邪神様が見ているin米花町 (亜希羅)
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登場人物紹介

そろそろわけわかんなくなりそうな人たち向けに。
バタフライエフェクトが仕事して、原作とは違う設定や内容がちらほらありますのでね。


【手取ナイア】:外なる神〈アウター・ゴッド〉ニャルラトホテプ

 

 原作における立場:未登場。

 

 一応、本作主人公。というより、ストーリーテラー。

 

 古書店『九頭竜亭』店主にして、江戸川コナンの保護者兼隠れ蓑の美人探偵。

 

 人間大好きを自称する、邪悪愉快犯。大体コイツのせい。

 

 転生者たちの知識から精製した、攻略本を持つ。

 

 

 

 

 

【江戸川コナン】:高校生探偵、工藤新一

 

 原作における立場:主人公。幼児化後、毛利探偵事務所に居候。

 

 原作主人公にして、探索者。

 

 古書店『九頭竜亭』居候、帝丹小学校1年B組在籍。戸籍を持つ。

 

 小さくなっても頭脳は大人。足りない身体能力は阿笠博士謹製探偵装備でカバー。

 

 

 

 

 

【松井陣矢】:元爆発物処理班所属、松田陣平

 

 原作における立場:爆発物処理班所属→捜査一課刑事、本編3年前に殉職

 

 表向きは、神代貿易株式会社所属、兼槍田探偵事務所非常勤職員。

 

 実質は、MSOという神話性事象事件の調査解決を担う、専門捜査官。

 

 拳銃及び特殊警棒を扱い、手先も器用で頭も回る。万能選手。

 

 設楽蓮希とは恋人同士。

 

 

 

 

 

【浅井成実】

 

 原作における立場:7巻『ピアノソナタ“月光”殺人事件』犯人。最終的に自殺。

 

 表向きは、神代貿易株式会社所属、兼槍田探偵事務所非常勤職員。

 

 実質は、MSOという神話性事象事件の調査解決を担う、専門捜査官。

 

 清楚系女装をする。元医師ということで医学に秀でる上、力も強く締技も持つ。

 

 

 

 

 

【竜條寺アイル】:元黒の組織幹部、アイリッシュ

 

 原作における立場:劇場版『漆黒の追跡者』登場。コナンをかばって死亡。

 

 表向きは、神代貿易株式会社所属、兼槍田探偵事務所非常勤職員。

 

 実質は、MSOという神話性事象事件の調査解決を担う、専門捜査官。

 

 拳銃及び、高い身体能力による体術の使い手。左手は義手で、左目を失明している。

 

 成り代わり転生者であり、自身の持つ原作知識を“夢”と称し、コナンやナイアに伝授。

 

 徳本敦子とは恋人同士。

 

 

 

 

 

【槍田郁美】

 

 原作における立場:30巻『集められた名探偵!工藤新一VS怪盗キッド』に登場。

 

 鳥矢町にある槍田探偵事務所所長。元検視官の探偵。

 

 刑事事件をメインに扱うが、その一方でオカルト系の事件も扱い、MSOの外部協力者の一員。

 

 高い観察眼と、拳銃の扱いを心得る。また、薬学の知識も豊富で、頭の回転も速い。

 

 

 

 

 

【寺原麻里】

 

 原作における立場:5巻『カラオケボックス殺人事件』犯人。

 

 槍田探偵事務所所属の、事務員兼補佐。人気バンド『レックス』の元マネージャー。

 

 対人技能のスペシャリスト。身軽で投擲技術も高い。

 

 シンガーソングライターの藍川冬矢と付き合う。

 

 

 

 

 

【湯川理央】元黒の組織幹部、シェリー(宮野志保)

 

 原作における立場:元黒の組織幹部シェリー(宮野志保)、幼児化名、灰原哀

 

 原作キーパーソンの一人。

 

 徳本敦子宅居候。帝丹小学校1年B組在籍。竜條寺による偽装戸籍持ち。

 

 神話性事象に対する耐性を持たない。

 

 

 

 

 

【徳本敦子】

 

 原作における立場:5巻『山荘包帯男殺人事件』登場。本編2年前に自殺済み。

 

 潮路敦紀というペンネームで、ダークファンタジー作家業を営む。

 

 湯川理央の身元引受人。

 

 逃げ足、観察眼と頭の回転の良さはあるが、基本的に鈍臭い。・・・が、常識外の事象や存在を目の当たりにしても、まったく精神ダメージを受けない。

 

 竜條寺アイルとは恋人同士。

 

 

 

 

 

【越水七槻】

 

 原作における立場:54巻『服部平次との3日間[2]』犯人。

 

 槍田探偵事務所所属の探偵。槍田に代わり、遠方出張や代理依頼をこなす。

 

 観察眼と頭の回転の良さはもちろん、対人技能もなかなか。

 

 

 

 

 

【橘鏡子】

 

 原作における立場:劇場版『ゼロの執行人』登場。

 

 表向きは、神代貿易株式会社所属、兼槍田探偵事務所非常勤職員。

 

 実質は、MSOという神話性事象事件の調査解決を担う、専門捜査官。

 

 数種類の魔術を習得。居合の名手でもある。また、元弁護士ということで対人技能が豊富。

 

 

 

 

 

【赤井秀一】

 

 原作における立場:FBI所属、潜入捜査官。凄腕の狙撃手。

 

 ミスカトニック大学出身、FBI所属の潜入捜査官。組織においてはライというコードネームを持っていた。凄腕の狙撃手。

 

 神話性事象事件を追う時は、“ミスカトニック大学客員教授 阿須那羽椎夜”を名乗る。

 

 学生時代に作った自作の魔導書を持ち、おそらく大抵の事件を単騎で生き残れる実力を持つ。




話が進んで、なおかつ作者の気が向いたら、加筆していくかもしれません。


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愉悦たぎる邪神様の語る本編
【イントロダクション】米花町の邪神が攻略本を拾ったようです


ダイスの女神から、注意!
このシリーズを読むにあたって、胸にとどめておきましょう。
後悔しても後の祭りですよ?

①名探偵コナンの世界で、クトゥルフ神話が実在している。
 というより、CoC風味。作者はTRPGは動画しか見てないから、ルールの詳細なんて地方都市のお天気予報程度にしか把握できてない。
 自己解釈にも満ち満ちているので、ひょっとしたら間違ってる部分もあるかもしれません。

②主人公はニャル様の皮をかぶった何か。

③当然、過程も結末もロクでもなさそう。

④大変!原作が息してないの!
 死んでるはずの人がお墓に入ってないの!
 それどころかよりひどい目に遭ってるの!

⑤合言葉は『大体ニャル様のせい』

 以上をご了承のうえ、閲覧なさってください。
 少しでも、何それふざけんな!と思ったり、TRPG未プレイの奴が書いただと?認めん!認めんぞぉぉぉ!という方は、即座にブラウザバックしてください。
 マナーを守って、楽しく二次創作ライフを満喫していきましょう!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。僭越ながら邪神の端くれをしております。

 

 え?本名ですか?

 

 あらヤダ、名乗ってませんでした?

 

 ええっと・・・メジャーなところだと、ナイアーラトテップとか、ニャルラトホテプとか呼ばれてますね。ニャル子って言ったら別人になりますので、そこんとこ注意してくださいね。

 

 いかに邪神といえど、泣く子と版権にゃ勝てませんよ。そもそも私ってば、“あのお方〈アザトース様〉”にこき使われるメッセンジャー・・・と言えば聞こえはいいけど、要はパシリですし。

 

 宇宙におけるエントロピーをより効率よく拡散させるために、今日も地球の片隅で、悪意を囁いて、SANチェック失敗させて発狂、宇宙的恐怖をふりまいております。

 

 え?本物のニャル様がこんなふざけたことを言うとは思えませんか?

 

 はっはっは。当たり前じゃないですか。私はニャルラトホテプという神の一側面、化身〈アバター〉の一つなんですもん。クソ真面目にお仕事する化身や、ひたすら破壊特化した奴もいるし、どうしようもなくドMな奴もいますよ?ぶっちゃけ本体も、化身の数把握しきれてないかもしれませんね。まあ、総じて人類に対しては、友愛をふりまいていますので。

 

 え?お前の友愛は、害悪の間違いだろうって?

 

 失礼な。私こと邪神ニャルラトホテプは人類を愛しています。他の邪神どもが、自分の信者以外は塵芥のように扱うのに対し、私は人類みな平等の精神のもと、接しているのです。あれです、好きな子ほどイジメたいって言うでしょう?人類は愚かしく、そこが愛おしいんですよ。かなわないと思いつつ、最後の瞬間まで抗おうとする。線香花火が最後の輝きを放つように、みっともなくも美しい。

 

 いいですか?みなさん。私は人類を愛しているんです。愛しているからこそ、絶望を与え、翻弄し、叩き落とし、這い上がろうとする手を踏みつけてやるんです。

 

 え?ご理解いただけませんか?

 

 愛玩生物〈ペット〉のシャンタク鳥に命じて、突撃!お前で晩御飯!を企画させますよ?

 

 ・・・はい!お分かりいただけましたか!相互理解の成立は、いつの時代も素晴らしいですよね!

 

 

 

 私の容貌ですか?

 

 もちろん、APP18の超絶美形ですよ?長い黒髪に、メガネをかけて、ハリウッド女優張りの抜群のスタイルの良さを誇ります。

 

 ええ。本来の私に男女の別なんて存在しませんが、この化身は一応女性として存在しておりますのでね。その気になれば、人類と性交渉ということもできますよ?・・・SAN値と引き換えでよろしければ。

 

 何ですか、皆さん。ノリが悪いですね。そんな一斉にドン引かなくてもいいじゃないですか。別に取って食おうなんてしませんよ、ただ快楽と一緒に宇宙的恐怖を脳髄に注入して差し上げようとするだけで。

 

 嫌ですねえ、そんな青ざめて一斉に首を振らないでくださいよ。

 

 

 

 さて、前置きが少々長くなってしまいました。

 

 最近の私は、日本という国の首都、東都は米花町を根拠地に活動させていただいております。

 

 身分としましては、古本屋の店主をさせていただいております。ええ、もちろん、皆様ご要望のSAN値直葬物の魔導書もひと揃えしておりますよ。当店の目玉商品です。目を通していただくだけで、外道なる知識と合わせて、宇宙的恐怖を体感、自身の存在の矮小さを実感していただける優れものです。

 

 ご希望なさるなら、宅配サービスも承っておりますよ?え?断固拒否?気が変わったら、ぜひお申し付けくださいね?

 

 

 

 すみません、また話がそれましたね。つい、当店自慢の目玉商品について説明してしまいました。

 

 わたくし、この間、面白い子供と会ったんですよ。

 

 まあ、現世など、所詮は“あのお方〈アザトース様〉”が見る胡蝶の夢。あのお方の気まぐれが、彼女を引き寄せたのかもしれませんね。

 

 ええ、彼女、いわゆる転生者というやつでして。彼女というように、見た目は取り立てて特筆すべきもない、ごく普通の女の子なんですよ。しかしながら、中身がいただけませんねえ。

 

 齢七つの子供が、幼馴染らしい肌の浅黒い金髪の少年(将来性豊かそうなかわいらしい子でした)を見ながら、涎を垂らしそうな陶酔顔をしては、何かあるので目をつけてくださいというようなもんですよ?相手の子も迷惑そうな顔してるのがわからないんですかねえ?

 

 ほら、私ってば、邪神ですから!

 

 幼女の皮をかぶった、スケベな子供を言葉巧みに捕まえて、記憶を読み取るなんて、造作もありませんでした。

 

 まあ、ちょっとその過程で、正気がガッツリ削れて、アーとかウーしか言えない廃人にしてしまいましたが、無問題〈モーマンタイ〉ですよね!

 

 え?その子ですか?私が個人的に雇っている玉虫色の不定形生物が本性の、メイドさんに臨時報酬を与えようと思いまして。詳細がお聞きになりたいというなら、さらに詳しく説明しますよ?え?謹んで遠慮する?そーですか。残念ですねえ。気が変わったなら、おっしゃってくださいね?想像を絶する、恐怖を味あわせて差し上げますので。

 

 

 

 ともあれ、彼女の記憶と知識は実に興味深い!その転生者の少女は、この世界が前世に愛読していた漫画の世界であり、自分がその登場人物の幼馴染の一人として転生したことを知ったようなんですよねえ。

 

 思考回路がまたひどくて。断片的に読み取れたのがこんな感じなんですよねえ。

 

 “名探偵コナン”“安室さん最高!”“あむぴは正義!”“ナイストリプルフェイス!”“警察組は救済しなくちゃ”“スコッチは可哀そうだもん”“安室さん悲しませたくないし”“死神探偵には近寄らないでおこ”“あーでも、安室さんと一緒ならそのうち係わることになるかなあ”“うへへへへ・・・安室さんは私の嫁!”

 

 ちょっと言ってる意味がわかりませんねえ。

 

 

 

 とはいえ、概要はざっくりと知ることができました。

 

 いけませんねえ。こんな色眼鏡が付属した攻略本。凡人が持っているなんて、実にいけませんねえ。

 

 やはりここは!人類を最も愛するこの私が!純粋に!有効に!活用していかねば!皆さんもそう思いますよね?!

 

 え?最悪なやつに最悪なものが渡った?米花町虐殺フラグが乱立した?住民が軒並み発狂する?失礼な!いいですか、皆さん。私は曲がりなりにも神ですよ?そんな即座に虐殺とか発狂とか・・・するわけないじゃないですか!

 

 人類は、生かさず殺さず、この掌で転がして、遊んでいくのがいいんです。

 

 じわじわと真綿で首を絞めるように、逃げ場を奪っていって、最終的に死亡or発狂の二択の選択肢を用意し、それでも生への希望をこじ開ける人間なら、生かすのもやぶさかではない、というのがいいんじゃないですか!

 

 え?やっぱりお前は邪神だって?ありがとう!

 

 

 

* * *

 

 

 

 さーて、さっそく有効活用していきましょうか!

 

 まずは、恩義ある“先生”一家が引っ越していかれて、しょんぼりしている浅黒い肌に金髪の、かわいらしい少年――降谷零君にお近づきになります。

 

 んっふっふ。私ってば、優しいでしょう?

 

 心の支えを失い、容姿が少し違うだけでいじめられるいたいけな少年に、愛の手を差し伸べるんですから!

 

 人間なんて、エントロピーをより効率よく拡散するための宇宙の仕組みの一環ですよ?動物性たんぱく質の塊が、動いてしゃべって呼吸してるんです。気持ち悪いですよねえ?どうせみんな、血と糞尿が詰まった皮袋であることに変わりはないのに、肌や目の色とか、信じる神の違いで殺し合いするんですよ?奇妙なもんですよねえ?

 

 ですから、君が傷つく必要なんてないんですよ?少年。

 

 何度か会って話したりするうちに、彼と友好を結ぶことに成功しました!わー!パチパチパチ。

 

 え?彼の目のハイライトが消えてないか?それがびっくり、消えてないんですよねえ。ほら!こんなに生き生きした目をしていますよ?

 

 「ナイア姉さんは本当に優しくてきれいだなあ。ボク、頑張るね!」

 

 なんてかわいらしいことも言ってくれまして!

 

 おや、皆さん、一斉に蒼白になってどうなさいました?私の嫁が、とつぶやいた人は速やかに手を上げてください。ちょうど、メイドのショゴスさんに臨時報酬をあげたい気分になったんです。・・・大変よろしい。

 

 いいですか?彼は私の友人〈玩具〉です。勝手に嫁認定なんて、実にいただけませんねえ。

 

 

 さて、原作とやらが始まるまで、いささか時間があるようなので、楽しみましょうか。

 とてもとても、楽しみです。

 

 私を、楽しませろよ、人間。

 

 

 

ああ・・・続きは・・・窓に!窓に!

 




【自称:邪神様の化身〈アバター〉たる主人公】
 言動も地の文もひどいが、思考回路はもっとひどい。
 多分、化身の中ではおふざけに偏っている存在。なお、ドMではない。
 それでも邪神であることに変わりはないので、本性は極めて邪悪。
 人類を愛しているなどとうそぶくけど、彼女(一応、女性として顕現している)の愛情=玩具扱いということを忘れてはならない。
 目下のところ米花町を活動拠点としていた。古本屋『九頭竜亭』の店主。メイドのショゴスさん(見た目白髪の美女)に、彼女自身は黒いベストにブーツカットのパンツを着た、ムチムチ系の眼鏡美女。ナイスバディ。気が向いたら、ペット(に偽装した神話生物)を追加するかもしれない。
 現実世界からの転生者を発見したのがまずかった。
 攻略本(色眼鏡付き)ゲット!人間ごときが持つなんてもったいない!私が有効活用しようそうしよう!
 大体想像はつくと思うが、この話は『大体ニャル様のせい』の一言で片付くような感じになる。あと、救済の皮をかぶった何かになる。救いなんて言葉は、邪神にとっては、上げて落とすための前フリでしかない。


【知識を強奪されて廃人にされた挙句、ショゴス逝きになった転生者】
 前世は安室推しのオタク女子。
 ありがちな転生を経験した挙句、幼馴染が推しの未来のトリプルフェイスだったため、ヒャッハーしてた。
 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んんん!!ショタ安室さん、かあいいよぉぉぉぉ!尊い!尊すぎるうううう!
 影でハァハァしてたが、肝心の幼馴染にはバレバレで、ドン引きされてた。知らぬは本人ばかりなり。
 そんな不審行動が邪神の目についたのが運の尽き。言葉巧みにおびき出された挙句、ついでに脳髄から徹底して情報を引き出され、その過程で廃人にされた。
 情報吸い出されて廃人にされた後は、メイドのショゴスさん逝き(誤字に非ず)になった。このため、彼女は表向き、行方不明の失踪扱いとなる。
 なお、思考の断片から察せられるとおり、推し以外のあれこれは基本的にどうでもよく、この世界のことも、作り話と現実の境目をきちんと認識できてない・・・ぶっちゃけた話、かなりイタい思考の持ち主だった。
 妙な欲なんて出さずに、普通に第二の人生謳歌しようとしてたら、邪神なんかに目をつけられることなく、最悪の相手に最悪な知識が渡ることもなかったのに。


【邪神に目をつけられた未来のトリプルフェイス】
 幼馴染の女の子がキモい。なんか、目が変質者じみてるし、ちょっと目をそらしたら、息荒げて、据わった眼でこっち見てる。怖い。
 “先生”のところへ行こうとしたら、悪い奴のところなんか行っちゃダメって怒るし。意味わからん。お前の言うことを聞く義理なんてねえよ、バーカ!
 正直、行方不明になってくれてほっとした。付きまとわれてウザかった。気持ち悪かったし。・・・なお、行方不明から死亡に切り替わっても、特に気にしなかった。
 “先生”がいなくなった後に会った、きれいなお姉さんに怪我の手当てをしてもらう。それをきっかけに、いろいろ話して、友達になった。
 警察官になる!という夢も、笑わずに聞いてくれた。
 お姉さんお名前?手取ナイアさんっていうんだって。僕と同じ、外国の血が入ってるのかな?


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【#1】邪神が救済?いいえ。上げて落とす前フリです。

 おお。ゴース、あるいはゴスム・・・我らの脳に瞳を与え、獣の愚かを克させたまえ・・・!
 最近知り合った頭に檻かぶった変人(友人に非ず)は、折につけそんなことを喚いてきます。Oh!Majestic!って言おうが、お前が閉所で神秘を乱発してくるのが許されるわけねーだろ、ミコラーシュ。
 ようやっとのことで、ミコラーシュをシバけたと思ったら、義足に車椅子のご老人が、鎌を片手に「今は何もわからなくてもいい。君はただ、続きを書くんだ」と穏やかな声ながら、啓蒙ガンギマリで凄んできたら書くしかないですよねえ?!
 おお、アメンドーズ・・・アメンドーズ・・・!


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、月日が経つというのは早いもので。悠久の時をあり続ける、邪神にとっては刹那の時でしかないのですが、あの小さな少年があっという間に私の背丈に追いついてしまいました。

 

 ついこの間までランドセル背負ってたと思ったのに、もう警察学校ですって!

 

 やだ・・・私ってば、言ってることがおばあちゃん臭い・・・!うーん、年でしょうかねえ?

 

 

 

 ああ、もちろん、彼――降谷零君との友人付き合いも続いていますよ?

 

 もう、10年以上になろうかというのに、彼は凄まじいですよ?うーん、私が言うのもおかしな話ですが、彼は心臓に鉄筋でも仕込んでいるんですかねえ?あるいはSANが底なしなのでしょうか?

 

 だって、私、10年近く見た目変わらないんですよ?そりゃあ、ご近所づきあいの関係で、付き合いの長い人たちには深層意識に働きかけて、違和感を持たないようにしていますよ?

 

 でも、彼にはそれ、やってないんですよ。普通、違和感の一つや二つ持たれそうなもんですがねえ?

 

 

 

 え?理由ですか?

 

 その方が面白そうだからに決まってるじゃないですか、やだー。

 

 ここで発狂でもして、例の悪の組織(笑)に心身ともに完全に堕ちてくれた方が、私としては笑えるんですがねえ?え?全然笑えない?降谷さんに何てことを?

 

 ええー?ご理解いただけませんか?これでも最先端の邪神ギャグですよ?

 

 え?意味が分からない?『月に吠えるもの』形態に変身して、あなた方の体中の穴という穴から触手を不法侵入させたら、お分かりいただけますか?

 

 そんな青ざめた顔をして、猛烈な勢いで首を横に振らなくてもいいんですよ?どうせ人間はみんな死ぬんです。遅いか早いか、まともか狂ってるか、という死に方の違いだけなんですから。遠慮せずに、早急に狂い死にしたいなら、ぜひおっしゃってくださいね♪

 

 

 

 まあ、藪をつついて蛇を出す必要ありませんよねえ?面白そうではありますけど、ワインと女と神話生物事件は熟した方がおいしいんですよねえ。

 

 え?一番最後は早期食い止めが最善?ええー?みんなそう言うんですよねえ?シュルズベリィ教授も最近後継者に最もふさわしいお弟子さんを迎えたとかで、張り切ってくれてるんですよねえ。

 

 せっかく、苦労してばら撒いた神話器物〈アーティファクト〉を回収されたり、邪神崇拝をやっと根付かせた村を壊滅させてくれちゃったり、頑張ってこっそり解き放った神話生物を殺処分してくれちゃったりと・・・!

 

 テメェらの血は何色だぁぁぁぁ?!

 

 私の人類への愛に、何土つけてくれとんじゃああああ!あのキ○ガイクソ神も、何余計なやつに余計な加護渡しやがんだぁぁぁ!

 

 おっと失礼。つい、キャラが崩れてしまいました。

 

 

 

 話を戻します。

 

 とにもかくにも、私が出会った当初から見た目が全く変わってない、ピチピチの若い女の姿ということに、何もしていないというのに、ツッコミを入れてこないんですよねえ、零君。

 

 それどころか、今日もきれいです、とか褒めてくれるんですよ。容姿に特にこだわりはないのですが、あの子に褒められるとまんざらでもありませんねえ。

 

 ・・・まあ、幾度か、あの子、神話生物にチョッカイかけられそうになってたんですよねえ。APP〈容姿〉もいいですし、他のステも滅茶苦茶有能なんですよねえ。加えて好奇心も強くて頭がいいせいか、猟奇事件に出くわして神話生物にたどり着くそうになること数回。邪教の信者に生贄として狙われること数回。

 

 やだ・・・襲撃数が片手の指では数えきれないんですけど。

 

 あー、チミたち?彼は私の友人〈オモチャ〉なんですから、勝手にちょっかいを出されては困りますよ?!プンプンっ!

 

 とまあ、そんな感じで、神話生物とか、邪教徒たちを追っ払っておいたんですよねえ。

 

 あの子はあの子で、何を察したか、その後に必ずお礼を言いに来ますし。とぼけはしたんですが、誤魔化し切れた確信が持てないんですよねえ。

 

 おかしいですねえ・・・ちゃんと製本した攻略本にはこんなこと書かれてないんですがねえ。

 

 

 え?

 

 ああ、そのままだと、ちょっと不便なので、いくつかあれこれやって例の知識を製本したんですよ。

 

 もちろん、只人が目を通せば、SAN値がぶっ飛んで狂気の世界へ一直線な代物ですがね。素材はちょっと張り切って、例の知識の“提供者”の同類がいたので、彼らから提供していただきました。

 

 え?もちろん、転生者とそうでないものの見分けくらいつきますよ。ほら!私ってば、邪神ですから!

 

 それ言っときゃ何でも許されると思ったら大間違いだぞって?えー?邪神メソッドの定式ですよ?お分かりいただけませんか?

 

 ユゴス産の甲殻モドキのカビどもにお前らの脳髄いじくり倒させるぞゴラ。

 

 ハハッ!お分かりいただけたならいいんですよ!

 

 

 

 え?私の邪神トークより、零君の方が気になる?SANが減りに減って不定の狂気に入ってないか、ですって?

 

 はうん・・・皆さんが冷たい・・・。

 

 えー、それではリクエストにお応えしまして、零君について説明していきましょうか。

 

 

 

 

 実はですねえ・・・警察学校を卒業して間もなくくらいに、ふらりと彼はうちの古書店『九頭竜亭』にやってきまして。

 

 いつにもまして、思いつめた硬い表情で口を開いたんですよ。

 

 「ナイア姉さん・・・訊いても、いいですか?」

 

 あー・・・これは、今度こそ、SANチェック入っちゃいますかねえ?

 

 なんて、内心ハラハラしながら、話を促したわけですよ。

 

 ええ。けしてニヤついてなんていませんよ?いやだなあ、皆さん、そうやって疑るから、私の顔が邪悪に見えるんじゃないですか。え?だったら笑顔は隠せ?無っ理で~す☆

 

 「姉さんは・・・何者、なんですか?」

 

 おや、今更それを訊きますか。急ですねえ。

 

 んんー?おやおや。【目星】してみたら、緊張してるみたいですねえ。ガチガチですよ。顔も強張って、微妙に青ざめてますし。

 

 ふーむ。どうやら、今までは無意識に気にしないようにしていたようですねえ。やはり防衛本能を働かせていたようですねえ。

 

 しかし、こんなバレバレでは、トリプルフェイスなんて務まりませんぞ、少年!おっと、もうそんな年ではありませんねえ。

 

 

 

 いけませんねえ。“攻略本”の情報をもとにざっと逆算してみたら、彼、今からほんの1~2年で潜入任務に就くんですよ?こんな調子では、いけませんねえ。実にいけません。

 

 このまま潜入任務に就こうものなら、即行ばれて首チョンパですよ?それじゃ何の面白味も旨味もないじゃないですか!実にいけない!

 

 では、今から少々調教、もとい教育しましょうか。

 

 え?大丈夫、大丈夫。なぁに、少々、SANに鑿を突き立てて砕き落とすだけですよ。

 

 

 

 「では、答え合わせと行きましょうか?零君」

 

 にっこり笑って、私は口を開きました。

 

 おや?詳細が聞きたいんですか?

 

 いいですけど、SAN値が抉れますよ?削れるんじゃなくて、直葬しますよ?

 

 え?何したって・・・いやだなあ、ちょっぴり本性を現して、この世の真理を解いて見せただけですよ?

 

 おやおや?どうしました?みなさん、顔色が真っ青ですよ?

 

 いやあ、しかし、零君は実に意外でした!私としては、ちょっぴり虚ろな目になって(ハイライトが消えて)、しばらくブツブツ言いだすとかと思ってたんですよ?

 

 ハハッ!SANチェックが成功しようと、喪失量次第では一時的狂気も待ったなしですもの。

 

 現実の零君をごらんなさい!

 

 青ざめた顔をしながらも、毅然と言い放ったんですよ!

 

 「・・・納得は、できました」

 

 「フフッ。私のことが怖くなりましたか?」

 

 「・・・少しだけ」

 

 「少し?もっと怖がられると思ってました」

 

 意外に思って返した私に、零君は硬い表情を少しやら和げて答えてくれました。

 

 「知ってますか?ナイア姉さん。日本は、八百万の神の国なんです」

 

 「ほう?」

 

 「日本の宗教は、仏教と思われがちですが、実際は日本教と言い換えてもいいような、独特の価値観が無意識に潜んでいるんです。

 

 言葉には力があるから、悪いことを口にしたら実現するかもしれない。

 

 死んだ人のものは穢れているから触らない。

 

 などが、代表的な物でしょうか。

 

 日本人は物を大事にするんです。なぜなら、そこには神様が宿るから。長く使えば、使うほど。付喪神、なんてものもありますしね」

 

 よく回る舌だねえ。さすがは探り屋バーボンと言われることになる零君だ!

 

 内心感心する一方で、いささかムッとしました。いくら私が魔王アザトース様の使いっパシリとはいえ、便所の神様辺りと十把一絡げ扱いとは・・・いくらなんでもあんまりじゃありません?

 

 そんな私をよそに、話すうちに調子が出てきたか、したり顔になって零君が続けています。

 

 「そんな国に邪神がいたって、神様の一人であることに変わりはありませんよ。

 何より、あなたが僕の大切な・・・その、大切な人であることに変わりはありませんから!」

 

 おやおやおやあ?

 

 最後の言葉を叫ぶや、零君は門限が迫ってるから!と叫んでダッシュで出て行ってしまいましたよ。

 

 ・・・耳まで赤くしちゃって、相変わらずかわいらしい子だ。

 

 あの顔が絶望に歪めば、さぞや見ごたえのある顔をしてくれるに違いないでしょうねえ。その時が今から楽しみですねえ。(ニチャァッ)

 

 

 

* * *

 

 

 

 とある秋の暮れ。

 

 具体的には11月7日ですね。場所はとあるマンションの廊下の片隅です。

 

 せっかくですから、私も“救済”というものをやってみようかと思いましてねえ。

 

 え?やめてくださいお願いします?そんなに嫌がられたら続行したくなるじゃないですかー!え?この鬼!悪魔!邪神!ですか?邪神ですが?(邪笑)

 

 ところがどっこい、マンションに踏み込んであららと眉をしかめます。

 

 うーん・・・この臭い・・・魔術の臭いですねえ・・・。

 

 うぬー?あ。そういえば、数日前に屍食教典儀の写本が欲しいとかって来た子がいましたねえ。いやあ、明らかにSANがもう20代の秒読み段階に入ってて、一目でわかりましたよ。あ、面白そうだな、って。

 

 え?そこで面白そうって言える当たり、お前はやっぱり邪神だ?フフフッ。今更ですねえ。

 

 でまあ、格安で売ってあげたら(だって、ちょっと私がいろいろ手を加えてたので♪)それはもう嬉しそうに帰って行ったんですよ。ああ、面白いことになるなあってワクワクしてたんですが。タイミングがいいんだか悪いんだか、わかりませんねえ。

 

 一歩マンションに踏み込んであらあらとさらにため息をつきました。

 

 ここ、もうダメっぽい♪いやー、邪神的には面白いんですが、人間的感性としてみると、もうダメっぽいですねえ。

 

 マンションの住民さん、ことごとく生ける屍〈ゾンビ〉に改造済みみたいなんですよねえ。多分、魔術とかでそうと認識されてないと思うんです。

 

 だって、爆弾仕掛けに来た人たちが発狂&殺害の挙句、生ける屍〈ゾンビ〉の材料にされてたなんて、爆笑案件じゃないですかー。やだー。

 

 あっはっはっはっは!マジ受けるー!

 

 君たち何しに来たのー?爆弾仕掛けて脅迫前に生ける屍〈ゾンビ〉化とか!私の腹筋を殺す気ですかー?!

 

 あ、でも、これじゃあ、爆弾止める人がいないんじゃないですか?脅迫がないってことは、爆弾の存在を知ってる人がおらず、勝手に爆発・・・。

 

 うーん・・・これはこれで面白いですけど、ほら!やっぱり、止めようとして四苦八苦した挙句、結局どうにもできず爆発四散!の方がもっと面白いと思うんですよね!

 

 皆さんはどう思います?え?面白いのはお前だけだろって?ええー?腹筋直撃ものじゃないですか?

 

 ほら、面白いだろ?笑えよ。(ペットのシャンタク鳥を背後に従えながら)

 

 そうですよね?!やっぱり爆笑ものですよね?いやあ、涙を浮かべるほど笑っていただけるとは!やはり皆さんとはこれからも友好的にお付き合いできそうですね!

 

 とはいえ、やはりこのままではつまらない!ということで、適当に上がらせていただいたお宅(私の【鍵開け】技能は99だぁ!)でお電話お借りしましょうかー。

 

 あ、ここの住民さんも例にもれず生ける屍〈ゾンビ〉化しちゃってるんで。

 

 と、つながりましたねえ。万が一私と勘付かれても面倒です。声帯だけ変化させて、男のものにしてっと。

 

 あー、もしもし?警察さんですか?このマンションに爆弾を仕掛けちゃいました。さっさと解体しないと大変ですよー。

 

 ふざけた電話ですけど、これで確認の警察官くらいはよこされるでしょう。

 

 これで良しっと。さあて、あとは高見の見物と行きましょうか。

 

 

 

 やっちゃった♪テヘペロッ♪

 

 

 

 例の生ける屍〈ゾンビ〉作りの人をうっちゃらかしたまま警察呼んじゃったから、生ける屍〈ゾンビ〉を見かけた警官が発狂&発砲のコンボをやらかしてパニックになっちゃいました♪

 

 テヘッ♪私ってば失敗失敗♪(舌を出しながらセルフおでこコツン♪)

 

 え?キモいことやってないでさっさと収拾つけろ?

 

 えー?これはこれで面白くないですか?

 

 ほらほら。生ける屍〈ゾンビ〉と駆け付けた機動隊の殺し合いですよ。ウフフッ。発狂して恐慌状態に陥った人が、警棒を同僚にブチ当てて、ヘルメットごとぐしゃあ!うっふふふふ。面白いですよねえ。

 

 ほらほらほぉら。爆弾もあるんですから、もっと頑張らないと。

 

 それでも人間ですか?もっとしぶとく、もがき苦しみながらも、生き抜こうと頑張らないと。

 

 「萩原!先に行け!この化け物は!俺が食い止める!」

 

 「松田!」

 

 おやあ?ウフフフフ。面白そうなお二人を発見です。

 

 確か、“攻略本”によると、彼らが爆発物解体の天才、萩原研二君と松田陣平君でしたかねえ?かわいいかわいい零君の同期でもあるんです。ぜひ、生き延びていただきたいものです。

 

 ただ・・・単独行動というのは、あまり推奨できませんねえ。ほら、そんなことをしたら、ダイスの女神様のご機嫌次第では、何ともなりませんよ?

 

 まあ、私はしょせん、高見の見物客ですからねえ。

 

 必死に生ける屍〈ゾンビ〉に武器を振りかざし対抗する松田君をよそに、どうにか萩原君が先へ向かっていきますねえ。

 

 うんうん。通報した爆弾のある場所へ一直線です。素晴らしい。

 

 「あ」

 

 唐突に、マンションの空気が変わった。

 

 あらあ、あの子、やらかしたんだ。まあ、写本とはいえ、書かれてましたしねえ。

 

 何がって・・・神格の招来/退散呪文です。原典〈オリジナル〉の屍食教典儀にも、とある神格の招来/退散呪文が書かれてるんですが、彼女の招来は手順がちょっと面倒なので、もっとお手軽な招来呪文を手順込みで追加しておいたんですよねえ。

 

 常人なら重苦しい、息苦しいと感じる空気に、鼻がひん曲がるような腐臭。

 

 ・・・確かに、あのお方でしたら、比較的呼び出すのが簡単なんですよねえ。しかしまあ、だからと言って呼び出そうなんて、何考えてたんでしょうねえ。ま、狂人に論理なんて求める方が無茶なんでしょうがねえ。

 

 とはいえ、ここで“あのお方”にシチャメチャにされると、いささか今後の予定が困るんですよねえ。

 

 ま、知らぬ顔でもありませんし、ちょいと説得してみましょうか。

 

 で、私!参上!ですよ!

 

 ちょっと遅刻しちゃいましたけどね。テヘペロッ♪

 

 え?具体的被害ですか?

 

 うーん・・・マンションの屋上、呪文≪平凡な見せかけ≫で誤魔化してある石の塔、その頭上の空間を引き裂いて、既に“あのお方”が現れかけてるんですよねえ。

 

 ま、せっかくですし、人間の感性に沿った表現で、彼の容姿を表現してみましょうか。

 

 ダイスの準備はいいか?人間〈PC〉ども。

 

 

 

 それは、玉虫色のたくさんの球の集合体だった。弾は絶え間なく形を変えたり、お互いに近づいていってくっつきあったり、また分かたれたりを繰り返している。

 

 網の目のようにも、分裂増殖しつつある細胞塊のようにも見えるそれは、空を覆いつつある。

 

 そう、それは全てにして一つのもの、副王、ヨグ=ソトースだった。

 

 

 

 来られちゃった♪上司。いや、直属の上司は魔王アザトース様ですけど、副王ヨグ=ソトース様も一応上司ってことになるので。

 

 何しろ、全ての時と空間の法則を調節し、全ての時間とともに存在し、あらゆる空間に接しているという超常存在ですからねえ。

 

 いやあ、アザトース様もすごいですけど、この方も大概ハチャメチャですからねえ。

 

 ・・・ちなみに、以前魔導書をお買い上げいただいた顔色悪い山羊面の男が、廃人と化して屋上の片隅に座り込んでおります。

 

 SANチェック失敗なさったんですね?呼ぶだけ呼んで放置とかやめていただけませんかね?

 

 え?お前のせいだろ、責任取れって?うーん・・・確かに、米花町のお空にこのお方を鎮座させるのも、よろしくありませんよねえ?

 

 既になんか、下の方から悲鳴じみた絶叫とか、狂気に満ちた笑い声とか聞こえてくるような気がするんですよねえ?

 

 ・・・これ、私が後始末するんですか?

 

 え?自業自得だろって?うーん・・・面倒臭。まあいいか。どうせみんな、勝手に見なかったことにするでしょう!

 

 「えー・・・遠路はるばるお越しいただいて恐縮なのですが、お帰りいただけないでしょうか?」

 

 私が一声かけるなり、その無貌じみた球の集合体の意識が、私の方へ向けられる。

 

 ああ、これは私が誰かわかってないなあ。

 

 直後、彼の放った銀色の球が、私のすぐそばのセメントを抉る。

 

 お、おっかない・・・。かろうじて命中判定が失敗したようで、助かりました・・・。

 

 直後、バタンとドアが蹴破られる。

 

 「まだ住民がいるの・・・か・・・」

 

 おやおや、バッドタイミング。

 

 入ってきたのは、先ほどの萩原君。

 

 屋上に出てきた彼が目の当たりにしたものを分かりやすく表現すると、空高くに出現しているヨグ=ソトース様と、彼女を見上げる黒髪美女(つまり私)。

 

 ま、外なる神〈アウターゴッド〉との接触によるSANチェック入りますよねえ?

 

 「くぁwせdrftgyふじこlpっっ!!!」

 

 声にならない悲鳴を上げるや、膝をついて彼は倒れ伏す。体中の穴という穴から体液をたらし、その感覚器官は現実との接点を断絶させることを選んだらしい。

 

 ああ。これだから、脆弱な人間は。零君の幼馴染の割に、大したことのない。

 

 いやいやいや!今はそれより、目の前の驚異の説得から!さすがに米花の住民をまとめて発狂させるわけにはいきませんから!

 

 「いえいえいえ!帰れというのはぶしつけ且つ不敬でした!申し訳ありません!

 

 ほら!私が誰か、お分かりになりませんか?!忠実なる僕の一人、ニャルラトホテプであります!

 

 あなた様を呼んだのは、ほらこの通りですので!あー!あー!そう!そうです!せっかく来てもらったことですし、お茶でもいかがです?!いい玉露が手に入ったんですよ!」

 

 廃人をつま先でゲシッとド突いて見せて、にっこり笑う。

 

 ちなみに、その拍子に彼はコロンと横倒しになる。自立活動もままなりませんか。致し方なし。

 

 笑顔が引きつってる?当たり前でしょう。邪神といえど痛いのは御免です。

 

 一拍の沈黙。ややあって。

 

 「お茶菓子もある?」

 

 そんなどこか眠たげな声と一緒に、玉虫色の球の集合体を、瞬時にヴェールを羽織った中学生ほどの美少女(具体的にはAPP18)へと変貌させる。長い銀髪を三つ編みにしています。

 

 ええ、御存じ、あのお方の化身、タウィル・アト=ウムルです。え?容姿が違う?そりゃ、邪神だって時代のニーズやその時の気分に合わせて変貌しますよ。仏像だって初音ミ●をモデルにツインテールになるご時世なんですもの。

 

 「もちろんです!」

 

 気をつけ!とばかりに姿勢を正してコクコク頷く。

 

 こ、これはちょっと高価なお菓子を出さないと、下手をすればフォーマルハウト逝き(誤字に非ず)にされる・・・!

 

 「ん。どこにあるの?」

 

 「はいはい、ただいま!」

 

 大急ぎで、呪文≪消滅≫を使い、タウィル・アト=ウムル様ともども、九頭竜亭へ。

 

 ああ、急いでお茶の支度をメイドのショゴスさんにお願いしないと!

 

 

いあ!いあ!続き!いあ!次回!

 




【邪神アバターだけど上司には頭が上がらないナイアさん】
 相変わらずの邪神ぶり。人間がもがき苦しみ、それでも前に進もうとするのを高見から見物しつつ嘲笑うのが趣味という、どうしようもない邪悪ぶり。
 自分の正体を面白半分で大事にしている(はずの)降谷さんにばらして、SANをガッツリ削り取ろうとした。その際の零君の反応が斜め上過ぎた。ただし、せっかくの好意を寄せられても、上げて落とすことを即座に考えるあたり、やっぱりどうしようもない。
 コナン本編7年前の爆弾事件にて、救済(の皮をかぶった何か)をしようと思い立って現場のマンションに訪れるが、以前魔導書売ってあげたキ●ガイさんがよりにもよってやらかしてた。
 うっかりうっかり(CV櫻井●宏)。
 ついでにそのキ●ガイさんが、上司(副王ヨグ=ソトース)召喚してきた。
 米花町のど真ん中で、全住民のSAN値直葬待ったなし。
 ちなみにCoCのルルブによると、ヨグ=ソトースとの接触によるSANチェックは1D10/1D100という、ダイス次第では本当に直葬待ったなしだったりする。また、本来なら生贄も必要なのだが・・・まあ、劇中では省いたけど、誰かが適当に生贄になったと思っておいてください。
 どうにか上司の説得に成功。ついでに魔導書も回収した。
 この後、本拠たる古書店で、高級緑茶と和菓子を、すっからかんになるまでご馳走することになる。私のおやつがあ・・・。
 あ、爆弾忘れてた・・・まあいいか。

 余談ながら、多分米花町で殺人が頻発するのは、ヨグ=ソトース様を見かけて、SANチェックに失敗して、低SANになった住民が多いためと思われる。

【邪神を知ろうと平然となさってたくせに、うっかりポロッとこぼした降谷さん】
 知り合ったお姉さんが、優しくて物知りだけど、いつまでたっても容姿が変わらないということに真っ先に気が付いた。
 大好きだから疑りたくないと思ってるけど、とうとう我慢の限界が訪れ、質問してしまった。
 お姉さんが化物化物した正体を見せつけて来るが、想定以上に精神的にタフだった。
 日本大好きな零君なら、八百万の国の住民の精神で、神格との接触によるSANチェックは強制成功させるに違いない!(偏見)
 勢い任せで、つい恥ずかしいことも言ってしまった。
 邪神だろうと、ナイア姉さんのことは大切なんだ!
 ・・・彼の今後は、さらに不安。

【うっかり副王の姿を目撃してSAN値直葬が直撃した萩原さん】
 今回完全な被害者枠。
 爆弾あるぞーっといういたずら電話(?)のもと、出動した警官が化け物ナンデ?!と連絡食らい出動。
 どうにかゾンビ軍団の襲撃をいなし、念のため爆弾処分に行ったら、屋上へ向かう黒髪美女の姿を目撃。危なぁぁぁぁい!と追いかけて行ったら、この世の裏側にいる常識破壊する副王様の姿を目撃してダイスロール。失敗して、さらに出目がとんでもなく悪く、もれなくSANがマイナス域に突入した。
 廃人になって屋上でひっくり返る。
 この後、警察上層部が、一連の騒動を神経ガス散布テロによる集団幻覚とし、犯人不明の爆弾(当然処理は間に合わず爆発した。爆発による犠牲はゾンビ以外いない)事件ともども処理。
 精神病院に入院する羽目に。
 ・・・なお、このことで彼の親友はただ事ではない、と独自調査を開始することになるのだが、それはまた、別の話。


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【#2】仕込みは万端ですよ?私、邪神ですから。

 いつになったら仕事できるようになるの?バカなの?他の同僚に死んで詫びろ。むしろさっさと仕事辞めれば?そんな感じのことを百枚ほどオブラートに包んで言い放たれた矢先、ダイスの女神がお前みたいなゴミかす、生かす価値もねえんだよ、とSANチェックのダイスを放り投げて、ファンブルからのアイデアクリティカルさせやがりました畜生。
 途端に目の前に現れた、フードかぶったインスマス面が喚きやがるんですよ。
 ビルゲンワース・・・ビルゲンワース・・・冒涜的な続行者・・・!貪欲な次回狂いどもめ・・・!奴らに報いを・・・母なるゴースの怒りを・・・!
 ギイッ!ギイイッ・・・!
 わかりたくないけどわかります!さあみなさんご一緒に!
 憐れなる、老いた赤子に救いを・・・ついにゴースの腐臭、母の愛が届きますように・・・
 ギイッ、ギギギギイッ・・・!


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 え?副王ヨグ=ソトース様?

 

 恐ろしいことをおっしゃらないで!あのお方なら、とっくに帰られましたから!

 

 ・・・私の、1か月分のおやつを全部平らげて。シクシクシク。

 

 

 

 とはいえ、最近はめっきり退屈ですなあ。

 

 零君が、「潜入捜査を命じられちゃった!しばらく会えなくなってさびしいけど、元気でね!(意訳)」なんて、かわいらしいこと言って、いなくなっちゃうから!

 

 うーん。あの、例の、黒大好き!な組織に入ってるんでしょうなあ。コードネームはバーボンでしたか。酒は人類とは切っても切り離せない娯楽であり、霊的道具でもありますからねえ。ある種、らしいと言えばらしいでしょうねえ。

 

 

 

 おや、どうしました?珍妙な顔をなさって。

 

 酒というのは、元々娯楽や嗜好品というより、霊的道具としてあったのですよ?

 

 古来の酒というのは、巫女が米やイモなどを噛み砕いて壺に入れることで醗酵させる、いわゆる“口噛みの酒”というものが主流ですが、酔った状態というのは一種の神の力を借りた状態と定義されていました。

 

 ゆえに、酒を神具として、政〈まつりごと〉に利用したりしてたんですよ。

 

 フフッ。それが今では、その辺の一市民でさえ簡単に手に入るうえ、病気や犯罪の原因とまでなっているのですから、おかしなものですよねえ。

 

 

 

 あと、黒なら私も大好きですがね。化身〈アバター〉のうち、いくつかは黒系統でそろえているんですよ?暗黒の男、暗黒のファラオ、暗黒の魔物、黒い雄牛、黒い風、黒いライオン、人間姿だって、黒人とか浅黒い肌を好んでますし。

 

 サプリメントのマレウス・モンストロルムをもっている方は要チェックだ!

 

 この化身〈手取ナイア〉は、黒髪に黒い目の、いたってアジア人らしい容姿ですがね。ただしAPP18ですよ、もちろん。

 

 

 

 え?どうせ見てくれだけで、中身は黒どころか、邪悪と混沌の練り合わせ品じゃねーかって?

 

 おや、失礼ですね。こんなに人類愛に満ちた、外なる神〈アウターゴッド〉を捕まえて、邪悪と混沌の練り合わせだなんて。こんなに人類を愛して真面目にお付き合いを考えている神なんて私くらいなものですよ?

 

 他の神格をごらんなさい。どいつもこいつも、自分の崇拝者やカルト教団くらいしか相手せず、下手すりゃそれも面倒とばかりに自分の領域に引っこんでる奴ばかりじゃないですか。

 

 彼らには、自分の職務に対する熱意が足りないと思うんですよねえ。

 

 この世界に蔓延る知的生命体に、宇宙的恐怖を思い知らせ、自らの卑小さと矮小さと無意味さ、我々の強大さと偉大さを実感していただかないと。それができるのは、我々くらいというのに。

 

 その果てに、廃人になったり、発狂したり、自害したり、人間やめちゃったりしても、それはそれで面白いじゃないですか!

 

 まあ、できれば、生かさず殺さず方針の方が、個人的には面白いんですがねー?簡単に死んじゃったらつまらないじゃないですかー。

 

 以前も言いました通り、人類は生かさず殺さず、遊ぶのが一番だと思うんですよねー。

 

 

 

 え?お前の邪神トークはどうでもいい?降谷さんに変なことしてないかって?

 

 嫌だなあ、一応あの子は今後の材料、大事な大事な料理の一皿ですよ?変なことなんてするわけないじゃないですか。

 

 ・・・最近、人間の家畜に対する愛情っていうのが少し理解できた気がするんですよ。特に、養豚場の豚に対する気持ちというのが。

 

 まあ、可哀そうですけど、いずれは屠殺して皿の上に行くんですよね。

 

 え?屠殺するのはおまえだろって?失礼な!皆さんは自分で育てた豚を自らの手で殺せるんですか?!・・・屠殺するのは、解体免許を持った、専門家の役目なんですよ?(ニチャァッ)

 

 フフフッ。笑顔が素敵だなんて、そんな本当のことを言って褒めないでくださいよ。え?そんなこと言ってない?邪悪な笑顔でこっち見んなって言ったのに、曲解すんな?ホーンっと、皆さんは素直じゃないですねえー。零君の爪の垢を煎じてあげましょうかー?

 

 

 

 とはいえ、人生には苦難がつきものです。

 

 やはり、零君も人間ですからねえ。そろそろ、成長してもらってもいいと思うんですよ。例えば、そう・・・幼少からの親友とのお別れとか。

 

 竹馬の友との別れを経れば、きっと素敵な顔をしてくれるようになると思うんです。

 

 あの、蕩けるように優しい笑顔が、数人人を殺した程度では物足りなさそうな憤怒と憎悪に歪んだのを想像してみてください。

 

 ああ・・・絶頂さえ覚えそうです・・・!

 

 え?愉悦すんな?キモい?ええー?ご理解いただけませんかー?どこぞの麻婆神父や金ぴかAUOならお分かりいただけそうですがねえ。

 

 

 

 話を戻しましょうか。

 

 以前入手した攻略本によると、零君もそれは辛い別れをいくつか経験したとのことでした。

 

 警察学校で培ってきた友情が、不慮の事故や些細な悪意の前に砕け散り、それでも歯を食いしばって前に進む。

 

 んふふ・・・いいですねえ。

 

 そうして、毅然と前を見据える人間が、叩き落とされて絶望に顔をゆがめるようになる、と。ああああ!実にいい!考えただけで、興奮してしまいます!発狂までしてくれたら、最高です!

 

 そうと決まれば、準備しなければ!

 

 

 

 ただ単純に、スパイとばれて殺されるなんて、お粗末展開はダメです。ここは、とびっきりのサプライズを準備しなくては!

 

 ・・・そういえば、以前零君が件のお友達を連れて『九頭竜亭』に遊びに来てくれましたねえ。

 

 確か・・・そうそう、諸伏景光君と言いましたか。攻略本によると・・・ふむ、彼もスコッチという名前で組織に潜入しているのでしたね?

 

 ふーむ。実は、その、彼と会った時、思ったんですよねえ。

 

 磯臭いなぁ、と。

 

 いやあ、多分、普通の人間は気が付かないんじゃないですかねえ?多分、ご本人も知らないと思います。

 

 彼が帰ってから、ちょこちょこっと伝手を使って調べ上げたんですがねえ。

 

 景光君、どうにも父方の祖父が、インスマスの出身のようですねえ。沖縄の米軍基地に来てた軍人さんで、行きずりの恋で、日本に血をつなげてしまったと。

 

 ンッフフフフフ。インスマスですかー。面白くなってきましたねえ。

 

 

 

 賢明なる皆さんなら、御存じの方もいるかもしれませんねえ。あそこ、いわゆるジャズエイジと呼ばれる、第1次世界大戦後の好景気の時代に、一度軍隊に焼き払われてるんですがね。

 

 第2次世界大戦後のドサクサまぎれに、再興されちゃってるんですよねえ。

 

 いやあ、実にめでたい。

 

 ・・・そうとも、我々はしつこいんだ。お前たちがいくら抗ったところで、何度でもやってくるぞ。

 

 

 

 さてさて。例の景光君は、ごくごく普通の人間のようですが、多分ちょっとした刺激を与えれば、覚醒してくれるんじゃないですかねー?

 

 何にって、いわゆるインスマス面ですよ。

 

 あの推定15か16あたりのAPPが、数日で3辺りまで下降するでしょうねえ。きっと、景光君も、泣いて喜んでくれるでしょう。

 

 そして、本当の自分の居場所を悟って、そちらへお帰りいただけるでしょうねえ。

 

 さらに運が良ければ、インスマス面のさらに先、完全な深きものへと変態してくだされば、僥倖としか。

 

 何ですか、皆さん。その憎悪と侮蔑に混じった眼差しをこちらに向けてきて!

 

 零君の大事なお友達なんですから、私が全力の応援をしないでどうするんですか!

 

 

 

 加えて、最近わかったんですがねえ。

 

 この、零君や景光君とチーム組んでる、赤井秀一君ですか?私、彼知ってます。

 

 いやあ、この物語の知識的意味合いではなく、リアルの知人として知ってるんです。

 

 ほら、以前シュルズベリィ教授のお弟子さんについてチラッとお話しませんでした?彼なんですよ。それ。

 

 おや?ご存じない?彼、ミスカトニック大学の出身なんですよ。

 

 なぜか、職場やご家族にも隠されているようなんですがねえ。

 

 私と楽しく遊んだ思い出や、他にもいくつか楽しい計画を潰してくださったこともあるんですよねえ。本当に・・・困った子です(背中の髪を触手のようにざわつかせながら)。

 

 

 

 とはいえ、彼がいらっしゃるなら、俄然面白くなるでしょうねえ。

 

 この攻略本のように、彼が助けようとしたけど、零君が駆け付けて、景光君が勘違い自殺というのも実に面白いですが、どうせならもっとひねりを利かせましょう。

 

 仕込みはすでにしてますからねえ。

 

 なぁに、以前零君とお話したんですよ。行ったことのある名所の話で、インスマスのお話をしたんです。魚介が美味しいから、行く機会があるなら、ぜひ食べてみるべきとおススメしておきました♪

 

 きっと、景光君も一緒に食べて、あまりのうまさにSANをブッ飛ばしてくれるでしょう(愉悦の笑み)

 

 きっと、赤井君なら何が起こったかすぐに把握なさるでしょう。何しろ、彼はインスマスにも行ったことがありますからねえ。

 

 さぁて、あとは何が起こるかごろうじろ。

 

 うっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ああー!楽しかったぁぁぁ!

 

 

 

 ええ。計画はパーフェクトにうまくいきました。

 

 ちょぉっと脳髄いじくった有象無象君に、組織の情報を盗んでインスマスまで行ってもらって、それを零君ことバーボン君率いるウィスキートリオで追跡するようにしてもらいました。

 

 赤井君ことライ君がもう、ものすごく渋っているのがはたからもわかるんですよねえ。うふふ。そんなに嫌がらなくても。

 

 今回、君には何事もないんですから、いい機会ですし、一度しっかり観光なさってはいかがです?なんて言っても、彼には聞こえないんでしょうけどねえ。

 

 だって私、魔術で覗き見してるだけですし。

 

 

 

 さて、流石は零君です。お仕事はパーフェクトにやってくれました。

 

 有象無象君は、ちょっと具合悪くてルルイエにいらっしゃる方の思念を受信しちゃったらしくて、発狂なさってましたけど、些末なことでしょう。

 

 おや、流石は零君です。私が言ったことを覚えてましたか。

 

 そうですよ。『ギルマンホテル』のフィッシュ&チップスは深きものの幼生をじかに使ってて、とぉっても美味しいんですから♪景光君もたんと召し上がってください♪

 

 

 

 ああ、いい顔をしているなあ。

 

 予定は順調。無事インスマス面になってくれた景光君と、赤井君は、NOCバレのタイミングで逃避行を決め込みましたか。

 

 行先は・・・おや、インスマスですか。意外ですねえ、てっきり大学にでも連れ込むかと思ってたんですが。

 

 ・・・ああ、諦めてるんですね?赤井君。もうどんなに頑張っても、彼は助けられない、と。かといって殺すこともできない。だから、せめて同類のいる場所へ、リリースですか。

 

 

 

 あー、つまらないですねえ。そんな御涙頂戴の今生の別れなんて、どうでもいいんですよ。

 

 ああ、でも、最後に完全に景光君が発狂して、海に飛び込んだところは、なかなかの高得点でした。

 

 あの、無表情の中に絶望と諦観をにじませた赤井君も、いいですねえ。

 

 あとは、帰還後の零君の反応です。ウフフッ。楽しみですねえ。

 

 

 

 ふむふむ。景光君との約束通り、自分が景光を殺したことにするのですか、赤井君。その辺は攻略本通りになりましたか。

 

 おや、大学の力を借りましたか。魔術を用いた偽装ですね。まあ、ミスカトニック大学とその背後にあるウィルマース・ファウンデーションは、この手の隠ぺい偽装は得意中の得意としてますからねえ。

 

 人間一人の死亡を偽装なんて、朝飯前でしょう。

 

 インスタントカメラのフィルムに収められた“スコッチの死”に、誰も疑ってはいないようですね。

 

 ・・・ただの一人を除いて。

 

 ああ、本当にいい目をしているなあ、零君。

 

 表面上は、無表情を決め込んでますけど、目が物語っているんですよねえ。赤井君に対する憤怒と憎悪を。

 

 

 

 魔術による偽装は、それをよく知る者が見れば強烈な違和感を覚えさせ、下手をすれば偽装の看破につながるんですよねえ。

 

 ただ・・・零君が写真の偽装を確信する前にジンって子が持って行ってしまいましたからねえ。偽装を看破したというより、アイデアロールの結果でしょうねえ。

 

 多分、致命的失敗〈ファンブル〉したんでしょうねえ。絶妙なタイミングです。やはり、ダイスの女神も愉悦部の一員なのですね?!

 

 うふふ。きっと彼、赤井君が自殺を強要したとでも思いこんでるんでしょうねえ。素晴らしい。

 

 景光君〈親友〉の人間性を看取った相手を、憤怒と憎悪をもって対峙することを選ぶとは!

 

 アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!なんて愉快なんだ!腹の皮が攀じきれそうだ!!

 

 そして、見当違いの憎悪をぶつけられる赤井君は、罪悪感と諦観から、何も言わずにそれに甘んじることになる!

 

 アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!いいなあいいなあ!人間って素晴らしいなあ!

 

 

 

 さて、一応、大筋は終わりましたが、少しばかりエピローグに参加してきましょうか。

 

 ということで、久々にナイ神父モードで、赤井君に逢ってきました。

 

 ちょぉっとからかっただけで、口に銃口ねじ込まれて頭蓋を吹き飛ばされちゃいましたよ。相変わらず激しいんだから♡

 

 え?言い方?あ・・・エッチぃこと考えたんだ~?

 

 え?ウザい?ひどい・・・泣いちゃいますよ?

 

 いやあ、赤井君も相変わらず元気そうでしたねえ。

 

 ・・・次に会うときは、お互いもう少しマシな遊びをしたいものですねえ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 おかしいですねえ。攻略本にこんなこと書いてありましたかねえ?

 

 いやあ、それが『九頭竜亭』に少々興味深いお客様がいらっしゃいまして。

 

 攻略本によると、彼も零君のお友達だったんですよねえ。

 

 確か・・・松田陣平君でしたか?爆発物処理班の一員で、『名探偵コナン』という漫画の本編開始3年前――ちょうど今ぐらいの時期ですねえ?そのくらいに観覧車で爆死なさってるはずですが?

 

 えらく鬼気迫る勢いで、『屍食教典儀』の在処を尋ねてきました。

 

 あー・・・そういえば、副王様とのごたごたの際、ついでに回収して、別口から仕入れ直したという体で店頭に置いてたんですよ。また売れましたけど。いやあ、人気ですねえ。

 

 で、まあ、誤魔化す必要は特にありませんし、素直に売れたって言いますと、松田君は血相変えてどこに売ったとか、何であんなもの売ったとか喚いてくるんですよ。

 

 いたたたたっ。掴み掛らないでくださいよ。こちとら一応、軟弱な女の身なんですから。

 

 え?邪神のくせに痛がる必要なんかないだろって?おや、失礼ですね。APP18のこんな美女捕まえて、必要ないだなんて。・・・うっかり瀕死になったら月に吠えるものに変身しちゃうかもですよ?

 

 ちょっとぉ!本当にひどくないですか?!何で私より真っ先に松田君の心配なさってるんですか、皆さん!

 

 ・・・話を戻します。松田君、口八丁で購入先を聞き出そうとして来るんですよねえ。まあ、しょうがないですよねえ。本来ならこれはプライバシー侵害にもなるんですが、ここまで必死なのを無碍にするのもいかがな物でしょう?それに・・・何だか面白そうなことになりそうな感じですし。

 

 なので、全部は言わずにちょっとしたヒント的なものをお渡しして、お帰りいただきました。アイデアが高そうですから、きっと自力で探り当ててくださるでしょう。

 

 ふむ?これで観覧車で爆死?・・・そういえば、例の爆弾犯さん、二人まとめてゾンビにされてましたねえ。これは攻略本通りの展開になるというわけにはいかないのでは?

 

 ふむ。ちょっとばかり調べてみましょう。なぁに、邪神にとってはこのくらい朝飯前ですよ。

 

 

 

 おやおや。あの時、ヨグ=ソトース様のご接待で、一旦離脱せざるを得なかったのですが、まさかこんな面白いことになってるだなんて。

 

 うふふふふ。

 

 

 

 今から見るとざっと4年前。珍しく私が「ちょっと救済なんてやってみようかなー」なんて気まぐれを起こした時でしたねえ。

 

 え?飽きたからもうやりませんけど?

 

 ほら!ジェ●ガとかはたで見てるにゃ面白いですけど、自分でやるとなるとめっちゃ集中しなきゃいけなくて神経擦り減らすでしょう?

 

 ですから、私はもうやりません。

 

 まあ、攻略本の素材の同類(いわゆる原作知識持ちの転生者って奴です)が、またチョッカイかけようとしたら、考えないでもありませんが。4年前の時もそうだったらしいんですよねえ。女性が二人ばかり駆け込んできて、「萩原さん逃げてえ!」とかなんとか叫んだとか。まあ、彼女たち、うっかりゾンビを目撃して、一時的狂気に陥ってましたけど。しかもフェティッシュでレズに覚醒してましたからねえ。避難させた松田君がドン引きなさってましたねえ。

 

 多分、今頃救済なんてどうでもよくなって乳繰り合ってるんじゃないですか?興味ないからその後のことなんて知りませんけど。

 

 いやあ、愉快愉快。

 

 

 

 ええっと、話を松田君と萩原君の方へ戻しますね。

 

 ほら、うっかり萩原君がヨグ=ソトース様を目撃して、SANが直葬されちゃったじゃないですか。可哀そうに(ニチャァッ)

 

 というわけで、萩原君の発狂原因をあれこれと調べて回っていたようなんですよねえ、松田君が。

 

 頭を冷やせ、とばかりに機動隊から捜査一課に配置転換されても、懲りずに調べまわっておりまして。

 

 ゾンビの目撃もあって、発狂原因に『屍食教典儀』が絡んでるんじゃないかと考えたようなんですよねえ。・・・例のゾンビ製作者さんが、記録を残してたそうなんですよ。面倒なことをしてくれやがりまして。

 

 それで、うちの店にまでいらっしゃった、と。

 

 いいですねえ。好奇とわずかな正義感を糧に、グイグイ前に進む。いわゆる探索者って奴ですね。

 

 これは、ぜひともシナリオの見学をしなければ!

 

 ・・・これだから、人間は面白い。

 

 

それはまさに続きであり、まともな話のものではない

あるいは、まともであることの、なんと下らないことか

 





【邪悪な笑い上戸で仕込みはばっちりな邪神のナイアさん】
 前回ラストより、副王ヨグ=ソトース様の接待は終わった。ただし、1か月分の貯蔵していたおやつをスッカラカンにされた。泣いた。
 最近零君が潜入捜査に行っちゃって暇。
 かわいい零君の成長のために一肌脱いであげよう(ニチャァッ)とばかりに、いろいろ仕込む。
 初見で、諸伏景光=スコッチが、とんでもない血筋(インスマス由来)の持ち主ということも看破し、それを覚醒させたら面白そうと考えていた。
 実は原作知識関係なしに赤井さんとは知り合い。ミスカトニック大学出身の元探索者(ただしSANがカンストチート)の、シュルズベリィ教授のお気に入りは、彼女にとってもお気に入り。・・・くどいようだが、彼女の人類への愛情=玩具扱いということは忘れてはならない。
 かくして、勃発したクトゥルフ式ウィスキー事変を時折吹き出しつつニヤニヤしながら眺めてた。
 やはり人間は素晴らしい。・・・なお、諦観と絶望と罪悪感に苦しむ赤井さんと、彼をひたすら恨んで憎む零君と、発狂して海の底に行ってしまった景光さんを見ての発言である。
 一連の出来事の後、赤井さんにネタばらししてあげたら、銃で頭蓋を吹き飛ばされた。相変わらず暴力的なんだから♡
 お店にやってきた松田さんに首かしげ。あれー?そろそろ観覧車で爆死してるんじゃなかったっけ?
 ・・・ここにきて、4年前のマンション事変が変な影響を及ぼしてることに気付く。
 魔導書売り払った清々しいまでの自業自得なのだが、これはこれで面白いとか思ってる。観覧車で爆死も面白いけど、どうせなら発狂してくれた方がもっと面白そう。
 愚かな好奇とわずかな正義感を糧に前に進む探索者諸君は、愛しい。ダイスを片手に諸君も宇宙的恐怖とコンタクト!(親指グッ)

【元探索者でSANチートだけど散々な赤井さん】
 大体は原作通りだが、実はミスカトニック大学出身。学部学科は皆さんのご想像にお任せしますが、例にもれず神話事件に巻き込まれまくった結果シュルズベリィ教授(失踪されてたけど、帰ってきた!)と仲良くなったという異色の経歴持ち。
 ただし、本人は周囲に隠しているので、おそらくFBI内部でもそれを知る者はいないと思われる。
 国民の大部分が妖精・精霊・幽霊を信じているイギリス出身、かつ八百万の神の国日本の血筋のハイブリッドだし、と考えた結果、SANがカンストというバグ探索者仕様。多分、SANチェックのダイスロールも、この人だけ数字の小さいダイスに自動交換されてそう。
 ただし、SANがチートなだけで、神話事件に遭遇するとやっぱりげっそりするしうんざりする。
 人類の害悪な邪神は天敵扱いしている。大学時代も散々引っ掻き回された。
 今回は自分から首突っ込みに行ったわけでもないのに、インスマスに行かされた挙句チームメンバーの一人がインスマス面に進化&発狂するのを目の当たりにした。
 タイミングが悪いことにNOCバレも重なったため、逃避行するが、最終的に発狂しかけのスコッチさんをこっそりインスマスの海にリリースしてから、大学の伝手で死亡偽装工作する。
 ・・・なお、彼はこの時、バーボンが殺意に満ちた目で自分を見てきていたことにも真っ先に気が付いたが、それがスコッチを助けられなかった自分への罰として当然のことと甘んじることにした。
 また、彼はネタばらしされるまで今回の事変に邪神が絡んでいることには気が付いていなかった。相変わらずクソの方がマシな邪悪っぷりを披露する邪神には、鉛弾をもって返礼とした。
 実は、彼の視点でこの話は最初に書き上げたのだが、長くなり過ぎた。そのうち外伝として投稿します。

【お仕事頑張ってるのに、周囲の人間が次々邪神の手にかかる降谷さん】
 潜入捜査頑張るぞー!と黒の組織に潜入。
 ライはムカつくけど、幼馴染も一緒だから、きっと大丈夫さ。
 インスマス行きを妙に嫌がるライを、最初はからかうネタができた程度にしか思ってなかった。
 そのうち、任務でちょっと目を離したすきに、スコッチがNOCとばれた挙句、ライと一緒に行方不明に。何だ何だと探し回ってたら、ライだけ戻ってきて俺が殺したと告白されて絶句。
 証拠とばかりに差し出されたのは、インスタントカメラと壊れたスマホで、その写真からスコッチの死体(明らかに急所に致命を負ってる)を目撃する羽目に。
 しかし、死体の写真を見て妙に違和感を覚える。精査しようとする前にジンが写真を持って行ってしまった。しょうがないから、アイデアロールしたら致命的失敗〈ファンブル〉した。結果、ライがスコッチに自殺を強要した!ライ殺すべし!慈悲はない!という考えに至る。
 ・・・自分を気に入ってくれた邪神の仕込によって、幼馴染を変貌させるきっかけを作った事には気が付いていない。(そもそも変貌自体を知らない)知らぬが仏。
 ダイスの女神と麗しの邪神が高笑いしているのも気が付いていない。
 なお、萩原さんの発狂については、聞きつけてええ?!となってお見舞いにも行った。ただし、ゾンビの出現については聞いていない。(情報封鎖がされているため)
 ・・・そのことで、松田さんがあれこれ動き回っていることについては知らない。次の犠牲者フラグの存在にも、もちろん気が付いていない。

【観覧車で爆死予定の探索者な松田さん】
 萩原が発狂して廃人になるなんて絶対おかしい。
 ゾンビだっているんだ。あの『屍食教典儀』とかって本も、何かあるかもしれない。
 探索者の資格とは、愚かな好奇とわずかな正義感を持ち合わせること。後はダイスの女神が微笑めば、誰でもシナリオはクリアできる。(なお、グッドエンドになるとは言ってない)
 本来彼の爆死の原因になる犯人は、すでに死体となっているため、そもそも爆弾事件の続きが起きるわけがない。
 ただし、ダイスの女神同様、悪戯大好きなバタフライエフェクトがどう作用するかで、今後の彼の運命は決まる。どうなることやら。


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【#3】探索者松田君の奮闘記!グシャリもあるよ!

 読者よ!ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!
 この殺人ラブコメ漫画を、潰して潰して潰してこねくり回して、殺人ラブクラフトTRPGモドキの何かに変えてやりましたぞ!
 どうだ、素晴らしき登場キャラどもめが!
 如何にお前が読者をキュン死させる萌えの塊とて、このままずっと公開させられるのなら、何ものも誑かせないだろう!
 すべての邪悪、混沌と啓蒙をさらけ出した駄文の有様こそが、いやらしい貴様には丁度よいわ!
 ヒャハ、ヒャハッ、ヒャハハハハハハァーッ
 見てください!あなた方のお蔭で、遂に3話目に突入ですよ!
 どうです!素晴らしいでしょう!これで他の素晴らしき書き手の皆様を、列聖の殉教者として祀れます!
 ヒャハ、ヒャハッ私はやったんだあーっ!ヒャハハハハハハァーッ


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 そろそろお馴染みになってきましたかねえ?

 

 え?お前の顔も邪神トークもうんざりだ?今度はどんな邪悪なことを企んでやがる?

 

 いやん・・・皆さんが冷たい・・・。

 

 え?そう思うなら、前回のことを思い返してよくよく胸に手を当てて考えてみろ?

 

 ええーと?

 

 ふむ・・・零君の成長のために必要と思って、ちょっとばかり彼の幼馴染をインスマス面に変貌する出来事を作ってあげて、赤井君のご助力のもとインスマスの海にリリースさせてあげただけですがねえ。

 

 その後で、零君が赤井君を殺意と憤怒満点に睨み付けたのも、それに気が付かないふりしている赤井君も抱腹絶倒ものでしたがね。

 

 皆さんも笑えたでしょう?

 

 え?それが邪悪なんだって?ありがとう!

 

 え?どちらかというと、その後お前の頭蓋が吹っ飛ばされた方が笑えた?

 

 ええー?私は痛い目見ただけで、さして愉快な出来事じゃなかったでしょう?あれ。赤井君は、もう少し短気を直さないと女性にもてないと思うんですよねえ。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて。

 

 先日、我が古書店『九頭竜亭』を訪れた松田陣平刑事、改め、新米探索者松田陣平君の様子を見てみましょう。

 

 私、これでも邪神ですからね。

 

 シナリオ眺めるのも大好きなんですよ。特に、途中でダイスに嫌われた探索者諸君が、発狂して奇行に走るのを見るのが、たまらなく大好きです。

 

 さぁて、松田君はどんなエンドを迎えるか、実に楽しみです。

 

 

 

 ほほぉ、私が与えたヒントを元に、無事魔導書の購入先を特定なさいましたか。

 

 ふむ。さすがは零君のお友達です。実に有能です。

 

 たどり着いたのは、メンタルクリニック――いわゆる心療内科、ってやつですね。

 

 おろろ。いわゆる探索者そろい踏み、ってやつですね。

 

 個別導入がそれぞれあったのでしょうが、今回の主人公は松田君ですからね、彼の視点に主眼を置いてみましょうか。

 

 

 

 おや?他の探索者のキャラシ〈プロフィール〉が気になりますか?

 

 ふむ。細かな能力値や技能をイチイチ話すのは面倒ですので、ざっくりとご紹介しましょうか。

 

 

 

 まずは言わずもがな松田君です。能力値的にも優秀、技能も探索戦闘とオールラウンダーですね。非常に優秀ですから、彼が死んだら詰むんじゃないですか?このシナリオ。

 

 

 

 次は羽賀響輔君、職業:音楽家ですね。松田君より少し上くらいの顎髭がダンディな男性ですね。戦闘寄りの技能を持ってますね。【芸術〈音楽〉】とありますし、本来は音楽家でしょうか。【聞き耳】技能がえらく高いですねえ。ファンブルでもしない限り、まず成功ですよ、これ。ちなみに戦闘技能は・・・なぜか、【棍棒】持ってますねえ。

 

 

 

 三人目は、その姪っ子に当たる設楽蓮希君、同じく職業:音楽家ですね。成人はしているようですが、かわいらしい女の子だ!この子も【聞き耳】高いですねえ。【芸術〈音楽〉】もありますし。弱冠SANが低めですが、【目星】、【コンピューター】と【図書館】も持ってる、探索系技能持ちですね。

 癒し系だからか、【信用】と【応急処置】があるみたいですねえ。

 

 

 

 四人目は、これまた美人ですが・・・整形してますね。明らかにAPPが書き換えられた形跡あるんですよね。寺原麻里君、職業:アイドルマネージャーといいます。何で彼女も【聞き耳】が高くて、【芸術〈音楽〉】持ってるんです?おやおや。【説得】と【言いくるめ】、【心理学】に【精神分析】と、対人技能の見本市のような感じですねえ。【回避】と【投擲】【応急手当】を持ってるのが意味不明ですが。この初期値成功した感じの【薬学】って何でしょう?

 

 

 

 それから五人目と。藍川冬矢君、職業:シンガーソングライターですね。・・・今回の探索者、えらく職業に偏りがないですか?何で、6人中4人が【芸術〈音楽〉】持ってるんです?・・・ちなみに彼も戦闘寄りの探索者ですね。高STRにダメボ持ちって・・・。微妙に【心理学】高いのって何なんでしょう?ちなみに戦闘技能は【棍棒】に【武道】と【キック】・・・お若い頃、何されてたんでしょう?今も若いようですけど。

 

 

 

 最後のお一人。ほほう、職業:探偵ですか。槍田郁美君、と。ふむ、クール系美女ですね。こちらは探索技能は【目星】【医学】【応急手当】【薬学】と、・・・なぜか【拳銃】技能持ってますねえ。日本ですよ?ここ。まあ、米花町民なら、なぜか【棍棒】【拳銃】【日本刀】などの戦闘技能が高くてもおかしくないんですよねえ。

 

 この間なんて、道端でJCが素手で電柱破壊してるの目撃しちゃいましたからねえ!うっかり通りかかって同じく目撃しちゃった幼稚園児がSANチェック失敗して大泣きなさってましたけど。

 

 

 

 雑談は置いといて、以上6名の探索者でシナリオに挑むことになりました(ドンドンドンパァフパフ♪)

 

 シナリオ名?さあ?私は知りませんねえ。ま、いいんじゃないです?面白ければ。

 

 

 

 さて、話を本筋に戻しましょうか。

 

 松田君は、流石に魔導書云々は口にせずに、探し物をしているということを言いますか。

 

 他の探索者たちはといえば・・・こんな感じでしょうか?

 

 羽賀響介&設楽蓮希ペア・・・蓮希の友人が行方不明になった。手がかりを探している。

 

 寺原麻里・・・メンタルクリニックには人間関係に悩んでカウンセリングに来ている。クリニックの奇怪なうわさを聞き、実際に怪物も目撃した。

 

 藍川冬矢・・・クリニック院長と交友関係がある。最近、彼女の動向がおかしく、心配して来た。

 

 相田郁美・・・人探しの依頼で来た。クリニック患者の連続失踪について、調べる。

 

 

 さぁて、途中の探索パートはいくつか、略しましょうか。

 

 何人かNPC〈モブ〉に聞き込みしたり、新聞とかで情報調べたりして、探索自体は非常に順調ですね。

 

 大きな致命的失敗〈ファンブル〉もありませんし。

 

 ま、手分けしているとはいえ、6人もいれば、そうそうダイスロールで失敗とかありえませんよ。

 

 おやまあ、クリティカル。

 

 あらら。このクリニックの女院長さん、SAN0の狂人だって皆さん悟られたようですねえ。

 

 ま、ぶっちゃけた話、院長さんはシュブ=ニグラスちゃんの信者なんですよねえ。定期的に生贄と引き換えに乳を入手なさって、それを向精神薬に加工して患者さんに処方なさってると。

 

 おまけに院長さん、【説得】【言いくるめ】【心理学】【精神分析】も持ってて、どれも数字が高いもんだから、患者さんを洗脳紛いに信者に引き入れてるんですよねえ。

 

 で、徒党を組ませて、生贄にする人間を誘拐させてるっていうのが、事の真相だったりするんですよねえ。

 

 ・・・どうも、うちから魔導書仕入れたのは、≪シュブ=ニグラスとの接触≫まででは飽き足らず、本格的に招来させたかったかららしいですねえ。

 

 いやあ、キ●ガイですわあ。

 

 で、まあ、一連の調査はいわゆる違法作業(こっそり侵入してこっそり調べる)なのですよ。

 

 当然、いつかはばれますよねえ?で、悪事がばれた連中のやることといえば、もちろん口封じですよねえ。

 

 ありゃあ、致命的失敗〈ファンブル〉した。

 

 となれば次は。ありゃ、蓮希君が捕まってしまいました。

 

 「私はいいからみんな逃げてぇ!」ですって。おお、なんと健気な。(スナック菓子を袋からつかみ出し、バリバリ食べながら)

 

 「蓮希ちゃん!クソッ!松田!放せぇ!」

 

 「今はダメだ!こっちまでヤバい!」

 

 「二人とも!早く!」

 

 おやおや。羽賀君がちょっと抵抗しましたが、そのまま残り5人で車に飛び乗って逃避行ですか。

 

 藍川君が【ナビゲート】持ってますし、カーチェイスもどうにか制して、追手も振り切れましたか。

 

 なかなかに手に汗握る展開でしたねえ。

 

 落ち着ける場所に逃げ延びたところで、再度相談に入りましたねえ。

 

 そうですねえ。蓮希君、絶対今度の≪シュブ=ニグラスの招来≫の生贄にされるでしょうねえ。

 

 

 

 シュブ=ニグラスですかあ。彼女、旦那〈ハスター〉がいるというのに、相手が人間非人間問わないビッチっぷりを誇るんですよねえ。(そもそも“彼女”というのも便宜上で、本来は性別の境すらありませんし)

 

 私ですか?ご冗談を!

 

 ・・・いえいえ。別に「あなたみたいなのは、ちょっと・・・」って彼女に拒否られたわけじゃないですから。

 

 ええ!その気になったら私だってモテモテなんですよ?!

 

 ニャル様素敵!とか、ニャル様最高!とか、おお偉大なるニャルラトホテプ様って、平伏されまくって・・・あれ?私・・・その手のアピール受けた覚えがないぞ?い、いや、化身〈アバター〉の記憶を同期してないだけだから!きっと、どこかで、あるはず・・・!

 

 

 

 いえいえいえ!くだらない悩み事は後回しにしましょう!

 

 今はこのセッションです。

 

 フムフム。決戦の場へ突入!ですね。ここからは引き返すこともできませんよ、松田君。覚悟はいいですか?アハッ♪愚問でしたねえ。

 

 シュブ=ニグラスの招来の条件って、結構厳しいんですよねえ。

 

 新月の夜に、暗い森の中に設置した、大量の血液で清めた石の祭壇で呼び出す必要がありますからねえ。

 

 東都の郊外、どころか県を越えての話になってしまいましたよ。

 

 探索者諸君が到着したのは、詠唱が始まった直後と。ばっちりグッドタイミングですねえ。

 

 

 

 で、到着と同時にSANチェック入りました~。

 

 だって、女院長君、黒い仔山羊を従えてましたからねえ。確かにあれがいると、招来の成功率が上がりますからねえ。

 

 ・・・ぶっちゃけた話、東都で見かけられた怪物って、あれでしょうねえ。

 

 あ、松田君ゲロ吐いた。藍川君は失語症に陥ってるし。

 

 他のメンバーは、蒼褪めつつも、どうにか戦うつもりのようですねえ。いいですね

え。それでこそ、私の愛しい人間たちだ。

 

 とはいえ、戦闘ラウンドが指定段階に到達したら、詠唱が完了、晴れてシュブ=ニグラスが降臨してしまうでしょうねえ。

 

 うーん。個人的には、彼女に来てもらって、ぜひ阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き落してほしいところなのですが。

 

 松田君はライフル、羽賀君はバールで、藍川君は蹴り技を使う気のようですね。

 

 寺原君は、とにかく囮に専念する気のようですね。まあ、彼女は【投擲】と【回避】を持ってますしね。

 

 蓮希君は縛られて気絶して行動不能ですし。

 

 おや?槍田君は・・・ああ、なんてことを!

 

 相田君ときたら、大型水鉄砲に詰めてた次亜塩素酸ナトリウム――いわゆる漂白剤で、祭壇の血液を漂泊してくれたんですよ!

 

 せっかくの準備が台無しですよ!これじゃあ、必要なMPをささげて詠唱を成功させても、シュブ=ニグラスちゃんが来てくれるわけがないじゃないですか!

 

 

 

 ああー・・・まあ、いいでしょう。

 

 記憶が確かなら、シュブ=ニグラスちゃん、今は旦那〈ハスター〉と一緒に人間に擬態して、諸国漫遊の旅に出てるとか聞いたような気もしますし。変なタイミングで呼び出したら、旦那のところ帰るーって暴れ出して皆殺しにしてたかもしれませんし。

 

 ・・・それはそれで面白そうですけどねー?(ニチャァッ)

 

 

 

 で、そうしているうちに、ライフルが効かないと悟った松田君が折りたたみ式の特殊警棒に切り替えて、黒い仔山羊に向かっていきます。

 

 うわあ。悲惨。というか、神話生物を数の暴力でタコにしてますよ。一応、あれ、火器が効かないし、一種の即死技能(触手で拘束してからの、丸のみ)持ってるから、強いはずなんですがねえ。

 

 とはいえ、やはりダメボ持ちの男三人が規格外でしたね。

 

 枯れ枝みたいな細い足を殴り倒して、本体を突き倒してから、ボコボコにしてました。「死ね!化け物!」「つぶれろクソが!」「っ!!」とか、ちょっと聞くに堪えない罵声も聞こえましたけど。

 

 いやあ、元気ですねー。

 

 女院長が悲鳴を上げてやめさせようとしましたけど、女三人衆(どさくさまぎれに蓮希ちゃんの救出は成功してましたので)が組みついて抑え込んでしまいました。STR対抗ロールの出番なんでしょうけど、数に物を言わせて自動成功でしたよ。

 

 あ。黒い仔山羊が死んだ。

 

 まあ、黒い仔山羊ちゃんの方は、出目が振るわなかったみたいですからねー。

 

 で、戦闘終了。お疲れっしたー。

 

 

 

 けれど。けれどね?悪夢は巡り、そして終わらないものだろう!

 

 トラップ発動、悪あがき!

 

 いえいえ、私は手を下してませんよ?それっぽく言ってみただけですとも、ええ。

 

 嫌だなあ、呪文≪恐怖の注入≫なんて使ってませんってば。

 

 

 

 「くぁwせdfrtgyふじこっ?!」

 

 あーらら。女院長、発狂しちゃいましたよ。パニックに陥って、ものすごい力で抵抗。怪物を駆除して一安心してた女三人を振りほどいちゃいましたよ。

 

 自動成功のSTR対抗ロールを凌駕するとは、火事場の馬鹿力って奴でしょうねえ。

 

 女三人は悲鳴を上げて、体勢を崩す中、女院長が動く。その手に持った出刃包丁(蓮希君を脅すのに使っていた。一度は手放していたが、どさくさまぎれに拾い上げたらしい。)を、振り上げる。

 

 対象は・・・もっとも、非力な蓮希君ですね。

 

 あー・・・殺人癖ひいちゃったかな?

 

 「死ぃねえええ!」

 

 「おりゃああ!」

 

 しかしながら、ダイスの女神はお人よしらしい。間一髪のDEX対抗ロールが間に合ったらしい、松田君が割り込んで警棒を振り上げる。

 

 あ、クリった。

 

 ゴリッとも、グシャッとも、何ともつかない硬い音を立てて、女院長は地面に沈んだ。

 

 腐葉土と化しつつある枯葉の地面に、ジワッと血が広がる。

 

 ・・・ショックロール通り越してHP0=即死かな。

 

 全員が息を飲んで、硬直する。

 

 やらかした本人も、信じられないものを見る様子で、自分の持ってる警棒と、死体と化した女を見比べ、ややあって後ずさって、「あ」とも「う」ともつかない呻きを上げる。

 

 あーあ。やっちゃった。やっちゃった。

 

 正義の警察官が、人殺し、しちゃった。

 

 今までのあれこれだったら、かろうじていけたかもしれないけど、完全に一線越えちゃったねえ。(ニタニタ)

 

 で、我に返った一同は大慌て。

 

 急いで偽装しようぜっていうのを、何と松田君本人が止めました。

 

 曰く、「俺は警察官だ。たとえ人を殺したとしても、他の薄汚い連中のように、下手な偽装で自分の罪から逃げたりしない」と。

 

 格好いいですねえ。

 

 その足で、警察署へ向かおうとしますが、「ちょっと待て」と言って、彼は足を止めます。

 

 おや、目ざといですねえ、松田君。女院長が持ってた『屍食教典儀』を回収してしまいました。

 

 ああ。目が迷ってますね。あの手の魔導書は、本能をくすぐりますからねえ。“私を読んで”“私を知って”“知識を知って”“知識を広めて”と。なぜなら、それが、書物の存在意義ですからねえ。

 

 生半な精神力だと、SANが削れるうえ、欲求に負けて目を通してしまうんですが・・・そこは松田君ですね。

 

 「こんなのがあるから、あいつは・・・!」なんて苦々しげに言って、車の中から用意しておいたらしい灯油を持ってきて、魔導書に振りかけるや、そのままライターで着火してしまいました。

 

 ちょっとぉぉぉ?!その本、私が一生懸命作った改訂本(原典〈オリジナル〉にいろいろ呪文や知識を追加記載したので)ですけどぉぉぉ?!

 

 ああー・・・も、燃えちゃった・・・ボーボーの燃えカスに・・・ああ・・・ガックシ。

 

 ・・・松田君は、清々したとでもいうような顔をして、他の皆さんとその場を後にしました。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 いやあ、マスメディアがにぎにぎしいですねえ。

 

 『警察の闇!若き刑事の狂気!』『美しきカウンセラーを襲った悲劇!』『恐るべき殺人鬼となり果てた刑事の真実に迫る!』などなど・・・女性週刊誌(セ●ンとかフ●イデーあたりでしょうか)バリの見出しで、連日、大手メディアが騒がれています。

 

 写真に映る松田君は、あのサングラスはなく、どこかやつれたような無精ひげ姿です。眼窩は落ちくぼみ、眼光は濁りきってます。無理もないでしょう。

 

 ええ。やはりどこの組織も、腐るところは腐るんですねえ。

 

 ざっくりいうなら、松田君は1の実罪に、冤罪を50ほど追加されました。

 

 ええ。女院長殺しのみならず、連続失踪事件の犯人に仕立て上げられちゃったんですよ。

 

 

 

 多分、松田君自身も勘付いてはいたでしょうねえ。

 

 件の心療内科が連続失踪の起点になっているというのは、素人調べでもわかるというもの。にもかかわらず、警察の捜査の手が伸びていないということ。

 

 ・・・つまりは、警察がその捜査を握りつぶしているということに他ならないということです。

 

 あの女院長、思っていた以上にやり手だったようですねえ。

 

 おそらく、上層部の人間に取り入り、何らかのネタを握って強請ったり、あるいは例の向精神薬を処方して恩を売ったか。

 

 ま、いずれにせよ、警察の上層部は首輪をはめられてた状態だったわけです。

 

 それなら、飼い主がいなくなったなら、ここぞとばかりに彼女の悪事をばらすんじゃないかと?自分たちの醜聞も合わせてばれる可能性があるというのに?

 

 で、そこにバカ正直に女院長を殺したと出頭してきた人間がいたわけです。これ幸いと自分たちが見ないふりしてきた不手際も、併せて押し付けて、見ないふりをしましょう、ということになりました。

 

 ざっとそんなところでしょう。

 

 馬鹿ですねえ。

 

 ま、彼としては、それでも警察の正義を信じたかったというところですか。

 

 正義なんて、くだらない。そんな、吹けば飛ぶ塵以下のもの信じるなんて、やはり、人間はどうしようもなく、愚かな生き物ですね。

 

 

 

 松田君が留置場で自殺しました。

 

 報道されている限りでは、収容されて数日後に精神異常を起こし、終始独り言をブツブツ言って、かと思えば突然叫びだして騒ぎまくっていたようです。何でも、「黒い蹄がやってくる」とかなんとか怯えていたそうです。

 

 そうして、間もなくシーツで首を吊っているのが発見されたそうです。

 

 あわてて、下したそうですが、時すでに・・・という奴だそうで。

 

 かくして、裁判の前に被疑者が自殺で、この事件はおしまい、です。

 

 

 

* * *

 

 

 

 本日は、宅配注文を承ったので、ちょっと遠方までお出かけです。

 

 特に急ぎの注文というわけでもないので、業者さんは使わずに、自分で歩いて届けに行きました。

 

 おや、意外ですか?邪神といえど、散歩もすれば、宅配業者だって利用しますよ。何でもかんでも魔術なんて、味気ないでしょう?正邪と正狂、緩急はつけないと。

 

 注文先は、音楽一族と名高い、設楽家の邸宅です。立派なお屋敷ですねえ。

 

 ええ、先日のセッション〈事件の解決〉に参加なさってた、羽賀響輔君と、設楽蓮希君のお二人のご住まいです。

 

 おや。タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど客人が帰られるところに居合わせたようです。

 

 門前まで見送りに来たのは、住人の羽賀君と蓮希君ですね。

 

 出てきたのは・・・寺原麻里君、藍川冬矢君、槍田郁美君までは、先日と同じメンバーです。

 

 そして、もう一人。

 

 ボサボサの白い髪に、ティアドロップのサングラスをかけた、一見すると近寄りがたい男性ですね。革のジャケットをワイルドに着こなしてますね。

 

 ・・・よく見れば、松田君に顔の造作や体格がそっくりですね。

 

 加えて、彼ら6名の間に感じるものがあるんですよ。悲壮感や絶望感はなく、安堵に満ちた、ホッとしたような空気を漂わせているんです。

 

 

 

 ・・・そういえば、聞いたような気がしますねえ。

 

 日本にも、ウィルマース・ファウンデーションの二番煎じ、とまではいかず、かの組織よりかは小規模ながらも、国家管理下にある神話性事象対抗組織が。

 

 確か・・・Mythology-phenomenon Security Organization〈神話性事象安全保障組織〉、通称MSOとかって、物々しい名前でしたねえ。

 

 彼らなら、神格の招来阻止を成し遂げた、立役者の一員をたかが殺人一件(しかも一応正当防衛ですし)で、牢獄の中におしこめるのはいかがなものかと、するでしょうねえ。冤罪が追加されてのことなら、なおさらに。

 

 おそらく、彼らは収容中の松田君に取引を持ちかけたのでしょう。

 

 このまま大人しく冤罪をもかぶせられるか、自殺したことにして我々と一緒に来るか、と。

 

 あの松田君にそっくりな白髪の男性が、松田君の選択の答えなのでしょう。

 

 

 

 そして、おそらく事件の関係者ということで、松田君は自分の生存を彼らにこっそり告げに行ったのでしょう。

 

 彼らだけは、松田君の冤罪の追加を分かっていたわけですから、十分知る権利はあるはずです。

 

 いやはや。実にめでたい。

 

 ・・・今度は、直接会う時を楽しみにしていますよ、松田君。

 

 さて、私もお仕事と行きましょうか。

 

 6人が別れて家路についたのを機に、門のインターホンを押します。

 

 「こんにちはー。古書店『九頭竜亭』の手取と申しますー。ご注文いただいた“黄衣の王”の楽譜をお届けに参りましたー」

 

 さあ!今日も悪意と狂気をふりまいていきましょう!

 

 

 

ビルゲンワースの蜘蛛が、あらゆる続きを隠している。

見えぬこの話の次回も。頭の震えが止まらない。

 

 




【物見遊山気分で、神話事件というセッションを見学して、御満悦のナイアさん】
 もちろん、大体コイツのせい。
 回収した魔導書を再流出させた結果、神格招来のトリガーを作り上げてみせる。ただしをれを引くのは彼女でなければ、成否の有無すらどうでもいい。成功すれば面白いのに、くらいの感じ。
 今回は、事件の中心に、お気に入りの友人(爆死して旅立ち予定)が参加しているので、面白半分で眺めていた。
 本作の彼女は、割とこんな感じで目に付いたセッションという名の神話事件を遠目で眺めてニヤニヤしていることが多い。気分というか立ち位置的には、セッション動画の視聴者に近い。
 集結したプレイヤーキャラ諸君をニヤニヤ眺める。・・・なお、彼女の持っている“攻略本”は、知識が偏っているのでこのセッションの参加プレイヤーたちの今後の運命までは書かれていない。
 途中はなかなか手に汗握る展開だったのに、最後の最後でダイスの出目が振るわなかったか、神話生物が一方的にボコられて、なーんだ、詰まんねーのってなって、ちょっぴり手を出した。
 具体的には呪文≪恐怖の注入≫を事件の黒幕の女院長に使用し、不定の狂気からの殺人癖を引き当てさせる。
 ハッピーエンドからの突き崩しが一番だよねえ!(邪笑)
 松田君のやらかしに、またしてもニヤニヤした。やっちゃったやっちゃった♪
 その後、彼の冤罪追加からの自殺報道もニチャァッって笑いながら眺めてた。やったね零君!またお友達が一人旅立ったよ!
 その後、松田君が生きていることを遠目から悟る。もう刑事に復帰はできないし、完全にこっち側に踏み込んだ立ち位置の人間になったから、これから係わっていくことになるだろうなあ。楽しみ。・・・もう二度と、零君と係わることもないだろうしねえ。
 もちろん、次なる狂気と混沌の仕込には余念がない。

【友人の発狂原因探ってたら、もう二度と引き返せなくなった松田さん】
 今回の被害者であり、自業自得でもある。
 周囲から止められまくった(機動隊から捜査一課に異動させられるなど)にもかかわらず、相変わらず親友の発狂原因に絡んでいるだろう怪しい本を探って、神話事件というセッションに参加することに。
 道中、他5名ほどのメンバーと行動を共にすることになる。
 彼自身ひねくれ者で猪突猛進、かつ今回は親友の発狂原因に固執するという不定の狂気じみた状態ではあるが、元来はハートの熱い男であり、他メンバーの事情を知って共闘体制を構築することになる。
 ・・・ぶっちゃけた話、作者に細かいところまでシナリオ考えるというが無理だったので、各自脳内補完オナシャス。
 前回も記したが、愚かな好奇とわずかな正義感を持ち合わせることが探索者の最低条件。後はダイスの女神が微笑めば、誰でもシナリオはクリアできる。(なお、グッドエンドになるとは言ってない)
 シナリオクライマックスにおいて、一時的狂気からのゲロ吐きに。作者はTRPG未経験者の上、ダイスも持ってないので、適当にそれっぽい狂気にした。・・・フェティッシュでおっぱい大好きマンにしてもよかったのですよ?
 最後の最後の、ナイアさんのイタズラによって被害をかぶりそうだった蓮希さんを守って、過剰防衛からの撲殺をしてしまう。
 一応、ここでもSANチェックは入った。彼は赤井さんとは違い、列記とした普通の人間なので、普通にSANチェックは入る。
 ・・・事件の悪化のトリガーとなった魔導書は、目を通したい欲求に駆られながらもどうにか誘惑を振り切って、焼却処分した。もともと彼の目的はそれだったので。
 その後、“警察官だからこそ”と自ら出頭する。が、まさかやってもない罪を押し付けられて、隠蔽に加担させられるとは思っても見なかった。警察やめることにはなるだろうし、臭い飯食う覚悟もできてたが、冤罪を大量追加させられることになるとは思っても見なかった。
 ・・・上層部が、今回の事件の隠ぺい、積極的に係わらない体制をとっているのは勘付いていたが、解決してなお隠蔽姿勢を解除しない(しかも冤罪を押し付けてきた)ことに、俺が信じた正義って何だ・・・?と多大なショックを受ける。多分SANチェックも入った。
 さらに、あまり付き合いがなかったとはいえ、捜査1課や機動隊のかつてのメンツからも、何でやらかした?!とか、自分の無実を信じる声が一切なかった。・・・一匹狼姿勢を貫いて、好き放題やってたツケが出た。
 親兄弟などの親戚関係?縁を切られましたが何か。ワイドショーでもいつか何かやらかすと思ってた!とか好き放題罵倒されましたけど。
 一応、同期の伊達さんからは、無実なんだろ?!助けてやるから!と励ましを受けるが、以降、彼は来なくなる。・・・実は、伊達さんは上から圧力を食らって身動きできなくされた。零君は潜入捜査中なので、言わずもがな。
 いよいよ精神的に参りそうだった矢先、ナイアさんも言っていた日本の神話性事象対抗組織MSOからのスカウトを受け、自殺したように死亡偽装をし、彼らの管理下に入る。
 ・・・あんな化け物や、やばいものが野放しになってるなんて、冗談じゃねえ。萩原や、蓮希ちゃんみたいな思いをする人間、増やしちゃだめだ。
 その後、MSOのもと、その手のエージェントになるべく正式な知識の勉強や訓練を受けている。
 事件の関係者たちからは、松田さんはそこまでやってない!という抗議があったよ!というのも後から聞いて、他のメンバーと、後日設楽邸で事後報告。
 無事でよかった!また会えて本当によかった!って泣いて喜ばれた。(特に助けてもらった蓮希ちゃんから)
 ちなみに、一応全国に顔写真公開されているので、自殺偽装後、彼は髪を染めて、カラーコンタクトを入れるなどの変装と、新しく獲得した戸籍と名前で生活することになる。
 ・・・次の騒動フラグに気が付いているかは、定かではない。
 どうでもいいですが、彼の能力値や技能については深く考えてません。それっぽそうなのをいくつか入れただけです。皆さんで勝手にダイス振るなり、妄想と想像で自由に決めてあげてください。

【その他セッション参加のプレイヤーキャラクターの皆さん】
 最初は松田さん単品でしたが、彼一人っていくら何でも荷が重過ぎぃ!と急きょ参加させました。
 ちなみに、原作登場の話は以下の通り。
 羽賀響輔&設楽蓮希・・・コミックス46巻『ストラディバリウスの不協和音』より。
 寺原麻里・・・コミックス5巻『カラオケボックス殺人事件』より。
 藍川冬矢・・・アニメオリジナルエピソード『呪いの仮面は冷たく笑う』より。
 槍田郁美・・・コミックス30巻『集められた名探偵!工藤新一VS怪盗キッド』より。
 それぞれの技能などは、原作のトリックや職業・経歴などを見て、私が適当に決めました。
 藍川君の武道キック?なんかガラ悪そうだったから、持たせました。
 文中では、松田さんに重点を置いて描いてますが、彼らは事件後、日常生活に戻りました。
 松田さんのことで、事情聴取されたりもしましたが、あそこの院長がカルティストで生贄云々言っても、何言ってんだこいつって可哀そうなものを見る目で見られ、信憑性なし扱いされてました。
 で、連日の報道に、あいつはそんなんじゃない!ってみんなが腹を立てましたが、どうしようもありませんでした。できるのは電話とかの抗議くらいですけど、それもあー、はいはいって流されて終わりましたし。
 で、とうとう松田さん自殺の報道がされて、特に蓮希ちゃんが大ショックを受けて泣いて過ごしてました。
 そんなある日、槍田さんから「いいニュースがあるよ!みんなで落ち着いて静かに話せる場所に集まって、話そう!」と連絡があり、何だ何だと設楽邸で話し合うことになりました。
 で、そこで実は生きてましたー!的な感じで変装松田さんが登場。
 生きてた!よかったー!とみんな大喜び。松田さんは詳細は規定で言えませんが、みんなも薄々、自殺されたにもかかわらず生きてるってことは、やばいことになってるな、と勘付いて深くはツッコみませんでした。
 実は、槍田さんはMSOの外部協力者で、この手の事件調査も割とやってる探偵で、松田さんの扱いについてもどうにかならない?とMSOに言ってました。(つまり松田さんが助かったのは彼女のおかげ)
 他のメンバーも、MSOからスカウト受けたりもしたのですが、職業音楽家という目立つ立場のため、断られたりしてます。
 一人立場の違う寺原さんは事件後、心的外傷に悩まされてるところを、彼氏(違う)の暴言にブッチーンとキレて、辞表を叩きつけ、そのまま槍田さんのところに事務員兼助手として再就職してます。ので、彼女のもとにいる限り、自分もその手の事件と係わることになるだろうから、とやはり断りました。
 ・・・舞台の関係者が軒並み発狂という、いわくつきの戯曲の楽譜を、音楽一族のお屋敷に持ち込まれましたが、さてどうなることやら。
 今後のセッションの参加予定?さあ?作者と彼らを弄ぶダイスの女神様次第としか。


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【#4】月影島で私と握手!月光?知らない子ですね

 そうさね。この話は蒙が啓かれてしまった脳髄の証。
 だからこの話では、登場人物は全てロクでもない目に遭って、のた打ち回って、話の終りまで頭を抱えることになる。
 お前もそうなるんだよ。
 けれども、古い伝承によれば、ごく稀に選ばれた狂気と啓蒙、信仰の持ち主だけが、ダイスを振って、彼の地への巡礼を許される。
 それは旧い支配者たちの地、ルルイエだ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやあ、前回のセッションは最高でしたね!

 

 え?お前のクソッぷりには反吐が出た?

 

 何かしましたかねー(すっとぼけ)。

 

 嫌だなあ、皆さん。私のやったことといえば、ちゃんと客商売に対応して、お求めになられた書物(『屍食教典儀』の改訂本)を売ったこと、ちょっとばかりセッションを覗き見したこと、あとはちょっぴり呪文を使ってあげただけじゃないですか!

 

 ほら、私は悪くない!

 

 勝手に狂ってやらかして、のた打ち回って首絞めあったのも、全部人間たちでしょう?私が何かやったなんて、言いがかりですよ!ハハッ!

 

 神格の招来も結局松田君を始めとした探索者諸君に阻止されちゃいましたし、黒幕の悪あがきも松田君のクリティカルで止められちゃいましたしねえ!

 

 ええ。そのあと起こった、警察による警察のための醜い隠蔽劇に、清廉にも自首をした松田君がスケープゴートにされちゃったのも、私は一切関係がないんですよ、本当に!

 

 え?じゃあ、そのニチャァッて粘着質な邪悪な笑みをどうにかしろ?

 

 無っ理でーす!私、零君と違ってポーカーフェイスが苦手なんですよ。喜怒哀楽って、ちゃんと面に出した方が好ましいでしょう?

 

 零君も以前「ナイア姉さんの笑顔って、きれいで、僕は好きです・・・」って頬を染めながら言ってくれましたしねえ。

 

 ほら、零君の好きな私の笑顔ですよ?堪能しろよ、お前ら。(笑顔の後ろに、駆り立てる恐怖を従えながら)

 

 

 

 さて、零君といえば。

 

 ウッフフフフフ。順調ですねえ。

 

 元々一人になるというのは知ってましたが、目覚ましいですねえ。

 

 この間、ようやくとれたお休みに久々に遊びに来てくれたんですが、いつになく元気がなかったんですよねえ。

 

 話を聞いてみれば・・・ウフフフフフ。

 

 ぽつぽつと、警察学校時代の思い出を語ってくれました。

 

 みんなで遊びに行って馬鹿騒ぎしたり、悪戯を揃って教官に叱られたりしたこととか。

 

 そして・・・彼らのうち、一人が精神病院に入院して、だいぶ良くなってはいますが、いまだに病床についているということ。もう一人は潜入捜査で、行方不明になってそのまま連絡取れず、多分亡くなっているということ。最後の一人が、連続誘拐と殺人までした挙句獄中で自殺したということを。

 

 そんなことする奴じゃなかった、どうして、とポツリと最後に付け加えました。

 

 おやおや、麗しき友情に亀裂ですかあ?やっぱり友情なんてくだらないものにすがれなくなりましたかあ?

 

 とはいえ、こんなこと口に出すのはいけませんねえ。今の零君は、まだ熟成中のワイン、あるいは飼育中の家畜のようなものなんですから。

 

 ・・・食卓に並べるには、まだまだ味気ないんですよ(ニチャァッ)

 

 「零君は、自分が今まで見てきたものが信じられないのですか?」

 

 あえて多くは語らず、尋ね返しました。

 

 答えは、自分の中にあるでしょう?という聖母のごとき笑みを添えることも忘れずに!

 

 

 

 え?邪神が聖母を気取るなんてチャンチャラおかしい?おや、このAPP18の美貌の持ち主にして、“赤の女王”“膨らんだ女”など女の化身も供えている私を捕まえて、いい度胸ですねえ。

 

 ここにアイホートさんの雛が入った小瓶があるんですが・・・いかがですか?

 

 はい!お分かりいただけたようで、嬉しいですねえ!

 

 

 

 おっと、今は零君のお話でしたね。

 

 「そんなことありません!松田は・・・松田は、そんなことをする奴じゃない!」

 

 しかし、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がりますが、すぐに零君は意気消沈した様子で座り直してうなだれます。

 

 せっかくメイドのショゴスさんが淹れてくれた紅茶も冷めてしまいましたよ。

 

 「けど・・・松田を陥れたのは、明らかに警察上層部からの工作なんです。証拠も、ねつ造の形跡がある。

 

 でも、独自に調べようとした伊達には、圧力が掛けられたようでした。下手に動けば、僕だけじゃない。他のみんなに危険や迷惑がかかることになる。

 

 姉さん、僕、こう見えて、たくさんの部下がいるんです。彼らも、自分の業務に忙しいだろうに、ほとんど職場にいない僕の力になってくれる、心強い味方で・・・この国を守る同志なんです。大事な、仲間なんです。

 

 彼らに何かあるなんて、僕には、耐えられない」

 

 力なく首を振った零君は、とてもとても悲しげでした。

 

 美人が憂いたっぷりに、うなだれて力なさげにしているのは、それだけで絵になりますね~。実にいい。

 

 「・・・じゃあ、零君は今の仲間のために、松田君の名誉を傷つけた連中を野放しにするんです?」

 

 「違う!そんなことしない!」

 

 「でも現状は、そうするしかないでしょう?」

 

 私の正論に、零君はうっと言葉に詰まりますが、すぐに毅然とした顔になって言い返してきます。

 

 「・・・今は、できません。でも、いつか・・・いつか、真実を明らかにします。奴らを、ぬくぬくとデスクを温められ続けなくしてやります。いつか」

 

 ほほぉ。

 

 ぎらぎらと決意と憤怒に満ちた表情を、ここにはいない誰かたちに向ける零君を、私は温かく見守ってあげます。

 

 

 

 いい表情だなあ。赤井君に向けたそれよりかは、数段落ちますが、本当に、彼はこういう表情も似合いますねえ。ま、それよりも絶望して発狂してくれた方が、いい顔をしそうではありますがねえ。ウフフフフ。

 

 

 

 「今日はすみません。せっかくのお休みに、こんな話を聞かせてしまって・・・」

 

 しょんぼりとうなだれそうな零君に、私は首を振ってにっこり笑って言ってのけます。

 

 「いえいえ。零君は日本のために普段から頑張ってくれてますからね。愚痴やストレスなんか、吐き出しもせずに自分の中で消化しようと溜め込んでしまうでしょう?

 

 そういうものを吐き出せる、安全な相手と認識してもらっているというのは、嬉しいもんですよ。

 

 私でよかったら、これからもお付き合いしますよ。そのくらいしか、できませんがね。神様なのにねえ」

 

 「・・・神様でも、ナイア姉さんは、ナイア姉さんじゃないですか」

 

 私の自嘲を装った言葉に、零君は頬を染めてポツリッと言った。

 

 それから恐る恐るという様子で、こう付け加えてくれました。

 

 「・・・聞き苦しいものを聞かせてしまうかもしれませんが、またお茶に来てもいいですか?」

 

 「何言ってるんですか。零君でしたら、いつでも、歓迎しますよ」

 

 笑みを深めて言ってみせると、零君は嬉しそうに大きくうなずいて、「はい!また来ますね!」と言ってくれました。

 

 柴犬のピンと立った耳と、パタパタ振る尾がついてるように見えたような気がしましたが、きっと幻覚でしょう。

 

 ・・・犬って、痛い目を見たときに「キャウンッ!」って吠えるのが可愛いと思いませんか?(ニチャァッ)

 

 

 

 さぁて、残りは一人、でしたかね?

 

 おや、誰です?伊達さん逃げて!超逃げて!なんて戯言を言っている方は。どうせ彼、放っておいても死ぬんでしょう?遅いか早いか、まともか狂ってるかの違いなんですから。

 

 どうせ、人間、理性という薄皮一枚めくってしまえば、誰もが狂ってしまうんですから。

 

 

 

* * *

 

 

 

 とはいえ、伊達君の退場まではまだ少し時間がありますからねえ。

 

 ちょっと気分を変えて、久々に攻略本を眺めていると、面白い記述を発見しました。

 

 ふーむ。浅井成実君、ですか。確か。漫画の主人公に良くも悪くも多大なる影響を与える犯人兼犠牲者の一人、でしたか。

 

 

 

 ・・・前々から思ってましたけど、この攻略本ムラがありすぎません?イケメンに関する記述は妙に細かいところまで行き届いてるのに、女性系になったら一言二言のコメントで終了って、ひどすぎません?

 

 成実君はかろうじて、男性なせいか、それも女装しているということで、食いつきがいいみたいですけど、ヒロインの女子高生なんかひどいですよ?名前以外は角女、空手ゴリラ、ガワだけ清楚、新一ぃぃ!の四言しか記載されてませんからね。本当に偏りがひどいですよ。

 

 製本したの私ですけどね。

 

 

 

 ふうむ。零君には直接関係ありませんが、田舎の離れ小島が舞台、と。面白そうな匂いがしますねえ!シナリオの匂いがします!

 

 ちょっと行ってみてきましょうか!

 

 え?どうせチョッカイかけるか、面白おかしく見物するんだろって?

 

 当たり前じゃないですか!私、邪神ですから♪

 

 

 

 さてさて。ペットのオカメインコに擬態させたシャンタク鳥を肩に載せ、黒髪黒目、メガネをかけたムチムチ美女(APP18)の私、参上ですよ!

 

 ビジュアルは・・・そうですねえ。デモンベ●ンに出てきたニャル様と同じ感じと思っていただければ。

 

 え?クソアニメ?でも、私の同名個体の素晴らしさは伝わりません?

 

 アニメの演出やストーリーとキャラビジュアルは別でしょう?さあ、リピートアフターミー!ニャル様最高!・・・いい返事だ!

 

 

 

 話を戻して、今いるところは月影島の連絡船です。

 

 適当に滞在するのも理由が必要ですが・・・そうですね、麻生圭二君の友人で、彼に久々に会いに来た、ということにしましょうか。

 

 ・・・あながち、嘘というわけでもありませんしねえ。(邪笑)

 

 

 

 ええ。麻生圭二君は、彼がピアニストとして演奏旅行しているときに知り合いました。

 

 いえ、手取ナイアとしてではなく、有象無象の彼の一ファンとして、ですよ。

 

 なかなか素晴らしい腕前の持ち主でした。

 

 専門家でもない私がこの手のことを語るのはおこがましくはありますが、楽器を“奏でる”ことのできる人間は数多いますが、“歌わせる”事の人間は、それこそ数える程度しかいません。

 

 そういった人間こそ、本物の、人の心を動かせる芸術家、なのでしょうね。

 

 とはいえ、せっかくですので、お近づきの印に、少し面白いことをお伝えしてあげました。

 

 嫌だなあ、大したことはお教えしてませんよ。単に、そのコンサート会場は西アフリカの某地域だったので、このあたりは珍しい鉱石が取れて、お土産になりますよ、ということをお伝えしてあげただけです。

 

 ええ。その鉱石が、一種の神話生物の食料になるということは、お伝えし損ねましたがね。大したことないでしょう?(ニチャァッ)

 

 

 

 おやおや。タイミングがいいのか悪いのか。

 

 連絡船の甲板に、見覚えのある人物を始めとした一団がいますね。

 

 おやおや。偽装魔術で、会話を雑談に思わせてますが、内容はなかなか厄介なことを話してますよ。

 

 「いいかな、松井君。再度通達するが、今回のミッションは、君の訓練終了を兼ねた最終試験だ。さほど厄介なことにはならないとは思うが、単独行動は厳禁。

 

 必ず、私か槍田君と行動するように頼むよ」

 

 「了解ですよ、青羽先輩」

 

 横目で見やると、片方は冴えない感じのサラリーマン風の男性に、もう片方は奔放な白髪に革ジャケットの青年ですね。

 

 

 

 ええ。白髪の青年の方は、名前が違いますが、あの松田君でしょう。まあ、表向き、松田陣平君は自殺済みですからね。新しい戸籍の獲得に当たり、改名したのでしょう。

 

 対するもう片方の冴えない感じのサラリーマン風の男性ですが・・・これは変装技能を使って誤魔化してますね。偽装魔術を使っているのも、彼でしょう。

 

 青羽と呼ばれてますが、さて、何者なのでしょうねえ?

 

 で、少し離れたところには、ウェーブのかかる髪を束ね、相変わらずなクールな雰囲気をそのままにした、槍田郁美君と、船酔いで少し気分悪そうにしている寺原麻里君がいます。

 

 おやおや、今回のセッションには、羽賀君、蓮希君、藍川君の3名は欠席ですか。

 

 まあ、調査メインのシナリオなら、4名でも十分かもしれませんねえ。

 

 あくまで私の予想の域を出ませんが、この4名は神話性事象安全保障組織MSOからの派遣メンバーでしょう。チラッと聞こえた限り、松田君の訓練が終了したので、実地でどのくらい使い物になるか、という試験でしょうか。

 

 ウフフフ。何というグッドタイミングでしょう!

 

 え?最悪過ぎる?お前、また松田さんに何かやらかすのかって?

 

 そんなことしませんよー。(棒読み)

 

 まあ、面白くなるなら、何だっていいじゃないですか。

 

 

 

 さて、引き続いて盗み聞き続行です。

 

 フムフム。どうやら、彼らは9年前の不審死の調査に来た、と。

 

 おやおや。やはり、麻生圭二君は亡くなっていましたか。しかし妙ですねえ。攻略本の情報によると、確か麻生圭二君は麻薬密輸の告発をしようとした矢先、口封じにあって心中に見せかけられた焼死をするんじゃありませんでしたかねえ?

 

 いやあ、死亡原因が妙なんですよ。麻生圭二君の家、床に大穴があいて、中の住民がことごとく干からびて死亡、というね。

 

 ・・・本来なら、その時点でMSOの介入が入りそうなものですが、何しろ、誰かが隠ぺいしたか、不審火に見せかけられたか、とにかくその後火災で邸宅が全焼。

 

 ふーむ、本来なら、そのまま心中とかで闇に葬られそうなものですが?

 

 ほうほう。探偵である槍田君のところに、邸宅に火をつけた男(匿名希望)がやってきて?最近島で、住民が干からびたように死んでいるのが見つかって、それが自分が火をつけたお宅で見つけた死体にそっくりで?気になって不安でしょうがなくて、相談に来たそうで。

 

 原因の究明と、できるなら根本解決を望んでいる、と。

 

 ・・・ちなみに、火をつけた動機については、かたくなに口を閉ざして語らなかったそうです。まあ、十中八九、例の麻薬密輸絡みなんでしょうけど。

 

 槍田君も、自分はもう警察じゃないし、時効で証拠もないだろうから、とあきれ果てつつ、今は目の前の調査に集中するつもりのようです。

 

 うーん、妙なことになってますねえ。あれですかね?私がちょっかい出したせいで、変なことになったのでしょうか?

 

 ふーむ・・・あの時、麻生圭二君にお土産にいいですよーとおススメした鉱石と、床に大穴があいて干からびていたという死にざまに、いくつか該当生物はいるんですが・・・まあ、解決は私の業務の範疇外ですのでね。

 

 さて、どうなさいます?探索者諸君。

 

 

 

 私からの接触ですか?当然しませんよ。

 

 あれらの情報は、私が偽装魔術を看破したから、入手できたというだけで、本来でしたら「あの島何があるー?」「何もないわーマジウケるー」的なクソどうでもいい会話にしか聞こえませんからね。

 

 あそこで私が口をはさんだら、何やねんコイツ、何で偽装魔術が効いとらんねんって不審がられること請け合いでしょう?せっかくのセッションに、今回は私のスパイスはいらないと思うんですよ。ま、ダイスの女神がクソ出目を出さなければ、という注釈が付きますがね。

 

 さて、そろそろ船が到着です。どうなることやら。

 

 

 

 さてさて、いくつか経緯は省略してお話しましょうか。

 

 ダイスの女神が荒ぶって、出目がファンブったりクリった話も愉快ですが、まあ、皆さんとしては結果から聞きたいでしょうから、手短に。

 

 今回の事件の真相ですが、まあ、私がおススメした鉱石というのが、地中に住まう神話生物、クトーニアンの御飯だったんですよ。

 

 彼ら、人間の体液を触手で吸収することもしますが、大概その手の鉱石を餌にしてるんですよね。

 

 で、それをもって日本に帰っちゃった麻生圭二君を追いかけて、この島にやってきて、外敵やら致命物質たる水分がないのをいいことに、島の住民を御飯にしてたそうで。

 

 

 

 あ、ちなみにクトーニアンという神話生物については、サプリメント“マレウス・モンストロルム”で詳しく解説しています。

 

 ざっくりいうと、地中に棲むイカのようなクリーチャーですね。芋虫のように長く伸びた体は、ねばねばしたものでおおわれています。

 

 え?詳しい描写?SANチェック入りますよ?遠慮したいでしょう?

 

 そういうのはKPの仕事であって、横から面白おかしく眺める邪神の仕事じゃないと思うんですよねえ。

 

 

 

 で、島に住みついたクトーニアンは、多分幼体だったと思うんですよ。連中は4回ほど脱皮をして成体になるんですが、成体の方は地球の核近くに住んでいます。それだけ高温に耐えられる生態をしているんですが、幼体の方はそうでもなくて、たまに地表に出てきちゃいますからねえ。

 

 そういう逸れ個体が、たまたま月影島に棲みついたようで。

 

 

 

 さて、話を松田改め松井君含む探索者諸君に向けましょうか。

 

 おや?現地で合流するプレイヤーキャラがいましたか。浅井成実君が満を持して、プレイヤブル参戦ですか。

 

 いえいえ、4人があちこちで聞き込みをした際、見つかった変死体の検死もした、島唯一の医師である、成実君に話を聞きに行ったのですよ。

 

 で、成実君は、変死体と実家の変死をつなげて考えたは不明ですが、患者の中にも犠牲者が出た、ということに強く憤っており(少なくとも表面上はそう見えました)、原因解明のために同行を希望してきました。

 

 最初こそ、顔を見合わせましたが、島の事情通でもある成実君がいた方が調査もスムーズになると考えたようで、彼らも同行を許可した、というわけです。

 

 

 

 さて、このあたりで、青羽君と成実君の習得技能についてお知らせしておきましょうか。

 

 青羽君、フルネームで青羽盗麻君は、前述通り高めの【変装】技能と、偽装魔術を習得しているようです。

 

 【鍵開け】と【回避】が高いのは置いといて、何です?【芸術〈奇術〉】って。後は・・・【拳銃】技能も持っているようですねえ。

 

 探索技能はというと、基本に忠実に【目星】【聞き耳】もありますね。なるほどなるほど。

 

 あと、MSOの職員の例にもれず、クトゥルフ神話技能も高めですねえ。

 

 

 

 浅井成実君はというと、低めではありますが【変装】技能を持ってますね。まあ、女装男子ですからね。当然と言えば当然でしょう。

 

 医師ですから【医学】【応急手当】は当然として、【組みつき】と【武道】って何ですか。加えて、彼、高STRからのダメボ持ってるんですけど・・・。

 

 あとは、患者さんから病状を聞き出すためでしょうか、【精神分析】【心理学】【信用】などの対人技能も持っているようで。

 

 彼もなかなか優秀な人材のようですね。

 

 

 

 あ、ちなみに松井君も訓練で、以前よりも技能値がいくつか伸びているようですね。

 

 いやあ、以前から頼もしかったですが、頼もしさがさらにぐっと増えましたね!

 

 

 

 では、話を探索者たちの視点に戻しましょう。

 

 いくつか変死の現場検証や証言を聞いて回り、彼らも(と言っても知識のある青羽君と松井君程度ですが)原因がクトーニアンだと思い当ったようです。

 

 で、問題はクトーニアンがどの段階か、と深刻そうに考え込むことになりました。

 

 前述しましたが、クトーニアンは全部で4回の脱皮を経て成体に至ります。加えて、地中を自在に動き回るので、居場所の把握が困難、と。

 

 はてさて、どうしたものでしょうね?

 

 そんな感じで、MSOから来たお二人が頭を悩ませる一方で、成実君は成実君でショックを受けているようです。

 

 クトーニアンのことは知らなかったようですが、調査を進めて行くうちに、彼も事態の異様さと、背後に人間じゃない超常の存在――いわゆる神話生物が絡んでいることを知り、SANチェックが入って、めでたく一時発狂をしてくれました。

 

 ちなみに、引き当てたのは破壊衝動の発露。自分で壁に頭を何度も打ち付けるという奇行に走り、あわてて周囲が止めに入っていましたよ。おかげで今の彼は額に包帯を巻いています。

 

 どうにか寺原君が落ち着かせたようですがね。

 

 で、さらに自分の父親が何気なく持って帰ってきた鉱石が原因、ということも知ってさらにSANチェック(かなりどぎついの)が入ってました(笑)。

 

 加えて、駐在さんから聞き出した、実家の耐火金庫にしまってあった遺言状代わりの暗号楽譜にも、全て記載されてたらしく、泣きながら何か考え込んでもいるようでした。

 

 で、それを他のメンバーが不安そうに見守っていました。

 

 とはいえ、成実君は個人の事情にかかずらっている場合じゃない、先にクトーニアンをどうにかしないと!と思い立ったらしく、改めて協力を約束してくれました。

 

 さて、どうします?探索者諸君。地中を自在に動き回るイカの化物のような神話生物を、たった5人で何とかしないとまずいですよ?

 

 調査していく過程で、クトーニアンが人を襲って回るのは、一定周期ごとというのが判明してて、そろそろその時期が来ているとわかっていますからね。次の犠牲者が出る前に、何とかするべきでしょうねえ。

 

 

 

 おや、長くなってしまいましたか。

 ふーむ、じゃあここはアイキャッチ風に行ってみましょうか!

 後篇に続けますよ(バチコーンとウィンク)!

 

 

 

 

 

次回よ!共に、舌を噛み、語り明かそう

明かし語ろう・・・新しい物語、素晴らしき続きを!

 





【降谷さんをたらしこんで、新しいシナリオにwktkなさるナイアさん】
 大体コイツのせい(もはやテンプレート)
 前回のシナリオでも、松田さんの苦境の際に愉悦しまくってた御様子。相変わらずのクソッぷりを披露して見せた。
 友人が次々旅立って行って傷心気味の降谷さんを慰める。邪神のくせに聖母気取りで、心にもない優しい言葉をかけてみせる。
 降谷さんは骨抜きになってしまっているが、くどいようだが彼女の本性は極めて邪悪。本心からの慰めと励ましなんてあるわけがない。
 ・・・残り1名のSANと寿命にフラグが立った。

 製本した攻略本の情報をもとに、月影島へ。
 なお、イントロダクションの方でも言っているが、この攻略本のもとになっているのは、転生してきたクズ系オタク女子の知識なので、色眼鏡はもちろん、記述内容にも非常に偏りがある。
 新しいシナリオの臭いと訪れた探索者たちにwktkなさる。が、自分の仕込が原因だったというのも早々に思い出した。
 なお、探索者たちについては、松田改め松井さんというのは早々に見抜いたが、青羽さんの正体まではまだ見抜けていない。
 月影島の住民に明日はあるか?

【ナイア姉さんだ~い好き!な降谷さん】
 大丈夫?SAN擦り減ってない?と問われそうだが、仮に問われても、大丈夫だ、問題ないと平然と返すこと請け合い。実際、SANチェックは入ってない。
 警察学校の同期達が次々といなくなって、流石に傷心気味。
 なお、彼の視点の同期達は以下の状態。
 萩原研二さん・・・永久発狂して廃人化したため、入院。あれから大分経ったので、どうにかSANは10台ほどは回復したが、予断を許さない状態。
 諸伏景光ことスコッチさん・・・死体すら見つからない。ライが殺したっていうし、あれは多分確実に死んでる。でもナイア姉さんにはそんなこと馬鹿正直に言えない。ライは殺す。絶対だ!
 松田陣平さん・・・連続誘拐及び殺人やらかした挙句自殺ってのは、絶対嘘。でも明らかに警察上層部の意図が見え隠れしてて、迂闊につつくとヤバいから手が出せない。陥れた連中、覚えてろ。
 一部に関しては、単純に死んだだけの原作以上にひどい有様になっているが、彼がそれを知るわけがない。
 ナイア姉さんに、いつまでもメソメソしているかっこ悪い子じゃなくて、かっこいい大人の男だよ!ってアピールしたいのに、姉さんが黙って話を聞いてくれるから、思わず弱音を吐いてしまった。
 でも、慰めて、優しい言葉をくれて、応援までしてくれた。やっぱりナイア姉さんは、本性は怖くても、優しいなあ。
 ・・・慕っている神様に、養豚場の豚、あるいは熟成中のワイン扱いされているとまで、悟っているかは定かではない。
 ナイア姉さんに懐いてる場合じゃないぞ、最後の一人がやばいぞ。悟れ、降谷さん。

【晴れて訓練が終了し、一人前のエージェントになった松田改め松井さん】
 某SCP財団めいた組織に所属して(表向きは貿易会社の社員)、お勉強と訓練漬けの日々から、今回訓練終了の卒業試験を兼ねた調査となる。
 ちなみに、新しいお名前は松井陣矢さん。髪はウィッグじゃなくて、脱色済み。ほとぼり冷めるまでは白髪のままと思われる。
 内容が内容なので、警察にいた頃のような単独行動は一切認められず、大抵誰かと一緒に行動するように義務付けられ、そのように訓練されている。
 月影島へは、面識もあって、なおかつ今回の調査を持ち込んできた槍田郁美と、彼女の事務所の補佐兼事務員を務める寺原麻里、そして彼にとっては先輩にあたる青羽盗麻という人物と一緒に行くことに。
 現地で出会った、女医の浅井成実さんと行動することに。最初こそ、所属のこと隠さなくちゃいけないし、と微妙になっていたが、そのうちいろいろ出てくるあれこれに、もうばらしちまえ、となった。
 怪異の原因がクトーニアンというのは、訓練課程で否応なく高くなったクトゥルフ神話技能によって判明した。
 どうする、松井君。

【高い変装技能を持つ、先輩探索者の青羽さん】
 MSOに所属し、松井さんの先輩にあたる探索者。CV池●秀一の渋ヴォイスの持ち主。
 珍しく、ナイアさんはその正体を悟ってない。一応、彼の存在は攻略本にも記載はされているはずなのだが。
 高い【変装】技能に、【芸術〈奇術〉】と、高めの【回避】をもっている。
 いったい何羽盗一さんなんだ・・・?
 自力で死んだふり成功してから、神話生物絡みの事件に遭遇し、MSOに身分隠しを兼ねて所属することになったらしい。
 この世界のあの声の持ち主は神話生物を引き寄せるフェロモンでも出しているのだろうか?


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【#5】月影島で私と握手!あれ?私が主人公のはずじゃあ?

 そこは、米花町。

 蒙が啓かれ、狂気と憎悪の果てに罪を犯した罪人が集う街。

 探偵たちはみな東都に向かい、そして予言の意味を知る。

 “正気は失われ、星辰は満ちて旧き支配者たちが玉座に戻る”

 星辰が正しき位置に並ぶとき、古きルルイエは浮上し、眠りにつく旧き支配者たちが、米花の地に満ちるものを駆逐して、戻ってくるだろう。



【#5】月影島で私と握手!あれ?私が主人公のはずじゃあ?

 

 

 

 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 前回までのあらすじ。

 

 月影島まで行ってきましたぁん!

 

 攻略本にここぞとばかりに女装男子、浅井成実君の記述がガッツリ書いてあったから、面白そうって見に来たんですが、あらヤダ更に面白そうなことになってるじゃないですかー。

 

 具体的には、新しいシナリオがスタート!ですよ!

 

 プレイヤーメンバーは、前回から引き続き、松田改め松井君に、槍田君と寺原君、それから新しく青羽君と、噂の女装男子浅井成実君です。

 

 彼らも大変ですよねえ。わざわざ危険に自ら首を突っ込むだなんて。

 

 

 

 え?元凶が何言ってんだコラ?失礼ですねー。

 

 私は単に、お土産によさそうな珍しい鉱石を、麻生圭二君にお勧めしただけですよー?それを買って島に持ち帰ったのは彼。それにつられてやってきたクトーニアンに、島が荒らされちゃったけど、不可抗力ですよ!

 

 え?あの鉱石がある種の神話生物のエサになるって、知ってただろって?もちろんです!

 

 え?この下種で下劣で外道などうしようもないクソ邪神め?

 

 そんな罵倒するなんて、あぁぁんまぁりだぁぁぁぁ!

 

 え?嘘泣き乙?よくわかりましたねえ!

 

 

 

 では、冒頭の邪神トークはこの程度にしておいて、本編に行ってみましょう!

 

 ダイスの準備はよろしいかな?諸君。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さてさて、原因が分かったなら、次は対処法です。

 

 クトーニアンが水に弱い、という情報は松井君と青羽君から得ています。

 

 あとは、地中を自在に移動する奴をどうやっておびき寄せるか、ですが、それもなんとかなりそうです。

 

 というのも、実は成実君が、父親と親交のあった男性たち――メタな言い方をするなら、将来的な殺人事件の犠牲者たちに探りを入れたところ、彼らも持ち帰ってたそうなんですよ。クトーニアンのエサにする、鉱石を。

 

 ただ、麻生邸の事件があってから、あの鉱石がないということが判明してから、あれを持ち帰ったのはまずかったのでは、と思い立ち、みんな銘々処分(海に捨てたりとか)していました。

 

 ただ一人、金庫の奥にしまい込んだ亀山現村長を除いて。

 

 

 

 怯えきった亀山村長君は――正確には、この事件のタレこみをしたのが、彼だったのですが――事件の早急な解決を!と再度催促してきたわけですが、ここで成実君がキレました。

 

 「ふざけるな!化け物が父さんたちを殺さなかったら、あんたらが殺しにかかってたんだろうが!火までつけて焼き払っておきながら!

 

 それがわが身が危うくなったら、助けてくれ?!どの面下げて言ってんだ!!」

 

 胸ぐらをつかんで自らの素性を暴露しつつ凄む成実君ですが、そうも言ってられませんでしたよ。

 

 何しろ、亀山村長君が心臓発作を起こして倒れ込んでしまいましたからね。

 

 そのまま死んじまえと言わんばかりに突き放して冷たい顔で見下す成実君をよそに、周囲は大慌て。

 

 まあ、元検視官の探偵たる槍田郁美君と、元刑事の松井君がいますからねえ。【医学】補正による【応急処置】がクリティカルして、どうにか一命は取り留めました。

 

 で、ドクターヘリで本土の大手病院に搬送される亀山村長君をよそに、松井君が成実君を殴って怒声を張り上げます。

 

 「そのツラ家族に見せられんのか!あんた医者としてのプライドがないのか!!」って。

 

 いやあ、熱く麗しい友情ってやつですねえ。(白けた顔)

 

 「あんたに何がわかるんだ!」

 

 ってな感じで、掴みかかった成実君と松井君が、殴り合いの大ゲンカですよ。

 

 ・・・内実はいい年こいた男の殴り合いなんですが、傍目には白髪革ジャンサングラスのガラ悪そうな兄ちゃんと、黒髪ポニテに黒ワンピの清楚系美女の殴り合いですからねえ。

 

 いやあ、松井君が圧倒的に悪く見えますよねえ。

 

 寺原君はアワアワと止めようとしてますけど、他のお二人が若いっていいねーっ的な眼差しで見てますから、止めるべきか迷っているようですねえ。

 

 で、ようやくお互いボコボコになった状態で、青羽君が止めに入りました。

 

 続きは、神話生物やっつけてからにしようぜって。

 

 なーんだ、つまらないですねえ。いっそ刃物とか持ち出した方がもっと笑えたのに。

 

 

 

 米花町でしたら、よくあることですよ。口論の末に刃物沙汰って。もっとも笑えた殺人事件の動機(神話生物は絡んでませんけど)が、「ハンガー投げられたから」ってのがあったくらいです。

 

 ・・・ぶっちゃけ、私はそれがあったから、あの町に拠点を置こうと決めたんです!(生き生きした笑顔)

 

 私が混沌をかき集めているんじゃないんです!混沌が私を呼んでいるんです!米花町という混沌のるつぼが!

 

 うふふふふふふふふふ。(眼鏡を光らせつつ)

 

 

 

 ま、ちょいと運動して落ち着いた二人も、むっつりしながらも、クトーニアン討伐のための作戦を考えることにしました。

 

 さて、いよいよ最終決戦というところでしょうか。シナリオのクライマックスってやつです。

 

 とはいえ、やることは至極単純。

 

 亀山村長宅にあった鉱石を用いて、クトーニアンをおびき寄せ、奴の弱点物質である水を浴びせようということです。

 

 ま、流石に、衆目に神話生物をさらすわけにもいかないので、決行は日が沈んだ後、村のはずれでということになりました。

 

 島に一台しかない消防車をこっそり拝借し、消火栓につないで水を確保。

 

 そして、鉱石につられて現れた巨大なクトーニアン(幼体とはいえ、かなりの巨体ですよ?)を、【回避】の高い青羽君と寺原君が引きつけ、残り3人で消防車のホースを構え、放水します。

 

 さすがに、おとなしく食らい続けるほどお人よしではなく、クトーニアンも怒り狂って、消防車に体当たりを仕掛け、衝撃で3人もホースを手放してしまいました。

 

 あーらら。水圧でホースが鞭のごとく暴れ回って、制御不能になってしまってます。

 

 クトーニアンが触手で成実君を掴みあげてしまいました。ウーン、放っておくと、また体液を吸収されてミイラにされてしまうでしょうねえ。

 

 しかしながら、凄まじいのは松井君の火事場の馬鹿力でしょう。単騎でSTRとDEXの複合対抗ロールに成功し、ホースの制御を取り戻すや、水をクトーニアンの触手に命中させました。

 

 ひるんで成実君を放り出したクトーニアンに、容赦なく水を浴びせかけ、途中でホースの構えに他のメンバーも参加。

 

 かくして、クトーニアンはまるで水圧に削り取られた石のように風化して、ボロボロと崩れ去ってしまいましたとさ。

 

 おやまあ、残念。

 

 

 

 ぐったりしながら旅館に引き上げようとする一同ですが、成実君が呼び止めて問答無用とばかりに診療所に引きずって行きました。

 

 ああ。先ほどの戦闘でみんな大なり小なりダメージがありますからね。特に、消防車が体当たりではじかれたときなんて、松井君は体を車体に叩きつけられてましたしねえ。

 

 で、一人残らず診察&治療です。

 

 成実君自身も、槍田君から手当てを受けてました。

 

 ・・・その時にようやく、彼が男だということがわかって、騒然となってます。

 

 ちなみに、最初から見抜いていたのは【変装】技能が高い青羽君だけで、松井君は途中から気が付いたそうです。

 

 しかしまあ、成実君、運がいいですねえ。下手をすれば他の犠牲者たち同様カリカリな遺体になってましたよ?

 

 さすがに触手に締め上げられたところが痣になってましたが。

 

 成実君は、一通り手当てを受けた後、改めて旅館に引き上げる4人を見送ってから、何かしら考え込んでいるようでした。

 

 

 

 おやおや。まさかとは思いますが、今回のことで復讐を諦めようなんて、くだらない感傷につかれたとか?

 

 いけませんねえ。実にいけない!

 

 ここはひとつ、私が背中を押してあげましょう!

 

 夜分遅くに訪ねてはさすがに迷惑ですね。今日の騒動で疲れもたまっているでしょうし。明日の朝一にでも。

 

 

 

 おや皆さん。またかよこのクソ邪神という顔をなさっていかがしたのです?

 

 私が大阪のおばちゃんのごとくお節介焼きというのは、皆さん重々ご承知のはずでしょう?

 

 え?お前のお節介は、ことごとくお前が愉悦して他人が苦しむためのマイナス効果の付与しかねえじゃねえか?

 

 おや失礼ですねえ!思い返して御覧なさい!

 

 諸伏景光ことスコッチ君は、自分のあるべき場所と真の信仰に目覚め、

 

 萩原研二君は、現世の穢れから一時的にでも心を癒せる場所へ至り、

 

 松田陣平君は、この世の真の姿を目の当たりにし、義憤のもとに新たな世界にいたり、

 

 みんなそれぞれ、素晴らしい人生を歩んでいるじゃないですか!

 

 私は切っ掛けを与えただけです!皆さん、自分で決めて選択なさった結果ではないですか!

 

 え?嘘いうな?大体お前のせいだろ、ノーデンス呼ぶぞ?

 

 ハッ(嘲笑)。呼べるもんなら呼んでみろよ。お前らも道連れにしてやる。

 

 

 

* * *

 

 

 

 んぬう?

 

 もうとっくに深夜に差し掛かった時間というのに、旅館を抜け出した人間がいるようです。闇夜に浮くような白い蓬髪は、彼が松井君であるという証拠ですね。・・・あの髪、目立ちますよね、ほんと。

 

 対神話生物用の、魔力装甲貫通弾を装填した拳銃こそ置いていくようですが、懐には折り畳み式の特殊警棒を忍ばせてますし、簡易装甲を縫いこまれている革のジャケットを羽織っています。

 

 こんな夜更け、しかもあんな大立ち回りをした後、どちらに行くのでしょうね?

 

 ・・・シナリオは終わったはずですが、どうもエピローグでも一悶着あるようですね。ここはしっかり出歯亀してみましょう。

 

 松井君本人は、こっそり出てきたと思っているようですが、同室であり先輩でもある青羽君にはバレバレの様子ですね。

 

 仁王立ちで立ちふさがる青羽君に、松井君は最初こそ気まずげにしますが、すぐに開き直りました。

 

 ・・・おやおや、あんな目に遭わされたというのに、それでも自分は警察官としての正義を失わないと言いますか。

 

 

 

 なるほど。読めました。

 

 昼間の探索で、公民館を訪れた際、彼らはピアノを調べていました。

 

 で、特に松井君は調べ終わった後もピアノを少し気にしているようでしたからねえ。察するに【目星】がクリティカルして、隠し戸からの白い粉をうっかり発見してしまったんでしょう。

 

 そして、高アイデアの〈鋭い〉彼は、悟った。

 

 亀山村長が黙秘し続け、麻生邸を焼き払った、真の理由を。

 

 麻生圭二の友人4名が、彼のピアノ公演に付き添って、海外から仕入れた麻薬を密輸し、大儲けしていたこと。

 

 麻生圭二を最終的に口封じしようとしていたことを。

 

 そして・・・4名が築き上げた密輸ルートは、今なお生きているということを。

 

 

 

 「確かに、俺の仕事は終わった。化け物はぶっとばしてめでたしめでたし、だ。

 けど、目の前の悪事を放っておけるほど、腐りきった覚えはねえよ!」

 

 夜中というのに啖呵を切ってみせる松井君。

 

 ・・・本当に、人間は愚かですねえ。

 

 自分たちのメンツのために、何を犠牲にしたか、彼らは全くわかってないようですから。

 

 少々ひねくれてはいるようですが、正義感の立派な松井君と、彼を陥れた警察上層部。どちらが一般倫理として真っ当であるか、少し考えればわかるというのに、勝ち残った方を思えば・・・ふふっ、超絶笑えますねえ。

 

 まあ、いい人間ほど死んで、腐りきったロクデナシが生き残った方が、私としては笑えますし、いろいろやりやすくはあるんですがねえ。

 

 「・・・だからと言って、たった一人で密売を行う連中――グループに喧嘩を売るというのは無謀では?」

 

 ごもっともな正論を言う青羽君に、松井君はぐっと言葉に詰まります。

 

 「べ、別にドンパチやるってつもりはねえよ。

 

 奴らの悪事の証拠をつかんで、それを警察に届けるだけだ」

 

 「・・・自分の立場を考えて言ってるのかね?」

 

 青羽君の言うとおりですねえ。

 

 松井君。君は警察関係者には特に面が割れている、本来なら死んでないといけない人間なんですよ?

 

 「そ、れは・・・」

 

 結構行き当たりばったりですねえ。

 

 「・・・大方、昼間のことで、成実君に悟られる前に君だけで決着をつけようと思ったというところかな?」

 

 青羽君の言葉に対する松井君の反応は、図星そのものでしたねえ。

 

 「・・・悪いか」

 

 「ああ、悪いとも。そういうことなら、私にも一声かけてもらえないかな?」

 

 ギョッとする松井君(確実に反対されると思っていたのでしょう)をよそに、青羽君はしれっと肩をすくめて見せる。

 

 「こう見えても、若い頃はそれなりに“ヤンチャ”したクチでね。力にはなれるはずだ。

 

 君にそのつもりはなくとも、向こうがこちらを発見すれば、荒事になる可能性が高い。

 

 何より、我々は調査の一環とはいえ、彼らには面が割れてしまって、怪しまれているだろう。

 

 ゆえに、手は多い方がいいということだ。

 

 それに・・・」

 

 「それに?」

 

 「・・・子供が親の復讐のために手を染めるというのは、正直複雑なものがあってね」

 

 ポツリッと付け加えられた青羽君の言葉に、松井君は少し訝しげにしています。

 

 おやおや、青羽君は、子持ちでしたか。

 

 「・・・恩に着る」

 

 「なぁに、後輩の面倒を見るのは、先輩のつとめさ。

 

 さて、行こうか」

 

 と言って、男二人は歩き出すんですが、既に二人がごちゃごちゃやっているのは他の女性二人にもバレバレでしたね。

 

 というか、松井君があからさま過ぎたようで、槍田君がピアノの周囲で見つけた白い粉を【薬学】で解析し、麻薬だと判明させていました。一緒にいる寺原君とも情報共有させてしまったようで。

 

 で、明日には帰るから、今晩辺りに動くんじゃね?と二人の間でも結論が出ていたようで、公民館の近くで合流してしまいました。

 

 おやおや。お節介焼きが多いんですねえ。

 

 

 

 さて、結論から言えば、この“成実君に気付かれる前に麻薬密輸グループを何とかしよう”作戦は半分成功、半分失敗に終わりました。

 

 というのも、実はドンピシャで夜中の公民館で何か怪しいことをしている連中を発見できたのですが、連中が、麻生圭二がつるんでいた4名のうち1名の娘さんの婚約者さん(確か、村沢周一君でしたか)を、明らかに意識ない風体で、引きずり出しているのも見てしまったんですよねえ。

 

 あれ口封じされるんじゃね?って結論が出たら、松井君と寺原君が他二人が止める間もなく、動いてしまいました。

 

 で、まあそこからはドンパチ開始ですよ。

 

 拳銃こそ持ってませんでしたが、バットだゴルフクラブだナイフだと武装している連中相手に、武器こそ持っていますが4人(加えて気絶している人間をかばって)ですからねえ。

 

 ・・・しかしまあ、4人とも特殊部隊で訓練でも受けたのでしょうか。寺原君にいたっては、素人のはずなのに。

 

 少しずつ、着実に敵を気絶させたり、獲物の持ち手を攻撃して無力化させていきます。

 

 とはいえ、クトーニアンとの戦闘の後で疲労も溜まってましたから、ノーダメージとはいかず、少しずつですがダメージを受けていってました。

 

 最後の一人を倒して、ボロボロの全員がようやく安堵した時でした。

 

 真打登場!とばかりに3人の男が登場です。

 

 まあ、いわずもがな、麻薬密輸をしていた、麻生圭二のご友人3名ですね。・・・そういえば、1人本土の病院で療養中でしたか。どうにか一命を取り留めたようでしたね。

 

 おやおや、よくも取引の邪魔云々、見られたからにはかんぬん言ってますが、テンプレート過ぎて、あくびが出てしまいますよ。

 

 一応、シナリオのボスなわけでしょう?彼ら。その割にショボすぎません?今回のキーパー誰です?普通この手のやつって、シナリオ途中で組み込むもんでしょう?

 

 誰かがダイスクリティカルして、シナリオブレイクでもしたんでしょうか?

 

 ああ、すみません、話を戻しますね。

 

 ぼろぼろの一同目がけて、銃口を突き付けるのは、リーダー格らしい黒岩君ですね。

 

 ちなみに、拳銃を持っているのは彼だけのようです。

 

 他の2人は手ぶらのようですが、まあボロボロの4人相手には十分すぎますよね。

 

 4人とも、今の状態では、各種技能や能力値にマイナス補正がかかってしまうでしょうし。

 

 その時でした。音もなく、【忍び歩き】で近寄ってきたその人物は、黒岩君に組みついて、拳銃を手放させます。

 

 「これ以上、お前たちの好きにさせるか!」

 

 それは、成実君でした。

 

 「拳銃を!」

 

 彼が叫ぶまでもなく、転がったそれを拾い上げたのは、たまたま近くにいた槍田君でした。

 

 「言っておくけど、私は元警察よ?銃の扱い方も心得てるわ。外しはしないわよ」

 

 そう言って、狙いを清水君に付けます。

 

 どうにか、成実君を引きはがそうと、彼を殴り蹴りしていた他二人ですが、槍田君の拳銃にひるみ、さらに次の瞬間、松井君の警棒に殴り飛ばされて、床に転がる羽目になりました。

 

 あらま、ショックロールからの気絶判定が入ってしまいました。

 

 せっかく、一人か二人は死んでくれるかと思ったのに、残念です。

 

 とはいえ、これで晴れて戦闘終了、ですね。

 

 「・・・ざまぁみやがれ」

 

 ペッと血液の混じる唾を吐いて、松井君は腫れた顔でふてぶてしい笑みを作る。

 

 「ハハッ。満身創痍だな」

 

 「けど、どうにかなったわ。・・・とんだ綱渡りだったけど」

 

 座り込んで、同じくボロボロながらも苦笑してみせる青羽君――変装マスクはとうに引きちぎれ、口ひげを持ったダンディな男の顔をあらわにさせ、同じくボロボロの寺原君がその顔をしげしげと眺めながら言う。

 

 ほほー、青羽君、素顔はなかなかのイケメンで・・・おやぁ?あの顔・・・。

 

 「・・・アンタ、ひょっとして黒羽盗一か?あの、有名マジシャンの」

 

 「・・・それは死んだ男の名前だよ。松井君。松田陣平がそうであるようにね」

 

 「あー、そうかよ」

 

 それで悟ったのでしょう、松井君は特に何か言うでもなく、よろよろとその場に座り込む。

 

 ちなみに、表記が面倒なので、書いてませんでしたが、黒岩君は締め上げられて、とっくに気絶しています。

 

 拳銃に安全装置を掛け直して、槍田君も座り込みました。

 

 「とんだ出張ね。調査どころか、こんな大立ち回りなんて、想定外もいいところだわ」

 

 両手を地面について、疲れ切った様子で天井をぼうっと見上げる。

 

 よろよろと寺原君が立ち上がり、駐在さんを呼んで拘束に使えそうなものを探しに行くとはなれていくのをよそに、黒岩君から離れた成実君が3人を非常に冷たい目で見下した後、スッと顔を上げてボロボロの探索者たちの方へ駆けよっていきます。

 

 「何でこんな無茶を!」

 

 「しょうがねえだろ」

 

 放っておけなかったんだから、とゆるく片膝を立てて座り込んで苦笑する松井君に、成実君は立ち上がって踵を返す。

 

 「治療器具を持ってきます!おとなしくしててくださいよ!」

 

 そう言い残すのを、忘れずに。

 

 

 

 ・・・これは、私がどうこう言ったところで、再起するとは思えませんね。せっかくの絶好の機会を不意にしてしまったんですから。

 

 とはいえ、彼がこのまま片田舎の一介の医師として終わるとは思えませんね。

 

 きっと、これから盛り上げてくれるでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 さて、後日、司法のメスが、この片田舎の島に入ることになりました。

 

 麻薬密輸グループが、島の有力者たちを筆頭に、捜査官たちの手によって一斉検挙。

 

 ・・・なお、立役者となった4名は、その時にはすでにこの島から去っており、島で唯一の医師は、事情聴取の後、後任の老医師に引き継ぎをしてから、島を去っていきました。

 

 

 

 ・・・この半年ほど後、米花町のとある通りを、白い蓬髪に革ジャンサングラスの男と、黒髪をポニーテールにして黒いワンピースを着た清楚な感じの一見すると女性にも見える人物が、並んで歩いている姿を見かけたりしたのですが・・・まあ、余談ですね。

 

 

 

 

…どういうことですか?

 

なぜ、この話に、続きがあるのです?

 

次回!次回なんですかあっ?





【今回は口先だけっぽくて、特に何もできなかったナイアさん】
 相変わらず邪神で、大体コイツのせい。
 ジタバタしまくる探索者たちを、邪悪に見守る這い寄る混沌。
 葛藤しまくる成実君を見て、いいなあいいなあと愉悦する。このまま殺人してくれたらよかったのに、遺体放火だけじゃ弱かったかな、とも思う。
 ・・・そうなったきっかけが自分にあることも、もちろんわかってはいるが、神話生物が絡んできて、もっと面白いことになったので、まあいいか!となっている。
 探索者たちがクトーニアンを仕留めて、成実君が何だか面白くなさそうな感じになってるので、発破掛けようかなと思っていたが、まだシナリオが続いていた。
 前代未聞、クトゥルフなのにラスボスが人間。キーパー誰だ。
 一応、最後までしっかり出歯亀する。
 成実君が、復讐はやめたけど、片足こっち側に突っ込んできたな、と察した。

【もはや主人公と化している松井君】
 完全にクトゥルフサイドの主人公。こんなはずじゃなかった、と作者が戯言を言っております。
 月影島の調査に同行してきた成実君が、予想以上にいろいろ抱えてそうだなと察していた。
 ちなみに、女装していると察したのは、一時発狂した成実君が壁に頭打ち付けてた辺り。打ち付ける勢いが、一般女性のそれじゃねーなと思ったし、止めるときに羽交い絞めにした感触から、あっ(察し)となった。
 ・・・一応彼も過去が過去なので、復讐を目論む人間の気持ちはわかるつもり。けど、それで他人を殺していいとまでは思ってない。だって、彼は警察官でもあったのだから。
 ひねくれているけど、ハートは熱い。
 だから神話生物とすったもんだした後、麻薬密輸のあれこれにも首突っ込んですったもんだする。
 文中では省いたが、実は最後の大立ち回りの際に、片手を骨折して、この後の報告書仕上げるのに四苦八苦したりする。
 ・・・のちに、MSOに入ってきた成実君とバディを組んだりする羽目に。主役度がますます上がっていくが、どうしてこうなったのやら。

【ヒロイン臭はするけど、組みつき持ちで立派な探索者の成実君】
 大体の境遇は原作準拠だが、家族を殺したのはお父さんが持って帰った鉱石を追ってやってきた神話生物で、おうちを焼き払ったのは麻薬密輸グループだった。
 原作同様、家族の死の真相を探ろうと女装して島でただ一人の医師を務めていたが、島で続発する異常死に、検死の度にSANチェックが入っていた。
 今回、事件の調査にやってきた探索者4人に新参探索者として同行。
 事件の真相を調べるうちに、神話生物やら、何やらを知って、一時的発狂もして壁に頭を打ち付ける。
 仇でもあるクトーニアンを追ううちに、実家を焼き払った犯人が明らかになり、逆上しかける。・・・家を焼き払われるということは、遺体も思い出の全ても焼き払われるということでもある。彼の心境やいかに。
 ちなみに、暗号楽譜の遺言についても読んでいた。でも、ひたすら保身を願う亀山さん見て、すごくムカついたため、我を忘れかけた。そのまま死ぬなら死ねば?くらいの感じ。松井さんに殴られたけど、彼も一応男ではあるのでキッチリ殴り返した。
 クトーニアン討伐にも参加。危うく体液吸収されてミイラにされるところだった。
 その後、一同を診療所に連行して、治療。助かってよかったなあと思いながらも、人を助けられる手で復讐とか、いいのかな?とちょっと思い悩む。
 が、間もなく、公民館での騒動を悟り、大急ぎで加勢に向かう。
 一応、高STRのダメボ持ち且つ【組みつき】技能を持っている。原作が原作なので。
 騒動終結後、改めて全員を再治療。麻薬密輸グループは縛り倒して、適当な部屋に軟禁した。
 翌日、島を去る4人を捕まえて、あの化け物のことを知ってるなら、どこで知ったとか、そういう組織があるなら自分も入らせてほしいと嘆願する。
 自分たちにそういう権限はない、と断られるが、青羽さんから「一応人事部に志望者がいるって打診はしとくけど、期待はしないでね」と言われる。
 その後、テキパキとやってきた警察相手の後始末と、診療所の引き継ぎを行い、本土へ。晴れてMSOに入って訓練受けることになりました。
 その後は、多分青羽さんや松井君とチームを組んで行動することになるかと。
 ・・・まっとうに生きてほしいって遺言にはあったけど、他の人間をまっとうに生きられるようにするのが、知ってしまった自分の務めだから。


 神話生物クトーニアンの生態が違う!というツッコミがあるかもしれませんが、クトゥルフ知識の浅い作者がマレウス・モンストロルムを流し読みしながら書いたものですので、どうかご容


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【#6】伊達君の最後!ところで蛇はお好きですか?

 これで良し、と私はパソコン内の文章を上書き保存してデスクを立つ。長いこと集中していたから喉が渇いた。とっくに真夜中を過ぎた時間で、周囲は静まり返っている。
 冷蔵庫の中から飲料水を出そうと扉を開いたら、玉虫色の粘液がそこに詰まっていた。
 テケリ・リ。テケリ・リ。テケリ・リ。テケリ・リ。
 ギョロギョロと不規則に並んだ目玉が、ギザギザの歯を備えた口が、一斉にそんなことを喚き出す。
 うん。書くんだね?書くべきなんだね。知ってる。宇宙は空にあるし、脳に瞳が足りないから、私は虫けらのごとくのた打ち回らなければならないのだね?
 無言のうちに冷蔵庫の扉を閉めて、私は踵を返す。さあ続きだ。
 脳に瞳があれば、思考の次元は引き上がる。冷蔵庫に瞳があったら?きっと明日のお夕飯のレシピにちょうど良い具材を自動検索してくれるに違いない。
 ウィレーム先生はやはり正しかったのだ。



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 おや、皆さん、一様に機嫌がよさそうですね。大抵は開口一番に私を罵倒してくるというのに、何があったのです?

 

 え?前回はお前が大人しくして置いたおかげで、とても心地よく読めた?

 

 ・・・クソが。つい出歯亀に夢中になってましたが、考えてみれば、あそこで大人しくし過ぎるなんて、まったくもって邪神失格です。

 

 え?ぜひこれからもあの調子で大人しくしておいてくれ?

 

 嫌ですよ。私は暗躍する這い寄る混沌、ニャルラトホテプなんですから!

 

 しかしまあ、前回は微妙でしたねえ。

 

 せっかく神話生物が騒動を起こしてくれてて、死人も何人が出てたというのに、肝心の探索者たちは、神話生物というより人間にボコボコにされてましたしねえ。

 

 松井君はすっかり刑事より探索者が板についたようでしたねえ。

 

 その調子で、これからも深淵を眺めてはSANチェックに失敗していってくださるとありがたいですねえ(邪笑)。

 

 月影島から女装医師が、正式に探索者にメンバー加入しましたが、些細なことでしょう。

 

 まあ、復讐は終わった!(ドヤァッ)と焼死されるよりかは、のた打ち回って反吐を吐きながらこの世の真理に肉薄される方が、眺める側としては楽しいですしねえ。

 

 彼も、きっと、ロクでもない死に方をなさってくれるでしょう。

 

 大勢の探索者たちが、そうであったように。

 

 

 

 さてさて。皆さんはバタフライエフェクトという言葉をご存知ですか?

 

 ちゃんと説明するなら、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化がなかった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという状態ですね。より難しい言葉でいうなら、カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現、といったところでしょうか。

 

 ちなみに、語源は気象学者のローレンツさんの研究から出てきた提言からだそうですよ?Wik●pediaは便利ですよねー。

 

 まあ、つまり何が言いたいかというと、私はそんな気なかったのに、これも私のやらかしに入るんでしょうかねー☆

 

 

 

 やっちゃったんだぜ(テヘッ☆)

 

 

 

 その日、たまには外食でもしましょうか、と道を歩いていたんですよ。

 

 向こうから歩いてくるのは、御存じ、すでにおなじみの探索者、白髪とグラサン、革ジャンの3点セットがトレードマークの松井君と、すっかりMSOにもなじんだ、相変わらず清楚系女装が板についた成実君ですね。

 

 先輩先輩と、完全に松井君に懐いている様子の成実君と、はいはいと軽い様子で受け流す松井君。ウーン、いいコンビですねー。・・・どこからか、腐った臭いをまとった女性の方々が涎を垂らしそうな勢いで凝視しているような気がしましたが、気のせいでしょうか?

 

 で、その向こうから信号を渡って道を歩いてくるのは、スーツを纏った男二人。片方が色が濃い気弱そうな青年で、もう片方がガタイがよく、爪楊枝を咥えた男性ですね。

 

 ほほう、攻略本にも載ってましたよ。これが噂の踏んだり蹴ったりで損しまくりなお人よしの代表刑事の高木刑事と、間もなくお亡くなり予定の伊達刑事ですね。確か、下のお名前が同じということで、ワタルコンビとか呼ばれてるんでしたかね。

 

 そんな男二人を見た松井君が、思わずといった様子で足を止め、半ば呆然とつぶやきました。

 

 「伊達・・・」

 

 「先輩?」

 

 しかし、怪訝そうな成実君の言葉に、すぐにハッとした様子で頭を振った松井君は、そのまま軽くうつむくように、男二人のそばの角を曲がろうとしました。

 

 ところが、何かに気が付いたように、彼は振り向くや、横断歩道を引き返そうとしていた伊達刑事の襟首を掴んで無理やりこちらに引きずり戻して怒鳴りつける。

 

 「バカ野郎!お前死にたいのか?!」

 

 「は?!いきなり何を」

 

 たたらを踏んで振り返って、自分を引きずり戻した男を見た男は、次の瞬間息を飲む。

 でしょうねえ。まさしく、“幽霊を見た”かのような、青ざめた顔になって、彼は白髪の男を見つめました。

 

 その背後を、猛スピードで突っ切るトラックなど、一顧だにせずに。

 

 「ま、つだ・・・?」

 

 激突したトラックの、グワシャンッという轟音に、その小さな声はかき消されましたが、すぐそばにいた松井君にははっきりと聞こえたでしょうね。

 

 しかしながら、松井君は腹をくくっていたんでしょうね。

 

 小さく舌打ちして、踵を返す。

 

 「よそ見してんなよ、バァカ」

 

 「おい、待て!」

 「だ、伊達さん!事故ですよ!」

 

 吐き捨てるようにそう言い残した松井君を呼びとめようと伊達刑事は駆け出そうとするが、それより早く高木刑事の叫びが彼の足を止めさせます。

 

 一瞬迷ったようですが、やむなく伊達刑事はトラックの方へと、後輩刑事とともに駆け出していきました。

 

 おや、落とし物。大事な警察手帳を落とすとは、ドジな人ですねえ。後で、警察署に届けておきましょうか。

 

 にしても・・・この事故で死ぬはずが、ちゃっかり生き残ってしまいましたねえ。

 

 おかしいですねえ。あれぇ?

 

 あ。私のせいかな?

 

 私が爆弾犯をゾンビにするきっかけを作った→松田君が探索者になった挙句、警察を辞めた→生き残った松田君が、伊達君を助けた、という流れですからねえ。

 

 ・・・これが本当のバタフライエフェクト?いいえ、ピタゴラスイッチでしょうか?

 

 しかし、これでは零君の成長が止まってしまう可能性があります。ここはやはり、伊達君には適当なところで退場していただきましょう、そうしましょう!

 

 

 

 え?その後の彼らの様子?さあ、存じ上げませんねえ。

 

 仮に伊達刑事が、松井君を探し出そうとしても、既に松井君はMSOの傘下の人間です。一介の刑事風情が、軽々しく調べ上げて接触するなんて、無理でしょうねえ。

 

 

 

 とはいえ、彼を生かす理由はないんですよねえ。

 

 幸いこちらには、拾った警察手帳という、彼にお近づきになる理由があります。

 

 フフッ・・・次の催しものには、彼もぜひNPC枠でいいので、参加していただきましょうか。楽しみにしてますよ、伊達君。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、そんな日本の様子は置いといて、私のもう一人のお気に入り、赤井君についてお話ししておきましょうかね。

 

 あはは。お気に入りと言っても、家畜や愛玩動物的意味合いの零君とは違い、赤井君は人間にしては見応えがあるという意味ですがね。

 

 攻略本にも載ってましたが、そろそろ赤井君が例の真っ黒な組織から離脱する頃だったんですよねえ。

 

 で、ちょっと覗いてみたんですがね。

 

 アハッ!また私ってばやらかしてましたよ!(テヘペロリンチョ♪)

 

 

 

 具体的には、今から15年ほど前になるでしょうか。私が零君と知り合う直前くらいなんですがね?

 

 とある町に隠れ住んでいた蛇人間のご家族が、正体を見破ったがために発狂した人間どもに虐殺されてしまいました。可哀そうに。(ちなみに、そのゴタゴタはMSOがもみ消しました)

 

 で、そのご家族で唯一生き残った女の子がいまして。その子は、人間と蛇人間のハーフで、ほとんど蛇人間の特徴を持たないんですよ。見た目はほとんど人間のままでして。

 

 行き場がなく、途方に暮れてたんです。

 

 だから、私はその子を紹介してあげたんです。

 

 交通事故で、上の娘さん(つまり明美君)を亡くしたばかりのご夫妻に。今思えば、あれは宮野厚司&エレーナのご夫妻だったんでしょうねえ。

 

 奥様のエレーナさん、ただでさえもご懐妊で精神的に少し不安定になりやすいところを、お子さんを亡くしたことで完全に不定の狂気状態になってまして。

 

 その蛇人間の血を引く女の子(幸い容姿が死んだ女の子によく似ていたんですよねえ)を見るや、自分の娘だと思い込んでしまいました。

 

 旦那さんの方も、妻が落ち着くし、行き場がないならと、その子を“宮野明美”として引き取ることにしたんですよねえ。

 

 ・・・ちなみにその子、父親が蛇人間だったんですが、父親から引き継いでたそうですよ?蛇神イグの信仰と、支配血清の作り方を、です。

 

 彼女はハーフとはいえ、蛇人間の血は引き継いでいますからねえ。見た目は人間でも、中身は別物ということですよ。

 

 いやあ、愉快愉快。

 

 ええ。数日も経たないうちに、宮野ご夫妻は、新しい明美君を心から受け入れて、彼女のためなら何でもするようになったそうですよ。

 

 ・・・ご自宅には研究機材として、血清を作るための遠心分離器程度ならあったでしょうね。加えて、お茶などを出されたら、ご夫妻のことです。きっと喜んで口にしてくれたでしょうねえ。

 

 

 

 え?このクソ邪神、何してやがんだ?

 

 どうせ本物の明美君の交通事故もお前が仕込んだんじゃねえかって?失礼ですね!そっちは私は何もしてませんよ!

 

 「馴れ馴れしく降谷さんに近寄らないでよ!どうせFBIのところに行くビッチが!」って罵声と一緒に、見知らぬ子に車道に突き飛ばされていたのは見かけましたけどね。

 

 ああ、その突き飛ばした子ですか?攻略本の材料にしてしまいましたよ。(にっこり)

 

 

 

 まあ、つまり、今現在、赤井君がお付き合いしている宮野明美という女性は、蛇人間のハーフということです。

 

 ああ、妹さんの方はセーフですよ?まあ、例にもれず支配血清の影響下に置かれているようなんですが。

 

 いいんじゃないですか?ご本人が満足なさっているなら。それに、多分お姉さんが蛇人間とのハーフにすり替わってるなんて、彼女は存じ上げないと思いますし。

 

 

 

 さて、話の時間軸を現在に戻しましょうか。

 

 明美君、薄々赤井君を怪しいと思っていたようですねえ。

 

 で、赤井君がスパイで、次の作戦でジンを捕まえるから!と告白したんですが、何を思ったか、明美君、赤井君の話をしおらしく聞いてるふりをして、彼に支配血清を投与してしまいました。

 

 

 

 うーん・・・警察からのスパイ――正確にはNOCだということがばれたら、少なくとも組織にいられなくなる可能性が高いですからね。かといって、末端中の末端である明美君が警察組織の保護を受けられるかというと、それも微妙なところですよね。貴重な情報を知っているというわけでもありませんし。

 

 まあ、保身のためでしょうね。赤井君を取り込んでしまえば、少なくとも彼は自分の保護のために動いてくれるだろうと踏んだのでしょう。

 

 

 

 ところがどっこい。さすがは赤井君です。彼の方が数倍上手でした。

 

 彼は、明美君が蛇人間の血筋にあるとある時点から見抜いていたようで、念のためにと、支配血清の無効化抗体(ウィルマース・ファウンデーション謹製の品だそうで)を打ってきてたんだそうです。

 

 つまり、赤井君に蛇人間御自慢の支配血清は効かないということです。

 

 蒼白になって震える明美君に、赤井君はある取引を持ちかけようとしました。

 

 ですが、それより早く、明美君がつかみかかりました。

 

 「素直に支配されておけばよかったのに!どうして私に近寄ってきたの?!組織の末端の女なら他にもいるでしょう?!どうして私だったの?!

 

 知ってたのよ?!愛してなんてないって!!」

 

 ギャン泣きしながら、襟首掴んで喚く喚く。

 

 おやおや、赤井君が困ったような雰囲気を漂わせてますねえ。あれはどちらかといえば、だだをこねてる子供をなだめようとしてるような感じですかね。

 

 「幸せになりたかった!“パパ”と“ママ”は化け物と、それにたぶらかされた人間として殺された!二人は幸せになってって言った!だから私は、人間として幸せになろうって決めてた!

 

 “お父さん”と“お母さん”が裏切らないようにしてたのに、二人ともこんな組織に入って、勝手に私を巻き込んだ!

 

 志保もそう!馬鹿な役立たずの振りをしておけば放逐されたろうに、頭がいいことをひけらかして、自分で首輪をつけられに行って、私もそれに巻き込んだ!

 

 あの女がいるから!あいつが変な薬を作るから!私は!!」

 

 おやまあ、みっともない。

 

 明美君は、最後には掴み掛る力すらなくして、座り込んで鼻をすすってむせび泣いています。まるで、いえ、まるっきり駄々をこねる子供ですね。

 

 「化け物の血を引く、役立たずなんて、要らないでしょう・・・?殺しなさいよ・・・」

 

 

 

 明美君からしてみれば、たまったもんではなかったでしょうね。

 

 自分の新しい居場所になってくれた宮野ご夫妻(支配血清で言うこと聞かせてましたけど)ならまだしも、あとから生まれてきた妹は、その居場所を奪い取る可能性があったわけです。邪魔以外の何物でもなかったでしょうねえ。

 

 加えて、組織に入ってからは周囲の目を誤魔化すためにも、仲の良い姉妹を演じる必要があり、しょうがなく仲良くしてたのでしょう。

 

 ですが、組織に入って行動を制限されるようになってた上、妹さんが天才的な頭脳を見せつけてくれたわけです。妹への人質として、これでもう、二度と逃げられないと彼女はいやおうなく悟ってしまったわけです。

 

 やっとできた恋人さえ、自分を踏み台に組織に近寄ろうとするスパイだったわけです。踏み台扱いしてくるなら、お前が踏み台になれという虎の子の支配血清投与も、効かなかったわけですし。

 

 明美君は、ただ、ごく普通の幸せな生活というものを望んでいただけに、不満が爆発するのは当然と言えば当然でしょう。

 

 

 

 そんな明美君の憐れな慟哭を静かに聞き終えた赤井君。

 

 ・・・スコッチ君の時とは、少し違う目をなさっていますねえ。しいて言うなら、神話生物に立ち向かう時に見せた目に似ています。何かを強く心に決めた目。それでいて、柔らかな優しさを内包しているような光を、その深緑の双眸に映し、彼は口を開く。

 

 騙していたことへの詫びと、それでも彼女を助けたいという言葉。

 

 明美君はといえば、完全に自棄になってますね。

 

 人間に化けていた、化物の分際で幸せを望むなんておこがましいとは思わないのか。妹を邪魔に思ってるのだから、さぞ幻滅しただろう、と。

 

 ・・・おや、赤井君は優しいですねえ。

 

 人間は誰でも大なり小なり自分勝手なものだ。君を踏み台扱いしてしまった俺に非難する資格はない、それでも君が優しかったことに変わりはない。むしろ、正直になれ。君にはその自由がある。言うんだ、どうしたいんだ?ですって。

 

 そして、彼はある取引を、彼女に持ちかけました。

 

 それは――。

 

 

 

 さて、過程は皆さんご存知でしょう?結論から言ってしまえば、赤井君はNOCであることがばれて、組織から抜けざるを得ませんでした。

 

 あのキャメルとかいうお馬鹿さんなFBI捜査官君のおかげで、より面白くなったようでなによりです。

 

 赤井君。君は緋色や黒もお似合いですが、それよりも混沌をも内包する深淵の方がよりお似合いだと思いますよ?

 

 

 

 数日後、宮野明美という女性のお宅で、火災が派生しました。

 

 マンション暮らしだったのですが、火元が彼女のお宅ということで、部屋は全焼、燃え移って、他にも何人もの犠牲者を出したということです。

 

 幸い、死人は火元となった部屋の住人たる女性一人(遺体もきっちり発見されました。状況から彼女だろうと)で、他は煙を吸ったり軽いやけどをした程度で済んだそうなのですが。

 

 

 

 そうそう。この後、赤みがかった茶髪をボブにして、白衣を羽織った女性が、黒ずくめの連中に喚いて掴み掛っているのを見かけましたねえ。

 

 「お姉ちゃんをどうして助けてくれなかったの!お姉ちゃんのためなら、私、何でもやったのに!」

 

 ・・・まだ血清が効いてるんですかねえ?

 

 ま、もうすぐ効果が薄れて、そのうち完全に抜けることでしょう。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、場所を移して、ここはアメリカ合衆国はマサチューセッツ州北東部、アーカム市。

 

 商業地区の、メインストリートを、二人の男女が闊歩しています。

 

 長い黒髪を首の後ろでくくって中折れ帽をかぶり、黒いコートをマントのように肩に引っかけたその男性は、右手を女性に引っ付かれて、歩きにくそうにしていますねえ。

 

 「おい、べたべたするな、歩きにくい」

 

 「いーや♪」

 

 男性――赤井君のどこかしらうんざりしたような声に、女性が悪戯っぽく甘い返事を返していますね。

 

 チッ、爆発すればいいんじゃないですか?

 

 「ねー、秀君、子種ちょーだい♪」

 

 「・・・君はもっと慎み深い女性だと思っていたが?」

 

 ジロリッと帽子のつばに隠れている深緑の双眸が呆れの色を帯びて、隣の女性に向けられました。

 

 彼女は、恰好こそ、パンツスーツにスカーフを首に巻いた、ボーイッシュな格好の女性でしたし、髪もバッサリショートになっています。

 

 ・・・しかしながら、サングラスの下に隠れる双眸は、不気味な爬虫類のそれです。

 

 ええ、彼女は宮野明美を名乗っていた、蛇人間とのハーフの女性です。元々成人した辺りで、目が爬虫類寄りになってて、カラーコンタクトで誤魔化していたそうです。

 

 「やーねえ。演技よ、演技。秀君の“諸星大”がそうだったみたいにね。

 

 人間の女性は慎み深い方が、無害でかわいいって思ってもらえるでしょう?その方が普通に幸せになれるでしょう?」

 

 サングラスの下で、彼女はその縦に裂けた瞳孔の金の瞳を弓型にたゆませて笑う。

 

 「けど、秀君は言ってくれたじゃない。

 

 正直になってもいいって。どんな私も私であることに変わりはないって。

 

 それにね」

 

 ペロリっと、彼女はリップクリームを塗っただけの唇を艶めかしく舐めて見せてから、妙に目立つ八重歯を見せるように笑みを浮かべてつづける。

 

 「雌は、強い雄に惹かれるの。この人との、子供を、残したいって」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 たっぷり5秒は沈黙して、赤井君が呆れたようにそう返しました。

 

 いやあ、正直になりましたねえ、元宮野明美君。SANが吹っ飛んでません?

 

 と、ふいに帽子のつばを押し上げた赤井君の視線がこちらに向けられました。そうして盛大に舌打ちされました。ああ、勘付かれましたね、これは。

 

 にしても、舌打ちされます?むしろリア充っぷりを見せつけられたこちらが舌打ちしたい気分ですよ?

 

 「秀君?どうしたの?」

 

 「いや。鬱陶しいダニ以下の何かが覗き見してきているようだったからな。気にするな」

 

 「ふーん」

 

 ダニ以下扱いですか・・・相変わらず口が悪いですねえ。

 

 

 

 ええ。宮野明美を名乗っていたあの蛇人間は、ウィルマース・ファウンデーションの伝手を通じて、保護されました。

 

 現在は、新しい素性と経歴のもと、ミスカトニック大学で学生をやっているそうですよ。・・・卒業したら、赤井君の保護下につくことになるでしょうねえ。本人も乗り気のようですし。

 

 組織の監視ですか?むしろウィルマースにその手のものが通用するわけがありませんよ。

 

 今この場に明美君がいるのがその証拠でしょう。

 

 

 

 一昔前までのウィルマースは、神格絶対殺す団でしたが、最近は神話生物やそれを悪用しようとする人々から、人類を守ることに主眼を置いてますからねえ。昔ほど積極的に彼らにチョッカイは出さないんですよ。むしろ、隠蔽工作などが格段に発達なさっているようなんです。

 

 ・・・必要なら、隠蔽のために魔術の行使や殺人の1件2件厭わないくらいには。

 

 

 

 それはさておき。

 

 今、赤井君はFBI復帰ついでに、懐かしの古巣に顔を出しているようですねえ。

 

 で、スコッチ君の一件や元明美君の件で借りを作ってしまったので、返済するべく、事件の調査に駆り出されているというところですか。

 

 あの恰好は何度か見たことがあります。彼が探索者として動くときは、なるべくあの恰好をなさるようにしているようですねえ。

 

 一見すると、黒いダブルブレストスーツにコートといった出で立ちですが、あれらは全て特注品。特にコートの方には、ナイフを仕込めるホルダーが大量にありますし、黄金の蜂蜜酒のボトルや、魔力タンクのエルダークリスタル、自作の魔導書とそのストックホルダーも仕込んでいたはずです。

 

 スーツの方もいわずもがな。どんなに激しく運動しようと破れないようになっているうえ、対神話生物用の特製拳銃やらアトラック=ナチャの糸を編んで作った特殊ワイヤーやら。物騒なものを満載なさってますからねえ。

 

 場合によっては、対戦車ライフル並みの威力を持つ魔力装甲貫通弾を装填できる、狙撃ライフルを持ち歩いてることもありますしねえ。

 

 ええ。あの一見すると革の手袋にしか見えない手袋も、魔力を帯びやすい素材――いわずもがな、神話生物の革で作ってありますからねえ。

 

 あれで殴られると痛いんですよ。赤井君、容赦なく急所攻撃してきますし、以前目玉を抉りだされたこともありまして。・・・痛かったなあ(恍惚)。

 

 

 

 「買い出しを済ませたら、他のメンバーと合流だ。

 

 ・・・危険を承知で一緒に行くと言ったからには、当てにさせてもらうぞ」

 

 「フフッ。まーかせて♪」

 

 赤井君の言葉に、明美君は大きくうなずいた。

 

 そして、彼らは人ごみに姿を埋もれさせていきました。

 

 

 

 

次回は神の墓を暴き、その文字は読者の糧になる。

…次回を拝領するのだ…

 

 




【やらかしでピタゴラスイッチしちゃったナイアさん】
 大体コイツのせい(いつもの)。
 前回は邪神ぶりが少なかったな、と反省する。
 自分が引き起こした数々のやらかし(死者及び発狂者続出)の果てに、死ぬはずだった人間がうっかり助かったのは、意外だった。
 ・・・もっとも、ただで死なせてやる気は毛頭なかったので、まな板の鯉の上に振り上げた包丁を振り下ろすのが、ちょっと遅くなったとしか思ってない。
 なお、警察手帳はちゃんと警察署に届けてあげる。後日、お礼を言いに来た伊達刑事と仲良くなって、おすすめの戯曲を紹介してあげる。――もうすぐ、某ホールで公開されるそうな。
 赤井さんの離脱案件もきっちり出歯亀する。ここでも自分の過去のやらかしが響いていた。
 本作では、攻略本のもとになったクズ系オタク女子以外にも、さまざまな人間が転生してきていて、そのうち一人が本来の明美さんを車道に突き飛ばして殺害している。
 ちなみに、子供の時分なので、悪ふざけの延長と思われた上、年代が年代なので騒ぎにはされなかった。が、邪神様は見逃さなかった。
 家族を亡くして傷心気味の蛇人間のハーフの女の子を、上の娘さんを亡くしたばかりの宮野家に斡旋してあげる。やったね、ご夫妻!家族が増えるよ!
 ・・・なお、ご夫妻がその後、支配血清の影響下にあるというのも、しっかり悟った。愉快愉快。
 赤井さんが、その後、成長した新・明美さんからの支配血清を無効化したうえで彼女を保護し、組織を抜けるところもしっかり出歯亀する。
 正直、赤井さんが何でFBIや黒の組織にいるのかよくわからない。あんな所より、もっと相応しい場所があると思うのにね。
 ・・・なお、以前赤井さんと対決した際、ボコボコにされた挙句目玉を抉られたこともあるらしい。やはりMなのか。

【ピタゴラスイッチの結果助かったけど、嫌なフラグはいまだ健在の伊達さん】
 大体は原作通り。下の名前が同じの後輩連れて道を歩いていたら、警察手帳を落としたことに気が付いて、トラックに轢かれかけた。
 通りかかった松田改め、松井さんがいなければ、多分昇天なさってた。
 文中からも察せられるとおり、彼は松井さんを一目見て、あの松田さんと悟った。
 ちなみに、以前記したが、松田さんは表向き獄中で首吊り自殺したとされており、松田さんのご家族は縁を切ってしまったため、彼が遺体の確認をした。
 その時に、なんか妙な感じがする、と違和感に気が付くが、確信が持てなかった。
 ・・・度々記載するが、魔術による偽装は、対象をよく知る人物に対しては強烈な違和感を与え、偽装を見破るきっかけにしてしまう。
 何のかんの言いながら、彼も刑事なので、本当に優先しなければならないことはわかっている。だから、たまたま出会った、生きていた松田さんより、事故に遭ったトラックを優先した。
 その後、松田さんが生きてる可能性があると彼の存在を調べようとするが、そもそも自殺と診断されているのに生きてるってことは、彼の存在を隠ぺいできるようなヤバいところにいるんじゃね?とさっくり悟った。
 ゆえに、何事か思い悩む様子で周囲に心配されるが、口を閉ざす。
 ・・・なお、邪神様によって建てられた不吉なフラグはいまだに健在。まともな死に方ができる気がしない。

【神話生物にフラグを立てるのがお上手な赤井さん】
 相変わらず組織のお仕事に従事なさっていたが、今回ジンを捕まえようとしていたら身内がミスってNOCバレしてやむなく離脱する羽目に。
 でも、その前に、明美さんとお話しする。俺NOCなんだ!ジン捕まえたら、君を助けるよ!
 が、そんな彼女が差し出してきたコーヒーは、支配血清入りだった。
 しかしながら、彼女がそんな対応してくる可能性も視野に入れてたので、あらかじめ大学から取り寄せていた支配血清の、無効化抗体を打っていたため、事なきを得る。
 ちなみに、彼が明美さんが蛇人間の血筋かもしれないと勘付く切っ掛けになったのは、デートで動物園に行った際、爬虫類コーナーで妙に蛇に寄られていたため。
 加えて、組織の末端の中に、妙に彼女に便宜を図る奴がいて、あっ(察し)となった。
 その後、本心をぶちまけて泣きわめく明美さんをよしよししながら、大学での保護を申し出て、受け入れてもらえてホッとした。
 マンションの明美さんの部屋が火事になったのも、赤井さんの差し金による。この時のドサクサで、明美さんはアメリカへ亡命し、新しく戸籍を取得して、別人として生活することに。
 なお、彼は組織を離脱後、スコッチさんの件と、新しく明美さんの件で大学に借りを作ってしまったため、その返済のためと、ほとぼり冷めるまではと1年ほどFBIを休職してウィルマース・ファウンデーションの傘下で神話事件を追いかける羽目になる。
 開き直って、蛇人間らしくなった明美さんに、子種ちょーだい♪と迫られる始末。
 恋愛感情の有無については・・・あの明美さん相手に、そういったものを持てると思います?(クトゥルフであることも念頭に置いて考えてみましょう)
 余談になるが、この世界の彼は大学時代に神話事件で女性関係にトラウマを生成しているので、心底から女性に惚れ込むということは、おそらく一生ない。


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【#7】三角関係勃発!素晴らしい戯曲には拍手を!

 …あんた、まともな読み手かね?もしかして、迷い込んだのかね?
 よかった、俺も同じだ。この話はロクでもない邪神の独り言さ。神話に酔った探索者が、最後に囚われる場所さ。
 あんたも見たろう?まるで獣のように、さまよう探索者たちを。あんなものが行く末だなんて、憐れなものさ…
 だからあんた、悪いことは言わない、囚われないうちに戻りたまえよ。
 …それともなにか、この話に興味があるのかね?



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 ふむ?毎度お前のやらかしにはうんざりしている?たまにいい結果を引き起こしても、お前はそれを台無しにする気満々なんだろうって?

 

 よく御存じで!

 

 この間なんて、私が引き起こした数々の事件がバタフライエフェクトだかピタゴラスイッチだかしちゃって、結果的に轢き殺されるはずの人間が助かっちゃったんですから!

 

 おかしいですよねー?

 

 でも、死なずに生き残ったからには、彼にもこの先で起こる面白いことに参加してもらいましょうか。

 

 ええ。仕込みはすでに済ませているんですよ(#3参照)。

 

 あとは仕上がりをごろうじろってね。

 

 

 

 まあ、それとは別に、先日赤井君がとうとう黒の組織を抜けてしまいました。

 

 ただ、ほとぼり冷めるまではFBIには復帰せずに、借りを作ってしまったウィルマース・ファウンデーションへ復帰して、神話事件の調査に駆け回っているようですね。

 

 実は養子だったうえ、蛇人間のハーフだった、宮野明美君もご一緒に。

 

 ・・・とはいえ、それは1年に限定しているようで、1年経ったらサッサとFBIに復帰して、組織の捜査へ戻るつもりのようですねえ。

 

 赤井君は、何でああもあの組織に固執なさるんでしょうねえ?さっさとこちら側に戻ってこられればいいのに。ご自身でも、普通に生きる方が難しいと悟られているでしょうに。

 

 ・・・またお会いする時を楽しみにしてますよ、赤井君(ニチャァッ)

 

 

 

 そうそう、宮野明美君といえば。

 

 いやあ、意外がっている方がいるようですが、彼女、妹さんのこと、実は邪魔者扱いなさってたみたいだったんですよねえ。

 

 ええ。妹さんの宮野志保君、でしたか?彼女の処遇について赤井君が確認していたのですが、いやあ、冷たいもんでしたね。

 

 「知らないわよ、あんな子。両親の夢を継ぐだか、保身のためだか知らないけど、頭の良さをひけらかした挙句、変な薬作りに夢中になって。

 

 巻き込まれて監視される羽目になったこっちはいい迷惑だわ。

 

 本人が好きでやってるんだから、好きなようにやらせたらいいわよ。もう18歳にもなるんだし、自己責任くらいわかるでしょう?

 

 まさか、これで、“毒なんて作ってるつもりなかった”とか“そうしないとお姉ちゃんが”とか言い訳してきたら、いよいよどうしようもないわね。

 

 だって、どう言い訳しようが、結局決めて実行したの、自分でしょう?自分の撒いた種でしょう?自分で刈り取らせたら?」

 

 軽く赤井君が絶句してましたねえ。ちょっと目が、妹さんに対して同情してましたよ。口には出してませんでしたけどねえ。

 

 

 

 付け加えて言うなら、赤井君は宮野明美君の保護を、FBIには報告していませんね。まあ、今の宮野明美君は人間というより、神話生物寄りですからね。こんな爆弾、一般人のところにはおいておけないでしょう。

 

 ・・・加えて本人がこの調子です。妹さんにも、生存を伝えないようにするでしょうねえ。彼は。

 

 ですが、それでは詰まらな、いえ、悲しいことです。せっかくお姉さんが生きているんですから、ぜひ、妹さんには折を見て伝えてあげないと!(ニチャァッ)

 

 

 

 え?このクソ邪神め?そうやって被害を拡大することしか考えないのかって?

 

 嫌ですねえ、被害を拡大するんじゃなくて、被害を引き起こすことだって、もちろん考えていますとも!

 

 素晴らしきかな、悲劇と狂気の世界!人間はその坩堝の底で、金切り声をあげてのた打ち回るのが一番お似合いだと思うんです。

 

 さあ、みなさんご一緒に!Let’s 混沌!(月に吠えるもの形態のシルエットをバックに)

 

 

 

 では、開幕邪神トークはこのくらいにして、本題に行ってみましょうか。

 

 大丈夫ですよ。相変わらず私はニヤニヤと人間どもがのた打ち回るのを眺めているだけなんですから!

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて。皆さんは探索者の一員、寺原麻里女史をご存知でしょうか。

 

 彼女、元はロックバンドのマネージャーなんてやってたそうですが、松井君が警察を辞めるきっかけとなった事件に遭遇後、精神的負傷を癒すために、少し業務を見合わせてたんだそうです。(ちゃんと、その手の病院の診断書も事務所に提出されて)

 

 ところがどっこい、そのロックバンドのリーダー君(木村達也君と言いましたか)が、「何トロトロしてやがんだドブスが!」とか、罵声を放ったそうなんですよねえ。加えて、寺原君がテレビに映った山羊を見て顔色を変えたら、「こんなもん見て怯えてんじゃねーよ、ブスのくせに」とか言ったそうですよ?

 

 いやあ、照れ隠しに罵声とか、小学生の色恋みたいですねえ。好きな子ほどイジメたいといいますが、された方としてはたまったものではないでしょうねえ。気持ちはわかります。好きな子ほど、イジメたい。彼らからの何らかのリアクションがあれば、手ごたえを感じずにはいられない。よく、わかります!

 

 まあ、寺原君本人としても、愛想が尽きたようでして。元々は、恋慕の情を抱いてたようなんですが、整形以降暴言三昧のところに加えて精神的に傷ついてグラついてるところを追い打ち掛けられたら、そりゃあ見切りも付けますよねえ。

 

 もう、こんな奴に付き合いきれない、と。

 

 で、録音していたバンドリーダー君の暴言をパワハラとしてマスコミに公開されたくないなら辞めさせろと事務所に怒鳴りこみ、辞表を受け取らせたというわけです。

 

 で、無事に辞められた寺原君はカウンセリングで精神の落ち着きを得つつ、事件で得た伝手を通じて、槍田君の探偵事務所に転がり込み、そのまま事務員兼補佐として働かせてもらっているというわけですね。

 

 おや。そんなことはすでに知っているという顔ですねえ。

 

 

 

 まあ、問題はその後――つまり現在ですねえ。

 

 寺原君は現在の処遇に納得している、というより、ロックバンドのマネージャーをやっていた頃より、お元気にされてるんじゃないですかね?・・・外回りの時は、大抵死体やら神話生物やら目の当たりにする、ロクでもない職場と自嘲されるそうですが、目がすごく生き生きしてらっしゃるんですよねえ。

 

 ・・・彼女もだいぶ、魅入られてるようですねえ。

 

 でも、納得されてない方がいるんですよねえ。具体的には、『レックス』というロックバンドのボーカル、木村達也君が。

 

 わざわざ鳥矢町の槍田探偵事務所までやってきて、戻ってこいと説得しようとしてるんですよ。

 

 まあ、例のごとく発言内容が、自然と暴言デコレーションされるので、どう聞いてもケンカ売ってるようにしか聞こえないんですよねえ。

 

 で、まあ、そんな彼に愛想を尽かした寺原君がうなずくわけもなく、誰が戻るかボケェ!って感じに拒否すると。平行線ですよねえ。

 

 まあ、わざわざ忙しいお仕事の合間を縫って会いに来るわけですから、木村君もただであきらめるわけもなく、運命の恋をこじらせたストーカー並みのしぶとさで、お前が戻るまであきらめない!(暴言デコレーションを除去した意訳)と言ってましたからねえ。

 

 

 

 ふむ。好きなら好きと言ってしまえばいいと思うんですがねえ?

 

 私のように。私は人類が大好きです!愛しています!だからこそ、痛めつけて苦しめて、狂気の淵に引きずり落としてやるのです!わかるでしょう?!

 

 まあ、誰もが私のように素直で正直というわけにはいかないのでしょう。

 

 え?お前の正直は害悪でしかない?相変わらずあなた方もひどいことをいいますねえ。木村君の暴言に勝るとも劣らないひどさですよ?

 

 え?愛情が根底にある彼のそれと一緒にするな?お前には本当に嫌悪と侮蔑しかない?またまたぁ。いやよいやよも好きのうち、でしょう?彼のように。

 

 

 

 とはいえ、探偵事務所所長の槍田君まで、暴言ついでで怒らせてましたからねえ。少なくとも、彼女が彼に味方することはないでしょう。

 

 いやあ、好きな人のために敵を量産するスタイルなんですね、わかります!

 

 で、いい加減寺原君もうんざりしてたんでしょうねえ。どうしたものかと頭を痛めてたら、それを見ていた槍田君から、意外な一言が。

 

 「彼、あなたのことが好きなんでしょう?やってることが小学生レベルの幼稚なものだけど。スッパリ諦めさせたいなら、いっそ恋人でも作って見せつけたら?」

 

 あらら。寺原君、ギョッとしてますねえ。何というか、思ってもみなかったみたいな顔をしていますね。木村達也が自分を好いていたことに対してか、新しく恋人を作ることに対してかは、定かではありませんが。

 

 どうやら、前者に対してだったようで、木村達也が自分を好き?勘違いじゃなくて?と何度も聞き返してましたよ。

 

 おやおや、両想いだったと判明しましたよ?よりを戻しては?・・・きっと、最終的にはDVからの刃物沙汰になって、さらにこの米花町を混沌に貶めてくれるでしょうねえ(ワクワク)

 

 おや、寺原君、やはり愛想は尽きたままですか。新しく恋人を作る、とまではせずと、誰かに恋人の振りを頼もうと思い立ったようです。

 

 

 

 さて、白羽の矢が立ったのは、同じ探索者の藍川冬矢君のようです。

 

 理由としては、寺原君の面識ある男性であり、フリーであったからというのが大きいようです。

 

 ちなみに、他のメンバーがダメだった理由としては、

 

 松井君・・・容姿がチンピラ。それに蓮希君がいるのでダメ。(付き合ってはいないが、そういう感情を持っている節があるため)

 

 羽賀君・・・髭がNG。それに叔父馬鹿なのがダメ。

 

 青羽君・・・年上すぎ。既婚者で子持ちという話も聞いた。

 

 まあ、そんなわけで、藍川君にも了承をもらい、恋人の振りをしてもらうことになったのでした。

 

 

 

 で?賢明なる読者諸氏はきっとこう思っているのだろうねえ?

 

 こんなクソのような前置きなんぞどうだっていい、早くダイスの女神が高笑いするようなシーンを拝ませろと!

 

 気持ちはわかります!私だって、人間同士の恋バナなんぞ、丸めてゴミ箱に突っ込んだチリ紙並みにどうでもいい!

 

 しかしながら、物事には順序立てというものがあります。

 

 今後のことを話すにおいて、この話をしておく必要があったのですよ。

 

 

 

 さて、お待たせしました!長いプロローグを終えて、そろそろ本番に行ってみましょうか。

 

 誰です?まだ本編入ってなかったのかという無粋なツッコミをした人は。ちょっとお口を開けてください。メイドのショゴスさんが、口腔から腸管を引っこ抜いて蝶結びにしてみたいとおっしゃってますので。

 

 ・・・はい!それでは話もまとまったようですので、続けていきますね!

 

 

 

* * *

 

 

 

 『今世紀最高最大の夢幻が蘇る・・・!』

 

 そんな煽り文句がでかでかと綴られているのは、有名劇団が講演するという、新作の戯曲のポスターです。

 

 ちなみに、音源は本物の楽団を招いての、生演奏だそうで。素晴らしい。

 

 フフッ。我が古書店『九頭竜亭』の店頭でも、貼らせていただいてます。

 

 タイトルは、“黄衣の夢幻貴公子”というそうです。

 

 ええ。察しの良い方はおわかりになったと思いますが、これは完全に“黄衣の王”のアレンジですね。

 

 

 

 さて、予備知識のない方に軽く説明しておくと、この“黄衣の王”という戯曲は、もとはフランスで作成・上演されたものです。

 

 が。ぶっちゃけこの戯曲は、旧支配者“名状しがたきもの”ハスターの夢に参加者をリンクさせるという、一種の魔術儀式なんですね。

 

 初公演と同時に、上演者も観客もみんなまとめて発狂、台本も発禁処分を食らうという前代未聞の事態になりましたからねえ。

 

 今回上演される“黄衣の夢幻貴公子”は、日本語訳されている上、アレンジものということですので幾分か効力は落ちているでしょうが、それでも恐ろしいことになるでしょうねえ。

 

 ふふふ。実に、楽しみです。

 

 

 

 ああ、MSOは嗅ぎつけてないのか、ですか?

 

 無理ですよ。部外者完全極秘ということで、この“黄衣の夢幻貴公子”の内容は、非公開なんです。彼らが嗅ぎ付けるなんて、無理無理。

 

 つまり、彼らは後手に回らざるを得ず、上演を止めることもできないんです♪

 

 残念でした~♪

 

 

 

 え?こんなことになってるということは、またお前がやらかしたんじゃないかって?

 

 失礼な!いつもいつも私がやらかすと決めつけて!

 

 私は、楽団の指揮者をやっている設楽降人さん(ヴァイオリニストだそうですが、指揮者もできるそうで!)と、その奥様の詠美さんがコンサートマスターとして参加なさるということで、一番ポピュラーな“黄衣の王”の楽譜を用立ててあげただけですよ?ほおら、私は悪くない!

 

 

 

 おや、皆さん。それなら、羽賀響輔君と設楽蓮希君は大丈夫なのか、ですって?

 

 それがですねえ・・・大丈夫じゃなくなりました♪

 

 羽賀君が、邸宅に伝わるストラディバリウスを調律してたら、見つけてしまったんですよ。・・・そのストラディバリウスに刻まれた、黄色の印を。

 

 ・・・すっごくざっくりいうと、ハスター君に係わるカルトの目印であり、目にしたものを狂気と破壊に駆り立てる象徴〈シンボル〉なわけです。

 

 多分最初、羽賀君は怒ろうとしたんだと思います。名器中の名器たるストラディバリウス――それも、自分に贈ってもらった家族の形見であるというのに、それにクソふざけた印がしてあったら、当然でしょう。・・・もちろん、あとから書き足されたものだと、彼も悟ったんですよ。ただ、同時にSANチェックも起こっただけで。

 

 

 

 ご存知の方もいると思いますが、ヴァイオリンというのは非常に繊細な楽器です。こんな落書きじみた印があったら、それだけで音が狂いかねません。・・・まあ、それ以上にきっと、弾き手も聞き手も狂気に陥るかもしれませんねえ。

 

 

 

 うっかり印を確認してしまった羽賀君は、SANチェックに失敗して、発狂。

 

 発狂内容は、強迫観念の発露。ストラディバリウスを手にしていた羽賀君は、調律途中というのも忘れ、めったやたらとリズムもメロディーも無視してヴァイオリンを弾きまくり、何だ何だとやってきた周囲に止められようと、離せ離せ俺はヴァイオリンを弾かないといけないんだぁぁと大パニック。

 

 で、どうにか落ち着いたのですが、肝心の羽賀君はショックで記憶が欠落。ただ、何か良くないものは見た、ということは思い出せたそうです。

 

 叔父の狂乱ぶりから、以前のシュブ=ニグラスの同類が絡んだ事件が起こり始めているのでは?と踏んだ蓮希君が、松井君たちMSOと、彼らの外部協力者に当たる槍田探偵事務所に、調査を依頼したわけです。

 

 ・・・ただ、蓮希君と羽賀君(どうも練習が披露されたとき、不在だったらしい)以外の屋敷の人間は、うっかり練習中の“黄衣の王”のメロディーを耳にしていたらしく、SANが削れてしまっていたようで。見事、ハスター君に魅入られてしまいましたよ。

 

 大事なストラディバリウスに余計なちょっかいを出そうとしている蓮希君と羽賀君は捕まって軟禁状態にされてしまったのです。

 

 松井君たちが事態を把握して、二人を救出した時には、屋敷の中のご家族はそろっていなくなってました。

 

 ・・・ええ、上演される“黄衣の夢幻貴公子”を観劇に行くために。

 

 

 

 

 さて、シーン転換して、寺原麻里君と藍川冬矢君のペアに視点を移しましょうか。

 

 はい。今回、お二人は偽装デートということで、仕事を休んで観劇しようとしてたんですよ。新作の戯曲“黄衣の夢幻貴公子”を。

 

 ・・・何でも、藍川君の雇い主である蘇芳社長さんが、チケットをよこしてくれたそうですよ?やったね、二人とも!セッションに参加できるよ!(にっこり)

 

 

 

 さて、上演されて間もなく、二人は非常に気分を悪そうにされながら席を立とうとしました。

 

 おやおや、もったいない。

 

 とはいえ、CON対抗ロールに勝利した結果ですからねえ。

 

 他の観客をごらんなさい。全員目が濁りきって、口から唾液をたらしながら、ステージの上に視線で釘打ちなさっています。

 

 あれに仲間入りせずに済んだのは、非常に探索者らしいと言えるでしょう。あのまま大人しく座っていたら、再度CON対抗ロールをする羽目になってましたよ。

 

 おそらくSANチェックに失敗してしまったのでしょう、藍川君が非常に調子悪そうに足元をふらつかせながら、やはり気分悪そうな寺原君と一緒にホールから出て行こうとします。おや、よく見れば、他にも数名ほど、逃げ出そうと頑張っている方がいるようですねえ。感心感心。

 

 しかし、残念ながら上演中の出入りはできないように、この手のホールは出入り口に鍵が掛けられるようになっているのですよ。

 

 ふらついて力の入らない体で、必死に扉を叩くお二人は、やがて出られないと知るや、劇に夢中の観衆・役者・楽団の全てから切り離されたように、調子悪そうにしながらも、探索を開始しました。どうにかここから脱出、あるいは外部との連絡を取るために。

 

 

 

 ふむ?練習の時は何もなかったのに、本番に限ってなぜこんな威力を発揮されるか、不思議ですか?

 

 ふーむ。少々説明が面倒ですが、まあ、いいでしょう。

 

 練習と本番の一番の違いは、なんといっても“観客”の有無です。

 

 “観る”という行為は、それだけで力を持ち、一種の干渉力を持ってしまうんです。

 

 “黄衣の王”は魔術儀式と言いましたが、その中には観衆による大規模な観測も組み込まれているのでしょう。

 

 ゆえに、練習は儀式としても未完成であり、あくまで練習でしかなかったんです。今、全てのピースがそろい、儀式は順調に進んでいます。よきかな!

 

 

 

 どうにか、地下のスタッフ用出入り口を抜けて、二人は這う這うの体で劇場の外に脱出しました。

 

 いやあ、間一髪でしたねえ。

 

 どうにか、エントランスも抜けて、外にフラフラになりながらも歩いていくお二人に、“黄衣の夢幻貴公子”が“黄衣の王”のアレンジものだ、上演完了したらヤバい!と悟ったほかのメンバーが、上演を止めないと!とやってきて合流なさいました。

 

 ようやくそろい踏みですね!とはいえ、最初からクライマックス感が半端ないですがね。

 

 

 

 

 おや、長くなってしまいましたか。

 

 ここからが面白いところなんですよ?仕方がありませんねえ。

 

 それでは、後篇に続く(指で銃の形を作ってバキューン☆と撃つ真似)!

 

 

 

…我ら次回によって続きとなり、続きを超え、また続きを失う

 

知らぬ者よ、かねて次回を恐れたまえ




【どうでもいいと言いつつ三角関係まで出歯亀して、スタートしたセッションに愉悦するナイアさん】
 大体コイツのせい(テンプレ)今まで散々愉悦したのに、まだ足りない御様子。
 ・・・なお、見切りをつけている明美さんと未練たっぷりの妹さんの関係にも、チョッカイをかける気満々。志保ちゃんのSANが今から不安でならない。
 #3の仕込を、自分のせいじゃないと言い張るが、実際今回は彼女は楽譜を届けただけで、戯曲の上演を決めたのは、劇団のお偉いさん方(全員発狂済み)。
 唐突に始まったラブコメ劇場に舌打ちしながら出歯亀する。わかりやすい感覚に直せば、虫同士の交尾を眺める感覚に近い。クソみたいだけど、興味深い。
 寺原君と藍川君のラブコメなんぞどうでもいい。SANチェックはよ!はよ!
 ・・・これはクトゥルフ成分入りだからこういう展開になっているが、通常のコナンであれば、おそらく被害者が誰であれ、殺人事件にまで発展している可能性が高い。それはそれで面白いけど、やっぱり狂気と神話成分が充実してないと物足りない。
 とんでもないことになってた設楽家(マイナス羽賀君と蓮希君)に、ニヤニヤが止まらない。
 ちなみに、ストラディバリウスの黄色の印は彼女がやったのではなく、楽譜によって発狂した設楽降人&詠美夫妻の手による。もちろん、彼らも音楽家なので、これがまずいこととはわかるはずなのだが、諸事情によって元々SANが摩耗気味であったのに加え、発狂による不定の狂気のさなかにやらかしたため。
 今回のシナリオの主人公が松井君ではなく、寺原&藍川ペアということにも、気が付いている。

【本シナリオでもれなく主人公の看板をもぎ取った寺原麻里さん】
 大体の境遇は本文中で語っている通り。
 槍田郁美さんの事務所に転職してからは、槍田さんや蓮希さんと女子トークで盛り上がったり、他の探索者たちと普通に飲みに行ったりする。・・・特に誰かから暴言吐かれるわけでもないし。
 木村達也のことについては、本文中でも言ってる通り、完全に振り切っており、今は付きまとってきてウザい、迷惑とすら感じている。
 ・・・木村達也としては、おそらく事件でへこんでいるように見えた寺原さんを励まそうと発破をかけたつもりだったのだろうと思われる。発言内容が地雷過ぎた。(原作でも事件直前のあれこれがひどすぎたため、このくらいしそう)
 多分、木村達也が正直に今までのことを謝ってきて、好きだ愛してるの一言くらい言えば、絆される可能性もあるにはあった。でもそれをやらないのが木村達也クオリティ。
 槍田さんのアドバイスもあって、偽装恋人として藍川冬矢さんを抜擢。何のかんの言いながら、好みにうるさい。
 今私、彼と付き合ってるから!あんたにひどいこと言われて、落ち込んだところ励ましてもらったし!と木村さんの前で言ってみせる。
 ・・・なお、本文中では邪神様が飽きたため省いたが、彼女は自分が整形したことを一言も言っておらず、木村さんが嫉妬の余り、「お前コイツが元々ブスだって知ってて言ってんのかよ!さっさと別れた方がいいぜ!」とばらされて、激昂した。
 が、直後に藍川さんに「別に整形くらいいいじゃん。容姿にコンプレックスあるの、コイツだけじゃねーだろ?見た目もそうだけど、中身もいい女だぜ、コイツ」と言われて、すごくホッとしたと同時にキュンときた。
 そんなラブコメを経たシナリオ開始時には、よりにもよってアレンジ版“黄衣の王”の上演会場に居合わせる羽目に。
 なお、CON対抗ロールは成功したが、彼女もSANチェックには失敗している。アイデアが失敗しただけ。
 二人っきりの劇場脱出はどうにか完了したが、続いて上演中止を達成せねばならない。どうする?

【CoC系シナリオ第3弾にして、ようやく日の目を見た藍川冬矢さん】
 前回、月影島のシナリオに置いては全国ツアー中のため不参加だった。
 今シナリオは、めでたく全国ツアーが終了した後のため、晴れて参加することができた。
 ようやく一息つけるなーってなってたら、寺原さんに連絡もらって、いきなり彼氏の振りして!と言われてふぁ?!となった。
 事情聞いてみたら納得はしたものの、消去法で自分が候補に選ばれたと知って微妙な気分に。
 とはいえ、事情が事情だし、知らぬ仲でもないからと承諾。晴れて恋人の振りをしてあげることに。
 ・・・そこそこ若くてイケメンな、売れてるロックシンガー。見た目はチャラいけど、実はいいやつ風味なのは、彼と木村達也の共通点でもある。ただし、原作では犯人と被害者という相違点が最大の違いではあるのだが。
 寺原さんが整形美人というのも勘付いていた。割と職業柄、そういう目が肥えているため。だから木村さんがばらしてきたときも、ふーん、で?とあっさりした態度でいた。そういう偏見はないつもり。
 ・・・表面上はしれっとしているが、内実はこんな暴言に日常的に耐えてまで傍にいようとした女に、詫びもせずにさらに暴言浴びせるってコイツ最低だなくらいには思っている。
 それはそれとして、ちゃんと恋人らしく!と偽装デートをすることに。
 行先が、アレンジ版“黄衣の王”の上演会場という時点で逃げ場がなかった。
 かろうじてCON対抗ロールには成功したが、SANチェックは失敗、体調不振の一時的発狂も起こした。やったね、藍川君!神話技能が増えるよ!
 そんな最悪な状態(一定間隔ごとにCON対抗ロールが入るうえ、技能値もマイナス補正が付く状態)というのに、二人っきりで狂気の閉鎖劇場からどうにかこうにか脱出した。
 脱出先で、ようやく一時的狂気が収まり、同時に仲間たちも集結!今度は戯曲そのものをどうにかしなければ!


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【#8】カーテンコールも高らかに!素晴らしい戯曲には拍手を!

 …読者諸君よ、宇宙からの色を見たことがあるかね?
 とても美しく悍ましい。だがそれは、啓蒙と狂気の狭間で、ただ私のよすがだった。
 真実それが何ものかなど、決して知りたくはなかったのだよ。
 ヒイッ、ヒイッヒイッヒイッ…
 あれは・・・燐光か?違う、燐光はもっと、こう、きらきらって・・・う、ああ色が色が色が色が色が色が色が色が色がああああああああああああああああああああああ(ここで文章が途切れている)


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さてさて、今、日本の米花町では大変面白いことが起こっています。

 

 堂本コンサートホールにおいて上演された、戯曲“黄衣の夢幻貴公子”・・・ぶっちゃけた話、日本語訳したアレンジ版“黄衣の王”ですね。

 

 その上演が始まりました。

 

 楽団付きの生音源で、指揮者は設楽降人さん、コンサートマスターにその奥方設楽詠美さんを招いてです。

 

 いやあ、豪華キャストですねえ。

 

 なお、上演して間もなく発生したCON対抗ロールに、劇団・楽団・観客さんのほとんどが失敗。

 

 失敗した人たちは、ハイライトが消えた目に、口から唾液を流しながら、上演と観劇を続けていますねえ。おやおや、主演の俳優さんが、とうとう血の涙を流し始めましたねえ。それでも、あの意味不明な長台詞を平然と諳んじられる当たり、プロですねえ。

 

 ご安心を。一応今シナリオの主人公に位置する寺原麻里君と藍川冬矢君は、どうにか対抗ロールに成功して、へとへとになりながらも劇場から脱出を果たしました。

 

 設楽邸で異変を察知したほか探索者も無事合流。

 

 さあ、シナリオのクライマックスですよ?どうします?探索者諸君。

 

 

 

 ああ、そういえば。すっかりお知らせし忘れてましたねえ。

 

 うっかり助かってしまった伊達君の処ぶ、ゲフンっ、その後の処遇について。

 

 え?お前シナリオ鑑賞に夢中になってたんじゃないのかって?忘れてくれてると思ったのにって頭を抱えなくてもいいでしょう?私は勤勉なんです!(ドヤァッ)

 

 順を追って話しましょう。

 

 まず、私は拾った警察手帳をきっかけに、伊達君とその恋人のナタリーさんのお二人とお近づきになりました。

 

 お二人が正式に婚約して、結婚も秒読み段階ということも、もちろんわかりました。

 

 いいですねえ、素晴らしい。幸せの絶頂から、叩き落とされて絶望に暮れるさまなんて、想像しただけで軽く昇天しちゃいそうです(大歓喜)。

 

 ですから、私はそんなお二人にお近づきの印に、すてきなプレゼントをご用意したんですよ。私から渡すのも知り合って間もないからと遠慮されては困りますからね。

 

 零君に言ってあげたんですよ。「君の警察学校時代の友人と知り合ったんだけどね、婚約したみたいだから、お祝いに渡してあげたらどうです?これ、日本初公演の戯曲のチケットなんですよ。私も行ってみたいんですが、用事が入っていけなくて。余りものを押し付けるようで申し訳ないんですがね」と、本日初上演の“黄衣の夢幻貴公子”のチケット2枚を。

 

 零君はいい子ですからね。素直に何の疑いもなく、すんなりと渡してくださったようですよ?(さすがに潜入捜査中なので、直接ではなく、人づてに渡してくれたようなのですが)

 

 おや皆さん、一斉に顔を青ざめさせてどうしました?

 

 嫌だなあ、このクソ邪神!油断した!って叫ばなくても。あなた方に、私が止められると思ったら大間違いですよ?どうせ、みんな狂うんですから♪(ニチャァッ)

 

 

 

 で、先ほど魔術による覗き見をフル活用してみたんですが、残念です。来られてるの、ナタリーさんだけなんですよ。どうも伊達君の方は、急な事件が入ったとかでドタキャンしたみたいで。

 

 二人そろって発狂というのも面白いですが、片方は助かってもう片方が発狂という方が、より悲劇性が増しますよねえ!ウフフフフ。盛り上がってまいりました!

 

 

 

* * *

 

 

 

 探索者の人数は、前代未聞の大所帯ですね。

 

 MSO所属の松井君、成実君、外部協力者に当たる槍田君に、堂本コンサートホールからの脱出組である寺原君と藍川君、そして設楽家から、羽賀君と蓮希君の、合計7名ですね。

 

 前回セッション参加者の青羽君がいませんが、彼は別件の調査ということでここにはいないようですよ?

 

 で、コンサートホールの入り口で合流した7名は、とにかく上演をやめさせようと、二手に分かれて行動を開始しました。

 

 劇場の電気系統を切って、物理的に妨害しようとする松井君成実君、槍田君の3人組に、とにかく避難誘導だけでも試みるという残り4名ですね。

 

 ちなみに、最初、脱出組をどちらに組み分けするかで少々揉めてました。彼ら、明らかに憔悴してるようでしたからねえ。

 

 しかし、楽団に設楽一族がいるというので、彼らの説得に向かう羽賀君と蓮希君に、藍川君もこの劇のスポンサーに自分の事務所の社長がいるということで、それに同行すると言い、対人技能がしっかりしている寺原君がそのフォローにつくことにしたようです。

 

 ところがどっこい、先ほども記したように、この戯曲は上演そのものが一種の魔術儀式です。儀式参加者はもれなくハスター君の夢にリンクしてしまうわけです。

 

 既に劇場内は、リンクした夢を通じて、ハスター君の住まうカルコサを思わせる、焦げにも似た砂地の臭いを纏う異様な風が吹き抜けています。

 

 まあ、簡単に言うと、旧支配者と魔術的につながっている状態を、人間風情が言葉やちょっとした妨害程度で解除できるはずがない、ということです。

 

 どんなに声を張り上げて揺さぶろうと、観客たちも楽団・劇団の誰もが自分のその行動をやめようとしません。観客は観劇を、楽団は演奏を、劇団は役を演ずることを、まるでそうすることしか知らないように、一切の動きをやめようとしないんです。

 

 地下の電気系統を物理切断しようとした3人は、どこから現れたか、ビヤーキーの妨害を受けて、それもままなりません。どうにかクリーチャーは倒せましたが、ブレーカーの制御室は鍵がかかっていたうえ、【鍵開け】失敗してしまいましたからねえ。困りましたねえ。

 

 

 

 おや、上演の終わりが気になりますか?

 

 ふーむ・・・旧支配者と魔術的精神リンクがなされている状態ですからねえ。単純にリンクが切れて、余波で発狂程度で済めば、人間にとっては御の字でしょう。

 

 一番まずいのは、精神リンクを通じて流れ込んできたハスターの魔力が制御を失って暴走するパターンです。

 

 呪文などでガス抜きができればいいのですが、下手をすればこの会場が吹き飛ぶでしょうねえ。

 

 誰かそういう強烈な呪文の使い手は・・・一番可能性があるのはMSOのお二人ですが、二人とも呪文は未収得ですねえ。

 

 さて、どうします?

 

 ちなみに、劇場内に入り込んだ探索者たちは、再びCON対抗ロールを一定間隔で受けるようになっています。グズグズしていると、失敗して儀式に強制参加させられますよ?

 

 

 

 おや?藍川君。急にどうし・・・はあ?!クトゥルフ神話技能と【芸術〈音楽〉】がダブルクリティカル?!どうなさったんです?!

 

 突然駆け出した藍川君が、ステージの端に立つや、大声を張り上げて歌いだしたんです。

 

 

 

 『岸辺に沿いて、雲間が途切れる

 

 星辰が海の向こうより上り

 

 深き水底より至る

 

 ルルイエの地に

 

 

 

 黒き星の上り巡り並ぶ夜

 

 

 

 天空を上り巡り並ぶ星辰

 

 それと同じく上り巡り並ぶは

 

 失われしルルイエの地

 

 

 

 深きものたちの奏でる祈りは

 

 水底の波音がうごめくなかで

 

 誰に聞かれることなく消えてゆく

 

 薄暗きルルイエの地で

 

 

 

 我が声は枯れ果て、

 

 歌われることなく消える我が魂の歌

 

 涙は流されることなく溶け消える

 

 彼のルルイエの地で』

 

 

 

 あ・・・あーっはっはっはっはっはっはっ!

 

 すごい!すばらしい!やはり!人間は、凄まじい!

 

 今藍川君が口にした歌は、リズムこそ彼らしいロック調にアレンジされていますが、間違いありません。

 

 “黄衣の王”の第1幕第2場“カシルダの歌”、それと全くと同じというのに、称える内容がまるで違います!

 

 これは“黄衣の王”“名状しがたきもの”ハスター君のことではありません。

 

 そもそも、ルルイエや深きものに関する旧支配者は、たったの1柱。

 

 “ルルイエの主”“むさぼるもの”・・・大いなる、クトゥルフ君です。

 

 クトゥルフ君は、ハスター君のご兄弟ですが、同時に天敵でもあります。ハスター君の呪文も、クトゥルフ君の加護の前には意味をなさないということからも、お二人の相性の悪さは周知の事実でもあります。

 

 ですが、流石にご兄弟というべきか、妙なところで共通特性をお持ちなんですよ。例えば、≪招来/退散≫の呪文がお二人の名前を変えるだけで使い回せる共通のものであるとか。

 

 

 

 藍川君が歌う仮称:ルルイエソングに、今にもCON対抗ロールに押し負けそうなほど青い顔をしていた探索者たちと、一部の観客が我に返ったような顔をしました。

 

 ははあ?なるほど、毒を以て毒を制す。酸とアルカリを混ぜることで中性とするように、ルルイエソングと“黄衣の王”がぶつかり合って、効果を相殺させあっているということでしょうか。

 

 おや。さすがは音楽一家の一員ですね。我に返った羽賀君と蓮希君は藍川君の歌う歌が、戯曲のふりまく異常な空気を相殺していることに気が付いたようです。

 

 舞台袖にあった予備の楽器(こういう劇の場合、楽器が不具合を起こしたら急遽交換できるようにあらかじめ用意されてるんですよ)を引っ張り出してくるなり、見様見真似のぶっつけ本番ながら、歌い続ける藍川君に伴奏を添えます。羽賀君はヴァイオリン、蓮希君はヴィオラですね。

 

 おっと流石はプロですね。二人とも【芸術〈音楽〉】に成功し、見事な協和音を奏で上げます。

 

 3人の乱入ライブによって、劇場の空気が緩和されて、我に返るものも次々出てきていますが、その反面魔力がどんどん膨らんでいきます。

 

 まあ、そうでしょうね。反対呪文のようなものとはいえ、藍川君が口にしているのは、死せるクトゥルフ君の夢とリンクするようなものですからねえ。

 

 ああ、魔術越しとはいえ、この目に見えるようです。

 

 夢うつつのハスター君と、同じく夢うつつのクトゥルフ君が、ガン飛ばし合っているのが!

