アルジュナ(オルタ)夏休みSSまとめ (いざかひと)
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夏休み特異点シーズン2アルジュナ(オルタ)ルート1

その1~18(+1)


その1 

 

2019/07/10

 

星の灯火は消え諸人は運命を裁かれる……我は神の力を継ぎ、その役割を果たす……マハー・プララヤ!

はいカットできました。どうぞマスター。

 

カットスイカ を手に入れた

 

お買い上げありがとうございます。

喧嘩にならないよう等分に切ってありますから、皆さんで食べて下さいね。

種にも気をつけて。

 

ところで、このスイカを食べた後マスターはどちらへ?

なるほど、皆で山へ虫取りに、昆虫によって点数が違いそれを競い合う……。

いえ、私はマスター達と昆虫採集に行きたいなど、ヘラクレスやコーカサスを探したいなど思って……いないと言えば嘘になりますが……。

……?私を誘って下さると?それは……思わぬ言葉です、ありがとうマスター。

ですが、残念ながら今日の私はシフトが入っています。

商品発注と最終確認もせねばなりません。

また後日声をかけてください、予定さえよければお付き合いします。

 

マスター、山は何があるか分かりません、一人で行動せずに、皆さんと共に行動して下さいね。

おかしなものを見つけても無闇に触ろうとしないこと、危ない目に会ったのなら逃げて助けを求めること……約束して下さいますか?……ええ、よろしい。

では、くれぐれも気をつけて。

 

…………繰り返される夏の日、心を許した者との喜びに満ちた時間……この特異点はまるで楽園、この穏やかな日々の中で、マスターが人としてどのような決断をするか、私はそれを見守ることにしましょう。

……それまでの間、このコンビニを盛り立てていかなければ。

果物よりアイスのほうが売れ行きはよいのですが、いたずらに発注数を変えればロスが……この世は神の目をもってしてもままなりませんね……。

 

アルジュナ(オルタ)を遊びに誘えるようになりました

噂を収集しました(いつもの裏山)

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』で確認できます)

 

カットスイカ 

対界宝具により皮も悪も完全に絶たれたスイカ 

水分と糖分補給に最適 沢山あるのでみんなで食べよう

 

アルジュナ(オルタ)

アルジュナのようでアルジュナではない……と思わせて紛れもなくアルジュナ。ステータスがすごい。ガッツもあるので色んな所に連れて行ってみよう。

……全てを失い、対抗策も尽きて、過去にも未来にも帰ることすら出来ない、そんな時に彼へ助けを求めてみるのも一つの選択だろう。

 

 

その2 

 

2019/07/11

 

マハー・プララヤ!……人よ、生きるべし……!

……ご無事ですかマスター?

しかし驚きました……プラチナコガネを捕まえようとしていたマスターの頭上から、突然メタルヒュドラ(Lv90)が落ちてくるとは……。

 

たまたま山に来ていた私(Lv100)が

対邪悪(特殊)〔EX〕Lv10→千里眼(超越)〔EX〕Lv10→B宝具→B→B→EXアタック

を行い、倒せたからいいものを……。

敵に攻撃の機会を与えてしまっていたら、私は倒されずとも(魂の灯火Lv10)あなたはひとたまりもなかったでしょう。

マスターの故郷の南の方でも、木の上から神経質なヒュドラが襲いかかってくることがある……と、エナジードリンクを多量摂取していた刑部姫より聞きました。

どのような場所でも、気を引き締めていかねばなりませんね……。

 

しかし、まがい物とはいえ、このヒュドラの体液というのは毒々しく、なんだかメタメタしていて……危ない感じがします。

少し体液を吸い込んでしまいました、頭がふわふわします……。

私、変なことを口走っていないでしょうか……。

マスターは……え?どうされました?

『スキルあげておいて良かった』『やっぱり宝具演出かっこいい』『バレンタインが怖い』『今年の夏ヘラクレス4000体乱獲してお金貯めて次のピックアップで宝具5にする』……。

おっしゃっている意味がよく分かりませんが……あなたあっての私です、ご無理だけはなさらないでください。

 

しかし残念です、マスターの狙っていたプラチナコガネは宝具の余波で逃げてしまいましたし……。

えっ?一緒に探してほしい……のですか?

はい!よろこんで!

……ですが、私より、もう一人の……真なるアルジュナ(Lv100) の方が適役に思えます。

彼の幸運はA++、ニジイロクワガタやオオクワガタがあちらから飛んでくるレベル。

私では……あっ、あそこにゴライアスハナムグリが止まってますよ。

しかも2匹、大きくてかわいらしいですね。

 

ゴライアスハナムグリ×2 を手に入れた

 

プラチナコガネ

6000くらいの価値がありそうだ。

部屋に飾ると金運が良くなる気がする。

逃げやすいので慎重に狙おう。

 

ニジイロクワガタ

きらきら輝くクワガタ。1万くらいの価値がありそうだ。

午前零時から二時頃に出現しやすい気もするが、ちびっ子たちの間では意見が食い違う。

 

オオクワガタ

一目で分かる、重厚感ある艶消しの黒。非常に珍しい。

見つけた瞬間、動機が激しくなり、手が震え、捕獲ミスを繰り返すちびっ子も多い。

 

ゴライアスハナムグリ

ゴライアスなハナムグリ。6000くらいの価値がありそうだ。

売買のため、乱獲したハナムグリを部屋にぎっしりと敷き詰めるちびっ子もいる。

極まったちびっ子達からは微妙な眼差しで評価されることも多い。

 

 

その3 

 

2019/07/12

 

マハー・プララヤ!

……どうしました?ただの気合いのかけ声ですよ?

しかしマスター見て下さい!

網の中です、ほら……金色のクワガタを捕まえることが出来ました!

 

オウゴンオニクワガタ を手に入れた

 

『12000』……それは……売値、ですか?

……数字にされると切ないですね。

マスター、このクワガタ、アルジュナのためにいただきたいのですが……。

あっ、違います。私ではなく真のアルジュナの方です。

彼は特異点に来た皆のため、何よりあなたのため、インドマートを切り盛りしていますが、最近は根を詰めすぎているように思います。

 

疲労を表に出さぬよう振る舞っていますが、私にはこうして見抜かれている。

そろそろカルナにも見抜かれましょう。

そうなれば、ムキになった2人の衝突で辺りは灰燼に帰します。

まだ全貌が掴めていないのに、この特異点に大きな衝撃を与えるわけにはいきません。

 

マスター、クワガタは彼を休ませるための口実。

あのアルジュナを、どうか息抜きに連れ出してあげて下さい。

心の許せる者と、腹の底から笑いあいながら遊ぶ……彼に必要なのはそんな休息です。

何より、あらゆることを忘れて野山を駆け回るのは……ただの童子になったようで楽しいものですよ。

おや?マスター、なぜ苦しそうな顔を……。

……これは……私……泣いている……。

…………システムに不具合が発生、修正を実行……不可。

…………なぜ?

 

オウゴンオニクワガタ

今にも落ちてきそうな空の下にある、目の前に飛び出してきそうな森の中で捕まえたクワガタ。

12000くらいの価値がありそうだ。

とても珍しい。捕まえることが出来たのなら、一生忘れない思い出になる。

全身が黄金で出来ているかのように輝いているが、黒く見えるところも。

見ていて胸が苦しくなるほど、きらきらぴかぴか光っている。

 

 

その4 

 

2019/07/12

 

…………ごめんなさいマスター、立ったまま眠っていたようです。

お買い上げ、ありがとうございます。

アイスが3点、ビニール浮き輪が2点、シュノーケルが2点……。

はい、確かに代金をいただきました。

眠っていた理由、ですか。

お恥ずかしいのですが……単純に寝不足なのです。

私の視野は広い。

無数の可能性が何十にも折り重なり、平行して進んでいくこの特異点で、あんな未来やこんな未来を見ていると……興味深く……。

これは……邪悪……では……?

 

……『夏休みの深夜番組が面白くて、夜更かししてしまう子どもみたい』?

……マスターは私を子どものようだとおっしゃる。

しかし、どの世界も実に楽しそうなのです。

その中心には、いつもあなたがいる。

まるで灯台のようです、その光に皆の心が休まり、思わず近づいてしまうのですね。

私も、惹かれているサーヴァントの一人ですよ。

はい、アイスと水泳道具は別の袋に分けました。

新しいサーヴァントや、真のアルジュナ共々、水遊びを楽しんできてくださいね。

またのお越しをお待ちしております。

 

………負荷増大を確認。

次の午前休にメンテナンスプログラムを走らせておきましょう。

その時間で終わらなければ、皆に迷惑をかけてしまいますね……。

しかしこれは……ただ平行世界と未来の観測を行っているだけで増える負荷の量ではない。

──誰だ?私を見ているのは?

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』で確認できます)

 

アイス

カップに棒、コーン、様々な種類のアイス達。

主に100~200QPの価格帯の物。

この素朴な味を好むサーヴァントも多い。夏のプレゼントに最適。

 

ビニール浮き輪(イルカ)

まだぺしゃんこの浮き輪。海を泳いでいくイルカの模様がついている。

空気を入れて初めてその力を発揮する。

……見ていると背筋がぞわぞわする。

 

シュノーケル

浅瀬ならば、息を吸いながら水の中を見れる。

深く潜る際には、注意力とコツが必要。

泳ぎが得意なサーヴァントに相談してみよう。

 

『???』

きをつけろ、だれかがこのとくいてんを、みているぞ。

 

 

その5 

 

2019/07/12

 

…………終わりましたか?

ああ良かった、捕まえられたのですね。

……フナムシ。

 

フナムシ を手に入れた

 

手慣れた手つきで……虫かごに……。

それは……どうするのです?『博物館に寄贈』……素晴らしいことですね。

……怖くないです、見慣れないのでびっくりしているだけです。

今私が浮いているのは、足元にやってきたフナムシを、マスターのため、潰さぬようにしたからです。

洞窟の天井に角が突き刺さっているのは、高さを見誤っていたからです。

ご心配なく、己の力だけで何とかします。

 

……抜けましたが……洞窟の天井にくぼみが出来てしまいました。

私の角も中々ですね。

魔力放出と併用して、尾の次のサブウェポンにするのもいいかもしれません。

音速を超えた、ロケットな頭突きができそうです。

そういえば、マスターが森長可と読んでいた、デーモンをブレイドでスレイする漫画の主人公も、頭突きをよく使っていましたね。

 

気になったので少し読んでみたのですが……長男があれほど凄い存在だとは。

どれほど傷を受けても、困難が待ち受けていようとも、守るべき者のため自らを鼓舞し、進んでいく。

人のまま、人を越えた者に立ち向かう……その姿には羨望すら覚えます。

『アルジュナにちょっと似てる』?

それはどちらの……いえ、マスターのことですから、私と彼、両方のアルジュナを指してくれたのですね。

どうでしょう……私は真ん中、三男でしたから……。

 

洞窟の奥から潮騒と共に風を感じます。

気になりますか、マスター。

しかし、いたずらに闇を覗き込むのはよくないでしょう。

挑むのならば、相応の覚悟を備えてきてからの方がよろしいかと。

……分かっていただけましたか?では、洞窟を出ましょう。

入り口は狭いですから、頭をぶつけないよう気をつけて。

私も角が当たらないようにします。

角は便利ですが、なかなか厄介でもあります。

マスターにもいつか生えるかもしれません、その時には角のあるサーヴァントの苦労が分かるでしょう。

 

ああ……洞窟の中にいたので分かりませんでしたが、もうすっかり夜だったのですね。

太陽も沈んで、ほの暗く……。

あっ、ほら、あちらの空を見てくださいマスター!

花火です!光って……もう消えてしまった……。

誰かが打ち上げたのですね、夏祭り前の練習でしょうか。

前にアーカイブで読んだのですが、花火というのはどこから見ても丸いのだとか。

丸い火薬玉から火が放たれているので、道理だといえばそうですが……。

……おや、その顔は……気になっている顔ですねマスター。

では、確かめるとしましょう。

そうです、落ちないように掴まって。空の中の花火の形を見に行きましょう。

…………角以外の場所を掴んで下さい、マスター。

 

花火は、本当に丸かった。

 

噂を収集しました(海辺の洞窟)new

 

フナムシ

海辺に住む人にとっては身近な虫。そうでない人には遠い虫。

200くらいの価値がありそうだ。

動きは素早く、捕まえる難易度は高い。

見えるだろうか?消波ブロックの隙間、打ち寄せる黒い波。

あれは波ではない、無数のフナムシの塊なのだ。

目が合うとさっと逃げていく。

 

 

その? 

 

2019/07/13

 

民宿に戻ってきた。

真夏の特異点……明日も探索をしないと。

 

自室です、何をしますか?

 

コマンド?

眠る←

勉強する

『夏休み帳』を確認する

 

明日もはやい……もう寝よう……。

…………。

 

カルデアのマスター。

彼岸花の花言葉を、知っていますか。

私の世界には、うまれなかった言葉です。

ええ、あなたは見たはず。

ひらく空想の木の根元、毒満る乳海のほとり、悲願の岸辺。

一面に咲く、白き天の花を。

 

神は去りました。

空をかける船は落ちました。

愛する者は皆死にました。

私は塵となりました。

 

おかしい、なぜ私はあの場所にいたのか。

本当は私、山に行かなくてはいけなかったのに。

ええ、白い山。全てが終わったかのような白の景色。

一人で、全て抱え、白銀の雪に包まれて、死ぬ。

それが英雄の義務です。

私が生まれた理由です。

それこそ私の願いです。

 

しかし、私は思い描いてしまった。

それより先を。

より良い未来を。

私から、手を伸ばしてはいけなかったのに。

 

力を、譲り受けました。

その結果が、私です。

全てを手に入れ、天におちました。

戦いがある。

あった。

死んだ。

誰も彼も。

ああ……!

私……!私の……!

 

…………彼岸花の花言葉をご存じですか。

『またあう日を楽しみに』。

その通り。

あっています、合っています、会っています。

…………会えたのです。

失ったはずのものに、確かに。

 

この花を、あなたに。

大丈夫、邪悪なものではありません、恐れず手にとって。

ごめんなさい、もう、これしか渡せるものがなくて。

 

…………枝が落とされたということは。

それが誰かにとって間違いだったということでしょう。

人、世界、神……そのどれでもない何か……。

しかし私は、切り落とされた枝の中に、何かがあったと……。

信じたかった……永劫のような矛盾の果てに……何かが……。

そうでなければ……私が……世界が……人が……。

 

忘れないで、カルデアのマスター。

あなたが、私を殺したことを。

私も、私が殺した者のこと、決して忘れたりしませんから。

 

罪を数え、罰を受けながら。

時の終わる場所で、あなたを見守っています。

そして、私のことも。

苦労をかけますが……よろしくお願いしますね。

 

 

……蝉の声で目を覚ました。

枕元に何か落ちている……。

 

…………『白の彼岸花』 を手に入れた

 

『白の彼岸花』

彼からあなたへ贈られた、真っ白な無垢の花。

全てが終わり、これだけが残った。

かつて英雄だった滅ぼしの神が、最後まで手放したくなかったもの。

空想の木の根元、一面の彼岸花の上、彼は誰を待ち続けていたのか。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている

 

 

その6 

 

2019/07/13

 

──フィィィィィシュッ!!!!

釣れましたよマスター!引き締まった夏鰹です!

ベースで拝見した鰹漁業の映像では、遠洋の船の上で男達が竿一本で巧みに釣り上げていましたから……陸釣りでもかかるとは思いませんでした。

どうしました?

魚が釣れたらフィッシュ!と言わないといけないと、クー・フーリンから笑いながら教えて貰ったのですが……。

『アルジュナの声帯だったら、もっと完璧なフィッシュが言えるはず……』?

どういう意味ですか?マスター?

練習した方がいいでしょうか……フィッシュ……フィィィィシュッ……。

フィッシュ!!!!

あっ、マスターの竿が動いてます、餌を突っつく細かい動き……カワハギでしょうか。

 

沢山釣れましたねマスター。

……食べられそうなのは、ごく一部ですが。

この、頭を、何枚もの硬い鱗で覆っている魚は顔が厳ついですし……。

下顎が、生えている歯ごとくるくる巻かれている魚は、食べる気がしませんし……。

こちらはダ・ヴィンチ女史の所へ持っていくといいでしょう。

 

謎の魚A、謎の魚B を手に入れた

 

そして、いっぱい釣れたこちらのフグは食べられません、リリースです。

フグは種類や性別、季節によって毒のある部位や濃度が変わる大変危険な魚。

そんな顔してもだめです、海に帰しなさい。

はい、クサフグ、トラフグ、ヒガンフグ。

……食べると、毒で彼岸、あの世に行ってしまうからヒガンフグと言うのだとか。

怒って膨れています、かわいいですね。

……すべて帰しましたね?こっそり持っていたら怒りますよ。

 

残ったのは鰹や鯵などのよく知られている魚になりましたね。

大きめのクーラーボックスを持ってきて正解でした。

すごく重たいですから、民宿まで運んでいきます。

ご心配なく、私のステータスは幸運以外EXです、覚えやすいのも自慢です。

 

ここが民宿の厨房ですか……広々としていて、大人数の料理も一度に作れそうです。

オーブンやミキサーなどの機器も充実していますね。

本日は何を作るのですか?

 

何を作ろうか……。

鰹のたたき風フライ←

 

では、調理の邪魔になってしまいますので、これで……。

 

『一緒に夕食を食べてくれないかな?』

 

……分かりました。ロビーの電話を借りて、インドマートへ連絡してきます。

あの黒電話、使用方法が独特で……音も不思議な感じ……。

 

本日釣った鰹ではなく、冷蔵庫で寝かせていた鰹を使うのですね。

『死後硬直が解ける』……『旨味成分が』……なるほど。

マスター……この特異点の攻略が終わる頃には、一角の料理人になってしまっていそうです。

『大きくなったら小料理屋を開いて、マシュが割烹着を着てて……』。

願望が無意識に口から出ています、正気に戻って。

 

鰹を大きめの一口大に切り、醤油と酒とチューブニンニクを混ぜたタレにつけて……冷蔵庫で少し休ませるのですね。

その間に何かお作りに?

ああ、鯵を捌いて……身は刺身に、中骨は味噌仕立てのあら汁に。

野菜もスライスして……サラダですか。

油の加熱をはじめるのですね、温度が高くなりすぎないように見ています。

 

パン粉を揉んで細かくし、冷蔵庫から取り出した鰹をザルにあげて、水分をペーパータオルで拭き取り……小麦粉、卵、パン粉の順番で衣をまとわせる。

淀みのない実に良い手つきです、お上手ですよ。

油で……キツネ色になるまで……カリッと……。

揚がったものを……小皿に二つ乗せて……。

私に、下さるのですか?

『味見』……そうですね、大切です。

ですが、私の意見が参考になりますでしょうか?

最近何を食べても美味しく感じて……マスターと共にいるからかもしれませんが……。

 

『どんな意見でも受け止めるよ』

 

優しい言葉ですね、では、それに甘えて一口……。

 

……美味しい……周りはサクサクで、中はレア状態でしっとりとしています。

火が通った醤油の香りも格別で……。

とても美味しいです、マスター。

……出来たものを食堂へ運ばれるのですね、私も手伝います。

後から付いて行きますね。

 

…………せっかくマスターが下さったのですから、味見用の鰹のフライを、もう一口……。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

 

──味がしないな。

 

 

 

 

 

アルジュナ(オルタ)も交えて、いつもより賑やかなメンバーで、夕食を囲んだ……。

 

料理レベルが上がりました

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

謎の魚A

全身が硬い鎧のようなウロコで覆われた魚。顔は厳つく、牙は鋭い。

出刃包丁は通りそうにない。

ダ・ヴィンチちゃんの所へ持って行こう。

 

謎の魚B

下顎がくるくる巻いていて、目がやばい以外は普通の魚。

……普通の魚。

味は未知数。

ダ・ヴィンチちゃんの所へ持って行こう。

 

 

その7

 

2019/07/13

 

今日は気分を変えて潮干狩りです。

まだ太陽が昇りきっていないので、不思議な空の色……。

明るい水色と緋色が混ざって……とても美しいですね。

この……小さな鍬のような器具で貝類を捕る……楽しみです。

しかし、潮が引いた後の浜辺は混沌としています。

何でしょう、あのオレンジ色のぐにぐにしたものは。

空には巨大な虫も飛んでいますし、カブトガニが大きな体と太い足を持つ鳥類に蹴飛ばされてご飯になっています。

あちこちに苔むしたような緑の丸い石も転がっていますし……。

まぁいいでしょう、魔獣ならいざ知らず、彼らはただの動物です。

自分より力のある存在に牙を剥いたりはしないでしょう。

はい、何を隠そう私のことです。安心して貝を捕りましょうね。

 

ざくざく……ざくざく……。

私、上手に出来ていますか?

あっ、なめくじっぽいお魚が砂の上をのたくっています。

マスターにあげますね。

 

謎の魚P を手に入れた

 

ざくざく……ざくざく……。

……砂の中から……アサリですね、バケツに入れましょう。

これは……見たことがあります、ホンビノス貝です。

待機室のテレビで見た……番組名は確か……テレ……鳥?

一回しか見ていないのですが、エキセントリックな料理ばかりで面白かったです。

ふふっ……胡椒は思っている量の三倍入れるといいのですって。

 

大漁です、バケツが重たいはず、持ち上げる際には気をつけて……。

あっ……。

…………ごめんなさいマスター、ぬかるみに足をとられて、尻餅を。

貝こそこぼれていませんが、全身泥だらけです、ああ、手も……。

……マスター、私に手を、差し伸べてくれるのですか。

泥だらけの手です、マスターの手も汚れてしまいますよ。

『それでもいい』と。

…………ああ、やはりあなたは、どこまでいっても、人間だ。

 

ようやく民宿に帰ってこられましたね。

大漁大漁です、海の貝ですので、おかずに使うためには砂抜きが必要でしょう。

ですが、私がお付き合い出来るのはここまで。

シフトの時間です、急いで体を清めて、業務を頑張ってきます。

マスターも私と同じで泥だらけですから、お風呂に入って綺麗にすること。

それと……いつでもいいですから、貝をどんな料理にしたのか教えてくださいね。

それでは、また。

 

…………手が、触れたはずなのに。

何も、感じなかった。

足も、立っているのか……いないのか……。

修正……プログラム……バックグラウンドで起動……。

もう少し……だけ、この日々を……。

しかし……それすらも……。

……。

ああ……この特異点は……星が……遠いな……。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』で確認できます)

 

謎の魚P

長年脊椎動物の祖だともてはやされてきたが、研究により別の生物の方が祖であることが判明し、今無性に帰る場所を探してる……そんな雰囲気をまとった謎のなめくじっぽい魚。 

別に海辺の村で行われたおぞましい研究の成果でもないし、鯉に餌としてあげても代替わりしたりしない。

武器にこすりつけても神秘の力が宿ったりもしない。

何も分からないので、ダ・ヴィンチちゃんのところへ持って行こう。

 

 

その8 

 

2019/07/14

 

……お見舞いなんて、要りませんでしたのに。

 

『体調悪いって聞いたから』

 

……大丈夫ですよ、マスター。

修正プログラムを起動させています、布団で寝ていれば治りますから。

気にせず、他のサーヴァントと、この特異点の調査を進めてください。

シフトだけはどうにもならず……皆に迷惑をかけてしまいますが……。

 

アルジュナ(オルタ)は体調が悪そうだ……。

何をしますか?

 

コマンド?

立ち去る

話をする

プレゼントを渡す←

 

何を贈る?

海の塩入りブルーアイス←

 

……アイス。

綺麗な空色ですね、いただきます。

……ありがとう、冷たくて美味しいです。

……『体調が良くなったら何をしたい?』ですか。

そうですね……花を、見に行きたいです。

川の岸部に、赤の彼岸花が咲いていて……とても綺麗だと、ラクシュミー・バーイーに聞きました。

彼女は親切で、優しく……素晴らしいサーヴァントだと思います。

……時折、とんでもない不幸に襲われていますが、それを受け止められる器を感じられます。

彼岸花……曼珠沙華は、天に咲く花ですから、もう一度見てみたいと思い……。

後は……盆踊りを。

 

『教えるから、練習してみんなと踊ろう』?

それは……はい、分かりました。

しかし、私も踊りには自身があります。

きっと、先生役のマスターにすぐ追いついてしまいますよ?

