蒼き夜に暁を、水平線に勝利を (黒っぽい猫)
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第一話

暗い部屋に誰かが佇んでいる。とても小さな人影だ。恐らく子供のものだろう。一心不乱に自分の手首へと何かを擦りつけている。部屋中に紫色のドロリとした液体が付着し、鉄のような匂いを放つ。

 

──嗚呼、またこの夢か。

 

その紫色の液体は、きっと僕の血液だ。ほら、そうやって見てみれば、確かに目の前の少年は嘗ての僕そのものじゃあないか。

 

『どうして──どうして死ねないの……?こんなに血を流しているのに…死ななきゃいけないのに』

 

牢獄の中で、こっそり手に入れた刃物を必死に押し当てながら泣きじゃくっている。

 

『あんなに殺した僕に…生きる価値なんてないのに……!』

 

ふと、少年は顔を上げて僕を──正確には僕が立っている先にある姿見を見た。涙と鼻水でグシャグシャの顔だが、右眼だけが爛々と青い光を放っている。

 

右眼の、本来なら黒目に当たる部分が、深い青に染まっていた。

 

『こんな身体のせいで──僕は死に損ねてるんだ……そもそも、お前達深海棲艦さえいなければ……ッ!!!』

 

そう叫んだ少年は右眼に刃物を突き立て──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ………夢……?」

 

視界が切り替わり、目の前には寝入る前に見た幌があった。どうやら、まだ到着までは少し間があるらしい。速度は相変わらずだ。幌の外からは少し光が見える。どうやら夜明けが近いらしい。

 

眼帯がしてある右目にそっと手を当てる。あの後、本当に目に刃物を突き立てた僕は悲鳴をあげてしまい、刃物を没収されてしまったのだった。

 

(あの時、目を突き立てた勢いでもっと深くまで刃物を突き入れてしまえば──)

 

或いは、提督として再び艦娘と関わりを持つ羽目にはならなくて済んだのかもしれない。

 

てちてちと隣で誰かが頬を叩いてくる。そちらに視線を向けると、心配そうな小さな顔。昔から一緒にいた友達(妖精さん)の顔だ。

 

「だいじょうぶ?いやなゆめみた?」

 

その頭を、不安を払拭するかのように優しく指で撫でてやる。

 

「うん、大丈夫。ありがとね、妖精さん」

 

「きょーちゃんに、むりはさせない。だから、がまんしないで?」

 

「!」

 

この子(妖精さん)達は、不思議なことに僕が本当に欲しがっている言葉を欲しい時にくれる。今だって強がっては見たものの本当は夢のことを誰かに聞いて欲しかった。

 

「みてれば、わかる。かなしそうな、いたそうなかおしてた」

 

黒い瞳でじっとこちらを見る妖精さん。暫く無言のにらめっこが続いたが最初に折れたのは僕だった。

 

「本当に妖精さん達には敵わないね……本当は見たよ、嫌な夢。僕が眼帯をつけるきっかけになった夢」

 

「うん」

 

「今は、この身体のことをなんとも思ってない。でもあの時は本当に怖くてどうしようもなかった。その時の怖さが、思い出されたんだ」

 

『自分が何者なのか分からない』という状態(ヤツ)だ。人間ではないのだが、完璧に人外というわけでもない。

 

そんな宙ぶらりんな自分が怖くて、許せなかった。

 

「だいじょうぶ、きょーちゃんにはわたしたちがついてるから。きょーちゃんじしんがじぶんをうけいれなくても、わたしたちがうけいれる。

 

ぜったいきょーちゃんをひとりぼっちにはしない」

 

「うん……ありがとう、妖精さん」

 

とても小さな、でも僕のかけがえのない友人は、とても頼もしく見えた。

 

そんな妖精さん達に元気をもらっているとエンジンの音が止まった。

 

「南雲少佐、到着いたしました。こちらが鎮守府でございます」

 

トラックから降りてきた男性がこちらに敬礼をしてくる。僕もそれを返しながらここまで運転してくれた彼の労を労う。勿論敬礼を返すのも忘れない。

 

「ここまでありがとうございました。ほんの心付けですがこれでなにか飲んで下さい」

 

そう言って封筒を渡す。前から降りてきた運転手にも同じように渡しておく。

 

「いえいえ、こちらこそ」「頑張って下さい、少佐殿」

 

二人はトラックの前を走っていた乗用車に乗って帰っていった。彼らの車が見えなくなるまで妖精さん達と一緒に敬礼する。

 

「あの人達は親艦娘なんだよな……いい人達だった」

 

「うん、そうだね。びすけっともくれたし」

 

「こんぺいとうもくれました」

 

現在の海軍は、全体をして複雑な状況だ。決して一枚岩とは言い難い。その中で僕は『元帥の推薦による着任』という異例中の異例だ。はっきりいってどの派閥の後ろ盾もないある意味一番弱い位置にいる。はっきりいって媚を売ることに全く意味が無い僕にあのように丁寧に接するということは、それだけであの人達が善人であると考えるに十分な証左だ。

 

「ここが……海軍の旧大本営か」

 

突如として現れた深海棲艦によって人類は制海権を失い、更に同時に殆どの制空権を失った。駆逐艦や巡洋艦、あまつさえ戦艦や空母の様な艤装を持ち、人類が持ちうるどのような武装で持ってしても殆ど傷を負わせることの出来ない彼らによって沿岸部の都市は機能を停止、人類の滅びは決定的だと思われた。

 

だが、それと時を同じくしてある少女達が現れ始める。

 

深海棲艦と同じ艤装を持ち、だがそれらとは対照的に人類に友好的だった彼らを人類はその全てが女性であることから『艦娘』と呼び、対深海棲艦の共同戦線を張るようになる。

 

『提督』と呼ばれる指揮官の下で真の力を発揮し、深海棲艦を退けうる艦娘と深海棲艦に対抗する術を求めていた人類の利害は完全に一致していた。

 

それから20年以上を経て、人類から艦娘への態度は大きく二分化された。

 

艦娘は『家族』であり、提督を親とし、それを中心に接するべきであるとする『親艦娘派』と、艦娘は使い捨ての『兵器』として扱われるべきであり人権などありえないとする『艦娘隷属派』。

 

艦娘が登場しておおよそ五年後から海軍はこのふたつの思想で二分化され海軍内部の権力闘争の一部になっていた。

 

とは言え、人の思想はそう簡単に二極化できるものでは無い。この2つのどちらにも属さない人間も勿論いる。親艦派とも隷属派とも異なる第三の派閥。それが僕達『中道派』だ。

 

艦娘は『家族』でも『兵器』でもない、我々と同じ一人の『人間』であるし、提督と彼女たちの間にある関係はあくまで上司と部下のようなもの、必要以上に彼女達に干渉する事を僕達の派閥はよしとしない。あくまで人として対等かつ適切な距離を保ち、彼女たちの人権を侵させない。

 

三つの派閥の中でも最も大きな『親艦娘派』は多くの運送業者を後援としている。次いで大きな『艦娘隷属派』も国内外問わず軍事企業の支持を多く得ており、一度はクーデターなどで壊滅したものの根強く残っている。

 

それに対して僕達はそもそも派閥とは名ばかりで纏まりがない。各々が信念を持ち行動するからである。その為明確な後援は無く、あるのは『中道派』のトップが元帥であるということだけ。

 

だが、僕も含めて中道派はたった一つだけ共有している信念を持っている。その為ならば他の派閥とも連携を惜しんだりしない。

 

 

艦娘に人権を与えることだ。

 

 

親艦娘派も艦娘隷属派も、彼女達に僕達と同じレベルの人権を与える事には難色を示している。僕が中道派に属しているのは中道派が示すその信念を信じてみたいと思ったからだった。

 

「ま、そんな事とは程遠い現実もあるんだけどね……」

 

目の前のボロボロの建物を眺め苦笑いを零す。そこはかつては大本営と呼ばれていた場所、今は枯れ果て鎮守府としての機能を失いつつある土地。国からも見捨てられたこの場所は、そこに配属された提督が一人として戻らなかった事からこう呼ばれている。

 

『提督の墓場』と。

 

そんな所に僕は今日から配属されることとなった。勿論僕自身の希望では無い。僕は本当なら提督になどなりたくなかったのだから。

 

「まずは噂の真偽を確かめるところからかな」

 

