~forget me not~ (w-ticket)
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1.【出会い】

昨年の6月から書いていたものに、加筆及び修正をしたものを、
改めて投稿させて頂いております。

物語の展開や、登場人物等には特に変更はなく
表現の変更などは行っております。


とある海域にて

 

 

 

 

 

 

 

『…あぁ、ここで僕は終わるのか…。』

 

まだ砲弾が飛び交い、轟音さめやまぬ中、海面に横たわり周りを見渡す。

 

『…みんなの姿は…。あぁ、山城も扶桑も大丈夫…みたいだ。』

 

少しずつ、身体が海に沈んでいく。

 

『…今度は、ちゃんと、守れた…かな?  だったら、もう、いいか  な』

 

艦船の時は、みんなを守ることが出来なかった。

守りたかった。

助けたかった。

でも、出来なかった。

 

艦娘として生まれ変わり、過去の仲間に会えた時に誓った事がある。それは

「どんな事があっても、みんなを護る艦である事」

 

今回は、どうやらその誓いは果たせそうだ。

 

そんな事を思いながら、海の流れに身を任せた時、「何か」を感じた。

 

「…っ!」

 

声?

誰が僕の事を?

 

『…。なんだろう?誰かが、呼んで、る?』

声のする方角を向いて見るが、声の主は分からない。

でも、優しくて、温かくて、安心する様な…

 

でももう、身体が思う様に動かない。

 

 

 

「…れっ!」

 

『…もう、いいんだ。もう僕は…』

 

 

 

「時雨!!」

 

ふと目を覚ますと、そこには心配そうに時雨の顔を覗き込む山城がいた。

 

「やま、しろ?」

「やま、しろ?じゃないわよ!アンタ大丈夫? 何か酷く魘されてるみたいだったけど。」

 

 

 

 

あぁ、そうか。またあの夢を見たんだ。

 

時折見る、あの夢。

どこの海かは分からない。

 

けど、最後は必ず同じ。

 

あれはいったい何?誰?

 

あの夢に何か意味が? まさかそんな事有る訳ない。

でも、何故何度も同じ夢を?

と、寝起きで頭が回転していない状態で考え込んでいると

 

「し~ぐ~れ~?」

「や、山城?顔が怖いよ?どうしたの?」

 

「どうしたの?って、アンタねぇ……今日は大事な通達事項があるから集合する様にって言われてたでしょう?谷崎提督から!」

 

「集合時間になっても中々来ないから起しに来たのよ、わ・た・し・がっ!」

「・・・あ、そうだったね。ゴメン山城。すぐ支度して行くよ。」

 

 

 

そう、今日は前任の提督に代わって、新しい提督が鎮守府に着任する日だ。

とは言っても引継ぎやら何やらで、暫くは谷崎提督の補佐って事になるらしいけど…。

 

まぁ提督が代わっても、僕のやる事は変わらない。

どんな事があっても、僕がみんなを守るんだ。

 

もう、艦船の時みたいに、誰一人として沈めさせたりはしない。させはしない。

僕がやらなきゃいけないんだ。

 

 

 

あんな想いはもう、たくさんだ…。

 

 

 

ベッドから起き上がり、身支度を整え、部屋を出る前に姿見に自分を映す。

これは僕のルーティンだ。

 

「何事も最初は肝心だよね。…うん、大丈夫だ。」

 

いつもの自分を確認して、足早に提督室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮守府内提督室へ入ると、谷崎提督、その横に秘書艦の扶桑、

今日は待機中の旧西村艦隊の面々。そして、初めて見る男性が一人。

 

『この人が、新しく提督になる人なのかな?そうか、この人が…』

 

「遅いぞ、時雨。」

「ご、ごめん、提督。次からは気をつけるよ」

 

「ん。分かればよし。皆揃ったな。

早速だが、こちらの彼を紹介しよう。時任 一道(ときとう かずみち)大尉だ。

では大尉、自己紹介を。」

 

「はっ!自分は海軍所属、時任 一道、階級は大尉であります!

まだまだ若輩者ゆえ、谷崎提督や艦娘の皆様方には多々ご迷惑を…」

 

あまりにも緊張した面持ちで、堅い挨拶をしている彼を見て

笑いを堪えるのに必死な者が数名……。

 

「くっくっくっ…! す、すまん大尉、もっと気楽に、な? 肩の力を抜きたまえよ。

最初からそれでは、うちの艦娘相手に身体が持たんぞ?」

 

「は、はぁ。」

 

「まぁ、うちの鎮守府は他と比べると、ややフランクな所があるかも知れんが、

最低限の礼節を持って接してくれれば構わんよ。なぁ扶桑?」

 

「そうですね。そうして頂けると、私たち艦娘も時任大尉に接し易くなるかと。」

 

「だ、そうだ。大尉。」

 

「りょ、了解でありま」

「ん?」

「いえ、分かりました。では皆さん、これから色々と勉強させて下さい!」

 

「提督、最初からそんなに意地悪をしなくても。

それと、谷崎提督?」

 

「ん?なんだ扶桑?」

 

「先程の、『うちの艦娘相手に身体が持たない』とは、どういう意味でしょうか?

後程、別室で詳しくお聞かせ願えますか?」

 

「あ、いや、あれはだな。言葉のあやというか…」

 

「「「「「「提督、ご愁傷様」」」」」」

 

 

谷崎提督と秘書艦扶桑の掛け合いを見て、場の空気が一気に明るくなるのを感じた。

 

この二人は『亭主関白』の様に見えて『カカア天下』な面もあって、周りから見れば

所謂『誰もが羨むおしどり夫婦』というやつだ。

(若干1名程、妬ましい視線を浴びせている艦娘がいるが)

 

 

「ん、ゴホン。

面通しはこの位でいいだろう。遠征中や哨戒中の者達がいるが

後日改めて紹介するとしよう。

後は、そうだな…時雨!」

 

「ん?なんだい?提督。」

 

「今日から時任大尉の側につき、色々とサポートをしてやってくれ。」

 

「ぼ、僕が?」

 

「そうだ。お前はこの鎮守府でも古参になるし、教えてやれる事も多いと思うんだが、

何か不満か?」

 

「そ、そんな不満なんてないけど…僕でいいなら。ん、分かったよ。」

 

「大尉もそれでいいかな?」

 

「はい!

時雨さん、これから宜しくお願いしま…いや、宜しく!」

 

「まぁ、徐々に慣れればいいさ。じゃあ、時雨についていって、鎮守府内を案内して

もらうといい。

それでは、今日の所は解散!」

 

 

 

 

 

 

 

~提督室内~

 

「しかし、あれだな。

…年寄りくさいと思われるかもしれんが、若さを感じてしまったよ。」

 

書類整理がひと段落し、煙草に火を点け一息ついたところで自嘲気味にこぼす谷崎に

替わりのお茶を用意しながら、またそんな事を と笑う扶桑。

 

「でも、教え甲斐があるのではないですか?教官?」

 

「よしてくれ、ガラじゃない。」

 

「ま、それでも俺のやる事は変わらないし、やれる事をやるだけだがな」

 

 

「確かに今の所、深海棲艦の動きも活発ではなく、大きな作戦予定もないようですし

色々と教えるのには、いい環境かもしれませんね。」

 

「あぁ、そうだな。

色々と問題もあるかもしれんが、他の艦娘へのフォローは頼む。」

 

「それは勿論。…ですが、提督。」

 

「ん?なんだ?」

 

 

少し戸惑いの表情を浮かべながら扶桑が繋げる。

 

 

 

 

「提督。あの人選で本当に良かったのですか?

時任大尉のプロフィールは私も拝見しましたが…」

 

「扶桑!」

 

普段あまり見かけない形相での呼び掛けに、扶桑は思わず言いかけた言葉を飲み込む。

 

「その先は他言無用、そして口には出すなと言った筈だ。」

 

「も、申し訳ございません、提督。」

 

思わず出てしまった表情と声であったが、ばつが悪そうに谷崎が返す。

 

「あぁ、まぁスマン。俺も少し強く言い過ぎた。

何れは話す事になるやも知れんが、それまではくれぐれも頼むよ。扶桑。」

 

「はい、以後十分に気をつけます。」

 

 

 

 

「扶桑の言いたい事は分かっているさ。勿論時雨の事も含めて、な。」

 

「では何故です?性格や錬度を考えると、他にも向いている艦娘がいると思うのですが。」

 

「確かに扶桑の言うとおりかもな。特に最近の時雨を見てると、妙に危なっかしいし

なにかこう、気負いすぎている感がある。

お前たちが持っている記憶、艦船時代の記憶が主たる原因である事も十分理解している

つもりだ。」

 

 

艦船時代の記憶。

これは艦娘と呼ばれる者達全てが持っており、時として戦場において妨げになる

場合や、自身が沈んだ日時等には酷い発作に見舞われる艦娘もいると言われている。

 

 

 

 

 

 

「ただな、扶桑。俺はさっき大尉に言ったのと同じ様に、お前たちにはもっと気楽に

考えて欲しいと思っている。

”戦時中に何を甘い事を!”って、上には怒鳴られそうだけどな。」

 

確かに今は戦時中で、何よりも優先すべきは制海権の奪還、及び人類の勝利であり

人間だけでなく、艦娘も必死に戦っている最中である。

 

「とは言え、深海棲艦との戦争に勝つ為にはお前たち艦娘の存在は不可欠であり

戦地へ行けと命令しているのも俺だ。

矛盾だらけで説得力なんかないよな。」

 

そう言って自虐的に笑う谷崎を見て、扶桑はゆっくりと首を左右に振り

微笑みながら谷崎へ言葉を返す。

 

「そうですね。いち提督としての言葉では無いかも知れません。

ですが提督、貴方の様に私たち艦娘に対して、ただの兵器ではなく、

一人の人間の様に接して下さるからこそ、今の鎮守府があり、

貴方の為に勝利を捧げたいと思う者達がいる事をお忘れ無き様。それに……」

 

頬を赤く染め、左手の薬指を見つめた後、扶桑が恥ずかしそうに言葉を繋げる。

 

「そんな貴方だからこそ、より深い絆を結びたくてお受けしたのですよ。」

 

「扶桑…」

「貴方…」

 

二つの影が重なりかけたその時、爆音とも取れる勢いでドアが開かれ

必死に止めようとする最上を物ともせず、鬼の形相で主砲を向ける戦艦一名。

 

 

「ちょっ、山城落ち着いてよ!」

 

「て~い~と~く~~?今、姉さまと何を?」

 

「ま、まて山城。まずは落ち着いて砲を下ろせ、な?」

 

 

・・・・・・。

 

 

後日、この時の様子を最上はこう語っている。

 

「人って、あんなに早く走れるんだね。驚いたよ」

 

 

 

 

 



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2.【時雨の過去】

~鎮守府内~

 

 

「さて、と。

じゃあ、色々と説明をしようと思うけど、特に優先したい所とかはあるかな?」

 

「そうですね、じゃあまずは工廠を……」

 

「ゴホンッ!」

 

時任の言葉を遮る様にわざとらしく咳払いをし、嘆息する時雨。

 

「……敬語。」

 

「いや、ははは。手厳しいなこれは。」

 

「大尉、多分君の性分なのかもしれないけど、いずれはここの鎮守府で

提督になるんだから、僕としてはもっと堂々と構えて欲しいかな?」

 

「じゃあ、工廠を見てみたいんだけど、頼めるかな?

えっと、時雨、さん?」

 

「……時雨でいいよ。

ん……まぁ、いいさ。じゃあ、ご希望の工廠へ案内するよ。」

 

 

 

 

 

また、やってしまった…

 

そういうつもりではないのに、つい余計な一言が出てしまう。

 

仮にも上官に当たる人間に対して、少し言い過ぎたかと思いつつも

最初が肝心と思い直し工廠へと足を向ける時雨の後ろには、これまた

ばつが悪そうに頭を掻きながら、どうしたものかと思案顔の時任が続く。

 

 

 

 

「ここが工廠だよ。」

 

そう言って時雨の指し示す場所は、重厚な扉が門前にあり、

軍に関りの無い者が見ると、どこか物々しさも感じる建物がそこにあった。

 

 

「思っていたよりも、大きいな。」

 

 

時任が思わず声を上げ、建物を見上げていると、工廠の扉が開き中から

ツナギ姿の女性が出てきた。

 

 

「あれ?時雨じゃない。って、あららぁ~?男連れなんて、

時雨にしては珍しいじゃないの?」

 

「夕張…そんなわけ無いじゃないか。この人は」

 

「知ってるわよ~。新しく赴任してきた人でしょ?って、冗談なんだから、

そんな怖い顔しないでよ~。」

 

「まったく……大尉、一応紹介しておくね。この娘は夕張。」

 

「一応って、酷いなぁ。」

のっけから軽口を叩いてきた女性は、時任の方を向き、敬礼をしつつ自己紹介を始めた。

 

 

「軽巡洋艦 夕張です。兵装実験艦なので、出撃以外ではこの工廠に詰めている事が多いから、

御用の際はお気軽に声掛けて下さいね!」

 

「時任 一道大尉です。

物を作る事には興味があるので、色々教えてくれると助かります。」

 

「物、か……」

 

 

時任の言葉を聞いた後、一瞬複雑な表情を見せた時雨だったが、

すぐさま何かを思い出した様な表情になり、夕張に問い掛ける。

 

「ねぇ夕張、明石は中にいる?」

 

「あぁ、明石なら中で画面と図面を交互ににらめっこしてるよ。」

 

「ありがとう。

大尉、少し外すけど、ここで待っててもらえるかな。直ぐ戻るよ。」

 

「あぁ、わかった。待ってるよ。」

 

 

いそいそと工廠の中へ入って行く時雨を見送っていると、

先程とは違い少し翳のある表情をした夕張が時任へ話しかけてきた。

 

 

 

「大尉は、時雨を見てどう思いました?」

 

 

 

どう?と言われても、時雨とは今日初対面であり、会話らしい会話も出来ていない。

それを藪から棒に聞かれても、なんと答えてよいのやら。

 

ただ自分との会話の中で、少ないながらも距離を置かれている感じはした。

 

恐らくこの夕張という娘は、そういった第一印象を聞いているのだと思い

思った事を答える。

 

 

「うーん、そうだなぁ。まだ会話らしい会話をしてないから何とも言えないけれど

少し壁、と言うか距離を置かれている様な気がしたかな?

何かこう、他人を寄せ付けないと言うか。。。

特に彼女に何かしたわけじゃないから、嫌われたと言う事はない、、、はずだけどね」

 

 

そう時任からの答えを聞いた夕張は、『へぇ~』と言う言葉と共に

少し驚いた表情を見せる。

 

「中々に鋭い観察眼をお持ちの様ですね、大尉は。少し感心しました。。。

っと、偉そうにすみません。」

 

そう言うと夕張は、悪戯っぽく笑いつつも頭を下げ謝罪をした。

 

 

「そんな大層なものでもないよ。初対面でそこまで心を開ける人の方が

珍しいと思うけど?」

 

 

「そうですよね。私が特殊なだけかもしれませんけどね。」

 

 

確かに言われてみれば、この夕張という艦娘とはついさっき会ったばかり

であるにも拘らず、良く言えば親しみやすい、悪く言えば馴れ馴れしい。

そんな距離感を感じたのは確かである。

 

ただ出会った艦娘が少ないので、あくまでも時雨と比べてだが。

 

 

「悪い子ではないんですよ?私みたいなタイプからすれば、

もう少し力を抜けばいいのに、とは思いますけどね。」

 

そう言うと夕張は腕組みをし、うんうん!と大げさに頷いてみせる。

 

 

「まぁ、今日から暫くは一緒に行動してもらえるみたいだから、焦らずにやってみるよ。

自分の事をちゃんと理解してもらって、信用して貰える様にならないとね。」

 

「……信用、そうですね。

ただ……」

 

 

「ただ?」

 

少し間を置いて、夕張が口を開く。

 

 

 

 

「時雨はあまり、周りを信用していないんですよ。特に人間を。」

 

 

 

 

『えっ?』

 

人間を、信用していない?

 

どういう事だ?

 

着任挨拶の時に見ていた限りでは、谷崎提督とのやりとりでも

そんな風には見えなかった。

 

 

言葉を詰まらせたまま、考え込んでしまった時任を見かね、

慌てて夕張が続ける。

 

 

「あぁぁぁ、すみません大尉!別に、人間が嫌いと言う訳ではなくてですね、

何と言うか…

 

ん~……大尉は、谷崎提督が来る前の鎮守府の状況はご存知ですか?」

 

「い、いや、ごめん。分からない。」

 

「そう、でしたか。まぁ何れ判る事だし。大丈夫かな?」

 

 

そう言うと夕張は、大まかにではありますが、と付け加え、谷崎が着任前の鎮守府の

状況の説明を始めた。

 

 

以前の鎮守府は所謂”ブラック鎮守府”とまではいかなかったが、当時の提督であった

神保中佐の戦闘指揮が場当たり的な物であり、的確な指揮とは言えない物であった。

 

最初のうちは上官の指示と言う事で従っていた時雨だが、次第に不信感を募らせ、

独断で行動する事が増えた為に神保中佐から疎まれる様になる。

 

そんなある日、駆逐艦としては無謀とも言える任務を課せられ、旗艦として出撃し

結果として任務は達成できたものの、時雨自身は中破、僚艦四隻が大破、

そして一隻が行方不明という結果になってしまう。

 

然しながら、この戦果を如何にして困難な状況にも拘らず自分が先導し、

勝利をしたかのように上層部へ報告した為、結果的に神保中佐が大本営へ栄転となる。

 

この決定に思わず激昂してしまった時雨は、神保中佐に対し艤装を展開し、

銃口を向けてしまった為、一時は解体処分を言い渡されるも、

今までの功績や山城らの陳情もあり、処分は撤回された。

 

 

 

 

「と、まぁ、こんな経緯がありまして、人間不信というか、軍人不信なところがありまして。。。今でこそ谷崎提督に関しては、信頼をしているようですけど、着任当時は随分と苦労してたみたいですよ。」

 

「そんな事が……それで、行方不明になってしまった艦というのは?」

 

「あぁ、その艦娘は時雨の」

 

 

「随分とおしゃべりなんだね、夕張は。」

 

 

声がする方を見ると、冷めた表情をした時雨が立っていた。

 

時雨の顔を見て気まずい表情をしていた夕張はと言うと、『それでは!』と

一言を残して、そそくさと工廠内へと入って行った。

 

 

その場に取り残された時任も、特別悪い事をしていた訳ではないが、

思わず固まってしまって時雨に掛けていい言葉が思い浮かばずにいた。

 

 

「何れは判る事だし、聞かれればある程度は答えるつもりでいたけどね。

それで?夕張からはどこまで聞いたのかな?」

 

特に聞かれた事に関しての怒りと言うよりは、半ば呆れと言った感情が入ったトーンで

時雨が問い掛けてきた。

 

 

「そう、だね。大まかにだけど、谷崎提督が着任前の状況を聞いたよ。正直、

凄く驚いたし、同じ軍に所属している者として、申し訳なく思うよ。」

 

 

「何で大尉が謝るのさ。どんな理由であれ、僕が上官に対し反抗した事実は変わらない。

もしかして、上官に手を上げる様な艦娘には失望した?」

 

「……そんな事は、ないよ。」

 

 

自身の行動に後悔はない。言葉にしなくても、目でそう語りかけてくる時雨に対し、

時任はそう答えるのが精一杯であったと同時に、自身の偽らざる気持ちから出た

言葉ではあったが、月並みな事しか言えない自分自身にもどかしさを感じていた。



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3.【秘書艦カッコカリ】

大尉が僕に対して謝罪の言葉をかけてくれた事は、素直に嬉しく思う。

 

でも、そうじゃない。

 

別に同情して欲しい訳じゃないし、意地悪をする訳でもないけど

実際戦場で行動するのは僕たち艦娘なんだ。

 

ただしっかりと、導いてくれさえすればいい。

 

僕は僕のやれる事、やるべき事をやるだけ。それに……

 

 

 

軍人に過度な期待をしても無駄だと思うから。

 

 

 

 

「何だか変な空気になっちゃったね。

大尉、次に行こうか?」

 

 

「あ、あぁ、そうだね。そうしようか。」

 

 

そう言って時雨は話題を逸らすかのように歩き始め、鎮守府内の案内を再開する。

 

演習場や資料室、外観だけではあるが艦娘寮や入渠施設等も案内をした。

 

 

一方時任はと言うと、時雨の説明を聞き、熱心にメモを取っていた。

 

 

「ふ~ん、真面目なんだね?大尉は。あ、別に嫌味とかじゃないからね。」

 

「そんな事はないよ。分からない事が多いからしっかりと覚えないとね。

やっぱり性格なのかな?」

 

少し前のやり取りをやり返されたと思った時雨は、少しだけはにかんだ様子で答える。

 

「まぁ、いいさ。他にも何か興味があったら、何でも聞いてよ。」

 

 

そんな他愛もない会話が出来た事を嬉しく思う時任の目に、

一つの看板が目に入った。

 

時雨も気付いたようで、ポケットから懐中時計を出し時間を確認すると

 

「大尉、そろそろ一息入れようか?ちょうど好い所があるし」

 

「いいね。一度入ってみたかったんだよ。」

 

 

 

それじゃあ、と言って歩き出し、時雨が案内をしたのは甘味処『間宮』

 

 

「いらっしゃ~い!あら?」

 

「こんにちは間宮さん。こちらは時任大尉。

今日から鎮守府に赴任してきたんだ。」

 

「時任 一道です。評判の間宮にこられて光栄です。」

 

「貴方が時任大尉でしたか。あらぁ~。そんな評判だなんて。

煽てても甘味しかでませんよ?」

 

 

ここ間宮は、小さなお友達(駆逐艦)から大きなお友達(戦艦)まで

幅広い層から人気があり、艦娘だけでなく、鎮守府内に勤める人間からも

好評な憩いの場となっている。

 

 

余談ではあるが、昼の『間宮』と夜の『居酒屋風翔』の間で

熾烈な売上バトルが繰り広げられている鎮守府もあるという。

 

 

案内された席に座り、それでは一息・・・と思ったが、

間の悪い時は重なるもので、時任達と同じ様に一息しようと思って

来店した艦娘や遠征帰りの艦娘などなど様々な艦娘達に囲まれ、

中々終わらない質問タイムが始まる。

 

やれ歳はいくつだの、好きな艦娘のタイプはだのはまだ良いとして

好きな兵装だの戦闘機を聞かれても、人間である時任に使える訳がなく

一番返答に困る。

 

最初のうちは黙ってみていた時雨だが、流石に店にも迷惑が掛かると思い

止めに入ろうとした時、新しく入ってきた客の一声で騒動が収束する。

 

 

「何だ随分と賑やかだな。質問攻めもいいがお前たち、

その辺で勘弁してやれよ。大尉も時雨も困っているだろ?」

 

 

ふと声のする方を見ると、谷崎と扶桑がいた。

 

 

まだ話し足りないのか、不満を言う艦娘もいたが扶桑に促され

店内に静けさが戻った。

 

 

「助かったよ提督。それに扶桑も有難う。

大尉も少しは断ってくれればいいのに。」

 

あからさまに不機嫌な表情を向けられた時任は、面目ないといった表情で頭をかく。

 

 

「傍から見ていたら面白そうだから放っておこうかと思ったんだが。

まぁ、間宮にも悪いしな。それにしても……」

 

意地の悪そうな表情を時任に向ける。

 

 

「初日から大人気じゃあないか。えぇ?大尉?」

 

「よ、よして下さい谷崎提督!自分はそんな……」

 

「はっはっはっ!いいんじゃないか?興味を持たれるって事は悪い事ではないよ。

 

それで?大尉はどんな艦娘が好みって、、、痛っった!」

 

「……提督?」

 

 

涼しい顔をした扶桑の横では、谷崎が足を押さえ苦悶の表情を浮かべている。

 

 

何事かと驚いた表情をしている時任の横では、あぁ、いつもの事だと教える時雨。

 

 

「扶桑よ。いつもより痛いと思うのは気のせいかな?」

 

「いえ?いつもと同じかと。そんな事より提督、

他にお話しをする事があったのではないですか?」

 

 

「あぁ、そうだったな。

大尉、今後の君への教導課程についてだ。まず君には、

実際の艦隊運営に慣れてもらう為、うちの艦隊から数名の艦娘を君に預ける。

その艦娘達を率いて遠征・哨戒・出撃等の任務にあたってくれ。」

 

「はい!」

 

「初めの内は当然失敗もするだろう。私は失敗するなとは言わん。

しかし何も行動せずに失敗する事は許さん。

何故失敗したのかを考え、次に繋げる努力をしろ。

 

そういった姿勢や努力は、必ず我々や艦娘達が見ていると言う事を忘れるな。

 

私は君に、期待をしている。」

 

 

「はっ!必ずご期待に副える様、努力いたします!」

 

 

 

あぁ、こういう所なんだよね。

 

神保提督にもこんな風に言ってもらえたら……

行動してもらえていたら……

 

あの時、あんな事にはならなかったのに……

 

 

時雨は谷崎の言葉を聞いて、そう思わずにはいられなかった。

 

 

「当面は、私が率いる艦隊のバックアップという事になるが、

今まで君が学んできた知識を総動員して、思うように艦隊を動かしてみて欲しい。

 

それで、だ。

 

君に預ける艦娘なんだが、特に希望する艦種・艦娘はいるか?

あ、時雨は確定だからな。」

 

「……あぁ、成る程ね。それで僕が案内役に選ばれた訳だ。」

 

 

「お!察しがいいな時雨。まぁそれだけではないがな。」

 

「?まぁいいさ。僕は僕のすべき事をするだけだよ。改めて宜しく、大尉。」

 

「こちらこそよろしく!時雨。

提督、特に希望する艦種・艦娘はおりませんので、お任せ致します。」

 

「ん、そうか。では明日、改めて君に預ける艦娘を紹介するとしよう。」

 

 

 

と、その時、和やかな雰囲気の中、扶桑がとんでもない爆弾を投下する。

 

 

「あらあら。何だかこうしてみると、二人のお見合いの場みたいですね。

私と提督が仲人役で。」

 

 

 

「「はいっっ?」」

 

 

飲みかけのお茶を吹き出しそうになり咽こんでいる時任の隣では、

顔を真っ赤にしながら、扶桑に文句を言う時雨。

 

そして店内では、たまたま横を通りがかった伊良子が驚いて持っていた食器を落とし、

たまたま店内にいた隼鷹と千歳が、居酒屋鳳翔へ祝宴の予約を入れようとし、

谷崎に至っては明石に指輪の注文をしようとしていた。

 

 

谷崎が、折角騒動を収束させたにも拘らず、自身で悪乗りし

再び騒動を起こしたと言う事で、間宮に別室にて説教されたのは言うまでもない。

 

 

 

「いやいや、参ったよ。あそこまで間宮が怒るとは思わなかった。」

 

 

すっかりお説教で疲弊した谷崎の横では、扶桑が申し訳なさそうに小さくなっている。

 

「ただまぁ、お見合いってのは冗談にしても、これから何かと一人では

不都合な面もあると思う。

それをサポートするって事で、時雨を秘書艦にするってのはどうだ?大尉。」

 

「秘書艦、ですか……」

 

 

通常、鎮守府において最高責任者でる提督には、主にサポートの役割を担う

秘書艦が着くことになっており、任命する権限を持っている。

また、艦種に制限はなく、どの艦娘でも秘書艦になる事が出来る。

 

提督によっては日替わりで秘書艦を選んでいる所もあれば、

自ら猛烈に提督にアピール(婚活)し、秘書艦の座を争っている所もあるという。

 

ただ、秘書艦といっても、特に何か特別な恩恵が有る訳ではないので、

単に提督・艦娘の好みの問題と言えよう。

 

 

「ま、無理強いをするつもりはないが、二人にとって悪い話では無いと思っている。

互いの知識を合わせる事で良い結果を生む事もある。」

 

 

ふと、谷崎の言葉を静かに聞いていた時雨が問いかける。

 

「……他意はないんだよね?」

 

「ん~?どうだろうな?」

 

絶対に半分は面白がってるな、これ。

 

そう思いながらも、時雨が口を開く。

 

「わかったよ。取り敢えずって事なら、務めさせてもらうよ。

というか、大尉は僕でいいのかな?」

 

「勿論、問題はないよ。むしろこちらからお願いしたいくらいだよ。」

 

 

「よし!んじゃ決まりだな。ま、何か不都合があれば、

明日改めて紹介する艦娘から選べばいい。

 

取り敢えずは【秘書艦カッコカリ】ってとこだな。」

 

 

 

嵐のような騒動が終わり、谷崎達と別れた時任と時雨は埠頭を歩いていた。

 

 

気が付くと日が沈みかけ、水平線が紅く染まっていた。

 

 

「静かな海だな……」

 

「そうだね。」

 

ふとした時任の呟きに、時雨も返す。

 

 

「ずっと、こんな平和な海を眺めていたいな。」

 

「それは僕も同じだよ。でも、その為にはやらなきゃいけない事が山ほどあるよ。」

 

 

確かにね。時任は笑ってそう返す。

 

「まだまだ、お互いの事も分からない事だらけだけだし、

助けて貰うことがたくさんあると思う。

でも、時雨だけじゃなく、皆に信用、信頼して貰えるよう頑張るよ。」

 

 

「……信用、ね。」

 

少しだけ悲しそうな表情をして、時雨が呟く。

 

 

「時雨?」

 

 

「ううん、なんでもないよ。うん。

僕で良ければ、大尉の力になるよ。」

 

 

すると突然、時任が時雨に対し敬礼をしてみせる。

 

「これからよろしく!秘書艦殿。」

 

少しだけ驚いた表情を見せた時雨だったが、同じ様に返礼をしてみせた。

 

「【カッコカリ】だけどね。こちらこそよろしく!大尉殿。」

 

 

姿勢を崩した後、静かな海に二人の笑い声が響いていた。



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4.【様々な思い】

※前回のあらすじ

ちょっと一息のつもりで立ち寄った間宮で、予想の斜め上の騒動に巻き込まれた
時任と時雨。

騒動が収まったのも束の間、時任の案内役と思っていたら秘書艦任命のお誘い。

【秘書艦カッコカリ】と言う事で、時任の秘書艦を受ける。




~艦娘寮 時雨の自室~

 

 

 

「秘書艦、かぁ……」

 

前日、思いもよらなかった形での秘書艦任命を受けた時雨。

 

特別気持ちがはやる、と言う訳ではなかったが、普段よりも早く目が覚めてしまったが

身支度を整え始める。

 

「別に、嫌っていう訳じゃないけど……あーーーーっもう!」

 

両手で頬を軽く叩き、姿見の前に立って自分の姿を写す。

 

そして大きく深呼吸をし、心を落ち着かせるといういつものルーチンワークをこなす。

 

自分は艦娘。

 

やるべき事も分かっている。

ただ今日から、今までとは少し違った仕事が増える。ただそれだけ。

そう自身に言い聞かせ、姿見に映った自分を見つめる。

 

 

「うん。大丈夫!いつもの僕だ」

 

 

最後に身なりを再度確認し、時任の部屋へ向かう。

 

 

 

~時任自室~

 

自分には一体何が出来るのだろうか?

 

学生時代、自分の理想を周囲に打ち明けるも、受け入れて貰えなかった。

 

 

笑われる程度ならば別に構わない。

しかし、『非国民』だの『売国奴』等の蔑みは正直堪えた。

 

何も全ての争いを否定するつもりはない。

 

事実、今は国を、国民を守る為の手段として軍に身を置いているのだ。

 

殺し、殺された。果たしてその繰り返しの先に何があるのだろうか?

 

そんな葛藤を抱えていた時、兵学校に臨時教官としてやってきた谷崎に出会った。

 

 

谷崎の教えはこうだった。

 

『戦う理由は人それぞれだ。勿論答えも一つではない。しかし、

ただ理想を並べるだけに何の意味がある?行動を伴わない理想には何の説得力も無い。

ならばどうする?

まずは自らの行動で示せ!考えろ!

悩み、間違い大いに結構!ただし間違い、失敗から学べ!。目的、目標があるならば

それに向けて前に進め!』

 

 

この言葉は、時任の胸に深く刺さった。

 

 

谷崎の臨時期間終了日、ある決意を胸に抱き、時任は谷崎の元を訪れた。

この人ならばと思い、勇気を振り絞り、話を聞いて貰おうと。

 

 

自分の理想を、まだ誰にも話したことの無い、時任自身の過去の事を……

 

 

谷崎は黙って時任の話に耳を傾けていた。決して蔑むような事なく、真剣に。

 

しつかりと向き合ってくれている事が分かり、時折感情が

爆発しそうになるのを必死で押さえ、自分のありのままを伝えた。

 

時任の話を最後まで聞いた後一言、『そうか。』と発し、タバコに火を付け

真剣なまなざしで時任へ問い掛けた。

 

 

「それでお前は、お前の思っている地点に辿り着けると思うのか?」

 

 

この問いを受けた時、時任の体は震えていた。

けれど、谷崎の教えを受け、前に進む事を学んだ今ならと思い、

両の手を握りしめ、精一杯の気持ちで答えた。

 

 

『その為の努力を惜しまず、前に進み続けます!』と。

 

 

その答えを聞いた後、谷崎は満足したような笑みを浮かべ、

時任の肩を軽く叩き、こう伝えた。

 

「よし、分かった!お前は俺が面倒を見てやる。

卒業したら、覚悟しておけよ。」

 

 

 

 

 

「本当に変わらないなぁ、谷崎提督は。」

 

昨日の間宮で掛けてくれた言葉を聞いて、少し前のことを思い出していた。

 

 

 

「大尉、そろそろ時間だよ。」

 

ドアをノックした後、時雨が声を掛けてきた。

 

 

 

「わかった。今行くよ。」

 

そう答えると、机の中から写真立てを取りだし、

写真に写っている人物に語りかける。

 

 

「これからだよ。必ずやり遂げてみせる。だから、見ていてくれ。」

 

 

そして、大事そうに机にしまい、一言声を掛けた。

 

 

 

「いってきます!」と。

 

 

 

 

 

~提督室~

 

 

「時任一道大尉、秘書艦時雨、入ります!」

 

「入りたまえ。」

 

 

入室の許可を得た二人が部屋に入り、一通りの挨拶を済ませる。

 

 

「まぁ立ち話もなんだし、掛けてくれ。」

 

谷崎に促され、二人が室内にある応接用のソファに腰を下ろすと、

谷崎は今後の予定について説明を始めた。

 

「まずは昨日話した通り、君にはうちの艦隊から艦娘を預ける。

そして彼女らとともに、艦隊運営をしてもらう。

詳しくはこのリストを見てくれ。」

 

そう言って手渡されたリストには、下記12名の艦娘の名前が記されていた。

 

戦艦:金剛、正規空母:翔鶴、軽空母:龍驤、航巡:最上、

重巡:ポーラ、軽巡:川内、鬼怒、駆逐艦:時雨、白露、朝潮、電、浦風。

 

 

「!これはっ」

 

思わず息を呑む時任だが、無理もない。

 

リストの中には谷崎が預かる鎮守府において、主戦力と言っても差し支えない

艦娘数名含まれているのだから。

 

 

「ま、多少癖のある艦娘がいるが、それも含めてどう制御するかも

時任の腕の見せ所、という事だ。」

 

 

 

 

 

川内とポーラがいる時点で、既に大変であろう事は分かっているだろうにと思いつつ

 

提督なりに考えがあるのだろう。

 

時雨はそう思って谷崎を見る。が、しかし、

思いがけないリストを見て固まっている時任を

ニヤニヤしながら眺めている谷崎を見て、考えを改めた。

 

 

 

『あ、これ絶対楽しんでるやつだ』

 

 

 

 

 

「リストのメンバー全員には、既に編入の通知はしてあるが、

金剛・翔鶴・川内の三名については、現在別任務に就いている為、

合流が明日以降になる事は了承してくれ。

 

他のメンバーについては、今日から君の執務室となる第二会議室へ集合する様

通達してある。」

 

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「それで、時任にやって貰いたい任務に関しては、

基本的に時雨を通して通達する。

時雨も困った事があれば、扶桑に相談するといい。」

 

「うん。わかったよ。」

 

 

その後も谷崎からの説明が続き、熱心にメモを取りながら聞き入る時任の隣では

時折質問を交えながら、扶桑に確認をする時雨の姿があった。

 

 

「さて、と。大まかな説明はこの位でいいだろう。」

 

そう言って咳払いを一つした後、谷崎の表情が、先程とはうって変わって

真剣なものになり、場の空気が一変する。

 

 

「時任一道大尉、君に一つ課題を与える。

 

私の率いる艦隊と君に預けた艦隊とで演習を行い、

『三ヶ月以内に勝利してみせろ。』」

 

 

「えっ!」

 

 

谷崎からの課題を聞いて、思わず声を上げる時雨。

 

それもそのはず、まだ実戦経験もなく素人同然の時任に、

歴戦の雄である谷崎に挑むだけでも無謀であり、尚且つ勝利をするなど

夢物語もいいところである。

 

 

「て、提督!それは少し厳しいんじゃないかな?大尉の実力は

僕らもまだ分らないし、庇う訳じゃないけど……」

 

たまらず時雨が口を挟もうとするが、それに被せる様に谷崎が続ける。

 

「何も私から完全勝利をしろとは言っておらん。

最低でも旗艦を大破判定させれば君の勝ちとしよう。どうだ?」

 

「それでも!」

 

「……時雨、私は時任大尉に聞いている。」

 

 

有無を言わせない谷崎の圧力に、為す術無く黙り込む時雨は時任が

どんな返答をするのだろうと思い、視線を時任の方へ向ける。

 

するとどうだろう。

 

てっきり下を向いて返答に困っているだろうと思っていたが、

時任の視線はしっかりと谷崎に向けられており、柔らかな笑みさえ浮かべていた。

 

 

『……あれ?この雰囲気、どこかで……

 

暖かく、それでいて心が安らぐ、そんな雰囲気。

まさか、そんな……ねぇ。

大事な話し合いの最中に何を考えているんだ、僕は。しっかりしなきゃ!』

 

 

「時雨?」

 

時任の声を聞き、ふと我に返る。

 

「あ、うん。ごめん。何でも無いよ。」

 

 

 

「気を遣ってくれて、ありがとう。でも大丈夫だよ。」

 

そう言った後、時任は再び谷崎の方へ向き直り、はっきりとした口調で答えた。

 

 

「谷崎提督、その課題、自分の目標の為、そして前に進む為に

必ずやり遂げてみせます!」

 

 

「そうか。お前ならそう言うと思ったよ。」

 

 

次の瞬間、谷崎が吹き出し、釣られて時任も笑い始め、先程までの

張り詰めた空気が嘘のように、穏やかな空気が提督室内に溢れた。

 

 

「えっ?何?どう言う事?話に付いていけないんだけど?」

 

二人の空気に付いていけず、慌てふためく時雨を見て、

今度は扶桑までもが笑い出した。

 

 

「ちょっと、扶桑まで!一体どう言う事?僕にも説明してよ!」

 

 

少しむくれた様子で谷崎と時任を問い詰めると、悪びれる様子もなく谷崎が返す。

 

 

「いや実はな、大尉は兵学校時代の時、俺の生徒だったんだよ。

さっきの大尉の返答が、その時と全く同じだったんでつい、な?」

 

「提督も変わらないじゃないですか。昨日間宮で言ってくれた事、

昔を思い出しましたよ。」

 

 

和気藹々と会話をする二人を見て、初めのうちは訳が分らず

呆然と見ていた時雨だが、次第に込み上げてくる怒りからか、

顔を真っ赤にしながら体を震わせていた。

 

 

「まぁまぁ、別に悪気があって黙っていた訳ではないのだから、ね?時雨。」

 

 

そう言って扶桑に宥められるが、どうにも治まらない様子の時雨。

 

 

「……なにさ、折角フォローしてあげようと思ったのに。

僕だけが骨折り損じゃないか!

君たちには失望したよ!

 

大尉、先に第二会議室へ行ってるから、早く来てよね!」

 

 

そう言って時雨は、大きな足音を立てながら提督室を出て行ってしまい

今度は残った三人が呆然としている。

 

 

「……扶桑よ、これはやはり俺が悪いのかな?」

 

「全ての責任は、やはり提督である貴方にあるかと。

それより大尉、早く時雨を追いかけてあげて下さい。

今日の事は、私からも後で言っておきますから。」

 

「そうしてもらえると助かります。

 

提督、それではこれより第二会議室にて任務に当たらせて頂きます!」

 

 

「うむ。頑張れよ。

 

あぁ、それと時任最後に一つだけいいか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 

谷崎は扶桑へ目配せをし、意図を感じ取った扶桑が部屋を出た後

話を始めた。

 

 

「お前の過去の事だが、皆にはいずれ話さなければいけないと思っている。

何も全員の前で演説しろとは言わんが、出来れば自分自身の口から

説明した方がいいと思うぞ。

 

特に秘書艦にはな。

 

説明するタイミングはお前に任せる。フォローは必ずしてやるから安心しろ。」

 

 

「……お心遣い、有り難うございます。その時が来たら

しっかりと説明しようと思います。

では、失礼します。」

 

そう言って時任は、敬礼をし足早に提督室を後にした。

 

 

 

 

時任が出て行くのを見送った後、徐にタバコに火を付け煙をくゆらせながら

谷崎が呟く。

 

 

 

「お前の理想の世界、俺にも見せてくれ……」



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5.【前途多難な船出】

※前回のあらすじ

谷崎・時任・時雨がそれぞれの思いを胸に
新しいスタートを切る・・・はずが、意図せずに
時雨の機嫌を損ねる結果に。


~鎮守府内事務棟~

 

 

『全く、皆して何さ。

そういう事だったなら、最初から言っておいてくれればいいのに。』

 

提督室から逃げ出すように去り、目的地である第二会議室までの道中でも

恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしながら歩いていた。

 

しかし怒ってはいるものの、谷崎や時任達に悪気があって

からかった訳では無い事も十分わかってはいるつもり。

 

ただ、初めての秘書艦でもあり、気持ちを新たにスタートを切ろうと

思っていた矢先にそれらを台無しにされてしまった、

という気持ちが勝ってしまい、咄嗟に飛び出してしまった。

 

 

『……でも、僕も少し大人げなかったかな?』

 

 

少しずつ冷静になってきた頭でそう思ったとき、

廊下にある窓ガラスに映った自分の顔が目に入った。

 

 

『ひどい顔。なんて顔してるんだ僕は……こんな顔をしておいて、

自分のやれる事をなんて、格好のいいことは言えないよね。』

 

そんな風に考えていると、ふとある艦娘が言ってくれた言葉を思い出す。 

 

 

 

『元がいいんだから、もっと笑った方がいいですよ!時雨姉さんは。』

 

 

 

 

『笑顔、か。ごめんね。まだうまく笑えそうにないや。

いつかは、心からの笑顔っていうのが見せられるのかな?』

 

 

 

~同時刻~

 

「第二会議室は事務棟にあるって聞いていたけど、どこだろう?

