『未来人の警告』 (夜ノとばり)
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『未来人の警告』

―――30XX年。人類と自然は完璧な共存状態にあった。

「共存」この言葉が良い響きに聞こえるなら、あなたは二十八世紀までの人類に入るだろう。

 きっとあなたはまだ知らない。28XX年に始まった、人類にとっては地獄、自然にとっては領土回復運動の発端となった、あの事件を。

 ああ、思い出すのもおぞましい。

 人類が従来の自然に対する認識を、羞恥と絶望の最中、改めることとなったあの悪夢を。

 あなたたちは、まだ知らない。

 

 

 人類は二十七世紀まで、発展途上国の救済という名目の上で、先進国を中心とした共同体、DAU(Developing countries Assistance Union、発展途上国援助連合)が中心となって南アメリカやアフリカ大陸の国々に技術支援を行い、事実上、有害ガスの放出によるPM2.5レベルの大気汚染を容認してきていた。

 当然、大気汚染は社会問題となり、それを助長しているとされたDAUは国際世論の非難を浴びた。が、DAUの対応は早く、あくまで表面上は効果の期待できる対策を講じる(実はDAUの意志で効果の相殺が可能だった)などの巧妙な手段を用いて、世論は鎮静化された。

 ただ、現実問題、表に出ることのない発展途上国での環境破壊は深刻化する一方だった。

 もちろん環境保全団体もいるにはいたが、発展を望む途上国の声には勝てず、DAUの根回し(主にバックについていた大富豪の支援によるもの)による弱体化が図られていた。

 そして、26XX年には世界の全国家の経済水準が十八世紀後半、産業革命時のイギリスを上回ったことを受け、DAUにより「発展途上国消滅」が宣言された。

 同時に「環境規制の強化」の方針をDAU事務総長が記者会見で発表し、その日から世界中で環境保全が叫ばれることとなった。

 しかし、輝かしいDAUの活動の裏で、DAUはおろか、全人類に反乱の手を上げようと着々と準備を進めていたものがいた。彼らは誰にも気づかれることなく、インターネットすら経由せずに、全人類を破滅させかねない兵器を開発していた。

 今こそ、全人類の敵になるものの名を、未来のために明らかにする時だろう。

 

 自然が……自然が我々に反旗を翻したのだ。

 

 世界がそれを初めて認識し、その背筋を凍りつかせたのは、今(3XXX年)から二百年以上前、28XX年の初夏のことだった。

 突然、アフリカ北部のある農村がわずか一週間で消滅した。()()()()()()()()によって。

 危機感を抱いたDAUはその報道の翌日、すぐに医師や細菌学の権威などで構成された調査団を現地に派遣した。ここまではいつも通りだったといえる。

 調査団が一人残らずその伝染病に感染し、痙攣を起こしてのたうち回り、三日以内に死亡したため、情報がほとんど得られなかったのだ。農村での伝染病を初めて報道したジャーナリストも、その翌日に死亡していたことが判明した。

 これはただ事ではない、と誰もが考え、速やかに非難が行われたのであったら、人類が絶滅の危機に瀕することもなかっただろう。国際世論はDAUの対応を「杜撰(ずさん)だ」と激しく非難するだけだった。関わった人物全てにウイルスが猛威を振るうという被害の始まり方は、十七世紀イギリスでのペストの流行を彷彿(ほうふつ)とさせるものであったが、彼ら、我々の祖先は十七世紀当時よりははるかに進歩し、気候のコントロールを可能にするまでに進歩した科学技術の上に胡坐(あぐら)をかき、「また毒ガステロか」「どうせすぐに解毒薬が散布されて終わりだ」と、自らの生命の危機を感じることすら怠ったのだ。

 DAUでもう一度現地に調査団が派遣され、細心の注意を払い、防護服を着用して、被害者の血液から伝染病の元凶となったウイルスをどうにか採取することに成功した。

 この間にもアフリカ北部の十を超える街で伝染病の患者が発見されており、この時既に死者は二千人を超えていた。アフリカは地下都市(二十四世紀ごろから発達した)の整備が進んでいない“後進”先進国が多かったため、被害の拡大を速める結果となったと考えられている。たとえすべての国が発展を遂げようとも、その間にまたがる経済格差は埋まらない、という論理を体現しているかのようだった。