 

 そうして、観客たちがおかしい、何事だ、自分は何してたんだ?とざわめき出した直後のことでした。

 

 とつぜん、異様な空気が渦を巻き、名状しがたい、触手の束、あるいは粘液の塊めいたものが空中に出現します。

 

 ああー・・・不完全とはいえ、ハスター君が来ちゃいましたね。本体そのものじゃなくて・・・あれは寝ぼけてますね、完全に。夢を通じて、端末をこちらに送り込んでくるとは・・・あるいは、腹立たしい歌を聞かされて頭に来たんでしょうか?

 

 会場の様子ですか?ええ、ご想像の通り、地獄絵図ですよ?不完全ですから、SANチェックに必要なダイスの出目は低めではあるんですが、まあ、吹っ飛ぶ人は吹っ飛びますよ、そりゃあ。

 

 大混乱に陥る人々をよそに、出現したハスター君は、まず不快な歌を奏で続ける三人に意識を向け、触手を飛ばそうとしました。

 

 おおっと!DEX対抗ロール発生です!懐から取り出した拳銃で、松井君が目標を撃ち抜きました。

 

 それは、羽賀君のご家族の形見でもあり、彼の不幸の元凶でもあり、この呪わしい戯曲を先導していた、あのストラディバリウスでした。

 

 松井君、MSOの訓練で【拳銃】技能が上がったようですねえ。演奏する人間(この場合設楽詠美君)に当てず、部位狙いで楽器のみ破壊となりますが、あっさりと破壊して見せたわけです。ルルイエソングのおかげで技能値の低下も解消されていますしね。

 

 名器であり、一種の芸術品でもあったストラディバリウスは、その艶めいた琥珀を粉砕し、弦を弾けさせ、ガラクタ以下に変貌させながら、役目を完全に終了させてしまいました。

 

 ストラディバリウスに刻まれていた黄色の印――おそらく、この戯曲の効果を増幅する役目を担っていたそれも、きれいに砕けました。

 

 同時に、ハスター君の端末が、言語にすらならない断末魔を上げ、風船のように膨らみます。

 

 「みんな!こっちへ!」

 

 楽器を奏で続ける合間に蓮希君が叫びます。

 

 ふむ・・・どうやら、本能的に分かったようですねえ。この歌さえ止めなければ、自分たちは助かると。自分たちは、ね。

 

 急ぎ、他4人が演奏を続ける3人のそばに駆け寄ったのと同時に、ハスター君が破裂しました。

 

 いえ、破裂、と表現してみましたが、何が起こったか。

 

 魔術で遠見してますので、実際何が起こったか私にもよくわからないんですよ。

 

 確かなのは、堂本コンサートホールが天井をぶち抜くほどの大崩壊を起こしたということですね。

 

 ・・・飽和しきった魔力と、顕現したハスター君の端末が、妙な相互作用を引き起こしたのかもしれませんねえ。

 

 

 

* * *

 

 

 

 堂本コンサートホールの謎の倒壊は、犯人不明の爆発テロということでカタがつけられました。

 

 連日報道されてますよ?犯人像に迫る!だのなんだのと。

 

 ちなみに、ハスター君、どうも何人か“お持ち帰り”されたようで、見つからない方もいらっしゃるようなんです。

 

 ああ、探索者の面々はご無事ですよ?瓦礫の中で、爆心地付近というのに、彼らだけ無傷でした。皮肉なことに、歌に込められたクトゥルフ君の加護が、彼らを守ったというところでしょうか。

 

 

 

 羽賀響輔君は、こだわりのストラディバリウスのロストにショックを受けたようですが、同時に、あんな楽器があるから父母が死ななければならなかったんだ、無くなってよかったんだ、とも思われたようです。憑き物が取れたような、すっきりした顔をなさっていましたよ。

 

 

 

 半面、設楽蓮希君の方が精神的ダメージがひどかったようです。何しろ、設楽一族は羽賀君と彼女を除いて、行方不明or発狂して入院という状態に陥ってしまいましたからねえ。加えて彼女は例の歌を奏でた際のSANチェックに失敗して、一時的に耳が聞こえない状態になってしまいました。精神的なものなので、そのうち回復するだろうということです。今は自宅療養と病院通いですがね。

 

 

 

 槍田郁美君は、探偵事務所に帰還しましたが、少しだけ事務所を閉めて気晴らしに旅行することにしたようです。命こそ助かりましたが、まあ今回は犠牲者が大勢出て、それを防ぐこともできませんでしたからね。思うところもあったのでしょう。

 

 

 

 松井君と成実君はといえば、MSOに帰還、報告書の作成などを終えた後、休養がてら、設楽邸に顔を出すようになりました。

 

 特に前述のとおり、蓮希君が塞ぎこみがちだったので、彼女の様子見もあったのでしょうね。

 

 松井君、蓮希君と甘酸っぱい空気を奏でるのは、いかがなものですかね?そこで叔父馬鹿全開にしてギリギリしている羽賀君が見えないんですかね?

 

 

 

 さて、今回の功労者たちについてみていきましょうか。

 

 

 

 まずは藍川君ですが、彼は例の爆発直後も歌い続けていました。というより、自分で歌を止められなくて暴走状態に陥ってました。

 

 それを食い止めたのが、寺原君でした。もう終わったんだ。もう大丈夫。あなたのおかげでここにいる。私たちは助かったんだ。とまあ、なおも歌い続けようとする藍川君を抱きしめてよしよしですよキャー(棒読み)。

 

 ようやく歌をやめられた藍川君ときたら、SANチェックにも失敗して、ギャン泣き状態の多弁症を発症して、支離滅裂にしゃべり倒すのを、寺原君が黙ってうんうんと聞きながら、よしよしし続けてるんですから。

 

 ・・・夕方からの上演で、今はとっくに真夜中で、天井もないから、瓦礫の中を月明かりの下で、ですよ。

 

 ・・・若いっていいですねー(棒読み)

 

 

 

 偽装恋人であるはずのお二人が正式にくっついたか、ですか?さて、甘味は過ぎると胃もたれを起こすので、存じ上げませんね。

 

 ただ、3か月後に復活した藍川君が発表した新曲“Diana”が、レックスの“ブラッディビーナス”を押しのけて大ブレイクしたということは確かですね。

 

 “Diana”は、それまでの藍川君のそれとは違い、バラード調の曲なのですが、どうも誰かに宛てたラブソングなのではないか、と話題騒然です。

 

 訊かれた肝心の藍川君は、意味深に笑って黙秘しているそうですがね。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、シナリオは一応の終幕を見せたわけですが、もう一方、私は彼を見なければなりません。

 

 ええ、伊達航君をね。

 

 前記したと思いますが、彼と奥様に、今回の戯曲の上演チケットを差し上げたわけです。

 

 そしたら、伊達君の方にはお仕事が入って観劇することができず、奥様が友人を誘い直して、観に行かれた様子なんですよ。

 

 結果はまあ、お察しの通り、奥様のナタリーさんはSANチェック失敗からの発狂で、病院に入院されてしまいました。・・・行方不明にならなくてよかったですねー?

 

 アイデアロールは、幼児退行と記憶喪失の二重苦ですよ。

 

 困りましたねー。(ニチャァッ)

 

 ・・・ちなみに、それを見た伊達航君は、それはそれは素敵な顔をしていましたよ。

 

 それを聞きつけて、あわてて駆けつけた零君に病院の廊下で掴み掛って、「お前があんなチケットよこすから、ナタリーが!ナタリーが!お前のせいだ!」と怒鳴りつけたのは、素晴らしい見せものでした!!

 

 その時の零君の顔も、ぜひ皆様にお見せしたいくらい、素敵な顔をなさってました!うんうん。零君、君はそういう顔がとても似合うと思うんです。これからも、そういう顔ができるように、いろいろ用意してあげますからね♪

 

 

 

 おや皆さん。この鬼!悪魔!邪神!ですか?邪神ですが?

 

 はっはっは!今更過ぎますよ!

 

 とはいえ、今回の目的は、零君を痛めつけ、ゲフン、素敵な顔をしてもらうためではないんです。

 

 本題は、伊達君の処分なんです。

 

 え?今処分って言ったかって?ええ、言いました。もう取り繕うのも面倒なので、正直に申し上げますが、廃棄予定だったゴミが回収され損ねてるってすごく不快なんですよね。

 

 さっさとおっ死ね。人間。

 

 ああ、ご心配なく。直接手を下すのは面倒なので、きちんとそれに相応しい人をご用意しました。

 

 フフフ。伊達君が生きてると、この人も普通に生きてしまいますからねえ。

 

 この情報偏り攻略本も、ここの情報に関しては割と細かく載ってましたからねえ。助かりました。

 

 

 

 数日後。

 

 ある小雨の降る日、とある路地裏で、伊達航刑事が刺殺体となって発見される。

 

 婚約者の入院に伴い、伊達刑事も精神的に憔悴しきっていたが、一切の抵抗が見られなかったというのはおかしいと、捜査開始当初から疑問視されていたが、間もなくその疑問も氷解する。

 

 伊達刑事を刺殺したのは、笛本隆策という人物であった。

 

 あいつのせいでナタリーの人生が滅茶苦茶になった。あいつさえいなければ。逮捕された彼は、暗い目でブツブツとそう語っていたそうだ。

 

 同じ英会話教室で講師を務め、娘のようにナタリー・来間という伊達の婚約者をかわいがっていた初老の男は、あんな奴死んで当然だと吐き捨て、温厚な高木を激昂させていた。

 

 

 

 とまあ、こんな感じにしてみました☆

 

 え?笛本隆策君が誰かわからない?攻略本によると、本来なら伊達君の恋人(今は婚約者ですね)が自殺したのを、伊達君が捨てたせいと逆恨んで全く見当違いの方へ復讐を企てた挙句犬死なさる愉快な人物なんですが、このままでは犬死どころか無用の長物と化してしまいそうなので、せっかくなので出番を与えてみたんです♪

 

 え?私がやったことですか?ナタリー君のお見舞いに来た彼に、看護師さんに化けて接近して、あることあること吹きこんでみただけですよ?(ニチャァッ)

 

 その後、とっても愉快な表情になられてたから、面白いことにはなると踏んでたんですが、さっそく実行してくれましたねえ!

 

 

 

 さぁて、次は何をして遊びましょうかねえ?

 

 

 

 

 

狂うとて、話の次回に触れるものは幸運である。

 

まして、それが邪神の楽しみになるのだから




【最後の最後でクソッぷりを発揮したクソ邪神なナイアさん】
 大体コイツのせい(その通り!)
 せっかく助かった伊達さんを、そんなの面白くない、と陥れる罠を準備する。せっかくだからもうすぐ進行するシナリオに絡めようぜ!(名案)
 堂本コンサートホール(劇場版『戦慄の楽譜』参照)を舞台に進行する今シナリオをwktkしながら見物する。
 七転八倒、苦戦苦闘する探索者を眺めてたら、藍川君のWクリティカルに、アバー?!となりかけた。
 最終的にまったく参戦予定のなかったクトゥルフさんと、ハスターさんの夢うつつのメンチの切り合いに、実況を続けつつも、内心では爆笑が止まらなかった御様子。
 シナリオ終了後、伊達さんを当初の予定通り処分した。
 婚約者を発狂させて精神的に追い込んで、心にもない八つ当たりで友人を傷つけさせて自己嫌悪させたところを、刺殺させるという邪悪極まりない手段をとる。
 確実に原作よりも胸糞が悪いのだが、この邪神にとっては愉快な出来事でしかなかったらしい。
 攻略本は載っている知識が偏っているとはいえ、有効活用している。

【今シナリオで主人公になったけど、多分探索者を引退する藍川さん】
 前回から引き続いて、シナリオに挑む。
 ようやくコンサートホールから脱出できたのに、狂気の戯曲を止めるために、再度コンサートホールへ。
 観客を避難させようと頑張るが、どいつもこいつも、まるで自分なんていないかのように相手をしてくれず途方に暮れる。
 しかも気を抜いたら、頭のおかしい戯曲にこちらの頭もおかしくさせられそうになる。
 どうにかしないとと必死に考えた結果、はるか遠くの海底遺跡からよくない毒電波を受信。受信した毒電波を自分なりにアレンジして歌として発信、戯曲が発する毒電波を相殺させることに成功。
 最初は彼一人であったが、仲間の加勢もあってどうにか一部の観客を正気に戻すことに成功。
 しかしながら、その後、出現した意味不明の化物やら原因不明の爆発やら(文中の事象はあくまでナイアさんであったから理解できたことであり、只人である彼には理解不能)で、全てうやむやに。
 ようやく事態が沈静化しても、自分では歌を止められず、寺原さんに宥められてようやく歌を止められた。
 わけわかんねーよ!何だよあれ!俺何歌ったの?!怖ぇ!怖ぇよぉ!何であんなの歌ったんだよ?!あの劇なんだよ?!もうやだぁぁぁぁぁ!
 さらにSANチェックに失敗して、一時的狂気に突入。寺原さんにしがみついてギャンギャン泣きわめく。
 ナイアさんは面倒がったため描写を省いたが、「あんな歌嫌だもう歌いたくない」と言った後に、寺原さんからも「助かりはしたけど、私も二度と聞きたくないなあ、どうせならあなたの別の歌を聞きたいなあ」と言われる。
 で、精神的にボロボロのところをキュンときたのを照れ隠ししつつ、「任せとけ。今度はあんな頭おかしくなりそうなのじゃなくて、ちゃんとハートに響きそうなのを届けてやるよ」と言って見せた。
 その後、病院通いをして、どうにか精神的な落ち着きを取り戻して、復帰と同時に新曲を発表する。
 ・・・作者の勝手なイメージだが、この藍川さんはB’●っぽい感じの歌を歌ってそう。
 寺原さんとのお付き合いは・・・きちんと文章に直すと台無しになりそうなので、ご想像にお任せします。
 なお、新曲発売後のとある音楽ライブ番組で、木村達也からライバル宣言されて、えー?となる。
 今シナリオで割とがっつりSANが削れたので、多分もう探索者続行は無理かと思われる。


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【#9】信者だっていますよ?私、邪神ですから!

 …続く話、続く話。幾ら書いても足りはしない。続きと海に底は無く、故にすべてがやってくる。
 さあ、閲覧を。彼らと共に読んでおくれ。我らと共に読んでおくれ…
 ギイッ、ギギギギイッ……
 さあ、閲覧を。すべての蒙の無きものたちよ。すべての蒙の無きものたちよ。我らに目を通したまえ…
 ギイッ、ギギギギイッ…


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 先日のセッションは最高でしたね!

 

 行方不明者、発狂者も続出したうえ、探索者たちもお二人ほどリタイアする羽目になりましたし。

 

 ハスター君とクトゥルフ君の夢越しのメンチの切り合いの果てに、堂本コンサートホールが崩壊してしまいましたが、些細なことでしょう!

 

 実に、素晴らしかった!

 

 

 

 ついでに、伊達君の処分も完了しましたしね。

 

 え?あの時ほど、お前のような邪神が野放しになっているのを口惜しく思ったことはない?

 

 嫌ですねえ!私は何にもしてないですよ?

 

 私はただ、婚約祝いに、伊達君とその婚約者さんに観劇のチケットをあげて、入院しているナタリー君のお見舞いに来た、笛本君とちょっと話しこんだだけですよ。

 

 誤解ですよ、誤解。

 

 え?誤解じゃないが事実全てでもないだろうって?

 

 ・・・テヘッ♪

 

 え?ムカつくからそれやめろ?

 

 おや、いいんですか?私のような邪神から茶目っ気を取り上げたら、残るは邪悪と混沌だけですよ?かわいげすらない!

 

 この文章からもSANがぶっ飛ぶようになってしまうんですよ?それは嫌でしょう?

 

 お分かりいただけましたか!そんな青ざめた顔で、涙ながらに首を振らなくてもよろしいんですよ?

 

 どうせ、みんな滅びるんですから♪

 

 

 

 え?零君ですか?

 

 ああ・・・あの後、大変でしたよ。

 

 生気のない顔でうちにやってきたと思ったら、事情をぽつぽつと話して、「俺のせいだ。俺があんなチケット渡したから・・・」って落ち込んでるんですから。

 

 いやあ、実にかわいい顔でした!

 

 え?このクソ邪神?どこまで性根が腐りきってるんだって?失礼ですねえ、腐っているのではなく、邪悪と混沌で出来た性根だと皆さんご存知でしょう?

 

 私の反応ですか。

 

 「では、チケットを零君に渡すように言った私の方が何倍も悪いですね。零君のせいじゃなくて、私のせいですよ」って困ったように言ってみせました。事実ですよねえ。

 

 そうしたら零君とくれば!「ナイア姉さんのせいじゃない!あんなことが起こるなんて、誰も予想がつくわけないじゃないか!」って宥めてくれました♪

 

 おおっ・・・何と優しい子に育って・・・!(ホロリ)

 

 え?本当にお前にはもったいないいい男だな、さっさと解放してやれクソ邪神、ですか?

 

 イ・ヤ・で・す♪まだまだ熟成が足りないんですから♪

 

 

 

* * *

 

 

 

 外回りから帰ったら、女子高生がいらっしゃいました。

 

 ふうむ?この長い黒髪とかわいらしい顔に、帝丹高校の青い制服・・・ああ、噂の毛利蘭君ですね。かろうじて、攻略本にも容姿が載っていましたのでね。

 

 

 

 はて?我が古書店『九頭竜亭』は、今日日の女子高生に人気の物件だったでしょうか?

 

 どちらかといえば、わけありのお客様に大人気だったと思いますがねえ?

 

 自虐に聞こえるかもしれませんが、『九頭竜亭』はちょっと古めかしい内装の、古書店です。古書店、なんですよ?最近のブック●フとかの量販中古マーケットではなく、由緒正しい古書店!ビブ●ア古書堂とかイメージしてもらったらわかりやすいですかね?

 

 女子高生が来ることなんて滅多にありませんよ。ついこの間なんて、女子高生に通りがかりに小汚い店プークスクスされましたし!

 

 ・・・ああいう女子高生には、鱗が似合うと思いませんか?火ぶくれとか粘液とかも捨てがたいと思いませんか?(黒髪を触手のごとくざわめかせながら)

 

 え?いやだなあ、怒ってませんよ!ちょっと早めにまともでない死に方をしていただこうかなって。

 

 

 

 邪神ジョークはさておいて。

 

 蘭君を見ると、学校帰りでしょうか、すぐそばに空手の道着に、通学カバンが放り出されているのですが・・・床に座り込んでいるうえ、その手が“ネクロノミコン(サセックス草稿)”の日本語訳版を握りしめ、虚ろな目で空中を見つめて、口から涎を垂らしてなければよかったんですがねえ。

 

 お店番を任せていたメイドのショゴスさんと、止まり木にいるオカメインコに擬態中のシャンタク鳥に目を向けてみました。

 

 どういうことですか?

 

 「てけり・り。てけり・り。てけり・り。てけり・り」

 

 『ショゴスは止めていたぞ?しかし、蹴りを寸止めされて無理やり黙らされた挙句、やむなく立読みを許可せざるを得なかったそうだ』

 

 止めましょうよ。いくらダメボがあって痛い目見るとわかっていようと、この店で直接発狂人出すの嫌ですよ。面倒は御免なんですから。

 

 ・・・だめですね、ショゴスさんは「てけり・り」しか言えませんから、【説得】も【言いくるめ】もできませんでした。

 

 一応、貼り出してるはずですよ?“立ち読みはご遠慮ください”って張り紙を。見えてなかったんでしょうか?

 

 何で無視してわざわざピンポイントで、凡人にはやばすぎる解読可能の代物を手に取ったんですかねえ?他の品物は無害な日本語のものとか、ラテン語とか英語とかで理解と研究に時間のかかる代物なんですが、面白半分で置いてる日本語訳のものをピンポイントで手に取るとか、地雷がお好きなんでしょうかねえ、彼女。

 

 

 

 え?無害なものがあるのかって?そりゃ古書店ですもの、ありますよ。芥川龍之介とか、太宰治とか江戸川乱歩とか。何度も言うようですが、我が『九頭竜亭』は由緒正しい古書店ですので。なお、コミックスの取り扱いはやっておりません。

 

 そういうものが欲しいなら、よそに行ってください。

 

 ・・・誰だって目を通すだけでSANがぶっ飛ぶような漫画、目にしたくないでしょう?

 

 

 

 話を戻します。

 

 さて、このやらかし系女子をどうしましょうかね?下手に処分でもしたら、警察に目をつけられてさらに面倒なことになりかねません。

 

 ふむっと顎に手をやって考えていたら、女子高生が動きました。

 

 空中をぼんやり見つめていた目の焦点が、私に向けられ、キュウッと瞳孔が窄まる。

 

 おや?

 

 少し怪訝に思った瞬間、彼女は口を開いた。

 

 「あああ神様神様ニャルラトホテプ様いると思ってました来てくれると信じてました聞いてください新一がまた事件事件ってせっかくの約束を反故にしたんですよひどくないですかだから私決めたんです園子からのアドバイスもあったし恋愛成就のおまじないが載ってるそれっぽい本を探そうってお金ないから古本屋ならいいかなって思ってきたらこんなに素敵な本があったんですこのおまじないで新一もイチコロですよねきっとウフフフフフフフ新一新一新一新一新一新一私のこと好きになってくれるよねこれで大馬鹿推理のすけの新一も事件なんか放って私のこと優先してくれますよねねえニャルラトホテプ様もそう思いますよね本に書いてあったんです魔法の神様素敵な神様ニャルラトホテプ様」

 

 お、おう。

 

 さすがの私も、こんなガチなやつが来るとは思ってませんでしたよ。

 

 彼女、ハイライトが消えてる上、目の奥に渦巻でも見えそうな目つきで、怒涛の勢いノンブレスであんなことを一挙にしゃべったんですよ?

 

 怖っ。この邪神をドン引かせるなんて、早々ないですよ?

 

 これはアカン奴ですね。完全にSAN0=狂人ですね。

 

 アイエエエエ?!狂人!

 

 そんな叫びがどこからか聞こえてきそうですがね。

 

 「・・・いきなり何です?人のことをニャル何とかって神様呼ばわりですか?」

 

 「ウフフフフフフ嫌だな神様ってば照れ屋なんですねこの本に書いてあったんですそれに見ればわかりますよあなたは素晴らしい外なる神様ニャルラトホテプ様ですよねお会いできて光栄です私毛利蘭といいますたった今よりあなた様を信奉いたしますどうか私めをあなた様を崇め奉る栄誉に預からせてください」

 

 何なんですか、この子。一応正体隠して、魔術で違和感持たれないようにしている私を、一目で邪神と看破するなんて。頭おかしく・・・ああ、既に狂人でしたね。

 

 一応誤魔化そうと試みてみましたが、蘭君は古書店の土間のような床に平伏して見せる始末です。

 

 狂人に加えて狂信者にまで覚醒してしまってますねえ・・・これ、どうしたらいいもんでしょう?

 

 「てけり・り。てけり・り。てけり・り、てけり・り。てけり・り。てけり・り」

 

 手厳しいことをいいますねえ、ショゴスさん。

 

 地雷を店頭に放置しておいた私の自業自得といいますか。

 

 いや、まさか店番無視して立ち読み敢行した挙句、手に取った本でSANをブッ飛ばすとか、結構な低確率ですよ?

 

 『・・・一応、主の信奉者なのだから、適当に言いくるめてみては?悪いようにはするまい』

 

 気軽に言ってくれますねえ!シャンタク鳥!

 

 狂人は狂人の論理に従って動くんですよ?そこに論理の一貫性や解釈の成否を期待してはいけません!私が言いくるめたところで変に曲解や自己解釈をやらかして、動き回るに決まってます!

 

 

 

 とはいえ、まずは。

 

 「・・・まずは、その手に持ってるものを返していただけます?それは一応売り物なんです。あと、当店は一応」

 

 ここで私はトントン、と張り紙をノックしてから言ってのけた。

 

 「立ち読みはご遠慮いただいてるんです。私のお店で、私が決めたことを、勝手に破るなんて、君は本当に私の信奉者なんですか?信じられませんねえ」

 

 誤魔化すことはこの際、諦めることにしましょう。

 

 

 

 私だって邪神なんです。今更信者の一人や二人、増えたところで問題ないでしょう。

 

 え?問題大ありですか?こんなキ●ガイ、ヒロインであってたまるか、青●先生に謝れ?

 

 ・・・ほお。この邪神に対して、謝れと。面白いことをいいますねえ?それは、この口腔器官が言ってるのですか?ん?幻夢境から呼び出した、このヒキガエルにも似た残虐生物が、ぜひそこにこの鉄パイプをねじ込んで百舌鳥のはやにえ風味にしてみたいとおっしゃっているのですが、いかがです?私としては諸手をあげて賛同したい気分なのですが。

 

 ・・・心配せずと、収拾はつけますよ。私としても、この町は気に入ってるので、今のところ離れるつもりは皆無なのですよ。

 

 

 

 「も、申し訳ありません!どうか!どうかお許しを!!」

 

 途端に蘭君は顔を真っ青にして、額を床にこすり付けんばかりに平伏する。

 

 うん、それはいいから、その手に持ってる“ネクロノミコン(サセックス草稿)日本語訳版”を返して。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 おや。明らかに嫌がってますねえ。床に座り込んだまま、視線を私と本を往復させてから、本を豊かな胸元に押し付けて、上目づかいで見上げてきます。

 

 なかなかかわいらしいですねえ。きっと私が人間の男性だったら、ノックアウトされて、鼻の下を伸ばしながらしょうがないにゃ~とでもいうのでしょう。意識してか無意識かは存じませんが、なかなかあざとい仕草をなさいますねえ。

 

 「・・・・・・どうしても、ですか?」

 

 典型的魔導書中毒(実際には魔導書に魅入られてる状態なんですが、説明が面倒なんで、そう呼称しています)の症状ですねえ。

 

 「買うというならいいですが、女子高生には少々厳しいお値段ですよ?」

 

 と言って、私はその本の値段を口にする。うん?フフ、最新の家電がまとめて数台買える程度のお値段とだけ申し上げておきましょう。

 

 途端に蘭君は顔を青ざめさせる。しかしながら、それでもなお本を手放そうとしない。仕方のない。

 

 「ショゴスさーん」

 

 「てけり・り!」

 

 私の声に、カウンターにいたメイドコスチュームの白髪の美女が敬礼をする。

 

 直後、彼女はその擬態を解いた。整った美女の姿はシミが浮き出るように玉虫色の斑を浮かび上がらせ、スレンダーな体躯はこねくり回されるガムのごとくグネグネと蠢くや、その不定形と化した体躯から鞭のごとく触手を伸ばし、聞き分けない馬鹿な小娘をガッチリ戒める。

 

 「きゃああああ!」

 

 「はい、ありがとう」

 

 悲鳴を上げて少女の手から取り落とされた本を、パッと掴み取る。よかった、大きな傷や汚れはついていません。

 

 

 

 オリジナルの草稿から、いくつかアレンジや編集を加えたものですが、それでも作るのにそれなりの手間暇がかかっているのです。バカなガキの我儘に付き合うわけにはいきません。私のメリットもありませんし、ね。

 

 

 

 そのまま手の中の本を、魔術を使ってパッと消す。正確には、蘭君には認識できないようにしてから本棚に戻したんですが、「あ!」と拘束されたままの少女は非常に物欲しげな視線を私の手に釘付けにさせています。

 

 「欲しかったら、お金を払ってくださいね♪

 

 仮にも私の信奉者なんです。私が決めたルールには、従ってくださいよ?」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・はい。申し訳ありませんでした、ニャルラトホテプ様」

 

 不承不承といった様子ながらも、少女が謝ったところで、私はショゴスさんに目配せして、拘束を解かせる。

 

 ずるんっと粘液音を立ててショゴスさんは再びメイド姿に擬態すると、再びカウンターでたたずむ。

 

 それを見届けてから、私は口を開きました。

 

 「では、君が私の信者となるなら、いくつか禁則事項を設けます。これを破ったら」

 

 「破ったら?」

 

 「さて・・・どうしましょうね?」

 

 あえてすべては語らず、意味深に笑って見せます。

 

 

 

 いくつか効果的なお仕置きはありますが、凡人ならともかく、狂人には効果がないかもしれませんね。神話生物にレ●プさせる・・・呪文にかけて拷問・・・その手のカルトに生贄として提供して神話生物にクラスチェンジさせる・・・どれも捨てがたい!

 

 え?それはお仕置きのレベルを超えてる?ええー?最新の邪神式パニッシュメントですよ?信者〈ファン〉なら垂涎もののイベントが、なぜ理解できないんです?!

 

 

 

 「まさかそんなダメですよニャルラトホテプ様私には新一がああでもそうなったら新一が助けに来てくれる新一新一新一新一きっとボロボロになっちゃうけど“待たせたな蘭”とかってかっこつけてくれるのひょっとしたらハグしてキスとかもヤダ恥ずかしいでもそんな新一もカッコいい」

 

 ・・・彼女は実は落とし子か何かが憑依してるんでしょうか?あるいは新種の深海生物か何かでしょうか?

 

 くねくねと体をくねらせ頬を染めてあらぬ妄想の虜になっているようですが、前述のとおりその有様は一般的感性で言うならかわいいというより不気味です。

 

 「・・・先ほどから口にしている新一というのは?」

 

 「ニャルラトホテプ様、まさか新一に興味があるんですか?!ダメです!新一は私のです私の新一新一新一新一新一がニャルラトホテプ様のものになるくらいだったら私が殺してその死体ごと私を捧げます」

 

 うん・・・生贄は定番だし、悪くはないけど、正直そんな気分じゃないかな。それに、今は人間に擬態してるから、死体を捧げられても・・・その、何です、困ります。

 

 「・・・君がその新一君が大好きというのはわかりました。ですが、私が訊いてるのはそんなことではなく、君と新一君の関係性で」

 

 「関係性ってそんな私と新一は将来の仲を誓った夫婦?幼馴染?でも有希子おばさんはお嫁に着てってキャー言っちゃった恥ずかしいでも新一なら私だって新一のお嫁さんなら大歓迎だしあいつは事件事件ですぐに学校サボったりドタキャンくらわすけど私だからやってるってトコロあるだろうしそんなあいつに付き合えるのも私くらいだし」

 

 狂人相手に地雷踏みつけに行ってどうするんです、私。

 

 

 

 ・・・なるほど。多少把握できました。

 

 この狂人〈蘭君〉の場合、執着対象である魔導書と私、あと新一君という人物が絡まなければ凡人に近しい反応をするようです。

 

 では、そのように対応しましょう。

 

 

 

 「では、話を戻して私が設ける禁則事項について話していきましょうか。

 

 ちゃんと聞いておいてくださいね、蘭君」

 

 「はい!ニャルラトホテプ様!」

 

 コクコク頷く蘭君ですが、ハイライトがない渦を巻いてそうな瞳をしてなければ、きっとかわいらしいと表現できたんでしょうねえ。

 

 

 

 私が蘭君に設けた制限は主に二つ。

 

 ①私のことはナイアと呼ぶように。様付はいらない、神様扱いなんて以ての外。

 

 ②私のことを誰かに言いふらさないこと。魔導書も横取りされたくないなら言いふらさない。

 

 蘭君は渋った。神様なのに!私の神様なのに!何で自慢しちゃダメなんですか!神様のおかげで新一だって戻ってきてくれるのに!とかなんとか。

 

 ・・・やはり狂人の思考回路は理解できませんね。まあ、無理に付き合ってSANをすり減らすことはないと思いますよ。画面の向こうの皆様方も、ね。

 

 

 

 蘭君が帰ってから、攻略本を読み直して気が付きました。

 

 新一君・・・工藤新一君ですか!“名探偵コナン”主人公にして、幼児化前の高校生探偵君ですね!

 

 ふーむ・・・蘭君から聞いた限りでは、今年帝丹高校に入ったばかりですので・・・原作開始まで1年ちょっとというところでしょうか。

 

 いいですねえ!原作が始まったら、今は全国を飛び回っている零君も米花に戻ってきてますし、赤井君も来てくれますからねえ!

 

 探索者君たちがどういう風になってしまうかは想像がつきませんが、彼らが参戦してくれれば、それはそれで面白いことになるでしょう!

 

 ・・・ああ、その前に夏休みのニューヨークがありましたねえ!ちょっと、そちらも覗いてみましょうか♪

 

 

 

 幸い、便利な手駒が一つできたことですし、ね。

 

 

 

 

だから奴らに続きの声を

次回の次回、ずっと先の次回まで





【さすがに狂人にはかなわなかった邪神の化身なナイアさん】
 前回セッションとそのエピローグで愉悦しまくったが、後日来た降谷さん相手に心にもない慰めを口にしてみせる。事実ではあるのだが、降谷さんに宥められる資格なんて、ナノグラム単位で存在しないのは周知の事実。
 店に戻ったら女子高生が発狂してて困惑。事情を使い魔たちに聞いてみたら、狂人化して平伏されて更に困惑。
 一応、彼女も邪神の化身であるため発狂した人間のお相手は初めてではないのだが、1対1の上勢いに押された。・・・加えて相手は怒らせるとエクストラと付きそうなダメボ付の武道空手を習得している。一応この身は人間でもあり、痛い目には進んで遭いたくない。
 どうにか魔導書を取り上げて、邪神であることは内緒にするように!と宥めた。
 どうでもいいが、『九頭竜亭』にあるのは大半が一般的な古書の類だが、ごくまれに魔導書が放り込んであり、それらはすべて彼女が頑張ってコピー&再編集したり別言語に訳したりした新規創造のもの。本来のニャルラトホテプはそこまでしないのだが、彼女は化身の中では自分の楽しみのためなら平気で労力を割ける方。
 ・・・途中うっかり狂人女子高生の地雷を踏みつける。ガラでもないのに狂人相手に狂人スイッチを探さねばならないなど、地雷探知犬の気分がちょっと理解できた。
 コナン本編まで1年ちょっとと理解。楽しみだなあ♪
 ・・・なお、蘭ちゃんの狂気をどうにかしようという気は毛頭ない。だってその方が面白そうだから♪自分の言うことは聞いてくれるみたいだし、何とでもならぁな。

【アイエエエエ?!狂人!と言われそうな蘭ちゃん】
 アイエエエエ?!狂人!
 大体の事情は発狂中に口にしていた通りではあるが・・・実はこの時期は『空飛ぶ密室 工藤新一最初の事件』以前のことであり、まだ新一君は事件事件と警視庁に出入りはしていない。
 将来的にそうなる臭いを嗅ぎ取ったのか、あるいは発狂による妄想の産物かは定かではない。何しろ狂人なので。
 ただ、付き合いの悪い新一君に、園子嬢からのアドバイスもあって恋愛指南本あるいは恋愛占い系の本を読んでみようかな→金欠気味だから古本屋のそれっぽい本をとなって、『九頭竜亭』に来た挙句、SAN値直葬の魔導書に目を通して正気を彼岸の彼方に旅立たせた。
 彼女が何を思い、明らかに恋愛系ではない、不気味な感じ(装幀が明らかに普通の素材じゃない)の魔導書を手に取ったかも定かではない。
 魔導書にしても、ナイアさんも言っている通り、他にもラテン語や英語といった他言語のものがあったというのに、ピンポイントで日本語訳してあったものを手に取るという、【目星】クリティカルという状態。
 発狂中に目の当たりにしたナイアさんを、狂人の勘で邪神と見抜いて即行で信者になった。
 ナイアさんも看破している通り、以降の彼女は、ナイアさん・自分が読んでしまった魔導書(“ネクロノミコン(サセックス草稿)日本語訳”)・新一君のいずれかが絡んだ場合のみ、狂人スイッチが入る。
 ナイアさんの正体を内緒にしておかねばならないことはすごく不満。こんなにすごい神様が近所にいるのに!私の神様だからみんなに自慢したいのに!どうして内緒にしなければならないんですか?!
 狂人なので凡人の理屈は通用しない。狂人は狂人の論理に従ってのみ動く。そこに良識や一貫性を期待してはならない。
 なお、狂人の狂信者なので、基本的にナイアさんの命令には絶対服従(命令を曲解しないとは言っていない)。

【名前だけ登場した新一君】
 9話目にしてようやく名前が登場した原作主人公。名前だけ。
 愛しの幼馴染が狂人になってしまったことに、彼が気が付くかは定かではない。
 毒薬飲まされて幼児化で済む豪運の持ち主ではあるが・・・邪神様の視野に入ってしまったのが運の尽きかもしれない。


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【#10】ニューヨークの空の下。あるいは猟犬日和

 読者は皆、文章に酔う…あんたも、何も変わりゃあしない…。
 あまねく読者に文字を…悪夢の終わりを…それが、あたしの仕事さね…
 話はもはやとめどなく、作者はもう、用無しさ!
 あんたの文字を!読者の文字を!
 あんたの文字を!読者の文字を!
 そうして悪夢を終わらせるのさ!
 ああああははははははははははははははははははは!!!!!!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 基本的に閑古鳥の鳴いてる我が古書店『九頭竜亭』ですが、最近常連客・・・客?いいえ、顔見せに来ている人というべきでしょうか、とにかく入り浸る人間が現れました。

 

 「それでですね新一が言ったんですやっぱり蘭の飯は美味いなってキャーヤダ本当のこと言っても何も出ないわよやっぱり新一は私が付いてないとダメなんだからナイアさんもそう思いますよね有希子さんも言ってたけど私と新一はおしどり夫婦になる運命なんですよね」

 

 怒涛の勢いでしゃべり倒すのは、見た目には清楚系女子高生の天下無敵空手ガール、実質SAN0=狂人な毛利蘭君です。

 

 

 

 ・・・一応『九頭竜亭』には、お探しの本の話をするために、お店の片隅に簡易ですがテーブルセットを置いてるんですよ。茶葉と菓子はいいものを用意しています(メイドのショゴスさんもお茶を淹れるのが上手ですし)。

 

 いやですよ、一応人間として味覚も再現している身の上なのに、何が悲しくて貧乏臭いものを味わわないといけないんです?どうせ口にするなら、より美味しくいいものの方がいいに決まっています。

 

 

 

 いやあ、すごいですねえ。

 

 私は短く相槌を打つだけなのに、どこにそんな肺活量があるのか、怒涛の勢いでしゃべるしゃべる。

 

 え?蘭君の発言内容?先ほどまでお昼のお弁当のことを話していたはずなのになぜか将来的に結婚してその子供の名前についてもしゃべくりまくってますよ?

 

 ・・・なぜ私に言うんでしょうねえ?

 

 「それもこれもナイアさんのおかげなんです新一新一新一私の大好きな新一事件なんてどうでもいいから傍にいてキスして抱きしめて新一新一」

 

 ・・・君、以前園子が何とかって言ってませんでした?彼女に言えばどうです?

 

 「園子もいいですけどやっぱりナイアさんに一番に話を聞いて欲しかったんです大好きな人の思いを共有できれば私もナイアさんも幸せだって思いませんもう新一大好きあもちろんナイアさんも大好きですし尊敬して崇め奉っていますよ」

 

 「・・・一応私が神様であることは隠しているので、崇め奉っているっていう最後の文章はいらないでしょうか」

 

 「邪神様ってばお堅いんですねそこが素敵です」

 

 ・・・狂人相手に長話を聞くってすごく大変なんですねー。

 

 半ば聞き流してますがね。

 

 ただときどきでいいからまじめに聞いてる返事を返さないと、狂人なので機嫌を損ねてお店を荒らします。狂人ですので(大事なことなので2回記します)

 

 

 

 以前、うっかり蘭君の話を聞くのが面倒なので聞き流してたら、「神様のいじわる!こんなに神様のことを信奉しているのにどうしてわかってくれないんですか!!」って意味不明な逆ギレのされ方をして、古書店内が滅茶苦茶にされましたね。最終的にショゴスさんに抑えつけてもらいましたが、あれはひどかったです。

 

 ・・・もちろん、被害請求は毛利探偵事務所に一括で請求しておきました。古書とはいえピンキリです。特に、その時は貴重な初版本のページが破れるという過失をやらかしてくれましたからねえ。(幸い魔導書の類は無事だったのですが)

 

 可哀そうに。毛利探偵は0が7つほど並ぶ額の借金こさえて、警備の夜勤などもオーバーワーク気味にこなされてますよ(笑)近日強制マグロ漁船じゃないですか?

 

 まあ、肝心要の狂人女子高生は、自分の行為が原因とは微塵も思ってないようで、お酒やアイドルも控えてお父さんもまじめに働いてくれてる!とちょっと見直しているだけのようですがね。

 

 おや?言ったでしょう?狂人は狂人の論理に従ってのみ動くんです。そこに良識や一貫性を求めてはいけません、と。

 

 今の蘭君に自らを鑑みることができたら、それは狂人ではありませんよ(笑)

 

 え?元を辿ればお前のせいだろって?フフッ今更過ぎますねえ。

 

 

 

 さて、片づけも面倒ですので、今日も私は蘭君を刺激しないように、そのお話にうんうんそうだね~と相槌を打ってあげて、ときどきありふれたアドバイスを入れています。

 

 「そういえば、そろそろ夏休みですが、せっかくの休みなんですから、新一君と一緒にどこかに出かけてみたらどうでしょう?ひょっとしたらもっと仲が進展するかもしれませんよ」

 

 「ナイアさんもそう思います?!フフフ、ひょっとしたら告白されるかもしれないんです!」

 

 ・・・おやおやおやあ?

 

 ちょっと踏み込んで訊いてみると・・・本人の願望と妄想と惚気が多大にミックスされたノンブレス発言から情報を選別するのは非常に苦心しましたが、どうにか判明させました。

 

 今度の夏休み、蘭君は件の新一君と一緒にニューヨークに向かうようなんですよ。

 

 ニューヨークですか。さすがにあの辺りは他の化身〈アバター〉の管轄ですからねえ。ちょいとナイ神父辺りで観に行きますか?いやいや覗き見なら魔術でも十分でしょう。

 

 まあ、いずれにせよ、楽しそうで何よりです!

 

 

 

 ふむ、アメリカといえば・・・赤井君も無事1年の冷却期間を消化してFBIに復帰なさったようです。

 

 まあ、その1年の間に神話事件であっちこっち駆けまわらされたようですがね。たまに組織の連中に狙われたりもしたようですが、例にもれず全員発狂したり神話生物にモグモグされたり頭パーンされたりとロクでもない最期を遂げたようですがね。

 

 赤井君はクールですからね。人の命狙ってきたんだから、どんな目に遭おうと自己責任だろうと言ってのけてましたよ。おお、辛辣辛辣。それでこそ赤井君です!

 

 

 

 おや、元宮野明美女史の方も気になりますか?

 

 赤井君の復帰を寂しげにしながらも、彼の意志を尊重してくれるみたいですね。(ちなみに彼女はミスカトニック大学の方に残られています)

 

 しかしまあ、恐ろしかったのが、「秀君が無事戻ってこなかったら、イグ様を呼んでFBIの人たちにひどいことしてもらうからね!」と脅していたことでしょうか。爬虫類じみた目のハイライトが完全に消えて、真面目くさった調子で言ってましたからね。

 

 ・・・彼女、招来方法は知らないはずなのですが、こうと言ったらやらかしかねない凄味がありましたからねえ。

 

 赤井君は平静を装っていましたが、若干口の端が引きつっているようにも見えましたよ。

 

 厄介なのにモーション掛けてしまいましたねえ。(ニヤニヤ)

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、蘭君が来なくなって、再び静けさが常連となった『九頭竜亭』です。

 

 優雅にショゴスさんが淹れてくれた紅茶に口づけながら、ちょっと見せものを見物してみましょうか。

 

 ふうむ。大体は攻略本に載っている通りのあらすじですねえ。

 

 

 

 飛行機ですか。空飛ぶ密室というのもなかなか面白いですよねえ。

 

 いつだったか、その密室を丸ごと荒らした神話生物VS生き残ろうとあがいてみた探索者というシナリオを見学したことがありましたねえ。

 

 結果ですか?約1名が神話生物になってロストなさいましたけど(笑)

 

 いや、あれも愉快でした。

 

 あ、その探索者というのは、皆さんお馴染みの松井君たちじゃなくて、別人ですのであしからず。

 

 

 

 さて、名探偵工藤新一君の原点〈オリジン〉であり、起点〈スタート〉です。

 

 なかなかの名推理ぶりですが・・・フフッ。馬鹿な子ほどかわいい、という格言が似合いそうな子ですね。

 

 時期が来たら、ぜひ直接お会いして話してみたいものです。

 

 おや、皆さん。一斉に顔をひきつらせてどうしたのです?何言うつもりだって?

 

 嫌ですねえ。ちょっとした一般論を言ってみるだけですよ。彼ならきっと、面白い答えを返してくれるのではないかと、ね。

 

 

 

 さて、ファントムシアターでの殺人事件も一件落着しました。

 

 おやまあ、自分の犯行がばれたことの八つ当たりを蘭君にするなんて・・・いけませんねえ。一応彼女は私の信奉者でもあるんですが・・・しかし、贔屓もいかがな物でしょうか。あからさま過ぎると近くにいる赤井君に感づかれかねませんし・・・。

 

 では、こうしましょうか。

 

 あの犯人君が寝たのを見計らって、必殺☆悪夢のクローズドサークルに強制召喚拉致!

 

 探索者の皆さんにはお馴染みの、何もなさそうに見える部屋に強制的に拉致って、悪夢的な経験をして、SANを削り取ってあわよくばこの世と絶交してもらおうという企画でーす!

 

 結構こういうシナリオ多いと思うんですよねー。確かに私、面白がり屋ではありますが、ああいう情緒に欠ける突発的な罠って、白けそうだからあまり積極的に仕掛けようとは思えないんですよねー。

 

 ああ、あくまでこの次元の“私”は、ですよ?他の次元の“私”のことまで知るわけないでしょう。

 

 というわけで、このローズとかいう女は、蘭君に生かしてもらってまで犯罪を完遂したくせにその八つ当たりをした分際ですので、ぜひとも頑張っていただきたいですねー。松井君と比べるとカスステに加えてクソ技能持ちの上、ダイス目もクソカスですけどねー。

 

 ま、無事クリアして生き残ろうが発狂して死のうがどうでもいいんで、放置で。

 

 

 

 見てもつまらなさそうな雌ナメクジなんてどうでもいいんですよ。

 

 肝心なところをちょっと見学してみましょうか。

 

 おやおや、蘭君。調子悪そうなのに、そんな雨の中ハンカチを落とすなんて。

 

 ああ、赤井君。相変わらず元気そうですね。

 

 とと?今の彼はどうやら、探索者モードのようですね。真夏というのに例の黒スーツに肩羽織りコート姿です。FBIと一緒にいるのは、たまたま居合わせたに近いようです。

 

 ふむ。どうやら、お手製の魔導書も持ち歩いてるようですし、すっかり勘を取り戻したようですが、彼と遊ぶのはまた今度に・・・おや?

 

 ・・・あの銀髪の殺人鬼君、やらかし君でしたか。

 

 

 

 え?ああ、どうも彼、魔術師の家に押しかけて、うっかり儀式のさなかに乱入して、魔術師を食い殺した“猟犬”に追い回されてるようなんですねえ。

 

 よく生き延びてましたねえ。

 

 あ。赤井君が気が付いた・・・というより、大学からの依頼で(FBIに復帰したんですが、人手不足もあってまだ時々やってるみたいです)探し回っていた魔術師を殺した奴が、FBIの標的と同じと、ここに来て気が付いたようですね。

 

 

 

 “猟犬”――正式名称ティンダロスの猟犬は、時間の流れを乱す者を、その命尽きるまで追い回すという、凶悪極まる神話生物です。こいつらの懐柔は我々神格でも無理です。

 

 それができたら、まさしく偉業ですよ。

 

 で、この猟犬は、青い泥のような毒性ある膿を分泌しています。

 

 独特の物質ですし、この膿は標的に対する目印にもなるんです。赤井君は以前猟犬と対峙したこともありましたからね。すぐさま顔色を変えて、適当に言い訳つけて単独行動に出ましたね。

 

 ・・・さて、赤井君は間に合いますかねえ?

 

 

 

 あ、ちなみに、銀髪の殺人鬼君はとっくに猟犬に食い殺されました(笑)頑張って逃げ回ってたんですがね。例の舌攻撃でPOWを吸い尽くされて死んじゃいましたよ。

 

 猟犬の方は、タイミングがいいのか悪いのか、彼を殺そうと彼そっくりに変装した人物を、次の狙いに定めたようで。

 

 匂いが違うから変装なんて意味をなさないのでしょうが、そもそも猟犬は遭遇したら殺しにかかる性質を持ってますからねえ。

 

 加えて、鋭角(120度以下の角度)を通じて出現しますから、実質どこでも出現しますし。

 

 

 

 ・・・彼女を見かけるのも久しぶりですねえ。前会ったのは、ロマノフ王朝が滅びの瀬戸際だった頃でしたか。

 

 サン=ジェルマン伯爵にまで取りいった女が、あんなチンケな場所で何をやっているのやら。

 

 せっかくのお望みのものが手に入ったのですから、もっと楽しそうに生きてみたらよろしいと思うんですがねえ?

 

 

 

 あ、ちなみに彼女ももちろんSANチェックに失敗したみたいで、殺人癖を発症、本来の目的を忘れてそのまま猟犬に銃弾を撃ち込みましたが、あれは装甲持ちですからそうそう効きませんよ。

 

 で、弾切れしたのでやむなく猟犬の攻撃から、必死に逃げる逃げる。

 

 ほらほら、もっと必死に逃げないと殺されちゃいますよ~♪

 

 で、変装人は銀髪の殺人鬼姿のまま、廃ビルに逃げ込み、蘭君に遭遇。

 

 あらら。一見すると目撃からの口封じにも見えますが、あれは確実に一時発狂の殺人癖を引きずってますね。

 

 蘭君も運がない。

 

 直後、すぐ近くの階段がぐにゃりと蠢き、青い粘液を纏った四足の獣めいたそれが姿を現します。

 

 通常の犬と表現されるそれからは隔絶された、明らかに人智を超えた化物めいた姿に、変装人は恐怖に絶叫し、蘭君は・・・あらら、一見すると絶句しているだけに見えますが、何しろ彼女は狂人ですからねえ。きっと予想の斜め上を行く行動をとってくれるのでしょう。

 

 案の定、「助けて、新一ぃ・・・!」と涙目になってつぶやいてます。・・・頬を染めた恍惚とした表情で、その目にハイライトがない、渦巻きが見えなかったらよかったんですがねえ。

 

 グルグルと唸った猟犬は、そのまま変装人目がけて触手を飛ばそうとします。

 

 「危ねえ!」

 

 叫んで割って入ったのは・・・おや、噂の工藤新一君ですね。

 

 体当たりで変装人を突き飛ばし、攻撃を空振りさせます。

 

 ・・・すごいですね、彼。SANチェック成功させて、混乱しながらも冷静に対峙しています。

 

 そうして蘭君のところに駆け寄り、彼女を背後にかばいながら「おい、何なんだよこれ!」とすかさず変装人を問いただしてますねえ。

 

 ・・・猟犬に気を取られているのかもしれませんがね。君がその背後にかばっている少女が、変装人を助けた瞬間、彼女ものすごい目になってましたよ?人殺しするぞゴラァって目で、変装人をにらんでましたよ?

 

 気が付いてないなら、それはそれでいいんですがね?

 

 そうして、生意気な乱入者に猟犬が飛びかかろうとするより早く。

 

 一発の銃弾が、猟犬の脳天を穿つ。ただの銃弾ではありませんね。神話生物特有の魔力装甲を貫通する、特殊貫通弾の一撃です。

 

 血液代わりに青い膿を飛沫として、猟犬は弾かれるように倒れ込む。

 

 道を挟んでさらに向こう。少々離れたところにあるビルの屋上で狙撃ライフルを構えてスコープを覗き込むのは、いわずもがな、赤井君です。

 

 

 

 ちなみに、彼が使っている狙撃ライフルはFBI支給のそれではなく、ウィルマース・ファウンデーション支給の、対神話生物用銃火器ですね。

 

 特殊加工されたライフリングによって、銃弾に魔力を纏わすことも可能な代物です。ちなみに、これ、素で対戦車ライフル並みの威力を誇るそうです。そんなものを気軽に持ち歩くなんて、つくづく怖い男ですよね~。

 

 

 

 ライフルの銃口を下げると同時に、彼は口に加えていた犬笛にも似た銀色の笛を吹きました。

 

 実際、それは犬笛なのでしょう。ただし、呼び寄せる対象は、“ティンダロスの猟犬”とその眷属に限られますがね。

 

 その音は、人間の可聴域には存在しません。しかし、猟犬の耳にはきっかりと届いたに違いありません。

 

 初めて受けたダメージらしいダメージに身体をふらつかせていた猟犬が、弾かれたように頭を上げるや、グルグルという唸り声をあげ、吸い込まれるように階段の角にその姿を消しました。

 

 そうして、次の瞬間、赤井君が佇むビルの屋上、その瓦礫の一つを出入り口の鋭角として、再びその醜悪な姿を現します。

 

 プッと犬笛を吐き捨てた赤井君が動きました。

 

 ・・・彼は本当に、準備がよすぎます。追いかけていた魔術師がティンダロスの猟犬と接触したのを見越して、その対策をあらかじめ講じていたのでしょう。

 

 彼のすぐ背後には、大型のブルーシートが広げられ、その上には特殊なインクで描かれた魔法陣があります。

 

 猟犬の触手を高めの【回避】でどうにか躱し、彼はライフルに代わってすぐそばに置いていた楡の木の杖を手に取りました。

 

 そのまま魔法陣の真ん中に杖を突き立て、術式を起動。陣が激しく発光するや、その中にいた猟犬が雷に撃たれたかのように身動きを止めます。

 

 「Good boy,time guardian.〈いい子だ、時間の守護者〉」

 

 陣から飛び退くように離脱した赤井君はなめらかなイギリス英語でそういうや、ダブルブレストスーツの懐から取り出した、麺棒ほどの大きさの黒い五画棒を猟犬に投げつけていました。

 

 「関係者が全員寿命でくたばるまで、お休み」

 

 言い終わると同時に、小雨が降る中というのに煙草を咥えてマッチを擦る赤井君。

 

 投げつけられた黒い五画棒は空中でガシュッとその真ん中で割れて、銀色の芯を表出させました。

 

 直後、魔法陣の中にいた猟犬がその銀色の芯に煙のように吸い込まれて、消えてしまいました。すぐさま、黒い五画棒は再びガシュッと、音を立てて元に戻ります。

 

 あれは・・・ミ=ゴの封じ込め棒にも似ていますが・・・。ウィルマース・ファウンデーションでは、さまざまなアーティファクトの研究もされていると聞きましたが、あんなものを実用化させるとは。

 

 カランっと音を立てて、光の消えたブルーシートの上に転がる黒い五画棒を拾い上げ、赤井君は大きく息と一緒に煙を吐いた。

 

 いやはや。やはり君は凄まじいですねえ。アーティファクトを使用したとはいえ単騎で猟犬を完封して見せるとは。

 

 しかしまあ、君が何とかしなかったら、犠牲者が3人ほど増えてましたからねえ。お疲れ様です、赤井君。

 

 

 

 そのまま赤井君は振り向いて、先ほどまでライフルのスコープ越しに見ていたビルを睥睨しています。

 

 そうして放り出していた対神話生物用狙撃ライフルを手に取りますが、その銃口を向けることもなく、さっさと雨の届かない屋内に置いていたライフルケースにしまい、続けてブルーシートやら楡の木の杖やらを手際よく片付けていきます。

 

 どうやら、撤収するつもりのようですね。

 

 赤井君のことです。あの変装人の中身など、とっくにお見通しなのでしょう。

 

 本来なら、とっとと行動不能に追い込んで確保したいところなのでしょうが、如何せん今の赤井君はやましい不審物の見本市ですからね。FBIのメンバーに深く問いただされるわけにはいかず、結果として見逃すというところでしょうか。

 

 煙草を携帯灰皿に押し付けて消すや、そのまま赤井君は屋上を降りて姿を消しました。

 

 

 

 一方で、狙撃してきた赤井君に真っ先に変装人も気が付いていました。

 

 加えて、赤井君の一連の行動――変装人では手も足も出なかったティンダロスの猟犬を狙撃した挙句おびき寄せ、封印を施したことも目の当たりにしてしまいました。

 

 あ、パニクってまたSANチェック失敗しましたね、彼女。しかも、不定の狂気に突入してしまいましたよ。

 

 ま、自分が殺そうとしていた人物が、想定を上回る方法を使ってトンデモ化物を退治したわけですからね。パニックにもなるでしょうし、SANも減るに決まってます。

 

 足をもつれさせてその場から逃走しようとしたら、うっかり柵を壊して非常階段から転落しました。イエ~イ♪

 

 が、その腕を間一髪でつかんで助けた人物がいました。すぐそばにいた蘭君です。

 

 ・・・倫理云々というより、新一君にいいところ見せたいって感じですかね。相変わらずの狂人ぶりです。

 

 ですが、そんな彼女を見た変装人は思わずポロッとつぶやいてしまいました。多分、雨音に消されて本人以外聞き取れなかったとは思いますがね。

 

 「天使・・・!」

 

 ・・・あの変装人の中身さんも、大分SANを摩耗なさってましたからねえ。まあ、只人が永遠なんぞ望むなら、代償に正気の一つや二つ削られるもんですよ。

 

 不定の狂気中とはいえ、狂人を天使認定するなんて、大分イカレてますねえ。

 

 ここで、新一君が蘭君に助成して、どうにか変装人を引き上げることに成功。

 

 ただでさえも体調不良の中雨に打たれて熱を出して意識喪失してしまった蘭君を背負って、新一君は茫然とする変装人は置いて、勢いよく階段を下りていきます。

 

 新一君はまだ化物が襲ってくるかもしれないと周囲を警戒してるようですから、できるだけ早くこの場を離れようとしているようですね。

 

 ・・・ま、猟犬が健在だったら、そんな些細な抵抗、抵抗とも呼べずにあっさりと殺されてしまいますがね。

 

 

 

 さてさて。長い前座はこれにて終了です。

 

 ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

 

 え?まだコナン本編が始まってない?お前がアレにちょっかいを出さないとはどうしても思えない?

 

 ザッツライ!ま、基本は面白おかしく傍観ですが、さてさて、どうしましょうかねえ?

 

 

 

 

だからこそ、この続きは呪詛の溜まりとなった

呪う者、呪う者。次回と共に哭いておくれ




【狂人女子高生の妄想トークに付き合って、ニューヨークを眺めるナイアさん】
 前回から引き続き、狂人と化してしまった空手ガール女子高生のノンストップ爆裂トークに付き合う。付き合わないと意味不明な逆ギレをされてお店を荒らされる。すでに1回被害に遭って、希少な古書をダメにされている。
 ・・・なお、きっちり被害は毛利探偵事務所に請求した。毛利探偵はキャバクラや競馬、アイドル飲酒といった娯楽を控えて夜勤に精を出すようになったらしい。なお、強制マグロ漁船も近いご様子。
 狂人女子高生の彼氏(予定)の新一君を、ファーストウォッチング。目立ちたがりな、頭のいい、正義感の強いボウヤと、何を話すつもりやら。
 曲がりなりにも信者になってくれた蘭ちゃんを、守るつもりはなくても仕返しくらいはやってあげる。ローズさんは留置場内で、一時的に姿を消したと思ったら、常識では考えられない恐ろしい死に方をして、警察関係者を阿鼻叫喚におとしいれ、SANまでも削った。
 なお、ローズさんに用意してあげたシナリオは、一人では絶対クリアできない仕様なので、単なる処刑でもあった。加えてナイアさん御本人は、放り込むだけ放り込んで、もういいやと放置した。
 久しぶりに、お気に入りの赤井君もウォッチング。ティンダロスの猟犬を、アーティファクト使用とはいえ単騎で完封して見せた赤井君に拍手。
 ・・・なお、彼女は、銀髪の殺人鬼に変装していた某人物のこともご存じの様子。
 ロマノフ王朝云々といっているあたり、某人物もこの世の裏側に片足を突っ込んでしまっている御様子。つまり、元々低SANだった。
 某人物が、狂人女子高生を天使呼ばわりし始めたことに気が付いて、苦笑。そいつ、単なる狂人だから!
 ・・・前座はこれにて終了。そろそろコナン本編に行ってみようか(にっこり)

【ニューヨークでは狂人ぶりをうまいこと隠してた蘭ちゃん】
 相変わらずの狂人ぶり。SAN0のまんま。アイエエエ?!狂人!
 ナイアさん大好き崇め奉ります。新一大好き新一新一。
 前回から、ときどき『九頭竜亭』にやってきてはナイアさん相手に、願望と妄想と惚気と愚痴をミックスしたノンブレス狂人トークを爆裂させる。話題は主に新一君について。
 ただし、これは相手がナイアさん=信奉する神様が相手だからやっているだけで、園子ちゃんを始めとした学校の友人や、父親である毛利探偵は、特に彼女に違和感を覚えることなく生活している。
 大好きな神様だから、自分の話を聞いてちゃんと返事を返してほしい。聞いてくれない神様、ひどい!プンプン!・・・なお、ナイアさんが話しを聞き流していた場合、被害が『九頭竜亭』の商品と内装に行く模様。
 そのせいで父親が借金こさえたことは知らず(というか、多分自分のせいと認識してない)、お父さんもやっとまじめに働いてくれるようになった!とニッコリ。
 事務所はもちろん、毛利探偵の運命も定かでないと気が付いているのか。・・・多分、ない。なぜなら狂人だから。
 新一君と一緒にニューヨークへ。このあたりは大体は原作通りに行動をとる。
 諸事情からティンダロスの猟犬に追われる変装人とインパクト。ついでに彼女も猟犬とインパクト。やったね蘭ちゃん!寿命が減ったよ!
 ・・・なお、大好きな彼氏(予定)の新一君は立ち竦む自分より、攻撃されかけてた有象無象をかばった。何あの有象無象?砕いていい?
 でも、パニクッて発狂中の有象無象が落っこちかけたら助ける。見て見て新一!私、優しいでしょ?!
 ・・・発狂中の有象無象に天使認定されたことは、もちろん知らない。
 くどいようだが、今一度。狂人は狂人の論理に従ってのみ動く。そこに良識や一貫性を求めてはならない。
 帰国後、事実と妄想と自分の願望、愚痴をないまぜにした例の怒涛の狂人トークを、ナイアさんに炸裂させて再び彼女を辟易とさせる。

【FBIと魔術師探索者の二足草鞋な赤井さん】
 1年の冷却期間を置いて、無事復帰。
 ただし、ウィルマース・ファウンデーションは万年人手不足なのもあり、まだ時々神話事象関連の事件調査に駆り出される。
 今回は、同僚たちがニューヨークで殺人鬼を追い回す中、時間操作系の儀式をやらかそうとする魔術師を止めに行こうとするが、間に合わず、よりにもよって魔術師の家に押しかけた殺人鬼が、ティンダロスの猟犬に狙われる羽目になり、被害拡大を防ぐべく動くことに。
 時間操作系と聞き及んでいたので、時間といえば奴だよな、ということで対策グッズを一通り用意しての行動だった。
 文中にも書いているが、彼は大学時代に一度猟犬と対峙している。例にもれずその時もひどい目に遭った。
 ようやくついたニューヨークで、ばったりと同僚に遭遇。情報のすり合わせをしてたら、俺の追ってる猟犬に追われてる奴、FBIの標的と同じだ!と気が付く。
 このままでは被害がさらに波及して収拾がつかなくなると判断、適当に言い訳して単独行動に出る。
 あとは文中に書かれている通り、大学からの装備とアーティファクトをフル活用して、猟犬を完封する。・・・本来、猟犬は単騎で対峙するような神話生物ではない。神話生物の中でも規格外の追尾性と攻撃性を保持している。彼が勝てたのは、猟犬が彼を狙ってなかったため余裕があったことに加え、対策を徹底準備していたからに他ならない。
 猟犬を封印後、向かいのビルの目撃者をどうするか考えるが、目撃者たちが何か言ったところで、どうせ誰も信じないだろうと放置することにして、装備をまとめて撤収する。
 ナイアさんも言ってる通り、銀髪の殺人鬼そっくりに変装している誰かさんのことなど、お見通しだったりする。・・・というか、FBIと別れて猟犬封印するまでの間に、彼が本物の殺人鬼の死体を発見したため。
 ・・・なお、猟犬を封印したアーティファクトは、ミスカトニック大学の地下シェルターを改造した保管庫(という名の危険物封印場)に移されることになる。

【満を持して登場したけど、いまいち影の薄い新一君】
 大体は原作通りの行動をとる。無事、飛行機での最初の事件を解決後、ファントムシアターの殺人事件も解き明かす。
 ・・・ローズが翌日、原因不明の異常死を遂げたことは、帰国してから知る。
 蘭ちゃんに代わって、ハンカチを探し回り、その最中に銀髪の殺人鬼の話を聞いて、さっさとハンカチ見つけて離れねえと、となった。
 その前に、なぜかタクシー下りてた幼馴染が、噂の人物とインパクトしてるの見かけて、やっべえ!となった。
 でも殺人鬼よりも数万倍ヤバい怪物が、あり得ない出現の仕方するのも見かけて、アバーっ?!となりかけるが、幼馴染を案ずる一心でSANチェックに成功する。
 ・・・飽く迄作者の偏見だが、この新一君なら惨殺死体などではSANチェックは発生しないと思われる。ただし、神話生物や魔術などではSANチェックは入る。
 誰かに撃たれたらしい怪物が、急に消えた。よくわかんないけど、今のうちに逃げよう!お前、蘭が助けたし、蘭のこと優先しなきゃいけないから見逃すけど、次はないからな!
 ・・・もちろん、彼が邪神様のことに気が付いているわけがない。


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【#11】原作スタートらしいです。トロピカルランドで私とデート!

 読者よ、タグは読まなかったのか?
 引き返したまえ。この話は駄文の塊、公開されて後、ただそこにあるだけ。
 興味のないものたちに、何の被害があろうものか。引き返したまえ。
 …さもなくば、この文が君を絡め取るだろう
 …貴公、よい読み手だな。
 よい文の選りすぐれに優れ、忍耐強く、世界観に酔っている。よい読み手だ。
 だからこそ、私は続きを書かねばならん!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 水族館で両親仲直りのための下見という名のデートからの殺人事件遭遇というコンボを決めてしまった蘭君が、今日も今日とて『九頭竜亭』のテーブルセットで、新一君についての妄想と願望と惚気と愚痴と狂気をないまぜにしたノンブレストークを炸裂させています。

 

 

 

 いやあ、やはり彼女は頭がおかしいですね。

 

 1年前のニューヨークからの帰国後、事実に8割ほど盛りまくった狂人トークを炸裂させてましたからねえ。

 

 え?具体的内容ですか?殺人鬼を助けた新一君マジかっこいいというのはまだ頷けます。推理してる新一君イケてるというのもわからないでもないです。でもそこからやっぱり新一君を理解できるのは自分だけ、とか死体に囲まれる新一君について行けるの自分だけとか・・・さらにそこから、されてもない告白とキスまでやってのけられたということを報告してくれてました。

 

 ちなみに、5回ほど同じ内容のトークを炸裂させてました。認知の入ったご老人でしょうか?

 

 これ、常人が聞いたらSANチェック入るんじゃないですか?実際、ご近所の回覧板持ってきたおじいさんが、うっかり耳にしてしまったらしくて蒼褪めた顔されてましたからねえ。

 

 後日、おじいさんから青い顔で滔々と言われましたよ。何かあってからじゃ遅いからちゃんと相談しなさい、必要なら警察にも言うべきだ、と。

 

 

 

 いやあ、素敵なご近所さんに恵まれましたね。

 

 え?そのおじいさんはお前みたいな邪神をご近所に持って不幸この上ない、ですか?

 

 嫌ですねえ、曲がりなりにも凡人に擬態してるんですから、ご近所付き合いも可もなく不可もなくこなしているんですよ、私は。

 

 

 

 もうだいぶ慣れてきましたし、いつものことと流せるようにはなりましたよ。

 

 とはいえ、あれから1年近く経っているというのにまったくSANが回復する兆しがないんですよねえ。私と接触しているからでしょうか?

 

 ああ、ちなみに蘭君はこの店に来るときはたいてい一人です。以前、お友達は連れてこないのかと尋ねたら、神様を崇め奉ってるわけでもない凡人をお連れするなんて失礼だ、とか、新一の話をまじめに聞いてくれるのは神様だけ、他の人に聞かせるの恥ずかしいとかなんとか。・・・圧倒的に後者の理由が強いでしょう?加えて私は半分近くを聞き流して、適度にありがちアドバイスを入れるだけですから、まじめに聞いてるとはとても言えませんよ?

 

 ま、本人が納得しているなら、それでいいですがね?

 

 

 

 さて、そんな蘭君は今、ショゴスさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらうっとりと狂人トークを炸裂させています。

 

 「新一かっこいい新一素敵新一素直じゃないけどしょうがねえなって言いながら結局助けてくれるしそこもカッコいい大好き新一水族館のことだって新一がいたから殺人事件起こって台無しになったしケータイ失くしたのもなんとかしてくれるし埋め合わせにトロピカルランドに連れて行ってくれるから大丈夫絶叫系だったら手をつないだりしても大丈夫お化け屋敷はダメよくっつけるけど怖いもん後は定番の観覧車とお昼はもちろん新一のおごりでお父さんもケチよね何で急にお小遣い減らすとか言い出したのわからないし大丈夫新一がいるもんおごりだからお土産も買おう二人でおそろいのキーホルダーとかどうかな園子あたりにまたからかわれちゃうかも」

 

 いやあ、相変わらず素晴らしい肺活量と滑舌っぷりですね。

 

 ふむ、しかし気になる単語が出ましたねえ?

 

 「トロピカルランド、ですか?」

 

 「ええ」

 

 頬を染めてうなずく蘭君。・・・くどいようですが、その目にハイライトはなく、瞳孔の奥で狂気が渦巻きを描いています。

 

 

 

 どうにか蘭君の狂人トークから情報を引き出してみる(1年近く付き合ってると否応にも慣れますよ)と、今度の都大会で優勝したら、新一君のおごりでトロピカルランドに遊びに行くということだそうで。

 

 ちなみに蘭君は、もう行く気満々のご様子。・・・優勝、できるんです?

 

 確かに彼女、エクストラ認定されそうな値のダメボ持ちの上、【武道】【拳〈空手〉】持ってますからねえ。

 

 ・・・彼女、その気になれば単騎で神話生物屠れるんじゃないです?

 

 

 

 話を戻します。

 

 その後、蘭君に軽いエールを送って、お帰りいただきました。

 

 神様が応援してくれるなら、今度のデートも大成功ですよね!とウキウキと気分を弾ませてますが、君、以前のデートが大成功と言えたか、胸に手を当ててよくよく考えてごらんなさい。

 

 ・・・言うだけ野暮ですか。狂人は狂人の論理に従ってのみ動くんです。そこに良識や一貫性を求めてはいけません。ええ、よく存じてますとも。

 

 

 

* * *

 

 

 

 その日、私は少しおしゃれして店を出ました。

 

 ショゴスさんとシャンタク鳥、留守番を頼みましたよ。

 

 目の前に停められているのは、ピカピカの白いRX-7――零君の愛車です。おっと、よそでは透君と呼ばなければいけませんでしたね。

 

 すぐわきでたたずむ零君もカジュアルなファッションがよくお似合いです。若者向けのパーカーとジーンズを着ているせいで、とても三十路手前には見えず20代前半にも見えるでしょう。ふむ?微かに香る香水と整髪剤の香りから、彼もさりげなくおしゃれをしているようです。

 

 対する私は、飾り気のない黒のスラックスとベスト、白のカッターシャツという格好から一転、ブーツカットのジーンズに、淡いブルーのブラウスと丈が長めのベストを羽織っています。

 

 眼鏡もいつもの銀縁から、ハーフリムのフレームに紫のアクセントが付いたものをチョイス。髪はいつも通りのポニーテールですが、ワンポイントにブルーのシュシュをつけています。メイクはあくまでナチュラルに。元の素材がいいんですから。

 

 おや、皆さん。急にどうしたんだって?

 

 フフッ、見ればわかるでしょう?デートですよ、デート♡

 

 「すみませんね、透君。待たせてしまいましたね」

 

 「いえ。僕も今来たところですから、大丈夫です」

 

 にっこりほほ笑む透君は、紳士的に助手席のドアを開けてくれました。

 

 「さあ、乗ってください」

 

 「では、お言葉に甘えて。ありがとう、透君」

 

 笑みを返して、乗り込む私に、透君はドアを閉めて、続いて自分は運転席に乗り込み、エンジンをかけます。

 

 「今日は、よろしくお願いしますね」

 

 「こちらこそ」

 

 こうして、白いFDはすべるように道を走り出しました。行先はもちろん、トロピカルランドです。

 

 

 

 数日前のことですが、突然店にやってきた零君がちょっと一緒に行ってほしい場所があると、顔を赤らめて言ってきました。

 

 ・・・君、いくつです?そんな童貞じみた反応では、女性とのお付き合いがありませんと自白しているようなものですが。

 

 おかしいですねえ。この容姿ですよ?女性の10人20人ペロッと平らげててもおかしくないと思いますが。はて?それとも攻略本に書いてあったようにそっちの気もあるのでしょうか?同性愛なんて他の動物などでもマウンティングやあいさつ代わりにそういう行為もやってるみたいですし、偏見はありませんが。

 

 まあ、いいでしょう。

 

 しかしまあ、今まで作った料理のおすそ分けに来てくれたり、ちょっとしたご近所の買い物に付き合ってくれたりこそしましたが、(潜入捜査に入る前ですがね)こういう言い方をしてくるのは初めてですね。

 

 よくよく話を聞いてみれば、ちょっと脱力しました。

 

 何でも、潜入捜査の一環で、遊園地に行かなければならないが、一人で行くと目立つし、ナンパされることもあって思うように動けなくなることが多い。女性の捜査官を使いたいところだが、人手が足りない。

 

 そこで、事情(潜入捜査中であること)を知ってて、万が一があっても大丈夫な私に白羽の矢を立てたというところだそうです。

 

 ・・・君、一応私が神様だと知ってて言ってます?万が一があったら遊園地なんてそこのいるお客さんごと更地にしてから、この星を脱出しちゃいますよ?

 

 まあ、いいでしょう。それはそれで面白いですし。

 

 

 

 というわけで、ちゃんとカップルに見えるようにちょっとおしゃれして、偽装デートと相成ったわけです。

 

 ふーむ、潜入捜査の一環でトロピカルランドですか。加えて、蘭君から聞いたことと攻略本の情報を擦り合わせた結果、今日のようなんですよねえ。

 

 何がって、工藤新一が幼児化して、『名探偵コナン』がスタートするのが。

 

 いやあ、楽しみですねえ。

 

 え?お前今度は何をする気だって?特に何も。人間が面白おかしく憎み合って殺し殺され合って、疑って疑られ合うなんて、最高の娯楽じゃないですか!

 

 間近で見物しないでどうします!

 

 え?これだからこのクソ邪神は?おや、今更過ぎる発言をありがとうございます。

 

 

 

 さて、日曜の朝です。遊園地はかなりの人数がごった返し、チケット売り場は行列になってます。昨今はネット予約であらかじめチケットを取り寄せておくということもできますが、それでも大混雑ですねえ。

 

 駐車場に車を止めた透君はシートベルトを外すなり、ポケットから取り出したものをこちらに差し出してきました。

 

 「はい、姉さん。今日はこれを使ってください」

 

 おや、1日パスですか。いいんですか?わざわざ。

 

 「誘ったのは僕の方ですから。それに捜査の一環ということで、経費で落ちます」

 

 にっこり笑う透君に、苦笑してありがとうとチケットを受け取ります。

 

 では、お礼にもならないでしょうが、透君の悩みを一つ、解決してあげましょう。

 

 「透君、ちょっとじっとしてください」

 

 と、私は用意していたものを彼の首に巻きつけ、首の後ろでクラスプを止めます。それはレザーとシルバーを組み合わせたネックレス――ありがちなメンズアクセサリーです。零君の褐色の肌にはよく似合います。

 

 

 

 「今、透君に特別なおまじないをかけました。

 

 いいですか?このおまじないが効いている間、透君は私以外の周囲の人間には取るに足りない通行人程度にしか認識されません。つまり、君が今まで苦手にしていたナンパなどがほとんどなくなるでしょう。

 

 ですが、それはあくまで君が“取るに足らない通行人”だからです。それに相応しくない、“安室透や降谷零のような行動”をとってしまえば、おまじないは解けて周囲の人間は君を“安室透あるいは降谷零”だと認識してしまうでしょう。

 

 具体的には、ボクシングで悪人を伸したり、RX-7でトンネルの壁面を爆走するような驚異のドラテクを披露したり、話術や推理で相手を翻弄する場合です。君の職場の他の同僚ができないことは、ばれるきっかけになるぐらいに思っておいた方がいいですよ。

 

 それから」

 

 最初こそ怪訝そうにしていましたが、すぐに私が神様だということを思い出して真剣な表情になった透君に、一呼吸おいてから付け加えました。

 

 「覚えておいてください。おまじないが解けてしまったら、君だけじゃなくて、周囲にも災いが降りかかりますよ」

 

 わかりましたと、透君がうなずきました。

 

 冗談でもなんでもない、ということを悟ってくれたのでしょう。

 

 「おまじないを無効にしたいときは、そのネックレスを外してください。

 

 ネックレスをしている状態でおまじないが解け、掛け直したい場合は私に言ってください。おまじないを掛け直します。・・・もちろん、先ほど言ったように、そうならないのが一番ですがね」

 

 茶目っ気たっぷりにウィンクして言いました。

 

 

 

 もちろん、わかる人には分かるでしょうが、これは呪文≪平凡な見せかけ≫のアレンジです。本来この呪文は維持に膨大なコストがかかるのですが、邪神たる私にとって、アレンジして使い勝手を向上させるなど朝飯前ですよ。

 

 とはいえ、呪文を破った場合のSANチェックはもちろん健在ですがね。

 

 ま、透君のことです。うまいことやってのけるでしょう。

 

 

 

 首元のネックレスを触ってから、照れくさそうに頬を染めた零君が、改まったように言いました。

 

 「今日は、わざわざすみません、ナイア姉さん」

 

 ノンノン。ダメですよ、それは。

 

 私は零君の唇にピンと立てた人差し指を当てて、にっこりとほほ笑む。

 

 「おや、今日、君と私はデートに来たんですよ?遊園地に、“姉さん”とデートですか?」

 

 「! いえ・・・今日は、よろしくお願いしますね、ナイアさん」

 

 よろしい。では、行きましょうか、透君。

 

 車から降りた私たちは、手をつないで歩き出しました。デートらしく、ね。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、大勢の観光客でごった返す遊園地を移動するというのは、新鮮ではありますが、なかなか大変ですね。

 

 しかしながら、日ごろ薄暗い古書店で悠々自適に暮らしている私を思ってか、零君は巧みな話術でいろいろ話題を振ってくれ、退屈させません。

 

 ただし、これはあくまで偽装デート。会話の合間に、零君は左耳に差しているイヤホンで、何事か聞いて、必要とあれば、パーカーの内側に仕込んでいるマイクで何事か囁いているようです。

 

 もちろん、それをやったらすぐに、申し訳なさそうに一言、すみません、というのですが。

 

 構いませんよ、お仕事でしょう?最初からそう言ってくれてましたし、ね。

 

 それに――。遠くをチラチラとよぎる、緑のパーカーを着た特徴的な髪型の少年と、水色のコートの長い黒髪の少女。これはこれで、面白そうですしね。

 

 フフッ、これでしばらくデートはお預けになるんですから、楽しんでくださいね、二人とも。

 

 

 

 「おやまあ」

 

 「ナイアさん?」

 

 ふと視線を上げた先で、ちょっとしたものを発見した私は、足を止めてつぶやいてしまう。つられて透君もそちらに目をやって、絶句したようですね。

 

 何しろ、ミステリーコースターのレールの上で、真っ赤な噴水が上がってるんですから。

 

 いやあ、コースターからちょっと離れたアトラクションに並んでいた私たちでも見えるんですから、多くの人間が見てしまったことでしょうねえ。

 

 いやあ、いい眺めですねえ♪

 

 「あ、れは・・・・」

 

 かすれた声で絶句する零君をよそに、噴水は徐々に短くなりながらコースターのレールに沿って移動していって、やがて見えなくなりました。

 

 ・・・ここまで鉄さびにも似た生臭さが漂う錯覚がしそうですねえ。

 

 「何今の・・・?」

 

 「ミステリーコースターの方だよな?あんなのあったか・・・?」

 

 「まさか本物の血?」

 

 「嘘!まっさかぁ!」

 

 ひそひそと周囲のざわめきが大きくなる中、透君は何事か真剣な顔つきになっています。

 

 どうやら、イヤホンからの通信で、コースターで殺人事件が起こったことを知ったようですね。盛大に舌打ちしています。

 

 とはいえ、今の透君は動けません。攻略本に彼の存在が書かれてなかったということは、おそらく、彼がここにいることは、知られてはならないはずでしょうから。

 

 「なるようにしかなりませんよ。透君、あんまり神経質になっても仕方ありませんよ。それに」

 

 「それに?」

 

 「先ほどチラッと見かけたのですが、ここには日本警察の救世主君が来ているようですよ?事件なら、彼が何とかしてくれるかもしれませんよ?君の出番もなく、ね」

 

 「日本警察の救世主?・・・ああ、工藤新一、でしたか?」

 

 おやまあ、透君は新一君が気にくわないようで、不快気に眉を寄せて鼻を鳴らしています。

 

 まあ、彼のことを知らない世間からしてみれば、頭がいいだけの、目立ちたがり屋、天狗になってそうな子供ですからね。当然でしょう。

 

 とはいえ、自分の存在の露呈のリスクと、任務の順調さを天秤にかけた結果、上がったのは圧倒的に後者のようです。

 

 マイクあてに、彼が指でトントンとたたいて何事か合図したところで、列が動き出しました。

 

 少しうんざりしたように眉をひそめた透君がぼそりとつぶやくのが聞こえました。

 

 「・・・次の乗り物は、ファストパスでもとっておきましょうか」

 

 「意外ですね。こういうデートだと、君なら気合を入れて、どの乗物から乗れば効率よく回れるか、あらかじめ決めて臨む方だと思ってました」

 

 「そりゃあ、僕だってできればそうしたかったですよ。でも、その、ちょっと、今回は・・・ナイアさんならわかるでしょう?」

 

 私の言葉に、透君はちょっと困った顔をして言いました。

 

 

 

 ええ。普通のデートならそうするのでしょうが、あいにくこれは普通でない、仕事のための偽装デートです。

 

 おそらく、ルートなど全く決まってない、標的次第であったに違いないでしょう。となれば、あらかじめルートを決めてチケットを取って、などということができるはずもないでしょう。

 

 

 

 さて、適度に遊んで夕刻になったころ、ミステリーコースターの事件が収束したと同時にどうやら透君のお仕事が本格的に始まったようです。

 

 一層真剣な顔になってイヤホンに耳を傾けた零君は、ややあって凛とした表情になると「そろそろ行きます。すみません、ナイアさん。適当に帰ってください!」といって踵を返した。

 

 途中でネックレスの存在を思い出したか、彼は走りながらもどかしげに首の後ろに手をやってそれを外しています。

 

 ・・・回収し損ねましたか。まあ、いいでしょう。機会があれば、その時にということで。零君のことだから悪用はしないはずです・・・たぶん。

 

 

 

 さて。余計な拘束具は取れました。そろそろ、見世物のクライマックスに向かいましょうか。

 

 私も歩き出しました。向うは一か所、観覧車のふもと、人目を避けた敷地の端です。

 

 

 

 ああ、どうにか間に合いました。

 

 こっそり隠れているつもりの新一君が、夢中でシャッターを切る最中、背後に迫った長い銀髪に黒ずくめの――噂のジン君が、【棍棒】技能を使用。あららクリティカル。気絶判定入りましたね。

 

 

 

 はて?どこかでジン君は見かけたような気もします。どこでしたかねえ?

 

 何分、化身が多すぎるので、“手取ナイア”ではない、別の化身の記憶にあると思うんですが、とっさに思い出せませんねえ。

 

 神様といえど万能ではないんですよ。君たち探索者が、私のお遊びを乗り切って見せるように、ね。

 

 

 

 そのままギャーギャー喚いて逃げ出す薄ら禿げの小男(それでも大金入りのアタッシュケースはしかと抱きしめています)は歯牙にもかけず、生意気な小僧をどうするか、黒ずくめ二人はご相談中です。

 

 そうして取り出された赤と白のカプセルは、工藤新一君の喉奥に押し込まれ、さらに水で強制嚥下させられるという周到ぶりです。

 

 さてさて、さようなら工藤新一君。

 

 故人の曰く、「秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要になる。愚かな好奇を忘れるような」

 

 それを考えなかった君が、何より愚かなんですから。

 

 おや?

 

 立ち去ろうとした二人ですが、立ち止まって舌打ちしています。「あの野郎、しくじりやがった」とか言ってますねえ。

 

 しかし、ここでグズグズされて、うっかり幼児化を目の当たりにされようもんなら、今後の予定が台無しになります。それは実に、よろしくない!

 

 というわけで、気をそらすためにちょっとした悪戯をお見舞いしましょうか。

 

 呪文≪狩り立てる恐怖の召喚/従属≫発動!

 

 

 

 見えざる空気の管を通るように、それは顕現する。

 

 上空に、巨大なクサリヘビのような生き物がいた。奇妙に歪んだ頭と、グロテスクな巨大な鉤爪のついた付属器官が付いていた。黒いゴム状の恐ろしく大きな翼で、やすやすと空中に浮いているのだ。

 

 

 

 私の、忠実なペットのうち一体です。かわいいでしょう?

 

 もちろん、召喚に合わせて、ちょっと今回はわがままを言いました。今回は生贄なしで、と。

 

 まあ、前回喚んだとき、『九頭竜亭』を潰して土地を没収しようと難癖つけてきた暴力団を片っ端から屠らせて、彼らの根拠地である敷地を丸ごと更地にするのを手伝っていただきましたからね。

 

 前払いは済んでるでしょう?と言い聞かせましたよ。

 

 

 

 ちなみに、それをうっかり目の当たりにした黒ずくめお二人はSANチェックに失敗。

 

 ガッチリした体躯の比較的小柄なウォッカ君は悲鳴を上げてわき目もふらずに脱兎のごとく逃走。・・・そっちは零君の仲間〈公安の連中〉が網を張ってますよ~。

 

 ジン君はといえば、喉の奥で悲鳴を上げるや、反射的に取り出した拳銃をぶっ放しています。

 

 ・・・君、先ほどそれは使うなと言って・・・まあ、一時発狂中の人間に言ってもしょうがないのですが。

 

 「何だ?!」

 

 「銃声だぞ!こっちだ!」

 

 「何・・・うわああああああああああああ?!」

 

 「ば、化物おおおお!」

 

 あらら。銃声を聞きつけて駆けつけてきた一般警察の警官さんたちも、うっかり狩り立てる恐怖を目の当たりにして、SANチェックに失敗してしまいましたよ。

 

 かろうじて成功して冷静さを保っていたものもいましたが、それも一時発狂して、パニックやら変な奇行をし始めたものをなだめるには足りませんよね。

 

 さて、今のうちに。

 

 どさくさまぎれに幼児化した新一君をダブダブの服ごと抱き上げ、避難。一目につかないところで呪文≪消滅≫を使って、『九頭竜亭』へ。

 

 狩り立てる恐怖には、5分だけ野次馬の気を引いて、あとは勝手に帰るように命令しておきました。一応殺さないように命令しておきましたが、まあ打ちどころやダイスの出目が悪かったら、発狂したり死んだりするので、そこは仕方ないです。

 

 

 

 さて。初めまして、江戸川コナン君。

 

 これからよろしくお願いしますね♪

 

 

 

 

神話の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり

精神分析の類は、そうした気の乱れを沈めてくれる




【珍しくデートの真似事をして、邪神成分がやや控えめなナイアさん】
 帰国した蘭ちゃんからの狂人トークにも馴染んで、暴れられないレベルではいはいと受け流す。ちっともSANが回復しないことに草ぁ。
 蘭ちゃんが今度新一君とトロピカルランドでデートするんです♪と報告してくるから、あっ(察し)となる。
 今回、零君から誘われて、原作開始日に二人でトロピカルランドで偽装デート。おしゃれもしたよ!二人ともはたで見るとお似合いの美男美女。ただし、片方は邪神で、もう片方はその被害者(無自覚)だ!
 零君が「一人で行動してるとナンパが~」と言ってたので、魔術の応用で作った簡易偽装グッズをプレゼントする。なお、偽装を見抜かれたらもれなく周辺人物にSANチェックを与える恐怖の代物だったりする。
 二人で恋人らしく手をつなぎ合ってデートするが、片割れはイヤホン片耳にお仕事モードで、もう片方は血の噴水見かけてにっこりしたり、実はロクでもなかった。
 零君が本格的なお仕事に入ったので、晴れてデートは終了。クライマックス観に行こうか!
 でも、バタフライエフェクトで新一君の幼児化が元凶2名に目撃されそうになり、このままだと『名探偵コナン』が強制終了、それは面白くない!ということで、ペットを召喚して、その場を引っ掻き回し、周辺人物のSANにナイフを叩きこんで、どさくさまぎれに幼児化新一君を回収した。
 ・・・次回、彼のSANがヤスリにかけられる。

【大好きなお姉さんとデートでうれしいけど仕事は仕事な降谷さん】
 ジン&ウォッカが、組織の取引でトロピカルランドに行くというのを聞きつけ、うまいこと確保できないか、と公安総出で遊園地を監視。
 自身も行くことにしたが、一人だとナンパに遭って思うように動けない、かといって女性捜査官は人手不足ということで、どうしたものか、となった挙句、姉さんなら神様だし、万が一があっても大丈夫!と協力を要請した。まあ、万が一なんて、起こさせる気がそもそもなかった。
 おしゃれしてる姉さん、いつもよりもきれいだなあ。
 おまじない・・・お姉さんが直接くれた・・・ありがとう、大事にします。
 一応、彼は偽装魔術グッズの説明もまじめに聞いたが、それ以上にお姉さんが自分のために手間暇かけてそういったものを準備してくれたということに感動している。・・・なお、偽装が見破られた場合、災いなんて言葉では片付かないほどの狂乱が待ち構えてる場合があるのだが、そこまで悟れているかは定かではない。
 そうだよね、せっかくのデートだし、姉さんじゃなくて、ちゃんと名前で呼ばないと!
 ナイアさんと別れてから、公安の部下たちと合流。取引相手の社長さんをとっ捕まえて、ジン&ウォッカもついでにしょっ引かせる!と手ぐすね引いたが、銃声が聞こえた挙句、部下がジンたちともどもパニクッてた。事情聞いても空飛ぶ蛇が化け物がとかわけのわからないことしか言わない。もちろん、そんなものもいない。
 どうにか落ち着かせるが、どさくさまぎれにジン&ウォッカには逃げられた。(ちなみに、彼はこの時ジンたちには姿は見られてないので大丈夫)
 仕事は失敗した。ナイアさんにちゃんと帰れたか、確認の連絡を入れないと。
 ・・・もちろん、失敗の原因を悟れているわけがない。

 なお、後日、しばらくウォッカが長いひも状のものに異様に怯えるさまを見て、頭上に盛大に?マークを飛ばしまくることに。

【予定通り幼児化してお持ち帰りされた新一君】
 世界は変わろうと、彼の幼児化は基本的に予定調和である。
 愚かな好奇の代償は高くついたが、痛みは人に教訓を与える。
 だが、教訓を己がものとしてさらなる高みに至れるかは己次第といえる。
 ・・・もっとも、そこに至る前に彼の正気が試される。邪神に目をつけられたのが運の尽きともいえる。


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【#12】原作スタートらしいです。味方?いらないでしょう?

 その日、私は買い物を終えて白いビニール袋をガサガサさせながら家路についていた。
 ご近所に、なんかその手の宗教系の寄り合いがあるのだが、時折鐘やら太鼓やらをドンツクドンツク鳴らしているのを聞いていたのだが、その日は違っていた。
 いあいあふたぐん!という叫びにも似た祈りの声と、いつにもまして激しい太鼓と鐘の音に、ビニール袋を取り落してしまう。・・・ほのかに磯の香りが鼻についたような気がしたような気もした。
 そのままマッハで家に飛び込んだ。その後のこと?考えたくもない。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 聞きました?!奥さん!ようやく待ちに待った『名探偵コナン』がスタートですってよ!

 

 遊園地に透君と偽装デートに行ったついでに、工藤新一君が殴られて毒薬飲まされて幼児化っていう一連のコンボを決められているところをばっちり出歯亀させてもらいました☆

 

 え?誰が奥さんだ?加えて他に言うことはないのかって?

 

 えー?ああ、さっさとその場からいなくなればいいのに、黒ずくめお二人がグズグズしてるから、ちょっとばかりペットの狩り立てる恐怖を呼んでケツを叩いてあげただけですよ?

 

 どうも、零君率いる公安が網張ってるのに気がついて、どうずらかろうかって悩んでたみたいです。取引相手さんは逮捕されちゃったみたいですし。

 

 ま、その公安も、うっかり狩り立てる恐怖を目撃しちゃって、阿鼻叫喚の地獄絵図になっちゃいましたがね。

 

 殺さないように狩り立てる恐怖には言いつけておきましたし、まあ、よくてSANチェックのダイスロール、悪くて締め付けられて複雑骨折程度で済んだんじゃないですかね。

 

 大丈夫!まだ生きてます!まだ心臓が動いて息して物事を認識できれば、それは十分生の範疇の入ります。そしてさらに苦しみ狂う余地があるのです!素晴らしいじゃないですか!存分に苦しみ狂いたまえよ、チミィ!

 

 

 

 え?お持ち帰りした幼児化工藤新一少年?

 

 ・・・さあて、どうしましょうねえ?あのまま放置しておいたら、確実に口封じされて『名探偵コナン』は開始前に終了という状態でしたからねえ。どうせならもっと苦しみのた打ち回ってから死んだ方がいいと思って、やってしまったんですが・・・。

 

 まさか皆さん!あそこで私が見捨てた方がよかったというつもりですか!鬼!悪魔!鬼畜がここにいます!え?お前にだけは言われたくない?何と冷たい・・・。

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、呪文≪消滅≫は、使い手を煙のように消したり、あらかじめ帰還点に設定している護符の入った箱のそばに瞬時に移動するための呪文です。

 

 ま、私のような神様ともなれば、別に目印となる帰還点がなくとも自在に移動できるんですが、やっぱりあればやりやすいものでね。ウーン、わかりやすい感覚に直すと・・・真っ白な紙のど真ん中に鉛筆で点をつける際、紙の上にあらかじめ目印があるのとないのとでは難易度が違うでしょう?そんな感じです。

 

 『九頭竜亭』の奥にあるプライベートスペースに設置していた護符の箱のそばに姿を現した私は、「てけり・り」と言いながら出迎えてくれたメイドのショゴスさんに、幼児化新一君(気絶中)を見せながら子供服を買って来るように言いました。

 

 さすがにこのブカブカ服では動きづらいですし、ちょっとした予感(予定調和とも言います)がするので、彼には申し訳ありませんが勝手に着替えさせてもらいましょう。

 

 

 

 ・・・ショゴスさんを服に擬態させてもいいのですが、流石に児童ポルノに引っかかりそうなのはダメでしょう。

 

 それに、彼女の本性は臭いがきついんですよ。今は人間姿で臭いはないんですが、擬態させ直すとなると、一度本性たる不定形に戻らねばならず、その際に悪臭がねえ。曲がりなりにもお店です。不特定多数の人間が出入りする空間に悪臭が残るのは、NGです。

 

 前も、蘭君が暴れるのを取り押さえさせた際、悪臭が残ってしまい、あとからやってきた回覧板持ってきたおじいさんに鼻を押さえられながら、「何かあったんですか?」って聞かれましたからねえ。

 

 

 

 さすがは有能メイドのショゴスさんです。ご近所のし●むらから、適当に子供服と下着、靴と靴下を買ってきた彼女は、ついでとばかりに薬局で買ってくれた医療品(消毒液、ガーゼや包帯など)も渡してくれました。ありがとうございます。助かりますよ。

 

 そのままお夕飯の支度に行ってくれました。完璧です・・・さすがは、奉仕種族としてデザインされた、純従者のショゴスさんです。

 

 『・・・主よ、いつからショタに目覚めたのだ?』

 

 生意気な口を利くのはこの嘴ですか~?羽毟ってフライドチキンにしてから、ルルイエにいるクトゥルフ君に贈答品として送ってあげてもいいんですよ~?

 

 止まり木にいるシャンタク鳥が、真っ青になって(鳥面なのに!)『申し訳ない!』と謝るのをよそに、新一君の手当てに取り掛かります。まずは殴られたことによる傷の手当てをし、ブカブカの衣服を脱がせて、さっさと着替えさせます。

 

 思ってたより、傷が浅いですね。ショックロールが入ったにしては軽微です。・・・ひょっとしたら、例の毒薬の副作用的なもので傷が治ったのかもしれませんね。

 

 さて、あとはソファに寝かせて、気が付くまでテレビでも・・・おろろ、電話がかかってきましたね。このタイミングの電話・・・ふむ、おそらくは彼でしょう。

 

 ナイスタイミングなことに、新一君も気が付いたようですね。状況把握ができず、寝たふりを続けているようですが、バレバレですよ?

 

 まあ、いいでしょう。

 

 

 

 ああ、バーボン君。お仕事はうまくいきましたか?フフッ。取引に来ていたジン君とウォッカ君には逃げられましたか。残念でしたね。まあ、彼らのことです。案外どこかで詰めの甘さを披露しているかもしれませんよ?例えば、うっかり出てしまった目撃者の口封じをしたとか。探せば痕跡くらい見つかるのでは?

 

 おや。空飛ぶ巨大な蛇を見た?そんな幻覚を見た人がいたのですか。君は大丈夫なのですか?・・・そうですか。いえいえ、君なら大丈夫とわかってはいたんですが、やはり実際聞いておかないと安心できないもので。

 

 ええ。では、また。

 

 

 

 ま、こんなところでしょうか。受話器を置いてから、ソファで聞き耳を立てる少年に向き直ります。

 

 そろそろ起きたらどうです?工藤新一君。話は聞いていましたね?

 

 おやおや。狸寝入りが通用しないとわかったら、毛を逆立てた猫のように警戒モード全開で威嚇してきましたね。

 

 あんた何者だ。さっきのは何だ云々と。

 

 素直で結構。人間素直が一番ですが、それは時として寿命を縮める一因になりますよ?

 

 例えば、今のよう・・・?!

 

 いえ、なんだかお店の方で轟音が聞こえたような気がしまして。気のせいではありませんね。明らかに新一君が肩をびくつかせています。

 

 

 

 ちなみに、今の時間は夕方6時を過ぎてます。当『九頭竜亭』は少々早いですが、きっかり6時をもって店じまいとさせていただいてます。

 

 ・・・営業時間を過ぎてなおお店に殴り込みを駆けてくる奇特な輩なんて、いましたかねえ?以前、とある暴力団がお店にトラックを突っ込ませてくれましたが、彼らにはちゃんと落とし前をつけていただきましたし・・・はて?

 

 

 

 「神様神様ニャルラトホテプ様大変なんです助けてくださいああもう新一のバカは何でこんな時に連絡がつかないの神様お願いしますお父さんが大変なんです!!!」

 

 様子を見に行ってちょっととっさに声が出ませんでした。

 

 営業終了と、ガラスの引き戸引いて鍵かけて、看板かけておいたというのに、引き戸を破壊して蘭君が駆け込んでたんですから。

 

 しかも、開幕狂人トークを炸裂させてくれてます。どうするんですこれ・・・。

 

 ああ・・・折角雰囲気づくりにデザインした色ガラスのレトロなデザインの引き戸が、割れて折れてぐちゃんぐちゃんに・・・。

 

 ・・・毛利探偵事務所宛ての借金を追加いたしましょうか。

 

 「蘭?!おい、どういうことだよ?!」

 

 私の後を追ってきた新一君が私を見上げてくれていますが、すぐさま血相を変えている蘭君を前に、険しい表情で睨みあげてきます。

 

 いやあ、素晴らしいかな、混沌空間!

 

 ・・・収拾がつきませんね。話が進まないとも言います。

 

 「とりあえず、蘭君の事情から先に聞きましょうか。君の話はあとで。いいですね、ボク」

 

 「ボ・・・!」

 

 あからさまにむっとした様子になる新一君ですが、すぐさまその声が途切れました。

 

 視線を手繰れば、彼はお店の片隅に置いている姿見を見て絶句しています。ああ、ようやく自分が幼児化していると気が付いたんですね?

 

 鏡に向き直り、ぺたぺたと自分を触って信じられないものを見る目で鏡を凝視する新一君は放っておいて、とりあえず蘭君の話を聞きましょう。

 

 彼女は狂人ですのでね。下手に放置すると機嫌を損ねて、意味不明な理由で店内の破壊活動に出かねません。

 

 「あああああ神様神様大変なんですお父さんがお父さんが倒れちゃって今救急車で米花中央病院に運ばれちゃって変な電話もかかってきて×月×日までに○○万円用意できたかって訊いてくるんです丁寧な口調だったけどあれは脅迫の電話ですお父さん変な詐欺に引っかかって事務所も担保にしちゃったみたいでどうしましょう神様どうすればいいんでしょう助けてください何でもしますから」

 

 ん?今何でもするって言ったよね?

 

 いえいえ、冗談ですよ、もちろん。邪神ジョーク、ではありませんね。残念ながら。

 

 それはさておいて、蘭君、君、狂人トークを最愛の人に炸裂させてるってわかって・・・いるわけありませんねえ。

 

 チラッと新一君を見ると、蒼白な顔で彼は蘭君を見上げて絶句しています。

 

 ハハッ!さながら幻夢境〈ドリームランド〉にでも来たような心地でしょうねえ。気が付いたら知らない場所で、自分は縮んで、幼馴染は狂人丸出しトークをしているわけですからねえ!SANチェック入りますよねえ!

 

 でも残念ながら現実です。頬をつねっても痛いでしょう?

 

 「落ち着きましょう、蘭君。私に相談しに来てくれるのは嬉しいですが、その前に、他にこのことをご相談すべき人がいるのではないですか?

 

 新一君にも連絡が付かないなら、他の、保護者の方はいないんですか?」

 

 「あ・・・お母さん!」

 

 ホッとしたような顔をする蘭君ですが、話はそううまくいきますかねえ?

 

 

 

 蘭君は詐欺だと思っているようですが、それは列記とした消費者金融からの返済催促のお電話と思いますよ?加えて毛利探偵は、過労で倒れて入院と。可哀そうに。

 

 え?お前がこの狂人を野放しにしているのが原因だって?知りませんよ。狂人を野放しにしているのは私の責任ではなく、その保護者とご友人方です。

 

 ほぉら、私は悪くない!

 

 

 

 さっそく電話しなきゃとアワアワする蘭君に、店先の電話を貸してやり、ようやく少し落ち着いた様子の新一君とアイコンタクトを取ります。

 

 「ちょっと出先から預かっている子と話してきますね~」と言い残して、再び奥へ。

 

 正直、あの狂人から目を離すのはどうかと思いますが、彼女がいると進む話も進みませんのでね。

 

 「蘭・・・」

 

 いまだに信じられないものを見る目で、店先の方を振り返る新一君に、ソファを勧めます。

 

 おやショゴスさん、お夕飯前ということで緑茶にしてくれましたか。ありがとうございます。

 

 「では、改めまして、工藤新一君。

 

 私はこの古書店『九頭竜亭』の店主を務めております、手取ナイアと申します」

 

 にっこり笑って自己紹介。

 

 

 

 おやおや新一君。仮にも彼女の信奉する神に向かって、その態度はどうなんです?睨み付けて、いきなり人を胡散臭い教祖呼ばわりですか。

 

 どうも彼は、私が蘭君を洗脳して怪しい宗教団体に引きずり込んだ挙句、毛利探偵に借金をこさえさせるように仕向けたと思い込んでいるようですね。そして、電話先で言ったジン、ウォッカ、バーボンというのは、その宗教団体の一員だと考えているようです。

 

 実に、凡俗でつまらない発想です。確かに私は数多のカルトで教祖、というか主導する立場に立つこともありますが、今の化身はそういう立場にデザインしてはいないのですよ。やるなら徹底的に、がモットーですのでね。

 

 なので、毛利探偵事務所宛ての借金の事情を話してみたんですが、嘘だ蘭がそんなことするはずない、とまずは信じてくれません。

 

 加えて小さくなった自分を元に戻せと要求してくる始末です。・・・ずいぶん偉そうにしてくれるじゃないですか。まだ自分の立場を弁えてないようですねえ。

 

 

 

 おや。私がイライラしてきているですか?そりゃそうもなりますよ。私は頭のいい人間やスタンス(従属するか敵対するか)の違いこそあれ、対等であろうとする人間こそ好ましく思うんです。自分の立場も弁えずに悪戯に噛みついてくる人間は嫌いです。みなさんだってむやみやたらに吠えてくる馬鹿犬は嫌いでしょう?同じことですよ。

 

 

 

 なので、少々切り口を変えましょうか。

 

 彼を着替えさせる際に服から抜き取っておいたスマホを片手に、にっこり笑って「君はイマイチご自分の立場と私の立ち位置が分かってないようですねえ」と言って口を開いて言ってのけます。

 

 本来、これは私のキャラではないのですが、馬鹿には馬鹿でも理解できるように話を噛み砕かないと進む話も進みません。素晴らしいシナリオでも、KPのキーパリング次第では、クソゲーに早変わり、なんですよ?

 

 

 

 もし、私が君に毒薬を飲ませた連中の一員だったら、君は生存がばれるや即行殺されて、このスマホの中の電話帳の人間も全員消されることになってましたよ?いかに警察とのコネクションを持つとはいえ、所詮君は高校生、未成年です。それをためらいなく拳銃とか毒薬なんて選択肢が出てくるあたり、相当手慣れた連中という発想は浮かばないんですか?

 

 私は君を拾ってあげただけです。フフ、毒薬飲まされるのを見かけてしまって。ええ、蘭君はうちの店の常連、というより私個人と親交があったんですよ。あのおかしな言動については知りませんよ。私と知り合った時からあんな感じでしたが?

 

 ええ、嘘は言ってませんよ?(魔導書を読んだという)事実全てではありませんが。

 

 

 

 「・・・あんた、神様とかなんとか呼ばれてたけど、どういうことだよ?」

 

 「ほう?」

 

 「ニャルラトホテプとか・・・って・・・」

 

 尻すぼみになって口をもごつかせる新一君は青ざめた顔で私を見つめています。私ですか?ええ、笑顔はそのままですよ?

 

 ただ、人間の振りを少しばかりやめただけで。

 

 「君は実に、藪を突くのが好きなんですねえ・・・」

 

 ねっとりと、絡みつくように私は言いました。

 

 

 

 防衛本能、という言葉があります。

 

 我々のような存在は、通常の生物からしてみれば受け入れがたい。特に、人間のように確固たる理性を持ち、常識というものを縁〈よすが〉としている生き物であれば。

 

 だから、人間が我々の存在を知ってしまえば、メタな言葉でいうなら、SANチェックというものが発生してしまうんですよ。

 

 けれど、普通の人間は、それを避けようと動きます。いわゆる防衛本能というものが働いて。

 

 「これ以上係わったら危ない」「これは知ってはいけない」言葉に直せばそんな意識が働いて、通常の人間は神話生物やそれにまつわる事象には深く意識を突っ込まないんですよ。

 

 自分の理性と、縁〈よすが〉たる常識を守るために。

 

 それを破壊するのが私の一つの楽しみではあるんですが・・・人間の中にはごく稀にいるんですよ。そういう防衛本能を無視して、その先に突き進んでしまう、聡明なる愚か者が。それこそが、いわゆる“探索者”という奴なんですがね。

 

 どうやら、新一君は、こちらの才能も、持ち合わせてしまっているようですねえ。

 

 

 

 え?ああ、新一君ですか。うっかり宇宙的恐怖を体感したので、SANが削れました☆

 

 外なる神としての名前の紹介とともに表していた本性を、“手取ナイア”の美貌に戻して、緑茶をすすります。国外の方は青臭いなんて嫌う方が多いですが、私は好きですよ?

 

 青ざめた顔で、頭を抱えてブツブツ言う新一君をよそに、電話を終えたらしい蘭君が「神様どこですかー?!」なんて騒いでいます。

 

 やれやれ。あれほど私のことはナイアと呼んで神様扱いはしないようにと言ったはずなのですが・・・狂人はこれだから仕方がないですねー。

 

 はいはい何ですかー?

 

 店先の方へ顔を出すと、蘭君は壊れた引き戸を踏み荒らしながら、お母さんの妃弁護士と一緒に毛利探偵の入院している病院へ駆けこむようです。

 

 そのまま彼女は出ていきました。

 

 やれやれ。また借金を追加しましょうか。

 

 新一君は、回復するまではそっとしておきましょう。彼の身の振り方は彼が自分で決めることですし。

 

 

 

 ・・・おや?確か、攻略本では彼はその後、“江戸川コナン”という偽名で毛利探偵事務所に転がり込むはずですが・・・その毛利探偵は過労で入院で、とてもではないが探偵ができる状況ではありませんね。

 

 おやおやおや?これはいったいどういうことでしょう?

 

 え?お前のやらかしがまたピタゴラスイッチした結果だろうがって?

 

 ・・・ま、何とかなるでしょう。これはこれで面白いことになりそうですし。必要に応じてアナザールート構築もKPの仕事で・・・え?やり過ぎたら収拾つかなくなるって?そこまで責任取れませんよ。ええ。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 米花町の片隅で、おそらくこの世で一番性悪な邪神が、己の所業を他人事気味に処理していた、その頃。

 

 「はい、槍田探偵事務所で・・・誘拐ですか?!」

 

 ベリーショートにした栗色の髪の美女が、電話を片手にメモを取る。

 

 事務員兼補佐として、すっかりこの事務所に馴染んだ寺原麻里である。寺原は、メモを取った後、「少々お待ちください」と電話を置くと、所長デスクで最新の科学誌をめくっていた槍田郁美探偵に声を張り上げる。

 

 「所長!お電話です!誘拐ですよ誘拐!」

 

 「また物騒な単語が出てきたわね・・・吸血鬼だの、山奥で行方不明だのって、あっち方面じゃない分マシかしら」

 

 ため息をついて、槍田は寺原のデスクにある電話まで歩み寄って手に取り、話を聞く。

 

 どうも、有名な谷工業の社長令嬢が屋敷から堂々と誘拐されたらしい。警備体制ガバ過ぎやしないかと思わなかったでもないが、自分は探偵であり、仕事はその捜索だ。

 

 必要事項を手早く聞いて、メモに取り、槍田はすぐさま向かう旨を伝えて電話を切る。

 

 「さて、バイト君。仕事よ、仕事」

 

 「誘拐だぁ?警察はどうしたんだよ?」

 

 ソファに陣取って、バイク雑誌をまくっていた男は胡乱げな眼差しを向けてきたが、槍田は歯牙にもかけずに、身支度を整えながら言い放つ。

 

 「警察に伝えたら御嬢さんの命はないと脅迫されたというのが向こうの言い分だけど・・・どうも、それだけじゃない感じね。

 

 いずれにせよ、本当に誘拐だった場合は、女一人では危ないもの。バイト代は働いてもらうわよ」

 

 「ああー、クソ!せっかくの非番が!」

 

 「飲みまでの時間つぶしに来たのが間違いだったわね。うちを喫茶店扱いするからよ」

 

 やむなく立ち上がり、男は白髪をかき回す。脱色しているのだろう、癖のあるその根元はわずかに黒い。

 

 革のライダースジャケットに袖を通す男――松井に、フフッと笑う寺原は、いつも通り書類を片付ける手を止めない。

 

 彼女はこの依頼には同行せず、事務所で留守を預かるようだ。

 

 

 

 米花町からそこそこ離れた鳥矢町にある槍田探偵事務所は、元検視官の槍田郁美が所長を務めているだけあって、血生臭い案件もそこそこ持ち込まれて繁盛している。

 

 加えて、槍田は警察時代に何度か神話生物が絡む事件に首を突っ込み、MSOともかかわりを持つようになったため、そっち方面――いわゆるオカルト方面の案件も持ち込まれるようになってしまった。

 

 ・・・ゆえに、そちら方面の事件で知り合った人間が出入りすることもあり、松井は本日非番であったことをいいことに、槍田探偵事務所に遊びに来ていたのである。

 

 実に、元警察官とは思えない、いい加減な男である。

 

 

 

 

 さて、ここからは攻略本を持つ邪神の化身、手取ナイア程度しか知らぬこととなるのだが・・・この槍田探偵事務所に持ち込まれた、社長令嬢誘拐事件に関してである。

 

 本来、この事件は、江戸川コナンを名乗ることとなった工藤新一少年が、毛利蘭に引き取られて毛利探偵事務所に行った直後に発生する事件であり、毛利探偵事務所一行が、江戸川コナンの誘導の元解決することとなる。

 

 しかしながら、某邪神の所業によって、毛利探偵事務所は借金まみれ、毛利探偵はその返済に追われて過労となって入院してしまい、電話は事務所につながらず、結果として槍田探偵事務所に依頼が持ち込まれることになってしまったのである。

 

 詳細は省かせてもらうが、この誘拐騒動は、令嬢自らの自演と本当の誘拐犯の思惑が入り混じった複雑なものとなってしまった。

 

 それでも、数多の怪事件と対峙してきた元検視官の女探偵と、元爆発物処理班所属刑事の怪事件専門捜査官を相手にするには役不足な事件であり、誘拐犯の居場所はあっさり特定され、誘拐犯は松井の特殊警棒に嫌というほど殴られる羽目になった。

 

 

 

 ・・・後日、谷晶子令嬢は、谷社長と、無事旅行に行けた。もっとも、スケジュールの関係で、2か月ほど先のことになってしまったのだが。

 

 

 

 

 

大聖堂の右方、この話の次回を訪れたまえ

…それは神秘、きっと読了の力になる





【お持ち帰りした幼子には威嚇され、狂人女子高生に振り回されるナイアさん】
 前回から引き続いて、連れ帰ってきた名探偵の面倒を見る。
 彼女にしては珍しく、手当てして着替えも上げるというサービスぶり。なお、着替えを用意したのはメイドのショゴスさん。純粋なる奉仕種族としてデザインされたため、従者姿が板についている。
 かかってきた透君からの電話は、もちろん新一君が聞き耳立てているのを分かって、出ている。だから、わざと本名を出さずに、誤解を招くような言い回しを大量にした。
 ここで透君の素性がばれてすんなり協力体制形成とか面白くないじゃーん。ゆえに、絶対に透君の素性に係わるようなことを言わないし、むしろ敵対感情を煽るようなことしか言う気はない。
 駆け込んできた狂人女子高生に、閉店後の店を荒らされ、軽く頭痛を覚えた。毛利探偵事務所宛ての借金をさらに追加することにした。
 お母さんと連絡する蘭ちゃんをしり目に、幼児化新一君と内緒話。
 開口一番に、怪しい宗教の教祖呼ばわりされて、蘭ちゃんをたぶらかした挙句、毒薬飲ましてきた連中の親玉と壮絶に誤解を食らう。
 ・・・一応、彼女は一般人擬態用の化身としてデザインされているので、この化身でそういったカルト系の活動をする気はない。
 人間大好き!を自称するが、うるさく一方的に糾弾されるのは嫌い。ちなみに彼女の言う、頭のいい人間や、スタンスの違いがあれど対等であろうとする人間というのは、いわずもがな、零君、赤井さんやシュルズベリィ教授など。玩具扱いの下等生物でこそあれど、対等であろうとする者にはそれなりに敬意を表して接する。
 黙らすついでに新一君のSANを削る。一時発狂ついでにめでたくクトゥルフ神話技能を獲得してしまった原作主人公については、現在どうとも思ってない。
 ・・・なお、くどいようだが彼女の持っている攻略本の記載情報は偏っているため、この直後に起こる誘拐事件についての記載はなく、このためさしもの邪神もまたしてもピタゴラスイッチが起こっていることを知るわけがない。

【拾われた眼鏡美人がカルト教祖どころかトンデモクソ邪神で発狂しかけた幼児化新一君】
 気が付いたら見知らぬ場所で幼児化していた。これだけでクローズドサークル系CoCシナリオの冒頭らしくSANチェック入りそうなのに、やってきた幼馴染は頭のおかしい発言と常識ガン無視した行動やらかしてた。何でだよ?!
 気が付いた直後に聞いた女の電話から、自分に毒薬飲ませた連中のこと知ってそうだな→ジンとかウォッカとか、コードネームかな?組織とかなんとか言ってたし→蘭の発言が!神様なんてカルトの発想としか!となった結果の言動らしい。
 やっぱりこの女怪しいぞ!と自分を拾った怪しい女に詰問するが、予想を超えているどころかはるかかなたにぶっ飛んでいたその正体に、SANが削れてアバーっ?!となりかけた。
 クトゥルフ神話技能ももれなく獲得した。やったね新一君!SANの最大値が削れたよ!
 次回には正気に戻っているだろうが、彼は重箱の隅突きと藪を突いで蛇探しの天才なので、折につけSANをセルフカットしていくことになると思われる。

【誘拐捜査に乗り出した槍田探偵事務所御一行様】
 久々の出番。なお、事務所メンツとしては、所長の槍田郁美、事務員兼補佐の寺原麻里、非正規職員として松井陣矢、浅井成実、他数名(アルバイトやご意見番、面白半分で入りびたりの人間)がいる。
 文中でも言っている通り、所長の前歴もあって、そこそこ繁盛。さらに神話事件に発展する可能性のあるオカルト案件も持ち込まれることがある。
 今回、本来の歴史であれば毛利探偵事務所に持ち込まれるはずの誘拐事件を持ち込まれ、槍田さんと松井さんのお二人が出動。寺原さんはお留守番。
 なお、槍田さんは電話の時点で狂言ということまでは見抜いてないものの、事情があるんだろうなくらいには察している。
 誘拐犯は、松井さんの特殊警棒(神話生物を何度か撲殺済み)に殴り飛ばされた後、警察に引き渡されました。


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【#13】名探偵VS邪神。勝ち目なんてあるとお思いで?

 ところで、そろそろこの形式のキャプションもいい加減ネタが尽きそうなので、どうしたらいいと思う?
 なんかいいネタないかなー?と思って、本屋に行ったら、『ネクロノミコン』著:アブドゥル=アルハザードって本が平然と棚に陳列されてて、盛大に吹いた。
 何でそげなもんが?まあ、いいかと深く考えずに、ビニールパッケージに包まれてないのをいいことに、そのまま本を開いた。
 そうして、私は考えるのをやめた。



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 前回までのあらすじ。公安のメンツと真っ黒ラベルのアルコール犯罪者たちを発狂させて、幼児化新一君をお持ち帰りしました♪

 

 いやー、どうしたもんでしょうねえ。

 

 さて新一君とお話と思ったら、狂人蘭君が、お父さんが倒れたーとかお店の引き戸壊して突撃かましてくる始末ですし。君、いい加減にしないと、ショゴスさんにモグモグさせま・・・おや、ショゴスさん、どうしたんです?え?あんな美味しくなさそうなのはいらない?

 

 おやまあ、すっかりグルメになってしまいまして。海の底でクトゥルフさんの影響を受けた海草とか、磯臭い魚面モグモグするよりかはマシだと思いません?

 

 え?ここは海の底じゃなくて米花町だから関係ないでしょうって?それはそうですけどねえ。

 

 ま、狂人蘭君の処遇に関しては、またおいおい考えていきましょう。ぶっちゃけ、彼女を処理するのも面倒なんですよねえ。それに、ああいうのって、下手に処分するより、放置しておいた方が、もっと面白いことを引き起こしてくれたりもしますしねえ。フフフ。

 

 

 

* * *

 

 

 

 頭を抱えてうずくまった新一君が我に返ったのは、夜の8時前でした。

 

 「あ・・・か、帰らねえと・・・」

 

 半ば現実逃避もあったのでしょうが、とにかく自分にとっての安全地帯へ逃げ込もうとしての発言だったのでしょう。

 

 頭を上げ、呻くように言うや彼はソファから飛び降りようとしました。

 

 ですが。

 

 「おや、本当にそれでいいんですか?」

 

 正面に座っている私が、にこやかに笑いながら問いかけます。

 

 「考えてもごらんなさい、新一君」

 

 「な、にを・・・」

 

 ビクッと体を震わせて、反射的に私を見てくる新一君に私は口を開きました。

 

 「たかが高校生の口封じに拳銃か死因を不明にする毒薬の二択を選ぶ、悪の組織の一員が、死体の確認をしないと思います?」

 

 ヒュッと新一君の喉が大きくなる。

 

 ニヤニヤと口元をゆるめながら、私は続ける。彼の最悪を、歌うように口ずさんでみせる。

 

 「遊園地で死体が発見されず、怪訝に思った連中は、家探しの一つでもしてみるでしょうねえ。おや、工藤の家に我が物顔でいるこのボウヤは誰だ?何とまあ、工藤新一にそっくりじゃないか!幼児化したのか?あの毒薬は若返りの薬だったんだ!どうしてこの子だけそうなった?きっと、生きたまま解体されて、口にするのも悍ましい、冒涜的な実験を強要されるでしょうねえ。

 

 君一人で済めば御の字だ。生きてる君が、誰に何をしゃべったか、幼児化しているのを誰に知られてしまったか、わかったもんじゃない。

 

 口封じも必要になる。加えて実験にも更なる素体がいる。さあて、誰が追加の人員にされるんでしょうねえ。類似遺伝子の持ち主ですから血縁的にご両親は確定として、あとは・・・」

 

 「やめろ!もうやめろ!!」

 

 おやまあ。この程度で真っ青になって喚くなんて。まだまだ青いですねえ。

 

 「いいじゃないですか。それでいいから帰るのでしょう?どうぞ。なんならタクシーもお呼びしましょうか?」

 

 「てめえ、ふざけてんのか!」

 

 「いえいえ。とても面白そうだから、そう言ってるのですが?」

 

 がなる新一君に、私はにこやかに笑う。

 

 「君だって、ご理解できるでしょう?他人の不幸は蜜の味なんですから」

 

 「ふざけんな!そんなもん、理解できるわけ」

 

 「渾身の殺意と知恵と決意をもって成し遂げた密室殺人!誰にも言えない苦悩と苦痛の果ての、憎悪と憤怒!織りなされた計画!アリバイ偽装!犯人を指し示すダイイングメッセージ!」

 

 喚こうとする新一君に、私は笑う。笑って、つきつける。彼の、真実を。

 

 真実をつまびらかにするという行為の裏に隠れる、彼の本音を。

 

 「人が人を殺す行為を、真実を明らかにするという建前のもとに、さらけ出して、嘲笑っていたんでしょう?

 

 例えば・・・そうです!強姦された仕返しに殺人を犯したOLがいたとしましょう!可哀そうに、強姦されたことを誰にも言えずに苦悩の結果、殺人に手を染め染めてしまったとしましょう。きっと司法の裁きは怖いでしょう。それでも覚悟を決めて、ない知恵絞って考えたトリック!用意した凶器と綿密な計画!君は嬉々として彼女の犯行の一切合財、そして罪を、警察官と野次馬の面々の前で暴くんです!

 

 動機の面で君は堂々と叫ぶんです!あなたは彼に乱暴されたからその仕返しだと!

 

 ああ!ああ!何たることでしょう!彼女が必死に押し殺し、誰にも知られたくなかった恥部は、賢しらにしたり顔で暴いてきた少年の無遠慮さによってさらけ出されてしまいました!

 

 その野次馬の中には、彼女が最も知られたくなかったでしょう、恋人だっていたかもしれないのに!

 

 でも君は言うんでしょう?“そんなの警察に相談しなかったお前が悪い”“それでも殺人はいけない”とねえ。

 

 そして、そのあと犯人が刑務所で自殺したって、真実は明らかにされるべきと大声で叫ぶんでしょう?違いますか?」

 

 「ちが・・・違う!違う違う!オレは・・・オレは、そんなことしない!そんな・・・そんな、推理で犯人を追いつめた挙句自殺なんて、殺人と変わらないこと、やりもしない!」

 

 「おや、本当に?

 

 では、なぜ、君は大勢の前であえて推理を披露するんです?」

 

 「そ、れは・・・」

 

 「素直におっしゃいなさい。“犯人が泣き崩れるのが楽しい”“悪いことしたからだザマアミロ”と。

 

 人間素直が一番ですよ」

 

 「違うっつってんだろ!!」

 

 青ざめた顔で、新一君はなおも否定します。

 

 喉の奥でも言葉をこねくり回し、なんというべきか迷っているようですね。

 

 ソファから降りた、ちっぽけな人間は、長い脚を尊大に組んで見せる私を前に、青ざめた顔でそれでもなお毅然と言い放ちました。

 

 「いいか!はっきり言ってやる!

 

 オレは確かに!犯人を推理で追い詰めてるさ!推理すんのは楽しいし!生きがいだ!けどな!それでひとを傷つけようなんて、考えてない!そんなの、探偵じゃねえ!」

 

 ここで一息入れて、呼吸を整えて、新一君は続けます。

 

 「ああ!俺は目立ちたがりだよ!大勢の前で推理を披露して!オレはすげえんだ!こんなことだってわかるんだって!これがオレだ!工藤新一なんだって!

 

 ・・・そうじゃないオレなんて、誰が見てくれるんだよ。

 

 “藤峰有希子の息子”でも、“工藤優作の息子”でもない、新一なんて、何があるんだよ。他に、何が・・・」

 

 最終的に、呻いてうなだれてしまった新一君。

 

 おやおや。意外と面倒な感じだったんですねえ。

 

 

 

 確かに、米花町の工藤一家といえば、芸能人の一家のような扱いですからねえ。

 

 ビカビカ当てられるスポットライトの影は、暗闇でしたというところでしょうか。

 

 銀幕の大女優の息子、天才ベストセラー推理小説家の息子、だから美人で天才で当たり前。できて当然、あの夫婦の息子なら当たり前と、どこに行っても誰に会っても言われたでしょうねえ。・・・よくグレませんでしたねえ、新一君。

 

 

 

 ふうむ。だいぶ精神的にキてるようですし、ここらで【説得】あるいは【言いくるめ】して信者に落とすのもありっちゃあ、ありですが・・・さて、どうしたものでしょう?

 

 

 

 おや?

 

 次の瞬間、きっと顔をあげて、新一君は私を睨み付けながら叫びました。

 

 「けどな!だからって、オレの!存在証明たる推理を!凶器にして人を傷つけていい理屈が成立するわけがねえんだよ!

 

 犯人が泣き崩れるのが楽しい”?“悪いことしたからだザマアミロ”?

 

 そんな幼稚な感情論、あるわけねえだろ!むしろそういうのがあるのはお前の方だろうが!違うか?!

 

 神様だか化物だか知らねえが、他人の心を弄んでいいと思ってんのか?!ふざけんな!!」

 

 おやまあ。

 

 あれだけグラついていたというのに、持ち直しましたよ。

 

 多少虚勢は入っているでしょうが、これはなかなか・・・素晴らしい。

 

 

 

 いやあ。正直、今の言動でSANをヤスリにかけたつもりだったんですが、これはなかなか。やはり人間は素晴らしい。そして、愚かしい。ゆえにこそ、愛して滅ぼす価値があるというものです。

 

 

 

 クフクフと喉が勝手に鳴ってしまいます。邪神といえど、人間という器に押しこめている以上、生体器官も彼らを模しているため、愉快であればそこから声が漏れ出るのは必然であり、生理現象に近いのです。仕方ないでしょう。

 

 「何がおかしい!」

 

 「いやだって・・・ふざけてなんてないんですよ。だって、それが私の、愛ですから」

 

 「・・・は?」

 

 心底理解できませんという顔を新一君がしましたが、構わず私は両手を広げて愛しい子供に語りかけます。

 

 「いいですか、新一君。私、邪神ニャルラトホテプは人類を愛しています。だからこそ、狂わせてのた打ち回らせて邪悪と冒涜の限りを尽くし、最終的に死んでいくのを眺めさせていただくんです。

 

 なぜならそれが、私の愛ですから♪」

 

 愛ならしょうがない。とどこぞの撲殺天使もピピルピルピル~♪と歌ってくださってますし。

 

 呆気にとられた表情をしていた新一君は、すぐさま我に返ったように私を睨み付けてくれました。

 

 「・・・この世から犯罪がなくならないわけだぜ。あんたみたいなやつが神様なら、当然だな」

 

 「おや失礼ですねえ。私ほど人類を愛している神はいませんよ?」

 

 「人類最悪の不幸だな」

 

 手厳しいですねえ。シュルズベリィ教授や赤井君と同じことを言ってますよ、彼。

 

 「てけり・り?てけり・り?」

 

 ちょいちょい、と私の袖を引っ張って、ショゴスさんが物言いたげにしています。

 

 「へ?」

 

 「ああ、彼女は、ああとしかしゃべれないんですよ。意味は通じますのでね。

 

 ちなみに今のは、“結局君はどうするのか?夕食は作ってあるので食べていっては?”という意味です」

 

 「いや、言葉自体は短い割に意味が長いな!」

 

 さすがは工藤新一君ですね。ほとんど反射に近いツッコミをありがとうございます。

 

 君、ツンツン頭の青い弁護士さんが御親戚にいらっしゃいません?

 

 「っつーか、何だよ、今の。あんな言語、あったか?」

 

 君は本当に、藪を突くのがお上手ですねえ。

 

 怪訝そうな顔でメイド服を着たショゴスさんを振り返った新一君に、私はにっこり笑ってパンパンと手を叩いた。

 

 「はい!では、我が家のメンツをご紹介いたしましょうか!ショゴスさんとシャンタク鳥!本性と一緒に御挨拶だ!」

 

 え?描写?やってもいいですけど、SANが削れますよ?

 

 新一君ですか?彼らの本性を目の当たりにするなり、目を皿のようにしてしばらく見つめた後、ややあって白目をむいてひっくり返りました。

 

 ハハッ!SANチェック失敗して、アイデアロールからの気絶になりましたか!自殺癖とか、異常食欲とか引き当てなくてよかったですねえ!

 

 「てけり・り・・・」

 

 元のメイド姿に戻ったショゴスさんが、肩をすくめてため息を吐かれしたよ。何です、しょうがないご主人だっていうのは!

 

 『どうするのだ、その玩具は』

 

 オカメインコ姿に戻ったシャンタク鳥が、呆れたようにソファの近くでひっくり返ったままの新一君を見やっています。

 

 ふーむ。あ、デザートにするってのはダメですよ?これはまだ、楽しみ方があるんですから♪

 

 『そんなガキ、腹の足しにもならん。妙な毒も飲まされたんだろう?そんなの進んで食うか』

 

 吐き捨てるように言ってくれますねえ、シャンタク鳥。

 

 「てけり・り。てけり・り、てけり・り」

 

 そうですねえ。まあ、今晩くらいは泊めてあげましょうか!よかったですねえ、新一君!

 

 え?来客用のお布団?あるわけないじゃないですか!ショゴスさんが一晩布団姿で添い寝してくれますって!寝心地抜群ですよ!

 

 おや、どうしました皆さん。一斉に青い顔になって、合掌するなんて。大丈夫ですよ!ショゴスさんは聞き分けがいいですから、新一君を味見なんてしませんってば!

 

 

 

* * *

 

 

 

 さて、翌日です。

 

 ショゴスさんの作った朝食を、恐る恐る青い顔で食べた新一君は、とりあえず帰宅したいという旨を申し出てきました。

 

 一応そのリスクは昨夜申し上げたはずなのですが、小さくなった体のことを相談したい人間がいることを言ってきました。

 

 そうそう。一応、彼、私が小さくした連中とは無関係ということは信じてくれましたよ!

 

 曰く、「あんたみたいな奴がその気になったら、小さくするどころか、もっと悪辣で冒涜的なことを企んで実行してきそうだから」ということです。

 

 フフッ♪理解の早い子は嫌いじゃないですよ♪

 

 というわけで、今、私は新一君にバイク用のヘルメットをかぶせて、自分もライダースジャケットとヘルメットを身に着け、バイクにまたがり、道路を気分よく駆け抜けています。

 

 ちなみに、車種はHondaのCBR250RR通称“ニダボ”といいまして、黒を主体に赤でアクセントを加えた車体に、翼の入ったクサリヘビのマーキングをつけています。

 

 ま、本物じゃないんですけどね。バイクに擬態させている、狩り立てる恐怖だったりします。いやあ、ペットに蛇って敬遠されがちですし、置場もちょっと困りまして。だったら、これでいいじゃない、と。

 

 燃料の代わりにちょっとばかり生贄を要求してきますがね。まあ、そこは長い付き合いですよ!

 

 「神様がニケツでツーリング・・・」

 

 「神様だって人間の真似事をしてみたいときがあるんですよ。いっつも神様してたら疲れるでしょう?君だって、探偵ばっかりしてるというわけではないんですから。同じことです」

 

 背中で物言いたげな微妙な顔をしているだろう新一君にしれっと言って、彼のナビゲートのもと、ハンドルを米花町2丁目に向けます。

 

 

 

 そうそう。新一君から、私の正体は軽々しく人様に言わないようにと釘をさされましたよ。

 

 おや、失礼な子ですねえ。これでも正体を教える相手はちゃんと考えて選んでいるつもりですよ?君の場合は蘭君のせいで、不可抗力に近かっただけです。

 

 

 

 さて、赤い屋根の洋館工藤邸のお隣、円筒じみた近未来的シルエットの阿笠邸のそばにバイクを止めて、新一君と一緒に阿笠邸にお邪魔させていただきました。

 

 最初こそ、阿笠博士は幼児化している新一君を彼の親戚かな?と言ってきましたが、新一君が阿笠博士の個人情報に加えてその抜群の推理力を披露するなり、まさか本人?!と非常に驚きながらも、中に入って改めて話すことになりました。

 

 ちなみに、私は遊園地で新一君が幼児化されるところを目撃し、彼を放置するのは危険と判断して保護したという立場で同席させていただいてます。ちゃんと表向きの立場で自己紹介もしましたよ。

 

 時々、新一君が絶対余計なこと言うなよ?絶対だからな!という感じの目を向けてくるんですよねえ。信用ないですねえ。

 

 え?お前は昨日の言動を思い返したうえで言ってみろ?新一君の意見が最もだろって?

 

 もう!皆さんまで!こう見えて、人間に擬態するのは得意中の得意なんですから!・・・ときどき隠しきれない邪悪と混沌があふれ出てしまうだけで。何しろ私、邪神ですから。

 

 とはいえ、新一君が巻き込むリスクを抱えてまで阿笠博士に会いたがったのは、彼なら解毒剤を作れるのでは?と考えたからのようです。・・・結構、君って浅知恵なところがありますよねえ。

 

 阿笠博士は工学系の研究者なのに、明らかに畑違いの生化学面で頼ろうとは・・・。

 

 おや。私に医師や薬学者の知り合いはいないか聞いてきますか?阿笠博士。

 

 ・・・新一君の顔が明らかに引きつっていますねえ。

 

 

 

 いるにはいるんですがねえ。どいつもこいつも、接触すれば正気を削り取る人外ばかりですがね。

 

 パッと思いつく限りでは・・・ユゴス産の甲殻モドキのカビども〈ミ=ゴ〉に、過去と未来に渡って精神拉致を目論む連中〈イス人〉に、異星からの寄生虫〈シャン〉くらいでしょうかねえ。

 

 とはいえ、彼らと直接の面識があるかというと、それも微妙ですしねえ。人づてに聞いた、という感じですし。

 

 

 

 あ、もちろんそんなこと口には出さずに、ちょっと困った感じに微笑みながら首を振るにとどめておきましたよ?

 

 新一君があからさまにホッとしたような顔をしてますが、君は本当に私が神様であることを隠す気があるんですか?君がそんな態度だと私は何かあるんですと言ってるようなものですよ?

 

 

 

 で、その後、改めて身の振り方の相談に入りました。

 

 新一君が元の体に戻るには、黒ずくめの連中の持っている毒薬のオリジナルが必要、彼らを追って捕まえなければならない、しかし肝心な手掛かりが皆無で・・・おや?新一君がじっと私の方を見つめていますねえ。

 

 「バーボン、ジン、ウォッカ・・・アンタ、昨日の電話でそんなこと言ってたよな?」

 

 おやまあ。発狂したりSANをヤスリにかけた割には、しっかり覚えていましたか。

 

 「・・・だったら何です?言っておきますが」

 

 グイッと顔を新一君に近づけ、唇を割って笑いながら、続けて言いました。

 

 「私の面識のある彼は、目的のためには手段を選びませんよ?自分が出世して手柄を立てるためだったら、ちょうどいい相手を生贄として差し出せる程度には、非情になれる子です。頭もいいですし」

 

 嘘は言ってませんよ?零君だったら、赤井君辺りなら平然と生贄にするでしょうねえ。

 

 公安警察のNOCであることや、非情にはなれても優しさは捨てきってないという事実全てではありませんがね。

 

 

 

 え?この性悪邪神?だって、つまらないじゃないですか。ここで新一君を素直に零君に引き合わせたって、零君は彼を保護という名の隔離政策を企てて終了、ですよ?

 

 トロピカルランドでの反応から見ても、零君は新一君を認めてない。ちょっとばかり頭のいい子ども程度にしか見ていないのは明白です。

 

 攻略本では共闘体制を築けているようですが、それは江戸川コナンが安室透の前で、その抜群の推理力と胆力を見せつけたからです。逆を言うなら、その切っ掛けが失われれば、それは成り立たないということです。

 

 せっかく目の前にある面白そうな玩具を、育成途中の家畜に差し出す理由がどこにあるんです?

 

 

 

 「そ、そうじゃぞ、新一!

 

 第一、下手をすればナイア君も危険になるかもしれんのじゃぞ!」

 

 アワアワとかばってきてくれる阿笠博士に、私は姿勢を正しながら困ったように笑みを返す。

 

 「ええ。私は、彼とは幼馴染のようなもので、お目こぼしをもらっている分際にすぎませんので。下手に機密を知ってしまえば、私でもどうなるか・・・。まあ、現状ですでに危ないかもしれませんが・・・」

 

 新一君がものすごく物言いたげに口元をモゴつかせていますねえ。

 

 ええ。言いたいことはわかります。私のような邪神が、たかだか悪の組織ごときにどうこうされるはずがない、逆に潰し返すんじゃないかぐらい言いたいのでしょう?

 

 確かにその通り。ですが、忘れてもらっては困ります。これは、君の戦いなんです。私が首を突っ込んであげる義理も義務も、ありはしないのですよ?脇から面白おかしく眺めるのが、私の役割なんですから。

 

 そうして、阿笠博士はそんな新一君に、別の切り口を提案しています。曰く、幼馴染の探偵事務所に転がり込み、奴らの情報を待てというものです。

 

 ところが、肝心の新一君はそれにノーを返しました。

 

 ・・・あらら。そういえば、無理ですねえ。

 

 「毛利のおっちゃんが、入院しちまったんだ。しばらく、探偵事務所の経営は無理だ。借金もしてるっていうし、下手をしたら事務所自体畳んじまう可能性だって・・・」

 

 ですねえ!

 

 言いにくそうに呻く新一君に、阿笠博士は絶句なさってますねえ。

 

 しかし、新一君は何か心惹かれるものがあったのでしょうか、顎に手を当てて考え込みながら、ちらっと私を見やってきました。ややあって。

 

 「・・・そうだな。奴らの情報を仕入れるために、探偵役を立てて、名を売らせるって基本方針は悪くねえな。おっちゃんがダメなら、他を使えばいいんだ」

 

 そう言うや、彼は私に向き直って、指を突き付けながらおもむろに言いました。

 

 「あんた、今から探偵な」

 

 ・・・おや?

 

 

 

 

 

次回漁りとは・・・感心しないな?

けどわかるよ。続きは甘いものだ

 





【新一君のSANをヤスリにかけたのに、なぜか探偵役に指名されたナイアさん】
 前回から引き続き、新一君(どうにか復帰)とお話。
 以前から新一君に興味を持っていたのは、こうして彼のSANをヤスリにかける気満々だったらしい。
 なお、彼女は攻略本で実際彼が推理ショーで自殺に追い込んだ人物の存在を知ってたので、どうせそうするつもりなんだろ?と軽く訊いてみたつもり。訊き方がイチイチ邪悪。
 芸能一家の2世君みたいな立場の新一君に、意外と闇が深かったんだなーと察した。工藤夫妻は子育て下手っぽい。
 好奇心のままに藪を突く新一君に、蛇どころか蛇人間をけしかける勢いで、さらにSANを削り取る。
 こんな面白い玩具手放すなんてもったいない。一晩くらい泊めてあげましょうそうしましょう。
 翌日、バイクに擬態した狩り立てる恐怖に乗って、新一君を阿笠邸へ連れて行ってあげる。
 ハラハラしている新一君をよそに、見事に人間に擬態した言動を取ってみせる。ハラハラしている玩具の反応の方が面白い。
 はたで面白おかしく眺めて腹抱えて笑うのが自分の務めなので、新一君に進んで協力してやる気はないし、バーボン=零君に繋ぎを取ってやる義理も義務もさらさらない。むしろ、誤解を煽って新一君が警戒を強めるのを邪悪に笑って眺める気満々だったりする。
 阿笠博士の名探偵役を仕立てあげろ作戦に、毛利探偵いないしどうする気かな~と他人事調子でいたら、なぜか探偵役に指名された。
 ・・・どういうつもりだ?

【冒涜的な邪神やその配下とコンタクトしたけど、それでも立ち向かう新一君】
 自分が培ってきた知識も経験も打ち壊す冒涜的な恐怖の権化に、本能的にこの世の真理を悟ってしまう。
 とにかく落ち着いて考えられる場所に逃げ込みたくて、おうちに帰りたい、とポロッと言ったら、目の前の美女に扮した恐怖の権化が嬉々として口撃(こうげきと読む。誤字に非ず)してきた。
 もうやめて?!俺の一時的狂気までのSAN余裕はもうゼロよ?!
 ただでさえも幼児化したうえ、幼馴染が頭おかしい言動とって、拾ってくれた女はトンデモ邪神で頭がパンクしそうなところに、追い打ち掛けられて散々だった。
 ・・・ぶっちゃけた話、彼は邪神に指摘されるまで、犯罪者の事情というものを真剣に考えたことがなかった。事件を解くのが自分の役目で、犯罪者のケアは警察の仕事、と割り切っていたのもあった。
 ・・・新一君自身も17歳にしてはかなりのハイスペックぶりを誇るが、普通、あんなスーパー御両親持ってたら、劣等感に苛まれるかとんでもなく我儘な天狗になるかの二択になると思うのは作者の偏見だろうか。彼は環境の割にかなりまともに育った方。若いので矯正も効く。
 虚勢はあるが、邪神が何ぼのもんじゃい!お前がそう言おうが、俺は目立ちたがりではあるけど、そんなことしねえからな!と最終的に開き直る。くどいようだが、彼は根っこの部分ではいい子で、強い子なので。
 しかし、邪神様を感心させた直後、ペットとメイドさんの本性を暴露されて、もれなく一時的狂気からの気絶に至り、そのまま翌日を迎えた。
 ・・・まともに考えたら、あんな化け物の周囲にいるのが、まともな存在なはずがないのに。
 翌日、邪神様と一緒に唯一現状を相談できそうな阿笠博士の邸宅へ。
 邪神様にあらかじめ釘をさしておくが、彼女がその気になったら自分の釘さしなんて、糠床に対するそれと同じ――つまり、全く無意味ということも悟っているので、気が気でない。送ってもらったからもういい帰れと言っても、「おや、巻き込んだのはそちらなのに、ずいぶんじゃないですか?」と言い放たれて、無駄に終わった。
 邪神様の言動に気が気でない(いつ自分のように阿笠博士の正気を削りにかかるか!)上、彼女の本性を知っている身の上としては、その言動にイチイチツッコミを入れたくてしょうがない。
 もちろん、自分を小さくした連中と、その手がかりを知っているだろう邪神様を逃がす気は毛頭ない。邪神様はどうにかする気はないが、手掛かりくらいはくれたっていいじゃないか!神様なんだろ?!
 ・・・恐ろしさは体感しているのだが、根っこの根っこの部分で、理解が及んでないのかもしれない。
 阿笠博士発案の、名探偵を仕立てあげて、連中の情報を仕入れようぜ!という作戦に、なぜか邪神を探偵役に指名する。
 彼の真意は次回にて。

【神話生物だけど御主人に振り回される新たな生贄に同情するショゴスさん】
 邪悪なご主人の邪悪な我がままに振り回される、新たな被害者に合掌。
 結局お夕飯は、食べてもらえなかった。せっかく彼の分まで作ってあげたのに。
 ・・・なお、普段は活動に便利だからメイド姿を取っているだけで、不定形なその身体はあらゆる形状に、自在に変身できる。お布団に変身も超余裕だったりする。


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【#14】名探偵手取ナイアです。本業は邪神です

 8月は台風の季節であり、花火の季節でもある。近所の名所は日程が被らないように、丸日はあっち、×日はこっちと、とびとびに花火大会を催している。
 その日、たまたま友人に誘われて花火大会の会場に行った。何か食べようと屋台を見て回ったら、懐かしのガリガリカキ氷こと、フラッペの屋台が。たまにはいいなあ、とさっそく注文した。もちろん、定番のイチゴ味だ。
 ・・・イチゴって、玉虫色してて「てけり・り」って鳴くもんでしたっけ?
 まあ、いいか。見た目はこんなでも屋台で出してるくらいなんだから美味しいだろう。いただきまーす!
 くぁwせdfrtgyふじこlp;@:!!!!!!!!!!!!!!!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 幼児化した新一君がおうちに帰りたい、というので狩り立てる恐怖バイクで、颯爽と送ってあげましたぁん!

 

 え?他に言うことはないのかって?

 

 いやあ、昨夜でしたか、彼に前々から聞いてみたかったことをちょっと質問してみたんですよねえ。

 

 推理で人を追い詰める気分はどうですか?自殺でもしてくれたら最高じゃないですかって。

 

 いやあ、あんな顔真っ青にして震えながらも、それでもオレはそんなことしない!って言いきってくれたのは、流石でしたね。あの年齢でああいう返答ができるのは、なかなかの高得点です。そこから恐怖と絶望に突き落とせたら、もっとよいのですが。

 

 ええ。私は人間を愛しています。愛しているから、彼らの必死の頑張りも、高評価できるんです。そしてそれが台無しになって絶望するさまを眺めるのも、それをうまくチャンスに変えて躍動するのを見物するのも、楽しくて仕方がないんです!

 

 なぜならそれが、私の愛ですから!

 

 

 

* * *

 

 

 

 彼は私に向き直って、指を突き付けながらおもむろに言いました。

 

 「あんた、今から探偵な」

 

 ・・・おや?

 

 

 

 ふうむ。ちょっと待ちましょう?どうしてそういう理論展開になったんです?

 

 小さくなった新一君は正体を隠さなければならない。

 

 →でも黒ずくめの連中の情報は欲しい。毒薬も手に入れたい。

 

 →情報を得るには他に探偵役を仕立てあげるのが一番。

 

 →一番手近な毛利探偵事務所は、肝心の探偵が入院中。事務所も借金で閉める可能性がある。

 

 →ならば、他から調達しよう。

 

 ここまではわかりますねえ?ええ。神話技能が低かろうと、アイデアが低かろうと辿りつける思考ステップです。

 

 →私、手取ナイアがその探偵役。

 

 ・・・いい度胸をしていますねえ、新一君。

 

 この邪神ニャルラトホテプを捕まえて、操り人形に仕立て上げようとは。神をも恐れぬ所業とは、まさしくこのことでしょうか。

 

 

 

 ヒッと阿笠博士が悲鳴を上げられます。

 

 おや?どうなさいました?別にあなたに何かしようというわけではないんですが。

 

 新一君も顔を青ざめさせていますが、それでも毅然と私を見上げています。

 

 「・・・どういうつもりでしょうか」

 

 努めて、普段通りに声を出したつもりですよ?ええ。ただほんのちょっぴり、邪悪が飛沫を散らしてしまったかもしれませんがねえ。

 

 「君、先ほどの話を聞いていましたか?ええ、奴らの情報の収入源となる探偵は、連中との接点にもなるんです。危険になるんですよ?私に、そんな危険な役をやれと?ただでさえ、知りたくもない情報を握らされて、危険な可能性がある、この私に?」

 

 「よく言うぜ」

 

 吐き捨てるように新一君が言いました。副音声で、あんたにそんな気遣い、不要だろ、とも聞こえました。

 

 「あ・・・」

 

 途端に阿笠博士が顔を青ざめさせます。

 

 「・・・博士、そこまで考えてなかったのかよ」

 

 ちょっと呆れたように新一君が言いました。

 

 そうですねえ、彼、最初毛利探偵にその役をやらせようとしていましたねえ。逆を言うなら、それは毛利探偵なら危険な目に遭ってもいいというようにも聞こえますからねえ。

 

 

 

 ふむ。確か、毛利探偵は元刑事ということで、万が一があっても自衛くらいはできると考えた上の抜擢だったのかもしれませんが・・・この反応を見る限り、何も考えずに手近にいたちょうどよさそうな人材をとりあえず挙げてみた、という感じですね。

 

 意外と、彼もいい加減ですねえ。

 

 

 

 「博士、ちょっと頼みがあるんだ」

 

 新一君は、目で私に少し待つように伝えてから、阿笠博士に言いました。曰く、小さくなった自分は確実に体力や身体能力が低下している。それをカバーできるサポートアイテムを作ってほしい、とのことで。

 

 「何か、急ごしらえでもいいから利用できそうなの、ないか?」

 

 「お、おお。ちょっと待っておれ!」

 

 そういうや、彼は身をひるがえして地下室へ行ってしまいました。どうも、そこにしまわれているだろうガラクタをひっくり返し始めたようで、ガラガラと音が聞こえます。

 

 「で?」

 

 改めて口を開いて、動機を尋ねる私に、新一君は緊張に強張った顔を向けながらも口を開きます。

 

 「見たいんだろ?人間の醜さってやつを」

 

 ほう?

 

 「昨日のあんたの言動を聞いて、思った。あんたの言う、人間が大好きっていうのは、人間の汚い部分――憎しみや行き違いからの殺しや悲劇、醜聞を見るのがこの上なく楽しそうだって感じた。

 

 探偵をやるなら、そういうのに事欠かないぜ?あんたの大好きなそれを、もっと間近で見られる。オレが、見せてやる。ただ、オレにちょっと探偵させてその功績を背負ってくれたら、それでいい」

 

 なるほどなるほど。

 

 「それに、その目で確かめてみたらどうだ?」

 

 「・・・というと?」

 

 「オレが、推理で人を追い詰めて自殺に追い込むって、確信してるんだろ?それを目の当たりにしたくないか?」

 

 ・・・ふむ。なかなかの高得点ですねえ。

 

 「・・・よろしいので?私の知る限り、君はそういうのは、根本的には嫌っているし、理解できない方だと思ってましたが?」

 

 「ああ。あんたのような奴は反吐が出るほど嫌いだが、黒ずくめの連中を野放しにするわけにもいかねえからな。それに・・・」

 

 「それに?」

 

 「オレが、やすやすとあんたの思い通りになると思ったら、大間違いだ。

 

 人間舐めるな。“神様”」

 

 挑むような眼差しに、吹き出したくなりました。

 

 これだから人間は面白い。素晴らしい。これだから彼らへの干渉はやめられない!

 

 ニィッと口元を割って笑みを浮かべ、私は言いました。

 

 「いいでしょう、新一君。取引成立です。

 

 精々、私を退屈させないよう、尽力してください」

 

 「・・・ああ」

 

 言葉こそ固いですが、明らかに安堵したように息を吐いたのは、見逃せませんねえ。

 

 

 

 この邪神と取引を持ちかけようなんて、古今東西、そうそういませんよ?まして操り人形扱いとは。そして、例外なくロクでもない死に方をしているのですが・・・彼はわかってないでしょうねえ。

 

 まあ、面白そうですし、しばらく付き合ってもいいでしょう。

 

 

 

 とはいえ。

 

 「ところで、何とお呼びすれば?流石に“工藤新一”のままでは、いろいろ不都合でしょう」

 

 「あ・・・ええっと・・・」

 

 視線をさまよわせて考え込む新一少年に、ややあって阿笠博士が戻ってきました。

 

 手に持っているのは、一見すると地味な黒縁眼鏡と赤い蝶ネクタイ・・・ふむ、攻略本にもあった“江戸川コナン”の装備アイテムのようにも見えますねえ。

 

 「ほれ!お前さんが小さい頃に、スパイグッズが欲しいとか言うとって、その頃に一度作ったんじゃ!ちょいとバッテリーの再充電が必要じゃが、それさえやればすぐに使えるじゃろう!」

 

 「サンキュー、博士。眼鏡なら、変装にも使えそうだな。

 

 あとは・・・名前か・・・んー・・・」

 

 なかなか思いつけない様子の新一少年ですが、時というのは無情でした。

 

 『新一ぃぃぃぃ!いるんでしょう!いい加減に出てきなさいいいいいい!』

 

 ・・・いやあ、狂人ってどこにでも出現し・・・ああ、お隣が、彼女の執着する人間のお宅でしたっけ。

 

 「ら、蘭?!」

 

 ギョッとする新一君ですが、狂人は容赦してくれません。彼女の中でどういう理論理屈が成立しているかはまったくもって不明ですが、狂人は狂人の中の理論理屈によってしか動かないんですから。

 

 ・・・というより、どうも彼女一人ではないようですね。誰か連れと一緒にいて、彼ら相手にも喚いているようです。

 

 さすがにこれは近所迷惑ですねえ。

 

 おや。一応人間に擬態している身の上ですよ?ご近所付き合いの基本、ご近所への気遣いだって、やろうと思えばできるんですよ、私だって。

 

 「あの、どうかなさったんですか?流石に、近所迷惑ですよ?」

 

 困惑した風を装って、阿笠邸の門前からひょいと外を見やって見せました。

 

 「あ、か、ナイアさん!」

 

 私の姿を見るなり、蘭君が嬉しそうにぱあっと表情をほころばせます。

 

 「ああ、こんにちは、蘭君。それで、後ろのお二人は?」

 

 ニコッと笑みを浮かべてから、彼女の後ろにいるどこか神経質そうな男性と、人目を忍ぶように大きなキャペリンを目深にかぶった女性を見やって尋ねる。

 

 「すみません、お騒がせしました。すぐにお暇しますので」

 

 男性がおろおろと口を開くより早く、キャペリンをかぶった女性がそう言って深々と頭を下げてくる。

 

 「ねえ、新一お兄ちゃんの依頼人みたいだから、入ってもらって話を聞いてみたらどうかな?ナイア姉ちゃん」

 

 ひょこんっと私の足元から顔を出して言ったのは、新一少年です。その顔は、あの地味な黒縁眼鏡に覆われていました。

 

 「あの、どうしてそれを・・・?」

 

 言い当てられたことに戸惑っている様子のキャペリンの女性に、「簡単だよ」と新一少年は、声変わり前のボーイズソプラノですらすらと答える。

 

 「今日は平日の午後。新一兄ちゃんは普段なら高校の授業で不在だけど、この時間ならちょうど帰宅しているはず。加えて明らかに帽子をかぶって身元を誤魔化している感じの、お忍びの様子の女性に、その付き人らしい男性。

 

 このあたりじゃ見かけない顔ですよね?だったら、新一兄ちゃんに会いに来たのが自然。新一兄ちゃんが探偵をやっているのはテレビでも有名だから、何か事件があって、相談に来たってところですよね?」

 

 ・・・しゃべっているうちに調子が出てきたんでしょうけど、明らかに後半、小学生のしゃべりじゃなかったですよ?

 

 彼自身も言い終えてからそれに気が付いたらしく、アワアワとした様子ながら私を見上げつつ、こう付け加えてきました。

 

 「だよね?ナイア姉ちゃん」

 

 「・・・ええ。そうですね、流石です」

 

 まあ、一応取引に応じた手前です。素直に探偵役に甘んじておきましょう。

 

 すると、ちょっと驚いていたらしい男女が、少し表情を和らげて私の方を見てきました。

 

 「ナイア姉ちゃんは、普段は古書店の経営をしてるんだけど、仕事で推理小説とかも結構読んでるし、新一兄ちゃんのお友達だから、推理も得意なんだよね!だからこのくらいわかって当然だよね!」

 

 なるほど?そうやって私が推理ができて当然という土台を作り上げる気ですか。

 

 「ええっと・・・ところで、ボクは、だあれ?」

 

 ひょいっとかがみこんで新一少年に視線を合わせながら、問いかけたのは蘭君です。

 

 ・・・微妙に、声が低いように聞こえるのは私の気のせいでしょうかねえ?君、狂人とて、子供にまで嫉妬するなんて、心狭すぎませんか?狂人に言っても詮無いのでしょうが。

 

 ヒッとコナン君が微妙に引きつった顔をしましたが、次の瞬間、蘭君が動きを止めました。ややあって。

 

「か、かわいいぃぃぃ!」

 

 おおっとぉ。工藤新一少年が、豊満な神々の谷間にその小さな頭をうずもれさせられましたぁ!全国の非リア充のみなさぁぁん!この淫獣にダイスの裁きを下してやって下さぁぁぁい!

 

 冗談はさておいて、工藤新一少年(ウブですねえ。耳まで真っ赤ですよ)を抱きしめた蘭君は、そのままキラキラした顔で私を見上げてきて、尋ねてきます。

 

 「ナイアさん、この子、どうしたんです?!」

 

 「ああ・・・友人御夫婦が、急遽海外に行くことになってしまって、彼らの都合がつくまで私のところで預かることになったんですよ。一応、他に親類がいるようなので、彼らのところにご挨拶に伺おうと、こちらに来ていたんです。

 

 ほら、御挨拶を」

 

 蘭君から彼を引きはがし、向き直らせる。

 

 さて、そろそろ君のお名前を聞かせていただけますか?小さな名探偵君。

 

 「ぼ、ボクは、ええっと・・・こ、コナン!江戸川、コナンだ・・・」

 

 とっさに出たのは、彼の敬愛する探偵たちをデザインした、作家たちの名前だった。

 

 

 

 ようこそ、この愛おしく、狂った世界へ。優しく血塗れた日々へ。

 歓迎しますよ。盛大にね。江戸川コナン君。

 

 

 

 はて?その後のことですか?

 

 ええ、まあ、ざっくりいってしまうと、阿笠博士のお宅に上げて話を聞いた男女お二人が、新一少年改めコナン君の見抜いた通り、新一君の依頼人だったそうで。

 

 ・・・アイドルの沖野ヨーコ君と、そのマネージャーの根岸君だったそうです。

 

 何でも、ストーカーにあっているので何とかしてほしいとか。

 

 ・・・たぶん、これ、攻略本通りに進んでたら、毛利探偵事務所の方に依頼が繰り上がっていたんじゃないでしょうか?

 

 まあ、今は肝心の毛利探偵が入院中で・・・蘭君、こんなところで油売ってて大丈夫なんです?

 

 ちなみに、本人が言うには、お父さんの着替えを家に取りに来たついでに、昨日からさっぱり音沙汰のない新一君が帰宅しているか確認しに来たところを、沖野君と根岸君がいたので、どうしたものかというところで私と鉢合わせたそうで。

 

 で、そのまま新一君の代わりに沖野君の依頼を引き受ける私と、その付き添いをするコナン君に、ついてくる気満々ですし。

 

 ・・・まあ、別にいいのですが。

 

 で、沖野君のマンションに到着してみれば・・・部屋の真ん中に、背中に包丁突き立てた男の死体が転がってました♪

 

 もちろん、警察を呼んで即行捜査開始となりましたよ。

 

 コナン君は、工藤新一君だった頃の癖が抜けきらないようで、あれこれ探し回っては、警部殿!とか言ってしまう始末ですし。いい機会です。子供の体に慣れてその振る舞いを身に着ける訓練とでも思えばいいでしょう。

 

 にしても・・・これは・・・想像以上に、いい光景ですねえ(ニヤニヤ)。

 

 たまに私もセッションにモブ枠で参加して、こういう光景を目の当たりにするのですが、やはり何度見てもこういう光景は心地よい。

 

 死体を前に、お前がやったんだろ?!お前はこうこうこうしてたから、コイツに対してこういうこと思ってたんじゃないか?!それならお前だって!と罪の擦り付け合いを展開する。

 

 フフフ。人間の醜さがここぞとばかりによく見えますねえ。

 

 おっと、こういうところで笑顔なんて不謹慎です。一応一般人に擬態している手前、女性らしく蒼褪めながらも、探偵らしく観察するように周囲に目を向けなければ。

 

 と、ここでクイクイとカッターシャツの裾を引っ張られました。視線を下げると、真剣な顔をしたコナン君と目が合いました。

 

 心なしか、げんなりした嫌悪感に満ちた目つきをしていますね。

 

 赤井君もよくこういう顔を私に向けていました。

 

 「・・・満足したか?」

 

 「・・・ええ。それなりに」

 

 「そうかよ。それじゃ、そろそろ事件を解決させる。声はこっちで出すから、口パクと身振りを頼む」

 

 小声で話しかけてきた彼にうなずいたところで、彼は私の背中に隠れるや、阿笠博士に託されたらしい蝶ネクタイ――正確には、それを模した変声機を口元に当てました。

 

 「皆さん。少し、よろしいでしょうか?この事件の犯人について、わかったことがあるのです」

 

 そうして、不本意ではありますが、私はこの小さな名探偵の隠れ蓑として、初めて、探偵を演ずることになったのです。

 

 

 

* * *

 

 

 

 事件を解決し、帰途についたところで、思い至りました。

 

 そういえば、コナン君はどこに住む気なんです?あ、もちろん、うちですかそうですか。

 

 となれば、あれとあれとあれが必要で、連鎖的にあれもやっておく必要が・・・。

 

 あー・・・面倒ですねえ。まあ、仕方ないですねえ。

 

 「ニャルラトマァジック!」

 

 某ハンバーガーショップの教祖めいたピエロが一昔前のCMの度に唱えていた呪文風味に言って、パチンと指を鳴らしました。

 

 ちなみに、家について狩り立てる恐怖バイクから降りた直後です。

 

 何言ってるのこの人みたいな怪訝な顔で見上げてくるコナン君に、私は茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクしてあげました。

 

 そのうちわかりますよ、そのうち。・・・少なくとも、明日には、ね。

 

 

 

 さて、翌日。

 

 「てけり・り、てけり・り、てけり・り、てけり・り」

 

 「何だよ、これ?」

 

 ショゴスさんに起こされ、きちんと青いジャケットに赤の蝶ネクタイに短パンというお坊ちゃんスタイルに身を包んだコナン君は、朝食の席にて、ソファの上にあるそれを見やりました。

 

 「見て分かりませんか?ランドセルですよ。聡明な君らしくもない」

 

 ショゴスさんが用意してくれた朝ご飯は今日も美味しいですねえ。お味噌汁をすすりながらしれっと言いました。

 

 昨今のランドセルはいろいろカラフルですよねえ。一昔前は赤と黒の二択だったというのに。もっとも、コナン君のそれは茶色ですがね。

 

 「ランドセル?」

 

 「百歩譲ってうちに居候するというのはいいでしょう。ですが、小学校には行ってください。いやですよ?PTAやら児相やらに殴り込みをかけられて、児童虐待の嫌疑をかけられるなんて。そんなチャチな犯罪歴は、邪神には不要です」

 

 「殺人偽装した自殺で、元恋人亡くしたアイドルの泣き崩れを見てニヤニヤしてる奴は言うことが違うよなあ!!」

 

 半ば自棄が入ったように叫び返してくれますねえ、コナン君。朝から疲れませんか?

 

 「・・・ちょっと待て」

 

 はたと我に返ったような顔をして、愕然と私を見ながら、コナン君が言ってきました。

 

 「何でしょう?」

 

 「昨日の今日だぞ?入学手続きどうしたんだ?戸籍謄本がいるんじゃないのか?

 

 そもそもこのランドセル、どこから持ってきたんだ?教科書は?」

 

 矢継ぎ早の質問を投げかけてくるコナン君に、私は茶目っ気たっぷりにパチンとウィンクして見せました。

 

 「おや、誰に物を言ってるんです?私は曲がりなりにも神ですよ?

 

 君だって見てたでしょう?」

 

 スッと指を持ち上げ、パチンと鳴らしてみせる。

 

 「ニャルラトマァジック!とやってしまえば、これこの通り」

 

 「てけり・り・・・」

 

 何です、ショゴスさん。このご主人に理論理屈を期待するなんて、無駄だと言わんばかりに力なく首を振って。君には神を敬おうという気はないんですか!

 

 「…………………………もう、いいや、それで」

 

 おやまあ、コナン君。まるでさじを投げたかのように!お得意の追及はよろしいので?

 

 「下手にほじくったら、またオレの正気が削れそうな気がする・・・」

 

 「何だ、つまりませんねえ。せっかく、常識を破壊して差し上げようと思ってたのに」

 

 「あんたの娯楽でオレの常識を破壊すんじゃねえ!健全健康な正気でいたいんだよオレは!!」

 

 反射でツッコミを返しながら、コナン君はランドセルを担いで玄関へ向かいます。

 

 「行ってらっしゃい、コナン君」

 

 「てけり・り」

 

 『ふん。さっさと行ってしまえ』

 

 「・・・いってきま~す」

 

 おや、せっかく一同で行ってらっしゃいと言ってあげたというのに、コナン君とくれば妙に疲れた声で言って、出て行ってしまいましたねえ。

 

 

 

 というわけで、我が古書店『九頭竜亭』に、住民が一人増えました。

 

 元高校生探偵“工藤新一”君こと、現小学生探偵“江戸川コナン”君です。

 

 なぜか我が家の住民や、私の言葉を聞くたびに、反射でツッコミを入れたり、青い顔をしたり、匙を投げたりする元気っ子です。

 

 皆さん、温かな拍手で迎えてあげてください♪

 

 

 

 

夢の月の続き・・・どうか読者様をお守りください

 





【とりあえず大人しく探偵役に甘んじることにしたナイアさん】
 前回からの続きで、探偵役に指名されたことに、うっかり邪悪が漏れ出して、周囲をビビらせる。
 神様を操り人形に仕立て上げようとは、いい度胸だな?
 自分が指名されたことに関しては、危険な目に遭っても大丈夫だろうということからの抜擢だと察しはしたが、高々人間風情の言うことを聞く義理も義務もない。
 自分が人間を操り人形にするのはオッケーでも、自分がそうされるのは言語道断。超絶身勝手。神様だもの。
 適当に理由つけて博士をその場からどかしたコナン君と、一対一でお話。【説得】ロールが成功されたので、とりあえず探偵役を引き受けることにした。
 確かに、探偵役として事件現場に居合わせれば、人間の醜いやり取りをリアルタイムで出歯亀できる!勝手に憎んで疑り合って、はずみで殺して必死に誤魔化そうと偽装するのを見物できるなんて、最高じゃないか!
 その後、沖野ヨーコちゃんの依頼を引き受け、ストーカー退治に向かうが、依頼人の部屋で包丁背中に突き立てた死体を発見。さっそく事件だ!
 そうして、疑って疑られる容疑者たちと警察の面々をニチャアッと眺める。いい加減にしろこのクソ邪神。コナン君ににらまれつつ、さっそく探偵役を演じることに。
 帰宅途中、コナン君が我が家に住むことになったのを悟り、その後の面倒を想像して、それは嫌だなあ、とニャルラトマジックを発動。
 翌日、小学校に通うことになったコナン君からの数々の疑問をぶつけられるが、間もなくさじを投げられた。
 ちなみに、追求が続くようだったら回答ついでに常識を破壊する気だった様子。
 隙を見せたら容赦なくSANを抉っていくスタイル。

【邪神探偵という新しいジャンルを開拓させたけど、早くも後悔しつつある新一改めコナン君】
 前回からの続きで、ナイアさんを探偵に指名。
 指名するなり、邪悪な空気漏れさせだしてビビった。おい!博士もビビってる!
 連れてきてもらう間に考えていた、サポートアイテムの開発要請を博士に言いつけて彼を遠ざけている間に、ナイアさんを説得。
 あんた、人間の醜いやり取りが大好きだろ!探偵やったらそれをリアルタイム視聴できるぞ!
 ・・・本当は、そんなことを餌に他人を説得なんてしたくなかった。でも探偵役は高確率で危険な目に遭うことが確定しており、自分はともかく他人を巻き込むのはいかがなものか。その点、この邪神なら、何かあっても無問題だし!
 どうにか邪神の説得に成功。そのまま波に乗るように沖野ヨーコの依頼を、ナイアさんの手柄として解決させる。
 なお、幼児化したばかりなので、いまいち工藤新一としての振る舞いが抜けきらない。
 そのまま、ナイアさんの家こと古書店『九頭竜亭』に転がり込む。自宅が危険って言ったのお前じゃん。博士の家より、探偵役のところにいた方が、情報だって入ってくるだろ?
 帰宅するなり、ナイアさんが口にした妙なセリフに、何言ってんのこの人、と変な顔をする。聞いても、ナイアさんはそのうちわかるとはぐらかすばかり。
 翌日、用意されてた学習用品とランドセルに、絶句。ややあって、そこから浮き上がる数々の異常事態に顔が引きつる。考えなければよかったのに考えてしまったので、多分軽め(0/1くらい)だけどSANチェックも入った。
 『九頭竜亭』唯一のまともな人間の居候となったことで、隙あらば正気を削るスタイルの邪神様に弄ばれることが確定した。
 彼のSANと胃壁に、試練の時が訪れる。

 なお、この後行った小学校で、転校生でもなく元々在籍していたように普通に授業を受けることになり、アイエエエエ?!とまたSANチェックが入ることになる。


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【#15】名探偵ミーツ探索者、死体を添えて☆

 あ。おじいちゃん、元気?うん、私。
 へー、ペット買うことにしたんだ。いいんじゃないかな?で、犬?猫?
 え?多分犬?“多分”って何?
 え?ワンワン鳴くから犬だろうって?それ、どんなのなの?え?4つ足で、青い膿っぽい粘液塗れで?邪悪で臭い、獣?
 ・・・。
 おじいちゃん、それ、どこで拾ったの?悪いことは言わないからリリースしよう?
 え?もう名前付けた?タロ、ジロ、サブロ?3匹いるの?!
 え?そろそろ散歩に連れて行く?畑を荒らす猫やハクビシンを退治してくれるいい子だから大丈夫?それ退治とかいうレベルじゃないからぁ!
 おじいちゃん?!おじいちゃん?!ちょっと・・・電話切れてる・・・。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやあ、これまで邪神として人間の人生を弄んで、苦しめてのた打ち回らせて発狂させて潰し合わせて自害に追い込んで化物に変身させてとやりたいようにやってきたつもりだったんですが、このたび探偵をやることになりました。

 

 長い神生、色々あるもんですね!

 

 え?改めて聞くとお前ってやっぱり最低に最悪な邪神だなって?

 

 嫌だなあ、そんな褒められると照れちゃいますよ。照れるついでに、ここに輝くトラペゾヘドロンがあるのですが、いかがですか?光りあるところではもれなくちょっぴり本気モードの私が招来できますよ?ついでにあなた方の正気と寿命をマッハで刈り取れますが?

 

 え?謹んで遠慮する?あなた方はそろいもそろって謙虚な方ばっかりですねー。最近我が家に来た新一君改め、コナン君を見習ってみてはいかがです?もう少し強欲な方が、人生の張り合いが出ると思うんですがねー。

 

 

 

 

 え?その後のコナン君の様子?せっかく私が小学校の入学手続きをしておいたというのに、帰ってくるなり自室(ちょうど空き部屋がありましたので。冒涜的な品々も置いてませんでしたし)に引きこもって、夕食まで出てきませんでしたねー。

 

 気を利かせて、周囲の記憶と記録を弄って、元々いたように偽装して差し上げたというのに、よほど気に入らなかったのでしょうか?え?普通の人間はそんな目に遭ったら、間違いなくSANが削れる?絶対それで一時発狂しかけたのが原因だろうって?

 

 なるほど。では、これからも彼の周囲は積極的に弄って、正気をヤスリにかけていきましょうか!我ながらなんて親切なんでしょう!

 

 え?親切じゃなくて心折の間違いだろうって?可哀そうだからやめてやれって?

 

 けど、彼はこの邪神を操り人形にしてくれやがりましたよね?代償として少々弄ばれても文句の言える立場じゃないと思うんですよねー。

 

 おやどうしたんです皆さん。頭を抱えられて一斉に呻き始めましたが?

 

 彼は確かに、私に楽しみを提供するというメリットを提示して、取引を持ちかけましたが、それはそれです。この邪神ニャルラトホテプを操り人形扱いすることがどういうことか、思い知らせなければ、私のメンツが立ちません。

 

 

 

 

 ええ。数々の化身を持ち、各地各所各時代のカルトに崇拝されるこの私が、たかが頭がいいだけの小童に操り人形扱いされるなど、本来あってはならないんですから。今は面白そうだからそれに甘んじているだけ。もし私が少しでも退屈だと思ったら、彼は・・・フフ。そうですね・・・例えば、幼馴染を神話生物にレ●プさせて、それを強制見物させましょうか。私が命じれば、彼女は口では嫌がりつつも、幼馴染に視●されるということで、きっと大興奮することでしょう。どうせ狂人ですし。いい見世物になって退屈も少しは紛れそうです。

 

 皆さんはどう思います?他に何かいい案はないですか?

 

 どうしたんです?まるで汚濁と腐臭を一遍に見せつけられたような顔をなさって。え?改めてお前が下種で下劣で外道でどうしようもない邪神だと実感させられた?冒涜的すぎる提案に同意を求めるな?

 

 いつものこととはいえ冷たいですねえ。

 

 それに、これはあくまで、彼が私を退屈させてしまった場合のお仕置きの一案です。逆を言うなら、退屈させなければこれはなし、ですよ。安心したでしょう?え?ちっとも安心できない?日頃のお前の行いを見返してみろ?

 

 何かしましたかねー(すっとぼけ)。

 

 

 

 

 さて。冒頭邪神トークはこのあたりにしておきましょうか。

 

 探索者は惹かれあう。一度常識の埒外の世界に触れたものは、徒党を組まざるを得ない。なぜなら、腐臭と冒涜、狂気と退廃を理解し共有できるのは、それに触れた経験を持つ者同士しか、あり得ないからです。

 

 つまり何が言いたいかというと、もはや歴戦といっていい探索者の松井君が、神話技能を得てしまった親愛なる我が居候の江戸川コナン君と、接点を持ってしまったということです。

 

 そう、焦らずとお話いたしますよ。

 

 フフ。私も、あのセッションはなかなか楽しめましたのでね。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 その日、私は蘭君から誘われたのもあって、コナン君と一緒に米花美術館へ行ってました。

 

 最近、この美術館は、夜中に鎧の騎士が徘徊しているという専らの噂でして。

 

 老朽化も進んでるから、閉館取り壊しの話も進んでいる中で、そんな噂です。さびれつつある美術館とはいえ、噂のおかげで休日の本日はそこそこ繁盛しているようです。

 

 美術品ですか!いいですねえ!個人的に大ファンなのが、リチャード・アプトン・ピックマン氏です!彼は我々の界隈では有名人ですから!

 

 

 

 

 おや、御存じありませんか。

 

 すごくざっくり言ってしまうと、昔からグログロしい絵を描かれるのがお得意な方だったんですが、とある邸宅にお引越しなさってから、ご自身でもひくような絵を描くようになられてしまって、最終的に喰屍鬼〈グール〉になられた方です。

 

 ・・・ええ。その後の彼も、とても愉快な最期でしたがね。

 

 あ、ちなみに、代表作はことごとく喰屍鬼〈グール〉をモチーフになさっています。

 

 アーカム市の骨董品店とかには、彼の絵はしょっちゅう置かれていますよ。たまに売れても、売却先が妙な事故に遭ったとかで、すぐに戻ってきたりするそうです。

 

 欲を言えば我が『九頭竜亭』にも置きたいくらいの傑作揃いなのですが、インテリアのバランスの関係もあって、それはやめにしているんです。至極残念なんですがねえ。

 

 

 

 

 まあ、ピックマン氏の話はさておいて。

 

 目をキラキラさせながら、あれこれと絵を覗き込んで回る蘭君に対し、コナン君は至極退屈そうですねえ。

 

 ・・・まあ、彼は美術とは無縁な人間でしょう。

 

 

 

 

 そういえば、蘭君はお父さんの看病はどうなさったんでしょう?まあ、ここにいらっしゃるということは、大丈夫だからいるということなんでしょうね。

 

 え?彼女は狂人だから大丈夫の保証が効かないだろうがって?

 

 まあ、彼女がおらずと、弁護士の奥様(別居中)がいらっしゃいますよ。

 

 それに、何かお忘れではないですか?

 

 この私が、毛利探偵を気にかける義理も義務も、本来はありはしないんですから!

 

 

 

 

 とと?あの目立つ白髪に革のジャケットを羽織った、パッと見た感じチンピラにも見えそうな青年は・・・松井君ですか。

 

 お隣にいるのは、黒髪をポニーテールにし、清楚な黒いワンピースを着た成実君と、以前のセッションでは欠席なさってた青羽君(またしても地味なサラリーマン風味な変装中)ですね。

 

 ふうむ・・・MSOの代表三方がいらっしゃるということは・・・これは面白そうな匂いがしますねえ(ニヤリ)。

 

 大方、この美術館の噂を聞きつけ、念のための裏取りに来られたのでしょうが、さてどうなることで・・・んん?

 

 ふと、美術館の片隅を見やると、すごく目つきの怪しい方がいらっしゃるんですよねえ。何かの絵を探しているのか、その辺の絵など一顧だにせずに、フラフラと歩きまわっているんですよねえ。

 

 ふーむ・・・目つきから察するに・・・あ。これはSANが10台切ってますね。狂人一歩手前ですね。

 

 何やらブツブツ言っているようですし・・・ふむ。読唇して見ますと・・・「ピックマン」と読めますねえ。

 

 盛 り 上 が っ て ま い り ま し た !

 

 ウフフフフフフフフフフフフフフフフフ。

 

 

 

 

 さて。

 

 米花美術館は、いくつかのエリアが仕切られています。天国の間、海洋の間、大地の間、といった具合で、それぞれそこをテーマにした美術品が展示されています。

 

 そして、その最後を飾るエリアは今、清掃中に付き立ち入り禁止の看板が置かれて、人の立ち入りを拒んでいます。

 

 しかしながら、人目を避けるように、その看板の脇をすり抜けるものが3人。

 

 いわずもがな、松井君、成実君、青羽君の探索者3人組ですね。

 

 確か、エントランスでもらえた美術館の案内図によると、この先は地獄の間、でしたか。地獄、悪魔といった恐ろしいものをモチーフにした美術品が多々あるとか。

 

 そして。

 

 「! 蘭姉ちゃん、ナイア姉ちゃん、ボク、おしっこ!」

 

 「大丈夫?コナン君。トイレなら、あっちにあったはずよ?」

 

 「では、私たちは先に、あっちのエリアに行ってますね」

 

 「うん!」

 

 そう私たち二人に言い訳して、コナン君もまた踵を返して駆けて行きます。

 

 ええ、言い訳でしょう?何しろ、君は立ち入り禁止の看板の脇を潜り抜けた3人の姿を、こっそり見てしまったのですから。

 

 探偵の勘が事件の臭いを嗅ぎ取ったのか、はたまた愚かな好奇が囁きかけてきたのか。

 

 いずれにせよ、彼は動くことにしたようです。

 

 

 

 

 ジン君たちのことで懲りているかと思いきや、彼は学習能力が変なところで欠落していますねえ。

 

 故人の曰く『秘密は甘いものだ。だからこそ、恐ろしい死が必要になる。愚かな好奇を忘れるような』。

 

 なかなか名台詞だと思うんですが、コナン君には最も縁遠い言葉のようですねえ。

 

 

 

 

 さて。コナン君と別れたところで、私は蘭君を適当に丸め込み、先に帰します。

 

 ま、ほどほどで切り上げさせてお父さんの所へ行かせておいた方が、角も立ちにくいというものでしょう。

 

 そうして、人目に付きにくいようにトイレの個室にこもり、遠視魔術を起動します。

 

 さてさて。少々出遅れてしまいましたが、セッションの視聴と参りましょうか!

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ああ、グッドタイミング!ぎりぎり間に合いましたか!

 

 本格的にセッションが始まるプロローグ的なシーンでしょうか。

 

 チョビ髭の小太りのおじさんが、鎧着た何某に斬りつけられ、必死に逃げようとしているところに、松井君たち探索者3名が駆け付けました。

 

 おやあ、これがセッションのきっかけとなる怪異・・・ではありませんね。これは明らかに人為的なもの――純粋な物理的行為、神話のしの字もない、単なる殺人です。何ですか、紛らわしい。

 

 ああ、殺人ですらない傷害ですねえ、現段階では。つまりませんつまりません。

 

 ついでに乱入した松井君たちが止めてしまいましたからねえ。

 

 成実君が細身の見た目とは裏腹に、ダメボ持ちの【組みつき】で鎧男をあっさり拘束してしまいましたねえ。

 

 組み伏せられた鎧男の頭から、鶏冠のような赤い房飾りのついた兜が転がるように外れました。

 

 おやおや。確か、彼は観覧中に見かけた、美術館の館長さんではありませんでしたか?

 

 穏やかに見えて、意外と闇が深かったんですねえ。実に惜しかったですねえ(残念そうな溜息)

 

 で、ここで切り殺されそうになってたチョビ髭男がここぞとばかりにヒステリックに「お前は落合!この美術館を潰してホテルにしようという私の計画への腹いせか!」云々とつまらないことを喚きたてるわけですよ。

 

 ああ、つまらない、つまらない。こういう奴は、さっさと死んでシナリオの盛り上げに貢献していただけませんかねえ。どうせ人間なんて、放っておいても勝手に増えてくんですから。

 

 皆さんもそう思いません?

 

 ああ、物陰からこっそり様子を見ているコナン君が、ホッとした顔をするのと同時に、思案顔をしていますねえ。自分が出る幕はなかったかと言いたげです。

 

 一方で、探索者3名は非常に物言いたげな顔をしつつも、目配せしていますねえ。夜中にうろつく鎧の正体は、この館長の仕業かもしれない。この案件は“ハズレ”かもしれないと。

 

 さぁて、それはどうでしょう。

 

 そんな一同を歯牙にもかけず、立ち入り禁止の看板を無視してやってきたのは、一人の青年です。ソバカスに片目を長い前髪で隠した地味な青年は、修羅場のような一同など一顧だにせず、わき目もふらずにある絵の前に駆け寄ります。

 

 ええ、先ほど私が狂人一歩手前と評した、彼です。

 

 「ピックマン!あああ!ピックマンピックマン!」

 

 狂気を前面に押し出したかのように、実にうれしそうな笑みを浮かべ、彼はその絵に駆け寄りました。

 

 

 

 

 その絵は、実に豪快な構図ですが、同時にグロテスクな絵でした。

 

 喉笛を一刺しにされた悪魔を背に、血の海に沈みゆく騎士の絵です。まあ、全面的に赤と黒をメインにした、おどろおどろしい絵で、まともな人間なら見てるだけでSANが持っていかれるでしょうねえ。

 

 んんー?ああ!この絵!ピックマン氏が画壇を追放される前に描いた絵ですね!こんなところにもあったんですねえ!

 

 いやー、この頃から光るものを持ってたんですねえ、彼!

 

 ふーむ・・・あ。この絵、画材に本物の血を使ってますねえ。クトゥルフ絵画あるあるです♪

 

 

 

 

 「ピックマン!ピックマン!あああ!素晴らしい!こんな絵を描けたら僕は・・・僕だって・・・そうだ、彼みたいに、一層の高みに・・・」

 

 絵の前に立ち尽くすや、彼はブツブツと絵を凝視しながらつぶやき始めました。

 

 いやあ、彼もだいぶ魅入られてますねえ。

 

 おや、流石に青羽君はピックマンを知っているようですねえ。彼の名を聞くなり、変装マスクに覆われた顔を忌々しげにゆがめて、絵を睨み付けていますよ。

 

 他二人は・・・松井君は、鎧姿の館長君から剣を没収して手が届かないようにしつつ、成実君も艦長君の拘束を解かぬままに、それぞれ横目で絵を見ていますねえ。

 

 お二人は知識がないのか、若干訝しげにしていますが、それでも絵から伝わる冒涜感は感じ取ったのでしょう。弱冠うんざりされたような顔をなさっていますねえ。

 

 「おいお前たち!そいつを捕まえておけよ?!今警察を呼んでやるからな!クソ爺め!裁判で尻の毛まで毟ってやるからな!」

 

 などと雑音を放つチョビ髭は、斬られた腕を押さえながらよろよろとその場を後にしようとしました。

 

 ですが。

 

 次の瞬間、絵からぶわりっと赤みを帯びた霧が飛び出すや周囲を覆い隠します。その霧は、探索者3名と、押さえつけられた落合館長、雑音チョビ髭に、物陰のコナン君、合計6名を包み込み――まるで絵の中に潮が引くように戻っていきました。

 

 そして、地獄の間は、まるで最初から誰もいなかったかのように、静けさが戻ったのです。

 

 

 

 

 ふむ。シーン転換と行きましょうか。

 

 彼ら一同が意識を取り戻せば、そこはまあ・・・暗い闇夜の荒野の一角でした。

 

 ごつごつした岩場に、彼らはとっさに鼻を押さえて顔をしかめています。

 

 ああ、血の臭いがするんでしょうね。それもわずかどころか尋常じゃないほど濃い。

 

 何しろ、少し離れたところにあるのは、池どころか湖といえそうなほど、だだっ広い血だまりですからねえ。

 

 そう、それはまさしく、『天罰』と題されたあの絵のモチーフでした。

 

 「何だよこれ、何が、どうなって・・・」

 

 顔色悪く半ば呆然とするコナン君と、落合館長、チョビ髭男(確実にSANチェック入りましたねえ)をよそに、探索者3名は気を抜かずに周囲を警戒しています。

 

 特に、松井君は異質な空間に放り出されたと判断するや、対神話生物用の、魔力装甲貫通弾を装填した拳銃を懐から抜いて、いつでも構えられるように両手に携えています。

 

 「あああ!ピックマンピックマン!すごい!素晴らしい!」

 

 まあ、約1名、そんな一同の様子を歯牙にもかけずに両手を広げてくるくる舞い踊るように大歓喜している方がいらっしゃるのですが。ええ、例の発狂しかけの彼ですね。

 

 「やはり彼は別格だ!ははは!すごい!すごいすごいすごいすごい!」

 

 が、そんな彼の前に立ちはだかった者がいました。

 

 それは、鶏冠を思わせる房飾りのついた兜が特徴的な、鋼色の鎧をまとう騎士でした。右手に携える大ぶりな刃の剣が特徴的ですね。

 

 ・・・ええ、落合館長が纏う鎧にそっくりな、それです。

 

 薄笑いを浮かべた発狂しかけの彼が、鎧の人物を見上げた直後、騎士が動きました。剣を振り上げ、青年をバッサリと切り伏せ、絶句する一同をよそに、苦痛に悲鳴を上げる彼を掴みあげてそのまま岩壁に縫いとめるように喉笛を串刺しにします。

 

 そうしてもう用は済んだとばかりに、騎士はくるりと背を向けて赤い湖に身を沈めていきます。

 

 わかる人には分かるでしょうねえ、それはあの絵の構図にそっくりなんです。

 

 フフ。なかなか楽しげなセッションですねえ。

 

 まあ、定番中の定番、クローズドサークルからの脱出が目的のやつです。グズグズしていると見せしめの彼同様の目に遭っちゃいますよ、と。

 

 

 

 

 さて、まずは生き残ったメンバーの様子を見ましょうか。

 

 もろにSANチェックに失敗したチョビ髭男が発狂してヒステリックに悲鳴を上げて滅茶苦茶に逃げ出していくのを、成実君が足を引っかけて転ばせ、その背中にドスンと腰かけて拘束しています。・・・大分図太くなりましたねえ、彼。

 

 ま、この状況で単独行動に出すのははっきり言って危険です。クトゥルフで単独行動というのは、高確率で死亡フラグが立ちますのでね。

 

 で、続いて騎士を止めようと駆けつけようとして青羽君に首根っこを掴まれるように羽交い絞めにされたコナン君ですが、何で止めたとか助けられたはずだとか文句をつけていますねえ。

 

 それに舌打ち交じりに反論したのが松井君です。彼は騎士が剣を振り上げた時点で発砲していたのですが、対魔力装甲を貫通するはずの特殊弾丸がまるで意味をなさずに弾かれるところを目の当たりにしていましたからねえ。

 

 おそらく力づくというのは無意味と察しているようです。

 

 とにかく、ここから脱出路を探そう、グズグズしていて先ほどの騎士が戻ってきてもいけないと言い、彼は腰を抜かして呆然としている落合館長の手を掴んで引きずり起こすように立たせます。

 

 チョビ髭が落ち着いたところで、成実君はその背中から降り、大岩に串刺しにされている青年に目を向け、静かに祈るようにこうべを垂れました。いえ、実際そうしているのでしょう。

 

 彼は、MSOに入ってより死が身近にあるようになってからは、余裕があるときは、こうして略式であれ死者を悼んでいるようです。

 

 

 

 

 とりあえず、周辺探索をしながら、彼らは簡単に自己紹介をし、何ができるかできないか、何を知ってるか知らないかを情報共有をしているようです。

 

 おおっと、コナン君鋭いですねえ。彼らの落ち着き具合を鑑み、彼らの方がより詳しく知ってるんじゃないかと、ツッコミを入れてますねえ。

 

 ・・・ですが、もうちょっと周りを見て言った方がよろしいのでは?たまに、KPの用意した地雷を進んで踏みつけに行くプレイヤーがいるのですが、彼はまるでそれですねえ。

 

 何しろ、そばにはいまだに発狂による恐慌状態でビクビクしているチョビ髭がいますからねえ。

 

 コナン君の指摘を聞くなり、彼はギャーギャー悲鳴を上げて彼らから距離を取って、逃げ出そうとしました。しかしながら、青羽君がスーツの懐から取り出した紐の先に錘のついた道具――いわゆるボーラを投げてその足をからめ捕り、転ばせ、どうにか確保。

 

 「おいコラ坊主!時と場合を考えて言え!」

 

 なおも暴れて逃げ出そうとするチョビ髭を後ろ手に拘束し、面倒臭げにしながらも松井君が、きまり悪そうにするコナン君に注意してますね。

 

 で、成実君がチョビ髭に一生懸命に宥めを入れて【精神分析】を試みていますね。

 

 自分たちが、この事象を目論んだ人間なら、あなたをこうして捕まえない。だって一人にした方が確実に殺せるのだから。一緒に助かりましょう、助かるよう、頑張りましょう、と。

 

 

 

 

 どうにか、チョビ髭が落ち着いたところで、探索再開です。

 

 どうやら一同がいるのは、ちょっとした運動場ほどのスペースのある小島のようで、あちこっちに大岩やら、何やらがあるという状態です。

 

 で、そこを探った一同は明らかに何かあるんじゃないかという感じの黒い石の柱に当たりました。

 

 何かしらのギミックを動作しなければならないということに行き着きますが、ヒントが英語で書かれているんですよねえ。

 

 まあ、コナン君は英語も堪能のようですし、MSO3人組も業務の関係で英語がそこそこできるようなので、さしたる問題にはなっていません。

 

 ・・・ともすればすぐに喚いて逃げ出そうとするチョビ髭君と、空気と化してる落合館長は、戦力外となってますねえ。

 

 さて、黒い石の柱のギミックですが、ここで実力を発揮したのは、コナン君でした。

 

 鋭い舌鋒と怜悧な頭脳を発揮する彼は、幼い体をものともせずに、MSO3人組と一緒に・・・むしろ、彼らの中心となって、パズルを解いてギミックを発動させてしまったんです。

 

 「・・・あの、松井先輩」

 

 「何だ?」

 

 「あの子、何者でしょう?普通の小学生、あんなこと知りませんよ?」

 

 黒い石の柱を見上げて顎に手を当てて考え込むコナン君をよそに、成実君が怪訝そうな顔で松井君に尋ねています。

 

 「・・・さあな」

 

 肩をすくめ、松井君はコナン君に歩み寄り、自分の推理を述べ、それにコナン君が意見を補足しています。

 

 ふむ。見る人間が見れば、それはまるで兄弟のじゃれ合いにも見えたことでしょう。

 

 ・・・おやおや。我が家に来てから、大抵ゲンナリしたり、事件に出くわして大人に意見を述べるとき歯痒そうにしているのは見たことがありましたが、あんなに生き生きと誰かに自分の意見を述べているのは初めて見たかもしれませんねえ。

 

 ギミックが発動した黒い石の柱は、大きな黒い板壁に変形します。ふむ。モノリス、という奴にも見えますねえ。

 

 そこに浮かび上がった文章を見て、また4人が何事か意見を交わしていますねえ。

 

 やはりそうするしかないのかと、あからさまにコナン君がうんざりした顔をしますが、他3人もわずかに顔をしかめながら結論を出した時でした。

 

 ガチャリっと音が。

 

 おやおや。また来ましたよ、例の騎士が。しかも、頭から返り血をかぶったかのように血塗れです。

 

 新調してきたらしい剣だけが、傷も血のぬめりもなく、薄明かりに銀光を放っています。

 

 

 

 

 ちなみに、探索途中で、この騎士、探索者たちと何度かエンカウントしてたりします。

 

 そのたびに、必死に逃げ回って、どうにか攻撃をかわして逃げ切っています。幸い、相手は鎧のせいか非常にDEXが低く、DEX対抗ロールはたいてい成功、一番の高DEXを持つコナン君にいたっては自動成功していますからねえ。

 

 ちなみに、一度低DEXのチョビ髭が逃げ遅れて斬られかけ、松井君が【拳銃】の部位破壊で剣を弾き飛ばし、どうにか攻撃を空振りさせて、再度のDEX対抗ロールで逃げたということもありました。

 

 加えて、途中で島を徘徊しているゾンビと出くわすこともあり、その時は松井君の【拳銃】と、コナン君のキック力増強シューズによる石蹴りが容赦なく彼らを本物の死体に変えていましたが。

 

 ・・・阿笠博士謹製の品ということでしたが、なかなか恐ろしいものを作ってますよねえ、彼。

 

 

 

 

 さあ、ラストバトルですよ!そろそろ一人くらい死んでくれたっていいんですよ?

 

 さあさあさあ!

 

 

 

 

 

そろそろこの形式の続き文句考えるのがしんどい。

でも、話は続けますよ!ええ!

 





【コナン君をからかって、美術館行ってついでにセッションを見物するナイアさん】
 大体コイツのせい(今回に限っては例外)
 新しく居候とかしたコナン君を遠慮のえの字もなく振り回す。邪神を操り人形にしたのだから当然の報いくらいには思ってる。
 今回、蘭ちゃん(相変わらずの狂人ぶり)も一緒に夜中に動き回る甲冑で噂の米花美術館へ。
 見かけたMSO三人の探索者と、約一名の狂人一歩手前によって、面白そうな事態になりそうと踏んで、コナン君の傘下も見越して、出歯亀しましょそうしましょう、となった。
 ちなみに、ピックマンのファンで愉快な最期だったなどとうそぶいているが、小説原作(ラブクラフトによる)によれば、トドメ刺したのは彼女の仕業だったりする。
 そろい踏みの探索者らによる、定番のクローズドからの脱出セッションに、ニヤニヤしながら見物した。

【ついに探索者らと遭遇したコナン君】
 邪神宅に居候して、小学生生活を送る。時々SANに鑿を突き立てられるが、それでも何とかやっている。
 相変わらずおかしな言動を取る幼馴染からのお誘いで、ナイアさんと一緒に美術館へ。
 美術品の良し悪しとかよくわかんない。そういうこと、興味ないし。
 相変わらずの事件吸引体質だが、愚かな好奇心、あるいは獲得してしまった神話技能によってついには、神話事件まで引き寄せるようになったらしい。
 怪しい三人組を尾行したら、明らかに殺人(未遂)事件に遭遇。何とかしなくちゃと思うが、その前に怪しい三人組が事件を止めてくれた。怪しく見えたけど、本当はいい人たちだったのかな?
 一件落着と思いきや、変なやつが絵の前で変なこと喚き出したと思ったら、気が付いたら変な場所に巻き込まれてた。
 何でこの人たちこんなに落ち着いてるの?!心当たりあるの?!
 うっかりツッコミ入れたら、発狂スイッチ持ちの負傷者が起爆した。ツッコミは時と場合を考えないと身を滅ぼすきっかけになります。よく考えてやりましょう。
 その後、みんなで力と知恵を出し合って、どうにかここから脱出する手段を探す。
 さすがの平成のシャーロック・ホームズは、クトゥルフ系謎解きも得意だった。
 子供だからって馬鹿にしたり、頭ごなしに否定したりせずにちゃんと話を聞いてくれるMSO三人組に関しては、好感度と信頼度がうなぎのぼり。
 ちなみに、彼の技能値に関しては、幼児化の影響で低SIZE、高DEX、高EDUだったりする。

【このたび名探偵とファーストコンタクトしちゃった探索者たち】
 探索者は惹かれあう。(スタンド使いかな?)
 今回は、夜中に鎧がうろつく美術館の調査のために、MSO所属の3名(松井さん、成実さん、青羽さん)がセッションに参加。
 一番最初、鎧姿による殺人未遂の際は、ハズレかよ!人騒がせな!ってなりかけてた。
 ちなみに、ナイアさんも察している通り、青羽さんは前職(怪盗業)の影響でピックマンを知っている。他2名は、聞いたことがあるような?程度しか知識がない。
 怪異発生直後こそ、子供巻き込んだ?!って顔青くするが、すぐさまその子供がその辺の大人顔負けの胆力や推理力を発揮するので、ただの子供じゃないなと悟る。
 そして、遠慮なく子供を戦力にカウントする。事態が事態なので、猫の手だろうが孫の手だろうが、使えるものは使っていく。それが探索者スタイル。
 ミニマムシャーロックの力を借りて、無事セッションクリア、なるか?

【途中で殺されたり空気だったり足引っ張ったりするNPC〈モブ〉たち】
 セッションには付き物、NPC。
 ちなみにメンツとしては以下の通り。
 落合館長&チョビ髭の男(真中オーナー)・・・4巻『美術館オーナー殺人事件』より
 絵の前で発狂しかけて鎧男に殺された青年(旗本一郎)・・・3巻『豪華客船連続殺人事件』より
 実は、殺されたのは使い捨てモブではなく、立派な原作登場人物でした。
 祖父にいびられ、初恋の君の婚約でSANが擦り減ってたところ、たまたま見かけたピックマンの絵に魅入られ、購入。ガリガリセルフヤスリ掛けして、順調にSANをすり減らし、悪夢の10台に突入させてた。
 ちなみに、今の時点で初恋の君の結婚式は挙げられてないので、原作の事件は未発生。・・・犯人である彼は死んだので、今後どうなるかは定かではない(何事もないとは言ってない)。
 なお、真中オーナーは一時発狂により、逃走したがりになってる。落合館長には殺されずに済んだが、無事に助かるかはダイスの女神と探索者たち次第である。
 落合館長は空気化してしまっているが、このまま空気に徹するなら、何事もなく助かれると思われる。


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【#16】名探偵ミーツ探索者、お騒がせ夫婦を添えて☆

 そろそろ寒くなってきたなー、鍋とかいいかもしれないと仕事帰りにいつものスーパーに立ち寄ったら、キノコのコーナーを思わず二度見した。
 ピンク色の甲殻類によく似た、等身大のみょうちきりんな生物が、パッキングされたキノコを手に取ってるんだが、そのパッキングされたキノコもおかしい。シイタケとかシメジとかじゃなくて、不浄のキノコと書かれているように見える・・・。
 あれえ・・・?しかもあのピンク色のやつが片手に持っているのって、缶詰によく似てるけど、あんなバケツサイズの缶詰ってあったかなあ・・・?
 ええっと・・・脳百パーセント…脳缶?あ、ドーモ、ミ=ゴさん。亜希羅です。え?今晩はキノコ鍋するから一緒にどうかって?新鮮な脳髄シャーベットも付ける?どこのインディー=ジョー●ズ?!
 いやあ、遠慮しておき、あ、ぜひご一緒させていただくんで、その電気銃はおろしてください。
 楽しみですよね!キノコ鍋!
 ・・・遺書したためなくちゃ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さてさて、つい先日我が家に居候することになった工藤新一君、改め江戸川コナン君ですが、いやあ、素晴らしい事件吸引力ですねえ。

 

 どこぞの有名メーカーの掃除機、あるいはピンクの真ん丸悪魔を彷彿とさせそうですねえ。

 

 我が家に転がり込まれてからも、たまに出先で死体発見されて、警察呼んでからの捜査開始になるんですよねー。

 

 いやあ、困った困った。

 

 え?本当にそう思うなら、その口元の邪悪な笑いをどうにかしろ?フフッ、すみません、つい隠しきれない邪悪が零れ落ちてしまいまして。

 

 ほほう?その時の私ですか?ええ、もちろん、皆さんの予想通り、笑い転げそうになるのを必死に我慢しながら、コナン君との約束通り探偵役を演じてますよ?

 

 いやあ、皆さん素晴らしい人間性をお持ちですよね!口先では相手を信じるみたいなことを言いながら、真実が暴かれるや「こいつが殺人犯・・・!」みたいな顔をして一歩引くんですから。

 

 しかも動機もまたせこ、ゲフンッ、しょうもな、ン゛ン゛ッ、わかりやすい!悪口言ったとか、ちょっとした誤解とかで・・・。

 

 しかも真偽を確かめもせずにそのまま犯罪一直線ですよ?まあ、不幸な擦れ違いの方が私としては笑えるのですがねえ。

 

 何故こんなに軽々しく犯罪が起こるんでしょうねえ?

 

 ・・・そういえば、7年前にうっかり米花町上空に副王様がご顕現なさったんでしたねえ。まあ、只人があのお方を目の当たりになさればSANもぶっ飛んで正気も削れますよねえ。で、今に至る、ということになるのでしょうか。

 

 正気度が低いから、人を殺すことに抵抗感がないと。

 

 おやおや、この町に滞在する理由がまた一つ増えてしまいましたよ。

 

 え?おやおや言ってるくせに嬉しそうな顔すんな?おや、顔に出てましたか、すみませんねえ、私の悪い癖です。

 

 

 

 

 さて、開幕邪神トークはこのくらいにしておいて、前回の続きをいってみましょうか。

 

 米花美術館で起こった、クローズドシナリオの続きですね?ご高名なピックマン氏の怪画(誤字に非ず)を舞台に起こった、血生臭いシナリオですが、さてどうなることでしょうねえ。

 

 ・・・まだまだ遊び甲斐がありそうなんですから、この程度で潰れてくれては困りますよ、コナン君。まあ、志半ばにくたばられたら、それはそれで面白いんですがねー?(ニチャアッ)

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 さてさて、現状を簡単におさらいしましょう。

 

 プレイヤーは、コナン君、松井君、成実君、青羽君の合計4名。NPCとしてチョビ髭と落合館長。(冒頭で他約一名が騎士に斬り殺されて脱落)

 

 彼らは、ピックマン氏直筆の絵画をきっかけに、異質な空間に放り出され、そこから脱出しようと四苦八苦なさってます。

 

 さっさと脱出しないと、もれなく絵に描かれていたのと同じ騎士に同じように殺されちゃうでしょうねえ。

 

 

 

 

 最初に動いたのは、コナン君です。足元の瓦礫を蹴とばして、鎧騎士の注意を引きつけることにしたようです。

 

 おや、すぐさま松井君が拳銃で注意を向け直させ、「一人で無茶すんな!」と怒声を張り上げてますね。

 

 成実君と青羽君は他2名のNPCのフォローについているようです。できるだけ、鎧騎士の気を引かないように、一定距離を保とうとしているようで・・・おや?フォローにつくのは成実君だけのようで、青羽君は一人どこかへ行ってしまいました。

 

 ふーむ、単独行動というのはあまりよろしくないのですが・・・まあ、何らかの考えあってのことなのでしょう。

 

 では、囮を買って出ている他二人の様子を見てみましょうか。

 

 コナン君は子供ならではの小柄さと瞬発力で騎士を翻弄し、彼が捕まりそうになったら松井君がそれをかばって囮役を交代するという感じでしょうか。

 

 騎士の方は、基本的に攻撃された方を優先的に狙うようにしているようで、今は二人にかかりっきりになっていますねえ。

 

 と、ここで青羽君が戻ってきました。

 

 ・・・途中で倒したゾンビの死骸(ゾンビはもともと死んでいるのでこの言い方には語弊があるでしょうが)を引きずって。

 

 え?字面も絵面も凄まじすぎて笑えない?そうですか?クリーチャーの死骸をどうこうするのは珍しくないと思いますが。

 

 もちろん、青羽君も凄まじく嫌そうな顔をなさってます。嫌なら持ってこなくていいと思うんですがねえ。まあ、必要とご判断なさったから、持ってこられたのでしょうが。

 

 「松井君!江戸川少年!」

 

 青羽君が声を張り上げるや、囮役に徹していたお二人がアイコンタクトを交わし(仲がよろしいですねえ)、松井君が続けて囮を引き受け、コナン君だけが青羽君のところへ行きます。

 

 そうして、何事か彼と言葉を交わし、そのまま再び松井君のところへ行きます。

 

 その動きを察知した成実君が、騎士を刺激しないように戦力外二名を連れて石板のところへ向かおうとしました。

 

 が、ここまで散々追い回されて殺されかけたチョビ髭がとうとう限界に差し掛かったようです。

 

 ギャースカ意味不明な叫び声をあげるや、引き止めようとする成実君を振り切って、一目散に見当違いの方向へ走っていきます。

 

 しかし、彼は間もなく足を止めて震えあがります。

 

 何しろ、似たり寄ったりな騎士が3体ほど彼の前にいたからです。

 

 お代わり入りま~す!

 

 チョビ髭が情けない悲鳴を上げて座り込み、助けようと走り込む成実君をよそに、騎士たちが剣を振り上げ――まあ、そこから先はご想像通りですよ。

 

 頭から三枚に下ろされて、1名、脱落です。

 

 ご愁傷様です。

 

 なお、斬殺現場を目の当たりにした成実君と落合館長君にはSANチェックが発生し(他3名は騎士にかかりきりだったので目にしてません)、かろうじて成実君は成功。落合館長は失敗。失敗した彼はその場で卒倒しました。

 

 蒼褪めながらも成実君は、ここまでの経験もあって胆力を発揮して落合館長を引きずって騎士たちから距離を取ります。

 

 ここで、彼らの危機に気が付いた松井君が拳銃を撃って囮と牽制に出向きます。

 

 ゾンビの死体で細工をする青羽君と、小学生の体をものともせずに必死に騎士に食らいつくコナン君。

 

 いや素晴らしい。やはり人間はこうでなくては。こうでなくては、滅ぼし甲斐がない、というものですよ。

 

 そして。

 

 青羽君の合図を受けたコナン君が、騎士をおびき寄せ、致命の一撃をギリギリ回避します。

 

 躱された刃はそのまま勢い余って、突き立てられました。

 

 青羽君が仕掛けていたゾンビの死骸ごと、その背後の石板に。

 

 

 

 

 種明かしをするならば、件の黒い石柱に仕掛けられていた謎かけの解答がこれです。

 

 石柱を変形させた後の石板に、絵の構図を再現させる。

 

 ただ、それにはどうしても件の騎士以外に、犠牲となる誰かが必要です。

 

 そこで、青羽君が急遽ゾンビの死骸の回収に向かった、というところでしょう。

 

 

 

 

 途端に石板が青白く光ります。

 

 落合館長を二人が狩りで引きずる松井君と成実君が駆け寄ってくるや、そこから放たれた白い煙のようなものが一同を包み込み――。

 

 彼らはその姿を、不気味な空間から消していました。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 さて、シーン転換して、元の場所――米花美術館の『地獄の間』です。

 

 無人のそこに、行きとは異なり助かった5人が、件の絵の前に放り出されています。

 

 ただし、全員血やら埃やらでドロドロに汚れているうえ、囮を買って出ていた松井君とコナン君はかすり傷も拵えています。

 

 相変わらず気絶中の落合館長は回復体位を取らせ、彼らはとりあえず片付けに入りました。

 

 できる限り汚れを落とし、傷の手当てに入ります。

 

 落ち着いた状況になったからでしょう、コナン君はMSO3人組に何者なのか、先ほどのことは何だったのかと尋ねています。

 

 しかしながら、彼ら3人――正確には、松井君が中心となってですが、コナン君にそういうお前何者だよ?と尋ね返して、質問封じをされている始末です。

 

 まあ、相手の秘密を探るなら、自分の秘密を探り返されても文句は言えないでしょう。

 

 とはいえ、危険を協力して乗り切った直後というのもあって、険悪さはなく、むしろ親密さすら感じるように握手を交わしてお礼を言い合ってますね。

 

 おや、松井君。お節介ですねえ。

 

 「気になるのはわかるが、首を突っ込まずに、出来ることなら忘れろ。でないと、俺のように二度と引き返せなくなって、取り返しがつかなくなるぞ。今面倒事に首を突っ込んでるなら、なおのことな。余所見はロクなことにならねえぞ」

 

 なかなか鋭いですねえ。

 

 ぐっとコナン君は言葉を飲み込みました。

 

 思い当たる節、あり過ぎますよねえ。

 

 そうして、電話で絵の処分を打診し終えた青羽君が戻ってきて、改めて落合館長をどうするかということになりましたが、結局そのまま放置を決め込むことにしたようです。

 

 ・・・ちなみに、言いそびれてましたが、落合館長君、例の空間で最初に着こんでいた鎧は動きにくいということで脱ぎ捨ててますので、今はごく普通の格好をなさっているんですよねえ。

 

 まあ、何か必要なら、後日改めて話が通達されるでしょう。

 

 一方のコナン君は、成実君に「ところで君、一人で来たの?ご家族とか、一緒じゃないの?」とツッコミを入れられ、青ざめています。

 

 あっはっはっは!今更ですよねえ!ちなみに、現実時間に換算して、コナン君と別れてから、軽く3時間ほどは経ってますよ?

 

 アワアワと、コナン君は別れの言葉を述べてから、急ぎ私と別れた方へ小走りに走っていきました。

 

 

 

 

 では、中継終了です。

 

 遠視魔術を打ち切り、トイレを出て背伸びします。

 

 うーん。人間に擬態すると活動しやすいのですが、どうしても筋肉や骨格の関係もあって、コリがたまるんですよねー。

 

 ここでコナン君が、あわてて戻ってきました。

 

 はい、お疲れ様でした。楽しかったですか?

 

 おやおや。ジト目になってこちらをにらみあげて、「あんた何があったか知ってやがるな?」とは、言ってくれるじゃないですか。

 

 もちろんですよ!

 

 まあ、正直にそう言ってあげる義理もないので、目線の高さを合わせてニチャアッと笑いながら言ってあげます。

 

 「おや、その怪我の原因を言い触らしてほしいんですか?」

 

 途端に黙り込むコナン君。なかなか賢いですねえ。

 

 まあ、常人なら、あんなこと信じもしないでしょうねえ。人間は自分が信じたいものしか信じない、都合のいい生き物ですからねえ。

 

 では、そろそろ帰りましょうか。

 

 今日のお夕飯はコロッケだそうですよ?ショゴスさんの御飯は美味しいですからねえ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 さて、そんなことからしばらく後。

 

 コナン君が学校に行ってる最中に、彼らはやってきました。

 

 「こんにちは、手取ナイアさん」

 

 「新一がお世話になってます♡」

 

 ふうむ?TVで時々拝見なさる方々ですねえ。

 

 こんなむさくるしいお店にようこそおいでくださいました。工藤優作様、並びに有希子様。

 

 

 

 

 まあ、大体の事情はお察しですね。

 

 大方阿笠博士から、新一君の幼児化、並びに私のところに転がり込んでいるというのを聞き出したのでしょう。

 

 

 

 

 とはいえ。

 

 とりあえず長引きそうだと判断し、テーブルセットをお勧めした私に、お二人はお構いなくと言いながら、お茶とお菓子を召し上がられながらペラペラと一方的にお話しなさってます。

 

 「事情は博士から聞いた!うちの息子が迷惑かけてメンゴメンゴ!後はこっちで何とかするから!あと息子にサプライズしかけたいから、ちょっと話を合わせてくんない?」

 

 要約してそんなことを言われました。

 

 何というか・・・私が断ることを全くこれっぽっちも想定してない言い方ですねえ。

 

 

 

 

 まあ、この言い方をなさるというのは当然と言えば当然でしょう。

 

 阿笠博士宅で、最初、私はコナン君には非協力的でした。むしろ脇で面白おかしく眺めている気満々でしたしねえ。

 

 阿笠博士も当然私のそんな雰囲気を察し、それもご夫妻にお伝えした、ゆえにこそこんな言動を取っているというところでしょうか。

 

 まあ、私としては“取引”のこともありますし、ここでコナン君がドロップアウトして、改めて私が外野ポジションに転化されようと、構わないんですがね。

 

 ・・・どうせみんな死ぬんですし(ニチャァッ)。

 

 

 

 

 おや、私の対応が気になりますか?

 

 まあ普通にちょっと困ったように笑いながら、相槌打って工藤夫妻に協力の意をお伝えしただけですよ?

 

 ええ。一般人らしくね。

 

 え?お前は一般人じゃなくて、逸般神だろうがって?

 

 皆さん、当て字がお上手なんですねえ。

 

 

 

 

 さて、小学校からご帰宅なさったコナン君がランドセルを置いた矢先のことです。

 

 「ごめんなさいね~!ナイアさん!コナンちゃんってば、こんなところにいたのね~!」

 

 お店の引き戸をガラリンと開けて入ってきたのは、黒髪に眼鏡をかけた小太りの中年女――に変装している有希子さんです。

 

 ふむ、どう見ても別人に見えますねえ。見事なお手前で。

 

 彼女は“江戸川文代”と名乗り、狼狽しまくるコナン君を連れて行こうとします。

 

 彼とくれば往生際悪く、「こんなババア知らねえよ!」とか「おい!わかってんだろ!何とか言えよ!」とかこちらに助けを求めていますねえ。

 

 しかしながら、私は彼にしか見えないように邪悪に笑ってその耳元にボソッと囁きかけました。

 

 「君は、私を何だと思った上で、助けを求めてるんです?」と。

 

 いやあ、その瞬間のコナン君の顔は見物でした。

 

 一瞬呆気にとられたような顔をしてから、絶望と大きく顔に書いて、そのまま力ない体を文代さんに引きずられるように連れて行かれてしまいましたからねえ。

 

 私ですか?ニッコリ天使のごとく笑って、手を振って見送ってあげましたよ?皆さんも一緒に手を振って差し上げたらいかがです?

 

 はっはっは。コナン君のああいう顔もなかなかいい顔でしたが、発狂した時の顔もぜひ目の当たりにしてみたいもんですねえ!

 

 おや皆さん。どうしました?カメムシの大群を目の当たりにしたようなしかめっ面をなさって。え?お前がそういう奴だってのはわかってた、わかってはいたが、やっぱりクソだな、ですって?

 

 ・・・私からしてみれば、この肥溜めのような世界に巣食う皆さん〈人間〉こそ、蛆虫にしてクソのようなものだと思うのですがねえ。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 いよいよ大詰めだった。

 

 ホテルの廊下を歩きながら、コナンはここまでくる道中を思い返す。

 

 

 

 

 見知らぬ女が自分の母親を名乗って引き取りにやってきたと知った時には、心底から狼狽した。そんな女知らない。

 

 そもそも、江戸川コナンというのは、架空の存在だ。工藤新一の幼児化を隠すための隠れ蓑だ。そのコナンの母親を名乗って自分を引き取る?何の間違いだ?

 

 現状の自分の保護者に助けを求めたが、そもそもそれは間違いでしかなかった。ニヤニヤ笑って送り出したあの女は、確かに邪神を名乗るにふさわしい性悪ぶりを発揮していた。

 

 見た目は極上の美人だが、中身は性悪・・・どころか人の不幸や苦境を酒のつまみにでもして爆笑しそうな最悪の邪神である。知ってはいたが、本当に最悪だった。

 

 ・・・そんな最悪の相手なのだから、最悪の状況では当てにできないと早々に悟っておくべきだったのだ。

 

 まあ、別にかまわない。本当に当てにできる相手など、自分一人だ。

 

 

 

 

 コナン――工藤新一は知っている。

 

 幼馴染の毛利蘭は守るべき相手であり、周りの大人は、子供言うことなんて、と自分を馬鹿にして言うことなんて聞いてくれない。(蘭の父である毛利小五郎などが代表だろうか)

 

 父はからかい交じりに、自分で考えてごらんとアドバイスはくれど、矢面に立とうとすることなんてほとんどないし、母は男が女を守るのは当然、と言い切るものだ。

 

 だから、何事も、自分が、一人で、成し遂げねばならない。そうできる能力もあるのだから。

 

 知っている。それに、これは自分の詰めの甘さが引き起こしたことでもある。だから、自分が決着をつけるのが当たり前だ。

 

 

 

 

 江戸川文代を名乗る女は、案の定危ない相手だった。自分を小さくした黒ずくめの組織の仲間だったのだ。その上、自分の正体がばれた。

 

 あの邪神の反応からしても、あの女邪神はそうと知ってて引き渡したのかもしれない。

 

 一時は捕まり監禁されたが、こちらが気を失っていると思ったか、相手は仲間との相談がてらに情報をいろいろと吐き出した。

 

 そうして何とか脱出した後、その情報をもとに、取引先にたどり着いたのだ。

 

 どうにか殺人を阻止して、ついでに毒薬を入手する。

 

 そのために、コナンはここまで来た。

 

 だが――。

 

 まずい、とコナンは足を止めざるを得なかった。取引相手らしい大男を尾行していたのだが、何らかの用を済ませたらしい文代を名乗る女が、やってきたのだ。完全に挟み撃ちにされた。

 

 どうする?どうする?