……アイスのおかげで少し元気になりました。

一眠りしたら、きっと、何もかも元通りです。

花を見に行って、盆踊りも。

『約束』……はい、お約束します。

では、気をつけて行ってらっしゃい。

 

……回復率12%。

……プログラムの優先度を再設定。

自己修復のため、スリープモードへ移行。

……次に目を開けたとき、私、約束、覚えているだろうか……。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

海の塩入りブルーアイスバー

シーのソルトが入ったブルーな棒アイス。

甘くて、しょっぱい、そして切ない味がする。

どうやら何かのゲームとインドマートのコラボ商品のようだ。

子どものバイト代でも買える優しい値段設定。

高い場所から景色を眺めつつ、気のあう友達と一緒に食べられたのなら最高だろう。

パッケージには少年が描かれており、「だからお前じゃないと駄目なんだよ」と、もう一人のツンツン頭の普通の少年に言っている……。

 

 

その9

 

2019/07/15

 

神社は木々が多いので、昼でも涼しいですね。

そして、夏祭りの準備が続々と進んでいるのが見て取れます。

櫓……でしたっけ、太鼓も設置してあります。

屋台に飾り、花火……色んなサーヴァント達が忙しそうに働いていて……。

……体調不良で休んでいたせいで、皆に迷惑をかけたのを思い出してしまい、申し訳なく……。

 

『みんな気にしていないと思うよ、それより体調はよくなった?』

 

はい!もうすっかり!……ご心配をおかけました。

 

マスター、この木製の製品は一体……。

踊り下駄……踊り専用の履き物ですか。

ふむ……履くと更に背が高くなってしまいますね。

 

『踊りですり減るから、毎年盆のころ買い換える。

すり減った下駄で気の抜けた音を鳴らすなんざぁ、踊りの神さんに申し訳がたたねぇ』

 

マスター、盆踊りに拘りがあるタイプだったのですね、意外な……。

 

こう……片手を下げて、また上げて……腕を開いて、横に二回動かす。

足も忘れず動かし、止まり、下駄で二回地面を叩く……その後前に出て、大きく動き、足を上げ、飛ぶように元の場所へ。

そして、また初めから……。

上半身と足はそれぞれ別の動きをしながらも、連動している、実に奥深いです。

でも、見ていてくださいねマスター、ほら、もう覚えてしまいました。

完コピ……というやつです。

 

『本番では歌もあるからもっと踊りやすいよ』

 

……マスターが歌われますか?

ふふ……違いますか。

 

『みんなで輪になって踊るんだ』

 

……人々が一つの生き物のようになって、一糸乱れぬ動きをするのは、まぶたの裏で夢想するだけでも、儀式のようで壮観です……。

さぁマスター、輪になって踊りましょう?……気が早いですか。

『盆踊りの正装は踊り下駄と浴衣』……。

ああ!他のサーヴァントがうきうきしながら浴衣を選んでいたのは、盆踊りのためだったのですね。

 

『浴衣、着ないの?』

 

……そうですね、普段と違う装いをするのもいいかもしれません。

柄の好みはありませんから、マスターに選んで貰うことにします。

その時はどうか、お願いしますね。

……それと……私……背の中程から尾が出ているので……。

帯を締めるとき、どうしても他者の助けが必要になってくるといいますか……。

……着付けも、お願いできますか……?

 

アルジュナ(オルタ)と盆踊りの練習をした……。

盆踊りの日は三日三晩踊り明かそう……。

 

踊り下駄

紐と堅い木で作られた下駄。通常の下駄よりも少し高く作られている。

踊り狂いには必須のアイテム、これを履いて踊れば、気持ちのいい音がこんと鳴る。

大勢が櫓の周りに集まり、同じ歌を聞き、輪になって踊る。

布がこすれる音、下駄が地面を叩く音、古くから伝えられてきた調べ、人々の息づかい。

それらが渾然一体となる様は、確かに何かの儀式にも見える。

 

 

その10

 

2019/07/15

 

……これですか?

この間のお見舞いの際、綺麗な空色のアイスを下さったでしょう?

そのアイス、当たっていたのです。

なので、お守りに。

……神がお守りを持つの、おかしいでしょうか。

 

『引き換えようとは思わないの?』

 

思いません。

幸運ランクCの私が、次に当たりを引けるとは限りませんし……。

何より、マスターがくれたもの、ですから。

思い出です、そして、幸運の証です。

持っていたら、何かいいことあるかもしれません。

 

『もう一本当たるとか?』

 

ああ、それは夢のある話ですね。

その時はマスターに差し上げます。

お返しです、あなたが私を思ってくれたことへの。

……いけない、何てことのない話をしていたら、もうこんな時間。

最近は動物以外にエネミーや巨大生物が出ると話に聞きました。

明るい時間に民宿へ戻った方がよろしいかと……送って行きましょうか?

 

『大丈夫』

 

その言葉、信じましたからね、マスター。

 

……心配だ、やっぱりついて行こうか……。

本当に、おかしな話だ。

いかにマスターとはいえ、どうして私は、一人の人間にここまで執着しているのだろう……。

この当たり棒だって……神の視点から見れば、些末事……。

なのに、当たりの文字を見た瞬間、幼子のように、心が動いて……。

……この特異点の中にいると、どんどん時間が巻き戻っていく……。

体も、心も。

でも、約束と、この当たり棒があれば、何があっても、引き返せる気がして……。

何の力も持っていない筈のこれが、私への……。

……。

次は、何を失うのだろう。

与えられてから失う方が辛いと……産まれた時から……知っていたのに……。

魔力を修正プログラムへ優先的に供給。

…………少しでもマスターの望む私を取り戻すため、今晩も、集めなくては。

 

アイスの当たり棒

「あたり」と平仮名で書いてあるアイスの棒。

買ったお店に持って行くと、同じアイス一本と引き換えられる。

しかし、「いいことがありますように」と、保管したり、大切な友人に贈る子どもも少なくないようだ。

これは心を動かすもの、思い出の大切な一ページ。

 

 

その11

 

2019/07/15

 

炎の海、雷の矢……廻剣駆動、滅べ!マハー・プララヤ!

…………マスター、今が何時かご存じですか?

『深夜二時』……その通りです。

人の子が活動するべき時間ではない……なぜここに?

 

『窓の外を見たら、光が見えたから、気になって』

 

……インドマート二階にて休息をとっていたところ、外から異音が聞こえ、様子を見に出たのです。

そしたら、魔獣が集まっていたので、追い払おうと……。

 

『30分以上は光ってた』

 

……数が多かったので。

 

『全身がひどく汚れている』

 

……敵に近づかれたからです。

 

『……何か、隠しごとしていない?』

 

……っ!

何も!隠してなどっ……!

……取り乱しました、見苦しいところを……。

 

『降ってきたね』

 

……雨。

 

『民宿で雨宿りしよう』

 

……分かりました。

 

『寒いから、お風呂、入った方がいいよ』

 

……はい。

 

全身をひどく汚したアルジュナ(オルタ)の手を取って、民宿へ帰った。

手は、氷のように冷たかった。

……魔獣と戦っていたと言うが、本当だろうか。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

 

その12

 

2019/07/15

 

……私の黒の石が四隅をとったので、マスターの勝利の可能性は無くなりました。

これでマスターは朝から続けて何敗で……はい、言うのは止めます。

おお……すごい号泣です、外の雨に負けていませんね……。

次はオセロ以外で遊びましょうか。

しかし……昨夜から本当にひどい雨。

窓の外は白く曇り、道路はまるで川のよう……。

私も帰るタイミングを逃し、昨日はお泊まりしてしまいましたし……。

こういう時は遊びに出かけられませんから、室内にいましょう。

次は何にしますか?チェス?将棋?人生ゲーム?モノポリー?

……そうですね、三時も過ぎましたし、マスターの休憩がてら、ロビーにおやつを探しに行きましょう。

 

誰もいませんね、珍しい。

いつも誰かしらいるものですが。

食べるものは……おや、あの果実は……。

 

『机の上に林檎がある』

 

あれにしましょうか。

 

『お皿と果物ナイフを持ってくるね』

 

はい、ここで待っています。

 

マスター、剥くのが面倒だからといって半分に切っただけの状態で……。

……片割れを、私に?

 

『同じものを、一緒に食べよう』

 

では、ありがたくいただきます……。

 

『おいしい?』

 

……はい、色にたがわず、とても美味しいです。

食感も、いいですね。

……。

……。

テレビをつけましょう。映るかな……。

 

ん、ここしか映りませんね。

えーと……「特急列車に乗っちゃえ!」が今終わって、「仰天!子どもを隠しちゃう動物の親たち」……という、番組が始まったようです。

記録映像とナレーションが主の、静かな番組ですね。

……。

……。

林檎、美味しいですか?

『美味しいよ』……そうですか。

 

……クロウサギが穴の入り口から出てきて……土をかけて塞いでしまいましたね。

子どもを守るために、そうすると。

次は魚……敵が近づいてきたら、口の中に稚魚を隠す……。

守りきれない時もあるのは、自然の摂理ですね。

……神と人の関係を見るようです。

神は、子たる人を守らんとする。

しかし、守りきれず、死なせてしまうこともあれば……。

 

『想いあまって、殺してしまうこともある?』

 

……その通り。

……マスターは知っているでしょう、子を想うあまり、子を殺してしまう神のことを。

 

『でも、根底には優しさがあったと思う』

 

……神の想いは、時に恐ろしい力となって現れます。

あれほどの光景を見ても、マスターはそう言えるのですか……。

……。

……。

部屋に、戻りましょうか。

雨、早く止むといいのに。

そうしたら、魚釣りでも虫取りでも、遊びに行けますのに。

じめじめして、嫌ですね。

 

アルジュナ(オルタ)と静かな時間を過ごした。

……雨はまだ降り続いている。

 

林檎

運命の至る所からやって来ていそうな赤い果実。ペンギンはついていない。

丸すぎるわけでもないのによく転がって、色んな人の元へ行く。

蜂蜜と合わせてカレーの隠し味としても使われる。

一人で食べてもいいけれど、出来れば誰かと分け合って、一緒に食べよう。

 

 

その13

 

2019/07/16

 

……夕食の時間の前に、停電とは。

落雷でも落ちたのでしょうか?

この様子ですと、辺り一帯、停電のようです。

廊下も真っ暗……時折窓の外で咲く雷鳴が、唯一の灯り……ですね。

こういったときは、専門の知識を持つサーヴァントが、復旧作業をする手はずとなっています。

灯りが点くまで、人生ゲームは中断ですね。

心配しないでくださいマスター、借金と離婚案件と訴訟裁判と子ども4人を抱えていてもまだ逆転の目はあります。

それに……。

暗いのが怖いのであれば、このとおり、私の角が光ります。

青い色にはリラックス効果があるとか無いとか、リラックスしてください。

 

……。

懐中電灯、探しましょうか。

あった、ありました。

これですね、電源は……点きました!

顔に近いと眩しいですね……マスターと私の間の畳に置きましょう。

しかし……この光量では人生ゲームは出来ませんね。

マスター?どうしました?懐中電灯を壁に向けて、灯りに手を……。

手を組み合わせて……壁に影の形が映り……それは、犬、ですか?

次は鳩……次は……ああ、カニ!

そして……うわっ!マスターそれはどうやって……何をしてるのですか……?

 

手を使って行う影絵ですね。このアルジュナにもやらせてください。

犬、鳩、カニ……キツネ!ドラゴン……タラスク……ナーガ……。

そして、最後に……。

懐中電灯の灯りが……徐々に弱まっていきます。

電池が……。

……雷も止んで、窓に当たる雨の音しか聞こえない……。

 

完全な暗闇だ……何をしますか?

 

コマンド?

手を握る←

プレゼントを渡す

 

……アルジュナ(オルタ)の手を握った。

……ひどく冷たい。

 

……マスター、どこですか?

側に……いるのですか?

私の声……まだ、聞こえていますか……?

 

……数時間後に灯りがついた。

部屋に居たみんなを呼んで、夕食を作り、食べ、早めに眠りについた。

……雨はまだ降り続いている。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

 

懐中電灯(電池切れ)

大きめの懐中電灯。災害時、緊急時の灯り確保に最適。

電池が切れてしまっている。

ここは特異点、何があるか分からない。電池を補充して、次の危険に備えよう。

 

 

その14

 

2019/07/16

 

こんばんは、マスター。

なぜこんな真夜中に廊下へ?皆は眠っているというのに……。

 

『アルジュナが外へ歩いていくのが見えたから』

『何となく目が覚めて』←

 

……私も同じです、何となく、目が覚めてしまいました。

眠くなるまで、ロビーで話でもしましょうか。

テレビの電源が入ったまま……何か映画をやっていますね。

ほぅ……映画好きの少年と、映画館の話ですか。

……白い建物と、空の青が綺麗ですね。

少年が、フィルムの接着に使うゼラチンを舐めていますよ、かわいらしい……。

 

……映画に関わる喜びを教えてくれた恩人の目が、火事で……。

少年は彼の手となり、足となり、成長し……。

愛を知り、恋を知り、別れを知り……。

満たされぬ成功を重ね……思い出を求め始まりの映画館へ……。

……かつて愛したものとの再会と、あったかもしれないもう一つの人生を知り。

最後に、亡くなった恩人からフィルムを受け取る。

…………検閲で切り取られた、口づけのシーンばかりのフィルムが映され……。

終わり……。

……あっという間に、時間が過ぎていきましたね。

まるで、一つの人生が終わったかのような。

別の……人生……。

 

……マスター、この映画を見て……。

いえ、言わないで。その気持ちは、どうかあなたの胸の中だけに。

……雨は止んで、空が明るくなってきました。

私、帰らなくては……。

 

……アルジュナ(オルタ)とこっそり映画を見た。

明け方に彼は帰って行った。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

 

映画好きの少年と、映画館の物語

大人になった少年の視点から、過去を回想していく形で映画は始まる。

出会い、年齢を超えた友情、友を救うための献身、成長、心を通わせた恋、行き違いと別れ、乾いた成功……そんな、生きる喜びと悲しみが込められた作品。

主人公の人生の転換期の度に、美しいメインテーマの音楽が流れ、見る者の心を揺さぶる。

遺されたフィルムを主人公が映写機にかけ、スクリーンいっぱいに、時代のせいで切り取られ、捨てられた筈のキスシーンの連続が映り、映画はそこで終わる。

それに、どのような感想を持ったのかは、その人だけの、大切な気持ち。

 

 

 

その15

 

2019/07/17

 

あっ、どーもどーも。

いつもニコニコあなたのお傍にインドマート■■■村支店です。

マスター、いらっしゃいませ。今日は何をお買い上げに?

アイス……この量ですと、他のサーヴァント達の分もありますね?

暑い時期に食べる氷菓は格別のもの、魅了されるのも致し方ないことですが、そればかりではいけません。

『分かってる』?でしたらよろしい。

他のサーヴァントも食事のバランスに気をつけているといいのですが……。

アイス以外のお買い上げ商品は……焼き肉のタレ。

今日は湖のほとりで皆とバーベキューなのですね。

お昼に放映されている紅閻魔のチュンチュン三分クッキングでも、バーベキューがとりあげられてました。

 

マスター、なぜそんな思い詰めた顔をなさっているのです?

どうしましたか?私の顔に何か……。

『…………前日にタレ作りする時間がなかった』……。

それが理由だったのですね。

どうか気に病まれず。何があってもきっと最後にはうまーくいきますよ。

……この間インドマートの皆で見た、映画のセリフの受け売りなのですけどね。

 

『すりおろし林檎の甘味』……『パパイヤのタンパク質分解酵素』……。

マスター、この特異点に来てから料理に目覚めてしまったのですね……。

『料理レベルの上下差が激しい』……そんな顔をなさらないで。

何かに取り組み、腕を磨くことは素晴らしいこと。

それに、一度目を開けてしまったら、閉ざすのは難しいのです。

キッチンを預かる数多のサーヴァント……彼らの腕前に至るには、想像を絶する苦難が待ち受けていることでしょう。

しかし、その試練を乗り越えてこそ、与えられるものと、見える頂の景色があるのです。それは……存外……。

ご武運を、マスター。

湖のほとりでバーベキューをするあなたを、インドマートのカウンターの向こう側から応援しています。

 

しかし肉の食後にアイスとは……えっ違う?

『準備前にアイス食べて、バーベキュー中にも口直しに食べて、片付けの後にも食べる』……。

マスター、少しお話したいことがあります。

ご安心を、アイスが溶け出さない程度の時間で終わりますから……。

 

……アルジュナ(オルタ)から食生活について苦言を呈された。

 

焼き肉のタレ(甘口)

インドマートブランドの焼き肉のタレ。

ペーストや調味料が付いていて、それらの封を切り、瓶の中で混ぜて作る本格派。

スパイスを自分の手で煎って、すりつぶし、好みの量加えて作る辛口もある。

甘い味のとろりとした液が、焼きたての香ばしい肉によく合う。

高級感漂うパッケージだがお値段は良心的。

宮殿では作っていない。

 

 

その16

 

2019/07/18

 

暑い中来た甲斐がありました。澄んだ、実に綺麗な川です。

……非常識な大きさのトンボが飛んでいなければ、もっといいのですが。

好き嫌いは無くとも、快・不快はあります、私にも。

川辺で……今日はマスターと共にバードウォッチング。

誘ってくださって嬉しいです。

……こうして遊べるのも最後かも知れませんから。

双眼鏡?

私は要りません。弓兵でしたから……それ以上に目がいいのです。

 

……マスター、足元に茶色い、もふもふとした、くちばしの長いつぶらな瞳の鳥が。

キーウィですね、主にミミズを食べる、飛ばない鳥です。

……ニュージーランドの固有種であり、国外への持ち出しは禁止されていたはずですが。

これも、この特異点の特殊性なのでしょうか……。

 

……カワセミがいますよ、マスター。

慌てず、ゆっくりと双眼鏡を向けてください。

レンズが太陽の光を反射しないように、そっと……。

……小魚を捕って、行ってしまいましたね。

セキレイもいます、見えますか?尻尾を上下にぴょこぴょこさせている……。

 

おにぎりと、玉子焼、魔法瓶に入った麦茶が、今日のお昼ご飯ですね。

玉子焼は綺麗な黄色で……麦茶も……冷たくて美味しいです。

……そう言えば、カワセミについて、こんな民話を読みました。

 

カワセミとキツツキとスズメは、かつて姉妹で、ある時一緒に羽を飾る服を染めていました。

そこにこんな知らせが届きました。

「君達の親が危篤になっている、直ぐに行ってやれ」

知らせを聞いたスズメは、まだ白い糸の束を首にかけ、飛んで親の元へ。

対するカワセミとキツツキは、糸を染めてから行こうと考え、染色を続けました。

……スズメは親を看取ることができ、カワセミとキツツキは間に合いませんでした。

 

それを見ていた神は言いました。

「スズメは親孝行者だ、特別に米を食べてもいい。

カワセミとキツツキは親不孝行者だ、罰を与える。

カワセミは魚を水に潜ってとり、キツツキは木をつついて虫を探して食べろ」

カワセミとキツツキは美しくなったが、罰を受け……。

スズメは首が染まらぬ糸で白く、体の色も地味なままでしたが、親孝行な鳥として、神から恵みを受けたと。

……そんな話です。

家族の死に目に会えないと、罰を受けるんですね。

…………もう少し、明るい話を選ぶべきでした。

お弁当、美味しかったです、ありがとう。

食休みをしたら、また鳥を探しましょう。

 

『鳥が落ちてる』

 

マスター、近づいてはいけません、そっと離れて。

……あれはまだ小鳥、スズメの雛ですね、近くの枝に親鳥がいます。

まだ長い間飛ぶ力がないので、ああやって休んでいるんです。

私達が離れれば、ほら……親鳥が迎えに来た。

鳴いて、餌を乞うています……愛らしい。

親は辺りを見て、敵がいないか確かめ……そして、一緒に飛んでいく。

……お互いに強く思い合っている証ですね。

 

『親って、大変だ』

 

……ええ。

餌の面倒なども、独り立ちするまでは見てやるのです。

危険や敵の存在なども教えてやります。

そうやって育った子は……いつか親になり、また子を育てる。

ぐるぐると繰り返す、世界の仕組みです。

 

『空を飛べるって、うらやましい』

 

……そうですね、翼で、どこまでも飛んでいけたら素敵です。

しかし、マスターは人間、飛んではいけませんよ。

…………『アーラシュフライト』?

何ですか、その危険な響きの単語は。

 

アルジュナ(オルタ)と一緒に、バードウォッチングとお弁当を楽しんだ!

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

双眼鏡

ダ・ヴィンチちゃん特製双眼鏡。博物館でマイダ……アラフィフから購入した。

倍率を横のつまみで調整できる。

当然のことだが、こういったたぐいの物で太陽をのぞき込んではいけない、角膜を火傷し、視力が低下してしまう。

自然の動物は敏感だ、観察は静かに行おう。

 

 

その17

 

2019/07/19

 

マスター。

なぜ、ここに。

こんな、危険な山へ、一人で。

 

『山に入っていくのが見えて、心配だったから』

 

……怪我を。

アスクレピオスの診療所へ運びます。

肩を、かしてください。

 

アルジュナ(オルタ)→アスクレピオス

 

あの男が誰を連れてきたかと思えば、おまえか、マスター。

どうした?『診療所が高級ホテルのスイートっぽい』……何を言っている、診療所に変化など無い。

早く診せろ……裂傷と打撲。安心しろ、どちらも軽傷だ。

傷口は消毒し、ガーゼを。打撲した箇所へは、薬草を塗布した貼り薬を処方してやる。

……おい、マスター、『それ』はなんだ?何を持っている?

 

『白の彼岸花』 を見せた。

 

なんだこれは……こんなものどこから……。

…………マスター、彼岸花に毒性があるのを知っているか?

経口摂取した場合の症状は、神経麻痺や嘔吐、頭痛、最悪の場合は死、だ。

そして次に、生物濃縮の話をしてやろう。

少量では害のない物質が、小型生物に集まり、それらが食物連鎖によって徐々に上位の大型生物に貯まっていくことを一般には指すが……。

 

この彼岸花にも、同じ事が起きている。

どこに咲いていたのかは知らんが、長い時間をかけ、毒を吸い上げてきたのだろう。

見て分かるほど、強い毒性と、神秘が込められている、半神や神にすら通ずるかもしれない。

お前に奇妙な耐毒性があるということは、他サーヴァントやスタッフから聞いた。

だが、それを貫通する毒の存在も、お前は知っているだろう。

こんな危険極まる植物、今すぐ取り上げてやりたいところだが……。

 

『でも、邪悪なものではないから』

 

……マスターがそう言うのなら、サーヴァントである僕は従うしかないな。

扱いには気をつけろ、齧りでもしたら、すさまじい吐き気と痺れと頭痛とともに冥界行きだ。

その時は……蘇生薬の一番の実験台にしてやる。

治療は終わった。薬を受けとった後、寄り道せずに真っ直ぐ帰れ。

…………お大事に。

 

アスクレピオス→アルジュナ(オルタ)

 

マスター。

一人で、行動するのは止めてください。

 

『一人じゃないと、調べられないこともある』

 

……そんなものはありません、必ず誰かが、あなたを助けてくれる。

 

『だからこそ、がんばらないと』

 

あなたが、これ以上自らを磨り減らす必要などない!!

っ、ごめんなさい、大きな声を。

…………多くのサーヴァントが、あなたに力を貸している。

それは、あなたへ課せられた使命の証でもある。

……マスター、あなたは、愛されているのです。

親愛、友愛、博愛……様々な形の愛が、あなたへ注がれている。

それは、成長せず、未来へ向かうこともない、既に完結した存在であるサーヴァントが、あなたへ贈ることの出来る精一杯の贈り物。

……あなたが傷つけば、悲しむ存在も多い。

ですから……ご理解、いただけますか。

 

『じゃあなおさら、みんなの想いに応えないと』

 

……民宿まで送ります。そして、これを。

 

アイスの当たり棒 を手に入れた

 

……幸運のお守りです。

私が持っているより、マスターがお持ちの方がいいでしょう。

民宿につきましたら、今日はもう出かけず、安静にしていてください……。

 

怪我をして、アルジュナ(オルタ)に心配されてしまった……。

 

アイテム情報が更新されました

(『夏休み帳』から確認できます)

 

アイスの当たり棒

アルジュナ(オルタ)から受け取った、「あたり」と平仮名で書いてあるアイスの棒。

買ったお店に持って行くと、同じアイス一本と引き換えられる。

しかし、「いいことがありますように」と、保管したり、大切な友人に贈る子どもも少なくないようだ。

持っていたら何かいいことがあるかもしれない。

 

『白の彼岸花』

彼からあなたへ贈られた、真っ白な無垢の花。

全てが終わり、これだけが残った。

かつて英雄だった滅ぼしの神が、最後まで手放したくなかったもの。

空想の木の根元、一面の彼岸花の上、彼は誰を待ち続けていたのか。

 

アスクレピオスの見立てによると、痺れや吐き気や頭痛、死をもたらす、非常に強い毒性が秘められているようだ。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている。

 

 

その18

 

2019/07/20

 

こんにちは、マスター。夕暮れ時なのでこんばんはの方がいいでしょうか。

蝉の声も静かになって、夜の闇が少しずつ村を覆っていきますね。

もうすぐシフトの交代ですので、それまでの空き時間に本を読んでいました。

紫式部が勤めている公民館の図書室から借りてきた本で……「かいけつ項羽」シリーズ数冊と……宮沢賢治、という人が書いた童話をまとめたものを。

宮沢賢治はマスターの故郷の小説家でしたね、旅の途中、いつか巡り会えるかもしれません。

他に、この地域の民話や歴史を記した書物、写真がありましたが、マスターが調べ物に使われるかと思い、借りるのは止めました。

マスターも積極的に利用されてはいかがです?

