鬼滅の刃VRONLINE~嵐翅異夢~ (エイ)
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プロローグ

 30歳の誕生日。興奮に打ち震えて、ゲーム機を起動した。

 とあるVRゲームのR30版解禁である。これを震えずして何に震えるというのだろう。

 かなり前の作品だが、アニメ化でブレイク。静まった頃に映画で再ブレイク。作品が完結する直前にゲーム化で再々ブレイク。

 そして、原作が完結して、アニメ120期オリジナルすら終わろうというころに、VRゲーム化して再々々ブレイクした神作品『鬼滅の刃』

 その最後のブレイクの引き金となった『鬼滅の刃VRONLINE~嵐翅異夢~』R30版である。

 残酷表現が多いからしょうがないね。

 R18版からR25版、そして、今とうとうR30版へのアップデートが終わる。今日が誕生日だからと予約アップデートをしていた己の周到さには拍手しか出てこない。自画自賛。

 

 このゲームのジャンルはシミュレーション。

 だが今どきのVRゲームあるあるで、ジャンルなんかあって無きがもの。やろうと思えば謎解きもアクション・アドベンチャーもガンシューティングだってできる。

 ゲーム統御専用人工知能の発達により自由度が恐ろしく広がったからである。一節によれば、どこぞの国家権力が軍用人工知能に転用を考えているという噂まである。噂だが。

 

 世界観を簡単に説明すると、鬼と人が対立している世界でなんとか生き延びてクリアを目指せ! みたいな感じ。

 クリア条件は、ラスボスである鬼舞辻無惨の死である。

 ちなみに、強くてニューゲームが可能です。周回は正義です。

 

 R18版は、戦闘は新聞チャンバラ(比喩)だったし、グロ表現もカット。痛みもカットというお子様仕様である。今日生きていた隣の仲間が明日死ぬという、精神的な地獄だけが鬼滅世界の感触であったと言えよう。

 それゆえに自由度も比較的低かった。それでも十分楽しいんだけどね。

 原作世界の中に自分が入れるってだけで神ゲーじゃないか? 

 まあクリアは難しいけど。

 鬼舞辻無惨が1回死ぬまでに30回くらい死んだけど。

 

 R25版はカットされていた感覚が部分的に開放される。

 設定で、全面カットもできるけど、大体の人は苦痛制限は限界まで開放している。このゲームは原作厨が多いからな。狂人も多いんだよな。ワニの呼吸の使い手は自分にも容赦ないという称賛。

 感覚開放度合いでリアル感が違うし、そもそもVRに慣れた人にとっては限界まで開放してもヌルい部類だろう。

 鬼化ルートもこの版から開放される。ただし、鬼化したまま死ぬと周回不可なので注意。鬼舞辻無惨と一緒に死ぬという仕様もあって、繰り返すけど周回不可。まごうことなきバッドエンド。

 周回100回すると、輪廻の絆というアイテムが手に入り、次のキャラメイクからは時代が選べるようになる。1アイテムごとに100年遡れるようになるんだが、最大値が500年。

 継国兄弟と会いたかったら最低でも400回は周回しないといけない。たった400回で継国兄弟と出会えるんだから、ありがたいな! 

 

 そして、R30版。

 感覚の全面解放。自分が死ぬ苦痛を、死にきるまではしっかり味わえるという世界だ。R18版や25版では『死』の判定が降りた瞬間にバッドエンド表示が出るんだが、R30版は設定次第で『死』の判定が出ても、しっかり死に切るまで苦しむことができる。

 内臓を啜られる感覚、手足の燃え上がる苦痛、避け得ない死への恐怖、これらを楽しむための感覚解放である。狂人向けかな? 

 大抵の人はR25版と大差ない設定にしているが、全面解禁した上で、上弦の鬼や無惨様に殺される苦痛を楽しむ上級狂人がそこそこ居る。相打ち狙いの殺すのも楽しい殺されるのも楽しいという変態もそこそこ生まれる。

 狂人変態曰く「この苦痛を味わってこそ、鬼を殲滅し、無惨様を殺す楽しみが最大となる。これこそ愛」らしいけれど、常人から言わせれば性癖が過ぎるというものである。

 こちらでは、最大で千年遡れる。輪廻の絆アイテムが100回周回するごとにいくらでももらえるからだ。人間時代の無惨様を見たければ、最低1000回周回しましょうということだな。愛が試される武者震い。

 

 このゲームは神ゲーランキング殿堂入りだが、クソゲーランキングにも割と名前が見られる。

 難易度の問題もあるが、R18版からR25版へのアップデート時、あるいはR25版からR30版へのアップデート時にデータが引き継げないのである。確かにここは頂けない。

 ただ、運営側の言葉も分かる。

 こんなヌルい世界で稼いだ経験値が、上位世界での経験値に換算できると思うなと言われたらそりゃそうだと思う。でもなぁ、輪廻の絆アイテムくらいは引き継がせて欲しい。

 狂人でないと1000回の周回はきつい。まあ、やるんですけどね。

 そうでないと、無惨様成り代わりルートの条件満たせないからね。あーしんどい。

 

 アップデートの終わったゲーム機を装着。

 まずは環境設定から。

 苦痛を含み、感覚は全面解放にする。いや、一度くらいはね。試してみようと思ってね。自分が死ぬ感覚を実装しているゲームって、この時代でもかなり少ないしね。まあ無理だったらR25版と同じくらいに変更するつもりだけど。

 

 キャラクターメイキングへ移行する。

 無味乾燥な設定画面だった環境設定と違い、キャラメイクは産屋敷家に似た屋敷へ降り立つ感覚だ。

 ランダムで概ね産屋敷家の人間が出てきて対応してくれる。たまに鬼舞辻無惨とか出てくる。

 今回はあまね様だった。

 

「あなたが新しい剣士ですね。名前を教えて下さい」

「好きに決めてください」

「分かりました」

 

 どんな名前でも支障はない。特定の名前だと反応が変わるとかはあるんだけど、そういうのはR18版およびR25版で楽しみ尽くした。よって、最近はもう名付けてもらっている。

 自分の名前を入れると、呼ばれるたびに、なんか居たたまれない気持ちになる勢です。どうかわかってほしい。

 

「年齢はいくつですか?」

「10歳です」

 

 これも、「好きに決めてください」ということはできる。でもな、それをやると0歳児から始まることが比較的多い。0歳児スタートが一番強くなれる可能性も高いが、正直ものすごく育成が面倒。かつ成人までに死ぬ危険性も高い。原作前に死ぬのはもう、もう、もう勘弁してくだせぇ。幼児のパラメーターでは逃げられん……! 

 ちなみに初回プレイは否応なく炭治郎と同い年なので、16歳以上の年齢で設定できない。

 まあ、初回プレイは原作ノータッチ予定なんですけどね。理由は10歳に設定する理由と一緒に後述する。

 

「あなたの見た目を教えてください」

「黒髪黒目、身長は5尺2寸。体重は98斤程度」

「では、このようなお姿ですか?」

「体重を変えず、もうちょっと細身に」

 

 あまね様の隣に出てきたシルエットが、こちらの注文に合わせて、少し細めになった。

 基本的にリアルの自分と同じようなシルエットになるよう調整するのが、最も動きやすいとは思う。ましてや感覚全解放だからな。

 いくらでも詳細にしようと思えばできるんだが、こんなふうに適当に言っても、それなりに補正してくれる。160cm、58kgくらいという注文したわけだが、言ってない部分は適当に平均値で出してくれるのだ。尺貫法で表現するのはキメツラーとしての嗜みです。

 ちょっとした裏技だが、少しだけ体重を多めに言って、それから姿を細めにすると、筋肉量とか骨の密度とかに反映されるらしく丈夫になる、らしい。実感できる程度の差ってないけどね。どんなに太い骨でも折れる時は折れるからね。つらい。

 でも多分少し楽になる、はずと信じたい。

 

「誕生日を教えてください」

「好きに決めてください」

「分かりました」

 

 お誕生日イベントだってあるよ。一応。

 幸せの壊れる血の匂いが最もしやすいとファンの間では有名だ。

 特定の月日で、特定のキャラの反応が変わるってのはあるけど、そういうのは名前や容姿と同じくR18とR25で楽しみ尽くした。

 

「それでは、このようなお姿なのですね」

「はい、そうです」

 

 あまね様の確認の言葉に諾を返せば、あまね様は退出していった。

 目の前にはあまね様の残した黒いシルエット。

 細かい特徴づけと、ポイントの振り分けをこれからするのだ。この手のVRゲームあるあるだが、最初のキャラメイクが長い。慣れたけど長い。

 0歳児スタートにしておけば、この細かいポイントの振り分けってしなくてもいいんだけどね。

 10歳児スタートだから、10歳になるまでの間に得ただろうというデフォでもらえる経験値をポイント換算して振り分ける手間がいる。

 身体数値だけじゃなくて、装備品にポイントを振り分ける事もできるけど、今回は必要ない。初回プレイだから。

 

 この『鬼滅の刃ONLINE~嵐翅異夢~』において、初回プレイは原作ノータッチ農民または町民プレイが推奨されているのだ! 

