天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。 (紅銀紅葉)
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神を目指した者たち
プロローグ


「俺、家出てプロモーターになるわ」

 

 そう切り出すと、天童家の一室──俺の部屋に重い沈黙が訪れた。

 緊張がピークに達し、渇いた唇を舌で湿らせる。それでも落ち着かないので堪らず水を口に含む。含む。含む。含……いや長すぎない? 気が付けば五百ミリリットルペットボトルの中身は空になっていた。

 小さな来客用の机を挟んで俺の向かいに座る少年少女──義弟と義妹。ペットボトルのビニールを剥がしながら視線を向けるも、二人は厳しい表情のままピクリとも動かない。

 

「俺、天童家から出てプロモーターに」

 

「ちゃんと聞こえてるわよッ」

 

「あ、そうなの……」

 

 このまま待ち続けるのもどうかと思い再度口を開いた。すると義妹の木更は裏切られたカエサルの如く憤慨し、義弟の蓮太郎は元の不幸面が五割増しに見えるほどの落胆を見せる。ところでカエサルってなにした人なの。

 とりあえず水でも飲んで落ち着こうぜ木更。話に集中するあまり、出されたコップに一切口を付けていないじゃないか。飲んでなくないwowwow

 

「ふざけないでよッ」

 

 アッハイすみません。

 まさかの台パン、まさかの叫喚。蓮太郎ならまだしも、木更のお嬢様あるまじき言動に気圧される。蓮太郎がやっていたら黙れドン太郎(略してれン太郎)になってしまってたわね……。

 

「理由、聞いてもいいか?」

 

 どうして、なんでを繰り返す木更を制して、いくらか冷静な蓮太郎が言葉を絞り出した。

 

 理由……理由? そんなこと聞かれても困ってしまう。ここまで激しく詰め寄られるほどの理由はない。強いて言うならその場のノリと義兄たちの策略だ。

 

『誕プレなに欲しい?(意訳)』

 

『誕プレ(バイクの)免許欲しい』

 

『わかった(民警の)免許だな』

 

 などというコントみたいな流れで気が付いたらプロモーターの免許(ライセンス)を取得していた。

 なにを言っているのかわからないかもしれないが、俺もなにをされたのかよくわかっていない。

 と言っても講習は全て受けたし、プロモーターは戦車と戦闘機以外はなんでも運転できると知ってからは結構乗り気だったのだけど。

 ちなみに民警とは民間警備会社の略で、人類と敵対するガストレアと呼ばれる寄生生物をぶっ殺している野蛮集団である。このライセンスがあれば銃やら刀やらを持ち歩いても罪に問われない。プロモーターは戦闘員の監督役みたいな感じ。

 

 そうこうしている間にこれまた別の義兄が『じゃあ俺は住む家を用意してやろう(訳:お前は邪魔だからさっさと天童家から出ていけ)』なんて言い出して高級マンションの最上階を購入。俺は俺でまったくクズの金で住む家は最高だぜと快諾してしまった。いまでは後悔しかない。というか俺、高所恐怖症だった。

 

 思考に耽っていただけなのに言いづらくて黙り込んでいると勘違いされたのか、なにかを察したかのように悲し気な表情になっている木更に気付く。

 待ちなさい話はまだ始まってすらいません。

 木更の目に水滴が溜まる。蓮太郎が悔しそうに歯噛みする。俺は無力だとか言い出しそうな顔やめろ。

 違うんだってそんなシリアスな理由じゃないんだって。前世が苦学生すぎて免許取れなかったからホイホイ着いていっただけなんだって。

 

 木更が声を震わせている。

 

「お兄様も、私を置いていってしまうの……?」

 

「木更さん……」

 

 おっと木更そんな目で俺を見るんじゃない。胸が痛い胸が。蓮太郎も蓮太郎だ。『木更さん……』じゃねーからなお前。マジアレだかんな。泣いてる木更の背に手を回すくらいしろよボケナスコラ。

 

 木更の精神状態は不安定だ。たぶん、鬱病。義兄や祖父の策略でガストレアに両親を食い殺され、さらにはそのときのストレスで持病の糖尿病が悪化。腎臓の機能がほぼ停止している。

 これ以上彼女に天童の裏切りを実感させるのはよくないかもしれない。どうしたものか、義兄たちから受けた迫害を話せば木更の憎しみが増すだけだ。ここはもうひとつの理由を正直に話すべきだろうか。

 ……いや待て。コレあれじゃない? 俺が天童家を出なきゃいけなくなったもう一つの理由をコイツらに説得してもらえば解決じゃない? 

 

「なあ二人とも、よく聞いてくれ」

 

 覚悟を決め、静かに息を吐く。

 

「言われたんだ、助喜与師範に」

 

 場にシリアスな雰囲気を醸し出しつつ、俺は慎重に言葉を紡いだ。

 

「『次の昇級試験までに技名を全て覚えられなければ、貴様を破門とする』って……」

 

 何を隠そう俺は天童式戦闘術の有段者である。最近の俺はステージⅠガストレア程度なら徒手空拳でちぎっては投げ、ちぎっては投げ……真の野蛮人は俺だった。

 

 そんな俺ももう高校生。そろそろ落ち着きを持ち、将来を見据えて行動していかなければならない。

 具体的には技術のみならば免許皆伝も夢ではないというのに、技名をひとつも覚えられないとかまじ卍。タピオカブームに乗っかって司馬重工の令嬢と「黒の銃弾(タピオカ・ブレット)www」とか言ってオモシロ兵器を作っている場合ではないのだ。

 

 ──というのが師範の意見。

 

 しかし俺の堅い意志はそう簡単に変わらない。頑固? そうとも言いますね。

 技名覚えるのはめんどくさいし、一々技名叫ぶのも恥ずかしいし、弟弟子である蓮太郎の足は臭い。

 やってられっかクソ野郎。

 

 ──というのが俺の意見。

 

 ならばそれを二人に協力してもらって有耶無耶にしようじゃないか。

 そうすれば俺は家を出ていかなくて済むし、二人は大好きなお兄ちゃんと一緒にいられるし、ジジイは弟子たちに〝お願い♡〟をされて大満足。パーフェクトストラテジー。誰も損しない。

 

 俺の決意を汲み取ってくれたのだろうか。二人の顔からは先ほどまでの悲し気な表情はなくなっていた。

 わかってくれたかお前たち。

 

 立ち上がってこちらに近づいてくる木更。ビックリして木更の顔を伺ってみる。

 

 失われたハイライトッ! 

 直後おおきく振りかぶって迫り来る拳ッ! 

 

 その鋭いパンチをひょいと躱すと、木更は勢い余って転倒した。

 

「あっ」

 

 声を上げたのは我関せずといった様子で机をどかしていた蓮太郎。あら邪魔にならないように避けてくれたのねありがとう……じゃなくてッ。

 

 四つん這いに蹲った木更に視線を戻す。彼女は顔を真っ赤にして憤慨していた。ひっひっふーっとラマーズ法で呼吸を始める木更の怒りは計り知れない。正直言って面白い。

 

「なんでかわすのよ腹立たしいわねッ」

 

「ハッハア、お馬鹿め! 刀を持たないお前など俺の敵ではないわッ」

 

 歴代多くの政治家を輩出してきた天童家。養子の俺に与えられた部屋でさえ無駄に広く、木更がいくら俺を追いかけまわそうが捕まることはない。

 

「いい加減……捕まり、なさい、よ……」

 

 体力のない木更から逃げるのは容易い。故に注意が散漫になっていたらしい。

 

「だって絶対に殴るじゃんお前──あッ」

 

 途切れる言葉。タンスにぶつかる小指。続いて悲鳴。

 

「ぐあああああッ!!」

 

 俺は思わずその場に蹲る。しかしこの状況でそれは命取りになるわけで。

 

「ちょ、タンマ。いま絶対にタンスが動いた! 今のなし」

 

「ねえよ」

 

 蓮太郎が肩を震わせている。笑ってんじゃねえぞテメ──ハッ⁉ 背後に殺気!

 

「他に何か言い残すことはあるかしら」

 

 次の瞬間、衝撃。頭が吹き飛んだかと思った。それはさながら女神(シスコンではない)のゴッドブロー。まあ木更はゴッドブローというよりカースド・クリスタルプリズンなのだが。俺まだ何も言い残してない……ガクッ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 俺はその翌日、泣きながら天童家を出ていった。

 

 ──見送りにはジジィとジジィしか来なかった。

 

 

 



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「ろ、ろく、かぶと……むし?」

 里見蓮太郎にとって彼は、憧れの存在だった。

 天童式戦闘術の有段者であり、蓮太郎にとっての高弟であり、一番歳の近い義兄。

 

 天童(てんどう)紅蓮(ぐれん)

 

 彼の想い人の木更と並んで、かけがえのない大切な存在だった。

 

 だから彼が天童の屋敷を出ていったあの日、最初こそ『またくだらないことを言い出したな』と呆れていたが、義兄たちの密会を偶然盗み聞いてしまい蓮太郎は天童家への不信感を募らせることとなる。

 

『奴は大切な弟であるがいかんせん甘すぎる。なにより正義感が強い。我々の計画が表沙汰にでもなれば……』

『だから言ったではないか、あのとき親父殿とまとめて始末しておけば──』

『ふ、ふざけるなッ! 血の繋がりは無くとも、アイツはかけがえのない弟なのだぞッ!』

『口を慎め和光、あまり紅蓮に深入りするな』

 

 こうして蓮太郎は兄が家を出ていった真の理由を察した。

 元より蓮太郎は天童家に期待していない。幼少期に仕向けられた明確な悪意に命を脅かされたあの日から、蓮太郎は天童家を信用していない。

 それでも天童には身寄りの無かった自分を拾い育ててくれた恩義がある。なにより、いまは亡き両親が友人だと言った当主・菊之丞を信じたい気持ちが残っているのは確かなのだ。

 木更に事情を伝えるべきか迷ったが、自分ひとりではどうすることもできない。『天童』の名を持つ彼女にしか動かせないツテもあるだろう。

 

 後日菊之丞を問い詰め、義兄たちが用意したという紅蓮の新居を訪ねたが既にもぬけの殻だった。

 

 紅蓮が行方を晦ませてから三年。未だ彼の消息はつかめない。

 

 

 

 ■

 

 

 

 防衛省庁舎の会議室。

 突如響き渡るけたたましい笑い声に、その場に招かれていた蓮太郎は緊張を高める。

 

『誰です』

 

私だ

 

いや誰だよ

 

 直後、燕尾服の怪人は吹き飛ばされた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 追記。いま見つかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 やっべ、なんか勢いでよくわからん仮面殴っちゃった。呪われてないよね? 

 

 平日の昼下がり、自宅で楽しく提出期限本日十八時までのレポートを作成していたら防衛省から呼び出しを食らった。

『単位やべーんすわ』と断ったら、今度は聖天子様(国家元首)から直接電話かかってきて体育館裏来いオラァ! みたいなノリで呼び出された。

 わけがわからないよ。この講義、奇跡も補講もないんだよ? 

 

 会議室にたどり着いてそうそう(遅刻)、きんもち悪い長身の男がテーブルに足乗っけてたから思わず殴り飛ばしてしまったが、俺は悪くないと思う。

 

『ごきげんよう、天童さん』

 

 静まり返った会議室に凛とした声が響く。礼儀正しい挨拶だったがなんだか棘を感じる。

 声の方、特大パネルに映る銀髪の少女と目が合った。どうやら依頼人である彼女は別の場所にいるらしい。背後に映る高そうな絵画や天蓋付きのベットを見るに居所は聖居内にある彼女の私室だろうか。

 

「ごきげんよう、聖天子様。ところでコレ、何の集まりだ?」

 

 ぐるりと首を回し会議室全体を眺め渡す。

 広い会議室の中央には細長い楕円形の卓、その周りには民間警備会社の社長たちと、彼らの傍らでプロモーター(大人)イニシエーター(十歳ほどの少女)が警戒していた。

 

 聖天子は一切表情を崩さない。それに反して彼女の後ろに控える老人の顔は怒りに染まっている。天童菊之丞。聖天子付補佐官にして、俺の養父。気まずくなって彼とは極力目が合わないようにしつつ、聖天子に疑問を投げた。

 

『天童さん……天童紅蓮さん。わたくしはあなたに、直接聖居に来るようお伝えしたはずですが』

 

 聖天子は俺の名を呼んでから菊之丞と木更を見て呼び方を改める。そうだね、みんな天童だね。

 

「いや~、最初の電話だと、防衛省がどうのとか言ってたし──」

 

 ──あんまりジジイと会いたくなかったし。

 

 言外にそんな意思を込めた。

 仮面男を殴り飛ばす際に使った右手をプラプラさせて具合を見る。うーん手首痛いからって言えば提出期限伸びたりしないかな。

 

 俺がパネルから視線を外すと、国家元首の話を邪魔しないよう黙っていた民警たちがざわめいた。

 

「アレ、天童紅蓮か?」

「あああの頭のおかしい」

「東京エリアの『一緒に仕事したくない民警ランキング』一位の奴か」

 

「おい待て、何だそのランキングは」

 

 俺の頭のどこがおかしいというのか。イニシエーターがいないいま、そんな噂を立てられたら仕事無くなるだろうがふざけんな。

 

 陰口を言っていた連中の所属会社を確認しようと卓上の名札を確認していると、「おい」と声を掛けられ振り返る。相手の顔を確認すると、俺は一瞬目を見開いて、すぐに表情を引き締めた。

 少年は表情を険しくして歩みを止めない。俺は構えるでもなくただその場に立って待つ。

 

 俺たちの距離が互いに手を伸ばせば届くほどまでになった時、周囲のざわめきはピークに達し、少年の腕が跳ね上がる。

 そして──

 

 ──俺は迷うことなく少年の腕を捻った。

 

「ぐあああああ! 何すんだッ?」

 

「わお、ごめん」

 

 パッと手を放し両手を上げると、不幸面の少年は腕をさすりながら恨みがましそうに睨みつけてくる。

 

「普通腕を組む流れだってわかるだろ」

 

「俺にそういうのを求めるなよ、わかるだろ」

 

「俺が悪いのかッ?」

 

「久しぶりだな蓮太郎。元気か?」

 

「たったいま元気じゃなくなったところだよ、紅蓮兄ぃ(ぐれんにぃ)

 

 呆れ混じりのため息を吐きつつも、声音は弾んでいる。険しい表情だったのは不格好に笑いそうなのを堪えていたのだろう。かくいう俺も目元に力を入れていなければ笑ってしまいそうだ。

 

「それにしてもいままでどこに……いや、それより今の技、『轆轤鹿伏鬼』か? 凄まじい威力だな」

 

「ろ、ろく、かぶと……むし……?」

 

 そんな長ったらしい名前の技は知らない。蓮太郎は「相変わらずみたいだな」と笑った。

 

「というか木更は? お前が来てるってことは社長であるアイツもいるんだよな……っと」

 

 蓮太郎がさっきまでいた場所を視線でたどって、件の少女の姿を見つける。

 

「なんだいるんじゃねーか。挨拶くらい──アイツ何見てんだ?」

 

「──まさかッ⁉」

 

 蓮太郎がなにかに感付くと同時、木更の視線の先で仮面の男が体を反らせて跳ね起きた。

 俺と蓮太郎は即座に木更の元へ移動して、彼女の前に並び立つ。

 なんかすんごいパンチ(名前忘れた)の衝撃でぐるりと回転した頭を奴は力任せに正面に戻すと、しっかりとした足取りで卓の上に飛び乗った。

 

「お見事、兄弟揃ってなかなかに優秀なようだ」

 

 わざとらしい拍手と共に少しばかりの興味を向けられ、今度は蓮太郎に体制を向ける。

 

「元気だったかい里見くん。我が新しき友よ」

 

 絶対呪い系のあれじゃん。妖怪だよ妖怪。いまの確実に首折れてたもん。しかも目付けられたやつじゃん。

 

「蓮太郎、友達は選んだほうがいい。俺的には菫先生がギリギリ許容範囲内」

 

「奴が勝手にそう言ってるだけだッ。紅蓮兄ぃ気を付けろ、並の民警じゃ歯が立たない」

 

 蓮太郎の握った拳が震えている。僅かに体が強張っていることから、彼らの間に因縁めいたものを感じる。

 この場には数十人と優秀な民警たちが集っているというのに、誰もが唖然として動けないでいた。

 

『名乗りなさい』

 

 沈黙を破ったのはパネルに映った聖天子だ。

 

「これは失礼」

 

 男はシルクハットを取り優雅に礼をする。

 

「私は蛭子影胤。これから世界を滅ぼす者だ」

 

 怖気が走り、咄嗟に銃を抜いた。それにつられるようにして、周囲の民警たちが一斉に、影胤を囲むようにして戦闘態勢に入る。

 

「貴様、なんのようだ」

 

「今日は挨拶だよ。私もこのレースにエントリーすることを伝えておきたくてね」

 

「エントリー? 今回の依頼と関係あるのか?」

 

 なにそれ俺知らない。遅刻したから聞いてない。

 キョドっているのがバレたのか、背後の木更が耳打ちしてきた。

 

「昨日東京エリアに侵入したガストレアの排除と、そのガストレアに取り込まれているスーツケースの回収が今回の依頼よ。中身は──」

 

「──『七星の遺産』は我々がいただく」

 

 影胤の聖天子を煽るような発言に、彼女は観念したように一瞬目をつぶった。それもそのはず『七星の遺産』に関する情報は一介の民警には開示されていない。聖天子一派しか知らない東京エリアの最重要機密。

 そこで疑問が一つ解消される。俺を聖居に招いたのは『遺産』の存在を知っている俺を警戒してか。

 

「おや? 君たちは本当に何も知らされずに依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想に」

 

 一方民警たちは、聞き覚えのない単語が飛び出したことで困惑していた。

 

「諸君ッ、ルールの確認をしようじゃないか! 私と君たち、どちらが先に『七星の遺産』を手に入れられるかの勝負といこう。掛け金(ベット)は君たちの命でいかが?」

 

「黙って聞いてればごちゃごちゃと」

 

 くぐもった声の主は、バスターソードを構えたドクロのフェイススカーフの大男。

 

「ぶった斬れろや」

 

 そう呟いて男は踏み込んだ。速い。バラニウム製の漆黒の巨剣が影胤の首に迫る。しかし突如横合いから走った凄まじい斬撃に、大男は為す術なく吹き飛ばされた。

 

「ぐあああああ!!!」

 

 バスターソードごと両腕を失った男は、夥しい量の血を流してその場に蹲る。

 

「ざーんねん!」

 

 なにが楽しいのか、影胤は愉快そうに嗤う。

 

「丁度いいタイミングなので私のイニシエーターを紹介しよう。小比奈、おいで」

 

「はい、パパ」

 

 バスターソードの男を斬った犯人が姿を現す。ウェーブ状の短髪、黒いワンピースの少女の手には二本の小太刀。腰の鞘から血が滴っていることから、彼女が会議室(ここ)にたどり着くまでに何人もの職員が犠牲になったことを察して怒りがこみあげてくる。

 少女は影胤の横に並び立つと、スカートをつまんでお辞儀した。

 

「蛭子小比奈、十歳」

 

「私のイニシエーターにして娘だ」

 

 あのイニシエーター、ウチの元相棒より数段は格上だ。少なくとも、序列三百位以内の実力は有しているだろう。そしてそれを従える影胤も……。

 

「では諸君。私はこの辺でおいとまさせてもらうよ」

 

 ハ、と我に返る。逃がすか。

 

「君もしつこいね。それではお返しだ──『マキシマム・ペイン』」

 

 飛びかかった矢先、影胤を取り囲むように青白い燐光が見える。

 直感的に危険を察知したときにはもう遅い。青白いフィールドが大きくふくらんだかと思うと、直後衝撃に襲われる。あっけなく弾き飛ばされた俺は、壁に叩きつけられ血を吐き出した。

 

「紅蓮兄ぃッ!」

 

「なんだいまのはッ」

 

「斥力フィールド。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる。

 改めて名乗ろう。私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

「……機械化兵士だと? 実在するわけが……」誰かが掠れた声で呻く。

 

「信じる信じないは君の勝手だよ。ところでそっちの君、なかなかやるね。名前は?」

 

 品定めでもするかのように目を細める影胤。テロリストに名前を覚えられるのは嫌だな……。

 

…………薙沢……彰磨だ

 

天童紅蓮くんだね。またどこかで会おう、紅蓮くん、そして里見くん」

 

「おい! 薙沢彰磨だっつってんだろ! 薙沢彰磨! 職業プロモーター、副業探偵の薙沢彰磨をよろしくお願いしますッ!!!」

 

「やめろ紅蓮兄ぃ手遅れだッ!」

 

「そっちの名前で呼ぶなァ!」

 

 一瞬「え? 彰磨兄ぃって民警やってるの?」みたいな空気になりかけたが無視する。

 

「さて、今度こそ失礼するよ。絶望したまえ民警の諸君。滅亡の日は近い」

 

 蛭子ペアは白けた空気に完無視キメて、窓を突き割りそこから飛び降りる。

 

 静まり返る室内。脅威は去った。しかし誰もがその場から動けず、追いかけようとはしなかった。

 

「う、ぐ……」

 

「紅蓮兄ぃ! 無事かッ?」

 

 思い出したかのように訴え始める痛みに俺が呻き声を上げると、我に返った蓮太郎と木更が駆け寄ってくる。

 全く無事ではない。さっきから震えが止まらない。ハナから無理だったのだ。勝算など、あるはずがなかったのだ。

 

 思い出すのは数時間前の電話。

 

『お願いします教授! レポートの提出期限、明日……いや、今日の二十四時まで延ばしてもらえませんか! どうしても外せない用事なんです!』

 

 身体の具合を確かめる。骨にヒビが入っていそうだ。この傷ではまともにパソコンに向かうことは叶わないだろう。

 

「終わった……」

 

「お兄様⁉︎」「紅蓮兄ぃ⁉︎」

 

 ちょ、やめて揺すらないで。痛い、やめて、やめ……やめろ! 

 あまりの痛みと絶望に、俺は意識を手放した。

 

 

 




ネタバレすると主人公の転生特典は「家族に愛される」です。スーパーエリート一家だとある意味チート。


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天童は技の名前だけでなく人の名前もややこしく人数も多い

 呻き声とともに目を覚ます。壁に掛かった時計を確認すればもう昼近い。痛む身体に鞭打ってベッドから這い出ると、携帯片手にリビングに移動した。

 一人暮らしの大学生にはいささか広すぎる三LDK。それでも比較的低い階層にあるこの部屋はそこそこに気に入っていた。

 

 身支度を済ませてから朝食兼昼食の用意に取り掛かる。そして気が付いた。数日前と比べてスムーズに身体を動かせるようになっている。痛みはまだあるが、戦闘に支障は出ないだろう。

 

 雑に扱えば呪われそうな怪人を殴ってみたら単位落とした(まだわからないけど多分落とされる)事件から数日。

 俺が内臓いたいいたいしている間にも、事件はさらに加速し続けていた。

 

 昨日、蓮太郎が『七星の遺産』を取り込んだガストレアの追跡中、外周区にて蛭子影胤と交戦。

『七星の遺産』が入ったスーツケースは奪い去られ、影胤の捜索は現在も続けられている。

 

 深手を負わされた蓮太郎が発見されたのは現場となった河の遥か下流。

 医者もさじを投げかけるほどの生死をさまよっていたが、それでもなんとか持ち直して、いまは延珠ちゃんが付き添っているはずだ。

 

 朝食を用意し終えたタイミングで携帯が鳴った。なんだよ、とぼやきつつも三コール以内に出ると相手は聞き覚えのある女性の声だった。

 

『紅蓮さん、私です』

 

「どなたですか」

 

『…………』

 

「いやだってアンタ、いつも俺のこと苗字で呼ぶだろ。やめてくれ心臓に悪い」

 

 驚くことに相手は聖天子。突然のことにドキドキしながら、それがバレないように軽口を叩く。

 

『私の周囲には天童の血縁者が多いものですから。あなたと菊之丞さんと、それから四人のお兄様とも面識があります。それに天童社長とも……』

 

「はいすみません聖天子様どういったご用件で」

 

 なんだかむず痒くなって、彼女の言葉を遮った。

 

『……蛭子影胤追撃作戦が始まります。多数の民警が参加する史上最大の作戦です。病み上がりで申し訳ありませんが、私はあなたにもこの作戦に参加してほしいと思っています』

 

「そういうことは高序列者に言ってくれ。アンタのほうで動かせる民警の中には、蛭子影胤より高い序列の者だっているはずだ」

 

 民間警備会社──略して民警は対ガストレア戦のプロフェッショナルだ。

 監督役(プロモーター)戦闘員(イニシエーター)。全世界で二四万組が登録される組織だが、この狭い東京エリアにも超高序列者は多数存在するはずだった。

 聖天子が答える。

 

『ここ東京エリアにおいて、天童紅蓮以上の戦闘力を有する民警がいるのであれば』

 

「いや、そりゃまあ相手が生身の人間なら百番台のイニシエーターでも勝てるかもしれないけどな。今回ばかりは相性が悪すぎる。なにせ国家が秘密にしてきた最強クラスのサイボーグだ」

 

『新人類創造計画』。

 身体の一部をバラニウム合金の機械に取り替えたデウスエクスマキナ。

 使用者に強大な力を与える半面、代償として多大な負担を強いることとなる。なりふり構っていられなかった、ガストレア大戦時代の汚点。存在するはずのない非人道的技術。国家が隠すのも当然のことだ。

 

 そして彼らの戦闘スタイルは人間の常識から大きく逸脱している。

 

 蛭子影胤の機械化能力は斥力フィールド。それを用いた絶対防御。

 奴の使うフィールドは、対戦車ライフルの弾丸を弾き、工事用クレーンの鉄球を止める。

 俺にはそれを突破できるほどの破壊力は生み出せない。

 

「作戦には参加する。弟を殺されかけたんだ、俺だって仇くらいはとってやりたいさ。でも俺にできるのは『七星の遺産』の回収まで。聖天子様が直接発破をかけるほどの価値はないと思うけどな」

 

 特筆すべき能力のない、純粋な攻撃特化能力者であればどれほど楽だったか。これだから機械化兵士を相手にするのは嫌なのだ。

 

「奴の潜伏場所、どうせ『未踏査領域』なんだろ? なら俺のことはどっか適当な民警ペアに同行させてくれ」

 

 ガストレアが嫌う特殊な磁場を発生させる鉱物『バラニウム』。その特殊な磁場はガストレアの再生能力を阻害し、衰弱させる。

『未踏査領域』とは東京エリアを覆うバラニウム製の結界──『モノリス』の外の世界。

 

 いまの俺は序列を剝奪され、頼れるイニシエーターも存在しない。その状態でガストレアが闊歩する死の世界に単身乗り込むのは心細い。というか、絶対に迷子になる。

 

『その点についてはこちらでも考慮しています』

 

 タイミング良く通知音。了承を得て耳から携帯を放すと画面を操作する。送り主は聖天子。中身はひとりのイニシエーターのスペックデータだった。

 ぱっちりとした目元は大変可愛らしく見えるが、十歳にしては理知的な表情というか、どこか冷めているというか。写真でもわかるくらい不思議な雰囲気を持つ少女だった。

 

「あれ、でもこの娘ってたしか……」

 

『ご存知でしたか』

 

 聖天子の声が聞こえて、耳元に携帯を戻した。

 

「知ってるも何も、この前防衛省にいたよな、このせん……せんじゅ?」

 

『──千寿夏世(せんじゅかよ)。先日防衛省の一件でペアを失ったイニシエーターです。『IP序列』は千五百八十四位。私と国際イニシエーター監督機構(IISO)は協議の結果、天童紅蓮の序列剝奪処分を取り消し、千寿夏世との契約が認可されました』

 

「はぁ⁉」

 

 俺の裏返った声など気にも留めず、これは決定事項だと言わんばかりに淡々と。

 

『紅蓮さん、国家元首として命じます。彼女とともに『七星の遺産』を奪還し、東京エリアを救いなさい。あなたにはそれを成し遂げられるだけの実力があるはずです』

 

 

 

 ■

 

 

 

 午後九時。

 

 俺は死んでいた。

 いや正確には死にかけているといったほうが正しいか。とにかく震えと吐き気が止まらない。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「……大丈夫に見える?」

 

 蛭子影胤追撃作戦。奴らはモノリスを超え、ガストレアの闊歩する未踏査領域に潜伏した。場所は元千葉県の房総半島あたりらしい。そのため作戦に参加する民警たちは、ヘリでの移動となったのだが。

 

「死ぬよこれ死ぬ死ぬ死ぬジェットコースター以来だよこんな怖いのステージⅤより怖いよ死ぬ」

 

 俺は重度の高所恐怖症だった。それはもう、兄たちから与えられた高層マンションに住めなかったくらいには。

 弟妹からは行方をくらませた理由を問い詰められたが、普通に怖かっただけなんです。というか行方をくらませたつもりもないんです。ただ忙しかっただけなんです。それでも見つからなかったというのなら、木更と俺の接触を避けたかった兄たちの仕業だろう。そうだ奴らが悪い。

 

 意識を他所に向けたためか少しだけ気分が良くなる。冷静になってみれば、随分恥ずかしい行動をとっていた事に気が付いてなんだか居た堪れない気持ちになった。

 

「天童さんは、未踏査領域での任務は初めてですか?」

 

 気を使われたのだろうか、視線をあげると傍らの少女がこちらを見つめていた。

 やはり不思議な雰囲気の子だな、と思う。第一世代(十歳)には似つかわしくない、異様に落ち着いた態度。あらゆる感情を放棄して吐き出されるような言葉には、諦めのようなものを感じる。

 俺が以前組んでいたイニシエーターとは性格も戦闘スタイルも全然違う。

 

 千寿夏世。防衛省の一件で両腕を失ったバスターソードの男──伊熊将監のイニシエーター。

 

 聖天子の計らいで俺は彼女と契約を結ぶこととなった。

 

「いや、結界の外には何度か出てる。鉱山の調査や採掘者の護衛、あとはヤクザに攫われて違法採掘させられてる連中の救助とかな」

 

「フリーの民警は色々と苦労してるのですね」

 

「超がつくほど大手の『三ケ島ロイヤルガーダー』さんからしたらそう見えるだろうよ。そういう夏世はどうなんだ、外に出るのは初めてか?」

 

 コクリと頷く。どうやら夏世は根っからの現代っ子らしい。モノリスの結界が閉じてから生まれたのだから当然と言えば当然か。『奪われた世代(俺たち)』からすれば懐かしい世界だが、『無垢の世代(彼女たち)』にとっては中の世界だけが全てなのだ。

 

「聖天子様も無茶苦茶言うよな。ペア組んで数時間で『国家の危機に立ち向かえ』かよ」

 

「民警もお上のある仕事ですから。百番以内の民警でも無い限り、末端の我々ではただ従うしかないですよ」

 

 夏世は相変わらず感情の浮かばない顔で答えた。ずいぶん大人びたことを言う。この頃の子供が知ったかぶって大人が言うことを真似るのは良くあることだが、夏世は自分で考え、言葉を理解した上で話している。

 

「不思議ですか? 私が」

 

「いや、ごめん」

 

 煩わしそうにされ、視線を外した。話を戻そう。

 

「『疑似階級』だったか? たしか序列の向上に伴って軍の階級が与えられるんだよな」

 

「あくまで民警社員は国の持ち物だと主張しているのでしょう」

 

「『民間』なんて付いてても結局は政府の犬だもんなー」

 

 うへーと身体を仰け反らせたところでヘリが小さく揺れた。気分の誤魔化しがきかなくなり、ビクリ撥ねたあと夏世にしがみついた。

 

「もうダメ、限界」

 

「無茶苦茶なのはあなたもでしたか」

 

 嫌そうな顔だ。ようやく見せた表情がこれかー……。軽くショックを受けつつ会話に意識を向ける。

 

「作戦前に確認しておきたいことはないか?」

 

「いくらでもありますが、この短時間で解決できるようなものではないでしょう。天童さんが前衛、私が後衛。当意即妙の働きが求められますが、天童さんの戦闘スタイルが将監さんに近かったのが不幸中の幸いでした」

 

「近い? アレとか?」

 

思い浮かべるは主張の激しい鎧のような筋肉。比べるまでもなく体格差がありすぎる。パワータイプとスピードタイプくらいの違いがありそうだが。

 

「ええ、前衛に出しゃばるところがそっくりです」

 

 何も言い返せなかった。というか聖天子はそれを理由にコイツとのペアを勧めてきたのだろうか。これも軽くショックだった。

 

「い、イニシエーターが後衛ってのも珍しい話だよな。前組んでた奴は完全な前衛だったし。後ろでバックアップしてもらうだなんて考えたこともなかったよ」

 

「最初は慣れないかもしれませんが、こちらでタイミングを合わせます。司馬重工での仮想戦闘訓練では問題なく動きを合わせられましたし」

 

「時間がなくて一度しかできなかったけど」

 

「十分です。司馬重工のVR訓練は民警だけでなく自衛隊や特殊警察も利用するため、予約は一年先まで埋まっていると言われていますから。東京エリア滅亡の危機でもなければ普通使わせてもらえませんよ」

 

「こればっかりは司馬重工(パトロン)様々だな」

 

 巨大兵器会社司馬重工。俺はそこから支援を受けている。

 俺たち民警と武器会社が契約することで得られるメリットは大きい。装備や訓練場の提供。代わりに広告塔としての役割があるわけだが。

 

「いくらパトロンだからといって、無茶ぶりにもほどがありますよ。『蛭子影胤レベルの機械化兵士のエネミーを用意しろ』とか『ステージⅤガストレアのエネミーを用意しろ』とか。後者は勿論のこと、国家がひた隠しにしてきた機密中の機密を用意できるはずないじゃないですか」

 

「あはははは」

 

 曖昧に笑う。

 

「まあ、あそこのご令嬢は蛭子影胤級の化け物二体と知り合いだから、もしかしたらって期待していたんだけどな」

 

「?」

 

 蛭子小比奈戦を想定したエネミーとの戦闘、ガストレアが多数潜む未踏査領域を想定したステージの戦闘は可能でも、そちらは無茶ぶりだったらしい。

 そこでふと思い出す。

 

「そういや蛭子親子のスペックデータも貰ったんだよな」

 

 携帯を取り出してデータに目をやる。横から夏世も覗き込んできたので、少し手を伸ばす形で見せてやる。

 

 プロモーター・蛭子影胤。蛭子影胤の機械化能力は斥力フィールド。フィールドは対戦車ライフルの弾丸を弾き、工事用クレーンの鉄球を止める。

 イニシエーター・蛭子小比奈。その身に宿すガストレア因子はマンティス(カマキリ)。刃渡りがある程度ある刀剣を持たせれば接近戦では無敵。

 そんな彼らに国際イニシエーター監督機構(IISO)が発行した『IP序列』は百三十四位。

 世界中に何十万と存在する民警ペアの中で破格の順位。なるほどあの滅茶苦茶な戦闘能力にも頷ける。

 

「これは勝てないよなあ、隙を見て『七星の遺産』を回収できればいいんだけど」

 

「ターゲットを見つける前に他の民警と合流できるといいのですが」

 

「それも難しいよな」

 

 どうやら政府の役人たちは人海戦術であぶり出すつもりのようで、作戦参加の民警たちはそれぞれに担当地区が割り振られていた。俺たちの担当は鬱蒼と茂る樹海。付近のペアの担当範囲を考えるに、合流しようにも時間がかかりすぎる。

 

「敵の目的がハッキリしていれば潜伏場所もある程度絞れたのですが……」

 

 夏世の言葉に頷いた。

 

「うん。でもどちらかと言うと、依頼人の目的かな。聖天子一派の動きがどうも怪しいし、内部で何かあったんじゃねーかな」

 

『七星の遺産』。ステージⅤガストレア──世界を滅ぼした十一体のガストレアを呼び出せるなんらかの触媒。

 ステージⅤガストレアはバラニウムの発する磁場の影響を受けない。サイズ、硬度、再生力、特筆性。その全てがステージIVガストレアを軽く凌駕する。

 その巨体でモノリスが一ヶ所でも破壊されてしまえば、崩壊したラインから周囲に生息するガストレアが雪崩を打って侵入してくるだろう。それに対抗するには、準備も人手も足りていない。

 そして遺産を知るのは聖天子一派のごく限られたものだけだ。だというのに遺産は何者かによって持ち出され、その何者かは道中ガストレアに襲われた。何者かはウイルスに感染したまま命からがら東京エリアまで逃げ帰ってきて、そのまま臨界点を突破。未曾有の大災害(パンデミック)に陥る寸前にまでなった。

 遺産は未踏査領域のどこかに厳重に封印されていたはずだった。それなのに持ち出されたとするならば、蛭子影胤の支援者はやはり聖天子一派の誰かだろう。それも遺産の封印場所まで知っているとなると、かなりの大物……菊之丞(ジジイ)かな? ジジイかもしれない。帰ったらシバく。

 

 しかし犯人が分かったところで目的までは掴めない。電話で聞いたところで答えてくれるはずもない。

 

「さすがにお手上げだ」

 

 夏世に降参ポーズを見せる。しかし夏世はこちらを見向きもしない。

 不審に思って顔を覗くと、ずいぶん暗い表情をしている。

 夏世はどうしたと聞かれてようやく顔を上げて口を開いた。

 

「……ステージⅤなんて、本当に呼び出せるものなんですか?」

 

 本当は不安なのだろうか。夏世は再度俯いてから呟いた。

 

「さてな。ただ東京エリアが最重要機密として封印していたくらいだし、出来ちゃうんだろうな。俺は映像でしかステージⅤガストレアを見たことがないけど、あれを呼び出されたら、そしてもし遺産にガストレアを制御する性質まであれば、いまの東京エリアに勝算はない」

 

 拳を握りしめる。

 

「だからいくら戦力に差があろうとも儀式の前に蛭子ペア(奴ら)を叩くしか道はない。俺たちで東京エリアを救うんだ」

 

 

 



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年中無休で構ってちゃんの助喜与師範(120歳)で覚えた

 俺は走っていた。

 

 鬱蒼と繁る背の高い常緑樹。

 先日の豪雨による酷い泥濘。

 この辺りが人類の支配から逃れて十年、ガストレアウイルスの影響もあって異常な成長と進化を遂げ自然の迷宮と化している。

 人が歩くには不向きどころか命に関わるような環境を、全力で駆け抜ける。

 走ってる理由? んなもんガストレアに決まってんだろボケ! 

 

 幸い追っ手のガストレアの足はそんなに速くないようで、天童(蛮族)である俺なら追いつかれずに逃げ続けることが出来ていた。天童ってなんなんだろうと疑問に思わなくもないが、天童が人間やめてくれてたおかげで今も生きていられるのだから文句はない。天童流は人間をやめるための技術だったのか。

 

『なにが『俺たちで東京エリアを救うんだ』ですか。懸垂降下で悲鳴を上げてステージIVに見つかるとか天童さんは頭の中まで筋肉でできてるんですか?』

 

 今回の件に関しては全面的に俺に非があるので何も言い返せなかった。そしてさすがの夏世さんも激おこだった。

 しかしそんな彼女の気配は、近くに感じられない。

 

 現在俺は夏世とはぐれてしまっていた。

 彼女と共にステージIVガストレアに追われている最中のこと、前方に点滅する青いライトパターンが見えた。

 ほかの民警だろうか。しかしあんな薄暗い色のライトをわざわざ使う民警などいるだろうか。そんなふうに考えながらも、夏世の指示に従ってそちらに向かって走り続けた。

 今思い返せば、彼女は近くの民警にガストレアの意識をすげ替えようとしていたのだろう。初めてにしては迷いが無さすぎるように見えた。伊熊将監の指示か会社の考えによるものかは不明だが、人を傷つけることに慣れすぎている。まだ十歳の少女だというのに。

 三ケ島ロイヤルガーターさんの考え方、ちょいとブラックすぎやしませんか? 

 まあ、彼女からすれば余計なお世話というやつだろうけど。

 そこでものが腐ったような強烈な悪臭を鼻腔が捉えた。走り抜けた先、視界に飛び込んできたのは額に巨大な花の咲いた植物型のガストレア。青白いライトは、人間をおびき寄せるための罠だったらしい。

 前後を巨大なガストレアに挟まれた状況、さらには見たことのないタイプのガストレアを相手にした緊迫状態。

 追い詰められた夏世は咄嗟に手榴弾を使ってしまった。

 辺り一帯に重低音の爆発音が響き渡り、どこに隠れていたのか森の中からコウモリが一斉に飛び出していった。

 最悪だ。あれで昼行性のガストレアまで目を覚ましてしまった。周囲の民警を巻き込み道中危険が増すこととなったが、目先のステージⅢガストレアを一撃で仕留めることができたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 それでもステージIVガストレアはまだ俺を諦めていない。熱烈なアプローチ痛み入るが、やむを得ず俺は急いでその場から離れた。

 しかし振り返ると夏世の姿はどこにもなかった。

 

 夏世の安否が気になるところだが、ステージIVガストレアは俺のほうに狙いを定めているようなので、ひとまずは安心だ。通信機も生きているはずだし、落ち着けば連絡を取ろう。今のところ落ち着ける気がしないけど。

 

 イニシエーターとははぐれるし、せっかくステージIVガストレアから逃げ切れたと思ったら並々ならぬ嗅覚と執着でまた見つかっちゃうし。最悪だよもう。死ねッ蛭子影胤。

 

「クソッ、それにしても保脇並にねちっこい奴だな……」

 

 走りながら後ろを振り返り、敵の姿を再確認する。身長は十メートル以上。身体中に咲く花と体毛からかろうじて哺乳類と植物種の混ざったガストレアだとわかる。ステージIVともなると因子が混ざりすぎて元の生物を特定するのは難しい。生物オタクの蓮太郎なら瞬時に性質を見抜いて有効な対策を思いついたかもしれないが、残念ながら俺も夏世もアリの巣を水没させて悦に浸るような根暗ではなかった。ほーら、溺れろぉ。ノアの大洪水だぁ〜。神の怒りを知れぇぇ〜〜。

 

 …………あ、やば。

 

 逃げ続けること十数分、限界がきたのだろうか。吐き気がこみ上げてくる。

 いや違うな。普通にヘリから懸垂降下したときから吐き気我慢してたわ。徐々に来るな徐々に。

 どうすっかな。ゲロ撒き散らしながら走るのは避けたいしな……。

 

「しゃーねぇやるか」

 

 走るスピードを速め、距離をあけてから立ち止まり、構える。

 なんと言ったか。天童式戦闘術の攻防一体の型。いや待て思い出せる。俺にだってちゃんと、型の名前を覚えようとしていた時期はあったのだ。この型は語呂合わせまで作って覚えた。待て待て待て急かすな落ち着けえーと。

 

 ひゃ、百……百歳無休の構え? なんかそんな感じだ。

 

 俺が静かに構えると、警戒したのかガストレアが不意に立ち止まった。ステージIVともなると、知能もそこそこ上がるらしい。俺の頭にもガストレアウイルスをぶち込んで貰えないだろうか。

 ガストレアはブルりと体を身震いさせると、おもむろに口を大きく開けた。瞬間、凄まじい速度で何かが飛び出してくる。

 

「いいいいいい!? 触手!? 舌!? 触手! 触手ゥ!? なんで哺乳類植物種触手なんで!?」

 

 キッショ!! 

