蹂躙されるばかりのマイルただ一人だ。

 

「はぁ……はぁ……マイルの中に、あたしが入っていくのを感じられたわ。ふふっ」

 

 ようやく解放されたマイルはすでに心身への甚だしい負荷で満身創痍を迎えていたが、レーナはそれに反比例し、徐々にエンジンを掛けてきている。まだ始まったばかりだと言いたいように、マイルに食事を続けさせる。

 レーナのキャラクターである快活な面は形を潜めており、目の前でスプーンを子供のように振り回している今のレーナは打って変わって狡猾で、陰湿な印象を受けた。閉じ込められたこの部屋が、正しく彼女の秘めたる願望を体現していると言っても過言では無い。

 抵抗も虚しく、レーナに口移しでスープを飲まされるマイル。息がまたしてもできなくなり、目で苦しいと報せても、欲望に直走る彼女には見えておらず、またしても彼女の気が済むまでこの地獄のような食事会は何ラウンドにも渡って続けられた。

 

「美味しかったわよ、マイルの唇」

「はぁ……うぅ……助けて……ポーリンさん、メーヴィスさん」

 

 食後、あまりの苦しさから、ポーリンとメーヴィスに助けを求める声を涙ながらに発したマイルに反応したレーナ。彼女は食べ終え、空になった食器を無惨な姿になるように燃やすと、踵を返してマイルの肩に顎を置く。

 

「メーヴィス……ポーリン……あれ? 一人仲間外れがいるわよ」

「ひっ!」

 

 頼れる力を失ったマイルの精神は酷く脆いものへと変貌していた。それが彼女を更なる窮地へとこうして陥れていく。未だ奈落の底は見えず。地獄はまだ始まったばかりだった。

 レーナはマイルの首筋を据わった瞳を伴い、舐め回す。舐められた部分は外気に当てられて次第に冷えていき、冷えてきていた身体に更なる強烈な寒さをもたらす。まともな思考力が恐怖と寒さで徐々に奪われるマイルの口元は締まりが悪くなり、その端から垂れる涎が頻りにスカートを濡らしていた。

 

「はい、可愛いマイルちゃんに質問よ。赤き誓いにはあなた……マイル、ポーリン、メーヴィス、あと一人、このあたしがいます。さっき言い漏らしたあたしの名前は何でしょうか。早く言わないと、一日毎にあの憎き女たちを一人ずつ、消していくわよ……栗原海里ちゃん」

 

 レーナの口から出てはならないものが出てはならない名前が出て来た。マイルの前世である女子高校生の名前、栗原海里の名だ。マイルはそれなりにボロは出してはいたが、根幹に関わる事について話してはいない上、話さないように努めていた。しかしながらその甲斐も虚しく、隣に居座るレーナにマイルの事は全て知られてしまったようだ。

 

「マイル……ふふっ、怯えた顔をして、どれだけあたしを喜ばせてくれるの?」

 

 嗜虐的にマイルを嘲笑うレーナは“愛”と称したストーキングやマイルの力を封じるための修行を一週間前から行っていたらしい。彼女はいつの間にか、メーヴィスやポーリンはおろか、好意を向けられているマイルにすら気付かせない、狡猾なクレイジーサイコレズに成り果てていたのだ。

 マイルを拘束する拘束具には彼女が魔法を使う際に集められるナノマシンを瞬時に発散させ、同時に肉体の力をも低下させるとされる、レーナが最近会得したと言っていた魔術回路が組み込まれており、これがマイルが充分に力を振るえなかった理由であった。

 

「レーナさん、待って下さい! 私を、私を、放して!」

 

 全てを吐き出し、満足げな表情を浮かべているレーナは下ろしていた階段を上がり、光差す上階へと戻っていく。

 

「駄目よマイル……あたしが良いっていうまではそこに繋ぎ止めるって決めているから。しかしまあ……」

「え?」

「あたしの名前を呼んでくれたし、願いを聞き届けても」

 

 レーナの言い淀む姿に一縷の希望を見出すマイルは壁と繋がれた鎖を限界まで伸ばし、彼女に懇願した。惨めに、情けなく、彼女の強者だった頃の風格はすでに失われており、そこにいるのは自由を求める哀れな幼子が一人だけだ。

