俺ガイル 合同短編カップリング企画! (しゃけ式)
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暮影司さん 八幡×小町 恋人となった比企谷小町のクリスマスプレゼントとは

「お兄ちゃん、小町の恋人になって欲しいんだけど」

「なるほど、実は俺たちは義理の兄妹だったのか。可愛ければ変態でも好きになってくれますかだったのか。大丈夫だ、小町が変態でも可愛いから好きになるよ」

「違うよ……小町は変態じゃないよ……」

「なるほど、実は小町は弟に見えたけど本当は妹だったのか。妹さえいればいいだったのか。大丈夫だ、俺も妹さえいればいいよ」

「だから違うって。どこをどう見たら小町が男の子に見えるのさ」

「なるほど、実は小町の初恋が俺でその後で兄妹になったのか。エロマンガ先生だったのか。大丈夫だ、俺も小町を初めてみたときから好きだったよ」

「だから違うよ……このアホ毛が示すとおり紛れもなく実の兄妹だよ。大体、初めてみたときって赤ちゃんでしょ」

「なるほど、じゃあ本当の兄妹なんだけどずっと小町は本当は俺のことが好きだったのか。俺の妹がこんなに可愛いわけがないだったのか。よし、じゃあ俺が高校を卒業するまでの間だけ本当の恋人になろう」

「別に好きじゃないよ、普通だよ」

「何なんだよ……」

「こっちのセリフだよ、お兄ちゃん……どれだけ妹モノのラノベが好きなの……そんな展開になるわけないでしょ」

 

 はあ~と、大きなため息をつきながら肩を落とす小町。ため息をつきたいのはこちらだよ。待ち望み続けた兄妹ラブコメルートに突入したと思ったのにこの仕打ち。

 遺伝子を感じるのはアホ毛くらいのものなんだから、義理の妹だと判明したって納得なんだよ。

 俺の実の妹にしては可愛すぎる、この比企谷小町という女の子に恋人になって欲しいと言われたら、なるほど違う世界線に移動したんだなと思うだろ普通。

 そうじゃないなら今すぐ戸塚ルートに遷移させて欲しい。シュタゲだってルカ子が女の子だった世界線があったんだ、戸塚だって女の子の可能性、あると思います! 

 

「恋人になって欲しいっていうのはこれだよ」

 

 小町が見せてきたのは一枚のチラシ。

 なになに……仲良しカップル限定イベント? 

 

「アホ毛さえ隠せば兄妹に見えないからカップルとして参加できると思うんだよ」

 

 ふむ……その意見だけは激しく同意だ。

 

「どうしてもこのイベントに参加したいんだよ、お願いお兄ちゃん……あ、この上目遣い、小町的にポイント高い」

「それを言っちゃうのはポイント低いけどな……」

 

 とはいえ、この上目遣いは正直ポイント高すぎる。楽天カードに入会したときくらいのポイントだぞ、いいんですか、いいんです! クゥ~! 

 

「まぁ、小町の頼みなら聞くしか無いだろ……」

「やったー! さすがお兄ちゃん。いや、八幡♪」

 

 もう恋人気分かよ……などと思いつつも、腕にしがみつかれて嫌な気持ちはしない。

 該当のイベントは明後日だったが、その時から呼び方は八幡となった。意外と嫌じゃない。

 

「八幡、麦茶~」

「あいよ」

 

 とか

 

「八幡~、バスタオルとって~」

「お~。直接渡してやるよ~」

「バカ。そこに置いといてよ」

 

 というような二日間を過ごしたが……これもう同棲カップルじゃね? 

 

 呼び方一つで世の中は違うように見えてくるものだな、などとお気楽に考えていたがイベント当日。

 小町は謎の変装をしていた。

 

「なにそのメガネと帽子……」

「だって八幡とカップルになるんだよ。誰かに見られたら恥ずかしいし」

「どこの藤崎詩織だよ……」

 

 とはいえ、お忍びデートみたいな格好はアイドルっぽくて意外と嫌いじゃない。うんうん、これもアイカツだね! 

 

「で、どこいくの?」

「千葉港。チラシ見てなかったの、お兄……じゃなかった八幡」

 

 おそらくしているであろうジト目は伊達メガネのスモークによって遮られている。今はもう十二月も半ばを過ぎており、さんさんと降り注ぐ日光があってもサングラスっぽいものをするのは違和感しかなかった。

 歩き始めてすぐに、俺の手を取る小町。兄妹だから手を握って歩いたことは今までに何度もあったが、この寒いのに手袋もせず手はガッチリと恋人繋ぎでにぎにぎを繰り返していた。なんという本気度だ。これはもう俺も覚悟を決めよう。今日は何があっても恋人同士という設定を貫く。

 

「あ、はちまーん」

 

 こ、この声はラブリーマイエンジェル彩加たん! 

 せっかく声をかけてくれたものの、すぐに俺の隣りにいる妙なサングラス女を見て訝しむ。

 

「あ、ええっと……」

「ども~、八幡の恋人で~す」

 

 俺の手を握っていない方の手で横ピースなんかしている小町。なんで? 俺の彼女はアホっぽい感じなの? それとも斧乃木ちゃんの真似なの? 

 それにしても八幡の恋人だなんてサラッと言い切るな。

 でもまぁ。う、うん。そうだよな。ついさっき俺も覚悟を決めたわけだし、当然だよな。

 

「八幡? デ、デート中なの? 雪ノ下さんじゃない人と?」

「ああ。デート中だ」

 

 きっぱり言ったぞ。それにしてもなんで雪ノ下の名前が? 斧乃木ちゃんに声が似てるから? 

 

「そ、そうなんだ。今度、紹介してね」

「ああ」

「じゃね」

 

 手だけをぴこぴこと振って去っていく戸塚。小町だとは気づかなったようだな。まぁ、戸塚に彼女がいると思われたところでさして問題はないだろう。俺の彼氏になるのは戸塚だけだよ! 

 

 そして千葉港へと向かって再度足を進める。

 

「あ! やっはろー、ヒッキー! あれ? その人は……」

 

 おいおい、またエンカウントかよ。なにこれ、ドラクエ? 

 偶然出会った由比ヶ浜結衣は驚きに戸惑っている。そりゃ明らかに変装している女子と仲睦まじく手を組んで歩いてたら混乱するよな……実は俺は城ヶ崎美嘉の重課金Pが高じてお忍びデート設定でレンタル彼女を雇ったんだって言ったほうがまだ納得するかもしれん……。いや、それは厳しいな。

 

「あ……」

 

 由比ヶ浜の顔を見た小町は、握っていた手を緩めた。バレたら恥ずかしいと思ってるのかしらん……。

 今日は恋人同士だ。俺は小町の手を握った。

 

「すまん、由比ヶ浜。ちょっと今、見ての通りデート中なんだ。その、彼女と」

「そ、そうなんだ。ご、ごめんヒッキー。邪魔して、本当に、ごめんねっ」

 

 俺が何かを言おうとするのを聞かないように、振り切るように勢いよく去っていった。

 なんだこの罪悪感は……。

 

「あー……ごめんなさい、結衣先輩……」

 

 がっくりと落ち込む小町。なんで? 

 沈思しながらも二人で歩いていくと、海の香が鼻をくすぐった。

 この匂い、この肌触りこそ千葉港よ! 

 なんて口に出したら材木座みたいだと思われるだろうから言わないけどね。

 

 俺たちが参加するのは、恋人たちの冬のクルーズというプランだ。

 通常ナイトクルージングがメインだが、この寒い時期に夜の洋上は寒すぎるというご意見もあるらしく夕暮れを楽しむ夕方の出航があるらしい。

 ディナーやアルコール飲み放題がつかない夕方のクルーズは、リーズナブルに東京湾クルーズを楽しめるプランなので俺たちのような若いカップルに人気らしい。

 

 クルーザーの前にはもう長蛇の列ができていた。どいつもこいつもリア充ばかりだ。なぜこんなイベントにどうしても参加したいの? 俺は妹に頼まれたからだけど? 