自分に喝をいれ門の近くまで歩いた。妖精さん達はフヨフヨと浮かびながらついてくる。時々その移動が楽で羨ましい。

 

通常の鎮守府には門の守衛をする憲兵が居るはずなのだが、此処にはその代わりに眼帯を着けた艦娘が座り込んでいた。

 

「……Zzz」

 

否、眠りこけていた。妖精さんはその長い髪を使ってター〇ンごっこを始めている。

 

「……天龍かな……?爆睡中みたいだね」

 

髪が資料で見たものより長く、白衣のようなものを身に纏っているので判別しにくいが、その眼帯と手に持っている刀から彼女の名前を推測する。

 

軽巡洋艦天龍。1919年に竣工した天龍型の1番艦。戦争のみならず関東大震災の際も活躍をした艦だ。

 

「うん、ねてる。わきをとおる?」

 

「そうさせてもらおうか。疲れているであろう所を起こすのは気が引けるよ」

 

ぴょんぴょん遊んでいた妖精さん達は満足したのか、僕の肩や頭に座っている。彼ら自身に重さは無いので別に負担ではないのだが、首元が少しくすぐったい。

 

ゆっくりと彼女を起こさぬよう忍び足で横を通過する。どうやら気付かれてはいないようだ。このまま鎮守府内部に──ッ!!

 

「──死ね!!!」

 

咄嗟にしゃがむ事で横向きに薙ぎ払われた刀を避けたが、軍帽が見事な切り口で切り裂かれてしまった。そんな事よりまずは命だ。身を翻して臨戦態勢をとる。

 

真っ直ぐとこちらを見据える彼女の目元には濃いクマが刻まれており、まるで怯えるかのようにこちらを睨みつけている。

 

「……驚いたよ、まさか起きていたなんて」

 

「ハッ!デカいエンジン音出しといて俺様が気づかねぇわけがねえだろ!舐めんな!」

 

大きな声を出すことで恐らく彼女は恐怖を紛らわせているのだろう。

 

「それで、どう言うつもりだ天龍?私は、今日からここに着任する提督だぞ?言うなれば君達の上司にあたる存在だ。軍規違反なのではないか?」

 

「……何が提督だ。お前達人間なんてもう二度と信じるものか!お前の話なんて聞くことは何もねぇ!!さっさと殺してやる!!」

 

どうやら話が通じる精神状態では無さそうだ。気はあまり進まないが仕方がない。やるしかないのだろう。

 

「なら、来なよ天龍。僕の全てを使って君と戦おう」

 

「ハッ、言ってろ人間風情が!!!瞬殺してやる!」

 

短くそう吐き捨てて彼女はこちらに走りより再び刀を振るう。先程よりも早く鋭い太刀筋、確かに僕が人間であるなら切り捨てられていただろう。

 

──だが生憎、僕は人間では無い。

 

刀の射程からギリギリ逃れる様に上体を反らしてその斬撃を回避、そのまま懐に潜り込み妖精さんが渡してくれたハンカチを天龍の鼻と口元に押し当てる。

 

「っ?!!!」

 

とっさに繰り出された横薙ぎを躱してバックステップで距離を取り天龍へ改めて向き直ると、既に彼女は足元が覚束無いようだ。刀を杖のように使いながらこちらを睨む彼女からは先程までの覇気は微塵も感じられなかった。

 

「テメッ……何をしやがった……?!」

 

「速効性の吸引型麻酔だよ。妖精さんに作っておいてもらったんだ。武力では無い方法で君達をし──止める為にね」

 

鎮める為、と言いかけて言い直す。恐らく『沈める』という風に捉えられると思ったからだが、そんなことに気づいた様子はない。

 

「ふざ……けんな…………!殺、してや──」

 

刀を再び構えようとして、天龍はそのまま倒れ込む。どうやら今度こそ狸寝入りではなく眠ったらしい。その身体をドアにもたれるようにし、妖精さん達が持ってきてくれた毛布を掛ける。まだまだ夜は冷えるからね。風邪をひかれても困る。

 

「ふう……一段落着いたら行こうか、妖精さん」

 

「すこし、きゅうけい?」

 

「うん。五分くらいね。流石天龍だよ、僕も負傷した」

 

最後の横薙ぎは僕にとっては予想外の出来事であった為、浅くではあるが腹が裂けていた。そこからは真っ赤な血──ではなく青い液体が漏れ出していた。

 

「この傷だと治るのに三分はかかるからね。はい、金平糖。仲良く食べてね」

 

妖精さん達に金平糖の入った袋を渡すと目を輝かせながら袋の中から金平糖を取って思い思いの場所で食べ始める。僕も座り込んで傷の治りを促進する為に薬を──「動かないで下さいね〜?私も今すぐ貴方を殺したいわけではないの」──探す時間はもらえなさそうだ。

 

頭には筒状の物が押し当てられている。恐らくは拳銃だろう。

 

「天龍ちゃんとの戦い、見させてもらったわ〜。まさか無傷で無効化した上で風邪をひかないようにするなんて思わなかったけどね〜」

 

クスクスと上機嫌に笑う彼女。顔が見えないのでまだ誰かはわからない。

 

「あ〜、勘違いはしないでね?私は今貴方を殺さないけど、殺したいとは思っているのよ〜。天龍ちゃんを傷付けてはいなくともそれだけでは貴方を信用はしない」

 

「当たり前だ。そんな簡単に信頼が得られるとは思っていない。君は龍田かな?」

 

「正解〜。それじゃあ、意識を失っててくれるかしら〜、人間さん?」

 

同時に後頭部を強く叩かれ、僕の意識は深い所へと落ちていった。




お気に入りか感想が来たら続きます


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第二話

『お前は、いつかこの海を統べる事になるのだ。だから今のうちから使えるものは全て使えるようになっておけ』

 

父親の、そんな言葉を思い出していた。その言葉に、自分はなんと返したのだったか。

 

ただ、それが五歳の時のことだったのは覚えている。そしてその二年後の春、僕は最年少の提督として小さな南端の鎮守府に着任したのだった。

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

「……ん?あぁ、捕まってるのか」

 

腕に繋がれた手錠の痛みで目を覚ましたらしい。ふと目の前に影がさしている。その影を追うと、立っているのは人だった。長い髪に燃えるような真っ赤な瞳、その奥には紛れもない恐怖が浮かんでいた。

 

「……すまない、少しいいかい?」

 

「ぽいっ?!しゃ、喋らないで欲しいっぽい!龍田さんには貴方が喋ったらこ、これで喉を潰せって言われてるから!」

 

「あぁ……三又槍か…………わかった。黙ってるよ」

 

コクコク、と頷く少女を見て苦笑いする。どうやら彼女は僕の身を案じてくれているらしい。それならばその好意には素直に甘えておこう。

 

「(……妖精さん、居るかい?)」

 

心の中でそう呟くとそこかしこから数人の妖精さんが飛び出してくる。そして僕の制服の襟元に全員綺麗に収まった。何故か声を出さずに意思疎通をする時はここがお気に入りらしい。

 

「(どーしました、きょーちゃん?)」

 

「(少しやって欲しい事があるんだ。この鎮守府の間取りは全部測れているかい?)」

 

「(うん、ばっちりです!)」

 

妖精さんは全員グッ!と拳を笑顔で突き出してきた。思い切り指で撫でてあげたいが生憎今はそう出来ないので我慢する。

 

「(それなら、早急に直さないと鎮守府運営に困る部屋を直してくれるかな?例えば入渠施設、食堂とか)」

 

こくこくと妖精さんは頷く。

 

「(資材は僕達が乗ってきたトラックに積んであるものは全部使っていいからさ。お願いね。それが終わったら艦娘達の部屋の改装も頼むよ)」

 

「「「「(りょうかいです!!)」」」」

 

ビシ、と敬礼をして彼らは消えていった。これで最悪、僕が死んでも彼女達は暫くの間自分たちだけで運営できるはずだ。

 

尤も、僕には死ぬ気は微塵もないが。などと思っていたら扉がノックされ外から三人の人影が先程の少女に話し掛けていた。

 

「……夕立、あの男に何もされていないわね?」

 

一人は寡黙かつ気だるそうに、だが慈しむような目で夕立に安否を確認している。弓と甲板を持っている事から推察するに空母の様だ。

 

「あら、今度の人は随分と若くてカッコイイのね?これは楽しめそうじゃないの」

 

もう一人はこちらを見ると加虐的な笑みを浮かべペロリと舌なめずりをする。背筋を嫌なものが駆け巡った。

 

「ダメですよ〜鹿島さん?全て終わってからにして下さいね?夕立ちゃん、お疲れ様。もう部屋に戻っていいわよ〜」

 

そして最後の一人、数時間ぶりに再会した龍田は相変わらず何を考えているのか分からない雰囲気を漂わせている。その三人は夕立にそれぞれ労いの言葉を掛けると部屋を出るように促した。

 

夕立は一瞬だけこちらを見るとそのまま部屋を出ていった。まあ、この三人は正直僕から見ても怖いので逃げるように立ち去っていく彼女の気持ちがわかる気がする。

 

「さて……と、それじゃあこれから尋問を始めます。最初に何か質問はありますか、大本営の回し者さん?」

 

手袋を着け、無表情に薄い笑みを浮かべた加賀が聞いてくる。おいおい、手に持ってるのは特大サイズの釘、それも返しがついているモノだ。それが尋問に必要なものなのか……?