この特異点の謎が少しでも解明できるかと……。

 

『宮沢賢治の童話について』、ですか?

言葉選びが面白くて、ええ……『どっどどどどう』……「風の又三郎」、ですね。

不思議な少年の話でした。

人の幼子と、人ならざる幼子との心の交流……ほんのわずかな時間でしたが、お互いにとって特別な思い出になるといいな、と私は思います。

 

後は……「虔十公園林」「よだかの星」「グスコーブドリの伝記」……。

「グスコーブドリの伝記」は、少年ブドリが、冷夏が原因の飢餓で親を失い、妹ネリもさらわれ、その後数奇な運命を歩みながら火山学者になる物語です。

……学者となったブドリは、異常な冷夏に襲われる星を救うため、火山ガスを利用しようとします。

つまり……火山を人工的に爆発させる、しかし、その装置の起爆スイッチを押した者は噴火から逃げられない。

ブドリは最後、自分のような存在を二度と生み出さないため、火山に向かい……。

世界は、救われる。

マスター、ブドリは、何を想っていたのでしょう……。

 

『怒り』

『悲しみ』

『誇らしさ』←

 

……その胸に、『誇らしさ』があったと、マスターは思うのですね。

…………彼は間違いなく、多くの人間を救った、英雄だ。

しかし誰も、彼の最後の気持ちを本当に推し量ることは出来ないのでしょう。

これは自伝ではなく、伝記……伝え聞かれた物語なのですから。

……この本は、全編に渡って、本当の幸い、という言葉が出てきます。

本当の幸いとは何か、を、常に作者は思い悩んでいたのかもしれない。

しかし、その気持ちすら、読み手側は想像するしかない……。

 

本は、あと少しで読み終わります。

最後の物語は「銀河鉄道の夜」。

少年二人が祭りの夜、銀河を走る不思議な列車に乗り、旅をするお話です。

文中には、本当に美しい景色ばかり出てきます。

化石が出土する浜辺、宝石を敷き詰めたような川、輝く建物……。

チョコレートのように柔らかくて甘い、不思議な鳥を捕る男や、林檎売り……。

読んでいると、彼らと共に銀河鉄道に乗っているかのような心地になるのは、不思議なものです。

全て読み終わったら、マスターに感想をお伝えしますね。

そう言えばそろそろ夏祭り。マスターはどんな浴衣にするか選びましたか?

私?私は……。

時間、ですね。業務に、戻ります。

 

アルジュナ(オルタ)と何て事のない話をした……。

 

『???』が解放されました

(?日以降『夏休み帳』から確認できます)

 

宮沢賢治童話集

日本の小説家、宮沢賢治が遺した童話や短編をまとめたもの。

公民館の図書室で借りられるようだ。

彼の遺作である「銀河鉄道の夜」は、版によって物語の細部が違い、読み直す度に新鮮な驚きを与えてくれる。

……この童話集は、全編に渡り、本当の幸い、という言葉が何度も出てくる。

自分にとっての、他者にとっての本当の幸いとは、何だろう?

 



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夏休み特異点シーズン2アルジュナ(オルタ)ルート2

その19(+6)

目次
その19
アルジュナ(アーチャー)エンド
アシュヴァッターマンエンド
カーマエンド
ジャンヌダルク(オルタ)エンド
ラクシュミー・バーイーエンド
白と黒の剣エンド


その19

 

2019/07/21

 

民宿の自室で眠っていたが、胸騒ぎを感じ、目を覚ましてしまった。

 

どうする?

コマンド?

もう一度目を閉じる

起き上がる←

 

深紅のカーテンを開けて窓の外を見ると、ぴかぴかと何かが光っていた。

……ひょっとして、誰かが外で戦っているのかもしれない。

 

自室を出て民宿ロビーに行きますか?

いいえ

はい←

 

ロビーには黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい

アルジュナ(アーチャー)

アシュヴァッターマン

カルナ

カーマ

ガネーシャ

パールヴァティー

ラクシュミー・バーイー

ラーマ

 

ジャンヌ・ダルク(オルタ)

 

いいえ←

 

……受話器を置いた。

一人で、向かうことにした。

 

光を頼りに歩くと、森にたどり着いた。

 

奥へ進みますか?

いいえ

はい←

 

見つけた。

……アルジュナ(オルタ)が、森の中でうずくまっている。

彼は何かを抱き抱えたまま、こちらをゆっくりと見た。

 

マスター。

 

『どうしたの?』

 

──見たな。

 

私の、顔を、見たな?

 

アルジュナ(オルタ)の腕の中に、ぼんやりと光る魔力の塊が見える……。

 

──は。

は、は。

ははは。

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

はっ……。

うう……ごほっ……こほっ……けほっ。

こほ……うぅっ……はぁ……はっ……。

──ああ。

もう、終わりですね、マスター。

私、見られてしまったから。

 

アルジュナ(オルタ)はゆっくりと立ち上がった。

……魔力の塊がべしゃりと地面に落ちる。

 

マスター。

私、願ったのに。

「一人で行動するのは止めてほしい」と。

でも、あぁ、ああ、ああ…………!

マスター、人は、死にます。

失われます。

傷つきます。

磨り減ります。

なぜか?

──人は、完全な存在ではないから。

 

彼は揺れながらこちらへ近づいてくる。

 

マスター。

 

アルジュナ(オルタ)の手が、伸ばされた。

首の後ろを、摘ままれ、簡単に持ち上げられた。

彼は口の端を上げると、笑んだ。

 

ずっと前に、こうすれば良かった。

 

地面が、どんどん離れていく。

 

これでもう、磨り減らない。

傷つかない。

失われない。

…………死なない。

 

彼が、すごく、大きく、見える。

 

マスター、マスター、マスター……。

 

いや──自分が小さくなったのか。

アルジュナ(オルタ)の、満面の笑みしか、視界に映すことが出来ない。

彼は、最後に言った。

 

大丈夫です、こういうの、得意なんですよ、私。

 

ぱく。

 

……ごくん。

 

……。

……。

 

アルジュナ(オルタ)ルートに入りました。

夏休み特異点のデータをセーブしますか?

(このセーブデータは他のデータに影響を及ぼしません)

 

〔ファイル1〕

2019/07/07 プレイ時間:??:??

うれしい!今年もやってきた!夏休み特異点!~シーズン2~

 

〔ファイル2〕

2019/07/09 プレイ時間:??:??

夏休み特異点3日目

 

〔ファイル3〕

2019/07/10 プレイ時間:??:??

夏休み特異点4日目

 

〔ファイル4〕

2019/07/15 プレイ時間:??:??

夏休み特異点9日目

 

〔ファイル5〕

セーブデータがありません

 

〔ファイル6〕

セーブデータがありません

 

〔ファイル7〕

セーブデータがありません

 

〔ファイル8〕

セーブデータがありません

 

〔ファイル4〕にセーブします、よろしいですか?

はい←

いいえ

 

セーブしています……

 

セーブが完了しました。 

お疲れ様でした。電源をお切りください。

 

 

 

 

アルジュナ(アーチャー)に電話をかけた場合

 

黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい←

アルジュナ(アーチャー)←

 

……アルジュナに、電話をかけた。

 

わかりました、マスター。すぐにそちらへ向かいます。

私が到着するまで、待っていてください。

 

玄関先で、アルジュナを待った。

 

お待たせしました。

 

インドマートでの制服とは違う、白の戦闘着に身を包んだアルジュナがやってきた。

唇は緊張で堅く結ばれ、張りつめたような雰囲気をまとっている。

 

……申し訳ありません。身を、清めていました。

誰が待ち受けているかは分かっています。行きましょう、マスター。

 

暗い森を、アルジュナを先頭に進んでいく……。

 

見つけたぞ、アルジュナ。

 

アルジュナ(オルタ)が、森の中に何かを抱えうずくまっているのが見えた。

 

貴方が何をしていたのかは知っている、こちらへ顔を向けろ。

 

「私を、知っている、と?」

 

アルジュナ(オルタ)はこちらを向いた。

顔はどろりとしたもので汚れている。

 

ひどい顔だ、それでも輝く王冠(キリーティ)とかつて呼ばれた者か。

……英雄としての誇りは、サーヴァントとしての教示はどこへやった。

 

「アルジュナ、あなたがそれを言うのですか?

未だ黒の声に心揺さぶられるあなたが。

役目は終わったと言わんばかりに全てを他者に預け、白い山へと去ったあなたが」

 

私は、アルジュナ。

神と人の狭間に立つ者にして、(ことわり)と人を守るもの。

人理を取り戻すために立ち上がった、マスターのサーヴァント。

……自らの人間性を恥じることはあれど、己の行動を恥じたことはない!

神に近しい私よ……貴方はマスターの、敵と、成ってしまったのですか。

 

「……私にとっては、この目に映る全てのサーヴァントがマスターの敵です。

なぜか分かりますね?アルジュナ」

 

人理という重すぎるものを、たった一人に預けているから

「人理という重すぎるものを、たった一人に預けているから」

 

全く同じ言葉と声に、アルジュナ(オルタ)は微笑んだ。

 

「素晴らしい正当です、胸がすく思いです。

流石はアルジュナ、神に愛されし者」

 

それ以上喋れば、私の矢があなたを射抜く。

 

「……出来ませんよ、アルジュナ。

正しき道を正しいまま歩んだあなたでは、無理だ」

 

マスター、これより戦闘に移ります。

……どうか、私より前には出ないでください。

私が倒されたなら……他のサーヴァントを、応援に呼んでください。

 

アルジュナが宝具……炎神から授かった弓、ガーンディーヴァを構える。

 

「弓兵のあなたでは、神には勝てない。──マスターを渡してくれますね?」

断る!

 

同じ存在でありながら、別の人生を歩んだ二人による、凄惨な戦いが始まった。

「これでよかったのか」という言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。

 

はぁっ!

 

アルジュナの射る矢が扇状となって打ち出され、高速でオルタに迫るが、青い炎で出来た何頭もの馬が空間を回転しながら駆け抜け、それらを焼き尽くす。

オルタは以前微笑んだままで、その目はどこを見ているのかはっきりしない。

炎と雷が交差する戦いが、暗い森を焼いていく。

 

「第十の……」

させん!

 

青く燃える矢が魔力を凝縮させた宝玉にぶつかって反射し、常人では防げない複雑な軌道を描いてオルタへ迫る。

続けてアルジュナは、背後にゲートにも見える青い炎の輪を出現させ、そこから曲がる光線が生み出す。

それらは、暗い森の木々の間を流星のごとく飛んでいった。

アルジュナはオルタへ迫り、魔力を放出させた弓で矢と織り交ぜるように猛攻を加えるが、攻撃の全てが、オルタにこともなげにいなされた。

音速を超えた攻防が、何十秒も目の前で繰り広げられる。

マスターとして、分かってしまった。

オルタの方が、アルジュナに(まさ)っている。

白い破壊の力の奔流が、空間、地面から沸き立ち、立て続けにアルジュナを襲う。

アルジュナは白の布を翻し、かがみ、飛び、身を踊らせ、攻撃を紙一重でかわすが、徐々に霊衣や肌に傷が増えていく。

 

「──そこですね」

絶死の炎を避けようとアルジュナが後ろへ飛んだ瞬間、瞬きの中に距離を詰められ、竜のような強靭な尾が彼に襲いかかった。

攻撃を避けきることの出来なかった体は、森の中を真横に飛んで、巨木に叩きつけられる。

 

『アルジュナ!』

「はい、ここに」

 

アルジュナを無力化したオルタが、名を聞き、目の前にふわりと降り立った。

 

「マスター、大丈夫です、もう、大丈夫なんです」

 

彼は柔らかな笑みを浮かべたまま、こちらに手を伸ばし、そう言うが……。

 

『仲間を傷つけたあなたを、信用する事は出来ない』

 

そう彼に告げると、オルタの顔が、真っ黒な無表情で満たされた。

 

マスターに触れるな!!

 

彼の背後から、アルジュナの声と共に燃え盛る矢が飛んできた。

矢に気が取られているその瞬間、起き上がったアルジュナは、彼へ、魔力放出を併用した渾身の回し蹴りを放つ。

防御が間に合わず、オルタは黒の布を翻しながら地面を転がった。

 

悲劇を以て衆生を救わん……マスター、私の後ろに。

宝具をもって彼を……っ、殺します……。

 

アルジュナの声には、強い悲しみと戸惑いが込められていた。

しかし、彼は迷わずその感情に蓋をし、手に魔力を凝縮させていく。

オルタは糸で吊られた人形のような動きで、滑らかに起き上がった。

……その表情は伺えない。

 

「創世滅亡輪廻……善性なるものには生を、悪性たるものには裁きを……」

 

抑揚のない声で詠唱を謡うと、肩に浮かぶ宝具が合体し、真なる姿を見せた。

 

……このままでは、どちらかが確実に死ぬ。

 

どうする?

コマンド?

何もしない

令呪を使用する←

 

誰に?

アルジュナ

アルジュナ(オルタ)←

 

『令呪をもって、我がサーヴァントに命ず──』

 

『宝具の使用を、禁ずる』

 

ひびが入るような音と共に、廻剣が軋んだ。

オルタの目が、ゆっくりと見開かれ、アルジュナの後ろに立つ自分を見た。

 

「……マス、ター」

 

絞り出された声は、幼子のように震えていた。

 

……っ、弾けて墜ちよ!──破壊神の手翳(パーシュパタ)!!

 

真名と共に、アルジュナの手から放たれた創世の神の力の一端が、無慈悲にオルタへ向けられる。

だが──。

 

「ははは、はっ──う、お、おおおおぉぉぉ!!!!!」

 

オルタは両腕でそれを受け止めようとする。

アルジュナの破滅の白と、オルタの破壊の青の光が明滅し、空間を乱反射する。

 

っ!

 

「ははは!!アルジュナ!防ぎ切ったぞ、宝具を──」

 

両腕と引き換えに、宝具の熱を受け止めきったオルタが叫ぶ。

しかし、その言葉は最後まで続かなかった。

金色に輝く矢が、彼の首に突き刺さったからだ。

衝撃でのけぞったオルタの口と首から、赤い血があふれ出す。

 

「……なるほど、破壊神の手翳(パーシュパタ)は、目くらまし……本命は、こちら……」

 

オルタは体制を大きく崩したが、倒れることなく立て直した。

首は落ちず、矢が貫通したまま、こちらの方へ、緩慢な動きで歩いてくる。

 

「マスター、私、あなたの、こと……」

一言一言こぼす度に、こぼれる血で口が汚れていく。

金の飾りも、青いマントも、泥と血にまみれていた。

 

とどめを……。

 

次の矢を指の間に挟み、サーヴァントとしての責務を果たそうとするアルジュナを、手の動きだけで制した。

 

『もう、戦いは終わったから』

 

そう告げると、アルジュナは弓を置き、オルタに駆け寄った。

 

アルジュナ!

 

死を迎えようとしているオルタを抱き止めると、これ以上の苦痛がないよう、地面へ横たわらせ、頭を腕と片手で支える。

 

「やはり……あなたこそが、真なるアルジュナ、なのですね」

 

アルジュナ(オルタ)は最後にもう一度表情を動かした。

それは、討たれた者が浮かべるとは思えない、穏やかな笑みだった。

 

「……マスターを、頼みます」

っ……ええ……。

 

オルタの目から光が消え、瞳孔が黒く開く。首がゆっくりと落ちた。

神は粒子となって、夏の特異点に溶けていった。

 

『辛いことを、させた』

 

いえ、いいのです。

私は、あなたのサーヴァントとしての義務を、英雄としての義務をはたしただけ。

堕ちた神を殺すという、英雄の、義務を。

 

雨が、降ってきた。

アルジュナは震わせながら声を発する。

 

──彼がおかしくなった原因が、この特異点にあるはず。

せめてそれの解明だけはやり遂げねば。近しくも遠い、アルジュナとして。

このアルジュナ、今はインドマートに縛られている存在ですが、変わらず貴方のサーヴァント。

何かあれば、必ずや貴方を助けに行きましょう。

 

そう言ってこちらを見たアルジュナの瞳は、底の見えぬ井戸のような闇に満たされていた。

彼の白の服にべったりとついた血が、神の後を追うように金の粒子となって消えていく。

 

疲労の色濃いアルジュナと共に、民宿へ戻った。

──雨は、強くなるばかりだ。

 

 

バッドエンド

『君が見た神の終わり』

彼はなぜ、最後に微笑んだのだろう。

それだけが、永遠に胸の内に引っかかってしまったのだ。

 

 

 

 

アシュヴァッターマンに電話をかけた場合

 

黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい←

アシュヴァッターマン←

 

……アシュヴァッターマンに、電話をかけた。

 

……マスターか。

ぎりぎり間に合ったぜ。

カルナと俺が行く、アルジュナは連れていかない。それでいいな?

……民宿の玄関で待ってろ、絶対に一人で行くな。

 

アシュヴァッターマンと、尋常ならざる力を纏った赤いカルナがやってきた。

 

……ガネーシャ神、ラクシュミー・バーイー、ラーマ、パールバティ様やカーマ様のお力まで借りて、カルデアのデータ頼りになるだけ状況を再現したが、完璧じゃねぇ。

だから俺も来た。

 

マスター、オレもオレ自身に驚いている。

このような可能性の姿もあったとは……。

力をぶつける相手は、邪悪を許さぬアルジュナ、不足はない。

マスターの敵として、討つだけだ。

 

カルナ、アイツにお前が期待する人間味はねぇ。

 

そうかもしれない、だが、どうしても高ぶってしまう……。

悪い男だ、オレは。

 

……二人を連れて、焼けた森の中へ入っていった。

 

止まれ、カルナ、マスター。……アルジュナの野郎だ。

 

アルジュナ(オルタ)は地面から何かをかき集めている……。

 

アルジュナよ、何をしている。

「カルナ……か」

 

カルナに声をかけられたアルジュナ(オルタ)は、顔を上げた。

体は何かどろどろしたもので汚れている……。

 

「自己修復の、ための、魔力を……」

無駄だ、お前は壊れている。

それ以上その姿をマスターにさらすつもりなら、お前は一度消え去るべきだ。

 

「……はっ、お前に、殺された記憶がある」

そうか。オレはない。なので、実感がない。

 

カルナの赤い瞳が、獲物を見定めた獣のようにゆっくりと開いていく。

 

──今ここで、再現させろ、アルジュナ。

 

待て、カルナ!

 

カルナが弦から放たれた矢のような勢いで、オルタへ襲いかかる。

 

クッソ……マスター、前に出るなよ、俺とカルナでケリつける!

 

アシュヴァッターマンはチャクラムを担ぎ、カルナとオルタに引きずられるように、戦闘体制へ移った。

二人からほとばしる雷光と太陽の炎が、黒こげた森をさらに焼き尽くしていく。

 

アルジュナよ、どこを見ている、目の前の戦士以外に心乱すものがあるというのか。

 

「ある。マスターを、見ている」

 

……ならば仕方ない、この神の力託された我が槍で穿たれ、消えろ。

 

「それは出来ない」

 

そうか。

ならばオレを討ち、アシュヴァッターマンを倒し、その胸の内にある暗い望みを果たすがいい。

 

「お前は、私が殺したカルナではない」

 

ああ、オレはお前を殺したお前ではない。

サーヴァントの性だ、喚ばれる度に、我らは産まれる。

 

「……神は違う」

 

神とて同じだ。

 

「神は違う!」

 

同じだ、アルジュナ。連続性はない。

 

……当人達しか理解できない会話をしながら、神と神の力がぶつかり合う。

槍がオルタの肌を削れば、青い光波がカルナの体を焼く。

一度お互いに距離を取れば、眼力が凝縮されたような光線がカルナの目から放たれ、オルタがそれを指先ではじいて逸らす。

逸れた光線が空に浮かぶ雲に当たって穴が空き、上空の風に吹かれ散り散りとなっていく。

 

児戯か。

「ああ」

では、お前の全力を引き出そう。

 

カルナの身を包んでいる魔力が濃さを増していく。

それを阻止しようと閃光を手に溜めたオルタヘ、アシュヴァッターマンのチャクラムが迫る。

オルタはカルナへの攻撃を一時中断し、魔力放出をもって上空へ逃げる。

 

逃がさん、アルジュナ。

「消えるがいい、カルナ、アシュヴァッターマン」

 

空間に浮かぶオルタヘ魔力が収束し、頭上に世界を壊す廻剣が現れる。

 

分かってるよなぁ!カルナ!!

…………ああ、オレに合わせてくれ、アシュヴァッターマン。

 

……オルタの力は圧倒的だ。このままではこの場にいる全員が死ぬ。

 

どうする?

コマンド?

令呪をつかう←

 

誰に?

カルナ←

アシュヴァッターマン

アルジュナ(オルタ)

 

『令呪をもって、我がサーヴァントに命ず──』

 

『力の全てを解放し、アルジュナを倒せ!!』

 

……委細承知、焼き尽くそう。

 

カルナの周りの空間が、強すぎる熱と魔力によって陽炎のように揺らめく。

 

天衣無縫、大胆不敵……。

神々の王の慈悲を知れ。絶滅とは是、この一刺し、インドラよ、刮目しろ。

 

「世界の歯車は壊れた……今こそ粛清の時、今こそ壊劫の時!」

 

詠唱が進むと共に魔力が膨張し、特異点が真昼のような光りに照らされていく。

 

マスター!

 

その光が放つ力に圧倒されていたら、アシュヴァッターマンに呼ばれた。

 

俺の後ろに来い!守ってやる!

 

両腕で魔力の熱波から顔をかばいながら、戦輪を抱えた彼の後ろに移動する。 

そして、両者の詠唱が終わった。

 

「我が廻剣は悪を断つ!──帰滅を裁定せし廻剣(マハー・プララヤ)!!!!」

 

焼き尽くせ──日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!!!

 

一つの世界を滅ぼしてもまだ足りない破壊の力が上空から、何神もの力を背負った太陽神の子の一撃が地上から、その中間点で破滅がぶつかり合う。

夜が終わり、森が消え、小川が蒸発し──時間すら、消し飛ばされた。

 

ハッ……来ると思ってたぜ!アルジュナァァ!!!!

 

宝具のぶつかり合いによって白に塗りつぶされた空間から、青い神が飛び出してくる。

目に、その姿がフラッシュのように焼き付く。

──彼の髪は灰のように白くなっており、角は、輝きながら天へ伸びていた。

 

この瞬間が、マスターに喰らいつくチャンスだもんなぁぁ!!

 

アシュヴァッターマンは戦輪を上空に投げ、両腕で神からの一撃を受け止める。

拳が、足が、鱗まとう尾が、青い炎が、アシュヴァッターマンに襲いかかるが、彼はその攻撃の一つ一つを、腕を振るい足を回し、的確に対処していく。

凄まじい威力の攻撃がぶつかり合う音が、幾度も白の空間に響く。

 

マスター、後少しだ!ぶっ倒れんなよ!

 

アシュヴァッターマンがそう告げると、彼は落ちてきた戦輪を蹴り飛ばす。

それを真正面から受け止めたオルタは、ほんの少し体勢を崩した。

 

戦士の誓いはとうに消え……我らは堕落した!

それでも俺は堕落を怒り、自分自身にも怒り続けよう!!!!