 

「本当ですか!」

「嘘よ」

 

 レーナは非情にも、マイルに向けて撒いた希望の種を即座に摘み、それを最後まで彼女の前でひけらかしながら、上へと去っていく。

 

「……私は一体、どうすれば」



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2話 きっかけは些細な事

 レーナは焦った様子で朝食を食していた。一人が欠けた食卓。本来いるべき一人がいないのだ。ポーリン、メーヴィスに至っては焦りから食事が手に付いていない。この違いが、一人と二人の抱える事情において決定的な差を暗喩する。

 

「馬鹿な女たち……」

 

 ポーリンとメーヴィスを見てしたり顔をするレーナの内心は心底から彼女たちをこき下ろしている。

 彼女たちもまさか目の前の仲間が行方不明のマイルを監禁しているとは考えが及ぶはずもない。レーナ自身もそうだったように、仲間想いが過ぎて事の本質を見定める能力を欠いているポーリンとメーヴィスには真相を突き止める事は限りなく不可能だと、経験者は確信をもって自信への糧とする。

 雄大な自然を蹂躙しながら、そこにはいるはずもないマイルを探す彼女たち。

 

「マイルちゃん、見つかりました?」

 

 ポーリンの震える声がレーナとメーヴィスの鼓膜を打つ。

 

「いや、影も形もない。気配すらさっぱりだ」

 

 メーヴィスの発言からポーリンの表情が蒼ざめるのを横目に、犯人のレーナの口元が緩む。のし掛かるような雰囲気には似合わない爽やかな風を感じてから、はっと思い付いたようにメーヴィスが口を動かした。

 

「レーナの方はどうだった」

 

 必死の形相でメーヴィスはレーナの身体を激しく揺さ振る。その背後には物々しい雰囲気のポーリン。

 早くマイルに愛を囁きたい。マイルにキスしたい。レーナを取り巻く劣情がすでに限界を迎えている。彼女において、メーヴィスとポーリンは仲間ではない。ただの邪魔者。

 ハンター試験で倒したホーンラビット。レーナにとって目の前のそれらの価値はそこにまで暴落していた。

 

「見つからないわ。今日も空振りかしら……マイル」

 

 レーナが肩を落とし、俯く。もちろん彼女のそれはメーヴィスたちを欺く演技である。涙を流し、彼女たちと同じ被害者面をするのは騙しにおける常套手段の一種だ。メーヴィスたちはまんまと彼女に騙され、レーナを信用していく。

 

「あたしの所為なの!」

 

 感情を吐き出すようにレーナは声を荒げる。それでいながら笑みを堪え切れずに口が綻んでいる彼女だが、マイルの捜索に夢中な彼女たちにはその思惑が看破される心配はない。

 仮にバレても構わない。レーナの日和見主義がそう告げる。

 バレたら、始末すれば良い。

 レーナの悪意が枷を外していく。

 マイルを監禁してから、そんなものはないのかもしれない。そんな事最早考えるだけ無駄な段階まで来ている。マイルを解放する選択肢はない以上、後戻りはできないのだから。

 レーナはかつての仲間たちに嘘を吐く。

 マイルに対しては良心の呵責があり、それ故に思うところもあるが、価値が無いと切り捨てたメーヴィスとポーリンに容赦は無い。

 

「あたしが、マイルを夜中に連れ出したから」

 

 華に甘梅雨を溢すような儚げな視線をかつての仲間へ向け、同情を誘う。未だにレーナを仲間だと思っているであろう彼女たちは見事にレーナの話を間に受けている。仲間の仮面を被ったレーナは夜中に魔石探しをしようとしたばかりにマイルを誘拐した部分を改竄し、強い魔獣に連れて行かれた。マイルに提案した石探しも実際に探した架空の石の話ではなく、現実にある石の話に置き換えて不審がられないように手を打った。

 ストーカー化したレーナにおいて先鋭化された洞察力をもってしてようやく手に入れたマイルの前世を知るのは、後にも先にもレーナだけである。

 

「それは本当なのか!」

 