 理由は原作を読んで察して欲しい。

 鬼殺隊やら鬼やらに、一般人が関わった場合の生存率を計算して欲しい。

 一言で言って、

 

 無理ゲー

 

 でしかない。

 不可能ではないが、炭治郎でもないかぎり心が折れるので、初回は次回のための踏み台とするのが常套手段だ。だって長男じゃないもんは合言葉。

 白目にならざるを得ないことに、あっちから襲ってくることも……よく、ある。ウッ、頭痛が……。

 

 思い出し涙をこらえながら、細かいポイント振り分け、つまりキャラ付けを行っていく。

 この手のVRゲームは自由度が高い分、リアルの自分とかけ離れた設定にすると、ものすごくやりにくい。

 たとえばリアルでは泳げないのに、こっちで泳げる設定にしてしまったとする。で、ゲーム内で泳ぐ際に恐怖心とかで泳げなかったりすると、せっかく水泳という技能に振ったポイントがマイナスされて、泳げないというステータスに修正される。自動でな。

 ポイントの無駄遣いだし、これをまた泳げると再修正するのは経験値が多分3倍くらい必要だ。そういうわけで、リアル自分と近づけたほうがいい。ネカマも不可能ではないが、男勝りとかの設定を付けておいたほうがマイナス補正が入りにくくなるだろう。そもそも選ぶだけでもポイント大量消費するけど。

 

 初回プレイの今回は、農民または町民をしつつ、可能な限り身体を鍛え、武術を身に着け、周回プレイのお供アイテムを集めつつ、鬼というか原作イベから逃げ回るプレイになる。

 脚力は必須です。

 感覚値も鋭いに越したことはないので、可能な限り上げる。

 体力も必須です。

 ああ経験値が足りない……プレイしながら上げるしかない。

10歳に設定するのはこれが理由だ。デフォの経験値だけでは必要技能が取れない。ある程度、経験値を貯めるためのプレイ時間が必要なのである。徳を貯めるにしても時間は必須だしな。

運命値を左右する徳と業、これを原作イベ無しで上下させるのはけっこう手間がかかる。

 

 

 

 ちなみに初回プレイ時のみ選択できる『ネクスト鬼滅ヒント』をONにすれば、原作に関わる人物や物はこれこれ! という感じの矢印がつくため、避けていけばほとんどイベントはスルーできる。とは言え、もう暗記してるんでOFFにしとくけど。

 

 出身地は僻地にしておこう。でも、遠すぎても助けにきてもらえないんだよなぁ。選択肢が農民とか木こりとかになってしまうので、知識レベルを上げにくいのもちょっといたい。いや、安全には変えられない。

 山ん中にしよ。

 ここでうっかり炭治郎のご近所とかにならないように注意だ。知り合いだとイベントフラグが立ちやすいからな。

 可能限り効率良いプレイができるように、細かく設定していく。効率重視しすぎるのも面白くないが、効率を無視して後悔するのも嫌なもんだからな。

 ランダム設定でキャラを作るのは、周回を最低限5回はしてからにしたい。さもないとすぐ死ぬ。

 

 黒髪黒目の10歳児。

 デフォルト顔にちょっと細工して愛嬌のある顔にしておく。傷をつけて迫力をという手もあるが、それは次回だな。

 技能もステータスもバランス良く配分して、耳と勘の鋭く臆病で逃げ足の早いキャラクターにした。

 戦闘技能は来世で上げます……余裕があれば、今世でも経験値取得できるようにするけど。

 

 さぁ、諸々の設定は終えた。

 さて、世界へと、降り立とう。

 鬼滅世界で農民プレイのために! 

 

 

 

 




こういうゲームがあればやりたいなという願望です。

タイトル誤字指摘ありがとうございます。修正しました。


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一周目は筋トレがおすすめです

 世界に降り立った自分の手を眺めて、小ささにため息をつく。かわいい。ちひさきものはみなうつくし。ただし無力だ。修行しよ。

 そして、深呼吸をした。

 季節は初夏だろう。雨が降った後なのか、柔らかな熱気にのって草の匂いが強烈に鼻を刺激する。陽光は眩しく輝かしく、だが肌を焼き痛めつけるほどには強くない。さすがあまね様だ。良い季節に誕生日設定してくれたなぁ。

 耳には風が揺らす笹のざわめき、鳴き交わす鳥たちのつぶやき、虫や蛙たちの途切れない声が満ちている。田舎ではないところで育った人間には、これらの自然の音というのは本当は聞こえにくいものだと知っている。都会人ほどではないけど。

 だが、この肉体の耳には、いっそうるさいほどによく響く。ステータスの割り振りは間違っていなかった。自画自賛。

 VRあるあるだとは思うが、あまりのリアルさに、ここは本当に仮想現実だろうかと驚くし疑ってしまう。

 やっぱり全感覚解放は違うな。

 このリアルさを実装処理しているのは、自分の脳であって、サーバ側は情報を送っていているだけだと分かってはいるんだが、なんというか、運営にはやっぱりいつだって五体投地の感謝です。いつか課金すっからね。ちゃんと感謝を金で表すからね。具体的に言うと、2周めプレイキャラメイク時に。

 

 トンッと跳ねて、身体の動きを確認する。よし、感覚とのズレはない。

 確認が終われば、後は記憶のロードである。

 キャラメイクでは自分の肉体への設定は付けられるが、実は両親や生育環境への設定は、あんまり細かくは付けられない。R18版だと山なら木こり、町なら商家、村なら農民がデフォルトだ。両親も、どこに生まれても同じ顔、同じ性格をしている可も不可もない善人になる。

 R25版でもそんなに変わらないが、両親はランダムで善、無関心、虐待と3種類に分かれる。

 そして、R30版では、孤児設定も有りと聞いている。

 そういった、自分で決めたわけでもない、自分のバックグラウンドをどうやって知ればいいのかというと、ここで『ロードする』というコマンドを使うわけだ。

 

 自分がどこの誰で、どういう立場で、何をしているのか。

 サーバから送られてきている情報を、データではなく記憶として呼び起こす。これによって、より世界に、そして作り上げたキャラクター、演じる役割に移入させやすくする。

 うまいやり方だと思う。

 当然これは、自分で作ったキャラクターデータと決して矛盾しないように作られるので、こっちからの干渉が一切できないというわけじゃない。

 たとえば、顔に傷跡を作っていたら虐待親を引きやすいとか。寡黙無表情設定を作っておくと、無関心親を引きやすいとか。

 甘いもの好きだったら九州出身とかな。いや、正直これは多少地域性に対する偏見入ってると思うけど。

 基本は、自分が作ったキャラクターデータに合わせて作られる。そして、今、この場で過去がすべて決まっているわけじゃない。

 今から、自分が行うロールプレイに合わせて、過去は作られる。あるいは変化する。

 陰湿に振る舞えば、そう振る舞うだけの性格に育つ理由が生まれおち、明るく陽気に振る舞えば、そう振る舞うだけの理由が造られる。

 だから、今、ロードして得られる『記憶』は本当に必要最低限のものであり、これから先の未来と同じく、過去は今から作り出すものなのである。だから、基本的にリセマラという概念はない。何を引こうと、今から作りたせるのだから。

