忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道 (2936)
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1.ハロンタウンのカレー少年
メイン連載が絶賛煮詰まり中の為、水を足すようについ思いつきのネタに手を出してしまいました。
半ば衝動書き的に始めた部分はありますが、こちらも愛情込めて書いていきたいと思うのでよろしくお願いいたします。
南北に広がり、多様な自然環境と古今の人間の営みが共存することで知られるガラル地方。
ハロンタウンはそのガラル地方の南部の丘陵地帯に位置する、農業と牧羊を主産業とする小さな町である。
「っしゃあ、カムカム、やりぃ!さっすがあたしの相棒!」
そんな長閑な田舎町の、とある民家の庭先。
「ウールー、ごめんな!今すぐ元気にしてやるぞ!」
家屋の脇に設けられた小さなバトルコートで、二人の
勝者は『カムカム』という愛称のカムカメを指揮していた少女。肩には届かないアッシュブラウンのショート・ボブに、やや丈の短い
一方、敗者である青いボア付きジャケットを着た色黒の少年は、力尽きた相棒にポケットから取り出した『げんきのかけら』を与え、彼がいくぶん元気を取り戻したのを確めると、ボールに戻してやった。
「さ、これであたしのあんた戦の
少女はいかにもここからが本題だという風に言葉を切ると、少し声を落とし、真剣な顔つきで目の前の少年に訊ねた。
「・・・もう経ったよね?あれから、三十分。」
少女の問いに、少年は頷いた。
「経った。オレの腹時計がそう言ってるから、間違いないぞ。」
そして二人は同時に、
「よーし、んじゃリックの家まで競走だ!バトルは負けたけど、走るのなら負けないぞ!」
「その勝負、乗った!・・・と思ったけど、そういやあたし、おかーさんに持ってけって言われてたカイス、うちの玄関に忘れてきちゃった。ちょっと取ってくるから、ホップは先行ってて!」
そう言うと、少女はホップと呼んだその少年の返事も待たずに脱兎のような勢いで自宅へと続く緩やかに坂道を下って行った。
◇
「あらためて、おじゃましまーす!リックー、もーいーかーい?」
少女に言われた通り、ひとり一足先に目的地の民家に着いた少年、ホップ・ビアーは庭が見える低いレンガ塀から身を乗り出してそう挨拶したが、そこには人の姿もなければ返事もない。
確認できるのは、ほとんど食事の準備の整ったテーブルと日当たりの良い花壇ですうすう眠るスボミーの双子、そして先刻来た時より大人しくなった火の上で小さな音を立てている、蓋つきの鍋ばかりである。
そこで、ホップは急いで周囲を見渡した。まだ料理人が戻ってくる気配はない。家の中に物を取りにでも行っているのだろうか。
「・・・『もーいーよー』。よし!」
自分で言った返事に自分で頷くと、少年は庭へと進み、食卓に並べられたスプーンを手に、ゆっくりと鍋の蓋を開けた。
「おおっ」
もはや良心の呵責など聞こえもしなかった。
溜まった唾を飲み込み、右手に構えていたスプーンをカレーの煮える鍋に差し込もうとした、まさにその瞬間だった。
「いづっっ!?」
突如右腕に走ったビリッという短く鋭い痛みに、ホップは思わずスプーンを取り落としてしまった。
その痛みには覚えがある。これまでに同じような状況の下で、幾度となく彼の出来心を咎めてきた、あの刺激だ。
まだ少し痺れる右手に顔を歪めながら、少年はハッハッという独特の息づかいの聞こえる背後を振り返って言った。
「くっそぉ、もうちょっとだったのに・・・!この忠犬パチ公めー!」
そこには、場を離れた主人の代わりにつまみ食いを働こうとする不届き者から鍋を守る番犬──すなわちこいぬポケモンのワンパチが、いつからかちょんと待機していた。
しかし、だからと言ってホップは回復したばかりの
そんな彼を、庭の入口から指を指して盛大に笑う者がいた。いつの間にか到着していた少女である。肩には、網に入った立派なカイスの実が担がれている。
「あはは、ばーか!見てなさい、そーゆーことはねぇ、まずはこーやってからやるのよ。・・・そぉれっっ!」
そう言ってカイスを置き、片足を上げ、投手さながらのフォームで彼女が投げた空のモンスターボールは、庭を越えてぐんぐん坂の道の下へと飛んでいく。
そしてその軌跡に沿うように「忠犬」が走り出したのは、彼の『たまひろい』のとくせいが発動した故か、はたまたイヌとしての本能か。
「おお!おまえ、頭いいな!!ベンキョーはできないけど!」
面と向かって率直にバカにされたにも関わらず、少年は尊敬できらきら輝く眼差しを幼なじみの少女に向けた。この町の住人に彼の長所はどこかと問えば、十人中十人が素直なところだと答える理由はここにある。
「ふふん、まあね。んじゃっ、今日の一番サジはわたしがいただきまー」
そうしてすくったひとさじを、少女が湯気ごと口へ運ぼうとした、その時だった。
「ユウリ」
いつの間にか家の中から戻ってきていた料理人が、睨むような目で少女を見据えていた。胸の前で組んだ腕の端からは、彼の愛用の柄が溶けかかった銀の玉杓子が覗いている。
そんな気まずい空気を和ませるべく、ユウリと呼ばれたその少女はまだ一すくい分のカレーが乗っているスプーンを顔の前に掲げ、朗らかな笑顔を繕って挨拶をした。
「あっ、リック。おつカレー!」
ぐつぐつとカレーの煮える音と、空気を読まない誰かの腹の虫の鳴き声が、沈黙の中に空しく響いた。
◇
「もう。いつも言ってるけど、ぼくはちゃんと一番美味しくなった時にみんなに食べてもらえるように作ってるんだから。まだ火にかけている鍋からつまみ食いをされるのは、いい気しないよ。」
そう言いながら、七分袖の赤いポロシャツの料理人──リック・クローヴは、山盛りのカレーライスでずっしりと重い皿をユウリ・ビクターに渡した。
「いや、だからね、それはもちろんあたしたちもすっごくよく分かってるんだけど、バトルしてお腹が空いてる時にあんなに良い匂いがしてきたらやっぱり・・・ねえ!」
炊きたてのまっ白なライスにたっぷりのカレーがかけられた、宝のようなその皿をテーブルに運びながら、少女は隣の同罪仲間に同意を求めた。
「そーそー!それに『空腹は料理をおいしくする最高のスパイスです』っておいしんボブのCMでも言ってるだろ!だから、はらぺこスイッチ全開のオレたちならきっと既に最高においしく頂けるはずだと思ってさ!」
先に席に着いていたホップも、イメージキャラクターの狂気的なまでのスマイルのインパクトで話題のステーキハウスのコマーシャルを引き合いに出して少女を援護した。
しかし、リックはその彼らの弁明には返事をせず、代わりに少し離れた場所で一緒に遊んでいた三体のポケモンを呼び寄せた。