 

「尋問、と君達は言ったが何が聞きたい?残念ながら私は下っ端だ。私程度で知っている事なら全て話す気でいるが、君やその鹿島が手に持っているものを見るととても尋問とは思えない。

 

──拷問、と言い換えた方がいいのではないかな?」

 

ピクリ、と二人の眉が動く。僕の言葉に気分を害したらしい。それと対称的に龍田は笑みを深める。

 

「ふふふっ、自分の立場を知っていて、それでも私達にそんな言葉を掛けてくるなんて面白い人ですね〜。

 

ネタばらしをしてしまうとその通りですよ〜。これは尋問ではなく拷問です。貴方が何を知っていようがいまいが私達にとってはどうでもいい話ですからね〜」

 

「ちょっと龍田!なんで言っちゃうの!」

 

憤慨した様に龍田を睨む鹿島に、彼女はニコニコと笑っているだけだ。

 

「だって〜、どうせやることは同じなのでしょう?この人がそれを知ろうが知るまいが」

 

「そりゃそうだけどさぁ……」

 

僕を他所に会話に夢中になっている二人を視界の端に捉えながら逃げるための算段を立てていると加賀に髪を掴まれ乱暴に立たされる。そしてそのまま首を思い切り締め上げられた。

 

「……ぐっ……がぁっ…………っ!!」

 

呼吸が出来なくなりじたばたと藻掻く。視界がチカチカと点滅し涙が滲んでくる。口からは涎が垂れるが体面を気にするような余裕は無い。

 

何秒立ったか、意識が落ちる直前に地面に叩きつけられ、同時に太腿に何かが突き刺さった。そこから青い血が止めどもなく流れ出していく。

 

「いっ……!!!」

 

叫び声を上げかけて咄嗟にそれを噛み殺す。ここには幼い艦娘もいる。彼女たちの精神衛生上人間の声を、それも悲鳴を響かせる訳にはいかない。

 

「へぇ……随分と我慢強いのですね。今までに来たヤツらは全員すぐに悲鳴をあげていたというのに」

 

「……人に脅えているんだろう、ここの艦娘は。なら、その声を聞かせて不用意に怯えさせる必要がどこにある?君達も含めてな」

 

「……」

 

「うぐっ……!!」

 

突き刺された釘が無言で思い切り引き抜かれる。そしてその傷口を思い切り踏み躙られている。どうやら彼女の靴には棘でもついているらしい。どんどん血が溢れていく。

 

「今の失言は聞かなかったことにします、それにしても、なぜ血が蒼い(紅くない)のですか?コレではまるで──深海棲艦の様ですが」

 

不快そうにこちらを見る加賀。なるべく淡々とそれに答える。

 

「私は人間だよ……加賀、少しだけ人とは異なるものが入ってはいるがね」

 

「そうですか、まあいいです……龍田、鹿島。彼がもっと弱ってからまた私は加わるわ。命乞いを始めるまでは貴女達に委ねます」

 

無機質な声でそう告げると、彼女は近くのソファに腰掛け本を読み始めた。本当にコチラには無関心なようだ。

 

「もう、本当に加賀は身勝手なんだから……まあいっか。龍田はどうするの?一緒にやる?」

 

「う〜ん……」

 

しばらくの間悩んでいた様だが、彼女は首を横に振った。

 

「辞めておくわ〜。この人には天龍ちゃんについて恩があるもの〜。助ける程ではなくとも拷問にかけるなんて恩を仇で返すようなことしたくないわ〜」

 

「ん、りょうか〜い♪」

 

狂気で満面の笑みと共にこちらを振り返った鹿島の手に持たれていたのは加熱された(半田ごて)だった。

 

「楽しみにしててね、最低の屑(人間)さん♪死なない程度に穴だらけにしてあげる♪」

 

拘束されている状態の僕には、歯を食いしばることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──何時間経った?真っ白な思考回路を紡ぎ合わせて少しづつ再び思考を取り戻していく。痛みにはそれなりの耐性を持っているハズだったが、どうやらそれを遥かに凌駕するような目に遭っていたらしい。幸か不幸かその記憶は微塵も残っていないのだが。

 

徐々に体の感覚が戻るにつれ、体の至る部分に穴が空いていることに気が付く。それに左腕ももう感覚が無い。それでも死ねないのは僕のこの体質のお陰なのだろう。

 

「もう……居ないのか…………?」

 

どうやら左目は潰されてしまったらしく焼けたような痛みが走るばかりで視覚からの情報が集められない。触覚や聴覚、嗅覚から精一杯の情報を集めるとどうやら人はいないようだ。

 

「妖精……さん…………?」

 

「……貴方、まだ生きていたの?」

 

呟いてみるが反応はない──と、声がかけられる。人がいないと思っていたのにいるとは誤算だった。

 

「……驚いたわ、こんなになってもまだ正気を保っているなんて」

 

「龍田……か…………?」

 

「ええ、そうよ……貴方の姿、あまりに酷いものよ…………」

 

柔らかな布のようなもので僕の顔の汗や血を拭き取って居るらしい龍田からは、これまでの彼女とは全く異なる雰囲気を感じた。

 

「ごめんなさいね〜……助けようにも、そんなこと出来るような雰囲気ではなくてね〜」

 

何か欲しいものはある?と聞いてくる彼女は、どうやらこちらと完全に敵対をする気は無いらしい。

 

「……修復剤…を……掛けてくれ……ないか?艦娘用の物でいい」

 

「え?」

 

「高速、修復材だ……無いか?」

 

「わ、わかったわ。確かあるハズだから持ってくるわね」

 

 

 

それから数分後、高速修復材を持ってきた龍田に左腕をそこに着けるように指示を出すと忽ち傷が癒えていく。それに驚く龍田からバケツごと左手でひったくるとそれを頭から被った。

 

それから数秒と経たずに全ての傷口が塞がる。潰された左眼の視力も完璧に回復している様だ。だが、それにより身体が耐えられると判断したのか、先程までカットされていた痛覚が戻ってくることにより身体の至る所が痛み始める。

 

「あー……よし、傷も全部塞がってるね…………助かったよ、龍田」

 

「え、ええ。それはいいのだけど……今の何?」

 

「ああ、私は人外なのさ。ちょっとした、ね」

 

「……そう」

 

先程は人間だと言ったものの、僕の身体の半分は人では無い。

 

僕自身がどんな顔をしているのかは分からないが、少なくとも触れられたくない話であることを彼女は察してくれたのだろうそれ以上の詮索はしてこなかった。

 

「龍田、聞いてもいいかい?どうして僕を拷問しようとしなかったのか、そして今君が何故ここにいるのかを」

 

「天龍ちゃんの様子を、貴方が眠っている間に確かめに行ったのよ。傷の一つでもあったら貴方を八つ裂きにするつもりだったわ。貴方の戦いを見ていても、それでも信じられなかったから」

 

「僕がこうして五体満足って事は彼女は無事だったのか」

 

「ええ。眠っているだけ」

 

「そうか……よかった…………無意識に反撃していないか不安だったんだけど」

 

「っ!!」

 

「ん?どうしかしたかい、龍田」

 

「い、いいえ!なんでもないわ〜……んんっ!それで、貴方がこれまで私が見てきたどの提督とも違うんじゃないか、と思って殺すのはまだ早いと思ったのよ」

 