 

言葉が謡われ、アシュヴァッターマンから怒りと共に殺戮がほとばしる。

転輪よ、憤炎を巻き起こせ(スダルシャンチャクラ・ヤムラージ)ッ!!!!

 

オルタの両腕が、車輪と攻撃によってがりがりと削れていく。

 

「駄目……だ、それでは、私は、倒せない……」

分かってんだよ!!!!んなことはぁぁぁぁぁ!

 

アシュヴァッターマンが白い空を見る。

 

カルナァァァァァ!!!!

 

白が切り裂かれ、空が見えた。

薄い青に染まる、明け方の空。そこに、全力を解放した輝く太陽が浮かんでいた。

 

アルジュナ。

「カルナ……」

 

チャクラムを振りほどき、神が振り返ったときには全てが遅かった。

神の全力が乗った槍がオルタの胴体を貫き、封印するかのごとく、地面へ凄まじい勢いで突き刺さった。

衝撃で吹き飛ばされそうになった自分を、アシュヴァッターマンが掴んで助けてくれる。

 

「あぁぁぁぁぁ!!カルナ!カルナァァァァ!!!!」

 

オルタは首を振り、絶叫しながら、ぼろぼろの腕で槍を抜こうと試みたが、力は足りず。

そして……あきらめたのか、触れるような手つきで槍を撫でた。

地面に縫い止められたオルタが、こちらを見る。

 

「……マス、ター」

 

絞り出された声は、幼子のように震えていた。

 

喰われるぞ!マスター!!

 

アシュヴァッターマンの制止も聞かず、彼に駆け寄る。

 

「マスター、私、あなたを……」

最後の一言はいつまでたっても出てこず、彼は目を閉じる。

そして、槍で刺し貫かれているとは思えないほどの、穏やかな笑みを浮かべた。

がくりと首がうなだれ、神の体が粒子となってほどけ……朝焼けの中へ消えていった。

 

スーリヤよ。

 

カルナの声で我に返ると、彼は山の向こう側から昇ってくる朝日を見つめていた。

 

戦いを、観ていたのですか。

 

カルナの瞳は、勝利の後だというのにとても遠くを見ていた。

アシュヴァッターマンが肩を回す。

 

……インドマートに帰るぞ。

お前の姿を戻してやんないといけねぇし、アルジュナに説明する必要もある。

 

ああ。

 

カルナは朝日に背を向け、アシュヴァッターマンと共に帰っていく。

山に、一人取り残された。

「これでよかったのか」の言葉と、むなしさが胸の中を満たす。

ふと空を見上げると、金に輝くクワガタが茜色の空を飛んでいくのが見えた。

 

 

バッドエンド

『君が見た神の終わり』

彼はなぜ、最後に微笑んだのだろう。

それだけが、永遠に胸の内に引っかかってしまったのだ。

 

 

 

 

カーマに電話をかけた場合

 

黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい←

カーマ←

……カーマに、電話をかけた。

 

はーい。ちょっとおめかししてから行きますねー。

 

……民宿の玄関で、カーマを待った。

 

 

こんばんはマスター。月もない良い夜ですね。

はい?この姿?ええ、小さくてかわいいでしょう?

いいじゃないですか、それとも大きくします……?

冗談です、この姿だってお好きでしょう。知っていますよ。

それでは、暗い森へれっつごー!ごうごう!

 

少女の姿となっているカーマを先頭に、森へ足を運んだ……。

 

見つけました、アルジュナです。

 

アルジュナは地面を両手でかき混ぜている……。

 

……ふーん、そういうこと。すっごく非効率で自己満足な行為……。

ねぇ神様?本当に自己修復する気があるんです?そんなおままごとで。

 

アルジュナがカーマの声に反応し、顔をあげた。

……その瞳は、真夜中だというのに爛々と輝いている。

 

「カーマ……マスター……」

 

はいもうだめー。先に敵を認識してから獲物を確認しましたね?

それは、獣の所作です

マスター、下がって。もうあの神は味方でもアルジュナでもない。

 

金で飾られた弓が出現し、カーマがそれを構える。

 

……あなたを狙う、怪物です。

 

カーマが言った瞬間、軋むような音を立てながら、オルタの角が伸びていく。

天をついていた真っ直ぐなそれが、ばきばきとねじれ曲がっていく。

その形に、見覚えがあった。

第二の獣、ティアマト。第一の獣、ゲーティア。

愛故に変じ、愛故に人類を滅ぼす獣。

 

「マス、ター……」

 

オルタは、黒々とした瞳でこちらを見た。

 

はーい、殺しまーす。

 

角の成長を待たず、カーマの弓がオルタを狙う。

覇気のない声と同時に放たれた矢は、彼に容赦なく襲いかかったが、その体に届く前に、破滅の青を帯びた光によって消滅させられた。

 

……本当、めんどくさい。

 

カーマは地面を滑るように飛び、彼へ肉薄する。

黒の瞳と赤の瞳の視線が、吐息がかかるほどの距離で交差する。

 

かわいそう、たった一人の人間のせいで、獣になり果てようとしてる。

でも駄目、彼を愛する獣はこれ以上要らない。

 

冷徹な声で、カーマは黒き神へささやく。

オルタは答えず、両腕をもって小さな女神を叩き潰そうとした。

 

うふふ……怖い怖ーい!

 

カーマは舞う花びらのように、くるくるひらひらふわふわとその攻撃を避ける。

その姿は、大人の周りで声を上げて遊ぶ童女のよう。

 

分かります?マスター?彼、私をこーろーしーてー……。

 

オルタの瞳が輝きを増し……自分を捉えた。

 

あなた、食べてしまいたいのですって。

──そうでしょう?

 

……オルタが地面を抉れるほどの強さで蹴り、最短距離でこちらに迫る。

それを邪魔するため、ジャンプをしたカーマは、上空から桜色のナイフのような魔力の塊を数本放った。

桜色の刃は地面へ刺さり、自分とオルタの間に柵を作る。

浮かびながら、カーマは神をあざ笑った。

 

殺してあげましょう、アルジュナ。

かつて全ての神の愛を喰らい、飲み干した者。

聞き分けのない神は殺さないと……ね?

 

柵の内側からの、『待って欲しい』なんて、甘い提案は受け入れられなかった。

 

カーマはオルタヘ立て続けに攻撃を加える。

サトウキビの弓矢から曲がる桜色の閃光を無数に放ち、黒い魔力の宝玉で相手を取り囲む。

しかし、桜色の光は破壊の白で壊され、黒の宝玉は虹色の宝玉とぶつかり対消滅させられた。

攻撃を捌ききったオルタは、足でカーマの頭を切り飛ばさんと音速で振り回す。彼女は背を逸らし最小の動きで避けた。

……だが、それすら読んでいたと言わんばかりに、オルタは竜の王を思わせる尾を彼女の胴体へ叩きつけようとする。

カーマは気だるげな表情を変えず、地面をころんと転がり、致命的な一撃を避けた。

両腕両足、閃光、宝玉、弓矢。

オルタの追撃は続くが、童女の姿をした神はこともなげにかわしていく。

彼の左手が真っ直ぐに空をついた時、ようやくカーマは表情を変えた。

 

はぁい、捕まえた。

 

オルタの左腕を、遅れて他の四肢を、何かがしゅるりと拘束する。

それは、この戦闘が始まってから一度も使っていなかった……青白い光を帯びた、黒の触手だった。

 

……本当に、かわいそうな依り代、こんなものとすら縁があるだなんて……。

でも、今はありがとう。

 

触手で拘束された腕を、カーマは白い小さな手で撫で回すと、金のヴァジュラを出現させ、オルタの左腕を躊躇無く切断した。

 

「あ、ああ、ああああああ!!!!」

 

切断面から、赤い血とともに、オルタの体と戦闘力を支える魔力が流出していく。

 

「マスター、マスターァァァァ!!!」

 

カーマは白い髪に血が付いたのが気にくわなかったのか、その姿を一段階成長させた。

幼さは消え失せ、成長期を迎えたしなやかな女性の体が戦場に現れる。

左手に弓を携え、カーマは片腕の神に挑みかかる。

 

「私は、マスター、を、お、おおおおおお!!!!」

 

オルタは全身から青い炎を吹き出し、触手を焼き尽くした。

髪はどんどん白く染まっていき、角は複雑な形へ成長していく。

カーマを見据える瞳は飢えた獣のような狂気をはらんでいた。

 

その炎……本当に嫌い……嫌い、だいっ嫌い!

 

カーマのヴァジュラは青白い炎をまとって円を描き、オルタの四肢を切り落とさんと迫る。

オルタは目の前の障害を消し飛ばさんと、残った右腕で絶死の閃光を放つ。

しかし、互いに攻撃が当たることはない。

熱波により、森の木々が灰も無く消滅させられていく。

手負いの獣のようながむしゃらな攻撃を、落ちる花弁のような軽やかさでカーマは避けながら、神をなじった。

 

かわいそう、本当にかわいそうなアルジュナ。

世界も尊厳も奪われて、今度は人間性と神性も捨ててしまおうとしている……。

──ですが、貴方は獣になれない。

 

地表を焼く宝玉の攻撃を、カーマは踊るようにすり抜けていく。

 

誰か一人だけを特別扱いする愛なんて、人の時も神の時も、いだけなかったでしょう?

貴方がもてる愛は……見返り求めぬ大きな大きな大我だけ。

 

宝具である弓矢の一撃がカーマを執拗に追うが、彼女は浮かんでくるりと回ってそれに相対し、小さな愛の矢を打って、撃墜する。

落ちた矢が大きく地面を砕いた。

 

湧き上がって、ドロドロして、見返りが欲しくてたまらない、熱くて、蕩けて、どうしようもない……そんな個人への愛、小我なんて、もてっこないんです。

 

獣であった女神が、獣と成りつつある神へ憐れむような微笑みを投げる。

彼女に髪に結ばれた、贈り物の赤いリボンが、戦闘の余波でひらひらとなびいた。

 

だってぇ……そんな「英雄(アルジュナ)」、誰も求めていないのですもの。

貴方が獣に成るためには、「英雄(アルジュナ)」ってラベルを、全身からべりべり剥がさないと。

でも、そんな英雄でも神でもない、灰のような存在で、あなたの欲望が果たせるとは思いませんが。

 

彼の動きが止まり、そして。

 

「……起動」

 

世界を滅ぼす青い剣が出現した。

 

かっこ悪い……まるで逆ギレじゃない。

 

じとりとした瞳のカーマが、桜色の柵の内側で呆然と見ていた自分へ声をかける。

 

マスター。

令呪、切っちゃってください。……誰に何を命ずるか、分かってますよね?

 

どうする?

コマンド?

何もしない

令呪を使用する←

 

誰に?

カーマ←

アルジュナ(オルタ)

 

『令呪をもって我がサーヴァントに命ずる──』

 

『アルジュナ(オルタ)を、倒せ……』

右手の甲から、赤い光が瞬き、消えた。

 

……すごく嬉しいです、マスター。

全力で、彼、殺しちゃいますね……。

 

カーマは淫靡な笑みを浮かべ、サトウキビの弓を構え直す。

 

さあ、情欲の矢を放ちましょう?

 

彼女の姿が残像のように増えていく。

宝具の発動に入り、素早く動けないオルタは、身動きせずにそれを見据えると、眼球を輝かせ──。

 

あっぶない……シヴァ系の得意技じゃないですか。

 

破壊の一瞥を放った。

閃光により、カーマの内、数体が跡形もなく消し飛ばされる。

 

でも、残念。

私にはマスターがついている。あなたにはマスターがついていない。

 

無数のカーマが獣を取り囲み、鏃を向け、その矢を放った。

 

愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)

 

かつて破壊神へ撃たれた矢が、その力を継ぐオルタに突き刺さる。

 

「あ、が、くっ」

 

矢は腕に、胴体に、容赦なく突き刺さり、痛みと共にある感情を獣に引き起こす。それは。

 

「あぁ……」

 

恋慕の情。

生気を失っていた黒い瞳に、敵意のない光が灯っていく。

角と白い髪に隠されていた顔の内側が、覗く。

 

「マスター」

 

その声は、確かに人のものだった。思わず、桜色の柵の中から手を伸ばす。

 

ほだされないで、マスター。

 

カーマの声で、はっと我に帰る。

 

駄目です、あの姿をまだ保っているのは、貴方を油断させるため。

貴方さえ食べてしまえば、獣は鎖から解き放たれ、この特異点を蹂躙し、喰らう。

──そして、獣としてカルデアで羽化する。

 

切り捨てるような発言を終えると、カーマは目の前で姿を変成させた。

体は女性として熟れて膨らんでいく。

四肢も髪の先も青く透き通って煌めき、さながら銀河のよう。

服は、蓮の花を思わせる金の飾りに変わっていった。

カーマの手の内にあったサトウキビの弓はさらりと崩れ、彼女の体と同化していく。

 

我は身体無き者(アナンガ)、星海滅ぼす火をその身に受けたもの。

 

再びその手に収まるは、雷神が振るったと謡われるヴァジュラ。

 

我はマーラ、堕落を言祝ぐ、万物の敵対者。

 

オルタの顔は、灰のような色合いの髪で隠されていて見えない。

 

私の(アーバ)が、あなたを殺す!

 

彼女の手足から生み出される無数の閃光が、曲線を描きオルタヘ迫る。

左腕を無くし、宝具を途中で止められたアンバランスな霊基では防ぎきれず、彼の体にぶつかった。

 

私の愛は縦横無尽!ねぇ?!もう避けられないでしょう?ふふふ……!

 

平行してカーマはヴァジュラを遠隔で操作し、容赦なく彼を削っていく。

飛び散った神の血は炎にさらされ、白い灰になった。

 

どうする?

コマンド?

何もしない

令呪を使用する←

 

誰に?

カーマ←

アルジュナ(オルタ)

 

……もう、見ていられなかった。

 

『令呪をもって命ずる……攻撃を、止めてくれ』

 

カーマはヴァジュラを止め、こちらを冷たく一瞥した。

 

なんですかそれ。私が悪いみたいな言い方……。

私、あなたのために、こんなにがんばっているのに。

 

桜色の柵を抜け、カーマの側に寄る。

 

『ありがとう……でも、もう、いいんだ』

 

……ふーん、じゃあ、後はお好きにどうぞ。

何があっても知りませんから、守ってあげませんから。

 

すねたような声を出すカーマの肩を、信頼の証として二、三度軽く叩いた。

そして、地面へ膝をついてうなだれているオルタの元へ駆け寄る。

 

「マスター」

『アルジュナ』

 

彼のねじれ曲がった角を撫で、長く伸びた白い髪をかき分ける。

顔には、しがみつくような人間性がにじみ出ていた。

悲しさ、寂しさ、悔しさ……慈愛。

 

「マスター、わたし、あなたを……」

 

それ以上、彼は言葉を続けようとせず……ただ、裏表のない、優しい微笑みを浮かべた。

──アルジュナ(オルタ)の首が落ちる。

それを行ったのは、彼が途中まで発動させていた宝具の刃であった。

獣と神の間の血が、全身にべったりとつく。

意志を失ったオルタの体が地面へ倒れ、粒子となって森へ消えていく。

空は、夜明けを期待させる茜色になっていた。

 

……はい、おしまいです、マスター。……一緒に帰りましょう。

 

カーマの手が自分の、二画の令呪が消えた右手を包んでくれた。

……彼の死に背を向け、カーマと共に民宿へ戻ることにした。

 

 

……カーマはマスターがこちらを見ていないことを確認してから、手をそっと開く。

 

本当に馬鹿な、人。

痛いよ辛いよ苦しいよって、早くぶちまけちゃえばよかったのに。

……泣き叫びながら、「助けてください」って言えば、誰かに助けてもらえたのにね。

 

カーマは手の内に残った金の粒子の一粒に語りかけた。

 

次に生まれるときは、もっと素直に、もっと弱く、生きられたなら……。

 

そして、それに優しく息を吹きかけ、明け方の空へ飛ばす。

粒子は輝く朝焼けに混じり、消えていった。

 

 

バッドエンド

『君が見た神の終わり』

彼はなぜ、最後に微笑んだのだろう。

それだけが、永遠に胸の内に引っかかってしまったのだ。

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルク(オルタ)に電話をかけた場合

 

黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい←

ジャンヌ・ダルク(オルタ)

……ジャンヌ・ダルク(オルタ)に、電話をかけた。

 

そう。いえ、ちょっと意外だなと思っただけ。

民宿の玄関で待っていて。直ぐに準備すませて行くから。

 

真夜中の玄関先で待っていると、水着姿のジャンヌ・ダルク(オルタ)がやってきた。

 

なに?水着姿に不満が?

……別に、今から殺し合いに行くわけでもないでしょう、だからこの格好なの。

ほら、ボサッとせずについてくる。

 

暗い森を、彼女を先頭に歩いていく……。

 

いたわ、マスター。

 

……アルジュナ(オルタ)は、土に膝をつき、両手で何かをかき集めようとしている。

 

何をしているのかしら、黒い神様?

 

敵意の込められていない声をかけられ、アルジュナ(オルタ)は顔を上げた。

 

「魔力の……回収……」

 

視線はふらふらと揺れ、焦点がはっきりしない。

 

それ、カルデアとかマスターからもらう分では足りないの?

 

「足り……ない……」

 

鏡見た?早朝入稿が決定した時の私よりひっどい顔してるわよ。

 

「顔を……?ふっ、ははは……」

 

虚ろな瞳と顔のまま、アルジュナ(オルタ)は背を反らし、笑い始める。

 

「顔を?己の顔を?!!

こんな見苦しい……人の、顔を、私が!見たと!!!???」

 

その声は、まるで自らを裂かんばかりに悲痛な響きを含んでいた。

 

「見、た、見られて、見……いけないのに……ああ……」

 

彼の頭部の角と瞳が輝き始める、その光は銀河にも似ていた。

 

「…………マスター」

 

機械的な声と共に、アルジュナ(オルタ)の身にまとう魔力が一気に淀む。

 

ごめんなさいマスター、私コイツの地雷踏んだ。

……相当限界きてたのね。

 

ジャンヌ(オルタ)は腰に携えた日本刀を右手で引き抜く。

 

いいわ、ちょっと体動かせばガス欠になって大人しくなるでしょ。

マスターちゃんはそこで待機していて……大丈夫、絶対に殺さないから。

 

唐突にオルタの手から放たれた青白い光弾へ、彼女は指先を向けて赤黒い光弾をぶち当てる。

しかし、完全には勢いを殺せず、逸れた青の光が木に当たり、焼け焦げた丸い穴が空いた。

 

……すごい火力、灰すら残らないんだ。

 

冷静に判断するジャンヌ(オルタ)に、アルジュナの別側面が迫る。

彼女は焦らない。

彼の胴体から円状に帯のように発生した光波をかわし、その隙に喰らいつくかのように周りに発生した宝玉を、地面から噴出させた炎でどかす。

 

全部の行動先読みされてるみたいでゾッとするわ。

 

事実、彼女は防戦一方に見えるが、何より、彼女は全力を出していなかった。

薄い金の瞳が、気遣うようなそぶりで自分をちらりと見た。

 

『ジャンヌ(オルタ)』

分かってる。殺し合いに来たんじゃないの、私もアンタも。

 

短い意志疎通の後、視線が前方に戻される。

 

ねぇアルジュナのオルタ、何がしたいの?何がほしいの?

 

「……ほしくない、ただ、足りない、欠けていく、こぼれていく……」

 

……やっぱり、一度ゆっくり休んだ方がいいわ、アンタ。

 

豹のように身を屈め、飛び、ジャンヌ(オルタ)は二本の剣で打ちかかる。

しかし、彼に片手で右の刃を掴まれ、防がれてしまった。

右手を離し、左手に残る刃を続けて振るうが、それも片手で止められる。

剣を放棄し、空いた両手で打ち出した赤い炎弾は、彼の足元からあふれる光の柱に飲み込まれた。

攻撃の対処を終えると、オルタは無表情で異国の刃を手の内で砕き、燃やした。

……彼の両手から、鮮血が暗い地面へぽたぽたと垂れる

 

強情!

 

ジャンヌ(オルタ)は失った日本刀を魔力で再精製しながら、苦々しげに歯ぎしりをした。

 

 

──竜の魔女は思う。

(一手、一手足りない……!)

 

マスターの力があれば、殺すことは出来る。

けど、それはマスターの幸福には繋がらない。

 

(何かないの?!

こいつを殺さずにすんで、マスターだって守れる……そんな一手が……!)

 

 

──それは、野山を駆けていた。

故に、神は気にもとめなかった。

故に──。

 

ヘシアン!ロボ!

 

神の、虚をつけた。

 

 

飛び出してきた勢いのまま、マスターへ害をなそうとしている神の左腕に喰いつく。

 

「……!」

 

獣の牙で喰えぬなら、別の牙を振るうまで。

一度顎を離し、首なしの騎士へ次の攻撃を任せる。

異形と化した腕を、騎士は背上で振るうと、顎で噛んだ場所と同じ部分に、旋風のような傷を加える。

連撃は神の腕を少しずつ壊していく。

ぐらりと体勢を崩した神に全速力で襲いかかり──牙をもって、ぶつりと腕を奪い取った。

腕を加え駆けながら、白い女とマスターへ一瞥を投げた。

 

 

マスター!令呪を!

 

……その光景に圧倒されていたが、ジャンヌ(オルタ)の声で我に帰る。

 

どうする?

コマンド?

何もしない

令呪を使用する←

 

誰に?

ヘシアン・ロボ

ジャンヌ・ダルク(オルタ)←

アルジュナ(オルタ)

 

『令呪をもって、我がサーヴァントに命ず──』

 

『宝具を使用し、彼の異常を焼き尽くせ──!』

 

……ありがとう。修羅、いいえ、堕ちた聖女の本領を見せてあげる。

魔力、根こそぎ持っていくわよ!

 

彼女の宣言と共に、水着が火の粉となって消え、その下から漆黒の鎧を纏った四肢が現れる。

額には、救国の聖女と似た形の金属の飾りが。

上空へ投げた日本刀は、落ちる間に、茨の飾りがあしらわれた細身の西洋剣となり、再び彼女の手に収まった。

その白い腕も、流麗な作りの籠手に覆われる。

最後に現れた外套の上に、雲よりも白い髪が流れていく。

夜明け前の冷たい風が、彼女の髪を揺らし、頬を撫でた。

 

サーヴァント、ジャンヌ・ダルク。クラスはアヴェンジャー。

……令呪の命により、貴方を焼くわ。

 

浮かべた笑み、凛とした立ち姿は、さながら歌舞伎の大見栄。

ジャンヌ(オルタ)は両手に剣を携えると、片腕となった神へ挑む。

しかし、片腕になったとは言え神は神。

唇を喰い締めている彼女とは違い、無表情のまま、機械的に攻撃を軽くいなしていく。

金属と肉の打ち合う音が、夜の森に響き渡る。

 

ヘシアン!ロボ!飛び出してきたのなら最後までつき合いなさい!

 

狼王は無言で疾駆する。

彼女が神の攻撃に圧されれば、すかさず間に入り、体勢を直すまでの時間を稼ぐ。

破滅の閃光が迫れば、まどろみの騎士が狼王から受け取った刃を使い、光の軌道を逸らす。

──狼は、群で生き、戦う生き物なのだと、その有り様だけで証明していた。

神が両者に手間取っていると、ジャンヌ(オルタ)から刃が飛んでくる。

彼女は魔力を使い、次から次へと黒の剣を量産し、素早く移動しながら彼へ投げつけていた。

それらは弾かれ、地面へ突き刺さり、無意味な行動にも見えたが……。

 

「……これは」

 

それすら、彼女の策の内だった。

神が気づいた時には、剣で作られた大きな丸い檻が完成していた。

 

ええ、ようやく気がついた?

 

聖女の写し身は、にたりと笑う。

 

私が、アンタを寝かしつけようとしてるってこと!

 

ジャンヌ(オルタ)の周りの空気が、放出された魔力の熱でゆがむ。

赤の炎の間に、白く柔らかな長髪が揺らめいた。

 

これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……。

 

神は檻を壊すより上空へ逃げた方が早いと判断したのか、全力で地面を蹴る。だが、狼王の刃と首なし騎士の異形の手がそれを阻んだ。

──神が、落ちる。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!!!