 

 ──ロードする。

 

「あ、ジイちゃん、待ってるかな」

 

 ふっと言葉がこぼれ落ちた。

 そうだ。祖父がいる。両親はいないが、まだ祖父がいて、自分を養ってくれている。

 山の中だから、水道も電気も通っていない。足の悪い祖父の代わりに、水を汲んで帰らねばならないのに、まだやってない。

 思い出した記憶が、さぁっと人格の表面に滑っていく。するんと自分自身に落ちていく。

 

「急がなきゃ」

 

 走り出す足は、近くの川へと向かう。ジイちゃんのために急いでいる。だが同時に、走るというトレーニングで走力アップを狙う意識もある。

 そう、これは一応ジャンルはシミュレーションなのだ。訓練によってパラメーターを上げられる。普段の日常の動きでも意識したほうが効率はいい、と思う。

 体力値が0になったらぶっ倒れるか、最悪死ぬので、パラメーターには注意しなきゃいけない。

 そこで、このゲームがクソゲーランキング入りする理由の一つを紹介しようじゃないか。

 このゲーム、セーブ画面以外で、自分のパラメーターをチェックできない……どういうことだってばよ。

 まあ、確かに、この世界に作り上げた第二の自分を演ずる時にパラメーターチェックとか無粋にも程があるもっと役に入り込めと言われたら反論できないんだけど、ゲームとして、その仕様はどうなんだろう。

 死ぬ苦痛を受け入れてる時点で、相当気合こめたロールプレイだと思うんだけど。

 

 川についた。

 置いてある瓶を軽くすすぎ、水をたっぷりと入れて持ち上げた。腕力UPと唱えながらよっこらせと歩き出す。走るのは水がこぼれるからダメ。この状態で上げられるステータスは腕力と体幹。

 歩き方を工夫すると、忍び足という技能が得られる。ポイントを振ってなくても日常のどこかで得られる技能は取っておいて損はない。

 明日からは、遊んでいると見せかけて、山の猪やら鹿やら狸やらを掃討して微小ながら経験値稼ぎにいそしむぞ。

 

 と思っていたのだが、家に帰ると予定変更せざるを得なくなった。予想外です。真顔です。

 ジイちゃん、若干言葉が足りないし天然ボケながらも懸命に一人で孫を育ててくれた大好きなジイちゃん、なんでご名字が鬼舞辻なん? 

 なんで孫に無惨て名前つけとるん? 

 思わず白目剥いたよね。

 いや、あのラスボスとは関係ないとは思ってるよ? 

 思ってるけど、それはそれとして、災いを呼ぶ不吉極まる名前だよね。あまね様ヒドすぎないかな。この名前はただのイジメでしょう。

 

 まあ「ロードする」コマンドがいかに当てにならないコマンドか分かってもらえたと思う。

 こいつは本当に、最低限の情報しか降ろしてこないし、このゲームは降ろしてきた情報を認識させるタイミングが神がかってとぼけている。この邪神めが! 課金は次のタイミングでするって言ったでしょ! 

 とは言え、知性のステータスにもうちょい割り振っとけばもっと早く降りてきた情報かもしれない。次回のステータス振りの参考にしよ。

 

 いかになんでも名前が「鬼舞辻無惨」はない。

 大声で言うけど、これはない。

 ランダムで付けてもらえるデフォルトネームに、R18版およびR25版では、こんなひどい名前はなかった。そこそこカスッてくるのはあったけどね。

 富岡蔦子とか。

 竈門炭吉とか。

 一番ひどいと思ったのは、継国縁壱だった。周回も300回を越せば、そうそうやられやしないけども、黒死牟殿とのドキドキイベント増えすぎ問題。六眼異貌がふと気がついたら背後に居たりする毎日はもうごめんです。コワイ。見た目がコワイ。

 ちなみに、このゲームは乱数がちゃんと仕事をしているので、同じ名前同じステータス同じ見た目でプレイしても、ほぼほぼ間違いなく環境や展開が変わる。同じルートを進むのは至難の業だ。

 だから、すごいレアルートなのは間違いなかったんだけど、やってる最中は完全にホラーだった。

 レアだったなとは、思い返してこそ言える言葉なのである。

 

 そして、ここまで嫌がる理由もちゃんとある。「鬼舞辻無惨」という名前は、R18やR25でのデフォルトネームには入ってなかったが、自分で付けてプレイすることはできる。

 その結果。

 会う鬼、会う鬼ことごとく「貴様ごときがアァ、あの御方のオォォ、許せぬわアァァァ死ねェェェェェィ!」と名前が知られた瞬間からバフ3倍で攻撃してくる。

 ついでに鬼殺隊からは「背中を預けたくはないな」だの「お前には良くないものを感じる」だのと不審者扱いされる。後でデータ見たら好感度が名前を知られた時点で-10になってた。-10されるんじゃない。絶対値で-10になってたの。

 うん、上弦の鬼や鬼舞辻無惨に会う前、正確に言うと原作突入前に改名というか偽名をつけました。奴らがバフ3倍になったらなんて考えたくもなかったし、炭治郎の好感度が最初から-10とか心が折れる。原作主人公には好かれたい。だって原作好きだから。

 ウッ、思い出がつらい……心が乾く。

 

 ジイちゃん、大好きなジイちゃん、家出する孫を許してね。全部名前が悪い。家出して出身地隠して名前も変えて生きていきたいんだ。

 ごめんね、ジイちゃん、出ていく前に、水瓶は一杯にしとくからね。

 と、家の大ガメに汲んできた水を注いで、また川に走り出す。

 急がないと暗くなっちまう。大正時代、しかも山の中を舐めるな。街灯も人家のもたらす明かりもないなかで旅に出るほど無謀じゃないやい。

 

 川との行き来を繰り返すこと、およそ6回ほど。

 それから、旅支度を整えたのは良いものの、この目論見は崩れてしまった。

 ジイちゃんが帰ってきたからである。

 

「良い話じゃ」

「なあに、ジイちゃん。また騙されたの? ツボはもう足りてるから要らないよ」

「違う。奉公の話が来たんじゃ」

「ジイちゃん、お年なんだから無理はよくない」

「お前にじゃ!」

 

 ほう、奉公ね。

 詳しく話を聞くと、知り合いのお寺さんから回り回って、とある町のお金持ちへの奉公の話が来たらしい。

 え? 労基法? なにそれ美味しいの? 

 

 話を聞く限り、行くことで決定してるみたいなので、ジイちゃんの顔を潰さないようにと考える良い孫は拒めなかった。

 でもね、偽名は使いたいです。と、訴えると無邪気な瞳で「なんでじゃ?」と首をかしげられた。うちのジイちゃんは本当にかわいい。あれか、愛嬌たっぷり顔に作ったから、こういう身内を引いたんかな。

 この無邪気顔の作り方を覚えておいて活用しよう、と計算高くジイちゃんの顔を見つめつつ、冷静にでたらめな説明をする。

 

「だって、ジイちゃんの身内だって知られたら妙な勧誘されそうじゃない? 先日もジイちゃんたら、なんちゃら極楽教って人の話に引っかかって、結局炭を買いそこねたでしょ?」

「う」

「ジイちゃんは何も悪くないよ。人の善意につけ込むやつが悪い。でも」

 

 あえて、そこで言葉を切ってジッと見つめる。

 言いたいこと、分かるだろう? と忖度を求めたら、ジイちゃんはしょぼんとしながら頷いた。ごめんねジイちゃん。これも何もかも鬼舞辻無惨とかいう小者みたいな言動のラスボスが悪いんだ。許して。

 

 そういうわけで、町まで奉公に出ることになった。まあ筋トレはどこに居たってできる。少しずつ上げていこう。

 知力と魅力、交渉あたりは町のほうが上げやすかったような気がするから頑張ろ。

 ついでに金も欲しい。かなり金も欲しい。

 大事なことだから2回言いました。

 なんでかって言うと、ステータスUPアイテムが欲しいから。

 基本的に、その手のアイテムは鬼からのドロップやクエスト報酬でもらえることが多い。でも金さえあれば買えるし、手持ちの技能次第では作ることもできる。今回は薬学も医学も錬金も取ってないから作るのは無理。となれば、金さえあれば、という話になるわけだ。

 地道にトレーニングだけやっていてもパラメーターは普通に上がるが、効率よく上げられれば2周めからが楽になる。

 ええい、ゲームとして邪道だとか言わないでいただきたい。弱者プレイはR18とR25で十分だ。可能な限り強者プレイしたいです! 