昨日のうちにしっかりと把握しておけば良かったな。」

 

まだ、施設内を全て案内して貰っていた訳では無いため、

迷っていると一人の艦娘の後ろ姿が見えた。

 

 

情けない話だが仕方ない。会議室の場所を聞こう。

そう思って小走りに艦娘の方へ向かい声を掛けようとした所、

足音に気付いたのか、こちらが声を掛けるよりも先に少女がこちらへ振り向く。

 

 

「あ、ごめん。第二会議は」

 

「……どちら様ですか?ここは関係者以外立入禁止ですけど。」

 

時任が言い終わる前に、怪訝そうな表情で問い返す。

 

 

軍服を着ているにも拘らず、ここの関係者と思われなかった事に対し、

地味にショックを受けるが、気を取り直して少女へ答える。

 

「あぁ、すまないね。初めまして。

昨日付けでこちらに赴任してきた時任一道大尉です。

第二会議室へ行きたいんだけど、教えて貰えるかな?」

 

「っ!! 大変失礼しました!私は本日付で大尉の揮下へ転属となる、

駆逐艦朝潮といいます!

お顔を知らなかったとは言え、た、大変なご無礼を……」

 

 

背筋を伸ばし敬礼しつつ、謝罪を繰り返す朝潮。

 

今にも泣き出しそうな表情を見て、逆に時任の方が慌てだした頃、

背後から物騒な台詞と共にもう一人の女性が現れる。

 

 

「憲兵さ~ん。幼い駆逐艦を泣かせとる人がここにおるで~!」

 

 

「なっ!自分は別に何も」

 

「冗~談やがな。冗談。あれやろ?君が新しく来た大尉はんやろ。

ウチの名前は龍驤。軽空母龍驤や!そこにいる朝潮と同じく、

今日からあんさん所でお世話になる艦娘や。これからよろしゅうな!」

 

 

「脅かさないでくれよ…おかげで冷や汗かいたよ。」

 

「そんな驚かんでも……って、まさか特殊な性癖(ロリコン)の持ち主なん?」

 

 

龍驤が更に物騒な単語を持ち出した途端、先程まで

泣き出しそうな表情をしていた朝潮が時任から距離をとるように

龍驤の後ろへ隠れてしまった。

 

「ホント勘弁してよ。そんな趣味はないから。」

 

「あははー。中々からかい甲斐のあるお人やね~。」

 

 

龍驤に完全にペースを握られ、一気に疲れが溜まった時任だが、

本来の目的を思い出し、改めて二人の艦娘に問い掛ける。

 

 

「そうだ、こんな事をしている場合じゃなかった。

急いで第二会議室に行きたいんだけど、案内を頼めるかな?」

 

「ウチらもそこへ向かう途中やったし、勿論ええで。

ほな、いこか~。」

 

 

ようやく本線に戻ったと安堵しながら、二人の艦娘の案内の下

時任はこれからの自分の城となる第二会議室へ向かった。

 

 

 

~第二会議室前~

 

 

「さて、ここがお目当ての第二会議室や。」

 

龍驤に促され、新しい一歩を踏み出すべくドアを開ける。

 

 

が、しかし、時任の目に最初に飛び込んできたのは、

予想だにしなかった光景であった。

 

 

 

「……遅いよ。一体いつまで待たせるつもりなんだい?大尉。」

 

 

 

腕組みをし、仁王像よろしく立って、視線だけを時任に向けた時雨の前には、

半べそをかきながら正座をさせられている酔っ払い、

もとい重巡洋艦ポーラの姿があった。

 

 

「い、いやちょっと道に迷」

「朝潮に悪戯しようとして泣かせとったで」

 

 

それを聞いた途端、まさしく『ゴゴゴ』と言った擬音が聞こえてきそうな

雰囲気を纏いながら、時雨が時任を問い詰める。

 

 

「……大尉、それは本当なのかな?本当だとしたら、

君に掛ける言葉が”失望”の二文字しかないんだけど?」

 

 

「だ、だから違うって。頼むよ龍驤、勘弁してよ。」

 

 

 

時任の後ろで腹を抱えて笑っている龍驤を見て、一応の誤解は解けたようだが

今後の艦隊運営に不安しか残らない時任であった。

 

 

「はぁ……もう分かったよ。

でも、これからはちゃんとしてもらわないと困るよ。」

 

 

「ごめん。気をつけるよ。

それで、これはどういう状況なのか聞きたいんだけど。」

 

 

「あぁ、これはね……」

 

 

そう言って時雨が説明をした内容は以下である。

 

集合時刻前に集まっていたポーラ・最上・電・浦風の4名で、

時任の歓迎会の準備をしていた所に”祝いの席にアルコールは不可欠”という、

謎の酔っ払い理論を展開し始めたポーラが自前の酒を並べ始める。

そのうち、どうにも我慢が出来なくなったポーラが

『味見だけ~』『一口だけ~』と飲み始め、最終的に

ボトル1本2本と開け始め、半裸状態で酔っ払っている所を時雨に見つかり

今に至る。

 

 

「で、何か言い分はあるかい?ポーラ。」

 

「……とても美味しいワインでした。」

 

 

「「「「「おいっ!!」」」」」

 

 

「まぁまぁ、暴走を止められなかった僕たちにも責任もある訳だから、

その位で勘弁してあげてよ。ね、時雨。」

 

申し訳なさそうに両手を合わせ、最上が時雨に促す。

 

 

「はぁ……今回だけだからね。」

 

 

とその時、勢い良くドアが開き一人の艦娘が入ってきた。

 

「いっちばーーーん!……じゃ、ないみたい、かな?あはは……」

 

その女性の姿を見た時雨が額に手を当て、嘆息交じりに彼女に伝える。

 

「うん。一番だね。但し、最後ってつくけど。

大尉、彼女は白露。一応、僕の姉さんに当たる人だよ。」

 

 

 

 

 

 

~第二会議室内~

 

 

 

「え~っと。色々と誤解や諸々があったり、まだ全員が揃ってはいないけど

これから一緒にやっていく仲間としてよろしく頼む。

足らない部分が多々あると思うけど、皆の力を貸して欲しい。」

 

 

「「「「「「「はいっ!」」」」」」」

 

 

「当面は今まで君たちが行ってきた任務等の反復になるかと思う。

任務の内容や編成については、都度連絡をする。

 

基本的に自分はここにいる事が殆どだと思うけど、

不在の時や何かあった場合は、時雨に連絡をして欲しい。

 

後は、そうだな。

何か聞きたい事や言いたい事があれば遠慮なく言って来て欲しい。」

 

 

そう皆に告げた後一人の艦娘が挙手し、時任に問い掛ける。

駆逐艦浦風だ。

 

「えっと、つまりは時雨が秘書艦ちゅうこと?」

 

一瞬だが、室内の空気が変わる。

 

「うん、そうだけど。何か意見があるかい?」

 

「意見、と言う訳じゃないけど。ん、まぁ大尉が決めた事なら従おるよ。

ごめんごめん。深い意味はないから気にせんで。」

 

周りの空気を読んだのか努めて明るい声で流すが、

浦風の言葉を聞いた時雨だけが俯いて、翳のある表情をしていた。

 

 

 

「……時雨?」

 

「えっ?あぁ、何かな?」

 

心配そうに時雨の顔を覗き込み、様子を伺う時任に対し返答をするが、

心ここにあらずと言った感じの時雨。

 

「この後の皆の予定を伝えてもらってもいいかな?」

 

「うん。分かった。

えっと、最上・白露・朝潮・電の4名は鎮守府近海の哨戒任務にあたって。

 

それ以外は別命あるまで自室にて待機だよ。」

 

『『『『了解』』』』

 

 

「あの~、大尉さ~ん。」

 

「ん?どうしたポーラ?」

 

申し訳なさそうに、ワインのボトルを手にしたポーラが時任へ話しかける。

 

「歓迎会、というかこのお酒は~……」

 

「あぁ、うん。昼間からアルコールは良くないと思うよ。

と言う事で、艦隊全員が揃った時までお預けって事でいいね。」

 

 

「そんなぁ~……」

 

 

 

 

 

 

 

各々が持ち場に着き、漸く静かになった会議室内では、時任と時雨が

事務作業に没頭していた。

 

学生時代から必要な事を学んでいた時任は別として、

秘書艦業務が初めての時雨にとって戸惑う面もあったが、

二人で協力しながら、黙々と作業をこなしていった。

 

 

「そろそろ、一息入れようか。」

 

予定していた業務の半分ほど完了した頃、時任が時雨に提案する。

 

「うん。そうだね。じゃあお茶でも入れるよ。」

 

「お願いするよ。」

 

 

時雨が部屋を出て行った後時任は室内の窓を開け、

目の前にある海岸を眺めていた。

 

穏やかな海だ。

まるで、今が戦時中なんて思えないよな。

 

そんな事を思いながら海を眺めていると、戻ってきた時雨が声を掛ける。

 

「お待たせ。何を見ていたの?」

 

「あぁ、ただ海を見ていただけだよ。穏やかな海だなぁって。」

 

「うん、そうだね。」

 

 

暫く二人とも無言で海を眺めていたが、思い出したように時任が口を開く。

 

 

「そう言えば、少し気になったんだけど、時雨と浦風は以前に

何かあったりしたのかな?」

 

「えっ?」

 

突然の質問に動揺している時雨をみて、一瞬躊躇ったが言葉を繋げる。

 

「あぁいや、別に言いたくなければ無理にとは言わないよ。

ただ、少し気になったからね。」

 

 

暫く沈黙していた時雨だが、時任の方を向き、申し訳なさそうに答える。

 

 

「気に掛けてくれて有り難う。でも、今はまだ話したくないんだ。ごめん。」

 

そう言って俯いてしまった。

 

「そうか、分ったよ。自分で良ければ何時でも話くらいは聞けるから

何でも話して欲しいかな?」

 

その問いには言葉で返すことが出来ず、ただ無言で頷くだけであった。

 

 

「よし!じゃあ残りの作業をさっさと終わらせようか。」

 

「……うん。」

 

 

少し入りすぎたか、と思いつつも

 

『俺も人の事、言える立場じゃないよな……』

 

そう思いながら、再び作業に入るため机に向かった。



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6.【届かぬ想い・すれ違う心】

※前回のあらすじ

無事、貸与予定の艦娘達と(一部を除いて)合流出来た時任。

時雨の予想通り、一筋縄ではいかない様子。



~演習場~

 

 

「左舷に雷跡確認!電!回避運動開始して!」

 

「はい!なのです!」

 

「鬼怒は対空警戒!そろそろ…来たよ!」

 

「りょ~かい!ほらほら~鬼さんこちら!手の鳴る方はこっちだよ!」

 

時任が艦隊を任されてから数日が経ち、試行錯誤の繰り返しではあるが

少しずつ、艦隊の体をなしてきた。

 

今は時任考案による、演習の真っ最中である。

 

 

その内容というのは、3人1組で出撃し、海上に設置してある

目標物を撃破するというシンプルなものではあるが、

敵役として爆撃要員・砲撃要員・雷撃要員を配置し

それぞれがランダムで攻撃をしかけるというもの。

 

状況は常にモニタリングされており、リアルタイムで第二会議室に転送されている。

 

 

「朝潮、足元がお留守になってる鬼怒へ魚雷発射。」

 

「了解しました!大尉!」

 

時任の指示で発射された魚雷が鬼怒へ向けて真っ直ぐ進む。

 

 

「ほらほら~どっからでもかかっておいで~!」

 

ノリノリで対空射撃を行っている鬼怒の右舷では、時雨が目標物を捕らえて

それを狙いつつ、電に指示を飛ばす。

 

「電は回避完了後、鬼怒のサポートに回って!よし、いけるよ!」

 

 

そして主砲のトリガーに指を掛けた瞬間、

左舷から衝撃音と共に鬼怒が悲鳴をあげる。

 

「はにゃっ!……いったぁ~……ちょっと調子乗ったかもだけど

上からも下からもって、マジぱないよ~!」

魚雷を受け、体制を崩したところに艦載機からの爆撃も受け、

鬼怒が大破判定となってしまう。

 

「っ!魚雷?だけど、まだ!」

「!?時雨ちゃん!、単騎での行動はダメなのです!待つのです~!」

 

 

電が引き留めるのも聞かずに、単騎で再度標的へ向かう時雨。

 

だがしかし、無情な指示が時任より発せられる。

 

「ポーラ、時雨へ向けて砲撃開始。」

 

「いいんですか~? じゃあ撃ちますよ~? Fuoco!」

 

 

完全に冷静さを失っている時雨に、この砲撃を躱す余裕などなく

敢えなく大破判定となる。

 

 

数秒後、演習終了を知らせる合図、すなわち撤退の信号弾が打ち上げられ

同時に時任から三人に無線連絡が入る。

 

 

「時雨、鬼怒、電の三名は艤装を格納後、第二会議室へ集合。いいね?」

 

「……了解。」

「は~い……」

「はい……なのです。」

 

 

 

「……ふぅ。」

 

モニターの映像を切り、ため息をつきながら天井を見上げ、

時任は昨日の事を思い出していた。

 

 

 

~演習日前日 第二会議室内~

 

演習予定の三名を会議室内に集めて、時任は事前の説明をしていた。

 

 

「と、いう内容の演習を行って貰う予定だけど、何か質問はあるかな?」

 

そう言った後、鬼怒と電は難しい顔をしていたが、時雨のみが挙手し

時任に問い掛けた。

 

 

「これって、条件は厳しいものがあるけど、勝利条件としては

標的を撃破すれば勝ちって事でいいんだよね?」

 

「あぁ、勿論そうだよ。ただ条件的に難しいんじゃないかな?」

 

「それはどう言う意味かな?

僕たち程度じゃ、こなせないって思われてるのかな?」

 

時任の返答を聞いた後、明らかに不機嫌な表情を作った時雨が言葉を返す。

 

 

「違う違う。自分の言葉が足りなかったね。そう言う意味ではないから

鬼怒も電もよく聞いて欲しい。

 

自分がこの演習について重要視しているのは、勝利する事よりも

危機的状況での判断力・行動力を養ってもらい、そして如何にして

生き残るかを考えて欲しいんだ。」

 

 

「勿論勝てるに越した事はないよ。でも、実際戦闘になって

予測と違った行動を見たり、自分の体が上手く動かせなかった。

そんな事が無かったかな?」

 

これを聞いた電は大きく頷いていた。

 

「確かに、何度かあったのです!」

 

「多分、谷崎提督もおっしゃっていたと思うけど、これは言葉だけでは

教えられない事なんだ。実際に経験をして学んでいく物なんだよ。

 

例えば、自分たち軍人は君たち艦娘へ指示を出し、戦場へ送り出すけど

もし、戦闘中に我々との通信手段が途絶えてしまったらどうする?

そんな時に頼りになるのは君たち艦娘の状況判断だ。」

 

当然、谷崎の指導方法と被っているとは思いつつ、

改めて自分の思い、考え方を理解してもらおうとしていた。

 

そんな中、時雨だけがどこか

”納得がいかない”

そんな表情をしていた。

 

確かに時任の言っている事は間違ってはいないし、理解は出来る。

でも、少し考え方が甘いのではないか?

そんな事を考えていた時、時任から声を掛けられる。

 

「時雨は何か意見があるかい?」

 

「……いや、大丈夫だよ。」

 

「そうか。もし、何かあればいつでも言って欲しい。では、明日の演習、

よろしく頼むよ。」

 

 

 

 

~演習後の第二会議室内~

 

 

「まずは、演習お疲れ様。」

 

演習を終えた三人に努めて明るくねぎらいの言葉を掛けるが、

散々な結果に終った為か、皆沈んだ表情をしていた。

 

「そこまで落ち込む事はないよ。昨日も話した通り、不利な状況下での

立ち回りを学んでもらう事が目的なんだから。

でも、実際やってみてどうだった?鬼怒。」

 

「ん~……対空にはちょ~っと自信があったんだけどねぇ。

調子に乗りすぎました…」

 

「わ、私も最初の魚雷を回避して安心しすぎてしまったのです……

ちゃんと警戒していれば、時雨ちゃんや鬼怒さんの損害も防げたと思うのです……」

 

『うん、二人はしっかりと自己分析は出来ているようだ。後は……』

 

室内へ入ってから一言も発せず、俯いている時雨に声を掛ける。

 

「時雨、君はどう思った?」

 

時任の問い掛けに対し暫く沈黙していた時雨だったが、

ポツリと呟く様に時任へ返事を返した。

 

「……何も、ないよ。ただ、僕に力が無かっただけだよ。」

 

「何もって、時雨!」

思わず大きな声を上げてしまった鬼怒を手で制し、宥めた後時雨に話しかける。

 

「そうかな?少なくとも自分はさっきの演習を見る限り、

良くやっていたと思うよ。

電や鬼怒への指示も的確だったと思う。途中までは、ね。」

尚も俯いたままの時雨に対し、言葉を続ける。

 

「一つ聞きたいんだけど、鬼怒が大破した後、電の制止も聞かずに

目標へ向かっていったのは何故だい?」

 

「っ!それは……」

 

「君はさっき自分に力が無いと言ったけど、君の練度・能力を考えれば、

単純に目標を撃破する事は可能かもしれない。でもあの時、ほんの少しでも

周囲に気を向けることが出来たら違う結果になったんじゃないかな?」

 

分っている。

完全に自分を見失ってしまった自分のミスだ。

でも大尉の口調からは、責められている訳ではない事が分る。

だけど、それが余計に腹立たしくもあり、自分が惨めにも思えてくる。

それなのに……なんで僕はいつも……

 

「僕はあの時、行けると思ったから行動したんだ!

昨日、大尉も言ってたじゃないか!

戦場での状況判断は自分たちで考えろって!」

 

どうしてこんな言葉しか出てこないんだろう?

なんでいつもこうなってしまうんだろう?

 

「確かにそう言ったね。でも色々経験をして、学んで欲しいとも言ったよ?

時雨、勘違いをしないで欲しい。自分は今結果を責めている訳では」

 

「分かってる!分かってるんだ。

でも、僕は……僕がやらなければいけないんだよ。」

 

ちがう。

こんな事を言いたいわけじゃない。

 

俯き、両手を握りしめたまま絞り出すように話す時雨に対し

暫く誰も声を掛けられなかったが、時任が時雨に近づき、諭すように語りかける。

 

「時雨、君は一人で背負い込み過ぎなんじゃないかな?

今の君の周りには仲間もいるし俺もいる。

まぁ、俺はまだ頼りないかもしれないけどね。」

 

「そうだよ~。」「わ、私もいるのです!」

 

鬼怒も電も時任に同調し、時雨に声を掛ける。

 

「だから、」

 

「……ごめん、みんな。少し頭を冷やしてくる。」

 

そういい残して、時雨は逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 

 

こんな時の気持ちが分からない訳でもない。

が、今は自分よりも同じ艦娘の方が適任だろうと思い、

電に声を掛ける。

 

 

「電、時雨に付いてあげてくれるかな。」

 

「はい!なのです。」

 

 

電が出て行った後、深いため息を吐き頭を掻く。

『むずかしいな。。。』そう呟き、これからの事に思いを巡らせていると

鬼怒が気を利かせて、お茶を淹れてくれていた。

 

「だいぶお疲れのご様子だねぇ。」

 

「そんな人事みたいに言わないでくれよ。お茶、有難う。」

 

「お礼は間宮の羊羹でいいからね!」

そう言って笑ってくれた鬼怒に、改めて礼を言う。

 

一息ついて、次の業務へ移ろうとした時、通信が入った事を知らせるアラームが鳴り

インカムを装着する。

 

谷崎からの通信であった。

 

「よぉ、どうだ調子の方は?」

 

「まぁ、色々ありますが何とかやってます。何かありましたか?」

 

「あぁ、君に預ける予定だった艦娘が戻ってきたんでな、

改めて紹介しようと思うんだが…こちらに来られるか?」

 

「了解しました、直ぐに伺います。」

 

そう言って通信を切ると、鬼怒に留守を頼み谷崎の元へ向かった。



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7.【埋められない隙間】

~提督室内~

 

「時任一道大尉、只今到着致しました。」

 

「入りたまえ。」

 

 

入室の許可を貰い、部屋へ入ると谷崎と扶桑、それに2人の女性が並んでいた。

 

「おぉ、待ってたぞ。ん?時雨は一緒じゃないのか?」

 

「え、えぇ、今は外しております。」

そうばつが悪そうに答える時任を見て、意地悪そうに谷崎がいじり始める。

 

「なんだなんだ?もう夫婦喧嘩か?まぁ、犬も食わないんだから程々にな。

ま、冗談はさておき、こちらの二人を紹介しよう。金剛と翔鶴だ。

二人とも自己紹介を。」

 

「ではワタシからネー。金剛型一番艦の金剛デース!よろしくお願いしマース!」

「翔鶴型航空母艦一番艦、翔鶴です。」

 

「時任 一道大尉です。これから宜しく。」

 

一通りの挨拶が終わった後、谷崎が申し訳なさそうに時任へ話しかける。

 

「大尉すまない。君に預ける予定だった川内だが、少し事情があって

君の元へ着任出来なくなってしまった。本当に申し訳ない。」

 

「いえ、そんな風におっしゃらないで下さい。先日の9名もそうですが、

今日のお二人の様な、優秀な方たちをお預かり出来て光栄です。」

 

「Oh!大尉は中々女性の口説き方がGood!デスネー。」

 

「なっ!自分はそんなつもりでは…って、提督!時雨への回線を開いて

何をするつもりなんですか!」

 

「ん~?何の事かな?」

 

 

完全にいじられキャラとして確立しつつある、時任であった。

 

 

「さて雑談はこのくらいにしておこうか。扶桑、あれを。」

 

谷崎から指示を受けると、扶桑が1冊のファイルを時任へ手渡す。

受け取ったファイルは艦娘のリストで、6名の艦娘が記されていた。

 

戦艦:ビスマルク、正規空母:加賀、重巡洋艦:高雄、軽巡洋艦:神通

駆逐艦:秋月・綾波

 

「先日の話は覚えているな?そのリストに書かれている6名は、君の演習相手、

つまりは君が勝たなければならない相手だ。相手としては不足なかろう?」

 

リストに記されているメンバーは正にレギュラークラスであり、

不足などあろうはずもない。

 

「ワタシ達にも見せてクダサーイ!」

そう言って、翔鶴と一緒に時任に渡されたリストを眺める金剛。

 

「Hum……テートクー、結構容赦ないデスネー。」

「本当ですね。でも、私は加賀さんと手合わせ出来るのは楽しみです。」

 

「俺の事をそんな嫌な上司みたいに言わないでくれよ。

それに勝てなかったとしても、何かペナルティがあるわけじゃない。

ま、大きくなれよって言う親心かな?」

 

そう言った後谷崎は、口に人差し指を当てて『静かに』と言うジェスチャーをして

小声で話し始めた。

 

「大尉の表情を見てみろ。あれがリストを見て絶望した奴がする顔か?」

 

そう言われて金剛達が振り返ると、当の時任は顎に手を当て真剣な表情をしながら

ぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「こうなると制空が・・だとして対空を・・・・夜戦に・・・・」

 

「Wao!」

「まぁ。」

 

「あいつの事は学生時代から知ってるが、首席を取るような奴でもなければ

名家の出でもない。

その代わり熱意を持って、人一倍努力をするタイプだったよ。」

 

自身の頭の中で試行錯誤しながら、様々なシミュレーションをしているであろう時任を

谷崎は誇らしげに見ていた。

 

 

「っ痛!」

 

時任はいきなり背中を叩かれ何事かと振り向くと、そこには満面の笑みで

サムズアップポーズを決めている金剛の姿があった。

 

「Hey!大尉ー。頭の中でStadyもいいけどサー、ワタシ達に任せてクダサーイ!

もし駄目だったとしても、当たって砕けろデース!」

 

「「「いや、砕けちゃだめだろ!」」」

 

谷崎達のツッコミを受けてなおドヤ顔の金剛へ向き直り、時任は礼を述べた。

 

「有難う金剛さ……いや、金剛。頼りにしているよ。

後、呼び方なんだけど「さん」付けはなしでもいいかな?

堂々としてろって、時雨に怒られるんだ。」

 

「No problemネー!Ah……でもノロケ話はNo thakyouでオネガイシマス!」

 

「そ、そんなつもりじゃ」

 

覆水盆に還らず、時既に遅し。

時任自身で踏み抜いた地雷によって、提督室は笑い声でいっぱいになった。

 

「大尉、私の事もお気軽に”翔鶴”とお呼び下さい。

五航戦、そして翔鶴型の力を存分にお見せします。」

「有難う、心強いよ。航空戦力に関しては龍驤も一緒に話を詰めようと思う。

その他の戦略については・・・」

 

時任達で演習の話が盛り上がりかけていた所、わざとらしく咳払いをした

谷崎が口を挟む。

 

「あー……話の途中で申し訳ないが、いいのかな?

『演習相手』の目の前で作戦会議などを始めてしまって。」

 

 

「……。扶桑、テートクはいつから覗きが趣味になったんですカ?」

「えぇ、私も注意してはいるんですが…聞き入れてもらえなくて……」

そう言って扶桑はわざとらしく袖口で涙を拭う仕草を見せる。

 

「って、おい!ここは俺の部屋!提督室!

そこでお前たちが勝手に話し始めただけだろう。全く、扶桑まで……」

 

恐らく、扶桑なりの助け舟だったのだろう。

時任の方を見て微笑んでいる表情からは、『たまにはやり返してもいいのですよ?』

そう言っているように見えた。

 

「あぁ、もうこれ以上は敵わん。大尉!後は会議室で続きをやってくれ。

それと三日後、さっき渡したリストのメンバーと演習を行うから、

君の方もメンバーを選んでおいてくれ。そちらは特に報告は不要だ。」

 

「了解しました!精一杯ぶつからせて頂きます!」

 

そう力強く宣言した時任は、金剛・翔鶴を従え提督室を後にした。

 

 

 

「なぁ、扶桑はどう思う。」

「何がですか?」

 

扶桑が煎れたくれた茶を啜りながら、扶桑に問い掛けた。

 

「大尉と他の艦娘、特に時雨の事。」

 

それを聞いた扶桑は、少しだけ難しい顔をして答える。

「まぁ、まだ日も浅いですし、時間が掛かるかもしれませんね。

でも貴方同様にお節介をやきたい気持ちもありますが、

出来るだけ見守った方が宜しいのではないですか?」

 

「だよなぁ……」

 

『なんだか二人の子供の親の気持ちだな』

 

そんなことを思っていた時、通信を知らせるアラームが鳴り、インカムを装着し

通信を繋げる。

 

『おーい。聞こえるー?』

「あぁ、良好だ。そちらの様子はどうだ?」

 

『ん~。今のところ目立った動きはないね。

ただやっぱり、提督の予想通り、大本営の中で対象はやや浮いているかもね?

詳しくはレポートを送信したから確認して。』

「そうか。ただ今後の動き方によっては、憲兵が動く可能性もある。

そちらも注視してくれ。」

 

『りょーかい!あ、それと、この任務が終わったら目一杯夜戦任務やらせてよね!』

「わかったわかった。くれぐれも用心を怠るなよ。頼むぞ。」

 

 

「川内さんの定時報告ですか?」

「あぁ。もしかすると、こちらものんびりはしてられんかもな。」

 

そう言って谷崎は、険しい顔で川内から送られてきたレポートに目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

~同時刻、鎮守府内~

 

時任からの指示を受け、電は時雨を探し歩いていた。

 

「……ここにもいないのです。」

 

間宮、工廠など、時雨が立ち寄りそうな場所を回ってみたが見つからない。

もしかしたらもう、自室に戻っているのかもしれない。

そう思って、電は艦娘寮の時雨の部屋へ向かった。

 

 

「時雨ちゃん、いますか?」

ドアをノックし、声を掛けるが返事が無い。

期待を込めてもう一度ノックをすると、小さく一言だけ返ってきた。

 

「……開いてるよ。」

 

返事を聞いた電は、ゆっくりとドアを開け部屋に入る。

部屋の中には、ベッドの上で両脚を抱えるようにして、顔を伏せている時雨がいた。

 

時雨を見つけられた事に安堵した電は、側に近づき声を掛ける。

 

「時雨ちゃん、大丈夫ですか?」

 

時雨からの返事は無い。

 

「隣、座ってもいいですか?」

返事は無かったが、空けてくれたスペースに電は座って再び話し掛ける。

 

「時雨ちゃん、今日の演習の事はあまり気にして欲しくないのです。

今回みたいな演習は初めてで、私も鬼怒さんも……

というより私が一番上手く出来ていなかったのです。」

 

「・・・よ。」

「え?」

 

「違うよ。…そうじゃないよ、電。」

俯きながらではあるが、ポツリポツリと話し始める。

 

「別に一人でいい格好しようとしたとかじゃないんだ。

ただ、僕は例え演習でも負けたくない。」

十分わかっているよとでも言う様に電は大きく頷きながら聞いている。

 

「僕は…僕は強くなくちゃいけないんだ。もう艦船時代や、あの時みたいに…」

「…春雨ちゃんの事ですか?」

 

その名前を聞いた瞬間、時雨の身体が震えだす。

両手で必死に押さえる様子を見た電は、そっと抱きしめようとするが、

時雨に拒絶されてしまう。

 

「時雨ちゃん?」

 

「ごめん電。色々考えたいんだ。

一人にしておいてくれないかな?」

 

「……はい。」

 

 

 

時雨の部屋を出てからの帰り道、電はうまく話せなかったことに

もどかしさを感じていた。

「私も皆を守りたいのです。でも、強さって何なのですか?」

 

電自身もまた同じ様な悩みを抱えていた。

 

『大尉さん、電ではどうにもできなかったのです……」

そう心の中で時任に詫びていた。



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8.【姉妹艦】

~第二会議室内~

 

 

谷崎から演習の日程及び参加するメンバーを聞いた翌日、

時任は艦隊のメンバー全員を集合させ、内容の説明を行っていた。

 

 

「という訳で、二日後に谷崎提督率いる艦隊と演習を行うことになった。

まだこちらのメンバーは決めていないけど、選ばれたメンバーは

持てる力を存分に発揮して欲しいと思っている。」

 

相手方のメンバーを見せたとき、萎縮してしまう艦娘もいるかと思われたが

そんな事は無く、殆どの艦娘がやる気に満ち溢れていた。

 

『流石谷崎提督の元で鍛えられてきた艦娘達だ。

少々の事では動揺はないみたいだな。後は、俺次第……って事か。』

 

 

「時雨、この後の皆の予定はどうなっているかな?」

これからの予定を確認しようと時雨に尋ねるが、当の本人は心ここにあらず

といった感じであった。

 

「時雨?」

「え?あ、あぁ、何かな?」

「この後の皆の予定を教えて欲しいんだけど、いいかい?」

 

時任の問い掛けに気付くと、慌ててファイルを確認し、予定を読み上げる。

 

「えっと、鬼怒・朝潮・白露の三名は遠征任務が入っているね。それ以外は

今日は特に任務はないよ。」

 

「よし、それでは任務がある三名は直ちに任務にあたって欲しい。

他の者は昨日同様の演習を行って欲しい。

編成については最上に任せていいかな?」

「了解だよ。任せて!」

 

「それで、だ。今日は遠征任務の者達が帰ってきたら、ささやかだけど

一席用意してあるんだ。楽しみにしていてくれ。」

 

「そ、それは、呑んでもいいと言う事ですか~?」

目を輝かせながら聞いてくるポーラに『勿論!』と返事をした途端、

他の艦娘達からも歓声が上がった。

 

「では皆、よろしく頼む!」

『『『『了解』』』』

 

各自が持ち場に着く為、会議室を後にしようとした時、

時任は時雨のみを呼び止めた。

 

「あぁそうだ。時雨は残ってもらえるかな?少し話があるんだ。」

「……うん。分かったよ。」

 

 

 

何を言われるんだろう。

昨日の事や、今日の事に関してのお説教だろうか?

それとも、僕の事に嫌気がさして秘書艦を外されるのかな?

だとしても仕方ないよね。心と身体がバラバラな状態の今じゃ

まともな任務どころか、大尉の足を引っ張るだけだ。

本当に何をやっているんだろう、僕は。

 

悪いのは自分だ。とにかく謝らないと。

そう思った矢先、時任が声を上げて笑い出した。

 

「え?何?何かおかしい事したかな、僕。」

 

「いやいや。そうじゃないよ。さっきから黙って見てたけど、

時雨が百面相してるみたいで面白かったから、つい、ね。」

 

そう言われて、次第に全身が熱くなり、顔が火照ってくるのが分かって

時雨は俯いてしまった。

 

「それで?何を考えていたのかな?時雨は。」

「……昨日の事を謝らなきゃとか、秘書艦を外されるんじゃないかとかだよ。」

 

その答えを聞いた途端に再び時任が笑い出した為、時雨は抗議の意味を含め、

口を尖らせそっぽを向いてしまった。

 

「何さ!こっちは本気で悩んでたのに。」

「ごめんごめん。」

 

平謝りしつつ、立ち話もなんだからと時雨を椅子に座らせ、話を始めた。

 

 

「まず今日呼び止めたのは、別に君を責める訳でも、秘書艦を外す為でもない事を

始めに言っておくよ。俺が少し話をしたかったんだよ。

お互いをよく理解する為にね。」

 

「お互いを……理解……」

 

「そう言う事。まだまだお互い知らない事ばかりだ。

これから艦隊を率いるのに、上二人が明後日の方角を向いていたら、

有事の際に大事になってしまう。

そうならない為のコミュニケーションって所かな?」

 

そう言ってにこやかに話し掛けてくる時任を見て、時雨は戸惑っていた。

 

お互いの理解を深める為に、積極的に話しかけてくれる事は嬉しい。

それがお互いだけで無く、皆の為になるのなら尚更だ。

でも、本当にこの人を信用してもいいのだろうか?

以前のように裏切られたりしたら、皆に迷惑を掛けたら、

また辛い思いをする事になってしまったら……

 

「時雨?どうかしたかい?」

 

時任が今度は心配そうに様子を伺っている。

 

「ううん。なんでもないよ。大丈夫。」

時雨はそう言った後、大きく深呼吸をし、意を決した表情で時任に話し始めた。

 

「大尉、聞いて欲しい事があるんだけど、いいかな?」

「勿論!」

 

まずはちゃんと話を、自分の事を話して知ってもらおう。

もしかしたら、なんていう考え方はもういらない。

たった数日かもしれないけど、大尉の人となりは見てきたつもりだ。

 

 

 

『この人を信用してみよう』

 

 

 

「この前話せなかった事、少し長くなるけど聞いて欲しい。」

「大丈夫だよ。聞かせて欲しい。」

 

ありがとう。

そう言って時雨は、話し始めた。

自身の事を、そして過去に何があったのかを。

 

 

 

 

「時雨!何故勝手に艦隊を後退させた!」

「大破寸前の子がいたんだよ?

あのまま進んでいたら轟沈したかもしれないじゃないか!」

「私は大局的に戦況を見ている。そして指示を出しているんだぞ!」

 

いつも行き当たりばったりじゃないか。

 

「聞いているのか!」

「分ったよ。」

 

はっきり言って、神保提督の考え方は僕には合わなかった。

使われてる身分で偉そうなことをと思われるだろうけど、皆を護りたかったから

いつもぶつかってばかりいた。

 

提督室を出てから、ぶつぶつと愚痴を呟きながら歩いていると、

一人の艦娘から声を掛けられた。

 

「ま~た命令違反?懲りん子じゃのぉ。」

「浦風…でもやっぱりおかしいよ!」

「まぁ、気持ちは分らのうは無いけどのぉ……あんまり怒ると、皺が増えよるよ?」

「……何か言ったかい?」

「ひゃあぁぁ、ぶたんで~。」

 

そう言っておどけて見せる浦風を見て、すっかり毒気を抜かれる。

でも、これは浦風なりに気を遣ってくれているのだ。

 

「全く……でも、ありがとう。少し落ち着いたよ。」

「ん~?ウチはな~んもしとらんよ?

そんな事よりほ~らっ!さっきからあそこの陰に隠れとる

心配性な子の所に行ってあげんさい。」

浦風が指した方角を見てみると、白い帽子と淡い桃色の長い髪が

揺れているのが見えた。

 

「うん。分った。」

そう言い残して、隠れているつもりが隠れきれていない子に近づき声を掛ける。

 

「そこで何をしているのかな?春雨。」

「ひゃぁっ!」

 

隠れていたのがばれていないと思っていたため、思いがけない声がけに

思わず悲鳴を上げる。

 

彼女の名前は春雨。僕と同じ白露型の五番艦。

艦娘として再会してからは、『姉さん』と慕ってくれている。

全然、姉らしい事はしてあげられてないけど。

 

「し、時雨姉さん!今日は、本当にごめんなさい。私のせいで司令官さんに……」

「春雨が気にすることじゃないよ。それで、損傷の方は大丈夫なの?」

「はい!バケツを使わせて頂いたので、もう大丈夫です。」

 

へぇ?珍しいこともあるもんだね。

僕たち駆逐艦には余程の事が無い限り、バケツは使わないのに。

 

「そう。でも、大事に至らなくて良かったよ。」

「私もまだまだですね……頑張って司令官さんや皆さんの

お役に立てるようにならないと……」

「春雨は頑張っているじゃないか。提督の作戦や指示が無謀なんだよ。

ホントにもう。」

 

誰が聞いているかも分らない鎮守府内で、公然と上官批判をするのも

どうかと思ったが、治ってきていた怒りが再び込み上げてきて、

思わず口に出てしまった。

 

そんな時雨の様子を見て、戸惑いの表情を浮かべながら春雨が時雨に問い掛ける。

 

「……時雨姉さんは、司令官さんの事、お嫌いなんですか?」

「えっ?」

 

正直、こんな事を聞かれるとは思っていなかったから言葉に詰まってしまい

どう答えたものか悩んでいると、春雨が慌てて言葉を付け足す。

 

「あ、あの、深い意味はないんです。ただ司令官さんとのやりとりを見ていると

あまり好意的ではないのかな~とおもいまして。」

 

よく見ているな、と言うか当たり前か。

僕と提督のやり取りは、昨日今日に始まった訳じゃないし。

山城にも同じ様な事を言われたし、少しは自重しないといけないな。

 

「う~ん……毛嫌いしているって言うわけじゃ無いけど、ね。

僕が艦娘である以上、上官である提督には従わなきゃいけないって事は

分ってるつもりだよ。

ただ、出来ればもう少し、艦娘の事を考えてくれればいいかなとは思うけど。」

「そう、ですか……」

 

『あれ?なんだろうこの感じ。』

 

春雨の反応に、いつもと違う印象を受けた時雨。

 

この時は本当に軽い気持ち、冗談のつもりで言ったのだが

春雨から返ってきたのは、まさかの反応だった。

 

「何々?春雨はもしかして提督の」

「べべべ別にそんな事は思ってませんよ!ななな何を言ってるのかなぁ~

……あははぁ。」

「僕はまだ何も言ってないけど?」

 

一瞬、固まってしまった春雨だが、恥ずかしさを隠す為に両手で顔を覆うが

隠し切れないほどに、顔が真っ赤に染まっていた。

 

春雨の話をまとめると、こんな経緯だった。

着任当初、不慣れな為にミスが続いていたが、何かにつけて庇ってくれたのは

神保提督であったそうだ。

でもある時、自分だけ贔屓にされているのではないか?そうだとすると

他の艦娘にも迷惑が掛かるのではないか?

そう思って神保提督に問い掛けた際、こう返答が返ってきたそうだ。

 

『別に贔屓している訳ではない。お前をみていると、つい昔を思い出す。

特にその髪の色を見ているとな。だから、なんとなく放っておけないんだ。』

 

 

 

「それで、気に掛けてもらえるのなら、それに報いようと頑張っているうちに

落とされてしまった……と?」

「はい。って、落とされるなんてそんな……

私が一方的に見ているだけなんです!だから、この事は司令官さんには黙ってて下さいね?」

「分かってる。大丈夫、別に言いふらしたりはしないよ。」

 

それを聞いた春雨は、安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

「そうだ!時雨姉さん、今から間宮さんの所行きませんか?

今日のお詫びとお礼を兼ねて、私、ご馳走しちゃいます!」

「お?言ったね?じゃあ高いもの頼んじゃおうかな?」

「だ、大丈夫ですよ!じゃあ、行きましょう!」

 

『少しは提督の事、考え直さなきゃいけないかな?妹の為にも。』

 

そんな事を思いながら、急かす春雨に手を引かれ、間宮へ向うのだった。



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9.【苛立ち】

春雨の思いがけない告白を聞いてから数日、特に大きな戦闘も無く

比較的穏やかな日々が続いていた。

 

 

この日時雨は、浦風・電の二名と共に近海の哨戒任務にあたっていた。

 

「んっ~……穏やかな海じゃねぇ。

まぁ、たまにはこがいな日があってもええねぇ。」

「私もそう思うのです。出来れば平和が一番なのです。」

 

「二人とも、今は任務中だよ。私語もほどほどにね。」

二人を嗜める時雨に対し、浦風はやや不満顔を見せるが、

気にせず任務に集中する。

 

「げに真面目じゃねぇ、時雨は。そがいに肩肘張っとって疲れん?」

「真面目……なのかな?ただ、与えられた任務をこなしているだけだよ。」

 

時雨の素っ気無い返しに、浦風はおどけるように肩をすぼめて

電と共に苦笑いをしている。

 

 

確かに僕は人付き合いってやつは、他の皆と比べて上手くは無い方だ。

でも、別に馴れ合いが嫌いと言う訳ではない。

現に旧西村艦隊の面々や、姉妹艦の白露達とはそれなりに上手くやれている

と思ってる。

 

「なぁなぁ時雨ぇ。」

「何?」

「あんた、楽しみやら生きがいみたいなもなぁないの?」

「楽しみ、ねぇ……」

 

生きがいと言う事なら、過去の様な辛い思いをしない様に

皆を護れる艦である事かもしれないけど。

楽しみ……楽しみ……。

 

腕組みをして考え込んでしまっている時雨に、助け舟を出すかの様に

電が会話に入ってきた。

 

「私は、暁ちゃん達と間宮さんで甘いものを食べながら

おしゃべりをするのがとっても楽しいのです。」

「そうそう!そう言う事じゃ。後は色恋やら?」

「色恋?」

「例えば、提督とデー」

「それは絶対にありえない。拒否するよ。」

 

少しだけカマを掛けてみたつもりの浦風だったが、清々しいくらい全否定をされ

思わず笑い出してしまう。

 

「取り付く島もなしかい!少しだけ提督に同情するわ。

電は提督の事、どう思っとるん?」

「私も特にそう言う感情は……っ!あ、あれを見てください!

右舷上空なのです!」

 

電が指し示した方角を見ると、深海棲艦の偵察隊と思われる

艦載機の編隊を見つけた。

 

「流石に見つかったね。この距離じゃあ狙えない、か。」

 

この近海でそれ程大規模の艦隊が展開しているとは思えない。

ならば強行偵察も可能か。

そう考えた時雨は、すぐさま浦風と電に指示を出す。

 

「浦風!電と一緒に反転のち後退して!電は後退しつつ鎮守府司令部へ連絡をお願い!」

「ち、ちいと待まって!時雨、あんたはどうするんよ!」

 

浦風だけならば問題は無い。けれど電はそれなりの練度ではあるが、

実戦経験がやや不足気味だ。

 

「僕は少しでも情報を集める為に、このまま偵察を続ける。」

「あんた、また」

「大丈夫。無理はしないよ。それに練度的に見ても、僕が残るのが最善だと思う。

急いで!」

 

 

言い出したら引かない時雨の事だ。不本意ではあるが、浦風は時雨の提案を受け入れる。

 

「絶対に無理をしたらだめじゃ。無理じゃ思うたら、必ず引くんじゃよ!」

「分かった!」

 

 

さて、まずはどうしようか。

先程見つけた艦載機はもう離脱しているようだ。

 

『飛んできた方角は北東。だったらこっちから回ってみるか。』

 

回りこめる可能性も考慮して、西から北西へ回り込むように移動を開始する。

 

 

 

『普段はこんなに穏やかな海なのにな。って、浦風の言葉がうつったかな?