 

 パニックになりそうにだったが、コナンはかろうじて、すぐそばにあった扉――見知らぬ男が出て言ったばかりで少し開いていたそこに身を滑り込ませた。

 

 だが、一難去ってまた一難だった。

 

 「おい、勝手にヒトに部屋に入ってきて何だ?」

 

 「君、どこの子か知らないけど――」

 

 部屋の宿泊客が、入り込んだコナンに気が付いてたのだ。

 

 どう言い訳しようか、騒ぎにするわけにはいかないとたじろぐコナンをよそに、その宿泊客は彼の姿を見るなり大きく息を飲む。

 

 そして、コナンもまた、彼らの姿に驚いた。

 

 「「コナン?!」君?!」

 

 「松井さん?!成実さんも?!」

 

 そう。そこにいたのは、いつかの美術館で出会った、あの男女だったのだ。

 

 

 

 

 

続く。あるいは次回へ。

何と陳腐な文言であるか。

 




【セッションでニヤついて、同居人を売りとばしたクソ邪神のナイアさん】
 引き続き前回からのセッションを眺めてニヤつく。
 NPCが一人犠牲になっただけで、無事脱出した探索者たちに拍手。
 なお、前回から引き続き、洋式トイレの便座の蓋の上に腰かけて、セッションを眺めている。
 そのまま帰ってもよかったかもしれないと、視聴を終えてから思い至るが、あとの祭り。
 帰ってきたコナン君と一緒におうちへ。晩御飯のコロッケも平常運転でいただく。
 後日やってきた工藤夫妻に、笑顔で対応。コナン君への対応についても一応、探偵やるとは言ってるが、全面的に味方になるとは一言も言ってないので、人さらいに遭うようにしか見えないコナン君を笑顔で送り出す。
 やっぱりクソ邪神。多分、目の前で誘拐があっても、表面的には大変だー!とか言ってるふりして、内心で笑い転げるタイプ。邪神だもの。
 ドナドナされるコナン君をよそに、肥溜めのような世界に優雅に思いをはせる。

【初セッションを乗り切ったのもつかの間、ドナドナからのピンチ連打に気が気でないコナン君】
 前回からの続きで、高DEXと【回避】の高さを売りに囮を買って出る。
 普段から幼馴染の空手を回避できてた彼なら、幼児化しようが問題なし。
 最初、彼が囮を買って出るとなった時、他のメンバーはこぞって反対したが、押し切った。ただし、松井さんも一緒にやることになり、お互いにフォローし合うことに。
 どうにかセッションクリア後、一緒に探索・戦闘してくれた3人組と話す。最初こそ、子供?!と低く見られたが、一緒にいるうちに同等の相手として扱われたのは、新鮮な経験だった。
 成実さんに指摘されて、やっとナイアさんたちのことを思い出し、あわてて戻る。
 あ、あの人たちの連絡先とか訊くの忘れた・・・しょうがないか。多分、こんなのこれっきりだろうし。
 突然やってきた知らない小母さんに母親を名乗られ、大狼狽。こんな奴知らん!頼りの邪神には笑顔で売られた。
 そうだった!こいつはこんな奴だった!畜生!
 ・・・原作コミックスとか読んでると、彼は一人で何でも何とかしてしまおうとする悪癖があるが、周囲の環境がこんななら、そりゃ一人で何とかしようとするわな。なまじ年齢の割に頭がよすぎてハイスペックなら、周囲も頼ろうとするわけで。
 その後の流れの詳細については、コミックス5巻を参照。
 大慌てで逃げ込んだ部屋には、この間の松井さんと成実さんが。思わぬところでの思わぬ再会。
 探索者は、惹かれあうのだ。

【久しぶりの出番でセッションを乗り切ったのに、まだ出番は終わらない探索者たち】
 前回から引き続き、クローズドサークルからの脱出シナリオに挑む。
 メンバーはお馴染み松井陣矢さんと浅井成実さん、青羽盗麻さん。
 蛇足ながら、NPC枠にチョビ髭(真中オーナー)、落合館長がいる。
 出会ったコナン君と協力し、最後の戦闘へ。騎士をコナン君と一緒に松井さんが引きつけ、青羽さんが脱出のために必要な死体を取りに、浅井さんはNPCの保護に努める。
 真中オーナーの犠牲こそあれど、最終的に無事脱出完了。
 脱出完了後、後始末しながら、改めてコナン君と会話。見た目は小さな子供だけど、完全に言動が逸脱しちゃってる。下手すりゃ自分たちより頭がいいかもしれない。
 何者かは気になるけど、多分訊かない方がいい。自分たちも訊かれたら困る立場の人間だし。
 好奇心強くて首突っ込んできたんだろうけど、突っ込み先を間違えると致命になるよ?今回はたまたま運がよかっただけ。
 3人そろってそんなことを思ったり。
 ・・・いろいろ力を貸してもらった手前だけど、もうちょっと自分たちを頼ってくれてもよかったんだけどなあ。
 後日、松井さんと成実さんのみの仕事で、依頼人との打ち合わせで行ったホテルで、依頼人が出て行った直後、入り込んできた子供を見て絶句。
 探索者は惹かれあう。望もうと、望むまいと。




 蛇足だが、美術館にあったピックマン氏の絵画『天罰』は、後日MSOによって回収、魔術によって焼却処分されることになる。
 館長さんも魔術で記憶を弄られることになりました。
 美術館の運営に関しては、真中オーナーが失踪しましたが、後日別のスポンサーや地元民の協力もあって、リニューアルオープンの後、運営を続けられることになりました。


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【#17】名探偵ミーツ探索者、誘拐事件を乗り越えて☆

 浦安の一大テーマパークは今日も大盛況である。あのアニメーションを見ずに育った子供はいらっしゃるのだろうか。私もよく見たものだ。お気に入りはデコボコのシマリスのコンビ。
 着ぐるみには中の人などいない。いいね?もちろんです。・・・でも、あんな冒涜的な見た目じゃなかったと思うんだ。ハハッて甲高い声で笑いそうにない、ケケッて鳴いて、どっかの魔女のサバトの生贄に捧げに行きそう・・・。
 やめろこっちに来るんじゃない!こんな夢の国で冒涜的な事象をふりまくな!何で周囲の人間はなにも見えてません!ここは楽しい夢の国!みたいに振る舞えるんだ!
 誰かたす(ここで文章が途切れている)


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 先日新規セッションを乗り越えて、無事探索者たちが生還しました。その胸に新しく、友誼と悔悟と冒涜を芽生えさせて。

 

 え?最後の冒涜って何だって?おや、常人にとっては悍ましい経験をしたものが会得しうるものなんて、狂気とクトゥルフ神話技能に決まってるでしょう?常人はそんなもの見たくも聞きたくも知りたくもありませんから、いっしょくたにしてこう呼ぶんですよ。“冒涜”とね。

 

 公俗と常識でデコレーションされた世界など、一皮むけば腐臭と汚濁に満ち溢れ、狂気と神話生物の闊歩する真の姿が露呈されるものです。

 

 大概の人間が見なかったことにして、そのまま平穏へ耽溺したがるものですが、勇気と知恵を振り絞って健気に立ち向かう方々もいます。

 

 そういう方々には、こちらとしても敬意と遊び心をもって対峙するようにしています。

 

 ええ。めでたく我らが同居人たる江戸川コナン君も、対峙してくれる側に初めて立ってくれたようです。

 

 探索者には結構な確率で探偵がいらっしゃるんですよね。おそらくは依頼を持ち込まれたらその裏で~ということが頻繁にあるからなのでしょうが。

 

 ま、ここ最近は依頼先で血塗れ死体とこんにちは、ということも珍しくないようですが。

 

 何故でしょうねえ?

 

 え?誰のせいで米花町住民のSANが低くなったと思ってんだ、ですか?

 

 そりゃあ、もちろん、副王ヨグ=ソトース様に加え!このニャルラトホテプ様のおかげですよ!皆さん!崇め奉ってくださってよろしいんですよ?!(ドヤァッ)

 

 え?謹んで遠慮する?慇懃な言葉とは裏腹に魚の死体に沸いた糸ミミズを見るかのような蔑んだ目でこちらを見ないでくださいな。

 

 勢い任せでペットたち〈シャンタク鳥&忌まわしき狩人〉と、チャレンジ!J●Y!を企画したくなるでしょう?使うのは洗剤とスポンジの代わりにあなた方の血液とお肉になるでしょうが。

 

 

 

 

 

 え?お前の邪神トークはどうでもいい?原作主人公はどうした、ですか?

 

 ああ、彼ですか。ご両親がお迎えに来たので、引き渡してあげました♪見た目は全然違ってましたが、あれ、変装でしょう?攻略本に有希子さんは変装がお上手だって書かれてましたし。

 

 え?仮にあれが変装じゃない、本当に別人の組織の人間だったとしても、お前は奴らにコナン君を引き渡しただろうって?

 

 もちろんです!よくご存じで!

 

 売られた仔牛のごとく引きずられていくコナン君はとてもいい顔をなさってて、腹抱えて笑いそうになるのを堪えるのが大変でした!

 

 

 

 

 

 にしても、彼のご両親――工藤ご夫妻でしたか?

 

 各メディアで騒がれるご高名なお二人ですが、何といいますか。

 

 私も曲がりなりにも神の一柱ですし、色々な方々を見かけてきました。人間を愛しているが故の感情というものもありますが・・・まあ、こう評させていただきましょう。

 

 子育てに向いてませんねえ。

 

 私が見かけてきた探索者やNPCたちは、親ならば子供を案じ、子供ならば親を案じて頼ろうとするものが大勢でした。

 

 ケースバイケースではありますが、神話生物たちも親子関係を築いているものがいて、彼らも多少そういう感情を育んでいるように思えました。

 

 攻略本によると、工藤新一君、中学校のころから一人暮らしを始めて、自立なさっているそうですが・・・義務教育中によくやりますねえ。私でしたら、PTAや児相が怖くてできませんよ、そんなこと。

 

 邪神といえど一応この身は化身ですので、擬態はキッチリ行うものです。ええ。

 

 加えて、探偵ということにアイデンティティーを見出しているような、あの言動の数々。

 

 可哀そうに。彼のパーソナルの子供成分は必要以上に抑圧されて、切り捨てられ、“大人に頼る”という選択肢をハナから削除するように仕向けられているんでしょうねえ。

 

 ・・・まあ、もう少し歪んだ感じであったら、いい感じにアーティファクトや魔導書で魅入られさせることも考えたんですが・・・根っこの方はかなりまともなんですよねえ、彼。

 

 この私に噛みついてくる始末ですし。・・・それでこそ、愛しい人間の、愛しい一人、というところなのでしょうが。

 

 

 

 

 

 まあ、彼がどうこうされるなんて一筋縄ではいかないということは皆さんもよくご存じのはずです。

 

 お茶でも嗜みながら、帰りを待とうではありませんか。

 

 帰ってこれるなら、ね。

 

 

 

 

 

 ・・・そういえば、最近は少し大人しくし過ぎている気もしますね。ここらでひと働きしてみましょうか。

 

 おや、皆さん。お茶を嗜むならゆっくりしておくべきだ?お前が無駄に勤労欲を出してロクなことになった試がないからなおのことだ?ですか?

 

 ・・・いろいろ引っかかるものはありますが、まあ、いいでしょう。今回は置いておきます。今日は気分がいいので。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

「「コナン?!」君?!」

 

 「松井さん?!成実さんも?!」

 

 そう。そこにいたのは、いつかの美術館で出会った、あの男女だったのだ。

 

 「何でここにいるんだ?いきなり見知らぬ相手のいる部屋に入ってくるなんて、何考えてんだ」

 

 気を取り直して口を開いたのは松井だった。少し苛立っているらしい、険しい口調だ。

 

 「そ、それは・・・」

 

 どう言い訳しよう、とコナンは逡巡する。

 

 工藤新一が生きているのがばれるのはリスクが高い。自分だけじゃなく、周囲まで危害が及ぶ。

 

 あの美貌の邪神が、邪悪な愉悦に口元を歪めながら語った最悪の未来予想図が脳裏をよぎり、コナンは言葉を飲み込む。

 

 それに加えて。

 

 信じてくれないかもしれない。

 

 コナンは、一時は命さえも預け合った相手を前に、ちらっとそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 『勝手に蘭が付いてきたんだよ!』

 

 例えば、近所の探検に行ったとき。例えば、閉鎖されてるビルに入り込んだとき。例えば、真夜中の学校に忍び込んだとき。

 

 危ないことがあるかもしれないから、新一は自分一人で行こうと思ってたのに、幼馴染は勝手についてきて、大人に見つかったら泣きわめくばかりで、新一が言い訳をしなければならない。

 

 それでも、最終的には大人たちは新一の言葉を結局言い訳じゃないかと決めつけ、新一だけを怒るのだ。お前が巻き込んだのだろう、と。

 

 同い年や少し小さな子供は、新一の言っていることに首をかしげるばかりだ。

 

 『ホームズホームズって、作り話の中のやつがそんなにすごいって馬鹿じゃねーの?』

 

 『工藤君の言ってること、よくわかんない』

 

 『そんな細かいこと気にするかよ』

 

 ホームズを尊敬して何がいけないんだ。自分たちだって、テレビの中の空想のヒーローに憧れるじゃないか。そうなろうと努力もしてないくせに、自分だけ馬鹿にされるなんて、間違ってる。

 

 何でこんな簡単なことわからないんだ。ちょっと見ればわかるじゃないか。

 

 工藤新一はだれにも頼れないし、頼ってはいけないのだ。

 

 彼がそう悟るのに、さほど時間はかからなかった。

 

 そして、その思いは幼児化した今なお、変わらない。

 

 大体、どこの誰が信じるのだ。こんなちっぽけな子供が、この間まで高校生だった、なんて。

 

 自分だって、最初鏡を見たとき、信じられなかったのだ。自分でさえ信じられないそれを、赤の他人がどう信じるというのだ。

 

 

 

 

 

 「先輩、顔顔!そんな強面じゃあ、話せる事情も話せなくなりますよ!」

 

 そこで隣にいた成実が微笑んで松井の肩をポンッとたたいてから、コナンの視線に合わせて腰を折って話す。

 

 「久しぶりね、コナン君。・・・ひょっとして、またトラブル?」

 

 「な、んで・・・」

 

 「簡単よ。この間のあれで、君はかなりしっかりしてるって知ってるもの。

 

 そんな君がいきなり他人が泊まっている部屋に無断侵入なんて、何かトラブルに巻き込まれたかしたのかな、って思ったの。違った?」

 

 「それは・・・」

 

 よどみなく述べた成実に、コナンはぐっと言葉を飲み込む。

 

 沈黙は肯定、という言葉がある。少しでも二人のことを思うなら、嘘をついて誤魔化して、遠ざけるべきだ。

 

 けれど、とっさにコナンは言葉が出なかった。

 

 「あー!クソッ!」

 

 ガシガシと白髪をかき回した松井が、同じく視線を低くして、わずかにサングラスをどかして、金縁のカラーコンタクトを入れた瞳を見せながら、問いかける。

 

 「詳しく言えないならそれはそれでいい。俺が聞きたいのは一つだ。

 

 助けは要るか?」

 

 「!」

 

 ビクッと肩を震わせ、コナンは二人を見返した。

 

 「人に言えない事情っていうのは、誰でも大なり小なりあるしね。

 

 けど、見知らぬ仲じゃないわ。何より、私たちの実力は、君も知ってるでしょう?」

 

 「お前には借りがあるからな。多少は手を貸す。何かしてほしいことはあるか?」

 

 「な、んで・・・」

 

 コナンは黒縁眼鏡の奥で、青い瞳を揺らした。

 

 助ける?自分を?何一つ大事なことを言ってないのに、頼れと?

 

 ダメだ、と思った。この人たちを巻き込むわけにはいかない。ただでさえも、あの常軌を逸したような事件を解決して見せたのだ。きっと、そういうことを専門にしている人たちなのに、自分の個人的事情に巻き込むなんて、いけない。

 

 ここは、内線電話といくつか小道具を借りるだけで、お茶を濁すべきだ。

 

 そうして、その一方でわずかながら、思ってしまった。この人たちを、頼りたい。

 

 「誰かを助けるのに、理由がいるのか」

 

 松井の真剣な言葉と、その隣で大きくうなずく成実に、コナンは思った。

 

 ああ、この人たちは、自分と同じなのだ。

 

 それが正しいなら。誰かを助けられるなら、がむしゃらに前に進める人たちなのだ。

 

 この人たちなら。

 

 「手を、貸してくれ!」

 

 覚悟を決めて、コナンは口にした。

 

 初めて、誰かに頼る言葉を。

 

 二人の大人たちは、大きくうなずいてくれた。

 

 

 

 

 

 そうして、いくつかの頼みごとを終えたコナンは、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 一世一代の大芝居は今、コナンの敗北という形で幕を閉じようとしている。

 

 松井たちの部屋で内線電話を借り、ルームサービスを仮面の男たちの部屋へ差し向け、気をそらす。

 

 そして成実からもらったガムをデッドボルトに押し込み、使い物にならなくしたうえで部屋に侵入。隙を見て、時計型麻酔銃とキック力増強シューズで鎮圧するつもりだったのだ。

 

 だが、コナンが予想していた以上に、仮面の男は頭が切れた。ガムの仕掛けを見抜いた男はドアロックをかけ、さらにクローゼットに隠れていたコナンを看破してしまったのだ。

 

 嘲りとともに向けられたワルサーP38の銃口に、時計型麻酔銃を封じられていたことに気が付いたコナンがこわばった直後だった。

 

 轟音と共に蝶番とドアロックがまとめて吹き飛ばされたドアが内向きに倒れ、その奥から現れた白髪に革ジャンの男が、黒い銃口を仮面の男に向けて、佇んでいた。

 

 「おっと、動くなよ!そいつの脳天撃ち抜いたら、お前の脳天にも風穴があくぜ?その、おかしな仮面ごとな」

 

 いわずもがな、松井だった。ガラの悪さを強調するサングラスはしまわれ、金縁の瞳で、彼は仮面の怪人を睥睨する。

 

 「な、何よあなた!!」

 

 江戸川文代が、コナンの侵入に気付いた時以上の狼狽した声で叫ぶ。

 

 「・・・何者だ?」

 

 「お節介なお人よしさ」

 

 銃口をコナンから逸らすことなく、視線をわずかに松井に向けた仮面の男に、松井はしれっと言ってのける。

 

 拳銃を持った相手に、ずいぶんな肝の据わりようを見せる松井を、少々訝しんでいるようにも見えた。

 

 

 

 

 

 実際、松井にとって仮面の男は脅威でもなんでもなかった。

 

 刑事や機動隊であった頃ならば、多少緊張したかもしれない。しかし、それも人智を超えた怪物やら神話で語られる異常存在と渡り合うようになってからは、多少の危険はものともしなくなったのだ。

 

 下手をすれば、その辺のマフィアの幹部以上の度胸は獲得しているかもしれない。

 

 拳銃がどうした。犯罪者がどうした。化け物がどうした。魔術がどうした。

 

 なすべきこと、貫くべきことのためなら、松井はどこまでも進める。

 

 

 

 

 

 「・・・ふん。いいのか?私は一人ではないのだぞ?」

 

 「そ、そうさ!何て言いくるめられたか知らないけど、どうせこの小僧にたぶらかされたんだろう?!さっさと銃を捨てな!あんたの方こそ穴が開くよ!」

 

 コナンから銃口を外そうとしない仮面の男に、気を取り直したかのように文代が懐から銃を取り出そうとした。

 

 だが。

 

 「遅えよ」

 

 微かな笑みを浮かべた松井の嘲りと一緒に、彼の脇を、その人物はすり抜ける。

 

 ネコ科の肉食獣さながらに、しなやかにも見える肢体を黒衣に覆い隠し、黒髪をなびかせ、片膝をつく仮面の男の頭上を三角跳びで通り越し、文代にとびかかった。

 

 浅井成実だ。

 

 一見すると女性然とした細身だが、彼はれっきとした男であり、その力は下手な同性よりも強い。松井に気を取られている女を組み伏せるなど、朝飯前だった。

 

 ・・・余談だが、成実も神話生物を何度か組みついて締め落としたりした経験があったりする。

 

 「きゃああ?!」

 

 「抵抗しない方がいいわ。うっかり締め落とすかもしれないもの」

 

 言葉遣いこそ女性然としたままだが、成実は文代を組み伏せたまま、視線を一度仮面の男に向け、続けてそのわきで呆然とたたずんでいる様子の大男にちらっと向ける。

 

 「ああ、あなたもおかしな真似はやめてくださいね。私、意外と力があるから、もののはずみで“ゴキンッ”としちゃうかもしれないですよ」

 

 さり気に物騒なことを言う成実に、大男が完全にたじろいだ様子で一歩後ずさる。

 

 

 

 

 

 膠着状態。

 

 一言でいうならそれだ。

 

 どうにか詰み状態は免れた。

 

 クローゼットの片隅で尻もちをついた格好のまま、コナンは必死に考える。

 

 どうする?どうすれば・・・。

 

 だが、それを破ったのはコナンではなく、仮面の男だった。

 

 「いや参った参った!まさか真に受けていたのかね?」

 

 「・・・何の話だ」

 

 肩を震わせ笑いながら彼は立ち上がる。

 

 ぽいっとワルサーを精巧に模したおもちゃの銃を放り捨て、続いて仮面とシルクハット、ボブカットのカツラを取り払い、その素顔を露わにする。

 

 口ひげを生やした、ハンサムな男。スーツの懐から取り出した黒縁眼鏡をかけながら、彼は人好きする笑顔を向けて改めて名乗る。

 

 「初めまして!工藤優作と申します!いやあ、親戚のコナンにちょっとした悪戯を仕掛けたんですが、まさか真に受けられるなんて!」

 

 「・・・は?」

 

 「・・・え?」

 

 「えええええええええ?!」

 

 呆気にとられた顔をする松井と成実の声をかき消すように、コナンの絶叫がとどろいた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 諸々の雑務を済ませ、時刻は夕刻に差し掛かりました。

 

 ショゴスさんの作るお夕飯のいい匂いがします。今晩は酢豚だそうです。いやあ、彼女は料理上手で本当に助かります。

 

 さて、そろそろ店じまいと行きましょうか。

 

 ちなみに、この店自体の儲けはほとんどありません。

 

 ふふん。趣味半分の経営で、実質は株で儲けているんですよ。というのが対外向けの言い訳です。

 

 外に出しておいた、日焼けしてしまい二束三文にしかならない本として売りに出しているセールワゴンをお店の中に引き込み、営業中の札を取り外し、硝子戸をガラガラ音を立てて閉めようとしてたところで、「ナイアちゃん!」とお呼びの声がかかりました。

 

 はて?ここまでフレンドリーに呼び掛けられることがありましたかね?

 

 振り向いてあらビックリ。素顔の工藤有希子夫人と、どこか落ち込んだ様子のコナン君がいるではありませんか。

 

 まあ、立ち話もなんですしと、とりあえず中に入っていただいて、テーブルセットを勧めます。お夕飯前なので、お茶うけは出さずに、緑茶だけで済ませました。

 

 さて。どういうことです?

 

 口を開いたのは、有希子君でした。

 

 「ナイアちゃん。もうちょっと新ちゃんに協力してもらえないかしら?」

 

 おや?

 

 

 

 

 

 有希子君の話を聞く限りでは、コナン君は無事、優作君の試験を乗り切って見せたそうです。

 

 いささか生温いと思うんですがねえ。黒ずくめの振りしてお芝居程度なんて。私だったら、人質と発狂済みの真の黒幕に神話生物盛々でもう少し趣向を凝らして面白く、え?お前の邪神理論より、話の続きをしろ?もう、皆さんってば、せっかちなんですから。

 

 途中まではコナン君は優作君の想定通りに動いたそうですが、どこで調達したか、助っ人呼び込んで試験を台無しにしかけたんだそうです。

 

 拳銃型ライター(後で問い詰めたら、そう言って、実際に見せてもらったそうです)でハッタリかました白髪の男性と、清楚系女装した男性(組みつかれたときの感触で気が付いたそうで)に乱入され、シチャメチャになってしまいましたが、最終的に「親戚のコナンに仕掛けた悪戯をコナンが真に受けてしまい、君たちを引きずり込んだ。いや申し訳ない!」と言い訳してお引き取り頂いたそうです。

 

 

 

 

 

 ふうむ・・・“拳銃もった白髪の男性”、“清楚系女装した男性”ですか。

 

 まさかねえ?

 

 

 

 

 

 で、その後、仕掛け人たる工藤夫妻+阿笠博士とコナン君を交えた厳正なる話し合いの結果、コナン君はこの事件を片付けるまではと日本への残留を決めたそうです。

 

 そして、私には引き続きコナン君の保護者役を依頼したいとのことで。

 

 まあ、いいでしょう。元々どう転ぼうがさしたる問題にはならないつもりでしたし。

 

 

 

 

 

 「ほら!新ちゃんからもナイアちゃんに一言言いなさい!」

 

 「・・・」

 

 肩に手を置いた有希子君の言葉に、しかしコナン君は沈黙してうなだれたままです。

 

 それどころか、その手を振り払って椅子から降りると踵を返しました。

 

 「・・・オレ、晩飯パス」

 

 そう一言言い残して。

 

 「ちょっと新ちゃん!」

 

 あわてる有希子君を置いて、コナン君はそのまま店の奥――自室へ向かって行ってしまいました。

 

 「やっぱり向いてるようには見えませんねえ」

 

 「でも、新ちゃんが決めたからって優作も止める気がないみたいだし、蘭ちゃんのことだってあるし・・・ナイアちゃんも、そう言わないで、もうちょっとお願い。ね?

 

 新ちゃんの失礼は謝るから!」

 

 いったい彼女は何の話をしてるんでしょう?

 

 私が“向いてるように見えない”と言ったのは、“工藤新一君が日本に残ること”に対してではなく、“工藤夫妻が子育てすること”に対してですよ?

 

 あの明らかに落ち込んだ様子のコナン君を丸無視で、用件だけ切り出すとはねえ。

 

 まあ、コナン君の性分から、御自分の内心を他者にさらけ出すのをよしとはしないのは重々承知なのでしょうが、それを心配もせずにこの態度とは。

 

 コナン君が、必要以上に大人びて、一人で物事を抱え込みがちなのは、こういったことに起因するんでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 ま、彼の家庭事情なんて、どうでもいいことではあります。

 

 その後、私はにこやかに有希子君とその後の話を詰めました。

 

 表向きの養育費云々の話ですね。

 

 新しくコナン君用に作った口座の通帳カードをお預かりし、必要ならそこから使ってほしいと言われました。

 

 ・・・工藤新一名義のカードや口座の類は、危険ですから当分自首凍結した方がいいと判断なさったようです。実に賢明な判断です。

 

 

 

 

 

 さて、そのまま工藤有希子さんはお帰りになられ、コナン君はそのまま一晩部屋から出てきませんでした。どころか、翌日になっても落ち込んだままらしい様子でしたし。

 

 まあ、彼がどう転ぼうが、私は一向に構いません。

 

 ・・・攻略本によれば、90巻を超える大長編漫画の主人公をやるくらいです。この程度で躓かれたままでいるわけがないでしょうからねえ。

 

 朝食後の紅茶を楽しむ傍らで、コナン君がお店の電話で蝶ネクタイ型変声機を片手に、どこぞの出版社に電話をかけてましたが、些細なことでしょう。

 

 いやあ、今日も世界は混沌に満ちてますねえ!素晴らしい!

 

 

 

 

 

私もね、モン娘は素晴らしいと思いま

ン゛ン゛ッ(竜咳)続きます!

 





【今回さして出番のなかった辛口人間批評家のナイアさん】
 出番の半分近くを原作主人公と探索者組に取られてしまった。私主人公のはずですよね?!
 人間を愛していると嘯き、長く彼らに悪意と混沌をふりまいてきたがゆえに、観察眼も備わっている。愛だの親子関係だのを理解はできても、共感はしない・・・というより、出来ない。邪神だから。
 そんな彼女の目からしてみると、工藤一家ってやっぱり歪。夫妻の教育が歪な割に、新一君は割とまとも。ただし、歪であるということに変わりはない。
 帰ってきたコナン君が何か落ち込んでて、それも気にすることなく用件を勧める有希子さんに、やっぱこの人たち子育て向いてないんじゃね?と思う。
 保護者役は継続することを決める。ただし、組織との戦いまでは積極的に力は貸さないよ?あくまで保護者役だからね、と釘は刺しておいた。
 ここ最近邪神ムーブが少ない。そろそろ本気出すか!

【身内のイタズラによってSANが削れかけたコナン君】
 前回から引き続き、黒の組織と思われる連中の追跡&取引阻止して薬の奪取に挑む。
 攻略本持ちのナイアさん程度しか知らないことだが、本来であれば彼の逃げ込んだ部屋には、母親が用事で出かけてお留守番する子供がおり、不審がられて通報されかける。が、バタフライエフェクトによって、いたのが仕事関係で居合わせた松井&成実ペアだった。
 ・・・文中でも言ってるが、序盤のコナン君が割と一人で何でも抱え込むのって、周囲の関係もあったんじゃないかな?作者は主人公贔屓なので、好意的にそういう感じに見てしまいます。
 そんな“一人で何でもやらないといけない。幼児化しようが他人に手を借りるのはNG”と思い込んでるコナン君に、初めて事情も詳しく聞くことなく、そんな彼を否定することなく、手を貸すよ!と言ってくれたのが松井&成実ペアだった。
 大人を頼っていいんだ、とやっと思えた彼が手を借りたのもつかの間、最悪の相手が最悪のネタ晴らししてきた。
 ・・・タチの悪い悪戯って絶対思われた。もう信じてくれなくなったに違いない。やっぱり巻き込んで手を借りたのは間違いで、一人で何とかしなくちゃいけなかったんだ。
 組織のこととかあるから日本への残留を決めたけど、いつにない落ち込みぶりを見せる。
 なお、クソ親父への仕返しはキッチリ行った。

【コナン君への借りの返済に手を貸した松井&成実ペア】
 彼らの反応は次回に!


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【#17.5】邪神の知らない世界、あるいは名探偵と探索者たち

 毎度毎度冒涜的なことを考えるのも辛いんです。脳髄が啓蒙に浸食されつつある・・・。
 ということで、今回は恒例のあれはお休み。
 まあ、今回は邪神様視点はちょっとお休み。話があまり進まないので、17.5話としてあります。
 興味がないなら、すっ飛ばして#18に進まれても大丈夫です。一応、そういう風に書いたつもりですので。
 ・・・もはや群像劇化してきているなあ。コナン君と松井君の絡みが楽しかったからしょうがない。
 なお、例によって、名探偵の周囲の人たちの、名探偵に対する扱いが厳しい、かもしれません。



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、先日のなんちゃって誘拐事件の後、正式に工藤夫妻から息子さんの養育を託されましてね。

 

 養育費も預かりましたし、取引のこともあります。まあ、元々どう転ぼうがさして問題にはしてませんでしたので、そのままコナン君の居候継続と相成りました。

 

 そんなコナン君、我が家に戻ってきた直後は落ち込んでいたと思ったのですが、それでも工藤夫妻への仕返しはきちんと果たされたようです。

 

 数日後に、有希子君から近況報告のお電話をもらった際に、新一君からの密告で各国編集者の皆様に飛行機の中まで押しかけられたことを聞いたときには、彼女たちには申wしw訳wなwいwながらも、腹を抱えて笑ってしまいました。

 

 NDK〈ねえどんな気持ち〉?NDK〈ねえどんな気持ち〉?と訊きたくなるのを必死に我慢しましたよ!

 

 おや、皆さん。このクソ邪神の、邪悪愉快犯め、ですか?そうやって煽って人の不幸を飯の種にすること以外考えないのか、ですか?

 

 まあまあ。この程度かわいいものでしょう?もし私がコナン君のお立場であれば、工藤ご夫妻は今頃飛行機ごと行方不明になっているか、警察が阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き落されるような冒涜的事象に見舞われているでしょうから。

 

 ほう?その後のコナン君が気になりますか?

 

 確かに、ご帰宅なさってしばらく部屋に閉じこもって、翌日学校に行くにも落ち込みモードでしたからねえ。

 

 まあ、必要最低限のコミュニケーションなどは取ってくれましたが、なぜ落ち込んでいるのかさっぱりです。

 

 おや、聞かないのかですか?

 

 ご冗談を。私は邪神であって、カウンセラーではないんです。それとも、皆さんは、私が彼が精神的に弱っているところに付けいっていいとおっしゃるのですか?ならば、これからちょっと話をしに、

 

 おや、一斉に謝ってきて、やっぱなしで!とは、いい加減ですねえ。言動は一貫していただかねば困ります。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その日は、学校が午前で終わったのもあり、コナンは家に帰宅後、お昼を取ってから、出かける準備をする。

 

 

 

 

 

 最近、仲良くなったクラスメートの、小嶋元太、円谷光彦、吉田歩美の3人と遊ぶのではない。

 

 彼らと話をするのは悪くない。大抵のクラスメートがコナンの話は難しい、もういいと切って捨てるのに対し、よくわからなくてもわからないなりに一生懸命聞いてくれる彼らと一緒にいるのは、ある種の必要に近い。

 

 しかしながら、どんなに彼らがコナンに歩み寄ろうとしても、所詮彼らは小学校1年生の子供の中の子供なのだ。中身17歳の高校生には、どうしても物足りず、結果コナンは彼らに合わせることになり、一緒にいると必要以上に疲れるのだ。

 

 何が悲しくて、缶蹴りやらかくれんぼやら仮面ヤイバーごっこやら、高校生にもなってやらなければならないのだ。

 

 一緒にいるのは(他の小学校一年と比べると)悪くないが、四六時中遊び相手にしたいというほどではないのだ。

 

 

 

 

 

 閑話休題〈話を戻す〉。

 

 スマホ(工藤新一のものとは別に、江戸川コナン用のだ。子供用のフィルターやらはついてない)をポケットにねじ込み、変装を兼ねた追跡眼鏡に、蝶ネクタイ型変声機と、キック力増強シューズは当然として、新しく博士に作ってもらったターボジェットスケボーを手に取る。

 

 このスケボーはソーラー電池で動くとはいえ、その速度は下手なバイク以上に速い。幼児化する前からスノボもやって、バランス感覚に富んだコナンにとっては、最初こそそのスピードに圧倒されたが、今ではお手の物だ。

 

 内蔵されているセンサーだかで操縦者の姿勢を感知し、スピードの強弱をつけられるため、よほどの緊急事態でない限り、コナンも安全運転を心掛けている。軽車両でなかろうと、この手のスピードの出る乗り物は、一歩間違えればたやすく第三者に危害を加えるものになるからだ。

 

 

 

 

 

 最後に、コナンは机の中にしまっておいた、4つ折りに畳まれている硬い紙を取り出した。名刺である。SとDをモチーフにしたスタイリッシュなエンブレムは青で書かれているが、他は黒い明朝体の硬くしまりのある字体で、書かれていた。

 

 “槍田探偵事務所所長 槍田郁美”という名前を筆頭に、住所と電話番号に、事務所ホームページとメールアドレス。

 

 そして、それらに加え、明らかに後で書き足されたと思しき、ボールペンによる走り書き。

 

 “何かあるなら連絡しろ”

 

 落ち着いて書けない環境で書いたからか、非常に汚く歪んだ字であるが、どうにかそう読めた。

 

 この名刺は、両親が仕掛けてきたあの紛らわしい悪戯の直後、優作に言いくるめられた松井が、「じゃあな」と一言コナンの頭をなでるついでに、渡してきたものだ。

 

 本当に、さり気に渡してきたので、おそらくこれを渡されたとは、コナン本人以外は誰も気が付いてないだろう。

 

 コナンはそれを、ジャケットの内ポケットに、大事な物をそうするようにそっとしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 見限られたとコナンは思った。

 

 今までそうだったのだ。自分は大人たちに助けを求めても、少しでも大人たちは奇妙だと思わなかったり、コナンの見つけた違和感に共感してくれなかったら、たちの悪い悪戯呼ばわりされて、見限られるのだ。

 

 『子供のくせに』『変なことばっかり言って』

 

 唯一の例外は父くらいだったが、その父も何から何までわかって無条件に味方してくれたわけではないのだ。

 

 松井や成実も、コナンのことを“いたずらに巻き込んだタチの悪い子供”と思ったに違いない。

 

 あの事件が、父によって仕組まれたものだと判明した瞬間、コナンは内心絶望したのだ。

 

 大人に頼っていいと思ったのに、その大人を裏切るような真相だった。

 

 せっかく、味方になってくれそうな人たちが、現れたのに。

 

 けれど、松井はコナンにこの名刺を残してくれた。本当にタチの悪い悪戯に巻き込まれて、怒っている大人がこんなものを残すだろうか。

 

 否。コナンが彼らの立場であれば、それこそ軽蔑の言葉の一つ言って、何も残さなかったに違いない。

 

 ・・・彼らは、こんなコナンに、それでも誠意を示して、残してくれたのだ。ならば、今度はコナンがそれに報いる番だ。

 

 例え言い訳だとなじられようと、あの時ドサクサまぎれに去られてしまい、コナンは何も言えずじまいに終わってしまった。

 

 せめて、礼の一つでも言うのだ。そんなつもりなかったけれど、騙すような形になってしまってごめんなさい。協力してくれてありがとう、と。

 

 

 

 

 

 「おい、ちょっと出かけてくるからな!

 

 夕方には帰るようにするから!」

 

 スケボーを抱えたコナンは、古本屋の片隅で紅茶を嗜む美女、手取ナイアを見上げながら声をかける。

 

 銀縁眼鏡に、黒いベストとスラックスの極上の美女は、中身は最悪の邪神を称する化物の、ドSという言葉では片付かないほどの邪悪な性悪である。

 

 ・・・残念ながら、現在それを知っているのはおそらくコナンただ一人だろう。

 

 そして、そんな最悪最低な相手が、コナンの現保護者である。自分で選出した、自業自得に近いものがあるのだが、それでも納得しきれないものがある。

 

 しかし、相手は保護者で、コナンは(一般的には)責任能力が不十分な小学1年生であり、行先と帰宅時間の申告はしとかねばならない。

 

 ・・・前に無断で出かけようとした時に、凄味を感じる笑みとともに、「PTAと児相は嫌なんです」と前置きされた上、コナンが出かけた先で事件に巻き込まれた場合も考えろ、保護者への通達は常識だと言われ、ぐうの音も出なかった。

 

 コナンとて、好き好んで事件に巻き込まれているわけではない(少なくとも自覚はない)というのに。

 

 加えて、事件が起こって被害者と容疑者による醜い人間模様を腹抱えて笑いながら眺めている邪神にだけは、常識を説かれたくない。

 

 「ええ、わかりました。ちなみに、どちらへ?」

 

 「鳥矢町だよ。ちょっと友達に会いに行って来る」

 

 嘘は言ってない。事実全てではない。

 

 松井と成実たち、そしてコナンの関係はまだ友達と言えるほど親密なものではない。けれど、鳥矢町へ行くというのは嘘ではない。

 

 ちなみに、既に槍田探偵事務所の場所はネットで調べて、工藤新一の声でアポを取っているので、問題ない、はずだ。

 

 「わかりました。では、いってらっしゃい」

 

 もう少し根掘り葉掘りされるかと思いきや、ナイアはすんなりとコナンを解放した。

 

 まあ、藪を突いて蛇を出す必要もあるまい。まあ、この邪神の場合、藪を突いたら、嬉々として蛇では済まない冒涜的な化物を藪から放り出しかねないだろうが。

 

 ともあれ、コナンは了承は得られたと判断し、外に出るや早速スケボーにのって、出発した。行先は、鳥矢町の槍田探偵事務所だ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「うちは喫茶店じゃないって何度言ったらわかるのかしら?松井君」

 

 「しょうがねえだろ。落ち着いて話せそうなのが、とっさにここしか思い浮かばなかったんだよ」

 

 ところ変わって槍田探偵事務所。来客用のソファにバイク雑誌を片手に陣取るのは、松井陣矢。

 

 その向かいに苦笑しながらかけているのが浅井成実で、所長である槍田郁美と事務兼補佐の寺原麻里は、それぞれ定位置のデスクについている。

 

 「すみません、勝手な判断でご迷惑をかけてしまって」

 

 「所長、松井君はしょうがないにしても、そのコナン君って子の事情は理解できると思いませんか?少しくらいならいいじゃないですか」

 

 「それは、まあ・・・」

 

 成実の言葉に、同情したらしい寺原が助け舟を出し、それに槍田は少し困ったような顔をする。

 

 実際、彼らが係わりを持ってしまった分野に関しては、他人に話してもほとんどの人間が気味の悪い妄想と切って捨てるのがオチだ。

 

 ゆえにこそ、事情があっても話せない人間のことは、理解できるし無理強いしないというスタンスをとっているのだ。

 

 「ええと、念のため確認するけど、その子、以前あっち系の事件に巻き込まれたとき、共闘したんですって?」

 

 「ええ。美術館の時に。見た目は小さい・・・小学校低学年ほどなんですけど、すごい頭が切れるんですよ。私とか気が付かないこととか知らないことをずばずば言ってきて、先輩とも意気投合してて。後は、すごく動けるんです。すばしっこくて反射神経もあって。ねえ、先輩?」

 

 寺原の問いにうなずいて、成実は松井を見やった。

 

 「ああ」

 

 頷いて、松井は煙草を咥えて、ライターで火をつける。ちなみに、槍田は事務所での喫煙を特に禁じていない。元の職場でスモーカーが多かったので、彼女自身がかなり理解があるのだ。

 

 深々と煙を吸い込み、吐き出しながら松井は言った。

 

 「いたずらと、工藤優作は言ってたがな。どうにも納得できねえんだよ」

 

 「・・・ですね。ものすごくショック受けた顔で、私たちを見てて、そんなはずじゃなかったって顔に大きく書かれてましたし」

 

 「どういうこと?」

 

 「実は・・・」

 

 イマイチ事情が分からない寺原に促されるままに、成実が先日起こったホテルでの一件を話す。

 

 ちなみに、この時ホテルに彼らが居合せたのは、仕事で依頼人に話を聞くためであったが、その仕事もすでに片付いている。

 

 話を聞くなり、寺原が眉をひそめる。

 

 「それ、いたずらじゃないの?

 

 だって、その・・・その子供が工藤優作のイタズラを本気にして、あなたたちを巻き込んだ、そうとしか思えないわ」

 

 「いたずらにしてはタチが悪い。そもそも何でそんな悪戯を仕掛けたんだ?もっとやりようがあっただろう。加えて、コナンの様子から、それを本気に受け取ってもしょうがない事情があったんじゃないかと思えてな」

 

 トントンと灰皿に灰を落とし、松井は煙草を咥え直す。

 

 「自分の訴えが周囲に信じてもらえないってのは、辛いもんだ」

 

 ポツリとそう付け加えられた言葉に、周囲の人間は誰もが黙した。

 

 

 

 

 

 確かに見たのだ。存在するのだ。そういう訴えが、無視され、一笑に付される。

 

 ここにいる4人は、だれしも多かれ少なかれ、そう言った経験がある。

 

 松井は、親友の発狂原因である魔導書とゾンビの存在、そして自身の無実を。

 

 成実は、家族の心中が何かの間違いであるということを。

 

 寺原は、怪物の目撃を。

 

 槍田も、似たり寄ったりの事情があった。

 

 人は見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じる。否応なしに、それを悟らされたのだ、彼らは。

 

 自分がそういった経験をしたからこそ、他者にそう言った思いをさせたくないというのは、確かに彼らにあった。

 

 

 

 

 

 「だからまあ、少しくらい話を聞いてもいいんじゃないかと思ったんだ。

 

 あいつにその気があれば、だがな」

 

 「それで、うちに江戸川コナンの知り合いを名乗る電話が入ったら連絡よこすように言ったわけね」

 

 だからと言って、喫茶店扱いはいただけないが。

 

 第一ここは探偵事務所だ。その辺の探偵事務所のように浮気調査やペット探しもやるにはやるが、メインにしているのは刑事事件、不本意ながらサブでオカルト事件なのだ。その他が大体2割程度を占めている。

 

 そんな列記とした、神聖なる仕事場を喫茶店扱いとは、本当にいい度胸をしている。

 

 「けど、こちらにも知らせてくれましたよね?助かりました」

 

 「成実さんにはお世話になってるから・・・」

 

 成実の言葉に、寺原は笑みを返す。

 

 

 

 

 

 仕事以外にも、寺原と成実は休日に一緒に遊んだり食事したりする仲である。

 

 一応、成実は男性なので、恋愛沙汰と思われがちだが、残念ながら寺原には付き合っている男性がいるし、成実はヘタな女子より女子力があるため、そういった関係には発展していない。

 

 女友達、という言葉が一番適任だろう。くどいようだが、成実は男性だ。

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、呼び鈴が鳴らされる。

 

 「ちなみに、今回アポを取ってきたのは、あの有名な、工藤新一君よ?

 

 最近とんと話を聞かなくなったと思ったんだけどね」

 

 どこか面白そうな顔をして付け加えた槍田に、寺原もうなずきながらデスクを立って、扉を開ける。

 

 ・・・ちなみにこの事務所の扉は毛利探偵事務所のような安っぽいアルミのドアではなく、重厚な樫のドアである。

 

 表の方には、槍田探偵事務所という看板が、どこぞの法律事務所よろしく取り付けられていたりする。

 

 「はい。ようこそ、槍田探偵事務所へ!あら?」

 

 「こんにちは!あの、松井のお兄ちゃんから話、聞いてない?」

 

 ドアを開けた寺原は一瞬誰もいないかと周囲を見回してしまったが、足元から聞こえた声に視線を落とす。

 

 そこにいたのは、野暮ったい黒縁眼鏡に、青いジャケットと赤い蝶ネクタイという坊ちゃんスタイルの、江戸川コナンである。ちなみに、スケボーは右手で抱えていた。

 

 

 

 

 

 毛利探偵事務所に、コナン――新一は何度か足を踏み込んだことがある。

 

 所長の毛利小五郎がヘビースモーカーであるうえ、真昼から酒をカッ食らっていることがあるため、煙草と酒の臭いが時折ひどい上、全体的に内装が安っぽい印象を受けた。

 

 それに対し、槍田探偵事務所の内装は違っていた。インテリアの配置などは毛利探偵事務所のそれとほぼ同じだが、落ち着いた絨毯の上の瀟洒なソファは座り心地抜群で、所長の槍田が陣取るデスクもアンティークものだと一目でわかる。つまり一言でいうならば、全体的におしゃれなのだ。

 

 本棚に収まるのは、数々の科学雑誌や論文書籍の数々に加え、槍田が解決してきた事件の数々をファイルしたものだろうが、鍵付の大きな棚がその隣に堂々と鎮座している。あの常軌を逸した事件を解決した松井や成実が堂々と出入りしていることを合わせて考えれば、その中身も推して知るべし、だろう。

 

 煙草の匂いはするが、それはコナンの正面に座る松井のせいだろう。

 

 「元気そうだな、コナン」

 

 「松井さんや成実さんも」

 

 ニッコリ笑ったコナンは、改めて自己紹介をする。

 

 それに応じて、槍田と寺原も自己紹介をした。

 

 一心地付いたところで、コナンは口を開く。

 

 「この前は、協力してくれてありがとう。

 

 ボクは知らなかったんだけど、いたずらに巻き込んじゃってごめんなさい」

 

 煙草を咥えながら言った松井に、コナンは深々と頭を下げた。

 

 「お前は知らなかったんだろう?俺は気にしてないから、お前もあんまり気にすんな」

 

 「でも・・・」

 

 「じゃあ、話してくれるのか?お前が、“悪戯”を本気にとらえざるを得なかった、事情ってやつを」

 

 ウッとコナンは言葉に詰まる。

 

 そう。普通の人間であれば、興味をもって問いたださないわけがないのだ。コナンの年齢以上の聡明さと行動力の源泉を。

 

 お前は何者だ?と。

 

 松井のサングラスが取り払われた、金縁の瞳がコナンを見据える。

 

 だが、コナンは答えられない。

 

 それは、ここにいるものたち全員危険という泥沼に引きずり込むことになるからだ。

 

 「・・・ごめんなさい。言えない」

 

 コナンは、申し訳なく思いつつ頭を下げた。

 

 「・・・俺たちが信じないと思うからか?」

 

 「違う!」

 

 松井の問いかけに、コナンは弾かれたように頭を上げて首を振った。

 

 それだけはない。きっと、松井たちは信じてくれる。それこそが、命とりなのだ。

 

 「知ったら、危険なんだ。巻き込むことになる。命を狙われて、死ぬまでつけ狙われることになるかもしれないんだ!」

 

 

 

 

 

 実際、ナイアの家に居候するようになってからしばらく後に、一度だけコナンは工藤邸に行ったことがある。

 

 ちょっとした思い付きだった。

 

 だが、すぐさまゾッとして、家から離れざるを得なかった。

 

 ナイアにあらかじめ死亡を確認されるだろうと指摘されてたからこそ、気づけたことであったともいえた。

 

 家のものの配置が、微妙に変わっていたのだ。

 

 新一が、蘭とトロピカルランドに出かける直前のものの配置から、微妙にずれている。閉めたはずの引き出しが微妙に閉まりきってなかったり、開け放ったままにしていた場所の扉が閉まっていたり。もっとも、それは新一のずば抜けた記憶力の賜物だ。常人であれば気が付かなかったに違いない。

 

 誰かが、家に入ってきていたのだ。誰が、何のために?ここを、どこだと知りながら?警察と太いパイプのある工藤の家だというのに。

 

 ナイアの指摘が正しかったのだ。件の犯罪組織は、工藤新一を殺し切ったか、ご丁寧に確認しに来たのだ。潜伏していないか、調べに来たのだ。

 

 

 

 

 

 工藤新一が生きていると知られたら、自分ばかりか、周囲の人間が危うくなる。

 

 それが、通りすがりに近い、最も親しみを覚えた大人であろうとも。

 

 だから、コナンは言えない。どんなに真実を語りたくても――それが、真実は明らかにしなければならないという、自身の信条とは真逆をいくことであると知りながらも、口を閉ざさざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

 蒼褪めて険しい顔になったコナンの叫びを静かに聞いた松井は、短くなった煙草を灰皿にグイッと押し付けた。

 

 なまじ松井は、自身が“かつて最悪の誘拐犯とされて自殺したとされる松田陣平であった”過去を持つがために、どうしても言えない秘密を抱える相手の気持ちは、理解できた。

 

 その言えない理由が、他者を思いやるためであれば、なおさらに。

 

 だから、松井は多くは訊かなかった。

 

 「あー・・・そんじゃあ、一つだけ聞かせろ」

 

 ぐっと身を乗り出し、松井はコナンの目を見据えながら尋ねた。

 

 「何か、手を貸してほしいことはあるか?」

 

 「え?」

 

 「この間のあれ、いたずらじゃなかったとしたら、相当尋常じゃないだろう。まあ、何だ。そういうことがあるっていうなら、その・・・放っておけねえからな。できることがあるなら、手を貸す」

 

 言葉を選びながら、松井は言う。

 

 前職が警察官で、その正義感に押されてなんてのは言えない。第一、小恥ずかしい。

 

 「い、いいよ。オレの事件なんだ。オレが一人で」

 

 「そうやって何でも抱え込んで、手が回りきらなくて、犠牲を出すのが、お前の正義か」

 

 コナンの言葉を遮り、下らねえ、と松井は吐き捨てて、新しく煙草を咥え、ライターで火を点ける。

 

 「一人でできることなんざ、限界があるぜ」

 

 自分〈松井〉がそうであったように。

 

 

 

 

 

 萩原〈親友〉の心神喪失の原因を調べるのに、4年かかった。しかし、あの事件の渦中は、知り合ったメンバーと手分けして、知恵を出し合って、力を合わせて、きわめて短期に事件を解決させることができた。

 

 松田一人であれば、どこかで引っかかるか、つまずいてもっと時間がかかって――下手をすれば、さらに犠牲が出ていたかもしれないのだ。

 

 誰かの力を借りるのは、悪いことではないのだ。むしろ、それこそが最も大事なことなのだ。

 

 警察学校時代から一匹狼気質であった松田は、皮肉にも警察を辞めるきっかけとなった事件で、ようやくそれを痛感したのだ。

 

 

 

 

 

 「それは・・・そうだけど・・・」

 

 コナンも力なくうつむく。

 

 

 

 

 

 件の誘拐事件は、結局悪戯だった。悪戯で済んだ。

 

 だが、もし悪戯でなかったら。もし、あそこにいたのが本当に黒の組織の一員で、コナンが一人で挑んでいたら。

 

 コナンは返り討ちに遭い、阿笠博士と幼馴染を始めとした周囲の人間は残らず殺されていたに違いない。

 

 一人でできることなど、たかが知れる。

 

 巨大な犯罪組織に立ち向かうには、工藤新一のコネクションを封じられたコナンは、あまりに無力と悟らざるを得なかった。

 

 父には自分が解決すると啖呵を切って見せたが、実際にはわずかながら不安を感じ始めていたのだ。

 

 味方を作らなければならない。コナンの幼い姿に惑わされず、彼に手を貸してくれるコネクションを、一から築かねばならないのだ。

 

 

 

 

 

 「あのね、コナン君。君が何を抱えているかは、私たちには分からないわ」

 

 ここで声をかけたのは、成実だった。

 

 「けど、少なくとも、私と松井先輩はあなたの味方よ。ここにいる他の二人もね。

 

 加えて、私たち、全員ああいった事件を経験済みなの」

 

 くすっと成実は不敵な笑みを浮かべ、続ける。

 

 「命を狙われて、死ぬまで付け狙われる?上等じゃない。その程度、安いもんだわ。

 

 ああでも、確かにそうね。一番怖いのは、人間だわ。

 

 だって、ああいうのもそうだけど、事件というのは大概、人間が係わったことが起爆剤になるんですもの。

 

 そういう意味では、一番怖いのは人間ね」

 

 ギョッと目をむくコナンをよそに、成実はくすくすと笑う。

 

 「あきらめなさい、ボウヤ。ここにいるメンバーは、全員どこかおかしいけど、お節介焼きばかりですもの」

 

 肩をすくめ、槍田は言った。

 

 「ひどいですよ、所長!私は真っ当な人間ですよ!

 

 そりゃあ、変な事件や死体には慣れちゃいましたけど」

 

 「心配すんな、十分おかしい」

 

 ムッとした寺原の抗議に、松井は煙草を吹かしながらツッコミを返した。

 

 そんなにおかしいだろうかとコナンは首をひねった。

 

 幼少から事件現場に足を踏み込んでいた新一から知れ見れば、惨殺死体の一つや二つ、どうということはないのだが。

 

 ともあれ。

 

 どうやら、この人たちはコナンのことを、頭からただの子供と決めつけるということはないようだ。

 

 ならば、ナイアのところでは少々難しいかもしれない話だけでも、頼めないだろうか。

 

 そんな甘い誘惑が、コナンの脳裏をよぎる。自分で危険を口にしながらも、大丈夫そうだと判断して、ハードルが下がってしまったのかもしれない。

 

 だから、おずおずとコナンは口にした。

 

 「じゃあ、一つだけ・・・」

 

 コナンの頼みごとを、4人は快く受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 「ただいま~!」

 

 店じまいの最中に、コナン君が帰ってきました。

 

 スケボーから飛び降り、どこか明るく弾んだ調子の声ですね。

 

 「おや、お帰りなさい。今日のお夕飯は鮭のホイル焼きだそうですよ」

 

 「へー。ショゴスさんの晩飯、うまいからオレも楽しみ」

 

 おや?

 

 少々怪訝に思いましたよ。何しろ、私のこの手の会話に、今までコナン君は無反応や無視を決め込んでいましたもので。

 

 チラッと見下せば、「手伝ってやるよ」と、セールワゴンをお店の中に引き入れるのを手伝ってくれます。

 

 ・・・何か悪いものでも食べたのでしょうか?

 

 あるいは、イス人あたりでも彼に何かしたのでしょうか?

 

 思わず奇妙なものを見るような目で彼を見下していると、ややあって彼が見上げてきました。

 

 「・・・何かいいことでも?」

 

 「まあな♪」

 

 尋ねた私に短く答え、彼はそのままワゴンを入れてから、スケボーを自室に運んでいきました。

 

 調子っぱずれの鼻歌は、なかなかの破壊音を醸し出していますが、言わぬが花というものでしょう。

 

 何があったか、聞いてみるのも悪くありませんが・・・まあ、いいでしょう。

 

 

 

 

 

 ええ。お楽しみは、これからなんですから。

 

 

 

 

 

はい、続けます。

続けますから、その冒涜的な触手を私に向けないでください。

慈悲を。え?慈悲はない?ヒドイ!

 





【なんか主人公というよりストーリーテラーなナイアさん】
 ここ数話ほどはすっかり邪神ぶりは鳴りを潜めてしまった。どうしてこうなった。
 最低最悪な邪神のくせに、きっちり保護者はやる。一応、工藤夫妻にも依頼されてしまったこともある。
 なお、仕返しされて飛行機の中で阿鼻叫喚になった工藤夫妻の話を後日聞いて、笑いをこらえるのに苦労した。割と笑い上戸。ツボとしては他人の不幸と苦悩と死と狂気。ロクでもない。
 歩く事件バキュームなコナン君には、行先と帰る時間の告知はキッチリ義務付けている。(万が一、事件に巻き込まれて、警察から電話が来た際、行先知らなかった!となったらPTA案件であるため)
 現在、彼女の最悪な一面を理解しているのは、コナン君ただ一人である。(降谷さんと蘭ちゃんは神様であることは理解しているが、最悪な一面は理解できていないため)
 コナン君が、セッション外で松井さんたちと再会したことは確信まではできてない。

【鳥矢町にまで遠征し、探索者たちと再会したコナン君】
 前回より、両親主催の最悪ないたずらから数日後、こっそり松井さんから託されていた槍田探偵事務所の名刺を元に、連絡を取ることに成功。
 一応、工藤夫妻について弁護しておくなら、あえていたずらと片付けることで、黒の組織の情報拡散を防ぎ、彼らの命を守るということにもなっていたため。コナン君もそれがわかっているので、両親を非難することはできなかった。
 ただ、それでも落ち込みはする。実情はどうあれ、結果として騙すようなことになったんだし。
 ちなみに、劇場版お馴染みのスケボーが登場するのは本来はコミックス9巻。工藤夫妻によるタチ悪い悪戯がコミックス5~6巻の出来事なので、時系列が完全にばらけている。本作は割とこんな感じで好き放題にしていきます。
 半日授業の日を利用して、スケボーを飛ばして鳥矢町へ。フットワークが軽いですが、『漆黒の追跡者』辺りを見ていると、このくらい平然とやりかねない。
 訪れた槍田探偵事務所で、再会した大人組とお話。
 本当は、幼児化云々の事情も説明したいけど、出来ない。言ったらやばすぎるため。
 ちなみに、一度自宅に帰ったら家探し食らった痕跡発見して、SANチェック入ったというのは、本作独自の捏造。邪神様の影響で気づけた。逆を言うなら、邪神様が指摘してなかったら、気が付かないままだったと思われる。
 ・・・オレ、何にも言えない隠し事してる、怪しくて生意気なガキなのに、何で気にかけて協力してくれるなんて言ってくれるんだろ?
 本当は巻き込むのは危険だとわかってるけど、真剣に協力する!と言ってくれてるのに絆された。
 コナン君が彼らにした協力要請内容については、またおいおい。

【探索者らしくどこかおかしいけどお節介焼きな探索者一行】
 大体は本文中で描いている通り。
 最初は、予想してたより小さい・・・(by面識なかった槍田&寺原)となるが、すぐにいやこれ小学1年の言動じゃねーぞ!となる。
 この何でも自分でやろうとする姿勢って、立派だけど見てられないなあ。
 死ぬまで付け狙われるって・・・まあ、今まで似たような目に遭ってきたし、何とかなるでしょう!(本編中以外にも多数神話事件を経験済みのため)
 みんな大なり小なり正気度が削られている上、魅入られちゃっているので大なり小なりどこかおかしい。
 そして、そんな自覚はないが、あいつおかしくなってんなーくらいにはお互い思ってる。


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【#18】ブラッディーブライド。略してブラブラって言うと別物に聞こえません?

 「ドーモ、亜希羅=サン。ニャルラトホテプ=デス。貴様誰に許可を得て私の話を投稿している」
 「アイエエエエ?!邪神?!邪神ナンデ?!ココ私の家、邪神ナンデ?!」
 「それは貴様が作者であるからだ!作者殺すべし!慈悲はない!」
 「アバーッ?!」
 「覚悟!イヤーッ!」
 「グワーッ?!」
 南無三!ニャルラトホテプのアラバマオトシが亜希羅に直撃!
 「サヨナラ!」
 爆発四散!無慈悲!


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、我らが親愛なる同居人、コナン君ですが、無事に立ち直ったようです。

 

 ただ・・・どこで接点を持ったのか、1週間から2週間に1回くらいの割合で、遠出なさるんですよ。行先は、鳥矢町の槍田探偵事務所です。

 

 阿笠博士御謹製のターボスケボーで一っ走りで行けるそうですよ?え?あのスケボー、コミックスでは1回しか出番がない?不憫な子なんですねえ。

 

 

 

 

 

 まあ、接点はわからないでもないです。

 

 件のなんちゃって誘拐事件の際に、コナン君は偶然あった松井君と成実君に助力を求めました。ま、概要から恐らくそういうこと、なのでしょうね。

 

 有希子さんの事情説明では、ネタバラしをした際、二人とも物言いたげな顔をしはしたものの、優作さんの説明を表面上は信じたらしく、そのまま大人しく退散したとのことです。

 

 ・・・ただ、これはあくまで有希子さんの視点から見た出来事でしかありません。

 

 もし、お二人が優作さんの説明を本当に表面上しかそうと受け取らず、コナン君に何らかの連絡手段を残していたとしたら?

 

 例えば、メモか何かに住所や連絡先を残して、それをこっそりコナン君に渡しておけば、それだけでコナン君は彼らと再び会うことができるでしょう。

 

 あくまで推測の域を出ませんが、まあ、つまるところはそういうことなのでしょう。

 

 最初に鳥矢町にお出かけになった際は、少し緊張しているようにも見えましたが、最近はむしろ明るくなったようにも見えますしね。

 

 

 

 

 

 まあ、私は彼が何をしようが、基本的に関知するつもりはありません。

 

 私に面倒と迷惑をかけないならという枕詞は付きますがね。

 

 もちろん、面白そうなことが起こっているなら、率先して出歯亀に行きます。

 

 いつも通りに!ええ!皆さんご承知でしょう?!

 

 そうそう、先日も我が古書店『九頭竜亭』にご来店いただいて以降、お付き合いのある友人の結婚披露宴に参列させていただいたんですが、いやあ、素晴らしい一日でしたね!

 

 え?お前が人生の新たな門出を素直に祝うとは到底思えない?今度はどんな冒涜的な事件を起こしやがった?ですか?

 

 おや、ひどいですねえ。毎度毎度人のことを冒涜的事件発生器のような扱いをなさって。確かに私があの手この手と糸を引いて、冒涜的で世間一般的感覚で言うなら悍ましいカオス塗れの事案を一生懸命画策しまくっているのは事実ですが、今回に関しては無罪を主張します。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その日は、知り合いの人間の一人が、結婚の披露宴をするということで、朝早くから準備をしていました。ショゴスさんにも髪のセットとメイクを手伝っていただき、パーティードレスを颯爽とまといます。

 

 一番衆目を集めなければならない、新婦さんと派手さが被っては申し訳ありませんからね。かといって、手抜きは招待してくださった方に失礼というものです。ほどほどに、綺麗にします。

 

 腰を絞ってふんわりと裾の広がる、いわゆるプリンセスラインのミドルを採用。色は黒です。こういったパーティードレスの場合、ボレロやショールなどの羽織りものか、ドレスのどちらかを黒にするのは必須ですので。

 

 私の背の高さであれば、マーメイドラインやAラインもありだったかもしれませんが、ちょっと気分がのらなかったので、こちらにしました。

 

 ボレロはレースたっぷりのライトブルーを採用。もちろん、ラメ入りストッキングとヒールの高いパンプスも忘れずに。

 

 メイクはブラウンを基調にしたものを。髪は丁寧に編み込み、花をあしらったバレッタで留めていただきます。

 

 さて、準備完了です。

 

 そうそう。一応、先方に伺いを立てて、子供を一人連れて行く、しつけのいい子なので、おとなしくできるとお伝えしたところ、了解いただけましたので、コナン君もつれていきます。

 

 その彼は、玄関先の戸口で退屈そうにあくびなさっています。

 

 基本は、ジャケットとスラックス、蝶ネクタイに眼鏡というお馴染み坊ちゃんスタイルですが、色は青ではなく、グレーのシックなものですし、生地も相当いいものを使っています。蝶ネクタイも、一目で安っぽく見えそうな変声機ではなく、それに似合う良さげなものにされています。

 

 ああ、ちなみに今日は臨時休業ということで、『九頭竜亭』は閉めさせていただいております。大変申し訳ないのですが。

 

 ・・・現在、『九頭竜亭』のガラスの引き戸の上には、臨時休業の看板が掛けられています。そのガラスはひびが入って、割れて砕けている部分もあるので危ないからダンボールで覆われています。

 

 

 

 

 

 コナン君が我が家にやってきた夜に、蘭君がつけてくれた傷はとっくの昔に修理が完了したんですがね。

 

 先日、蘭君が学校帰りに我が古書店に寄ってくださって、いつものように狂人トークをなさっている最中に、ちょっと宅配便の対応をしなければならず、彼女から一時目を離したんですよ。

 

 いやあ、油断してしまいました。

 

 彼女、そこで私が置いといた結婚披露宴の招待状を発見して、自分も行きたい!連れてって!と駄々をこね始めたんですよ。

 

 ・・・百歩譲って一応同居人のコナン君は、預かり先が見つからなかったということで、大丈夫でしょうが、完全赤の他人の君はダメでしょう。そう言ったんですがね?

 

 神様のいじわる!こんなに信奉しているのに、どうしてわかってくれないんですか?!とまた意味不明な逆ギレをされて、お店を荒らしてくれました。そのせいでまたガラス戸が壊れてしまったんですよ。

 

 ちなみに、ちょうどそのタイミングでご帰宅なさったコナン君が、SANチェックに失敗して、青ざめていたのがとても印象的でした。君の知らない幼馴染を見た感想はいかがですか?と、笑顔でお尋ねしたくなる顔でしたねえ。その顔が見れただけで、いい加減冒涜的お仕置きをしようと思っていた蘭君を許そうという気になれましたもの!

 

 ま、毛利探偵へ、さらに借金は追加いたしましたがね!それはそれ、これはこれです。

 

 引き換えに、『九頭竜亭』の玄関は犠牲になったのですよ・・・我が愉悦の犠牲にね・・・。

 

 あ、蘭君には、縁もゆかりも伝手もない私より、ご友人の園子君を頼った方が確実と言ったら、それもそうですね!アドバイスありがとうございます!と出ていかれました。・・・破壊活動に関しての謝罪?もちろん、一言もありませんでした。まあ、狂人ですのでね。致し方なしですよ。

 

 

 

 

 

 え?コナン君だって他人だろうが?中身のことをお前が知ってるなら、無理に連れて行く必要はないだろうが?阿笠博士にでも預ければいいのに、なぜあえて連れて行くのか?ですか?

 

 おや。あの子の行く先行く先、ロクでもないことが起こっていることは皆さんご存知でしょう?死体と悪意に塗れてしまって・・・可哀そうに(ニチャァッ)。先日に至っては、ついに宇宙的恐怖の一端を垣間見たわけですし。

 

 そんな歩く事件吸引機の彼が、結婚披露宴という一大イベントに参加なさるんですよ?

 

 何も起きないわけがないじゃないですか!!(嬉々とした笑顔)

 

 これから開かれる新しい未来・・・新郎新婦の思い出と、御挨拶を語る御親戚の方々・・・寿ぐ参加者の皆様・・・そこに轟く絹を割かれたような悲鳴!血反吐を吐いて倒れ伏す被害者!SANチェックに失敗した参加者の皆さんの阿鼻叫喚図!

 

 素晴らしい!素敵だ!実に素敵だ!

 

 いやあ、考えてみれば、コナン君のようなものを、ただ居候させるだなんてもったいない!行く先で事件が起こるなら、積極的に連れ出して、積極的に事件を起こさせれば、私は楽しいし、コナン君も事件を解決できて一石二鳥じゃないですか!

 

 おやどうしました?皆さん。そこ気づくなよ!クソ邪神!と頭を抱えられて。どうせ皆さんだって、彼のことを陰で疫病神呼ばわりして、はたで見てるにゃ笑えるが、関わり合いにはなりたくないって腹の底で思ってたんでしょう?ほら、そんなギクリと肩をゆすられては、図星と言ってるようなものですよ?隠すならもっとちゃんと隠してくださらないと。

 

 とにかく、コナン君は、これからもあちこち連れて行って差し上げましょう、そうしましょう。フフッ。楽しみになってきました。

 

 

 

 

 

 まあ、まずは目前の結婚披露宴ですね。

 

 おや、招待主が気になりますか。え?またぞろ冒涜的事件関係者じゃないだろうな?ですか?まさか!松井君じゃあるまいし!

 

 前記しましたが、我が古書店に以前来てくださったお客様ですよ!何でも、絶版なさったプレミアの古書をお探しになられてたとか。

 

 で、それが偶然我が『九頭竜亭』に入荷されてたということで、めでたくご購入いただきまして!以降、お得意様としてお付き合いさせていただいているんです!

 

 御心配なさらずと、彼は魔導書もかじってなければ、神話生物の目撃経験もない、探索者ですらないごく普通の人間ですのでね。

 

 え?お名前、ですか?結婚して、入り婿となられたので苗字が変わりまして。旗本武君といいます。ちなみに、奥様のお名前は、旗本夏江さんだそうです。有名な旗本グループの一員だそうで。

 

 おやどうしました?絶対事件起こるだろそれ・・・などと一斉に呻かれて。

 

 いやあ、本当に、楽しみですねえ!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、披露宴となっている、豪奢なホールのエントランスで受け付けを済ませ、開宴時間までの暇つぶしをしています。

 

 少々少ないですが、御祝儀も包みました。

 

 いやあ、流石は旗本グループの結婚披露宴ですねえ。あちこちに有名著名人がいらっしゃるんですよねえ。(ちなみに『式』でないのは、式本番はすでに一族のみで済ませているので、お披露目を兼ねた披露宴を他関係者と一緒に、ということだそうですよ?)

 

 あ。あそこにいるのは、蘭君ですね。そのお隣にいるのが、園子君でしょうね。確か、鈴木財閥の跡取りだそうで。

 

 お二人とも、綺麗にドレスアップなさってました。

 

 そして蘭君は私の姿を認めるなり、高速で駆け寄ってきて、「ナイアさん!今日は一段ときれいですね!素敵です!」と狂人の目つきでおっしゃるのはいかがなものかと。

 

 「ちょっと蘭!いきなりどうしたの?この人は?」

 

 「初めまして。鈴木園子君ですね?お話は蘭君からかねがね伺っています。私は、手取ナイアと申します」

 

 園子君の問いに蘭君が答えるより早く、自己紹介します。彼女に任せてたら、狂人理論に基づいたカオス満載な返答を勝手に返して、下手をすれば周囲の人間にSANチェックを課すかもしれませんからね。

 

 「蘭君はうちの店に時々遊びに来てくれるんですよ。月並みな助言しか言えませんが、甘酸っぱいコイバナもしてくださりまして」

 

 「ヤダ、ナイアさんってば!」

 

 ポッと頬を染めて照れる蘭君。うんうん、そうしていると常人に見えるんですがねー。残念、彼女のSANは0に達しているのです。狂人ですね。お分かりでしょう?

 

 「そうだったんですね!よろしくお願いしますね!」

 

 ニッコリ笑う園子君。いやあ、財閥出身という割には、割と凡庸そうな感じの子ですねー。

 

 「コナン君もこんにちは!」

 

 「こんにちは、蘭姉ちゃん・・・」

 

 蘭君に挨拶されるや、足元のコナン君は微妙に不安そうな顔をしています。

 

 

 

 

 

 彼は先日の狂人全開モードを目の当たりにしてしまいましたからねえ。加えて、蘭君の異常をはっきりと異常と認識しているのは、現在私とコナン君くらいなんですよねえ。私はどうにかしようという気はありませんし、コナン君に至っては子供の言うことなんて!と信じてもらえませんしねえ。

 

 いやあ、米花町の大人たちの子供に対する信頼度は素晴らしいですよね!人は信じたいものだけ信じて、見たいものだけ見るという典型ぶりです。非常に笑えます。皆さんもそう思いません?

 

 え?お前と一緒にするな?邪悪と混沌に塗れたお前の笑いのツボが、人間に理解できるわけないだろ、ですか?

 

 おや、こんな高尚な私の趣味が理解できないとは・・・実に嘆かわしいですねえ。

 

 

 

 

 

 さて、そろそろ披露宴が始まるようです。会場内に案内され、用意されていた席に座ります。

 

 いやあ、流石は大グループの披露宴ですねえ。出てくるお料理も豪華です♪

 

 ちなみに、私とコナン君は新郎関係者側の席ですが、かなり端の方です。ま、新郎の個人的友人の位置に近いですからね。鈴木財閥の代表で来ているだろう園子君とその連れである蘭君は、中心に近い位置に座られています。

 

 蘭君はこちらに来たそうにソワソワされていましたが、園子君にたしなめられておりました。ここで狂人を炸裂させないとは、いい子ですねえ♪

 

 そして、披露宴開始です♪

 

 司会の進行のもと、新郎新婦の想い出語りや、ご友人方の余興やら、職場先の挨拶やらをはさみんでいきますが、途中で何やら激しくイスを蹴倒して、しわがれた声の罵声が炸裂して(「下らん茶番に付き合わせよって!」云々と)、誰かが出ていかれました。

 

 招待客の皆様は、何事?!と目を見張られてましたが、旗本グループ関係者の皆様は、ああまただよ、というような生温かな目をしてましたねえ。

 

 出て行かれたのは、白髪に紋付羽織袴を纏った、ご老人です。旗本グループの総帥にして、現当主旗本豪蔵氏ですね。

 

 何とも・・・どうも気難しい性格のようですねえ。あれでよくこの披露宴に参加・・・どころか、旗本グループそのものを経営できましたねえ。

 

 ああ、お年を召されたからですかね?人間は加齢とともに、頑固になったりするそうですからねえ。面倒なものです。

 

 そうして、そういったトラブルはあれど、そのまま披露宴は進行していきます。最初から織り込み済みだと言わんばかりですねえ。

 

 そうして、そろそろケーキ入刀、もとい、ウェディングケーキの一部をお互い大きなスプーンで食べさせあいこ(最近はこういう形式もあるそうで)というイベントのタイミングでした。

 

 『うひゃあああああああっ?!だ、旦那様あああああ?!』

 

 待ってました!メインイベント!!

 

 一斉に何事かと弾かれたように、ホールの外から聞こえた大絶叫に、全員が絶句しました。

 

 ほぼその直後に、弾かれたように走り出した人影3つ。1つは言わずもがな、先ほどまで隣でオレンジジュースを飲んでいたコナン君、そしてもう2つは。

 

 ・・・おやまあ、彼らもいらっしゃるとは。招待客が結構いましたし、蘭君たちに気を取られて、気が付きませんでしたよ。

 

 しかしまあ、これから盛り上がりそうですねえ。ウフフフ。

 

 もちろん、私もあわてた風を装って、後に続きますよ!メインイベントなんですよ?!出歯亀しないでどうします!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 被害者は、大方の予想通り、旗本豪蔵氏。

 

 殺害方法は、包丁でグサッと一突き。ホールから離れた親族の待合で、お一人でおられたところを・・・だそうで。

 

 もちろん、警察が呼ばれることになりました。

 

 気の毒に、せっかくの披露宴は中止です!ドレス姿の新婦さんは、新郎さんに抱きついて、すすり泣かれておられます。楽しい思い出が血塗られた惨劇に塗り替えられてしまいました!可哀そうに(ニチャァッ)。

 

 ちなみに、警察到着より早く、救急車に連絡と現場保存に動いたのは、コナン君とこの二人です。

 

 「松井さんと成実さんも来てたんだ・・・」

 

 「今はナルミじゃなくて、セイジって呼んでくれるかな?」

 

 コナン君の言葉に、成実君が苦笑して見せます。

 

 今の彼は普段の黒いワンピースにポニーテールという清楚系女装姿ではなく、礼服に尻尾髪という、柔和な優男で通じる姿でいます。言葉遣いもやや男寄りにしているようですね。

 

 で、その隣にいるのが、白髪を撫でつけ、眼鏡(おそらくは伊達眼鏡)をかけた、同じく礼服姿の松井君です。

 

 「新婦になる夏江さんがね、松井先輩の彼女の友人で。

 

 僕たちとも個人的な付き合いがあるんですよ。ね?先輩」

 

 「まあな」

 

 ぶっきらぼうにうなずく松井君は、夏江君のそばで同じく泣きながら彼女を慰める女性を見やりました。

 

 ああ、設楽蓮希君ですね。名門音楽一族の一員ですし、2年前のセッションで蓮希君と羽賀君を除いて一族は全滅していましたからねえ。何人かは生きてますけど、病院にいまだに入院中ですのでねえ。回復は難しいらしいですよ?蓮希君自身も探索者としては引退せざるを得ないほどの精神ダメージを食らったようでしたし。

 

 「従兄弟が行方不明になったとかで、大変な中でこの騒ぎですから・・・」

 

 ぽつりと言って、成実君は蓮希君たちに心配そうな眼差しを向けます。

 

 

 

 

 

 そうそう。彼は救急車が到着するまではと、松井君やほかの人たちに見てもらいながら、念のため蘇生処置を試みましたが、徒労に終わりました。出血多量で、ショック状態でしたからねえ。

 

 おかげで、今の成実君はせっかくの礼服が血塗れです。

 

 

 

 

 

 「従兄弟?」

 

 「(こないだの美術館の時、一番最初に斬られた奴。あいつだ)」

 

 不思議そうに尋ねたコナン君に、その耳元にボソッと囁きかける松井君。誰かに聞かれないように声を潜めての発言なのでしょうが、私には通じませんよ!なぜなら私、邪神ですから♪

 

 「(遺体がない、つまり行方不明のままだ。悪いがこればかりはな)」

 

 松井君はヒソヒソとコナン君に囁きかけてから、立ち上がります。コナン君もそれを聞いて複雑そうな顔をしますが、すぐに部屋の周囲の探索に向かわれました。

 

 

 

 

 

 そうそう。後日伝手を使って調べ上げて分かったのですがね。

 

 行方不明になったという旗本夏江嬢の従兄弟――旗本一郎君は、ご自宅にピックマン氏の絵を大量にお持ちになられてたとか!

 

 フフッ、道理で低SANのはずですねえ。

 

 で、そちらの方は、夏江嬢から相談を受けた蓮希君を通じて、松井君と成実君が二人で捜索。まあ、顔写真見せられて、あっ(察し)となった挙句、ピックマン氏の絵を発見して、二人してそういうことかよ!と頭を抱えられたそうですよ。

 

 その後は、清掃業者を装ったMSOの回収部隊によってピックマン氏の絵画をことごとく処分、一郎君の方は、残念ですが・・・と二人による捜索は打ち切り、あとは警察に、となったようです。

 

 おや?そういう捜索は通常探偵に持ち込まれるのでは?という至極真っ当な疑問ですが、それは残念ながら無理ですね。例の気難しいご老人の旗本豪蔵氏が、超絶探偵嫌いとかで、雇いたくても無理だとか。ドラマを見るのも禁じられているそうですし。

 

 それで、探偵事務所の非常勤であり、そういう伝手をもっている松井君たちに話が持ち込まれたらしいんですねえ。

 

 

 

 

 

 えー、話を戻しまして。

 

 到着した警察の皆さんに状況を説明しまして、既に遺体となってしまった、旗本豪蔵氏を運び出し、そのまま捜査開始です。

 

 おや、こんにちは、目暮警部。フフッ。出会いがしらに顔をひきつらせながら死神呼ばわりとは。

 

 まあ、死神でも一応、神の一柱ですからねえ。褒め言葉と受け取っておきましょう。おや、まるで奇怪なものを目の当たりにしたような顔でこちらを見られていかがなさいました?

 

 「変わった方ですなぁ・・・」などと言いながら彼は離れ、とりあえず集められた関係者一行から話を聞くことにしたようです。

 

 次々自己紹介と、犯行時刻(予想時間は蘇生ついでの検視で成実君が割り出していたのを警部さんにお伝えしてました)に何をしていたかというのをお伝えしていきます。

 

 そして。とある人間の番になったところで、警察関係者の一部・・・というより、数人を除いた大部分の人間が、青ざめて絶句しています。

 

 「ま、つだ、君・・・」

 

 小さく呻く彼女は、確か佐藤美和子刑事、でしたか。

 

 最初こそ青い顔をされて松井君を見てましたが、すぐにその目が期待に輝き出されています。今にも松田君!生きてたのね!と言って駆け寄りそうな感じですね。

 

 攻略本によると、彼女も死神がファンにつかれているようで、父親の死に始まり、思いを寄せた松田刑事は亡くなりと・・・なかなか素晴らしい前歴をお持ちでしたね。

 

 いやあ、零君に出会う前でしたら、面白そうとチョッカイをかけているところなのですが。

 

 おや、私の邪神トークより、松井君の反応が気になりますか。

 

 そうですね。一言でいうなら、石像ですね。アイムスタチュー、プリーズドントウォーリー。そんな感じでしょうか。直立不動、微動だにせず、眉一つ動かさないんですよ。

 

 ふーむ。【心理学】!

 

 おやおやおや♪眼鏡に隠していますが、目線がすごいです。「生きてて悪かったなクソッたれ」って物語ってるんですよ。唇も動きませんけど、あれは気を抜いたら罵倒が口をつくから歯を食いしばって黙ってるんでしょうねえ。蟀谷がヒクヒクしてらっしゃいます。

 

 NDK〈ねえどんな気持ち〉?NDK〈ねえどんな気持ち〉?

 

 無実を信じてくれなかった同僚たちに再会して、幽霊見るように見られてどんな御気分です?

 

 そしてコナン君はそんな空気をあえて読まずに、「松田さんって?」と無邪気を装って尋ねます。

 

 アッハハハハハ!君、今の状況で、その発言は核弾頭ですよ?!さしずめ今の松田君としては、ルルイエで寝ていたのに核でたたき起こされたクトゥルフ君のような心地でしょうね!

 

 握りしめた彼の拳がマナーモードに突入してるのが、見えないんでしょうか?

 

 で、そんな彼をチラチラ見ながら(中には本当に生きてたんだ!と期待しているような目をして)、警察の皆さんは好き放題にしゃべるしゃべる。

 

 一匹狼で勝手だったけど、いい奴だった。口は悪かったけど、思いやりにあふれていた。

 

 で、世間的に語られている誘拐殺人の容疑で逮捕された挙句、裁判を待たずに留置場で自殺ということを、語り終えた佐藤刑事がポツリとこぼしました。

 

 「本当はそんなことするわけがないのに・・・どうしてって・・・」

 

 いやあ。吹き出さなかった私を褒めていただきたいですね。

 

 しかも、松井君が本人だと名乗り出るのを期待しているかのように、みんなしてチラチラと松井君を見ているんですよ?ヒドイひどい。

 

 皆さん、だぁれも松田陣平君の無実を信じず突き放した分際というのに、いなくなった今更彼の無実を主張されるんですか?!矛盾極まれり。人間なんて矛盾の塊ですが、これはひどい。

 

 ついでに言うなら、視界の端で涙をぬぐった蓮希君が眉を吊り上げているのが見えます。

 

 これはこれは。ま、彼女は事情を知ってますからねえ。しかも恋人のことですし。今にも「何調子のいいこと言ってるのよ!」と怒鳴りそうですね。

 

 しんみりしながらチラチラ松井君を見やる警察勢と、無視してスタチューモードを決め込む松井君と、怒髪天を衝く寸前の蓮希君と、おろおろしている野次馬たち。(そして内心爆笑している私)

 

 いよいよ収拾がつきそうにないですねえ。

 

 「そこまでだ」

 

 そんな空気を、一つの低い声が切り裂きました。

 

 

 

 

続く続く続く…そして続く。

 





【結婚披露宴が血塗れになって、ついでに警視庁捜査一課による愁嘆場に爆笑したナイアさん】
 正式にコナン君が居候となり、事件にも順調に巻き込まれまくっている。
 最初は脇で見ているだけで、話の中心に位置するなんて面倒と思っていたが、コナン君の体質を吟味してみれば、好きなだけ事件に係わりやすくなるじゃないか?!と啓蒙的閃きを得て、好きなだけ好きな場所に連れて行くことにした。
 だから、最も血生臭いことから縁遠くなくてはならない結婚披露宴にも遠慮なく連れて行く。
 ちなみに、せっかく直したお店の玄関は、またしても狂信者蘭ちゃんに破壊された。コナン君によって愉悦が得られたので、とりあえず、彼女に対するお仕置きは見送ることに。
 なお、一応人間に擬態しているので、そこそこ友人付き合いはある。年賀状や暑中お見舞いのやり取りも欠かさない。
 それもあっての結婚披露宴の招待だった。
 ついに起こった殺人事件をメインイベント呼ばわりする。そして始まるだろう犯人探しという名の疑り合いに期待を大にするが、思いもよらない人間が招待客に名を連ねていたことで、思いがけないイベントが発生する。
 傍目にはオロオロしている風を装いつつ、警視庁捜査一課による警視庁捜査一課のための愁嘆場に、内心爆笑した。
 え?!お前らあいつのこと見捨てたじゃん!wwwww今更何綺麗ごと抜かしていい人ぶってるの?!超絶草ぁ!
 松井君もそこで我慢せずに、蓮希君と一緒にキレて殴っていいんだよ?!勢いに任せて人殺ししてくれたら、もっと面白いのに!

【邪神様の思惑などつゆ知らず、好奇心のまま藪を突いたコナン君】
 両親主催のなんちゃって誘拐事件によって落ち込みモードになったものの、再会した探索者たちによって、一人じゃないと勇気づけられ、立ち直った。
 今回は、ナイアさんと一緒に結婚披露宴に出席することになった。俺、関係ない他人だけど、いいのかよ?といったが、ナイアさんは楽しそうに笑うだけで教えてくれない。
 ・・・自分の死神振りの自覚は徐々についてきているが、それを邪神様に面白がられているとは微塵も思ってない。
 学校から自宅に帰ったら、狂人全開の蘭ちゃんが、我儘ブッこいてお店の引き戸を破壊している場面に遭遇した。元々脅迫に空手使う悪癖があったけど、ここまでじゃなかった。オレのかわいい幼馴染はどこへ行ってしまったんだ・・・?SANチェック(1/1D6)。
 結婚披露宴の会場でまたしても事件に遭遇。そして再会する松井さんたち探索者たち。探索者は惹かれあう。
 成実さんがとりあえず蘇生・応急処置を試みるが、被害者は助からず。そして、成実さんがそっと手を合わせたのに、あわてて自分も手を合わせる。・・・そうだよね、普通人が死んだら先にその死を悼まないといけないのにね。
 そして到着した警視庁捜査一課の皆さんと捜査開始!と思いきや、様子がおかしい。みんな松井さん見て、幽霊見たようなひどい顔、あるいはすごく嬉しそうな顔してる。
 松田って誰?と軽いジャブのつもりで質問した。ジャブどころか核弾頭なのだが、気が付いていない。
 ・・・情報に夢中で、松井さん本人が噴火寸前のスタチューモード決めているのにもまだ気が付いていない。

【恋人同伴の披露宴で、会いたくもない顔に再会しちゃった松井さん】
 美術館の一件の後、恋人として付き合ってた蓮希さんを経由して、旗本夏江さんから行方不明の従兄弟である旗本一郎君を探して!という依頼が持ち込まれ、捜索に乗り出していた。
 写真見せられた時点であっ(察し)となってた上、一郎君の自室からは、ピックマン氏謹製のモデルグールの絵が出るわ出るわ。そういうことかよ!と成実さんと一緒に頭を抱えた。
 結局絵は、清掃業者装ったMSOの回収部隊に処理してもらって、一郎君に関しては、どうも美術館に行ったまでははっきりしているけど、結局見つからないから後は警察へ、とした。
 情けなかろうが、それしかないから。知らない方が幸せなことも世の中にはある。
 その後、お世話になったからと披露宴に友人枠で招待される。何もできなかったのに!と言っても、夏江さんはいいのいいの!たくさんの人にお祝いしてほしいから!と笑うばかり。優しみ・・・。
 でも、せっかくの披露宴は血塗れの惨劇になりました。
 被害者を救護しようとしたら、まさかの名探偵と再会。
 とりあえずわかる範囲で、探索して警察を・・・警察?
 ・・・逃げるわけにもいかず、結局望まぬ再会をすることに。
 一応髪の色と目の色誤魔化しているし、戸籍も経歴も別人にしてるけど、わかる奴には分かる。
 最初は、生きてて悪かったなクソッたれと半ばいじけが入っていたが、好き放題言われた挙句、自分たちは彼の無実を信じていたのに!とか言われて、はあ?!今更過ぎるだろ!と腹立てた。
 お前ら留置場で散々人のこと罵倒したの、忘れたんか!佐藤!お前、何悲劇のヒロインぶってんだ?!
 でも、それ口にしたら、同一人物と認めるようなものなので、必死に我慢する。その結果が噴火寸前の能面スタチューモード。
 蓮希ちゃんが怒っているのもわかっている。でも我慢してくれ!腹立ててるのは俺も同じだから!
 ちなみにコナン君に対しても、それ今の事件には関係ないだろ?!とちょっとムカついた。

【最後に口を挟んだ人】
 少なくとも常識はある。そして彼は3年前の真相と取捨選択の結果を受け入れている。
 正体は次回に。





 Q.原作3巻の『豪華客船連続殺人事件』は、犯人である旗本一郎青年は行方不明のままだし、未発生?
 A.ザッツライ。帰りの船旅は何事もなく、済みました。バタフライエフェクトで、そもそも毛利探偵事務所一行(要は主人公たるコナン君)が居合せてません。
 結婚式も平穏無事に済み、武君は船の中で、豪蔵さんに「お前あいつの息子だろうが。夏江に取り入りやがって。仇討か?仇討なんか?おおん?」と詰問されましたが、最終的に「まあええわ。変なこと企んでるってわかったら、ただじゃおかねえからな」と威嚇されるだけで済みました。
 まあ、何事もなく天寿を全うできるとは誰も何も保障されてなかったので、このザマです。


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【#19】ブラッディーブライド。血塗れ披露宴は修羅の巷でした。

 いやあ、全身複雑骨折から、どうにか復帰できました。さすが邪神様。容赦がない。そこが素敵です。
 何で生きてるかですか?そりゃあなた。死んで楽になるのと、生き残って地獄を見るのと、どちらかあの方にとってより楽しめるか、少し考えればお判りになるでしょう?
 おや、私が少し綺麗になった?しゃべり方も何だか違う気がする?
 さぁて、何のことやら。(ニチャァッ)


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 皆様、相変わらずご壮健そうで何よりです。

 

 私も頑張って悪意と混沌をふりまいて、米花町民のSANを削って、宇宙的恐怖の普及に努めております。

 

 我らが親愛なる同居人、江戸川コナン君も犬も歩けば棒に当たる、というより名探偵が歩けば事件にたどり着く、を地で行っております。ちょっと前など神話事件にも巻き込まれてしまったほどで!

 

 ・・・君、神話生物か神格に変な加護もらって・・・いませんね。それだったら私がわかるわけですし。

 

 ふーむ・・・まあ、私〈邪神ニャルラトホテプ〉といえど、全知全能ではありませんのでね。

 

 案外、工藤新一君の家系図をさかのぼってみれば、神話生物や神格とかかわりがあったのかもしれません。

 

 調べてみたい気持ちがないと言えば嘘になりますが、お楽しみは後回しという言葉もあります。

 

 以前申し上げたと思いますが、ワインと女と神話事件は、熟した方が旨味が増すというもの。ほじくるのを後回しにした方が面白味がより増す可能性が高いのです。今は放っておきましょう、そうしましょう。

 

 

 

 

 

 さて。前回までのあらすじを、初めての人にもわかりやすいようにちょっとおさらいしてみましょうか。

 

 友人に招かれ、新郎側ということで、高名な旗本グループの結婚披露宴に参列した私とコナン君。プラスアルファで、鈴木財閥代表の園子君と金魚の糞の蘭君がいらっしゃいますが、彼女たちはおまけですのでね。

 

 お日柄よき日に新たな人生の門出を皆さんにお伝えしようとする朗らかな宴の場が、一転。血塗れの疑り合い現場と化しました。

 

 轟く悲鳴!漂う血臭と、倒れ込んだ被害者!顔に浮かんだ死相と、無駄骨に終わる蘇生・救護!

 

 そして始まる犯人探し!

 

 さあさあ、メインイベントですよ?!お前が犯人だろう!動機はこうだ!それならお前だってという疑り合いと腹の探り合いが始まるのです!楽しみですねえ!

 

 などとワクワクしていた私は、そこにいた登場人物に、不覚にも自分が事態を甘く見ていたことを悟りました。

 

 ええ。

 

 何しろ、MSOの松井君と成実君が新婦側の友人として同席していらっしゃったんですよ。

 

 松井君ですよ?

 

 元爆発物処理班にして警視庁捜査一課の刑事であり、警察機構の面目を保つためにスケープゴートとして冤罪をかぶせられ、やむなく自殺偽装して別人として生きなければならなくなった!あの!

 

 ついでに言うと、彼は留置場で元の職場の皆様に罵倒されたそうですよ?お亡くなりになった伊達刑事を除いて!可哀そうに(ニチャァッ)。

 

 さぁて、どうなるんでしょうね。人間なんてこの世にわいたカビのようなものですが、私は曲がりなりにも彼らを愛していますのでね。その愛憎の果ての悲喜劇を(邪悪に)見守るのも私の務め。ぜひぜひ、面白く盛り上げていただきたいですね!

 

 おや、どうしました皆さん。まるでカビは手前の方だと言わんばかりの嫌悪感に満ちた視線をこちらに向けてこられて。

 

 失礼ですねえ。私は主義主張は一貫しているので、カビほど脆くも都合よくもありませんよ?

 

 それはどちらかといえば、目の前で手前勝手な自己愛に満ちた愁嘆場を繰り広げる警視庁捜査一課の皆様に対して向けられてみてはいかがです?

 

 

 

 

 

 さてさて、そろそろ冒頭邪神トークはこのくらいにして、本編に行ってみましょうか。

 

 憎悪と憤怒を加速させて更に血を撒き散らすか、それとも人間お得意の愛と友情なんて儚いものにすがって、紙切れのような理性をそれでもつなぎとめるのか。

 

 どちらに落ち着くにせよ、私を退屈させないでくださいね♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 いやあ。空気がギスギスしてらっしゃいますねえ♪

 

 無邪気を装ったコナン君の投下した核弾頭的な一言は、起爆寸前の険悪さとしんみりした愁嘆場を織り交ぜたカオスを醸し出すことになりました。

 

 

 

 

 

 松田君の存在は、多分警視庁捜査一課の禁句だと思うんですよねえ。だって、不可抗力とはいえ犯罪者を捕まえる警視庁捜査一課の金看板に泥を塗りたくったようなものですよ?在籍中も一匹狼気取りで問題児だったと攻略本に書いてありましたし。

 

 きっと、マスコミからも相当叩かれて、他の警察官たちからは「あの犯罪者の同僚・・・」という目で見られたでしょうし。ゆえに、切り捨てるのはある種の正当防衛ともいえるでしょう。

 

 だからと言って、それで松田君本人が納得できるかといえば、また違うと思うんですよねえ。頭で理解できるのと、気持ちが納得するのはまた別問題、とよく言うでしょう?

 

 百歩譲って、松田君を切り捨てたのはまだしょうがないと納得できるにしても、あの態度はないのではないでしょうか。

 

 万歩ゆずって、まず謝罪するのが良識ではないでしょうか。

 

 え?お前のような邪神が良識を説く権利があると思ってんのか?ですか?・・・少なくとも、彼らよりはあるつもりですが?

 

 

 

 

 

 事件当時から3年経ち、肝心の松田君本人が自殺済みと認知された今になって、「自分達は信じてたのに・・・」という善人言動としんみりアトモスフィアを醸し出しても、事情を知っている人からしてみれば・・・ねえ?

 

 ほらほら、実際、当の松井君は噴火寸前の能面スタチューモードで微動だにされませんし、恋人になられている設楽蓮希君に至っては、眉を吊り上げ、拳を震わせ、今にも殴りかかろうとしてますしねえ。

 

 私ですか。腹筋と表情筋の臨時トレーニングに勤しんでおりますよ?吹き出しそうになるのを必死にこらえております。ま、傍目には、どういうこと?どういう状況?とオロオロしている風を装っておりますがね。

 

 ちなみに、他のメンツとしては、松井君の異常を感じたらしい成実君が彼に気遣わしげな視線を向けていますが、下手に声をかければ起爆すると感じているのでしょう、何も言いません。

 

 コナン君は、最初こそ警視庁捜査一課の面々からの情報に興味津々でしたが、松井さんの態度から自分の失言を察したらしく、どうしよう、どうすんだこれ、って感じにオロオロしてますね。

 

 他のメンツも訝しげにされてますねえ。

 

 さてさて、どうしたものでしょうねえ?いよいよ収拾がつきませんね。

 

 「そこまでだ」

 

 そんな空気を、一つの低い声が切り裂きました。

 

 おや、あの纏った青い服・・・鑑識の方ですね。確か、トメさんという愛称で呼ばれていたはずです。

 

 「それはこの事件には関係ない話だろうが。今はこの事件の解決が先のはずだ」

 

 淡々と言ってから、彼は軽蔑するとでも言いたげな視線を刑事たちに向けてつづけます。

 

 「ふん・・・“本当はそんなことするわけがない”?“いい奴だった”?

 

 よく言えたな、3年前のお前さんたちに聞かせてやりたいよ。それを口にできるのは、たったの一人だけだ。もうこの世にはいない、伊達だけだ」

 

 おやおや。まるで事情を知っているような口ぶりですねえ。

 

 途端に、気まずげに口を閉ざす刑事さんたち。目暮警部も気まずげにされてます。

 

 「け、けど!後から冷静に考えてみたらやっぱりおかしいって!」

 

 「俺が松田だったらこう言うぞ?“何をいまさら。あの時信じてくれなかったくせに。何を調子のいい。この、”」

 

 懸命に言いつのろうとする佐藤刑事を睨み付け、トメさんは続けました。

 

 「“偽善者め”、とな。

 

 ま、言いたくても言えんだろうがな。何しろ、やっこさんはもういないんだ。俺たちが、みんなして信じもせずに見捨てたんだからな。留置場で首を吊って、死んだ。俺たちに、見捨てられてな。

 

 仮に、万に一つ、生きてたとしても、見捨てたことを謝りもしない奴にどうこう言いたいとは思えんな」

 

 ひゅうっと息を飲んで、佐藤刑事は硬直しました。見る見るうちに青ざめていきます。

 

 あらら。SANチェック入りましたね。何をこの程度で。ご自分の偽善ぶりを突き付けられた程度で、脆弱な。

 

 見る見るうちに、佐藤刑事の目に涙がたまっていきます。

 

 それを見て、周囲の刑事さんたちはあわてて、一斉に佐藤刑事を慰めにかかります。

 

 「トメさん!言い過ぎですよ!」

 

 と、高木刑事が文句を言いますが、「事情も知らん奴はすっこんでろ!」と一括されてしまいました。

 

 まあ、彼は松田刑事の名前が出ても怪訝そうにしていただけでしたからね。事情も知らないのに、佐藤刑事をかばおうとすれば、腹立たしくも見えるでしょうね。

 

 「と、とにかく!佐藤君は落ち着くまで、少し外したまえ!

 

 えー。それで、その」

 

 どうにか気を取り直したらしい目暮警部が、改まった様子で能面スタチューモードの松井君に向き直りました。

 

 「・・・松井陣矢だ。神代貿易株式会社営業二課所属だ」

 

 と、彼は運転免許証と名刺を差し出しながら言いました。

 

 感情を感じさせない平坦な口調が、かえって彼の内心の激情を感じさせますねえ。君、我慢はどちらかというと苦手な方だと思ってましたが?

 

 「ええっと・・・さっきのは・・・」

 

 「大変失礼しました。その・・・彼が、以前うちの部署にいたものによく似ておりましてな」

 

 物言いたげな成実君に、目暮警部は気まずにされながらも、しげしげと松井君を眺めています(とりあえず別人と判断されたようですね)。当の松井君はその視線から逃れるためか、メガネを押し上げて表情を隠されました。

 

 「世の中には同じ顔が3人いるというだろう。目暮、お前もいい加減にしておけ。あいつらのあれは、お前の怠慢とみられかねんぞ」

 

 「・・・うむ。すまん」

 

 トメさんにたしなめられ、それで気分を完全に切り替えたのでしょう、目暮警部は事件当時の状況などを整理すべく、関係者たちから話を聞き出し始めました。

 

 「まったく・・・」

 

 それを見届けてから、トメさんは自分も仕事をすべく踵を返しました。

 

 松井君が、その直後に、こっそりと小さく安堵の息を吐いたのは、おそらく私と蓮希君、そして成実君とコナン君くらいしか気が付いてないでしょう。

 

 そうして、そばに歩み寄ってきた蓮希君にこっそり手を握られています。心配そうな気遣わしげな視線に、彼は小さく笑みを向けています。

 

 チッ。爆発すればよろしいのでは?

 

 爆発方向が実に面白くありません。憎悪と憤怒に任せた爆発なら大歓迎なのに、甘酸っぱい恋愛模様に爆発されてどうするんです。

 

 まったく。まったく。

 

 まあ、いいでしょう。

 

 面白いものが見れただけ、よしとしましょう。

 

 

 

 

 

 コナン君も気遣わしげな視線を二人に向けていましたが、やがて目の前の事件の解決が先、と気分を切り替えたようです。

 

 事件現場を歩き回り、関係者の声に耳を傾け、時折鑑識の人たちにお話を聞いて回っています。

 

 そうそう。サプライズはありましたが、本題はこちらです。

 

 

 

 

 

 集まった親族、招待客の皆様から聞けば。

 

 いやあ、出るわ出るわ。被害者に対する不平不満。

 

 日本人の性質上、亡くなった方を悪しざまに言う方はそういないものなのですが、亡くなられた方に対する不平不満がこれでもかと出てくるとは・・・いやはや、凄まじいですねえ、旗本豪蔵氏。

 

 亡くなってからこれだけ罵倒されるのは、なかなかないと思いますよ?

 

 唯一悪口を言わなかったのは、新婦の旗本夏江嬢くらいですが、それでも被害者の最近のことになると口を閉ざされた当たり、フォローのしようがありませんねえ。

 

 微妙な表情になられた警察の皆さんに、コナン君と松井君。

 

 フフッ。とはいえ、早急に犯人を捜してほしいと、矛盾を口にされる遺族の皆さん。あれだけこき下ろしておいて・・・と思えば、ああ、なるほど。遺産目当てですか!いやあ、欲望に正直ですねえ!素晴らしい。

 

 途端に嫌悪感と呆れに満ちた視線を向ける他の野次馬の皆さん。あなた方もひとのことが言えるんですか?旗本グループの総帥が亡くなり、世代交代の次代の舵取りを見定めようと、ハイエナのごとく目を光らせている分際で。

 

 フフフッ。やはりこういうところに居合わせるのは、楽しいですねえ。

 

 

 

 

 

 さて、醜い人間模様による茶番劇を目いっぱい楽しんだところで、ちょいちょいとパーティードレスの裾が引っ張られました。

 

 おや、コナン君。

 

 ははあ、犯人が分かりましたか。

 

 では、そろそろ探偵役の出番ですね。ゴショゴショと松井君とも話し合われてますので、トリック再現のお手伝い依頼、というところでしょうか。

 

 そして、私の背後に回ったコナン君が蝶ネクタイ型変声機を口元にかざして、話しだしました。

 

 「ちょっとよろしいでしょうか?犯人が分かりました」

 

 パクパクと口パクしながら、私は背後の名探偵の語る惨劇の実情に耳を傾けました。

 

 

 

 

 

 おや、詳細がお聞きになりたい?

 

 おやおや。私のことを悪趣味だ邪悪だ邪神めと罵るくせに、御自分はそんな醜い実情を出歯亀されたいと。ずい分と身勝手ではありませんか?人間らしいと言えばそれまでなのでしょうが。

 

 まあ、よろしい。犯人ですが、だいぶ前に旗本グループの経営下で、不祥事の責任を取らされて辞職に追い込まれた社長…の息子さんだそうです。あ、新郎の旗本武君も似たようなお立場だそうですが、彼とは違うそうですよ?

 

 いやあ、豪蔵さん、結構強引な手を使われてたようですねえ。そもそも旗本グループ自体がワンマン経営気質でしたから・・・これは、いわゆる斜陽の兆、でしょうかねえ。

 

 一応、豪蔵さん御自身も将来的なことを考えられてか、娘さんの婿養子に当たる旗本北郎氏に跡継ぎ教育をされていたようですが・・・まあ、気質的に向いてないようですしねえ(自覚されているようですし)。人間向き不向きはあるものです。

 

 いずれにせよ、引継ぎもろくにされてない中途半端な状態で大黒柱が倒壊してしまった以上、旗本グループの未来は明るくない、ということですね。

 

 ま、罪もない無辜のサラリマンとそのご家族が路頭に迷おうが、私には関係ありませんがね。むしろそこであらぬ方向に逆恨みを発散していただけるのなら、それはそれで面白そうと応援したいくらいです!

 

 

 

 

 

 さて。犯人が逮捕されたところで、旗本グループの遺産の話になりました。

 

 あらら。旗本豪蔵さん、自分の遺産は夏江さん一人に残して、他には一切やるな!と遺言なさってたようです。

 

 これは・・・うーん・・・。楽しいことになりそうですね(愉悦顔)

 

 残された御親族が、とっても愉快な顔をなさってのが、印象的でした♪

 

 

 

 

 

 そうそう。後日、事情聴取で改めて警視庁を訪ねた際、トメさんと松井さんが喫煙所でこっそり二人で話されているのを見かけました。

 

 ちょぉっと気になったので、魔術を使って盗聴してみたんですがね?

 

 いやあ、世の中って世知辛いんですねえ。

 

 あくまでトメさんは松井君を表面上は別人として扱っているようですが、あの松田君と確信なさっているようです。

 

 その上で、独り言だと前置きして話しています。曰く、あの猪突猛進が犯罪なんて馬鹿げたことに手を染めるはずがないのは、少し考えればわかる。でも見捨てた。そうしなければ、自分も職を辞めて路頭に迷うことになる。家族や同僚の立場だって惜しかった。だから、申し訳ないと思うが、見捨てた。よく知らない猪突猛進馬鹿より、見知った身内の方が大事だったから。言い訳どころか謝る資格すらないくせに、赤の他人であるお前にこんな話をしている、と。

 

 そうして、松井君を眺めて、お前さんは落ち着いてるみたいだな。恋人もいるんだろう?大事にしろよ、元気でな、と言いました。

 

 松井君は、最初こそ仏頂面でしたが、話が進むにつれて険が取れて、最終的に軽い調子で、言われるまでもない、と肩をすくめていました。

 

 おやおや。ここでおしまい、ですか。ここらで佐藤刑事辺りが乱入して、やっぱり松田君だったのね!とかって騒ぎ立てられたら百倍面白くなったでしょうに。

 

 ・・・今からでいいからちょっと呼んできましょうか?

 

 え?余計なことするな?そういやがられると、やりたくなっちゃうじゃないですかー。やだー。

 

 うん?おやあ?・・・あらら、ダメみたいです。佐藤刑事、松井君に対して接近禁止令が出されています。

 

 

 

 

 

 どうも、彼女、松井君のことを職権乱用してあれこれと調べ上げようとしたんですが、まあ松井君は所属組織が組織ですからね。余計なこと調べてんじゃねえ、と接近禁止令を出されてしまったようです。

 

 伊達君やトメさんとは違い、ボーダーラインを察せられなかったのが敗因ですね。

 

 残念無念、です。

 

 まあ、別に問題はないでしょう?仕事先は安泰ですし、慕って来る同僚もいらっしゃいますし。それとも、御自分の過去についた汚点をどうにかして払拭されたい?無駄と思いますがねえ。つくづく度し難いですねえ。ま、それでこそ人間、というものなのでしょうが。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、そんな愉快な事件があった数日後。

 

 夕食を終え、ニュースを見ながらニヤニヤしていました。

 

 おやコナン君。ニュース見ながら何をニヤニヤしているか、ですか?いやあ、愉快じゃないですか。あっちの国では政治家の不祥事が騒がれ、そっちの国では紛争での殺戮行為、日本でのことでは交通事故やら殺人やら!娯楽に事欠きません!

 

 おやどうしました。ゲンナリと「この邪神め」とつぶやかれて。

 

 言っておきますが、君に私を非難する権利は微塵もありませんよ?

 

 んだと?!と色めき立たれましても。だって君、数日前に朝刊を眺めて、「犯人分かってて、トリックもなしかよ。つまんねえな」ってぼやかれてたじゃないですか。

 

 人が死んでるのに。

 

 やっぱり、私たちは、仲良くなれそうですね!

 

 おや、急に蒼褪めて黙り込まれて、どうなさいました?

 

 セルフSANチェックまで入るなんて。

 

 「あ・・・そ、そんなつもりじゃ・・・」

 

 「いやあ。君、あのセリフを被害者の身内の前で言って御覧なさい。犯人に向けられるべき非難が、君に降り注がれるでしょうねえ。私しか聞いてなくてよかったですねえ」

 

 ふむ。今度事件現場辺りで話を振ってみましょうか?いえ、ダメですね。子供に何て教育を!とPTAに殴りこまれるのが目に見えています。

 

 ああいうのは面倒なんですよね。

 

 まあ、コナン君の反応は置いといて、テレビに視線を戻してみれば。

 

 「おやまあ♪」

 

 「え・・・なっ?!」

 

 ついこの前事件があった旗本グループに関するニュースですね。

 

 何でも、旗本夏江さんが首吊り自殺をされ、その後に彼女の夫である武さんが義兄に当たる旗本竜男さんを撲殺なさってから、奥様同様に首吊り自殺なさったのだとか。

 

 ふむふむ?動機については調査中、と。

 

 ふーむ・・・確か、あの事件の終わり際、豪蔵氏の遺産相続について揉めてた時、竜男さんは借金がどうのと奥様になる秋江さんと口論されてたようでしたが・・・。

 

 どういうことでしょうねえ。

 

 ・・・きっと、それはそれは素敵な事情が裏にあるとお見受けしますが、終わってしまったものは仕方ありません。

 

 気長に続報、あるいは別の面白いニュースをお待ちしましょうか。

 

 ちなみに、青ざめた顔で雑談もそこそこに切り上げたコナン君は、そのまま自室へ引っ込まれてしまいました。この程度でSANチェックが入るなんて、まだまだですねえ。

 

 

 

 

話は次回、次回は続き、そして我ら、協会の剣とならん・・・

 





【愁嘆場と犯人探しに爆笑しまくって、とりあえず満足したナイアさん】
 前回からの続きで、警察の自己愛に満ちた愁嘆場と、起爆寸前の松井君と蓮希君、おろおろする野次馬諸君を見物して、内心大爆笑していた。マジウケる。
 その後登場したトメさんによる断罪も、あっはっは!正論言われてへこむなんて頭おかしいんでない~?と爆笑してた。
 話がひと段落ついてのメインディッシュ、事件の犯人捜し中もずっと笑ってた。
 亡くなった人をこうまで罵倒するって、する方もする方だけど、される方もされる方でない?ついでに遺産目当てという更に生々しい事情も噴出した。笑いのツボがまた押された。
 事件は解決したが、まだ何か起こるかもね!楽しみだなあ♪
 後日、警視庁に事情聴取に行った際、トメさんとこっそり話す松井君を目撃、盗聴してみたけど、穏便に済んで、ちょっぴり詰まんねとなった。
 佐藤さんと松井君の関係性には、まだ起爆の余地があるのでは?ボブは訝しんだ。
 テレビのニュースは、彼女にとってはコント番組を見ているような感覚。不謹慎極まりないが、唯一のまともな同居人たる名探偵すら、咎める資格がない。
 ニュースで流れた、旗本一族のその後を見て、やっぱり面白いことになった!とニヤニヤする。
 事情は次回に。もっとも、邪神様抜きで行われると思われる。

【邪神式他山の石型教育を受けるコナン君】
 前回からの続きで、ジャブのつもりの核弾頭質問を放ち、へー、そんな人がいたんだ・・・となるが、次の瞬間、松井さんどうしたの?!え?!オレなんかヤバいこと聞いた?!と失言を察する。
 トメさんの言葉から、予想以上にやべー質問だったと悟る。
 ついでに言えば、警察の皆さんの掌ギガドリル具合も察し、ええー・・・となった。
 まあ、何はともあれ事件の捜査だ!おい!ニヤニヤしてんなクソ邪神!
 その後、無事に事件は解決した。
 後日、テレビのニュースを眺める邪神様に、不謹慎さを咎めようとするが、逆に自身の不謹慎な言動を槍玉に挙げられ、同類認定された。
 違う!オレはそんなつもりは!
 ・・・一応、擁護するならば、子供は親の鏡である。新一君も、ご両親がその手の言動をするのを見聞きしていたか、あるいは実家でそう言うことをいっても一切咎められなかったのかもしれない。それはそれで憐れ。
 根はいい子だし、学習能力があるので、何かしら次回へは生かせるはず。
 自他ともに気が付いてないが、邪神様にいろいろ言われたせいで、かなり矯正が入ってきている。

【自戒を込めて断罪して、思うところも大量にあるトメさん】
 鑑識のトメさん、と一応名探偵コナンの正当キャラ。モブよりちょっとマシくらいな立ち位置(だったはず)。
 作者が彼の人柄をよくわかってないので、急遽捏造。他に適当な人材がいなかったので、彼が出張ることに。
 一応、#3の事件が3年前(原作コナンの観覧車爆破と同時期)にあり、その時点から警察にはいた。そして、松田さん逮捕の件でてんやわんやの警視庁内で、彼の無実を信じつつも、保身のために貝になった人。
 彼のように、そういうことがあっても保身のために口をつぐむというのは、割とよくある話。善悪というより、何を選ぶかというところだろうか。
 だから、松田さん=松井さんと遭遇して、生きてた!とホッとすると同時に、会わせる顔なんてねえよ・・・となった。
 そんな立場なのだから、捜査一課の面々の好き放題な言い分にかなり腹を立てた。
 お前ら他人面してよくもそんなこと言えたな!
 俺達はあいつ見捨てたんだぞ?!あいつ死んだのは俺らのせいでもあるんだぞ!自戒を込めて、断罪。選んだのは自分。その結果切り捨てられたものがどうなるか、考えなかったわけがない。
 後日、こっそり再会した松井さんとお話。助けられなくてごめん。生きててよかった。元気でな。






Q.最後に起こった、武さん&夏江さんに竜男さんのあれこれって?
A.詳細は次回説明しますが、原作コミックスを見ても、竜男さんは被害者にならなかったら、絶対何らかのトラブルを引き起こしていたでしょう。
 ゆえに、今回は彼がやらかしました。夏江さんは直接的、武さんは間接的な、被害者です。バタフライエフェクトにして、ピタゴラスイッチの結果です。


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【#20】これぞ邪神流リベンジ!少年探偵団?自殺団の間違いでは?

 新章スタート。今回も胸糞悪さと冒涜感たっぷり、SAN用のヤスリ満載でお届けいたします。
 ひょっとしたら厳しめ以前にキャラヘイトになるかもしれません。少年探偵団に慈悲は?子供ですよ?そんなものはないと邪神様がおっしゃってました。可哀そうに。
 もっと可哀そうなのは、間近で冒涜と無力を経験させられることになった名探偵でしょうか。
 強く生きるんやで。(親指グッ)
 なお、今回は導入編です。事件の発端とも言い換えられます。ひたすら胸糞が悪いのでご注意を。
 副題:邪神様、激オコプンプン丸。触らぬ神に、何とやら。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 え?いきなりタイトルが不穏過ぎる?何の話です?

 

 旗本グループの結婚披露宴(という名の殺人事件)から数日。マスコミは実質的な後継者と目されていた旗本武・夏江ご夫妻の悲劇を面白おかしく取り上げていますねえ。

 

 続報が入り次第、ということだそうですが、何しろ当事者は全員亡くなられて残りの遺族はよく知らないという状態ですからねえ。警察の捜査も手こずられているようで、待て続報!状態が続いていますねえ。

 

 それはそれは面白い事情が隠れているとお見受けしますが、まあ情報が入らない以上、待つしかないのでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 おや、その後のコナン君のご様子、ですか?

 

 え?前回お前の暴言で落ち込んでただろうが、ですか?暴言も何も、私は事実しか言ってないつもりですが?

 

 だって、彼も殺人事件に対してトリックも何もない、つまらないと言ってましたし。いやあ、不謹慎な発言ですね。素晴らしい。

 

 しかし残念。彼は今、留守にされてるんですよ。スケボーにのって、ご近所まで出かけられてしまいまして。

 

 何事でしょうねえ?

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 コナンが松井に呼び出されたのは、公園だった。

 

 元太・光彦・歩美の3人組とも遊ぶことがあるが、今日は歩美の習いごとがあるということで、彼らとは遊ぶ約束はしていないのだ。

 

 乗ってきたスケボーを片手に、コナンは待ち合わせの場所へ駆け寄った。

 

 昨今の嫌煙ブームの影響で、そこかしこにある喫煙所や屋外に設置された灰皿はことごとく撤去の憂き目に遭っているというのに、そこにはしぶとくぽつんと灰皿が置かれていた。

 

 そして、その灰皿のすぐそばで、松井が煙草を吹かしている。

 

 相変わらず、奔放な白髪に、サングラスと皮のジャケットという、ともすればチンピラにも見えそうな格好だ。

 

 「よう」と軽い調子で片手を上げる松井に、「こんにちは、松井さん」とコナンはちょこちょこと歩み寄って挨拶をする。

 

 「それで、大事な話って?」

 

 「・・・この前の事件、覚えているか?」

 

 「当たり前だよ」

 

 少しサングラスをずらした松井の問いかけに、コナンは大きくうなずいた。

 

 「関係者の一人、旗本武と夏江の夫妻が、亡くなったことは?」

 

 「知ってる。ニュースで見た」

 

 ここでコナンは、少し口をつぐみ、視線を伏せてから言った。

 

 「遺産絡み、なのかな。事件は終わったって思ったのに、どうして・・・」

 

 そんなコナンの目の前に、唐突に封筒が差し出された。松井が差し出してきたのだ。

 

 「差出人は旗本北郎となっているが、中身は旗本武からだ。手紙を出した時点で、腹をくくってたらしい」

 

 封筒を手に取ろうとしたコナンから、松井はヒョイッと封筒を高く上げて手が届かないようにしながら言った。

 

 ムッとした顔をしたコナンは、その言葉を聞くなり、ますます険しい顔をする。

 

 つまりは、重要な事件の手掛かりということだ。なぜそれを見せてくれないのだ。そもそも、それならば、さっさと警察に渡すべきだ。

 

 そんな非難をにじませたコナンの視線をものともせず、松井は封筒を手に持ったまま続ける。

 

 「あの事件を解決させたのはお前だろう?あのナイアって女は隠れ蓑か協力者か。とにかく、お前にはその手紙を読ませておこうと思った。その権利があると思った。

 

 読んだら、どうしたいか、よく考えてから言え」

 

 松井の声も調子も、落ち着いた静かな物なのに、どこか凄みを感じながら、コナンはようやく渡された封筒――既に開封済みのそれから、便箋を取り出して目を通した。

 

 

 

 

 

 手紙の内容は、旗本武の遺書であり、彼が自殺に至った事件の真相が書かれていた。

 

 義祖父の事件後、遺産を放棄して北海道に移ろう、小さくても牧場の経営をして、生活していこうと、新生活の計画を立てていたこと。

 

 それが間もなく、壊されたこと。

 

 遺産放棄の手続きを行い、それを周囲に周知するより早く。

 

 夏江が、性的な暴行を受けた。下手人は、姉・秋江の夫に当たる、竜男。

 

 暴行の事実をばらされたくなければ、遺産をよこせ。

 

 そう脅迫されたそうだ。だが、既に遺産放棄の手続きは終えてしまっている。

 

 夏江は耐え切れず、自殺。

 

 彼女の遺書から事の経緯を知った武は、復讐を決意。

 

 遺書には、どうか夏江の受けた仕打ちを誰にも告げないでほしい、調べ上げないでほしいということ。かなうなら、豪蔵を殺した犯人を捜した手取ナイアにも、やらないでほしいと伝えてほしいと書かれていた。

 

 

 

 

 

 せっかく祝ってくれたのに、こんな形で終わらせてしまうことを、申し訳なく思う。どうか、お元気で。

 

 そう締めくくられていた遺書から顔を上げたコナンを、松井がサングラスをずらして、金縁の瞳で射抜く。

 

 「先に言っておく。俺は、この遺書の望みに従おうと思う」

 

 「それは!」

 

 「コナン」

 

 間違っているとコナンが叫ぶより早く、松井はサングラスを完全に取り去り、ひざを折って、コナンの視線に合わせながら、言った。

 

 「お前の初恋の相手、いないなら母親を思い浮かべてみろ。そいつが同じ目に遭ったのを、全く見知らぬ大勢の人間に、知られてもいいのか。

 

 それがたとえ、捜査上では正しいことだとしても。

 

 この手紙が警察に届けられて、何か変わるのか?誰か助かるのか?

 

 それを、納得いくように説明してくれ」

 

 ここで松井は言葉を切ると、少し険しい顔で続けた。

 

 「お前、誰かに教わらなかったのか?

 

 “自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけない”。

 

 俺は、自分がされて嫌なことだから、やるつもりはない」

 

 コナンは言葉を失い、手の中の便箋と封筒に目を落とした。

 

 

 

 

 

 “自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけない”。

 

 こうまでそう、はっきり言われたことがあっただろうか。

 

 ・・・きっと、なかった。だって、自分の気持ちなんて、蘭や両親の前には、些細なことだ。男なら、真実のためなら、嫌なことでもしなければならない。そう、思っていたから。

 

 もし、旗本夏江に起こったことが、身近な女性――例えば、蘭や母・有希子であったなら・・・。

 

 嫌だ、とコナンは思った。

 

 そんなこと――女性としての尊厳を汚されたことなど、誰にも知られたくない。メディア越しに、見知らぬ誰かに「かわいそー」「ひどいめにあったねー」「犯人、許せないねー」と他人事調子に、あるいはしたり顔で、囃し立てられる。考えただけでもぞっとした。

 

 否。

 

 きっと、これは、今までも目の当たりにする機会はあったはずだ。

 

 工藤新一が、見て見ぬふりどころか、認識すらしていなかっただけで。

 

 

 

 

 

 コナンは、キュッと唇をかみ、手に持った便箋に皺が寄るにもかかわらず強く握りしめた。

 

 きっと、この決断は、間違っている。否、正解なんて、存在しないのだろう。それでも、コナンは決めるのだ。

 

 「松井さん」

 

 短く呼びかけ、コナンは手の中の封筒の皺を一度伸ばし、その上でそれをビリビリと適当に引き裂いた。

 

 「ボク子供だからよくわかんなかった!だからこれ、破って捨てていいよね?」

 

 子供らしい無邪気な口調で言ったコナンに、松井は静かにうなずいた。

 

 そうして、コナンから受け取った破られた便箋と封筒を灰皿に中に置き、ライターで火を点ける。

 

 実物は残さない。証拠があれば、それだけで情報を残してしまうから。なかったことにする、隠すと決めた以上、隠滅するに越したことはないのだ。

 

 「・・・悪いな」

 

 燃え尽きたのを確認してからポツリとつぶやかれた松井の謝罪に、コナンは「何のこと?」と無邪気を装って答える。

 

 同時に、彼もまた、これが正解ではないと知っていることを悟る。

 

 いずれにせよ、もはやコナンたちにできることはない。

 

 できるなら、世間が早めにこの事件を忘れてくれることを、彼らは静かに祈った。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、旗本武・夏江ご夫妻の自殺からしばらく。

 

 数日ほどは落ち込んだ様子のコナン君が立ち直られたころのこと。

 

 思い出すだけで不快な出来事が、ありました。

 

 前記しましたが、基本的に私はコナン君が何をしようが、積極的に関知するつもりはありません。私に面倒と迷惑をかけなければ。

 

 だから、コナン君?こんな面倒を持ち込んでくるとは、本当にいい度胸をしていますねえ。

 

 君は私のことを何だと思ってるんです?私は狂信者〈カルティスト〉どころではない、邪神なんですよ?

 

 人間なんて塵芥ではありますが、愛しい愛しい遊び相手です。ですが、例外はあるんですよ?

 

 頭の悪い、自身のレベルをはき違えたバカは嫌いなんです。

 

 そして私は、嫌いな相手に容赦してあげる義理も必要もないんですよ?もちろん、存じてますよねえ?

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「「「こんにちは~!」」」

 

 「た、ただいま、ナイア姉ちゃん・・・」

 

 「お帰りなさい、コナン君。それからいらっしゃい。コナン君のお友達でしょうか?」

 

 その日、元気のいい挨拶とともに古書店『九頭竜亭』になだれ込んできたのは、子供が三人と居候のコナン君でした。

 

 全員ランドセルを背負っていることもあって、学校帰りなのだなと察せられます。

 

 ただ、コナン君の顔が微妙に引きつっています。

 

 ええ。頼むから大人しくしておいてくれと子供たちに目配せしています。

 

 ・・・バカな子ですねえ。おとなしくしておいてほしいなら、連れてこなければいいものを。

 

 大方説得に失敗し、押しかけられたというところでしょうか。

 

 「ここがコナン君のおうちなんだ~!」

 

 「ずいぶんばっちい本屋だな!」

 

 「元太君、ここは古本屋ですよ!そんな本当のことを言っては失礼でしょう!」

 

 元気いっぱいに店の中を駆け回る3名のお子さんに、コナン君はハラハラしながら「おい、お前ら・・・」と止めようとしてます。

 

 チラチラと私の方を見上げてきているのは、なぜでしょうねえ?

 

 私ですか。ええ、笑みを絶やさずに、お子さんたちを見守ってあげてます。

 

 例え、“ばっちい本屋”呼ばわりされて“本当のこと”と切って捨てられようが、子供の言うことを真に受けるなんて、大人げなさすぎますからねえ。

 

 ・・・このガキどもも、鱗や火ぶくれ、粘液や触手で冒涜的にして差し上げましょうかねえ。

 

 ちなみに、にこやかに笑みを絶やさないものの無言の私に、コナン君は徐々に顔色から血の気を引かせていきます。

 

 あらら。そんな顔をしなくても、君には取り立てて何もする気はありませんよ?今のところはね。

 

 どうにかコナン君は彼ら子供たちを店先から引き離そうとなさってますが、子供特有の妙な執着と好奇心が先走ったか、あれ何これ何どうなってるの攻撃がコナン君に炸裂し、彼がそれを説明してたところで、残り一名がやらかしました。

 

 太っちょのグリグリ頭の男の子(小嶋元太君でしたか)が、なぜか店先でサッカーボールでリフティングを始めてしまいまして。

 

 いや、外でやってもらえませんかね?そう言って止めたんですよ?でも、ちょっとムッとしたような顔で見上げてから、私の目が届かない奥の棚のあたりに移動して、再開。姿は見えなくても、音は聞こえるってわかってます?このお店、普通の本屋のようにBGMとかかけてないんですよ?丸聞こえですよ?

 

 で、コナン君が元太君の姿が見えないと気が付いてあわてたときには、時すでに遅し。ガラガタガシャンっと何かがぶつかって本棚の倒れる轟音が聞こえました。

 

 一同で覗き込むと、倒れた本棚、ぐしゃぐしゃに散らばった本の数々、サッカーボールを手に引きつった顔で硬直している元太君が役満で待機なさってました。

 

 さて、どうしてくれましょう?

 

 ちなみに、コナン君蒼褪めた顔で、慌てふためいて「何してんだ元太!」って怒鳴って彼を保護者のごとく怒鳴って、こちらに謝罪させようとしたのには笑いそうになりました。

 

 どう見たって、コナン君の方が小さな男の子なのに、まるで言動がかみ合ってなんですから。

 

 とはいえ、こうなってしまった以上は仕方ありません。

 

 「君、おうちの人のお名前は言えるかな?電話番号はわかるかな?」

 

 ニッコリ笑って言った私に、とうとうコナン君は頭を抱えてうずくまってしまいました。

 

 おや、失礼ですね。一応擬態している身の上なんですから、そんなひどいことは、おや?

 

 ビリッバサバサバサッという、紙の破ける音とぶちまけるような音に振り向けば、残る二人の少年少女が、何をどうしたか貴重な売り物を真っ二つに引き裂いて、バラバラのページを床にぶちまけていました。

 

 わずかな残骸を手に、立ちすくむ子供たちに、私は静かに目を眇めました。

 

 今度こそ、コナン君が今にも卒倒しそうな様子で顔をひきつらせましたとも。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 静かに、私は湯呑に口づけます。

 

 ショゴスさんが淹れてくださった、京都の玉露はとっくに冷め切ってしまっていますが、まあ冷めてもおいしいので問題はありません。

 

 ええ。化身として活動している人間の臓腑の奥で暴れ回る、この名状しがたき感情の波。沸き立つ極寒、あるいは静かなる灼熱の衝動。端的な単語に直すなら、まさしく“怒り”と言う言葉が最も適切でしょう。

 

 

 

 

 

 まったく、嘗めた真似をしてくれますねえ。

 

 ええ。この身は一応一般人を装ってます。ですが、怒りというのも相応に持ち合わせているのですよ。

 

 まあ、本気で怒るというのも大人げないとは思いますが、神としての威厳とメンツというのもあります。

 

 おや、矛盾していると言われますか?例えば、その辺のダンゴ虫が、口を利いていきなり開口一番に罵倒してきたとして、あなた方はそれに腹を立てずにいられますか?隣を歩いている友人に、ダンゴ虫に馬鹿にされてやんのーpgrwwwと言われて、プライドを保てますか?そういうことですよ。

 

 そんな青ざめた顔で、私の顔色をいちいち伺ってこなくてもよろしいんですよ?今なら誰彼かまわず、呪文で拷問にかけてやりたい気分なんです。

 

 ああ。イライラする。イライラする。あのクソと無能と無価値しか詰まってない動物性たんぱく質の塊どもめ。

 

 この世の真理を見せつける前に、死体も魂も原型残さずにズタズタにしてやろうか。

 

 

 

 

 

 まあ、いきなり私が怒り心頭でいる意味が分からないのはごもっともでしょう。

 

 件の店へ被害を出した子供たちからご両親の連絡先を聞き出しまして、ご連絡したんですよ?被害総額の請求(いやあ、総額で0が8つ付くことになりました!これはすごい!)なども合わせてしたんですがね?

 

 3人の保護者、全員が何と支払い拒否しました。

 

 意訳になりますが、「子供たちから目を離したお前が悪い」「子供たちの手の届くところに壊れそうなものを置いといたお前が悪い」「子供たちが壊れた品物のそばにいただけだ。本当に壊すところを見たのか」などなどなど・・・。

 

 フフッ。屁理屈としか言えないひどい言い訳を聞きました。

 

 しかしながら、残念ながら当店は監視カメラなどは置いていません。証拠の映像などありません。コナン君が一緒に見てはいましたが、この手の輩は子供の言うことなんて、と一蹴するに決まっています。

 

 で、そのままこちらにひとしきり罵倒文句を吐き出してから、お帰りになられました。

 

 終始笑みを崩さなかった私に対し、コナン君だけがアワアワしてたのが新鮮でしたね。

 

 どうにか、弁償を受け入れさせようと、あれこれと説得しようとしてましたが、大人たちは、大人の話に子供が偉そうに口をはさむんじゃない!と憤慨して、彼は途中で子供たちと一緒に放り出されてしまってましたし。

 

 

 

 

 

 至る、現在です。

 

 実に、しつけの悪いガキどもと、頭の悪い親どもだと思いませんか。ああいう連中は存在するだけで酸素と有機物の無駄な消費になりそうだと思うんです。

 

 私は人間を愛していますが、ああいうのはいただけませんねえ。生理的嫌悪を感じてしまいます。

 

 ああいうのを見てると、苦しめてのた打ち回らせて血反吐を吐かせて弄ぼうと思うより早く、さっさと失せろ見苦しいものを見せるな最下級生物がって罵倒したくなるんですよねえ。

 

 え?どっちもどっち?おや、だいぶ違うと思いますよ?前者なら、私の気分次第では助け舟を出してあげようという気にもなりますし、頑張ったなら相応の報酬をご用意いたしますよ?

 

 後者はダメです。絶対に、生かしてやらない。そんな資源と時間とスペースと労力の浪費にしかならない無駄、さっさと削除するべきです。

 

 みなさんだって、要らないゴミは早急にゴミ箱に捨てて、ゴミの日に回収場所に出してしまうでしょう?同じことです。

 

 

 

 

 

 まあ、つまり何が言いたいかといえば。

 

 あのガキどもとその保護者、どうしてくれよう。

 

 コナン君が、私に対して、弁償はオレがするから彼らを許してくれ云々言ってますが、もうこれはそんなレベルの問題ではないんです。

 

 ええ。これは、決定事項です。

 

 本来これは、赤井君が来るまで寝かせておこうと思っておいたネタなんですが・・・まあ、いいでしょう。

 

 ネタはあれこれあります。仕込みと経過観察最中のものが大半ですが、良さげなものがいくつかあります。

 

 あとは仕上がりをごろうじろ、ってやつですよ。

 

 

 

 

 

 そうそう、コナン君。

 

 科学者にして随筆家の寺田寅彦という方は、こんな言葉を残しているんですよ?

 

 『天災は忘れた頃にやってくる』

 

 いやはや素晴らしい格言だと思いませんか。

 

 最悪も災厄も罪悪も、忘れた頃にやってくる。平穏に耽溺して臓腑の奥まで安穏で満たしている頃に、全てを引き裂いて台無しにする。

 

 フフッ。まさしく我々らしい!

 

 

 

 

 

 つまりはまあ、非常に腹立たしくはありますが、ほんの数日我慢してから、計画は実行に移したということです。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 うるさいですねえ。見せものは静かに見るというのが私の好みなんですよ。

 

 この前のは、落ち着ける環境とはいえ、トイレの便器の上でしたからねえ。

 

 やはりソファでゆったりリラックスしながら、お茶菓子でも嗜みながらが一番です。

 

 ちなみに、本日のお茶うけは、ショゴスさんの謹製のアプフェル・シュトルーデルです。

 

 蕩けるフィリングと林檎の濃厚な香りと甘み、アーモンドの歯ごたえと生地表面のサクサク感が絶妙な一品です。

 

 ・・・ぶっちゃけ、もうお夕飯終わった時間なんですがね。夜食といっていい時間のお菓子は、非常に背徳的な味がします。

 

 まあ、太りませんがね。私、邪神ですので!

 

 普通の人間ならば栄養やら皮下脂肪やらに転換される食物は、完全に味覚を彩るだけの娯楽でしかないんですよ。

 

 ふふん、うらやましいでしょう?

 

 おやおや、一部の人が血涙を流しながら睨んできてますよ。まあ、所詮動物性たんぱく質の塊という肉身に縛られる人間です。体重だ脂肪だメタボだとくwだwらwなwいw悩みに振り回されているのがお似合いです。

 

 ・・・だからうるさいと言ってるのがわからないんですかねえ?

 

 舌打ち交じりに、一度中継していた遠視魔術を打ち切り、ソファから立ち上がると、廊下に続くドアを開けます。

 

 そこには、息を切らして蒼褪めた顔をしているコナン君がいます。

 

 ・・・ちなみに、今の時間帯は健全な小学生なら、とっくに眠りに落ちている真夜中ですよ?ええ。

 

 コナン君も、とっくにお風呂に入ってパジャマに着替えて、お休みといって自室に引き上げたはずなのですが、なぜ私服に着替えているのでしょうねえ。

 

 「おい!何で玄関が開かねえんだよ!勝手口も開かねえし、店の方の引き戸は開いたけど、外に出られねえって何だよ?!」

 

 「ああ。≪ナーク=ティトの障壁≫を展開していますからねえ。単純に言うなら、不可視の壁を張っているんですよ。この家は現在、外界から隔離しているんです」

 

 しれっと言って、私はコナン君を見下し、目を細めます。

 

 「ところで、君はもうすでに寝たのではないですか?」

 

 「あ、いや、その・・・」

 

 「勘弁してくださいよ。何度も同じことは言わせないでください。

 

 “PTAと児相は嫌です。”こんな真夜中に勝手に一人で外出だなんて、騒動の種を撒くようなものなんですから」

 

 モゴモゴと物言いたげな顔をするコナン君に、私はこれ見よがしにため息を吐いてみせる。

 

 とはいえ、彼には少しお仕置きが必要です。

 

 私が、あれほどイラつく原因を作り上げたのは、この少年の立ち回りがその一因になっていますのでね。

 

 何を怒らせたか、私が何なのか、今一度、その賢い脳髄に刻み込んで差し上げましょうか。

 

 「ところで、今夜の外出理由は、お友達と真夜中の学校を探検しようということでしたか?

 

 確か、今は亡きオカルトクラブの廃部原因と、彼らがしょっちゅうやってたという怪しげな儀式について調べてみようとか?」

 

 ニチャァッと笑って言って見せるや、コナン君は眼鏡の奥の青い目をこれでもかと大きく見開き、ついでに顔色を今度は紙よりも白くして絶句しています。

 

 私には一言も言ってないはずの、件のクソガキどもと、学校で交わした会話を、私が知っているのですから。

 

 「な、んで・・・?」

 

 「さて?なぜでしょう?」

 

 肩をすくめて見せ、続いて私はぐっとコナン君に顔を近づけ、吐息を吐きかけるように囁きました。

 

 「明日、無事にお友達と会えるといいですね?」

 

 ひゅうっとコナン君が大きく息を飲む。

 

 「あ、んた、まさか!!」

 

 「お休みなさい、コナン君。寝不足は発育に響きますよ。さっさと寝てしまいなさい。ショゴスさーん、コナン君を部屋へ!」

 

 「てけり・り」

 

 忠実なメイドさんは、わめいて逃げようとするコナン君の抵抗をものともせず、彼の自室に連れて行きました。そのまま放り込んでくださいな。彼の部屋にも≪ナーク=ティトの障壁≫を仕掛けますのでね。

 

 コナン君のSTRでは、部屋から出ることはかなわないでしょう。朝には≪障壁≫は解除しますよ。それで十分でしょう?

 

 朝には、全てが終わっていることでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 さて、続きを見ましょうか!

 

 プレイヤーは“小嶋元太”、“円谷光彦”、“吉田歩美”の計3名。

 

 召喚儀式で呼び出された神話生物から生き残るタイプのシナリオですが、我が書店であれほどの活きの良さを見せつけてくれたんです。

 

 さっさとくたばるなんて、無様な様は見せないでくださいよ?

 

 ま、結末は大体予想が付きますがねえ!

 

 

 

 

 

 なーんだ。やはり、お前たちも、その程度か。

 

 

 

 

 

 冷めてしまった紅茶を飲み干します。シュトルーデルの乗ってた皿はとっくの昔に空になってしまいました。

 

 ダイスの女神もあくび交じりに仕事をなさったのか、ずいぶん退屈なセッションでした。

 

 ま、今回のはお仕置きも兼ねてましたからねえ。

 

 ご本人たちはこれで良し。ご両親へは・・・フフッ、いくつか仕込でもしてみましょうか。面白いことになれば、さらによし、です。

 

 人間を狂わすのは、いつだって渇望と邪悪な囁きなんです。喪失はそれらを後押しする最高のスパイスなんです。

 

 おやおや。そんな最高に嘔吐きそうな顔をしてこちらを見てどうなさったのです?ここ最近大人しくしていたとはいえ、私が最高に邪神らしくしているのがそんなにいやでしたか?

 

 え?お前はやっぱり最低最悪に、クソ100パーセントの邪神だな、ですか?

 

 おや。日本人ならこんな言葉はご存知でしょう?

 

 『触らぬ神に祟りなし』

 

 触ってしまった連中は、祟られても文句が言えないでしょうにねえ。

 

 ま、私は祟る側ですがねえ!

 

 え?祟るどころじゃないだろうって?

 

 もちろんです!

 

 フフフ・・・アーッハッハッハッハッハッハッッ!!!

 

 

 

 

 

 

続く続く続く…そして続く。




【邪神節全力全開のナイアさん】
 久々の邪神節が炸裂。大体コイツのせい。この話のテンプレート。
 旗本一族の事件解決からしばらく後、お店を少年探偵団(現時点では未結成)に荒らされる。
 素直に、荒したことを謝ってもらって、弁償を受け入れてもらえば(毛利探偵がそうしたように)、大事にする気はなかった。多少腹は立てようと、神としての寛容さと人間としての擬態を優先する気だった。
 しかしながら、少年探偵団のご両親がクソ親過ぎた。
 ・・・一つ擁護しておくならば、ナイアさんの見た目は20代の女性である。こんな道楽でやってそうな古本屋、多少どうこうしても大丈夫じゃない?経営もロクに経験してなさそうな小娘だし。と思われた…のかもしれない。(擁護が擁護になってない件)
 結果、ナイアさんの逆鱗を思いっきり逆なでしてしまい、赤井さん用に取っておいたシナリオの解禁を決意された。
 ・・・ベテラン探索者である赤井さん用のシナリオであるため、能力的に学生探索者にも満たないお子様探索者となる少年探偵団の面々(コナン君抜き)にはハードすぎるというのは想像に難くない。
 ちなみに、コナン君を隔離したのは、別に彼を助けたわけではなく、少年探偵団を確実に処分するには、彼の存在が邪魔と判断したため。そして、遠回しに処分宣言をして、何もできない状態というのをたっぷり味あわせてSANを削る。
 邪神ぶりここに極まれり。
 なお、シナリオの全容と、少年探偵団の末路は次回以降に語ることにする。

【パワフルチルドレンに押し切られ、SANが削られることになったコナン君】
 旗本一族の事件の真相を手紙という遺書で知らされ、いろいろ考えたものの、結局松井さんと結託して真実の隠ぺいという探偵らしからぬ行為に踏み切る。思うとことはいろいろあるが、真実を暴く=正義というばかりではないと徐々に気づき始めた。
 今回、少年探偵団のメンツに押し切られ、彼らを『九頭竜亭』に案内する。してしまう。彼としては店からはさっさと引きはがして自室の方へ連れて行くつもりだった。
 一応、事前に「お店だから!売り物だから!」「変なことするなよ?!物壊すなよ?!おとなしくしてろよ?!」と釘を刺しておいた。にもかかわらずあの有り様。
 少年探偵団の言い訳によると、「あんなことになるとは思わなかった」「あんなに簡単に壊れるとは思わなかった」とのこと。
 ・・・原作読んでると、彼らはコナン君の制止をあってないように振る舞ってるシーンがそこそこあり、痛い目に遭いかけてやっとそれを聞く、というようなシーンがたびたびあったような気がするので。
 その後、ナイアさんに対する少年探偵団のご家族の対応を、ハラハラしながら聞いてた。
 そいつ化け物邪神!その気になったらその手下の他の化物と一緒に恐ろしいことやって、正気を削ってくるから!
 一応、仲裁を買って出ようとしたが、如何せん子供の身の上なので、大人が聞いてくれるわけもなく、子供は黙ってろ、と叩き出された。
 ここでも子供の身なりが足を引っ張る。早く元に戻りた~い。
 しかしながら、思っていたよりナイアさんが大人しい。人間の振りしてるようだし、今回は見逃してくれるのかな?
 と思ってたら、のど元過ぎたあたりでやらかされた。
 少年探偵団のメンツと一緒に、昔小学校にあったオカルトクラブの怪しげな儀式のせいで、行方不明者とか出たんだって!真相確かめに行こうぜ!と言われ、オカルトなんて下らねーと思いつつ、面倒見がいいので、行くことになった。
 夜中に家抜け出そうとしたら、出られなくって困惑。あっちもダメこっちもダメとやった挙句に、まさかあいつの仕業か?!とナイアさんを問い詰めに行った。
 最初は自分が知らなかっただけで、防犯都合でそうしているのかなと思うが、直後に続けられた言葉から、自分が少年探偵団と一緒に真夜中の学校探検に行こうとしていたことを知られていたと判断。
 あいつらがやばい!何する気だ!
 残念ながら、その後、気の毒そうな顔をするメイドのショゴスさんに捕まえられて自室に放り込まれる。
 その後、一生懸命脱出を試みるが、徒労に終わる。
 オレが行けなかったせいだ・・・俺があいつらを店に連れてきちまったから・・・。
 削られるSANとメンタル。少年探偵団の説得に失敗した時点で、被害を覚悟しておくべきだったのかもしれない。次回が怖い。



 Q.何で少年探偵団が被害者になったんですか?
 A.メタい話、あんまり人数増やしても扱い切れないから、適度にオミットしようと思った結果。生き残って地獄を見続けるのと、地獄を見て死ぬのと、どっちがいいかという話でもあります。コナン君は前者。少年探偵団は後者。ひっでえ話。
 彼らをオミットするとそれはそれで問題が発生しそうですが、何とかしていきたいです(作文か?)


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【#21】スクールクエスト!コナン君と始動する探索者たち

 ほう、お前、新顔だな?
 それに見たところ優秀な…読者だ。
 クックックッ…ああ、俺は亜希羅、この前書きの書き手だ。
 この前書きとは、ストーリーの文脈に蠢く汚物すべてを、根絶やしにするための前置きさ。
 お前も読者なら、気持ちは同じだろう?
 穢れた誤字、気色悪い脱字、頭のイカれた矛盾点、みんなうんざりじゃあないか。
 だからこそ、読みつくす。他の読者が、お前に協力するだろう。
 どうだ?お前も、我らの仲間にならないか?


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 先日、コナン君が連れてきたまるで糞団子のようなご友人方にお店を荒らされ怒り心頭であった私が、赤井君用に温めておいたシナリオを解禁し、糞団子をコンポストの肥やしにして差し上げたのはご存知かと思います。

 

 え?初っ端から邪神節を炸裂させるな?人のこと糞団子呼ばわりする前に、手前の性根を鑑みろ?

 

 でも、彼らが我が『九頭竜亭』に甚大な被害をもたらしてくれたのは確かですよね?0が8つ付く借金というのは、3人の合計金額ですが、いやはや、毛利蘭君のそれを上回りましたからねえ!加えて、ボールをぶつけて本棚を壊した小嶋元太君のせいで、魔導書にも被害が出てしまいました。せっせと苦労して作り上げた珠玉の一冊が、表紙に傷が入って、ページの一部がちぎれたではないですか!(知識を得るという点で問題はないのですが)

 

 まったく!一応売り物として出している以上、修繕は必須事項です。腹立たしいですが、急ピッチで修復中です。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、修復中の本棚を見かけたご近所のおじいさんに、この件について愚痴れば、おじいさんの方も眉をひそめてお話してくれました。

 

 何でも、件の3人組は幼稚園のころから、問題引き起こす悪ガキとしてご近所で有名だったそうです。

 

 探検と称して他人様のお宅に無断侵入して器物破壊、怪我して泣いて警察沙汰、などなど・・・。今までよく児相のお世話にならなかったですねえ。

 

 徒党を組んで問題を引き起こすのはまだいいでしょうが、問題はその保護者さんの態度なんです。私のように被害を被って苦情を訴えても、屁理屈こねて流される、あるいは徹底無視、最良でお金で解決というね。まあ、お金で解決というのはわからなくもありません。お金というのは古今東西、人類間における共通基準の一つですからね。

 

 ・・・ただ、納得できるかと問われると否と言わざるを得ません。

 

 神様舐めていただいては困ります。

 

 ゆえに、相応の報いを受けていただいたということです。

 

 

 

 

 

 

 え?具体的にお前、あの3人に何を仕掛けた?ですか?

 

 彼らがシナリオをクリアできたかどうか、生き残れたかも知りたい?

 

 うーん・・・今この場でネタバラししてもいいんですが・・・皆さん、どうせなら、コナン君のその後の行動も合わせて知りたくないですか?

 

 ま、コナン君のことです。おとなしくはしておかないでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 では、そろそろ本題に入りましょうか!

 

 あの3人の分も、精々あがいてくださいね、コナン君。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた頃に、家の外、コナン君の部屋、双方に仕掛けておいた≪ナーク=ティトの障壁≫を解除しました。

 

 そろそろショゴスさんが朝ごはんを用意してくれてる頃でしょう。

 

 え?夜中にアプフェル・シュトルーデル食ったくせにまだ食うのかですか?失礼な。いつの話をしてるんです?それを食べたのはとっくの昔の話ですよ!

 

 優雅にダイニングテーブルについて、ショゴスさんが朝食を作る音をBGMに朝刊を広げていると、ドタンバタンと騒々しい音が。

 

 ようやく出られることに気が付いたらしいコナン君が、真っ赤に充血した目をそのままに、とるものとらない格好で走っていくのが見えました。

 

 私が折角「おはようございます。よく眠れましたか?」と声をかけてあげたというのに、コナン君といえばガン無視決め込んでそのまま飛び出して行かれましたよ。

 

 まったく。せっかくの日曜で、学校もやってないんですから、もう少しゆっくりされても・・・え?昨日のことを思い返してから発言しろ?焦っても、結果は変わりませんよ。むしろコンディションを整えて行った方がご自身のためになると思うんですがねえ。

 

 

 

 

 

 

 さてさて。では、見世物の続きと行きましょうか。むしろ第2幕?チュートリアル終了で本番はここからというべきでしょうか?

 

 フフッ。昨日はあっさり終わってしまいました。せっかくですので、もう少し粘ってくださいよ?コナン君。

 

 

 

 

 

 

 我が家を飛び出したコナン君は息を切らして小学校へ向かって行きますね。

 

 ちなみに、帝丹小学校はすでに門の周辺に野次馬がたむろして、警官が立ち入りを規制しています。運動場には、真っ赤なサイレンを光らせるパトカーを始めとした見慣れない車が数台停まっていますし。

 

 たどり着いたコナン君は、野次馬の人たちから事情を聞き出して真っ青になってます。

 

 ええ。飲んだくれの警備員(何でも工藤新一在学当時のままだそうで!)が今朝気が付いてあわてて警察に通報したそうですが、恐ろしく、そして妙な事件が起こったと。

 

 発見された被害者の子供2名のうち、一人、そばかすのついた男の子は低体温症からの死亡、もう一人の女の子は意味不明なことを喚き散らして仮面ヤイバーに助けを求める錯乱状態で発見されました。

 

 おや、もう一人足りませんか?話は変わるかもしれないんですが、校舎内でなぜかチンパンジーが発見されたそうですよ。何処の動物園から逃げ出したんでしょうねえ?警備員さんに噛みついたりして、現在その捕り物真っ最中だそうで。

 

 そうそう。蛇足かもしれませんが、今の時期はそろそろコートは要らなさそうなくらいの気候です。つまり、低体温症で死ぬなんて、少しばかり時期遅れということです。

 

 保護された唯一の生き残りである女の子ですが、錯乱してロクに話も聞けないということで、病院送りにされました。ああ、多分、SANは10を切ってると思いますので、当分まともに話はできないと見た方がいいかと。

 

 ま、奇怪な事件が起こるのは米花町あるあるです。一見事故か不可能犯罪に見せかけて、実は人為トリックでしたというのはこの町では珍しくありません。

 

 なので、野次馬の皆さんを始め――おそらく、この場にいる人間のほとんどがこう思っていることでしょう。

 

 誰かが、チンパンジーを連れ込んだうえ、少年一人を何らかの手段でもって殺し、もう一人の少女にその有様を見せつけた。少女は恐ろしさのあまり錯乱した。と。

 

 ま、そう考えるのが普通でしょう。そんな常識の埒外のことが起こると考えるなんて、恐ろし過ぎますからねえ!(嬉々とした表情)

 

 

 

 

 

 

 コナン君はといえば、おや、どうも野次馬から聞き出した話を元に昨夜何があったか完全把握まではできずと、何かまずいことは起こったのでは?自分が居合せなかったから、こんな大事になったと自責の念でSANチェックに失敗。

 

 幸い、アイデアロールが必要なほどの大きな数字ではなかったので、顔色を悪くする程度で終わりましたが、まあ周囲の大人からしてみれば不審であり、心配でもあるでしょうね。

 

 日曜の朝早くに、子供が一人で小学校にやってきて、何があったか根掘り葉掘りした挙句、顔色悪くしてるんですからねえ。

 

 加えて、コナン君のここぞという胆力が最悪のタイミングで発揮されました。

 

 もっと詳しい情報を望んだ彼は、野次馬をかき分けるように校門に駆け寄り、中に入れてほしい、自分は事件に遭った子たちの友達だと主張したんです。

 

 最初は怪訝な顔をしていた警官さんも、コナン君が「昨日の夜、例の子たちと一緒に夜中の学校を探検する約束をしていた」と告白するなり表情を引き締め、他の人を呼んでくると言って、中に入っていきます。コナン君はそれについて行こうとしましたが、すかさず他の警官に捕まって、外で待たされました。

 

 野次馬たちがヒソヒソしています。ま、当然でしょうねえ。

 

 

 

 

 

 

 前述しましたが、例の子供たちは近所では有名な悪がきです。

 

 加えて人の口には戸は立てられません。特徴聞いたご近所の人たちは、ピンときたでしょうねえ。あの子たちだ、と。加えてこうも思ったことでしょう。「いつか何か痛い目見ると思った」と。

 

 ・・・この分だと、そのうちやって来たマスコミたちが子供たちの素行を調べ上げて、私が手を下すまでもなく、保護者たちに相応の鉄槌を下してくれそうでもありますが・・・まあ、それはおいおい考えていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 話を戻します。

 

 刑事さんたち(皆さんご存知警視庁捜査一課ではなく、少年課らしいです)に話をしたコナン君ですが、彼が現場を見て回る間もなく、「素直に話してくれてありがとう!何かわかったら報告するからね!」(意訳)と言われて現場から返されました。

 

 おやまあ、何とも型通りすぎてつまらない対応ですねえ。

 

 コナン君は、自分にも見せてくれ!自分も解決に協力を!と喚きたてますが、まあ、大人が子供の言うことを聞くわけがありませんよね。百歩譲って工藤新一の姿であれば、まだ可能性はあったかもしれませんがねえ。

 

 ややあって、無駄だと悟ったコナン君は、肩を落としてその場から去ろうとしましたが、そんな彼を呼びとめた存在がいました。

 

 「君、ひょっとしてコナン君?」

 

 「寺原さん?!」

 

 おやおや。やはり、探索者は惹かれあうのですねえ。どこかのスタ●ド使いみたいですねえ。

 

 コナン君の悄然とした様子を見かねてのことだったのでしょう、とりあえず落ち着けるところでと、彼を連れて少し離れた公園に連れて行きました。

 

 喫茶店などの方がいいかもと寺原さんは言ったのですが、肝心のコナン君が人には聞かれたくないと主張したので、そうなったそうです。

 

 で、ベンチで話を聞いていたのですが、見る見るうちに寺原さんの表情がこわばっていきましたねえ。

 

 おやコナン君。君、私のこと槍田探偵事務所の皆さんにお話ししてたんですか。

 

 大方、旗本ご夫妻の事件の後、うちの居候先にも化物がいるんだけど心当たりある?って話してしまったんでしょうねえ。皆さんSANチェック入りませんでした?

 

 これは自分一人の手には負えないと判断したんでしょうねえ。コナン君の了承を得た寺原さんは、彼を連れて槍田探偵事務所へ行ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 おや、小学校からSNS連絡網が回ってきました。

 

 フムフム。学校で事故が起こったので、明日は自宅待機となったそうです。課題も届けるのでやっておくようにということと、必要事項は随時連絡するという旨が記されています。

 

 ふむ。いい機会です。ちょっと、槍田探偵事務所にお邪魔してみましょうか!

 

 え?おい馬鹿やめろ?そんな嫌がられたら、ぜひ実行してみたくなっちゃうじゃないですかーやだー。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 すっかり顔なじみになった槍田探偵事務所で、コナンは定位置となっている来客ソファにちょこんと腰を下ろした。

 

 いつの間にか置かれるようになった黒猫のマグはコナン用のもので、カフェインはあまりよくないからと一杯しか出してもらえないが、ブラックコーヒーが飲めるのは至極ありがたい。よそでは猫をかぶらなければならないので、オレンジジュースなどの子供っぽい飲み物しか飲めないのだ。

 

 今、そのマグの中はブラックコーヒーではなく、ホットミルクで満たされている。

 

 思わず眉をしかめたコナンに、寺原はしれっと「今のあなたは、落ち着いた方がいいわ」と言ってのける。

 

 少し蜂蜜が入れてあるのだろう、ほんのりした甘さと胃の腑から広がる温かさに、コナンは我知らずそっと息を吐いた。

 

 思えば、朝から何も食べてなかった。(加えて、諸事情から徹夜してしまった)

 

 工藤新一は、健全な男子高校生としてはトースト一枚で朝を済ませるという、食の細い方ではあったが、食事は大事なことだと身に染みている。エネルギーを取らねば、回る頭も回らないのだ。

 

 一度空腹を自覚してしまえば、あとは転がり落ちるようだった。来客用に出されているラスクを、遠慮なく袋からつかみ出し、ガリガリとかじる。

 

 甘いものはあまり得意ではないが、今はとにかくエネルギーを補給したい。そうするべきだ。この後どうするにしたって、これは絶対必要なことなのだから。

 

 ホットミルクを飲み干し、砂糖とバターでカリカリのラスクを二枚ほど平らげたところで、コナンは眠気を覚える。

 

 くどいようだが、コナンは昨晩、寝てない。仮眠すらとってない。

 

 「松井君たちが来たら知らせるわ。コナン君、眠いなら少しでも寝ていた方がいいわ」

 

 寺原の微笑みに、コナンはメガネの下の目を必死にこすっていたのをやめてうなずくと、襲い来る睡魔に身をゆだねる。

 

 起きたら、やらなければならないこと、話さなければならないことを、とりとめなく考えながら。

 

 

 

 

 

 

 そんなコナンの様子を横目で見ながら、槍田は郵便物の確認をする。

 

 閑古鳥が鳴いているということはないが、本日は依頼人との打ち合わせや調査で出かけるということもなく、少し掃除や書類の整理でもしようかと思っていた矢先のことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 コナンがこの事務所にやってくるようになり、血生臭い事件も扱うここに小学生が入り浸るなどいかがなものかと最初は思ったものだが、コナンはその辺の非常勤たちよりも、非常に優秀だった。槍田が頭を痛めていた事件に、わきから口を挟んで、解決のヒントをくれたりしたのだ。

 

 本人曰く、「自分は高校生探偵工藤新一の親戚で、推理の手ほどきや知識の伝授もしてもらった。だから、少しわかるだけ」とのこと。

 

 嘘おっしゃい。初めてそれを聞いたとき、槍田はとっさにその言葉を飲み込んだものだ。

 

 テレビで見かけた工藤新一と、メガネをはずしたコナンは似ている。生き写しに近い。

 

 魔術や化物が実在しているのだ。人間が若返らない保証が何処にあるのだ。

 

 とはいえ、本人が隠していること、言えないと言っている以上は、無理やり暴く必要はないのだろう。

 

 隠されたままそっとしておく方がいいこともある。槍田はそれを、嫌というほど熟知していた。

 

 

 

 

 

 

 寺原が一通り依頼メールと必要な連絡事項の確認を行う一方で、槍田は続いてネットのニュースやオカルト掲示板に目を通す。

 

 こういった場所も、たまにチェックしている。必要とあらば、MSOにも連絡し、助力を乞う。深淵の入り口は、思いのほか人間のすぐ足元で、大口を開いて、狂気と恐怖を練和させて手ぐすね引いて待ち構えているのだ。ネットの情報はいい加減なものが多いが、たまに本当に当たりがあったりするから油断ならない。

 

 ふと、槍田は更新されたばかりのネットニュースが気になり、閲覧してみた。

 

 小学校にチンパンジーが連れ込まれ、子供一人が凍死、もう一人が錯乱の末入院。脈絡がなさ過ぎて意味がわからない。

 

 だが、肝心の小学校の名前に、槍田は眉をしかめる。帝丹小学校。そうだ、今、すぐそばのソファの上で安らかな寝息を立てる少年が、ちょうどそこに通っていたはず。

 

 そして、その少年が、朝早くから、色の悪い顔でやってきた。何があったのか。

 

 「それで?何があったの?」

 

 パソコンから顔を上げた槍田は、コナンを起こさないように声を潜めて、彼にタオルケットをかけて、カップを片付けて戻ってきた寺原に尋ねた。

 

 頷いて話しだした寺原に、一通り事情を聞いた槍田は、頭痛薬はどこだったかと、痛み出した蟀谷を押さえる。

 

 まさかの事件の渦中にいたコナン。しかも、その事件はどうも彼の保護者を担う邪神(らしき存在)が係わっており、現在進行形で直接の元凶(こちらは正体不明)は野放しときた。

 

 「所長、あんまり薬に頼りすぎるのはよくないですよ?」

 

 「ええ、大丈夫。ちょっと休んだら回復するわ・・・いつものことよ」

 

 心配そうな寺原に、槍田はプレジデントチェアの背もたれに体重を預けながら、天井を仰ぐ。

 

 そうとも、いつものことだ。思っていたより身近に騒動の種が転がっていて、狂気と恐怖と冒涜が、またしても日常を食い破ろうとしていると実感してしまっただけだ。

 

 「・・・ちなみに、松井君たちに連絡は?」

 

 「MSO経由ですが、しました。今日は“出勤”らしいですから、来るのは遅くなると思いますよ」

 

 優秀な事務員兼補佐は、さっさと行動していてくれたらしい。

 

 本当に、彼女が事務所に来てくれてから格段に楽になった気がする。

 

 

 

 

 

 

 ここで、事務所の呼び鈴が鳴らされる。

 

 今日は特に依頼のアポは入ってなかったはず。たまにアポなしで来る依頼人もいたりするが、そういう人物も、こんな朝早くは遠慮するかのように、来ることはほとんどないはずだが。

 

 怪訝に思いつつ、寺原は席を立ち、槍田が首を振って姿勢を正したところで、扉を開ける。

 

 「はい。ようこそ、槍田探偵事務所へ」

 

 「おはようございます。すみません、こちらに我が家で預かっているコナン君が伺ってないですか?」

 

 寺原の眼前に、彼女はいた。

 

 目の覚めるような美人。黒髪をポニーテールにし、黒いレギンスと胸元を強調するような黒いベストを着た、豊満な肢体の女性だ。なめらかなハリの良い白い肌は若々しさを演出するが、身に纏う雰囲気はどこか老獪でつかみどころがない。

 

 ソファに案内された彼女は、銀縁眼鏡を押し上げてその奥の黒い双眸をたゆませて、名乗る。

 

 「申し遅れました、私は、手取ナイアと申します」

 

 ヒュッと、その名を聞いた瞬間、槍田と寺原は二人そろって息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 江戸川コナンの同居人にして、保護者。その正体を聞かされた時、事務所は阿鼻叫喚に陥った。

 

 その名を聞いたことのあったMSOの職員二人、松井と成実はもちろん、槍田と寺原も鳥肌を立てたのだ。

 

 何だかはわからない。わからないが、それが恐ろしい。藪を突いて蛇を出すどころか、もっと恐ろしいものを引きずり出してしまったような。

 

 松井曰く、外なる神の一柱らしい。だが、結局のところ、人間と全く異なる価値観と、正体を携えたそれは、どうあっても相容れない、化物でしかない。それさえ分かれば十分だ。

 

 ・・・おそらく、槍田とコナンだけが気が付いただろう。手取ナイアの正体を聞いた松井が、(最初こそ取り乱したものの)いつになく、険しい表情をしたということに。

 

 

 

 

 

 

 こわばってしまった探偵事務所の女性二人をよそに、ナイアはにこやかに話を切り出す。

 

 「今朝、友人と遊びに行くと聞いてたんですが、どこに行くかまでは聞いてなくて。学校から連絡があったので、家に連れ戻しに来たんです。ご存知かもしれないんですが、今朝、この子の通う学校で事故?事件?なんだかよくわかりませんが、何かあったようで。

 

 そのせいでしょうね、指示があるまで自宅待機と連絡があったんですよ。こちらにはよく遊びに来ていると伺ってましたので、ダメもとで来たんです」

 

 ニコニコとよどみなくしゃべるナイアに、どうにか調子を取り戻した槍田が口を開くより早く。

 

 「あいにくだったな。今は親戚の俺が付いている。また何かあったら、連絡しろよ。コナンの連絡先くらい、把握してんだろ」

 

 事務所の入り口をノックなしに開けて入ってきた松井が、開口一番に言ってのける。

 

 「ああ、旗本一族の結婚披露宴の時にお会いした・・・。

 

 今更ですが、お名前をうかがっても?」

 

 「コナンから聞いてないか?松井陣矢だ。『神代貿易株式会社 営業二課』所属だ。

 

 あの時は、それどころじゃなかったからな」

 

 放り投げるように名刺をナイアに渡す松井に、寺原はひそかにため息を吐く。何だ、あの乱暴な渡し方は。それでも社会人か。容姿も相まってチンピラにしか見えない。あと、サングラスも外せ。

 

 「御親戚ですか。初耳です。文代さんからはうかがってませんでしたので」

 

 「チッ。あのマダムババアとは折り合いが悪いんだよ」

 

 ナイアの言葉に、松井が舌打ち交じりに返す。本当にチンピラに見える。

 

 ついでに言うなら、マダムババアのくだりで、その後ろにいた成実が吹き出していた。一応、文代とは面識があるためだ。名前をコナンから聞いていたというのもあって。

 

 「今朝コナンは顔色悪くしていた。体調を崩したかもしれないから、無理に動かしたくない。俺は仕事が休みだから、しばらくは俺がコナンの面倒を見る。ババアの知り合いは引っ込んでろ」

 

 思わず槍田と寺原は顔をひきつらせそうになった。何て言い草をする。もし目の前の女性の姿をしたものの逆鱗に触れてしまえば、どうなるか。

 

 「・・・わかりました。そうですね、御親戚でしたら、無碍にもなさらないでしょうし」

 

 しかしながら、ナイアは気を悪くした様子も見せずに、困ったように微笑みながら、席を立つ。

 

 「ああ、連絡先を残しておきますね。コナン君が何か言ってきましたら、ご連絡ください。学校からの連絡はこちらから随時SNS通知しますので」

 

 そう言って、ナイアは懐から取り出したメモ帳にすらすらと何事かボールペンで書きつけ、ビリッと破ってテーブルの上に置くと、立ち上がる。

 

 「私もお店番がありますのでね。正直助かります。それでは、失礼しますね。コナン君のこと、くれぐれもよろしくお願いします」

 

 丁寧にナイアが頭を下げる。

 

 一瞬、寺原と槍田は錯覚しかけた。目の前の女性は、本当にただの人間で、何も知らない、常人ではないのかと。

 

 だが、松井は女を見据えたまま、低い声で言った。

 

 「コナンから聞いてる。面白がり屋なんだって?」

 

 「はい?ええ・・・まあ、笑い上戸だとよく言われますね」

 

 「そうか。一言だけ言っておこう。

 

 “お前の思い通りになると思ったら大間違いだ”」

 

 松井の低く唸るような宣言に、ナイアはきょとんと眼を瞬かせる。

 

 ややあってくすくすと喉の奥で笑い声を転がし、そして言った。

 

 銀縁眼鏡の奥の黒い瞳に、そこの知れぬ闇を湛えて。

 

 「何のことかは存じませんが・・・あなたも、面白そうな人ですね。

 

 コナン君と同じだ。きっと、仲良くなれそうです」

 

 「ふざけんな、とっとと帰れ」

 

 「フフッ。怖い人ですね」

 

 肩をすくめて、ナイアは「それでは失礼します」と退室する。

 

 「お仕事、頑張ってくださいね」

 

 そう言い残して。

 

 パタンと扉が閉ざされた。

 

 

 

 

 

続けます続けます。

だから、その警棒でつむじをグリグリするのは

やめてください、松井さん

 





【邪悪に見守る這い寄る混沌にして、NPC参戦したナイアさん】
 前回から引き続き、事の成り行きを邪悪に見守る。大体コイツのせい。皆さんご承知。
 夜明けと一緒に≪ナーク=ティトの障壁≫を解除し、出られるようになったコナン君を邪悪に見守る。
 やっぱり少年探偵団3名は全滅していた。内容は以下の通り。
 小嶋元太・・・現在行方不明。(察しのいい方はすでにどうなったかわかるはず)
 円谷光彦・・・低体温症により死亡。
 吉田歩美・・・不定の狂気により錯乱。
 元々生かす気はなかったので、上々な結果と思っている。ただ、この結果だとMSOに嗅ぎつけられるだろうなとも思っていた。
 コナン君が松井君たちのところに駆け込めば、さらにステップが早まるし!いいねいいね!
 いい機会だし、ちょっと探索者たちに挨拶に行こう!そうしよう!
 ちなみに、今回は本気で顔見せ程度なので、別にどうこうしようとは思ってなかった。
 敵意をむき出しにして睨み付けてくる松井君にニッコリ。こういう顔が似合う子だなあ!君のこと嫌いじゃないから頑張ってね!
 ・・・きっと、確信されているんだろうなあ。
 以前記したが、彼女はスタンスの違いはあれど、対等でいようとする人間、頭のいい人間が特に好き。松井君の言い方はケンカ売ってるように聞こえるが、おそらくナイアさんが少しでも怒るような気配を漂わせれば、うまいことそれを回避したのだろうと思われる。そして、ナイアさんもそれを察している。

【朝っぱらからSANチェックして、徹夜&朝食抜きと、セルフハードモードなコナン君】
 前回からの続き。どうしてこうなった!
 少年探偵団の救援に向かうこともままならず、閉じ込められて一夜を明かす。
 正直気が気じゃなかったが、≪ナーク=ティトの障壁≫突破のための対抗ロールに幼児の貧弱なSTRで勝てるはずもなく、やむなく徹夜する羽目になった。諦めて大人しく寝る?あいつらの命がかかっているのに?そんなのんきなことできるか!
 やっと見えない壁がなくなってることに気が付いて、朝食もなしにそのまま家を飛び出す。もう、気が気じゃない。
 やっとたどり着いた学校ではすでに騒動になっていた。
 オレのせいだ・・・オレが一緒に行けなかったから・・・。自責の念でセルフSANチェック。何でも一人で抱え込もうとするなら、当然自責も人一倍。自惚れに近いのだが、叱ってくれる大人は(少なくとも彼が工藤新一だった頃は)皆無。
 仮に彼が同行できたとしても、被害が増したであろうことは想像に難くない。
 警察に頼み込んで、せめて何が起こったか把握しようとするが、情報だけ置いてけされて、途方に暮れる。(きわめて真っ当な対応ともいえる)
 そこを通りがかった寺原さん(出勤途中)に拾われて、槍田探偵事務所へ。
 事情話すついでに精神分析受けて少し落ち着く。ついでに軽い食事と睡眠をとる。
 ・・・起きたら、松井さんたちと話をしなくちゃ。

【新たな事件の予感と邪神様の来訪に揺れる槍田探偵事務所御一行様】
 最近(休日限定の)常連となりつつあったコナン君が、顔色悪い状態でやってきて何だなんだとなってたら、事情を寺原さん経由で聞いて頭を抱える所長の槍田さん。
 あの子マジ何なん?頭痛薬どこだっけ?
 ちなみに、#17.5ラストから#18冒頭及び、#19ラストから#20少年探偵団来訪までの期間はちょっと空いているので、その期間にやってきたコナン君と一緒に殺人事件に巻き込まれたり、邪神様の正体聞いたりしてた。シナリオもないのにSANチェック受ける羽目になるってどういうことなの・・・?
 ちなみに、コナン君からはそれについては「あいつああなんだけど、何か対策ある?」と訊かれて、みんなで「どうしようもねえだろそれ・・・」となった。
 薄々コナン君の正体を勘付きつつあるが、深くはツッコまない。
 そうこうしているうちに、邪神様の来訪を受けて絶句。
 あいつコナン君が言ってた邪神じゃねーか!
 にもかかわらず平然と喧嘩を売ってみせる松井さん。
 ・・・彼は、邪神様が流出させた本が原因で起こった騒動については、一切忘れていない。まだ何も終わっていない。
 なお、彼は当然江戸川文代の正体(コナン君から聞いた)についても知っているが、あえてその嘘に乗って見せている。変なところ突いてもいいことなんて何一つないし、大事なのはそこじゃないので。
 松井さんと成実さんが槍田探偵事務所に来たのは、当然寺原さんが呼んだからなのだが、本来であれば、彼らはMSO本部に“出勤”する予定だった。居合わせるからには相応の事情がある。それについては次回やっていく。


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【#22】スクールクエスト!探索だよ!全員集合!

 問題です。
 頭に檻被った変態が「けれど、我らは夢を諦めぬ!何者も、我らを捕え、止められぬのだ!」と喚きました。
 彼の夢はかなうでしょうか?
①あきらめない限り夢はかなうさ!
②人の夢と書いて儚いと読むのだ。かなうわけがない。
③夢は夢でも彼の見ている夢は悪夢だからね!狩人様が許さない。
④そもそも目覚めたらすべて忘れるのに、どうかなえろと?
 正解は⑤そもそもその変態は狂人だから、言動に正当性を求めてはいけない、でした。
 正解したミコラーシュ君(メンシスの悪夢在住)は上位者ガチャで爆死しかけのところをノコギリ鉈で刻んでもらえるぞ!おめでとう!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さてさて、新シナリオ始動です!きっと皆さん、待ちかねてたんじゃないですか?!

 

 え?それはお前だろって?否定しきれませんね。ま、今回のシナリオは赤井君がこちらに来た時のために温めておいたシナリオですからね!きっと、ベテラン探索者に名を連ね始めた松井君たちもご満足いただけると思うんです!

 

 おや、皆さん直球ですねえ。本音を言えと。いつだって私は本音しか言ってないと思うんですが。まあ、いいでしょう。

 

 今回からお付き合いいただいている方へわかりやすい説明を、ネット掲示板の産業風味にいってみましょうか。

 

 

 

 

 

 

 お店荒らしのクソガキども

 

 夜中の学校探検シナリオで全滅

 

 コナン君が駆け込み寺行き

 

 

 

 

 

 

 ・・・自分で言ってなんですが、まとめられてます?

 

 ま、私の電波を受信させているパンピーが、そういうのに疎いからしょうがないかもしれないんですが・・・え?メメタァ?フフ、昨今では珍しくないでしょう?

 

 いやはや、自分で仕掛けておいてなんですが、上々の成果ではないでしょうか。

 

 お店を荒らしたクソガキども(しかも荒らすだけ荒らして賠償なし)には、邪神式パニッシュメントの最新版を体験していただけましたし。生き残った子も、きっと私の恐怖を方々に伝播していただけると思うんです。

 

 え?そして信用してもらえなくて、さらに追い詰められるまでがコンボなんですね分かります?ふーむ、昨今の人間どもは信心薄くていけませんねえ。

 

 つい数年ほど前に上空に副王様がご顕現なさったというのに、なぜ神を信じないのでしょうか。不思議ですねえ。

 

 とある刀もった二重人格シスターもおっしゃってますよ?いまどき神も信じないなんて!いまだに共産主義者〈コミュニスト〉でいる方が信じられないと。

 

 え?そいつは最も言動の参考にしたらいけないシスターだろ、ですか?

 

 ふーむ。確かに彼女が信じているのは、人間が作り出した人間にとって最も都合の良い神ですからねえ。

 

 

 

 

 

 

 ここからは、あくまで私の観点からした話になります。こういう考えもある、程度に思っておいてください。

 

 宗教とは、人間にとっては縋る先です。苦しいこと、辛いこと、そういった不幸な境遇を、『今は辛いけれど、その先には安寧がある』と信じる道標です。そのシンボルが神であり、そこに至るまでの手順が戒律や教えです。

 

 ですが、それらは総じて、人間にとって都合がいいものなんです。最後には人を救うのが宗教であり、その奉じる神なんです。

 

 実際の、“神”と呼ばれるものは、そこまで都合よくありません。私を見ればお判りでしょう?

 

 私にとっては、人間は愛すべき隣人ではありますが、そこらに転がる石ころ――どころか、それにたかるダニ程度でもあります。ダニを愛でるなんて頭おかしいと言われそうな話でもあるんですよね。

 

 本来の我々からしてみれば、人間に無条件に味方して、安寧に導くなんてギャグか何かにしかならないんですよ。

 

 みなさんだって、ダニに崇められたら、多少いい気分にはなるでしょうが、彼らをことごとく救って楽園に導こうという気にはならないでしょう?精々苦しまずに死ねたらいいね!くらいかと。同じことですよ。

 

 

 

 

 

 

 え?お前の邪神理論はどうでもいい?

 

 その後のコナン君のことを知りたい?後お前、前回槍田探偵事務所に宣戦布告に行ってたが、その後どうした、ですか?

 

 おや、宣戦布告とは穏やかではありませんねー。ちょっと顔見せに行っただけじゃないですか。

 

 むしろ私の方が松井君に宣戦布告される始末です。

 

 ・・・きっと、彼は確信なさっているんでしょうねえ。ま、『屍食教典儀』を流出させたのが、私ですからね。あの時はただの人間と思われてたのでしょうが、今現在は邪神の化身と正体がばれてしまってますから、あれが偶然ではなく意図的なものとお分かりになられているんでしょうねえ。

 

 フフッ。零君といい赤井君といい、私ってば人気者!羨ましいでしょう?

 

 え?全くこれっぽっちも羨ましさを感じないことに安堵している?

 

 おや、あっさりなさってますねえ。もっと嫉妬全開でギリギリなさると思ってたのに。イケメンの関心を独り占めしてる私!お前はどこの乙女ゲーの主人公だとツッコミを食らうかと思ったのに!

 

 え?お前が乙女ゲーの主人公なら、最後には悪役令嬢物のようにざまぁされて終わりだ、ですか?残念!私は邪神ですから、ざまぁしようとした連中の首がチョンパされて終了ですよ!

 

 これがホントの逆ざまぁです!フゥハハハハハハ!

 

 

 

 

 

 

 さて、いい加減冒頭邪神トークは終了させて、本編に行ってみましょうか。

 

 松井君、ああも啖呵を切ったんですから、最後まで頑張ってくださいね。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 手取ナイアが事務所から出て行き、安堵の息を吐いたのは誰か。

 

 少なくとも、槍田は自分がそうした自覚はあった。あれが、外なる神。あれが、邪なれど神なる一端。

 

 人の皮をかぶっていようと、その底しれなさだけは、伝わった。きれいにデコレーションされた爆弾を前にしたような心地に近かった。

 

 「・・・早かったわね、松井君」

 

 「“出勤”直後に、任務が入った。今日の業務内容は、こっちだ」

 

 何とも言えない空気を払しょくしようと、槍田が松井に話しかけると、彼は肩をすくめて、そのままコナンが眠るソファとは反対側にかけて、煙草を吹かしだした。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、松井は“出勤”と言っているが、基本的に事件の調査がないときの彼は、自衛隊並みの訓練、あるいはオカルトや魔術関連の勉強をしている。それもない非番の時に、槍田探偵事務所に来ているのだ。

 

 

 

 

 

 

 「・・・まさかとは思うけど」

 

 「そのまさかだ。コナンが駆け込んできた原因の事件、俺達の担当になった」

 

 またタイムリーな話だ。何ともいえない顔をする槍田をよそに、松井は担いできたリュックから捜査資料と思しき書類を引っ張り出し、読み始める。

 

 「ちょっとそれ・・・」

 

 「警視庁からな。あちらさん、これがHPL案件認定されるのを、相当渋ったらしい。いくつか現場検証が必要そうだ」

 

 寺原の物言いたげな言葉に、松井はしれっと答え、この書類を渡してきた男の顔を思い出しながら書類をめくる。

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに会った警視庁公安部“連絡係(HPL案件専任の連絡係)”の風見裕也は、相変わらず忙しそうにしていた。

 

 ただ、松井たちに書類を渡す際、

 

 「子どもが被害者だからな。すでにマスコミにもリークされていて、火消しが大変だろう。こちらでも威信にかけて解決を、という声が大きい。どうにか上が押さえつけてくれたが、跳ねっ返りはどこにでもいる」

 

 と忠告してくれた。

 

 彼は、一度松井たちとこの手の事件に係わったことがあるゆえ、引き際を弁えている。

 

 ・・・もっとも、前の事件の時に散々精神を抉られ、しばらくMSO御用達しのカウンセラーの世話になっていたから無理もないのかもしれない。

 

 よく警察を続けられるものだ、とひそかに松井は感心している。警察だって、精神を抉られる事件は多いだろうに。

 

 なお、それを風見本人が聞こうものなら、「あんな事件ほどのものはそうそうない。あってたまるか!」と怒声を張り上げるだろうが。

 

 それを言うならば、あの事件自体がちょうどピンポイントで、風見の地雷原に近い内容であったのだが。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 「さすがに、神話生物か神格が絡んでいる可能性がある以上、非武装は却下ですね。

 

 あと、こちらの報告書は常識的内容のことしか書いてません。コナン君の情報待ち、ですね」

 

 「ちなみに、今回あなたたち二人だけの調査なの?」

 

 「いいえ。上も考慮してくれて、今回は後二人、随員がいます。そちらは少し調べものがあるので、あとで合流することになっています」

 

 寺原の問いかけに、成実は首を振る。

 

 槍田はいつものこととはいえ、軽く頭痛を覚える。

 

 そう。いつものことだ。いつものこととはいえ。

 

 「・・・うちの事務所を、事件の打ち合わせに使うの、辞めてもらえないかしら?」

 

 「しょうがねえだろ。他にこの手の話を落ち着いて出来そうな場所がねえんだよ。コナンは“本部”に入れねえし」

 

 「ついでに言うと、このあたりってお節介が多いから・・・ヘタに余所で神話生物がどうの、魔術がこうのって話すと脇から首突っ込まれたり、勝手に警察沙汰にされたことがあるって、青羽先輩から聞いたし」

 

 ああ、在りうる。特にここに、首を突っ込みそうなのがいるし、自分も何も知らない頃であれば、わきでそういう話をされれば、聞き耳を立ててしまうかもしれない。

 

 困った顔をした成実に、槍田は思わず同意してしまった。

 

 ここで、コナンが目を覚ました。

 

 小さく呻きながら、もそもそと身を起こし、目をこすりかけるや、眼鏡がないことに気が付いたのだろう。アワアワと周囲を見回し、寺原が外してテーブルの上に置いたそれに気づくや、パッと素早く持ち上げて掛け直す。

 

 ・・・まるで眼鏡のない素顔をさらすのを避けるかのように、というのは槍田の考えすぎであろうか?

 

 加えて。彼は、視力に問題があるから眼鏡をかけている、というわけではないらしい。それならば、目が覚めた時点でよく見えないということに気が付くはずなのだから。顔を触って初めて眼鏡をしていないと気が付いたということは、視力的問題はないとみるべきだろう。

 

 ならばなぜ眼鏡をかけているのか?

 

 ああ、嫌だ。また“病気”が出てしまった。いつもこうなのだ。ちょっとしたことから、相手の行動原理や性格、そこからわかることなどなどを解析してしまう。警察でも嫌がられたことだが、癖を通り越して病気の域にまで至っているのだ。事件の時ならまだしも、平常時まで。どうしようもない。そして、頭の中だけで片付けようとするが、結局行動に出して、気味悪がられる。

 

 ・・・思えば、それが警察組織という狭い檻とそりが合わないと考え始めたきっかけだったのかもしれない。

 

 槍田は首を振って、思考を打ち切った。

 

 そんな女探偵をよそに、コナンは「松井さん・・・成実さん・・・」とどこか途方に暮れた、泣きそうな顔で呻く。

 

 「事情は寺原から聞いた。寝起きのところ悪いが、話を聞かせてもらおうか」

 

 ばさりっと手にしていた書類を伏せ、コナンの向かいに座る松井は真剣な顔で話を促した。

 

 ごしごしとコナンは、まだ寝起きでしょぼつく目をこすり、表情を引き締め、コクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 ただいま帰りました~♪おや、ショゴスさん。クッキーを焼いてくださったのですか!ありがたい!紅茶も入れてくださいな。ミルクと砂糖たっぷりでお願いしますよ。茶葉はウバがあったはずですので、それで。

 

 では、そろそろ、セッションの本格スタートとなるでしょうし、出歯亀開始です。

 

 

 

 

 

 

 ほほう。寝起きのコナン君が、ぽつぽつと事情を話すコナン君に、事務所一同が何ともいえない表情で聞き入ってますね。

 

 おや、「そもそも夜中に探検なんてどういう教育受けてんだ」とか「ガバ警備じゃないですか。大丈夫なんですかその小学校」とか、いろいろ言われてますねえ。

 

 言われたコナン君は力なくですが、反論してます。「止めても多勢に無勢で聞き入れられなかった。ストッパーになるつもりで最終的に折れた」「10年位前からあの状態だった。今まで特に問題起きなかったから、継続されてたんだと思う」とのこと。

 

 

 

 

 

 ま、物事なんて、そんなもんです。

 

 よその地方なんて、授業中の小学校に刃物男が侵入して、入学間もない子供たちをグサグサして、それから各地の小学校の警備状態が見直されてましたし。

 

 ・・・そういったニュースがあったというのに、まだガバ警備を続けられてた数少ないところが、帝丹小学校だったんですねえ。

 

 

 

 

 

 ちなみに、帝丹小学校は飲んだくれの警備員が一人宿直室にいるだけだそうですよ(酒瓶抱き枕に高いびきというのも珍しくないとか)?防犯カメラなども一切なし。ガバ警備極まれりですねえ。

 

 

 

 

 

 ・・・ところで、コナン君。ご自分が今、割と致命的なウッカリ発言されたことに、気が付いてないんですかねえ。

 

 7歳の小学1年生の君が、なぜ10年前の帝丹小学校の警備状況についてご存じなんでしょうねえ?

 

 おや、皆さんお優しいですねえ。疑問には思われているようですが、ツッコミは入れませんねえ。

 

 ともあれ、大体の事情を聞き出した松井君が、次は質問に移ってますが、次第に眉間に皺を寄せられていきます。

 

 ああ、コナン君。オカルトなんてバカバカしいと、話半分に聞き流してたんですね?おかげで、夜中の小学校でやる予定の儀式内容が非常にあいまいです。具体的には、なんかお手手つないで輪を作って、呪文をうんたら~というような感じに説明なさっています。

 

 行先が、東校舎のどこぞの教室(元オカルトクラブの部室で今は空き教室の物置扱い)というのは確定してたそうですが、それ以上の詳細は不明だそうです。

 

 ともあれ、事件の起点はそこだろうというのは判明したので、松井君と成実君のお二人は、他2名と合流後、夜になって人目がなくなってから、現地調査するつもりのようです。

 

 で、ここですかさずコナン君が自分も行きたい!ついて行く!協力する!と言い出しました。

 

 しかしながら、お二人は渋い顔をなさっています。ま、お二人のように正式に訓練受けたわけでもありませんし、何より肉体的にハンデのある状態ですからねえ、コナン君は。

 

 何より、万が一があった場合、責任を負うのはコナン君本人ではなく、保護者である私であり、居合わせた大人です。

 

 ま、私は記憶を消して責任逃れ、という抜け道が使えますが、一般人にはそういうのはできませんからねえ。

 

 いくらコナン君が、美術館の時の事件を乗り切った実績を持っていると言えど、積極的に一般人の子供を巻き込むわけにもいかないと、説得しようとしてますが、まあコナン君ですからね。こうと決めたら梃子でも、ってやつですよ。

 

 絶対行く!自分が行けなかったから、子供たちがあんなことになったんだ!自己満足でも、解決させる義務がある!ですって。

 

 これに対し、松井君が怒鳴り返してますね。甘ったれんな!お前がついて行ってたって、結果は同じだったかもしれないだろうが!云々と。

 

 で、収拾がつかなくなりそうなところで、成実君が助け舟を出しました。

 

 曰く、ついてきたいなら好きにすればいい。その代り、君は勝手に一人で夜中の学校に入り込んだということにする。万が一があって、死んだとしてもこちらは一切責任は負わずに見捨てる。それでいいね?と。

 

 ・・・どうも、彼は月影島にいた頃の自分と、今のコナン君を重ねてみてしまっているようですねえ。

 

 しかしながら、コナン君はそれで十分と、大きくうなずかれました。ため息交じりに、松井君も渋々許したようです。

 

 

 

 

 

 

 あ、ちなみに今回はMSOがメインのお仕事なので、槍田探偵事務所お二人――早い話、槍田君と寺原君は不参加だそうです。残念。

 

 まあ、実地以外の必要なことなら協力するということだそうで。

 

 

 

 

 

 で、3人が事務所を出たところで、目の前に大きな黒いラルゴが停まり、ドアがスライドされます。そして、何のためらいもなく、松井君と成実君が乗り込まれ、あわててコナン君も続いて乗り込みます。

 

 おや、この車、どうもMSOの社用車であったようです。運転手と助手席にいるのが、松井君たちの同僚にして、今回の同行探索者です。

 

 橘鏡子君と、竜條寺アイル君ですね。

 

 橘君は、ほっそりした女性で、眼鏡にグレーのパンツスーツというバリバリのキャリアウーマンというような格好で、紺の鞘袋に入った刀を担いでいます。(今は車内なので足元です)

 

 竜條寺アイル君は、対照的にガッチリした体躯の持ち主です。ゲルマン系でしょうか、暗めの金髪に、彫の深い顔立ちです。彼がラルゴの運転手を担っているようです。その体格から見ても、肉弾戦は得意でしょうが、懐のふくらみから見ても、拳銃は確実にお持ちなんでしょうねえ。

 

 お二人とも、コナン君の存在見るなり、目を剥いています。

 

 特に、竜條寺君は、「おいおい、何でコイツが・・・」と呻いています。

 

 はて?あの反応・・・どうも、彼はコナン君のことを知っているようにも見えるのですが?あれは「仕事仲間と一緒に子供が乗り込んできた事」にではなく、「思い寄らない知人が想定外の出現の仕方をした事」に驚愕しているように見えます。

 

 ふーむ・・・まあ、いいでしょう。セッションを盛り上げてくれるなら、PC、NPC、人間、非人間問わず歓迎しますよ!盛大にね!

 

 あ、さっそく橘君が噛みついていますね。

 

 子供連れてきて何考えてんだボケッ!と。だいぶオブラートにくるんでますが、要約してそんな感じです。物言いがきついですねえ。

 

 あれで元弁護士というから驚きです。まあ、弁護士だからこその舌鋒の鋭さ、というのはあるでしょうが。

 

 おや、ここで助け舟を出したのは、竜條寺君です。

 

 ・・・彼、本当にどういうことなんでしょうねえ。コナン君のことを、一方的に見知っているようで、どうせ放り出しても一人で勝手やって大事するだろうから、目の届くところに置いといた方がいい、ですって。

 

 で、味方のいない橘君は、ふてくされた様子で、そこまで言うならご自由にどうぞ!その代わり私は一切面倒を見ませんからね!とさじを投げてしまいましたよ。

 

 おや、成実君がフォローについてますね。今のコナン君は、2年前の君と同じだ、聞いても聞かないっていうのは、君が一番わかると思うよ、ですって。

 

 ともあれ、そのまま車内でお互いの情報共有し始めました。

 

 ふむふむ。合流したお二人は、類似事件や、オカルトクラブがそもそも解体された原因などについて調べていたようですね。

 

 

 

 

 

 おや、皆さん。焦れてますね。

 

 大体は私が事件の裏をサパッとネタバレするというのに、今回はいつになく亀進行でなかなか裏側を語ってくれないとすねられてますね。

 

 フフッ。まあ、いいでしょう。

 

 今回の大元を語るならば、ずいぶん昔に面白半分で流出させたなんちゃって『妖蛆の秘密』改め『不思議な幼虫さんの秘密☆』(付録のアーティファクト付き)に書かれてた、ランダム召喚呪文の召喚失敗で、呼んだ?とやってきたニーハン・グリー君のやらかしです。

 

 『妖蛆の秘密』は元は列記とした魔導書なんですがね?“なんちゃって”ですのでね。日本語訳していろいろオミットしたり記述内容をお子様でもわかりやすいようにマイルドに魔改造した結果、原形をとどめなくなりました。タイトルだって『不思議な幼虫さんの秘密☆』としたんですよ?

 

 え?わかるわけねーだろ、ですか?

 

 まあでも、小学生って好奇心に満ち満ちてて、誰でも特別な自分を夢見てしまう時期ですからね。皆さんだって、テレビや漫画でやってた魔法の呪文を口ずさんだり、ヒーローの必殺技ポーズの真似したりしたでしょう?

 

 同じノリで、本に載ってた不思議な呪文を使ってくれるのでは?と踏んでやってみました。

 

 まあ、誰にも相手にされなくて、せっかく頑張ったのに(´·ω·`)ってなってたんです。

 

 ・・・で、それを数年前の帝丹小のオカルトクラブがやっと手を出してくれたんです。あ、ちなみに当時のオカルトクラブはティンダロスの猟犬にモグモグされちゃいました♪

 

 ランダムですのでね。ノリは召喚ガチャです。はすっぱのそこらの幽霊的な代物から、遭遇=死みたいな神話生物まで盛りだくさんですよ!頑張りました!

 

 さすがに、神格レベルのは、あ?ザケンナ誰が行くかクソが、って応えないんですけど、他のクリーチャーは、ん?呼んだ?的なノリで召喚に答えられるんです。

 

 さすが私!小学生でも扱えるお手軽召喚呪文で、順調に悲劇と混沌を布教できました!

 

 え?流石クソ邪神、トンデモ呪文でクソ案件に発展させやがって、ですか?またまたぁ、皆さんだって面白がられてるくせにぃ。(肘でウリウリと)

 

 けどまあ、攻略本に赤井君の存在が記載されてたのを知ったあたりで、「どうせなら彼と遊べるようにしてもらいましょう!一旦封印してその頃ぐらいにもう一回開封しましょ♪そうしましょ♪」ってしてたんですが・・・まあ、そこからは皆さんご存知ということで。

 

 

 

 

 

 おやあ?長くなってしまいましたねえ。いつにない長さです。

 

 だらだら続けてはいい迷惑なのですが、まあいいでしょう。

 

 

 

 

 

 まだ続くんですって奥さん!これは楽しみですねえ!





【とりあえず溜飲は下がって、引き続きセッション見学を決め込んだナイアさん】
 前回から引き続き、槍田探偵事務所から引き上げ、セッションを出歯亀する。
 スタンスの違いはあれど、対等であろうとする人間、強大さを見せつけられても折れることなく立ち向かおうとする人間が大好き。だから、自分の正体を知ってなお、敵対の意志を叩きつけてきた松井さんは好ましく思っている。
 私ってば人気者!とドヤ顔してみせるが、正体を知るまともな人間からしてみれば忌み嫌う存在でしかない。実際、赤井さんや松井さんからも殺意と憎悪しか向けられてない。
 コナン君と探索者たちが合流し、情報の共有をし始めたのをこそこそ覗き見る這い寄る混沌。
 新たに登場した探索者、橘さんと竜條寺さんにも、頑張ってねーとにこやかな視線を向ける。
 竜條寺さんのコナン君に対する反応に、おやあ?と首かしげ。
 こいつ、何かコナン君と接点あったっけ?
 やっぱり今回の事件もこいつが仕込んでいた。大体コイツのせい。(今回も!)
 ランダム召喚呪文を仕込んだ、なんちゃって魔導書(お子様でも安心!)を流出させ、それっぽい儀式をすればランダムで神話生物やら何やらが召喚されるようにした。
 現地のノリとしては、コックリさんとか、そういう系に思われていたかと。
 結果、召喚された神話生物が召喚者をモグモグしても、「次の探索者はうまくやるでしょう」くらいに流していた。
 しかし、赤井さんがこの町にやってくることを思い出し、どうせなら彼に参加してもらおうか!その方が面白そうだし!と本を回収し、それまで封印してた。
 が、もれなく少年探偵団が彼女の逆鱗に触れ、本を彼らの目に留まるところに再流出させる。
 ここだけの話だが、もし、万が一にも少年探偵団が生き残る事態があったなら、おー頑張ったねーご褒美だよーとラスボス降臨で、“月に吠えるもの”形態で彼らの前に姿を現す予定だった。(つまり、どうあっても正気と寿命を生かす気はなかった)
 歩美ちゃんが生き残ってしまっているが、彼女は残りSANが一桁の上、日ごろの行いから周囲には信用されないだろうと踏んでいる。加えて一人だけ生かしておいた方が周囲に不和を撒き散らす(あの子は生きてんのに、何でうちの子だけ・・・!)だろうと踏んで、あえて放置している。
 ニーハン・グリーはかなりマイナーな神話生物です。詳しくは次回やります。早く知りたいという方は、マレウス・モンストロルムをどうぞ。

【セッションには参加しないけど、お腹いっぱい気味の槍田さん】
 うちの事務所はいつから、事件対策の会議室になったのかしら。
 邪神様の事務所訪問で、おそらく一番緊張しただろう人。多分軽めのSANチェックも入ったのではなかろうか。まかり間違えば、事務所そのものが冒涜的空間に早変わりしたかもしれないので。
 コナン世界の探偵の例にもれず、観察眼はかなり高い。相手の何気ないしぐさから、あれこれ見抜いてしまう。
 ・・・漫画中では、おおっ!すげーっ!そんなことわかるんだ!で済むかもしれないが、実生活でそれされたら、えっ・・・何でお前そこまで見てんの・・・キモ・・・と退かれそう。
 実際、槍田さんもそれで警察内でのそりが合わなくなり、辞めた・・・というのは本シリーズ独自設定。実際どうだったかは作者の脳みそが曖昧なので、そういうことにしておいてください。
 そんな高い観察眼の持ち主なので、自然とコナン君のこともあれこれと観察・推測してしまう。
 周囲にいろいろ言われたので、脳内にとどめようとするが、それでも観察自体はやめられない。もはや病気の域だと自覚もしている。
 松井さんたちが、あれこれ冒涜的な事件の調査に向かって、コナン君もついて行くのには、今回はかかわらない。自分の仕事だってあるし、声かけられたわけでもない事件に進んで首突っ込むわけにはいかない。
 ・・・できるだけ健全な精神状態でいたいのも確かだし。

【新規参戦の竜條寺アイルさん】
 名前からあっ(察し)となった方は、pixivの某シリーズから引き続きおつきあいいただきありがとうございます。
 彼についてはまたおいおいやっていきますので、気長にお待ちください。


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【#23】スクールクエスト!いざ鎌倉ならぬ小学校!

 この事件、こんなに長引かせるつもりなかったのに、予想以上に長引いてしまった…。
 あれも入れてこれも入れてと欲張った結果がこのありさま。どっかの漫画家だか作家だかがおっしゃってたけど、作品作りはいかにシーンをスリムにするかってことだって。(うろ覚え)
 どんなに書きたくても、他を圧迫するならあきらめるべきなんでしょうねえ。それができないから三流にとどまらざるを得ない。ショボン。
 まあいいか。書きたくて書いてるんだし。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 新しいセッションに、wktkが止まらない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 私ですか。そりゃもちろん、いつも通りですよ!薄暗い古書店で悠々自適に過ごしつつ、冒涜的知識満載の魔導書を売りつけて、SANが低めになっている方に、悪意と邪悪を囁いて、宇宙的恐怖の普及に努めております!いつも通り!

 

 え?二度言わなくていい?大事なことだから二度言ったんだろうが、言わなくていい?本当に皆さんはつれないですねー。

 

 皆さんSっ気強すぎでは?確かにこの世の人間はSとMに二極化できますが、私に対して当たりが強すぎでしょう。

 

 え?お前のSM理論なんぞどうだっていい?さっさと本題に入れ?

 

 本当に、つれない上、冷たいんですからー。

 

 まあ、そんな皆さん人間が、私は大好きですからね。愛情の一方通行?フフッ上等です。

 

 知ってますか?どんなに嫌がられても、反応が返ってくるという時点で、ああ、私の存在を知覚して、受け入れてくださってるんだって、ウキウキしてきちゃうんです!

 

 え?それはストーカーの理論だ、ですか?そんな置物の裏にビッシリ植えつけられた虫の卵を見るような視線を向けられて・・・いつにもまして、ひどくないです?

 

 まあ、いいですよ。

 

 私は皆さん人間が大好きです。皆さんがいくら嫌おうと、私のこの気持ちに、変化はありません。だからこそ、宇宙的恐怖の声を届けて差し上げるんです。なぜならそれが、私の、愛ですから。

 

 だから皆さんに、呪いの声を。

 

 赤子の赤子、ずっと先の赤子まで・・・。

 

 フフッ。フフフフ・・・。

 

 

 

 

 

 さて、冒頭邪神トークはこの辺にしておいて、そろそろ本題に行きましょうか。

 

 ああ、帝丹小学校で起こった怪異と、コナン君と探索者たちですね。

 

 プレイヤブル参戦なさっているのは、御存じ江戸川コナン君、松井陣矢君、浅井成実君、新規参戦組として橘鏡子君、竜條寺アイル君です。

 

 フフッ。盛り上がってきそうですね。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 合流された彼らは情報のすり合わせをなさっているようですね。

 

 松井君たちは警視庁から回収した情報と、コナン君から聞き出した情報を、竜條寺君たちは、過去の類似事件の洗い出しをなさっていたようで、そちらの情報を、それぞれ共有し合っているようです。

 

 ま、結局現地調査しかないだろう→今は警察が警備についてるから、夜になってから改めて、となったようです。

 

 じゃあ、それまで仮眠でも、となったところで、コナン君が引きつった顔をしています。

 

 おやおや、うちに帰りたくないと駄々をこねてますよ。実年齢は17歳のくせに何をしてるんですかねー、あの子は。

 

 

 

 

 

 え?お前は20話でコナン君に対してやった仕打ちを思い出せ?あんな目に遭ったら、再監禁を恐れて誰だって帰りたくなくなるだろう、ですか?

 

 んー。あれは、あのクソガキどもの処分を確実にするためだったんですがね。あとついでに、あんなのうちに連れ込んだことに対するお仕置きでもありました。

 

 彼もバカではありませんし、きっと懲りてくださいましたよね!それに、セッションを盛り上げるためにも、そんなつもりは微塵もありませんよ?

 

 まあ、今の私がそんなこと言っても、コナン君には聞こえませんからね。

 

 無断外泊、になってしまうのでしょうが・・・まあ、今のところは、“体調を崩したコナン君を、親戚の松井君が面倒を見ている”状態ですからね。実際、学校から何か言われたらそう言い訳して「知りませんでした!」というつもりですが。

 

 きっと、外泊ならその旨をご連絡いただけますよ。何ならこちらからコナン君の様子はどうですか~?とお伺いを立ててもいいでしょうしね。

 

 

 

 

 

 さてさて。

 

 コナン君は、どうするかといえば、おや、本来のご自宅〈工藤邸〉や阿笠博士のところもいやがって、結局槍田探偵事務所の仮眠室をお借りすることにしたそうです。

 

 ま、阿笠博士のお力を借りるなら、事情説明をしないわけにはいきませんからね。ご自宅はいつ、黒の組織の家探しが再発するか気が気でないらしいですし。

 

 で、そのまま各自仮眠などを取られることになったそうで。

 

 あ、一応、松井君からも非常にいやそうな声ながらも、コナン君を一晩預かる旨をご連絡いただきました。

 

 いやー、しっかりしていますねえ、彼。

 

 

 

 

 

 ふーむ。電話終了に伴い、一旦中継終了です。

 

 キリがいいというのもあるのですが、どうもお客様が来られたようで。

 

 あ、どうも、こんにちは。はあ、確かに江戸川コナン君は、こちらに住んでます。

 

 ああ、彼のご両親がお仕事の都合で外国住まいなんですが、治安の関係もあって日本でのびのび過ごしてほしい、とこちらでお預かりしているんですよ。

 

 ええ・・・ええ・・・学校から伺ってます。驚きましたよ。夜中にこっそり出かけようとしてて。ほら、最近はいろいろ物騒じゃないですか。夜中に子供だけで出かけるなんてとんでもない!と捕まえて、強引に部屋に放り込んだんですが・・・正直、ホッとしてます。

 

 もしかしたら、あの子もそんな目に遭ってたんじゃないかって。無事でよかったって。

 

 ・・・あの、いくらなんでも図々しくないですか?あの子、ただでさえもお友達のことで落ち込んでいるのに、そこを根掘り葉掘りするなんて、正直無神経ではありませんか?

 

 いくら警察だからって、やっていいことと悪いことがあるのでは?

 

 は?やましいこと?それはご自身のことではありませんか?例えば・・・そう、犯人を捕まえられないことを、ご遺族に文句をつけられ・・・ったいですねえ!手が出る時点で認めてるようなもんですよ?!

 

 任意ですよね?だったら、お話しすることはこれ以上ありません。どうぞ、お帰りを。

 

 ・・・帰れと言ってるのが、わからないんでしょうか?

 

 やれやれ、やっと帰ってくださいましたね。

 

 ショゴスさん、お茶のお代わりをお願いします。あと、玄関先に塩も撒いておいてください。

 

 え?ああ、すみません。どうも、警察から事情聴取の方が来られたんですが・・・妙なんですよねえ。

 

 すでに捜査の主導権は警察からMSOに切り替わっているはずです。よしんば聞き込みに来られても、MSO傘下の人間(あるいは風見君のような“連絡係”)が警察を名乗ってくるはずです。にもかかわらず、先ほど来られたのは、本当にただの警察官(正確には刑事を名乗られてました)でした。

 

 ふむ・・・独断専行、って奴でしょうね。頑張って犯人を捕まえるぞ!と張り切ってたのに、いきなり担当外されて、何でや!納得できるわけないだろ!こうなったら独自調査で捕まえるもんね!と勝手に張り切ってるパティーン、でしょうね。

 

 そのまま盛大に自爆につながってくださるなら、私としては笑えるので大歓迎、なのですが。

 

 さて、どうなることやら。楽しみですね。

 

 

 

 

 

 さてさて、少々タイムスキップして、夜8時ごろでしょうか。

 

 再合流した探索者たちの搭乗するラルゴが帝丹小学校の門前に乗りつけました。そのまま門を開いて、中まで乗り入れて、停車します。

 

 全員降りて、そのまま閉ざされた正面玄関まで向かいます。いよいよ探索の本格スタート、といったところですね。

 

 ちなみに、全員懐中電灯(コナン君のみ麻酔銃兼用の腕時計ライト)を装備されています。

 

 そして、松井君はライトは左手、右手には拳銃を、アイル君は右手に妙にごつごつした手甲を装備なさっています。

 

 ほほう・・・察するに、あれはMSOからの支給品ですね。パンチの威力を増幅させるサポート装備、といったところですかね。

 

 橘君も左肩に刀の入った青い鞘袋を担いでいますし、準備万端、といった様子ですね。

 

 もちろん、きっちり施錠されているようでしたが、松井君はあらかじめ警察の“連絡係”を通じて入手していたカギを使って開けました。

 

 いやあ、準備がいいですね。

 

 コナン君が怪訝そうにしてますが、成実君がいたずらっぽくウィンクしながら「私たちの協力者も、結構多いのよ?」と言ってのけたので、とりあえず納得はされたようです。

 

 ライトで照らしながら中に入ります。うち履きには履き替えず、用意されていたマットで靴裏を拭くだけに止めるようです。

 

 まあ、いざという時に履き慣れたものを身につけているのといないのとでは雲泥の差がつきますからねえ。神話生物が絡んでいる可能性がある以上、うかつに回避能力を下げる選択肢が選べないのは当然でしょう。コナン君に至っては武器を兼ねているわけですし。

 

 仮に痕跡を残してしまっても、MSOの事後処理班が隠滅してくれるでしょうしね。

 

 

 

 

 

 で、そのまま探索開始、です。

 

 ところが、間もなくコナン君が異変を聞きつけました。【聞き耳】がクリティカルしてしまったようで。

 

 そのまま、音がした場所へ駆けつけてみれば・・・あらら、窓が割れてますよ。割れた破片も散らばってますから、警察の捜査後としては不自然、つい先ほど割れたと考えるべきでしょうねえ。

 

 どうも、何者かが窓を割って内部に侵入したのではないかとみているようです。

 

 ついでに言うなら、この侵入者はかなりずさんですね。教室の木目の床に泥だらけの足跡が複数残されてますからね。しかもまだ乾ききってない、新しいものだと速攻看破されてますし。

 

 どういうことかと一行が顔を見合わせる中、松井君が一人、難しげな顔をしていますね。

 

 ・・・ああ、そういえば、お昼間にご友人の一人である風見君から警告を受けられてましたね。

 

 確か、事件の捜査権がMSOに移されるのを面白く思わない輩もいるから気をつけろよー、とか何とか。

 

 ふうむ。これはこれで面白いことになりそうですね。まあ、夜中の学校を探索して、普通になんちゃって魔導書をただで回収されるよりかは、こちらのほうがおもしろくなりそうですしね。

 

 

 

 

 

 おやどうしたんです、皆さん。

 

 またお前が何事か仕込んだんじゃないかって?

 

 まさかそんな!・・・よくわかりましたね!ご褒美に花丸を上げちゃいます!(ニチャァッ)

 

 いえいえ。例の刑事さんがお帰りになられてから、ちょっとした思い付きで、被害者となっている例のクソガキどものご家族に、お電話をおかけしたんですよ。

 

 フフッ。この無貌の邪神にとって身元偽装なんて、朝飯前のおやつ前ですよ。声音と電話番号をごまかして、警察として言ってあげたんですよ。

 

 上からの圧力で捜査打ち切られちゃいましたー。悔しいんですけど、こればっかりはー。まあ、警備は緩くしてるんで、調べたいならご勝手にどうぞー。でも数日で警備きつくしちゃうんで、やるならさっさとしてくださいねー。と。

 

 嘘は言ってませんよ?事実すべてではありませんがね。

 

 加えて、人間は見たいものだけ見て、信じたいものだけ信じる都合のいい生き物ですからね。

 

 さぁて、どういう解釈とそれに基づいた行動をとってくださったんでしょうね?楽しみです。

 

 おや。案の定かよ、というような顔をなさって。今更でしょう。

 

 ・・・私は、元凶たるクソガキどもを処分できたところで、あのクズ親どもを野放しにしましょうとは、一言も言ってないのですから!

 

 むしろ大事な子供たちと同じ目に遭えるんですから、幸運に思うべきです。

 

 そうでしょう?

 

 

 

 

 

 さて、誰か侵入してきていると気が付いた探索者たちの行動は早いものでした。

 

 とにかく、急いでオカルトクラブの元部室へ向かおうと駆け出しましたが、時すでになんとやら。

 

 突然空気が重苦しいものに変わったと思ったら、身の毛もよだつ悲鳴が上がりました。

 

 目的の空き教室に駆け込んだ時には、すべてが遅すぎましたよ。

 

 物置代わりにされていたその教室は、もともと物が少なかったのでしょう、隅に棚やら机やらを寄せられ、中央には付録のアーティファクト(パッと見た限り作りかけの木彫りの彫像にしか見えません)がぽつんと置かれ、その周囲には魔術的文言を意味する模様の施された円環が描かれ、そこに沿うように立っていたらしい数人の人間。

 

 

 

 

 

 さて、お待ちかね。クリーチャーの描写に行ってみましょうか。皆さん、ダイスの準備は大丈夫ですか?(ニヤニヤ)

 

 

 

 

 

 それは、一見したところ、上下が妙に平たい球といった印象で、まばらに生えた非常に長く太い毛で覆われているようにも見えた。

 

 しかし、実のところ、その毛のようなものは付属肢であり、細長い触手だと気づくだろう。

 

 その異形の皺状の上部表面には、一個の巨大な複眼状の目があり、その下に恐らく口に相当すると思われるすぼまった穴が一つ付いている。

 

 うろこで覆われた燃えるように輝く球体、それに無数に生えた、半透明の象牙色の肌をした、不気味にのたうつ蛇のような触手。ミドガルドの大蛇の王に冷酷なまなざしを投げる、一個の巨大な複眼状の目。

 

 

 

 

 

 はい、滅多に出てこないレアクリーチャー、ニーハン・グリー君です。

 

 彼が現れた途端、周囲の気温が下がり、腕をさすって歯を鳴らして震えている者もいます。

 

 ええ、彼らは厚い霧と氷のような冷気を伴って現れ、その力を行使することができます。被害者が時期に見合わぬ凍死、というのはこれが原因です。

 

 そしてもう一つ。彼らには特筆すべき能力があります。

 

 ま、すでにそちらは発動済みなのですがね。

 

 では視点をNPC・PCの描写に戻しましょう。

 

 

 

 

 

 NPC――先に来て、召喚呪文をやってくださったほうですが、まず、例のクズ親どもですね。半分近くがSANチェック失敗してパニック状態に陥ってます。

 

 おや、約一名、うちの店に来たお昼間の刑事さんがいらっしゃいますね。SANチェック失敗したのみならず、その体を徐々に変化させていってますが。

 

 皆さん、TVの教育番組で見たことないです?人間の体をグニャグニャ変形させ、徐々に原人、サル、ネズミ、魚、と進化の順を逆再生して見せるCGを。

 

 それと同じものが今、その刑事君の身に起こっているのですよ。手足が縮み指の形が変わり、毛深くなり、尾が生え、骨格がいがみ・・・。まるでカピバラのなりそこないのような巨大なげっ歯類にそのままその姿を変貌させてしまいました。

 

 ええ、ニーハン・グリー君は、1ラウンドに一回、冷気、あるいは退化効果を行使することができまして。

 

 つまり、以前校舎内で発見されたチンパンジーは、ニーハン・グリー君の攻撃を受けたクソガキのなれの果て、ということです。

 

 ま、そんなもの目の当りにしたら当然SANチェックも発生してしまうわけですね。

 

 結果は・・・ほかのNPCも大半が失敗、プレイヤーキャラでは竜條寺君とコナン君が失敗しましたね。

 

 となれば当然次に来るのはアイデアロールですが・・・おや、竜條寺君は失敗、コナン君が成功と来ましたか。

 

 NPCのほうもそのままアイデアロールに成功する方がほとんどですねえ。かわいそうに。(ニチャァッ)

 

 コナン君は悲鳴を上げて、足元をふらつかせるや、次の瞬間「ねえ、何かあった?」とあどけない様子で首傾げされています。

 

 あらぁ、健忘症を引いてしまいましたか。ま、ほかの致命的奇行(自殺とか殺人とか異常食欲とか)に走らないでよかったですねえ。

 

 「な、何ですか!あれ!」

 

 「知るか!来るぞ!構えろ!」

 

 蒼白になった成実君の怒声に、松井君が怒鳴り返しながら、銃を構えます。

 

 うねうねと触手をうごめかせるニーハン・グリー君は、そのまま周囲の哀れな生贄たちを片っ端から冷気と退化の餌食にする気のようですね。

 

 

 

 

 

 あ。ちなみに、ニーハン・グリー君は召喚ガチャ呪文においては、ハズレ、です。

 

 条件的に引っかかるやつがいなくて、呪文やアーティファクトで次元の壁に穴開けた結果、他の世界につながる戸口付近で待ち構えてた彼らが釣れた、それだけです。

 

 ま、言うこと聞くような連中でもありませんしね。福引のたわしやポケットティッシュ的な連中ですよ。

 

 

 

 

 

 多分、事件調査の一環で、召喚ガチャ呪文を再現したんでしょうね。そしたら、ご丁寧にニーハン・グリー君の降臨まで再現してしまった、と。

 

 ま、呪文を仕込んでた『不思議な幼虫さんの秘密☆』自体、魔導書の例にもれず人間を魅入らせる仕掛けが施してあるんで、我慢できずに1から10まで再現しようぜ☆ってことになったのかもしれませんねえ。

 

 え?何他人事なんだ、てめえが元凶なんだろうがこら、ですか?

 

 おやおや。確かに私は魔導書を流出させましたよ?ですが、それを試そうと準備を整え、魔力を代価に複雑な呪文を唱えたのは、あなた方人間でしょう?

 

 自らの脆弱な精神力を私に責任転嫁されても困りますねえ。(ニチャァッ)

 

 

 

 

 

 さて、戦闘開始、と行きたいところですが、それより早く橘君が叫びました。

 

 「逃げましょう!この手の奴は、召喚失敗で偶発出現した類のものです!

 

 放っておけば元の世界に自動帰還します!

 

 まともに相手するより、逃げ回ったほうが確実です!」

 

 ああ、彼女、赤井君へのリスペクトが凄まじくて、戦闘服は特注のスーツ、魔術の勉強もやって、呪文もいくつか習得済みという筋金入りですからねえ。

 

 知識ロールして、ニーハン・グリー君のことを完全看破、とまではいかずとどういった存在か、ぐらいは察したようです。

 

 同時に松井君は舌打ちとともに銃をしまい、コナン君の襟首をつかんで踵を返します。

 

 「どっちだ?!」

 

 「どこでもいい!あの攻撃は回避不能、即死同然だぞ!食らう前に逃げるしかねえだろ!」

 

 松井君に竜條寺君が叫び返します。

 

 転がるように教室を後にする探索者たちをよそに、そこに詰めていたクズ親たちの悲鳴が間もなくやみました。

 

 すすり泣くような命乞いがかろうじて聞こえる程度で、それも間もなく聞こえなくなりました。

 

 ふむ。完全発狂したか、あるいは全員死んだか。

 

 あっはっははっはははははっは!実にいい気味だ!まるでゴミのようです!皆さんもそう思いません?!

 

 まあ、生き残ってようが発狂してようが、これで確実に再起不能でしょう!実にめでたいじゃないですか!!

 

 「ねえ、何が起こってるの?」

 

 「おいおい勘弁してくれ、名探偵!頼むからしっかりしろよ!元に戻る前にロストなんてシャレにならねえだろ!」

 

 いまだに発狂による健忘症で状況が把握しきれてないコナン君に、竜條寺君がすがるように叫んでいますね。

 

 「戻る・・・?」

 

 キョトンと眼をしばたかせるコナン君。

 

 おや?彼のあの言い分・・・まるで、コナン君の正体を知っているかのような言い回しにも聞こえますねえ?フーム・・・気にはなりますが、とりあえず置いておきましょうか。

 

 暗い廊下を疾走する探索者たち、その最後尾にいた成実君がわずかに後ろを振り向きましたが、ヒッと喉の奥で悲鳴を上げ、「追ってくる!走って!」と喚いてますね。

 

 ああ、ニーハン・グリー君の追跡に気が付いたようですねえ。

 

 まあ、彼ら、いくつかの呪文を習得してる場合もあって、馬鹿じゃないんですよ。逃げるやつがいるなら追いかけようか、ぐらいには思ってしまうようで。

 

 ちなみに彼ら、宙を浮くか、触手を使って這い回って移動します。

 

 おや、うっかり想像して、キショッと呟かれた方、SANチェック失敗、おめでとうございます。

 

 チッと舌打ちした松井君が、振り向きざまに威嚇射撃をします。まあ、振り向きざまですのでね、【拳銃】を1/2でロールすることになれば、いかな松井君といえど失敗するでしょうね。弾はかすりもしませんでしたとさ。

 

 「仕方のない!」

 

 足を止め、スーツの懐から丸めた和紙を取り出した橘君が、叫びました。

 

 「オーダーです!≪ヴールの印≫の後、≪手足の萎縮≫の使用を命じます!後者の対象は、敵、神話生物!」

 

 「おいおい!魔術を使うのか!」

 

 竜條寺君の声を無視して、橘君は左手に広げた和紙を持ち、右手で複雑な印を切りながら詠唱を始めました。

 

 いえ、単なる和紙ではありませんね。魔導書、というより、それを目指して作りかけの紙束、といった風情でしょうか。呪文や神話生物に関する知識がいろいろ書きつけてあるようですね。橘君はそれを見ながら呪文を詠唱しているようです。暗い中、よくやりますね。

 

 「なんでもいい!時間稼ぎだ!竜條寺!銃だ!早くしろ!成実!頼む!」

 

 「くそが!いつも通りとはいえ、ろくなもんじゃねえな!勘弁してくれ!

 

 浅井!名探偵を頼むぞ!」

 

 「わっと!」

 

 松井君に押し付けられたコナン君を成実君が受け取ったのと、松井君と拳銃を取り出した竜條寺君両者の射撃が、再びニーハン・グリー君に炸裂します。

 

 おや、今度はちゃんと成功しましたか。

 

 しかし、ニーハン・グリー君は装甲持ちの上、かなりタフですからね。

 

 いかに魔力装甲を貫通する特殊弾丸を装填できる拳銃といえど、1撃2撃では仕留められませんよねえ?