 くっそ寒いのにも関わらず、背中を見せたドレスの女性も目立つ。小町もメガネと帽子を外した。

 

 タラップを上って、船上に移動すると、なんとなくハイソな雰囲気が漂う。

 シャンパンを開ける音とか、なんとも場違いなところにいることが皮膚から伝わってくる。

 スーツやドレスの大人たちに混じって、ダッフルコートの高校生がいるってだけでも浮いてるからな。

 そしてどいつもこいつもイチャイチャと……手を握ったりしている。

 

「なぁ、小町……」

「なあに、八幡」

 

 ここにいる連中と同じだと、そう言いたいのか、ぎゅっと手を握ってくる小町。そうだったな、今の俺たちは野暮ったい兄妹じゃない。世界最強の恋人同士だ。

 

 船が出港する。冷たくも心地良い海風が髪を撫でていく。

 クルージングで見える夕暮れの景色は美しい。

 世界有数の工業地帯である千葉の湾岸は、それはもう。

 無数にある鋼鉄のパイプの合間合間に明かりが灯り、無骨のようでありつつ幻想的な光景でもある。

 そう、まるで、

 

「ミッドガルだな」

「八幡、小町はファイナルファンタジーⅦなんて知らないから」

 

 知ってるじゃねえかよ……。

 なんなら同じ感想じゃねえかよ……。

 薄暮れの中で光り輝く鋼鉄の工場群を見ながら、エアリスの人生に思いを馳せていると、小町はその小さな肩をぶるりと震わせた。

 

「寒いか?」

「うん」

 

 そう言うと妹は、いや、恋人の小町はごく自然に俺に寄り添う。

 肩を抱くと、冷たくなった手を俺の胸に押し当て、そのまま体重を預けてきた。

 ……小町に本当の彼氏ができたら、こんなことをするのかと思うと……

 くっ、ぐぐぐぐ……

 いや、今は俺がその恋人なんだ。

 俺はかぶりを振って、そっと抱きしめる。

 

「恋人同士、みたいだね」

「恋人同士、だからな」

「うん……」

 

 周囲が漂わせている甘い雰囲気に酔ったのか、俺たちは兄妹であることも場違いであることも気にせず、日が暮れていくところを眺めながら、体温を交換していた。

 

「若いカップルさん」

 

 話しかけてきたのはデカいカメラを下げた男。やはりアホ毛だけの共通点では兄妹に見えないのだろう。いや、俺たちがあまりにもラブラブしているからかもしれん……今更ながら恥ずかしくなってきた。

 近寄ってきた男はメッセージボードを持っていた。何やら書いてある。

 

 船上カメラマンが撮影した恋人同士の写真を記念に持ち帰りませんか……? 

 船上カメラマンって……あのー、それ、ダジャレ、ですか? 

 

 訝しむ俺をよそに、両手を恋人繋ぎさせて、小町はくるりと回ると俺が後ろから抱きしめるような形になる。

 

「小町?」

「八幡、笑って。気持ち悪くないように笑ってね」

「なんだよ、それ……」

 

 自然と笑みが溢れる。

 

「いいですね」

 

 カメラマンはカメラを縦にしたり横にしたり、まぁなんか頑張って撮影してくれているようだ。

 今の俺からは小町の顔は見えないが、そりゃもう可愛いに違いない。カメラマンもやりがいのある仕事だろうな。俺も将来はカメラマンになろうかな……俺がラブラブカップルの笑顔を撮影するのか。ありえねえな。決めた、俺は一生働かない。

 

 いくつか撮影できたのだろう、カメラマンは手を振って去っていった。

 

 その後、船上でのジャズの演奏を聞いたり、軽食を食べたりしているとすっかり日が落ちた。

 クルーザーが千葉港へと戻ってくる。

 小町は、船の中に俺を導くと、写真が張り出してある場所で止まった。さっきのカメラマンが立っている。

 タブレット端末が置いてあり、今日撮った写真がそこで見れるようだった。

 ほーん、これをここで売っているのか。

 

「えっと、この写真でお願いします」

「はい、毎度。フォトフレームを選んで待っていてください」

 

 カメラマンは裏手に向かう。プリンターで出力するためだろう。

 

「どうしてもこれをクリスマスプレゼントにしたかったの」

 

 チーバくんのフォトフレームに入った写真をか? 

 いくら俺の千葉愛が天元突破してるからってさすがにそこまでではないが……。

 と思ったら、銀色のクリスマスらしいデザインのプレートを選んだ。俺はチーバくんしか目に入りませんでしたね。やっぱりそこまであったね。

 

「来年からのクリスマスからは、お兄ちゃんは恋人と一緒に過ごす」

「……そうか?」

「そうだよ。だから私と二人きりで過ごすクリスマスはこれが最後」

 

 そうか、今日はクリスマスイブだったか。あまりにも俺の人生に関係なさすぎて忘れていた。

 

「私と八幡が一緒に過ごすクリスマスイブは、これが最初で最後」

 

 俺は野暮なツッコミを入れる気が起こらなかった。

 言いたいことは、言わんとしてることはわかるし、それを自分からおちゃらけたいとも思わなかった。

 

「今から、私達は兄妹に戻る」

 

 優しい、未練のないであろう声だった。

 

「来年からは、次回のクリスマスからは、お兄ちゃんはもう私のものじゃない」

 

 そう言って、フォトフレームを抱きしめる。

 

「今年だけは、今回だけは、私と八幡が恋人同士のクリスマスイブ。そうだったよね?」

 

 俺は、もちろん、と力強く首肯する。

 

「そっか。ありがとな」

 

 俺がプレゼントを貰おうと手を伸ばすと、小町はたたっと逃げた。なんで? 

 

「違うよ」

 

 そういうと小町は赤いダッフルコートを翻して、俺の顔を見てにっこりと笑い、

 

「これは、お兄ちゃんが小町にくれたクリスマスプレゼントだよ」

 

 と言った。

 

 行く先の無くなった、手を後頭部へ持っていき、ガシガシと掻く。

 

 俺の妹、比企谷小町は世界で一番可愛い妹だ。

 

 異論は認めない。

 

「小町、やっぱり俺のこと好きだろ」

「普通だよ、普通。ほら、早くお金払ってよ、お兄ちゃん♡」



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れーるがん(宮下龍美)さん 八幡×雪乃 卑怯な二人

 部室に二人きり。

 そんな状況になることが、三年になってからは暫くなかった。いや、二年の頃もさほど頻繁にあったわけではないが、由比ヶ浜が三浦と遊びに行ったり、サブレのなにがしかでいなかったことは何度かあったのだ。

 しかし、新体制となった奉仕部において、昨日までは毎日フルメンバーが揃っていた。

 

 そもそも放課後にやることなんぞない俺と雪ノ下は言わずもがな、まるで先日までの空白を埋めるかのごとく、部室に来ては雪ノ下にくっ付いて、というか抱きついていた由比ヶ浜も。新部長である小町も、一色も。毎日のように全員が揃っていた。

 いやだから、なんで一色は毎日いるんだよ。君の仕事場、ここじゃないよ?

 

 ともあれ、五人全員揃うのが当たり前の日常と成りかけていた、四月の下旬。もうそろそろゴールデンウィークも始まろうかと言う頃合いに、なぜか。

 なぜか、である。

 部室には、俺と雪ノ下の二人きり。

 

 騒がしいのが一人もいなければ、室内は穏やかな静寂で満たされていた。時折ページを捲る音がするだけで、会話の一つも生まれない。丁度一年前も、大体こんな感じだったか、と懐かしくなるような。

 

 ただあの頃と違うのは、この沈黙の理由。

 特に話すことがないから、というのは共通しているけれど、その中に断絶のようなものはない。互いが互いの殻に閉じこもり、必要以上に関わりあうことを避けていたあの時とは、明らかに違っている。

 

 彼女らがいないのは少し物足りないような、寂しいような気もするけれど。俺は元来、静謐な空気を好むタチだ。それは向かいに座る雪ノ下も同じだろう。

 湯呑みに入っている紅茶を一口含み、ほうっと息を吐けば、同じ音があちらからも聞こえた。つい目をやると、雪ノ下も俺を見ていて。

 なんだかそれが照れ臭く視線を逸らせば、今度はクスリと笑みが一つ。

 

「紅茶、そろそろ熱くなってきたかしら?」

「もうちょいで五月だもんな。猫舌の俺にはちと厳しい」

「あなたのそれは冬でも同じじゃない」

「まあな。なんなら年中無休で猫の気持ちを味わえるまである。俺は猫背でもあるから、実質猫みたいなもんだし」

「は?」

「ごめんなさい……」

 

 割とガチギレトーンの一音が返ってきたので、すぐに謝っておく。前にサウナに入るって言った時よりもガチトーンだった。つまり超怖い。

 最近せっかく丸くなって来たというか、随分と柔らかい印象に様変わりしてしまったというのに。今の雪ノ下には、出会った頃の触れるもの皆傷つけるギザギザハートの雪ノ下が垣間見えた。

 

 でもほら、寒い時はコタツから出ないとことか、そもそも家から出ないとことか、割と猫っぽくありません? 比企谷八幡猫説、ありだと思うんだけどなあ。

 分かってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのかい……。

 

 けぷんけぷんと咳払いをして、なんとか話を逸らす。

 

「つか、今日は他の奴らどうしたんだよ。小町は? あいつ部長でしょ?」

「由比ヶ浜さんはサブレの用事にどうしても行かなければダメと言っていたわね。一色さんは、溜まっていた仕事のツケが回って来たそうよ。小町さんは……どうしたのかしら?」

「俺に聞かれても……」

「あなたが一番詳しいのではなくて?」

 

 こてん、と小首を傾げる雪ノ下。可愛い。

 

 しかし、さてはゆきのん、俺のことを妹の動向を常に把握している変態シスコン野郎だと思ってるな? 