 

 気持ち悪いがもう止まれん! 腕を前に出し、弾き(パリィ)の予備動作は完了している。

 

 直後に響く破裂音。確かな手応え。ベクトルをわずかに逸らされた触手は、獲物である俺ではなく、背後の大木に突き刺さっていた。

 弾きの成功。男子大学生の触手プレイという誰得プレイの危機は脱した。

 

 勢いそのままに相手の懐に飛び込む。全力を込めたであろう触手攻撃と最小限に抑えられた動作。相手の隙を突くのは簡単だった。

 

「ろ、ろく、かぶ? ……なんかすんごいかぶとむしパンチッ!!」

 

 技名以外は正確な拳がステージIVガストレアに突き刺さる。

 

「……カタァイ

 

 さすがの天童でもステージIVガストレアの硬い皮膚は破れない。

 徒手空拳での戦闘はステージⅢまでしか経験がない。試しにと殴ってみたはいいものの、逆に拳を痛める結果となる。

 距離を置いたところでまた追い回されるのは目に見えている。

 さてどうしたものかと思考を巡らせたその時、濃密な殺気がその場を支配した。

 覚えのあるその気配に嫌悪感を顕にした時には既に、ステージIVガストレアは爆発四散し形を失っていた。

 

 ガストレアの体液が雨となって降り注ぐ。人間業とは思いたくない光景に、俺は頬を引き攣らせた。

 そしてそれを成したのが自分と近しい間柄にある友人となれば、嫌な気持ちにもなるだろう。

 

「久しぶりだな紅蓮、精進しているか?」

 

 姿を現す殺気の出処。

 魔女のような大きな帽子を被るイニシエーターを引き連れた兄弟子・薙沢彰磨が、朗らかに笑っていた。

 

 

 

 




百載無窮の構え


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「『き』と『ん』と『た』と『ま』が付くのは覚えてた」「『三陀玉麒麟』だ」

「久しぶりだな紅蓮、精進しているか?」

 

「人違いです」

 

「そうか。ところで紅蓮、お前イニシエーターも連れずひとりで作戦に参加しているのか?」

 

 聞けよ。相変わらず人の話を聞かないところは変わっていない。

 

 昔からコイツのことは苦手だ。

 睨みつける相手の名は薙沢(なぎさわ)彰磨(しょうま)。スラリとした長身に長いコート、目元にはバイザーとコンセプト不明のファッションセンスであるが、こんななりでも天童式戦闘術八段の兄弟子。

 まあ、俺のほうが段位高いんですけどね(重要)。

 

「他と比べてもかなり特殊な進化を遂げたガストレアと遭遇してな。はぐれたんだ。爆発物に関しては悪いと思ってるよ」

 

「先ほどのアレか。しかしお前のイニシエーターは近距離特化のパワータイプではなかったか? お前だって爆発物など使わないだろう」

 

「アイツとは音信不通だよ。今回は仮契約のイニシエーターのお試し期間中だ」

 

 なるほどと納得する彰磨。視線を外したところで彼のイニシエーターと目が合った。

 

 落ち着きなくソワソワしている少女。ロングパーカに鍔の広いとんがり帽子の中身は極度の人見知りのようだった。

 

「紹介する、この子は布施(ふせ)(みどり)。俺の相棒だ」

 

「ふ、ふせ、布施翠でっしゅ。よ、よろしくお願いします!」

 

 噛みながらも一生懸命に自己紹介を成し遂げた少女に内心喝采を送る。あ〜癒される〜。やはり夏世と元相棒には年相応の可愛げというものが欠如していると思うのだ。

 

「彰磨の幼なじみの天童紅蓮です。よろしくね」

 

 屈んで手を差し出すと控えめに手を握り返してくれた。かッッッわよ。はい握手。

 

「お噂はかねがね……」ポソリと呟いた翠に俺は首をかしげる。

 

 はて。俺ってそんな有名人だったかと。序列的にも立場的にも、天童紅蓮の情報は管制されているはずなのだが。

 

「彰磨さんからは大変お世話になった弟弟子だと……」

 

「……彰磨。お前、俺のこと大好きだよな」

 

「共に技を磨き合った仲だろう」

 

「やっぱお前苦手だわ……」

 

 何の恥ずかしげもなく言い放つその態度に呆れ返ってしまう。

 

 何はともあれ俺は、にっくき兄弟子と奇跡的な再会を果たしたのだった。

 

 

 

 ◼

 

 

 

「ところで紅蓮、先ほどの『三陀(さんだ)玉麒麟(たまきりん)』。見事な業前だった。昔は苦手としていはずだったが、強くなったな」

 

 基本無口な彰磨は放置して、翠ちゃんと談笑しながら道無き道を進んでいると、珍しく彼の方から話を振ってきた。焼きもちですか彰磨兄ぃ。

 

「たま……ああ弾きの技か。あれな、『き』と『ん』と『た』と『ま』が付くのは覚えてたんだが……」

 

「『三陀玉麒麟』だ」

 

「そうそれな。昔は武器とか苦手だったんだよな」

 

 本来俺は、戦闘術を習うはずではなかった。木更と共に抜刀術を習っていたのだが、手元が狂って刀でズッパリ。刃物に忌避感を持ってしまったため戦闘術に切り替えたのだ。とてつもなくダサい。

 あの時は助喜与師範にめっちゃ渋い顔されたな。

 戦闘術に切り替え三……三玉? なんだっけまあいいや、弾きの動作を習う時も長物を使った練習には集中出来なかった。

 今でこそ克服出来たが、彰磨と共に道場に通っていた頃は上手く出来なかったんだよな。

 

 ちなみに俺が彰磨よりニューフェイス(弟弟子)なのは戦闘術の方のみで、抜刀術の期間も含めればほぼ同期である。というか俺の方が早かった気さえする。

 

「そういうお前はなんだよあの技。俺にも教えろ」

 

 ステージIVガストレアの体を炸裂、四散させたあの技。

 天童流の本質は、剄力を用いての相手を打倒・無力化することにあって、内部破壊などの技は存在しない。

 そのためあの技は彰磨のアレンジが加えられていることは確実だった。

 

「……あの技は、お前には相応しくない」

 

 そう言って彰磨は歩調を速めて先に進んでしまう。

 なんか不味ったっぽい。

 翠ちゃんはオロオロしていて理由を聞ける雰囲気でもない。

 

 ひとまず俺は諦めて、彼の後を追った。

 

「なあ、このまま指定された地点を探ってるだけじゃ無意味だ。次に向かう場所話し合わねーか?」

 

「確かに埒が明かないか。俺も紅蓮に賛成だ。翠、どうだ?」

 

「わ、私も賛成です。誰だってこんな場所に長居したくはないと思うし……蛭子ペアも戦闘に備えやすい街中に潜んでいるんじゃないかと思います」

 

 なんでイニシエーターってこんな頭いいの? 俺より落ち着いた話し方するの何なの? 俺の問題? あっそうごめんなさいね。

 

「翠ちゃんが言う通り、常人ならこんなジメジメしたとこ、それもガストレアだらけのとこに滞在したいとは思わないよな。あいつ頑なに燕尾服着てたし。娘はドレスだし。こんなとこ留まってたら死ぬぜきっと」

 

「後半は知らないが、確かにこの辺りはガストレアが多いようだな。原生生物が全滅しているなんて事は有り得ないだろうに、息を潜めてしまって物音ひとつ立てない。これは異常だ」

 

「天童さんは以前の序列……えっと」

 

「気にしてないからいいよ、言ってみ」

 

「す、すみません、あの、序列剥奪前はかなり上位の民警だったと聞いています。それにご実家の立場上、かなり深いところまで東京エリアの機密情報に触れていると言っていましたよね? 『七星の遺産』についても何かご存知ありませんか?」

 

「あー、どうだろ。ステージⅤガストレアを呼び出すには何らかの儀式が必要ってことと……あ、そうか。呼び出すにしても、こんな森の中じゃステージⅤの姿は見えないのか……じゃああいつら、ステージⅤガストレアが現れた時に、ちゃんと出現を確認できる場所にいるんじゃ……?」

 

「それはどこだ? 大戦末期から姿を消しているステージⅤガストレアが瞬時に現れる場所なんて何処にも……いや待て瞬時である必要はない。儀式は既に始まっているはずだ。徐々にでも──今まさに気付かない内に東京エリアに近付いて来ているとすれば……」

 

 広げた地図に視線を落とす。

 視線は三人とも同じ場所に向かっていた。

 

 山のように大きなステージⅤガストレアが身を隠せる場所。

 そして周辺地域で、出現場所がよく見えるであろう場所は──

 

「──海辺の市街地か」

 

 

 

 ◼

 

 

 

 しばらく歩いて森を抜け、目的地に辿り着いた時には既に多数の民警ペアが集まって奇襲の準備がなされていた。

 といっても作戦自体は固まっているようで、今荒れているのは手柄の分配方法らしい。実にくだらない。

 

 まだしばらくかかりそうだったので、隙を見て無線機を使って夏世への連絡を試みる。

 

「もしもーし。もっしもーし聞こえますかー。おっかしいな使い方はこれで合ってるはずなんだけど」

 

「その無線機はお前のものではないのか?」

 

「相棒のだよ。一応持っとけってさ──おっ?」

 

『音信不通だったので心配していました。ご無事で何よりです』

 

 適当に弄りまくっていたら案外繋がったらしい。数時間ぶりに聞く相棒の声にひとまず安堵する。

 

「よかった夏世も無事だったか。早速で悪いんだけど、今キミの周りに信用できる民警いたりする?」

 

 迷っているのだろうか、しばし無言が続いた後、受話器を渡すと鳴るようなノイズが走った。

 

『天童民間警備会社の里見蓮太郎だ。こちらはアンタの相棒と俺たちペアの三人しかいない』

 

 弟で草。

 

 どうやら俺たちペアは相性がいいらしい。俺は兄弟子に、夏世は俺の弟弟子に保護されている。運命じゃんウケる。

 

「……蓮太郎、お前ウチの娘に変なことしてないでしょうね?」

 

『は!? ってまさか紅蓮兄ぃか!? じゃあコイツの新しいプロモーターって──』

 

『天童さんから連絡が来るまで、私は里見さんに押し倒されていました』

 

『デタラメ言ってんじゃねえよ!!』

 

「……帰ったらジジイ(菊之丞)と木更を交えてお話があります」

 

『この場には敵しかいねえ!!』

 

「里見、お前ついに……」

 

『『ついに』なんだよッ。てか誰だアンタッ』

 

「それは合流してからのお楽しみってことで。とりあえず蓮太郎、ちょうど良かった。地図はあるか? 急いで今から指示する場所に来てくれ」

 

 指示を終えると無線を切った。夏世とはぐれた地点を考えても、彼女の現在地からここまで来るのにそれほど時間はかからないはずだ。

 

 時刻を確認すると、いつの間にか午前四時近くとなっていた。

 夜明けまであと二時間ほどか。奇襲をかけるには今がベストといえる。急がなければならない。

 

 通信機を片付け終わる頃には、会議も落ち着いたようだった。

 この様子なら、まもなく作戦が開始されるだろう。

 

 

 



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三巻初版の口絵では薙沢“匠”磨だったじゃんお前

 作戦始まったと思ったら、俺と彰磨ペア以外全滅してて草。

 

 

 

 ■

 

 

 

 生ぬるい潮風に混ざった、吐き気を催す濃密な血臭。海辺の街には死体の山が築かれた。

 

 血の匂いを纏う燕尾服の死神は、高序列の民警たちの奇襲を受けてなお、傷一つ負っていない。

 対するこちらの戦力は三人。

 

 作戦が失敗した今、俺たちに出来ることは少ない。逃げ切ることなど不可能。

 今この場で決着をつける。それしかないのだ。

 

「ケースはどこだ、蛭子影胤」

 

「君は確か……薙沢彰磨君だったかな? 初めて会った時にそう名乗っていたね」

 

「…………そうだっけ?」

 

「紅蓮、どういう事だ。俺は奴と会った覚えは無いぞ」

 

「………………………………………………ケースはどこだ、蛭子影胤」

 

 もう一度語気を強めて問い詰めると、やれやれと言った様子で影胤は肩をすくめた。まったく、悪趣味な野郎だ。

 

「ケースなどもう無意味だよ。私たちにできることは全て終えた。ステージⅤガストレアはじき現れるだろう。あとは時を待つだけさ」

 

「だからケースはどこだっつってんだよ仮面の奥は空っぽかテメェは。中身ぶち壊して儀式とやらも中断だ」

 

「不可能だよ。なぜなら、私たちが立ちはだかっている」

 

二挺拳銃を構えた影胤は凄絶に嗤う。

 

「私は世界を滅ぼす者。誰にも私を止めることは出来ない」

 

 

 

 ■

 

 

 

 午前四時。

 

 天童紅蓮、薙沢彰磨、布施翠の三名と蛭子ペアの対峙は日本国家安全保障会議でリアルタイムで見守られていた。

 

 つい先ほど、彼らを除いた二十八名の民警ペアが僅か数分で虐殺される様を見せつけられたばかりである。会議室は諦めに近い静けさに包まれていた。

 

「現在、付近に他の民警は?」

 

「は、一番近くにいる民警だと十五分程で到着するかと。彼ら以外となると一時間以上はかかると思われます」

 

「その民警は誰です」

 

「里見ペアと天童紅蓮のイニシエーター、千寿夏世です」

 

 聖天子に視線を向けられていた防衛大臣は額の汗をハンカチで拭った。

 

 次に菊之丞を見る。

 

「菊之丞さん、彼らの勝率は如何ほどと見ますか」

 

 菊之丞はモニターに映る息子を一瞥すると、小さく首を振った。

 

「二年前、天童を出る前の力量を考えれば十五パーセント程かと。当時から蛭子影胤にも引けを取らない技術がありましたが……如何せん相性が悪い」

 

 序列元五百五十位の天童紅蓮の戦闘スタイルは天童式戦闘術を用いた前衛。彼のパトロンである『司馬重工』からいくつかの武器類を持たされてはいるようだが、これも影胤の繰り出す斥力フィールドに効き目があるとは思えない。

 序列千番台の薙沢彰磨も似たようなスタイルで、彼のイニシエーターである布施翠はモデル・キャットのイニシエーター。

 いずれも影胤の装甲を破れるようなパワータイプではなかった。

 

「だが、それでも──」

 

 

 

 ■

 

 

 

 目の前にいるのは、圧倒的な力を持った機械化兵士とイニシエーター。それがどうした。ここで奴らをどうにかしなければ、東京エリアは滅亡する。見ず知らずの国民たちがどうなろうと俺には関係の無い話だが、蓮太郎が、木更が命を落とすかもしれない。俺にとってはそれが全てだ。

 たとえ倒せなかったとしても、隙をついて『七星の遺産』を破壊するくらいはできるだろう。俺の予想では近くの教会の中、民警連中が影胤を発見した場所に隠されているはず。ステージⅤガストレアの召喚。何としても食い止めてみせる。

 

「アレ使うから、フォロー頼むぞ彰磨」

 

「いいんだな」

 

「いや、そんな覚悟を問うような空気を出さなくても、俺が力抑えてるのは翌日の倦怠感が嫌なだけだから」

 

「…………」

 

「ごめんて」

 

 何か言いたげな彰磨を無視して、影胤を睨む。

 

 身体から力を抜き、姿勢を崩す。そして、駆けた。

 

 完璧に奴の虚を衝いた速攻。油断していたとはいえ、序列百三十四位のイニシエーターを以ってしても反応できないほどの速度。甲高い金属音と共に小比奈の小太刀が宙を舞う。影胤は反射的に銃口をこちらに向けてくる。先ほどの彰磨の動きを意識して拳を振るうと、寸分違わず拳銃を捉え爆散させた。驚愕する影胤に構わずさらに懐に飛び込み、横腹に拳を当て──

 

「あッッッぶな!!」

 

 自ら後ろに飛んだ。ギリギリで回避が間に合った。駆け寄る翠ちゃんを手で制し無事を伝える。

 

「……フィールドを出すのが少し遅かったか」

 

 影胤は膝をつきつつも、青白いフィールドを纏っていた。ワインレッドの燕尾服で傷の具合は見えないが、その奥には血が滲んでいることだろう。欲を言えばここで戦闘不能にしてしまいたかったが、二挺拳銃の片方を破壊し、ある程度のダメージを残せただけ良しとする。

 

 しかしこうなってしまってはもう、俺の攻撃は通じないだろう。ここから先は慎重に戦わなければならない。

 

「素晴らしい、素晴らしいよ紅蓮君! あの身の程知らずの民警たちとは違う! 里見君とも! やはりあの場(防衛省)で殺さなかったのは正解だった。その超人的な速さ、力。そして以前の怪我を全く感じさせない回復力。まさか君も──」

 

「うっせー黙れ。こっちはお前のせいで単位落として腹立ってんだよ。大人しくくたばって報奨金(授業料)になりやがれ」

 

 俺は小さくため息をつき、攻防一体の構えをとる。

 

「今更だが名乗るぞ蛭子影胤。『新世界創造計画(・・・・・・・)生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』天童紅蓮。推して参る」

 

 

 




彰磨兄ぃ大幅強化。理由は競い合える弟弟子の存在。原作を超える努力と嫉妬による下法の技術の向上。今回見ただけでパクられてたけど、ここの彼はメンタルも大幅に強化されているのでこらえた。
二人に憧れてしまった蓮太郎も強くなってます。
あと木更も強くなってます。


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『札幌エリア』なのか『北海道エリア』なのかハッキリさせてくれ

日間ランキング8位にランクインしてました。ありがとうございます。


『機械化兵士』製造のノウハウを持った四人の天才、『四賢人』。

 蛭子影胤は知る由もないが、彼の執刀医であり『四賢人』を統括していたアルブレヒト・グリューネワルトは、『呪われた子供たち』の出現によりプロジェクトが解散された後も、新たなコンセプトを元に新プロジェクトを立ち上げていた。

 

『新世界創造計画』

 

 文字通り、新たな世界を作り上げるための尖兵の創出。

 

 その計画の前段階で産み出された兵士たちが生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)だった。彼らは筋組織の改造や五感の強化など、機械化兵士と比べればごく低レベルの改造を施されただけの実験台。計画の進行に伴い人形たちは早急に処分された。

 

 ──ただ一人の男を除いて。

 

 

 

 ■

 

 

 

「パパを、いじめるなぁぁぁぁッ!」

 

 悲鳴をあげたのは小比奈。素早く弾き飛ばされた小太刀を回収しての特攻。地面を砕かんばかりの踏み込みに警戒し、瞬時に防の型に切り替える。直後、小比奈の姿が掻き消えた。

 衝突音。

 訪れない衝撃に混乱しかけるも、それは小比奈も同様だった。

 

「不思議か? ただの人間に投げられたことが」

 

 衝突の寸前、横合いから伸びた手が、彼女を地面に叩きつけたのだ。宙を見る小比奈は目を回し、状況の把握に時間を要しているようだ。

 

「いかん小比奈、戻れッ」

 

 その隙を見逃す序列千番台ではない。すかさず翠ちゃんが普段は収納してある爪を開放。自身の指の一.五倍はあろうそれを、小比奈に振りかざす。

 

 だがそれが直撃する前に俺は翠ちゃんに飛びついた。直後に翠ちゃんが立っていた地面が抉られる。影胤の援護射撃だ。

 彼女は目を回していたが、すぐに俺の意図に気付いたらしい。俺の腕をトントンと突き、落ち着きを取り戻したことを合図した。

 

「すみませんッ。躊躇しました」

 

「大丈夫、次来るぞッ」

 

 翠ちゃんを降ろすと同時に加速。猛追する弾丸が足元を粉砕していく。あまりにも的確に迫る銃弾に、俺は内心舌を巻いていた。初撃でもう一つの拳銃を破壊できたのは大きかった。

 

 弾を撃ち尽くすタイミングを測り、彰磨がハンドガンで撃ち込むが、全弾がイマジナリーギミックによって防がれてしまう。

 

 これではキリがない。

 

「二人とも! 奴を倒そうと思わなくていいッ。隙を見てケースを破壊しろ!」

 

「私たちがそれをさせるとでも?」

 

 彰磨の叫びを影胤は否定する。再び動き出した小比奈に俺は、ピンを抜いた音響閃光弾(スタングレネード)を投擲。同時に叫ぶ。

 

「目と耳塞げぇぇぇッ!」

 

 斥力フィールドでは防ぎようのない攻撃手段。敵方の足止めに成功する。奴らが目を開いた時には、意図を理解していた翠ちゃんが全力で戦線を離脱していた。

 

「パパッ、小っちゃいの逃げたッ!」

 

「ぐ……。追え! 行かせるなッ」

 

 遅まきながらこちらの意図に気が付いた彼らは痛恨の表情を浮かべるが、もう遅い。いくら蛭子小比奈の『呪われた子供たち』としてのスペックが高くても、すでに遠く離れてしまったスピード特化のイニシエーターに追いつけるはずがない。

 序列元百三十四位の怪人が初めて露にする焦りの声。戦闘中だというのに思わず笑みがこぼれる。

 

俺たちがそれをさせるとでも(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「貴様ッ」

 

「お前の相手は俺だ。翠の元へは行かせん」

 

「ッ。弱いくせにぃ!」

 

 俺と彰磨は、翠ちゃんが走り去った教会への道を阻むように立ち、型を取る。さあ、仕切り直しといこう。

 

「なあ兄弟子。あの装甲割れるのは蓮太郎くらいだと思うんだけど、あいつ来るまでに小比奈倒せてたら恰好良くね?」

 

「偶然だな弟弟子。俺も同じことを考えていた。では弟弟子、お前には蛭子影胤の足止めを任せようか」

 

「は? え、ちょ、待、おいこら」

 

 返答も聞かずに飛び出していきやがる。クソ、昔から蓮太郎や木更の前では徹底して年上ぶるくせして、俺しかいない場では年相応の言動しやがって。

 

「あとで覚えとけよッ」

 

 がなり立てながら脱力し、身体を前方へ滑らせるように落とす。影胤の奇襲にも使った速攻。本来天童式は免許皆伝となるまで技の創出は禁じられている。技じゃないですの一点張りで誤魔化し続けた俺だけの攻の型。

 

 一回目よりもなお早い、ましてや並のイニシエーターにも匹敵しかねない速度の突撃に影胤は目を剥く。

 イマジナリーギミックでの防御は間に合わないと判断したのか、胸の前で腕をクロスさせ防御の姿勢を取っていた。

 

「ぶっ飛べッ!」

 

 見よう見真似の下法の拳。渾身のアッパー。彰磨と比べて未熟なそれは、影胤の腕を爆発四散はさせずとも確実にダメージを残していた。

 

「『マキシマム・ペイン』! 潰れろ!」

 

「あッ、クソ、ズリィ!」

 

 扇状に膨らんだ斥力フィールドを身をよじって抜け出し、銃口を影胤に向けた。

 

 喉を鳴らして短くなされる呼吸を強引に整えようとする。天童の技のみで戦うのであれば、疲れにくい動きを意識して足止めに専念できたかもしれないが、それのみで渡り合えるような相手ではなかった。やはり俺の能力は長期戦に向いていない。銃弾が掠った箇所もいくつかあるし、前回の対峙で刻まれた傷も痛む。

 

 しかし相手にも確実にダメージはある。影胤はいくつか被弾しており、若干息も上がってきている。先ほどの拳には確かな手応えがあった。

 

 仮面越しに影胤と目が合う。瞳の奥には黒い炎のような憎悪が揺れていた。

 

「何故だ、何故君は私の邪魔をするッ! 私の前に立ちはだかるッ! 我々は殺すために造られたッ。戦争のために生み出されたッ。モノリスが崩壊し、ガストレアが雪崩れ込めば、我々は再び必要とされるッ。今の人類に本当に必要なのは私たちだッ」

 

「そんなことのためだけに、今回のテロに加担したっていうのか⁉」

 

「だとしたらなんだ? 私は君たちと違い、このエリアになんの思い入れもない。『呪われた子供たち』だと露見したときの周囲の反応を思い出せ! 藍原延珠はッ。君の相棒(・・・・)占部里津(・・・・)はッ。どのような扱いをされたッ! 私たちは選ばれた! 私も、君も、小比奈も! 私の手を取れ天童紅蓮。君にはその資格がある」

 

「ふざけんなよ怪物が。俺はお前とは違う。戦いなんて望んじゃいない」

 

「冗談だろう? それほどの力と才覚を有しているんだ。考えたことくらいあるはずだ。気に食わない奴を殺したい。女を力で犯したい。『俺の中にはお前等を簡単に挽肉にできるほどの力があるんだぞ』と」

 

「ああ、それは思う」

 

「私はそれを実行してきた。だから君は──今、なんと?」

 

「あ? なんだよ急に。だからあるって。突然学校にテロリストが押し寄せてきて、『俺はそんな奴らを一瞬で挽肉にできるほどの力があるんだぞ』って。毎日講義中に思ってる」

 

「……一緒にしないでくれたまえ」

 

「はッ、一緒だろ。自分の殻に閉じこもって、共生の道を選択しなかったお前はただの怠惰だ怠慢だ、クソイキリ陰キャが。何度でも言うぞ蛭子影胤。俺はお前とは違う。俺は正義のために戦うと誓った。なにより──」

 

 俺は銃口を下げ、逆の手で中指を立てる。

 

「俺は、蓮太郎にッ。木更にッ。彰磨にッ。兄貴たち(かぞく)にッ。ジジイと聖天子(くに)にッ。選ばれた人間だッ! 一緒にしないでくれたまえ(・・・・・・・・・・・・)

 

 精一杯の嘲笑。影胤の殺意が膨れ上がる。

 

「もういい、それ以上口を開くな。ここで死ね、天童紅蓮」

 

 後ずさろうとして、脚に力が入らないことに今更気が付く。死んだかなこれは。

 

「『マキシマム・ペイン』! ──潰れろおおおおおッ!」

 

 斥力フィールドが大きく膨らみ、俺めがけて殺到する。恐ろしい勢いで地面に叩きつけられ肉が潰れ、骨が砕ける。遠くから彰磨の悲痛な叫びが聞こえたが、もう間に合わないだろう。意識が薄れ、死を覚悟したその時。影胤の怒号に重なる声があった。

 

「──天童式戦闘術一の型八番『焔火扇・三点撃(バースト)』ッ!」

 

 爆速の拳が、影胤の斥力フィールドを貫通。勢いそのままに殴り飛ばし、何度もバウンドしながら転がり、民家の壁に激突させた。

 

 待ち望んだ存在の登場。圧力から解放された俺は顔を上げる。

 

 果たして視線の先には、中肉中背の少年の姿があった。超バラニウムからなる真っ黒い右腕と右足。左眼の義眼は解放されていた。

 

「──遅ぇよ」

 

「ごめん紅蓮兄ぃ。あとは、任せてくれ」

 

 予想外の参戦者に、影胤は今度こそ驚愕をあらわにした。

 

「てめぇに礼儀を通す義理はねぇが、俺も名乗るぞ。元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎──これより貴様を排除する」

 

 

 



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いつも財布に千円以上は入っていない里見君では救えない幼女もいる。

モデル・ロリのイニシエーター、紅銀紅葉です。
私が紅蓮のようにブラブレ世界に転生したらいっぱい勉強してイニシエーターの浸食抑制剤を注射から座薬に改良します。やましい気持ちは一切ありません。


 な、なに~? 蓮太郎が駆けつけてくれたまではいいけど、夏世が街の手前でガストレアの大群を足止めしているだって~? 

 そいつは大変だってことで向かおうとしたら立ち上がることもできなくて草。

 仕方がないので菫先生から貰ったAGV試験薬? とかいうゲームのエリクサーみたいのが入った注射器ぶっ刺してみたら地獄を見た。なにこれめっちゃ痛い。マジでマキシマム・ペインって感じ卍

 あのクソババアふざけやがって。死体とばっか遊んでるから脳みそも腐ってんじゃねえのか。

 菫先生は嘗てないくらい神妙な顔つきで「出来れば使うなよ」などと言っていたが、これは痛すぎますね。許せませんよ。

 ともあれ気持ち悪いくらいに全快したので良しとする。もうひと踏ん張り、気合い入れていきましょう。

 

 あ、『七星の遺産』は翠ちゃんが壊したってさ。やったね。

 

 

 

 ■

 

 

 

「本当に、キリがないッ」

 

 戦いながら、夏世は叫ぶ。

 

 目の前にはステージⅠからステージⅣまでさまざまなガストレアの大群。

 

 フルオートショットガンを構え、撃つ、撃つ、撃つ。

 倒した数が三十を超える頃には数を数えるのも馬鹿らしくなってやめた。

 

 ステージⅣともなれば流石に苦戦するが、それでも過去に討伐されたというステージⅤガストレア、タウロスの右腕的存在だったガストレアのような特異性がなかったのは不幸中の幸いか。その他のガストレアにもそれほど脅威を感じない。

 元来自分はイルカの因子から得られる高い知能によるバックアップが主な立ち位置で、戦闘向きのイニシエーターではない。そんなか弱い自分でも頑張れば殺しきれる。

 

 しかし夏世が守る蛭子影胤との決戦場からは、今も絶えず戦闘音が繰り返されている。自分がここを離れれば、この辺りから集まった数え切れない程のガストレアたちは大挙して押し寄せることだろう。そうなれば今回の作戦が失敗することは目に見えている。

 

 蓮太郎には「劣勢になれば逃げる」なんて言ったが、すでに逃げられるような状況ではない。逃げるわけにはいかない。

 

 戦況は楽ではない。敵の数もわからないため策もない。生き残る術も、多分もう存在しない。

 

 夏世の立ち回りから徐々に慎重さが削られていって、段々と捨て身の突撃が目立ち始める。

 

 ステージⅠガストレアを踏み付けにしながら突撃してくるステージⅣガストレアに散弾を浴びせながら、辺りを見渡した。大小さまざまなガストレアは、やはり数え切れない。その血走った赤い瞳は、そのどれもが夏世を捉えていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

「邪魔だ死ねボケェ‼」

 

 大喝一声。

 苛立ちを込めに込めて放った拳がガストレアを蹂躙する。

 

 とはいってもこの程度ではガストレアは絶命しない。バラニウム製の武器もないし勝ち目ないじゃーんってタイミングでボロボロの夏世を発見。

 

 ヤッホーと手を振ると夏世は驚いた様子だったが、すぐさま現実に戻り戦闘を再開する。

 

「無事だったか」

 

「おかげさまで。それより蛭子影胤はッ? 里見さんと延珠さんはどうなったのですかッ」

 

「知らん。まだ戦ってんじゃん?」

 

 街の方角を指さす。微かにだが衝突音が聴こえてくる。

 

「な、あなたは馬鹿なのですかッ? もし彼らが負けたらどうします? 東京エリアの壊滅まで一刻の猶予もありません。ここは私一人でも十分食い止められます。ですから──」

 

 賢い子だ。この短い会話でもう、奇襲組が全滅したことを察している。

 

「うるさいな。こちとら肉も骨も潰されかけて立ち上がれないくらい弱ってんだ。そんな大怪我人にこれ以上戦わせようなんて性格悪いぞお前」

 

「衣服以外は無傷に見えるのですが」

 

「菫ちゃんのお薬使ったから」

 

「AGV試験薬を使ったのですかッ?」

 

 夏世は悲鳴をあげた。

 

「うん。あれ痛いね」

 

「本当に馬鹿なんじゃないですかッ⁉」

 

 夏世曰くあれは、二十パーセントという超高確率で被験者をガストレア化させる代わりに、バラニウムの再生阻害をも上回る再生能力をもたらす劇薬だという。

 

 あぶねー。そういうことはちゃんと言っとけよやぶ医者。あれ言ってたっけか? 忘れた。

 

「とにかく俺はもう戦いたくないの。『七星の遺産』の破壊には成功したらしいし、あの状態の影胤に負けることもねーよ」

 

 言い切って俺も戦闘を再開する。夏世はまだ疑っているようだが、こちらを責めるような視線はもうなかった。

 

「共闘前に確認したいことはッ?」

 

「いくつもありますがッ」

 

「仮想訓練で十分掴めたんじゃあなかったのかよ」

 

「あれは対人戦に限ります! この数のガストレアを相手取るのは想定外ですよッ」

 

 ですよねー。

 

 その時携帯が鳴り、着信を訴えてきた。

 

『紅蓮さん、私です』

 

「ドーモ。手短に頼むぜ、今ちょっと忙しいんだ」

 

『見えています。ただ事態は一刻を争います、落ち着いて聞いてください』

 

 そういえば偵察飛行している無人機ががあるんだっけか。

 

「おい、まさか蓮太郎の奴」

 

『いえ、彼らの手によって蛭子影胤追撃作戦は成功しました。しかし──』

 

「なんだよ煮え切らないな」

 

 一呼吸置いて発せられたそれは、死刑宣告にも等しいものであった。

 

『──ステージⅤガストレアが姿を現しました』

 

 一瞬、『大絶滅』の文字が脳裏を過ったが、そんな場合ではないと絶望を振りほどく。

 

「で、俺はどうすりゃいい?」

 

『は?』

 

 聖天子は面食らったようで声が裏返る。

 

「だから、俺にできることは?」

 

 彼女は息をのむと、すぐに持ち直したようで指示を出す。

 

『現在里見ペアが『天の梯子』に向かっています。あなた方には──』

 

「なるほど了解、足止め続行な」

 

『あ、ちょっと紅蓮さ──』

 

 ガストレア大戦期末期の巨大兵器──通称『天の梯子』

 金属飛翔体を亜光速まで加速して撃ち出すレールガンモジュール。

 

 蓮太郎がそちらに向かっているのなら問題ない。

 

「夏世!」

 

 銃声に負けないよう、怒鳴るように名前を呼ぶ。事情を説明すると彼女は戦闘の手を休めることなく力強い応答。さすがは千番台、頼りになる。

 

「しばらくすれば彰磨たちも合流するはずだ。お前は俺のサポートと、倒したガストレアのトドメを頼むッ」

 

「はい!」

 

 それからほどなくして、凄まじい光が辺りを過ぎ去り──聖天子から吉報が届いた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 救助に来たヘリに乗せられて帰路につく。

 本音を言えば怖くて仕方がないのだが、同乗している兄弟子の存在がそれを表に出すことを許さなかった。

 

 それぞれの奮闘を称えあった後、彰磨と翠ちゃんは落ちるように眠ってしまった。

 

「今回はありがとうございました」

 

 俺と夏世の間に訪れる沈黙に、往路での様子が思い起こされるが、彼女はすぐに口を開いた。

 

「おかげで、直接的ではないにしろ、将監さんの仇を討つことができました。これであの人からも文句を言われずに済みそうです」

 

 気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 

「……で、これからどうするんだ。お前は、伊熊将監のとこに戻るのか」

 

「将監さんもあれで引退を考えるような人ではありませんしね。義肢を買って、リハビリをして……。暫くは活動を休止することになるでしょうけど」

 

 夏世は楽しげに目を細める。

 

「私、天童さんとペアを組めて良かったです。はぐれてしまったり、再会してからも戦闘続きで対話の余裕なんてありませんでしたけど、それでも」

 

「十歳児が悪女みたいなこと言うんじゃねえよ……」

 

「失礼ですね」

 

 ムッとする夏世を見て苦笑する。俺としたことが、ほんの少しドギマギさせられた。

 

 すると今度は、声を暗くして言う。

 

「天童さんは、人を殺したことがありますか?」

 

 躊躇いながらの質問に、俺はスッと目を細める。

 

「それ、皆に聞いてんの?」

 

「そういうわけでは……」

 

「……俺はまあ、あるよ。民警としての仕事も手広くやってると、ヤクザとか、傭兵みたいな連中とか、人との衝突は避けられないしな。極力避けてはいるけどさ」

 

「私も、あります。将監さんの命令で競争相手の命を奪いました。今回の件だって、将監さんと挑んでいたら、きっと人を殺していました」

 

「……それで、お前はどう感じた?」

 

「怖かったです。手が震えました。でもそれだけです」

 

 ………………。

 

 それきり押し黙る夏世に俺は、ハアアアと深く息を吐いて、

 

「あー、クソ仕方ねえな。取り敢えずお前は、将監のリハビリが終わるまで俺と契約しろ。あ、『イニシエーターは道具』だとか『選ぶ権利はない』とか無しな。少なくとも聖天子様は東京エリア救った人間に対してそこまで薄情じゃねーよ」

 

 左手でガリガリと後頭部を掻きながら、空いた右手を差し出した。

 

「これでいーかよ?」

 

 果たして彼女は腹黒い笑みを浮かべる。

 

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 握り返された手により一層力を込めて、彼女との契約は成立した。

 

 

 




▼天童紅蓮

 見切り発車だったので一話時点で名前も性格も容姿も決まっていなかった。
 名前は天童家の養子ということでカッコイイ名前にしたかったのと、蓮太郎の「蓮」も入る名前にしたかったから。
 菫が原作小説三巻で「この宇宙で一番美しいものがなんだか、知ってるかい?」と蓮太郎に問いかけるシーン大好きなんですよね。アニメエンディングテーマの「トコハナ」の歌詞にもありますね。
 身長は蓮太郎と彰磨の中間くらい。
 髪型は基本黒髪にスパイラルパーマをあてた量産型大学生。菫に量産型大学生スタイルを馬鹿にされてからは前髪を上げるなどしてしている。養子であることを気にして、髪をセットするときはかなり束感を出すようにしているのだとか。 
(一定以上の社会的地位さえあれば)人間変わろうと思えば変われるものだと思っているので、そうせずに犯罪に手を染めるような人間を毛嫌いする。影胤とは一生分かり合えないだろうし同情することもない。
 過去に何があったかは知らないが、大怪我して運ばれた先はまさかのグリューネワルトの研究室。
生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』と呼ばれる強化人間に。筋組織を弄られているためパワーもスピードも(呪われた子供たちほどではないが)超人的。あと感覚が鋭いらしい。
 転生者で、転生特典は「家族に溺愛される」こと。(すべての兄が溺愛しているわけではない)
 最近の悩みは、元相棒に着信拒否されていること。

▼里見蓮太郎

 紅蓮のことを慕っており、彼が彰磨と切磋琢磨する様子を間近で見てきた彼は、原作よりちょっとだけ強く、ちょっとだけ機械の身体への忌避感が薄い。


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番外編
史上最低の作戦・前編


ドラマCD『ブラック・ブレット史上最低の作戦』原作短編のお話です。


『ごきげんよう、お兄様。鍋パーティーするわよ』

 

「……なんて?」

 

 思わず聞き返してしまった俺は悪くないと思う。だって今、夏真っ盛りだぜ? だというのに木更は、天童民間警備会社で、それも真っ昼間から鍋をすると言う。元々頭の残念な妹だと思っていたが、ここ最近続いた猛暑にトドメを刺されてしまったのだろうか。可哀想に。

 

「嫌だよ。お前たちの事務所かび臭いし。ホラ、兄ちゃん喘息持ちだからさ」

 

『し、失礼ね! 毎日お掃除と換気はしているわよ』

 

「ホントかな~」

 

『……里見くんが』

 

「……」

 

『な、なによ。文句ある? だいたいお兄様に喘息の症状があったのなんて、お屋敷に来たばかりの頃じゃないッ。とにかく、私がお鍋をしたいと言ったらお鍋なのッ! 具材はテキトウに買ってきてッ』

 

 そう吐き捨ててブツリである。なんだコイツ。嫌だな、行きたくないな。

 携帯でスケジュールを確認する。残念ながら本日の欄に予定は入っていなかった。

 

 財布の中身を確認し、身だしなみを整える。とりあえず春菊と白菜とエノキと、あと育ち盛りが四人もいるんだし肉もたくさん買っていくか。何鍋にするかも聞いていないけど、延珠ちゃんがいるならあるだけ食べてしまうだろうし、食材を余す心配もいらない。

 

「しゃーない、行くか」

 

 俺は家族サービスができる男なのだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

「ふー、お腹いっぱいなのだ.妾は満足だ」

 

 そう言って延珠ちゃんはゲップをした。蓮太郎はしかっていたが、お腹を撫でる行為も、口の端についたままのご飯粒も、俺には年相応なものにしか思えなくて、どれも愛嬌に見える。ウチの可愛げの無いガキンチョとは大違いだ。

 

「しっかしお前も良く食うよな。間違いなく今日一番食っただろ」

 

「蓮太郎の作るご飯は美味しいからな。それに、紅蓮の用意してくれた食材も良かった。お主が普段買ってくるものとは大違いだ、高かったのではないか?」

 

 蓮太郎が笑いかけると、延珠ちゃんもまた満面の笑みで彼を褒めちぎる。無粋な発言には頭を軽く小突かれていたが、二人とも楽しそうだった。

 

「ところで紅蓮兄ぃ。夏世は呼ばなかったのか?」

 

「ん? いや俺、あいつと一緒に暮らしてるわけじゃねえから」

 

「そうなのか? イニシエーターとプロモーターは皆、一緒に住んでいる訳ではないのだな。妾たちはこんなにもラブラブなのに~」

 

「アホぬかせ。十歳児のガキがませたこと言ってんじゃねえよ」

 

 蓮太郎は腕にひっついた延珠ちゃんを引き剝がす。そのままソファに座りなおした彼女は、グルリと首を巡らせた。

 

「しかしたまには事務所でご飯というのも乙なものではないか」

 

「そうかぁ?」

 