 マイルの強さは周知の事実で、魔獣に遅れを取る事が誰にとっても違和感が強い。無論、そうやって疑われるのはレーナには想定内の出来事であった。

 キーは赤き誓いを結ぶ絆。なんとしても事実を隠し通したいレーナはここに目を付ける。

 仲間想いと言えば聞こえは良い。だが言い方を変えればお人好しという事。レーナは、彼女があれだけの仕打ちをしておいて助けを求めていたマイルとメーヴィス、ポーリンが同類であると考え、嘘を交えて彼女たちを謀る魂胆を胸に秘め、上手く言い包めていく。

 

「にわかに信じ難い話だな」

 

 首を傾げるメーヴィス。

 

「ですがレーナちゃんがこの目で見たって言っていたし」

 

 ポーリンも同じく、半信半疑の渦中にて眉を潜めている。

 大分揺らいでいる二人に、トドメとレーナが頭を下げた。

 

「ごめんなさい!」

 

 オドオドと忙しない様子を偽りながら、森の静寂を崩壊させんとばかりに声を張り上げる。それにより静寂に身を休めている魔獣たちが驚き、羽を大きく拡げて声の主を威嚇するが、猿芝居に興ずるレーナの耳には入っていない。

 

「お、落ち着いて下さい!」

「レーナは悪くないよ。悪いのは攫った魔獣だ」

 

 レーナの話を信じている事が彼女たちの口から確認でき、内心ニヤニヤが止まらない彼女。仲間を疑う事はマイルに教わっていない彼女たち。その弱みをレーナは狡猾に利用し、彼女たちに一杯食わせたのだ。

 

「ポーリン、メーヴィス……ありがとう」

 

 励ましてくれるメーヴィスたちの想いを陰で踏み躙るレーナは張り付いた泣き顔で頰を腫らす。

 目元の水を感慨も無く適当に拭うレーナは感情が抜けていくように思う。もうマイルしか見えない。レーナの身体はマイルを求めて仕方がない。

 仕組まれた捜索は当然難航し、夜まで引き延ばされる。

 休む間をも惜しんだ三人の体力は限界を迎えていた。百戦錬磨のハンターたちも体力は有限。それが尽きればただの人間に逆戻りだ。

 

「また明日にしよう」

「ええ……夜は危険ですし、その方が良いですね」

 

 メーヴィスの判断に従い、ポーリンは捜索を切り上げる。煮え切れない思いとの葛藤が彼女たちに垣間見られ、やるせない想いに二人は歯軋りをしていた。

 その意向に反して、夜の捜索を強行する。犯人である彼女は疑いの目を逸らすために策の暇は無かった。

 

「元はと言えば夜中にマイルを誘ったあたしの所為だから。二人は先に戻っていて」

「さっきも言ったけど、レーナに非はないって」

「そうですよ、だから……」

「あたしは自分が許せないの!」

 

 手を強く握り、レーナは反論する。彼女が向けた、人睨みで魔獣をも黙らせるような視線に、メーヴィスたちが一歩退がる。

 彼女の威勢に飲まれたかのごとく、木が、動物が、空が慟哭する。

 周囲は見えず、音だけが伝える闇夜に包まれた情景と、レーナの目の前で固まっている二人の女たち。

 

「あんたたちのお陰であたしの考えが大分改まった事は認めるわ」

 

 レーナは小さい頃、大切な人を二回に分けて失った。実の父親に、厚意にしてくれたハンターギルドの人たちを盗賊連中に殺されたのだ。

 あの頃から成長しても、盗賊たちに対する恨みは消えなかった。殺したいくらいに憎くなっていた。復讐が間違いだと分かっていても、身体はその気持ちに徹底的に嘘を吐き、恨みを募らせていった。

 その考えを改めたのはつい最近の事。マイルと元仲間たちの説得に感銘を受け、盗賊を許さない姿勢はそのままながらも、殺したいと思う事はなくなった。

 

「でも自分の事は自分で始末を付ける。あたしがあたしでいるためにこれは必要だから、そこを譲るつもりはないわ」

 

 レーナの強い決意は嘘に塗り固められた虚像の中で唯一、芯の通った真のものだ。そんな彼女の気迫に気圧されてしまったメーヴィスとポーリンの中で反論できる者はいなかった。