でも、ここは戦場なんだよね。』

周囲を警戒しつつ、そんな事を考えていると鎮守府から通信が入る。

 

『時雨、私だ!何故お前はいつも』

「提督?お説教なら後。今はまだ、敵影は確認できてないよ。」

『そうじゃない!全くお前は……』

「そんな事より支援準備はしてもらってるのかな?」

『……まずは状況確認が先だ。』

 

 

そういう所だよ、提督。

 

何の為に浦風と電を後退させて、連絡をしたと思ってるの?

どうして先手を打ってくれないのかな。

なにも、戦艦主体の援護を求めてる訳でもないのに……

 

「……敵影を確認次第、追って連絡するよ。」

 

時雨はそう言って、一方的に通信を切ってしまった。

 

通信を切ってから数分後、鎮守府で何か情報が入っていないか確認しようと思い

回線を開こうとした時、神保から通信が入る。

 

「・・・!・・・れ!今・・・入っ・・・」

「え?何?ノイズが酷くて聞こえないよ!」

 

神保が何かを叫んでいるように聞こえたが、ノイズが酷く上手く聞き取る事が出来ない。

 

「今・・・れっ!戦・・・巡が多・・・っ!」

「ちょっと、ホントにわからないよ!提督どうし」

 

次の瞬間、時雨の周辺で轟音と共に水柱が上がる。

 

「長距離砲撃!?この威力・・・まさか!」

 

直ぐさま回避行動を開始し弾幕を張りつつ、回線を開く。

 

「こちら時雨、現在敵と交戦中!

敵の数は定かじゃないけど、目視できる限りで軽巡2駆逐2を確認。」

 

どこだ?

どこにいる?

恐らく……いや間違いなくいるはず。

 

敵の砲弾を巧みに躱しながら、いるであろう敵旗艦を探す。

 

 

「いた!でも、まさかこんな近海で出会うとはね。」

 

そう言って睨んだその先に、薄ら笑いを浮かべた《戦艦ル級》を捉えていた。

 

 

 

遠征任務から帰港中の艦隊から敵艦隊発見の報を受け、敵編成を確認した神保は

言葉を失っていた。

 

暫くして我に返り、慌てて時雨に続報を入れたが、既に交戦状態にあり

交信が途絶えてしまう。

 

「な、何故この近海にル級がいるんだ……」

「今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょう!待機中の各艦に通達!

敵の編成は戦艦1軽巡2駆逐2の計5隻を確認済み。龍驤・翔鶴の空母組は

出撃後直ぐに艦載機の発艦宜しく。」

 

『了~解や。っちゅうか、既に出しとるけどな。』

 

「龍驤!それに山城、勝手に何を」

「時雨を沈めさせるおつもりですか?」

 

静かな物言いではあったが、神保を黙らせるには十分な迫力であった。

 

別に時雨に危機が迫っていたからではない。

他の艦娘が同じ状況に置かれたとしても、山城は同じ様に行動しただろう。

 

”提督が動かないのであれば”

 

神保は決して有能とは言えないが、無能と言う程ではない。

よく言えば規律正しく、悪く言えば融通が利かない。

それがよく分かっているからこそ、山城は神保に対し苦言を呈した。

 

「提督、勝手に艦隊へ指示を出した事は謝罪します。ですが秘書艦として

敢えて言わせて貰います。

貴方は提督として、艦隊を指揮する長としての自覚が足りないんじゃないですか?」

「何だと!?」

 

流石にまずいと思い始めた艦娘達が、山城を止めようとするも

その制止を振り切り、尚も続ける。

 

「私達艦娘を駒として扱うならいざ知らず……まぁ扱っては欲しくないですけど。

扱えていないのが現状じゃないですか?もしこれで、時雨の身に何かあったら」

「山城、そこまでにしておきなさい。」

 

見かねた扶桑が間に入り、山城を宥めつつ神保に妹の非礼を詫びる。

 

「提督、山城の行き過ぎた言動、後できつく言い聞かせておきますので、

どうかご容赦下さい。

それよりも今は、先行した支援艦隊の他数隻に出撃準備させる事を具申致します。」

 

「そ、そうだな。

山城!出撃可能な軽巡または駆逐艦を4隻選抜し、待機させろ。

そして、時雨には直ぐさま後退するよう呼び続けろ!」

「……了解です。」

 

 

 

 

 

「くっ!これで!!」

 

時雨の主砲から放たれた砲弾が敵軽巡へ級に命中し、爆発音と共に沈んでゆく。

圧倒的不利な状況下にありながら、自身の損傷は小破に留めて、

軽巡及び駆逐艦各一隻ずつを撃破していた。

 

「損傷はまだ大丈夫だけど、この辺りが引き時かな?」

現在の戦闘は完全に想定外であり、不要な損傷が避けられるのであれば

それに越したことはない。

 

残弾を確認しつつ撤退のタイミングを図っていた時雨だが、

先程からの戦闘において、ある種の違和感を抱いていた。

 

『何かがおかしい……ル級の攻撃ってこんなものだったかな?』

 

時雨が感じていた違和感とは、敵戦艦ル級の攻撃は至近弾はあるものの、

その後に続く攻撃が散漫で、回避が容易いものばかりであった。

 

もしかすると敵にとっても想定外の戦闘で、何かしらのトラブルを

抱えているのかもしれない。

ならば早めに撤退するのが得策だ。

そう考えた時雨は、先程沈めた軽巡の周辺に敵陣形の乱れを見つけ、

速度を上げて海域からの離脱を試みる。

 

『あそこから抜けられそうだし、さっさと離脱しよう』

 

敵の合間を縫って、海域を離脱したと思った次の瞬間、

右側面に強い衝撃と共に激痛が走り、時雨の身体が海面を滑る様に吹き飛ばされる。

 

「がっ、はぁっ……な、何が?敵の……攻撃?」

 

 

激痛に顔を歪めながらも、状況を確認する為周囲を見渡すと、

もう一隻の戦艦ル級から主砲を向けられているのが見えた。

 

『罠、だったんだね。僕とした事がなんてミスを……』

 

 

このままではまずい、とにかくこの場を離れないと。

それにこの近海に戦艦が二隻もいると言う事は、もしかすると

他にも大きく展開されている可能性もある。急いでこの事を伝えなければ。

 

痛む身体を引きずりながらも何とか体勢を立て直しつつ、司令部への回線を開く。

 

「こちら時雨、現在も敵と交戦中。残敵は戦艦2、軽巡・駆逐が各1。

可能性として敵の大規模作戦が展開されている恐れあり!」

 

『時雨!?今、そちらに支援艦隊が向かっているわ。あなたの状況は?無事なの?』

「山城?取り敢えず通信出来る位は無事だよ。ただ、中破してしまって

敵に囲まれつつあるかな?』

『全然無事じゃないじゃない!!いい、時雨。下手に反撃は考えないで、

兎に角回避に徹しなさい!……絶対に馬鹿な事は考えちゃだめよ!分かった?』

「……うん、分かったよ。」

 

 

通信を切り、改めて周囲の状況を確認しながら呟いた。

『全く、人を死にたがり見たいに言わないで欲しいよ。

僕はまだまだやらなければいけないんだ。』

 

とは言ったものの、先程の攻撃で自身の主砲は破壊され、残された装備は

虎の子の魚雷が数本のみ。

 

『山城にはあぁは言ったけど、最悪も覚悟しなきゃ、かな?でも!』

 

最後のあがきとばかりに魚雷を装填し、発射しようとしたその時、

時雨の耳に、聞き慣れた声が響いた。

 

「邪魔じゃけぇ!!そこどけやぁぁ!!!」

男勝りの威嚇と共に放たれた砲弾が、敵駆逐艦に命中し、爆発音と共に水柱が上がる。

 

「浦…風?どうしてここに?」

「あんた一人じゃ心配じゃけぇ、戻ってきたんよ!」

「でも、このままじゃ二人とも」

 

そんな考えが頭を過ぎったとき、自身の背後から複数の艦載機が迫ってくるのを

感知した。

 

『時雨~!生きとるか~!今からウチの艦載機の皆がお掃除始めるから

上手く避けてや~!』

『ふふふっ。私の隊もいますよ。』

 

「龍驤に翔鶴!?来てくれたんだ。」

 

 

龍驤達の言葉通り艦載機達が、敵艦隊を一掃するが如く猛攻撃を開始し

時雨の退路を確保する事に成功した。

 

その後、後発の支援艦隊の働きもあって、海域を離脱し無事母港へ帰艦する事が出来たが

時雨にとって、苦い記憶として心に残る戦闘であった。



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10.【不穏】

昨日の戦闘があった翌日、時雨・浦風・電の三人は、詳細を報告する為、

提督室へ向かい、部屋の前まで来たものの、中々入れずにいた。

 

結果的に全員が無事帰還は出来たが、自身の独断で損傷を受けた為

時雨は、何かしらの叱責を受けるだろうと思っていたからだ。

 

「はぁ……。」

「なーに深い溜息をついとるのよ。自業自得じゃろうに。」

「まぁ、そうなんだけどさ。」

 

分っている。

 

確かに想定外の戦闘であり、しかも戦艦が二隻もいたのだ。

でも、もっと上手く立ち回れたのでは無いか?

もっと自分に力があれば。

と、様々なタラレバを一晩中自問自答していた。

 

「昨日の事は、時雨ちゃんだけのせいでは無いのです!

それを言ったら、私がもっと早く気付いていれば……」

「あ~っ、もう!あんたがいつまでもうじうじしとるけぇ、

電にも伝染ってしもうたじゃろうが!

もう過ぎた事なんじゃけぇ、切り替えようよ!」

 

 

時雨と浦風、それに電の三人はほぼ同時期に鎮守府に着任した縁もあり

任務も含め、比較的一緒にいる事が多い。

 

真面目な長女の時雨、大人しくて後ろからついて行く三女の電。

そして二人の間に入って、面倒見のいい次女の浦風、と言ったところか。

 

「もう分ったよ。じゃあ入るよ!」

そう言って時雨が提督室の扉をノックするよりも早く扉が開き、

中から龍驤が顔を出した。

 

「なんやなんや、騒々しいなぁ。こないな所でトリオ漫才か?」

「「「ちがうよ(わ)のです」」」

 

「はははっ!息もぴったりやなぁ。

まぁ、たまには言い合いもえぇけど、程々しいや。」

「そんなん言うたってお母ちゃん……」

「誰がお母ちゃんやねん!って、ウチまで巻き込むなや、もう。

ほら、中で提督が待っとるで。」

 

そう龍驤に促され、三人は揃って提督室に入る。

 

「あれ?山城はいないの?」

「あぁ、山城には今、別の用事を頼んでいる。

龍驤は代理で秘書艦を頼んでいるところだ。」

「そう、なんだ。」

 

「では昨日の戦闘についての詳細を報告して貰おうか。」

 

そう促され、各々が報告を始めると、神保は黙ってその報告を聞いていた。

 

 

 

一通りの報告が終わった後、時雨が昨日の戦闘で覚えた違和感から

神保へ進言した。

 

「以上が昨日の戦闘報告だよ。たださっきも話したけど、あれだけの戦力が

近海に展開していると言う事は、敵の侵攻が進んでいる可能性が

あるんじゃ無いかと思う。」

 

「ふむ……確かに可能性としては高いかもな。

龍驤、その後偵察機からの連絡はあるか?」

「いや、特にはまだ入ってきてはないなぁ。念の為、索敵機を増やそか?」

「そう、だな……いや、増やさずそのまま継続してくれ。」

「了解や。ほなその旨、空母組に伝えとくわ。」

 

 

「さて、他に何か報告事項はあるか?無ければ戻っていいぞ。

あぁ、時雨は少し話があるから残ってくれ。」

 

 

あぁ、やっぱり来たか。

まぁ仕方ないか。命令違反って程じゃないけど、独断での行動が多いって

お小言を貰うのかな?

 

そんな風に考えていた時、電が慌てて口を開く。

 

「て、提督さん!待って欲しいのです!

今回の件は時雨ちゃんだけのせいではないのです。

だ、だから」

 

「さぁ~て、浦風と電の二人はウチと一緒に行こか。

昨日頑張ったご褒美に、間宮で奢ったるさかい。」

龍驤が二人の背中を強引に押しながら、部屋を出ようとする。

「で、でも……」

「三人で待っとるから、お説教が終わったらあんたも来るんやで、時雨。」

電が何かを言いかけたが、龍驤が小声で『大丈夫や』と声を掛け、

提督室を出て行った。

 

 

三人が出ていった後、部屋に残された二人の間に、重苦しい雰囲気が漂い始める。

 

言い訳はしない。

処分は甘んじて受ける。

 

そう決意した目で、神保を見据えていた。

 

暫くすると、神保が椅子から立ち上がり、時雨に近づく。

そして時雨の直ぐ目の前で立ち止まり、手を上げた瞬間、

”殴られる”と思った時雨は、思わず目を瞑る。

 

しかし、神保の上げた手は予想に反し、時雨の頭に軽く乗せられただけだった。

 

「えっ?」

 

神保の予想外の行動に乗せられた手を振り払う事も忘れ、

ただただ神保を見上げるだけの時雨だったが、神保から発せられた言葉により

更に固まってしまう。

 

「……よく、頑張ったな。無事に帰ってきてくれて、有難う。」

 

 

『え?何?今提督は何て言ったの?

僕に対して”有難う”って言った?』

 

今の状況に頭が追いつかない時雨を見て、神保は戸惑いながらも声を掛ける。

 

「別に、私はお前を嫌っている訳ではないぞ。

私だってお前たちを褒める事だってある。

ただ、もう少し言う事を聞いてくれればとは思うがな。」

 

照れ隠しのつもりだろうか。

神保は制帽を深く被り直し、自身の椅子に座り、話を続ける。

 

「確かに私は有能な上官ではないかもしれん。

お前たちに歯がゆい思いをさせている事は、分かっているつもりだ。

ただ、お前たちの事を全く考えていない訳じゃあない。

こうして、お前たちが無事帰ってこれる様にと思っている。

この事だけは紛れもない、私の本心だという事は分かって欲しい。」

 

思ってもいなかった言葉に、どう返事をしていいのか分からず

固まったままの時雨に、神保が声を掛ける。

 

「ん?どうした。私の話は終わりだ。早く間宮へ行って来い。」

 

未だ状況が整理できない時雨だったが、神保の声で我に返り言葉を返す。

 

「うん……提督、ごめん。今後は気をつけるようにするよ。」

「ん。頼むぞ。」

 

 

足早に提督室を後にし、間宮へ向かう最中、時雨は様々な思いを抱いていた。

 

自分はてっきり疎ましく思われているとばかり考えていた。

だから今日は、相応の叱責を受けるものとばかり思っていた矢先に

神保から掛けれられたのは労いの言葉。

 

『春雨が言っていたのは、こう言う事なのかな?』

 

ふと、先日聞いた姉妹艦からの言葉を思い出した。

 

自分の考えは間違いではないかもしれないけど、今後はもう少し

歩み寄る事も大事なのかもしれない。

 

『他には、色恋とか?』

 

いやいや。

やっぱり、それだけはない。ありえない。

 

『まぁでも、少しだけ考え方を変えてみようかな?』

 

そう思うだけで、少しだけ気持ちに余裕が生まれたような気がした時雨であった。

 

 

 

 

 

~数日後~

 

浦風、電、春雨の三名と共に哨戒任務に出ていた時雨は、

帰投後、報告の為に春雨を連れて提督室へ向かっていた。

 

「今回も何事も無く良かったですね、時雨姉さん。」

「うん、そうだね。でも、油断は出来ないから注意しないとね。」

「はい!分かってます。」

 

そう言うと、春雨は時雨を見つめながら笑みを浮かべている。

 

「ん?何?僕の顔に何かついてる?」

「いえいえ。ただ最近、時雨姉さんの笑顔が増えたなぁ~と思って。」

「そ、そうかな?別に普通だよ。」

 

確かにここ最近、浦風たちにもよく言われているような気がする。

別に意識している訳ではないけど。

先日の一件以来、気持ちに余裕が出てきたからなのかな?

 

「あれぇ~?もしかして、照れてます?でも、姉さんは元がいいんだから

笑っていた方がもっといいと思いますよ!」

「……姉をからかうもんじゃないよ。全く。」

 

春雨との他愛の無いやりとりをしながら歩いていると、軍人が数名、

提督室の方向から歩いてくるのが見えた。

 

『何だろう。何かあったのかな?』

 

そう思いつつも、軍人たちとのすれ違う際、春雨と共に脇に寄り敬礼をする。

 

すると、先頭を歩いていた軍人が春雨の前で止まり、

まるで値踏みをする様に凝視する。

 

「あ、あの……私に何か……」

「ふ~ん…おまえか、例の艦娘は。成~る程、確かに似ているな。」

 

そう言って、春雨の髪へ手を伸ばそうとした時、時雨は春雨を庇う様に前に出て

軍人へ問い掛ける。

 

「……彼女が何かしましたか?」

「何だお前は!」

取り巻きと思しき他の軍人が怒声を上げるが、声を上げた軍人を手で制し

嫌らしい笑みを浮かべながら答える。

 

「いや何、私もよ~く知っている髪の色だと思ってな。

別にとって喰おうという訳じゃあない。

でも、その殺気は敵に向けるんだな。」

 

それだけ言うと、他の軍人を引き連れてその場を去っていった。

 

 

「なんだい、あれは!春雨、大丈夫?」

「は、はい。少し、怖かったですけど、姉さんが庇ってくれたので……」

 

すっかり怯えてしまった春雨を慰めながら、再び提督室へ足を向けるが、

先程軍人が発した言葉が少しだけ引っかかっていた。

 

『知っている髪の色……確かに春雨の髪色は珍しいほうだとは思うけど……

一度、提督にも聞いてみた方が良さそうかな?』

 

そんな事を考えつつも、目的の提督室の前に到着し、ノックをして部屋へ入る。

 

「提督?哨戒任務の報告に来たんだけど、いいかな?」

「あ、あぁ。ご苦労。」

 

そう返事は返ってきたものの、表情は暗く、青ざめているように見える。

 

察するに先程の軍人の件が少なからず関係している事は、容易に想像出来た。

 

「提督、さっき数人の軍人と会ったんだけど、何かあったの?」

「……。いや、別に何も無い。」

 

それじゃあ、何かあったと言っているようなものじゃないか。

あからさまにそれと分かる態度を見て、問いただそうかと考えたが

春雨の手前、この場は努めて柔らかい物言いをする事にした。

 

「何も無いならいいんだけど。

でも、話してくれなきゃ分からない事もあるんだからね。」

 

そう言って、神保から言葉を引き出そうとするも、神保の口は堅く閉ざされたまま。

 

「それと、春雨の髪色の事を」

「時雨!その話はやめろ!!」

 

先程の軍人との話をしようとした所、机の上に視線を落としたままではあるが、

神保の大声によって遮られる。

 

「……。大声を出してすまない。

少し、一人にしてくれないか。」

 

「し、司令官さん……」

春雨が神保に何か声を掛けようとしていたが、今はそっとしておいたほうがいい。

そう考えた時雨は、春雨を連れて提督室を後にした。

 

 

「時雨姉さん……司令官さんに、何かあったんでしょうか?」

「かも、しれないね。でも、提督が話してくれない限り、どうしようもないよ。」

「でも」

「大丈夫だよ。ちゃんと話してくれるのを待ってあげなよ。

提督の事を好きなら、ね。」

「!?っ、姉さんたら!!」

 

さっきのお返しとばかりに少しからかったら、顔を真っ赤にしながら怒ってしまった。

 

むくれた春雨を宥めながらも、時雨自身も心の中では不安に思っていた。

『でも提督。自分の上官の力になるのなら、協力したいとは思うよ。

だから、いつか話してくれるよね?』

 

 

 

 

~第二会議室内~

 

「ふぅ……」

 

話疲れたのだろう。

時雨は大きく息を吐いた後、手元のお茶に手を伸ばして、渇いた喉を潤す。

 

「少し休むかい?」

「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。」

 

時雨が話してくれた内容は、以前夕張に聞いた事とほぼ同じではあったが

どうにも腑に落ちない点もあった。

 

それは今の話を聞く限り、神保提督と時雨の仲が聞いていた程悪くは思えないのだ。

むしろ途中からは、分かり合えてきたのではないかと思えた程だ。

 

そんな事を考えている時任の表情を読み取ったのか、時雨の方から話を振ってきた。

 

「多分これまでの話から、なんで神保提督との関係が悪いのかが分からないって

思ってるよね?」

「えっ?何で分かった?」

「分かるよ、そんな表情をしてたら。と、言うよりも今の流れでそう思ってないとしたら

ちょっと失望したかも。」

「お、おぅ。」

 

「そうなんだよ。この時、この日までは本当に信じられる人なんじゃないかと……

僕はそう思っていたんだ。

でも……」

 

そう言った後、時雨は暫く間を置いてから、再び話し始めた。

 

 

「あの日は忘れたくても忘れられない。本当に人間に、軍人に失望した一日だったよ。」



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11.【開戦】

鎮守府近海にて行った戦闘から数日、深海棲艦の活動は活発の一路を辿っており

奇しくも、時雨が可能性の一つとして報告した事が現実味を帯びてきていた。

 

それに合わせて、鎮守府内においても遠征・哨戒だけでなく、工廠も

慌しく稼動していた。

 

「ふぅ……少しは落ち着いてきたかなぁ。でもうちに夕張がいてくれて助かったよ。

流石にこの量をひとりで捌くのはちょ~っと厳しかったからね。」

 

工廠の主である明石が、額の汗を拭いながら、隣で作業を手伝っている夕張に礼を言う。

 

「なんて事ないですよ、明石さん。あ、でも後で間宮で餡蜜奢ってくれてもいいですよ?」

「分かってるって。

それじゃもう一仕事、片付けよっか!」

 

 

一方、提督室内においても神保以下多数の艦娘が忙しなく動き回っていたが、

ある変化が起こっていた。

 

その変化と言うのは、今まであまり見かけない将校の出入りが多くなり、

提督室前には憲兵と思わしき人間が常に立っているようになった。

 

 

「なんか、随分と物々しい感じじゃねぇ。息が詰まりそうじゃ。」

「まぁ、仕方ないよ。大規模な作戦が始まるかもしれない訳だし。」

 

でも、ただの作戦前にしては物々しすぎる。何かいつもと違う。

 

そんな風に考え事をしながら、浦風・春雨と共に提督室前を通るといきなり憲兵から

怒声が浴びせられる。

 

「そこの艦娘!くっちゃべってないで、早く持ち場に戻れ!」

「何もそがいな大声出さんでもええじゃろう。ただ通りがかっただけなのに……」

「なんだと!」

 

「すまないね、憲兵さん。今すぐ持ち場に戻るよ。さ、行くよ浦風、春雨。」

すかさず時雨が助け舟を出し、足早にその場を後にしたが、普段は温厚な浦風は

余程腹に据えかねたのか、ぶつぶつと文句を言い続けている。

 

「何よあの人は!あ~もう、腹立つね。」

「まぁまぁ、憲兵と喧嘩してもいい事無いよ。それに提督に迷惑が掛かるよ。」

「そりゃぁそうじゃけど……って、おやおやぁ~?」

 

時雨に宥められた浦風だったが、面白いおもちゃを与えられた子供の様な笑顔を浮かべ、

にやにやと時雨を見つめだした。

 

「な、なんだい?僕、何か変な事言ったかな?」

「いや~~べっつにぃ~~?ただ、提督の事を心配するんじゃねぇ~

って思っただけよ。」

「べ、別に深い意味はないよ!どうしてそんな深読みするかな。」

 

動揺したつもりはなかったが、答え方が逆効果だったようで、かえって煽る結果になる。

 

「あれだけ反抗的だったのにねぇ。春雨もそう思うじゃろぅ?」

「……えっ?そ、そうですね。」

「……春雨?」

 

時雨は、現時点での作戦への心配だけでなく、春雨の態度の変化を気にしていた。

 

先日の神保とのやり取りの後、何度か提督室から出てくる春雨を目撃していたのだが

何かあったのかを聞いても、『なんでもないです』『大丈夫ですよ』

という返事しか返ってこない。

ただ、見かけた後は決まって暗い顔をしている事が多いのだ。

 

余計なお世話と分かっていても、可能な限り力になりたい。

僚艦、ましてや姉妹艦であれば尚更だ。

 

「春雨、何か心配事でもあるの?」

「いえ、別にないですよ。さ、また怒られないうちに戻りましょう!」

 

春雨はそう言って先頭に立ち歩き始めたが、その背中を見た時雨には

『直ぐにでもここから立ち去りたい』

そう言っているように思えた。

 

 

 

次の日、神保は6名の艦娘に召集をかけていた。

集められたメンバーは時雨・春雨・白露・浦風・暁・電の6名、全て駆逐艦である。

 

「みんな、ご苦労。今日集まってもらったのは他でもない。昨日、近海にて

新たに敵の侵攻が確認された。

お前たちには、敵がどこへ向かうのかを調査してもらいたい。」

「それで、敵の編成は分かっているの?」

「……。昨日の段階では軽巡を中心とした水雷戦隊の他、戦艦及び軽空母も確認されている。」

 

敵の編成を聞いた瞬間、一同がざわめき始める中、

真っ先に浦風が不満交じりの声色で神保へ問い掛ける。

 

「ちょ、ちょお待って!その勢力相手に出撃するのはうちら駆逐艦のみって事?」

「……そうだ。」

 

「……何かの冗談よね?そうじゃないなら、うちらに死んでくれ言いよるの?」

 

怒気をはらんだ浦風の問いにも顔色を変えず、神保は非情とも言える宣告をする。

「冗談ではない。出撃するのはお前たち6名だけだ」

 

神保の答えに対し、尚も食い下がろうとする浦風を手で制しつつ、

時雨が改めて神保へ問い掛ける。

 

「提督、これは浦風だけじゃなく皆が同じ様に思っていると思うよ。

勿論僕も含めてね。

何か理由があるんじゃないのかい?」

 

時雨は、努めて冷静に神保へ問い掛ける。

しかし一呼吸を置いた後に、神保から返ってきた言葉は冷たいものだった。

 

「これは作戦である!お前たちの意見は聞いていない。

作戦開始は明日、旗艦は時雨だ。お前たちの奮闘を期待する。

以上、解散!」

 

 

あまりに一方的に伝えられ、ただただ呆然とするしかなかった一同であったが

これ以上は無駄と悟り、各々が提督室を出て行った。

 

「あ、あの、司令官さん!」

「よしなよ春雨。もう、何を言っても無駄だよ。」

 

そう言って春雨を宥めながらも、時雨の心の中では葛藤があった。

 

先日の戦闘の後、掛けてくれた言葉はなんだったのか?

ただの気まぐれ?

 

いや違う、違うと思いたい。

でも、そこまで信用に足る人間なのか?

 

もしかすると今回の事は、何か理由があるのかもしれない。

でも言えない理由って何?

 

そんな風に様々な思いを頭に巡らせながら、時雨は改めて神保に問い掛けた。

 

「提督。今回の作戦、かなり難しいかもしれないけど

『お前たちならやれる』そう思って編成したんだと、勝手に解釈するよ。

そして、旗艦としての努めは果たすよ。」

 

そう言って時雨は敬礼をし、神保の返答を待たずに春雨を連れて提督室を出て行った。

 

 

 

 

作戦開始当日

 

天候は晴れ間は見えるものの、今にも泣き出しそうな空が広がっていた。

 

各々が出撃準備に取り掛かる中、時雨も同様に自室にていつもの

ルーチンワークを行っていた。

 

「身だしなみは……うん、大丈夫。表情も……大丈夫っと。」

 

そして大きく深呼吸をした後、両手で軽く頬を叩き、部屋を出る。

 

「よし。時雨、行くよ!」

 

 

 

~提督室内~

 

「お?時雨たちは無事、出撃したみたいやね。ちょ~っち空模様が気になるけどなぁ。」

「……そうか。」

「……なぁ、提督。ホンマにこれでよかったんか?」

 

少し不安げな表情の龍驤が神保に問い掛けるも、海を見つめたまま、

返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

 

「白露、浦風!何か異常はないかい?」

 

「今の所は何にもないよ。静かなものじゃ。」

「こっちも異常なし!見てなさいよ~。いっちばんに見つけてやるんだから!」

 

 

鎮守府を出てから暫く探索を続けていたが、報告にあったような

敵の侵攻は見受けられなかった。

「先日の例もあるし、油断は禁物だよ。でも、少し範囲を広げてみよう。

陣形は複縦陣で、各自索敵宜しく!」

 

「『『『了解』』』」

 

 

『さて、鬼が出るか蛇が出るか。天候が少し気になるけど……』

 

今後の展開を模索していると、後方にいた浦風から敵機発見の報告を受ける。

 

「左舷上空!敵戦闘機多数……って、この数はちいっとばかしまずいよ、時雨。」

 

報告があった上空を見上げると、20機以上の敵戦闘機が

こちらに向かってくるのが見える。

時雨はすぐさま指示を出し、体制を整える。

 

「みんな、陣形を輪形陣に変更して対空射撃用意!電は鎮守府に報告を!」

「はい、なのです!」

 

「あ~もぅ!いちばんに見つけられなかったぁ~」

「そんな事言ってる場合じゃないよ、白露!

でも、いちばんの撃墜数、期待してるよ!」

「お?期待されちゃった?それじゃあ、お姉ちゃん頑張っちゃうよ~!」

 

『『ちょろい(わ)のです』』

 

「いくよ!撃ち方・・・はじめっ!」

 

時雨の声に合わせて、各々が空へ向けて攻撃を開始した。



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12.【苦い記憶】

敵戦闘機の襲来から、もうどれくらい経っただろうか。

 

駆逐艦だけの編成にも拘らず、時雨以下5名の艦娘たちは大きな損傷も無く

奮闘していた。

 

しかし直掩機もいないこの状況下では、形勢不利は否めず、次第に押され始める。

 

「かなりの数を落としたと思うけど……もう指が疲れてきたよ~。」

「無駄口叩く余裕があるなぁ、まだまだ行けるって証拠じゃね。

頑張りんさい、いちばんさん!」

「いちばんさん言うなぁ!でも、見てなさいよ~!」

 

一番張り切っていた艦娘が一番最初に根を上げるも、

浦風からツッコミという名の檄をもらい、再び敵機へ照準を向け、砲撃を再開する。

 

「たぁ言うたけど、何か打開策が無いと少し厳しいねぇ、時雨。」

 

確かに浦風の言う通りだ。

まだ敵本隊も確認出来ていないのに、このままでは任務どころか

自分達の身の危険もある。

何か、何か無いか。

 

ふと、前方を見ると小さな島が連なった場所を見つける。

「春雨、確かあの島付近は、遠征の中継地点だったよね?」

 

「ええっと…はい!あそこだったら、体勢を整えるにはうってつけの場所です!」

あそこで体勢を整えるのはどうでしょう?」

 

「よしみんな、あの島まで移動しよう。ただし、後方警戒は怠らないようにね!」

 

時雨の指示の元、全員が移動を開始し、海域からの離脱を試みる。

すると、それに合わせたかのように敵戦闘機も離脱を始めた。

 

「……?どう言う事なのです?」

「ま、まぁ、このレディに恐れをなしたってところかしらね?」

「はーすごいすごい。レディは大したもんじゃねぇ。」

「もぅ!馬鹿にしてるでしょ!」

 

一難去った所で心に余裕が出来たのか、みんなの表情が少し明るくなる。

 

でも、何故敵は引いたのだろう?

そう考えながら空を見上げると、周囲に雨雲が広がり、雨が降り始めていた。

 

「なるほどね。まさしく恵みの雨、だね。」

 

空を見上げ、頬を伝う雨に心地よさを感じながら、時雨はそう呟いた。

 

 

少しでも休息が得られる。

 

各々がそう思った矢先、浦風が慌てた様子で叫ぶ。

 

「対潜ソナーに感あり!みんな、警戒を!」

 

いち早く異変に気付いた浦風が皆に警戒を促した次の瞬間、

爆発音と共に後方にいた暁と電の悲鳴によって

時雨たちは残酷な現実へと引き戻される。

 

「暁!電!」

「いったた……。許さない、もう許さないんだから!」

 

「…っ!そこか!おんどりゃーーー!」

浦風の怒声と共に爆雷が投射されてから数秒後、

敵潜水艦を撃沈させたであろう水柱があがる。

 

 

「ごめん、うちのミスじゃ。げにごめんなさい。」

「いや、気を抜いてしまった僕にも原因がある。浦風だけのせいじゃないよ。

暁、電、損傷の度合いはどうかな?」

 

「……私は中破だけど、暁ちゃんは大破してしまってます。ごめんなさい……。」

 

完全には防ぎきれなかったものの、機関部への直撃を避けられたのは

不幸中の幸いと言うべきか。暁に関しては辛うじて航行できる、と言った状況である。

 

二人の状況を見た時雨はすぐさま鎮守府への回線を開き、

神保からの指示を請う事にした。

 

「こちら時雨。現状の報告をするよ。

先程まで敵と交戦し、現在は遠征時の中継地点の島にて停泊中。」

『私だ。被害状況はどうだ?』

「敵潜水艦からの雷撃を受けて電が中破、暁が大破してる。」

『…そう、か。それで、敵の侵攻状況は?』

「ごめん、今の所敵の本隊らしきものはまだ見つけられていないよ。

それで提督、今回の任務なんだけど」

 

潜水艦への警戒が疎かになってしまったのは、旗艦である自分の責任だ。

しかし大破艦が出ている以上、任務の続行は難しい。

 

その上で、神保へ撤退の進言をしようとしたが、時雨が言い終わるよりも先に

非情な言葉が神保から発せられる。

 

『敵の状況が把握出来るまでは撤退は無い。引き続き任務を続行してくれ。』

 

 

この言葉を聞いた時、6人全員が自分の耳を疑った。

 

何かの間違い、聞き違いだ。

 

そう思って時雨は、改めて神保へ問い掛ける。

「て、提督?暁が大破してるんだよ?このままだと」

『……もう一度言う。撤退は無い。以上だ。』

 

神保はそう言い残し、一方的に通信を切ってしまった。

 

「ちょ、ちょお待って、今なぁ何よ?冗談じゃろう?

時雨、まさか提督の言う通りにする訳じゃないよね?」

「う、浦風さん!司令官さんにも何か訳があるんだと」

「春雨、あんたにゃあ聞いとらん!」

「で、でも……」

 

「二人とも、ちょっと落ち着こう。今は仲間内で言い争ってる場合じゃないよ。」

 

怒り心頭の浦風を宥めながら、時雨は考えを纏めようとしていた。

 

 

この状況下での撤退命令が出ないのは、確かにおかしい。

今までは中破未満での進撃はあっても、大破艦がいる状況では必ず撤退命令が出ていた。

このままでは、出撃前の浦風ではないが、全員に”沈んで来い”と言わんばかりだ。

 

 

様々な考えが浮かんでは消えていく中、偶然春雨と目が合う。

その時、ある情景が時雨の頭に浮かんだ。

 

数日前から、何度か提督室から一人で出入りしていた春雨の事だ。

 

何かのきっかけになればと思い、春雨に声を掛ける。

 

「ねぇ、春雨。提督から何か聞いてたりしないかな?」

「えっ?わ、私ですか?」

「うん。もし、何か知ってる様なら話して欲しいんだ。」

「わ、私は別に……何も……。」

 

煮え切らない態度の春雨に業を煮やした浦風が突っかかっていく。

「なぁ、春雨ぇ。何か知っとるんじゃったら教えてよ。

このままだと皆が大変な事になるよ!」

「そ、そんな……わ、私は……」

 

 

一触即発の空気になりかけたその時、黙って状況を見つめていた白露が

二人の間に割って入る。

 

「はーい!言い合いはそこまで!喧嘩は帰ってからでも出来るんだから

まずは、皆が無事に帰れる方法をいっちばんに考えよう!わかった?」

 

「お、おぅ。」

 

「わかればよし!んじゃ時雨、後の事は任せるよ。」

「うん…有難う白露。」

 

 

いちばんさんが長女っぷりを見せてくれたおかげで、険悪な雰囲気が

解消された事を感謝し、みんなへ一つの提案をする。

 

「みんな、聞いて欲しい。これは艦隊を預かる者の務めとしての意見だけど…」

 

これならば、自分たちの安全を確保しつつ、且つ作戦立案者の神保の顔を立てられる。

 

ただ、さっきの通信を聞いた後ではあまりいい顔はしないかもしれないけど

現状ではこれが最善と思う。

 

そう考えた時雨が提案したのは部隊を二つに分ける事。

そして各部隊の任務は次のように伝えた。

 

※一つの部隊はこのまま進軍を続け、敵の本隊を確認次第撤退。

※もう一つの部隊は、大破した暁を護衛しつつ現海域から撤退。

 

「どう、かな?」

 

「まぁ、ええじゃろう。少しだけ気に入らん点があるけど、

そうも言うていられんけぇのぉ。うちは時雨に従うよ。」

「私もそれでいいと思います。」

「有難う。それで編成なんだけど、任務続行は僕と春雨、それに浦風。

白露には暁と電の護衛を頼みたいんだけど、いいかな?」

「もっちろん!お姉ちゃんにまっかせなさい!」

 

作戦は決まった。

後は進むのみ。

 

「じゃあ行くよ、春雨、浦風。白露たちも気をつけて!」

「時雨たちもね!ちゃーんと向こうで待ってるから!」

 

 

 

お互いの無事を祈りつつ、それぞれの方角へ6名が進み始めると

天候が更に崩れ、状況は悪化の一途を辿っていた。

 

「白露姉さんたち、大丈夫でしょうか?」

「今日の白露なら、任せられるよ。大丈夫。」

「確かに。珍しゅうお姉ちゃんらしかったよね。でもこがぁな事を言うとったら、

今頃くしゃみしとるかもしれんねぇ。」

 

 

そんな他愛のない会話をしていた時、

聞きたくない音が、考えたくない方角から聞こえてきた。

 

「っ!?爆発音?どこから?」

「ま、まさか……そんな」

「時雨、うちらも直ぐ反転して追いかけよう!今ならまだ……きゃぁあぁぁっ!」

 

いち早く反転し、白露たちの方へ向かおうとした浦風から悲鳴と共に

爆発音が響き渡る。

「浦風!!」

 

「し、時雨姉さん……あ、あれ……」

「う、嘘……何、この状況……。」

 

春雨が震える指で指し示した方角を見た時雨は、言葉を失い

ただ呆然とするしかなかった。

 

もし、言葉で表すならば『状況不利』などと言う言葉は生ぬるく

『絶望感』と言った方が当てはまる。

 

なにせ時雨の眼前に広がっているのは、”軽巡中心とした水雷戦隊”などではなく

”戦艦を中心とした水上打撃部隊”であったのだ。

 

 

「は、ははっ……とんだ……誤報じゃねぇ……。

二人……とも、はよ……う、にげ……んさい……。」

「何を馬鹿な事をいってるんだい!そんな事できる訳ないじゃないか!」

 

外から見ればよく分かる。

浦風はもう、自力では航行出来ないほどの損傷を負っていて

危険な状態であった。

 

時雨は周囲へ牽制射撃をしつつ、浦風を抱えながら海域離脱を試みるが

多勢に無勢、次第に追い詰められ、自身も中破してしまう。

 

「くっ……ここまで追い詰められるとはね。でも、まだ行ける!」

「姉さん!危ない!!」

「え?」

 

春雨の声が聞こえたかと思うと、その場から浦風と共に突き飛ばされ

その直後、春雨の悲鳴と共に爆発音が響き渡る。

 

「は、春雨!なんで……」

「い……一度……くらいは……み、皆さんのお役に、立ちたかったので……えへへ。」

 

無理やり笑顔を見せてはいるが、春雨の損傷も決して軽いものではない。

援護する為、何とか春雨に近づこうとするが、敵の砲撃が苛烈を極め、

思うように近づけない。

 

何か…

何とかこの状況を抜け出す術は…

考えるんだ!

このままだと春雨が……

 

敵への対応もしつつ打開策を考えていると、春雨は傷ついた身体を引きずりながら

立ち上がり、時雨たちに背を向けたまま、話しかける。

 

 

「・・て下さい……。」

「え?何だい春雨」

 

「行って下さい、時雨姉さん!ここは私が引き受けます!」

「何を言ってるんだ!そんな無茶な」

「私だって艦娘、姉さんと同じ白露型です!そう簡単にはやられません!」

 

そう言った後、春雨は時雨たちの方へ振り向き、精一杯の笑顔を見せてこう告げる。

 

 

「姉さん、笑顔ですよ笑顔。

……司令官さんの事、宜しくお願いします!」

 

そういい残し、春雨は囮となるべくその場から離れ、

爆煙が立ち込める敵陣へ突入していった。

 

 

『そんな、なんで……。僕はまた、仲間を護れないの……』

 

「ははっ。あはははっ。何がみんなを護る艦だい。

僕は何も出来やしないじゃないか。」

 

自分の無力さに思わず笑いがこみ上げてくる。

 

『もう、どうでもいいや…』

 

そう思いかけた時、支えていた浦風の重みに気付き、我に返る。

 

だめだだめだ!今やけを起こしてどうする!

せめて浦風だけでも無事に帰さないと。

 

「浦風、少しばかり無茶をするよ。しっかりつかまっててね。」

「……あんたの無茶は、今に始まったことじゃあないじゃろう。

気にせんじゃりなさいよ。」

「上等!」

 

狙うのは比較的戦力が弱く、違う艦種の隙間。

主砲の狙いを敵軽巡と駆逐艦の間に定め、加速を開始する。

 

 

今まさに敵と交錯すると思った次の瞬間、

時雨が狙いを定めていた敵たちが次々と爆音を轟かせながら沈んでいった。

 

「え?何?僕じゃ、ない。」

 

「邪魔だぁ……どぉけぇぇぇぇぇっ!」

「ちょ、ちょっと山城!時雨たちに当たったらどうすんのさ!」

「ふん!時雨だったら避けられるに決まってるでしょ!