 

オルタの全身を、ジャンヌ(オルタ)の業火が焼いた。

夜の森が一瞬だけ真昼のように明るくなり……火は消えた。

 

「マ、ス、ター……」

 

宝具を受けた彼が、電源の落ちた機械のように停止する。

ジャンヌ(オルタ)は衣服を再び水着に戻すと、彼に近づき、倒れそうな体を抱き止めた。

狼王と騎士はその様子を見届けると、薄暗い森の中へ消えていく。

 

……全く、神様ってやつは……いいえ、サーヴァントってやつは、やっぱりマスターありきね。

迷惑かけて、かけられて……。

ともかく問題は解決。こいつ抱えてインドマート行きましょ。

インドのことはインドよ、後は知らない。

 

片腕も無くなり、ぼろぼろとなっているアルジュナ(オルタ)を肩に担いだ彼女が、金の瞳でこちらを見る。

 

……マスター、私、ちょっとホッとしてる。

こいつを殺す羽目にならなくてすんだって。

アンタも……同じみたいね。ジメッとしてた顔がマシになってる。

傷は治せる範囲に留められてる……といいんだけど、自信なくなってきた……。

もう直ぐ夜明けね……色々聞かれたりして、忙しい一日になりそうだわ……。

 

オレンジ色の空を眺めながら、ジャンヌ(オルタ)と一緒にインドマートへと向かった……。

 

 

エンド

『封印された神』

インドマートでの数時間の話し合い末、アルジュナ(オルタ)は封印されることとなった。

永久にではない、この特異点攻略が終わり、不調が治るまでの話だ。

冷たい棺の中、美しい神は目を閉じ眠っている。

……治らなければ、死者のごとく永遠に眠り続けるのだろう。

 

 

 

ラクシュミー・バーイーに電話をかけた場合

 

黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

はい←

ラクシュミー・バーイー←

……ラクシュミー・バーイーに、電話をかけた。

 

分かった、支度をする。しばし待て。

 

暗い民宿の玄関で彼女を待った。

 

待たせたなマスター。

……この姿か?何が起きるか分からぬ故、戦仕度を整えてきただけのこと。

では、行くぞ。

 

赤い衣装をまとった彼女と、森の中へ入っていく……。

 

──待て。マスター、誰かいる。

 

彼女は眼差しを鋭くし、辺りを素早く見回す。

 

そこだな、出てくるがいい。

 

銃を森の茂みに向けると……。

 

……ガネーシャ神か。

 

ありがたい石像な姿のガネーシャ神が、鎮座していた。

 

率先して外に出ようとしない貴殿がなぜここに?

 

…………黙秘権を行使。

 

どうする?

コマンド?

『理由を教えてくれないか?心配だから』←

 

……だって、尻尾つきアルジュナさんに続いてラクシュミーさんまで真夜中に外出ていったら、流石のガネーシャさんも気になるッスよ。

 

む……神に近しきアルジュナが真夜中に外へ?

 

うん、最近よく行ってるよ。理由聞いたら「魔獣退治」って答えてくれた。

アタシが寝落ちちゃってる日もあるから、確実なこと言えないけど、ほぼ毎日……かな?

 

ラクシュミーが眉間にシワを寄せる。

 

魔獣相手ともなれば一対多が基本となる。

非常に危険だ……ガネーシャ神よ、なぜ一人で行かせたのだ?

 

えっと、色んなこと聞く前に「ついてこなくても大丈夫ですよ」って言われちゃって……何だろ、顔も声も優しかったのに、ちょっと、怖くって。

 

石像はかたかた震えている。

 

……すまない、過剰に責めるような口調になってしまった、私の悪い部分だ……。

その、ガネーシャ神よ、マスターと私は、森の中に見えた謎の発光の正体を探っている最中なのだ。

その正体は一人で戦っているアルジュナかもしれない。

共に探してくれないか?

 

……高級アイス三個で。

 

甘やかすなとパールヴァティー様から言われている。

だが、こんな真夜中に共に来てくれるのだ、高級アイス一個を後で贈ろう。

その力を頼りにしているぞ、では行こう。

 

ガネーシャ神は石像からいそいそと出てくると、ぽちゃかわ系サーヴァントになった。

一人増え、三人で森の中を探索をする……。

 

ん?何だろ、空気の流れがよどんでるって言うか……。

 

濃度の高い魔力を感じるな。強大な魔獣かもしれない、慎重に行こう。 

 

奥へ進むほど、森の木々がなぎ倒されている……。

 

マスター、あれアルジュナさんじゃないッスか?

ほら!角と尻尾見えるッス!

 

ガネーシャ神の指差した方を見ると、アルジュナ(オルタ)がおり、背を屈め、地面から何かを拾い集めている……。

 

負傷しているのかもしれない。マスター、私が様子を確かめてこよう。

 

ラクシュミーが小走りでオルタに駆け寄った。

 

神に近しきアルジュナよ。戦っていたのは貴殿だったのだな。

心配したマスターが迎えに来てくれたぞ。

ガネーシャ神も一緒だ、共に帰ろう。

 

オルタが顔を上げる……どろりとした何が、顔の半分を覆い隠していた。

 

……貴殿、何だ……何をしていた……?

 

ラクシュミーの声がはりつめていく。

オルタは肩に浮かんでいる二対の宝具を合体させると、光のごとき矢を放った。

 

──っ。

 

その場にいた全員が息を飲んだ。

……後方からどさりと音がする。目を向けると、首の消滅した大蛇が落ちていた。

 

……私達を守ってくれたのか。

だが、一言欲しかった、戦場での誤射の危険性を知らぬ貴殿でもあるまい。

 

ほっとラクシュミーは息を吐いた。

 

さぁ、疲れているだろう。インドマートへ……。

 

オルタは彼女の声が聞こえていないのか、ふらふらと歩き、大蛇の側に寄る。

そして、死体に手を伸ばした。

 

ダメ!そんなことしちゃだめ!

 

ガネーシャ神が叫ぶ。

 

あれ……何でダメって思ったんだろ……ガネーシャさん……?

と、とにかく、何しようとしてるのか分かんないけど、やめて、アルジュナさん!

 

オルタは手を伸ばした姿勢のまま、黒い瞳をぐるんと動かし、ガネーシャ神を見た。

 

「処理、しないと」

 

アルジュナ(オルタ)が指先で触れると、死体は真っ白な光に包まれて消えた。

……その光景に、見覚えがある。

 

なるほど、魔獣の死体はそのようにしていたのか……。

落ち着いたか?

では帰ろう、汚れを落とすため、風呂桶に湯を貯めた方がいいか?

 

ラクシュミーは腰を屈めて、座り込んでいるオルタの手を取ろうとした。

 

「……っ」

 

ラクシュミーさん!

 

ガネーシャ神の悲鳴と同時に、白い光をまとった腕が空を裂く。

ラクシュミーにその光は届かず、帽子から下がった赤布の一部がかき消えた。

 

アルジュナ……!どうしたのだ!

 

オルタの両手両足から、青白い光が漏れ出していた。

 

「……どうして、なぜ……」

 

彼がこちらを見る。

 

「マス、ター……」

 

その声が何の感情を持って震えているのか、分からなかった。

 

力が制御出来ていないのか……?!

ガネーシャ神はマスターの側へ!私が前にでる!

 

オルタの腕が、足が、透き通っていく。

よく磨かれた青い宝石、いや、遠い銀河の煌めきのような。

 

マスター、これは私の見立てだが、彼の霊基が破損を始めている。

力の暴走はそのせいだろう。

手荒な方法になるが、戦闘をし、彼の意識を奪った後、治療を受けさせる。

……それでいいか?

 

ラクシュミーの提案に、肯定の意味を持って頷く。

 

ガネーシャ神よ、戦闘の余波がマスターへ届かぬよう、守ってやってほしい。

 

……了解。

マップ兵器みたいなアルジュナさんの攻撃から、ばっちりマスターを守るッス。

 

ガネーシャ神は、手にハルバートのようなポールウェポンを出現させる。

ラクシュミーは右手にライフル銃を、左手にややそりのある剣を握った。

 

……仲間に、銃と刃を向けることになるとはな。

 

彼女は悲しみを帯びた声でつぶやくと、輝きを増していくオルタヘ真っ直ぐに突っ込んでいった。

 

っ……!

 

煌めく四肢から、ラクシュミーへ青の閃光が放たれる。

彼女は速度を緩めることなく向かい、光に対し横から剣を滑らせるように沿わせ、角度をわずかに変える。

対象から外された青い光は空へ飛んでいき、分厚い夜の雲に大きな穴を作った。

次の攻撃も、彼女は足を止めることなく最小の動きで対処する。

弾かれた際、空へ向かうことの無かった光は森の中を真っ直ぐに進んでいき、当然こちらにもやってくるが。

 

よっ!ほっ!

 

ガネーシャ神が武器を数度振るい、守ってくれた。

 

『ありがとう……』

 

いいッスいいッス!こんなのリズムゲームみたいなもんだから!

……神パワーあっても、ワンミスで即死なんスけどね。

まぁ、マスターは気にせず、いつでも指示出来るように構えておいて!

 

ラクシュミーがオルタの元へたどり着く。

 

神の息吹き受け継ぎしアルジュナよ!しばし眠れ!

 

刃をくるりと回し、峰で彼に向け打ちかかるが、更に上段から落とされた足の一撃で武器は粉砕された。

ラクシュミーは瞳を動かし状況を見据え、右手に残された柄を素早く捨てる。

次に銃を左手から持ち替え、鈍器として使い、胴体を狙うが、片腕で防がれてしまった。

止められてしまった銃を地面へ発砲し、その反動でオルタを少しだけ退かせる。

一度大きく後方へ飛んで距離を取ったラクシュミーは、両手で銃を握り、オルタへ連続して射撃を行ったが、噴き上がる炎の壁に弾は全て溶かされた。

 

くっ……。

 

当然、距離が離れれば雲すら消滅させる光が襲いかかる。

ラクシュミーはこちらへ光線がいかぬよう駆け、自らの位置を調整した。

何本もの光の間を走り抜け、再び接近戦へ。

先ほどと同じ様に、剣の峰で打ちかかる。

オルタの足が同じ様に動き、剣を踏み砕く。

ラクシュミーは次の行動を変え、銃口を彼の頭部へ向けると、引き金を引いた。

一発の弾が飛んだが、それより速くオルタは動き、首を少し傾げるだけで攻撃を避ける。

そして、彼女が逃げるより先に、胴体……銃のそれを掴み、ぐにゅりと握り潰した。金属の部品がバラバラと地面へこぼれていく。

銃も剣も一瞬にして失った彼女は、次に放たれた音速の回し蹴りを、頭と腰をぐんと落としてかわした。

遅れて動いた白い髪の数本が、青い軌跡を残す攻撃にぶつかり、消滅する。

綱渡りのような攻防を、ガネーシャ神と自分はじっと観察していた。

 

……あのアルジュナさん、距離によって取る行動決めてる、だからあんなに正確に、かつ魔力消費少なく動けるんだ。

まるで対戦ゲームのCPU相手にしてるみたい。

 

ラクシュミーは無手のまま、近距離で戦いを続けるが、徐々に防戦一方になっていく。

褐色のなめらかな肌に、冷や汗がびっしり浮かんでいた。

それでも彼女が退かない。

……マスターである自分がいるからだ。

しかし、ひりつくような攻防は唐突に終わりを告げる。

 

「……破壊を」

 

彼の角が、両手が青の輝きを増していく。

そして──。

 

『……!』

 

死が、見えた。

 

マスター!

 

ラクシュミーの叫びの後に、流星の如き光が星空から降り注いでくる。

 

動いちゃダメ!

 

悲鳴に近い声を上げながら、ガネーシャ神は武器を振るい光を弾いてくれた。

 

大丈夫、アタシ、一人じゃない。

ガネーシャさんも、ラクシュミーさんも、マスターだってついてる……!

だからぁ!!

 

真っ白な閃光が目の前を埋め尽くす。

 

……ぁ。

 

その中で、放心したような声が聞こえた。

 

嘘だ。

 

ガネーシャ神の目の前に、瞳輝く神がいた。

……先程まで無傷だったラクシュミーが地面にうつ伏せになって、倒れていた。

体は、呼吸すらしていないように見える。

 

嘘、嘘!

 

神の両手が機械的に迫る。それをガネーシャ神は武器の柄で弾くが、状況は好転しない。

 

焦るな……大丈夫、まだ、大丈夫、ラクシュミーさんは、大丈夫!!

 

己を鼓舞する言葉を呟きながら、一撃一撃が消滅に繋がる連撃を受け止め、逸らす。

 

右、左、足、尻尾!……大丈夫、対応できてる!

落ち着け……落ち着け■■■=■■■■!!!!

 

どうしますか?

コマンド?

逃げる

令呪を使用する←

 

誰に?

ガネーシャ神

ラクシュミー・バーイー←

アルジュナ(オルタ)

 

倒れているラクシュミーの霊基を、令呪を使い修復する。

……指先がぴくりと動き、暗い土をかいた。

 

『ラクシュミーの怪我は治した!』

 

ガネーシャ神にそう伝えると、彼女は少し落ち着きを取り戻す。

 

どうしますか?

コマンド?

令呪を使用する←

 

誰に?

ガネーシャ神←

アルジュナ(オルタ)

 

『令呪をもって命ずる。宝具を解放し、アルジュナ(オルタ)を打ち倒せ!』

 

……分かった!マスター!

 

ガネーシャ神は石像を一瞬にして身にまとうと、オルタに全力を乗せた体当たりをする。

放たれた必殺の一撃を、交差させた両腕で鈍い音を響かせながら防いだが、強い衝撃を受け、両足を地面にこすらせながら後ずさる。

 

宝具、いくッス!

 

ガネーシャ神がいつの間にか増設していたロケットブースターを点火させ、上空へ浮かぶ。

それを目でとらえたアルジュナ(オルタ)は、四肢からこぼれていく光で刃を作り、音速以上の速さで飛ばした。

それを正面から受けたガネーシャ神は、あっさりと両断された。

 

『……っ』

 

──だが。

 

中の人などいない!

 

神によって両断されたガネーシャ神の石像の中は──空。

 

囮ッスよ!高火力ボス相手には定石!

 

真後ろから、本体が迫り来る。

 

くらぇぇぇぇぇぇぇ!!!!肉弾よ、翌日から本気であれ(ガーネッシュ・インパクト)

 

虚をつかれ、対処が遅れた神は、圧倒的質量に押しつぶされた。

 

……これじゃあ一手、足りないよね。

 

絶望と諦めを含んだガネーシャ神の声の後、へこんだ地面からオルタは体をぎくしゃくと起こした。

黒い髪は土で汚れ、灰色になっている。

……その髪に覆われた顔の内側にある眼孔が、強大な熱を秘めた魔力を集め始めた。

 

ラクシュミーさんと一緒に逃げて、マスター。

心配しないで。ガネーシャさんガチタンクだから、あんな攻撃へっちゃらッス

 

誰が聞いても分かるほどの、穏やかな声の、虚勢だった。

 

──足りないのであれば。

 

力を貯めつつある彼の背後にラクシュミーが一陣の風と共に立っている。

 

一手足せばいい。

 

そして、ぽこりと剣の峰で叩いた。

……がしゃんと、電池が切れたロボットのようにアルジュナ(オルタ)が地面へ倒れる。

 

終わった、な。

 

ラクシュミーとガネーシャ神、二人は同時に重たい息を吐いた。

 

……ガネーシャ神よ、感謝する。

マスターも、令呪の使用と方法が適切だった。

 

いやぁ……ヒーヒー言ってて、格好悪かったし。

 

ラクシュミーが膝をつき、オルタを抱き起こそうとしたが、痛みでうまく体が動かないようだ。

ガネーシャ神も戦闘での緊張が解けてしまったのか、ぺたんと腰が抜けてしまっている。

 

……あー……ムシカくーん。

 

ひょこっと、森の茂みから彼女の眷属である愛らしいネズミが出てきた。

 

誰かヘルプ呼んでき……えぇぇぇ!!??

 

それだけでなく、紫のゆったりとした豪華な衣装に身を包んだ、少女も出てきた。

 

マ、ママン!

 

破壊の神シヴァの妻、女神パールヴァティーがこちらを凛と見ている。

 

ガネーシャ。

 

ひゃい……。

 

ラクシュミー。

 

はい。

 

マスター。

 

『はい……』

 

空気がぴんと引き締まる。

 

……致命的な怪我は無いようで、何よりです。

到着が遅くなってしまいごめんなさい。

 

パールヴァティーはそう言うと、腰を落とし、順番に肩を撫でてくれた。

 

……みんなで帰りましょう、インドマートへ。

カルナもアシュヴァッターマンも、無事を祈ってくれています。

 

ぽろりと、ガネーシャ神の目から涙がこぼれる。

 

……あ、あれ、なんでだろう、アタシ、変な感じ……。

 

頑張りましたね。ガネーシャ、■■■=■■■■。

 

パールヴァティーは泣き出した彼女を包容し、背を何回も手で撫でる。

ラクシュミーは、その光景を穏やかな眼差しで見つめていた。

 

……お互いを思い合う親子というのは、良いものだな。

 

そして、こちらを見る。

 

アルジュナのことは、来てくださったパールヴァティー様にお任せしよう。

帰ろうマスター、一緒に。

 

座り込んだまま差し出された彼女の手は、傷だらけだった。

その手を迷わず握り返し、頷く。

 

そんな顔をするな。アルジュナのことは、きっとうまくいく。

……この間みなで見た映画の受け売り、なのだがな。

 

山の向こうから太陽が顔を出し、一日の始まりを告げていた。

 

ノーマルエンド

『封印された神』

インドマートでの数時間の話し合い末、アルジュナ(オルタ)は封印されることとなった。

ずっとではない、この特異点攻略が終わり、不調が治るまでの話。

冷たい棺の中で、神は目を閉じ美しく眠っている。

……治らなければ、死者のように永遠に眠り続けるだろう。

 

 

 

 

白と黒の一対の剣を持って行った場合

 

ロビーには黒電話がある……。

誰かに連絡しますか?

いいえ←

 

……受話器を置いた。

荒野と剣の丘の夢、彼から、かつて剣であった彼から贈られた、白と黒の剣を強く握りしめる。ボロボロに見えるが、とても頼もしい。

覚悟を決め、一人で向かうことにした。

光を頼りに歩くと、森にたどり着く。

見つけた。

……アルジュナ(オルタ)が、森の中でうずくまっている。

彼は何かを抱き抱えたまま、こちらをゆっくりと見た。

 

マスター。

 

──見たな。

 

私の、顔を、見たな?

 

──は。

は、は。

ははは。

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

ははははははははははははははははは!!!!!!!!

はっ……。

うう……ごほっ……こほっ……けほっ。

こほ……うぅっ……はぁ……はっ……。

──ああ。

もう、終わりですね、マスター。

私、見られてしまったから。

 

アルジュナ(オルタ)はゆっくりと立ち上がった。

 

マスター。

私、願ったのに。

「一人で行動するのは止めてほしい」と。

でも、あぁ、ああ、ああ…………!

マスター、人は、死にます。

失われます。

傷つきます。

磨り減ります。

なぜか?

──人は、完全な存在ではないから。

 

彼は揺れながらこちらへ近づいてくる。

 

マスター。

 

深い響きの声と共に、アルジュナ(オルタ)の手が伸ばされたが──。

 

『……!』

 

それに反抗するように、自分は白と黒の剣を両手に持って構えた。

彼は首を若干傾ける。

 

……無理だ、それでは。

 

『自分は、そうは思わない』

 

返答の後、彼の黒々とした瞳の色が変わっていく。

 

マスター、私、あなたの、こと……。

 

言葉は最後まで告げられず、瞳孔が死者のごとく大きく開いた。

 

う、あ、あぁぁぁぁぁ!!!!

 

背を逸らしながら叫んだその咆哮は、断末魔と同意だった。

短かった筈の彼の角が輝きを放ちながら伸び、別れ、ねじれていく。

獣の、角だ。

深く息を吸い、臆することなく白と黒の剣を構える。

構えは、自然とこの剣を託してくれた人物と同じ形をとっていた。

着ている礼装の力を貸り、体から剣へと魔力を流していく。

目が燃えるように熱くなり、一度まぶたを閉じた。

──荒野が、見える。戦いが見える。

名前の付けられない無数の死と悲劇が見えた。

……圧倒的力によって燃え尽きていく日常も。

そして、深い闇に視界が包まれる。

一人、考える。

この光景は、誰かがたどった道、誰もがたどる可能性のある道。

……自分は、そんな道を誰かにたどらせるのは嫌だと思った。

でも、もし、たどる人が目の前にいたならば。

 

「──ついて、来れるか?」

 

せめて、ついて行きたいと。

目を開き、前を見る。

闇の中での思考の間に、アルジュナ(オルタ)の姿は変貌していた。

 

……マスター?

 

角は伸びてねじれ、銀河を内包しているかのような複雑な青の光を放ちながら冠のように彼の頭を飾っていた。

瞳からは、空気を焦がす七色の雷光を煌めかせている。

四肢は透き通って、その内側で青い炎が巡りながら燃えていた。

……そんなにも色にあふれているのに、彼の髪だけは、灰のように生気のない白を押しつけられていた。

 

……マスター。

 

ふわふわと、彼の足が地を離れていく。

 

……マスターァァァ!!

 

透けた青の手のひらがこちらに向けられ、光線が発射された。

 

『はぁ!』

 

両腕が勝手に動き、初段の光を切り飛ばす。

次の光は身をよじって避け、その勢いを利用して地面を転がる。

今まさに転がっている暗く湿った土が、熱を持ち始めた。

攻撃の予兆を体は感じ取ったのか、一秒も使わず起き上がって前方へ駆ける。

その足跡を追うように噴き出す炎の柱が出てきたが、その間を鹿のように跳ね飛んでいく。

 

『かっ、かはっ、こひゅ……』

 

当然、人が反応できる速度を超えていた。

たった数十秒の回避行動で全身からめりめりと音がし、目の前が暗くなったり明るくなったりを繰り返す。

それでも、止まるわけにはいかない。

アルジュナ(オルタ)は明らかにおかしくなっている。

治してあげたい、止めてあげたい。その一心が、体を動かし続ける。

限界以上に体を行使しながら、瞳を細かく動かし、彼を見る。

異変の原因を探る、探れ、探れ──!

 

『──観えた!』

 

黒いもやのようなものが、彼の心臓の辺りにわだかまっていた。

あれをえぐり取れば、アルジュナ(オルタ)は元に戻る!

逃げ回っていた足を、彼の方へ向けた。

 

『アルジュナァァァァァ!!!!』

……っ!マスターァァァァ!!!!

 

二振りの剣で光を切り払いながら突進する。

逸れた攻撃は大地を割り、森を消し飛ばし、夏の雲を散り散りにした。

それがもし自分に当たったら……何て、考えている暇はない。

一時的とはいえ、英霊の力を降ろした体が限界を迎え始めた。

筋繊維がみぢみぢと千切れていく、神経が焼けただれていく、どろりとした血が鼻と口からこぼれ出る。

構わない、関係ない。前へ、彼の元へ。

 

……!

 

雷光ほとばしる瞳の奥にある、彼の瞳孔が縮小する。

……そこに、泥と血にまみれた自分が映っていた。

 

どうする?

コマンド?

何もしない

剣を突き立てる←

 

……残った力を全てのせ、彼の心臓へ、白と、黒の剣を突き立てた。

アルジュナ(オルタ)の角が砕け散り、遅れて傷口から血が噴き出した。

二人とも力尽きて、どさりと地面に転がる。

 

『アル……ジュナ……』

 

倒れていた状態から頭を上げる。

視界の一部が黒くごっそりと欠けていて、よく見えない。

半端な闇の中で彼を捜すと、ぬるりとした血にまみれた彼の胴体に手が届いた。

 

どうする?

コマンド?

令呪を使用する←

 

誰に?

アルジュナ(オルタ)←

 

……令呪を使用し、彼の霊基を修復した。

ああ良かった、アルジュナ(オルタ)は助かった。

これできっとハッピーエンドだ。

 

『アルジュナ、もう、大丈夫、大丈夫、だから』

 

彼に声をかけ続ける。

そんな自分自身の声も、遠くなっていく。

体に触れていた土の感触も、鼻血のせいで鉄臭かった匂いも、アイスが溶けるみたいに消えていった。

全身をむしばんでいた痛みすら、何だか懐かしい。

 

『大丈夫だよ。大丈夫……』

 

何も見えず、聞こえないけれど、彼へ声をかけ続ける。

……上下すら分からぬ闇の中、ずっとそうしていた。

 

エンド

『しばしの休息』

少し疲れてしまった。暖かい闇の中、目を閉じよう。

目を開けた時、懐かしい景色と人々にもう一度会えることを信じて。

今は、少しだけ眠ろう。

 

 



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夏休み特異点シーズン2アルジュナ(オルタ)ルート3

その20~28(+1)


その20

 

2019/07/22

 

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おばさん(ロストベルト4)

 

おはよう■■!もうこの村での生活は慣れた?