 さすがの俺もそこまでではない。小町の周囲の人間関係を川崎大志協力のもと調査しているが、現在進行形でどこで何をしているのか、まで把握してしまうと、嫌われること請け負いだ。

 俺は小町に嫌われれば死んでしまう恐れがあるので、おいそれとそこまでの手出しは出来ない。本当はしたいんだけどね。

 

 と、このまま伝えれば雪ノ下からゴミを見るような目を向けられて嫌われ、やっぱり俺が死んじゃう。なので少しだけ婉曲に伝えれば、小さな口からは呆れたようなため息が。

 

「部長としての自覚はあるのかしら……」

「ほんとな。そのうちどこの下誰乃さんみたいに、勝手に突っ走って痛い目見そうで心配だわ」

「そうね。どこ谷誰幡と同じ血を引いてるものね」

 

 はははうふふと笑い合い、互いに交わすのは軽いジャブ。そんなやり取りが心地よく、気持ちよく感じちゃったら多分シャブ。

 まあ、猫のじゃれ合いのようなものだ。やはり俺は猫だった……?

 

 しかし小町は、本当にどこでなにをしてるのやら。部室に来てあいつの姿を確認出来なかった時にラインは送ったのだが、返信は未だ来ず。放課後が始まってしばらく経っているから、この時間に来ないということは望み薄っぽい。

 

 別にいいんですけどね。どうせ来ても暇だし。ガハマさんもいはすもいないし。本読んで紅茶飲んでるだけだし。

 

「しかし、前にも増して依頼者来なくなったなぁ」

「去年は平塚先生の斡旋もあったから。それに、奉仕部の存在を知っている人たちは殆どが三年生でしょう」

 

 その名前が出て、少しの寂しさが胸に浮かび上がった。俺たちの恩師は、もうここにいない。連絡を取れば喜んで来てくれるだろうが、あんな派手な別れ方をした以上、すぐに連絡を取るというのも中々に小っ恥ずかしいものがある。

 

 思わず黙り込んでしまった俺を訝しく思ったのか、雪ノ下が不思議そうにこちらを見ている。それになんでもないとかぶりを振って、胸の中の寂しさを紛らわすように言葉を吐いた。

 

「仕事がないって最高だわ」

「本当にね……」

 

 哀愁漂う横顔でフッと笑ってみせた雪ノ下は、おそらくこの前のプロムを思い出しているのだろう。じゃないとこいつがこんな発言、素面でするわけない。

 あの時は、まあ、たしかに働かせすぎちゃったよなーという罪悪感があるけれど。マジであんな企画を考えたやつぶっ殺したいレベルで忙しかったけれど。その分の対価はちゃんと支払うと約束してる。主に俺の一生で。

 

 丁度一年前の俺が聞いたら、奴隷にでもされてるんじゃないかと心配することだろう。未来の俺ではなく、そんな未来が待ち受けている自分自身を。そのあたりはさすが比企谷八幡って感じだが。

 もし一年前の俺に一言かけられるとしたら、言ってやりたいものだ。

 存外、悪くないぞ、と。

 

 疲れ切って苦みばし走った顔の雪ノ下に微苦笑を向けていれば、長机の上に置いてあったスマホが震えた。

 

「おっ」

 

 噂をすればなんとやら。小町からのラインだ。俺の様子で雪ノ下も誰からのラインか気づいたのだろう。小町さんから? という問いに首肯を返す。

 はてさて、我らが新部長様は一体全体どのような理由で欠席しているのか。理由によっては、先代部長様から沙汰が降る恐れもある。

 

『今日は結衣さんもいろは先輩も来ないみたいだし、二人の間に挟まれるのもなんかアレだし、先に帰ってるよ』

「えぇ……」

 

 思わず声が出てしまった。こいつ、なんて勝手な理由で……これがもし旧奉仕部なら許されざる行いだぞ……。

 

 これを俺の口から直接雪ノ下に伝えるのもなんかアレなので、ちょいちょいと雪ノ下を手招きする。

 てくてくとこちらに歩み寄って来た雪ノ下。どうでもいいけどてくてくって可愛いな。可愛い。その雪ノ下にスマホの画面を見せてやれば、困ったように眉をハの字にした。

 ほんの少しだけ、頬が赤くなっているようにも見える。

 

「あの子は、全く……」

 

 ただ、口元は微かに緩んでいて、まるで喜色を隠せていない。そんな表情を思いの外近い距離で見てしまったからか、俺の頬まで勝手に熱を持つ。

 あーもう……相変わらず顔面偏差値高すぎるだろこいつ……なんでこんなに可愛い顔してんの……?

 

 俺の心情を知ってか知らずか、雪ノ下ははにかんだ笑顔を浮かべて、一言。

 

「なら今日は、二人きり、ね……」

 

 そそくさと自分の席へ戻っていった彼女は、そこに腰を下ろしてからも頬が緩んでいて。いつもの大人っぽい雰囲気からは想像できない、酷く幼い笑顔が。

 

 いや、いやいやいや。

 は? 可愛すぎるんだが……? 可愛いの言葉じゃ足りなさすぎるんだが……? この薄汚れた現世に降臨した天使なんだが?

 

 という言葉を紅茶と一緒に喉の奥へと流し込み、至って平静を装って、別の言葉を吐き出した。

 

「まっ、まあっ? 前にも何回かあったことだしな」

 

 思いっきり声が裏返った。

 クスクスと、今度は声を上げて、先程とは別種の笑みを浮かべる雪ノ下。

 

「声、裏返ってるわよ?」

「うっせ」

 

 お前だって顔赤いだろ、と返したいところだったけど、それを言えば収拾がつかなくなってしまいそうでやめた。

 雪ノ下から視線を外し、再びスマホへと落とす。もしかしたら、拗ねたように見えたかもしれない。強ち間違いでもないけれど。

 

 小町に適当な返事を送り、スマホを長机の上に置けば、向かいからジッと視線を感じた。

 いや、正確に言えば俺に対するものではなく、俺のスマホに対するものなのだが。

 

「どうした?」

「いえ、その……」

 

 今度は雪ノ下がサッと視線を逸らす。さて、どうしたのかしらこの子は。

 と、そう考えるまでもなく、視線の意味に気づいた。

 

 んー、やっぱり面倒くさいなあこいつ……これくらい普通に言えばいいのに。まあ、そこがめちゃくちゃに可愛いんだけど。

 

「雪ノ下」

「な、なにかしら……?」

「連絡先、まだ交換してなかったよな」

 

 苦笑を漏らしながら言えば、雪ノ下の瞳の奥がパァッと輝く。そこまでの表情の変化は自覚があったのか、コホンと咳払いを一つして、スマホを取り出した。

 

「そう、ね。ええ。その、あなたの、パートナーとして、知っておかなければ不便があるものね」

 

 言い訳のように紡がれる言葉。けれど、パートナーというその言葉には、たしかな親愛の情が込められていて。

 ほんの少しの擽ったさを感じながらも、立ち上がった俺は雪ノ下の方へと歩み寄った。

 

「ほれ」

「ええ」

 

 そうして、俺のアドレス帳にひとつ、新しい名前が追加される。電話番号を登録したので、同時にラインの方にも。

 見れば、彼女のラインのアイコンはどこか見覚えのあるもので。

 