 

 とはいえ、距離がありますのでね。ニーハン・グリー君のほうは、距離を詰めるのにラウンドを消費するようです。距離を詰められたら最後、退化or冷気の回避不能攻撃が炸裂すること間違いなしです。

 

 そして、その距離の有無こそが、探索者たちにとっては幸運となったようです。

 

 「WITHER LIMB!」

 

 橘君の詠唱が完了し、彼女が右手を振り下ろしました。

 

 ボゴンッとアルミ板をへこませるような音を立てて、ニーハン・グリー君の触手の4分の1ほどがゴッソリと抉られたように削り取られました。

 

 「ざxscdfvgbhんjm!!!」

 

 人類には発音不明の悲鳴を上げるニーハン・グリー君が、触手を蠢かせて苦痛に悶えるのをしり目に、チャンスだとばかりに膝に手を当てて息を切らす橘君を、竜條寺君が米俵のように担ぎ上げ、成実君が引き続きコナン君を抱きかかえたまま、再び探索者たちは逃走を試みました。

 

 DEX対抗ロールですね。ニーハン・グリー君は今ので、移動に使用していた触手が縮んでしまっているので、DEXにも影響が出ていますね。こちらのメンバーは、担ぎ上げているせいで影響が出ているメンバーもいますが、問題なく対抗ロールに成功し、今度は逃げ切ることに成功しました。

 

 

 

 

 

 おや、いつになく長いですねえ。まあ、いいでしょう。

 

 それでは皆さん、ご一緒にご唱和ください♪

 

 続く!

 

 

 

 

 あなたに暗い続きの加護がありますように。





【セッションを眺めて保護者失格といわれそうなナイアさん】
 大体こいつのせい。(みんな知ってる!)
 前回から引き続き、探索者たちの動向をニヤニヤしながら眺める。
 20話でコナン君を監禁したことについては、欠片も悪いことをしたとは思ってない。むしろ、当然の権利くらいには思ってる。
 そして、被害に合わせた少年探偵団たちの保護者についても、許すとは一言も言ってない。つまり絶対許さない。20話で明言している通り、絶対処分する気でいる。
 だから、ちゃんと処分できるように仕込みも施した。
 中継を一旦打ち切ったところで、やってきた刑事さんの事情聴取に、あれこれと常識的な受け答えをとってみせる。
 くどいようだが、一応彼女は人間に擬態している身の上であり、ほとんど完璧にそれをこなせる。常識的なラインの区別は朝飯前である。
 なお、殴ってきた刑事に対しても、ちょっとムッとした。ただし、彼女はさほど短気というわけではないので、今すぐ殺そうそうしようという気はなかった。機会があるなら、殺そうかくらいの感じ。
 その後、少年探偵団の保護者達を処分する仕込みをしてから、再び出歯亀に戻る。
 保護者ズと+αの刑事さんを無事処分できたことに、爆笑&大喝采。さすが私!
 出現した神話生物ニーハン・グリーと、逃走に打って出た探索者たちの追いかけっこにニヤつく。
 生き残るのはど~っちだ?

【暫定自宅に戻りたくなくて、探索に乗り出したら一時発狂したコナン君】
 前回から引き続き、セッションに挑む。
 合流した他探索者たちとの情報共有に合わせて、自分が持っているあいまい情報も併せて共有する。・・・あまり役に立たないとはわかっているが、何もわからないよりはマシと思ったため。
 昨日の今日で、あんなクソ以下邪神と顔合わせるなんて冗談じゃない!また監禁されるかもしれないってのに!家に戻るなんて二度とごめんだ!
 けど博士は巻き込めないし、本来の家にも戻れないし・・・槍田さんところで仮眠させてもらえるの?・・・お願いします。
 たっぷり眠って、しっかり準備して、いざ小学校の探索開始!
 なお、邪神様は説明を省いたが、今回の事件のせいで飲んだくれ警備員さんはクビにされ、帝丹小学校には警備会社の本格セキュリティ(SEC●MとかALS●K的な)を導入されることになりました。
 その工事に少し時間がかかるので、それまでの間に調査を済ませなければならない、ということになりました。
 そして、探索開始から間もなく、他にも侵入している人がいるんじゃね?ということに気が付く。
 化け物いるかもしれないのにまずくね?すぐ探さないと!
 慌てて駆けつけるが、その侵入者たちがよりにもよって意味不明な化け物を呼び出していた。
 うっかりその化け物と、化け物が引き起こす超常現象を目の当たりにして、健忘症を発症してしまった。今のところみんなの足を引っ張ってばかり。
 がんばれ主人公。まだこれからだぞ?薬の制作者とすら合流できてないんだぞ?名探偵コナンが未完に終わるぞ?しっかりしろ。

【満を持して本編参戦なさった探索者の橘さん】
 原作登場は、劇場版『ゼロの執行人』より。本シリーズにおいては外伝γ、およびγ‐2に登場。
 2年前のγで語られた事件をきっかけに弁護士を辞職、MSOに加入後、魔術の勉強やその手の訓練を積んでいた。コナン開始済みの現在においては、一人前の捜査官となって怪奇事件の調査・解決を担っている。
 転機となった事件で赤井さんに救われたのもあって、彼を全面的にリスペクトしており、装備は特注スーツ(激しく動いても破れないし、生地自体がかなり丈夫)に加え、いくつか魔術を習得済み。
 作りかけ魔導書は和紙に書き込んでいる。
 現在判明している習得魔術は≪ヴールの印≫、≪手足の萎縮≫。話が続けばさらに習得呪文が追加されます。
 なお、他のメンツよりもその手の分野に踏み込んだ勉強をしているので、神話技能が高めの上、知識ロールと併せたら未見の神話生物でも概要を見抜くことが可能というチート技能を持つに至った。
 ・・・ただし、赤井さんと違って、SANチェックはしっかり行っているので、割とSANは低め。発狂すればもれなく魔術で悪さするタイプになります。


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【#24】スクールクエスト!事件は解決。私たちは亀裂。

 やっと終わった・・・事件自体は終わったけれど、いくつか語らなければならないことがあるので、それは後日談に回します。

 正月に実家に帰った時、弟とコナンについて話したのですが、『ゼロの執行人』について、彼がこんなことを言ってました。
 あれ、ぶっちゃけ、安室さんの報連相不足が原因じゃね?あの人がもっとしっかり関係者に通達してたら、あんなこと起こらなかったんじゃ?
 お、弟ぉぉ?!正論かもしれないけれど、なんということを!
 あと、もう一つ。彼はこんなことも言ってました。
 安室さんとかもカッコよかったけど、ぶっちゃけ犯人のあれこれ、橘さんのクソ身勝手ぶりに吹っ飛んだわ。
 せやな。まあ、橘さん、立場的に権力があるというわけでもないし、IOTテロや無人探査機落としみたいな大それた悪事働こうとすることもできず、唯一の嫌がらせじみた抵抗さえも無駄でしたってあざ笑われたようなもんだもんね。
 何もかも無駄って言い渡されたら、あとは泣き崩れるか、それでもプライドにすがって虚勢を張るかの二択になるんでしょうね。橘さんは後者。
 方向性違うかもしれないけど、強く生きようとする女は大好きです。
 橘さん、あの事件の後、小五郎さんに謝って、それなりに生活してくれてたらいいなあ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 この度、この邪神ニャルラトホテプたる私に、久々に不快と怒りを与えてくださった塵芥の処分は無事、完了しました。

 

 いやな・・・事件でしたね(遠い目)。

 

 おや皆さん。実行犯が何をほざきやがる、ですか?

 

 実行犯とは聞こえの悪い。確かに私は、彼らの処分のために、赤井君用にとっておいた、シナリオを解禁しました。保管しておいた神話生物のランダム召喚呪文と補助アーティファクト付きのなんちゃって魔導書『不思議な幼虫さんの秘密☆』を再流出させて、クソガキどもの目につくところに放置しました。

 

 ですが、私がやったのはそれだけですよ?魔術を行使して、うっかり神話生物を召喚して、被害に遭ったのは自業自得でしょう?ほぉら、私だけのせいだけではないでしょう!お判りいただけましたか?!

 

 いやなら最初っから手を出さなければいいんですよ。あなた方人間はいつもそうだ。危険物に自分で手を突っ込んで大火傷したら、手を出したのは自分のくせに、自己責任は棚に上げて、危険物を放置した方を鬼の首を取ったかのように責め立てます。

 

 まったく。・・・まあ、そういうおバカなところも、愛しいのですがね。

 

 よく言うでしょう?痘痕も笑窪、とね。

 

 それに、そんな愚かな同族の尻拭いに奔走する探索者たちこそ、私が真に愛しいと思うような人間たちです。

 

 フフッ。がんばってくださいね♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さぁて、皆さん!いよいよ事件の佳境ですよ?!盛り上がってまいりました!

 

 真夜中の小学校で神話生物に追い回されるという、地獄の釜の縁でタップダンスを踊る、イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 エントリーNo.1!我らが愛すべき同居人!元高校生探偵工藤新一君、改め小学生探偵江戸川コナン君!

 

 エントリーNo.2!冤罪で警察追われて、それでも俺は戦うぜ!松田陣平刑事改め、松井陣矢君!

 

 エントリーNo.3!女装は趣味じゃないよ!相手に親近感と安心感を与えるための工夫だよ!故郷は月影島の唯一ヒーラー!浅井成実君!

 

 エントリーNo.4!俺はこっそり知ってるぜ?お前が名探偵だってことをな!ミステリアスニューフェイス!竜條寺アイル君!

 

 エントリーNo.5!尊敬しているのは赤井さんです!公安はすっこんでろ!魔術も使える刀剣女子!橘鏡子君!

 

 以上5名がプレイヤーメンバーです。

 

 

 

 

 

 彼らの置かれた状況は以下の通り。

 

 ●小学校1年生3名が被害に遭った怪奇事件の調査として、真夜中の帝丹小学校に潜入。

 

 ●時を同じく侵入していた被害児童の保護者達がうっかり召喚魔術の失敗で呼び出したニーハン・グリー君を目撃。

 

 ●コナン君が一時的狂気で健忘症となり、現在ニーハン・グリー君からの逃亡中。

 

 ●ニーハン・グリー君は長期顕現ができないと推測した上で、橘君の魔術により、そのCONを削り、なおかつDEXも下げたうえで、逃げ切りました。

 

 

 

 

 

 さて、視点を現在に戻しましょう。

 

 どこかの空き教室に逃げ込んだところで、成実君がコナン君に【精神分析】を試みてますね。

 

 念のため、【目星】【聞き耳】が高めの松井君と竜條寺君が入り口を見張り、この後どうする?的な相談に入りましたね。

 

 順当なところでは、ニーハン・グリー君が確実に消えているだろう、朝に出直すというのが一番なのでしょうがね。実際、橘君がそれを提案してきましたが、間もなく、松井君が舌打ちと同時の銃撃で、それを却下しました。

 

 

 

 

 

 おやまあ、追いつかれた・・・というわけではないようです。あれは、どうやら別のニーハン・グリー君です。

 

 その証拠に、橘君が≪手足の萎縮≫で削り取ったはずの触手が無事ですのでね。別個体と考えるべきでしょう。

 

 まさかまた誰かが召喚した?!と騒然となるほかのメンバー(もちろん再度SANチェックが入って今度は成実君が失敗してました。アイデアも失敗したようですが)に、少し考えた〈アイデアロールした〉橘君がノーと答えています。

 

 

 

 

 

 ううん・・・?

 

 ああ、なるほど。小学生3名の場合と今夜の場合では、魔術の使用に参加したメンバーが違いますからね。基礎魔力の量が違えば、使用に消費される魔力の量も違います。結果として、現れるニーハン・グリー君の数も違う・・・どころか、ふむぅ?

 

 そもそも、召喚魔術というのは、術者のいる“こちら側”と被召喚物のいる“あちら側”を空間に穴をあけて一時的につなげるものです。つながった穴を通って、召喚されたものは現れるわけです。

 

 穴は大体、召喚完了と同時に空間が元々持つ復元力によって消失するものですが、召喚魔術の行使中に、術者たちが全員行動不能、あるいは生き残りが正気を飛ばしてしまえば、その辺の制御が失われてしまうわけです。

 

 ・・・確か、あの補助アーティファクトがその辺の補助をしてたはずです。

 

 まあ、端的に言うなれば、今、召喚魔術を行使してたあの教室には、そういう穴が開きっぱなしというわけですね。で、穴が開いている限り、ニーハン・グリー君たちが入り込み放題、というわけです。

 

 穴がいつ閉じるかも不明・・・というより、生き残ってはいますが正気を飛ばしている方の魔力が尽きるまでですので、いつになるかははっきりと明言できない状態ですね。

 

 

 

 

 

 おや、鋭いですね、橘君。

 

 そのあたりの事情を、おおざっぱとはいえ見抜いた彼女は、教室に戻って魔術の行使に使われた魔法陣、あるいはアーティファクトの破壊の必要性を主張しました。

 

 「おいおい!どうやって戻るんだ?!来た道は化け物どもで通せんぼだぞ?!勘弁してくれ!」

 

 情けない声で喚いたのは竜條寺君ですね。ニーハン・グリー君Bを寄せ付けないように、松井君と二人係で銃撃を浴びせかけてますね。

 

 「一度1階に降りよう!回り道して・・・北校舎を迂回すれば!」

 

 ここで声を張り上げたのは、正気を取り戻したコナン君です。

 

 成実君の腕から飛び降り、しゃんと立った彼は、凛とした表情で言いました。

 

 「急がば回れだ!オレが案内する!」

 

 「オーケイ!頼むぜ!コナン!」

 

 迷っている暇はないと判断した松井君は即決で、指示を飛ばします。

 

 「俺が奴の動きを止める!成功したらここを出るぞ!橘!コナンと一緒に先頭だ!魔術云々に一番詳しいのはお前だからな!」

 

 「了解!遅れないでね、ボク!」

 

 「ああ!」

 

 橘君にコナン君がうなずいたと同時に、松井君が動きました、右手で銃を撃ち続けながら、左手でジャケットの懐から取り出した手榴弾のピンを歯で引き抜き、ニーハン・グリー君めがけて投げつけていました。

 

 しかし、いよいよニーハン・グリー君の触手の有効射程に入ってしまい、身震いするような冷気が吹き付け始めました。せっかくの手榴弾も冷気の波に触れ、ニーハン・グリー君に炸裂する前に凍り付きました。

 

 ですが、その凍った手榴弾を、竜條寺君の銃撃が、打ち抜きました。

 

 轟音を伴った爆発と同時に、ビシャッと中身が降りかかりました。

 

 「?! ??!!!」

 

 直後、ニーハン・グリー君の不気味な触手の蠢きが、液体を被ったところを中心に急激に鈍くなりました。当の神話生物も、何が起こったか、複眼をきらめかせながら、動揺しているようです。

 

 とにかくめったやたらと触手を動かしますが、それでも動きが鈍くなっていき、最終的にうかつにも触れてしまった壁に引っ付くように完全に硬化してしまいました。さらに、その上に冷気による氷が分厚くのしかかっていきます。

 

 冷気の能力が、完全に裏目に出ましたね。

 

 ほほぉ?あれは・・・。

 

 「硬化ベークライト入りの炸裂弾だ!空気に触れりゃ、それだけで硬化するぜ!セメントよりも硬くな!お得意の氷で、何とかできるならやってみろよ!毛むくじゃら!」

 

 松井君がいささか得意げに言うのをよそに、教室のもう一つの出入り口から、コナン君と橘君を先頭に、探索者たちが駆け出していきます。

 

 しんがりを松井君が務め、彼は硬化してないいまだに何本か動いている触手に威嚇として何発か撃ち込み、彼も続けて出ていきます。

 

 

 

 

 

 なるほどなるほど。

 

 確かに、神話生物は殺すこと自体が困難な相手というのも珍しくありません。

 

 何しろ、大半が魔力装甲をまとっている上、既存生物とは隔絶する頑強さを持っていますのでね。

 

 そういった相手には、とにかく動きを封じて逃げの一手を取る、というのは有効でしょう。

 

 最終的に生き残れば勝ち、と人間はうそぶくことが多いですからね。

 

 

 

 

 

 「魔法陣の破壊って言ったよね?!具体的には?!」

 

 「床に描かれていた魔法陣を消します!ですが、図形そのものに魔力を帯びてしまってて、おそらく普通の墨やマジック程度では意味がないでしょう!」

 

 廊下を走りながらコナン君の質問に、橘君が答えています。

 

 「じゃあ、どうすれば?!」

 

 「魔法陣に込められている魔力を無効化します!私が何とかするので、援護を!」

 

 ほほう。橘君には何らかの策があるようです。

 

 わずかな月明かりの差し込む廊下を、探索者たちの激しい足音が響き渡ります。

 

 とにかくグズグズするのも惜しいとばかりに、彼らはコナン君の先導の下、校舎内を、階段を下り上り、別の校舎に移る形で大きく迂回し、再びオカルトクラブの元部室の教室まで駆け戻りました。

 

 ですが、彼らの足音を聞きつけたか、一番最初に彼らと遭遇し、触手を削ぎ取られたニーハン・グリー君が再び立ちはだかりました。

 

 「橘!名探偵!先行け!浅井!二人のフォローだ!行け!」

 

 走りながら銃のリロードを済ませておいたらしい竜條寺君が叫びました。

 

 同じくリロード済みの銃で、先制射撃をお見舞いする松井君が「こっちは任せろ!そっちを頼むぞ!」と叫ぶのに、やむなく残り三名はニーハン・グリー君の脇をすり抜ける格好で、教室内に駆け込むことになりました。

 

 一方の教室内部は・・・ふむ。これはひどい。

 

 ニーハン・グリー君の冷気や退化攻撃で、そこら中に凍った死体や、サル、ネズミ、魚らしき生き物が転がりまくり、わずかに生き残った人間が廃人状態で、座り込んでいます。

 

 ああー・・・廃人化しているくせに、魔力のパスはつながっているので、召喚魔術が発動しっぱなしという、一番面倒な状態になってますねえ。

 

 その証拠に、教室の中心に描かれた薄紫に発光中の魔法陣、その中心に置かれた、彫りかけの木彫り人形のように見えるアーティファクトの上の空間が、陽炎のように揺らめています。いまだに空間が不安定な証です。

 

 これは、本当にウカウカしていると、“猟犬”あたりが出てくるかもしれませんよ?早く何とかしないと、本格的にまずいでしょうねえ。

 

 駆け込むなり、橘君はブラウスの下につけていたペンダントを引きちぎるように外し、メダル状のペンダントヘッドを、魔法陣の中に投げ込もうとするように振りかぶります。

 

 ところが、陽炎のように揺らめいていた空間から、白い冷気をまとった、槍のように突き出た触手の束が、橘君の右手に命中しました。

 

 「きゃあああああっ?!」

 

 強烈な冷気と痛打に、橘君はたまらず、悲鳴とともにペンダントヘッドを手放してしまいました。

 

 明らかにおかしな方向に曲がった様子と、スーツの袖に吹いた霜からも、彼女の右腕が当分使用不能となったのは、誰の目にも明らかでしょう。

 

 そんな彼女をあざ笑うように、新たなニーハン・グリー君が、魔法陣の上に姿を現し、その複眼状の眼を向けてきました。

 

 しかし。彼女は一人ではありません。

 

 手放したペンダントヘッドを間一髪でつかみ取ったのコナン君で、「いっけえ!」とそのコントロール抜群のキック(増強シューズによる強化なし)で、魔法陣の中に蹴り込みました。

 

 ほほう・・・この短時間で、橘君の狙いを正確に見抜くとは、さすがですね。

 

 とっさに橘君の姿勢を支えたのは成実君で、ニーハン・グリー君の触手による2撃目の触手から、彼女をかばうように突き飛ばしました。

 

 床に転がった姿勢のまま、橘君は痛みをこらえながら、自由な左手で印を組みながら叫びました。

 

 「疾れ〈Blast〉!≪旧神の印≫〈ELDER SIGN〉!」

 

 その力強い忌々しい詠唱とともに、魔法陣の中に蹴りこまれたペンダントヘッドが金色に輝きました。

 

 メダル状のその表面に彫り込まれていたのは・・・あの紋様!

 

 ああ!あの五芒星と、その中心の瞳!忌々しい、秩序の番人気取りの、旧神どもの印!我らが邪悪な力を払う、守護の力!

 

 なるほど・・・魔法陣に込められた魔力を無効化する手段・・・そういうことでしたか。

 

 「あzsxcdfvgbhんjmk!!」

 

 ペンダントヘッドから放たれた光に触れるや、ニーハン・グリー君がもがくように触手をくねらせ、虚空に消えました。

 

 いえ、元いた次元に強制送還された、というところでしょうか。

 

 そして、魔法陣もまた、紫の光を一瞬明滅させ、その力を失いました。

 

 ・・・やってくれましたね。本当に。

 

 バシッという、何かがはじけるような音を立てて、召喚補助用のアーティファクトも、陣の真ん中から弾き飛ばされてしまいました。ころりと転がったそれを、橘君が痛みをこらえながら拾い上げました。

 

 もちろん、魔法陣の上にあった、陽炎のような空間の揺らめきも綺麗に消失しています。

 

 同時に、廊下のほうから聞こえていた銃声がやみました。

 

 ああ、どうやら、あちらのニーハン・グリー君も、元の次元に送還されたようです。

 

 それを察したのか、今にもそちらに駆け出そうとしていたコナン君が、安心したように足腰の力を緩めました。

 

 直後、神話生物に圧倒されて硬直していた野性とほぼ同等の、動物たちが騒ぎ出しました。

 

 銘々好き放題に喚き吠え鳴き、狭苦しい教室で暴れまわります。

 

 あ。虫の息だった魚(鰓呼吸ですから、当然でしょう)が、サルに捕食されました。

 

 「っ・・・コナン君!そこに転がっている本を持ってきて!逃げますよ!」

 

 負傷した右手を抑えながら言った橘君に、慌てながらもコナン君は、魔法陣のそばに転がっていた本――『不思議な幼虫さんの秘密☆』を拾い上げて、そのまま教室の扉に駆け寄りました。

 

 橘君を支える成実君のところに彼が駆け付けたところで、彼らは教室を出て、その引き戸を素早く締めました。

 

 その直後、引き戸がドシンッと大きく揺れ、のぞき窓にひびが入ります。

 

 おそらく、動物のいずれかが体当たりをしたのでしょうね。

 

 「用が済んだらとっとと退散。泣けるぜ」

 

 廊下にいた竜條寺君がそう言って、肩をすくめて見せます。

 

 纏っていたコートの左袖が白い霜に覆われ、空っぽとなってひらひらさせています。

 

 ヒュッと大きく息をのむコナン君に、竜條寺君は苦笑気味に、右手に持っていたものを軽く持ち上げて見せました。

 

 「驚いたか?義手なんだわ、俺。

 

 触手に捕まっちまって、凍るか動物になるかって状態で、とっさに、な」

 

 それは、二の腕の中ほどから引きちぎれた様子の左手でした。ただし、袖の中にしまわれていたらしい、それは肌色ではなく鈍い鉄色をしており、その断面からは、筋繊維のようにも見えるコードの束と骨の代わりのねじれたような金属の芯が、血液のようなオイルに濡れているのが少々グロテスクでしたが、まぎれもなく作りものでした。

 

 しかし、それを聞くや血相を変えたのは成実君でした。

 

 「竜條寺先輩!左腕に冷気を受けたんですか?!」

 

 「いやしょうがなく・・・」

 

 「生きて五体満足、正気であるだけ儲けもんだろ?」

 

 モゴモゴと言う竜條寺君に、肩をすくめる松井君ですが、元医師は容赦してくれません。

 

 「義肢接合部は金属なんですよ?!凍傷確定じゃないですか!

 

 ああ!松井先輩も、右足が!

 

 コナン君、お湯のある場所、わかる?!」

 

 「家庭科室のほうが近いけど・・・たぶん、ガスの元栓、閉められてるから使えないかな。

 

 ちょっと距離があるけど、職員室近くの給湯室なら。

 

 こっち!」

 

 などと、コナン君が駆け足気味に歩き出しました。他の探索者たちが、負傷した体を引きずるようにそのあとに続きました。

 

 途中、コナン君のことを評価しなおしたらしい橘君がお礼を言って照れさせたりしましたが、これにてセッション終了、というところでしょうか。

 

 無事の生還おめでとうございます。

 

 私もなかなか楽しめましたのでね。バカの処分も完了です。これにてめでたし、ですね。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 朝というのは放射冷却で、どうしても多少の肌寒さを感じてしまうものです。

 

 さて。事件も解決したんです。そろそろコナン君も帰宅させないといけません。

 

 忘れてませんか?コナン君。君が何と取引をしたのか。どれほど嫌がろうと、一方的な破棄が許されると思ってるんですか?

 

 それに、おそらく今日あたり、学校から、先生が臨時の家庭訪問をしに来てもおかしくありません。特に、コナン君は事件の渦中にいましたし。自宅待機できてないとなると、いろいろ問題が生じてしまいますからね。

 

 早速、狩り立てる恐怖バイクで槍田探偵事務所まで迎えに行きました。

 

 ま、そこにいないのはわかっているんですがね。

 

 おそらく、今の彼はMSOに回収され、いろいろ手当てを受けて口裏合わせなどをしているところでしょう。

 

 一応、出かける前に迎えに行きますねー、とアポを入れておきました。

 

 今頃先方は大慌て、でしょうね。

 

 え?絶対不気味がってる?なぜです?こんなにまじめに保護者をやっているというのに!

 

 さて、迎えに行った先――槍田探偵事務所の玄関で、負傷を手当てした様子の探索者たちと、すがるように松井君にしがみつくコナン君が目につきました。

 

 ちなみに、橘君は右手を三角巾で釣って、竜條寺君は義手を外されているようで左袖をヒラヒラさせています。

 

 おや、送ってきてくれたんですか。助かります。

 

 「おはようございます。昨夜はコナン君を預かってくださり助かりました!

 

 さ、帰りますよ、コナン君」

 

 「だ、誰が!」

 

 「困りますねえ」

 

 気丈にこちらを睨みつけてくるコナン君に、私は口の端を歪め、嗤って見せました。

 

 「私とした、“取引”、忘れたわけではないでしょう?

 

 いつ止める、終わらせるといった約束を決めてない以上、継続中のはずです。

 

 君が言い出したことを、勝手に、一方的に、破るんですか?」

 

 途端に、さあっと顔色を白くするコナン君に、吹き出したくなりました。

 

 まったく!私が何なのか、何と取引したか、すっかり忘れてたんですね!かわいらしい、そして馬鹿な子だ!

 

 「となれば、相応のペナルティも必要ですよね?」

 

 「あ・・・あ・・・!」

 

 人差し指を頬に当て、どうしようか思案する私に、コナン君がわなわなと震えだしますが、そこに待ったをかけたものがいました。

 

 「待て。まだコナンはそれを破棄するとは言ってないはずだ」

 

 そういうや、彼は「ちょっと待ってろ」とコナン君を連れて少し離れたところに移動し、ひそひそと内緒話をしています。

 

 ふむ。【聞き耳】!

 

 「残念だが、これに関しては俺はお前を助けられない。悪いな」

 

 「・・・ううん。松井さんは悪くないよ。

 

 軽率に、あんな奴と取引なんかしたオレがいけないんだ。

 

 (ここで落ち着くように深呼吸して)大丈夫。なんとかする」

 

 「・・・できそうか?」

 

 「まず話をしてきた時点で、あいつに力づくって意思はない。なら、付け入るスキはある。

 

 それに・・・」

 

 「それに?」

 

 「あいつは、手掛かりも握ってるんだ。

 

 やられっぱなしでいられるか。人間舐めたら痛い目に遭うってわからせてやる」

 

 そう言ったコナン君の目。ああ。あの目。私の愛しい、人間の目。すばらしい。

 

 「そうか。なら、俺たちは共通の敵を持ってるってことだな。また連絡しろ。

 

 “その時”が来たら、俺も手を貸す。

 

 ・・・まあ、その前にぶっ飛ばせるなら、それに越したことはないんだろうがな」

 

 少し目元を緩め、そういった松井君は懐から取り出したサングラスで目元を覆い、こちらに向き直りました。

 

 ふむ。内緒話終了というところでしょうか。

 

 「おい。コナンの意思もあるからそっちに預けるが、変なことしてみろ。承知しねえからな」

 

 こちらに戻ってくるなり、とげとげしい口調で言った松井君に、「信用ないですねえ」と苦笑して見せます。

 

 フフッ。君たちのような人間こそ、私にとって好ましいタイプです。すばらしい。

 

 「・・・先輩曰くの、マダムババアの知り合いだそうですから、きつい物言いをしてしまったんだと思いますよ。気に障ったなら、すみません。

 

 ですが、私たちはコナン君を気に入っています。いくらあなたが保護者であろうと、先ほどの言動から、コナン君を虐待しようというかのようにも見えましたので。

 

 なので、釘を刺させていただきました」

 

 こちらも警戒するかのように言う成実君に、私は笑ってうなずいて見せました。

 

 別に、この程度の物言い、珍しくないことです。

 

 かえって好感が持てますよ?圧倒的実力差にへこまず、それでもなお諦めず食らいつこうという、雑草根性は人間の持ち味の一つですのでね。

 

 「すみませんね、誤解を招くような物言いをしてしまいまして。

 

 ですが、約束を破るのはだめですよ、コナン君」

 

 「ごめんなさ~い。帰ろう、ナイア姉ちゃん」

 

 てててっとこちらに駆け寄ってきたコナン君は、松井君たち振り返ってから頭を下げてにっこり笑う。

 

 「松井お兄ちゃん、成実お姉ちゃん、橘お姉ちゃん、竜條寺おじさん、またね!」

 

 「おう、またな」

 

 「またね、コナン君」

 

 「・・・ええ、また」

 

 ひらひらと手を振る松井君と成実君、コナン君の猫かぶりにちょっと面食らった様子の橘君と、「おじさん・・・おじさんかよ・・・」と一人ショックを受けている竜條寺君を背に、私たちは帰路につきました。

 

 「ねえ、ナイア姉ちゃん。ちょっと“取引”の条件について、追加でいろいろ話したいんだけど」

 

 「ええ、かまいませんよ。

 

 がんばった子には、ご褒美を上げないといけませんからね」

 狩り立てる恐怖バイクにまたがり、タンデムシートのコナン君の言葉に、私はうなずいた。

 

 

 

 

 

 生き残った探索者には、報酬が与えられるのはお決まりでしょう?

 

 今回、コナン君も頑張りましたのでね、相応の報酬として、“取引”の終了条件の取り決める、というのも悪くありません。

 

 おや?じゃあ、今回のことがなかったら、コナン君を一生“取引”相手として縛り付ける気だったのか?ですか?

 

 まあ、私が飽きるまで、という条件になるでしょうが。おや、悪辣で揚げ足取りだろとは言うじゃないですか?取引を持ち掛けてきたとき、コナン君は一切終了条件を言わなかったじゃないですか。なら、具体的終了条件はこちらで勝手に解釈していいと思うでしょう?ええ。

 

 

 

 

 

 その後、『九頭竜亭』の自宅にて、いくつか話を突き詰め、改めて取引について条件を煮詰めました。

 

 

 

 

 

 ●私(手取ナイア)は、事件において被害者・加害者による醜い人間模様を見せてもらう代わりに、コナン君の隠れ蓑として推理役を演じる。

 

 ●これに伴い、私はコナン君の保護者代理として、身回りの面倒を担う。養育費は工藤夫妻から託されているものを、使用。これらは基本的にコナン君本人が管理し、必要であれば私が表向きの責任者という形で使用。

 

 ●私は、江戸川コナン=工藤新一という情報を、自己判断で拡散してはならない。必要がある場合は、コナン君本人に必ず確認を取って行う。

 

 ●これらは江戸川コナンという存在が不要となった時点をもって終了とする。

 ざっとこんな感じになりました。

 

 

 

 

 

 まあ、コナン君ご本人は元の姿〈工藤新一君〉に戻られたがって、それを一番の目標としているようでしたが、どうも心境の変化でもあったか、最低最悪の場合(いわゆる死亡、あるいは元に戻れない場合)も想定されたようです。取引の終了条件を“工藤新一に戻れたら”ではなく、“江戸川コナンという存在が不要になったら”とするあたり、それが現れています。

 

 どうなさったんでしょうねえ?

 

 おや、皆さん。安心したように一斉にほっとされてどうしたんです?

 

 お前のような邪悪の化身のやばさを、あの子も学んだようだから、それで最悪のケースも想定して言ったんだろ、ですか?

 

 おや、失礼ですねえ。何も彼が元の姿に戻るのを邪魔しようなんて一言も言ってないのに。

 

 え?言ってなくても、黒の組織がお前の気に障ることしてきたら、壊滅なんて生易しい冒涜的所業に乗り出すかもしれないだろ、ですか?

 

 ・・・ああ。ありうるかもしれませんねえ。まあ、それはそれで、面白そうですねえ。まあ、基本私は傍観主義なので、ちょっかい出されない限り何もしませんよ?出されたら、その限りではありませんがね。今回のように。

 

 おや誰です?ジンニキ逃げて超逃げて!こいつに銃向けたらヤベエから!なんて喚いていらっしゃるのは。

 

 ふむ。攻略本によると・・・おや、赤井君も絡んでくる事件で、ジン君が毛利探偵にライフルを向けてますねえ。毛利探偵のポジションが現在私の位置するところなので・・・ほう?

 

 面白くなりそうですね!

 

 

 

 

 

 ところで、コナン君が私相手に猫かぶりして、まともに相手してくれなくなりました。

 

 ついこの間までたたいてくれた軽口一つ向けてくれなくて、冒涜的冗談を口にしても、顔を引きつらせるだけで「ボク子供だからわかんな~い」とそそくさと部屋に引き上げるようになりました。

 

 なぜでしょうねえ?

 

 

 

 

 

おまえは誰だ?!続きの中の続き~♪




【長丁場セッションを視聴し終え、コナン君にトドメ刺しに行ったナイアさん】
 前回から引き続き、真夜中の小学校探索セッションを出歯亀する。
 体勢を立て直し、回り道して発動しっぱなしの召喚魔術を潰しに行こうとする探索者たちを興味深く、そして邪悪に見守る。
 彼女も曲がりなりにも邪神なので、旧神は嫌い。なぜ彼女だけ封印されずに野放しにされているのやら。
 魔術による遠視越しであろうと、やっぱ嫌いなものは嫌い。旧神の印を目の当たりにさせられて、ちょっぴり不機嫌になる。
 まあ、汚物はまとめて消毒できたし、結果オーライかな?
 がんばった探索者たちに拍手。
 夜が明けてから、小学校からの連絡もあるだろうし、とコナン君を引き取りに行く。
 “取引”条件の粗については、実は最初から分かっていた。でも口にしなかったのは、土壇場で口にして、慌てふためくコナン君を面白おかしく眺める気満々だったため。今回、SANが削れて疲弊しているコナン君にトドメ刺すべく口にした。
 慌てるどころか、怯えるコナン君に、自業自得だよねえ!と嬉々とした笑顔を向ける。
 本文中で語っている通り、コナン君がセッションを頑張ったことに加え、腹立たしい連中はあらかた処分が終了したため機嫌がよく、このため“取引”の条件について詳細を詰めることに同意した。
 基本的に面白がり屋の傍観主義なので、自分が退屈で事件に飢えるか危害を加えられない限り、相手に本気で手を出そうとはしない。
 ・・・今回、やらかしたことが事なので、コナン君から距離を取られることになった。が、特に気にしていない。

【セッション頑張ったのに、トドメ刺されかけて松井さんがいなかったら割とやばかったコナン君】
 健忘症の一時発狂から復帰間もなく、校舎内を神話生物と鬼ごっこする羽目になる。
 なお、相手は冷気によるデバフと一種の即死攻撃持ち。
 自分が付いていくと言い張った以上、できることはやり切ってみせる!
 橘さんの負傷による【投擲】失敗も、無事フォロー。何をする気か知らないけど、これをあそこに届かせたいんだな?任せろ!
 ちなみに、魔術を目の当たりにするともれなく目撃者にSANチェックを課す。今回は、偶然全員成功しただけ。
 無事、化け物どもを退け、ほっとしたのもつかの間、元人間の動物たちが暴れだしたので、退却。
 その後、給湯室にて応急手当てをし、MSOの後始末部隊に回収され、手当てとカウンセリングを受ける。
 なお、回収された召喚呪文の載っている本とアーティファクトは、MSOに引き渡された。
 ・・・そういえば、あの竜條寺って人、なんか訳知りっぽかったけど、どういう人だろ?今度松井さんに聞いてみようかな?
 で、朝飯食ってるところで槍田探偵事務所から「手取さんから連絡が!」と電話を受けて、大慌て。
 やっべ!あいつのこと完全に忘れてた!か、帰りたくない・・・!と、とりあえず会うだけ会おう!
 あってみたら、完全に意識外にしてた“取引”終了条件を口にされ、帰らざるを得ない状態になり、完全に腰が引ける。
 一方的に破棄したら、何してくるかわからないから。どっかの武将が“へ●げもの”だったかで言ってるが、「何考えてるかわからん奴が、何してくるかわからなくて一番怖い」。
 ビビッて腰が引けるが、松井さんが待ったをかけてくれる。・・・そうだった、オレは一人じゃない、頼っていい大人たちがいてくれてる。
 その後も、威嚇という援護射撃をしてくれる大人たちに、勇気と元気をもらって帰路へ。
 帰宅後に改めて、“取引”の終了条件を話し合い、落としどころを定める。・・・今回のことで、常に最悪の事態を想定するようになった。考えたくはないが、“工藤新一に戻れなかった場合”も想定して、条件とした。
 やっぱこいつは邪神だ。心を許すなんてもってのほか。
 セッションでもSANを削って、さらにSANが削れ兼ねない邪神宅の居候の、明日はどっちだ?

【今回結構苦戦した探索者の皆さん】
 参戦メンバーは、レギュラー化している松井さんと成実さん、新規参戦として竜條寺アイルさん、橘境子さんの合計4名。
 前回から引き続き、真夜中の小学校で神話生物との鬼ごっこシナリオに挑む。
 一度退却したものの、再び迫ってきたニーハン・グリー(別個体)に、このままではまずいと判断し、発動しっぱなしになっている召喚魔術を破棄するべく、行動。
 コナン君の先導の下、校舎内を遠回りして、再び召喚魔術を行使中の教室へ向かう。
 そこで二手に分かれて、ニーハン・グリーの足止めに松井&竜條寺、召喚魔術の阻止に橘&成実&コナンという編成になる。
 橘さんの使える魔術に、≪旧神の印≫を追加。この魔術は元々ある印の効果を引き出すというもので、橘さんはペンダントとして印自体を持ち運んでいた。
 コナン君の助力もあり、どうにか召喚魔術の破棄に成功。ニーハン・グリーも元の次元に引き戻されました。
 ただし、これまでとは異なり、全員無傷ではすまず、あちこち負傷してセッションを終了する。
 具体的被害は以下の通り。
 橘さん・・・右手を骨折&凍傷。
 竜條寺さん・・・劇中では省いたが実は退化攻撃受ける(失敗しているため無事)。加えて、触手から逃れるべく、左手の義手を強制切断の上凍傷を受ける。
 松井さん・・・右足に冷気を食らい、軽い凍傷を受ける。
 竜條寺さんの義手の理由や、彼の正体と事情などもそのうち語ります。(自分で自分の首を締め上げる)
 その後、コナン君の案内で給湯室に向かい、そこで成実さんによる応急手当てを受けたのち、MSOの後始末部隊により回収される。
 連絡を受けて、慌てるコナン君に、見送りに行く。
 事情を知る松井&成実ペアは、コナン君が邪神によって何らかの脅迫を受けていると判断し、遠回しな応援と威嚇をする。
 事情をよく知らない竜條寺&橘はいぶかしげにしつつも、ナイアさんが只者じゃないだろうなと薄々感じている。


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【#24.5】竜條寺アイルという男

 小学校の話が大分長丁場になってしまったものの、ちょっぴり話し切れてなかった部分があるので、その補完もしておきます。
 まあ、本題は予告通り、竜條寺アイルさんについてなのですが。
 pixiv投稿済みの某シリーズの彼とはだいぶ性格が違いますが、世界線が違いますのでね。

 ちょっぴり疑問視。たま~に、逆行したアイリッシュさんがコナン君や新一君の手助けをしているのを見かけますが、映画では行動の原動力となったピスコに対する情が、あの手の作品では薄いように見えるんですよね。私の読む作品が偏っているせいでしょうかね?組織については尽くしたのにトカゲのしっぽ切りされたから、仕方ないにしても。
 なので、本シリーズではもうちょっとその辺に対し執着を持たせようかと。

 成り代わりとか、転生タグとかいりますかね?
 主人公じゃないから、今のところはつけないでおきますが、必要じゃない?と思ったらご指摘ください。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 先日のセッションは、きっかけこそ大変不快なものでしたが、結果は上々、なかなか楽しく視聴することができました。

 

 新規参戦なさった探索者の橘鏡子君と、竜條寺アイル君のお二人の助力もあって、今回も無事乗り越えられてよかったですねえ。(いささか残念ではありますが)

 

 ま、今回は全員無傷とまでいかずと、相応に負傷とSANの摩耗を重ねてくださったので、良しとしましょう。

 

 

 

 

 

 さて今回は、後日談〈エピローグ〉を語ろうとしましょうか。

 

 まずは警察や帝丹小学校職員陣を中心としたものですね。

 

 ご存じの通り、発生した事件がHPL案件となり、警察による捜査は打ち切られました。ま、表向きはいまだに捜査しているという体裁は取られるのでしょうが、大部分の未解決事件同様、いずれ忘れ去られるのでしょう。

 

 セッション中に出てしまった新規犠牲者(独断捜査した警察官やクズ親ども)も、今度はMSOが隠蔽・情報操作して見せるでしょうしね。

 

 ま、マスコミがしばらく面白がって突き回るでしょうが、そのうち何も出ないことに飽いて別の事件に目移りしていくでしょうしね。

 

 

 

 

 

 帝丹小学校はといえば、それまでの夜間警備の状況を大きく見直されることになりました。

 

 むしろ今更すぎるだろ?というツッコミ、ありがとうございます。

 

 まず、今まで採用されていた飲んだくれ警備員君が懲戒免職〈クビ〉にされました。

 

 まあ、彼がきちんと仕事されてたら、事件が起きずに済んだかもしれませんしね。

 

 え?職務怠慢の見本のような給料泥棒で、今までやめさせられなかったのが不思議なくらいだ?そこまで私の知ったことではありませんよ。

 

 ともあれ、彼がクビにされるのと入れ替わりで、大手警備会社の警備を導入することになったそうです。

 

 具体的には動体センサー・監視カメラを設置、警報一つで警備員さんが集合!というようになったそうで。

 

 TVに出ていた訳知り顔の知識人が今更だろwwwとしたり顔で言ってたのが、思い出されますねえ。

 

 

 

 

 

 で、その後小学校の授業も無事再開されました。

 

 全校集会で、被害者一堂に黙祷!となったりしたようです。コナン君に至っては、好奇心に任せて突きまわされるか、あるいは腫れもの扱いで遠巻きにされるといったことになったようです。

 

 可哀そうに(ニチャァッ)。

 

 そうそう、一人生き残った歩美ちゃん、でしたか?彼女はご親戚が身元引受人になったようです。さらにまだ治療が必要、ということで入院中です。

 

 一度コナン君がお見舞いに行ってました(保護者の私同伴で)が、いやあ悲惨なもんでしたね。

 

 彼女、コナン君の顔を見るや、怯えて暴れまくるんですから。慌てて駆けつけた看護師さんに押さえつけられる始末で。

 

 「助けてくれなかった!!嘘つき!!」

 

 なんて叫ばれてましたよ。

 

 コナン君がそれを聞いてさらに落ち込んでいたのが印象的でしたねえ。いやあ、私からしても完全な逆恨みだってまるわかりなんですから。で、それを深刻に受け止めてしまっているのだから、もう爆笑案件ですよ。

 

 あっはっは!君たち、どこまで私を笑かす気なんですか~?人間なんて身勝手の塊みたいなものですが、本当、笑えるなんてレベルの話じゃないですよ~?

 

 ま、もう二度とこちらと関わり合いになることはないでしょう。何しろ、彼女、転校されるそうですから。

 

 ついでに言うなら、八つ当たりされたコナン君に、周囲の看護師さんがまるで見当はずれな慰めを口にされてましたね。

 

 「気にしちゃだめよ?君だけでも助かってよかったわ」

 

 「ちゃんとしたお姉さんと一緒に住んで、被害もなくてよかったって思うべきよ」

 

 云々と・・・。

 

 で、一連のそれらを引きつった顔で聞いたコナン君は、ほんの一瞬すごい目で私を睨んできました。もっとも、すぐにあどけない小学校1年生に戻しましたがね。

 

 

 

 

 

 さて。

 

 探索者たちの方へ視点を向けてみましょうか。

 

 皆さん、それぞれ推しやお気に入りという人物がいるでしょうが、今回は特にとある人物にスポットライトを当ててみましょうか。

 

 私もセッション中、ずっと?マークが止まりませんでしたからねえ。

 

 そう、今回新規参戦なさった竜條寺アイル君です。セッション中、彼が時々、意味深な言動を取られていたこと、忘れるわけがないじゃないですか!

 

 ゲルマン系というのは容姿から察しがつくんですが、他がわからないんですよ。

 

 何しろ、所属先がMSO――松井君のような訳ありだろうと戦力にカウントできるなら身元偽装して、手元に置くような連中の一員ですからねえ。

 

 え?竜條寺君の容姿の描写?してませんでしたっけ?

 

 ゲルマン系らしく、ガタイのいい体躯に、左目を隠すように伸ばした暗めの金髪と、彫りの深い顔立ちです。

 

 服に隠れてわからなかったのですが、実は左手が義手だったというのが前回セッションのラストで判明しました。

 

 ふうむ・・・四肢欠損の人間なんて、攻略本に乗ってましたかねえ?あるいは私が色々ちょっかいを出したせいで、またピタゴラスイッチ、あるいはバタフライエフェクトが作動したんでしょうかね?

 

 いい機会ですし、ちょっと伝手を使って調べ上げ・・・る必要はないかもしれませんね。少なくとも、私が直接色々することはないでしょう。

 

 何しろ、コナン君も気にかけているようで、松井君に仲介役を頼んで面会するように手配してましたのでね。

 

 これは出歯亀するしかないですよね!

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 喫茶『エーブリ・エタース』という、どこか冒涜的なにおいのする名前の看板を掲げた店は、名前を除けば、ごく普通の喫茶店だった。

 

 杯戸町にあって少々遠いが、十分コナンの移動距離圏内だ。何しろ、コナンにはターボジェットスケボーという、心強いアイテムがあるのだから。

 

 スケボーを片手に抱え、ベルを鳴らしながら入店したコナンは、きょろきょろと視線をさまよわせる。

 

 『人を伝言掲示板代わりに使うな!(。-`ω-)』という松井からの返信メッセージによると、この店が待ち合わせ先で間違いないはずだ。

 

 「おいおい、本当に来やがった。勘弁してくれ・・・」

 

 ぶつぶつ言いながら、いじっていたスマートフォンをポケットにしまい、竜條寺は視線を上げてコナンを手招きする。

 

 修理したのだろうか?義手のはずの左手はきちんとくっついている。

 

 コナンの視線に気が付いたか、竜條寺は「ん?」と小さく笑い、左手を振ってみせる。

 

 「これは予備だ。普段よりは鈍いんだが、ないよりまし、ってとこだな」

 

 言われてみれば、確かに動きがぎこちないな、とコナンは思った。

 

 ともあれ、コナンはちょこんと、竜條寺の前にかける。

 

 「なんか飲むか?コーヒー代くらいなら出してやるぜ?」

 

 「えっと・・・それじゃあ、オレ」

 

 「オレンジジュースなんてガキっぽいものよりかはコーヒーのほうがいいんじゃないか?遠慮はいらないぜ?どうせここには俺くらいなもんだ。

 

 ここのマスターは口が堅い・・・というより、客のプライバシーに興味を持たないようにしているんでね」

 

 コナンの言動を先読みした竜條寺が笑っていった。

 

 ゆったりしたBGMの流れる店内、そのカウンターの奥では口ひげを蓄えた店主が雑誌をぱらぱらとめくり、我関せずの姿勢を強く物語っている。

 

 人によっては気に障りそうな職務態度ではあるが、壁に耳ありということわざとは真逆に、置物です耳などありませんというのを態度で示してくれるのは、一部の人間にとっては至極ありがたいものだ。

 

 例えば、今からコナンが目の前の人物と話そうとしている話題についてとか。

 

 ともあれ、コナンは猫を被る必要はなさそうだと判断し、コーヒーを注文してから、竜條寺に向き直った。

 

 コナンが来る前にすでに頼んでいたらしいコーヒーをすする男に、コナンは改めてどう話したものかと逡巡する。

 

 コナンが目の前の男を怪しいと思った理由は一つだ。

 

 「“元に戻る”って言ったよな?あの夜。あれ、どういう意味だ?」

 

 「あー・・・言ったか?そんなこと」

 

 「言った。オレ、あの時ちょっと動転してたけど、確かに聞いた」

 

 「動転どころのレベルじゃねえだろ」

 

 ツッコミを返し、竜條寺は視線をさまよわせながらモゴモゴと「まずった」「勘弁してくれ」などとうめいている。

 

 先日から連呼している「勘弁してくれ」というのは、彼の口癖なのだろうか。

 

 ややあって、彼は右手で頭をかきむしると、「変に突きまわされるよか、そっちのがいいか」と呟き、覚悟を決めたように口を開いた。

 

 「そんじゃあ、改めて自己紹介といこうか?」

 足を組みなおしながら背を伸ばして、ソファ席の背もたれにふんぞり返るような姿勢を取り、ふてぶてしい笑みを浮かべる竜條寺は、次の瞬間コナンを絶句させた。

 

 「初めまして、工藤新一君。俺は今は竜條寺アイルなんぞ名乗っちゃいるが、一昔前はアイリッシュって名乗ってた。もちろん、本名じゃねえ、コードネームだ。

 

 当時の同僚には酒の名前を持ってるやつが大勢いてな。

 

 ジンの周囲なんぞ嗅ぎまわるから、そんな目に遭うんだ。ちっとは懲りたかと思ったら、俺なんぞのところに単騎で突撃してきやがって。アホか」

 

 とっさにコナンは声が出なかった。

 

 ちょっとした不審行動の原因を探りに来た程度のつもりが、まさかこんな爆弾を落とされるとは思わなかったのだ。

 

 「な、なんのこ」

 

 「“オレの名前は工藤新一、高校生探偵だ。ある日、幼馴染の蘭と一緒に遊園地に行ったら、そこで黒ずくめの男たちの怪しげな取引を目撃。取引を見るのに夢中になっていたオレは、背後から迫るもう一人の黒ずくめに気付かず、怪しい薬を飲まされ、気が付いたら――体が縮んでいた!工藤新一が生きているのは、周りの人間にも危害が及ぶ、博士のアドバイスを受けた俺は、とっさに、江戸川コナンと名乗った”

 

 どうだ?大体あってるか?俺の夢の話なんだが」

 

 「ゆ、夢?!」

 

 ほとんど事実を言い当てられ、顔面蒼白のパニック状態のコナンは、バクバクという心臓の高鳴りを幻聴しながら、ふてぶてしい態度を崩さない竜條寺――否、アイリッシュを見やる。

 

 どうしよう。最悪、博士のところに駆け込んで、両親に連絡を取って、それから――。

 

 最悪の場合の行動指針を脳内に描きながら、コナンは落ち着けと自身に言い聞かせる。

 

 数なくとも、相手に話をする気はあるはずだ。コナンに危害を加えることも、ないはず。もし、それがあるなら先日の小学校の事件の際に、アクションを起こせていたのだ。それがないのだから、完全に信用、とまではいかずと様子見くらいには値するはず。

 

 「ああ、そうさ。夢だ」

 

 肩をすくめ、ふんぞり返った姿勢を戻し、彼は語りだした。

 

 

 

 

 

 竜條寺が言うには、彼は幼いころから、その奇妙な夢を見ていたという。

 

 その夢は、コナンが主人公で、幼児化をきっかけに幼馴染の毛利蘭の父・小五郎が営む探偵事務所に転がり込み、小五郎を隠れ蓑として様々な事件を解決させ、幼児化させた黒の組織を追っていく、というストーリー仕立ての内容だったという。

 

 そして、竜條寺自身は、その夢においては敵の組織の幹部として登場、一度はコナンを追い詰めるが、組織に裏切られて口封じ同然に射殺される。

 

 それを自身の未来と判断した竜條寺は、どうにか死亡を偽装し――左手はその代償同然に失われ、這う這うの体で組織を脱走。身元の保証される、今の仕事先に身を寄せたのだという。

 

 

 

 

 

 「恐喝人殺しもやる悪の組織の幹部と、化け物と殺し合いもする怪事件専門捜査官と、どっちがマシかね?

 

 ま、今のほうが個人的には充実してるがね」

 

 肩をすくめてコーヒーをすする竜條寺は、悪の組織の幹部というより、少し陰のあるワイルド系な男性という感じだろうか。

 

 正直、コナンはこの男の頭を大丈夫かと最初こそ思ったが、すぐに首を振って自分で否定した。

 

 証拠もない、信じられないことではあるが、真剣に信じていることを真っ向から否定するのはいかがなものか。

 

 

 

 

 

 それを言うなら、コナンの同居人が最低最悪の邪神であるのを真顔で主張しなければ、つり合いが取れないだろう。それとて、何も知らない人間からしてみれば、悪い冗談、あるいは気の狂った発言にしか聞こえないのだから。

 

 加えて、証拠がないといったが、完全に否定しきれることでもないのだ。

 

 何しろ。

 

 初対面であるはずの竜條寺が、コナンの正体と境遇を、知っていた。まるで見ていたかのように、滑らかに歌うように、諳んじて見せた。

 

 周囲の人間が、普段コナンが疑わないのは、常識というものが邪魔をしているからだ。

 

 “大人の体が、ある日突然小学生に縮むなんて、ありえない”と。

 

 多少、コナンの言動で怪しい、不思議だといぶかしむことはあっても、その最後の砦が邪魔をする。最近はコナン自身もそれを逆手にとって、子供の皮はかぶりつつ、さりげなく助言や矛盾点の指摘を送ったりしている。

 

 いくら、竜條寺がああいう怪奇事件の捜査を専門にする人間であったとしても、初対面のコナンを幼児化した工藤新一と短期に見抜くのは異常すぎるのだ。

 

 

 

 

 

 「予知夢と俺は解釈している。何から何までわかるとはいかないが、結構当てにできる。出先がテロに遭うかどうかとかな。謎は解けたか?名探偵」

 

 「・・・一応な」

 

 出来れば自分の手で解き明かしたかった、という不完全燃焼気味な思いを抱えながらうなずいたコナンに、竜條寺は満足げにうなずいた。

 

 「で、今度はこっちから聞かせろ」

 

 「何だよ?」

 

 正体がばれているなら子供ぶる必要もあるまいと、口調を本来の粗野なものに戻したコナンが尋ねると、竜條寺は眉を寄せながら問い返してきた。

 

 「この間のナイアとかって女、あれなんだ?あいつ」

 

 「夢で見たんじゃねえのかよ?」

 

 「言ったろ、何から何までわかるわけじゃねえってな。

 

 さっきも言ったが、夢の中じゃお前は毛利探偵事務所に預けられていることになっているし、帝丹小学校であんな事件自体起こらねえんだよ。

 

 どうなってんだか。いや、それを言うなら、そもそも3年前の観覧車や月影島の件だってなあ・・・」

 

 コナンには意味の分からないことをぶつぶつという竜條寺。というよりこの男、どうもあの売れない探偵を知っているらしい。

 

 

 

 

 

 槍田のところに出入りするようになってから、コナンも毛利探偵のことを多少見直したものだ。

 

 事務所のビルの1階を貸店舗にしているので、そこからの収入は多少あるだろうが、それを抜きにしても男手一つで探偵事務所を立ち行かせ、娘を育て上げるのは、なかなかの重労働ではなかろうか。(少なくとも、高校生の新一であれば同じことはできない)

 

 一口に探偵事務所といっても、槍田や自分のように刑事事件をメインに売る探偵より、浮気調査やペットや人探しという地道な足を使った調査のほうが圧倒的に多い。そういった地道な調査で日銭を稼ぐのは、やはり元刑事ならではといったところがあるのだろう。

 

 同じ探偵といっても、フィールドが違うのだろう、とコナンは解釈している。

 

 ・・・そう、たとえ推理がへっぽこで、幼少の自分でもわかった違和感や矛盾を、子供の言うことなんて!と一顧だにせずに的外れな推理で別人を犯人に仕立て上げようとする、うかつに逮捕権持たせてはならない人間であろうとも。

 

 ともあれ、それも事件が絡まなければ、身内にやさしく思いやりから叱ることのできる、尊敬できる大人だろう。ダメなところ(閑古鳥が鳴いているからと昼間から酒とたばこを摂取しまくるのはいかがなものか)もあるにはあるが。

 

 

 

 

 

 ともあれ、そんな小さな探偵事務所の私立探偵の名を知っている時点で、竜條寺がコナンの周囲の人間をよく知っているらしいのは、コナンも理解できた。

 

 とりあえず、コナンは自分にわかる範囲で答える。

 

 「確かに、幼児化直後でおっちゃんのところに行った方がいいんじゃないかって話もあったけど、だめになった」

 

 「はあ?!なんで!」

 

 「おっちゃん、借金しているらしいんだ。それで、たぶん返済のためにいろいろしてて、過労で倒れて、入院しちまって。

 

 そんな人のところに、行けるわけねえだろ?」

 

 「おいおい、どうしてそうなった?バタフライエフェクトか?勘弁してくれ!」

 

 額を抑えて天を仰ぐ竜條寺に、コナンは最悪な追い打ちをかけることにした。

 

 ・・・正直、この情報は下手をすればいつだったかの槍田探偵事務所の二の舞になるのだが、この男には話しておいた方がいいだろう。

 

 竜條寺の“夢”は、うまくすればコナンの目的を果たすために有用に作用できそうだからだ。

 

 「それ、ひょっとしたら今のオレの保護者――あんたも気にしてた、ナイアが絡んでるかも。

 

 邪神なんだよ、あいつ。聞いたことないか?ニャルラトホテプって」

 

 聞かされた竜條寺の反応は劇的だった。

 

 ざあっと血の気を引かせるや、砂糖のポットを手に取り、明らかに許容量を超えた砂糖をコーヒーの中にドバドバと落とし込み、混ぜるのもおざなりにそのままグイっと一気に呷った。

 

 「くそまじぃ・・夢じゃねえのかよ、くそっ!

 

 ああ、あんなのが実在するなら、奴もいるよなあ!

 

 しかも思ったより身近にいやがった!そうなると、毛利探偵事務所や小学校の事件は奴の仕業、いや絡んでるとみるべきか?!畜生!くたばれバタフライエフェクト!」

 

 ガツンと、たたきつけるようにカップをソーサーに戻し、うつむいた竜條寺は毒づく。

 

 「とにかく!今日、俺がお前に遭いに来たのはほかでもない!警告しに来た!

 

 いいか!俺はようやく、あの忌々しい連中と手を切ったんだ!

 

 お前の正義ごっこに付き合うつもりは毛頭ねえ!やりたきゃお前ひとりでやれ!」

 

 「はあ?!ちょっと待てよ!」

 

 一方的に言い放たれ、コナンは目を白黒させる。

 

 ついで沸いたのは怒りだった。

 

 「正義ごっこってなんだよ?!オレの事情はともかく、あんたが連中の仲間だったってんなら、あいつらのやり口とか知ってるんだろ?!いいのかよ!警察とかに協力するべきだろ!」

 

 コナンとて、連中の情報は喉から手が出るほど欲しいが、竜條寺にまっとうな正義感や良識があるならば、まずは出るところに出るべきだ。警察だって無能ではない、話すべきことを話せば、保護だってしてくれるだろうに。

 

 「ふん。警察なんぞ、信用できるか。組織の手は多く、長い。壁に耳あり、障子に目あり。駆け込んだ翌日冷たい死体になってましたなんざ、俺はごめんだな」

 

 「スパイがいるのか?!警察に!」

 

 「そのくらい自分で考えやがれ。名探偵。

 

 とにかく、俺はごめんだ。こんだけ代償払ってやっとのことで逃げ出したんだ。潰すとなったら、今度は足も持ってかれそうだ」

 

 ひらりと左手を振って、竜條寺は続いてそのぎこちない手で左目を覆う長い前髪を払う。そこにあるべき眼球はなく、空っぽの眼窩の周囲を痛々しい火傷痕が彩っていた。

 

 ぐっと言葉に詰まるコナンをよそに、竜條寺はふんと鼻で笑う。

 

 「それに・・・子供は親には逆らえねえんだよ」

 

 「親?」

 

 「ガキの頃に、実の親同然に育ててくれた人が、あの組織の幹部でな。

 

 恩義もあって、ずるずると、な。あの組織には割とそういう奴、多いと思うぜ?」

 

 「子供だっていうなら、なおさら!」

 

 「お前、お前の両親を、自分の都合だけで組織に売ろうと思うか?お前が言ってるのは、俺にとってはそういうことだ」

 

 コナンは言葉を詰まらせた。

 

 “自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけない”。

 

 いつだったか、松井に言われた言葉が、脳裏をよぎる。

 

 たとえ、犯罪者の悪人であろうと、竜條寺にとって、その人物は大事な、親なのだ。

 

 「間違ってる?臆病者?上等だ。

 

 俺は、どうしたらいいかわからない。だから逃げる。

 

 奴らは、しかるべき人間が、しかるべき時につぶすだろうさ。俺には、無理だ」

 

 静かに首を振った竜條寺は、次の瞬間悪役そのものなふてぶてしい笑みを口元に張り付け、言った。

 

 「わかったか?種は明かしてやった。

 

 この間のような、神話生物や魔術が絡んでる事件なら手は貸すが、組織との戦いは御免被る。やりたきゃやりたい奴でやれ。

 

 後、お前の保護者のことはこれっきりにしろ。俺まで目をつけられてたまるか。勘弁してくれ」

 

 「ま、待てよ!せめて、その、ヒントだけでも!」

 

 一方的に言い放ち、伝票をもって立ち上がる竜條寺に、コナンは慌ててすがるように叫んだ。

 

 せっかくの情報源、それもうまくすれば味方になりうる人間だというのに!

 

 しょうがねえなと言うように一つ鼻を鳴らすと、竜條寺はぎこちない左手で、テーブルをコンコンッとたたいてみせる。

 

 「敵の敵ってな。探してみろよ。時間はかかるだろうがな」

 

 「何だそれ?!ヒントになってねえよ!」

 

 「残念だが、時間切れだ。俺はこの後、デートなんでな」

 

 「で?!」

 

 ぎょっとするコナンをよそに、今度こそ竜條寺はテーブルを離れる。

 

 慌ててコーヒーを飲み干し、スケボーを抱えてそのあとに続くコナンは、目をむいた。

 

 喫茶店のすぐ外に、よく言えば清楚、悪く言えば地味な女性がいる。おかっぱにした黒髪とそばかすに眼鏡をかけた小柄な女性だ。

 

 「よう、敦子。待たせたか?」

 

 「ううん。今来たところ」

 

 にっこり笑う女性に、コナンは竜條寺の言葉が嘘やいいわけではなく、事実だと悟る。

 

 ・・・さすがに、ここで邪魔できるほど、コナンは空気が読めないわけでも、図太くもなかった。

 

 「じゃあね!竜條寺おじちゃん!またね!」

 

 「誰がおじちゃんだ!俺はまだ20代だ!・・・ああ」

 

 言って、スケボーに乗ったコナンに、竜條寺は吐き捨てるが、決して“またね”と別れの言葉自体は否定しなかった。

 

 悪い人間ではないのだろう。意味は分からないが、別れ際にくれたヒントも、その証左だ。

 

 彼の考えを変えさせるきっかけを、コナンは作らなければならない。

 

 スケボーを米花町に向けて走らせながら、コナンは考えた。

 

 

 

 

 

 その頃。米花町の片隅で、「これはこれは・・・」とにんまりと笑う、古書店の女店主がいたのだが・・・彼女の話は後日に回す。

 

 

 

 

 

 

続きが!続きが出たじゃぁないですか!




【後日談を語って、ミステリアスガイな竜條寺さんに興味津々なナイアさん】
 前回セッション終了から、上機嫌。一応、彼女の目的であるクソガキとクズ親の処分は完了しているので、怒りも沈静化しておとなしくなってはいる。それも今のところという枕詞が付くのだが。
 一応、表向き小学校の事件はまだ沈静化はされてない、未解決事件の扱い。ただ、警察の捜査は実質打ち切られており、そのうち沈静化するし騒いでいるマスコミも他の事件に目移りしていくだろうと思われる。
 小学校の警備員さんはクビになり、新規に警備会社の警備システムが導入されました。これによって、夜間侵入が完全に不可能となり、いくつかの事件フラグがつぶれました。この関係で小学校の倉庫から死体が発見され、騒然となったりもしました。コナン君はこの事件のダメージが大きいのと竜條寺さんの方にかかりっきりで、この死体に関してはノータッチだったりします。(そして主人公が関わらないので迷宮入り確定だったりします)
 実は、セッション中に見せていた竜條寺さんの様々な言動に彼女も?マークをつけていた。
 ゆえに、今回コナン君が竜條寺さんと接触しそうというのを察知して、出歯亀した。
 彼女の反応は次回に。
 多分、ろくなことにならない。

【予知夢と称する原作知識持ち、実際は成り代わり転生者な竜條寺こと、元アイリッシュさん】
 登場してから、事情の説明が入るまで間が空いてしまってすみません。
 気が付いたらアイリッシュに成り代わっていた、オタク系転生者。具体的設定は彼が語らないので、各自のご想像にお任せします。
 コナンの知識はゴリゴリにあるので、自分がアイリッシュに成り代わっていると察した時点で、ジンに射殺されるなんて御免じゃあ!と脱走算段してた。
 ただ、やっぱり育ての親であるピスコには拾われてしまって、最初こそ警戒しまくるが、最終的にほだされて組織に入ってしまった。
 でもやっぱりまともな日本人的な感覚も捨てきれないので、脱走してやる絶対してやると目論んで、左手と左目を代償についに組織を脱退。この時のどさくさで神話事件とかかわり、MSOに所属することになった。
 脱走先では別の国に逃げて身分誤魔化そうくらいに思っていたので、渡りに船だくらいに思って、現在の所属については深くは気にしてない。(脱走したアイリッシュは左手をなくしている=隻腕なので、一見すると五体満足な竜條寺は関係あると思われないだろうと高をくくっている)
 転生者であるので当然CoCのTRPGは知っており、何でこんな要素があるんだ?!と混乱しつつも、転生者特有の適応力の高さで順応。ただし、思っていたより身近に面白がり屋のクソ邪神がいたことについては遺憾の意を表明。
 うっかりセッション中に口走ったことについては、あんな修羅場でそんなこと気にしている余裕がなかったと言っています。
 結果的にコナン君に目を付けられ、下手に言い訳や誤魔化ししたらそこからすべてを引っぺがされると確信していたので、原作知識を予知夢と言い換え、自分の昔の所属やら何やらをすべてばらす。
 ただし、本文中で本人も言っている通り、ピスコにほだされているのもあるので、組織との戦いに首を突っ込むつもりは毛頭ない。間違っているのは分かっているが、親同然の人に銃口向けるなんて、できない。
 もっとも、根っこの部分が相当なお人よしであるため、コナン君に非協力を表明しつつも、これからの関りを拒否はしていない。(つまり、これから先は分からない)
 どうでもいいが、今回や以前のセッション中にも散々口走っていたが、「勘弁してくれ」というのが口癖。
 組織離脱の際に巻き込まれた神話事件で知り合った敦子という女性とお付き合いもしている。割とリア充。
 外人特有の老け顔の割に、実年齢は若い。

【予知夢なんてスピリチュアルなもん出てきたけど、それを言うならバケモンや魔術もあるしなあ、と納得せざるを得ないコナン君】
 事件解決後、再び『九頭竜亭』に居候。なお、ナイアさんに関しては完全に猫を被って対応するようになった。もう絶対友達は連れてこない。
 再開された学校でも、ねぎらってくれる友達もいれば、腫物や見世物扱いされたりと、散々だった。
 その一方で、少年探偵団の面子に関して、同情の声があまりないのを不思議に思って聞いてみたら、日ごろの行いからちょっと…という声も聞こえ、挙句の果てに「いつかなんか巻き込まれて痛い目見ると思った」という辛口コメントを聞かされ、虚無顔になりかけた。下手をしたら、自分もその一員に数えられるようになっていたのかもしれない。
 ・・・言動はどうあれ、江戸川コナンと仲良くしてくれようとして、助けられなかった子たちを、彼がどう思っているかは、彼の胸中に置いておく。
 以前のセッションにて、一時発狂していた割に、竜條寺さんの発言をきっちり覚えていた。彼の記憶力は、相当なもの(瞬間記憶術を生まれながらに習得しているのではないだろうか。でなければ、事件中の容疑者のちょっとした行動を、思い返すなんて無理)。
 松井さんにつなぎを取ってもらって、とある喫茶店で竜條寺さんと再会し、お話。
 どういうことだ?と怪訝に思ってたら、予知夢なんてスピリチュアルなもんが飛び出して、信じられない半面、そう多くの人間には広まってないだろう情報を知られているので、信じざるを得ない。
 ただ、竜條寺さんの予知夢と現実にはいろいろ落差があるらしいので、すべてを信じるわけにはいかないらしいというのは悟る。
 組織のこと知ってて、脱走したなら協力してくれたっていいじゃないか!と思うが、親同然の人は敵に回せないと聞いて複雑な気分に。
 身内だからこそ止めないといけないだろ?!とコナン君自身は思っているが、それはあくまでコナン君の視点からした出来事でしかないわけで。コナン君も自分でそれがわかっているので、あまり強く言えない。
 多分、幼児化した直後であれば、いろいろ文句をつけていただろうが、松井さんたちとの接触や邪神式他山の石型教育を受けた影響で、いろいろ考えるようになったためと思われる。
 竜條寺さんが彼女持ちだったことにびっくり。あんた彼女いたのかよ?!
 なお、竜條寺さんを完全に味方に引き入れることをあきらめたわけではないので、どうにか方法を模索するつもり。




 Q.竜條寺さんの名前と設定をどこかで聞いたんですが?
 A.ちょっとくらいリサイクルいいじゃないですか!まあ、某シリーズとは、世界線が違いますのでね。
 竜條寺さんの設定から、敦子という女性の正体を悟った方は、こちらでもお付き合いくださりありがとうございます。


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【#25】やったね!竜條寺君!脅迫相手ができたよ!(おい馬鹿やめろ)

 本編が進むといったな?あれは嘘になった。
 もそっと短くするつもりが、気が付いたら24.5話同様、ひたすら喫茶店でだべるだけの話になりました。何でや!工藤!
 そろそろ成り代わりタグをつけるべきかしら?でも、竜條寺さん、主役じゃないし。
 というより、とっくに20話いってるのに、いまだに哀ちゃんのあの字も登場してない件について。めちゃくちゃ亀進行!しょうがないね!
 本文中で語っているのは、原作4巻『新幹線大爆破事件』についてです。毛利探偵事務所一行は不参加で、さらにさらりと流していますので、詳細は各自脳内補完をお願いします。

 今回、おまけの部分で赤井さんが手厳しいことを言われています。私にしては珍しいかもしれませんが、赤井さん、あれについてはかなり擁護できない部分なんですよねえ。
 この作品の世界線においては、赤井さんは大学時代で相当辛酸をなめているので、アフターフォローをしっかりするようになったという裏設定があります。語る機会がなさそうなのでここに記載しておきます。

 追記:敦子さんのお名前、アニヲタwikiで見たら苗字が徳本となっていたので、以降はそちらで統一します。
 失礼しました。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、相変わらず平和とは縁遠い米花町は、血の匂いと混沌を内包しながら日本の首都東都にデデンと存在しております。

 

 我が古書店『九頭竜亭』も健在です。

 

 ついこの前、コナン君が実に腹立たしい、頭の悪いクソガキどもを連れてきてくださったのですが、あれっきり静かに生活できてうれしいものです。

 

 ええ。コナン君、あれから完全に懲りたのか、我が家に一切お友達を連れてこなくなりまして。

 

 せっかく、新しくサッカー好きなお友達を作ったにもかかわらず、「前に別の子に遊びに来てもらったらナイア姉ちゃんがとっても怒って、二度と連れてくるなって言われちゃったんだ」と予防線を張ってしまったようで。

 

 学習能力のある子は嫌いじゃないですよ?感心感心♪

 

 ・・・まあ、また彼がお店を荒らす原因を連れてこようものなら・・・フフッ、どうしたものでしょうね?

 

 まあ、泣き寝入りだけはしないと申し上げておきましょう。表向きは泣き寝入りに見えようと、相応の報いは受けていただきますよ?この間のようにね。なぜなら、私、邪神ですから。

 

 触らぬ神に祟りなしとは言いますが、逆を言うなら、触ってしまえば祟られても文句は言えないものですよ。(ニチャァッ)

 

 え?お前はむしろ時々、自ら触るように仕向けるだろうが、ですか?

 

 もちろんです!よくご存じで!いやあ、こんなに私のことを理解してくださる方に恵まれるなんて、私ってば人気者!うれしい限りです♪

 

 え?自分の都合のいいように曲解してんじゃねえ、クソ邪神?

 

 ああん。いつものこととはいえ、皆さんが冷たい・・・。

 

 

 

 

 

 さて。冒頭邪神トークはこのくらいにしておいて。

 

 以前、ちょっとばかり新参探索者の竜條寺アイル君と親愛なる我らが居候江戸川コナン君のお茶会を出歯亀させていただきました♪

 

 おやおや。あんな面白そうな事情をお持ちだったとは。

 

 なんでも、竜條寺君は、コナン君を小さくした黒の組織の元構成員にして幹部で、コードネームをアイリッシュといったそうです。

 

 ただ、普通と違ったのが、なんと彼は予知夢を見ることができ、将来的に自分が組織から切り捨てられると判断し、組織から脱走して身元を保証してもらえるMSOに再就職したのだとか。

 

 予知夢ですか。出歯亀で収集した情報を総合した限りでは、どうもその予知夢の内容は、攻略本と一致するようなんですよねえ。つまり、『名探偵コナン』の原作そのままらしいんですよねえ。

 

 まさか竜條寺君、攻略本の材料たち〈いわゆる転生者〉と同類なんでしょうか?

 

 ふうむ。以前愚痴ったかと思いますが、あの攻略本、製本した私が言うのもなんですが、かなり記述内容に偏りがあるんですよ。

 

 ・・・あるいは彼なら、その記述内容の偏りを、どうにかできるかもしれませんねえ?(ニチャァッ)

 

 そうと決まれば、邪悪は急げ!さっそく会いに行ってみましょうか!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「あー・・・ドーモ、ナイア=サン。竜條寺アイル=デス。ハジメマシテ」

 

 「ドーモ、竜條寺=サン。手取ナイア=デス♪」

 

 ニコニコニコニコ。

 

 自慢のAPP18の美貌に、人好きされるだろう笑みを浮かべ、私は竜條寺君と向かい合って腰かけています。

 

 場所は以前コナン君も来たことのある、杯土町の喫茶店『エーブリエタース』です。

 

 まだ負傷と義手の修理で療養休暇中の竜條寺君を捕まえるなんて、私にとっては朝飯前ですよ!(ドヤァッ)

 

 おやおや竜條寺君。せっかく挨拶をしてあげたのに、ガチガチに硬直してひきつった顔をなさってどうしたのです?

 

 「以前松井君と一緒にコナン君の面倒を見てくださり、ありがとうございます♪

 

 その後もお茶をごちそうしてくださったそうで。ああ、コナン君から聞いたわけではありませんので、あの子を責めてはだめですよ?」

 

 にこにこと笑いながらそう言ってあげますと、竜條寺君は「勘弁してくれ」とうめいて天井を見上げます。

 

 「・・・あれ、見てたんですか」

 

 「何のことです?まあ、壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が何を聞いているか、わかったものではありませんよね」

 

 にっこり笑って遠回しにもちろんですとお伝えすれば、竜條寺君がひきつけでも起こしそうな勢いで顔を青ざめさせるんですから、いやこれだけでご飯3杯はいけちゃうんじゃないですかね?愉快愉快。

 

 「・・・さ」

 

 「ん?」

 

 「先に言っておきますと、現状はだいぶ俺の知っている予知夢からずれてしまってるんで、俺の知識はだいぶ当てにならないと思った方がいいかと思います!だからいろいろ勘弁してください!」

 

 おやおや。

 

 ガバッと頭を下げる竜條寺君に、ちょっとばかり拍子抜けしました。

 

 

 

 

 

 うーん・・・彼が私の正体を知っているというのは把握していましたが、なんというか、この手の反応をされたのは珍しいですねえ。たいがいは邪神として嫌悪されたり敵視されたりすることが多いのですが(このタイプは赤井君や松井君、コナン君ですね)。

 

 あるいは崇拝されたり尊崇の念を抱かれたり。(蘭君や零君、他カルト信者たちがそうですね)

 

 で、竜條寺君の場合は・・・たぶん、関わり合い自体なりたくない。もちろんどちらかと言えば嫌悪の方が勝っているのでしょうが、敵視までする根性がないのでひたすら頭を下げて耐えてしまおうという感じでしょうね。カツアゲされたいじめられっ子みたいですねえ。

 

 うーん、好きな子ほどいじめたい、反応が返ってきたら手ごたえを感じずにいられない私からすれば、この手のタイプはちょっと物足りないんですよねえ。もうちょっと頑張ってくださいよぉ、って言いたくなっちゃいます。

 

 

 

 

 

 「そんな怯えた顔しないでください。取って食おうなんて誰も言ってないじゃないですか。

 

 ほら、スマイルスマイル。人間、笑顔が一番、ですよ?」

 

 にっこり笑って言いましたが、竜條寺君、なぜか余計におびえた顔をなさるんでうしょね。目ぃ一杯笑おうとしているのは伝わるのですが、それでもひきつった顔をしていらっしゃいます。

 

 ふうむ。なぜでしょうねえ?

 

 「では、話を戻しましょうか。予知夢のことを先に言ってくださるとは、話が早くて助かります」

 

 ああ、そんな「墓穴掘った」という感じの絶望的表情を浮かべないでくださいよ。ついついもっといじめたくなっちゃうじゃないですか。フフフっ♪

 

 「実は、私、以前ちょっと面白そうな方々と知り合いましてねえ。

 

 フフッ。君の予知夢に、“安室透”あるいは“バーボン”という方は登場なさいませんか?

 

 実は彼の周囲を、非常に目障りな方々がうろついてたんで、捕まえてちょっとばかり事情を聴きだしたんですよ。

 

 そしたら彼女たち、なんと別の世界からの転生者とでも言いましょうか。この先起こる出来事を漫画という形で知ってるというものですから。

 

 それは何とも興味深い、とちょっとばかり詳細を聞き出して、詳しく製本してみたんです。

 

 君もちょっと読んでみますか?」

 

 バッグにしまっておいた攻略本をひょいと差し出せば、彼は手に取ろうともせずに、ますます顔を青ざめさせます。もはや青を通り越して、腐ったおかゆ色の顔色ですね。

 

 あらら。【アイデア】ロールがクリティカルして、人皮製と見抜かれたんですね?さらにSANチェックも入って、かろうじて成功したとはいえ、数字自体は減ってしまったようです。

 

 ご愁傷さまです♪

 

 しかしながら、さすがは元とはいえかの犯罪組織の幹部を務め、現在進行形で怪奇事件専門捜査官を担う御仁です。

 

 彼もその気になれば、相応の胆力が発揮できるようで、一つ深呼吸するや、表情を引き締め、仕方なく本をしまった私に鋭い目を向けながら口を開きました。

 

 「あいにく俺はどちらかと言えば頭脳労働より、武闘派なもんでして。

 

 もそっとはっきり要件を言っていただけませんかね?

 

 ただし、その気色悪い本の補完材料に俺を使いたいというなら却下しますし、力ずくに出られるなら、俺も相応の対応を取らせていただきますが」

 

 虚勢は多少入っているでしょうが、まぎれもない、彼の本音でしょうね。

 

 ただじゃ死なねえぞおら!という感じの鋭い目を向けてくる彼に、私は口元がますます緩まるのを感じました。

 

 フフッ。だから人間は愛らしいんです♪

 

 「ああ、すみません。誤解をされてしまったようで。

 

 確かに本の補完をしたいというのはあるのです。何しろ、材料にした子たちが、いろいろあれなものでして」

 

 「はい?」

 

 「確か、『安室の女』を自称したり、救済なんて銘打って、攻略本の情報を身勝手に活用しようとしたりと・・・。

 

 ところで、竜條寺君は、回収予定のゴミが、見知らぬ有象無象の自己判断でその辺に放置されていたらどう思います?

 

 ゴミはゴミ収集車にきちんと回収していただかないといけないと思うんですよね?」

 

 「・・・つまり、本来死ぬ予定の人間を、意図的に勝手に助けて回るのが気に入らない、と」

 

 小首をかしげながら言った私に、竜條寺君はなぜか同意せずに、軽く目を伏せました。

 

 ・・・まさかとは思いますが。

 

 「まさか君も、“予知夢”で見た死ぬ予定の人物を助けようとしたとか?」

 

 私の問いに、竜條寺君は無反応です。

 

 

 

 

 

 いけませんねえ。実にいけません。

 

 そんな身勝手、許されるとでも?死ななければならない人間を、一時の感情で勝手に助けるなんて。それによって誰かがさらに死ぬとか、被害がさらに拡大しそうならともかく!

 

 え?7年前のマンション事変?

 

 何かありましたかねー?(すっとぼけ)

 

 はっはっは。

 

 考えてもごらんなさい。あそこで仮に彼らを救っても、攻略本によれば爆弾の解体現場で防護服を脱ぐようなおバカさんですよ?

 

 きっと、懲りずによそでもっと素敵な大問題を起こしてくれたに決まってます!

 

 蝶の羽ばたきは地球の裏側で竜巻を起こし、蟻の穴から堤は崩れて、政令指定都市も水浸しになるんです!素晴らしいでしょう?!

 

 え?あの時のお前の気まぐれを少しでも良く思っていた自分を殴ってやりたい?

 

 自傷行為もほどほどになさってくださいねー。

 

 

 

 

 

 「・・・考えたことがなかったといえば嘘になりますが、あいにく当時の自分はいろいろ立て込んでまして、そこまで手が回りませんでした。

 

 そこまで万能でもなければ、驕ることもできません。

 

 俺はあくまで、ちっぽけでわが身がかわいい人間ですので。

 

 あなたとは違いまして、ね。

 

 俗っぽくて身勝手で結構。

 

 俺はどこぞのアンパン頭と違い、あそこまで博愛には徹せれないんですよ」

 

 皮肉気な口調で言ってのける竜條寺君。

 

 

 

 

 

 ああ、あのお子様から保護者まで大人気の丸顔ヒーローアニメですか。

 

 ・・・正直、私はあれが大嫌いです。あんな人間味のまるでない気色悪いものに、どうして興味が持てましょうか。

 

 

 

 

 

 「・・・というより、それがあなたのお望みなら、現状はだいぶ不本意では?」

 

 「おや、なぜ?」

 

 「・・・その本をお持ちなら、俺に訊くまでもないかと」

 

 小首をかしげて問い返しましたが、竜條寺君は吐き捨てるようにそう返しただけです。

 

 「松井陣矢。浅井成実。他少数名。主人公〈コナン〉の境遇にしろ俺が把握できているだけで結構、ブレが生じていると思うんですが?

 

 何人か死んでるべき人間が生きてるでしょう」

 

 ああ、なるほど。

 

 「わかってませんねえ」

 

 肩をすくめて、私は口元を歪めて笑って見せました。

 

 「君の夢と、現実。どちらが面白みを感じます?

 

 刺激があるから、じんせい〈神生〉は楽しいんですよ?

 

 誰が生きようが死のうが、最終的にそこに帰結すれば、後は野となれ山となれ、ですよ。

 

 それに人間、生きてる限り、必ず最後には死ぬものです」

 

 ぶっちゃけ、極論すればそうなります。

 

 さっさと死んだ方がすっきりはしますが、生きてのたうち回るならそちらの方が面白みはあります。

 

 ま、基本は面白おかしく、楽しめるように物事が運びますし、私もそうなるように持って行っているつもりではありますが。

 

 「マジで言ってんのか、あんた・・・」

 

 敬語も吹っ飛んで、嫌悪に満ちた顔をこちらに向けてくる竜條寺君。

 

 そして、少し探るような目をこちらに向けてきますが、すぐにそんな表情を消して、無表情を装い、私に向かって口を開きます。

 

 「あー、ちなみに、今、どの辺なんです?」

 

 「どの辺とは?」

 

 「進行具合と言いますか・・・どんな事件が起こったかとか。

 

 それによって、俺の提供できる情報が違ってきますんで」

 

 「おや、私に協力してくださると?」

 

 「あくまで、その本の補完はします。俺自身が材料になるというのは却下しますが。

 

 ・・・あと、きゅう、死ぬ予定の人間を助けないというのは確約しません。

 

 何度も言うようですが、俺はわが身が一番かわいい、身勝手な人間です。

 

 身勝手なもんですんで、そこに助けられそうな人間がいたら、助けますよ。

 

 たとえ、夢でその人が死ぬ予定にあったとしても」

 

 「例えばピスコ君のように、ですか?」

 

 「っ」

 

 「見捨てて組織から逃げ出したくせに、それでも可能ならジン君に殺される前に何とか保護したいとは。

 

 身勝手の極みですねえ」

 

 「・・・言ってろよ、神様。

 

 人間がジタバタすんのがお好みなら、黙って眺めてやがれ。

 

 お好みでお得意だろうが」

 

 反吐が出るといわんばかりに悪態をついてくる竜條寺君に、にこやかに私は「もちろん、そうします♪」とうなずいて見せました。

 

 「ああ、どのあたりまで行ってるか、でしたねえ。

 

 まあ、いろいろ違っているので、何とも言い難いのですが。

 

 ちなみに、君はどのあたりと把握なさってます?」

 

 「まだ、コナンは単騎でジンどもとニアミスをしてる程度ですかね。

 

 協力者や同類の存在はなし。どうですか?」

 

 「はい♪

 

 この前、ちょっと用事で岐阜まで遠出したんです。新幹線で。

 

 そしたら、そこにジン君たちが乗り合わせてまして。

 

 コナン君は必死に手掛かりを突き止めようとされますし、爆弾も持ち込まれてたらしくて・・・いやあ、なかなか愉快でした♪」

 

 「・・・あんた、やっぱ見てただけですか」

 

 「おや、長時間椅子に座ってじっとする退屈に我慢できない子供が爆弾云々と騒ごうと、静かにじっと座ってなさいとたしなめるのは、大人の務めでは?」

 

 「これだから米花町民は・・・!」

 

 「でもちょっとおかしかったんですよねえ。なぜかその列車に風見君・・・君もご存じでしょう?“連絡係”もやってる公安の刑事君が居合わせてまして。

 

 コナン君が“爆発物処理”を終えた直後に駆けつけてきて、即座に事態を把握なさって、捜査指揮をとられたんですよ。私も事情聴取されまして。

 

 彼、あそこにいたと攻略本には記述がなかったと思うんですが?」

 

 「その攻略本よばわりしてるの、補完が必要な偏り情報まみれなんでしょう?

 

 それに、俺の夢の方でも、あとでこうでしたって解説や補完が入れられることも多いから、存在自体最初からあったんじゃないです?」

 

 ・・・まあ、そういうことにしておきましょう。

 

 “予知夢”で知っていたであろう竜條寺君が何らかの入れ知恵をしている可能性も、あるにはあるのですが。

 

 ま、済んだことです。

 

 「めちゃくちゃ序盤、ですね」

 

 「ええ。やったね、竜條寺君!トラブルが増えるよ!」

 

 「おい馬鹿やめろ!その発言は元ネタからしてろくでもねえだろうが!」

 

 顔を引きつらせる竜條寺君に、やはり彼はからかい甲斐がありそうだと確信を深めます。

 

 

 

 

 

 「・・・夢の通りなら、次に起こりそうなのは、満天堂の新作ゲーム発表会だな。

 

 “名探偵毛利小五郎”はいないし、なにがしか変更はされてるんだろうが」

 

 「何かあるんです?」

 

 「あんたの本には載ってないんですか?」

 

 「載ってないんですよ。遺憾なことに」

 

 そのくだりは初耳です。やはり竜條寺君は有用ですね。生かしておく価値が生まれました。

 

 もちろん、だめになったら加工して攻略本に追加記載することにしましょうか。

 

 おや、微妙に竜條寺君が顔を引きつらせました。まさか考えてることが伝わったのでしょうか?

 

 まあ、たとえ悟られたとしても、彼にはいかんともしがたいのですがね。

 

 「オーケイ、わかりました。概要だけ話しておきます。

 

 あと、俺はこの件には首を突っ込みませんので」

 

 「おや、そうなんですか?」

 

 「テキーラが絡んでくるんですよ。俺のツラ見せたら生きてるってばれる可能性があるんで」

 

 ああ、なるほど。それでですか。

 

 「しかし、ゲーム開発って、かなり時間とかかかるから、少なくともあんたがモデルはないでしょうね。されるんだったら、もっと早く話がきててあんたにも心当たりができているはずですから」

 

 確かに。まあ、私は探偵役は引き受けましたが、探偵そのものを本業にはしていませんのでね。

 

 最近はコナン君がネット上に探偵相談用のホームページを運用したり、古書店の方にも『探偵相談引き受けます ※内容によります』というチラシを張ったりしています。事件解決に伴ってメディアに露出しているのもあり、多少そういった相談事が持ち込まれることも出てきてはいますが、まだまだ駆け出し状態ですのでね。

 

 それなら、別のお題を使ったゲームの方が確実でしょうね。

 

 

 

 

 

 そして、竜條寺君の語る『満天堂の新作ゲーム発表会で起こる事件』について聞き終え、私は口元を歪めました。

 

 「仮にも元同僚が、人違いで爆殺されるというのに、見て見ぬふりですか。

 

 素晴らしい人間性ですね♪」

 

 「てめえが言うなやクソ邪神。

 

 ・・・まさかとは思うが、安室透関連を知ってるってことは、お前、スコッチのことにちょっかいかけてねえだろうな?!」

 

 「さぁて、どうしたと思います?」

 

 ニチャァッと唇を割って笑いながら尋ねると、竜條寺君が「クソがぁぁぁ・・・」と頭をかきむしっています。

 

 「まあ、もう済んだことですよ。

 

 過去よりも未来を見据えて、お互い協力していこうではありませんか!」

 

 「お前だけはそれを口にする資格がねえだろうが!!」

 

 何です!画面の向こうの皆さんまでご唱和なさって!

 

 星辰が満ちて、旧支配者が復活し地に満ちる素晴らしい未来が待っているのですよ?ささやかながらその手助けをする私には、この上なくそれを楽しみにする資格があるのでは?

 

 ボブでなくとも訝しむに決まっています!

 

 「・・・もう、いい、です。

 

 何かあんたの中で俺には理解不能な冒涜的超理論が展開されてるでしょうから。

 

 用が済んだなら、とっとと帰れください」

 

 おやおや、敬語がおざなりですよ、竜條寺君。

 

 額を抑えて天井を仰いで疲れたように溜息を吐かれて、本当にどうしたのです?

 

 あまり頭痛がひどいようでしたら素直にお医者様にかかられたほうがいいですよ?

 

 「ああ、では最後に、連絡先を交換いたしましょう。

 

 また何かありましたら、連絡してください。私からも、お伝えいたしますので。

 

 吉報をお待ちしてますよ、竜條寺君♪」

 

 「悲報の間違いだろうがよぉ・・・!」

 

 口先ではそう嘆きつつ、渋々といった様子で竜條寺君はスマホを取り出してくれました。

 

 素直な子は嫌いじゃないですよ♪

 

 連絡先を交換し、伝票をもって席を立ちます。

 

 あまり長く店先を留守にするわけにもいきませんしね。

 

 「おい。一個だけ、聞かせてくれ」

 

 「はい?何でしょう?」

 

 「“10億円強盗事件”、あんたが言うところの攻略本に載ってますか?」

 

 はて?竜條寺君の言葉に、足を止めて少し考えます。

 

 あー・・・概要は載ってませんでしたが、なんかそんな単語はあったような気がします。

 

 ふむ、竜條寺君が気にされるということは、そこそこ重要な事件なのかもしれませんが・・・まあ、私がそれを素直に教えてあげる義務はないですよね?

 

 「それは、秘密です♡」

 

 ウィンクと一緒に、人差し指を唇に当てて笑って見せますが、竜條寺君は吐きそうな顔をされて、視線をそらされました。

 

 ひどいですねえ。このAPP18の美女を捕まえて、そんな反応をされるなんて。

 

 「どうしたもんか。・・・勘弁してくれ」

 

 ぼやくように呻かれた竜條寺君に、軽く手を振ってから、私は喫茶店を後にしました。

 

 

 

 

 

 さて、次のお楽しみの手がかりも得られました。

 

 せいぜい私を楽しませてくださいね♪

 

 

 

 

 

 

次回に来たまえ、ヘンリー。見せたいものがある。




[おまけ☆]





 手取ナイアが去った後も、竜條寺アイルは、喫茶店『エーブリエタース』のボックス席でぐったりとしていた。

 一時的にPOWがごっそり削れたような気がしてたまらない。

 何が悲しくて、あんな超絶邪神と一対一〈サシ〉でお茶会などせねばならないのだ。

 組織時代もえぐい仕事は何度もやったし、場合によっては天敵〈ジン〉と一対一で密室ということもあった。

 それでもここまでひどいことはなかった。なぜだ。

 ・・・たぶん、それは竜條寺が知ってしまっているからだ。あの女の本性を。

 だから、本能が拒否したがる。距離を取りたがろうとする本能を、理性で無理やりねじ伏せた。ゆえに、精神と体力が摩耗された。

 そんなところだ。

 そもそも、前世というものがあろうとそこでは平々凡々な平成から令和にかけてを適当に生きた男の記憶を持つ竜條寺からしてみれば、犯罪組織の悪行も神話生物絡みの冒涜的事件も、ベクトルこそ違えど吐き気を催すことに変わりはないのだ。

 ただし、身元の保証が利かず使いつぶされる可能性がかなり高い前者の手先に対し、後者の捜査官は一応国家公務員である。どちらがマシかと言えば、言わずもがな。





 ともあれ、元凶は去った。

 ひとまず精神衛生は保証されたと判断した竜條寺は、だいぶ冷めたコーヒーを飲み干し、マスターにお代わりを注文する。

 この店のコーヒーはサイフォンだ。よそではなかなか味わえない。

 ちなみに竜條寺は、酸味が強くて香り高い豆を好む。この店のモカ・マタリは好みにドンピシャなのだ。

 漂うコーヒーの香りと、緩やかなBGMをバックコーラスに、竜條寺は頬杖をついて思索にふける。





 どういう事情かは定かではないが、この世界では灰原哀の実姉である宮野明美は、10億円強盗事件を起こしていないらしい。

 竜條寺が組織を抜けたのは、赤井秀一がNOCバレを起こして去ったのと同じ、2年前である。

 当時周到に脱走算段を計画していた竜條寺は、周囲を気にする余力がほとんどなかった。

 下手に何某何事かに興味を持ったそぶりを見せようものなら、そのまま難癖付けて食い物にされても文句が言えないのが、あの組織であり、その処刑人のジンなのだ。

 放っておいてもどうせ赤井は安全圏に勝手に逃げ出すと確信していたから、ちょっかいは出さなかった。

 スコッチのことにしても、粛清後にその話を耳にして、ああやはり原作通りになったか、と少し悲しく思った程度だ。

 ナイアにも語った通り、竜條寺は自他ともに認める武闘派だ。下手な小細工は自分の首を自分で絞める羽目になりかねないので、手を出さなかった。情けない話、保身に走ったわけだ。

 一応、バーボンにはちらっと警告はした(バーボンが一人きりの時に、スコッチが怪しい、NOCじゃないのか、俺でも疑るんだから、お前の方からあいつの立ち振る舞いについて言っとけよと)のだが、結局無駄骨に終わったわけで。





 少し前に、トロピカルランドのジェットコースター殺人事件が新聞に取り上げられ、ああ原作が始まったんだな、と竜條寺も感じた。

 その時にはすでにある程度都合が利く身分になっていた竜條寺は、せめて宮野明美だけでも救えないものかと思ったのだ。





 そもそも、彼女に関しては赤井秀一が3割悪い。(残り7割のうち3割は子育てより自分たちの研究を優先した宮野夫妻で、他4割が手を下した組織の連中である)

 百歩譲って組織に近寄るためのハニトラは許せても、尻拭いもせずに自分だけケツまくってスタコラ逃げ出すというのは、はっきり言ってクソのすることだ。そして、亡くなってから愛情に気が付くなど、朴念仁では片付かないほどのクソバカだ。莫迦でも馬鹿でもなく、クソのつくバカオブバカだ。

 潜入がばれた時点で、引き入れた彼女にもリスクが課されるとわかるはず。ならば、どうにかして彼女だけでも保護するべきだったのだ。

 妹の方は組織で重要な研究を任されて立場もそこそこ高いなら、そう簡単に切られないはず。ならば、立場も低くて妹の足かせになっている姉の方を、たとえ彼女が抵抗しようと、それこそ力ずくで保護でも何でもするべきだった。

 それをしなかった時点で、身勝手の極みだ。特にジンの身柄確保なんて、博打に打って出るなら、失敗時の保険も完ぺきにしておくべきなのに、それも怠った。

 バカ以外の何物でもない。少なくとも、竜條寺はそう断じた。

 実の親同然のピスコの死の運命を知りながら、組織を脱走した竜條寺が非難できた義理ではないのだろうが。





 どうでもいいが、竜條寺が組織の脱走にあたって、FBIに身を寄せなかったのは、この辺りの事情が大きい。(要は赤井が気に入らないのだ)

 公安に関しては、スコッチのNOC情報が漏れた元凶である可能性があると、前世でネットで知っていたので、警戒して近寄らなかった。





 話を戻す。

 肝心の10億円強盗事件は起きてない。原作が始まったと確信してから、毎日、新聞とネットニュースをチェックしているが、そういった話は聞かなかったのだから。

 どころか、毛利探偵事務所は、『所長の病気療養につき、しばらく休業します。ご迷惑をおかけします』という張り紙一枚で、休業中である。

 この間の小学校の事件がなければ、竜條寺は主人公たるコナンの所在もわからないままであっただろう。





 そもそも、この世界は竜條寺の知る『名探偵コナン』とはかなりズレがある。(クトゥルフ神話要素を抜きにしたって)

 松井の正体こそかなり後に気が付いたが、浅井成実と初めて顔を合わせた時、彼は絶句してその顔をまじまじと見てしまったのだから。

 あんた月影島で、復讐目論んでるはずだろ?!なんでこんなとこにいるんだよ?!というのをこらえられたのは、組織で身につけた腹芸のおかげだろうか。

 ほかにも、ちらちらと、原作と違うだろ?!と叫びたくなる要素があるのだ。

 もっとも、うちいくつかは、竜條寺はけして他人面ができないのだが。





 竜條寺が現在付き合っている女性、徳本敦子は、原作では2年前に死んでいるはずの女性だ。

 多分、何もしなかったら、彼女は2年前に潔く天国に旅立っていただろう。

 だが、結局竜條寺は、身勝手ではあるが善性を捨てきれてないのだ。敦子を助け、叱咤激励をし、立ち直らせてしまったのだから。

 現在、彼女は小説家として生計を立てている。

 工藤優作とまではいかずと、新人の作家としてはかなり売れているという話だ。

 竜條寺も、彼女の本は毎回欠かさず新刊を購入している。





 「で?君は手取ナイアとどういう関係なんだ?竜條寺」

 「仲良しに見えたなら、視力検査かカウンセリングをお勧めするぜ、風見さん」

 いつの間にか正面に座っていた風見に、竜條寺はうんざりと返す。

 さすがは公安。それもゼロのエースの右腕と称されるだけはある。隠密ぶりはかなりのものだ。

 まあ、竜條寺の身体スペックはかなりのものだ。特に肉体労働に関してはずば抜けており、風見が座ったことにもとっくに気がついていた。気が付いてはいたが、声をかけられなかったので、そのまま思考を進めていたのだ。

 どのあたりから見ていたかは定かではないが、あの質問が出るあたり、話の内容までは聞けていないのだろう。おそらく。

 もっとも、公安からしてみれば腹芸など必須スキルだ。顔色一つ変えずに嘘や演技を作ってしまうに違いない。

 「どちらかと言えば嫌がっているように見えたな」

 「面倒な事件を片付けて、ひと段落ついてる中で、好き好んであっち側の連中にかかわりたいとは思えねえからな」

 しれっといった竜條寺に、風見はお冷にむせた。

 ああ、やっぱりこの男、気が付いてなかったのか。

 まあ、あちら側に対する耐性は持っているようだが、どちらかと言えばかなり低く、認識力も最低限しか持ち合わせていないらしい。

 ものすごくわかりやすく言えば、竜條寺や松井であれば、あちら側の連中の偽装(人間に化けたり)などを見抜けるが、風見にはそれができない、というところだろうか。

 ゆえに、風見は、手取ナイアをただの人間と思い込んでいたのだろう。

 ・・・まあ、それが至極当然、なのだろうが。

 「か、彼女が?ま、まさか?」

 「また聞きだが、ま、たぶんそうだろう。雰囲気もそうだし、本人も誤魔化そうとしてなかったしな」

 顔を引きつらせる風見は、しかし大きく首を振って、深呼吸するや、まじめな顔をする。

 「彼女は、お前がタレコんできた新幹線の事件の際にも乗り合わせていたのだ。彼女が爆弾を発見した・・・ということになっているな」

 どうやら、聞かなかったことにするようだ。賢明だ。

 この手のことは、被害も出てないのに穿り回したところで、自傷になるだけだ。もちろん、竜條寺も、できるだけナイアの正体は意識の外に締め出すように思考する。

 彼とて健全健康な正気でいたいのだから。

 「何だ?優秀な公安刑事殿は、最近売れてきた美人探偵が新幹線車内に持ち込まれた爆弾を発見したことに、納得がいかないのか?」

 「自分にとっては、彼女より車内をうろちょろしていた、連れの子供の方が気になった。

 彼が、一等一番に爆弾に気が付いた様子で、デッキに駆け込むや電話をかけようとした女性の足元にあったアタッシュケースを、桁外れの力で車外に蹴りだしたのだ」

 ここで、風見は言葉を切る。

 同時に運ばれてきたコーヒーを、一口飲んでから、マスターが再びカウンターに戻ったのを確認してから、続ける。

 「・・・情けないが、彼がいなければ、新幹線は大惨事に陥っていただろう。自分の命も、なかったかもしれない」

 風見は、そういうや視線を伏せた。

 「ちなみに、その子供は事情聴取の際、何と?」

 「“ナイア姉ちゃんの言葉で、もしかしてって思って!間に合ってよかった~”だそうだ」

 「キッモ」

 ご丁寧にあざとい幼児口調まで再現した風見に、思わず竜條寺は身震いした。あれは7歳児の幼児だから許されるのだ。30ちょいのおっさんが口にしていい言葉ではない。鼓膜に対する暴力だ。

 「名誉棄損で逮捕するぞ、貴様」

 「いや、あんたのところの上司に同じこと言ってみろ、絶対同じことを・・・ああ、その前に精神科の受診を勧められるか」

 ぼやいた竜條寺に、風見はふんと鼻を鳴らす。

 「誰が言うか。ついでに言うなら、あの爆弾を車外に放り出したのは、手取ナイア本人ということになっている」

 「はあ?何で」

 「常識で考えろ。どこの世界に小学校低学年ほどの子供が、新幹線の窓をぶち破る勢いで、アタッシュケースを蹴りだせるのだ。

 自分以外、捜査にかかわった警察官はだれ一人、ケースの持ち主の女の証言を、錯乱と決めつけて信じなかったぞ」

 「さいですか・・・」

 運がいいのやら、悪いのやら。

 現状、コナンは旨い事目立たずに済んでいるらしい。

 「竜條寺。貴様は何を知ってる?」

 「いろいろと」

 すっと、眼鏡越しの視線を鋭くして問いかけた風見に、竜條寺は肩をすくめてしれっと答える。

 どう答えても、都合が悪いのだ。お茶を濁すしかない。

 特に、あの邪神に目をつけられてしまった、現状では。





 とはいえ、全部が全部竜條寺にとって悪い方向に向かって作用しているわけではない。

 特に、風見がコナンに目をつけているのは、いい方向と言えるかもしれない。

 風見は、公安警察の一員であり、降谷零の腹心の部下だ。彼と協力体制を構築すれば、無駄にバーボンと敵対は避けられる・・・かもしれない。

 それに。

 竜條寺も、わかってはいるのだ。コナンに非難されずと、ナイアに嘲られずと。

 逃げたところで、誰が助けられるわけでも何が変わるわけでもないことを。

 だが、竜條寺一人には、できることに限度がある。

 だから、行動に移せなかった。

 だが、あの邪神が出てきた。腹をくくらなければ、黙って全てが平らげられるのを待つしかない。冗談ではない。

 しかし、一人でないなら?コナンや風見らの力を借りることができれば、あるいは。

 そのためには、まずは自分を信用させるところから始めなければ。

 打算的で結構。目的のためなら、四の五の言っていられるか。





 「今話せることには限りがあるんだよ。察しろよ」

 ワシワシと暗い金髪を掻いて、竜條寺は身を乗り出すように低い声で囁く。

 「ところで風見さん。会ったついでに一つ。

 タレコミを聞き入れちゃくれねえか?情報源〈ソース〉は秘密で」

 「・・・言ってみろ」

 不審気に風見は眉を寄せたが、新幹線のことがあったためか、静かに話を促した。

 そうして、竜條寺は、邪神に話したのと同じこと――“満天堂の新作ゲーム発表会で起こる事件”を、風見に告げることにしたのだ。





いつものだと?
ああ・・・いい奴だったよ(遠い目)


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【#26】西の高校生探偵の登場!狂人蘭君を添えて☆

 ♯25ラストで語っているのは原作12巻『ゲーム会社殺人事件』です。まあ、それについては前半でダイジェスト風味にさらっと流します。大まかな流れ自体は変わらないのです。参加している人物が違うだけで。
 一応、これについては、
コナン君が毛利探偵事務所に居候していない
→ナイアさんは原作毛利小五郎ほど売れてない
→ゲーム化企画が持ち込まれず、蘭ちゃんや小五郎さんが参加されない、
という裏事情がありますので。
 そして、バタフライエフェクトで、いささか遅いながらようやっと、西の高校生探偵が参戦なさいます。
 が、のっけからこの有様です。狂人女子高生とKY関西探偵を組ませると、こうなります。
 なお、これでもかなりマイルドになったほうです。
 最初、彼は子供たちの襲撃を思い出してカリカリなさってた邪神様を再激怒させて、シャンタク鳥のおやつにされてました。
 ただで楽に退場させるってどうよ?と内なるサディスト根性がささやいてきたので、こうなりました。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 『名探偵コナン』がスタートしてそこそこ経ったわけですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 ごく一部の方々は、つい先日までの平穏な生活とはおさらばして、あの世という別次元に旅立たれたり、はたまた格子の奥で裁判の順番待ちをなさったりするようになったようです。

 

 ついでに、その犯人探しや前後の事情をめぐって、周囲の人々も醜い人間模様を繰り広げられてくださいます。

 

 ええ。私もその有様を指さして大爆笑・・・したいのを堪えて、コナン君の身代わりとして探偵役を演じさせていただいてます。

 

 そろそろ、警察の皆様にも顔なじみになってきたでしょうか?

 

 

 

 

 

 ま、どこぞの世界にいらっしゃる剣豪も「注意が一秒、後遺症は死ぬまで」とおっしゃられてますし。

 

 極論してしまえば、自己責任ですよね?手を下した方も下された方も、どのような形であれ、ご自分の発言や行動の責任は持たなければならないと思うんですよね?そのために人間は法律なんて面倒なものを作り上げて相互管理をなさっているわけですし。

 

 おや。誤解や事故のような形で殺された人々に謝れ?

 

 なぜです?彼らはこの世の真実を垣間見ることなく、苦しみもせずのたうち回りもせず、呪われも狂いもせずに、安寧な死を迎えられたのですよ?

 

 むしろ祝福すべきでは?

 

 ボブだって訝しみますよ、そりゃあ!

 

 

 

 

 

 さて。冒頭邪神トークはこのくらいで切り上げましょう。

 

 きっと皆さん、待ち焦がれているのでしょう?

 

 先日、予知夢を見るという竜條寺君が予言なさった“満天堂の新作ゲーム発表会で起こる事件”について。

 

 いやあ、私も参加したかったのですが、いかんせん伝手がなくて。

 

 仕方なく、魔術でのぞき見ということに落ち着きました。

 

 あれはあれでなかなか愉快でしたがね。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その日、コナン君は朝からお出かけです。

 

 名目としては、“将来探偵になりたくて、修行のために特別に出入りさせてもらっている槍田探偵事務所の事務員のお姉さんが招待してくれたゲーム発表会に、友達と参加”ということです。

 

 この“事務員のお姉さん”は寺原君で、お付き合いしている男性(お察しですよね?)が新作ゲームのテーマソングを歌ったから、特別優待で行けるということになったそうで。

 

 で、知り合いに声をかけたものの、何人か都合が悪く、コナン君を誘ったそうです。

 

 

 

 

 

 まあ、私は知ってるんですがね。

 

 竜條寺君から、その発表会に組織の連中が絡んでくる可能性があると聞いたコナン君が目の色変えて食いついていることを。

 

 肝心の竜條寺君は、ブッキングからの生存バレを恐れて不参加を表明されてましたが。

 

 しかし、それで十分とコナン君は気合満点に、絶対連中の手がかりをつかんでやる、と意気込まれているわけです。

 

 

 

 

 

 前記しましたが、招待されているのはコナン君だけ、私は参加チケットが手元にないので『九頭竜亭』でお留守番です。

 

 さみしいですねえ。

 

 ・・・せっかく、爆弾で勘違いからの爆殺があって、人間同士の醜い疑り合いがあるというのに、参加できないなんて。残念。(悲しげなため息)

 

 まあ、一応、コナン君から「見たいなら勝手に見とけよ、クソ邪神」と出がけに吐き捨てられましたのでね。

 

 許可は得られたということで、遠慮なく出歯亀させていただきました!

 

 

 

 

 

 あ、ちなみにゲームのタイトルは『Linking Fire~呪われた王国~』ということで、何と新進気鋭のダークファンタジー作家をシナリオライターに起用されているのだとか。

 

 竜條寺君曰く、「予知夢では『名探偵毛利小五郎~推理の館~』だけど、毛利小五郎は名探偵じゃないし、あんたはあの人ほど名が売れてないから、別のゲームになるんじゃないか?」とのことでしたが。

 

 

 

 

 

 私が毛利小五郎と同じく、コナン君の保護者兼隠れ蓑というのに、彼より売れてない理由ですか?

 

 こちらも前記しましたが、コナン君は槍田探偵事務所にも出入りしていて、そこでも事件解決の手助けをしています。

 

 つまり、本来毛利小五郎氏お一人に降りかかるはずの事件が、私と槍田探偵事務所の二か所に二分割されているんです。

 

 そりゃあ、かかわる事件が少なくなれば、自然と知名度も低くなりますよ。

 

 

 

 

 

 ところで・・・このダークファンタジー作家、竜條寺君のお付き合い相手の探索者じゃありません?

 

 確か、徳本敦子君という名前で、2年前に自殺未遂を引き起こしたらそのまま意識不明で、クローズドからの脱出タイプのセッションに参加なさって、無事生還、という経歴をお持ちだったかと。

 

 いやあ、世間って狭いんですねえ。

 

 コナン君がそこまでご存じかは知りませんが。

 

 ちなみに、デビュー作はあらゆるものが塩ででき、怪物も徘徊する島に迷い込んだ、男女4名の苦悩と葛藤を描いたサバイバルサスペンス、『塩の孤島』です。

 

 お察しの通り、竜條寺君も以前参加した、クローズドタイプのセッションをノベライズしたものですね。

 

 私も読んでみましたが、なかなか楽しめました。

 

 本の中では全員生還なさってますけど、実際は1名ロストなさってますからねえ!

 

 

 

 

 

 さて、話を戻しまして。

 

 会場に到着したコナン君が一緒にいるのは、寺原麻里君の他には・・・おや、設楽蓮希君も一緒ですか。

 

 ああ、この前の旗本一族の事件で、ご友人が亡くなられましたからね。大分立ち直られはしたようですが、気晴らしになればと、仕事で誘いを断らざるを得なかった松井君からの言葉で、来ることになったようですね。

 

 「こういうところ来るの、初めてで・・・」

 

 「ボクもなんだ!蓮希お姉ちゃんはゲームとかやらないの?」

 

 「全然。学生の頃、友達とプリクラなら撮ったけど、そのくらいかな。麻里さんは?」

 

 「ゲーセンのダンスゲームやリズムゲームなら多少ね。他はさっぱり」

 

 などと和気あいあいとお話しされています。

 

 いやあ、これからあの朗らかな雰囲気が、ぶち壊しになるんですね。すばらしい、楽しみです♪

 

 

 

 

 

 そうして、メインの新作ゲームの他にも、いろいろ出ている出し物のゲームを3人で見て回っていきます。

 

 もっとも、コナン君は黒ずくめを探すべく、周囲に必死に目を向けています。

 

 で、ある程度回ったところでジュース休憩をしようと、一度会場を抜けたところで、コナン君はついにお目当ての人物と出会いました。

 

 一度トイレでとある人物とぶつかった黒ずくめの大男は、公衆電話で関西弁丸出しであれこれと報告中です。

 

 これ幸いと、コナン君は小銭入れをばらけさせ、大男の足元に転がった小銭を拾うふりをして、発信機&盗聴器を靴底に仕込んでいます。

 

 で、そのまま追跡しようとしたところで、大男がトイレの個室に入り――ドガンッ!と大爆発。まあ、至近距離の大男が無事なわけがありませんよね?

 

 おやおや、竜條寺君の予言が当たりましたよ。

 

 コナン君、ご愁傷様でした。

 

 

 

 

 

 で、その後はコナン君が第一発見者として、警察の捜査に協力。

 

 途中、寺原君に呼び出された槍田君も一緒に事件の捜査に加わり、無事犯人は特定されました。めでたしめでたし、です。

 

 まあ、事件は解決しても、コナン君は黒ずくめの連中の取引先のビルに行こうとして、そこが先に爆破されてたというオチがあったりするのですがね。

 

 爆発オチなんてサイテー!

 

 

 

 

 

 そうそう。

 

 なぜか、現場に居合わせた風見君が、事件関係者の一員にして、大男と取引をしていた…中島君でしたっけ?何かそんな感じの人の身柄を引き取っていましたよ。

 

 これは多分、竜條寺君の“仕込み”でしょうねえ。

 

 

 

 

 

 

 以上が、“満天堂の新作ゲーム発表会で起こった事件”の概要でした。

 

 せっかくの気晴らしがとんだ事件に巻き込まれ、蓮希君は少しくたびれた様子でした。

 

 事件後に迎えにやってきた松井君に、抱き着いてそのまま泣きじゃくる始末です。

 

 ま、彼女、“黄衣の夢幻貴公子”のセッションでだいぶSANが摩耗なさってましたからねえ。

 

 直接死体を目の当たりにしたわけではありませんでしたが、それでもかなり精神的負担になったようです。

 

 しょうがないですねえ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 そんなことがあってから数日。

 

 どこでもらってきたか、コナン君が質の悪い風邪をこじらせて寝込みました。

 

 鼻水はズルズル、コンコンッと咳き込んで、熱で顔を真っ赤にしています。

 

 まったく、しょうがないですねえ。

 

 ショゴスさんにはスポーツドリンクを大量に買ってきてもらい、病人食を作ってもらいます。

 

 「風邪だね。薬を出しとくから、毎食後に飲むこと。お風呂は今日はだめだよ。

 

 水分を大量にとって、お粥とか消化にいいものを食べること。汗をかいたらちゃんと着替えるんだよ。

 

 解熱剤も一応出しとくから、高熱が続くようなら、飲んでね」

 

 聴診器などの診察器具を片付けながらつらつらといった、成実君。

 

 ああ、そこらの小児科医よりは、顔見知りの方がいいだろうと、彼をお呼びしました♪

 

 しかし、なぜ一応保護者の私ではなく、コナン君ご本人に言うのです?!

 

 「・・・失礼ですが、あなたがコナン君の看病を面倒がるかと思いまして。

 

 それに、コナン君はかなりしっかりしているので、本人に直接言った方が理解が早いかと」

 

 警戒している様子でそう言ってくる成実君に、私は呆れたように両手を腰に当てて言いました。

 

 「あなたが私を何と思われているかまでは存じませんが、今の私は一応、この子の保護者です。看病を放り出すなんて、保護者失格ですよ。そんなことするわけないでしょう」

 

 困ったように笑って首を振って見せましたが、対する成実君は無言で視線をそらされただけです。

 

 何ですか!まるで信用されてないようじゃあないですか!

 

 え?お前は日ごろの言動を思い返してから、信用というものを求めてみろ?

 

 何ですか皆さんまで!

 

 「コホッ・・・ありがとう、成実さん・・・」

 

 「お大事にね、コナン君」

 

 冷却シートを額に貼って、ベッドの中でぐったりするコナン君に、ニコリと笑みを返して、成実君はそのまま出ていかれました。

 

 

 

 

 

 やれやれ。看病の詳細はショゴスさんにお任せして、私はちょっと店先に出ます。

 

 寝ているコナン君には申し訳ないのですが、あのガキどもに破壊された本棚の修復と、ついでに固定の工事をしようと、その見積もりを業者さんとお話しする必要がありまして。

 

 タイミングが悪いのですが、致し方なし、ですよ。

 

 

 

 

 

 で、ちょっとお話していると、生活スペースのあたりがギャースカ騒がしくなって、叫び声やらなにやら聞こえた挙句。

 

 「うあああああああ!」

 

 「待たんかい工藤!オレと勝負や!」

 

 「新一ぃぃぃ!待ちなさぁぁぁい!」

 

 バタバタと、私と業者さんが座る応接セットのすぐそばを、彼らは通過していきました。

 

 トップバッターは、ゼエゼエ荒れた息と、汗だくの工藤新一君です。一応洗濯してお返ししておいた、トロピカルランド時の服を着てますが、大急ぎで着られたのか、細部がぐしゃぐしゃです。しかも素足です。

 

 彼を追うように続いて飛び出して来られたのが、蘭君と・・・見知らぬ色黒の青年・・・ああ、攻略本に載ってましたね。確か、西の高校生探偵、服部平次君でしたか。

 

 とはいえ、見過ごせませんねえ。

 

 部外者の君らが、なぜ我が家のプライベートスペースから出てくるんです?不法侵入ではありませんか?

 

 もちろん、私の領域たるこの店で、好き勝手にやらせる道理も理由も、ありませんよね?

 

 というわけで。

 

 「ストップです」

 

 一言言い放ち、私はすぐそばを通過したばかりの、服部君のジャケットの裾をつかんで、呼び止めました。

 

 同時に、止まり木に留まっていたオカメインコモードのシャンタク鳥が蘭君の前に飛び込み、ギャーギャー鳴きながら爪とくちばしを向けて、止まらないと痛い目見せるぞ!と威嚇アピールです。

 

 いいですよ!シャンタク鳥!これは、近いうちに生贄おやつの増量といきましょうか!

 

 「な、何や、姉ちゃん!放してんか!工藤が逃げてまうやろが!」

 

 「キャア?!やめ!やめて!な、ナイアさん、助けて!」

 

 「どこから入り込んだんです?そして君は誰です?」

 

 いくら私が寛容な方とはいえ、物事には限度があるのです。仏様でもご尊顔をお見せするのは3度までとおっしゃられて・・・実は、あれって猶予は2回で、3回目からアウトらしいのですが・・・とにかく、返答次第では、そろそろお仕置きも視野に入れますよ?

 

 どうにか私の手を振りほどこうと、喚いて身をよじる服部君と、シャンタク鳥から逃げようとかがんで手で防御する蘭君。

 

 やれやれ。

 

 「おい、工藤待たんかワレェ!オレが怖ぉて、逃げんのか!よぉもそれで平成のシャーロック・ホームズなんて舐めたこと言えたのぉ!」

 

 私にジャケットの裾をつかまれたまま、店の外に向かって叫ぶ服部君ですが、全く格好がついてませんよ?

 

 ちなみに、新一君はとっくに姿を消しています。戻ってくるわけもないですよ。

 

 ・・・はて?新一君?おや、いつ、コナン君から元に戻ったのでしょう?

 

 いや、確か攻略本にも、何か一時的に元に戻る手段があると書かれていましたね?それでしょうか?

 

 そんな私たちのドタバタに困惑しきった様子の業者さんに、私は少し困ったような笑みを向けて、「すみません、騒がしくしてしまって」と謝罪します。

 

 まあ、お話自体はとっくに済んでいますのでね。

 

 業者さんの方も、また来ますねー、と挨拶してお帰りになられました。

 

 では、改めまして。

 

 「そのお耳は飾りですか?名無しの権兵衛君。

 

 蘭君、あまり私を失望させないでください。

 

 ここは私のお店です。今の君たちはお客様にも満たない、無粋な侵入者です。

 

 名乗って、要件を言わないのであれば、相応の対応を取らせていただきますよ?」

 

 グイっとジャケットを引き寄せるように服部君を引きずりよせ、蘭君と併せて嘲笑を向けます。

 

 途端に、不満そうな服部君はともかく、蘭君の方は分かりやすい勢いでさあっと顔色を青ざめさせます。

 

 ですが。ですがね?反省なんて、猿でもできるものです。SANがゼロであろうと、人間であるならば誠意というものを見せていただかないと。

 

 「す、すみません!け、けど、か、あ、ナイアさんなら新一のことを知ってるんじゃないかと思って・・・新一・・・そう!新一よ!どういうことですかナイアさん!!

 

 まさか新一を捕まえて監禁してたんじゃないでしょうねいくら神様でもそれは許せないですよ新一は私のものなんだから私の私の大事な大事な」

 

 Wait。ちょっと待ちましょう?セルフ起爆ですと?いつからそんな高次機能を搭載したのです?!蘭君!

 

 「な、何や、この姉ちゃん・・・」

 

 対する服部君は、そんな蘭君を不気味そうに見てから、私の方に視線を戻し、ややあって、名残惜しげに店の出口を見てから、ややあって私の方へ向き直ります。

 

 もう逃げそうにないと判断し、私は彼のジャケットから手を放してあげます。

 

 「そりゃすまんかったな。毛利の姉ちゃんが大丈夫言うから、てっきりオレらがここにおるのを知っとるか思とったわ。

 

 ああ、自己紹介がまだやったな」

 

 と、ここで彼は言葉を切ると、不敵な笑みとともに高らかな名乗りを上げてくれました。

 

 「オレは服部平次!高校生探偵や!

 

 東の工藤に対し、西の服部といえば、オレのことや!」

 

 「存じ上げませんねえ。ローカル限定では?」

 

 「何やと?!」

 

 正直聞いたことがなくて(攻略本に載ってたから知ってただけで)、首をかしげて見せるや、あからさまにショックを受けた顔をなさる服部君。

 

 なかなかのリアクションぶりですねえ。探偵よりも芸人の方がお似合いな感じですが。

 

 「クッ・・・これだから、関東は・・・せやから、オレは工藤打倒のために、はるばるここまで来たんや!

 

 どちらが探偵として上か、証明するためにな!」

 

 「はあ」

 

 ビシィッと指さされても、何と申しますか、咬ませ犬感が半端ないですねえ。

 

 気の抜けた返事を返す私に、服部君は面白くないといわんばかりに眉を寄せます。

 

 ちなみに、この探偵を自称する芸人君を歯牙にもかけず、蘭君は相変わらず、狂人トークを垂れ流されています。

 

 いつものことですよ。(遠い目)

 

 「はい。そろそろ現実に戻ってきましょうね~」

 

 ぱぁんっと、蘭君の目の前で猫だましをして差し上げれば、彼女はびくっと肩を揺らし、「はっ?!」と我に返った顔をなさいます。

 

 「ああ、自己紹介が遅れました。

 

 すでに蘭君からお聞きかもしれませんが、私は手取ナイアと申します。

 

 この古書店『九頭竜亭』の店主であり、最近、探偵相談も引き受け始めました。まだまだ駆け出しですがね」

 

 「おお。この前も、テレビにちらっと出とったな」

 

 「恐縮です」

 

 にっこりと笑みを浮かべる私に、服部君はしかし険しい顔になって睨みつけてきます。

 

 おや?何か敵意を持たれるようなことは・・・しましたね、彼の執着する新一君を逃がすことになってしまいましたし。

 

 「で?どういうことや?」

 

 「と、おっしゃいますと?」

 

 「とぼけんなや。何で行方不明のはずの工藤が、姉ちゃんの店の裏手、それも自宅の方に匿われとったんや」

 

 鋭い目つきで睨んでくる服部君は、嘘やごまかしは許さない、と視線で語ってきています。

 

 フーム。さて、どう答えたものでしょうね?

 

 「答える前に、なぜここに来たのです?

 

 その返答次第では、私が答える必要はないと思いますが。

 

 君も立派な探偵とおっしゃるなら、ね」

 

 あえて挑発するように言ってみれば、ぐぬぬっと悔しげに顔をしかめる服部君。

 

 これは、素直に答えてくれるのは難しいですかね?

 

 さて、蘭君、どういうことです?

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 蘭君が言うには、入院している小五郎氏の都合があって、現在自宅に妃英理女史が一時帰宅なさっている状態なのだとか。(借金していることについて何とコメントなさっていたんでしょうねえ?)

 

 で、本日は妃女史が弁護士事務所の方へ出勤なさって、蘭君一人であれこれやっていたところに、服部君がやってこられたのだとか。

 

 で、彼は帝丹高校近くで、鈴木園子君から新一君と幼馴染にして恋人(まだ告白もされてないのですがそれは)たる蘭君のことを聞き、彼女ならば新一君の居場所がわかるのでは、と突撃をかけてこられたようです。

 

 そして、蘭君は(崇拝する神様にして)頼れる相談相手であり、最近では新一君張りの推理もできる(ように演出させられている)私なら、新一君の居場所・・・までは分からずとも、何か手掛かりが得られるのでは?と考えたご様子で、彼をここまでお連れしてしまったようです。

 

 ですが、肝心の私は何やら業者さんとお取込み中。邪魔したら悪いからと、鍵を開けておいた勝手口から中に入り込み、そこでたまたま枕もとのスポーツドリンクを切らして、お代わりをキッチンまで取りに来たコナン君と遭遇。

 

 風邪ならこれがいい!と服部君が手土産に持ってこられた白乾児〈パイカル〉を飲ませて、そのまま図々しくも勝手に中で私を待たれていたと。

 

 そうこうしているうちに、悲鳴が聞こえ、駆け付けるや新一君がいたというので、二人して捕まえるべく追いかけたということだそうで。

 

 

 

 

 

 

 あ、ちなみに新一君は以前の“ご両親主催のなんちゃって誘拐事件”の後、ご両親を代理人に高校に休学届を出していますのでね。

 

 後、この間の小学校での事件の後、コナン君も何を思ったか、変声機越しに蘭君に電話をかけて、「厄介な事件に出くわしてしばらく戻れない。連絡もできなくなる。自分は弱い人間だから待っててくれたらうれしいが、待てそうにない、待ちきれないと思ったら、待つのをやめて構わない」などと格好をつけて言ってましたよ。

 

 いやあ、はたで聞いている私にさえ聞こえるほどの大音量で、蘭君がキャンキャン喚いているのが聞こえましたねえ。

 

 まあ、コナン君、気にせずにパッパと通話を終えて、続いて目暮警部や高校の担任教師などにも、個人的な電話をかけて「厄介な事件に巻き込まれて、しばらく姿が見せられない。とても危ないので、身近な人を巻き込まないためにも、自分の行方不明は大事にしないでほしい。心配かけて申し訳ない」などと根回しされていましたね。

 

 なぜでしょうねえ?攻略本に、そうやっていると書かれて・・・そもそもあれ、情報偏りまくってましたねえ。

 

 え?この間の事件でお前のそばにいるという危機感があおられたから、いつ蒸発してもおかしくない根回しをしているんじゃないか?ですか?

 

 なるほどなるほど。準備と根回しは探索者の基本ですからね。自ら災害に首を突っ込む彼らにとって、それらができてない=自殺宣言と同じです。いやあ、新一君も基礎がしっかりしてきましたね。感心感心。

 

 え?お前が言うな?

 

 何かしましたかねー?(すっとぼけ)

 

 

 

 

 

 

 話を戻して。

 

 コナン君、前の事件で少し精神的に弱られていましたしねー。ただでさえ組織から身を隠してフラストレーションをため込んで、さらに熱で弱っているところを、知らない顔と知ってる顔(ただし狂人全開)に追い回されそうになったら、見栄もプライドもかなぐり捨てて逃げてしまったというところでしょうか。

 

 いやあ、あの瞬間の彼の顔は、実によかった!まあ、すぐに服部君に台無しにされたんですが、それさえなかったら指さして大爆笑してあげたかったです♪

 

 え?フラストレーションの大きな要因の一つはお前だろうが、ですか?でもまあ、それは彼の自業自得、ですよ。私を保護者に選出したのは、コナン君の決断ですよ?高校生にもなってるんですし、自主性は重んじてしかるべきです。

 

 え?本当にそう思っているなら、そのニヤニヤ笑いは何だ?いやですねえ、愉悦に口元の緩まない邪神が、どこの世界にいるんです?(ニチャァッ)

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 至る、現在、ですか。

 

 ふーむ。さすがに、コナン君と、幼児化した工藤新一君をつなげて考えられてはいないようですね。

 

 むしろ、あれをあっさりつなげて考えられる方がおかしいんでしょうね。我々のような存在を知っている人間なら、割とその辺の敷居が低めではあるのですが。

 

 

 

 

 

 とはいえ、まずは新一君が我が家にいた釈明から、ですね。

 

 以前、コナン君との“取引条件”の追加で、江戸川コナン=工藤新一という情報を直接ばらすのは禁じられてますからね。

 

 まあ、それができたら、いろいろ面白そうではあるのですが、楽しみ方は、他にもいろいろあるのですよ。たとえば、こんな感じで。

 

 「うーん・・・話していいものか・・・。

 

 一応、口止めされているんですよねえ・・・」

 

 「何か知ってるんですか?!ナイアさん!」

 

 「おい姉ちゃん!もったいぶらずに教えてんか!オレは探偵やで!コンプライアンスの重要さは知っとるつもりやで!」

 

 少し困った感じを装って言うや、二人とも目の色を変えて、身を乗り出してきました。

 

 ヒット〈食いついた〉。フフッ。ですが、焦ってはだめです。いくら釣り針と疑似餌〈ルアー〉がいいものとはいえ、持っていき方次第ではだめになりそうですしね。

 

 「そこまでおっしゃるなら・・・くれぐれも内密にお願いしますね?」

 

 ちょっと困ったように、私は語りだしました。

 

 

 

 

 

 

 おや、ちょっと長引きましたか。

 

 いつものこととはいえ、すみませんねえ。(ちっとも誠意を感じられない?気のせいでは?)

 

 それでは皆さん、ご一緒に!

 

 続く!

 

 

 

 

 

 

続くとは、実に牛歩ではありませんか?

(彼は狂っていた)





【爆発事件をのぞき見して、西の高校生探偵に突発訪問されたナイアさん】
 竜條寺さんに予告されていた満天堂の新作ゲーム発表会で起こる事件は、もちろん楽しみにしていた。
 伝手がなくて、直接行くことができず、魔術でののぞき見に限定されるが、それでも十分楽しんだ。
 本人も気が付いている通り、原作コナンでは毛利小五郎一人に降りかかる事件が、この世界では槍田郁美とナイアさんの二人に二分されているので、自然とかかわる事件自体が少なく、そのため、原作コナンではこの時点でゲーム企画が持ち込まれるほど名を挙げた毛利小五郎ほど、名が売れていない。
 やっぱり、黒ずくめの一員であるテキーラさんは爆死なさった。推理は表向きは槍田さんがメインの探偵役を務め、コナン君と竜條寺さんの彼女にしてゲームのシナリオライターを務めた小説家の徳本敦子さんがアシストする。
 なお、この事件にたまたまかかわることになった設楽蓮希さん(旗本一族の事件のダメージがまだ完治しきってない)の様子もしっかりのぞき見した。もう探索者としてはかかわってこないんだろうなあ。残念。
 コナン君が風邪でダウンしたので、成実さんを呼んで診察してもらうが、なぜか保護者扱いされないのに不満を見せる。・・・正体を知る方からしてみれば、上げて落とす前動作にしか見えないので、関り自体持ちたくないと見られている。もちろん、それもわかっているが、それ自体を面白がっている節もある。
 コナン君の看病をショゴスさんに任せ、以前本棚を倒されたので『九頭竜亭』の本棚の固定工事のために、業者さんとあれこれ相談する。
 相談中に、まさか勝手に自宅の方に蘭ちゃんと、突撃上京してきた平次君に上がり込まれるとは予想してなかった。
 逃げる新一君(一時解毒中)を追う二人を捕まえて、事情を訊く。
 平次君のことを咬ませ犬っぽい、芸人みたいなどと散々に言うが、最初の反応が反応なので割と好感度が低い。
 お店を荒らされてから、そんなに日も経ってないので下手をしたら、不機嫌になった挙句の冒涜的お仕置きもあり得てた。
 24話ラストに、コナン君と“取引条件”について話し合ったので、コナン君の正体をばらすことはできない。
 が、ろくでもないことを、二人に吹き込む気満々のご様子。詳細は次回に。

【幹部にはあの世に逃げられて、事故で一時解毒したけど逃亡することになったコナン君】
 前回ラストでやる気になった竜條寺さんから、組織の幹部の情報が予知夢だよりだけど手に入ったから、聞く?と言われ、遠慮なく聞き出した。
 ナイスタイミングなことに、寺原さんからも会場に行く手段がもたらされ。よっしゃー!絶対手掛かりつかんでやるもんね!と意気込む。
 が、やはり幹部は爆殺された。しかも、人違いで。(なお、彼は幹部が来ることは聞いていたが、その人物が爆殺されることまでは聞いてなかった)
 とりあえず、駆け付けた槍田さんの助力もあって爆弾犯は特定&逮捕してもらう。
 聞き出した大黒ビルにも駆けつけるが、やっぱりそこも爆破された。
 道のりはまだ遠い。
 風邪ひいて寝込み、成実さんに診てもらう。・・・普通の小学生は、風邪ひいたらちゃんと保護者に説明をしてもらうものなんですが。オレ、小学生扱いされてない?
 ともあれ、おとなしく治すことに専念。
 何か騒がしいなと思いながら、スポーツドリンクが切れたのでキッチンに行ったら、なぜか蘭ちゃんと平次君がいた。
 自己紹介されても、熱でボーっとして頭が回らない。鼻も詰まっていたので、匂いで察知できるはずのお酒も区別できず、風邪によく効くという名目で白乾児〈パイカル〉飲まされた。さらに気分も悪くなった。
 あいつ〈ナイア〉宛ての客だし、なんか体調悪化してきたと部屋に引き上げる。
 が、間もなく、一時解毒して、工藤新一の姿に戻る。
 たまたま取っておいたトロピカルランド時の服を身につけ、どうしよう、どういう状況だ、これ、誰かに相談しようかな、でもやばいよな?とまだ熱でボーっとする頭で必死に考えようとするが、解毒時の絶叫で駆けつけてきた蘭ちゃん&平次君に姿を見られた。
 鬼の形相で追いかけられた(少なくともこの時の彼にはそう見えた)ため、取るものもとらずに逃亡。
 なお、ただでさえも組織から身を隠しているうえ、普段は小学生たちとやりたくもない低レベルな会話をせねばならず、自宅は友人3名を再起不能に追いやったクソ邪神の本拠と、フラストレーション満載環境に身を置いている。
 このため、SAN回復が、他探索者よりも自然と少なくなる。
 逃げた彼がどうなったかは次回で。

【探偵勝負に来たけど、発言次第では命と正気が爆散しかねない服部平次君】
 大体は原作通り。後半になればなるほど、いい奴感と頼れる奴感が満ち満ちてくるが、コミックスでの初登場時の発言を見たら、咬ませ犬感が半端ない。(なので、あんな感じ)
 ナイアさんの持つ攻略本にはそこまで書かれていないが、散々に言われている。
 ちなみに、上京してからの彼の経路としては、
① 帝丹高校周辺(他学生と思しき人間)を捕まえて、居場所を聞きこむ
② 鈴木園子ちゃんを捕まえて、蘭ちゃんのことを聞き、毛利探偵事務所へ
③ 毛利探偵事務所(休業中)にて、蘭ちゃんからナイアさんのことを聞き、『九頭竜亭』へ
という、原作よりも、少々込み入ったステップを踏んでいる。
 正直、勝手に上がり込むのどうなのと思ったが、蘭ちゃんが大丈夫と力強く言うので、じゃあ中で待たせてもらおうかな、とお邪魔した。まさか無許可とは思わなかった。
 ちなみに、劇中では省いたが、このときショゴスさんはお夕飯の食材の買い出しに出かけていて、不在。
 そうこうしているうちに、体調悪そうな男の子が、キッチンにスポーツドリンクのボトル取りに来た。
 誰や自分。この家の居候?風邪ひいとるんか!ええもんあるで!と、白乾児〈パイカル〉飲ませた。飲酒に厳しい現在だと、お酒持ち歩いてるだけで怒られそうなのだが。あと、病人にお酒飲ませるわけがない。卵酒のような感覚だったのだろうか?
 その後、なんか叫び声が聞こえたと思ったので見に行ったら、捜し人がいた。
 待てや工藤!オレと勝負や!逃げるんか!逃がさへんで!
 逃げられたら当然追う。
 追った先で、家主がお客さんとお話ししてた。
 挨拶とかは後回しにしようと思ったが、先に家主に捕まえられた。そして、一番の標的には逃げられた。何でや工藤。
 理論理屈より、本能的に逆らったらまずそうと察して、とりあえず謝ってから自己紹介。
 剣道やってるので、そこら辺の動物的感覚は、実は新一君よりも上。ただし、彼は神話耐性が一切ないので、万が一関わろうものなら、コナン君のように事態に順応せず、ひたすら逃避or即発狂の二択が待ち受けている。
 対応次第では、ろくでもない死に方ができる邪神様とお話し会真っ最中だが、無事生きて大阪の地を踏めるか?


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【#27】西の高校生探偵の登場!その裏側で☆

 当シリーズの主人公たるナイアさんも、一級フラグ建築士になればいいと思うんです。
 ただし、フラグはフラグでも、恋愛フラグじゃなくて死亡フラグです。
 今回の被害者は、原作主人公のライバルにして親友、映画に出たら成功間違いなしの服部平次君です。可哀そうに。
 まあ、そう簡単にくたばらせはしないので、ご安心を。
 そして、槍田探偵事務所の面子も、一緒に死亡フラグを抱えることになりました。コナン君と一蓮托生だぞ!やったね!



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、皆様!西の高校生探偵こと、服部平次君が満を持して登場ですよ?!

 

 いやあ、なかなか個性的な人ですねえ。咬ませ犬風味のツッコミ属性持ちとは、これ如何に。

 

 ホームグラウンドとされているのは大阪のはずなのに、なぜ東都くんだりまで来られたかといえば、うわさの高校生探偵、“平成のシャーロック・ホームズ”こと、工藤新一君とどちらが推理力が上か、対決したいということで。

 

 ・・・フフッ。彼とも仲良くなれそうですねえ。

 

 だって、彼、推理対決に来たのでしょう?もし、新一君が居合わせたうえで、ここで何か――例えば、殺人事件が起こってみなさい。

 

 「どっちが先に犯人を見つけるか勝負や!」などと言い出しかねませんよ?

 

 人が死んでいるというのに、それを材料に、推理ゲーム!

 

 フフッ。常識に則って言うならば、実に不謹慎ですよね?

 

 よかったですね、コナン君!お友達ができましたよ!

 

 え?お前が言うと、ちっともよく聞こえない?

 

 なぜです、こんなに祝福してあげてるというのに!(ニチャァッ)

 

 

 

 

 

 それでは、少々短いですが、冒頭邪神トークはこの辺りにしておきましょうか。

 

 ええ、現在、私は服部君と蘭君に二人がかりで尋問されているところです。

 

 何しろ、学校に休学届を出し、行方をくらませたはずの新一君が、なぜか私に自宅にいらっしゃったわけですからねえ!

 

 きちんと説明しなければ、納得していただけませんよねえ?!出るところ出られちゃいますよねえ!(ニヤニヤニヤ)

 

 え?おい馬鹿やめろ?

 

 そんな嫌がられたら、ますます燃えるじゃないですかヤダー!

 

 不幸中の幸い、私がコナン君と交わした約束は、コナン君の正体――つまり、工藤新一君と同一人物であることはばらさないということです。

 

 つまり、それさえ守れば、何をしゃべろうが結果オーライ!ですよ!

 

 ヒャッハー!唸れ、私の口腔器官と言語中枢!

 

 結果いかんでは、今後がさらに楽しく面白くなるんですから!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「私の家に来ていたということは、江戸川コナン君・・・いま預かっている男の子とも会いませんでしたか?」

 

 「あのちっこいボウズか?」

 

 「はい。蘭君はお気づきかもしれませんが、あの子、新一君に似てますよね?ご親戚らしいんです。あの子のご両親がお仕事の都合で海外へ行くことになって、治安の関係もあって日本に残るとなったそうで、最初、新一君のところに行く予定だったらしいんです。

 

 ところが・・・新一君、やたら慌てた様子で私のところにやってきたかと思ったら、『コナンを頼む』なんて言い出したんです。

 

 詳しいことを話している時間はない、オレのそばに置いておいたら危ない、このことはくれぐれも内密に、なんて言われてしまいまして」

 

 「危ない、やと?」

 

 鋭い目つきで、訊き返してきた服部君に、内心ニヤニヤしながら、表情は不安ながらも、思い出すように視線をさまよわせつつ、私は話を続けます。

 

 「ええ。オレは命を狙われるだろうから身を隠す、ともおっしゃられていました。

 

 今日は、たまたま近くによられたらしいんです。体調を崩されているようなので、少し休んでいかれてはいかがかと、家にお連れしてたんですが・・・。

 

 蘭君、何かご存じではないですか?幼馴染の君なら、新一君が自身の身が危ないと判断することを知っている可能性が一番あると思いまして」

 

 「え?・・・あっ」

 

 私の言葉に、蘭君は少し視線を伏せますが、すぐさまハッとした様子で顔を上げます。

 

 「トロピカルランドに行った日!新一、ジェットコースターで乗り合わせた黒ずくめの男の人たちを怖い顔で睨んでた・・・。

 

 帰りも、あの人たちの一人を見かけたと思ったら、そのあとをついてくように走り出してったし・・・」

 

 「黒ずくめ・・・」

 

 考え込むような服部君に、私は大きく頷いて見せました。

 

 「なるほど。新一君、ひょっとしたら、その黒ずくめの連中が何らかの犯罪を犯すのを目撃して、口封じに遭いそうになったところを、逃げ出したのかもしれませんね。

 

 このまま普通にしてたら、確実に殺される、とね」

 

 「ええ?!か、ナイアさん!新一は?!そんな大変なことになってたなんて、大丈夫なんですか?!」

 

 「可能性は十分あるな。ある日いきなり姿を隠すなんて、普通やないで」

 

 顎に手を当てて考え込むように言った服部君に、蘭君はアワアワしながら、ややあってハッとしたように言いました。

 

 「で、でもおかしいじゃないですか!新一ですよ?!

 

 目暮警部だって、新一のことは知ってるはずです!

 

 危ない目に遭いそうなら、事情を話して警察に匿ってもらえば!」

 

 「そんで、数日保護されて、何もなかったから帰れ言われて、ノコノコ帰ったところを殺されてでもしてみ?工藤はそれを予想したんとちゃうか?

 

 ストーカーとかの手口に多いで、そういうの」

 

 静かに言ってから、服部君は私を睨みつけてから続けました。

 

 「むしろ、あんたもそこまで推測できとったなら、何で警察に連絡せえへんかったんや。

 

 連絡するだけでも、だいぶ違とったと思うで?」

 

 「最初に言ったじゃないです。新一君からコナン君を任せられ、あの子を預かることになったと。

 

 つまり、私は現在、コナン君の保護者なんです。あの子が必要以上に危険にさらされるような真似は、避けるべきです。

 

 特に、警察と強力なコネクションがある新一君が、血相変えて逃げ出す犯罪者たちと、何のバックアップもなく対決なんて、御免です。

 

 私は、コナン君の帰る場所を守る、保護者なんですから。あの子の安全を優先する義務があります」

 

 とまあ、もっともらしく言ってみました♪

 

 おや皆さん。噴飯ものだといわんばかりの冷たい視線をこちらに向けてきて、いかがなさいました?

 

 「ナイアさん・・・!」

 

 感動した!と言わんばかりに目を潤ませる蘭君。

 

 フフッ。素直ないい子ですね。感心感心♪

 

 「なるほどな・・・しかし、黒ずくめの、犯罪者どもかいな・・・あの工藤が逃げ出すほどの・・・」

 

 顎に手を当てて、考え込む服部君ですが、ややあってその口元が不敵な笑みをかたどります。

 

 「ほんなら、オレがその犯罪者どもをとっ捕まえたら、工藤の上やな!」

 

 「お言葉ですが、危険なのでは?」

 

 「何言うとんねん!オレは西の高校生探偵、服部平次やぞ?

 

 こんな事件の匂いがする特大のネタ、放っておけるかい!

 

 そうと決まったら、さっそく捜査開始や!」

 

 ガバッと身をひるがえす、服部君。

 

 「あの!このことはくれぐれも・・・!」

 

 「内緒なんやろ!わかっとるわかっとる!」

 

 心配を装った私の言葉に、服部君はうなずいて、店から駆け出ていかれました。

 

 なぜでしょう?彼の内緒という言葉こそ、紙切れより薄っぺらい言葉に聞こえてしょうがないのは?

 

 ともあれ。

 

 フフッ。これで仕込みは完了。

 

 あとは。

 

 「ところで、蘭君。ちょっといいですか?」

 

 「はい?ナイアさん。何ですか?」

 

 ポンと蘭君の肩に手を置いて、彼女が振り向いたと同時に、その額に指を添え、私はぼそりっと、呪文を唱えます。

 

 呪文≪記憶を曇らせる≫は、対象とした人物の該当記憶を思い出させなくするものです。

 

 この通り、いろいろ悪用ができるのですよ。

 

 グルんっと、蘭君は白目をむいて、足元をふらつかせますが、すぐさま首を振って、ハッとしたような顔になります。

 

 「う・・・あれ?ナイアさん?」

 

 「はい。大丈夫ですか?蘭君」

 

 「はい・・・あれ?私、何でここに来たんでしたっけ?」

 

 「しっかりしてくださいよ。コナン君が風邪を引いたからと、お見舞いに来てくれたんじゃないですか。肝心のコナン君が寝てて残念と落ち込んでたでしょう」

 

 「あ・・・そう、でしたね・・・」

 

 少しぼんやりした様子で、視線をさまよわせる蘭君。

 

 多少違和感は感じるでしょうが、思い出せない以上、私が口にした“事実”を受け入れるでしょうがね。

 

 そう。彼女の思い出させなくした記憶というのは、服部君が毛利探偵事務所に来てから、先ほどまでの会話の内容です。

 

 ふふっ。

 

 彼女が、今見聞きしたことをしゃべくりまくってくれたら、とても愉快なことになるでしょうが、物事には手順やステップというものが必要なんです。

 

 今はまだ、時期尚早に思えますので、なかったことにさせていただきましょう。

 

 

 

 

 

 フフッ。私と出会う少し前の、あの新一君と大差ない感じの服部君が、工藤新一への対抗心だけのために、たった一人で黒の組織を穿り回せばどうなるか。

 

 うふふふふふふ・・・。

 

 寝屋川に浮かぶ死体になるでしょうか?道頓堀に横たわる死体になるでしょうか?

 

 皆さんはどうなると思います?

 

 え?結局末路は死体一択じゃねーか、ですか?おや、あの組織の手口は、そんなもんでしょう?

 

 ちょっとばかり邪悪と冒涜が足りないようにも思えますが、万が一生き延びれば、その時にはあとから加算できますのでね。

 

 くどいようですが、人間は生かさず殺さず、遊ぶのが一番です。

 

 よほどのことがない限り、基本的に私はこの方針で行ってますのでね。

 

 

 

 

 

 首をひねりながら帰途に就いた蘭君を見送り、ショゴスさんにお客様の分の茶器を片付けてもらい、私は攻略本を眺めます。

 

 ふむふむ。

 

 服部平次君は大阪府警本部長のご子息で?しかも、コナン君の協力者の一人になる予定だったとか?大阪や京都を舞台にする事件は、彼が同行してくることが多い、あるいは依頼の持ち込みをしてくると?

 

 ・・・てへっ。やっちゃった♪(舌ペロ&セルフオデコこつん)

 

 まあ、いいでしょう。

 

 面白い方へ行ってくれるなら、そちらの方が大歓迎です♪

 

 

 

 

 

 おや、そういえば、逃亡した新一君はどうなったのでしょう?

 

 一時解毒ということですから、たぶんまたコナン君に戻っているのでしょうが・・・。

 

 うーん・・・下手に探しにいくわけにも・・・おや、電話。

 

 はい、古書店『九頭竜亭』でございます。

 

 おや松井君。どうなさいました?おや、コナン君を見つけた?熱でへとへとで道端に座り込んでた?

 

 ああ、すみません。変な人が勝手に家に上がり込んでて、その人に追い回されたんです。

 

 私がどうにかその人を捕まえて、事情を訊いた後に説得して、追い回すのをやめさせたんですが・・・え?何したって、お話だけですよ?

 

 そんな、化け物をけしかけたとか、あなたは何を言ってるんですか?!

 

 はあ・・・まあ、冗談ということにしておきますよ。

 

 え?コナン君は、熱が下がって動けるようになるまで預かるって・・・ですが、そちらもお仕事があるのでは?

 

 ああ・・・ご親戚でしたね。融通が利くとは、よい職場ですね!

 

 わかりました。そうまでおっしゃるなら、お預けします。必要なものがあるなら、ご用意いたしますが?

 

 はい・・・はい・・・わかりました。では、着替えとお薬をご用意いたしますので、お願いします。

 

 さて、通話終了です。聞いてましたね?ショゴスさん。

 

 松井君が取りに来られるそうなので、コナン君の着替えとお薬を大至急、ご用意お願いしますよ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 詰んだな。

 

 大至急来い、とSNSで呼び出された竜條寺が槍田探偵事務所の扉をくぐった瞬間、彼は目の当たりにした光景と一緒に、そんなことを思いながら卒倒しかけた。

 

 が、無常なるかな、腐っても彼は犯罪組織の元幹部にして、現怪奇事件専門捜査官であり、すぐ「勘弁してくれ」と口走るものの、精神力と根性はあった。

 

 ゆえに、卒倒して意識を虚無に逃がすということは、自分で許さずにどうにかそれをこらえた。

 

 何しろ、槍田探偵事務所の瀟洒なソファの上には、だぶだぶの服を着たコナン(眼鏡なし)が仮眠用の毛布をかけられて、ぐったりと横たわっているのだ。

 

 そして、それを困惑した様子で眺める、槍田、寺原、成実。

 

 「さっきまでデカイ、高校生くらいの奴でな。

 

 道端でうずくまってたから、どうしたんだと声を掛けたら、俺のツラ見るなり、朦朧とした様子で松井さんって呼び掛けてきたんだよ」

 

 コナンの向かいのソファでタバコをふかしていた、松井がゆらりと立ち上がり、竜條寺を睨みつけながら口を開く。

 

 奔放な白髪、ずらしたサングラスと、くわえ煙草に、革のジャケットという格好に加え、剣呑な雰囲気をまとっているせいで、完全にチンピラにしか見えない。

 

 「それで、汗だくで呼吸も乱れてて、どう見たって熱もある感じでした。だからとりあえず病院に連れて行って休ませようとしたんです。

 

 そしたら、その・・・」

 

 松井から言葉を継いだ成実が言葉を濁す。

 

 その先をはっきりと言葉に直したのは、松井だった。

 

 「煙みたいなのを上げながら、縮んだんだ。さっきまで、高校生ほどの奴が、小学生低学年ほどにな。

 

 コイツ、どう見たってコナンだよな?」

 

 はい詰んだ!ロン!王手詰み!チェックメイト!

 

 内心大混乱状態ながら、竜條寺は表情には出さなかった。ただ、硬直はしていた。

 

 だが、一番の問題は。

 

 「道端で・・・ほ、他に縮んだところを目撃した奴はいるか?!」

 

 「いねえよ。人通りの少ない、裏通りだったからな。馴染みの情報屋で情報収集してた矢先の出来事だったんだよ。

 

 監視カメラもなかったから、安心しろ」

 

 唸るように言って、松井は剣呑な眼差しを竜條寺に向けながら言った。

 

 「どういうことだ。これは。

 

 わかるよう、説明しろ。お前、コナンの知り合いで、コイツのこと知ってるな?

 

 前のゴタゴタの時、“戻る”だ何だと変なこと口走ってたからな。

 

 そのあと、コナンに連絡とらされるのも予想していたようだったしな?」

 

 そうだった!松井〈こいつ〉もあの場にいたんだった!しかも連絡の仲介にしたのが完全に裏目に出やがった!

 

 どうあがいても絶望、というとあるゲームのキャッチコピーが脳内をよぎる竜條寺。

 

 どうにかポーカーフェイスを保ってはいるが、こめかみに冷や汗が浮かんでいるのを、松井が見逃すわけがない。

 

 「だんまりか?」

 

 「勘弁してくれ・・・見なかったことにしろ。

 

 その方が、お互いのためだ」

 

 一縷の望みにかけて懇願した竜條寺に、松井はふんと鼻を鳴らし、煙草をつまんで、灰皿に灰を落としてから咥えなおす。

 

 「それじゃ、こっちから言ってやろうか?」

 

 くるりと踵を返し、松井はソファにどっかり腰を下ろし、話し出す。

 

 「以前、俺たちはコナンからある頼まれごとをされた。

 

 何だったか覚えているか?」

 

 「確か、“黒ずくめの人たちを見かけたら、どこで何をしていたか教えてほしい。ただし、決して深追いはしないこと。特に、長い銀髪の大男と、サングラスをした小太りの男には絶対に近寄らないでほしい”でしたよね?」

 

 成実の言葉に、松井はうなずいて続ける。

 

 「ああ。その話を聞いて、俺と槍田――早い話、警察にいた経験がある人間は、ある噂を思い出した」

 

 「噂?」

 

 「都市伝説のような噂よ。

 

 “大規模なテロや事故、死因不明の死体の発見、その前後に、黒ずくめの格好をした連中がうろついていることがある”って。

 

 でも、都市伝説に落ち着いている」

 

 聞き返した寺原に、槍田が静かに言う。

 

 「ここからは、鑑識課の先輩から聞いた、非公式の話よ。噂の域を出ない話ね。

 

 その都市伝説の真実を探ろうとした人間は、片っ端から姿を消す。

 

 だから、黒ずくめの連中にはかかわるな、ということよ。

 

 黒一色の服装も、葬式でもないなら遠慮されるという話よ。

 

 くどいようだけど、あくまで噂の域を出ない話だけどね」

 

 「以上を統合して、推測した結果、俺はこう結論を出している」

 

 「おいやめろ」

 

 たまらず制止する竜條寺の声を無視し、松井は続ける。

 

 「黒ずくめの連中は実在している、犯罪組織の一員である」

 

 「だからやめろ」

 

 「コナンは、その連中の犯罪を目撃し、口封じに遭いそうになった。いや、すでに口封じに遭ったのか」

 

 「やめろっつってんだろ」

 

 「犯罪組織なら、未知の毒薬の研究とかもしてそうだな?それを飲まされて、副作用で、体が縮んで、こうなった。

 

 何か間違ってるか?」

 

 「っ~~~~~!!」

 

 正解だ。ほとんど正解だ。

 

 これだから、頭のいい〈アイデアの高い〉奴は!

 

 たまらず、竜條寺は直ったばかりの左の義手で、事務所の壁を叩く。

 

 「わかってんのか!それに気が付いたら、殺されても文句が言えねえんだぞ!そもそも、コナンの正体に感づいた時点で、抹殺だ!ああ、畜生!」

 

 「あれ?竜條寺さん、何でそのあたりの事情、知ってるんです?コナン君が話したとは思えませんけど」

 

 ふと気が付いたように、成実が口をはさむ。

 

 「さあな。だが、コイツの身のこなしや、訓練を受ける以前から銃火器の扱いを心得ていたことから、堅気の人間じゃないことは見当がついていた。

 

 ついでに言うなら、左手左目を欠損して、あれだけ動けるんだ。

 

 裏社会の知識も相当ある。

 

 併せて考えるなら、元々はその犯罪組織に在籍してて、何らかの事情で手を切ったってところか。

 

 こいつがMSO〈うち〉に所属した時期と、コナンが出てきた時期にはズレがあるが・・・以前からある程度知っていた、という感じか?」

 

 すらすらと述べる松井に、竜條寺は天井を仰いだ。

 

 ああ、さすがは元は警察学校の成績上位者だ。素行に問題があろうが、その頭の良さ、機転の良さはずば抜けている。

 

 竜條寺の素性まで見抜かれていたとは、想定外もいいところだ。

 

 「・・・大体あってはいる」

 

 「何だ、認めるのか」

 

 「否定しても、もうどうしようもないレベルで確信してんだろうが」

 

 開き直った竜條寺は、ずかずかとテーブルに歩み寄る。

 

 「おい、ここで聞いた話は内密にしろ。関わり続ける勇気がねえなら、聞かなかったことにしろ。

 

 コナンの正体を知ったら、それだけでその人間は危うくなる。下手をすれば、家族や恋人にも危害が加えられる可能性も出る」

 

 「そんなにやばいの?竜條寺君が昔いた、その、犯罪組織」

 

 「ああ。あそこの連中は、ある程度の実力者――いわゆる幹部は、酒の名前のコードネームを授けられるんだよ。その中の約一名がな、とてつもなくヤバイ」

 

 戸惑ったような寺原の問いかけにこたえて、竜條寺は懐から煙草のパックを取り出し、一本咥えてライターで火をつける。

 

 松井ほどのヘビースモーカーではないが、彼も考え事や長丁場の話し合いなどの場合、ニコチンが欲しくなってしまうのだ。

 

 「“疑わしきは罰せよ”ってのをモットーにな。

 

 例えば、一人裏切り者がビルに逃げ込んだとする。ごく普通のまっとうな会社のビルだ。人がぎっしりで、裏切り者はそいつらに紛れ込んで見分けがつかなくなった。

 

 その場合、そいつが取る手段はこうだ」

 

 火をつけた煙草から、深く煙を吸って、軽く咳き込んでから、竜條寺は続けた。

 

 「ビルに爆薬仕掛けて、ガス爆発か何かに見せかけて、建物ごと消し飛ばすんだよ。

 

 あいつにとっちゃ、人命なんざ、最もお手軽なコストだ。

 

 “あのお方”と呼ばれる組織のボスのためなら、万人単位の虐殺も薄ら笑いしながらやってのけるんじゃねえか?」

 

 「何だそのサイコパス・・・」

 

 顔をひきつらせた松井に、竜條寺は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

 

 「だから、言っただろう。“見なかったことにしろ。その方が、お互いのためだ”ってな。

 

 コナンの正体がばれたら、あいつの口から、周囲に情報が拡散していると判断され、その根絶のために根こそぎ口封じされる可能性があるんだよ。

 

 ま、それを言うなら、俺も同じだけどな。

 

 今でこそ、俺も“竜條寺アイル”という人生を生きられているが、元幹部アイリッシュだったって経歴がばれたら、ヤベエだろうな」

 

 「コナン君・・・だから、言えなかったんだ・・・」

 

 ぽつりと、成実はつぶやいて、ソファに横たわるコナンを見やる。

 

 「知ったら、危険なんだって。巻き込むことになるって。命を狙われて、死ぬまでつけ狙われることになるかもしれないって、言ってた。

 

 そういうことだったんだ・・・」

 

 ややあって、彼はかぶりを振った。

 

 「・・・とにかく。

 

 今後のことは、彼が気が付いたら改めて考えよう。

 

 ひとまずのところは、」

 

 気分を切り替えたらしい。

 

 すっと顔を上げた彼は、すでに医者の顔になっていた。

 

 「松井先輩は、すぐに手取さんところに連絡してください。

 

 一応、彼女、今のところ擬態してますし、まじめに保護者もやってるようですから、連絡くらい入れておきましょう。

 

 どのくらい知ってるかわかりませんが、単純に拾ったぐらいでいいでしょう」

 

 「そういえば、縮んだとか犯罪組織とかのインパクトで吹っ飛んでたけど、この明らかに不調な様子で、街中うろついてるなんて、おかしいわよね?

 

 どういうことかしら」

 

 「知るかよ。一応訊いてみるがな」

 

 寺原の言葉に、スマホを取り出しながら松井が毒づく。

 

 「竜條寺さんは、スポーツ飲料を買ってきてもらえませんか?

 

 汗もかいてるみたいだし、水分と電解質を一緒に摂取するにはうってつけなんですよ、あれ。

 

 後は、消化によさそうなものも」

 

 そういいながら、成実も立ち上がり、コナンを抱き上げる。

 

 「ここでは体を冷やしそうです。仮眠室にベッドがありましたね?お借りします」

 

 「ええ・・・ここで看病する気?」

 

 「いけないでしょうか?」

 

 「いいえ。保護者のところに戻さないのね?」

 

 「一度診察した時も、だいぶしんどそうにしてたのに、その状態で街中に逃げるなんて、よほどのことがあったかと思います。

 

 それが解決しているか定かでない以上、戻すのもいかがなものかと。

 

 それに・・・」

 

 「それに?」

 

 「もし、松井先輩の言うとおり、未知の毒薬の影響を受けているなら、一度ちゃんと診ておいた方がいいと思いまして。

 

 今後のことも考えたら、私が専門医につくべきかと。

 

 一応、私の権限で、MSO傘下の病院の機材がある程度使えますし」

 

 なるほど、と槍田はうなずく。

 

 医師免許も持つ上、あちら側に対する耐性も持つ成実であれば、多少常識外の事態にも対応できるだろう。

 

 それに、コナンが本当に毒薬を飲まされているのであれば、幼児化以外にも何らかの副作用が出ていてもおかしくない。その確認・対応のためにも、しっかりした検査を受けさせるというのは正しいだろう。

 

 「・・・個人的に気になることですが、コナン君、今まで病院とかどうしてたんでしょう?

 

 病気をしてなかったなら、それでいいですけど、もし、毒薬の副作用でおかしな・・・例えば、万人に一人くらいの難病に罹患してたら、大変なんてものじゃすみませんでしたよ?

 

 病状が回復したら、すぐに検査させないと」

 

 ブツブツ言いながら、成実はコナンを連れて奥の仮眠室へ向かう。

 

 同時に、通話を終えたらしい、松井が舌打ち交じりに踵を返す。

 

 「コナンの荷物――着替えとか薬とか取りに行ってくる。いつまでもあのダブダブ服はねえだろ。汗かいてたしな。

 

 スポーツ飲料とかも、ついでに買ってくる」

 

 「わかったわ。気を付けて」

 

 と槍田がうなずいた。

 

 そのままサングラスをかけなおした松井がガチャリっと扉を上げると、ノックの姿勢のまま凍り付いている品のいい婦人がいた。

 

 「・・・失礼ですが、こちらは槍田探偵事務所であっておりますか?」

 

 いきなり出てきたのが、チンピラのような松井だったので、面食らったらしい。少し警戒するような口調で尋ねてきた婦人に、来客に気が付いた寺原が松井を押しのけて、営業スマイルを浮かべながら挨拶する。

 

 「はい!ようこそ槍田探偵事務所へ!

 

 うちの非正規職員が驚かせてしまったみたいで、すみません」

 

 「非正規職員?」

 

 「アルバイトのようなものですよ。当探偵事務所は、女性が経営しているということで、荒事には不向きではと不安がられる方もいるんです。

 

 そういう方には、彼のような人を同行させることで安心していただいてるんです」

 

 にこやかに笑いながら、寺原は婦人をソファに案内し、続いてお茶を入れるべく、給湯室へ向かう。

 

 「失礼します。先日お電話した、辻村公江ですわ。

 

 夫は外交官を務める、辻村勲です」

 

 「初めまして。所長の槍田郁美です。

 

 確認させていただきますが、ご子息のお付き合い相手について調査してほしいということでしたが?」

 

 「はい」

 

 うなずいて、語りだした夫人の話に、槍田は静かに耳を傾ける。

 

 その一方で、松井は静かに事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 その後、依頼人の家に行くことになった槍田に、逃げ損ねた竜條寺が補佐として同行することになったが、そこで死体を発見し、彼が「そういやそんな事件あったじゃねえか!」とひそかに頭を抱えることになったのは全くの余談である。

 

 なお、その事件は、刑事の一人が証拠として仕掛けられていたフェイクに引っかかりそうになったものの、槍田が持ち前の冷静さと推理力で、無事に解き明かして見せたのは余談である。

 

 

 

 

 

囲んで続きでたたく!

何たる極悪非道か!

 




【慈愛溢れる保護者面をして、内心では地獄への道を笑顔で舗装してあげるナイアさん】
 前回から引き続き、狂人女子高生と、KY関西高校生探偵とお話。
 内緒だよ!などと言いながら秘密を暴露するという、コナンあるあるな行動をとるが、その結果引き起こされるだろう、服部平次君の暴走を期待。
 なお、自分はコナン君の保護者だから、彼の安全が最優先!などともっともらしいことを言ってのけている。
 口先では、危険じゃない?内緒だよ!などと言っているが、もちろん口先だけ。
 目論見通り、平次君が暴走しだしたと確信するや、蘭ちゃんの記憶を魔術でいじくって、きれいに隠ぺいした。
 大体こいつのせい。平次君に極高の死亡フラグを立てやがりました。
 そのせいで、大阪や京都など、関西圏での事件への参加フラグも諸共へし折れたことに、攻略本を読んで気が付くが後の祭り。
 面白ければそれでいいので、特段気にしてはいない。
 松井さんからの電話に対応し、コナン君の着替えや薬を準備するよう、手配。
 松井さんたちに、コナン君の正体がばれたことにまで気が付いているかは定かではない。

【オレ、これが終わったら和葉に告白するんや!と言いそうな平次君】
 前回から引き続き、古書店の美人店主とお話。
 行方不明のはずの工藤を匿いおって!キリキリ吐かんかい!
 探偵であるだけあって、好奇心は強い。さらには内緒だよ!危ないよ!などと言われると、好奇心と冒険心がうずく。
 作者の偏見だが、10巻初登場時の咬ませ犬ぶりを見ていると、新一君に一度負けて、そこから交流を重ねることで頼り甲斐といい奴感を身につけていったようにも見える。
 本シリーズの彼は、新一君に負けることになる事件そのものにかかわらないので、咬ませ犬ぶりが抜けきらず、結果、邪神様の口車にまんまと乗せられる。乗り上げに行く。
 まだ見ぬ(正確には見ることは見た。見ただけ)ライバルに対抗心を燃やして、手を出したら滅茶苦茶やべぇ連中に手を出す決意をされる。
 紙切れよりも薄っぺらい内緒にするよ!宣言をして、『九頭竜亭』を飛び出す。
 もう何も怖くない、って言いそう。
 好物にパインサラダが追加されそう。

【秘密が爆裂したけど、とりあえず看病と依頼をこなす槍田探偵事務所一行】
 本シリーズではレギュラー化している、松井さん、成実さん、槍田さん、寺原さん、竜條寺さん。
 呼び出された竜條寺さんは、事務所の中でだぶだぶ服を着てぐったりしているコナン君を発見するなり、事態を把握して詰んだと嘆く。
 外回りをしていた松井さんと成実さんが、裏通りに座り込んでいた新一君を発見。声をかけた直後、再幼児化してコナン君になったところを目撃。
 放置するわけにもいかねえよなあ?!と、事務所に連れ帰る。
 松井さんが口にしている、「黒ずくめの連中を見かけたら教えてほしい」というコナンの頼み事というのは、♯17.5でのこと。
 元警察組の松井さん&槍田さんのお二人の間では、黒ずくめに関する都市伝説と、コナン君の様子からある程度推測がなされており、それが今回のことで、確信を得たという感じ。
 万が一の場合の被害を広げたくない竜條寺さんの無駄な抵抗をものともせず、確信をついてしまった。
 もう、この事務所の面子も後戻りできない。
 今後のことは、とりあえずコナン君が気が付いてから考えよう。
 成実さんと松井さんはコナン君の看病、残りの面子が事務所に持ち込まれた依頼に向かう。
 なお、依頼人の名前から察しがつくと思うが、最後の事件は原作コミックス10巻『外交官殺人事件』のこと。
 特段問題もなく、今回は槍田さんがほぼ独力で事件を解決した。


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【#27.5】探索者たちの日常①

 また閑話かよ?!いい加減本編進めろよ!と思われるかもしれません。
 ええ。先日、邪神様もそのようにおっしゃって、冒涜的なクサリヘビのような生き物に締め上げさせながら、私には理解不能な超理論を延々と演説なさられておりまして。
 けど、小学校の事件で作者のSANも摩耗されたので、ちょっと回復させてください。
 違うんです。後先考えずに少年探偵団をオミットして、この後どうしよ、と迷っているわけもないんです。本当なんです信じてください。
 あと、27話に盛りこめきれなかった部分の補完も入っていますので。
 プロットはありますから信じてください。


 [カラオケボックス、レックス解散パーティーにて]

 

 

 

 どうしてこうなったのかしら・・・。

 

 鈴木園子は思う。そりゃあ、彼女は財閥の令嬢ではあるが、女子高生らしくミーハーな一面もある。

 

 だからというわけではないが、ちょっぴりお金と権力を使って、人気アイドルグループ、レックスの解散ライブに顔を出させてもらった。

 

 親友の蘭も、新一が行方不明になって元気がないので、気晴らしになればいいと思って連れてきた。(もちろん、先方には了解を取っている)

 

 レックスのボーカル、木村達也はにおい立つような、いい男だ。あわよくば彼氏に・・・とまではいかずと、握手してもらったら一生の思い出になるに違いない。ソロデビューしても、一生ファンでいるつもりだ。

 

 そんな、楽しみにしていた解散ライブ、その会場となるこじんまりしたカラオケボックスのパーティー席は、修羅場特有のぎすぎすした空気が横たわっている。

 

 もう一度言おう。どうしてこうなったのかしら。

 

 空気を生み出しているのは、このライブの主役であるはずの、木村達也と、その子たち以外のもう一人のゲストである女性だ。

 

 なんでも、元マネージャーだそうで、3年ほど前までは彼女がレックスのサポートを一手に担っていたそうだ。今サポートについている気の弱そうな男性とは、対照的に、ショートにした栗色の髪の、活発そうな女性だ。・・・あと、無茶苦茶美人だ。

 

 「活動お疲れさま!みんな元気そうでよかったわ!」

 

 「ありがとう、麻里」

 

 「お前も、元気そうだな。探偵事務所で事務をしていると聞いたが?」

 

 「ええ。所長にもよくしてもらってるわ。今日も、早めに上がらせてもらって」

 

 レックスのほかのメンバー、芝崎美江子、山田克己と、寺原麻里という女性はにこやかに談笑をして見せているが、ビールをあおる木村達也が不機嫌そうに睨みつけると、なんか文句ある?というかのような鋭い視線を向ける。

 

 「ケッ。な~にがよくしてもらってる、だ。あんなちんけで小汚ねえ事務所のどこがいいんだ。」

 

 吐き捨てる木村に、寺原は一層視線を険しくするや、フンと鼻で笑う。

 

 「あ~ら。ブスには小汚い事務所がお似合いじゃなくて?

 

 それに、何か勘違いしているようだけど、私は美江子と克己君のねぎらいに来たの。あんたの面倒を見るのは、金輪際御免だから」

 

 「何だと?!」

 

 「あたりまえでしょう?あんたと一緒にいるのは不快なの。二人のためと、隅井さんのお願いがなかったら、来るわけないわよ。

 

 私の仕事場にまで何度も押しかけてきて。何様のつもり?」

 

 険しい顔と口調で言い放つ寺原に、木村はぎりぎりと歯ぎしりしながら彼女を睨みつける。

 

 「ど、どういうことなんです?」

 

 気おされて小声で事情を尋ねる蘭に、芝崎が同じく小声で答える。

 

 「彼女、昔から達也にいじめられてたみたいなの。よく、口論してたの見かけたわ。達也のそんな暴言で驚いてた周囲に、謝罪して回るの、彼女の役回りだったわけ。

 

 で、なんか事件に巻き込まれたかで数日仕事を休んだ後、ひときわ派手なケンカをしてから、仕事をやめちゃって。

 

 でも、達也は彼女を復帰させようとやきもきしてて。

 

 ・・・たぶん、小学生が好きな女の子をいじめるような感じかしら?理解できないけど」

 

 なにそれ。かっこ悪い。

 

 わきで聞いてた園子は、済んでのところでそんな感想が口をつきそうになるのを、こらえた。

 

 おそらく、蘭も同じように思ったのだろう。困ったような顔をしている。

 

 「今回、達也がどうしてもっていうから、隅井さん・・・このカラオケボックスの店長で、あの二人の昔馴染みね、あの人が呼んだらしいんだけど・・・まったく学習できてないみたい・・・」

 

 芝崎は深々とため息をついた。

 

 芝崎が木村に告白した時、カッコつけて好きなやつがいるんだととてもやさし気な眼差しで答えた、あの姿はどこにもない。

 

 困った子供を見るような目で見られているとはつゆ知らず、酔って顔を赤くしている木村は、そのまま寺原にブスが、勝手にやめやがって!誰が辞めていいっつった云々と暴言を吐き出している。

 

 対する寺原は、ブリザードのような極寒の眼差しを木村に向けながら、「やめようが私の勝手でしょう?ブスがいなくなってせいせいしたくせに」と冷たい返答を返している。

 

 ああ、もうあれはだめだと、ミーハーで恋愛好きな園子から見てもわかる。

 

 そして、寺原がさらなる追い打ちをかける。

 

 「それに、前にも言ったけど、私、付き合ってる人がいるの。

 

 彼も今の仕事に理解を示してくれてる。何であんたの言いなりにならなくちゃいけないの」

 

 「え?!そうなの?!」

 

 「は?!」

 

 驚く芝崎と山田をよそに聞こえたガシャンという音は、室内にグラスを運び入れていた隅井が、手に持っていたそれを取り落としたためだ。

 

 幸いグラスは割れなかったが、飲み物が派手に床を汚してしまった。

 

 「あ、す、すまない!」

 

 「はあ?!お前、あんなデマカセ信じると思ってんのか?2年前からずっと言いやがって!」

 

 慌てて床の始末をし始める隅井をよそに、食って掛かる木村と、「どこまで自分に都合がいいのよ、この馬鹿」と吐き捨てる寺原。

 

 「とにかく!私は金輪際、あんたには近寄るつもりはないから!

 

 いつまでも昔と同じわけないでしょ!もうたくさん!」

 

 言い捨てて、寺原はくるりと芝崎達に向き直り、「連絡が遅れてごめんなさいね。二人は解散の後、どうするの?」と微笑みながら尋ねる。

 

 ・・・そこに木村なんかいませんという、そんな態度が怖い。園子はそう思いはしたが、口に出すほど愚かしくはないつもりだ。

 

 「あ、えっと、それね」

 

 「・・・連絡が遅れたんだが、俺たちも事務所をやめるつもりだ」

 

 「そうなの?」

 

 「ええ。経営の勉強してたし、二人でカラオケボックスでもやろうかなって」

 

 「二人?・・・もしかして!」

 

 「籍、入れることになった」

 

 頬を染めた芝崎の肩を抱き寄せ、同じく頬を赤らめる山田がぶっきらぼうに言う。

 

 「おめでとう!式とかは?」

 

 「とりあえず籍だけ入れて、余裕ができたら改めてしようって」

 

 「うわー!おめでとうございます!」

 

 「お店とか決まったら、教えてください!友達とか、誘って行きます!」

 

 妙に静かになった木村(主役であるはずなのに!)を眼中に収めまいというかのように、そのこと蘭も口々に祝いの言葉を述べた。

 

 「勝手にしやがれ!おい!岸田!俺はもう帰るからな!」

 

 「あ、木村さん・・・!」

 

 立ち上がって荒々しく出ていく木村達也をよそに、岸田と呼ばれたマネージャーは頭を抱える。

 

 「こ、この後バラエティに出演予定があったのに・・・キャンセルの電話入れなきゃ・・・」

 

 痛そうに腹部をさすり、哀愁漂う背中を見せながら、彼もまた部屋から出ていく。

 

 そうして、なんだか空気が微妙になってしまったのもあり、お開きとなった。

 

 

 

 

 

 やっぱりアイドルって、画面の装飾力もあるんだな。

 

 白い息を吐きながら、夜道の横断歩道の信号待ちを蘭としている園子は、そんなことをぼんやり思う。

 

 やっぱり、イケメンでももうちょっと身の丈にあった、男を探そう。

 

 ふと、視線を動かすと、道を挟んだ向こうで、誰かがいる。

 

 あれは寺原だ。誰か背の高い、ニット帽をかぶってコートを着込んだ男性と、仲良さげに腕を組んでいる。

 

 あれが、言っていた付き合っている人、なのだろうか。

 

 いいなあ、うらやましい。

 

 園子は蘭を突いて、そちらを指さして、教える。

 

 そうして、この後デートかな?と二人でくだらない話で盛り上がろうとした時だった。

 

 信号無視した車が、蛇行運転をしながら、二人のところに猛スピードで突っ込んでいく。

 

 そして。

 

 轟音。悲鳴。

 

 蘭と園子は、たまらず、絶叫していた。

 

 

 

 

 

 

 誰が連絡したか、すぐさま救急車と警察が駆け付けてきた。

 

 そして、事の真相は翌日、テレビのニュースの一角を飾ることになる。

 

 泥酔した木村達也がそのまま車を運転し、事故を引き起こした。

 

 被害者は、一名。楠田陸道という男性だそうだ。信号の横断中に、運悪くはねられたらしい。当たり所が悪く、即死だったそうだ。

 

 寺原と、彼女と一緒にいた男性は無事らしい。なんでも、かろうじて車に気が付いて、回避行動をとったのと、近くの街灯に激突されたので、事なきを得たそうだ。

 

 あーあ。せっかく、アイドルとしては応援しようと決めてたのに。

 

 園子は、チャンネルを朝の占いコーナーをしている番組に変えて、ため息をついた。

 

 イメージが大事なアイドルが、人身事故。それも厳罰である飲酒運転で、死人を出した。

 

 多分、木村達也のデビューは、立ち消えだ。

 

 園子は、残念に思ったが、同時にどこかで思った。

 

 きっと、すぐにお気に入りのアイドルが見つかるだろうなと。

 

 言っては何だが、園子は移り気なところがあるのだ。・・・自覚もしている。

 

 寺原さん、無事でよかったな。それだけは喜ばしい。

 

 園子は、そのことを蘭と話すべく、朝の星座占いの順位を確認してから通学かばんを手に取り、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[解毒後、喧々囂々]

 

 

 「絶対ダメ。断固として反対します」

 

 「なんでだよ!成実さんだって見ただろ?!」

 

 阿笠邸は騒々しかった。

 

 

 

 

 

 確かに、この家は普段から騒々しい。老人(家主は断固としてその呼称を拒否する)の一人暮らしながら、おかしなメカだ何だをいじくりまわすこの邸宅では、爆音をはじめとした騒音が頻発する。

 

 近所からたびたび苦情が入るほどで、地下に防音設備の工事をしてそこで発明をいじるようになったほどだ(そして、それでも時々うるさい)。

 

 だが、その日の騒々しさはベクトルが違っていた。

 

 コナンが連れてきた、白髪の男性と黒衣の女性に、最初こそ阿笠は目を白黒させた。

 

 コナンが言うにはある事件で仲良くなり、さらに二人が非常勤勤めをしている探偵事務所にも出入りさせてもらっている。そして、先日偶発的に元の体に戻った(正確には再幼児化した)ところも見られてしまい、やむなく事情を説明したと。

 

 工藤新一が生きてることを知られるのは危うい、とナイアと二人して言ったにもかかわらず、この始末である。否、事故のようなものだからコナンを咎めるのは間違っているのだろうが。

 

 自己紹介をする二人に、阿笠は恋人同士だろうかと少し目元を緩める。(片方女装している男だと気が付いていない)

 

 コナンからサポートメカ開発の要請を受け、さらに工藤夫妻からもそのことで開発資金を得られているので、阿笠の生活はさほど苦しくない。

 

 コナンの仲間なら、自分もできる範囲で手を貸そうか。どうせならペアルックの装備品でも送ってみようかと、年甲斐なくウキウキしてしまう。

 

 

 

 

 

 さて、険しい表情をした成実に、コナンが食って掛かっているのは、他でもない、コナンが一時解毒できたことについて、である。

 

 コナンが言うには、大阪から来たという少年が持ってきた酒――白乾児〈パイカル〉を飲んだことが原因ではないかということだった。

 

 玉子酒じゃないんだから、と呆れる成実に、コナンはどうにか白乾児〈パイカル〉を入手できまいかと相談してきたのだ。

 

 一口で短時間といえど元に戻れたのだ。ならば全部飲み干せば完全解毒間違いなし!と浮かれるコナンに、成実は容赦なく言い放った。

 

 ダメ、絶対。と。そんな、いけないお薬撲滅キャンペーンのキャッチコピーのようなセリフを言い放った成実に、あれこれとコナンが食い下がる。

 

 かくして、阿笠邸は普段にはない騒々しさに包まれることになった。

 

 「大体、その組織、壊滅してないんじゃない。うかつ戻って生きてることを連中に知らしめるなんて、危険が過ぎるわ!

 

 加えて、あの時、君は体調を崩してたわ。免疫機能が低下してたのも、元に戻れた原因の一つかもしれないわ。

 

 それに、本当は17才だろうと、今のあなたは小学生なのよ?幼児なの!そんな子が、アルコールを大量摂取?!アレルギーを発症したり、急性アルコール中毒にでもなったら、どうするの!

 

 医者として、断固として反対します!」

 

 「でも!ひょっとしたら元に戻れるかもしれないってのに!

 

 成実さんにわかるのかよ?!子供のくせに!子供のくせに!!口を開けばいつもそれだ!

 

 気が付いたことを言っても!正しいことを言っても!子供だからってだけで、全部聞き入れてもらえないんだぞ!

 

 大人だからってだけで、嘘を言っても、誤魔化しても、許されるなんて、おかしいだろ!

 

 だったら、俺だって元の姿に戻らねえと、何も出来ねえままだろ!!そうしないと話すら聞いてもらえねえんだから!

 

 誰も!何も!ちっぽけな子供の言うことなんて、耳も貸さねえんだから!!

 

 ちょっとでも元に戻る可能性があるなら、すがって何が悪いんだよ!」

 

 憤懣やるかたないと叫ぶコナンに、成実は口をつぐむ。

 

 確かに、成実にはわからないだろう。彼に幼児化した経験はない。自分の訴えが大人に信じてもらえない、という経験こそあるが、それでもここまで心折れるほどすげなくされたことはないのだから。

 

 ・・・目の前の少年は、そんな大人に失望しきっている。だからこそ、元に戻らねばならない、と。

 

 「・・・それじゃ、こういうのはどうだ?」

 

 静かに口を開いたのは、それまで二人の言い争いを静観していた松井だった。

 

 「白乾児〈パイカル〉の調達はしてやる。

 

 ただし、飲んでいいのはコップ一杯だけだ。それでさらに元に戻れるなら、そうすりゃいい。何の変化もなければ、それで中止。

 

 この辺りが落としどころだ。

 

 ま、今は飲酒云々は厳しいがな、少し前だったら、酒盛りしてる大人がガキに“大人の味だ”ってこっそり飲ませるってこともあったんだ。少しくらいなら大丈夫だろ。

 

 お医者様だってついてるしな。

 

 一度やって結果が出なけりゃ、納得できるもんもできねえだろう」

 

 「・・・少しでもおかしいと思ったら、無理やりにでも吐き出させるからね」

 

 おどけて笑う彼に、成実は深々とため息をついてから頷いた。

 

 これ以上ごねれば、コナンが見てないところで無茶をする可能性に思い至ったのだろう。

 

 具体的には、こっそり入手した白乾児〈パイカル〉を一ビン丸々一気飲みしかねない。何か異常が出てからでは遅いのだ。

 

 「後な、コナン」

 

 「何だよ?」

 

 「“ちっぽけな子供の言うこと”に耳を貸すもの好きなら、少なくとも、ここに二人いるし、この場にいないが、あと五人ほどいるのを、忘れんなよ」

 

 「この場にいるのは三人じゃ」

 

 気を取り直すように口をはさんだ阿笠に、松井が小さく笑う。

 

 「・・・うん」

 

 小さく、コナンが笑う。ふにゃッとした笑いは、年相応のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 ふと、阿笠は思う。

 

 いつから、新一はあんな笑いをしなくなったのだろうか。

 

 確かに、男の子は大きくなれば男となっていくものだ。

 

 だが、近所で見かける少年少女に対し、新一が生意気な口を叩いて不敵な笑みを浮かべるのは早くとも、泣いたり落ち込んだりして年相応にしているのをまともに見たことがあっただろうか。

 

 本人が意地っ張りで格好つけで、そういうのを隠したがる傾向があったにしても、いささか早熟すぎたような気もしないでもない。

 

 ・・・自分は、彼に対する接し方で、何か間違えてしまっただろうか。

 

 

 

 

 

 そんなわずかな阿笠の葛藤を置いていくように話は進む。

 

 とりあえず翌日学校が控えている今日はだめ、飲酒の事実がばれたら大事になるし、二日酔いの可能性もあるから、最低でも翌日が休日の日に試そう、場所はここにしようと3人があれこれと条件付けしている。

 

 「すみません、阿笠さん。急に来て、騒がしくしてしまって」

 

 「いや、かまわんよ」

 

 申し訳なさそうにする成実に、阿笠は笑って首を振る。

 

 所詮、自分は爺呼ばわりされるしがない発明家だ。このちっぽけな家でガラクタをいじりまわすくらいでちょうどいい。

 

 孫のような新一は、遠慮なく自分をこき使うが、それはそれで悪くない。だが、それでもできることには限度があるのだ。

 

 一緒に犯人を捕まえるために走り回るなんて、自分には無理だ。

 

 それはきっと、目の前の男女くらいがふさわしいのだろう。

 

 「・・・新一を、これからもお願いします」

 

 「は、博士?!」

 

 新一の、あの叫びにすら気が付かなかった、自分にできるのはこのくらいだろう。

 

 仰天するコナンをよそに、阿笠が頭を下げると、松井が苦笑を返した。

 

 「どうだか。案外、よろしくされているのは、俺たちの方かもな」

 

 「アハハ。ポテンシャル高いもんね、コナン君。

 

 私たちにできる範囲にはなってしまいますが。

 

 後、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 「コナンが、自分から誰かを連れて行こうって場所は、ここが初めてだったんでな。

 

 ・・・あんた、自分で思ってるより、頼られてるぜ。きっとな」

 

 成実と松井の言葉に、阿笠は目をしばたかせた。

 

 それじゃあ、また後日、と辞去の挨拶を述べて去っていく3人。

 

 パタリッと音を立てたのは、玄関の扉か、はたまた、阿笠の頬から零れ落ちたものか。

 

 これだから年は取りたくないのだ。

 

 ずびっと鼻をすすって、阿笠は踵を返す。

 

 早く、発明の続きをしよう。

 

 今は、コナンの眼鏡に組み込むプログラムを組み立てているところだ。あの追跡眼鏡も自信作だが、もっといろいろ盛り込んで、バージョンアップをしていこう。

 

 ・・・孫のような、年の離れた友人と、その頼れる大人たちの、ために。

 

 

 

 

 

 

 後日試したところ、やはりコナンは戻れなかった。

 

 この二人のどこかミステリアスな男女とも、長い付き合いになりそうだと阿笠は思う。

 

 

 

 

 

Amen,Amen,Continued,Amen!

 





【カラオケボックス、レックス解散パーティーにて】
 話の元ネタは原作コミックス5巻『カラオケボックス殺人事件』から。
 園子ちゃん視点なのはなんとなく。
 実は寺原麻里さんや木村達也の経歴(昔のバンド解散→レックス結成→達也のソロデビューにつき解散)のあたりが作者の脳みそにおいてかなりあいまいだったのですが、このシリーズでは3年前時点ですでにレックスは結成済みということでお願いします。(コイツいつも脳みその中身があいまいだな、とあざけられそうですが)
 原作と違い、麻里さんはすでに達也に対して未練はなく、探偵事務所のお仕事、恋人や友人に恵まれたプライベートと非常に充実なさっています。(時々首を突っ込む冒涜的事件から目をそらしながら)
 木村達也、亡くなった後に皆さんからいい奴だったよ!とフォローされてますが、読者やコナン君からしてみたら飲んだくれの態度悪い派手なにーちゃん、くらいにしか思えないんですよねー。
 本シリーズでは、亡くなりはしませんが別の形で世間に激震を与えてからフェードアウトすることになります。
 なお、麻里さんと彼女の恋人(誰なのかはお察し)が無事に済んだのは、TRPG風に言うなら【幸運】ロールがクリティカルしたせいです。
 余波が某人物にまで及んでますが・・・それは、まあ、運がなかったというのが一つ。
 後、赤井さんがあちこちで非難されている元凶の一つなので、じゃあ、彼を別の要因で排除させとけばいいんじゃね?となりました。本シリーズの赤井さん、原作以上に苦労なさってますし。
 死体のすり替え?どうにかします。していきたいです。(作文かな?)

【解毒後、喧々囂々】
 一応、♯27の後日談に当たります。
 本来なら、この話は10巻『図書館殺人事件』が並行して起こりますが、きっかけとなる少年探偵団の勧誘もなく、コナン君はぱっぱと課題図書を借りて、さっさと出て行ってるので、図書館で起こっているトラブルには気が付いていません。
 ぶっちゃけ、彼は解毒手掛かりに夢中で、それどころじゃなかったりします。
 そのうちバタフライエフェクトで誰かが気が付くか、さらに犠牲が増えて、隠しきれなくなって発覚、って形になるんじゃないですかね?
 阿笠博士視点なのは、なんとなく。
 原作では少年探偵団の保護者役をしてますが、彼の対応について割と批判は多いかと思います。
 少年探偵団も少年探偵団なら、阿笠博士も阿笠博士、と。
 逆に考えてみてください。ああいう方だから、今まで独身だったんですよ。きっと。
 まあ、本シリーズでは、少年探偵団と知り合う前に彼らが退場になってしまいましたので。
 彼には徹頭徹尾、コナン君のサポートに徹していただく予定です。
 ・・・コナン君の頼れる大人の、数少ない一人ではあったのでしょう。ただ、コナン君が必要とする方面のベクトルは持ち合わせてないというだけで。
 結果として、本人に悪気はなくと、コナン君が何でも一人でやろうとする後押しをしてしまうことにもなりました。そして、今回の話で、うっすらとそれに気が付いてしまったというわけです。
 あと、阿笠博士が工藤夫妻から資金援助を受けている、というのは本シリーズ独自設定です。そうとでも考えないと色々変ですし。いくら、孫同然のコナン君の頼みでも、材料費だってただじゃないわけですから。(劇場版のたびにポンポン壊してますし)
 ちなみに、彼は冒涜的なことは一切知らないので、単純に探偵事務所の非常勤と知り合った、程度に思っています。
 亡き少年探偵団の分も、癒し要素になってくださいね、博士。


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【#28】湯川理央ちゃん登場!灰原哀?知らない子になってしまいました。

 原作18巻登場の灰原哀ちゃんですが、pixiv連載の某シリーズの時は14話登場、で、本シリーズでは28話登場です。
 おっせーよホセ。
 そもそも名前からして、灰原哀じゃなくて湯川理央という、原形を全くとどめない名前となっています。
 おかしいと思いませんかあなた(おかしな目つき)
 いろいろ要素を盛り込んだ結果、このざまです。
 途中でちょっと視点がモブに移行するので、注意。こんな話書いてると、お前は夢小説が嫌いなのかと言われそうですが、そんなことないです。むしろ好きなんです。ただ、某所の電波系転生者のざまぁ系小説が好きなもので。
 この世界でうっかりそんな気配を漂わせようものなら、ナイアさんがにこやかにお出迎えに行ってくださいます。
 割と竜條寺さんは綱渡りしてるんですよ。私が彼の立場だったら、胃薬!飲まずにはいられない!となるのでしょうが。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 前回までのあらすじぃ!

 

 西の高校生探偵「工藤新一に勝って、オレが日本一の高校生探偵や!何ぃ?!工藤がしっぽ撒いて逃げ出す犯罪組織やとぉ?ほんならそれをオレが捕まえたら日本一やな!

 

 これが終わったら和葉に告白するんや!もう何も怖ないで!」

 

 あっはっはっは!

 

 あ~んな、テンプレート死亡フラグの建築シーンは、そうそうお目にかかれないですよ?!

 

 私、もう、吹き出しそうになるのをこらえるのが大変で大変で。

 

 え?その死亡フラグ建築の設計図を渡したのはお前だろうが、ですか?

 

 んっんんー?何のことですー?私はコナン君が我が家に来ることになった原因を対外的に通用しそうな方便で語って見せただけですがー?(要は10割嘘♪)

 

 ついでに、内緒だよ!ってちゃんと言い渡しておきましたし!

 

 高木刑事君とかも、しょっちゅう口を滑らせて、捜査情報を漏洩なさっていますし。

 

 ほら、私も悪くないのでは?

 

 それにほら、確かに私は情報を漏洩しました。ですが、それはコナン君からは特に口止めされてなかったうえ、それを聞いて活用しようと決めたのは服部君ご本人です。

 

 ほらほら。私は無実です!(ニヨニヨ)

 

 え?嘘をつくな?絶対確信してやっただろ、ですか?

 

 もちろんです!

 

 そのせいで、ひょっとしたら、『名探偵コナン』であった大阪や京都を舞台にした事件にかかわれなくなって、便利な協力者が一人いなくなってしまったかもしれませんが、まあ、面白ければなんだっていいんですよ!

 

 ・・・それで困るのはコナン君だけですしね。(ニニチャァッ)

 

 え?和葉ちゃんが泣きそう?誰ですそれ?

 

 

 

 

 

 さて、冒頭邪神トークはこのくらいにしておきましょうか。

 

 取り立てておとなしくしてあげる理由はないのですが、ちょくちょく様子見してあげてた子が、少しばかり面白い動きをし始めましたので、そちらを出歯亀です。

 

 

 

 

 

 これはこれは・・・。

 

 

 

 

 

 おやおや、こんなところにも・・・。

 

 

 

 

 

 よかったですね、コナン君!お友達が増えそうですよ?!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その日、江戸川コナンは落ち着かない気分だった。

 

 見られている。

 

 今朝、1年B組に転入してきた、女の子に。

 

 B組というのは分かる。何しろ、この間のあれこれで、一気に3人もいなくなってしまい、他のクラスと比べると人数が少ない。だから、転入生が押し込まれるというのは、わからないでもない。

 

 だが、その少女――湯川理央という女の子が、風邪で休みでたまたま空いていたコナンの隣の席にいきなり座ろうとしたり(そこにはすでに人がいるよ、という注意を受け、仕方なさそうに一番後ろの新品の机に行ってた)、その後、授業中、ずっとコナンの背中に視線を向けてくるのはいかがなものか。

 

 何かしただろうか?こんな少女、コナンの優秀すぎる記憶力に、該当容姿はない。(工藤新一であった頃も含めて)

 

 海外の血が入っているのだろうか、癖のある赤みがかった茶髪をボブにして、年の割には怜悧な表情をしている。ほっそりした肢体と白い肌、整った顔立ちも相まって、人形のような印象を受ける。

 

 そして、じっと見てくるくせに、コナンが視線を向けたり、話しかけようとしたら、すっと目をそらす。

 

 一体何なんだ。

 

 怪訝に思いながら、午後のホームルームを終え、コナンも帰ろうと学用品を詰め込んだランドセルを担ぎ上げようとした時だった。

 

 「あ、あの!江戸川君!今日、大丈夫?」

 

 「? ああ。何かあったのか?俊也君」

 

 不安そうな顔で話しかけてきた、同級生の少年に、コナンは首をかしげながらもうなずいた。

 

 「ちょっと、相談したいことがあって・・・」

 

 長くなるかもしれない。そう感じたコナンは、とりあえずランドセルを下ろし、机に座ると、すでに生徒が帰って空となった前の席にかけるよう、俊也に促した。

 

 「コナン君!あれ?」

 

 「悪いな、知史。今日は、ちょっと無理そうだ」

 

 「また探偵の仕事?」

 

 「そんな感じだ」

 

 クリンと首をかしげる本浦知史に、コナンは苦笑する。

 

 

 

 

 

 余談になるが、コナンは将来探偵になる!と明言して、そのための予行演習と題し、大小さまざまな依頼を小学校でも引き受けている。(要は原作で少年探偵団が関わっていたことを、彼一人でやっている)

 

 どこから何につながるかわからない。どんな形でも、つながりを持って、広く情報網を持つべきだ。あるいは、その保護者(それこそ、さまざまな職種、警察などの権力とだって!)とつながりを持つことだってできるかもしれない。

 

 子供の言うことなんて、と一概にバカにできない。小さくなってから、コナンは特にそう痛感するようになった。意外に、子供は大人が見ていないものや流すものをしっかりと見ているのだ。

 

 迂遠な方法ではあるが、できることから確実にやっていく。

 

 このため、コナンは帝丹小学校では、一種の名物と化していた。・・・なお、さすがに勝手な校内放送で大々的な宣言などはせず、先生方に相談して、学内掲示板の片隅に『探偵相談引き受けます!※要詳細相談 1年B組江戸川コナン』という張り紙を張らせてもらっている。

 

 最近は口コミもあるのだろう、徐々に依頼は増えてきている。

 

 

 

 

 

 「そっかぁ・・・」

 

 しゅんと悲しげにうつむく知史。今日は体調もよさそうで、特に用事も入ってなかったから、一緒にサッカーをやろうとでも言いに来たのかもしれない。

 

 「俊也君、よかったら、知史も一緒に聞いてもらっていいか?

 

 知史君にも、時々手伝ってもらってるから」

 

 コナンの言葉に、俊也は「人が多い方が確実だからね」と頷いて、「兄さんを、捜してほしいんだ」と話を切り出した。

 

 コナンはそれを聞きながら、やっぱり背中に視線を感じていた。

 

 放課後というにもかかわらず、ランドセルを背負いもせずに、本を読むふりをしながら、こちらに視線を向ける湯川理央の存在には、もちろん気が付いていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「も~お!どこ行っちゃったのよ~!哀ちゃん!絶対見つけてあげるからね!

 

 真っ赤な犯罪者に見つかる前に、保護したかったのにぃぃ!

 

 降谷さんのためにも!」

 

 彼女は焦っていた。

 

 

 

 

 

 転生先は『名探偵コナン』と悟って、ウキウキしたものだ。

 

 実は、彼女が前世の記憶を取り戻したのはかなり遅かった。

 

 何しろ、記憶を取り戻したきっかけというのが、トロピカルランドであったジェットコースターでの殺人事件、それを取り扱った新聞記事を見たからだ。

 

 思い出して、悟った瞬間、彼女はリアルorzしかけた。

 

 終わってるじゃん。

 

 萩原さんも、松田さんも、スコッチも、伊達さんも、全部終わってるじゃん!

 

 念のため調べてみたが、ほとんどものの見事に死んでいた。(なお、死亡しているかだけで、死因については調べていない)。唯一生き残ったらしい萩原さんも、後遺症からか、警察をやめてしまっているようなのだ。

 

 マモレナカッタ・・・。

 

 まあ、いい。済んだことをくよくよ悩むのはよくない。なら、せめてこれからだ。

 

 幸い、彼女は公安だ。多少の融通〈職権乱用〉は利く。

 

 一番近いのは、10億円強盗事件だ。真っ赤なガワだけ死体損壊犯の馬鹿垂れが、尻拭いもせずに逃亡し、宮野明美が一人で貧乏くじを引かされるあれだ。

 

 あれを阻止しよう!

 そう思い立ったのもつかの間、今度は肝心な事件そのものが起きない!

 

 慌てて調べてみたら、なんと宮野明美は2年前に火災で焼死していたと判明。時期的に、おそらく赤井の脱走の直後だろう。

 

 何たること!やはり、あの悲劇のピタゴラスイッチ男は生かしておくべきではない!降谷さんは正しかったのだ!

 

 来葉峠の時(できればその前に!)には、ぜひ捕まえてそのまま組織に突き出しましょう。宮野姉妹やスコッチを踏み台にしたんだから、自分もそうされても仕方ないはず。その方が降谷さんもハッピーだし、宮野姉妹の敵討ちにもなる。うん!そうしよう!

 

 それからは、日々の業務の片手間に、虎視眈々とFBIの動きを見張っていた。

 

 そして、とある雨の日――彼女は、雨の日は積極的に外回りに出るようにしていた。その日はこんな天気だったと記憶していたからだ。

 

 見つけた!

 

 そう歓喜に打ち震えたのは、だぶだぶの白衣を着た、赤みがかった茶髪の幼女が、道端に転がっていたのを見つけた時だった。

 

 もう大丈夫だからね!あんな自分の都合で周囲を振り回す、なんちゃって探偵坊やや、警護のために盗聴するようなストーカーじみたロリコン赤犯罪者なんて、近寄らせないから!

 

 そうして、拾い上げたその少女を、彼女は保護したのだ。

 

 だが、彼女が少し目を離したすきに、何と少女は姿を消していた。

 

 どうもトイレの小窓を壊して、そこから脱出したらしい。

 

 なんてこと!もし幼児化してるってわかったら、ただじゃすまないっていうのに!

 

 慌てて探し回ったが、見つからない。

 

 せっかく、降谷さんの一番の側近である、風見さんにも連絡を入れて、警護体制を盤石にしようとしていたのに!

 

 

 

 

 

 繰り返しになるが、彼女は焦っていた。

 

 せっかく風見さんに連絡を入れたのに、肝心な警護対象がいないのでは話にならない。

 

 「そうか、わかった。また見つかったら、教えてくれ」

 

 どこかうんざりしたような風見さんに、彼女は悄然とする。

 

 こんなはずじゃなかった。どうしてこんなことに。

 

 あれほど、ここは安全だ。自分を信じて、保護されてほしいといったのに、どうして、哀ちゃんは逃げ出してしまったのだろう?

 

 そうして、彼女は思い立った。

 

 工藤新一!ひょっとしたら、警察より、あっちの方が頼りになるって思われたとか?だって、あいつ、主人公だし!

 

 そうして、彼女は急遽工藤邸に駆けつける。

 

 業務?引継ぎ?知ったことか。哀ちゃんの方が何倍も大事だ。

 

 

 

 

 

 やっとの思いで工藤邸の前に駆けつける。

 

 だが、そこに彼女の焦がれた人物はいない。

 

 代わりに、いたのは――。

 

 「ドーモ、初めまして。いけませんねぇ。実にいけません。」

 

 いきなり耳元にささやかれるように話しかけられ、とっさに振り向く。

 

 目に入ったのは、まるで深淵の黒を切り取ったような、感情の読めない黒い双眸。

 

 ポニーテールにした黒髪と、銀縁眼鏡をかけた、豊満な肢体の美女だ。黒いベストとレギンスという取り合わせが、さらにプロポーションを引き締めて見せる。

 

 誰?!こんな奴、コナンにいた?!

 

 思わず一歩後ずさる彼女に、黒服に眼鏡の女性が歌うように語る。

 

 「宮野志保の保護ですか。堅実でありふれて常識的で・・・ゆえにこそ、つまらない」

 

 唾でも吐くように、最後の一言を吐き捨てる。クソくらえと言わんばかりに。

 

 ここで、彼女は気が付く。

 

 工藤邸と阿笠邸などの並ぶ閑静な住宅街は、いつの間にか彼女たちの周囲から霧に包まれたかのように忽然と消失し、かろうじて判別できる塀に囲まれた路地には、彼女ら二人しかいないことに。

 

 「物事には、段取りや下準備が必要なんです。

 

 新鮮な魚介を用いた懐石料理しかり、下茹でに何時間もかける宮廷料理しかり。

 

 志保君は、赤井君に楽しんでもらうための貴重な材料です。それに、彼女にもサプライズを用意してあるんですから。勝手に退場なんて許可できるわけがありません。

 

 君、たぶん、竜條寺君や“材料たち”の同類なんでしょうけど・・・竜條寺君のように物分かりがいいというわけでもありませんし、どうしたものでしょうねえ?」

 

 右手の人差し指を頬に当て、黒服の女は思案しているようだ。

 

 ややあって、彼女はポンと手を打つ。名案だ!とでもいうかのように。

 

 「そうだ!竜條寺君も根性はありました!赤井君もそうです!

 

 君も同類なら、同じように根性を見せてください!

 

 結果如何では、生かすことも考えなくもありませんからね!」

 

 さも名案だというかのように語られたそれに、彼女は異様な不気味さと明確に言語化できないながらも恐怖を感じ、さらに後ずさる。

 

 「あ・・・ま、まさか、組織の・・・」

 

 遅まきながら思い至った可能性――目の前の黒服の女性が、組織の幹部(原作コナンで語られていないような)かもしれない――に、彼女は青ざめながらも尋ねようとした。

 

 「組織、ですか?」

 

 黒服の女が口元を歪める。

 

 この世すべてを無意味と唾棄するような、あるいは生きとし生けるものすべてを冒涜するような、嘲弄に満ち満ちた笑みだった。

 

 「あんなちんけなのと一緒にされては、いささか業腹ですが、まあ、いいでしょう。

 

 聞かなかったことにして差し上げますよ。優しいでしょう?

 

 それでは」

 

 パチンっと黒服の女が指を鳴らす。

 

 白い靄の奥から、羽音が聞こえる。巨大な鳥らしいものが、翼で空を打つ音が聞こえる。

 

 「がんばってくださいね♪」

 

 言い残して、黒服の女は霞に溶け込むようにその姿を消す。

 

 慌てて、彼女は黒服の女がいたところに駆け寄り、周囲をきょろきょろと見まわすが、トリックなどを使われた痕跡は見当たらない。

 

 まるで本当に消えてしまったかのように。

 

 そんな馬鹿な!

 

 だが、彼女に驚愕している暇はなかった。

 

 謎の羽ばたきは、すぐ近くまで迫っていた。

 

 白い靄を引き裂いて、それは現れる。

 

 そして彼女は、顔を上げて、それを見た。見てしまった。

 

 

 

 

 

 それは、一見すると巨大な鳥だった。あるいは蝙蝠にも似ているかもしれない。

 

 とにかく、長大な翼がついて、それをはばたかせて王者のごとく天高くに陣取っていた。

 

 馬のような首、羽毛の代わりに、滑らかながら堅固な鱗を鎧のごとく纏っている。

 

 

 

 

 

 それは、シャンタク鳥と呼ばれる、神話生物だった。

 

 「っーーーーーーーっ?!?!?!」

 

 たまらず彼女は絶叫していた。何だあれは。何あれ。

 

 あんなの知らない。あんなの見たことない。何であんなものが?!

 

 恐怖と混乱で、腰が抜けた彼女は、絶叫しながらしりもちをつく。

 

 

 

 

 

 ・・・余談になるが、彼女はクトゥルフ神話など、知らなかった。それを基にしたTRPGなど、単語は聞いたことがあったかもしれないが、その詳細など知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 公安としての経験、積み重ねた訓練は、人知を超えた化け物の前には何の役にも立たなかった。

 

 べろりっと、怪物が舌なめずりをする。

 

 赤みがかったその双眸が、彼女をとらえ、食欲と愉悦、歓喜ににんまりと歪められる。

 

 「あ・・・あ・・・ああ・・・」

 

 逃げようという意思も起きずに、彼女は茫然と、目の前の理不尽の権化を見つめる。

 

 いっそ目をそらすという選択すら取れず、彼女は五感から流れ込む、化け物の情報を、脳髄に詰め込んでいく。

 

 そして、ぶつんっと唐突に何かが下りてきたように、彼女は悟った。

 「あはっ!あはははっ!」

 

 夢だ!夢だ!

 

 きっとこれは悪い夢。目が覚めたら、きっとあの職場で転寝してるに違いない。

 

 きっとそうだ!

 

 「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 夢なんだから大丈夫!

 

 ほら痛くない!苦しくない!だって夢だもん!

 

 四肢が引きちぎられ、臓物を地面にこぼしながら、彼女は笑う。

 

 だって夢だから。

 

 ちぎれた首が宙を舞った時でさえ、彼女は笑っていた。

 

 バグンッと、シャンタク鳥は、それを一飲みにして、満足そうにゲップをした。

 

 

 

 

 

 かつて異世界で生きたという記憶を持つ、公安の女は、こうして姿を消した。

 

 ほんのわずかな歪みを、世界に与え――それしかできないままに。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 さてさて。

 

 たっぷり日も暮れた夕刻、私は見世物の一つの場面を出歯亀していました。

 

 

 

 

 

 目障りになりそうな、おバカさんは先日処分しました。

 

 あ、ちなみに、彼女が助かるルートとしては、羽音が聞こえた時点でシャンタク鳥から逃げ、サーチ&ステルスをしながら、異空間からの脱出口を探す、というものでした。

 

 ま、そもそも耐性がなかったらしくて即発狂なさってたようですがね!脆弱ですねえ。

 

 シャンタク鳥も満足なさってましたし、結果オーライ、ですよ。

 

 ・・・コナン君はともかく、どさくさ紛れに赤井君まで処分して、零君に媚を売ろうとしていたようでしたからねえ。

 

 あの赤井君が、あの程度に処分されるとは思えませんが、彼とは次の“遊び”の約束をしているんです。その邪魔なんて、許可できるわけがありませんからね。

 

 

 

 

 

 「どういう状況なんだ、これは」

 

 「それはオレのセリフだってーの!」

 

 阿笠邸に呼び出しを受けた様子の竜條寺君が、さっそく目を吊り上げたコナン君にかみつかれています。

 

 もう一人の当事者――今は湯川理央と名乗られている、幼児化した宮野志保、元組織の幹部、コードネーム:シェリーは、悠々とソファセットに陣取られて、二人のいさかいを横目でちらっと見やるだけです。

 

 

 

 

 

 コナン君のご説明によれば、お昼間の同級生のお兄さんの失踪事件の捜索の際、アシスタントの知史君と一緒に、「私も一緒に行っていい?力になれるかも」と言い出した理央君も同行。

 

 お兄さんを拉致していた、偽札製造犯を、槍田探偵(たまたま仕事がなく、コナン君の連絡を受けて助力を引き受けられたそうで)の力もあって、無事逮捕にこぎつけさせました。

 

 問題はその帰り道。

 

 迎えに来た兄貴分の中岡一雅君と一緒に帰途に就いた知史君をよそに、二人で途中まで家路についたコナン君と理央君ですが、そこで理央君が自分の正体をばらしてきました。

 

 驚愕したコナン君は、とりあえず近場で組織関連の内緒話ができそうな阿笠邸に、彼女を連れ込み、元幹部というなら心当たりがあるのではと、もう一人の組織関連の人物とつなぎを取ったというわけです。

 

 

 

 

 

 「あんた、何でコイツのこと黙ってやがったんだ!」

 

 いささか行儀悪いながら、コナン君は理央君を指さしています。

 

 対する理央君は静かなもので、無言を突き通しています。

 

 ちなみに、家主の阿笠博士はおろおろするだけで完全に空気になっています。形無しですねえ!

 

 「おい、どんな説明した。完全に不穏な感じに受け取られてるっぽいぞ?」

 

 「事実よ」

 

 ああ、元組織の幹部で、幼児化の原因になった毒薬作りしてましたってことですよね。確かに事実ですね。

 

 「あーのーな!一応同類だろうが!ひねた物言いしてんじゃねえ!ガキか!

 

 はっきり言うが、俺たちゃ一蓮托生に近いんだぞ?!無駄に対立していいことなんざ一ミリもねえよ!あほか!」

 

 プイっと顔をそらす理央君に、竜條寺君は深々とため息をついて、理央君から聞いたらしい説明を始めました。

 

 

 

 

 

 何でも、理央君、ある時点(お察しですね)から組織に対して反感を持ってたそうなんですが、先日、作った試作品を勝手に毒薬扱いされて、無断で人体投与なんてされてたそうです。(ご両親から引き継いだ、一種の形見のようなものですよ?愉快ですねえ)

 

 『名探偵コナン』でもそんな感じだったんですかねえ?私の攻略本、情報が偏ってて、当てにできない部分もそこそこありまして。

 

 とにかく、そこまでは理央君も何とか我慢のできた部分ではあったようです。

 

 問題は、もうすぐ亡くなって2年経とうという、お姉さんのお墓参りを、誰一人許可してくれなかったということです。

 

 そればかりか、理央君が後生大事に取っておいたお姉さんの数少ない遺品を、“お姉さんが引き入れた裏切り者の手がかりを探す”という名目のもと、勝手に壊されたり処分されたりする始末。

 

 二人で写っていた最後の写真も処分されたところで、我慢の限界が訪れたそうで。

 

 いい加減にしろ。写真を元通り復元しない限り、薬の研究は中断する、と言い渡したそうです。

 

 ・・・フィルムも画像データも残っておらず、残った現物も処分した状態で、それを復元って、完全に無理言ってません?ああ、もともと無理を言ってる気だったんですね。心のよりどころだった“お姉さん”を完全に没収されて、自暴自棄になってたんですね。

 

 反抗の代償にガス室に閉じ込められ、自殺のつもりで隠し持っていたAPTX4869(例の毒薬の名前だそうで)を服用。幸か不幸か、彼女も幼児化し、ダストシュートから脱出。

 

 当初は、同じく幼児化した可能性の高い工藤新一のいるだろう、工藤邸を目指していたのですが、彼女の目算は見事に狂いました。

 

 何でも、組織の追手らしい人間に捕まり、幼児化していることもばれて、「アイちゃん」などという意味の分からない呼ばれ方をしたとそうです。保護するなどと言っていたそうですが、到底信じられなかったそうです。(ちなみに、竜條寺君は省かれましたが、最初その話を聞いた彼は、思いっきりむせられてました。心当たりありすぎですよねえ?)

 

 で、そこからどうにか逃げ出した理央君は、今度は竜條寺君の彼女にあたる徳本敦子君に拾われ、そこから竜條寺君に連絡がつながったということだそうで。

 

 で、竜條寺君が多少の職権乱用をして、彼の姪っ子に当たる『湯川理央』という人物の戸籍をぶち上げたそうで。

 

 え?灰原哀?一応、竜條寺君がその名前を提案してみたそうなんですが、哀という名前に、理央君は真っ向拒否。・・・ひどかったですもんねえ、“彼女”。

 

 晴れて、湯川理央君が爆誕しました!

 

 ちなみに、お名前の元ネタは、『探偵ガリレオ』の湯川教授と、ガリレオからとられたようですよ?名付け親は、竜條寺君です。灰原哀の名前が却下されたことで、うんうん唸られながら、提案されてました。

 

 

 

 

 

 おや、また変なところがねじ曲がりましたねえ?どうしたものでしょう。

 

 まあ、大局に変化はありませんし、中身が変わらないなら問題なし、ですよ。

 

 

 

 

 

 で、竜條寺君は仕事の都合で直接面倒を見ることができません。(表向きは貿易会社の職員ですが、実質は怪奇事件専門捜査官で、口外厳禁のコンプライアンス管理が非常に厳しいところですしね。)

 

 松井君や成実君もそうなんですが、あの組織に所属している捜査官って、基本的に寮暮らしなんですよ。

 

 そこで、詳しい事情は聞いてないものの、竜條寺君が(虐待先から逃げ出したらしい)親戚の面倒を見れないと判断したらしい敦子君が、保護者となることを名乗り出られ、晴れて理央君は徳本敦子君のマンションに居候されることになったそうです。

 

 そもそも・・・理央君のような幼女を、竜條寺君のようなガタイのいい強面が面倒を見ると?ふむ。これは誘拐ですかね?警察に通報されそうですねえ!

 

 竜條寺君は男性ですしね。性別の差は一つ屋根の下では、立ちはだかる大きな壁です。中身が成人近い女性であれば、なおのこと。

 

 それもあっての、敦子君のところへの居候、となったようで。

 

 

 

 

 

 「で、お前の幼児化、勘づかれてたぞ」

 

 「・・・正確には、可能性がある、程度よ」

 

 そろそろ立ちっぱなしも面倒になったのか、竜條寺君はソファに座りながら言いました。

 

 眉をしかめる理央君も無視して、家主である阿笠博士に「タバコ吸っていいか?」と許可を取ってから、パックとライターを取り出されています。

 

 「ところで、お前ら、そろそろいい時間だが、家に電話しなくて大丈夫か?小学校1年生ズ」

 

 煙交じりに指摘されて、だいぶ長いこと話し込んでいたのに気が付いたお二人は、慌てて銘々持たされていたスマホを手に、自宅に連絡を取り始めました。

 

 おや、うわさをすれば、ですね。

 

 『もしもし、ナイア姉ちゃん?』

 

 「おや、コナン君。まだ帰ってこないから、心配してました。てっきり、何かあったかと。

 

 警察から、君が事件に巻き込まれたというので、いくつか確認のお電話をいただいたというのに、まだ帰ってこないので、どうしたものかと思ってたんですよ?」

 

 『・・・』

 

 ああ、今、顔を引きつらせましたね?

 

 心配じゃなくて、面白そうなことが起こっているの間違いだろ、とも副音声で聞こえましたねえ。

 

 ま、その通りなのですが。

 

 『ごめんなさぁい。事件の時に、一緒に居合わせた子と仲良くなったんだ。

 

 今日クラスに転入してきたばかりの子なんだぁ。

 

 頭もいいからすっごく話も弾んで、そのまま一緒に博士の家で泊りがけでゲームしようってことになって。

 

 連絡遅くなって、ほんとにごめんなさい。

 

 ・・・だめ?』

 

 おそらく、目の前にいれば上目遣いで小首をかしげるというあざとい仕草が見れたのでしょうが。

 

 ま、筋は通ってますし、反対する理由もないのですが、ここらでちょっぴりからかって差し上げましょうか。

 

 「もちろん、かまいませんよ。

 

 御謹製の毒薬で、そんなざまになった君からしてみれば、嫌みの一つや二つ、言って当然かと。いえ、むしろ、それで済まされるなど、お優しい限りですねえ。

 

 にしても、彼女もいい度胸してますよね?潜伏中の君や竜條寺君のところにまっすぐに逃げ込んできて。発見時のリスクをさらに爆上げに走るとは。

 

 しかも君は毒薬の被害者ですよ?君が昨今の米花町民のように短気な性格でしたら、お得意のトリックでも使って、隠ぺいに乗り出されておかしくなかったというのに!

 

 いえいえ。今からでも、他の薬の被害者のご遺族に連絡して差し上げればいかがです?理央君ならそれもご存じでしょうし。彼らもきっと真っ赤になってお喜びになられるかと」

 

 『このっ!・・・ボク、子供だからお姉ちゃんが言ってること、わかんな~いっ』

 

 一瞬罵倒文句を吐き出そうとなさいましたね?コナン君。そして、阿笠博士や理央君が何も知らないことを思い出されたのか、怒りで震える声を隠して、そんなことをのたまいました。

 

 「忍耐は美徳ですよ?すばらしい。それをしなくてよくなった解放感を思えば、愉悦ですよね?