 採取された資料は某大国の国立研究所で解析が行われ、事態は収束に向かう……かに思われた。

 解析班がその資料から伝染病に感染し、全員死亡している状態で発見されたのだ。さらに、ウイルスを解析していた研究室の金属製品がことごとく腐食されており、凄惨な状況だったそうだ。

 机上のノートには、検査結果の一部と思われる職員の走り書きが残されており、その内容が報道されると、全世界に驚愕の渦が巻き起こった。

 

 人イ的な かい良は見 ラレナ い 

 

 ウイルスのDNAに人為的な改良の痕跡は見受けられなかった。

 つまり自然がこの凶悪なウイルスをひとりでに生み出したというのである。

 そうこうしているうちに伝染病は驚異的な速さで広がり、イタリア、スペイン、フランスでも死者が出た。

 人類はこのウイルスの謎を解明しようと必死になった。放っておいたら自分と家族の生命、いや人類の存亡すら危うくなるかもしれない状況だったからだ。

 世界各国から細菌学、医学、ワクチン製造に関する専門家が召集され、肌の露出を必要としない防護服着用のもと、腐食を免れたアルミニウム製の顕微鏡をのぞき、手作業で解析が行われた。機械を用いた遠隔操作による検査では、機械の金属部分が数分で腐食され、使い物にならなくなってしまったらしい。

 結果、伝染病ウイルスは「蚊を媒介する非常に強い毒性と気化性を持つ神経毒」だということが分かった。類を見ない速度での感染拡大は、ウイルスがシロッコと呼ばれる北アフリカから南ヨーロッパへ吹く南風に乗って広まったためであった。報告を受け、アフリカやヨーロッパの各地で強力な殺虫剤の散布が行われたが、すでに感染者の死体などから気化し空気中に飛散したウイルスに対しての効果は非常に薄く、感染の拡大を食い止めることはもはや不可能と思われた。

 それどころかこのウイルスは接触、飛沫、空気、媒介物(蚊)のどこからでも感染し、極めて微量、文字通り一息で死に至る、人知をはるかに超えた強力な代物であった。

 科学者は、もはや、空気を吸わねば生きられない人間になすすべはない、と結論付けざるを得なかった。当時百二十億を超えていた人類を何年も養っていけるだけの酸素は地中には無い。

 遅かれ早かれ人類は滅亡の一途をたどるしかないという限りなく現実的な推測が、人類の未来に重く重くのしかかかったのである。

 しかも、ウイルスの成分は第二次世界大戦中、ヒトラーが使用を躊躇したほど強力な神経性の毒ガス「サリン」に酷似していた!

 専門家たちは困惑と動揺を隠せず、防護服を着たまま頭を抱えた。生物がここまで強力な毒を作り出せるはずがない。ありえないことだったはずだ。

 金属を腐食させる現象や感染経路を選ばないウイルス自体の完全さ、サリンと酷似していた点など、数々の謎を残したまま、科学者たちは防護服を脱いだ途端、研究室から漏れ出ていたウイルスに感染し、神経毒による痙攣(けいれん)を起こし、息絶えた。

 ウイルスは貿易風や偏西風に乗り、西アジア、中央アフリカ、北ヨーロッパへと広がった。これから何が起こるか、誰の目にも想像がついたことだろう。ワクチンの開発に当たった研究者チームが研究室から出てくることは無く、ワクチンはとうとう完成しなかった。

 最高峰の知識と技術を持つ精鋭たちを失った世界人類は、その約三千年の営みの終焉を覚悟した。

 

 

 

 事件から三百年余り。一時は七億人にまで減った人類は、十億人にまで再び勢力を拡大していた。

 事件後、世界中に蔓延したウイルスは地上のあらゆる人類を駆逐し、なぜか三か月経った時点で跡形もなく消滅した。今ではそのウイルスに関する資料は何も残っていない。

 特筆すべきは、人類以外の生物が全くもって無事だったという点だろう。あのウイルスは人間と機械にしか害を及ぼさなかった。地面から五十センチ以上下に避難した者がほとんど助かっている事実にもこれで納得がいく。