 

 奉公に出たお屋敷は、その周辺じゃかなり大きなところで、ぽっと出の新入りにも優しかった。良かった。

 朝起きて服装を整え使用人食堂で朝食をかきこみ、後は指示に従ってやれあっちで何をしろ、こっちであれをしろだのと駆け回る日々。旦那様付きとか若様付きになればちょっと違うが、下っ端はそんなもんである。

 お仕着せは屋敷で与えてくれるし、ご飯もたっぷり美味しいものが出るし、お休みもあるし、お給金もきっちりもらえる。おまけに暇な時は、人目につかないところで筋トレもできる。いや、いい職場だ。

 強いて不満を言うなら、部屋が4人部屋でプライバシーの問題くらいか。臆病者という性格付けをしてしまった以上、人がいる時にはびくびく緊張していないといけない。慣れて仲良くするのも時間をかけないと不自然だ。

 そこまで気にしないやつは気にしないのだろうが、ここで手を抜くと、総合経験値がマイナスされる。ロールプレイ大事。特に初回は、経験値は多ければ多いほど嬉しいから手は抜けない。

 

「もうすぐ奥様が帰っておいでだから、服装に注意しなさい」

「は、はい」

 

 声は少し震えているが、笑顔で良い返事を返す人間に、嫌悪を抱くものはいない。

 ところで知っていたか、える、笑顔は魅力の値がちょっぴり上がる。ちょっぴりだけど。

 そして、びくついてはいるが、常に笑顔。声がどんなに震えても崩れない笑顔。スマイル0円。こういう人間は、人から見るとどうも哀れっぽいらしい。奥方といい若様といい、よくお菓子をくれる。すまない。ただのロールプレイ&ステータス調整です。トラウマとか無いです。不遇な人生も送ってないです。

 

 こうして、日々、仕事に勤しみながら原作イベントに関わらないよう細心の注意を払い、暇さえあれば筋トレ及びパラメータを上げる毎日。

 最初に、体力値にそこそこ振っておいた甲斐があって、健康面も問題ない。

 ステータスUPアイテムは、うん、お金がなかなか足りないですね。とりあえず生命力と体力メインで買えるだけ買っている状態である。そのへんのお店で買えるわけではなく、これ、いわゆる隠しショップでしか購入できない。実は、珠代さんの作っている薬なのだ。本来なら原作に関わりつつフラグを立てて、お店の場所や売っているタイミングを教えてもらって買う代物である。

 まあ、プレイヤーとしては否応なく暗記しますね。便利だもの。R30版にしかない店も恐らくあるが、それは2周め以降で教えてもらおう。

 偶然見つける客もいるらしいから、別段怪しまれてはいないと思う。

 いや、本当に規格外だな、珠代さん。鬼殺隊に流通させたいけど、鬼の作った薬を流通させるという、この字面からしてヤバい。これは無理ですわ。

 

 このように、どうにか平和に日々を過ごして3年。

 体力と生命力がカンスト目前で喜ばしい。特に、生命力は生命の危機から脱するたびに高くなるパラメータなので、上げるのは大変なのである。体力は走り回ってれば勝手に少しずつ上っていくけれども。

 神経をピンと張り詰めさせて過ごした日々にも転機がやってきた。

 そろそろ原作突入する頃だ。なんたって13歳だもの。お忘れかもしれないが、炭治郎と同い年です。

 ノータッチ予定なのになんで気にするかって言うと、原作好きだから。それと、先日、何があったのやら旦那様が帰ってきて曰く「扉に藤の家紋をつけるぞ」と言い放ったからです。おっと逃げ時かな。荷物まとめとこうかな、どうしようかな。

 臆病者の勘が唸るねぇ……。

 




農民プレイが否応なく町民プレイになるくらいのハプニングはVRONLINEあるあるです。むしろ隊士にならなくて済んだだけ幸運と主人公は思っています。まあまだ鬼舞辻無惨が死んでいないので、2周めには入れないのですが。


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一周目は慎重にいきましょう

 逃げるべきか留まるべきか、それが問題だ。大問題だ。考える人のポーズ。

 ここは給料もよく、居心地もいい。藤の家になるのであれば、もしかしたら筋トレをする暇はなくなるかもしれないが、それはそれとして出ていくほどではない。

 問題は死亡フラグが立つかどうかと、ロールプレイ上の加点または減点になるかどうかだ。

 

 死亡フラグは五分五分だ。基本的に藤の家は、隊士が見回りをしてくれるし、休む時に使うので、面倒事が増えたとしても安全性も上昇する可能性は高い。

 R18版やR25版でも、これはもう運としか言いようがなかった。つまり乱数様のご機嫌次第。

 なので、これは後で考えるものとする。

 

 そうすると、逃げ出す、あるいは留まることのどちらが、キャラ設定として自然な行為かどうかが問題になる。

 役割を演ずる(ロールプレイ)という遊びにおいて、キャラクター設定を裏切るのは重大なミスだ。口のきけない者は悲鳴を上げてはいけないし、耳の聞こえない者は夜闇に這いずる何かが近寄ってきても逃げてはいけない。

 例えて言うなら、無惨様が紳士的で誠実だったらダメってことだな。無惨様ロールプレイとしては台無しだ。

 だが、実際に無惨様が紳士的で誠実に振る舞うことができないのかと言われれば、そうではない、と原作ファンなら知っていると思う。

 そのキャラクター性を裏切らず、そのうえで、そのキャラクターらしからぬ行動というのは、逆説的に称賛に値するロールプレイとみなされる。そのキャラクターを深く読み込まないとできないからだ。

 さあ、考えろ。

 逃げ出すほうがそれらしいか。

 それとも、留まるほうがそれらしいか。

 

 耳と勘の鋭く臆病で逃げ足の早い鬼舞辻無惨に相応しい行動はどれだ。

 

 …………………………………………………………………………くっ。ぷふっ、だめだ。

 鬼舞辻無惨とついただけで、死ぬほど笑えてしまって熟慮できない。ひどい。せっかく考えた初回プレイキャラの設定が笑いなしで見られない。それもこれも全部ラスボスが悪いんだ。

 しかも、割と間違ってない気もするんだよなぁ。

 珠代さんに臆病者って言われてたし。

 逃げ足が早くなかったら縁壱さんに殺されてるだろうし。

 

 そもそも耳は良い設定にしてるが、善逸には遠く及ばない悲しさ。勘も常人よりちょっと良いレベルだからなぁ。初回はどうしてもポイントが足りない……。

 とはいえ、初回から善逸並みにする方法も無くはない。でも、そんな博打みたいなキャラメイクする必要もないしなぁ。善逸は善逸だからすごいし尊いのだ。それと、なるべく安定したステータスで無惨様ぶち殺したい。

 だって、このゲーム、死んだらそのままキャラロストなんだもん。

 せっかく育て上げたキャラを経験値ごと失う悲しさよ。クソゲーランキング上位もやむなしかな。

 原作リスペクト派のキメツラー曰くの「鬼も炭治郎も生き返ってこないんだぞ!」を聞くと、頷かざるを得ないけどね。へなちょこプレイで炭治郎死なせた時の衝撃と言ったらもう……精神的に死ねる。原作主人公にかばってもらったあげく、そのまま死なせた絶望感と言ったら地獄とたとえてもまだ足りない。

 原作では人は生き返らない。

 それなら、こちらでも生き返るはずがない。

 分かる。分かるよ。分かるけどね! 