 二人につられて事務所を見渡す。

 雑居ビル『ハッピービルディング』の三階、『天童民間警備会社』の事務所は果てしなく汚い。

 大戦以前より存在する建築物など、だいたいくたびれているというか、廃墟みたいなもんばかりであるが、ここは環境も最悪すぎる。一階はゲイバー、二階はキャバクラ、四階は闇金と場末もいいところである。

 俺が蓮太郎たちと再会してから何度か顔を出してはいるのだが、ボンボンの俺はこの環境に慣れそうもない。正直言うと弟たちにも慣れてほしくない。

 

「なによ、何か文句あるの?」

 

 洗い物を済ませたらしい木更が、奥のキッチンから顔を出した。

 

「いいじゃない、里見くんも延珠ちゃんもお兄様も美味しく食べたんでしょ。それから里見くん、事務所にケチつけるんなら、真面目に働きなさい、この甲斐性なし」

 

「おい、どの口が言ってんだよ木更さん。それじゃあ気分次第で事務所を閉めるなよな」

 

 指摘されれば無視を決め込む木更。無言でジュース(俺の差し入れ)を注ぎ始めた。

 蓮太郎が指さした先には磨りガラスのドアから透けて見える『本日の営業は終了しました』のプレート。おいおいまだ昼間だぞ。

 鬼気迫った状況では頼りになる天童社長であるが、平時は他人に厳しく自分に甘いポンコツらしい。ポンコツ貧乏店主め……。

 

 その様子を見て、心底楽しそうに微笑んだのは、天童民間警備会社一番の新人ティナだった。

 

「すみません、でも、こういう雰囲気、凄い好きなんです」

 

 ゆったりとした話し方の少女だが、つい先日まで暗殺を生業にしていた凄腕のイニシエーターだ。生きるか死ぬかの極限状態にあった彼女だったが、蓮太郎に殺しの依頼を阻止され、保護されてからは毎日が幸せそうで、少なからず事件に関わっていた俺も嬉しく思う。

 

「それにしても、美味しかったわね。お鍋……」

 

 木更がうっとりとした表情で言う。

 

 その言葉に皆が同意し、癪だが俺も頷いた。

 

「私、初めて食べたジャパニーズフードだったんですけど、これなんていう料理なんですか?」

 

 アメリカ人であるティナが聞く。

 

「ねえ里見くん。当初の予定ではタラちり鍋だったのだけど、お兄様が用意したお肉も入れちゃったし、この場合違う物になってしまうのかしら?」

 

「いや、肉を使っても水煮方式ならちり鍋らしいぞ。普通にちり鍋でいいんじゃねーか?」

 

 そこで延珠ちゃんが腕組して何事か悩んでいることに気が付いた。

 

「どうしたんだよ延珠」

 

「うーむ。しかしあれはなんだったのだろうな? お肉はわかる。お魚もわかる。お野菜もわかる。お豆腐もわかる。けど、あのキノコはなんだったのだ?」

 

「「「「あー」」」」

 

 全員、思い浮かべるものは同じだろう。

 

 表面は嫌にヌメヌメしていて、わずかに光沢があり、まばらにピンク色の斑点のある群青色のキノコ。

 

 誰も何も言わないので黙っていたが、あれってもしかして──

 

「毒キノコ、みたいよね」

 

 沈黙。

 

 重力が何倍にもなったかのようなプレッシャー。耐え切れず、皆がどっと笑いだす。

 

「「「「「まさかねー」」」」」

 

 そこでガシャン、と。壁にかけていた写真が落ちた。

 それは以前、天童民間警備会社の面々と俺と夏世が一緒に写った、所謂家族写真だった。

 

「ま、まさかねー」

 

 木更が不格好にもう一度笑った。

 

 俺は意を決して、先ほど木更の発言に遮られて止めてしまった考えを言葉にした。

 

「つーかあのキノコ、菫ちゃんの解剖室にあったやつじゃ──」

 

「──働いたら、負けなのだ」

 

 そんな中で発せられた重苦しいセリフは、やけに響いて聞こえた。

 

「え、延珠?」

 

 発言者の延珠ちゃんは、天井のシミでも数えているのか上を向いている。

 その目は、死んだ魚の目をしていた。

 

「妾は、豚だ、豚なんだ……。生きてて、ゴメンナサイ」

 

 ………………。

 

 マジか。

 

 どうしていいか分からず、彼女の保護者である蓮太郎に視線が集まる。蓮太郎はタイムのジェスチャーを取っていた。

 

「延珠、ちょっと待ってろ」

 

 延珠ちゃんを除く全員が壁際に集まると同時に焦りが爆発した。

 

「おいッ、どういうことだよ?」

 

「延珠さんって、その……鬱病とかの傾向ってあったり……」

 

「まさか」

 

「おい蓮太郎。これは『君は豚じゃなくてウサギの因子だろ』っていうツッコミ待ちなのか?」

 

「そんな訳ないだろ紅蓮兄ぃは黙っててくれ」

 

「じゃ、じゃあやっぱり……」

 

「「「「キノコ……?」」」」

 

 サァと血の気が引く音。

 

「ほ、他にキノコを食べた方は?」

 

 ティナの問いかけにすかさず蓮太郎が待ったをかけた。

 

「食べた奴がこの中にいたとして、どうするつもりだよ?」

 

「延珠さんのあの様子から察するに、キノコを食べた者は性格が変わるようです。気分が落ち込むだけならまだしも、暴れ出す可能性もなくはありません。そうなる前に拘束するか、どこかに閉じ込めるべきではないでしょうか」

 

「私食べてないわよ!」「お、俺でもない」「私じゃないです」「あ、俺食ったかも」

 

 正直に白状した俺に、三人が飛び掛かるのは同時だった。

 

「確保ーッ!」

 

「あッ、テメ、何しやがるッ! は・な・せ」

 

「最初からおかしいと思ってたんだッ。やけに冷静だと思ったら、キノコ持ってきたのもアンタかッ⁉」

 

 極限状態に陥ると、人ってこんなにも豹変するんだなあ。また一つ賢くなった。

 

「違うわ。だいたい俺が食材を買ったのはちょっとお高めの店だ。こんな変なモン売ってるわけねーだろ」

 

「確かに……」

 

 納得したのか、押さえつけていた力が緩んでいく。

 

「じゃ、じゃあキノコを食ったってのに、なんでそんなに冷静でいられんだよ?」

 

「いや、だって俺、『生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』だし、『呪われた子供たち』ほどじゃないけど、毒の耐性あるから──」

 

「その呪われた子供たち(延珠ちゃん)がやられちゃっているのだけど……」

 

 ……………………確かに。

 

「ウオあああああああああ‼どうしよう、ねえどうしよう蓮太郎⁉吐けばまだ間に合うかな? 間に合うよね? あっ……お腹痛くなってきた」

 

「お、落ち着け紅蓮兄ぃ。その腹痛は多分、精神的によるものだ。木更さんとりあえず吐かせよう、手伝ってくれッ」

 

「嫌よ! これ以上天童民間警備会社(ウチ)の床を汚す訳にはいかないわ」

 

「んなこと言ってる場合か! 背中叩くぞ、せーのッ──」

 

「ウッ!」

 

 その声は衝撃を与える前に上がった。

 

 不審に思い、恐る恐る発声者を見やる。果たしてそれは、頭を押さえて蹲るティナだった。

 ティナはすっくと立ち上がり、

 

「あー、やってらんねーですよ」

 

 あろうことか、床に唾を吐いた。

 

「…………マジか」

 

 

 




続きはそのうち書きます。


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トラジック・アイロニー
れんたろうの漢字が特殊すぎて出てこなああああい!!


れんたろーの漢字って、実は「蓮」ではないんですよね。なんか少し特殊な漢字なのですが、これがまた出てこない。

原作本文では特殊な方の漢字で、カバーのあらすじや口絵イラストの紹介文では「蓮」になってます。
ちなみにコミカライズ版ではちゃんと特殊な方で、作画先生の書いたらしき字も特殊な方。FAQもちゃんと特殊な方です。
逆に「蓮」になっているのがドラマCD特典小説、ブラック・ブレットif、アニメ公式サイト、アニメ、ブルーレイ特典ブックレットあたりでしょうか。

他は知らない。皆さんも時間のあるときにチェックしてみてください。


 いま自分が置かれている状況は決して居心地の良いものではなかった。

 

 正面には三十人を超える夏服の少年少女たち。背後の教室用スクリーンには『卒業生講話』の文字がある。

 

 その日俺は母校である額狩高校を訪れていた。

 

 前回のテロ事件での功績を称えられた俺は、賞金や夏世との契約に加えて、厚かましいとは思いつつも大学で落とした単位のことも相談していた。あきれ返る聖天子であったが、手回しのほうはバッチリこなしてくれたらしい。

 気分屋の教授からは、ちょうど俺が母校から依頼されていた講話内容のレポートの提出を命じられた。それをクリアすれば前回未提出のレポートも受け付けてくれるそうだ。

 それを俺は二つ返事で了承したわけだが……。

 

 後輩たちから好奇の目で見られながら引き受けたことを後悔する。

 

 進学するか就職するか。そういった進路の判断材料として開かれる卒業生講話であるが、俺はその大学進学組の一人として選ばれてしまった。専門性の高い大学に進学したのが悪かったのだろうか、真面目な生徒だと勘違いされたようだ。

 自分が高校生だったころは、こういった行事に無関心だったものだが、興味を持たれているのは俺が『天童』だからか。

 

 最後列にはギャハハ、ギャハハと下卑た笑いを教室に響かせる女子グループもいたが、他は比較的まともそうなのがせめてもの救いである。てか本当に喧しいなあいつら、影胤が言っていた『俺の中にはお前等を簡単に挽肉にできるほどの力があるんだぞ』という考えがよくわかる。

 

 面倒だがこれも単位のためだ。決心してマイクを握ると、何名かの生徒が居住まいを正したのがわかった。

 

「えー、本日このクラスの講話を担当する天童紅蓮です。大学での専攻は義肢装具学。それからここ、額狩高校の卒業生でもあります。よろしくお願いします」

 

 

 ■

 

 

 あくせくしながら進行された講話も、終わってみれば案外まとまった話になっていたのではないだろうかと思わなくもない。うん、多分。笑いも取れていたしそこまで退屈そうにしている生徒もいなかった。後ろの陽キャはうるさかったけど。そしていつの間にかいなくなってたけど。

 

「えーと、じゃあ最後に、なにか質問とかあるかな」

 

 聞いてみるとちらほらと手が上がっていた。俺が生徒として参加したときは誰も手を上げていなかったのもあってか、すこし誇らしい気分だ。

 

「じゃあまずそこッ」

 

「先輩結構忙しいって言ってたけど、アルバイトとかどうしてるんですか?」

 

 初っ端から聞かれたくないことランキングトップスリーに入る質問やめて。

 

「……警備会社、みたいな?」

 

「なにそれ、民警とか?」

 

「どうだろうね」

 

 それからいくつかの質問を捌いて、講話を締める。

 

「では、僕の講話は以上になるけど、就職組の講話にもちゃんと行くように。あと終わって数分くらいは教室に残ってるから、皆の前では聞きにくいこととかあった人は直接来てください」

 

 

 

 ■

 

 

 

「こんにちは、天童紅蓮さん」

 

 人の姿が無くなった教室で帰り支度を済ませると、不意に声をかけてくる生徒がいた。

 人好きのしそうな少年は、紺地の詰襟の制服を身にまとっていた。暑くはないのだろうか。

 

「なんだお前、足の骨折りたくなるような顔してるな」

 

「意味は全く分かりませんが、この状況では確実に問題発言ですよね、それ」

 

「黙れ、右手も折るぞ。だいたいお前、グリューネワルト翁のお気に入りの一人だろ。そんな奴が俺に何の用だ」

 

 悪意を隠しもしないこちらに対し、彼は然して気にした様子もなく話を続ける。

 

「自己紹介が遅れました、僕は巳継悠河と言います。ご存知の通り組織の人間ですけど、今はしがない学生に過ぎませんよ。以後お見知りおきを」「安心してください、ここには任務で在籍しているだけで、あなたに危害を加えるつもりはない。教授のお気に入りの一人であるあなたに興味がありましてね」

 

「何がお気に入りだよ。奴はもう、機械化兵士にしか興味なんてないだろ。その証拠に『生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』は俺を除いて皆処分されてる」

 

「だから言ってるんですよ、お気に入りだと。これ以上進展することのない計画の生き残り。だというのに処分もされず、殺し屋稼業に堕ちることもなく、何不自由ない生活を送っている。あなたは『生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』唯一の成功例であり最高傑作なんだ」

 

 大仰に手を広げて演説する巳継。

 そこはかとなく胡散臭いというかぶっちゃけウザいので無言を選択した。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………コホン」

 

 沈黙に負けた巳継が若干気まずそうに咳払いする。気のせいか少し頬も赤い。

 

「とにかく、たまには教授のもとに顔を出してください。きっとあの人も喜ぶ」

 

「心にもないことを。そんなに心配しなくても一番気に入られてるのはお前だろうよ」

 

 俺は巳継に背を向けると、そのまま教室を後にする。外に出る寸前、忠告じみたことを投げかけられた。

 

「──お気を付けて、五枚羽があなたの姫の命を狙っている」

 

 

 

 ■

 

 

 

 最後に職員室に顔を出してから学校を出た。

 

 クソ、せっかくいい気分で講話を終わらせたというのに、最後の最後でいけ好かない奴に絡まれてしまった。二度と来るかこんな学校。エンガチョエンガチョ。

 

 駅に向かって歩き出すと程なくして携帯が鳴った。この曲は夏世からの電話だ。

 

「どうした夏世、今日は仕事の予定はなかったよな?」

 

『お疲れ様です、天童さん。今お時間よろしいですか?』

 

「別に構わないけど、なんだ仕事の話か?」

 

 いつでも冷静沈着を保っている彼女の、どこか落ち着かない声に俺は戸惑った。

 

『ええ、護衛任務の依頼です。詳しい話は後日とのことですが、護衛対象は聖天子様。──この依頼は聖天子様直々のご指名です』

 

 

 



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自由を奪った状態でタックルなんて!三の型九番『雨奇籠鳥』

 講義が終わると教授に出席届を叩きつけて走り出す。

 

「クソッ、こういう日に限って授業が伸びるなッ」

 

 向かう先は聖居のある東京エリア第一区。間一髪で列車の発車に間に合うと、滴り落ちる汗を拭いながら席に座った。列車内の冷房が心地いい。

 

 依頼の件で聖居に直接顔を出すようにとの連絡を受けたのが昨日。

 急すぎると感じなくもないが、依頼主である聖天子はあまりの多忙ぶりに、在籍する高校に一度も登校できていないくらいだ。そのため今日この時間しか空きがないと言われてしまえば、絶対に遅刻するわけにはいかない。

 

 汗が引くころには聖居前まで来ていた。道なりに進むと数分もしないうちに絢爛な洋風建築物が見えてくる。

 

 相変わらずこのネオ・ゴシック建築の厳かな雰囲気は苦手だ。来るたびに「今日はもう帰ろうかな」という思考に支配される。というかすでにお腹痛い。

 

 いまの時間立っている守衛が顔なじみだった事に安堵しつつ来意を告げると、通信で中と連絡を取り始めた。何度かやり取りした後、前後を守衛にサンドイッチされながら聖天子の元へ案内される。

 

 通された先は記者会見室。並べられたパイプ椅子にはまばらにしか人は座っておらず、これが演説か何かの練習であることが見て取れる。

 そしてその人々の視線の先、スポットライトが当てられたひな壇に今回の依頼主は立っていた。

 

「本日これからわたくしがお話することはたった三つだけです。たった三つ、ガストレアから身を守るための三つのみ──」

 

 俺よりも年下──一六歳の少女は、視線、呼吸、緩急などすべてを完璧にこなしていた。なるほど、年嵩の政治家たちの中でもやっていけるわけだ。

 

「相変わらずキレイな顔してんなあ」

 

 さて、まだ終わりそうもないな。今のうちにお手洗いに──

 と、その時椅子に足を引っ掛けてしまい、椅子を倒してしまった。

 

 一斉にこちらに向けられる視線に、ようやく落ち着いた汗が止まらなくなる。

 

「ごきげんよう、紅蓮さん。式典以来ですね」

 

「ご、ごきげんよう、聖天子様……」

 

 俺の存在に気が付いた聖天子は、いつも着ている真っ白いドレスの前で優雅に手を組んで微笑んだ。

 

 クッ、笑顔を浮かべるとキレイどころか神々しさすら感じる。顔の良さだけで異次元だ。

 

「お久しぶりです、天童さん」

 

「ああ、清美さん、お久しぶりです」

 

 政策秘書官の紅一点、加瀬清美が鋭角的な眼鏡をくいっと上げながら近づいてきた。あんたは相変わらず秘書秘書した見た目してんなあ……。

 

 清美さんと話している間に、聖天子は周囲の人を下がらせると、壇上を降りた。

 

「紅蓮さん、大阪エリア代表の斉武(さいたけ)宗玄(そうげん)大統領が非公式に明後日、東京エリアを訪れます」

 

「はあ? 斉武が?」

 

 現在──二〇三一年の日本はガストレアに国土の大半を奪われており、一つの国を共有しているとは言い難い状況にある。

 十年前のガストレア戦争以来、人類はガストレアウィルスの再生を阻害する金属、『バラニウム』で作られた対ガストレア結界『モノリス』に立てこもり続けている。それは東京エリアだけでなく、日本では東京、北海道、仙台、大阪、博多の五つのエリアが、もっと言えば世界残存人口七.五億人の人々が同じ状況にある。

 分断された日本の五つのエリアそれぞれに国家元首が存在し、東京エリアであれば世襲制の聖天子、大阪エリアであれば斉武宗玄大統領がそれに当たる。

 

「わざわざなんで……?」

 

「わかりません。ただ、『いま』である理由はおそらく、菊之丞さんの不在が大きいかと」

 

 ……? おと──ジジイ、東京エリアにいないのか? 

 そういえばニュースで海外に訪問しているとかやっていたような。

 

 だがそれで合点がいった。斉武とジジイは大戦前からの政敵らしく、俺と蓮太郎がまだ幼い頃にジジイに連れられて会ったときでさえバチバチしていた。子供の前でそういうことするなよ。

 

「それで、先日急に東京エリアに寄るので会談を用意してほしいと打診が入ったのです」

 

「小っせえ奴だな。それで護衛の依頼か」

 

「紅蓮さんにはリムジンでの移動中は私の隣に、会談中は私の後ろに控えて私を警護してほしいのです」

 

「俺にジジイの代わりが務まるとは思えんが」

 

「なにも政治的な仕事をしろというわけではありません。高度な戦闘技術と、私と菊之丞さんが信用できる人物であるということが重要なのです」

 

「そこまで言われて悪い気はしないけどさ、聖天子様の周りにもちゃんとした護衛がいるだろ?」

 

 俺は苦手だけど、とひとりごちると、聖天子はまあ、と口元に手をやる。

 

「仲が悪いのですか?」

 

「あ、いや、仲悪いというか相性が悪いというか……」

 

「ではこの機によく話してみてください。入ってきてください」

 

「無茶言うな……」

 

 聖天子が合図すると、一糸乱れぬ様子で聖天子付き護衛官たちが現れて整列。いかにもエリート然とした顔の男が六名。この時点でもう気に食わない。回れ右して帰れお坊ちゃまが、ペッ。……俺もお坊ちゃまだったわ。

 

「ご存知かと思いますが、こちらが隊長の保脇さんです」

 

 存じております、一番嫌いな奴です。どうにかクビにする方法はないでしょうか聖天子様。なんて言うわけにもいかないので居住まいを正す。

 

「ご紹介にあずかりました、護衛隊長をやらせていただいております、保脇卓人です。お久しぶりです天童くん、もしもの時はよろしくお願いしますよ」

 

 よろしくしねえよ死ね。言いたい。口が裂けても言えないけど。

 

 高身長の者が多い護衛官の中でもひときわ身長の高い美男子。歳は……たしか三十過ぎだったか。

 そんな保脇卓人は笑顔で右手を差し出していた。しぶしぶそれに応じると、聖天子は安心したように小さく息を吐いた。

 

 声音とは裏腹に、ビンビン悪意を感じるのですが、殴り飛ばしても構わないでしょうか聖天子様。

 

「そうだ天童くん、親交も兼ねてこの後我々と食事でもどうですか? 東京エリアの英雄の話には興味がある」

 

 名案とばかりに微笑んで見せる保脇。よし、殺そう。

 

「俺はくだらない自慢話になんて興味ないから遠慮しておくよ。あんたとの食事は息がつまりそうだ」

 

「紅蓮さんッ」

 

 保脇の頬が引きつり、聖天子に咎められる。

 

 聖天子は未だ不可視の火花散る俺たちを交互に見て、妙にそわそわしながら報酬の話を始める。

 

 それを聞き流しながら今回の依頼に思考を巡らせる。

 もちろん断りはしないが、今回の件は不確定要素が強すぎる。なにより巳継悠河のあの忠告。だいぶ面倒なことになるのはわかりきっていた。

 

「では、別室にて必要書類への記入をお願いします。案内は──」

 

「それくらいでしたら私にお任せください」

 

 清美さんからの説明もひと段落ついたところで、保脇が勝手に書類を受け取ってしまう。清美さんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべるとすぐに「ではよろしくお願いします」と引き下がってしまう。うぇぇやだぁー。

 

 聖天子はその様子を見て「次の予定が押していますので」と締めくくり出て行ってしまった。

 

「では案内するよ」

 

 保脇はにこりと笑って歩き始める。嫌な予感しかしねえ……。

 

 

 

 ■

 

 

 

 しばらく歩くと、背後から腕を捻られ、男子トイレに押し込まれてしまう。わートイレ広いなー。

 

「喚くな──ゲッ」

 

 男子トイレに入った瞬間、掴まれたままの状態で肘鉄を食らわすと自由を確保する。入口に見張りが一人、拳銃を構えた保脇含む五人が犯人らしい。おいおいさっきいた全員じゃねえか。普通ここまでするか? 

 

「……なんの真似だ」

 

「天童紅蓮、この依頼を断れ。聖天子様の後ろに立つのは僕の役目だ」「目障りなんだよ。なにが東京エリアの英雄だ。天童閣下の権威を笠に着る能無しが」

 

「はあ、そうすか」

 

「なぜ貴様なんだ? 天童閣下は留守の間、この僕に聖天子様を託された。この僕にだ」

 

 それは斉武の来訪がない場合に限っての話だろう。奴が来るとわかっていれば、菊之丞もこの愚か者に頼りはしなかったはずだ。

 

 どうしたものかと首を巡らせたところで、保脇の取り巻きである城ヶ崎(じょうがさき)大湖(だいご)芦名(あしな)辰巳(たつみ)がバツが悪そうにしているのを見て閃く。

 

「おいアンタら、アンタらもそう思ってんのか?」

 

 彼らの肩がびくりと跳ねる。罪悪感はあるらしい。

 

「おいおい一緒に飯食いに行った仲じゃんか。あー、そういやアンタら上官の愚痴なんか言ってたような……なんだったかな……そう、たしか『なにあの左右非対称(アシンメトリー)な髪型。いい歳してどういうコンセプト?』……だとか」

 

 本当は街で偶然居合わせたので食事を共にしただけだが、先ほど食事の誘いを断られたばかりの保脇は怒りの形相で城ヶ崎を睨む。目をそらされる。芦名を睨む。目をそらされる。草。

 

「きッ、貴様ら──天童紅蓮貴様ああああ」

 

 なんすか、俺が悪いっていうんすか。

 

「クソッ! いいか天童紅蓮。聖天子様はお美しく成長され、今年で一六歳になられた。貴様も、そろそろ東京エリアには次の国家元首としての世継ぎが必要だとは思わんか?」

 

「え、なに噓ロリコン……? 若者にモテる髪型がコンセプトだったの?」

 

「黙れッ!! さあ答えを聞いてやる」

 

「いやだよリムジン乗ってみたいし」

 

 保脇は部下に向かって顎をしゃくる。

 

「腕と足の骨を粉砕しろ」

 

 痛いのは嫌なので行動に移す。全身を脱力し、己の体を落下させる。前方への落下を応用した超加速。

 手近な男を蹴り上げると宙高く飛んで落下。ドスンという音とともに再起不能にしてやると、次なるターゲットの懐に潜り込む。足を踏み付けにした状態での体当たり。減殺されない衝撃を受け、不細工な声をあげてもだえ苦しむ。

 技名は……う、う……うきうき長老? 忘れた。

 

 驚愕に染まる保脇に近づくと、彼の頬をかすめて右ストレート。背後の壁が凄まじい壊音とともに砕けた。

 

「な──貴様……こんなことをしてただで済むと──」

 

 憎悪に燃える瞳。このまま放置すればまた何かやらかすだろう。

 

「確かに俺は、脅しとか関係なしに、ジジイに泣きついたりはしない。しかし俺は、兄貴たちには余裕で泣きつく男……ただじゃ済まないのはお前たちの方だ」

 

 芦名の「ダサいな……」という呟きは無視する。

 

「いいか、今回は見逃すが次はないと思え。わかったら書類寄越してとっとと失せろ」

 

 保脇は膝から頽れた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 聖居を出る頃には日が沈みかけていた。この後食事の約束があるというのに、想定以上に時間がかかってしまった。

 

 保脇の陰湿な迷惑行為は今に始まったことではないが、今日の件はさすがの俺も疲れを感じずにはいられない。あんな愚か者たちと護衛任務か……。怪我をしたものもいるだろうし、もう少しマシな仲間でもいたらなあ。腹痛の次は頭痛に悩まされる。辛い。早く弟たちと飯食いに行きたいぜ。

 ため息を吐いたところでおや、と思う。

 

 視線の先には、ぶかぶかのパジャマに足はスリッパ、髪は寝ぐせだらけと明らかに寝起きの少女。歳は夏世と同じくらいか。彼女の髪はプラチナブロンドで、外国人に見える。

 そんな彼女と一緒にいるのは、何故か我が愛しの弟だった。ここにもロリコンかよ……。

 

 彼女は蓮太郎にお辞儀をすると、おぼつかない足取りで帰路につく。

 

 蓮太郎はおざなりに手を振っていたが、少女の姿が見えなくなるまで見守っていた。

 

「よ、お待たせ。……なにあれ?」

 

「紅蓮兄ぃがこんな場所で待ち合わせするなんて言わなかったら、巻き込まれずに済んだんだけどな」

 

 フンと鼻を鳴らす。答えるつもりがないというよりは、大したことではないといった感じだった。

 

「ああそうだった。木更たちは?」

 

「なかなか出てこないから先に行かせたよ。夏世も店に直接向かうってさ」

 

「冷たい奴らだなあ、奢りたくなくなる」

 

 苦笑したところで、ティンときた。

 

「そうだ蓮太郎。今回の依頼なんだけどさ──」

 

 

 




こんなところで諦める保脇くんじゃありません。
頑張れ♡頑張れ♡


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斉武は獅子のたてがみというには毛量が少なすぎる気もするし蓮太郎は蓮太郎で毛量が多すぎる

評価や感想ありがとうございます。おかげさまでなんとかエタらずに書けてます。


「でな、彰磨のやつが『俺は道を違えた。だから破門された。俺は信じていた天童流に裏切られ、路頭に迷った』なんて言うわけよ」

 

 豪勢なリムジンに揺られながら会談が行われるという高層ホテルを目指す。お前ふざけんなよそんな東京スカイツリーより高えとこ登れるわけねーだろ殺す気かなんて聖天子様に言えるわけがないので大人しく付き従う。目的地まで二時間ほど掛かるということなので頑張って話題が尽きないように努力する。蓮太郎と延珠ちゃんは別の車に乗っているため俺が頑張るしかないのだ。

 

「でもさー、そもそもの話天童流って免許皆伝になるまで技の開発は認められねーんだよな。そのうえ危険な技術となればそりゃ破門されるわ。ルールくらい守れよな。って彰磨本人にも伝えたんだけどさ、あいつなんて言ったと思う?」

 

 いまは聖天子から聞かれた蛭子影胤追撃作戦での話だった。たしか襲撃直前での対話だな。

 

「ポカンとした顔で『……たしかに』って」

 

「何のオチもないしょうもない話でしたね。薙沢さんも面白いこと言ってるわけじゃないですし。これ以上しゃべられても気まずくなる一方なので降りて貰えませんか?」

 

「夏世ちゃ~ん? 最近のキミいじわるが過ぎないかな~?」

 

 あっこいつ鼻で笑いがった。

 

 その様子を微笑ましそうに笑う聖天子。なにも微笑ましくないんだが? 

 

「紅蓮さんと薙沢さん、それから里見さんは戦闘術の有段者なのですよね。他にもお弟子さんはいらっしゃるのですか?」

 

「いや、戦闘術に目ぼしい継承者はいない。天童流は元々一族にだけ継承されてきた流派だから。ごく僅かに解放されてる道場があるにはあるけど、今じゃもう門下生もいないし廃墟同然だよ。あーあ、近いうちに戦闘術どころか天童流そのものが終わるかもしれないな」

 

 師範である助喜与ももう百二十歳だ。いつ引退してもおかしくない。

 

「紅蓮さんは、跡を継ぐ気はないのですか?」

 

 なんとなしに口にする聖天子にギョッとする。この方はおれが破門されたことを知らないのか。

 

「いや俺破門されて……」

 

「存じています。ですが縁が切れているわけでも、規則を破ったわけでもないのでしょう? それならば、次こそ技の名をしっかりと記憶してしまえば、免許皆伝を認められるのではないでしょうか?」

 

「そりゃ俺だって道場が廃れていくのを見てるだけしかできないのは、悲しいけどさ。俺が習ったのは戦闘術と抜刀術、あと合気術くらいだし、戦闘術以外は免許皆伝ほどの実力もない。その他の術で免許皆伝なのは皆、お偉いさんになって家を出てるしな。抜刀術の木更はほら、あんなだし」

 

 ある程度木更とジジイの関係を知っているらしい聖天子は納得した様子だ。

 

「それにしても、同じ流派でもそんなに種類があるのですね」

 

「まあな、他にも色々あるぞ。免許皆伝の兄たちは皆歳が離れすぎているから、和光兄さんの神槍術としか手合わせしたことがないけど」

 

「現・国土交通省副大臣の和光さんですね」

 

「そりゃ知ってるか。にしても、和光兄さんには結局一度も勝てなかったなあ」

 

 まあ生体強化兵の能力を全開放すれば勝てるけど。オラッ(本気を)出すぞッ。

 

 そうこうしているうちに目的地に着いたようだ。

 リムジンから降りて聖天子の隣を歩く。いつもより距離が近いのでドキドキする。リムジン内での距離も相当なものだったが、そこには夏世がいた。しかしここからは二人きり。歳の近い女の子と二人でホテルに入るという状況に緊張してしまう。我ながら気持ちが悪いぜ。

 おおお落ち着け俺、俺は年上好きのはずだろ年上年上年上年上おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいやっぱりおっぱいは最高だな落ち着け。

 

「紅蓮さん、お気をつけて」

 

「おう」

 

 リムジンに残る夏世に手を振る。

 

「夏世のこと置いていっていいのか? 俺としては斉武に会わせたくはないから助かるけどさ。あいついたほうが安全度は段違いだろ」

 

「こういう真面目な場に子供は連れて行けません」

 

「そういうもんかね」

 

 そう返されてしまってはそれ以上何も言うまい。政治の話に関してはIQ二百ある夏世のほうが詳しそうだけど仕方ない。

 

 ホテルに入るとどこからともなく支配人が現れて丁重に鍵を渡された。エレベーターに乗って鍵穴に差し込むと、本来表示されていない最上階のボタンを押す。はー、これが高級ホテルっすか。

 

 てかガラス張りのエレベーターじゃん怖ッ。極力そちらを見ないようにしていると、

 

「紅蓮さんは斉武大統領と面識があるのですよね?」

 

「ああああああるよ」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「な、なにが?」

 

「声色がすぐれないようでしたので」

 

「知るか。そんなことより斉武がどうしたって?」

 

 右手で左手首を掴むと、落ち着き無くさすった。

 

「はあ、それなら良いのですが」「私は斉武大統領とお会いしたことがありません」

 

「そうか、アンタ、先代聖天子様の跡継いでまだ一年くらいだったな」

 

「はい。それで、あなたから見た斉武大統領はどのような人なのですか?」

 

「タテガミの生えたゴリラ」

 

「……容姿について言っているのでしたら、私だって写真くらい見たことがあります」

 

「あー……じゃあ、独裁者。俺は『大阪エリア』にだけは絶対に住みたくないね」

 

 聖天子は目をぱちくりさせていた。

 

「誰に聞いたって同じこと言うだろうけどな。市民に十七回は暗殺されかけてるのも有名な話だし、税金だってクソ重い。つーかそもそもエリア統治者なんて人類がガストレアに敗北してから一代で大戦直前レベルまで立て直したヤベー奴ばっかだ。聖天子様みたいな若手のことなんか、斉武に限らずエリア統治者は全員認めちゃいねーだろうよ。気をつけろ」

 

「そう、ですよね……」

 

 顔を暗くさせて俯く聖天子を見て、やってしまったと思う。言い過ぎた。

 

「ま、まあ、東京エリアほど平和な国なんて、そうそうないだろうけどな」

 

 聖天子が顔を上げる。

 

「そう、でしょうか」

 

「東京エリア以外の国は治安クソ悪いからな。差別も酷いし住めたもんじゃねえよ。特に呪われた子供たちは。だから、なんだ。アンタはよくやってんよ」

 

 お世辞でも何でもなく、俺はそう思っている。聖天子は呪われた子供たちへの差別を良しとしない。現に彼女は、呪われた子供たちの社会的地位を向上させて、共生していくための法案を出していた。

 

 聖天子が僅かに頬を染める。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 話をすることで少しは落ち着いた。おっと、もうそろそろ最上階だ。

 

「私の側、離れないでくださいね」

 

 エレベーターが開く直前「了解」と応えて。開いた瞬間──

 

 視界いっぱいに飛び込んできたのは広い青空だった。

 

「は?」

 

 半円のドーム状に張り巡らされた六角形の強化ガラス。そこからは地上八十六階からなる無限の広がり。

 

 俺は死んだ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 フリーズしていたのは数秒だけで、聖天子に肩を揺すられることで我に返った。斉武め……こんなトラップを仕掛けてくるとは……。

 

 落ち着いて見てみると、ホテルの一室というよりは展望台を応接室にしたといったところか。高所恐怖症でなければインスタにアップしたい洒落た内装ではある。

 

 いつのまにやらエレベーターの脇に立ち、一礼する大柄な男は斉武の護衛だろう。ハイ勝ち~俺の方が強いで~す。バーカバーカクタバレ。

 その奥にはデザイナーズソファに腰掛ける男の姿。男はゆったりと立ち上がる。

 

「初めまして聖天子様」

 

 そして俺の存在に気づくと途端に嫌そうな顔になる。なんだよ死ねよ。

 

「……何故、貴様がここにいる、天童紅蓮」

 

「ぼくばいと~」

 

「フン卑しくも民警の真似事か。天童の女狐にそそのかされて天童を出奔とは……愚かな真似をしたな」

 

「は? していないが。兄貴にマンション買ってもらってジジイの金で好きな大学に通っているが。お宅の情報網ガバすぎない?」

 

 引っ越したけど。

 

「口を慎め民警風情が! ここをどこだと心得ている!」

 

「大学生つってんだろボケたかジジイ。百から七引けるか?」

 

「貴様殺されたいのか」

 

「落ち着けってちょっとした冗談だろうがよ。俺、お前、同じ、人間。わかったかゴリラ? わかったなら握手~」

 

 手を差し出すと斉武の護衛から殺意を向けられる。気安く触んなってか。はいはい悪うございました。

 手を引っ込めて斉武の顔見たらブチギレてて草。聖天子様は顔真っ青で草。俺、なんかやっちゃいました?(笑)

 

「相変わらず癪に障るな、貴様は」

 

「そりゃお互い様だろ」

 

 気に食わないといった感じで斉武は引いた。こいつ毎回喧嘩吹っ掛けてくるから嫌い。

 

「あの仏像彫りは元気か、紅蓮?」

 

 仏像彫りとは菊之丞のことだろう。菊之丞は政治家としての顔以外にもう一つ、『仏師』としての顔がある。それも人間国宝に指定されるほどの。ちなみに蓮太郎はその弟子だったりする。

 

「もうあんま彫ってねーよ。弟子が出奔しちまったからな。てか気になるんなら菊之丞がいる時に来いや」

 

「お前は隙あらば煽ってくるな。自殺願望でもあるのか?」

 

「ねえよ。さっさと話始めてくれ聖天子様。普通に怖いこの高さ」

 

「え、ああはい、そろそろ本題の方に入ってもよろしいでしょうか、斉武大統領?」

 

 

 

 ■

 

 

 

 それから二時間をかけ、第一回の非公式会談は終了した。日はすでに落ちている。

 今回の会談では望んだ進展もなく、聖天子と斉武が決して相容れない不俱戴天の敵だと理解できただけだ。

 

「そんなに落ち込むなよ」

 

 動き始めた車内で聖天子に声を掛ける。

 

「別に落ち込んでなど──」

 

 反論しかけて首を振る。

 

「そうですね、少し……。漠然と、こちらが誠意を持って話せば、どんな人でもわかってくれると信じていたから、なおのことそう思うのかもしれません」

 

「それが普通だろ、気に病むことじゃない。斉武は菊之丞に限らず他エリアのトップでさえ手を焼く暴君だ」

 

「紅蓮さんは斉武大統領以外のエリア統治者とも交流があるのですか?」

 

「仲は悪いけどな」

 

 聖天子が笑うことで、車内の張りつめた空気が和らいだ。

 

 そこでふと嫌な予感がして、窓の外を見る。夏世も感じたらしく警戒を強めている。

 巳継の忠告が脳裏をよぎる。会談の内容からして斉武が何か仕掛けてくる可能性は十分に考えられる。

 聖天子のすぐ隣に移って事態に備える。来るッ。

 

 聖天子に覆いかぶさると同時。ガラスの破砕音と車の急ブレーキ。聖天子が悲鳴をあげる。そのまま車体が横に滑って標識に激突した。狙撃されたッ? 