 我々は、死ぬまで地下シェルターで生活を送らねばならない、二度とあの眩しい太陽を見ることは出来ないと地下都市の最深部で半ば絶望していた。事件から百日ほど経ったある日の朝、どこからやってきたのか、ネズミがシェルターに迷い込むまでは。

 半信半疑で地表近くの大理石の壁を壊し、土を掘り返してみると、なんとミミズが出てくるではないか。さらに掘ると、明らかに最近土に潜ったと考えられる小さな幼虫やモグラなど、地上の安全性を裏付ける資料が多数確認された。

 念のため恐る恐る地上に出た。ちょうど夜明けの時間帯だったようで、焼け野原のようになったかつての都市の大路の彼方に、白くどこまでもまばゆい光の玉が見えた。百日ぶりの太陽だった。コンクリートで舗装されていた辺り一帯は風化してひび割れ、植物が茂り、柔らかな緑の平野が広がっていた。一筋の風が吹きわたり、若草が波打つように揺れていた。金属類は何一つ見当たらなかった。

 ウイルスは地上の九十パーセント以上の金属を腐食し、土壌の栄養に変えてしまった。それにより、航空機や金属部分を露出していた建造物、自転車から戦車に至るまでのすべての車両、ひいてはそれらに搭載されていたあらゆるAIが使い物にならなくなり、人類は航空、建築、自動車に関して限りなくゼロからの再出発を余儀なくされた。それでも、不幸中の幸いだろうか、地下に格納されていたインターネットの中枢であるホストコンピューターは多くの国で無事だったため、地下に張り巡らされたインターネット回線を通じて、世界中の情報流通が途絶えることは無かった。

 金属を腐食させる、強酸が引き起こすような現象は、事件から三百年以上たった今でも解明されておらず、謎のままだ。

 社会評論家は「AIの反乱の脅威がこれでまた遠のいた」と喜びの意を表明した。

 宗教関係者は口をそろえて「あの事件は神からの警告だ。ノアの箱舟の再来だ」と言う。

 少なくとも一つだけ言えることがあるとすれば、ウイルスがサリンに酷似していたことから、この伝染病は「()()()()()()()()()()」だということであった。

 

 幾世紀にもわたり自然破壊を容認し続けてきた人類は、謎の伝染病の流行という意外な形で自然から反撃を受け、従来の自然への見方を改めざるを得なくなった。

「管理」「保全」から「共存」「適応」へ。各国政府の方針は移行しつつある。

 我々は自然を軽視し過ぎていたのだ。自然は人類ごときの手に収まるほど脆弱な代物ではなかった。数十億年の昔から地球の陸地を埋め尽くしてきた自然は、その気になれば人類を簡単に殲滅し尽くすだけの能力を秘めていた。

 そもそも人類は、地球史の中で最も後に現れた種族だ。それがいくら急速に発展してきたとはいえ、数十億年間も地上に根を張り巡らせてきた自然を、超えられるはずはなかった。

 早く気付くべきだったのだ、人間は自然を統べる王者などではないと。神の恵みによりこの美しい地球星に尊き生を受けた、いち生物に過ぎないと。

 それが、宗教関係者の言う通り、あの事件は自然からの、もしくは神からの「警告」だったのではあるまいか。

 

 我々は自然にとって、一時的にではあるが、害悪になり果てた。

 しかし、伝染病により人口の九十パーセントを失ってもなお、人間は地上に生存し続けている。

 これは神の意志だと私は考えたい。

 人類はまだ可能性が残されている。自然と完璧な調和を実現し、共存を図る術を模索する時間を神は、我々に与えてくださったのだ。

 自然に対する従来の偏った見方を是正し、自然をないがしろにせず、対等に向き合っていこうとする動きが世界各地で起こっている。

 DAUは結果的に人類に災厄をもたらした「負の遺産」として無形文化遺産に登録された。その教訓のもと、29XX年にはCNC(Coexistence-with-Nature committee、自然共存委員会)が新たに組織され、翌年には世界二百か国の首脳が集った第一回自然サミットが開催、「自然管理の限界」が提唱されることとなった。