 

 ああ、荒ぶってしまった。

 ロールプレイでの減点も避けたいが、キャラロストもダメ絶対。体力と生命力を最優先で上げたのも、2周めで死ににくくするためなのだからして。

 しかし、ううむ、マイナス面ばかりを考えても結論が出ないな。

 

 それなら、プラス面はどうだ。何があるだろう。

 と首をひねる。

 まあまず、藤の家になれば鬼殺隊隊士が来る。

 彼らの好感度を得ておくのは決して悪くない。好感度は持ち越されるし、隊士の好感度は高いほうがどのイベントもこなしやすい。

 その一方で出奔した場合のメリットは何だろう。

 むむ、特に無い気がする。するんだが、本当に大丈夫かと言われるとややこわい。もしかしたら、やっといたほうがいいこともあるかもしれない。R30版は初めてだしなぁ。

 よし、一度ログアウトして、wikiってこよう。こういう時はwiki様に頼るに限る。

 だが、ログアウトするためにはセーブ必須なので夜を待たねばならない。

 

 ちょうどいいからセーブに関して説明しよう。

 このゲームは睡眠で自動的にデータが保存されるため、夜寝れば、勝手に自動セーブされると思っていい。

 このタイミングで『ログアウトする』コマンドを使えば、抜けられるというわけだ。具体的に言うと寝る前くらいに。

 三年も過ごしたというのに起き上がれば一夜の夢。

 昨今の仮想現実世界を作り出す技術は、そろそろ神の後ろ足くらいには届いているのではないだろうか。神が何足歩行か知らないが。

 

 現実世界の時間と、仮想現実の体感時間が一致していないのは、こちらの脳で時間軸を処理しているためだが、そのため、現状のVRONLINEゲームは基本的にセーブ&ロードでのやり直しは不可能である。ただ、復活を実装しているゲームも多いので、キャラロストとはならない場合も多い。

 このゲームも、復活は実装していないが、一応救済策らしきものはある。100周以上しないと使えない時点で「救済なんてしたくない死んだらそのまま死ね(キャラロスト)」という本音が透けて見えるのはご愛嬌。

 分かる。分かるよ。原作重視なら、復活なんてさせたくない。それはもう本当に分かるんだけどね! 

 うっぷ、思い出し涙が出てきてしまった。手ぬぐい手ぬぐい。ふぅ。

 

 ──ログアウトする。

 

 (おやすみなさい)

 同輩の寝息を聞きながら、目覚める(ログアウトする)ために眠った。

 藤の家紋はまだ注文中なので、完成するまでは考えをまとめるために時間を使える。ありがたい。

 

 ああ、ゲームの終了音が聞こえてくる。

 夢から覚めるのか、あるいは、逆に夢を見始めているのか。

 現実と仮想の半ばにて、ほんのひとときの思いがよぎる。吾が夢か、君が夢か、さて。

 

 ああ、目が、ふらりと視界が回る……。

 

 

 パチリと目を開いた。

 見えるのは無機質な設定画面。そして闇。

 ここはステーションだ。

 ログアウトを意識すると、必ず現実で目覚める前にここに来る。設定を見直したり、本当にログアウトしていいかをシステムから問うてくるのだな。

 現実と仮想の間と思えばいいかもしれない。

 起きた時に、何を調べるべきだったか忘れちゃわないように、ここのメモ機能を使い書き残す。

 他は、特に何か変更するような設定も今のところ無いので、さっさと本当に目覚めようと思う。

 さらば仮想世界。

 

 

 (おはよう)

 ただいま、現実。

 起き上がった瞬間から、夢の記憶を忘れるようにゲームの記憶が抜けていく。

 メモしておいて本当に良かった。

 ディスプレイ上に浮かぶ、自分のメモを見ながら、あくびをして立ち上がった。

 お仕事終わって、アスパラの苗を植え替えたら、今夜もログインしよう。早く1000回周回して、無惨様成り代わりコースやってみたい。

 まあ、まだ一周目なので先は長いんだけども。

 

 

 (おやすみ)

 ようこそ仮想世界。

 ステーションを通り抜け、ログインするは鬼滅世界。

 神作品の中に、自らの分身を存在させられる喜び。色々不満がないとは言わないけれど、やっぱりこのゲームは神ゲーだ。

 目を見開けば、四人部屋。

 戻ってきた、と感じる。

 どうも少し早い時間に目を覚ましてしまったようで、同室者はまだ寝ていた。

 ちょうどいいので、wikiってきた情報を反芻する。この家を出る出ないに関係するメリットデメリットな。

 

 結論から言えば、どっちもどっちだった。

 プレイヤーだからしょうがないんだけど、どこに居ても鬼との遭遇可能性はある。乱数様の仕業です。

 エンカウント率を下げられるスキルはあるが初回じゃ無理。鬼避けアイテムもあるけど、初回プレイではすぐ壊れるものしか手に入らない。そして、そんなものに割く金はない。真顔です。というわけで、安全性を取った。藤の家なら、剣士がおおむね居てくれるだろう。残留します! 

 

 逃げ出すのを中止したので、まとめかけていた荷物をこっそり解き、起き出してきた皆といつもどおりの仕事に戻った。

 今日も生きていられる幸せを、このゲームでは常に感じていられる。ほんと神ゲーだな。これ。

 

 藤の家紋を掲げても、意外にも日々の業務にはさほど差異はなかった。

 せいぜい、なんだか常にお客人がいるなってくらい。

 それと、傷薬などが各種用意されるようになったのと、藤の香が定期的に焚かれるようになったくらいか。好感度稼ぎは無理っぽい。

 お客さん対応するのは、もうちょっと教育を受けている年上の先輩方だからなぁ。いや、こちらのお屋敷に奉公に出てから、文字なんかも教えてもらってるけどね。

 知識はかなり低めにしかポイント割り振ってないから、現実の自分が知っているはずの文字でも読めないんだよ。文字の形は認識できるのに、その意味まで頭の回路が繋がってない感がすごい。

 本来なら知っている言葉でも、ンン? ってなる。特にカタカナはそうだな。ふーしーぎー。

 

 日々を勤しみつつ、時間があれば筋トレで各種肉体パラメータの底上げ。

 お給金にわぁいと喜びながらも、使うものはステータスUP薬。

 すごく……ストイックです……。

 しかも、これだけ頑張ってるのに、まだまだ無惨をぶち殺すには不安過ぎる数値。とはいえ、体力と生命力はカンストしたから、基本、鬼にでもされない限り生き残れる目算はついた。欠損はあり得るので気をつけよう。考えるだけで蒼白です。

 いやあ、珠代さんのお店ありがたいね。まあ、それ以外にもお薬を落とすプチイベやミニゲームをちょこちょここなしてるってのもあるけど。

 

 ちなみに人間としての体力のカンスト数値は500です。

 一般人は60~80が普通だと思う。村田さんクラスだと150くらいかな。いや村田さん何だかんだと生き残ってるからもうちょい高いかも。

 柱ともなると300オーバーは当然だな。ばらつきはあるけど、500カンストしてる人もいないことはない。

 生命力は100でカンスト。

 これは生死をさまようような事態になった時に、生還するかどうかの判定に影響を与える数値だ。100まで行っておけば、基本は大丈夫。

 よいこのみんな、即死しないよう気をつけような! はーい! 