最上に満潮!あんたたちはさっさと救援に向かいなさい!」

 

「やま…しろ?最上に満潮まで!みんな、どうしてここに?」

「説明は後だよ。兎に角今はここを離れよう。」

 

思いもよらない援軍の登場に戸惑いながらも、最上と満潮に誘導され

辛くも海域からの離脱に成功し、鎮守府へ帰港する事が出来た。

 

心配していた白露たちも、別働隊の援護を受け無事帰港出来たとの事だった。

 

 

中破艦1、大破艦4、そして未帰還1

 

時雨たちにとって、とてつもなく長く感じた一日が、漸く終わりを迎えた。



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13.【裏切られた思い】

『……ここは、どこだろう。』

 

暗く、そして寒い。

 

 

ただ周りに何も無い所で、一人立っている事だけはわかる。

 

 

『僕はここで何をしているんだろう……?』

 

分からない。

 

 

少しだけ歩いてみる。

 

地上でも海上でもなく、体がふわふわ浮いているような、何か変な感じ。

 

 

 

更に歩いてみる。

 

今度は目の前に明かりが見えた。

一つ、二つ、三つ……いや、とにかくたくさんの明かりがあるようだ。

 

ただ点いては消え、点いては消えと繰り返し、色や大きさも様々だ。

 

 

『あれは一体なんだろう?』

 

無数の光の点滅に惹かれ、更に近づき手を伸ばせば触れられそうな距離まで来てみた。

 

『触れる……のかな?』

 

恐る恐る手を伸ばし、光に触れてみる。

 

 

時雨の手が光に触れた次の瞬間、金属が擦れ合う様な、不快で大きな音が耳元で鳴り響き

思わず両手で耳を塞ぐ。

 

『っ!?何?これ?』

 

 

その不快で大きな音は暫く続いていたが、周囲の光の消滅と共に消えた。

 

恐る恐る耳を塞いでいた手をどけ、再び周囲を見回していると

今度は何か声のようなものが聞こえてきた。

 

『・・さ・。』

 

何だろう?誰かいるのかな?

 

耳を澄ませ、改めて周囲を見渡してみる。

 

『時・・さん……』

 

「この声、春雨?どこ?どこにいるの?」

声が聞こえる方を見ると、暗闇の中に春雨が一人で立っている。

 

『ここです。時雨姉さん。』

「春雨!ここは一体……」

 

姉妹艦を見つけ、そこに向かおうとするが辿りつけない。

歩いても、走ってもその下へ辿りつけない。

 

目の前にいるのに

直ぐ側にいるのに

どうして……

 

次第に春雨の体が闇に覆われ始める。

 

「待ってよ春雨!行かないで!」

 

姉妹艦に触れようと、時雨は必死に手を伸ばすが、その手は彼女の元までは届かない。

 

「嫌だ、嫌だよ……」

 

そして哀しい表情をしたまま、彼女は闇に包まれてしまった。

 

 

 

 

「春雨っ!!!」

 

 

自身の声で、目が覚める。

 

「夢……か。ここは?」

「治療施設の中じゃ。ぶち魘されとったけど、悪い夢でも見とったの?」

 

体中に包帯が巻かれ、痛々しそうな見た目をした浦風が声を掛けてきた。

 

「夢……うん。そ、そうだ他のみんなは?無事なの?」

「……うちはご覧の通りじゃ。暁・電・白露の3人も大破してたけど

皆無事で、違う部屋で休んどるよ。」

 

そう言って、時雨に現状を説明した浦風であったが、その表情はどこか暗く

申し訳なさそうに思えた。

 

「そう、か。よかった。それで、春雨は?無事なんだよね?

もう、びっくりだよね。あんな無茶するなんてね。後できつく言っておかなきゃ。」

 

しかし、時雨からの問いには答えが返ってこない。

浦風は、ただ黙って俯いたままだ。

 

「あ、そうか。浦風は昨日の戦闘中、少し言い合いになったから気まずいのかな?

あの娘はちょっと引っ込み思案な所があるからね。僕からも言っておくから

許してあげてよ、ね?」

 

再度の時雨からの問いにも、浦風は俯いたまま顔をあげようとしない。

心なしか、体が震えているようにも見えた。

 

「……浦風?」

 

「……これを。」

 

そう言って浦風は、所々焼け焦げがある白い帽子を時雨に差し出す。

「え?これって春雨の帽子、だよね。もしかして、喧嘩したから渡しづらいの?

じゃあ、後で僕が」

「違うんじゃ!」

「違うって、何が?」

「これはな、時雨がまだ寝とった時に山城さんが”時雨が起きたら渡しておいて”って

持ってきたものなんじゃ。」

「……え?それってどういう」

 

「昨日の戦闘、山城さんたちが援護に来てくれたじゃろう?その後、海域を離脱する際に

海上に浮かんでいたのを拾うてくれたんじゃって。」

 

 

嫌だ。

 

 

 

「あれだけ囲まれていた事もあって、離脱する事を最優先にしとったから……」

 

 

 

やめてよ…聞きたくない…その先は言わないでよ。

 

 

 

「春雨本人を、見つけることは出来んかったって……」

 

 

 

「嘘だっ!!!そんな事、ある訳ないよ!」

 

 

「……ごめん。う、うちが大破してなかっ……たら……。」

 

涙ぐみながら謝罪の言葉を口にする浦風を見て、思わず大声を出してしまった事を

時雨も後悔する。

 

「僕の方こそ、大きな声を出してごめん。浦風のせいじゃないよ。

責任は、旗艦の僕にある。」

 

そう。

他のみんなが責任を感じることは無い。

撤退の選択をしなかった、僕の責任なんだから。

 

何も無ければ、無事だった事をみんなで祝いたかった。

道中の言い争いなど、笑い話にしながら。

でも、今はそれが出来ない。

出来るはずも無い。

 

「少し、外の空気を吸ってくるよ。」

 

目の奥から熱いものが溢れて来るのを感じた時雨は、

それを誤魔化すかのように部屋を出て行った。

今のこの気持ちのままあの部屋に居続けたら、感情を爆発させそうで怖かったのだ。

 

 

暫くの間、様々な思いを抱えたまま歩き続け

気がつけば海岸沿いまで来て、浜辺に腰を下ろし海を眺めていた。

 

「もう起きても大丈夫なの?」

 

不意に掛けられた声のほうを見ると、山城が心配そうに見つめていた。

 

「山城……。うん、多分、大丈夫だと思う。」

「多分て、アンタねぇ。」

 

時雨の曖昧な返答に、一瞬呆れた表情をしたものの

同じ様に腰を下ろし、時雨と一緒に海を眺め始めた。

 

「あぁそうだ、まだお礼を言ってなかったね。昨日は助けてくれてありがとう。」

「……別に、なんて事ないわよ、あのくらい。」

 

愛想の無いように思えるが、時雨にとってはいつもの事であり

それが心地よくも思える。

 

「そうそう、聞いてよ。昨日の戦闘でね、春雨が凄く頑張ってたんだよ。」

春雨の名前を聞いた途端、山城の表情が少し暗くなる。

 

「でね、姉としては凄く嬉しかったんだけど、少し無茶が過ぎる所もあってさ。」

「……。」

 

「全く、僕を庇って囮になるなんて想像もしてなかったから、本当にびっくりしてさ。」

「時雨、あのね…」

「だ、だか……ら、あ、あとで、き……つく言って、おかなきゃ、ね。」

 

溢れる涙を必死に抑えようとしている時雨を、扶桑は優しく抱きしめ

諭すように語り掛ける。

 

「な、何?どうし」

 

「アンタは良くやったわよ、時雨。でも、一人で抱え込むのも強がるのも悪い癖。

泣きたい時があれば泣けばいいじゃない。胸くらい貸してあげるわよ。」

 

「うぅ、うわぁぁぁぁっ……!」

 

 

掛けられた優しい言葉に、時雨はそれまで抑えていた感情を爆発させ

扶桑の腕の中で暫く泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日経ちすっかり傷も癒えた頃、時雨は神保に渡しておきたいものがあり

提督室へ向かっていた。

渡したい物、それは春雨の帽子だ。

しかし生憎提督室にはおらず、工廠へ行っているとの事で改めてそちらへ向かう

 

『やっぱり、これは僕より提督がもっている方がいいよね。

受け取って、くれるかな?』

 

そんなことを考えながら神保の元へ向かっていると、数人の将校らしき軍人が

こちらに歩いてくるのが見えた。

 

例にならい、敬礼をしつつ脇に立っている時雨の前を将校達が通り過ぎようとした時

一人の軍人から声を掛けられる。

 

「ご苦労さん。君は?」

「神保提督麾下、駆逐艦時雨です。」

「そうか、君が。大変な戦闘だったようだね。」

「……いえ。任務ですから。」

 

すると、声を掛けてきた将校の上官らしき軍人からも声を掛けられるが

言葉を聞いた時雨は、自分の耳を疑った。

 

「お陰で俺たちの仕事も上手くいったからなぁ。まぁ、お前らの被害も

”駆逐艦だけですんだんだから、たいした損害じゃあ無いだろう?”」

 

『大した損害じゃ、ない?』

 

その言葉に、全身の毛が逆立つ様な怒りを覚えるが、ここで神保の立場を危うくするのは

良くない。そう考え直し、努めて冷静に反論をする。

 

「確かに主戦力である戦艦などと比べれば、駆逐艦の損害など

微々たるものかもしれません。

ですが、僚艦が行方不明になった事は、心苦しいです。」

 

「はぁ?行方不明?沈んだと聞いたが?」

「沈んでなんかいない!」

 

思わず大声を上げてしまい慌てて口に手をやるが、時既に遅く、

将校の顔はみるみる紅潮し、明らかに怒りの相が見て取れた。

 

「あ~ん?なんだぁその態度は!」

「まぁまぁ中将殿、その辺で。」

 

 

 

「大体よぉ、今回の件はこいつらの指揮官が言い出した事だぞ?」

 

 

 

ドクン……。

自身の鼓動が大きくなるのを感じた時雨は、将校に問う。

 

「えっ?それはどういう事?」

「なんだぁ?知らんのか?まぁ別に話してしまってもいいか。

お前らの指揮官はな、自分の出世の為、大本営に栄転する為に

お前達を利用したんだよ。」

 

「う、嘘……。」

 

「嘘なものかよ。だから現にこうして、後任としてこの谷崎少将が来ている。」

 

「そんな、そんな事信じられるもんか!」

 

興奮のあまり、敬語を使うことも忘れてしまった時雨を見て、

面倒くさそうな表情をしながらも説明を始めた。

 

 

「あのな、お前達の戦闘があった直ぐ後に大規模な作戦が展開されて、

俺たちは勝利したの!。

お前達の部隊を陽動、つまり囮として使ってな。」

 

 

囮?

それじゃあ、任務自体もでまかせ?

 

「敵の編成がちいっとばかし面倒だったからな。敵さんには

少し違う方角を向いて貰ったという訳さ。」

 

 

そんな、それじゃあ春雨は何のために……。

 

 

「まぁ、はじめは難色を示していたようだが、

栄転の話を持ち掛けたら二つ返事だったようだがな。」

 

「嘘だ、そんな訳有るわけが」

「面倒くせぇなぁ…じゃあ、本人に聞いてみればいいだろ~?」

 

確かにその通りだ。

 

時雨は直ぐさまその場を離れ、一目散に工廠を目指して走り出した。

 

 

「中将殿、何もここでする話ではなかったのでは?」

「はっ!お前は相変わらず甘いねぇ…。艦娘なんて所詮道具だろうがよ。」

「……道具、ねぇ。」

「さっさと行くぞ~!」

「はいはい。」

 

 

 

そんな、そんな訳有るわけが無い。

 

 

『よく、頑張ったな。』

あの時はそう言って褒めてくれたのに。

 

 

『無事に帰ってきてくれて、有難う。』

優しい言葉も掛けてくれたじゃ無いか。

 

それなのに、なんで、どうして!

 

 

工廠に辿り着いた時雨は、急いで神保を探し始める。

 

いた!

どうやら明石、龍驤と三人で話し込んでいるようだ。

 

「時雨?どうしたそんなに慌てて。」

息を切らしながらこちらに向かってくる時雨を見て、神保が声を掛ける。

明石と龍驤も何事かと様子を伺っている。

 

落ち着け。

まずは冷静に。

 

そう自分に言い聞かせ、時雨は話し始める。

 

「提督、聞きたい事があるんだけど。いいかな?」

「何だ一体、藪から棒に。」

「先日の戦闘で、僕たちを囮に使ったっていうのは本当なの?」

 

出来れば否定して欲しい。

いや、否定してくれるはずだ。

そう思い、意を決して神保に問い掛ける。

 

「……誰から聞いた?」

 

神保は表情一つ変えずに、聞き返してきた。

 

「ちょ、ちょっと時雨、いきなりどないしたん?」

 

宥めようとしているを龍驤を振り払い、時雨は尚も続ける。

 

「誰だっていいじゃ無いか。それに聞いているのは僕だよ。」

 

暫く黙って状況を見ていた神保だが、大きく息を吐いた後立ち上がり

時雨をじっと見据えた。

 

なんでそんなに堂々としてるの?

そんなに僕たちが邪魔だったの?

優しい言葉で、僕らをだましていたの?

 

 

「黙ってないで、何とか言ってよ!」

「そうだとしたら、何だ?」

 

神保の冷酷な言葉に、時雨は一瞬動きが止まる。

「……否定、しないんだね。」

 

「時雨、あのな」

龍驤が何かを言いかけたが、神保がそれを手で制し、再び時雨を見据える。

「誰から聞いたか知らんが、『作戦』として行ったのは事実だ。」

 

あぁ、そうか。

結局は、この人も僕たち艦娘を道具としか見ていなかったんだ。

でも、そうだとしても……

 

「……分ったよ。じゃあ聞くけど、提督の出世の為に、未だ帰ってきていない

春雨の事は、どう思ってるの?」

 

 

その名前を聞いて神保は、一瞬表情を強ばらせる。

が、しかし、神保の口から出てきた言葉は、時雨の期待したそれではなかった。

 

「仕方の無い、事だ。」

 

 

仕方の無い事。

確かに戦時中という事を鑑みれば、犠牲は常につきまとうものであり

囮を使った陽動作戦もあり得ない話では無い。

だがそれを自らの出世の為に使った事、そして神保を慕っていた姉妹艦を

利用した事が許せなかった。

 

そして…

 

「提督、貴方には……貴方には本当に、失望したよ。」

 

そう言って時雨は、身近にあった艤装を装着し、神保へ砲を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~第二会議室内~

 

「その後は、多分夕張に聞いたとおりだよ。まぁ夕張の事だから、

途中はだいぶ話が盛られていたと思うけどね。」

 

そう言って時雨は顔を上げ、時任の顔を見据える。

その表情は、全てを出し切った満足感が見て取れた。

 

互いの信頼関係を構築するのは、容易い物ではない。

しかし、時雨は短期間であるにも拘らず、自分と言う人間・軍人を信じて

自身の事を、辛かったであろう過去の事を話してくれた。

 

「……大尉?」

 

思わず難しい顔をしながら考え込んでしまっていたようだ。

心配そうに時雨が時任の顔を覗き込んでいる。

 

「あ、あぁ、なんでもないよ。

時雨、話してくれて有難う。」

 

「別に、お礼なんかいらないよ。ただ、僕が聞いてもらいたかっただけだよ。」

 

ならば自分も、その期待に応えよう。

いや、応えなければならない。

それが今の自分に出来る事だ。

 

「時雨、少し外の空気を吸いに行こうか?」

 

「うん。」

 

そう言って時任は時雨と共に部屋を出た。

 

自分の事をよりよく知ってもらう為に。



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14.【時任の過去】

人にはそれぞれ、他人に言えない事や知られたくない、触れて欲しくない事が

一つや二つあってもおかしくはない。

 

先程時雨が話してくれた内容は、本来ならば『触れて欲しくない』部分であっただろう。

 

好意などは無くとも、心の奥底では信用していた…いや、

信用しようとしていた者から裏切られ、結果として姉妹艦が行方不明になったのだ。

 

にも拘らず、出会ってから間もない時任に件の事を話したと言うのは

時雨にとって思うところや、具体的には分からずとも少なからず

”信用できる”部分があったのだろう。

 

もっともそれは時任にとっても同じ事である。

 

谷崎は時任の話を聞いて、受け入れてくれただけでなくサポートもしてくれているが

果たして艦娘はどうだろうか?

 

何の実績もなく、ぽっと出の将校の言う事など聞き入れては貰えないのではないか?

実戦にも出ず、安全な場所から指示を出しているだけの人間が何を甘い事を、

などと思われやしないだろうか?

 

そんな不安を抱えつつ、短いながらも艦娘たちと接してきたが

今日時雨と接してみて、話を聞いてみて、

その様な考え方は全くのナンセンスだと思った。

 

時任は自ら歩み寄りもせず、ただ自分の理想を掲げていただけの自分を恥じた。

 

 

 

 

「よし、着いた!」

「ここは……。」

 

時任が時雨を外に連れ出し、向かった先は鎮守府と海が一望出来る小高い丘であった。

 

 

「ここから周りを眺めていると、気持ちが落ち着くんだよ。」

「うん、そうだね。僕もこの場所は好きだよ。」

 

時任は、時雨の返答を聞き満足そうに笑みを浮かべた後、何かを探すように

辺りを見渡し始めた。

 

「大尉?何か探し物?」

「ん……ちょっと、ね。あ、あったあった!」

 

 

そう言って時任が指し示した場所には、沢山の青い花をつけた植物が並んでいた。

 

初めのうちは、何の事なのか理解できなかった時雨だが、

その植物を眺めている時任を見て、彼にとって何か特別なものである事は理解出来た。

 

何故ならその植物を眺めている時任の表情は、今まで見た事がない

何かを懐かしむような、無邪気な表情をしていたからだ。

 

『ふ~ん。大尉もこんな表情をするんだ。』

 

その植物自体にそれ程興味を引かれた訳ではないが、

時任にあんな表情をさせるものとは一体どんなものなのか?

その事に興味を引かれた時雨は、無邪気な表情をしたままの時任に話しかける。

 

 

「大尉、その植物に何か思い入れでもあるの?」

「あぁ、ごめん。つい懐かしくてね。これはね、”勿忘草”って言うんだ。」

「ワスレナグサ?へぇ~、綺麗な花がついてるのに草なの?」

「いや、そこを突っ込まれても学者じゃないから分からないよ。」

 

そう言って苦笑いした後、時任は時雨のほうを向き話し始めた。

 

「この植物……いや、もう花でいいか。この花はね、俺を育ててくれた人が

大好きだった花なんだよ。ちなみに花言葉は、”真実の友情”、”私を忘れないで”

って言うんだ。」

 

「その人って言うのは大尉の恩人か何か?」

 

「いや、そのままの意味だよ。俺はまだ生まれて間もない頃、

この戦争で両親をを亡くしてね。

所謂、戦災孤児ってやつだったんだ。

 

でも、ある人が母親代わりになってくれたんだ。」

 

「そう、だったんだ。ごめん、嫌な事聞いたね。」

あまりに無神経に聞いたと思ったのか、時雨はばつの悪そうな表情をしていたが

時任は意に介さずといった様子で、笑いながら答える。

 

「もう昔の事だし、大丈夫だよ。それに下手に詮索されて、自分から話すよりも先に

知られる事の方が嫌だったから、時雨には話しておきたくてね。」

 

時雨は時任の言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる。

それと同時に、自分を特別扱いしてくれている事にも、心地よさを感じていた。

たとえそれが、自分が秘書艦であるからだとしても、悪い気分ではない。

自分の事を少しでも信頼・信用してくれている証なのだ。

そう自分に言い聞かせた。

 

でも、何故急に大尉は身の上話を始めたのだろうか?

その疑問を解消すべく、時雨は時任に改めて問い掛ける。

 

「でも大尉、どうして急に自分の事を話してくれたの?」

「うん……。さっき、時雨の話を聞いたって言うのもあるけれど……

上手く言えないな。なんでだろう?」

「なんだいそれ。」

 

思わず吹き出した時雨を見て、時任も釣られて笑い出す。

 

「多分俺の事、俺の考えている事をもっと良く知って貰いたくなったんだよ。

性格とかじゃなく、これから君たち艦娘が、俺という人間が

信用するに足るかどうかをね。」

 

「そんな…大尉はもう、たった数日間かもしれないけど、

皆とも上手くやっているじゃないか。

……少なくとも僕はそう思っているよ?」

 

ありがとう。

そう言って時任は笑顔を見せるが、直ぐに真面目な表情を時雨に向け

こう言った。

 

 

 

「時雨、君は深海棲艦たちが憎いか?」

 

 

時任の言葉を聞いた時雨は、自分の耳を疑った。

 

 

『深海棲艦たちが憎いか?』

 

そんなの、自分たちの敵じゃないか。

何故、今更そんな事を聞くんだろう?

 

いや、それ以前にそんな事を聞く意図が分からない。

 

困惑した表情を浮かべている時雨を見て、時任は慌てて言葉を付け足す。

 

「あぁいや、ごめん。唐突過ぎたか。別に俺は深海棲艦側の人間でもなければ

全面的に擁護する訳でもない。そこは誤解をしないで欲しいんだ。」

 

時任はそう言って説明してくれたが、時雨の方はいまいちすっきりとしない。

 

少しの間、二人の間に気まずい空気が流れていたが、その空気を断ち切るように

時任が話を始める。

 

「時雨、これから話す事は俺にとって、とても大事な事なんだ。

でも、これを話す事によって、君たち艦娘に大変な思いをさせてしまうかもしれない。

 

ただ、これは俺一人の力だけでは成し遂げることが出来ないものなんだよ。」

 

 

これは何かの謎掛けの類なのだろうか?

それとも、自分は何かを試されているのだろうか?

時雨は、時任の真意を測りかねていたが、取り敢えずは話を聞いてみる事にした。

 

「ごめん、大尉。僕には何だか難しすぎて理解できそうに無いや。

兎に角、詳しく話してもらえないかな?」

 

「あぁ。じゃあまずはこれを見て欲しいんだ。俺の幼い頃の写真だよ。」

 

そう言って時任は、内ポケットから1枚の写真を取り出し

時雨に見せた。

 

「えっ?」

 

見せられた写真を手に、時雨は言葉を失う。

 

いや、これは何かの間違いだ。

そうに決まっている。

だって、ここに写っているのは…

 

「た、大尉、これってまさか……」

「まぁ、そういう反応だよな、普通に考えれば。でもそれは合成でもなんでもなく

本物の写真だよ。」

 

 

時任が時雨に見せた写真には、一人の幼い子供を抱えた”女性であろう人物”が

写っていた。

 

「その人が俺の母親代わりになってくれた人。

俺達人間や君たち艦娘が”港湾棲姫”と呼んでいる深海棲艦だ。」

 

「……そんな……だってありえない、ありえないよ!こんなの!!」

 

時雨の反応は至極当然なものである。

幼少時とは言え、自身の上官が、敵対している者の腕の中で

安らかな寝顔をしている写真を見せられたのだ。

 

「ありえない……か。」

 

時雨の反応を見て、少し寂しそうな表情をした時任だが話を続ける。

 

「今の情勢を考えればそう思われても仕方が無いと思う。

でも、これだけは信じて欲しい。

さっきも言ったけど、俺は深海棲艦の仲間でもないし、

君たち艦娘を騙している訳じゃない。

 

ただ、戦う理由が他の人間と違うだけなんだ……。」

 

「……戦う、理由?」

 

「そう、俺が戦う理由だ。それを知ってもらいたくて、

自分と言う人間を理解して貰いたくて

話をしようと思ったんだ。」

 

「……冗談とかではないんだよね?」

「勿論!こんな事を冗談でも言える訳がないじゃないか。」

 

 

表情や話し方から見ても、時任が冗談を言っているようには見えない。

彼の幼少期に、何かしら深い事情があったのだろう。

 

ならば、大尉の事を信じると決めた自分のする事は一つではないか。

 

 

時雨は大きく深呼吸をした後、じっと時任の目を見つめ、こう伝えた。

 

「うん、分かったよ。僕はもう大尉を信じるって決めたから。

だから、何でも話してよ。」

 

 

迷いなど無い。

そう訴えかける様な眼差しを自分に向けている時雨を見て

時任は安堵した。

 

「そう言ってくれると助かるよ。有難う。

それじゃあ、その人と出会ったきっかけから話をしようか。」

 

そう言って、時任は自身の母親代わりとなった”港湾棲姫”との出会いについて

話し始めた。

 

流石に生まれて間もない頃の記憶など覚えている訳もなく、祖母から伝え聞いた

と、いう前置きを入れて。



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15.【交わり始めた運命】

今から20年程前の事。

それまで深海棲艦からの攻勢に、なすすべなく敗走を続けていた人類の前に

艦娘という存在が人類の前に現れた。

深海棲艦と同等の力を持つ艦娘たちの力を借り、徐々に制海権を取り戻しつつあった頃、

まだ戦火が届いていないとある小さな漁村付近に、傷ついた1体の深海棲艦が

流れ着いた。

 

辛うじて生きてはいるものの意識はなく、そのまま放って置けば間違いなく

息絶えたであろうし、怒りの感情を剥き出しにした住民の手にかけられても

おかしくは無かったが、発見された深海棲艦は、漁村に住む人間たちによって

一命をとりとめ、保護される事となる。

 

戦時中と言う事を考えれば、人類の仇敵とも言える深海棲艦を助けるなど

誰もが思わないであろう。

では何故、流れ着いた深海棲艦は人間に助けられたのか。

 

その深海棲艦が保護された理由は二つあった。

 

一つは、その漁村に住んでいる人間の殆どが、現在の争いをあまり好ましく思っておらず

以前にも、漂流してきた者には人種を問わず、手厚く看護をしてきた集落であった事。

 

そしてもう一つは、傷ついた深海棲艦が意識を失いながらも、自身の腕の中で、

我が子を守る母親の様に”人間の幼子を抱かかえていた事”である。

 

何か、深い事情があるであろう事は分かったが、深海棲艦の意識が戻ってからも

誰一人としてその理由を聞こうとはせず、ただただ献身的に看護を続けてた。

 

その甲斐あってか、体の傷も良くなり、初めのうちは殆どコミュニケーションを

取ろうとしなかった彼女だが、一人の老女に対しては、少しずつ心を開き始めていた。

 

その老女は、一人で暮らしている言う事もあってか、特に献身的に看護をしており

彼女だけでなく、抱えていた幼子も同様に良く面倒を見ていた人物である。

 

ある日の事、老女が食事や身の回りの世話をしてくれていた時

深海棲艦は自身が疑問に思っている事を聞いてみた。

 

何故、こんなにも親身になって世話をしてくれるのか?

私の事は怖くは無いのか?

私は貴方たち人間の敵であり、憎くはないのか?

 

すると老女は穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女の問いに答えていった。

 

”困っているものを助けるのは当たり前の事。それは種族は関係の無いこと”

”怖くは無いと言ったら嘘になるが、人間の子供を守っていた貴方に害は無いと

皆が思っている”

 

そして最後の問いについては、少しだけ哀しそうな表情をしながら

こう答えた。

 

”お互い、自分たちの事を守る為に戦っている事は理解は出来る。

しかし、戦い続けたその先には何があるのか?

私達は出来る事なら、お互いがいがみ合う事が無い世界を望んでいる”

 

「それに……」

 

そう言った後、老女は彼女の目を真っ直ぐに見つめこう続けた。

 

「アンタも私と同じ様な気持ちを持っているんじゃないのかね?」

 

「……ナゼ、ソウ思ウ?」

 

「アンタは他の深海の娘らと違って、どこか優しい雰囲気を感じるからさね。

それに、人間を目の敵にしてるなら人間の子供を守ったりはせんじゃろう?」

 

「コ、コレハ……」

 

「こんな年寄りでもよければ、話くらい聞いてやるさね。

話してみんさいよ。」

 

 

少しの間、彼女は目を閉じ、何かを考え込むようにしていたが

助けてもらった恩人にならば・・・そう思い、ここに流れ着くまでを

老女に話し始めた。

 

 

 

 

 

~某日~

港湾棲姫は、艦隊を率いてとある島付近にて人間と艦娘を相手に

激戦を繰り広げていた。

 

しかし、今でこそ深海棲艦にとって、艦娘の登場は脅威ではあるが

当時は練度の問題もあり、損害は受けるものの、深海側の優位は変わらなかった。

 

その日も、人間と艦娘は必死の抵抗を見せたが、敗色濃厚と見るや

前線から撤退していった。

 

 

自分たちの制海権下ならば、もう問題は無かろう。

 

そう判断した港湾棲姫は、自分以外の艦隊を引き上げさせた後

近くにあった島に一人で降り立った。

 

その島には、小さいながらも人間の住む集落が”あったであろう”跡があったが、

建物の様なものは崩れ落ち、周囲の木々は未だ火が燻っていた。

 

「何モ……何モ……分カッテイナイ……」

 

哀しい目をしながらそう呟いた後、暫く戦火の痕を眺めていた。

 

静かに暮らしたい。

 

ただそれだけなのに……。

 

比較的好戦的な深海棲艦が多い中、数少ない穏健派の港湾棲姫は

現在の人類との戦争を、と言うより争い自体を好ましくは思っていなかった。

 

”誰を殺し、誰が殺された”

それに何の意味がある?

 

港湾棲姫はこの人類との争いにおいて

常に葛藤があった。

 

しかし、自分たちの存在を脅威に思い

自身の生活を脅かす人類を迎え撃たない訳にはいかない。

 

過剰に人類を刺激し侵攻を続ける同朋も数多くおり、港湾棲姫の力を持ってすれば

それらを排除することは容易いが、それも彼女の本意ではない。

 

「私ハ一体、ドウスレバ……」

 

 

もう戻ろう。

 

そう考え、島を出ようとした彼女の耳に、物音と何かの声が聞こえてきた。

 

 

敵か?

いや、もし敵であればもっと早い段階で狙撃なり砲撃をしてくるはずだ。

 

では何だ?

周囲を警戒しつつ、辺りを見渡していると、崩れかけた建物の方角から

人間の幼子と思われる泣き声が聞こえてきた。

 

恐らく親とはぐれたのだろう。

しかしこのまま放っておけば、いずれ可哀想な結末を迎えるのは目に見えている。

 

”何とかしなければ……しかし……”

 

港湾棲姫は鳴き声が聞こえる建物へ近づくが、数メートル手前で立ち止まり

一つため息をついた後、建物に向かって声を掛ける。

 

「無駄ダ。ソンナ物デ、私ヲドウニカ出来ル筈ガナイダロウ?」

 

「……そう、だろうな。」

 

 

建物の中からは、幼子を片手で抱かかえた軍人らしき人間の男が、

銃口を港湾棲姫に向けたまま、足を引き摺りながら姿を現した。

 

暫くの間黙って対峙していた二人だが、男が黙って銃を下ろし、沈黙を破った。

 

「最後に一矢報いようと思ったんだが、どうやら無駄なようだ。

もう、煮るなり焼くなり好きにしろ。

だが、この赤ん坊は勘弁してやってくれないか?」

 

男は自分の最後を覚悟した上で、抱えていた幼子に情けを懇願すると、

地面に座り込んでしまった。

 

その様子をじっと見つめていた港湾棲姫だが、周囲を改めて見渡し

他に誰もいない事を確認した後、静かな口調で男に問い掛けた。

 

「……此処デ何ヲシテイル?ソシテ、オ前ハ何者ダ?」

 

港湾凄姫からの思いがけない問い掛けに、男はあっけにとられた様子で固まってしまう。

 

てっきり情け容赦なく自分もろとも抱えた幼子も殺されてしまうだろうと

思っていたからだ。

 

男は暫く港湾棲姫を見据えて考えていたが、問い掛けの意図が分からず

周りの状況を見ても、どうこうできる物ではないと判断し

素直に自身の置かれた状況を話し始めた。

 

「ご覧の通り、俺はついさっきまでお前たちと戦っていた軍人だ。

しかし、このざまで逃げ遅れたと言うわけだ。」

 

そう言って男は、血で赤く染まった自身の脚を指差し自虐的に笑った。

 

 

「ソノ子供ハ、オ前ノ子供ナノカ?」

 

 

『随分と饒舌な深海棲艦もいたものだ。』

男は続けざまに質問をしてくる港湾棲姫を不思議に思いながらも

正直に答えを返す。

 

「いや、この子は撤退途中に見つけた子供だ。

両親と思しき人は近くに倒れていたが、駄目だった。

それで、このまま放っておく訳にもいかず、一緒にいたと言うわけさ。」

 

そう言いながら、再び泣き始めた幼子を不器用ながらもあやしていた。

 

「それと、俺にはまだ妻と呼べる人も子供も居なくてな。こうやって苦労を…

っと、よーしよし。……中々難しいなこれは。」

 

色々と手を尽くして幼子を泣き止まそうとしてはいるが、一向に治まる気配がない。

むしろ泣き声は大きくなるばかりだ。

 

暫く黙って男のやり方を見ていた港湾棲姫だったが、男の下へ近づき

男の眼前に両手を差し出した。

 

「え?」

 

「私ニカシテミロ。」

 

突然の申し出に、男は戸惑う。

 

「い、いま静かにさせるから、もう少し待ってくれ!

頼む、こんな小さな子の命を」

 

「イイカラ、早ク寄越セ。」

 

有無を言わせない圧のある口調ではあったが、どこか不思議な温かみを感じ取った男は

恐る恐る抱えていた幼子を、港湾棲姫へ手渡した。

 

男から幼子を受け取った港湾棲姫は、両手で優しく包み込むように抱かかえた後

黙って男の隣に座る。

 

するとどうだろう。

 

港湾棲姫に抱かかえられた幼子の鳴き声は次第に小さくなり、

ついには彼女の腕の中で、安らかな寝息を立てていた。

 

男は一部始終を見ていたが、港湾棲姫は特別なことをしているようには見えず

自分との違いが全く分からずにいた。

 

一体何をしたのだろう?

 

そう思いながら港湾棲姫の顔を見た時、男なりに理解をする事が出来た。

 

 

「成る程な。今の俺には無理な訳だ。」

 

「……ナンノ事ダ?」

 

「お前さん今、本当の母親みたいな優しい顔をしてるよ。」

 

「……何ヲ、馬鹿ナ事ヲ……。」

 

思っても見なかった言葉を掛けられ、照れてしまったのだろうか。

そう言って港湾棲姫は、顔を男から背けてしまった。

 

 

 

少しだけ、口元に微笑を浮かべながら。



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16.【束の間の安息】

「人生ってのは、どこでどう転ぶか分からんものだなぁ。」

 

仮住まいとして、崩れかけていた建物のを修繕をしながら

男は傍らに居る人物に、そう語りかけた。

 

その人物とは、先日の戦闘後に出会った”港湾棲姫”である。

 

「ソウ、ダナ。」

 

自身の腕に人間の幼子を抱えながら、男に言葉を返す。

 

 

この、”人間”と”深海棲艦”の奇妙な出会いから、はや数週間が経っていた。

 

港湾棲姫は、毎日ではないが数日に1度、こうやって島に上陸しては

男が助け出した幼子の面倒を見るようになっていた。

 

こんな光景、一体誰に信じてもらえるだろうか?

いや、おそらく信じる者などいないだろう。

 

何故なら、方や人間、もう一方は深海に棲む者。

少し場所を変えれば、この二種族はお互いの命を奪い合う戦争をしているのだ。

 

互いが仇敵と罵り合うか、畏怖の対象として逃げ出す。

それが今まで飽きる程、方々で見られた光景である。

 

 

だが、現実にこの二人はお互いを傷つける事も、自身から遠ざける事もせず

言葉を交わし、小さな生命を守っている。

 

まるで、それが当たり前の様に。

 

 

しかし、この関係がいつまでも続くとは、男も港湾棲姫も思ってはいない。

 

いつかは互いが本来居るべき場所に帰り、今の戦争が続く限り、戦場で出会ったならば

お互いを守るために、お互いを傷つけあう事になるだろう。

 

 

もしかしたら、今こうしている事は夢なのかもしれない。

でも、夢であるならば、出来るだけ長く覚めないでいて欲しい。

 

 

「「せめて、ここにいる間だけでも。」」

 

 

「ん?」

「ナっ?」

 

お互いの顔を見た次の瞬間、どちらからとも無く二人が笑い出した。

 

「まさか、同じ様な事を考えていたとは思わなかったよ。」

「フフッ、全くダ。」

 

 

もし自分が家庭を持っていたら、こんな感じなのだろうか?

 

何かを守る為に、互いが支え合っていく。

 

「中々、いいもの……なのかも、な。」

 

「ン?ナンノ事ダ?」

「いや、ただの独り言だ。」

 

男はそう言って、再び作業を続けた。

 

 

 

辺りが暗くなり始め、陽が水平線に差し掛かった頃

男は一人浜辺に座り、海を眺めていた。

 

砲撃音や爆発音もなければ、怒声や悲鳴もない、静かな海だ。

 

暫くすると、幼子を抱えた港湾棲姫も隣に座り

同じ様に海を眺め始めた。

 

少しの間、二人とも黙って海を眺めていたが、男が不意に

港湾棲姫へ話し掛ける。

 

 

「なぁ、聞いてみたい事があるんだが、いいか?」

 

「……ナンダ?」

 

「お前さんは、今のこの状況、人間と深海棲艦の争いをどう見ている?

多分、お前さんは俺たち人間で言う所の指揮官クラスで、表面上は言いにくいだろうから

あくまで個人的な意見として聞いてみたい。」

 

「私個人ノ、考エ……カ。」

 

 

港湾棲姫は、自身の考えを纏めるかのように、じっと目を閉じていた。

 

正直な話、彼女もこの争いについて思うところが無かった訳ではない。

ただ、自身の考え方を伝える相手が居なかっただけの事。

 

だが、今目の前にいる人間は、自分にその意見を求めている。

”自分の敵である者にも拘わらず”だ。

 

いや。

今、そんな風に思う事自体が無意味であろう。

 

深海と人間、その関係を抜きにして、この男は問い掛けている。

 

そう考えた港湾棲姫は、男に問いを返した。

”彼女自身の、個人的な意見として”

 

「私ハ、争いヲ好ンデイル訳デハナイ。

マァ、中ニハソウイッタ奴モイルガ……。

出来ル事ナラバ、静カニ暮ラシタイ。タダ、ソレダケダ。」

 

すると、彼女の言葉を聞き終わった男が、急に大声で笑い始めた。

 

余程大きな声だったのだろう。

港湾棲姫が抱かかえていた幼子が、驚いて泣き出してしまった。

 

それをあやしながら、少し怒った様に男に話し掛ける。

 

「……何ガソンナニ可笑シイ?私ノ意見ヲ聞イタノハオ前ダロウ?

ソレヲ笑ウナド」

 

「いやいや、すまない。別にお前さんの意見を笑ったわけじゃないんだ。

まさか、深海側にそんな考えを持ったやつがいるとは思っていなくてな。

他意はない。もし、誤解されたなら謝る。この通りだ。」

 

男はそう言って、彼女のほうへ向き直り、頭を深々と下げて謝罪の意を表した。

 

 

「……マァ、イイ。ソレデ、オ前ハドウナノダ?コノ争イニツイテ

ドウ思ッテイル?」

 

「俺か?それはもう、聞くまでも無いだろう。お前さんと同じで、出来るなら

争いたくは無い。そういったものを好まない環境で育ったからな。」

 

そう言って、男は即答した後、自身の生まれ育った土地について話し始めた。

 

男の生まれ育った場所は、とある漁村である事。

その漁村では、争いごとを好む者は殆どおらず、自身もそう教えられた事。

幼い頃に、傷ついた艦娘や深海棲艦を助けている場面も見ている事。

 

流石に深海棲艦を助ける事には違和感を覚えたが、

母親に『困っている者を助けるのは当たり前だ!』

そう言って怒られた事。

 

 

「にわかには信じ難い話かもしれんが、俺の育った場所はそういう所だったんだよ。」

 

「……確カニ、信ジガタイ話デハアルナ。ダガ……」

 

そう言って、港湾棲姫は男の話を聞いている際、ふと疑問に思った事を聞いてみた。

 

 

「ダガ、ナゼオ前ハ、争イニ加ワッテイルノダ?」

 

 

男の話を聞いていただけなら、そういった集落があるかもしれないと頷ける。

しかしそこで育ったというのなら、合点がいかない事がある。

 

それは、男が”軍人”であるという点だ。

 

争い事を好まないのであれば、軍人などにならなければ良かったのではないか?

故郷の漁村で、魚を捕ったりして静かに暮らせばいいだけではないか?

それなのに何故争い事に、しかも最前線にいるのか?

 

港湾棲姫の問いに、男は苦笑しながら、こう答えた。

 

 

「”臆病者” そう言われたからさ。」

 

 

男の答えを聞いた時、港湾棲姫は戸惑いの表情を浮かべた。

 

「……タッタ、タッタソレダケノ事デ、カ?」

 

「まぁ、他人からすればそう思われても仕方が無いな。

でも、自分だけに向けられた言葉ならば受け入れられたが

故郷の人間、しかも自身の親に向けられたものは、

到底受け入れられるものではなかったんだよ。」

 

苦笑しながら男はそう答えた後、こう言葉を繋げた。

 

”売り言葉に買い言葉、その流れで軍人になった”と。

 

「軍人になる。そう親に告げた時はそれはもう散々文句を言われたよ。

だが、最後は”しっかりやって来い!”そう言って送り出してくれたんだ。

 

ま、格好をつけた言い方をすれば”男の意地”ってやつかな?ははっ。」

 

そう言って男は笑ってみせる。

 

『男の意地、か』

 

男の話を黙って聞いていた港湾棲姫だったが、ふと、自身の感情に

僅かではあるが、変化が起きているのを感じていた。

 

それは今まで感じたことの無いもの、しかし、悪い気分ではないもの。

 

この男と出会い、話をしているうちに、

”もっと話をしてみたい”

”もっと人間の事を知りたい”

 

今までは、自身の生活を脅かす、ただの排除すべき敵としか認識していなかった

”人間に興味を持ち始めた”のだ。

 

「フ、フフッ。面白イナ、人間ト言ウノハ。

モット、モット聞カセテクレナイカ?

オ前ダケデナク、人間ノ事ヲ、モット知リタクナッタ。」

 

「勿論いいともさ。お前さんにはその子供の面倒を見てもらっている恩義もある。

話せる事であれば何でも答えるから、どんどん聞いてくれ。」

 

 

 

それからというもの、港湾棲姫は男のもとを訪れては、幼子の世話をするだけでなく

人間についての話を聞き、男はそれに答え、男もまた、深海棲艦についての話を聞く。

 

今までお互いが知らなかった知識を増やしていき、

少しずつ、お互いの距離を縮めていった。

 

まるで今まである筈だった、空白の時間を埋めていくかの様に……。

 

人間と深海棲艦。

今まで決して交わる事の無かった二つの種族。

 

「「このまま暮らすのも、悪くは無い。」」

 

二人は、改めてその思いを強くしていった。

 

 



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17.【誓い】

~とある海域にて~

 

 

 

「その情報は確かなのか?」

 

「はっ!哨戒中の偵察機からは、この一週間で三度、目撃したとの報告です。」

 

「この辺りまで棲地があるとはな。よし!先手を打てるまたとない機会だ!

機動部隊及び上陸部隊を編成し、ヤツらを殲滅しろ!」

 

「それと、別にご報告が……」

 

 

 

 

男と港湾棲姫が、お互いに『ここで暮らすもの悪くない』

そう思い、男が助けた幼子も含めた三人での暮らしを始めてから

三ヶ月が経とうとしていた。

 

男と港湾棲姫にとって、いや幼子にとっても幸せな時間であったであろう。

 

この島で、お互いが憎み合う事も傷つけ合う事もせず、穏やかに、

ただ静かに暮らす事が出来ていたのだから。

 

しかし、その幸せな時間は唐突に終わりを迎える事となる。

 

 

その日も男は、いつもの様に幼子と一緒に、彼女が来る事を心待ちにしていたが

陽が暮れても姿を見せなかった。

 

”今日はもう来ないのか?”