「パチ、ウールー、カムカム。もういいよ、みんなおいで!」
そうして駆け寄ってきた三体の前には、口の中を火傷しないように人間用よりも先によそって冷ましていたカレーが並んでいる。そして、自分の顔を見て『いただきます』というように一声を上げてから食べ始めた三体に、リックはポケモン達を見たまま聞こえよがしに言った。
「よしよし。おまえたちはえらいな、ちゃんと『まて』も『いただきます』も出来て。」
「おおう。食べる前からピリッとくるなあ。」
リックが席に着く前にこっそりフライングをしようとしていたホップが、再びスプーンを皿に置いた。
◇
「くあー、うまかったぁ!やっぱリックのカレーは勝っても負けてもダイマックスリザードン級だな!」
お代わりをしてなおすっからかんの皿を前に、ホップはうーんと伸びをして言った。そして、ウールーに似た雲がのんびりと流れる青空を見上げたまま、でも、とぽつりと続けた。
「この味も、もうしょっちゅうは食えなくなるんだよな。さびしーなー。」
「ちょっとホップ、それ言わないでよ。せっかくついた決心が揺らぐじゃない。」
そんなホップのぼやきに、わりと強い口調でユウリが反発した。
プロのポケモントレーナーを志すこの二人は、先月、初等科の修了と共に地元のスクールを卒業した。そしてこの卒業休暇の明けと共に、ホップの兄であり現ガラルチャンピオンのダンデ・ビアーからの推薦をもって、ジムチャレンジの為にガラルを巡る旅へと出る。
「帰ってきたらいつでも作ってあげるよ。なんなら、レシピを書いてあげるから。キャンプの夜に作ればいい。」
そんな二人に対し。
まだ漠然とではあるが、将来は料理人になりたいと考えているリックは、今のスクールの中等科へ進んであと二年学んだ後、エンジンシティの調理の専門学校へ進学したいと考えていた。
「なに言ってんのよ。あんたじゃなきゃ作れないもののレシピなんかもらったって、あたしに作れる訳ないでしょ。」
「あはは、たしかにユウリにはムリだろーな!おばさんから聞いたぞ、おまえ、こないだインスタントスープ作るの失敗したんだってな!!」
そう言った直後にホップが悲鳴を上げて逃げ出したのは、その背にユウリの渾身の『はたく』が決まった為である。
「るさいわね、あんなのちょっとお湯の温度が足りなくてコナが溶けなかっただけじゃない!じゃっ、リック、ごちそーさま!またあしたね!ちょっとホップ、待ちなさいよ!!」
そう言って、ユウリもまた彼の後を追って行ってしまった。
またあした。
その何気ない一言に、リックは思わず笑ってしまった。
別に自分は明日も作るから食べに来いとも言っていないし、あの二人も明日も食べたいから作ってと言った訳ではない。
ただ、明日も明後日も、あの二人は自分が勝手に作るカレーの匂いにつられて、勝手にこの庭にやって来るだろう。そして隙あらばつまみ食いをしようと試みては、自分やワンパチに見つかって叱られるだろう。
本当にあの二人は、いくつ歳をとっても何も変わらない。
「ウールー、カムカム。家まで送るよ。パチもおいで。」
食べ終えたそのままの六枚の皿と鍋を水に浸してから、リックは三体のポケモン達に声をかけ、庭を出た。
二人の旅立ちは、もう一週間後に迫っている。
【おまけ】~本文がより深く味わえるかもしれない三つの補足~
[リック・クローヴ]
本作の主人公で、生まれも育ちもハロンタウンの13歳の少年。家は良質なウールーの毛を出荷する畜産農家で、相棒のパチと共に家業を手伝いながらカレーを作る日々を送っている。沸点の高い静かな性格のため、よほどのことがなければ平常心の範囲内でチクリとやる程度の静電気系男子。
[ホップ・ビアー]
リックの幼なじみで少し離れた隣家の13歳の少年。 兄は現在ガラル地方のポケモントレーナーの頂点に立つダンデ・ビアーで、彼に憧れつつも自身がチャンピオンになることを夢見ている。家は専業農家で、広大な土地の畑を所有している。余計なことを言ってユウリを怒らせるのが得意。
[ユウリ・ビクター]
家はブラッシータウンだが、リック、ホップとは同い年の幼馴染みで、毎日のようにハロンタウンに遊びに来ている。運動神経とポケモンバトルのセンスには恵まれた、げんきのかたまりのような少女。実家は品揃えと鮮度が自慢の木の実屋。
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2.英雄の帰還
今のところほぼ人間とカレーしか出てこないポケモン小説ですが、それでもよければご賞味下さい。
【前回のあらすじ】
ガラル地方のハロンタウンに住む少年、リック・クローヴは相棒のワンパチと共に日々カレーを作っては幼なじみのホップ・ビアーとユウリ・ヴィクターに振る舞っていた。そんな二人はプロのポケモントレーナーとなることを志しており、近くジムチャレンジの旅へと出る。
ガラル地方、ブラッシータウン。
ハロンタウンから一番道路を北上した先にある、この地域では一番賑わいのある街だ。
元々はハロンタウンと変わらないほどの農村であったが、十年前にこの地方の主要都市との往来を可能にする『ガラル鉄道』の路線延長で駅が新設された事により、今ではブティックやポケモンセンターも有するまでに発展した。
そんなブラッシータウンに、ちょっとした事件が起こったのは、その日の昼下がりである。
「おい!ダンデさんが帰ってきたぞ!!」
正午きっかりの列車の到着と同時にプラットホームから起こったその報せは、瞬く間に近くの店や学校にまで広まり、十分の後には昼休みに入ったばかりの人々を駅前広場に寄せ集めていた。
その男が駅舎から悠々と出てきたのは、ちょうどそんな頃合いである。
「やあ、ごきげんよう!ブラッシータウンのみなさん、いつも温かいお出迎えありがとうございます!ダンデ・ビアー、ただいま戻りました!!」
そう言って男が右腕を高々と突き上げ、彼の象徴である『リザードンポーズ』を取ると、観衆の間から割れるような歓声が起こった。
「いいぞ!あんたはオレ達ハロン地域民の誇りだ!!」
「ダンデさーん!!カメラ目線でこっち向いて!・・・ギャー!!」
「ありがとう、ありがとう!みなさんのためにも、ガラルチャンピオンとしてこのダンデ、これからも最強の勝負を・・・ん?」
そこで突然英雄は口上を途切らせ、代わりに目を閉じて鼻先をひくひくと動かし始めた。
そんな彼の様子に観衆達も歓声をあげるのを止め、不思議そうに見つめている。
やがて、彼はぱっと目を開いた。そして、先ほどより明らかに輝きを増した瞳で、一番道路の方を見て呟いた。
「この芳しいカレーの匂いは。間違いない、間違いないぞ!」
(おい。ダンデさん、急にどうしたんだ?)