 

 原作の動きが分からないが、後3年も待てば、無惨が死ぬはずだ。

 それまでは、しっかりと2周めのための禁欲プレイをしよう。

 日々を勤しみつつ、時間があれば筋トレで各種肉体パラメータの底上げ。

 お給金にわぁいと喜びながらも、使うものはステータスUP薬。

 すごく……ストイックです……。

 ついでに言うと、日中にしか外出せず、夜は部屋で筋トレか勉強。

 もらった藤のお守りも肌見放さず、寝るときですら首にかけている。

 すごく……ストイックです……を通り越して病的ではないか、となぜか心配されている。

 

「お前は真面目でよく務めてくれている。その、いつも何かに給金を使い果たしているようだが、まさか遊女に貢いでいたりとか誰かに脅されたりとかしてないか。そうか。ないのならいいんだ。だが、何か悩みがあれば遠慮なく言いなさい」

 

 はい。分かりました。

 特に何もないので、何も言うことないけど。

 ジイちゃん譲りの無邪気顔でにっこり微笑んでおいた。

 

「いつも鍛えるか勉強してるよなぁ。じゃなきゃすぐ寝ちゃうしさ」

 

 だって暇じゃん。

 2周めプレイのステータス上げもあるけど、それ以上に夜は何もすることがないのだ。逆に聞くけど、他に何すんの? 夜遊びは断固お断りさせていただく。

 ジイちゃん譲りの無邪気顔でにっこり微笑んでおいた。

 

 補足すると、こういう暇な時間は『スキップする』コマンドで飛ばしてしまう事もできる。

 暇な時間だけではなくて、日々のルーティーンワークもスキップ対象にできるから、イベントだけ楽しむということも可能だ。

 ただし、パラメーターは一切上がらない。

 お仕事で走り回ってるのをスキップしてしまうと、お仕事で力仕事をしようと『腕力』は上がらないし、帳面仕事に励んだとしても『知力』の数値に変動はない。

 それはあまりにもったいないので、少なくとも初回プレイの今回は『スキップする』コマンドは封印している。

 せめてある程度ステータス上げをしてからじゃないと、色々もったいないんだよなぁ。

 1周めは我慢するが、原作ファンとしては、ぜひとも2周めからは原作に関わりたい。たとえ少々力不足でも、死なずにさえいれば3周めには行けるのだから。

 

 wikiによれば、R30版では『輪廻の絆』が周回以外でももらえるらしい。ミニイベントや番外ステージが増えてるってことだな。

 R25版やR18版を通ってきた者向けの救済策なのだろうか。

 さらっと読んできただけでも、かなりのパラメータを要求されていた。だが、もしかしたら1000周せずとも、無惨ポジ成り代わりルート行けるかもしれない。

 どうしたって、かなり条件が厳しいけれども。

 たとえば「迷宮を突破して隠し宝箱までたどり着け!」だとか「隠しステージの裏ボスを倒せばランダムで落ちる」だとか色々あるんだけど、それは本当にありがたいんだけど。

 迷宮出現条件が「周回30回以上」とか「精神値:200以上」とかなんだよなぁ。難しい。

 隠しステージも「煉獄杏寿郎の葬式に3回以上参加」とか「感覚全解放の設定のみ」とか、そもそも前提条件の縛りもきつい。

 素直に1000周周回も視野に入れておいたほうがいいかもしれない。

 早く全部のステータスをカンストして、戦闘だけでも楽をしたいもんである。

 

 藤の家とはなったが、驚きの和やかさ。

 こうして、このまま平和に何年か過ごせれば、平和な農民(町民)プレイで終わるはずだった。

 終わらせたかった。平和に過ごしたかった。心の底から、このお屋敷で残り何年かを大過なく暮らしたかったと思う。

 だがしかし、好事魔多し。月に叢雲花に風。花に嵐。さよならだけが人生だ。人生航路は凪の日ばかりではない。

 ……ないのだよ! 

 血涙が出ますね! 

 災いは忘れた頃にやってくる。

 さようなら、良い思い出をありがとうございました。

 今日この日をもって、鬼舞辻無惨(人間)は出奔いたします。

 

 

 

 




2周めは原作沿いになるので、原作完結しないと行けないような気もします。
1001周目のほうが書きやすいかもしれないし、番外編で、いわゆる2ch風にこのゲームの評判とか感想とか文句とかをやってみたい気もします。
狂人ばかりがやっている感がありますが、普通の人も、鬼舞辻無惨を長生きさせよう企画とかやって、鬼殺隊皆殺しにしたりしています。

感想や評価ありがとうございます。
とても励みになります。


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一周目は効率を重視しましょう

 出奔する前に時間を戻して、大旦那様の話をしよう。

 仕事は有能な息子らに任せ、できた娘たちは良いところに嫁ぎ、御内儀は亡くなられたけれど、ご本人は健康そのもの、悠々自適にお暮らしで、望月のかけたるところなしに勝ち組な大旦那様の話である。

 特に性豪ってこともないが、定期的に遊郭に通っていらっしゃる。つまり贔屓がいらっしゃるのだな。

 ここで察しの良すぎる方は、不穏な匂いを嗅ぎ取ったかもしれない。

 そう、このたび、旦那様はとある花魁を身請けすることにしたのだ。後添いをお迎えになられるのだな。正直お年がお年なので、半分くらい介護要員だと思う。

 盗み聞きで知った情報なので、周りはまだ知らない。諜報としてはやっぱり耳は優秀である。自画自賛。それはそれとして、なんというバッド・ニュース。白目です。

 大旦那様よ、勘弁してくれ。

 よりにもよって──鯉夏花魁です。

 

 余談だが、このゲームはR30である、という事実。

 つまりそこがメインじゃないけど、やることやれるのである。グロい意味だけではなくてね、NPCと結婚もできる。時代を遡れるようになると、これが結構重要な要素になってくるのだけど、余談だからまた今度。

 

 それだけであれば、不穏な匂いを嗅ぎ取りながらも出ていかない道もあったかもしれない。

 しかし、それだけではなかった。大旦那様は厄に厄を重ねてくるお方よ。勝ち組だからか。

 とある、新しいご友人から熱心に誘われているんですって。

 とある、宗教団体に。

 とある、いやもう面倒だ。言ってしまうが、万世極楽教である。

 

 藤の家。これだけならまだ良かった。

 鯉夏花魁。不穏な気配にびくびくしつつも耐えられなくもなかった。

 万世極楽教。無理! これは無理! 

 

 大旦那様は、本家のお屋敷に住んでいらっしゃるため、そうそう接触があるわけでもない。でも無理。

 原作が、足音を立てて密やかにやってくる。ヒタヒタと。ヒタヒタと。ヒタヒタヒタとやってくる。ひえぇぇぇぇ、顔色は土気色です。

 とは言え、原作がプレイヤーに近づいてくるのは、R18版やR25版でも同じである。

 現在の状態を足がかりに、作った覚えのない過去に刺さりこみ、立てた覚えのないフラグを立てる。そういうものなのだ。

 詳しく言うと、鯉夏花魁の身請け先がなんで、うちの大旦那様になったのかってことだな。それは現在、プレイヤーがこのお屋敷に世話になっているからだ。関係ないのでは、と思うだろう。でも、そうなんだ。

 プレイヤーを原作に関わらせようとする、見えざる神の手が、見えざる領域に干渉している。

 具体的に言うと、このゲームの統御用AIです。

 

 もしも、鬼殺隊に所属していたら、この屋敷に来ていなかったら、大旦那様は鯉夏花魁の身請けをなさっただろうか。いや、恐らくしないだろう。

 もしも、ここのお屋敷ではなく、違うお屋敷に勤めていたら、そっちに身請けされたかもしれない。

 もちろん鯉夏花魁の身請けばかりでなく、他の原作上の出来事も含め、原作フラグはこちらに食い込んでこようとする。どこかで話した気もするが、生まれた山の隣山に炭治郎達が居たとかもそうだし、今回両親と祖母が居ない環境に生まれついたわけだが、これも突っ込んで行くと、そのうち驚愕の事実()が判明するだろう。突っ込まないけれど。

 原作で語られざる、されど、原作に明確に関連している何か、は危険フラグだ。

 

 全ては現在を元に造られる。過去も未来も、今の自分から現れる。

 つまり、現在を足がかりに、過去、あるいは未来を制御して、プレイヤーを原作に関わらせようとする魔の手を、初回プレイ時はなんとしてでも躱さねばならないということだ。

 そういうわけで出奔します。

 こんなあぶない屋敷にはいられるか。安全な……安全なところなど、ないけれども、頑張ろう。鬼殺隊と鬼は鬼門だ。鬼だけに。

 

 ついでに言うと、R18版やR25版で、鯉夏花魁の身請けとか来たことないです。万世極楽教なら何回か食われたことあるけど。

 フラグを2個も立ててくるとか、さすがにR30版のAIは攻め方が違うな! 