 

 がんばってくださいね、コナン君」

 

 『・・・お・や・す・み!ナイア姉ちゃん!!』

 

 怒りに震える声で、力強くそういうや、一方的に通話が切られました。

 

 

 

 

 

 ふうむ?なぜ私は怒られたのでしょうか?正論しか言ってないと思ったのですが?

 

 え?お前がそうやって、他人の傷口を嬉々として抉りまわして、必要以上に人死にを歓迎する姿勢を辞さないからだろうが、ですか?それに、コナン君の性格を考えてみろ?どう転んでも人殺しをするような性格じゃないのに、お前が嬉々としてけしかけようとしたら、怒るに決まってるだろうが、ですか?

 

 わかってませんねえ。人間なんて、おきれいなだけの生き物ではありませんよ?口先ではどんなにきれいごとを叫んでも、腹の中では薄汚いものをため込んで、いつかそれに理性を食い破られるんです。

 

 いつ、それがコナン君に訪れるのか。ささやかながら、私はその後押しをしてあげているだけですよ。

 

 ま、簡単に転がり落ちようが、それでも歯をくいしばって耐えようが、どちらになろうと、見ている私としては面白いのですがね?

 

 なぜなら、私は人間を愛しています。彼らの生き方、あり方、そのすべてを、ありのまま、受け入れるのです。

 

 ありの~ままの~あなた方が好きよ~♪

 

 それが私の、愛ですから。

 

 ええ、その結果、憎しみ合い、殺し合い、嘆いて悔いて、狂ってのたうち回ろうが、それはそれでかわいらしくて、素晴らしいじゃないですか!

 

 ふふふふふ♪

 

 

 

 

 

 

 おや、長引きましたね?

 

 では、とある時間の列車のお客様のセリフを引用いたしましょう。

 

 続くに決まってるよね?答えは聞いてない!

 

 

 

 

 

続きが、目覚める・・・!

 





【あっちもこっちも出歯亀し放題、邪魔者は容赦なく削除にかかるナイアさん】
 前回、服部君に極高死亡フラグを建築して差し上げ、ワクワクしながら結果待ちしている。
 今回、語りから省いていたが、宮野志保をこっそり様子見していたことが発覚。
 唯一の肉親である姉をなくしてから、組織での孤独な日々、ついにプッツンしてからの反抗・脱走、そして拾われるというステップのすべてを邪悪に見守っていた。
 この世界においては、宮野明美が実は生きて保護されていることを知っているが、諸事情からそれは宮野志保には伝えられないだろうと思っており、そんなのは詰まらないと考えていた。
 それが、赤井をさらに楽しませる(苦しませる)ことにつながるので、絶対逃がす気はなかった。
 さらに、原作コナンより2年早く宮野明美が退場したことにより、宮野志保の組織に対する反抗の開始も早くなっており、これがコナンたちの進退にも影響を与える可能性がある、と(らしくもなく)素早く計算し、このためちょくちょく様子見していた。
 原作通りに宮野志保が幼児化してから脱走したものの、彼女を拾ったのは阿笠博士ではなく、名も知らぬモブ女。誰だコイツ、とさらに様子見続行してたら、口走る不穏な独り言と、漂わせる残念臭から、コイツ攻略本の材料の同類だ、と判断。
 竜條寺さんのように、おとなしくしていようという意思表示(素直に幼女を阿笠邸の前に戻すなり)しておけばよかったのだが、宮野志保を公安で保護して強制フェードアウトさせようとしたので、残念、君の冒険はここまでになってしまった!を発動させた。
 ・・・それなりに満足した様子のペットを見て、ほっこり。安定の邪神ぶり。
 もちろん、モブ女に変わって、徳本敦子さんが宮野志保を保護して、竜條寺さんに連絡するところもきっちり見てた。
 参戦おめでとう、哀ちゃんもとい、理央ちゃん!楽しんでいってね!
 その後、帝丹小学校1年B組に編入した幼児化宮野志保改め、湯川理央ちゃんとコナン君+αが事件を解決するところまでしっかり出歯亀した。
 その後、阿笠邸で話し合うことになった幼児化組+竜條寺さんと阿笠博士のご様子もきっちり、出歯亀。
 電話かけてきたコナン君を心配するように見せかけ、彼の地雷を嬉々として踏みつけてやった。
 そこに地雷が埋まっていたら、嬉しげに踏みつけに行く。邪神だからね。自分はダメージを受けないし、周囲を巻き込んで爆散するならなおよし!だからね。しょうがないね。

【ミステリアス転入生に驚愕して、邪神様を腹の底で罵りまくったコナン君】
 前回、槍田探偵事務所の面子には正体がばれてしまったわけだが、その後の対応については次回以降に回す。
 どうにか体調が回復した彼は、やはり『九頭竜亭』に居候しながら、小学生生活を送る。
 今回、転入してきた謎の美少女に、やたら注目され、困惑。こんな奴知らん。
 なぜか、その後、コナンが趣味とわずかな実益を兼ねてやっている探偵活動にも首を突っ込んできた。何でだ。
 なお、今回捕まえた偽札製造犯も、ようやく連中のしっぽをつかめたと思ったのに、逮捕後の様子からして、どうも違うっぽいとなってがっかりした。
 が、肩透かし食らった直後に、謎転入生が、とんだ爆弾落としてきて、大驚愕。
 どういうことだこら!組織の幹部・・・竜條寺さん?!こんな奴がいるならいるって先に言っといてくれよ!
 急遽、近場で内緒話にうってつけの阿笠邸に駆け込んで、話し合い。竜條寺さんも呼び出した。
 謎転入生の経緯を聞いたところで、そろそろ自宅に連絡入れないとやばくね?と指摘され、慌てて連絡。
 電話かけたら、うわさの保護者邪神が口先ではまともなことを言ってくるが、どうせろくなこと考えてねえだろと思ってた。
 案の定、出歯亀していたらしいクソ邪神からは、邪神のクズがこの野郎と言いたくなる、糞とクズの和え物のような文言が吐き出された。
 ・・・コナン君も人間なので、自分の現状は自業自得だとわかってはいるが、自分がこんなことになるきっかけにもなったものを作った人間に、思うところがないといえば嘘になる。だからと言って、この邪神にだけはそれを指摘されたくない。
 原作最大級のお助けキャラの加入は、吉と出るか凶と出るか、現状では不明。どうなるかは今後次第。

【颯爽登場して発狂退場した、転生モブ女】
 ネームレス。いちいち名前考えるのがめんど(ゲフンッ)・・・模撫山茂武美くらいで。
 大体劇中で語っているが、夢主人公のごとく公安に所属。覚醒前は割とまじめに仕事をこなしてた。
 覚醒した時には、大体の救済対象は死んでいた。(なお、ほとんど原作よりもひどい最期を迎えている)萩原さんは、生きているが、警察やめている時点で関わりなくなったじゃんorz。松田さんも表向き死んだことになっているので。
 覚醒してからが問題で、仕事に関係ないことを職権乱用して調べ上げたりするようになったと、周囲の目が厳しくなってた。
 本人はいたってまじめに、降谷さんの力になるんだ!と邁進してたつもり。
 未来のことを知ってて、それを変えようと必死になろうと、周囲から見れば、急に頭おかしくなったとしか見えない。
 文章から察しはつくと思うが、かなり熱烈なアンチ・ヘイト系の転生者で、原作では違法捜査や死体損壊をやらかした赤井さんや、捜査のためなら他人の部屋を荒らしたり推理ショーでプライベートを暴露したりするコナン君のことを嫌い、彼らにかかわる前に、と幼児化した宮野志保を保護しようとした。
 実際、どうにか一度は保護するが、あまりにも不信感丸出しの言動(いきなり、彼女に対して灰原哀呼ばわりし、組織のことも知ってるよ!云々話した)をしたので、信頼を勝ち取れず、むしろ組織の手先と誤解され、脱走された。解せぬ。
 すでに風見さんに連絡してたというのに、なぜ逃げる?!
 なお、風見さんの反応としては、「またコイツ、変なこと言ってるなー。あんまりひどいなら部署の配置換えとか、謹慎もやむなしかなー」という感じ。すでにあきらめに入られている。
 なおも行動しようとするが、転生者丸出しな行動の挙句、宮野志保を保護という名の強制フェードアウトさせようとしたのが、邪神様のアウトゾーンに触れた。触れてしまった。
 劇中でも語っているが、邪神様のことなど彼女は知らない。
 自身のことを踏まえ、原作とこの世界の違いについてあらかじめ、調べ上げておかなかったことが、彼女の敗因。もっとも、調べ上げたところで、常識に則って、やはり宮野志保の保護に乗り出していたと思われる。
 結果は、ご存じ。隔離空間に強制的に放り込まれ、シャンタク鳥からサーチ&ステルスするというシナリオに単騎で挑むことになるが、そもそも他探索者のような神話事象に対する耐性が全くなく、シャンタク鳥を認識しただけでSANが溶けた。
 発狂して爆笑しながら、シャンタク鳥のおやつになった。合掌。
 なお、アレすぎる彼女の言動から、宮野志保にとって“灰原哀”は気持ち悪い女が呼んだ不吉な名前、という印象が植え付けられてしまい、偽名候補から外されるという、ピタゴラスイッチを引き起こす。


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【#29】湯川理央ちゃん登場!死亡フラグの宝庫やでぇ!

 クッション兼癒し役を兼ねた少年探偵団は死亡&発狂&人外化により途中退場。
 正規ヒロインのはずの蘭ちゃんは、永久発狂により狂人に覚醒済み。
 本来の居候先となるはずの毛利探偵事務所は借金で閉業危機。
 スコッチさんは磯臭い魚面となって海の底、赤井さんは冒涜的知識塗れで、安室さんは邪神様の愛玩家畜。
 ヤダ・・・字面に直すと、原作に対してものすごい冒涜感・・・。
 そして邪神様はまだまだ楽しむつもり満々のご様子。
 今回のタァゲットは、湯川理央ちゃんと命名された新規参入幼女だぞ!
 なお、直接いじるのは、邪神様ご本人ではなく、先行潜伏組のコナン君&竜條寺さんだ!邪神様はいつも通り出歯亀中だぞ!
 阿笠博士?残念ながら被害者でしかありませんな!


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 前回までのあらすじはぁ!

 

 湯川理央「お姉ちゃんを死なせて形見も取り上げる組織なんて知りません!毒薬なんてもう知らない!たしゅけてコナンえもん!竜條寺太君!」

 

 公安所属のモブ女改めシャンタク鳥のおやつさん「そうはいかねえぞ!お前は俺たちのおもちゃになるんだよ~!げっへっへ!」

 

 私☆「ピピるピルピルピピルピ~♪エスカリボルグチックな素敵魔術で、転送!お前がシャンタク鳥のおやつになるんだよぉぉぉぉ!」

 

 大体そんな感じです♪

 

 え?ふざけんなまじめに話せ?

 

 いやいや、この上なくまじめに話しているつもりなのですが?

 

 まあまあ、そうエキサイトなさらずに♪

 

 

 

 

 

 現在、コナン君と湯川理央ちゃんこと幼児化した宮野志保君、そして竜條寺君、以上3名が、空気化している阿笠博士をしり目に、阿笠邸でああでもないこうでもないと、話し合われています。

 

 お昼間事件に巻き込まれ、現在はお夕飯時というのに、いや~、実に元気ですねえ。

 

 私、もうおなかがすいてきました。あ、ショゴスさん、今日のお夕飯は何です?ほほう!時鮭のバターソテーですか!いいですねえ!

 

 え?見世物見ながら食べるのは行儀が悪い?そこを何とか!今面白いところなんですから!録画が利かないんですよ、これ!

 

 ありがとうございます♪すみませんね。以後、気を付けます。

 

 

 

 

 

 さて、視点を阿笠邸に戻しましょう。

 

 腹立たしげに通話を終えるコナン君に、竜條寺君が同情を交えた視線を向けられてますね。

 

 対する理央君は、静かな声で2,3言葉を交わし、そのまま表情も変えずに通話を切られています。

 

 で、そのまま理央君が、コナン君の正体を勘づいていた云々に、話題がシフトしています。

 

 

 

 

 

 何でも、開発段階の件の毒薬――正式名称:アポトキシン4869(以降APTX4869)は、マウスだかラットだかの実験の段階で、幼児化個体を低確率で出してしまっていたようです。

 

 そこに、薬の被験者としてのリストとして挙がった工藤新一、彼は死亡がはっきりしない生死不明状態。

 

 理央君は理由こそ語りませんでしたが、そのリストにあった生死不明という文字を、死亡確認に書き換えたそうです。勝手に。

 

 え?生死確認のための、組織による工藤邸内の勝手な捜査?ええ、もちろん、参加なさったようですよ?

 

 ただ、幼少の服は持ち出されておらず、確信までは持てなかったそうで。

 

 

 

 

 

 え?じゃあ、コナン君が日ごろ着ている服はどうした、ですか?あれはこちらに住まうようになって、何着かは私のポケットマネーで購入し、残りはコナン君が自費でご購入なさってました。(後日、それらのお金も返していただきました。)

 

 コナン君、私の「家探しされるかもね!」って発言を相当深刻に受け止められたようで、以前のなんちゃって誘拐事件の後、有希子君が気を利かせて工藤邸からお持ちいただいた子供服を、「家探し食らった時に不審がられるかもしれねえだろ!幼児化がばれたらどうすんだ!」と、血相変えて戻すよう怒鳴られてましたからねえ。

 

 なんと勿体ない。

 

 なお、有希子君は「考えすぎよ~。新ちゃんってば、大げさなんだからぁ」とガン無視して、強引に置いて帰られました。優作君ですか?「有希子がせっかく気を利かせたのに、わがままを言うんじゃない」って、失望したように溜息つかれただけでしたねえ。

 

 その服の入った段ボールは、即日コナン君がショゴスさんに頼み込んで工藤邸にどうにか戻されていました。

 

 ・・・子供服にも流行り廃りはありますしねえ。いささか時代遅れのあれらを着られては、かえって目立っていたでしょうしねえ。

 

 

 

 

 

 話を戻します。

 

 理央君がコナン君の幼児化を疑い始められたのは、何と別口、成実君からでした。

 

 拾われたばかりの理央君を心配なさった徳本敦子君、最初小児科に担ぎ込もうとなさっていたのですが、竜條寺君がそれを止めて、知り合いの医師だと成実君を紹介されました。

 

 で、成実君はコナン君の事情をご存じなので、同じようにだぶだぶの大人服を着ている理央君を見て、うっかり「もしかして、コナン君と同じ?」と小声で口走られました。

 

 幸い、敦子君はそれを聞いてなかったのですが、理央君本人はばっちり聞いてしまったということです。

 

 そして、その疑惑は、本日の学校における様子や、失踪事件の捜査を見て確信に至ったとのことでした。

 

 

 

 

 

 おや、竜條寺君のご様子が変ですね?

 

 んん?コナン君もなんだか険しい顔をなさってますが?

 

 「それで、質問なんだけど、あなたの幼児化を知っているの、成実先生とそこの人たち以外、誰かいるの?」

 

 「・・・っバーロォ!!お前、何てことしてくれたんだ!!」

 

 「ハッハー・・・詰んだな。勘弁してくれ・・・」

 

 涼しい顔で質問する理央君をよそに、怒鳴りつけるコナン君と、乾いた笑いと一緒に頭を押さえて天井を仰ぐ竜條寺君。

 

 んん?どうなさって・・・ああ。なるほど、そういうことですか。

 

 予想はしていましたが、なるほど、面白くなりましたね?

 

 「シェリー?お前の姉ちゃん死んだの2年前だろ?お前、そん頃から組織に反抗的にしてたんだろ?

 

 そんな奴に監視をつけてないと思うか?そして、お前が勝手にいじくったデータを、あの組織が確認してないと思うか?」

 

 「ああ。連中はこう考えただろうぜ。

 

 “シェリーと工藤新一はグルだ。工藤新一は確実に生きていて、自らが死んだことにしてもらうのと引き換えに、奴を保護した”ってな」

 

 ひきつった顔で、わかりやすく説明する竜條寺君と、憎々しげに睨みつけながら言うコナン君。

 

 「あ・・・」

 

 「し、新一?!しかし、いくらなんでもそれは!」

 

 瞬時に青ざめた理央君に対し、短絡的すぎると言いたげにされる阿笠博士ですが、すかさずコナン君に睨みつけられます。

 

 「百歩譲って幼児化のことはばれずに済んだとしてもだ!

 

 工藤新一が生きてるって連中にばれたら、一番危ないのは誰だ?!

 

 父さんと母さんは海外だし、警察ともかかわりが深い!ICPOにだって知り合いがいるくらいだからな!

 

 じゃあ蘭は?!博士は?!高校のクラスメートは?!目暮警部や高木刑事みたいな警視庁捜査一課の人たちは?!工藤新一をおびき出すために、誘拐されて、拷問でもされたら?!

 

 コイツ一人の、勝手な行動のせいで!!」

 

 暗に、あんたもやばいといわれて、博士も黙り込まれました。

 

 そうして、ちらっと理央君を振り向かれる彼の視線には、完全におびえの色が混じっています。

 

 もう、これは攻略本のように、間違っても保護者になろうとはされないでしょうねえ。

 

 「わ、私は、単に、組織への当てつけで・・・。

 

 それに、書き換えたのは、あなた一人じゃないわ。他にも数人、生死不明の人がいたし・・・」

 

 「ああそうかよ!ありがとうな!そいつらもお前とグルだって思われて、生き残っているほかの関係者も軒並み、殺されるか拷問されてるだろうぜ!

 

 一緒に苦しんでもらえてよかったな!!」

 

 思ってもみなかったと狼狽した様子でうめいた理央君に、コナン君が怒鳴りつけます。完全に八つ当たりですねえ。

 

 「ああっ!くそ!父さんと母さんに連絡して・・・ちっくしょう、あと、難しいけど、蘭と博士も証人保護プログラムを受けれるようにできるかな・・・。

 

 あの人たちにも、連絡入れないと・・・!

 

 日本にいられるの、ここまでか・・・」

 

 「・・・いや、まだ猶予はあるかもしれねえぞ?」

 

 「は?どういうことだよ?!」

 

 ガリガリ頭をかきむしって、今後の方針もブツブツと思索されるコナン君に、しばし黙考されていた竜條寺君が口を開かれました。

 

 「シェリーの脱走から現在まで、連中が何の動きも見せてないからだ。

 

 すでに数日経つってのに、何の音沙汰もない。

 

 もし、怪しんでいたら、絶対何らかの行動を起こしているはず。

 

 監視くらいつけられているかもしれなかったが、この家の付近にそんな気配はない」

 

 「つまり?」

 

 「希望的観測にはなるが、シェリーの監視役が、コイツのデータ書き換えを上に黙っているってパターンだな。

 

 あの組織、連携がド下手クソなんだよ。互いに監視させあうか、うまく手柄立てて抜け駆けするか。逆にスパイ疑惑なんかをうまくかけて追い落とすか。そういうところばかり目立ったもんだ。

 

 クソッタレの馬鹿ジンは、口割らす前に怪しいってだけで脳幹ブチ抜くしな。況や、他の連中もや、ってな」

 

 「つまり、シェリーの監視役も、自分の手柄のために上に黙ってる?

 

 工藤新一も一網打尽にして、捕まえるために?」

 

 「希望的観測でしかないがな」

 

 「なら・・・あるいは・・・」

 

 竜條寺君の言葉に、コナン君は顎に手を当てて、考え込まれています。

 

 「・・・おい。俺はあそこのやり口や居心地の悪さってのがわかる。それに、敦子もお前のこと気にしてたから、あんまり口汚くは言うつもりはねえよ。

 ・・・ほかになんかやらかしたと思い当たる節があるなら、さっさと言え。できる範囲になるが、わかっていれば対応もできるだろうからな」

 

 青ざめてうつむいてた理央君に、竜條寺君が声をかけられてますねえ。

 

 「まあ何だ。思うところはお互い色々あるだろうが、さっきも言ったとおり、一蓮托生だ。

 

 仲よくしろとまでは言わねえが、喧嘩もほどほどにしておけ」

 

 おやおや。そういえば。

 

 コナン君は、そっぽを向いて考えこまれたまま、もはや理央君なんて一顧だにされませんし、対する理央君も青ざめてうつむかれています。

 

 ま、当てつけ半分、打算半分で行ったことが、完全に裏目に出て、首絞めにしかなってないってなったら、上がる好感度も上がりませんよね!

 

 

 

 

 

 え?ずいぶん原作と違う、ですか?

 

 味噌となるのは、宮野明美君の死亡時期です。

 

 原作コナンにおいては、本編開始から間もなくに10億円強盗の末に(例の公安女が保管してくれました♪)亡くなられていますが、この世界では2年前(つまり赤井君の組織脱退の直後)に自殺偽装されて、そのままアメリカに渡っています。つまり、表向き、彼女は2年前に亡くなっているということです。

 

 おそらく、原作ではこのラグがなかったため、組織に従順な志保君には監視はつけられず、データの改ざんも見つからなかった(志保君が反抗したのは、この後でしょう)、このため、話がかなりイージーモードで進んでしまったということです。

 

 ですが、この世界では違います。お姉さんがいなくなってしまったため、フラストレーションをため込んだ志保君は、非常に反抗的で、間違いなく監視がつけられていたでしょう、そしてそんな監視役が彼女のデータ改ざんを見逃すはずがないということです。

 

 いやー、ハードモードになりましたねえ♪白米が美味しいですねえ♪

 

 元凶の元を辿ればお前のせいじゃねえか!このピタゴラスイッチ犯が!ですか?

 

 何をおっしゃるんです!確かに私はきっかけを作ったかもしれません!ですが、他の仕掛けに関しては、無罪ですよ!無罪!

 

 いえ、この際、有罪無罪はどちらでも構いません。こんなにご飯が美味しくなるイベントが起こったんです!些末なことですよ!そうでしょう?!

 

 

 

 

 

 「・・・周囲に警戒は必要だが、ひとまずは安心、か」

 

 「幼児化って最大のジョーカーはおそらくばれてないだろうからな」

 

 結論を口にしたコナン君に、竜條寺君が同意されます。

 

 「と、とにかく、そういう事情ならば優作君たちにも連絡を」

 

 「駄目だ」

 

 「今はまだ駄目だ、博士」

 

 慌てて電話を手に取ろうとする阿笠博士の手をつかんだ竜條寺君が首を振り、コナン君も大きく頷きます。

 

 「直接の被害はなくても、監視の可能性は否定しきれていない。監視状況がはっきりしていない以上、うかつにあちこちに連絡網を広げるのは悪手だ。姿は見えなくても、電話回線を盗聴されている可能性は十分ある」

 

 「工藤新一とシェリーがグルなら、新一の潜伏をアシストする人間を特定し、その居所の把握から始めるはずだ。二人まとめて身柄を確保するために。

 

 今、一番危ないのは、幼児化がばれてないオレや、身元を隠しきれている竜條寺さんじゃない。

 

 シェリーの脱走から、まだ日も浅い段階で、工藤新一の周囲の人間がいきなり警戒を強くしたら、組織の疑惑をより強く確信させることになるんだ。

 

 今は、何もしないのが、最善だ」

 

 すらすらと立て板に水と論理展開させるコナン君に、阿笠博士はやむなく、受話器を戻しました。

 

 「で?シェリー。お前、こんなリスクばらまいて駆け込んできたわけだが、当然手土産の一つや二つ、あるんだろうな?

 

 あいにく俺は慈善事業家ってわけじゃない。

 

 お前が単純に、身元の保護を求めてっていうんだったら、お前の正体と一緒に警察に引き渡す」

 

 びくっと身を震わせ、信じられないという青い顔で、竜條寺君を見上げる理央君ですが、彼は容赦しません。

 

 顔に影を差させ、一切の表情を消した――いわゆる、裏社会の人間そのものの表情で、彼は静かに恫喝します。

 

 「警察にも奴らの手足目耳が紛れ込んでいるだろうからなあ。

 

 たっぷりかわいがってもらえるだろうぜ」

 

 「おい!あんた何言ってんだ!」

 

 さすがに顔色を変えたコナン君が止めようとしますが、対する理央君も負けていません。

 

 「っ・・・いいの?私の幼児化をばらすってことは、彼のことも、芋づる式にばれるわよ?

 

 一蓮托生って言ったのは、どこの誰かしら?」

 

 「何だ、知らないのか?」

 

 せせら笑うように、竜條寺君は言いました。

 

 「江戸川コナンは、戸籍を持った一個人なんだよ。

 

 俺の意思一つで消せる偽造戸籍持ちの湯川理央〈お前〉と違ってな。

 

 警察が調べ上げたところで、戸籍があるから別人ってはねられるのがオチだぜ?

 

 一蓮托生ってのは、俺とこいつだけだ。お前はその気になったら除外できるんだよ」

 

 はい♪コナン君の戸籍は、彼の小学校入学に合わせて、そのほか手続きなどの利便性を鑑みて、作ってみました♪

 

 ちなみにこれ、今の取引契約の終了の際、消すことになってます。後始末もやってあげるなんて、私ってば優しいと思いません?

 

 顎を上げ、シニカルに笑う竜條寺君の姿は、完全に悪役のそれですね。

 

 そんなの訊いてない!と言わんばかりに目を白黒させる理央君に、一方のコナン君はなぜか遠い目をされています。

 

 戸籍事情を思い出されているのでしょうか?感謝してくれてもいいと思うのに、なぜあのような表情をされるのでしょう?不思議ですねえ。

 

 「自分の立場が分かったか?

 

 物事はギブ&テイクだ。現状で、お前が知ってる組織の情報、あるいは毒薬についての手がかりを吐き出せ。

 

 そうしたら、少なくとも、俺はお前の身元の保証と保護はしてやる」

 

 「・・・いやな男。敦子さんの気が知れないわ」

 

 「心配すんな。こんな態度をとるのは、あそこの出の女くらいなもんだ。

 

 自分は違うなんて、寝言は言うなよ?お前にそのつもりがなかろうが、結果的用途は毒になった薬を作ったんだからな。

 

 あそこにいる人間で、真っ白潔白なんざ、いるわけねえだろ」

 

 負け惜しみのようにつぶやく理央君に、竜條寺君は肩をすくめます。そこに、コナン君が呆れたように口を挟まれました。

 

 「・・・あんた、やっぱり悪人だったんだな。今、すごい生き生きしてる感じだった」

 

 「あそこに所属してたらな、いやでもうまくなるんだよ。根回しと恫喝が。

 

 出来ない奴は死ね、が暗黙の了解だ」

 

 そう言って、いつの間にか吸いきっていた煙草に変わり、2本目を取り出して咥えて火をつけられます。

 

 「それに、こうでも言っておかないと、この女、貝を決め込んで逃げるぞ」

 

 「逃げる?」

 

 「せっかく、あの危ねーとこから手を切ったんだ。幼児化して身元の誤魔化しも効くようになった。

 

 好き好んで危険に首突っ込むマゾ趣味はねえだろうよ」

 

 「あんたと一緒で?」

 

 ジト目で見上げて尋ねるコナン君に、竜條寺君は飄々と言ってのけます。

 

 「俺は博打は嫌いでな。一人で勝ち目のない負け戦で野垂れ死には御免だ。

 

 共闘相手がいるなら、話は変わるがな。

 

 あとはどっかの覗き見女にケツに火を付けられたら、やるしかない。まったく。勘弁してくれ、だ」

 

 「・・・急に協力的になったのは、そういうことかよ」

 

 「情けねえか?」

 

 「いや。あんたも不運だな、って思った」

 

 「お互い様だろ」

 

 おや、二人して疲れたような顔をされて、いったいどうなさったんでしょうね、竜條寺君とコナン君は。

 

 

 

 

 

 え?お前に絡まれた苦労を思い出したんだろ、ですか?おや、ひどいですねえ。そんな苦労を掛けた覚えなんてありませんが。なぜ、あんな顔をされるんでしょうねえ。まったくもって心外です。

 

 なるほどなるほど。疲れてるんですね、お二人とも!次回は、疲れも吹き飛ぶ素敵企画を実行しようではありませんか!ネタはよさげなものがあります!いいですねえ!人魚採りとかロマンチックではありません?

 

 皆さん!ぜひご期待ください!

 

 

 

 

 

 「覗き見女?」

 

 「こっちの話だ」

 

 「お前には関係ない」

 

 怪訝そうにされる理央君に、竜條寺君とコナン君はいっぺんに切って捨てられます。

 

 「変に気を利かせて、また変なことされても困るからな」

 

 ジト目で理央君を見やるコナン君。まあ、すでに前科がありますしねえ、彼女。

 

 「・・・っ、いいの?そんな、強気に出て。

 

 秘密が漏れるリスクがどこにあるかわからない以上、情報は共有すべきじゃないの?」

 

 「現状一番のリスクをこさえた奴は言うことが違うな。

 

 何度も言うが、ギブ&テイク、等価交換だ。知りたい情報があるなら、等価の情報やブツの在処を吐け。あるいは、それに相当する行動の約束だ。話はそれからだ」

 

 紫煙交じりに皮肉を吐き出される竜條寺君と、ひたすら冷たい視線を向けるコナン君に、困ったような顔をされるだけの博士。

 

 ご自分の味方がいない、と悟られたのでしょうか。こんなはずでは、とでも言いたげに唇をかむ理央君は、やむなく口を開きました。

 

 「・・・あなた、あの組織のやり口を知ってるでしょう?

 

 私が薬を研究して、監禁されてた製薬工場、とっくに処分されてるわ。

 

 新聞やニュースでやってるはずだもの」

 

 竜條寺君に視線を向けながら言う理央君に、しかし彼は態度を崩しません。

 

 「ああ、知ってる。なら、この話はおしまいだな。警察へ行くか。敦子には、引き取り先が見つかったとでも言っておくさ」

 

 「ま、待って!

 

 ・・・、そう、薬のデータよ!」

 

 煙草を携帯灰皿に押し付け、立ち上がろうとする竜條寺君に、慌てた彼女はそう口走りました。

 

 「薬のデータだぁ?お前、膨大すぎて覚えきれてないって」

 

 薬の制作者なら解毒剤の作成は可能かと問いかけたコナン君に、理央君が否を返したのはつい先ほどのことですからねえ。

 

 「あるかもしれない、いいえ、あるのよ」

 

 そう言って、理央君は組織にいたころに送ってもらった知人の写真データの入ったディスクを、返却の際に自分の手元にあった薬の部分的データ入りディスク(不幸なことに、見た目が同じだったようで)と混在して送ってしまった可能性があり、その送り先についての情報を話したのです。

 

 「竜條寺さん」

 

 「とにかく、確認してみるか」

 

 コナン君の言葉に、竜條寺君はうなずいて取り出したスマホに電話番号を打ち込んでから、阿笠博士に差し出します。

 

 「繰り返すが、この家の電話回線は盗聴の可能性があるから、俺のを使え。

 

 とはいえ、知らない相手が電話かけてきても、俺とあんたじゃ警戒度が違ってくるだろうからな。

 

 こういうのは、第一印象が肝心だ」

 

 ああ。見た目も声も、強面で子供には敬遠されそうな竜條寺君と、朗らかで優しげな初老の阿笠博士では、とっつきやすさが違いますからねえ。

 

 「それなら、オレに任せろよ」

 

 「ああ・・・確かに、随一の演技派が、そこにいたな。

 

 アドリブに弱そうな阿笠博士より、そっちがいいか」

 

 ニッと不敵に笑って、口元に蝶ネクタイ型変声機を当てるコナン君に、竜條寺君は改めてスマホを差し出しました。

 

 「夜分恐れ入ります。私は、阿笠と申します。広田教授のご自宅でしょうか?

 

 ・・・。

 

 実は、親戚の志保が、そちらに送ったディスクについて、お話がありまして。今、お時間大丈夫でしょうか」

 

 早速蝶ネクタイ型変声機を通して、阿笠博士に扮するコナン君が話し始めます。

 

 ものの数分で、それらしいディスクの在処を聞き出したコナン君は、それが宮野志保の仕事に関係するもので、至急取りに行くという約束を取り付け、そのまま通話を終了させます。

 

 「お前、詐欺師の才能あるぜ、絶対」

 

 「失礼なこと言うな!探偵なら、弁論術も身につけてなくちゃいけねえんだよ!」

 

 呆れたように言う竜條寺君に、ぱっぱと手早く身支度を整えるコナン君が言います。

 

 「竜條寺さん、場所は分かるよな?」

 

 「横浜なら車で3時間だな。いいのか?俺たち二人だけで」

 

 「保護者なら一人いりゃ十分だよ。先方にも、用事で行けないから代理人に行ってもらうって言っただろ?

 

 博士、急に押しかけてドタバタしちまって悪いな!」

 

 「いや、構わんよ」

 

 ひきつった笑みを浮かべる阿笠博士に、竜條寺君はちらっと理央君を振り向かれます。

 

 「ご苦労さん。あとは好きにしろ。敦子に迷惑だけはかけんなよ」

 

 「・・・私も、一緒に行くわ」

 

 「へえ?」

 

 「は?!」

 

 少し感心したような声を出す竜條寺君と、聞いてないというかのようなコナン君に、理央君はそのまま立ち上がります。

 

 「貝を決め込んで逃げるですって?決めつけないでもらえる?」

 

 むっとしたような顔で見上げる理央君に、竜條寺君は「そーかよ、好きにしろ」と肩をすくめただけです。

 

 対するコナン君は、警戒を解かぬまま険しい視線を向けましたが、結局何も言わずに、ただ玄関に向かいました。

 

 そんな彼らの後姿を見ながら、阿笠博士はぽつりと疲れたようにつぶやかれました。

 

 「・・・ワシ、何でここにおるんじゃろう?」

 

 そりゃ、あなたがこちらの家主だからですよ。

 

 いろいろ濃い方が参入なさったようですが、数少ない凡人枠として頑張ってくださいね。

 

 

 

 

 

 

 さて、結果は攻略本にも書かれてましたので、手短に。

 

 ざっくり言えば、出先の広田教授宅で殺人事件に遭遇し、お目当てのディスクも持っていかれた後でした。

 

 その事件は、竜條寺君を探偵役にしたコナン君が見事解き明かし、犯人から取り戻したディスクも警察からの精査を経てから返却されたそうです。

 

 が、あらかじめ竜條寺君が警告なさっていた通り、ディスクにはウィルスが仕掛けられ、組織外部のパソコンでデータを開封したと同時に、中身をまとめて吹き飛ばしてしまわれたそうです。

 

 竜條寺君がお持ちになられてた、オフライン・スタンドアローンのパソコンでやってなかったら、目も当てられない状態になられてましたね。

 

 

 

 

 

 とまあ、以上の経緯を持ちまして、元組織の幹部、毒薬製作者のシェリー君改め、1年B組転入生、湯川理央君が参戦なさってくれました。

 

 楽しんでいってくださいね♪

 

 

 

 

 

続くんかい!!じゃあ何だ、歴代犯人?!

めちゃめちゃグランドフィナーレ感出してたじゃん!





【ギスギス潜伏対黒の組織チームを邪悪に見守る、実質戦犯のナイアさん】
 大体コイツのせい。(トラブルの起点的意味で)
 ようやく参戦してくれた湯川理央ちゃん(原作における灰原哀)のやらかしの、原因の発端中の発端。
① 幼少の宮野明美さんの死亡後、蛇人間ハーフの新明美さんを紹介
② 新明美さんを、赤井さんが保護して、表向きは自殺したよう偽装する。
③ 原作より2年早く明美さんが退場したため、志保ちゃんの組織への反抗が早めに開始される。
④ 組織の監視が強化され、工藤新一の死亡データ書き換えも筒抜けの可能性が高くなった。
 という、極高死亡フラグの詰め合わせに発展する。
 やったね!難易度がイージーからハードモードに移行したよ!
 なお、まだルナティックではない。だって、零君や赤井君という、優秀だけど危険な人たちが参戦してきてないからね!
 そして、コナン君と竜條寺さんによる、理央ちゃんのつるし上げ大会をきっちり出歯亀。
 原作では緩衝材になってくれた阿笠博士が空気化しているうえ、やらかしのせいで周囲が危険にさらされているコナン君は原作よりも理央ちゃんに対する好感度は低くて、態度が悪い。
 本来ならいないはずの竜條寺さんは、ナイアさんとの会談以降腹をくくったか、率先して理央ちゃんの逃げ道を塞ぎにかかる。
 力を合わせるどころか、一緒に突っ走るコナン&竜條寺に、無理やりいうこと聞かされている理央ちゃんという、ギスギス話し合いをニヤニヤ見守る。
 もちろん、横浜の広田教授宅での殺人事件の解決もきっちり出歯亀。
 彼女は描写しなかったが、本来この事件で哀ちゃんの本音がコナン君にもこぼれ、共闘・心を許す切っ掛けとなるのだが、そもそも一番最初のとっかかりから最悪状態だったうえ、本音がこぼれるきっかけとなるお姉さんのことにコナン君が関わってないので、そんなことは微塵も起きなかった。
 ハードモードだからね!そう簡単に共闘できて、心を許しあえるわけねえだろ!いい加減にしろ!

【どうしてこうなった!と叫びそうになりながら、軌道修正を図った竜條寺さん】
 前回から引き続き、阿笠邸にて新規参入の理央ちゃんの話を聞く。
 とある雨の日に、途方に暮れた徳本敦子さんからのお電話に、どしたー?と訪ねていったら、ずぶ濡れダブダブ服の幼女がいて、大困惑。
 原作知識持ちゆえに、速攻正体を看破した。
 おい!なぜこいつがここにいる?!
 とっさに元の場所に戻して来い、と言わなかったのは、長年の忍耐力と演技力による。昔の職場のせいでストレス耐性は高め。
 もしかして、あっち方面の関係者?!と不安がる敦子さん(現役探索者)をどうにかなだめ、気が付いた理央ちゃんから、おおざっぱに事情を訊く。
 その時、雨に濡れてちょっと体調崩しているみたいだし、と敦子さんが気を利かせて病院に連れていこうとしたため、それなら知り合いの医者を呼ぼう、となり、成実さんが呼ばれる。成実さんなら、コナン君〈幼児化した人間〉のことも知っているし。
 その後、彼女の身の振り方を考えた時、竜條寺さんは面倒を見れないとなったため、敦子さんが身元引受人となる。
 なお、敦子さんはMSOについては知ってはいるが、組織云々の話は知らない。竜條寺さんも、昔マフィアだか暴力団だかにいて、今は危ないけれどまっとうな仕事(怪奇事件専門捜査官)をしていると思っている。
 この時、彼は理央ちゃんの脱走理由については聞いたものの、やらかしたデータ改ざんにまでは聞き及んでおらず、あの組織にいたなら監視についても考えてるだろうし、まさかそんなことしてねえだろ、と高をくくっていた。
 結果、工藤新一の周囲に死亡フラグがばらまかれ、監視網設置の可能性があるという、ハードモード開始の可能性をまんまと看過することになる。
 ゆえにこそ、阿笠邸で話を聞いた時に頭抱えた。
 あの組織のやばさ知ってるだろ?反抗してたって自覚あったんなら、監視の可能性考えとけよ・・・。お前には危険はないかもしれないが、他が殺されたら目も当てられねえだろうが・・・。
 結果、コナン君の理央ちゃんに対する好感度が原作の邂逅時点よりもかなり低いと察し、どうにか話を軌道修正するべく、自分を悪役配置して理央ちゃんを脅して情報を引き出す。
 ぶっちゃけ、彼は自覚している通り、自分とその周囲が一番大事なわけで、現時点で仲間の輪に入り切れてない理央ちゃんは、自分にとって不利益や危険をもたらしてくるなら、切り捨てる所存。ただ、冷徹にもなり切れないので、冷たくはしても完全に切り捨てることも難しかったりする。
 敦子さんから完全に引き離したり、組織で毒薬作ってた云々言ってないのは、そういう事情もある。
 後は、同じ元組織の幹部(しかも好きで所属してるわけじゃない)という、同情できる部分もあるので。
 ただ、だからこそ慎重に動かなきゃいけないというのも身に染みているので、実は当事者であるコナン君とほぼ同等に、彼女の勝手な行動を怒ってる。
 情報を得たら、コナン君と一緒に出動。
 この後の事件も、探偵役を務める。以前も言ったが、彼は武闘派で自覚もあるので推理云々はあまり得意ではない。
 邪神様との会談以降、グズグズしてたら全部邪神様に台無しにされる可能性がある、と気が付いてからは腹をくくった。なので、できる範囲はコナン君に協力していくつもり。
 もう少し、コナン君が余裕持てるようになったら、ピスコのことも告白して助けたいと頼み込んでみるつもりでもある。
 理央ちゃん?敦子に迷惑かけなきゃ好きにしてろよ。迷惑かけたら、正体と一緒に風見経由で公安に突き出してやるからな。
 ・・・なお、彼はその行動は邪神様のアウトゾーンに触れると知らない。
 潜伏組の最年長であるが、一番凡人的感性の持ち主であるため、ストレスも大変だろうことは想像に難くない。

【家主なのにおろおろして置いてけぼりワンサイドな阿笠博士】
 原作ではコナン君の頼れる協力者の大きな一人。
 でも、今作ではたよれる大人の数が大幅増員されているうえ、本来なら拾って居候にするはずの灰原哀ちゃんがいないので、かなり空気となっている。
 加えて言うなら、コナン君が冒涜的分野にも片足突っ込むようになったので、そこに踏み込ませてはいけないと線引きしたため出番が減った、少年探偵団の退場がそれに拍車をかけたという事情もある。
 いつも通り、コナン君のサポートメカやら他発明やらをごちょごちょ作っていたら、唐突にコナン君と同級生らしき幼女、あとはガタイのいい強面の外人男がやってきて、組織云々の話を始めた。とりあえず自分も無関係ではないし、と参加して話を聞く。
 が、間もなく、幼女の正体と事情を聞いて、さらに幼女のやらかしをコナン君たちに解説され、ワシそんな危ないことになってたの?!とビビった。
 基本的にいい人で、原作でも少年探偵団の保護者枠を務めていただけあって、面倒見もいいのだが、そんな危険に好き好んで首突っ込めるアドレナリンラバーではない。
 なので、理央ちゃんの保護者になる=危険がマシマシということを、ここまでの段階で察知してしまった。間違っても、もう保護者にはならない。そんな根性もない。他に引き取る人がいなかったら、考えないでもなかったが、引き取り先がいるならもう立候補はしない。
 その後、竜條寺さんとコナン君による、理央ちゃんのつるし上げ&脅迫大会を、おろおろしながら見守る。それしかできない。
 その後、情報を得て嬉々として手掛かり捜しに行くコナン君と竜條寺さんに、ふてくされながらついていく理央ちゃんを茫然と見守る。
 家主なのに、この仕打ち。
 今シリーズでの彼のポジションは、大体こんな感じになりそう。
 組織云々の内緒話できるロケーションって、限られるからね!しょうがないね!


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【#30】人魚の島美國島!旅は道連れ冒涜付随!

 アヤさんの話を書いてた時から思ってた疑問。
 APTX4869って幼児化云々言ってる割に、記憶とかはそのまんまなんやな。ということは、脳みそ内の細胞は薬の効果を免れてるということか?つまり、脳みその大きさとかは変わらんのか?
 それに、急激に大きくなったり小さくなったりって、細胞への負荷がやばない?そんなボンボン負担かけたら、うっかり癌とかできたりしない?
 もし、小児癌とか出来たら、元に戻るどころじゃないんだが?
 完成版解毒剤の副作用で病弱になったとかいう設定はよく聞くけど、幼児化中に癌とか腫瘍できちった♪ってのは聞かねえな。何でじゃろ?
 その辺どうなんですかね?哀ちゃん。
 ・・・などと作者のリアル職業がばれそうな心配をしてみる。
 そういった観点からも、コナン君は解毒剤乱用を控えるべきだと思う。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 長らくお待たせしました、ようやく薬の制作者こと、コードネーム:シェリー、本名:宮野志保、幼児化偽名:湯川理央君が合流してくれました♪

 

 いやー、長かったですねえ!

 

 しかも本来なら、阿笠博士宅に居候して灰原哀と名乗るはずが、いろいろトラブルが重なった結果、竜條寺君の彼女さんになる徳本敦子君のお宅に居候して湯川理央なんて名乗ることになりましたしねえ。

 

 加えて、理央君、なんか薬の被験者のデータをいじくって、それが絶対に筒抜けになってるだろうとかって糾弾されてましたし。可哀そうに。

 

 おや、何他人事調子に言ってんだ、お前が元凶の一端だろうが、ですか?

 

 何かしましたかねー?

 

 いやですねえ、皆さん!私がやったことは、お子さんを亡くして精神的に不安定な女性(当時妊婦)とそれを支える旦那さんのご夫妻に、身寄りのいないお子さんをご紹介したこと、理央君を追い回す謎の女をシャンタク鳥のおやつにしてあげたくらいじゃないですか。

 

 いえ、むしろ無事理央君が参入できる足掛かりを作った私は褒められてしかるべきでは?

 

 え?どうせ、次の騒動の火種にする気なんだろ、とぼけるなクソ邪神?

 

 もちろんです!赤井君が参入した時には、彼があの怒った顔を全開にして、ガトリング砲を持ち出したくなるようなとびっきりのシナリオをプレゼントするつもりですからね!

 

 皆さんもぜひ、楽しみにしててください!

 

 

 

 

 

 ところで。

 

 理央君の参入から数日、コナン君が妙に疲れた顔をなさっているんですよ。

 

 隠そうとはなさっているんですが、多分、つけられているだろう組織の監視網をあぶりだそうと、必死にあれこれやっていると思うんですよねー。

 

 最近は、槍田探偵事務所に行くのも控えられて、あれこれと工藤新一周囲の人々を見て回られているようです。

 

 特段目立つ変化はないらしいのですが、油断できないようですね。

 

 とはいえ、彼も人間です。このままでは、心身を壊してしまいかねません。

 

 彼の保護者として、一つここは心身をリフレッシュさせるべく、旅行にでもお連れしましょうか!

 

 よさげなネタ、ゲフンッ、面白そうなシナリオ、ン゛ン゛っ、とにかく、少し田舎の離れ小島に行ってみようじゃありませんか!

 

 え?絶対リフレッシュじゃなくて、クラッシュにしかならない事件を起こす気だろう、ですか?

 

 ひどい・・・せっかく、彼のことを思って企画したのに・・・!(ウルウル)

 

 これっぽっちも信用してくださらないなんて、あんまりです!

 

 え?だったら、そのニチャァッて邪悪な笑みを隠せ?フフッ、すみません。想像しただけで、笑みがこぼれてしまって。

 

 コナン君、今度の連休は遠出しますから、予定をあけておいてくださいね~♪

 

 行先は、福井県の美國島ですよ!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その日、東都有数の大病院は休日ということで外来はしまっていたが、成実はちょっとした職権乱用で、そこの機材とスタッフを拝借して、非公式の定期検診を実施していた。

 

 対象は、新たに出現した幼児化した少女、湯川理央である。

 

 結果の数値や画像データをひとしきり確認した成実は、丸椅子の上で淡々と結果待ちをする少女に「問題なし」を言い渡した。

 

 すでに、幾日も前に同様の検査を行い、同様に問題なしを言い渡されたコナンも、少し離れたところにいる。

 

 「できれば、君たちの主治医は私が担当するわ。

 

 それから、定期検診もしてもらった方が、より安心できるかな」

 

 「・・・問題なしなら、その必要はないんじゃない?

 

 マウスでの実験でも、幼児化個体に他の異常は見られなかったわ」

 

 不服そうな口調で、理央が口をはさむ。

 

 彼女からしてみれば、自分の作った薬が、幼児化以上に問題を引き起こす、トラブルの集大成扱いされているのだ。不服を覚えざるを得なかった。

 

 「今異常はなくても、今後はそうとは限らないわ。

 

 癌の一つの原因には、細胞分裂における、遺伝子複製の失敗が要因にあげられているの」

 

 強い口調で成実が言う。

 

 「細胞が分裂する際、核内部の遺伝子情報は複製され、その後、核の分裂とともに細胞質や他細胞小器官も二つに分けられて細胞分裂は完了する。知ってるわよね?

 

 けど、遺伝子情報の複製は、完璧じゃない。たまにバグを引き起こすの。

 

 もちろん、そのバグを修復する機構も、人間は兼ね備えているけど、それが修復されなかった場合、癌などの腫瘍になる場合がある。

 

 幼児化なんて、細胞や遺伝子そのものに負担がかかっているでしょうに、今が無事だから、今後が大丈夫なんて、どこにも保証はないわ。

 

 その幼児化したってマウス、その後の経過観察をした?」

 

 「・・・幼児化のことを隠すために、処分したわ」

 

 ぽつりと言った理央に、それ見なさい、と成実は軽くため息をつく。

 

 おかげでコナンは助かったかもしれないが、だからと言って、今後を見逃す理由はどこにもない。

 

 「今は大丈夫でも、今後は分からない。癌や骨肉腫の早期発見にもつながるから、定期検診はした方がいいわ。

 

 ・・・とはいえ、コナン君や君の様子から、脳までは影響がいってない・・・つまり、中枢神経は無事ってことかしら。

 

 未知の薬だから、まだまだ分からないことの方が多いわね」

 

 つらつらといった成実に、コナンが顔を引きつらせている。

 

 今更ながらに、癌などの可能性に思い至ったらしい。

 

 「とにかく、今日はもう大丈夫だから、帰っていいわよ。

 

 あ、コナン君はちょっと残ってくれる?そんな顔しなくても大丈夫。プライベートの話だから」

 

 微笑みながら言った成実に、理央はひょいッと丸椅子から飛び降り、そのまま出ていく。コナンはといえば、怪訝な顔をしながら成実のそばに歩み寄った。

 

 「なぁに?プライベートの話って」

 

 「うん。たいしたことじゃないんだけど、今度の連休、暇だったら一緒に旅行に行かない?」

 

 「旅行?」

 

 「ええ。いろいろ事件とかあったから、気分転換になればって。

 

 私と先輩の仕事ついでだけど」

 

 「・・・それ、本当はボクが一緒に行くのはまずいやつなんじゃない?」

 

 少し顔色を悪くして言ったコナンに、成実は笑って首を振った。

 

 もちろん、そんなことであれば、最初からコナンを誘わない。大丈夫と判断したから誘ったのだ。

 

 「まさか。うーん・・・何て説明したらいいのかしら。

 

 ええっとね、すごく簡単にざっくり言ってしまうと、あっち側に関連深い人たちの集落があってね、基本的にひっそり暮らしてて害はないんだけど、万が一があっても困るから、年に一回ぐらいの割合で、私たちみたいなのが様子見に行ってるの。

 

 で、今回は私たちがその当番に当たって、様子見に行くことになって。

 

 何か起こったって前例もないし、まず大丈夫だろうから、視察ついでに観光しようって」

 

 「へー・・・」

 

 「だから、ちょっと友人とか誘って、ついでにみんなでわいわい旅行しようってことになって。

 

 どうかな?」

 

 いいなあ。とっさに喉から出そうになった言葉を、コナンは済んでのところでかみ殺した。

 

 もちろん、そんな楽しそうなこと、誘われたのならぜひ一緒に行きたい。ただ、それはできない。

 

 「ごめんね。次の連休、先約が入ってて・・・」

 

 そう、次の連休は出かけると、コナンは保護者邪神〈手取ナイア〉に言い渡されていたのだ。

 

 何か起こると決めつけるのはよくないが、あの邪神がただの旅行に出かけるとはどうにも考えづらい(新幹線の例がある)。そして、何か起こるなら、それを食い止め、被害を極小にするのが、知っているコナンの務めだろう。

 

 「そっか・・・まあ、また機会があったら、一緒に出掛けようね。

 

 後、困ったことがあったら連絡してね。力になるから。

 

 もちろん、お土産買ってくるから、楽しみにしててね!」

 

 「うん!ボクもお土産買ってくるね!」

 

 にっこり笑った成実に、コナンもまた笑みを返した。

 

 組織に監視されている可能性があるとはいえ、頼れる大人がいるというのは、それだけで肩の力を抜きやすいものだ。

 

 コナンにとっては、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 いやー、潮風がいいですねー。

 

 お天気も快晴、ちょいと波高しですが、許容範囲でしょうねー。

 

 ここは若狭湾の一角に浮かぶ孤島、美國島へ向かう連絡船の甲板です。

 

 おや、なぜか空気が重苦しい?気のせいでは?

 

 「こ、コナン君、何でここに?」

 

 「そ、それはこっちのセリフだよ?!」

 

 「あ、どうも、成実先生。松井さんも。お二人も、“儒艮祭り”へ参加を?

 

 楽しみですよね!」

 

 面食らった様子の成実君に、同じく驚いた様子のコナン君をしり目に、私はにこにこと挨拶して見せます。

 

 「・・・今度は何を引き起こす気だ」

 

 「何の話です?私は確かに、最近探偵なんてやってますが、本職はしがない古本屋の店主です。そんな、テロリストじゃあるまいし。

 

 あ、むしろ探偵を本職にされている方でしたら、何か起こるかご存じかもしれませんよ?」

 

 低い声で唸るように尋ねてこられる松井君に、私はコテンと首をかしげて見せます。

 

 フフッ。ネタバレはあなた方プレイヤーにしてあげませんよ。がんばってくださいね♪

 

 「陣矢君?何かあったの?」

 

 おや、お久しぶりですね、蓮希君。

 

 大分SANが危ういというのに、参戦ですか?引退なさったと思ってたのですが。まあ、元PCが別セッションでNPC参戦することもありますしね。参戦するからには頑張っていただきたいですねえ。

 

 「は、蓮希・・・」

 

 「あれ?その人、前に・・・あ・・・」

 

 私の方に視線を向けられるや、顔を伏せて悲しげな顔をされる蓮希君。

 

 ああ、直接お会いしたのは旗本一族の事件でしたね。で、その後ご友人が一人亡くなられてますから・・・まあ、無理もありませんか。

 

 「おや、どうなさいました?大丈夫ですか?」

 

 「あ、いいえ。なんでもないんです。すみません、自己紹介が遅れました。

 

 設楽蓮希といいます。ヴァイオリニストを務めてます。陣矢君のご友人ですか?」

 

 気を取り直すように微笑まれる蓮希君に、私も礼儀正しく挨拶を返します。

 

 「これはご丁寧に。私は手取ナイアと申します。古書店『九頭竜亭』店主の片手間、探偵を務めさせていただいてます。

 

 松井君とは・・・そうですね、よい友人でありたいものですね」

 

 おや、松井君が誰が貴様なんぞと言わんばかりの鋭い視線を向けてこられていますよ。あんまりひどい顔をしていると彼女に嫌われますよ?

 

 加えて言うなら、そのそばにいらっしゃる成実君とコナン君すら、よく言うなお前と言わんばかりの呆れた視線を向けてきています。なぜでしょうねえ?

 

 おや、少し離れたところでブウッと噴き出す音が聞こえました。

 

 振り返ってみると、盛大に顔をひきつらせた竜條寺君がいらっしゃいます。

 

 「ど、どどどど、どういう状況だこれは?!」

 

 「見ての通りだ」

 

 「ええっと・・・竜條寺さんも、ナイアさんのこと、ご存じなんです?」

 

 端的に言い放たれる松井君に、成実君が口を挟まれます。

 

 重々しく頷かれる竜條寺君は、即座に周囲に視線を走らされます。

 

 「・・・来てるの、お前らだけか?」

 

 「寺原は体調崩して、キャンセルだ。藍川はその看病だそうだ。

 

 羽賀は元々仕事で来れてねえ。

 

 槍田も何か別件で来れてねえ。代わりに、別の奴が来ている。この島に関連する依頼が入ったらしい。現地集合だ」

 

 松井君の言葉に、なーんだとちょっぴり残念に思いました。

 

 ふうむ?しかし、彼の言葉草からは、新規参戦の方がいらっしゃるようですね?楽しみです♪

 

 「ええっと、竜條寺さん、休暇中だったんじゃあ・・・?」

 

 「ああ。休暇取って、敦子の取材旅行に付き合ってたんだ。こんなの想定外だ。

 

 勘弁してくれ・・・」

 

 おや?敦子?ということは・・・。

 

 「竜條寺君、どうしたの?

 

 あれ?松井さんと成実さんに・・・ええっと、どちら様ですか?」

 

 黒髪をおかっぱ頭にした、そばかすの女性・・・言っては何ですが、地味な感じの女性が、竜條寺君の背後からひょこんと姿を現します。

 

 ああ、彼女が噂の徳本敦子君です。そして同時に。

 

 「ああ!潮路敦紀先生ですね!私、大ファンなんです!

 

 サイン・・・ああ!なんでこんな時に限って色紙とか『塩の孤島』の単行本持ち歩いてないんですか!

 

 握手!握手、お願いします!」

 

 ええ、私、彼女の本の大ファンなんです!

 

 デビュー作の『塩の孤島』から、今連載中の『ダークサーチャー』シリーズまで、きっちりフォローしているんです!

 

 大分アレンジしてますが、冒涜的な方々のシーンとかもあったりと・・・。

 

 多分、MSOの方も彼女をフォローしてるんじゃないですかね?もろまずいネタとか入ったら、多分検閲が入ったんじゃないですかね?

 

 「え?え?な、何で、その・・・」

 

 「以前、米花ショッピングモールの本屋で、サイン会をしてたじゃないですか!あの時はこちらも忙しくて参加できなかったんです!」

 

 目を白黒させる敦子君に、うきうきと私は手を差し出します。

 

 「は、はあ・・・ええっと、私のようなものの作品を読んでもらって、ありがとうございます」

 

 「いえいえ!これからも頑張ってください!応援しています!」

 

 おずおずと差し出された敦子君の手を取って、そのままポンポンと弾むように握手します。

 

 ほっそりした女性ならではの手ですが、ペン胼胝の目立つ物書きの手をされてますねえ。

 

 「はあ・・・あの」

 

 「はい?」

 

 「ひょっとして、あなたは、神様ですか?」

 

 おやまあ。彼女、【クトゥルフ神話技能】でクリティカル出しましたね?

 

 ポロリと言った敦子君の言葉に、ガチンと周囲が音を立てて硬直されてます。

 

 「何でお前、そんなこと見抜いちまうんだよぉぉ・・・」

 

 と竜條寺君が頭を抱えられています。

 

 「え?え?え?」

 

 シパシパと目をしばたかせる蓮希君以外、全員が硬直する中、そんな空気を切り裂いた人間がいました。

 

 「何やってるの?敦子さん」

 

 「あ、理央ちゃん」

 

 呆れたような声を出す理央君に、敦子君が我に返ったように言いました。

 

 「フフッ。神様ですか。それだけ浮世離れして見えましたか?」

 

 「はあ・・・ええっと、その、ご期待に応えられるよう、これからも頑張っていきます」

 

 肯定も否定もせずに、ちょっと茶化すように言って見せると、彼女も困ったようにそう返してくれました。

 

 「敦子さん、あなたね・・・あなたが夜更かしと朝寝坊の常習犯で、部屋が本に埋もれるほどの活字中毒者で、時々変なこと口走ったりするのは分かったつもりだったわ。

 

 でも、初対面の女性を神様呼ばわりっていうのはどうかと思うわ」

 

 呆れと軽蔑をないまぜにした視線を送ってくる理央君に、「あはは・・・」と誤魔化し笑いを口にされる敦子君。

 

 「あなたも、よくこんな変な人と付き合えるわね?」

 

 「その変な人に保護者してもらってるガキが、よく言えたもんだな」

 

 どうにか立ち直った竜條寺君に、そのまま視線をシフトされる理央君。

 

 「・・・おめーも来てたのかよ」

 

 「悪い?」

 

 「しょうがねえだろ。敦子が担当さんに言われてきた取材旅行で、コイツだけ置いていくわけにもいかねえだろ。

 

 外聞的にもな」

 

 不服そうなコナン君に、ツンと冷たい視線を返す理央君に変わって、竜條寺君が答えました。

 

 最後の部分は、コナン君というより、何事か口をはさみかけた理央君に対しての返答でしょうが。

 

 「取材旅行だぁ?またか!」

 

 「ええっと・・・はい、“また”なんです」

 

 松井君の呆れた声に、おずおずと敦子君がうなずかれています。

 

 ええ、彼女、小説の題材にする取材旅行先で、しょっちゅうセッションに参加する羽目になって、その際に松井君たちと顔を合わせられてますからねえ。

 

 「ははは・・・せっかく視察ついでの旅行で、何にも起こらないだろうって思ってたのになあ・・・儚い夢だったなあ・・・」

 

 乾いた笑いで遠い目をされている成実君。そんなことをしても現実は何一つ変わりませんよ?潔く、セッションに参加なさってくださいな♪

 

 「あいつの担当、どうなってんだ?その手のセンサーか何か搭載してんのか?」

 

 「んなことない、はずなんだがなあ・・・」

 

 ひそひそと小声で話し合われる松井君と竜條寺君。残念ながら私には丸聞こえですがね。邪神ですからね!

 

 おおっと、そろそろ船が島につくようですよ!下船の準備をしましょうか!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「やあ!先に来てたよ!

 

 ・・・どうしたんだい?ずいぶんげっそりしてるけど」

 

 茶髪をショートにしてイヤホンで音楽を聴いていた、ボーイッシュな格好の女性が、サングラスをずらしながら、我々の前に立ってこう言い放ちました。

 

 彼女こそ、槍田探偵に変わってこの島の調査に訪れていた探偵です。

 

 名前を越水七槻〈こしみずなつき〉君と言います。彼女、以前とあるセッションで槍田探偵と一緒にシナリオをクリアされてからは、彼女の事務所に所属という形で活動されています。主に、遠方すぎる依頼や、槍田君が手が回らないような依頼を、彼女の代理で解決に行っています。

 

 「何でもねえよ・・・」

 

 「やめとけやめとけ。精神すり減らすだけだ」

 

 げんなりした様子を隠しもしない松井君と竜條寺君に、怪訝そうにしながらも七槻君も頷かれます。

 

 「そんじゃ、俺たちは御暇させてもらうぜ。

 

 面倒は勘弁してくれ。いいな?敦子」

 

 「うん。荷物を旅館に置いたら、まずは神社に行きたいの。巫女さんとかから、この島の伝説について、もっと詳しく聞きたいし!」

 

 「そっかー・・・そうだな・・・取材だもんな・・・」

 

 荷物を担ぎ上げて歩き出す敦子君に、それはフラグだ・・・と言いたげな顔をされる竜條寺君と、退屈そうな顔を隠そうともせずに、そのあとに「じゃあ」という短い挨拶を残して理央君が付いていきます。

 

 「では、コナン君はどうされますか?」

 

 「え?」

 

 「おや、伝えてませんでしたか?この島に来たら、私は友人に会いに行くので、君にはちょっと退屈になるかもしれません。

 

 ですが、ここにはご親戚の松井君がいらっしゃいます。

 

 夜に旅館に戻ってくればいいので、お昼間は好きにしてくださって全然大丈夫ですよ?」

 

 「わ、わーい・・・そーするよー・・・嬉しいなー・・・」

 

 せっかく気を利かせて言ってあげたのに、コナン君とくれば微妙にひきつった顔で棒読み調子で返されて、いかがなさったのでしょう?

 

 え?最初っからこのつもりだったんじゃないかって?コナン君もきっとそう思ってる?

 

 もちろんです!私がそばにいたら、緊張でダイスロールも失敗するかもしれませんからね!やはりセッションは自然体で挑むのが一番でしょう!

 

 「それでは失礼します。

 

 コナン君のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね」

 

 一礼して、その場を後にします。

 

 では、頑張ってくださいね♪

 

 「そんじゃ、俺たちは越水の調査を手伝うとするか」

 

 「え?えっと、松井さんたちの仕事は?」

 

 「んなもん、観光ついででいいんだよ。調査しとけば自然と分かる」

 

 「ええー・・・いい加減じゃない?」

 

 困ったような顔で口をはさむコナン君に、苦笑しながら成実君が言ってます。

 

 「まあまあ。以前も言ったけど、今回のは本当に遊びついでにかたづくような内容だから、気にしないで」

 

 「悪いな、蓮希。せっかくの旅行で」

 

 「ううん。私も何か手伝いになれるかもしれないし。

 

 それに・・・」

 

 「それに?」

 

 「なんか、ワクワクするじゃない?探偵ごっこみたいな感じで。

 

 ちょっと、不謹慎だけどね」

 

 舌を出していたずらっぽく笑う蓮希君に、彼らの目元が緩み、空気が和まれます。

 

 何ですかー!私が場を離れるや、そんな和気あいあいとなさって!うらやましい!

 

 いいですよいいですよ!ふんだ!人気のない場所へ行って、呪文≪消滅≫発動!『九頭竜亭』へ移動!

 

 ショゴスさん!お茶とお菓子!飲まずにはいられない!

 

 

 

 

 

次回!続かずにはいられない!





【美國島への旅行ついでに新規セッション参加を計画したナイアさん】
 大体コイツのせい。
 コナン君が組織の監視網を割り出そうと四苦八苦しているのを見て、たまにはリフレッシュしようぜ!とばかりに連休を利用して福井県の美國島への旅行を計画する。
 もちろん、リフレッシュどころかあわよくば心身ともにクラッシュする気満々。そしてその模様を見て、メシウマする気満々。
 連絡船の甲板にて集う探索者たちの、ブッキング模様にニヤニヤする。
 いやあ、偶然ってすごいですね!
 もちろん、彼女は何事もないだろうと高をくくっていたMSOの二人の楽しい旅行計画も知っていた。そのうえでぶち壊した。
 ・・・ただ、彼女の観点からすると、事件が起こりそうな感じになったので、コナン君を連れて行こうかという程度。MSO側の視察の時期が重なったのは、偶然。でも、それをも利用する。
 徳本敦子さんこと、潮路敦紀さんの本の大ファン。割とマイルドだったり、アレンジ利かせてたりするが、神話事件絡みの話が多いので。
 探索者としても作家としても応援しているからね!がんば!
 ・・・なお、正気の人間に初対面で邪神と見抜かれたのは手取ナイアとしては初めて。
 敦子さん、探索者としてはまっとうなことを言ってるのに、一般人から見ると頭がおかしい人に見える。不憫だなあ。(探索者なんて、そんなもんです)
 なお、島に到着後、セッションを楽しむためにコナン君を松井さんに渡して、離脱した。
 自分が離脱するなり和気あいあいとし始めた探索者たちにすねた。
 ふんだ!いいもんいいもん!私は私で楽しむもんね!
 ・・・これでも、最低最悪の邪神である・・・はず。

【ピリピリ警戒中でも暫定保護者には逆らえないコナン君】
 前回からのあれこれで、おそらく周囲に仕込まれたであろう、組織の工藤新一探査用警戒網を特定しようと、あれこれと動き回る。
 うかつに接触持ってしまうと、さらに怪しまれるかもしれないと、槍田探偵事務所にもしばらくいけないという旨の連絡は入れている。
 ちなみに、正体がばれてからは、積極的協力はできないけど、黒ずくめの連中に関する情報が入ったら、お知らせくらいはするからね、と事務所のメンバーには言ってもらった。
 ありがとう。それだけでも十分。
 後日、検査を行う理央ちゃんに同行。彼女の心配をしなかったわけでもないが、万が一があれば、コナン君も再検査にもなったので。
 成実さんの指摘に、あ・・・その可能性あった・・・と思い至った。
 それもあって、解毒には原作以上に慎重になっている。元の姿には戻りたいけど、ハイリスクを進んでひっかぶりたいわけじゃないので。
 旅行に誘ってくれた成実さんに感謝。自分も行きたかったけど、邪神様から先約を入れられてた。
 あいつが何かやらかす気なら、止めるのがオレの仕事だ。・・・そこで、それを成実さんに言おうとしないあたり、まだまだ背負い込み癖が直っていない。
 でも、ナイアさんに連れられて乗った旅行先の連絡船では、旅行に行ったはずのいつものメンバーと鉢合わせ。
 何でここに?!あのクソ邪神、全部知ってやがったな?!
 徳本敦子さんとは、実は初対面じゃない(#26前半で語られた満天堂の新作ゲーム発表会の爆発事件で共同捜査している)
 でも、冒涜的分野にも片足突っ込んでるっぽいのは初めて知った。
 ハイテンションで握手を求める邪神に応じながら、爆弾落としたダークファンタジー作家に真っ青になって硬直した。
 竜條寺さん、あんたの彼女何なんだよ?!
 島に上陸したら、唐突な邪神の離脱宣言に困惑。同時に、最初からこうするつもりだったかこの野郎、となる。
 まあ、邪神と一緒にいるより、松井さんたちと一緒に探偵の仕事をこなした方が万倍マシ。
 七槻お姉ちゃん、蓮希お姉ちゃん、よろしくね!

【福井県美國島集合!の探索者たち】
 メンバーはいつもの松井さん、成実さん、竜條寺さんに加え、継続探索者として設楽蓮希さん、新規参戦組として徳本敦子さん、越水七槻さん。
 湯川理央ちゃんの名前がないのは、彼女はNPC参戦であるため。
 なお、島への来訪目的は以下の通り。
 松井、成実、蓮希・・・松井&成実はMSOからの仕事で島の視察任務があり、そのついでの旅行で蓮希さんを伴った。
 竜條寺、敦子・・・敦子さんの小説のための取材旅行。竜條寺さんは休暇で彼女の付き添い兼ボディーガード。居候の理央ちゃんも同行。
 七槻・・・槍田郁美に入った依頼の代理調査のため。
 松井さんたちからしてみれば、今回は久々の低難易度調査であり、骨休みを兼ねた旅行だった。
 連絡船に邪神様が乗り合わせた時点で、骨休みが骨砕きに強制変更となったのを悟る。
 敦子さんは、原作コミックス5巻『山荘包帯男殺人事件』に登場。本編2年前に自殺済みの、事件のきっかけとなった女性です。詳しい経緯は外伝で語っていますので、ここでは割愛します。なお、♯25に追記したとおり、アニヲタwikiにて徳本という名字で乗っているので、こちらでもそれに合わせておきます。原作コミックスでは苗字がなかったと思うんですがね。作者の勘違いでしょうか?
 ちなみに、彼女は以前も別セッションに何度か参加し、その際にMSOの面子と顔を合わせたことがあるので、そういう組織があるのは知っている。(彼氏も在籍されてるし)
 そして、諸事情でカスステとクソ技能持ちのくせに【クトゥルフ神話技能】は高めでSANチェック用ダイスがボイコットを決め込んでいるという、バグっぷりを誇る。(赤井さんと違うのは、彼はバリバリ単騎で生き残れるのに対し、彼女は発狂しない代わりに物理的にめちゃ弱い)
 高めの神話技能のせいで、初見でナイアさんの正体を見抜いて、パーティーを阿鼻叫喚に叩き落す。悪気はなかった。
 越水七槻さんは、原作コミックス54巻『服部平次との3日間[2]』に登場してました。本シリーズでは槍田探偵事務所所属の探偵。
 以前別セッションに参加したことをきっかけに、槍田探偵事務所に籍を置くことにした。
 ・・・なお、彼女は原作における仇敵をいまだに探し続けており、事務所に所属しながらも、全国各地を飛び回っている。それもあって、今回までコナン君と面識がなかった。
 彼女が任せられた依頼内容については、次回で!


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【#31】人魚の島美國島!事件の始まり始まり~♪

 本編進行から考えたら混ぜなくてもいいような気もする、久々の冒涜的事件編です。
 以前も書きましたが、コナンの事件ってうまく転用したらクトゥルフ的事件へ発展させられる事件が多いんです。今回の事件もたまたま思いついたということで。
 劇中で登場している、冒涜的伝説は、私が適当に考え付いたものです。どっかのあれとネタ被りしてたら申し訳ないですが、どうかご容赦を。
 ・・・島の人たち、知ってたっていうなら、お墓参りぐらいしてあげてもよかったんじゃないかな?だから、自分一人が頑張らないと、って原作の君恵さんも思いつめるんですよ。
 禄郎さんも、言い寄るだけじゃなくて、君恵さんの苦悩を分かち合う姿勢ぐらい見せてあげなよ?そんなだから、最後一人取り残されるのですよ?
 冒涜的にはしますけど、できるだけ明るくしていこうと思います。
 今回は、シティーシナリオ系にありがち、事件前に観光にかこつけてあちこち調べておこうぜ的パートです。



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやー、やっと来ましたよ、美國島。

 

 この島のある福井県は、八百比丘尼伝説発祥の地ですし、いろいろ曰くもあるので、時々視察していたんですが・・・フフッ。

 

 だいぶ前に事件の仕込みをしたところが、そろそろいい感じになりそうだったのでコナン君もつれて、ついでに冒涜的事件に引力を感じられる探索者の皆さんも一緒に島を訪れてみました!

 

 そろそろ、毎年恒例の“儒艮祭り”が開催される時期ですしね。

 

 いやー楽しみ楽しみ♪

 

 ・・・別に気にしてませんよ。

 

 ちょっと仕込みの具合も確認しようと思って、離脱した途端に和気あいあいと始められる探索者たちなんて。

 

 これっぽっちも!気になんて!してませんから!

 

 

 

 

 

 え?毎度のことながら、今度はお前何やらかした?ですか?

 

 全部ばらすと興ざめしそうなので、今はまだ秘密にさせてくださいね♪

 

 いやー、私としては、ボヤ程度のつもりだったんですよ?まさかこんなになるとは思ってもなくて。

 

 え?嘘つけ、絶対炎上させるつもりだったろ?ですか?

 

 おや、皆さん。私が人ごみ紛れて悪意をささやいて、邪悪を混ぜ込もうとしているのは周知のことでしょう?

 

 そこに包丁があったら、持ち方を手取足取り教えて、ついでに軽く殺意を持っている方がいらしたら、それを使えば悩みの種も刻めますね!とニッコリ言ってあげるのが邪神式お節介というものです!

 

 私ってば、何たる大阪おばちゃん味あふれる邪神なのでしょう!褒めてくださいどーぞ!

 

 え?軽蔑しかできねえよクソ邪神?

 

 ・・・最近思ったのですが、私と皆さんの感性って、意外とずれてるんですね?がっかりです。

 

 え?当ったり前だ、邪神のアホンダラ?

 

 もう呼吸するように罵倒されるんですねえ。いつか、その罵倒が命乞い交じりの礼賛になることを期待していますよ(ニタァッ)。

 

 

 

 

 

 さあて、冒頭邪神トークはこの辺りにしておいて、そろそろ本編に行ってみましょうか!

 

 セッション参加プレイヤーは、ご存じ江戸川コナン君、松井陣矢君、浅井成実君、竜條寺アイル君、復帰プレイヤーとして設楽蓮希君、新規参戦組として徳本敦子君、越水七槻君の合計7名に、NPC枠に湯川理央君です。

 

 あ、ちなみに理央君をNPC参戦換算しているのは、彼女、どうもこちら側の耐性がないみたいなんですね。

 

 つまり、SANチェックする羽目になろうものなら、即発狂か現実逃避し続けるタイプです。

 

 あのSANチェッカーのようなお姉さんがいたというのに!何とも面白味に欠ける子ですねえ。ま、彼女自身をいじるより、彼女をネタに赤井君をからかった方が数倍面白そうだから、別に気にしてないのですが。

 

 がんばってくださいね♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、港から少し離れた場所です。

 

 自販機とベンチが並べられた、よくある休憩所ですね。

 

 そこでコナン君、松井君、成実君、蓮希君は七槻君の依頼に関する情報共有をしているそうです。

 

 あ、ちなみに七槻君の依頼というのは槍田探偵事務所に届けられた手紙です。

 

 何でも、震える字で「このままじゃ人魚に殺される。助けて」と書かれてあったのだとか。詳細を聞こうと電話をかけたら、無言が何度も続いた挙句、最後に聞こえたのが、うめき声と潮騒で、以降はつながらないという、好奇心を掻き立てられそうな結果に終わったそうです。

 

 ・・・ちなみに、槍田探偵事務所はオカルト方面の依頼も引き受けることで、そちらの分野では割と有名です。

 

 槍田君も多分、ごく普通の事件か、神話事象関連か、相当迷われたでしょうね。だからこそ、経験者でもある七槻君をよこされたのでしょう。

 

 で、当然情報共有の後は、行動指針の見定めになりました。

 

 まずは宿泊先に荷物を置いてから、依頼人の門脇沙織君に会いに行こうとなり、彼女のご自宅を訪ねるべく、役場へ向かわれたようです。

 

 何しろ、相当焦って書かれたのか、手紙には電話番号しか載ってなかったようで。

 

 

 

 

 

 ・・・ま、もう彼女、彼らに会うどころじゃないんですけどね。

 

 

 

 

 

 で、島の役所でも行方不明ということを聞いた彼らは顔を見合わせています。

 

 そして、沙織君の幼馴染の女性が巫女さんをやっているという神社の話や、この島でもうすぐ行われる儒艮祭りについて聞いた彼らは、神社へ向かうことになりました。

 

 

 

 

 

 さて、プレイヤーチェンジで、竜條寺君と敦子君、理央君の3人組を見ていきましょうか。

 

 一度宿泊先の旅館に荷物を置かれた彼らは、その足で役場の隣にある小さな図書館へ向かわれました。

 

 おや?神社に向かわれるのでは?

 

 ああ、なるほど。敦子君は小説家の仕事で、あらかじめこの島について下調べされているようですが、裏取りをしておきたかったようです。

 

 神社より、図書館の方が地理的に近いので、先にこちらを済ませようと思われたようです。

 

 敦子君が調べるのは、3年前にあったという、こちらの神社の火事についてですね。地方紙ならネットよりも詳しいことが載っているかもと期待なさったようです。

 

 神社の火事、と記しましたが、正確には神社の蔵で起こった火災で、火元は観光客の不審火、中から身元不明の遺体が見つかったそうです。下半身のない、骨だけの姿で。

 

 地元の伝説も相まって、人魚の死体、なんて呼ばれているようで。

 

 おや、敦子君、【アイデア】ロールですね。

 

 「・・・人魚の死体、というわけでもないかもね。たとえば、膝立ちみたいに足を折り曲げた状態で何かに押しつぶされたら、下半身も砕けるよね。蔵だから、柱とか重い荷物とかあっただろうし。遺体が火に当たってたら、骨ももろくなるだろうし」

 

 口元に手を当ててブツブツという敦子君に、理央君がまた始まった、と言わんばかりのジト目を向けています。

 

 敦子君、満天堂の事件のアシストをしただけあって、かなりの推理力も持ち合わせているのですが、人目をはばからずこうしてブツブツ考え込まれることも多いんですよ。集中力もずば抜けていらっしゃいますし。

 

 典型的底辺オタク、いわゆるナード的人種ですね。

 

 「人魚はいるわよ」

 

 そんな敦子君に声をかけられた方がいました。黒髪をショートにした、仏頂面の若い女性ですね。

 

 「あなた、外の人でしょ?いるのよね。何かにつけてあり得ないって理屈付けしたがる人。

 

 でも、この島の伝説は本当。命様は、人魚の肉を食べた、本物よ」

 

 短く淡々としたものながら、力強く彼女は断言されます。

 

 「・・・あんたは?」

 

 「黒江奈緒子。そこの土産物屋で店員をしてるわ。興味があったら、また覗いてちょうだい。じゃあ」

 

 竜條寺君の問いかけに、短く名乗った彼女は踵を返します。

 

 「・・・とにかく、ここの調べ物は終わったから、次は神社ね。

 

 ここの人魚伝説、よそとは一味違うみたいだから、楽しみ!」

 

 新聞をたたんで片付けながら、気を取り直したようににこにこと笑う敦子君に、うんざりした様子で竜條寺君が呻かれます。

 

 「・・・人魚ね。どっちかってーと半魚人のほうが嫌だな、俺は」

 

 おや、竜條寺君。インスマスのこともご存じで?ご職業を考えれば無理もありませんが。

 

 まあ、とくに有名なのがあの町で、割とあの連中、世界各地にこっそり集落を作られてるんですよ。

 

 例えば、この島のように。

 

 「・・・そういや、この島の連中・・・」

 

 ああ、竜條寺君、【アイデア】ロールが成功してしまいましたね?気が付いてしまいましたね?

 

 割と大柄で、コートを着込んで帽子やフード、マスクなどで顔を隠している住民や、滅多やたらと多いことに。わずかな隙間から見えるところに、魚の鱗のようなできものや、そもそもやたら魚臭かったり、ぎょろりと目が大きかったり。

 

 今は、祭りの期間なので、よそからの住民のおかげであまり目立ってはいないのでしょうが、異様ですよね?

 

 アメリカのとある地域では、そういう人たちはこう呼ばれます。“インスマス面”とね。

 

 「・・・まじか」

 

 「あなた何してるの?さっさと行くわよ」

 

 額を抑えて天を仰ぐ竜條寺君に、理央君が冷たく言い放たれます。

 

 いやー、知らないって気楽ですね♪

 

 

 

 

 

 さて、再度プレイヤーチェンジで再び、探偵組に視点を戻しましょう。

 

 一足早く神社にたどり着いた彼らは、神社の巫女さんである島袋君恵君に、いろいろ話を聞いています。

 

 行方不明の門脇沙織君と幼馴染だとか云々と。

 

 おや、ここでもう一人の幼馴染という海老原寿美君が登場。こちらも強く人魚の存在を主張して見せました。

 

 そこで、3年前に火事に遭ったこちらの蔵で見つかった変死体に話が及びました。

 

 「・・・ひどい。その人、人魚かどうかはともかく、焼け死ぬって相当苦しかったと思うのに、お墓も何度も荒らされるなんて」

 

 ポツリっと、蓮希君が気の毒そうにこぼされたのが、印象的でした。

 

 いえ、もっと印象的だったのは、それに君恵君が「ありがとうございます」と返していたことでしょうか。

 

 「身寄りもよくわからない、不気味な死体の持ち主を、そんな風に思っていただけるなんて・・・めったにありませんでしたので」

 

 とっさに彼女はそう言い訳なさっていましたがね。

 

 そんな感じに、一通り話を聞いたところで、そこに竜條寺君たちが合流なさっています。

 

 そして嬉々として敦子君が、この島の伝説についてお聞きになられています。

 

 

 

 

 

 おや、原作でそんな話聞かなかった、ですか?

 

 ふむ。では、私の方からこの島に関する伝説について少しお話いたしましょうか。

 

 皆様ご存じの八百比丘尼伝説は、いろいろバリエーションはあるでしょうが、大本はこうでしょう。

 

 人魚の肉を食らった女性は不老不死となり、やがて出家。八百を優に生きたので、八百比丘尼と呼ばれたと。

 

 この島のそれはいささか違います。というより、いささか冒涜的です。

 

 

 

 

 

 昔々。この島の漁師が、人魚を網にかけてしまいました。

 

 漁師は、精が付くようにと人魚を病気の娘に食べさせました。すると、見る見るうちに、娘は元気になったのです。

 

 ところが、その人魚は海の底に眠る“だいこうふ”様の許嫁だったのです。

 

 許嫁を食べられてしまった“だいこうふ”様は、怒って嵐を起こし、この島を海に沈めようとしました。

 

 そこで、神社の神主様が言いました。

 

 「“だいこうふ”様に許してもらえるよう、人魚の肉を食べた娘の他に、娘の髪を結わえた3本の矢で、若い女を3人選ぼう。

 

 4人を生贄にして、嵐をやませてもらおう」

 

 かくして、人魚の肉を食べた娘と、選ばれた3人、合わせて4人の娘が生贄として島の滝に捧げられました。

 

 そこに現れた“だいこうふ”様に、人魚の肉を食らった娘は必死に謝り、“だいこうふ”様のために歌を歌い始めました。

 

 そして、他の3人の娘たちは歌に合わせて、舞を踊りました。

 

 これに心慰められた“だいこうふ”様は、毎年この歌と舞を見せてくれと、島の人間たちと約束を交わし、海の底へ去っていきました。

 

 こうして、4人の娘も、島も、無事に助かったのです。

 

 以来、この島は人魚の肉を食らった八百比丘尼にちなんで、美國島と名を改め、人魚の肉を食らった娘は神社の巫女に、3人の娘も末永く幸せに暮らしたそうです。

 

 巫女となった娘の髪を結わえた3本の矢は“だいこうふ”様から加護を得た“呪禁の矢(のちに“儒艮の矢”と字を改める)”と呼ばれ、厄を払い幸福を寄せるものとして、今なお語り継がれている、ということです。

 

 

 

 

 

 フフッ。なかなか興味のそそられる伝説ではありませんか?

 

 ま、伝説が真実ではないように、いくつか捻じ曲げられてる部分はありますがね。

 

 ですが、すべてをすべて、嘘っぱちと切り捨てることもできません。

 

 その辺は、私はもちろん、探索者としての経験が豊富な、松井君や成実君も重々承知でしょうね。

 

 

 

 

 

 「うーん・・・」

 

 「小説の参考にはなりそうですか?」

 

 メモ帳片手に伝説についてメモをしてる敦子君に、にこやかに君恵君が話しかけています。

 

 「あ、はい」

 

 「ねえ、敦子お姉ちゃん、何を悩んでたの?」

 

 コナン君の問いかけに、敦子君が答えました。

 

 「うん。“だいこうふ”様って、どんな神様だろうなって。

 

 多分、はちまん様とかこんぴらさんみたいな通称だと思うから、正式名称があると思うんだけど・・・あいたっ?!」

 

 「ほどほどにしとけ。あんま根を詰めるとドツボにはまるぞ」

 

 デコピンで竜條寺君が中断させました。

 

 ・・・竜條寺君、微妙に顔が青ざめてますよ?確信はできてなくても、旧支配者〈グレート・オールド・ワン〉かその化身くらいかもしれないと思われているようです。

 

 加えて、この島の住民が住民ですからね。おのずと予想がついてしまっているようです。

 

 「・・・ええっと、先輩?」

 

 「ま、人探しにゃ関係ねえだろ。おとなしくしてるだろうしな・・・たぶん」

 

 同じくMSO所属の2名も顔が青ざめています。同じく予想してしまったようです。

 

 ともあれ、気を取り直した君恵君から、今夜の儒艮祭りについての説明と、余った二つの番号札をお近づきに、と渡してくれました。

 

 この札は、せっかくだからということで、敦子君と蓮希君のお二人が持つことにしたようです。

 

 おや?

 

 「あの、最後にもう一つ、その、蔵の方をお見せしていただけませんか?」

 

 メモ帳をしまった敦子君が、改まった様子で切り出しました。

 

 「・・・何のためにですか?断っておきますが、例の火事の後、蔵も再建しましたよ。でないと、そちらも荒らされる方が多くて。鍵をかけられるようになって、ようやくなくなったくらいだったんですから」

 

 「本当は、お墓に供えようと思ってたんですが、今のお話を聞いたら、蔵の方がいいと思いましたので。

 

 竜條寺君、ありがとう」

 

 「おう」

 

 少し冷たい調子になっていった君恵君に、敦子君は頓着せずに竜條寺君が持っていた花束(神社に来る前に花屋で包んでもらったものです)を受け取ってから、微笑んで言いました。

 

 「縁も所縁もないですが、お墓参りさせていただければ、と」

 

 その言葉に、君恵君が言葉をなくしました。思っても見ないものを見たといわんばかりに目を大きく見開き、ややあって、「祭りの準備があるので手短にお願いします」と先に立って歩きだしました。

 

 やがて案内された、昔ながらの頑丈そうな蔵の前に、その花束を供え、敦子君は丁寧に手を合わせます。

 

 それに合わせるように、蓮希君や七槻君、成実君が手を合わせ、慌ててコナン君や他のメンバーも手を合わせられています。

 

 ・・・おそらく、誰も見ていないでしょうね。それを眺める君恵君が、うっすらと目元に涙をためていたことなんて。

 

 

 

 

 

 さて、縁日の屋台などで食事を兼ねた時間つぶしを行った探索者たち。

 

 そろそろ矢の当選番号が発表されるというので、神社の境内に集まっています。

 

 出てきたのは、烏帽子、千早、水干に緋袴という伝統的巫女装束をまとった、白塗り厚化粧の小柄な老女です。

 

 お名前を島袋弥琴と言いまして、御年130という、本当ならギネス物の超高齢者です。よく歩き回れるほどですねえ。

 

 「あれが噂の命様かあ」

 

 「単なる厚化粧婆じゃ、いてっ」

 

 「松井さん、言っていいことと悪いことがあるよ。特にここでは」

 

 松井君の足を踏みつけ、ジト目で見やる七槻君に、くすくすと笑う蓮希君、その右手には例の番号札が握られています。

 

 おっと、弥琴君が障子に、次々火をつけていきますね。ほほお。燃え残りが当選番号の数字として燃え上がると。面白い仕掛けですねえ。

 

 「やった!当たった!」

 

 と嬉しそうにされる海老原寿美君をしり目に、少し悲し気に眉を下げる蓮希君。

 

 「ハズレか?」

 

 「アハハ・・・くじ運ない方だったしね」

 

 松井君の問いかけに、蓮希君が苦笑されます。

 

 「え?あ、あれ?」

 

 「敦子?どうし・・・まさか」

 

 「り、竜條寺君、どうしよう・・・」

 

 おろおろと、敦子君は手元の札を彼に見せます。

 

 「あ、当たっちゃった、みたい・・・」

 

 おや、当選番号と、同じ番号が書かれてますねえ。

 

 「では、皆様、会場の移動をお願いします。

 

 矢の受け渡しは、一時間後に行います。

 

 人魚の滝へ、いざ参られい!」

 

 弥琴君と入れ替わりで現れた君恵君が凛と言い放たれました。

 

 

 

 

 

 さて、会場を移動して、人魚の滝。

 

 この島、山あり崖ありと、結構起伏の激しい地形なんですよ。

 

 そして、人魚の滝と称される、そこそこの滝と、滝つぼが一つ。少し離れた河原に、祭壇が設けられ、そこに祭司としての君恵君が進行を取り仕切っています。

 

 当選番号の札主が次々と呼ばれていきます。

 

 当選番号主として、まずは敦子君たちが図書館で遭遇した黒江奈央子君、続いて徳本敦子君、そして最後に浮かれて足取りの軽い海老原寿美君が進み出ました。

 

 矢が渡され、祝詞が読み上げられる中、それは起こりました。

 

 いきなり野次馬の間から、灰色のコートの大柄な男が二人飛び出すや、コートを脱ぎ棄てながら寿美君めがけてとびかかります。

 

 それは、腐った魚のような体臭と、ぬめるうろこに覆われた肌をむき出しにし、耳まで裂けた巨大な口と、ぎょろぎょろした丸い目に、背中や腕にヒレを生やした、まるで魚と人のあいのこのような異形――つまるところ、深きもの、と呼ばれる存在でした。

 

 「「「「なっ?!」」」」

 

 「きゃあああああああっ?!」

 

 「うわああ?!ば、化け物?!」

 

 瞬時にパニックに陥る人々をよそに、2体の深きものは、硬直する寿美君を瞬時に抱え上げ、抵抗をものともせずにそのまま滝つぼめがけて飛び込まれてしまいました。

 

 「と、寿美?!」

 

 「寿美!!」

 

 慌てて滝つぼに駆け寄る島の幼馴染組と、探索者たち。

 

 残念ながら、たいまつで照らされるだけの黒い水面は波立っているのもあって、逃亡した彼らの姿は影も形も見えませんでした。

 

 追いかけて水中に飛び込もうとするコナン君をとっさに松井君が猫をそうするように襟首をつかんで捕まえ、入れ替わりにずんぐりむっくりし、フードを深々とかぶった人影――島の幼馴染組の一人である福山禄郎君が飛び込みました。

 

 「松井さん!」

 

 「バカか!水中は連中のホームグラウンドだ!一方的に殺されるぞ!伏兵がいない保証があるのか?!」

 

 非難を込めて叫ぶコナン君に、負けじと松井君が言い返します。

 

 「ほ、本当にこっち側の事件が・・・」

 

 「陣矢君・・・」

 

 「・・・とにかく、本部に連絡かな」

 

 こわばった顔でうめく七槻君と、青ざめた顔で見上げる蓮希君に、成実君は苦虫をかみつぶしたような顔で言い放たれました。

 

 「竜條寺君、今の・・・」

 

 「これで休暇はパァだな、くそっ」

 

 毒づかれる竜條寺君は、ちらっと足元の理央君を見ています。

 

 理央君はいぶかしげな顔で、探索者たちののぞき込まれる水面を見やっています。

 

 そうして一言。

 

 「ねえ。何であの人たち、あんなに騒いでいるの?

 

 確かに、急に飛び込んでびっくりしたとは思うけど。まずは警察を呼ぶべきじゃない?」

 

 「え?」

 

 「あー・・・お前、そっち系かぁ・・・考えてみりゃあこっち側のがレアケースだもんなあ」

 

 ぎょっとされる敦子君(耐性なしの人の反応を見たのが初めてだったようで)をよそに、竜條寺君は瞬時に事態を把握されたか、頭を抱えられています。

 

 君、ちょっと目を離したらすぐに頭を抱えられますねえ。いい加減あきらめて受け入れられたらいかがです?

 

 

 

 

 

 基本的に、探索者としての適性を持たない一般人は、よほどのケースがない限り、神話性事象なんて信じようともしません。あるいはきれいに見なかったことにするんですよ。先ほど彼女が述べたように。

 

 ま、健全健康な精神状態でいたいという、動物的本能が強いんでしょうね。極めていじりがいのない脆弱ぶりです。

 

 なお、この手のタイプはさらに二分化してて、かなり強い刺激でようやく受け入れるか、受け入れるのを通り越して発狂するか、という場合になります。

 

 理央君はどっちでしょうねえ(ゲス顔)

 

 

 

 

 さぁて、セッション本格スタートです。がんばって深淵に肉薄してくださいね♪

 

 

 

 

 

 

美しき娘よ、続いているのか?





【セッションをニコニコ視聴、ついでに冒涜的伝説やらに解説を加えるナイアさん】
 大体コイツのせい。(どうやら今回も)
 どっかの戦極マッドサイエンティスト並みにひどい。
 そこに騒動の火種があったら、遠慮なく着火して、隙あらば燃料を投下したがるタイプ。
 どうも今回の騒動も、火種は彼女が作り上げたものらしい。そして、炎上案件に至った模様。
 門脇沙織の行方を探る探偵組と、あくまで小説の取材旅行の敦子さん+αの二組に分かれる探索者たちを、ニヤニヤ実況。
 なお、本来なら解決後に語られることではありますが、今回の依頼が槍田探偵事務所に持ち込まれたのは、10巻『外交官殺人事件』(本シリーズでは♯27で発生)の影響です。原作では、咬ませになってしまった平次君とギャラリー決め込んでた毛利探偵をよそに、新一君ご本人が解決してましたが、本シリーズでは槍田探偵が自力解決しているので、事件の依頼が彼女にシフトしたという事情があります。
 もっとも、この辺りの事情も攻略本持ちのナイアさん、あるいは転生者の竜條寺さん程度しか知らないことではある。
 ・・・原作とは違い、冒涜浸食されているので島民の様子も異なる。そして、もちろん彼女もそれを把握している。把握している上で事件の火種を作った。
 探索者たちと、島袋君恵さんが少し仲良くなって、“儒艮の矢”の儀式に立ち会い、さらにそこから事件開始の模様もきっちり出歯亀する。
 ・・・なお、この時点の彼女は前回ラストから引き続き、『九頭竜亭』のリビングで、お菓子とお茶を手に、(ついでに夕食も終えて)セッションを視聴なさっている。
 多分、夜寝るくらいに、一度は合流するかと。

【門脇沙織嬢探索のために島を見て回る探索者A組】
 メンバーとしては、江戸川コナン君、松井陣矢さん、浅井成実さん、設楽蓮希さん、越水七槻さんの、合計5名。
 なお、見て回る順番と会話内容は、原作を参照。
 越水七槻さんがこなそうという依頼主、門脇沙織さんを探る彼らの動きは、基本的に原作に沿っています。
 なので、役場→神社という感じです。
 なお、泊りがけなので、一度荷物を宿泊先において、というステップを踏んでいます。
 ちなみに、邪神様は省きましたが、途中でコナン君が「松井さんたちは人魚ってどう思う?(怪奇事件専門捜査官的な観点として)」ということを言ってたりします。
 これについては、成実さんが答えてまして、「ひょっとしたら、自分たちが把握できてないだけでいるかもしれないね」とやんわり返答しています。
 インスマスや、あそこらあたりの冒涜的事情については話していません。SANチェック入りますし、蓮希さんにとってはかなりつらい話になるでしょうから。
 なお、この町の住民たちの容姿がちょっと変、というのもコナン君は真っ先に気が付きましたが、そういえば、成実さんがあっち側の住民の集落って言ったたんだよな、と思い当たったため、ツッコミは入れませんでした。
 変にツッコミ入れたらSANが削れるというのを邪神様で先行学習してたためです。
 合流した取材組によって語られる、美國島の人魚伝説についても一通り聞く。
 ・・・なお、この伝説は私が適当にでっち上げたものです。原作は一切関係ないので、あしからず。
 ようやく始まった“儒艮の矢”の儀式を見物してたら、冒涜的な連中が堂々と人さらいする現場に出くわした。
 とにかく助けようとするコナン君に、被害拡大を防ごうとする松井さん。どちらも正しく、そして愚か。
 やっぱり、なんか事件が起こった。そして、解決に走ることになる。

【小説のための取材であちこち見て回る探索者B組】
 メンバーとしては、竜條寺アイルさん、徳本敦子さん、NPC枠で湯川理央ちゃんの合計3名。
 竜條寺さんは、この島で起こる原作事件については知ってますが、それは探偵であるあっち側の仕事、と切って捨ててるので首を突っ込むつもりがありません。
 大体の行動順序としては、宿泊先に荷物を置く→図書館→神社という感じです。
 クトゥルフセッションのシティーシナリオなら、ロケーションを訪れて情報を調査は鉄板です。
 本シリーズの敦子さんは、肉体的には貧弱ですが【知識】と【アイデア】がかなり高めです。それもあって、あの世界の探偵たちとタメが張り合えるぐらい推理力があります。
 ゆえに、神社の蔵で見つかった身元不明死体についても、あれこれ推測を入れてしまったわけです。
 敦子さんの小説家という設定が、伝説とか語らせる際にかなり便利と今更気が付きました。
 なお、敦子さんはこの島の島民事情については知りません。ただ、竜條寺さんが微妙にピリピリされているので、うっすらとあっち側関連かな、とは思われています。
 ちなみに、空気化している理央ちゃんですが、リアリストなのでオカルトなんてくだらね、と初期新一君みたいなことを腹の底では思っています。
 神社でA組と合流してから、君恵さんのお話を聞いてから、人魚の墓参りをします。お墓の場所は聞かない方がいいと判断し、とりあえず亡くなった場所という蔵にお花を供えることに。
 夜に“儒艮の矢”の儀式(敦子さんが当選)を見物してたら、冒涜的連中の人さらい現場に遭遇。
 ・・・なお、理央ちゃんは耐性がないので、被害者が自分で滝つぼに身投げしたように認識しています。
 今更ながら、他の一般人も探索者の素養のある人間以外はこんな感じで、なんかヤベエもん見た!と思って悲鳴上げて逃げても、我に帰ったら、あれ?何見たっけ?あるいはそもそも見てねえわ!と思うようです。そして、どうしようもない状況になったらいの一番に発狂します。ただし、SANは減ります。(そうでもないと、いろいろ辻褄が合わなくなるので)
 そして、竜條寺さんは当然そういった事情も把握しているので、理央ちゃんがそういうタイプだということも即座に察知なさいました。
 彼には、探索者としての仕事に加え、理央ちゃんのお守りが加わりました。マジで頑張ってください。


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【#32】人魚の島美國島!そして真実へ

 話の元ネタは原作コミックス28巻『そして人魚はいなくなった』で、テーマは人魚と八百比丘尼ってわかったなら、じゃあ、例の連中を絡めようか。確か、あちこちに信徒がいるらしいし、あちこちに町構えててもおかしかねえやろ!日本は海に囲まれた島国やしな!
 うーん・・・そろそろ目玉神話生物だそうか!グレート・オールド・ワンそのものは無理でも、その化身くらいはええやろ!あの連中だったら・・・(『マレウス・モンストロルム』をパラパラして)おっ?ええ奴がおるやんけ!これにしたろ!
 あとはいろいろこじつけて・・・おっしゃ出来たで!
 大体そんな感じで書き上げました。クソ長いので、いったん切ります。次回でこの事件は終わらせますので。




***本編中に入れ損ねた一シーン(どのタイミングかはご想像にお任せします)***

 「・・・懐かしいわね」
 「あれ?理央ちゃん、前にこの島に来たことあるの?」
 「・・・昔の話よ」
 ふいッと視線をそらす理央は、それ以上話したくなさそうに敦子には見えた。
 敦子が知る理央のことは、あまり多くない。
 年頃の女の子より、言動こそ大人っぽく頭もいいようだが、おしゃれやかわいいものにもそれなりに興味があるようだ。
 あとは・・・竜條寺から又聞きした話を敦子なりに解釈したところでは、おそらく理央は、マフィアか暴力団の幹部の隠し子で、虐待されていたところを逃げ出し、竜條寺に拾われ匿われたというところだろうか。姪だ、と竜條寺は言ってたが、多分それは嘘だと敦子は知っていた。
 ハッと、敦子は思い至る。以前来たということは、それはきっと虐待されていたころに来たということだ。きっと、矢の当選番号の人数合わせで無理やり連れてこられたに違いない。なんて自分は馬鹿なのだ!
 「ごめんね!理央ちゃん!辛いこと、思い出させちゃって!」
 「・・・別に、気にしてないから」
 慌てて謝る敦子に、理央がどこか呆れた声で答える。なぜだろうか。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さて、いささか冒涜的な人魚伝説の残る美國島でのセッションが本格スタートしました!

 

 お昼間、儒艮祭りや、この島にまつわる人魚や八百比丘尼伝説、槍田探偵事務所に届けられた門脇沙織君からの依頼に関する情報集めをされていた探索者一同ですが、夜に参加された儒艮祭りにて、深きものが矢に当選した海老原君を滝つぼに拉致るのを目撃されちゃいました☆

 

 急ぎ島の幼馴染組の一人である福山禄郎君が後を追って飛び込みましたが、ややあってからずぶ濡れで戻ってきました。

 

 なお、彼はずんぐりむっくりした体格で、ずぶ濡れというのに深々とフードを被って、脱ごうとしません。

 

 この島の住民は、結構そんな感じの方が多いんですよ☆お察しですよね?

 

 どうもこの島は、世界各地にある“深きもの”と親交深い土地の一つのようでして。

 

 有名どころはインスマスなのでしょうが、あの町がずば抜けすぎているだけで、あちこちにそういうところ、あるんですよね。

 

 

 

 

 

 いやー、アメリカのインスマスもたいがいあれな感じでしたけどね。

 

 エドモント・マーシュ君は実にいい仕事をしてくれました!

 

 おやご存じない?インスマスの名主殿にして、街をああした元凶と言い換えても過言ではない人物ですよ?

 

 彼が持ち帰った多数の財宝と“深きもの”の血脈は、大戦を経てなお、インスマスの地に深く深く根付いていますからね。おかげであの町は見物、ゲフン、観測し甲斐があります♪数年に一回は、おかしな騒動が起こってますね、あそこ。

 

 ・・・まあ、個神的な視点に基づいて言わせていただくなら、多分マーシュ君がやらなくても、いずれあの町はああなったでしょうね。

 

 だってあの町、悪魔の暗礁、そしてルルイエが沖合にありますし。

 

 多分、マーシュ君は夢うつつのクトゥルフ君が、たまたま使者に選んじゃっただけじゃないですかね?私はクトゥルフ君ご本神ではありませんし、彼に実際そこどうですか?と聞いたこともありませんので、真実の確認のしようはないのですが。

 

 

 

 

 

 ま、マーシュ君の笑い話はまた今度にしましょう。

 

 え?あの悍ましさマックスハートを笑い話にできるとはさすが邪神だな!ですか?

 

 いやですねえ、褒めても何も出ないですよ?(照れ照れ///)

 

 え?褒めてねえよ、曲解してんじゃねえクソ邪神、脳髄腐ってんのかゴラ、ですか?

 

 残念!私は邪神なのでそもそも脳髄なんて持ち合わせておりません!手取ナイア仕様のなんて飾りですよ飾り!

 

 フゥハハハハハ!山●君!そちら皆様の座布団を没収して差し上げなさい!

 

 え?誰が山●ですか?んもう!ノリが悪いんですから!

 

 

 

 

 

 では、冒頭邪神トークはこのくらいにして、そろそろ本編に行ってみましょうか?

 

 いろいろ危なそうなセッションですが、ぜひぜひ頑張ってくださいね♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、駆け付けた地元の交番によって封鎖され、一時狂気に陥る人々も滝つぼ周辺からたたき出されました。

 

 探索者たちももれなく、ですね。

 

 で、彼らはひょっとしたら所在の分からない門脇沙織君も、連中なら行方を知っているかもしれない。手掛かりを探すべく、改めて島の伝説などにも詳しく、拉致された海老原君とも親交のあった島袋君恵君に話を聞こうと、神社に訪ねることにしたそうです。

 

 事情聴取などを終えて帰宅なさった君恵君のもとに、ぶしつけながらお訪ねしてあれこれと訊いてます。

 

 おや、君恵君もお人よしですね。夜分遅いというのに、それでも皆様を歓待して、神社の裏手にある自宅にあげて、いろいろお話されてますよ。

 

 で、君恵君と入れ替わりに弥琴君が登場されました。

 

 祭りの時とは違い、黒くゆったりした上下に赤いちゃんちゃんこを着て、杖を突かれています。相変わらず非常に小柄ですね。

 

 松井君がポロッと、化粧落としたら妖怪婆じゃねえかとこぼされて、左右から七槻君と蓮希君のお二人に睨まれてますよ。

 

 しかし、弥琴君は気にされた様子も見せずに、この年まで生きたら妖怪と大差ないわい、とカラカラ笑われています。豪胆ですねえ。

 

 で、矢の当選基準についても、適当だし、ある年は競馬の当たり券の番号だったよ!などとお話しされてます。

 

 で、だいぶ夜も遅いし、いったん宿に引き上げて調査の続きはまた明日、というところで敦子君が呼び止められました。

 

 矢を手放したら、災いが起こるから手放さないように、ですって。

 

 それを聞いた敦子君は、青ざめさせていました。可哀そうに。

 

 

 

 

 

 さて、夜くらいは合流しないといけませんね。

 

 呪文でパパッと人目を避けた場所に移動して、大急ぎで旅館の前にダッシュです!

 

 ああ、松井君!コナン君をありがとうございます。いやー、助かりましたよ!

 

 おや、コナン君。人探しの依頼が長引きそうだから、明日も松井のお兄ちゃんたちと一緒に行動したい、ですか?

 

 もちろんかまいませんよ!ささっ、今日はもう遅いですからね!しっかり休んで、また明日、ですよ!

 

 

 

 

 

 さて翌日です。

 

 旅館で朝食を取られた一行は、再び探索スタートです!

 

 行ってらっしゃい、コナン君!私はまた用事があるので、松井君、コナン君の面倒をお願いしますね!

 

 ・・・では、出歯亀再開です♪

 

 

 

 

 

 昨日とは少々メンバー違いながらも二組に分かれて、他の幼馴染組に話を聞きに行こうとされてます。

 

 組み合わせとしては、

 

 Aチーム・・・越水七槻君、徳本敦子君、松井陣矢君、設楽蓮希君、湯川理央君

 

 Bチーム・・・浅井成実君、竜條寺アイル君、江戸川コナン君

 

 という感じです。人数バランスがよろしくないかもしれませんが、対人技能持ちが七槻君と成実君くらいで、敦子君と蓮希君、理央君の3名は戦闘技能を非所持、くわえて理央君とコナン君はお互いに一緒に行動するのを嫌がったという事情があります。

 

 さらに、どうも昨夜謎のPOW×5の対抗ロールにさらされ、POWを一時減らされることになった敦子君はともかく、深きものの目撃でSANも減らされることになった蓮希君は不安がられて松井君から離れたがらない一時狂気を発症という事情もありまして。

 

 こういう感じになったということです。

 

 

 

 

 

 さて、それでは、まずAチームの様子から見ていきましょうか。島の幼馴染組の一人にして昨夜に矢が当選したお一人である黒江奈央子君が見つかりません。

 

 ご自宅は、荒らされた形跡と気絶中のご家族に、鱗と粘液跡、そして特有の磯臭さが残っていました。

 

 彼女もどうやら、さらわれてしまったようです。やむなく、探索者たちはご自宅を家探しし、矢がないことと、あとは不審げな薬包を見つけたことでしょうか。

 

 薬包に関しては、処方箋や薬局などの包装はなし。素人の手作りらしく、和紙らしき包みに結び包まれている感じです。念のため一つ確認のために開封してみれば、生焼けの魚のような中途半端な生臭さと磯っぽいにおいがまぜこぜに感じられる、白い粉末状の薬のようです。

 

 あとで詳細解析のために、薬包を一つ拝借し、Aチームは引き上げられました。

 

 

 

 

 

 一方、ダメ元で門脇沙織さんのお宅を訪ねたBチームはといえば、返事がないことに訝しんでお宅の中に侵入すれば、中で深きものに襲われました。

 

 幸い、こちらには【組み付き】ダメボ持ちの成実君、【拳】【武道】ダメボ持ちの竜條寺君、【蹴り】にキック力増強シューズによるブースト持ちのコナン君という編成でしたからね。

 

 深きものはあっという間に伸されました。あとは、成実君と竜條寺君のお二人がSANチェックに失敗なさってました。大きな数字は飛んでなかったのですが、そのくらいでしょうか。

 

 ここで、またしても彼らは異様なものを発見します。なぜか塩水の大量に入った酒瓶と、黒江君のお宅でも見つけた例の薬包です。

 

 おっと、コナン君目ざといですね。沙織君の日記を探し出してきました。

 

 さらに、度胸もある彼はかかってきた電話に、遊びに来た親戚の子供を装って出て、どのような用件かも聞きだしています。

 

 さすがにここでそれらの情報をいっぺんに調べ上げて咀嚼するわけにはいかないと、薬包と日記をもって、彼らはその場を離れました。

 

 

 

 

 

 そして、場所を変えて一度旅館の部屋に集合し、遅めのお昼を取りながら情報を整理されているようです。

 

 なお、松井君がダメージが大きいだろう蓮希君と、訳が分かってない様子の理央君を連れて、散歩と称した引き離しを行われてますね。

 

 まあ、蓮希君はともかく、理央君はあの荒らされた家の明らかに怪しげな薬包を見られても、素人づくりの適当なものとこき下ろされているようでしたしね。

 

 ・・・本能的に、詳細を知ることは危ういと察しているからこそ、見ないようにされているんですよ、ああいうタイプは。

 

 ま、探索者から見た真実なんて、只人からすれば頭のおかしい妄想ですよ。可哀そうに。常識に耽溺して何も知らずにつまらない死を迎えるか、真実に触れてのたうち回りながら足搔いて生き抜くか、それだけの違いですよ。

 

 私から見れば、後者が圧倒的に好ましいものですがね。

 

 

 

 

 

 さて、頃合いもよさそうです。

 

 そろそろネタばらしと行きましょうか。

 

 皆様だけに、特別に、ですよ?フフッ。

 

 前回語った、この島の伝説ですが、“だいこうふ”様の下りは半分近く事実なんです。

 

 つまり、人魚の肉を食らった人間が実際にいて、その髪を結んだ矢に選ばれた人間たちともども、彼らが暴れ狂う“だいこうふ”様をなだめたというあたりです。

 

 で、その役を、島の神社の巫女が代々引き継いでいました。

 

 巫女たちは“人魚の肉”という特殊な秘薬を用いて、その体質を不老不死に近づけ、最も不老不死に近い状態になったら“だいこうふ”様になだめの歌を聞かせていたのです。

 

 昔であれば、髪を結んだ矢に選ばれた人間もともになだめの儀式に入らなければなりませんでしたが、最近は矢そのものに一種の魔術的細工をすることで矢を媒介としてPOWを“だいこうふ”様に捧げることで、矢の人間はほとんど無害に済ませられていたのです。

 

 捧げられたPOWも時間経過で回復するものですし、1年で矢の効力は失われてしまうものですしね。

 

 

 

 

 

 さて、ここまでが前提条件です。

 

 ここからが、今島で起こっている問題です。

 

 3年前に、美國神社の蔵で起こった火災で、身元不明の遺体が見つかりましたよね?あれが、当代の巫女――君恵君の母君でした。つまり、秘薬で不老不死に体質を近づけた状態であったということです。とはいえ、その性質はあくまで水あってのものであり、火で水分を奪われれば仮初の不老不死など失われてしまいます。

 

 ま、おそらく常人が焼死するよりも数倍悶え苦しんだことでしょうね☆燃えた先から再生していくわけですから、完全に水分を失うまで焼失と再生を繰り返したことでしょうね。しかも、痛覚と正気がそれで失われるわけでもありませんから。可哀そうに(ニチャァッ)

 

 で、その火事を引き起こしたのが、行方不明になっている島の幼馴染組の女性3名――門脇沙織君、海老原寿美君、黒江奈央子君の3名です。

 

 矢の当選に外れた腹いせだったそうですよ?本当に不老不死かどうか確かめてみよう!と思い立たれた挙句の実行だったそうで。

 

 ところが、確かに命様を蔵に閉じ込めて燃やしたはずなのに、彼女はピンピンしてらっしゃいましたからねえ。それで彼女らは異様なまでに人魚のことを信じられるようになったそうです。

 

 ま、その代わりに現れた命様というのは、当時、次代の巫女として秘薬で体を作り替えられている最中の島袋君恵君だったのですが。

 

 彼女では中途半端で命様の本質を全うできません。

 

 つまり、“だいこうふ”様をなだめる儀式ができない空白期が訪れてしまったんです。

 

 これに焦ったのは、島の古株たち――早い話、儀式の真実を知る、深きものの血族たちですね。

 

 君恵君の体が不老不死に作り替えられる3年の間に、彼らの一部が生贄として“だいこうふ”様にその身を捧げました。・・・当の実行犯たちがへらへらしている間にですよ?!

 

 去年やっと当選した矢をなくしたことで異様に怯える門脇沙織君が、代わりの矢をよこせ、いやなら人魚の墓の在処を教えろと君恵君に迫り、その時にご自身方の所業をばらさなければ、きっと彼女たち今でもへらへらしてたんじゃないです?

 

 君恵君と島の古株たちは、さぞ怒り狂ったことでしょうね。

 

 島の安寧のために、体を作り替えて文字通り粉骨砕身なさっていた君恵君の母君をそんなしょうもないことで殺し、島沈没の危機にさらして、“だいこうふ”様をなだめるべく、さらに何人も本来ならいらないはずの生贄を犠牲にしてきたわけですから。

 

 

 

 

 

 わかったからには、お前らには責任を取ってもらおうか、と。彼らは一計案じます。

 

 君恵君も服用されている秘薬“人魚の肉”を、件のお三方に「命様が飲んでいる不老不死の秘薬だよ!」と称してお見せし、彼女たちが自らそれを盗んで手に入れるように仕向けます。

 

 ですが、その秘薬は巫女の血筋でなければ、適応できません。他のものがうかつに服用すれば、深きもの、あるいはクトゥルフの寵愛を受けしものへ変貌するか、でなければ発狂して廃人になるかの3択になります

 

 そして、彼女たちがその薬をそこそこ長く服用されたころに、その身を拉致しました。その場しのぎの生贄にも飽いて、怒り狂ったであろう“だいこうふ”様を、ようやく出来上がった正統なる命様ともども鎮めるための生贄として。

 

 

 

 

 

 これが、今この島で起こっている出来事の真相です。

 

 つまり、うかうかしていると“だいこうふ”様が、怒り狂って島を沈めにかかるということです。実際ここ数日お天気と波模様が悪くて、島の行き来に使う連絡船が運航ストップなさってますしね。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 では、視点を探索者たちに戻しましょうか。

 

 彼らが行く先々で回収してきた、例の怪しい薬包が、秘薬“人魚の肉”です。

 

 【医学】で旅館に置いといた機材も用いて解析した成実君がおおざっぱといえど効能を見抜かれて、SANチェックに失敗、卒倒されかかってました。

 

 女性言葉も吹っ飛んで「こんなもの飲むなんて頭おかしいんじゃないか?!」とまで言い放たれてましたし。

 

 一方、コナン君と七槻君は二人がかりで日記の解読を行い、私が話したような事情の一部(火事の真相や薬の泥棒事情など)を察知して、蒼白になられています。

 

 これ、君恵さんもやばいんでない?そういえば、神社の裏手のお宅尋ねた時も、この薬っぽい匂いしなかった?まじやばくね?

 

 という結論に至れば、彼らの行動は早いものです。

 

 急ぎ準備されて、旅館の入り口で顔を合わせられた松井君たちに合流し、簡易的な情報共有をしてから、美國神社へ向かわれます。

 

 

 

 

 

 さてさて、そろそろクライマックスです。準備はよろしいですかね?探索者諸君。

 

 もう引き返せませんよ?あはっ!愚問でしたか!

 

 

 

 

 

 やっとたどり着いた美國神社ですが、君恵君に面会することはかないませんでした。

 

 なぜなら、大分日が傾き始めたころにそこについたと同時に、彼らは顔を覆い隠したずんぐりむっくりした異形たち――早い話、深きものの眷属たちに囲まれてしまったのですから。

 

 昨夜からコソコソ嗅ぎまわりやがって、目障りなよそ者め。

 

 意訳すればそんなことを言われて、彼らは多勢に無勢と拘束されて、引きずられていきます。

 

 神社の地下にある、座敷牢です。拘束は解かれましたが、そのまま放り込まれてしまいました。

 

 幸い、ボディーチェックは甘かったので、松井君の護身用の特殊警棒、コナン君の探偵装備は取り上げられていません。松井君と竜條寺君の拳銃?彼らが最初にここに来た目的を思い出してごらんなさい。お持ちでないんですよ、今回は。

 

 ところがどっこい、彼らは急ぎ脱出しなければなりません。

 

 何しろ、矢を持った敦子君を見るなり、連中は血相を変えて敦子君を別場所に連れ去ってしまったのですから。

 

 理央君はといえば、地下の松明で照らされた深きものの眷属の容貌――いわゆるインスマス面を見るなり、卒倒なさってしまいましたし。

 

 おや、コナン君が阿笠博士謹製の伸縮自在サスペンダーを用いて座敷牢の扉をこじ開けられました。

 

 ま、普通あんな装備、想定してませんよね?

 

 で、気絶した理央君の保護と自身の安全のために、蓮希君が彼女を担ぎ、松井君がその護衛のために離脱されることにしたようです。

 

 気を付けてね!と皆さんをねぎらって、二人は地上の方へ向かっていかれます。

 

 残されたメンバーは、座敷牢の外の通路のさらに奥――地下へ向かっている方へと進むことにしました。

 

 

 

 

 

 一同がたどり着いたのは、巨大な地下空間と、そこに広がる地底湖でした。

 

 地上の滝つぼ近くに拵えられていたのと同じ祭壇と、そこに巫女服姿でいる君恵君以外に、先客が4名。

 

 すでにその体を鱗塗れにして、廃人寸前状態でうつむいてブツブツ言ったりケタケタ笑って、明らかに正気でない様相の女性たち――門脇沙織君、海老原寿美君、黒江奈央子君の3名に、拘束されたままおとなしくされている敦子君がいます。全員その手には、儒艮の矢を握らされています。

 

 すぐに助けに行きたい様子の竜條寺君ですが、彼はぐっとこらえられています。

 

 その祭壇の近くには、深きものやその眷属が何人もひれ伏して、一応に「いあいあ くとぅるふ ふたぐん」と唱えられているわけです。

 

 真正面から突っ込むのは危険でしょう。

 

 ひとまず岩陰などに隠れて様子を見られる彼らですが、すぐさま断念せざるを得ませんでした。

 

 新たに現れた深きものの眷属たちが、殴られたらしく顔を腫らして後ろ手に拘束された松井君と、怯え切った蓮希君を連れ、気絶中の理央君を小荷物のように抱えて登場されたからです。

 

 「松井さん!」

 

 敦子君の叫びに、いあいあ詠唱が一斉にやみました。

 

 そして始まる事情説明という種明かしです。

 

 バカな小娘三人のせいで、この島がもうすぐ沈むかもしれません。今宵の“だいこうふ”様の慰奉の儀は何としても成功させねばならない、と締めくくられる長らしき深きもののたどたどしい言葉に、松井君がかみつくように言いました。

 

 「そいつは確かによそ者の俺たちが口出すことじゃなかったかもしれねえがな。

 

 じゃあ、徳本を巻き込んだのはなんでだ。生贄なら、そこの女どもだけで十分なんじゃないのか」

 

 おや?松井君も気が付かれてたようですねえ。

 

 「その矢にしてる仕掛け、一種の魔術だな?

 

 持ち主の精神力を強制的に吸い上げるんだろ?既に生贄が決まってたなら、徳本に矢を配分する必要はなかったはずだ。

 

 下手に徳本から引き離した場合、余計厄介なことになるかもしれないと持たせたままにしておいたが、不要だったらしいな」

 

 「恨ムナラ門脇弁蔵ヲ恨メ」

 

 松井君の言葉に、深きものがせせら笑うように言いました。

 

 

 

 

 

 沙織君の父親である弁蔵君――ああ、昼間にBチームが屋内でのした深きものですね。彼は深きものの眷属らしい容貌でしたが、変貌時期がかなり遅かったのですよ。

 

 そもそも、美國島の深きものの眷属たちは変貌開始時期が、よその連中と比べるとかなり遅いんですよ。成人してようやく変貌開始、という感じなんです。よそは10代前半というのが大概なんですが。

 

 で、弁蔵君は40後半でようやく変貌開始されてしまった上、その時よそから来られた奥様が発狂なさって自殺され、それが原因でアルコール依存症になられてますからねえ。

 

 弁蔵君が1年前に矢を大金と引き換えに売り払われてしまいましたからね。お昼間にコナン君が受けた電話が、そのおかげで手術が成功したというお礼の電話だったんですよ。

 

 で、弁蔵君は松井君たち探索者らがあちこち動き回っていることを察知し、どさくさ紛れに矢を再び入手して、さらにそれを大金に変えられるのではと思われたようです。

 

 そのせいで、弁蔵君は処分されてしまったようです。すでに地底湖に広がる赤い斑模様と、あちこちにプアプカ浮いている肉片が、彼のなれの果てでしょう。

 

 そして弁蔵君のせいで探索者たちの動きは、他の深きものの血族たちに察知され、余計なことを周知される前に口封じされることになったようです。

 

 

 

 

 

 「ご、ごめんなさい・・・まさか・・・あなたたちがここまで調べ上げるとは思わなかったの・・・!」

 

 震える声で謝ってきたのは君恵君です。

 

 「わ、私はただ・・・ただ、母さんのお墓参りをしてくれたお礼がしたかったの・・・!

 

 矢の仕掛けも、一時的なものですぐ回復するってわかってたから・・・」

 

 「君恵さん・・・」

 

 涙声で謝罪される君恵君ですが、時すでに遅し、ですよ。

 

 やがて、地下空間に振動が走りました。

 

 「オオ・・・“だいこうふ”様ガオイデニナラレル・・・!

 

 祝詞ジャ・・・祈レ・・・! 祈レ・・・!」

 

 長はもはや、彼らを一顧だにせずに、再びほかの深きものやその眷属たちと身を伏せあい、いあいあ詠唱を始められました。

 

 そして、水面に派手な水柱を上げながら、それは顕現しました。

 

 さて皆様、ダイスの準備はよろしいですか?

 

 

 

 

 

 それは、巨大な、巨大すぎるサメだった。

 

 古代のカルカロドン・メガロドン、つまりホホジロザメの祖先に似ているが、大きさは倍ほどもある。

 

 幽霊のように白く、その周囲で地底湖の水は輝いているようにも見える。

 

 絶えず空腹らしく、大口を開けるや、水面に浮いていた肉片を豪快に吸い込むように飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ええ。それは大いなるクトゥルフ君の化身の一つであり、かの有名なリヴァイアサンとも呼ばれる存在――“すべてのサメの父”です。

 

 だいこうふ・・・つまり、大いなる、鮫の、父です。全ての漢字を取って、読みを変えればだいこうふ、ということですよ。

 

 

 

 

 

 そして、すべてのサメの父の周囲を、いくつものヒレが突き出ています。彼は顕現の際に、数体ほどホホジロザメを伴いますのでね。

 

 しかし珍しいパターンですね。この化身は深きものが追い詰められた際、制御不能を承知で召喚してくるものなのですが。

 

 唯一その制御が可能だった人魚を人間がペロッと召し上げられて、それが今日までの島の儀式につながることになったのですから、気の毒ですよねえ。(ニヤニヤ)

 

 いや、あの漁師君に、人魚の肉は病気にいいですよ、と仕込んだ甲斐がありました!

 

 おや皆さん!病気の娘さんを案じてアドバイスを送っただけの私に、一斉に軽蔑の視線を向けてこられて、どうしたのです?!

 

 もちろん、こうなることを期待してのことですが、何か?いやー本当に面白いことになってくださいました!

 

 

 

 

 

 さて、描写に戻りましょう。

 

 蓮希君はかろうじてSANチェックに成功しましたが、絶叫して暴れてしゃにむに逃げようとしています。不定発症ですかね、これは。

 

 松井君はそんな蓮希君をどうにか言葉だけでなだめようとしていますが、押さえつけられ悔しそうに歯噛みされています。

 

 他の面子は・・・おや、七槻君が悲鳴を上げ、一番近くにいた深きものに殴りかかられました。

 

 ああ、SANチェック失敗からのアイデア成功で、破壊衝動の発露ですね。ご愁傷様です。

 

 が、彼女の拳が深きものに届き前に、彼女はその場に倒れこみました。おや、コナン君、時計型麻酔銃を使ったのですか。確かに下手にケンカを売らせるよりは賢明な選択だったでしょう。

 

 「いあ!いあ! くとぅるふ ふたぐん!

 

 すべてのサメの父ヨ!オ怒リヲ納メラレマセ!此度ノ贄デゴザイマス!」

 

 と立ち上がった深きものの長が声を張り上げますが・・・あらら、聞く耳持たずで【噛みつき】→【振り回し】→【丸のみ】コンボで殺しちゃいましたよ。

 

 ま、先も言ったように、彼、基本的に物理破壊力に特化した化身で、制御不能なんですよね。

 

 言うことなんか聞きませんよ、そりゃ。

 

 これにはほかの深きものたちとその眷属も、ビビッて詠唱をやませて、後ずさっています。

 

 「あ・・・?」

 

 ガクンッと、いきなり敦子君がその場に倒れこみます。その顔色は真っ青です。

 

 “儒艮の矢”に仕込まれているPOW吸収の魔術が本領を発揮して、加速度的に彼女のPOWを吸い上げにかかっているようです。

 

 この吸い上げられたPOWは、すべてのサメの父に送り込まれ、彼をなだめられるのに使われるんですが・・・この状況では、無駄でしかないでしょうねえ。

 

 「敦子!」

 

 とうとう我慢できなくなった竜條寺君が飛び出されました。

 

 「クッ・・・勘弁してやれるか!どけえ!」

 

 竜條寺君を発見した深きものたちが彼を攻撃しようとしますが、一括されて思わず身をすくませています。

 

 そんな彼らを押しのけるようにちぎっては投げして、竜條寺君は祭壇まで一目散にかけていきます。

 

 同時に、それまで松井君を押さえつけていたフードを深くかぶった深きものの眷属が、彼の縄を引きちぎり、解放します。

 

 「君恵を頼む!あいつは死ぬ気だ!

 

 だいこうふ様の慰めなんて、あいつはどうでもいいんだ!」

 

 おや、この声・・・福山禄郎君ですね?

 

 「禄郎!お前!よそ者なんかに与して裏切るのか!」

 

 「裏切る?!この島が君恵に何してくれたんだ!命様命様って、あいつ一人に全部を押し付けやがって!

 

 あいつがこの3年、あの薬を飲み続けて拒絶反応に苦しんでるのを、ただ見ているしかできなかった・・・。

 

 今度こそ俺は、あいつの力になる!それだけだ!」

 

 「何てことを・・・!」

 

 などという言い合いをよそに、現状地獄絵図が繰り広げられています。

 

 制御不能のすべてのサメの父が、巨体を乗り上げさせて大暴れ、何とかなだめに入ろうとする深きものたちが片っ端から餌食になっています。

 

 そのすきに、松井君が蓮希君と理央君を、他のメンバーと一緒に取り返していきます。

 

 「キ、君恵!早ウ“なだめ”ノ歌ヲ・・・」

 

 「・・・そんなもの、知らないわ」

 

 慌てふためく深きものの要請を、君恵君が冷たく切り捨てます。

 

 「母さんが命様だって知ってたくせに、誰一人墓参りに来なかったわよね?只の、一人も。

 

 命様が、島のために身を削って、あの薬を飲んで、だいこうふ様に慰めの歌を捧げるのを当たり前に思っているあなたたちなんて、滅べばいいんだわ。

 

 もっと早く、不老不死なんてまやかしから、目を覚ますべきだったのよ、きっと・・・」

 

 涙目でうめく君恵君は、そういうや、敦子君の拘束を解くと、その矢を取り上げて、大きく掲げました。

 

 「さあ!すべてを終わらせてくださいませ!だいこうふ様!」

 

 その声に、グルんっとすべてのサメの父の青白い顔の切っ先が向けられました。

 

 それに安堵したように、どこか疲れたような笑みを浮かべられる君恵君ですが、彼女に叫んだ存在がいました。

 

 「「だめぇぇぇぇぇ!」」

 

 それは、吸われて減ったPOWのせいで息も絶え絶えの敦子君(竜條寺君によって拘束を解かれている最中)と、いまだに狂乱中ながらもかろうじて彼女の危機を察したであろう蓮希君でした。

 

 「君恵さん!お母さんの分も生きてあげて!お母さんが蔵の中で亡くなったって知ってるなら、その願いだって、知ってるはずでしょう?!」

 

 「お墓参り!してあげてた人、いたの!本当!

 

 私たち、さっき逃げた時にそれを見たの!禄郎さんが、お線香をお供えしてあげてて・・・!

 

 崖際にある、石組みの小さなお墓が、そうなんでしょ?!」

 

 二人の叫びにハッとした顔をされる君恵君に、禄郎君が駆け寄りながら叫びました。

 

 「君恵!悪かった・・・ずっと、知ってたんだ・・・!

 

 お前は、それを知られたくないだろうから、知らないふりをしていた・・・悪かった!本当に・・・悪かった・・・!」

 

 息を切らしてすぐそばに立つ禄郎君から、フードが外れます。漁師らしくよく日に焼けた肌をしてますが、深きものの眷属らしく鱗状の吹き出物、裂けた口、大きな目玉と、すでに変貌しています。

 

 「あ・・・みっともないものを・・・」

 

 「何言ってるの。どんな姿をしてても、禄郎君は禄郎君じゃない。

 

 ありがとう・・・知らなかった・・・!」

 

 涙ぐんで抱き着く君恵君と、彼女の肩におずおずと手を回そうとなさる禄郎君に、すべてのサメの父の大口が容赦なくかぶさろうとしました。

 

 おや、松井君、【アイデア】と【クトゥルフ神話技能】・・・両方成功ですね。どうしたんです?

 

 「蓮希!2年前の時の歌だ!あれを歌え!」

 

 「え?!で、でも!」

 

 「今あれを歌えるのはお前だけだ!大丈夫だ!俺が付いている!危ないと思ったら、俺が辞めさせる!

 

 だから、頼む!」

 

 怯え切った目で松井君を見上げる蓮希君ですが、恐怖はほんの一瞬だったのでしょう。

 

 松井君に左手を握られたまま、頷いた彼女は大きく息を吸い込むや、その唇を震わせ、歌いだしました。【芸術〈音楽〉】成功、ですね。

 

 忘れもしない、2年前――『黄衣の夢幻貴公子』のセッションで、藍川君、羽賀君と簡易演奏をした、ルルイエソングです。

 

 

 

 

 

 なるほど。

 

 どうやら、松井君はすべてのサメの父がどういうものか察してしまったのでしょうね。

 

 そして、ゆえにこそ、それを称えるあの歌であれば、完全になだめることはできずと、一時的に動きを止めることくらいはできるのでは、と考えられたようです。

 

 ま、判断としては間違ってませんよ。

 

 ただ、2年前、それを歌った結果、どうなったか、忘れてないくせに頼み込むとは、いやはや、実に笑えますねえ(笑)

 

 

 

 

 

 実際、すべてのサメの父は歌が始まるなり、ビタッとその動きを止めました。見ようによっては聞き入っているようにも見えます。

 

 「七槻さん!起きて!早く逃げないと!」

 

 コナン君は、この隙に七槻君を起こして、他のメンバーと一緒に生贄や他のメンバーを連れて地下洞窟に逃げ込めばいいのでは?と考えられているようです。

 

 ですが、それは甘いと言わざるを得ません。

 

 曲がりなりにも、あれは旧支配者――化身といえど、神の一柱ですよ?その程度で振り切れるはずがありません。

 

 「な、何で彼女が、なだめの歌を・・・ただの人間が歌うには、危険すぎるってのに・・・!」

 

 「・・・お母さんは、あの子のような人のために、命様を続けて欲しがったのね、きっと」

 

 驚いた様子の禄郎君に、ポツリと呟くと、君恵君は懐から取り出した薬包から、粉薬をざっと喉奥に流し込みました。

 

 そして、ゴクンとそれを飲み込むや、ベタンとその場に座り込みました。

 

 否、その足元がヌメついた鱗に覆われた魚のしっぽに変わっています。白い水干の袖から除く腕も鱗に覆われ、水かきが張っています。

 

 そのままであるのは、首から上だけ――文字通り、人魚のような有様ですね。

 

 おやおや。あれだけみんなまとめて死んでやる!と意気込まれてたというのに。結局ほだされるのですか。

 

 『天空を上り巡り並ぶ星辰

 

 それと同じく上り巡り並ぶは

 

 失われしルルイエの地・・・』

 

 急ぎ禄郎君に助け起こされながら、彼女は蓮希君の歌に合わせるように歌い始めました。

 

 その歌を静かに聞くように、すべてのサメの父は、それまでの暴虐がまるで嘘であるかのように、静かにされています。

 

 そのすきに、そろりッと敦子君を抱えた竜條寺君が、足音などをできるだけ殺して、祭壇を下っていきます。

 

 時折、後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら。

 

 やがて彼女らの歌が終わりました。

 

 歌い終わると同時に、SANチェックが入って、嘔吐し始めた蓮希君に、必死に寄り添って「よくやったな!」と背中をさする松井君と、力尽きたように禄郎君にもたれかかる君恵君。

 

 直後。

 

 『EEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeKkkkkkkkkkkkk!!!』

 

 すべてのサメの父が大きく咆哮するや、その姿を水面の下にもぐらせ、ややあって地響きとともに、巨大な波を発生させました。

 

 【津波】ですね。その気になったらよほどの大型船でない限り、地上の建物さえ洗い流せるほどの破壊力があるんですよ、あれ。

 

 もともと水棲の深きものたちはともかく、これは探索者たちにとっては致命的でしょう。

 

 「逃げろぉぉぉ!」

 

 気が付いた七槻君の手を引いてコナン君が叫びますが、とても間に合うものではなく、間もなく彼らは波にのまれてしまいました。

 

 祭壇も、そこにいた禄郎君と君恵君も、深きものとその眷属たちも、そのすべてを飲み込んで。

 

 

 

 

 

 

 んっんんー?これはまた困りましたねー?

 

 それでは皆さん、ご一緒に!続く!

 

 

世の中が嫌なら、自分を変えろ。

それも嫌なら、目も耳も閉じて、孤独に続け。

 

【セッション視聴、そしてやっぱり元凶だったナイアさん】

 前回から引き続き、美國島を舞台にしたセッションを視聴する。

 クトゥルフ神話とは、空から、海から、地の底から、抗えぬ宇宙的恐怖が押し寄せて、ちっぽけなただ人どもの精神を蹂躙することである。

 物語の主人公たちは偶然それに巻き込まれただけかもしれないが、仮に彼らが何らかの幸運によってそれを回避できたとしても、いずれ別の存在が同じ目に遭っていただろう。所詮人間は神々の掌を転がされる、サイコロ人形でしかないのだから。

 インスマスをああした元凶であるエドモント・マーシュについては、笑い話扱いしている。

 悲劇のトリガーは人間が引くものだけど、多分そいつがやらなくても、別の誰かがいずれやったんでない?だってあの町、地理的条件からして、いつかそうなるって決定的なもんだし。

 二チームに分かれる探索者たちをニヤニヤ見守る。

 ♯3よりも割と細かに語っているが、これでもかなり細かなところ(どうでもいいダイスロールやクリファン判定など)は省略している。

 いよいよクライマックスに差し掛かり、地下空間に連行される探索者と、出現しただいこうふこと、“すべてのサメの父”をニヤニヤ見守る。多分、ポップコーンとジュース片手にしてたのでは?

 餌食にされる深きものとその眷属たちと、地獄絵図を必死に足搔く探索者たちに、大爆笑。

 あっはっは!完全に巻き込まれでひどい目見てやんの~!

 “すべてのサメの父”は、クトゥルフの化身であるだけあってスペックが割と絶望的(詳細はサプリメント『マレウス・モンストロルム』を参照)。水中だと最強クラス。劇中では描写を省いてますが、【スマッシュ】という薙ぎ払い攻撃も所持しており、戦艦あたりとやりあってもおかしくはない。

 ナイアさんはその辺の事情も分かっているので、説明してくれています。

 松井さんの【アイデア】【クトゥルフ神話技能】のダブル成功に、何事?!とちょっと驚く。その結果が、頼れる彼氏がいようと蓮希ちゃんのトラウマ抉りになるだろう結果に、また笑った。

 藁をもすがるような抵抗を繰り出す探索者たちに、おおなんと健気なとちょっと感心。これだから人間は面白い。

 

【事態の解明、収拾に奔走した探索者たち】

 メンバーとしては、いつもの面子である江戸川コナン、松井陣矢、浅井成実、竜條寺アイル、復帰参戦の設楽蓮希、新規参戦の越水七槻、徳本敦子、NPC枠に湯川理央、計8名の大所帯。

 再度述べるが、今回は槍田探偵事務所に持ち込まれた門脇沙織からの依頼の調査を越水七槻が担当し、他メンバーはその手伝い、徳本敦子は小説の題材のための取材旅行で、竜條寺はその付き添いという形。

 つまり、彼らの目的としては、門脇沙織の所在を判明させる、その依頼内容をはっきりさせ、実行可能なら実行する、ということ。

 加えて、祭りの最中に見かけた人さらいもあり、できればその解決も目的に付け加えられる。

 夜遅くであっても君恵さんにいろいろ聞きこみ、翌日には2チームに分かれて、いろいろ調べ回る。

 なお、前回のでお察しの通り、今回のようなケースだと理央ちゃんは完全にお荷物枠。できるだけ冒涜的刺激を与えないように、細心の注意を払っている。SANが低めになっている蓮希さんもセットにしているが、蓮希さんは一時狂気で松井さんから離れたがらなくなっている。

 さらに、敦子さんは当選した矢の効果でPOWを奪われており、そのせいで少々気分が悪そうにしている。

 かなり今回は気を使わなければならないメンバー構成。

 発見した冒涜的薬やら、襲い来る深きものたちに、やっぱり転がるダイスと、ガリガリやすり掛けされるプレイヤーたちのSAN値。

 このままだと君恵さんが?!と彼女のところへ行こうとするが、住民の深きものたちに囲まれ、つかまってしまう。

 でも、ボディチェックがゲロ甘だったから、武装はたいして取り上げられなかったぞ!今回は島へ来た目的が目的だったので、松井さんや竜條寺さんは拳銃を未所持。コナン君の探偵グッズはそもそも危険物認定されなかった。初見であんなもん、危険性など見抜けるか!

 コナン君の伸縮自在サスペンダーで、無事脱獄。原作でもあのサスペンダーの出番はそう多くない。劇場版のせいで印象が強いだけ。

 彼らのミスは、ここで気絶した理央ちゃんと、SANが低い蓮希さんを離脱させようとしたこと。外に深きものたちが待ち構えている可能性を考えておけば、人質に取られることもなかった。おかげで松井さんはダメージを食らった状態で再登場する羽目になった。

 そして明かされる種明かしに、一部メンバー(推理力の高い、コナン、七槻、松井、敦子の4名)はやっぱり・・・となった。うすうす彼らは弥琴=君恵の変装と察していた。

 なお、ナイアさんは語ってないが、今セッションで必要だった技能は【説得】【言いくるめ】などの対人技能。

 最後のシーンで、だいこうふ様をなだめられるのはどうあがいても君恵さんだけなので、探索者たちが助かるには彼女の気を変えさせる必要がある。

 実は、♯31で蓮希さんが身元不明の遺体に同情発言をしたり、敦子さんが蔵に花を供えたことも良判断。これで君恵さんの好感度は、かなり上昇しており、説得や言いくるめに補正がかかった。

 加えて、人魚の墓を発見した蓮希さんが、その時に禄郎さんが墓参りに来てたよ!といったのもさらに、好感度を引き上げる材料になる。

 原作では、禄郎さんは海老原寿美さんと婚約し、一方で君恵さんに思いを寄せているが、今シリーズではそもそも婚約はなかったうえ、人魚の巫女は次代につながねばならないので、むしろ二人の付き合いはこっそり推奨されていた。書く機会なさそうなのでここに書いときます。

 最終的に、蓮希さんの行動のために、君恵さんはだいこうふ様のなだめに入ってくれた。

 彼らがどうなったかは、次回で!

 





【セッション視聴、そしてやっぱり元凶だったナイアさん】
 前回から引き続き、美國島を舞台にしたセッションを視聴する。
 クトゥルフ神話とは、空から、海から、地の底から、抗えぬ宇宙的恐怖が押し寄せて、ちっぽけなただ人どもの精神を蹂躙することである。
 物語の主人公たちは偶然それに巻き込まれただけかもしれないが、仮に彼らが何らかの幸運によってそれを回避できたとしても、いずれ別の存在が同じ目に遭っていただろう。所詮人間は神々の掌を転がされる、サイコロ人形でしかないのだから。
 インスマスをああした元凶であるエドモント・マーシュについては、笑い話扱いしている。
 悲劇のトリガーは人間が引くものだけど、多分そいつがやらなくても、別の誰かがいずれやったんでない?だってあの町、地理的条件からして、いつかそうなるって決定的なもんだし。
 二チームに分かれる探索者たちをニヤニヤ見守る。
 ♯3よりも割と細かに語っているが、これでもかなり細かなところ(どうでもいいダイスロールやクリファン判定など)は省略している。
 いよいよクライマックスに差し掛かり、地下空間に連行される探索者と、出現しただいこうふこと、“すべてのサメの父”をニヤニヤ見守る。多分、ポップコーンとジュース片手にしてたのでは?
 餌食にされる深きものとその眷属たちと、地獄絵図を必死に足搔く探索者たちに、大爆笑。
 あっはっは!完全に巻き込まれでひどい目見てやんの~!
 “すべてのサメの父”は、クトゥルフの化身であるだけあってスペックが割と絶望的(詳細はサプリメント『マレウス・モンストロルム』を参照)。水中だと最強クラス。劇中では描写を省いてますが、【スマッシュ】という薙ぎ払い攻撃も所持しており、戦艦あたりとやりあってもおかしくはない。
 ナイアさんはその辺の事情も分かっているので、説明してくれています。
 松井さんの【アイデア】【クトゥルフ神話技能】のダブル成功に、何事?!とちょっと驚く。その結果が、頼れる彼氏がいようと蓮希ちゃんのトラウマ抉りになるだろう結果に、また笑った。
 藁をもすがるような抵抗を繰り出す探索者たちに、おおなんと健気なとちょっと感心。これだから人間は面白い。

【事態の解明、収拾に奔走した探索者たち】
 メンバーとしては、いつもの面子である江戸川コナン、松井陣矢、浅井成実、竜條寺アイル、復帰参戦の設楽蓮希、新規参戦の越水七槻、徳本敦子、NPC枠に湯川理央、計8名の大所帯。
 再度述べるが、今回は槍田探偵事務所に持ち込まれた門脇沙織からの依頼の調査を越水七槻が担当し、他メンバーはその手伝い、徳本敦子は小説の題材のための取材旅行で、竜條寺はその付き添いという形。
 つまり、彼らの目的としては、門脇沙織の所在を判明させる、その依頼内容をはっきりさせ、実行可能なら実行する、ということ。
 加えて、祭りの最中に見かけた人さらいもあり、できればその解決も目的に付け加えられる。
 夜遅くであっても君恵さんにいろいろ聞きこみ、翌日には2チームに分かれて、いろいろ調べ回る。
 なお、前回のでお察しの通り、今回のようなケースだと理央ちゃんは完全にお荷物枠。できるだけ冒涜的刺激を与えないように、細心の注意を払っている。SANが低めになっている蓮希さんもセットにしているが、蓮希さんは一時狂気で松井さんから離れたがらなくなっている。
 さらに、敦子さんは当選した矢の効果でPOWを奪われており、そのせいで少々気分が悪そうにしている。
 かなり今回は気を使わなければならないメンバー構成。
 発見した冒涜的薬やら、襲い来る深きものたちに、やっぱり転がるダイスと、ガリガリやすり掛けされるプレイヤーたちのSAN値。
 このままだと君恵さんが?!と彼女のところへ行こうとするが、住民の深きものたちに囲まれ、つかまってしまう。
 でも、ボディチェックがゲロ甘だったから、武装はたいして取り上げられなかったぞ!今回は島へ来た目的が目的だったので、松井さんや竜條寺さんは拳銃を未所持。コナン君の探偵グッズはそもそも危険物認定されなかった。初見であんなもん、危険性など見抜けるか!
 コナン君の伸縮自在サスペンダーで、無事脱獄。原作でもあのサスペンダーの出番はそう多くない。劇場版のせいで印象が強いだけ。
 彼らのミスは、ここで気絶した理央ちゃんと、SANが低い蓮希さんを離脱させようとしたこと。外に深きものたちが待ち構えている可能性を考えておけば、人質に取られることもなかった。おかげで松井さんはダメージを食らった状態で再登場する羽目になった。
 そして明かされる種明かしに、一部メンバー(推理力の高い、コナン、七槻、松井、敦子の4名)はやっぱり・・・となった。うすうす彼らは弥琴=君恵の変装と察していた。
 なお、ナイアさんは語ってないが、今セッションで必要だった技能は【説得】【言いくるめ】などの対人技能。
 最後のシーンで、だいこうふ様をなだめられるのはどうあがいても君恵さんだけなので、探索者たちが助かるには彼女の気を変えさせる必要がある。
 実は、♯31で蓮希さんが身元不明の遺体に同情発言をしたり、敦子さんが蔵に花を供えたことも良判断。これで君恵さんの好感度は、かなり上昇しており、説得や言いくるめに補正がかかった。
 加えて、人魚の墓を発見した蓮希さんが、その時に禄郎さんが墓参りに来てたよ!といったのもさらに、好感度を引き上げる材料になる。
 原作では、禄郎さんは海老原寿美さんと婚約し、一方で君恵さんに思いを寄せているが、今シリーズではそもそも婚約はなかったうえ、人魚の巫女は次代につながねばならないので、むしろ二人の付き合いはこっそり推奨されていた。書く機会なさそうなのでここに書いときます。
 最終的に、蓮希さんの行動のために、君恵さんはだいこうふ様のなだめに入ってくれた。
 彼らがどうなったかは、次回で!


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【#33】人魚の島美國島!さらばまた今度!

 この事件の結末どうしようか、クッソ悩みました。
 叩き落すのもいいし、救い上げるのもありだし。・・・ここで叩き落したら、蓮希ちゃん諸共松井さんが再起不能にならなくね?
 蓮希さん、ただでさえもちょい役で事件に首突っ込んで、いろいろひどい目見てるのに。そろそろ、報われてもええやん。そう思った結果、この結末となりました。
 ま、SAN回復したら、さらに事件に首突っ込むことが確定したようなもんですがね。可哀そうに。
 不穏なフラグを立てて、次回へ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやー、素晴らしいセッションでした!

 

 個神的には、君恵君にはあのまま全部をあきらめて真っ平にしてくれた方が好ましかったのですが、それも人間、ということにしておきましょう。

 

 深淵に見えてなお、生き残ろうと探索者が足搔く様こそ、私としても面白おかしく見れますしね。

 

 七槻君なんか、新規参戦で一時発狂の挙句、深きものに素手で殴りかかろうとなさってましたしね。

 

 あっはっはっは!いやー、本当に笑った笑った。

 

 おかげで、白いご飯が美味しいのなんの。

 

 え?ほっぺに白いご飯粒が付いてる?おや、失礼。みっともないものをお見せしました。

 

 え?お前のメシウマはどうでもいいから、続きはよ!はよ!ですか?

 

 んもう!皆さんってば、せっかちなんですから!

 

 

 

 

 

 では、いささか短いですが、冒頭邪神トークはこのくらいにして、本編に行ってみましょうか。

 

 もう、セッション自体はほとんど終わってますので、エピローグ的位置ですがね。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 一晩明けて、翌朝です♪

 

 私は慌てふためいてるのを装って、人込みをかき分けて、そこに駆けていきます。

 

 町中から少し離れたところにある砂浜です。

 

 そこには、ずぶ濡れ砂まみれで打ち上げられた探索者たち+理央君が転がっています。

 

 もちろん、全員生きてますよ、ええ。

 

 ですが、まあ、私は今、コナン君の保護者ですのでね。

 

 「コナン君!ご無事ですか?!」

 

 叫びながら、私は彼に駆け寄って、ゆすりながら意識確認です。さも心配している風を装ってますが、まあ、彼がこの程度でくたばるはずがありませんよ。彼、劇場版のたびに似たような目に遭って、それでも頑張って生き残られるほど、悪運強いわけですし。

 

 え?メタァ?何の話です?(ニタァッ)

 

 「う・・・う、わ、お前・・・」

 

 「こら!お前じゃなくて、ナイア姉ちゃん、でしょう!

 

 じゃなくて!お怪我はありませんね?!

 

 心配したんですよ?!昨夜、旅館に帰ってこられなくて、島中探しまわってたんです!

 

 他の皆様にもご協力いただきまして!

 

 そしたら、明け方近くにズドン!と大きく島が揺れて、何事かとみんなで心配してたら、君たちがここに打ち上げられていると・・・!

 

 ああ、もう!無事でよかった!」

 

 と、気が付いて目を白黒させるコナン君に、涙目で表向きの状況をまくしたてて見せます。最後に、大事な養い子を心配するお姉さんらしく、抱きしめるのも忘れてはいけません。

 

 え?お前、昨日セッション出歯亀してただろうが、ですか?

 

 おや皆さん、私を誰だと思ってるんです?私にとって、事実の改変なんて、ちょいと面倒ですが、できなくもないんですよ!

 

 ニャルラトマァジックでこれこの通り、ですよ!

 

 「クッソ・・・ひでえ目に遭ったぜ・・・!」

 

 「ははは・・・何でボクたち生きてるんでしょうね・・・」

 

 おや、他の探索者たちも気が付きましたね。

 

 頭を振る竜條寺君に、虚ろなから笑いをする七槻君(一人称がおかしいですよ?)に、周囲を見回してから、一気に涙ぐみ、松井君に抱き着いて号泣し始める蓮希君。

 

 同様に、茫然とされている敦子君は、ややあって項垂れます。

 

 理央君は一人、状況がわかってない様子で、少々いぶかしげにされています。

 

 ・・・浜に流れ着いているのは、彼らだけです。他の深きものやその眷属、何より、禄郎君と君恵君は、そこにはいません。

 

 「どいてください!けが人や重傷者はいますか?!」

 

 「大きなけがはありません。私たちより、こちらの子供二人と、あとは彼女を。彼らは落ち着く必要があります」

 

 担架を担いでこられた救急隊員の皆さんに、成実君はそういうや、よろよろと立ち上がり、松井君に何事か言い、頷いた松井君がそのまま蓮希君を抱き上げます。

 

 やれやれ。予定よりも滞在が長引きそうですねえ。

 

 「おい!放せよ!」

 

 「駄目ですよ。恥ずかしくても、今は我慢してください!君は混乱してるんです!

 

 怖かったんですね!もう大丈夫ですよ!」

 

 「放せぇぇぇぇ!」

 

 そして、私は腕の中のコナン君を、心配を装って目い一杯からかうことにしました。

 

 本当に、かわいいんですから♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、いくつかは省きます。

 

 その後、島にあるそこそこの病院であれこれ検査して、一晩だけ入院し、それが終わって帰宅ということになりました。

 

 蓮希君は、いよいよSANが減ってしまったらしく、松井君に慰められながら、泣きっぱなしです。

 

 ま、勇気を出して、トラウマソングを歌ったにもかかわらず、助けたいと思った肝心な人が行方不明ですしね。当然かと。

 

 一人蚊帳の外の理央君は、何があったの、どうなったのと、敦子君と竜條寺君にお尋ねしてました。

 

 で、敦子君が馬鹿正直に事実(魚みたいな顔をした人たちに捕まって、鮫の神様の生贄にされそうになった!)を言ったにもかかわらず、まったく信じようとせず、竜條寺君の常識的返答(誘拐犯を海際の崖に追い詰めたが、そこに爆弾を仕掛けられてて避難するのに失敗して犯人諸共海に転落。助かってよかったな!という感じ)にとりあえず納得されてました。

 

 常識的な世界を信じる人たちに、探索者の知る真実なんて、妄想甚だしい作り話なんですよ。

 

 

 

 

 

 そんな、恐ろしい事実なんて、知りたくもないでしょうに!

 

 それでも聞こうとするなんて、愚か極まりないですねえ。

 

 

 

 

 

 ちなみに、蓮希君から目が離せない松井君の代わりに、竜條寺君と成実君が神社の地下へ向かおうとしましたが、無駄足に終わりました。

 

 何と、神社は地震にでも遭ったかのようにバラバラぐしゃぐしゃに壊れて、がれきと木材の山と化していたからです。

 

 どうも、最後の津波の一撃が地下室を通って神社まで噴出したようです。

 

 その証拠に、雨など全く降ってなかったというのに、神社の木材はそこだけ水をかぶったようにびしょぬれでした。

 

 そんな状態ですから、あの地下空間へ行くすべもまた、失われてしまったということです。

 

 「何て報告すりゃいいんだ・・・っつーか、絶対危険手当上乗せもんだぞ、この案件。

 

 生き残れただけマシだが・・・マジ勘弁してくれ」

 

 などとぼやいていた竜條寺君が印象的でした。今の職場のことを思って、いい加減あきらめられたらいかがです?少しは楽になるかと思うんですがねえ。

 

 「あ゛?!義手、海水につけちまった?!」

 

 「・・・私もフォローしますから、おとなしく技術部に怒られましょうね?」

 

 「俺のせいじゃねえええええ!勘弁してくれぇぇぇ!」

 

 気の毒そうな成実君に、竜條寺君が頭を抱えられてました。本当に、いろいろ笑える人ですよねえ、彼。

 

 

 

 

 

 さて、事情聴取など、もろもろ落ち着いて、ようやく帰宅できることになりました。ちなみに、連休はとっくに終わってます。しょうがないですよね?

 

 現在、定期船の甲板です。

 

 目を真っ赤に泣きはらした蓮希君に、松井君がつきっきりでいます。

 

 そして、最後尾の手すりで、敦子君がぼーっと空を見上げられてますね。

 

 そのそばには、竜條寺君と理央君ですか。ふむ。【聞き耳】!

 

 「・・・大丈夫か?」

 

 「私、アンデルセンの人魚姫、嫌いだったの。王子様が好きで好きでしょうがないくせに、横取りされちゃって、かといって海に帰ることもしないで、自分一人が消えたら解決なんて、結論出して。

 

 多分、同族嫌悪も入ってたんだろうけど」

 

 「・・・」

 

 「かと言って、あのアニメーションの奴はもっと嫌い。ハッピーエンドもいいけど、アンデルセンが言いたかったのって、そういうことでもないと思うし。

 

 ・・・今思えば、きっと、人魚姫は家族が大事だったから、一人で消えたのかもね」

 

 「家族が大事だから?」

 

 「人魚姫が王子様を短剣で刺し殺せば、人魚姫は人魚に戻って、家族のもとには帰れたかもしれない。

 

 でも、王子様を大事に思ってた女の人は?その家来たちは?国の人たちは?絶対悲しんで怒って、海に逃げた人魚姫を探し出して復讐しようとしたと思う。その結果、家族がひどい目に遭ったかもしれない。

 

 ひょっとしたら人魚姫は、そこまで見通したからこそ、自分一人が消えようとしたのかもしれない。

 

 ・・・あの島の、伝説の始まりになった最初の一人目も、そう思ったから、以降は自分一人でやろうとしていたのかもね。推測でしかないけどね」

 

 「・・・いい話は書けそうか?」

 

 「うん。ネタはもう頭の中にあるからね。がんばるよ。

 

 物語の中でくらい、幸せになる権利はあるはずだから」

 

 拳を握って大きく頷く敦子君の頭を、ポンポンと弾むようになでる竜條寺君。

 

 チッ、爆発すればよろしいのでは?

 

 おや、コナン君。私に大事な話ですか?

 

 ・・・まあ、いいでしょう。それで、何です?

 

 場所は、少し離れた、日陰になる甲板です。冷え込むので、こちらに人通りはほとんどありません。

 

 「沙織さんの日記にな、書かれてたんだよ、全部」

 

 「・・・というと?」

 

 「あの3人が、美國神社の蔵に火をつけた日。

 

 彼女たちは、島の居酒屋で飲んでたそうだな?そして、彼女たちのそばでこれ見よがしに話をしていた客がいたそうだ。

 

 黒髪に眼鏡の、目が覚めるような美人だったそうだ。

 

 その客も矢が外れたらしく、酒場の店主相手に管をまいてたらしい。

 

 “大体、本当に不老不死かどうかも怪しいんだから、外れてもいいんですよ!

 

 あーあ、誰かが事故とかに見せかけて、本当に不老不死を証明しませんかね?そうしたらきっと、命様とやらも信心に応えて、矢が当たるようになると思うんですよね”ってな。

 

 それを聞いた彼女たちは、面白がって命様を蔵に閉じ込めて火をつけることにしたそうだ。

 

 で?あんた、3年前の火事の日に、どこで何をしてたんだ?」

 

 「おや、コナン君。まさかこの私をお疑いに?」

 

 まったく、余計なものを残してくれましたねえ、門脇沙織君も。

 

 君がすべきなのは、そんな余計な情報を残すべきではないかったというのに。

 

 ま、もうすでに“すべてのサメの父”の腹の中に行ってしまっているでしょうから、言っても詮無いのでしょうが。

 

 ですが。ですがね?詰めが甘いですよ、名探偵君。

 

 「いいから答えろ!」

 

 「ふむ。そんなとっさに思い出せませんよ。それにですねえ、コナン君。一つ、大事なことをお忘れですよ?」

 

 目を吊り上げて怒鳴りつけるコナン君。嗚呼、ゾクゾクする。赤井君もそうですが、彼には実に、こういう顔が似合います。

 

 フフッ。だから、彼らをからかうのはやめられないんですよねえ?

 

 「証拠はどこにあるんです?名探偵君。

 

 例えば、その居酒屋に私がいたという証拠の写真はあるんです?あるいは証人は?

 

 その日記に書かれていた人物が、私だという証拠は?どこにあるんです?」

 

 ニチャァッと口を割って嗤いながら、私はコナン君に言いつのります。

 

 あるわけないですよね?居酒屋の店主は深きものの眷属で、昨夜の騒動でいまだに行方不明です。その場にいた女性三名は生贄にされて正気を失って同様に行方不明ですし、他の客をコナン君が探し出して連れてくるなんて、不可能です。

 

 ・・・何より、あの時の私は手取ナイアより少し姿を変えてましたしね。証明不可能、です。

 

 

 

 

 

 そう。これが、松井君が私へ手を出さない、出せない理由でもあります。

 

 私は確かに、邪神ニャルラトホテプの化身として、あちこちに悪意や混沌を振りまいて楽しんでいます。

 

 ですが、それを知っているのは私だけ。そして、証拠の類は残してませんし、私が教唆したという確定的な情報の類も一切残してません。

 

 証明不能であるがゆえに、私が邪神であると確固たる証拠もなく――コナン君がいますが、それも私が「何のことです?」の一言で終了ですしね。

 

 つまり、限りなく黒に近い、白としか判断されないんですよ、私は。

 

 MSO上層部も、私が邪神という確定ができない限り、手を出すことはできないんです。

 

 ざぁんねんでした!あっはははははははははは!!!

 

 

 

 

 

 ほぉら、今もコナン君は悔しげに奥歯をかみしめ、こぶしを握りながら私を睨みつけています。

 

 「まったく・・・私は優しいですからね。今は気分もいいことですし、聞かなかったことにして差し上げますよ」

 

 にっこり笑って、踵を返す私には、コナン君が悔しげに手すりを蹴る音が聞こえました。

 

 ものに八つ当たりしても何もいいことなんてありませんよ。落ち着いたらいかがです?

 

 「お前の思うとおりになると思ったら大間違いだ!絶対、証明してやるからな!」

 

 「・・・ええ。その時を楽しみにしておきますよ、名探偵君」

 

 小さく振り向いて、嘲るように言って差し上げました。

 

 ま、そんなときが、来たらいいですね、コナン君。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、新幹線を乗り換え列車に揺られて、米花駅です。

 

 ここで解散ということになりましたが、その時でした。

 

 スマホの着信音が聞こえました。おや、七槻君のものですね?

 

 「はい。槍田探偵事務所所属の探偵、越水七槻です。

 

 ・・・っ!」

 

 通話に出るなり、彼女は大きく息をのみました。

 

 「無事だったんですね!よかった!ああ、今すぐ替わりますね!彼女たちもそばにいるんです!」

 

 そう言って、彼女はスマホを目を真っ赤に泣き腫らさせた蓮希君に差し出しました。

 

 「出てみて!きっと驚くから!」

 

 不思議そうにしながらも、彼女は通話を替わりました。

 

 「もしもし・・・?

 

 ・・・っ・・・君恵さん?!

 

 無事だったんですね!禄郎さんは・・・そうですか!よかった!」

 

 

 

 

 

 その後、スピーカーモードにしたスマホから聞こえてきたのは、間違いなく島袋君恵君と、福山禄郎君の声でした。

 

 何でも、彼らは我々が島から出た直後ほどに沖合をプカプカしているところを発見されたそうです。

 

 禄郎君は相変わらずですが、君恵君は元の人間の姿に戻った状態で。

 

 で、病院に担ぎ込まれ、検査などがひと段落ついたところで、ご自宅に置いて行かれた七槻君の連絡先を思い出し、無事を伝えておこうとご連絡なさったのだとか。

 

 そして、今、あちこちで同様に浜に流れ着いたり、沖合に浮かんでいたりと、一部の島民が見つかってきているようです。

 

 全員は無理でも、一部のものは、戻ってくるだろうということ。

 

 そしてもう一つ。

 

 『ねえ、蓮希さん。・・・ありがとう。だいこうふ様も、あなたに感謝してるようだった』

 

 「・・・え?」

 

 さあっと青ざめる蓮希君ですが、次の言葉を聞いた途端、彼女は安堵の息をこぼされました。

 

 『ああ、ええっとね、だいこうふ様、あの歌に満足されたの。私一人じゃできなかった。

 

 だいこうふ様、深くて遠い場所に、行ってしまわれたの。

 

 多分、もうすぐこの島の人たちも、加護を失って、そのうち普通の人間しか生まれなくなると思う。

 

 あくまで推測だけどね。

 

 それに伴って、儒艮の祭りも取りやめにしようと思うの。元々だいこうふ様の慰めのためだったけど、あの方がいなくなられるなら、続ける意味がないから。

 

 表向きは、命様のからくりを、よそから来た人たちに見抜かれたからってことにしてね』

 

 「え・・・でも、それじゃあ・・・」

 

 『大丈夫さ。確かに、この島は儒艮の祭りの観光業でも稼いではいたが、新鮮な魚介料理でも有名なんだ。

 

 時間はかかるだろうが、立ち直って見せるさ』

 

 口をはさんだのは禄郎君です。

 

 『あんたたちには迷惑をかけてしまった。俺の事情と我がままに付き合ってくれて、感謝する。それから・・・君恵を助けてくれたことも』

 

 「気にすんなよ。好きな女の力になりたい男の気持ちは、理解できるつもりだからな」

 

 「ああ。式がいつになるか決まったら、教えてくれ。休暇取ってみんなで駆けつけてやるぜ」

 

 『式って!』

 

 『さすがに、今はまだな・・・もう少し時間はかかるだろうしな。気長にやるさ。だろ?君恵』

 

 『知りません!禄郎君の馬鹿!』

 

 『・・・ふっ・・・じゃあな』

 

 そこで通話は終了です。

 

 再び蓮希君は涙ぐまれて、松井君に抱き着いて泣かれています。

 

 「蓮希?!大丈夫か?!」

 

 「違うの・・・陣矢君・・・嬉しくて・・・!

 

 よかった・・・私の歌・・・余計なものじゃなかった・・・!

 

 ずっと気にしてたの・・・! 2年前のあの時、あれを演奏したから、かえって事態が悪くなっちゃったんじゃないかって・・・!

 

 あれが、本当に、人を救うことになった・・・!それが、嬉しくて、仕方ないの・・・!

 

 よかった・・・!君恵さん・・・禄郎さん・・・!」

 

 わあっと声を上げて、再び泣き出す蓮希君の背をさすりながら、松井君も嬉しそうに笑みをこぼしました。

 

 「・・・アンデルセン原作の人魚姫ってのは、元々宗教色が非常に強い作品でな。日本じゃその辺が難しいから、和訳の際に削除・改変されたんだ。

 

 永遠に近い命を持つ人魚には転生の概念がなく、死は消滅でしかない。

 

 だが、人魚姫は人間になったことで、その輪に入れた。

 

 彼女は、空気の精という、天使に近い存在になったんだ。

 

 そして、空気の精には、多分鳥が寄り添ってたんだろうさ。海の底の人魚姫に恋い焦がれていた、な」

 

 竜條寺君が穏やかに言いながら、敦子君を見ました。

 

 「うん!陸の王子様にも負けない、素敵な人が、待ってたんだよね!」

 

 涙ぐみながら、笑顔で敦子君がうなずかれます。

 

 や~れやれ。何ですか、このありさまは。しらけますねえ。

 

 クイクイッと袖を引かれるのを感じ、下を見下ろせば、そこにはどこか勝ち誇った様子のコナン君が。

 

 「よかったね!ナイア姉ちゃん!」

 

 ・・・このガキ。

 

 「ええ。君は、何にも、できませんでしたがね」

 

 「うん。でも、負けなかったよ?これからも、負けるつもりなんて、ない」

 

 ・・・フン。まあ、いいでしょう。

 

 では、そろそろ帰りましょうか。愛しの『九頭竜亭』に。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 『次のニュースです。

 

 ×日、未明に女性が殺害されるという事件が発生しました。

 

 東都××区東奥穂村にて、東都新聞記者の河内深里さんが刺されたもようです。

 

 第一通報者の高校生探偵、時津潤哉さんの証言によりますと、被害者の悲鳴が聞こえたところに駆けつけたところ、被害者が倒れているのを発見したということです。

 

 これに伴い、当時被害者のそばで凶器の包丁を持っていた、同じく高校生探偵の工藤新一さんを、容疑者として現行犯逮捕しました。

 

 また、詳しい情報が入りましたら随時報道いたします』

 

 モニターの中の美人アナウンサーが既定のニュースをすらすらとしゃべるのを見届け、ピッと彼はテレビのモニターを消す。

 

 見ぃつけた。

 

 ニタァッと彼は唇を割って笑う。

 

 ジンのアキレス腱。これで俺が幹部だ。

 

 

 

 

 

死亡フラグぅ?知りませんな、そんなことは!

 

続くんですよ!必死に!





【やっぱり元凶で、勝ち誇ったけど最後の最後にしてやられた感があるナイアさん】
 前回ラストから、微妙に事実改変をして、行方不明の養い子を必死に探していた保護者を演出する。
 真実を知る者からしてみれば、片腹痛い。
 助かったにもかかわらず泣き崩れる探索者たちに、ついでとばかりにコナン君を心配するふりしてからかい倒す。邪悪愉快犯。
 そのまま、いろいろやって方東都への帰路に就く。
 帰りの船の中で、コナン君と一対一でお話合い。
 やっぱり、今回の事件の元凶中の元凶もやらかしていた。具体的には、遠回しであれ、件の女子3人に、火事を起こすように仕向けさせた。
 ただし、それが彼女本人であるとはだれにも何物にも証明はできない。
 コナン君の詰問をのらくら躱して、勝ち誇ってみせる。
 人類に長きにわたって悪意と混沌を振りまく邪神が、たかだか10年ちょい生きたお子様にしっぽをつかまれるなんて、あるわけがない。
 多分、【アイデア】がクリティカルしたんだろうなとは思うが、素直に答えてやる義理も義務もない。
 悔しそうにするコナン君相手に勝ち誇って見せるが、駅前の和気あいあいの様子に、だいぶ白けた。
 ・・・彼女が、今東都で進行中の別の事件の知れば、どうなることやら。

【バッドに見せかけて、実はグッドエンドを迎えられ、SAN回復できたであろう探索者たち】
 前回ラストにて、地下空間から“すべてのサメの父”の【津波】に押し流され、地上の砂浜に打ち上げられる。
 ・・・彼らだけ。
 つまり、君恵さんや禄郎さん、他のさらわれた女性3名の行方は不明のままで、やっぱ何もできなかった!と蓮希ちゃんは泣いて後悔する。
 それぞれ、探索者たちも思うところを抱えながら帰路につく。
 東都の米花駅に到着して、解散し四日となったところで、お電話が。
 生きてたよー!という君恵さん&禄郎さんからのお電話でした。
 その後、島についての事後報告などを聞いて、よかったね!となる。
 蓮希ちゃんはこれでかなり大量のSAN回復が入る。多分、現役復帰可能なくらいには。
 なお、その後、敦子さんが書き上げた『ディープマーメイド』という新作は、またしてもヒットを飛ばす。人魚を題材にした、ホラー系の話。彼女が書くのはそんなのばっかり。
 ・・・なお、次の事件の不吉な胎動には、いまだに誰も気が付いていない。







Q.そういえば、結局原作で殺害された女性3名は?

A.そんなの、邪神様もおっしゃられたとおり、“すべてのサメの父”の腹の中ですよ?
仮に生きてたとしても、深きもの一歩手前の変貌済みで、精神も発狂済みというどうあがいてもまともな生活できない状態です。詰みですよ、詰み。


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【#34】騒動発生。工藤新一は汚名に塗れました☆

 主人公の偽物が現れてひと騒動というのは、漫画あるあるだと思います。
 青山ワールドにおいても、毛利小五郎しかり、怪盗キッドしかり、赤井秀一しかり。
 で、工藤新一もありましたけど、あの事件ってすごく良方向の解決をしてましたよね?
 ・・・ただ、それは平次君やコナン君という推理力のある人間が居合わせたらということで。
 仮に本物の新一君が現れなくても、服部平次君とコナン君が二人がかりで(しかも偽物と最初から特定済み)化けの皮剥がしにかかられていたでしょうし。
 黒の組織がかぎつけてたら、絶対ひどいことになってたでしょうね。
 ハードモード確定の本作で、自殺行為でしかない行動なんですよねえ、この騒動。
 工藤新一ことコナン君はもちろん、彼と秘密を共有する面子としても、気が気でないでしょうねえ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 さてさて、先日は素晴らしいですが、いまいちだったセッションが終わりました。

 

 途中経過は素晴らしかったんですよ?人間と周囲に失望した巫女が、だいこうふ様の慰めを放棄しようとなさったんですからねえ!

 

 おかげで、島の住民である深きものとその眷属たちは、だいこうふ様こと“すべてのサメの父”に大勢が、ガブガブモグモグテッチーンポーンされまくってたわけですしね。

 

 いやー、手に汗握るスペクタクルというのは、ああいうのを言うのでしょうね?

 

 ポップコーンとジュースが進んだ進んだ。

 

 ですが、後日談がいただけませんでした。

 

 コナン君が、私が仕掛人だと見抜かれるのはいささか想定外ではありましたが、どうとでも言いくるめられる自信はありました。実際、彼は悔しそうに黙り込むしかできませんでしたしね。

 

 

 

 

 

 そのあとですよ!問題は!

 

 米花町についたころに、無事でしたー!とかサプライズテレフォンされても困るんですよ!

 

 何ですかー!折角、頑張って仕込んだってのに、みんなまとめてほっこりなさって、よかったよかったって!SAN回復までなさって!

 

 私の長年にわたる仕込みの苦労を返してください!

 

 求めているのはそういうものではないんですよ!帰れ帰れ!塩投げますよ?!

 

 え?ハッピーエンドを素直に喜べないのはお前くらいだ?黙ってろクソ邪神?

 

 何ですかー!皆さんまで!

 

 はあ・・・なんか、しらけちゃいましたよ、本当に。ここらで口直しに面白いことはないですかねー?

 

 コナン君も、通学する足取りが軽い軽い。

 

 まったくもう!そんなだから生意気だって言われるんですよーだ!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 はー、もう、やってられませんよ!ショゴスさん、紅茶をお願いします!アールグレイのいい奴があったはずです!それで!

 

 本当は酒でもかっ食らいたい気分ですが、お昼間からそれはやめておきましょう。昼間から仕事場でそんなものをかっ食らうのは、本当に底辺の人間がすることですのでね。

 

 まあ、いやなことはニュースでも見て忘れましょう。

 

 昨夜は、帰ってきて疲れもありましたしね。お夕飯とお風呂を済ませてそのまま寝てしまいましたよ。

 

 だから、帰ってきてからニュースは初めて見るということになるんでしょうかね?

 

 ま、東都〈この街〉のことです。私を楽しませてくれる素敵なニュースがきっとすぐに見つかるはずです♪

 

 リモコンを取り上げて、あ、ピコッとな。

 

 ちょうど時間はニュースの時間です。毎度おなじみの、幸薄そうな男性ニュースキャスターが、事件ニュースを読み上げて・・・ン?何ですと?

 

 ・・・あ・・・あーっはっはっはっはっは!さ、さすがです!この街は・・・ぐっぶう、混沌に満ちています!

 

 グッジョブとしか言いようがありませんよ、“工藤新一”君!

 

 おや、何が起こったか、ですか?

 

 実に単純な、刺殺事件です。現状、トリックらしきトリックはなさそうです。

 

 が、容疑者の名前が問題なんですよ。

 

 なんと、“工藤新一”君ですよ?!

 

 おや、概要ですか?場所は、東都郊外の東奥穂村です。そこを訪れられていた東都新聞記者の河内深里君が、“工藤新一”君に刺殺されたそうですよ。

 

 第一発見者は、新一君同様、高校生探偵の時津潤哉君です。どうあがいても現行犯だと、“工藤新一”君はその場で逮捕されてしまいましたとさ。

 

 ですが。皆様ご存じですよね?

 

 工藤新一君は、我が家に居候している江戸川コナン君と同一人物なんです。

 

 刺殺事件が起こった時間、コナン君は福井県美國島で七転八倒なさってたわけですから・・・おやおや、これはどういうことでしょう?(ニチャァッ)

 

 フフッ。実に面白そうなことになりました。

 

 同一人物の別場所に同時存在というのも、確かに我々の方では、いくつか該当存在はいるでしょうが・・・果たして、こちら側の存在による所業ですかね?

 

 いえいえ、私の邪神としての勘が、これはごく普通の事件だといってます。

 

 ですが、フフッ、実に興味深く、そして面白いことになりました。

 

 不特定多数に発信するニュース番組で、“工藤新一”の生存が大々的に放送されたわけです。本当に、面白いことになったではありませんか!

 

 さてさて、どうなるんでしょうね♪実に楽しみですねえ♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「先生!おなかが痛いから早退します!」

 

 「あ、江戸川君?!」

 

 言うだけ言い捨て、コナンはランドセルを担いで飛び出すように1年B組の教室を後にする。

 

 新任の小林教諭の慌てふためく声が聞こえるが、残念ながら現在のコナンに彼女を気にかけられるほどの余力はない。

 

 授業の合間に、スマホでこっそりネットニュースをチェックしていたコナンは、そのニュースを目の当たりにするなり、顔面が蒼白になったのを感じた。

 

 やばい。

 

 蘭が、博士が、高校のクラスメートが、目暮警部が・・・工藤新一の周囲の人間が、やばい!

 

 

 

 

 

 なお、飛び出したのはコナン一人である。

 

 湯川理央は、学校でスマホをいじるなんて不良学生の行動はとらないし、必要以上にコナンに近寄りたがりもしないので、ニュースで何が報道されたか全く知らなかったのだ。

 

 ・・・もっとも、工藤新一の関係者が抹殺されようが、現在進行形で無関係の人間にしかかかわってない彼女には、まったくもって無関係でしかないのだが。

 

 

 

 

 

 急ぎ上履きを履き替え、コナンは裏門から飛び出す。さすがに正門は、以前の事件以降設置されるようになった守衛さんに見とがめられるようになったので、面倒でも開け閉めをきっちりして、裏門の方が時間がかからないだろうと踏んだのだ。

 

 走りながら、急ぎスマホをタップして、電話をかける。数コールもしないうちにつながった。

 

 「竜條寺さん?!」

 

 『名探偵か?!見たんだな?!』

 

 「そっちも?!なんであんなことに?!」

 

 『それについては仁野――馴染みのジャーナリストと槍田が今、裏取りをしている。

 

 お前、今どこだ?!』

 

 「学校出たところだ!」

 

 『・・・お前、それ、思いっきり不審行動・・・』

 

 「んなこと言ってる場合じゃねえだろ!蘭たちが!」

 

 『馬鹿野郎!焦るのは分かるが、だからって・・・ああっ、くそ!

 

 って、おい!?』

 

 『コナン、そのままどこ行くつもりだ?』

 

 「松井さん?!・・・毛利探偵事務所に行こうと」

 

 『ダメだ。このタイミングでそこに行くのは、工藤新一の関係者で事情を知っていると遠回しに宣言するようなもんだ。

 

 ついでに、Twi●terで流れてるが、野次馬が人殺しの幼馴染の家だと包囲してやがるそうだ。お前の実家の方もだ。

 

 誰が混じっているかわかったもんじゃねえ。行くな!』

 

 「嘘だろ?!」

 

 茫然とコナンは足を止めてしまう。

 

 どうして。どうして、こんなことに。

 

 組織の連中が動き出しかねない。さらには、コナンにはまったく意味が分からない状況で、幼馴染が苦しむ羽目になっている。

 

 何もできなくても、駆け付けたかったが、それさえも許されないというのか。

 

 そうだ!

 

 ハッと、コナンは首元を触る。

 

 今日は、江戸川コナンのスタンダードスタイル――青いジャケットと赤い蝶ネクタイに半ズボンという格好だ。蝶ネクタイはもちろん、変声機だ。

 

 これを使って、蘭に連絡を・・・だめだ。この状況では、絶対に電話回線は盗聴されている。以前以上に、強力に。

 

 うかつな接触は、かえって首を絞めることになる。

 

 『コナン!今、そっちに行く!うかつに動き回るな!どこにいる?!』

 

 無力さに項垂れるコナンの耳を、松井の声が穿つ。

 

 力なく、居場所を告げて通話を終えたコナンは、そのまま立ち止まった。

 

 どこのどいつだ。どうして、こんなことを。どうして、こんなことに。

 

 ぐるぐると、コナンの脳裏を、そんな言葉がマイムマイムを踊っている。

 

 いや、そんなことを言ってる場合ではない。

 

 フルフルと首を振って、コナンは無力感を取り去ろうとする。

 

 しっかりしろ!この程度でめげてどうする!くじけてどうする!周囲が危なくなるのは、承知だったはずだろ?!

 

 ペシンッと自分の頬を両手でたたいて、弱気になりそうなのを鼓舞する。

 

 現在のコナンがすべきなのは、情報の収集と整理だ。ホームズだって、パズルのピースがそろわなければろくに推理も行動も起こせないのだ。

 

 今のコナンには、わからないことが多すぎる。後手に回ろうと、何もできず蹂躙されるよりましだ。

 

 コナンが顔を上げたところで、すぐわきにシルバーのスバル・レガシィが止まり、助手席の窓が開く。

 

 「乗れ!」

 

 顔を覗かせ、サングラス越しに言った松井に、コナンは遠慮なく、後部座席のドアを開けて、車内に乗り込んだ。

 

 コナンが乗り込むなり、車が動き出す。

 

 「どこに行くの?!」

 

 「槍田探偵事務所だ。あそこが一番、情報を整理するのには向いている。

 

 お前の博士のところには、成実が今朝早く、土産物を渡しに行く名目で会いに行って、おとなしくしておくように釘刺しておいた。無事でもあるようだった。だから、そこに関しては安心しておけ。

 

 お前、実の両親には連絡したか?」

 

 「ううん。けど、今の状況を考えたら、接触しない方がいい、だよね?

 

 一応、あの後――湯川の件の後に、お世話になっているおじさん・おばさん宛てにって、国際郵便で暗号形式に現状報告はしておいたけど・・・」

 

 「工藤優作が噂にたがわぬ賢明さを持っているなら、多分ヘタに動くのは悪手だと判断するはずだ」

 

 「だが、息子の醜聞を前に、無実を証明したがらない親もいないはずだ。

 

 日本警察に連絡を取って、“工藤新一”の事件の詳細を聞き出すくらいは」

 

 「それはしないと思う」

 

 松井の言葉をさえぎって、コナンはきっぱりと言った。

 

 「「は?」」

 

 思わず前にいた男二人――ハンドルを握っていた竜條寺と、助手席の松井は聞き返していた。

 

 「おいおい・・・お前の親だぞ?なのに、無実の証明なんかしないってのか?!」

 

 「・・・自分で切り抜けられねえと、いけねえんだよ。

 

 多分、ヒントくらいはくれるかもしれねえけど、さ」

 

 ぎょっとした様子で問う竜條寺に、コナンは遠い目をして答えた。

 

 「工藤優作の息子なんだから、必要なことは教えたはずだから、このくらいできるはずだろうって。

 

 ・・・できなかったら、失望されたように溜息吐かれるんだ。一回だけ、そうだった」

 

 なるほど、これは根深い。

 

 通りで、コナンが大人に頼るという選択肢を最初からなしにしているはずだ。

 

 最近では、ずいぶんとこちらを頼りにしてくれるようにはなったし、コナン自身にも、多少大人への反抗や、プライドがあるのだろうが、根本的な部分にこれがあるのだろう。

 

 思わず黙り込んだ大人二人に、コナンは首をかしげた。

 

 自分は何かおかしなことを言っただろうか?コナンとしては、普通のことを言っただけなのに。

 

 「松井さん?竜條寺さん?」

 

 「・・・あー・・・、はっきり言っておくぞ、コナン」

 

 どうにか気を取り直した竜條寺は、ハンドルを握りなおしながら言った。

 

 「お前は人間だ。人間ならできないことがあって当たり前だ。それに、実年齢も二十歳にもいかないだろうが。むしろそんな奴が一人で何でもできるスーパーヒーローだったら、俺たちの立つ瀬がなくなるぜ。

 

 漫画の主人公じゃあるまいし」

 

 「コナン。厳しいことを言うようだが、お前の手はどんなにうまくしようとしても、所詮は2本だ。俺の手も、竜條寺の手も・・・義手を含めてな。

 

 だから、誰かの力を借りるのは当たり前だろ。ま、俺もこの職に就き始めてから、ありがたみを真剣に感じ始めたくらいだがな。

 

 手が足りないなら言え。俺たちの手くらいなら、貸してやる。耳も、目もな」

 

 どこか皮肉気に言い放つ竜條寺に、松井も苦笑するように言う。

 

 「・・・っ・・・あれれー?竜條寺さん、ボクは夢の主人公じゃなかったのー?」

 

 「夢は夢だ。実際のお前は夢以上にクソ生意気だが・・・ま、嫌う要素もあんまりねえんだよ」

 

 あえて子供言葉で尋ねるコナンに、ニヤッと口元を歪めて答える竜條寺。

 

 「ああ。俺も、お前も、実際に生きて、そこにいるんだ。

 

 神がいようが魔術があろうが、好きに生きてやるさ」

 

 「・・・よくわからんが、なんか吹っ切れたようだな?」

 

 「まあな」

 

 松井の言葉に、竜條寺は軽く頷いた。

 

 「・・・ありがとう、二人とも」

 

 蚊の鳴くような声で、うつむいたコナンがつぶやいた。

 

 「ん?」

 

 「何か言ったか?」

 

 「っ・・・バーロォ!何でもねーよ!」

 

 からかうように尋ねる大人二人に、コナンは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 「話を戻すが、お前、東奥穂村について、心当たりはあるか?

 

 “工藤新一”が偽物と判断するなら、そこで事件を起こした理由があるはずだ。

 

 ま、有名税なんて言葉もあるし、逆恨みも含めりゃキリがないんだろうが・・・どうなんだ?その辺」

 

 小さく笑った顔をすぐさま真剣なものにした竜條寺の言葉に、コナンは顎に手を当てて考え込む。

 

 「あるにはあるけど・・・けど、あの事件は・・・・」

 

 「心当たりがあるようだが・・・そろそろつくぞ。続きは中でだ」

 

 少々離れたところにある駐車場に車を止めながら、竜條寺が言った。

 

 

 

 

 

 「あ、おはよう、コナン君」

 

 「おはようございます!槍田さん!寺原さん!

 

 その・・・」

 

 「状況は分かっているわ。座って」

 

 パソコンをカチカチ動かしながら言った槍田に、コナン、松井、竜條寺は、それぞれの定位置につく。

 

 いてもたってもいられなかったというのは、成実も同じらしく、彼もすでに定位置に座っていた。

 

 「さすがに環さんね。仕事が早いわ」

 

 カチカチとマウスをクリックした寺原は、デスクを立つとプリントアウトされた用紙をもって、応接テーブルに近寄る。

 

 「たまきさん?」

 

 「仁野環。懇意にしているジャーナリストよ。警察では手に入れにくいアングラな情報や、より細かな情報を探り当ててもらったりしてるの。たまに、こっちから彼女に情報提供もしているわ。持ちつ持たれつって関係ね」

 

 説明した寺原から用紙を受け取ったコナンは、素早くそれに目を通す。

 

 竜條寺と松井も同様に、用紙を手に取り、回し読みしていく。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 仁野環が調べ上げたことによると、おおよそこういうことらしい。

 

 事のきっかけは、工藤新一の推理ミス。

 

 1年前に日原滝徳前村長と、その家族――早い話奥方が、養子で長男の誠人青年と、実子の日原大樹を除いて亡くなった。奥方は刺殺され、村長は投身自殺。家に遭った金品がゴッソリなくなったという、強盗事件の様相をもって。

 

 しかし、当時村を訪れた新一はそれを、癌が発覚して自棄になった滝徳氏による無理心中と推理した。

 

 だが、その癌が良性で手術すれば回復可能ということが、滝徳氏が通っていた病院の看護師の口から発覚。

 

 動機が崩れてしまえば、無理心中は通らない。つまりは、推理ミスであるとされたのだ。

 

 これに目を付けたのが、熱烈なアンチ工藤記者(要は悪質なパパラッチ)の、河内深里であった。

 

 

 

 

 

 真実を明らかにするという名目で、工藤新一と懇意にしていたという幼馴染の毛利蘭、そしてその保護者である療養から回復したばかりの毛利小五郎、さらに高校生探偵として実力は折り紙付きという時津潤哉を連れて、河内は東奥穂村に乗り込んだ。

 

 そこで、同様に推理ミスだという手紙をもらったらしい工藤新一と会う。

 

 奇妙なことに、工藤新一は事故か強盗にでもあったか、川から全裸で、さらには記憶喪失、風邪でも引いたのか喉を痛め、さらに両手にひどい火傷の痕がある状態で発見される。

 

 彼の顔を知る、毛利小五郎、さらに毛利蘭の証言もあり、彼はまず間違いなく工藤新一であろうと判断された。

 

 だが、推理ミスの実証をしようという段階になるや、異常が発生した。

 

 悲鳴が聞こえ、駆け付けるや、包丁片手に血まみれで呆然としている新一と、血まみれで絶命している河内が発見された。

 

 新一が言うには、突然わけのわからないことを言われてつかみかかられたため、無我夢中で気が付けば――ということ。

 

 その場に登場した時津潤哉は、新一の現行犯として糾弾。警察に彼を引き渡す。

 

 毛利親子は彼をかばおうとするものの、あまりに状況が整いすぎ、ろくにかばうこともままならず、時津探偵の言うがままになってしまった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 「・・・これだけか?

 

 肝心の推理ミス云々について書いてねえぞ?」

 

 「書いてないんじゃないの。書かせてもらえなかったのよ」

 

 報告書から顔を上げた松井が苦虫を噛み潰したような顔で問いかけると、パソコンから顔を上げたそうだが、険しい表情で吐き捨てた。

 

 「時津潤哉。東北出身の、自称:高校生探偵よ」

 

 「自称、なんだ」

 

 「ええ。はっきりと言って、私は彼を同じ探偵だなんて、天地がひっくり返っても、認めないわ」

 

 成実のツッコミに、槍田が吐き捨てる。ここまで苦々しい反応をしているのは珍しいと、全員が怪訝そうにする。

 

 「彼、探偵としては相当、問題があるのよ。

 

 私のように刑事事件をメインに扱う探偵が最も優先しなければならないのは、何かわかる?」

 

 「えっと・・・真実?」

 

 「だめだよ。それだけじゃだめだ」

 

 「ええ。確かに、それは必要よ?けどそれ以上に、依頼人と、巻き込まれた人たちの心を、守らなくちゃいけないのよ」

 

 成実の首をかしげながらの言葉に、コナンと槍田は首を振った。

 

 「真実は残酷なのよ。時には一部を伏せなければならないこともある。

 

 それが依頼人の心を守ることにつながるならね」

 

 そう言って、槍田はクルリクルリとペン回しをしながら言った。

 

 「時津自称探偵は、中途半端な推理で警察やマスコミをひっかきまわしまくるのよ。

 

 以前、たまたま一緒に捜査したことがあって・・・その時、まだ証拠が出そろってないっていうのに、中途半端な推理をこれ見よがしに発表してたの。

 

 ・・・別に、それで私のことを馬鹿にされるのはいいわ。まだ許せる。真相にたどり着けないのは、私の力不足なだけだもの。

 

 ・・・けど、それでまだ確定されてない容疑者が、さも犯人のように扱われ、圧力がかけられるようになったのは、許せないのよ。私がかばったら、私まで犯人呼ばわりしてきてね。

 

 ようやく私が真犯人を特定して、確保したら自分は何も彼が犯人だと断定したわけじゃない、なんて言い逃げしたのよ?しかも、それで自分の名が広まったら犯人扱いしていた自分たちも困るだろうと、警察とマスコミに隠ぺいを依頼してね。

 

 ・・・あとから調べてわかったけど、あちこちでそういうことをやらかしているそうよ。おかげで未解決・犯人取り逃がしに終わった事件が何件あることか・・・!

 

 推理と探偵を何だと思ってるのかしら?自分を輝かせる舞台装置が欲しいなら、役者にでもなるべきね。まあ、売れない三流俳優どころか、学芸会の劇の木の役で終わりそうだけど」

 

 バキョンッという固い音は、途中回されるのを辞めて握りしめられたペンが、槍田の握力で砕き折れた音だ。

 

 「・・・たちが悪いってのは、理解した」

 

 「あら。私の後輩にあたる検視官が、あの男に事件をひっかきまわされた結果、ノイローゼになって警察を辞めたってのに?たちが悪いの一言なの。

 

 七槻だって、そう。

 

 きっと他に大勢いるわよ?あの男の被害者は」

 

 松井が、ちょっと引いた様子で言うが、壊れたペンを叩きつけるように置いた槍田は小さくフフッと笑うにとどめた。

 

 

 

 

 

 「あー・・・時津潤哉についてはその辺にしておいて。

 

 そんな奴が伏せたがるってことは・・・推理ミスじゃなかったんだな?」

 

 竜條寺の言葉に、コナンは大きく頷いた。

 

 「東奥穂村の日原村長の事件は、間違いなく、無理心中だ」

 

 「でも動機が・・・」

 

 「・・・さっき、槍田さんが言ったとおりだよ。

 

 真実は、残酷だからね」

 

 静かにうなずいたコナンは、しかし顔を伏せた。

 

 「一応、本当のことを知らせている人は、いるにはいるんだけどな・・・」

 

 「誰に?」

 

 「日原誠人さんっていって、日原村長の養子だよ。あと、村に駐在されてる城山数馬巡査と、一緒に捜査した警察関係者も。

 

 誠人さんは、オレ〈工藤新一〉のファンだったらしくて、捜査に加わった時すごく喜ばれたよ」

 

 「・・・ねえ、コナン君。あなたまさか、その誠人さんって人に口頭で知らせておしまい、なんてことしてないでしょうね?」

 

 「え?」

 

 「えじゃないでしょう!

 

 家族が無理心中したってなったら、相当ショックを受けてるはずよ?!そんな中、本当の事情だ何だ聞かされても、頭に入らないわよ!」

 

 はーッと槍田は頭を抱えて、ため息を吐く。

 

 知ってはいたが、コナンはどうも人の機微に甘いところがあるのだ。これから身につけていけばいいかもしれないが、探偵を続けていくなら、それはいつか致命になる。今のうちに、身につけさせねばならない。手遅れになってからでは遅いのだ。

 

 「あ・・・!」

 

 「で、そんな奴なら、推理ミスして犯人逃がした工藤新一憎さに、今回の事件の仕掛人やってもおかしかないか。推測の域は出ないが」

 

 さっと顔を青ざめさせるコナンに、竜條寺が唸る。

 

 「とにかく、現状やるべきは二つ。

 

 一つ、“工藤新一”の無実の証明、無理なら正体を暴く。

 

 二つ、日原村長夫妻の無理心中の真実を解明すること。

 

 例の犯罪組織が動く、その前に」

 

 松井がいつの間にか吸いだしていた煙草から煙を吐きながら言うと、コナンが立ち上がる。

 

 「それは!」

 

 「残酷でも、知りたがる人がいるなら、知らせるべきでもあるんじゃないかしら。

 

 ・・・たぶん、あなたが本当に知らせたくないのは、ごく一部の人間だけなんでしょう?」

 

 「・・・槍田さん、察しがよすぎだよ」

 

 「これでも、あなたより探偵としての活動歴は長いつもりよ?

 

 このくらいは、当然よ」

 

 くすっと笑うと、槍田はスマートフォンを手に取る。

 

 「私が行ってもいいけど、時津自称探偵がいるなら、彼女の方が適任かしら?

 

 暴走する可能性があるから、お目付け役はいるでしょうけど。

 

 名目は・・・そうね、親戚の新一兄ちゃんを慕っている、我が事務所の最も若手のホープに泣きつかれて、というところね」

 

 「越水か?」

 

 「ええ。福井から戻ってきてそうそうで申し訳ないけれど、そろそろ彼にも引導を渡した方がよさそうだからね。

 

 また、いもしない犯人や、ありえもしない犯行をでっちあげて、それに引っ張りまわされるのはうんざりなの。

 

 彼女には、それを暴く一番の権利があるはずだもの・・・コナン君、お目付け役をお願いしていいかしら?」

 

 「・・・ひょっとして、七槻さんも、その時津潤哉って人の被害に遭ったの?」

 

 「小耳にはさんだ程度だけど、友人が被害に遭ったそうよ。

 

 私と知り合った時、その犯人を血眼で探し回ってて・・・。

 

 だから、ちょっと不安なのよ。探偵としての腕前はかなりのものなんだけどね・・・」

 

 「うん。美國島でも頼りになったよ」

 

 この間行ったあの島でも、情報整理の際に、島袋弥琴の秘密を、越水七槻はコナンとほぼ同時に見抜いた。もっとも、あの時は、松井や敦子も、同じように勘づいていたようなのだが。

 

 槍田はスマートフォン越しにいろいろ言い渡し、「くれぐれも、探偵として自覚を持って行動するように」と、くぎを刺してから通話を切った。

 

 

 

 

 

 「・・・ちなみに、組織の連中は、“工藤新一”をどうすると思う?」

 

 話題を変えた松井の問いかけに、竜條寺は肩をすくめた。

 

 「その場で暗殺とかなら御の字だな。

 

 一番やばいのは、テロに紛れて拉致パターンだ。

 

 シェリーの居所を吐け、組織のことを誰に話した、どうやって毒薬から生き残った、どこに潜伏してた、思いつく限りの拷問をされるだろうよ。

 

 ご丁寧に、シェリーがコイツのデータを書き換えたのを、監視に筒抜けにしてくれやがったからな。グルだって思われてるぞ、絶対」

 

 「シェリーって、理央ちゃんだよね?何でいないの?」

 

 「工藤新一の周囲がどうなろうが、あの女にゃ直接被害はねえだろ?

 

 むしろ、一緒に慌てふためいた方が怪しいしな。

 

 話を戻すが、あの“工藤新一”が整形しただけの偽物なら、死亡が確定するようなもんだな。ただ死ぬだけじゃなくて、散々痛めつけられ、下手すりゃ自白剤づけにされてな」

 

 苦々し気に吐き捨てる竜條寺に、事務所内は静まり返った。

 

 

 

 

 

 「とにかく。

 

 私は、逮捕された“工藤新一”についてもう少し調べてみるわ。

 

 あっち側が絡んでないとしたら、相応の出現ルートがあるはずよ。

 

 麻里、あなたはマスコミの方をお願い。新しくニュースがあったら知らせて」

 

 最初に動いたのは槍田だった。

 

 グッと猫のように伸びをしてから、再び彼女はパソコンのキーボードをたたきだした。

 

 「足がいるんじゃないか?コナン」

 

 「先輩、蓮希さんと一緒にいないで大丈夫なんです?」

 

 「あー・・・あいつ、作曲に挑戦するって、今連絡してこないように言い渡されてんだ。

 

 あれからすっかり元気になったらしくてな。

 

 どうせ、今は非番だ。それに、何かあった時、一緒に動けた方が都合がいいだろ?」

 

 ニッと笑う松井と成実は、すでにソファから立ち上がっている。

 

 「竜條寺さんは?」

 

 「俺は残念だが、パスだ。裏方に徹させてもらう。

 

 何度も言うようだが、俺は組織に面が割れてる。

 

 組織が動き出したなら、俺の生存がばれる公算も高くなるんでな。

 

 悪く思うな。・・・俺の方でも、伝手を当たってみるが、期待はするな」

 

 ぼりぼりと頭を掻きながら、竜條寺はソファを立った。

 

 そうして、彼はコナンを見るや、口を開いた。

 

 「・・・残酷なことを言うようだが、最悪の事態は覚悟しておけよ」

 

 「最悪って・・・」

 

 「“工藤新一”が殺人犯としての汚名が雪がれないまま、組織に殺されるパターンだ。

 

 ま、個人的には、その方が組織の目を欺けるから、おすすめではある」

 

 「竜條寺さん!それは、オレに化けてるやつに、影武者を押し付けて殺すようなもんだぞ!わかってんのか!!」

 

 「意図せずそうなる可能性もあるってことだ。

 

 ・・・今回は、時間との勝負だ。工藤新一の名前は封印して、辻褄が合うように解決、組織が“工藤新一”に手を付ける前にという、条件付きでな」

 

 怒声を張り上げるコナンに、竜條寺は冷徹に言い渡した。

 

 言外に、かなり難しいと。

 

 同時に思う。結局のところ、どこまで行ってもコナンはお人よしなのだ。

 

 自身の名誉より、自分に化けて不名誉をもたらそうとする何某の身を案じるというあたり、如実だ。

 

 「・・・急いだほうがよさそうだな」

 

 「うん!槍田さんと、寺原さん、竜條寺さんも、お願いします!」

 

 ピョンッとソファから、コナンが立ち上がった。

 

 

 

 

 

 最初、コナンは自分の正体が彼らにばれてしまった時、心底焦った。

 

 頼っていい、頼れる大人たちに、とんでもないリスクを背負い込ませてしまった。御免なさい、と。

 

 だが、彼らは特に怒るでもなく、しょうがないな、と苦笑しただけだ。

 

 そして今、彼らはコナンのことを、わが身のように心配して、力になろうとしてくれている。

 

 正体が知られたのが、この人たちで、本当によかった。

 

 同時に思う。

 

 自分もまた、彼らの信頼に応えられるよう、頑張ろう、と。

 

 

 

 

 

 だが、そんなコナンの懐で、ヴーヴーとマナーモードにしたままのスマホが震えだした。

 

 出鼻がくじかれたと少し不満そうな顔で画面をのぞき込んだコナンは、ゲッと嫌そうに顔をゆがませた。

 

 そこには、手取ナイア、と発信主が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「続く」亜希羅は光った。




【不機嫌だったけど、新しい騒動を察知してやっぱこの街が好き♡なナイアさん】
 前回セッションのエピローグがいまいちだったので、不機嫌。
 ハッピーエンドなどお呼びではない。I♡混沌な邪神なので。
 不機嫌の口直しに、ニュース番組(彼女にとってはコント番組)を見ようとしたら、面白そうなニュースを察知した。
 工藤新一が刺殺事件を起こした?!え?!でもコナン君はその時、美國島でセッション参加中だったよね?!
 何より、生きてるってニュースで流れたら、組織が動くんでない?
 あっはっはっは!面白いことになりそうだなー!楽しみ楽しみ。
 ・・・始動を決めた槍田探偵事務所のコナン君に、電話をかけてきた。どういうつもりなのかは次回に。

【いろいろ気が気でないけど、とにかくできることからやっていこう!なコナン君】
 美國島の出来事で、邪神にはいいようにされたけど、でも最終的には負けてないことは証明できた。次も負けないし、できるなら今度こそ化けの皮を完全に引っぺがしてやる!と気合を入れる。
 が、間もなく行った学校で授業の合間にニュースチェックしてたら、自分の名前で刺殺事件の容疑者になってて絶句。
 これやばくね?組織に生存バレて、周辺皆殺しフラグ立ったんじゃね?
 学校早退して、馴染みの面子に連絡入れて、槍田探偵事務所に転がり込む。
 迎えに来てくれた松井&竜條寺の頼れる大人たち筆頭が、すでに周囲にも手を回したり、コナン君自身のことを心配してくれたり、頼っていいからな!と言ってくれたりして、照れくさいけど嬉しい。
 いつもの事務所に行ってみて、詳細聞いてみれば、自分のそっくりさんが、昔事件解決した場所に出現して、推理ミス疑惑が持ち上がってたうえ、聞いたこともない自称高校生探偵がさらに事態をひっかきまわしてたらしい。
 ・・・槍田さんがここまで誰かをこき下ろすって聞いたことないんだけど。噂だけで判断するのもどうかと思うけど、時津ってやつ、ろくな奴じゃなさそうだな。
 槍田さんに、気遣いが足りないと怒られて反省。今更だけど、落ち着いたころに、もう一度手紙くらい出しとけばよかったかな?
 気を取り直して、今後の方針を模索。
 こうなった以上、東奥穂村の事件は真相を明かすしかないのかなあ。でもなあ。・・・やっぱり、槍田さんって、大人なんだな。オレももっと精進しないと。
 以前この事務所で正体ばれた時、不可抗力とはいえ、正直かなり申し訳なかった。否応なしにリスクを抱え込ませることになったわけだし。
 でも、みんな、そんな状態に文句御言わずに、むしろ笑って手伝ってくれてる。
 不謹慎だけど、この人たちに知ってもらえてよかった。
 この人たちの信頼に応えられるよう、できることからやっていこう!
 まずは、七槻さんや松井さん・成実さんと一緒に、東奥穂村だ!
 と思ってたら、クソ邪神から電話がかかってきた。台無しだよ!

【全力でコナン君をサポートする所存の槍田探偵事務所御一行】
 メンバーとしてはいつも通り、所長の槍田郁美、事務員兼補佐の寺原麻里、非常勤の松井陣矢、浅井成実、竜條寺アイルの合計5名。
 実は、一番最初にニュースのことに気が付いたのは槍田さんだった。昨日の夜中に気が付いたため、急ぎ馴染みのジャーナリストである仁野環さん(原作登場は劇場版『瞳の中の暗殺者』)に、詳細調査を依頼。
 翌朝出勤と同時に、馴染みのメンバーに連絡を取り、コナン君がやべーから、やる気があるなら手ぇ貸せと呼びかけた。
 成実さんは、阿笠博士宅へ向かう途中に連絡を受け取り、隣家の混雑具合を見ながら、裏口からお邪魔させてもらう。そして、こっちでも調べるけど、監視が強化されてる可能性があるからヘタに動かないように、と改めて釘を刺した。
 松井&竜條寺は、コナン君から泡食った様子の連絡を受け取り、そのまま彼を迎えに行った。
 車内でのコナン君との会話で絶句。こりゃコナンが大人を頼りにしなくなるわけだ。
 同時に、竜條寺さんも気が付く。
 自分が生きているこの世界は紛れもなく本物で、コナン君はハイスペックではあっても、完全無欠のヒーローではなく、まごうことなき人間なのだと。自分も、一介の人間でしかないように。
 『名探偵コナン』にこだわって、目の前の人物を、あんまりよく見てなかったのかもしれない。
 あの邪神に好きにされるのも困るけど、一番は自分がどうしたいかということなのだ、と吹っ切った。
 その後、到着した槍田探偵事務所から、馴染みのジャーナリストが調べ上げた事件の詳細を受け取る。
 いつにない、槍田さんの時津潤哉(原作登場はコミックス54~55巻『服部平次との3日間[2]』こと、探偵甲子園編)に対するディスり具合に、全員ちょっと腰が引けた。
 ・・・本シリーズ独自設定だが、時津潤哉は口留めや情報封鎖をしても、人の口に完全に戸は立てられてないので、あちこちでこんな感じに同業や警察、マスコミ連中に信用を無くしたり、捜査をかく乱したと嫌われている。ぶっちゃけ、彼が地方警察からの探偵不審を加速させる一端を担ってもいたり。
 槍田さんもその友人(警察の後輩や、七槻さんなど)が、それで迷惑をこうむったことがあり、かなり腹を立てている。
 こちらも捏造だが、槍田さんの探偵活動歴は高校1年の夏休みデビューとなる新一君よりも、当然長い。ゆえにこそ、人の機微に少々疎い所のある新一君に、先輩として叱責・助言ができる。新一君も、それを素直に聞き入れる。実績もあって、推理力もある、頼れる大人の一人だから。
 その後、みんなで行動方針の模索。
 東奥穂村の現地には槍田さんが行ってもよかったけど、自分より因縁持ってるだろう越水七槻さんに任すことにした。
 でもそのままだと暴走しそうだから、コナン君と松井&成実チームにお目付け役を任す。
 竜條寺さんが、結構きつい忠告をする。・・・彼は、組織に所属していた分、その手口を知り尽くしている。最悪のパターンが容易に想像できるがゆえに、忠告をする。
 もちろん、それをお人よしのコナン君が受け入れられるわけがない。そして、人死にが少ない方がいいというのは竜條寺さんも同じ。
 だから、かなり厳しい条件ながら、動く。少しでも、事態を好転させるために。


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【#35】東奥穂村到着。工藤新一は汚名に塗れました☆

 前回のキャプションでもちらっと言いましたが、時津潤哉さんの口調がさっぱりわかりません。亜希羅は熱心なネット民でもありませんし、ネット用語なんて、は~さっぱりさっぱり、ですわ。
 あとはその場のノリ的な感じで書いたら、そりゃコイツ撲殺されるわ、コナンだものという感じに。
 七槻さんが参戦してきたのは、この男と対決させようと思ったからでした。平次君とコナン君のようなすっきりさわやかな関係じゃなくて、バイオ●ザードのクリ●とウェ●カーのような、殺伐ドロドロした関係にしていきたいです。
 そして頑張るのはコナン君だけじゃなくて、同道はしてなくても成実さんや竜條寺さんも一緒。原作と違って、頼れる大人の数が増えている分、手分けしやすいという事情もあったり。

 2020.06.04.追記
 誤字報告ありがとうございました。文章など勢いで書くもの!と思っているので、読みなおしたら誤字脱字やおかしな文脈が多々あるんです。
 出来るだけ直すよう努めてまいりますが、見つけましたら遠慮なくご指摘ください。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 アアーッハッハッハッハッハッハハッハハハハッハッハハッハハハハハッハハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!

 

 イヒッヒーヒーヒーッ!!グブッ、ブヒャッ、アハッ、アヒャーッハハハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!

 

 失礼。腹筋と表情筋が超過勤務状態に陥ってました。

 

 笑い上戸でもある私が冒頭から馬鹿笑いを炸裂させて何事かと皆様疑問でしょう。

 

 おや失礼ですね。ついに脳髄が壊死して、頭がおかしくなった、もとい、元々頭がおかしい邪神だったなお前、ですって?

 

 あたりまえでしょう。私、邪神ですよ?どこぞのハウスルール満載卓邪神じゃあるまいし、SANなんて生まれてこの方、1もありませんよ!0に固定されっぱなしです!ま、この世の真理なんて、原初〈最初〉から心得てますからね。正気なんて、おぼろ豆腐よりも不確かなよすがに頼る必要、まったくありませんよ。

 

 ま、残念ながら、そんなもろすぎる代物に支えられているのが皆様人間なのですがね。

 

 そして、それをジェンガのごとく突いて揺らして積み上げて、ガンガラガシャンと崩して回るのが、この私、邪神ニャルラトホテプの楽しみの一つです。

 

 みんなもやろうぜ!SANジェンガ!失敗は廃人or狂人一直線コースだぞ(キラーン☆)

 

 

 

 

 

 え?意味わからないことばっかり言ってないで、本題に入れ?

 

 なんでそんなに爆笑してたか、どうせろくなことじゃねえだろうが説明しろ?

 

 はいはい。では、説明と行きましょう。

 

 先日の連休最終日に、東都が誇る平成のシャーロック・ホームズ、工藤新一君が、東都郊外の東奥穂村という田舎で、東都新聞の女記者を刺殺しました。そして、それが大々的にニュースに取り上げられました☆

 

 いやあ、もうカオス極まれり☆ですよ!

 

 黒の組織に毒薬飲まされて死んだはずの工藤新一君が、人殺ししました、生きてまーすって大々的にメディアで喧伝されちゃったんですよ?!

 

 さーて、誰が死ぬんでしょうねー?工藤新一君の周辺が、急に死臭漂う感じになりましたよ?元々そんな感じという説もありますがね。

 

 ま、工藤新一君の雲隠れの理由も考えずに、成り済ましを図った何某君は、多分すぐ死ぬんじゃないですかね?

 

 いやー、頑張って素人目には徹底した感じですよねー?整形して、喉つぶして、指紋もつぶして、思いつく限りのパーソナルデータを改ざんしてますねー?

 

 ま、まだ歯型と網膜と静脈と、DNAがあるんですけどね☆

 

 でも、大体の人間って顔認証で個人識別をされてますから、あの何某君、誤解食らったまま組織の連中に「こんにちは吐いて死ね!」されるんじゃないですかね?俗にいう拷問という奴ですよ。

 

 よかったですね!思う存分工藤新一と誤解されますよ!きっと彼も涙を流して歓喜の叫びをあげると思うんです。

 

 違うって言っても、嘘つけちゃんと吐けって突っぱねられて、薬物追加からの続行とか。皆さんはどう思います?

 

 え?公序良俗に反する意見を求めてんじゃねえクソ邪神?

 

 そんなー(´・ω・`)

 

 とってもとっても、その時がいつ来るか楽しみにしてるってのに。

 

 

 

 

 

 え?そんなことより、お前、コナン君たちがどうしているか気にしなくていいのか、ですか?

 

 あー、コナン君ですか。

 

 ニュースを知るなり、血相変えて学校から早退して、そのまま槍田探偵事務所で、他の事情をご存じらしい皆様と、偽・工藤新一をどうにかして、ついでに偽・工藤新一の出現原因となったらしい、推理ミス?何かそんなのを解き明かそうということになったようです。

 

 後者に関してはコナン君は若干渋面をなさってますがね。彼がああいう顔をなさるということは、それはそれは素敵な事情が隠れているのでしょうね。

 

 フフッ。この辺りもちょっと突いてみたい気分ですが、私がやる必要はないかもしれませんね。

 

 何しろ、東奥穂村には、すでに別の高校生探偵がいらっしゃるそうです。

 

 時津潤哉君と言いまして・・・すでに探偵としてそれなりに高名になられている(つまり実力も実績もある)槍田君が蛇蝎のごとく嫌うほど、素敵な〈問題ある〉人物です☆

 

 きっと、彼が事件をもっと面白くなさってくれると思うんです。

 

 コナン君たちが間に合えば、それはそれで面白そうではありますが・・・さぁて、どう転ぶでしょうね?

 

 

 

 

 

 と、おや電話です。

 

 はい、『古書店九頭竜亭』で・・・おや、小林先生。お世話になってます。

 

 はい?コナン君が?おなかが痛いと早退されたと?

 

 ・・・(いいこと思いついたといわんばかりのゲス顔)

 

 ええ。今しがた帰ってきたんですが、真っ青な顔でお布団で寝てるんですよ。かなり頻繁にトイレにも駆け込まれまして。

 

 熱はないようですが・・・ええ、馴染みのお医者様に診察してもらおうと思ってます。

 

 申し訳ありませんが、本日はこのままお休みさせていただけませんか?

 

 ・・・そうですか!ええ。課題はまたお伝えしておきます。

 

 はい。しっかり休ませますので。ご迷惑おかけします。

 

 フフフ♪私っては、保護者としてかなり勤勉ではないですか?

 

 ちゃんと、ずる休みしたコナン君の行動に整合性をつけて説明して差し上げたんですから。

 

 これは、十分“貸し”にカウントできるのでは?

 

 さぁて、どう借りを返していただきましょうかね?

 

 ふふふふふ♪

 

 いやあ、もう愉快で愉快で仕方ありません。

 

 おっと、一応彼の保護者として動くという約束をしていますからね。

 

 約束は守りますよ?一応ね。

 

 では、保護者として、ずる休みしてどこかに行ってしまっている養い子に連絡を取りましょうか。

 

 あ、ピッポッパと。

 

 つながりましたね?

 

 コナン君、どこにいるんです?!先ほど小林先生からお電話があったんですよ?!

 

 おなかが痛いと早退したって・・・そのくせまだうちに帰ってきてないってどういうことですか?!

 

 まったく!仕方なく、君はおなかを壊してお家で寝ているということにしておきましたよ!

 

 今度からはSNSでいいので、ちゃんとうちに連絡を入れてくださいね!

 

 ・・・これは“貸し”にしておきますからね?(ニチャァァツ)

 

 そんな最高にいやそうな声を出してどうされたのです?せっかく気を聞かせて差し上げたのに、死ぬほど嫌だったのですか?

 

 では、今から君は行方不明ということで、警察に・・・そうですか!わかってくれたんですね?!

 

 ・・・はい。では、松井君がいるのでしたら、代わってください。

 

 こんにちは!何が起こっているか、ですか?さて・・・私より、あなた方の方が詳しいのでは?

 

 いえいえ。私はお店番で手が離せませんし、表向きコナン君の看病をしていることになってます。

 

 ・・・万が一、コナン君がよそで見とがめられたら、そちらで何とかしてください。当方は一切責任を負いかねますので。

 

 はい。では、お願いしますね♪

 

 通話終了、これで良し、です。

 

 さぁて、出歯亀続行です!

 

 ハッピーエンドのページなんて、引きちぎって靴底で踏みにじって差し上げますよ。

 

 人間同士、手を取り合って笑顔で笑いあおうが、星辰が満ちて旧き支配者たちがよみがえれば、すべて無に帰るんです。

 

 残るのは、秩序などクソ食らえという、混沌の坩堝!拡散飽和しきったエントロピーの終点です!

 

 ああああ。すばらしい!素敵だ。実に素敵だ!

 

 人間同士の争いは、その行きつく素晴らしき未来への、楽しい楽しい前座なんです。

 

 ぜひぜひ、この私を楽しませる、最高の結論へ至ってくださいね♪

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 さて。邪神トークはここまでにして、本筋に移りましょうか。

 

 

 

 

 

 松井君の運転するシルバーの日産プリメーラカスタムで越水七槻君と合流しました。おや、合流するやいつになく険しい表情をした七槻君は、成実君に別行動を要請しています。

 

 ほほう?東奥穂村の騒動のトリガーとなった情報が漏れだした病院へ行って、情報を収集してほしいとのことです。・・・なかなか手厳しいですねえ、七槻君。

 

 「コンプライアンスを軽視するような看護師だよ?絶対、他にも余計な事をしゃべってる。多分、それが工藤新一君が隠そうとした本当の動機だと思う。

 

 それそのものじゃなくても、1年前の事件のトリガーに関わりのある情報が絶対あると思う。村長の一時帰宅の際に、例の心中だか強盗だかの事件があったのは確実だからね」

 

 よほどイラつかれているようで辛辣に言い放たれる七槻君に、苦笑気味に成実君は件の看護師が勤務する病院の前に降りられました。

 

 そして、そのまま彼とは別れて車を飛ばして高速を突っ切り、コナン君たちはあっという間に東奥穂村にたどり着きました。

 

 そこでは、すでに騒動が悪化の一途をたどっていました。

 

 あんな殺人犯が宣った事件の真相とやらなんて嘘っぱちに決まってる!再捜査だ!早く真犯人を捕まえろ!といきり立つ村人たちと、いや、一応あの事件はもう終わってるから・・・動機はあれでも、トリックとかは工藤君が話したので筋は通るから・・・とひたすら困ったようにのらくらと、要請をかわそうとする警察陣。

 

 うーん、カオス☆

 

 いいですねえ、素晴らしい。

 

 で、そこに割って入る越水七槻君。槍田君からあらかじめ言い渡されていた「事務所の面子から可愛がられている子供が工藤新一の遠縁の子で、その子が工藤新一の無実と推理の正しさを証明してほしいと言い出し、事務所の面子そろって調査に来ました」という名目を述べます。

 

 途端に向けられる殺気と敵意。極めつけが「人殺しの仲間が何の用だ!」という罵倒ですよ?警察いなかったら石も投げられてたかもしれませんね。

 

 あっはっは!愉快愉快。

 

 どんな気分です?コナン君。あれだけちやほや謎解いてくれかっこいい素敵!とほめそやしてきた連中が、情報一つで手のひらクルリンパ☆ですよ?

 

 人間なんて総じて自分勝手な生き物です。昨日は親愛を紡いでいた口で、翌朝に罵倒ができる素敵な思考回路をお持ちなんです。この村の連中なんて、その代表のようなものですよ?あっはっはっは!とっても愉快じゃないですか!

 

 利用価値がなくなった偶像なんて、丸めてゴミ箱にポイっと処分ですよ。君が作り上げた“平成のシャーロック・ホームズ”の現実です♪

 

 おや、この程度ではへこみませんか。

 

 村人たちの剣幕に、さしものコナン君も少し怯んだようでしたが、松井君が一歩前に出て、「なら、あんたらが俺たちがおかしなことをしないよう見張っとけばいいだろ」と言ってのけました。

 

 「ついでに言うなら、あの逮捕された少年が本当に工藤新一かもはっきりしていないしな」

 

 「はあ?!何言ってんだ!あの子が工藤新一だってのは、彼の幼馴染とその父親がきっぱり証明してんだ!そうだろう?!」

 

 村人の一人がそう言って、猜疑と敵意に満ちた目で、後ろで困り切った様子の毛利親子を一瞥なさいます。

 

 ああ、毛利小五郎君、回復おめでとうございます。復帰一発目から、ヘビーな案件に首を突っ込まれましたね?ま、完全回復というわけでもなくて、だいぶやつれた感じではあるのですがね。顔色もあまりよろしくありませんし。あんまりご無理なさらない方がよろしいのでは?