 それからは何も語らずに一人茂みの奥へと消えていくレーナ。

 二人と別れ、一人になったレーナが向かったのは古城。城といってもかつての隆盛の残り香は欠片も無く、崩れ去った瓦礫の山が積み重なっている。

 その中を歩いていく彼女はやがて一つの瓦礫の山の下、そこに眠る地下への扉。一見何も無いが、レーナが施していた隠蔽魔法を解除すると、隠れていたそれが姿を現す。

 

「マイルマイルマイルマイルマイルマイル……」

 

 呪文のように愛しい者への愛を呟くレーナは地下に潜り、指の先に得意の炎魔法を灯して明かりにする。

 

「レーナさん……もうこんな事は止めて下さい。今ならまだ間に合います」

 

 レーナは捕らえたマイルをここに監禁していた。瓦礫で入口をカモフラージュし、場所をある程度特定されても見つかり難い上、レーナの魔法もある。何も知らない者が捜し、見つけ出すのは至難の業だ。

 

「ポーリンさんにもメーヴィスさんにも今回の話はしませんから、だから!」

 

 捕らわれたマイルはそんな事はいざ知らず、なおも罪を背負ったレーナを正道へ戻そうと身体を張っていた。どうしようもないお人好しだ。レーナは改めてこれを利用して間違いは無かった、そう確信してしまい、笑いが溢れる。

 

「なんで他の女の話をするのかしら。今はあたしを見る時間よ、マイル」

 

 一方で目の敵にしている元仲間たちの名前がマイルの口から出て来ると、自然とその笑みが引いていく。ポーリン、メーヴィス……どちらの名前を聞いても目が開き、冷や汗が流れ落ちる。

 

「ポーリンさんもメーヴィスさんも仲間じゃないですか。そんな言い方!」

「あんな女たち、もう仲間じゃないわ……」

「っ!」

 

 焦りだ。

 二人にマイルをいつ奪われるかを予期する度に怖気が奔るのは、一括りにそれが元凶だ。

 パーティを組んでマイルたちと過ごす最中、レーナはしばらくして克服したトラウマが蘇るようになった。眠る度に、一度は決別したはずの亡霊に手招かれ、あの頃に引き戻される。

 元から悪目立ちしていたつまらないプライドから彼女たちに言えないまま、日数が経つ。

 

『マイルの服だ』

 

 ある日、宿のベッドの上にてマイルの服が畳んであるのを見かけた。

 ストレスを溜めていた彼女は取り敢えず気晴らしができるものを求めて、それに手を伸ばす。

 

『なんでこんなもの、手に取って……』

 

 そんなもの、現実逃避だ。

 追い掛けてくる悪夢が思い起こされ、レーナは思わず服で視界を塞いだ。

 視界に代わって充満するのは、服から漂うマイルの匂い。それがレーナを唐突に、即座に狂わせた。いつの間にか鼻に優しく当てた服の芳しい匂いにレーナの思考が、視界が、書き変わっていく。

 誰もいない部屋でそんな事をやる背徳感に彼女は浸る。そんな事と彼女が断定するのは、仲間を失望させるような行為をしてしまっている自覚がレーナにはあったから。それでも、怖さと悲しさを埋めるものとなってしまったこの聖骸布を手放す勇気は到底、この時の彼女が持てるはずもなく、少しずつ、着実に堕ちるだけだった。

 

『マイルの匂い……何これ。悪い事が全部どうでも良くなりそう』

 

 頭が多幸感に包まれ、トラウマたちが一斉に棺桶へと帰っていく。それらが消えた後も、レーナは再度のフラッシュバックを恐れるあまり、当人が帰ってくるまでマイルの服を手放せなくなっていた。

 

『マイルマイルマイルマイルマイルマイルマイルマイル……』

 

 彼女のマイルへの想いは、当初の仲間という関係性を瞬く間に跳び越えていった。そこで抱くようになった恋心は彼女がこれまで恋を知らなかった事が災いしたために、行き場の無い狂愛へと姿を変えた。このような些細なきっかけで生まれたのだから、世の中は、いや、人間は珍奇に満ちている。