まだ信用したわけじゃないから勘違いしないで、と龍田は続ける。こころなしか顔が少し赤いように見えた。

 

「貴方が死んでもどうせ次の誰かがまた此処に送られてくる。私以外の軽巡、重巡、空母は人間を──いいえ、提督を殺す事しか考えて居ない。彼女達にとって貴方達はもう憎むべき、殺すべき存在でしかない。

 

……どこかで落とし所を、人間と艦娘の間を取り持てる様な人を見つけるべきだと私はずっと思っていた」

 

「これまでの人材に、その可能性はなかったのかい?」

 

「無いわ。送られてくるのは誰も彼も隷属派や親娘派の人間。私達は奴隷のように扱われたいわけでも家族のように扱われたい訳では無いわ」

 

それに、掲げている思想通りの人間が来るとも限らないでしょ?と自嘲気味に笑ってから彼女は真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる。

 

「私達は普通の人間のように生きていきたい、ただの兵器ではなく、兵士の──戦士の一人として人間であれば普通に与えられる物が欲しい」

 

「それは──「あららー?随分人間と仲良さそうにしているじゃないの龍田ぁ?」──っ!」

 

背後から声が聞こえると同時、一本の矢が飛んでくるのを気配で感じとり手刀で切り捨てながら振り返る。そこに立っている人影は全部で三人。

 

「!私の矢を切り捨てた?それも素手で……」

 

「フフフッ、まさか龍田を陥落させるなんてねぇ。どんな口説き方をしたのか気になるわ」

 

「さっきはよくもやってくれたなクソ人間……!借りを返してやるよ!」

 

「加賀、鹿島か……」

 

「て、天龍ちゃん?」

 

姉妹艦の登場に龍田は狼狽えている。人を食ったような見方をする彼女が見せる人間らしい面に安堵しつつ三人から目を逸らさない。

 

「龍田への罰は後で決めるとしてぇ〜、貴方はもう殺してしまおうかしら?虫の息のまま海に投げ捨てちゃおうかとも思ったけど〜、何故かピンピンして生きているみたいだしぃ?」

 

罰、という言葉に一瞬龍田が肩を震わせた──成程、これまで鹿島は恐怖を使ってきたのか。

 

「おう任せろ、次こそバラバラに引き裂いてやる!こんな奴俺一人で充分だ!」

 

今はまだ妖精さんからの通信も無い。ここでしくじれば今度は僕だけじゃない、龍田にも被害が及ぶ。

 

「龍田。一つ、聞いてもいいか?」

 

「な。何かしら……今はそんなに余裕は無いのだけれど」

 

声の震えを必死に抑える彼女に手短に聞く。

 

「鹿島と加賀は私が抑える。天龍一人を無力化できるかい」

 

「え?あ、え、ええ。できると思うけど……まさか貴方」

 

「戦うのさ、彼女達と」

 

ボロボロの支給服を投げ捨てながら彼女達と正面から対峙する。鈍っている身体を解しながら落ちついて構えをとる。

 

「なぁに?まさかとは思うけど私達と戦うつもりなのー?勝てるわけないじゃないのよ、たかが人間如きに」

「…………」

 

小馬鹿にするように笑った鹿島は加賀に指示を飛ばす。

 

「ふぅん……加賀」

 

「ええ……鎧袖一触、次は艦載機で爆撃するわ」

 

澱みのない動きで放たれた矢は艦載機となり僕を激しい爆発が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッ!!」

 

凄まじい衝撃と共に室内のガラスが全て割れ、大きな穴が執務室に空いた。まさか本当に撃たれるなどとはあの人も思っていなかったのではないだろうか。

 

(そうじゃなければ、艦娘と戦うなんて言えるわけが無い……)

 

でもここでは、彼がずっと持ち続けてきた理屈は通用しない。ここの艦娘達は、無法者なのだから。

 

(彼は──違ったのかしら)

 

彼の目を思い出すと心が痛んだ。せめて少しでも残った彼の骸だけでも回収し、埋葬してやりたい、そう思い煙が晴れるのを待った龍田はその目の先に映る光景に呆然とすることしかできなかった。

 

そこには、一人の鬼が立っていたのだ。




念の為予防線を張っておくとご都合主義も多々ありますし、自己解釈的な面もあります。

その辺はご了承下さい。

ここまで読んでいただきありがとうございました。また次回もよろしくお願いします


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第三話

あけましておめでとうございます!一月の末が新年最初の更新とかいう怠慢な二次創作者、黒っぽい猫でございます

……ごめんなさい


爆煙が全て過ぎ去ると、目の前には驚愕した三人の顔が見えた。硬直している彼らを無視し自分の状態を軽く確かめていく。

 

「──うん、問題は無さそうだね」

 

身体の各所を確認していくが足元のフロートも、腕に着けている単装砲も共に問題無さそうだ。それに先程まで至る所にあった痛みが消えた。人である時の感覚器官とは一新されたことを示しているこの特有の現象が起こっているということは切り替えは上手くいったらしい。

 

割れた硝子が月の光を照り返すことで僕の姿が映る。

 

和服を身に纏い、底冷えするような白い肌に額から大きく伸びた一本の角が生えている。バンダナを外せば右目だけが深い蒼色の瞳をした人物(人外)が僕を見返していた。

 

三人のみならず龍田までもが呆然とこちらを見ている……あぁ、この表情は、彼女達の目は彼らと同じだ。僕のことを忌み嫌う大本営のヤツ(上層部)らと。彼女たちの感情はわかる──恐怖だ。

 

外したバンダナを角に触らぬように額に結ぶ。人として扱われないのはいつもの事だ、今更そういう扱いをされることに何かを感じることも無くなった。

 

(君達も──そんな顔をするのか)

 

ハズなのに、どこかそんな事を考えている自分がいた。落胆、失望。そんな感覚が自分の中に湧いてきたことに驚いた。人では無い彼女たちすら僕を受け入れることは出来ないのか──など、勝手な押し付けもいい所だろうに。

 

「まあいいさ。今更だこんな事……さて君達、早々で悪いが──まず場所を変えようか」

 

これ以上部屋を壊されても堪らない。そう付け足してから後ろに一歩足を踏み出す。その先は床の無い空中だ。僕の身体はもちろん重力に従い落ちていく。

 

「っ!待ちなさい!行くわよ、加賀!!」

 

「──ええ」

 

三階にあるらしい執務室から落ち、壁を蹴り勢いをつけそのまま海面に着水する。無茶な軌道のせいか、フロートが若干抗議するように一瞬震えた。使うのも久しぶりだしそろそろちゃんと整備しておかないと。

 

とはいえ今は休ませる時間もない。そのまま湾内を離れできるだけ鎮守府から離れて遠くへと向かう。チラリと振り返る、どうやら天龍は龍田がちゃんと抑えているらしい。追ってきた人影は2つだけだ。

 

それから更に数分進み続け、改めて二人と対峙する。二人の瞳からは先程までの人間を軽蔑する色は消えており、代わりに絶対的な標的()への憎悪と殺意に濡れていた。

 

「──いい目になったじゃないか、二人とも。ようやく私を人として認識したのかい?」

 

「ええ、そうね。貴方を──私達の敵と認めるわ」

 

余裕のなさそうな顔でこちらを睨む鹿島を他所に加賀は淡々と答える。だがその指は迷いなく弦を引いている。

 

「まさか大本営じゃなくて深海棲艦の回し者だとは思わなかったわ──去年来て以来使者は訪れて居なかったから油断しちゃってたわ。

 

ま、いいか。どの道──殺すだけよね!!」

 

その言葉が開戦の狼煙となった。鹿島の艤装から砲弾が撃ち出されるのと、加賀の艦載機がこちらに向かって放たれるのはほぼ同時。アイコンタクトだけで鹿島は自分の射線を伝えその隙間を塞ぐように加賀の艦載機から爆撃が飛んでくる。両方を回避するのは難しいだろう。

 

「良い連携だ、爆撃から逃れればその位置に砲撃が、砲撃を回避すれば爆撃が私の身体に命中する」

 

だが、一手足りないな。艦載機からの爆撃を回避し、その予測地点に向かってきていた砲弾を脇差の一刀で切り伏せる。砲弾は僕にぶつかることなくその両側に落ちた。

 

「っ!第二射放てっ!!!」

 

「第一爆撃隊は再び編成を組み爆撃を続行、増援を発艦させます」

 