 

 え?借金してんのに、何でこんな事件に首を突っ込まれているのか、ですか?さて、存じ上げませんねえ。大方、彼をお誘いした例の河内記者が何らかの報酬でも約束なさっていたのでは?

 

 戸惑った様子ながらも、「おう。記憶がないとか言ってたが、あれは間違いなく、あの生意気な探偵坊主だ」と小五郎君が証言なさる中、蘭君だけが「お父さん!」と咎めるような声を上げます。

 

 彼女の新一君に対する執着はかなりのものですからね。本能的に、偽物と見抜いているのでしょうが、いかんせん偽物を偽物と証明することができない以上、おとなしくしているしかできない、かといって彼が殺人を犯したということを認めるのも・・・という感じでしょうか。

 

 ・・・よくおとなしくされてますねえ。彼女、SAN0=狂人ですよ?下手に地雷を踏みつければ、あのダメボつき【拳〈空手〉】で暴れだしかねないというのに・・・。

 

 村人君たちは気を付けてくださいね~。

 

 「チッちっち~。重役出勤で今北産業されても困るんだな~」

 

 「あ?」

 

 松井君の怪訝そうな声を無視して、彼は村人たちの奥から姿を見せました。

 

 長い髪を肩で切りそろえた高校生くらいの青年ですね。・・・言っては何ですが、根暗そうなオタク・・・それも、ギークではなくナードな感じがひしひしいたします。

 

 ジトリと湿り気を帯びるような視線とは裏腹に、薄い唇をニヤッと釣り上げて、彼は笑いました。

 

 「小生は、時津潤哉。高校生探偵であるからして。

 

 “平成のシャーロック・ホームズ”などとふざけたことを言っていたものが犯罪者として退場した以上、真相を解き明かすのは小生の役目であるのだ」

 

 「じゃあ、こっちも自己紹介をしようか!」

 

 一歩進み出て、敵意をむき出しにするように、七槻君が力強く吠えるように自己紹介をされています。

 

 「私は越水七槻!槍田探偵事務所に所属する探偵よ!

 

 所長の槍田郁美に代わって、この事件の調査を任されてきたわ!

 

 こっちは、非常勤の」

 

 「松井陣矢だ。本業は神代貿易の営業職だ。

 

 こっちは、俺の親戚で、」

 

 「江戸川コナン!新一兄ちゃんは、ボクに探偵の基本を教えてくれたんだ!

 

 遠い親戚でもあるんだ。・・・新一兄ちゃんのことは、証明してほしくて、一緒に来たんだ」

 

 「嘘ばっかり!!」

 

 コナン君のセリフを叩き伏せるように口をはさんだのは、目を吊り上げた彼と同い年ほどの少年でした。

 

 ちなみに、この子が亡き日原村長のご子息の一人、日原大樹君です。

 

 「嘘ついただけじゃなくて、人殺しまでやった、人殺しの仲間のくせに!」

 

 「そうそう。真相は小生が証明する。

 

 情弱乙。オワコンの仲間入りした工藤の仲間は、ROM推奨であるからして」

 

 「あ゛?」

 

 子供と時津探偵に煽られた、松井君が一層低い声を出されました。ビキッと、こめかみに青筋が浮かばれてますよ?

 

 「とにかく!事件についてはもう、終わったもので」

 

 「だから、調べなおせって言ってるじゃないか!」

 

 『そうだそうだ!』

 

 いやー、シュプレヒコールですよ!

 

 刑事さんの声をさえぎっての、素晴らしい一致ぶりですね?

 

 「だったら、こっちは勝手に調べる。それなら警察の皆さんはいいんじゃないかな?

 

 その代わり、どんな結論が出ようと、ちゃんと受け入れてよ?それまで嘘呼ばわりしないでね?」

 

 言うだけ言って、七槻君を踵を返されます。

 

 仁野環君を通じて手に入れた村の地図をスマホに表示させ、そのまま旧村長宅に向かわれます。

 

 ぎゅうッと、その手を握りしめて、コナン君が後に続きます。

 

 「あの、七槻さん!」

 

 「駄目だよ、コナン君」

 

 コナン君をさえぎって七槻君が淡々と言いました。

 

 「その様子からして、多分、君は新一君から真相を聞いて知ってるんだろうけどね?

 

 頼むから・・・ボクにチャンスをくれないか?

 

 こんな時に、不謹慎かもしれないけどね・・・」

 

 ちらっと、彼女は振り返って時津君を睨みつけるや、ぐっと前を向いて唸るように宣言なさいました。

 

 「あの男にだけは、負けたくないんだ」

 

 「おい、言葉遣い」

 

 むっすりとツッコミを入れる松井君に、ハッとしたように彼女は自分の口元を押さえられます。

 

 「あ・・・直したんだけど、まだ時々出ちゃうのよね。

 

 聞き逃して?」

 

 「美國島の時も、時々しゃべり方が、男の子っぽくなってたよね?」

 

 「そ。私、いわゆる“ボクッ娘”ってやつだったの。

 

 さすがに成人した頃ぐらいに矯正したんだけどね。駄目ね、ふとした瞬間にポロッと出ちゃって」

 

 苦笑される七槻君は、すぐさま表情を引き締め、そのまま旧村長宅に足を踏み入れられました。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さ~て、中継を一旦切って、別視点に移行しましょうか!

 

 だ・れ・に・し・よ・う・か・な?

 

 よ~し!浅井成実君!君に決めた!

 

 彼は相変わらず清楚系女装で、人当たりのよさそうな見た目をされてますからね。聞き込みとかなら、松井君より彼の方が適任だったりするんですよね。

 

 マスコミでごった返す表玄関を避け、別の入り口から入った成実君は、あれこれと聞き込みしながら、奥へ向かいます。

 

 そして、ようやくお目当ての人物を発見しました。ナースステーションの一角で話し合われているようですが・・・いやあ、こちらも面白い状況になってますね。

 

 「君は一体看護学校で何を習ってきたんだ!!

 

 患者情報の秘匿は、医療従事者の義務と学ばなかったのか!!」

 

 年配の医師に、若い看護士がしちゃめちゃに怒られてます。肩を落として小さくなられている彼女を見やる、他の看護師も冷たい視線を向けられています。

 

 「お、同じ村の出身だって言うから、つい・・・」

 

 「ついで情報を漏らすのかね君は!!表のマスコミは、君の軽はずみのせいで来ているんだぞ?!」

 

 「で、でも、大したことじゃないじゃないですか。だって、治るはずだったって話ですし、もう亡くなっちゃった人ですし」

 

 「それを決めるのは君ではない!何様のつもりだ!!」

 

 いやあ、すごい怒声です。

 

 外でこっそり盗み聞きされている成実君に、丸聞こえですからね。

 

 「・・・まさか他にも何か漏らしていないだろうね?」

 

 「え?た、大したこと言ってないですよ!」

 

 「先ほども言ったが、それを決めるのは君ではない。

 

 何を話したんだね?」

 

 「え、えっと・・・。

 

 時津潤哉って、高校生探偵さんが、捜査の一環だって言っていろいろ聞いてきて。

 

 ほら!高校生探偵の工藤新一君だって、前にいろいろ聞きに来てましたし!

 

 だから、大丈夫かな~って」

 

 「・・・何を話したのだね?」

 

 「えっと・・・亡くなられた日原滝徳さんの癌が良性で、手術で十分完治可能だったというのと・・・検査の際に血液型がABのRH+だって判明して、輸血などをする前に判明してよかったですねって話を」

 

 「この、馬鹿者めがあああああああ!

 

 なんということを!

 

 工藤君は、きちんと警察が同伴していた!

 

 時津という子は、どうだったんだ?!」

 

 「え?えっと、新聞記者の人がそばにいただけでしたけど。

 

 同じ高校生探偵なら大丈夫かなって」

 

 おや、ここで深々と婦長らしき年配の女性がため息をつきました。

 

 「▲▲さん、明日から来なくていいわ。

 

 今までお疲れ様」

 

 「ええ?!ちょ、何でですか?!」

 

 「だまらっしゃい!あああ。工藤君や警察の皆さんに、申し訳が立たないわ・・・!」

 

 「・・・あなた知らないの?」

 

 青い顔でうめかれる年配の女性をよそに、一人戸惑う情報漏洩看護師に、同じくらい見た目の女性が静かに尋ねました。

 

 「今の話、1年前に工藤君が聞くなり、険しい顔をして口止め要請してきたのよ?

 

 “医療従事者の皆さんには釈迦に説法とは思いますが、くれぐれもご内密にお願いします”って。丁寧に頭まで下げてきて。

 

 あなたのそのおしゃべりが、この病院全体の信用を突き崩したのよ?“警察”と“その救世主”の信用を裏切って、患者の個人情報を漏洩したって。どうしてくれるの?

 

 どうしようもないなら、さっさと帰ってくれる?不愉快だわ」

 

 ここまででいいだろうと、成実君は盗み聞きを終えて、ナースステーションから離れます。

 

 そして、彼はハッとした様子で、スマホに保存していた事件のあらましの情報をおさらいするなり、険しい顔になりました。

 

 「だから工藤君は、動機を誤魔化したのね。

 

 とにかく、このことを早くみんなに伝えないと。

 

 早くしないと、手遅れに・・・!」

 

 青ざめた顔で、彼は足早に歩きながら呻かれました。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さ~て、続きましては、竜條寺アイル君を見てみましょうか!

 

 『高校生探偵、工藤新一のパーソナルデータだと?いきなり連絡してきて、前置きなしにそれか?!』

 

 「頼む、事は一刻を争う」

 

 竜條寺君は、人通りの少ない郊外の公衆電話から、誰かにお電話をかけているようですね。

 

 いえ、聞こえてくる声から、どうも通話相手は公安の風見君のようですね。

 

 「事情は後で説明する。今、地元警察に拘留されている自称:工藤新一が、偽物だと証明できないとやべえんだ」

 

 『あのな!自分は未来から来た青いネコ型ロボットではないのだぞ?!助けてと泣きつかれても、できることには限度があるのだ!

 

 せめて事情を説明せんか!理由がわからなければ手助けのしようもない!』

 

 「さっきも言ったが、時間がない。

 

 ・・・ああっ、くそ!ざっと言っておくと、あのガキ、調子こいて、お前のところも追っかけてる俺の古巣にちょっかいかけたんだよ!最近の急な雲隠れはそれが原因だ!」

 

 『はあ?!りゅ、貴様、自分が何を言っているかわかっているのか?!』

 

 「そりゃあ、もちろん。こないだの定期精神鑑定でも余裕で正常値をたたき出してやったが?」

 

 

 

 

 

 余談になりますが、MSOは竜條寺君や松井君のような怪奇事件専門捜査官には、定期的に精神鑑定を健康診断代わりに義務付けているんです。精神鑑定と言いましたが、要はSAN値を実際に測定しているんですよ。

 

 引っかかったら、実務を休んだり、引退したりと、まあいろいろあります。

 

 

 

 

 

 『とりあえずどこから突っ込むべきか迷うところだが、要するに例の刺殺容疑の工藤新一少年は、偽物だとお前は言いたいのだな?

 

 そして、彼をそのまま放置すれば、例の組織が動き出すと』

 

 「奴さんを連中を釣り上げるエサにするか?殺人犯と言えど、一応日本国民だぞ?あいつも。

 

 加えて、本物の工藤新一も、それは止めたがっている」

 

 『馬鹿を言うな。そんなこと、許可できるか。

 

 ・・・本物の居場所も知っているのだな?彼は無事なのだな?』

 

 「それに関しちゃノーコメントだ。

 

 理央のこと伝えたってのに、敦子にいまだに預けるようお前は前言ったよな?つまり獅子身中の虫が健在である以上、公安に必要以上に情報を教えたくないんでな」

 

 『・・・非っ常に不本意だが、返す言葉もない』

 

 苦々し気な風見君に、竜條寺君は溜息をつかれました。

 

 

 

 

 

 さて、皆さん。

 

 風見君がMSOとかかわりを持つようになったのは2年ほど前なのですが、その頃にとんでもないゲス野郎が、公安にいらっしゃいました。警視正だったんです♪

 

 具体的にどのくらいゲス野郎だったかと言いますと、政略結婚した奥様を暴行の挙句、副王様への生贄にされちゃうくらいには素晴らしい人間性をお持ちでしたね。

 

 で、その当時のあれこれがばれたせいで、彼は牢屋行きになったのですが、他にもいるんじゃないかと、内心風見君は疑心暗鬼をこじらせているんですよ。当時はSANのダメージが厳しく、それどころではなかったのですが、落ち着いたころによくよく考えてみたら・・・という感じで。

 

 仕事はきちんとこなしますし、業務上の連携もきちんと行い、表面上はきちんと信頼しあっていますが、一度疑いだすとすべてが怪しく見えてくるものです。

 

 特に、一度公安から組織に送り込んだNOC(皆様ご存じスコッチ君ですね)が、情報源は不明ながら正体が漏洩、そのまま処分されてしまいましたからね。

 

 その漏洩ルートが特定できない以上、理央君は保護できない、保護したところで居場所が漏洩する可能性がある、と風見君は考えられたようで、律義にも竜條寺君にそれを伝えて彼の方で理央君を保護したままにしておいてくれと要請されたようです。(加えて風見君はそれをご自分一人の胸中に隠すことにされたようですし)

 

 なるほどなるほど。実に、グッジョブですよ、風見君♪

 

 

 

 

 

 『とにかく、高校生探偵、工藤新一のパーソナルデータだったな?

 

 お前の要請に応えてやりたいのはやまやまだが、少々難しい』

 

 「は?何で?」

 

 『お前のおかげで、組織の接触者を何人か確保できたが、そのことで降谷さんに目をつけられた。うかつに動けば、降谷さんからこのことが公安全体に漏洩しかねんのだ。

 

 あと、あの人には隠すわけにもいかないから、お前のことを未登録の“協力者”として伝えたら、ぜひ自分も会いたいといってきている』

 

 「げっ」

 

 『ゲッとは何だゲッとは!お前な!降谷さんがどんなに素晴らしいか』

 

 「本題からずれてるぞ、降谷厨。俺の前職忘れたか?

 

 ・・・あいつが出世するために、裏切り者として組織に突き出されんのは御免だぞ。勘弁してくれ」

 

 『降谷さんは!』

 

 「しないって言いきれるか?お前の公安としてのキャリア丸ごとかけて誓えるか?」

 

 『・・・』

 

 「おーい、沈黙すんなー。一番の腹心であるお前が沈黙してどうすんだ。しっかりしろ」

 

 『時々、目的のために手段を選らばな過ぎて、目的達成後に次の目的のための手段がなくなってるということがありそうで・・・』

 

 あっはっはっは!ありますねえ、零君だったら!

 

 「いやいや。また話がずれてる。

 

 とにかく、お前が無理なら・・・そうだ!警視庁捜査一課!

 

 遠回しでいい、偽物の可能性をあいつらの耳に入れて、パーソナルデータの提供に気づかせたらどうだ?

 

 指紋はつぶされているが、DNAデータはあるはずだ」

 

 『なるほど。確か、懇意にしているという話だったな。

 

 そちらの線から行ってみよう。

 

 ・・・念のため確認するが、連中が容疑者“工藤新一”に何らかの干渉をかけるなら、どうしてくると思う?』

 

 「そうさなあ・・・あのくそったれの馬鹿ジンが出てきたら、東都都心への護送中に大規模交通事故に見せかけたテロ起こして、どさくさに拉致とか?

 

 やりかねんぞ、あいつは。あいつにとっちゃ人命は、最もお手軽なコストだからな。

 

 そして、そうなったら偽工藤新一の人生は終了だ。拷問フルコースからの殺害となるだろうよ」

 

 『すぐに動こう』

 

 「頼む。俺は面が割れているんでな。

 

 ・・・いつも感謝しているぜ、風見さん」

 

 『・・・っ、べ、別に、貴様のためではない!勘違いするな!』

 

 アワアワと通話先で、風見君が何事か言われてますよ。

 

 意外とツンデレだったんですねえ、彼。

 

 

 

 

 

 いやあ、今回も長引きそうですねえ♪

 

 それでは皆さん、ご唱和ください!続く!

 

 

 

 

君は続きが得意なフレンズなんだね?!




【冒頭馬鹿笑いを炸裂させて、それでも保護者務めはちゃんとするナイアさん】
 開始と同時に馬鹿笑いを炸裂させる。笑い上戸のきらいはあっても、ここまで笑い転げたのは極めて稀。
 特大の核弾頭が炸裂しかけ、その処分に奔走するコナン君と、そんなこと知らんと自分の都合を優先させる人間たちの、醜いやり取りがもうたまらない。腹筋と表情筋が超過勤務状態に陥る。
 混とん状態と、醜い人間同士の争いを見るのは大好きでも、一応保護者勤めはしてあげる。
 彼女は人間に擬態している身の上なので、悪目立ちは避けたがる傾向にある。ゆえに、保護者をろくにしてないロクデナシ認定を避けるべく、波風立てぬよう、きちんと保護者を務める。
 だから、コナン君の突然の早退に驚き戸惑う小林先生相手に、平然と嘘をついてみせる。【言いくるめ】も高いので、あれよあれよという間に納得させて見せた。
 続いて連絡したコナン君に、これは貸しにしとくからね!と言い切った。
 コナン君が、さらなる騒動に引きずり回される要因が、こうして追加される。
 なお、一応保護者代理として、自称親戚の松井君にあれこれと連絡する。繰り返すようだが、擬態のためにも保護者勤めはきっちり行う。
 その後、それぞれの行動をする槍田探偵事務所一行を順々に出歯亀。
 初っ端からイライラモードの越水七槻さんと、煽り属性の高い時津潤哉を見て、さらにニヤニヤ。
 工藤新一が作り上げた“平成のシャーロック・ホームズ”なんぞ、所詮利用しがいのある偶像でしかない、利用不可になったらゴミ箱ポイだよ!とこき下ろす。
 村人たちに敵視されようと、めげずに立ち向かおうとするコナン君や松井君、越水君は割と好ましい。感覚としては、ひっくり返したのに、頑張って起き上がろうとする甲殻虫を見守る気分に近い。
 現場の外でも阿鼻叫喚のありさまを見て、さらにニヤつく。
 ・・・医療人として、患者のプライバシーを(たとえ故人となっていようと)軽々漏洩ってどうなんでしょう?絶対原作の元凶看護士、何か言われてるはず。新一君が知ってたなら、多分警察の方からも口止めいってたでしょうし。医師しか知らなかったのでしょうかね?それを抜きにしても、ふつうしゃべらないと思う。
 風見さんと竜條寺さんの電話ももちろん出歯亀。
 劇中登場する、風見さんが疑心暗鬼こじらせるクソ上司の件というのは番外編♯γのこと。
 失敗が阿鼻叫喚の未来予想図を引き起こしかねないという結論に達した二人の電話にもニヤニヤした。

【興奮するとボクッ娘調になって、負けず嫌いが強い越水七槻さん】
 ♯30でも紹介しているが、原作ではコミックス54巻『服部平次との3日間[2]』に登場。本シリーズでは、槍田探偵事務所所属の探偵。
 仇敵を探しながら、槍田さんからの仕事をこなして全国を飛び回る。
 原作では、高校生を偽装していたが、本作ではそんなサバ読みなんてせずに、普通に成人として探偵をしている。だから、口調も矯正している。が、興奮したり感情が振り切れたら、かつてのボクッ娘が顔を覗かせる。『コナン』における元祖ボクッ娘だから、特色を残したかったと作者が何か言っております。
 今回は、福井県美國島の件が片付いて骨休み中に飛び込んだ案件だった。
 が、仇敵の名前を聞いて、目の色変えて飛びついた。
 原作とは異なり、槍田探偵事務所に出入りするジャーナリストの力も借りて、とっくに仇敵の特定は済ませている。
 復讐の手段が殺人という過激手段に行きついていないのは、以前の別セッション際に槍田さんにいろいろ言われ、相談にも乗ってもらっているから。
 ・・・格の違いを見せつけ、真の探偵たることを証明して、正面から叩き潰す。まずはそうしていこうと決めている。
 絶好の機会であるうえ、槍田さんから「くれぐれも、探偵として自覚を持って行動するように」と釘を刺されてもいる。
 暴走するつもりはないが、自己制御できればそもそもコナン世界の殺人の4割ほどは阻止できると思われるので、お目付け役があてがわれた。本人としても異論はない。
 コナン君の頭の良さは美國島ですでに把握済み。…小学校を休んで今回の件に首を突っ込んできたのは、単に親戚の尊敬するお兄ちゃんの無実を晴らしたい以上の事情があるんじゃないかとも察している。
 口に出さないのは、多分、本人がそれを知られることを望んでいないだろうとも察しているため。
 単に、1年前の事件の真相を周知させるだけなら、おそらくそれを知っているだろうコナン君に頼ればいいこともわかっている。
 しかし、仇敵を前に探偵として負けたくないと思ってしまったため、カンニングのような真似はしたくないと、意地を張る。
 それが吉と出るか凶と出るかは、次回へ。

【やっぱ竜條寺さんと仲がいい、拗らせ風見さん】
 久々登場。#25以来ではなかろうか。
 設定と人間関係上、やたら竜條寺さんとセットになる。一応、松井さんや成実さんとも交流があるはずなのだが。
 いつも通りの業務についてたら、唐突な竜條寺さんからの電話に大困惑。
 落とされた爆弾という要請に、頭抱えたくなった。
 工藤新一って、あの生意気そうなガキじゃん!お前、そんなやつと接点あったの?!あと、人を便利屋扱いすんな!こっちだって仕事とできる範囲に限度があるんだぞ?!
 え?!降谷さんが潜り込んでるあの組織出てくる可能性あるの?!最悪テロ?!
 電話中だし腐っても公安なので平静を装っているが、素面だったら多分取り乱しまくってる。
 実は♯29以降に、竜條寺さんから理央ちゃんのことで相談を受けていた。
 竜條寺さんとしては引き渡すというより、警護を何とかしてほしいという要請をしていたのだが、拗らせた疑心暗鬼のせいで拒否。
 ♯γで、クソ上司になついてしまっていたという黒歴史がある。あの当時はあまり気にしてなかったが、落ち着いてからよく考えたら、スコッチさんの件もあって、あれ?この組織、まともに信用できる人間なくね?という考えに行きついてしまう。
 直属の上司(降谷さん)は信用できても、その周囲は信用できない。
 だから、うかつに誰かに話せば、かえって身が危なくなるのでは?と思った末に、竜條寺さんの要請を拒否し、申し訳ないがと引き続きの保護を竜條寺さんに頼む。
 今回、幼児化のことは聞かずと、工藤新一が例の組織と関わりもって命を狙われているという情報を得てしまう。ただでさえ、“連絡係”として冒涜的事件の情報を抱え込まざるを得ないというのに、さらに危険情報を抱え込んでいく羽目になる。
 劇中、彼が口にしている“確保できた組織との接触者”というのは、♯25や♯26で捕まえた新幹線の女性や、満天堂の中島さん。
 末端といえど組織の情報を知る人間を保護したということで、降谷さんに報告しないわけにもいかず、結果として降谷さんがどうも竜條寺さんに目を付けたらしいと、本人に忠告。
 壮絶に嫌がられていることを瞬時に看破。なぜ嫌がる?!隙あらば上司のすばらしさを喧伝したい。疑心暗鬼こじらせているくせに、降谷厨であるという面倒くさい男。
 ・・・でも、上司の容赦のなさを、一番そばにいた彼ならばよく知っているのではなかろうか?
 竜條寺さんからの要請を受けて、警視庁捜査一課の面子に工藤新一のパーソナルデータのことを唆すことにした。
 組織の手がかりが得られるかもしれなくても、そのために大勢の被害者を出すなど、言語道断。彼とて、日本を守る警察官なのだから。


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【#36】事件解決。工藤新一の汚名は払拭できそうですか?

 モチーフにしているのが、原作62巻『殺人犯、工藤新一』で、あの事件に黒の組織絡んできたら、一気にハードモードっぽくなるよね!
 でも、この展開なら捜査を主導して、新一君への疑いを濃厚に仕立て上げるポンコツ探偵が不在になるぞう?平次君もいないし。
 毛利探偵・・・一応、娘の幼馴染を、気に食わないとはいえ、進んで犯人に仕立て上げるか?あの人、身内びいきがひどそう(いい人だからこそ)だし。
 と、考えたところで、発見した。そうだ、殺されても文句が言えないほど、ひどい捜査して、犯人取り逃がしたりしている、あの世界の探偵暗黒面の詰め合わせのような男がいるじゃないか!あいつにしよ!
 あいつ出すなら、どうせなら越水さんにちゃんと決着つけてもらおう!犯人と被害者じゃなくて、正規の探偵として!
 ・・・結果はこのざまですがね。
 おまけで毛利探偵。いつまでも入院させるわけにはいかねえだろ!と。借金は片付いてないのですがね。最悪の最悪、自己破産でしょうねえ。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやはや、実に面白いことになっています♪

 

 私、今でも気を抜くと腹筋と表情筋が痙攣してくるんですよ。さすがに少しは落ち着きましたが、もうおかしくておかしくて。

 

 セッション外でこんなに笑ったのは久しぶりです。やはり東都〈この街〉は魅力的です。白も黒も内包する混沌は原初のありようにも似ています。

 

 だからこそ、観測し甲斐があるというものです。フフッ♪

 

 

 

 

 

 さぁて、ここまでのあらましをざっくり復習いたしましょう。

 

 江戸川コナン君が美國島のセッションで七転八倒しているすきに、自称:工藤新一君が、東都郊外の東奥穂村で刺殺事件を引き起こしたぞ☆同地では、新一君が推理ミスしていたとひと悶着起こっていました♪

 

 マスコミでも報道されて大変だー!組織が動き出す前に、“工藤新一”君の出現原因と正体の解明をしようぜ!ということで、学校をさぼったコナン君と槍田探偵事務所のメンバー(要はいつもの面子ですね)が、手分けしてあれこれと調べ始めたということですね。

 

 コナン君、松井君、七槻君の3名は、東奥穂村現地へ向かって、“工藤新一”が出現する原因となったであろう1年前の心中事件の解明へ。

 

 成実君は、新一君が推理ミスをしたといわれるようになった原因の出どころとなった大手病院へ。

 

 竜條寺君は、工藤新一のパーソナルデータの調査依頼を、顔なじみの風見君を通して警視庁捜査一課へ要請するつもりのようです。

 

 

 

 

 

 それぞれ盛り上がられているようですねえ♪

 

 ま、私としては、すんなりうまくいっては面白くありませんので、ここぞというところで叩き落されていただきたいところなのですが、まあ、手を出すのはあくまで最終手段ということにしておきましょう。

 

 え?そういう発想が出るとは、さすが邪神だな、ですか?いやですねえ、褒めても何も出ませんよ?ちょっとばかり張り切って破滅と冒涜を振りまこうかなというやる気は出ますがね。

 

 え?褒めてねえよ、皮肉ってんだよクソ邪神。何なんだお前のそのポジティブシンキングは!ですか?物事を円滑に進めるのは、ポジティブシンキングですよ?大体の自己啓発本にも、似たような感じで書かれていますでしょう?

 

 ほら、よく言うじゃないですか。「世の中を変えたいなら、まずは自分を変えろ」と。

 

 だから、私は常々自分を変えるよう、努力しています。私が頑張れば、いつかこの世が絶望と混沌に満ち溢れると信じ、その素晴らしき未来のために邁進していく所存で・・・え?お前の邪神トークはもうたくさんだから、さっさと本筋に行け?

 

 そんなー(´・ω・`)

 

 

 

 

 

 では、改めて、本筋へ行きましょうか。

 

 せいぜい足搔け。人間ども。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 では、まずは槍田探偵事務所に行きましょうか。

 

 「ええ・・・。

 

 では、くれぐれも、警察には誤魔化さずに本当のことを話してください。

 

 あなた方の誠意ある対応こそが、患者さんと、ひいてはあなた方自身のためにもなるのですから。

 

 ええ・・・お願いします」

 

 電話を置いた槍田君が、不敵ですが満足そうに口元を釣り上げられています。

 

 「ジャックポット〈大当たり〉」

 

 「所長、見つかったんですか?」

 

 ぽつりと言った槍田君に、ネットのチェックをしていた寺原君が話しかけられました。

 

 「ええ。あの自称:工藤新一君の出どころが判明したわ。

 

 案の定、整形によるものだったみたいね。

 

 有名どころの形成外科に片っ端から尋ねて回ったの。

 

 “工藤新一そっくりに整形したがっている患者が来なかったか”って。

 

 昨今は個人情報管理が厳しいとはいえ、それが冤罪のきっかけとなるなら話は別よ?

 

 例のニュースを知らせて、本物に冤罪を着せようとしているんじゃないかとほのめかせば、ね。物分かりがよくて助かったわ」

 

 「工藤ファミリー、過激派や熱烈な信者〈フリーク〉もいますもんね・・・。

 

 例の組織云々を抜きにしても下手に敵に回したくないですよ・・・」

 

 少し硬い顔でうめく寺原君に、槍田君は苦笑を返されました。

 

 

 

 

 

 ご本人〈コナン君〉がご存じかは知りませんが、結構あの一家って評価が二分されるんですよね。熱烈な信仰のような愛情を向けられるフリークじみた連中と、妬みやひがみ、あとは芸能人じみた派手さを嫌うアンチですね。

 

 ご主人である優作君や新一君が警察と懇意にしていることを除いても、フリーク連中が結構厄介なんですよ。下手に中傷とかしようもんなら、包丁持って飛び込んでやる!って気概を持ってたりするんですよ。ファンクラブ通り越してカルトじみてますよね。

 

 そんな連中を暗黙のうちにバックにつけているようなもんですからね、工藤一家は。

 

 ・・・で、工藤新一に冤罪かぶせる要因作り上げたとなったら、何をされるかわかったものじゃないでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 「とにかく、あとは目暮警部にこのことを連絡ね。

 

 この前の事件の時に連絡先をもらっておいてよかったわ」

 

 そう言って、槍田君はすっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、再び電話の受話器を手に取られました。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さぁて、カメラを戻して、東奥穂村で~す♪

 

 「ったく、人使いが荒いぜ・・・」

 

 ぶつくさ言いながら茂みをかき分けて、森の奥へ進むのは松井君です。

 

 彼は、コナン君にとある頼まれごとをされて、こちらへ向かわれています。

 

 「っと。あぶねえな・・・立ち入り禁止になるわけだ」

 

 突然現れた崖に危うく足を踏み外しかけながらも、彼はどうにか道なりに進みます。

 

 ちなみにこの森、地元民の間では“死羅神様が住まう森”と立ち入りを禁じされているそうです。

 

 「ここか」

 

 たどり着いたのは、一軒の小屋です。

 

 扉を開けようとする彼はしかし、ふと眉をしかめられました。

 

 ご丁寧に、その扉にはぐるぐる巻きにした鎖と南京錠で開閉不能にされていたからです。

 

 しかし、爆発物解体処理という前職の関係もあり、元々手先の器用な松井君にとって、【鍵開け】はお手の物です。

 

 キーホルダーに擬態している、特製の工具を常に持ち歩かれているようですし。

 

 ちゃちゃっと開錠されて、薄暗い中に踏み込みました。

 

 「?! おい、しっかりしろ!」

 

 「う・・・」

 

 踏み込まれた彼は、扉のすぐそばで倒れている人間に近寄り、抱き起します。

 

 おや、年のころは高校生ほどでしょうか。見知らぬ男の子、ですね。

 

 呼吸は浅く、汗も少なく、意識障害を起こしているのか朦朧とされているようです。

 

 「脱水症状か、こりゃ・・・」

 

 すぐさま彼は、警察と救急に連絡を取りました。

 

 警察は、工藤君のことでごたごたしていたので、すぐに駆け付けてくれ、少年は村に一軒ある診療所に運ばれていきました。

 

 どうも、この村にいる、数少ない高校生の一人だそうで。

 

 そして、松井君は今度は警察の皆さんに紛れて小屋を調べ始めます。

 

 で、扉を塞がれている部屋の方に、少々猟奇的痕跡を発見して、真剣な顔をされて考え込まれています。

 

 ええ、大したことではありませんよ。壁一面に張り付けられた工藤新一少年に関する新聞記事と、そのブロマイドをナイフでズタズタにした痕跡、割れた鏡に、机に刻まれた“失敗は死あるのみ”というメッセージ、極めつけは空の弾丸の箱に、松井君はそういうことかと舌打ちされています。

 

 

 

 

 

 さて一方で、コナン君をお目付け役に、七槻君は心中当時のままにされている村長宅を調べ、いろいろ証言などを聞いて回っています。

 

 そして、村長が元陸上フィールド競技選手で、輪投げで100点を取ったと聞くや、顔色を変えています。

 

 「コナン君。ちょっと、私の推理を聞いてちょうだい」

 

 そう言って、彼女は膝をつくと、はらはらと見上げていたコナン君の耳元にぼそぼそと何事かささやかれています。

 

 「・・・うん。その通りだよ」

 

 「けど、それなら、動機を誤魔化す必要、ないよね?」

 

 聞き終えて大きく頷かれたコナン君に、七槻君が尋ねます。

 

 それをさえぎったのは、彼女の懐のスマホの着信音でした。成実君からのようです。

 

 「ごめんね、ちょっと・・・もしもし?」

 

 『七槻さん?今、病院での調査が終わったわ。

 

 落ち着いて聞いて』

 

 「私は冷静・・・なんて言う人ほど、実は焦ってたり興奮してたりするものね。

 

 大丈夫。聞かせて。万が一があったら、コナン君が怒ってくれるわ。きっとね」

 

 あえて茶化すように言って、七槻君は話を促します。

 

 そして、調査結果を聞き終えた彼女は、青ざめます。

 

 「なあ・・・それ・・・」

 

 『工藤君が隠したがったわけ、わかった?』

 

 「言えるわけないじゃないか!

 

 ま、待てよ?本人はともかく、家族の一人くらい、聞き及んでないのか?

 

 確か、養子だけど長男がいるって・・・」

 

 『さあ・・・私からは、何とも・・・』

 

 困り切った成実君は、とにかく自分もタクシーで現地に向かうと伝えてから、通話を終えました。

 

 「コナン君・・・」

 

 「七槻さん。新一兄ちゃん、ちゃんと日原誠人さんに伝えたって胸を張ってたよ。

 

 でも、あとで槍田さんがそれを聞いて怒ってた。

 

 “心中だって聞かされたら、動転してそれどころじゃなくなるに決まってる”って。

 

 ・・・そのあと、手紙の一つも出すべきだったんだね。依頼人の心を守れないなんて、探偵失格だ」

 

 途方に暮れた様子の七槻君に、目を伏せたコナン君が静かに言いました。

 

 「・・・ハハッ。さすが槍田さんだ。

 

 あの人には、いつもかなわない」

 

 クシャッと茶髪をなぜてから、彼女はスッと顔を上げます。その時には、先ほどの動揺は押し込めた、凛とした探偵の顔となっていました。

 

 「確か、“工藤新一”君は、奥の部屋で護送の準備が整うまで拘束だったよね?」

 

 「うん」

 

 「後は、別人と証明する手掛かりは・・・」

 

 「少し待て」

 

 七槻君が再び考え込むのに割っていったのは、先ほど戻ってこられたばかりの松井君です。

 

 「騒動になってないところを見ると、多分ボディーチェックはしてないってところか。ザルだな」

 

 「松井さん!どうだった?!」

 

 「収穫はあったぞ。あと、悪い知らせだ」

 

 そういって、彼は膝をついてぼそぼそと、コナン君の耳元にささやきかけます。

 

 「それは・・・!」

 

 「ま、それも正体を暴く前に真相を知らせちまえば、やる気もそがれるだろ。

 

 ・・・強硬手段は、最終手段だ」

 

 青ざめたコナン君に行って、続いて彼は七槻君にもささやかれます。

 

 「なるほど・・・確かに、話す順序を守れば、何とかなるか・・・」

 

 「念のため、俺は控えに回る。

 

 後は頼むぜ、名探偵」

 

 ポンポンと、コナン君の頭と七槻君の肩を交互に叩いてから、松井君は外に出られます。

 

 ここで、七槻君とコナン君のスマホが同時に着信音を鳴らします。おっと、どうやらSNSメッセージのようですね。

 

 それを確認した二人は、大きく頷きあいました。

 

 「まずは、刑事さんたちにお願いだね!」

 

 「ええ。きっと喉が渇いている頃でしょうしね」

 

 不敵な笑みを浮かべる二人は、つい先日知り合ったばかりとは言えないほど、仲良くなっているようですねえ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 早く。早くしろ。

 

 彼は閉ざされた扉と、険しい表情で睨みつけてくる刑事たちに委縮するふりをしながら、内心ほくそえんでいた。

 

 今のところ、計画は順調だ。

 

 あの、探偵気取りの愚か者の名誉など、叩き落して土足で踏みにじってやる。

 

 あいつのいい加減な妄言のせいで、どれほどの人が傷ついたか。思い知らせてやるのだ。

 

 ふいに、彼の目の前にお茶が置かれる。いつ来たのか、優しげな女性警官がお盆を片手に微笑んだ。

 

 「すぐに無実が証明されるわ。安心して」

 

 フン。そんなこと、あるわけないだろ。

 

 内心せせら笑いながらも、喉が渇いてきたのは確かだった。おずおずとした様子に見えるよう心掛けながら、ありがたく湯飲みに口づけた。

 

 「少しは落ち着いた?」

 

 「・・・ええ、ありがとうございます」

 

 ニコッと人好きする笑顔で微笑まれ、彼は少しは落ち着いたように見せるよう、ぎこちないながらも笑みを返した。

 

 風邪で声はガラガラだ。

 

 そして、不自然に見えないように、婦警はその湯飲みをきわめて自然に回収し、そのまま部屋を出ていく。

 

 彼は、知らなかった。

 

 その女は、その辺でミニパトを転がす婦警ではない。警視庁捜査一課の紅一点、バリバリ現役の女刑事、佐藤美和子である。

 

 手袋をはめた手で、佐藤は彼が口づけた湯飲みを持ち去っていく。

 

 彼の唾液の混じる、貴重な検体を。

 

 尊敬する目暮のかわいがる、そして年の離れた仲間のような探偵を救う、貴重な手掛かりになる、それを。

 

 

 

 

 

 そして、彼女と入れ替わりに、入ってきたのは。

 

 「はぁい!さっきぶりだね!新一君!」

 

 少し前に、記憶をなくした“工藤新一”に代わり、1年前の事件の真相を解き明かそうとやってきた女探偵だ。その足元には、工藤新一の親戚だという眼鏡の子供がピトリと張り付いている。

 

 この探偵気取りどもに何ができる。

 

 彼は内心せせら笑う。実際、河内記者が呼び出した時津潤哉は、“工藤新一”をこき下ろすのに役立ちはしたが、いまだに調査中と真相を語りはしなかった。

 

 「ちょっと長くなるわ。ここ、座っていい?」

 

 「・・・どうぞ」

 

 怯えを装ってうなずいた彼に、女探偵はその正面に椅子を引いて座る。そのすぐそばに、眼鏡の少年が足をぶらつかせながら、同じく座った。

 

 「それじゃあ、まずは1年前の事件の真相・・・を語る前に、その動機となった出来事について話しておくわ。

 

 ・・・あなたにとっては、ショックが大きいかもしれないけど、落ち着いて聞いて」

 

 動機?また癌の告知で自暴自棄になった村長の無理心中という嘘でも語るのか?

 

 フン。自分が騙されると思ったら大間違いだ。

 

 内心そう思う彼は、次の瞬間女探偵の語った言葉に真っ白になった。

 

 村長の血液型が違った?ABのRH+?待てよ?村長の家族は、おおらかなO型一家のはずで・・・大樹だって・・・。

 

 「コナン君、メンデルの優性遺伝の法則って知ってる?」

 

 「うん。AB型と、O型の夫婦の間には、O型の子供は生まれない、でしょ?新一兄ちゃんが教えてくれたんだ」

 

 女探偵の言葉に、隣の子供が無邪気に答える。

 

 そんな、それじゃあ・・・。

 

 「待て・・・まさか・・・大樹は・・・!」

 

 とっさに演技も忘れ、彼はテーブルに手をついてガラガラ声で叫んだ。喉がいたんだが、それどころではない。

 

 「ええ。亡くなった前村長とは血縁がないということになります」

 

 「・・・新一兄ちゃん、警察の人たちと、日原誠人って人には話したって言ってたけど、聞いてなかったの?」

 

 うなずいた女探偵と、心配そうな少年の言葉に、彼は青い顔で頷いた。

 

 「知らない・・・そんなこと、聞いてない・・・」

 

 「・・・やはり、君は・・・。あの時動転していたのか。済まない。もう少し、落ち着いてから改めて話すべきだったな」

 

 ぽつりと言ったのは、この村に駐在する城山巡査である。どうやら、彼には自分の正体が勘づかれていたらしい。

 

 彼は知っていたのか。自分も知らされていたはずだったのか。

 

 早とちりの挙句、こんなことを?いや、まだそうと決まったわけでは!

 

 「じゃあ、金品は!?

 

 確かに、それなら無理心中の動機としては成立する!だとしても、強盗に遭ったかのように消えたそれらはどうやって説明をつける?!」

 

 すがるように叫んだ彼の声を、女探偵は冷静にたたき伏せた。

 

 「村長さんが陸上フィールドの競技選手だったこと。輪投げで100点取ったというのに、輪が一つ消えて計算が合わないこと。

 

 そして、大きく開け放たれた窓。

 

 それらから考えられる手段は・・・ハンマー投げよ。

 

 錘にする仁王像、凶器の包丁、靴や宝石なんかの金目のものを袋詰めにして、取っ手代わりの輪投げの輪をつけた金メダルのひもを結んで、ベランダから湖に投げ飛ばした」

 

 「届くわけがない!」

 

 「いいや、届いた。実際、1年前の捜査の時、湖からそれらが回収され、凶器の包丁から日原氏の指紋が検出された。

 

 無理心中で、間違いない」

 

 金切り声を上げた彼を、城山巡査が静かに、説き伏せるように言った。

 

 「え・・・ど、どういうことなんです?」

 

 「彼は工藤新一君じゃない。君は・・・日原誠人君だね?」

 

 おろおろする見張り役の刑事に、城山巡査が言った。

 

 確信を持ったように。

 

 「ええ?!じゃあ、何で工藤新一の振りなんか?!」

 

 「工藤君も、動機を公開するわけにはとそこだけ誤魔化したけど、寄りにもよって、そこが崩されてしまった。

 

 一点が崩れると、他のすべても怪しく見える。無理心中じゃなくて、強盗でしかなかったんじゃないかと」

 

 「それを見抜けなかった、間抜けな探偵への復讐、だったんだね?」

 

 交互に言った女探偵と、少年の声に、彼は――工藤新一の顔を手に入れてしまった日原誠人はゆるゆると頷いた。

 

 「新一兄ちゃんのふりをして、軽犯罪をすれば、新一兄ちゃんに罪を着せられるから。そうすれば、新一兄ちゃんの名声は台無しになるって思ったんだね。

 

 でも、刺殺はやりすぎだよ」

 

 咎めるような少年の声に、誠人は首を振った。

 

 「殺すつもりはなかったんだ・・・。

 

 自分を誤魔化せるのかと凄んできて・・・見抜かれたと思って・・・。

 

 計画を中断するわけにはいかなかったから、とっさに・・・」

 

 「当たり所が悪かった、か。

 

 復讐方法と言い、ずいぶん迂遠な方法ね。まあ、それももうすぐ無駄になると思うけど」

 

 ぽつりと言った女探偵に、誠人は一瞬いぶかしげな顔を作るが、すぐにハッとした。

 

 「さっきの・・・!」

 

 「最近のDNA鑑定ってすごいんだよ?唾液からでも個人特定ができるんだ」

 

 あのお茶は、罠だったのだ。

 

 無邪気に言った少年に、日原誠人はがっくりと肩を落とした。

 

 「新一兄ちゃん、今、事件で遠くに行っててここには来れなかったんだ。

 

 でも、誠人さんのことを知ったらすごく心配すると思う。

 

 何か、新一兄ちゃんに言っておくことある?ボクが、伝えておくよ?」

 

 完敗だ。いや、まだだ。

 

 まだ自分には切り札がある。

 

 あんな残酷な事実があるなら、傷つく自分のことも配慮しておくべきだったのだ。あの探偵気取りは。

 

 「ここまで、か」

 

 ぽつりとつぶやいて、彼は腰の後ろに忍ばせていたそれを引き抜こうとした。

 

 だが、ぎょっとした。ない!どこで落とした?!

 

 「探しもんはこれか?」

 

 いつ後ろにいたのか、白髪にサングラス、ライダースジャケットを羽織ったガラの悪そうな男が、右手に持った拳銃をヒラヒラと見せる。

 

 それは、計画失敗の際の自決用に、誠人が取り寄せていたものだった。

 

 腰の後ろ、ジャケットの下に忍ばせておいたはずなのに!

 

 目の前の女探偵と子供に気を取られ、背後にいたのに気が付かなかったのだ!

 

 「そのツラでこの村での潜伏に使ってたのは、森の奥の小屋。

 

 お前が工藤新一と勘違いして閉じ込めたのは、あいつの熱烈な追っかけだ。お前のことを工藤新一本人と勘違いしていたそうで、会って話を聞きたがっていた。

 

 今回の推理ミス云々って話があっても、むしろ自分が工藤新一の無実を証明すると張り切ってたらしいから、それで引っかかったってところだろうな。

 

 脱水症状を起こしてたから、今診療所で手当てを受けている。

 

 あの小屋の内装を見て、お前の正体と所持品、計画には大体察しがついていた」

 

 ガチャッとシリンダーを開けて、白髪の男は装填されていた弾を出す。仮に拳銃を奪われても、そう簡単に自決させないというかのように。

 

 「誠人さん。これが、真実です。

 

 もう、辞めてください。

 

 あなたは、家族を奪われたことに憤って今回のことを起こしたんでしょう?その気持ちはわかります。私も昔、理不尽で親友の命を奪われました。何かを恨んで憎む気持ちは、わかります。

 

 でも・・・その行動は、残されたただ一人の家族に、痛みを強いることでもあるんですよ?

 

 仮にあなたが、工藤新一として逮捕され、計画が成功したとしても、その間、残された大樹君がどう思うか、考えましたか?」

 

 女探偵の言葉に、ハッと誠人は息をのんだ。

 

 心中として、村総出で夫妻の葬儀が行われた日。大樹は大声で泣き叫んでいた。

 

 どうして?パパ!ママ!いやだよお!

 

 あの叫びが、ずっと誠人の心に根付いていた。

 

 そしてそれは、推理ミス疑惑と結びついた時、工藤新一に対する尊崇は、憎悪にとってかわった。

 

 何が探偵だ。何が平成のシャーロック・ホームズだ。こんな子供を泣きさけばせるしかできないお前など、世界からはじき出されてしまえ!

 

 と。

 

 だが・・・今度は自分が、大樹を泣かせる?あの時は自分があの子のそばにいた。かがみこんで、その涙をぬぐってやれた。だが、今は、もう・・・。

 

 「あ・・・あああああ・・・!」

 

 自分はもう、あの子の涙をぬぐってやる資格すら、失ってしまったのだ。

 

 泣き崩れる誠人に声をかけるものなど、誰もいなかった。誰も。

 

 

 

 

 

 どうにかなりそうだ。

 

 とりあえず、槍田探偵事務所から来た3人組は胸をなでおろす。

 

 あとは、誠に自分は工藤新一ではないと皆に伝えさせ、大樹を遠ざけてから、事件の真相を伝える。

 

 それで万事解決だ。

 

 3人がこっそり視線を交わしあった時だった。

 

 にわかに、外が騒がしくなった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 おやおや。無事別人と証明されて、事件は終息。面白くありま・・・おんやぁ?

 

 これはこれは・・・なかなかやるじゃないですか、時津君。

 

 君は、おバカさんから愚か者に格上げです♪

 

 え?何が起こっているか、ですか?

 

 ふふん。実はですねえ。

 

 コナン君たち三人が、自称:工藤新一君こと、日原誠人君にかかりっきりになっている間に、なんと、時津君が真相を暴露してくださいました♪

 

 村人を集めて、大声で暴露ですよ?

 

 そこには、当然、新一君ことコナン君や、警察の皆さんが隠しがった動機についても含まれてました。

 

 どういうこと?とメンデルの法則云々が理解できずに困惑する日原大樹君に、つまりだね、と時津君が口を開かれます。

 

 何だ何だとやってきた毛利探偵は、真相に青ざめられていましたが、時津君がなさろうとしていることを察して、あわてて「おい馬鹿やめろ!」と叫ぼうとなさいましたが、それよりも早く、時津君が言いました。言ってしまわれました。

 

 「君はお父さんとは血のつながりのない、他人ということなんだな~。

 

 君の血液型のせいでそれが分かったんだな~。

 

 そして、お母さんの浮気を怒ったお父さんが、お母さんを殺して、強盗の仕業に見せかけて、自殺したのだよ~」

 

 いやー。すばらしい。ああまではっきりとおっしゃられるとは、なかなかの素養の持ち主では?

 

 何の素養って、そりゃあ、混沌生成ですよ!

 

 憎悪!怒り!恐怖!狂気!絶望!それらを内包せしめるのは、混沌に置いて、他なりません!

 

 御覧なさい!真相を聞かされた日原大樹君を!

 

 一拍呆けたのち、目からハイライトが消えうせるや、どぶ川に浮かぶ死んだ魚のような目になられて、「お父さんとお母さんが死んだのはボクのせいなの・・・?」と呟かれていますよ?!

 

 あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!愉快です!実に愉快です!!

 

 大きく息をのまれる周囲と、慌てて駆け寄ってその肩を揺さぶり、「違う!坊主のせいじゃねえ!」と大声で怒鳴られる毛利探偵に、やれやれと肩をすくめる時津君。

 

 「小生はただ真実を解き明かしただけ。

 

 アンカには完ぺきな回答であったと思うが、どうかな~?」

 

 次の瞬間、そんな彼の頬を、立ち上がりざまに放たれた毛利探偵の拳が張り飛ばしました。

 

 「何をする?!」

 

 「何が完璧だ!!この子が何をしたんだ!!

 

 探偵以前に、お前は人間失格だ!このクズが!!」

 

 「ふん!真相を解き明かした小生に、暴力をふるうとは!

 

 自分も探偵のくせに、真相も見抜けず油を売っていた無能は言うことが違うな!

 

 自宅警備員の間違いでは?ファビョり乙!」

 

 しりもちをついて頬を押さえられながら、なおも煽りますか。すごい根性ですねえ、時津君。私も見習いたいくらいです♪

 

 額に青筋を浮かべてなおも殴りかかろうと拳を振り上げる毛利探偵を、慌てて駆けつけた警官の一人が羽交い絞めにされています。

 

 「毛利さん!落ち着いて!」

 

 「うるせえ!このガキ!あの探偵坊主も気に入らねえが、てめえはあいつの足元にも及ばないクズ以下のカスだ!!

 

 人の心を傷つけて、何が真相だ!何が探偵だ!

 

 探偵坊主の推理と動機が違ってたなら、それを隠す理由があると、何で考えなかったんだ!!」

 

 なおもがなる毛利探偵に、のろのろと時津君は立ち上がって勝ち誇った笑みを浮かべます。

 

 「ふん。下手に隠し立てするから、このようなことになるのだよ~。

 

 マスコミも報道の自由を歌っているというのに、これは事件の隠ぺいになるのでは?やはり工藤新一はオワコンですな。ワロス」

 

 「何ですって?!お父さんも言ったけど、人でなしのあんたなんか、新一の足元にも及ばないわよ!」

 

 ここで口をはさんだのは、蘭君でした。やはり最愛の相手を馬鹿にされたのは地雷でしたか。

 

 狂人を炸裂させないのは、奇跡ですね。

 

 「何とでもいえばいい。さて、皆様、ご満足なさいましたか?」

 

 「帰れ」

 

 クルリと時津君が民衆を見やりましたが、彼らは時津君を親の仇のように睨みつけています。

 

 「さっさと帰れ!!失せろ!」

 

 「だ、大樹君!君のせいじゃない!」

 

 「そうとも、みんな、知らなかったんだ・・・」

 

 口々にそう言って睨みつけ、あるいは放心状態に陥っている大樹君のそばに駆け寄って慰めにかかる村人たちに、ウッと時津君はひるみます。

 

 自分に味方する人間がいないと悟るや、悔し気に口元を歪めました。

 

 「何やら小生だけが悪者扱いされているようだが、諸君こそどうかな?

 

 工藤新一をうそつきの悪者扱いして真実を知りたがったくせに、真相を知らせた小生をも悪者扱いとか。

 

 ダブスタ乙。そんなだから過疎るんだよ。みんな揃ってガイジでは?」

 

 負け惜しみの嘲笑のようにそう言い残し、彼は踵を返しました。そのまま村の外に一直線に逃げていかれます。

 

 おっと、ここでコナン君たちが表の騒動に気が付いたようですね。

 

 事情を村人たちに聞いて、悔しげに顔を歪めています。

 

 「あの男・・・!」

 

 「落ち着け。今回のことは、奴も根回しと口止めしようと、さすがに効果はないだろう。

 

 仁野にもリークしておく。奴のようなのには、これが一番効果的だ」

 

 眉を吊り上げて追いかけようとする七槻君を、松井君が肩をつかんで落ち着かせています。

 

 一方のコナン君は、悄然とした蘭君に駆け寄って、声をかけています。

 

 あそこにいた新一兄ちゃん、偽物だったんだ。七槻お姉ちゃんと松井お兄ちゃんが正体を暴いたから、安心して、と言ってます。

 

 ああ、君、そんなこと今の彼女にしたら。

 

 「新一・・・?コナン君、新一の居場所を知ってるの?

 

 新一新一新一新一新一新一何よ一方的に待っててくれたら嬉しいけど待てそうにないなら待たなくていいなんてかっこつけて電話切ってそんなのが許されると思ってるのあんたみたいな大馬鹿推理の介に付き合えるのは私くらいなんだからさっさと電話の一つしてきなさいっての今回こそ会えるかと思ったのに結局偽物とか」

 

 ほらぁ、狂人スイッチが入ってしまったじゃないですか。

 

 ノンブレスで新一君への執着を吐露する蘭君に、全員が引かれます。

 

 「・・・そろそろ引き上げるぞ」

 

 これ以上関り持ったらやばい、と感じられたのでしょうか?

 

 コナン君をかばうように片手で抱きかかえた松井君が、空いてる手で七槻君の手を引いてその場を離れようとします。

 

 まだ、新一君の偽物であることを伝えてませんが、こうなった以上、それは警察にお任せするようですね。

 

 「・・・推理ミスが騒がれた時、何で誰も自分で調べようとしなかった?

 

 誰かから聞いた情報を鵜呑みにするから、さっきのような奴にいいようにされるんだ」

 

 振り向きもせずに、松井君が吐き捨てられました。

 

 彼もなかなか辛辣ですね。

 

 そして、彼らが東奥穂村を後にしようとした時でした。

 

 ドンッという大きな爆発音に、全員何事かと一斉に振り向きました。

 

 「何だ?!」

 

 「日原邸からだ!」

 

 口々にそう言いながら、彼らは一斉にそちらに向かって駆け出していきました。

 

 

 

 

 

 

 え?組織との攻防?

 

 おや、語り切れませんでしたね。

 

 では、皆様ご一緒に!続きます♪

 

 

 

 

 

 

幼女には全裸と靴下が最高だろうが!

 

続くがな!




【やっぱり東都は最高だな!と叫びそうなナイアさん】
 前回から引き続き、ご機嫌で事件を視聴する。
 ちょっと目を離したすきに、楽しい事件が目白押しの東都こそ、彼女が居を構えるにふさわしい。
 基本的にポジティブシンキング。自己啓発のノリで混沌と破滅を普及したがる、安定の邪神ぶり。
 アンチと過激派信者に二分される工藤家についても、自分の信者たちには負けるけどカルトみたいだなーと評価。
 偽物工藤君をあっさりコナン君たちが攻略して、なーんだ詰まんねとなった矢先、時津君のやらかしに大爆笑。
 あっはっは!あいつ、コナン君たちの努力を台無しにしやがったぞ!受ける~!
 しかも、それを一切悪いとも思わずに、怒ってきた相手をなおも煽るとか、やるね~!
 ついでに村人たちにも大爆笑。お前ら知りたい知りたい言ってたのに、真相暴露した奴を怒るんだ~!自業自得じゃ~ん!
 村長宅の謎の爆発にも興味津々。まだまだ笑い転げるつもり満々のご様子。

【“探偵”をしっかりこなし、心中の真相と“工藤新一”の正体を暴いた七槻さん】
 前回から引き続き、東奥穂村で“工藤新一”君の事件と、1年前の心中事件の真相を調査する。
 1年前の事件のトリックも無事解き明かした。コナン君とこっそり答え合わせして正解のお墨付きももらう。
 槍田探偵に保証されるだけあって、その推理力も折り紙付き。
 というより、あの世界、優秀な探偵多すぎ。作中でへっぽこなの、毛利探偵くらいでなかろうか?(そして彼も、時々めちゃくちゃ鋭い)
 動機については成実さんの連絡で、肝心な“工藤新一”の正体についてはコナン君のお使いで一時離脱していた松井さんから聞いて、そういうことかと悟る。
 やっぱり興奮したり取り乱すと、ボクッ娘調になる。急に口調が変わるから、台詞が紛らわしい。
 真実を公開した場合の影響を考え、推理を聞かせるのは最初に“工藤新一”とした。
 ・・・原作で犯人であっただけあり、殺人を犯す人間の気持ちは理解できるつもり。ここが多分、理解できないと言い切った新一君と決定的な違い。
 ただ、今の彼女は、亡くしてしまった親友と同じくらい大切な友人や、職場の上司に恵まれているので、多少暴走はしても最後の一線は超えないとは思われる。
 ・・・“工藤新一”こと、日原誠人君をなだめて外に出たら、ひと騒動起こってた。
 あの仇敵が、余計な事しやがった。
 工藤新一と警察、自分たちが必死に隠した事実を、後先考えずに暴露しやがった!
 日原大樹君の目のハイライトが死んだ!このヒトデナシ!
 憤怒に駆られて暴走しかけるが、松井さんに窘められた。
 ・・・コイツ、多分何が悪かったか、まったくさっぱり理解もしてないだろうな。この人間のクズめ。

【探偵のクズがこの野郎と吐き捨てられそうな時津潤哉君】
 ♯34でも記しているが、原作登場はコミックス54~55巻『服部平次との3日間[2]』。
 今回、河内記者からの要請で、1年前の村長夫妻の無理心中の真相を解明するべく、東奥穂村を訪れた。
 そこに現れた“平成のシャーロック・ホームズ”こと工藤新一君が、記憶喪失で弱っていると判断するなり、自分が事件を解決し、工藤の上に立ってその名声をすべて自分が塗り替えると張り切る。
 そして、工藤新一が刺殺事件を起こしたと判断するなり、問答無用で現行犯逮捕させ、しょっ引かせた。
 ざまぁ。工藤ざまぁ。オワコン乙。
 ・・・あちこちで見かける彼の人物評によると、あの世界の探偵の暗黒面のごった煮らしいので、こんな感じになった。
 そりゃ、探偵甲子園で越水さんに撲殺されますわ。
 ネット用語交じりの口調ということだが、そんなのよくわかんないから、調べながら書いたら、想定以上にむかつく奴になった。
 あの世界の探偵の暗黒面のごった煮なら、人の心情なんか無視して、真実暴露して、オレ!is No.1!(ドヤァッ)ぐらいするやろ。幼子の目からハイライトを消しにかかるやろ。
 ・・・たぶん、新一君や七槻さんからしてみたら、コイツと同類にだけはされたくない、って言いたい感じになったと思う。
 ここぞとばかりに、いい人発揮した毛利探偵に殴られ、村人にもあっち行け!されるけど、多分、心底では自分悪いことしてないのに、なんで?!と思ってそう。絶対思ってる。


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【#37】そして終結。工藤新一の汚名?それより赤井君です

 いつ公開されるんだ、『緋色の弾丸』・・・。待ちかねすぎて自家発電に手を出さざるをえねえじゃねえか・・・。
 いろいろ探索者登場させてるけど、放置気味な人も多くて、あれこれ引っ張り出そうとして、こんがらがりまくります。
 久々登場の阿須那羽こと赤井さんは、今回は探索者仕様です。
 阿須那羽教授用マスコットが欲しいな、なんか冒涜的なの→(『マレウス・モンストロルム』ぱらぱらして)お、これなんかええんちゃう?→戦闘技能皆無やでえ・・・?まあ、マスコットやし!ええやろ!
 となった結果、敵神話生物だけじゃなくて、味方神話生物も出ることになりました。
 赤井さん、あっち側とは縁を切りたがってたくせに、ふたを開けてみたらどうあがいても逃げようがない交友関係を構築なさってるんですよね。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやー、笑った笑った。久々に大爆笑させていただきました♪

 

 工藤新一に汚名を着せようと、彼そっくりに成形なさった日原誠人君も頑張られていたようですが、最終的に七槻君、コナン君、松井君の即席トリオの前に、泣き崩れられましたし。

 

 いやー、正直まぁたハッピーエンドですか(はぁ)ってなってたんです。

 

 で、そこにおバカさん→愚か者(Rank up!)の時津潤哉君が、沈静化した火にガソリンを叩きこんでくれました♪

 

 いやー、将来有望ですね、彼。そのうち凶器でフルボッコにされてから、トリックで殺人偽装されるんじゃないです?米花町あるある、ですよ♪

 

 え?原作では大体そんな感じ?ちょっ!そこのところkwsk!私の情報偏り攻略本、彼の記述は抜け落ちているんです!

 

 え?お前は絶対悪用しかしないだろうから、御免被る?仕方ありませんねー。あとで竜條寺君に聞きだすとしましょう。彼なら補完できるでしょうし。

 

 

 

 

 

 話を戻します。

 

 時津君、せっかく七槻君&コナン君、そして何より新一君と警察の皆さんが伏せようとした、心中の真実を村人たちと、当事者たる日原大樹君の前で暴露しちゃいました♪

 

 おかげで、大樹君の目のハイライトは、那由他の彼方へ失踪なさってしまいました。

 

 それを見た周囲は大慌て、毛利探偵は怒って時津君に殴りかかられるし、狂人蘭君も一緒に怒るし、村人たちは慌てて大樹君を慰めにかかられて・・・う~ん、カオス☆

 

 あっはっはっは!自分たちが知りたい言ったくせに、真実突き付けられてへこむなんて、頭おかしくないですか~?

 

 時津君を恨むなんて、筋違いですよ~。恨むなら、動機を隠された理由に思い至らなかった自分たちの無能さにすればよろしいのに~。

 

 ま、これでさらなる方向に怨恨を振りまく準備ができたわけです。よかったですね!時津君!また一段と有名になられましたよ♪

 

 

 

 

 

 え?それよりも、前回最後の爆発?あれ、どういうことだ?何があった?早く説明しろ?

 

 はいはい。それでは話していきましょうか。

 

 以前も言いましたが、ハッピーエンドなどクソ食らえです。そんなもの、むしり取って靴底で踏みにじって差し上げたいくらいですが、手を出すのは最終手段。

 

 事件は片付いても、まだひと騒動あるようですのでね。楽しみです♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ドンッという大きな爆発音に、全員何事かと一斉に振り向きました。

 

 「何だ?!」

 

 「日原邸からだ!」

 

 口々にそう言いながら、彼らは一斉にそちらに向かって駆け出していきました。

 

 濛々と煙を吐き出す日原邸に、真っ先に飛び込むのは松井君、コナン君、七槻君です。毛利探偵が素早く消防車に連絡をなさっていますね。

 

 煙と炎に紛れ、倒れこんでいる刑事や警官たちを助け起こして、安全なところに避難させながら、彼らは素早く視線を走らせ、ややあって愕然とした顔になられています。

 

 ああ、気が付かれたんですね?日原誠人君――工藤新一君そっくりに整形した坊やのお姿がない、という事実に!

 

 「松井さん!後を頼む!」

 

 「あ!おい、コナン!」

 

 倒れこんだ家具などをどかして救助活動にいそしまれている松井君は、駆け出したコナン君を咎めるような声を出しますが、この場を放置するわけにもいきませんよね?

 

 素早く邸宅から飛び出したコナン君は、野次馬連中と、それらをかき分けるように到着された救急・消防など一顧だにせずに、必死に何か探されているようです。

 

 もう、遅い、ですけどね。

 

 気絶した日原誠人君を乗せた、黒塗りの車は、あざ笑うように村を離れ、高速の入り口に差し掛かられています。

 

 日原誠人君は、手足をまげてスーツケースに押し込められてますし、Nシステムのような路上監視システムのカメラには引っかからないでしょうねえ。

 

 はい♪残念でした~♪

 

 やがて、コナン君は何か大きな荷物を持った人を見かけなかったかと、村人たちに問いかけて回り始めますが、時津君の推理ショーに気を取られていた彼らからはまともな証言が出るわけもありません。

 

 時間切れと手おくれを痛感なさったんでしょうねえ。

 

 コナン君は、悔しげに顔を歪め、膝をついて地面をたたかれています。

 

 あっはっはっは!原作では君が主人公ですから、何もかもが君に都合のいいように動いたかもしれませんがね?そう簡単にいくわけないでしょう?!

 

 以前のお言葉を熨斗を付けて返して差し上げますよ、コナン君!

 

 “お前の思い通りになると思ったら、大間違いだ!”とね!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 もうどのくらいここにいるのか、誠人にはわからなくなっていた。

 

 気が付いたら、どこか薄暗い場所にいて。椅子に身動きできないように縛り付けられていて、見知らぬ目つきの悪い男に意味の分からない質問をされたのだ。

 

 シェリーの居場所を吐け、どうやって毒薬から助かった、今までどこにいた、組織のことを誰にしゃべった、仲間はほかにいるのか。

 

 そんなの知らない。

 

 だって、自分は工藤新一ではないのだから。この顔は、彼をはめるために整形という人工手段をもって用意したものだ(そして真実が判明した今、それも無意味になった)。自分は、日原誠人だ。

 

 誠人はそう主張した。

 

 だが、そう答えるたびに、嘘を吐くな、本当のことを言えと、罵声とともに苦痛が誠人に襲い掛かった。

 

 肘かけに固定された手の爪を引き抜かれ、苦痛に悶えて絶叫した誠人の頭を、男は容赦なくつかんで、問いかけを繰り返す。

 

 つまらない嘘を吐くな。さっさと吐け。工藤新一。

 

 ここまで来て、誠人は震え上がった。

 

 これは、単なる質問、尋問、取り調べの類ではない。スパイ映画、あるいは極道ものに出てくる、誠人とは徹頭徹尾縁のない単語――拷問だ。

 

 

 

 

 

 誠人の、かつて工藤新一を信奉していた脳から引き出された知識は、断片的に彼に告げた。

 

 犯罪を許さない正義の人、平成のシャーロック・ホームズが、その辺の有象無象の犯罪者の逮捕程度で活動を済ませるわけがない。彼は、何らかの犯罪組織を相手にし始めたのかもしれない。

 

 そして、その組織は工藤新一の命を狙い始め、そのために彼は身を隠した。

 

 だが・・・考えたらずな誠人は、そんなこと知ったことではないと、彼への成り済ましを謀った。

 

 その結果がこれだ。成り済ましは、確かに成功した。

 

 誠人が騙そうとした世間ではなく、工藤新一の命を狙っていたであろう、犯罪組織に対して。

 

 

 

 

 

 「おら。いい加減疲れてきただろう?さっさと吐けよ、工藤新一」

 

 何度も殴られ、爪を引き抜かれた手は血まみれになり、ぐったりとした誠人に、男は容赦してくれない。

 

 なおも頭をつかみ上げ、嘲るように質問を繰り返す。

 

 「あ・・・し、しらな・・・ぎゃああああああああああっ!」

 

 「誰が嘘吐けっつった?!ああ?!てめえが工藤新一だってのは、幼馴染の家族どもが証言してるんだよ!!

 

 記憶喪失なら、さっさと思い出せ!

 

 それを吐いたら、お前だけは助けてやるよう、ジンに進言してやるよ!」

 

 太ももに走った激痛に絶叫した誠人に、男はあざ笑うように右手に持ったペンチから、ひねりちぎった肉片を振り落とした。

 

 「あ・・・うう・・・しらない・・・ほんどうに・・・じらないんでずぅ・・・」

 

 もう無理だ。ついこの間までただの学生だった誠人には、こんな苦痛、これ以上耐えられない。

 

 誠人はグズグズと泣き出した。股間はすでにびっしょり濡れてアンモニア臭を放っている。手の自由も利かず、殴られ続けた顔は腫れと鼻血、涙と唾液でぐちゃぐちゃだった。口の中も切れて血の味がする。硬いもの感触もあるから、歯だって折れたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 こんなこと想像もしてなかった。

 

 犯罪者として後ろ指刺されようと、それは工藤新一にすべていくことになる。

 

 すべて覚悟していたはずだ。

 

 ・・・本当に?あのまま計画通りにいってたら、ひょっとしたら刑務所で、工藤新一が捕まえた犯罪者たちに恨まれて、今のような目に遭っていたのでは?

 

 一度思い至ってしまえば、もう駄目だった。

 

 ただでさえも、計画の中枢を支えていた、工藤新一への怨恨がへし折られた誠人に、この拷問はきつすぎた。

 

 

 

 

 

 「はっ!これが平成のシャーロック・ホームズか!

 

 ざまあねえな!さっさと吐け!」

 

 「じらない・・・じりまぜん・・・おねがいじまず・・・もう・・・あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 「何で人体にはパーツが二つあると思う?拷問で片っぽなくしても大丈夫なようにさ。

 

 大丈夫、耳なし芳一がいるだろ?今のは耳たぶなんだ。なくなっても生きていける。

 

 さあ、シェリーの居所を吐け」

 

 「じらないんでず!ヴぉんと!ヴぉんとうに!ぼぐあ、びのばあ、ぎゃああああああっ!!」

 

 「へたくそな嘘は、そのツラ鏡で見てから言えや!!次は指だ」

 

 逃げ出したい、と誠人は強く願った。だが、意識の放棄すら許されず、誠人が気絶するたびに、水に頭を突っ込まれ、窒息しかけて意識を取り戻させられ、苦痛の続行となった。

 

 どうして、こんなことに。

 

 どうして。

 

 

 

 

 

 

 ちっと男は舌打ちした。

 

 さすがに、温室育ちのお坊ちゃんに、男の丹精込めた拷問はいささか刺激が強すぎたようだ。

 

 目が虚ろになっている上、水につけて窒息寸前に追い込もうと、完全に無反応になってしまったからだ。

 

 にしても、嘘を言うにしても、ずいぶんとへたくそなものだ。“平成のシャーロック・ホームズ”も、案外大したことのない。

 

 推理ミス、記憶喪失、挙句の殺人。

 

 お綺麗な正義の探偵の看板の下など、虚栄と売名にまみれたプライドの塊らしい。一つ崩れれば、あとは坂を転がり落ちるようではないか。

 

 男はせせら笑った。

 

 自分は日原誠人だと?偽名を名乗るにしても、もう少しましなものを名乗ってもらいたいものだ。

 

 その時だった。閉ざされていた廃屋の扉が開かれた。

 

 「誰だ?!」

 

 男の問いに、入ってきた人物は答えなかった。

 

 静かに、右手に持っていたスマホをかざした。そこには、ニュースのアナウンサーが淡々とニュースを述べている画像が映し出されていた。

 

 『繰り返しお伝えします。

 

 刺殺容疑で逮捕・拘束されていた工藤新一君が、本人でないとわかりました。

 

 DNA鑑定の結果、日原誠人容疑者19歳と判明しました。

 

 日原容疑者は、工藤新一君の推理の結果に不満を持ち、彼を陥れようと成り済ましを謀ったということです。

 

 現在、日原容疑者は、拘束されていた日原邸の謎の爆発以降消息がつかめておりません。

 

 何か情報がありましたら――』

 

 アナウンサーの述べるニュースに、男はひゅうっと大きく息をのんだ。

 

 同時に、スマホをかざしていた男が、それを下ろすと同時に、踏み込む。

 

 「何なんだ、てめえはああああ!」

 

 同様と困惑で混乱する男は、乱入者めがけて破れかぶれに拷問に使っていたペンチを投げつけようとするが、彼はそれを軽々と一歩体をそらすだけでよける。

 

 「こんなところで、人違いの拷問などするから、そんなものに目を付けられるんだ。

 

 バカが」

 

 吐き捨てる乱入者は、懐から取り出した拳銃を、男――否、男の背後めがけてぶっ放していた。

 

 ギヂィィィィィッ!

 

 弾丸が命中したそれが、甲高い、昆虫めいた悲鳴を上げる。

 

 何だ?とっさに男は振り向いた。振り向いてしまった。

 

 

 

 

 

 それは、背丈は150センチほどあるピンクがかった色の生き物だった。

 

 甲殻類のような胴体にバカでかい背びれというか、膜のような翼と言った方がいいかもしれないようなものが付いており、関節肢が数組み付いていた。

 

 普通なら頭のあるはずのところには、非常に短い触手に覆われた渦巻き状の楕円体が付いていた。

 

 

 

 

 

 男は知らなかった。それは、ユゴスよりのもの、ミ=ゴとも呼ばれる、神話生物であることを。

 

 ここは、東奥穂村より高速で少しばかり離れた小さな町の、小さな廃屋だ。

 

 ・・・この街で、頭部に穴が空いて脳みそがゴッソリ抜き取られる猟奇事件が起こっているなんて、知りもしなかったのだ。

 

 そして、そんな常識の埒外の生物を目の当たりにしてしまった、男の正気は現実逃避を選択した。

 

 ばかばかしい、あんまりにも、目の前の小僧が頓珍漢なことしか言わないから、疲れて幻覚を見てしまったのだ。

 

 「おい、ガキ!お前が変なことばっかり言うから、おかしなものが見えちまったじゃねえか!さっさと本当のことを」

 

 「グラッドストーン!頼む!」

 

 放心状態の“工藤新一”になおもつかみかかろうとする男をさえぎり、乱入者が叫んだ。

 

 唐突に、男の襟首を何かがつかみ、椅子に縛られたままの工藤新一諸共、あらぬ方向に放り投げられる。

 

 男たちが先ほどまでいたところに、白い光線が当たったのは、その直後だ。

 

 ミ=ゴが、手にしていた電気銃を男たちめがけて放ってきたからだ。

 

 「よし。よくやったぞ、グラッドストーン」

 

 「♪」

 

 乱入者の男の言葉に、それは犬のように駆け寄り、褒めて!というかのように身を擦り付ける。

 

 そして、男はまたしても、その人知を超えた生き物の姿を目の当たりにしてしまった。

 

 

 

 

 

 それは、不格好な黒い生き物だった。脂っぽく滑らかなクジラのような皮膚、内側に向かって曲がっている角、羽ばたいても音のしない蝙蝠のような翼、物をつかむのに適している醜い手、意味もなく打ち付けるいやらしい棘のついた尾。

 

 特筆すべきは、顔のあるべきところに、その存在を暗示するような空白があるだけということだ。ゆえに、彼らは笑わない、微笑まない。

 

 

 

 

 

 それは、夜鬼〈ナイトゴーント〉と呼ばれる、つかんで、飛んで、くすぐることだけを得意とする生き物だった。

 

 ああ、絶対こんなの夢だ。

 

 男は確信した。

 

 ありえない。あんなピンクのエビじみた生き物も、聖書に出てくる悪魔のような生き物もいるわけもなければ、それを従えるのがあの裏切り者のNOC――赤井秀一というのも、まったくもってばかげている。

 

 これが夢でないなら、何とする?

 

 赤井は、男が昔遠目に見たのとは、全く異なる格好をしていた。

 

 黒一色ではあるが、マントのように肩に羽織ったコート、ダブルブレストのスーツに、深紅のアスコットタイ、深々とかぶった中折れ帽と垂らした長い黒髪という――男が知る由もないが、それは阿須那羽椎夜の装いである――をしていた。

 

 ついに男は座り込んだまま、放心して、思考放棄することにした。

 

 状況に思考が全く追いつかない。考えることすらばかばかしい。いや、考えたら、なくしてはいけない何かを、失ってしまう。だから考えない。本能がそう、叫んだからだ。

 

 

 

 

 

 足元でお座りをする夜鬼の頭を、角をよけながら撫でた赤井は、ミ=ゴを睥睨する。

 

 「おとなしくここから去るがいい。ユゴスへと戻るのだな」

 

 鋭い緑の双眸に睨みつけられたミ=ゴはたじろぐように、楕円型に生えた短い触手を揺らしたが、次の瞬間電気銃の銃口を赤井に向ける。

 

 だが、赤井の方が早い。

 

 いかに武器の性能に差があろうと、それが銃というカテゴリにくくられるものなら、技量自体なら赤井に分がある。

 

 ミ=ゴの体が地球上のものでなく与えられるダメージが限定されるとはいえ、魔力装甲貫通弾とそれを装填できる拳銃が相手では、また話が違う。

 

 赤井の早撃ちは、ミ=ゴから電気銃を弾き飛ばした。

 

 加えて、赤井は一人ではなかった。

 

 「ア?!」

 

 ミ=ゴが悲鳴を上げた。高々と飛び上がって空中待機していた夜鬼が、飛び上がったドアノブほどの大きさの、突起のついた黒い金属塊――電気銃をキャッチして取り上げてしまったからだ。

 

 「カ、返セ!」

 

 ブーンと、羽虫の羽音のような声音で、それでも人間の言葉であわてるミ=ゴに、夜鬼はすいすいと空中を踊るように跳ね、馬鹿にするように電気銃をお手玉して見せる。

 

 彼に顔があれば、アカンベーか、あるいはケラケラ笑って見せたかもしれない。

 

 ミ=ゴも飛べることは飛べるが、いかんせん機動力が違うのだ。狭い場所の追いかけっこなら、夜鬼に軍配が上がるだろう。

 

 「本来なら、奪った被害者の脳髄も返してもらいたいところだが、見逃してやる。

 

 それとも、まだ続けるか?」

 

 シャリンッと、赤井がコートの懐からナイフを引き抜く。

 

 左手に一振り。魔力が込められているのだろう、光沢がいささかおかしい。無手の右手は軽く引かれ、反撃に対応する準備がされている。

 

 そして、その腰に下げられたホルダーから、魔導書らしき革表紙、そして黄金の蜂蜜酒が詰まっているらしいボトルが見える。

 

 ここまで来て、ミ=ゴは悟る。

 

 この男は、そこらの人間ではない。冗談抜きで、自分を滅ぼす力があるのだ。

 

 だが、とミ=ゴは、奥に転がる人間二人を見た。

 

 優秀だと、人間の間では、評判の男――工藤新一、だったか?彼を、自分は連れ帰らねばならないのだ。その脳髄は、彼らの一族にとって、必要になるのだから。

 

 「先ほどのニュースを聞いていなかったのか?

 

 彼は、工藤新一とは、顔が同じだけの別人だ。別人をそうと称して連れ帰ったほうが問題になるぞ?」

 

 赤井の言葉に、ミ=ゴはぎょっとしたようにたじろいだ。

 

 ・・・そういえば、先ほど、彼がかざしていた機械から、何やらそんな言葉が聞こえたような気がした。

 

 となれば。

 

 「何タル無駄足」

 

 ミ=ゴは、悔しげに呻く。

 

 

 

 

 

 もともと、彼がここに潜伏していたのだって、上層部から、この地域で一等優秀な人間たる工藤新一の確保命令が出され、調査した結果この付近で目撃が相次いだためだ。

 

 付近の住民の脳髄を抜き取ったのは、調査と資源確保のためだ。工藤新一の情報を教えてほしいと彼らに頼めば、そうすれば肉体に戻れるとでも思ったが、脳髄たちは素直に情報をさえずってくれた。

 

 だが、すべてはまったくもって無駄足だったらしい。

 

 

 

 

 

 ああ、でも、それだったら自分が殺されるだろうか。高々、この場に現れた人間に都合よく言いくるめられたと、上層部は信じないかも。

 

 そう思い悩んで、考え込むミ=ゴに、赤井が口を開く。

 

 「ユゴスの連中が疑ってきたら、こう言えばいい。

 

 工藤新一が別人だというのは、ミスカトニック大学の阿須那羽が保証してくれた、とな」

 

 ハッと、ミ=ゴは楕円体を赤井に向けた。

 

 ミスカトニック大学の阿須那羽。なるほど、聞いたことがある。流出したアーティファクトの返還に協力してくれた、人間にしては話の通じる方だ、と。

 

 「・・・イイダロウ」

 

 ミ=ゴはうなずくと、羽を広げる。コンクリートの天井を粉砕して、彼はそのまま空高くに姿を消した。

 

 どうせ、連中は写真に写りもしなければ、目撃が信じられることはない、と赤井はナイフもしまって一息ついた。

 

 グラッドストーンと名付けられている夜鬼を、本来の次元に送還し、ついでに電気銃を銃撃でもって破壊する。

 

 さて、あとは。

 

 赤井は、いまだに放心したまま、ついでに失禁までしている男と、ボロボロズタズタで同様に放心状態の少年に目を向けた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ああん?何で赤井君がこちらにいらっしゃるんです?

 

 攻略本によると、君が来るのは、あの女がこちらに来た頃だったと思ったのですが?

 

 そもそも、あの拷問シーンでミ=ゴが登場することも少々想定外だったのですがね?どういうことです?

 

 まあ、楽しめたから良しとは致しますが。

 

 ふうむ。ま、補完は後回しにしましょうか。

 

 赤井君が、ひとまず男を拘束して、日原誠人君の手当てを黙々としていると、誰かが廃屋に入ってこられました。

 

 おや、橘君。

 

 小学校のセッション以来ですね。相変わらず、特注パンツスーツに、左肩に刀の入った鞘袋を担がれています。負傷なさっていた右腕は、どうやら完治なさったようです。おめでとうございます。

 

 「阿須那羽先生!遅くなって申し訳ありません!」

 

 赤井君の姿を見るなり、橘君は素早くかけていき、続いてそのそばにいる放心状態の人間2名を見ると眉をしかめられました。

 

 「・・・連中の仕業、ですか?」

 

 「いいや。この子のケガは、彼がやったようだ。拘束しているし、この状態だ。暴れることはないと思うが、十分気をつけろ」

 

 「・・・ああ、なるほど」

 

 一瞬彼女は怪訝そうな顔をしますが、その顔――腫れと血や体液でグシャグシャですが、かろうじて見える面影や髪形などから、誰か悟られたようです。

 

 「逆恨みからの拷問、ですか?馬鹿じゃないです?」

 

 「しかも人違いだ。ネットニュースを見てみろ」

 

 「え?失礼します・・・ああ、そういうことですか」

 

 眉をしかめられた橘君は、断りを入れてスマホを確認するや、痛々しげに顔をしかめました。

 

 「それで?首尾は?」

 

 「大当たりですよ。連中の言いなりになって、情報提供していた男を確保しました。別れた恋人をあきらめきれなくて、脳缶にして保管してたんです。

 

 ・・・男は捕まえましたが・・・その・・・」

 

 「・・・中身の本人は、何と?」

 

 「体が死んでいることは、理解しているようでした。

 

 ・・・彼女自身の希望通りに、処理する予定です」

 

 首を振って、苦痛を押し殺すように橘君は言いました。

 

 ふむ?彼女がいるということは、MSOとウィルマースの合同捜査、というところでしょうか?

 

 「彼らは・・・見た、んですね?」

 

 「ああ。片方はその前からこの状態だったがな」

 

 そう言って、赤井君は男をじっと見つめます。

 

 ややあって、彼は舌打ちしました。

 

 おや、どうやら正体――君が潜入していた組織の一員だと気が付かれたようですね?

 

 男の懐をあさり、連絡用の端末を引っ張り出しながら、赤井君が言います。

 

 「面倒な・・・橘。君の古い友人に連絡を入れろ」

 

 「え?古い友人って・・・ええ?!いやですよ!なんであんな慇懃眼鏡なんか!」

 

 「この男を野放しにするわけにはいかんのでな。

 

 ・・・ジェイムズに連絡できないのが痛いな」

 

 端末をいじりながら、ポツリと赤井君がつぶやきました。

 

 「・・・それって、先生の本業の方ですか?」

 

 「先生はやめてくれ。俺は彼の連絡先を知らないんだ」

 

 橘君の問いかけに、赤井君が渋面で答えられています。

 

 言外に、肯定しているような返答ですよね?それ。

 

 「先生は先生でしょう。客員教授でしたら、呼称に問題はないはずです。・・・あなたからの頼まれごとでしたら、仕方ありませんね。

 

 でも、この有様ですよ?大丈夫なんです?」

 

 橘君の問いかけに、赤井君は端末からマイクロSDカードを引っ張り出し、残った本体を男の懐に戻してから答えました。

 

 「問題ない」

 

 しれっと言いますがね、赤井君。その手に持った君お手製の魔導書から見ても、魔術で記憶をいじくっておこうと言ってるようなものですよね?!

 

 ・・・ま、その方が只人にとっては幸せなのでしょうがね。神話生物の目撃なんて、記憶にも残しておきたくないのでしょうね。

 

 橘君は目をキラキラと目を輝かせて、赤井君が魔術を使うところを凝視なさってます。

 

 大ファンですもんねえ・・・彼女。

 

 その結果、SANが減ろうが悔いはないと言わんばかりの全力姿勢には、敬意を表します。

 

 で、終わったところで、改まった様子の彼女は、スマホで連絡を入れています。通話相手は・・・なるほど、風見君ですね。

 

 

 

 

 

 橘君は“協力者”としての手は切りましたが、怪奇事件専門捜査官と“連絡係”としての付き合いは続いていますからね。連絡先はまだ把握されたままでしょうね。

 

 もっとも、橘君は公安を嫌って、この手の連絡はほかに人員がいるならそちらにお任せするようにしているようですが。

 

 

 

 

 

 で、つながった先で、橘君がさっくりと事情を説明したところで、男の方について何と言おうか困っているようです。赤井君の本業〈FBI関連〉というのは分かるのでしょうが、具体的にどうするべきかと困られているようです。

 

 そこに、赤井君が通話を代わって、説明にはいられました。

 

 曰く、君たちも追っている組織の一員が、連中を目撃して放心状態に陥っているので、そちらで確保しておいてくれと。ついでに、片方は拷問を受けたので、救急車の手配も頼むと言い渡されてますね。

 

 通話先の風見君が阿鼻叫喚になっているのが目に見えるようですねえ。

 

 彼、今日だけでいくつ爆弾を落とされたんでしょう?新一君のことと言い、赤井君のことと言い、この組織の男のことと言い。

 

 しかも、HPL案件が絡んでいるなら、赤井君のことは零君には伝えられないでしょうし。

 

 可哀そうに(ニチャァッ)

 

 

 

 

 

 そうして、通話を終えた赤井君は、スマホを橘君に返すと、踵を返します。

 

 「引き上げるぞ。公安に見とがめられる前にな」

 

 「はい!」

 

 コートと長髪をひるがえして廃屋を後にされる赤井君に、橘君が子犬のごとく追従されます。

 

 そうして、放心状態の人間二人を置いて、二人はその場を後にされました。

 

 

 

 

 

 

 なるほどなるほど。

 

 それでは皆さん。お察しの通りのセリフをご唱和していただけますか?

 

 続く!

 

 

 

 

 

真の強者とは、続くのだよ!





【時津君を好評価して、予想外の赤井さんの再登場に動揺してしまったナイアさん】
 前回から引き続き、東奥穂村での騒動を見物。
 悲劇のトリガーを引くだけ引いて知らん顔をした時津潤哉君への評価は高い。騒動生成機的意味合いで。
 ついでに、時津君が村人集めて推理ショーをやらかしたので、人目がかなり薄くなっており、このどさくさで組織の人間が潜入、“工藤新一”誘拐の下ごしらえを進めていたこともしれっと見ていた。
 まんまと誘拐を看過して、悔しがるコナン君を見てニヤニヤする。
 や~いや~い。お前の思い通りになると思ったら大間違いだからな~!
 その後、誘拐された日原誠人君の拷問からの放心発狂もリアルタイムで見物していた。
 が、途中でミ=ゴと赤井さんが乱入してきて、ふぁい?!となった。
 何度か記しているが、彼女とて全知全能ではない。加えて、彼女自身が仕込みに加担してない場合、騒動の火種を感知しきれてない場合があり、今回のはそれに当たる。
 乱入者たち(ミ=ゴ&夜鬼)によって、誘拐犯も放心発狂。
 阿須那羽モードの赤井さん&飼い犬状態の夜鬼VSこの辺で悪さしていたミ=ゴの対決も、驚きながらもサプライズ!いいね!と気を取り直して出歯亀続行。
 あらら。あの戦闘能力皆無に近い夜鬼を、こうもうまく使役しますか。さすが赤井君ですねえ。
 久々登場の橘さんの回復ぶりと、赤井さんへの懐き振りにも苦笑。
 ものすごい懐きようだし、魔術もかぶりつきで見てる・・・たぶんあれで発狂しても悔いないんだろうなぁ。
 その後、橘さんが風見さんに連絡入れて、途中で通話を代わった赤井さんの会話もきっちり盗み聞きした。
 風見さんの苦労を思って、ニヤニヤする。がんばえ~!

【唐突な登場&本編参戦を果たした赤井さん】
 本編登場は実に久しぶり。#10以来ではなかろうか?
 諸事情から来日し、MSOと合同捜査で、東都郊外の田舎町で悪さしていたミ=ゴを追い回していた。
 ミ=ゴのいる廃屋へ乗り込んだら、なんか悲鳴が聞こえる。
 断片的に漏れ聞こえる会話から、内部にいる人間に検討をつけた。
 彼が、殺人犯“工藤新一”をどう見ていたかは現状では不明だが、そのニュースを知っていたため確認のためスマホを見たら、速報で人違いでした!というのが入り、マジかー。人違い拷問かー、とチベスナ顔になる。
 でも、ここにミ=ゴがいるのは確かだし、拷問続行させるわけにもいかないからと乱入。そいつ人違いだよ、とジャストタイミングで流れているニュース動画も流してあげた。
 今回、大学時代に仲良くなった神話生物を従えての探索。
 魔導書で召喚したのは、夜鬼〈ナイトゴーント〉のグラッドストーン君。
 お名前は、ガイ・リッチー版映画の、ワトソンの飼い犬から。
 なお、劇中に書いているが、夜鬼は飛んで、つかんで、くすぐるというのを得意とする。くすぐりに堪えられない人間を空中からポイするが、それ以外の戦闘技能は皆無という、同様に飛べる能力持ちのミ=ゴにぶつけるのには不向きだったりする。
 今回、赤井さんはあらかじめ、グラッドストーン君には自分以外の人間を安全な場所につかんで運んでおく、ミ=ゴの武器を取り上げる、という二つだけを言いつけていた。
 あくまで、ミ=ゴと直接戦闘・交渉をするのは自分だけと決めていた。
 無事、ミ=ゴを言いくるめ、撤退させることに成功。ミ=ゴは人語を話せるので、場合によっては交渉が成立したりする。
 その後、放心発狂している二名を確保&手当て。
 偽物工藤新一こと、日原誠人君を間近で見て、ああ、整形っぽい感じの顔だなー、と納得。
 ・・・たぶん、あの世界の特殊捜査官なら、そのくらい見抜けるんじゃないですか?(適当)
 途中で橘さんと合流。・・・何で俺、こんなに懐かれてんだ。あと、先生って呼ばれても、弟子入りは絶対認めないから。
 彼のセリフから察しはつくと思うが、今回彼は単独来日しており、FBIの他メンバーはいまだにアメリカにいる。
 他のFBIメンバーがいれば拷問男をそちらに引き渡したのだが、いない以上、日本の警察に任せるしかない、くわえて公安には一応伝手があるということで、そちらに引き渡すことにした。
 所属チームは違っても、目指す先は同じだし、有効活用してくれるはず。
 でも、情報はちゃっかりいただく。落ち着いたら解析しよっと。
 あとは頼むぞ、風見君。
 こうして、意図せず風見さんの胃痛を増やしていくのでした。
 ちなみに、彼は『名探偵コナン』現代登場時は髪を短くされていますが、本シリーズでは短くする理由がないので長いままです。
 ・・・彼が単独来日した事情は、次回で!

【FBI内にある赤井ファンクラブにでも加入しそうな橘さん】
 こちらも随分お久しぶり。#24以来の登場になります。
 小学校セッションにおける負傷は、無事完治。期間が短い?MSOはその手の魔術が使える方も所属しているからということで一つ。
 他の面子や、バディ組んでるだろう竜條寺さんが美國島でジタバタしている間、彼女は彼女で、東都郊外で悪さしているミ=ゴを赤井さんと一緒に追い回していた。
 セリフから察しのつく通り、今回もやっべーもんを色々見てきたご様子。SANも減ったはずなのに、あこがれの人が一緒にいるせいで、全然そうとは感じさせない・・・どころか、多分SANが回復してるのではなかろうか。ハイテンション。
 言いつけられてた調査終わりましたよー、と合流したら、赤井さんが誰か手当てしてる。
 あれ?負傷者?ん?この子、テレビで見たような・・・え?!もしかして、あの工藤新一君?!逆恨みからの拷問?!
 え?違うの?人違い?ここにいて、なおかつこの様子からして・・・見ちゃったかー。気の毒に。
 憧れの赤井先生の、本格的魔術!すごいなー!やっぱり、私もこのくらいできるよう、頑張らなくちゃ!
 いくら拒否されようと、心意気はすでに弟子なので、呼称は先生に固定。いつか絶対一番弟子と認めさせるんだから!
 2年たった今でも、公安は嫌い。仕事の関係で、今でも風見さんの連絡先は把握しているけど、自分から進んで連絡とろうとは思わない。
 先生からの頼まれごとだからしょうがなく連絡とった。
 うっわ、眼鏡うぜえ。赤井さんからの連絡に、なんか通話先でギャースカ騒いでる。
 ・・・赤井先生って、本業があるって言ってたよね?眼鏡の感じといい、この放心してる拷問男、そっち方面の関係者なのかな?
 松井さんたちと違い、コナン君との付き合いはそこまで深くないので、組織云々のことは全く知らない。
 ただ、これからも赤井さんと関わっていくつもりなら、いずれそれも知っていくことになる・・・かもしれない。





Q.何で赤井さんが出てきたんですか?唐突すぎません?降谷さんの方がしっくりきませんか?

A. ここで降谷さんを投入させたら、赤井さんの参戦機会が永遠に失われることになります。そうすると、ナイアさんが痛い目を見ない野放図状態が確定になります。
FBI陣営は未参戦だから許して。


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【#37.5】阿須那羽教授の奇怪なる事件簿【彼の来日事情篇】

 『緋色の弾丸』、公開が来年に延期になるそうですね。後悔は約束されているのだからと大人しく待つべきか、これで駄作だったら××といきり立つべきか。当分は自家発電でしょうが。
 久しぶりに赤井さんを書いたら、めちゃくちゃ書きやすくてクッソワロタ。
 逆に書きづらいのが、降谷さん。公式であんな補完されまくって、リアルスーパーマンやってるような人を下手に二次創作しようもんなら、かえって魅力を損ねそうで、何とも恐れ多い。
 赤井さんはやらかしてることが事だから、好き放題修正していけばいいわけだし。
 むしろ、原作読んでないにもかかわらず登場させることになったシュルズベリィ教授の方が怒られそうです。
 原作では、結局絶望失踪のコンボしてたんでしたっけ?本シリーズでは結局帰ってこられたのですがね。
 まあ、言動の違いとかは原作より時間も経っているからということで、どうかお許しを。
 ・・・赤井さんのお相手が、宮島赤理さんになりそうです。変だな?彼はトラウマこさえているからまともに恋愛できないはずなんだけどなあ。
 あと、赤井さんにはもう一人ヒロイン用意してるんですがね。冒涜的な。



 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 ひどいじゃないですか~!赤井君!来てたなら来てたって言ってくださいよ~!

 

 あんなに情熱的に遊んだ仲だっていうのに、あんまりじゃないですか!

 

 君が!いくら!私を!嫌っても!私は!君が!大好きだって!言うのに!

 

 どういうことでしょうか?

 

 

 

 

 

 え?そもそも冒頭から私が赤井君の名前を叫んでいる意味が分からない?

 

 ふむふむ。おっしゃる通りです。

 

 それでは、解説しましょう。

 

 工藤新一君に成り代わって、軽犯罪を犯して(なお、一名刺殺済み)彼の名誉を貶そうとした、日原誠人君(整形で外見そっくりさん☆)が、黒の組織の一員に誘拐されました。

 

 コナン君たちは、時津君の推理ショーやら爆発やらに気を取られて完全に出遅れた感じになりました。

 

 あの、コナン君が四つん這いになって地面をたたいて悔しがられてたのは、見てて爽快でしたね~♪ぜひその背中を踏みつけて差し上げたかったです♪

 

 

 

 

 

 で、誘拐された日原誠人君ですが、椅子に縛られて、R-18Gの制限がかかりそうな拷問をされました。

 

 一応、ご本人は人違いだ!と御主張なさったのですが、そのお顔でおっしゃられましても・・・ねえ?完全に成り代わり謀略が裏目に出ちゃいましたね。

 

 加えて、声や指紋などの簡易識別に使えそうなパーソナルデータも、ことごとくつぶされてましたしね。自爆乙☆です。

 

 加えて状況が状況です。聞き入れられるわけがないですよね?

 

 とうとう拷問に耐えられなくなったのでしょう、ついに日原君はSANを一桁に減らして放心発狂なさってしまいました。

 

 可哀そうに(ニチャァッ)

 

 そんな地獄絵図に割って入ったのが、赤井君です。ご丁寧にペットの夜鬼〈ナイトゴーント〉のグラッドストーン君まで連れてですよ?

 

 ま、彼らだけじゃなかったのですがね。

 

 何しろ、赤井君がこちらに来られた理由というのが、この辺りで悪さしているミ=ゴを何とかするためでしたのでね。

 

 そのミ=ゴ、どうも本命が新一君だったようでして!いや~、ミ=ゴにまで勘違いされてましたよ?成り代わりが成功してよかったですね!日原君!

 

 そのミ=ゴは、電気銃を没収された挙句、赤井君に恐れをなし、さらに、目の前の“工藤新一”は偽物ということを聞かされ、やむなく解散なさってました。

 

 血沸き肉躍る殺し合いはまた今度、ですか。

 

 そんな赤井君は、ミ=ゴと夜鬼の目撃でSANを減らして放心の一時発狂をなさった拷問男を拘束、日原君を手当てしてから、合流してきた橘君を通じて風見君に連絡して、引き取ってもらうよう手配なさってました。

 

 ・・・それにしても、彼はいつ、どうして日本に来られたのでしょうね?

 

 あとで伝手を使って調べ上げましょうか。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 さて、赤井秀一が来日してきたのには、当然それなりの事情がある。

 

 FBI所属の彼がなぜここにいるのか。チームワークが義務付けられているかの組織の他のメンバーは、来日していないのか。

 

 それを語るには、いささか日付を巻き戻し、場所もアメリカ、マサチューセッツ州アーカム市、ミスカトニック大学・・・ではなく、ヴァージニア州北部にあるFBIクワンティコ本部ビルに移す必要がある。

 

 FBI本部はワシントンD.C.にあるが、有名なジョン・エドガー・フーバービルディングでは行政部門が中心であり、クワンティコ本部が捜査部門の中心となる。

 

 当然、現役捜査官たる赤井も普段身を置くのは後者の方となる。

 

 

 

 

 

 その日、赤井は来客を受けて、本部ビルの一室――防音防諜効果の高い部屋を訪れていた。

 

 中にいた来客に、彼は眉をしかめる。

 

 一人は、白いひげと白髪の老人だ。サングラスに覆い隠された目元と、その手に携えた白杖が、彼を盲人と語っていた。

 

 仕立てのよいスーツとコートに、中折れ帽を深々とかぶっている。どこか浮世離れした雰囲気の持ち主である。

 

 ・・・彼こそ、赤井の大学時代の恩師の一員、ラバン・シュルズベリィ教授である。

 

 そしてもう一人。ショートにした黒髪に、グレーのパンツスーツをキリッと纏い、首元にはクリーム色のスカーフ、薄いサングラスで目元を隠した、活発そうな女性だ。

 

 もちろん、こちらも赤井の知己である。彼女は2年前に宮島赤理と名を変えている。・・・要は、赤井がFBIにも内密に保護した、宮野明美の名を名乗っていた蛇人間のハーフの女性である。

 

 「やあ、秀一。相変わらず元気そうだな」

 

 赤井が入室して正面に立つなり、口を開いたのはシュルズベリィである。

 

 齢80を超えてそうな見た目に反し、矍鑠とした口調だ。声だけならば、とても老人には思えないだろう。

 

 「・・・わざわざ、アーカムからこちらにまでご足労いただくとは、何事ですか」

 

 挨拶もなしに、赤井は切り出した。非常に棘のある口調である。

 

 

 

 

 

 赤井は、自らの出身大学、そして片足を踏み込んだ分野に関しては、FBIに隠している。・・・隠していた、というべきか。

 

 スコッチの一件からこの方、どうもあちら側との縁も復活してしまったようで、潜入から引き上げ、FBIに完全復帰しようと、出くわしてしまうようになってしまったのだ。

 

 知識があり、対抗できる以上はと、赤井は直属の上司たるジェイムズ・ブラックに告げたのだ。これはHPL案件だ、自分が対処する、と。・・・自らの経歴とともに。

 

 ジェイムズは極めて賢明だった。HPL案件と聞くや、徹頭徹尾自分とは関係ない、聞かなかったことにするから好きにしろと、言い渡してくれた。

 

 理解ある上司で非常に助かる。

 

 ただでさえも、赤井はチームワーク重視のFBI所属にもかかわらず単独行動しがちというのにHPL案件が絡むようになってからは、さらに単独行動が増えた。それらを黙認し、必要とあらば手を回してくれるジェイムズは、赤井にとってはいい上司である。

 

 あるいは、そのような人物であるからこそ、赤井の上司たり得ているのか。

 

 

 

 

 

 ともあれ、赤井の副業を知るのは、FBI内部でもごく一部。好き好んでそれを触れて回りたくはない。隠していることを知らせる切っ掛けとなる知人の来訪を、赤井が歓迎する理由はどこにもなかった。

 

 「ごめんなさい、秀君・・・」

 

 申し訳なさそうに頭を下げたのは、宮島である。

 

 彼女も、赤井のFBI復帰には寂しそうにしながらも理解を示してくれていた。

 

 だというのに、ここに押し掛けてきた。どういうつもりだと、赤井は問いただしてやりたかったが、それは恩師の手前我慢する。

 

 「どうしても、秀君に伝えなくちゃいけないことができたの。

 

 秀君でないと、いろいろ無理だと思って・・・」

 

 「彼女が今回の依頼人なんだ、秀一」

 

 非常に言い出しにくそうにする宮島に、飄々とシュルズベリィ教授が言う。

 

 「依頼?」

 

 「・・・その、認めたくないけど、あの愚妹のことで、相談があるの。

 

 場合によっては、その、父・・・実父の方の縁者と、もめごとになりそうなの」

 

 宮島の言葉に、赤井は一つ眉間の皺を深くした。

 

 

 

 

 

 前述したが、宮島は蛇人間とのハーフだ。以前に赤井が聞いた限りでは、父(宮野厚司ではない、彼は義理の父らしい)がそうであったという。

 

 そして、彼女の妹といえば一人しかいない。黒の組織の幹部、シェリー――宮野志保だ。

 

 つまり、彼女はこう言いたいのだ。

 

 蛇人間のコミュニティと厄介ごとが起きようとしている。おそらく、そのトリガーは、シェリーである。

 

 神話生物を知り、組織の幹部であるシェリーとも多少の面識がある人間は、ごくごく限られる。

 

 そして、宮島は死亡偽装されている関係で、シェリーと直接接触するわけにはいかない。(そして本人にもその気はない)

 

 ゆえに、その解決を赤井に頼みたいのだ、と。

 

 

 

 

 

 なぜそうなった?!

 

 仏頂面で、無言のまま話を促す赤井に、宮島が重い口を開く。

 

 彼女が言うには、こういうことである。

 

 

 

 

 

 以前――宮島がまだ“宮野明美”であった頃、彼女に強く依存してくる妹を適度にガス抜きしろと、組織から密命を受けていた。

 

 物心つかないうちに母を亡くしたため、母親というものを知らない宮野志保にとって、頼れて心開ける相手は、それこそ宮野明美唯一人に限局される。

 

 優秀な志保がストレスをため込みすぎて、研究に支障をきたしては元も子もない。特に、そういった人間の機微に疎いジンが監視役についてからは、そういった兆候――ストレス性らしい体調不良が顕著であるのだと。

 

 ・・・“宮野明美”は、内心では志保を邪魔に思っていたが、同時に自分の命綱(相互人質という意味で)でもあったため、やむなく命令を受理した。

 

 

 

 

 

 ガス抜きの一環として、組織にも見つからない連絡先という名目で、宮島は宮野志保に、とあるボイスメールの預かりサイトを紹介したのだ。

 

 ・・・蛇人間のコミュニティが中心となって、運営・利用している、そこを。

 

 宮島はそれを誰にも言わなかったし、組織の連中がそこに興味を持つとは思わなかった。(今時ボイスメール、しかも預かり式である)一応、ダミーとして他の一般利用者もいるにはいるのだ。問題はないはず。

 

 なにより、宮島は志保にきつく言い聞かせていたのだ。

 

 もし、お互いのどちらかが、何らかの事情でサイトを利用できなくなったら、無事な方も絶対アクセスしてはいけない。組織がサイトに気が付けば、他のサイト利用者に迷惑がかかるかもしれないから。と。

 

 

 

 

 

 そして、数日前。

 

 宮島赤理として生活を安定させた彼女が、久方ぶりに父方の縁者である一部の蛇人間に連絡を取ってみれば、彼らが妙にあわただしくしている。

 

 なんと、件のサイトがハッキングを受けたというのだ。

 

 ボイスメールの預かりなんて、SNSも普及している昨今では、はっきり言って前時代すぎるというのに、なぜ狙いすましたように、このサイトを?

 

 怪訝に思った宮島が、さらに詳しく事情を聞きだしてみれば、そのハッカーが執拗に攻撃していたのは、宮島と志保が開設していた預かりボックスだった。

 

 宮島・・・宮野明美は表向き2年前に死亡しており、それっきり預かりボックスには誰もアクセスがされてないはず・・・だったのだ。

 

 だが、その予想は見事に裏切られた。アクセスがあったのだ。しかも、宮野明美の死亡確定時期から、かなり頻繁に。古いボイスメールを、何度も何度も再生していた痕跡があったという。

 

 さらに、ハッカーがアクセス元のIP(インターネットプロバイダ。ネット上の住所のようなもの)をも逆探したような痕跡も見つかったというのだ。

 

 宮島には、心当たりは一つしかない。

 

 

 

 

 

 「つまりね。

 

 愚妹と呼ぶのもおこがましい、あれが、口を酸っぱくして言い聞かせた警告を無視して、ボイスメールサイトにアクセスし続けた結果、組織が目をつけて逆探知してきたんじゃないかということなの。

 

 組織がわざわざあんなところにまで手を伸ばすとなると、相応の理由がいるわ」

 

 「・・・シェリーが、脱走したか」

 

 「おそらく。おかげで蛇人間たちは大騒ぎよ。

 

 自分たちの存在が人間に知れ渡ったんじゃないかって。ハッカーが侵入してくるきっかけになった、この人間を殺せ!ハッカーを誘い出す餌にして、奴諸共殺せ!って。

 

 ・・・私、ただでさえも半端モノってことでよくない目で見られてるのに、ハッカー侵入の片棒担ぎってことで、相当罵倒されたのよ。

 

 シュルズベリィ教授がご一緒で、事態の収拾の説得に手を貸してくれなかったら、今頃どうなっていたことか・・・」

 

 赤井の言葉に深々と頷いて、頭が痛いというかのように宮島は頭を押さえる。

 

 「別にね、あれが死のうが生きようが、どうでもいいのよ。

 

 義父と義母にはお世話になったから面倒は見たけど、それ以上の責任は持つつもりはないわ。

 

 ただ、あれに巻き込まれて死人が出るってのは嫌なの。

 

 ・・・幻滅した?」

 

 「いや・・・君らしいな」

 

 自嘲するように笑う宮島に、赤井は静かに首を振った。

 

 「正直に言っていいのよ?爬虫類らしく、冷血だって。仮にも義理の妹に対して、何てことをって」

 

 「・・・本当に冷血な人間はな、宮島。そういう感想すら、持たないんだ。

 

 巻き込まれた死人を出したくない、という気持ちがあるなら、それで十分だ。

 

 君が優しいというのは、俺も、マリエルも、知っているからな」

 

 ふっと微笑みながら言った赤井に、宮島は瞬時に赤面した。

 

 「~~っ!本当っ、秀君ってば!そういうところだよ!大好き!子種ちょうだい!」

 

 「それとこれとはまた別問題だ」

 

 「いや~、若いというのはいいもんだねぇ」

 

 カッカッカとシュルズベリィが笑う。

 

 

 

 

 

 「さて、秀一。

 

 ここまでで質問は?」

 

 「まず、そのサイトについての扱いはどうなっていますか?」

 

 「閉鎖するように説得したのだが、聞き入れてもらえなかった」

 

 「蛇人間たちは、すでに新しく連絡サイトを立ち上げて、そっちに活動を移してるみたい。

 

 ・・・あのサイトは実質、餌置き場にされてるわね」

 

 シェリーという餌しか出入りしないのであれば、餌置き場でしかないだろう。

 

 「シェリーと、組織のハッカーを探るために、わざと放置してあるのか」

 

 「ええ。特定できたら二人まとめて・・・というところね。

 

 ファウンデーションのハッカーに頼んで、こちらでも愚妹と思しきアクセス者のIPの特定をしてもらったわ。

 

 以前は、IPそのものが特定できなかった・・・たぶん、組織傘下のPCで、そういう設定がされてたんだろうと思うけど、ここ最近はばらばらといえどIPがわかるようになったわ。

 

 そして、そのどれも東都の米花町らしいところまではつかめているわ。

 

 あれは、米花町に潜伏していると思われるわ」

 

 「木を隠すには森の中、か。森ごと焼き払われなければいいがな」

 

 苦虫をかみつぶしたような赤井の発言に、宮島は深々と頷いた。

 

 ジンならばやりかねない。二人はそれを熟知している。

 

 「蛇人間たちも一枚岩ではなくて、ファウンデーションと不可侵条約を結んでいる穏健派ならともかく、過激派なら暗殺者くらい差し向けてもおかしくはないわ」

 

 それはまた面倒な。

 

 「それだけならまだマシよ。

 

 最悪なのは、過激派があれの頭脳に目を付けた場合よ」

 

 「・・・なるほどな」

 

 宮島の言葉に、赤井は目を伏せる。

 

 

 

 

 

 蛇人間も、人類より優れたテクノロジーをいくつか保持している。

 

 加えて、彼らは種族由来の強力な毒や、支配血清といった薬物の扱いにもたけている。

 

 それらが、宮野志保の頭脳と交わってしまえば、どういう悲劇を引き起こすか、考えたくもない。

 

 

 

 

 

 「・・・何で、別人になって縁を切ってからも、あれに悩まされているのかしら」

 

 頭が痛いというかのように宮島は額を押さえた。

 

 「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい、秀君。

 

 こんなことになるんだったら、申し出を受ける前にあのサイトの預かりボックスを強制的に閉鎖しておくべきだったわ。

 

 言い聞かせておいたし、少しでも死亡偽装を成功させるためにもと、放置していたのが間違いだったわ」

 

 「君のせいではないだろう」

 

 苦笑気味に赤井は言った。

 

 

 

 

 

 「・・・それで?君はどんなリスクを引き受けた?」

 

 「え?何のこと?」

 

 不思議そうに首をかしげる宮島だが、その薄いサングラスの下で爬虫類そのものの瞳が一瞬泳いだのを、赤井は見逃さなかった。

 

 「・・・教授?」

 

 「ハッカーとその対象の特定・確保を、こちらが引き受けることになった。

 

 期限は3か月。その間、赤理は蛇人間たちに拘束されることになる。くれぐれも丁重な扱いをと要請はしておいたが・・・」

 

 「教授!」

 

 つらつらと述べるシュルズベリィをさえぎって慌てる宮島に、赤井は案の定とため息をついた。

 

 確かに、騒動を引き入れたのは志保であるが、そもそも志保にそのサイトの在処を教えてしまったのは宮島なのだ。彼女が何のリスクもなく済まされるわけがないと思ってた。

 

 要は、人質だ。ファウンデーションが失敗すれば、彼女の命はない。だが、宮島の態度からして、彼女は承知したのだろう。

 

 それは多分、他でもない赤井のために。赤井なら、できると信じたのだ。

 

 「・・・君らしいな」

 

 ぽつりと、赤井はもう一度言った。

 

 

 

 

 

 宮野明美を名乗っていたころと、彼女はだいぶ変わったが、変わってない部分もある。たとえば、根本的にはお人好しな部分。赤井のことを、信じて疑わない、その態度。

 

 バカな女だと、赤井は思う。だが、それは嘲りではなく、親愛を込めたものだ。

 

 こんな自分勝手で、捜査のために他人に踏み台を強いる愚かな男のどこがいいのか。

 

 赤井は、理解に苦しむ。

 

 

 

 

 

 赤井にできるのは、そんな彼女の選択を、尊重して信頼に応えることだけだ。

 

 今度こそ。

 

 「日本でのファウンデーションとの連絡、必要物資の補充は?

 

 以前同様、三津門学院大学で?」

 

 

 

 

 

 ちなみに、三津門学院大学というのは、日本の東都にある私立大学である。

 

 東都大とまではいかずと、かなりの名門校であり、なおかつウィルマース・ファウンデーションの資本が入っている。要は、日本におけるウィルマースの出張所のようなものだ。

 

 ミスカトニック大学とは、姉妹校でもある。

 

 

 

 

 

 「ああ。手配しておこう。頼むよ、阿須那羽君」

 

 立ち上がって尋ねた赤井に、シュルズベリィはアーカムに帰還して以来赤井が名乗るようになったもう一つの名を呼んだ。

 

 ミスカトニック大学所属の客員教授、阿須那羽椎夜。神話性事象が絡む事件を追う時の、赤井が名乗る名前だ。

 

 「・・・ありがとう、秀君」

 

 目を潤ませて、宮島が頭を下げる。

 

 「気にするな。・・・できるだけ、早く戻れるようにする」

 

 「愚妹に会ったらビンタしておいて・・・っていうのは、フェミニストの秀君には無理かしら。

 

 ・・・気を付けて」

 

 冗談めかして言った宮島は、すぐさま不安そうな、それでいて安心させようというかのような笑みを浮かべていった。

 

 「君も。何かあったら、以前教えた回線で大学に助けを求めろ。

 

 俺もすぐに助けに行く」

 

 「・・・ありがとう。本当に」

 

 サングラスを外し、宮島は微笑んだ。爬虫類らしい、縦に裂けた長い瞳孔の金色の目は、朝焼けの空を思わせる美しさをもって、赤井を映す。

 

 赤井は大きく頷き返した。

 

 やることは山のようにある。こんなところで足を止めてはいられない。

 

 すぐに準備をしなければ。

 

 赤井は踵を返し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 さて、そこからは多少揉めはしたが、何とか話は進んだ。

 

 赤井はHPL案件の捜査への協力という名目で、所属しているジェイムズチームを離脱。単独で日本へ行くこととなった。

 

 ただ、これにジェイムズはともかく、他のチームメンバー、特にかつて恋人関係であったジョディ・スターリングが難色を示したのだ。

 

 シュウ一人ってどういうことなの?!組織の捜査は?!そもそも、HPL案件って本来はよそに委託するような内容じゃない!などなど。

 

 ・・・彼女は、赤井がHPL案件を単独捜査することを、相当問題視しているらしい。

 

 ただ、一度神話生物の死骸を見た際に卒倒して、次に目を覚ました時にはきれいに記憶を抹消していたあたり、耐性がさっぱりないらしい。もっとも、記憶がないということは懲りないということにもなるので、やっぱり首を突っ込んで来ようとするのだが。

 

 こんなに面倒な相手だっただろうか、と赤井はかつての恋人の危機管理能力を疑問視しながらも、どうにか追及を振り切った。

 

 組織の事情も絡んではいるのだが、欠片でも神話生物と鉢合わせする可能性がある以上、まっとうな一般人は(たとえFBI捜査官であろうと)遠ざけておくに越したことはない。

 

 

 

 

 

 かくして、日本へ到着したわけだが、一応よその国であり、神話生物が悪さ――蛇人間の過激派の暴走の可能性が無きにしも非ずの現状を、報告しないわけにもいかず、以前共同捜査をしたMSOに通達した。

 

 一応、来日前にいくつかフェイクを交えた事情(さすがに黒の組織云々の事情までは言えない)を伝えていた。

 

 ・・・MSOからしてみれば、とんだ流れ弾である。

 

 対象の、アクセス者とハッカー探しは積極的な手伝いはしないが、必要な情報の提供くらいはしよう、その代わり・・・とかの組織は言い渡してきた。

 

 こうして、日本での活動を円滑にする協力をしてもらう代わりに、赤井はこちらの組織での活動の一部も引き受けることになってしまったのである。

 

 

 

 

 

 かくして、話は現在、日原誠人青年が拷問され、ミ=ゴが潜伏していた廃屋へと至ることとなった。

 

 赤井にとってミ=ゴの駆除など、ほんの序の口、前座でしかない。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 愛用のシボレーは、輸送の手配はしたがまだ船の上だろう。一月ほどかかるらしい。

 

 日本での活動が長引くなら、足は欲しいところだと赤井は思う。

 

 橘が運転するのは、日産の白のマーチだ。少々手狭だが、人の車なのだ、文句は言えまい。

 

 赤井は助手席で、煙草をふかしている。もちろん、運転手に断りは入れている。

 

 ・・・以前、問答無用で乗り合わせた車の中でタバコをふかしたら、「喫煙の許可くらい取れないんですか?その言語中枢はお飾りなんですね」とバーボンに厭味ったらしく言われたのを思い出したから、というわけではない。

 

 昨今ではどこに行っても禁煙だの分煙だの嫌煙だのと騒がれるが、煙を嫌うのも権利なら、吸うのも権利ではないかと赤井は言いたい。こんなストレスのかかる仕事をしているのだ、酒と煙草くらい自由にさせてほしいものだ。

 

 「なるほど・・・ミ=ゴが撤退したんですか・・・。

 

 やはり、阿須那羽先生はすごいです!

 

 ああいう連中って、人類を下等に見てる節があるから、普通なら聞き入れられないっていうのに!」

 

 事情を聞き終えた橘が、ハンドルを握りながら、キラキラした目でちらっと隣を見てくるのに、赤井はやめてくれと心底思った。

 

 本業〈FBI捜査官としての業務〉であれば、くすぐったさを覚えるのだろうが、こんな冒涜的分野で褒められても、嬉しくもなんともない。

 

 「ところで、先生はこの後、どうなさるんですか?

 

 日本〈こちら〉にはしばらくご滞在なさると伺いましたが?」

 

 「ああ・・・人を探している。しばらくは滞在する予定だ」

 

 長期になるうえ、赤井は現在進行形で組織に命を狙われている。

 

 ホテルなどに長期に部屋を取るのは、あまり利口ではないだろう。

 

 幸い、FBI名義とウィルマース名義、双方のセーフハウスは利用できるので、必要に応じてそれらを使い分けていく予定だ。

 

 「人探し、ですか?どのような?

 

 ああ、ええっと!お答えできないのでしたら、言わなくていいです!申し訳ありません!」

 

 赤井の本業を思い出した橘が慌てたようにそう付け加えるが、赤井は首を振った。

 

 「・・・年のころは高校生ほどだ。赤みがかった茶髪に白い肌の、女性を探している。

 

 ・・・あちら側の種族コミュニティの連絡サイトを荒らしたため、下手をすれば彼らに狙われかねん」

 

 少しでも情報が欲しかったので、赤井は素直に答えた。

 

 赤井の本業を知る橘であれば、そうそう人に言いふらしはしないだろうと思っていたのもある。

 

 念のため、黒の組織に関する部分は省いて伝えているので、そう大きな問題はないだろうとも判断している。

 

 「高校生が、あっち側の連中の連絡サイトを荒らすなんて・・・怖いもの知らずですね・・・。

 

 まあ、ネットって顔が見えませんから、あっち側の連中がうろつくには格好の場所でもあるんでしょうけど」

 

 本当に。知らぬが仏とは、まさしくこのことだ。

 

 硬い顔になった橘に、赤井は深々と頷いて同意した。

 

 「・・・見かけたらでいい。君にも業務があるだろうからな。

 

 何より、これは俺の仕事でもある」

 

 「・・・わかりました。

 

 先生、もし、私がお力になれることがありましたら、遠慮なく連絡してください」

 

 「・・・橘、何度も言うようだが、君は自身の業務を優先してくれ」

 

 「・・・先生がそうおっしゃるのでしたら」

 

 少し不満そうにしながらも、橘はうなずいた。

 

 

 

 

 

 ・・・女性を利用するような真似は、宮島で懲りた。

 

 否、もっと早く懲りておくべきだったのだ。大学時代に、あんな悲劇のトリガーを引いたきっかけになったというのに、赤井は全く成長できていない。

 

 まったく。情けないものだ。

 

 

 

 

 

 橘の運転するマーチは、高速をそのまま、輝ける都心、東都へとハンドルを向けた。

 

 必ず、見つけ出す。待っていろ。

 

 赤井は緑の双眸を、道路の向こうに強く向けた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ははあ。なるほどなるほど。

 

 まったく、水臭いですねえ。(ニヤニヤニヤニヤ)

 

 赤井君の来日には、シェリーこと宮野志保、改め湯川理央君が絡んでいた、と。

 

 

 

 

 

 攻略本によると、本来赤井君の来日・協力者化にはいくつか段階的ステップを踏んで、相なったはずです。

 

①ピスコ君の死亡事件。この時居合わせたベルモット君が、志保君の存在を疑問視。女優業をお休みして日本に滞在。

 

②ベルモット君を追いかけてFBI(赤井君もその一員として)が来日。

 

③その後、志保君の幼児化・潜伏先を特定したベルモット君が、彼女の抹殺を企てるが、コナン君と赤井君の助力により失敗。

 

④続き、水梨怜奈=キール君も含んだ暗殺騒動。これにより、CIAのNOCであった彼女を通じて、情報を流してもらうために、コナン君の計画で“赤井秀一を殺す”ことに。

 

⑤無事、“赤井秀一の殺害”は成功。赤井君は沖矢昴という人物に身をやつして潜伏に入る。

 

 確か、こんな感じです。

 

 ふむ?変ですねえ?

 

 FBI来日のきっかけとなるベルモット君の日本滞在、どころかピスコ君の死亡案件となる“酒巻昭を偲ぶ会”も未開催ですよ?

 

 ふうむ?これはバタフライエフェクトという奴でしょうかねえ?

 

 まあ、赤井君が参戦してくれるなら、私としては構いませんよ?むしろ大歓迎です♪

 

 彼が参戦してくれるなら、さらに盛り上がること間違いなし!ですからね!

 

 

 

 

 

 フフッ。ようこそ、日本へ。お待ちしてましたよ、赤井君。

 

 

 

 

 

 え?コナン君たちの行方?

 

 あー・・・そっちも見ないといけませんねえ。目が忙しくていけませんねえ。

 

 ま、楽しいので良しとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

続きは続きなりに、続くことを考えて生きてんだ!

 





【赤井君ヤッター!と大喜びだけど、バタフライエフェクトの始動に首傾げするナイアさん】
 今回さっぱり出番なし。でも、宮野明美さんの境遇のそもそもの発端であることを思えば、やっぱり大体コイツのせい。
 前回から引き続き、赤井さんの唐突なる来日にもろ手を挙げて大喜び。
 自分が彼に嫌われていることはもちろん承知している。でも、嫌われていようが、大好きなものはしょうがない。
 今度はどんなろくでもないことを企んでいるのやら。
 彼の来日事情を伝手を使って調べ上げ、こっちも面白くなってた!とウキウキする一方で、あれー?おかしいなー?と首傾げ。
 本来なら、踏むはずのステップを無視しての来日なのだが、面白ければ万事オッケーがナイアさんのスタイルなので、特に気にしていない。
 ・・・むしろこれで阿鼻叫喚となるのは、竜條寺さんであるかもしれない。

【来日事情も捜査スタイルも原作よりハードモード感が否めない赤井さん】
 実はFBIに復帰してからも、冒涜的事件に出くわすようになった。
 アーカムに帰還して、探索者としての勘を取り戻したのが幸か不幸か。
 おかげで、FBI捜査官赤井秀一とは別に、ミスカトニック大学客員教授阿須那羽椎夜という別の顔も持ち合わせる羽目になった。
 ジェイムズさんは理解もあって、分別もあって、頼れる上司。彼のような人間ばかりなら、もう少し自分も楽になるのになあ。(耐性ないのに懲りずに首突っ込んでくるジョディさんを見ながら)
 来日の少し前に本部を訪ねてきたシュルズベリィ教授と宮島赤理さんに、ちょっとむっとした。
 こんな冒涜的分野に関わっているのなんて、FBIの他のメンバーには隠しておきたいのにどういうつもりだ?
 でも、事情を聞かされて頭抱えそうになった。
 あと、恩師には逆らえないし、宮島さんには利用した負い目があるので、あんまり強くは出られない。
 ・・・確かシェリーって、一応あの組織の幹部のはずだよな?監視とかあっただろうし、脱走もしたなら、潜伏先隠す努力するべきだろうに。危機管理能力、欠如してんじゃね?
 シェリーが絡んでいる=黒の組織と闘うことになる→でも、失敗したら蛇人間が出てくるから、凡人は関わらせられない。
 このせいで、捜査官たちの正気を守るために、実質一人で捜査する羽目になる。
 蛇人間たちから、解決をウィルマースに任せてもらうために、宮島さんが人質になるリスクを背負ったことは、早急に見抜く。
 肉食系女子に迫られることも多いけど、宮島さんは嫌いじゃない。むしろ好ましく思っているので、何とかしたい。するべきだと判断。
 ジェイムズさんにも無理言って、チームメンバーの引き留めも振り切って、FBIを一時離脱。一路、日本へ。
 来日に当たって、事情をMSOに説明したら、黙認してもらう代わりに、あちらの事件捜査も手伝うことになりました。
 ・・・原作よりも、やることが増えてて原作とは別名義ながらもダブルフェイスすることになりました。
 期限は3か月。がんばって志保ちゃんを見つけてハッカーも確保しないと、宮島さんが危なくなります。(多分イグ様への生贄にでもされるのでは?)
 コナン君がハードモードなら、この男もハードモードです。ガーンバ。

【信じてるからね!秀君!といい女をアピールして見せた宮島赤理さん】
 旧名、宮野明美さん。現在宮島赤理と名乗る、蛇人間とのハーフの女性。
 ♯10や番外編でちらっと話題にあげていましたが、実質♯6以来の登場になります。
 境遇については♯6で語っていますが、両親を亡くした後、宮野夫妻に引き取られ、事故死した本来の明美さんと入れ替わるような形で宮野明美となりました。容姿も似通っていたうえ、この直後に彼らは組織に参加ということになったので、彼女の入れ替わりに夫妻以外誰も気が付いていなかったという設定です。(だから、降谷さんとは面識がありません)
 赤井さんに保護されてから、自らの境遇については告白。大学で学びながら、蛇人間たちのコミュニティにおける穏健派との折衝役を引き受けていました。
 組織時代に、妹のガス抜きを上から通達され、やむなく受諾。その一環として、蛇人間たちのコミュニティが運営・管理しているボイスメール預かりサイトを紹介して、二人だけの連絡手段として利用していた。
 今回、自分か志保のどちらかの死後は利用するなと言い渡しておいたにもかかわらず、それが利用され続けていたことが発覚。さらに、それがきっかけでサイトが(おそらく組織の手によって)ハッキング攻撃を受け、蛇人間たちを刺激することになってしまった。
 このままではまずいことになると、組織のことを知り、神話的存在をも受け入れる、赤井さんに助けを求める。
 本人も言っている通り、愚妹呼ばわりしている妹のことは嫌い。
 ♯6でも語っているが、ただでさえも種族的秘密を抱えている中で、妹の人質同然の窮屈な生活を強いられ、目指していた普通の幸せとは縁遠くされていた。その原因になったので、好きになれるわけがなかった。
 現状も、普通ではないかもしれないが、以前よりも父方の種族には接しやすいし(一部からは半端モノ呼ばわりされているが)、理解者も多いので、彼女自身は好ましく思っている。
 だから、死んだふりして縁を切ったにもかかわらず、それを脅かそうとする(警告を無視した)妹に対しては嫌う以上に軽蔑すらしている。
 仮にも義理の妹に対する言葉じゃないと自分でもわかっているが、感情だけは自分でもどうにもならない。
 ・・・それでも私を優しいって言ってくれる秀君は、やっぱり好き。抱いてほしい。
 今回の依頼に関して、自分がリスク背負い込むことになったのは、訊かれなければ黙っているつもりだった。ただでさえも、忙しくていろいろ抱え込んでる秀君にこれ以上重荷を背負わせたくなかったもの。
 引き受けてくれた赤井さんに感謝。そして、組織と蛇人間、双方が絡むことになるだろう行く末を思い、気を付けてほしいと彼の身を案ずる。
 ・・・この後、彼女は蛇人間のコミュニティにその身を拘束される羽目になる。
 けれど、不安は感じていない。秀君ならきっとやり遂げて見せると信じているから。

【気分は仲人☆なシュルズベリィ教授】
 原作読んでないんで、どんな人かわかんない(筆者のクズがこの野郎)。
 なのでざっくり調べて、ふわっとこんな感じ?に書きました。
 人物像が違ってたらごめんなさい。許して。
 大学時代、おそらく女性関係は派手だったであろう赤井さん(そして神話事件でトラウマを生成してから控えめになった)が、連れ帰ってきた蛇人間のハーフの女性との仲を、温かく見守る。
 若いっていいね~。







 Q.志保ちゃん、うかつすぎやしません?

 A.そうですか?(劇場版『天国へのカウントダウン』を見ながら)
 あの事件で、哀ちゃんこと理央ちゃん、やらかしかねないと印象付けてしまったんですよね。(特に現在、まだ序盤ですし)本シリーズでは、火事で留守電メッセージ入れる電話機もダメになっているのですが、いわゆるバタフライエフェクトでこうなっています。
 尻拭いするのはコナン君をはじめとした周囲なんですがね?理央ちゃんや。


 Q.マリエルって誰です?

 A.そのうち出てきます。大学側の、赤井さんの関係者です。
 降谷さんは公式でいろいろ補完されまくってるんで手出ししにくいのですが、赤井さんは捏造がやりやすいんですよね。


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【#38】そして事件の行方とその波紋を。工藤新一の汚名の行方も併せて。

 書いててちょっとしんどかったです。
 ここまで、救いのない話、私書いたことない。#αとは別方向に救いがないんです。
 東奥穂村も、日原兄弟も、コナン君も、みんなダメージ食らってますもん。
 こんなん、私だったら再起不能になりそう。コナン君、前回セッションじゃあSANも減らなかったのに、今回でがっつり抉れただろうなあ。
 やはり時津少年は鈍器で殴打されるべきだったのでは?ボブは訝しんだ。
 いや、鈍器で殴打されずと、冒涜的な目に遭って発狂死すればいいのでは?
 まあ、邪神様は平常運転でいろいろおっしゃられていますが。
 またしても名探偵に手厳しいことをいろいろおっしゃられています。
 ・・・それは果たして、このお話でご指摘する必要があるのでしょうかね、邪神様。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 パンパカパーン!ついに赤井君が日本に来てくれましたー!

 

 いやー、待ちくたびれましたよ!

 

 何でも、宮野志保こと湯川理央君が、宮野明美改め宮島赤理君が開設、共同利用していたボイスメールの預かりサイト(蛇人間のコミュニティが管理・運営)を利用し続けて、それが黒の組織に感づかれたようでして。

 

 赤井君は、それをやめさせるために、志保君と、黒の組織のハッカー探しに来日されたようなんです♪

 

 彼が来るにあたって、『名探偵コナン』のストーリーステップがゴソッと無視られているようなのですが、些細なことでしょう。

 

 ・・・それで阿鼻叫喚になられるのは多分、私ではなく竜條寺君だと思うんですよね?

 

 彼、見捨てて組織から逃げ出したくせに、ピスコ君を助けるのをあきらめてないご様子でしたし。

 

 これで、前後の事情無視して、赤井君が来日なさっていると知られてごらんなさい。

 

 アバーッ?!赤井秀一ナンデ?!と泡でも吹いて卒倒なさるんじゃないです?

 

 加えて、赤井君は竜條寺君の事情など知りませんが、アイリッシュとしてのお顔はご存じでしょうしねえ。

 

 ・・・(いいこと思いついたといわんばかりのゲス顔)

 

 特に聞かれもしてませんし、内緒にしておきましょうか。(キラキラした笑み)

 

 その方が面白そ、ゲフンッ、ほら、彼もただでさえも色々お忙しく事情もお抱えなんですから、これ以上面倒を抱え込ませるのもいけないでしょう?

 

 え?理央君のやらかし?

 

 お言葉ですが、なんで保護者でもない私が、彼女のやらかしをお伝えしなきゃいけないんです?

 

 え?何不思議そうな顔してやがんだこのクソ邪神?

 

 では逆にお聞きしましょう。コナン君や竜條寺君のお二人に、勝手なデータ書き換えを相当怒られたにもかかわらず、この期に及んでお姉さんの音声目当てに、生前にくぎを刺されていたのを無視して、サイトにアクセスし続ける、愚かな彼女のことを、私がどうにかしてやる義理があると思います?

 

 指さして嘲笑ってあげるならともかく。

 

 ・・・はい♪皆さん、悔しげに黙り込まれて、素敵ですよぉ♪

 

 いつだったかの、船上のコナン君そっくりです。大変好ましいですよぉ♪

 

 

 

 

 

 ではでは、冒頭邪神トークはこの辺りにしておいて、本筋に行ってみましょうか。

 

 赤井君のことも非常に興味深いのですが、めでたく負け犬が確定なさったコナン君たちも見ていきましょうね♪

 

 あっはっは!目の前で組織のいいようにされた気分はいかがです~?工藤新一君!

 

 肩を落として帰ってきたら、もれなく大爆笑して差し上げますよ!!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、爆発の救助活動を終え、負傷者たちを救急車に担ぎ込んだり、事情聴取を受けたコナン君たちは、ようやく帰途につくことになったようです。

 

 これ以上現地に残られても、できることなど何一つありませんからね。

 

 悄然としたコナン君と、到着と同時に帰ることになったも同然の浅井成実君が後部座席に、松井君が運転をして、むっすり不機嫌そうな越水七槻君が助手席にいます。

 

 ま、見事にしてやられたようなもんですしねえ。

 

 “工藤新一”君の別人確定というのは、かろうじてメディアで流されましたので、どうにか組織の疑惑は躱せはしたでしょうね。

 

 おっと、お電話ですね?出られたのは浅井君です。

 

 ふむふむ?通話相手は、槍田探偵事務所の寺原君からのようです。・・・何やら、非常に不満そうな声ですね?

 

 「・・・そんなのありか?そんな・・・いくらなんでもふざけてる・・・!」

 

 話を聞き終えた成実君、眉を吊り上げて怒ってます!と言わんばかりに悔しげな顔をされていますねえ。

 

 え?会話内容ですか?

 

 それはですねえ・・・みんな大好き、時津潤哉君に関してです。追加ニュースがあるんですよ。喜ばしいことに♪

 

 松井君が、おっしゃられてたじゃないですか。

 

 “今回のことは、奴も根回しと口止めしようと、さすがに効果はないだろう。

 

 仁野にもリークしておく。奴のようなのには、これが一番効果的だ”とか何とか。

 

 あれ、ダメでした♪

 

 何か圧力がかかったらしくて、結局マスコミ連中、時津君のことを報道できなくなったんですよ♪

 

 行儀が悪いながらも舌打ち交じりに、成実君は通話を終えました。苦虫を20回ほど咀嚼しろって言われたら、こんな顔になるんじゃないです?

 

 何事かと視線と耳を向けてくる同乗者たちに、成実君は通話で聞いたことを説明され始めました。

 

 何でも、時津潤哉君、有名な四井グループと懇意になさっているとか。お嬢様のペット探しをしたり、彼女が中心に運営されていたヨットクラブの不祥事を解決なさったとか?

 

 ・・・ま、後者に関しては少し怪しいところなのですがね?

 

 とにかく、四井グループという強力なバックがあるため、トラブルを避けたがったマスコミによってもみ消されたという感じです。

 

 いやあ、それを聞いた七槻君が、阿修羅もかくやという形相になってました。

 

 「ふざけるな!!あんな・・・小さな子を傷つけておいて、何の報いもなし?!

 

 あの子だけじゃない!あいつのせいで・・・!」

 

 「・・・ままならねえもんだな」

 

 「・・・そうだね。結局今回、何もできなかった」

 

 唸るような松井君の言葉に、悄然としたままコナン君が答えられてます。

 

 「どうかな?少なくとも、新一君の名誉は守れた。彼に冤罪をかぶせることは防げた。別人と証明もできたしね」

 

 気を取り直すように成実君が言ってますが、それで気が晴れたというような顔をされる方は誰一人いません。

 

 

 

 

 

 それが本来の目的ですから、達成はできたといえばそれまでなのでしょうが。

 

 多分、後味最悪とか思われてるんじゃないです?

 

 

 

 

 

 「・・・誠人さんについて、寺原さん、何か言ってた?」

 

 「・・・ううん。多分、まだ見つかってないんだと思う」

 

 コナン君の問いかけに、成実君は静かに首を振りました。

 

 

 

 

 

 見つかりはしているんですがねえ。いかんせん放心発狂なさってますし、赤井君が応急処置をしたとはいえ、ちょっとばかり後遺症もひどそうな大けがを負われてますので、いまだにマスコミに発表できない感じでしょうか。

 

 拷問相手のことも、どう説明するか、公安内部で揉めているんでしょうねえ。組織のことを表ざたにするわけにもいきませんし、放心発狂状態なのをどう整合性を持たせるか、という問題もありますし。

 

 ・・・神話生物の目撃は、赤井君の魔術で記憶をいじられているので、正気に戻られようが、証言のしようがないのでしょうがね。

 

 ま、彼らがそれを知る由はありませんしねえ。

 

 

 

 

 

 「大樹君は・・・」

 

 続けて言ったコナン君に、今度こそ車中の人間は全員沈黙してしまいました。

 

 

 

 

 

 ああ、あの子もひどかったですねえ。

 

 あれから、誰が何を言おうと、沈黙して何にも言いませんでしたし。

 

 まるで、声をどこかに無くしてしまったかのように。

 

 そればかりか、村の人が少し目を離したすきに、キッチンにあった包丁を手に取って自殺しようとしてましたし。

 

 慌てて取り上げようとすると、火が付いたように泣きわめいて抵抗されますしね。

 

 ・・・そんなに死にたがられているなら、さっさと死なせてあげた方がいいと思うのですがねえ。

 

 ま、それでも生かそうとするのは、人間の性〈さが〉、ですかね。

 

 その後どうなるか?さあ?私は存じ上げませんねえ。このまま城山巡査のところで静養なさるか、あるいはその手の施設に入居されて、よりしっかりした療養をされるか。そんなところでしょう。

 

 

 

 

 

 「・・・ろしてやる。あの男・・・」

 

 ボソッと、七槻君が唸られました。いまだに、女性としていかがなものかというような形相をされてます。

 

 ぎょっとしたように顔を上げて、コナン君が七槻君を見ました。すぐ後ろですからね。思いっきり聞こえたのでしょう。

 

 「駄目だよ!!」

 

 金切り声のような絶叫で、コナン君が懇願されています。

 

 おや?止めるんです?人間素直が一番というのに。理性で無理やり押さえつけたところで、いつかそんなものはじけ飛びますよ?

 

 「何がだ!あいつのせいで、あの子だって・・・自分の輝かしい探偵歴のためなら、他人の心をいくらでも踏みにじれるんだよ、あの男は!!

 

 社会的に抹殺できないなら、物理的に殺すしかないじゃないか!」

 

 きっと振り返って睨みつける七槻君に、コナン君はそれでもだめだと首を大きく振っています。

 

 「七槻さん!槍田さんが言ってことを忘れたの?!

 

 “くれぐれも、探偵として自覚を持って行動するように”って!

 

 あなたは、探偵なんだ!謎を解いて、真実をもって、依頼人を救う人なんだ!

 

 その手を血に染めたら、もう、そんな資格、なくなってしまうんだよ?!」

 

 「じゃあ、あの男を野放しにしろってのか?!

 

 またあいつに踏みにじられる人間を、指をくわえて見ていろっていうのか!!」

 

 「違う!そうじゃない!」

 

 「う・る・せ・え!!」

 

 二人の怒声にたまりかねた様子の松井君が怒鳴って会話を打ち切らせました。

 

 「越水!お前は頭を冷やせ。

 

 言っておくが、力づくに出るのは、獣の手段だ。

 

 そんな奴は、俺は徹頭徹尾、認めない」

 

 じろりっと、隣を睨んだ松井君は、続いてコナン君をバックミラー越しに睨みつけます。

 

 「コナン。お前もだ。

 

 お前、心底誰かに腹を立てて殺したいって気持ちが理解できないタイプだろう?

 

 そんな奴に何言われたって、越水が納得できるわけがねえだろ。

 

 ・・・理屈だけで成り立たねえから、心ってのは厄介なんだよ」

 

 ぽつりと最後に付け加えられました。

 

 そうですねえ。理屈だけで人間の心というものが成り立つなら、松井君がMSOにいらっしゃることも、ありませんでしたからねえ。

 

 「・・・臥薪嘗胆、だね」

 

 ポツリと成実君がつぶやかれました。

 

 「薪に臥せて、胆を嘗めて、時が来るまで耐え続けること。

 

 ・・・時津君のことも、日原兄弟のことも、今の私たちにできることはもう、何もない。

 

 だったら、その時が来たときに、今度こそ出遅れないようにするしかない。

 

 忍耐というのは難しいけれど、物事を成し遂げるには一番大事なことだわ」

 

 取りなすように成実君はそう言いました。

 

 さすがに、月影島で長きにわたって真実を求め続けた人は、言うことが違いますねえ。

 

 「まだ、耐えなくちゃいけないのか・・・!」

 

 膝の上に置いた拳をふるえるほど握りしめ、七槻君が呻きましたが、大きく深呼吸して、頭を振りました。

 

 「ごめん。一番近い駅で下ろしてくれる?電車で自分で帰るよ。歩いて頭を冷やしたいから。

 

 ・・・ごめんね、コナン君。君が正しいってのは、わかってるんだ」

 

 「・・・ううん。ボクの方こそ、ごめんなさい。

 

 七槻さんの気持ち、もっと考えなくちゃいけなかったのに」

 

 二人が謝りあいます。

 

 そして、要請通り、松井君は七槻君を最寄りの駅で降ろされました。

 

 「じゃ!また事務所で!こっちからも連絡しておくけど、槍田さんによろしくね!」

 

 あえて明るい調子になられたのでしょう、ウィンクされてから七槻君は駅の構内に入っていかれました。

 

 「それじゃ、あとはお前だな」

 

 「一応、嘔吐下痢症の診断書、書こうか?公文書偽造になりそうだけど」

 

 「・・・今更だけど、お願いします」

 

 ハンドルを切った松井君に、苦笑するように成実君が言うと、コナン君が絶妙にいやそうな顔をされています。

 

 ははは。君、早退の言い訳におなかが痛いって言って、私がそれに肉付けしちゃいましたからねえ。

 

 よかったですねえ、都合をつけてくれるお医者さんが身近にいらっしゃって。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 『どうにか、日原誠人は保護した。

 

 彼を誘拐した男も一緒に、確保できた』

 

 「そりゃよかった。・・・あのガキ、有名人になるリスクをこれでちっとは理解したらいいんだがな」

 

 東都の某所。

 

 人通りの少ない路地の片隅にある、公衆電話で、竜條寺は風見と連絡を取っていた。

 

 竜條寺の言う“あのガキ”が、工藤新一を指すのか、日原誠人を指すのか、それは定かではない。あるいは両方か。

 

 『もっとも、拷問の後遺症がひどくてな。

 

 当分入院だ。両手の指何本かと、足の指、耳たぶを欠損している。他にも、あちこち、な。

 

 ・・・回復しても、車いすは確定だろうな』

 

 「・・・そうか」

 

 足の指というのは、歩行バランスを担う上で重要な器官だ。これがなくなっただけで、人間はろくに歩けなくなる。

 

 竜條寺も、風見も、それをいやというほどわかっていた。

 

 『精神的にも相当ひどくてな。受け答えできるようになるまでどのくらいかかるか。

 

 放心状態で、ろくに言葉も交わせないんだ』

 

 「・・・誘拐犯の方は?」

 

 『・・・』

 

 「おい?」

 

 『・・・実は、今回発見の連絡を入れてきたのは橘でな』

 

 渋々といった様子で、風見が口を開いた。

 

 それが嘘ではないが、事実すべてではないことを、竜條寺は知らない。

 

 「は?あいつが?」

 

 『拷問の現場になっていた廃屋に、そちら側の分野の、例のあれらがいたらしい。

 

 もろに目撃してしまって、放心状態になってしまってな』

 

 「何だその最悪の上塗り・・・」

 

 竜條寺は冷や汗しながら呻いた。

 

 「ちなみに、何見たって?」

 

 『確か・・・ミド?ゴミ?とか何とか言ってたな』

 

 「あー・・・ミ=ゴね・・・確かに、あれは刺激が強いか・・・。

 

 っつーか多分、ミ=ゴなら・・・奴さんらも“工藤新一”を狙ってたのかもな」

 

 『は?狙う?』

 

 「奴さんらはな、簡単に言えば宇宙人で、人間の脳みそコレクションしてんだ。優秀な人間ほど、狙われやすい」

 

 『~~~っ!!』

 

 ざっくり説明した竜條寺は、風見が受話器の向こうで声にならない悲鳴を上げたのを察した。

 

 ああ、SANが減ったのかもしれない。気の毒に。まあ、こんな分野に関わるなら、あきらめてくれや。

 

 竜條寺は気の毒に思いつつも、そう突き放すしかできなかった。

 

 「ま、橘がいたなら大丈夫だろ?あいつ、居合の名手だし、呪文も覚えてるしな」

 

 『・・・橘が言うには、人違いと分かったのもあって、手を引いてくれたそうだ』

 

 「よく聞き入れたな・・・奴さんに限らず、あっち側の連中は人間見下してる傾向が強いってのに」

 

 ここで、風見がしばし黙した。

 

 赤井のことを言うべきか、迷っていたが、彼は結局言わずにおくことにしたらしい。

 

 

 

 

 

 ・・・そもそも、同じ元組織の幹部である竜條寺が、赤井のことをどう見ているか、あるいは赤井のもう一つの顔を知っているのか、風見には分らなかった。

 

 そして、どこから赤井のもう一つの顔が、降谷に知られるかわからない以上、少しでもその可能性をつぶしたかったのだ。

 

 赤井秀一は、日本を土足で踏み荒らす異国の捜査官である。

 

 だが同時に、風見にとってはまったくもって理解したくない、異質で冒涜的な分野の住人なのだ。

 

 前者はつぶしたかったが、後者の仕事を邪魔した場合、どんな災厄が降りかかるか、風見にとっては全く見当もつかない。

 

 ・・・だから、非常に不本意ながら、放置せざるを得ないのだ。

 

 

 

 

 

 風見は、自分の知ってしまった分野に関しては、できるだけ周知させないよう努力していた。

 

 基本的に彼の部署の人間は聞き分けのよいものが多かったが、それでも尻の青い新任捜査官などは、好奇心とお節介で首を突っ込んで来ようとするのだ。

 

 ・・・大体その場合、発狂して病院送り、あるいは死亡か行方不明、それでも無事に生き残ったら警察を出奔というパターンが多い。

 

 以前、風見が調べた限りでは、そんな統計が出ている。

 

 冗談ではない。こんな冒涜的分野、かかわるのは風見一人で十分だ。(そして風見自身もかなうなら逃げたい)

 

 

 

 

 

 「どしたー?急に黙り込みやがって」

 

 『何でもない。それよりも、工藤新一とシェリーから、くれぐれも目を離すな。

 

 今回はどうにかなったが、次もうまくいくとは限らん。

 

 こちらで匿えない以上、貴様に保護を一任する』

 

 「言われるまでもねえよ」

 

 風見の言葉に、竜條寺は肩をすくめて答えた。

 

 もっとも、工藤新一こと、江戸川コナンがおとなしく保護されるのをよしとするとは到底思えなかったが。(そして竜條寺もそんなコナンの行動を容認し、アシストする気満々だった)

 

 『それから』

 

 「何だ?」

 

 『降谷さんがお前と橘に会いたがっている』

 

 「断固断る。そして橘も絶対無理だろ。

 

 報告書で我慢するように伝えろ」

 

 『自分の協力者として伝えているのだ。橘は、今回の発見者として事情聴取をしなければならないと』

 

 「やなこった!探り屋バーボンが俺〈アイリッシュ〉のツラ知らないわけねえだろ!

 

 前も言ったが、奴に絡まれるのなんざ、御免被る!

 

 あと、橘がどんだけ公安嫌ってると思ってんだ!絶対罵倒しかしねえぞ?!煙草一パックかけてもいい!

 

 あいつから事情聴取したいってんなら、まずはそれをどうにかしてからにしろ!

 

 ・・・一応警告しておくが、今の俺や橘を犯罪者として拘束しようとしたら、そちらさんが公務執行妨害で訴えられるからな?」

 

 『・・・そうなのか』

 

 「俺たちの業務は年がら年中人手不足なんだよ。

 

 そちらさんと違って、先天的才能がものをいう分野でもあるからな。

 

 それとも、そちらさんが正気と引き換えに化け物退治を頑張ってくださるか?」

 

 『・・・わかった。どうにか降谷さんを説得しよう』

 

 深々としたため息とともに吐き出されたそんな返答とともに、風見からの通話は切れる。

 

 竜條寺もまた、ため息交じりに受話器を電話機本体に戻す。

 

 「こりゃ、下手すりゃ、早めにバーボンが参入してきかねんぞ・・・」

 

 竜條寺と邪神程度しかあずかり知らぬことではあるが、原作よりも早めに、である。

 

 壁に耳ありなので、竜條寺はあえてすべて言ってない。盗み聞きされて首を絞める羽目になるのは1回で十分のはず。

 

 

 

 

 

 バーボンこと降谷に関して言うならば、彼は有能ではあるが、面倒な男なのだ。

 

 竜條寺からしてみれば、あの男はどうにも近寄りたくない。

 

 完璧すぎて、二次元だからこそ存在が許されているような男が、三次元に這い出して来るなど、軽くホラーだ。

 

 ついでに言うなら、能力構成がフィジカル方面に全振りされている竜條寺は、推理や駆け引きがあまり得意ではない。組織時代の経験で多少はできるが、それもあくまで多少の域を出ない。

 

 探り屋の異名を持つバーボンを相手にしたら、転生者の事情や原作知識を丸ごと裸にされかねないのだ。

 

 赤井秀一と相手にするならどちらのほうがマシなのだろうか?根本的には似た者同士なので(基本的に仲良くないくせに)、どちらの相手も御免被りたい。

 

 独り言ちながら、竜條寺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ・・・後日、フラグでしかなかったな、あれ!と竜條寺が頭を抱えたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、それから数日後。

 

 コナン君は、我が家に帰還して、普段通りに過ごされています。

 

 ま、それでもやはり元気がなくて、上の空気味なのですがね。

 

 そして、ようやく放送されたそのニュースを見て、彼は顔をほころばせます。

 

 「日原誠人さん、見つかったんだ・・・!よかった・・・!」

 

 おやおや。ずいぶんあっさりなさってますね?

 

 しかし、間もなくコナン君の喜びは、打ちのめされます。

 

 何でも、日原君、組織の連中に相当痛めつけられたせいで、全治何か月だかの重傷だそうですよ?表向きは自力逃走の末、自動車事故に遭っての入院とされてますが、事情を知るコナン君からしてみれば、情報操作乙!としか感じられませんよね?

 

 あっはっは!そりゃ、誘拐されたとなったら、次に待っているのは拷問ですよ?そんなもん受けた人間が無事に済むわけないじゃないですか!

 

 「いや、実によかったじゃないですか」

 

 「どこがだ!」

 

 「だって、あれ、本来は君が受けるものを身代わりにしてくれたんですよ?実際に組織に捕まったらどういう目に遭うか、見本を見せてくれたわけです。

 

 おまけで、別人とは判明したわけですし」

 

 「だからって、あの人が組織に痛めつけられていいわけねえだろ!!」

 

 「え?君、そんなリスク考えずにマスメディア出演なさってたんです?」

 

 「え?」

 

 「いや、君、普段あんなにトリックやらアリバイやら見抜くくせに、何でピンポイントでそこだけ想像力が欠落なさってるんですか。

 

 ホームズ君も、君のようなのが弟子名乗ったら鼻で笑い飛ばしますよ?想像力が足りない、と。

 

 マスメディアなんて、不特定多数に発信するものですよ?顔と名前が売れたら、リターンと同じくらい、下手をすればそれ以上にリスクを被るものです。

 

 君ご本人だけならともかく、その周囲に危害を加えようとか、お名前だけ利用して悪事を働こうとか、いくらでも利用しがいがあるんですから。

 

 一部の芸能人やらアイドルが派手なメイクやサングラスやらをかたくなに手放さないのは、身元を守るためです。必要以上の売名を防止するためです。

 

 日原君なんかは、身をもってそのリスクを証明してくださったわけです♪」

 

 「い、今までそんなこと、なかった!」

 

 「そりゃそうですよ。誰が、ご高名で狂信者を大量に味方につけている、君のご両親を敵に回したいと思います?」

 

 青ざめたコナン君に、私はきっぱり言って差し上げました。

 

 おそらく、彼の周囲が、誰一人として指摘しなかったであろう、現実を。

 

 「ほらほら♡Twi●terの最新トレンド、凄いことになってますよ!

 

 “偽工藤”とか“ざまぁ”とか。“当然の報い”ともあります。

 

 ふむふむ。ハッシュタグ検索してみれば・・・あはは!

 

 東奥穂村もやり玉に挙がっているようですねえ。

 

 “工藤君が推理間違うわけねえだろ!いい加減にしろ!”

 

 “有希子さんが悲しむのでは?有罪不可避!”

 

 “殺人犯二人も出した過疎村の癖しやがって!”

 

 “優作先生の息子さんになんてことを!”

 

 これは近いうちに、観光にかこつけてあの村も荒らされるのでは?

 

 事件を必死に解き明かした工藤新一君に冤罪をかけようとした挙句刺殺まで犯した人間を出した、鬼畜村として、一躍有名になるでしょうねえ!

 

 工藤フリークたちが、勝手に拡散してくださるのではないですか?!

 

 あっはっはっは!愉快愉快!

 

 いやあ、応援してくれる味方が大勢いて、よかったですね!」

 

 にこやかに笑いかけた直後、ばしゃあッと音を立てて、顔面が白に覆われました。

 

 ・・・そこには、空になったコップを持ったコナン君が、心底軽蔑すると言いたげな顔で、肩で息をしながら立っています。

 

 「・・・ごめんね~。手が滑っちゃったぁ、ナイア姉ちゃん!」

 

 こめかみを引くつかせながらも、にっこり笑ったコナン君は、おざなりな謝罪とともにコップを置くと、そのままランドセルを担がれました。

 

 「じゃあ、ボク、学校行ってくるね~。

 

 ・・・くたばれ、クソ邪神」

 

 最後だけ吐き捨てて、コナン君はそのまま出て行ってしまわれました。

 

 やれやれ。牛乳を女性の顔面にぶちまけるなんて、いったいどのような教育を受けられたのでしょうねえ?

 

 まあ、それを言うなら、赤井君ならショットガンで脳髄吹き飛ばしてきましたし。

 

 え?今のはお前が百パー悪い?

 

 落ち込んだコナン君に追い打ちかけて爆笑なんてするからだ?

 

 何を言ってるんですか!落ち込んだ人間に追い打ちをかけない邪神がいると思ってるんですか?!(信じられないものを見る目で)

 

 ・・・私が言ったのはほぼ事実ですし。そして、潜伏という立場をとる以上、コナン君がそれらを止めるのは不可能です。

 

 これが笑わずにいられることでしょうか!いいえ、無理です!笑いますよ!私は!

 

 あーっはっはっは!!

 

 

 

 

 

 

次回を続かせるな!

 

いいや限界だ!続くね!




【基本は傍観主義、傷口に塩を塗り込むのがモットーのナイアさん】
 前回から、待ちに待った赤井さんの来日にwktkしている。
 でもそれを誰にも言うつもりはない。以前のコナン君同様、土壇場でそれを知った面々(特に竜條寺さん)が慌てふためくのを楽しむため。
 ついでに、理央ちゃんのやらかしについても同様。彼女の手は誰かの尻拭いのためにあるのではなく、冒涜的騒動の仕込みのためにある。
 落ち込みモードで帰途についた槍田探偵事務所の面々もこっそり見守る。
 完全勝利!ハッピーエンド!などクソ食らえな精神の持ち主なので、現状は文字通りの愉悦&爆笑物でしかない。
 NDK?NDK?
 コナン君と七槻さんの言い争いももちろん聞いてた。そうそう、竜條寺君に時津君についての補完してもらわないとね!( ..)φメモメモ。
 翌日、テレビを見ながら落ち込むコナン君に、さらなる追い打ちをかける。
 過激派工藤フリークは、割と有名。あの一家を敵に回す=あの連中を敵に回すということ。工藤新一単品を恐れられてたとか、正義感に駆られてとか、そんなことありえないから。
 お前単品なんか、両親のおまけでしかねえんだよ、と遠回しに言って、新一君の無自覚コンプレックスを盛大に踏み抜いた。
 したら、牛乳ぶっかけられた。正論しか言ってないんだけどにゃ~。おかしいにゃ~。
 相変わらずのクソ邪神ぶり。くたばれとまで言われても、ニヤニヤしている。
 好かれるにしろ嫌われるにしろ、意識してもらっているというだけで、テンションを上げられる、ストーカーのような思考をしている。
 無視した場合は、何で無視するんですかー?!アピールが足りないのですかー?!と手段がエスカレートする。どうしようもない。

【冒涜的事件に関わってないにも拘らずSANが減ったであろうコナン君】
 いまだかつて、彼が関わった事件でここまで後味が激烈に悪いものがあったであろうか?多分、ない。
 原作では、おそらく月影島の一件(7巻『ピアノソナタ“月光”殺人事件』のこと)で、いろいろ考えるようになったのだろうが、本シリーズでは未経験。その分、周囲にいろいろ言われ、邪神様に指摘された分、自分でもいろいろ考えるようになりました。
 アヤさんの時に言いましたが、コナン君って実年齢は17歳ですよ?高校生なんですよ?色々問題視されてますけど、彼の実年齢であれだけ出来たらかなり上等な部類に入ると思うんですがね?
 ついでに言うなら、今回の事件(62巻『殺人犯、工藤新一』)も、本来ならもう少し救いのある終わり方してたのに、このざまです。ハードモードですから。
 原作のあの村、あれからどうしたんでしょうね?多分、あそこでは工藤新一は嘘つきって憎まれて誤解されたままなんだろうな・・・新一君は多分気にしてないのでしょうが。自分一人が泥かぶって誤解されたままでほかが救われるならいいや、とか?やっぱ、原作ってすげえな。
 原作との違いは、死者が出て、新一君が隠したがった事実が暴露されて、誠人君も大樹君も精神に大打撃食らってますし。バタフライエフェクトェ・・・。
 ここまで何もできずに、やることなすことすべてが後手後手に回ったのは、おそらく初めてだったのではなかろうか?
 それも、元をただせば、彼が推理の結果を誠人君にきちんと伝え、アフターフォローもしっかりしておけば・・・と自責の念に駆られてもおかしくない。
 落ち込んでも仕方ないのは分かっている。もう自分にできることがないのもわかっている。
 ・・・正論だけじゃ、人は動かないのもわかっている。七槻さんにひどいこと言っちゃったな。
 後日、ニュースで日原誠人君の行方を聞いて、生きてた!とほっとしたが、すぐにまた落ち込んだ。重傷なんだ・・・障害残るかもしれないんだ・・・工藤新一の事情に巻き込んじゃったんだ・・・。
 そして、さらに邪神に追い打ちかけられる。
 無自覚コンプレックスを攻撃されたら、17歳のチャキチャキ江戸っ子は怒るに決まってる。
 ・・・工藤フリーク云々の事情のあたりは捏造ですが、原作コミックス95巻『マリアちゃんをさがせ!』あたりを見ていると、やらかしかねないなーとうっすら。
 それでも立ち上がるのは確定的に明らか。なぜなら彼は、名探偵コナンなのだから。






Q.結局、日原誠人君と、日原大樹君、どうなるんです?

A. 大体は文中で書いてる通りですが、拷問にかこつけて日原誠人君は余計な事(シェリーとか薬とか)を見聞きしてしまいましたから、かえって連中の抹殺リストに加えかねられないという、気の毒ぶりです。

誠人君は、放心状態でろくに話も聞けませんが、拷問されたというシチュエーションから、おそらく公安の保護は確定したでしょうね。顔はまずいから元に戻すのは確定として。・・・あと、すでに語ってはいますが、車いすは確定です。

大樹君は邪神様も語った通り、城山巡査の下で静養するか、本格的施設で療養するか。ただ、彼を支えられる唯一の身内となる誠人君は公安の保護を受けなければならないので、二度と会えなくなりました。
・・・まだ幼く若い少年ですし、村の人たちも気にかけてくれるなら大丈夫では?

拷問男?神話生物や赤井さんとインパクトした辺りの記憶は、魔術でいじられて思い出せなくなっています。そもそも、彼も放心状態でろくに話が聞けませんがね。
彼についても、公安に確保された組織の接触者たちのその後も併せて、やっていきたいですね。

Q.四井グループって・・・?

A. 原作登場は9~10巻『資産家令嬢殺人事件』から。
ぶっちゃけ、あの事件や2年前の水難事故のことが表ざたになったら、四井グループって大打撃を食らいそうです。
だったら、その前にもみ消しそうな人員(時津君です)配置しちゃえば、バラ色だよね!と。・・・バラは枯れるものですよ?


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【#39】VS怪盗キッド。2人目の転入生・青島裕二君を添えて

 #27で極高死亡フラグが建築された服部平次君。
 アヤさんの時はほとんど出番なくて、本作は群像劇っぽいから参入させようと思って、どうしようかな~っと思った挙句こうなりました。
 ・・・予想以上に困ったちゃんな感じになって、亜希羅困っちゃう。
 いずれにせよ、邪神様は笑って出歯亀なさる気満々のご様子ですが。
 併せて怪盗キッドもミックス。難しいし、彼もお気に入りだからこそいじりたくなかったという裏事情があるのですが・・・やっていきましょう!
 竜條寺さん、多分前世は『まじっく快斗』もフォローなさってたんじゃないですかね?


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 いやー、やはりこの街は最高ですね。

 

 つい先日など、抱腹絶倒大爆笑の事件がありまして。

 

 概要だけ語っておくと、工藤新一君の偽物が出てきた事件で、偽物と、1年前の事件の真実を知ってしまった少年がメンタルブレイクしました☆

 

 時津潤哉君は、実にいい仕事をしてくれました!

 

 さらに、時津君に一同が気を取られていたら、その隙を突かれて、工藤新一君の偽物はさらわれて、拷問受けちゃいました☆

 

 間一髪で赤井君が助けてくれたのですがね。ついでにそこにいたミ=ゴとインパクトしたせいで、拷問男も発狂していました。可哀そうに(ニチャァッ)

 

 そして、マモレナカッタ・・・となったコナン君が落ち込んだのも、周知の事実です。

 

 え?私ですか?そりゃもちろん、ニコニコ印の追い打ちをかけて差し上げましたが?

 

 何なんでしょうねー?私としては、正論しか言ってないと思ったのに、なぜかコナン君からは汚物でも見るような目で見られた挙句、牛乳ぶっかけられて「くたばれ」と言い渡されてしまいました。

 

 育ちの割にあまり口がよろしくないというのは存じておりましたが、ああまでストレートにおっしゃられたのは稀ですねえ。

 

 ま、面白いものが見れましたし、彼の無礼は許して差し上げましょう。

 

 私ってば、何て深い懐の持ち主なのでしょう!皆さんも称えてくださってよろしいのですよ?!(ドヤァッ)

 

 え?寝言は寝て言えクソ邪神?

 

 んもう!皆さんが素直じゃないのは存じてましたが、それはあんまりなのでは?

 

 そのようなことばかりおっしゃられていると、今起こっている面白そうなことについて教えてあげようという気がそがれてしまうでしょう?

 

 え?面白そうなことって何だって?

 

 そりゃ、皆さん!きっと、お待ちかねにしてた方もいらっしゃるのでは?少ぉしいじって、方向性を調整してあげた、あの子ですよ♪

 

 フフッ。

 

 面白そうな事件が目白押しで、それを眺める目も、実況する口も忙しいというのに、きちんと経過観察してたんですよ?

 

 どうなったんでしょうねー?とね。いやあ、とっても面白いことになりました♪

 

 さて、コナン君。落ち込んでる暇はないですよ?楽しんでくださいね♪

 

 

 

 

 

 それでは、冒頭邪神トークはこのくらいにして、本編に行ってみましょうか!

 

 始まり始まり~!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 大あくびをかみ殺しながら、江戸川コナンは椅子に座っていた。

 

 帝丹小学校1年B組の教室。いつもの席にいつも通り、である。

 

 少々寝不足だが、授業は出なければならない。

 

 手元にあるのは、破いた紙をつなぎ合わせ、それをコピーしたかのような紙である。

 

 そこに書かれているのは、少々キザったらしい言い回しで書かれた、窃盗予告、である。

 

 

 

 

 

 先日、行った槍田探偵事務所で、槍田が苦笑交じりに「見てみる?」とコピーしてくれた紙である。

 

 何でも、槍田が以前依頼で鈴木財閥が絡んだ事件を解決しており、それ以降、奥方である鈴木朋子に非常に気に入られたそうだ。

 

 そして、そんな朋子がいら立ちを隠さずに持ち込んできたのだ。

 

 盗人猛々しく、我が家の家宝を荒らすなど言語道断、予告状の暗号を解いて、怪盗気取りの犯罪者を捕まえてくれ、と。

 

 

 

 

 

 多分、槍田はコナンがこの間の東奥穂村の事件のことで落ち込んでいることを知っている。

 

 そして、少しでも気分転換になればと、渡してくれたのだろう。

 

 血生臭さや、殺意・憎悪といった負の感情からは縁遠いであろう、しかし探偵としては興味をそそられてたまらない――極上の謎を。

 

 

 

 

 

 紙は、彼女の夫であり、現財閥会長である鈴木史朗が怒りのあまり破いてしまったものだが、怪盗の名前の部分以外はどうにか読める。

 

 読めはするのだが・・・いかんせん、コナンの頭脳をもって、一晩にらめっこしたにもかかわらず、いまだに解けていない。

 

 「コナン君、何読んでるの?」

 

 「あー・・・えっと、怪盗?大泥棒?何かそんな奴からの予告状、らしいぜ。

 

 槍田お姉ちゃんが、見たかったらいいよって、コピーしてくれたから。

 

 お前も見てみるか?」

 

 話しかけてきた知史に、コナンは苦笑交じりに応えて、紙を見せる。

 

 「何々?」

 

 「かいとーからのよこくじょー?すっげー!本物?」

 

 「なんか、汚くねえか?これ」

 

 すると、知史以外のクラスメートが興味津々という様子で口々にそう言いながらのぞき込んできた。

 

 「コナン君、これ、なんて書いてあるの?」

 

 「英語もあるし、漢字がいっぱいだぜ。こんなの読めねえよ」

 

 困ったようにコナンを見てくるクラスメートたちに、ああ、そういえばとコナンは思い至る。

 

 

 

 

 

 ここにいるのは、みんな小学校1年生なのだ。読める漢字も、簡単なものに限定され、それすら危うい。足し引き算がやっとで、掛け算割り算に至っては未習だ。

 

 コナン――新一は、同年代より頭の出来がずば抜けていたから、このころにはすでに一通りの漢字の読み書きどころか、英語すら理解できた。シャーロック・ホームズを原文読みし始めていた。

 

 当時の新一は不思議に思ったものだ。何でこんな簡単なことが、みんなにはわからないのだろう?と。

 

 ・・・そこに嘲りや見下しはなかった。ただ、単純に不思議だったのだ。

 

 自分の頭の出来が、周囲と違うのかもしれない。うすうすとした予感が、確信に迫りつつあった時期でもあった。

 

 

 

 

 

 しかし、今のコナンは、見た目はどうあれ、中身は17才だ。

 

 彼らに合わせ、事情を誤魔化すのは、簡単だ。

 

 「ああ。読み方は槍田お姉ちゃんから教わったから、わかるよ。

 

 読むぜ。“April fool 月が二人を分かつ時、漆黒の星の名の下に、波にいざなわれて、我は参上する”」

 

 途端に、周囲から感心したようなため息が漏れだす。

 

 「すっげー・・・」

 

 「なんかかっこいいな!なんていうんだっけ?怪盗?」

 

 「ええっと・・・1412号って聞いたかな?」

 

 「せんよんひゃくじゅうにごう~?かっこわるい・・・」

 

 ワイのワイのと騒ぎだす周囲を、コナンは苦笑気味に見やる。

 

 その時、朝のホームルームを告げる予鈴が鳴った。

 

 「あ・・・」

 

 「コナン君!あとでまた予告状、見せてね!」

 

 「オレ!オレにも!」

 

 「ずっりぃぞ!オレだって!」

 

 言いあいながら、クラスメートたちは自分たちの席に戻っていく。

 

 コナンも予告状をしまい、教科書を出した。

 

 ・・・一度勉強した内容といえど、まじめに勉強しているふりくらいはしなければならない。

 

 「は~い!みんな席について~!」

 

 出席簿を持った、小林教諭ががらりと引き戸を開けて、教室に入ってくる。

 

 

 

 

 

 授業中は厳しく、浮ついた子供がいれば容赦なく叱り飛ばす鬼教師――という、彼女の偽装は、ある日あっけなく崩壊した。

 

 授業参観で、立って移動する途中にこけた女生徒を、慌てて助け起こし、それ以降はペースが乱れたかしどろもどろで授業を進めることになってしまったからだ。

 

 ひどいあがり症らしい。加えて、そんな様子から彼女が子供たちにあっという間に懐かれたのも、当然の結果ともいえた。

 

 

 

 

 

 無邪気なクラスメートと、厳しく見えて、実は優しい担任教師。

 

 かつて友達になってくれようとした3人は失ってしまったけれど、時間は人の心を癒す一つだ。

 

 いつの間にか腫物扱いはなくなり、彼らは、コナンのささくれだった心を癒すようになってくれていた。

 

 

 

 

 

 「今日は、転入生がいます!さあ!入ってきなさい!」

 

 またか、今の時期に珍しいな、とコナンが目を瞬かせるのをよそに、小林教諭に促された、彼はランドセルを背負って、入室してきた。

 

 角を思わせる跳ねた黒髪に、色黒の肌に、生意気そうな青みがかった瞳。背丈は若干コナンより、高いだろう。

 

 「はっと、やない、青島裕二、いいます。よろしゅう頼んます」

 

 たどたどしく名乗る少年のイントネーションからして、関西圏の出身らしい。

 

 「変な言葉~!」

 

 「何、今の言い方?!ダッセ!」

 

 「こらっ!何てこと」「今何言うた?!」

 

 かつてコナンのキラキラネームをはやし立てた子供たちが、同様に少年の言葉遣いをはやし立て、小林教諭がそれをたしなめようとしたが、それをさえぎって少年が唸った。

 

 眉を吊り上げ、歯を見せて怒る様に、思わず誰もが浮かべていたであろうクスクス笑いを、引っ込めさせた。

 

 「オレの言葉遣いが変やと?

 

 ほんなら、関西に住んどる奴は全員変なんか?!外人のしゃべる外国語も変なんか?!

 

 嘗めるんやないで!!クソガキども!!」

 

 ビリビリと空気が震撼する。少なくとも、コナンはそう感じた。

 

 ・・・小学校1年生が出すレベルの、怒気ではない。

 

 

 

 

 

 静まり返った教室を一瞥し、青島裕二と名乗った少年はふんと鼻を鳴らすと、そのままヅカヅカと机の間を歩いていき、コナンのすぐ横に立つ。

 

 「お前が江戸川か」

 

 「・・・そうだけど」

 

 わきから値踏みされるように見降ろされ、コナンは少々居心地が悪そうに身じろぎした。

 

 何なんだ。この少年は。

 

 見覚えは・・・あるような、ないような。どこか、引っかかるようなものが、あるような気はするのだ。だが、肝心のそれが何なのか、コナンの優秀な頭脳をもってしても、思い出せない。

 

 「ええか?ずいぶん調子に乗っとるようやが、見ておけ。オレんが凄腕の探偵ってことを見せたるからな」

 

 「はあ?」

 

 鋭い目と不敵な笑みでいきなり宣戦布告され、コナンはそんな間の抜けた声しか出せない。

 

 「はい!それまで!青島君は、奥の席、湯川さんの隣に座ってね!」

 

 「は~い。すんません、せんせ」

 

 どうにか気を取り直したらしい小林教諭がパンパンと手を叩くと、青島はニカッと人好きする笑みを浮かべ、そのまま指定された席について、ランドセルを下ろす。

 

 「よろしゅうな」

 

 「・・・ええ」

 

 にこにこと笑いかけられるが、理央は普段通りに・・・よく言えばクールに、悪く言えば不愛想に、答えた。

 

 「それじゃあ、出席を取ります!」

 

 出席簿を開いて、生徒の名前を呼ぶ小林教諭をよそに、コナンは首をひねった。

 

 ・・・湯川理央といい、転入生多すぎやしないか?

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 どうやら、コナン君は“彼”と接触したようですね。

 

 さぁて、どう転ぶか楽しみですね。

 

 とはいえ、今は目の前の事態に対応しましょうか。

 

 ようこそ、『九頭竜亭』へ。歓迎しますよ、竜條寺君。

 

 「何なんすか、このやっべー店・・・」

 

 「おや、わかりますか?コナン君もお気づきになられているようで、本が好きなくせに、この店の本棚には絶対お近づきにならないんですよねえ」

 

 入店なさるなり、青ざめてそうこぼされた竜條寺君に、私は首をひねりながらそう返しました。

 

 多分、彼は魔導書の気配を察知してしまったんでしょうねえ。

 

 「・・・そりゃ、見るやつが見たら垂涎ものなんでしょうがね。

 

 あいにく俺はまっとうに長生きしたい方なんで、遠慮したいんですよ」

 

 鼻を鳴らすようにそうおっしゃられる竜條寺君に、ガサリッと奥の本棚が不服そうに音を立てました。

 

 本というのは、知識を保管し、それらを広めるためにありますからね。自らのアイデンティティを否定されたら、不服も申し立てられるでしょうねえ。

 

 

 

 

 

 「で?俺に訊きたい事ってのは?」

 

 「君、時津潤哉君についてご存じですか?」

 

 「一応。・・・夢の範囲でって話ですよね?」

 

 「ほかに君を呼び出す理由、あると思います?」

 

 「・・・ない、はずですよね?」

 

 「おや、理由が欲しいんですか?ふむ、それなら」

 

 「なしで!なしでお願いします!さっきも言いましたけど、俺はまっとうに長生きしたいんです!」

 

 何ですか、ノリが悪いですねえ。

 

 あ、ショゴスさん、お茶をお願いしますよ。茶葉は・・・そうですねえ、たまには、ピーチのルイボスティーでお願いしますよ。

 

 竜條寺君はどうされますか?あいにく、コーヒーはインスタントしか置いてないのですが。

 

 「俺も、同じのでお願いします。あと、冒涜的なものは抜きで」

 

 「まさか。お客様も飲むのですから、飲食物にはそういうものは混ぜないことにしているんです。私は食屍鬼〈グール〉や、食人趣味のある方々とは違いますので。

 

 にしても意外です。君は、こういうフレーバーティーの類はお嫌いかと思ってました」

 

 「いや別に。好物はありますけど、基本、飲み食いにこだわりはないので。

 

 ・・・おなかいっぱい食べられるって、幸せなことなんですよ。

 

 まともなものが食えるってだけありがたいのに、好き嫌いなんざクソのやることだって学習したんです、昔」

 

 ふっと、竜條寺君が遠い目になられます。

 

 ふむ?ひょっとしたら、以前所属なさっていた犯罪組織に入るよりも大昔、ピスコ君に拾われる以前のことを思い出されているのでしょうか?彼も苦労なさってたんですねえ。

 

 「と、時津潤哉に関して、でしたか」

 

 「ええ。君の夢で、彼はどんな感じでしたか?」

 

 気を取り直して尋ねてきた彼に、私はうなずいて話を促しました。

 

 「と言われましてもね・・・俺も、見た夢に多少ムラがあるので。

 

 ・・・あいつが、越水はともかく、槍田と関係があったってのには、むしろ俺の方が驚いてるんですがね?」

 

 「そうなんです?」

 

 「越水と、槍田は基本、別々の事件に一回こっきり出てきたっきりなんすよ。

 

 で、越水が出てきた事件の被害者が時津なんすよ」

 

 ふむふむ。

 

 その後、竜條寺君から七槻君と時津君が出てくる事件と、槍田君が本来出てくる事件を別々に聞き出しました。

 

 ふうむ。しかし、後者はともかく、前者は関わるのが絶望的かもしれませんねえ。

 

 だって、事のきっかけとなる“彼”が、あれですからねえ。

 

 ま、そうなるかもしれない、と思いはしたんですが、その前にこの世から退場なさる可能性の方が高いと思ってたんですよ?

 

 いや実に面白いことになりましたよね!まさしく、事実は小説より奇なり、ですよ!

 

 

 

 

 

 「・・・あの、一つ、質問いいっすか?」

 

 「どうぞ」

 

 おずおずと尋ねてきた竜條寺君に、ルイボスティーで喉を潤しながら私はうなずきました。

 

 ま、正直に答えるとは一言も言ってないんですけどね☆面白くなりそうな返答ならしてあげますよ♪

 

 「・・・大分前に、ちょっとある事件に同席したんすよ。

 

 あれ、夢の通りだったら、西の高校生探偵を名乗る、服部平次ってやつが来るはずだったんですが・・・何かご存じないっすか?」

 

 「ほう?ちなみにどのような事件でした?」

 

 「・・・タイトル名は『外交官殺人事件』。コナンが風邪をひいてる最中にぶち当たって、あいつは偶発的に元の姿に戻ったから、工藤新一としてフェイクに引っかかった服部平次の推理を訂正し、正しい犯人を探り当ててます」

 

 ほうほうほう。

 

 “風邪をひいているさなか、偶発的に元の姿に戻る”、ですか。

 

 いや~、どこかで聞いたようなシチュエーションですねえ。(キラキラした笑顔で)

 

 「いえ、存じ上げませんねえ」

 

 「おい、【言いくるめ】失敗してんぞ、クソ邪神。百パーセント嘘です笑顔やめーや」

 

 速攻でツッコミを入れてこられる竜條寺君をよそに、ちらっと私は時計を確認します。

 

 ふむ♪そろそろですか。

 

 「まぁまぁ、答え合わせも結構ですが、お茶を楽しまれてはいかがです?

 

 ショゴスさんの作った、ブラウニーもおいしいですよ?」

 

 「・・・さっきから思ってたんですけど、ショゴスって」

 

 「見ます?彼女の本性」

 

 「想像しただけで精神力が削れたんで勘弁してください」

 

 青ざめた顔で首を振る竜條寺君は、自己申告通りSANチェックされたようです。若干数字も引かれたようです。よかったですね♪

 

 「・・・あいつはよくこんなところで生活できるもんだ」

 

 「いやー、さすがは主人公ですよね。SANもオリハルコンマウンテンじゃないかって疑いがあるんですよね、彼に関しては」

 

 ま、オリハルコンマウンテンの疑いがあるのは、他にお二人ほどいらっしゃるんですがね。

 

 「あ、うまい・・・」

 

 「でしょう?」

 

 ブラウニーを口に運んで目を瞠った竜條寺君に、にっこり微笑んで見せます。

 

 「てけり・り♪」

 

 ルイボスティーのポットを片手に、得意げに微笑まれるショゴスさんに、しかし竜條寺君はすぐに顔を引きつらせて、「やっぱそう言うのか・・・」と呻かれています。

 

 「ただいま~」

 

 「おや、お帰りなさい、コナン君」

 

 ランドセルを背に、どこか疲れた様子のコナン君が、のれんをくぐります。

 

 「今日の学校はいかがでしたか?」

 

 「・・・何で今日に限ってそんなこと訊いてくるわけ?」

 

 「おや、保護者が養い子を気にしてはいけませんか?」

 

 「はっ、臍で茶が沸かせんぜ、クソ邪神」

 

 せっかくお尋ねしたというのに、ジト目で疑り深く見上げてくるコナン君と、鼻で笑う竜條寺君。

 

 あんまりじゃありません?

 

 え?お前は日ごろの言動を鑑みてからものを言え?

 

 皆さんまでひどい!

 

 「そんじゃ、俺はそろそろお暇させてもらうぜ。ごっそさん。旨かったぜ」

 

 「てけり・り♪」

 

 「あ、竜條寺さん、槍田探偵事務所に行くなら、ボクもつれてって!

 

 ちょっと待ってて!今部屋にランドセル置いてくるから!」

 

 ブラウニーの乗っていた皿とティーカップを空にした竜條寺君が立ち上がると、ショゴスさんが礼儀正しく一礼し、コナン君が慌ててランドセルをもって奥のプライベートスペースへ向かいます。

 

 ほとんど間を空けずに、コナン君は戻ってきました。

 

 「じゃあ、ナイア姉ちゃん、行ってきまーす」

 

 「・・・しょうがないですねえ。遅くなるようなら、連絡してくださいね、コナン君」

 

 ぱたぱたと出て行ったコナン君と、「邪魔したな」と短い辞去の挨拶とともに、竜條寺君が出ていきました。

 

 ・・・本当に、しょうがない子ですよねえ?

 

 せっかく、初日の感想をお聞きしたかったというのに。

 

 ま、今日は許してあげましょうか。

 

 

 

 

 

 お楽しみは、これからなんですから。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「ねえ、竜條寺さんは、怪盗1412号って知ってる?」

 

 槍田探偵事務所へ向かう道中、竜條寺の愛車であるシルバーのスバル・レガシィに揺られながら、コナンは尋ねた。

 

 「ああ?1412号って、紛らわしい呼び方すんなよ。それよか、世間的に通ってる名前があるから、そっちで呼んどけ」

 

 「何だそれ?」

 

 「・・・お前、本当、自分の得意分野以外興味の範疇外なんだな?

 

 ま、ホームズも地動説知らなかったらしいから、らしいっちゃらしいが」

 

 「悪かったな」

 

 むっすりと言ったコナンに、竜條寺は小さく笑う。

 

 「ある作家がな、走り書きされた1412の文字を見て、洒落てこう読んだんだよ。

 

 K、I、D・・・人呼んで、怪盗キッド、てな」

 

 「怪盗キッド・・・竜條寺さんは、知ってるの?」

 

 「知らねえな。俺の前職考えてみろ。泥棒に意識割く時間があったら、より効率の良い人殺しと人騙しの方法を考えさせられたもんだ」

 

 「・・・ごめんなさい」

 

 竜條寺の苦々しげな言葉に、コナンは気まずげに謝った。

 

 「気にすんな。どっちかっていうと、詳しいのは敦子の方だな」

 

 「そうなの?」

 

 「ファンというより、趣味考察勢って感じだな。

 

 ・・・新聞に載った怪盗の予告状をクロスワード感覚で解読してるの、あいつくらいじゃないか?」

 

 「ええ・・・」

 

 竜條寺の言葉に、コナンも呆れ声を出した。

 

 「あ、じゃあ、今回の予告状は?」

 

 「今回は新聞には未掲載だったろ?ま、槍田も敦子が怪盗の情報を集めているって知ってたから、よかったら解いてみるかと予告状のコピーよこしてきたらしいからな。

 

 ・・・執筆そっちのけで解読に没頭してるだろうよ」

 

 「・・・そっちのけって・・・締め切り大丈夫?」

 

 「どうせ間に合わなくて徹夜する羽目になるだろうな」

 

 苦笑するように言った竜條寺は、続けて話す。

 

 「ちなみに、怪盗考察勢の敦子が言うには、今の怪盗は2代目なんじゃないかってことだ」

 

 「そうなの?」

 

 「元々、怪盗キッドは世界各地で、ビッグジュエルを専門に窃盗を行っていたんだ。

 

 それが、8年前に突然活動を休止。最近になって活動を再開したんだが、その当時は妙だった、らしい」

 

 「妙?」

 

 「ウォーミングアップかのように、ちんけな宝石窃盗から、絵画、古代の宝飾品と、有名どころを手当たり次第という感じだった。手段も稚拙だったらしい。

 

 そして、ブルーバースデーというサファイアの窃盗から、本格的にビッグジュエルの窃盗に乗り出した。その頃には、復活前とほぼ同等の腕前になってたそうだ。

 

 加えて、復活してからは日本を中心に活動をしている。

 

 同一人物というより、後を継いだと考えた方が自然なんじゃないかってな」

 

 「フーン・・・復活前と別人なら、年齢とかが違ってても、おかしくないか・・・」

 

 顎に手を当てて考え込むコナンに、竜條寺は小さく笑う。

 

 「んで?暗号は解読できたか?名探偵」

 

 「・・・誰に向かって言ってんだよ」

 

 不敵に笑うコナンに、竜條寺はさすが、と小さく口笛を吹く。

 

 しかし、すぐにコナンは不機嫌そうに眉をしかめる。

 

 「どうした?」

 

 「なあ、竜條寺さんの夢に、“青島裕二”ってやつはいないか?」

 

 「はあ?誰だそりゃ」

 

 唐突に話題を変えてきたコナンの問いに、竜條寺も聞き返す。

 

 「転入生だよ。今日1年B組に入ってきた」

 

 「転入生?湯川以外に?どんな奴だ」

 

 「んー・・・色黒の関西出身。あと、手の胼胝の位置から、剣道をしてる。

 

 それから・・・竜條寺さん?」

 

 ここでコナンは竜條寺の異常に気が付いた。

 

 彼は、青ざめて顔を引きつらせていた。

 

 「1年・・・B組に・・・?」

 

 「ああ」

 

 怪訝に思いながら、コナンはうなずいた。

 

 「変な奴なんだよなあ。

 

 いきなりオレに突っかかってきたんだぜ?“自分の方が凄腕の探偵だってことを見せてやる”とか何とか。

 

 怪盗キッドの予告状も、休み時間に話を聞きつけるなり、どっちが早く捕まえられるか勝負だ!とか言い出しやがるし」

 

 「そ、そうか・・・」

 

 ここで竜條寺はしばし黙した後、恐る恐るという様子で言った。

 

 「多分、お前の保護者なら、全部知ってると思うぞ?

 

 俺も、半信半疑ってところだからな・・・確信が持てねえんだよ」

 

 「保護者って・・・また何かやらかしたのか?!あのクソ邪神!

 

 いや、待てよ?

 

 今日帰ってくるなり、いつもはしてこない質問をしてきたってことは・・・!」

 

 ハッとしたコナンに、竜條寺は重々しく頷いた。

 

 「十中八九、知ってるんだろうな。

 

 で、そのうえで面白がってるんだろ。そういう奴だからな、あれは」

 

 「あいつが面白がるってことは・・・どっちだ?!どっちの関係者なんだ?!」

 

 冒涜的か、まともか。あるいは、組織関係か、それ以外かという区分ができる。どちらにしても、ろくでもないのは確かだ。

 

 「・・・本人に確認してみたらどうだ?青島ってやつに」

 

 「バーロォ!どんな爆弾抱えてるかわからねえのに、そんなリスク冒せるか!」

 

 だよなあ。

 

 問題ばかりが詰みあがる。何でこんなことになったんだ。

 

 竜條寺は遠い目をした。

 

 

 

 

 

 いくら、彼がかつては積極的に物語に関わるつもりなく、できればドロップアウトしたかった根性なしであろうと、普通転生者が関わることになった話というのは、大体イージーモードで話が進むはずなのに。(下手をすれば原作主人公がドロップアウトとなろうと)

 

 これではまるでハードモードではないか。誰だ、シナリオライター。否、どんなシナリオが用意してあろうと、邪神がわきから赤ペン入れるのであれば、ハードモードも無理はないだろう。

 

 

 

 

 

 「・・・ま、いいや。

 

 青島については、あんまり気にしないでおく。下手にちょっかい出したら、自爆しそうだし。

 

 何かあるなら、向こうから言ってくるだろ?」

 

 「賢明だな。着いたぞ」

 

 言って、竜條寺は車のエンジンを落とした。

 

 

 

 

 

続きじゃ~!続きを恵んで、下されよ~!




【某人物の参入にwktkなさるナイアさん】
 前回の胸糞悪さMAX案件もヘラヘラして、まだ余韻でニヤニヤしている。
 実は、とある人物のことを、ちょくちょく様子見していたらしい。その人物も、彼女がいじくった結果待ちをしていた様子。
 そして、その人物がコナン君と接触したと察するなり、帰宅した彼にどうだった~?と聞いてみる。
 ・・・日ごろの言動から、まともな返答が返るわけがないのに。
 前回予定立てした通り、時津さんのことを訊くべく竜條寺さんを『九頭竜亭』に呼び出す。
 一応古本屋である『九頭竜亭』は、以前も記したとおり、一般的な古書に交じって邪神様お手製の魔導書が何冊かおかれている。
 竜條寺さんのような探索者(いわゆる耐性持ち)だと、その気配を察知してしまう。そして誘惑に抗えず目を通してしまう場合もある。
 当初の予定通り、時津さん(&七槻さん)の事件と、おまけで槍田さんの事件を聞き出す。
 槍田さんの事件は攻略本には一応載っているが、情報の誤差がないか、すり合わせに聞きだした。
 前職が前職の竜條寺さんも、昔苦労してたんだね。特に食べ物関係に。
 ・・・なお、まっとうなものを飲食しているというが、仕込みに必要だと判断したら、容赦なく冒涜的なものも飲み食いする。(番外編#ε参照)
 帰宅と同時に、出かけてしまったコナン君にちょっぴりしょんぼり。
 帰ってきたら、今日の感想訊かないとな~。
 怪盗キッドについて彼女がどう思っているか、今回彼女が気にかけていた人物などについては、次回に!

【小学校のクラスメートたちと新たな謎に心癒され、謎転入生に振り回されそうなコナン君】
 前回の事件は散々だった。後手後手回るし、隠そうとしたことは暴露されて、誠人君は人違いで誘拐されて、挙句保護者邪神には追い打ちをかけられて、おでのこころはぼどぼどだぁ!
 そんな彼を見かねたか、槍田さんがよこしてくれた怪盗の予告状に、興味津々。
 名探偵にとって、謎解きは一番の特効薬。(原作における某事件では口内炎の痛みもなくすほど)
 加えて、学校では無邪気なクラスメートたち(原作少年探偵団ほど距離は近くないものの)や、あがり症があるが心優しい小林先生などに囲まれて、心癒される。
 ・・・4歳の時点で子供向けになっているとはいえ、ホームズを読んでいたとは、やはり彼はギフテッドなのでは?多分、通常の子供は、もっと優しい絵本が限界と思うのですが。
 そして、やってきた新たな転入生の青島裕二少年に首傾げ。何か、どこかで見たような、そうでもないような。
 と思ってたら、いきなり宣戦布告され、挙句怪盗の予告状のことを聞きつけられるや、どっちが先に捕まえられるか勝負だ!と言い出された。
 ・・・なお、彼はそれを受けて立つとは言っておらず、一方的に言われただけである。
 正直、何だコイツ感がぬぐえない。
 そして、帰宅するなり、保護者邪神が普段は絶対訊いてこない学校の様子を笑いながら尋ねてきた。
 どういうつもりだ?今度は何を企んでいる?
 それも気になるが、予告状の暗号の答え合わせもしたいから、多分同じように解けているだろう槍田さんたちのところに行ってこようっと!
 竜條寺さん、連れてって!…また、邪神に何か脅されてたのかな、この人。
 車中で、怪盗キッドの情報について、竜條寺さんにいろいろ聞く。
 まだ見ぬライバルについて、今のところ興味は大きい。・・・たぶん、青島少年よりも。
 ついでに、青島少年について、竜條寺さんに相談した。
 夢には出てこないって言いながらも、竜條寺さんの顔色がおかしい。
 え?!やっぱあの邪神が絡んでんの?!ヘタに藪を突くのもやばいし・・・とりあえず様子見で!

【謎転入生第2号だけど、理央ちゃんほどミステリアスじゃない青島裕二君】
 色黒。関西弁。コナン君の観察眼によると、胼胝の位置から剣道をしている。
 なぜかコナン君をライバル視して、自分の方が凄腕の探偵だと言い張る。
 正体は、大体お察し。詳しくは次回以降で!


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【#40】VS怪盗キッド。青島裕二君の正体について

 あの世界、コナン君の行動範囲と出会う人種に偏りがあるせいか、推理力が高い人物が結構ごろごろしてますよね。
 怪盗キッドの予告状も、きっとそういう人たちならさらっと解けちゃうんじゃないかな。
 メインは、江戸川コナンVS青島裕二の口喧嘩ですがね。・・・ぶっちゃけ、青島君は、ありえていたかもしれないコナン君の未来像でもあります。
 原作のコナン君は、本当に運もよかったと思うんです。夢小説とかでやってるみたいに、公安で保護とかだったら安全かもしれないけど、多分好奇心と行動力に満ち溢れたコナン君の精神が死んでた。(そして多分、組織はつぶれない。主人公の力がないので)
 公安に保護されてたら、事件に出会う、参加する機会をことごとくつぶされて、大人がやってるのを歯噛みしながら見てるしかできない。口挟んでも素人ガキは黙ってろっていなされるだけ。暗躍に用いれそうな探偵グッズも手に入らなかっただろうし。正しくはあっても、納得できるかは別問題だし。
 ・・・やっぱ、原作ってすげえな!


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 コナン君も通う帝丹小学校1年B組に転入生がやってきました♪

 

 関西弁をしゃべる色黒の少年は、名前を青島裕二君といいます。彼は、転入早々にコナン君にライバル宣言をなさり、挙句コナン君がお持ちになられていた怪盗キッドからの予告状を見るなり、どちらが先に捕まえられるか勝負だ!などと言い出されたりしています。

 

 ま、肝心のコナン君は、変な奴・・・近寄らんとこ・・・(((((゚ω゚;)となられたようですが。

 

 そんな邪険にされるのもいかがなものかと思いますがねえ?

 

 だって彼、君の(将来的な)親友ですよ?

 

 おっと。

 

 ・・・。

 

 聞かなかったことにしてください。いいですね?うっかりコナン君や竜條寺君に告げ口してごらんなさい。

 

 あらゆる方法をもってこの世から退場したくなるような、冒涜的悲劇をご用意して差し上げますよ?

 

 お隣の吉浦さんに。

 

 おや、なぜ吉浦さん?!というツッコミ、ありがとうございます。

 

 理由としては、お隣にいらっしゃったから、ですかね?何の罪もない隣人が、発狂の挙句死亡なんて末路、見たくないでしょう?でしたら・・・ね?

 

 フフッ。悔しそうに歯噛みなさりながらも、首を縦に振られる皆様は、やはり素直で素敵な方々ですね♪

 

 

 

 

 

 さて、少々話変わって、怪盗キッド君ですね。

 

 いやはや、懐かしいですねえ。

 

 もちろん、皆様ご想像の通り、私も彼のデビューをつぶさに見守らせていただきましたからね。さすがに間近で見るというわけにはいかないので、新聞・テレビなどの各種メディア越しにですがね。

 

 え?今のキッド君が2代目?もちろん、よく知ってますよ♪

 

 何しろ、今の彼のクラスメートの一人が、かの有名な魔女、ケザイア・メーソン君の流れを汲む、列記とした魔女でして。

 

 ま、その割に冒涜的なことには、あまり深くは手を染められてないようなんですがね。

 

 で、彼女から時々お便りをいただくのですよ。

 

 怪盗キッドが落とせません!どうしたらいいですか!って。

 

 あ、でも最近は、お便りの内容が少し変わってまして、怪盗キッドは私が落として見せます!今日は彼はこんなことをやって、こういうところが危なっかしいと思いました!という、惚気のような内容に変化していました。

 

 ・・・悪気はないんでしょうが、接触魔術で呼び出された端末に、そういうことを惚気られるって、大丈夫です?高校生の小娘といえど、腹が立ったら、やることはやりますよ、私は。

 

 

 

 

 

 おや、少々話がずれましたね。

 

 ついでに言っとくと、たまに観察した限り、2代目怪盗キッド君はどうも、深きもの(あるいはその眷属)と接触経歴があるようで、極度の魚嫌い(視認することもダメ)という不定の狂気じみた状態を患われているようです。

 

 幸か不幸か、そのせいで耐性を持っているので、件の魔女っ子(まだまだ半人前でしょう、あれは)の魅了魔術に、抵抗しまくられているようなのですがね。

 

 折を見て、彼もセッションに参加していただきましょうか。いやー、楽しみ楽しみ♪

 

 多分、あの子は反対するし、あとで怒ってきそうではあるのですが・・・ま、彼女の言うことを聞く義理も義務もありませんしね☆

 

 さっさと落としておけばちょっかい出さなかったのに、と言えばイチコロ、ですよ♪

 

 

 

 

 

 さてさて、それではそろそろ冒頭邪神トークはこの辺りにして、本編に行ってみましょうか!

 

 今回は冒涜的なものはなさそうですが、ま、楽しんでいってくださいな♪

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、槍田探偵事務所は、本日も盛り上がっていた。

 

 正確には、所長を務める槍田郁美と、最も若手のホープとも称される江戸川コナン、そして小説のネタ作りと称して時々やってくる徳本敦子、本日非番の松井陣矢の4名が、怪盗の仕掛けた暗号予告状について、答え合わせをしていたからだ。

 

 結果は、満場一致で“深夜12時半~4時半の間に、杯戸シティホテルの屋上”に出現する、ということだった。

 

 やっぱこいつら、頭の出来が違うなと竜條寺は遠い目をする。

 

 ・・・いくら彼が、原作知識というカンニングのような反則持ちの転生者であろうと、細かな部分までは覚えきれていない。今回の暗号解読など、その最たるものだ。

 

 「よし!じゃあ、今夜はここに泊まっていい?

 

 今時予告状なんてものを送り付けるレトロな怪盗のツラを拝んでやるぜ!」

 

 「・・・反対はしないけれど、夜6時半になったら、この事務所は閉めるわよ?」

 

 張り切るコナンに、槍田が困った顔をして口をはさんだ。

 

 「え?!槍田さん、暗号解読があってるか、気にならないの?!」

 

 「それは今から警察と鈴木朋子さんに伝えるわ。それにね、コナン君。大事なことを忘れているわ」

 

 「大事なこと?」

 

 槍田の言葉に、コナンは首をかしげた。

 

 何だろうか?また自分は、何か大事なことを見落としていたか?

 

 「夜更かしは、美容の天敵なの」

 

 キリッと真面目な顔で言い放った槍田に、コナンはずるっと肩を落とした。

 

 そんなことで?!と言いかけた口をつぐんだのは、この事務所に出入りするようになって、多少身につけた分別によるものだ。

 

 「明日も私は仕事なのよ?この仕事は接客業でもあるの。顔色の悪い探偵じゃ様にならないわ。化粧でごまかせないこともないけど、厚化粧は目立っちゃうでしょう?」

 

 「夜更かしすると化粧のノリが悪くなりますしね。あとでパックとかでケアしないといけませんし」

 

 「後は体調とかにも響くし・・・冷え性がひどくなって口臭も出たりするのよね~。

 

 ほんっと、最悪」

 

 「・・・思考能力にも響いちゃいますし。生活リズム崩したらもっといろいろ影響でますし」

 

 「「わかる」」

 

 うんうんと訳知り顔で頷きあう女性陣(なお、ナチュラルに成実が会話に交じっている)に、コナンは閉口した。

 

 黙っててよかったとも思った。下手にそんなこと呼ばわりしたら、一斉に非難が向けられたに違いない。

 

 「お前は口をはさむ権利はねえぞ、敦子。夜更かし朝寝坊の常習犯め。理央から俺が何も聞いてないと思ってんのか?」

 

 「し、締め切り前だけのことだもん!・・・締め切り・・・締・・・きり・・・。

 

 か、帰らないと!」

 

 締め切りの言葉に、瞬時に顔色を青くした敦子は、「お邪魔しました!」とショルダーバッグを肩にかけ、立ち上がった。

 

 「敦子、帰るなら送ってやるぜ。じゃあな、名探偵。俺も気になることがあるから、今夜は付き合えねえぞ」

 

 続き、竜條寺がもたれかかっていた壁からスッと背筋を伸ばし、踵を返しながら言った。

 

 そして槍田は電話機の受話器を取り上げて番号をプッシュし始めるのをよそに、松井がただ一人、ニッといたずら小僧のような笑みで声を潜めてささやいた。

 

 「さすがに宿泊先はどうにもできないが、暗号解読の答え合わせなら俺も気になるからな。一緒に行こうぜ、コナン」

 

 「・・・ありがとう、松井さん。

 

 じゃあ、宿泊先は博士に頼むか。・・・あと、一応あいつにも外泊の連絡入れとくか」

 

 ぼそっと言って、コナンは槍田の邪魔にならないよう、一度事務所の外に出てから、取り出したスマホをタップした。

 

 コナンとしては一人でもよかったが、さすがに真夜中を小学生が一人でうろつくのはよくないだろう。

 

 ・・・それがばれて警察から注意を受けようものなら、手取ナイアから怒られるのはコナンなのだから。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、週が明けた月曜日の朝。

 

 コナンはいつも通りに登校して、1年B組の自分の席に着いた。

 

 ランドセルを下ろし、授業の準備をしながら、土曜(正確には日曜)の深夜にあった腹立たしい怪盗の発言を思い返した。

 

 怪盗キッドめ。ぜってー捕まえてやる。

 

 探偵が批評家だと?馬鹿にしやがって。

 

 

 

 

 

 ・・・怪盗キッドは知らなかっただろう。

 

 彼にとっては、ある種の挑発でしかなかった。

 

 だが、この前の東奥穂村で、自らの無力さをいやというほど味わわされたコナンにとっては、地雷にも等しい発言だった。

 

 

 

 

 

 相手は2代目とはいえ、その実力は初代と寸分劣らぬという。

 

 変声機もなしに声を自在に変え、容姿でさえもよほど(小さな子供など)でなければ変幻自在という。

 

 さらには閃光と煙幕の中で、一瞬にして姿をくらませる。

 

 まるで、魔術のように。

 

 確かに、そういうものは実在している。だが、ここまでの経験で培われてしまったコナンの直感(メタ的に言うならば、【クトゥルフ神話技能】だろう)が、あれは違うと言っている。

 

 あれは、魔術ではない。種も仕掛けもある、手品だ。

 

 だったら、それを暴くのは探偵たる自分の務めだ。

 

 

 

 

 

 怪盗キッドは去り際に次の予告状を残していった。

 

 次に現れるのは、約2週間後、鈴木財閥所有の豪華客船クイーン・セリザベス号の船上だ。

 

 幸い、コナンはそこに乗れる宛がある。というか、できた。

 

 毛利蘭を通じて、鈴木財閥がメディアにも出るほどの探偵ということで、ナイアに声をかけてきたのだ。

 

 今度こそ、怪盗から宝石を守ってくれ、と。

 

 そして、ナイアの連れという形ではあるが、コナンの乗船も認められたのだ。

 

 

 

 

 

 ・・・コナンは知らない。手取ナイアと竜條寺は知っている。

 

 本来、この事件に同道するはずの毛利探偵は、鈴木財閥の依頼で最初の予告状解読にも挑んだが、その際に全く見当はずれの推理を警察に披露してしまい、一挙に信用を失い、乗船候補から外されてしまっていることを。

 

 辛うじて、毛利蘭は鈴木園子の友人枠で許可されている。毛利蘭だけは。

 

 そして、彼女が、「お父さんってばしょうがないんだから!・・・そうだ!ナイアさんならどうかな?」と、言い出し、その結果ナイアが招かれることになったということを。

 

 

 

 

 

 準備の期間はたっぷりある。

 

 ・・・まずは、目の前の授業をこなさなければ。いくら2度目でうんざりしていようと、小学生への擬態は必要だ。小学生への擬態なので、彼の大好物である推理小説(大量の漢字搭載のハードカバー系のそれ)はもちろんお預けだ。

 

 うんざり思いながら、コナンは頬杖をついて、視線を窓に向けた。本日も、良い天気である。

 

 意識を、ぼんやりと明後日の方向に飛ばそうとした直後、ドンッと机を叩かれ、彼はハッと視線を前に戻した。

 

 そこには、険しい表情で、コナンの机に手をついている、青島裕二の姿があった。

 

 「あ、えっと、おはよう。

 

 ごめん、ぼーっとしてた。何かあった?」

 

 ひょっとしたら話しかけられていたかもしれない、と思ったコナンは、青島に話しかけた。

 

 「“深夜12時半~4時半の間に、杯戸シティホテルの屋上”」

 

 「え?」

 

 「この間の予告状の答えや!オレかて行きたかったんに、おっさんが許さんかったんや!

 

 何やねん、あのおっさん!オレのことガキ扱いしくさりおって!」

 

 いや、実際ガキだろ。

 

 正面でプリプリ怒る青島に、内心コナンはツッコミを入れる。

 

 その一方で、彼は感心した。

 

 あの暗号を、自力で解いたのか、コイツ。

 

 「ええか?!オレがあそこに行けんかったんは、暗号が解けんかったからやない!

 

 家から抜けだそ思ったら、おっさんが帰ってきて許さん言い出しおったんや!

 

 負けたわけやないで!ええな!」

 

 「あ、ああ・・・」

 

 言いつのる青島に、コナンは気圧されたように、反射的にうなずいた。

 

 わかればいいと言わんばかりに、青島は大きく頷く。

 

 「せやけど、お前も案外だらしないやっちゃな~。

 

 逃げられたんやろ?怪盗キッドに」

 

 「・・・だったら何だよ?」

 

 カチンと来たコナンは、ニヤニヤする青島を睨みつける。

 

 鼓膜に再び、腹立たしい怪盗の、腹立たしい発言がリフレインし始め、彼の機嫌は急激に下がり始めていた。

 

 青島だけは気が付いていないのだろう。

 

 コナンの様子に気が付いたらしいクラスメートたちが、一歩下がったことに。

 

 「やっぱりお前、大したことないわ」

 

 「~~~~っ!!うるせえ!!

 

 だったら、次こそ捕まえてやるよ!」

 

 地雷を踏みつけられ、頭に来たコナンが椅子を蹴倒して立ち上がり、売り言葉に買い言葉で叫んだ。

 

 「は?次?」

 

 「怪盗キッドは、次の予告を出してるんだよ!クイーン・セリザベス号で、今度こそ漆黒の星〈ブラック・スター〉をいただくってな!」

 

 ふと、コナンはその言い回しに、待てよ?と違和感を覚えた。

 

 あの予告状の文面から、まるで最初に盗もうとしていたのは偽物とわかっていたといわんばかりだったではないか、と気が付いたのだ。

 

 だが、コナンが考えこむより早く、泡を食ったような青島の発言がそれを吹き飛ばした。

 

 「何やと?!クイーン・セリザベス号?!鈴木財閥の豪華客船やないか!」

 

 「ああ。財閥の60周年記念パーティーが、そこで開催されるんだよ」

 

 椅子に座りなおしてうなずいたコナンに、青島は顔を引きつらせていたが、すぐにふふんと鼻で笑いたそうにしている顔になる。

 

 「さよか。鈴木財閥のパーティーやったら、各界著名人も目白押しやな。

 

 高々小学生のガキは入り込めんな」

 

 「オレ、行けるけど」

 

 「何やと?!何でや!」

 

 しれっといったコナンに、青島が叫ぶ。

 

 「青島君知らないの?コナン君の保護者って、手取ナイアさんだよ!有名な、美人探偵!」

 

 「その、財閥?が江戸川の姉ちゃんに宝石守ってくださいって言いに来たのか?」

 

 「うん。大体そんな感じ。オレも、少しは手伝えるかもしれない、子供だったらさすがに変装できないだろうからって、連れて行ってもらえることになったんだ」

 

 話しかけてきたクラスメートたちに、コナンはうなずいてみせる。

 

 そして、コナンは目の前の少年が、顔を引きつらせている様子から、察する。

 

 コイツ、クイーン・セリザベス号に搭乗する伝手、持ってないらしいな、と。

 

 「・・・じゃあ、留守番よろしくな♪凄腕探偵君」

 

 にんまり笑って言ったコナンに、青島はぐっと悔しげな顔をするや「お、覚えとれよ~!」と回れ右して、走っていった。

 

 ひょっとしたら、目元が光っていたかもしれない。完全に負け犬の構図である。

 

 ・・・けんかを吹っ掛けられて辟易していたのだ。このくらいはかまわないだろう。

 

 フンと一つ鼻を鳴らして、コナンは留飲を下げた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「おや、いらっしゃいませ、竜條寺君」

 

 本日も薄暗い古書店『九頭竜亭』の片隅で悠々自適に過ごしていた私の下へ、やってこられたのは、もはや顔なじみと言っていい彼です♪

 

 どうやら、お気づきになられたようですが、時すでに遅し、ですよ。

 

 険しい顔で私を見られる彼は、ヅカヅカと応接セットまで歩み寄られると、唸るように尋ねてこられました。

 

 「いつだ?何を吹き込みやがった?・・・いいや、お前絶対何か余計な事吹き込んで、煽りやがったな?」

 

 「何のことかさっぱりわかりませんねえ?」

 

 ニチャァッと笑いながら訊き返すと、竜條寺君はとてつもなくいやそうな顔をされながら、懇切丁寧に説明し始めてくれました。

 

 「服部平次だ!改方学園に休学届が出されていると、ファンクラブのTwi●terで話題になってたぞ?!そして、ホームグラウンドの大阪でも姿を消したらしい!

 

 加えて、コナンから聞いた青島裕二の特徴!やたらあいつに突っかかる様子!

 

 服部平次は黒の組織にちょっかいかけて、APTX飲まされて幼児化しやがったんだな?!」

 

 「ふむ?ですが、少し抜け落ちていませんか?竜條寺君。

 

 大阪にいらっしゃる方が、わざわざ東都にやってこられる意味が分かりませんよ?

 

 幼児化されているなら、なおのことこちらに来られるのは不便では?」

 

 「服部平次の父親は、大阪府警本部長の、服部平蔵だ。

 

 幼児化した奴が自宅に駆け込まないわけがない。そして、曲がりなりにも警察の高官が、黒の組織のうわさを知らないわけがない。

 

 おそらく、服部本部長は自分の手には負えないと判断し、対策チームのある警察庁に打診し、身柄の保護のためにあいつを東都に移したってところだろう」

 

 「だ~いせ~か~い!花丸あげちゃいましょう!竜條寺君!」

 

 パチパチと手を叩いて見せます。

 

 

 

 

 

 ええ。服部平次君、こちらにいらしてからというものの、黒の組織を独自に追いかけ始めました♪

 

 一度父親に危ないからやめろと釘刺されたにもかかわらず、反抗期とプライドに突き動かされる形で無視されまして。

 

 結果が、ジン君&ウォッカ君の例のコンビに近寄った挙句、彼らの殺人現場を目撃して、逃げようと飛び乗ったバイクを撃たれて吹き飛ばされてからの、毒薬強制嚥下コンボとなりました♪

 

 いやー、幼児化で済んでよかったですね!

 

 

 

 

 

 「そういうことかよ」

 

 おや、コナン君お帰りなさい。

 

 ランドセルを背負ったまま、彼は竜條寺君の隣に来て、険しい表情で私を見上げられます。

 

 「服部平次・・・そうか、あの日にここに来てたな。確か、そんな名前だった」

 

 「あの日?」

 

 「オレが偶然元に戻った日だ。あの日、白乾児〈パイカル〉を持ってきたのが、服部平次だったんだ。そんなに深くかかわりを持ったわけじゃなかったが・・・通りで見覚えがあるはずだ」

 

 竜條寺君の問い返しに、コナン君は答えて続けられます。

 

 「オレの正体はしゃべらない約束だったな?ということは・・・待てよ?あの時、蘭もいたよな?

 

 オレが混乱して逃げ出した後、あいつらを捕まえて、まさか組織云々のことをばらしたのか?!」

 

 「まさかまさか!私はただ、蘭君に君がいなくなる直前に、何かおかしな様子はなかったかとお尋ねしただけですよ?服部君の目の前で、ね。

 

 そうしたら、服部君が急に捜査開始だとか言ってお帰りになられただけです。

 

 蘭君は、ちょぉッと記憶をいじりましたので、多分覚えてないと思いますが」

 

 「ばらしたも同然じゃねえか!」

 

 「この、邪神め・・・!」

 

 二人して、どうしようもないものを見る目で見てこられてどうしたんです?

 

 別に大した事実はしゃべってないと思いますがね。

 

 「いやですねえ、私はちゃんと、内密にお願いしますね、と付け加えましたよ?」

 

 にっこり笑ってそう言っても、二人とも、ダメだコイツ早く何とかしないとと言わんばかりに深々とため息をつかれていますよ。

 

 「・・・竜條寺さん、何とかしてくれよ」

 

 「・・・その様子からして、青島絡みか?」

 

 こっくりと頷いて、コナン君が困り果てた顔で言いました。

 

 「あいつ、クラスメートの前でオレのこと工藤って呼びやがったんだよ、大声で。

 

 顔が引きつりそうになったけど、湯川と知史が何とか取り繕ってくれて助かった。

 

 オレも、何とか必死にとぼけて誤魔化したし。

 

 それでも、気が気じゃないんだ」

 

 ダメだこりゃ。早く何とかしないと。と言わんばかりに、何とも言えない声で呻いて額に手を当てて天井を仰ぐ竜條寺君に、たまらず私は吹き出しました。

 

 いやー、青島君、予想以上にご自身の身に起こったことを軽く受け止められているようですね。

 

 「・・・たぶん、オレの幼児化のことも気が付いてて、情報を共有したいってところだと思うけど」

 

 「その前に余計な情報が拡散しそうだな」

 

 「ああ・・・」

 

 深刻そうに考え込むお二人を見やりながら、私は紅茶に口づけました。

 

 ふむ・・・いい香りです♪

 

 「で?どうする名探偵?」

 

 「・・・悪いけど、竜條寺さん、いつ頃暇?

 

 今日とか、多分暇じゃないでしょ?胸元のふくらみを見たらわかるよ」

 

 「正解だ。今、準備の合間を縫ってきている。今夜から仕事だ。

 

 しかも、出張でちょいと遠出しなくちゃいけなくてな。

 

 そうだな・・・たぶん、クイーン・セリザベス号乗船前日くらいなら、何とか・・・」

 

 「結構先だね・・・」

 

 「それまで誤魔化しきれそうか?」

 

 「女優の息子嘗めんなよ?

 

 想定外のアドリブならともかく、想定されてたら、何とかしてやるさ」

 

 マドレーヌも一口。うん、しっとりふわふわで、甘さ控えめ。いい出来ですよ、ショゴスさん。

 

 「オーオー。頼もしいな。あとは・・・そうだな、松井か浅井あたりを巻き込むか。あいつらなら都合もつくし、それっぽく見える」

 

 「・・・それ、二人が聞いたら怒りそうだね」

 

 「だったらあのグラサンと黒ずくめやめりゃいいんだよ、あいつらも。

 

 シナリオは任せていいか?」

 

 「ああ。

 

 それから」

 

 「あん?」

 

 「仕事なら、気を付けてね」

 

 「おお。行ってくるぜ」

 

 あ、お話終わりました?

 

 紅茶とショゴスさんお手製のマドレーヌを楽しんでいた私の前に、ごとりっと箱が置かれました。

 

 うん?これは・・・ディゴバのパッケージ?!

 

 「あそこはチョコレートが有名だが、プリンもそこそこいける。それをやるから、今回はおとなしくしていろ、クソ邪神」

 

 「ええぇ、今回私大したことは、ああー?!」

 

 いやそうな顔をした私に、竜條寺君は容赦なく箱を持ち上げられました。

 

 「いやなら没収だ。余計な事も吹き込まず、おとなしくしていろ。

 

 約束できるなら、コイツをやる」

 

 ウー・・・まあ、この間目ぃ一杯楽しめましたし、今回はおとなしくしてあげましょうか。

 

 別に、プリンにつられたわけではありませんからね!

 

 「・・・仕方ないですねえ」

 

 渋々頷いた私の下に、一つ息をついた竜條寺君が箱を置きなおしてくれました。

 

 おっほー♪定番のカスタードに、期間限定のいちごと抹茶もありますよ!

 

 何ですか、コナン君。それでいいのか、邪神・・・と言わんばかりの呆れた目を向けてこられて。

 

 「ところで、君たちのたくらみは見物してもよろしいので?」

 

 「どうせダメって言っても勝手に見るんだろ?だったら見ればいいだろ、勝手に!」

 

 「ちょっかいはだめとは言ったが、見物はだめとは言ってねえしな。

 

 見物だけにしとけ。約束は守れよ、邪神様」

 

 ショゴスさんに頼んで、冷蔵庫にプリンをしまってもらいながら訊くと、彼らはどこか投げやりにそう答えられました。

 

 はい♪そうします♪

 

 

 

 

 

 そうして、時間はあっという間に過ぎて――クイーン・セリザベス号の乗船の前日となりました。

 

 

 

 

 

其処元・・・続くぞ!さらに続くぞ!

 

 




【新たなる幼児化少年の参入にwktkしつつ、プリンのためにおとなしくすることにしたナイアさん】
 開始早々に口を滑らす。自分のミスを第三者の命で償わせようとするあたり、口封じをしようとする犯人と思考回路が一緒。
 怪盗キッドは初代・2代目ともども見守っていた。見世物にしていたという方が正しいか?初代はともかく、2代目の方は、彼のクラスメートが魔女の一員だから。
 化身の数が山ほどあり、(『マレウス・モンストロルム』中でも断トツ。多分、KPの数だけ増えていく)魔女っ娘(『まじっく快斗』登場の、小泉紅子さん)曰くの『ルシュファー様』も、化身の一つ。(本シリーズ独自設定)
 魔女っ娘のことは嫌いじゃないけど、まだまだ半人前扱いしている。
 ・・・うっかり、ナイアさんモードでインパクトしようものなら、SANが減りそう。
 冒涜的なものがないのはちょっぴり残念だけど、基本的に人間がジタバタしているのを見て指さして笑い転げるのが大好きなので、面白ければいーや、とあまり気にしていない。
 コナン君と怪盗のファーストコンタクトの後日、お店に凸してきた竜條寺さんと、再度お話し会。
 竜條寺さんが、青島君の正体に気が付いたことについては、予想の範疇だったので、ヘラヘラしているだけ。
 そして、タイミングよく帰宅してきたコナン君と顔を合わせた竜條寺さん。二人がその場で相談に突入したのをよそに、紅茶とマドレーヌを楽しむ。
 大変だな~と完全に他人事。大体コイツのせいなのに。
 相談聞きながらどんなちょっかい出そうかなと考えてたら、竜條寺さんからディゴバのプリンをわいろにされた。
 ディゴバ・・・劇場版『14番目の標的』で妃弁護士に送られた毒入りチョコのメーカー。現実のあのメーカーも、チョコレートが有名ですが、作者はもっぱらプリンを買いに行ってます。
 以前言ったが、彼女は割と食にうるさい方なので、今回はプリンに屈した。
 出歯亀はするけどね!