 

『マイル……可愛いなぁ……あたしを助けてくれたマイルだから、それもそうか』

 

 レーナはマイルたちが知るも及ばないまま、勝手に病んでいく。

 好意が日に日に肥大化していき、やがて自他共に収集が付かない域へと到達する過程において、レーナは相変わらずの自分を演じる一方で、マイルへの歪んだ愛と、マイルを奪おうとしている恋敵だとする、メーヴィスとポーリンへの逆恨みの情念を募らせた。

 

『またポーリンたちと話してる……女狐め。盗賊よりもマイルを奪うあいつらが憎くなってきたわ』

 

 マイルに飢えたレーナ。彼女はかつての仲間をこの手に掛けたいとまで思い始めている。



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3話 マイルはあたしのマイル(終)

 マイルが監禁されてから、ナノマシンとの会話ができない状態が続く。マイルに堪能になったレーナの習得した封印魔術は粋を結集した特別性。その影響下に置かれているマイルはナノマシンにおける優位性を消失していた。二日、三日、それどころか遂に一週間。いつまでも逃げられないでいるのは魔法を失ったか弱き少女へとその身を落としていた。

 

「ナノちゃん、出て来て。お願い」

 

 マイルの消え入りそうな声は閉塞感ある箱の部屋で反響し、最終的には消え去るのが宿命。ナノマシンの欠片もその目には映らなかった。運動能力も監禁されているうちに低下しており、解放されたところでこの世界に転生してから散々頼っていた力には期待できない。マイル自身望んでもいない力だった。しかし、そういった授かり物には多かれ少なかれ適材適所がある事を、この窮地によって痛感するマイルは己を徹底的に哀れむ。

 枯れ果てた涙は天井から付かず離れず纏う滴が代わってくれる。

 マイルの頰にまで垂れる冷たい感触。

 冷やされていく身体。

 

「みんなとまた会いたい」

 

 マイルの前世である栗原海里の時はできなかった、腹を割って話し合える仲間に出会えた事を、それが元になって煮湯を飲まされている今ですら愛おしく思う。冷たくなっている身体に温もりが欲しかった。仲間という、どんな火よりも熱い友情を、彼女の捕らえられた身体はしきりに求めていた。

 

「マイル! レーナ様があんたとあたしとの愛の巣に帰って来たわよ!」

 

 マイルの想いに水を差すタイミングで、レーナが部屋に戻って来た。その手には食事が抱えてあり、食事の時間を初めて報せる。最早二人の間で定番と化した口移しにて、マイルは口にスープを流し込まれる。苦しさは相変わらず、それでも最初に較べたら大分慣れてきていて、そんな自分がやけに恐くなる。慣れとは即ち、調教の成果が出ている証拠。

 レーナのニヤニヤした不気味な表情は日に日にその時間を増やしている。マイルはレーナの思惑にまんまと嵌っている。かといって持ち札を最初から全て奪われた彼女には勝負の場に立つ資格すら与えられない。相手がどんなブタを持っていようと、彼女は勝負から降りるしかなかった。

 

「ぷは、マイル美味しい?」

「はい、美味しいです」

 

 マイルはレーナの機嫌を取り持つためにごまを擦りまくる。こんなコミュ障故の相手に合わせた所作ができるのは良くも悪くもマイルを生かしていた。

 逆らったら更なる調教をされると予期するだけで、服をも通り抜ける極寒の寒気が肌を凍り付かせる。幸いレーナはマイルの口車には乗りやすかった。それだけの重病故に彼女をコントロールする事は容易で、迂闊な行為で彼女の地雷を踏む、というパターンには陥らずに済んでいた。

 

「今日は女狐が寄らないように、あたしが側で寝るわ。リリィたちは言い包めてあるから、要らない心配は無用よ」

 

 レーナはメーヴィスやポーリン、リリィたちの前ではマイルをトラブルに巻き込んでしまった悲劇のヒロインを演じていると、マイルの前では恥も外部も無く高らかに力説する。

 それからマイルの口に突っ込んだスプーンの匂いを嗅ぎ、途端に狂う。レーナの行動にマイル以外の一貫性が無くなってきている。あれをするにもマイル、これをするにもマイル。すでにマイルが知る仲間想いで情熱を身に迸らせる彼女とは別人となっていた。