しかし、もはや彼の耳にそんな観衆の囁きは届かない。
「みなさんすみません、ちょっと急ぎの用事ができたので、今日はこれにて失礼!しかしチャンピオンのダンデはいつもいつでも皆さんのために最強の勝負をします!それではこれからも、レッツチャンピオンタイム!!」
先ほどの言いかけの台詞をそう言い残してマントを翻すと、後は振り返ることなくリザードンと共に一番道路へと走り去って行った。
残された観衆は、ただただ唖然とするばかりである。
それでも自分達の昼休みが既に半分を切ってしまっている事に気づくと慌てて解散していったが、そんな人だかりの最前列にいた若者が、思い出したように隣の友人に訊ねた。
「なあ。そういや、カレーの匂いなんてしたか?」
「いや、全く。ダンデさん、何か勘違いしたんじゃないのか?」
そんな一連の出来事を、一人離れた場所から見ていた者がいる。
「やれやれ。これなら私、迎えに来る必要なかったじゃん。ね、ポポ。」
そう言ってしゃがんで足元の
『もうすぐ着く!という訳でよろしく!』
もう一度だけため息をついてから立ち上がると、彼女は馴れた手つきでスマートフォンの画面をとんとんと叩き、今度はそれを耳に当てた。
「あ、もしもし、おばあさま?ええ、そう。だから、今からもう研究所に戻りますね。」
そして、トレードマークのウェーブがかったオレンジ色の長いサイドテールを揺らしながら、町の東の方へと歩いて行った。
◇
ハロンタウンの高台の一軒家の庭では、その日も三人の子ども達が、この家に住む少年の作ったカレーのランチを楽しんでいた。
「よお、わが弟達よ!元気にしていたか?そしてリック!おまえのカレー、特盛ふたつだ!!」
そこに、何の前触れもなく突然兄が現れたものだから、飲んでいたおいしいみずをホップがむせたのも無理はない。
「ア、アニキ!?いつシュートシティから帰って来たんだよ!?ていうか、なんでここにいるんだ!?」
「さっきブラッシータウンの駅に着いた。そしてこの匂いにつられて、いや、連れられてここまで来たんだ。」
「いやいやいや。それはおかしいでしょ。駅からここまで普通に三キロくらいあるから。どういう嗅覚?」
こともなげにそう答えたチャンピオンに、ユウリがすかさず突っ込んだ。とはいえ、この人並み外れた方向音痴を有するチャンピオンが、何のヒントもなしにここまで辿り着けるはずはない。信じがたいことではあるが、やはり匂いを頼りにやって来たのは確かだろう。そして実際、彼はこのリックという少年の作るカレーを弟達と同じぐらい愛していた。
「とりあえず、カレーはすぐに用意できますから、どうぞ座ってください。リザードンも入ってきていいよ。」
家主の言葉に、きちんと庭の外で待機していたリザードンも威勢の良い
どうやら主人より彼の方が一般的な感覚を持ち合わせているらしい。
「ああ、やっぱりこのカレーはいいな!なんというか、最高に懐かしい。あの頃を思い出す、そんな味だ!」
そう言いながら振る舞われたカレーを平らげる兄に、ホップが控え目に声をかけた。
「ああ、そりゃよかったな。ところでさ、アニキー」
「おお、ホップ、分かっているとも!約束の物の事だろう?心配するな、ちゃんとどっちも準備万端だぞ!ユウリ、もちろんおまえの分もな!」
そう言うとダンデは、弟の隣で自分に何か物申したそうな視線を送っていた少女にもカレーとよく合う爽やかな笑顔を見せた。
「あ、うん。それはすごく嬉しいし、ありがたいんだけど。でもー」
しかし自信に満ち溢れたチャンピオンは、その逆接の先を聞こうとはしない。
「ははは、まったく心配症だな、おまえ達は!大丈夫だよ、推薦状ならリーグ本部から用紙を貰ってきてるし、プレゼントだってこの通り、オレの帰りに合わせて明日の夕方にうちに──って、ん?明日??」
そこで初めて目を見開いてロトムスマホを二度見したチャンピオンに、同席の三人は揃って頷き、リックが場を代表して言った。
「はい。ですから、明日じゃありませんでした?帰って来られるの。」
少年のそんな素朴な質問に、チャンピオンは笑って答えた。しかし、その声に先ほどの威勢は感じられない。
「いやいや。おまえ達、オレがいくらたびたび道を間違えるからって、帰る日にちまで間違えるなんてそんなバカなー」
しかし、彼がその直後にタップしたスマホを見て眉根を寄せたのを、三人は見逃さなかった。
◇
「くあー!食った食った!ユウリ!腹ごなしにバトルしよーぜ!チャンピオンに捧げる
「いいけど、それって結局あんたがあたしに勝利を献呈するだけよ?それでもいいならやるけど。」
「はっはっは、いいぞ二人とも!競い合い、刺激し合えるライバルがいてこそ強くなれるんだ!」
ダンデがハロンタウンに帰郷したその日の夜。
主役の勘違いにより急遽一日開催が繰り上げられたものの、ビアー家主催のバーベキューパーティーであったが一人の招待客も欠かすことなく無事に終了した。
そして食後、ダンデ立ち会いの元でホップとユウリが通算三十一戦目となるバトルを始めた庭のバトルコートの外では、兄弟の母親と二人の客人の手で着々と後片付けが進められていた。
「ごめんなさいね、二人とも。予定を早めた上に準備と片付けまで手伝わせちゃって。本当に助かったわ。」
「いえ、たくさんご馳走になりましたから。これくらいはさせてもらわないと。」
「そうですよ。それに、こういう仕事は慣れてますし、苦にもならないんで。」
ホップの母親の言葉に、作業をしていた二人が快く返事をした。一人がシンクで食器を洗い、もう一人がその洗われた食器の水気を拭く二人の仕事はとても手際が良く、山積みの洗い物も見る間に片付いてしまった。
「ほんとに、一人でいいからうちにもリックくんやソニアちゃんみたいな子が居てくれたらねえ。まあ、これでホップも家を出ていったら、またいくらか楽にはなるんだろうけど。」
そう言って少し寂しそうに笑ったホップとダンデの母親は、手伝いをしてくれたリックとオレンジ色のサイドテールが印象的なもう一人の客人に手土産の袋を持たせた。中身は無農薬が自慢の自家栽培の野菜だ。
「はい、ソニアちゃん。マグノリア博士によろしくね。それに、ワンパチちゃん用に今日のお肉についていたホネも入れてるから。」
「すみません、気を遣って頂いてありがとうございます。おばあさまもきっと喜ぶと思います。それじゃ、今日はここで失礼します。」
華やかな見た目の印象とは裏腹にきちんとした言葉遣いと物腰で、ソニア・ベツレムは兄弟の母親に別れを告げた。彼女はブラッシータウンの研究所に属する若きポケモン研究者で、祖母であり師であるマグノリア博士の助手を務めている。
そんな彼女が今日この場に招かれていたのは、彼女がまずダンデの幼なじみであると共に、その弟のホップの勉強を見てやっていたこと、そしてそのホップと共にジムチャレンジの旅へと出るユウリが従妹にあたるという縁に依る。今晩のパーティーは帰省したダンデをもてなすと共に、旅立つ二人の壮行会という意味もあったのだ。
「それじゃ、ぼくもソニアさんを二番道路まで送って行った後、そのまま家へ帰りますので。今日はここで失礼します。ダンデさんとホップによろしく。パチ、行くよ!」