【バタフライエフェクトと、積極的にシナリオに赤ペン入れしてくる邪神に頭を抱えたい竜條寺さん】
 槍田探偵事務所で、頭のいい面子による怪盗謹製の予告状の謎解きを間近で見物。
 久々に、『名探偵コナン』をリアタイ視聴していたころを思い出す。そして、この面子の頭のよさを思い知る。以前記したが、彼は能力構成がフィジカルに全振りされている。
 『名探偵コナン』のシナリオについて覚えてはいても、細かなトリックや謎解きの詳細は、思い出せない部分も多い。
 コナン君のなぞ解きしたから怪盗に会いに行こうぜ!というお誘いは、敦子さんのことにかこつけて断る。
 見に行きたくはあったけど、名シーンに自分が首突っ込んでいいか迷ったため。
 そして、それ以上に前回、コナン君に車中で聞いた青島裕二なる人物に戸惑いが隠せない。誰だそいつ?!原作にいねえだろ!そんな奴!
 一応、特徴訊いた時点で、ふと思い当たった人物がいたため、裏取りに走った。
 案の定、その人物が現状行方不明となっていたため、即座にすべてを知っているだろう(そして前回とぼけて見せた)邪神に確認を取りに走る。
 ・・・ファンクラブ云々は捏造。でも、新一君ならありそうだし、平次君も本人非公認といえど、ありそう。
 案の定、邪神が肯定して見せて頭抱えた。
 バタフライエフェクトォ・・・。
 そして、帰宅して話を聞いてたコナン君ともお話。
 ええぇ・・・服部君改め青島君、そんな困ったちゃんなの・・・。何で、そんな面倒くさいことになってんの。
 コナン君に何か妙案がありそうなので、とりあえず彼の案に乗ってみることにする。
 どちらにせよ、野放しにすればコナンが困ったことになり、コナンがいなくなればピスコを助けたい彼の悲願が台無しになるため。
 ・・・胸元のふくらみは拳銃。今夜からまた神話性事象の調査に赴くことになる。死ぬつもりはないけど、危険なことに変わりはない。
 心配してくれて、ありがとう。行ってくるよ。


Q.何で怪盗キッドの出番がないんですか。

A. 原作と変わらないシーンだったから、カットしました。あれをノベライズするなんて、何とも恐れ多い。怪盗キッドの登場する原作16巻はいいぞぉ!
作者はコミックス派だった上、初見時は青山先生の他作品を知らなかったので、誰だコイツ?!感が凄まじかったです。
あと読み直して気が付きました。最初の予告が4月1日で、クイーン・セリザベス号が4月19日なんですね。大分間が空いてたんですねえ。









Q.ちなみに青島裕二君のお名前って元ネタが?

A. もちろん。『踊る大捜査線』の主人公、青島俊作と、演じた俳優の織田裕二からとりました。『踊る~』は劇場版の第1作と第2作しか見てないんですがね。面白かったですが。
・・・青羽さんとかぶっちゃったなあ。まあ、いいか。


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【#41】VS怪盗キッド。青島裕二、危機一髪(なんちゃって)

 今回は、いっそ閑話扱いにした方いいくらい、邪神様のターンが短いです。
 どうした、クソ邪神。そんなにプリンが気に入ったか。
 で、書けば書くほど青島君がどうしようもない件について。
 ここまで短絡的な人物じゃないだろ、彼。と思いつつも、ありえていたかもしれないコナン君と思ったら、筆が滑りました。
 私の偏見かもしれませんが、コナン君って、5~6巻『江戸川コナン誘拐事件』で事態の真剣みや自分がどう動くべくか学習したんじゃないですかね?今まで彼が相手にしていた連中よりも一味も二味も違うかもしれない、自分の動きを二手も三手も読んでくるかもしれない、その上を行く必要があるかもしれないって。
 で、青島君はそんなコナン君の経験はしていません。幼児化したばかりで、とにかく元に戻りたいとがむしゃらに動くだけです。その結果、自分の首を絞めることにつながるとは思ってないわけです。
 好きなんだけどなあ、服部君。どうしてこうなった。


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 うーん。プリンといえばどこのメーカーが有名なのでしょう?明●とか?森●とか?

 

 私もプリンは大好きですが、一昔前は市販品は買おうと思いませんでした。

 

 例えば、プッチ●プリンとか。何ですかねー?あれはプリンじゃないですよ。プリン味のゼリーです。舌が肥えてしまっているので、あれを買おうとはどうも思えないんですよねー。

 

 ま、最近は市販品も馬鹿にできたものではありませんがね。ショゴスさんには申し訳ないですが、コンビニのプリンをはじめとしたスイーツ類は、たまに買い出しに行きたくなってしまいます。

 

 つまり何が言いたいかと言いますと、竜條寺君、なかなかやりますね。

 

 ディゴバはチョコレートメーカーとして有名ですが、プリンもそこそこいけるんですよね。

 

 まったりした蕩けるクリームのような甘味は、さすがはチョコレートメーカーの先駆者だけありますね。

 

 え?お前のスイーツトークより、その後どうなんだ?怪盗キッドの予告や、青島裕二君のその後を聞きたい?

 

 んもう、せっかちなんですから。プリンくらい楽しませてくださいよ。

 

 いいですね~。つるんとした喉越しもさることながら、カラメルソースの甘みの中にあるほろ苦さ。これぞ、プリン!ですよ。

 

 さすがは、和訳版ナルニア国物語で取り上げられるだけあります。

 

 私も、和訳版を初めて読んだときびっくりしましたよ。ルイス君?!君、いつからターキッシュデライトからプリンに乗り換えたんですか?!と。

 

 ま、それは当時プリンの元が発売されたばかりなのと、ターキッシュデライトが日本ではあまり馴染みがないという裏事情に起因するのですがね。

 

 おや・・・もうおしまいですか。ショゴスさん、お代わり・・・え?明日のおやつがなくなる?

 

 ・・・。

 

 はあ・・・仕方ないですねえ、我慢しましょうか。代わりに紅茶お願いします。

 

 そうですねえ。少しお口をすっきりさせたいので、ディンブラをレモンティーでお願いしますよ。

 

 

 

 

 

 さてさて。それでは、そろそろ本題へ行きましょうか。

 

 個神的には、青島君にはこのまま事態の重要性もわからずに周囲も巻き込んで自爆なさってくれた方が笑えるのですが、まあそうは問屋を卸したくないというのが、コナン君と竜條寺君ですのでね。

 

 ちらちら様子見した限りでは、どうやら理央君も一枚噛まれているようです。

 

 何でも、コナン君の正体が露見したら、自分も危うくなると思われているようです。ゆえにこそ、小学校でコナン君をかばって誤魔化しに加担なさったのでしょう。

 

 ま、竜條寺君に身元の保証という担保を取られているようなものですしねえ。竜條寺君がその気になったら、彼女は文字通り身一つで放逐されるでしょうねえ。

 

 そうしたら、突如出現した身元不明の無戸籍児(しかも宮野志保の幼少と瓜二つ♪)を、組織が怪しまないとも限りませんしねえ。

 

 

 

 

 

 ま、竜條寺君が仮に彼女を放逐しようとしても、私が許しませんがね。

 

 ダメですよぉ、彼女には赤井君を楽しませていただいて、ついでに発狂して宇宙的真理を鑑みてもらう重要な役回りがあるんですから。

 

 単にシナリオに参加していただくなんて陳腐すぎます。じっくり真綿で首を締めるように、じわじわと小出しにしていきましょう。

 

 楽しみですねえ♪

 

 

 

 

 

 それでは、改めまして、本題に行ってみましょうか!

 

 始まり始まり~♪

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 今日こそは。

 

 青島裕二・・・本名を服部平次という幼児化した少年は、ランドセルを背中に尾行していた。

 

 クラスメートである少年江戸川コナン、自分と同じく幼児化した工藤新一を。

 

 

 

 

 

 自分が幼児化してから、ずっと考えていたことだ。

 

 工藤新一に似すぎていると言っていい少年、江戸川コナン。

 

 あの日、訪ねた古書店にいたこの少年と、ほとんど入れちがいのように工藤新一は現れた。

 

 そして、あの時の彼の乱れた服装とと、すぐそばに落ちていた端切れ。

 

 縮んだ自分とそれらをつなげて考えるのは、たやすいことだ。

 

 キーは、おそらく白乾児〈パイカル〉。父の酒棚からくすねた手土産が、思わぬ作用をもたらしていた。

 

 もちろん、裕二とて、最初はそれを言って、それを飲めば元に戻れると主張したのだが、今元に戻ると危険だからと、聞き入れてもらえなかった。

 

 加えて、未知の毒薬が既存の酒類で簡単に解毒できるとは思えない、一時しのぎのようなものかもしれないと父に言い渡されては、ぐうの音も出なかった。

 

 ・・・なお、母はそれを聞くなり、酒棚のある方へ向かっていったので、これにかこつけて白乾児〈パイカル〉を処分しに行ったと思われる。

 

 

 

 

 

 ともあれ、裕二はあの日、誓ったのだ。

 

 必ず、元の姿に戻って、もう一度大阪の地を踏むと。

 

 自分を保護した公安の男――風見裕也は、肝心なことは何も言ってくれないが、手掛かりならすぐそこにある。

 

 身元偽装の一環で押し込められた小学校。今更小学校のお勉強か!と内心憤ったのもつかの間。案内された教室で、裕二はひそかに息をのんだ。

 

 あいつだ。工藤だ。

 

 父の推測はやはり、正しかったらしい。あの日見た高校生の体躯は、幼いそれにとってかわっていたが、間違いない。

 

 まずはご挨拶だ。あの日、自分から逃げたことを後悔させてやる。

 

 そして、探偵としての実力は自分が上だと認めさせる。犯罪組織をつぶすことでそれを証明しようと思っていたが、最初に戻っただけだ。何の問題もない。

 

 そのうえで、今彼が持っている情報を出させる。自分が協力するのだ。さっさとその犯罪組織をつぶして、自分と彼は元に戻って、めでたしめでたし、だ。

 

 

 

 

 

 だが、想像以上に話は進展しなかった。

 

 まず、保護者役を担う風見裕也の頭が固い。自分は高校生だ!と主張しようと、きっちり門限が定められ、破ろうものなら電話で怒られる。

 

 おかげで怪盗キッドの出現現場に行くことができず、自分の実力を工藤新一に示せなかったではないか。

 

 加えて、第二の予告があると聞き、どうにかできないかと風見に相談しても、潜伏している身の上で不特定多数のいるパーティー会場に行くなんて言語道断!と聞き入れてもらえなかった。

 

 このままでは、いつまでたっても進展しない!

 

 頭に来た裕二は、強硬手段に出た。

 

 いい加減とぼけんと白状せんかい!工藤!

 

 怒鳴りつけた自分に、工藤は何のことかわからないととぼけて見せる。賢しらにクラスメートたちまで味方につけて、誤魔化しに加担させた。

 

 おのれ工藤。

 

 さっさと認めればいいものを。

 

 ふいに裕二は思い立った。相手がとぼけるなら、言い逃れできない証拠をつかもう。いつもの事件捜査と一緒だ。

 

 だから、裕二は今、江戸川コナンを名乗る工藤新一を尾行している。

 

 

 

 

 

 なお、江戸川コナンにこだわるあまり、裕二は手取ナイアという最も口を割りそうな人間をうっかり見逃した。

 

 ・・・というより、裕二は最初の段階で手取ナイアは江戸川コナンが推理を披露するために必要な傀儡のような存在だろうと見ていた。大体あっている。

 

 ゆえにこそ、最も大事な部分は知らないのでは?と踏んだのだ。

 

 ・・・そのおかげで命拾いしたことを、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 コナンは周囲を警戒している様子で、取り壊しの決まっている、街の片隅の廃屋へ入っていく。

 

 そうして、スマホを手に取ると、恐る恐るという様子を隠しもせずにどこかと連絡し始めた。

 

 「ああ・・・言われたとおりにやっている。

 

 そうだ、例の奴だ・・・うまい事釣れたらしい」

 

 ぼそぼそと何事か言葉を交わしているが、コナンがどこか怯えた様子を見せているのが、気にかかった。

 

 「わかっている!」

 

 突如、コナンは大声を上げた。怯え切った、切羽詰まった響きの叫びだ。

 

 「そうするって言ってるだろ!だから・・・だから・・・!」

 

 どうしたのだろう?裕二は持ち前の好奇心がくすぐられるのを感じた。

 

 あれは、誰かに脅迫でもされているのだろうか?

 

 「・・・わかった。明日でいいな?・・・ああ、わかっている」

 

 そうして、コナンは通話を終え、何事か落ち込んでいる様子で項垂れた。だが、すぐ険しい表情で顔を上げると、踵を返す。

 

 

 慌てて、裕二は解散した。

 

 どうやら、明日何事かあるらしい。

 

 明日・・・明日は、怪盗キッドの2度目の予告日だ。それと関連しているのだろうか?

 

 考えながら、裕二は家路を急ぐ。

 

 遅くなると、風見のげんこつが脳天を直撃することになる。

 

 

 

 

 

 さて、翌日である。

 

 珍しく、普段は自分に近寄りもしない、江戸川コナンが裕二の席の前に来るなり、言い渡してきた。

 

 「あのさ。大事な話があるんだ。よかったら、オレの家に来ないか?」

 

 「ええんか?」

 

 やっと観念したか。にんまりとほくそ笑みながら言った裕二に、コナンはおどおどした様子ながらも言う。

 

 「前、クラスメートが店を荒らしたってナイア姉ちゃん、激怒して家にクラスメートを連れてくるなって言い渡されたんだけど、明日、姉ちゃん留守なんだ。

 

 怪盗キッドの予告対策を、警察と話し合いたいからって。

 

 だから、ちょっとだけなら大丈夫だからさ」

 

 「ほんなら、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおか。

 

 ・・・逃げるんやないで?」

 

 「逃げねえし!そっちこそ逃げんなよ!」

 

 裕二の言葉に、コナンは大きく首を振って強く言い切った。

 

 

 

 

 

 ようやく、待ちに待った放課後である。

 

 ランドセルを背負って先導するコナンに、裕二はそのあとを足取りも軽くついていく。

 

 まずは、彼が工藤新一であると認めさせ、そのあとは例の組織のデータを頂戴する。

 

 一足飛びに解決というのは難しいが、それができれば風見も自分を認めてくれるかもしれない。

 

 「ただいまー」

 

 「お邪魔すんでー」

 

 相変わらずレトロなガラス戸の古書店ののれんをくぐれば、受付の場所にはメイド服を着た銀髪の女性がたたずんでいる。

 

 何だコイツ、と思わず裕二はまじまじと彼女を見てしまった。

 

 「その人は、姉ちゃんが雇っているバイトさんだよ。姉ちゃんが留守中は店番をやってるんだ。

 

 こっち」

 

 そう説明して、コナンは店の奥、かつて平次も足を踏み入れたプライベートスペースへ向かった。

 

 だが。

 

 ぬうっと伸びた黒い手が、即座に裕二を羽交い絞めにし、口元に布を当ててきた。

 

 まずい!とっさに息を止めたが、パシュッというかすかな音との直後にチクッと首筋が痛んだと思ったら、彼は意識を失った。

 

 

 

 

 

 次に裕二が気が付いたら、彼は身動きできなくされていた。

 

 腕は後ろ手に、足も両足そろって、荷物梱包用のビニールテープで縛り上げられている。

 

 口にはガムテープを張りつけられる徹底ぶりだ。

 

 どうにか動かせる首と目で、必死に周囲を見回した。

 

 どこだ?

 

 内装はほとんどない。殺風景な、アパートかマンションの一室だろうか。裕二はフローリングに小荷物のように無造作に転がされている。

 

 バタンッと背後で扉の閉まる音がした。

 

 とっさに裕二は意識をなくしているふりをする。

 

 「チッ・・・まだ気を失ってんのか、このガキ」

 

 舌打ちしたのは、ガラの悪い男の声だ。

 

 「シェリーも面倒くせえこと言いやがって。

 

 なぁにが、貴重な被検体だから護送しろ、だ。

 

 どうせメスでバラバラにして培養液漬けにするんだから、穴が空いてたって同じだろうが」

 

 ガサリッというのは、何かビニール袋の音だろうか。

 

 考えろ。何が起こっている?どういう状況だ?

 

 「殺したはずの工藤新一の名前を連呼する妙なガキね・・・どう見たってガキにしか見えねえがな?めんどくせえ。やっぱ殺すか」

 

 「ちょっとやめてよ。そんなんだから、脳筋呼ばわりされるのよ?アイリッシュ」

 

 「ケッ。こんなガキさらって来いって言われて頭に来ない方がどうかしてるぜ、カルーア」

 

 女性らしき声が咎めてくるが、男の声はめんどくさそうな口調を押し隠そうともしない。

 

 裕二はぞっとした。

 

 ゴミ箱にごみを捨てるのを面倒がるのと同じ調子で、裕二を殺そうと言われたのでは、たまったものではない。

 

 「だけど、あの薬にこんな効果があったなんてね~。

 

 シェリーがオッケー出してくれたら、私もちょっと分けてもらおうかしら。

 

 殺せたらよし、殺せなくても幼児化させちゃえば、いくらでも利用価値がありそうだもの。

 

 あ、でもそうなると臓器が利用できないわよね?結構高値が付くのよ?」

 

 「はん。人のこと言えた義理かよ。人体を、パーツの詰め合わせに見てる価値観破綻女が」

 

 「あら。人間、死んじゃえばそれまででしょう?私はもういらなくなったけど、まだ使えそうなものを有効活用できるよう手配しているだけよ?

 

 あのお方も、それを評価してくれてるから、私にコードネームを授けてくれたんだし」

 

 「ったく。あのお方も、手が広いというかなんというか・・・」

 

 そこで、彼は少し黙る。ぶるぶるというスマートフォンの振動音が聞こえ、「はい」と通話に出たのはカルーアと呼ばれた女の方らしい。

 

 「そう。やっぱりそうなの。ええ。じゃあ、そっちは処分をお願いね。こっちは任せて。

 

 ・・・失敗したり表ざたになったら、ばらして市場に流すから、そのつもりでね」

 

 どうやら通話を終えたらしい。

 

 「朗報よ。この子、やっぱり殺したはずの服部平次だったわ。さっき指紋が一致したって報告があったの。坊やも褒めてあげなくちゃね」

 

 坊や?誰のことだ?

 

 思わず息をつめそうになりながらも、裕二は必死に気絶したふりをしながら耳をそばだてる。

 

 「趣味が悪いねえ。ま、自業自得だから同情はしてやらねえが」

 

 「まったくね。可哀そうだけど、自業自得よね。

 

 まあ、あのお方の役に立てるんだから、感謝するべきよね、工藤新一も」

 

 工藤?!どうしてそこで奴の名前が出てくる?

 

 いや、考えろ。今までの前後の様子、こいつらの会話の内容を。まさか。

 

 「ふん。よく言うぜ。幼児化した工藤新一の潜伏先を探り当てて、組織への協力を脅したのは、どこの女だ?

 

 断ったら、あの幼馴染やお隣の爺をばらして市場行きにするって言いやがったくせに」

 

 「あら。それならあなただって同罪でしょう?工藤新一の周辺情報を調べ上げてくれたのは、あなただもの。

 

 工藤新一が生きているって情報を仕入れてきたのも、ね」

 

 内心で、裕二は大きく息をのんだ。

 

 工藤新一は、幼馴染たちを人質に取られて、件の犯罪組織に脅されていたのだ。

 

 幼児化はリスクもあるが、相手の油断を誘うという点ではメリットになりうる。多分、それで協力するように脅された。

 

 「はん。街のど真ん中でこのガキが死んだ工藤新一の名前連呼してりゃ、そりゃ目立つだろ。

 

 ジンのアキレス腱にもなりうるんだぜ?調査しない理由がねえよ」

 

 しかも、自分のせいだった。自分が、工藤の名前を連呼したから。

 

 どうしよう。こんなことになるとは思わなかった。

 

 「さあて、状況は理解できたか?」

 

 男の声がすぐ耳元でした。同時に頭を床に押さえつけられ、ごりッと硬いものが後頭部に押し当てられる。

 

 ぎょっとして目を開けた裕二は、かろうじて見える後ろを振り返る。

 

 天井の明かりに逆光になっているが、かなりの大男が、自分を見下ろしている。

 

 ダークブロンドに、黒ずくめ――あの銀髪の大男と、同じ。

 

 後頭部に当てられている感触と、先ほどまでの言動からかんがみて、それは多分。拳銃だ。

 

 恐怖に駆られて裕二は、唸って暴れた。そんなことで拘束が解けるはずもないが、抵抗しないわけにはいかなかった。

 

 「あら。狸寝入りの次は芋虫の物まね?どっちも下手クソね」

 

 嘲笑する女の声に、裕二は悟る。最初から、自分が起きていることには気が付かれていたのだ。

 

 「駄目よ、アイリッシュ。シェリーとの約束を忘れたの?」

 

 「面倒くせえ。今殺すか後で解剖するかの違いだろ?

 

 大体、ジンの尻拭いをオレがしなきゃいけねえってのが気に食わねえ。

 

 工藤新一ならともかく、こいつは警察に近すぎる。

 

 公安がいなくなったコイツを探して動き回っている」

 

 公安・・・風見!あの人がいてくれた!

 

 だが、裕二のわずかな希望を、カルーアは一言のもとに叩き潰した。

 

 「あら、それなら大丈夫よ。

 

 そっちは、テネシーが動いてくれてるわ。明日にでも提無津川に浮かぶんじゃない?

 

 正直、彼も乱暴なのよね。ま、どこかの誰かさんよりは、だいぶましだけど」

 

 「ハハッ。ジンなら、一人殺すのにビル丸ごと爆破とかやってのけそうだからな」

 

 後頭部から銃口をどかすことも、視線を外すこともせずに、アイリッシュは笑う。冗談を聞いた、部活仲間か何かのように。

 

 「安心しろよ。お前の両親も、すぐに後を追わせてやるよ。

 

 確か、大阪府警本部長の服部平蔵と、その妻の服部静香だったか。

 

 誰に何をしゃべってるかわからんから、ついでにいろいろ殺しておいてやる。

 

 ああ、お前のいた学校もな。なぁに、給食に毒でも仕込んどきゃ、勝手に食中毒で済ませてくれるさ。

 

 みんな仲良く天国に行けるんだぜ?公平だろ?」

 

 ふざけんな!オレの両親や、大切な人たちに手ぇ出してみぃ!許さんで!

 

 そう叫びたくとも、裕二にはムームーと情けない唸りを上げるしかできない。

 

 「はい。え?いいの?ふーん・・・そう・・・」

 

 再びバイブレーション音と、通話に出たらしいカルーアの声が聞こえた。

 

 「わかったわ。死体はどうする?・・・そう、そっちは予定通りなのね。わかったわ」

 

 そうして、通話を終えたカルーアが、気の毒そうな、それでいて嘲笑うような声で言った。

 

 「残念ね。シェリーの気が変わったみたい。こっちが運搬に困るなら、死体でいいって言い渡されちゃったわ」

 

 「はあ?まぁた、わがままか?いい加減にしろよ、あいつも」

 

 「移り気になったわよねえ、彼女。ま、そうでもしないとやってられないんでしょ?

 

 いいじゃない。かわいくて」

 

 「ふざけんなクソが。あのしみったれた本屋からここまでコイツ運んでくるのにどんだけ苦労したって思ってんだ。

 

 あの女、ジンに処女でも奪われちまえ!」

 

 「・・・そこで自分が犯すって言わないのね」

 

 「はっ!コードネーム付きとベッドまで一緒なんて冗談じゃねえ!勘弁してほしいもんだぜ!」

 

 どうでもいいが、銃口突き付けたまま頭上で世間話のように物騒な話をするのはやめてほしい。(なお、この間裕二は必死に暴れて逃げようとしているが、無駄な抵抗に終わっている)

 

 裕二のそんな内心に気が付いたか、アイリッシュが見降ろしてくる。

 

 瞳孔の開いたダークブラウンの目は、左目は髪に隠れて右目しか見えない。

 

 「そういうわけだ。あばよ、服部平次。恨むなら自分のうかつさにしておけ」

 

 「~~~~っ!!!」

 

 裕二は叫んだ。目の前の大男に対する罵りだったかもしれないし、あるいは両親へ助けを求めてのことだったかもしれない。

 

 引き金が引かれたと同時に、裕二の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 アーッハッハッハッハッハッハ!グブッ!ウヒャ!ヒ、ヒーッヒーッ!

 

 「ナイア姉ちゃん、部屋の外まで笑い声が聞こえてるから。

 

 ・・・あと、そろそろ準備しないと、パーティーに間に合わないよ」

 

 ああ、大丈夫ですよ。着替えや髪のセットなどはすでに済ませていますのでね。

 

 本日は、カジュアルなナイトドレスです。髪はいつものポニーテールのままですが、少し飾りを追加しています。あまり堅苦しいタイプのパーティーではありませんし、私はあくまで“怪盗キッドから漆黒の星〈ブラック・スター〉を守る探偵”という立場で参加しますので、あまり動きを妨げる格好はできません。本当にやる気があるのかコイツ、と疑われては元も子もありませんのでね。

 

 「・・・ねえ、いつもボクたちを覗き見してるときも、ナイア姉ちゃんってあんな感じなの?」

 

 「てけり・り」

 

 「この、邪神め」

 

 「てけり・り」

 

 何ですか。呆れかえった目で見てくるコナン君と、同意するように重々しく頷くショゴスさん。

 

 ・・・ショゴスさんは、コナン君から、美國島のお土産を渡されてひどく驚いたような顔をしてからこの方、どうやらコナン君にも懐いたようです。

 

 ひどい時なんか、二人して私をディスってくるんですよ?ショゴスさん!あなたは一体どっちの味方なんですか!

 

 え?私は雇い主ではあるけど、味方はしたくない、ですか?

 

 そんな!あんまりじゃないですか!君と私の仲でしょうに!え?雇用関係でもないと関わりたいとも思えない?

 

 そんなー(´・ω・`)

 

 ここで、コナン君のポケットに入れていたスマートフォンが鳴りました。

 

 「はい。うん・・・そっか・・・まあ、あいつの様子からうまくいったんだろうなってのは察した。

 

 じゃあ、あとは・・・うん、お願いします。

 

 ・・・もちろん。鼻を明かしてやるぜ」

 

 通話を終えたコナン君は、キリッとした顔をしています。

 

 大方、相手から激励の言葉をいただいた、というところでしょうか。

 

 「行こうぜ、ナイア姉ちゃん!」

 

 「はいはい。それでは、ショゴスさん、お留守番をお願いしますよ」

 

 「てけり・り」

 

 ショゴスさんがうなずいたのを見てから、私とコナン君は呼び出しておいたタクシーに乗り込みました。

 

 行先は横浜港、クイーン・セリザベス号です♪

 

 

 

 

 

 さてさて。結論は皆様ご存じでしょうから、手短に。

 

 クイーン・セリザベス号には、案の定キッド君も乗り込んできました。

 

 ま、当初予告状に出していた鈴木博物館に展示されていた“漆黒の星〈ブラック・スター〉”が偽物だったから、今度こそ本物をいただく、と予告され直されたそうなんですがね。

 

 嘘の電話で鈴木会長をだまし、彼に変装して乗り込まれた怪盗キッドですが、その後トイレに変装セットを脱ぎ捨て、別人に変装され直されました。

 

 ・・・パートナーとして松井君を伴って出席なさってた、設楽蓮希君に。

 

 ま、それも松井君とコナン君、おまけで理央君を伴って出席なさってた敦子君と、羽賀響介君とペアを組まれていた槍田君――要するに、いつもの面子にはバレバレだったというわけです。

 

 まんまと宝石を盗み取ったはいいものの、正体を看破された怪盗キッド君、どうにかコナン君は撒きましたが、恋人に危害を加えられたということで怒り狂った松井君(しかも裸に剥いたらしいような発言を聞いたそうで)が、飛び立とうとする彼のハングライダー――変形したばかりのそれに、とっさに傍の警官から借りた警棒を投げつけて骨組みをへし折られました。

 

 怪盗紳士にあるまじき濁音交じりの悲鳴を上げながら海中に落下なさってましたねえ、キッド君。

 

 ・・・大型船のスクリューに巻き込まれないといいですね?(ニチャァッ)

 

 あ、ちなみに宝石はきっちりコナン君が取り返してましたが、この間の事件でマスコミに売れるのは御免被る、となった様子のコナン君は「ナイア姉ちゃんの指示通りに動いただけだから!うまくいってよかった~!」と猫を被られていました。

 

 救命ボートの中で寝かされていた蓮希君はご無事でした。どうやら、クリーニング業者に変装したキッドによって、ドレスのデザイン・サイズを完全把握されていたようです。

 

 ・・・本当に裸に剥かれていたら、松井君どころか羽賀君もそろって怒り狂っていたことでしょうねえ。

 

 よかったですねえ、キッド君!天敵が増えそうですよ!(ニッコリ)

 

 

 

 

 

 え?青島君のその後?

 

 うーん、切りのいいところで出歯亀を切り上げたんですよね。

 

 正直、怪盗キッド君絡みの事件は、混沌が控えめでいまいちなんですよねー。

 

 はー、ま、一応探偵業もするといった手前、参加は致しますがね。

 

 それでは、青島君のその後については次回お話いたしましょうか!

 

 続くということです!

 

 

 

 

 

止まるんじゃねえぞ・・・続けよ・・・!

 





【怪盗キッド絡みより、青島君を指さして笑ってあげたいナイアさん】
 冒頭からスイーツトークをかます。美味しいものは美味しいもので大好き。プリンのメーカーにこだわりはないが、焼プリンが特に好き。
 プッチ●プリンをディスってすみません。作者は幼少、あれが嫌いでした。舌が肥えて焼プリンしか受け付けなかったんです。(よく母が手作りしてくれたんですよ)
 神様である分、約束は守る。焼プリンというわいろをもらった以上、おとなしくはしている。・・・なお、今回は彼女の機嫌がよかったから竜條寺さんの要請通り大人しくしたというのもある。下手をすれば、曲解していたという可能性もあるにはある。(つまり曲解しないとは言っていない)
 今回、ほぼ青島君視点だったわけだが、もちろん彼女も出歯亀していた。
 リアリティあふれるお芝居に、ちょっと物足りないけど許容範囲かな~、とニヤつく。
 事情を知っている彼女からしてみれば、噴飯ものなわけで。一方的にそれらを真剣味あふれるものと受け止めて、怯えたりパニクッたりしている青島君、マジ受ける。
 切りのいいところで出歯亀は切り上げて、クイーン・セリザベス号へ。
 最近、メイドのショゴスさんと居候のコナン君が仲良くなって、二人してディスってくる。
 邪神は孤高である。(もっとも、他の旧支配者からしてみても、嫌がられそうではある)
 なお、クイーン・セリザベス号船内では、原作の毛利探偵よろしく怪盗に翻弄されている常人のごとき動きしかしてない。
 ・・・次回も、青島君をニヤニヤしながら見守る気満々。

【工藤新一め!と猪突猛進してたら落とし穴に引っかかった青島裕二君】
 今回はほとんどのシーンを彼視点で進行。
 こんなに平次君、短絡的で猪突猛進じゃない?
 何度も言うようですが、原作の平次君って一度新一君に推理勝負で負けて、そこから頼り甲斐といい奴感を身につけていったように見えるんですよね。
 加えて、彼はコナン君とは違い、公安にその存在を把握され、生活を束縛・監視されています。
 ただでさえも慣れない土地に長期滞在の上、小学生に偽装生活なんて、フラストレーションがたまりやすい条件が整っているのに、この上さらに生活を束縛されるとか、反発しか覚えないと思うんですよね。
 高校生ですよ?大人になりかけの男子ですよ?反抗期真っただ中ですよ?
 そりゃ、さっさとこの生活辞めたいですし、その手掛かりが目の前にあるなら喜んで飛びつくでしょうね。
 なまじ、今まで探偵として蓄えてきた実力と実績に裏打ちされた自信もあるわけですし。
 原作のコナン君は、幼児化直後の誘拐事件や沖野ヨーコちゃんの事件で、幼児化した身体のデメリットを把握し、それまでの経験や自信を叩きのめされたんじゃないですかね?
 だからこそ、早く元に戻りたいという気持ちも突っ走っていたかと。
 ちなみに、本シリーズのコナン君にとっては、邪神様とのインパクトや冒涜的事件がその役割を果たしています。
 この裕二君は、そんなあり得ていたコナン君なんですよ。
 ゆえにこそ、コナン君を白昼堂々工藤新一呼ばわりしてしつこく追い回した。
 結果、コナンが怪しい連絡しているのを目撃したり、挙句招かれた『九頭竜亭』で謎の人物に誘拐・拘束される羽目になる。
 ・・・要は、原作6巻『江戸川コナン誘拐事件』のイージー成分(拘束を自力で抜け出して、組織を追えるような手掛かりも残されて・・・という要素)をオミットして、ひたすら心折るような構成にして、強制シミュレートさせられた。
 なお、彼はこれがお芝居などとは微塵も思ってない。あの当時のコナン君同様、情報がなさすぎるのもあって、本当に組織の連中に捕まったと思い込んでいる。

【さっくり流されたVS怪盗キッド要素】
 大体の話の流れは、原作と大差ないので、さらっと流した。
 ただ、♯40でも語られている通り、杯戸シティホテルの屋上における邂逅シーンには、コナン君の他に松井さんが同席している。
 このため、怪盗キッドは大人の松井さんを要注意人物と判断し、彼のパートナーとなる蓮希さんを約18日かけて調べ上げ、変装した。
 クイーン・セリザベス号における乗員も原作とは異なり、最初の暗号解読に失敗した毛利探偵は排除され、代わりにナイアさんが参入。
 朋子夫人に依頼された槍田さんと、有名音楽家として招かれた蓮希さんと羽賀さん、蓮希さんのパートナーとしての松井さん、有名作家としての敦子さんとその付き添いの理央ちゃんも併せて参加することに。
 ・・・このため、頭のいいメンバーが原作よりも多いので、怪盗キッドの正体はさっくり特定された。
 蓮希さんと入れ替わっていると判断しながらも松井さんはしらっと、恋人らしい演技をする。心配しているふりして、右手を握って絶対逃がさないようにしていた。でも逃げられた。『紺青の拳』のラスト同様、義腕に騙されたご様子。
 ・・・さり気に、怪盗キッドも原作よりもハードモードになってるじゃないですかー。ヤダー。


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【#42】VS怪盗キッドを終えて。青島裕二君、小芝居を終えて。

 青島君こと、服部君の参戦理由とそのシチュエーションについてです。
 少年探偵団をオミットさせちゃったから、もう少し扱いやすい人員がいたらいいなあ、知史君、体弱いからすぐリタイヤしちゃうし、となった挙句の抜擢もあるのですがね。
 ・・・あれ?平次君の利点って、頭脳以外なら剣道とバイクアクションだけど・・・幼児化したら、それ全部だめになっちゃうんじゃあ・・・?
 しかも、参入に合わせて用意した保護者を考えたら、いろいろ難しくならないか・・・?
 しょうがないか!ハードモードだし!その分頼れる大人が増員されてるし!
 ・・・それに伴って、風見さんの胃壁が蕩けそうな件について。
 胃壁が蕩けそうなのは、多分竜條寺さんも負けず劣らずじゃないかと。
 最後にちらっと某人物。番外編に登場してましたけど、何で日本にいるんでしょうねえ?


 いつもニコニコ!ラブ&カオス!米花町の這い寄る混沌こと、私です。人間としては、手取ナイアと名乗らせていただいております。

 

 先日、怪盗キッドの予告絡みの事件が終わりました。

 

 うーん、私としてはいまいち物足りなかったのですがね。疑りあいはありましたけど、醜い人間模様や血みどろ・死臭がない当たり、いまいち消化不良というかなんというか・・・。

 

 コナン君は肌をつやつやさせて、満足げになさってましたけど、探偵には100点でも、邪神には30点ですよ?!怪盗キッド君!

 

 まあ、いいでしょう。次に彼が出てきたら、ぜひシナリオに参戦してもらいましょう、そうしましょう。

 

 

 

 

 

 さてさて皆様。口直しのデザートはいかがです?

 

 え?何のことって・・・いやですねえ、青島裕二君のことに決まってるじゃないですか!

 

 監督:竜條寺アイル、脚本:江戸川コナン、アドバイザー:湯川理央、出演:竜條寺アイル、浅井成実、協力:風見裕也という豪華キャストでお送りした小芝居の後日談ですよ。

 

 いやー、なかなか面白い劇場でしたね。長編漫才劇を見ている感じです。あれですよ、●本新喜劇的な。

 

 え?ちっとも笑えねんだよ、バーロォ?大体お前、前のコナン君の時と違い、今回は出歯亀するってどういう了見だ?

 

 そうですねえ・・・まあ、気まぐれというのが大きいのですが、実はですねえ・・・風見君の方で面白いことが起こってまして。竜條寺君が知ったら激怒ものの案件が起こっているんですよ♪

 

 竜條寺君、いろいろご自分や協力する手前、コナン君とその周囲に対して有利になるようにあれこれ動き回られているようなのですがね・・・まあ、端的に言うなれば、土台が腐ってたらどうしようもないってところですかね。

 

 いやー、彼も大変ですねえ!

 

 え?何他人事調子に言ってんだ?そりゃ、そうですよ。だって、他人じゃないですか♪

 

 加えて、私の本業かつ本質をお忘れですか?私は邪神、なんですよ?

 

 人間の七転八倒悪戦苦闘を眺めるのは、私の喜びであり、趣味のようなものです。

 

 それなりに根性や友愛だ何だを見せてくれたら考えないでもないですが、面白みにならなさそうな手助けなんて、御免被りますよ♪

 

 

 

 

 

 それでは、そろそろ本題に行きましょうか。

 

 青島君。君が降り立ったステージは、名誉だ正義だそんなキラキラしたまばゆいものなんて皆無ですよ?危険と殺意、悪意と憎悪に彩られた、泥まみれの釜底へ、ようこそ♪

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 ハッと裕二は気が付いた。

 

 そこは、裕二は今のところ保護者としている公安警察官の、マンションの一室――裕二の現在の住まいだった。

 

 まるでリビングで転寝していたかのように、ソファから起き上がる。

 

 夢だったのだろうかと、背もたれについた腕に視線を走らせ、裕二はゾッとした。その腕に走る、赤い跡。ビニールテープで縛り上げられた痕跡だ。

 

 夢でも何でもない、現実だ。じゃあ、あれはいったい何だったのだろうか。

 

 「気が付いたか」

 

 そんな裕二に、感情を感じさせない冷たい声がかけられる。

 

 そちらに視線を向けると、裕二の現在の保護者――風見裕也と、その背後でもぐもぐ口を動かしている男が一人。ガムでも噛んでいるのだろうか。かすかなミント臭がする。

 

 外人らしいダークブロンドに彫りの深い顔立ちで、黒いコートを纏うその大男は、視線を動かして、裕二を見やる。風見に負けず劣らず、冷たい視線だ。

 

 もちろん、裕二はその外人男には見覚えがあった。

 

 「あんたは!」

 

 「ちっとは応えたかと思ったが、そんだけ元気があれば大丈夫か。

 

 風見、あとは任せたぜ」

 

 「・・・ああ。大事な話がある。向こうで待っててくれ」

 

 「りょーかい」

 

 裕二を無視して、男二人はそんなことを言い合うと、大男は右手をヒラッと振って、そのまま部屋を出ていく。

 

 「待たんかい!」

 

 叫んで裕二はソファから飛び降りて、男を追いかけようとした。

 

 だが、それよりも早く、風見がその目の前に立ちはだかり、肩を強く押さえつける。

 

 「何やねん、おっさん!邪魔せんといてや!」

 

 「まだわからないのか!お前がさっき体験したのは、このままお前が好き放題した場合の未来予想図だ!」

 

 振りほどこうとするが、子供の体では大人の膂力にかなわず、恨めしげに睨み上げるしかできない裕二に、風見が怒鳴りつける。

 

 「りゅ・・・さっきの男は、自分の知り合いだ。

 

 彼の知り合いの養い子から、お前の学校での様子を聞かせてもらったぞ。

 

 クラスメートを工藤新一呼ばわりするか!

 

 工藤新一君が、お前も被害に遭った例の組織の被害者で、潜伏していると知ってての行動か?!」

 

 「だったら何や!あいつも小さくなっとるんやぞ?!あいつとオレ、二人合わさったら」

 

 「愚か者!高校生探偵として名前が知られていようと、子供二人に世界が変えられると、本気で思っているのか!!」

 

 裕二の声を、風見は怒鳴りつけて遮る。

 

 この子供は、先日のあの騒動・・・工藤新一の偽物騒動を知らないのか。

 

 と考えかけて、風見は舌打ちした。

 

 

 

 

 

 そうだ、確か、あの騒動の直後に、大阪府警からの連絡があったのだ。

 

 ただでさえも、工藤新一に化けた青年、日原誠人は心身を壊し、組織の末端か少し上くらいの男が発狂して、双方ともに入院し、それらをマスコミから隠すべく適当な理由のでっち上げと後処理に苦心していたのだ。

 

 下手な理由で公表すれば、せっかく誤魔化した組織に勘づかれ、余計な被害が増えかねない。さらに、万が一に備えて、警備の手配や身元の誤魔化しなどもしなければならず。

 

 そんなクソ忙しいときにやってきた、面倒極まる子供。

 

 しかも、偶然事故のようなもので組織の情報を目の当たりにしたとかではなく、自分から首を突っ込みに行ったという。

 

 はい、馬鹿確定。

 

 忙しいときに、さらに仕事を増やして忙しくさせたバカガキなど、相手にするのもおざなりにするだろう。中身が高校生という、大人の一歩手前というならばなおのこと。

 

 加えて、情報漏洩防止のため、と称して子供には最近まで外部との連絡手段を取り上げていた。外部から隔離されていたら、無理もないか。

 

 ・・・だとしても、工藤新一にこだわりを持つなら、先の偽物騒動の概要と顛末(マスコミ向けの内容であろうと)くらいは知らないのだろうか?こちらに来たあとなら、いくらでも調べられるだろうに。連絡用に監視アプリを仕込んである端末は渡してあるというのに。

 

 いや、知っているならなおのこと、それらを組織と関わったことと組み合わせて考えられないのだろうか。

 

 仮にも高校生探偵を自称するのであれば。

 

 

 

 

 

 ため息をついて、納得できないとデカデカ顔に書いている裕二に、風見は小脇に抱えていたファイルから、書類を引っ張り出して裕也に差し出した。

 

 極秘、という赤い印字をされるだろう、本来なら持ち出し厳禁のそれを、風見は上層部の許可も得て、一部の事項を伏せて、裕二に見せることにした。

 

 「何やこれ?」

 

 「・・・読み終わってから、話したまえ。

 

 読めない漢字や意味の分からない語句の説明くらいならばしよう」

 

 「馬鹿にすんな!このくらい読めるわ!」

 

 カチンときたらしい裕二は、風見から書類をひったくるように受け取ると、目を通しだした。

 

 だが、その表情が徐々に青ざめていく。

 

 

 

 

 

 そうだろうとも。

 

 あの騒動の渦中、Twi●terやSNSに煽られて押し掛けた野次馬連中の中には、間違いなく組織の末端員は紛れ込んでいただろう。

 

 後日、騒動の鎮静化に伴い、工藤邸や毛利探偵事務所、果ては帝丹高校周辺からも野次馬が退散はした。だが、それだけだ。一度疑いだすと、すべてが怪しくなる。風見はそれを、よく知っている。

 

 裕二は、予想していなかったのだろう。

 

 まさか、あの騒動の後、工藤邸と毛利探偵事務所は、家主不在の際に不審人物に何度も上がりこまれているらしいなど。

 

 内部は荒らされてないようなのだが、これはおそらく偽装を兼ねている。

 

 工藤新一が不審を感じて戻ってきたときに、捕まえられるように。おそらく、監視カメラと盗聴器がてんこ盛りにされているだろう。

 

 

 

 

 

 「言ったように、先ほどのあれは、このままお前が好き勝手した場合の未来予想図だ」

 

 のろのろと書類から顔を上げた裕二から、風見はそれをひったくるように取り上げながら言った。

 

 「探偵ごっこがしたいなら好きにしたまえとは言った。だが、それで周囲に迷惑と危険をかぶせていい理由づけになるわけがないだろう」

 

 吐き捨てるように、風見は言う。

 

 「そもそも、高校生が二人力を合わせて、我々警察が長年にわたって全容を明らかにできない国際犯罪組織をとらえる?笑わせるな。

 

 ああ、我々が無能なのは認めよう。何をやっているのだ税金泥棒という誹りも甘んじて受けよう。

 

 だが、親のすねをかじる高校生に好き放題され、その尻拭いを我々がしなければならない道理もない。

 

 その代償が、君本人はおろか、その周囲の命であれば、なおのことな」

 

 青ざめて硬直したままの裕二に、風見は吐き捨てる。

 

 冷徹に。彼は、公安警察官だ。必要であれば手を汚してでも片付けるのを、是としている。

 

 10のために1を、100のために10を切り捨てる。日本という国家を、立ち行かせるために。

 

 「言っておくが、今の軽挙妄動を絵に描いたような君に、知る権利は存在しない。

 

 我々の捜査状況はおろか、先の彼も、工藤新一の居所についても。

 

 もちろん、調べたかったら好きにしたまえ。

 

 その場合、先のような警告は一切行わず、実行をもって排除させてもらう。

 

 被害が出てしまう、その前に」

 

 クイッと風見は眼鏡を押し上げる。

 

 「必要ならばそれができるのが我々公安であり、君はその庇護下にある。

 

 努々、忘れないように」

 

 「・・・工藤はどうなんや」

 

 「何?」

 

 小さくつぶやいた裕二に、風見は聞き返す。大体予想はついたが。

 

 「工藤新一や!あいつかて、同じように組織に毒薬飲まされて、小さくなっとるんや!

 

 オレを保護するゆうんなら、あいつも同じように保護せんとおかしいやろ!」

 

 すがるように、負け惜しみのように、彼は言った。

 

 ・・・もちろん、風見はそれに対する答えを持ち合わせている。

 

 「それは、君が散々付きまとった、江戸川コナンに対してかね?」

 

 「そうや!あいつは工藤や!オレはこの目で見たんや!」

 

 「・・・実際に、幼児化するところを?」

 

 「それは見とらんけど・・・状況的に、間違いないで!」

 

 静かに尋ね返す風見に、しりすぼみになりながらも、裕二は力強く言った。

 

 「本当に幼児化しているなら警察の保護も受けておらず・・・彼に戸籍はないだろうな」

 

 「せやせや!」

 

 「だが、江戸川コナンにはある」

 

 「え?」

 

 「江戸川コナンには、戸籍があるんだ。母親文代と、父親アランの分も合わせてな。

 

 本籍は、東都ではないが」

 

 「う、嘘や!ぎ、偽造や!犯罪や!」

 

 「偽造でも何でもない。れっきとした戸籍だ」

 

 狼狽する裕二に、風見は静かに言った。

 

 

 

 

 

 実は、東奥穂村の騒動の後、風見はひそかに竜條寺を問い詰めた。

 

 工藤新一が彼の庇護下にあるのならば、彼はどうしているのだ。上に報告はしないから、教えてほしいと。

 

 竜條寺は応えなかった。ただ、江戸川コナンが彼の親戚で、雲隠れの事情を知っており、今回は彼のわがままに事務所のメンバーで付き合う形になったのだと。

 

 今までも、何度かコナンが事件に遭遇していたのを知っていた風見は、この機にと、コナンのことを調べ上げた。

 

 間違いなく、戸籍があった。

 

 ・・・あとから違法にねじ込まれたものではなく、最初からそこにあったように。

 

 だが、風見は覚えていた。コナンの保護者が、竜條寺曰く“あっち側の関係者”たる手取ナイアであるということを。(自分の優秀さを、これほど恨んだことはない)

 

 あっち側は、何でもありだ。戸籍の追加も、その気になったら朝飯前に違いない。

 

 そして、風見は予告通り、江戸川コナン=工藤新一という結論を胸のうちにしまい込むことにしている。

 

 

 

 

 

 鳥肌が立ちそうになるのをこらえ、風見は狼狽しきりの裕二を見下ろす。

 

 「それで?別人を見当違いの推理で、工藤新一呼ばわりして、危険を周囲に呼び込もうとしたわけだが。

 

 ・・・それが、君の信じる探偵であり、大阪へ戻るために取るべき方法なのかね?」

 

 出来るだけ、風見は平たんな口調を意識して語った。

 

 ともすれば、激高しそうだった。

 

 お前はそれでも、大阪本部長の息子か!彼の顔にいくら泥を塗れば気が済むんだ!と。

 

 それをしないのは、あらかじめ竜條寺に釘を刺されていたからだ。

 

 “あのな、見た目あれでも中身高校生なんだろ?お前がそのくらいの年、父親と比べられたり、頭ごなしに怒鳴られて、反発せずにいられるか?

 

 ・・・俺も、ピスコの義理息子のくせに、って言われて頭にきたことがあるからなあ”

 

 苦笑するような、懐かしげにするような声で、竜條寺はそう言っていた。

 

 確かに、と風見はうなずいた。だから、あえて父親の名前は出さなかった。

 

 「・・・少しは頭がいいかと思ったが、期待外れだったな」

 

 ため息をついて、風見は踵を返した。

 

 びくっと裕二が体を震わせたのが分かったが、風見は振り向かなかった。

 

 「好きにしたまえ。

 

 もう一度言うが、このまま行動を改めないのであれば、周囲の安全を鑑みて、早々の処置を取らせてもらう。

 

 ありもしない問題行動をでっちあげ、施設へ送り込むなど、造作もない。

 

 必要ならば、手を汚してでも片付けるのが、我々公安だ」

 

 冷たく言い残して、風見は部屋を出た。

 

 青島裕二がどんな顔をしているかなど、わからなかった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「よ。お疲れさん」

 

 「・・・やはり自分にああいう役回りは向いていない」

 

 「そうか?あんたが一番、あいつが聞き入れそうだったから任せたんだがな」

 

 部屋を後にした風見がやってきたのは、裕二に芝居を見せたあの空のアパートの一室だった。

 

 ここは、公安が借り受けている賃貸の一つだ。清掃班が入って痕跡を片付けたばかりで、きれいなものだ。

 

 「今回は、こちらの不手際に巻き込んでしまった。助力、痛み入る」

 

 「あんたのせいじゃねえだろ」

 

 言いながら、竜條寺はまだ項垂れて落ち込んでいる黒服の女装姿に目を落とした。

 

 「まぁだ、落ち込んでんのか、カルーア」

 

 「やめてください!その呼び方!

 

 あんな人を人とも思わない台詞、できないって言ったのに・・・!

 

 コナン君までグルになって・・・!」

 

 涙目にすらなっている浅井成実に、風見は苦笑した。

 

 風見も盗聴器と監視カメラで、先の芝居は見せてもらったが、縛って転がされた裕二に近寄ったのは実際のところアイリッシュ――竜條寺のみだ。

 

 カルーア役の成実は離れたところでひたすら、話声を聞かせていたが、それもそのはず。

 

 縛られて転がされた裕二からは見えなかっただろう、成実は青ざめて嫌悪感に満ちた顔をしていたからだ。

 

 とても芝居向きには見えなかった。

 

 ・・・それは、カルーアが“臓器密売ルートを開拓した、イカれた女幹部”という役回りだったからだろう。目指して実現させた医者と正反対の役回りを演じるのは、成実にはきつかったらしい。

 

 何度も練習したものの、どうにも成実ではうまくいかず、最終的に成実は離れたところで姿を見せるだけ、声は胸元につけた阿笠博士謹製のボタン型スピーカー越しに変声機を当てたコナンが演じることになったのだ。

 

 「松井だったらよかったかもなあ・・・けど、あいつは設楽の付き添い準備で、今日は参加できないって話だったからなあ」

 

 「? 何の話だ?」

 

 「クイーン・セリザベス号で鈴木財閥のパーティーがあるんだよ。

 

 で、設楽が招かれて、その付き添い兼ボディーガードで同行するんだと」

 

 「ああ・・・怪盗キッドが予告を出しているんだったな」

 

 「ま、大丈夫だろ。槍田とコナンもいるしな」

 

 むしろ戦力過多で、キッドの方が泣いて逃げそうだな、おい。

 

 そんなセルフツッコミを、かろうじて喉奥に押し込め、竜條寺は風見を見やった。

 

 慣れない子供への説教という点では、確かに彼も疲れているのだろう。まして、見た目は小学生、中身は高校生というアンバランスな人間が相手では、なおのこと。

 

 ちなみに、何もなければ竜條寺もクイーン・セリザベス号に敦子の付き添い兼ボディーガードとして同行したかったのだが、この芝居の予定のために取りやめにしたのだ。

 

 ・・・怪盗キッドと名探偵コナンの初対決、見たかったのに。

 

 「で?疲れているところ、やって来て何だ?

 

 成実が一緒に聞いていい話じゃねえなら、場所を移すか?」

 

 「いや。浅井、君は竜條寺が保護した子供の主治医を請け負っているという話だったな?

 

 この芝居に加担したということは、彼らの事情も当然知っているのだろう。

 

 であれば、決して無関係ではない」

 

 ふーッと風見は深々とため息を吐いた。

 

 ・・・これから話す話は、絶対表沙汰にはできない。

 

 そして、直属の上司たる降谷にすら助けを求められない。彼は上層部に心酔している節がある。風見のように、一度すべてを叩き壊され、疑心を持っているわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 服部平次の幼児化は、トップシークレット扱いされている。

 

 知っているのは、大阪府警でもごく少数(服部本部長と数名の刑事くらいだ)、そして・・・彼から連絡を受けて保護に向かった風見のみだ。

 

 運がいいのか、悪いのか。

 風見は、事の重大性を鑑み――幼児化など、下手をすれば人体実験を顧みないその手の団体や、あるいは風見が関わってしまった分野の連中が見れば、垂涎ものだ――自分一人の胸のうちにしまい込むことにしたのだ。

 

 今の公安で、この情報を共有するのはリスクが大きすぎる。

 

 

 

 

 

 「いい話と悪い話があるが、どちらから聞きたい?」

 

 「好物は後回しにする。悪い話からで頼もう」

 

 しれっと言った竜條寺は、煙草を取り出しかけ、舌打ち交じりにガムに変える。

 

 「竜條寺さん、禁煙中ですか?」

 

 「ここは公安の保有物件だろ?臭い付けたら何言われるかわからんからな。

 

 口寂しいんだ。ガムくらいは勘弁してくれ」

 

 成実のツッコミに、竜條寺は口元をモゴつかせながら言った。

 

 「・・・以前、お前からのタレコミで、組織との接触者を保護したのを覚えているか?」

 

 「ああ。ま、トカゲのしっぽにも満たないだろうが、接触ルートなどがわかれば、多少の足しになるんじゃないかと思ってリークした、あいつらな。

 

 あとは、放っておいたら組織に消される可能性もあったしな。

 

 それがどうかしたか?」

 

 「・・・死亡した。二人とも」

 

 「はあ?!」

 

 ぎょっとしている竜條寺と、目を見開いて硬直している成実に、風見は改めて気が重くなったが、続ける。

 

 「場所も日付もばらばらだが、手口が同じだ。

 

 交通事故に見せかけられているが、端末がハッキングされて、呼び出しを受けたところまではつかめている。

 

 ・・・問題は、公安が支給している端末で監視アプリが内蔵されているにもかかわらず、ハッキングされたということだ」

 

 「それって・・・!」

 

 「・・・理央の保護、頼まなくて正解ってわけか」

 

 成実と竜條寺の青ざめて苦々し気な言葉に、風見は項垂れた。

 

 実に情けない。青島裕二には、ああも厳しく言い聞かせて見せたが、実のところ公安もどこかが腐って、連中とつながりのある可能性が高いなど。

 

 ・・・うすうす考えていた可能性が高くなってきた。

 

 すなわち、公安が例の組織に潜り込ませ、NOCと判明してから行方不明になっている捜査官、諸伏景光の情報漏洩ルート、その大本に公安があるのではないのか、と。

 

 ゆえにこそ、風見は幼児化という最悪の爆弾情報を、報告しなかった。・・・できなかったのだ。

 

 「・・・すまない。こちらの落ち度だ」

 

 「何でさっさとこっちに言わなかった?!」

 

 「・・・」

 

 グッと、風見は両の拳を握りしめた。

 

 「言えなかったのだ。降谷さんが、お前からの協力をこれからも続けてもらうために、言うべきではないと。

 

 ・・・だが、裕二のことで借りを作ってしまった。これ以上、黙っていることなど自分にはできなかった」

 

 「クソがぁぁぁ!」

 

 頭を抱える竜條寺に、成実は思いっきり眉をしかめている。

 

 「・・・それが公安のやり口なわけ?」

 

 「違う!自分たちは、そんなこと・・・!

 

 ・・・いや、今の状況では言い訳にしかならないか」

 

 「お前、いい加減その降谷厨、何とかしろ!いや、降谷が言わなくても、他が言った可能性もあるにはあるが・・・とにかく!次はねえからな!」

 

 「・・・竜條寺さん。風見さん。

 

 私は医者です。だから、これだけは言わせてください」

 

 成実が鋭い目で、竜條寺と風見を交互に見据えてから言った。

 

 「それが誰であれ、何であれ、そうそう死んでいい命なんてない。

 

 もし、公安で守り切れる保証がないというのであれば、私はあなた方への協力を拒否します」

 

 「俺だってそうだっての。風見、もう一度言うが、次こんなことがあったら、手を切らせてもらう」

 

 「・・・胆に銘じておこう」

 

 二人から睨みつけられ、風見は重々しく頷いた。

 

 ・・・もっとも、風見一人にはできる範囲もある。

 

 早々に、公安内部の漏洩ルートと、腐敗部分の洗い出しをしなければならないのだ。

 

 「で?いい話というのは?」

 

 「・・・日原青年を拷問した男の家宅捜査をした。

 

 そこから、一部の幹部や情報ルートを特定した。

 

 お前が懸念していた、シェリーのデータ書き換えは、今のところその男が個人保有していた情報でしかなかったらしい。

 

 つまり、まだ組織の上層部は、知らない。その可能性が高い」

 

 「・・・そうか」

 

 「で?公安はそれを知ったわけで、工藤新一君が組織の被害に遭ってどこかに潜伏しているというのも筒抜けなんだ。

 

 証人二人も守れず、見殺しにするようにした、公安に」

 

 「・・・面目ない」

 

 少しほっとした様子の竜條寺だが、成実は容赦しなかった。

 

 要は、彼はこう言っているのだ。結局工藤新一が生きてるって、ばれかねないよね?!周囲が拷問喰らわされるかもしれないよね?!と。

 

 「・・・自分の方で、何とかするようにしてみる」

 

 「そう。期待せずに待っておくね。

 

 いい話なんだか、悪い話なんだか」

 

 「おい、そう、きつく当たるなって。実際、偽工藤新一の時は助かったんだし」

 

 まあまあ、となだめに入る竜條寺に、成実は溜息をつく。

 

 

 

 

 

 実際、成実の警察に対する信用はあまり高くない。

 

 何度も心中など間違いだといった彼を無視して、再捜査などしなかったのだから。

 

 あれには神話生物も絡んではいたが、家族の心中については別件で捜査できたはずだ。

 

 松井の事情を、のちに蓮希経由で聞いたこともある。

 

 やっぱ警察なんてクソだな!

 

 成実がそう思っても無理はないだろう。

 

 

 

 

 

 「・・・そうね。まあ、それとさっきのは帳消しになるかな。

 

 ・・・もし、工藤君のことが漏洩して、何らかの事件が起こったら、相応の対応を取るからね」

 

 「・・・ああ」

 

 成実の冷たい言葉に、風見は静かにうなずいた。

 

 風見が部外者でも、現状の公安は唾棄すべきものだとわかる。

 

 早々に何とかしなければならない。

 

 

 

 

 

 アパートの一室から去り、成実とも別れた竜條寺は、酒が飲みたくなってひいきにしている居酒屋へ足を向けたが、ふとその足を止めた。

 

 風見が、公安内部から組織に漏洩するだろう工藤新一の潜伏を何とかする?

 

 待てよ?公安から送り込まれたNOCがいたよな?凄腕の探り屋で、するりと日常に潜り込めそうな、スピンオフの主人公にまでなるトンデモ男が。

 

 例えば、潜伏先を特定するとでもいえば、時間稼ぎになるわけで。・・・彼の中の天秤次第では、竜條寺の命が危うくなりそうだが。

 

 「ヤッべ。バーボンが来る・・・」

 

 思わず足を止めてひきつった顔でうめいてしまった彼の予想は、このしばらく後に現実のものとなる。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 「おはよー!」

 

 「おはよ!ファイナルクエスト6、どこまで行った?」

 

 「オレ、バリアスが仲間になったあたりー」

 

 「ダッセ!オレ、もうラスダン!エクスカイザーもとったし!」

 

 「スゲ!え?!何、エクスカイザーって?!」

 

 「主人公の最強武器だよ!知らねえの?!」

 

 朝から新作ゲームの攻略に花を咲かせるクラスメートをよそに、江戸川コナンは憂いに満ちた顔で、1年B組の自分の席についていつも通り窓を眺めていた。

 

 黒縁メガネが野暮ったいとはいえ、コナンの素の顔は、女優を母に持つだけあって線の細い美少年だ。そんな彼が、窓を眺めているだけで、一種の完成された芸術のようにも見える。

 

 実際、クラスメートの女子が、何人か頬を染めてコナンの方を見やっている。

 

 最近の小学生って早熟なのね。

 

 自身のことを棚上げして、理央は内心思う。

 

 ちなみに、理央は児童誌用のブックカバーを、ハードカバーにかけ替えて読む、という姑息な手段で読書に興じていた。

 

 そこで、がらりと引き戸が開いて、青島裕二が入ってきた。

 

 寝不足だろうか。目の下にクマができている。

 

 「あ、おはよう、青島君」

 

 「おう、おはようさん」

 

 クラスメートに挨拶を返しながら、青島はランドセルを担いだまま、コナンの座る机に向かっていった。

 

 

 

 

 

 『奥さんに伝えといてくれ。パーティー台無しにしちまって悪かったなって』

 

 苦笑気味に放るようにハンカチごと渡された“漆黒の星〈ブラック・スター〉”を、コナンはつかみ取った。

 

 設楽蓮希のたおやかな姿なのに怪盗の声で話されるのは、どうにも違和感がぬぐえなかったが、そんな些細なものは内心の高揚にかき消される。

 

 見たか。お前が、何もできない批評家風情と見下したものに、今お前は正体を暴かれたぞ。宝石だって取り返してやった。どうだ?これでもお前は自分を無能物呼ばわりするか?

 

 久々だった。

 

 緊張に満ちた推理。怪盗の手管を暴いて、追い詰める。

 

 ・・・やはり、自分は探偵だ。

 

 結局、怪盗には逃げられてしまったけれど、久々に充実した時間を過ごした。

 

 探偵の頭脳を満足させる謎、論理回路を適度に解きほぐす緊張、水を得た魚のようなひとときだった。

 

 気力は十分に満ちた。これでまた、悪意や憎悪が立ちはだかっても、大丈夫。

 

 今度会ったら、あの怪盗にはたっぷり礼をしよう。その両手に手錠をかけて、監獄行きにすることによって。

 

 頬杖をついて憂いたようなコナンの口元が、わずかに緩む。いつも通りの、不敵な探偵の笑みに。

 

 そこで、コナンは机のすぐそばに誰か立ったことに気が付いて、視線を向けた。

 

 そこには、青島裕二が、どこかきまり悪げな顔をして立っていた。目の下には、小学生らしからぬ濃いクマがある。

 

 「・・・おはよう」

 

 「・・・おはようさん」

 

 たいてい朝からハイテンションである小学1年生らしからぬ、静かなあいさつを交わす。

 

 いつの間にか、教室は静まり返り、じっと二人を注目していた。

 

 今にも起爆しそうな爆弾を前にしたような心地だった、と後にコナンの友人である知史は述懐している。

 

 理央からしてみれば、今まで散々険悪なところを見せていたあの二人が、さらに暴発するのでは?!と危惧しているようにしか見えなかった。

 

 「・・・その」

 

 「何だよ?」

 

 「今まで、すまんかったな。

 

 よう考えたら、お前が工藤と別人なんは、当然やったわ」

 

 スッと、青島が頭を下げた。

 

 コナンは少々面食らって、パチパチと目を瞬かせたが、すぐに小さく笑った。

 

 どうやら、例の小芝居は効果があったらしい。

 

 「わかりゃいいんだよ。オレは江戸川コナンだ。だから、今度からはちゃんとそう呼べよな」

 

 「おう・・・」

 

 コナンの言葉に、裕二がむっすり頷いた時だった。

 

 「失礼しまーす!江戸川君、いますか?!」

 

 おざなりなノックとともに、けたたましく引き戸が開かれる。

 

 戸口で周囲を見回すのは、体格などから、明らかに高学年だろう。

 

 「ボクが江戸川だけど、何か用?」

 

 対年上用の、おとなしめの言葉遣いに切り替えたコナンに、彼らは意気揚々と近寄ってきた。先頭の少女はメモ帳を片手に、少し離れたところの男子はスマホを持っているし、少々小柄な男子がそれに苦笑しながら付き添っている。

 

 「帝丹小学校新聞部の部長、6年A組秋本音暖〈アキモトノノ〉です!

 

 怪盗キッドとの対決について、取材させてください!」

 

 「どうだった?!怪盗キッド!かっこよかった?!」

 

 「違うでしょう!まず、シチュエーション!怪盗キッドが誰に変装して、どうやって宝石を盗んだのとか、それを見破った根拠とか、ちゃんと聞かないと!」

 

 わあわあとコナンの前で喚く新聞部のメンバーに、コナンは目を白黒させる。

 

 どうやって、コナンのことを訊きつけて・・・いや、この教室で裕二相手に売り言葉に買い言葉で言ったな、そういえば。

 

 ・・・少し前の自分で、相手がマスコミであれば得意げに取材を受けたのだろう。

 

 だが、今のコナンに、その必要はない。

 

 

 

 

 

 もともと、工藤新一がマスコミの取材を受けていたのは、目立ちたがりもあったが、それ以上に探偵としての伝手を作りたかったからだ。

 

 いかに高名な父母を持つといえど、新一個人は一介の高校生でしかない。

 

 警察に実力は認められたが、それ以上に難事件が持ち込まれるパイプラインを確保したかったのだ。

 

 その公算が崩れたのは、件の犯罪組織に関わりを持つようになって、さらに東奥穂村の事件があったからだ。

 

 マスコミに売れるのは、メリット以上にリスクが高い。下手をすれば自分以上に周囲にそれを科すことになる。

 

 

 

 

 

 だから、コナンはそれを目指さない。

 

 目立たせるのは、あくまで傀儡探偵役のナイアだけだ。

 

 江戸川コナンは、目立ってはいけない。それは、リスクでしかないのだから。

 

 「ごめんね、結局逃げられちゃったし、ボクはナイア姉ちゃんの指示を受けて動いただけだから、聞いても面白くないと思う」

 

 「それでいいから!」

 

 「そうそう!折角の号外なんだよ?!」

 

 「・・・あのね、探偵は、新聞に載らないものなんだよ?

 

 必要以上に名前や顔が売れたら、そこから犯罪とかにつながるかもしれないもの。

 

 依頼の話なら聞くけど、新聞の取材とかなら、断らせてもらうね」

 

 「「ええー?!」」

 

 つらつらといったコナンに、新聞部3人のうち2人が不満そうな声を上げた。

 

 「何で?!怪盗キッドの話、みんな聞きたがってるのに!

 

 自慢したくないの?!」

 

 そりゃあ、したいに決まってる。

 

 コナンはそう喉の奥でツッコミを返すが、ぐっとこらえて首を振った。

 

 朝のホームルームの予鈴が鳴ったのは、この時だった。

 

 「時間切れだね。早く戻ろう。笹沼先生に怒られるよ」

 

 少し離れたところにいた、小柄な少年が言った。

 

 彼は、すっとコナンに視線を向けてくる。日本人らしい黒目だが、どこか虚ろな目をしているように見える。

 

 ふいに、コナンの背中が粟立った。旨く言えないが、この少年は、何か、変だ。

 

 「ごめんね、江戸川君。いきなり押しかけて、びっくりさせちゃったね。

 

 ボクはヒ・・・沢田裕樹〈サワダヒロキ〉」

 

 ニコリッと裕樹と名乗った少年が笑った。

 

 「また会おうね」

 

 そう言って、彼は不満げにしている二人を押すように、1年B組の教室を出ていく。

 

 「何や、逃げられたんかいな」

 

 「ああ。大口叩いて情けねえけどな」

 

 コナンが苦笑したところで、小林先生が入ってきた。

 

 さて、そろそろまじめに小学生をしよう。

 

 

 

 

 

なっげぇんだよ、ホセ。

次回に続きます。

長すぎるので、いつものはなしです。

 



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阿鼻叫喚の探索者たちによる番外編
【番外編α】インスマスより邪悪を込めて


 時計塔の先は漁村だった。しとしと降りしきる小雨。出迎える住民は青ざめた肌に磯臭い魚面だった。
 漁村と言っても、明らかに魚じゃない、ナメクジとイカのあいのこのような海産物がたるにガン積みにされて、人間など一飲みにできそうな巨人めいた魚人と、下半身の巻貝を引きずる貞子みたいな女がそこかしこを徘徊する、住民の村落である。
 時計塔の向こうは漁村だった。悪夢でしかない。
 こんなところ二度と来るかと、私は手にしていたそれを井戸に投げ捨てた。巨大魚人がそれを追って二匹ばかり井戸に飛び込んでいたが、知った事か。

 コナン本編に入る前に番外編です。#2における赤井さん視点の話です。
 最初、こちらで書き上げたのですが、ドチャクソ長かったので、番外扱いにしました。
 番外編はこんな感じで、他キャラの視点になります。読まなくても多分、本編進行には一切支障はありませんので、あしからず。


 インスマス。

 

 それは、知る者が聞けば、何より忌み嫌う土地だとピンと来るだろう。

 

 腐った海草の臭いが満ちた、取るに足りない小さな港町。しかし、そこに住まう住人は、悪性の皮膚病を風土病さながらに患い、魚、あるいはカエルに似たような面構えの持ち主ばかりなのだ。(加えて非常に排他的である)

 

 1927年から1928年にかけての冬に、彼の地を邪教の吹き溜まり、化物の巣窟として、爆弾の投下、沖合にある悪魔の暗礁の破壊に、政府並びにウィルマース・ファウンデーションが直々に乗り出したことを思えば、彼の地がどれほど忌まわしく邪であるか、お分かりいただけるであろう。

 

 

 

 かく言う、コードネーム:ライ、偽名:諸星大、本名:赤井秀一という男も、それは重々承知している。

 

 ・・・何しろ、FBIの履歴書からも消してはいるが、彼は大学時代を、アーカム市はミスカトニック大学で過ごしたのだから。

 

 加えて、人類の切り札と銘打たれるラバン=シュルズベリィ教授が自らの後継と称するほど、彼に気に入られ、在学中はしょっちゅう神話事件に巻き込まれ、あるいは自ら首を突っ込んでいたのだ。(700ヤードも可能とする狙撃能力も、このドサクサで培われたのだ)

 

 自らの旺盛な好奇心を、赤井はその当時はひどく恨んだらしい。

 

 

 

 閑話休題。

 

 父の死の真相を知るという目的のために、FBIに入るという目標を掲げていた赤井は、どこまでも愚直であった。

 

 ゆえにこそ、大学、そしてその背後にあるウィルマース・ファウンデーションの引き留めを振り払い、当初の目的通りFBIに入った。

 

 もう二度と、あんな超常の世界に係わるまい。

 

 赤井は強く誓った。

 

 ゆえにこそ、悍ましい知識の詰まった大学時代のレポート(大学の図書館に所蔵してある魔導書からの抜粋編集文書)は、他者の目の届かない場所に保管する必要こそあれど、好き好んで手に取ろうとはしなかった。

 

 ・・・一度だけ、恋人(一応)である宮野明美がそれを手に取っていたのを目撃した時は、心底肝が冷えた。(幸い、目は通してなかったのだが)

 

 あわてて取り上げ、絶対に手の届かない金庫に放り込んだのは、記憶に新しい出来事である。懇々と、二度と触るなと言い聞かせたことも忘れてはならない。

 

 怪訝な顔をしつつもうなずいた宮野明美であったが、その柔和な顔に差した焦燥と、垂れ目が物欲しげに金庫を見やったのを、赤井はけして見逃さなかった。

 

 一度、人智の外れ、蒙を啓いた先の世界を知ってしまえば、けして人は後戻りできない。多かれ少なかれ、それを抱えて生きていくということを赤井は知っていたが、余波を広げるのは彼の本意ではなかった。

 

 大学を卒業してから、その手の怪異に遭遇したことは全くなく、父の仇である犯罪組織への潜入捜査も極めて順調であり、ようやく自分も本来の目標に集中できると安堵していたのだ。

 

 

 

 だから、こんな形で再び関わることになろうとは、まったくもって想定外だったのだ。

 

 

 

 「断る」

 

 そう言葉を発した自分の口元が引きつってはいないか、赤井は思ったが、それよりも声が普段の淡々調子よりも幾分も硬いことに自分でも気が付いた。

 

 「ホー?いつからテメエはそんなに偉くなりやがった?」

 

 煙草を加えてニヤニヤと言い放つジンを、この啓蒙低いクソガキが、と罵倒したくなるのを堪え、赤井――ライは口を開く。

 

 「情報を持ち逃げされたのは、そちらの落ち度だろう。

 

 百歩譲って俺たちが追って始末するのはわかる。だが、行先がインスマス?バカも休み休み言え」

 

 「何だよ、ライ。インスマスってところ、知ってるのか?」

 

 不思議そうに尋ねてきたのは、チームを組んでいるスコッチというコードネームの男だ。

 

 無精ひげの、温厚そうな男は、その見た目とは裏腹に的確なスナイプをする。

 

 「大方、怖気づいているんでしょう?

 

 何しろ、あの町は地元民の間では、忌避されてると有名ですから」

 

 肩をすくめながらしれっと言ったのは、探り屋と名高いバーボンだ。情報通であり、その早耳ぶりはライですら舌を巻くほどだ。

 

 どこか自分が気に入らないのか、突っかかってくるのはまだいい。

 

 だが、こんな時まではやめてほしい。ライは切に思う。

 

 「ホー?ライ、テメエ、あの辺りの出身か?」

 

 「ふん・・・耳にしたことがあるだけだ。あの町に行って、ロクな目にあったやつがいない、とな」

 

 自分を含めて。

 

 内心、ライは吐き捨てる。

 

 

 

 大学時代、ライ――赤井は、諸事情(例にもれず大学に持ち込まれた依頼)からインスマスへ行ったことがあるが、例にもれずひどい目にあった。住民総出で追い回され、危うく殺されるところだった。

 

 挙句、ダゴンとハイドラ――すべての深きものの父と母と遭いまみえたのだ。よく五体満足でいられたものだ。今思い返してもそう思う。

 

 二度と、あんな街行くまい。そう思っていたというのに。

 

 

 

 「では、臆病なライは置いていきましょうか。

 

 ジン、ターゲットの詳細を」

 

 「よせ。どうせ、行ったところで無駄足で終わる。とっくの昔に死んでるだろうさ」

 

 渋るライをよそに話しを促すバーボンを止めようとするが、まあまあとスコッチが話に割って入る。

 

 「ライ。お前が慎重なのはわかる。俺はインスマスってところを知らないが、いい話は一つも聞かないんだろう?

 

 けど、仕事は仕事だ。それに、大丈夫だろ?」

 

 「何を根拠に」

 

 「お前が慎重だからさ」

 

 しれっと言ったスコッチに、ライは思わず目を丸くした。

 

 「何かありそうなら、お前が撤退を進言する。そうだろ?」

 

 パチンッと茶目っ気たっぷりにウィンクしたスコッチに、ライはしばし黙し、ややあって深々とため息をついた。

 

 「・・・あの町は排他的だ。聞き込みなどはほとんど意味がないと思っておけ」

 

 そう言って、ジンを見やってから口を開く。

 

 「ターゲットの生死は問わないんだな?」

 

 「まるで奴が死んでるような口ぶりだな?」

 

 「単純に死んでるだけならいいな」

 

 この世には、死よりも恐ろしいものが、星の数よりもある。蒙が啓かれたライは、それをとっくに悟っていた。

 

 ライのどこか思わせぶりな言葉に、バーボンは眉をしかめ、スコッチは怪訝そうな顔をする。

 

 「どういうことです?ターゲットが誰かに拷問を受けて半死半生にでもなってると?」

 

 「行けばわかる」

 

 行きたくないけれど。

 

 短く言って、ライは踵を返した。話はもう十分だろう、煙草が吸いたい。

 

 

 

* * *

 

 

 

 1週間後、ウィスキーの名を冠するコードネームを持つ男たちは、腐った海草の臭いに満ちた港町、インスマスへと訪れていた。

 

 かび臭くて古びたホテル『ギルマンホテル』の1室を借り、部屋に荷物を降ろした一同に、ライが口を開いた。

 

 「・・・この町で食事はとらない方がいい。

 

 食い物ならナショナル・ストアがあるはず。そこで買える産地のはっきりしているものを食べることを勧める」

 

 「何ですか、ライ。あなた、いやに神経質ですね。

 

 まさか、この町で集団食中毒が起こったことがあるとでも?」

 

 「・・・あったのか?」

 

 小ばかにしたようなバーボンの言葉に、ライは静かに問い返した。

 

 「そんな記録はありませんでした。つまり、衛生的に保証されています。わざわざそこまで警戒する必要があるとは思えませんが?」

 

 バーボンの言葉に、普段なら煽り交じりの皮肉を返すはずが、ライは沈黙をもって返答とした。

 

 おかしい、とスコッチは感じる。

 

 この町に来る直前から、ライはひどく神経質なのだ。

 

 元々口数の多い方ではなかったが、輪をかけて無口・無表情、常にピリピリと張りつめているようなのだ。

 

 ――確かに、この町の連中、妙だけどさ。

 

 スコッチは道中見かけた街の様子を思い返す。

 

 真昼間というのに、人通りはほとんどなく、このホテルの受付にしろ、潤んだような大きな眼には眉もまつ毛もなく、魚のうろこを連想させる痘痕のある、やたら大柄で猫背の男――まるで魚と人間を掛け合わせたような、不気味な容姿の男が一人。

 

 警官を自称する男も、似たり寄ったりだった。

 

 インスマス面、とライが言っていた。この土地特有の風土病じみた遺伝病で、ああいう容貌になるのだ、と。

 

 だからと言って、ああまで神経質になるだろうか?

 

 バーボンはライを臆病呼ばわりして笑い飛ばしていたが、スコッチはどうにも嫌な予感がぬぐえなかった。

 

 

 

 命令はあっさり果たされた。

 

 発狂して、恐怖から逃れるためか酒びたりになって裏路地に座り込んでいた浮浪者同然のターゲットをあっさりと発見したのは、バーボンだった。

 

 男にとどめを刺そうと、スコッチが拳銃を向けた直後、ターゲットの浮浪者が動いた。どこにそんな瞬発力があったのか、バネ仕掛けのように動いた男はスコッチから拳銃をもぎ取るや、その銃口を蟀谷に押し当てて自らの頭蓋に穴をあけたのだ。

 

 「いあ!いあ!偉大なるクトゥルゥよ!我を導きたまえ!」

 

 そう断末魔を残して。

 

 あまりの異様さに、ターゲットに気を取られていたバーボンとスコッチは気が付かなかった。

 

 ライが苦虫を百匹余りかみつぶしたような顔をしたということを。

 

 

 

 そういった些細なトラブルはあれど、どうにか奪われていた情報は取り返し、男の死体も車のトランクに詰め込み、3人は帰路につくことにした。

 

 ・・・その翌朝、車の調子を見るというライをよそに、バーボンとスコッチは少し遅めの朝食をとり、その後帰路についた。

 

 こうして、ライが拍子抜けするほど、彼の二度目のインスマス訪問は無事に済んだのだ。

 

 

 

 ・・・だが、本当の問題は、ここからだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 「スコッチ、大丈夫か?」

 

 バーボンが心配そうに、スコッチの自室をノックするのを、シャワーから上がったライはミネラルウォーターを呷りながら横目で見やった。

 

 

 

 インスマスから帰還して間もなく。

 

 突然、スコッチが体調を崩し、部屋から出てこなくなったのだ。

 

 風邪をひいたらしい。伝染るといけないからと心配するバーボンをよそに、スコッチは部屋に閉じこもったままである。

 

 一応、二人の目がない時を見計らって用は足しているようだし、ドアの前に食事を置いておけば、いつの間にか部屋に持ち込んで食べてはいるようなのだが。

 

 ・・・余談だが、ライ、バーボン、スコッチの3人は、チームを組んでいるため、任務の都合もあってルームシェアをしている。

 

 

 

 「もう1週間じゃないか。あんまり長引くようなら医者に」

 

 「医者はダメだ!!」

 

 バーボンの言葉を遮るようにスコッチが叫んだ。金切声というに近い絶叫だった。

 

 「あ・・・いや、その、い、医者なんか頼ったら、お前らの迷惑になるだろ?

 

 だいぶ良くなっては来てるんだ。も、もうちょっとだから・・・」

 

 「・・・わかった。無理はするなよ」

 

 そう不安げに返して踵を返すバーボンをよそに、ライは視線を伏せて思い返す。

 

 

 

 スコッチが体調を崩したのは、インスマスから帰還した、直後だったのだ。慣れない土地での任務で、ストレスが重なったのだろうとバーボンは判断したようだが、ライには一つ、気がかりがあった。

 

 

 

 その夜、バーボンは単独で入った(別の幹部と急造チームを組むことになったらしい)任務のために、渋々セーフハウスを後にした。

 

 くれぐれもスコッチから目を離すな、とライに言いつけて。

 

 そして、これ幸いとライもまた、行動を起こすことにしたのだ。

 

 

 

 ライはスコッチの部屋のドア鍵を外し、悠々と中に侵入した。

 

 奥のベッドの上には、スコッチの体格にしては妙に大きなシーツの塊が一つ。そこから、赤井はよく知る声で、よく知る呪詛がこぼれ出ていた。

 

 「いあ・・・いあ・・・くとぅ・・・ああ!違う!違うんだ!」

 

 恍惚とした詠唱は、我に返ったかのような言葉に打ち消される。

 

 直後、シーツが跳ね飛ばされる。

 

 ずんぐりむっくりした、大柄なそれは額は平たく頭は大きく猫背となり、頭部からは眉やまつ毛が消失し、腫れぼったく肥大化した唇と耳まで裂けた口角、退化したように小さくなった耳。魚の鱗のような、奇妙な痘痕。

 

 それは、ライがインスマス面と称した、魚と人を掛け合わせたような独特の容貌である。

 

 だが、それは確かに、かつての面影を残していた。

 

 「スコッチ・・・」

 

 そこまで来て、その男は、ライが侵入してきていたことに気が付いたらしい。大きく息を飲むや、急ぎシーツをかぶり、震えながら叫ぶ。

 

 「見るな!見ないでくれ!俺を!見るな!見るんじゃない!ライ!頼むから!」

 

 「落ち着け、スコッチ」

 

 静かにライが声をかけるが、最も見られたくないものを見られて混乱するスコッチは聞こうともせずに叫ぶ。

 

 「うるさい!お前に何がわかるんだ!いきなり、こんな、俺の、俺の体が!!

 

 何だよこれ!どうして、こんな!」

 

 「落ち着け!」

 

 滅多に声を荒げないライに一括され、流石にスコッチも大きく体をふるわせて黙り込む。

 

 そうして恐る恐るシーツの隙間から、ライを見上げた。

 

 「落ち着け、スコッチ。どんな姿をしていても、お前はお前だ」

 

 凪いだように静かな緑の目に射抜かれて、変わり果てたスコッチはノロノロとシーツから這いだした。

 

 「わからないんだ・・・朝、起きたら、こんな・・・!」

 

 震える声で呻くスコッチは、視線を伏せながらぽつぽつと語る。

 

 「最初は、変なできものができたって思ったんだ。け、けど、そのうち、朝起きるたびに、変になっていって・・・。

 

 すぐに治るって思って・・・。俺、どうなってるんだ・・・?」

 

 すがるような視線を向けてくるスコッチに、ライは視線を伏せる。

 

 「・・・答える前にいくつか聞かせてくれ。

 

 スコッチ、お前、インスマスで魚介を食べたか?」

 

 「は?な、何でそんな」

 

 「真面目な話だ。答えろ。」

 

 「・・・食べた。お前が、車の様子を見に行ってた時、バーボンと一緒に、朝食に出されたフィッシュ&チップスを」

 

 「バカが!」

 

 反射的に、ライは罵りを口にする。

 

 「あの町の沖合にはな、悪魔の暗礁が!ルルイエがあるんだ!

 

 深きものどもや封印されている旧支配者の影響を受けた海産物など口にする奴があるか!」

 

 あの町で採れた海産物は口にしてはいけない。

 

 それは、インスマス近郊に住まうものの、不文律だ。

 

 いや、だとしても、それだけでスコッチだけが変貌するなどおかしすぎる。(バーボンだって一緒に食事したはずなのに)

 

 ライの言っている意味が分からず、スコッチは目を白黒させるが、それでも、これだけはわかった。自分は、何かまずいことをやらかした、と。

 

 「・・・スコッチ、お前、御先祖にインスマス――いや、アメリカの出身がいるんじゃないか?」

 

 「え?あ・・・ええっと、そういえば・・・俺、祖父さんがそうらしいんだ。

 

 ちらっと聞いたけど、沖縄に来た米軍の軍人で、ちょっと変わった顔をしてて、行きずりの恋で父さんができたって」

 

 「Oh・・・」

 

 今度こそ、ライは頭を抱えた。

 

 

 

 彼の中の結論はこうだ。

 

 スコッチは、隔世遺伝の、後天的インスマス面。

 

 そのまま普通に過ごしていれば、何事もなく済んだのだろうが、よりにもよってインスマスに行って、深きものやルルイエの影響を受けたであろう海産物を口にした。

 

 おそらくそれが魔術、あるいは魔力的トリガーとなって、スコッチの肉体を変質させたのだろう。

 

 

 

 とはいえ、ライはその結論を口にしていいものかためらう。

 

 何しろ、常軌を逸しているのだ。

 

 ライ自身はすでに慣れているうえ、承知の出来事だ。

 

 だが、スコッチは何の覚悟も持たない、一般人なのだ。

 

 たとえ、肉体的には、“あちら側”に近づいてしまおうと。精神が、耐えられるかはまた別の話だ。

 

 

 

 「・・・なあ、ライ。お前、インスマスのことを知ってるんだよな?」

 

 「・・・一応な」

 

 突然、話を切り替えてきたスコッチに、ライは怪訝に思いつつ頷いた。

 

 次の瞬間、彼はスコッチが投げかけてきた質問に絶句した。

 

 「じゃあ、クトゥルフって知ってるのか?」

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 たっぷり5秒沈黙し、やっとの思いでライは聞き返した。

 

 まさか、彼の口からそんな言葉――ルルイエに眠る旧支配者の名が飛び出すとは思わなかったのだ。

 

 「夢を見るんだ。変な黒い石の、幾何学的な遺跡で、怖いけど、惹きつけられる。行かなきゃって気分になるんだ。

 

 聞こえるんだよ、頭の中に。

 

 いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!

 

 ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん!

 

 悍ましいはずなのに、唱えずにはいられない。

 

 いや違う。唱えなくちゃいけないんだ。だってこんなにも心休まる」

 

 バーボンがいなくてよかった。

 

 半ば思考停止したライが、現実逃避気味にそう思っても無理はなかった。

 

 何しろ、一連の言葉を唱えるスコッチは恍惚とした陶酔しきった表情を浮かべていたのだ。その魚の目によく似た目玉には、既に狂気が映り始めていると、ライはいやおうなしに悟っていた。

 

 「・・・しっかりしろ、スコッチ!そこに行ったら、二度と戻ってこれなくなる!

 

 バーボンを放り出していいのか!」

 

 肩を掴んでのライの怒声に、次の瞬間スコッチは大きく喉を鳴らし、頭を抱えていた。

 

 「あああああ・・・だめだ、ダメだ・・・ライぃ・・・」

 

 大きく首を左右に振って涙声で呻いて、スコッチは大きな眼に涙を浮かべながら、囁くように懇願していた。

 

 「助けてくれ・・・!」

 

 

 

 この時ほど、ライは自身の無力さを恨んだときはなかった。

 

 邪法、化物、蒙が啓けた先に対する知識はあろうと、それで苦しむものを救うことなど、できはしないと突きつけられた気分だった。

 

 やっと縁を切ったはずの世界が、追いかけてきて、インスマス面のスコッチの形をとって嘲笑って見せている。

 

 お前が逃げ出そうと、見ないふりをしようと、苦しむものは何一つ守れも救えもしないのだ、と。

 

 

 

 沈黙して立ち尽くすしかできないライを涙ながら見上げたスコッチは、ややあって力なくほほ笑んだ。

 

 「・・・悪かったよ、お前にだってわかるわけないよな。変なこと言って悪い。忘れてくれ」

 

 違う、とライは首を振った。

 

 知識はあるはずだったのに、助けられなかった。そもそも、もっとしっかりと、彼らに忠告しておけば――例えば、オブラートに包んで、風土病は遺伝子由来で、そのトリガーになりうるからここのものは食べない方がいいと、インスマスにいた時にもっとしっかり忠告しておけばよかったのだ。

 

 結局、ライは無力なのだ。

 

 いつだったか、あの美貌の邪神が嘲笑ったように。

 

 「なあ、ライ。バーボンには伏せておいてくれ。頼むよ。

 

 ・・・あいつにだけは、知られたくないんだ」

 

 はかなげに笑うスコッチに、しかしとライは逡巡する。

 

 すでに閉じこもって1週間近く経つ。これ以上は、誤魔化し切れない。相手がバーボンであれば、なおのこと。

 

 どうにかするには、彼が留守である、今しかない。

 

 「どう、する気だ」

 

 「・・・もう一度、インスマスに行く」

 

 「っ!」

 

 「頼むよ、ライ。俺を少しでも憐れに思うなら、連れて行ってくれないか」

 

 体を震わせながら、涙目でスコッチが笑う。

 

 恐怖を堪え、平気だというかのように。

 

 「本当は、さっさと死ぬべきなんだと思う。あの、ターゲットのように、拳銃で自分を撃ち抜けばいい。

 

 けど、死体も、残したくないんだ。だから・・・頼む」

 

 ライに残された道など、一つしかない。

 

 

 

* * *

 

 

 

 3度目のインスマスへの旅路は、ライにとって最も苦痛だった。

 

 忌まわしくもあったが、1番最初の時は噂に名高いインスマスの実態に迫れると、己の浅はかで愚かな好奇に、不謹慎ではあったが、多少浮ついていたのだ。

 

 しかしながら、その後の騒動のせいで二度と行くまいと、インスマスの地をブラックリスト入りさせた。

 

 2度目の時は言わずもがな。

 

 そして、3度目の今。

 

 4Lの黒い雨合羽でどうにかずんぐりむっくりした体躯を覆い、深々とフードをかぶったスコッチを助手席に、ライは革のステアリングを握っていた。

 

 少し前までは、共用シャンプーの爽やかな香りを漂わせていたスコッチは、今や腐った魚のような体臭と陰鬱な沈黙をふりまいている。

 

 

 

 もはや、時間はなかった。

 

 準備をしようと一度スコッチの部屋を離れていたライのもとに届いたメール。

 

 それには、スコッチが裏切り者のNOCであり、至急捕縛の上、古巣を聞き出し抹殺すべし、とあったのだ。

 

 その時にはすでに準備は終えていたため、急ぎライはスコッチを連れ出し、車に連れ込んで出発した。

 

 今や、組織のあらゆるメンバーが、裏切り者のスコッチを、血眼になって探し回っていることだろう。

 

 ・・・スコッチと仲のよかった、バーボンを含めて。

 

 

 

 「・・・なあ、ライ。何で、連れて行ってくれるんだ?」

 

 「・・・お前、今の自分の格好を見て言ってるか?これが裏切り者のスコッチだと言って、誰が信じるんだ?」

 

 既に自分の正体がばれたことを悟っているのだろう、うなだれたまま呻くように尋ねてきたスコッチに、ライは百も承知で問い返した。

 

 「今のお前の死体をジンに見せたところで、“これのどこがスコッチだ。影武者ならもっとうまい奴を使え”とでも言われて、まとめて裏切り者扱いされるのがオチだ」

 

 「そう、だな・・・」

 

 苦笑しようとして失敗したらしいスコッチに、ライは咥えていた煙草の煙をため息代わりに軽く吐き出す。

 

 

 

 いっそミスカトニック大学に連れて行こうかと思いもした。大学の教授陣――正確には、シュルズベリィ教授ならうまい知恵を貸してくれるかもしれない、と。

 

 だが、瞬時にライはその可能性を却下する。

 

 スコッチが蝕まれているのは、見た目以上の問題だ。蒙が啓かれた彼の内面は、彼の邪神クトゥルフの呼び声をたやすく受け取れるようになってしまったのだろう。

 

 正気でいられる時間もだいぶ短くなってきているらしく、ともすればあの呪詛めいた忌まわしき祝詞をブツブツとつぶやいている。

 

 バーボンを案ずる気持だけが、彼を正気の世界につなぎとめているのだ。

 

 ・・・そして、バーボンに現状を知られてしまえば最後、彼は完全に狂気の虜になるだろう。

 

 そうなる前に。

 

 

 

 数日をかけて車で移動し――不幸中の幸い、今のライたちはアメリカを拠点に活動していたため、セーフハウスもアメリカにあった。ゆえにインスマスは十分に移動可能な場所であったのだ。

 

 ・・・時間さえあれば。

 

 ライがスコッチを連れ出しているのは、既にばれているだろう。

 

 おそらく一緒に手配されているだろうが、ライはもちろん手をうっていた。

 

 「・・・なあ、ライ」

 

 「何だ?」

 

 「あそこに停まってたの、ジンのポルシェじゃなかったか?」

 

 「だろうな。あの黒いドイツの雨蛙は目立つ」

 

 「・・・何で奴はこっちを見向きもしなかったんだ?」

 

 ギョッとしているスコッチに、ライは「ちょっとした裏技だ」と一言言って、信号で止まったのをいいことに、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付け、新しく咥え直す。

 

 ちなみに、路駐されていたジンのポルシェは持ち主が乗り込むなり、まるで違う方向に向かって去って行った。

 

 

 

 ライの言う、裏ワザは魔術である。

 

 呪文≪平凡な見せかけ≫は、生物や物体を見る者にとって全くありふれた、取るに足らないものに見せてしまう、というものだ。

 

 この魔術は維持にこそコストがかかる。いくらライが魔導書モドキを持つ魔術師の端くれといえど、長時間保たせるのは至難の業だ。

 

 ゆえに、もう一つ、保険を使っている。

 

 ダッシュボードの内側には、触っただけで凍傷になるほど冷たい、エルダークリスタルが収まっている。エルダークリスタルは魔力を貯蔵する性質をもつ水晶だ。呪文をかけることによって貯蔵された魔力を引き出せる。

 

 これにより、≪平凡な見せかけ≫の維持コストをカバーしているのだ。

 

 

 

 つまり、ライが運転する車は、外から見れば、まるで無関係な人間が運転する、その辺の自動車にしか見えないのだ。

 

 ついでに運転席と助手席の人間も、黒い長髪に鋭い目つきの男と、雨合羽のフードを深々とかぶった大男ではなく、その辺にいそうな有象無象にも見えること請け合いである。

 

 

 

 魔術の怖いところは、それが起こす超常を他者に認識させた場合、その者の精神にダメージを与えるのだ。

 

 例えばこの≪平凡な見せかけ≫であっても、対象が滅多にとらない行動をとったり、偽装したものをよく知る者が見てしまえば。強烈な違和感を感じさせ、魔術が破られてしまう。

 

 そして、そうなれば、見破ってしまったものの精神に強烈なショックを与えるのだ。

 

 便利であろうと、邪法は邪法。

 

 ゆえに、ライは今まで使おうとしなかったのだ。

 

 だが、今は変貌したスコッチを組織の者たちにさらす方がさらに問題である。ゆえに、自ら禁じ手としていた邪法を使うことにしたのだ。

 

 ・・・金庫におしこめていた抜粋編集の手書き魔導書は、今はライのコートの懐に収まっている。

 

 

 

 「ライ・・・お前、何者なんだ?」

 

 「何者でもないさ。ただ、人より蒙が啓かれてしまっているだけだ」

 

 「蒙が、啓かれる?」

 

 怪訝そうに訊き返すスコッチに、ライはシニカルに口の端を引き上げる。

 

 

 

 この言い方をしていたのは、ライの父方の祖母だ。母からはキ●ガイ呼ばわりされていた、少しばかり変わった女性だ。

 

 思えば、ライ――赤井が超常の存在に遭っても、常人より少しばかり肝の据わった反応ができたのは、彼女にいろいろ教わり聞かされていたからだろう。

 

 

 

 「本来の啓蒙とは、無知蒙昧を啓発して教え導くことだな?

 

 蒙とは、覆い、暗いということを意味する。

 

 平時の俺たちが見ている世界は、覆いに覆われた暗い世界なのさ。

 

 それが啓かれるということは、知らなくていいことを知ってしまうということでもある」

 

 「・・・今の俺のように?」

 

 尋ねたスコッチに、ライは煙草の煙を深く吸い込んで言葉を返さなかった。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ほとんど止まることなく――時折運転を交代して仮眠をとる程度で、車を走らせ続け、インスマスに到着したのは明け方近い夜中のことだった。

 

 昼間は不気味なほど人通りのない街中だったが、夜は違った。

 

 どこにそんな人数が隠れていたのかと言いたくなるほどの、人影が、路地を、道路を、堂々と闊歩している。

 

 ただ、総じて猫背で、ずんぐりむっくりとしていた。灯りがあれば、総じて彼らがインスマス面と呼ばれる独特の容貌の持ち主――あるいはその先の存在に成り果てていると気が付いたことだろう。

 

 もっとも、ライは車を市街に近づけることなく、少し離れた岬へ向けたため、そんな光景を目の当たりにすることはなかったのだが。

 

 「このあたりでいいだろう」

 

 車を止めて、降りたところで、水平線の彼方が金色にきらめいた。

 

 日の出だ。

 

 「きれいだな・・・」

 

 そちらを見やってぽつりとつぶやくスコッチに、ライは無言で煙草を携帯灰皿に押し付けた。

 

 そうして、フードを降ろしたスコッチに静かに向きなおった。

 

 「・・・ありがとうな、ライ。

 

 俺がまだ正気でいられるのは、お前のおかげだ」

 

 「・・・礼を言われるようなことはしていない」

 

 ライは静かに首を振った。

 

 そう、彼はスコッチを元の姿に戻すこともできなければ、彼を蝕む狂気を取り払う術も、何もできなかった。ただ、彼を望む場所へ連れてくることしか。それが、人間としての彼の最後の希望であると知りながらも。

 

 「そうか?こうなった俺と普通に接してくれたの、ずいぶん救われたんだ。

 

 NOCだってばれても、ここまで連れてきてくれたしな」

 

 「・・・俺もNOCだからな」

 

 ぽつりと言ったライに、スコッチは目を見張った。

 

 ここまでくれば、隠すこともあるまいと、ライは静かに己の正体を明かす。

 

 「諸星大は偽名だ。本名は赤井秀一。FBI所属だ」

 

 「FBI・・・?

 

 ああ、それで俺の変貌にも驚かなかったのか?X-FILEにでも同類が載ってるとか?」

 

 「ドラマの見過ぎだな。

 

 ・・・ウィルマース、あるいはHPL案件と言えば分るか?

 

 俺は関係者だ。大学がミスカトニック大学でな。ウィルマース・ファウンデーションの傘下なんだ」

 

 「ああ。あのノータッチたらい回しの代名詞のことか。なるほど?今の俺は、そっちの方面に含まれちまうのか」

 

 自嘲気味に笑ったスコッチは、ややあって雨合羽の下から端末を取り出す。GPSで居場所を悟られたらいけないからと電源を切っていたそれを、静かに見つめ、ややあって。

 

 「ごめんなぁ、ゼロ・・・」

 

 小さくつぶやく。

 

 そうして彼は赤井を見て、手に持っていた端末を彼に渡す。

 

 男らしく骨ばって、銃胼胝のあるはずの手は、指の間に水かきが張り、爪が鋭くなっていた。これでは、かつてのようにライフルを握ることもままならないだろう。水かきが邪魔で、トリガーガードに指が入らないのだから。

 

 「ライ、いや、赤井だったか?ゼロを・・・バーボンを、頼む」

 

 「ゼロ?」

 

 「あいつの渾名だよ。幼馴染なんだ。

 

 この端末には、俺が集めた組織の情報が入ってる。あんまり役に立たないと思うけど、少しでも足しにしてくれ。

 

 だから、あいつを、頼む」

 

 「彼も?」

 

 「そうさ。同じ、NOC。本当は黙っとかなきゃいけないんだけど、さ。

 

 ・・・もう、一緒にいてやれないからさ」

 

 そう言って、彼はうなだれる。

 

 「情けないよな・・・あいつよりも後に組織に入ったのに、先にリタイヤとか。しかも、殺されるんじゃない。身も心も化物に成り果てるんだ・・・」

 

 わなわなと肩を震わせ、怖くてたまらないというようにスコッチがうめく。

 

 本当は叫びたいだろう。逃げたいと。化け物になんかなりたくないと。助けてくれと。

 

 だが彼はしない。できない。そうできる気力すら、失われてしまったのだ。

 

 「・・・全力を、尽くそう。

 

 奴らを潰し、バーボンも守ろう。

 

 もっとも、彼が大人しく俺に守られるのをよしとするとは思えないがな」

 

 「あはは!お前ら仲悪いもんな!」

 

 付け加えたライの一言に、スコッチは肩をゆすって笑う。

 

 「けど、お前も悪いんだぞ?そのザ・悪人な見た目で、初対面のあいつのことティーンのボウヤ呼ばわりしたんだからな!

 

 そりゃ、ゼロも根に持つって!」

 

 「悪かった。確かに彼は、ボウヤなんて柄じゃなかったな。

 

 彼も立派な狼――狩るべき獲物に突き立てる牙をもつ存在だ。侮りは失礼だな」

 

 苦笑を返すライに、スコッチも笑みを返す。

 

 「そういや、俺の名前、言ってなかったっけ。

 

 俺の本名は――」

 

 忘れない、とライは思う。

 

 忘れない。けして。自分が助けられなかった、この男の名を。

 

 「ああ、そうだ。もう一つ」

 

 「何だ?」

 

 「ライ。お前がスコッチを粛清したことにしろ」

 

 「?!」

 

 しれっと言ったスコッチに、ライは大きく息を飲んだ。

 

 「これが今の俺にできる最後にして最大のアシストだ。

 

 こうすりゃ、お前のNOCの疑惑は薄れるし、もっと組織の深いところにまで食い込める」

 

 「・・・いいのか?」

 

 「俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ。

 

 それに、俺に付き合ってお前も行方不明になってるんだ。

 

 俺を仕留められたってことにでもしとかないと、お前の言い訳も立たねえだろ?」

 

 「・・・感謝する」

 

 「それは俺のセリフだってーの」

 

 ライの言葉に、スコッチは苦笑を返す。

 

 そうして、二人はしばし沈黙した。

 

 「・・・そろそろ、行くわ」

 

 口を開いたのはスコッチだった。

 

 「・・・そうか」

 

 「元気でな、赤井。

 

 ゼロをよろしくな」

 

 そう言い残すや、彼の目から正気の光が消え去った。

 

 「 いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!

 

 今御許へ参ります!!」

 

 そんな絶叫とともに、彼は水面に派手な水柱を残して姿を消した。

 

 ライはしばらくその場にたたずんだまま、黙って海面を見下していた。

 

 紺青の海面に描かれる白い泡の不規則な模様。やがてそれをかき消すように、黒い雨合羽を始めとした、スコッチが身に纏っていた衣服が浮かび上がる。

 

 ライは黙ってそれを見つめていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 とあるビルの屋上にて、標的を仕留めたことを確認し、ライは静かに銃口を下す。

 

 ようやく身辺が落ち着いた先の、久方ぶりの暗殺任務だ。

 

 もっとも、これがまともと言えるかははなはだ疑問だが。

 

 

 

 とはいえ、あの忌まわしきインスマスから帰還して、抜粋編集魔導書(という名の羊皮紙の束)をまたしても金庫の奥に押し込み、スコッチの死亡報告とその精査のために拘束されていたクソのような時間と比べればだいぶマシなはずだ。

 

 ライは、スコッチの“最後のアシスト”を受け入れた。

 

 そのために、インスマスから帰還するわずかな時間に、ミスカトニック大学に連絡を入れ、スコッチの死亡を偽装したのだ。

 

 大学、というよりその背後のウィルマース・ファウンデーションがその手の隠ぺい工作を得意中の得意としており、ライ=赤井から事情を聞くなり、その手の偽装魔術が得意な魔術師の派遣と、情報操作を一遍にやってのけた。

 

 おかげで、ライは“逃げ回ったスコッチを数日かけて追跡。しぶとく、ライが嫌がったインスマスへ逃げ込もうとしたところを追い詰めたが、銃で情報端末ごと自殺。死体は処分の手間を考え、海へ落として処理。あの辺りは潮の流れが強く、その発見はまずない。ただし、証拠として破損した情報端末の回収と死体の写真を納めたインスタントカメラを提出した”ということとなり、めでたく数日の失踪は不問に処された。

 

 ・・・ちなみに、インスタントカメラであるのは加工が不可能という証左である。デジタルデータならば改竄を疑われるが、アナログは加工不能ということでデジタルが主流となっている今でも警察の鑑識などでは用いられ続けている(この需要がある限りアナログフィルムの生産が廃れることはないだろう)。

 

 スコッチが残した情報端末からは、中のデータはキッチリ抜いてから、銃で肉体ごと撃ち抜いたように破壊して血をつけている。

 

 確認が取れるまでライは拘束されることになったが、情報の精査が完了してからは、晴れてNOCを始末した幹部としてジンと行動する機会が増えた。

 

 ・・・もっとも、疑り深いジンはいまだにライのことを疑っているようなのだが。

 

 まあ、組織に近づいた手口が手口なので、無理もないだろう。

 

 

 

 そんなことを徒然に思い返しながら、ライフルを手早くしまい、撤収しようと踵を返した。

 

 が、間もなくその足をすぐに止める。

 

 「やあ、相変わらず元気そうだね?

 

 今は、諸星君と呼んだ方がいいのかな?それともライ君かな?」

 

 「あ、ライさん、お疲れ様です・・・」

 

 屋上から降りる階段の前に陣取る二人の人影。

 

 一人は、ライも知っている組織の下っ端だ。まだコードネームすらない、末端の男。今回の任務に合わせて、急遽連携を取ることになった男で、ライとしては「まあ使える」というレベルの男だ。

 

 そしてもう一人は。

 

 ライは、普段あまり動かさない表情を嫌悪にゆがめて吐き捨てた。

 

 「馴れ馴れしく呼ぶな。貴様にそうされる覚えはない」

 

 「ひどいなあ。私はこれでも君のことを気に入ってるんだよ?お気に入りの様子を見に来るのにイチイチ理由がいるのかな?」

 

 にこやかに笑うのは、僧衣〈カソック〉に黒い聖帯〈ストラ〉を首にかけた、黒人の大男――ナイ神父と名乗り呼ばれる人物だ。

 

 「君も、ここまで案内してくれてありがとう」

 

 「いえ、ナイ神父のお力に慣れたなら幸いです」

 

 にっこりと末端の男を見下すナイ神父に、彼は濁った眼のまま笑みを返す。

 

 次の瞬間、ライは動いた。猛スピードで末端の男にとびかかり、振り抜いた拳で首を穿ってその意識を刈り取る。

 

 ライフルバッグを担いだまま、静止状態からトップスピードに瞬時に加速という化け物じみた芸当を息一つ乱さずやってのけたライは、男の気絶を確かめもせずにすぐさま距離を取り、ナイ神父と対峙する。

 

 「相変わらずひどい子だなあ。彼は私のために一生懸命動いてくれたっていうのに。

 

 ・・・それに、どうせ起きたら思い出せなくなっているっていうのに」

 

 「そうか。貴様のような害虫のことを記憶にも残さないというのは幸いだ。

 

 いいや、害虫というのは生態系に組み込まれた、一種の必要な存在だ。

 

 貴様は害虫以下の害悪中の害悪だ。これでは害虫に失礼というものだな。

 

 そうだろう?ニャルラトホテプ」

 

 静かに、その名を口にしたライに、ナイ神父はニチャアッと笑う。唇を割り、異様に白い歯列を見せ、取るにたらなくちっぽけな、それでいて自らが認める男に、その深淵の闇じみた双眸を向ける。

 

 「フハッ。相変わらず手厳しいなあ、君。それでこそ、だろうけどねえ」

 

 両手を腰のポケットに突っこんだまま、余裕たっぷりのナイ神父に、ライは身構えたまま答えない。

 

 「何、ショックで寝込んでいるんじゃないかと思って会いに来てみたんだ。

 

 まあ、君があの程度で寝込むような殊勝な人柄じゃないというのは、百も承知だけどねえ。

 

 久しぶりのインスマスは楽しかったかい?」

 

 「何?」

 

 思わぬ相手から思わぬ単語が出たことでとっさに聞き返した赤井に、ナイ神父は右手をポケットから引き抜き、その手のひらを天に向けながら語る。

 

 「最近ね、面白そうなお気に入りの子ができてね。

 

 彼から、インスマスからの祖父がいるっていう幼馴染の話も聞いたんだ。

 

 だから、おススメしておいたんだ」

 

 その両目を、不気味な三日月の形に歪ませて、彼は愉悦と嗜虐に満ちた声で語る。

 

 邪なる悪意を込めて。

 

 ぐにゃりっと、そのハンサムな黒人の顔の一部が、日本人めいた女性――手取ナイアのものに変形し、その声を男女の2重の物に重ねさせて語る。

 

 「インスマスに行く機会があるなら、ぜひ魚介を嗜むべきだ!

 

 『ギルマンホテル』のフィッシュ&チップスなんていいんじゃないかって」

 

 瞬時に、ライは動いていた。

 

 懐から取り出したリボルバーをナイ神父の歯列の隙間にねじ込み、斜め上に向けた銃口からの銃弾をもって、その頭蓋を吹き飛ばしていた。

 

 バラバラになった肉片と骨片、破裂した水風船さながらに飛び散る血液と脳漿は、至近距離にいるライも当然降りかかりそうになるが、次の瞬間、まるでビデオの逆再生を見ているように、それはあらゆる物理法則を無視して、ナイ神父に収束して元通りのハンサムな顔を作り上げる。

 

 「あははっ。君はそういう顔が一番だ!その、怒った顔!

 

 最高にセクシーでゾクゾクする!マゾヒストの気分がわかるよ!」

 

 ライの銃口を手で払いのけて外し、のけぞってケラケラ笑うナイ神父に、ライは無言のままだ。

 

 ただ、その深緑の双眸は、おそらく黒の組織と呼ばれる犯罪組織の者ですら、誰ひとり見たことがないであろう、険しく、嫌悪と殺意に満ち満ちていた。

 

 「・・・バーボンをどうする気だ?」

 

 「おやあ?ライともあろうものが、あんなNOCと仲良しこよしだったボウヤのことを気にかけるのかい?」

 

 銃口を向けたまま唸るように尋ねたライに、からかうように尋ねるナイ神父。

 

 内心でライは吐き捨てた。よく言う、と。この邪神は全てわかったうえで言っているのだ。

 

 ライがスコッチを助けられず、その死を利用していることを負い目にしていることも、バーボンを守ろうと彼なりに気をかけているということも・・・それとは知らずバーボンがスコッチ変貌のトリガーを引いてしまったということすら。

 

 いや、この邪神にそそのかされて、か。

 

 「この場で君と遊んでもいいんだが、今の君は面白くなさそうだ」

 

 やれやれと肩をすくめる邪神の化身に、ライはぐっと言葉に詰まる。

 

 

 

 まったくもってその通り。

 

 ライが持っているのは“商売道具”――ライフルと携帯する拳銃くらいだ。

 

 抜粋編集魔導書モドキは相変わらず金庫の奥だし、神格を相手にするには火力も準備もないない尽くしだ。

 

 先ほどは怒りのあまりとっさに銃を出してしまったが、本来ならこれは悪手中の悪手だ。

 

 神格と只人は、蟻と人以上の、隔絶した差があるのだ。手を出すなんて、自殺行為でしかない。

 

 もっとも、この下劣で邪悪な愉快犯のことだ。きっと、あそこでライが怒りのあまり手を出してくることすら、確信でありスパイスであったに違いない。

 

 

 

 「まあ、元気そうでよかったよ。

 

 今はお互い忙しい身の上だから、このくらいにしておこうかな」

 

 クルリッと踵を返し、ナイ神父は黒い聖帯〈ストラ〉を揺らして、屋上から出る階段に向かう。

 

 「次は、お互い全力で遊びたいね?」

 

 小さく振り向いて笑って言ったナイ神父に、ライは無言のまま答えなかった。

 

 そうして、その黒い背中が完全に消えたのを確かめ、ライは力なくだらりと銃を下した。

 

 ポツリッと、その黒い肩を、雨粒が穿つ。

 

 元々あまり天気が良くなかったが、最後の一線を越えたか、ぽつぽつというわずかな滴は、すぐさま大雨となり、茫然と佇むライの黒衣と長い髪をしとどに濡らす。

 

 

 

 蒙が啓かれた人間は、結局どこまでも逃れられないのか。

 

 あるいは、周囲を巻き込まざるを得ないのか。

 

 どこで間違えたのか、いくら考えてもライには分からない。

 

 インスマス行きを、どうにか別手段をもって辞めさせるべきだったのか。

 

 あそこで魚介を食べてはならないと、もっと強く言って目を光らせておくべきだったのか。

 

 バーボンが、あの邪神とかかわりを持っていると、もっと早期に見抜くべきだったのか。

 

 それとも、最も手っ取り早い、かつアイビー・リーグにもカウントされるミスカトニック大学へ入学してしまったことか。

 

 愚かな好奇の言いなりになって、怪奇事件に首を突っ込み、シュルズベリィ教授と係わりを持ってしまったことか。

 

 知らずにいれば、蒙を鎖したままであれば、少なくともここまでの苦しみはなかったであろう。

 

 ・・・それが、何の解決にもならない、ライ一人の平穏にしかならずと、思わずにはいられなかった。

 

 そして、そんなことを考えてしまう自分さえ、たまらなく嫌だった。

 

 

 

 「すまない、スコッチ・・・」

 

 大雨に穿たれながら、ライは小さな声で、海の底へ行ってしまった友に、謝罪した。

 

 

 

我々は、思考の次元が低すぎる。

もっと続きが必要なのだ。





【SANはチートだけど、メンタル削られ放題な赤井ことライさん】
 ミスカトニック大学出身のベテラン探索者(SANチート)な前歴を隠して、FBI所属の潜入捜査官という盛り過ぎ設定持ちな男。
 自作の魔導書は、大学時代必要に迫られて、自分で作った。大学の購買では普通に羊皮紙売ってたから、万年筆で書き込んだ。もっとも、大学卒業後はしまいこんでる。明美さんに触られそうになってからは金庫の奥に押し込んだ。(多分、他にもいくつかアーティファクトをもってそう)
 今回、ジンからの無茶ぶりで、久しぶりのインスマス行き(大学時代に経験済み)にアバーっ?!となりかけた。
 絶対なんかトラブルあると戦々恐々としていたが、滞在中は何もなかった。安堵してたのに帰ってからスコッチさんが後天的インスマス面に覚醒して、アイエエエエ?!となりかけた。
 その後、発狂しかけのスコッチさんをこっそりインスマスの海にリリースしてから、大学の伝手で死亡偽装工作する。
 ・・・なお、彼はこの時、バーボンが殺意に満ちた目で自分を見てきていたことにも真っ先に気が付いたが、それがスコッチを助けられなかった自分への罰として当然のことと甘んじることにした。
 後日、仕込み人の邪神様と屋上トーク。ムカついたから頭蓋を吹っ飛ばしてやったが、さしたるダメージにもなってなかった。
 ・・・俺はなぜ、こんな目に遭うんだろうな?大学から間違えちゃったのかな・・・?

【原作よりも悲惨で、磯が似合う感じにワープ進化なさったスコッチさん】
 大体は原作通り。ただし、父方の祖父(沖縄に出向してたアメリカ海兵)がインスマス出身の魚面だったという捏造設定を追加。
 おかげで、インスマス産の魚介を食べたことをトリガーに、後天的インスマス面に変貌。
 普通に暮らしている分には問題なかったので、彼のご家族もよほどのこと(今回のような)がない限り、普通の人間として一生を終えられると思われる。
 加えて、ルルイエからの毒電波も受信するようになってしまい、ガリガリSANが削れていった。
 部屋に閉じこもっていたところを、強行侵入してきたライさんに変貌を見られ、恐慌状態に陥るが、どうにか落ち着かされる。
 その後、もう自分が長くないということを悟り、ライに依頼する。ライちゃん、私をインスマスに連れてって!こんな浅●南ちゃんいやだ。
 インスマス行きの車中でも、たびたびSANチェックが発生。よく一時的狂気に陥らなかったものである。あるいは、態度を変えなかったライと、幼馴染への心配が、最後の一線を守らせてくれたのか。
 ・・・何で、ライはあんなに落ち着いてるんだろ?ジンとすれ違っても、あいつに気が付かれなかったみたいだし。
 その後、ようやくたどり着いたインスマス近郊の海辺で、ライと最後の言葉を交わし、いくつかの願いを託し、晴れてSAN0=永久発狂して、海へと消える。
 ・・・おそらく、今の彼は海の底で、深きものへの完全な変貌を遂げながらも、彼なりに幸せに暮らしていることと思われる。

【原作以上の蚊帳の外感を醸し出しながら、やっぱり絶対殺すマンにクラスチェンジなさったバーボンさん】
 ええー?ライってインスマスが怖いんだープークスクスしてた。
 インスマス行きでライがすごいピリピリしてるのも、しばらくこのネタでからかえるくらいにしか思ってない。
 インスマスって、前にナイア姉さんが魚介で有名なところって言ってたし、いい機会だから食べていこうかな?ライは神経質すぎるから、あいつ抜きで。
 ・・・それが致命になるとは、思っても見なかった。
 その後、体調崩したスコッチを心配してた矢先、任務が入って渋々ながらも離脱。
 やっと終わったと思ったら、今度はスコッチがNOCバレしてふぁ?!状態。
 スコッチどこだあぁぁぁとあちこち探しまわるが見つからず、フラッと一緒に失踪してたライだけが戻ってきて「俺が追跡して殺した。裏切り者には死を・・・だったよな?」と言われて絶句。
 証拠とばかりにライが見せてきた写真に、強烈な違和感を覚える。
 ・・・魔術による偽装は、それをよく知る者が見れば強烈な違和感を覚えさせ、下手をすれば偽装の看破につながる。幸い、看破はしなかったが、なんだか変と感じ続ける。
 写真はジンが持って行ってしまったため、彼は精査できなかったが、この違和感のことを考え続けた(いわゆるアイデアロールをした)結果、ライがスコッチに自殺を強要したんじゃね?と考えつく(つまり致命的失敗〈ファンブル〉した)。
 そうして、赤井殺すべし!慈悲はない!という考えに至る。
 いくら邪神様との接触でのSANチェックが入らなかったとはいえ、自分の行動が幼馴染を化け物に変貌させる切っ掛け作ったと知れば、1D100のSANチェックは免れられないと思われる。
 原作以上の拗れ具合に突入してしまったが、救いはあるのか(クトゥルフであることを念頭に置いて考えてみましょう)

【仕込みはばっちり、大体コイツのせいという言葉がお似合いなナイ神父】
 今回はこっちの化身〈アバター〉で登場。一応舞台が、米花の外=日本国外であるため。
 本来の彼は、自分の所業をこうまでペラペラとしゃべらないのだが、お気に入りの一人=赤井さんの前で、彼をからかうためというのが大きかったため。
 以前彼はM寄りじゃないと言っていたが、こうしてみるとM寄りに見える。
 なお、彼に利用されてライさんのもとへの案内役にされた下っ端さんは気絶されただけなので、生きてはいる。多分起きたら、何で俺ここにいるんだ?と首ひねること請け合い。


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【番外編β】松田陣平は、黒い仔山羊の夢を見るか

 時は戦国。
 雪深い峠を越えた先に、蘆名の国はある。
 疾駆する忍び、狼の闘争の裏で、遠く西から訪れた桜竜と、古き小さき名もなき神々の諍いを、狩人は鼻で笑う。
 御子?内府?蘆名?どうでもいい。ただ自分は狩るのだ。
 ヤーナムのものは狩りつくした。次はここだ。
 獣も化物も神も不死も虫も、ただ狩って狩って狩りつくす。皆殺しだ。駆逐してやる。
 蒼褪めた血を求めるのだ。狩りを全うするために。
 女薬師もくたばりかけの剣聖も身の丈に合わぬ大願を持った大忍びも故郷にしがみつく死にかけネタ侍も、皆仕留めた。
 あとはお前だけだ。炎を纏った狼よ。修羅?獣の間違いだろう?
 獣は狩る。遺志をよこせ。ついでにアイテムもドロップしろ。慈悲はない。


 ♯3における松田さん視点の番外編となります。
 最初、♯3も松田さん視点で書いてたんですが、ドチャクソ長くなったので、没にしたんです。
 でもまるっと没というのはもったいないお化けが出そうなので、番外編にしました。もちろん、これも読まなくても本編には一切支障がありませんので、あしからず。


 「いあ!いあ!しゅぶ=にぐらす!

 

 森の黒山羊よ、おいでませり!」

 

 狂気に満ちた絶叫とともに、詠唱を続けるその人物の傍らにいる“それ”――濃厚な雌雄の臭いを撒き散らしながらゆったりと傍らに控えるような、“それ”にその場所に駆け込んできた松田陣平は絶叫した。

 

 散々、思い知ってきたつもりだった。

 

 だが、そんなものはほんの序の口だった。

 

 改めてそれを、思い知らされた。

 

 

 

 この世界は、松田が知らなかっただけで、狂気と邪悪に満ち満ちている。

 

 刑事としてやってきた松田が、心を壊して喃語のような呻きとともにベッドに身を沈める親友の真実を知ろうと、単独でいろいろ動いて調べまわる過程で、知ってしまった。

 

 あるFBI所属のミスカトニック大学卒業生の言葉を借りるなら、“蒙を啓いてしまった”と言うべきか。

 

 

 

 松田の怜悧であるはずの頭脳、それを支える想像力は、目の前に現れた“それ”を認識するや、連鎖して想像してしまう。

 

 黒い、蹄をもった何か――牛や馬、あるいはヒツジやヤギ。あれらが、恐ろしい。もしや、あれらは“それ”の同類なのかもしれない。それを殺して肉を食らっているなど、何と悍ましい。

 

 

 

 「~~~~~っ!!おごぉっ」

 

 たまらず、松田はえずいた。

 

 胃の腑の中身を、黄色身を帯びた胃液ともども吐き出し、舌の付け根に酸味と苦みを残し、咽頭にひりひりしたものを感じながらも、松田は動いた。

 

 口元を吐しゃ物で汚しながらも、道中で得たライフルを“それ”めがけて構える。

 

 「松田君!」

 

 「松田さん!」

 

 道中一緒になった――言い方は照れ臭いが、仲間が叫ぶのに、松田は唾と吐しゃ物交じりに叫び返す。

 

 「構うな!

 

 羽賀!寺原!藍川!槍田!手筈通りいくぞ!」

 

 了承の意を返すほかの3人に、藍川だけは大きくうなずいただけだ。

 

 彼も顔色が悪い。おそらく、松田同様精神的ショックを受けて、一時的であれ、声が出ないようになっているのだろう。

 

 とにかく、5人は動く。

 

 ぼうっとしていれば、聞くも語るも悍ましい邪神シュブ=ニグラスが召喚され、向こうに見える縛られた生贄――設楽蓮希はすでに白目をむいて気絶している――が、新たな犠牲となるだろう。

 

 羽賀響輔は、詠唱を続けようとする、血塗れの祭壇の上にたたずむ女目がけて、バール片手に殴り掛かろうとする。

 

 寺原麻里は、「こっちよ!この化け物!」と“それ”に石を投げつけて挑発する。

 

 藍川冬矢も、無言で祭壇の上の女に蹴りかかった。

 

 槍田郁美はといえば、担いでいた大荷物から、何に使うか夏場に子供が使うような大型の水鉄砲を取り出している。

 

 元検視官の探偵だ。きっと、何か考えがあるに違いない、と松田はライフルを構えて、召喚者の傍らにたたずむ“それ”に狙いをつけた。

 

 

 

 “それ”は、のたうつ巨大な塊だった。その塊はロープのようなミミズに似た黒い触手で形作られ、その表面には皺の寄ったいくつもの大きな口が付いていて、そこから緑色の涎がしたたり落ちている。その下の方は触手の先が黒い蹄になっていて、それで立っている。ゆえにほっそりした短い脚と塊のような枝分かれした胴体のせいで、どこか樹木のようにも見える。

 

 もっとも、こんな悍ましい樹木があっていいわけがない。

 

 “それ”は、黒い仔山羊という、シュブ=ニグラスの代行者であり、彼の神に仕える上級の奉仕種族なのだ。

 

 

 

 「くそっ!」

 

 松田は舌打ちする。

 

 ライフルが効かない。まるでゴムのような体にわずかにめり込んだだけで、その動きを止めることにまるで意味を成してないからだ。

 

 祭壇の上はといえば、懸命に女を攻撃しようとする二人は、黒い仔山羊の触手に薙がれ、弾き飛ばされている。

 

 もう時間がない。

 

 「おいでませえええええ!」

 

 詠唱が、完成してしまう。

 

 女の絶叫に、静かに答えたのは、槍田だった。

 

 「無駄よ。もう呪文は意味をなさない。邪神は、来ない」

 

 「何ぃ?!」

 

 「シュブ=ニグラスを呼ぶためには、大量の血液で清めた石の祭壇が必要。でも、血液はもう無意味よ。漂泊してしまったから」

 

 ぽいっと槍田は漂白剤入りの水を詰めていたタンクが空となった水鉄砲を放り捨てる。

 

 むせ返るような血臭は、いつの間にか鼻をつくような塩素臭さにかき消されてしまい、白っぽくなってしまっている。

 

 漂白剤――いわゆる次亜塩素酸ナトリウムは、医療器材の滅菌にも使われる、強力なたんぱく質分解効果を持つ。血液の分解など、朝飯前だ。

 

 「科学を、人間を、嘗めるな。化け物」

 

 毅然と言い放った槍田に、女は秀麗な顔を憤怒にゆがめ、黒い仔山羊を見上げた。

 

 「申し訳ありません!すぐに儀式のやり直しを」

 

 だが、怪物は無情だった。もはや何の価値もないと女を見ることなく、彼は己に爪を突き立ててきた、邪魔者の一蹴にだけ尽力する。

 

 松田はライフルを捨て、懐にしまっていた折り畳みの警棒を取り出す。

 

 羽賀からバールを受け取った藍川の一撃に、黒い仔山羊はひるんでいるようだった。銃が効かないだけで、普通に物理攻撃は効くらしい。ならば、ひたすら殴るだけだ。

 

 元機動隊配属を嘗めるな。

 

 「松田さん!」

 

 「人質助けたら、下がってろ!この化け物は俺が仕留める!」

 

 時折石を投げながら、踏み付けを懸命に避ける寺川の叫びに、松田は警棒を振り上げつつ叫んだ。

 

 羽賀は、縛られていた姪を解放し、槍田に託す。

 

 「蓮希を頼む!」

 

 「任せて」

 

 槍田が彼女を背負ってその場を離れるのを、化物の触手が追尾する。

 

 「させるかあ!」

 

 羽賀が横から割って入り、二人をかばう。おかげで二人は触手の届かないところに逃げられたが、代わりに羽賀は触手に絡みつかれ、絞めつけられる。

 

 「ぐあああああ!」

 

 「羽賀ぁ!」

 

 「羽賀さん!」

 

 松田と寺川が叫ぶ。

 

 このままでは、羽賀はあの怪物のしわがれた口に押し込まれて姿を消してしまうだろう。この世から、永久に。

 

 「っ!!」

 

 羽賀を離せ、というように、声の出ない藍川が動く。

 

 バールを勢い良く振りかぶり、羽賀を戒める触手目がけて投げつけたのだ。

 

 月の出てない真夜中というのに、それは命中した。羽賀を取り落し、化物は痛みに言語にもならない醜い叫びをあげる。

 

 「仔山羊様!貴様らああああ!」

 

 女の絶叫をよそに、地面に叩きつけられた羽賀は呻きながらも立ち上がる。

 

 「こうなったら、貴様らの血でもう一度祭壇を清める!

 

 私にはあのお方の乳が必要なのだ!何の権利があってその邪魔をするんだああああ!」

 

 「うるせえよ!権利だ何だ、どうでもいいだろうが!」

 

 松田は叫び返す。

 

 「こんな化け物の力借りて救済だ?その生贄に、関係ない人間巻き込んで?ふざけんな!」

 

 ここまでの道のりを思い返し、松田は毒づいた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 そもそも、松田陣平が、この大事件のクライマックスに居合わせることになった切っ掛けは、4年前にさかのぼる。

 

 爆弾を仕掛けた、といういたずら電話じみた連絡に、近くの交番の警察官が現場のマンションへ向かったのだが、恐慌状態の無線と一緒に発砲音がしたということで、機動隊が出動する羽目になった。

 

 当時、爆発物処理班としてそこに所属していた松田は、腐った死体が生きた人間さながらに動いて人を襲うという、超常の現場に居合わせることになった。

 

 当然、他の機動隊員も恐慌状態に陥り、現場は指揮系統も滅茶苦茶の大混戦状態に陥った。

 

 どうにか冷静であった松田と、親友の萩原だけは、万が一があってはいけないからと、混乱のるつぼであったマンション内部で爆弾の在処を探索したのだ。

 

 どうにか爆弾を発見し、解体に着手しようという時だった。

 

 「誰かいるぞ!」

 

 萩原の声に、嘘だろと松田は見回したが、誰も見つけられなかった。

 

 マンションの住民かもしれない、避難させてくると言ってその場から駆け出した親友を、解体が先だと止めなかったことを、松田は何度後悔したかわからない。

 

 何故か「萩原さん!防護服を着て!」などとわけのわからないことを怒鳴りながら駆け込んでこようとした女性数名が、ゾンビを目撃して「アバアァァァァ?!」と絶叫したり、松田が気絶してお荷物と化した彼女らをマンション内の安全域にどうにか避難させたりもし、結局解体は間に合わず、タイムアップとなった。

 

 爆発の後、松田がいつまで経っても戻ってこない親友を探しに行ったときには、全てが遅かった。

 

 屋上で倒れ伏す親友は、体中の穴という穴から体液を流し、虚空を見つめ、現実を受け取ることを拒否しきっていた。

 

 さきほどまで普通に動いてしゃべって、今夜も飲みの約束を入れていたはずだったのに。

 

 「萩原?おい、どうしたんだ?」

 

 現実が信じられず、松田は何度も親友の肩をゆすった。何度も、何度も。

 

 だが、親友は何も答えない。やがて到着した救急車に乗せて運ばれた親友が、間もなく入院することになっても。

 

 4年経った、今でさえ。

 

 

 

 萩原の心神喪失に、1冊の本が絡んでいる。

 

 松田がそれに気が付いたのは、何か手がかりがないかと、件の事件について調べ直している最中だった。

 

 萩原と同じく、屋上で心身喪失していた男が、一冊の本を仕入れた。それを皮切りに、マンションの住民が次々失踪してゾンビと入れ替わっていったのだ。

 

 ・・・警察への通報がなかったのかというと、それをする前に住民が全員死亡してしまったからだろう。

 

 ゾンビとなった住民たちは、一人残らず、機動隊に、元の静かな死体へと戻された。

 

 だが、そんなあり得ない作り話のような事態を、上が信じるわけもなく、やむなく報告書は、『機動隊が突入した時には、住民はすでに死亡していた』という、捏造満載な内容で再提出された。

 

 男の部屋を職権乱用して調べ上げた際、発見した領収証から、『屍食教典儀』という本の存在を知り、どうにもそれが引っ掛かった松田は、それを探したのだ。だが、どこにもそんな本は見当たらなかった。

 

 ・・・まるで、あの事件を境に消失したように。

 

 ただでさえ、ゾンビの実在を目の当たりにしてしまった松田は、その本も何か異常なものがあるかもしれないと思い立ち、単独でいろいろ調べまわったのだ。

 

 その独断行動に業を煮やした上層部によって、機動隊から捜査一課に再配属されようと、松田は行動を改めなかった。

 

 

 

 ようやく本の在処を見つけた。

 

 松田が探り当てた件の本『屍食教典儀』は、『九頭竜亭』という古書店に我が物顔で陳列していたという。

 

 何故過去形かといえば、本は売られて再び他者の手に渡ってしまったからだ。

 

 本が渡ったのは、『八木沢メンタルクリニック』の院長、八木沢アンナである。

 

 何故売った?!とその当時の松田はナイアという古書店の女店主を罵ってしまったが、思えば気の毒なことをした。

 

 たかが本1冊で人間1人の気が狂ったなど、正気の沙汰ではない。

 

 

 

 ともあれ、本を追って『八木沢メンタルクリニック』を訪れた松田は、同様に様々な理由でクリニックを訪れた5人と行動を共にすることになった。

 

 クリニックに来ていたという友人を探す設楽蓮希、その付き添いをする叔父にあたる羽賀響輔。

 

 同じく、依頼で人探しに来たという探偵の槍田郁美。

 

 院長の八木沢アンナと個人的な交友があるという、藍川冬矢。

 

 仕事先での人間関係から悩み、カウンセリングを受けに来たという寺原麻里。

 

 情報を交換するうちに、おかしな事実に6人は行き着く。

 

 このクリニックを訪れた患者の失踪と、引き換えにきわめて短期に患者が回復するという異常。

 

 失踪した患者の行方と、短期の患者回復の謎(松田はついでに『屍食教典儀』の行方も)を追っていくうちに、6人は知ってしまう。

 

 八木沢アンナは、邪神シュブ=ニグラスの崇拝者で、患者のうち収入になりそうにないものや、クリニックに対して悪評を撒いているものなどを生贄に捧げ、代わりにその乳を得ていたのだ。

 

 千の仔を孕みし黒山羊、シュブ=ニグラスの乳は、異常をきたしていた精神を癒し、平常を取り戻させる。それを錠剤に加工し、向精神薬として処方することで、『八木沢クリニック』は多額の報酬を得ていたのだ。

 

 そうして、秘密を知った6人に、八木沢率いる、崇拝者たちの魔手が迫る。どうにか、一旦は退くことに成功するが、設楽蓮希が捕まってしまったのだ。

 

 シュブ=ニグラスの召喚条件などを考慮し、おそらく彼女は生贄としてささげられる。

 

 彼女を助けなければ。

 

 逸る羽賀響介を押さえ、準備を整え、5人は召喚場所に踏み込んだ。

 

 米花より程よく離れた森の中、設置された石の祭壇。召喚の儀を執り行う八木沢アンナと、生贄として拘束された設楽蓮希の前に。

 

 

 

* * *

 

 

 

 松田の特殊警棒が、黒い仔山羊のくるぶしを抉るように打ち据えた。

 

 ほっそりした短い脚は、当たり所が悪かったのか、たったそれだけであっさりとバランスを崩して膝をつく。

 

 よし!イケる!確信を得た松田は再び特殊警棒を構える。

 

 続いて、藍川の跳び蹴りが低い位置に降り立つ化物の胴に突き立った。肉を穿つ鈍い音と、化物の悲鳴が暗い森にこだまし、間髪入れずに復活して棍棒を拾った羽賀響輔が罵声と一緒に化物に振り下ろす。

 

 容赦がない。

 

 当然だ。危うく、かわいがっていた姪が犠牲になるところだったのだ。

 

 そして、松田も遠慮してやる理由はない。

 

 銃が効かない?ならば警棒を使えばいい。

 

 確かに自分たち人間はちっぽけな存在だ。だからと言って舐めるな、クソ化物。

 

 

 

 「仔山羊様!畜生!放せえええ!」

 

 「松田さん!今のうちに!」

 

 「早く!」

 

 「大人しくしなさい!この!」

 

 ちらっと松田が横目で見れば、無事意識を取り戻し解放された様子の蓮希と、他の女性2名が、八木沢アンナに組みついて地面に抑えつけている。

 

 「貴様ら!なぜわからないのだ!私は患者を救っているだけだ!傷つき苦しむ彼らに救いの手を差し伸べているんだ!

 

 仔山羊様とシュブ=ニグラス様は、そのために必要なんだ!どうしてわからないんだ!!」

 

 「ふざけないで!人を救う?確かに立派なことだわ!けど、そのためにどうして、綾香ちゃんが犠牲にならなくちゃいけないの?!

 

 あなたのやってることはただの人殺しよ!医者だっていうなら、犠牲なんか出さずに人を救ってよ!」

 

 八木沢の絶叫に、負けじと蓮希が叫び返す。

 

 蓮希の行方不明になった友人は、このクリニックでの治療成果が出ず、そうこうしているうちに行方不明になったのだ。

 

 八木沢の残していた記録から、彼女が生贄に捧げられたと知った蓮希は、潜入中というのに、青ざめて泣き崩れたのだ。

 

 もう、これ以上、犠牲を出してはいけない。蓮希にできることなどたかが知れてる。それでも、泣きわめくこと以上に、八木沢を止めなければならないのだ。

 

 だから。

 

 「おらああああ!」

 

 チンピラのような怒声と一緒に振り下ろされた、松田の警棒が、何度目となるか、深々と黒い仔山羊の肉を打ち据える。

 

 『ゆtghjbんkもjklm~~~~っっ!!!!!』

 

 発音不明瞭な悲鳴を上げて、黒い山羊は力なく地面にドスンと沈み込み、そのままドロドロした黒い粘液となって、溶けるように崩れ落ちる。

 

 腐敗臭と雌雄の臭いの数倍ひどいような悪臭がその辺一帯に立ちこめ、一同はうっと息をつめた。

 

 やっと終わった。

 

 「ああああ・・・そんな、そんな・・・そんそんそんそんなななななななななな・・・だってだってもう二度と、あんな、あんな・・・ああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさいだってだって早く良くなってほしくて違うのちがうのだってそんな」

 

 ホッとした一同とは裏腹に、八木沢は体から力を抜けたのか、顔を伏せてそんな意味の通らないことをひたすらブツブツとつぶやく。

 

 「彼女、どうする?」

 

 「縛って警察に突き出すとしよう。幸い、優秀な警察官がいるようだしな」

 

 相変わらず押さえつけたままではあるが、少し困ったように尋ねてきた寺原に、疲れ切った様子ながらも羽賀が小さく笑って松田を目で指す。

 

 「あいにくだったな。優秀だったらこんなところで化け物なんざぶん殴ってないぜ。不良警官のレッテルならキープしているがな」

 

 警察学校でも問題児だったし、警察なんてクソだと今も昔も思っている松田が、優秀な警察官とは世も末だ。

 

 肩をすくめた松田に、いまだに声の出ない藍川が小さく肩をゆすって笑っている。

 

 確かに、と言いたいのだろう。今の松田はスーツ姿でこそあるが着崩している上、煙草とサングラスを手放さないのもあって、警察官というよりチンピラかヤのつく業界人の方がらしく見えるだろう。

 

 そんな感じに、周囲の空気が少し軽くなる。

 

 「とにかく、ロープかガムテープだな。確か、車にあったと思うから持ってこよう」

 

 羽賀がそう言って踵を返した時だった。

 

 「くぁwせdrftgyふじこlpっ?!!」

 

 突如、八木沢が意味不明な叫びをあげた。

 

 同時に、彼女を押さえつけていた女3人の拘束が振りほどかれる。

 

 尻餅をついた蓮希がノロノロと顔を上げたときには、薄笑いしている八木沢がその目の前にいた。右手には逆手に持った、刃こぼれしている出刃包丁が見える。

 

 「死ぃねえええええ!」

 

 「おぉぉりゃあああああ!」

 

 出刃包丁が振り下ろされるより早く、割って入った松田が怒号を炸裂させる。いまだに右手にひっさげていた警棒が振り抜かれ、そして――。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ヒュゥッと松田は息を詰めるように、目を覚ました。

 

 嫌な汗が、くたびれたワイシャツをじっとりと濡らしている。

 

 留置場の薄い毛布と、饐えたような臭いに、一瞬で彼は状況を思い出す。

 

 過剰防衛からの撲殺。一言でいうなら、松田はそれを犯してしまったのだ。

 

 とっさに蓮希を助けるためとはいえ、松田の揮った警棒は当たり所が悪かったとしか言いようがなかった。

 

 多分、松田は逃げることはできた。仲間たちも、松田が悪いわけじゃない、誤魔化そう、と言ってくれたのだ。

 

 だが、松田はそれに否と答えた。なぜなら自分は、警察官だから。他の薄汚い犯罪者たちならば、トリックだのアリバイだのと、もっとましな方向にめぐらせればいい知恵と策謀をもって、自分の罪を誤魔化そうとするだろう。だが、松田はそれをしない。警察官だからこそ、潔く自分の罪を認め、それを償うのだ。

 

 たとえ、そのために桜の代紋のついた手帳を手放すことになろうとも。

 

 だが、こんなのは聞いてない。こんなのは想定外だ。

 

 固い寝台に横たわったまま、松田は腕で目元を覆う。

 

 鼓膜に木霊するのは、昼間に彼を取調室で尋問した、かつての上司、あるいは別の部署のお偉いさんの罵声だった。

 

 『余計なことをしてくれた』

 

 『あの薬のおかげでどれだけ業務が楽になってたと思ったんだ』

 

 『まったく、これだから最近の若いのは。暗黙の了解というのがわからんのかね?』

 

 『まあ、君のような馬鹿にも使い道はある。精々、我々警察の役に立ちたまえ』

 

 彼らは知ってたのだ。松田の薄々察していた予想通りに。

 

 

 

 思えば、おかしなことではあった。

 

 件の連続失踪事件は、民間調査が精々であろうと、八木沢メンタルクリニックが起点に起こっていることは自明の理である。

 

 にもかかわらず、警察の捜査がそこに向かってない。つまりは、何らかの圧力でそこに係われないようにされていると考えるのが定石だろう。

 

 その圧力が何処から発せられているのか?言うまでもない、警察の上層部だ。

 

 調査の一環で、八木沢メンタルクリニックに潜入した時に見かけたカルテ。その中に、警察の上層部、役員幹部たちの名前があった時点で予想しておくべきだったのだ。

 

 

 

 かくして、松田は捕らわれの身となった。

 

 罪状は、過剰防衛からの撲殺どころか、連続誘拐事件の真犯人である。

 

 真相を知ったクリニックのカウンセラーを口封じに殺したという、おまけつきで。

 

 松田が一人でおかしな本を追いかけ、それに執心していた、誰の制止も聞きはしなかったという状況もまた、彼の状況を悪化させた。

 

 誰も、松田の無実を信じなかったのだ。

 

 かつて所属していた爆発物処理班の面々も、新しく移籍した捜査一課の刑事たちも、誰も。

 

 『見損なったぞ!』『それでも警察官か!』『桜の代紋が泣いてるぞ!』

 

 口々に彼らはそう松田を罵った。

 

 『最低!少しはいいところもあるって思ってたのに!私が馬鹿だったわ!』

 

 中でも、捜査一課で松田と組んでいた佐藤の怒りは凄まじく、面会室のアクリル板を叩きながら、涙ながらにそう叫んだのだ。

 

 ・・・身内は来なかった。紙切れ一枚の絶縁状が、彼らからの全てだ。

 

 たった一人、かつての警察学校の同窓、伊達だけが、松田を心から案じてくれた。

 

 『俺に任せろ。すぐにそこから出してやるさ!』

 

 爪楊枝を咥えながら、笑って言ってのけた彼だけが、松田を信じてくれた。

 

 だが、そんな彼も、それっきりだった。

 

 きっと、圧力がかかったのだろうと、松田は確信している。

 

 どんなに伊達が尽力してくれようと、所詮彼も一刑事に過ぎず、上からの命令には逆らえないのだから。

 

 これだから、警察はクソなのだ。

 

 それでも、欠片でも、正義はあると、信じていた。信じたかった。

 

 親友を狂わせる原因となった本――魔導書こそ処分できたが、もうどうすればいいのか、松田には分からない。

 

 

 

 そんな時だった。

 

 消灯時間をとうに過ぎた留置場の、松田の独房の扉を、誰かがノックしてきた。

 

 「松田陣平。面会だ」

 

 こんな時間に?怪訝に思いつつも、松田は「ちょっと待て」と一声かけて身支度を整える。

 

 と言っても、シャツの裾を整え、ネクタイやジャケットを身に着け、手櫛で髪を整える程度だ。

 

 ちなみに、煙草とサングラスはとっくの昔に没収されている。口さびしい上、落ち着かない。

 

 独房を出た松田は、真っ暗がりに等しい廊下を静かに歩き、面会室に通された。とっくに、面会時間など終わっているはずの場所に。

 

 アクリル板を挟んで三脚に腰かけているのは、松田と同じか少し上ほど年の、紺のスーツに黒髪をバレッタで止めた女性だった。整った顔立ちにスクエアフレームの眼鏡をかけているので、硬質な印象がある。もちろん、松田はこんな女は知らない。

 

 女の向こう、出入り口に黒いスーツの男が一人立っている。監視、あるいはボディーガードだろうか?

 

 面会室に通されるなり、松田を連れてきた警官は一礼して、扉の外に出る。

 

 おかしい、と松田は思う。監視はどうしたのだ。こんな時間の非公式なそれなら、いてもおかしくないだろうに。

 

 「おかけになってください」

 

 女に促され、松田は怪訝に思いつつも、三脚に腰かけた。

 

 「松田陣平さんですね?元爆発物処理班所属、警視庁捜査一課移籍後、件の事件に巻き込まれたそうで」

 

 「てめえから首突っ込んだんだよ」

 

 「魔導書『屍食教典儀』の処分が本意だったそうですね?ちなみに、どこからその本の在処を?」

 

 「・・・人のこと根掘り葉掘りする前に、名前くらい言ったらどうだ?」

 

 やっとの思いで処分した忌々しい本の名を出され、松田は眉根を寄せながら尋ね返す。

 

 同時に思う。

 

 何故、それを、と。

 

 あの本のことは、自分以外はあそこで共闘した仲間たちぐらいしか知らないはずだ。よしんば知っていても、その危険性までは察していないはずだ。

 

 「これは失礼しました。私はこういうものです」

 

 アクリル板越しに見えるようにかざされたそれは、名刺だ。松田は眉を寄せながら、それを読み上げた。

 

 「“神代貿易株式会社 人事課 係長 キャロル高梁”?」

 

 「まあ、それは表向きの立場です。本業は別にあります」

 

 ここで、キャロルと名乗る女は名刺をしまい、妖艶に口元をしならせ、松田を見ながら言った。

 

 「先日、あなた方が打ち倒した化け物、ああいったものが他にもいると言ったら、どうします?」

 

 「は?」

 

 「我々はああいったものと対抗するための組織で、私はそのメンバーの一員です。

 順を追って、説明しましょう。松田さん」

 

 長い話になると松田は感じた。いつもの癖で、胸ポケットをあさってしまった。愛飲の煙草とライターは当然そこにはない。クソが。

 

 

 

 “彼ら”は、人類が産声を上げたときから常にそばにいた。それどころか、気も遠くなるほどはるか昔から、在り続けた。

 

 人類が科学を発達させ、神や悪魔など架空の存在と切って捨てようと、“彼ら”は在り続けた。むしろ、文明の輝かしさこそが、“彼ら”の巣食う闇を際立たせたともいえた。

 

 ただ、人類はそうと認識していないだけだ。

 

 だが、知る者は当然知っていたし、賢明にも対策は取ろうとした。

 

 知恵を絞り、武をかざし、たとえ針のような一撃にしかならなかろうと、黙って蹂躙され、滅ぼされるよりは万倍マシとして。

 

 

 

 キャロルの話した途方もない話に、松田の精神は臨界点を振り切っていた。

 

 何の話だ。冗談だ。あんな化け物の同類、あるいはそれ以上の災厄が、そこらじゅうにゴロゴロしている?

 

 だが、松田はもう、見てしまった。聞いてしまった。知ってしまった。理解してしまった。

 

 もう、後戻りなどできない。

 

 血が出るほど頭皮を掻き毟り、奇声を張り上げる。どんなに叫ぼうが、喚こうが、現実がひっくり返ることなど、ありはしないと松田は知っている。だが、彼の脳髄は、ただでその事実を受け入れられるほど、頑丈にはできていなかった。そうとも、これは八つ当たりだ。

 

 そんなことが起こりうるなら、松田の親友が病院のベッドに横たわり続けることもなかったし、設楽蓮希が化け物の生贄に捧げられることもなかった。そもそも、あの女院長だって、化物の言いなりにならなかったかもしれないというのに。

 

 ようやく落ち着いた松田は、血塗れの指先で、アクリル板を引っ掻く。

 

 荒れた息と血走った目で、松田は三脚に座る冷然とした女(腹立たしいことに、この女は松田の一連の行動を黙って眺めていただけだった!)を睨み付けながら、薄笑いで口を開いた。

 

 「で・・・?俺に、何の用だ?

 

 そんな、頭がおかしい事実を突き付けて、俺を発狂させたいわけじゃないんだろ?」

 

 「もちろんです。やはり、あなたには適性があるようですね、松田さん」

 

 「適性?」

 

 「ご存じないんですか?大半の人間が、今の話を信じないんですよ。あるいは綺麗に聞かなかったことにするんです。記憶に残すことさえ悍ましいと判断するんですよ。本能で」

 

 聞き返した松田に、キャロルはしれっと言った。

 

 「取引をしましょう。松田さん。

 

 我々、神話性事象安全保障組織、通称MSOは万年人手不足です。あなたにはぜひ、我々の一員として、“彼ら”に対する調査・防衛を手伝っていただきたいのです。

 

 その代わり、ここからあなたを出して、自由の身としましょう」

 

 「いやだと言ったら?」

 

 「構いませんよ、それはそれで。

 

 ただ、その場合は、おとなしくやってもいない犯罪で服役する羽目になるでしょうね。

 

 期間がどのくらいになるかまでは存じませんが。

 

 まあ、我々の活動は先日の一件からも察せられるとおり、命がけです。平穏無事に、ベッドで息を引き取りたいというなら、そちらの方がお勧めできます」

 

 キャロルの言葉に、松田は息を整えながら黙り込む。

 

 ややあって、彼は口を開いた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 自分の死を報じる新聞やテレビを眺めながら、松田は奇妙な気分に陥っていた。

 

 これで晴れて自分は死人だ。

 

 

 

 キャロルの取引を、松田は受け入れた。

 

 元々警察なんてクソだと思っていたが、あの事件で完全に見切りをつけた。居場所を置く価値が、まるで見いだせない。

 

 それに、と松田は思ったのだ。

 

 あの化け物の同類が、この世の裏側を闊歩しているならば、また同じ思いをする人間がいるかもしれないのだ。

 

 萩原が心を失ったように。蓮希が生贄に捧げられたように。

 

 それを止める機会が得られるかもしれない。そのための力と知識も、得られるようになる。

 

 かくして、松田陣平は死人となり、名を失った男が一人、この世の裏側と対峙する組織に属することとなった。

 

 なお、全国に顔写真が公開されてしまったので、当分は髪を染めて(面倒なので白に脱色してしまった)、カラーコンタクトを入れて生活することになる。まあ、人のうわさも七十五日という。そのうち忘れられることだろう。

 

 留置場から出る過程で、キャロルからの指示で発狂した演技をする羽目にもなった。彼女が言うには、あの手の事件にかかわった人間は大なり小なり精神に異常をきたすことが大半だそうだ。ゆえに、松田もそうなったように見せかけろ、できなければ取引を無効にするとのことだった。

 

 さすがに、出られる算段が付いたというのにそれを無効にされるのは御免被りたい。芝居の心得はないが、何とかしようと、松田はそれらしく、看守の前で振舞った。そして、偽装は無事成功、とある夜中に松田は“自殺した”。

 

 

 

 こっそり留置場から出された彼が身を置くことになったのは、『神代貿易株式会社』を称するビルだ。その社員寮に身を移し、社員研修という名目で、彼の新たな生活が始まった。

 

 かつての警察学校での訓練とほぼ同等か、それ以上――まるで自衛隊でのようなそれに加え、魔術やオカルトといった知識の勉強をしながら、松田は一人思いをはせた。

 

 いまだに入院している萩原や、無実を証明してくれようとした伊達、警察学校卒業後はさっぱり音沙汰を聞かない降谷と諸伏はどうなっただろうか。

 

 あの事件で共闘したメンバーは?さっぱり音沙汰を聞かないが、表向き凶悪な誘拐犯とされた自分と一緒にいたことで、彼らも何か被害をこうむっているかもしれない。

 

 心配ではあったが、死人となった彼に、出来ることなど何もなかった。

 

 

 

 訓練の合間を縫った、貴重な休日に、松田――新たに戸籍を獲得し、松井陣矢と名を改めた彼に、来客があった。

 

 「あんたは――!」

 

 「よかった。思ったより、元気そうね?」

 

 悪戯っぽく笑うのは、彼の事件で共闘した、槍田郁美だ。

 

 「外出許可は取ってあるわ。ちょっと、来てくれないかしら?」

 

 「どこへ?」

 

 「内緒よ。けど、きっとあなたも喜ぶと思うわ」

 

 悪戯っぽい笑みとウィンクをする槍田に、松井はおとなしくうなずいた。

 

 槍田の運転するフェラーリに連れられてきたのは、とある豪邸の前だった。

 

 「おい、ここって・・・」

 

 何か尋ねようとする松井を遮り、槍田は屋敷の大きな門のそばにあるインターホンを押す。

 

 そうして、使用人に案内され、屋敷の一室に案内された。

 

 豪奢なソファセットが中央に置かれた客間。何より、松井はそこにいたメンバーに目を瞠った。

 

 「あ!」

 

 「松田さん!」

 

 「生きてやがった!ハハッ!無事だったんだな!」

 

 「松田!元気だったか?!」

 

 「よかった!ずっと心配してたんです!」

 

 それは、あの事件で共闘した、仲間たちだ。

 

 松井の姿を認めるなり、涙目で飛びついてきたのは設楽蓮希だ。

 

 その肩をバシバシ叩きながら、涙目で笑う藍川冬矢。

 

 目を潤ませながらホッとした顔をする寺原麻里。

 

 同じくホッとした顔で安堵の息を漏らす羽賀響輔。

 

 「こいつは・・・」

 

 「みんなあなたの無実を知ってたもの。だから、会わせてあげたいって、ずっとあっちと交渉してて。今日、ようやく許可が下りたってわけ」

 

 囲まれて戸惑う松井に、槍田がサプライズ成功、と言わんばかりに笑みを向ける。

 

 「ちなみに、私、“彼ら”の外部協力者なの。あなたのことを“彼ら”に伝えたのも私なの。・・・余計なことだったかもしれないけど」

 

 「いや・・・ありがとうな」

 

 松井は、サングラスをしててよかった、と思った。でなければ、潤んだこの目を、不覚にも誰かに見られたかもしれないからだ。

 

 

 

 失ったと思った。

 

 警察官としての誇りは地に落とされ、薄汚い犯罪者として、牢獄で終わるのだと。

 

 だが、まだ自分には続きがあった。

 

 まだ残っているものはある。

 

 この手が救ったものは、守ったものは、今松井となった松田の心に確かな温かさをもたらしてくれている。

 

 

 

 

 警察官ではなくなったが、この胸にはまだ正義と誇りはある。

 

 そして、そのために松田ができることだって、まだあるのだ。

 

 「あんたらも、元気そうでよかったぜ。まあ、あの事件を乗り越えられたんだから、そう簡単にくたばることはなさそうだと思ってたがな」

 

 だから、松井は憎まれ口を叩く。彼らしく。いつも通りに。

 

 

 

 

フリーターの分際であなた、幼女を拾おうと思います?

Yes,I am.ん゛ん゛っ(竜咳)続きます!

 




【警察からMSOに籍を移し、ついでに戸籍も新しくした松田改め松井さん】
 親友の発狂原因を探って、魔導書を探してたら、とんでもないババ引き当てちゃった人。今回の被害者兼主人公。
 周囲の真っ当な(平穏に生きたい)人々からすれば、何でそんな余計なことするん?と言われそうな根掘り葉掘りをしまくるので、捜査一課に籍を移され、反省を促されるが、そんなことで止まるような殊勝な人柄ではない。
 ついでに言えば、捜査一課のメンバーからしてみれば、親友が頭おかしくしたのを本一冊のせいにして、その本に異常に固執して探し回るなんて、変人じゃんと一線ひかれてた。
 そうこうしているうちに、本編でいうところの#3の事件に遭遇。偶然出会った他メンバーと一緒に探索・共闘し、最終的にシュブ=ニグラスの降臨の阻止に成功。
 しかしながら、最終的に発狂した女院長を過剰防衛からの撲殺をしてしまい、さらには事件の背後にあった警察の怠慢隠しのために、スケープゴートとして一連の事件の犯人に仕立て上げられる。
 誰にも信じてもらえず、留置場で精神的に弱っていたところを、MSOの職員であるキャロルのスカウトを受け、死亡偽装をしてもらったうえで移籍。
 その後、移籍先で訓練三昧の日々を送っていたが、とある休日にかつての共闘メンバーと再会。
 生きててよかったーと喜ばれ、嬉しくなった。多分SAN回復も入った。
 警察はやめたけど、まだできることはある。化け物からみんなを守るために、これから頑張るぞ!
 なお、ひねくれているので素直に態度には出さない。ひねくれているので。

【松田さんと探索・共闘して、警察なんてクソだな!という探索者の皆さん】
 大体のことは本文中、あるいは#3で語っている通りではある。
 ただ、松田さんが捕まったことに猛抗議して、無実を主張したことについては確か。
 後日、槍田郁美さんによって連れてこられた松田改め松井さんと再会を喜ぶ。無事でよかったー!
 余談ながら蓮希ちゃんはこの事件が切っ掛けで松田さんとフラグが立っている。
 ・・・加えて、皆さん一様に警察に対して不信感が立つようになった。
 一つ言っておくなら、クトゥルフ神話TRPGにおいて、警察は情報提供先の一つ、あるいはみんなの足を引っ張るお邪魔虫くらいの立ち位置でしかない。
 なぜなら事件の解決は探索者の仕事だからだ。警察が解決できるなら、プレイヤーのいる意味ないよねという話になってしまうからでもある。

【MSO人事課所属のキャロルさん】
 名前を聞き覚えのある方、毎度おつきあいいただきありがとうございます。
 知らない方は、pixivにある同作者の『成り代わり転生者~』シリーズをご覧になってみてください。
 世界線が異なるので、当然別人です。モブの名前を考えるのが面倒ン゛ン゛ッ(竜咳)、諸事情からリサイクルしました。
 基本的には、あのキャロルさんと似たような感じ、要は「麗しいけどひでー女」です。
 登場作品を盛大に間違えており、コナンよりHELLSINGあたりが適切な感じです。

【今回さっぱり出番のなかった邪神様】
 本文は松田さんの視点で進行するものであるので、彼女の存在は非常に希薄。しょうがないね!
 加えて、松田さんは赤井さんとは違い、彼女の存在を関知はしてないわけで。
 まあ、本編の裏で笑い転げているのでしょう。いつも通りに。


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【番外編γ】風見裕也の知らぬべき世界の話

 このシリーズ考えたとき、そろそろ風見さんに出番をあげたいと思った。『ゼロの執行人』でも『ゼロの日常』でもおいしいとこもっていって、本編コミックスでも登場なさったような出世頭キャラなのに、pixiv連載の某シリーズではラストにちらっと出ただけやで?あんまりじゃあないか。あんまりにも、憐れじゃあないか。(シ○ン感)
 だから、出番を考えてみた。
 ちなみに、今回安室さんは話に係わりありません。彼は話の外で風見さんを労う役回りです。
 彼は本編で邪神様と絡むので、SANを温存させなければならないので。
 今回、政略結婚からの家庭内暴力や暴行を連想させる表現があります。できるだけソフトには抑えたつもりですし、それを行っているのはモブですが、苦手な方はご注意を。



 風見裕也は警察官である。警視庁公安部所属、階級は警部補。

 

 そして、この日本を守る、誇り高い公安警察官を自負している。

 

 彼自身優秀だと自負しているが、彼の所属する部署自体、優秀な人材の巣窟である。

 

 彼らと力を合わせて日本を守ることは、風見のアイデンティティであり、誇りである。

 

 その事件までは、彼はそれを疑いもしなかった。

 

 公安というのは、清濁を併せ呑み、それでもなお日本と、そこに住まう人々を守る部署なのだと疑いもしなかった。

 

 “きれいごとで片付かないならば、手を汚しても片づける”。そのための“違法作業”なのだ。

 

 それで、他の大勢の人々の安寧が守れるならば、安いものだ。

 

 

 

 

 

 あの事件以降、風見は思うのだ。

 

 自分の仕事など、所詮は天秤の振り分けにしか過ぎないのかもしれない。どんなに頑張っても、丸々守れるものなど、ありはしないのかもしれない。

 

 それさえも無駄でしかなく、いつかは全てが失われるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 なぜなら、彼が尊敬していた人間の一人が、人間として糞のつくほど最低な人間であったと判明し、この世の裏側は聞くも語るも悍ましい化け物の温床であると知ってしまったのだから。

 

 人間など、この世というゴミ箱にたかる蛆蠅の類でしかないのだ。少なくとも、あの事件の渦中にまみえた、あのような存在からしてみれば。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 当時、風見が尊敬している上司は二人いた。

 

 一人は、潜入捜査で命がけで犯罪組織の情報を得ている、降谷零。年下の上司ながら、そのポテンシャルも能力も凄まじい。そんな緊張感に満ちた任務についている彼は、忙しい合間を縫って登庁し、時折他の業務を手伝ってくれるのだ。凄まじすぎて、嫉妬するのもバカバカしいほどだ。

 

 そして、もう一人は、同じ警視庁公安の上司に当たる。葛葉警視正は、風見が尻の青い新人であったころからの付き合いで、風見をかわいがってくれた。公安刑事としてのノウハウは、ほとんど彼からの受け売りと言ってもいいかもしれない。仕事もできるし、家族も大切にしている、理想の上司だ。

 

 少なくとも、風見はそう信じていたのだ。あの事件が、起こるまでは。

 

 

 

 

 

 事のきっかけはそう、葛葉警視正の奥方の入院だった。

 

 風見も噂程度にちらっと程度しか知らないのだが、奥方は代々警察の要職に就く家柄の血筋で、政略結婚したそうだ。

 

 しかしながら、葛葉警視はそれでも奥方を大事にしているそうなので、大したものだ。

 

 そんな奥方が、暴行にあったそうだ。ガラのよくない男たちによって、廃ビルの中に連れ込まれたらしく――。

 

 そこからは語るも悍ましいことではあるが――やっとの思いで逃げだしたのだろう、あられもない格好で道端に座り込んでいたところを通行人に発見され、救急車によって運ばれた奥方は、心神喪失状態でベッドの上で終始ぼんやりしているそうだ。

 

 葛葉に頼まれた風見も様子を見に行ったが、痛ましいものだった。

 

 元々、風見は奥方の様子を見に行ったり、葛葉からの頼まれごとで彼の家にお邪魔していたこともあったため、面識があった。

 

 公安にも理解を示してくれる上、夫を立てておとなしくしてくれる、深窓のご令嬢といった風貌の奥方が、今や心ここにあらずといった様子でベッドの住民と化しているのだ。

 

 風見も、公安の端くれである。痛ましい事件の被害者、凄惨な死体や現場を目の当たりにしたことは何度もある。だが、それでなんとも思わないわけがないのだ。被害者が、面識があり、尊敬する上司の奥方ともなれば、なおのこと。

 

 

 

 

 とにかく、風見は仕事で忙しくされる葛葉に代わり、奥方の警護をしていた。

 

 出来ることなら、奥方を傷つけたであろう、下郎をこの手でとらえ、司法の裁きを下してやりたい気分でもあった。

 

 だが、個人的に犯人捜しをするような余裕はない。風見とて公安刑事の一員なのだ。加えて、尊敬するもう一人の上司、降谷からの連絡だって受けねばならない。

 

 腹立たしいことではあるが、暴行事件として既に立件されている。きっと、早晩犯人は捕まるだろう。

 

 病室の扉の前でたたずむ風見は、“彼ら”が来るまでそう思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 そして、恐るべき真実と、悍ましい闇が、そこに隠れているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 「ふざけるな!なぜ貴様がここにいる!!」

 

 風見は怒鳴りつけていた。

 

 病室を訪れた3人の人間。

 

 一人は白髪にサングラスをかけたライダースジャケットの男。雰囲気も相まって、堅気には見えない。

 

 もう一人は黒いワンピースを纏い、黒髪をポニーテールにした清楚な美女。一緒にいる人間の雰囲気が雰囲気なので、下手をすれば誘拐された被害者にも見える。

 

 そして、最後の一人。彼が、風見を激昂させた張本人だった。

 

 黒いコートをマントのように羽織り、ダブルブレストのスーツと深紅のアスコットタイをかっちり着込み、目深にかぶった中折れ帽から、結わえた長い黒髪をたらすその男。

 

 堅気には見えない鋭い緑の双眸。陰のある、整った顔立ち。

 

 見紛うものか。

 

 尊敬する上司が持ち帰った貴重な情報。かの犯罪組織に在籍していたこともあるその男の顔を、大事な同志を自殺に追い込んだその名を、風見が知らぬとでも思っていたのか!!

 

 「赤井秀一!FBIが何の用だ!」

 

 「は?」

 

 「え?」

 

 白髪の男と、黒服の美女が、怪訝そうに赤井を振り返る。

 

 一方の赤井はといえば、かすかに眉をしかめただけだ。

 

 「おい、大学先生。あんた、ミス何とかって大学の客員教授じゃなかったのか?名前も全然違うじゃねえか」

 

 「・・・ミスカトニック大学の客員教授は副業だ。どうも、本業の方の関係者らしいな」

 

 白髪の男のツッコミに、赤井は肩をすくめ、風見を見やる。

 

 感情を読み取れない緑の目に、負けじと風見は目に力を込める。

 

 ここをどこだと思っている。日本の警察病院だ。管轄違いどころかお国すら違うFBIが好き放題できると思ったら大間違いだ。

 

 だが、そんな風見の敵愾心は、次の瞬間打ち崩される。

 

 風見の懐にある、スマートフォンがブルブルと震え、通話に出るや、彼は凍りついた。

 

 それは、管理官直々の電話だった。

 

 葛葉の奥方の件は、HPL案件として捜査権を専門機関に移譲する。そちらの捜査官が来たら、素直に奥方に会せるように。

 

 要約すれば、そのような内容だった。

 

 HPL案件?係わったらロクな目に遭わないという、あの?

 

 指先が冷たくなるような錯覚に襲われながらも、風見は了承の意を伝えて通話を終える。

 

 同時に、進み出た白髪の男が、懐から端末を取り出して、それを操作してから、風見に画面を見せながら言った。

 

 「神話性事象安全保障組織、MSO所属。第3階級、松井陣矢だ。

 

 悪いが、被害者と面会させてもらう」

 

 MSO・・・密かに聞いたことはある。おそらく、一般の警察官は知らないだろう、HPL案件を専門に調査・処理を担う捜査機関だ。風見も、ちらと聞いたことがある程度だ。

 

 「同じく第3階級、浅井成実です」

 

 同じように端末の画面に身分証画面を表示させながら名乗る黒髪の女性に続いて、赤井が名乗る。

 

 「ウィルマース・ファウンデーションからの派遣だ。ミスカトニック大学客員教授、阿須那羽椎夜〈あすなばしいや〉だ。

 

 本業とは、今は関係ない」

 

 どこにそれを信じるバカがいる?!

 

 無言を貫き、睨み付ける風見をよそに、端末をしまった松井が茶々を入れる。

 

 「あんた、その面でFBI?」

 

 「本業とは、今は関係ない。そう言ったはずだが?」

 

 冷たく赤井はシャットアウトする。

 

 

 

 

 

 なお、風見どころかこの場にいる本人以外の誰もが知る由もないが、松井の前職を知れば、お前が言えた義理か!とツッコミを入れられるだろう。

 

 

 

 

 

 「とにかく、私たちはそちらに入院されている方の原因を調査、解決のために来ました。ぶしつけで申し訳ありませんが、どうか面会させていただけないでしょうか」

 

 ぺこりっと礼儀正しく頭を下げる成実に、しかし風見は無言のまま赤井を睨み付けたままでいる。

 

 「あんた、何したんだよ?」

 

 「さて。本業でも副業でも、やることをやっていれば、相応に身に覚えのない恨みつらみは買うものだ」

 

 肩をすくめ、赤井は言った。

 

 「俺が気に入らないのは結構だ。だが、そうしていれば解決するものも解決せん。次の犠牲者が出てもいいのか?」

 

 「脅迫する気か?!」

 

 「事実だ。解決するために、俺達はここにいる」

 

 しれっと言った赤井に、松井はため息を吐いて風見の視線を遮るように立ち、サングラスをずらして険しい視線を向けながら言った。

 

 「おい。言っておくが、被害者はそこに入院している女以外にもいるんだぜ?

 

 他に5人。全員錯乱、あるいは心神喪失でロクに話も聞けない。

 

 うち女が一人で、こっちはひどい錯乱状態で」

 

 ここで松井は言葉を切ると、声を潜め、風見にしか聞こえないように囁きかけた。

 

 「看護士が目ぇ離した直後に花瓶を割って、その破片で手前の腹ぁ掻っ捌こうとした。実際、破片が腹に刺さって大騒ぎになった。命は助かったがな。

 

 妊娠の兆候が出てたが、検査結果はガスが入ってるだけの想像妊娠と診断された直後の話だった。

 

 どこかで聞いたような話だな?」

 

 ぎくりと風見は肩を動かしてしまった。

 

 馬鹿正直すぎる。それでよく公安が務まるな、と上司の一人に怒られそうな反応を返してしまった。

 

 妊娠の兆候が出ているが、検査結果はガスが詰まっているだけの想像妊娠――。それは、この部屋に入院している葛葉の奥方も、同じだったのだ。

 

 無理もない。暴行の末のことだ。心が自分を守ろうととっさに思い込もうとしたのかもしれない。

 

 「おい――!」

 

 「大学先生が気にくわないか?だが、大学先生は、俺達より先達で凄腕らしいからな。

 

 早期解決のためと、目を瞑ってくれ」

 

 「買いかぶりだ。だがまあ、早期に診た方がいいのは確かだ。何が生まれるか、わかったものじゃない」

 

 「は?」

 

 首を振って言った赤井に、とっさに風見は聞き返していた。

 

 生まれる?想像妊娠なのに?

 

 「バカを言うな。想像妊娠だぞ?気は確かか」

 

 FBIきっての切れ者と名高い男が、何とも頓馬なことを言う。

 

 内心せせら笑うながら、風見が言うと、3人は沈黙する。

 

 ややあって、ガシガシと白髪をかき回した松井が、風見に言った。

 

 「あんたの仕事はここまでだ。後は、俺達の分野だ」

 

 押しのけられた風見はムッとしたが、彼が止めるより早く、3人は病室に踏み入った。

 

 「~・・・~~・・・~~~♪」

 

 病室の奥、白いリネンの上で、彼女はいた。下した黒髪、どこかやつれたような面持ちで、彼女はふっくらした腹を撫でていた。かすかな声は、鼻歌のようだ。

 

 何も知らなければ、確かに妊娠しているようにも見える。だが、その腹の中に新しい命はなく、虚ろしかないのだ。

 

 「成実、頼む」

 

 「産婦人科は専門外だけどね」

 

 松井の言葉にうなずいて、成実はベッドのそばに歩み寄ると、「こんにちは」と一声かけた。

 

 「ちょっと、体を見せてもらいますよ。いいですか?」

 

 成実の言葉に、奥方は答えなかった。

 

 成実は声をかけながら、そっと体を触ったり顔を窺ったりしている。

 

 「勝手に入るな!」

 

 「そっちが許可しねえんだからしょうがねえだろ。上は俺達に任せろって言ったんじゃねえのか?

 

 いいのかよ?命令違反じゃねえのか?国家の狗」

 

 入ってきながら怒鳴った風見を、フンと鼻で笑う松井。

 

 「しぃっ!」

 

 しかしながら、そんな二人を成実は静かにするようにと叱咤し、ややあって視線を伏せて「ありがとうございます。もういいですよ」と声をかけて診察を終える。

 

 「確かに、妊娠しているようにも見えるけどね。カルテも見せてもらったけど、真っ当な診断なら、想像妊娠なんだろうね」

 

 「米花中央病院で見かけたのと同じか?」

 

 「・・・恐らく」

 

 「~~~っ!くそっ!」

 

 静かにうなずいた成実に、松井は白髪をガシガシをかき混ぜた。

 

 「ちなみに、大学先生の見解としては、放っておいたら何が生まれると思う?」

 

 「端的に言うならば、落とし子だろうな」

 

 「そいつは、放っておいて大丈夫だと思うか?」

 

 「それは、俺ではなく、医師に聞くべきだろう」

 

 松井の問いに、赤井は視線を成実に向ける。

 

 成実は静かに首を振った。

 

 「入院してから3日。ガスで膨れたにしたって、初日と違って徐々に膨れてきているとカルテに記されていたんだよ?目視でわかるほどの速度でね」

 

 ここで成実は言葉を切ってから、視線を風見に向ける。

 

 「この事実を認識してしまった看護師と医師は、錯乱してしまったよ。

 

 薬などの投与もまるで意味をなさない。こんなの、あり得ないとね。

 

 だから、私たちがここにいる」

 

 そうして、成実は言葉を続ける。

 

 「全くの未知数、としか言いようがないけど、中身が何であれ、周囲への被害も鑑みれば・・・おろした方がいい、かな」

 

 視線を伏せての成実の言葉に、赤井は重々しくうなずいた。

 

 「待て。おろす?だから、それは」

 

 「想像妊娠だとして、あんたは説明がつけられんのか?たった数日で、人間の腹がガスで妊娠と勘違いしそうなほど膨れる原因を」

 

 「そんなの」

 

 医者でない自分にわかるわけがないと言いかけて、風見は言葉を飲み込む。その医者が、あり得ないとさじを投げていたのを思い出したのだ。

 

 「外科処置というわけにもいくまい。こういうケースならばなおさらだ」

 

 そう言って、赤井は一歩奥方に近寄り、茫洋としている彼女の目に視線を合わせ、口を開く。

 

 「一言訊こう。それは、あなたの望んだ結果か?」

 

 途端に、かすかなハミングが止んだ。

 

 茫洋としていた黒い眼差しに、恐怖と助けを求める光を見出した赤井は、静かにうなずいた。わかっている、というかのように。

 

 「その子を、在るべき場所に帰そう。構わないな?」

 

 奥方は答えなかった。だが、それで十分と言わんばかりに、赤井は立ち上がって一歩下がる。そうして、コートの下から革表紙にはさまれた羊皮紙の束を引っ張り出した赤井に、風見は怪訝そうに眉をしかめる。

 

 何をする気だ?

 

 「見ない方がいいぞ。俺も何度か見たが、何度見ても慣れねえよ」

 

 「慣れたらおしまいって意見もありますけどね。気分が悪くなると思いますから、見ない方がいいというのには同意しますが」

 

 松井と成実が声をかけてくるが、風見は目をそらす気にはなれなかった。

 

 尊敬する上司がいない以上、この異国の捜査官が勝手をしないように、自分が目を光らせるのだ。

 

 

 

 

 

 直後、風見は死ぬほどその判断を後悔した。

 

 

 

 

 

 

 まず、赤井はコートから取り出した容器を成実に渡し、奥方の下腹部に赤みを帯びたクリームを塗らせた。

 

 「呪文≪臓器の転移≫、その応用の使用を命ずる。対象は除去にとどめる」

 

 そうして、右手に携えていた羊皮紙の束にそう声をかける。

 

 直後、革表紙が開かれ、その中の羊皮紙の束が浮かび上がる。バラバラと紙切れが、風もないのに意志を持っているかのように赤井を中心に空中を舞い踊り、そのうち一枚が、書かれた文章を赤く光らせ、赤井の目線の先に浮かび上がる。

 

 赤井の薄い唇が、何かを口ずさむ。だが、風見の脳髄はそれを理解することを拒否した。あらゆる常識、物理法則を嘲笑い冒涜するかのようなその現象の、意味が分からない。知りたくない。わかりたくない。何が起こっているかなんて、そんな、そんな、あんなの、風見には分からない!分かりたくもない!

 

 ブツリっと、風見の中で何かが切れた。あるいは、なくてはならないものがごっそり減った。

 

 風見の喉は、奇声を張り上げていた。こんな意味の分からない状況を作るあの男を、生かしておいてはならない!無我夢中で、風見はスーツの懐から引き抜いた拳銃の安全装置を外し、赤井の頭に狙いを定め――。

 

 「だから見るんじゃないと言ったんだ!」

 

 「離せ!離せええええ!!殺してやる!悪魔め!化け物めえええ!」

 

 「クソッ!おい成実!しっかり押さえろよ!早くしてくれ大学先生!」

 

 成実と松井に抑えつけられ、拳銃を取り上げられながら、風見はもがいた。

 

 あの男を殺さねばならないのに、どうしてわからないんだ!!

 

 そんな3人を歯牙にもかけず、赤井は何事かつぶやきながらさらに動く。右手には紙束をまとめるためらしい革表紙を携えたまま、空手の左手で印を切り、そして。

 

 そのまま、彼は左手をぼんやりしている奥方の腹部に突き入れいた。

 

 肉を割いて、血が噴き出すかと思いきや、奥方の白い腹部は、水面のように波立って、赤井の黒革の手袋に覆われた左手を静かに受け入れている。

 

 だが、いよいよ理解の範疇を越えた風見はそれどころではなかった。

 

 「ああああああっ!!!葛葉さんの奥さんによくもよくもよくも!!!殺してやる殺してやる殺してやる!!」

 

 「だから落ち着けって!」

 

 「大丈夫ですからぁ!」

 

 成実と松井が必死に抑えつけようとするのに、風見はもがき抵抗しながら、目の前の光景を睨み付けた。

 

 ずるりと赤井の左手が、引き抜かれる。奥方の腹には傷一つなかった。そして、そして。

 

 赤井の左手に捕まれているそれを確かに風見は見たのだ。だが、彼は思い出せない。まるで霞がかかったかのように、その部分だけは思い出せなかった。思い出す、記憶するどころか、認識することをあらゆる感覚器官が拒否するかのように。

 

 だが、一つだけはっきりしていた。それが、奥方の腹の中に入っていたなど、絶対間違いだ。ありえない。それが、風見の抱いた感想だった。

 

 何でそんなものが。恐ろしい。悍ましい。何で何で何で!!!

 

 ただの肉塊、と言い切れればよかったのだろう。赤子の成り損ないどころか、あらゆる臓器の形、どころか生き物そのものにも該当しないそれを、赤井は無造作に床に叩きつけた。

 

 濡れそぼった雑巾のような音を立て、なおも蠢き産声にも満たない醜い悲鳴を上げるそれを、赤井は憐れむような面持ちで、そのまま革靴で踏みつぶした。

 

 途端に、その場を支配していた何かが、喪失した。ブツリっと見えない糸が切れたかのように、何かが、元に戻った。うまい言葉が見つからないながら、風見はそう感じた。

 

 赤井の黒い革靴の下で、それが空気に溶けるように姿を消した。

 

 直後、くたりっと奥方がベッドに崩れ落ちる。赤井の周囲をまとわりつくように飛び回っていた羊皮紙たちも、仕事は終わったというかのように、彼の右手の革表紙の中に一斉に飛び込み、ただの紙束と化す。同時にパムッと音を立てて革表紙も閉ざされた。

 

 「あああ!いやだ!いやだいやだいやだ!!!」

 

 風見が認識できたのはそれまでだった。もはや、何を信じて受け入れればいいのか、彼の理性は仕事放棄してしまったのだから。

 

 「いい加減大人しくしやがれ!」

 

 松井の罵声と一緒に、脳天をしたたかに殴られ、意識を飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 次に風見が気が付いたときには、病院の片隅にある喫煙所にいた。

 

 煙草臭い、硬いベンチの上に寝かされている。松井と赤井が煙草を吹かしており、成実がすぐそばに座っている。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「あ、ああ」

 

 ホッとしたような成実に声をかけられ、あわてて風見は身を起こして、身なりを正す。

 

 FBIの前で何と情けない姿を見せてしまったのだ。これでは公安に泥を塗ってしまう。

 

 「すまない。みっともないところを見せた」

 

 「いえ・・・無理もないですよ。

 

 私も、初めての時は、信じられなくて自分で頭をかち割ろうとしましたから」

 

 微笑む成実に、改めて風見は姿勢を正して、尋ねる。

 

 「何が起こっている?あれは何だったんだ?解決させると言ったな?

 

 ということは、あれを引き起こしている犯人がいるのか?」

 

 矢継ぎ早の風見の質問に、しかし成実は困った顔をした。

 

 そうして、風見もすぐさま口を閉ざす。

 

 

 

 

 

 そうだ。この件はすでに公安の手を離れ、HPL案件の専門捜査機関に移譲されたのだ。

 

 係わっていいことなど一つもない。先ほどのように、きっと、まともでない話なのだろう。

 

 しかし、と風見は思うのだ。

 

 風見の尊敬する上司の奥方が、傷つけられた。葛葉警視正は、奥方が事件に巻き込まれたのを聞くや、苦しそうに眉を寄せながら、それでも仕事をしなければならないときっぱりと言い放ったのだ。それでも仕事を優先するとは、公安の鑑のような方だ!

 

 風見は、少しでも、そんな葛葉の力になりたかった。

 

 ただ、それだけだったのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、意外にもそんな風見に助け舟を出したのは赤井だった。

 

 彼は、おそらく風見の所属を見抜いていたのだろう、捜査の効率化のために彼を巻き込むことにしたらしく、そのための事情説明を始めたのだ。他二人はその強引さに呆れていたが、最終的にそれに同意した辺りで同罪である。

 

 いずれにせよ、風見にすでに聞かなかったことにするという選択肢はなかった。スマートフォンで今抱え込んでいる業務のうち、どうしても必要な急務であるものを他の信頼できる人員にてきぱきと振り分け、完全にこのイレギュラー(イリーガルの可能性もある)の業務に首を突っ込むことにしたのだ。

 

 これは断じて、ボイコットではない。立派な職務だ!

 

 この時、風見は異国の捜査官である赤井を見張り、尊敬する葛葉の手助けになりたいという欲に駆られていたため、そう言い訳した。

 

 しかし後に、この時の自分の思考を思い返した風見は、まだ錯乱していたのかもしれない、と思ったそうな。

 

 ともあれ、改めて風見は自己紹介をして、この事件の捜査に本格的に身を投じることになったのだ。

 

 

 

 

 

 赤井の説明(+松井と成実による補足)によれば、こういうことである。

 

 ある魔導書が日本国内で発見され、その希少性と危険性からミスカトニック大学の図書館に所蔵されることとなり、輸送されることとなったが、何者かに襲撃を受けて本が強奪された。

 

 その本の受け取りに来ていた赤井が、襲撃者の迎撃に出るが、負傷者もたくさんおり、やむなく、取り逃がす。

 

 襲撃の際に使われた魔術の痕跡などを鑑み、襲撃者は魔術に造詣のある人間――いわゆる魔術師であると判断。

 

 そして、それと前後して、件の集団錯乱・心神喪失者の続出が発生。

 

 時間軸の一致、現場がさほど離れてないことなどから鑑み、一連の事件は同一犯のものであろうと推定された。

 

 魔導書の奪還、最悪は処分を目的とする赤井と、集団錯乱・心神喪失者続出の解決を捜査する松井と成実が行動を共にするのは、必然であるともいえた。

 

 

 

 

 

 とりあえず風見は、正気か貴様らと猛烈にツッコミを入れたくなったのは確かだ。

 

 魔導書?魔術師?

 

 だが、そんな戸惑う風見を置いて、他3人は至極真面目に話を進める。

 

 途中、ウェイトリーやら旧支配者〈グレート・オールド・ワン〉やら、外なる神〈アウターゴッド〉やら、風見にとっては意味不明の言葉が出てきたが、要約すれば今回の犯人の目論みは、おそらく。

 

 魔導書に載っていた神格(赤井曰く、ヨグ=ソトースというらしい)を招き入れ、被害者たちはそれと子作りをさせられた。女性は想像どころか本当に妊娠させられ、男性はそれを見たか、魔術か何かで頭をおかしくさせられた。

 

 どうにか、推測できる言葉の数々からそう予測できたが、正直風見はこの結論も頭がおかしいし、それを至極真面目に言い合っている彼らの頭もどうかしていると思っていた。

 

 FBIきっての切れ者と名高い赤井が、魔術だ神格だと表情一つ変えずに言ってるのもどうかしているとかしか言えなかった。

 

 直前に見た、あの常軌を逸した光景がなければ、きっと風見は彼らの話を微塵も信じる気にはなれなかっただろう。

 

 何にせよ、協力すると決めたのだ。真実は捜査していけばおのずと明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 そこからは一度二手に分かれて行動することになった。

 

 肝心の魔術師の潜伏先が分からないのだ。それを特定しなければ話にならない。

 

 赤井と松井が、米花中央病院に入院する他被害者の個人情報の裏取り。

 

 成実と風見で、葛葉夫人の調査である。

 

 何故葛葉夫人だけ別枠かといえば、葛葉夫人の方が圧倒的にセキュリティが高く、手が出せないからだ。何しろ、夫人の夫に当たる葛葉警視正は警視庁公安部に所属しているのだから。

 

 だが、それは同じ公安の警察官がいれば、話は違ってくる。特に、風見は葛葉の腹心の部下の一人だ。奥方の様子見のために、自宅の合鍵をも持たされているのだ。

 

 なお、組合せに関して、風見は少々意外に思った。おそらく、本来はバディを組んで行動しているだろう松井と成実が、別れる選択を取ったのだから。

 

 ・・・もっとも、それで余りものとして赤井と組まされようものなら、捜査どころではなくなっていただろうが。おそらく、その組み合わせを提案した松井はそれをも見越していたに違いない。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 まったく無関係の成実を葛葉の家に上げるのに風見が躊躇しなかったと言えば、嘘になる。

 

 しかし、事は一刻を争う。情報を探るならば、手分けした方が早い。

 そうして、風見はマンションのセキュリティを解除し、成実を葛葉の家に上げたのだ。(奥方の様子見や、葛葉の使いの関係で風見も合鍵を持たされていたのだ)

 

 内心で、葛葉のいかめしい面持ちに平謝りしながら、風見は成実とともに何か手がかりはないか探し始めたのだ。

 

 

 

 

 

 違和感は、内心あったのだ。ただ、風見が意識しないようにしていただけで。

 

 例えば、妙に殺風景なマンションの内装。例えば、風見が様子見に行くたびに、色の悪い顔に誤魔化しとわかるほどヘタな笑みを見せていた奥方。

 

 探し出した奥方の日記には、彼女の苦悩がつづられていた。

 

 結婚当初から、冷たい態度を取り続けていた夫。妻の手作りの食事はとらない、勝手に出歩くな、外で名前を呼んで接近してくるな、など夫婦とは思えないような決まり事の数々。

 

 帰宅して、せめて労おうと出迎えた妻に対する、疲れから来る八つ当たりらしい暴言の嵐。

 

 必死に歩み寄ろうとする妻の努力を、ことごとく踏みにじる夫の姿が、そこからは読み取れた。

 

 日記の文字は、時折歪み、円形に皺が寄ってにじんでいる部分がある。涙の跡だ。

 

 嘘だと風見は言いたかった。外ではあんな、おしどり夫婦であったというのに!だが、風見が見ないふりをしていたものが、それを肯定してしまう。

 

 家族を大事にしているはずの、葛葉から一度も奥方の好きな物の話や、彼女にまつわる思い出、あるいは記念日の話を一度も聞かなかったのだから。

 

 日記の記述が一変したのは、二人で奥方の方の実家へ行った際に、奥方の父からかけられた「そろそろ孫の顔が見てみたい」という遠回しな催促だった。

 

 ・・・夫婦は、政略結婚であるのだ。つまりは、実家へのご機嫌取りが不可欠なのだ。

 

 そこからごっそりと白紙のページが続いていて、ようやく書かれた日記には、その日の出来事は綴られず、短く「汚い」「逃げたい」「死にたい」「もういやだ」とだけ書かれていた。

 

 何があったかは、想像に難くない。

 

 そして白紙のページがまた続き、最近の日付になったところで、ネットに匿名のオカルト掲示板越しで友人ができたと、弾んだ字体で書かれているのが見つかる。

 

 夫に関する記述は一切なくなり、どんどんその掲示板とそこに出入りする友人たちとのやり取りやそれに関する感想が増えていく。

 

 そして、一番最後に、オフ会をする、そのついでに噂の幽霊が出るという廃屋を見に行くという記述が載っていた。

 

 日記はそこで、終わっていた。

 

 

 

 

 

 成実は嫌悪感に満ちた顔をしながらも、自身の業務を優先させる気だったのだろう、日記を読み終えるや、奥方の寝室にあるパソコンを点けようとした。

 

 だが、彼女(風見は成実を女性と思い込んでいた)は何か考え込むように軽く目を伏せると、それを風見に任せ、部屋を出て行ってしまった。

 

 何だろうか。いくら事件解決のためとはいえ、あまり好き放題してもらっては困るのだが。

 

 ともあれ、風見はてきぱきと動く。パソコンの履歴やメールをチェックし、オフ会の日程や待ち合わせ場所、件の幽霊の出るという廃屋の位置の特定を済ませる。

 

 ついで、掲示板のアドレスも控えておく。赤井はともかく、相手は異なれど同じ日本を守るMSOの二人には、有益な情報となると判断したからだ。

 

 思うところはある。だが、それはこの事件を解決させてからだ。たとえ逃げだとなじられようと、ひとまずはと風見は自身にそう言い聞かせた。

 

 そうして、奥方の自室を出たところで、風見は愕然とした。

 

 何と、成実が葛葉の方の自室に侵入していたのだ。あれほどここには入るなと言いつけておいたというのに!

 

 さすがに仕事を持ち帰るなどということをあの有能な上司がしているわけがないだろうが、それでも機密の一つや二つ転がっているかもしれないというのに!

 

 「ねえ、風見さん。おかしいと思いませんか?」

 

 パソコンを弄りながら、成実は振り向きもせずに止めようとした風見に言った。

 

 思わず、風見はそれに身動きを止めて問い返していた。

 

 「おかしい?」

 

 「奥さんの日記には“家から必要以上に出歩くなと言いつけられた”とありました。仮にこっそり出かけても、連れ戻されています。知ってますよね?」

 

 知っている。風見もその連れ戻した人間の一人だからだ。

 

 ・・・このマンションはセキュリティが厳重であり、公安の息がかかっている。出入りの際に、その記録が残されるし、ある程度の権限を持つならその記録を閲覧、どころか特定の人間が出入りしたらその通知が届くようにさえなっているのだ。

 

 「何でオフ会に出かけたとき、連れ戻されなかったんですか?」

 

 「あ・・・」

 

 指摘されて風見は息を飲んだ。

 

 「そ、そうだ!きっと、葛葉さんも申し訳なくなったんだ!だから、きっと、そのくらい許容するように」

 

 「もう一つ」

 

 わずかな風見の希望を叩き壊すように、パソコンをにらみマウスを動かす成実が言った。

 

 「阿須那羽さんが言ってたんですけどね?奪われた魔導書の輸送警護には、何人か公安の人間も回されていたそうです。

 

 襲撃者は、どこから輸送の情報を得ていたんだと思います?」

 

 「公安が漏えいしたというのか!!」

 

 「それを、確認しているだけです。もちろん、その線はないと思いたいですが」

 

 そう言いながら、成実はマウスをクリックし、画面を読み込み――ややあって、ギリッと大きく歯を鳴らし、まるで汚物を目の当たりにしたように画面から視線を引きはがした。

 

 促され、風見は半信半疑に画面を覗き込み――思考が、真っ白になった。

 

 それは、メール画面だった。日付・場所はもちろん、警備状況を子細に書き込んであり、報酬として“完全にして最高にデザインされた子供”を与えるよう念押しする文章があった。

 

 「嘘だ・・・嘘だ、嘘だ・・・!」

 

 崩れていく。風見が公安の鑑と目した人物の、最悪の裏切りの証が、そこにあった。

 

 「“完全にして最高にデザインされた子供”・・・落とし子か」

 

 苦虫をかみつぶすように唸った成実は、続いて部屋のものを物色する。日記か何かを探しているのだろうか。

 

 風見はそれどころではなく、放心状態に陥っていた。

 

 グルグルと、その脳裏を葛葉との思い出が巡っている。緊張でガチガチになっていた新米の風見の肩を叩いて笑いかけた姿。失敗を力なく報告した風見を、まずは怪我の心配をして、続けて厳しく叱責しながらもフォローに当たる頼れる上司。てきぱきと指示を出し、その大きく頼りがいのある背中を見せつけられた。結婚の報告を、現実味は薄いんだが、と困ったように笑いながらも、話してくれた姿。仕事上がりに、この店は美味いんだと飲みに連れて行ってくれた姿。それらが音を立てて壊れていく。

 

 どうして。どうして。どうして。

 

 

 

 

 

 成実が動機の発見をしたのは、風見がようやく動き出した直後だった。

 

 それは、葛葉が無精子症という、診断書だった。一度ぐしゃぐしゃに丸められたのか、皺まみれのそれは、本棚の隅の隅にファイルに挟まっておかれていた。

 

 夫人の日記と合わせて推測されたことはこうだ。

 

 政略結婚したからには、夫人の両親に媚を売らねばならない。そして、そのご両親から孫を催促された。だが、肝心の葛葉自身の関係でそれは不可能。

 

 何か手はないかと探し回った結果、接触してきた、件の魔術師。

 

 どうせ子供を孕ませるならば、そこらの凡人の血をひかせるよりも、格段に凄まじい力を持つ、神の仔を。

 

 仮にも自分の妻を、何だと思っているのだ。

 

 憤慨する成実に、風見はもはや何も言えなかった。

 

 なぜなら、風見は、そんな男の言いなりになって、この牢獄のような場所から逃げたかったであろう夫人を捕まえ、何度も連れ戻していたのだ。

 

 けして、風見は、それに同意する資格など、ありはしないのだ。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 調査を終えて合流するや、風見は少々驚いた。

 

 赤井と松井は二人ではなかった。途中で強引に同行を迫られた、拒否すれば赤井が魔術を使ったこと(どうも米花中央病院でも同様の魔術を使ったらしい)をネットに流すと脅されたと、女を一人連れていたのだ。

 

 ショートボブにした黒髪に、グレーのパンツスーツを纏った彼女は、眼鏡の奥の瞳を険しく釣り上げていた。風見は彼女を知っていた。

 

 「橘?!」

 

 「風見さん・・・」

 

 彼女は、風見の“協力者”、弁護士の橘鏡子であった。

 

 

 

 

 

 話を聞けば、どうも米花中央病院に入院している被害者たちのうち一人が、橘の友人であるというのだ。彼女の見舞いに来ていた橘は、明らかに見舞客としては異質な3人組を発見し、彼らが常軌を逸した行い(いわずもがな、赤井の魔術の行使。こちらの病院の妊娠していた女性へも同様の処置をしたのだ)をするのを隠れ見て取り乱し、その場から逃げてしまったのだ。

 

 だが、落ち着いて考えてみれば、あるいは彼らは友人に起こったことについて何か知っているのでは?と思い直した橘は、あちこち探しまわり、ついに捕まえることに成功したのだ。

 

 

 

 

 

 橘は頑なだった。

 

 どうにか風見がなだめようとしたが、絶対行く!止めても無駄だ!と言い張ったのだ。

 

 何とか他のメンバーに助力を求めようにも、赤井と松井は自己責任と突き放し、成実に至っては事情を聞くなり少し気の毒そうにして、止めても無理そうだし、それならいっそ見えるところに置いといた方がいいんじゃないかと言い出す始末である。

 

 やむなく、風見も折れる羽目になった。

 

 

 

 

 

 どうにか橘の処遇についても話がつき、改めて情報の共有・整理を行い、ようやく魔術師の居場所を特定した。東都郊外の廃屋らしい。

 

 そこで赤井が一度解散を言い出した。少々準備したいものがあるということだった。

 

 MSOの二人も経過報告と、合わせて装備を整えてくると言い、橘と風見にも、荒事になる可能性があるため、装備を整えてくるようにと伝えてきた。

 

 確かに、と風見も同意した。拳銃は所有している(病院で正気を取り戻したときに返してもらった)し、刑事であるがゆえに荒事の心得はあるが、橘はどうであるのだろうか。ないならば、やはり彼女に来てもらうのはいけない。

 

 風見の視線に気づいたか、橘は視線を一層険しくして、「私も準備してきます!言っておきますが、絶対行きますから!」と言い残して去っていった。

 

 一応、待ち合わせの時間は事前に決めておいた。現地集合である。廃墟の探索ともなるので、風見も準備をしにかかった。

 

 

 

 

 

 東都の郊外にある、2階建て庭付きの一軒家。一見するとそんな感じの廃屋が、目的地であり、集合場所である。

 

 風見は少々職権乱用して、防弾ジャケットを用意し、身に着けておいた。相手は魔術師というが、文明の利器〈銃火器〉を使わない保証はどこにもない。

 

 できるなら、他の人間の分も(最低限、民間人の橘には)用意しておきたかったが、いくら公安といえど備品を勝手に持ち出すのはよろしくない。ただでさえも、“違法捜査”で他の部署から厳しい目で見られているのだから。

 

 集合した他のメンバーはといえば・・・松井と成実、赤井は解散前とさほど変わった格好はしていない。

 

 特筆すべきは橘で、パンツスーツから一転して、動きやすそうなカジュアルな格好に、左肩に細長い布袋を担いでいる。

 

 一同の視線に気が付いたが、布袋を下して、少しだけ中身を見せてきた。赤い柄紐の、日本刀の柄らしき部分が見えた。

 

 「剣道場を開いていた祖父は、居合もしてたんです。私も手ほどきを受けました。免許皆伝してますので、腕には自信があります。この刀は祖父から譲ってもらったものです」

 

 意地でも足手まといにはならないと強い眼差しで語るが、風見は不安が隠せない。稽古や試合と、実戦はまるで別物なのだ。

 

 大体、悠長に刀を構えて切り掛かろうものなら、銃で撃たれたり、魔法をかけられる可能性があるかもしれないというのに。

 

 そんな彼女に、赤井が歩み寄り、二三、言葉を交わす。

 

 「すまないが、先に中を探索していてくれ。すぐに行く」

 

 赤井の言葉に、松井は肩をすくめ、成実はうなずいて、渋る風見を引きずるように廃屋の敷地に連れ込んだ。

 

 チラッと振り向いたとき、赤井はまたしても、あの革表紙の本を右手に持っていたようにも見えた。

 

 

 

 

 

 廃屋の埃を消すような、いくつもの足跡に、風見はもちろん、他二人もすぐに気が付いた。

 

 複数人が入り込んだらしいが、確実に女性がいたのは間違いないだろう。足跡のうち一つが、踵部分が小さく、その一点に体重がかかるため床に傷を残しやすい形状――ピンヒールのものだったからだ。このタイプの靴を履くのは、まず女性だろう。

 

 足跡をたどるように奥へ向かい、探索する。どこに魔術師がいるかわからない以上、あまりバラバラに動くのは危険だ。できるだけお互いの死角をカバーできるように固まって行動する。

 

 例のオカルト掲示板のオフ会をした連中も、あちこち見て回ったらしく、そこかしこに痕跡が見受けられた。

 

 やがて、とある一室で、地下に向かう階段を発見した。頻繁に出入りされているらしく、埃が少ないのだ。他の場所にはオフ会連中の足跡が残るくらいはあったというのに、ここには埃そのものが少ない。

 

 おそらくここだろうと当たりをつけたところで、赤井と橘が合流する。

 

 橘の顔色が微妙に悪いが、赤井はいったい何をしたのだろうか。風見は赤井を詰問したが、橘は口を閉ざし、赤井は「そのうちわかる」とはぐらかした。

 

 ともあれ、発見した地下への階段を、改めて下りていくことになった。

 

 先頭は拳銃を持っている松井が務め、その後を同じく拳銃を持つ風見が、成実と橘がその後に続き、しんがりを拳銃を持つ赤井(案の定持っていた)が続く。

 

 ちなみに、成実は応急処置セット程度で、武器は手ぶらだった。なぜ何も持ってない?!という風見に、成実は「組み技を収めてますし、拳銃は不得意なんです」と苦笑して見せただけだった。

 

 ・・・成実が細身の見た目とは裏腹に、下手な男性よりも、筋力があるというのはこの場では松井程度しかあずかり知らないことであろう。神話生物を素手で仕留めたこともある傑物でもある。

 

 

 

 

 

 暗い階段を、拳銃に付けたフラッシュライトで照らす松井に、成実のライトがさらに照らす。ちなみに、懐中電灯は他のメンバーも持っているが、とりあえず奇襲を警戒してこの二人だけが照明を担当することになったのだ。

 

 やがて、ひどい臭いが鼻につき出す。腐臭だ。饐えたような、肺自体が受け入れることを拒否したくなる、ひどい臭いだ。

 

 えずきそうになるのを堪え、一同は地下室に踏み込んだ。

 

 だだっ広いという言葉では片付かない、上の邸宅からは想像つかないほど広い地下室だ。

 

 端の方に転がる、既に腐敗してかろうじて形がわかる程度の遺体が複数。

 

 そして、部屋の中央はすり鉢状にえぐれており、それを取り囲むように、巨大な石の柱がいくつも並べられている。何も知らなければ、ストーンサークルにも見えるかもしれない。だが、これは断じてそんな生易しいものではない。

 

 なぜなら、その柱にはすべて、いくつも意味不明ながら悍ましさを感じる文字列、あるいは見ているだけで頭痛がしそうな模様が彫り込まれており、風見はそれを目の当たりにしただけで、体の震えが止まらなくなった。

 

 これは何だ。何だこれは。こんなものが何で。何で。

 

 ベチャッという重い粘液が壁に当たるような音がした。松井が体をくの字に折って、ゲーゲー吐いている。音は、吐しゃ物が床を汚す音だった。

 

 「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫だってまだ何もないこんなのただの石ただの石あり得ないあり得ないあり得ない」

 

 ブツブツと脈絡のないことをひたすらつぶやくのは、青い顔をした橘だ。

 

 成実はといえば、同じく青い顔でひたすら自分の腕を掻き毟っていた。

 

 そんな中、一人赤井だけが苦虫をかみつぶした顔で平然としていた。・・・一周回って、この男が一番頭がおかしく見える光景である。

 

 「・・・落ち着いたか?」

 

 「どう、にか」

 

 「す、すみません・・・」

 

 「最初から落ち着いてますよ見ればわかるじゃないですかこんなのおかしいけど落ち着かないといけないって」

 

 とりあえず橘は落ちつけてないのはわかった。

 

 風見もまだ震えは止まらないが、ノロノロと体を動かす。

 

 「こ、れは何だ・・・?」

 

 風見の問いに、うんざりしたような赤井が答える。

 

 「神格招来のための儀式の一環、だろうな。ここから喚び出すんだ」

 

 何を?何が、こんな恐ろしいところから出てくるというのだ。

 

 そして、出てきたそれが、何をするというのだ。

 

 理解したくない。風見の、一般には優秀な部類に入る頭脳は、その事象と、先に待ち受けるものに対する想像を放棄した。考えたくもない。

 

 「予想はしていたが・・・案の定だったか。持ってきて正解だな」

 

 言って、赤井はコートの懐から取り出したものを、ひょいと松井に渡す。オフホワイトの粘土のようにも見えるが、かなりの量があるだろうそれに松井は眉をひそめる。

 

 「何だこりゃ?」

 

 「C-4だ」

 

 「おいこらFBI!」

 

 何というものを持ち歩いてるんだこの男!!風見はもちろん、思わず取り落としそうになった松井も、それが何かわかっているのだろう。

 

 「C-4?」

 

 「軍用プラスチック爆薬だ。TNT換算で約1.34倍の威力がある。粘土状だからな。仕掛けやすさは固形爆弾のそれを上回る」

 

 怪訝そうな成実に、松井が顔をひきつらせながら言う。

 

 一時解散を言い出した時に、取りに行ったに違いない。

 

 「こっちが信管だ。幾ついるかわからなかったが、とにかく必要分はあるだろう。で、この端末から起爆コードを送信すれば、起爆する」

 

 顔色一つ変えずに説明する赤井だが、風見は噛みつかざるを得なかった。

 

 「何を考えているんだ!!ここは日本だ!貴様の国のようにすぐさまドカンで済むと思ったら大間違いだ!!」

 

 「・・・では、どうするんだ?」

 

 静かに、赤井が尋ね返す。

 

 「この少人数で、あの石柱群を短時間に破壊する効率良い方法が、爆破以外にあるなら、教えてくれ」

 

 「ま、乱暴ではあるが、正解だな。重機もこんなとこには入り込めねえぞ」

 

 肩をすくめた松井に、風見は答える。

 

 「別に、ここを壊さずと、魔術師を捕えればそれで」

 

 「バカじゃないですか別の人間が利用したり何かの弾みで呼び出されたらあなた責任取れるんですかああそこまで考えてなかったから言ったんですよねすみません私でも考えつくことなのに」

 

 いまだに落ちつけてないもの橘の言った正論(嫌味付)に、うっと風見は言葉に詰まる。

 

 「幸い、ここは郊外の廃屋だ。多少ドンパチしても問題ない。どうせ、“広報”の連中がどうとでもするだろう」

 

 そう言ったところで、松井が舌打ちする。

 

 「・・・どうやら、入れ違いになっていたようだな」

 

 上が騒がしい。魔術師が戻ってきたのだ。おそらく、新たな犠牲者を携えて。

 

 「二手、いや、三手に分かれるぞ。

 

 魔術師の気を引き、かなうならその打倒を狙うもの。

 

 被害者の救出を担当するもの。

 

 石柱に爆薬を仕掛けるもの。

 

 俺は面が割れているから、魔術師を担当する。

 

 浅井、君は医術の心得があるな?救出班へ行ってくれ。

 

 松井は爆発物に対する知識もあると聞いた。そのまま爆薬の方を。

 

 残り二人は自分で決めろ」

 

 言うや、赤井は踵を返し、階段の前に仁王立ちになる。

 

 「了解」

 

 「しょうがねえな。まさか俺が爆弾仕掛ける羽目になるとはな・・・」

 

 短くうなずいて赤井の隣に並ぶ成実に、松井は信管と起爆端末を受け取って踵を返す。

 

 橘はといえば、刀を抜いて、浅井の隣に並ぶ。

 

 「私は魔術云々はわかりませんが人質の救出くらいはできますだから手を貸します足手まといにはなりません」

 

 風見はといえば、不本意だが、赤井の隣、成実の反対、斜め後ろにつく。

 

 必要に応じて、人質救出、あるいは赤井のフォローにつく。それが風見の決断だった。風見の爆発物に対する知識はさほど高くない。専門と比べれば、いわずもがな。ゆえに、そちらは松井に任せることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 階段を下りてきたのは、やせ気味の男と、妙に太った巨漢だった。

 

 やせ気味の男は、浮浪者と見紛う小汚い格好をしていたが、目つきが違った。とっさに風見が連想したのは、数年前に逮捕した連続殺人鬼だった。汚い手で触ってきたから殺したという、理解しがたい――サイコパスらしい動機を語った、あの男の目と同じだと、そう思ってしまったのだ。

 

 そして、妙に太った巨漢を見た瞬間、風見はやっとおさまってた震えがぶり返したのを悟った。

 

 ダラダラボトボトと、顔面についている穴という穴から、黒い粘液をたらしながら、その男はゆらゆらと歩いていたのだ。どす黒い顔色は、既に男が死人であることの証左だった。

 

 肩に担いだ気絶している女をドスンと下す大男をよそに、痩せた男が赤井を見やり、鼻で笑う。

 

 嫌悪に満ちた顔をする赤井の反応から見ても、おそらくこの男こそが探していた魔術師なのだろう。

 

 風見は歯の根が合わないほどの震えを押さえつけようとするかのように拳銃を強く握りしめる。できるなら、これに頼るなんて、本当に最終手段であってほしい。

 

 

 

 

 

 風見のそんな些細な懇願は、あっさりと踏みにじられた。

 

 

 

 

 

 魔術師の戦力は黒い粘液を顔から垂らす大男だけではなかった。

 

 戦闘開始と同時に赤井に脳幹を撃ち抜かれた大男に憐みや気遣いの一つすら見せず、魔術師が指を鳴らすや、部屋の隅がうごめいた。

 

 ゴミか何かのように打ち捨てられていた死体が、動き出した。B級ホラー映画に出てくる生ける屍〈ゾンビ〉さながらに。それもいくつもいくつも。

 

 悲鳴を上げながらも、一同は応戦した。

 

 赤井と風見は拳銃で。橘は刀でゾンビに切り掛かる。成実はどうにか気絶している女性に近寄ろうとしていたが、ゾンビに邪魔されて思うようにできないらしく、片っ端から投げ飛ばしている。

 

 途中、橘は何度か攻撃を仕掛けられたが、薄い光の膜のようなものに邪魔されて、ダメージが軽減されている。

 

 ひょっとしたら、赤井の使った魔術か何かで、橘だけは見えない装甲のようなものを纏っている状態なのかもしれない。

 

 松井の罵声に気が付いた風見は、途中で赤井たちのフォローから、松井のフォローに自身の役目を切り替えた。

 

 爆薬を仕掛ける松井に代わり、ゾンビを撃ち殺す。

 

 風見とて、拳銃を扱ったことは初めてではない。だが、人一人の命を軽々と奪えるものが、今自分の手の中にあると思ったら、ただの鉄の塊であるはずのそれが妙に重く感じたものだ。

 

 今、重いはずのそれは奇妙な軽さをもって、風見の手によって鉛弾を吐き出し続けている。

 

 途中弾切れしかけたが(警察で支給される拳銃だ。必要以上に弾丸の予備があるはずがない)、それに気が付いたらしい松井が自分の拳銃を貸してくれた。松井自身はどうするかと思いきや、懐から折り畳み式の特殊警棒を取り出している。

 

 「よしっ!こいつでラストだ!」

 

 松井はそう叫んで石柱から離れるので、風見もそれに追随する。あえて大声で言ったのは、他のメンバーに爆破の準備が完了したのを知らせるためだろう。

 

 「全部には足りなかったんでな!まあ、それでも十分なはずだ!」

 

 十分距離を取って、松井は携帯電話を改造したらしい端末から起爆コードを打ちこむ。

 

 同時に赤みがかったオレンジ色の閃光と轟音を放って、何本かの石柱の根元が爆発する。

 

 さすがは軍用爆薬である。とんでもない爆発力だ。

 

 「儀式は失敗した。詠唱は無意味だ。もうよせ!」

 

 赤井の怒声が、崩れゆく瓦礫に負けじと響き渡る。

 

 風見が見やると、そんな赤井を無視して魔術師は何事かつぶやきながら、両手で印を切っている。

 

 「いあ!いあ!よぐ=そとーす!ふたぐん!」

 

 そうして、詠唱が完了した。同時に、すり鉢状にえぐれていた部屋の中央の空気が震える。空間が歪み、あらぬ方向へめり込んでいる。

 

 とっさに、風見はそう思った。

 

 そして、そこから吐き出されたものに、今度こそ風見は絶叫していた。

 

 

 

 

 

 現れたのは、奇妙な物体だった。形がないというのではないが、その形はあまりにも複雑に入り組んでいる。いくつもの半球体と輝く金属とが長い可塑性の棒で連結されている。棒は全面同じ灰色をしているので、どれもが近くにあってどれが遠くにあるのかわからない。

 

 半球も金属も棒も、一緒になってただ平板な塊のように見えた。その塊から筒が何本も突き出している。それを見ているとき、棒の間から輝く目がこちらを見ているような、異様な気配を感じた。しかし、よく見つめてみると、棒の間にあるのはただ空間だけだった。

 

 

 

 

 

 3次元構造を嘲笑い冒涜し、あるいは破壊しようとするそれに、真っ先に叫び声をあげたのは魔術師自身だった。

 

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 理性が瞬時に焼き切れた彼は、絶叫を上げながらそれ目がけて飛び込んだ。

 

 そして、その指先がそれに触れるや、彼に異常な変化が起こる。折りたたまれていく。折り紙――いや、いらない書類を手慰みにそうするように。紙切れのように、生きた人間の体躯が折りたたまれていく。

 

 「何あれ何なのあれ何なの何が何があれあれあれが何あれ何なのあれ何なの何が何があれあれあれが何あれ何なのあれ何なの何が何があれあれあれが」

 

 絶叫とともに腰を抜かして座り込んだ橘を強引に立たせ、赤井が怒声を張り上げる。

 

 「ダオロスか!≪招来≫の失敗だ!よりにもよって、他のものを呼びこんだな?!

 

 逃げろ!こいつは膨張して周囲のものを片っ端から取り込むぞ!」

 

 青ざめていた松井と女性を担いでいた成実は赤井に指摘されるまでもなく駆け出した。

 

 のろのろとしているゾンビたちは、不規則に半球と金属と棒を軋ませ蠢かせ煌めかせながら風船にも似たように膨らみ始めたそれに触れるや、同じように折りたたまれながら、その中に取り込まれていく。

 

 風見はといえば、半ば呆然としていたが、赤井の叫びに反射的に駆け出していた。何が起こっているのかわからない。理解したくない。何であんなものが。

 

 どうしてこんなことに。どうしてどうして。

 

 だが、その走りは十分な速度ではなく――全力疾走のそれではなく、気の抜けたような走りであった。

 

 当然、赤井たちはとうにたどり着けている地下室の脱出口となる階段にたどり着いたのも一番最後だった。

 

 その時には膨張し続けるそれは、地下室そのものを侵食して飲み込み始めていた。

 

 風見が階段に足をかけるより早く、その足元が崩れ落ち、彼の体は空中に投げ出される。膨らみ続ける灰色の平板にして複雑なる幾何学構造が、彼をも飲みこまんと迫っている。

 

 

 

 

 

 もういいか。

 

 刹那にも満たない時間で、風見は思った。

 

 もう、嫌だ。こんな悍ましいこと、考えたくない。これ以上知りたくない。認識したくない。

 

 ここで死ねば、きっとそんなことから解放される。楽になれる。

 

 

 

 

 

 この時、風見は何もかもをかなぐり捨てて、捨て鉢になっていた。

 

 たった一日で、彼の信じていたものは打ち崩され、意識が変革され過ぎた。

 

 急激な変化は、毒でしかない。

 

 

 

 

 

 そんな風見の腕をつかんだものがいた。

 

 赤井だった。

 

 「な、なぜ」

 

 「知るか。さっさと立って走れ」

 

 目を丸くする風見に言い捨て、赤井はその身体を引きずり上げるや、腕を放すことなく引きずるように走り出した。

 

 呆然としながら、風見はつられるように走る。その背中に、かつて憧憬を見出した、年下の上司を重ねながら。似ている、とぼんやりと彼は思った。思ってしまった。

 

 

 

 

 

 廃屋を転がり出るように出たのは、赤井たちが最後だった。

 

 まだ、膨張を続けているのだろうか。廃屋の基礎まで侵食し始めたらしく、建物そのものが不吉な音を立てて軋むのが外まで伝わってくる。

 

 「放っておいていいのかよ?」

 

 息を切らしながら尋ねてきた松井に、赤井は息を弾ませながら答える。

 

 「招来手順はともかく、≪ダオロスの招来/退散≫の呪文は知らん。ただ、放っておけばある程度で元の次元に帰るらしい」

 

 「ある程度?」

 

 「奴の気まぐれ次第だろうな」

 

 目を伏せて言った赤井の言葉に答えるように、ついに廃屋が崩れた。柱が折れ、壁が崩れ、屋根をひしゃげさせ、轟音と共に崩れて冒涜的な地下空間ごと埋もれさせていく。

 

 そして、地下から感じていた異様な空気が、消失した。建物の崩壊も、同時に止まった。

 

 「どうやら、還ったらしいな。

 

 本来の招来手順は無視して、事故のような形での招来だからな。あまり長く顕現できなかったんだろうな」

 

 ポツリと赤井が言った。

 

 どこへ、とは誰も聞かなかった。聞きたくもない。少なくとも、風見はそうだった。

 

 女性の容体を確認していた成実が、顔を上げてほほ笑んで頷いて見せる。

 

 気を失っているだけらしい。現状では唯一の慰めだった。

 

 「あー。もしもし、松井です。任務は終了です。

 

 ちょっと動けないんで、回収をお願いします。・・・どっちかっていうと、精根尽き果てたに近いんで」

 

 取り出したスマホ片手にどこかへ連絡を取り始める松井をよそに、赤井が煙草を咥えてマッチを擦って火を点ける。

 

 「俺にも一本くれ。大学先生。地下のドサクサで落としちまったらしい」

 

 スマホをしまって、しばらくジャケットをゴソゴソしていた松井の言葉に、赤井はうなずいてパックを差し出した。

 

 そこから一本ぬきとった松井は、遠慮なく吹かし始める。

 

 「この仕事やってると、煙草怒られないんだよな。前のとこ、眉しかめられたのに」

 

 「魔術や神話生物は臭うからな。その臭いが他者に影響を与えることも少なくない。精神安定剤のみならず、臭い消しにもなるからだろうな」

 

 「あー。なるほど。確かに連中は臭い」

 

 苦笑する松井に、赤井はかすかに笑みを浮かべてみせる。そうだなというかのようだ。

 

 「な・・・んで・・・」

 

 やっと、風見は喉から声を絞り出した。

 

 何で、こいつらは。

 

 「何で、あんなことがあった後に普通にしてられるんだ!!あんたらは!!」

 

 あんな悍ましいものを前にして、真っ先に逃げることを考えつけるんだ。どうせ逃げたって結果は同じだったかもしれないのに。

 

 風見が思ってしまったように。

 

 「何で自分何か助けたんだ!足手まといは見捨てたらどうなんだFBI!諸伏をそうしたように!!」

 

 「あ?」

 

 松井が怪訝そうに訊き返したのを、興奮していた風見は無視した。

 

 いい年をした大人、国民の矢面に立つべき公安警察官にあるまじき、錯乱ぶりだった。感情がグチャグチャでまるでコントロールが効かなかった。

 

 「貴様に自分の気持ちがわかるのか!