 

「夏世、運転手連れて出ろ!」

 

 聖天子の手を引いて車外に出た直後にビル屋上で銃口炎(マズルフラッシュ)。燃料タンクを撃ち抜かれて爆発する。すぐさま聖天子を連れて遮蔽物に隠れる必要がある。

 

「紅蓮さん、すみません、私、腰が抜けて……」

 

 延珠ちゃんが猛スピードでこちらに駆けてくるのが見える。その後ろには蓮太郎や護衛官たち。だが三発目に間に合いそうにない、まずい。

 

「紅蓮さん、次が来ます!」

 

 三回目の銃口炎(マズルフラッシュ)

 

「ハアアアアアアッ!」

 

 甲高い衝撃音。司馬重工製の戦闘用ブーツで狙撃弾を弾き飛ばす。吹き飛ばされて何度もバウンドして転がった。

 

「クソがッ! 絶対足の骨折れた!」

 

 通常なら足が吹き飛ばされていてもおかしくないところだが、そこは(銃器と爆薬以外は)安心安全の司馬重工。さすがの高性能。

 

 護衛官@ポンコツたちが駆け付け、聖天子の肉壁になりながら後退していた。ひとまず危機は去ったか。

 

 夏世に支えなられながら遠方のビルを睨む。目算で一キロ。視界の悪いこの状況で正確無比な三連発。常軌を逸した技量。

 

 聖天子暗殺未遂。斉武の独断なのか、あの組織の総意なのかは不明だ。しかしこれが単なる脅しではなく、明確な殺意があったことは俺でもわかる。

 また面倒なことになったなとため息をついた。

 

 

 




政治的な話を全て飛ばす学のない私を責めないでやってください。

ちなみに紅蓮に政治的な話をすると寝やがります


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原作ティナ(98位)VSアニメ六話ティナ(97位)VSアニメ七話以降ティナ(98位)

これは噂ですけど、作品タイトル長すぎて覚えられない作者がいるらしいですよ。


 それは反省会(デブリーフィング)というには、あまりにお粗末なものだった。

 本来であれば護衛の問題点を明確にし、次から事件を未然に防ぐための話し合いをするべきだというのに、『帰りのルートに狙撃手が待ち伏せしていたのはどうしてなのか』という責任の押し付け合いしか行われていない。

 

 最初はその様子を会議室の端でぼんやりと眺めていた俺だったが、護衛隊長の保脇卓人から名指しで犯人扱いされてしまっては積極的に参加する意思を見せないわけにもいかなかった。

 

 鬼の形相で「コイツらが犯人です!」と訴える保脇にはもはやエリートらしい品性は感じられない。

 そもそも今回の件で責められるべきは警護計画書を作成した彼ら護衛官のはずであって、なんの嫌がらせか事前説明(ブリーフィング)さえ受けさせてもらえなかった俺たちではない。聖居集合だったため往路のルートだって知らなかったくらいだ。

 

『いままで一度として聖天子が狙われることはなかったのに、こいつらが雇われた途端、聖天子の暗殺未遂が起きている。ゆえにこいつらは暗殺者と内通している』

 

 馬鹿馬鹿しい。

 明らかに無理のある訴えであったが、数々のライバルを蹴落として護衛隊長の座を得ただけあって、屁理屈をそれらしく伝える能力はあるらしい。俺が弁解しようとしても「騙されるなッ」だの「みなさんこいつの意見を聞いてはいけません」とことごとく遮られてしまった。

 そうすると瞬く間に劣勢に追いやられる。このままではまずいと思うも、この場に俺の味方は誰一人として存在しない。

『呪われた子供たち』と手を組み、争いに身を投じる民警の立場は当然危うい。危険な職種であるためヤクザや犯罪者まがいの野蛮な連中が多いのも要因か。

 それが例え天童菊之丞の息子で東京エリアの救世主だとしてもだ。それだけ『赤目』への差別意識は強いともいえる。

 好き勝手に振る舞う護衛官たちに不満を抱いている職員も少なくはないはずだが、委縮してしまっていて俺を擁護する状況は期待できそうにない。敵の敵は味方かもしれないが、敵の被害者はなかなか味方になりえないのだ。

 それにしてもこいつ、どうやら蓮太郎やイニシエーターよりも俺のことを貶めたいらしい。俺がこいつを嫌うように、こいつもまた俺のことを憎しみを持つほど嫌っている。

 

 あきれ果てて言葉も出ない。それを保脇は好機と捉えたのか目をギラつかせたところで流れが変わる。

 聖天子が乱入してきたのだ。

 

『天童紅蓮を雇ったのは聖天子の意思であり、その紅蓮を疑うということは聖天子の判断を疑うということ。なにより東京エリアを救った英雄を犯人扱いするとはどういうつもりだ』

 

 聖天子は厳しい口調で保脇に言いつけた。国家元首にそうまで言われては押し黙るしかない。保脇は言葉も出ないといった顔で席に座った。しかしその目は修羅の如く燃え上がっており、奴がこの程度で引き下がるとは思えなかった。執念深い男だ。

 以前聖天子の秘書を務める清美さんから聞いた話だと、保脇は、俺と聖天子の仲を民警と国家元首の関係以上の何かがあると勘違いしているらしい。たしかに古い友人ではあるが彼女が『紅蓮』と呼ぶようになった理由もロマンチックなものではないし、彼女自身俺のことは信用のおける友人くらいにしか考えていないだろう。

 清美さんは「本当になにもないのですか?」とからかってきて俺は「まさか」と笑った。

 まあ、清美さんいわく、彼女の周囲で親しい異性など俺しかいないのも事実らしいが。

 

 そこからも実りのない話を続けて会議はお開きとなった。

 最後まで責任の擦り付け合いしか行われず、マトモな防止策も提示されない。そして誰一人として暗殺の依頼人を暴こうとしない。

 仮に──いや、十中八九そうだが斉武宗玄が今回の事件の黒幕だとして、それを問題にしようものならたちまちエリア間の戦争に繋がりかねない。気持ちはわからないでもないが聖天子が第二回の会談を行う気でいるのだから、絶対に考えなければならないことだった。

 

 さて、聖居の人間が役に立たない以上、できる限りのことは民警(こちら)で調べなくてはならない。

 と言っても俺と蓮太郎、それから延珠ちゃんに出来ることは少ない。夏世は……頭良いからいろいろやってくれているが俺には理解できない分野なのでひとまず任せることにした。

 蓮太郎は巨大兵器会社『司馬重工』のご令嬢、司馬未織に協力を仰ぎに行くと言っていた。

 司馬重工は俺や蓮太郎に武器類を提供してくれているパトロンだ。立場上CM撮影の協力は難しいが、こちらはこちらで新製品のテスターをしたり、実際に武器を使うことで宣伝したりと協力している。

 ある程度序列が高くなると国から個人情報を管理されてリストに上がらなくなるため宣伝効果は薄い。理由はさまざま考えられるが、他国からの引き抜き、拉致、暗殺を防ぐためだろう。そのため東京エリアの英雄(蓮太郎)天童一族()の宣伝効果は薄いはずなのだが……蓮太郎は未織から大層気に入られているらしい。美人のお嬢様から熱烈なラブコールを受け満更でもないような蓮太郎はいつか刺されてもいいと思う。刺した奴は徹底的に潰すが。

 以前はどうか知らないが、蛭子影胤テロ事件以来、蓮太郎は民警たちの間で有名人になっているためこれ以上ない適任者ではある──のか? 名前は売れていても顔までは出回っていないと思うのだが。英雄呼ばわりされる以前は下から数えた方が早かったくらいだし。

 逆に、扱いにくい『天童』であり、情報を秘匿された元高序列者の俺に宣伝効果はほとんど無い。それでも支援が続いているのは昔馴染みのよしみと、『闘神』伊熊将監のイニシエーターだった夏世のおかげだった。……ヒモみたいだな、俺。もちろんちゃんと働いてます。

 ちゃんと働いている俺は、聖居の職員に頼み込んで、聖天子宛てに届く脅迫状や犯行予告などを管理する保管庫にいた。

 

「……想像以上だな、これは」

 

 その膨大な量に、顔をしかめた。

 今回の暗殺未遂事件、黒幕はともかく、警護計画書が漏れていた以上、聖居内部に協力者がいることは間違いない。

 そちらの調査となると俺ひとりでは無理があるので、城ヶ崎と芦名に手伝わせようと思ったのだが、あいつら「冗談じゃない!」と逃げやがった。本当に使えない奴らだな。

 

 資料を手に取って読み上げる。

 

「『お前を殺してやる!』──は赤目のアンチか? 『君は僕だけのものだよ。聖天子様の──に僕の──を』……いい歳して恥ずかしくないのかね?」

 

 とりあえずファン(?)からの手紙は無視する。協力者はやはり呪われた子供たちに恨みを持つ者である可能性が高い。

 期待していたわけではないが、やはり一通り目を通しても参考にはならなかった。

 

 とりあえず今日はもう帰ろう。

 職員に挨拶して、聖居を後にする。

 すると、出てすぐの場所で蓮太郎が金髪ロリに餌付けしていた。

 

 ……そういうことするからロリコン疑惑が晴れないんだぞ。

 

 

 

 ■

 

 

 

 延珠ちゃんと蓮太郎が菫先生から呼び出されたということで、俺も病院へ向かう。俺にもかかわる大事な話だと知っているからだ。

 

 勾田公立大学付属の病院の地下──そこにある霊安室が菫先生──室戸菫の住処だ。

 悪魔のバストアップが刻まれた扉(どういう趣味してんだ)を開けた瞬間に、ここを訪れたことを後悔した。

 菫先生がテーブルの上に大の字になって笑い転げている。試験管やビーカーを除けもせずに暴れるものだから、それらが次々と床に落ちて割れていく。もったいねえ……。

 

「ハハ、ハハハハハ! おや紅蓮じゃないか。これを見てくれ! ヤクザが月移住計画に騙されたという記事なんだが──」

 

 ……そしていつにも増してうぜえ。

 

 それからたっぷり二分ほど魔女のような高笑いを続けてようやく満足したらしい。

 

 それまで無視を決め込みガラス片の後片付けをしていた俺だったが、彼女が立ち上がったところでようやく視線を向けた。

 

奈落(アビス)へようこそ、紅蓮」

 

 病的なまでに青白い肌、伸ばし放題の長い髪、床を引きずるほどに長い白衣。どこか浮世離れした雰囲気は幽霊のようだが、よく見れば絶世の美女だ。

 室戸菫。

『バラニウム』の発見者にして、機械化兵士プロジェクト日本支部の元最高責任者。日本最高の頭脳の持ち主であり、蓮太郎の執刀医だ。

 余談だが、彼女は義肢装具の分野にも精通しているため、俺の勉強を見てもらったりもしている。

 

「それにしても君、背伸びしたい年ごろなのはわからんでもないが、ここに来るときは香水と整髪料は落としてきてくれないか? 頭が痛くなりそうだ」

 

「そういう菫ちゃんは芳香剤の臭いがキツすぎるけどな」

 

「私はいいんだよ。なにせもうずっと風呂にも入っていないからな。君が蓮太郎くんの足の臭いに興奮する変態という事実を差し引いても耐えられるものじゃないよ」

 

「自分で言うな! シャワーくらい浴びて床に散乱した下着を捨てろ。目のやり場に困る。あと俺は変態じゃない」

 

「なんだ、気になるのかい? 仕方ない大サービスだ。君がミイラになったら頭に被せて入口に飾ってやろう」

 

「帰りてえ……」

 

 ケタケタと笑う菫先生。

 

「菫、遊びに来たぞ!」

 

 そこで元気よく延珠ちゃんがやってきて続いて蓮太郎も入ってきた。

 ──助かった! 

 

 芝居がかった調子で二人を歓迎した菫先生だったが、彼女の熱い歓迎はその程度では終わらない。弄りがいのある若者二人を徹底的に遊びつくしてようやく本題に入った。

 

「遅れたけどおめでとう。君たちは蛭子影胤を倒し、序列の階梯をかけあがることをきめた。君も序列千番という高位序列者の列に加わったわけだから、そろそろ気を付けておかなければならないことと、私以外に存在する三人の天才について話しておかなければならないと思ってね」

 

「それって……紅蓮兄ぃの執刀医だっていう……?」

 

 蓮太郎には何度か話して聞かせていた生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)のルーツ。その流れで、機械化兵士を生み出した『四賢人』の存在は覚えているようだった。

 

「そうだ。日本支部『新人類創造計画』室戸菫、オーストラリア支部『オベリスク』アーサー・ザナック、アメリカ支部『NEXT』エイン・ランド、そして──」

 

「菫先生、そこから先は俺が。プロジェクトの最高責任者であり、俺たち生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)の生みの親、ドイツのアルブレヒト・グリューネワルト。コイツだけは自分の国に研究施設を持っていなかったから、日本、オーストラリア、アメリカの三つの国にそれぞれ自分の施設を持っていた。

 お前も知っての通り、俺が天童の屋敷で死にかけた日、俺はその日本支部に運び込まれたんだ。そしてあいつの元お気に入りになったってわけだ」

 

「でも、プロジェクト参加者は戦後まもなくして始末されたって言ってたよな?」

 

「正確には違う。生体強化兵は機械化兵士と同時進行されていたプロジェクトで、コストだって機械化兵士同様馬鹿にならない。

 呪われた子供たちの存在が確認された以上、続ける意味がなくなった……ってのが表向きの理由。そもそも生体強化兵と言っても機械化兵士(お前たち)と同じように色んなタイプがいたんだ。

 身体の弱い患者や欠損のある患者向けに行われた、筋組織を弄ったり皮膚を弄ったり、感覚を鋭くしたりしただけの機械化兵士の練習台から、サイボーグとはまた違った次世代の人類を生み出す実験だとか──ちなみに俺は後者寄りだな。処分されたのは後者だけで、前者は今でも普通に生活してるはずだよ。研究内容も詳しくは知らないだろうしな。

 で、後者が処分された理由だけど、彼らと人類に深い断絶が起きた。まさしく新人類に片足突っ込んだ彼らは、仲間内での特殊なコミュニケーションしか取らなくなり、他生物への興味関心を失っていった」

 

「そんな馬鹿な……」

 

 愕然とする蓮太郎に、菫先生が話を纏める。

 

「蓮太郎くん、残念ながら全て事実だ。グリューネワルト翁は大戦後の短い期間で、本物の新人類を創造しかけたんだ」

 

「……そんなの、神の領域だろ」

 

「そうだ。そしてそれが、グリューネワルト翁が我々『四賢人』を統括する所以だよ。悔しいことにね」

 

 菫先生が自虐的に笑った。当時の菫先生は、ガストレアに恋人を食い殺されたばかりというのもあって、グリューネワルトの天才性に激しい嫉妬と怒りの感情ばかりを向けていた。現在の菫先生しか知らない延珠ちゃんには想像もつかないだろう。

 

「じゃあ、紅蓮が処分……されなかったのは何故なのだ? 皆死んでしまったんじゃないのか?」

 

 延珠ちゃんが腕組しながら首を傾げると、蓮太郎はたしかにと呟いた。

 

「俺はあの人のお気に入りだったからなあ……。でも一番は、俺、人間やめるつもりなかったから」

 

 今度は蓮太郎も首を傾げた。菫先生がクク、と愉快そうに笑う。

 

「蓮太郎、お前だよ。お前と木更を守りたくて俺は天童流を習って、力をつけたんだ。それなのに人間やめて人類(お前たち)から離れるだなんて、するわけないだろ。

 だから俺は、急速な進化に身を委ねなかったし、研究者とのコミュニケーションも続けたんだ」

 

「紅蓮兄ぃ……」

 

「そのせいで中途半端に進化しちゃって、それがグリューネワルトのお眼鏡に叶っちゃったんだけどな」

 

 言い終えてなんだか恥ずかしくなってくる。しんみりした空気を変えたくて、

 

「だから覚醒したら延珠ちゃんより強かったりして」

 

 と、がおーと威嚇のポーズをすると、延珠ちゃんも「負けないぞ!」と威嚇のポーズで返してくれた。何この可愛い生き物。

 

「さて、そしてここからが本題だ。そんな天才が生み出した機械化兵士たちは、そのほとんどがプロモーターとして活動している」

 

 タイミングを見て菫先生が話を再開させると、各々居住まいを正す。

 蓮太郎に暗い表情はすでになく、瞳には強い意志が宿っていた。俺の話でそこまで覚悟決められると照れますなあ。

 

「蓮太郎くん、君が自分の出自を追うと決めたならば、私はとりたてて反対はしない。だが並みいる敵を倒し最高レベルの機密情報キーを手に入れるために超々高位序列者を目指すなら、遠からず彼らが作り上げた機械化兵士のプロモーターともぶつかることになる」

 

「ああ」

 

「だが蓮太郎くん、君はすでに、グリューネワルト翁の機械化兵士を倒している」

 

「まさか、蛭子影胤かッ?」

 

 あの変態仮面、兄弟だったのか……。最低の気分だ。

 

「俺だって覚醒してりゃ勝てたんだけどな」

 

「仕方ねえよ紅蓮兄ぃ、相性だってあるんだし」

 

 まあそれはそうなのだが。俺には影胤の装甲を破る破壊力がない。しかし影胤に勝利した蓮太郎にも、さっきは「延珠ちゃんより強かったりして」などと言ったが彼女にも負ける気はしない。

 

「新人類や神様といえど、万能ではないというわけだ」

 

 菫先生の話はそこで終わった。

 

「蓮太郎くん、紅蓮、悪いが君たちは先に帰りたまえ。これから、延珠ちゃん向けの話をする。君たちには聞かれたくない」

 

「おい、先生まさか──」

 

「違う」

 

 蓮太郎が菫先生を睨みつけ、彼女は、それを否定する。

 俺が知らない話ではあるようだが、延珠ちゃんにも隠してることってなんだ? 

 

 そうして俺たちは延珠ちゃんを残して病院を出た。

 

「悪い、紅蓮兄ぃ。さっきのことは今度ゆっくり──」

 

 と、蓮太郎の言葉を遮るように俺の携帯が鳴った。

 

 断りを入れてから携帯を取り出す。蓮太郎は少し離れてから立ち止まった。どうやら待っていてくれるらしい。

 

「はい」

 

『紅蓮さん大変ですッ』

 

 悲鳴じみた夏世の声に意識を切り替える。依頼に関係する話だろうか。すぐさま蓮太郎を呼んでスピーカー機能をオンにした。

 

「何があった」

 

『天童民間警備会社が何者かに襲撃され、現在天童社長が──意識不明の重体です』

 

 

 




作品タイトル長すぎて覚えられない作者です。

というわけでTwitterのフォロワーさんにタイトルの略称を考えてもらいました。

「天転破(てんてんは)」
技名っぽい。ありがとうございます!


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妹に創作ノートなんて見られでもしたら俺死んじゃうよ

200?年?月?日

 

 母さんが死んだ。

 昨年父さんが死んでから家計は苦しく、少しでも母さんを楽させてやろうとアルバイトを掛け持ちしてやってきた俺だったが、限界が来たのか倒れてしまった。

 連絡を受けた母さんは慌ててパート先を飛び出して、そして……。

 バイトと大学の両立で、最近は母さんとあまり話せていなかった。俺は、何のために働いてたんだろうな。もう何もかもが面倒くさい。

 

 今は親戚たちから離れて、母さんの棺桶の横で日記を書いている。

 俺の扱いやら父方祖母の母さんへの嫌味とか、もううんざりだ。疲れた。

 日記を書き終わったら、母さんにお別れしよう。明日からまた忙しくなる。

 

 ──ああ、それにしても、眠気がひどい。

 

 

 

200?年?月?日

 

 気が付いたら俺は死んでいた。棺桶を枕にして眠っていたらしく、気化したドライアイスを吸い込み過ぎた結果らしい。神様が言っていたから間違いない。

 とりあえず知らない世界に転生させてくれるとのことなのでお言葉に甘えることにする。

 

 それにしても俺は誰の棺桶と同衾していたのだろうか。最近葬式などいった記憶がないのだけど……まあいいか。

 

 

 

2019年●月■日

 

 転生しちゃいました。名前は■■紅蓮。この世界での記憶はない。前世の記憶も曖昧だ。

 前世はたしか苦学生。でもいまは小学生。両親はいない。でも両親の友人を名乗るオジサンが俺を養子として招き入れてくれるんだって。

 実感わかない。つい数か月前に記憶取り戻したばかりだし仕方ないけど。

 

 クッソ田舎から近未来感溢れる東京へのお引越し。田舎では気付かんかったけどめちゃ近未来的。2019年だっけ? はー、すごいね。

 

 ちなみにお義父さんはオジサンじゃなくてオジイサンだった。

 

 

 

2020年●月■日

 

 天童紅蓮としての生活にもだいぶ慣れてきた。

 

 お義父さん、お義母さんとの関係は良好だし、お義父さんの息子夫婦とその子供たち──木更や和光兄さんとも上手くやっている(他の三人の兄たちはそこまで仲良くもないのだが)

 それでも神様が言っていた通り、俺の転生特典は『家族に愛される』ことらしい。和光兄さんからは特に甘やかされている(木更とは腹違いで仲も悪いようなので、遺恨のない素直な弟というものに憧れていたのかもしれない。木更を除けば末っ子だし)

 数々の政治家を輩出してきたエリート一家ではある意味チート能力ともいえるだろう。お金持ちやったー! 

 

 その他にも前世の学習チートを駆使して神童だなんだともてはやされたりと充実した日々を満喫している。このスタートダッシュを無駄にしないよう頑張ろう。

 

 そして今日から木更と一緒に天童式抜刀術とやらを習います。木更は俺より先輩なので稽古場では高弟として扱うよう、助喜与師範に言われた。

 ちっちゃなプライドはかなぐり捨てて「姉弟子!」と呼んでやったら満更でもなさそうな顔をしていた。可愛い。

 なんでも弟というものに憧れがあるのだとか。お前もか。

 

「そういうのはお父さんお母さんに言いなさい」という俺の言葉はそのままオジサンに伝わってしまったらしい。晩御飯のあとめっちゃ怒られた。ちくせう。

 

 でもこんなにちっちゃい木更が武術て、必要あるんか? 将来的には真剣使うとか言ってたし。こんな平和な時代に……いや、木更は可愛いからな、護身術は大事だよな。師範に頼んで合気術も教えてもらおう。

 

 

 

2021年●月■日

 

 木更ちゃんてば超ワガママ。俺が持ってるものはなんでも欲しがるし、気が付いたときには俺の本やゲームは彼女に奪われている。

 あの……そのゲーム俺のなんすけど。というか鍵付きの引き出しにしまってたはずなんすけど……。

 どうして……? 

 

 

 

2021年●月■日

 

 人類が、ガストレアに敗北したらしい。

 ショックが大きすぎた。しばらく日記をかける気がしない。

 

 

 

2021年●月■日

 

 弟ができた。名前は里見蓮太郎。歳は木更と同じくらい。

 両親を亡くしたばかりで酷く落ち込んでいる。俺にも何かしてやれることはないだろうか。

 

 

 

2021年●月■日

 

 蓮太郎の両親の葬式が行われた。蓮太郎は理解できない様子で、何時間も同じ説明を受けていた。まだ数える程度しか話していない弟だが、見ている俺も辛くなってくる。

 両親と思われる黒い炭が届けられ、蓮太郎がおそるおそるそれをつかむと、砂礫のように崩れて零れ落ちていった。

 蓮太郎は半狂乱となりお坊さんに殴りかかると、天童の屋敷を飛び出していった。

 

「お父さんとお母さんは死んでなんかいない!」

 

 その言葉が頭から離れない。

 

 

 

2021年●月■日

 

 お義父さんに連れられて蓮太郎が帰ってきた。二日ほど難民キャンプで過ごしたらしい。

 ボロボロで死にかけのようだったが、大きなけがもなくすぐに回復するとのこと。

 

 本当に良かった。

 

 

 

2021年●月■日

 

 蓮太郎も少しだけ屋敷に慣れてきたので、天童流を習うこととなった。木更は抜刀術を推していたが結局蓮太郎は戦闘術を習うそうだ。残念。

 そういえば、「蓮太郎が弟じゃなくて残念だったな」と言うと。

 

「あら、お兄様、全然そんなことないわ。ちょうど私だけの使用人が欲しいと思っていたところだったの」

 

 こっわ。俺の妹こっっわ。

 俺は蓮太郎の肩に手を置き、諦めろと首を横に振った。

 

「ええッ? 助けてくれないの?」

 

 蓮太郎は泣き出しそうになりながらも訴えたが、俺にはどうすることもできない。強く生きろ。

 

 

 

2021年●月■日

 

 木更の両親が殺害された。

 現場近くにいた使用人によると、屋敷内に突如としてガストレアが現れたらしい。

 いくら天童流の免許皆伝であるオジサンでも、武器も持たずに敵う相手ではなかった。せめて戦闘術や合気術などの免許皆伝であれば……いや、今更詮無きことか。

 そして現場には木更と蓮太郎もいたそうだ。

 木更は掠り傷ですんだようだったが、ショックが大きすぎたようだ。意識を失ってそのまま病院に運ばれていった。

 そして問題は蓮太郎だ。木更を庇ったことで右手右足をガストレアに喰われ、左目を抉られたらしい。

 お義父さんが駆けつけた時にはすでに命の灯は尽きかけていて、助かる見込みは限りなく低いそうだった。

 

 神様、神様、神様! 

 頼む……! 蓮太郎を連れて行かないでくれ──! 

 

 

 

2021年●月■日

 

 蓮太郎は一命を取り留めた。

 木更も目を覚ましたので今日は見舞いに行こうと思ったのだが、日向兄さんに止められた。

 理由を尋ねたが教える気はないようだ。不信に思った俺は夜中行なわれていた家族会議に聞き耳をたてた。

 

 微かにしか聞こえなかったため断片的な情報しかない。

 

「親父殿の裏切り」「告発」「ガストレア」「始末」

 そして「木更と蓮太郎も殺すべきだった」

 

 

 嘘だろう? 込み上げる吐き気に耐えながらその場を後にした。

 どうすればいい。俺一人で何ができる。誰に相談すればいい。誰か、誰かいないか、信用できる大人は。

 そうだ紫垣さん、あの人なら……。

 

 

 

2021年●月■日

 

 日記を見返しつつ紫垣さんに相談してみた。

 やはり紫垣さんは信用できる。彼に相談してよかった。まだ詳しくは調べられていないが、隙を見て天童の保管庫にでも忍び込めたら……。

 

 相談を終えてから『日記帳に記すのは不用心すぎる』と怒られた。ちゃんとしまってると伝えるとノートを奪い取られ、表紙に『創作ノート』と書き足された。

 ちょっと待ってくれ。

 見つかんなけりゃ大丈夫だろガハハじゃねえんだよ。

 

 挙句裏表紙にはデッカい五芒星まで書きやがった。それも頂点それぞれに羽まで付いている。中二病的センスだ。絶対に狙ってやってる。

 

 こんなの見られたら俺の心が死んじゃう。

 

 

 

2021年●月■

 

 ようやく蓮太郎が帰ってきた。

 蓮太郎は機械化兵士とかいうサイボーグになってしまったらしい。色々と不便が付きまとうことだろう。兄としてしっかりサポートしてやらねば。

 

 ところで日記帳に覚えのない折り目があった。誰かに見られた……? そう簡単に見つかるような場所には置いていなかったが……。いや、見られたなら内容的に処分されているだろうし、今のところ兄たちから疑われているような様子はない。

 俺の気のせいだろうか。

 

 しかしこれまで不用心にもほどがあったな。やはり俺はアホなのだろうか。

 日記は今日でやめて、このノートも明日紫垣に頼んで処分しよう。

 

 

 

 ■

 

 

 

 その日、グリューネワルトのもとに一人の少年が運び込まれた。

 少年の名は天童紅蓮。知人の紹介によるものだったが、彼は既に死にかけていた。

 

 少年は何者かの襲撃から甥を庇ったそうで、彼の右手右足は刀か何かで切り落とされていた。さらには頭にも斬撃跡があり生きているのが不思議なくらいだった。

 

 彼の引き取られた天童一族と言えば、数々の政治家を輩出してきたエリート一族だ。ガストレアの侵略が始まって以降、強引な手段に出ることも多々あっただろうから、彼らに恨みを持つものは少なくないだろう。

 それにしてもまだ幼いこの子がこのような目にあうなど許されることではない。この子は何も知らない。なにも悪くない。

 機械化兵士プロジェクトが始まって以降、数々の患者を担当してきたグリューネワルトだったが、明確な殺意を目の当たりにして、憤りを覚えずにはいられなかった。

 

 直ちに手術をと思ったが、機械化兵士プロジェクトのノウハウをもってしても彼を救えそうもない。

 葛藤していたところで医療スタッフが声を上げた。彼が意識を取り戻したようだ。

 しかし彼が死にかけていることは依然変わりなくて、悩んでいる時間はもう残されていない。

 

 グリューネワルトは心の中で紅蓮に謝罪し二枚のペラ紙を突きつけた。

 死亡診断書と、新世界創造計画の契約書。彼は厳かに問うた。

 

「生きたいか……死にたいか……どっちだ?」

 

 

 




最近の悩みはツイッターで「コックカワサキにしか欲情しない異常性癖者」と勘違いされていることです。


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プロフェッサー・ランド。どうして貴方は、ロリコンのくせに抑制剤を座薬に改良しないのですか?

誰が何と言おうと、エイン・ランドはロリコンです。


 蓮太郎は体当たりするような勢いで病室に飛び込んだ。

 中にいた医者と看護師がぎょっとして立ち上がるが、気にしている余裕などなかった。遅れて紅蓮も飛び込んできて、二人は木更が横たわるベットに駆け寄った。

 まるで大量の礫がぶつかってできたような痛々しい傷跡がいくつもあったが、命に別状はないらしい。そのことにひとまず安堵するのと同時に、耐え難い怒りが込みあげてくる。

 蓮太郎はこんなにも弱々しい木更の姿を見るのは初めてだった。普段の高潔な姿には程遠い。

 

 そもそも一回目の聖天子暗殺が阻止された段階で、暗殺の弊害になる天童民間警備会社に敵意が向くであろうことに気が付くべきだったのだ。

 蓮太郎は天童木更を守るために強くなった。兄弟子たちの協力があったとはいえ、何とか蛭子影胤にも勝利した。大切な人を守れるくらいに強くなったと、思いあがっていた。

 

「ごめん木更さんッ、ごめん……! 俺のせいだッ」

 

 木更の手を祈るように握って、謝罪の言葉があふれ出してくる。

 

 そこで蓮太郎の隣で、紅蓮が立ち上がる気配があった。紅蓮は医者にいくつか質問して病室を出ていってしまった。

 

「……木更さん。すぐ戻るから」

 

 蓮太郎は木更の顔を見て、もう一度強く手を握ってから紅蓮のあとを追った。木更から離れたくはなかったが、紅蓮の様子があまりにおかしかったため、このまま放っておく気にはなれなかった。

 

 歩調を早めて廊下の角を曲がると、すぐに紅蓮の背中があった。腕をつかんで引き留める。

 

「待ってくれ、どこ行く気だよ?」

 

「……お前には関係ない」

 

「関係ないッ? アンタが俺を指名したんだろッ!」

 

 言ってから失言だと気付く。何を言っているんだ自分は。リスクを込みで依頼金を受け取っているのだ、紅蓮に怒りをぶつけるのは筋違いだろう。

 

「……そうだな、お前の言う通りだ。この依頼を降りろ、蓮太郎」

 

「なに?」

 

 紅蓮から発せられた言葉に耳を疑う。

 

「ここから先は俺一人でやる。夏世もバックアップに専念させる」

 

「無茶だッ。アンタ怪我もまだ完治してねえだろ。その状態で聖天子様を守り切れるはずがない」

 

「なら斉武のもとへ直接乗り込む」

 

 何を言って──

 

「紅蓮さん! 里見さん!」

 

 叫ぼうとしたところでロビーで待っていたはずの夏世が駆け寄ってきた。

 

「夏世? どうした?」

 

「それが……」

 

 夏世の背後、そちらから筋肉質な大男が乱暴な足取りで向かってきていた。

 荒々しく逆立った金髪、特徴的なドクロのフェイススカーフ。蓮太郎たち睨む三白眼。

 

「オイ、ガキ。いつまで待たせるつもりだ」

 

「伊熊将監──⁉」

 

 将監は紅蓮の前で立ち止まると、苛立ちをあらわにして顔を近寄らせた。

 序列元千番台、夏世の元プロモーター。防衛省で蛭子小比奈に両腕を切り落とされたため、民警稼業は引退したと聞いていたのだが。

 そんな人物がどうしてここに……? 

 困惑する蓮太郎に夏世は耳打ちする。

 

「将監さんは天童社長の護衛に協力してくれたんです」

 

「なッ──コイツがッ⁉」

 

 思わず素っ頓狂にに叫んでしまった。ここが病院内だと思い出してボリュームを下げる。

 

「嘘だろッ?」

 

 この男と蓮太郎には浅からぬ因縁があった。蓮太郎は防衛省に召集された際、この男に一方的な暴力を振るわれていた。比較的若い民警である蓮太郎は、同業者からよく思われないのが常だが、この男はその傾向が特に強い。

 そんな男が蓮太郎と二つ三つしか年の離れていない紅蓮に協力していたというのか? 

 

「私も最初は驚きました。ですが、紅蓮さんから優秀な義肢装具士を紹介されたとのことで……」

 

 言われて将監の手元に視線を向けた。確かにそこには本物の手と変わりない精巧な義手があった。

 天童民間警備会社に危険が迫っているのではないかと察知した夏世は、すぐに蓮太郎や紅蓮に電話をいれたらしい。しかし返信がなかったため、偶然居合わせた将監に協力を要請したそうだ。駆けつけた時には木更と暗殺者の戦闘は始まっていて、二人が加勢した途端、不利に思ったのか逃げだした。というのが事の顛末だった。

 それにしてもこの男、義手を使うようになってまだ間もないはずだというのに、もう剣を握って戦ったというのか。将監の背中にある漆黒のバスターソードを見て舌を巻く。

 

 それでも紅蓮の瞳は冷めたままだった。

 

「何の用だよ」

 

「『何の用だよ』じゃねえんだよボクちゃん。俺はテメエの妹を助けた、これで貸し借りなしだ。舐めた態度取ってるとぶった斬るぞ」

 

「アンタじゃ無理だ」

 

「ンだと!?」

 

 一触即発の空気になりかけるも、今度はさすがに夏世が止めに入っていた。

 

「やめてください、そんなことしてる場合じゃないでしょう。それにバックアップに努めていた私からは確認できませんでしたが、将監さんは犯人の顔を見たそうなんです」

 

「本当かッ?」

 

 将監はこちらを見向きもせず鼻を鳴らした。

 

「あのクソガキ、次会ったらぶっ殺してやる」

 

「ガキ? ということは暗殺者の正体はイニシエーターか?」

 

 蓮太郎は顎に手をあて前回の襲撃を思い出す。

 狙撃手がいたとされるのは現場から一キロほど離れたビルの上だった。それほど離れた位置からほとんど誤差なく三発連続で撃ち込む神業。蓮太郎はその人間離れした絶技から、相手は機械化兵士ではないかと疑っていたが、特殊能力を持つイニシエーターである可能性を度外視していた。まだ幼い少女が暗殺を生業にしているとは考えたくなかったのかもしれない。

 

 紅蓮が何かに気付いたのか、目を見開いた。チラと蓮太郎を見やってから尋ねる。

 

「そいつの特徴は?」

 

 億劫そうに将監が答えた。

 

「──ドレス姿の金髪のイニシエーターだ」

 

 ──え? 

 

 蓮太郎の脳裏を一人の少女の姿が過った。まさか、いやそんなはず……

 

「蓮太郎。聖居で会っていた子供──」

 

「やめてくれ紅蓮兄ぃ」

 

 食い気味に紅蓮の言葉を遮り、一瞬過った最悪の考えを否定する。

 違う。そんなはずがない。次々と思い起こされる彼女の不審な言動。その全てが気持ち悪いほどに暗殺者の人物像に合致していく。

 

 絶望に顔を歪める蓮太郎。それを敏感に嗅ぎ付けて将監が詰め寄った。

 

「ガキ、テメエ知ってんだろ」

 

 粘つく眼差しに耐え切れず、自分に問題があると自覚しつつ目をそらしていた。

 

「黙れ、アンタには関係ねーだろッ」

 

 次の瞬間、蓮太郎の頭に強い衝撃。

 

 勢い余って背中から壁に叩きつけられる。蓮太郎は混乱しつつも、将監とのファーストコンタクトを思い出していた。

 

 ──頭突きだと? それも前回よりずっと速い。

 

 苛立ちあらわに追撃しようとする将監。その頭部に紅蓮のハイキックが突き刺さった。今度は将監がなすすべなく床に倒れ伏した。

 

「寝てろカス」

 

 弟弟子である蓮太郎でさえ恐怖する一撃。義眼を開放していなければ目で追うことさえできない速度。それでいて身長百八十はある巨漢を一撃でノックダウンさせる威力。

 これが天童紅蓮の本領。天童式戦闘術で免許皆伝同等の実力を有する者。

 

「イニシエーターの名前教えろ」

 

 紅蓮は無表情のまま蓮太郎を見下ろす。しかし蓮太郎には酷く冷徹なものに見えて、首筋がゾクリと震えた。

 

「違う、アイツは、そんなはずないんだ」

 

「いいから言えよ。聖天子様の権限で、IISOに照会するだけだ」

 

 蓮太郎はグッと目を閉じて、開く。その一瞬の間にどれだけの逡巡があったことか。

 

「ティナ……ティナ・スプラウトだ……」

 

 聞いて紅蓮は一切言葉を返すこともなく携帯を耳に当てる。相手は聖天子だろう。五コールほどの沈黙の後、紅蓮が口を開いた。ティナの名前と身体的特徴のみを伝えて電話を切る。

 

 騒ぎを聞きつけたらしい医者には夏世が事情を説明し、気絶した将監はどこかに運ばせていた。意識を取り戻したところで話の邪魔になると判断したのだろう。

 消灯時間も間近だったため外に出たところで、紅蓮のスマホに結果が送られてきた。

 紅蓮は無言でスペックデータを蓮太郎に見せた。

 

 ──ああ、クソ。彼女だ。恐るべき暗殺者の正体は──木更さんを襲ったのは、ティナ・スプラウトだったのだ。

 

 スペックデータと共に送られてきた、アメリカ人少女のバストアップ。欧米系の顔立ちと金髪。大きく青い瞳孔は、写真でも眠たげに細められている。どことなく植物のような雰囲気を持った少女。それは蓮太郎がよく知るティナ・スプラウトそのものだった。

 まだあどけなさの残る彼女の写真を見ていると、湧き上がる憎悪と愛おしさがぶつかって思考を止めてしまう。

 どうしてッ。ティナ、どうしてなんだ。

 悪い奴じゃなかった。好意を抱いていた。相手もそうだと信じていた。

 

『ティナ・スプラウト』『モデル・(オウル)』『NEXT』

 

 情報が断片的にしか入ってこない。しかし──

 

 序列──九十八位。

 

 紅蓮や彰磨でさえ苦戦した蛭子影胤より遥か上。その絶望的な数字だけはしっかりと刻み込まれていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

「お前はもう戦えない。依頼は俺一人で続ける」

 

 今にも泣きだしてしまいそうな弟に告げる。

 夏世を連れていくつもりもない。彼女にはバックアップに専念させるつもりだ。

 

「嫌だ紅蓮兄ぃ、俺はアンタを行かせたくない」

 

 しつこく縋る蓮太郎に苛立ちが募る。

 

「いい加減に──」

 

「だって紅蓮兄ぃ──あのとき(・・・・)の木更さんと同じ顔をしてる」

 

 悲痛に訴えられて心臓がドキリと跳ねた。

 

「ティナは……紅蓮兄ぃが嫌う『手遅れ』な人間じゃない。違うんだ。アイツ、俺と話してるとき、辛そうにしてた。突然立ち去ってたのも、今思えば何らかの命令を受けていたからなんじゃないか?」

 

「……彼女の動きは、人を殺すことに恐れを抱いているかのようにぎこちないものでした。以前の私──将監さんのイニシエーター(道具)だったころの私に近いものを感じました」

 

 どうやら夏世も蓮太郎側に立つらしい。毒気を抜かれたというか、急激に頭が冷えてくる。

 

「……その言い方はずるいだろ」

 

 ため息をついて露骨にしょうがねえなぁ感を出して威嚇。けっ。バーカバーカマヌケ。お前の兄ちゃん悪徳政治家。

 

「……未織と先生に電話しろ、作戦立てるぞ」

 

 

 



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伊熊将監おっぱいマウスパッドがほしい

二章エピローグ1です。2もあります。


 第三十九区(外周区)の廃ビル群。ティナは輝く満月を背景に、眼下を見下ろしていた。

 

 予想はしていたが、自分は外れを引かされたらしい。

 主から送られてきた警護計画書は偽物だった。内通者が露見した形跡はないとの事だったが、容疑者全員に偽の計画書を流されていたとすれば。聖居の内務調査班も無能ではなかったというわけだ。

 

 しかし第二回の会談場所はすでに掴んでいる。いまからならまだ、聖天子が会談場所から出たところを狙える。

 

 視線の先には三人の人影。向こうからは視認できないだろうが、こちらからはハッキリと見えていた。

 

 藍原延珠、千寿夏世、そして──里見蓮太郎。

 

 天童民間警備会社襲撃の直後、ティナは主から送られてきた社員名簿を確認して愕然とした。

 総勢三人からなる天童民間警備会社の社員。

 個人情報が国に管理されているようで名前だけしかわからなかったが、それでもすぐにあの人だとわかった。

 そもそもあの人と初めて会ったのは聖居付近だ。彼があの日あそこにいたのは、依頼主とのミーティングがあったからではなかろうか。

 彼の顔を思い浮かべるたびに、愛おしさに胸が潰されそうになる。

 

「どうして──ッ。どうしてなんですか、蓮太郎さんッ!」

 

 

 

 ■

 

 

 

「蓮太郎、近いぞ」

 

 三十九区都市中心部。五感に優れた延珠が敏感に異変を察知する。

 

「周囲の警戒は任せてください、里見さんは今のうちに戦闘準備を……」

 

「ああ」

 

 蓮太郎は右腕と右足の裾をまくる。

 わずかな痛みのあとみしりと音がして右腕と右足に亀裂が入る。人工皮膚が反り返りながら剝落。月の光を反射するブラッククロームの義肢が現れる。

 同時に義眼開放。左眼に仕込まれた義眼内部が回転し、蓮太郎の思考がクリアになっていく。

 

 木更さんの仇を討つために、紅蓮兄ぃの期待に応えるために。

 そして、この狂った世界の被害者であるティナを救うために。

 

「さあ決着をつけようぜ、ティナッ!」

 

 

 

 ■

 

 

 

 二十時半。第二回非公式会談が行われる料亭。

 

 斉武宗玄は苛立っていた。

 会談の開始時刻は二十時から深夜の予定だったのだが、いつまでたっても聖天子が現れない。

 しかし怒りの理由はそれだけではなかった。

 

 第一回目の会談での聖天子暗殺の失敗。

 そして会談への往路で決行されたはずの狙撃、その情報が一切届かない。

 

 取り繕うともしない斉武に、彼の護衛は気圧されながらも個室に入った。

 聖天子の車が到着したとの報告だった。

 

「チッ、またもや失敗か。生意気な小僧共め……」

 

 天童紅蓮と里見蓮太郎。

 忌々しい天童菊之丞の養子たち。

 

 短期間で序列千位まで登り詰め、東京エリアの英雄とまで呼ばれるようになった機械化兵士。

 そして天童式戦闘術を極めた天才で、グリューネワルト主体のプロジェクト、『生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)』──いや、奴は例外……『SERAPH(セラフ)』のほうか──その最高傑作。

 忌々しい存在なのは変わらないが、そのどちらもが高い戦闘力を有しており、斉武からすれば喉から手が出るほどに手に入れたい存在ではあった。

 

 しかし──

 

「天童紅蓮……奴の目的は一体なんだ……?」

 

 斉武は唸りながらも居住まいを正した。そろそろ聖天子との会談が始まる。

 しかし部下から伝えられる来訪者の情報に斉武は目を見開く。

 

 次の瞬間、発砲音。

 何事かと護衛の男を見れば、脇腹を抑えて蹲っている。

 

 ──撃たれたッ? 誰に? そんなの決まっている。

 

「どうせ普通の人間じゃねえだろ、死にやしねえよ」

 

 宙に吐き出されるような冷たい声。その主が姿を現す。

 

 バラニウムを彷彿とさせる黒に包まれた人型。背には巨大な翼が畳まれるように背負われている。

 

「天童……紅蓮……ッ!」

 

「決着をつけようか──斉武宗玄」

 

 憎悪を結晶化したかのような漆黒の青年が、嗤っていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 俺は護衛官を無力化すると、無能な大阪エリアの国家元首の近くに腰を下ろした。

 こちらとしては話し合いに応じる姿勢を見せたつもりだったのだが、斉武は酷く気に入らなかったらしい。唾を飛ばして捲し立てる。

 

「き、貴様、一体何のつもりで……! いや、それよりも、貴様はセラフとして未覚醒だとグリューネワルト翁はッ」

 

「あーうるさいうるさい。だからお話しましょっつってんだろ。落ち着けハゲ」

 

 コイツ顔怖いんだよ。こっち見んな。

 

「……聖天子はどうした」

 

「聖天子〝様〟な。国家元首だぞ、様くらい付けろ斉武」

 

「俺とて国家元首だ! 口を慎めよ、実験台風情がッ!」

 

 調子戻ってきたじゃん。

 

「で、聖天子様な。アイツはさっき何者かに暗殺されそうになって、今回の会談は中止だってよ。ひっでぇことする奴もいたもんだ」

 

「フン、ケツの青い理想主義ばかり唱えるからこうなる。最後通牒はくれてやったよ」

 

「おや、ずいぶんと簡単に認めるんだな。いまここで殺せない相手にそんなこと言っちゃっていいのか?」

 

「くだらん。貴様は我らの〝細胞〟だろうよ」

 

「なんだ知ってたのか」

 

 斉武は軽口を中断するように息を吐いた。

 

「立場を弁えろ『四枚羽根』。目的はなんだ」

 

 気丈な様子を見せる斉武だが、今の俺には彼の動揺が手に取るように見えていた。

 覚醒するとはこういうことなのか。吞気にそんな感想が出てきた。

 

「……その前に、一つ訂正がある」

 

 俺はそう言うと、右上腕部の変身を解除した。

 俺の右腕部には五芒星(ペンタグラム)のマーク、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 脊髄を電流が走ったかのように即座に立ち上がった斉武は、金魚みたいに口をパクパクと開いていた。

 

「なッ……馬鹿なッ⁉」

 

「五翔会生命科学研究所『新世界創造計画・SERAPH(セラフ)』所属、天童紅蓮。アンタと同じ五翔会最高幹部(五枚羽根)として、いまここでの非公式会談を申し込む。

 

 ──言ったろ? 俺たち〝同じ人間〟だってさ」

 

 

 



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【悲報】保脇、社会的生存ルート突入

二章エピローグ2です。次回から三章。


「よし夏世、あそこのお兄さん……いやオジサンだな、オジサンを全力で罵倒してこい。毒舌キャラの破壊力を見せてやれ」

 

「知っていますか、紅蓮さん? 『呪われた子供たち』のほとんどは五感に優れていて、人間なら全く気にならないような匂いにも敏感なんです」

 

「つまり?」

 

「彼の加齢臭と口臭は殺傷力が高すぎます。近付きたくありません」

 

「天童紅蓮貴様ああああ!」

 

「え? 今のは俺悪くなくない?」

 

 聖居。

 暗殺者ティナ・スプラウトの捕縛、依頼主と思われる斉武宗玄も大阪エリアに戻ったことで、今回の護衛の依頼は無事解決となった。

 その功績が認められた俺たちは新たに仕事を任され、序列も微妙に上がった。

 今日は仕事の打ち合わせだ。

 

「なんだよ保脇護衛隊長──あッ、〝元〟護衛隊長だったなメンゴ」

 

 そう、保脇は『聖天子狙撃事件』解決直後、護衛隊長を解任されていた。色々としでかしてきた悪事をチクったのと、それから今回の無能さなど理由は様々だが、これで俺はハッピーなので理由なんざどうでもいいです。もう少しでクビにできたんだけどなー。

 取り敢えずテヘペロ、と可愛く舌をチロリと見せて謝罪しておいた。

 

「餌を吐き戻したインコの真似ですか? お上手ですよ」

 

「よせよ、そんな褒めるな……ん? 夏世お前、最初なんつった?」

 

「うがああああッ! おちょくるのもいい加減にしろよッ」

 

 俺と夏世の話を遮って発狂する保脇。ガシガシと頭を掻きむしって暴れている。滅茶苦茶怒ってんじゃんコイツ。ウケるわ。

 

「なんだよ、なんでそんな怒ってんのお前」

 

「なんでッ? なんでだとッ? よくもまあ抜け抜けと──」

 

「まあいいや、興味ないし。そろそろ羽柴さんたちも来るだろうし落ち着こうぜ、な?」

 

「ッ! 殺すッ、殺してやるぞ天童紅蓮!」

 

「はいはいすごいね」

 

 今にも襲い掛かってきそうな保脇。城ヶ崎と芦名は、その様子を安全圏から死んだ魚のような眼で眺めている。なに、疲れてんの? 