 

「手錠と足枷の鎖、外すわよ」

 

 マイルに了解を得て、レーナが彼女を繋ぎ止めていた鎖を外していく。マイルは変わらず力を行使できない。魔力封印の根元は手首足首に固定された枷にあり、人並みの自由を一時的に手に入れても、抵抗する力は皆無だった。ブランクあるマイルがレーナを倒す事は確実に無理で、挑んだところで返り討ちに遇い、その報復措置としてより酷い仕打ちを受けるのが関の山。廃人にされるリスクを承知で、勝ちの目が無い愚行に走る勇気は疲弊したマイルには持ち得ず、ただ笑みを浮かべるレーナの足元を見る以外に選択肢を見出せなかった。

 

「逃げちゃダメよ……逃げたらメーヴィスとポーリンを殺しに行くから」

 

 レーナはマイルの弱点を知り尽くしており、すべからく彼女の行動は縛られる。人質を取られ、見えない糸に操られるがままに、マイルは草木が生茂る粗雑な道を歩かされていた。

 魔獣にいつ襲われてもおかしくない鬱蒼と続く獣道。マイルか普段より容易く葬ってきた彼らも、武器も能力も失った裸一貫では太刀打ちできない強敵となり得る。案の定、凶獣ベヒモスに取り囲まれ、窮地に立たされるマイル。普段なら勝てるはずの相手に喰われる末路を直近に見定め、右往左往と素人の動きで慌てる彼女に襲い掛かる獣たちが一斉に燃え出すのは彼女が木の側で蹲っている頃であった。

 

「ファイアーボール!」

 

 詠唱破棄からレーナお得意の炎魔法が森を紅く照らす。たちまち焼き尽くされた獣から、炎は木に延焼し、餌を得たそれは尚の事激しさを増す。しかし、マイルの指導により、相反する氷魔法をも習得したレーナは森の火事における消化もお手の物。

 

「アイシクルランス。これはマイルからあたしへの、あたしからマイルへの愛の象徴」

 

 しかも彼女の魔法はマイルが監禁されてから、マイルの想像を絶する強さを得ている。彼女の愛は力の限界をも越えてしまうのか。例えマイルが全力であっても、ここまで育った彼女を止める事は至難であると彼女には断言できる。

 

「マイルはあたしのもの。女狐はもちろん、お前たちにも渡さない」

 

 灰になった屍へ向けて、ぶつぶつと眼を暗闇の沼に沈ませながら呟くレーナの先導を受け、マイルが辿り着いたのは湯が沸く溜まり場であった。マイルは現代で見たものと重ねて、これは温泉だと断定する。レーナの束縛による恐怖を忘れるには、このように現実逃避に勤しむのが一番であった。

 

「マイルとあたし、二人きりで身体を清めるわよ」

 

 頰を赤らめ、八重歯を輝かせるその表情はこれまでのレーナである反面、瞳に映る世界はマイル以外の景色を消去している。欠伸が身体に溜まった疲れを教えてくれる。もうすっかり夜更けなようだ。

 早く帰って今夜までの悪夢を忘れたい。レーナから逃げる方法は現状、夢想が織り成すファンタジー世界ただ一つ。流されるまま、訪れた微睡に溶けたいマイルの願う間も束の間でしかなかった。

 

「マイルのくれた水着ってやつ。すんすん……あぅぅ……」

 

 達観したマイルが俯瞰的視界を忘れるレーナの所業が、彼女の瞳をも闇に溶け込ませる。レーナがマイルが常用していた四次元ポケットを巧みに使っていた。憤りを通り越して虚無感に曝される。レーナはポケットからも匂いを吸引し、一度倒れて激しい痙攣を起こしていた。マイルにしてみたらとても生々しい瞬間で、仲間が狂っているそんな姿を肉眼に収める事は相当堪える。

 

「マイルっ、まいっ、あっ! あっ! 好きっ、スキィ!」

 