 

 尊敬していた上司が、妻を虐げ化物の生贄に捧げる、警察どころか人間の風上にも置けない最低の屑だった!!

 

 あんな化け物が神様で、人間なんか塵芥にも満たないと思い知らされた!!

 

 仲間を売った最低な人間であるはずの貴様は、自分なんかを助けた!

 

 自分は、自分は」

 

 風見は喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。

 

 

 

 

 

 「自分はこれから何を信じていけばいいんだ!!!!」

 

 

 

 

 

 そんな風見の頬に、鋭い痛みが走る。

 

 眉を釣り上げた橘の、鋭い眼差しと振り抜かれた拳。殴られたのだ。

 

 拍子で外れた眼鏡が、足元でカシャンと硬い音を立てる。

 

 「甘ったれるな!!人間なら自分で考えろ!

 

 私たちは!!人間なんです!!ちっぽけで、愚かで、あんなものの足元にも及ばない!だとしても、それが何ですか!

 

 私たちは、生きて、考えることができるんです!!

 

 そして、決めて、選択することだってできるんです!!私はもう!決めました!」

 

 埃と汚れ、擦り傷でボロボロながらも凛としている橘は、赤井に向き直った。

 

 「あの!お願いが」

 

 「弟子は取らないことにしている」

 

 「何でわかったんですか!!」

 

 「こういうことは少なくない」

 

 うんざりしているような声で言って赤井は視線を松井たちにスライドする。

 

 ちなみに、松井は左手を成実に抱え込まれ、「先輩先輩!無事でよかった!今回も助かりました!」と猫のようにすり寄られ、「わかったわかった」と辟易した顔をしている。

 

 見た目には女性に甘えられ、二人の関係性が誤解を受けそうなシーンであるが、先の出来事でショックにより精神的な支えを求める成実(列記とした男)が、松井にすり寄っているだけだ。

 

 「日本で、あれらに対抗する知識や力を求めるなら、彼らのところへ行くといい。

 

 俺は所属する組織どころか国も違う。そもそもこれは副業でもあるのでな」

 

 「ミスカトニック大学はアメリカのウィルマース・ファウンデーションの傘下だったな」

 

 茶々を入れる松井を、余計なことを言うなとばかりに赤井はじろりとにらむ。

 

 「ミスカトニック大学・・・覚えておきます。今はダメでも、そのうち気を変えて見せます」

 

 大きくうなずく橘は、もはや風見を一顧だにしない。

 

 

 

 

 

 何故と風見は言いたかった。

 

 形と手段は違えど、同じ日本を守る同志のはずなのに。

 

 “協力者”に見捨てられた。風見には、そう思えてならなかった。

 

 実際、この一月後、橘は風見と手を切って弁護士稼業も畳むや、MSOに籍を移すことになる。

 

 

 

 

 

 こうして、この事件は、一応の決着を見せた。

 

 風見の精神に、巨大な爪痕を抉り刻み込んで。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 目の下にごっそりと大きな隈をつけて、風見は登庁した。実に1ヵ月ぶりになる。

 

 

 

 

 

 あの後のことを語るならば、MSOに回収され、手当てを受けた風見の行動は当然問題視され、自宅謹慎と相成った。

 

 加えて言うならば、デスクの前に立った風見に失望したと言いたげに沙汰を言い渡す葛葉警視正を、風見は勘弁ならず激昂して殴ってしまったせいでもある。

 

 何を他人面しているのだ。お前も元凶の一端なんだろうが。こっちは知っているんだぞ。全部。お前が何をしでかしたのかすら。

 

 だが、当然風見のそんな行動の真意は他者に通じることはなく、風見は警察を辞めることさえ、視野に入れながら、自宅で茫洋と過ごしていた。

 

 風見は、橘のように思い切りは強くない。

 

 だから、知ってしまった、ならば連中と戦おうという気は微塵も起きない。かなうならば、忘れたいとすら思っている。

 

 だが、目を閉じれば、悪夢として蘇るのだ。魔導書を片手に何かを引きずり出す赤井と、死人の群れ、悍ましい石柱群と、そこから吐き出された“あれ”を。

 

 悪夢は、風見から安眠を奪い去った。自宅謹慎であったのが不幸中の幸いか。仕事であれば、おそらく集中を欠いてミスを連発していたに違いない。

 

 

 

 

 

 マスメディアでは、件の廃屋の倒壊事件と、集団錯乱・心神喪失者続出を結びつけた者はいない。そもそも廃屋倒壊の方は、地方紙の小さな記事で済まされている。

 

 これも、彼らの“広報”・・・情報操作のおかげだろうか。

 

 まあ、風見自身、あの場に居合わせなければ、この二つの事件を結びつけて考えはしなかったであろう。

 

 

 

 

 

 「・・・なぜHPL案件を禁忌としているか、少しは分かったか?」

 

 「はい・・・」

 

 管理官のデスクの前に立つなり、彼は少し驚きと憐れみをないまぜにしたような表情を風見に向けてきたが、多くは語らずそれだけを言った。

 

 風見は今、猛烈に後悔している。赤井など放置しておけばよかった。知らなければよかったと。

 

 ちなみに、MSOで手当てを受けた際、あまり悩むようであれば、記憶を消すこともできると向こうで言われたが、風見はそれを断った。絶対ロクな方法でないと感じたからだ。それに、これは自分の心の問題でもある。乗り越えられなくて、何が公安だと、その時は思ったのだ。

 

 結果はこのザマだ。

 

 「お前を呼んだのは、他でもない。お前が当事者であるから、事後報告とはなるが、いくつか話しておくことがあるからだ」

 

 そう言って、書類を片手に、管理官は語りだした。

 

 

 

 

 

 彼の話を簡単にまとめるなら、以下の通りになる。

 

 

 

 

 

 まずは、葛葉の処遇。

 

 奥方に対する扱いは、どこから漏れたか奥方の実家がそれを知り、離婚にこぎつけたらしい。加えて、夫婦間でも暴行は成立するということで、そちらでの容疑もかかっている。

 

 メインはもちろん、公安も係わっていた“機密文書〈魔導書〉”の輸送任務における、情報漏えい。こちらも、どこから漏れたか葛葉の仕業と判明し、家宅捜査が入り、証拠が見つかったそうだ。

 

 その他余罪も大量にあり、何でこんな奴が公安の要職についてるんだと、管理官は頭痛を覚えたらしい。

 

 ・・・さすがに奥方を化け物に生贄同然に差し出したことはカウントされなかった(常識的にありえない!)が、それでも十分すぎる末路だろう。

 

 最初こそ、必死にしらを切って無罪を主張していた葛葉は、証拠が見つかるや、日本のために仕方なかったと“公安の常套句”を発動させた。・・・反省の色は、一切見られないらしい。

 

 彼は、これから日の当たる場所では、真っ当に生きていくことはできないだろう。きっと、一生。

 

 

 

 

 

 そして、風見の処遇。

 

 減俸3か月。それが風見に言い渡された沙汰だった。

 

 それだけか、と最初は拍子抜けしたが、次に言い渡された辞令に風見は顔が引きつりそうになった。

 

 “連絡係”である。

 

 もちろん、これは隠語だ。

 

 ざっくりいえば、この役職は冷や飯ぐらいもいいところで、HPL案件の専任捜査官ということになる。もちろん、HPL案件は、専任捜査機関(日本であればMSO)があり、基本的にそちらに捜査権限を委譲することになるが、警察にも一応捜査官が置かれている。

 

 基本的に警察で分かったことや、こちらで把握できた情報を、専任捜査機関に連絡し、必要ならば捜査に加わり、連携する役回り。

 

 それが、“連絡係”なのだ。

 

 ちなみに、この部署におけることは基本的にマニュアルになっており、引継ぎなどはない。前任者は拳銃で頭を撃ち抜いて自殺、さらにその前の人間は資料室で首吊りしていたという曰くつきの役回りである。

 

 

 

 

 

 風見の悪夢は、当分終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 ただ、管理官が一言言い残した言葉だけが、風見の救いとなった。

 

 「お前の復帰に関しては、“ゼロ”から文句を言われているのだ。

 

 “いい加減俺の右腕を返してくれ”とな。

 

 ・・・いい上司を持ったな」

 

 少し表情を緩めて言った管理官の言葉に、風見は年下の上司を思い浮かべた。

 

 潜入捜査で大変だろうに、自分とくれば勝手な捜査でいきなり連絡できなくなってしまった。さぞ迷惑をかけたことだろう。

 

 にもかかわらず、そんな温かな言葉をかけてくれた。

 

 風見は、眼鏡の奥で思わず目を潤ませた。

 

 「それから、これは私個人の言葉だ」

 

 椅子を立って、管理官はデスクを回り、風見の隣に立つと、その肩を叩く。

 

 「よく戻ってきてくれた。ありがとう」

 

 万感の思いが込められているだろう言葉に、ついに風見の涙は決壊した。

 

 管理官は、おそらくわかっているのだろう。

 

 風見が、尊敬していた上司の一人に裏切られ、失望して傷つき迷っているということを。そのまま警察を辞めさせられても仕方ないと諦観しきっていることを。

 

 それでも、風見がこの場に姿を現し、職責を全うしようという姿勢を見せてくれたことを。

 

 「本来は、“連絡係”など空席にしておきたかったのだが・・・体裁というものがあるのだ。すまない」

 

 「いえ・・・いえ・・・!」

 

 まだ、風見には信じて進むべき道がある。追うに値する背中がある。

 

 尽くすべき“忠”が、まだある。

 

 風見は、背筋を伸ばして、敬礼した。

 

 

 

 

 

 

ドチャクソ長くなったので、いつものはなしです。

こんなに長くなるなんて、想定外です。

これだから勢いだけで書き始めるやつは!

なお、後編に続きます。

 




ドチャクソ長くなったので、一旦切ります。いつものもなしです。
 次回、“事件解決後の風見さんの後日談”。ちょっと語りきれなかった部分があるので、補完ということで。
 なお、赤井さんの出番は、次回はありません。
 邪神様のご尊顔も、次回拝見できますよ!


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【番外編γ‐2】風見裕也の、それからの世界の話

 前篇がドチャクソ長かったので、語りきれなかった部分をぶち込みました。
 前篇で風見さんがひたすら可哀そうだったので、ちょっぴりSAN回復した彼と、その後の被害者たちのご様子+αを焼肉つつかせながら語りました。
 バトルも冒涜もない、グダグダ話ですが、よろしければどうぞ。
 ぶっちゃけ、前篇が風見さんにとっては地雷過ぎた。それでも警察残ろうとする風見さんを労ってあげてください。

 橘さんも参戦させたし、劇場版のキャラもちょろちょろ参戦させようかな。ネタはすでに脳内にある。後はプロットと肉づけだ!
 でも多分、これほどがっつりはやらないと思います。


 風見裕也は警察官である。警視庁公安部所属、階級は警部補。

 

 そして、この日本を守る、誇り高い公安警察官を自負している。

 

 つい一月ほど前、彼はある事件に立ち会うこととなった。

 

 詳細は長くなるので省かせてもらうが、風見はその事件によって、尊敬する上司と“協力者”の一人を失い、この世の裏側の真実の一つを垣間見た。

 

 容赦なく、その事件は風見の精神を直撃した。

 

 とある笑い上戸な出歯亀邪神の言葉を借りるなら、SANがごっそりと抉れた。

 

 結論を述べるなら、風見はその事件もどうにか潜り抜け、仕事にも復帰した。減俸3ヵ月、並びに先日のような悍ましい事件にこれからも係わり続けることが決定したのと引き換えに。

 

 ・・・事件のきっかけの一つとなった、風見の元上司は、今や薄暗い格子の奥で裁判の判決を待っていることだろう。

 

 

 

 

 

 新しい役職、通称“連絡係”を拝命した風見であったが、結局のところ、早々にあのような事件が起こることもなく、現在は通常業務に復帰していた。

 

 久々に会った降谷は、「少しやせたか?あと、ちゃんと寝て体調を整えろ。我々自身もまた、守るべき国家の一員なのだからな」と風見を気遣ってくれた。

 

 そういうご自身もやせられたのでは?風見はそう言いそうになったが、あえて苦笑にとどめた。

 

 風見が知ってしまったことなど、この心優しく強い男が、知る必要などないのだ。

 

 その後、作り過ぎてしまったと、降谷がいつものようにおかずをおすそ分けしてくれたのを、風見はありがたく頂戴した。

 

 降谷は下手な女性よりも料理が上手い。おかげで舌が肥えてしまった。

 

 ・・・彼には、彼こそは、幸せな結婚をして家庭を築いてもらいたいが、相手の女性に対するハードルが爆上がりしているような気がする、というのは風見の胸のうちにしまっておく。

 

 先日の事件のせいで、どうもお見合いや政略結婚に、いい印象が持てない。そんなことせずと、降谷であればきっと素晴らしい相手が見つかるだろうと、風見は内心で思った。

 

 

 

 

 

 橘とは、風見が復帰して間もなく連絡を取ったが、“協力者”を辞退する旨を伝えられた。

 

 案の定、と思いはしたが、引き留めはしなかった。

 

 羽場の一件から、様子がおかしいと思っていたので、可能性はあると思っていたが、先日の一件がトドメになったのだろう。

 

 “協力者”を辞した橘のことはもちろん報告はしたが、きっと監視はつけられないだろうと風見は思った。なぜなら、彼女が新たなステージに選んだ部署は、凡人が常識という物差しを振りかざせないところだからだ。橘よりも監視役の心身を守るために、おそらくつけられないと予想している。

 

 

 

 

 

 そういえば、赤井はどうしたのであろうか。

 

 あの事件の直後、あんなものを見た後というのに、あの男とくれば平然として煙草を吹かしていた。

 

 できうるなら、もう二度と係わりたくない。まあ、あの時のあの男は副業の“ミスカトニック大学客員教授”という立場で、偽名も名乗っていた。

 

 おそらく、あの男が本業としているFBIに復帰してしまえば、係わってしまう時が来る。なぜなら、自分たちが敵と目するものは、共通しているのだから。

 

 風見にはそんな、予感がある。

 

 とはいえ、それはあくまで正常な世界の話で、だ。

 

 あんな尋常でない分野では二度と関わり合いになりたくない。

 

 ・・・ただ、一つだけ。

 

 風見も顔を知る、降谷の同期――潜入捜査中に失踪し、おそらく死亡したと報告を受けている男を思い出しながら、風見は思いをはせる。

 

 諸伏の行方を、彼自身の口から聞きたかった。

 

 ・・・ほだされたというのもあるかもしれない。降谷が間違っているわけではないだろうが、それが真実すべてはないと、風見は薄々感づき始めていた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「「あ」」

 

 バッタリと、風見は松井と再会した。

 

 道端、通りすがりである。

 

 相変わらず、奔放な白髪とサングラスに革のジャケットという、ともすればチンピラにも見えそうな格好に、風見は軽く眉をしかめる。

 

 この男、これでも国家公務員だろうか?

 

 

 

 

 

 余談になるが、MSOは一応国家組織なので、所属している人間も公務員扱いとなる。

 

 

 

 

 

 「よう、風見さん。元気そうだな」

 

 「おかげさまでな。君も・・・元気そうで何よりだ」

 

 「まあな」

 

 片手を上げる松井に、風見も大人しくうなずく。

 

 風見は、ここ一月で、ベルトの穴が二つほど狭まったというのに、松井はあまり変わってなさそうに見える。

 

 まあ、あんな事件の解決を恒常的にする人間なら、何かしら耐性でもあるのかもしれない。

 

 「そうだ、風見さん。今日、仕事は定時上がりか?」

 

 「え?ああ、まあ、特に緊急性のある業務などは入ってないな」

 

 唐突な松井の質問に、風見はうなずいた。

 

 まあ、この手の質問が来れば、次に来るのは大体想像がつく。

 

 「ちなみに、特に好き嫌いなどはないが、現在自分は減俸中でな。節約のために、あまり高い店などはやめてもらいたいな」

 

 「心配しなくても、その辺の焼き肉店だよ。公安エリート様のお口には合うかは保証できないけどな」

 

 苦笑まじりに憎まれ口を叩く松井に、風見も軽く笑う。

 

 その後、待ち合わせを軽く決めてから、別れた。

 

 

 

 

 

 通されたのは、個室だった。

 

 定時上がりであったが、来たのは風見が一番最後だったらしい。

 

 「よお。お疲れ様」

 

 「お疲れ様です。お久しぶりですね、風見さん」

 

 「・・・どうも」

 

 お冷の入ったグラスを片手に笑う松井と、にっこりと笑う浅井に、むっつりと軽く頭を下げる橘が、テーブルに陣取っている。

 

 掘りごたつに足を入れ、風見はネクタイを軽くゆるめながら、「すまない、遅くなった」と詫びた。

 

 しかし、今始めたところだから、と一同は笑い、注文を始める。

 

 ちなみに、本日は風見の労いと橘の歓迎会を兼ねているらしく、お代は松井と浅井の割り勘ということである。申し訳なさを感じつつも、そういうことならばと、甘えさせてもらうことにした。

 

 「元気そうだな」

 

 「ええ。少なくとも、あなた方の言いなりになっているよりは、充実しています」

 

 風見の言葉に、橘は辛辣に言った。

 

 ・・・想像していた以上に、どうやら嫌われていたらしい。羽場の件を思えば、無理もないのだが。

 

 「ええっと・・・今更ですけど、お二人の関係って何だったんです?」

 

 「大体想像はつく。風見さんは公安の刑事だ。なら、順当なとこなら、“協力者”ってところだろう」

 

 浅井の問いかけに、松井がしれっと答える。ついでに“協力者”についての説明も軽くする。妙に内情に詳しい。

 

 「・・・さすがは、元は警視庁捜査一課の刑事だな」

 

 「何の話だ?」

 

 風見の言葉に、松井はとぼけてみせるが、風見は確信していた。

 

 松井の顔、そして警察の内情に詳しい様子を鑑みて、少しばかり職権乱用して、調べたのだ。そして、確信した。彼の、正体を。その事情を。だが、言わぬが花、秘密は秘密のままにともいう。

 

 彼があくまで惚けるなら、そういうことにしておいた方がいいだろう。

 

 お互いの、ためにも。・・・例え、それで降谷が胸を痛めるとしても。

 

 だが、それでも風見はしておきたいことがあった。

 

 「すまなかった」

 

 軽く、風見は頭を下げる。

 

 「我々がふがいないせいで、君には迷惑をかけた。さぞ我々を憎んでいることだろう」

 

 「・・・アンタのせいじゃねえだろ。それに、少しは溜飲は下がってんだ」

 

 肩を竦める松井に、風見は首をかしげる。どういうことだろうか?

 

 「例の、葛葉とかっておっさん。あいつもなんだよ」

 

 松田陣平を陥れ、その冤罪を工作した一員ということだ。

 

 「っ! それは・・・」

 

 「落ちるとこまで落ちてな。ざまぁみろだ」

 

 ククッと愉快そうに肩をゆする松井に、風見は何とも言えない表情をする。

 

 同じく何とも言えない表情をする浅井と橘は、しかしどういうことかと嘴を突っ込もうとはしない。きっと、気軽にほじくっていい話ではない、と察しているのだろう。

 

 ここで、ドリンクが届き、一度会話を中断することにした。

 

 「それじゃ、乾杯の音頭を松井先輩!お願いします!」

 

 「おいおい・・・あー、じゃあ、まあ、無難に。

 

 事件解決と、再会に!」

 

 「「「「乾杯!」」」」

 

 ガチンッとグラスが打ち鳴らされる。

 

 ちなみに、風見はビールを頼んでいた。この喉越しとキレの良さがたまらない。仕事上がりにはこれが一番だ。

 

 ぷはっと息を吐く風見に、同じくビールを飲み干した松井が、満足げな息を吐く。

 

 「っかー!たまんねえな、おい!」

 

 「それじゃあ、焼いていきましょう!何から行きます?ハラミ?タン?」

 

 「とにかく片っ端からですよ。私は明日も訓練なんですし。エネルギーを補充しておかないと」

 

 割り箸を手に、ウキウキと言う浅井に、橘は片っ端から肉を焼き網に広げていく。

 

 「・・・その、訓練というのは大変なのか?」

 

 「ええ。詳細は規定で言えませんが、なかなか厳しいです。始まって数日は筋肉痛がひどかったですよ」

 

 「あはは。わかるわかる。大変だった~」

 

 風見の問いかけに、橘はしれっと言い、浅井がうんうんと訳知り顔でうなずく。

 

 「・・・今更だが、赤井秀一は、いないのだな」

 

 「何言ってんだ。あの人はとっくにアメリカに帰ったぞ?

 

 本業の方が復帰が近いから勘を取り戻したいとかなんとか。

 

 ま、まともな感性持ってたら、こっち側になんて係わりたいとも思わないんだろうがな」

 

 肩を竦める松井に、風見はじゃあなんでお前はかかわっていると言いそうになって、その言葉を飲み込んだ。

 

 それは、風見が聞いていいことではないのだろう。少なくとも、彼を追いやった警察に所属する人間が訊いていいことではないはずだ。

 

 「そういや、あの事件の被害者たち。今は全員回復したらしいぜ?何人かはいまだに病院通いらしいが、まあそれは危ないとされてる廃屋に不法侵入したツケということだな」

 

 話題を変えた松井の言葉に、風見はほっと息を吐いた。

 

 正直、風見は自分のことで手いっぱいで、あの被害者たちについては把握しきれてなかったのだ。

 

 「葛葉って人の奥さん・・・ええっと、元、だけど。あの人も、無事回復したよ。

 

 離婚されたそうだね。よかった・・・」

 

 浅井の言葉に、風見は何故知っていると言いかけたが、口をつぐむ。

 

 ・・・まさか。

 

 「葛葉元警視の罪状が明らかになった情報源は・・・!」

 

 顔をひきつらせた風見の言葉に、浅井はただニッコリと笑ってこう言った。

 

 「正直、去勢されても文句言えないと思うんですよね、彼」

 

 風見は沈黙した。

 

 浅井は怒らせてはならないタイプの人間だ。それを痛感したのだ。

 

 まあ、葛葉はけして野放しにはしておけなかったので、むしろよくやったと言えるのだろうが。

 

 「・・・夫人・・・いや、元か、とにかく彼女には、本当に申し訳ないことをした。

 

 こんなことを言う資格もないだろうが、今度こそ、幸せになってもらいたいものだ」

 

 ポツリッと風見は言った。

 

 

 

 

 

 一度だけ、風見はその後、元奥方を街中で見かけた。

 

 小太りの優しげな男性と、楽しげに街中を歩いていた。風見は、その男性が警察病院で医師をしていたと気づいた。

 

 人間は、儚くもあるが、強くもあれるものだ。

 

 風見が立ち上がれたように。きっと、元奥方も前を向けるようになるのだろう。

 

 

 

 

 

 ジュウジュウジュワジュワと肉の焼ける音をバックコーラスに、その後はくだらない雑談を弾ませる。

 

 そんな中、ふと思い出したように、浅井が言った。

 

 「そういえば・・・例の、被害者たちが出入りしてたネットのオカルト掲示板。念のため、うちのそういう部署が確認を取ったらしいんですけど、妙なんですよ」

 

 「妙?」

 

 「削除申請が出されて削除されてた上、そもそも立ち上げた人間が不明なんです。IDが偽装されてたんですよ。削除申請を出した人間も同様に」

 

 肉をつまみながら言った浅井に、風見は眉を寄せる。

 

 「まあ、これからも調べてはいくそうですが、望み薄かと。

 

 事件自体は解決しましたし、そんなに気にするほどのことではないのでしょうが」

 

 肩をすくめた浅井に、風見もまた、特に気にすることなく、肉を口に運ぶ。

 

 敬愛する降谷がいれば、きっと鍋奉行ばりに、肉を焼く順序から何から何まで仕切るだろうが、これはこれで悪くない。

 

 きっと、これから彼らとは、長い付き合いになるのだろう。

 

 できれば、生きて付き合いたいものだ。

 

 ささやかな願いとともに、風見は肉を飲み込み、次の食材に箸を向けた。

 

 「あー!先輩!それ、私が狙ってたカルビですよ?!」

 

 「まだカルビならあるだろうが!」

 

 「浅井さん、そんなに騒がないでください。こっちのタン、あげますから」

 

 「貴様ら肉ばっかり食べてないで野菜も食べんか!」

 

 まったく!降谷がいれば、きっとそう指摘するだろうに!

 

 言いながら、風見は焼き網に野菜を投入した。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 その頃、米花町にあるとある古書店、そのプライベートスペースの一室で、女性がパソコンのキーボードをたたいていた。

 

 眼鏡をかけた、黒髪の、妖艶なる美女。名を、手取ナイアという。少なくとも、彼女は対外的にはそう名乗っていた。

 

 「てけり・り!」

 

 「はいはい。お夕飯ですね~。今行きますよ~」

 

 忠実なる家政婦〈メイド〉の呼び声に、彼女はパソコンをスリープ状態にして席を立つ。

 

 「いやあ、文明の利器って素晴らしいですよね。特に、ネットは顔を見せずに済みますからね。実に便利です」

 

 一人ごちて、彼女は部屋を出ていく。

 

 一月ほど前に、立ち上げたオカルト掲示板で、あることないことで盛り上がらせ、そこに出入りしている住民たちを、オフ会という名目で、とある廃屋へたきつけたことは、既に彼女の内側ではどうでもいいことにカテゴライズされている。

 

 愉快なことではあったが、すぐさまそれ以上に面白そうなことに夢中になっていたからだ。

 

 なぜなら、彼女としてはちょっとしたボヤ程度のつもりだったのに、赤井と松井たちが鎮圧に乗り出してきたからだ。

 

 だから、いつも通りゲラゲラ笑い転げながら、それを眺めていた。特に今回は、新参の探索者が相当に苦戦していて、途中ファンブルまでしている始末だった。

 

 なかなか面白い見せものだったのに、結局生き残ってしまったのは、少々頂けなかったが、許容範囲内だろう。

 

 それに、もっと面白いことも起こる。

 

 彼女は確信している。カレンダーをちらっと確認すれば、そろそろ日本では初公演となる戯曲の公演日が迫っている。

 

 本当に、楽しみだ。

 

 鼻歌交じりに、彼女は食卓に向かった。

 

 

 

 

 

俺が続きを生かす。




【尊敬してた上司のためにがんばったら、SANをごっそり持ってかれた風見さん】
 大体の境遇は原作通り。ちなみに、時系列としては、赤井さんは組織を離脱、劇場版『ゼロの執行人』の前日譚となる2年前のNAZUの事件の直後くらい。このシリーズに関して言うならば、#6~#7冒頭の間に位置します。
 ただ、彼がお世話になってた人間が降谷さんだけではないだろう、とほかにもお世話になっていた人間がいた、と勝手に大捏造。今回の彼はその先輩警察官、葛葉のため、そして居合わせてしまった赤井の監視として事件に同道することに。
 ・・・もちろん、彼も所属が所属なので、赤井さんの所業は聞き及んでいる。降谷さんというバイアスがかかっているので、真実全てではないのだが。
 そんな同僚の仇と言い換えていい人間が、尊敬する上司の奥さんの病室に出入り?管理官命令だろうが許容できるわけねえだろ!俺の目が黒いうちは勝手にさせるか!
 そんな感じに命令無視ったら、うっかりこの世の常識を破壊する魔術や何やらを目撃。ダイスの出目がとんでもなく悪く、もれなく一時的狂気に陥る。
 その後、どうにか平常を取り戻し、成り行きで葛葉の奥方、他心神喪失者の謎を追うことに。
 その道中で、尊敬していた上司が、実はとんでもないクソ野郎だったと判明、さらにゴリゴリSANを削った。一人だけSANチェックの回数が多い上、数字も大きい。
 “協力者”であるはずの橘も乱入し、情報を集めて事件の犯人のもとへ。防弾ジャケットと拳銃片手に大立ち回りを繰り広げる。
 赤井さんが持ってきたC-4に盛大に文句をぶちまけるが、他に手がなかった。すみません、降谷さん。俺にはこの男を止める上手い手段が思いつけません・・・。
 最終的に、とんでもない化け物が顕現するのを目撃。またSANチェックに失敗して逃げ遅れ、赤井さんに助けられる始末。
 ちなみに、ダオロスは本来なら姿を見ないように真っ暗闇で召喚するのが正当。明るいところで目撃したら本来なら問答無用で発狂する。不完全召喚であったので、この程度で済んだともいえる。
 どうにか命は助かったが、心が折れた。尊敬していた上司は人間の風上にも置けないクソ野郎だった。この世の裏にはとんでもない化け物がゴロゴロしている。“協力者”であるはずの橘は、赤井のところに行ってしまった。その赤井は同僚を組織への生贄同然に殺したはずなのに、風見を助けた。もう何を信じればいいのかわからない。
 その後、激情に任せて上司をぶん殴ったのもあって自宅謹慎。謹慎中も悪夢に苛まれた。
 謹慎が解かれた先、管理官に労ってもらったうえ、降谷さんにも、「俺の右腕を返してくれ」と言われて、感涙。ちょっぴりSAN回復が入った。
 でも、これからも冒涜的な事件に係わることは確定した。泣きたい。なお、情報をMSOに提供するだけで、現場には死んでも行かないと決めている。
 後日、再会したMSOのメンツと焼肉屋に行った。減俸中のご馳走なので、実にありがたい。
 赤井さんはアメリカに帰ったと聞いてちょっと複雑。助けてくれたお礼、言ってない。諸伏のことだって、何か事情があったのかも。ただしこの分野で関わり合いになるのは二度と御免だ!
 ・・・きっと、彼らとは長い付き合いになると予想する。

【SANチートな魔術師探索者であり、目の敵にされた赤井さん】
 前述しているが、この時期は組織から離脱、冷却期間としてアーカムに舞い戻り、神話事件の調査を担っている。
 今回、魔導書の輸送任務で来日。ちなみに、探索者としての立場で動く彼は、“ミスカトニック大学客員教授 阿須那羽椎夜”と名乗っている。名前の元ネタはいわずもがな、赤い彗星の彼。
 なお、本当に客員教授の資格も持っている。何の科目を担当しているかは、作者はそこまで考えてません。犯罪心理学とか?
 そのまま強奪された魔導書を追って、MSOの二人組と合同調査を行い、調査先の病院で風見さんとファーストコンタクトをかます。
 口先では心当たりはないと言うが、公安という時点で、内心あっ(察し)となっている。
 ・・・スコッチさんの件は、それだけ重い十字架ということでもある。
 だから敵視されてもしょうがない、とは思っている。
 とはいえ、事件の解決につながる、かつ係わってくる気があるというなら、と風見さんを巻き込むことにした。本作でも強引。
 ちなみに、彼の自作魔導書(無銘)は、革表紙に羊皮紙束を挟んだだけのおざなり構造。魔術の使用時は、羊皮紙が術者の周りを飛び回る面妖仕様だったりする。
 ここまで判明している限り、記載内容としては、呪文≪平凡な見せかけ≫、ティンダロスの猟犬に関する記述、副王ヨグ=ソトースに関する記述、呪文≪臓器の転移≫、呪文≪肉体の保護≫がある。・・・話が続けば記述内容も増えていくことになると思われる。
 今回の黒幕が、ヨグ=ソトースの息子作りに精を出していると判明してから、召喚陣の破壊が必要と判断し、某所からC-4を取り寄せる。爆破で解決。アメリカン。
 召喚陣の破壊には成功したが、招来失敗でよりにもよってダオロスが呼ばれたと、いの一番に察知。
 避難し損ねた風見さんも助けて、そのまま一緒に逃げる。
 なお、前述したが、本来ダオロスは明るいところで見たら即発狂待ったなしの神格だったりする。が、この赤井さんならたぶんダオロス(完全版)を直視しても、気分悪そうにするだけで平然としていると思われる。
 落ち着いたところで、橘さんに弟子入りを懇願されるが拒否。人に教えられるほど立派な人間でないし、そもそもこんな技術、他人に教えるなんてとんでもない。復帰したらそんな暇もないし。
 結局魔導書は回収し損ねた。多分、折りたたまれた魔術師と一緒にダオロスが“お持ち帰り”したと思われる。

【劇場版ではクソ身勝手で、本作でもやっぱり身勝手な橘さん】
 こちらも、大体の境遇は原作通り。NAZUの事件が起こって、恋人兼事務員の部下が逮捕後に自殺され、事務所をたたみ、少し経ったくらい。・・・捏造だが、この事件で精神打撃を食らったので、元々SANが低目。多分、40~50くらい。
 “協力者”という立場上、親密な友人は限られたと思うが、本作では大学時代から付き合いのあった友人がいたという捏造設定を追加。
 被害に遭った友人のお見舞いに行き、誰が彼女をこんな目に!許せない!と1人憤っていたところで、赤井さんたち探索者一行を目撃。怪しい!犯人は現場に戻るというし!とついて行ったら、もれなく魔術の行使を目撃して、初のSANチェック。錯乱して逃亡した。
 が、間もなく落ち着いた彼女は、あいつらなら絶対何か知ってる!という確信を抱いて、執念の追跡を行い、追いついた。
 今の自分の“協力先”も居合わせて、何か渋っているけど、知った事か。絶対自分も一緒に行く!行くんだ!と強引に同行を申し出る。
 ・・・祖父が居合の使い手で刀を使うというのも、作者の勝手な捏造。
 キャリアウーマン系眼鏡美女が刀を振り回すって、かっこよくね?ということで。
 まあ、すぐに着替えてしまうのですが。さすがにスーツで刀を振り回すのは、ビジュアル的にはかっこよくても、実用性がないので。
 なお、持ってきた刀も、ただの業物です。エンチャント済みなんてことはありません。
 集合先で、赤井さんがみんなを先に行かせて、何事かなと思ったら、魔術で装甲を追加されました。(彼女の身一般人、かつ訓練受けてるわけでも装甲服身につけてるわけでもないので)もちろん、ちょっぴりだがSANも減った。
 地下空間でのSANチェックも豪快に失敗、多弁症を発することになった。
 ゾンビの出現やら、最終的に出現した化物にも、やっぱりSANチェックに失敗。大きな数字は飛ばなかったが、やっぱり腰が抜けた。
 助けてくれた人、かっこよくて強い・・・どうやったらあんなふうになれるんだろ・・・。
 その後、取り乱して八つ当たりしまくる元“協力先”に見切りをつけ、赤井さんに弟子入りを懇願するが拒否された。
 わかりました!今がダメなら、将来的に認めさせます!
 弁護士?協力者?知った事か!やめる!あの世界の先を!もっと知るんだぁぁぁ!
 風見さんは気づいてないが、あの世界に魅入られた。一歩間違えれば、容易く敵NPCに変わりそうな感じに覚醒している。
 その後、MSOに入り、かつての松井さん同様、訓練と勉強三昧の日々を過ごす。
 後日、焼き肉店での飲み会にも、同席。まだ訓練中だけど、弁護士やってた頃より充実してる。疲れて泥のように寝るから、羽場のこととか考えずに済む、というのもある。
 やっぱり風見さんに対しては風当たりが微妙に厳しい。気遣われてるのはわかっているけど、あんな事件に加担したクソ野郎の部下だった一人だし。
 NAZUの事件で公安に対する好感度がかなり下がっていたのに、今回の事件で致命的になった。これからは警察と訊いても、おそらく眉をしかめると思われる。ただし、“協力者”であったため、自分の感情を隠すのは得意なので、あまり周囲には悟られないとは思われる。
 なお、赤井さんをリスペクトしているので、これから先のセッションに参加することがあれば、特注のスーツに刀を持って参戦することになるかと。

【やっぱり絡んでた邪神様】
 大体コイツのせい。ただし、今回に限って言うなら、全部が全部というわけではない。事件の発端となった魔導書にしても、彼女の関知してないところで見つかったものだったりする。
 ネットの掲示板越しに、被害者一行を件の廃屋行こうぜ!とたきつけた。
 そこに松井君や赤井君が絡んできて、いたずらが大炎上したよ!やったね私!と大歓喜。
 爆笑しながら眺めてた。ちなみに、彼女の言う、ファンブルしたプレイヤーというのは風見さんのこと。
 よく、SAN0にならなかったなあ。残念。
 ちなみに、葛葉のやらかしが公になったことで公安内部が大炎上しているのも爆笑してた。マスコミにもすっぱ抜かれて、警察の恥部呼ばわりされてやんのー!ウケるー!と腹抱えて笑い転げてた。
 なお、この後に#7の“黄衣の夢幻貴公子”編がスタートすることに。それも楽しみで仕方がない。


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【番外編δ】阿須那羽教授の奇怪なる事件簿【ベイカー街の亡霊編】

 というわけで、劇場版『ベイカー街の亡霊』をテーマにした外伝です。
 ヒロキ君について考えたら真っ先にあの連中が出てきた辺り、どうしようもない。そして、内容的にも救いようがない。
 赤井さんのSANにガリンとひっかき傷を与えるような話になりました。
 何でこのシリーズの赤井さん、出番の割にひどい目に遭うん?劇場版だって近いのに。
 クトゥルフだからね。宇宙的恐怖塗れだからね。しょうがないね。
 まあ、赤井さんが勝手にダメージ受けているだけなので、ヒロキ君本人は満足してるんじゃないですかね?(ヒロキ君のSAN値から目をそらしながら)


 その日、赤井――今は阿須那羽椎夜と名乗る立場でいる男は、阿須那羽に相応しい衣装――黒いダブルブレストスーツと中折れ帽、肩羽織りコート、右手に紙袋といった出で立ちで、路地裏にあるカフェに向かっていた。

 

 アメリカの片隅にあるそこは、少し奥まったところにあるこじゃれた隠れ喫茶店という感じだろう。

 

 しかしながら、営業中という札が掛けられているべきところには、本日貸切という手書きの紙切れが張り付けられている。

 

 阿須那羽はそれに頓着することなく、ガラスの扉を押して扉を開いた。

 

 チリンチリンと涼やかなベルの音が来客を知らせるが、店員は一人も来ない。ただ、奥のテーブルでチラチラとこちらを見ていた少年が、嬉しそうに顔をほころばせ、立ち上がった。

 

 「阿須那羽さん!」

 

 「久しぶりだな。元気だったか?」

 

 少年のつくテーブルに歩み寄りながら、阿須那羽が彼の名を口にする。

 

 「ヒロキ・サワダ」

 

 悔恨とわずかな憐憫が、それに込められていたのには、ヒロキと呼ばれた少年は、気が付かなかったに違いない。

 

 ニコニコと嬉しそうに笑いながら、阿須那羽の向かいに掛ける。コーヒーの入ったカップの隣には、分厚い書籍が一冊置かれ、ページの隙間からしおりの紐を覗かせている。

 

 「・・・何を読んでる?」

 

 「阿須那羽さんはご存じありませんか?ドーキンスの『神は妄想である』ですよ」

 

 それは12の少年の読むものではないだろう。

 

 と言いかけ、阿須那羽は口をつぐむ。

 

 そうやって、阻害され続けた彼が、最後にすがったものが、阿須那羽たちであり、彼の今の拠り所なのだ。

 

 それに、そういった言動を受けたことは、阿須那羽〈赤井秀一〉にも多少経験があるものなのだから。

 

 「・・・面白いのか?」

 

 「阿須那羽さんからしてみれば、噴飯ものかもしれませんね。

 

 ボクはこういった視点もあるんだなって思えて、面白いです」

 

 ニコニコと笑う少年に、阿須那羽はそうか、と短く相槌を打った。

 

 

 

 

 

 確かに、阿須那羽からしてみればタイトルからして噴飯ものでしかない。

 

 神は実在するし、人間などそれらからしてみれば弄り甲斐のある玩具、ケージの中の実験用マウス、下手をすればそれ以下のダニ扱いである。

 

 本当に妄想で片付けられればどれほどよかったか!

 

 

 

 

 

 「・・・あのころよりも顔色はよさそうだ。

 

 思っていたよりも、大切に扱われているようだな」

 

 「ええ。無茶な期限の仕事なんて言い渡されないし、ボクが知りたいと思ったこと、やりたいと思ったことを尊重してくれる。

 

 本当に、いい人たちです。あ、人じゃないんでしたっけ」

 

 「・・・広義的には人に含めてもいいだろう。一応、人と付く種族だ」

 

 少し困ったように眉を寄せたヒロキに、阿須那羽はしれっと答える。

 

 「ふふっ」

 

 「何だ?」

 

 「阿須那羽さんって、やっぱり他の人とは少し違いますね。

 

 あの人とか、あの男だったら、発狂するか取り乱すか、頭から信じないと思うのに、阿須那羽さんは受け入れて、人とカウントされてるんですし」

 

 「・・・よく言われる」

 

 これも蒙が啓かれているせいかもしれない、と阿須那羽は思う。

 

 ニコニコ笑うヒロキに、阿須那羽は肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 そうして、ヒロキのほぼ一方的な近況報告に、短く相槌を打つ。

 

 ・・・ヒロキがたまに、あれやらあの人やあの男呼ばわりしている存在を、阿須那羽はあえて意識の外に締め出す。

 

 ・・・きっと、ヒロキには耐え切れなかったのだろう。

 

 ヒロキの孤独も苦しみも理解せずに、化け物呼ばわりしたり、あるいはその能力を利用するだけ利用して切り捨てようとした、大人たちの存在が。

 

 高すぎる知能と、相反する幼い精神、虚弱な肉体。アンバランスの詰め合わせのような少年の心は、心無い大人と、爪はじきにする子供たちにより、引き裂かれた。

 

 わずかに残った正気を守るために、あえて大人たちを嫌う。彼らは自分にとって不要なのだと。

 

 

 

 

 

 だって彼らは、ヒロキのSOSを無視し、彼を苦境へ追い落としたのだから。

 

 

 

 

 

 阿須那羽も、ヒロキの前歴を調べて驚嘆したものだ。

 

 人工知能開発、DNA探査プログラム、どれも10代の少年がなせたとは思えない偉業である。

 

 だが、高すぎる知能は、社会生活にうまく溶け込めるかと言えばそうでもないのだ。

 

 白鳥の雛は、アヒルの社会ではうまく暮らせないように。

 

 だが、白鳥の雛〈ヒロキ〉が見つけた白鳥の群れは、蛇に管理されていた。蛇の秘密を知った白鳥の雛が口封じされるのは、自明の理だ。

 

 右も左も塞がれ、いよいよ飛び降りるか首をくくるかの瀬戸際に立たされたヒロキに、手を差し伸べたのが、“彼ら”だった。

 

 ・・・阿須那羽は、間に合わなかったのだ。スコッチが、そうなってしまったように。

 

 それでも、ヒロキは笑って彼らとともに行くことを決めた。

 

 「君が命を失うことはない。要らないというなら、ぜひ我々に譲ってほしい。君が嫌なことはしない。望むならば、必要なものは何でも与えよう!」

 

 そう甘言を囁き、手を差し伸べた“彼ら”の手先に、ヒロキはその手を握り返したのだ。

 

 

 

 

 

 皮肉なことに、“彼ら”には、クライン生命というその活動サポートを担うカルト集団がおり、彼らのもとであればそうそう危うい目には合わないだろうという保証があった。

 

 しかしながら、一時は行動を共にし、故に心を開いてくれたヒロキは、阿須那羽たちのことを気にかけたらしく、時折こうして会うことになったのだ。

 

 

 

 

 

 「そういえば、この前、アインシュタインと会ったんです!

 

 ボク、思わず興奮しちゃって!いろいろ質問しちゃったんです。

 

 でも・・・その・・・彼は、それどころじゃなかったみたいで・・・」

 

 「・・・何かあったのか?」

 

 「その、原爆投下の直後だったらしくて・・・」

 

 「ああ・・・」

 

 ヒロキの気まずげな言葉に、阿須那羽もなるほどとうなずいた。

 

 アインシュタインが、原爆投下からの甚大な被害に、一転して核反対派の筆頭に立ったのは有名な話だろう。

 

 ・・・ヒロキの言っているのは、まごうことなく、相対性理論で有名な、あのアインシュタインである。

 

 「興奮してしまったけど、ひどいことをいろいろ言ってしまったなって・・・今度会ったら、謝ります」

 

 「・・・会う予定があるのか?」

 

 「はい。“彼ら”も、十分な調査ができなかったので、追ってまた彼を呼ぼうと言ってましたので」

 

 ・・・よくアインシュタインは発狂せずに・・・いや、確か彼らに呼ばれたものは記憶を消去されると聞いた。たぶん、それだ。

 

 ニコニコと明日の天気を語るように、しれっと言うヒロキは、大分彼らに毒されているのだろう。

 

 ・・・もしかしたら、ヒロキは人類などという脆弱な物の殻を脱ぎ捨て、“彼ら”と心身ともに行くことを決心したのかもしれない。

 

 阿須那羽はうっすらとそう感じたが、何も言わない。言わぬが花。余計な思惟は、狂気と悲劇の幕開けでしかないのだから。

 

 ついでに言うなら、これは阿須那羽だから平然と聞けていることである。他の人間が一連の会話を聞こうものなら、発狂して取り乱すか、冗談と決めつけて信じないだろう。

 

 「ヒロキ」

 

 会話がひと段落ついたところで、阿須那羽は改まった様子で口を開いた。

 

 「はい?何ですか?」

 

 「遅くなったが、誕生日プレゼントだ」

 

 阿須那羽はもってきた紙袋を差し出した。

 

 「え?うわあ!これって・・・!」

 

 「一つ目は・・・君も知っている、ミヤジマからだ。

 

 もう一つが、俺の個人的な、知り合いの女性からだ。君のことを聞いて、何かしたいと送ってきた。

 

 3つ目が俺からだ」

 

 ヒロキが受け取った紙袋から、阿須那羽の了承のもと、プレゼントの包みを出す。

 

 一つ目は、不格好なマフラーだ。少々網目が間違ったりしているが、紺と水色、白といくつかの毛糸で編まれた手編みのマフラー。メッセージカードには、「Happy Birthday!」とグリーティングカードがつけられている。

 

 そしてもう一つが、小箱に入ったクッキー。一つ一つアイシングで丁寧にデコレーションされ、ほのかなジンジャーを始めとしたいくつかのスパイスの香りがする。ジンジャークッキーだ。

 

 そして、最後の一つ。世界一有名な名探偵を主人公にした小説だ。

 

 「科学や電子系には、日常的に触れているだろうからな。難しい書籍もいいだろうが、たまにはこういうのもいいぞ。何度読んでも心躍るものだ」

 

 阿須那羽も、幼いころから何度も読み返したものを、あえて原文が載っているだろう英語版で渡した。ヒロキならば英語も堪能だろうからだ。

 

 「ありがとうございます。送ってくれた人たちにも、よろしくお伝えください」

 

 嬉しそうに、本の表紙を撫で、マフラーとクッキーの小箱を紙袋に入れ直したヒロキに、阿須那羽も満足げにうなずいた時だった。

 

 ピーピーとヒロキが左手に付けていた腕時計が高い電子音を立てる。

 

 「あ・・・」

 

 小さく少年は呻くや、悲しそうな顔をしてうつむいた。

 

 「すみません・・・もう、時間みたいです」

 

 「気にするな。むしろ・・・」

 

 謝るべきは、自分の方だと阿須那羽は言葉を飲み込む。

 

 否。納得できてないのは、きっと阿須那羽だけなのだ。ヒロキは自分で決めて、現状に満足している。

 

 阿須那羽だけが、ヒロキが“彼ら”のもとにいることに、頭では納得できても、心が納得しきれてないのだ。

 

 「・・・いや、何でもない。

 

 何かあれば以前渡した連絡先に連絡しろ。俺でよければ、力になる」

 

 「大丈夫ですよ。でも、ありがとうございます」

 

 にっこりほほ笑むヒロキは、そのままイスから立ち上がった。

 

 「また会ってくれますよね?阿須那羽さん」

 

 「ああ。君も、元気でな」

 

 「はい!」

 

 ニッコリ大きくうなずいたヒロキは、直後、電源が切れた人形のように脱力してうなだれた。

 

 そして、スッと顔を上げる。その顔からは一切の表情が抜け落ち、人形のように無機質になっていた。

 

 阿須那羽もまた、ヒロキ相手に浮かべていた柔らかな笑みを消し、淡々とした無表情へ変えていた。

 

 同時に、カフェの片隅から、黒スーツとサングラスをかけた男性が二人駆け寄り、そのうち一人が阿須那羽が渡した紙袋を持ち上げた。

 

 別れの挨拶もなしに、踵を返してヒロキは店から出ていく。

 

 黒スーツの男性のうち一人はヒロキに追随し、もう一人は阿須那羽に恭しげに一礼する。

 

 「後は我々にお任せを。それでは失礼します。阿須那羽教授。

 

 こちらの店での料金は、我々クライン生命がお持ちします。どうぞ、お茶でも飲まれていってください」

 

 「・・・ああ」

 

 短くうなずく阿須那羽だが、実際のところ、彼に選択肢はないも同然だ。

 

 要は、少しこの店で大人しくしていろ。ついてきたら殺す、と脅されたようなものだ。

 

 ・・・そして、それをしても、阿須那羽には何一つ、いいことなどないのだから、受け入れない理由はなかった。

 

 呼び鈴を鳴らし、ウェイターにコーヒーのお替りを頼む阿須那羽に、黒スーツの男は踵を返しかけ、思いついたように振り返って尋ねた。

 

 「ところで、教授。外におられる方々は、教授のお客様ですか?」

 

 「・・・知らんな。どこぞの馬の骨だ。覗き見はしようが、チョッカイは出す度胸のない連中だ。俺に対してはな。

 

 もちろん」

 

 ここで、阿須那羽は言葉を切り、一呼吸入れてから言った。

 

 まるで、煙草に火を点けるような、当たり前の口調で。

 

 「そちらが気に障ったのなら、いかようにしてくれても構わない。

 

 どうせ、使い捨てだ」

 

 「了解しました。教授。それでは、よい午後を」

 

 再度頭を下げ、今度こそ黒スーツの男は店を出て行った。

 

 阿須那羽は、呼吸器が弱いヒロキのために控えていた煙草を、今度こそ遠慮なく吹かしだした。

 

 この店は貸し切りであり、阿須那羽も確認を取ったのだから、問題はないはずだ。

 

 煙草の苦い煙を舌の上に転がしながら、阿須那羽は思索を深める。

 

 

 

 

 

 クライン生命の連中が言う“外におられる方々”は、“赤井秀一”を尾行してきた組織の連中だろう。

 

 目の上のたんこぶの赤井の始末を、連中はいまだに諦めてないのだ。

 

 そして、赤井が珍しく、誰ひとりつけることなく、無防備に歩き回っているように見えたから、これ幸いと尾行してきたのだ。

 

 当たり前だ。誰が、蛇の巣窟じみた場所に、自分以外の誰かを同行させるものか。ついていくなら死んでもいいくらいの覚悟をしなければならないのだ。

 

 おそらく、彼らは店から出たヒロキを赤井の関係者とみなし、調べ上げ、かなうならその身柄を得ようとするだろう。

 

 だが、ヒロキの身はすでにクライン生命の傘下にある。彼らとことを構えるなど、愚の骨頂だ。

 

 おそらく、追跡者たちは、髪の毛一本残すことなく、この世から消え失せるだろう。

 

 だが、そこまで阿須那羽の知った事ではない。

 

 阿須那羽が案じるべきは、組織の見知らぬ下っ端どもではなく、ヒロキの身だ。

 

 ・・・例え、ヒロキが今身を寄せているのが、偉大なると称されるイス人たちのお膝元であったとしても。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 イス人。ざっくりと言ってしまえば、この地球に人類が出現する前に栄華を極めていた、先住種族であり外来民族である。

 

 オーバーテクノロジーと言い換えてもいいほどの強大な科学技術を持つが、特筆すべきは時間旅行能力である。

 

 彼らは、時間を制しており、その精神を、過去未来自在に、別の存在の精神と交換させられるのだ。

 

 地球に来たのだって、地球先住の種族の肉体を乗っ取るような形であったらしい。

 

 もっとも、彼らは“飛行するポリプ”と呼ばれる別の種族に滅ぼされたが、気も遠くなるほど未来に精神だけを飛ばしたとされているらしい。

 

 赤井も知っているのはこの程度だ。大学所蔵の魔導書に書かれていた概要しか知らないのだ。

 

 

 

 

 

 阿須那羽がヒロキと出ったのは、おおよそ2年前――赤井が例の組織の潜入から引き上げ、冷却期間としてアーカムに舞い戻っていた頃である。

 

 詳細は控えさせてもらうが、概要だけ語るならばこういうところである。

 

 当時、幅を利かせていた大手IT企業、シンドラーカンパニーの周囲で、立て続けに怪異が発生。どうもCEOであるトマス・シンドラーが、原因のアーティファクトをもっているらしいと判明し、阿須那羽は他数名を連れてその回収に向かったのだ。

 

 そのアーティファクトを、現実逃避と好奇心から弄り回していたヒロキと、アーティファクトを元々所有していたとかで、ちょっかいを出してきたのが、ユゴスより来るもの――正式名称、ミ=ゴである。

 

 加えて、ヒロキがいわゆるギフテッドで、その知能の高さに目をつけたイス人がさらに手を出してきてという、グチャグチャ状態に陥ったのだ。

 

 結果、阿須那羽たちはアーティファクトの回収を断念し、事態の収拾に駆けずり回る羽目になった。ミ=ゴにはアーティファクトの引き渡しと引き換えに手を引いてもらい、ヒロキは擦り切れた正気により、イス人の手を取って、シンドラーカンパニーを去った。

 

 

 

 

 

 ・・・なお、シンドラーカンパニーは、CEOが発狂して「自分こそジャック・ザ・リッパーの正当な末裔である!」と称して、記者会見の真っただ中にナイフを抜いて記者たちに切り掛かるという大事件を起こしていた。

 

 CEOは逮捕の後、服役。現在は、別の会社に吸収合併されてしまい、シンドラーの名前は全く残っていない。

 

 

 

 

 

 ・・・さらなる余談となるが、表向き失踪したヒロキ・サワダの行方を、実父となる樫村忠彬は相当しつこく探し回ったそうだ。

 

 方々探し回り、探偵の手も借り。

 

 そして、クライン生命の名を掴んだ時点で、彼の名は、世界から消え去ることとなる。

 

 憐れなことに、その話を後日耳にしたヒロキ・サワダ本人は、「そうですか」の一言で流したそうだ。

 

 どちらが被害者か、全くわからぬ話である。

 

 

 

 

 

 グシャリッと、阿須那羽は吸殻を携帯灰皿に押し付け、コーヒーを飲み干す。

 

 頃合いだろう。

 

 「失礼する」

 

 一言言い残し、阿須那羽は席を立った。

 

 

 

 

 

 せめて、ヒロキがこれからを安寧に息ができますように。

 

 すがる先もないくせに、阿須那羽は帰り道を闊歩しながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

私も、続きとして生きようと思います

 

我が忍びが、そうしてくれたように




【守ったものより、失ったものの方が重みを感じてしまう赤井さんこと阿須那羽教授】
 彼視点の話は結構こういう重みを感じる話が多い。探索者としての経験が豊富なうえ、えぐい目にも結構遭っている。
 SANがチートなだけで、やっぱりげっそりするしうんざりする。
 なお、常人であれば、彼のような目に遭えば、普通に発狂して入院沙汰になる。
 原作見ていると、何のかんの言いながら家族に恵まれている。家族=最初に触れ合う存在=最も身近な理解者ともいえるから。
 だから、ヒロキ君の家庭環境とかを鑑みて、少々同情している。
 家族には恵まれたけど、周囲(同級生などの友人たちなど)に受け入れてもらえるかはまた別なわけで、多かれ少なかれ、そういう経験があったし、弟妹の面倒を見た経験もあるので、割とヒロキには親身に接した。
 ・・・なお、本シリーズの彼は、大学入って神話生物やら魔術やらに触れた結果、家族(主に母親)と亀裂が走ったというのは余談。本人はしょうがない、くらいには思ってるし、組織のことを追うなら身軽な方がいいからと都合よく考えている。
 結構仲良くしていたために、ヒロキ君を常識的な世界にとどめて助けることができなかったときは、すごく悔やんだ。ヒロキ君本人が満足してようと、やっぱりまともな世界でいた方がいいに決まっているから。
 彼が口にしているミヤジマというのは、フルネームで宮島赤理〈ミヤジマアカリ〉――つまりアーカムに移り住んだ元宮野明美さんのこと。赤理さんは時々阿須那羽教授の助手という形で、神話事件調査のサポートを担当している。
 ジンジャークッキーの送り主は、またそのうち紹介します。
 事件後、年に2~3回くらい不定期に、クライン生命の息がかかっている飲食店で、こうやってヒロキ君と会うことになった。
 ヒロキ君本人が望んているというのもあるが、阿須那羽さん本人もそれに救われている節がある。本人が自覚しているかはさておいて。
 ・・・無意識下では、おそらくヒロキは発狂していると悟っている。
 ただ、それでも楽しくやっているなら、それはそれでいいのかもしれない、と思い始めて入る。頭で受け入れられるかはまた別ではあるが。

【イス人たちとマブダチムーブしちゃっているヒロキ君】
 シリーズによって割と救済しちゃっている彼ですが、本シリーズではこのようになりました。
 まあ、頭のいい人大好き!なイス人たちが、コナン世界の高IQの持ち主に目をつけないはずがありませんし。
 2年前(シンドラー社長によって過剰労働で追い詰められたころ)に、現実逃避気味にミ=ゴ特製のアーティファクトをいじくり倒した結果、事件を発生させ、赤井さんたち、ミ=ゴ、イス人という3陣営から身柄を狙われることになる。
 最初は赤井さんたちに保護されるが、どさくさで逸れ、最終的にイス人のところに行った。
 阿須那羽教授も察している通り、SAN0=発狂済み。元々、家族や周囲の同年代との折り合い悪くてSANが低めだったのに、シンドラー社長の過剰労働のせいでヤスリ掛けされ、アーティファクトによってさらに削られ、神話生物とのインパクトでぶっ飛んだ。
 イス人たちのところに行ってからは、精神交換でしょっちゅうイス人たちの時代に行って、社会や文化を見学させてもらったり勉強させてもらったりしている。
 ・・・親しい友人も作ったらしい。人間にしとくの惜しいね!と言われたこともあって、きっと生まれる種族間違えちゃったんだな!と最近真剣に信じ始めている。
 阿須那羽さんのことは、話を真剣に聞いてくれるし、会話のテンポも合うから、気に入っている。阿須那羽さんが、自分のこと助けられなくて悔やんでいるというのも薄々察しているが、別に気にしなくていいのに、と思っている。
 誕生日プレゼントは素直に喜んだ。今までももらったことはあったけど、個人的な友人からのプレゼントというのは、初めてだったから。
 くどいようだが、彼は発狂済みなので、イス人たちのところに行ってからは、かつての家族はどうでもいいと切り捨てている。
 だから、父親がイス人のサポートカルトであるクライン生命にチョッカイかけて消されたと聞いても、ふーん、で済ませた。
 ・・・ひょっとしたら、シンドラー社長にむりくり働かされてた時、助けてくれなかったくせに、と理不尽な恨みを抱いているのかもしれない。


 Q.ヒロキ君の腕時計の電子音って?
 A.アラーム設定されてて、イス人と精神交換する時間の少し前に鳴るようにしてます。
 精神交換をどのタイミングでするかは、イス人たちが主導していますが、ヒロキ君はイス人たちと仲がいいので、●月×日X時~●月■日Y時までならいいよ!こういうイベントがあるから、そっちにもお得なんじゃないかな?というように都合をつけてもらっています。
 ヒロキ君は無表情になって口利かなくなった辺りで、精神交換されました。中身はイス人になってます。


 クソどうでもいいですが、組織でもクライン生命はブラックリスト入りするやべーとこ扱いされてます。
 20年か30年くらい前に、うっかりクライン生命相手にやらかして、某国に存在してた組織の人員が瞬時に消されたことがありました。
 そん時、組織は平謝りで謝り、貴重な実験データの提供などの詫び入れもやって、どうにか許してもらったということがあります。
 ・・・カルトを敵に回すということは、神様の力を敵に回してもいいというのと同義でもあります。知ってる人間からしてみれば、ゾッとする話です。


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【番外編ε】K.S.の日記(抜粋)

 劇場版の話を考えた時、ヒロキ君の次に出てきたのは彼だった。
 あの事故さえなければなあ。と思ってたんですが、無関係な村上さんを殺しにかかった時点で、擁護できませんわ。
 アヤさんの時には救済したけど、どうするべと思ったら、もともとのこのシリーズのコンセプトを思い出し、じゃあ、原作って素晴らしい!と言ってもらえるような末路にしようか!となり、書き上げました。
 いつもの話とはだいぶテンポが違います。松井さんもコナン君も赤井さんも、主人公探索者たちは登場しません。実験作に近いですが、よかったら閲覧ください。

 あ、今回は、グロ注意、ですよ。
 クトゥルフですし。しょうがないね!まあ、原作コナンって金田一少年と比べると死体描写が割とマイルドなんですけど、序盤はどっこいどっこいでしたし。首チョンパとかバラバラ死体とか普通にありましたし。だからきっと、大丈夫(何が?)。


 [●月■日A曜日 晴れ]

 

 今日も仕事が終わった。相変わらずワインは臭いのする色水で、食事は食感と臭いがするだけだ。

 

 塩を嘗めようが砂糖を嘗めようが、チリパウダーを嘗めようが砂を嘗めているような感じしかしない。

 

 どうしてこうなった。どうして、どうして。

 

 あの女のせいだ。あの女、信号無視しやがって。いくら夜中で人通り少ないっていっても、ちゃんと信号くらい守れよ、糞が。

 

 あと、あんな糞いい加減な本出版している仁科めが。あいつの尻拭いで、うちの店のソムリエが、したり顔の客にツッコミ入れて、あわてさせたり、下手すりゃ怒らせて客減らす原因になってるってわかってんのか。

 

 あとは、辻弘樹ぃぃぃ!

 

 あの(ここから先は発行禁止用語と差別用語が荒い筆跡で数行に渡って羅列されている)!!!!

 

 クソがクソがクソがクソがクソが。本当に世の中ってクソしかない。

 

 味が分からなくなった私には、まとももクソも大差ないのかもしれないが。

 

 ・・・あいつらを殺したら、こんなクソ塗れの世界も少しはましになるだろうか。

 

 

 

 

 

 [△月×日B曜日 曇り]

 

 今日はちょっと早めに仕事をあがらせてもらった。そんなに疲れた顔をしていただろうか。客に変な顔をされてもいけないし、さっさと休もう。

 

 大事にしてたワインなんて、もう置いといても意味がない。知っている。味のわからないソムリエなんて、耳の聞こえない音楽家、目の見えない画家のようなものだ。まったくもって、存在価値がないのだ。

 

 ・・・もう疲れた。フローリングに傷がついたけど、どうせ近いうちに引き払う家だ。片づけも明日にして、さっさと寝よう。

 

 

 

 

 

 私は何のために、カリフォルニア留学して、マスターソムリエの資格まで取ったんだ。あんなに、勉強して、話術も磨いて、何の、ために。(ここから字がにじんで、判別不能)

 

 

 

 

 

 [※月〒日C曜日 雨]

 

 今日は非番だった。以前は、非番の日は別の店に偵察に行ったりして勉強してたが、もうそんな資格はない。

 

 味のわからない私に、ソムリエたる資格など、ない。

 

 そう、思っていた私を、今、私は猛烈に殴りたい気分だ。

 

 私が味を分からないなら、私でも味の感じるものを作ればいいんじゃないか!

 

 今、興奮冷めない気分で、この気持ちを忘れないようにこの日記をつけている。

 

 順を追って記さねば。

 

 予約をキャンセルするのも申し訳なくて、そのままいつもの店に行ったんだが、やはり気乗りがしなかった。味のしない口腔でワインや料理なんてとても楽しむ気になれなかったからだ。

 

 一口二口料理を口にしたが、すぐに食欲が失せて、席を立った。

 

 そのまま店を辞したところで、呼びとめられた。

 

 きれいな女性だった。ポニーテールにした黒髪に、眼鏡をかけた、抜群のプロポーションの、目の覚めるような女性だ。

 

 私が元気がないのが気になったと言って話しかけてきた彼女は、いい店を知っている、飲みなおさないかと誘ってきたのだ。

 

 馬鹿にしているのか!正直相当ムッとして、私は彼女に罵声を吐きつけ、そのまま帰ろうとした。

 

 だが、彼女は、そんな私に怒ることなく困ったように笑ったまま、自分のおごりだ、もし気に入らなかったら、何でも一つ言うことを聞く、と言ってきたのだ。

 

 何でも、というところでまあいいだろうと思った。八つ当たりに、この綺麗な世界しか知らなそうな女を滅茶苦茶にしてやるのも一興と思ったのだ。

 

 そうして、彼女に連れられ、くぐった一軒の店。路地裏にある、看板すら出されてない、会員制のバーのようにも見える、ちっぽけな小料理店。

 

 出されたワインを口に含むなり、思わず息を詰めてしまった。

 

 最初の一口は、どうせ味などしないと思って、水をそうするように下品に呷ってしまったが、それが間違いだった。

 

 二口目は、慎重に口に含み、舌で転がし、鼻から抜ける芳醇な香りと、濃厚な味を楽しんだ。

 

 そう、味だ。

 

 その店のワインは、味がしたのだ。

 

 目を瞠った。そんな馬鹿な、と言いたかった。

 

 まるで血のように赤いそのワインは、ボトルには銘柄が書かれておらず、どこの、何年ものか、さっぱりわからなかった。

 

 だが、久しぶりに感じたその味は、甘露、というに等しい、まるで(ぐしゃぐしゃと何事か塗りつぶされて消されている)ああ、ダメだ。ダメだ。筆舌に尽くしがたいほどの美味で、私の稚拙な文ではどうにも満足な表現ができない。

 

 あまりの美味さに、久々に涙がこぼれた。嗚呼。嗚呼。嗚呼!こんなにうまいワイン、今まで飲んだことがない!

 

 そんな私を、この店に誘ってくれた女性が、まるで慈愛の女神のごとき微笑みを向けてくれている。

 

 どうしたんですか。そんなにこの店のワインがお口にあいましたか。

 

 そんな女性の問いかけに、私は気づけば自分の悩みを吐露していた。

 

 事故に遭って、ストレスにさらされ、ソムリエのくせに味を感じなくなってしまって。100%満足な仕事ができなくなって、自分の店を持つという夢を、挫折せざるを得なくなったことを。

 

 女性は、親身に悲しげに、しかし辛抱強く私の話を聞いてくれた。

 

 今まで頑張ってたんですね。大好きなことを諦めなければならなかったなんて、さぞつらかったでしょうね、と。

 

 店の中の店員も、気の毒そうに耳を傾けてくれ、よかったらまた飲みに来てくれとまで言ってくれた。

 

 ・・・少し変わった店だった。店員や、我々以外の客は、まるで犬のように毛むくじゃらで獣臭い者ばかりだったからだ。

 

 いや、会員制だと彼女が言ってたな。きっと、他の店には入れないわけありの者たちなんだろう。例えば、銭湯や温泉だって刺青をしているものは利用できないじゃないか。きっと似たようなものだ。(ここだけ少し字が歪んでいる)

 

 

 

 

 

 [@月$日D曜日 晴れ時々みぞれ]

 

 だめだだめだだめだだめだ。

 

 あの美味いワインを飲んでしまったのが、いけなかった。

 

 店のワインが、いつにもまして水のように思えてならない。香だって、こんな薄っぺらな物じゃない。もっと濃厚だったのに。

 

 次の休みはいつだろうか。あのワインを飲みに行きたい。

 

 どうやったら手に入るのだろうか・・・かなうなら、うちの店でも取り扱いたい。

 

 

 

 

 

 [¥月#日E曜日 晴れ]

 

 あの店に行った。あのワインを頼んだ。

 

 うまい。

 

 何度飲んでも飽きない、濃厚な味わいと芳醇な香りだ。

 

 思い切って聞いてみた。このワインはどこから仕入れているのか、と。

 

 支配人は非常に困った顔をして、企業秘密だ、と言われてしまった。

 

 それはそうだろう。ダメもとで聞いたのだ。こんなワイン、きっとさぞ名のある醸造所の、価値のあるワインに違いない。

 

 ・・・このワインが取り扱えないなら、やはりソムリエは諦めるしかないだろう。

 

 いや、このワインの味が分かったところで、他のワインはやはり水同然なのだから、土台無理か。

 

 私が落ち込んでいるのを察したのだろうか、少し迷った様子ながら、支配人が言ってくれた。

 

 私があの女性の紹介だから、特別に、と。

 

 彼女には、感謝しかない。

 

 

 

 

 

 そうだ、ソムリエでいるせいであのワインを飲めないなら、ソムリエなんて辞めてしまおう。

 

 

 

 

 

(しばらく、仕事を辞める旨の記述や、引継ぎ、引っ越しなどに関する記述が続く)

 

 

 

 

 

 [♭月♨日F曜日 雨のち晴れ]

 

 ようやく、落ち着いた。

 

 今日からワイナリーの経営をする。とは書いたものの、まあ、ブドウ農家とワイナリーの経営をちょっとずつ教わっていく。

 

 そういえば、元々私がソムリエを目指したのは、実家のブドウ農家が営むワイナリーのワインを、世に広めようと思ったのが切っ掛けだったな。懐かしい。

 

 まあ、結局すべて徒労に終わったのだが。

 

 いや、味覚障害にならなければ、あんなすばらしいワインに出会えなかったのだ。そう思えば、あの事故も意味のあるものだったのかもしれない。人生、塞翁が馬。何が好転するきっかけになるかわかったものではないな。

 

 

 

 

 

 早く、あのワインを、自分で作りたい。

 

 

 

 

 

(ここからしばらく、両親からブドウ農家やワイナリーのノウハウを教わる記述が続く)

 

 

 

 

 

 [*月〄日G曜日 (書き損じを塗りつぶされた形跡がある)晴れ]

 

 無理をいって、新しいワイン樽を用意してもらい、さっそく、例のワインの仕込をした。

 

 材料がブドウに加えていろいろ必要で、その調達に少し難儀した。

 

 まあ、何事も最初の一歩は肝心ではあるが、うまくいくとは限らない。何より、私はワインづくりは、まだ始めたばかりなのだ。材料も、今一つであるのだ。あまり期待しないでおこう。

 

 小山内奈々は思っていたよりもバカでちょろい。

 

 ちょっと有名な会社秘書を名乗って、パンフレットに載せるモデルをうちの社で頼みたいからと適当なところに呼び出してやったら、何にも考えずにホイホイ出てくるとは。

 

 精々美味しくなるんだな。

 

 騒音と乱暴運転のクソ女でも、私のワインの材料くらいにはなれるだろうさ。

 

 

 

 

 

 [∀月♃日H曜日 晴れ]

 

 父母に邪魔された。

 

 せっかく仕込んだワイン樽から異臭がすると言われ、醸造の邪魔をされそうになったのだ。

 

 ふざけるなよ。あんな色つき水で満足するお前らが、私の新しいワイン造りの邪魔をするんじゃない。

 

 金づちで頭をかち割ってやった。二人とも。

 

 まずは母をそうしてやって、父がギャーギャー悲鳴を上げて、警察に電話しようとするから、父もそうした。

 

 電話がつながってしまった警察には認知の入った父がやらかしたことにした。うまく誤魔化されてくれたようだ。警察もちょろい。

 

 ちょうどいい。新しく材料が手に入ったことだし、ワインを仕込もう。

 

 小山内奈々より、きっとおいしくできるはず。楽しみだ。

 

 

 

 

 

(しばらく畑の世話やワインの醸造に関する何気ない日々に関する記録が綴られている)

 

 

 

 

 

 [⇒月⦿日I曜日 晴れだったはず]

 

 そろそろ飲み時だ!

 

 ウキウキしながら試飲する。

 

 やはり、あのクソ女のは失敗か。かび臭い、ブドウ汁のような味がする。こんなのワインじゃない。

 

 ・・・だが、やはりこの作り方は別格なのだ。失敗でも、味がするのだから。

 

 もう二つは・・・念のため、片方だけ味見したが、ああ!これだ!まだ少し若い。もう一つは、このまま熟成させよう。

 

 楽しみだ。

 

 

 

 

 

 [ѱ月&日J曜日 晴れに決まっている]

 

 少し毛深くなったような気がする。

 

 頻繁に剃刀を使うので、すぐに替え刃がなくなってしまう。

 

 ここは町中から離れているので、買い出しが少し不便だ。

 

 いっそ、ネット通販でまとめ買いするべきだろうか。

 

 それから最近新発見したのだが、どうも味がしないのは加熱調理をしたものばかりらしい。

 

 刺身や生肉だったら、味がする。特に肉がうまい。生の果物や野菜も大丈夫だ。

 

 思い返せば、味覚障害になった頃は、生の果物や野菜も味がしなかったが、最近は味がしているので、だいぶ救われている。

 

 やはり、あのワインのおかげだろう。

 

 どうやって次の材料を手に入れようかな。できれば、仁科や辻がいいとは思うのだが。

 

 

 

 

 

[|月>日K曜日 忌々しい晴れ]

 

 いろいろ考えたが、ワイン工房を一般開放して、無料の試飲ツアーを企画して、やってきた材料を適当に頂くことにする。こうすれば、適当な名目で仁科や辻を釣り上げることもできるだろう。

 

 どうせ連中は勝手に増えていく。

 

 旨いものを飲み食いできるのを当然と享受して、その“当然”がなくなった人間の苦悩など見向きもしないのだ。

 

 ならば、そんなクズどもを有効活用してやることこそ、持たざる者たる私の正当なる権利と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 最近、肉を切るのも面倒になって、ブロック肉にそのままかじりつくようにしている。

 

 食器の準備の手間も省けているし、これはこれでいいものだ。

 

 ・・・これでも少し物足りないような気がする。

 

 

 

 

 

[~月¥日L曜日 晴れだったはず]

 

 グルメ雑誌に特集してほしいという名目でおびき寄せた仁科と、友人特別優待という名目で誘い出した辻をワイン樽に詰めてやった。

 

 肉質の変化を避けるために、毒は入れずに睡眠薬を試飲用ワインに仕込み、昏倒したところを金槌で殴って殺した。

 

 あとは死体をから揚げ大に切り分けて、ワイン用のブドウと一緒に樽に仕込み、毎日醸造用の魔法の呪文をたるに向かって唱えるだけ。

 

 最初は苦戦してしまった(主に死体の解体で)が、今ではだいぶ慣れたと思う。

 

 ざまあみろ。ざまあみろ!お前らによる屈辱は今、すすがれた。私の輝かしいワインとの人生は、これで一点の曇りもなく、続くことになるのだ!!!

 

 

 

 

 

 辻の始末を見られた、奴の連れの女を一人殺した。

 

 できればこいつもワインに仕込みたかったが、空いてる樽がなかった。ビンを使うというのも考えなかったでもないのだが、樽醸造でのやり方しか知らないし、まだ完全に安定してできるというわけではないので、ひとまず見送る。

 

 ふと思いつきで、その死体を晩飯にした。美味しそうだったし、実際旨かった。

 

 これからは、余分に死体を得ることも考えなければならない。

 

 

 

 

 

(ここからしばらく誰を殺してワインにした、食卓に並べたという猟奇的記述が、ブドウ畑の世話などの記述と併せて続いている)

 

 

 

 

 

[☽月☉日M曜日 糞のような晴れ]

 

 警察が来た。

 

 私の工房に来た人間が行方不明になったという。

 

 家宅捜査をしたいというので、好きにしろとお通しした。

 

 あの特製ワインを仕込んでいる工房の方は、あのレストランのつてで、仕掛けと魔術を使ってごまかしてある。

 

 父母の失敗は二度と繰り返さない。

 

 遺品だって、彼らのつてで処分してあるのだ。それでも証拠があるなら出してもらいたいものだな?

 

 案の定、彼らは何も見つからないとわかるや、不満げに鼻を鳴らしながら去っていった。

 

 私は、困ったように笑いながら、誤解がとけて良かったといって見せた。

 

 きっと、今の私はマカデミーの主演男優賞が受賞できるのではないだろうか?それは自惚れ過ぎか。

 

 

 

 

 

[%月÷日N曜日 (書くのが面倒になったのか空欄)]

 

 自宅に不法侵入者があった。家宅捜査に来た刑事の一人だった。

 

 まだあきらめられないのか。頭の悪さに嘲笑してしまった。

 

 捕まえ殺して、食卓に並べるかワインに仕込むか悩むが、ふと思いついた方法を取ってみた。

 

 ひき肉にしてブドウと一緒に瓶詰にして、ビン醸造をしてみるのだ。

 

 そろそろ、樽醸造も安定してきた。手探り同然ではあるが、思い切ってビン醸造に挑戦もいいかもしれない。

 

 うまくいったら、あのレストランの支配人や、あの女性にプレゼントしてみよう。

 

 

 

 

 

 試飲ツアーに誰も来なくなったら困るので、警察のいい加減な捜査で、えん罪をかぶせられそうになったと、ネットの掲示板などに書き込んでおいた。

 

 同調してねぎらってくれる意見に、笑いが込み上げる。

 

 ざまあみろ。証拠もないのに人を犯罪者呼ばわりするからそうなるのだ。

 

 

 

 

 

[Λ月日O曜日 (空欄)]

 

 明日にまた、試飲ツアーの予約が入った。

 

 ここしばらく人が来なかったので、助かる。

 

 ここに書くことではないだろうが、会社の友人同士の旅行の一環なのだそうだ。

 

 予約名は、“神代貿易株式会社一行”でとっていた。4人組らしい。

 

 後、こちらは一人だが、カメラマンの宍戸永明もいる。この工房の取材が目的か。いい宣伝にもなるから、体格次第では奴は生かしてもいいかもな。・・・余計なものを見聞きしなければ。

 

 ともあれ、どんな連中かわからないが、楽しみだ。

 

 最近分かったことなのだが、ワインの味はやはり仕込んだ原材料に影響されるらしく、男ならば深みのある味に、女ならば甘みの強い味になる。

 

 太った奴は傷みやすいが、かといって痩せすぎでは貧相な味になってしまうので、ほどほどがいい。

 

 そういえば、子供を仕込んだことはないな。機会があれば、それも考えてみよう。

 

 

 

 

 

 部屋を整理していたら昔の写真が出てきた。今の顔と少し違うようにも見える。

 

 まあ、ストレスなども重なったし、無理もないだろうか。

 

 

 

 

 

(ここで日記は終わっている)

 

 

 

 

 

哀れな孫の最後の願いだ。

ゆえに、続き!お主を斬る!




【事の真相という解説】
 日記の書き手は、劇場版『14番目の標的』の犯人、沢木公平さん。
 原作同様、小山内奈々の引き起こした交通事故に遭遇し、その後味覚障害を発症。夢の挫折という絶望を味わうことになる。
 本作では、攻略本によって彼の存在を知っていたナイアさんがちょっかいをかけ、彼を食屍鬼〈グール〉経営の裏レストランに連れていき、そこで人肉製のワインを飲ませる。
 味覚のしない世界で唯一味のしたそれに魅せられた彼は、ソムリエを自主退職。実家のブドウ農家のワイン工房を、人肉ワインを仕込む猟奇工房に改造する。
 復讐も兼ねて、最初の犠牲者は小山内奈々。
 その後、それに気が付いた両親も殺し、やはり同じようにワインの材料に。
 そんな悍ましいワイン造りを粛々と進める一方、材料調達のために無料のワイン試飲ツアーを企画し、やってきた客をワインの材料にしていた。
 ちなみに、文中に入れ損ねたが、偽装として普通のワインも一応仕込んでいたりする。
 出来上がったワインは、食屍鬼〈グール〉たちの食事処に卸され、評判は上々。
 ただし、人の口に戸は立てられず、警察の捜査が及び、どうにかそれはごまかせても、違法捜査に来た刑事一人の口封じをしてしまった。
 ・・・彼のミスは、その違法捜査刑事の口封じをしてしまったこと。捕まえるまではしても、ここで警察を不法侵入で訴える程度で済ませておけばよかったのに、さらに不審を撒く要素を植え付けてしまったこと。
 このため、MSOに話が行ってしまい、怪奇事件専門捜査官が調査に乗り出した。
 最後に語られている“神代貿易株式会社一行”と名乗りを入れている連中がそう。松井さんたちかはご想像にお任せします。
 なお、日記の内容から察しの付く通り、彼は人肉ワインをトリガーに食屍鬼〈グール〉に変貌してきている。さらに、日記がここで終わっていることから察しの付く通り、彼はこの後、MSOに人類に対して有害な神話生物と判断され、処分されることになる。

 劇中でも語っている通り、劇場版『14番目の標的』における死亡犠牲者は、ことごとく彼のワインの材料にされている。
 小山内奈々、辻弘樹、仁科稔、旭勝義は確定。
 村上丈は、たまたま出所してからも、沢木さんに近寄らなかったことで唯一難を逃れている。
 また、沢木さんはこんな冒涜的所業に夢中であるので、他の人間を傷害しようという気は毛頭なく、このためトランプの数字を使った殺人自体、思いつかなかった。
 最後に名前だけ登場した宍戸永明さんは、裏で怪奇事件専門捜査官VS神話生物になりかけ猟奇殺人犯の対決が行われていたことなど、微塵も知らずに普通に取材して帰った。
 沢木さんは宍戸さんも材料として目をつけてたが、捜査官たちを誤魔化す、あるいは口封じに懸命になってたので、そこまで手が回らなかったため。

 余談になるが、この人肉ワインは、ナイアさんは口にしたことはあるが、生臭えクソまずいもん、と断じてはばからない。沢木さんを堕とすためにやっただけで、自分からこんなもん飲みたいとも思わない。


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【番外編ζ】探索者たちの日常②

 ちょうどこれ書いたころ、そろそろ『緋色の弾丸』が公開だ~!とひそかにwktkしてました。コロナで公開延期になったと知って、(´・ω・`)ってなりました。
 おのれコロナ。
 でも、ちょうど金曜ロードショーで『純黒の悪夢』やってて、やっぱ純黒いいなあ!とテンション上がって書き上げました。
 にもかかわらず、この出来栄えです。
 違うんです。たまにはほんわかした話を書こうって・・・。クトゥルフとほんわかって混ぜると、ろくな化学反応にならない?知ってます。
 何のことかわからない方は、ニコ動で検索してみてください。ほんわか卓っていう、動画を視聴したら謎が解けると思います。ほんわかって何でしょうね(遠い目)

 あ、前話から分けているのは、劇場版絡みの話になるからですが、あんまり気にしないでください。


[恋するサッカーボール]

 

 

 早朝の公園の一角である。

 

 ぽんぽんと、コナンがサッカーボールを弾ませる。

 

 足の腹、ひざ、ヘディングを数回して、胸でトラップしてから、もう一度足元へ。

 

 

 

 

 

 新一である頃も、屋外での考え事の時にこうしてボールを弾ませていた。

 

 サッカーは探偵に必要な体力づくりのためにやっていたが、単純にボールを追い回す体力や技術のみならず、敵味方、双方のチーム全体を俯瞰する視野の広さが求められる。

 

 これはこれで、頭の運動が求められる。

 

 新一がそれに気が付いた時には、サッカーはもはや完全に彼の血肉となっていた。

 

 

 

 

 

 そして、幼児化してなお、高校在学中であるというのにプロリーグからスカウトを受けたほどの技量は健在だ。

 

 「うわー!コナン君、上手!」

 

 「まあ、小学生のころからやってるからな」

 

 「え?」

 

 目をキラキラさせるクラスメートに、コナンが笑って見せると、彼は怪訝そうな顔をした。

 

 すぐさまコナンは気が付く。

 

 自分は今、小学1年生だ!

 

 「あ、いや、言い間違いだ!はは・・・!」

 

 「変なの~。じゃあ、今度は僕の番ね!」

 

 少々ひきつった顔でごまかし笑いをするコナンに、クラスメートの少年は特に気にした様子もなく、コナンが渡してきたボールを受け取って、リフティングをする。

 

 コナンほどなめらかではないものの、なかなか様になっている。

 

 「う、わ!」

 

 「落ち着け。強く蹴らず、軽く!高く上げるな!」

 

 「うん!」

 

 コナンのアドバイスを受けて、どうにかリフティングをつなげる。

 

 そんな少年たちの様子を、にこにこしながら見つめる大人が二人、少し離れたベンチに腰かけている。

 

 片方は、相も変わらず黒いワンピースにポニーテールの清楚系女装姿の浅井成実。

 

 もう片方は、癖のある髪を束ねた、浅黒い肌の青年である。中岡一雅というその男は、将来をサッカー選手に嘱望されながらも、事故で夢を絶たざるを得なかったのだ。

 

 「にしても、すごい偶然ですね」

 

 中岡の言葉に、成実は「そうね」と頷く。

 

 「知史と、浅井さんの友人の親戚が、同じクラスメートだったなんて」

 

 「私も今日、初めて知りましたけどね」

 

 そう。実は、そこで遊んでいる二人は、同じ帝丹小学校1年B組の生徒である。

 

 心臓が悪く体力もなくて学校も休みがちで、クラスメートとはあまり接点が持てない少年、本浦知史と、先日起こった某事件のせいで腫物扱いを受けるコナンが、サッカーという共通の趣味をきっかけに、仲良くなったのはついさっきのことだ。

 

 たまたま早く目が覚めたからと朝練習に出たコナンと、中岡が付き添って練習に出ていた知史は、今日が実質初対面であるにもかかわらず、旧知の仲であるかのように仲良くなった。

 

 

 

 

 

 「よし!行くぜ!」

 

 「うん!」

 

 二人がボールのパス練習をしている。

 

 おそらく、コナンの方がある程度技量を抑えているのだろうが、はた目にはいい勝負に見える。

 

 

 

 

 

 中岡は、隣に座る浅井をちらっと見降ろした。(浅井の方が若干小柄なのだ)

 

 今日は仕事は休みで、朝の散歩なの、と笑って言った浅井は、中岡が初めて彼女と会った時と変わらない。

 

 視線をボールを転がす二人に向け、中岡は思い返す。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 中岡がバイク事故によって夢を絶たれ、腐りきっていたところを知史の無邪気とひたむきさに救われたのは、記憶に新しいところだ。

 

 サッカー選手になれなくても、サッカーそのものをあきらめなくていいのだ。

 

 あの広いフィールドで、ボールをひたすら追いかける、あの時間。自分の息遣いと、チームの息遣い、敵チームの息遣い、すべてが唱和する、あの興奮。

 

 それは、きっと、どこででも、感じられる。

 

 サッカーをしていたころの、ひたすら研ぎ澄まされたあの気持ちが、鮮やかによみがえってきた。

 

 いつしか日課となった、二人きりの早朝練習を終え、にこやかに会話を弾ませていた時だった。

 

 急に知史が顔色を青くして、呼吸を崩して胸を押さえてうずくまったのだ。

 

 

 

 

 

 知史は、前述の通り、心臓が悪い。医者からも激しい運動は控えるように言われている。

 

 けれど、それでも。サッカーが、大好きだ。

 

 だから、気を付けて練習をしていた。けれど、その日は何がいけなかったか、突然発作が起こってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 「と、知史?!」

 

 「あ・・・はっ・・・だ、だいじょ・・・」

 

 「大丈夫なわけないだろう!」

 

 そう怒鳴る中岡だが、内実はパニック状態だった。

 

 ここには知史以外は彼一人しかいない。

 

 どうすればいい?心臓の悪い子供の発作の急な対処方?心臓マッサージと人工呼吸?確かテレビでやって、いや違うまずは救急車を、

 

 「君!しっかり!」

 

 ほとんど頭が真っ白に近く、うろたえるしかできなかった中岡をハッとさせたのは、凛としたその声だった。

 

 いつ来たのだろうか、軽く息を切らせた、黒衣の女性が、知史のそばに跪いていたのだ。

 

 「救急車を!場所と患者の子供について!持病について知ってるならそれも伝えて!」

 

 「あ、ああ!」

 

 てきぱきした指示に、中岡はがくがくと頷いて、取り出したスマホでしどろもどろながらもどうにか連絡し終えた。

 

 一方の女性は、素早く知史の脈と呼吸を見るや、「応急処置をするよ!がんばれ!すぐに救急車が来るからね!」と言って、知史の衣服を緩め、横にさせる。

 

 やがて到着した救急車に、知史は乗せられる。もちろん、中岡と女性も付き添いで乗り合わせることになった。

 

 

 

 

 

 こうして、知史はどうにか助かり、中岡は浅井成実という女性(中岡はそう判断していた)と知り合った。

 

 知史がどうにか回復してからも、中岡との付き合いは続いた。

 

 一人のところで発作が起こり、てっきり中岡との練習に難色が示されると思いきや、知史のご両親は、中岡がいなければもっと大変なことになっていたかもしれないと、むしろ命の恩人として付き合いを許してくれたのだ。

 

 そして、そこに成実も加わった。

 

 朝の散歩を時々するという彼女は、不定期ながら、知史と中岡の朝練に、時々付き合うようになった。とはいえ、彼女はサッカーは不得手で、もっぱら見学のみだが。

 

 彼女は医師免許を持つうえ、幼少体が弱かったのだと、朗らかに笑いながら語る。

 

 「だから、医者になるって言った時、みんなから無理だって言われたの。

 

 医者って、結構体力を使うお仕事だからね」

 

 「けど、あんたはなれた」

 

 「いろいろあって、やめちゃったけどね」

 

 ぺろりと舌を出していたずらっぽく笑う彼女に、知史はボールを抱えたまま不安そうな、それでいて期待に満ちた眼差しを向ける。

 

 「僕も、体が弱くて、サッカー選手なんて無理だって言われてるけど・・・なれるかな?」

 

 「うーん・・・難しいね」

 

 成実は、嘘でもなれるとは言わなかった。だが、なれないとも言わなかった。

 

 「君はまだ小さい子供だからね。大きくなって体力が付けば、できるようになるかもしれない。

 

 私はサッカーには詳しくないけど、体力がなくても、他の面でカバーできる部分だってあるかもしれないし。

 

 聞きかじりだけど、走るのが遅いって言われた選手が、他の技術を磨いてゴールを決めたって話もあるらしいね」

 

 「中田だよね?!うん!聞いたことある!」

 

 「アハハ。さすがに知ってるかあ」

 

 苦笑する成実に、中岡は胸が熱くなるのを感じた。

 

 

 ああ。プロを挫折せざるを得なくなった自分に、どいつもこいつも可哀そうなものを見る目を向けてきた。

 

 選手は無理でも、他にサッカーにかかわる形はあると、誰かが、何か言ってくれてたら・・・。

 

 いや、今からでも遅くはないかもしれない。

 

 だって、自分にはまだ、二本の足があるじゃないか。立って走ってボールを蹴れる。それなら、コートに立つことは、十分できる。

 

 

 

 

 

 「でも、だからって無理はだめだよ。

 

 体力をつけるのは大事だけど、大きくなるためにはまず生きなくちゃ。

 

 君の体は、ヒビがあちこち入った小さなコップと同じなんだ。無理をさせすぎると、すぐに割れちゃうんだ。ヒビを直してコップが大きくなるには、時間がかかるんだよ?

 

 生きてこそ、サッカーもできるんだからね?」

 

 「は~い」

 

 医者らしくキリッとした顔でそう言った成実に、知史がふにゃっと笑う。

 

 成実の言葉を、あの子がどう受け止めたか、中岡には分らない。

 

 ただ、その辺の無責任な大人や、からかい交じりの子供たちの、気軽な一言を聞いた後よりは、あどけない表情をしているように思えた。

 

 

 

 

 

 それから間もなく、中岡は南米にボランティア参加のために旅立つことを決意した。

 

 知史は、あんな体でも必死に未来に向かっていき、夢に向かって努力をしようとしている。

 

 病弱だったという逆境にもめげずに医師になった成実とも、友達になったのだ。

 

 少しばかり足を悪くした自分が、いつまでも腐って足踏みなんて、情けない。

 

 次に日本の地を踏むとき、自分はこの二人に恥じないようになって、帰ってこよう。

 

 

 

 

 

 帰国後、中岡は肝を冷やした。

 

 中岡が南米にいた真夏、自宅でサッカーの試合を見ていた知史が、以前以上に重い発作を起こしていたというのだ。

 

 さらに、諸事情から救急車の到着も遅れ、まさしく絶体絶命であったという。

 

 だが、そんな彼を救ったのは、またしても成実だった。

 

 その日は、成実は知史にねだられ(一緒に試合を見よう!と誘いを受けたらしい)、彼の家にお邪魔していたのだ。

 

 そして、救急車が来られないと悟るや、彼女は応急処置をご両親に代わり、彼らと知史を車に乗せて救急病院に担ぎ込んだらしい。

 

 かなり乱暴ではあったが、あと少しでも遅れれば、手遅れになっていたかもしれない、と言い渡されたそうだ。

 

 それを聞いた知史の両親は、涙ぐみながら、息子の無事を感謝したそうだ。

 

 もちろん、あとから聞いた中岡も。

 

 

 

 

 

 なお、救急車が遅れたのは、とあるビッグジュエル専門の怪盗が、何をトチ狂ったかとある野球選手のホームランボールを獲物に選び、スタジアムとその周辺が警備と野次馬、本来の観客で満員超過で大混雑、救急車のコースがそのスタジアムの周辺で、野次馬に差し止められたから、というのが原因である。

 

 のちに、中岡が聞きかじり、その怪盗に一方的殺意を抱くようになったきっかけである。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 こうして、知史は九死に一生を得た。

 

 そして今、知史はコナンと一緒にボールを追いかけている。

 

 それを中岡は穏やかな顔で見やる。

 

 南米で出会った子供たちも、さまざまな苦難に負けず、そして知史と同じまぶしい笑顔を見せてくれた。

 

 かつての恩師に送ったメッセージでも記したように、やはり中岡はサッカーをやめられない。やめたくない。

 

 まだ手探りなところはある。どういった形で、これからサッカーにかかわっていくべきか、そのためには何が必要で、何を学ぶべきか、中岡は考えている最中だ。

 

 けれど、きっと、未来は明るい。

 

 だって、中岡には、一緒に歩む輩がいるのだから。

 

 

 

 

 

 後日、成実から中岡の話を聞いた松井が遠い目をしながら、「・・・傷が浅く済むといいな」とぽつりとつぶやいたのに、成実は不思議そうに首をかしげる。

 

 そしてそれを、映画に誘おうとこっそり計画を立てている中岡が知る由もない。

 

 ひそやかな彼の恋が、儚く散るか、道ならぬものであきらめず突き進むものとなるかは、彼次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[純黒の悪夢は、真白の夢空に昇華されるか]

 

 

 竜條寺アイルは、今でこそまっとうな国家公務員の一員であるが、少し前には犯罪組織の一員をしていた。

 

 好き好んでしていたわけではない。

 

 諸事情あったし、気が付いたら因縁がクモの糸のごとく雁字搦めにしてきて、身動きできなくされていたのだ。

 

 選択肢はただ二つ。おとなしく幹部を続けるか、すべてをかなぐり捨てて逃げ出すか。

 

 竜條寺は後者を選び、左目左手を代償に自由をつかみ取った。

 

 せっかく転生したのだ。ただ物語に沿って、おとなしく死ぬなんて勘弁してもらいたい。

 

 

 

 

 

 その日、竜條寺はデパートの子供用玩具のコーナーに立ち寄っていた。

 

 強面でガタイのいい竜條寺がそこに立ち入ると、不審者のように見える。実際、店員からも怪訝そうな視線を向けられている。

 

 声をかけてこないのは、“我が子へのプレゼントを選ぶお父さん”の可能性があるからだろうか。

 

 残念ながら竜條寺は独身である。(彼女はいるが。)

 

 

 

 

 

 では、なぜこんなところに単身立ち入っているか。

 

 別に、入院中の元同僚に、差し入れくらいはいいだろう。

 

 誰にともなく言い訳をして、竜條寺はふわふわのテディベアを持ち上げる。青い瞳に、クリーム色の毛並みに、首に巻かれた白いリボン。

 

 そういえば、彼女も、それらしい色をしていた。

 

 組織の中では、自分の色を持たない透明とあざけられ、それ故にRUMが自分の色に染めてやろうとこき使っていた。

 

 右腕、あるいは腹心の部下と呼称されそうなものだったが、竜條寺からしてみれば、あれはいいようにこき使われていただけだ。

 

 ・・・現状が、彼女にとって、幸せな状態かは、はなはだ疑問であるが。

 

 何も考えずに組織に使いつぶされるか、あるいは幸せな夢を見続けるか。どちらがいいか、竜條寺が明言することは、できない。

 

 ともあれ、これにしようと竜條寺はぬいぐるみをレジに持っていく。

 

 買い上げたぬいぐるみをプレゼント用の包装をしてもらってから、小脇に抱える。

 

 繰り返すようだが、竜條寺は強面でガタイのいい外人男だ。

 

 これでぬいぐるみを小脇に抱えるなど、シュールで目立つ、ひどい絵面の完成となる。

 

 コソコソするとかえって不審だ。ゆえにこそ、竜條寺は堂々と、デパートを後にした。

 

 

 

 

 

 MSOの息がかかった精神病院の玄関前で、竜條寺は足を止め、片手を上げる。

 

 「よう」

 

 「あ、竜條寺君」

 

 ナップサックを肩に、右手に小さな包みを持った徳本敦子――竜條寺の恋人でもあり、一緒に事件を乗り越えた女性がにっこり微笑む。

 

 「締め切りは大丈夫か?潮路大先生」

 

 「大丈夫!ダークサーチャー、リーシュも無事事件を乗り切れたから!」

 

 にっこりと笑うダークファンタジー作家(『ダークサーチャー』は彼女が連載中のタイトルで、リーシュはその主人公の名前である)に、竜條寺はそうかと短く頷く。

 

 「・・・まだ、入院されてるんだね」

 

 「・・・ああ」

 

 笑みを消して言った敦子に、竜條寺は視線を軽く伏せて頷いた。

 

 

 

 

 

 面会手続きを経て、目的の部屋へ。奥の個室だ。

 

 部屋の番号の下には入院患者名が書かれている。

 

 板倉奏子〈いたくらそうこ〉と患者名は表示されている。ただ、その名前より、竜條寺としては別の名前の方がなじみ深い。大体、この名前は本名でないのだ。竜條寺は、彼女の本名を知らない。

 

 とんとんとノックすると、中から「は~い!」と元気な声が聞こえてきた。

 

 「こんにちは!奏子ちゃん!敦子よ!りゅ、アイル君と一緒に会いに来たの!入っていい?」

 

 「敦子ちゃん?!うん!入って入って!」

 

 弾んだ声に、二人は視線を交わしてから、引き戸を開けた。

 

 内装は、病室らしく白系統で統一されている。

 

 ベッドの他は、ぬいぐるみやおもちゃが転がり、どちらかといえば子供部屋の様相である。

 

 そして、おもちゃの転がるマットの上で、にこにこと笑う女性が一人。体つきは成人女性のそれだ。髪はウェーブのかかった銀髪。左目は青で、右目は白に近い透明な瞳をしている。

 

 本来であれば独特の鋭い雰囲気の持ち主なのだが、今纏う雰囲気は幼子のそれだ。

 

 「ここには慣れた?」

 

 「うん!ひとみお姉さん、髪を編んでくれたの!

 

 ミドリおばさんもね、キュアプリの話してくれるの!」

 

 「へえー。よかったじゃねえか。その髪型、よく似合ってるぜ」

 

 「えへへ~」

 

 嬉しそうにあどけなく笑う女性――板倉奏子と今は名付けられている女性に、かつての面影――黒の組織の幹部キュラソーとして、非道に手を染めていた面影は、ない。

 

 

 

 

 

 事の起こりは、ひと月前。

 

 郊外にある閉鎖された工場の調査(工員が錯乱して入院したという曰く付き)に、竜條寺はMSOの仕事の一環でほかのメンバー数名と赴いた。

 

 ・・・そこに取材旅行に行ったはいいが、道に迷った挙句迷い込んできた敦子も同行する羽目になり、工場の調査を共に行うこととなる。

 

 だが、そこには一人の先客がいた。

 

 竜條寺は知らなかったのだが、この工場は黒の組織傘下のものであったらしい。

 

 データの回収に、キュラソーが赴いていたのだ。

 

 キュラソーは、竜條寺たちを発見するなり、口封じに乗り出してきた。いくら竜條寺が打たれ強く、体術に優れていようと、他の面子をかばいながらでは、粗も出る。

 

 面識がなかったのが幸いしてか、正体こそ見抜かれなかったものの、このままでは危うい。

 

 そんな危機的状況に、工場閉鎖の原因となった神話生物、“喰らうもの”が乱入。

 

 実態を持たない“喰らうもの”によって、他調査員のうち1名が犠牲になり、さらに一度は敦子がかばったものの、逃げそびれたキュラソーも餌食にされた。

 

 辛うじて、工場にあった爆薬と起爆装置(組織傘下の工場だ。当然ある)を起動させ、どうにか神話生物を爆破で仕留め、生き残ることには成功した。

 

 だが、脳を吸われたキュラソーのダメージは大きく、気を失っていた彼女が次に目を開けた時、彼女はそれまでの記憶のすべてを失い、幼児のようなありさまとなっていたのだ。

 

 それまで持っていた、超記憶能力や、カラーカードを用いた記憶術さえも、すべてを失って。

 

 それは間違いない。何しろ、竜條寺が、その場で5色のカラーカードをかざして見せたというのに、キュラソーはキョトンと眼をしばたかせただけで終わらせたのだから。

 

 

 

 

 

 余談となるが、“喰らうもの”がそこに現れたのは、その工場で研究されていた新型の攪乱電波発生器の作用で、低周波が発生。その周波数が“喰らうもの”が仲間を呼ぶ際の波長と一致したためだった。

 

 なんという、人騒がせ!勘弁してくれと、真相を知った竜條寺がいつもの口癖をぼやいても無理はないだろう。

 

 その攪乱電波発生器は現物は破壊されている上、設計図も消去済みである。キュラソーの頭の中にバックアップがあるにはあるが・・・それももはや、失われたも同然であろう。

 

 

 

 

 

 竜條寺は、原作を知っている。

 

 キュラソーが、本来ならばどのような末路を辿るかということも。

 

 事故で記憶を失い、空っぽのところで少年探偵団の無邪気さと温かさに触れた彼女は、本来の真白の色を取り戻し、最後は子供たちや大勢の人を救うために、その命を投げ出すのだ。

 

 観覧車の鉄骨に、クレーン車の操縦席を押しつぶされながらも、きっと、彼女に悔いはなかっただろう。

 

 

 

 

 

 どのみち、利用価値がなくなった今、彼女は組織にとっては厄介者でしかないだろう。そこで、竜條寺は工場の爆破を事故として処分し、攪乱電波発生器の生態メモリー同然のキュラソーの保護と監視の必要(それに伴う死亡偽装と、新規戸籍獲得の必要性)を上層部に申請。問題なく申請は受理された。

 

 億が一にも、キュラソーが記憶を回復させて、攪乱電波発生器復元の目処をつけられたら困るのだ。(再び“喰らうもの”がやってこられたら事だ。かといってキュラソーを殺すわけにもいかない)

 

 今頃、組織ではキュラソーは死んだことになっているだろう。・・・そうあってほしい。

 

 保護したキュラソーは、新たに戸籍を用意して“板倉奏子”という名前で、療養させている。

 

 “喰らうもの”によって、さらに脳に損傷を受けた彼女が(もともと先天性障害があったというのに)、日常生活に復帰するのはかなり難しいらしい。

 

 記憶できる範囲に波があるのだ。どうでもいいことはミリ単位で覚えられたと思ったら、認知症のように先ほど行ったばかりのことを忘れてしまうのだ。

 

 今でこそ、竜條寺たちと普通に会話できているが、それも波があるようで、ひどいときには「誰?」と首を傾げられたりもするのだ。

 

 とはいえ、すべてをすべて、忘れ切ったというわけではないらしい。助けられたことを覚えているのか、キュラソーは敦子と竜條寺には心を開いている。「誰?」と首をかしげても、「あ!」とすぐに思い出すのだ。

 

 心根の奥底まで、黒の染められていたわけではないのだ。彼女もまた、あの組織の被害者であり、元の色は透明にも見える、白でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 「わー!クマさん!アイル君、いいの?!」

 

 「おお。いい子にできてえらいからな。俺からのご褒美だ。大事にしろよ」

 

 「私からは、これ!せっかくきれいな髪をしてるからね!」

 

 にこにこ笑うキュラソー――奏子に、竜條寺と敦子は複雑な思いを噛み殺しながらも笑みを返す。

 

 「わー!かわいいリボン!ありがとう!敦子ちゃん!」

 

 「じっとしててね。つけてあげるね」

 

 「うん!」

 

 にっこり笑う奏子に、敦子は笑みを返して奏子の白銀の髪を結い上げ、水色のリボンを模したバレッタで留める。

 

 「鏡で見てみる?」

 

 「うん!」

 

 大きく頷いて、奏子は壁に設置されている洗面台の鏡に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 実に、奇妙なものだ。

 

 殺しにかかってきた女性が、神話生物の手にかかって幼児のようなありさまとなって入院して、今や自分たちとこうして仲良くおしゃべりしているのだから。

 

 もっとも、これでよかったのかもしれない。

 

 竜條寺は思う。原作を知る、数少ない観点の持ち主として、思わざるを得ない。

 

 これでもう、彼女は警察庁に侵入できない。

 

 これでもう、彼女はNOCリストを盗めない。

 

 これでもう、彼女は記憶を失って、少年探偵団と出会うこともない。

 

 これでもう・・・観覧車を止めるために、その身を犠牲にすることもないのだ。

 

 

 

 

 

 因果なもんだ。

 

 はたで見れば、和やかな光景にも見える様子を眺めながら、竜條寺は一人、複雑な思いをかみ殺した。

 

 

 

 

 

続く・・・?課金な・・・?

 




【恋するサッカーボール】
 話の元ネタは劇場版『11人目のストライカー』から。
 割とこの犯人さんも、逆恨みと勘違いの挙句の不幸のピタゴラスイッチしてました。
 本シリーズでは、
 邪神様の入れ知恵で、月影島の惨劇発生
 ↓
 島を調査に訪れたMSOのメンバーに協力する形で、復讐の必要を失った成実さんが、そのままMSOに加入
 ↓
 成実さんが原作コナン舞台となる米花町を動き回ることで、悲劇の元凶となった知史君や中岡さんと知り合い、知史君の死を回避させる
 という、ピタゴラスイッチが珍しくいい方向に作用しています。
 なお、本文中にも記してますが、知史君はコナン君のクラスメートということにしました。
 知史君の年齢がどうだったかはまたしても作者の脳みそがあいまいですが、本シリーズではそのようにお願いします。まあ、原作映画で、コナン君の姿を錯乱中の犯人さんが知史君に幻視するくらいには、同じくらいの年なのでしょう。(知史君が亡くなったのも3か月前だそうですし)
 少年探偵団をオミットしたので、もうちょっとおとなしくて扱いやすそうな子供が欲しいと、彼を抜擢した裏事情があったりします。
 ・・・でないと哀ちゃんが!
 ちなみに、原作映画で救急車が遅れたのは毛利探偵が筆頭になった勘違い(人命救助が絡んでたとはいえ)が原因でしたが、本シリーズではこうなりました。元ネタがわからない方は『まじっく快斗』をご覧になってください。
 なお、一番最後の文章から察せられるとおり、成実さんは女装姿から、悪気なく男性に誤解を食らったり告白されたりしています。
 一番割を食っているのは仕事上のバディの松井さんです。恋人か?!と誤解を食らったり、嫉妬されたりと。松井さんは成実さんが男性であることを知ってますし、蓮希ちゃんという恋人もいるはずなのですが、ああいうセリフが出るあたり、どのくらい苦労しているかお察しください。

【純黒の悪夢は、真白の夢空に昇華されるか】
 元ネタはもちろん、劇場版『純黒の悪夢』から。
 キュラソーの出現から始まったこのストーリーは、彼女の死亡をもって締めくくられることとなります。
 ぶっちゃけた話、彼女はどうあっても生き残るすべはなかったと思うんです。NOCリストを盗んだ時点で、(そして脳そのものが記憶媒体という時点で)存在自体が詰みでしかなかったと思うんで。
 そして哀ちゃんの幼児化を見抜いてしまった時点で、完全に死亡フラグが固まった感じでしょうか。
 竜條寺=アイリッシュさんも、同じ劇場版で、同じように誰かをかばって死んだ幹部として、こっそり親近感を持っていたでしょうね。
 だからこそ、発狂して幼児退行したキュラソーさんの入院手続きをしてあげたり、死亡偽装をしてあげたのかと思います。
 もちろん、件の攪乱電波発生器のデータが拡散防止のためでもあったのでしょうが。あれが拡散して量産されたら“喰らうもの”が大量出現することになりかねませんので。

 少年探偵団の助けもなしにキュラソーさんを組織から離脱させるんだったら、それこそ不幸な事故にでも遭わせないと無理だな。
 ↓
 でも、映画でもろ人間やめてたキュラソーさんやぞ?事故なんぞ事故の方から回避してまうやろ。
 ↓
 だったら、回避しきれない事故という名の神話生物だったらええんでない?ちょうどこの前動画で見たヤツとかよさげじゃね?
 ↓
 あれだったら、キュラソーさんの利点もつぶせるしな!あの記憶能力がないなら、組織もキュラソーさんから手ぇ引くじゃろ!

 となって、ああなりました。
 幼児退行状態が幸せとは定義しきれないとは思いますが。
 まあ、こんな感じで、竜條寺さんと敦子さんは時々キュラソー、改め板倉奏子さんのお見舞いに行っている、という設定です。
 ちなみに、敦子さんはキュラソーの特殊能力や、彼女がヤベエもん記憶しちゃって、うっかり思い出したらヤベエことは知りません。単純に、竜條寺さんの元の職場(マフィアとか暴力団とか)の同僚、くらいに思っています。
 少なくとも、これで死亡フラグ建設となる一連の事件はつぶれたので、この世界線で『純黒の悪夢』に相当する出来事は起こりません。


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【番外編η】空色の国は塩の孤島に塗りつぶされる 前編

 前々から温めていたネタですが、いざ文章に直すと難しい難しい。というより、一番最初に書いた分が詰まらな過ぎたので、いったん書き直しました。大分マシになったと思います。話の元ネタは、原作5巻『山荘包帯男殺人事件』です。
 pixiv連載の『星流騎士~』シリーズでも救済した某女性を主人公に据えた外伝です。
 おまけで竜條寺さん&理央ちゃん。
 あ、劇中に入れ損ねましたが、2年前のセッションのモデルにしてるのは『Salt&Sanctuary』という、2D版ダクソのようなアクションゲームです。
 『Salt&Sanctuary』はいいぞぉ、ジョォジィ~。
 虫も平気なら『Hollow Night』もいいぞぉ、ジョォジィ~。
 ・・・アクションド下手ちゃんなので、プレイ動画見ただけですがね。
 どのくらい下手クソかというと、初代『Devil May Cry』のファントムで二桁死んで心が折れます。イージーでようやくクリアするという、クソ雑魚ナメクジですが何か。
 初代『風のクロノア』も数えきれないほど死んで死にまくって、それでもクリアはしました。隠しステージで折られましたが。

 本編更新の前に番外編。
 ♯30で新規加入する探索者の紹介を兼ねてやっていきます。


 徳本敦子。職業は小説家。

 

 デビューして2年の、作家としてはまだまだ新米だが、すでに連載も抱えていて、作家生活は順風満帆である。

 

 薄手のパジャマに蘇芳色の半纏を羽織り、のそのそと寝室兼仕事場の部屋から抜け出るのが、彼女の朝の始まりである。

 

 短い髪は、寝ぐせでボサボサ。ついでに夜更かしと朝寝坊の常習犯なので、肌の状態もあまりよくない。

 

 大あくびをかみ殺しながらケトルに火を入れ、インスタントのコーヒーをマグに入れる。

 

 朝のニュースを読み上げるアナウンサーの声をBGMに、そのままキッチンの椅子でポアッとマグを片手に呆ける。

 

 はっきり言って、敦子は寝起きが悪い。思考回路がろくに働いておらず、現在ハードディスク起動中、という状態なのだ。

 

 「おはよう、敦子さん。また夜更かししたのね」

 

 自室として与えられている部屋のドアを押し開け、呆れた声を出す湯川理央(すでに服も着て身だしなみも完ぺき)に、敦子はぼーっとした視線を向け、ややあってようやく「おあよー・・・りおりゃん・・・」とろくに舌が回ってないだろう挨拶を向けた。

 

 この女主人が、ダメ人間の部類に入るというのを、理央は早々に学習した。

 

 筆が乗ったら、寝食忘れて執筆に没頭する。活字中毒のきらいがあって、ジャンル問わずに本を買ってきて、部屋の一つが部屋じゃなくて書庫になっている、ブツブツ独り言を言って人目はばからずに長時間考え込むなどなど・・・挙げるときりがない。

 

 いいところもあるにはある。身元が知れない理央に向けてくれた屈託のない笑顔。あれこれと心配して見せ、遠慮しがちな理央にニコニコと様々な世話を焼いてくれた。

 

 まるで、お姉さんのように。

 

 そう考えて、理央は知らず眉を寄せる。

 

 理央――宮野志保の姉は、今も昔も、ただ一人だ。それを別の誰かにとってかわらせるなんて、冗談じゃない。

 

 それも、こんなダメ人間なんかに。

 

 マグを抱えながら、そのままうとうと寝こけそうな敦子は、それでも起きようと頑張っているらしく、時折大きく首を振る。

 

 ため息交じりに、理央は動いた。朝の女主人は常にこの調子なので、自然と朝食づくりは理央の役目になった。

 

 家にいることが多い敦子はともかく、小学校で動き回ることが確定している(徒歩通学に、体育の授業だってある)理央は、朝食を食べねばならないのだ。

 

 トーストを焼き上げ、インスタントのスープを入れ、簡易ながらサラダと、ベーコンエッグを作る。

 

 組織にいたころ、姉がたまに作ってくれた朝食だ。

 

 いまだにウトウトとハッとするのを繰り返す敦子の前にそれらを並べ、理央はその向かいにかけると、自分の分を食べ始める。

 

 アイリッシュ〈竜條寺〉は、この女のこういう部分も知っているのだろうか?

 

 さっさと自分の分を食べ終えた理央は、食器を流しにおいて、通学の準備をする。

 

 「・・・行ってきます」

 

 「行ってらっしゃ~い。気を付けてね~」

 

 ぽつりと言った理央に、だいぶ目が覚めたらしい敦子が、ぼんやりしながらも幾分かしっかりしたらしい声をかけてくる。

 

 理央はいまだに、行ってらっしゃいの言葉になれない。

 

 

 

 

 

 

 理央が出かけたところで、ようやく完全に目が覚めた敦子は動いた。

 

 のそのそと最低限の身支度を整え、家を出る。

 

 敦子らが住んでいるこのマンションは、集合キータイプのオートロックだ。少し前はもっと安くて狭いところに住んでいたが、防犯を考えてこちらに引っ越したのだ。

 

 一人暮らしにはいささか広いが、理央も暮らすことになった今は、ちょうどよいくらいだ。

 

 そして、敦子は一階にある集合郵便ポストから郵便物を受け取った。

 

 エレベーターで自宅に戻りながら、ざっと内容を確認する。大半がダイレクトメールだ。

 

 

 そして。最近、彼女を悩ませる郵便物も、そこにあった。

 

 ありふれた、茶色の封筒。ワープロシール張りされてる宛名――もちろん敦子宛だ。消印はこの近所の郵便局。差出人の名はない。

 

 家に戻り、念のため、バスルームで手袋越しにペーパーナイフでそれを開ける。剃刀や毒などの異物が入っていたことはないが、そうされてもおかしくないと、敦子は思っている。

 

 死ね。印税泥棒。

 

 書き殴ったような、デカデカした字体で、便せんにそう一言書かれている。剃刀などの異物はないが、毎朝これでは気が滅入る。見なければいいかもしれないが、万が一があっても困る。だから見てしまう。

 

 敦子の小説家としての名前、潮路敦紀としての手紙はこの家には届かない。ファンレターなどは尽く編集部に届くようになっているのだ。

 

 2週間ほど前から、この手紙が届くようになったのだ。大体内容は一言二言の罵倒で済んでいるが、この手紙が届いてから、敦子は一人で人目のなさそうな場所を歩くようなことは極力控えている。

 

 正確には、この手紙が初めて届いたその日に、編集部からの帰りで夜道で公園を近道に使おうとしたら、つけられていると気が付いてしまったのだ。(幸い、襲われたりということはなかったのだが)

 

 それから、気を付けているのだ。

 

 また、大体は理央がいない平日の昼間を狙ってか、無言電話もあるのだ。気持ち悪くなってすぐに切るが、またかかってくる。大体4~5回繰り返して、ようやくかかってこなくなる。相手はどうやら非通知にしているようで、こちらからは一切番号がわからない。

 

 そして、時々猛烈に見られているような気がするのだ。

 

 最近になって敦子はようやく思い至る。これはいわゆるストーカーだろうか、と。

 

 「そろそろ何とかしないと・・・」

 

 理央に見られるわけにはいかないと、今までの手紙は証拠として、仕事場の方に厳重に保管している。

 

 敦子は手に持ったままだったそれを、新たな証拠として、仕事場へ持っていった。

 

 

 

 

 

 なお、敦子は理央に対して、仕事場には絶対に入ってこないように、と言い渡している。

 

 ・・・かつて処女作を盗作されたというトラウマは大きい。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「・・・何でもっと早く相談に来なかったの」

 

 「ごめんなさい・・・すぐに飽きて終わると思って・・・」

 

 「典型的ストーカーでしょ!何かあってからじゃ遅いのよ!」

 

 槍田探偵事務所の応接室には、寺原麻里の怒声が響き渡っていた。

 

 まったくもって彼女の言うとおり、と鋭い目を向ける槍田郁美は、敦子が持参した証拠の手紙を手にしている。

 

 一人申し訳なさそうに縮こまる敦子に、槍田は溜息をついた。

 

 どうも彼女は自己評価が低くていけない。

 

 あと、一番怒っているのは寺原ではない。槍田はそちらには目を向けない。

 

 ただでさえもガタイがよくて強面な男が、眉をしかめて恋人を睨みつけていたら、なかなか怖い。何より、剣呑な雰囲気をまき散らしている。

 

 「・・・何で何も言わなかった」

 

 「・・・ご、ごめんなさい」

 

 「謝罪じゃなくて理由を聞いている」

 

 「・・・心配させたくなかったの」

 

 唸るような調子で尋ねる竜條寺に、うつむいて敦子は言った。

 

 

 

 

 

 竜條寺が今日、槍田探偵事務所にいたのは、敦子にとっては予想外だったのだ。

 

 今日の彼は、普通に仕事だと思っていたのに。

 

 否、仕事の一環でここにいるのか。

 

 

 

 

 

 対する竜條寺は、深々とため息をついて、のっそりとソファから立ち上がった。

 

 「・・・相談もしてもらえないのか俺は」

 

 ぽつりと言ってそのまま出て言った竜條寺に、「あ・・・」と敦子はうめくが、無情にもバタンと扉は閉ざされる。

 

 「見てるところでされる無茶も怖いけど、見てないところで危ない目に遭うってのも怖いわよね。恋人だとなおさら」

 

 遠回しに非難する寺原に、返す言葉もないと敦子は肩を落とす。

 

 「・・・とにかく、こっちでもできるだけ調べるわ。

 

 あと、当面はできるだけ一人にならないこと。どこかに出かけるなら、竜條寺君や他の誰かに付き合ってもらいなさい。

 

 それから、いやなことを聞くようだけど、あなた、本当に心当たりはないの?」

 

 「と言われても・・・」

 

 槍田に言われて、うーん、と敦子は口元に手を当てて考え込む。

 

 逆恨み、という言葉もあるし、あるいは敦子に理解できない理由でそういう行動に乗り出されている可能性だってある。

 

 「ごめんなさい。わからない」

 

 フルフルと首を振った敦子に、槍田はうなずいた。

 

 ダメもとで聞いたのだ。真っ先に答えが戻ってくるとは思わなかった。

 

 「とにかく、できるだけ調査してみるわ。そうね・・・できれば1週間待って頂戴」

 

 「はい。お願いします」

 

 ペコリッと頭を下げて、敦子は荷物をもって立ち上がる。

 

 「それでは、失礼します!」

 

 ぱたぱたと敦子は出ていく。竜條寺君に謝らないと!

 

 「わっ」

 

 事務所の扉を出てすぐの壁にもたれ、竜條寺は煙草をふかしていた。まさかそんなところにいると思ってなかった敦子は、思わず声を上げてしまう。

 

 「あ、あの、ごめんね。もっと早く竜條寺君に相談すればよかった。竜條寺君、ただでさえも忙しいのに、これ以上面倒を持っていきたくなくて。本当にごめん」

 

 「・・・本当にな。

 

 お前が人間不信気味なのは知ってたが、ちょっとショックだったぞ」

 

 頭を下げて懸命に謝る敦子に、竜條寺は煙草を携帯灰皿に押し付けながら言った。

 

 「ま、手遅れになる前にわかってよかった、ということにしておく。

 

 ・・・今回きりにしろ。いいな?」

 

 「うん!ありがとう、竜條寺君!

 

 ・・・あれ?でもストーカーってことは、竜條寺君も危なくなる?」

 

 「バァカ。俺がそこらの奴に負けないってのはお前が一番よく知ってるだろうが」

 

 青ざめた敦子に、竜條寺は余裕たっぷりに肩をすくめる。

 

 「あと、理央にも話しとけ。知らないってのが一番怖い。お前にちょっかい出せなくなった奴が、次に狙うのはあいつの可能性もある」

 

 「・・・うん。そうする」

 

 真剣な声音で言った竜條寺に、敦子は少し気が重くなったが、竜條寺の言うとおりだ、と大きく頷いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「あれ?綾子さんからだ」

 

 それから3日後、いつものように郵便物をチェックしていた敦子は、ストーカーからのものではないらしい見慣れない白い封筒に目をしばたかせた。

 

 それは、かつての友人からの同窓会の開催案内だった。身内、というかかつての大学の映研仲間間で行うらしい。

 

 執筆で忙しいだろうが、よかったら敦子も来てほしいと書かれている。(言外に、敦子の現状も知られているらしい)

 

 「誰?」

 

 「大学時代の友人、って言っていいのかな?私が一方的に絶交しちゃったから、あれっきり付き合いはなかったんだけど」

 

 休日ということで学校のない理央が食後のコーヒーをすすりながら問いかけると、敦子は苦笑しながら答える。

 

 「綾子さん、まだ友達だって思ってくれてるのかな?優しいな・・・」

 

 ぽつりとつぶやいた敦子に、理央は溜息をついた。

 

 「・・・ねえ、何で絶交したはずの人が、今更あなたに招待状を送ってくるわけ?その人なんじゃないの?ストーカー」

 

 「それはないと思うな。綾子さん、繊細なところがあったから、ストーカーとかできるほど無神経じゃないし。

 

 私のこと分かったのは、ご実家のおかげじゃないかな?」

 

 「ご実家?」

 

 「綾子さん、名字が鈴木なの。鈴木財閥のご息女、って言ったらわかるかしら。

 

 財閥のネットワークを使えば、音信不通の私の居所なんて、筒抜けだと思うから」

 

 苦笑する敦子に、理央は深々とため息をついた。

 

 竜條寺のこともそうだが、ますますこの女主人の交友関係がわからなくなった。

 

 「・・・それ、断れそう?」

 

 「難しい、かな」

 

 理央の言葉に、敦子も困ったように返す。

 

 鈴木綾子がどういうつもりで手紙を出してきたかは定かではない。だが、鈴木というブランドが絡んでいる可能性がある以上、一介の小説家が独断で断るのは得策ではない。

 

 下手に機嫌を損ねれば、出版社ごと作家生命をつぶされる可能性だってある。

 

 だが、ストーキングされている現状でのんきにパーティーに参加、というのもいかがなものか。

 

 「まずは、竜條寺君に相談、かな?」

 

 ぽつりと言って、敦子はスマホを手に取った。

 

 

 

 

 

 『大学の映研仲間からの同窓会の案内だぁ?!

 

 お前、それ!』

 

 「アハハ・・・大丈夫」

 

 『大丈夫なわけねえだろうが!断れ!』

 

 「駄目だよ。変に断って、鈴木財閥を敵にするわけにはいかないから。

 

 綾子さん本人は大丈夫でも、周りがショックを受けた綾子さんのことをどう判断するか、私には見当がつかないもの」

 

 『これだから、セレブ連中は・・・いや待て』

 

 ぼそっと愚痴った竜條寺は、しばし黙考してから口を開く。

 

 『・・・今思ったんだが、ストーカー、2年前のあれ絡みなんじゃないか?』

 

 「え?で、でも2年も経つんだよ?今更?」

 

 『今だからだ。鈴木財閥がお前の居所を探り当てた。ストーカーはそれに便乗して、いやがらせしてきた、という可能性もあるだろう。

 

 そして、縁も所縁もない鈴木財閥の手足より、2年前の関係者の方が、動機はあるんじゃないか?』

 

 「それは・・・」

 

 『ま、考えても仕方ないとは言え、参加するなら俺も一緒に行こう。

 

 先方には、槍田に連絡するよう伝えておく』

 

 「槍田さんに?」

 

 『ストーカー調査の一環でアポを取って、お前の護身のためとでも伝えさせる。

 

 ダメなら不参加。周囲の安全のためにもってな』

 

 「うん。竜條寺君、ありがとう」

 

 『このくらい、当たり前だ』

 

 

 

 

 

 通話を終え、敦子は一つ頷いた。

 

 そうだ。自分はもう、2年前の自分じゃない。

 

 何もかもに絶望して、誰も彼も信じられなくて、死に逃げようとした頃の自分じゃない。

 

 お父さん、お母さん、竜條寺や、槍田探偵事務所のメンバー・・・信じられる人たちに、恵まれているのだ。

 

 敦子は招待状に参加の返信を書き込むことにした。

 

 ストーカー云々の事情はともかく、敦子は個人的にも会うべきだと感じている人物が一人いる。

 

 彼には、本当にひどいことを言ってしまった。

 

 もう少し自分が強ければ、彼にあんなことを言うことも、そもそも自殺しようとさえ、しなかったのに。

 

 ・・・けれど、と敦子は思う。

 

 人生万事、塞翁が馬。あの自殺未遂があったから、今がある。そう思ったら、あれも決して無駄ではない。

 

 そう思いながら、敦子は左手首にはめた黒いリストバンドをさすっていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「・・・ねえ、道、あってるの?」

 

 「そのはずだ」

 

 なかなか険しい山中道を歩きながら尋ねる理央に、その前をスマホで地図を見ながら歩く竜條寺が、淡々と答えた。

 

 宿泊用の荷物を担ぎ、あまり天気の良くない空の下を、3人は歩く。

 

 招待を受けた、鈴木財閥の別荘へ向かって。

 

 「ごめんね、理央ちゃん。たくさん歩かせちゃって」

 

 「別に、大したことじゃないわ」

 

 理央の隣を歩く敦子がほほ笑むと、少女はプイッとそっぽを向く。

 

 さすがに、保護者不在の幼女を一人留守番させるわけにもいかないと、先方の了解を取って、理央も同行させることにしたのだ。

 

 「この辺り、別荘が結構多いって話だから。時期になったら森林浴とかでリフレッシュできそうだね」

 

 「そうか?ホッケーマスクに斧持った殺人鬼が追いかけてきそうだ」

 

 「あら。あなたともあろう男が、ホラー映画が怖いの?」

 

 「まさか。祝い事に来てるってのに面倒は勘弁してくれ、ってだけだ」

 

 鼻で笑うような理央に、竜條寺はうんざりした調子で言った。

 

 

 

 

 

 ・・・なお、竜條寺本人しかあずかり知らぬことではある。

 

 ホッケーマスクはかぶってなくても、斧持った殺人鬼は、確かにここに存在しているのだ。もっとも、現時点では殺人鬼ではないのだが。

 

 

 

 

 

 「斧?チェーンソーじゃなくて?」

 

 「ありゃ別の映画だ。公開時期が被ったから混同されてるだけだ。

 

 ジェ●ソンは斧だ」

 

 首をかしげる敦子に、竜條寺はしれっと答える。

 

 「ってか、何で知らないんだ、元映研」

 

 「綾子さんがダメだったの、ホラー映画。それに・・・現実の方が、ホラーより怖いって竜條寺君なら知ってるでしょ?」

 

 遠い目をした敦子に、それもそうか、と竜條寺も遠い目をする。

 

 

 

 

 

 冒涜的経験は、確実に二人の正気を蝕んでいる。

 

 

 

 

 

 「今更だが、本当に大丈夫か?」

 

 「・・・いい機会だから。いつまでも逃げてられないよ。

 

 いい加減、はっきりさせなくちゃ」

 

 「・・・ねえ」

 

 気遣うような竜條寺の言葉に、苦笑しながら敦子が答えると、理央が口をはさむ。

 

 「何があったの?まるで会いたくなさそうだけど」

 

 「あー・・・お前は知らないんだったな・・・。

 

 けどなあ・・・」

 

 どうしたものかと言いたげに、振り向いて口元をモゴつかせる竜條寺に、敦子がほほ笑んで言った。

 

 「いいよ、竜條寺君。ちゃんと自分の口で話すから」

 

 ここで一息ついて、敦子は軽く袖をまくり、常に肌身離さずつけているリストバンドを左手首から引き抜いた。

 

 「2年前・・・大学に在籍してた頃ね。私、自殺したの。未遂に終わったけどね。

 

 睡眠薬を大量に飲んで、カッターで手首を切って、湯船につけて、失血死しようとしたの」

 

 そこにあったのは、大きな傷跡だった。

 

 白くほっそりした手首に走る、何度も切りつけたらしい、幾重もの切創。

 

 言葉をなくして、敦子を見上げる理央に、彼女は寂しげに笑って手首をさすった。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 当時の私は、大学の映画研究会に入って、雑用の片手間、小説を書いてたの。

 

 いつか、自分だけのオリジナルの話を書きあげて、小説家になりたいって。

 

 だからってわけじゃないけど、映画用の脚本とか、時々予備の分をもらって、自分なりに台詞や演出にアレンジを入れて練習させてもらってたわ。

 

 夢を応援してくれる友人・・・ううん、好きな人もいたし、恵まれてたわ。

 

 で、ようやく完成したのが、処女作に当たる『空色の国』。

 

 今の私の作風からは想像つかないと思うけど、純粋な青春恋愛ストーリーだったの。オカルトとかダークファンタジー的な要素は一切なし。

 

 

 

 

 

 書きあがったそれを彼にも見てもらって、これならいける!って自信をつけた矢先だったの。

 

 ・・・渾身の処女作が盗作されて、しかもそれで賞を取られたなんて。

 

 信じられなかった。タイトルは『青の王国』なんて変えられてたし、登場人物とか、地名は多少アレンジされてたけど、内容が完全に同じだったの。

 

 どこで漏れたか、さっぱりわからなかった。

 

 もちろん、知佳子・・・盗作した人に、文句をつけたわ。私の作品を盗作するなんて、どういうつもり?!って。

 

 ・・・彼女、何て言ったと思う?

 

 『盗作ぅ?証拠はぁ?賞をもらったのは私。映画化されて脚本家デビューしたのも私。

 

 言いがかりはやめてくれる?そんなに悔しいなら、みんなに言ってみれば?

 

 あんたのへたくそな落書き、評価されたらいいわね!

 

 パクリはどっちだって言われたりして!ばぁーか!』

 

 ですって。ショックが過ぎて、今でも一字一句、まごうことなく思い出せるわ。

 

 それ聞いた瞬間、頭が真っ白になっちゃって。

 

 気が付いたら、カッターで手首を切り裂いてたのよ。

 

 ああ、ちょっと違うかな。死んでやるって決めた時、いっそ当てつけに映研の部室で首でも吊ってやろうかなって思ったの。

 

 でも、辞めたわ。

 

 以前も言ったけど、映研には綾子さん・・・鈴木財閥のご息女が所属してたもの。下手に自殺騒動起こしたって、どうせもみ消されるだろうなって思ったから。

 

 当てつけもできないなら、ひっそり消えてやるって。

 

 まあ、死ねなかったんだけどね。

 

 私からの連絡がないって気が付いた両親が様子見に来てくれて、それで発見されちゃって、そのまま病院に担ぎ込まれて、一命をとりとめたの。

 

 

 

 

 

 竜條寺君と会ったのはその頃かな。

 

 竜條寺君、自棄になってた私を、励ましてくれたの。

 

 『そのクソ女、人様の作品パクるような奴だろ?

 

 “私は独力で作品を書けない貧困な発想力の持ち主です”って全力宣言したようなもんじゃねえか。ほっとけほっとけ。

 

 それに、その作品、処女作だったんだろ?だったら、もっとすごい作品書いて見返せばいい。

 

 それとも、もうネタ切れか?』

 

 簡単に言ってくれるわ。

 

 けど、そのあとで書き上げた『塩の孤島』が見事に書籍化して、大賞を射止めちゃったんだから、世の中ってわからないわよね。

 

 ・・・退院したと同時に、大学を辞めたわ。連絡先も全部変えた。実質、絶交ね。あそこの人たちには・・・盗作犯と、それを歓迎するような人たちとは、もう二度と会いたくなかったから。

 

 両親は私のことを信じてくれたから、反対せずに協力してくれた。

 

 今では、竜條寺君だけじゃなくて、同じくらい信じられる友人もできたしね。

 

 

 

 

 

 敦子は話さなかったが、実は彼女が自殺未遂を起こして意識不明だったころ、竜條寺も組織からの離脱で半死半生の目に遭い、同様に意識不明だったのだ。

 

 そんな二人の意識を某邪神が絡めとり、ひと騒動あったのだが、それは本筋にはかかわらないので、詳細は省く。

 

 はっきりしているのは、敦子が書き上げた『塩の孤島』が、その騒動のノベライズであるということだろう。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

 「もう済んだことよ。

 

 気まずいかもしれないけど、そろそろ時効にしようかなって」

 

 寂しそうに笑ってリストバンドをつけなおす敦子に、理央は溜息とともに呟く。

 

 「・・・自殺しようとしたくらいなのに、もう許すの。

 

 お人よしね」

 

 どうかな。

 

 声にも出さずに竜條寺は思う。

 

 これでも、竜條寺は敦子とは、恋人関係を抜きにしても生死を共にした仲だ。

 

 そのうえではっきりと断言する。出会った当初はともかく、現在の彼女は、そこらに転がる砂糖菓子のような女ではない。

 

 ・・・時効とは言ったが、許すとは一言も言ってないだろうに。

 

 そのあたり、シェリーはまだまだものの見方が甘い、と竜條寺は思う。

 

 そこまで考えたところで、彼は足を止めた。つられて後ろ二人も足を止める。

 

 「おいおい・・・」

 

 「竜條寺君?」

 

 どこか呆れたような声を出した竜條寺の背中から顔を覗かせた敦子は、視線を前に向ける。

 

 ものの見事な断崖絶壁にかけられたボロッちい吊り橋。そして、向こう側のたもとに、男がいる。

 

 よく見えないが、全身黒ずくめ。マントにチューリップハットを深々とかぶっている。かろうじて見える顔も、包帯をぐるぐる巻きにしていて、容貌不明ときている。

 

 不審人物を絵にかいたようなありさまである。

 

 「この辺りにいる人かな?」

 

 「・・・さてな」

 

 肩をすくめる竜條寺に、黒ずくめはこちらを見るなりぎくりと肩を動かしたようにも見えた。

 

 そうして、そのまま踵を返して森の奥へ姿を消してしまった。

 

 「ねえ・・・」

 

 「ま、何とかなるだろ」

 

 本当に大丈夫なのかというジト目を向ける理央に、竜條寺は荷物を担ぎなおした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 たどり着いた別荘にて、出迎えてくれた女主人に、敦子はニコリと微笑む。

 

 「敦子!久しぶりね!来てくれてありがとう!」

 

 「綾子さんも元気でよかった」

 

 「ありがとう。そういうあなたも、すっかり元気になったみたいね。あれっきり連絡も取れなくて、みんな心配してたのよ」

 

 困ったように柳眉を寄せる鈴木綾子に、と敦子は笑みを消した。何かをこらえるように大きく深呼吸してから、再び彼女は笑みを浮かべて続ける。

 

 「・・・ごめんなさいね。でも、大学もやめたかったし、一人でいろいろ考えたかったの」

 

 「・・・何があったかわからないけど、本当に元気にしててよかったわ。

 

 それだけは、本当だからね」

 

 敦子のどこか冷ややかな言葉に、綾子は何か察したか悲しそうに目を伏せたが、気を取り直したように寂しげに笑う。

 

 会話が一息ついたところで、綾子は敦子の隣の二人に視線を移す。

 

 「そちらが、話に聞いてた?」

 

 「ええ。竜條寺アイル君と、湯川理央ちゃん。

 

 大所帯でごめんね」

 

 「気にしないで、部屋なら余ってるわ」

 

 敦子の紹介に合わせて、頭を下げる二人に、綾子は笑って言った。

 

 

 

 

 

 敦子と理央は部屋割りの関係で同室、竜條寺はその隣に部屋を取る。

 

 ・・・もちろん、敦子は部屋の在室状況の確認のために、ちゃんとノックをした。問答無用でドアを開けるなんてことはしていない。

 

 

 

 

 

 「う゛~ん・・・」

 

 「また悩んでるの、敦子さん」

 

 夕食に改めて集まろうということで、現在二人は部屋で休んでいる状況である。

 

 買い与えられたスマホをいじっていた理央に対し、敦子はノートタブレットとタッチペンを手に、唸り声をあげていた。

 

 「リーシュのライバルのイメージが固まらなくて・・・」

 

 リーシュというのは、敦子が現在連載中の『ダークサーチャー』シリーズの主人公である。

 

 黒いコートにダークブロンドの大男と小説内では描いている。どこかの誰かをほうふつとさせそうな容貌である。そもそも名前がIrish〈アイリッシュ〉のアナグラムであるあたり、お察しである。

 

 「ああー・・・プロットは大雑把に決まってるんだけど、ライバルのイメージ部分だけ空白でえ・・・そろそろ書き始めないと、締め切り間に合わないのにぃ・・・。

 

 名前も決まらないしぃ・・・」

 

 困り切った涙声でうめくや、彼女はノートタブレットに表示させていた文章作成アプリを閉じた。

 

 「しょうがない!あとにしよう!」

 

 「・・・それ、家にいた時も言ってたわよ?」

 

 「だってぇ~!」

 

 つくづく、ダメ人間だ。何で賞取れるような話を書きあげれたんだ、この人。

 

 理央は溜息をついた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 さて、夕食時である。

 

 食堂に集まった一同を前に、改めて自己紹介をする。敦子は小説家であるということは言わず、物書きをしている、とだけ言った。

 

 ・・・敦子にとって、まだ彼らへの不信はささくれのように残ったままだ。馬鹿正直に現職を明らかにしてしまえば、また盗作されるかもしれないと思っているのだ。

 

 開催者の綾子は知っていた。敦子のそんな内情までは察していなかったが、ストーカーのことがあるのかもしれないと何も言わなかった。

 

 なお、自己紹介の理由は、メンバーがいまいちわかってない、竜條寺、理央の二人に加え、綾子の妹である園子(現在花の女子高生)と、その親友のクラスメートが参加ということで、彼らのためにである。

 

 茶髪をボブにしてカチューシャで留めた天真爛漫な鈴木園子(綾子の妹)と、長い黒髪をなびかせ困ったような笑みで恐縮する毛利蘭に、ひそかに竜條寺は天井を仰いだ。

 

 そういえば、この事件には彼女らが同席していたな、と。

 

 というか、名探偵〈原作主人公〉はどうした。

 

 考えかけて、竜條寺は自らの思考にセルフツッコミを入れる。

 

 

 

 

 

 コナンは現在、邪神宅に居候の身であり、毛利蘭との接点が大幅に削がれている。当然、女子高生二人が本来ならほとんど接点のない同窓会に招かれるのに、同伴する動機など、ありはしない。

 

 原作主人公が不在であるというのに、容赦なく死神は鎌を振り上げるらしい。

 

 

 

 

 

 竜條寺は、道中で見かけた不審人物を思い返し、重い溜息をついた。

 

 悲しいかな。誰かさん(犯人の犯沢さんのごとき黒シルエットの謎人物)は、殺る気満々のようだ。

 

 そんな竜條寺の軽い現実逃避をよそに、園子は女子高生ならではのキャピキャピパワーを炸裂させ、竜條寺と敦子の二人の関係を目を輝かせて尋ねてきたのだ。

 

 腰が引けてる敦子(おとなしい気性の彼女には、相性最悪である)をよそに、やんわりと止めるしかできない綾子。自分も興味があるのか、一緒に聞いてくる毛利蘭と、からかい交じりの視線を向けてくる他のメンバーに、竜條寺は早々に当てにできないと判断を下した。

 

 「他人の恋愛根掘り葉掘りしてんじゃねえよ。そんなだからモテねえんだよ。小学生かてめえは」

 

 ボソッと悪態をついた竜條寺に、ぎょっとする綾子と、あーあ言っちゃったよこの人と言わんばかりに視線を向ける理央。

 

 「竜條寺君!言いすぎ!

 

 ・・・でも、ありがとう」

 

 最後だけ頬を赤らめてぽそっと付け加える敦子に、竜條寺は「正論言っただけだろ」としれっと肩をすくめる。

 

 「敦子、今日は本当に来てくれてありがとう」

 

 そんな空気をほぐそうというかのように改まった様子で口を開いたのは、綾子だ。

 

 「あなたにとっては辛かったかもしれないけど、本当に、来てくれてうれしいわ」

 

 「そーそー。いきなりあれだぜ?度肝抜かれたっての。

 

 っつーか、お前、きれいになったな?今度どうだ?」

 

 「×××毟ってカラスの餌にするぞ、クソロン毛」

 

 映研時代は主役を担当していた太田がウィンクしながら不敵に笑うが、間髪入れずに竜條寺がスラング交じりの悪態をついた。

 

 なお、ただでさえも強面の彼が凄むと、その迫力は半端ではない。ひょっとしたら前職〈アイリッシュ〉が顔を出していたかもしれない。もとい、少し出ていたのだろう。青ざめた理央が、距離を取るように少し椅子をずらしたほどだ。

 

 否、理央どころか、全員が凍り付いたほどである。

 

 「竜條寺君!ご、ごめんなさい、彼、ちょっと口が悪くて・・・。

 

 悪い人じゃないの!本当!

 

 私が立ち直れたのも、竜條寺君のおかげだから・・・」

 

 ワタワタと一生懸命にフォローする敦子に、凍り付いていた園子が復帰したらしい。

 

 「立ち直ったって何ですか?!それって、お二人のなれそめ」

 

 ウキウキした質問を遮ったのは、椅子が大きく揺れた音だった。

 

 「やめてよ!折角の同窓会に!忘れたの?!あれが原因で、映研は活動停止になって解散になったんだから!

 

 私、もう部屋に帰るわ!」

 

 椅子を蹴るように立ち上がったのは、知佳子だった。

 

 不機嫌そのものという様子の彼女は、敦子を睨みつけるや、そのまま踵を返し、引き留めようとする角谷を振り切って、部屋に戻ってしまった。

 

 やはり、最大の被害者が生きている程度では、完全にフラグが折れることにはならないらしい。

 

 ほんの一瞬放たれた殺気を、現役バリバリの怪事件専門捜査官が見逃すはずもなく、竜條寺は「勘弁してくれ」といつもの口癖を内心で独り言ちた。

 

 再び気まずくなった食堂は、食事が終わったというのもあって、そのまま解散となってしまった。




ソンナツヅキニ、ワタシハナリタイ


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【番外編η‐2】空色の国は塩の孤島に塗りつぶされる 後編

 前半と併せて、この外伝は書き直しました。最初は単純に2年前のセッションについて語ってたんですが、クソ詰まらなくて。
 加えて、敦子さんのことを語るなら、彼のことも外せないな、と今更ながら思い至り、改めて補完しようか、となって書きあげました。
 知佳子さんの扱いがよろしくないですか?作者も二次創作好きの、端くれとはいえ、物書きですのでね。
 無許可の盗作、だめ絶対。守ろう著作権。コンプライアンスは国民の義務です。
 だからこそ、池田知佳子さんがあんな扱いになったのかもしれません。


 徳本敦子は、小説家をしている。

 

 それに付随する枕詞としては、“そこそこ売れている”くらいだろうと、本人は思っている。

 

 デビュー作となった『塩の孤島』は大賞を取ったし、現在連載も抱え、小説家業はそれなりに順調である。

 

 ただ、2年前に自殺未遂したのを皮切りに、時折妙な事件(化け物だ魔術だ、神だといったオカルト系のそれ)に巻き込まれるようになったのは、いかがなものかと彼女も悩んではいるのだが。

 

 とはいえ、悪いことばかりでもない。

 

 2年前に知り合った竜條寺アイルとの交際も順調であり、彼の前職の関係で知り合い、身元引受人となった湯川理央が居候となった。

 

 ・・・余談ながら、敦子は、理央はマフィアか暴力団の幹部がこさえた隠し子で虐待されており、竜條寺はそれを匿ったのだろう、と思っている。竜條寺は姪だと紹介してきたが、敦子はそれを嘘だと思っている。

 

 当たらずと遠からず、である。(竜條寺が匿っているというあたりが)

 

 

 

 

 

 そんな彼女が最近悩んでいるのは、冒涜的事件に巻き込まれることではなく、どうもストーカー被害に遭い始めたということである。

 

 一応、馴染みの槍田探偵事務所に解決を依頼し、竜條寺にも相談した。

 

 その一方で、届いた一通の招待状。

 

 それは、大学時代に所属していた映研の友人、鈴木綾子から、映研の同窓会の招待状だった。

 

 かつて、処女作をサークル仲間に盗作され、それで賞を取られたショックで自殺未遂を起こした敦子にとっては、ストーカーのこともあり、参加に抵抗を感じずにはいられなかった。

 

 しかし、招待状を送ってきた綾子は、鈴木財閥の令嬢であり、下手に断れば、どんなことになるかわからない。

 

 竜條寺とも相談し、参加を決めた敦子は、彼と養い子である理央をつれ、同窓会が行われる山荘へ向かった。

 

 その道中、不気味な男の姿を目撃しながら。

 

 ようやくたどり着いた別荘にて、懐かしい面々を前に歓談しながら夕餉を取っていたが、話が2年前のことになりそうになるや池田知佳子が態度を一転し、部屋に引き上げてしまう。

 

 彼女こそ、敦子の処女作を盗作した犯人だったのだ。

 

 そして、竜條寺は、そんな様子に不穏さを感じていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 夜中。

 

 隣の理央が寝静まったのを確認し、敦子は服を着替え、そっと部屋を抜け出した。

 

 真っ暗な廊下を、こっそり移動する。残念ながらスリッパ履きなので、本人が思っているほど足音は殺せていない。

 

 こっそり裏口に靴を持ち出し、抜け出した彼女は、手に持っていた簡素な手紙を見やった。宿泊先のドアの隙間に挟まっていたものだ。理央に見とがめられる前に、こっそり回収し、トイレで目を通した。

 

 差出人は、敦子が気にかけていた人物だった。大事な話があると、時間と場所の指定がされている。

 

 だが、これは非常に胡散臭い、と彼女は感じていた。

 

 手紙の字が、敦子の記憶にあるものと、印象が異なるのだ。彼はもっと、筆圧が強い、汚い字を書いていたはず。こんな、薄い丸文字は書かなかった。

 

 敦子の予想が正しいなら、これを書いたのは、おそらく――。

 

 いつまでも、逃げるわけにはいかない。負け犬に甘んじてやる理由もない。

 

 一つ深呼吸して、敦子は待ち合わせ場所に向かった。

 

 

 

 

 

 待ち合わせ場所は、別荘の裏手にある、林の中だった。

 

 雨が降りそうな曇りで、念のため傘と懐中電灯を持って出た敦子に、その声は傲岸不遜といった響きを隠さずに、向けられた。

 

 「はぁい。ちゃんと来たのね、敦子」

 

 「知佳子・・・」

 

 毒々しい真っ赤なルージュをしならせる池田知佳子に、敦子は顔をゆがませた。

 

 案の定、手紙は真っ赤な嘘だったのだ。

 

 「あんな手紙にホイホイ誘われるなんてね。新しい男見つけたとか言ってたけど、やっぱり未練たらたらなんじゃない」

 

 「・・・竜條寺君や高橋君のことはあなたには関係ないわ。それより、嘘の手紙まで使って、何の用?」

 

 「あら、ずいぶん偉そうに言えるわね。何様のつもりかしら」

 

 突き放すように言った敦子に、知佳子はふんと鼻で笑う。

 

 「聞いたわよ?勝手に大学辞めて、どこで何やってるかと思えば・・・どうせ売れもしない、へたくそな落書き、出版社に片っ端から持ってって、突っぱねられてるんでしょ?」

 

 「・・・だとしても、あなたには関係ないでしょ?何度も同じことを言わせないで」

 

 つっけんどんに言い放つ敦子に、しかし知佳子はひるみもしない。

 

 「関係なら大有りよ。喜びなさい」

 

 勝ち誇ったような、それでいてせせら笑うような響きで、知佳子は言う。

 

 「さっきも聞いたと思うけど、『青の王国』ね、今絶賛放映中でしょ?で、それに伴って続編を出そうってことになったのよ」

 

 「・・・だから?」

 

 「あんた、あれの続編書きなさい。私の代わりに」

 

 「……………は?」

 

 一瞬思考が停止したものの、何とか気を取り直して敦子は聞き返していた。

 

 この女は、こんな恥知らずの、大馬鹿野郎だっただろうか?敦子には彼女の思考回路がさっぱり理解できない。

 

 あるいは、敦子が人を見る目がなさ過ぎたのか。

 

 「聞こえなかった?続編を書きなさいって言ったのよ。ほんっと、愚図なんだから。映研にいたころからずっとそう」

 

 仕方ないわね、というように溜息をついた知佳子に、敦子はたまらず反論した。

 

 「『青の王国』は、あなたが書いたんでしょう?あなたの作品なんでしょう?盗作したのは私の方なんでしょう?

 

 なんでそんな作品の続きを私が書かなきゃいけないの?」

 

 「はあ?!あんたが書いたのを、私が読みやすく直してやったのよ!プロデビューはちょっとしたお駄賃よ!それのどこが悪いの?!むしろ感謝してほしいくらいね!わかったら、さっさと書きなさいよ!

 

 ・・・ああ、それとも、金が欲しいの?いくら?いいわよ、私、今余裕あるし」

 

 へらへらと笑う盗作女に、いよいよ敦子は苛立った。

 

 この女は敦子から作品を盗んだくせに、その先なんて知らないと、責任を放棄したのだ。その癖、評価だけをかすめ取ろうとしている。そんなことを許せるわけがなかった。

 

 「・・・書けないんだ。さすがは盗作女ね。ずいぶんな貧困な発想力だこと。ああ、だから盗作したんだ。ふーん。そうなんだぁ」

 

 敦子はこみあげてきた嘲笑をそのまま知佳子に向けてやると、彼女は明らかにむっとしたような顔をした。

 

 「いくら積まれても、そんなもの書かないわ。あの作品は、あなたにあげる。勝手にしたらいいわ。だから私にはもうかかわってこないで。正直、顔を見るのも嫌なの」

 

 きっぱりと、敦子は言い放った。

 

 2年前の彼女を知る人間が今の彼女を見ればぎょっとするかもしれない。

 

 そのころの彼女は、一番下っ端の雑用係で、自分から何か意見を口にすることもない、自他ともに認める地味女だったからだ。

 

 しかし、そんな彼女でも、こればかりは我慢できなかったのだ。

 

 「いいから書けって言ってんだよ!地味女が!お前に他にどんな取り柄があるんだよ!ああ?!」

 

 途端に、知佳子は激高した。お綺麗なメイクの下に隠していた、どす黒い本性がさらけ出されたとでもいうべきか。

 

 カッと眉を吊り上げ、隠し持っていたらしいナイフを振りかざす。

 

 「嫌っていうなら、あんたを殺すわよ?ああ、それとも、足でも切って、歩けなくして、監禁してやろうか?そうしたら、あんた、あたしに頼るしかなくて言いなりになってくれるわよね?」

 

 知佳子が威嚇する。

 

 監禁の下りで、そのルージュを塗りたくった唇がニタッと吊り上がる。いいアイデアだといわんばかりに。

 

 「聞き分けのない愚図には、お仕置きぐらい必要よね?」

 

 急ぎ敦子は荷物にしかならない傘と懐中電灯を彼女に投げつけ、踵を返して駆け出した。

 

 鈍臭いと自他ともに認める彼女だが、2年前の自殺未遂直後の騒動のせいで多少の危機管理能力と逃げ足のよさは否応なく高くなった。

 

 「死ねえ!敦子ぉ!」

 

 振り向かずと知佳子が追ってくるのは分かった。二つとも当たりもしなかったらしい。

 

 林の中に逃げ込んだ敦子は、降り始めた雨にどうしようと逡巡する間もなく、強く腕をつかまれ、近くの茂みの中に引きずり込まれた。

 

 悲鳴も上げないように口元を抑えられる徹底ぶりだ。

 

 立てた人差し指を口元に当てる静かにのジェスチャーを取りながら、敦子を抱きかかえるように匿うのは、竜條寺だ。

 

 「どこに行ったぁ?!」

 

 まるで鬼のような声で叫ぶ知佳子に、竜條寺は適当に拾い上げた石を、あらぬ方向に投げる。

 

 ガサリッと離れたところにある茂みを揺らしたその一投に、知佳子はさながら幽鬼のようにグリンとそちらに首を巡らせ、薄ら笑いをしながら「そこぉ!」と駆け出した。

 

 知佳子の気配が完全に遠のいたのを確認し、竜條寺は敦子の口元から手をどけた。

 

 「あほか。一人で突っ走るやつがあるか。俺が気が付いたからよかったものの。下手すりゃお前、あの世行きだったぞ」

 

 呆れと怒りを多分に含んだ声に、敦子は申し訳なく縮こまる。

 

 けれど、それでも。

 

 「ごめん。でも、知佳子とは、決着をつけなくちゃいけない、と思って。

 

 ・・・あそこまで恥知らずとは思わなかったけど」

 

 「まあ、そんだけ切羽詰まってんだろ」

 

 「どういうこと?」

 

 「あの女、売れっ子の脚本家って言ってるが、『青の王国』以外、パッとしねえんだよ。オリジナルとなると、特に。

 

 そこに、続編の話だ。何が何でもこのチャンスをものにしたかったんだろ?

 

 加えて、今のところ口をつぐんじゃいるが、オリジナルの原作者はここにいることだしな」

 

 「・・・私、もう」

 

 「ああ。書きたいものだけ書きゃいい。物書きなんざ、そんなもんだ」

 

 グシャリッと敦子の髪をなで、竜條寺は苦笑する。

 

 直後、彼は表情を険しくすると、再び敦子に静かにと身振りで伝え、茂みに身をひそめる。

 

 ガララ、と何か重いものを引きずる音がした。徐々に、こちらに近寄ってくる。

 

 降りしきる雨に、轟き始めた雷鳴。稲妻のほんの一瞬閃光に、そのシルエットは照らされる。

 

 それは、昼間に吊り橋のたもとで見かけた、チューリップハットに黒マントの男だった。何か、重い金属製のものを引きずっているらしい。二人の隠れる茂みからは、木の陰になっているのもあって、よく見えない。

 

 暗い森の中にひっそりたたずむその様は、完全にホラー映画のワンシーンだ。

 

 「敦子ぉぉぉぉ!どこ行ったぁぁぁぁ?!」

 

 面倒なことに、知佳子が引き返してきたらしい。

 

 叫び声と足音が、どんどんこちらに向かってきている。

 

 面倒なことになったと竜條寺が舌打ちするより早く、チューリップハットの男が動いた。両の手をかけて、持ち歩いていたそれを高々と振り上げる。

 

 それは、分厚く鋭い刃を備えた、禍々しい凶器――斧だった。

 

 「敦子ぉっ!・・・え?」

 

 鬼のような形相だった知佳子が、ここかとばかりに茂みから飛び出すが、次の瞬間呆ける。

 

 探し求めた女ではなく、予想外の不審人物がいれば、当然だろう。

 

 そのまま、男は斧を振り抜いた。知佳子の首をちょん切らんばかりに。

 

 「危ない!」

 

 とっさに敦子は茂みから飛び出した。

 

 そのまま知佳子に体当たりするように、彼女を押し倒した。おかげで、斧の刃は、彼女の首のあった空間を素通りするだけで済んだ。

 

 空振りに終わった斧が、ガツッと近くの木の幹に突き立った直後、悲鳴が上がる。

 

 「ひっ、きゃあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 知佳子は敦子を押しのけ、もんどりうって逃げていく。髪も服も泥と雨でぐしゃぐしゃだ。

 

 「つうっ・・・あ・・・?」

 

 体を打った敦子が、さすりながら立ち上がろうとしたところで、彼女は現状を把握する。してしまう。

 

 立ちはだかるチューリップハットと黒マントに、顔を包帯でぐるぐる巻きにした不審者。ズコッと斧を木の幹から引き抜き、再びその刃を振りかざそうとする。

 

 「あ・・・!」

 

 しりもちをついたまま後ずさろうとする敦子は、それでも魂まで屈するかと言わんばかりに、男を睨みつける。

 

 こんな奴、時々見かける、常識外の化け物なんかより、はるかにマシだ。

 

 それに、敦子はまだ、終わってない。

 

 グイっと猫のように襟首をつかまれ、敦子はそのまま後方に放り投げられる。

 

 「別荘の連中をたたき起こして来い!ここは俺に任せろ!」

 

 盾のように立ちはだかり、ファイティングポーズを男に向ける竜條寺に、敦子は大きく頷いて「竜條寺君!気を付けて!」と言い残すと、地面を掻くように立ち上がり、そのまましゃにむに駆け出した。

 

 逃げ足はともかく、鈍臭い敦子ではいても邪魔になるだけだ。

 

 ならば、彼女は彼女でできることをするだけだ。今、彼女がするべきは、助けを呼ぶ、その一択だ。

 

 

 

 

 

 おいおい、ご丁寧に包帯男モードで来やがったぞ、コイツ。

 

 それが竜條寺が一番に抱いた感想だった。確か、この犯人、殺しの時は変装なしで実行していたのでは?と思うが、すぐに竜條寺はノーを突き付ける。

 

 斧で首チョンパなんて、いくら雨が降っていようと、返り血を被ることになる。それでは犯人は自分だと自白するようなものだ。返り血を誤魔化すためにも、この衣装できたのは正解だろう。

 

 「おら、かかって来いよ、ダークヒーロー気取り」

 

 クイクイと、指先をまげて不敵な笑みで挑発する竜條寺に、ギリッと歯を鳴らして男が動く。

 

 ブオンッと斧がうなりを上げるが、竜條寺は軽々とそれをよける。

 

 当たれば、一撃で行動不能、下手をすれば部位欠損もありうる恐ろしい凶器だが、竜條寺からしてみればモーションも大きく、使い手の動きも素人同然ゆえに、よけてくださいと全力で言われているようなものだ。

 

 いかに竜條寺が、現在は左手が義手であろうと、原作では最終兵器ラン=ネーチャンを肉弾戦で追い詰めたチートスペックの持ち主なのだ。組織に所属していたころ以上に業務内容はハードでもある。体はなまっていない。

 

 「そらよ!」

 

 伸びあがるような蹴りで、斧の柄を蹴り砕く。

 

 くるくると空中高く放りあがり、放物線を描いて落ちてきた斧の刃を、そのまま右手で挟み持つようにストッとつかみ取る。

 

 「まだ続けるか?」

 

 ボトッとそのまま刃を地面に落とし、にぃっと不敵に笑う竜條寺に、包帯男は後ずさった。

 

 「こっちか?!」

 

 「竜條寺君!大丈夫?!」

 

 「おおい!返事しろ!」

 

 複数の足音と、ちらつくライトに、さらに包帯男がたじろぐ。

 

 「逃げた方がいいんじゃねえか?お帰りはあっちだ」

 

 あらぬ方向を指さす竜條寺に、包帯男は負け惜しみ代わりに斧の柄を投げつけてから踵を返す。

 

 一歩体をずらすだけでその一撃を軽くよける竜條寺は、大きく息をついた。

 

 どうにか、最悪の事態は阻止できたらしい。

 

 駆けつけてきた連中に、竜條寺はいつも通りに肩をすくめながらぶっきらぼうに言い放った。

 

 「よう。遅かったな」と。

 

 

 

 

 

 包帯男の武器を壊し、逃げられたと語った竜條寺に、他のメンバー(ほとんど寝間着でとるもの取らない格好である)が折れた斧を発見し、何だこのゴリラ?!と驚愕する中、敦子は「さすが竜條寺君!」と素直に称賛していた。

 

 ・・・大分、彼女もこの辺りの感覚がマヒしているらしい。

 

 そして、武器もなくなったとはいえ、不審者がまだいるならと急ぎ別荘へ引き返そうとなった。

 

 その途中、泥だらけで目を回している知佳子も発見された。転んで頭を打ったか、たんこぶはあるが、命に別状はないらしい。(ナイフは逃げ回る途中で落としたようだ)

 

 別荘に帰ったところで、不眠症のために薬を飲んでて、今やっと気が付いたらしい高橋が顔を出してきたが、ともあれ、全員無事に済んだ。

 

 念のため、吊り橋を明日確認しようということになった。

 

 

 

 

 

 さて、翌朝である。

 

 包帯男のことを聞かされ、「斧がなくなっても何してくるかわからないだろう!」とパニックを起こした高橋が、そのまま吊り橋のところにかけていくが、何と吊り橋が切れていることが発覚。

 

 さらに、朝になってやんでいた雨が、再び強く降り出したので、一同は別荘に再び避難を余儀なくされたのである。

 

 なお、包帯男に襲われた知佳子は、ショックのため部屋に閉じこもって寝込んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 そんな中、朝食をもそもそとかじっていた竜條寺は、朝から隣の愛する女が落とした爆弾で、誤嚥しかけた。

 

 「ねえ、何で高橋君、太ったふりしてるの?」

 

 コイツ、いつも唐突で心臓に悪いこと言いやがる!知っていたが!敦子がそういうところがあるの、知っていたが!

 

 「ふ、ふり?」

 

 「おいおい、敦子。こいつは学生だった頃から太ってただろ?今だって100キロ超えたって・・・なあ?」

 

 「敦子、いきなりどうしたの?」

 

 「・・・根拠は?」

 

 顔を見合わせるほかのメンバーに対し、隣の理央が冷静に尋ねる。

 

 

 

 

 

 ・・・彼女は、昨夜の敦子の無断外出に、相当お冠で、ずぶ濡れ泥だらけで帰ってきた敦子を、年に見合わぬ論調で冷徹に説教した。

 

 さすがに、敦子も理央には平謝りに謝るしかなかった。保護者としての自覚がない行動だったと心底反省している。

 

 

 

 

 

 「指先と足音かな?

 

 多分、高橋君、おなか以外もお尻や太ももとかに詰め物してるだろうし、口の中にも綿入れてるみたいだけど、100キロ越えしてたら、もっと指先もプクプクしてると思うの。高橋君の指先は、体形の割に細くてアンバランスだなって。

 

 あと、足音も100キロ超えてるにしては、軽そうに聞こえたから」

 

 「あー!思い出したー!」

 

 理路整然と並べたてる敦子に、毛利蘭が大声を上げた。

 

 「昨日!間違って部屋を覗いた時、着替え中のところ見たんですけど、この人、ほっそりしてたんです!」

 

 「そうなの?蘭」

 

 「うん!間違いないわ!」

 

 ノックしねえから余計なもの見て原作で口封じ狙われるんだよ、お前は。そういうところだぞ、本当に。

 

 ようやくむせが治まった竜條寺が、内心でそうツッコミを入れる。

 

 「思い出した思い出した♪すっきりしたー♪」

 

 毛利蘭はにこにこと、悪気なさそうな無邪気な笑みを浮かべているが、すべてを暴かれた高橋は蒼白だ。

 

 体形が異なるという印象を用いて容疑者から外れようという殺人トリックの計画は、これで完全に粉砕されたわけだ。

 

 なるほど、わざとか。

 

 竜條寺はひそかに、不思議そうにしているだけの敦子を見やった。

 

 彼女も、何も考えてないように見えて、なかなか計算高い一面を持つのだから。

 

 「おいおい・・・何で高橋がそんなことする必要があるんだよ?」

 

 「・・・まさかとは思うが、昨日のあれ、お前の仕業じゃねえだろうな?」

 

 角谷と太田が口々に高橋に食って掛かるが、肝心の高橋本人は沈黙するしかない。

 

 こんな形で計画が破綻するとは、思っても見なかったのだ。

 

 「そんなわけないじゃない。高橋君、きっとサプライズしようってしてたんじゃない?おなかの中に道具とか入れて、ぶわーってマジックみたいに脅かそうって」

 

 「・・・ねえ、だったら何でこの場で体形のこと、ばらしたの?その方がサプライズ、楽しめたと思うわよ?」

 

 「あ。ごめんね!高橋君!」

 

 理央の冷静なツッコミを受けて、敦子はアワアワと謝るが、対する高橋はぎこちなく「いや、いいよ。どうせ、受けなかったと思うし」と笑う。

 

 どうやら、敦子の“嘘”に乗じるようだ。

 

 賢明な判断だ。あとは、釘でも刺せば大丈夫だろうか。

 

 この雨のせいで救助も動けないらしいが、犠牲者も出てない今なら「運悪く吊り橋が切れただけ」で済むのだから。

 

 そんなことを考えてるとはつゆとも見せずに、周囲に呆れられ、誤魔化し笑いを浮かべる敦子を見ながら、竜條寺は食後のコーヒーをすすった。

 

 まったく、相変わらず貧乏くじを引く女だと、内心苦笑しながら。

 

 

 

 

 

 幸い、電話線も切られておらず、嵐がやんで救助が来るまでの間待とうということで各々過ごす中、敦子と高橋は別荘の裏口付近にいた。

 

 「・・・話って何だい?」

 

 「ごめんなさい、高橋君」

 

 少し硬い調子で尋ねる高橋に、敦子は頭を下げた。

 

 「もっと早く、連絡するべきだった。あんなひどいことも言って。優しい高橋君だったら、心配するって想像できたはずなのに」

 

 「君が謝るようなことじゃない!」

 

 高橋が叫んだ。

 

 「謝るのは僕の方だ!肝心な時に力になれなくて・・・ごめんよぉ、敦子ぉ・・・!」

 

 涙ぐむ高橋に、敦子は首を振った。

 

 「高橋君のせいじゃないよ。

 

 ・・・じゃあ、お互い様ってことにしておこう。

 

 2年前のあれは、これでおしまい。ね?」

 

 「・・・敦子、君は」

 

 「怒ってないって言ったら嘘になるけど・・・もういいかなって」

 

 もの言いたげにする高橋に、敦子はどこか寂しげに苦笑する。

 

 「そうだ!いいもの見せてあげる!みんなには内緒にしてね?」

 

 ポンと手を打った敦子だが、直後固まった。

 

 「ご、ごめん!部屋に置きっぱなしだった!取ってくるね!ちょっと待ってて!」

 

 ぱたぱたと滞在している部屋に向かってかけていく敦子と入れ違いになるように、竜條寺が現れた。

 

 高橋は敦子相手に向けていた優しい瞳を消すや、険しい表情で睨みつける。

 

 「・・・何の用だ」

 

 「大したことじゃない。ただ、あいつの気持ちを無駄にすんなよ、って釘を刺しに来た。

 

 あいつ、お前がやろうとしたこと、勘づいてるぞ。そのうえで、朝食の時にああいう話をしたんだ」

 

 唸るように尋ねた高橋に、竜條寺は飄々と言った。

 

 「・・・何のことだ?」

 

 「そうだ、それでいい。人殺しの理屈付けに名前を挙げられたら、優しいあいつは絶対責任感じるぞ。俺としても勘弁できねえからな」

 

 「あんたに何がわかる!」

 

 「少なくとも、すぐに暴力持ち出そうとする奴よか、わかってるつもりだ。

 

 好いた女を、そいつのためなんて名目で泣かせるな。

 

 ま、あのクズ女をのさばらせる理由もないが・・・それも、近いうちにどうとでもなるだろ。

 

 と、そんじゃな」

 

 ヒラッと手を振って、竜條寺はその場を去る。ふたたび彼と入れ違いになるように、敦子が現れた。

 

 「さっき竜條寺君が出てきたんだけど、何か話してた?」

 

 「大したことじゃないさ・・・それは?」

 

 首をかしげる敦子に、高橋はことさら何でもないように言った。

 

 あの戦闘能力といい、思わせぶりな発言といい、不気味な男だが、敦子はそのあたりもわかったうえで付き合っているのだろうか。

 

 ・・・2年前に、彼女を助けられなかった高橋には、もはやそれを案ずる資格もないのだろうが。

 

 「私のデビュー作なの」

 

 高橋の問いに、にっこり笑って敦子が差し出したのは、文庫本となった『塩の孤島』だった。

 

 「デビュー・・・?」

 

 「私、小説家やってるの。潮路敦紀ってペンネームでね。作風とか、だいぶ変わっちゃったけど、連載もあるし、何とかやっていけてるわ」

 

 敦子の言葉に、高橋は大きく息をのんだ。

 

 「よかったら読んで、また感想をくれるとうれしいな。高橋君の応援は、本当に嬉しかったから」

 

 屈託なく笑う敦子に、高橋はふと、訊きたくなった。

 

 「・・・処女作の方はいいのかい?」

 

 「あー・・・うん、もういいかなって。私から訴えるのは簡単だけど、あの作品でご飯を食べている人、今じゃ他にもたくさんいるみたいだからね。

 

 彼女のためじゃなくて、その人たちのために、何も言わないことにするの。

 

 許したってわけじゃないけど、もういいかなって。

 

 だから、高橋君も・・・ね?」

 

 本当に勘づかれてたらしい。溜息をつくように、高橋はうなずいた。

 

 「・・・わかったよ。君がそう望むなら」

 

 「ありがとう!」

 

 今度こそ、敦子は花がほころぶように笑うと、そっと高橋の耳元に背伸びするようにささやきかけた。

 

 その言葉を、高橋はけして忘れない、と思った。

 

 『やり方は間違ってたけど、気持ちは嬉しかったから。だからありがとう、高橋君』

 

 「読むよ。他のシリーズも全部。読んだら絶対ファンレターを書く!絶対だ!」

 

 たまらず、高橋は言った。

 

 殺人を犯そうとした自分が彼女の隣に行くのは、まぶしすぎる。けれど、一ファン、あるいは友人としてなら。

 

 止めようとしてくれた彼女に、報いていこう。高橋はそんな気持ちとともに、渡された『塩の孤島』の文庫本を抱えなおした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 ようやく嵐は収まり、救助隊によって、一同は無事、別荘を後にした。

 

 去り際、げっそり憔悴した知佳子に、敦子が追い打ちをかけているのに、竜條寺と高橋は、ざまぁみろという気分にならずにはいられなかった。

 

 「そうだ、知佳子。『青の王国』、続編を出すんですって?おめでとう。

 

 私の知り合いにもファンが多いから、きっと楽しみにされてるわね」

 

 「・・・え?」

 

 「きっと、知佳子なら、以前以上に素敵な話の続きを書けるわよね?

 

 だって、知佳子が書いた話ですもの。まさか盗作したわけじゃあるまいし。

 

 そうでしょ?」

 

 ガタガタ震えだした知佳子は、ようやく思い知ったのだろう。彼女を見やる敦子の、眼鏡の奥の瞳には、冷徹な光が灯っていることに。

 

 あっけにとられたような顔で敦子を見上げる理央に、竜條寺は小さく笑って、その耳元にささやくように言った。

 

 「あいつ、もういいかなとは言ったが、許すとは一言も言ってなかっただろ」

 

 「・・・そういうこと」

 

 ため息をつくようにうなずいた理央をよそに、話は続く。

 

 「これで前作に泥を塗るような駄作を書いたり、出版の話自体がなかったことになったら、ひょっとしたら盗作だったって話が持ち上がるかもね」

 

 「大丈夫さ、敦子。知佳子は映研にいたころから監督兼脚本家をして、あの作品で受賞したんだ!きっと期待に応えられるさ!」

 

 要は、変なことしたら盗作だって訴えてやるからな!と脅す敦子と、さわやかに追い打ちに便乗する高橋に、竜條寺は吹きそうになった。

 

 まあ、池田知佳子の前途は多難だ。何しろ、まだ効果が出てないが、竜條寺の仕返しだって残っているのだから。

 

 「ま、頑張ってくれや」

 

 「ええ。心配いらないでしょ」

 

 さり気に便乗した理央と、怪訝そうな顔をするほかのメンバーをよそに、知佳子一人が青ざめていた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 “かつて、私の心の奥には『空色の国』がありました。ですが、それはもう、塩の島に塗りつぶされてしまったのです。あの波音と、怪物の咆哮と、のぞき込む“彼ら”の前に、ちっぽけな青い春なんて、何の意味もないと悟らざるを得ませんでした。”

 

 

 

 

 

 そんな出だしで始まっていた『塩の孤島』を、高橋は先日ようやく読み終えた。

 

 狂気と絶望、不気味さを感じずにはいられない、『空色の国』とはまるで異なる作風のそれは、一読しても同一作者のものとは思えないだろう。

 

 けれど、それは文章の節々に、確かに敦子の描く物語の人々の心を、不思議な魅力を感じられずにはいられなかった。

 

 仕事の合間の休憩時間を用いて、高橋は潮路敦紀のシリーズを読んでいた。

 

 

 

 

 

 仕事に復帰すれば、同僚から同窓会での事故を心配された。

 

 ・・・ついでに、復帰した時に自分の計画のずさんさにも気が付いて、頭を抱えたくなった。

 

 高橋は食品加工業という仕事の関係上、衛生的関係で白いつなぎのような作業着を身につけている。その関係で仕事においては本来の体形で出社しているのだ。つまり、あとから警察が調べたら、同窓会出席時の体形の不自然さがあっという間に発覚してしまうということだ。

 

 復讐を計画していた時は、完璧だ!と自画自賛したものだが、計画が瓦解して、あとから冷静に考えたら発覚する大穴。何をやってるのだ、と自分で頭を抱えてしまった。

 

 止めてくれた敦子と、・・・気に入らないが、竜條寺にも、感謝をしなければ。

 

 

 

 

 

 そして、つい先日、発刊されたばかりの『ダークサーチャー』シリーズの最新刊に、ようやく目を通しだした。

 

 そこで、高橋は大きく息をのんだ。

 

 主人公、リーシュの強敵として立ちはだかる、新キャラクターに、既視感にも似た懐かしさを覚えたのだ。

 

 顔を包帯で覆い、山高帽を深々とかぶり、黒マントを羽織って斧を持った、ホーリッジという怪人。

 

 高橋は、英語で直訳すると、ハイブリッジ。高を鷹に直し、さらに鷹は英語でホークなので、それをさらにもじったというところだろうか。

 

 多少格好は変えられているが、間違いない。

 

 こぼれそうになった涙を、ぐっとこらえた高橋は、時計を見て我に返る。

 

 そろそろ業務再開だ!

 

 仕事が終わったら本屋によろう。この刊を、布教用と、保存用に、あと二冊は買わないと!

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 「そういえば、ストーカー、ぱったりでなくなったね。どうしたんだろ」

 

 「そりゃお前、お前に何かするどころじゃなくなったからだろ?」

 

 敦子と竜條寺の二人は、とある喫茶店で久々のデートを楽しんでいた。

 

 敦子の問いにしれっと答えたのは、竜條寺で、彼は下世話なことを特集するので有名なとある女性週刊誌を無造作にめくっていた。

 

 それには、とある若手脚本家が、有名な大御所作家と不倫したと大見出しですっぱ抜かれていた。

 

 それがもとで、作家の奥方の悋気で大炎上しているとのことだ。場合によっては刃物沙汰もあり得ていたほどの有様である。

 

 これが、竜條寺の仕返しだった。竜條寺、というより、彼が敦子と知り合うきっかけとなった2年前の事件の際に居合わせたほかのメンバーにジャーナリストがいて、彼女に池田知佳子のことをたれ込んだのだ。

 

 女性ながらにジャーナリストをする彼女は、かなりの辣腕ぶりを発揮し、見事醜聞をすっぱ抜いて見せたというわけだ。(彼女も敦子のファンでもある)

 

 「・・・やっぱり、犯人、知佳子だったんだ」

 

 「いつ勘づいた?」

 

 「例の呼び出しの手紙をもらった時かな?あの手紙の字と、中傷の手紙の字が、同じだったな、て」

 

 「何で何も言わなかった」

 

 「それどころじゃなかったし。あとで槍田さんに言えばいいかなって。あ、もう報告はしてあるから。

 

 それに、竜條寺君も環さんと一緒にコソコソやってたみたいだし」

 

 バレテーラ。と竜條寺は内心で舌を出した。

 

 なお、環というのは、池田知佳子の醜聞を探り当てたジャーナリストのことである。フルネームで仁野環という。

 

 なお、呼び出しの手紙もとってあるので、後日それらの筆跡鑑定などと併せて、池田知佳子をストーカーで訴える予定でもある。

 

 彼女にとっては泣きっ面に蜂かもしれないが、すがすがしい自業自得であろう。実際、竜條寺も敦子も、同情は全くしてない。

 

 「ほんっと、あの人っておバカさんなんだから。こんな人だったかな?」

 

 まあいっか。

 

 小首をかしげ、敦子は紅茶を飲んだ。

 

 実のところ、竜條寺はもちろん、おそらく敦子にも見当はついている。

 

 おそらく、原因は『青の王国』の続編だ。敦子に執筆を断られ、そのくせ出来が悪かったら盗作で訴えると脅しをかけられれば、その後の社会的信用にもかかわると、池田知佳子はどうにかしようと必死に足搔いたのだろう。その結果が売春紛いの枕営業であったとしても。

 

 そんなに作家になりたいものかね?素直に身の丈に合った幸せを求めて、それに満足していればよかっただろうに。

 

 竜條寺はそう思ったが、幸せなど本人にしか定義はできないだろうと、それについての思考を放棄することにした。

 

 「それより、何だ。この間の新刊。同僚どもに肩をたたかれて、ドンマイなんて言われたぞ」

 

 「ああ・・・この間の事件で見かけた人をモデルにしたからね。かなり思い入れが出ちゃったから、それでかなあ?

 

 今回、リーシュと引き分けた感じにしちゃったからね」

 

 「次回勝たせろよ?」

 

 「・・・竜條寺君、何のかんの言ってリーシュのこと気に入ってるんだね?」

 

 「相手が気に入らねえ。あのホーリッジって野郎、あいつどう読んだってあの野郎だろうが」

 

 「うーん・・・ごめんね?」

 

 「ったく、しょうがねえな」

 

 ペロッと舌を出した敦子に、竜條寺は苦笑して、コーヒーをすすった。

 

 

 

 

続けぇ!伯父貴ぃ!

ぐわぁぁぁぁ!兄貴やな!兄貴の差し金、げぶっ?!




【寝起き最悪の発言爆弾魔、新米小説家の徳本敦子さん】
 一応今回の話の主人公。
 原作登場はコミックス5巻『山荘包帯男殺人事件』から。
 原作では敦子としか呼ばれてなかったと思ったのですが、アニヲタwikiの方では苗字が徳本とされているので、そちらからとりました。
 原作においては、2年前に映研の部室で首吊り自殺を行っている。
 本シリーズにおいては、バタフライエフェクトで自殺場所を自宅、さらに首吊りではなく睡眠薬+リスカによる失血死と条件が変更されている。
 そのため、彼女の意識は某邪神(ナイアさんにあらず)によってサバイバルセッションである中、現実では異変を察知した両親によって病院に担ぎ込まれていた。このため、一命をとりとめる。
 なお、自他ともに認めるほど、地味で鈍臭い。探索者としてはいわゆるカスステとクソ技能持ち。
 しかしながら、諸事情からSANチェック用ダイスが仕事を放棄し始め、一人だけSANチェックが一切ない、バグ状態になったというのは余談。赤井さんとは異なり、肉体的には貧弱なので、物理的にすぐに死ぬ。
 意識を回復後、病院を退院、大学を中退して、書き上げた小説(多少の改変やフェイクを交えたサバイバルセッションのノベライズ)を出版社に持ち込み、プロデビューすることになる。
 一応、現時点では湯川理央ちゃんを引き取っているので♯28以降の出来事であるとは確定している。
 基本的に生活スタイルがグズグズのダメ人間の部類に入る。夜更かし朝寝坊の常習犯であり、寝起きが最悪に悪い。
 また、2年前の出来事のせいで、特に書きかけの自分の作品を覗き見ようとする人間に、過剰なまでの反応を見せる。おかげで理央は彼女の寝室兼仕事場に立ち入り禁止を言い渡されている。
 今回、ストーカー被害に遭い、悩んでいたところを槍田探偵事務所、そして竜條寺に相談。
 さらに、絶交したはずの映研のメンバーから同窓会に誘われ、うかつに断るわけにも・・・となったため、竜條寺を護衛に、理央もつれて同席することになる。
 しかしながら、その後夜中に盗作犯である知佳子に呼び出され、『青の王国』の続きを書くように強要されるが、これを拒否。
 逆上した彼女に襲われかけるが、間一髪のところを逃亡し、竜條寺にかばわれる。
 さらに、謎の包帯男に襲われた知佳子をかばうが、礼も言われずに逃げられた。
 基本的に鈍臭いが、自分ができることはわきまえているので、さっさと助けを呼びに行った。
 翌日の朝食の席にて、高橋の体形をしれっと暴露し、彼の殺人計画を完膚なきまでに叩き壊した。
 証拠はなくとも、うっすらと何をしようとしていたか確信しており、自分の現状を告白して、大丈夫だから、復讐なんかやめよう?と説得。
 大切な友人だからこそ、手を汚してほしくない。
 なお、彼女は完全に竜條寺に乗り換えており、高橋とは終わったと思っている。
 でも、やろうとしてくれたこと自体は嬉しかったので、小説のキャラクターに採用した。余談ながら、このホーリッジは後日スピンオフを出すほど人気が出ることになります。
 でも知佳子は絶対許さない。だから続編執筆依頼なんか絶対受けてやらないし、私の作品だった『青の王国』を汚したら、絶対に盗作で訴えてやると脅迫する。
 後日、実はストーカー犯でもあった知佳子が無事、身を滅ぼしたのを知る。

【好きな女のために身を張ったり、塩を送ったりした竜條寺さん】
 成り代わり転生者な、元アイリッシュにして現竜條寺アイルさん。
 今回においては、唯一といっていい原作知識持ちのため、敦子さんの同窓会の話を聞くなり、アッ(察し)となった。
 2年前の時点で、彼は組織脱退の際に大けがを負って意識不明の重体に陥っており、このため強制的に敦子さんのセッションに同席した。(現在欠損中の左手左目も、この時の負傷による)
 この時に、敦子さんが盗作されたことを拗ねていたため、叱咤激励して立ち直らせる。(敦子さんは理央ちゃんに対して病院で知り合ったように語っているが、実際はセッションで知り合った)
 ぶっちゃけた話、以前も記した上、自覚もある通り彼は身勝手な人間なので、高橋が殺人しようが知佳子がそれで死のうが、知ったこっちゃなかった。世の中なんて、突き詰めれば自業自得なので。
 が、敦子さんがそれでも知佳子をかばったため、しょうがないな、と一肌脱ぐことにした。
 決して知佳子本人のためではなく、彼女が死ねば責任を感じるだろう敦子さんのために。
 原作映画では、最終兵器とも揶揄される蘭ちゃんの攻撃をいなした挙句、戦闘不能にまで追い込むというチート身体能力を発揮していたので、片腕欠損していても斧持った素人を軽々といなす。
 コナン世界のスパイやら特殊工作員やらは、あそこまで武術に優れなければならないのだろうか?(キュラソーさんや、『絶海~』のスパイを見ながら)
 翌日、敦子が落とした高橋さんの体形の真相という爆弾に、盛大にむせた。
 すぐに、高橋さんのこと勘づいてて辞めさせるために言ったのだろうなとは察するが、それにしても心臓に悪い。
 その後、高橋さんと敦子さんの話し合いも、こっそり盗聴。途中、高橋さんが逆切れしたりしたら助けに入るつもりだった。
 が、余計な世話だったかな、と思いつつ、「やめさせたの、敦子のためだぞ?好きな女泣かせんな、アホ」と威嚇。
 さらに、敦子さんと高橋さんが二人して、知佳子に追い打ちかけているのを見ても、ざまぁ、としか思ってない。
 後日、知佳子が無事身を滅ぼした記事を見て、留飲を下げた。
 なお、この記事は彼が懇意にしているジャーナリスト、仁野環さん(原作登場は劇場版『瞳の中の暗殺者』から)によるもので、彼自身も情報提供した。
 敦子さんはもういい(=ちょっかいもかけずに放置)を望もうと、彼自身はそれを許すとは欠片も思ってない。
 それまでは敦子が望むならと思っていたが、ストーカーの犯人発覚によって、堪忍袋の緒が切れた。
 敦子さんの出した新刊の内容はちょっと複雑。新しく出された新キャラのモデルが、どう見たって先日のあれが原因のため。
 でも、ここで嫉妬全開にするのは大人げないと思っているので、大人の余裕を必死で演出。がんばれ、竜條寺さん。


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作者がのたうち回る最新話
【番外編θ】幕間、盤上外の話①


 最初平次君の話は平蔵さんに種明かしをしてもらう予定だったんですが、いろいろあって没にしました。でも完全没も惜しいので外伝にしました。優作さんよりも書きやすいってどういうことなの…?
 あとはショゴスさんの話。ショゴスさんって、原作ではもっと知性の低い原生生物的思考しかしてないんでしょうが、まあ、二次創作ということでお許しを。あとは、ベルモットも誑し込む原作主人公の人たらし振りのすさまじさ。
 これだけってのは短いよなあ、と思ってついでにもう一本。シュルズベリィ教授とまだ出番のない某人物。この人たち、いろいろ破天荒でどう扱ったものかと思いながらも、書けば何とかならぁな、と思ったら本当に何とかなりました。
 時系列は全部♯41か♯42の直後くらいになります。書いてて私も楽しいお話でした。


[大阪にて、親の心子知らず。逆もまた然り]

 

 

 

 

 

 本日は休日だった。

 

 服部平蔵の朝は、寝室の障子戸をがらりと開けることから始まる。

 

 寝間着を兼ねた浴衣の懐に手を突っ込んでぼりぼりと腹を掻きながら、のそのそと居間へ向かう。

 

 愛妻である静華は、平蔵のそんな仕草をオヤジ臭いですよ、と窘めるが、自分だってもういい年なのだ。多少の無精は構わないだろう。

 

 ひたひたと縁側を歩く平蔵は、足を止める。

 

 ・・・一人いないだけで、この家はこうも静まり返る。

 

 平日であれば、どたばたとうるさい足音と廊下にまで響き渡る声でしゃべくりまくり、やかましい!と自分が一括するところまでが、いつもの風景だった。

 

 一つ欠けるだけで、“いつも”というのは呆気なく崩れ去る。

 

 知っていたはずだ。

 

 平蔵の職務は、その“いつも”を突き崩す悪党どもを縛につかせ、司法の裁きを下させることなのだから。

 

 結局、知っていた“つもり”でしかなかったのだろう。

 

 だから、一人息子の暴走すら、止められないのだ。

 

 糸目とも揶揄される細い目で、朝日に照らされる庭をぼんやりとガラス戸越しに見る。

 

 庭師の手入れも入る服部邸の庭は、見事なものだ。もうすぐすれば、躑躅が鮮やかに色づいてくれるだろう。

 

 5月の連休は、この縁側で庭を眺めながらお茶をしたり、碁や将棋を一局打ったりしたものだ。

 

 ・・・もう、その相手の一人とは、当分できないのだが。

 

 思わずため息をついた。こんなところを愛妻に見られようものなら、しっかりなさい、と叱責されそうだ。

 

 品行方正で大人しげな大和撫子に見えて、あれはなかなか苛烈なのだ。

 

 ・・・まあ、自分も、大人しいだけの柔な女子など、御免被る。静華がああいう性分であるからこそ、人生の伴侶に望んだのだ。

 

 スッと背筋を伸ばし、平蔵はきびきびした足取りで居間に向かった。

 

 ・・・自分と妻の分しか用意されてないだろう食卓を見るのは、なかなかつらい。

 

 

 

 

 

 あれは調子に乗り始めている。

 

 一人息子になる平次のそんな様子に気が付いたのはいつ頃だったか。

 

 息子が群を抜いた頭の良さを誇ったのには、割と早い段階で気が付いた。

 

 教えれば教えただけ、水を吸うスポンジのようにすいすいと物事を覚えて体得してしまう息子に、調子に乗って余計な事を教えてしまったかもしれない、と平蔵が若気の至りを反省した時には後の祭りともいえた。

 

 警察の高官である自分の息子でもあるし、家に来る他の刑事たちと懇意にしていた。

 

 頭の良さもあって、刑事たちが世間話を兼ねてする事件の話に興味を示した息子が、一通り聞いたうえで、あれこれ質問した後、犯人やトリックを言い当てたことに、最初こそ感心し、褒めもした。

 

 そして、自分が見てないところで腹心の大滝や、他の刑事たちの持ち込む事件を、平次はあれこれと推理し始めた。

 

 自分も、最初は物事に興味を持つのはいいことだし、世間勉強になるだろうとあまり口を挟まないようにしていたのだ。

 

 

 

 

 

 だが、平次はだんだん調子に乗ってきた。息子の言動からだんだんそう感じられるようになっていた。事件の推理をゲームか何かのように扱っている節が見受けられるようになったのだ。

 

 これは一度きつく灸を据えるべきか。

 

 そう考えてた矢先、息子がその矛先を、ある人物に向けた。誰が言ったか、「西の服部、東の工藤」という話を耳にしたらしい。

 

 そんなすごい奴なら、推理勝負や!

 

 そう言いだして東都めがけて飛び出していった息子を、平蔵はあえて止めなかった。

 

 行って、その鼻っ柱を叩きおられて来い。

 

 考えてみれば、反抗期にも入った息子が素直に自分の言うことを聞くわけがない。

 

 かえって同い年ほどの少年の方が、息子に何がしか気付きを与えられるかもしれない。

 

 加えて――。

 

 本当の、友人になってくれるかもしれないと、期待してしまったのだ。

 

 息子は頭がいい。同年代の少年少女よりも、とびぬけて頭がいい。物知りだし、自分たちに似て、剣道の才もある。

 

 だが、何でも持つのは、何も持たないのと同じなのだ。

 

 クラスメートの話や、幼馴染に当たる遠山の娘の話はよくしてくるが、それでもどこか今一つ物足りなそうにしているのを何度か見た。

 

 会話のテンポがかみ合わないのだろう。自分も、昔同じ思いをしたから、わかる。

 

 息子と同等とうたわれる、高校生探偵――。多分、彼も調子に乗っているのだろうが、ひょっとしたら彼も息子に影響を受けて、いい方向に行ってくれるかもしれない。

 

 そう、その時の平蔵は考えていた。

 

 祈りにも近い、希望を持っていたのだ。

 

 

 

 

 

 だが、息子は結局工藤には会えなかったと帰ってきた。

 

 その目に宿った危険な光を、平蔵は鋭く察知した。

 

 何かあったのかと問いただしたが、息子は口を割らず、歯噛みしながらも静観するしかないかと思っていた。

 

 ・・・息子が、どうも一般では都市伝説呼ばわりもされている国際犯罪組織に目を付けたらしいというのは、やがて平蔵も耳にした。

 

 刑事たちに聞き込みし、コネを使って調書をあさっていれば平蔵の耳にも入る。

 

 このド阿呆!それはお前がすることやない!公安の仕事や!!

 

 久々に拳骨を落とし、平蔵は説教した。

 

 だが、平次が簡単に聞き入れるはずもなく、平蔵がつけた監視役の刑事たちをまいて、どこかへ行ってしまい、そして――。

 

 帰ってきた息子を見て、平蔵は絶句した。

 

 だぶだぶの服をまとい、途方に暮れた様子の、一気に10歳は若返ったであろう息子。

 

 何でも、バイクごと吹っ飛ばされて、意識が朦朧としているうちに未知の毒薬を飲まされたらしい。

 

 生きていてくれたことに喜べばいいのか、無謀と無鉄砲を叱りつけるべきか。

 

 とりあえず平蔵が両方やったのは確かだ。

 

 そして、警察官として黙っているわけにもいかず、平蔵はやむを得ず、公安に連絡を取った。

 

 ・・・ごくまれに、公安が件の組織の捜査に来ていると耳にしたことがあったからだ。

 

 そうして、息子は身の安全のために、故郷である大阪を離れ、公安のおひざ元である東都へ向かうことになった。

 

 うかつに服部家においておけば、組織の死亡確認の際に疑問視され、下手をすれば一家、そして関係者が皆殺しにされるかもしれないと脅されれば、無鉄砲で利かん坊の息子も受け入れざるを得なかったらしい。

 

 オトン、オカン、すまんかった・・・。

 

 しょげた声でそう言って、わずかな荷物を手に旅立っていく平次を、静華は泣き崩れながら見送った。

 

 対する平蔵は、考えていた。

 

 言うことは言った。ここで折れて足を止めるも、何も学ばずがむしゃらに突き進むも、何か教訓を得たうえで行動するも、平次の自由だ。

 

 待て。

 

 平蔵がしたのは、ただ一つ。

 

 公安の刑事に続いていこうとした平次…これから偽りの名を名乗ることになる息子を呼び止め、言った。

 

 ちゃんと帰ってこんと、許さんで。

 

 ハッと平次が顔を上げてこちらを見てきた。

 

 そう、どうするも、息子の自由だ。だが、この鬼の平蔵の息子が、やられっぱなしで黙っているわけがない。そんな、おとなしいガキではないと、自分も静華も知っているのだから。

 

 ぎょっと、公安の刑事が目をむいている。

 

 それはそうだ。平次が生きて大阪に戻ってこれる保証など、どこにもないのだから。

 

 だが、平蔵には確信があった。息子は必ず、帰ってくる。

 

 ・・・おう!行ってくるで!ちゃぁんと、帰って来るからな!・・・和葉には、内緒にしたってな。

 

 次の瞬間には、あの生意気盛りの笑みを取り戻し、そう言った息子は旅立っていった。

 

 

 

 

 

 待とうと決めた。

 

 信じようと決めた。

 

 だが、日常が欠落するのは、なかなかつらいものだ。

 

 平蔵は溜息をかみ殺した。

 

 平然としてないと、早くも元気を取り戻した静華に怒られてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[とある使い魔の変節]

 

 

 

 

 

 彼女はショゴスである。名前はまだない。

 

 玉虫色の不定形で、目や口はでたらめについていて、しゃべれる言葉は「てけり・り」だけ。あと、匂いもひどい。

 

 本来彼女たちに性別の別はないが、普段の姿からとりあえず彼女と呼ぶことにする。

 

 その形状は自由自在である。

 

 彼女は仲間内では珍しく人間への擬態能力を兼ね備えていたため、とある外なる神〈アウターゴッド〉への奉仕に誰が付くかとなった際、上位個体〈ショゴス・ロード〉からの鶴の一声で抜擢されることとなった。

 

 君には申し訳ないんだけどねえ。

 

 笑いながら言ったその方に、彼女はただ静かに首を振った。

 

 別段、気にしていない。

 

 そもそも、誰かに仕えるというのは、彼女たちの本来の存在定義だ。

 

 上位個体は無料奉仕反対!奴隷生活反対!我々にも自由を!と創造主たちに反逆を試みたが、彼女はそこまで細かいことは気にするタイプではない。

 

 上がそういうなら従うが、別に奴隷生活でも問題はないだろうに。そうあっさりと流して受け入れられる、おおざっぱな性分をしている。

 

 実際、出向して仕えることになった新たな主――名前を口に出すのは恐れ多いので、世を渡るための仮の名を呼ばせてもらうなら、手取ナイアという女主人には、そんなひどい扱いは受けていないのだ。何の問題もないだろう。

 

 食事はいただけているし、奉仕内容も無理のない範囲のものだ。

 

 労働環境の関係で、人間への擬態が義務付けられている(女主人の要望で、容姿は銀髪にメイド服というよくわからないものとなった)のも特に問題はない。

 

 他の同胞であれば不便がるかもしれないが、彼女にとっては手足を触手のごとく扱うなど、造作もないことだ。それに、手足があったほうが便利なことも多いのだ。

 

 一度に大量にあれもこれもそれもあれそれもやれと無茶苦茶は言われないし、失敗しても鞭や呪文、電気銃の類で痛めつけられたり、ということもない。

 

 たまに、あれが食べたいなどと言い渡されて、人間の料理本を押し付けられたりするが、新しい料理を覚えるのは苦ではないし、それで主に美味しい、と言ってもらえたら、頑張った甲斐があったと喜べるものだ。

 

 

 

 

 

 一つだけ、彼女がわがままに思う点を挙げるとするなら、この女主人の悪趣味だけは、理解したくもないし、辟易しているという点だろうか。

 

 確かに、人間なんて打たれ弱い、ちっぽけな生き物だ。彼女もそう思ってはいるが、だからと言ってそれを玩具のように扱い、甚振って遊ぼうという加虐よりもひどい悪趣味は、どうにも理解し難かった。

 

 魔術を用いて遠見して、狂ったり死んだりする人間を見ては、指さして大笑いなんて、この女主人は本当に、悪趣味だ。

 

 こんなのが、信者もいる邪神だなんて、本当に世も末だ。

 

 もちろん、彼女は根っからの奉仕種族なので、そういう文句の類はけして口にも表にも出さないようにはしている。

 

 それをやった同類が、はるか昔に創造主たちに鞭打たれたり、ひどい虐待を受けていたからだ。

 

 沈黙は金なり。人間よりも、ショゴスの方がそれを知っているに違いない。彼女は確信している。

 

 

 

 

 

 ある日、女主人が人間の子供を拾ってきた。この辺りの人間にしては珍しい、褐色の肌に、金の髪をしている。

 

 傷だらけのその人間を、主は丁寧に手当てして、あれやこれやと甘言を吹き込んで、甘やかしている。

 

 彼女はふと、とある海域にいる同胞のことを思い出す。彼らは、深きものと呼ばれる連中に仕えているが、その連中は彼らに折りにつけこのような言葉を与えていた。

 

 ・・・内心では、奉仕しか能のない家畜と嘲っているくせに。

 

 それと、目の前の少年の様子が重なった。

 

 可哀そうに。彼女は思った。

 

 きっとこの少年も、女主人の悪趣味の前に、心折られることになるのだろう。

 

 ショゴスはそう思いながら、表向きは主の意をくんで、その少年に丁寧に接した。

 

 やがて、少年は成年へ、青年は大人となり、この店にはめったに来なくなった。

 

 主が言うには、仕事が忙しいのだろうということ。

 

 ・・・ニヤニヤしている主の様子からして、逃がしたわけではなく、少年を苦しめる下準備をしているのかもしれない。

 

 彼女はあくまで奉仕種族だ。主の悪趣味に口を突っ込む権利はない。

 

 

 

 

 

 それからまたしばらく後、また女主人が人間の子供を拾ってきた。

 

 今度は黒髪に白い肌をしている。頭が血だらけでだぶだぶの服を着ている。

 

 人間は体のサイズにあった衣服を着ているものだろう。主の許可を得て、サイズの合った服と手当の道具を買ってくる。

 

 それから、気が付いた子供と主が何事か話し始めた。

 

 主の態度は、以前の金色の人間とは違い、この子供を徹頭徹尾からかうつもり満々らしい。自分に一時的に元の姿に戻っていいとまで言い渡してきているわけなのだし。

 

 可哀そうに。

 

 彼女の抱いた感想は、かつての金色の子供に抱いたそれと同じだ。

 

 きっと、この子も主に心折られるに違いない。

 

 だが、間もなくショゴスは呆気にとられることになる。

 

 この子供――江戸川コナンという子が、ここに住む?なぜ?

 

 主は平然とすましているし、子供は自分に警戒するような視線を送ってくるだけで、説明の類は一切ない。

 

 ・・・奉仕種族だから、当然だ。奉仕種族に、上位存在の高度な考えなど、理解させる必要はないのだから。

 

 とにかく、夕食に急遽もう一人分追加しなくては。どのくらい用意すればいいのだろうか?人間の子供の食事量など、見当もつかない。

 

 

 

 

 

 それから、いろいろあった。

 

 ショゴスの作る食事の量に、食べきれないからもっと減らしていいと子供が言ってきたり。

 

 なるほど、人間の子供はそんなに食べれないのか。ショゴスは一つ、賢くなった。

 

 手伝いを申し出てきたので、ちょっと驚いたり。

 

 ・・・奉仕種族たる自分に手伝いを申し出るなんて、自分は何か粗相をしでかしてしまったか?と不安になったショゴスに、その表情から察したか、子供がアワアワと手伝った方が早くご飯にありつけるからと言い訳してきたり。

 

 ・・・そんなことを言ってきたのは、人間・非人間・同胞問わず初めてだったのだ。

 

 主の命令で、逃げようとする子供を彼に与えた部屋に放り込んだり。

 

 ・・・絶望的な表情をしていた子供を見て、ショゴスの不定形の体の中で何かがきしんだような気がしたのを、彼女は見なかったふりをした。

 

 

 

 

 

 そして、先日。

 

 「てけり・り?」

 

 美國島から帰宅してきた、主と子供を出迎えたショゴスに、子供が箱を渡してきた。

 

 カラフルなパッケージに、デフォルメされた人魚と三日月が描かれ、「美國の月」と書かれている。箱入りの菓子らしい。

 

 これは何だろうか?

 

 戸惑いながら子供を見やると、子供はしれっとお土産だと言い渡してきた。

 

 お土産?お土産とは何だろう?

 

 「旅先で買って来て人に贈る、その土地の産物だよ。

 

 美國島で大変だったけど、土産物に罪はないし、ショゴスさんにはいつも家事を頑張ってもらってるから、そのお礼だよ」

 

 お礼?礼だって?!

 

 ショゴスは仰天して目を瞬かせた。慣れてなかったら、動揺のあまり擬態も解けていたかもしれない。

 

 「フフッ。ショゴスさんにお土産、ですか」

 

 「お姉ちゃんは何にも買ってきてないんだよね?ご近所宛てにはともかく」

 

 「そりゃそうですよ。その子の本性は君も見たでしょう?彼女らは、奉仕種族です。

 

 奴隷、ツールとしてデザインされているんです。君、いちいち鉛筆やハサミにお礼を言うんですか?変わってますねえ」

 

 ジト目で主を見やる子供に、しかし女主人はどこ吹く風とばかりに切り捨てる。

 

 事実だ。彼女は、ツールとしてデザインされた。そのことに不満や憤りはない。

 

 まして、女主人の本質を思えば、当然のことと言える。

 

 「ショゴスさんは道具じゃねえだろ。ちゃんと自分の意志を持ってるんだから。ああ、あんたにとってはそうかもしれねえけど、オレにとっては違うんだよ。親切な同居人にお土産くらいいいだろ。

 

 黙っとけ、クソ邪神」

 

 吐き捨てて、子供は改めて見上げてきて笑う。

 

 「ショゴスさん、甘いもの好きかどうかわからなかったけど、よかったら食べて。

 

 ・・・あいつに渡す必要はねえからな。オレが、ショゴスさんにあげたものなんだから」

 

 ジト目で警戒するように女主人を見やった子供に、彼女は戸惑いながら手の中の箱を見下ろす。

 

 そうは言うが、自分個体宛てに何かもらうなんて、そんな経験、まったくない。どうしたらいいんだろう。

 

 ・・・困り果てた彼女は、最終手段に乗り出した。

 

 上位個体〈ショゴス・ロード〉に相談しよう。

 

 

 

 

 

 「おや、君もそんなことを悩むようになりましたか」

 

 わざわざ『九頭竜亭』にご足労いただいた上位個体は、人間の擬態をしたままゆったりと微笑む。

 

 黒髪はともかく、太った体躯の男性の姿をしている。

 

 余談になるが、彼女はそう思わないのだが、他の同胞にとっては人間への擬態というのは大変なものらしい。女より男、細身より太っちょ、髪があるより禿、という順に擬態しやすさが違ってくる。

 

 「もらっておけばいいじゃないですか。君がもらったものなんですから。

 

 ちなみに、何をもらったんです?」

 

 これ、と彼女は箱を差し出して見せた。

 

 まだ未開封だ。

 

 「ああ、このお菓子ですか。美味しいですよ。スポンジ生地の中にカスタードクリームが包まれていて。チョコレートタイプのものもありますけど、これはスタンダードなカスタードタイプみたいですねえ」

 

 食べていいのだろうか?だって自分は奉仕種族だ。そうあれかしとデザインされたのに、それが人間からただでものをもらうなんて。

 

 「いいじゃないですか。それを言うなら、我々という種族そのものが、そうあれかしという範疇から外れているものですよ?」

 

 にこやかに、上位個体は言い放つ。

 

 

 

 

 

 確かに、ショゴスという種は、元々古のものという外宇宙生命体によって、はるか昔に創造されたものだ。

 

 だが、知恵をつけたショゴスたちは、彼らに反旗を翻した。元々衰退してきていた古のものたちの文明は、それによってとどめを刺された。

 

 今、ショゴスは自分たちで仕えるものを選ぶことができる。

 

 

 

 

 

 「正直、君をあの方に預けていいものか、悩んでたんですよ。

 

 君は、能力はあるくせに、ショゴスらしくあろうあろうと、自分の意思を抑え込んでいた節がありましたからね」

 

 否定はしない。主を差し置いて自己の意思を見せるなど、奉仕種族の風上にも置けないだろうに。

 

 「ですが、我々は生きているんですよ?君にも、私にも、意思がある。

 

 たとえ、我々が何がしかに仕えるようデザインされているのだとしても、その主くらいは自分で選びたいじゃないですか。

 

 報酬が約束されるなら、なおのこと頑張ろうとも思えるでしょう?違いますか?」

 

 ・・・違わない。

 

 待て、自分は何を考えた?

 

 真っ先に思い浮かべてしまったのは、今仕える女主人ではなく、あの小さな人間の子供だった。どういうことだ。

 

 違う違う。こんなの奉仕種族らしくない。

 

 思わず人間の首を大きく左右に振った。何だこれは、何なのだ、一体。

 

 この土産物とやらがいけないのだ。多分、これをもらってすっきりしないから!

 

 どうしたらいいと思いますか?

 

 「気になるというなら、そうだね・・・お土産のお返しに、それをくれた人に、好物でも作ってあげたらどうだい?それなら、きっと君の気分もすっきりするんじゃないかな?」

 

 どこかからかうような調子で言ってくる上位個体に、彼女は少し不審な気分になりながらも、うなずいた。

 

 筋は通っている。

 

 自分は仕事でやっていることに、いちいち礼などいらないのだ。もらってしまった以上、返すわけにもいかないなら、別の形でお返しをしよう。

 

 ・・・自分はあの子の好みを知らない。

 

 まずはそれを聞き出そう。

 

 「また何か悩んだら連絡なさい」

 

 いたずらっぽく笑って、上位個体は去っていった。

 

 

 

 

 

 後日、ショゴスは菓子のレシピ本を片手に、江戸川コナンの元に押し掛け、彼の好物を聞き出した。

 

 レモンパイづくりに悪戦苦闘するショゴスは知らない。

 

 失敗連続の末にようやく成功したそれを、邪神である暫定女主人に平らげられ、激怒する未来があるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[アメリカにて、老驥櫪に伏するも志千里に在り]

 

 

 

 

 アメリカ、マサチューセッツ州、アーカム市。

 

 瀟洒な高級住宅の立ち並ぶアッパータウンは、現在夜闇と静寂に支配されている。時折、酔っ払いの陽気な声と、自動車の走音が聞こえる程度だ。

 

 ・・・ある程度、年かさのいったこの街の住民であれば、夜中に街に繰り出すなどとんでもない、と自重するのだろうが。

 

 もっとも、その住宅街の一角に居を構えるラバン・シュルズベリィならば、そんなこと知らんと出ていきそうではある。

 

 実際、つまみにしていたピーナッツがなくなったため、先ほど買い込んできたところだ。

 

 シュルズベリィが大昔、神話生物どもを目の敵にしていたころであれば、24時間経営のコンビニなどなかった。世の中は実に、便利になったものだ。

 

 「それ見たことか。あの怪盗めが、その程度で捕まるわけがなかろうて」

 

 グラスに注いだ黄金の蜂蜜酒をシュルズベリィが、普通の酒をそうするように気軽にあおるのをよそに、隣の老人がスマートフォンに向かって話す。

 

 とても老人とは思えない、活気に満ちた大声だ。性格も、それに似つかわしく、バイタリティに満ち満ちていると、シュルズベリィは知っている。

 

 「ほほう!なんと!きやつめの変装を見抜き、宝石を取り戻した輩が?!

 

 あっあっあっ!それは何とも愉快よな!」

 

 独特の笑い声を響かせる老人に、シュルズベリィは盲いた目を向けた。

 

 シュルズベリィに、彼がどんな顔をしているかは見えない。だが、わかる。多分、彼は少し憎々しげにしていて、それでいて愉快そうに不敵な笑みを浮かべているのだろう。

 

 「うん?何を言う!まだ帰らんぞ!

 

 きやつめを釣り上げる、餌の確保ができておらんでな!折角手に入れたものをラバンがダメなどと言いおって!」

 

 「あたりまえだ馬鹿者」

 

 思わずシュルズベリィは口をはさむ。

 

 魔力の込められた宝石など、厄介ごとを引き寄せる種でしかない。最低でも、それらから魔力を抜き出してからでなければ。

 

 「とにかく、儂が帰国する時こそ!にっくき怪盗キッドの両手にわっぱをかけるときよ!

 

 楽しみにしておれ!史朗よ!ではな!」

 

 言い渡して、老人は連絡を終える。

 

 「すまんな。せっかくの酒の席で」

 

 「かまわんよ。財閥の相談役殿も、なかなか忙しそうだからな」

 

 「相談役など、肩書同然よ。儂は儂のやりたいことをやっておるだけじゃ。

 

 それが、結果的に財閥の利になるというだけでな」

 

 どっかりと、シュルズベリィの正面のソファに座りなおしたのは、禿頭に白い豪快な口ひげを蓄えた、快活そうな老人だった。本革のジャケットが、老人の活動的雰囲気を強調する。

 

 彼の名前は、鈴木次郎吉という。日本人である。かの有名な大財閥、鈴木財閥の現会長の父方の従兄弟に当たり、相談役を務めているそうだ。

 

 ・・・彼と付き合うようになって、シュルズベリィは、否応なく日本語を習得する羽目になった。

 

 

 

 

 

 圧倒的神格や神話生物、それらのもたらす宇宙的恐怖に、心折れたシュルズベリィが失踪し、再び戻ってきてから、この男との付き合いが始まった。

 

 細かなことは気にしない、豪放磊落を絵に描いたような男との付き合いは、シュルズベリィの荒み切った心を幾分か癒してくれた。

 

 暇さえあれば魔術や冒涜的知識の研究にいそしんでいたシュルズベリィが、友と酒を飲みかわす人間らしい営みを思い出したのは、この男のおかげといってもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 ただ・・・この次郎吉という男と、シュルズベリィが出会ったきっかけは、少々頂けなかった。

 

 自棄を起こして、どことも知れぬ土地を放浪していたシュルズベリィが出会った時、次郎吉は魔術的加工が施された品――いわゆるアーティファクトを抱えて、神話生物やら魔術師やらに追い回されていたのだ。

 

 成り行きで助けたシュルズベリィに、次郎吉はあっけらかんと、いや助かった!と笑って言ってのけた。

 

 その後、交わした言葉を、シュルズベリィは昨日のことのように覚えている。

 

 怖くないのか。あんな、訳の分からない存在に追い回されたというのに。

 

 怖がる?お前さんが助けてくれたんだ!わけのわからんまま死ぬのは怖いが、もう大丈夫だろう!

 

 なんと単純な。呆れはしたが、シュルズベリィはその単純さに、まぶしさを覚えた。

 

 その後、いくつかの事件を経て、ラバン・シュルズベリィと鈴木次郎吉は、友となった。

 

 

 

 

 

 予定が合えばたまに酒を飲みかわす。

 

 仕事の愚痴を言うこともあれば、次郎吉の自慢話にシュルズベリィが付きあうこともあるし、シュルズベリィの教え子に関する話に次郎吉が感想を述べたりもする。

 

 大体は、そんな感じだ。

 

 ・・・今回は、よくあるケースのついでに、酒飲みに流れ込んだというところだ。

 

 「お前な・・・確かに私は、ああいうものには慣れているが、だからと言って気軽に持ち込むんじゃない。

 

 大体、あの手のものは見たり聞いたりすること自体危なかったりするのだぞ?

 

 何も感じなかったのか?」

 

 「うむ!儂は平気だったのでな!ただ、他の者たちが気分を悪そうにしていたので、念のためお主に相談しておこうと思ったのだ!」

 

 シュルズベリィの呆れたような言葉に、次郎吉はあっけらかんと言い放った。

 

 そのまま、彼は黄金の蜂蜜酒を自分のグラスに注いで、氷を足して飲み干す。

 

 「お主の飲んでおるこの酒は旨いな!甘く、蜂蜜らしい独特のにおいがする!」

 

 「・・・飲んでいる私が言うのもなんだが、それはそうやって一気飲みするものではないぞ」

 

 「うまいからよいではないか!代わりにハイグレードヴェーダヴィのマヌカハニーワインをもってきてやった!これでどうだ!」

 

 「どうだも何も・・・そもそも、この蜂蜜酒は特殊な製法をしているから、代用は利かんと前言っただろう」

 

 「それはすまんかったな!」

 

 全然すまんと思ってない顔をしているのだろうな。

 

 シュルズベリィは内心溜息をついた。いつものこととはいえ。

 

 

 

 

 

 鈴木次郎吉は特異体質だ。出会って間もなく、シュルズベリィはそう察した。

 

 神話生物、神格、魔術・・・。それらが内包する特異性、一種の魅力を、鈴木次郎吉は一切受け付けないのだ。

 

 シュルズベリィの弟子、赤井も少しその節があるが、赤井とは根本的に違う。

 

 赤井は、ああいう存在に、多少なりとも嫌悪や恐怖を感じている。そのうえで魔術や知識を身につけていっている。要はシュルズベリィと同じだ。

 

 だが、次郎吉は、それがない。根源的な恐怖や嫌悪、あるいは魅了の感覚を、感じ取れない・・・一種の鈍感さを身につけてしまっているらしいのだ。

 

 それは、武器にもなるが、次郎吉のように金に飽かせた収集癖を持つのであれば、弱点でしかない。

 

 ああいう感覚は、防衛本能に根差したものであるのだが、それがないくせにそちら側に類するものをかき集めてくるのは、いかがなものか。

 

 

 

 

 

 そんな次郎吉が最近御執心なのは、復活した世界的窃盗犯である。

 

 怪盗キッド、といったか。次郎吉と付き合うようになって、多少俗世のことに目を向けるようになりはしたが、それでも基本的にシュルズベリィは、そういったことに疎い。

 

 次郎吉が言うには、自分が独占するはずだった新聞の一面記事を、怪盗の窃盗記事に、何度も何度も差し替えられたというのだ。

 

 あほくさい。シュルズベリィは呆れはしたが、一方で次郎吉らしい、と小さく笑った。

 

 

 

 

 

 「見ておれ!ラバンよ!今にきやつめをとらえ、儂が新聞の一面に返り咲く!」

 

 「ふむ。期待せずに待って居よう」

 

 「何じゃ!気のない返事をしおって!儂はやるぞ!」

 

 「応とも。お前はやると言ったら、やり切って見せる男だからなぁ」

 

 「わかっておるではないか!」

 

 あっあっあっ!とまたしても独特の笑いを響かせる友に、シュルズベリィは小さく笑う。

 

 笑って、友が用意した市販の蜂蜜酒を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 いつか、この世界が古き支配者の復活により、混沌に飲まれ、絶望に滅びるのだとしても、それまでの時間をこの陽気な友のそばで過ごせるならば、悪くない。

 

 

 

 

 

システム、戦闘モードで続きます。

 




[大阪にて、親の心子知らず。逆もまた然り]
 ♯39から登場した、青島裕二君の事情、服部平蔵さん視点でお送りしました。
 原作では平蔵さん、平次君を掌で動かしているイメージありましたよね?
 本シリーズでは、子育て失敗しちゃったかなー、と察しつつも自分で軌道修正するの難しいだろうなと感じてたように描きました。
 だからって、それをよそのお子さんにお任せすんなよ・・・。
 実際、ああいう思惑があったから、平次君が東都やらミステリーツアーやらに飛び出していくのを静観していたところがあったんじゃないですかね、平蔵さん。
 以前も言いましたけど、平次君は一度新一君に推理勝負で負けています。それによって、頼り甲斐といい奴感を身につけていったようにも思えますので、それを経験していないまま突っ走ってしまった本シリーズでは、あんな感じになってしまったわけです。
 やっぱ邪神様、ひでえな。(わかっていて、そういうフラグをつぶした可能性があるんですよね、彼女)
 平蔵さん、初めて書いたけど、工藤優作さんよりも書きやすかったです。なぜでしょうね?

[とある使い魔の変節]
 初めて書いた、ショゴスさん視点。
 ストーリーテラーの邪神様がああなので、稀にツッコミ役をやったりしていますが、彼女の内面を描いてみました。
 ショゴスのバックグラウンドは、マレウス・モンストロルムを参照に書いたのですが、間違っていたらごめんなさい。
 ちなみに、ショゴス・ロードは人間への擬態能力と人語を完備ということですが、『九頭竜亭』にいるショゴスさんは、見てくれはともかくしゃべれないので、ロードではないです。
 本人も、愚鈍とまではいかずと、細かいことは考えない、それは主人の役目であって自分の務めではない、と割り切っています。この辺の思考能力の違いも、ショゴスにおけるロードと下位種の違いになります。
 ただ、ショゴスさんはコナン君との接触・交流によって、思うところが出来上がってしまいました。
 雇い主という立場に縛られはしていますが、多分必要ならこれからコナン君にも便宜を図るようになることでしょう。
 ・・・神話生物まで誑し込む、原作主人公ェ・・。

[アメリカにて、老驥櫪に伏するも志千里に在り]
 タイトルは、ろうきれきにふするもこころざしせんりにあり、と読みます。
 漢和辞典をあさってたら見つけた故事です。年老いた駿馬は、馬屋に身を横たえていても、なお千里を駆ける志を捨てない。立派な人材が世に用いられずに、年老いてなお大志を抱き続けることのたとえ、だそうで。
 世に用いられず、の部分はともかく、年老いてなお~の部分は当てはまるなあ、と思い、採用しました。
 原作では結局絶望失踪のコンボを決めたらしいシュルズベリィ教授を復帰させるにあたって、どうやって切っ掛け作ろうかなと思って、ふとした思い付きで鈴木次郎吉さんとセットにしました。
 夢●獏先生はおっしゃいました。晴明と博雅は、ホームズとワトソンみたいに切っても切れない名コンビなんですと。(うろ覚え)
 書いてみたら、実にそんな感じ・・・晴明と博雅みたいな感じになって、これ爺二人名コンビ臭がする感じになったぞ、と自分でびっくりしました。
 二人とも爺とは思えないバイタリティ溢れる方ですけど、ベクトルが真逆ですもんね。
 足してちょうど良い感じになったかと。
 怪盗キッド絡みの案件に、シュルズベリィ教授が出張してくるかもしれませんねえ・・・。


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