 

 程なくして数名の護衛官を引き連れて聖天子とその秘書、清美さんが現れた。その中には新護衛隊長の羽柴さんの姿も見える。

 

「紅蓮さん、よく来られましたね」

 

 微笑みを湛えながら歩み寄ってくる聖天子は、どこか浮かれた少女のようにも見えた。

 

「うわあん、聖天子様~。ジャイアンが虐めるよ~」

 

「目上の方をからかってはなりませんよ」

 

 クスクスと笑う聖天子様と俺を睨む保脇は、憤怒の形相だ。

 

「ところでコイツ……夏世だけど聖居に入れちゃって大丈夫なのかよ?」

 

 聖天子を前にして落ち着かない様子の少女に視線を落として言う。これまで呪われた子供たちを聖居内に招き入れるなど信じられないことだった。

 

「貴方と夏世さんには何度も命を救われてきました。信頼するには十分な功績があります。お二人には是非、新プロジェクトにご参加いただきたいのです」

 

 新プロジェクト──聖天子直属のイニシエーター部隊の設立。これから先聖天子と直接会うことも少ないだろうし、条件もかなり厳しい。それでも東京エリアの差別意識を考えれば、思い切ったものであった。

 俺と夏世のペアはそのためのテスターという名誉ある役割を与えられたのだ。

 

「どうするよ、夏世?」

 

「断れる雰囲気ではないでしょう?」

 

 生意気なやつ。答えを聞いた聖天子は一安心といった様子で息を吐いた。

 

「要件ってこれだったのか? 内容は清美さんからも聞いてたから断るつもりなんて最初からなかったんだけど……」

 

 清美さんをちらりと見る。視線に気付いたのか、眼鏡をクイと上げる動作。今日も秘書秘書してますね。

 

 聖天子は真剣な表情を作ると、厳かに尋ねた。

 

「いいえ、本題はここからです。

 ──『蛭子影胤テロ事件』に引き続き、今回の護衛依頼の完遂、そして超高序列者の打倒。わたくしは、あなたたちのような有為の人材が東京エリアを守護してくれていることを誇りに思います。

 これからも、東京エリアのために尽力してくださいますね?」

 

 聖天子の思惑を察して、俺はその場に跪く。

 幸いにも俺は、以前の式典でのやり取りを覚えていた。夏世も俺の隣に並んで動作を真似た。

 

「はい、この命に代えても」

 

「よろしい。わたくしとIISOは協議の結果、天童紅蓮紅蓮と千寿夏世ペアをIP序列五千位から二千位まで昇格させます。

 これからもよろしくお願いしますね、紅蓮さん」

 

 

 

 ■

 

 

 

 聖居を出ると、夏世と共に天童民間警備会社を目指した。

 駅を降りてしばらく歩くと、天童民間警備会社の入るテナントビル──『ハッピービルディング』が見えてくる。

 しかしもともとボロかったビルは、それどころかあちこち崩落しており、青の防水シートなどで補強されていた。

 木更の抜刀術、えーと、う、うねうねびくびく? そんなかんじの技で床を斬り、襲撃者との戦闘を有耶無耶にしたといったところだろうか。他の階の従業員には申し訳ないことをした。

 

 階段を上がっていくと、事務所からは騒がしい声が聞こえてきた。

 

「おーす、顔見に来たぞ」

 

 扉を潜ると従業員たちの出迎えの声。

 蓮太郎に延珠ちゃん、そして快復した木更だ。元気そうで良かった。

 木更に声をかけようとしたところで見知らぬ少女が顔を出した。

 

「里見さん……ついにやっちゃいましたか。金髪女児の誘拐……逮捕は免れませんよ」

 

「嗚呼、兄として不甲斐ない」

 

「攫ってきたんじゃねぇよ!」

 

「じゃあ誰この子。お前の相棒は友達を民間警備会社に連れてきちゃうような残念な子なのか?」

 

「妾はそんなことしないぞッ」

 

「つうかアンタらも知ってるだろ、コイツは──」

 

 からかって遊んでいると、件の少女はコップを差し出してきた。

 

「どうぞ、お水です」

 

「ああどうも」

 

 気が利く子だ。木更とは大違いだ。

 コップに口を付けると、少女は自己紹介を始めた。

 

「天童紅蓮さん、ですよね? 私はティナ・スプラウト……です」

 

 ほーんよろしくと思ったところで違和感があふれ出した。ゴボリと音を立てながらむせて、俺は口を膨らませながら洗面所に駆け込む。

 ──コイツ、まさか雇ったのかよッ⁉

 

「噴き出してきたッ!」

 

「器用だな」

 

「俺は天童だ。みんなの鑑。無様な姿なんて、さらせない。具体的に言うと野良犬にあげるビーフジャーキーを野良犬の目の前で食ったりはしない」

 

「どうして知っているのよッ」

 

「え……木更、お前そんなことしてたの? さすがに引くわ……じゃなくてッ」

 

 キー! とヒステリーを起こす木更を無視して蓮太郎に詰め寄る。

 

「俺だってさっき知ったんだよ……、木更さん曰く『雇っちゃった♪』だとよ」

 

「生活環境悪すぎてとうとう頭沸いたのか? 可哀想に」

 

 騒いでいると、ティナが所在なさげにしていることに気が付いた。

 

「ああ、ごめん。知ってるとは思うけど、俺、天童紅蓮。こっちは相棒のピカチュ──痛ッッッタァ⁉」

 

「千寿夏世です。よろしくお願いします」

 

 コイツついに殴りやがった! 

 

 ティナははにかみながら一歩前に出て、事務所のみんなに頭を下げた。

 

「今日から天童民間警備会社でお世話になることになりました。よろしくお願いします、皆さん!」

 

 ま、まじかよ……。いいのかこれは……ああ、ダメだ、満足気な表情の木更を見て諦める。

 

「まあいいや。それよりティナちゃん、これからどこで寝泊まりするんだ? まさか事務所とか言わねえよな」

 

「もちろん私の家で預かるわよ」

 

「……。ティナちゃん、よ~く考えたほうが良いぞ。あの女社長、『私出来る女です』みたいなオーラ出してるけど、生活レベルは底辺ぶち破って地獄以下だ。ついでに幼女の成長する分のおっぱいを常日頃から盗んでる」

 

「やっぱり!」「許せませんね」

 

 延珠ちゃんと夏世が怒り、ティナちゃんが何か恐ろしいものを見るような目で木更を見た。

 

「木更さんにそんなへんてこな妖怪みたいな能力はない! 子供の頃から一緒に風呂に入ってきた俺が保証する」

 

「お前気持ち悪い」

「なんで蓮太郎が答えるのだッ」

「サイッテー! 里見くんサイッテー!」

 

「おい待った! 今のは誤解だ!」

 

「私先に帰っていいですかね?」

 

 どったんばったんと繰り広げられる大乱闘に、収集が付かなくなってくる。

 上階の闇金がびっくりして様子を見に来て、延珠ちゃんの肘鉄がモロに入り気絶させ、蓮太郎とティナちゃんが悲鳴を上げ、いつの間にか夏世が帰り、ハイになった木更が殺人刀を振り回す。

 

 そんな日常をしっかりと噛みしめて俺は、家族の幸福がいつまで続くようにと願うのだった。

 

 

 




『雲嶺毘却雄星』


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クライシス・ポイント
パンデミックミックニシテヤンヨ


 正面には芝生に直接座る瞳を輝かせた少女たち。背後には二〇三一年とは思えない、年季の入った古びた黒板。

 デジャビュを感じずにはいられない光景にため息を一つ。

 

 既に自己紹介を済ませ横に控えている弟妹に助けを求める。サムズアップする木更。口パクする蓮太郎。なになに……あ・き・ら・め・ろ? ふざけんな。

 

 死んだ目で姿勢を正面に戻す。どうしてこうなった。

 

 天井、無し。壁、無し。机、無し。

 ついでに風も無いため死ぬほど暑い。

 

 東京エリア外周区・第三十九区。青空教室。

 俺はそこで講師をするはめになっていた。

 

 期待に満ちた生徒たちの中には延珠ちゃんやティナちゃん、そして困っている俺を見て満足気な顔をした夏世の姿もある。ホントなんなのお前。

 

 もう一度大きく息を吐くが、憂鬱さが消えることはない。

 

 事の発端は蓮太郎と木更のもとに舞い込んだ、この辺りを住処とするマンホールチルドレンの世話をする松崎さんからの依頼。

 蛭子影胤(蓮太郎曰く生きてたらしい、クタバレ)の策略で学校を移ることとなった延珠ちゃんを青空教室──東京エリア第三十九区第三仮設小学校に転校させた矢先のことだったそうだ。

 

 何故俺が巻き込まれているんだ。

 俺は聖天子が立ち上げたプロジェクトで忙しいというのに。保脇率いる三馬鹿の監視(外周区の子供たちを対象に猟銃を向けて〝狩り〟を行っていた過去がある)や、彼らに『呪われた子供たち』のことを理解させるための更生プロジェクトだってあるというのに。

 まあ松崎さんとは知らない仲ではないし、彼女たちのことを理解するいい機会でもある。

 

 覚悟を決めて口を開いた。

 

「よっしゃあガキどもッ! 何度か会ってるし俺のことは知ってるよな? 新入りにも教えてやれ!」

 

「ブラコン!」「シスコン!」「イキリ大学生!」

 

「ひ、人が気にしていることを……!」

 

 そこはさ、違うじゃん。あるじゃん、こう、なんていうの? 『数年前からたまに遊んでくれるお兄さん』とか『呪われた子供たちを支援する活動をしてるお兄さん』とかさあ……。

 

「まあいい……そんじゃあ俺に質問あるやつッ」

 

「ハイ紅蓮先生! いっつも先生が話してる兄妹が蓮太郎先生と木更先生だって本当ですか!」

 

 バラしやがったこのガキ。なんだよこっち見てんじゃねえぞ木更。なに顔赤くしてんだ蓮太郎。せめて逆の反応しろ。

 

「……本当だ。ちなみにあいつらもブラコンだ」

 

 生徒たちが一斉に二人に視線を向け、弟妹が俺のことを口汚く罵ってくる。ハッハッハッ照れるな照れるな。

 

「ハイ次ー」

 

「これからなんて呼べばいいですか? 先生? それともお兄ちゃん?」

 

「あたかも常日頃から俺をお兄ちゃんと呼んでいるかのように言うのはやめろ。お前ら紅蓮(呼び捨て)だろうが。つーかこの質問考えたの夏世だろ。俺を社会的に殺すつもりか」

 

「チッ」

 

「聞こえってっからなー、次」

 

「紅蓮勉強できるの?」

 

「大学生舐めんなよ。小学校の範囲なんて覚えてるわけねーだろ」

 

「なにしに来たの?」

 

 本当にな。

 

「え、てかお前らそんなに勉強したい? 今日土曜日よ?」

 

「紅蓮兄ぃ、だからさっきも言っただろ? 一般教養科目じゃなくて社会的なことを教えるんだって」

 

「そだっけか」

 

 耳打ちしてくる蓮太郎。そういうことならと、俺は声を張り上げた。

 

終末世界を予習復習! 解説授業! インタールードファッキュー!(FAQ)

 

紅蓮兄ぃそれヤバイやつ!

 

 お黙り! 

 

「今回のテーマは……そうだな、木更こっちゃ来い来い」

 

 手招きすると緊張した木更がカクカクした動きで近寄ってくる。

 

「ここで問題です。木更先生が着てる制服、どこの制服かわかる人!」

 

「え?」

 

 困惑する木更。そんなことは気にせず数名の生徒が元気よく挙手。

 

「ちょっとお兄様、確かに有名な高校だけど子供たちは知らないと思うわよ?」

 

「大丈夫大丈夫。コイツら頭いいから。じゃあそこの君ッ!」

 

「美和女学院です!」

 

「正解です」

 

「ええッ? 知ってるの?」

 

「紅蓮が『美和女学院の制服ドエロイな~、聖天子様に着させて~』って言ってた」

 

「ああ、あの」「いっつも言ってるよね」「私三回は聞いた」「私は五回」「でもじっさいえろいと思う」

 

 どうしてそう、口が軽いのかな君たちは。

 

「……お兄様?」

 

「げ、幻聴じゃねえの? とにかくッ! 今話に出たな、今日のテーマは『聖天子様』だ」

 

「聖天子様テーマにファッキューとか使うなよッ」

 

「なんだよいいだろ本人いねーんだしよ、ファッキュー!」

 

「や・め・ろ!」

 

「あ、聖天子様」

 

 延珠ちゃんの何気なく言われたセリフ。聞き流しそうになってようやく脳が追いついた。

 今なんて言──

 

「ごきげんよう紅蓮さん」

 

 停車したリムジンをバックに、レース付きの日傘を片手に佇む、真っ白い美女。

 間違いなく本物だ。東京エリア国家元首、聖天子その人だ。

 

「少々お話、よろしいでしょうか?」

 

 俺は聖天子の背後に仁王像を幻視して、ワっと泣き出した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 外周区から天童民間警備会社に移っての会議。俺たちは聖天子の話を聞いて絶句していた。

 

「聖天子様、確認させてくれ。あと六日で、モノリスが倒壊してガストレアが乗り込んできて、東京エリアはパンデミックで壊滅するんだな」

 

「なにも対策を打たなければ、そうなります」

 

 聖天子が数枚の写真を取り出した。テーブルの上に置かれたモノリス白化写真とガストレアの写真。数日のうちにはモノリスの白化が遠方からでも確認できるようになるという。

 

「ステージⅣガストレア、アルデバランが取りついた三十二号モノリスですが、時間を同じくしてモデル・アントのステージⅠガストレアの侵入が報告されています。幸いなことに、()()()()()()()()()()()()()紅蓮さんによって討伐は果たされましたが、戦闘が終了する頃にはアルデバランは立ち去っていたそうです」

 

「アンタその場にいたのかッ?」

 

「ん。生き残りの自衛隊員ひとり庇いながらの戦闘だったから、マトモな写真は撮れなかったけどな。いま思えばあいつらは、時間稼ぎだったのかも」

 

「『アリの自己犠牲』……か? たしかに、そこまでモノリスの近くにいれば、紅蓮兄ぃがいなくてもいずれは死んでいただろうしな」蓮太郎はアリの習性を利用した囮ではないかという説を唱えた。聖天子までもが納得する説明の後、俺に向き直った。「それにしてもスゲーよ……よく助けられたな」

 

 もう少し早くに現場にいれば犠牲となった隊員も救えたのだが、その場にいたのは本当に偶然だったため割り切っている。

 

「そりゃあもう、空をビューンって飛んでお姫様抱っこよ。それはさながらスーパーマンのように……」

 

「ああ、そう」

 

「あっ、信じてねえだろ」

 

 緊張がほぐれたのか蓮太郎たちの表情が和らいだ。良かった……空飛ぶ練習してたなんて口が裂けても言えないぜ。

 

「話を戻します。バラニウム浸食液を注入し、モノリスから離れたアルデバランの元に、大量のガストレアが集結しつつあります。最終的には結集したガストレアは二千体に及ぶと予測されています」

 

「二千体! 冗談でしょッ」

 

「無茶だ、殺される。全滅だ」

 

 木更の驚愕に、蓮太郎が頷く。勿論俺だって同じ考えだ。

 

「それが起こらないように、私たちも全力で奔走しているのです」

 

 聖天子が言うと、蓮太郎は厳しい口調で聞いた。

 

「聖天子様、アンタ俺たちに何をさせたい?」

 

 聖天子は静かにお茶(木更が淹れたゲロ不味いやつ)に口をつけると、顔を上げた。

 

「紅蓮さんと里見さんにはそれぞれ、『アジュバント』を結成して欲しいのです」

 

 アジュバント──『アジュバント・システム』。政府は緊急措置として、民警を自衛隊組織に組み込んで運用することが可能であり、ようするに部隊を構成する民警の分隊システムのことだ。

 

「代替モノリスの制作と運搬にはどれだけ急いでもあと九日かかります。みなさんにはモノリス崩壊から代替モノリスの建造着手までの三日間、崩壊したラインから侵入してくるガストレアを一匹残らず迎撃して欲しいのです」

 

 聖天子は背筋を伸ばした。

 

「お願いします、国家のために、いま一度力を貸していただけませんか?」

 

 

 



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ピザって十回言ってみ?ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ。お前ら呑気にピザ食ってる場合じゃねーからな

プロローグ2です。夏世は蓮太郎の家でお泊り会してます。


 東京エリア外周区・第三十七区、天童流道場。

 

 廃墟化した広い道場中央に、男が二人。

 

 天童流戦闘術・九段──天童紅蓮。

 天童流神槍術・皆伝──天童和光。

 

 そのどちらもが武の道を極めた天童流最高峰の達人である。

 

 張りつめた空気の中、先に動いたのは和光だ。天童式神槍術『八面玲瓏の構え』──攻防一体の構えを取る。

 紅蓮も構える。攻の型『水天一碧の構え』。

 すかさず和光が防の型『鉄心石腸の構え』となり、紅蓮は攻防一体の型『百載無窮の構え』に構え直す。

 流れるように和光が『麟鳳亀竜の構え』を取れば、紅蓮は『金剛不壊の構え』に切り替える。

 

 天童流には攻略法と呼ばれるものが存在し、攻の型には防の型、防の型には攻防一体の型、攻防一体の型には攻の型から攻め崩すべしという三竦みの法則がある。

 そのため互いの手の内を知り尽くした門下生同士の戦いになると必然的に技の読み合いが生まれる。

 

 型から型への変型時の捌きに継ぎ目がなく、その変型が目まぐるしく行われる様はさながら演武のようで、それが戦いだということを忘れて美しくも見えてくる。

 

 コンマ秒のズレもない変型を行う紅蓮を前に、和光は感嘆していた。数年前とは比べ物にならない。最後に手合わせしたのはいつだっただろうか。その時は勝利した和光だったが、それでもあわやといったところまで追い詰められたのだ。今度も勝てるとは限らない。

 思考しながらも、流れるように型を変えていく。『八面玲瓏の構え』──『水天一碧の構え』──『鉄心石腸の構え』──『百載無窮の構え』──『麟鳳亀竜の構え』──『金剛不壊の構え』──『八面玲瓏の構──「だぁーッ! もうめんどくせぇッ!」

 

 叫ぶと同時、油断なく型を組み替えた紅蓮に変化が表れた。

 バサリ、と衣服を突き破って漆黒の翼が生えたかと思うと、背中からジワリジワリと黒が広がっていく。目を見張る和光。その視線は彼が幼いころに観た特撮ヒーローのようなブラックスーツに覆われた紅蓮に注がれている。

 和光が攻めあぐねているとあっという間に全身を漆黒で覆った紅蓮が、型を捨てて床を踏み砕き飛び出してくる。

 前方に身体を落下させながらの超速速攻。門下生時代は自主練習でしか使用せず、バレそうになれば『あ、あっぶね~、転んだだけですよ~』で押し通してきた、恥知らずにも程がある紅蓮オリジナルの攻の型。

 加えて全身──脚を覆う翼が筋肉(バネ)の代わりとなって紅蓮の超速を神速に至らせる。

 気が付いたころにはもう遅い。紅蓮の拳が和光の槍を叩き折っていた。

 

「──降参だ」

 

 しばしの沈黙を打ち破り、和光が苦々しく負けを認めると、それまでの真剣な表情は何処へやら、憎たらしい顔で紅蓮が飛び跳ねる。

 

「ッしゃオラァ! ようやく勝てたぜッ!」

 

 和光は舌打ちして槍を置いた。深く息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「やるようになったじゃないか、紅蓮。見違えたぞ──それで、用件とは一体なんだ?」

 

 振り向いた紅蓮の眼は、全く笑っていなかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「ほらよ」

 

 全身を覆っていた翼を背中に戻し、ダメになった服を着替えた俺は、兄さんに書類束を手渡した。

 

 兄さんは素早く書類を捲っていく。そこにはアルデバランにバラニウム浸食液を注ぎ込まれた三十二号モノリス──過去に和光が発注を取りまとめたモノリスの詳細情報が記されている。

 

「クソッ、一体どこでッ?」

 

 兄さんが唸ると、俺は右上腕部をトンと指差して笑った。

 

「ウチは神出鬼行が売りだからね」

 

「天童の保管庫に忍び込んだというのか? 一体どうやって──いや」

 

 今更詮無きことだなと呟く兄さんに、俺は目を細める。

 

 本来モノリスが発する磁場に耐えられるのはステージⅤガストレアのみのはずなのに、ステージⅣガストレアでしかないアルデバランが接近するどころか数十分に渡って取りついていられた理由。

 俺は兄さんが持つ書類に視線を落とした。そこには天童和光の悪事が記されている。ガストレア大戦末期の混乱に乗じて、バラニウムに混ぜ物をして安くモノリスを作り、浮いた費用を懐に入れていたといった内容だった。

 純度が下がり磁場が弱まったモノリスは、強大なガストレアには通用しない。

 

「和光兄さん、アンタが裏でやってる悪事に関しては何も言わないし、知りたくもない。けど、こちらに害が及ぶというなら黙ってはいられないよ。今回のパンデミックは兄さんが引き起こしたようなものだ」

 

 兄さんは何も言わない。そもそも俺の言葉が届いていないように見える。

 

「……今回俺は、アジュバントを組んで戦争に参加することになった」

 

 ようやく兄さんが顔を上げた。これだけの悪人でも、俺のことを愛しているのだ。

 

「い、嫌だ、死んでしまうぞ」

 

「死ぬ気なんてサラサラないけど、もしそうなればそれは兄さんのせいだよ」

 

「そんな、私は……」

 

 積み重ねてきた罪の重さを、ようやく理解し始めたころだろうか。

 

「でも俺は死にたくないし、兄さんは俺を死なせたくない。そこで提案だ」

 

 サディスティックな調子で口元を歪める。

 

「『日本純血会』――ぶっ潰すの手伝ってくれない?」

 

 

 



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天童、大学やめるってよ

プロローグ3。いつまでプロローグなんだよ。今回までです。


『天童紅蓮くん、大学中退おめでとう会』

 

 俺は肩にかかったモールを払い落としながら、頭上で割れたくす玉と垂れ幕を眺める。菫先生の字だった。

 勾田大学附属病院地下。熱烈な歓迎だ。こめかみを揉むのが精いっぱいだった。

 

「……菫先生、俺まだ中退してないから、休学──」

 

 言い終わる前にパンと小気味いい炸裂音。

 今度は顔面に金銀のビニール片が炸裂する。二段構えやめろ。

 

 そしていつの間にやら前方に現れた菫先生は、パーティー用の鼻眼鏡と三角帽子を身に着け、ニッコリ……いや、そんなもんじゃないな、ニチャァって感じだ。汚い笑みを浮かべる。

 仕上げに口にくわえたピロピロ笛(正式名称は知らん)を俺の顔面目掛けて噴き出した。三段構えかよ……。

 

「やあおめでとう紅蓮」

 

 クラッカーを放り投げピロピロを吐き捨てると俺の背中に手を回しテーブル(作業台)に案内される。なに怖いんですけど。

 

「とうとう君も人生ドロップアウト(こちら側)か。ようこそ奈落(アビス)へ、歓迎するよ」

 

「はっ倒すぞ」

 

「さて君の門出を祝うためにケーキも用意したんだ」

 

 聞いちゃいない。

 座らされた席にはケーキ(疑惑)が用意されていた。

 ドロドロの粥のような一品。添えられたスプーンで掬ってみれば粘っこくボトボトと零れ落ちた。

 

「なにこれ」

 

「ケーキだ」

 

「これ腐ってねえか?」

 

「腐ってはいない」

 

「いやでもなんか酸っぱい臭いする……」

 

「早く食え。セラフは免疫系が強いんだ、死にはしない」

 

 有無を言わさぬ圧力。突然呼び出されたと思えばこの扱いだ。

 この様子なら俺が食うまで本題には入らないだろう。最悪機嫌をそこねて追い出されかねない。

 

 俺は極力ケーキ(疑惑)を意識しないように目を瞑って丸のみにした。

 

「──クッソ不味いッ!!」

 

 おー、と拍手を浴びながら出されたコップに口を付け、喉の異物感も纏めて流し込む。

 

「ふむ、この記念すべき日に我々二人だけとは味気ないな。さて、そこでスペシャルゲストの登場だ」

 

 俺の向かいの席に掛かっていた布をはぎ取ると、そこには案の定、防腐処置が施された女の死体が椅子に座らされていた。

 

「じゃじゃーん、紹介しよう。彼女はエマ。私の恋人だ」

 

 棒読みの登場コール。カオスが止まらねえ……。

 

「誰だよ」

 

「言っただろう? 私の恋人だ。補足するなら、君が食べたケーキのパティシエールだな」

 

「いつ作ったってんだ」

 

「勿論死後だよ。察しの悪い君でもわかるように言うなら、彼女の胃袋から出てき──」

 

 俺は最後まで聞くことなく、涙を流しながら洗面台に駆け込んだ。

 

「クソッ! 流し込んだから吐けねえッ!」

 

 菫先生から飲料水を受け取ると、嫌悪感を誤魔化そうとすぐに飲み干した。二杯目三杯目四杯目とあっという間に飲み干して、コーヒーを受け取ってようやく席に戻った。コーヒーの苦みが口に残った違和感を上書きしていく。

 

「で、何の用だよ?」

 

 話の邪魔になりそうなエマを片付けた菫先生も席について、ようやく本題だ。

 

「いやなに、君の大学から連絡があってね。大学をやめたとかなんとか」

 

「休学だよ、別に諦めたわけじゃない」

 

「なら詳細を話したまえ。彼の話ではかいつまんでしか聞けなかったからね。どうせ大学側に事情なんて話していないんだろ?」

 

 彼……というのは教授のことだろう。機械化兵士プロジェクトに義肢装具士として参加していたそうだ。

 

「先生には色々教えてもらってたからな、悪いとは思ってるよ」

 

「そんなことはどうだっていい。なにか相談に乗れることはないかね?」

 

「……」

 

 菫先生は優しい。普段の言動はだいぶアレだが、いざとなれば頼りになる。人と接点を持つのを嫌うくせに持ってしまえば見捨てない。

 俺はそんな菫先生に憧れていたし、周囲で一番子供が思い描く〝大人〟に近い存在だと思っている。

 菫先生がこうして進路相談の先生みたいに俺を呼び出したのだって、単位数云々で休学したわけではないと知ってのことだろう。

 

 俺は聖天子のプロジェクトや東京エリアの現状、『呪われた子供たち』や木更──『天童殺しの天童』など懸念材料が多すぎる。実習の多い学部に通いながらでは両立などできやしない。

『五翔会』のことは上手くぼかして伝えると、真剣な表情で考え込んでいた。

 

「木更のことはともかくとして、君がそこまでする必要はないんじゃないか?」

 

「俺だってそう思うよ。でもアイツらは学校なんて二の次で首突っ込むだろ」

 

「蓮太郎くんと木更……か。君は本当にブラコンでシスコンだな。復学する気なんてないだろ」

 

「そんなことはねえよ。いつかはする」

 

「そのいつかが来ないからこうしてここに招いているんだ」

 

 真っ直ぐにみられて、言葉に詰まる。俺は菫先生から視線を外して頬杖をついた。

 

「いいんだよ、別に。大学行ったのだって特に目標なんてなかったからだし、義肢装具を選んだのだって……」

 

「蓮太郎くんがバラニウムの義肢を使い始めたころ、君は毎日リハビリに付き添っていたな。色々と思うこともあっただろう」

 

「……あいつさ、毎日泣いてたんだよ。自分はもう人間じゃない、存在しちゃダメなんだ~みたいにさ。だから俺は、いつか俺が人間に戻してやるぞ~なんて言ってさ。本当にそれだけだったんだよ」

 

 しかしいまの蓮太郎は違う。自らを受け入れ、前に進むことを決意した。そしてもう、機械化兵士から戻るつもりもない。

 それなら俺は、それをサポートしてやりたいと思うのだ。

 

「まあ、すべきことがわかったってだけだよ」

 

 これ以上話すこともない。「もう行くよ」と席を立った。

 

「聖天子様によろしく伝えといてくれ」という言葉に、振り向きもせずに手を振った。

 扉をくぐり、外に出たところで声が聞こえた。

 

 ──君はもう、人間でいることに見切りをつけたんだな。

 

 扉の奥から、テレパシーめいた菫の声が伝わってくる。

 菫先生なら決して表に出すことのない、心痛。

 

 ──ああそうだ。俺はもう、そちら側ではいられない。

 

 頭痛がひどい。吐き気もする。いやまあこれはケーキ(疑惑)食ってからずっとだけど。

 

 何故いまになってとも思う。覚醒してから数年がたつというのに、最近になってまた出力が上がってきた。もっと練習してコントロールできるようにならなければ。

 

 また一つ能力が覚醒したのだろうか。最悪の場合、グリューネワルトに会いに行く必要がある。すげー嫌だけど。

 

 

 

 ■

 

 

 

 五翔会生命科学研究所『新世界創造計画・SERAPH(セラフ)』所属、天童紅蓮。

 

 第一特化能力(ファーストアビリティ)繫ぐ者(リンカー)

 

 ──彼の覚醒により、新世界創造計画は一気に上の段階に進んだ。我々は文字通り、新世界の入口までたどり着いたのだ。

 

 

 




今後作中で説明する予定ではありますが、BIRDMEN読んでないかた向けにザックリ解説を。

『セラフ』
全身を翼で覆った黒づくめ。普段は背中に翼の刺青みたいになって収納されている。詳しく説明するとキリがないのでそのうち。
紅蓮はセラフになってからも体中弄られているので強化人間でもある。

繫ぐ者(リンカー)
セラフ間での特殊なコミュニケーション(テレパシー的な)を人間とも行えるようにする能力。
セラフの特化能力は大きく三つの体系に分けられ、セラフ間のリンク能力の派生系、頭脳や肉体の変化や強化系、その二つの混合型となる。
繫ぐ者はこのうちどれにも属さないイレギュラー。
人間とセラフを繋ぐ能力です。

他にも色々用語出してるけど、BIRDMENの設定とは違う意味で使ってたりもするからごめんなさいって感じ。


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※彼女の扱いは原作リスペクトの結果です

「つーわけなんで君たちには陰でコソコソとガストレア殺しまくってもらいたいわけよ」

 

 アルデバラン討伐のために組織から借りた機械化兵士が三名。俺は彼らに指令を出すため、民警軍団の前線司令部が置かれている拠点から数キロ離れた場所にある廃墟にいた。

 

「嫌ですよ、僕に命令しないでください」

 

 食い気味で断ってきたのは巳継悠河。マジで腕折りたい。

 

「いやお前のことはそもそも呼んでないから。勝手に来て勝手に断るってなに? 暇なの?」

 

「教授に言われて仕方なくです。教授からは、貴方の邪魔にならなければ好きに動いていいと言われています。ここにいるのはまあ──ただの様子見です」

 

「あっそう冷やかしなら帰ってね邪魔になってるから」

 

 すでに興味を失ったのか言われた通りに帰る巳継。なんなのあいつ、まさか覚醒したって聞いて見に来た感じ? 闇の深いストーカーだな。

 

「相変わらず陰気なやつ。教授の意識が自分以外に向いてるからって焦りすぎでしょ。ダサ」

 

 中学生くらいだろうか。ぬいぐるみを抱えた長い髪の少女が、悠河の背に憫笑を向けていた。

 

「えーと、君は……ハミングバードだったか?」

 

「ええそうよ、私がハミングバード。よろしくお兄さん」

 

 甘ったるい香水の匂いとメルヘンチックな格好、トドメにぶりぶりした猫撫で声。間違いない、地雷だ。

 

「はいはい久留米リカちゃんねよろしく……おえ」

 

「ちょッ、なんで名前……てかなによその態度はッ」

 

 ぬいぐるみに手を突っ込んで威嚇してくるリカ。

 リンク能力で彼女の触覚が伝わってくる。なるほど中にナイフ……怖ッ。

 

 騒ぐリカを無視してもう一人の二枚羽根を見る。

 今度は身長百九十センチを超える巨体の男。夏だというのに丈の長いコートを着込んで、丸いサングラスと短く整えられたヒゲが特徴的だ。どこに出しても恥ずかしい変質者が、そこにはいた。こっちも怖ッ。

 

「えーと、それでアンタが……」

 

「ソードテールだ」

 

鹿嶽(かたけ)十五(じゅうご)さんね、よろしく」

 

「俺の名前までッ?」

 

 驚愕する十五さんも無視して確認に移る。

 

「『新人類創造計画』を越えるために造られた『新世界創造計画』……ね。俺が知る限りでは対・『新人類創造計画』に特化しすぎててガストレア相手じゃイマイチなスペックのやつが多かったんだけど……アンタらはどうなんだ?」

 

 俺の言葉に少なくない苛立ちを見せる二人。

『新人類創造計画』を越えるために作られた暗殺者というのもあって、彼らは自らの能力に絶対的な自信を持っている。ちょっと煽れば自身の能力をイメージしてくれるかも──よっしゃ成功。

 

 ──久留米リカ。詳しい仕組みはわからないが、ティナ・スプラウトと同じブレイン()マシン()インターフェイス()と呼ばれる、脳の信号で機械を動かす能力者。

 

 ──鹿嶽十五。ナノマテリアルを埋め込んだ皮膚で、任意に光を捻じ曲げることを可能とする能力者。

 

「エイン・ランドのコピー能力者とアーサー・ザナックのコピー能力者ね」

 

 ポカンと立ちすくむ彼らを見て楽しくなった。

 我に返ったリカが話した。

 

「私たちを機械化能力だけで評価しないで。銃器の扱いは高序列者にも引けを取らないわ」

 

 リカの言葉に十五さんが頷く。

 

「それに教授は大量の死滅都市の徘徊者(ネクロポリス・ストライダー)を用意してくれたわ。いざとなったら爆薬積んで特攻よ」

 

「ネクロポリス・ストライダー?」

 

「そ、私の可愛い使い魔たち」

 

「アイタタタタタ!」

 

「さっきからなんなの⁉」

 

 痛い、心が痛いよう……というか鳥肌がすごい。十五さんだって微妙な顔してんじゃん。

 てか結局なんなの。ティナちゃんの『シェンフィールド』みたいな思考駆動型インターフェイスのことであってる? 

 

「東京エリア相手に大っぴらにはできないが、我々には最高のパトロンが付いている。どうやら教授は、そうまでしてもお前に貸しをつくりたいらしい」

 

 めんど。キモイなあのジジイ。

 

「ん、まあいいや。死なない程度に目立たず頼むわ」

 

「え? それだけ?」

 

「アンタら本来なら戦う必要なかったんだ。協力してくれるだけで感謝してるよ」

 

 返事は聞かず、俺はその場を去った。

 

 

 

 ■

 

 

 

「紅蓮さん、遅いですよ」

 

「ごめんごめん」

 

 拠点となるテントに戻ると、民警軍団へ登録に向かっていた夏世と合流した。

 

「問題なかったか?」

 

「あー、それがですね……」

 

 なんでも、民警軍団で作戦行動を起こす場合の最小単位は分隊──アジュバント単位で動くため、アジュバントを結成していない人間の参加は認められないらしい。

 アジュバントの最小必要人数は三ペア六人。嫌われ者の俺はアジュバント候補の民警全員に断られているため現時点では一ペアのみ。正直言ってヤバイ。

 

 いざとなれば未織か聖天子あたりに相談すればなんとかなるかもしれないが……。

 

「とりあえずはスカウトだな」

 

「はい」

 

 俺たちは民警たちが集う前線司令部に向かった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 東京エリア第四十区。三十二号モノリス十キロ手前。そこが民警軍団の前線司令部が置かれる場所だ。

 普段はただの廃墟だったが、現在は祭りのような喧騒に包まれている。

 

 酒を飲んでいる者、民警に銃火器を勧める商人、金貸し、飲食店など、露天みたいに連なっている。

 恐ろしいほどの人口密度にたじろぎながらも先を目指す。

 

 ここにいるのは民警だけではない。商売をしている者のほとんどは一般人だ。俺は彼らを見て、どうしても色々と考えてしまう。

 

 昨日、聖天子サイドの報道官からも正式に、モノリス倒壊のシナリオがメディアを通じて公表された。

 東京エリアはパニックの真っ只中だ。

 さらには聖天子が用意した第一区のシェルターは、国民の三十パーセントしか収容できないとされ、その人員はすでにランダムで選出されて、その日のうちに通達されたという。

 問題は選ばれなかった残り七十パーセントの国民だ。

 行き場のない憤りは、聖天子に向けられることとなる。そして選ばれた三十パーセントの中に『呪われた子供たち』がいるとわかれば不満は爆発する。

 デモやら集会やら……気分の悪い団体が組織され、あちこちで子供たちへの暴力が報告されている。

 こうした被害が予想されていたため、紫垣や和光兄さんに頼んで『日本純血会』──日本に十万人近い会員がいるとする、反『呪われた子供たち』の秘密結社だ──をけん制しているのだが。

 

 それでも暗躍(紫垣の前で『日本純血会何とかしなくちゃな~』と呟いた数週間後に日本純血会幹部の政治家や芸能人が揃ってニュースになるほどの問題を起こしたときはゾっとしたが)の効果もあってか取り返しのつかない事態にはなっていない。

 

 そこまで考えたところで、夏世に袖を引かれて我に返る。そうだ。はぐれでもしたら大変だ。彼女の小さな手を握ると、少し恥ずかしそうにしながら握り返してくれた。

 

 夏世は毒舌だし容赦もないが、俺との生活を楽しんでくれていることはわかる。

 一緒に出掛ければ、見るものすべてが珍しという顔をしているし、プロモーターとイニシエーターを同等の立場で扱おうとする俺や天童民間警備会社の面々との交流では不器用な笑みを見せてくれる。

 イニシエーターを道具と見なす伊熊将監の元にいたころよりずっと幸せだと、木更に零したこともあるそうだ。嬉しい反面、彼女の過去を考えると胸が苦しくなる。

 だからこそ、この理不尽な世界を変えなければならない。それがたとえ、俺が嫌う間違ったやり方だとしても。木更や蓮太郎が、道を踏み外さないためにも。

 

 俺は首を振って雑念を飛ばすと、脇道に退避し道行く民警を品定めする。

 

「なかなかいい人は見つかりませんね」

 

「そうだな、ここをうろついてるってことは、まだアジュバントに入れていない奴らだ。ってことは俺たちみたいな嫌われ者か、もしくは実力的に劣った奴らだろうぜ」

 

 数十分程待ってみるが、こう……ビビッとくる民警は見つからなかった。もう蓮太郎のアジュバントに参加した方が早いんじゃないか。

 移動しようか、と口にしようとしたところで背後に人の気配。

 

「天童紅蓮、千寿夏世ペアであっているかな? ぜひ俺とアジュバントを組んでもらいたいのだが……」

 

 またとない好機、感じる〝圧〟も本物だ。俺は意気揚々と声の方を振り返った。

 そこには──

 

「私は怪盗レンタル王。序列七百六十位のプロモーターだ」

 

 身長百九十センチ近い巨漢に、パンツ一丁の半裸。おまけに顔を覆面で覆っていて、鬼の金棒みたいな武器を担いでいる。

 

 ──まごうことなき変態だった。

 

「ごめんなさい無理ですッ!!」

 

 即座に夏世を引き寄せると、俺は涙目になりながら人ごみに飛び込んだ。

 

「い、いいんですか? 彼、ただものじゃないですよ」

 

「どんだけ実力高くても、あんなんに背中任せられるかッ⁉ていうか背後に立たせたくないッ」

 

「それはまあ、たしかに」

 

 夏世が気まずそうに目をそらした。

 

「ま、まあ気を取り直して……いや、その前に昼飯にしない? 気持ち切り替えたい」

 

「丁度いい時間帯ですね。ではそうしましょうか」

 

 引き返そうとしたところで、事件は起こった。

 唐突に怒気をはらんだ敵意を察知、夏世を抱え、人を押しよけて飛びのくと、それまで俺の頭があった位置を拳が通り過ぎた。

 

「誰だッ」

 

 イニシエーターの誰かが悲鳴を上げ、往来の人間が歩を止める。

 

「バァーカ、なに熱くなってるんだよ。挨拶だろ」

 

 聞き覚えのある、苛立ちを隠そうともしない野蛮な声。

 現れたドクロのフェイススカーフとバスターソードが特徴的な男。

 

「将監さんッ?」

 

 夏世の元プロモーター、伊熊将監だった。

 

「なんだ、元気そうじゃねえかよ。腕はもういいのか?」

 

「あぁ? なんつったテメェ、斬りてぇ、マジ斬りてぇよ」

 

 聖天子狙撃事件での情報提供と木更の保護、それで義肢装具士の紹介の件はチャラだと言っていた。しかし直後に俺が蹴り飛ばして気絶させてしまったので……いや、本当にすまん。

 バスターソードを担ぎながらブツブツと呪詛を唱え始めた将監。まずい、コイツは人を殺すことに躊躇しないタイプの民警だ。その考え方をイニシエーターに強制までする、典型的なクズだ。衝突は避けられない。

 

「アンタ、イニシエーターも連れずに俺と勝負しようってのかよ? 俺一人にも勝てないのに」

 

「ンだとッ?」

 

「どうして煽るんですかッ」

 

「えッ? いや、これで諦めてくれないかな~なんて」

 

「将監さんは脳みそまで筋肉でできている上、堪え性がないんですよッ? 相手を見て発言してください」

 

「めっちゃ言うじゃん」

 

 俺たちのやり取りを静観していた将監はさらに怒りのボルテージを上げていた。

 やだ……これってNTR(ネトラレ)ってやつ? 