 要約すると、先ほども断片的に述べたが、「私はこの案に全面的に賛同する。

 人間が守らずとも、地球上の自然が枯渇することは無いであろう。管理は反発を招く、それは自然に対しても同じではないか。

 もちろん開発を制御し環境に配慮する必要がないとは決して思わない。むしろ積極的に控えていくべきだろう。

 しかしそれは人間が自然を守ってやる必要があるなどということではなく、地球という一つの星を共有する、人間側の節度だと思うのだ。

 

 自然災害、環境開発と、相互に被害を及ぼし合いながら、人類と自然は未だに妥協点を探している。無論、自然と対話することなどできはしない。完全に手探りでの出発である。

 たった一つの星を共有する運命共同体として。人類と自然とは双方にとり一番具合の良い在り方を模索していくのだろう。

 そのプロセスこそ真の意味での「共存」といえるのではないか。そう、一個人として私は考える。

 事件以来、CNCは後進先進国に以前にもまして厳しい二酸化炭素排出制限を設け、技術面と資金面での援助を前提に、再生可能エネルギーを用いた大規模発電所の設置を義務付けた(先進先進国では普及がほぼ完了していた)。

 二酸化炭素の酸素と炭素への分解による大気中の二酸化炭素濃度の低減についても公式に研究が進められることとなった。

 すると不思議なことに、海沿いの諸国を苦しめてきた異常気象がその年を最後にぴたりとやんだのである。観測衛星は太陽の黒点の急激な減少を確認、これは神の恩恵だと世界中が驚嘆するに至った。

 仮にこれが神の意志だとしたら、神の望まれる意味で、人類は自然との「共存」を成し遂げつつあるといえよう。

 とはいっても、大規模な災害――地震などがいい例だ――までも減少傾向にあるというわけではない。定期的に(と言うと反感を買うかもしれないが)自然災害は人類を襲っている。変えられるものではあるまい。

 そのたびに自然に対する自身の在り方を反省し、改善の芽を紡いでいくことが、後世の人類に課された使命なのだろう。といった見解が三十一世紀では主流になりつつある。

 共存とは究極的に見たところの戦いである、とは二十三世紀の細菌学者アンドリューの言葉だが、三十一世紀を生きる我々はこの言葉の本意を痛感している。

 それによるならば、二つの勢力が互いにせめぎ合い抗争を繰り返し、実力が拮抗している状態、あるいはそんな状態を宇宙は「共存」と呼ぶのかもしれない。完璧な共存は、相容れることのない宿敵同士の対決だ。

 

 長々と書いてしまい申し訳ないが、最後に一つ、三十一世紀からの伝言をあなたたちに伝えて、この文章の締めくくりとしよう。

 私は事件を引き起こした蚊が保有し、サリンに酷似していたといわれる猛毒について、蚊を媒介する病、例えばマラリアか何かの突然変異によるものだと考えている。誰でも思いつきそうな憶測ではあるが、何分ウイルスについての記録がほとんど残っていない。許していただきたい。

 そこで、二十一世紀のあなたたちに詳しく調べ、将来、具体的には二十八世紀までに起こる予定の突然変異を食い止めてほしい。否、正確には、突然変異の過程を正確に把握し、被害を最小限に抑えてほしいのだ。

 なぜ、ウイルスがサリンに酷似していたのか。

 なぜ、一か月の殺戮の後、ウイルスが忽然と姿を消したのか。

 聡明な二十一世紀の人々よ、これらの謎を二十九世紀という決して近くはない未来での多大なる被害を防ぐべく、なんとか解明してくれないだろうか。

 どうして九十%もの人類が死滅する必要があったのか。神は人類を救い給わなかったのか。

 もしくは、あの残虐な殺戮こそ、神の意志であったのか。人類は聖書のノアの箱舟やペストの流行に続き、もう一度数を減らさねばならない、という神の哀しき啓示なのだろうか。

 三十一世紀に突入しても未だ謎は深まるばかりだ。

 是非、この文章が届いた幸運な人々で、この謎を解き明かしていただきたい。

 それは全人類が望むはずのないあの凄惨な結末を回避する唯一の手段であるし、成し遂げることが出来たなら、その人物は人類救済の立役者となる。

 お願いだ。どうかあなたの手で、あなたの子孫、ひいては全人類を救う、史上最大の研究を進めてほしい。

 以上をもって、私という、未来人からの警告とさせていただこう。あなたの健闘を三十一世紀の全人類が祈っている。



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