 

そう思っていた時、港湾棲姫が身体を引き摺るようにして

男のもとへ現れた。

 

良く見ると、致命傷ではないものの、至る所に撃たれた様な傷があり

戦闘をしてきた事が伺えた。

 

その姿に驚いた男は、すぐさま彼女に横になるよう促したが

彼女はそれを拒み、男にこの場からすぐにでも離れる様に、と伝えた。

 

「まてまて!一体どうしたんだ?訳くらい聞かせてくれ。」

 

少なからず、二人で同じ時間を共有してきたのだから、今更隠し事などして欲しくない。

その想いから出てきた言葉だった。

 

すると、少しだけためらいの表情を見せた港湾棲姫だったが、男の目を見て

観念した様に、話を始めた。

 

彼女の話はこうだった。

 

いつもの様に、自身の棲地からこの島へ向かう途中、多数の爆撃機の襲来があった。

何とか撃退はしたものの、棲地への退路を絶たれてしまった為、

こちらへ流れてきてしまった、との事だった。

 

「私トシタ事ガ……気ヲ緩メスギテイタヨウダ。

ソンナ事ヨリモ、早ク」

 

「攻撃は空からだけだったのか?」

 

彼女の言葉を遮るように、男が問い掛ける。

 

「ソウ、ダナ。少ナクトモ、私ノ探知デキル範囲ニハイナカッタ。」

 

その答えを聞くや否や、男は双眼鏡を手に、海岸へ向けて走り出した。

そして周囲を見渡し、何かを見つけ舌打ちをした後、急いで彼女の元へ戻って行く。

 

住まいに戻ると、彼女は幼子を抱えたまま、不安な眼差しを男に向ける。

 

”まずは自分が冷静にならなければ”

男は努めて冷静に、現状を話し始める。

 

「……上陸部隊が、この島へ向かっているのが見えた。

恐らく、地形的に戦いやすいこの島へ誘導されてしまったんだろう。」

 

「……ソウ、カ。スマナイ、迷惑ヲカケタヨウダ。

スグ、私モ此処ヲ離レヨウ。」

 

「いや、恐らくその時間もないかもしれん。何か別の方法を考えよう。」

 

『どうする……?このままではまずい。考えろ、考えるんだ!』

 

その時、港湾棲姫が抱かかえていた幼子が、無邪気にも笑い出した。

まるで”二人でそんな難しい顔をしないでよ”

そう言っているように思える笑顔で。

 

その笑い声を聞いた男は、港湾棲姫へ一つの提案をする。

 

「なぁ、この子の面倒をこれからも見てやってくれないか?

やはり、子供には母親ってのが必要だと思うんだ。

お前たちが無事安全な場所に行ける様に、その為の道を、

俺が今から作る。だからその子を、頼む。」

 

「ナ、ナラバ、オ前モ一緒ニ……」

 

港湾棲姫からの言葉に、男は首を横に振り、優しく諭すように言葉を掛ける。

 

「俺だって本当ならそうしたい。だが、このまま俺たちが一緒にいる所を

軍の人間に見られたらどうなると思う?

お前は捕虜となり、俺は間違いなく反逆罪で捕らえられ、極刑は免れられないだろう。

もしそうなったら、この子は誰が守るんだ?」

 

確かに男の言う通りだ。

 

実子ではないにせよ、反逆者の子供、しかも深海棲艦と一緒に居たと言う事で

何かしらの咎めを受けるかもしれない。

 

仮に咎めが無かったとしても、子供の将来に暗い影が掛かるであろう事は

容易に想像できる。

 

ならば、自分が優先すべきは何なのか?

 

考えるまでも無く、もう答えは出ているではないか。

 

覚悟を決めた表情で、港湾棲姫は男にこう伝えた。

 

「ワカッタ。コノ子供ハ、私ガ守ロウ。コノ身ニカエテモ。」

 

それを聞いた男は、満足そうに笑みを浮かべた後、手早く身支度を整える始める。

 

男の表情にも、迷いや悲壮感は感じられない。

むしろ、二人を安心させる様な穏やかな雰囲気を纏っていた。

 

 

そして……

 

 

「今から俺は、正面の海岸へ向かう。そして、軍の連中に向かってこの旗で

合図を送った後、1発の信号弾を打ち上げる。それがお前たちへの合図だ。

信号弾を確認したら、二人で反対側からこの島を脱出しろ。

何があっても、こちらを気にせずここから離れるんだ。いいな?」

 

男の問い掛けに、港湾棲姫は無言で頷く。

 

すると男は、二人を自身の方へ抱き寄せた後、海岸へ向けて歩き出す。

 

だが、数メートル程離れた場所で二人に背を向けたまま、立ち止まってしまった。

 

「……ドウシタ?」

 

不思議に思った港湾棲姫の問いに、男は背を向けたまま答える。

 

”あまり好きな言い方ではないが”と前置きをして。

 

「直ぐには無理かもしれない。だがいつの日か、この戦争が終わって

人間と深海が手を取り合って行ける事を、俺は願っている。

いや、必ずそうなる筈だ。

考えてもみろ。俺とお前が、わずかな期間かもしれないが

いがみ合う事もせず、一緒に暮らせたんだからな。

 

だから、その日が来たら……その時は俺と」

 

「私ト、コノ子供ト、一緒ニ暮ラソウ。私モ、ソウ願ッテイル。」

 

男は驚いて振り向くと、そこには優しい笑顔を作りつつも、目に涙を浮かべた

港湾棲姫が立っていた。

 

「オカシナモノダナ……マダ、オ互イノ名前モ知ラナイトイウノニ……。

ダガ、オ前トナラバ、求メテイタ物ガ、見ツカルカモシレナイ。

ソウ、思エルノダ。」

 

「そう、か。おまえたち深海の者にも名があるのだな。

よし!では、それを聞くことを楽しみにしているよ。」

 

「アァ、オ互イニナ。」

 

 

”またいつの日か、必ず会おう!”

 

そうお互いに声を掛け、男は二人を守る為、港湾棲姫は男との約束を守る為

それぞれの場所へ向かった。

 

 

暫くした後、男が言った通り、一発の信号弾が打ち上がり

それを見届けた港湾棲姫は、打ち上げられた信号弾とは反対側の海岸から

幼子を連れて、島から脱出した。

 

後ろ髪を引かれる思いだったが、男との約束を守る為、幼子を守る為に

決して後ろを振り向くことなく、島を離れる事に集中した。

 

 

 

 

そして二人の目から島の形が分からなくなるくらい離れた後、

島内から一発の銃声が鳴り響く。

無論、この乾いた音が引き起こす悲劇を、当時の港湾棲姫は知るよしも無い。



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18.【母親として】

「そうかい……そんな事があったんだねぇ……。」

 

港湾棲姫がここに流れ着いた経緯を話をしている間、

老女は時折相槌を打ちながら、彼女の話をただ静かに聞いていた。

 

そして港湾棲姫が話を終えると、側で寝ている幼子を彼女に抱かせ

こう言った。

 

「それなら、この子はアンタがしっかりと面倒を見なきゃいけないね。

なぁに、心配はいらんさね。私らも手伝うよ。

そしてまたその男に会えた時、”私が育てた!”って自慢してやんなさい。」

 

「スマナイ……。」

 

「そんな他人行儀な言い方はしなさんな。

アンタさえよければ、ここはあんたの家、そして

私の事は家族と思ってくれていいんだよ。」

 

”家族”

 

港湾棲姫はこの言葉に、心地よい響きを憶える。

まさか、あの男以外の人間に対し、自分がここまで心を許すとは思いもしなかった。

出会って間もない、しかも本来敵である自分に対し

分け隔てなく接してくれる老女には、そうさせる雰囲気があった。

 

「ア、アリガトウ。」

 

老女の言葉を聞いて、港湾棲姫はそう返した。

 

 

 

それから一月ほど経った頃、身体の傷もすっかりよくなった港湾棲姫は

老女だけでなく、他の村人たちとも少しずつ仲を深めていく。

 

初めのうちは、その姿形から近寄りがたく思っていた村人たちも

見た目とは違い、穏やかな雰囲気を持つ港湾棲姫に引き寄せられるように話しかけ

港湾棲姫もまた、様々な村人と触れ合ううちに、

より深く人間を理解するようになっていった。

 

 

 

 

「だいぶ笑えるようになってきたじゃあないか。」

 

いつもの様に幼子をあやしていると、老女が声を掛けてきた。

 

「ソウカ?ダトシタラ、ソレハ貴女ガタノオカゲダ。」

 

「いいや、私らはなんもしとらんよ。」

 

「ソンナ事ハナイ。トクニ、貴女ハコノ私ニ良クシテクレル。

本当ニ感謝シテイル。」

 

そう言って謙遜する老女に、感謝の意味をこめて頭を下げるが

照れくさそうにしながら老女は言葉を返す。

 

「よしなよそんな事は。私らは好きでやっているんだから。

そんな事より、今日来たのはアンタにいいものをやろうと思ってきたんだよ。」

 

そう言って老女は、持ってきた鞄の中から小さな機械を取り出す。

 

「……ソレハ?」

 

「これはね、カメラと言って物を写す機械だよ。

時間っていうのは流れるけど、これで写した物はその時のまま、

ずっと残しておけるんだよ。

さぁさぁ!二人を撮ってあげるから、こっちへおいで。」

 

そう言って老女は二人を手招きし、見栄えのする場所を選び

カメラを構えてシャッターを切る。

 

「うん、良く撮れたよ。ほら。」

 

カメラから排出された1枚の写真を手渡し、満足そうにしている老女。

 

「……コレハ、私ナノカ?」

 

手渡された写真には、まるで本当の母親が自分の子供を慈しむ様に

抱きかかえている港湾棲姫が写されていた。

 

まさか、自分がこんな表情をしているなんて……

港湾棲姫は戸惑いの表情を見せる。

 

「写真は”人の心を写す鏡”と言われていてね、私にはアンタの事がその写真の様に

見えているって事さね。

それと、これも良かったら貰ってくれるかい?」

 

そう言って、老女は小さな箱を港湾棲姫に手渡した。

 

老女に促され、手渡された箱を開けてみると、中には青い花を象った髪留めが入っていた。

 

「綺麗ダ……」

思わずそう、呟く。

 

「その花自体は、そう珍しいものではないんだけどね。

青い色がアンタに合うかと思って、拵えてみたんだよ。」

 

「……コノ花ハ、ナントイウ名前ナノダ?」

 

「この花の名前は”勿忘草”と言う名前でね、

”私を忘れないで” ”真実の友情” そんな意味を持つ花だよ。」

 

「友情……カ。イイ響キダナ。

シカシ、今ノ私ハ、ソノ気持チニ返セル物ガナイ……」

 

「またそんな事を言う。さっきも言ったけど、

ワタシがアンタに贈りたいと思って拵えたんだから、黙って受け取っておくれよ。ね?」

 

「ソウ、カ。デハ、アリガタクイタダク。

デモイツノ日カ、何カノ形デ、礼ヲサセテモラウゾ。」

 

「あっはは!それじゃあ、その日を楽しみに待ってるよ。

それまで長生きしなきゃだね。」

 

 

『あぁ、楽しい。楽しいなぁ……人間と話しをする事がこんなにも楽しく

心が安らぐものだとは……』

 

全てはあの人間の男と出会えたからだ。

 

またあの男に会いたい。

今すぐにでも…

 

そんな事を考えながら、貰ったばかりの写真と髪留めを幼子に見せながら

再びあやし始めた。

 

「こうしてみると、本当の親子に見えるねぇ……」

 

二人の様子を眺めていた老女が、ポツリと呟く。

 

「ソウ、ナレレバイイノニナ。マァ、仕方ノナイ事ダ。」

 

そう。

 

自分は深海に棲む者。

 

出来うる事ならこの子と一緒に、あの男と再び出会えるのを

この場所で待ち続けたい。

 

だが、ここの村人達は認めてくれていても、他の人間たちには

今の情勢を考えれば、到底受け入れては貰えないだろう。

 

”この身に変えてもこの子を守る”

 

あの男との約束は、決して偽りの無い自分の本心だ。

 

だが、この子の将来を考えた時、本当にこのままでいいのか?

 

そんな風に、港湾棲姫が自問自答していると、老女が話し掛けてきた。

 

 

「少し、外を歩いてみないかい?散歩するには、もってこいの陽気だよ。」

 

「……アァ、ソウシヨウカ。」

 

 

港湾棲姫は、外の景色を見るのは嫌いではない。

事あるごとに理由をつけては、外に連れ出し、様々なものを見せてきた老女は

それが分かっている。

 

だからこそ、何かを考え込んでいるように見えた港湾棲姫を外に誘い

気晴らしをさせようと思ったのだ。

 

”あれは何だ?”

”・・・だよ。”

 

”これは?”

”これはね・・・”

 

港湾棲姫にとっては、目に映るもの全てが真新しく、老女にとっては

それらを教える事が、自身の楽しみでもあった。

 

いつもの様に話をしながら三人で歩いていると、何かを見つけたのか

港湾棲姫が立ち止まり、道端にしゃがみこむ。

 

「どうかしたのかい?」

 

「コレ……勿忘草、ダッタカ?」

 

「そうそう。覚えてくれたんだね。」

 

老女にそう言われると、港湾棲姫は気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

 

 

「マァ、ナ。コレハ、私ノ好ミノ色ダカラナ。海ノヨウニ碧く、

心ガ安ラグ。」

 

「気に入ってくれて、私も嬉しいよ。そんなに気に入ったのなら

この辺りには沢山生えているし、少し摘んでいって家に飾るといいよ。」

 

「アァ、ソウスルトシヨウ。

ダガ、コノ子ハ男ダ。ハタシテ、喜ンデクレルノダロウカ?」

 

「あっはっはっ!そんな心配はないだろうよ。親が好きなものを嫌う訳が無い。

むしろ、それがいつも側にあれば、きっと優しい子に育つんじゃないのかい?

 

私達には”親の背を見て子は育つ”っていう諺があってね、子供の成長は

親次第。まぁ、それが全てじゃあないけど、影響は大きいものさね。」

 

老女はそう言って笑い飛ばした。

 

「ソウカ。ナラバ、貴女ノ子ハ、サゾカシ立派デ優シイ人間ナノダロウナ。」

 

「う~ん……どうだかねぇ。今は何処に居るのやら。

軍人になってからは、ちっとも帰ってきやしない。」

 

「軍人……ソウ、カ。スマナイ、嫌ナ事ヲ聞イテシマッタヨウダ。」

 

老女は港湾棲姫の様子を見て一瞬、気まずそうにしたものの、すぐさま言葉を繋げる。

 

「ま、軍人といっても色々あるからね。それに便りが無いのは無事な証拠というし、

そのうちひょっこり顔を出すだろうよ。

だから心配はしとらんよ。」

 

「……貴女ハ強イナ。イヤ、ソレガ、”親”トイウモノナノカ?」

 

「そう、かもしれないね。でも、母親ってのは子供が居ると自然と強くなるものだよ。

”守らなきゃいけない”ってね。」

 

「母親、カ。デモ、私ニ、母親ガデキルノダロウカ?」

 

自分はこの子に何をしてやれるのだろう?

何を遺してあげられるのだろう?

常にその不安が付きまとう。

 

そんな風に考えながら、その手に抱いた子供を見ると

彼女の不安を吹き飛ばすように、無邪気に笑っている。

 

その様子を見ていた老女が、港湾凄姫に向かってこう言った。

 

「それが、その子の笑顔が答えなんじゃあないのかい?

よく見てごらんよ。抱かれて嫌な気持ちになっていたら

そんな風に笑ったりはしないよ。」

 

そうか。

 

至極簡単な事ではないか。

 

私は、この子が幸せと感じられる母親になればいいのだ。

何も人間である必要など無い。

今この子は、私に抱かれて笑っている。

 

”私がこの子にとっての母親なのだ”

 

 

「どうだい、迷いは晴れたかい?

アンタは必要とされているんだよ。その子の”母親”として、ね。」」

 

「アァ、ソウダナ。今ハ、トテモ気分ガイイ。」

 

「そりゃあよかった。外に連れ出した甲斐があったってもんだよ。」

 

そう言って老女は笑った後、ふと思い出したように問い掛ける。

 

「そういや、この子に名前は付けたのかい?」

 

「名前……イヤ、マダダ。」

 

「それじゃあ、名前をつけてあげなきゃね。いつまでも”ななしのごんべぇ”じゃ

可哀想だよ。」

 

 

『名前、か。』

 

その手に抱いた子を見ながら、少し考えてみる。

 

今思えばこの子がきっかけで、あの男と出会い、今もこうして

人間と一緒に暮らすことが出来ている。

 

決して交わることがなかった種族同士が、だ。

 

この子が居たからこそ、種族の垣根を越えて、理解し合えている。

 

言わばこの子は、我々の一つの道筋なのだ。

 

そう、一つの道。

 

 

「道…一道、トイウノハドウダロウ?」

 

「一つの道と書いて”カズミチ”かい?うん、いい名だよ。」

 

「一道。ヨシ!今カラオ前ハ、”一道”ダ!」

 

そう言って子供を高く抱き上げると、それに応える様に

”カズミチ”と名付けられた子供は、嬉しそうに笑っていた。



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19.【偶然と言う名の必然】

人間の男と深海棲艦によって、その生命を救われた幼子が

”一道”と名付けられてから数週間が過ぎた頃、漁村にある小さな変化が起こる。

 

 

「ほーら、一道。こっちだこっち!」

「一道ちゃん、こっち向いて~!」

 

名前を付けてからというもの、村人たちが家にやってきては

代わる代わる一道をあやす光景が増えたのだ。

 

もっとも、今までも家に来る事はあったが、それが増えた原因はやはり

港湾棲姫がこの村での生活に、より深く馴染んだ事であろう。

 

その最たる例として……

 

「全ク……一道ハ、オモチャデハナイノダゾ?」

 

「まぁまぁ、静流(しずる)さん、そんな固いこと言うなって!

一道は、言ってみりゃ俺たち皆の子供みたいなもんじゃないか。」

 

「ワ・タ・シ・ノ・コ・ド・モ・ダ!」

 

港湾棲姫がそう言い返すと、周りから大きな笑い声で溢れかえり

彼女も一緒に笑っている。

 

 

そう。

 

港湾棲姫は自身の名を、村人に明かしたのだ。

 

 

何故そういう経緯になったかは、老女とのやり取りにあった。

 

 

「なんだか、いつまでも他人行儀な気がするねぇ。」

 

「何ダ?突然ニ。」

 

「いやね、いつまでも『アンタ』とか『アナタ』とかで呼び合うのもどうかと思ってね。

出来れば名前で呼べたほうが、村の皆とも近くなるんじゃあないかい?」

 

「フム……確カニ、ナ。デハ、私ノ名前ヲ教エヨウ。

私ノ名ハ、静カニ流レル、ト書イテ”シズル”トイウ。」

 

すると、驚いた様子で老女は言う。

 

「こりゃ驚いた!そんなにあっさりと名乗ってくれるとは思わなんだ。

てっきり、複雑な事情でもあるのかと思ってたよ。」

 

「別ニ、ソンナモノハナイ。

ソレニ、誰モ聞イテコヨウトシナカッタシ、ナ。」

 

そう言って、悪戯っぽく笑みを浮かべながら答える港湾棲姫に

老女もやり返す。

 

「あっはっはっ!そりゃあんたが怖かったせいじゃあないのかい?

そうだよね~、一道?」

 

「コンナニ優シイ母親ヲ前ニシテ、何ヲイッテイル?

ソウダヨナァ?一道?」

 

そんな二人のやり取りを見て、一道は無邪気に笑っている。

 

 

港湾棲姫の話によると、全ての固体に名前がある訳ではないが

一部の上位固体には名前のある深海棲艦がいるとの事だ。

 

 

「そうかい。静流さんというのかい。アンタらしい、いい名前だね。

 

ワタシはね、初枝だよ。”時任 初枝”

まぁ、こんな婆さんだけど、改めてよろしく頼むよ、静流。」

 

「アァ、コチラコソダ、初枝。」

 

 

『アンタ』から『静流』

『アナタ』から『ハツエ』

 

二人が互いに名を呼び合う姿を見ているうちに

他の村人たちも、より親近感を抱いたのだろう。

 

今では静流に対し、距離を置く者などおらず

より深く交流をするようになっていた。

 

 

 

 

 

 

~漁村近くの海域にて~

 

「大尉……本当に、本当にこれでに宜しいのでしょうか?」

 

「何度も言わせるなよぉ~、中ぅ~尉ぃ~。

それとも、他に何かいいアイデアでもあんのかぁ?」

 

「で、ですが……」

 

「く~どいんだよ!お前はぁ!じゃあ何かぁ?これから向かうあいつの実家で

『あんたの息子は、深海棲艦と仲良くしてたので、反逆罪で処刑しましたぁ~!

ついでに、家族のあんたらも同罪で~す!』とでも言えば満足なのか?あぁん?」

 

「そ、それは……それは自分には、言えません。」

 

「そうだろ~う?大体なぁ~俺はあいつの事は前から気に入らなかったんだよ!

何かにつけて『争いはよくありませ~ん』とか言いやがってよぉ。

だったら何で軍人になったんだっつ~の!」

 

あまりの剣幕に、下士官は何も言い返す事が出来ず、ただ俯くしか出来なかった。

 

「ただ、あいつは谷崎のお気に入りだったし、変に勘繰られでもしたら不味いからな。

その辺は俺が”上手く上に掛け合ったお陰”で、あいつの親族はお咎め無しになったんだからむしろ感謝して欲しいくらいだぜ。違うか~?」

 

「……はい。」

 

「いいかぁ?もう一度だけいうぞ~?

ヤツに関する報告は俺が親族にするから、お前は一切喋るな。

わ・かっ・た・か?神保中~尉殿?」

 

「了解……しました。」

 

 

 

 

 

~漁村近くの海岸~

 

『ふぅ……今日はこのくらいでいいだろう。

初枝たちも喜んでくれるといいが……』

 

 

静流は、このままただ居候しているだけでは申し訳ないと思い

何か自分に出来る事は無いかと考え、思いついたのが魚介類の漁であった。

 

最初は漁師達と一緒に遠洋に出るつもりでいたのだが

『もし軍艦に見つかりでもしたらどうするんだい!』と、

初枝にこっぴどく叱られた為、仕方なく近場の海で潜って漁をする事になった。

 

 

「タダイマ。初枝、今日モ沢山トレタゾ。」

 

家に帰ったものの、家の中は誰もいない様子で、返事は返ってこない。

 

『一道を連れて、まだ畑にでもいるのか?』

 

そう考え、畑へ向かおうとした時、居間にある箪笥の上に置いてあるカメラと

小箱が目に付いた。

 

先日、初枝が静流と一道を撮影する時に使用したカメラだ。

 

『何度見ても、不思議な機械だ。人間は器用なのだな……

うん?なんだこの箱は?』

 

何気なしに箱の蓋を開けてみると、中には沢山の写真が入っていた。

 

風景や、他の村人たちと一緒に写っている写真だけでなく、

若い頃の初枝と思われる女性に、寄り添うようにしている男性との写真もあった。

 

男性は恐らく、もう既に亡くなっていると聞いている、初枝の伴侶だろう。

写真に写っている二人の表情を見ただけで、二人の仲をうかがい知る事が出来る。

 

『あぁ……いつか、私もあの男とこんな風になれるのだろうか?』

 

そんな事を考えながら写真を見ていると、思っても見なかった

1枚の写真を目にする。

 

その写真には、軍服を来た若い男が、初枝と一緒に写っていた。

 

「コ、コノ男ハッ!」

 

静流は、思わず声を上げてしまう程に動揺していた。

 

まさか、そんな……

 

 

「おや、昔の写真を見てたのかい?」

 

静流が後ろを振り向くと、一道を抱えた初枝が立っていた。

 

「アッ、イヤ、スマナイ。勝手ニ見ルベキデハナカッタ。」

 

「別に構わないよ。むしろそれを見て、私の若い頃を褒めてくれてもいいんだよ?

なんてね。あっはっはっ!」

 

しかし静流は、初枝の冗談さえも通じないほど動揺し、

一枚の写真を手にしたまま、動けずにいた。

 

「ん?どうしたんだい、静流。あぁ、その写真かい?それは」

 

「初枝!コ、コノ写真ノ男ハ、イッタイ誰ダ?今ドコニイル?」

 

「な、なんだい急に。ちょっとは落ち着きんさい。その男は”私の息子”だよ。

前に話した、軍人になった息子さね。」

 

その答えを聞いた静流は、力なく床に座り込んでしまった。

 

「ちょ、ちょっと静流!大丈夫かい?どこか気分でも」

 

「初枝ノ……息子?……本当ニ?」

 

「あぁそうだよ。それは私の息子の正義(まさよし)。時任 正義だよ。」

 

「……マサカコンナ、コンナ事ガ、アルノカ……」

 

初枝から息子の名前を聞いた静流は、そう呟いた後

溢れ出る涙を抑えることが出来なかった。

 

その写真に写っている男は、静流があの島で出会った人間。

今、こうして人間と触れ合えるきっかけを作ってくれたあの男が

もう一人の人間の恩人である、初枝の息子だったのだから。

 

 

暫くの間、驚きと喜びの入り混じった様子の静流だったが

少しずつ落ち着きを取り戻し、自分が島で出会った男が

初枝の息子であった事を話した。

 

 

それを聞かされた初枝も、最初は驚いた様子を見せていたが

話を聞き終わる頃には、嬉しそうに笑顔を浮かべ、

 

”そりゃあ、私の自慢の息子だからね”

 

そう言って、笑っていた。

 

 

そしてその日は夜が更けるまで、静流から息子に関する質問攻めに合ったが

疲れた様子など見せず、初枝も当時を懐かしむ様に話しを聞かせた。

 

 

寝床に入ってからも、静流の頭の中はは初枝の息子の”正義”の事で

いっぱいになっていた。

 

『正義……か。いい名前だな。

もし、会って真っ先に名前を呼んだらどんな顔をするかな?

まさか初枝と暮らしているなんて、思いもしないだろうから

きっと驚くだろうな。

明日もまた、初枝に色々と教えてもらおう。』

 

そんな事を思いながら、静かに目を瞑り、幸せな気持ちを抱きながら

眠りについた。

 

 

 

 

~翌朝 海岸にて~

 

 

「おい、あれ見ろよ。あれって軍艦じゃないか?」

 

「……あぁ!間違いない軍艦だ!なんでこんな所に。」

 

 

普段であれば、海沿いのこの村で軍艦を見かけるくらい、どうと言う事は無いが

今、村には静流がいる。

 

万が一、静流が軍人に見つかりでもしたら、どうなるかぐらいは容易に想像がつく。

 

「俺たちが軍艦の様子を見ているから、お前は早く初枝さんと静流さんの所へ!」

 

「あぁ、分かった!」

 

『折角馴染んでくれた静流さんを守らにゃあ……』

 

漁師達は自分たちの作業の手を止め、手分して行動を開始する。

 

 

 

伝達を請け負った漁師が家に着くと、丁度初枝が家から出てくる所だった。

 

「は、初枝さん!大変だ、大変だよ!!」

 

「なんだい、朝っぱらから騒々しいねぇ。」

 

息を切らせながら初枝のもとにやってきた漁師を、怪訝そうに見ながら

小言を言う。

 

「あぁもう、小言は後にしてくれ!それよりも、静流さんはいるのかい?」

 

「だから、一体何が」

 

「”軍艦”が来たんだよ!もう直ぐ近くまで来てる!」

 

その一言で何かを察した初枝は、すぐさま漁師へ伝える。

 

「アンタは他の皆に伝えておくれ!”この村にはなにもない”

わかったかい?」

 

「あぁ、分かってるって!静流さんの事は頼んだよ!」

 

そう言うと、漁師はすぐさま別の家へ向かって走っていった。

 

 

「さぁて……軍人が、こんな所へ一体何をしに来たのやら……」

 

そう言って、初枝は来るべく事態に備え始めた。

 



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20.【新しい絆】

「報告します!田邑大尉、まもなく目的地へ到着致します!」

 

「ん~?あぁそう。それじゃあ、準備をしますかねっ!と。

あ~めんどくせぇなぁ、もう。」

 

 

田邑と呼ばれた士官は、さも気だるそうに立ち上がり

これから向かう島への上陸準備を始めた。

 

『まぁ、こういう事からコツコツとやってる姿を見せるのが

世渡り上手な方法ってね。めんどくせぇけど……

さて、と。』

 

さも気だるそうに周囲を見渡すと、漁船が数隻作業をしているのが見える。

 

すると、田邑はおもむろに拡声器を持ち出し、それを漁船の方角へ向け

話し始める。

 

 

「お仕事、ご苦労様で~す!今日は大漁ですかぁ~?」

 

田邑の問い掛けに反応する様に、漁船が汽笛を鳴らす。

 

「何か困った事があったら、いつでも言って下さいね~!

我々が~直ぐに駆けつけますんで~!」

 

そう言って漁船の方角へ、にこやかに笑みを浮かべながら敬礼をしてみせる。

 

 

「第一印象は大事、ってね。

そんじゃま、行くぞ~、神保ぉ。」

 

「……はい。」

 

 

 

田邑たちが島へ上陸し、周囲を見渡していると、一人の老人が声を掛けてきた。

 

「おやおや、軍人さんがこんな田舎の島へ何の用かね?」

 

「はい!自分達は」

 

神保が説明をしようとすると、それを遮るように田邑が話を続ける。

 

「私の隊に、この島出身の者が居ましてね。

もしご存知でしたら、”時任 初枝”という方の家を教えて頂きたいのですが。」

 

「あぁ、初枝さんの家かい。だったら、ワシの向かう方向と一緒だから

ついて来なされ。」

 

「えぇっ!教えて頂けるだけでも有難いのに、案内までして下さるんですか?」

 

「ほっほっ。なぁに、遠慮はいらんて。

あんたら軍人さんの手伝いが出来ない老いぼれには

このくらいしか出来んからねぇ。

さぁ、こっちだよ。」

 

「助かります!では、宜しくお願いします!」

 

 

 

その頃、初枝の家では万が一を考え、数人が集まり静流を隠すべく

慌しく動き回っていた。

 

「少し、狭いかな?でも、ちょっとの間だから、辛抱しておくれよ静流さん。」

 

「イヤ、問題ナイ。大丈夫ダ。

ソレヨリモ、私ノセイデ、皆ニ迷惑ヲカケテシマッテ……」

 

「何を言ってんのよ。あたしら皆、静流さんの事が大好きなんだからさ。

大したことは出来ないけど、こんな時くらい頼ってちょうだい。」

 

「アリガトウ。本当ニアリガトウ……」

 

「一道はアタシが見てるから、こっちの心配は要らんよ。

あんたと一緒に居て、急に泣き出しでもしたら大変だからね。」

 

「アァ、ソウダナ。ヨロシク頼ム、初枝。」

 

 

一通り、静流を匿う準備が整った頃、村の若い男が一人

息を切らせながら、初枝の家に転がり込んできた。

 

余程急いで走ってきたのか、何かを伝えようとするが

息が切れていて、上手く伝わらない。

 

見かねた初枝が水を渡すと、一気にそれを飲み干した。

 

 

「あ、有難う……っと、そんな事よりも、初枝さん!

ここに例の軍人が来るんだよ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、中に居た村人たちに緊張が走る。

 

『何で真っ直ぐにここへ?』

『もしかして、静流さんの事はばれてるの?』

『いやそんな事は……』

 

 

村人たちがそれぞれ、疑念を抱き始めた頃、初枝が男に向かって話し掛ける。

 

「その軍人は、他に何か言っていたかい?」

 

「い、いや。ただ、初枝さんの家を教えてくれと。」

 

 

ふむ……

 

急にこの島に軍人が来る事も、確かにおかしい。

だが、静流の事に関しては、村全体で細心の注意を払ってきていたし

村の人間が、静流を売るような真似はするまい。

 

ここはまず、向こうの出方をみる事が先決。

 

そう考えた初枝は、家にいる皆にこう伝える。

 

「いいかい、みんな。ここで話していても埒が明かない。

話はアタシがするから、皆はいつも通りにしていてくれるかい?

それと、極力静流がいる方向は見ないようにしておくれ。」

 

「うん。」

「わかった。」

「はいよ。」

 

 

 

「さて、と……」

 

皆の返事を聞いた後、初枝は一道を抱いて静流が隠れている襖をゆっくりと開け

話し掛ける。

 

「いいかい、静流。これからここに軍人が来るみたいだよ。

でも、何があってもここから出ない事。いいね?」

 

「……ワカッタ。一道ヲ、一道ノ事ヲ、頼ム。」

 

「はいよ。任せておきな。」

 

 

 

 

それから暫くした後、軍人が二人、初枝の家にやってきた。

 

 

「ごめんください!時任初枝さんはいらっしゃいますか?」

 

その呼び声を聞いて、一道を抱えた初枝が顔を出す。

「はいはい。どちら様ですかね。」

 

初枝の顔を見るや、軍人二人は姿勢を正し、うち一人が自身の名を告げる。

 

「私は海軍所属、田邑 樹(たむら いつき)大尉であります!

本日は、急に押しかけてしまい、大変申し訳ございません!」

 

「そんなかしこまらんでもええですよ。それで、軍人さんが

ワタシなんぞに何の御用ですかね?」

 

「えぇ……実は……大変申し上げにくい事なのですが、

ご子息についての事でお伺いしたのです。」

 

「……正義、の?

あらま、また何か皆さんにご迷惑でもお掛けしましたかね?」

 

 

『正義?今、正義と言ったのか?』

家の奥で聞き耳を立てていた静流は、その名前に反応する。

 

”もしかしたら、あの男の事が分かるかもしれない”

 

そう思い、静かに動向を伺う。

 

 

「い、いえ、迷惑なんてそんな……

彼は隊でも良く働いてくれて”いました”。」

 

 

”いました。”

 

 

確かに目の前の軍人はそう言った。

 

何故過去形なのだろうか?

 

すると田邑と名乗った軍人は、神妙な面持ちで初枝に告げる。

 

「ご子息は……時任 正義君は、深海棲艦との戦いにおいて

…”戦死”されました……」

 

『……っ!?』

 

「えっ?い、今なんと?」

 

突然告げられた正義の死に対し、二人とも混乱する。

 

『『……正義が、死ん……だ?この人(間)は何を言っているんだ?』』

 

 

「本来であれば、もっと早くにお知らせすべき事でありましたが

深海棲艦との戦いが、苛烈を極めている現状をご理解頂ければと思います。」

 

 

『理解、だと?あの男が死んだ事を、どう理解すると言うのだ!』

 

静流はそう言って憤るが、その原因を作ったのが、同胞である深海棲艦とあっては

初枝に掛けてやれる言葉が見つからない。

 

それよりも、正義が死んだ事を責め立てられるかもしれない。

今までよくしてくれた村人たちからも、同様に非難されるかもしれない。

 

”助けるんじゃなかった!”

”やっぱり敵だ!!”

”殺してしまえ!!!”

 

自身を非難する人間の声が、静流の頭の中で木霊する。

 

『恐らく初枝の心中も、深い悲しみと怒りでいっぱいだろう。

私は、彼女になんと詫びればいいのか……』

 

そんな事を考えていると、また、初枝と軍人の声が聞こえてきた。

 

 

 

「そう、ですか……まぁ、志願して軍人になったのだから、

こうなるかもしれない事は、私も覚悟はしておりました。

恐らく本人も本望でしょう。

 

それで息子は、正義はいつ、どこで死んだのですか?」

 

「正義君は、半年ほど前の〇〇〇島付近の戦いにおいて、撤退途中に

戦死……されました……っく!」

 

 

「そう、ですか……。息子は、正義は立派でしたか?」

 

田邑は時折言葉を詰まらせながら、どんな状況であったかを初枝に説明をする。

 

初枝の息子が、いかに勇敢であったかを……

 

 

初枝は田邑の話を聞き終わると、取り乱すような事も無く、

毅然とした態度で田邑へ礼を述べる。

 

「わざわざこんな遠い所まで、息子の事を知らせに来て下さって

有難うございました。」

 

自身の息子が亡くなったにも拘らず、”情勢を考えれば仕方の無い事。”

 

初枝はそう言って、納得していた。

 

しかし。

 

『いや違う!何かがおかしい。』

 

はじめは、”正義の死”の報告を聞いて、途方にくれかけた静流だったが

田邑の話の中に、とある違和感を感じていた。

 

『確かこいつは”半年前の〇〇〇島”と言っていた。

そこは私と正義が出会った場所のはず。

それにあの近海では、私達がいる間、他の深海の者は見かけていない。

私と正義が別れたのも、半年ほど前のはず……』

 

その時静流は、ふと正義の言葉を思い出す。

 

『俺も反逆罪で捕らえられ、””極刑””は免れられないだろう。』

 

確かにそう言っていた。

 

 

『まさか……まさか、こいつらが正義の事をっ!』

 

 

「それでは我々はこれで。明日の朝までは近くにおりますので、

何かお力になれる事があれば、何でもおっしゃって下さい。」

 

「そのお気持ちだけで十分ですよ。

ご苦労様でした。」

 

初枝はそう言って礼を言い、二人が見えなくなるまで見送っていた。

 

 

そして

 

 

「……聞いていたかい?」

 

声を聞いていた限りでは、気丈に振舞っているように思えたが

改めて彼女の表情を見ると、憔悴しきっているように見える。

 

「……アァ。スマナイ、イイ言葉ガ浮カンデコナイ。

ダガ聞イテクレ。アイツラノ話ニハ、少シオカシナ所ガアル。」

 

「おかしなところ?」

 

「落チ着イテ、聞イテクレ。」

 

そう言って、静流は自身が不審に思った事を、

事実と違うかもしれないと言う事を伝えた。

 

 

 

 

「……まさか、そんな……じゃ、じゃあ、正義は人間に

同じ仲間の軍人たちに殺されたって言うのかい?」

 

「ソノ可能性ハ高イ。私ハ、ソウ思ウ。」

 

「でもね、仮にそうだとして、なんで正義が……」

 

初枝は、ハッとした表情で言いかけた言葉を飲み込む。

なぜなら静流が俯きながら、今にも泣き出しそうな声で呟いたからだ。

 

「恐ラク、私ノ……セイ、ダ。」

 

 

あの時、正義が発した言葉。

 

それが本当だとしたら、正義が死んだ原因を作ったのは自分。

 

私と関わったが為に死んだと言う事になる。

 

その事実を知った時、初枝はどう思うだろうか?

 

いや、そんな事は分かりきっている。

 

目の前に息子の敵がいるのだから、相応の非難はされるだろう。

 

しかし初枝には、今まで親身になってくれた初枝にだけは嘘はつきたくない。

 

何を言われようとも、真実を告げるべきだ。

 

意を決して、初枝にその事を話そうと顔を上げた瞬間、

静流の耳に、聞き馴れた大きな笑い声が聞こえてきた。

 

「静流。アンタまさか、”自分と正義が出会ったから死んだ”

なんて思ってるんじゃないかね?」

 

「エッ?シ、シカシ、ソウトシカ」

 

「そうだとしたら、私は息子の事を誇らしく思うよ。

”よくやった!”って言って褒めてやりたいくらいさね。」

 

そう言って初枝は穏やかな笑みを浮かべながら、静流に語りかける。

 

「息子が…正義が静流と出会ったからこそ、今もこうしていられるんじゃないか。

けっして、静流のせいなんかじゃあない。」

 

初枝はそう言って、静流を抱き寄せ、優しく諭すように続ける。

 

「きっと正義の事だ。アンタが自分の事で負い目を感じる事なんか

望んでなんかない。だからお願いだよ…

息子の事で、自分を責めるなんて事はしないでおくれ。」

 

 

初枝の言葉を聞いた静流はその場で泣き崩れ、

暫く立ち上がる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~鎮守府近くの丘~

 

 

 

「それで港湾棲姫、いや、こういう言い方は失礼だよね。

静流さんはその後どうなったの?」

 

「あぁ、うん。実は俺が祖母から聞いた話はここまでなんだ。」

 

 

時任の話では、静流は軍人が家に来た翌日の朝、自分と手紙を残して

いなくなっていたとの事だった。

 

手紙には、”一道をよろしく”とだけ記されていたと言う。

 

「だから今どこにいるのか、何をしているのかは分からないんだ。」

 

「そっか……ねぇ、大尉。一つ聞いてもいいかな?」

 

「ん?何だい?」

 

時任が話を始める前に言っていた言葉。

時雨には彼の”戦う理由”と言うのがまだ、良く分かっていない。

 

今日の話しだけでなく、今までの彼の態度を見ていると

時任が好戦的な人間ではない事は分かる。

 

だが…

 

「大尉が軍にいるのは、最初に助けてくれた人。

正義さんの事を調べたり、あわよくば」

 

「その、”かもしれない人”に復讐を考えている。とでも?」

 

「う、うん……」

 

「……そう思われても仕方ないよな。でもそんなつもりはないよ。

ただ実際に、その人と会ったら感情を抑えきれないかもしれないね。」

 

苦笑交じりにそう言うと、時任は少し悲しそうな表情をしながら言葉を繋げる。

 

「だけど、それを繰り返していたら、延々と終わらないんじゃないかな?

人と深海、それに人と人。憎しみ合うだけで、何か生まれるのかな?

って、これもばぁちゃんの受売りだけどね。」

 

そう言って、時任は悪戯っぽく笑っている。

 

「……確かにそうだ、ね。大尉の言いたい事は分かるよ。

でも、そうすると僕は、僕たち艦娘は一体何なのかな?」

 

「それは……」

 

深海棲艦に対抗できる存在として、人類の前に突如現れた艦娘。

然しながら、現時点では詳細は不明のままだ。

 

唯一分かっているのは、艦船時代の記憶をそれぞれが持っている

という事だけである。

 

言葉に窮している時任に対し、時雨が続ける。

 

「やっぱり僕たちは”戦う為の兵器”…なのかな……」

 

俯きながら時雨がそう呟くと、時任が即座にそれを否定する。

 

「違う!それは違うよ、時雨。

そんな悲しい事、言わないでくれ。……頼むよ。」

 

「……ごめん、少し意地悪な言い方だったね。」

 

時雨は軽はずみな発言だったと素直に詫びるが

同時に、時任が否定してくれた事に安堵する。

 

 

「……いや、俺も大声を出してごめん。

でもね、時雨。聞いてくれるかい?」

 

そう言うと、時任は時雨の方へ向き直り、改めて話し掛ける。

 

 

「俺は、君たち艦娘が現れた事については、正直分からない。

でも突然とはいえ、理由もなしに現れたとは思えないんだ。

だから、きっと何か意味があるんだと、俺は思ってる。」

 

「僕たちが、現れた意味……」

 

父さん(正義)母さん(港湾凄姫)が出会った意味、

俺が谷崎提督や時雨たちに出会った意味。

必ず何か意味があるんじゃないかな?