 

「チッ、言われなくても新しいイニシエーターは貰ってんだよ。おいガキ、とっとと来い!」

 

「うるさいな、そんな怒鳴らなくたっていま行くっての。だいたいアタシのほうが序列高いってのに、その態度はないでしょ」

 

 将監の視線の先。いつの間にか俺たちを囲むようにできていたギャラリーをかき分けて、一人の少女が移動しているようだ。

 

 ──というかこの声、聞き覚えが……いやまさか。

 

 そこで将監の新たなイニシエーターと思しき少女が姿を現す。

 手にはバラニウム製の曲刀、耳についたピアスが揺れて、右目の下にはスペードのペイントが見えた。

 

「序列元五百五十位のアタシに対してさッ」

 

 その姿は、俺の元相棒──占部里津そのものだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

「序列五百五十位……⁉」

 

 愕然と数字を復唱する夏世。しかし俺は頭が追いつかず、その場に黙って立ち尽くす。

 

「で? 相手は誰──」

 

 気付いた里津も固まった。

 

「あ? おい、どうした」

 

 なにこれ、本当になにこれ。どうしたらいいのこれ。どうするのが正解? 

 

「紅蓮さん……?」

 

 沈黙が痛い。もうおうち帰っていいかな? 

 

 そんな沈黙を打ち破ったのは、規格外の存在だった。

 

「む! やっと見つけたぞ天童紅蓮! さあ、俺と共にアジュバントをッ……」

 

 変態だーッ! 

 

 さっきの覆面変態だ! もうダメだ! ツッコミが追いつかねえ! 

 俺は顔を覆って現実逃避を始めた。

 しかし、その後の展開は誰にも予想できないものだった。

 

 将監が震えた指先でレンタル王を差し──

 

「──まさか……兄貴?」

 

「──将監か」

 

 ……………………………………………………は? 

 

 

 




書いたこっちも「は?」だよ


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FAQ第九話の主役は保脇なので、保脇は第二の主人公といっても過言ではないのでは?

前話投稿日の翌日に日間ランキングに入っていたみたいです。評価、お気に入りありがとうございます。



 天童民間警備会社はアットホームな職場だ。なにせゴキブリとまで仲良くなれる。

 そんなぬるま湯に浸かりすぎたのだろうか。今この瞬間、アジュバント内の空気は最悪に近かった。

 

 目立ち過ぎたのもあって俺たちは、拠点に場所を移していた。

 アジュバントの登録が完了していないため、分隊用テントはもらえていない。そんな理由で各自持参した折りたたみ椅子を円形に並べて座っている。

 俺を起点に時計回りで夏世、レンタル王(?)、将監、里津である。情報量が多い。

 というか俺の両隣がキツイ。なんだこの今カノと元カノの板挟み(物理)になったかのような気持ちは。

 彼女たちは彼女たちで互いに警戒しあっているようだし。今一番に警戒すべきはレンタル王(?)じゃない? 違う? 

 

「さて、では今いるメンバーだけでも軽く自己紹介しようか」

 

 レンタル王(?)の提案。非常にありがたいがお前が仕切るのかよ。

 まあこの沈黙は誰にとっても良いものではないので提案には乗るけど。あの将監でさえ気まずそうにしているし。

 

 では最年長の私から、とレンタル王が立ち上がる。

 

「じゃあ変態からよろしく」

 

「待て! 私は変態ではない!」

 

 堂々と嘘をつくな。

 

「我が名はレンタル王……IP序列は七百六十位だ」

 

 序列を聞いて舌を巻く。

 七百六十位。ふざけたナリだが、この場では一番の高序列者だろう。

 

「っていやいやいや、序列はさっき聞いた。本名を言え本名を」

 

「それはできない相談だ」

 

「帰れ!」

 

 叫ぶも無視される。クソッ、こんな変態の心の声なんざ聴きたくねえぞ……。

 ウンザリしていると、顔を覆って『死にてえ……』しか呟かなくなっていた将監がくぐもった声で答えた。

 

王監(おうげん)伊熊王監(いくまおうげん)だ。司馬重工の民警部門に所属している」

 

「ム……」

 

「げえ、マジで兄弟なんだ」

 

「司馬重工って……実力者揃いで有名なところですよね?」

 

 里津がおえ、と舌を出して顔色を悪くし、夏世は所属を聞いて驚いていた。

 将監が『兄貴』と口走ったときは正気を疑ったが、本当らしい。渋々とライセンスを差し出されたので写真を見るとなかなかのイケメンだ。しかしボディビルダーの身体に爽やかなイケメンの顔を取ってつけたコラ画像のように見える。正直言って気色悪い。

 そんな俺たちの動揺を知ってか知らずか、王監は戦闘スタイルの説明に移る。

 

 王監は鬼の金棒みたいな武器──金砕棒を地面に置くと、拳大もある石を拾ってくる。

 

「ここに石があるだろう?」

 

「あ、ああ……」

 

「これをこうして、こうだ」

 

 掌に置いた石を握りしめると、さして力んだ様子もないというのに、砂礫と化して零れ落ちた。

 どういうことなの……。

 いや、やり切った感出してるけど子供たちはドン引きで、将監はまだ凹んでいるからな。

 気持ちを強引に切り替え疑問を口にする。

 

「てかアンタ、イニシエーターはどうしたんだよ?」

 

「いない」

 

「は? なんで」

 

 民警は元囚人や犯罪者まがいの連中も多くいるため、相棒(バディ)殺しなんて事件も少なくはない。人殺しを強要するような男の兄なのだ。その可能性は十分にありえる。

 

「そう警戒するな。俺のイニシエーターは過去の事件で片足を失っていてな。本人はやる気なのだが、大人として……いや、保護者として仕事はさせられん。ここ数年は俺一人で依頼をこなしている」

 

 その話を聞いて俺は内心謝罪した。

 本来なら、イニシエーターが使い物にならなくなれば、IISOに申請して別のイニシエーターと再契約する。序列は下がるが、そうでもしなければ食っていけなくなるのだから当然といえば当然だ。

 しかし解雇されたイニシエーターは問題のあるプロモーターのもとへ送られて命を落とすか、資格を剝奪されるかくらいの選択肢しか残されていない。

 この男は少女を守るため命をかけて戦っているのだ。

 

「ということはアンタ単体の戦闘力でその序列なのか」

 

 聖天子狙撃の犯人──序列九十八位のティナ・スプラウトもだが、それはイニシエーターの能力と、『NEXT』の機械化兵士の能力によって保持された数字だ。

 ただの人間がその偉業を成し遂げたというのか。引く手あまただったろうに、何故俺のところに? そう思ったところで一つ思い出した。

 

「なあ、王監さん。アンタ、俺が所属してる『呪われた子供たち』の支援団体にお菓子やおもちゃの寄付してねえか?」

 

 そう尋ねると彼は目をそらした。まじでか。

 届けられた物資に添えられた手紙には、いつも同じマークが書かれていたのだ。レンタル王のマスクの模様とそっくりの。それで気が付いた。

 うーん、見た目さえ良ければ最高に尊敬できる大人なのだが。人を見た目で判断するのは良くないが、パンツ一丁に覆面というこのスタイルは犯罪者級だった。

 

 続いて将監の番となる。彼は身内の恥(?)を気にしてか魂が抜けてしまったかのようにグデングデンだった。

 所属(三ケ島ロイヤルガーダーさん)と戦闘スタイル(バスターソードを用いた前衛)だけ言ってまた座ってしまう。お、お疲れですね。

 

 続いて里津。俺をチラチラと気にしていた。

 

「序列元五百五十位、モデル・シャーク。この占部里津にかかればアルデバラン討伐だって余裕だね」

 

 彼女は曲刀(カトラス)を曲芸じみた手捌きで操ってみせる。アジュバント内最高到達序列に恥じない動きだ。

 が、しかし。

 

「今の序列を言いなさい」

 

「『なさい』ってアンタ、いつまで保護者のつもり? やめてよ、他人なんだからさ」

 

「さっさと言え」

 

「う……。八千五百位……」

 

 悔し気に答える。まあ、ペア組み立てで何の功績もないのだから妥当な順位だろう。

 東京エリア壊滅の瀬戸際。猫の手も借りたい時期ということもあって、序列剝奪処分を解消されたそうだ。

 

 そこで何かに気付いた夏世が「あっ」と声を上げる。

 

「……里津さんのピアスの一つ、紅蓮さんとお揃いなんですね」

 

 ジト目で言われて同時に耳を隠す。油断した。里津の品性の感じられないピアスたちの中に一つ、控えめなデザインのものが揺れている。

 クソッ、これでは互いに未練タラタラみたいではないか。

 違うんだ夏世! 俺はお前一筋だぞ! なんて言えるわけがないので黙っておく。

 里津は顔を真っ赤にしながら俺を睨みつけて、席に着いた。

 

 そして夏世。明らかに里津を敵視している様子だ。

 

「千寿夏世です。モデル・ドルフィンのイニシエーターで、紅蓮さんとのIP序列は二千位です」

 

「ただの雑魚じゃん。そんなんで分隊長なんか務まるの?」

 

「私が元千五百八十四位、紅蓮さんはあなたと同じ元五百五十位なので差は無いと思うのですが。ああすみません、いま現在の序列では六千五百もの差がありましたね」

 

 嫌だな、怖いな。とても十歳児の会話とは思えない。しかも内容は修羅場だ。

 

「今回の作戦では司令塔兼後衛を務めさせていただきます」

 

 夏世は自らの因子の説明(IQが二百十あるなど)を説明すると、よせばいいのに里津がまたしても突っかかってくる。

 

「ハン、イニシエーターのくせに戦えないとかダサ。序列だって相棒頼りなんじゃないの?」

 

「ッ。後衛が全くいないことに問題があります。それに、プロモーターが戦いやすい盤面を作るのが得意なだけであって、戦えないわけではないですし」

 

 薄く焦りのような感情。

 生身での火力不足は夏世が一番気にしていることだ。夏世の周囲には優秀なイニシエーターが多く、オールラウンダーのティナちゃんは、全ての肉体的スペックで夏世を上回る。プロモーターも近距離特化の変態的な武闘家ばかりなので辛いところだ。蓮太郎も木更も彰磨もおかしいよ! 俺は普通。

 

「俺にも自己紹介させてくれ」

 

 キャットファイトを仲裁して軽く天童式戦闘術の型を見せる。

 王監の拍手にだんだんと気分も上がってきた。

 木を叩き折り、爆発四散させ(彰磨のパクリ)、飛距離のある拳撃(木更のパクリ)、飛距離のある爆発四散(意味不明)を披露して残心。

 

「──あ」

 

 気が付けば全員がドン引きしていた。

 またオレ何かやったいました?(笑)

 

 

 

 ■

 

 

 

「また断られたんですけど」

 

 三ペアが揃った俺と夏世は、申請に向かったものの、またもや「お断りします」を食らってメンバーの元へ帰ってきていた。

 

「申請直前で団長の我堂長正(がどうながまさ)に見つかってさ、人数が六人に達していないことがバレた」

 

 アジュバント結成の条件は三ペア六人。王監さんのイニシエーターが不在のため、一人足りないこととなる。

 俺たちとしてはそのままゴリ押すつもりだったのだが、不運なことに俺と王監さんが我堂長正と知己の仲だった。勿論王監さんの事情も知られている。構成員名簿も確認されてお説教である。クソジジイ。バーカバーカ、ハゲ。

 

「ンなもんテキトーな奴引っ張ってくりゃいいだけじゃねえか」

 

「無理ですよ、高序列者ばかりの分隊に投入されて、マトモに機能する民警ペアなんてそういませんよ。好き勝手動く前衛ばかりとなると猶更です」

 

 将監が興味なさげに言うと、その意見は即座に夏世に否定される。

 け、喧嘩しないでね……? 将監のイニシエーターではなくなったからか、今日の夏世は攻撃的だ。

 

「とっとと死んでくれりゃあ関係ねえだろ」

 

 苛立たしそうに将監が吐き捨てるが、そんなことは許されない。

 俺は里津と王監を見る。

 

「三ケ島ロイヤルガーターと司馬重工で手の空いてる民警は……」

 

「司馬重工は難しい……というかアジュバントの誘いを全て断ってきてしまった」

 

 使えねえ。

 

「ウチ……っても契約のときに顔出したくらいだけど、向こうも難しいと思うよ。『蛭子影胤テロ事件』で高序列ペアの多くを失ったからって歓迎されたくらいだし。この人、会社内でも嫌われてるみたいだし」

 

 そういって親指で将監を指す。

 

「自業自得ですね」

 

「やめたれ」

 

 酷い言われようである。たしかに復帰直後のプロモーターに背中を預けるのは嫌かもしれないけど。

 

「うあ~、クソ仕方ねえ。取り敢えずダメもとで未織と聖天子に掛け合ってみて…………あ、聖天子に頼めばいいのか」

 

 一人、手の空いているイニシエーターに心当たりがある。

 それに気が付いた俺は、自然にポン、と手鼓を打っていた。

 

 アジュバントに足りない優秀な後衛の補充、そして上手くいけば聖天子のプロジェクトに参加させるイニシエーター候補が自由になる。

 自分にしてはいいアイデアなんじゃないか? 

 尻ポケットから携帯を取り出すと、早速聖天子の番号を呼び出した。

 

 

 




レンタル王が司馬重工所属なのは、司馬重工経営の『スーパー銭湯シバ』で番台やってたからです。あとノリ。


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べ、別に保脇のことなんか好きでも何でもないんだからねっ!

本当です。


 晴れてアジュバントとして認められた俺たちは、十人が寝泊まりできる広さのある分隊用テントに集まっていた。

 

「ティナ・スプラウトです。よろしくお願いします」

 

 俺に背中を押された新メンバ──―ティナちゃんが、ペコリとお辞儀したところで、将監が暴れ出す。

 

「あン時のクソガキじゃねえかッ」

 

 夏世と王監さんが二人がかりで押さえつけて、なんとか怒りを鎮めようと説得している。

 そういえばアイツ、以前ティナちゃんのことを「ぶっ殺してやる」とか言っていたな。

 

「あ、あの……」

 

 俺の背後から体の片側だけを覗かせるティナちゃんは、申し訳なさそうに俺の顔を見上げていた。

 

「ああ大丈夫、アイツちょっとおかしいんだ」

 

「オイッ!」

 

 やべ、聞かれてた。

 

 もー、面倒臭いなー。

 話が進まないので、いつかと同じように将監の頭部めがけてハイキックを放つも、同じ手は通用しないとばかりに首の動きだけで躱される。

 ほう、やるじゃないか。スカーフ越しにニヤリと笑うのがわかる。しかし俺は素早く足を踏みかえると続けて回し蹴りを繰り出す。二人がかりで押さえつけられている将監が躱せるはずもなくヒット。床に転がって悶絶する彼を放置。

 将監はまあいいとして、ティナちゃんに紹介が必要なのは……里津と王監さんか。俺は二人に視線で訴えた。

 

「IP序列七百六十位、伊熊王監だ」

 

「IP序列元五百五十位、モデル・シャーク。占部里津」

 

 王監さんは流石というべきか、ティナに目線を合わせるため屈んで話している。見た目はアレだが中身は紳士だ。

 そんな彼とは対照的に、里津は相手を威圧するような獰猛な笑みを浮かべている。十歳で既にマウンティング女子とは恐れ入る。女子怖い。

 しかし今回ばかりは、相手が悪かった。

 二人の名乗りに、ティナちゃんはかしこまって応えた。

 

「序列元九十八位、モデル・オウル。ティナ・スプラウトです。皆さん改めてよろしくお願いします」

 

 王監さんが感嘆の声を上げ、少し間をおいて里津がかすれた声で「え?」と呟いた。

 俺は面食らった里津を見て小さくガッツポーズする夏世を見逃がさなかった。このメンバーでアジュバントとして機能するのだろうか。不安だ……。

 

 俺は呆れ混じりのため息をついて、テントの入り口に立つ男を見る。神経質そうな眼鏡の男は、さっきから居心地悪そうに腕を組んで、ひたすら人差し指で二の腕をタップしている。

 

「で、アンタは何しに来たんだよ、保脇?」

 

 問われた保脇は、憤怒の形相で答えた。ただし将監や王監さんが怖いのか、ボリュームは抑え気味だ。

 

「そこの『赤目』の監視だ。テロリストを野放しにするわけにもいかんのだよ。聖天子様も何をお考えなのか……」

 

「アンタや俺みたいのを雇い続けている時点で変わり者なのは確かだけどな」

 

「無礼なッ。というか僕を貴様と一緒にするなッ」

 

「ごめん、俺の方がマトモだったな」

 

「そういう意味で言ったわけではないッ!」

 

 以前と変わらないようにも見えるが、これでもだいぶ改善された方で、『呪われた子供たち』の認識も〝害虫〟から〝危険動物〟くらいには変わったと思う。ちなみに俺のことは〝寄生虫〟くらいに思ってるそう死ね。初めて意見があったね殺す。

 

「でもいつまでいるつもりさ。モノリス倒壊前には戻るんだろ?」

 

「当然だ。倒壊予測の前日には撤退するさ、後は貴様らの好きにしろ」

 

「好きにってアンタなぁ……」

 

 モノリス崩壊は四日後とされている。それまでコイツと寝食を共にしろというのか。無理無理絶~ッ対に無理。聖天子様も何をお考えなのか。今日はやけに気が合いますね。

 

 何はともあれ、これでアジュバントプラスアルファの完成だ。嬉しくないといえば嘘になる。

 痛みに悶える将監、子供に囲まれて幸せそうな王監さん、自信喪失したのか片膝を抱えて椅子に腰掛ける里津、それに憫笑を向ける夏世、立ったまま寝落ちしそうになり慌ててカフェイン錠剤をボリボリと嚙み締めるティナちゃん、おまけに保脇はキレ気味だ。

 あんまり嬉しくないかもしれない。

 

 絶望しているとテントの外から「失礼」と声がかかった。外に出て確認すると自衛官だ。

 

「作戦に参加するすべての民警は、一九三〇(ひときゅうさんまる)時に、前線司令部前に集まるよう我堂長正団長から召集がかかりました」

 

 

 

 ■

 

 

 

 集合前に蓮太郎に電話をかけて、合流することとなった。ティナちゃんも同僚たちといた方が安心だろう。決して俺が気まずかったわけではない。

 

「紅蓮兄ぃ!」

 

 目的地少し手前で声をかけられる。

 蓮太郎と延珠ちゃんだけでなく、何故か木更の姿もある。

 

「おいおい木更、まさか戦闘に参加するってんじゃ……」

 

「あーッ、ちょっとお兄様! ウチのティナちゃん取らないでよッ」

 

「あー、聞こえませ~ん」

 

 今日の俺、出会い頭にキレられすぎではないか。

 

「こういうのは早いもん勝ちなんだよ。序列剝奪処分だって取り消してもらえたんだし文句言うなよ」

 

 木更は耳まで真っ赤にして睨んでくる。

 

「で、お前本当に参加するんじゃねぇだろうな」

 

 木更の腰に『殺人刀・雪影』があるのを確認して、自然と声が低くなる。

 

「私だって民警のライセンスくらい持っているもの。申請も済ませてきたわ」

 

「アホ、ダメに決まってんだろ。自分の体のこと考えろ」

 

 木更は過去の事件のショックで腎臓を悪くしており、透析治療を余儀なくされている。そんな状態で無茶はさせられない。

 

「お兄様も里見くんと同じことを言うのね。でも、その話はもう済ませてあるから」

 

 蓮太郎に視線を向けると、諦めろと言わんばかりに首を振られてしまう。

 

「蛭子影胤との戦いでは、お兄様たちの戦いをお祈りしながら見ていることしかできなかった。聖天子様の暗殺未遂のときなんて、役に立たないどころか足手まといになっちゃった。もう、見ているだけはイヤなの」

 

「木更……」

 

「お願いお兄様。私にも、お兄様を守らせて」

 

 説得は……無理か。俺は木更の肩に手を置いて彼女の大きな瞳を見据える。

 

「いいか? 多少無理してでも透析治療にはちゃんと通え。体調が悪くなったら隠さず蓮太郎に伝えろ。危なくなったら周りのことは気にせず逃げろ。あとは……その、なんだ……蓮太郎! しっかり守れよ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「あら、お兄様は守ってくれないのかしら?」

 

 いたずらっぽく笑い、挑発するように口元を歪める木更。俺はそっぽを向いた。

 

「……アジュバントが違うだろーが。ああそうだ、そういうことならティナちゃんは木更のとこに……」

 

 そこまで言って保脇に止められた。

 

「待て! 許可できるはずがないだろうッ。これ以上僕の仕事を増やすな」

 

「台無しだよアンタ」

 

 木更と共にジト目を向けるが、意見は変わらなさそうだ。

 そこで木更が何かを思い出したように両掌をパンと合わせて表情を明るくさせた。

 

「そうだわ、お兄様に会わせたい人がいるの」

 

「お兄ちゃん、結婚はまだ早いと思うな……」

 

「なに言ってるのよ、違うわよ。彰磨くん、こっち来て!」

 

「久しいな紅蓮」

 

 ──前方に身体を落下させながらの超速速攻。地面を踏み砕いて走り去る。

 

「ああッ、逃げた! ちょっと里見くん、追いかけなさい!」

 

「うるせぇ追うな! 翠ちゃんだけ置いて帰れッ!」

 

 

 

 ■

 

 

 

 ふええ、天童流有段者三人からは逃げきれなかったよ……。

 

 場所は変わって前線司令部前。日は落ちて、あたりはすっかり闇の中だ。前方のひな壇だけが篝火で照らされている。

 俺と蓮太郎のアジュバントで固まってはいるが、集まっている民警は千人を超えている。気を抜いたらはぐれてしまいそうだ。私服のアウトドアウェアに着替えた保脇も、場の空気に目を回していた。

 

 しばらく待っていると、一組のペアが壇上に上がってきて、場が大きく盛り上がる。

 ──我堂長正と壬生(みぶ)朝霞(あさか)。序列二百七十五位。今回揃った民警の中で、一番序列の高いペアだった。

 我堂さんは禿頭に口髭を生やしていて、鍛え上げられた肉体は、司馬重工製の鎧タイプの外骨格(エクサスケルトン)に覆われている。意識しているのだろうか、戦国時代の武将みたいだ。歳はたしか、五十四歳。

 朝霞ちゃんは黒髪ストレートで寡黙なイニシエーターだが、話してみると少し天然が混ざっていて、可愛らしいところもある。彼女も我堂さんと同じく司馬重工製の外骨格(エクサスケルトン)を身にまとっている。

 

「よくぞ集ってくれた勇者諸君ッ! 私が団長を努める我堂長正だ。諸君等は東京エリアを救う、えらばれし者たちだ。君たちと共に戦えることを、私は誇りに思うッ」

 

 荒くれ者揃いの民警たちですら、我堂に一目置いているのがわかる。皆、真剣な表情だ。

 対照的に俺はあくびを噛み殺して、両脇腹を木更と夏世にどつかれる。俺は片手を上げて謝罪のポーズを取りつつも、頭の中では校長先生の朝礼を思い出していた。普通にダルい。

 そうこうしている間に、我堂さんのスピーチは締めに入る。

 

「──勝つぞ! 勝って我々が歴史の創造者となるのだッ! そして我々は歴史書に書こうではないか。我々はガストレアを圧倒し、一歩も引くことなく戦ったと。国民に、子孫に、死んでいった護国の英霊に誇ろうではないか! ──奴等を殺すぞッ!」

 

 地を震わせる大歓声。その場にいる民警すべての心に火が灯っていた。

 しかし疑問がないわけではない。現在、モノリスを挟んで、ガストレア軍団と自衛隊プラスアルファ民警軍団が睨み合っている状況だ。前衛を自衛隊が、前衛を務める自衛隊の要請に従って後詰めの決戦兵力として、ガストレアを蹂躙するために民警軍団は使用される。

 しかしそれにしては──

 

「距離が離れすぎている」

 

 蓮太郎が目を細めて呟く。あ、まずい。

 

「木更、蓮太郎を止めろッ」

 

 木更は俺が言わんとすることを察して、上がりかかっていた蓮太郎の腕を掴んだ。

 

「お、おい、木更さん、いま遊んでる場合じゃ……」

 

「させないわよ里見くん。里見くんは偉い人見ると突っかからずにはいられないのッ?」

 

 よくやった木更。

 まあ、たしかに蓮太郎の気持ちもわかる。

 まるで自衛隊が意図的に民警軍団を遠ざけているようにしか思えない現状。距離は一キロや二キロでは済まないほど離れている。

 民警は全国どこでも嫌われ者。自衛隊のみならず、警察からも『縄張り荒らし』として嫌われている。きっと自衛隊は、自分たち抜きでカタをつけるつもりなのだ。

 そのことに気付かない我堂さんではないだろう。平静を装ってはいるが、僅かに熾した繋ぐ者(リンカー)能力を通して、怒りのような感情が揺れているのがわかる。

 しかしここで会議を荒れさせるわけにはいかないのだ。俺は早く帰って寝たい。

 

 蓮太郎と木更の攻防に俺も加わる。ふぅ、危なかったぜ……。

 

 しかし俺は失念していた。この場には蓮太郎以外にもう一人、この空気に物怖じせず突っかかる空気の読めないクソ野郎がいることを──。

 

「質問、いいだろうか」

 

「彰磨テメェこの野郎ッ!」

 

 会議は長引いた。

 

 

 




なんだこのアジュバントは……。


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レンタル王おっぱいマウスパッドはいらない

今回からオリジナル要素とご都合主義要素増えます。


 モノリス崩壊まで残り二日。

 

 その日は朝から我堂指導の下、鉄条網や土嚢の作成、あとの時間は座学として作戦の復習や命令違反に対する罰則を説明された。

 我堂は全体の士気に影響するような違反に神経質になっているようで、特に強く言い含められたのが敵前逃亡だった。

 

 座学が終われば解散の号令が掛けられる。今日は青空教室で特別講師をする予定だったので、足早に拠点に戻って支度をする。

 

「行くのか? 今日も」

 

 将監に問われる。

 

「ああ」

 

「こんな時まで学生気分なら、最初から民警ごっこなんざしてんじゃねぇよ」

 

 言いながらバスターソードを背負ってどこかへ出かけて行った。リハビリが開けて間もないので、鍛錬にでも行ったのだろう。それにしても気難しい男だ。

 里津は片膝を抱え込んで椅子に座っている。耳にはイヤホンが付けられていて、十歳児には聞かせたくないような過激な音楽が流れている。こちらに興味もなさそうだ。

 王監さんは一度自宅へ家族の様子を見に行っているそうで不在。

 保脇も今日は聖居に戻っているので、一応ティナちゃんと学校に行くことだけメールしてテントを出た。

 

 蓮太郎や木更、そしてイニシエーター三人娘と合流すると、子供たちに忘れ物はないかと確認して、駅へと向かう。改札を通るとすぐに蓮太郎から『話がある』と言われて男子トイレに入った。

 

「今日は『蓮太郎先生』はお休みなんだって?」

 

 用を足して洗面台の前に立つと、手を洗いながら問いかけた。蓮太郎は嫌そうな顔になる。

 

「やめてくれ、アンタにそう呼ばれると鳥肌が立つ」

 

「あ? 性格の悪いことを言うなよ。……そんな嫌か? 学校は」

 

 蓮太郎は手を洗いながら洗面台の鏡を見る。

 

「俺は……そうだな。楽しいよ」

 

 鏡には意外にも、満更でもなさそうな『蓮太郎先生』が映っていた。

 

「きっかけはなんであれ、いま、楽しいよ」

 

 俺が天童家を出るまで、彼は『呪われた子供たち』に憎悪を向けていた。俺は当時から彼女たちの境遇を知りもせずに差別する輩を嫌悪していたが、その例に漏れず蓮太郎や木更、そして菊之丞もその対象だった。俺が家を出たのは、そういったことも原因のひとつだった。

 

「そっか、うん、それなら俺も嬉しいかな」

 

 俺は緩みそうになる目元をハンカチで隠す。数秒してハンカチをポケットにしまうと、様子を見ていた蓮太郎が話を切り出した。

 

「『七星の遺産』について聞きたいことがある。今日はちょっと、俺の用事に付き合ってくれねえか?」

 

 

 

 ■

 

 

 

 女性陣を青空教室に送り出し、俺と蓮太郎は電車を乗り継いで勾田駅で降りた。勾田は菫先生のいる大学病院の他に、蓮太郎と延珠ちゃんの住むアパートもある。

 蓮太郎は携帯食料や洗顔道具の用意はあったが、替えの服や下着については失念していたそうだ。今日はその回収。そういう理由で、今日の『蓮太郎先生』とついでに『紅蓮先生』はお休みだった。まあ俺は全員から呼び捨て&溜口と舐められっぱなしなのだが。

 

 駅から降りて最初に覚えたのは、強い緊張感。

 地面を覆いつくすビラを拾い上げる。『横暴な政府許すまじ! 政府はシェルターに避難させる人間を最初からすべて決定済みだった!』

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 蓮太郎はその陰謀論めいた内容にかぶりを振っていたが、この内容はあながち間違いでもない。

 現に菫先生は政府の役人から直接抽選券を渡されたそうだ。日本最高の頭脳を死なせるわけにはいかないといったところか。彼女はその場で破り捨てたそうだが、すべての人間が抽選で選ばれているわけではない。

 というか天童家の一員である俺にも届いていた。勿論捨てたけど。

 

 次に目を引いたのは地域住民らしき老人の叫び声。その甲高さにびっくりして振り返ると、世界の破滅と、そのうち来るだろう新しい希望の世界について語っている。なんでもガストレアは地球を浄化する神の使いで、『呪われた子供たち』はそのメッセンジャーだという。

 

「『至天教』か」

 

 破滅願望にも似た教義を掲げる新興宗教だが、この状況でのスピーチなど正気ではない。いつ気の立っている国民たちから暴行を加えられても不思議ではないのだから。

 しかし予想に反して、周囲には老人の主張を肯定する人々がちらほらと見えた。

 

「皆、病んでんだなあ」

 

「言ってる場合か。急ごう」

 

 足早に駅前のアーケードを抜ける。途中、ショーウィンドウが割られていたり、略奪品を積んだトラックとすれ違うが、努めて意識を向けないようにする。

 ここ数日は外周区から出ていないため、ニュースで知っていたとはいえ驚かされる。

 

 里見家に辿り着く。このあたりはまだ平穏なようで、能動的に繋ぐ者(リンカー)の能力を広げているが、近くで暴動の気配はなかった。

 蓮太郎は八畳一間のぼろ部屋を感慨深そうに眺めると、俺に座って待つよう言ってからボストンバッグに自分の着替えを詰め込んでいく。作業は延珠ちゃんのタンスに移ったため俺は視線を外した。下着とか見たら気まずいしな。

 

 待っている間に、繋ぐ者(リンカー)の練習をしてみる。グリューネワルト曰く、受動的に人と繋がりすぎるのは危険なので、浅く能動的に繋げる練習をするよう言われている。最近は〝翼〟の量も増えて出力も上がってきた。意識していなければ死に際などの強い思いでもない限り受信しないが、気を付ければ相手の思考の一部を読み取れるようになっている。

 例えば──

 

 ──ぐへへ、十歳児のパンツは最高だぜ。

 

 蓮太郎はそんなことを考えている。

 ……噓です、弟の頭の中は極力覗きたくないです。

 実際は人の位置を探る練習だ。繋ぐ者(リンカー)はセラフと人間を繋ぐ能力。極めれば五感のリンクや索敵にも使える。

 む、このあたりはシェルター当選者が少ないみたいだな、思っていたよりも人が多い。

 

「悪ぃな紅蓮兄ぃ、待たせちまって」

 

「ん? あ、おお。ちょっと寝てたわ」

 

 反応が遅れてオジサン臭い発言をしてしまった。

 

「で、『七星の遺産』がどうしたよ? 悪いけど、俺も詳しいことは知らねえぞ」

 

 俺は蓮太郎が出してくれた麦茶を啜った。

 事実、『七星の遺産』の知識は、過去に持ち込まれたとある依頼の時に、繋ぐ者(リンカー)能力で聖天子を探って得た断片的なものだ。期待されても困る。

 

「これから俺が話すことは、他言無用で頼む」

 

 いつになく緊張した様子の蓮太郎に、俺は居住まいを正した。

 

「紅蓮兄ぃは『七星村』って、知ってるか?」

 

 そう問われて記憶を探る。七星という単語に聞き覚えはあるが、村となると知らないと思う。

 ただ『蛭子影胤テロ事件』でのキーアイテムである『七星の遺産』に関連するものだということはわかった。

 

「いや、知らん。旧東京都近辺にあった村か?」

 

「いいや、元長野県北部、飛騨山脈のふもとの村らしい。現在は未踏査領域になっている。でもその村は、二千二十一年以降の地図上から抹消されているんだ」

 

「あ? それって……」

 

 そういえば数週間前に菫先生から、『二千二十年以前の地図』を持っていないか聞かれたな。俺は『呪われた子供たち』の支援団体の大人世代に頼み込んで譲り受けた地図帳を彼女に預けていた。

 そして蓮太郎はIP序列三百番のため機密情報アクセスキーはレベル五。キーは菫先生に預けていたはずなので、これから彼が話そうとしている内容は……

 

「おいおい、それ俺が聞いていい内容かッ?」

 

 口ではそういったものの、引き返すつもりは毛頭ない。俺はしばし顎に手をやって、過去に聖天子から読み取った情報を言葉にする。

 

「『七星の遺産』については、『蛭子影胤テロ事件』に巻き込まれた民警と同程度の知識しかないぞ。

 俺は偶然、お前たちより少しだけ早くゾディアックガストレアにまつわる事件に巻き込まれただけなんだ。

 知っているのは『ステージⅤガストレアを呼び出す触媒』で、それが『古びた三輪車』であること、そして『聖天子一派のみが知っている』ってことと『ステージⅤガストレアを操れるほどの強制力はない』ってことくらいだな」

 

「三輪車のことまで知ってるのか?」

 

「遺産を破壊したのは翠ちゃんだ。その後お前は中身を確認したそうだが、俺も内容は彰磨から聞いて知っている」

 

「ああ、そういうことか」

 

 しかし『七星村』の存在は国籍問わず知ることができる情報ということが判明したが、『七星の遺産』は東京エリアの機密情報のはずだった。他国の知りえない情報。聖天子は何を隠しているんだ……? まさかガストレアウィルスの流出元と何か関係が……? 

 ダメだ、思考がまとまらない。互いの緊張はピークに達している。本能的に関わってはならないものだと脳が警鐘を鳴らし続けている。

 蓮太郎は麦茶を一気に飲み干して、新たに注ぎ直した。

 

「過去の事件っての、聞いてもいいか?」

 

「……別にいいけど、こっちはこっちでアクセスキーが足りていない情報のはずだぞ」

 

 序列三百でも開示されない情報。蓮太郎の権限では、ゾディアックガストレアにまつわる情報など『七星村消滅』という事実しか閲覧できない。それ以上のものを求めるのなら、相応の覚悟が必要になる。

 蓮太郎は目に力を入れて頷いた。

 

「聞かせてくれ」

 

「わかった。まず、ゾディアックガストレアのここ数年の動きについて、お前はどのくらい知っている?」

 

 問われて蓮太郎は顎に手を当てた。

 

「確認されているのは全部で十一体。天蝎宮(スコーピオン)は俺が、処女宮(ヴァルゴ)は序列二位のイニシエーターが、金牛宮(タウロス)の軍団は序列一位のイニシエーターに撃滅されている。そのくらいだな」

 

「そうだ。十二星座が個体識別コードになっていて、そこで欠番となるのが『巨蟹宮(キャンサー)』なんだが……お前、巨蟹宮(キャンサー)って宗教団体知ってるか?」

 

「いや」

 

「コイツらはガストレアを神聖視していて、『地球を浄化する神の使途』なんて崇めている異常者の集まりだった。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人工的にステージⅤガストレアを生み出そうとしていた」

 

「なッ⁉」

 

「それを察知した研究組織と東京エリア、その両方から同時に依頼が来てな。俺は宗教団体の本殿にいたすべてのステージⅣガストレアを撃破して、教祖と団体幹部を政府に引き渡した。弱体化した巨蟹宮(キャンサー)は、現在『至天教』と名乗っていたな」

 

 それは改めてグリューネワルトのことが嫌いになった事件だった。というか心臓に悪いからニアミスはやめてほしい。

 しかしそれが、活動開始からたったの一年ほどで序列元五百五十位までになった理由でもあるので気持ちは複雑だ。

 驚愕に目を見開く蓮太郎に構わず、続ける。

 

「その時に聖天子と話す機会があってな。ゾディアックガストレアとはそう簡単に生み出せるものなのか聞き出そうとして、得られた情報があの程度だ。ケチだよな~」

 

「で、でも、それを知るのにアクセスキーが必要になるってことは……巨蟹宮(キャンサー)は何かを知っていたのか……? ステージⅤガストレアっていったい何なんだよ……?」

 

 たしかにあんな規格外の化け物、そう簡単に生みだせてしまうというほうが困る。

 

「ああクソッ、わけわかんねッ。もう頭痛ェわ」

 

 俺は一度思考を放棄した。これ以上考えても気が病むだけだ。

 

「待ってくれ紅蓮兄ぃ、最後にもう一つだけ、聞いてもらいたい話があるんだ」

 

 まだあんのかよ、と俺は舌を出して不快感を訴えた。まあ聞くけど。

 

「紅蓮兄ぃには悪いけど、こっからが一番やばい内容だ。それは政府の職員が操作を誤ってアップロードしたものなんだが、削除されたものを先生が復元してくれたんだ。本来はレベル十のアクセス権限がないと閲覧できない映像で、タイトルは『アルディ・ファイル』」

 

 レベル十ッ⁉ 俺は思わず飛び上がりそうになった。つまり序列三十位内に入らなければ閲覧できない極秘中の極秘情報ということだ。よく手に入ったものだ。

 

「アルディってなんだ?」

 

「アルディはアルディピテクス・ラミダスの女性の化石の愛称で、アルディピテクス・ラムダスは現在発掘されている人類の化石の中で最も古いとかなんとか……俺は先生が言っていたことの半分も理解できなかったけど、とにかくアルディは、しばしば『人類最古の女性』の比喩として用いられるらしい」

 

「生物オタクのお前でもわからねーなら俺には無理だろ……まあ最低限の理解はしたと思う」

 

「とりあえず、こっから先はそのことを踏まえて聞いてほしい」

 

 さきほど蓮太郎は〝映像〟と言っていた。気が引けるが、繋ぐ者(リンカー)能力を使わせてもらおう。俺は目を瞑る。

 蓮太郎が話し始めるとともに、何やら地下室のようなものが見えてきた。説明してくれる蓮太郎には悪いが、ここからは脳内映像に集中させてもらう。

 

 蓮太郎にとってもトラウマになっているようで、必要以上に鮮明なイメージだ。これなら簡単に情報を拾い上げられる──

 

「──ッ⁉」

 

 ──ソレは、手術台に乗せられ、異様に肥大化した瞳でこちらを見ていた。

 

 左肩が膨張し、栄養を取られたらしい左手がしなびており、右腿の付け根からは三本目の足が生え、胸は大きく膨張している。

 赤い右目だけが大きく膨張していて、他顔面のパーツは圧迫されて判別がつかない。

 全身至る箇所には管が通されていて、無理矢理に生かされているような状態にも見える。

 黄色い乱杭歯からは粘性の強い涎が垂れ流しになっていて、獣めいた呼吸音はやけに大きく聞こえた。

 

 全身から力が抜け、テーブルに腕をついた拍子にコップを倒してしまう。

 

「紅蓮兄ぃ!」

 

 俺はなんとか右腕を上げて「大丈夫だ」と合図した。こうして冷静さを保っていられるのは、この場に蓮太郎()がいたからだ。情けない姿は見せられない。

 蓮太郎の説明自体も済んでいたため、俺は思ったことをそのまま口にした。

 

「つまりソレが、『人類最初のガストレア』ってことなのかよ」

 

「俺にもわからない。映像には『Devil Virus』とあったから、多分そうなんだと思う」

 

『Devil』? ガストレアウィルスの初期の呼称か? 