おまけに。
彼女の現在のパートナーであるワンパチの『ポポ』は、ホップとユウリの親友であるリックの相棒『パチ』の姉であるという縁もある。従って、彼女はある意味では今夜のパーティーには最も欠かせない人物であったと言えよう。
「ほんとうにありがとうね、リックくん。それじゃあワンちゃん達、二人を頼むよ。それじゃあおやすみなさい。」
そして二人はまだバトルをしているコートの三人が気付かない内に、そっとビアー家を後にした。
◇
「相変わらずすごいね。ダンデくん、今日もリックくんのカレーの匂いに誘われてお家まで行ったんでしょ?」
ソニアがリックにそんな言葉をかけたのは、ダンデとホップ兄弟の家を出て少し歩いた先の、一番道路の道中でのことだった。
田舎の道らしく街灯の間隔はかなり広いが、二匹のワンパチと殆ど丸い今夜の月のおかげで、夜道を行く心細さはさほどない。
「はい。ユウリも驚いてました。チャンピオンになると嗅覚まで超人的になるのかって。」
そこでリックがユウリを引き合いに出したのは、もちろん彼女がソニアの従妹であることによる。比較的家が近いことやソニアの母親が早くに亡くなっている事もあり、昔から家族ぐるみの付き合いであった二人の関係はもはや実の姉妹とさえ思えるほどだ。
しかし、彼女が言わんとしていることは、そんな従妹も驚く幼なじみの超人ぶりではなかった。
「あ、ううん、そうじゃなくて。もちろんダンデくんも普通じゃないけど、単純にリックくんのカレーがすごいってこと。」
「え?」
ソニアの意外な言葉に、リックは思わず隣を歩く彼女の横顔を見上げた。
「ほら。前にリックくんのカレーの作り方を教えてもらったでしょ?実はあれから
笑い話のように明るく、しかしどこか寂しそうにそう言った笑顔に、リックは思い出した。いつか、彼女にそれを頼まれた日の事を。
──ね。もし良かったら、今度私にカレーの作り方を教えてくれないかな。
パチを連れて二番道路の先にある彼女の家へ遊びに行ったある日、突然そう言われたリックは、その言葉の意図が理解できなかった。
それというのも、祖母であるマグノリア博士との二人暮らしの中で家事全般を担当している彼女が、カレーという料理を既に十分上手に作れる事を知っていたからだ。
しかし、その事を指摘すると、彼女は笑って首を横に振った。
「ごめんごめん、頼み方が悪かったね。私はね、リックくんのカレーの作り方が知りたいの。」
「ぼくのカレー、ですか?」
おうむ返しにそう言って目を丸くする少年に、少しの間を経てソニアは理由を説明した。
「そう。ほら、ダンデくんって、いつもリックくんのカレーの匂いにつられてくるじゃない。だから、私にもそれができたら便利かなって思ってさ。」
指先でそわそわと髪を弄りながら目線を外してそう話すソニアは、リックの知るちゃきちゃきとしたいつもの彼女とは少し違っていた。しかし、それが何を意味するのかまでは、彼にはまだ分からない。
「分かりました。だけど、ぼくがいつも作ってるのって本当にふつうのキャンプカレーですよ?それでもいいですか?」
そう念を押して伝授した
それでも、彼が来なかったということは──。
「きっと、リックくんのカレーにはあって、私のカレーにはないものがあるのね。そしてそれは、素材とか作り方とか、そういうものではなくて。だけど、その存在が間違いなく彼を惹き付けている。」
ま、そういう事ってあるよね、と彼女がまるで自分のカレーを何かすごい物のように言うものだから。
リックはつい、心の呟きを声に出して言ってしまった。
「それなら、ぼくのカレーも同じですよ。」
「え?」
少年の意外な言葉に、ソニアは彼の方へと振りかえった。
並んで歩いていたはず二人の間には、知らぬ間に半歩ほどの距離が空いていた。
「自分のカレーには間違いなく足りないものがある。でも、それが何かまでは分からなくて。だから、どうしても
立ち止まり、吐露するようにそう言ったその顔を、ソニアはじっと見た。月明かりの下といえど、その表情は彼女のよく知る穏やかでドライな彼とは、明らかに趣が異なっている。
──この話には、きっとこの子の人生にとって重大な何かが絡んでる。
そう直感したソニアは、少し膝を折って少年に目線を合わせると、まだ思い詰めたように強張っている彼の表情を解すように気さくに言った。
「ね。そういえば私、まだ詳しく教えてもらったことなかったよね?リックくんがカレーを作るようになったっていう、きっかけの夜のこと。まだそんなに時間も遅くないし、話すのが嫌じゃなかったら聞かせてよ。お茶でも淹れるからさ。」
そしてその提案に彼が首を縦に振ったのを確認すると、いつの間にか目前に迫っていた湖畔の
毎週かどうかは別として、今後の更新は金曜日の昼に固定しようと思います。
理由はもちろん、カレー感アップの為です。
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3.忘れられない味[前]
今回も人間をふんだんに盛り込んだポケモン風カレー小説となっております。
お口に合うようでしたら是非。
【前回のあらすじ】
ジムチャレンジの旅に出るホップとユウリの為に、ホップの兄で現ガラルチャンピオンのダンデが帰郷した。そんな彼はブラッシータウンの駅に着くなりリックのカレーの匂いにつられてハロンタウンに現れたが、彼の幼馴染みのソニアはそんなリックのカレーを不思議に思う。そこで彼女は、リックにカレーを作るようになったきっかけの出来事を聞かせて欲しいと頼む。
ソニアに案内されてリックが久々に訪れた二番道路の湖畔の邸宅は、相変わらず緑溢れる空間であった。玄関のみならず、彼の通されたダイニングに隣のリビングまでもが隙間家具ならぬ隙間鉢で埋め尽くされている。
「植物と同居する事にはいくつもの素晴らしい効用があることが証明されているのですよ。そしてそのどれもが、私たちのような朝から晩まで研究所に籠りきりの人間にはぴったりのね。」
笑いながらそう言ってその「素晴らしい効用」をリックに教えてくれたのは、ソニアと共にこの家で暮らすマグノリア・ベツレム博士だ。ずいぶん前の話なので大部分は忘れてしまったが、古い文献から飛散する有害物質を吸収したり、読書による目の疲れを癒やしてくれたりするのだと聞いて、確かに彼女達にはうってつけだと納得した覚えがある。ちなみにそのマグノリア博士は今日は所用でエンジンシティの方へ出かけており、今夜はそちらに宿を取るらしい。
「はい、どうぞ。ポポとパチにはミルクをあっためてあげるからね。」
そう言ってソニアは湯気と柔らかな香りを漂わせるティーカップをリックとその向かいの席に置くと、今度は足元に並んで座る二匹のワンパチ達の為に、下部に引っ掻き傷のある冷蔵庫からモーモーミルクを取り出した。
ソニアの言う「ポポ」とは彼女のワンパチの愛称で、その名の由来は「首の周りの毛がタンポポの花みたいに黄色くて、綿毛みたいにふわふわしているから」だそうだ。
「さて。それじゃ、お聞かせ頂こうかな。確か、二年くらい前だっけ?」