「お前これ……」

「なに?」

「……いや、なんでもない」

 

 不思議そうに見上げてくる雪ノ下だが、俺はそれ以上なにも言わない。ただ、これが最近はやりの匂わせ女子ってやつか、と思っただけである。

 

 自分の席に戻り、改めて向かいを見てみると。自分から近づいたせいだろうか。対面のこの距離は、やはりどうしてか少しだけ遠く感じる。

 いつも騒がしいやつらがいないのも、その一因なのだろう。

 

 でも、それだけじゃなくて。

 きっと、見えないなにかが、前よりも近づいたから。

 長机の反対側で固定されたままの距離が、以前よりもぐっと近くなったらから。

 連絡先を交換したことで、その実感が増してきたから。

 

 深く息を吸って、秒針の音を五回聞いてから吐き出す。

 席を立ってもう一度雪ノ下の方へと足を向ければ、当然彼女はそれを訝しんで。

 

「……どうしたの?」

「いや、まあ、なんだ……」

 

 突然隣に椅子を置いて座った俺に、心底困惑している顔を向けた。まあ、そうなるよな。

 顔が熱くなるのを自覚する。それを片手で隠そうとしてしまうのを必死に耐え、けれど結局雪ノ下の目は見れなくて。

 酷く掠れた声で、告げた。

 

「二人しかいないんだし、な……」

 

 あー、クソ、めっちゃ恥ずかしい。なにこれ、なんでこんな恥ずかしいの? ただ事実を口にしただけじゃん……。

 

 真横にいる雪ノ下から、返事の声はない。もしかして余計なことしちゃっただろうか。はっはーん、八幡くんもしかして浮かれてるな? 海浜公園の時と言い今と言い、ちょっと調子に乗って浮かれすぎでは? やっぱりそろそろ死んだ方が良くない? ここから飛び降りたら死ねるかな……。

 

 が、しかし。雪ノ下の沈黙は、どうやら俺が思っていたものとは違っていて。

 チラと視線をやると、雪ノ下は両手で顔を隠して俯いていた。それでも、その紅は隠せていないが。

 

「あなたのそれ、卑怯だと思う……」

「えぇ……」

 

 お前がそれを言うのか……。

 

 広い部室の中、長い机の端っこで。並んで座るのは、顔を真っ赤に染め上げた二人。

 そんな奇妙な光景が、チャイムが鳴るまで続いていた。 



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エコーさん 材木座×優美子 あーしと、我の、青春ラブコメ!?

 あーし、三浦優美子は、葉山隼人が好き。

 教室でもアピールしてるし、それはクラスのみんなにも伝わってると思う。

 

 ──ただひとり、隼人本人を除いて。

 

 だから、あーしは決意した。

 覚悟を決めた。

 だって、三年になっても同じクラスになる保障はないし。何より文理選択なんて知ったことじゃないし。

 あーしは、隼人しか見えないんだから。

 

 だけど、あーしの乙女心は無残に散った。

 告った時の、隼人の辛そうな顔。

 それがあーしの恋の、エンドロールだった。

 

 でも、もう少しだけ、好きでいても……いいよね?

 

 隼人に振られてからのあーしは、一人で過ごす時間が増えた。

 結衣や姫菜はあーしを気遣って、色々誘ってくれる。

 けれど、戸部たちは腫れ物を触るような感じであーしを扱う。

 それが嫌で、悔しかった。

 

 昼休み。

 春だというのに、購買のある校舎はまだ寒い。

 ううん。寒いのは、あーしの心、かな。

 

 人も商品も寂しくなった購買で、ミルクティーを買う。

 ──ひとりで飲んでも、あんまり美味しくないな。

 

 ふと人の気配がした。

 いや、人なのかな。

 ロングコートに包まれたその見覚えのある肉塊は、ブルドーザーのように突進してきて、あーしを避けようとして、盛大にコケた。

 

 瞬間、肉塊の手に握られた紙の束が吹雪のように舞って、冷たいリノリウムの床に落ちた。

 

 肉塊は、泣いていた。

 何がそんなに悔しいのだろう。

 そんな米粒ほどの興味が、あーしを動かす。

 

「……なにしてんの」

 

 肉塊はビクッと震える。

 大きな図体で、まるで怯えた子供のように。

 

「す、すみません、すみません」

 

 無様な四つん這いで、散らばった紙を必死にかき集めながら、肉塊は謝罪する。

 何も悪い事なんてしてないのに。

 

 冷たい床に散らばる、紙の一枚を拾い上げる。

 これは……小説?

 血界悪夢斬って、ブラッディーナイトメアって読むの?

 ヘンな振りがな。

 

「これ、あんたが書いたの?」

 

 肉塊は慌ててあーしが持つ紙を奪いに来る。

 思わず条件反射でその短い手を躱す。

 

「か、返してくだされ!」

 

 眼鏡の奥の瞳が、必死に縋り付いてくる。

 

 なんで?

 なんでこんなに必死なの?

 

 そもそも誰かに読ませる為に印刷したんじゃないの?

 

 ワケわかんない。

 

 あーしは、散らばる紙を拾い集め、束にして肉塊メガネに渡す。

 

「廊下は走るもんじゃないし」

 

 なんだそれ、あーしは風紀委員か。

 なんなら風紀を乱す側なのに。

 

「か、かたじけない……」

 

 へんな言葉。

 紙束を渡すと、再び肉塊メガネはあーしに背を向けて走り出そうとした。

 

「あんた」

 

 この時なぜ引き止めたのか、あーしにも分からない。

 単なる気まぐれかもしれない。

 でも、なんとなく放っておけなかった。

 

「あんた、名前は」

「ざ、材木座……」

「下の名前」

「よ、よ、義輝でござる」

「よし、材木(ざいもく)ね、覚えた」

「あの、材木座なんですけど……」

 

 丸い肉塊あらため材木が何かモゴモゴと言っているが、気にしない。

 

「あーしは、三浦優美子」

「ぞ、存じ上げてござる」

 

 へー。

 こいつ、あーしの事を知ってたんだ。ちょっと意外。

 

「ねえ。あんたって、恋愛小説って書ける?」

「いや、恋愛は……その」

「とりあえず、恋愛小説書いてきな」

 

 なんであーしはこんな事を言ったのか。

 きっと、自分の失恋を何かに置き替えてしまいたかったのだ。

 他人事にしたかったのだ。

 わかんないけど、そう思う事にした。

 

 

 * * *

 

 

 (われ)は剣豪将軍、材木座義輝。

 どういう経緯か、現在放課後の図書室にいる。

 

「ど、どうでしょうか」

「んー、ダメ」

 

 我の向かいに陣取るのは、リア充女子の代表格といえる、三浦優美子。

 八幡のクラスのトップカーストであり、獄炎の女王の二つ名をもつ、学年でも屈指のモテ系女子、なのだが。

 

 どうしてこうなった!?

 

 我は今、図書室にて三浦殿に短編小説を読んでもらっている。

 三浦殿の発注は、恋愛小説。

 我は自室の文献(ラノベ)を漁り、それっぽい文章を並べ立てて短編を書いてみた、のだが。

 

「全然リアリティが無いし。それに何でいつもヒロインが突然裸になるの?」

「そ、それは世界記憶(アカシックレコード)により定められた展開でして……」

「わけわかんない。書き直し」

 

 はあ、これで三度目の書き直しが決定である。

 しかし、我はこの状況をそれほど悪くは思っていない。

 

 静謐(せいひつ)と西日に満ち溢れた放課後の図書館。

 目の前には、多少ワガママで辛辣だがリアルの金髪美少女がいる。

 それだけでも我にとっては奇跡なのに、その金髪美少女は、我の作品を読んでくれるのだ。

 我の様な書き手からすれば、夢の様なシチュエーションである。

 

「また書けたら読ませてもらうから」

 

 三浦殿との時間は、ダメ出しを含めて三十分たらず。

 しかしそれでも、泥と恥辱と脂肪に塗れた我が人生の中では、珠玉の時間だ。

 

 リア充の気まぐれだとは思う。

 けれど今は、その気まぐれに与えられた四半時を楽しみたいのだ。

 

 悪いな八幡。

 これからは、原稿を持ちこむ頻度がグンと低くなりそうだ。

 

 フハハハハ!