 いや、そんなことよりも──

 

「蓮太郎どういうことだ。アレは……いや、お前の話ではソレは辛うじて女性の体つきを保っている。これはいつ撮影された映像だ? 人種は? 年齢は? いや、それよりもアルディは形象崩壊を起こしていないのか? ガストレアウィルスに感染した人間が、長時間人の形を保てるはずがない」

 

 昔見た実験映像で、ガストレアウィルスを投与された実験用のラットはものの数分で異形の産声を上げていた。

 例外は、『呪われた子供たち』だけのはずだ。

 

 台拭きを持ってきた蓮太郎が、俺が倒したコップの後始末をする。俺は、テーブルについた袖部分が麦茶で濡れていることにいまになって気付いた。

 

「あ……悪い」

 

「大丈夫か、紅蓮兄ぃ?」

 

「ああ」

 

「なら、紅蓮兄ぃの意見、聞いていいか?」

 

「んなこと言われたって……参ったな」

 

 愛想笑いを浮かべようとするが、頬は不格好に引き攣っただけだ。

 俺は口元を抑えながら話してみる。何一つ理解できない内容ではあったが、そうすれば何かわかるかもしれない。

 

「あれが臨界点間際のイニシエーターってことはないよな?」

 

「ないと思う。これは専門家(先生)の意見でもある」

 

「そうか……そうだよな。じゃあ、()()()()()()()()()()()() ()()()()()()

 

「どういうことだ? どう見たって……」

 

 蓮太郎はいまいち要領を得ないようで、首を傾げる。

 

「いや、違う、待ってくれ、上手く言葉にできな……いや、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこまで言って気が付く。これは失言だ。蓮太郎の不快感が伝わってくる。

 

「すまない。俺が言いたいことはそんな差別的なことではなくて、俺たちが『呪われた子供たち』だと思っていた彼女たちは、〝人間〟というカテゴライズではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 蓮太郎はテーブルを強く叩いて声を荒げた。

 

「馬鹿馬鹿しい! 彼女たちは俺ともアンタとも変わらない人間だ」

 

「言いたいことはわかる。ただ、全てを知るためにはアプローチを変える必要があるだろ。これまで多種多様なガストレアを研究してきたが、未だにモデル・ヒューマンのガストレアは発見されていない。そもそもそこまで知能の高いガストレアが存在すれば、とっくの昔に人類は全滅しているはずだ」

 

「でも!」

 

「落ち着け。俺だって混乱しているんだ。冷静になってから考え直せば、的外れな発言をしている可能性だってある。でももし、彼女たちがモデル・ヒューマンのガストレアなのだとすれば──」

 

 俺は目を瞑って背中の翼を意識する。そうだ、昔からセラフの進化とガストレアの進化には近いものを感じていたのだ。

 

「ガストレアウィルスは、はっきり言って異常だ。通常の進化は、代を重ねるごとに少しずつ遺伝子のエラーを重ねて起こる物だろう? だがガストレアは、侵食率五十パーセントを越えた段階で人間の形を留められなくなり、形象崩壊を起こす。その過程で、その因子が本来持たない、オリジナルの能力を有することも多々ある」

 

『蛭子影胤テロ事件』の際に『七星の遺産』を取り込んだモデル・スパイダーのガストレアは、民警から逃れるために、蜘蛛の巣をハンググライダー状に編んで空を飛んでいたという。いま現在地球上でそのような習性を持つ蜘蛛は発見されていない。

 

「つまり、ガストレアの進化には、少なくない意思の力が介在するのだと思う」

 

「意思の力?」

 

「ああ、つまり、『呪われた子供たち』がステージⅠガストレアで、臨界点の突破=進化というのなら、彼女たちもある程度、自らの意思で変化を起こせるんじゃないのか?」

 

 蓮太郎の細められていた目が大きく見開いた。

 

「実際、とある組織は『バラニウムが効かないガストレア』を完成させていた。研究を進めて、彼女たちにこのことを十分理解させたうえで能動的に形象崩壊を起こせれば、可能性はあるんじゃないかな」

 

 ──セラフと同じように。

 言外にそうほのめかす。

 

「変化は自分で選べる……つまり、モデル・ヒューマンという枠組みから外れすぎないようにできればッ」

 

「ああ、彼女たちはいまよりずっと長生きできるかもな。このこと、一応菫先生に伝えておいてくれ」

 

 話し終えて、蓮太郎が使い終えたコップを流し台に運んでいくのを眺めながら、大きく息を吐いた。

 理解不能な機密情報に、東京エリアの闇。五翔会だってクズの集まりだ。もう何を信じたらいいのかわからない。

 そんな足元がおぼつかない状況にあっても、ガストレア研究の第一人者(菫先生)でさえも知らない、セラフの研究が進んでいるいまなら、〝もしかしたら〟という希望は捨てきれなかった。

 

 その時、薄く展開していたリンク能力が悲鳴を捉えた。

 声はまだ幼い女の子のものだ。

 

 俺はすぐに立ち上がり、蓮太郎に声をかける。

 

「蓮太郎、急いで来てくれ。近くで『呪われた子供たち』の少女がリンチに合っている」

 

 

 




今のところ生存フラグ(社会的な死を含む)立ってるキャラ
夏世(わかる)
翠(わかる)
彰磨(わかる)
将監(まあわかる)
和光(まあわかる)
保脇卓人(??????)


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復讐するは我にあり

モデル・ロリのガストレア、紅銀紅葉です。

エタりそうだったから紅蓮闇落ちルートをやめてネタに走ります。

没ネタはあとがきに書いておきます。


「待て!」

 

 体当たりするように部屋を出ようとした蓮太郎を止める。

 

 〝近く〟といっても、勾田町内での事件ではない。向かうには電車に乗る必要がある。

 しかし、変身してもいないのに、そんな長距離から〝声〟が届いたということは、それだけ少女が死に瀕した状態ということになる。生への渇望が強ければ強いほど〝声〟は大きくなるため、今回の大きさから考えて、そんなに悠長にしている暇もない。

 

「──ああもう、仕方ねえなッ」

 

 俺は覚悟を決めると同時にシャツを脱ぎ捨てた。

 

「みんなには内緒だよ」

 

「えっ」

 

 蓮太郎は尻を隠した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 生温い風が頬を叩き、風圧に抗いながら目を開けると、そこはもう空中だった。

 

「う、おお……」

 

 蓮太郎からそんな呻き声が漏れるのも無理はない。蓮太郎はいま、紅蓮に抱きかかえられるようにして空を飛んでいる。

 眼下に広がる見慣れた住宅街はあっという間に過ぎ去っていて、たしかに電車を使うよりずっと速く目的地に着きそうだ。

 

 蓮太郎はもう一度薄目を開けて紅蓮の姿を見た。

 バラニウムにも似た漆黒のボディースーツに、まるで物語に出てくる悪魔のような翼。

 これが紅蓮が言っていた生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)の覚醒した姿なのだろうか。『強化人間』の範疇に収まるのかはさておき、後で詳しく問いただす必要があるだろう。

 不安を誤魔化すように、蓮太郎は悪態をついた。

 

「高いとこ、苦手じゃなかったのかよ」

 

「いや~、変身してなければ怖いけどな。でもほら、ハンドル握ると性格変わるやついるじゃん。こんな感じに──」

 

「いや、それちょっと違──」

 

 途端に蓮太郎に掛かる負荷が強くなったかと思うと、それまで周囲のビルの少し上を飛行していた紅蓮が高度を下げていた。

 

「おい、アンタまさか……待て待て待てやめろ紅蓮兄ぃッ」

 

「スレスレ飛行、いっきまーす」

 

 紅蓮に安全運転という概念はなかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 物陰に着陸するとすぐに服を着る。

 避難が始まって外出する人も減ってはいるが、地上で見られて騒ぎになるのはまず間違いない。

 

 俺が現場を教えるまでもなく、すでに蓮太郎は駆けだしていた。思えばティナちゃんが蓮太郎と共に『片桐民間警備会社』の片桐兄妹をスカウトにいった際、近くに『呪われた子供たち』の物乞いがいたと話していた。たしか彼らの事務所もこのあたりだったはずだ。

 片桐兄妹は『こいつら序列高いくせになんでそんなにお金ないの?』ランキング(同業者の中で勝手にささやかれているランキング)トップ3に入る猛者(?)なので、事務所の場所くらいは知っている。ちなみに一位は里見ペア。

 

 現に蓮太郎が目指す方角は間違っておらず、俺は無言で後に続いた。

 やがて五差路に差し掛かり、歩道橋の上に人だかりができているのが視認できた。

 駆け上がって視界が開けると、蓮太郎は怒声を上げた。

 

「なにやってんだ!」

 

 うつぶせに倒れたケープの少女の周りに、八人の大人が群がっている。付近にはゴザと小銭を入れるための鉄鉢が見えるので、蓮太郎の様子も含めてティナちゃんが言っていた〝盲目の少女〟とは彼女で間違いないだろう。

 

 少女に駆け寄ると、意識を失っているようで反応がない。顔を覗き込むと、頬の肉が大きく抉られている。それでも彼女の顔には微笑みが張り付いていて、胸が苦しくなる。咄嗟に顔を庇ったのだろうか、両腕の切り傷も酷い。執拗に顔を狙われたのがわかる傷ばかりだった。

 

「クソッ、気色悪ぃガキだな!」

 

 がなる年配の男の手元には、血の滴るバラニウム製のナイフ。『呪われた子供たち』を傷つけるためのもので間違いない。俺はすぐに蓮太郎と男の間に割って入った。

 集団のうちひとりが憤怒の表情で一歩踏み出す。俺は男の腕を捻るとそのまま腕を釣り込んで足を払う。

 

 ──天童式合気術一の型六番。

 

「『六根玉兎山人(ろっこんぎょくとさんじん)』ッ」

 

 地面に叩きつけられた男が潰されたカエルのような音を漏らした。一般人相手なので加減はしたが、しばらくは立ち上がれまい。

 周囲の緊張が高まり、蓮太郎が意外そうな顔で俺を見る。

 なんだよ、俺だって木更にボコられる前に習った技なら覚えてんだよ悪ぃか。

 

「傷の治りが遅い。止血頼む」

 

「紅蓮兄ぃは?」

 

「ちょっとお話」

 

 男たちを睨む。

 

「どけ! そいつは何食わぬ顔で俺たちに混じって、スキを見て人間を襲ってるんだぞ。ガストレアよりタチが悪い!」

 

「なにそれ自己紹介? 僕は巳継悠河、よろしくね」

 

 スキを見て幼女襲ってるオッサンが何を言っているんだ。

 俺にまるでゴミを見るような目を向けてくる男たちにゆったりと、喧嘩を売るようにダラダラとした口調で尋ねる。

 

「で、オジサン。そんな怒ってどうしたの」

 

「どうしたもこうしたもない! こいつらは危険だ、東京エリアから駆除しなきゃいけないんだッ!」

 

 男の言に周囲はヒートアップして賛同する。

 

「こいつらは東京エリアのゴミだ」「赤目は死ね!」「気色悪ぃガキが、俺の家族を皆殺しにしやがって」「東京エリアに足を踏み入れるな!」

 

 話の通じない相手との会話──ではない。多分ひとりひとり根気よく聞きだせば、落ち着いて話せる普通の人たちなのだと思う。

 蓮太郎や保脇でさえ、根気よく『呪われた子供たち』と関わっていけば、考えを変えることはできたのだ。この人たちだっていつかは分かり合えるはずだ。問題は時間と人数。そして東京エリア滅亡が現実味を帯びてきた恐怖と、そんな不満をぶつけてしまえる社会的弱者がここにひとり。こればかりは、俺一人ではどうしようもない。

 

 彼らが過去に経験した地獄を思えば、気持ちはわかる。

 ある日突然大切な人を失うと、それがたとえ事故だったとしても、『誰かに殺されたのではないか』などと行き場のない絶望を何かに向けてしまうのだ。自分たちでは全く敵わない化け物と比べたら、たしかに復讐心を向けるには都合がいい。

 

 まあ、それを見て黙っていられるほど俺も大人ではないのだが。

 俺は背中から利き手にかけて薄く翼を伸ばし、刀剣状にする。

 

 天童式抜刀術一の型六番──

 

「『彌陀永垂剣(みだえいすいけん)』」

 

 ヒィン、という音と共に、無数の斬線が空中に飛び散り、遅れて男たちが後ずさる。

 

「民警だ。次は斬るぞ」

 

 一般人には携帯が許可されない、殺傷力の高い武器を見せられ、意気が萎えた男たち。俺は蓮太郎の肩を叩くと少女を抱きかかえた。

 

「蓮太郎、いくぞ」

 

 俺がスタスタと歩き出すと、蓮太郎は俺と男たちを交互に見てから後を追う。

 俺たちが階段の前まで来たところで、さきほどナイフを持っていた男が吐き捨てるように呟いた。

 

「やっぱりアンタらが守ってるのは、そいつらガキ共なんだな」

 

 背中に暴漢たちの粘つく視線を感じながら階段を降りる。

 そして──

 

「馬ァ鹿が! なにカッコつけて悪者ぶってんだ! 社会的に死ねッ」

 

「え?」

 

 突如、背後からヒィンという聞き覚えのある斬撃音が響き、束の間、世界が静まり返った。

 次の瞬間、けたたましい悲鳴が聞こえてきた。

 蓮太郎は顔を青くしてゆっくりと振り返る。ソレを見て、蓮太郎の総身が強張るのがわかった。

 

 そこには総勢八人の男たちの、一糸纏わぬ姿があった。

 

 足元にはスッパリと斬られた衣服が散乱しており、男たちは風に流されていく服を必死になって追っていた。

 俺は笑いを堪えながらその場から逃げ出した。

 

「僕の名前は巳継悠河でゲスwww額狩高校二年巳継悠河をよろしくお願いするでゲスwww」

 

 

 

 ■

 

 

 

 少女を菫先生のもとで治療した後、蓮太郎が彼女を住処に送り届ける役を買って出たため、俺は先にテントに戻った。代わりに蓮太郎の荷物は俺が持って帰っている。

 蓮太郎のアジュバントのメンバーと自己紹介を交わし終えるのと時を同じくして、女性陣が帰ってきたので、延珠ちゃんに着替えの入ったバッグを渡してその場を後にした。

 

 テントに戻る途中、暴漢たちの粘つく視線が頭を過った。

 

『やっぱりアンタらが守ってるのは、そいつらガキ共なんだな』

 

 あの場では有耶無耶にしたが、決して無視できない国民の不満。

 なぜ、怖がられるのか。東京エリアを守っているのに、なぜ投げられるのは侮蔑と恐怖の視線ばかりなのだろうか。

 いまこそ国民が一丸となって国を守る必要があるというのに、俺たちにとっては中も外も敵だらけではないか。

 

 差別はなくならない。ガストレアが人を殺す存在である限り、『呪われた子供たち』も人殺しとしか見られない。

 それでも彼女たちにはアルデバランを倒すことが期待される。

 この戦争に勝って、東京エリアが救われれば、何人かの人間が『呪われた子供たち』に向ける目を変えてくれるだろうか。憎しみを捨てて、共に戦ってくれるだろうか。

 好きでもない神に縋りたくなるくらい、先は見えない。

 

復讐するは我にあり(あとは主にお任せします)──ってか。少しばかりの復讐心(嫌がらせ)は、多めに見てもらえると助かるなぁ」

 

 白化したモノリスを眺めながら、溜まった淀みを吐き出した。

 

 

 

 




紅蓮闇落ちルートですが、今回の事件のあと、青空教室の子供が傷害事件(ほぼ正当防衛)起こします。結果その一人だけ集団リンチで殺害されます。紅蓮がコネ総動員で暴漢たちを皆殺しにします。悲しいねっていう話から紅蓮を苛め抜く予定でした。ごめんね。いいよ。
オリキャラはサンドバックじゃねぇ。

あと作者は感想と高評価が貰えないとすぐにガストレアになっちゃうので定期的に構ってくださると幸いです。




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カッコよく技名を叫ばせたくて書き始めたって言っても誰も信じてくれない。

高評価やお気に入り、感想ありがとうございます。
UAも伸びて、日間ランキングに入る機会が増えました。ガストレアにならないよう、更新頑張ります。


 紅蓮が何やら神妙な顔つきで帰ってきた日の深夜。

 夏世は里津に呼び出されていた。

 

 いまの夏世は少々機嫌が悪い。

 慣れない学校から帰ってきて、お世辞にも寝心地が良いとは言えない寝袋で、ようやく眠れたところで起こされたのだ。誰だって怒るだろう。

 それに、道を先導する里津との仲は最悪だ。

 反逆的な人間であると見られたいのか、小学生には似つかわしくないパンクロッカーのようなファッションは全く趣味が合わないし、性格や態度も自分とは正反対。

 そのくせ紅蓮相手には分かりやすく少女然とした態度をとるのがたまらなく不快だった。

 いや、決して自分が嫉妬しているとかではなくて。誰が聞いているわけでもないのに内心否定して首を振る。

 

「里津さん、いったいどこまで行くんですか」

 

 返事はない。もしや自分はこれから始末されるのではないか。これが延珠さんが言っていた修羅場というやつか。以前里見家にて起こったという、木更と未織の修羅場(?)は、じゃれ合い以上殺し合い未満というところまで発展したそうだ。

 里津はいつも携帯している曲刀(カトラス)を持って来ていないようだが、それは夏世も同じで拳銃一つを携帯しているのみ。この程度の装備で、序列元五百五十位(格上)と渡り合えるはずもない。何より彼女は自分と違ってパワータイプのイニシエーターだ。

 そこまで考えてくだらない妄想だなと思考を中断させる。テントを出た段階で紅蓮からの制止が無かったのだ。彼女がその気なら、二人だけで外出などさせないだろう。まあ、こんな夜更けに女児二人の外出を許している時点で保護者失格なのだが。

 

 やがて里津が歩みを止めると、そこは少し小高い丘になっていた。誰かが近付いてくればすぐにわかる場所だ。それだけ聞かれたくない話ということなのか。

 

「ここまでくればアイツにも聞かれないでしょ。盗み聞くつもりがなければの話だけど」

 

 ようやく声を発した里津は何故か盗聴を気にしているようだった。夏世は首を傾げる。

 

「あの、里津さん」

 

「アンタさ、アイツから何か聞いてないの?」

 

 遮られる。一々癇に障る態度をとってくる少女だ。夏世はなるべく相手を刺激しないよう、小さく深呼吸した。

 

「何か、とは?」

 

「帰って来てからずっと様子おかしいじゃん。一緒に学校行ってたんでしょ」

 

「いえ、紅蓮さんは里見さんと共に出かけていました。私たちとは別行動でしたよ。聞いてませんか?」

 

 我慢したつもりが、少し挑発してしまった。らしくもない、気を付けよう。

 

「じゃあ何も知らないってこと? イニシエーターなのに?」

 

「まあ、そうですけど……」

 

 思いもよらぬカウンター。完全に自業自得のため顔には出さない。

 

「気になるなら直接聞いてみては?」

 

「それ本気で言ってる?」

 

 夏世としては純粋な疑問だったのだが、里津には気に入らないものだったらしい。目は細められていて、明らかに不快そうだ。

 里津と紅蓮がペアを組んでいたことは知っていたが、彼らが序列を剝奪される経緯までは知らなかった。

 様子を見ている限り、(残念なことに)仲が悪いようには見えないし、紅蓮の人柄的に、序列剝奪処分を受けるほどの罪を犯すとは考えにくい。

 考え込んでいるうちに里津は気持ちを切り替えたらしい。普段のこちらを見下すような表情に戻った後、真剣な表情となる。普段とのギャップに、夏世は少なくない動揺を見せた。

 

「アタシさー」

 

「え、あ、はい? なんでしょう?」

 

「ねえ、聞く気あんの?」

 

 訂正。こちらを見下している事実は変わらない。

 

「アイツ、さっき帰ってきたとき、アタシが序列剝奪されたときと同じ顔してたんだ」

 

 モノリスを眺めながらどこか寂し気に話す里津。図らずもそれは、夏世が知りたいことに繋がる話題だった。

 

「アタシが人を──民警でも何でもない、普通の一般人を殺したときと同じ顔をさ」

 

「え……?」

 

 咄嗟に言葉が出ず、場に静寂が訪れる。

 遠くから民警たちのカウントダウンだけが、やけに大きく聞こえてきた。

 

 ──モノリス崩壊まで、残り一日。

 

 

 

 ■

 

 

 

 夏世と里津がテントから出ていくのを見送って、俺は素早く出かける準備に取り掛かる。

 不良娘を放置するのは、保護者としてどうなのかとも思うが、二人のことはティナちゃんと王監さんに任せておけば問題ないだろう。いまは何よりも優先すべきことがある。

 

 起きているメンバーに一言告げてテントを出ると、足早に物陰に隠れた。

 身に纏うもの全てを脱ぎ捨てバッグに詰めると、翼を全身に巡らせた。影胤戦の頃は翼の量が少なく、シースルーというか全身タイツのコスプレ感が否めなかったが、いまでは外骨格(エクサスケルトン)のような頑強な見た目だ。

 

 慌ただしく支度を済ませると、時刻は既に零時を回っていた。

 モノリス倒壊までの、最後の一日。そんな日くらいゆっくりさせてほしい。

 

 翼を広げて飛び立つと、俺は三十九区を目指した。

 

 

 

 ■

 

 

 

 いつも俺たちが青空教室として使っている場所に息を潜めること数時間。繋ぐ者(リンカー)能力を通して、数人の男たちが近付いてきたのがわかる。

 この辺りに住宅地は無いため、何か目的を持って訪れたことは間違いない。そうでなくとも、適当にリンクした男からはナイフのような感触が伝わってきているため、歓迎される団体ではない。

 

 俺は翼を身体に巻き付けるように畳んで外套状にし、顔周りもマスクのように翼で覆った。研究施設にいた頃、仲間のセラフたちが狭い通路を通る際にしていた姿を模したもの。俺は彼らを『子泣き爺みてえ』と馬鹿にしていたが、夜目の効かない一般人なら『子泣き爺のコスプレ』くらいに勘違いしてくれそうだ。

 

 辺りを探る男たちの前に姿を現すと、一斉に敵意剥き出しの視線が集まった。

 総勢五人。比較的若い者が多い中、一名中年の男が混じっている。暗くてよく見えないが、リンクしてすぐに気が付いた。昨日、歩道橋で盲目の少女を襲っていた男だ。

 

「誰だ、お前は」

 

 向こうは俺に気付いていない。しかし警戒しているのは確かだった。これから彼らが行おうとしていることは、きっとロクでもないことなのだろう。

 

「アンタたちこそ何者だ、さっさと帰れ」

 

 忠告したつもりが、俺が敵対者であることを理解したのだろう、男たちはあろうことか拳銃を取り出していた。五名中四名は、立ち方や筋肉の付き方から戦闘経験があるとは考えにくい。しかし一人は民警なのだろうか、バラニウム製らしき斧槍(ハルバード)を構えていた。そうか、彼らの武器を揃えたのはコイツか。

 

「お前、ここが『赤目』の住処だってこと、知ってんだろ。ガストレア化する危険性に加え、人間を襲っているんだぞ。東京エリアから駆除しなければ、被害者が増えるだけだ」

 

 やはり彼らは、『呪われた子供たち』を害するために集まったのだろう。昨日の嫌な予感は的中したわけだ。

 

「『呪われた子供たち』が事件を起こすケースなんて、たかが知れてるだろ。窃盗はともかく、直接的に人を襲うケースなんて、最近じゃほとんど起きていない。

 つまるところ、アンタたちは怖いんだ。現在の東京エリアは無法地帯みたいになってしまって、犯罪率も上がっている。いつ子供たちが優位に立とうと暴走するかわからない。これまで虐げてきた子供たちに、いつ牙を向けられるかわからない。アンタたちに正義なんてものはない」

 

「黙れッ」

 

 中年の男が怒鳴ると、全員が戦闘態勢に入った。一般人がそう簡単に発砲するとは考えにくい。警戒すべきは斧槍の男。二メートルを超えるその武器は、穂先に斧頭、反対側に刺突用の突起が付いている。その重量から繰り出される攻撃は、ステージⅡガストレアの外殻程度なら容易く破壊するだろう。

 

 天童流を使って身元が割れるのは避けたいので、身体を前方に倒れこませるようにして速攻を仕掛ける。外骨格()を筋肉の代わりにして踏み込むと、相手が反応する暇もなく意識を刈り取った。想定よりも大分弱い。

 そのとき咄嗟に中年の男が発砲したが、無防備な頭部ではなく、厳重に翼で覆われた胴体に向けられていたため効果なし。発砲の衝撃か俺への恐怖か、男は拳銃を落としてその場にへたり込む。

 続けて他三名からも武器を取り上げて無力化した。

 

「民警だ。大人しくしろ」

 

 縛り上げながら冷たく言い放つ。男たちの表情は、絶望に染まっている。

 

「離せッ、離せぇ! ガストレアは殺さなくちゃいけないんだ!」

 

 暴れる中年の男。涙を流しながら女性の名を叫んでいる。妻か娘かわからないが、きっとガストレアに殺されてしまったのだろう。

 だからといって、『呪われた子供たち』を襲っていい理由にはならない。同情的に思ってしまう自分は、彼らへの真っ黒い憎悪が上書きしてしまう。

 

「──ッ。黙れ、アンタが殺すべき相手はガストレアだ。復讐が望みなら民警になればよかったんだ。大人(ガストレア)には敵わないからって、何の罪もない子供を狙うかよ、ダッセェ」

 

「お前ッ、お前に人の心はないのかッ? 我々の絶望が何故わからない⁉」

 

「わかってたまるかクソ野郎。彼女たちは人間だ。俺とも、アンタとも変わらない」

 

「──人間? あんな化物が、人間だとッ?」

 

 男は狂ったように笑い、激しく唾を飛ばす。

 

「何が可笑しい」

 

「俺はつい昨日、赤目を殺そうとした。アイツ、何度刺されても、顔の肉を抉られても、ずっと笑ってやがったんだ。言動も、顔も、髪も、瞳も、声も、力も──化け物としか思えないじゃないか……」

 

「…………」

 

「どうせ東京エリアはお終いだ。俺たちはシェルター当選表も貰えなかった。なら一匹でも多くの害虫を駆除して国の役に立って、死んだ妻に会いに行くんだ」

 

 取り付く島もない。

 警察は呼んだ。しかし大した罪にはならないのだろう。この様子なら、いつか本当に、『呪われた子供たち』を殺してしまう。

 クソッ。思わず舌打ちして、俺は男の胸倉を掴んでいた。

 

「聞け、オッサン。アンタたちもだ」

 

 俺は黙りこんでいる若い男たちを睨みつけた。

 

「『呪われた子供たち』の大半の行動は至ってシンプルなものだ。生き抜くこと。それ以上を望む奴だって、イニシエーターになって稼ぎを得ている。

 普通の『無垢の世代』と比べて、東京エリアの『呪われた子供たち』は、極めて理性的な子供が多いと思うぜ。少なくとも、感情に任せて人を傷つける子は少ない。当然だよな、教育さえ行き届いていれば彼女たちの中身は、ごく普通の女の子なんだから。

 彼女たちは、団結して都市部や居住区を襲撃することはなかった。まだ幼いから、知能が低いから、自分の境遇を理解できていないから。色々理由はあると思う。でもそれだけじゃない。〝普通〟に生きたいからだ。アンタたちみたいな一般人との、共生を望んでいるからだ。

 勿論、アンタたちが恐怖したように、もう少し大きくなったら、反社会的勢力に成り得る可能性は大いにある。

 でも、彼女たちをそうさせたのは──間違いなく大人(俺たち)だ。『奪われた世代』? 笑わせんなよ。

 奪ったのは──奪われたのは──果たしてどちらなんだろうな?」

 

 一方的に捲し立てたところで、能力が警察官らしき気配を捉えた。付近まで来ているようだ。

 俺はそそくさと物陰に隠れると、翼を戻して服を着る。変身する機会が増えてから、着替えるのが早くなったような気がする。おっと、一応マスクも付けておこうか。

 警察を迎える準備が整ったため、男たちの元へと戻った。

 

 まだ目を覚まさない民警と、黙りこくる男たち。繋ぐ者の能力(テレパシー)は思いの外強力だ。少なからず、俺の強い怒りの感情は伝わったようだった。

 項垂れる男たちに、もう一度声をかけた。翼をしまっていると感度は低いが、多少の効果はあるだろう。

 

「アンタたちも、そこの民警も、もう諦めてるみたいだけどさ、『呪われた子供たち』も、自衛隊も、俺たち民警も、まだ諦めてないよ。邪魔さえ入らなければ、俺たちは絶対に負けない」

 

 俺は最後にもう一度男たちの表情を確認すると、顔を逸らして、警察の到着を待つ。

 

 ふと、昨日の蓮太郎との問答が脳裏を過った。『呪われた子供たち』は人間なのか。

 

 男たちは言った。『人類を脅かす化け物』だと。

『至天教』は言った『人類とガストレアとのメッセンジャーを務める神の代理人』だと。

 千寿夏世は言った。『私たちは道具だ』と。

 

 里見蓮太郎は言った。『彼女たちは人間だ』と。

 

 ならば俺は蓮太郎を信じよう。

 

 彼女たちが俺たちとの共存を願っている限り。

『奪われた世代』の誰かが彼女たちを『人間』だと言ってくれるように。

 

 俺は全身全霊で、蓮太郎の期待に応えてみせよう。

 決意を新たに、三十二号モノリスの方角に視線を向ける。

 

 ──モノリス崩壊まで、残り数時間。

 

 

 




紅蓮の目的は『家族が暮らしやすい世界』を作ることです。
差別を無くそうとするのも、和光を利用するのも、そんな理由からです。
木更を殺人犯にしないための行動だけではなく、木更に『和光兄さんには利用価値があるんだよ。だから殺さないでね』と思わせることで彼を庇っています。神様転生の経験から『どうせ死後に裁かれるし』という余裕があるのかもしれません。

『呪われた子供たち』の支援も、紅蓮が思い描く『暮らしやすい世界』に差別意識が邪魔だっただけで、子供たちへの同情はあっても、子供たちそのものへの救済意識は薄かったようです。
しかし長い間子供たち(里津含む)と関わることで、彼女たちも守るべき対象に。蓮太郎が延珠と暮らして変わったように、彼もまた成長したのです。

己の欲望に忠実で、欲しいものは何としてでも買ってもらう。
『家族に愛される』チートを利用してクズっぽさクソガキっぽさを出している彼ですが、基本的には優しい子です。
知らない誰かが死ぬのは構わないけど、顔見知りが死ぬのは許せない、普通の人です。ちょっと頭おかしいけど。

そして流されるがままに民警になった彼ですが、なんだかんだ言ってこの仕事を気に入っています。何てったって車の免許証としても使えますからね。


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最近八巻が書店に並んでいる夢ばかりを見るんだ

 警察に事情話してる最中にモノリス崩壊してて草。

 

 

 

 ■

 

 

 

 縦に一.六一八キロメートル、横に一キロメートルもあるモノリスの崩壊音と衝撃は、数キロ離れたこちらまで届いた。伝ってきた激震は建物を大きく揺らし、瞬く間に警察署内はパニック状態に陥った。

 転びそうになりながらも署を飛び出すと、案の定逃げ惑う市民の姿と悲鳴に迎えられる。砂塵が巻き上がり、あちこちにどこからか飛ばされてきた瓦礫や看板が散乱している。

 

「おい、おいおいおい……モノリスの崩壊まであと一日はあるって言ってたじゃねえかよッ?」

 

 声音が震えていることに気付き、奥歯を嚙み締めることで冷静さを取り戻す。

 モノリスが崩壊したということは、アルデバランの軍勢が動き出しているとみて間違いないだろう。一刻も早く現場に向かわなければならない。

 しかしこの非常事態に交通手段は限られている。タクシーは全て三十二号モノリスから遠ざかるように散ってしまったし、電車の運行は絶望的だろう。

 

 俺は署内に引き返すと個室トイレに駆け込んだ。バッグの中には着替えが入っている。司馬重工製──というか司馬未織に直接頼んで用意させたオーダーメイド品だ。

 肩甲骨のあたりから下にかけてファスナーが付いており、服を破かずとも翼を広げられる仕様となっている。

 

 俺は外に出て飛び立つと、スマートフォンを取り出した。指先の翼のみを消してロックを解除、素早く番号を入力する。相手はキャンプにいるであろう木更だ。

 

 ──天童木更は通話中のため応答することができません。

 

 無慈悲にも表示される文字列に眉をひそめる。

 ふ、ふ〜ん? いいよじゃあ蓮太郎に掛けるから。

 

 ──里見蓮太郎は通話中のため応答することができません。

 

 さては通話中だな、オメーら。

 勝手に疎外感を感じていると、今度は着信音が流れた。ふたりの通話が終わったのだろうか。

 ちら、と確認すると相手は夏世だった。

 

「もしもし」

 

『なぜ最初に電話するのが私じゃないんですか?』

 

 …………ごめんね? 

 

 

 

 ■

 

 

 

 前線基地が見えてくると同時に翼を消すと、勢いそのままに着陸。だいぶスピードが出ていたはずだが天童の受け身があれば問題ないっぽいです。ホントなんなの天童。

 多少人目に付くのは覚悟していたのだが、誰もこちらに気が付く気配がない。ここでもパニックかよ使えないな。

 アジュバントメンバーが集う分隊用テントに駆け込むと、既に全員が揃っていた。

 

「紅蓮さん、どうやってここまで?」

 

 通話中おおよその現在地を伝えていたため、夏世は怪訝な顔をしていたが、説明している暇はない。

 

「保脇はッ?」

 

「既に避難しています」

 

 ティナちゃんが答える。

 

「──よし、俺たちも行こう」

 

 

 

 ■

 

 

 

 突発的なモノリスの崩壊。

 それは日本政府の予想よりも一日早く、現場の民警たちを大混乱に陥らせるには十分な事態だったが、『団長』我堂長正の手腕は凄まじいもので、民警軍団は三時間ほどで布陣を完了させていた。『知勇兼備の英傑』の二つ名は伊達じゃないらしい。

 

 千人強からなる民警軍団は、小隊ごとに固まり、横に広がって並んでいた。

 小隊の上には十個単位を統率する中隊長、そのさらに上に我堂さんという構成となっている。

 小隊長である俺の前方にも、我堂さんと似たような(趣味の悪い)外骨格を纏った中隊長の姿が見える。神経質そうな男だ。神経質そうな男とは総じて相性が悪い(和光兄さんとか保脇とか櫃間息子とか)ため不安しかない。というか既に訓練時に何度か対立している。

 嫌だな、いまからでも蓮太郎と同じ隊に移れないものだろうか。

 

 現実逃避気味に空を見上げると、舞い上がった白化モノリス灰でできた分厚い雲があった。

 時刻は午後七時。この時期ならまだ太陽が顔を出していてもおかしくないのだが、これでは戦闘が始まるころには真っ暗闇だろう。

 

「ことごとく悪い方に向かってねえか、これ?」

 

「モノリス倒壊が早まったのも風のせいですしね」

 

 俺が独り言ちると夏世が反応を示す。

 そこでやはりというか突っかかってくる男もいるわけで。

 

「天気ばっか気にしてんじゃねぇよ、気象予報士かテメエらは」

 

「うっせえ絡むな御天気屋」

 

「誰が御天気屋だッ⁉」

 

 将監本当にウザイ。里津だけ残して別行動してくれないかな。

 王監さ~んと助けを求めると、覆面マスクの大男は呆れた様子で説教タイムに入った。これでしばらくは大人しくしているだろう。

 

「ガストレアが現れたぞッ」

 

 部隊の誰かが声を上げる。

 瞬時に場の空気が張り詰めて、殺気立った。

 

 視線の先にはアルデバランの軍勢。

 ついに、倒壊したモノリスを迂回して、モノリス内に侵入してきたのだ。

 

 次の瞬間、砲火は上がった。

 

 自衛隊の遠距離武器の数々が火を噴き、ガストレアに殺到していくのが見える。

 噴き上がる火焔を眺めていると、十年前の大戦を想起させる。大戦中は天童の屋敷に籠っていたため直接目にしてはいないのだが、当時の映像をモザイク修正無しで視聴したことがある。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても湧き出るガストレアの軍勢に気圧されそうになりながらも、俺たちは自衛隊の勝利を願っていた。

 

「それにしても、煙いな」

 

 ゴソゴソと腰に提げたポーチを漁ると、中から防塵マスクとゴーグルを取り出した。

 

「なんでそんなもの持ってきてるんですか」

 

「喘息なんだよ」

 

 ふしゅこー……久々に着けたなコレ。

 

「わざわざ買ってきたんですか?」

 

「いや、大学の実習で使ってたやつ。ちなみに防毒マスクもあるぞ」

 

「邪魔……」

 

「映画のガスマスク着けて刀を振るうシーンにロマンを感じるんだよな」

 

「聞いてませんよ」

 

 イニシエーターズには不評だった。えー、カッコいいじゃん。昔、怪獣映画かなんかで観たんだよな。砲弾持ってこなきゃ勝てなさそうな怪獣の映画。

 あの手のガストレアを想起させる映画が放送されることはほぼ皆無なため、たしか菫先生の研究室で観たのだったか。

 

 ──こうして気を紛らわすことで、俺は絶え間なく襲う頭痛に耐えていた。

 

 戦闘が始まる前はまだ痛みはなかった。民警たちの緊張と不安程度では、繋ぐ者(リンカー)能力を発動していても大した影響は受けない。

 しかし自衛隊から絶えず聴こえてくる断末魔は、俺の精神をゴリゴリと削っていく。

 

 そのまま五時間が経過し、時刻は午前零時を指す。

 

 ──支援要請はまだ来ないのかよッ。

 

 街頭一つない外周区。空は白化モノリス灰に覆われ月明りもない。

 戦闘の様子を窺うことは出来ず、断続的に響く轟音だけが自衛隊の安否を証明していた。

 しかし五時間前と比べて〝声〟の数は激減、戦況は絶望的だ。

 

 自衛隊は何を考えている。武勲だとか、プライドだとか、そんなくだらないものは早く捨ててしまえ。

 

 それからまた数時間が経過した頃。徐々に銃火が小さくなっていき、ガストレアの声も小さくなっていく。

 戦闘の終わりを察して、民警たちの間に動揺が広がった。

 

「自衛隊の勝利……でしょうか……?」

 

 ティナちゃんが震える声で呟いた。

 

「常識的に考えれば、自衛隊の勝利でしょう」

 

 夏世が答える。

 たしかにそうだろう。統率もクソもないガストレアが、物音を立てずにいるというのはあり得ない。

 しかし、これは──

 

「お前ら、戦闘用意はしっかりな」

 

 短く指示してその場を離れる。

 久留米リカの番号をタップすると、一コールで胸焼けするほど甘ったるい声が聞こえてきた。

 

『はい、こちらハミングバード』

 

「こちら()()()()()()()()。そちらから自衛隊の様子は確認できるか?」

 

『ああ、それなら──』

 

「誰か来ますッ」

 

 弾かれるように顔を上げる。リカの声を遮るように叫んだティナちゃんが暗闇を指さしていた。

 

 見えるのか、と疑問に思うも、それはすぐさま氷解した。ティナちゃんはモデル・オウルのイニシエーターだ。梟の瞳は僅かな光量を増幅するのだったか。

 軽く能力を熾すも誰も引っ掛からない。何かがおかしいと思いながらもティナちゃんの五感とリンクさせることでようやく人影を捉えることができた。

 一人や二人じゃない。横一列になって五十人ほど。迷彩服の人影がフラフラと歩いていた。

 

 民警たちの緊張が緩むのを感じながらも、俺の心臓は早鐘を打ち、脳と翼は警鐘を鳴らし続ける。

 

 ──嗚呼、クソ。ここまで来ればもうわかる。

 

 こちらの状況を知ってか知らずか、リカが紡ぐのと俺が叫ぶのは同時だった。

 

『全滅よ』

 

無指向性・繋ぐ者(リンカー)開放──ッ

 

構えろおおおおッ! そいつらはガストレアだああああッ!