 

勿論、これらはただの思い込みで、意味など無いのかもしれない。

安っぽい感情論を引っ張り出して、それに浸りたいだけなのかもしれない。」

 

「大尉……。」

 

時雨の心配そうな表情に気付いた時任は、ばつが悪そうに頭を掻きながら

時雨に謝罪をする。

 

「ご、ごめん。つい熱くなって……。本当にごめん。」

 

「そんな、気にしないでよ。ちょっとびっくりしたけどね。

僕は大尉の色んな面を知る事が出来て嬉しい、かな?うん。」

 

「俺もまだまだだなぁ。」

 

「うん、そうだね。もっとしっかりしてくれなきゃ!」

 

「……ガンバリマス。」

 

「大尉。僕、何となくだけど、大尉の”戦う意味”が分かった様な気がするよ。

まだ、全てを理解は出来ていないけど、さ。

だから、これからも……その、何でも話して欲しい、な。」

 

「あぁ、そのつもりだよ。だから話をしたんだ。

分ってくれて嬉しいよ。

 

さて、そろそろ戻ろうか。他の皆も戻ってくる頃だし。」

 

「うん、そうだね。

ねぇ大尉。話を聞いていたら、僕も静流さんに会ってみたくなったよ。」

 

「会えるさ、きっとね。だからその為にも」

 

言葉を言いかけた時任を遮るように、時雨が自身の指を唇に当て、

”静かに”と言う合図を送った後、少し離れたところにある大木を指差す。

 

はじめは何の事か分からなかった時任だったが、

大木の根元に二つの陰を見つけ納得する。

 

 

「い、いなずまぁ~、泣かんでよぉ~。

ウ、ウチまで、もらい泣きしてしまうじゃろう~?」

 

「だって……だって、こんな話を聞いたら、涙が止まらないのです~」

 

 

影の主は浦風と電だった。

恐らく時任と時雨が二人で出かけたのを見て、後でからかうつもりで付いて来たが

思わぬ話を聞いてしまい、出るに出られなくなってしまったのだろう。

 

 

「んっ、おほん!

盗み聞きとは、感心しないな。なぁ、秘書艦殿?」

 

「うん。全くだね。

そんな事をするなんて、二人には失望したよ。」

 

「はわわわっ!」

「い、いや~これには深い訳が……」

 

 

ばつが悪そうに言い訳をしている二人を見て、時任と時雨が笑い出す。

 

「「ごめんなさい」」

 

「いいさ、別に。実はこれから皆にも話そうと思ってたからね。

さぁ、そろそろ腹も減ってきたし、帰ろうか。

宴の準備をしないといけないし、な!」

 

「うん。」

「そうじゃね!」

「はいっ!なのです!」

 

 

”あぁ…そうだ。

僕は、大尉みたいな人間を探していたのかもしれない。

この人なら、心から信じられる。

だったら僕のするべき事は一つだ。

大尉を助けられる艦娘になろう。

時には盾となり矛となり、大尉に信頼される力になろう。”

 

時雨は時任の告白に、その思いをより強くした。



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21.【宴会と言う名の・・・】

鎮守府内には、夜になると一際賑わいを見せる一角がある。

 

そこは”居酒屋鳳翔”

 

いつもは鎮守府内で働く人間や、酒好きの艦娘たちで賑わう店であるが

今日は時任率いる隊の貸切となっている。

 

他の客にも迷惑だからと、個室だけを予約したのだが

女将を兼任している鳳翔が”皆との距離を縮める良い機会じゃないですか。”

と、気を利かせてくれたのだ。

 

 

そしてその場を借りて、時任は自身の過去を時雨に打ち明けたように

谷崎から預かった他の艦娘たちにも同様に話した。

 

 

 

 

 

 

「Hum……そんな事があったのデスネ……」

 

「まさか、大尉の過去にそんな事があったなんて……

心中、お察しします。」

 

「よしてくれよ、金剛。それに翔鶴も。

別に同情が欲しくて話した訳じゃあないんだ。

ただ、皆にも理解……

というか、自分の事を良く知って欲しかったから話したんだよ。」

 

時任は努めて明るく振舞ったつもりだが、内容が内容だけに

全ての艦娘が納得したわけではなかった。

 

”上手い事を言って、騙そうとしているんじゃないのか?”

 

そんな懐疑的な目で時任を見る者や、時任の下につく事に異を唱える者も当然いた。

 

今まで深海棲艦たちを敵として認識し、常に死と隣り合わせで

戦ってきた艦娘たちにしてみれば、至極全うな考えである。

 

自身の長となる人間が深海棲艦と関わりを持っていたとなれば

考えるなという方が無理であろう。

 

 

しかし

 

 

「別にそんな人間がおってもええと思うで?ウチは。

ちゅーか、そんなに気にする事あらへんやん。

大事なんは、今。ちがうかー?」

 

龍驤の発言に、異を唱えた者は返す言葉を失い黙り込んでしまった。

 

 

「Hey,Hey.everybody!今日はNew Fleetが集まったPartyネー!

楽しくいきまショー!」

 

「そうですよ~。お酒は~楽しく飲みましょ~えへへ。」

 

「うん、そうだねって、もう飲んでるし……ポーラは飲み過ぎだから、後でザラに叱ってもらわなきゃだね。」

 

「そんなぁ~……だったらもう、飲むしかないですぅ。」

 

最上とポーラのやり取りで、店内に皆の笑い声が響き渡るが

それを遮るように、龍驤が続ける。

 

 

「それに、や。

そもそも、この話をお上が知っとるんやったら、軍人にはなられへんやろ?

それどころか、下手したら何かしらの罰を受けとるはずや。

つまりは、”そう言う事”やろ?大尉はん?」

 

「あぁ、龍驤の言う通りだよ。この事を知っているのは谷崎提督、それに

ここに居るみんなだけだ。」

 

「っかぁ~……相変わらず本部のお偉いさん方は…

ちゅうか、大尉ぃ~。お主も悪よのぉ~?」

 

「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。俺の”出生について”は

何も間違った事は報告していないぞ。」

 

龍驤のツッコミに乗っかる形で、時任も笑いながら返すが

他の艦娘たちからは『いや、それ駄目でしょう!』的な視線が注がれる。

 

「まぁ、『俺の秘密を知ったからには…』なんて脅したりする事は無いけど

所構わず言いふらすのだけはやめて欲しいな。」

 

と、時任が懇願した後、時任がこれから指揮を執る事に

異を唱えたうちの一人である鬼怒が、苦笑いをしながらポツリと漏らす。

 

「こんな事、言える訳がないじゃん……ただ」

 

「ただ?」

 

「なんかさー、頭が混乱?っていうか、整理出来ない感じなんだよねー……」

 

すると、瞬時にツッコミが入る。

 

「えっ?き、鬼怒さんが、混乱?」

「鬼怒、大丈夫かい?熱でもあるのかな?」

「Oh……明日は魚雷が降るかもデース!」

 

「ちょーーーーっ!てか、金剛さん!魚雷が降るって何?

もーーー、こういう時の皆の連帯感、マジパナイ……

電ぁ~皆がいじめるよ~」

 

鬼怒が隣に座っている電に助けを求めると、一際大きな笑い声が漏れた。

 

 

うん。思ったよりもいい雰囲気だ。やっぱり話をして良かった。

もっと拒絶、というか批判されるかと思ったけど、龍驤の一言で

ある程度は納得してくれたみたいだ。

 

尤も、多少の蟠りは残っているだろうから、後は俺の出方次第

って所だろう。

 

 

時任は自身が率いる艦隊の面々を見ながら、満足そうにしていると

みんなから、好いように遊ばれていた鬼怒から文句を言われる。

 

「ちょっと大尉ぃー!なーに一人で満足気な顔してんのさ!

あたしだって悩む時くらいあるんだからね!大体モゴォ」

 

「はーい、鬼怒さん。楽しい場が台無しになるけぇ、

もうその辺でええじゃろう?」

 

浦風に後ろから口を押さえられ、声にならない声を発した後

”まぁ、そうなんだけどさぁ”

と、ぶつぶつ言いながらも大人しく席に座り直す鬼怒。

 

すると、時任が立ち上がり、艦娘たちへ話し掛ける

 

「まだ実績も何も無い俺に、大層な事は言えない。

けれど、君たちの事を裏切る様な真似は絶対にしない。

これだけは信じて欲しい。」

 

真剣な眼差しで、そう訴える時任の姿を見た艦娘から

自然と拍手が起こる。

 

「みんな、ありがとう。

だがこういう席で、みんなを混乱させるような話をしてしまった事は謝る。

この通りだ。」

 

そう言って、時任は頭を下げ、改めて謝罪をする。

 

「ちょ、ちょっと大尉!そんな風に謝らないでよ。

そんな事されたら、まるで私が」

 

「「「「鬼~~~~怒~~~~」」」」

 

「ほら、こうなったぁぁぁーーーーー!」

 

 

時任率いる艦隊において、鬼怒がいじられキャラとしての地位を確立した瞬間であった。

 

 

 

「それじゃあ、オチもついた所で」

 

「オチって言うなぁ!」

 

「まぁまぁ、もうええやんか。ほな時雨、秘書艦からも一言もらおか?」

 

「え?僕?い、いいよそういうのは。」

 

 

龍驤からの突然の振りに戸惑う時雨だったが、

周りからの”早く早く”という視線に耐えられず、諦めの表情で

グラスを持って立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあ、みんないいかい?」

 

恥ずかしそうに咳払いをして、時雨が続ける。

 

「まだまだ僕らのやるべき事はたくさんある。

けど、時任大尉の下みんなで頑張っていこう!」

 

「New Fleetに!」

 

「大尉とみんなの勝利を願って!」

 

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 

 

 

 

そして、何事も無く楽しいひと時が過ぎていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訳が無く・・・

 

 

「えへへへぇ~~大尉ぃがふ~たり~…ん~?三人いますぅ~?」

「ネェ~大尉~。良く見るとぉ~谷崎テートクと同じくらいの

Nice Guyネー。

ワタシとー、Burning な Loove してみマスカー?」

 

 

時任に絡むポーラと金剛の隣では

 

 

「ヒック……大体ですねぇ、浦風さんはぁ~能天気過ぎます!

もっとこう、ピシッとですねぇ……」

「能天気て……ちょっとも~誰~?朝潮に飲ませた人ぉ~

さっきから同じ説教の繰り返しで、うちかなわんよぉ~」

 

浦風に説教を始める朝潮の姿が、そこにあり

 

 

「私だってね、瑞鶴みたいにね、幸運艦ってね、呼ばれてみたいの……

でもね、被弾するのはいつも私……

同じ翔鶴型なのに何が違うんですかー?何で私には幸運の女神がいないの?

ねぇ、聞いてますか?龍驤さんてば!」

 

そう言って、自身の豊かな上半身を激しく密着させながら訴えてくる翔鶴に対し

無表情のまま”ウチだってそのうち大きくなる”

目のハイライトをオフにしたまま、ぶつぶつと繰り返す龍驤。

 

 

 

気がつけば、部屋の中は完成品という名の酔っ払いで埋め尽くされつつあり、

助けを求めても、求めた先に更に絡まれるというカオスな空間が広がっていた。

 

 

そんな喧騒を避けつつ、遠巻きに見ていた時雨の横に浦風と電が

”避難、避難!”

そういいながらやってきた。

 

 

「いやぁ~もう、参ったわぁ……朝潮は、普段が真面目な分

何かしら抱えこんどるんじゃろうか?」

「ふふっ、そうかもね。でも浦風も”ピシッ”とした方がいいんじゃないかな?」

「もう、そりゃええて。勘弁してよぉ…」

 

普段いじられている分、ここぞとばかりに時雨がやり返す。

 

「でも、みんな楽しそうなのです。」

 

 

電の言葉に、時雨も浦風も頷き、改めてここに集まった艦娘たちを眺める。

 

元々この鎮守府に在籍している者達が集められた為、見知った顔ばかりではあるが

この面子が、一つの部隊として結成されたのは初めての事である。

 

「最初、このメンバーを見たときは、どうなる事かと思ったよ。

でも、大丈夫みたいだ。上手くやっていける気がするよ。」

 

完成品(酔っ払い)の面々を見ながら、時雨がそう呟くと

浦風と電が顔を見合わせ、笑い出す。

 

「え?何?僕、何か変な事言った?」

「いやいや。”あの時雨さん”が大人になったなぁ~と。

なぁ、電?」

「なのです。ふふふっ。」

「ちょっと二人とも。大尉の秘書艦を務めてる僕に対して、

それは失礼なんじゃないかな?」

 

”全く、もう!”

 

そう言って怒った様に振舞ってみせるが、その表情は笑っていた。

 

 

 

『本当に、この二人には敵わないな……

いつも、側に居てくれる。』

 

 

 

「なぁに、心配いらんよ。これから大尉の事は時雨がサポートして

時雨の事はうちが…ううん、うちらがサポートする。

だから大尉の部隊は大丈夫じゃて!」

「うん!有難う。」

 

 

 

そうだ。

僕たちは一人じゃない。

みんながついてる。

 

だから、安心していいよ。大……尉?

 

 

普通の流れでいけば、”僕たちの戦いはこれからだ!”的な締めになるはずだが

そう簡単には問屋がおろしてくれない。

 

 

 

「提督ぅ飲んでるぅ~?あ、ごちそうさまがぁきこえな~い。

これも飲んで飲んでぇ~? 」

「も、もう勘弁してくれ……」

 

時雨が声のする方角を見ると、半裸状態で時任に酒をすすめるアル重(ポーラ)がそこに居た。

 

恐らく時任はあまり酒が強い方ではないのだろう。

余程飲まされたのか、完全にグロッキー状態であった。

 

その様子を見掛けた時雨は無言で立ち上り

時任達の元へ向かう。

 

「あ~あ、ウチはし~らないっと」

「あ、あの時雨ちゃん、なるべく穏便に…」

 

時雨は二人の問い掛けに振り返り、”大丈夫だよ”と一言。

しかし、口調は優しくも顔が笑っていない。

 

 

「……ちょっとおいたが過ぎるようだね。ポーラ?」

「えへへぇ~……ぴぃっ!」

 

 

どこから声を出したのか?と思えるような悲鳴を上げたポーラの視線の先には

正に”見た者が凍り付く”という表現がぴったりな表情をした時雨が立っていた。

 

 

 

それから数分後、ポーラは時雨の通報によって駆けつけた姉のザラにも

こっぴどく叱られた後、引きずられるように連行されていった。

 

 

「大尉、大丈夫かい?」

「あ、あぁ……なんとか、ね。助かったよ時雨。」

「もう、無理に付き合う必要無いんだよ?

じゃあ、そろそろお開きにしようか。さぁみんな、撤収撤収!」

「あれ?龍驤さんがいないよ?」

「あぁ、さっき翔鶴さんから逃げ出して、外の空気吸ってくるって言ってたよ。」

「ふーん、そっか。龍驤なら大丈夫かな?」

 

 

 

 

宴会が終わり、メンバーが各々帰り支度をしている頃

店から少し離れた場所で、龍驤が空を見上げながら佇んでいた。

 

暫く空を眺めていたが、徐に通信機を操作し、通話を始める。

 

 

 

 

「もしもーし!あぁ、ウチや。

ん?ちょっち酔うとるかもな。あはははぁ。

 

大丈夫やって、ちゃんと見とるから心配しいな。

 

うん。

うん・・・。

 

そうやなぁ…今のところは何とも言えんけど……

 

でもアンタの方が大変やろ、今は。

 

・・・うん。

 

まぁ、いざとなったらウチが体張ったる。

アンタの為に、な!

 

だからホンマ、無理だけはせんといてな?

 

また連絡するわ、ほな。」

 

 

通信機の電源を切り、ふうっと息をはいて空を見上げる。

 

「大丈夫や。ウチはアンタの為なら、この命、惜しくは無いよ。」

 

そう一言呟いた後、龍驤は帰路にについた。



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22.【挑戦】

時任の歓迎会を兼ねた宴があった翌日、時任率いる11名の艦娘全員が

第二会議室に集められていた。

 

「よし、全員揃っているな?

楽しい時間は一旦終了。今日からまた、みんなには気持ちを新たに頑張って欲しい。」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

「さて、今日は既に告知していた通り、このあとヒトフタマルマルより

谷崎提督率いる艦隊との演習を行う。」

 

時任の言葉を聞き、緊張しすぎて硬くなっている者もいれば

早く演習をしたくてうずうずしている、そんな表情をしている者もいた。

 

「では、演習に参加してもらう者を発表する。

時雨、お願いできるかな?」

 

そう言って時任から手渡されたメモを見て、

時雨がホワイトボードに名前を書き出していく。

 

書き出された選抜メンバーは以下6名。

 

戦艦:金剛(旗艦)

正規空母:翔鶴

軽空母:龍驤

軽巡洋艦:鬼怒

駆逐艦:時雨・朝潮

 

「今日の演習は、この6名で行く。他の者は演習の様子を良く見て、

今後の自分の糧にして欲しい。」

 

「「「了解!」」」

 

「では、6名はここに残ってミーティング。他の者は待機。以上だ。」

 

 

 

 

 

~同時刻、提督室内~

 

「さぁ~って、と。あいつはどんな風にやってくるかね。」

 

谷崎も同様に、演習メンバーを集めてミーティングを行っているが

その表情はどこか楽しそうに見える。

 

その様子を輪の外から見ていた加賀が、嘆息しながら皮肉交じりに問い掛ける。

 

「……随分と楽しそうね、提督。」

「ん~?そうかぁ?まぁ、どんな風に苛めてやろうかとは思ってるけどな?」

 

加賀の皮肉に悪びれる様子も無く、悪戯な笑みを浮かべた谷崎が答える。

 

「そんな事思っていないでしょう?

昨日なんか、『教え子と手合わせ出来る!』って子供みたいにはしゃいでましたもの。」

 

「……言うなよ、それを。」

 

扶桑の密告に、苦笑いをしながら答える谷崎。

 

「そういや神通、教え子っていえば、時雨はお前が教導艦だったよな?」

「はい。とても教え甲斐のある子でした。

もし出てくるようであれば、楽しみです。」

 

 

軽巡洋艦”神通”

 

この鎮守府において、主に水雷戦隊の旗艦を任される事が多い、古参の一人。

また、駆逐艦の教導艦としての役割も担っており、清楚で可憐なその容姿からは

想像がつかない程ハードな訓練を課す事から、”鬼教官”として恐れられている。

 

「まぁ、神通のおかげで駆逐艦全体の底上げが出来たしな。

……若干怖がってるのもいるが。」

 

秋月と綾波を見ながら谷崎がそう言うと、二人とも慌ててフォローし始める。

 

「そ、そんな事ないです!神通さんの教えがあったからこそ……」

「そうですよ~」

 

「いいんです。それでみんなが無事帰ってこられるのなら。」

 

そう言って、微笑みながら返す神通だが、

それがかえって仇となるようで……

 

『『や、やっぱり怖いかも…』』

 

「ま、向こうの手の内はほぼ把握出来てはいるが、翔鶴と龍驤をあいつが

どう使ってくるかで状況が変わる。

その辺は加賀、お前に任せるがいいな?」

 

「問題ないわ。五航戦の子と一緒にしないで。

でも…」

 

「でも?」

 

妹の方(瑞鶴)が居たのなら、徹底的に叩いた上で、

七面鳥をご馳走しようかと思ったのだけれど。残念ね。」

 

『『『え、えげつない……』』』

 

 

航空母艦”加賀”

鎮守府において一航戦赤城と共に双璧をなす空の要。

何かにつけて絡んでくる瑞鶴とのやり取りは、もはや日常行事と化ているが

赤城曰く、『期待しているからこそのかわいがり?みたいなものですよ。』

との事。

 

「相変わらずのツンデレだなぁ。」

「……何か言って?」

「ナンデモナイデス。

ツンデレといえば、もう一人の方は……」

 

「ちょっと!誰がツンデレなのよ!」

 

戦艦”ビスマルク”

元々は研修目的の為に来日し、谷崎に預けられていたのだが

日本産のビールと鳳翔の作る料理に胃袋を掴まれ、半ば強引に転属してきた

ドイツ生まれの高速戦艦。

いつも側にいる同郷のプリンツ=オイゲンに言わせると…

『機嫌が悪い時は、兎に角褒めてあげて下さい。』との事。

 

 

「大体、何でこの私がこんな事に付き合わなきゃいけないのよ。」

「まぁまぁ、そう言うなって。夜戦でも頼りになる高速戦艦のお前だから

選んだんだよ。だから旗艦として期待してるぞ。」

「そ、そうなの?じゃあ、仕方ないわね。

でも、もっと褒めてくれてもいいのよ?」

 

 

『…単純ね。』

『ちょろいですねぇ~』

『馬鹿め、といって差し上げますわ。』

 

 

 

「よし、そろそろ時間だ!時任の指揮は未熟とはいえ、出てくる奴らは

普段お前たちが頼りにしている奴らだ。くれぐれも慢心はするな。

いいな!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~鎮守府近海 演習場~

 

 

 

「提督、本日は胸を貸していただきます!」

「おう。しっかり苛めてやるから覚悟しとけよ。」

「はははっ。お手柔らかにお願いします。」

 

 

『何か小細工してくるかと思ったけど、中々どうして、やる気満々じゃないの。

ま、そうじゃなきゃあ、な?』

 

時任の編成を見て、谷崎は改めて”教え甲斐のあるやつ”

そう思った。

 

 

この様に指揮官同士のやり取りがある傍らでは…

 

「神通さん。今日は僕も全力で行くよ。だから手加減はしないでね。」

「手加減?元よりするつもりはありませんよ。

どれだけ成長したのか、見せてもらいましょうか。」

 

と、師弟が健闘を誓い合えば

 

 

「加賀さん。今日は五航戦の力、存分にお見せしますね。」

「……それなりに期待してるわ。全力で潰…いえ、相手してあげる。」

「おいおい、いきなり物騒やなぁ。ま、ウチもいるさかい、用心しいや~」

「……何か声が聞こえたけど、何も見えないわね。何か居るのかしら?」

「……ほっほぉ~ん?ええ度胸やないか。

アンタの辞書に”後悔”の二文字を刻んだるわ!」

 

 

早々に火花を散らす者もおり

 

 

「Hey!ソーセージー!今日は付き人(オイゲン)が居なくて寂しそうデスネー。

一人で大丈夫デスカー?」

「誰がソーセージよ、この紅茶バカ!

そっちこそもう歳なんだから、怪我しないよう手加減してあげてもいいわよ?

なんだったら今度、安楽椅子をプレゼントしてあげるわ。」

 

 

と、いった具合に所々で、既に戦い(子供の喧嘩)が始まっていた。

 

 

 

「よぉーし、お前らそこまでにしとけ。んじゃ、始める前にもう一度確認な。

今回の演習におけるルールを説明する。

弾は演習用のペイント弾を使うのはいつもと同じだが、勝敗については

時任の艦隊が俺の艦隊の旗艦を大破判定させるか、そうでないか。それだけだ。」

 

通常の6対6の演習であれば、双方の艦の損傷度合いによって勝敗が決まる為

今回の条件だけ見れば、時任が有利と誰もが思うだろう。

 

しかしそこは、歴戦の猛者である谷崎が率いる艦隊。

一筋縄ではいかないだろう。

 

始めにこの演習内容を聞いた時雨が、無茶だと思ったのも無理はない。

 

『あの時は本当にやるのかと思ったけど……あの時の大尉の顔を見たら

僕が諦める訳にはいかないよね。そう、あの時は……あの、時……』

 

次第に記憶が鮮明になり、時雨はふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 

 

「……大尉。今、ちょっと嫌な事を思い出したんだけど…

あの時、提督と扶桑と三人で僕をからかったよね?」

 

「え?あの時って……あーーーっ!」

 

「秘書艦になったのに、僕だけ何も知らされてなくて……」

 

「わ、悪かったって。ほ、ほら、今はもう色々話しているだろ?」

 

 

「なんだなんだ?まぁーた夫婦喧嘩かぁ?」

 

「「ちがう(よ)んです!!」」

 

あまりの呼吸のよさに、周りからも笑い声が漏れる。

 

 

 

「……まぁ、いいさ。おかげでアドレナリンが出てきたから、

この演習でぶつける事にするよ。」

 

「し、時雨、冷静に、冷静に、な?」

 

 

 

そして

 

 

 

「よぉーし、全員位置についたな?

双方の奮闘を期待する。

では、始め!」

 

谷崎の合図によって信号弾が打ち上げられ、時任の挑戦が始まった。



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23.【それぞれの思惑】

~演習開始前の第二会議室~

 

「みんな、聞いてくれ。今日の演習の作戦についてなんだが、

今回は敢えて、正面からぶつかって欲しい。」

 

これを聞いたメンバーの表情が一瞬にして曇る。

 

「What's?…まさかの特攻デスカ?」

 

「大尉、僭越ながら具申させて頂きますが、それはあまりにも無策ではないでしょうか?

それとも、私達では力不足とお思いなのですか?」

 

普段は大人しく、戦闘に関しては内に秘めるタイプの翔鶴までもが

時任の作戦案に異を唱える。

 

「うん、僕も翔鶴と同じ意見だよ。

それだと、最初から勝ちを捨てている様に聞こえるよ?」

 

時雨達の意見を黙って聞いていた時任だが

特に表情を変える事もなく言葉を返す。

 

「そうだね。ある意味そうかもしれない。」

「大尉!それはないんじゃないかな?僕たちだって」

 

思わず立ち上がって、時雨が抗議をしようとすると、

龍驤がそれを宥めるように間に入る。

 

「まぁまぁ、ちょっとは落ち着きぃな。

よお~く大尉が言った事、思い出してみぃ?大尉は、”敢えて”って言うたんやで?

何か考えがあるんやろ、大尉はん?」

 

「有難う龍驤、その通りだよ。

ただ、勘違いはしないで欲しい。俺だって勝ちたいと思ってるし、

端から負けるつもりで君たちを選んだわけじゃない。」

 

「……詳しく聞かせてクダサーイ。」

 

時任は金剛の問い掛けに頷くと、ホワイトボードに作戦要綱を書き出し

熱心に説明を始めた。

 

不慣れながらも、自分の思いを込めながら、丁寧に。 

 

そして、一通り説明を終えると、メンバーの方を向き直り話し掛ける。

 

 

「これが、最終的に谷崎提督に勝つ為の作戦概要だ。」

 

「成る程……中々面白そうな作戦ではありますね。」

 

「そやね。ただまぁ、ちぃ~っとばかし詰めが甘い気がせんでもないけどなぁ。」

 

 

うん。

確かに作戦自体は悪くないと思う。でも龍驤の言いたい事も分かる。

机上の作戦で終わらなければいいけど……

 

 

本来であれば、秘書艦である自分が作戦についてのサポートをし

助言をするべきであろう事はわかっている。

 

 

だがもう一度軍人、いや人間を『信じてみたい』と思わせてくれた時任が

どの様に自分たちを導いてくれるのかを見てみたい。

時雨はそんな思いから、今回の作戦に口を出せずにいた。

 

すると、時雨の思いを知ってか知らずか

時任が改めて、メンバーへ話し掛ける。

 

 

「俺はこの通り、まだ何の実績もない駆け出しだ。

下手をすれば、君たちの足を引っ張るだけの存在かもしれない。

それに、君たちが出撃した後は弾も飛んでこない場所から待つ事しか出来ない。」

 

この時任の言葉を聞いた後、真面目な性格の朝潮が、挙手をして時任に問い掛ける。

 

「でも、それが司令官のお仕事なのではないでしょうか?」

 

「うん、確かにそうだね。でも、俺は君たちを預かる者として

可能な限り手助けが出来る存在でありたいと思ってる。

 

だから今回の作戦は、やけを起こしたとか、君たちを試すものではないんだ。

俺が君たちの信頼に応えられる様になる為、成長できる様力を貸してほしい。」

 

そう言って深々と頭を下げる時任に、翔鶴が歩み寄り声を掛ける。

 

「…つまりは、谷崎提督たちだけでなく、私たち11人に対する布石でもある、

と言う事ですか?」

 

「あぁ、そうだ。その通りだよ。

ただ、捉え様によっては君たちを利用していると思われるかもしれない。

でも君たちを、ただの道具としてを扱う様な事はしない。

そこだけは信じて欲しい。」

 

 

 

 

 

 

~演習場~

 

演習開始前、各々が装備を確認している中、旗艦の金剛と翔鶴

それに時雨を合わせた3名で作戦の最終確認を行っていた。

 

その中で、ふとミーティングの時の話になり…

 

「全く、あの言い方はずるいよね。大尉にあんな風にされたら

助けたくなるに決まってるじゃないか。ねぇ、みんな。」

 

「えぇ、そうですね。話を聞いていたら、この人にならこの身を任せてもいい、

そう思えますね。」

 

「Wao!時雨ー、これは強力なライバルの出現デスネー。

Ah……デモ、ワタシもちょーっといいなぁーとは思いマス。」

 

「え、ちょっ、な、なにを言ってるのかな、金剛は!

僕は別にそんなんじゃ……」

 

 

確かに、信用できる人だとは思うけど…

大尉に対してそういう感情は……

う~ん……どうなんだろう?

 

金剛は谷崎提督に対してもこんな調子だけど、翔鶴は?

 

い、一応聞いてみよう。

うん。大尉の秘書艦として、ね。

 

 

「ね、ねぇ翔鶴。さっきの言葉、あれは本当?」

 

そう言って小声で聞いてきた時雨に対して、

翔鶴が悪戯な笑みを浮かべながら返す。

 

 

「さぁ?どうでしょうね?ふふふっ」

 

無論、翔鶴にしてみればあくまで上官に対しての思いであり

特別な感情から出た言葉ではなかったのだが、時雨があまりにも真剣な表情で

聞いてきたので、ついからかってみたくなっただけなのだが…

 

「え?えぇっ!!どういう事?教えてよ、翔鶴!」

 

その手の感情に関しては、まだまだ疎い時雨にはその効果は抜群だったようだ。

 

『あー、おほんっ!リラックスするのもいいけど、そろそろ時間だ。

準備はいいかい?』

 

「あ、う、うん!大丈夫だよ。」

 

 

いけないいけない。集中しなきゃ!

僕は僕のやるべき事を、大尉の力になるんだ!

 

大尉の……

 

 

「Hey!大尉ー。時雨がお熱みたいだから、終わったら看病してあげてクダサーイ!」

 

『えっ?体調悪かったのかい、時雨。』

 

「な、なんでもない!大丈夫だから!!」

 

 

こ~ん~ご~う!

何を言ってくれちゃってるのかな?

睨んでみたけど、すっごい笑顔とサムズアップで返された…

 

まったく……演習終わったらどんな顔をして会えばいいのさ!

 

 

 

そうこうしているうちに、演習開始の信号弾が打ちあがる。

 

 

「さぁー!行きますヨー!Follw me!」

 

「「『了解!』」」

 

 

 

 

「さぁ~って艦載機のみんなー、お仕事お仕事~!

翔鶴、一気にいくでぇ~!」

 

「はいっ!」

 

先手を取るべく、龍驤の合図で艦攻隊及び艦爆隊を発艦させる時任艦隊。

 

だが……

 

 

『翔鶴に龍驤、攻撃隊からの報告はどうかな?』

 

「今入りました……えっ?まさか、そんな…」

 

「どうしましたカー?」

 

「第一次攻撃隊は、相手方の対空射撃により……ほぼ壊滅。

相手方の損害は…軽微。」

 

「っかぁ~、マジかいや。やっぱり秋月は敵に回したくないなぁ。」

 

 

『気落ちしてる暇はないぞ!続けて第二陣の準備を!』

 

 

時任からの指示を受け、翔鶴たちが発艦準備をしていたその時

対空監視をしていた朝潮から報告が入る。

 

「左舷上空!観測機です!」

 

「あれは……Shit! Every Body! break out !!!」

 

金剛の指示を受け、回避行動を取ろうとした瞬間、朝潮の悲鳴が響く。

 

「きゃあぁぁぁっ!」

 

「朝潮!」

 

時雨がすぐさま近づき、損傷度合いを確認する。

 

「…中破、だね。」

 

「だ、大丈夫、まだ、やれます!」

 

 

観測機を使っての正確な射撃、ビスマルクか!

まさか、旗艦がこんなに早く前にでてくるなんて……

 

「続けて来たよ!加賀さんの攻撃隊発見!」

 

「っ!早い!」

 

 

 

 

~時任艦隊指揮所~

 

「最上、現状は?」

 

「最初の砲撃で、朝潮が中破判定。

今は、何とか砲撃を凌いでるみたいだけど…押され気味かな?」

 

 

 

出来れば、このままもう少し近づきたかったが……

 

「金剛!このままジリ貧になるのは避けたい。少し早いが作戦通り隊を分ける。」

 

『Hum……悔しいですけど、仕方ないネー。了解デス。』

 

「時雨は朝潮をカバーしつつ、鬼怒の援護を!いけるか?」

 

『それが僕の仕事でしょ。大丈夫、いけるよ!』

 

 

 

 

 

 

 

~谷崎艦隊指揮所~

 

「出だしはまぁまぁ…ってところだな。」

 

「そうですね。大尉からすれば、開幕の航空隊で

もう少しダメージを与えておきたかった所でしょうけど。」

 

「まぁ、うちの”対空の鬼”の網を抜けるのは至難の業だからなぁ。」

 

”対空の鬼”こと、『防空駆逐艦 秋月』

鎮守府内で、こと対空に関して、他の艦娘からは”右に並ぶものなし”

と言わしめる程の実力を持つ。

だが、この呼び名を本人はあまり好ましく思ってはいないようで…

 

『あのぅ……提督にお願いなんですけど。

その呼び方はやめていただけませんか?』

 

秋月から抗議の通信が入るが、とぼけた様子で谷崎が返す。

 

「あれ?聞こえてたか?気にするな、ただの褒め言葉だよ。その調子で頼むぞ。」

 

『もっと違う褒め言葉がいいです……』

 

『Admiral、最初に攻撃を当てたのは私なんだけど、私には何もないのかしら?』

 

「おぅ、流石だなビスマルク。その調子でMVP取れたら、

ビールとヴルストをご馳走してやるよ。」

 

『Gut!私の活躍、そこでよく見てなさい!』

 

 

もう少し、緊張感と言うものを持って欲しいのですけど…

やはりここは、秘書官として一言言っておくべきかしら?

 

「あなたたち、今は演習中よ!もう少し」

 

扶桑が苦言を呈そうとした時、加賀から通信が入る。

 

『提督、あちらに動きがあるわ。

どうやら、隊を二つに分けたようね。』

 

ほぉう?

猪みたいに突っ込んでは来ないか。

その方がちと面倒かと思ったが……

 

「加賀、別れた面子の報告を。」

 

『金剛さんに翔鶴と龍驤が付いたみたいね。』

 

 

少しの間考え込んだ後、谷崎が命令を下す。

 

「よおし、こちらも隊を分けて応戦するぞ。

ビスマルク、高雄、加賀は金剛たちへ向かい旗艦へ攻撃を集中。

神通は秋月、綾波を率いて残った時雨たちの足止めだ。」

 

『『『了解!』』』

 

 

『さてさて、楽しませてくれよ。時任。』

 

 

谷崎は、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。



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24.【机上と実戦】

「各艦へ通達!

当初の予定より少し早いが、これより艦隊を二分する。

以降は金剛、鬼怒にそれぞれの隊を任せる。」

 

『りょーかい!』

『任せてくだサーイ!』

 

 

 

「しかし、いざ実際に対峙して見ると秋月型の対空防御は流石の一言だな…」

 

「そうだねぇ。味方にするとこれ程心強い駆逐艦はいないんだけどね。」

 

「だろうな。しかし今は倒すべき相手だ。最上、次へ繋げる為にも

しっかりとデータ取りを頼むよ。」

 

「了解。任せてよ。」

 

 

恐らく谷崎提督は、こちらの一次攻撃隊はあえて受けたんだ。

しかも受けるだけでなく、しっかりと砲撃のおまけもつけて…

隊を二分する事は予定通り。

 

だけどこれも、恐らく提督は…

 

「大尉!金剛さんから入電。どうやら向こうも隊を分けたみたいだよ。

向こうはビスマルクに…加賀さんと高雄さんが付いたみたい。」

 

最上の報告に時任は頷き、すぐさま指示を出す。

 

「金剛は高雄の接近に注意しつつ、狙いをビスマルクに集中!

龍驤に翔鶴は、加賀をけん制しつつ金剛の援護!抜かれるなよ!」

 

 

やっぱり凄いな、谷崎提督は。

全てお見通しって訳か。

 

それでも、俺は提督を…この壁を乗り越えなきゃいけない。

改めて気を引き締めなおした時任は、続けて鬼怒達へ指示を飛ばす。 

 

「鬼怒!残りの神通たちを牽制しつつ、金剛隊と早めの合流に努めてくれ。」

 

『……ん~と、大尉。すこ~し難しいかもしんない。』

 

「どうした?」

 

 

 

 

~金剛隊side~

 

「龍驤、翔鶴。大尉の指示は聞きましたネー。

ソーセージへの対処はワタシに任せて、高雄と加賀への攻撃を!」

 

「了解や。あの高慢ちきな一航戦に一撃喰らわせたるわ!」

 

「翔鶴攻撃隊、発艦開始します!」

 

 

『かの一航戦と言えど、私と龍驤さんの航空隊相手なら!』

 

確かに戦歴で言えば、翔鶴・龍驤共に加賀には及ばない。

しかしそれはあくまでも場数の違いであって、潜在能力で言えば

勝るとも劣らない二人である。

 

 

だがこの日、二人は改めて一航戦の力を思い知らされる事となる。

 

 

 

 

 

「……こんなものですか?」

 

 

 

「そ、そんな……」

「嘘やろ……」

 

 

 

 

決して慢心などはしていない。

全力で向かっていったはず、だった。

 

二人の放った艦攻隊・艦爆隊は、加賀から放たれた艦戦隊によって

次々と撃墜され、数機はなんとか攻撃を潜り抜けて高雄を射程に収めるも、

今度は三式弾によって撃ち落される。

 

 

「ふぅ、流石提督、読み通りですね。

でも、いいのですか?脚が止まってますよ!」

 

声と共に高雄から放たれた砲撃は、脚の止まってしまった龍驤へ襲い掛かる。

 

「っやばっ!」

 

咄嗟に体を反転させ、直撃は避けられたものの小破判定を受ける龍驤。

 

「龍驤さん!!」

 

「止まるな!ウチはええから、早う動き!

そんで少しでも多く直掩機を上げて金剛を援護せな!次は本命が来るで!」

 

 

そう。

加賀から放たれたのは、見た限り”艦戦隊”のみや。

 

……艦戦のみ、やと?

もしかして、加賀の本命は……

 

 

 

 

 

~時任side~

 

「どうした?」

 

『……加賀さんの狙いは、旗艦の金剛さんたちじゃなくてこっちみたい。

うわぁ…空一面攻撃隊でいっぱいだぁ…

って、言ってる場合じゃない!時雨!背中、任せるよ!』

 

『了解!朝潮、君は回避に専念して!』

 

『わ、わかりました!』

 

 

迂闊だった…

この可能性を失念していた。

 

 

時任の当初の作戦はこうだ。

 

極力6隻で敵陣深く切り込み、相手方を分断させて挟撃に持ち込む、

”はずだった。”

 

しかし、自分の隊を分けるのが早すぎた為、谷崎に作戦を読まれた上

先手を打たれてしまったのだ。

 

 

「大尉!後悔するのは後だよ!早く指示を!でないと」

 

「…あ、あぁ、分かってる。」

 

最上の声で我に返り、必死に知恵を絞る時任。

 

 

考えろ、考えるんだ!

 

幸いな事に、鬼怒・時雨には対空に特化した装備を持たせてある。

 

「龍驤さん小破判定!っと、朝潮が狙い撃ちされてる!

大尉、早く!」

 

 

「っく!鬼怒!攻撃機はあとどの位残ってる?」

 

『っと。…まだ半分くらい、残ってるかな?』

 

 

「……すまない。時雨を金剛隊へ向かわせたいが、そこは任せてもいいか?」

 

『…マジ?りょ、りょうか~い!』

 

「時雨、いいな?何とか隙をついて金剛たちに合流してくれ!」

 

『で、でも』

 

「無茶は承知の上だ。このまま何も出来ないまま、終えたくは無いんだ。

大丈夫、鬼怒ならやってくれる。」

 

『わ、分かった。なんとかやってみるよ。』

 

 

 

~金剛隊side~

 

 

「やってくれたなぁ。まさかウチらを無視するとはねぇ……」

 

「勘違いしないで頂戴。これは私と貴女との勝負ではないわ。

私たちはこの演習に勝つ為に行動しているの。

そして、その作戦を実行しただけ。」

 

「ほっほぉ~ん?もう勝った気でいるような口ぶりやな?」

 

 

しかしこのままやと、旗艦を狙う為に編成されたウチらの意味が無い。

それに、少しでも加賀の動きを止めんと時雨たちの合流が遅れる。

 

その為にもっ!

 

 

「せやけど、うちらは簡単に負けるつもりはないよっと!」

 

加賀から距離を取りつつ、艦載機を発進させる。

 

「ウチかて、アンタの足止めくらいは出来るんやで!避けられるかなぁ?」

 

 

「いいんですか?また脚が止まってますよ!

私の存在を忘れるなんて…馬鹿め!と言って差し上げますわ!」

 

高雄のお得意の台詞と共に放たれた砲撃によって、龍驤は中破判定となる。

 

「くっそぉ~…いつの間にぃ……」

 

 

「さっきも言ったでしょう。これは私と貴女だけの私闘ではないのよ?」

 

 

慢心したつもりはない。

が、結果として、加賀に固執するあまりに高雄の接近を許し

攻撃はおろか、味方を援護する事も出来なくなってしまった現実のみが残る。

 

 

 

『ちょっと加賀!おしゃべりはそのくらいで、こっちに直掩機をまわしてくれない?

っぐぅ…紅茶バカがしつっこいのよ!』

 

 

 

やれやれ、と言った感じに加賀は嘆息すると

 

 

「いいものを持っている筈なのに……がっかりしました。」

 

肩を落としている龍驤に対して、そう一言ポツリと漏らすと、ビスマルクを援護すべく

その場から離れていった。

 

 

 

「……大尉、聞こえるかぁ?ごめん、失敗してもうたわ。」

 

『あぁ、聞こえてる。今回は、俺の判断ミスが原因だよ。

次に繋げよう。』

 

「次、かぁ…」

 

空を見上げてそう呟く龍驤の頭に、一つのプランが浮かび上がる。

 

「なら、ウチなりにやれるだけの事はやっておくわ。」

 

『龍驤?ちょ、ちょっとまて、お前は中破してるんだぞ!一体何をするつもりだ?』

 

「まぁまぁ。ええからそこで見ときや。」

 

 

 

 

 

 

~鬼怒隊side~

 

まぁったく、大尉も結構無茶な注文してくれるよねぇ……

 

確かに対空に関してはレベルが上がっては来たと思うよ?

まぁ、ひとえに大尉の訓練メニューの賜物なんだけどさ。

 

でも、この編成だと私と時雨ありきな訳じゃん?

 

それを私一人ってさぁ……

 

 

でも……

 

『大丈夫!鬼怒ならやってくれる!』

 

 

……。

 

 

「それじゃあ、行くよ。って、鬼怒!この状況で何にやにやしてんの?」

 

「え?あ、うん。な、なんでもないって!大丈夫、まっかせなさい!」

 

 

 

ヤバイヤバイ、集中しなきゃ!