 

材木(ざいもく)

「はひぃ!?」

「キモい顔してないで、書き直してきな」

 

 ひどい。

 やっぱリアルの女子こわい。

 

 

 * * *

 

「材木、書き直し」

「もう七回目でござるよ……」

 

 最近のあーしは、放課後になると材木座の小説を読みに図書館に通っている。

 といっても、図書館にいるのはものの三十分ほど。

 

 別にこいつの文章を読みたい訳じゃない。

 だけど、材木座の小説を読んでいると、不思議と嫌なことを忘れられた。

 

 変な言葉ばっかりでツッコミどころだらけの小説だからかも。

 

 でも、悪くない。

 材木座は、あーしみたいな素人のアドバイスをちゃんと聞いてくれる。

 そして、次に読む時にはちゃんと反映させてくれるのだ。

 

 打てば響く。

 

 それが何とも嬉しかった。

 けれどこれは、逃げだ。

 自分の気持ちから、悔しさからの逃げ。

 だから、もう一度決着をつける為に、あーしは行動する。

 

 これ以上、材木座(こいつ)を付き合わせる訳にもいかないし。

 

「材木」

「な、なんでござる、か」

「あーしね。もう一度、隼人に告白する。それで、終わらせる」

 

 材木座は、何も言わずにあーしを見ていた。

 

 

 * * *

 

 

 三月中旬、放課後。

 あーしは、もう一度隼人を手紙で呼び出した。

 

『放課後、あの屋上で待ってる』

 

 隼人、来るかな。

 来てくれるかな。

 来てくれたら、もう一度ちゃんと言おう。

 そして、前回言えなかった言葉も……伝えるんだ。

 

 ブレザーの袖に冷たくなった手を隠して、ひとり屋上で待つ。

 

「寒い、な」

 

 ──既に三十分ほど待っただろうか。

 日は傾き、あーしの身体はすっかり冷えて、なんだか情けなくなる。

 

 スマホの画面を開いて、時計を見る。

 あと、三十分。

 それだけ待ったら、帰ろう。

 

 最後に言いたいこともあったけど、もういいかな。

 

 スマホをバッグに仕舞った時、運動場の方から大声が聞こえてきた。

 

「ふざけるでない!」

 

 これ、材木座(あいつ)の、声……?

 

 気がついた時、あーしは、弾かれるように走り出していた。

 

 

 

 

 息を切らして運動場に辿り着く。

 サッカー部の部室の前に、人だかりが出来ていた。

 

「貴様は、人の好意を何だと思っておるのだ!」

 

 人だかりの中心で叫ぶのは、コートを羽織ったメガネの材木座(あいつ)

 その前で、隼人は項垂れていた。

 

「やめて!」

 

 とっさに叫ぶ。しかし、あいつは止まらない。

 

「我はこんな奴だから、告白なぞした事もされた事もない。だが、行動を起こす勇気と覚悟だけは知っておる!」

 

 材木座(あいつ)は、叫びながら泣いていた。

 あーしの為に、あんなに必死になって。

 鼻水やら肉汁やら撒き散らして。

 あーもう、汚いったらありゃしない。

 

「かの御仁(ごじん)はな、いつも貴様の話をしていた。隼人と目が合った。久しぶりに隼人が笑ってくれた。それはもう嬉しそうに語っておったのだ!」

 

 思わず涙腺が緩む。

 嗚咽がこみ上げる。

 あいつ……いい奴だな。

 

「告白を断るのは仕方ない。貴様にも事情はあろう。だが、せめてしっかり、面と向かって断ってやってくれ。無視はな、一番(こた)えるのだ……」

 

 段々と材木座(あいつ)の声は弱々しくなって、ついには材木座(あいつ)自身が膝をつく。

 気が弱い、あいつ。

 いつもあーしの一挙手一投足にビクッとしていた、あいつ。

 それでも律儀にあーしのワガママに付き合ってくれた、あいつ。

 

 それは、たった数日のこと。

 それが、頭の中をぐるぐると駆け回る。

 

「……頼む、頼む葉山殿。せめて、もう一度ちゃんと」

 

 材木座(あいつ)は、丸い身体をさらに丸めて、隼人に土下座していた。

 

「心を、想いを、無碍(むげ)にしないで……やってください。お願いします」

 

 額をグラウンドに擦り付けて、あいつは懇願する。

 あいつ自身のことじゃないのに。

 どうして、ここまで必死に、なれる、の?

 

「どうか、どうか屋上へ……かの御仁の待つ場所へ」

「もう、もういいから!」

 

 我慢しきれなくて、あーしは叫ぶ。

 

「もういい、もういいの」

 

 丸くなったコートの背中を包むように抱いて、頬を擦りつける。

 材木座の身体は、震えていた。

 怖かったのだろう。

 恥ずかしかったのかもしれない。

 普段こいつは、ぼっちだ。

 それなのに、こんな運動部のど真ん中に独りで乗り込んで。

 

 あーしのために。

 あーしの、ためだけに。

 

「み、三浦殿……どうして」

「あんたね、あんな大声で叫んでれば誰だって気づくってーの」

「大丈夫。元々葉山殿は、部活動に顔を出してから屋上へ向かう予定であったのだ。だから三浦殿は早く屋上へ戻って、葉山殿を迎える準備を」

 

 あーあ、嘘が下手な奴。

 でも、たまらなく優しくて、暖かい。

 

「もういいの」

「え、し、しかし……」

 

 あーしの為に出してくれた勇気。

 あーしの為に流してくれた涙。

 それが、何より嬉しい。

 だから、今度はあーしが勇気を出す番。

 

「隼人」

 

 立ち上がって、項垂れる隼人に正対する。

 伝えたかった言葉を、伝える為に。

 

「隼人……」

 

 ──ダメだ。

 あーしの勇気だけじゃ、まだ足りないみたい。

 蹲る材木座を見遣る。

 とても真剣な目で、あーしを見つめてくれていた。

 

 こいつがこんだけしてくれた。

 それを、無駄には出来ない。

 だから。

 あんたの勇気、少しだけ借りるね。

 

 材木座の目を見つめたまま、少しだけ頷く。

 隼人に向き直り、胸一杯に息を吸い込む。

 さあ、準備はできた。

 あとは、想いをぶつけるのみ。

 

「隼人、今まで好きでいさせてくれて、本当にありがとう」

 

 あーしを見る隼人は、呆気に取られた顔をする。

 また告白されると思っていたのだろう。

 けれど、あーしの恋は、ここで終わらせる。

 

 ざまーみろ、隼人。

 

 隼人に背を向けて、今度は材木座に視線を送る。

 

「い、良いのでごさる、か?」

「あー、いいのいいの。言いたいこと、ぜんぶ言ったし」

 

 ニカッと笑ってやると、つられた材木座も笑う。

 

「スッキリした顔でごさるな、三浦殿」

「まあねー」

 

 材木座の腕を引っ張り上げ……って重いよあんた。

 ちょっとはダイエットしな。

 

「さ、行こう。さっさと小説出しな。あーしがまた、ダメ出ししてやるから」

 

 腕を引いたまま、図書室へと歩を進める。

 

「ふえぇ、お手柔らかに頼むでござる」

「ダメだね。あーしを満足させなきゃ許さないし」

 

 お手柔らかに、なんて出来ない。

 だって、こんだけあーしの心を動かす奴が、面白い物語を書けない筈ないし。

 

 だから、材木座(あんた)がとびっきりの傑作を書けるまで、ずっとあーしが見ててあげる。

 

 覚悟しといてよ。

 あーし、ワガママだからね。

 