 

 能力に乗せた咆哮が伝播して、民警たちの緊張が即座に高まった。

 

 次の瞬間、一斉に隊員の体が内から弾ける。

 サソリ型のガストレアだ。

 

 大きく跳躍したガストレアを後衛組が油断なく撃ち落としていく。撃ち漏らしにトドメを刺すころには照明弾が打ち上げられて夜の闇を払っていた。

 そうして──

 

 ──三キロ先の無数の真っ赤な双眸と目が合った。

 

 事前に知らされていた二千体の倍以上のガストレア軍。

 消失した自衛隊の転職先は、容易に想像できた。

 

 

 




お久しぶりです。
週一ペースの更新を心がけたい。

高評価や感想を糧に書いているので、貰えるともっと書くかもしれない。


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序列元五百五十位のアタシにかかればサブタイトルのネタ切れだって解決だね

蓮太郎が足の臭いを気にして、脱いだ靴下を摘んで臭いを嗅ぐ絵と、保脇がキメ顔でマイクロビキニ着てる絵が見たいのだけど、誰も描いていない。

あと何がとは言わないけど焔火扇です。


 十年前、ガストレアの侵略から東京エリアを守り抜いた英雄たちの敗北。

 その絶望は計り知れず、民警たちは本来の実力を発揮できずにいた。

 

 軍勢(レギオン)の先頭を固めるは甲殻類や甲虫類型のガストレア。

 団長の合図を機に一斉射撃するもビクともせず、戦闘不能となってもおかしくないダメージを与えているというのに進行は止まらない。民警軍団のパニックは加速する。

 何かがおかしいとまごついている間に、ガストレア軍との距離は約二百メートル。近接戦闘を余儀なくされ、小銃部隊と近接部隊が入れ替わった。

 

 その様子を見て、紅蓮は首を傾げていた。

 

「なーんか既視感あるんだよな」

 

 乱れのない統率の取れた動きに自衛隊の壊滅要因の一つを察するも、違和感の所在はそこではない。

 まるで痛みを知らないかのように迫ってくるガストレアたち。

 そうだ、これではまるで──

 

「距離、百メートル! 紅蓮さんッ」

 

 夏世の大声に、ハっと現実に引き戻される。ともかく、いまは別に考えるべきことがある。

 迫りくる大群から目を離し、背後の仲間たちを振り返った。

 

「……俺の予想では、ガストレア軍の数は三千五百から四千ほどだ」

 

 気の利いた言葉など欠片も持ち合わせてはいない。自分には自分なりのやり方があって、幸いなことにそのやり方はこのアジュバントメンバーの最適解だ。

 

「対する俺たち民警軍団は千人強」

 

 一部、紅蓮の考えに適していない数名が暗い顔をする。

 

「つまりひとり四体討伐で依頼達成だ」

 

「小学生ですか?」

 

 途端に残念な生き物を見るような目を向けてくる幼女三人を無視。やれやれ、大人を見習ってもらいたい。伊熊兄弟はたしかにと納得している。

 紅蓮は大きく息を吸って──〝声〟を届けた。

 

──問題ない。俺たちなら力を合わせれば絶対に倒せる

 

──奴らを、殺せ。

 

 妙に説得力のある雰囲気に、メンバー全員が息を飲んだ。

 

 そしてついに民警部隊が、ガストレアの前線と正面からぶつかった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 前線基地テントよりもさらに後方、民警軍団の背にある森に、悠河はいた。

 彼の目的──グリューネワルトから言い渡された主な任務は、組織から支給された機械を使っての天童紅蓮の監視と、脳波の記録だった。

 

「ダークストーカー、いまハミングバードから報告があったのだが……」

 

 付近で待機していたはずの十五が姿を現す。悠河はパソコン画面から目を離し、苛立ち露に十五を睨んだ。

 

「邪魔しないでいただけますか、ソードテール。あなた方と違って、僕には教授から賜った大事な仕事があるんです」

 

 十五のことを露骨に見下した発言。思わず言い返しそうになるが、悠河はグリューネワルトのお気に入りで四枚羽。対して自分はどうかというと、末端も末端の二枚羽。逆らっていい相手ではない。

 内心『こんな若造に』と歯噛みしながらも、彼の機嫌を損ねないよう注意を払う。十五は組織に忠実な男だった。

 

「教授の見立てでは、天童紅蓮()の『第二特化能力(セカンドアビリティ)』は『扇動者(アジテーター)』だったのですが……どうやら違うようだな

 

 その呟きに、十五は疑問符を浮かべた。

 たしかに天童紅蓮は第二特化能力に覚醒、あるいは覚醒しかかっているのではないかと言われていた。しかし悠河が言ったそれは、聞き覚えのない能力だった。

 

「『扇動者(アジテーター)』? 組織が欲しているのは『先導者(ベルウェザー)』だろう? そんな能力聞いたこともないが」

 

「ああ、同じ指揮系ではありますけど、一応別種ですよ。『先導者(ベルウェザー)』の特徴はセラフに対する支配能力ですが、『扇動者(アジテーター)』にそこまでの強制力はありません。簡単に言うと……()()()()()

 

 興奮交じりに話す悠河に、十五は眉をひそめた。

 

「それは強いのか?」

 

「セラフ間では結構なチート能力みたいですよ。指揮系特化は大概逸脱したカリスマがありますけど、『繋ぐ者(リンカー)』との組み合わせはそれ以上の使い道ができる。脳波のブロック手段を持つセラフならともかく、抗う術を持たない人間風情が、頭の中に直接流れ込んでくる〝声〟に耐えられるはずもない」

 

 そこまで聞いて、ようやく納得する。

 組織が『先導者(ベルウェザー)』を欲するのは、人間とのリンク能力を可能とする『繋ぐ者(リンカー)』の存在故だ。この組み合わせなら世界を支配することだって可能。従順でもない天童紅蓮が組織で高い位を与えられているのは、そういった理由からなのだろう。

 そんな夢のような能力の代替となり得る能力に覚醒しているかもしれない、そうなれば組織は必ず動く。

 

「だが違った。彼は裏表のない純粋な言葉を器用に伝えているだけで、人を動かしている。ほら、さっきの観測データ。a波はそこまで高くないでしょう?」

 

 パソコン画面を見せられた十五だったが、彼はそちらの知識は皆無だった。

 

「よくわからんが、それなら肉体強化系なんじゃないのか」

 

「いや、彼の特化方面は〝セラフ間のリンク能力の派生〟。そう極端に変わることは無いと思うのですが……」

 

 口元に手を当てて考え込む素振りを見せてから、悠河は顔を上げた。一旦考えることをやめたらしい。

 

「そういえばソードテール。さきほどハミングバードの報告がどうとか言っていましたよね、それはどうなったんです?」

 

「む、そうだったな」

 

 十五はようやく話せることに解放感を覚えつつ答えた。

 

()()()()()()()()()()()──里見蓮太郎のアジュバントが、飛行ガストレアによる奇襲を知って此方に向かっているようだ」

 

「……は?」

 

 直後聞こえてくる落下音と、大型の獣の気配。

 固まった悠河を見て、十五の溜飲は多少下がった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 リカからの報告で現状を把握する。

 上空からの奇襲ガストレアにいち早く気付いた蓮太郎アジュバントが現場を離れて討伐に向かったらしい。一アジュバントが丸々抜けたことで、蓮太郎の所属部隊は崩壊。

 結果こちらにまでしわ寄せが来ていた。

 

 組織だった陣形は崩壊し、戦場は民警キャンプ地まで押しやられている。

 あちらこちらで叫声が上がり、敵味方綯い交ぜの乱戦になっている。

 

 蓮太郎たちが討伐に間に合わなければ、民警軍団は挟み撃ちにされ全滅していただろうが、それを知らない連中からしてみれば超高序列者の裏切りでしかない。

 現場の士気は最悪だ。そしてこれは、我堂団長が一番恐れていたものだ。

 

「またアイツは自分の立場を悪くするようなことを……」

 

 ため息を吐いて、後方の森に視線を向けた瞬間、背後にて斬撃音。

 振るわれたバスターソードがガストレアを叩き斬る。

 

「よそ見してんじゃねぇクソガキ」

 

「は~? ちゃんと気付いてましたけど~? アンタと違って素手でもガストレア倒せるんで」

 

 そう言うと将監の動きが格段に向上した。修羅の形相で小型ガストレア次々と斬り捨てる。

 味方としては頼もしい限りだが、進行が落ち着いたら俺を殺すつもりなのかもしれない。

 

 内心ドキドキしながらその他の仲間の姿を確認すると、王監さんの奇行が目に飛び込んできた。

 ボールのようなガストレア──多分ダンゴムシのガストレアを、何を思ったのか金砕棒で打ち飛ばす。

 進行先には蜥蜴のようなステージⅢガストレア。パァンという破裂音とともに頭部を失った蜥蜴が倒れ伏すと、俺は思わず「ホームラン!」と叫んでしまった。

 

 そして欠かせないのが献身的なまでにサポートに徹する夏世と、元超高序列者ティナちゃんによる遠方ガストレアの排除。彼女たちが駆け回ることで、俺たちのアジュバントだけが組織的な動きを維持していた。

 

 里津? アイツはなんか「序列元五百五十位のアタシの手にかかれば余裕だったね!」とか「序列元五百五十位、占部里津。相手が悪かったね」とか叫びながらステージⅢと戦ってる。ガストレア相手にイキるなよ。

 

 負けじと俺も脚に力を入れて、戦場を駆ける。

 影胤戦時とは比べ物にならないほど翼の量が増えたため、翼を広げていなくとも、超人的な運動能力を発揮する。

 地面をのたうち回る大蛇型ガストレアに狙いを定めると、殺気を向けられたガストレアもこちらを獲物として狙いを定めた。

 地下鉄トンネルほどはある胴回りがテントを潰し、敵味方関係なく吹き飛ばす。

 息を吸い、丹田に気を巡らせる。

 

 天童式戦闘術──

 

ハアアアアアアアアアアアアッ(技名覚えてない)!!!

 

 突き出された拳がめり込むと、大蛇の体が膨張、破裂する。

 噎せ返るほど血霧が立ち込める中、残心。

 

 見ていた周囲の民警たちから爆発的に歓声が上がった。士気向上。いけるぞ、勢いこのままに敵の殲め──思考を中断、危険を察知して伏せた。

 

 ──一閃。

 

 真上ギリギリを銀色の光線が擦過し、遥か後方までを巻き込み横薙ぎに切り裂いた。

 足元にボトリと落ちたそれは、先ほど救助したイニシエーターの上半身だった。

 

「ビーム出すとか聞いてねえぞ……!」

 

 これがガストレアによるものなのか。幸いアジュバントメンバーは無事だったが、民警軍団の被害は甚大。せっかく上がった士気は消えうせて阿鼻叫喚の地獄と化す。

 

 突然の出来事で発信源は不明。しかし一刻も早く見つけ出し、排除しなければ。

 

 そのとき唐突に、戦場に長い咆哮がこだました。

 

 威嚇、雄叫びとは違うそれは、苦痛によるものだ。

 全てのガストレアが動きを止め、悲鳴の方を注視したかと思えば、一斉に移動を開始する。

 向かう先には小山のようなシルエットが蠢いており、アレこそがアルデバランだと直感した。

 すぐに奴周辺の人間を探し、リンクを試みる。いた、この感じは……我堂さんか? 彼と繋がった瞬間、左足に激痛。恐らく左足を失っている。

 激しい動揺と、絶望に飲まれそうになりながらもなんとか視覚のリンクに成功。

 

 視線の先では──小山のようなガストレアが撤退していた。

 長い尻尾。四つん這いになった背中にはアルマジロのような甲羅。そこから無数の触手が伸びている。数日前に、モノリスに取り付いていたガストレアで間違いない。

 

 しかし恐るべきはそこではない。おそらく我堂さんによって頭は切り捨てられ、心臓部分には巨大な斬撃の跡が見える。

 ガストレアの弱点、脳と心臓。この二つは再生阻害のバラニウムが無くとも、基本再生不能の急所である。

 だというのに、アルデバランの傷跡はゆっくりと再生し始めているではないか。

 

 追いついてきたガストレアたちが、アルデバランを守るように殺到したところでリンクを解除。

 

 やがて全てのガストレアが去った戦場で、俺は力なく呟いた。

 

「再生レベルⅣのガストレア……」

 

 生き残った民警たちが互いを称えあう中、俺だけが腕を抱いて震えていた。

 

 

 




ハアアアアアアアアアアアアアアアアッ(技名覚えてない)じゃないが。

他のブラブレ物書きさんがあとがきにTwitterユーザー名を貼っていたので紅銀紅葉も貼ってみる。

@darakutensi

10歳児以下の下ネタと夜泣きの合間に設定や進捗状況、更新報告などをしています。
作者の痴態と作品を完全に分けて読める人は覗いてみてください。


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和光兄さんのことサイコロステーキ兄貴って呼ぶのやめろよ!

読者待て!待ってくれ頼む!私の意志を思いを継いでくれお前が‼︎お前にしかできない!お前はマイナー二次創作に選ばれし者だというのがわからないのか!お前ならなれる‼︎完璧な……ブラブレ物書きに‼︎

あと保脇が変わった理由は機会があれば書きます。まあ彼はクズなのでロクでもない理由なのですが。


 まあ飯食って寝てしまえば絶望していたことさえ忘れてるんですけどね。全快ではないけど。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ロクに休む暇もなく朝が来て、一日が始まった。

 

 東京エリアはその日雨に見舞われていた。不気味なことにそれは『黒い雨』だ。

 大量のモノリス灰を含んだ雨。空を見上げれば、濃い鉛色の雲が浮かんでいる。

 まだ昼前だというのに地上は真っ暗で、七月とは思えないほど肌寒い。

 モノリス倒壊時に巻き上げられた灰を含んだ雲は東京エリアを三日ほど覆いつくすそうだ。

 

 ガストレアの軍団が撤退してから、まだ数時間しか経っていない。

 支給された携帯食料を少量口にして、戦場となった平野からほど近いゴーストタウンで仮眠を取った。

 全快とはほど遠い体調と精神状態。それでもゆっくり休んでいる暇はない。

 

 のろのろとした動作で廃ビルを出ると、死体袋片手に自衛隊が陣を張っていた平野を目指す。

 寝起きで回らない頭には早々に見切りを付けて、何も考えずに人の流れに歩みを委ねていると、いつの間にか目的地まで来ていた。

 

 俺は戦場を見渡し、手を合わせた。お疲れさまでした。助けられなくて、ごめんなさい。

 

 自衛隊の施設は壊滅していて、あちらこちらにガストレアにならなかった遺骸が転がっている。この惨状で、果たしてどれだけの人間が救助を必要としているのか。

 与えられた任務は生存者の捜索と救助と説明されていたが、それは名目上のもので、本来の目的は伝染病が蔓延する(死体が腐る)前に回収し、遺族のもとに送り届けることらしい。

 

 バラバラになったパーツまで丁寧に集める作業を繰り返しながら、思考は昨晩のガストレアの進行に割いていた。

 致命傷を受けてなお止まらない軍団。まるでゾンビ映画のようにも思えたが、どちらかと言うと五翔会の生体強化兵(バイオブーステッドソルジャー)に近い。

 より戦闘に特化した筋肉増強兵(マッスルブーステッドソルジャー)や受精卵の段階から遺伝子操作されたGBC(ジーンブーステッドチャイルド)と比べても格段に劣る強化人間。一定程度の興奮状態にあれば痛みが飛ぶように細工されただけの、ただの人間。

 もしくは身体に大きな負荷を与える瞬間強化剤なども考えられる。

 一部は五翔会子飼いの研究員による技術だったが、教授が手がけた兵士には遠く及ばないうえ、非人道的な扱いに人体が耐え切れないと判明され計画は頓挫した。

 

 それはさておき、そんな連中が思い浮かんだということは、軍団の不可解な様子もなんとなく察しはつく。

 例えばコカイン。疲れや痛みを一時的に感じさせなくなると聞いたことがある。もしも、事前に服用していたとすれば。

 ガストレアウイルスの影響で未踏査領域には十年前の日本に無かった植物まで生えている。依頼で訪れたバラニウムの非合法採掘場のチンピラが野生のコカインを見たと自慢げに話していたのを思い出す。

 ガストレアがそれほどまでの知識を有しているとは考えにくいが、ガストレア(アルデバラン)がガストレアを従えるというイレギュラーがあった以上、奴が極めて高い知能を有する個体であることは間違いない。

 

 ──生物オタク(蓮太郎)に聞けば何かわかるのかな? 

 

 俺と同じく作業中であるはずの蓮太郎の姿を探していると、顔見知りの民警に声をかけられた。

 

「なあアンタ、天童紅蓮で合ってるよな? アンタを呼ぶように言われたんだけど……あれって聖天子付護衛官だよな?」

 

 男の視線の先には、純白の隊服を纏った保脇がいた。

 

 露骨に嫌そうな顔をして、しかし無視するわけにもいかずその場を離れると、男は俺が詰め終わった死体袋を運んでくれていた。モブのくせに名前も知らないが良い人だ。

 

「何しに来たんだよ」

 

 保脇は避難したのではなかったのか。そもそも自ら危険な場に来るような男ではないはずだ。

 

「監視の続き……いや、貴様らの様子を見てくるよう、聖天子様直々に仰せつかってな」

 

「聖天子様のわがままを聞いたってのか? お前が?」

 

 冗談だろ、と鼻で笑った。それも聖天子が俺を気にかけていると分かった上で従ったというのか。そんなはずがない。コイツはもっとネチっこくて、ドロドロとしていて、俺を嫌っているはずだろう。

 無理矢理聖天子直属のイニシエーター部隊の企画に参加させた時だって、ずっと嫌がっていたではないか。

 リンクを用いた洗脳まがいの差別意識の矯正を行ったとはいえ、それ以外の部分には手を加えていないのだから。

 

 周囲を見渡した保脇は呟いた。

 

「ひどいものだな。これが戦争か」

 

 なんだコイツ、本当にどうしてしまったんだ気色悪い。

 

「様子見なら済んだだろ、ならさっさと帰れよ」

 

「僕にできることはないか?」

 

 思いもよらぬ発言に、驚かされる。

 そしてそれが本心であることは、異能がある俺にはわかる。

 呪われた子供たちと関わり続けて、彼女たちの現状を知って、戦場を見て。仲間と権力を失って、逆恨みする暇も無く仕事を押し付けられて、それだけでこうも前向きになるものだろうか。訳が分からない。

 

 俺は保脇の顔面目掛けて死体袋を投げつけた。

 

「言っとくけど、この程度でお前がしてきたことが許されると思ったら大間違いだからな」

 

「そのくらい、言われなくともわかっているさ」

 

 彼は服が汚れることに躊躇しながらも、作業に参加した。

 

「あ、あとティナちゃんは木更とペア組めるように何とかしてやってくれ。今日中な」

 

「ここぞとばかりに無茶を言うな」

 

 不満気にぼやきながらも聖天子相手に電話で交渉を始めた保脇から目を離す。

 

 ──さて、次は蓮太郎の命令違反の件も何とかしなくちゃだな。

 

 

 

 ■

 

 

 

 我堂の呼び出しを受けた蓮太郎は、廃墟となった中学校を訪れていた。

 

 仮設本部は中学校の職員室だと聞いていたが、いざ入るとなると、夜の校舎はなかなかに不気味だった。

 ドアをノックして中に入ると、我堂以下、彼のアジュバントメンバー、そして何故か義兄である紅蓮の姿もある。

 

「掛けたまえ」

 

 兄の存在に気を取られ呆けていると、芯のある太い声を掛けられてビクリとする。声を発したのは我堂だ。

 コの字型に配置されたスチール机の上座の我堂を正面に、中央に置かれた椅子に腰かけた。

 そこでようやく、我堂の左太腿から下が無くなっていることに気付く。

 我堂ペアがアルデバランと交戦、引き分けたという噂は本当だったのか。

 

 蓮太郎の視線に気付いたのだろう、我堂は力強く笑って、左ひざを叩いた。

 

「この足はな、奪われたのではない。あのガストレアにくれてやったのだよ」

 

 蓮太郎は不躾だったなと己を恥じて謝罪した。

 

「ここにいる全員でアルデバランと戦ったのか?」

 

「いや、敵の分厚い密集陣形を抜けられたのは、私と朝霞だけだ。敵のあまりにも水際立った動きにいいように翻弄されたよ」

 

「統率が取れていることに、合理的な理由があるとしたら?」

 

「どういうことだ?」

 

「アルデバランのベースとなっているのは、多分ハチのガストレアだ」

 

 蓮太郎は考察した内容を余すことなく我堂に伝えた。

 

 飛行ガストレアによる背後からの奇襲。モグラ型ガストレアによる地中からの戦車の排除。撤退の際は全ガストレアがアルデバランを守っていた。

 異常なまでに統率の取れた軍団(レギオン)の正体。

 それはフェロモンによるものではないか。

 

 よく知られているのは『性フェロモン』。それとは別に、フェロモンというのは千六百種以上が解明されている。

 撤退の際に使われたのはおそらく『集合フェロモン』。

 既知と未知のフェロモンを使い分けて、完璧に群れを統率しているのではないか。

 それだけのフェロモンを使い分けているとなると、ハチか何かのガストレアだろう。

 それが蓮太郎の考えだった。

 

 我堂は顎に手を当て、思い当たる節があったのだろう、納得する様子を見せた。

 

「言われてみれば、退化した翅のようなものがあったな」

 

 続けて紅蓮を見る。

 

「先ほど君の兄君に聞いた話によれば、不死と見紛えるほどの軍団の初列、彼奴らは薬物のようなものを摂取しているのではないかとのことだった。それもアルデバランの仕業かね」

 

「薬物? そんなものどこで」

 

 そこでようやく紅蓮が口を開いた。

 

「昔未踏査領域の鉱山を根城にしていたチンピラが、野生のコカの葉を見たとか言ってたんだ。この辺りに生えててもおかしくはないだろ? アルデバランがそこまで狡賢いってんならありそうじゃん」

 

「そんな、アルデバランはそこまで知能が高いガストレアだってのか……?」

 

 コカはコカインの原料となるアルカロイド物質が取れる木だ。南米原産の植物だが、蓮太郎は蛭子影胤追撃作戦の際に熱帯雨林にしか生えないような植物を目にしていた。無いとは言い切れない。

 

「さて、大変参考になる意見だったよ。私も君が知らない情報を提供しよう。里見リーダー、アルデバランは不死身のガストレアだ。倒す方法はない」

 

 そこからの話は信じがたいものだった。

 ガストレアの弱点である脳と心臓。そのどちらもを潰しても、アルデバランは死ななかったという。

 蓮太郎は助けを求めるように紅蓮を見るが、紅蓮の表情はやや暗い。

 

「アルデバラン軍団の切り札はそれだけではない。君は『光の槍』を見たかね?」

 

「五キロ先から高圧水銀を撃ち出すガストレアのことか? イージス艦から発射したトマホークミサイルを撃墜して、ヘリと戦闘機を堕としたとかいう」

 

「その認識で正しいのだが……高圧水銀だと?」

 

「ああ、被害者は皆『水俣病』に似た症状が出ている。モデルは多分、テッポウウオのガストレアだ」

 

 軽く説明して、その脅威度を共有した。

 

「なるほどな……我々は今朝方、日本国家安全保障会議と協議の上、このガストレアをアルデバランと並ぶ脅威と認定して、『プレヤデス』のコードネームを冠することに決めた」

 

 我堂は懐をあさると、チェスの駒、キングとクイーンを取り出した。

 

「アルデバランを倒せばこの戦い(ゲーム)は我々の勝ちなのかもしれない。だがキングを倒そうとしても、必ずクイーンが立ちはだかる。このゲームにおいて、クイーンの排除は勝利の絶対条件だ」

 

「そこは将棋じゃねーのかよ」

 

 茶々を入れる紅蓮に殺気が向けられる。

 たしかに我堂は極度の戦国趣味だそうだ。あえてチェスを選んだところに突っ込みたくなる気持ちはよくわかる。わかるがそこは耐えてほしかった。

 我堂のアジュバントは、彼を妄信する親戚縁者が占めている。

 紅蓮としては小粋なギャグのつもりでも、それで首を撥ねられたら目も当てられない。

 

 我堂はニヤニヤと笑う紅蓮を見てから、気を取り直すように咳ばらいをひとつ。蓮太郎に向き直ると眦を鋭く細めた。

 

「しかし我々には、もっと目先の懸念材料があるのだよ」

 

 ピリ、と周囲からの圧が強まるのを肌で感じた。

 

「どういう意味だ」

 

「私が今日、君をここに招いたのは、作戦行動中に陣を離れ、アジュバントの単独行動をしたことの責を問うためだ」

 

「待ってくれ、それは──」

 

「奇襲ガストレアの死体は確認済みだ。だが建前は建前、命令違反は命令違反。この二つは分けて考えなければならない」

 

「ふ、ふざけんな!」

 

 椅子から立ち上がり我堂に詰め寄ろうとした瞬間、蓮太郎の横を凄まじい速度で何かが通り過ぎた。

 恐る恐る隣を見れば、いつ近付いたのか、我堂のイニシエーター朝霞と、彼女の首元に手を添えた紅蓮がいる。

 朝霞は蓮太郎を止めるためか拳を構えていて、それを察知した紅蓮が止めたということだろうか。

 

「蓮太郎に手出したら殺す」

 

 紅蓮の声は、絶対零度の如く冷ややかで、その言葉が本気であることが窺える。

 その様子を見た我堂はさきほどまでの冷ややかな声はどこへやら、呆れ混じりのため息を吐いた。

 

「とまあ、さっきからこんな調子でね。本来なら極刑ものなのだが、『そんなことすれば民警軍団は一人残らず殺し尽くすぞ』などと脅されてはできまいよ。まったく、この情報もどこから漏れたのか……」

 

 庇われたはずの蓮太郎はうすら寒いものを感じていた。

 この人なら、本当にやってしまえるかもしれない。彼にはそれだけの力がある。

 我堂もそれを察してか苦い顔だ。

 

「そこでだ里見リーダー。君に一つ、頼みごとをしたい」

 

 我堂は杖を片手に立ち上がる。

 

「君に頼むのは、敵地への潜入と正体不明のガストレア、プレヤデスの撃破だ」

 

 無茶だ。蓮太郎は言葉が出なかった。

 撤退したガストレアは倒壊したモノリスの向こう側──未踏査領域の森の中だ。二千七百を超える配下が集う森に単身乗り込ませるなど、死ねといっているようなものだ。

 

「勘違いしないでくれたまえ、君に拒否権は無いが、民警軍団外の同行者の用意はある」

 

「そんなの数人いたところで、敵うわけが──ッ」

 

 いつになく真剣な表情で、蓮太郎を諭すのは味方のはずの紅蓮だった。

 

「蓮太郎──いや(ハス)太郎」

 

「なんだよ紅蓮兄ぃ、ハム太郎みたいに言うんじゃねえよ」

 

「大好きなのは──なんだ?」

 

 何を言っているんだアンタは。自分が来る前に頭をしこたま殴られて脳に問題でも生じたのだろうか。

 

「いま失礼なこと考えただろ」

 

「読むなよ、心をッ」

 

「いいから答えて、早く」

 

 急かされた蓮太郎は、我堂とアジュバントの面々をチラリと見た後、恥ずかしそうに呟いた。

 

「ヒ、ヒマワリのタネか?」

 

「残念不正解! 大好きなのは──」

 

 身内の恥も相まって顔を覆ってしまいたい気分だったが、そこから先の展開は常軌を逸していた。

 

「──ヒルコカゲタネでした」

 

「え?」

 

「蓮太郎、これからお前には、蛭子影胤と共にプレヤデスの撃破に向かってもらう」

 

 

 




だーいすきなのはーひーるこかげたねー

ブラブレ二次の投稿作品に関することでご報告があります。興味のある方は紅銀紅葉の活動報告をご覧ください。


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蛭子影胤に転生したけど技名覚えられなかった人『影胤ビーーーーーーム』

メギドとブラブレ短編杯の作業してた。
ブラブレ短編杯については紅銀紅葉の活動報告を見てね。

ちなみにサブタイトルはFAQネタです。


「アイツ最後までキョトンとした顔してて面白かったな……」

 

 モノリスの向こう側に消えていく蓮太郎の背中を見送った。

 蛭子親子を護衛に付けてプレヤデス討伐に向かったわけだが、それは蓮太郎にとって受け入れがたい屈辱だっただろう。

 モノリスを出てすぐの場所にある廃工場を目印に合流する手筈となっているが、どうにも不安だ。任務と割り切って上手くやってもらいたいものだが。

 

 俺はモノリスに背を向けて来た道を引き返した。そろそろ戻らなければ夏世に怪しまれそうだ。

 歩きながら機械化兵士たちとの顔合わせを思い出す。

 今回五翔会から派遣された機械化兵士は三名。

 

 久留米リカ(ハミングバード)

 鹿岳十五(ソードテール)

 そして蛭子影胤。

 

 そのどれもがグリューネワルトの機械化兵士だが、影胤が送られてきたのは想定外だった。

 そもそも奴は組織の人間ではない。ジジイ──菊之丞の依頼を受けていたことから金と利害の一致があれば動かせはするのだろうが、今回の目的は何だ? 

 

 前回──『蛭子影胤テロ事件』での目的はわかっている。

『ガストレア新法』。『呪われた子供たち』の社会的地位を向上させ共生していくための聖天子の法案。それを潰そうと考えた天童菊之丞と、人間とイニシエーターの共生を屈辱だと感じるガストレアエリート主義の影胤の利害は一致していた。

『呪われた子供たち』の蛭子小比奈がテロに関わっていると知れれば法案に賛同するものはいなくなる。

 証拠はないようだが、きっと事実なのだろう。

 

 では今回は? 

 ガストレアとの戦争……だけなのだろうか? 

 巳継悠河も何か企んでいるようだし、やはり俺も着いていった方がよかったかもしれない。

 

「クソ……最初に顔合わせた段階で頭ン中漁っときゃよかった」

 

 巳継悠河への懸念は俺の油断が招いたようなものだ。呼んでもいない組織の人間が現れたのだ。確実にグリューネワルトからの指示だろう。まったく、迂闊にもほどがある。

 

 歩調を速めてキャンプ地に急ぐ。適当な廃ビルを掃除してアジュバントメンバーの拠点としているが、今ごろは全員寝静まっているだろう。

 残念なことに弊アジュバントにリーダーが戻るまで心配で起きているだなんて殊勝な部下はいない。せいぜい夏世くらいだ。

 

 十年放置されてひび割れた道路に出来た水たまりを上手く避けながら歩いていくと、ようやく拠点にたどり着いた。

 会社のオフィスビルを一棟丸ごと拠点としているため馴れ合いを嫌がった将監の提案でそれぞれが別の部屋で寝泊まりしているため、俺が戻っても誰も気にしないだろう。

 蓮太郎を見送る前、里見アジュバントのアットホームさを見てきたばかりなので少し凹んだ。

 

「ただいまー……いや、お邪魔しますか?」

 

 しかし昨日は気にも留めていなかったが、深夜の廃ビルはなかなかにおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。俺はこの手の怪談に強いわけでもないので背後を振り返らないようにしながら自室に戻った。それでも元オフィスなだけあって無駄に広い部屋には恐怖心を煽られる。

 

 気持ちを切り替え、デスクの上に我堂から奪い取った借り受けたガストレア軍団キャンプ地の地図を広げた。

 俺は現在地からガストレアキャンプまでを一直線に指でなぞる。

 倒壊したモノリスからガストレアキャンプまでは片道十キロ。往復で二十キロある。

 蓮太郎一行が入り組んだ森を歩いていけば少なくとも十五時間は掛かる距離だ。

 

 ──飛んでいけば、プレヤデスの捜索に多少手間取っても二、三時間で戻ってこれるのでは? 

 

 プレヤデス(ビーム兵器)を倒してしまえば、ミサイルと戦闘機が使えるようになる。アルデバランの不死性が『再生レベルⅣ』だと仮定すると討伐は難しくとも、時間稼ぎにはなるだろう。

 そもそもアルデバランが傷を癒して戻ってくるまでに、それほど猶予は残されていないのだ。

 蓮太郎を向かわせることで彼の罪は既に償われたようなものだ。俺が先回りして討伐し、あとは何食わぬ顔で戻らせれば英雄の誕生である。

 

「いや、いやいやいやいや、これは別に蓮太郎のことを信じていないとかじゃなくて」

 

 誰もいない部屋で勝手に焦る俺の姿は酷く滑稽だろう。

 

「……サッと行ってサッと帰ればバレねーよな」

 

「なにがバレないんですか?」

 

「ぎあああああッ⁉」

 

 横合いから声をかけられて悲鳴をあげ、電光石火の勢いで距離を取った。

 

「なんだ夏世か」

 

 ほっと息をつくと、反して夏世は不満げな視線を送ってきた。

 

「女性に対してその悲鳴はどうなんですか」

 

「なにが女性だ、すっかり延珠ちゃんの影響受けやがって。お前を女性と呼ぶにはまだ早い、だから寝ろ」

 

「寝ていましたよ。物音が聞こえたため様子を見に来ただけです」

 

「俺のせいかよ、めっちゃごめん」

 

 夏世は「いえ」とだけ呟いて俯くこと数秒、顔を上げた。

 

「我堂団長からはなんと?」

 

「我堂?」

 

 そこでようやく思い出す。そういえば「呼び出された」とだけ伝えて飛び出したのだったか。出て行ってからは五時間以上が経過している。会議に参加するほどの権限は、俺には無い。何らかの処分を受けていると勘違いされても仕方がない。

 

「別に、アルデバランとプレヤデス──昨日のビーム野郎の対策について意見を求められただけだよ。これでも元超高序列者なんでね。特殊な能力を持つガストレアの知識もそれなりにはあるんだよ」

 

 俺は嘘を伝えた。繋ぐ者(リンカー)に覚醒してから嘘をつくのが上手くなった俺は、IQの高い相手でも騙せるようになっていた。言っていることがちぐはぐなのは普段からなので、表情や動作さえ気にしていれば問題なかった。

 

「そうですか、お疲れ様でした。やはりアルデバランは戻ってくるのですね」

 

「まあ、それなりに深手は負わせたそうだから、猶予は二十時間……いや、十八時間くらいかな?」

 

 予想を伝えると夏世の表情が曇る。

 

「で、もういいか? 俺ももう寝たい」

 

「あ、はい、すみません。おやすみなさい」

 

 ぱたぱたと自室に戻ろうとする。夏世は最後に振り返った。

 

「そういえば何がバレないと思ったんですか?」

 

「恥ずかしいから内緒」

 

 

 

 ■

 

 

 

 ハンドルを握ると性格が変わるという噂は事実のようで、俺も翼を纏うと気が大きくなっているらしい。

 背中に収めた翼が蠢く感覚。次に全身に行き渡らせて外骨格を形成。

 割れてしまって意味をなしていない窓を開けると、足をかけて身を乗り出した。

 直後、飛び立つ。

 翼の中に神経回路を伸ばしていくイメージで、それが端までいき渡ったところで体勢が整った。

 

 猛スピードで廃墟スレスレを飛んで気分が上がっていく。

 そこから一気に上昇、バラニウム灰を含んだ雲はあまり吸い込みたくなかったので、翼をヘルメット状にして顔を覆った。

 雲を抜けると視界いっぱいに星の海。

 つい数日前までは夏の日差しを鬱陶しく思っていたが、雲一つない空を懐かしく感じるのが不思議だった。明日の朝、余裕があれば太陽を見に来ようか。

 

「はああああ……最ッッッ高」

 

 羽ばたきを止めると、自由落下。

 この機会を逃せば、バラニウム灰を含んだ真っ黒い雲の中を飛ぶことなど叶わないだろうが、全身灰塗れになるのは避けたかった。

 

 先に進もう。

 翼の中には地図と飲料水、スマートフォンのみを入れている。後のことは考えない。

 一直線にガストレアキャンプ地を目指す。

 

 モノリスを超えたところで一度高度を下げた。

 遮蔽物などなにも無い空中。いまプレヤデスに狙われたら確実に撃ち落とされる。

 木々の間を縫うように飛行し、慎重に進む。

 

 景色を楽しむ余裕もなく一時間。ふと、獣の気配を感じて林の中に着陸した。

 手首の翼をサバイバルナイフ状に伸ばし、草木を搔き分けながら音の方へ接近。

 

「うっ……」

 

 湿った空気とともに飛び込んできた獣臭が鼻を刺す。こうした場面では五感が鋭いと苦労する。戦闘になれば息苦しくなるのは必至だがどうしても我慢できず、鼻周りも翼で覆って臭いを誤魔化した。

 

 視界の向こうには大小様々なガストレアで埋め尽くされていた。

 猿の子供をそのまま巨大化させたようなもの、獅子の頭を持ちイヌ科の体を持つガストレアはどういった進化の過程をたどればああなるのか。

 退化していない羽根を持つガストレアも多くいる。作戦決行後は逃げるのが大変そうだ。

 

 まるで百鬼夜行だ。長時間いれば気が狂いそうだ。

 

「さて、プレヤデスちゃんはどこかな~?」

 

 見渡す限りプレヤデスらしきガストレアは見当たらない。地道に探すしかないか。

 移動を開始する前に、チンパンジーをそのまま巨大化させたようなステージⅠガストレアが目に入った。

 俺はとっさの思いつきで、それを試した。

 

 精神感応に特化したセラフは、力を扱いやすくするために能力にイメージを持たせることが多いらしい。

 俺の場合は〝水〟。自分の足下を中心に薄く広げていくイメージ。

 そのイメージで俺とガストレアを繋げ──

 

「あ?」

 

 背中()に違和感。

 直後、酷い頭痛に襲われ、()()()()()()()()()()()

 

 ──『襲い来る黒い銃弾』『自分を支配する大いなる力への恐怖』

 

 これ以上の能力の行使は危険と判断。リンクを解除した。

 

「これ、いま、()()()()()()()()()()……?」

 

 膝をついて頭を押さえる。込み上げてきたものを吐き出し、背中にしまっていた水を取り出して口をゆすいだ。

 何故だ、俺の繋ぐ者(リンカー)は人間とのリンク能力のはずだ。こんな、得体の知れない生き物と繋がるために覚醒したわけではない。

 

 その時唐突に、長い咆哮。

 それが響くと、見えるガストレアすべてが硬直、一斉に俺を向いた。

 

「なッ……⁉」

 

 それは怒りの声だった。

 敵対者を排除せよとの、命令だった。

 

「まだプレヤデスは見つかってさえいないってのに……!」

 

 視線の先──戦闘態勢に入った軍団の奥。

 

 アルデバラン──山のようなシルエットが蠢いていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 天童紅蓮。

 

 第二特化能力(セカンドアビリティ)悪魔使い(デビルチャーマー)

 

 

 




鳥使いっていう能力があるんですよ。鳥相手のリンク能力の。いいなー。いいのか?わからん。

あと明かせる範囲で紅蓮の設定を活動報告にアップしました。


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中の人の誕生日と混同されがちだけど延珠の誕生日は1月から4月らしい

あけましておめでとうございます。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、天転破は今回の更新でしばらくお休みをいただきます。大変申し訳ございません。
重要なお知らせとなりますので、詳しく書かれたあとがきまでお付き合いいただけると幸いです。


 ステージⅣガストレア──アルデバラン。

 

 他のステージⅣとは一線を画す能力を有する最上位個体。

 奴の歩を進めるという動作だけで地が揺れる。

 

 その巨体さだけでも脅威だというのに、アルデバランは下位ガストレアを隷属させることができる。

 スコーピオンを除けば、これまで紅蓮が遭遇してきた中で最強のガストレアだ。

 

 そして紅蓮はいま、その最強のガストレアに敵意を向けられている。

 

 

 

 ■

 

 

 

「──でもまあ、我堂さんレベルで致命傷与えられたんだし、足止めくらいなら余裕だろ」

 

 

 

 ■

 

 

 

 先手必勝。

 アルデバランが動き出してすぐ、紅蓮は戦闘態勢に入っていた。

 プレヤデスの光の槍(横やり)が入る前に片を付ける必要がある。紅蓮はそう判断した。しかしそれは裏を返せば、横やりが入らなければアルデバラン側に撤退させるだけの被害を出す自信があるということに他ならなかった。

 

 いきり立つガストレア群を無視して跳躍、そして上昇。瞬時にアルデバランの頭上を陣取った。これだけ距離を取ってしまえば、アルデバランの攻撃が届くことはない。奴の尻尾も触腕も、脅威には成り得ない。

 身をよじり吠えるアルデバラン。周辺ガストレアに指示したのだろうか。飛行ガストレアが飛び立ったのが目に入る。

 

 ──来る。

 

 獣めいた紅蓮の危機察知能力。身の危険を感じ、即座に実行。紅蓮は羽の一部を伸ばした。真下に向けて射出されたそれは狙い違わずアルデバランに絡みつき──すかさず羽ばたきを中止、伸ばした羽を巻き取った。

 ぐん、と身体が引き寄せられる感覚。寸前まで紅蓮がいた位置に飛行ガストレアが殺到、さらに極大の光の槍が擦過した。

 

「ッぶね!」

 

 自由落下の着地点は、翼によって固定された。

 ならば、と即座の判断で体制を整える。全身の外骨格()を操作し、強引に右足をピンと伸ばす。

 強烈な加速。しかし漆黒のボディアーマーは紅蓮の身体に負担を感じさせない。

 

 ──天童式戦闘術二の型四番『隠禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)

 

 直上に振り上げられたそれは、死神の鎌となってアルデバランの命を刈り取らんとする。

 

「ど────ッせい!」

 

 黒の銃弾とも形容できる紅蓮の踵落としがアルデバランの甲羅とぶつかる。

 甲羅にひびが入るも、肉の感触には届かない。衝撃に耐えきれなかった紅蓮の右足はひしゃげて、あらぬ方向に曲がっている。当然だ。紅蓮のスペックでは、蓮太郎(機械化兵士)の火力に遠く及ばない。

 

「痛づッ⁉」

 

 紅蓮の顔が苦悶に歪む。

 そもそも『呪われた子供たち』でもない彼らプロモーターが、単身ガストレアに挑むことはイレギュラーなケースなのだ。プロモーターとはイニシエーターの監督役でしかないのだから。

 だから機械化兵士、天童の門下生、そして軍団長がおかしいだけだ。

 そしてそれは、天童紅蓮も例外ではない。

 

 直後、アルデバランの背中が恐ろしい勢いで膨張。ついに耐え切れなくなり、甲羅を粉砕しながら破裂した。

 彼の兄弟子である薙沢彰磨の下法の技──内部破壊の技術を応用したのだ。

 

「ヒュルルルルオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 甲羅の横手にあったフェロモンの放出孔ごと破壊されたアルデバランの悲痛な絶叫がこだまする。

 しかし悲しいかな、天童紅蓮の辞書に〝容赦〟の二文字は載っていない。

 

「うるせえよ」

 

 紅蓮の右拳がアルデバランの顔面を貫いて──盛大に破裂させた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 ステージⅣガストレア・アルデバランは失った頭部を再生させながら何を思ったのか。

 頭部を無くすほどのダメージを負ったのは、これで三度目だ。

 一度目はまだアルデバランがタウロスに付き従っていたときに。二度目はつい先日、民警軍団の軍団長の捨て身の特攻により。そして今回、アルデバランに嫌悪感を抱かせるバラニウムにも似た漆黒を持つ青年によって。

 だが、まあいい。怒りはあれど、奴らにも少なくないダメージは残せたはずだ。アルデバランの受けた痛みは、一日もあれば完治する。しかし人間はそうもいかない。

 頭部がないため、怒りを咆哮に乗せることも叶わないアルデバランは、静かに再生に専念した。

 

 ──こうして民警軍団は、我堂長正の左足と、天童紅蓮の右足を犠牲にアルデバランの足止めに成功。東京エリアがモノリスを建て直すまでに稼がなければならない時間を大きく稼ぐ結果となった。

 

 そしてまあ──

 

「クッソ足痛ェ……! これ治すのに一日は掛かるぞ……! クソッ」

 

 ガストレア軍が思うほど、民警軍の戦力は削られていなかった。

 もちろん、このあと居場所の割れたプレヤデスが逃れる術などなかった。

 

 

 




ブラブレ短編杯のあたりから天転破書けてなかったけど、まあ何も考えずに書いてたらそうなるよねと。書いてて楽しくなくなるよねと。
応援してくださっていたかたには大変申し訳ございません。書けません。
でも書けませんじゃ許されないので頑張って(短いけど)1話書いて、あとはリメイク版で書いていきたいと思います。
リメイクは里津とのペア時代から書き始めました。昨日から投稿してます。プロット頑張ったので今のところ楽しく書けてます。良かったら読んでね。
詳しくは活動報告をご覧ください。

またリメイク前、つまりこの天転破ですが、リメイク版とは別に連載再開する予定ではいます。これまで通りの天転破が好みだという方はもうしばらくお待ちください。すみません。


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