 

でも、あんな事言われたらさ…

 

 

「意地でもやってやろうって気になるっしょ!!」

 

 

そう叫びながら放った対空砲が、攻撃機を打ち抜いていく。

 

 

「ほらほらぁ~!どっからでもかかっておいで!」

 

「鬼怒さんの足元は私がカバーします!時雨さんは早く金剛さんたちの元へ!」

 

「朝潮…分かった。頼んだよ!」

 

 

この場を二人に任せ、その場を離れようとした瞬間

時雨の眼前で、大きな水柱があがる。

 

 

「……どこへ行くつもりですか?」

 

 

「じ、神通、さん……」

 

 

”通りたくば私を倒して行きなさい!”

 

まるでそう言っているかのように、神通が立ち塞がる。

 

 

「きゃぁあぁぁぁ!」

 

「っ朝潮!!」

 

 

朝潮の悲鳴を聞き、振り返ると大量のペイント弾を浴び、

大破判定となった朝潮の姿があった。

 

「やぁ~りましたぁ~」

 

「綾波さんは続けて鬼怒さんへ攻撃を。秋月さんは…」

 

「はいっ!対空監視を行いつつ、綾波さんをサポートします。」

 

言わずとも自身の意を汲み取った行動を取る秋月を、満足そうに笑みを浮かべながら

見つめていた神通だったが…

 

 

「ですが……」

 

大破判定となった朝潮を目の当たりし、足を止めたまま茫然としている

時雨を見て嘆息する。

 

 

「常に先手先手を取る為の次発装填速度の重要性、

それに初撃後の次発に備えた回避行動は口酸っぱく教えていたはずですが……

これでは、再度訓練が必要のようですね。」

 

冷たい視線を投げかけたまま、神通は時雨に対し主砲を向ける。

 

「どうしました?それとも、もう終わりですか?」

 

 

悔しい…

 

でも、何も言い返せない…

 

あれだけ厳しい訓練を受けたのに、その成果を発揮できていないんだから…

 

「時雨!!動いて!!!」

鬼怒の懸命の叫びも時雨には届かない… 

 

大尉、ごめん。

 

神通の砲撃を受ける覚悟をし、目をつぶった次の瞬間、一発の砲撃音が鳴り響く。

 

 

 

「……わざと外したの?」

 

神通が放った砲撃は、時雨の肩を掠めただけだった。

 

「…興が冷めました。貴女はもう攻撃するに値しません。」

 

「……。」

 

「貴女がそんなだから、”妹さん(春雨)”を守れなかったのも頷けますね。」

 

 

ドクン…。

 

神通からの思いがけない言葉を聞いて、

時雨は自身の鼓動が早くなっていくのが分かった。

 

「今の貴女の姿を彼女が見たら、どんな顔をするでしょうね?

もっとも、そんな貴女の姉妹艦だったのだから、

あの結果は仕方が無かったのかもしれませんね。」

 

「……てよ。」

 

両手を血が滲むほどに握り締めながら、搾り出すように声を発する時雨。

 

 

「はい?何か言いましたか?」

 

「今の言葉、取り消してよ!!いくら神通さんでも今の言葉は許せない!」

 

「事実でしょう?

現に貴女は今、言葉での反論はおろか行動すらしていない。

 

淡い期待を抱いた私が愚かでした。」

 

 

師と仰いでいたのに…

 

厳しさの中にも優しさ溢れる先輩だと思っていたのに…

 

 

慕っていた者からの、思いがけない言葉を聞いた時雨の頭の中で何かが弾ける。

 

「黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!!!!

 

沈める・・・必ず沈めてやるっ!」

 

 

許さない……絶対に許さない!!!

 

 

時雨は神通を睨みつけた後、怒りに任せて突進を始めた。



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25【力の差】

~谷崎指揮所~

 

 

「全く、相変わらずだなあの二人は。」

 

演習中の様子を写すモニターを見ながら

思わず顔をしかめる谷崎。

 

 

 

『いい加減に沈むデース!!』

 

『そっちこそ、早く沈みなさいよっ!』

 

 

 

これは同じ鎮守府に所属するもの同士の演習なのだが、

とてもそうは思えない言葉の応酬に、思わず苦笑いをする谷崎と扶桑。

 

 

「提督…これ、宜しいのですか?」

 

「まぁ、あいつらなりのコミュニケーションの一環だろうよ。

ここ暫く大きな作戦も出撃も無かったから、

ちょっとした息抜きと思えばいいんじゃないか?」

 

 

イギリス生まれの金剛型一番艦『金剛』、

そしてドイツ生まれのビスマルク級戦艦『ビスマルク』

 

研修目的で来日したビスマルクの面倒をよく見ていたのは、

同じ高速戦艦の金剛である。

 

しかし元々プライドが高く、素直になれない性格(ツンデレ)

なビスマルクを事あるごとに金剛がからかう様になり

所々で繰り広げられている二人の舌戦は、

瑞鶴と加賀のやり取り同様、鎮守府内の名物行事となっている。

 

 

『F〇〇k!』

 

『Du musst St〇r〇en!』

 

 

 

その後も、放送禁止用語のオンパレードとなり…

 

 

 

「……提督、さすがにこれは……」

 

「あぁ、分かってる……帰ってきたら、二人には釘を刺しとく。

それにしても……」

 

「何かありましたか?提督。」

 

「あぁ、ちょっと神通の事を考えてて、な。

まぁあいつの事だ、何かしら思うところがあったんだろうが……」

 

そうこぼした後、谷崎はもう一つの海域へと目を移した。

 

「確かに、彼女らしくないやり方でしたね…

でも神通さんは、時雨には特に目を掛けていたみたいですよ?

 

その証拠に、こんな事を言ってましたもの。

 

『優秀な駆逐艦は数多くいます。

けれど、有事の際に背中を預けられる駆逐艦を挙げろと言われれば

時雨さんを真っ先に挙げるでしょう。』

 

だ、そうですよ?」

 

 

「ほぉ~。”鬼の神通”にそこまで言わせるとはな。大したもんだな。」

 

「ただ、そのポテンシャルを十分に引き出せず、苦労してるみたいですが。」

 

「成る程な。それであの煽り、か……」

 

 

 

~鬼怒隊 side~

 

「うぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

鬼の形相で乱射しながら神通へ迫る時雨だが、先程の神通からの煽りの影響からか

完全に冷静さを欠き、相手を追い詰めるどころか、次第に自身が追い詰められてゆく。

 

「許さない…絶対に許さないっ!」

 

「別に、許しを請うつもりはありませんが…

今の貴女のように、我を忘れて敵陣に突っ込む事しか頭にない艦娘がいたのでは

勝てるものも勝てないでしょうね。」

 

「五月蝿いっ!」

 

「何をそんなに怒っているのでしょうか?

あぁ、もしかして図星をついてしまいましたか?

だとしたら尚更滑稽に見えますね。

 

まだやりますか?

打ちのめしたいですか?

この私を?

そのような状態であれば、結果は見えていますが…

やれるものならやって見せて下さい。さぁ!」

 

そう言うと神通は構えていた主砲を下ろし、さも殴って来いと言わんばかりに

両手を広げ、時雨の前に立つ。

 

「こ、このぉぉぉっ!」

 

怒りと勢いに任せて殴りかかる時雨だが、神通はそれを嘲笑うかのように

右へ左へといなしていく。

 

 

『なんで?どうして当たらないの?』

 

 

次第に、神通へ向ける拳の勢いが弱くなる。

 

 

『悔しい…悔しいよ……』

 

 

そしてついには、込める力をなくした両手を下げ、時雨は俯いてしまう。

 

 

『やっぱり神通さんの言う通り、僕みたいな艦娘がいたら駄目なのかな?』

 

 

「…もうお終いですか?」

 

「……」

 

 

『ここまで、のようですね……』

 

 

そう心の中で呟いた後、神通は主砲を時雨に向け、引き金に手を掛ける。

 

 

「時雨っ!しゃがんで!!!」

 

今まさに砲撃を受けるかと思われたその時、

綾波たちを牽制していた鬼怒の声に反応すると

砲撃音の後に目の前に大きな水柱が上がる。

 

「いつまでもしゃがんでないで、直ぐ動く!」

「う、うん!」

 

鬼怒の砲撃は、時雨が上手い具合にブラインドとなり、神通の体制を崩す事に成功し

即座に距離を取る。

 

「鬼怒…ごめん、手間を取らせちゃったね…」

 

「謝るのは後!それにまだまだこれからだよ。

何もしないで終わっちゃったら、大尉に合わせる顔がないっしょ!秘書艦さん?」

 

 

そうだ、その通りだね、鬼怒。

僕はまだ、何もやってない。

 

大尉の手助けをする為に僕はここにいるんだ。

 

  

 

「時雨にばっか構っててもいいのかなぁ~?

これ以上は好き勝手はさっせないよー!」

 

「っく!…私とした事が、油断してしまいましたね。ですが!」

 

主砲の狙いを時雨から鬼怒へ変え、動きながらも綾波へ指示を出す神通。

 

「綾波さん、鬼怒さんの脚を止めます。そこから狙って下さい!」

「で、でも神通さんと位置が被っていますよ?このままでは…」

「構いません!早く」

 

「遅いよ。鬼怒は…やらせない!」

 

神通の指示に戸惑った綾波一瞬の隙を見逃さず、

冷静さを取り戻した時雨が放った砲撃は、綾波を的確に捕らえ、中破判定となる。

 

「すみません神通さん……でも、まだやれます…」

 

 

 

『さて、これでほぼ2対2…いや、時雨は向こうへ行かせなきゃだから

1対2って所か。

 

大尉に頼まれたし、いっちょやってやりますかね!』

 

 

鬼怒はそう心の中で呟いて、改めて戦闘態勢を整えた。

 

 

 

 

 

~同時刻 金剛隊 ~

 

 

「翔鶴!こっちで何とか隙を作りマス!その間に艦載機を飛ばして下サイ!」

「で、でもそれでは旗艦の金剛さんが…」

 

 

決して金剛一人では”荷が重い”、等とは思ってはいない。

 

むしろこの状況下で、旗艦であるにも拘らず自分を庇いながら戦い続けている事を

賞賛すらしている。

 

 

金剛、翔鶴共に錬度においては、現在相手をしているメンバーたちとの差は殆ど無い。

 

差が無いからこそ、少しの綻びが致命的となると分かっているからこその危惧である。

 

しかも龍驤が中破して数的不利もある今、自分たちがやれる事は…

 

 

「…分かりました。でも、くれぐれも無茶はしないで下さいね。」

「No problemネ!任せて下サーイ!

それに、このまま何もせずにいるよりはイイネ。・・・撃ちます! Fireー!」

 

 

いつもの掛け声とともに砲撃を開始し、牽制する金剛。

 

 

しかし・・・

 

 

熟練の猛者三人を相手に、意地を見せ奮闘していた金剛だが

次第に数で押され、対応が遅れ始める。

 

翔鶴も懸命に動き回り、機銃等で応戦し隙を伺うも

状況が好転せず、時間だけが過ぎていく…

 

 

 

「っ!翔鶴!左舷に雷跡!」

「えっ?」

 

 

迂闊だった…

 

加賀との航空戦に集中するあまり、他の攻撃への対応が緩慢になってしまった。

 

そう悔やんでも、もう遅い。

 

 

「残念ですけど、ここまでですね。」

 

自身が放った魚雷が当たる事を確信した高雄が呟く。

 

 

 

もう間に合わない…

 

 

そう思って諦め掛けた翔鶴の目の前で一つの影が遮り、

衝撃音と共に大きな水柱が上がる。

 

 

「痛ったた…何とか間に合うたみたいやね。高速軽空母は伊達じゃないよってな!

・・・まぁ大破判定にはなったけど…ははっ。」

「りゅ、龍驤さん!なんで・・・」

「なんでて、中破したうちに出来る事は、残ったあんたらの盾になる事くらいやん?

って、いつまでぼーっとしとんねん!

あそこで絶賛慢心中のあいつらを狙うなら今やろ!」

 

「は、はいっ!」

 

龍驤の檄に反応し、体勢を立て直した翔鶴から放たれた艦載機たちが

次々とビスマルクたちへ襲い掛かる。

 

 

「ビ、ビスマルクさん!」

「大丈夫!慌てないで回避を」

 

「翔鶴の艦載機だけでFinish?な、訳ないデショ!

全砲門!Fireー!」

 

ビスマルクたちの一瞬の綻びを見逃さなかった、金剛の渾身の一撃が高雄を襲う。

 

「きゃぁぁぁぁっ!な、なによ。それで勝ったつもり?」

 

 

翔鶴から放たれた艦載機に足止めされた高雄が、

金剛が放った砲撃により大破判定となる。

 

 

「さぁて、これで2対2デスネ。勝負はまだまだこれから」

「…いえ。もう終わりです。」

 

「What's?」

 

加賀が呟いた一言に、金剛が反応した次の瞬間、砲撃音が響き、

遅れて翔鶴の悲鳴が聞こえてきた。

 

金剛が翔鶴の方を振り向くと、ビスマルクの砲撃を受け

大量のペイントを浴びた翔鶴が項垂れている。

 

 

 

「龍驤が追いついてきた事は驚いたけど、私を狙うまでには至らなかったようね。

加賀、今回は貸しにしておくわ。」

「えぇ、そうね。

心を折ったつもりで、止めを刺さずに彼女を放置してしまったのは私のミスです。」

 

「ま、まだ私は終わっていないネー!これでも喰ら」

「”もう終わり”、そう言ったでしょう?」

 

金剛の言葉を遮るように加賀が被せた後、複数の艦爆隊が飛来し

次々と搭載された爆弾を金剛めがけて落としていく。

 

 

「……Oh,Jesus……」

 

状況を悟った金剛はそう呟くと、微動だにせず、ただその場に立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

そして間もなくして、演習終了の信号弾が打ち上げられる。

 

 

 

「ビスマルクさん、これで帳消しかしら?」

 

「…まぁいいわ。

さぁ、みんな!帰るわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

第一回目の谷崎艦隊・時任艦隊の演習結果

 

 

谷崎艦隊:大破(高雄)、中破(綾波)、小破(ビスマルク・加賀・神通・秋月)

 

時任艦隊:大破(金剛・翔鶴・龍驤・朝潮)、中破(時雨)、小破(鬼怒)

 

 

旗艦のビスマルクに損傷は負わせたものの、大破には至らず。

よって谷崎艦隊の勝利。

 

 

 

時任たちの最初の挑戦が終わった。



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26.【それぞれの真意】

「まずはお疲れさん、って所だな。」

 

「有難う…ございました。」

 

 

第一回目の演習は、結果・内容共にほぼ完敗。

 

時任にとっては着任後、初めての艦隊同士の演習。

しかもその相手が、歴戦の猛者である谷崎とあっては

その結果も当然といえば当然であろう。

 

演習終了後、内容の総括をする為に提督室を訪れた時任だが

その表情には疲労感の他、悔しさを滲ませていた。

 

 

「お?なんだなんだ?まさか一回目で俺に勝てるとでも思っていたのか?」

 

「い、いえ。そんな訳では……」

 

言葉を詰まらせ、動けずにいる時任に対し谷崎が続ける。

 

「何も出来無かった事が悔しい、か?」

 

「…はい。」

 

自身の心の内を読まれた事に驚きつつも、時任は素直にそれを肯定する。

 

 

 

「まぁ、初めのうちはこんなものだろうよ。

でも相手の戦力を分断させ、ある程度叩いた所で挟撃に持ち込むという

作戦自体は悪いものではなかったな。

だが、行動が素直すぎだ。」

 

時任が奇をてらわずに、正面から向かってきた事に関して一定の評価をしつつ

苦言も呈す谷崎。

 

「……はい。そう、ですね。ただ…」

 

「ただ?」

 

「艦娘たちは自分の作戦通りに行動してくれていました。

自分がもっと早く判断していれば…もう少し視野を広げていれば…」

 

「…ほぅ。貴様がもっと思うように動けていれば何とかなったと?」

 

「少なくとも、もう少し違う結果に」

 

次の瞬間、時任の言葉を遮るように谷崎の怒声が室内に響き渡る。

 

「自惚れるな!!これからの戦いを貴様一人の判断だけで押し通すつもりか?

俺は貴様の扱う道具として艦娘を預けたわけではないぞ!」

 

「い、いえ!自分は決してそのような…申し訳ありません……」

 

 

 

谷崎の本音として、時任がそんな事を思っているとは考えてはいない。

無意識のうちに与えられた課題に囚われ、自分を見失っているのではないか?

そう思った上での叱責であった。

 

 

 

「まぁあれだ。俺もたった1回の演習でお前を評価するつもりは毛頭無い。

 

いいか?見た物、感じた物全てを吸収し、己の血肉にしていけ。

これから貴様自身だけでなく、預けた艦娘共々一緒に成長して見せろ。以上だ。」

 

「はっ!ご指導頂き、有難うございました!

それでは、失礼致します。」

 

 

 

 

時任が退出した後、谷崎は内ポケットから煙草を取り出して火をつけた後

深いため息と共に煙を吐き出した。

 

 

「随分と大きなため息ですね。

幸せが逃げてしまいますよ?」

 

谷崎に一息つかせようと、お茶を運んできた扶桑が

にこにこしながら話しかける。

 

 

「いやまぁ、その…なんだ…

つい、言い方が強くなった、と思ってな。」

 

「大丈夫ですよ。大尉なら分かってくれているはずです。

それに、大尉の事を思っての事なのでしょう?」

 

 

”全てお見通し”と言わんばかりに、笑みを浮かべる扶桑に対し

谷崎は照れくさそうに頭を掻く。

 

 

本当ならもっと褒めてやりたかった。

 

たった数日間という短い期間でありながら、一癖も二癖もある艦娘たちを

若干制御できなかった部分があったにせよ、一つの艦隊として形にしてきた事は、

賞賛に値する。

 

艦隊としてまとまりを見せた要因は恐らく、時任が自身の過去を艦娘達に話した事が

関係しているのであろう。

 

最も、時任の話を聞いて全てを即納得出来るかと言えば、難しい所だ。

 

自分達の指揮官となる者が、深海棲艦と繋がりがあったなど前代未聞であり

”騙されているのでは?”と疑心暗鬼になってもおかしくは無い。

 

そこを上手く治められたのは、時任の人間性を少なからず評価した者が

多かったのだろう。

 

 

「まぁ、なんにせよ・・・」

 

白煙をくゆらせながら、谷崎が呟く。

 

「いずれ来る、実戦での行動で自分を表現していくしかないわな…」

 

 

 

 

 

~母港~

 

「朝潮、大丈夫かい?ほら、手を。」

 

「あ、有難うございます、時雨さん。」

 

演習開始早々に脱落してしまった事を気にしているのか、

朝潮はどこか申し訳なさそうに差し出された手を握る。

 

 

「今回の演習は残念な結果だったけど、次、頑張ろう…って

僕が言えた義理じゃないね。」

 

「そ、そんな事は」

 

「そうそう!誰かさんは途中で暴走しちゃうしねぇ~?」

 

「あぅ…」

 

鬼怒の言う通り、神通さんの挑発に乗って勝手な行動を取ってしまったんだ。

責められても仕方ないよね。

 

「あぁ~あ、誰かさんがあの時さぁ~、もうちょっと冷静に行動してくれればなぁ…」

 

「ご、ごめんよ。凄く反省してる。」

 

「ほんとにぃ~?じゃあ、間宮さんとこの甘味で手を打とうじゃないかぁ!

それでいいよね、朝潮?」

 

「わ、私は今回皆さんの足手まといになってしまったので…」

 

「いいのいいの!じゃあ時雨、ごちそうさ~ん!」

 

そう言った後、鬼怒は時雨に向かってウインクをする。

 

”今回の事は自分の責任”

そう言って自分で抱え込んでしまう癖のある時雨の事を、

よく分かっているからこその鬼怒の気遣いであった。

 

 

「全く、もう。でも…」

 

『鬼怒、ありがとう』

 

面と向かって言うのは恥ずかしかったので、そう心の中で呟く時雨。

 

 

「でも、あれだよね~。神通はホント厳しいというか何と言うか…」

 

「今日はちょっと熱くさせられたけど…うん、でもやっぱり凄いと思う。

半端な気持ちじゃ勝てない…改めてそう思ったよ。

だからこそ、もっともっと頑張らなきゃ、だね。」

 

そう言って、今後の自身の気持ちを新たにした所に、

不意に背後から声を掛けられる。

 

 

 

「…良い心がけですね。その気持ち、忘れないで下さい。」

 

「じ、神通さん!お、お疲れ様でした。」

「おっ!神通お疲れ~!」

「はい。お疲れ様でした。」

 

軽く視線を合わせた後、簡単に挨拶を済ませてその場を去ろうとしていた神通に

鬼怒が突っ込む。

 

「神通~、今日は時雨に随分と厳しかったんじゃない?」

 

「…そう、でしょうか?いつもと同じですよ。」

 

振り向きざま、表情を変えずに鬼怒の問いにそう返す。

 

「そうかなぁ~?だって、いつもならあんな風に煽らないんじゃないの?」

 

 

そう。

 

鬼怒が言っているのは、演習中の僕と神通さんの会話の事だ。

 

僕が着任後、ずっと指導を受けていたからこそ、彼女の性格は理解している。

指導は厳しくとも、尊敬できる存在だった。

だからこそ彼女の物言いに対し理解、と言うか納得が出来ない。

 

 

 

”どうしてあんな事を、春雨の話を持ち出したのか?”

 

 

 

演習が終わり完全に頭が冷えた今でも、その真意はわからないままだ。

 

 

「まっ、別にいいんだけどね。でも、あんまり苛めると嫌われちゃうぞ~?」

 

そう言っておどける鬼怒に対し、神通は言葉を発する事はなかったが

少しだけ寂しそうな表情をしていた。

 

 

「では、私はこれで」

 

「じ、神通さん!」

 

 

神通が吐いた言葉の真意は分からない。

 

しかし、自身も演習中吐いた言葉は、頭に血が上ってしまって、

売り言葉に買い言葉とはいえ、到底師に対して向けるべきものではないものだ。

それについては謝らなければ…

 

そう思い、時雨は神通を呼び止め、謝罪の言葉を口にする。

 

 

「あ、あの…演習中は、その……すみませんでした。」

 

「別に、気にする程の事ではありませんよ。」

 

「で、でも」

 

「時雨さん、もうその辺でお止めなさい。」

 

まだ言葉を続けようとする時雨を制しながら、神通が続ける。

 

「貴女が今、そしてこれからやらなければならない事は、

過ぎた事を後悔する事ではないはずです。」

 

「はい…」

 

「護りたいのでしょう?みんなを。ならば後ろを向かず

前を向いて下さい。

 

今日の演習だけでなく、今後何を見てどう感じたか、自身で見聞きしたものを

次に生かすも殺すも後は貴女の気持ち次第。

その事は忘れないで下さい。」

 

「はいっ!有難うございました!」

 

時雨の返事を聞いた神通は、少しだけ口元を緩めその場を去っていった。

 

 

そして、このように師弟のやりとりもある一方では・・・

 

 

 

 

「あらあら、随分と派手な色合いの艤装ね?新しく改装でもしたのかしら?」

 

「Shut up! 次はこうはいかないから、覚悟しとくデース!」

 

 

 

”また始まったよ…”

 

そんな周りの声が聞こえてきても、お構いなしに繰り広げられる

ビスマルクと金剛のいつものレクリエーション。

 

 

「Di〇ser 〇diot!」

 

「Kiss my 〇ss!」

 

 

 

「…な、なぁ、あれってそろそろ止めた方がええんちゃう?

駆逐艦もおるんやし、ちょっとあかんやろ?」

 

「で、でも私たちで止められるかどうか…」

 

二人の様子を遠巻きに見ていた龍驤と翔鶴が、間に入るべきか迷っていると

加賀が声を掛け、二人を止める。

 

「問題ないわ。助っ人を呼んだから。

もう直ぐ来るでしょう。」

 

「助っ人て誰を…ひっ!」

 

後ろに気配を感じた龍驤が振り向くと、そこには…

 

 

「そんなに怯えてどうかなさいましたか?」

 

 

龍驤が怯えるのも無理は無い。

 

そこに立っているのは、柔らかな表情を作りながらも

禍々しいオーラを纏った谷崎の秘書艦、扶桑なのだから。

 

 

 

「い、いや別に…あはははぁ。

ほ、ほな翔鶴!うちらはもういこか!大尉も待っとるやろうし。」

 

「え、えぇそうですね。そうしましょうか?」

 

「はい。ではまた。

さて、と。」

 

 

 

数秒後、じゃれ合う戦艦二人の息の合った叫び声が響き渡った。

 

 

 

「全く、あなた方は他を引っ張る立場でしょう?

レクリエーションもいいですけど、もっと自覚を持って下さい!」

 

「「ごめんなさい…」」

 

 

扶桑に特大のカミナリを落とされ、すっかり小さくなってしまった

金剛とビスマルク。

 

二人の脳裏に改めて、怒らせたらまずい人が刷り込まれた日であった。



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27【明と暗】

谷崎率いる艦隊との演習が終わった三日後、第二会議室では演習に参加した艦娘たちの他

数名の艦娘が集められていた。

 

 

「う~ん…なるほどなぁ…」

「あっ!ここだよここ!」

「うわっ、このタイミングなんだ!流石だなぁ…」

 

 

各自が演習時の映像を見ながら、それぞれ反省点を見つけては、

それらについての改善点等を話し合っている。

 

 

 

その傍らでは…

 

「大尉!ここ、ハンコ忘れてるよ。」

「え?あぁ、ごめん直ぐ押すよ。あと時雨、資材関連の書類はどこだっけ?」

「えっとその…多分、そこの箱の中に…」

 

 

時雨が指し示した先には、今にも崩れそうな書類の山脈がそびえたっている。

 

「…この中から探せと?」

「し、仕方ないじゃないか!ここ最近、こっち(事務作業)まで手が回らなかったんだもの。

大尉だって、こっちに回す書類は間違いだらけじゃないか!」

 

 

慣れない事務的作業に、悪戦苦闘している新米指揮官と秘書艦の姿がそこにあり

見かねた浦風が二人に助け舟を出す。

 

「しゃあないのぉ。うちがてごしちゃるけぇ、ちぃとその書類回して。」

「「助かります」」

「息があうなぁ、そこだけかい!」

 

浦風のツッコミに、周りからも笑い声が漏れる。

 

 

「まぁ、ええけどのぉ。

そういえば、大尉。一つ聞きたかった事があるんじゃけど。」

「うん?何かな?」

「どうしてうちらぁ11人なん?何か中途半端な感じがするんじゃけど。」

「あぁ、それね。本当は全部で12人だったんだけど、急遽変更になったんだよ。

詳しい理由は分からないんだけどね。」

「ふ~ん。因みに誰じゃったん?もう一人は。」

「それは…」

 

 

 

 

 

 

 

~大本営にある、とある一室~

 

 

 

一人の艦娘が、もくもくとキーボードを叩く音が響いている。

 

「あ~っ、もう!相変わらず苦手だよ、こういうの…」

 

文句を言いながらも打ち続けている画面には

こう書かれていた。

 

「監視対象に関する報告書」

 

 

 

午前9時:勤務開始。いつもと同じく、山のように積まれた書類の整理を始める。

特に誰かを補佐として付けている様子は無い。

しかし、その仕事ぶりを見ている限り、明らかに対象のキャパをオーバーしていると思われ

何かしらの制裁等を受けているのではないか、と推測される。

 

 

正午:部署内の特定の誰かと共にする事は無く、一人で昼食。

ただ、決まって中庭にあるベンチに座り、昼食を摂ることが日課のようである。

もしかすると、何か理由があるのかもしれないが、現時点では不明。

 

 

午後3時:何かの部品だろうか?艦娘の艤装の様にも見える模型の様な物を組み立てたり

それらを持って施設内にある部屋を行き来している。

残念ながら、その内部には入ることが出来ない為、詳しい内容までは把握できていない。

 

 

午後6時~午後9時:午前中と同じく、ひたすら書類の整理に没頭し、他の所員が帰り始め

最後の1人になった頃に帰宅。

 

 

総括:相変わらず、特に目立った行動はせず存在感が薄い。

ただ、これが狙った行動なのか素なのかは判断しかねる為、もう少し注視すべきと考える。

 

今後はもう少し対象に近づきつつ、監視を続行する。

 

 

 

「う~ん…取り敢えず、今回はこんなもんかな?」

 

 

机の上で頬杖をつきながら、自身のまとめたレポートを読み返している艦娘の名前は川内。

 

そう。

谷崎が運営している鎮守府所属の軽巡洋艦「川内」だ。

 

現在は、能力向上の為の演習参加という名目で大本営へ出向中、となっているが

それは表向きの口実であり、実際に谷崎から受けた指令は、とある人物の監視である。

 

 

 

時をさかのぼる事、二ヶ月程前。

川内は谷崎に呼び出された為、提督室へ向かっていた。

 

途中のあちらこちらで、鎮守府に新しい軍人が着任する話で盛り上がる艦娘が多数おり…

「若いのかな?」

「おじさんかもよ?」

「え~!やだなぁ…」

 

などの若干失礼なものから

 

「婚期が…幸せが私を呼んでいるわぁぁっ!!」

「火遊び、しちゃおうかしら?」

 

などど、緊張感のかけらもない話題で持ちきりであった。

 

 

 

全くなんの話をしてるんだか…

まぁ、そういう気持ちが理解出来ない訳じゃないけどね。

 

 

話題の新人の事で盛り上がっている艦娘達を遠目に見ながら

川内がポツリと漏らす。

 

 

でも、私的にはさ…

 

目的の場所に到達し、勢いよく提督室のドアを開け放ちながら…

「おっまたせー!何々?夜戦?いつ?」

「違うっつーの!その前にノックぐらいしろ!全くお前は…

そうじゃなくて川内、お前に頼みたい事があるんだよ。」

 

 

そうそう!こういう風に、頼られる事が嬉しかったりするんだよね。

 

例えどんな任務だろうと、その役目に適切だと思われたから、

出来ると思ってくれたから選んでくれたと思うし…ね?

 

だから、今回の任務に関しても即OKしたし

こうやって苦手な分野も一生懸命やってる…つもり。

 

 

と、任務を受けた当時の事を思い出しながら一息ついた後、

通信機を操作し、通話を始めた。

 

 

「もっしもーし!聞こえるー?」

 

 

 

 

~第二会議室内~

 

「あぁ、成程…川内さんじゃったのね。」

 

苦笑いをしている浦風の後ろでは、何故かほっとしたような表情をしている

艦娘の姿がある。

 

浦風だけでなく、周りの雰囲気に少し引っかかる物を感じた時任が尋ねる。

 

「そうなんだけど…って、何だかみんな同じ様な反応してるね?

彼女に何かあるのかい?」

「いや、別に嫌いやらじゃないんよ?ただまぁ、何言うか…

夜は普通であれば休むものじゃろう?

それなのに川内さんは、夜になるとやたらと元気に」

 

浦風が説明しようとしていると、それを遮るように鬼怒が言葉を被せてくる。

 

「要するに”夜戦バカ”って事だよ、大尉。」

「や、夜戦バカ?」

「かくかくしかじかで~…」

 

鬼怒が身振り手振りを交えながら、時任に説明を始めると

周りの艦娘たちもそれに同調するように頷く。

 

「あ~あ、言ってもうた。折角うちがオブラートに包んで説明しとったのに…

まぁ、実際に会うてみれば分かるけど、げに悪い人じゃないんよ?」

 

「分かってるよ。会ってもいないのに、ネガティブな印象を持っていてもしょうがないからね。

有難う、浦風。」

 

 

そう言って、フォローを入れてくれた浦風に礼を言った後、再び書類の山と格闘すべく

時任は自身の机に向かう。

 

 

それから暫くすると、演習の反省会をしていた面々は、それぞれ任務や演習に向かい

会議室内では残された三人が時が経つのも忘れ、無言でペンを走らせる音だけが響いていた。

 

たまに声が聞こえたと思えば、「これよろしく。」「はい、こっち。」等の

正に事務的なものばかり。

 

始めのうちはその書類の多さから、時任達と共に作業を終らせる事を優先していた浦風だが

会議室内の重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、黙々と事務作業に没頭している二人に声を掛ける。

 

 

「ねぇ、ちいとお二人さん…流石に息が詰まるんじゃけど、この空気どうにかならんかな?」

「あ、あぁ、ごめん。つい夢中になってたよ。時雨はどうだい?一息つけそうかな?」

 

漸く顔を上げた時任が、自分と同じく作業に没頭している秘書官に声を掛けるが、

返事が返ってこない。

 

「時雨?」

「…甘いものが食べたい。」

 

本音を思わず声にだしてしまった時雨は、慌てて口を抑えるが時すでに遅し。

室内に時任と浦風の笑い声が響き渡る。

 

「うぅ…何もそんなに笑わなくてもいいじゃないか…」

「まぁまぁ。体は正直たぁよう言うたもんじゃねぇ。

でも、うちも少し小腹がすいてきたかな?」

 

そう言うと、勢いよく挙手しながら浦風が続ける。

「はいっ!ここで意見具申じゃ。ここらで間宮でお茶するなぁどうじゃろ?」

 

浦風の提案を聞いた時雨も”待ってました!”と言わんばかりに直ぐさま同調し

「うん!それがいいと思う。適度な休憩は必要だよね!」

「分かった分かった。それじゃあ二人とも先に間宮に行っていてくれるかな?」

「え?大尉は行かんの?」

「ちょっと空母の資料について確認だけしたいんだ。えっと今日は…」

 

そう言って時任は、室内に掲示してある各艦娘の予定表を確認する。

 

 

「翔鶴は休息日か、龍驤は…」

「龍驤ならさっき、資料室へ行くって言ってたよ。」

「そうか。なら丁度いい。簡単な確認作業だから、終わり次第俺も直ぐにいくよ。」

「分かった。じゃあ先に言って待ってるね。」

 

 

 

「さて、と…」

 

時雨達を見送った後、時任は手元の資料を小脇に抱え

龍驤を探す為、資料室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「何度来ても広いよなぁ、ここは。」

目的の資料室へ到着するも、肝心の龍驤が見つからず、どうしたものかと思案していると

あるタイトルの資料が目に入る。

 

タイトルには【鎮守府年表】と書かれていた。

 

『結構分厚いな。まぁ、それだけ歴史のある鎮守府って事なんだろうな。』

 

時雨の話で、谷崎の前任者についてはある程度分かったが、それ以前の提督や

鎮守府としてはどんな場所だったのだろうか?

 

純粋に自身が所属する鎮守府に興味を持った時任は、資料を手に取り

ページを捲っていく。

 

 

資料の中には竣工前や完成当時の写真の他、当時の立ち上げメンバー。

そして大小問わず作戦の記録など、様々なものが記載されていた。

 

時任が更に読み進めていくと、【歴代提督一覧】という項目に目が留まる。

この項目には、着任時の階級や任期だけでなく、その後の転属先や担当した秘書艦、

ケッコンカッコカリをした艦娘の名前までもが記載されている。

 

 

『秘書官だけじゃなく、ケッコンカッコカリまで記載されるのか…

因みに谷崎提督は…っと』

 

*氏名:谷崎 司(タニザキ ツカサ)

*着任時階級:少将

*着任時秘書官:【戦艦】扶桑

*ケッコンカッコカリ:【戦艦】扶桑

 

 

『やっぱり真っ直ぐなお人だなぁ。』

谷崎の項目を見た時任は、改めて思う。

 

 

と、言う事は…。

 

時雨から聞いていた話では、谷崎の前任者である神保は、

扶桑の妹である山城を秘書官にしていた。

 

『扶桑は指輪をしていた気がするけど、山城は…どうだったかな?』

 

他人の詮索をする事に若干の後ろめたさを感じるも、好奇心が勝った時任は

神保の項目を探し始めた。

 

『あ、あった。これか。』

 

*氏名:神保 和久(ジンボ カズヒサ)

*着任時階級:少将

*着任時秘書官:【戦艦】山城

*ケッコンカッコカリ:■■■■■■■■■■

 

『ん?なんだこれ?』

 

よく見ると、ケッコンカッコカリの項目には記載があったであろう痕はあるものの

インクの様な物で塗潰されている。

 

 

誰かの悪戯か何かだろうか?

いや、鎮守府の大事な資料にそんな事をする筈はないだろう。

だが明らかに、誰かの手によって意図的に塗潰されている。

一体何のために?

 

すると、資料を眺めながら考え込んでいる時任の後ろから声を掛けてくる者がいた。

 

「大尉?こんな所で何しとるん?」

「龍驤!良かった、君の事を探してたんだよ。」

「ウチの事を?

えっと…そんな急に言われても、ウチには旦那と嫁と子供がおるし…」

「…ごめん、君が何を言ってるのかわからない。」

 

頭を掻きながら苦笑いをしている時任に、溜息をつきながら龍驤が続ける。

 

「んもぉ~…ノリ悪いなぁ。そこはちゃんと乗っかってくれなアカンやん。」

「精進シマス…」

 

「で?ウチに何か用?」

「あ、あぁ実は艦載機の運用の事なんだけど…」

 

時任はそう言って、小脇に抱えていた資料を龍驤に見せようとした時

先程まで眺めていた【鎮守府年表】を床に落としてしまう。

 

「あぁっと、ごめん。」

「もぉ~どんくさいなぁ、君は。ホンマに何をして…」

 

龍驤が時任の代わりに落とした資料を拾い上げるが、表紙を見た瞬間

動きが固まる。

 

「有難う。これは大事な資料みたいだから気を付け」

「…何を見たんや?」

「え?」

「こないなもんを見て何を調べとるんやって聞いとんねん!!」

「い、いや別に調べるとかじゃなくて、ここの鎮守府の事が書かれていたから見ていたんだけど…」

 

今まで見た事のない龍驤の剣幕に、時任はそう返すのが精いっぱいだった。

 

暫くの間、射貫くような視線を時任に向けていた龍驤だったが

狼狽している時任の姿を見て何かを感じ取ったのか、表情を崩し謝罪の言葉を口にする。

 

「あぁ~ごめんなぁ大尉。ウチ今ちょ~っちイライラしとってん。」

「いや、別に気にしてないよ。大丈夫。」

「ホンマ堪忍な。で?艦載機の事で聞きたい事があるんやったっけ?」

「そうそう、これなんだけど…」

 

時任は、ようやく本題に入れた事に安堵した。

 

 

 

「…っちゅ~感じかな?大体は。」

「成程ね。有難う、お陰で助かったよ。」

「まぁウチら艦娘にも得手不得手があるから、分からん事があったら

これからもその道に精通しているモンに聞くのが一番やとおもうで。」

「あぁ、そうする事にするよ。」

「ほなウチはそろそろ戻るわ。」

「あ、龍驤ちょっと待って。」

 

そう言って、その場を離れようとする龍驤を時任が呼び止める。

 

「ん…。その、余計なお世話かもしれないけど、困った事があればいつでも相談してくれないか?

何かあれば話くらいは聞けるからね。」

「ほっほぉ~ん?ウチの事を大切に思ってくれてるん?それはそれでちょっち嬉しいなぁ。」

「そうかい?でも本当に」

「あのな、大尉?」

 

尚も言葉を続けようとする時任に対し、背を向けたままではあるが

龍驤が言葉を被せる。

 

「こんな性格のウチでもな、入り込んで欲しくない領域ちゅうのがあんねん。」

「ご、ごめん。そんなつもりじゃ…」

「ええよ別に。ホンマに優しいお人なんやねぇ大尉は。

ま、その気持ちだけは素直に受け取っておくわ。有難う。」

 

 

そう言って資料室を出て行こうとしていた龍驤だったが、不意に立ち止まった後

時任の方へ向き直り続ける。

 

「そうそう!今後の為にウチから一つだけアドバイスというか忠告するとすれば、これかな?」

 

意味深な言葉を発した後、被っていた帽子を深く被り直して続ける。

 

 

”あんまり深く関わるな”

 

 

 

それだけや。ほなね。」

 

 

 

そう言い残し、龍驤は資料室から出て行った。

 

 

 

 

『深く関わるな…か。』

 

 

龍驤は時任の隊に転属になってからというもの、どちらかといえば時任の指揮に

肯定的ではあった。

その事が、踏み込むべき箇所とそうでない箇所の判断を鈍らせてしまったのかもしれない。

 

『まぁこれも含めて勉強しなきゃ、だな。』

時任は改めて艦娘との接し方の難しさを痛感した。

 

 



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28.【答えを探して】

「大人しくしなさいっ!ビスマルクさん、今です!」

「分かってるわよ!Feuer!!」

 

 

 

前回の演習から1週間後。

 

演習場では2回目の演習が行われているのだが、

今回は前回と比べ緊張感のある演習となっている。

 

何故かと言うと…

 

”気心の知れた仲同士の演習とはいえ、緊張感を持て”

 

事前に秘書官である扶桑だけでなく、谷崎からも叱責があった為である。

 

しかも、演習内容変更のおまけつきとあれば

尚更であろう。

 

ただ変更と言っても、勝敗についてのルールではなく…

 

 

「寒いし、痛いし、恥ずかしいし…んもぉー、今に見てなさいよぉーっ!」

「うぅ~痛すぎですぅ! 飲まないとやってられないぃ!」

 

 

使用する砲弾等が、ペイント弾ではなく模擬戦闘用の弾に変更となったのだ。

その為、本人たちへは轟沈する程のダメージはないものの、

各々が装備している艤装には、当たり所が悪ければ使用不能となる。

 

要は、”より実践向け”の演習に変更である。

 

 

 

「よく狙って…てぇえええ~い!!」

 

「痛たぁ…砲塔へしゃげとるし、ボロボロになってしもうた…」

 

 

 

今回の演習で時任は、旗艦の金剛及び翔鶴はそのまま、随伴艦にはポーラ・最上・浦風・白露。

といったメンバーに変えて挑んでいたが、奮闘虚しく、

再び自分たちの敗北を告げる、演習終了の信号弾を眺める結果となった。

 

 

 

 

 

「…流石にボクとポーラの水戦じゃあ抑えきれないかぁ…残念。」

 

「前回の演習で空母2人が居ても抑えきれなかったのに?

…随分と私もなめられたものね?」

 

「でも、加賀さんちょっと慌ててなかった?」

 

「…何か言って?」

 

「まぁまぁ、加賀さんその位で。最上さんも大丈夫ですよ。

次は私が抑えて見せますから。」

 

「…頭にきました。」

 

 

最上・翔鶴・加賀の三名のやり取りを笑いながら見ていた谷崎が声を掛ける。

 

 

「お~い、お前らその辺にしとけよ。じゃないとさっきから時任の奴が

目のやり場に困ってるぞ。」

「ちょ、提督!」

 

最初は何の事か分らずキョトンとしていた三名だが、改めてお互いの姿を見た後

顔を真っ赤にしながら、見たこともないようなスピードでその場を去って行った。

 

 

それもそのはず。

前回のペイントだらけの姿とは違い、今回は攻撃を受けた箇所の衣服が破れ

普段は見えない箇所の肌が丸見えなのだから。

 

 

「おぉ。あの早さを実践で生かせたら勲章ものだな。」

「ははっ。確かにそうですね。」

 

「しかし、今回はまた随分と思い切った編成にしてきたなぁ。

ちょっと驚いたぞ?」

「そう、ですね。今回は自分としても色々な場面を想定して

編成をしてみました。

まぁ、結果はあれでしたけど…」

 

そう言って自嘲気味に話す時任だが、その表情はどこか晴れやかにも見える。

 

 

『ほぅ…何かきっかけでも掴んだか?