でもあなたも大変ねぇ。

■■■■■から、解決するまでここの民宿に預けられるだなんて。

困ったことがあったら言ってね。

何でもしてあげるから。

でも、村の外の海に近づくのだけはだめよ?

 

 

……今日は何をしようか?

 

コマンド?

虫取り

魚釣り

■■■■■■■■←

 

実行できません。

選びなおしてください。

 

……今日は何をしようか?

 

コマンド?

虫取り←

魚釣り

 

虫を取りに行くことにした。

……かごいっぱいに虫が取れたが、名前が分からない。

…………熱中症だろうか、頭がひどく痛む。

指で髪の内側を触ると、こつんと指先に何かが二つ当たった。

 

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『???』

スイカ、買い物、魚釣り、潮干狩り、お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、スイカは失われた。残りは9つ。

 

かごいっぱいの虫。

 

 

その21

 

2019/07/23

 

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2019/07/22 プレイ時間:??:??

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哪吒

 

■■! 元気無い と聞いた。

だから 遊びに 来た!

何をして 遊ぶ?

 

民宿に哪吒が来てくれた。

 

……今日は何をしようか?

 

コマンド?

川へ←

 

川…… 了解!

 

哪吒と川遊びを楽し──。

 

否定/我、哪吒に非ず。

お前、■■に非ず。

目を開けろ、かるであのマスター。

正しき場所へ、正しきものを帰せ。

寝ぼけているようだったら、頬を叩く。宝貝で。

ぺしぺし……だめか。

仕方ない、あの老体に、頼むことにする。

提案/ひとまず今日は、水遊び。

大ぶりの岩魚、捕獲の後、塩焼きに。

何故そんな目で見る、風火輪は、魚焼きには使わせない。

…………いつか、真の哪吒(ボク)とも、こんな風に遊んでやってほしい。

帰還/期待。待っている。

 

……哪吒に、不思議なことを言われた。

…………熱中症だろうか、頭がひどく痛む。

頭を触ると、昨日指先に触れたものが大きくなっていた。

 

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『???』

買い物、魚釣り、潮干狩り、お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、買い物は失われた。残りは8つ。

 

想いが無くなれば、死は恐ろしくなくなる。

彼は準備をし始めた。

 

 

その22

 

2019/07/24

 

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2019/07/23 プレイ時間:??:??

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白紙化地球とアルジュナ(オルタ)?

 

民宿の自室で眠ったはずなのに、目を開けると、高低差のない真っ白な砂漠にいた。

地平線まで続くこの光景が、新しいものにも、太古からあるものにも見える。

……誰もいない、完全なる、孤独。

 

どうする?

コマンド?

誰かを探す←

 

青い空を睨みながら、「■■■■■」を探して、歩き出した。

…………何十分もそうしていると、日射しのせいでのどが渇き、足は泥のように重くなった。

誰を探して歩き出したのだろう?……思い出せない。

大きな石があったので、座り込んだ。

うなだれながら思う……凄く、疲れた。

目を下に落としていると、声が聞こえた。

 

カルデアのマスター。

夢を、見ているな。

 

重い体を動かして立ち、辺りを見渡す。

この声の持ち主を、探していたような気もする。

 

全てを失い、策も尽き、後にも、先にも進めない……故に、歩みを止めるしかない。

そんな、蜜のごとく甘い夢を。

 

直ぐ側にいるような気がするのに、声の主は見つけられない。

 

神に、夢は必要ない。

ではなぜ、同じ夢を見ているのか。

…………目を、開いて。

手の内を、見よ。

 

闇雲に探すのは止め、言われたままに、右手を広げてまじまじと見た。

……はっきりとは分からないが、ぼんやりとした何かがある気がする。

 

さぁ、思い出して。

あなた自身を。

多くの人、彼と過ごした輝ける日々を。

ずっと観ていた私が、あなたにもう一度……。

 

誰かの手がそっと重ねられ、それが退けられると……一輪の白の彼岸花があった。

優しい声で言葉は続く。

 

…………機会も、時間も残されている。

私を打ち倒したあなたなら、必ずやたどり着けると信じています。

目覚めの先を、怯える私にあなたが見せてあげてください。

そう……──星輝く、暁の景色を。

 

声は、次第に遠ざかっていく。

彼岸花を手に乗せたまま、辺りを急いで見渡す。

大地は白の砂漠、見上げた空は雲一つない青。

人の気配も痕跡もなく…………誰も、いなかった。

 

 

起きると、太陽はとっくの昔に昇っていた。

窓辺にある花瓶の中では、白色の彼岸花が揺れている……。

頭に指を伸ばすと、膨らみは明らかなこぶになっていた。

顔を触ると、目元が濡れていた……泣いていたのだろうか?

 

 

『白の彼岸花』 をもう一度見つけた。

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『白の彼岸花』

夢の中でもう一度見いだした、真っ白な無垢の花。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている。

 

『???』

魚釣り、潮干狩り、お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、魚釣りは失われた。残りは7つ。

 

長く生きた者ほど、死は恐ろしくなるのだと、あの人は言っていた。

 

 

その23

 

2019/07/25

 

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2019/07/24 プレイ間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

はい←

いいえ

 

…………読み込みに成功しました。

 

ウィリアム・テル

 

朝起きて確認すると、頭のこぶの先が尖り始めていた。

……今日は何をしようか?

 

コマンド?

虫取り←

 

よぉ、■■。森で虫取りかい?

止めておきな。

なぜ止めるかって?決まってる、取れすぎるからだよ。

『知ってる』……へっへ……そうかい。

あんたが望むなら、獣も、鳥も、虫も、なんだって取れるだろう。

しかしなぁ、狩人として、この世界は妙に居心地が悪いのさ。

僅かなミスで食い扶持がなくなる、数秒の気のゆるみで命が失われる。

そんな、あって当たり前の危険が、きれいさっぱりこの世界からは拭われている。

まるで過保護な親みたいじゃねぇか。

やりすぎてるね、どうも。

どうする、まだ何か取る気があるかい?

 

木に、輝きを放つ黄金のクワガタがとまっているのが見える……。

網を振りかぶったが、逃げられてしまった……。

 

見つけたな。

一度の失敗で落ち込むな、こういうのは……そこにいるな、よく見ろ、あの枝さ、近くの木に隠れただけだ。

網をわしに貸しな……っと、取れた。

じたばたするな逃げるな……ほら。

 

渡されたクワガタをまじまじと見る……このクワガタの名前を知っている……。

 

名前は……『オウゴンオニクワガタ』っていうのか。

金色に光って……神様みたいに綺麗な虫だな。

大切にしろよ、手放すなよ。

うん?もう帰るのか?じゃあ気をつけて帰りな。

おっと、言い忘れるところだった……そちらのわしをよろしくな、カルデアのマスター。

 

オウゴンオニクワガタ を手に入れた。

『???』が消費されました

(全10 残り6)

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お疲れ様でした。電源をお切りください。

 

 

オウゴンオニクワガタ

今にも落ちてきそうな空の下で捕まえたクワガタ。

初めて見たはずなのに、なぜか名前が分かった。

とても珍しい。捕まえることが出来たのなら、一生忘れない思い出になる。

全身が黄金で出来ているかのように輝いているが、黒く見えるところも。

見ていて胸が苦しくなるほど、きらきらぴかぴか光っている。

 

『???』

潮干狩り、お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、潮干狩りは失われた。残りは6つ。

 

思い出は焼け落ちるように消えていく。

まるで、初めからそんなものなど無かったかのように。

 

 

その24 

 

2019/07/26

 

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2019/07/25 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

はい←

いいえ

 

…………読み込みに成功しました。

 

白紙化地球とカルナさん

 

民宿に戻り、自室で一人、眠っていたはずだった。

……なのに、また白い砂漠にいる。

空にも大地にも、何もない。

 

どうする?

コマンド?

誰かを探す←

 

……きっと、誰かと出会えるはずだと思い、足を白い地面へ踏み出す。

何時間も歩いて……ようやく出会えた。

──黒い、人型に。

じっと見ても、顔と体の区別すらつけることが出来ない。

白と青の空間に、人の形の穴が空いているかと錯覚を覚えてしまう程の、黒の塊。

それでも出会えたことが嬉しくって、手を伸ばす。

すると、同じ様に手を伸ばしてくれた。

指先と指先が触れ合った瞬間──。

 

黒い人型は、水を入れすぎた風船のように異様に膨らみ、ばちゅんとはじけてしまった。

……何が起きたのか、理解出来なかった。

白い地面に、重油のような物が広がっていく。

その影に叫んでも、何も届かない、そもそも叫ぶべき言葉が分からなかった。

だから、膝をついて、地面へこぼれたそれを、人型に戻そうと両手でかき混ぜながら、泣きじゃくった。

手は真っ黒に汚れ、透明な雫が頬を伝い、白い砂漠へと落ちていく。

そんなことを続けていたら、唐突に声が聞こえた。

 

カルデアのマスター。

夢を、見ているな。

 

冷たさを感じる、鋭い声。

 

だが、起きていた方が好ましい。

何故なら、お前がいるこの世界は全て夢の中なのだから。

 

しかし、その中に、分かり辛いが他者への思いやりが込められているということを、自分は知っている気がした。

 

オレが誰だか分からない、といった顔をしているな。

 

膝をついたまま頷く。

 

カルナだ。

カルデアのオレではない、あのロストベルトでお前と共に戦ったサーヴァントだ。

……もう体も霊基も存在しないが、こうして意識だけは残っている。

そちらのオレは?……ふむ、この質問も分からないか。

しかし、お前が死者のように何もかも忘却していたとしても、これだけは伝えねばなるまい。

──アシュヴァッターマンと空想樹を打ち倒す、お前達の戦い、見ていたぞ。

見事な勝利だった。見事な勝利だった。

 

……姿は見えないが、そこにカルナと名乗る誰かいるらしい。

 

どうする?

コマンド?

もう一度目を閉じる

話をする

プレゼントを渡す←

 

何を贈る?

『白の彼岸花』←

 

…………唯一持っていたそれを、空間に差し出した。

 

……違う。

いかにオレでも、これを受け取るべき存在はオレではないと分かる。

しかしこの花は……ああ、「アルジュナ」め、抜け目のない男だ。

 

透明な何かが空気を動かして、花が手のひらに戻される。

 

『白の彼岸花』が返却されました

 

コマンド?

もう一度目を閉じる

話をする←

 

『この世界が夢だって、どういうこと?』

 

……魚の話をしよう。

その魚は、子に危機が近づくと口の中に入れて隠す。

それと同じだ。

あの神に近しいアルジュナは、お前を危機から離すために飲み込んだのだ。

……ここは奴の腹の中、正しくは精神の中だ。

出会った者達……ウィリアム・テル、哪吒……それらは奴の化身(アヴァター)だ。

手を変え品を変え、お前を歓待している。

聞くがいいカルデアのマスター、お前とヤツの境界線は溶け始めた。

もう一度互いに己のまま生きたいのであれば、急げ。

彼岸花を手放すな、それはこの世界を切り裂く剣であり、奴を打ち倒す唯一の術だ。

いや……そうではなく……なんと言うべきか。

 

……マスター、オレでは奴を癒せん、その気もない。

何故なら、目を開き、顔を歪め、もがき苦しみあがくアルジュナこそ、オレが槍を向けるに相応しい男だと感じているからだ。

多少神に奴が近づこうとも、関係はない、その視線を向けさせ、雌雄を決するまで。

我が宿痾、我が宿敵……この病は、人類史が燃え尽きた程度で消え失せるものではない。

人理編纂、空想樹、異聞帯……異星の神が、何するものぞ。

 

……あの男は、あのロストベルトにおいて、孤独のまま、オレが殺した。

だがその後、因果が結ばれ、お前と出会い、孤独を失った。

お前でなくてはだめだ、カルデアのマスター。

奴から永遠の孤独を二度も奪った、お前でなくては。

……時間が早められた、夜が明ける。

告げるべきことは告げた。

次にこのオレと出会うことがないのを、願っている。

さらばだ。

 

 

……目を覚ました瞬間蝉が鳴き始めた。

枕元に、白の彼岸花が揺れている……。

鏡を見ると、頭にある二つのこぶが上に伸び、角になっていた。

 

角が生えました

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『???』

お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、お見舞いは失われた。残りは5つ。

 

胸躍らせる思い出など、邪悪には相応しくない。

輝く炎で消して消して消して消して……何もない、まっさらな白へ。

 

『白の彼岸花』

夢の中でもう一度見いだした、真っ白な無垢の花。

 

カルナはこれを、アルジュナを打ち倒せる唯一の術だといった。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている。

 

 

生えました。青い。

 

 

その25 

 

2019/07/27

 

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2019/07/26 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

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いいえ

 

…………読み込みに成功しました。

 

アスクレピオス

 

……なぜ僕の機嫌が悪いのか分かるか?

大病人だと言われてかつぎ込まれてきた奴が、珍しさもない軽度の日射病だったからだ。

全く……この世界はお前にとって過保護に過ぎる……。

すこぶる冴えない顔をしているな、これでも飲め。

 

冷たい麦茶 を飲んだ

 

頭は冴えたか?霧は晴れたか?……眼差しに光が宿ったな。

……自分が何者か思い出してきた。そうだな?

その表情は当たりか、安心したよ。

顔を見せろ。ふむ……だいぶ進んできている、だが、間に合いそうだ。

……これが僕に出来る最後の検診か。

もっと様々な検体を診たかったのだが、仕方ない。

いいか?民宿に戻り、月の出る夜を待て。

縁側に、答えを持つ者がやってくる。

……お前が見いだした彼岸花、猛毒であることは忘れていないな?

使い方、相手、タイミング……その全てを、間違えるな。

僕から言えることは以上だ、カルデアのマスター。

お大事に。そして、本物の僕をよろしく。

 

角が成長しました

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お疲れ様でした。電源をお切りください。

 

 

『???』

雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、雨は失われた。残りは4つ。

 

忘却こそが、全てに対する万能の薬なのだと、誰かは語っていた。

 

『白の彼岸花』

夢の中でもう一度見いだした、真っ白な無垢の花。

 

カルナはこれを、アルジュナを打ち倒せる唯一の術だといった。

アスクレピオス曰わく、使うタイミングが重要のようだ。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている。

 

冷たい麦茶

麦を煎ったものを煮出して作るお茶。最近は水出しのものも多い。

ガラスのコップに氷を入れてなみなみ注ぎ、ぐいと飲み干せば、懐かしい思い出が脳裏に蘇ってくることだろう。

牛乳と割って麦茶ミルクとか新しい道を常に模索している頑張るお茶。

もっと語るべき麦茶事情があるのだが、そんなことをしている場合ではない。

 

伸びました。

 

 

その26

 

2019/07/28

 

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2019/07/27 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

はい←

いいえ

 

…………読み込みに成功しました。

 

ぺぺさん

 

こんばんは、カルデアのマスター。

ふーん……角、生えちゃったのね。

 

夜、民宿の縁側で、完璧なバランスの肉体を持つ人間が涼んでいる……。

 

どうする?

 

コマンド?

立ち去る

話をする

隣に座る(要:『???』)←

 

隣に座ってくれるの?

じゃあはい、冷たい麦茶。

……綺麗な月ね……でも、ちょっと大きすぎる。

 

『どうしてここにぺぺさんが?』

 

あら、うれしい発言。頭すっきりしたの?

……何となく感じ取ってくれていると嬉しいのだけど、私、本物じゃないわ。

カレの……アルジュナのアヴァターラ。

私に与えられた役割は……アナタの疑問を解消し、精神を癒やす、つまりメンタルケアね。

……一番向いていないと思うのだけど。

すごーく長い話になるから、ラジオもあるし、音楽でもかけましょうか。

ジムノペディでいい?

 

……静かに音楽が流れ出した。

縁側から見える庭では、月の光に照らされた草が風に揺られている……。

 

何か聞きたいこと、ある?

最後に答え合わせしないと、スッキリしないでしょう?

 

『アルジュナ(オルタ)はどうなってしまったの』

 

順を追って説明するわね。

まるで夏休みのような特異点に、アナタは迷い込んだ。

そして、他のサーヴァントも飛び込んだ。

カレもそう。

最初は「マスターを守る」というシンプルな目的だったのだろうけど。

色んな遊びをしたわね、アナタは覚えてる?

スイカ、虫取り、魚釣り、潮干狩り……。

本当に楽しかった……でも、そのせいでカレの人間性に変化が起きた。

……この特異点の特性のせいでも、あったのだろうけど。

退行したの。神から、英雄へ、人間へ……幼子へ。

もっと遊びたい、もっと一緒にいたい……誰だって持つ、そんな幼い独占欲が、猛スピードで膨らんでいった。

 

心はそう、でも、体はそうじゃない。

体の時間は巻き戻った。

人から、英雄へ、神へ……大人へ。

精神はどんどん戻っていくのに、体と能力は神へ近づいていく。

アナタを人として、子どもとして独占したい。

アナタを神として、大人として守りたい。

結果、(ソフト)肉体(ハード)が齟齬を起こし、体調を崩し始めた。

感情はそのままに……五感の喪失、記憶の欠落が発生した。

 

でも、カレは努力した。

修正プログラムを四六時中作動させていたし、それでも治らない分は、特異点に散らばる魔力を夜毎集めて、何とかしようとした。

んー……でも、オーバーワークはだめね。

アナタの側に居れないし、かといって、魔力集めをおざなりにすると体調不良バレちゃうし。

力はどんどん大きくなるのに、問題は解決しないし。

……アナタを守りたいのに、忠告全然聞いてくれないし。

 

まとめると、カレの中で、幼心と、大人心と、神様の精神性が喧嘩をして、そのせいでアルジュナという個体が壊れかけてる……って感じね。

 

『この世界について』

 

ここは、特異点の中に出来た微少特異点。

カレの記録してきたものが内包された、精神世界。

神が作った、甘い甘い箱庭。

そのままだとアナタが情報量でパンクしちゃうから、ダウングレードしてあるけど……。

ここにいるサーヴァント、人、物、娯楽……全部、カレのアヴァターラなの。

太陽、月、星、時間すら、カレの制御下。

何千年に渡って収集してきたデータを参考に運営されてるから、再現度はかなりのものよ。

……凄まじいワンオペレーション……完璧主義にもほどがある……。

でも、今はカレの精度が落ちちゃってるから、アヴァターラが勝手に動いたり、アルジュナも隠してる本心がにじみ出ちゃってたりするのだけど。

 

えっ?『どうやってここに来たのか覚えてない』?

それは……特異点にやって来てるアナタの精神だけ、あめ玉みたいに、ぱくっと飲んだの。

崩壊しかけの精神による、衝動的な犯行……それとも、赤子が何でも口に入れる様な物かしら?

大好きだから、大切だから、世界で一番強い自分の中で守ろうとしたのか……。

それとも、故障した人間性をアナタの人間性で補完しようとしたのか。

……その選択肢を選べる時点で、おかしくなっちゃっているのにね。

 

あら、ちょっと疲れてきてるわね。

じゃあ、今日は一旦お開き。また明日、同じくらいの時間に縁側へ来るわ。

焦らず待っていて、カルデアのマスター。

夜明けは、もうすぐよ。

 

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『???』

影絵、映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、影絵は失われた。残りは3つ。

 

これが正しい行いだと、これでいいんだと、神は何回も自らへ言い聞かせた。

数千年の罪に、押しつぶされながら。

 

大きく育つ、ぐんぐん育つ。それはきっと■故に。

真っ直ぐ生えている内は問題ない。

 

 

その27

 

2019/07/29

 

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2019/07/28 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

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こんばんは、カルデアのマスター。

あら……そうめん、茹でてくれたの?

冷たい……それに、麺が氷水の中で絡まらないように小さくまとめてある。

つゆも手作りね、カツオと昆布の深い香りと味……。

丁寧な仕事……ありがとう、美味しいわ、とっても。

『焼きバナナのお礼』……私、偽物だって言ったのに、優しいのね、アナタ。

…………はーい、ご飯も食べたし、続き続き!

音楽は変わらず、ジムノペディ。結局これが一番ふさわしい気がするのよね。

穏やかな気持ちで、ゆっくりお話ししましょう?

 

庭の草が、月光の下で、音楽に合わせるよう穏やかに揺れている……。

 

じゃあ、何を聞きたいのかしら?

 

『彼を助ける方法』

 

自分が助かる方法じゃなくて、カレを助ける方法、ね。

アナタが助かる方法はシンプル。

彼岸花に毒があることは、本当のアスクレピオスにもアヴァターラのアスクレピオスにも念を押されたわよね?

……それ、食べちゃえば、全て終わるわ。

ここでアナタが死ねば、カレが行っている工程は滞りなく進み、最終的には元の世界へ無事に帰られる。

……でも、それって最短なだけで、最善ではないのよね。

 

カレを助けるのは簡単じゃない。なぜならカレには助かる気がない。

衝動的にアナタを喰らうほど壊れた自分を邪悪だと断じ、死のうとしている。

未練が残らないよう、アナタに関する記憶を消し、想いを消し……準備を整えてる。

カレは、自分とアナタの存在が手遅れになる前に、ケリをつける気なの。

……どうしてアナタの記憶をカレが奪ったと思う?

そうでもしないと、自分を助けに来てしまうだろうって、知っているから。

…………この穏やかな日々は、自死するまでのモラトリアム。

アナタにこの世界が優しいのは、カレからの謝罪の気持ち……でしょうね。

 

『『白の彼岸花』について』

 

少し豆知識から話すわ。

彼岸花ってね、昔は田んぼの畦に植えていたの、知ってた?

根が畦を補強し、毒がモグラを防ぎ、地下の鱗茎は入念に毒抜きすれば食べられる……一石三鳥ね。

「家に持って帰ってはだめ、火事になるから」と親に叱られた人もいるかも。

……彼岸花はね、「あちら」と「こちら」を分ける、境界線の目印なの。

 

「こちら」はこの世、普段の生活、生きているものの世界。

「あちら」はあの世、非日常、死んだものの世界。

 

この微少特異点は「あちら」と「こちら」が混ざってる。

今私たちが涼んでいる縁側のような、アナタが過ごしている場所は生きてるものの領域。

死ぬ準備をしているカレがいるのは、毒の乳海を越えた先、死者の世界。

 

アナタがカレを助けたいのであれば、猛毒と忘却が混ざった川を越え、冥界へ行き、欲望も絶望もむき出しの神と相対しなければならないの。

でも、それだけでは足りない。

死者が「こちら」へ帰ってくるには、人の力だけじゃなく、神様の介添えもないと。

『冥界下りには経験がある』……?あら、アナタの人生ってば波乱万丈。

これはハッピーエンドのためのヒント。

彼岸花には毒だけでなく、境界を分ける力もある……覚えておいてね。

 

『この角なに?』

 

結構イケてるんじゃない?その角。

冗談。ちゃんと説明するわ。

カレとアナタの境界が無くなり始めてるから、生えたの。

変容しつつあるサーヴァントの影響が出ちゃってるのね。

元の世界のアナタの体は、まだどうにもなっていないから安心して。

 

このあたりで、いいかしら。

……『どうしてそんなに色々教えてくれるのか』……ですって?

ムカついたの、カレに。

アルジュナは自分の口で言えばいいのに、自分の無意識に私の姿を被せた。

それって、私の姿だったらアナタに怒られないって、内心思っているってことじゃない?

そりゃあ……大切な人にカッコ悪いところ見られたくない!悪い部分知られたくない!って気持ちは分からなくも無いけど……。

もう最悪……アイツのことホント無理なのに……アイツの気持ち喋らされてる……。

 

あの神にガツンと言ってやって頂戴。

「死なんて、分かり切った結末を選ぶな」って。

本当は自分で言いたいけど……私じゃ、いいえ、記憶だけで出来ている私達アヴァターラでは、カレの所までたどり着けないから、アナタに託す。

……あの神を引き戻せるのはアナタ、アナタじゃないとだめ。

カレを倒し、カレを喚び、カレと同じ夏の日を過ごしたアナタじゃないと。

だから、頼んだわ、カルデアのマスター。

 

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『白の彼岸花』を食べられるようになりました

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……本物の私って、どんな感じなのかしら。

ふふっ、案外、恋する乙女みたいになってたり?