二匹のワンパチに温めたミルクを出して自分もテーブルに着いたソニアは、ティーカップを両手で包みながら本題を切り出した。
「はい。ソニアさんがまだイッシュ地方に留学されていた頃です。ぼくとホップとユウリの三人は、遊びの延長で『まどろみの森』に迷い込んでしまったことがあったんです。」
◇◇◇◇
「あーもー!なんでこんなことになるのよ!」
「なんでって、ユウリが調子に乗ってウールーに乗ろうとかするから、あいつらパニクって柵壊して転がっていったんだろー!?」
苛立つ少女と泣き出しそうな少年のそんな会話が木霊するのは、ハロンタウンの西のはずれに広がる『まどろみのもり』。大人達から立ち入りを厳しく禁じられているこの森に彼らが迷い込んでしまった経緯は、今の少年の言葉──すなわちホップの言った通りである。
この日、リックの家で三人で見ていた『ひのうま郵便』という映画に触発されたユウリが、自分もポケモンに乗ってみたいと言い出したのだ。
「だけどオレ、この辺でポニータなんか見た事ないぞ。」
既に何となく嫌な予感がしていたホップは、劇中で主人公の相棒であったひのうまポケモンの名を出して彼女の気が変わる事を願った。が、彼のそんな思いはあっさりと打ち砕かれた。
「べつにポニータじゃなくてもいいのよ、こーゆーのは気分が大事なんだから。・・・あ!なんだ、いるじゃない、乗れそーなやつ!!」
そんな嬉々とした言葉と共に彼女の目に留まってしまったのが、禁じられた森へと続く柵の前で日向ぼっこをしていた二体の気の毒な小ヒツジであった。
「とにかく。ウールーは草を食べられるし、暖かい毛もあるから一晩くらい森の中でも平気だろうけど、ぼくたちはそうじゃない。夜になる前にここを出ないと。」
「出ないと?オレたち、どうなるんだ?もしかして──」
「ちょっとホップ!怖いこと言わないでよ!!」
もはや口を開く度に泣き言をこぼすホップと、口を開く度に怒り出すユウリ。そんな二人を率いながら、リックは黙々と霧の獣道を歩き続けた。もっとも、その道が望んでいる方へと通じているのどうかは彼自身にも分からない。それでも、足を止めてしまえば不安で気が狂う気しかしない以上は前に進むしかなかった。
しかし、気持ちはどんなに頑張りたいと思っても、身体にはやはり限界が来る。
「ダメ、あたしもう足ガックガク。もう一歩も歩けない。」
そう言って、ユウリが縦一列に並んでつないでいた手を離したのは、それから間もなくの事であった。
三人の中では一番活発で運動神経も良い彼女だが、その華奢な足が慣れない森の道に疲弊しきっていることはリックとホップの目にも明らかだった。しかし、だからといって今の二人に彼女をおぶって歩く余裕はとてもない。
仕方なく、両足を投げ出して座り込んだユウリのそばにリックとホップも腰を下ろした。
「わかった、少し休憩しよう。だけど、もうじき日が暮れる。夜になれば今よりもっと暗くなるし、気温も下がると思うんだ。だからユウリ、もう少しだけー」
頑張ろう。リックはそう続けようとしたが、できなかった。緊張が途切れた事で疲労が一気に押し寄せ、自分自身も頑張れる自信がなかったからだ。ホップも隣で大の字になったまま動かない。
やがて汗が冷え、火照っていた身体が急速に寒気に包まれていくのを感じたが、リックにはもはやどうすることもできなかった。
恐れていた夜と闇が訪れても、ただ膝を抱えたまま座り続けるしかなかった。
それから、どのくらい経ったか。
「おい、リック。起きろ!」
突然、乱暴に身体を揺すられてリックは目を覚ました。気付かない内に、膝を抱えて座ったまま眠ってしまっていたらしい。
「あ、ホップ、おはよう。・・・?」
そうだ、ぼくたちは確かまどろみの森で迷子になっていて──。まだ頭がぼんやりとして状況が掴みきれていないリックだったが、空腹を通り越してもはや生存本能を刺激するその匂いは瞬時に知覚することができた。
「これってもしかして・・・カレーの匂い?」
リックがそう呟くと、ぱっとホップの顔が輝いた。
「やっぱするよな!?オレの気のせいじゃないよな!?」
木々や草花の放つ濃い森の匂いに混じってほのかに、という程度ではあったが、確かにその香りはリックの鼻にも嗅ぎ取れた。視覚でいうところの夢や幻の類ではないだろう。
「よっしゃ、ユウリも起こすぞ!!おい、起きろ起きろ!カレーだぞ!」
そう言ってホップがユウリを起こしている間、リックは必死に目を凝らし、耳を澄ませ、鼻を動かして辺りの様子を探った。霧が幾分晴れているのか、闇に目が慣れてくるとなんとなく周りの状況が見えてくる。
そしてそのように感覚を研ぎ澄ますこと数分の後に、彼はついに発見したのだ。北か南かも判らないその方角の先に見える、針の穴のような明かりを。
「ん?え、なに?カレー??」
ちょうどそこに、ホップに揺さぶられ続けていたユウリが目を覚ました。少し鼻声をしているものの、大きな体調の変化はなさそうだ。位置を見失わないよう注意しながら、リックは二人にも明かりの存在を説明した。
「んー、言われてみれば確かに見える気もする、かも・・・?」
「でも、ここにいたって仕方ないんだから。とにかく行ってみようよ。」
こうなるとげんきんなもので、さっきは一歩も歩けないと言ったユウリが先頭に立って光を目指し始めた。もちろん、眠った事でいくらか体力が回復したこともあるだろうが。
思っていた以上に、光は遠かった。暗くてよく分からない地面の起伏や直進を阻む木々の存在がさらに道のりを長くしたが、それでもだんだんはっきりとしてきたその匂いが三人の足を前へと進ませ続けた。そして、とうとう──
「あそこだ。」
そこは不思議な場所だった。
森の真ん中でありながら広く円形に開けており、まるで森の住む者達の集会所のように見える。また、近くに川でもあるのか、かすかにせせらぎのような音も聴こえる。そんな空間の中央で、三人をここまで導いた光と匂いの源は今なおそれらを発し続けていた。そしてその奥には、森の色によく似た深緑のテントが設えられている。
──どうする。
手前の茂みから様子を伺っていた三人がそのまま飛び出さずに額を寄せ合ったのには、もちろん理由がある。
焚き火の上で湯気を立ち上らせながら煮える鍋、中では紛れもなくカレーが煮えているであろうそれは、今の彼らにとって生きる希望そのものであった。
だから、もしもその傍らに
「いや、アレは絶対やばい。オレ、アニキの部屋のリザードンの本で読んだことあるもん。『色ちがい』の黒いリザードンは、悪い奴らが
「でもさ。こんな森の奥でテント張ってカレー作る悪いやつとか、いる?」
危機感さえ感じるほどの空腹を抱えながらも、三人が鍋へと走れない理由は、そのやり取りが全てであった。
既に美味しい匂いを漂わせる鍋を掲げる火の、そのすぐ傍。そこで、まるで財宝を守る番人のように身を横たえて休む黒い飛竜の存在が、飢餓に勝るとも劣らない危機感を彼らに与えていたのだ。
「そんなの分かんないぞ。キャンプが好きなマフィアのボスだっているかもしれないじゃんか。」
「キャンプが好きならマフィアのボスでも良いやつかも知れないじゃない。ねえ、あんたってなんでいつもそういう事言うわけ?」
(しっ!何か聞こえる!)