ま、そうでなくちゃ、な!』

 

 

僅かかもしれないが、愛弟子の成長の兆しを見て取れた谷崎も

満足そうにしている。

 

 

「そうだ時任。今日の夜、空いてるか?」

「え?えぇ、特に用事はありませんが…なんでしょうか?」

「たまには付き合えよ。」

 

谷崎はそう言って指を口元に合わせ、酒を呑む仕草をする。

 

「わかりました。お供します。」

「よし!じゃあ、20時に”鳳翔”な。」

「了解です!」

 

 

『…大尉、聞こえてるよ?その前にまだまだ仕事が溜まってるんだけど?

まさか忘れてないよね?』

 

通信機から聞こえて来た秘書官の声に驚きながら

即座に応答する時任。

 

「し、時雨か?わ、分かってるよ。今すぐ行くから!

では提督、また後程!」

 

そう言って挨拶も程々に切り上げ、先程の最上達の様に

猛ダッシュで第二会議室へ向かう時任を見ながら、谷崎がポツリと一言。

 

「ありゃあ、絶対尻に敷かれるタイプだな…」

 

 

 

 

~居酒屋鳳翔~

 

 

「少し早く来すぎたかな?」

 

時任は、約束の時間よりやや早めに着いたものの、店内に谷崎の姿はない。

 

どうしたものかと思案していると、女将である鳳翔から声を掛けられる。

 

 

「大尉、宜しければこちらへどうぞ。」

「あぁ、はい。有難うございます。谷崎提督は…」

「お話は伺っています。じきにいらっしゃると思いますよ?」

 

鳳翔に促されるままカウンターに着席してから暫くし、谷崎が店内に現れる。

 

 

「いやぁ~、すまんすまん。待たせたか?」

「いえ、ちょうど今来た所です。」

「そうか?まぁ取り敢えず好きなものを頼め。今日は俺の奢りだ。」

「有難うございます!」

 

 

 

 

 

それから暫くの間、谷崎と時任は取り留めのない会話を続けた。

 

お互いの学生時代の事、講師と生徒時代の事、艦娘の事や

谷崎が鎮守府に着任した当時の事などの様々な話をしていた。

 

 

すると突然、何かを思い出したかのように谷崎が問い掛ける。

 

「そういえば時任、聞いておきたかったんだが…」

「はい?なんでしょうか?」

 

「お前さん、時雨とは”ケッコンカッコカリ”するのか?」

「ブフォッ!」

 

予想だにしなかった問い掛けに、時任は思わずむせる。

 

「ゴ、ゴホッ!て、提督!いきなり何を…」

「いや~、はたから見てるとお前らお似合いだなと思ってな。」

「…酔ってます?」

「さぁ~どうだかな?」

 

若干悪意のある笑みを浮かべながら、谷崎が畳み掛けるように突っ込んでくる。

 

「で?どうなんだ?ん?」

「じ、自分はまだまだヒヨッコですし…何よりまだ彼女たちの事を」

「たち?ってお前、時雨以外にも候補がいるのか?」

「いやそうではなくて…もう、勘弁して下さい…」

 

そんな時、にこにこしながら二人の話を聞いていた鳳翔から助け舟が入る。

 

「提督、そんな風に苛めては大尉がかわいそうですよ?

あ、そうそう!大尉、面白いお話を聞いてみたくはありませんか?」

 

「面白い話、ですか?」

 

「えぇ、とっても。提督がこのお店で扶桑さんに」

「OK、鳳翔そこまでだ。俺が悪かった。」

 

余程聞かれたくない様な話だったのだろう。

鳳翔が言い終わるよりも早く、谷崎が二人の間に入り平謝りを始めた。

 

 

場所が場所だけに、艦娘同士だけでなく将官や整備員達も立ち寄る店なだけあって

様々な情報が入ってくる。

 

勿論、鳳翔はそれらを黙って聞いているだけであって、所構わず言いふらしたり

する訳ではない。

 

ただ今回の様に、少しだけ”おいた”が過ぎる場合には、相手にくぎを刺す意味も含めて

こっそりと助け船を出す事もある。

 

また、この鎮守府には在籍していないが、他人に知られたくない秘密を知られたら最後、

瞬く間に話が広がり、面白おかしくネタにしてしまうと言う情報屋もどきの艦娘も

いるという。

 

そんな艦娘に比べれは、今回の鳳翔の事など可愛いものである。

 

 

「まぁ半分は冗談だが、何れはそうなるかもしれないだろ?

何かの時にはアドバイス出来るか、と思って聞いてみたんだよ。」

 

先程の声のトーンとは違い、少し真剣な表情で谷崎が時任に改めて問い掛ける。

 

「そうですね…今はまだそういった感情よりも、彼女たちの心からの

信頼関係を築く事で精一杯なので…」

 

 

日々の執務だけでなく、艦娘たちの演習や遠征などの任務に関しては

時雨だけでなく、他の艦娘達のサポートがあってこその状況。

 

その事を思えば、飲みかけのグラスを見つめながら出た言葉は、時任の本心であろう。

 

 

「相変わらず真面目だな、お前は。」

「そりゃあ、真剣に考えますよ。だって艦娘とケッコンカッコカリしたら

”記録として残る”じゃないですか。」

 

「お前…」

 

時任の発言を聞いた谷崎が何かを言いかけたが、手に持ったグラスの中身と一緒に

言葉も飲み込む。

 

谷崎の様子で何かを悟った鳳翔が、代わりの飲み物を提案するが

やんわりと手でそれを制す。

 

「提督、あの…」

 

時任も何かを言いかけたが、それを遮るように谷崎が被せる。

「まぁお前のペースでやればいいさ。

なぁに、俺の知ってるお前なら余程の事がない限り、艦娘達に嫌われる様な事はないだろうよ。

 

 

さて、今日は付き合わせて悪かったな。鳳翔、ごちそうさん!」

 

「提督!今日はご馳走様でした!」

「おう!」

 

背中越しに手を上げ、谷崎は店を出て行った。

 

 

「では、自分もそろそろ」

「あ、大尉!」

 

時任が店を出ようとすると、鳳翔が声を掛ける。

 

「たまにでも結構ですから、提督とまたいらして下さい。

あんなに楽しそうに呑む提督は久しぶりに見ましたので。

 

勿論、隊の誰かとでも結構ですよ。フフッ。」

 

「わ、分かりました!是非また寄らせて頂きます。

では、ご馳走様でした。」

 

 

 

 

 

 

鳳翔からのちょっとした意地悪に、挨拶もそこそこに店を出た時任は

腕時計で時間を確認した後一人頷き、自室ではなく埠頭へ足を向ける。

 

暫く歩き、沖合にて砲撃音と共に火花が上がっている箇所を見つけると

時任は徐に通信機を操作し、通話を始めた。

 

 

「夜間訓練ご苦労様。調子はどうかな?時雨。」

「え?ちょ、大尉?どうし…って今無理!!!」

 

 

どうやら通信相手である時雨は今、夜間演習の真っ最中らしく、

時任から突然の通信に驚きながらも、一方的に通信を切ってしまう。

 

 

通信が切れてから間もなく、幾つかの火花が上がった後砲撃音が止んだ。

 

 

La nostra vittoria~!(私たちの勝ち~!)

シ~グレ~、約束ですよ~。お酒ご馳走して下さ~いね!」

「あ、ウチはお好み焼きね!」

 

 

夜間戦闘訓練は時雨の他、ポーラ・浦風の3名で行っていたらしく

どうやら勝敗で何やら賭けをしていた様子。

 

「…分かったよ。」

 

時雨はそう答えるも、どこか納得いかない様子で周りを見回し

誰かをさがしている様子。

 

そしてお目当ての人物を見つけると、勢いよく近づき

不満をぶつける。

 

 

「もう!大尉がいきなり話しかけるから負けちゃったじゃないか!

それまでいい勝負してたのにさ…。」

 

「はははっ。そりゃあ申し訳ない。でも、実際の戦闘でそれは通じないよ?」

「それは分かってる。だけど…」

「だけど?」

 

勿論、時雨は時任の言っている事は正論であり、彼に何の責もない事は

十分に分かっている。

 

「ううん、なんでもない。ごめん大尉。今後はもっと気を引き締めるよ。」

 

分かっているからこそ、素直に自身の非を認め謝罪の言葉を口にする。

 

 

時雨のその言葉を聞いた時任は、満足そうに笑みを浮かべ

浦風とポーラにも労いの言葉を掛けた。

 

 

「二人もご苦労様。

夜間の、それに多対一での訓練はどうかな?やってみた感想は。」

 

 

3名とも夜間戦闘は経験済みであり、今までもそれに合わせた戦闘訓練もやっている。

ただ訓練に関しては標的を打ち抜くものであったり、航行訓練などが殆どで

対艦での訓練は未経験であった。

 

 

「う~ん…やっぱり独特の怖さはあるんじゃねぇ。

しかも今回は時雨が相手じゃったし。」

 

「Oh si!ワタシもヤセンはそれなりに自信はありますけど~

素早い駆逐艦には苦労しますね~。

ウラカゼも言ってましたけど、ヤセンのシグレは手強いですからね~。」

 

「…二人とも、そんなに煽ててもご馳走の品数は増えないからね?」

 

「あらら…ダメですかぁ~?」

 

 

そんなやり取りに、思わず全員が笑い出す。

 

 

「まぁ、賭け事をするなとは言わないけど

さっき時雨にも言ったように、演習とはいえ緊張感を持って行う事。いいね?」

 

 

Ho capito(わかりました~)~」

「了解じゃ。」

「うん。」

 

 

そう言い残し、時任がその場を離れようとした時

ワザとらしく何かを思い出したかのように、大声で浦風が話始める。

 

 

「あぁ、そうじゃ。ねぇポーラ、艤装の事で明石さん所に行くんじゃけど…

ちぃと付きおぉてくれんかね?」

 

その言葉を聞いたポーラは、始めはキョトンとしていたものの

話しの意図を理解したのか、浦風と同じようにワザとらしく応える。

 

È strano!(奇遇ですね~)

ワタシもアカーシに用事があるので一緒に行きましょ~!」

 

「あっ!じゃあ僕も」

 

二人に同調するように時雨も一緒にと言いかけるが

それよりも先に浦風に強引に背中を押されて転びそうになる。

 

「ちょ、ちょっと!危ないじゃないか!いきなり何をするのさ。」

口を尖らせながら文句を言う時雨。

 

「時雨はほら、あれじゃろ?

演習の報告やらをせにゃあいけんじゃろうが。」

 

 

浦風は尤もな言い分を並べるが、表情はいたずらっ子のそれである。

 

 

「それじゃあ、またの!」

Buona notte(お休みなさい~)~!」

 

 

 

そう言って去っていく二人を黙って見送る新米指揮官とその秘書艦。

 

暫くの間沈黙が続いたが、どちらからともなくお互いの顔を見て笑い出す

 

 

「帰ろうか」

「…うん。」

 

 

帰り道、ぎこちない雰囲気ながらも会話をしながら歩く二人。

しかしその内容は…

 

「・・・で、こう。」

「ふーん。そうなんだ。」

 

「あぁ、それはね・・・」

「なるほどね。」

 

といった、なんとも盛り上がりに欠ける内容。

 

 

だが次に、時任が何気なしに言い放った言葉で時雨が動揺する。

 

 

「あぁ、そうだ。さっき谷崎提督と『ケッコンカッコカリ』の話題になったんだけど、

時雨はどう思う?」

 

 

「…え?」

 

 

 

時任から予想外の言葉を聞き、パニックに陥りそうになるが

努めて冷静になろうと、時雨は必死に頭を回転させる。

 

 

『ちょっと待ってちょっと待って!

いいかい?一旦落ち着くんだ時雨。こんな風に動揺してたら

大尉に変に思われるじゃないか。

 

 

”ケッコンカッコカリ”

 

 

確かに全く興味がないと言う訳じゃあないけど…

そもそも、まだそういった感情が僕には良く分からないし…

 

 

で、でも大尉はどんな意味で聞いているんだろう?

 

あぁ、もう!こういう時、何て返事をしたらいいのかわからないよ!』

 

 

 

そんな風に頭の中で悩み続ける時雨だったが…

 

 

「おーい、時雨?」

 

「え?な、何かな?

あ!ケッコンカッコカリの事だよね!え~と、うん。その…」

 

「あぁ、そんなに深い意味はないんだよ。

時雨達艦娘の皆は、どんな風に考えているのかな、と思ってさ。

 

…ってあれ?どうかしたかい、時雨?」

 

 

時任の言葉に、時雨は小さく肩を震わせ俯いたままだ。

 

『……なんだい、それ?

まるで真剣に考えてた僕がバカみたいじゃないか!

 

僕はてっきり…っていやいやいや、それ以前に僕と大尉はそんな関係じゃ…

 

でも、もしかしたら…』

 

 

そんな事を考えながら時任の顔を見る時雨だが、その表情から察するに

時雨の期待するそれでは無く、大きく落胆の溜息を吐く。

 

 

 

『ま、そうだよね。分かってはいたけどさ。』

 

 

そう心の中で呟くと、改めて時任の方へ向き直り

時任の問いに対し、己の答えを伝える。

 

 

「ケッコンカッコカリ…確かに女の子としても、艦娘としても

色々と憧れるよね。

 

で・も!

 

今の大尉とは、したいとは思えないかな?」

 

 

「えぇっ!そ、そんなに嫌われてるの?俺…」

 

少しは信頼されていると思っていた秘書官からのダメ出しに

落ち込む時任。

 

そんな彼を見て悪戯な笑みを浮かべながら時雨が続ける。

 

 

「大尉聞いてた?

 

僕は、”今の大尉とは”って言ったよ?」

 

「え?それって…」

 

「さぁ?なんだろうね?

さっ!もう帰ろうよ。」

 

「お、おい時雨、待ってくれよ。」

 

 

時雨の思わせぶりな言動に動揺し、一瞬固まったままの時任だったが

先に歩き出した時雨を慌てて追いかける。

 

 

『まぁ、今はホントに分からないよ。

 

どうしたいのか?

どうしたらいいのか?

 

僕自身がそれを分からない限り答えは出せないよ。

 

でも大尉となら、何となくだけど答えの様なものが出せる気はするよ。

 

 

だから……』

 

 

 

「大尉、これからもよろしくね!」

 

 

 

時雨は追いかけてくる時任に向かい、笑顔でそう言った。

 

 



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29.【素直になれない者たち】

「なんだと貴様ぁ!もう一度言ってみろ!!」

 

「教官殿、私は全ての争いを否定している訳ではありません!

ただ現在の我々の敵、深海棲艦とは争い以外の方法もあるのではないかと考えているだけです。」

 

 

 

またあいつか…

よくもまぁ、凝りもせずいつもいつも上官にたてつけるものだ。

 

 

 

そうだ。

 

 

 

始めのうちはアイツの事を、こんな風に遠巻きに見ていただけだった。

 

だけど、同じような事で上官にたてついて叱責されているアイツの事見ていたら

知らず知らずのうちに興味を持つようになり、色々と話すようになった。

 

 

聞けば、アイツの考え方の根幹には生まれ故郷があるらしい。

 

 

そういえばアイツに、”なんでそこまで上官に食って掛るのか”を聞いた事があったな。

 

そしたらあいつは笑いながら…

 

 

「戦わなくて済むなら、お互い痛い思いをしなくて済むじゃないか。」

 

流石に初めて聞いたときは、『こいつは何を言ってるんだ?』と思ったな。

 

お互いの存亡をかけて戦っているのに、なんて呑気なヤツなんだと思ってた。

 

 

それでもアイツの方は俺とは波長が合うと感じたらしく、時間があればアイツは

自分の思いを暑苦しいくらい語ってきた。

 

 

最初のうちは、アイツの事を鬱陶しく感じて適当に流していたが

気が付けばいつも一緒にいる、そんな仲になっていた。

 

 

 

 

あぁ……そうだ……

 

 

 

こんな風に懐かしく感じるときは決まって……

 

 

 

 

 

「どうして…なんで俺たちを裏切る様な真似を!」

 

「……そう感じるのか、お前には。

裏切るとかそう言った事じゃあないんだがな。」

 

「今からでも遅くない!一緒に隊に帰ろう、な?

なんなら俺も上に掛け合ってやるから!」

 

 

そう言ったのに、お前は少しだけ困ったような顔をしたけど

直ぐいつもの笑顔を俺に向けて…

 

 

 

 

「俺の最後がお前の手に掛かるなら、それもいいか…」

 

 

 

なんでだよ。

 

何でそんな事を言うんだよ!

 

どうして分かってくれないんだよ!!

 

 

 

 

 

どうしてもお前に対して引き金が引けない俺は、ヤツに強引に拳銃を奪われた。

 

奪われて直ぐ、銃声が鳴ってお前は倒れた…

 

 

 

あぁ、そうだ。この後だ…

 

今も頭から離れずにいる、お前が息を引き取る寸前。

苦しそうにしながらも、真っ直ぐに俺を見て言った言葉。

 

 

 

 

 

「あ……あと…は、お前に任せる……よ。頼む…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夢のあと、目が覚めるのは毎回この言葉を聞いてからだ…

 

 

 

「ふぅ……」

 

大きなため息を吐いた後、寝起きで重い体を半ば強引に体を起こし

部屋の窓を開けて外の景色を眺めながら、心の中で呟き始める。

 

 

 

 

全く、とんでもない事を俺に託しやがって…

お陰で俺は今、こんなざまだぞ?おい、聞いてるのか?

 

 

だが、お前の蒔いた種は順調に育っているみたいだ。

 

探すのにはかなり苦労したがな。

 

 

しかし、俺の事を知ったらどんな事を言われるんだろうな?

 

何を言われても、何をされてもお前の言葉じゃあないが、

 

 

『お前の手に掛かるなら…』て、心境だよ。

 

 

 

 

それに、なんとか道筋の様なものは見えて来たぞ?

 

 

だけど時々不安で押し潰されそうになる…

 

 

『本当に俺が出来るのか?』と。

 

 

 

 

そして、徐に机の引き出しから丁寧に1枚のメモ用紙を取り出す。

そのメモは所々血の様なもので赤く染まっている。

 

 

 

「…今の俺は、お前の期待に応えられているのか?

 

 

 

なぁ、時任よ。」

 

 

 

 

そして誰も答える事の無い空へ向かって呟いた後、身支度を整え

いつもの様に仕事へ向かう為、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

仕事場に着くと、自身のデスクに山積みとなった書類に嘆息しながらも

黙々と整理をしていく。

 

 

ただひたすらに、まるで機械の様に書類を裁いていく…

 

 

しかし実際は生身の人間。

体は正直なもので、体を動かしていなくとも腹は減る。

空腹感を感じ、時計を見ると既に昼の12時を過ぎている。

 

「もうこんな時間か…」

 

 

 

作業を一区切りさせ、予め用意しておいた握り飯を持って

いつもの場所へ向かう。

 

 

 

昼食を摂る時はいつも一人。

そして食べる場所も、決まって中庭にある木陰のベンチ。

 

中庭の中央には大木が植えられており、その周囲を様々な草花で飾られ

職員たちの憩いの場となっている。

 

 

 

この場所が一番気持ちが安らぐ。

 

 

 

はずなのだが…

 

 

 

食べかけの握り飯を飲み込むと、男は目の前の大木に向けて話し掛ける。

 

 

 

「…いい加減出てきたらどうだ?」

 

「ありゃ、わかった?流石だねぇ。」

 

「一応、一緒に戦ってきた仲だから多少の気配は、な。

と、言うよりも、いかにも”見つけてくれ”って感じたぞ?」

 

「えぇ~っ!そうかなぁ?…私もまだまだだなぁ。」

 

 

そう言って、ワザとらしく舌を出しながら男の前に現れたのは

軽巡洋艦”川内”。

 

 

「久しぶりだねぇ。もうどれくらい経つのかなぁ。ね! ”神保提督”?」

 

「”元”が付くぞ。それにもう俺は…いや、何でもない。」

 

「いやいやいや、それって何かあるって言ってる様なもんじゃん!

でも、話してくれそうには…ないか。

 

 

 

まぁいいや。…隣、いい?」

 

 

川内の問いに、無言でスペースを開ける神保。

 

”ありがと!”

 

そう礼を言って、川内は神保の隣に座る。

 

 

それから暫く、他愛のない会話を続けていた二人だが

話しの流れが途切れたのを切っ掛けに、神保が改めて問い掛ける。

 

 

 

「……それで?」

 

「ん?」

 

「恍けるなよ。何か俺に聞きたい事でもあるんじゃあないのか?」

 

「う~んとねぇ…じゃあ、今やってる仕事で機密的な」

「言えるか。バーカ。」

 

「うそうそ!

折角こっちに来たからさ、久しぶりに話でもしようかと思っただけだって。

…あぁっ!何その目!疑り深いなぁ…」

 

 

神保から疑いの眼差しを向けられた川内は、不服そうに頬を膨らませて抗議する。

 

 

だが、疑われるのも無理はない。

 

当時、神保の部下として動いていた川内は所謂”なんでも屋”。

 

戦闘は勿論、艦娘達の折衝の他、各種情報収集などを担当していたのだから。

 

 

「相変わらず慎重と言うか何と言うか…そんなんだから、お昼に一人飯なんじゃない?」

 

「余計なお世話だ。ほっとけ。」

 

「こりゃ失敬…」

 

 

 

おどけた様に川内が謝罪すると、呆れた様に嘆息した神保が俯きながらポツリと呟く。

 

 

 

「俺は慎重なんかじゃあ…ない。ただ、臆病なだけだ。

失敗する事を恐れてばかりで動くことが出来ず…

 

だからお前たちには面倒を掛けっぱなしだった。」

 

 

そう言って、自嘲しながら神保が続ける。

 

 

「そんな臆病者だったから今はこんな、砲弾も飛んでこない場所で呑気に書類整理なんかをしている。

お前たちからすれば、さぞかしいい笑いの種だろうな。ははっ…

 

 

だけどな川内、俺は」

 

「はいスト~ップ!」

 

まだ何かを訴えかけようとしていた神保を川内が制し

小言交じりに神保へ投げかける。

 

()()()ちゃんと分かってるって!もう、みなまで言うな!」

 

「・・・すまん。」

 

「別に何も責めてないじゃん。

それに多分、その続きはちゃんと()()()前で言った方がいいんじゃない?」

 

 

川内からすれば、神保に対し別に怒っているわけではないのだが

思った以上に暗くなってしまっている神保を見て、発破をかける意味で続けた。

 

 

「自分の中に留めて置く事がいい時もあるけど

ちゃんと相手に伝えないと分からない事もあるよ?」

 

「…だが、俺にはもう、その資格がない。」

 

 

 

『こう言う所なんだよねぇ…一度気持ちが落ちると中々上がってこないし。

だから肝心な事がいつも伝わらない。』

 

 

 

どうしたものかと思案していると、神保は腕時計に目をやった後

立ち上がってその場を去ろうとする。

 

 

「ちょ、ちょっと神保提督!…もしかして、怒ったの?」

 

「この程度の事で俺が怒る訳がない事くらい、お前ならわかる筈だろう?」

 

川内に対し背を向けたままではあるが、神保はそう答えた後

徐に空を見上げて続ける。

 

 

「まぁいずれ、その時が来れば話せるかもしれんな。」

 

「でも、提と」

 

「”元提督”だ。ほら、こんな所で俺と長話をしてるとお前も目を付けられるぞ?

 

それじゃあ、な。」

 

 

そう言い残し、神保はその場を去って行った。

 

 

時には苦言を呈し、時には励まし、陰で支えてきた。

 

当時の秘書官である、山城よりも近しい存在であったと自負しているからこそ

進言したつもりではあったが、どうやら余計に殻に閉じこもってしまったようだ。

 

 

遠くなっていく神保の背中を見ながら川内が呟く。

 

『”いずれ”、か…ホント、損な性格だね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、神保と川内が旧交を温めていた頃、時任達は谷崎率いる艦隊に対し

三度目の演習に挑んでいた。

 

 

「ヤセン…か。時雨、浦風!損傷の具合はドーデスカ?」

 

「僕は中破。だけど行けるよ!浦風は?」

 

「ウチは小破じゃけど、勿論行けるわいね!」

 

 

今回は空母組の翔鶴と龍驤が意地を見せ、加賀の封じ込めに成功。

だが、大破に追い込めたのは加賀と秋月のみで、旗艦である金剛は小破に留めたものの

こちらの損害は翔鶴・龍驤、そして白露が大破判定。

 

残る相手は中破1(神通)、小破2(ビスマルク・綾波)、そして高雄に至っては無傷という状況。

 

内容的に少々分が悪く、継戦の有無を戸惑っていた時任の下へ

旗艦である金剛から通信が入る。

 

 

「Bring it on!

 

Hey、大尉!夜戦の許可をお願いシマース!他の2人もやる気MAXネー!」

 

 

夜戦となれば、要になるのは時雨と浦風。しかし時雨は中破状態…

だが彼女たちの戦意が衰えていないとなれば…

 

時任は一瞬躊躇いの表情を見せたが、彼女たちを信じて命令を下す。

 

『よし。金剛、時雨、それに浦風!夜戦にて追撃の許可をする。

後は作戦通りに、な!』

 

「「「了解!!!」」」

 

 

 

一方、谷崎の指揮所では…

 

 

「ほぉ、夜戦突入を許可したか。まぁあの損傷具合ならば、当然来るだろうな。

聞こえるか?ビスマルク!」

 

『なによ?』

 

「残った奴らは、ちょいとばかし厄介だが…やれるか?」

 

『…誰に物を言っているの?当り前じゃない!

改めて私の夜戦能力、そこでとくと見てなさい!』

 

「OKだ。よし、高雄はビスマルクに付いて時雨と浦風に。

綾波は神通に付き金剛を狙え!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 

 

三度目の演習挑戦にして、初の夜戦突入。

 

 

しかもそれを()()()()()()()()のだから、否が応でも気分が高揚する。

 

前回前々回と、隊を2つに分けて敗北。

その教訓を生かして、戦力を集中させるかと思いきや今回は更に分けて3つに分散。

 

 

翔鶴と龍驤が加賀を抑え込み、随伴の秋月と共に大破させ

時雨と浦風が神通を執拗に追い回し、海域から引き離す。

 

そして…

 

「いったぁ・・・でも、役割は果たしたからね!時雨、浦風!後は任せたよ!」

 

「うん、任されたよ。じゃあ、行くよ!浦風!」

 

「は~いよっ!」

 

 

金剛の援護もしつつ、ビスマルクと高雄に狙いを絞らせない様

ひたすら海域を掻き回した白露。

 

常に”一番”をこよなく愛する彼女に相応しい一番の活躍であった。

 

 

そして、残った者たちがそれぞれの思いを胸に夜戦演習が開始された。

 

 

「探照灯…照射します!綾波さん!」

 

神通からの探照灯照射により、旗艦の金剛が照らされ綾波が攻撃態勢に入ったが

次の瞬間砲撃音が鳴り、探照灯の光と共に神通の通信が切れる。

 

「探照灯で狙ってくるのはお見通しデース!…Next!」

 

こちらは相手の残った状況を見て、探照灯を逆手に取った金剛の読み勝ち。

 

 

Es ist hartnäckig! !!(しつっこい!!)高雄、そこから狙える?」

 

「やってみます!…けど、これだけ動かれてしまっては…」

 

 

中破しているものの、白露同様ひたすら海域を動き回りつつビスマルクを牽制する時雨と

隙あらば!と虎視眈々と必殺の魚雷で狙う浦風。

 

「時雨、しゃーなー?まだ行ける?」

 

「うん、まだまだ!今日こそは…」

 

 

夜戦では自分達駆逐艦の働きが勝敗を左右する。

 

その事が十二分に分かっているからこそ否が応でも力が入る。

 

 

『僕が、僕たちが大尉の力になるんだ!

それをこの演習で証明して見せる!』

 

時雨はその一心でこの夜戦に臨んでいた。

 

 

 

 

 

そして、千載一遇のチャンスがやってくる。

 

 

「「きゃあっ!」」

 

 

時雨の牽制に大きく態勢が崩した高雄が、勢い余ってビスマルクに接触してしまい

二人の動きが止まる。

 

 

「そこじゃ!貰うたよ!」

 

浦風から発射された魚雷が命中し、標的である二人が居る場所から悲鳴と共に爆発が起こる。

 

 

「や、やった…の?」

 

「やったよ時雨!うちらが勝ったんじゃ!!」

 

 

 

『勝った…?僕たちが勝ったの?

 

僕は大尉の力になれたの?』

 

 

まだ状況が飲み込めず、茫然としている時雨。

 

 

 

「そ、そうだ大尉に報告を」

 

『回避だ!急げ!!』

 

「え?」

 

 

時任に報告をしようと通信を開いた次の瞬間、時雨は衝撃と爆風で吹き飛ばされ

大破の判定を受ける。

 

 

「え?何?何が起きとるんじゃ?」

 

状況が飲み込めず狼狽する浦風だったが、程なくして現状をを理解する。

 

 

「そ、そんな…」

 

 

浦風が絶望の眼差しで見つめたその先には…

 

 

Es war schade.(残念だったわね)最後まで確認を怠った貴女たちの負けよ!」

 

そう言い放ち、”大破した高雄”を抱えながらも、浦風に砲塔を向ける”無傷のビスマルク”の姿があった。

 

 

 

それから数分後、時雨と浦風大破の報告を受けた金剛が演習終了を促す

撤退信号を打ち上げた為、時任艦隊の敗北が決定した。

 

 

 

~谷崎指揮所~

 

「ふぅ…。今回はちょっと危なかったな。

高雄、大丈夫か?」

 

『え、えぇ、何とか。でも、間に合って良かったです。』

 

 

時雨と浦風に掻き回され、体勢を崩しビスマルクと接触した高雄は

とっさの判断でビスマルクを庇って大破。

 

それを誤認した二人の隙を突き、ビスマルクが魚雷と主砲を発射。

 

勝ったと思い込み、緊張の糸が切れた状態でこれを躱す術は二人にはなく

敢え無く大破となった訳である。

 

 

『全く、私を庇って大破なんて…でも、Danke.』

 

「お?珍しく素直じゃないか、えぇ?ビスマルクよ。」

 

『べ、別にそんなんじゃないわよ!大体、あのくらい私なら何とでも』

 

「はいはい、ツンデレツンデレ」

 

そう言った後、ビスマルクからの言い訳という名の抗議がひたすら続く前に通信を切る。

 

そして、何事もなかったかのように執務に戻ろうとする谷崎を、扶桑が声を掛けた。

 

「提督、今回くらいは宜しいのではないですか?」

 

「ん?何の事だ?」

 

 

扶桑の問いに惚けて見せるが、そこは長年付き添ってきた秘書官。

すっかりお見通しである。

 

「先程の貴方の言葉を借りれば、"つんでれ"?でしたか。

素直に褒めてあげてはいかがです?」

 

そう言って微笑みながら谷崎を見た後、”さぁ早く!”背中を押す。

 

「…それじゃあ、ちょっと行ってくるわ。」

 

照れ隠しの為に制帽を目深に被り、指揮所を出る谷崎。

 

 

今回の演習。

負けたとはいえ夜戦までもつれ込み、あわやという場面まで作り出した。

 

 

『しかも、まだ3回目。たった1か月程の期間でこれだ。

俺の目も、まだ曇ってなかったって事だよな!

 

これからだ。これからが本当に楽しみになってきたぞ、時任。』

 

 

「おーい、時と」

 

目的の場所と人物を見つけ、谷崎は声を掛けようとしたが

慌てて口をつぐみ、近くの建物の陰に身を隠す。

 

 

 

「どうして最後まで確認をしなかった?

君たち二人は、そんなに自信家だったのか?」

 

 

見るとそこには、時雨と浦風。

そして二人を、普段はあまり見せない厳しい表情でしっ責しているの時任の姿があった。

 

「自分たちの作戦が上手くいったからと言って、浮足立って

肝心な所を疎かにしては、全く意味がないじゃないか。」

 

ただ傍から見ても、目前に迫った勝利を逃した責任を執拗に追及したり

自身の苛立ちをぶつけている様には見えない。

 

しっ責される理由を理解している為か、当の二人は反論もせず俯いたままだ。

 

 

失敗した時、何かしらの言い訳をする者に対して時任が口癖の様に言っている事。

 

 

”それは実戦でも同じことが言えるのか?”

 

 

時任から日々、口を酸っぱくして言われてきた事が頭に残っているからだろう。

 

 

 

「Hey,大尉。今回の件は」

 

見かねた金剛が、間に入ろうとするが傍にいた翔鶴に止められる。

 

 

「Why?何故止めるデース。負けた責任なら私たちにもありマース!」

 

金剛の問いに頭を左右に振った後、彼女の耳元に顔を近づけて

こう答えた。

 

「以前、大尉がおっしゃっていた事を覚えていますか?

 

”自分も成長する為に力を貸してほしい”と言っていた事を。」

 

 

翔鶴が言っているのは、隊のメンバーを集めた際に行った所信表明の事だ。

 

その言葉にハッとする金剛。

 

「……Yes.」

 

「それに見て下さい、大尉のあの表情。

あんなに辛そうな顔をしながら、他人を叱る人を私は見た事がありません。」

 

 

艦隊を指揮する者にとって、時には冷酷な判断を下す事は避けて通る事は出来ない。

 

今回の様に、自身の部下をしっ責する事もまた然り。

 

 

「今日の事に関しては、私たちは戻ってから時雨さんたちのフォローに廻りましょう。」

 

「Okey-Dokey!そう言う事なら任せて下サーイ!

大尉ー、私たちはお先に失礼シマース!」

 

 

そう言い残し、翔鶴と金剛は工廠へと戻って行き、時任も無言ではあるが

手を挙げてそれに応える。

 

 

「さて…」

 

改めて二人の方を見るが、かなりの落ち込み様で今にも泣きだしそうだ。

 

 

『…少し言い過ぎたか?すまない…でも、二人共分かってくれ。』

 

 

時任は心の中で二人に詫びた後、二人の頭に軽く手をのせながら、声を掛ける。

 

「結果は残念だったけど…よく頑張ってくれたね。お疲れ様。」

 

すると今まで我慢していた分、優しくされた事で気が緩んだのか

時雨と浦風は泣き出してしまう。

 

「たい、い…ご、ごめん、なさい。」

「う、ウチもごめんなさい。もう絶対に同じ失敗はせんから…」

 

 

「わかった。次からは、同じ事が無い様に頼むよ、二人共。

さぁ、今日はもう部屋でゆっくりと休むといい。」

 

そう言い残し、時任もその場を後にした。

 

 

 

 

「なんだよ。フォローを入れようかと思ったけど…

俺が何も言わなくてもしっかりと成長してるじゃないかよ。

 

こりゃあ、いよいよ締めてかからにゃいかんな。」

 

そう呟いた後、谷崎もその場を離れた。

 

 

 



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30.【疑心】

~南方鎮守府~

 

暫く静かだった鎮守府内に、けたたましいサイレンと共に館内放送が鳴り響く。

 

『緊急招集です。時任大尉及び秘書官時雨の2名は、速やかに提督室へ出頭願います。

繰り返します。時任大尉……』

 

 

第二会議室内にて執務を行っていた時任と時雨は、無言で目を合わせたのち

急ぎ提督室へと向かった。

 

 

 

 

~3日前、西方海域周辺~

 

 

 

 

「ふぁあ~ぁあ・・・・・・長閑な海だねぇ。」

 

「おいおい、いくら暇だからってちゃんと哨戒任務はやれよ。」

 

「わぁ~かってるって。でもそんな事言ってもさ、こう静かだとつい、な?」

 

「まぁ確かに、うちは北方や東方に比べたらなぁ…」

 

 

そう言って哨戒中の船上から、現状をぼやく見張りを担当している男が二人。

 

ここは西方海域周辺。担当は西方鎮守府。

 

現在稼働している鎮守府は合計で5つ。

軍の中枢を担う『中央鎮守府』を中心に、各方角に1つずつ設置されている。

 

北に”北方鎮守府”

東に”東方鎮守府”

南に”南方鎮守府”

西に”西方鎮守府”

 

そしてそれらをまとめる”中央鎮守府”の計5つで

谷崎や時任達が所属しているのが南方鎮守府。

 

その5つの中でも、比較的深海棲艦との交戦機会が少ないのがこの西方鎮守府である。

 

 

 

そうは言っても、何もしない訳にもいかず、二人の見張り員は

再び周辺の警戒任務を始めた。

 

 

 

やがて陽が落ち始め、周囲が暗くなり始めた頃、一人の見張り員が自身の腕時計で時間を確認する。

 

 

 

「さぁて、と。そろそろ交代の時間だな。

こっちは特に異常なしっと。よぉ、そっちはどうだ?」

背中越しにもう一人の見張り員に尋ねるが返事がない。

 

 

『全くしょうがねぇなぁ…今度は居眠りでもしてやがるのか?』

 

 

 

「おい、返事くらい」

 

 

流石に小言の一言でも言ってやろうと、男は同僚の方へ向き直るが

眼前に飛び込んできた、異様な光景を見て言葉を繋ぐことが出来ない。

 

 

男が振り返り見た方角には、同僚の”見張り員であろう”姿は確かにあった。

 

ただ、いつも見慣れた男の姿ではなく、両腕をだらしなくぶら下げ

全身が白く、得体の知れない化け物の様な者に高く持ち上げられ、頭を握り潰された姿で…

 

 

「あっ、あぁっ!…だっ……」

 

男が恐怖のあまり思うように声が出せずにいるのを

得体の知れない化け物は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら

男に話し掛ける。

 

「ハハッ!次ハ、オ前ガ遊ンデクレルノ?」

 

「お……おま…お前……は」

 

 

男は何とか声を絞り出そうとするも、中々言葉が続けられない。

 

 

「ナンダヨ、言イタイ事ガアルナラサッサト言イナヨ。

 

 

 

 

ソレトモ……手伝ッテ欲シイ?」

 

 

 

 

 

そう言うと化け物は、怯える男の頭を掴みながら、自身の頭上まで軽々と持ち上げる。

 

 

「あがっ!…いぃぃっ!!」

 

「フーン。ココヲ掴ムト”音”ハ出ルンダ。ジャア!」

 

 

次の瞬間、化け物はその手の中にあった男の頭を

まるで柔らかい果物の様に握り潰した。

 

 

「アレレ?”音”、出ナクナッタ。ツマンナイノ…

 

 

 

 

 

ニンゲンッテ、脆イ生キ物ダナァ。」

 

 

 

化け物は暫くの間、動かなくなった男を様々な角度で眺めていたが

ふと耳元に手を当てるような仕草をした。

 

 

「何?今楽シンデル所ナンダケド。

 

 

……ハァ?コレカラモット楽シメルンジャナイノカヨ?

 

 

 

…ダケドサァ…

 

 

 

アァモウ!分カッタヨ!戻レバイインダロ!」

 

 

化け物は悪態をつきつつ、艦から海へ飛び込もうとした時

艦内から出てきた別の人間に見つかる。

 

 

「お、おおお、おい!そこで何をしている!!」

 

「アーア、見ツカッチャッタ。ジャア仕方ナイヨネ?

 

 

戻ルノハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残ッタ奴ラヲ、ブッ壊シテカラダケドネ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~南方鎮守府提督室~

 

 

執務中の谷崎の元へ、緊急の電文が届いた事を知らせる為

秘書艦の扶桑が緊張した面持ちで入ってきた。

 

 

 

「どうした扶桑、そんな顔をして。」

 

「提督、これをご覧になって下さい。」

 

 

谷崎は扶桑から電文と共に受け取った資料に黙って目を通す。

 

 

「ふむ……。」

 

一通り目を通した後、考えを纏める為に腕を組んで目を瞑っていた谷崎だが

徐に立ち上がり、秘書官である扶桑に命令を下す。

 

「扶桑、現時点で遠征及び哨戒に出ている艦隊に通達。現任務を即時破棄し速やかに帰投、

帰投の際は周辺の警戒を厳とせよ、とな。

それと、直ぐに動ける艦娘のリストアップだ。艦種は問わん。」

 

「了解しました。」

 

「それと…」

 

「時任大尉の招集、ですね?」

 

「あぁ、頼む。」

 

谷崎は、阿吽の呼吸ですぐさま行動に移した扶桑の背中を頼もしく見つめていた。

 

 

 

数分後、提督室にて招集に応じた時任と時雨を含めた4名だけの緊急会議が

始まった。

 

 

「急に呼び出してしまって悪かったな、時任。」

 

「いえ。それで一体何があったのですか?」

 

「まずはこれらの資料を見てくれ。」

 

 

そう言って渡された資料と電文に目を通す時任。

 

 

資料にはこう書かれている。

 

 

発:中央鎮守府司令部

宛:各方面鎮守府代表

 

 

 

先日、西方海域にて哨戒をしていた艦との連絡が途絶した為、急遽捜索隊を派遣。

同日、煙を上げ漂流中の哨戒艦を発見するも、乗組員は発見できず。

しかし、艦内及び艦外の至る所に血痕の様なものが残されており(※添付資料参照)何らかの事故

または戦闘行為があった可能性を認む。

 

以後、中央が事故及び敵の襲撃両面にて調査を継続するが、各方面の警戒を厳とし

引き続き任務に当たられたし。

 

 

 

 

渡された資料に一通り目を通した後、時任はそれらを返し谷崎に問い掛ける。

 

 

「見たところ、艦はそれ程損傷が見られず、乗組員のみ不明というのは腑に落ちませんね。

考えたくはありませんが、人間同士の争い…という事も?」

 

「確かにお前の言う通り、気の緩みから起きた醜い争いというのも一つの線ではある。

まぁ現場だけを見れば、そうとでも考えない限り、出来の悪いミステリーになっちまうわな。

 

 

ただ…」

 

 

そう言った後、谷崎は手にしていたタバコを灰皿に押し付けながら続ける。

 

「これは、あくまでも俺個人の推測に過ぎんのだが

恐らく深海側との戦闘があったんじゃないかと思う。

 

考えてもみろ。幾ら戦闘機会が少ない西方だからといって、哨戒に出る奴らも

それなりの練度の筈だ。そいつらが緊急時のSOSも発信できず、行方をくらましたって事は…」

 

「深海棲艦からの急襲を受けた…と?」

 

「あぁ。ただ如何せん情報が少なすぎる。そこで、だ。

明日から哨戒強化の名目で、隊の臨時編成を行うんだが、お前の隊からも3名選抜してくれ。」

 

「了解しました。では編成表を急ぎ作成し、改めてご報告に上がります。」

 

 

そう言って立ち上がり、提督室を後にしようとした二人だったが

谷崎に呼び止められ足を止める。

 

「あぁ、ちょっとまってくれ。扶桑、頼む。」

 

扶桑は谷崎に促されると、室内のカーテンを閉めた後、入り口付近を見回して

部屋の鍵を閉める。

 

「え?ちょっと、扶桑何やってるの?」

 

 

心配そうな表情で尋ねる時雨に、谷崎は笑いながら着席を促し

話を始める。

 

 

「最近周囲でどうも”きな臭い話”が多くてなぁ…用心する意味でこうさせて貰った。

あぁ、勘違いするなよ?お前らをどうこうって訳じゃあない。

あまり他人に聞かれたくない話だったもんでな。」

 

 

そう言って谷崎は、改めて二人に向き直り話始めた。

 



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