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鉤括弧さん 陽乃×平塚先生 イタズラ

 なにかが欲しい、と思うのは人として当たり前のことだろうか。

 わたしという人間は、なにかを欲することなく今までを生きてきた。必要なものは向こうから寄ってきたから困ったこともない。

 だからわたしは、珍しく、らしくもなく、戸惑っている。

 欲しいのだ、たまらなく。欲しくて欲しくて仕方がない。

 子供がおもちゃをねだるのも、学生が単位を求めるのも、全てこれと同じ気分なのだろうか。

 苦しくて、不快で、しかしそれでいて愛おしく心地好い。

 彼女の全てをわたしのものにしたい。わたしだけのものにしたい。所有して、支配して、わたしが彼女の全てになりたい。

 どうすればいいのかな。

 どうすれば、彼女の世界をわたしで塗り潰せるのかな。

 どうすれば、彼女はわたしだけを見てくれるようになるのかな。

 どうすれば。どうすれば。

「ねぇ、静ちゃん」

 声をかければ、わたしを見てくれる。煙草で灰皿の縁を叩いて灰を落とした。フィルターを咥えることなく、続く言葉を待っているようだった。

「わたし、静ちゃんが欲しいな」

 試しにそう口にしてみる。彼女はあからさまに懐疑的な顔になった。

「冗談は冗談だとわかるトーンで言え」

 小さくため息をついて手を口もとにやる。僅かにわたしから顔を逸らして、ふぅっと煙を吐いた。

 そういうところがあるから、欲しくなる。

「冗談なんかじゃないよ」

 わたしの顔をちらりと横目で見ると、今度は大きく息を吐く。やはり顔は逸らした。

 煙草を板金の灰皿に押し付けて消す。義務的につけているルージュが、フィルターに赤いアトを残していた。

「私はお前に必要とされるほどできた人間ではないよ」

 その言い草に、わたしは少しむっとする。

「できた人が欲しいんじゃないよ」

「では何が欲しい」

「静ちゃん」

 三度目のため息を吐いた。顔は逸らさなかった。代わりに目を逸らした。

 ノンアルコールのお酒を煽って、不味そうな顔をする。

「なら、無理にでも奪ってみるんだな」

 諭すような言い方だった。あくまでも、わたしを子供と突き放したがっているようだった。

 お前と私は違う、と。

 そう、違う。わたしと静ちゃんは違う。けれど、きっと違うから静ちゃんが欲しいんだ。安易な同意と同調を見せる他の人じゃなく、冷静な相違と差異を伝えてくれる静ちゃんが。

「奪えばわたしのになってくれるの?」

「……さぁな」

 静ちゃんにしては珍しい反応だった。誤魔化すように、箱から新しいタバコを手にする。

 唇に咥えようとしたそれを右手ごと押さえ付け、代わりにわたしの唇を重ねた。別に何か意図があったわけじゃない。ただなんとなく、まだ薄く残っているルージュをまたタバコに付けるのはもったいない気がした。

「……おいしくないね」

「美味くてたまるか、馬鹿者」

 手の甲で唇をぐいっと拭う。そんなに嫌だったかな。でもちょっとだけ顔赤くない? まさか酔ってるはずがないもんね、ノンアルだし。

「あーあ、口紅汚くなっちゃったよ?」

 乱暴に拭ったせいで、ルージュが口の端まで広がっている。たぶん手の甲の方にもついているだろう。

 紅くなった口角は、なんだかちょっとゾンビ映画の特殊メイクみたいに見えた。静ちゃんがゾンビになったら誰も敵わなそう。どっちかというと、静ちゃんはゾンビを倒す側じゃないのかなぁ。

「誰のせいだ、誰の」

 くだらないことを考えていると、静ちゃんは眉間にシワを寄せる。そんな顔もサマになってるからズルいよね。でもシワがない方が可愛いしキレイだからだめでーす。

 親指で眉間をぐりぐりとマッサージしてあげると、静ちゃんは一層不機嫌になった様子でわたしの手を退ける。

 お酒の缶を手にして口元まで持ち上げるが、そこでピタリと停止。嫌そうな顔をして缶をテーブルに戻した。中身空っぽだったんだね。

「化粧、落とさないの?」

「今落とそうとしたところでお前の邪魔が入るだろう」

「それはそうだね」

 ここは静ちゃんの家なんだから、わたしをつまみ出せば済む話なのに。それをしないあたり、やっぱり静ちゃんは甘い。

 またため息をついた静ちゃんは、新しい缶のプルタブに指をかけた。これもノンアルコール。静ちゃんが好き好んでノンアルを飲むはずもなく、要するにわたしのちょっとしたイタズラだ。

 家に押しかける旨を連絡したら酒でも何でも手土産を持ってこいと言われたから、ご要望通りお酒をたんまり買ってきたのだ。全部ノンアルね。0.00%のやつ。

 備蓄してあるアルコール入りのお酒もあるはずなのに、わたしが買ってきたお酒しか飲んでいない。重ねて言うが、静ちゃんは甘いのだ。

「あ、静ちゃん」

「何だ」

「今日泊まってもいい?」

「帰れ」

「でももう電車ないよ?」

「は!?」

 慌てた様子で置時計の時間を見る。たった今、終電が出たところだ。

 静ちゃんは今日一番の大きな大きなため息をつき、テーブルに肘をつく。ちょっと韻踏んだのは偶然だよ。

「車で送る。出る支度をしろ」

 流石に泊めてくれるほど甘くはなかったみたい。まぁ、だからこそ静ちゃんのことは信用できるし、欲しくなっちゃったわけなんだけど。

「支度をしなきゃなのは静ちゃんじゃないかなー」

 ゾンビメイクの口端を指で小突いてやる。面倒くさそうに頭を掻いた静ちゃんは、立ち上がって棚から何かを取り出した。

 うわー。似合わない、似合わないよ静ちゃん。マスクが絶望的に似合わない。せめて黒マスクならもうちょっとマシだったんじゃないかなぁ。

「行くぞ」

「はぁい」

 珍しく、わたしはわたしの気紛れさを後悔した。

 お酒、アルコール入りにしておけばよかったな。 

 



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ぶーちゃん☆さん 八幡×相模 どうやらさがみんルートが解放されたようです

 祭りのあと。

 それは、ほんの少し前までの喧騒を懐かしみ、それとは真逆の現在の静寂を虚しくさせる言葉。

 らしくもなく花火なんかを楽しみ、その際思いがけず知らされた雪ノ下雪乃の嘘とは言えない真実の隠蔽に失望し、由比ヶ浜結衣からのなんらかの意思表示を臆病風から身勝手に遮り、罪悪感から逃げ出すように無心で愛する我が家へとひた進む己の心境に正にぴったりの言葉だろう。

 

 ──ああ……、なんて苦いのだろうか。この胸を締め付けるようなもやもやは……この口腔をまとわりつく酷い苦味は……まるで毒だ。人の身体を、心を蝕む猛毒だ。 

 

「……チッ」

 

 あー、やっぱやめだ。このまま真っ直ぐ家に帰るのはやめておこう。このまま家に帰れば、必然的に小町から花火大会での様子──厳密に言えば、プライスレスな花火の思い出を根掘り葉掘り聞かれる事になるだろう。

 その時、俺は一体どんな顔をするだろうか。一体どんな態度を取ってしまうだろうか。下手をすると、あまりの居たたまれなさにカマクラの毛をむしって怒ったカマクラに家を追い出されてしまいそうだ。ペットに追い出されちゃうのかよ。

 

 とにかく今の心理状況のまま帰宅するのは精神衛生上とてもよろしくない。俺の問題なのに、可愛い妹に嫌な態度を取ってしまったら申し訳なさすぎる。

 両手に抱えた出店の戦利品達には悪いが、小町の胃袋に収まるのはもう少し待ってもらうとしようか。

 

 

 俺はその戦利品の中からラムネを取り出し、このモヤついた気持ちを少しでも晴らすように……未だ口腔を蝕む苦い猛毒を洗い流すかのように、喉の奥へと一気に流し込んだ。まるで親に叱られて自棄食いするクソガキみたいに。

 

「……さてと、小町に怒られちゃうからラムネ追加補充しとかなきゃな」

 

 そうぽしょりと独りごち、俺はもう一度出店が並ぶ祭りの真っ只中へと気だるげに足をのばすのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……うわぁ」

 

 由比ヶ浜宅の最寄り駅から電車に乗り込み、今一度千葉ポートタワーの麓へと降り立った。

 せっかく混まない内に早めに退去したというのに、何故に俺はラムネ一本の為に、わざわざこんな人でごった返す花火大会会場最寄り駅まで引き返してきてしまったのだろうか。多少頭が冷えて少し冷静になったら、自身のあまりの間抜けな選択に頭を抱えたくなってきた。馬鹿なの?