ちょっとだけ、会ってみたかったかも……。

 

 

『???』

映画、バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、映画は失われた。残りは2つ。

 

全ての命に終わりがある。

けれど、死が全ての終わりではないことを、あなたは知っている。

 

『白の彼岸花』

夢の中でもう一度見いだした、真っ白な無垢の花。

 

アスクレピオス曰わく、使うタイミングが重要のようだ。

カルナはこれを、アルジュナを打ち倒せる唯一の術だといった。

ぺぺさんはこれを、猛毒と境界を分ける力を持つ花と言った。

 

プレゼント出来るが、これを渡すべき相手は決まっている。

 

青くて長い、イケてる角。彼由来。

 

 

その28

 

2019/07/30

 

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2019/07/29 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

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アシュヴァッターマン

 

インドマート?ああ、全部思い出したか、カルデアのマスター。

苛つくことに、インドマートはこの世界にはねぇぜ、アイツがいの一番に消したよ。

……それだけ、お前との思い出が多かったって事だ。

心配すんな、外の世界はどうもなってねぇ、時間の経過も違う。

数時間しか経ってない、まだ夜明け前だ。

『それは心配していない』……そーかよ、お人好し極まってるな、お前。

アイツは……次から次へとお前との思い出を消している。

身辺整理ってヤツだ、熱心なこったな。

…………だが、何もかもアイツの勝手、思いどおりってのもムカつくよなぁ?

ほら、やるよ。

 

海の塩入りブルーアイスバー×2 を手に入れた。

 

何で二本渡したか分かるな?よし……。

俺の役割は自罰だ。でもお前が来たならお役ごめんだ。

なぜか?今お前がここにいること、それこそ罪の証であり、罰、だからな。

……少なくとも奴はそう思ってるみてぇだ。

さてと……行くんだろ、海へ、アイツのところに。

自暴自棄になってる神と真っ向勝負だ、普通なら勝算はねぇ。

だが──何事にも相性ってもんがある。

お前はアイツにとっての特攻だ、勝ち目はある、それが1%切っててもな。

0じゃない限り、諦めるって人間でもないだろ?

いや……例え0でも諦めねぇって顔してるな。

忘れるな、思い出せ、何があっても死ぬ気でしがみつけ、手放すな……分かったな。

伝えるべきことは全て伝えた。じゃあ、もう行くわ。

アルジュナとカルナと、そっちのオレによろしく。

あと、アイツにも、な。

 

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『???』

バードウォッチング、童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、バードウォッチングは失われた。残りは1つ。

 

後少しで全てが消える……全てが消えれば全てが終わる。

 

海の塩入りブルーアイスバー

アシュヴァッターマンがくれた、シーのソルトが入ったブルーな棒アイス。

甘くて、しょっぱい、そして切ない味がする。

茜色の空を眺めつつ、気のあう友達と並んで一緒に食べられたのなら最高だろう。

パッケージには少年が描かれており、「だからお前じゃないと駄目なんだよ」と、もう一人のツンツン頭の普通の少年に言っている……。

 

当たりが出たら、もう一本。

 

彼由来のナイスな角、また大きくなった。育ちきったらどうなるのだろう?

 

 

 

その29

 

2019/07/31

 

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2019/07/30 プレイ時間:??:??

夏休み特異点?日目

(アルジュナオルタルート)

 

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アーシャ

 

わっ、知らないおにいちゃん!びっくり!

お名前教えてくれるの?……そう、なんだか不思議な名前……。

わたしはアーシャ。よろしくね。

………………あのね、おにいちゃん、わたしの弟を見なかった?

三歳くらいで……わたしと、よくにてるの。

家を飛び出しちゃって、心配で……。

『飛び出した理由』……うーんとね。

朝おきたら、弟が泣いていたの。

「どうしたの」って聞いたらね、みんないなくなっちゃう夢を見たんだって。

「いなくなったりしないよ」って、何回も言ったんだけど、聞かなくて……。

 

「ぼくのせいで家族がきえちゃった、みんな死んじゃうんだ」って言って、飛び出しちゃったの。

おかあさんとおとうさん、私とおねえちゃん、おにいちゃん、他の弟や妹たち、それにヴィハーン、家族みんなで探してる……。

早くみつけて「いなくなったりしないよ、ずっといっしょだよ」って言って、安心させてあげないと。

……えっ?おにいちゃんも誰か探してるの?

『友達』……そっか……はやくみつかるといいな、心配だよね……。

みつかるように、神様にお祈りしてあげるね。

………………それじゃあ、わたし行くね。またどこかで会おうね、おにいちゃん。

そのともだちはきっと、おにいちゃんのことをまってるはずだよ。

 

……少女と別れた。

 

目の前に。

猛毒の乳海が、境界線が広がっている。

 

どうする?

コマンド?

目を背ける

立ち向かう←

 

ここに船はない。

足を、踏み入れた。

……服の上から、焼きごてを当てられたかのような痛みが走る。

…………乳海はどんどん深くなっていく。

 

どうする?

引き返す

立ち向かう←

 

足を、進める。

あらゆる神経に、痛みだけを流し込まれているような、そんな時間が続く。

…………乳海はどんどん深くなっていく。

 

どうする?

諦める

立ち向かう←

 

腰まで、乳海に浸かった。

……脳が、痛みを受け止めきれず悲鳴を上げている。

意識が朦朧として、体の内側から、しゅわしゅわとした音ばかりがする。

歯を噛みしめすぎて、欠けた気がした。

後少しで、対岸に着く。

……………………………………着いた。

赤い彼岸花が一面に咲いている。それ以上進めず、ばったりと倒れ込んだ。

…………どうして自分は、こんな苦しいことをしていたのだろう。

何も、思い出せない。

 

どうする?

目を閉じる

プレゼントを贈る←

 

誰に?

自分←

 

何を?

海の塩入りブルーアイスバー←

 

アイスを、食べた。

…………当たっていた。

この、「あたり」という文字列を、見た覚えがある。

そうだ。彼、彼から、貰ったものだ。

お見舞いに持って行こうと思って、インドマートのアイスケースの中から、アイスを選んだ。

その後、彼に渡したんだ。

でも、当たり棒を、彼は「あなたが持っていた方がいい」と言って……。

そうだ、彼に、会いに来たんだ。彼を、助けに来たんだ。

忘れている場合じゃ、倒れている場合じゃない。

立ち上がり、顔を前へ向ける……目的の場所が、見えた。

──もうすぐ、アルジュナ(オルタ)の元へたどり着く。

 

角の成長が止まりました

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…………セーブを開始しました。

 

 

神由来の青い角。

アルジュナ(オルタ)に何かあったのか、成長が止まった。

 

『???』

童話。

彼とあなたとの10の思い出。

記憶は古い順に消え、童話は失われた。残りは0、何もない。

 

来ないで見ないで来ないで見ないで。どうかそのまま夢幻の夏の中に。

私が死ねば終わります。私が死ねば、あなたは助かります。

 

でも、どんなに消しても、心の底に、何かある。

 

アイスの当たり棒

「あたり」と平仮名で書いてあるアイスの棒。

買ったお店に持って行くと、同じアイス一本と引き換えられる。

つまり……ワンチャンスある。

 

 

 

アルジュナオルタルートへ入ってから、特定の行動をとらず数日過ごした場合

 

……おはようございます、マスター。

どうしました?そんな顔をして。

夢……見ていたような、そんな表情。

それともなに?カーマちゃんの膝枕がご不満なんですか?

黙っちゃって……寝ぼけていますね?もうすぐ夜明けなのに……。

ふふふ……かわいい。顔、拭いてあげますね。

ほーら、血がべったり……体も、生まれたての赤ちゃんみたいに血まみれ。

 

……ええ、かっ捌きましたけど?

しょうがないじゃないですか。あなた、あの神の腹の中にいたのですから。

ほんとーに疲れました……痛いし熱いし全身ぼろぼろ……。

彼、ですか?でしたらほら、あそこ、転がってますよ。

あちこちを砕いて、お腹裂いてあげたのに、まだ生きてます。

じたばたして……うーうーうめいて……みっともなぁい。

あらあら、そんなに泣かないで。せっかく助かったのに。

よしよし……ほーら、あなたにはカーマちゃんがいますよー。

いいこいいこ……ふふ。

ねぇマスター、今自分がどんな形しているか分かります?

ちょっとだけおかしくなっちゃってますから、直してあげます。

暴れない暴れない、カーマちゃん怒りますよ?

焼いたり切ったり縫ったりして……人間に戻してあげますからね?

泣かないでマスター、ああほんと……愛ってままならない……。

 

エンド

『裂かれた者』

えーっと、ここがこうで……ここがここに。

あれ?こんなものがここにあるのはおかしいから……えい!

そして、こっちに……。

あの神が悪いんですよ?カーマちゃんは何も悪くありません。

後少しでぜーんぶ元通り……あの女神が見たって気がつかないくらいに完璧に。

こっちがこっち……これは……いらないので焼却しておきます。

気持ちいいですよね?マスター?

 

……愛と堕落の獣が、体をかき混ぜる。

その行為は、愛故か。

 



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夏休み特異点シーズン2アルジュナ(オルタ)ルート4

その30~34


その30

 

2019/08/01

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

セーブ中です……

 

乳海で痛む体を何とか動かしながら、真っ直ぐに前へ進んでいく。

そして、ようやくその姿を目に映せた。

──彼が、アルジュナ(オルタ)が、一面の赤の彼岸花の中にいた。

体は立ったまま、巨大な剣で胴体を斜めに貫くよう地面に縫い止められ、青い美しい炎が全身を覆っている。

角は伸び、ねじれ、輝く王冠のように彼の頭部を飾っていた。

 

どうする?

コマンド?

目を逸らす

声をかける←

 

『アルジュナ』と、彼の名を、距離があるので大声で呼んだ。

……何だか、この響きを口にするのが懐かしい。

 

だれ、だ。

 

彼が炎の中で顔を上げた。

 

思い、だせない、だしては、いけない……。

 

火の向こう側に見える、薄い黒色の瞳は虚ろだ……。

 

どうする?

コマンド?

目を逸らす

プレゼントをする←

 

何を贈る?

オウゴンオニクワガタ←

 

オウゴンオニクワガタを手のひらに乗せた

いつか捕まえた大切な思い出は、解き放たれ、飛んでいってしまった。

彼は首をわずかに動かし、それを目で追った。

 

もう一度名を呼ぶ←

 

『アルジュナ』と、彼の名を呼んだ。

瞳の焦点が離れた場所にいる自分に合うと、彼は唇を噛み、苦しげな表情を見せた。

 

マスター……ああ、どうして、なぜ。

猛毒と忘却の乳海は、誰にも越えられないはずなのに。

 

『踏み越えてきた』

 

そうか、耐毒、いや、私の、心の弱さか。

あなたにもう一度会いたいなどと……。

剣で……こうして記憶も何もかも焼いているのに、思い出してしまった。

消し去らなければ、この想い……。

 

アルジュナ(オルタ)は剣に貫かれながらうめいている。

 

どうする?

コマンド?

アルジュナの元へ←

 

……まだ、彼が遠い。

乳海で焼けた足を、彼岸花にくすぐられながら一歩ずつ近づいていく。

そして、再び声をかけた。

 

『君を、助けに来たんだ』

 

その言葉に、黒々とした瞳孔が一瞬だけ大きくなった。

 

マスター、あなたに私は救えない。

……人間だから。

 

『君に、会いに来たんだ』

 

私は、あなたに会いたくない……。

 

『どうして怯えているの?……何をそんなに恐れているの?』

 

あなたの……死だ……!

 

彼は目を見開き、声を荒げた。

 

死が、いずれ絶対に訪れる別離が、恐ろしくてたまらない!!

人は死ぬ……神ですら死ぬ……この世に失われぬ者などない……。

あなたは……それが怖くないのか……?

 

『怖くない』

 

……嘘だ。嘘だ!

 

『死んだって、全部なくなる訳じゃない』

 

死は隔絶だ!

塵すら残らぬ消滅だ!

それが恐ろしくない命など存在しない!!

 

『怖くない。……それに、死んだとしても、心はずっと大切な人と一緒にいる』

 

……そだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ!!

 

アルジュナは炎の剣に貫かれたまま、裂けそうな体で弓を構えた。

 

そう言ったものから死んでいった!私は知っている!

恐れないと言うのなら、この矢を受けてみろ!

太陽の神の子を殺した矢だ!

数多の人の命を奪った必殺の矢だ!

私を理解しようとした者を!ことごとく殺し尽くしてきた血濡れの矢だ!

これを前にしても恐怖を抱かないと?!

穿たれても死なないというのか!人が!!

 

『死なない、怖くない』

 

言った。

 

ぁ……ああ、ああああああああ!!!!!

 

矢が彼の手から放れ、空を飛んだ。

目の前に美しい矢がせまる……やけに時間が遅く感じる。

 

どうする?

コマンド?

『真っ直ぐに彼を見つめる』←

『微笑む』

 

アルジュナ(オルタ)から放たれた矢は直前で首を逸れ、左腕に当たり……そしてちぎれた。

肩から関節ごとがっぽり外れた腕は転がって、後方へ。

彼岸花に埋もれながら、青く燃え尽きた。

衝撃で体のバランスが大きく崩れ、膝をついてしまう。

真っ赤な地面に、真っ赤な血がこぼれていく。

令呪のやどる右手で拳をつくり、叩きつけるように支えとして、脂汗をにじませながら立ち上がる。

痛みで下を向きそうになる顔を前方へ。

…………まだ、倒れるわけにはいかない。

例えこの体全て失ったとしても、彼に伝えるべき言葉がまだ心にあるのだから。

 

オウゴンオニクワガタを失いました

左手と左腕を失いました

(『夏休み帳』から確認できます)

 

オウゴンオニクワガタ

12000くらいの価値がありそうだ。

別れの言葉かける時も無く、飛んでいってしまった。

でも、またどこかで会えるはず。

 

左手と左腕

家族、友達……燃え盛る炎の中で出会った大切な人。

生まれてから今まで、本当に色んな人と手を繋ないできた。

手も腕も、きっと誰かと繋ぐためにあるのだ。

 

 

 

矢がせまる中微笑んだ場合

 

どうする?

コマンド?

『微笑む』←

 

金の矢が目の前にせまったが……臆せず微笑んだ。

──結果、首が飛んで、彼の言うとおり命を奪われた。

急回転する視界の中でも、涙をこぼすアルジュナ(オルタ)の顔が、はっきりと見えた。

 

 

……民宿の自室で目を覚ました。

悲しい夢でも見ていたのか目元が濡れている。

洗面所で顔を洗った後……なぜか、頭を触ってしまった。

部屋に戻り、今日の特異点探索の準備をする。

『夏休み帳』、筆記用具、塩アメ……アイスの当たり棒。

自分では当てた覚えがない、誰かに貰ったものだろうか?

引き換えに行こうと考え、立ち上がりインドマートへ向かった。

 

アイスの当たり棒

買ったお店へ持っていくと同じアイスと引き換えてもらえる。

次に当たる機会はもう無い。

 

バッドエンド

『君が見た神の涙』

あなたを心の中で殺した時、彼は泣いていた。

その涙の理由を、永遠にあなたは知ることはない。

空に輝く星が一つ消えたが、誰も気がつかなかった。

 

 

 

その31

 

2019/08/02

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

セーブ中です……

 

どうする?

コマンド?

背を向ける

真っ直ぐ進む←

 

片腕のない状態で、不安定に揺れながらアルジュナ(オルタ)に近づいた。

彼は首を振り、その歩みを拒絶する。

 

これ以上、近づけば、マスター、あなたを蒸発させます。

神の怒りをもって、瞬きのうちに。

 

『怖がらないで。君に、会いに来たんだ』

 

アルジュナ(オルタ)は、剣で縫い止められ、どこへも行けない体で告げる。

 

……マスター、乳海を渡り、帰って、下さい。

特異点に戻り、全て忘れて、過ごしてください。

このままではあなたを……私……!本当に殺してしまう……!

 

全てを諦め、燃え尽きようとしている彼の元から、輝く矢が次々に飛んでくるが、当たる寸前に迷い子のように曲がって逸れ、後ろへ飛んでいく。

着弾点にある無数の彼岸花が衝撃で舞い上がった。

散った花びらは赤い雪のようにふわふわと空から降り注ぎ、その中を歩く。

足取りは重いけれど、迷いはない。

……ようやく、アルジュナ(オルタ)の所までたどり着けた。

目の前に、彼がいる。

 

どうする?

剣を抜く←

 

迷いはなく、恐怖もない。

彼の眼前に立ち、胸を貫いている剣の柄を右手で握った。

……剣から青い炎が伝わり、右腕を登っていく。顔が火であぶられて熱い。

 

やめてくださいマスター……。

 

燃え立つ彼の瞳に、自分の姿が映っているのが見えた。

頭から角なんて生やして、全身は傷と泥にまみれ、ひどくぼろぼろになっている。

でも、その目には光が宿っていた。

 

あなたに、そんなことをして貰う価値なんて、私には……。

 

剣を、ゆっくりと引き抜いていく。

青い炎が、腕の次に胴体を燃やし始めた。

……幸いなことに、ちぎられた左腕の断面は炎であぶられて塞がった。

熱にも負けず、落ち着いて、冷静に、彼を苦しめている原因を体から引きずり出した。

赤い地面へ投げ捨てると、剣はあっという間に自身を燃やし尽くして灰となる。

……彼と自分を覆っていた青い炎は勢いを無くし、消え去った。

支えを失い、倒れようとする彼の体を、片腕だけで抱き止める。

彼の胴体は胸の辺りに穴が空き、のぞく内側は白く燃えてしまっていた。

王冠のような青い角に、彼岸花の花弁が降り積もり、光を通して輝いている。

 

……なぜ、そんな、姿になってまで、私を……。

 

息も絶え絶えな彼に、言葉を返す。

 

『大切な、友達だから』

 

そう、言った。

 

……私は、壊れてしまった、だから、自らを、処分……。

 

『体も心も、少しずつ治せばいい』

 

だが。

 

……起動。

 

頭上を見る。

花弁舞い散る赤々とした空に、巨大化した宝具の青い刀身が現れていた。

 

燃える剣

青く燃え立つ剣。何もかもを滅ぼす熱が込められている。

これに貫かれたものは、一切合切全てを失い灰となる。

誰であろうと、この熱のもたらす痛みと喪失感に耐えることは出来ない。

……よほど我慢強い者でない限りは。

 

 

その32

 

2019/08/03

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

セーブ中です……

 

……アルジュナ(オルタ)は、宝具によって自分自身を粛正しようとしている。

世界はひび割れながら縮小し、壊れ、果てが見え始めた。

──黒い、何の明かりもない暗闇だ。

地面が丸テーブルのように傾く。

凄まじい揺れによって、彼が、腕の中から離れていき、何の抵抗もしないまま滑り落ちていく。

とっさにアルジュナ(オルタ)の右手首を掴み、落ちないよう、崩壊を始めた世界の地面に足をめり込ませた。

世界はますます傾いていき、彼の体は闇へと近づいていく。

……手を離せば、彼は今にも底へ消えていってしまいそうだ。

 

どうしますか?

コマンド?

手を離す

手を離さない←

 

アルジュナ(オルタ)が黒い瞳に絶望を湛えてこちらを見る。

 

マスター、手を離してください……。

私こそが、あなたにとっての最大の邪悪……。

悪は、裁かれなければならない。

 

どうしますか?

コマンド?

手を離す

手を離さない←

 

左腕は無いので、アルジュナ(オルタ)を完全に引き上げることは出来ない。

レオニダスブートキャンプでもっと鍛えておけばよかった。

……手を握る力を強めた。

 

我は神の意思をつぎ、星の灯火は消え……私は、私自身を最たる邪悪として裁く。

 

背中から宝具の熱を感じる……。

 

どうしますか?

コマンド?

手を離す

令呪を使用する(残り三画)←

 

『令呪をもって、我がサーヴァントに命ずる──』

 

『宝具の使用を禁じる』

 

そう告げた瞬間、彼の表情が変わった。

目に光が宿り、焦りと疑問が顔に広がっていく。

…………宝具のエネルギーが高まっていくのを背中で感じる。

 

令呪一画で、私は止められない……!

もうだめ……なんです……!諦めて!手を離して!

あなたを殺したくない!マスター!!

 

どうしますか?

コマンド?

令呪を使用する(残り二画)←

 

『重ねて令呪をもって命ずる、宝具の使用を禁じる』

 

何故……!?私が死ねば、あなたは助かるのに……!

 

『一緒に、盆踊りをするって約束したじゃないか』

 

全身で彼をつなぎ止めながら言う。

 

私……もう、忘れてしまったんです、思い出せないんだっ……!

だから、マスターも、私を……。

忘れて、居なかったって、そうなってくれれば、辛くなんか……。

 

『彼岸花を見に行こうって、約束したじゃないか』

 

あの時の会話を繰り返す。

 

すごく、大切な記憶だった筈なのに、探しても、どこにもない……!

あったって、感覚があるのに、何も……!何も!

 

『何回だって、約束をすればいい。思い出は、また作ればいい』

 

あ、あ……。

 

『思い出せても、出せなくても、いい』

 

どうして……どうして、諦めてくれないんだ……。

 

『諦めない。だって──』

 

壊れていく世界の中で。

 

『君の姿が瞳に映ったとき、もう一度巡り会いたいと思ってしまったのだから』

 

言葉を伝えた。

……ひどく残酷で、傲慢なことを言っている自覚は、あった。

 

私は!俺は……!!

う、あ、ああああああ!!!!!

 

彼は、角を振り乱しながら絶叫する。

空間が軋む音がする。宝具はまだ止まりそうにない。

 

どうしますか?

コマンド?

令呪を使用する(残り一画)←

 

『宝具の使用を禁じる』

『君と一緒に、生きていきたいんだ』←

 

最後の一画にのせて、アルジュナ(オルタ)へ心からの言葉を贈った。

 

『君にもっと、笑っていてほしいんだ』

 

自分本位で、押しつけがましくて、身勝手かもしれないけれど……伝えた。

 

マス、ター。

私…………。

 

最後の令呪が、手の甲から赤い光を放ち、風に吹かれた砂絵のように消えていく。

アルジュナ(オルタ)の目から、涙がいくつもこぼれた。

呼応するように、彼のねじれ曲がった青い角も砕け、崩れていく。

涙は頬を伝い、雫の欠片と角の欠片、二種類の青が、闇の底へ輝きながら落ちていった。

 

どうしますか?

コマンド?

手を離さない←

 

宝具が、放たれた。

廻剣によって、凄まじい轟音とともに、世界は、アルジュナ(オルタ)の精神世界は両断され、続く爆発により粉々となった。

ステンドグラスのように輝く心の欠片と一緒に、光の見えない暗闇へ落ちていく。

彼を決して離さぬようにと、強く強く握りしめたまま。

 

こんな明け方にどうしました?ラクシュミー・バーイー。

 

パールヴァティー様!

それが……突然インドマートの警報用のブザーが誤作動して、勝利の鐘の音の様なものが店中に!ああ……これも私の不幸のせいか……?!

 

あらあら、これ、どうやって止めるのでしたっけ?

アルジュナー!カルナー!アシュヴァッターマーン!降りてきてくださーい!

ガネーシャもカーマも!寝てないで出てきなさーい!

 

大丈夫です!私一人で何とか!なっ……!近隣のサーヴァントや住人達も、こんな明け方に何事かと感じたのか集まってきてしまった……!

うう……しかし、私が不幸を招き寄せた分、どこかで誰かが幸せになっていると考えれば……うう……。

 

令呪を消費しました(残り0)

『???』→『君と彼の思い出』が解放されました

(『夏休み帳』から確認できます)

 

 

セーブ中です……

 

 

令呪

全部で三画ある、マスターの証。人によって形は違う。

カルデアの令呪は一日一画回復し、そこまで強い強制力を持つわけではない。

だが、多くのサーヴァント達は思うところがあるらしく、これを使用されれば、元気になったりやる気が出たり、成層圏から落ちてくる質量兵器を受け止められたりする。

 

『君と彼の思い出』

スイカ、買い物、魚釣り、潮干狩り、お見舞い、雨、影絵、映画、バードウォッチング、童話。

全部で10個。君は全てを取り戻し、大切な者の死に怯える彼の心を革命した。

さぁ、星の海を歩き、共に暁の空を見に行こう。

 

 

一回目と二回目に「手を離すか」を問われた際、放した場合

 

……彼の言うとおり、手を離した。

闇の底へ、彼は落ちていく。

 

マスター、それで、いいのです。

 

彼の黒い瞳の表面が潤み、涙があふれ出す。

──宝具は何の障害も受けずに放たれ、世界が白く壊れていった。

 

 

自室で目を覚ます。太陽はさんさんとした日差しを特異点に注いでいた。

黒い風鈴は揺れずに、軒先からぶら下がっていた。

起き上がり、窓辺の花瓶にさしてある白の彼岸花の水を換える。

……いつからあったものだろう?誰に貰ったものだろう?