いつものコースを通って口喧嘩に入ろうとした二人を、リックがテント脇の小道を指しながら鋭く制した。そしてそこからふたつの白い大玉が広場へと文字通り転がり込んできたのは、その直後であった。
「こら!!おまえら、せっかく洗ったのに意味ねーだろ!ちゃんと地に足をつけて歩け!」
後ろから追いかけてくる人物のその言葉を受けてか受けずか、それらは焚き火の手前で急ブレーキを切ったように大きく跳ねると、本来の四つ足の姿となって着地した。そしてその姿は、茂みで様子を窺っていた三人にはとても見覚えがあった。
(ウールー!!)
全員、ちゃんと小声で叫んだはずだった。
なのに、鍋の傍で眠っていたリザードンはぴくりと耳を動かした後に身体を起こし、今やまっすぐこちらを見ている。
「ん?どした、リー?」
どうやら、ウールーを追って現れたこの人物がこのリザードンとキャンプの主らしい。
こうなればもはや、迷う余地はなかった。
三人はしっかりと手をつなぐと、リックを先頭に縦一列に広場へと進み出た。
「あの、すみません。えっと、ぼくたちー」
そのウールー達を追って森に入って、迷ってしまって。帰り道を探しているんです。
よし、これでいい。
とっさに言うべき事を頭でまとめ上げたリックが口を開きかけた、その時であった。背後からのあっ、という小さな叫び、そしてその直後──
ぐううおおぉぉぉぉ。
地鳴りのような腹の虫の咆哮とその後に訪れた沈黙に、やむなくリックは続ける予定をしていた言葉を変更した。
「・・・おなかが空いているんです。」
思った以上に長くなってしまったので、二話に分割します。
【おまけ】~本文にコクと深みをもたらすかもしれない四つの補足~
[ひのうま郵便]
カントーで制作された子ども向け実写映画の名作。みなしごのポニータとマサラタウンの郵便配達夫の少年の心温まる成長物語。ポケスペ小ネタ。
[『色ちがい』の黒いリザードン]
この世界ではどうも黒塗りの高級車に近い印象があるようです。
[↑のトレーナーらしき謎の人物]
もはや隠す気も隠れる気もない本作の隠し味。
[カレーが匂いがしてから時間が経ち過ぎてる(=煮過ぎて焦げている)説]
調理人曰く「アクを根絶してたら水位が下がりすぎたので適当に水を足したところ今度はサラサラになってしまい、相当煮詰める必要があったので問題ない」との事。アク代官あるあるですね。
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4.忘れられない味[後]
明けましておめでとうございます(小声)
今年もは頑張りますので、どうぞ2020年も拙作をよろしくお願いいたします。
【前回のあらすじ】
一ヶ月空いた上に今回がかなり短いので、差し支えなけれればご覧頂ければ幸いです。
追々加筆します。
「ほい。まずは二人分な。」
そう言って青年から手渡された二皿を、リックは先にホップとユウリに渡してやった。
「わー、ありがとうございます!」
「うおお、うまい!リック!!何もないけど、めっちゃうまいぞ、このカレー!」
「ん?あ、そーか、
自分の分である三皿目を携えた青年の口からそんな言葉が聞こえたので、リックは急いでことわりを入れた。
「大丈夫ですよ。ぼく、ホップかユウリが食べ終わるまで待ちます。」
しかし、青年はその提案をいや、と遮り、上着の胸ポケットに指を突っ込んで、何かを引っ張り出した。
「これ使ってくれ。オレのマイスプーンだけど、ちゃんと毎回洗ってるから。」
そう言って渡されたのは、ホップやユウリが使っている折りたたみ式のキャンプ用スプーンではなかった。
すらりとした流線と鏡のような銀が美しい、レストランのカレーに添えられるようなスプーンだ。
「すみません。本当にありがとうございます。」
リックは改めて両手で皿を抱えた。
温かい湯気と美味しい香りとほど良い皿の重みが、心身に染み渡る。
じわりと熱いものが込み上げた鼻元を軽く拭った後、いただきます、といつもより丁寧に手を合わせ、すくった一さじを口に運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほどね。それは記憶に残る一皿になるよね。」
ブラウンの角砂糖を二つ足した自分のカップをスプーンでくるくると掻き回しながら、ソニアが相槌を挟んだ。
「でも、それだけじゃなかったんでしょ?つまり、極限状態で食べたから忘れられないって訳じゃなく。」
彼女の言葉に、リックはカップを置いて頷いた。
「はい。もちろん、そういう部分も少なからず含まれていたと思います。助かった安心感とか、空腹からの解放感とか。だけど、ぼくが本当にあのカレーに満たされたのは、お腹よりも、もっとずっと奥の方の何かでした。だけど、それが何なのかはどうしても分からなくて。」
その時、ミルクを飲み終えたパチがリックの椅子の元へとやってきた。そのふわふわの首元をひとしきり撫でてやりながら、リックは呟くようにぽつりと言った。
「だからあの時も、ただ泣くしかなかった。」
◇ ◇ ◇ ◇
「な、リック!うまいだー」
自分とユウリより一皿遅れてそのカレーを口にした友人の顔を覗き込んだホップは、目を疑った。
「ほあ!?」
あの、何時いかなる時も冷静で淡々としている幼なじみが、ぽろぽろと涙をこぼしている。十年来の付き合いでありながらホップが彼の涙を見たのは、六歳の頃にユウリの家の庭でビークインに三人仲良く手の甲を刺された、もう七年も前のその一度きりだ。
「お、おい、リック!?どーしたんだよ!そんなに辛くないだろー!?」
ちがう、そうじゃない。
リックはそう言いたかったが、ただ首を横に振ることしかできなかった。言葉が出てこないのだ。
「え、なに、大丈夫!?ちょっとホップ、あんたリックに何したのよ!?」
ホップの騒ぐ声に、二人から少し離れた場所で青年と喋っていたユウリが驚いてそばへ駆け寄ってきた。そしてまた言い争いを始めようとした彼らに、リックは喉をこじ開けて割り入った。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ。ホップの言う通り、このカレーがすごく美味しいから。だから、心配しないで。」
しかしその言葉は本当でもあり、嘘でもあった。
確かにカレーは空っぽの五臓六腑を貫通して骨の髄までしみこむほどに美味い。が、その目頭を熱く沸かせているのは、
「なに、ずっと張ってた気が緩んで、ついでに他にもいろいろ弛んだんだろ。」
それでも、相変わらず涙をこぼしながらカレーを口に運ぶリックを心配げな表情で見守るホップとユウリ。
そんな二人とは対照的にのんびりとした調子で、カレーを振る舞った当の本人である青年は続けた。