 ポケットを投げ出し、飛び出て来た水着を布団のように腹部に被ったレーナがのたうち回る。まるで水場に揚げられ、酸素不足に喘ぐ魚。そのような仰々しい動作がマイルの気を引かせるが、狂ったレーナにはその程度は些末事に過ぎず、却ってレーナを暴走を加速させるトリガーになる。

 

「マイル、逃げちゃダメって言ったわよね」

 

 マイルをキメていたレーナが彼女の世界から戻って来ていた。動揺していたマイルは不覚にも腕を掴まれ、湖畔において押し倒される。ぬかるんだ土壌に寝かされ、水気をたくさん含んだ湯気を浴びる。湯に浸かるまでもなく、服諸共びしょ濡れになってしまった。

 

「逃げる気なんて、そんな!」

 

 思うところがあったマイルは必死に弁明し、レーナに許しを乞うも、理性を失った彼女には取り付く島も無く、一方的に彼女の欲の捌け口にされる。

 

「あんたの言葉を借りると、言語道断かしら。それじゃあ御託は置いといて、あたしから海里への、お仕置きターイム」

 

 レーナはまたもやポケットから取り出したマイルの剣を巧みに操り、彼女の服を斬り裂いていく。

 

「いや、いや……」

「マイル、マイルゥ!」

 

 服が斬られていくマイルの内に溜め込まれた恐怖。それが外見が破けるのと時を同じくして、沸騰した湯水のように飛び出す。

 

「嫌! レーナさん恐い! ポーリンさん、メーヴィスさん! 誰か助けて下さい!」

 

 レーナからの解放を心から吐き出すマイルの声も虚しく、この深い森の、それも奥に位置する湖畔では誰の耳にも届きはしない。マイルに無駄だと分からせたいのか、止めようとはせずに冷静に彼女を俯瞰するレーナ。結局レーナの抱いていたであろう思惑通りに事が運び、マイルの叫びは無駄に終わった。

 

「ひぐっ、うぐっ、たしゅけて、いや、いやぁぁ」

 

 服が破かれ外見は下着姿、顔に至っては涙に顔を腫らしている。レーナから逃げ出したい。それだけが生涯の願いにまで昇華したマイルには保つべき信念すらも失われている。

 

「あたしはあたしを否定するマイルも大好物よ。隙は無いから安心して泣きじゃくりなさい。赤ん坊のようにね」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん! こわいよ! 助けて!」

「うふふふ、マイル本人の匂い、格別よ」 

 

 泣き疲れ、そのまま眠ってしまったマイルの身体を好き勝手に弄り、満足したような笑みを讃えてから、レーナは監禁場所とは違う方角、赤き誓いの拠点へとマイルを抱えて向かう。

 

「助けて……」

「マイルったら、すっかり子供になっちゃって。良いわね。あはっ、予定より早い仕上がりだけど、上々だわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 レーナに運び込まれ、宿屋で目覚めたマイル。彼女において、かつての面影が消えてしまう程の変化があり、顛末を知らないメーヴィスとポーリンに衝撃をもたらす。

 

「これが、マイル……」

「マイルちゃん……」

「れーな、れーな」

「マイル、誤って崖から落ちたみたいなの。打ち所が悪かったみたいで記憶が無くなって……あたしが、あたしが!」

 

 レーナはメーヴィスたちにいきしゃあしゃあと出鱈目を吹き込み、惑わせようとしていた。レーナの思惑は彼女の裏を知らないピュアなこの二人を簡単に欺く。自然に身体を起こす事よりも簡単なこの仕事は苦労も知らずに大成を迎える。

 

「そんな事があるのか! あると、言うのか……」

「マイルちゃんの症状がここまで酷いとなると、取り敢えずお医者さんに見てもらわないわけには」

「いやー! こわい! こわい!」

 

 ポーリンが手を伸ばし、ベッドに横たわるマイルに触ろうとするが、マイルは突如として叫び、彼女の差し伸べた手を拒んだ。メーヴィスに対してもそんな態度は変わらず、徹底して彼女たちを拒絶する。唯一、諸悪の根源であるレーナに擦り寄っていくマイル。彼女はレーナから被った被害を綺麗さっぱり、都合良く全て忘れていた。

 