再び爆撃と砲撃が僕を襲うが、それを躱すのはそれ程難しい事ではない。僕の左目は、その全ての捉えゆっくりとコマ送りのように脳内に伝達している。これは艤装を展開している時だけに起こる事象で、意識して視界に入れたものの動きが遅くなる、というものだ。

 

とは言え、こんな特異な力がなんの代償もなく使えるはずは無い。間もなく凄まじい頭痛が僕を苛みはじめる。断続的に続くその痛みに耐えながら逆転の機会を待つ。

 

攻撃は当たらなくても、このままでは先に消耗しいずれ攻撃を受けるのが目に見えている。こちらに反撃の隙を与えぬ連撃は流石高練度の艦だ。

 

「ならばこちらも──一つ技を披露しようか」

 

「「!!?」」

 

右手を服の袖に突っ込み木の筒を数本取り出し口元に当てる。中心が空洞になっているそれらに思い切り息を吹き込み上空へ向け放つ。するとそこから矢が放たれ、それらは艦載機へと姿を変えた。

 

その数──三機。

 

「全機発艦!!直ちに敵航空部隊を殲滅せよ!!!」

 

その光景に目を丸くしていた加賀が嘲笑するかのようにこちらを見やる。鹿島も安堵したかように余裕を取り戻していた。

 

「馬鹿にしないで。私の子達はみな優秀なのよ。たった三機の航空戦力に落とされるわけが無い」

 

「だが、上空からの爆撃は止まっているが?」

 

ほんの一瞬、だがそれだけ時間があれば彼女達にはそれで十分だ。

 

「まさか──っ!!」

 

加賀が上を向くとそこには既に彼女の航空機の姿はなく、三機の艦載機が飛んでいるだけだった。

 

「慢心だな、加賀。この姿を持ちながら海軍上層部を黙らせ存在し続けた私の練度を甘く見すぎだ」

 

大半は今の元帥に『力は必ず必要になる、今のうちに身につけておけ』と牢獄に入った二年後から叩き込まれたものなのだが説明をわざわざする必要は無いだろう。

 

できることならあの事は僕も思い出したくない……地獄のような記憶だ。

 

だが、その甲斐もあり今こうして一線級の艦娘達と互角に戦えている。

 

「そして砲撃が終わってしまえば──」

 

バシャリ、と海面を全力で蹴り接近する。航空部隊の制圧が叶った今、無力化すべき最優先対象は鹿島だ。

 

「くっ──」

 

僕の狙いに気づいたのか、鹿島が慌てて距離を取ろうとするが僕の方が早い。あと一瞬で後ろに回り込み手刀で動脈を圧迫、意識を刈り取る。そのハズだった。

 

「ふふっ、ざーんねんでしたっ☆」

 

気がつけば僕の腹には刀が突き刺さり背中まで抜けている。その事を理解すると同時に口からは大量の血が溢れ出し、思わず手を口にあてがう。どうやら気道系を掠ったらしい。

 

「ゴフッ……なんっ……で…………わかった」

 

思わず膝を着く僕の髪を思い切り掴み上げると鹿島は自分の目線まで僕を片手で持上げる。やはり艦娘、凄まじい腕力だ。

 

「解るわよ、私達を砲撃しようと思えば何回も機会はあったのに一度もそんなことしないのだもの、貴方。しかも制空権をとったのに私達に爆撃もしないじゃない。その事から貴方が私達を無傷で捕らえようとしていることはわかったわ。だからその為の接近を利用して確実に貴方を動けなくしようと思ったわけ〜。

 

艦娘が近接戦闘に向いてないとでも思っていたのかしらねぇ?私達が何人の提督達を殺してきたと思っていて?貴方達の図太さと卑しさくらいお見通しよ」

 

まんまと引っかかるなんて、間抜けもいたものねぇ〜などとゲラゲラ笑う鹿島に肩を竦め笑みを返す。直前まで悟らせぬよう、困ったように自嘲しながら。

 

「ああ全くだよ鹿島。こんな手に引っかかるなんて本当に間抜けだな」

 

右腕の袖に隠していた強力な睡眠剤をスプレー状にして素早く鹿島の顔に射出する。目を見開き空いている方の手で主砲をこちらに向けるがもう遅い。たちまち効き目が出たようで、彼女の手が緩み思い切り僕の身体は海面に落ちる。その衝撃に呻いていると、更に上に意識を失った鹿島が落ちてくる。

 

咄嗟に受け止めると、その振動のせいか腹に刺さっていた短刀が抜け落ち腹から大量の血が流れ出した。まずいな──

 

だがゆっくりもしていられない。敵は鹿島一人では無いのだ。

 

「っ……加賀は──」

 

「ここです」

 

「しまっ──」

 

不意に背後から蹴り飛ばされる。鹿島にダメージが入らないように庇いながら数メートル吹き飛んだ。背中が硬い何かに激突し、肺から酸素が一気に吐き出される。そのまま重力に従い落ちるとそこは海面ではなく硬い地面だった。僕の背中にぶつかったのは灯台のようだ。

 

「うっ……ガハッ!!」

 

腕の中の鹿島に傷はない。その事に安堵しながら彼女を横たえ再び海面に降り立つ。出血は無理やり止血したのでこれなら数分はまともに戦えるだろう。

 

「どういうつもりだい、加賀。彼女は仲間では無いのか?」

 

微塵も表情を変えない加賀に問いかける。すると彼女はやはり淡々とこちらの疑問に答えた。

 

「ええ、仲間ですとも。提督を殺し尽くすと決めた、仲間です。とは言っても、私には別に貴方への憎しみはありませんが」

 

「ならば、なぜ彼女が倒れた今でも私に牙を剥く?そうする理由は無いのでは?そして、鹿島が巻き込まれる危険がある中でなぜ私を攻撃した?」

 

「義理、です。私を活かし、拾ってくれたのは他ならぬ彼女ですから。そして私は彼女からこう命令されています。

 

『自分が人質になるようなら、自分諸共敵を攻め滅ぼせ』と」

 

その目には、明確な敵意と殺意が確かに宿っている。だがそれだけではない。どこか憐憫の様な、悲しみのような何かがあった。

 

「そうか、なら──君の事も止めさせてもらう」

 

改めて加賀と向かい合う。

 

「そうして下さい、()()。どうか私を止めて──」

 

鹿島を、救って下さい。僕により一層強烈な殺意を向ける直前、加賀はそう呟いて薄く笑みを浮かべた。

 

そして彼女の手から矢が放たれた瞬間──僕は加賀へ向けて全力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の背中を嫌な汗が流れ落ちる、今対峙しているのは格が違う相手なのだと再認識させられるもこの手を──この主砲をこの娘(天龍ちゃん)から逸らす訳にはいかない。

 

逸らせば、この娘を行かせればあの人は殺されてしまう。死なせてしまう。そんなことをするわけにはいかなかった。

 

「なあ、龍田?お前だってわかってるんじゃねえのか?」

 

「ええ、解っているわよ、そんな事」

 

「ならなんで退かねぇんだ?確かにお前の戦術は豊かだが、これだけの練度の差を埋めることは不可能だ。お前じゃ俺には勝てない」

 

「そうね、確かに私に勝ち目は無い。どんな搦手を使っても練度の溝を完全には補えない。でもね──」

 

それでも、譲りたくないものだってある。あの人が死ねばまたこの場所では鹿島の独裁が続いてしまう。恐怖で縛り付けるやり方では必ず限界が訪れる。現に、他ならぬ私がこのやり方には疑問を抱いている。

 

「貴女達の独裁(支配)を、これ以上私は許したくない」

 

裁く人間には、必ず裁かれる時がある。強引に人を縛り付けた人間ほどその裁きは強く悲惨なものになる。勿論私達は人ではないが、それが人間だけのものだとも思えない。

 

「ずっと私は探してた。貴女達の独裁を止め、私達を対等な存在として扱ってくれる(人間)を」

 

この数年間、ここに来た人間達全員に私の理想を受け入れてくれるかどうかを尋ね続けた。だが、決まって返ってくる答えは私達を『兵器』か『家族』のどちらかとして扱う物だけだった。

 

「ようやく、ようやく来てくれたのよ天龍ちゃん。私の理想を叶えてくれるであろう人が」

 