「おまえが食い終わったら、森の入口まで送ってやるよ。そんなに時間もかからないから、よく噛んで味わって食え。」
◇ ◇ ◇ ◇
「ぼくが初めてカレーを作ったのは、その翌日です。最初は家の中で母さんに手伝ってもらって、というより殆ど母さんが作るのを手伝うという感じでしたが、一ヶ月後には全ての行程を一人でこなせるようになりました。そしてその次の月には、庭で火を起こすところから始められるようになったんです。だけどー」
「それでもまだ自分の
ソニアの相槌に、リックは頷いた。
「ふうむ。」
天井から下がっている観葉植物を眺めながら、ソニアは今の彼の話から得た情報を元に仮説を組み立て始めた。
この少年は、その夜のカレーから言葉にできないほどの感銘を受けた。が、同じ時に同じカレーを食べたホップやユウリはそうではない。もちろん味覚や感性の違いと言ってしまえばそれまでだが、どうも何かしらの明確な要因があるように思える。
それは、幼い頃からこの三人を知るソニアの直感だった。
「今のきみの話を聞いた私の考えを述べると」
すっかりぬるくなった紅茶を一口飲んで、ソニアは続けた。
「きみは森で迷って歩き疲れてお腹が減るその前から、ずっと何かに飢えていた。その何かっていうのは、おそらくホップやユウリの中には既に在るものね。そしてその飢えは、今なお満たされることなく続いている。」
今なお、という言葉に、なぜかリックはびくりと身体が震えた。が、ソニアは構わず額の黒縁メガネをかけ直し、にやりと笑って言った。
「ようし。では、そんな迷える子ヒツジくんには、ソニア先生から宿題のプレゼントを贈っちゃおう。」
「先生」は彼女がリック達に対して家庭教師を務める時に要求する尊称である。勉強の苦手なホップやユウリほどではないものの、リックも彼女の教え子となったことは一度や二度ではない。
「宿題・・・ですか?」
「そう。っていっても、ちょっと難しいと思うから、締め切りはきみが好きに決めてくれたらいいよ。では、出題。」
ここまでの話の流れから、自分の中の「飢え」の正体について考えてこいと言われるのだろうかと、リックは思った。
が、彼女の口からもたらされたのは、その難題を応用した、更なる難題だった。
「ねえ、リックくん。きみは、本当にこのままでいいの?」
定期的に一話を書き上げる癖をつけたいという思いも込めて始めた連載だったのですが、何やかやで一ヶ月空いてしまいました。
日とか週単位で投稿されている方は本当に尊敬します。
ちなみに2936の忘れられない味は、大学時代に某露国のスーパーで買ったバニラヨーグルトです。
使い古された電気カーペットの味がしました。
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5.謎の人物からのふしぎなおくりもの
【前回のあらすじ】
ソニアからカレーを作るようになったきっかけを教えて欲しいと頼まれたリックは、二年前にまどろみのもりで一人の青年に出会い、彼に振る舞われたカレーに衝撃を受けた事を話す。
そんな事情を知ったソニアは、今なお満たされない思いを抱えている彼に、ひとつの「宿題」を課す。
──きみは、本当にこのままでいいの?
寝不足で回転の今ひとつな頭に、昨夜から幾度となく反芻しているその一言がこだまする。
おかげでリックは、目の前の客が手を合わせて贈ってくれたその言葉を、完全に聞き逃してしまった。
「おい、リック。ごちそうさまだってさ。」
隣のホップにそう小突かれ、ようやく彼は現実に戻った。
「え?あっ、はい!どうも、お粗末様でした。・・・」
慌てて立ち上がり、空になった皿を下げる。しかし、当の客はそんなリックの上の空な態度を意に介することもなく、にこにこと食した一皿の感想を述べた。
「いやあ、なかなか味わい深いものを食べさせてもらいました。何も入っていないカレーは久々でしたが、そのシンプルさがかえってきのみの風味をよく引き立てていたと思います。きみは、いつもこのカレーを?」
「そうですね。作り方は、基本的にいつも同じー」
そう言いかけて、リックはそのカレーがいつもと異なる点を持っていたことを思い出した。
「・・・なんですけど、そう言えば今日は五味のすべてのきのみを同量で使いました。いつもは二、三種を味を見ながら調整して使うんですけど。」
カレーに入れるきのみとその分量──すなわち味は、振る舞う相手からのリクエストがなければ、リックがその日の気分で決めている。しかし、一度に五つの味のきのみを使うというのは、考えてみれば初めてだった。
そんなリックの言葉を聞いた客の男は、やはりにこにこと笑ったまま、屈託なく言った。
「そうでしたか。なるほど、どうりで酸いも甘いも含まれていた訳た。」
その男がやって来たのは、今から半刻ほど前の事ある。
◇
ビアー家でのバーベキューパーティーの翌日。
この日の昼も、幼なじみの三人組は例によってリックの家に集まり、彼の作ったカレーの昼食を取っていた。
「それにしても、気になるよな!今日アニキがオレたちに会わせたい人ってさ!」
色黒な頬に白い米粒をつけたホップが、はしゃいだ声で他の二人に言った。この日、三人は会わせたい人がいるから午後から揃って家に来いとダンデから言われていたのだ。
「まあ、まともな人間であることを祈るしかないわね。類は友を呼ぶって言うし。リックもそう思うでしょ?」
「ん?ああ、うん、そうだね。」
そんな生返事を返されたユウリは、細い眉の根をきゅっと寄せ、白い眉間に小さな皺をつくった。彼女は、彼のその微妙な異変にちゃんと気付いていた。
「ねえ、リック。なんか朝からボーッとしてるけど。何か──」
あったのかとユウリが続けようとした、その時だった。
──♪。
「ぬわ、ぬわ!ぬわわわぅ!!」
ピンポン、というインターホンの呼び出し音が鳴ると同時に、それまで食卓の下でモンスターボール型のおもちゃにじゃれついていたパチが外に向かって激しく吠え始めた。
「ごめん、ちょっと出てくる。」
両親はウールーの毛刈りの為に牧舎へ出ている。
リックはダイニングを出て玄関へと向かい、扉を開けた。
そして、そこに立っていたその男に尋ねた。
「・・・うちに、何かご用でしょうか。」
全くもって、そんな人間が自分の家を訪れる理由が分からなかった。どことなく獣的な雰囲気のする黄色いアウトドア・ウェアに、鍋やらペットボトルやらが張りついた巨大なバックパック。額のゴーグルと目のメガネで顔はよく分からないが、とりあえず初対面であることは間違いない。