 ……まぁ、確かに馬鹿だったのだろう。身勝手な理想を押し付け、その理想にそぐわなかったからと自分勝手に雪ノ下に落胆してしまったあの時も……臆病風を吹かせて由比ヶ浜の言葉を遮ったあの瞬間も……寂しげな由比ヶ浜の背中を見送ったあとセンチメンタルとかいう名の自己嫌悪に陥って、後先考えず小町用のラムネを一気飲みしてしまったあの瞬間も。

 

 ……と、いつまでも過去を振り返ってばかりでは何も始まらない。情けない過去を振り返り、その恥ずかしさに大量の汗をかいて赤面する恥ずかしい青春時代など疾うに卒業したではないか。今までどれだけ黒歴史をベッドの中で悶えてきたと思ってんだふざけんな。

 

 よし、とっととラムネ買ってこの人混みから離れようそうしよう。

 恥ずかしい過去を脱ぎ捨て、ようやく前向きにそう思い至れた俺は、最後の花火が打ち上がってからすでに三十分は経過しているというのに、未だ祭りの余韻を頭空っぽにして騒いでいる数多くのウェーイ勢を掻き分けてラムネの出店を目指す。

 

「……ん?」

 

 マジでこいつら爆発しねぇかな、なんて心底うざったく思いながらも、なんとかラムネを購入し、即時撤退しようと踵を返した時だった。

 別に見ようと思ったわけではない。気にしたつもりもない。しかし、俺の視界が“それ”を捉えてしまったのだ。ノスタルジックな明かりがぽうと灯る出店が並ぶ片隅の、そんな灯りが微かに届かぬ暗がりで、一人の女の子が三人の男と話し込んでいる姿が。

 

「……わぁ、ナンパかよ」

 

 一見楽しげに見えるそのやり取り。しかしほんのちょっと目を凝らして覗いてみれば、若干腰が引けている女の子に対し、なんともチャラそうな大学生くらいとおぼしき男三人はぐいぐいである。女の子の笑顔、かなり引きつってるし。

 てかよく見たらあの女、さっき会った同じクラスの奴じゃねぇか。名前は……確か……、あれ、あいつなんつったっけ? さ、さ、さがみん?

 まぁあの女、性格はすこぶる悪そうだけど、見た目だけはなかなか美人の部類だし、こんな所で一人で居たら、そりゃウェイ勢にも捕まるだろう。

 

 あれはかなりしつこいナンパに逃げ出せずにいるな。ああいう女はステータスになりそうなイケメンならほいほいナンパされそうだが、いかんせん今群がってきてる三人は、正直イケメンとは言い難い。

 いわゆる雰囲気イケメン。髪型とファッションだけで「俺イケメン陽キャ!」臭を醸し出そうと努力しているが、そんな努力が空回りしてしまっているたいして冴えない容姿、というところか。

 つまり残念ながら、あいつらではあのプライド高そうなクソ女のお眼鏡には適わない。だからあんなにも迷惑そうにナンパをかわそうとしているのだろう。

 

 しかし、魑魅魍魎のごとき盛った豚共が跋扈するこの社交場に一人で居る時点で、あの女にも問題がある。お友達(取り巻き)とはぐれちゃったのかな?

 せいぜいハイエースに連れ込まれないようにしろよ、と少女の行く末を適当に案じながらも、俺には特に関係が無いので見なかった事にしてすっと目を逸らそうとしたら──

 

「あ」

 

 何度断っても埒があかなかったのだろう彼女は、ついには周りに助けを求め始めたのか、辺りにちらちら視線を向け出し、そんな彼女とタイミング悪く目が合ってしまった。そしてその瞬間、奴は酷く顔を歪めた。それはもうぐにゃりと。

 つい先ほど、由比ヶ浜に対し優位に立つ為の道具として利用したクラスの日陰者などに、自分がイケてない男共にナンパされて困っている姿を見られてしまったのがさぞや屈辱なのだろう。

 なにその腹立つ顔。とっととハイエースに連れ込まれろ。

 

 俺はさがみん? に心の中で御愁傷様~と声をかけ、そそくさとその場を立ち去ろうとしたのだけれど……、なんだろうか。なんかもやもやする。胸に引っ掛かる。

 もしナンパされているのが雪ノ下や由比ヶ浜であったのならば、なにかしらの策を講じてナンパ野郎を煙に巻いていたかもしれない。ちなみにもしあれが小町だったら殲滅余裕です。

 しかし別にどうでもいい女がナンパされて困っている分には、俺はなんとも思わない。どうでもいいどころかむしろムカつく女だし、なんならざまぁと思っているまである。

 

 だからここであの女を見捨ててずらかる事にはなんの罪悪感も抵抗もない。……ないはずなのだが、どうしても胸に何かが引っ掛かる。

 目が合ってしまったから。俺の存在をさがみんに認識されてしまったから。このもやもやはもしかして恋? 違うかな、違うね。

 

 まぁこのもやもやの理由は後でさがみんに述べる事になるかもしれないから、今はとりあえずそれは横に置いておいて、まずはあのナンパ現場に近づいて行く事にしよう。なにせまだナンパ野郎共を退散させる算段が付いていないのだから。

 とりあえず今は余計な事を考えず、あの場へと赴き、あいつらの様子を窺いながら突破口を探ってみよう。

 

 そして俺はステルス機能を最大限に発動しつつ、静かに……でも確実に、奴らの元へと歩を進めるのだった。

 

 

× × ×

 

 

「だからさー、ちょっとくらい遊ぼうってー」

 

「そそ。せっかく花火で盛り上がってんのにさぁ。ノリだって、ノリ」

 

「あ、いや、でもぉ……」

 

「だから大丈夫だってー。俺ら結構真面目な大学生なんよ?」

 

「そそ。こう見えて千葉大生だし、前途有望っつの? 俺らと仲良くなっといて損は無いって」

 

「格好いい車あっし、そこら辺ドライブでもすっぺ。東京湾の工業地帯とか超綺麗だしさ、夜景とか楽しんじゃおうぜ、ウェーイ」

 

「ウェーイ」「ウェーイ」

 

 そっと近づいてみたら、大量のウェーイ族が繁殖しておりました。戸部さん、出番です。

 これはリアルで車で連れ去る気まんまんだわ。

 

 そんなヤル気まんマングローブな野獣達にからまれて、さがみんは酷く引きつった笑いで後退る。そのひくついた笑顔はなんとも卑屈ではあるのだが、なんだかこいつにはその卑屈な笑顔がとっても似合って見えるからアラ不思議。ははぁん、さてはこいつ小物だな? なんだ、なんかこいつムカつくなぁとは思っていたけど、なるほどこれが同族嫌悪ってやつか。

 

「や、やー、う、うち、友達とはぐれちゃったトコなんで、みんなを待ってなきゃな~、って……あはは」

 

 しかし、いくら卑屈さがお似合いだろうとも、やはり嫌なものは嫌なのだ。ノリという名の空気感──悪く言えば同調圧力を壊して相手を怒らせないよう、マタドールばりに必死にかわそうと頑張るさがみん。

 

「じゃあその友達も一緒に遊びに行っちゃえばよくない?」

 

「それな」「それだわー」

 

 でも性欲に狂った猛牛は止まらない。さがみんがひるがえす真っ赤なマントなど、こいつらの闘志を燃え上がらせるだけにすぎなかった。彼女が必死に紡ぎだしたお断り文句など、猛牛のターゲットを一人から乱交へと移しただけ。いやぁ、猛ってますねぇ。

 

 ……なんだこれ。いくらムカつく女であろうとも、これは流石に胸糞悪くなってきた。

 大の大人が三人で嫌がる女の子一人に群がっているのを見るのは、どうやらとても面白いものではないらしい。

 流石にマズいと感じたのかさがみんも青ざめ始めている事だし、そろそろ助け船を出してやるかね。こいつらの会話の中に突破口も見えた事だし、ここは野獣からさがみんをジャッカルしちゃうぞ♪

 

「……あー、悪い」

 

 ──正直、かなり恐い。本当は出来れば声なんてかけたくはない。それはそうだろう。目の前に上手そうな餌をぶら下げられた野獣三匹の中に飛び込んで、その餌を横からかっ拐おうとしているのだ。その行動がどんな結果をもたらすのか分かったものではない。

 もしかしたら「なんだよ男いんのかよ」とか言って、舌打ちの大演奏を奏でながら去っていってくれる可能性だってある。しかしそうならなかった場合──もしもこいつらが問答無用で殴りかかってくるような世紀末DQNだった場合は、この馬鹿共相手に一戦交えなければならないのだ。これが恐がらずにいられるだろうか。震えずにいられるだろうか。

 でもいくら後悔してももう遅い。なぜならすでに声をかけてしまったのだから。

 

 

 ──俺からの震え混じりのか細い声かけに、三人の男が怪訝そうに振り返る。当のさがみんは……かなーりびっくりしている。

 多分こいつ、さっき目が合った瞬間、俺なんてとっくに逃げ出したと思ってたんだろうなぁ。

 ごめんね? そんなに唖然とした間抜け面させちゃって。君みたいな高慢そうな女の子は俺みたいな底辺に助けられるのとか、プライドが超傷付くよね? ここに居るのが葉山とかならさぞや喜んだんだろうけど。

 ……だが、お前の気持ちなど知った事ではない。なぜならお前を助けるのは、決してお前の為などではないのだから。

 

 だから俺は俺の為に言葉を紡ぐのだ。こうやって、あたかもこいつの待ち人が俺であったかのように。

 

「……待たせたな、……さ、さ──」

 

 ……って、ん?