最初は、同じだと思った。今まで訪れた人間達とどうせ変わらないと。殆ど諦めていたかもしれない。だが彼は天龍ちゃんを傷付けなかった。それどころか、眠るこの娘が怪我ひとつ無かったことを喜びすらしていた。

 

「彼は艦娘を傷付けない。だから、私も彼を傷つけることは許さないわ」

 

「──そうかい」

 

「っ!!!」

 

「その言葉……本気みたいだな……?なら、お前の目を覚まさせてやるよ龍田。人間なんかに騙されてる哀れな妹をな!!」

 

攻撃が来る。撃て、と私の直感がそう告げている。だが私は撃てない、だって彼女は唯一の──

 

「……ッ、だから甘ぇつてんだお前はっ!!!」

 

「カハッ……!」

 

腹に蹴りが刺さった。その勢いを殺す間もなく背中が本棚とぶつかり本棚がバラバラに砕ける。背中の痛みを堪えながら歯を食いしばり立ち上がるも既に天龍ちゃんは真上に飛び上がり足を大きく振りかぶっていた。

 

「半殺しにして入渠にぶち込んでやるよォ!!あの汚ぇ下水の中で頭を冷やしやがれ!!」

 

俗に言うカカト落とし、だが艦娘の力で振るわれるそれは本気であれば床を簡単に割ってしまう。横に転がることで何とか躱すも叩き砕かれた本棚の破片が飛来して私に突き刺さる。

 

「きゃっ……」

 

急所を破片から庇い転がりながら体勢を建て直し立ち上がる。この距離ではやはり主砲は役に立たない。ならば近接戦しかない。槍を構え煙の奥から出てくる人影を油断なく見つめる。出てきた天龍ちゃんはそんな私を鼻で笑った。

 

「その槍術……誰が教えたか忘れちゃいねえよな?」

 

「……ハァッ!!!」

 

それには返さず今の自分が出せる最速で槍を突き出した。これならせめてかすり傷くらいは──!!!

 

ボキリ

 

「……っぁあああああああああああああ!!!!!」

 

鈍い音を立てて私の右腕が折れる。私の渾身の突きは悠々と躱されそのまま腕は折られてしまった。痛みに耐えるために右腕を抱える私を他所に天龍ちゃんは容赦の欠片もなく右腕を踏みつけてくる。

 

「もう気は済んだか?やりすぎたとは思うが、これもお前の為だ。あの男をぶっ殺した後で入渠に叩き込んでやるから待ってろ。これで鹿島と加賀も納得せざるを得ないだろうからな」

 

この処分はなるほど、邪魔をする私の排除と鹿島や加賀から私を守る為の物だったのかなどと頭の片隅で思う。もう立ち上がる気力すらも残っていないボロボロの身体のあちこちには擦過傷が有り、右腕は変な方向を向いている。口には血の味がずっと残っているし焦点が定まっていないのか視界の全てが二重に見える。

 

「さあて……思ったより時間取られちまったな……鹿島と加賀、止めは俺に譲るとか言ってたがもう爆撃の音止まってるぞ?まさか殺しちまったなんてことは──「誰が、誰を殺すって?」──は?」

 

天龍ちゃんの独り言、それを聴きながら意識を手放しかけていた私は驚きのあまり耳を疑った。私の耳朶を震わせたのはつい先程聞いた男性の声だった。

 

「……生きてやがったのか」

 

「うん?ああ、爆撃音が止まった話かい?多少傷を負いはしたがこの程度どうってことな──」

 

世間話をするような気軽さでこちらを向き私と目を合わせた彼の動きが固まる。ゆっくりとこちらに歩いてくると傷の具合を確かめ始める。

 

「……妖精さん、()()

 

その言葉に何処からか、無数の妖精がやってくる。彼の傍に集まると彼の指示を聞いているらしい。

 

「龍田の応急処置をお願い。彼女のことはすぐに私が入渠させるから」

 

コクコクと頷いたあと不安そうに妖精達は彼を見上げる。

 

「大丈夫だよ、妖精さん……龍田の事、お願いね」

 

「!」

 

私から離れ天龍ちゃんと向かい合うほんの一瞬、彼は私に「ゴメン」と確かに言った。その言葉はどういう意味なのだろうか?

 

溶けていく思考と意識の中で彼のその言葉がずっと響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────何故だ」

 

龍田が意識を失うのを見届けてから天龍の方を振り返り睨み付ける。

 

「なんの事だ?龍田をボロボロにした事か?それに対して俺が何も感じていないように見えることか?」

 

「両方だよ、天龍。お前と龍田ほどに練度の差があれば無傷で無力化できたんじゃないのか?何故わざわざ傷つけるような真似をした?」

 

「……鹿島が、言っていただろ?龍田には罰を与える、と。お前の想像通りそれの罰は大抵の場合ほとんど拷問でな。部位の欠損で済めばマシなんだよ」

 

暫しの沈黙の後、返ってきたのは食いしばった歯の隙間から滲み出る悔しげな言葉だった。

 

「俺じゃあ鹿島には勝てねぇ。だからせめて罰という体裁を立ててあれで手打ちにさせてやりたかった」

 

悔しかったのだろう、自分の力が及ばないことが。傷付けることでしか守れないなど辛くないはずが無い。

 

「……」

 

「アンタ、ここに居るってことは勝ったんだろ?アイツら(鹿島と加賀)はどこにいんだ?」

 

「今は営倉に入れてある。二人とも意識がないからね。あぁ、安心していいよ、君達が知る営倉とは異なるからね。妖精さんたちがもう直してくれたから」

 

目を見開き、その後溜息混じりに笑う天龍に空気が弛緩する。だが、その一瞬後には天龍はこちらに槍を構えていた。その目には殺意は無い。ただハッキリとした戦意だけが向けられていた。

 

「なんのつもりだ、天龍?もう理由は無いはずだが私と闘うと?」

 

「あんたにゃ無くても俺にはある。通さないといけない筋ってやつだ。悪いが付き合ってもらうぜ、提督」

 

ニヤリ、と天龍が今度は獰猛に笑う。どうやら他に選択肢はないようだ。

 

「解った──全力を持って君を無傷で無力化しよう」

 

突き出された槍をスレスレで回避し腹に一撃入れてやろうと拳を握りしめる。だが、どうやら読まれていたらしい。左手で受け止められる。だがまだだ。

 

「!」

 

槍を突き出した姿勢のままという事は前に出ている足に体重は乗っているということでもある。その脚──厳密には膝の裏を軽く小突いてやれば当然倒れる。

 

意識を刈りとるつもりで今度は抑えられていない方の拳を顔に向け振るうも寸前の所で回避される。

 

「やるじゃねえか提督!格闘術なら俺と張り合うか!」

 

だがこちらも反撃される。天龍が躊躇せず槍を捨て両手で僕の肩を掴む。そしてそのまま額同士を思い切りぶつけられる。ヘッドバットだ。

 

「……しまっ「オラァ!!」」

 

一瞬だけとはいえ意識を手放した隙を見逃す天龍ではない。思い切り腹に膝を叩き込まれそのまま天井に激突する。塞ぎかけていた傷が再び開き血が吹き出し始める。

 

追撃を警戒しながら着地すると天龍も何故か頭を抱えていた。ちょうどいいので深呼吸をしながら少し休息を摂る。

 

「提督……お前石頭すぎねぇか?!完璧な角度で最低限の痛みで済むように頭突きしたのに死ぬほど痛てぇ……」

 

「角のせいじゃないかな……」

 

「ズリぃなおい!」

 

ただ、満身創痍のコチラと違いやはり体力にアドバンテージがあるのは向こうだ。まだまだ余力があるのだろう。

 

「楽しんでるのかい?戦いを」

 

「あったりめぇだろ?強いヤツと戦うってのは楽しいからな!」

 

「──君自身は鹿島より強いだろうに、さっき君は鹿島には勝てないと言った。あれは龍田がいたからか?」

 

心底嫌なのか、顔を顰める天龍。どうやら当たりだったようだ。

 

「あぁそうだ。鹿島は俺が逆らえば龍田を殺すと言った。龍田を訓練や実戦から外したのもそのせいだ」

 

「人質には弱く居てもらわないと困る、か」

 

「そーゆーこったな。まあだからな、提督。俺個人としてはお前が提督になる事に特に異論はねぇ。人間は大嫌いだが、龍田がここまでボロボロになってまで護ろうとしたお前の信念に賭けてやるよ」