「いや、失礼。実は私、この町にちょっと用事がありまして。エンジンシティから鉄道を利用してブラッシータウンまで来たのですが、駅を降りた瞬間から鼻に届いたこの芳しい匂いに誘われ、ついチャイムを鳴らしてしまいました。」
そこに、好奇心に誘われたホップとユウリまでもがダイニングから現れた。
「おお!三キロ先でも分かるなんて、やっぱリックのカレーはすごいな!」
「いやだから、それっておかしいから。しかも今日雨だし。もう輪にかけておかしいから。」
素直に感嘆するホップと、うさんくさそうに顔をしかめるユウリ。いつもそんな二人の中立役であるリックは、この時も中立的な立場からその人物を推し測った。
確かに、見た目からして少し変わった人種という印象はある。が、カレーの匂いにつられてきたというあたり、悪い人間ではなさそうだ。
そこで、リックは提案した。
「あの。良かったら、用意できますけど・・・召し上がりますか?」
カレーもライスも、残りはダンデに持って行こうと取り置きしていた分しかない。が、何しろそれが特盛なので、彼に大盛で我慢してもらえば並盛一人分くらいは簡単に用意できる。
「ああ、いえいえ、自分から訪ねておいて何ですが、私は今から約束がありますのでおかまいなく。ところで、この辺りにチャンピオンのダンデさんのご実家があると聞いたのですが、それはどちらでしょう?」
三人は顔を見合わせた。そして、ホップが口を開いた。
「それならオレの家だけど。もしかしてオジサンが、アニキの言ってた『オレたちに会わせたい人』?」
色黒の少年にそう言われた男は、細い眼鏡を額にずらそうとした。が、既にそこにあった遮光兼防塵用のゴーグルに阻まれ、諦めてかけ直して言った。
「ほう!きみが弟のホップ君でしたか。言われて見れば確かに目のあたりなんかそっくりだ。そう、実は私、チャンピオンとは昔からの知り合いでしてね。そのよしみで、頼みたいことがあるからぜひ今度の帰省に同行してほしいと言われたのですが、どうやら彼は一日早くこちらへ戻られたようで・・・」
「ん?それってもしかして、オレが身内としてまず一言謝んなきゃいけないやつか?」
その理由が兄の勘違いであることを知るホップが、それを知らなさそうな男を前に、ついこぼしてしまった。
「ああ、いえいえ、そういう意味で言った訳ではありませんので、お気になさらず。チャンピオンもお忙しい身ですから、たまにはそういう事もあるでしょう。」
「まあ、どっちかっていうとそういう事の方が多い気がするけど。」
ユウリのそのぼやきが客の耳に残らないよう、リックが急いで言葉を継いだ。
「でも、ダンデさんの家はここから五分もかかりませんし、なんならダンデさんにはぼくから伝えておきますから。せっかくなので、食べて行ってください。」
そんな少年の勧めに、黄色い男はにっこり笑って答えた。
「それではお言葉に甘えて、お相伴に預からせて頂きます。」
そうして30分後、彼はリックに「ごちそうさま」を告げるに至ったのだ。
◇
「ただいまー!アニキ、みんなで来たぞー!!」
「おお、来たか!まあとにかく上がってくれ!ああ、どうも、お久し振りです!・・・」
一行を自宅の玄関で快活に出迎えたダンデは、そのまま黄色い男と玄関先で何やら話し始めた。そんな二人の脇を抜けて三人がダイニングに入ると、そこにはなぜか六人分の紅茶を忙しそうに準備するソニアの姿があった。
「え??なんでおねーちゃんがいるの?」
思いがけず従姉の姿を見たユウリが、目を丸くして彼女に訊ねた。
「叔母さまに頼まれたのよ。一緒にキャンプの説明会に出てやってほしいって。あんただけじゃ何かと聞き漏らしそうで心配だからってね。」
「キャンプの説明会・・・?」
「そう。今日はそのために、おまえたちとこの人を呼んだんだ。」
男を連れて入ってきたダンデが答えた。そして、全員が席に着いたのを確認して、その人物の紹介を始めた。
「こちらはジンジャーさん。ジムチャレンジの選手をサポートしてくれるリーグスタッフの一人で、ワイルドエリア地区の主任を務められている。オレやソニアもジムチャレンジ時代にはとてもお世話になった人だ。今日は旅に出るお前たちにキャンプの心得を伝授して頂こうとお招きした。」
ダンデにそう紹介された黄色い男は、目の前の子ども達にうやうやしく頭を下げて挨拶をした。
「改めまして、初めまして。ジンジャー・ガフと申します。ただいまチャンピオンからもご紹介頂きましたが、私がこれからお伝えするのは、長年のワイルドエリア生活の中で得た野営の教訓の数々。自分でいうのもなんですが、きっと皆様のお役に立つはずです。とはいえ、このまま私の話を聞いても中々イメージが湧かないでしょうから、やはり先に
そう言って、ジンジャーは隣に座るチャンピオンを見た。その問いに、ダンデは頷いた。
「確かに、ホップとユウリならその方が覚えが良さそうだ。それで結局、どちらに?」
「ええ。迷いましたが、やはりデボン製にしました。シルフ製よりやや値は張りますが、野営経験豊富な若社長が直々に監修なさっただけあって、品質は申し分ありません。特に、あらゆる天候への耐久性を備える特殊な
そう言うと、男はホップとユウリの前にひとつずつ、真新しいアイテムボールを置いた。
「ダンデくんと同じ血を引いているホップ君には、念のため遠目にも分かりやすい黄色に。女の子のユウリちゃんには、イオルブみたいにかわいい赤色にしました。」
「おお!すげー!!」
「わー!ぴかぴか!これ、もらっていいの?」
二人はそれぞれに歓声を上げてボールを手に取ると、目を輝かせて中に収まっているテントを透かし眺めた。
そんな幼馴染み達の隣で、リックは紅茶を飲むふりをしようと、既に空になっているティーカップに手を伸ばした。
その時だった。
「──そして一番使い込んでくれそうなリック君には、どれほど目にしようとも目に優しい、このオリーブグリーンのテントをあげましょう。」
そう言って、ジンジャーは三つ目のテントを収納した三つ目のアイテムボールをリックの前に置いた。
「「え??」」
自分のボールを手にしたまま、ホップとユウリが驚いてリックを見た。そしてそのリックもまた、同じ目でジンジャーを見た。
「・・・あの、ぼくはジムチャレンジやらないんですけど。」
「知っていますよ。なに、これはあくまで先ほどのカレーの返礼です。気にすることはありません。」
「いや、そうはいきませんよ。だって今、一番使い込んでくれそうって──」
朗らかな笑みを絶やさないキャンプキングに、納得が行かないと全力で突っ込むリック。
そんな二人の間に、穏やかな声が割って入った。
「その意味は、オレから説明しよう。」
ダンデが口を開いた。
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