「マイルがあたしに、うひっ……おっと、マイル……可哀想に。あたしの所為だ! あたしがマイルを一人にしたばっかりに!」

 

 レーナはまたもや罪悪感に苛まれる自分を演出していた。この前とレーナの手法は変わっていないが、マイルというサンプルがいるだけで効果は何倍にも膨れ上がる。

 

「その件なら私にも責任がある」

「私も例には漏れませんね」

「れーな、れーな、好きっ」

「それにしてもマイルの奴、レーナには心を開いているんだな」

「そうですね。理由は分かりませんが。強いて言うなら、レーナちゃんが分かり易い性格をしているからでしょうかね」

「ポーリン、どういう事?」

 

 ポーリンが示唆していた理由とやらは当事者であるレーナには手に取るように分かる。レーナの魔法による記憶改竄。レーナにされた悪行の数々。その“レーナにされた”という事象を丸々レーナ以外の人物の仕業と置き換えた。これで初々しいながら、マイルが向ける好意は魔法の対象外に置かれているレーナに集中する事となる。後は監督責任を掠め取り、じっくりレーナ色に育て上げるだけだ。

 

「どうやらあたしの言う事しか聞かないみたいだし、あたしが一人で医者に連れて行くのが良さそうね」

 

 昼食を終えて、レーナはマイルを連れてリリィの宿から出て行く。彼女が足を運ぶのは診療所からは外れた森の奥。元仲間を再度欺いたら仕上げだ。

 マイルを再教育し、レーナの思い通りになる女に仕立て上げる。数日に分けて改竄魔法を応用、改竄した記憶をベースにかつてのマイルを再構築していく。レーナを彼女だと、マイルに重点的に刷り込みを行う形を取り、彼女に捏造された記憶。人気の無い森の一点で、マイルもまた、新たな目覚めを迎えるのだ。

 

「レーナ、さんが、いち、ばん、さい、こう、の、かの、じょ」

「そうよ、他の奴は敵……あたしがあんたの最高の女なの。しっかりと覚えなさい。この世界の鉄則よ」

「は……い、レーナ、さん、好き、好き、好き」

 

 レーナがスパンを熟考して洗練された再教育の計画は、数日を経て見事に成功を収めた。

 

「行きますよレーナさん!」

「ちょっと速いわよマイル! あたしはあんた程機敏に動けないんだから」

「レーナさんが焦ってる。可愛い……可愛いよぉ」

 

 レーナとマイルは公に恋人と名乗り、メーヴィスやポーリンを寄せ付けない程に盛り上がっていた。依頼は必ずパートナーで受け、いかなる強敵もマイルのチートとレーナの強大な魔術で蹴散らしていく。

 

「マイル、偶には私たちと仕事に」

「メーヴィスさぁん、ごめんなさいね。私にはレーナさんという最高の先約がいるんです。諦めて下さい」

 

 マイルは意思の光を失った瞳で下卑た笑いを浮かべ、外で甲斐甲斐しく準備を進めているレーナの元に急ぐ。

 

「レーナさん、私たちの式はいつにしますか?」

「一ヶ月後でどうかしら。まだカップルに成り立てだし、親交をもう少し深めてからでもその先は遅くは無いわ」

「マイルが更におかしく……」

「あれでは元に戻ったとはとても思えません」

 

 赤き誓いはあれから半分に切り裂かれる寸前で踏み留まっている。マイルがレーナに傾倒し始め、レーナからも無視されるようになったメーヴィスとポーリンが空中分解寸前で繋ぎ止めている状態だ。

 

「私にはレーナさんしかいません。決断は早い方が嬉しいです」

「もう、マイルはせっかちね」

「えへへ、レーナさんが私をこんなにしたんじゃないですか。もう私たちはラブラブなんですよ。深く愛し合っているなら道はただ一つ、結婚して、子供を作る。私の魔法なら二人の間に子供を作るのは、ふふっ、簡単ですよ」

 

 マイルを掌握した今、レーナとマイルが結ばれるのは時間の問題。

 

「やっと念願のマイルが手に入った。ああ、あたしのマイル」

 

 たった一枚の衣服から芽生えた狂気。些細なきっかけといえど、暴走した心は例えレーナ自身にも制御できない。



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