 

その為のこの戦いだからな。そう言って構える天龍。こちらを挑発しているようだ。

 

「来いよ、提督。言葉でお前の言はもう聞いた。後は示せ、俺を捩じ伏せられりゃここでもやっていける」

 

「言われるまでもない」

 

互いに向かって駆け寄り拳や蹴りの応酬が始まった。こちらがあくまで無傷での無力化を狙って攻撃をしていくのに対し天龍は容赦なく一撃一撃が文字通りの必殺、全てが急所を狙ってくる。

 

「オラオラァ!!本当に加賀達に勝ったのかよお前はァ!?」

 

開いた傷口からは依然出血が続いている。痛みに意識も朦朧とし始めるがここで止まるわけにはいかない。左目はもう殆ど見えず反射神経と予測で連撃を捌き続ける。

 

だがそんな当てずっぽうが上手くいき続けるわけもない。段々と被弾が増え、その度に動きが鈍くなる。このままでは先に力尽きるのは僕だ。

 

(ああでも──僕は少し怒っているみたいだ)

 

天龍が龍田を傷付けたことに。そして、そうしなければならない状況を作ってしまった自分に対して、僕は怒りを感じていた。久しぶりに感じたこの身体の熱さはそのせいなのか。

 

それでも天龍を決して傷つけない。龍田の事ももちろんあるが、僕自身の為でもある。だからこそ耐え忍ぶ。逆転の機会を探る。

 

ビシっ、という音が左腕に走る。どうやらヒビが入ってきたらしい。だがそれでもまだ反撃の時ではない。

 

バキッ、という音と共に激痛が襲う。とうとう左腕が骨折した。だが関係ない。隙を探し続ける。

 

「ッ!!」

 

そして──ついにその時は来た。血溜まりに足を取られた天龍がバランスを取り直そうとした。

 

「しまっ──「もう遅いよ、天龍」」

 

顎を掠めるように一撃を食らわせる。高度な技術が要求される方法だが、確実に相手に脳震盪を起こさせ戦闘不能にする。

 

そのまま倒れそうになる天龍を後ろから支えそのまま抱き上げる。僕自身も艤装を纏っているからか、予想以上に彼女の体は軽かった。

 

「下ろし……やがれ…………」

 

「無理をしようとするな、天龍。軽度とはいえ脳震盪なんだから。大人しく僕に抱えられておけ」

 

「!……ははっ、僕、かよ。それがアンタなのか」

 

しまった、威厳をつけるために『私』で通していたというのに。だが間違えてしまったものは仕方ないので、諦めながら天龍を執務室の外へと抱え出す。

 

「お、おい提督。どこに連れていく気だ?!」

 

「風呂場。君には龍田と一緒に入渠してもらう。先に君を運んで、その後に龍田を運ぶ。男の私が彼女の服を脱がせる訳にはいかないだろ?

 

それが最初の君への罰だ。その後は龍田の傷が癒えるまで寄り添う事。もちろんこれで君の処罰が終わる訳では無いのでそこは忘れないように。こき使うからそのつもりでね」

 

「こき使う……ね。好きにしろよ、提督。俺はアンタの武器だから──イテテテテ!何しやがる!」

 

自虐的に笑う彼女の頬を思いきりつねる。どうせこれから入渠で身体を癒すのだ、少しくらいいいだろう。

 

「君は私の武器ではない。君は私の部下だろう、天龍?」

 

「!!」

 

目を見開く天龍の目が一瞬潤んだ気がした。だが天龍はすぐそっぽを向いてしまう。

 

「フン、仕方なくだからな、勘違いするなよ!」

 

「はいはい」

 

ギャーギャー叫ぶ天龍を無視しながら僕は鎮守府の中を歩いていく。まだボロボロの箇所は幾つもあるので直さなければいけないだろう。

 

ふと窓の方を見るとちょうど水平線から日が登っている。

 

それを見て、太陽がこの鎮守府のこれからを照らしてくれるような、そんな思いがしたのだった。




さて、ここまでお読みいただきありがとうございます。
何故か、5000前後の文章量のつもりが倍近くになりまして、本当に申し訳ないです。

一応これにて第0章『着任編』が終わりました。

次回からは第1章『鎮守府立て直し編』が始まりますので引き続き宜しく御願い致します

それではまたノシ


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第四話

久々にスラスラ書けましたよーー!!というわけで更新です。


自分はどこから生まれたのだろう?自分はどこへ行くのだろう?そんな事を、生まれたばかりの頃は考えていた気がする。今となっては最早考えることも無くなった純粋な疑問。殺すための兵器なのだと、自分を無理やり納得させて忘れたフリをしていたモノ。自分の生まれた場所、生まれた理由への疑問。

 

何も思い出せない自分でも、ただ一つだけ覚えていたことがある。自分が生まれる前にいた場所は暗く、冷たい場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄く目が開いた。まだ瞼は重い。体の節々が痛む。立ち上がろうとして、体が全く動かないことに驚いた。直前のことを少しずつ思い出すにつれて胸の内に微かな焦りが生まれた。

 

(あの人は──どうなったのかしら?)

 

最後に見たあの人は服の所々が焼け焦げ、腹部には血の跡があった。きっと鹿島と加賀は抑え込んだのだろう。

 

だが、この鎮守府での最強はあの二人じゃない。私の姉(天龍)だ。あの傷で、果たして彼は彼女に勝てるだろうか。

 

「そういえばここは……お湯の中?」

 

そこまで考えてようやく、私は自分の置かれている場所に目を向ける。緩慢な動きで周りを見渡すと湯気のせいか、あまり周りがよく見えない。

 

真上を見ると数字が書いてありカシャ、カシャと一定のリズムで数字が減っている。

 

「入渠施設かしら?」

 

「ああそうだ。目ェ覚めたみたいだな、龍田」

 

呟きに返答が帰ってきた。驚いて周りを見渡すと前方から影が歩いてくるのが見える。そして、その影は徐々にこちらに近づいてくると見慣れた人だった。

 

「てん……りゅうちゃん……?」

 

「おう、俺だ。ここは提督が妖精さん達に直してもらった場所なんだとよ。野郎はまだやる事がある、って言ってさっさと俺にお前を俺に預けてどっか行っちまった」

 

そう言うと寂しそうに笑って天龍ちゃんは私の横の浴槽に浸かる。

 

「まさか、またこんな綺麗な風呂に入れる日が来るなんてな。今度酒でも持って入るか」

 

「お風呂でお酒はダメよ〜?溺れるかもしれないんだから」

 

「別にいいだろー、隼鷹だって──」

 

自分でもその名前が出てきたことに驚いたのか、ハッとした表情を浮かべていた。私はその時代の隼鷹を知らないので何も言えずただ無言で天龍ちゃんを見ているとバツが悪そうに自嘲した。

 

「あぁ……そうだったな。アイツはもう飲まねぇか」

 

「天龍ちゃん……?」

 

「悪ぃ、龍田。久々に骨がある提督が来たからよ。昔みたいに考えちまった──ンなわけねぇのにな」

 

そう、実際はまだ何も変わっていない。恐怖による支配を体現していた鹿島達の体制が終わっただけなのだ。これからやるべきことが沢山ある。でも、それでも確かに変化したのだ。

 

「大丈夫よ、天龍ちゃん。きっと隼鷹もまたお酒を飲めるようになる」

 

もちろん根拠は無い。でも、きっとやってくれる──そう思わせる何かがあの人には確かにある。

 

「……信じましょう、提督を」

 

「ああ、そうだな…………それと、龍田」

 

一瞬だけ明るくなった後、顔に再び暗い影が差した。どうかしたのかしら?