全く思い出せないが、こうして世話をしていれば、いつか思い出せるかもしれない。

朝ご飯だと自分を呼ぶ声が聞こえ、部屋を出て食堂へ、一人で下りていった。

 

エンド

『君が見た彼岸花』

花瓶にさしてある白い彼岸花。とても美しい。

誰かから貰ったものだと思うのだが……はっきりと思い出せない。

どれほど丁寧に世話をしても、既に手折られた花はその内枯れる。

故に、誰かにプレゼントすることは出来ない。

 

 

令呪使用を問われた際に、彼の手を離した場合

 

令呪の使用も考えたが……彼の望んだとおり、手を離した。

 

……もっと早く、こうしてくださればよかったのに、マスター。

 

彼はそう言うと、深淵へ落ちていった。

その意味を考える間もなく、宝具は発動した。

……アルジュナ(オルタ)の精神世界が、白く壊れていく。

次に自身へ襲いかかってくる衝撃に備え、目をぎゅっとつむった。

 

……。……。……。……。……?

 

何も、起こらない、恐る恐る目を開けてみた。

闇の中に自分だけ、取り残されたかのようにぽつんと浮かんでいる。

何も、起こらない。

死も、再生も、何も、起こらない。

叫んでみたが、何も、聞こえない。

目も耳も、あれほど痛んでいた空っぽな左肩も、何の感覚もない。

 

……闇の中で絶叫した。頭を、かきむしった。

…………これにもいつか馴れて、心が凍り付き、ただの機械のようになるだろう。

──それに成るのに、いつまでかかる?

 

バッドエンド

『君が来た神の暗闇』

何もない何もない何もない何もない。

何もない闇の中、全てある闇の中、ずっとここで一人ぼっち。

世界に一人だけ残されたのなら、必然的に、世界で一番の罪人になってしまうのだろう。

 

 

 

その33

 

2019/08/04

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

セーブ中です……

 

どこまでもどこまでも、彼と手を繋いだまま落ちていく。

神様の心が、こんなにも深いだなんて思わなかった。

 

マスター、私の声、聞こえていますか?

 

『聞こえているよ』

 

……見えるでしょう。下に広がる黒い海は、私の深淵。

表してはいけない感情を、英雄アルジュナが抱いてもいけない感情を、全て、この「黒」に押し付け、閉じこめていました。

 

『知っている』

 

アルジュナは、ここまであなたにさらけ出していたのですね。

……何千年という時の経過によって、「黒」は人の形を保てなくなってしまった。

擬似人格は停止し、私の歯車の一つになっていました。

故に、私は善でもあり、悪でもある。

 

落下速度が穏やかになった。

 

上を見てください。

 

彼に言われ、顔を向ける。

きらきらと輝く欠片が上空に無数にあり、ふわふわと落ちていく自分達を追い越して、黒い地面に埋没していく。

 

私の精神世界……記憶の断片が、「黒」に沈んでいきます。

 

『すごくきれい、銀河みたい』

 

……そうですね、まるで銀河。

 

地面が迫り、二人手を繋いだ状態でゆっくりと着地した。

アルジュナ(オルタ)の体を見る。

ぽっかりと胸に空いていた穴は、いつの間にか塞がっていた。

 

あなたと同じ時を過ごせば、いつか「黒」も人の形を取り戻すかもしれません。

……私が、そうであったように。

 

辺りを見渡す。

下は無限に広がる星の海、上は星雲煌めく星の空。

……昔、教科書で見た宇宙望遠鏡からの写真を思い出した。

 

マスター、ひどい怪我だ。

 

『気にしないで』

 

……少し歩いて、休める場所を探しましょう。

 

声をかけられ、アルジュナ(オルタ)に肩を貸してもらう。

並んで歩く度に、薄く水が張っているのか、地面からちゃぷちゃぷ音がする。

お互いしばらく無言で星の上を歩いていると、アルジュナ(オルタ)は、憑き物が落ちたような穏やかな口調で話し始めた。

 

……私は、あなたを失うのが恐ろしくて、あなたを神へ堕とそうとした。

口を開けて……あなたを一飲みに……。

 

空の星雲は、五色(ごしき)の銀河を抱いて静かに煌めいている。

 

…………でも、そんな必要はなかったのですね。

神は人に堕ちてもいけない。

人は神に成ってもいけない。

あなたはあなたのままで。

私は私のままでよかったんだ。

 

一面の黒の地面にぞくぞく記憶が降り注いで、穏やかな波が立ち、きらきらとした光を放っては沈んでいく。

宇宙に底があったら、こんな感じなのだろうか。

 

……何か……石があります。ここに座りましょう。

マスターも隣に。

 

促されるまま、隣へ座った。

風がどこからか吹いてきて、腰掛ける彼のマントと髪をなびかせる。

彼の向こう側に、きらりと輝く一番星が見えた。

 

マスター、私の顔に、何か……?

 

彼の声と、耳の横を通る冷たい風の音、星の煌めき以外何も聞こえない。

 

どうしますか?

コマンド?

目を閉じる

プレゼントを渡す←

 

何を贈る?

海の塩入りブルーアイスバー←

 

……アイスを渡した。

 

マスター、ありがとうございます。

でも、だめなんです。味も、食感も、温度も、分からない。

…………しかし、思い出すことは出来る。

あの時くれたアイスの舌触り、冷たさ、「あたり」の文字が出てきたときの嬉しさ。

どうか、マスターが食べてください。

見ているだけで、あの頃に戻れたような気がしますから……。

 

アルジュナ(オルタ)の代わりにアイスを食べた。

……見つめられながら食べるのは何だか緊張する。

甘くて、しょっぱい味。

食べていると、黒い地平線の果てが、うっすらと夕焼けのように赤くなった気がした。

アイスの棒は、当たっていた。

 

『帰って、引き換えにいかないと』

 

……そうですね、帰って、引き換えに。

 

彼はこちらを一心に見つめながら話す。

 

…………こんな深いところまで、あなたは落ちてきてしまった。

あなたを救いたくとも、私にはその手だてがない。

………………このまま二人、星の底で溶けてしまおうか……。

 

アルジュナ(オルタ)は石に腰をかけて座っている。

群青の尾は、ゆっくりと左右に揺られていた。

 

どうしますか?

コマンド?

目を閉じる

プレゼントを渡す←

 

何を贈る?

『白の彼岸花』←

 

立ち上がり、『白の彼岸花』を渡した。

 

……セーブが完了しました

 

アイスの当たり棒

三回連続で当たってしまった。帰ったらインドマートへ引き換えに行こう。

 

『白の彼岸花』

贈る相手も、受け取る相手も、ずっと前から決まっていた。

 

 

 

 

目を閉じた場合

 

目を閉じる←

 

彼の隣で目を閉じた。

……風が吹き抜けていく音、星の声。聞こえてくるのは美しい音ばかりだ。

頬を冷たい風が撫でる。

 

……マスター。

 

アルジュナ(オルタ)の手が、令呪の消えた右の手に重ねられたのが分かった。

 

痛く……無いですか?触覚を失ったせいで、力加減が分からなくて……。

 

『痛くないよ』

 

……ここにいれば、いずれ私もあなたも「黒」に溶け込んで、一部となります。

それは……私にも想像がつかない、全く新しい存在になる、ということです。

 

『疑似サーヴァントみたいなもの?』

 

分かりません……あなたの精神か私の精神か、新しく構築された精神が主軸となるのか……本当に、予測がつかないのです。

 

『みんなびっくりするかな』

 

……するでしょうね。

 

『悪いことしたな』

 

……はい。

 

『一緒にあやまりに行こう』

 

ええ。

 

重ねられた彼の手が、溶けるように滑り落ちた。

 

『アルジュナ?』

 

返事は無い。

目を開ける。

隣には、誰かがいた名残だけがあった。

 

『アルジュナ!』

 

座っていた石が崩れる。

足が、片腕が、体が、黒々とした闇に飲み込まれていく。

……自己が溶けていくはずなのに、恐怖はなく、どこか安心感を覚えてしまった。

人間性そのものである「黒」は、灯火のように温かく。

これが、彼の魂の温度なのかと考えながら、最後まで遠い星空を見つめていた。

 

エンド

『君が見た彼の星空』

夜明けは後少し。

でも、あなたは満点の夜空を選んだ。

星と風と、彼と君。

この先に待つ者を、まだ世界の誰も知らない。

 

 

 

その34

 

 

2019/08/05

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

 

立ち上がり、『白の彼岸花』を渡した。

アルジュナ(オルタ)は星空の狭間にある石に座ったまま、白い花を受け取ってくれた。

 

これは……私の心の内側の花ではなく、切り落とされた、私の世界の花……。

…………マスター、私は確かに、あの世界で死にました。

カルナに、マシュに、あなたに。打ち倒され、塵となって消えました。

……記憶はある、けれど、私と、私には連続性がない。

倒され消滅した私と、カルデアで召喚された私は、限りなく同一であるが、別の……。

……消滅したはずの私が、あなたにこれを渡してくれたのですね。

きっと、ずっと見守ってもくれたのでしょう。

あなたと再び出会った私が、切り落とされた枝と同じ道を辿らぬように。

…………全てを手に入れるということは、全てを失うのと同義なのです、マスター。

だって、自分とそれ以外の区別が、無いのですから。

 

『彼岸花の花言葉は?』

 

知っています。私の世界では産まれなかった言葉。

『また会う日を、楽しみに』。

……会えた時、私、きっと、嬉しかった。

負けて、消える瞬間……ああ……まだ「頑張れることがある」って。

まだ、自分にも手の届かないことが、挑戦できることがあるんだって、分かった瞬間……すごく悔しかったのに……。

──笑みが、こぼれた。

塵になって、世界を吹き抜けていく風に飛ばされたとしても、その時感じた想いは、永遠……。

きっと、消えない。

死は0では、終わりではなかった。分かっていたのに、忘れていたのですね。

だから、あんなに恐ろしかったんだ……。

でも、今は怖くありません……さぁ、どうします?

 

……全てを覚悟してから、よどみなく言葉を口にした。

 

『一緒に、食べよう』

 

分かりました、一緒に。

……どうぞ。

彼から、あなたへ渡された物を、私が受け取り、もう一度、あなたに。

神から人に贈る愛です。少し不格好かもしれないけれど……。

 

右手に彼の手がそっと重ねられ、それが退けられると……白の彼岸花があった。

 

『半分になった彼岸花』 を手に入れた

 

……地平線がほんのりと明るくなり始める。

 

どうする?

『半分になった彼岸花』 を食べる←

 

彼岸花を口に含んだ。

……強い鈍痛が舌に走り、喉は、飲み込んだ花弁で焼けただれた。

頭は金づちで殴られたかのようにずきずきする。

右手で髪を触ると、青い角がぽろりと取れて落ちた。

痛みと痺れで、立っていられない。

星が沈んでいる地面へ仰向けに寝転がろうとすると、アルジュナ(オルタ)に手を取られ、頭を膝に乗せた状態で体を横にさせられた。…………膝枕だ。

彼は神にすら通ずる猛毒にさいなまれながら、寝ているこちらの顔を黒い瞳で真っ直ぐに見つめてくれた。

 

ああ、痛くて、痺れて、ぱさぱさしていて……本当に、ひどい、味が、する……。

マスター、ごめんなさい、こんな、苦しい思いを、させて……。

 

顔に彼の涙の粒が、ぽたりぽたりと落ちてくる。

──空が見えた。

銀河の雲と星の輝く深い青に、薄い赤が混じっていく……眩いばかりの、夜明けの空だ。

 

マスター……。

次に目を開けた時……。

あなたが……側で……皆と、一緒に……。

 

『みんなで盆踊りをしよう』

 

痺れる舌で言った。

 

『彼岸花も、見に行こう』

 

痛む頭で、約束を告げた。

 

はい、約束、します。

もう、二度と、その約束を、手放したりしません。

 

『一緒に……』

 

はい、いつか、一緒に……。

 

……。

……。

 

 

……セーブ、必要ですか?

うん

もう大丈夫←

 

………………ああ、分かったよ。

 

彼岸花のおかげできれいに取れた。さよならナイスでイケてる角。

 

『半分になった彼岸花』

神の手により分けられた白の彼岸花。

人とは違う、神の愛の形。

混ざってしまった境界を分ける力を持つ。

神は「あちら」の世界へ。

人は「こちら」の世界へ。

住む世界は違えど、お互い寄り添いあい、生きていく。

ずっと昔から、神も人もそうやって生き、死んでいったのだろう。

 

死は終わりではないことを、誰もが知っている。

想いは永遠。失われず、色褪せることもない。

例え死が二人を裂き、離れ離れになったとしても、心から想い続けることは出来る。

 

人理焼却、人理再編……全てが終わった後、輝く星と天に旅立った人を見上げながら、美しい神は懐かしい思い出を何度もなぞった。

ただ一度だけの大冒険、常に傍らに居てくれた、あの、人の笑顔を。

 

 

その35

 

2019/08/06

 

夏休み特異点(アルジュナオルタルート)

 

遠い場所から、柔らかい声が聞こえる……。

 

カルデアのマスター。

彼に、夜明けを見せてくれたのですね。

もう大丈夫。

あなた()()は別れ、あるべき形に戻り、アルジュナの機能は正しく修復されました。

…………彼の語った通り、私と彼は同じ記憶を保持しているが、連続性はない。

連続性のない個体を同一人物と呼べるかどうかは……あなたの認識に任せることにしましょう。

彼は、まだ全てを得る(失う)前の……無限の可能性を持ったアルジュナ。

どうか、側にいてあげてください。それが、散った私と彼の確かな違いとなるのですから。

……そのような顔をなさらないで。

見ているだけで救われる、という事もあるのです。

さようならカルデアのマスター。

世界の果て、時の終わる場所より、何時も見守っています。

 

あと、いつかリベンジに行くかもしれないので体を温めておいてください。

具体的に言いますと来年のメモリアルクエスト……とか?

通常攻撃が三回攻撃で全体攻撃でクリティカル率高め、前座にはあのアルターエゴを置く……かもしれません。

カルナとキャスターを優先的に攻撃する思考やも……。

おや、少し笑いましたね?

……ふふっ、神はその、人の笑顔をもう一度見たかったのかもしれない……。

 

私はあなたを観た。そして今、別れを告げる……。

……………………では、今度こそさようなら。

また……どこかで。

 

 

 

畳の井草の香りが鼻をくすぐる。

廊下をぺたぺたと素足で歩く音がする。

布団の中で美しい夢の名残を惜しんでいると、ふすまがするすると開いた。

 

おはようございます、マスター。朝ですよ。

 

『おはよう』

 

今日は夏祭りの日です。

私も皆さんとご飯をいただいたら、インドマートに戻り祭りの準備をします。

マスターはどうされますか?

 

『浴衣』

 

はい、約束ですものね。

昼頃に休憩をとれる予定です。その時に買いに行きましょう。

 

『盆踊り』

 

開始には間に合いませんが、数十分でしたら踊れるかと。

 

『彼岸花』

 

浴衣を買いに行くルートの一つに、小川沿いの道がありました。

行きすがら、一緒に見ましょうね。

 

『アルジュナ』

 

はい。

 

『今、幸せ?』

 

いつも通りの彼に、いつも通りの声で言葉をかける。

問いかけに、あどけない少年の笑顔を浮かべながら彼は答えた。

 

はい。とても。

私…………幸せです。

 

その笑顔の意味を深く感じ取ってから、両腕を使い起き上がる。

頭を左手で撫で、寝癖を直す。

布団を片づけるのは後にして、彼と一緒に、朝ご飯を食べに食堂へ行くことにした。

ふすまを後ろ手にぱたんと閉め、板張りの廊下を二人並んで歩いていく。

 

……部屋の中には、誰もいなくなった。

山から吹き抜けてきた風が開け放たれた窓から入り、小さな花瓶に入った白い彼岸花を揺らして、黒いガラスの風鈴は涼しげな音をちりちりと鳴らす。

合唱を繰り返す蝉の声、雲一つ無い晴れた空。

──二度とこないありふれた夏の日が、始まろうとしていた。

 

 

……アルジュナオルタルートをクリアしました

 

セーブ、しますか?

もう大丈夫

ありがとう←

 

……感謝の言葉を贈った。

 

……………………俺という「黒」の存在が、こんな所で役に立つとは。

数百年も前に必要とされなくなったと思っていたが、なかなかどうして……。

カルデアのマスター、そんな顔をするな。

特異点でのアルジュナの記憶、機能ともに修復完了している。

思い出、感情、感覚に破損はない。

俺が途中から奪っていた……マスターのセーブやロード機能は、元の所有者へ返した。

……ふっ、神は神のまま、人は人のまま……か。そうだ、その通り。

流石はアルジュナだ、最後には必ず正答にたどり着く……まったく……誇らしいよ。

俺の役目は全て終わった……では、さらばだ、カルデアのマスター。

星の下、白き玉座、約束した場所でいつか巡り会おう。

 

アルジュナと同じ形をした真っ黒な人型は、幕を降ろすかのように外套をひるがえすと、星煌めく水面に小さな波紋を幾つも立たせながら、暁の星昇る方へ去っていった。

 

 

 

『君が選んだ彼の浴衣』

柄に好みはないと言っていた彼の代わりに選んだ浴衣。

落ち着いた色合いで、長身と角によくマッチしている。

尻尾は……帯との兼ね合いに苦労したが、何とかした!

盆踊りの腕はめきめき上がり、そのうちカルデア盆踊り名人の認定証を授かる日も近いだろう……。

穏やかな笑みを浮かべながら、提灯の灯りに照らされて踊る彼の姿は、見ているこちらまで楽しくなってくるほどだ。

 

 

『神が観た彼の夢』

世界の果て、時の終わる場所にて。

神は石に座ると、顔を上げそれを眺めた。

自分ではない自分の日常、幸福、冒険を。

全てを得た(失った)神は微笑むと、手の届かぬ星のようなその夢を胸の奥に仕舞い、眠りについた。

閉じたまぶたの裏に浮かぶのは、在りし日の、まだ英雄であった時の正しい姿。

愛を忘れていなかった頃の、自分だった。

 

時は戻らず、落ちた枝の花は二度と咲くことはない。

それでも、「もしも……」と、生まれるはずの無かった未来を、人も神も夢みてしまう。

夢は巡り、いつかきっと、世界へ現れるはず。

死んだ命が長い時を経て、再び生まれてくるはず。

……そんな希望の夢すら、描かずにはいられない。

その想いは、どことなく祈りに似ていた。

 

 

おかえりなさい。

〔ファイル5〕にセーブします、よろしいですか?

はい←

いいえ

 

セーブしています……

 

セーブが完了しました。 

お疲れ様でした。電源をお切りください。

 

 

夏はまだまだ始まったばかり!沢山のサーヴァントと色んな思い出を作ろう!

 

 

『彼の深淵』

深くて遠く、温かい暗闇。

誰もが持っているものであり、善や悪などで分けられないもの。

かつて英雄はこれを友と同じ名前で呼び、時には傍らにまるでいるかのように振る舞った。

数千年の時が経ち、人の形を忘れたが、ずっと英雄を支えていた。

……いつか再び、彼とあなたの前に現れるかもしれない。

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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夏休み特異点シーズン2アルジュナ(オルタ)ルート追加ディスク

(こちらの文章は通常の小説と同じ様式になっております)

『君が見た彼の星空』エンドの続きを読みますか?

はい←
いいえ

本当によろしいですか?

はい←
いいえ



私の名前はマシュ・キリエライト。

人理継続保証機関フィニス・カルデアに所属するスタッフで、デミ・サーヴァントで。

ある人の、後輩でした。

 

「おはようございます、マスター」

ガラス張りの部屋に足を踏み入れる。

 

「おはようございます、マシュ・キリエライト」

ベッドに座っている彼は私を見上げ、人なつこい笑みを浮かべた。

 

「コーヒーを入れますね」

「ありがとうございます」

電気ポッドを使い、湯を沸かし、インスタントコーヒーを作る。

真っ白なソーサーに乗せて、彼に手渡した。

 

「良い香りがします」

「お砂糖とミルクは?」

「初めは、ブラックで飲んでみます」

唇が白いカップに触れ、熱い液体が喉へ送られていく。

その動きのどこかにあの人を見い出したくて、じっと観察をした。

彼が、ソーサーにカップを置く。

 

「マシュがこの間貸してくださった……シャーロック・ホームズの物語、全て読んでしまいました」

「面白かったですか?」

「ええ。魔犬の正体が、あんな科学的なトリックだったとは……」

物語る彼を見つめる。

あの人の痕跡を、探す、探す、探す。

 

「私の顔に、何か……?」

「いいえ、違います……マスター」

純粋な疑問を顔に浮かべながら、彼は首を傾げる。

黒色ではない彼の光彩に、目の下に濃いくまを浮かべた私の顔が映っていた。

 

「カルデアのみなさんは優しいですね。

私のようなよく分からない存在にも、こんなに親身になって関わって下さる……」

彼は、私が貸したハードカバーの本を撫でる。

 

「早くこの部屋から出て、みなさんのお役に立ちたいです。

だって私は──」

彼は穏やかな笑みのまま、告げる。

 

「人類最後の、マスターなのですから」

心臓が鷲掴みにされたかのように痛んだ。

動悸が激しくなって、視界が明滅する。

 

「……マスター、次は、新しいご本を、持ってきますね」

「楽しみです、マシュ・キリエライト」

彼に体調不良を悟られない内に、部屋を退出した。

暗い廊下の冷たい壁に背中をつけたら、そのままずるずると崩れ落ちてしまった。

膝を抱え、涙を流しながらかたかたと震える。

 

「もう……先輩はいない……」

どうしてこんな事になってしまったのだろう。

真夏の特異点に迷い込んだ先輩の反応がロストして、その後に、入れ替わるように『彼』が現れた。

身長も体重も、何もかも先輩と違うのに、何回計算しても、結果は同じだった。

 

『彼は、人類最後のマスターと、同一の存在である』

誰もが絶句して、理解出来なかった。

 

「マシュ」

名を呼ばれて顔を上げる。

 

「Mr.ホームズ……」

パイプを手の内に持ったホームズさんが目の前に立っていた。

 

「彼は、感づいていると思うよ」

「……そう、なのですか」

「ああ」

ホームズさんはパイプに火をつけた。

 

「ここは禁煙です、怒られますよ」

「誰にだね?」

真っ白く濁った煙が吐き出される。

 

「聖杯探索に、出ようと思っています」

目を見ず、下に向けたまま会話を続ける。

 

「聖杯があれば、先輩を、取り戻せるかもしれない」

涙を拭ってから、顔を上げた。

 

「出発は明日です。多くのスタッフさんが協力してくれるそうです」

「そうか」

「Mr.ホームズは、どう……されますか」

ホームズさんはパイプを口から離し、天井へ登っていく煙を目で追う。

 

「今は、語るべき時ではない、かな」

煙の形はうつろい、消えていく。

 

「さようなら、Mr.ホームズ」

「いってらっしゃい、気をつけて」

両手を壁につけて、何とか立ち上がる。

出発は10時間後。睡眠薬で眠って、少しでもコンディションを整えなければ。

 

 

 

 

廊下の暗闇に足を踏み入れていくマシュの背中を見送り、ガラス張りの部屋へと入った。

 

「ごきげんよう、マスター」

「シャーロック・ホームズ。先ほどマシュ・キリエライトが来ていました」

椅子に腰をかけ、彼を観察する。

 

「君はこれから何をしたいかな?」

彼は口を開け、黒色ではない瞳の視線を泳がせた。

 

「自己の欲求が分からなくて……私が、発生したばかりだからでしょうか」

迷える彼に、紙の束を手渡す。

 

「これは?」

「カルデアで起こった出来事をまとめたものだ」

「ありがとうございます! わぁ……」

無邪気に喜んで、そのレポートをめくり、読み始めた。

 

「これを書いた方は、今どちらへ?」

「ふむ……」

口寂しいので、私は紅茶を入れることにした。

 

「さぁ、どこへ行ってしまったのだろうね……」

電気ポッドの湯が沸くまでの間、手を組んで、青空ではない天井を見上げた。



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