 半分ヤケになるが、それでもまだ諦めない。大丈夫だ。今逃げ出せば間に合うからな。多分な。きっとな。うん。

 

「そうか、故郷の祖父殿が心配か」

 

 はい、旦那様、勝手な事情で申し訳ないのですがお暇を頂きとうございます。

 原作イベに肩ポンされる前に、逃げとうございます。どの方面から見ても言い逃れできない自分の都合であるため、頭を深く下げておく。危険フラグから逃げる決意は固い。

 

 

 そういうわけで、出奔である。

 別に、不義理したわけでもないので、出奔という言葉はちょっと微妙だが、逃げ出すという意味合いではそう間違ってもいない。

 同僚や旦那様方からからもらった餞別を抱えて、故郷に向かいたいところだが、その前に手紙を送らねばならない。

 R18版、R25版を通り抜けてきた勘から言わせてもらおう。よくあるパターンだけど、何もしなかったら、高確率で鬼に殺されたジイちゃんの死体と対面しかねない。たぶんきっとメイビー。

 手紙を送って、ある程度のところまで迎えに来てもらうと、身内が死んで自分だけ生き延びるというルートは避けられる事が多いからね。絶対じゃないけどね。

 帰ってきた晩に襲われるというのもよくある悲劇だが、それは旦那様から藤のお守りもらってるのでどうにかなるだろう。と、信じておきます。神は言った。信じる者は救われる。(いわし)の頭も信心から。

 

 そういえば、俗に、(いわし)を七輪で焼いた煙を鬼は嫌がるというが、残念、鬼滅世界では通じない。

 ただ、前の節分イベントでは『節分いわし』や『柊いわし』なる鬼避けアイテムが期間限定で出ていたから、今後アップデートで来る可能性はあるけどね。『輪廻の絆』なんて、アップデートごとに機能が増えてる。

 最近のわかりやすいやつだと、シナフジにも鬼避け効果が付与された。原産地は中国の山西省から雲南省にかけてで、フジ属ではあるが、前回のアップデートまではただの飾りだった。「似てるけどぉ違いますねぇ!」とユーザーに絶望を与えるためだけの植物だったわけだが、要望と悲鳴がヘリウムガスをぶちこんだ風船のごとく膨れ上がり、運営はアップデートを実施してくれたのである。はなまる。

 だが、そもそもこれは、渡来が昭和初期である。なのに大正時代に既にある設定になっていたのは、こっちを絶望させるために配置したとしか思えない。

 うんえい、ゆーざーね、そーゆーの、よくないと、おもうよ。

 

 手紙なんて事前に出しておけばよかったのだが、荷物をまとめたり、各所に話をしていたりしてすっかり忘れていた。手書きの手紙なんて、面倒です。現代人だもの。せめてメールにしてほしい。

 実は、気を使ってくださった旦那様のご厚意で、途中まで列車で行く予定だったんだけど、なけなしの勘が大いに叫ぶ予感に従って、歩いて帰ることにした。

 無限列車フラグ? 

 へし折りますね! 

 いや、多分、関係ないし、時期もズレてるはずだから大丈夫だとは思う。思うんだけど、世界には万が一が多すぎる。特に鬼滅世界。

 用心に越したことはない。

 そもそも主人公である炭治郎と煉獄さんが派遣されるまでに、犠牲がそれなりに出てるはずだ。

 もしかしてだけど、もしかしてだけど、原作イベに肩ポンされるんじゃないの。そんな出会いが用意されてるんじゃないの。

 ノーセンキュー! 

 

 楽しい2周めプレイのために、1周目の今回はとことん安全性を追求します。この世界は、命が軽すぎる。

 だからこそ、命の輝きと人の善性を叫ぶ主人公勢が眩しくも尊いわけだけれど。

 

 さて、手紙を出してから、どこに行くかというと、ちょっとしたミニイベントが起こる場所です。

 お屋敷から実家までの道を少しだけ外れることになるけど、問題ない。体力値MAXに達したこの身体(からだ)、一昼夜走り続けても疲労というバッドステータスはつかない。イヤッホー! 

 ジイちゃんとの待ち合わせ日時は、念のため、到着予定日より少し遅めにしといたし、寄り道くらい問題ない問題ない。

 

 というわけで走り続けて一昼夜ちょっと。R18版やR25版でもお世話になった場所に到着。

 こういう時はさすがに効率厨はやめて、スキップするコマンドも使う。さすがにずっと走るのは疲れなくても飽きるからね。なので、意識上は、走り始めたと思ったら着いた感じだ。

 

 さてもさても誰が呼んだか、犬鳴洞(いぬなきどう)

 怪談(ホラー)の名所である犬鳴峠とも、映画の犬鳴村とも関係はないが、多分、イメージだと思われる。不気味だから。

 しかし、有用なのである。

 ここの説明をする前に、まずは「つ」の形をした川を思い浮かべて欲しい。川は洞窟に流れ込んでいる。しかし、「つ」の曲線部分を通り抜けて、外に出てくる。

 想像できただろうか。

 ミニイベは、この川に笹舟を流す。そして、全速力で、洞窟が終わって笹舟が出てくるところまで駆けてゆく。以上です。

 え? 笹舟が何か分からない? 

 都会っ子め。作り方はものすごく簡単なのでググってね! 

 こいつを川に流し、洞窟を抜けてくると、確率でレアアイテムを乗せているのだ。

 

 こういうミニイベントを逃さないことが効率よくプレイするコツです。

 とは言え、効率にこだわり過ぎると詰まんないプレイになるからね。1周目は逃さずやるけど、2周めからは覚えてたら、だな。

 色々と出てくるが、今回、狙ってるのは「経験値+10000」とか「仙薬」とか「極意の詩」あたり。かなりの低確率で輪廻の絆も来るが、期待すると物欲センサー様がお仕事をなさる。

 ちなみに、レアアイテムをもらうのは3回でやめておくこと。

 4という数字が何に通じるかと考えてみて欲しい。ぶっちゃけ厄しか乗ってこない。下手すると、4回目は取った瞬間、即死しかねない。

 3回目のレアアイテムを受け取ったら、今度は、笹に「感謝」とか「ありがとう」とか書いて流す。これは別に必要ってわけじゃないが、いつの間にやら広まっていた風習だ。別にやらなくたっていいのだけど、良い風習だと思うのでだいたい毎回やっている。

 

 この洞窟の考察は、色々とされているけれど、プレイヤーしか持っていないアイテムや、輪廻の絆が流れてくる時点で、どこかの世界線の自分が閉じ込められている説が強い。

 100年以上前から開始すること自体は可能だから、決して不可能な説じゃないんだけど、疑問は残る。そこまで行けば全ステータスカンストしててもおかしくないのに、なぜ大人しく閉じ込められてるんだろう。

 もしかして、ガチの神仏に遭遇しちゃった世界線か、五行山の孫悟空的なルートなのか……と思わなくもないが、鬼滅世界の神仏がそんなことするかなという気もする。プレイヤーにそんなことするくらいなら、無惨様にもっと積極的に天罰やってこうよ神仏。

 まあR30版では、千年前まで遡ったら鬼の首領成り代わりプレイも可能と聞くので、その世界線でのレアルートだと言われたら頷けなくもないが。

 

 さて、笹を一枚ちぎり、ひっくり返ってしまわないようにバランス良く、折って切って挟んで、船の形を整える。

 何が出るかな何がでるかな。丁寧に水上に置いて、手を離した。さあ、走れ、洞穴の出口まで。

 そして、後はこれを3回レアアイテムが出るまで繰り返す。確率だもの。出るまでゾンビアタックよ。当然ながらスキップするコマンドを使わない手はない。

 