 

「ん〜?どうしたの〜?」

 

「……悪かった、腕折っちまって」

 

「別にいいわよ、私たちはすぐ治るんだから。それに、万が一の保険のつもりだったんでしょ?」

 

見抜かれていた事が意外だったのかポカンと口を開く天龍ちゃん。珍しい間抜けな顔に思わず吹き出してしまう。

 

「バレてないつもりだったの〜?」

 

「……」

 

「わかるわよ〜、それくらい。私がなんで出撃も演習も許されないのか、なんであの二人の傍に置かれたのかを考えればね」

 

「……恨まねぇのか?」

 

「どうして〜?姉が自分の心配をしてくれたのにどうして恨む必要があるのかしら?」

 

その言葉にビクリと肩を震わせる。本当にこの人は──ゆっくりと身体を持ち上げて、戸惑う彼女の額に自分の額を合わせる。

 

「私たちは唯一無二の家族なの。だから、何をしようとしてるかなんて全部お見通しなのよ〜」

 

「龍田…………ありがとう」

 

暫くの間、私達はそのまま動かずにいた。二人の間にある繋がり()を決して忘れない為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所かな……?」

 

壊れた本棚を木材と金属に分別し、まだ使える本を横に積む作業もようやく一段落した。小さな欠片は妖精さん達がいつの間にか掃除し終えていた。

 

机と椅子は最初の加賀の爆撃によって木っ端微塵だったのでトラックに積んであったものを持ち込んだ。とりあえず最低限でも設備を整えない事には執務すらまともに出来ない。

 

幸いにも電気、ガス、水はしっかりと引けているし妖精さん達がそこも修理してくれていたので問題なく動く。お陰様で疲れた身体にコーヒーを飲むことが出来る。タバコも酒もあまり嗜まない僕だが、その代わりにコーヒーや紅茶をよく飲む。

 

「妖精さん達は甘いココアでいいの?」

 

『はい!!』

 

全員が頷くので専用のカップにミルクココアを少し温くして注いでいく。それぞれ専用のストローでそれを飲み始めるのをちゃんと見てからため息と共に伸びをする。

 

携帯を開いて驚いたのだが、もう僕達がこの鎮守府についてから三日も経っていた。今思えばこの短期間に随分と濃い体験をしたものである。天龍との初戦、直後に龍田に気絶させられ次は拷問だ。その後には三隻もの艦娘と戦闘。多分常人なら命が幾つあっても足りないだろう。

 

「それを考えると忌々しいこの体質にも少しは感謝しないとね」

 

付け直したバンダナの下に隠れた左目をそっとなぞる。と、不意にスマホが振動して着信を伝える。

 

「……?誰からかな」

 

こっちはプライベートで使ってる回線なので電話をかけてくる相手なんて居ないはずだが…………。

 

「はい、南雲ですが」

 

『私だ、恭介。三日も連絡が来ないから心配でかけさせてもらった』

 

「……悪ふざけはやめてください。公務的な話はちゃんと有効な回線を使ってくださいよ、元帥」

 

声の主に溜息をつきながらボヤくと快活な笑い声が帰ってきた。

 

『そう邪険にすることも無いだろう。お前をそこまで育てあげたのは私だぞ?』

 

「それとこれとは話が別です。確かに今となっては自分を保護して下さったことに感謝はしていますが出来れば艦娘に関わる仕事にはもう就きたくなかったのに…………」

 

『あー、それに関してはスマンと思っているが、仕方が無いんだ。頭の固い親艦娘派の連中がお前の更生を頑として認めなくってな……未だにお前の死刑を望む者も多い』

 

バツが悪そうに一段階小さくなった声で元帥はそんなことを言う。

 

「まあ別に、その事は良いですよ。済んだ事ですからね。自分が聞きたいのはもっと別の事──彼女達のことです」

 

百歩譲って僕がこの鎮守府に来ることになったこと自体は構わない。だが許せないのは此処の設備の悪さと艦娘達の姿だ。敢えて触れなかったが戦った三人も、龍田も痩せているように見受けられた。

 

「何をどうしたら本来人間に友好的な彼女達をあそこまで追い込めた?アンタ達は彼女達に一体何をしたんだ?」

 

『珍しく気が立っているか、恭介?』

 

「……まさか、自分に腹を立てる権利なんてありませんよ。自分だってきっとここの前任者の同類なのですから」

 

自虐気味にそう返すと暫くの沈黙の後、溜息が聞こえてきた。

 

『本当にお前と言うやつは……まあいい。その鎮守府についての資料は任務資料の中に混ざっている。目を通しておくといい。前もって言うならば、今回も結局我々(大本営)の落ち度だ』

 

「了解しました。こちらで確認します。それと元帥、この鎮守府全体を立て直すには些か資材が足りません。更なる充実化のために資金と資材をお願いできませんか?」

 

『ふむ……よかろう。明日までに送るよう手配する。他に当分先まで持つような食料品も送ろう』

 

「感謝致します」

 

その言葉にウム、と頷いたような音がこちらに聞こえると改めて威厳のある声で元帥は言った。

 

『では南雲 恭介大佐。引き続き該当鎮守府における任務を続行したまえ。次の定期連絡で吉報を聞けることを期待している』

 

「ハッ!失礼致します!」

 

こちらの事を向こうから見ることは出来ないが関係上は上司と部下。敬礼をして電話が切れ、三秒経過するまでその姿勢をキープする。それを終えれば今度は机の上の資料に目を通していく作業だ。

 

「この鎮守府の前任の事は──これか」

 

プリントを漁っていると数枚捲った先に『任務地についての報告書』という見出しのプリントを発見した。素早く手に取り内容を読んでいく。

 

そこにはこの鎮守府を代々管理してきた提督達の事が綴られていた。

 

まず初代提督、これはまだ大本営としてここが使われていた時期なので当時の元帥が指揮を執っていた。その後は本丸の場所が変わってもここは防衛の要とされ二代、三代と堅実な性格の提督が守っている。

 

この鎮守府の気色が変わるのは五代目提督の頃だ。五代目、つまり僕の前任者は駆逐艦を他の『艦娘隷属派』の鎮守府から引き取り『捨て艦』として戦艦や空母の身代わりとした他、戦果を挙げられなかった重巡に性的な暴行を行っていたそうだ。

 

それだけに留まらず、轟沈したと本営に報告のあった戦艦六隻のうち五隻が大陸に奴隷として売り飛ばされていたのである。思わず紙を破り捨てそうになるのを堪えて読み進めていく。

 

戦艦が居なくなれば、次は正規空母だ。元々ここに居た加賀はその際に抵抗し解体処分とされている。今この鎮守府にいる彼女はどうやらその後に建造されたらしい。

 

次々に積み上がっていく悲惨なこの鎮守府の背景にやるせなさがどうしようもなく積み重なっていく。どうして人は自分たちを慕う存在にここまでの仕打ちができるのだろう。

 

相手はただ生まれた場所が違うだけで自分たちと本質は何も変わらない感情を持った艦娘(人間)だというのに。資料を全て読み終えるとこの書類を金庫の中にしまい鍵をかける。

 

「さあ、次の書類を────あれ?」

 

気が付くと、妖精さん達によって机上の書類が綺麗さっぱり片されていた。慌てて机に戻ると飲みかけだったハズのコーヒーすらもどこかへ消えてしまっている。

 

てちてちと頬を叩かれ横を見ると肩にはいつの間にか妖精さんがいた。ふんす、とドヤ顔しながら妖精さんが言う。

 

「きょーちゃん、そろそろねなきゃだめ」

 

「せんとうしてから、もうにじゅうじかんいじょうやすんでません」

 

「これいじょうのむりはさせない、きょーちゃんたおれたらやだ」

 

「えぇ……そこをなんとか、あと六時間だけ」

 

『だめ!!!』

 

はっきりと拒絶されてしまった。どうやら彼女達はどんな手を使っても僕を休ませたいらしい。隅ではハンカチに例の睡眠剤を振りかけようと五人ほどで必死にビンを担ぐ妖精さん達が見えた。

 

そんな彼女達からビンとハンカチを取り上げながら苦笑いする。

 

「わかった、わかったよ。今は休むから無理やり僕を寝かせようとしないでくれ。但し、今日はイスの上で休ませてもらうよ。誰か来た時にすぐ反応したいからね」

 

若干不満そうにしていたものの、仕方ないと諦めてくれたのか、ふと顔を上げると妖精さん達は既に居なくなっていた。

 

「やれやれ……やることも無いし、寝ようかな」

 

椅子に深々と腰掛けて腕を組む。目を瞑るとやはり疲れていたようで早々に意識が深みに溶けていく。その心地よい感覚に身を委ねた僕は夢の世界に旅立つことにしたのだった。




登場させて欲しい艦娘などのご要望は感想などでボソッと呟いてくだされば検討しますのでどうぞお気軽にどうぞ!

ヒロインすらまだ未定ですから……ね()

いつも読んでくださっている方々に感謝申し上げます、ありがとうございます。

それではまた次回の更新で!アデュー!


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