 流れ出てきた笹舟を手に取る。

 最初の当たりだ。

 うん、残念ながら『経験値+5000』だった。悪くはないけど狙ってたアイテムの下位互換。惜しい。

 スキップの終了時は、自動的にロードするコマンドが走るので、スキップ中の記憶はちゃんとある。

 たとえば、これは21回目のチャレンジだとか。意外と早く出た。

 たとえば、走る途中に転んだ回数は3回だとか。ここ、地面がボコボコしてる上に、棘のある草が多くて走りにくいんだよなぁ。

 たとえば、いつのまにかあった右手の親指の傷は、笹で切ってしまったのだとか。意外と笹はよく切れる。

 記憶があるというより、思い出す感覚に近い。ただし、これもたまに落とし穴があるから、注意な。思い出せないってのは、普通にリアルでもあるけど、大事なことほどうっかり忘れてたりしない? しないか。そっか。

 

 さて、2回めチャレンジ。次はどれくらいかかるかな。

 スキップするコマンドを走らせる。

 ロードするコマンドが走る。

 72回めだった。

『輪廻の絆』が乗っていた。

 ふぉぉぉぉぉ! ありがたい! 

 思わず感極まった高音の悲鳴が出た。

 いや、すぐに使うわけじゃないんだけど、これは数が力だから。

 そもそも経験値UPアイテムだって、今すぐ使って効果のあるアイテムじゃない。

 全ては2周めのためである。

 

 思わぬ幸運に震えながら、3回目チャレンジ。

 次はゴミアイテムでも許す。これは許される。

 そもそも1周目だから、どんなアイテムでもそれなりに使いようあるしね。そういう意味では何が来たってかまやしない。

 スキップするコマンドを走らせる。

 ロードするコマンドが走る。

 96回目。

 飾り気のない小さな土鈴だ。

 こ、これは微妙……という感想になるアイテムだった。

『鬼寄せの鈴』

 鳴らすと鬼が惹かれて寄ってくるという代物だ。一般人の中に鬼が紛れて見分けがつかない時とか、一定範囲内のどこにいるか分からない鬼をおびき寄せたい時なんかに便利なんだけども。

 しかし、今回の1周目では用途のないアイテムでもある。まあ、2周めに持ち越せますし。そもそもアイテムは全部集めたい派ですし。つまり、損はないので、文句を言うつもりはない。残念なだけで。

 飾り気がないと見せかけて、内側にビッシリと執念を感じる呪詛が書き込まれていることを知っている。

 フレーバーテキストは「物寂しい音のする少し歪んだ鈴。鬼と成った親を思う児の泣声」

 これはステーションで詳細を読むと、もうちょっと長い。手短に言うと、親を鬼にされて、その親を殺すために惹き寄せようと作った鈴ってことが書いてある。

 救いがないね。

 

 似たようなアイテムは他にもいくつかあって、鬼寄せシリーズと呼ばれる。

 なんでも運営側が、藤の香の逆アイテムがほしいと作ったものらしいが、それは多分、原作的に言うと稀血の役割なんじゃないだろうか。こっちはこっちで使い所はそこそこあるけれども。

 ついでながら話しておくと、この鈴、珠代さんにめっちゃよく効く。多分、親を呼ぶ児ってところが刺さるんだろう。

 やるせないね。

 

 犬鳴洞(いぬなきどう)にお礼の笹を流して、また走り出す。

 そろそろ休憩したいところだが、安全地帯に付くまでは我慢。

 今のステータスだと、襲われたら嬲り殺される一択だ。体力はあるが、足はそこまで速くない。ここまで走った分の疲れもある。

 神に愛されし縁壱さんが一昼夜走り続けても疲れないし速いのは生まれながらの呼吸のおかげだろうが、一見同じような真似に見えても、こちとら単なるステータス高数値の賜物である。

 縁壱さんはリジェネというか、呼吸による常時回復バフが高数値過剰供給されているイメージで、常に体力100%維持。

 対して、そもそも疲労というバッドステータス取得までの距離がでかいだけで別段回復はしていない。つまり体力の上限が高い分、消耗しても走れるというだけである。

 縁壱さんは人生一周目であれだから、アドミニストレータ権限でログインしてるに違いないという笑い話があるんだが、そのアドミニ権限持ちですら討伐できなかった無惨様は何なんだ悪質なウィルスか何かか、と煩悶するまでがセットだったりする。

 つらいね。

 

 だが、安心して欲しい。

 攻略サイトを見ながら無駄なくという条件付きでは有るものの、10周もすれば、なんとか無惨様をぶち殺せるだけのステータスは手に入る。なぜなら、これはアクションゲームではない。戦闘メインのゲームではないのだから。

 このゲームは、原作という物語の歯車に、主人公という異物を挿入し、その結果どうなるかをシミュレートするゲームなのである。

 あえて、主人公のステータスを上げずに、いや、あろうことかステータスを低下させた状態で無惨様をぶち殺す変態もいるけども。

 いや、変態と言ったら失礼かもしれない。

 しれないのだけれど。

 しかし、R18版や25版ならともかく、痛覚全解放したR30版でそういう縛りプレイをやるのは(はばか)りなく変態と呼んでよかろうと思いますね。個人的な意見ですがね。

 

 次の目的地は分かっているので、走っている時間はスキップするコマンドで飛ばす。

 そして不眠不休で走ることおよそ4時間半。

 目的の町までたどり着き、宿を取って布団に潜り込んだ。

 この町は、藤の家が多いので隊士も多く、比較的安全なのだ。絶対ではないけれど。

 宿の前の屋台で買ってきたものを口に放り込んで、咀嚼する時間も惜しく丸呑みする。ちなみにこのゲーム、虫歯というバッドステータスは存在しない。存在するとしても、状態異常回復アイテムで治るなら、睡眠優先するけどね。

 さすがに、体力もイエローゾーンに入りそうなので回復させねばならないのだ。虫歯など些事よ。もちろんリアルでは歯を磨くとも。

 

 今回、キャラメイクの際に、体力値の次にポイントを捧げたのが幸運値だ。

 犬鳴洞に行くまでの間、そして、この町に走っている間に鬼に襲われなかったのは、この数値が比較的高いからだと思う。

 知性を犠牲にした甲斐があったというものよ。でも、幸運値って、次の周に引き継げないステータスなんだよね。悲しい。1周目の自分を死なせないためだけのポイント割り振りである事実が悲しい。というか、もったいない。

 しかし、1周目の非力さで、労力を割かず鬼とのエンカウント率を下げる一番有効な手が、幸運値ってのも確かなのだ。確実じゃないけど。

 

 ここで寝て回復したら、次はもうジイちゃんとの約束の町に向かう。

 余裕がありそうなら、他のイベントも回りたいけど、もしも遅れたらそこから家族喪失イベに入りそうな気がする。

 誰も悪くないけど、どうしようもないすれ違いとか勘違いとか、そんなイベの種類豊富さにおいてこのゲームに抜きん出るものはない。白目です。

 親しい人が鬱陶しいと感じているなら是非ともプレイして欲しい。家族の大事さとか、友人の大切さとか、自分が今も生きていられる奇蹟とか、現代日本で感じることが難しい感情を泣きわめきたくなるほど味わえるおすすめゲームだから。

 プレイした上でやっぱり鬱陶しく感じるなら、それは距離を取るべき時期か、距離を取るべき関係性かのどっちかだから、素直に離れていいと思う。

 いや、本当にこのゲーム素晴らしい。幸せの壊れる音が最高に美しくて発狂できるからおすすめ! 

 

 

 

 

 

 

 




新年あけまして、おめでとうございます。
感想や評価ありがとうございます。
とても励みになります。

ちょっと今回のは後でこっそり色々と訂正するかもです。
話の流れ自体は多分ですが、変わらないと思います。


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