 そういや、俺はこいつの事なんて呼べばいいのん? 由比ヶ浜の挨拶の記憶しかないから、体裁上脳内ではさがみんさがみん言ってたけど、実の所、こいつの名前なんて興味が無さすぎて全然覚えてない。うん。どうしよう。

 ……ま、まぁ、思い出せないもんは仕方がない。みんな俺の台詞待ってるし、ここはこの場を上手くやり過ごす為にも、にこやかにフレンドリーに行こうじゃないか!

 

「……ま、待たせたな、……さ、さがみん」

 

「……えぇ」

 

 震える声でフレンドリーに声かけたら、物凄く気持ち悪そうな顔されちゃいました。さがみんに。

 解せん。

 

 

× × ×

 

 

 ほんのり赤ら顔の俺(キモい)の台詞により時が止まる事しばし。我ながら自分のキモさに泣きそうになるが、なにも救いの手が差し伸べられてる真っ最中のお前がそこまで嫌っそうな顔する事なくない?

 

 そしてさがみんのみならず、俺のキモいキョドりっぷりは当然のように性欲三巨頭の刻までも奪っていたのだが、どうやら俺の挙動不審っぷりなんかよりも性欲の方が勝ったらしい。

 彼らは、恥ずかしそうにもじもじする俺とあんぐりと呆けているさがみんを交互に見比べて、こう口を開いた。

 

「え、えっと、……ねぇ、もしかして君が待ってたのって、……これ……?」

 

 どうも、これです。

 

「おいおいマジか。君、こんなのと遊んでたん……?」

 

 どうも、こんなのです。

 

「つかもしかして君の男だったりすんの……?」

 

 どうも、さがみんの男です。いいえそれは断じて違います。

 

「……あー、いや、あ、あはは」

 

 やめてお兄さん達! さがみんがもんのすごく不本意な引き笑いしてるから! ここは紳士淑女の社交場なのよ!? こんなのが彼氏と思われちゃったさがみんの屈辱はいかほどなんでしょうかッ!

 でも、どうやら俺が助けに入った事に気付いたらしいさがみんは、ここで簡単には否定できない。だってそれを否定したらしたで、今度はまたしつこいお誘いが待っているからね。

 全力で否定したくとも出来ないジレンマ。口惜しげな涙目で笑顔を作るさがみんマジ不憫。一番不憫なの俺ですけど!

 

「うっわマジか。せっかく可愛いのに、ちょっと趣味悪くない?」

 

「それな」「それだわ」

 

 余計なお世話だよなんちゃってイケメン共。髪型だけだろお前ら。坊主にすりゃ俺の方が遥かに顔整ってるわ。ただ腐った目と醸し出す雰囲気がアウトなだけで。致命的なアウトだった。

 

 まぁ余計なお世話だろうがなんだろうが、渋々でも俺がさがみんの待ち人だという事は理解したようだし、さがみんも渋々理解したようだし(お前も渋々なのかよ)、これでとっとと退散してくれると助かるのだが──

 

「……ま、いいや。じゃあこんなのほっといて俺達と遊びに行こうよ」

 

「だよな」「それあるわ」

 

「……え? ……え?」

 

 ……やー、やっぱそう来ましたかー。常識的に考えて、待ち人が来たのに待ち人ほっといて他の男と遊びに行くわけないでしょう。さすがのさがみんも困惑して泣きそうになってますよ。まぁ待ち人じゃないんだけどね?

 

 ──やれやれ、仕方がない。大人しく退散していれば見逃してやったというのに、これは撃退するしかないようだ。

 早く帰って小町にお土産を納品しなければならない俺としては、いつまでもこいつら(さがみん含む)に構っている暇などない。さくっと撃退してしまおう。

 問答無用に殴りかかってくるような世紀末DQNではなかった事にほっと安堵した俺は、少しだけ気が大きくなったのか、不遜な態度で男達に向き直る。

 

「……あのー、ちょっと勝手に話進めないでもらえないすかね……」

 

「は? こっちの話してんだけど。外野は黙っててくんね?」

 

 内野内野!八幡超内野でしょ! むしろ外野はそちらのはずじゃないのん? 本当は外野も外野、スタンド奥の駐車場くらい無関係なんですけどね☆

 それにしてもこいつら、ちょっと調子に乗りすぎじゃない? 言っとくけど、俺お前らを裸足で逃げ出させる自信あるよ?

 ……俺は怒ったぞォ! 虫けら共め、精々今のうちに意気がっておくがよいわ!

 

「……いやいや、部外者は明らかにそっちですよね。なんで完全部外者の自分らが関係者ヅラしちゃってるのか理解できないんですが。大学生にもなって嫌がる女子高生を集団ナンパとか恥ずかしくないんですかね」

 

 と、圧倒的部外者の俺がなんか言ってますよ?

 

「……あ?」

 

「……なにこの陰キャ」

 

「……ちょっとムカつかね?」

 

 しかし、この物言いには、世紀末DQNではないこいつらもさすがにご立腹らしい。大して視界にも入れていなかった俺に対し、三人揃って凄んできた。

 どうせ自分らをカースト上位者とでも思っているのだろう。だから俺のような陰キャっぽい地味な男子高校生に偉そうに意見されてカチンときた、と。

 

 だがしかし、その調子に乗った鼻っ柱をぽっきり折って惨めに退散させるのが一番の狙いな俺からしたら、この反応は上出来だ。お前らみたいななんちゃってカースト上位者(笑)に、本物の上位者の威厳ってやつを見せつけてやるぜ。

 さぁ、恐れおののけ、俺の恐ろしさに!

 

「ああ、そういや大学生といえば、確かさっき千葉大生とか言ってましたよね」

 

「は? だからなんだよ」

 

「フヒッ」

 

 さらに凄む三馬鹿のお間抜け面を見ていたら笑いが込み上げてきて、思わず口から溢れ出てしまった。そしてニヤリと口角を歪めた俺は、ここで取って置きのカードをドローする。

 ふはははは! お前らのターンはここまでだ! 出でよ、大魔王、召っ、喚ッ!

 

「じゃああれですよね。陽乃さん、って知ってますよね」

 

「……は?」

 

「陽乃ですよ陽乃。県議会議員で土建屋んとこの長女」

 

「…………え、なんでそこでその人が出てくんの……?」

 

 はいビンゴ。その名を出した途端、こいつら表情が変わりましたわ。そりゃ知ってるよね、同じ大学に通っているお姫様の皮を被った大魔王だもん。

 

 

 ──雪ノ下陽乃。言わずと知れた魔族の長である。

 大学とは、今までの学生社会とは違い、とんでもなく広大な社会。故にどんな人物が在学しているかなど、普通は知らないまま四年間を過ごすものだ。中高時代多少学内で有名人だった程度では、大学という広い社会に入ってしまえば、一躍ただの通行人の仲間入り。

 つまりよほどの人物でもなければ、学内の誰もが知るような存在にはなれないのだが、裏を返せば、よほどの人物であれば、それは学内でとてつもない影響力を行使出来る恐ろしい存在になれるという事になる。

 

 陽乃さんが大学でそういう存在なのは初対面の時から知っている。大名行列のように、カースト上位者っぽい連中(配下)を颯爽と従えてたからね。それこそ、この三馬鹿とはレベルの違う本物の上位者達を。

 なにせあの美貌とあのバック(雪ノ下家)とあの性格(強化外骨格)。さらには本来なら東大以上を狙える実力があるのに、家の都合でランクを下げてまで千葉大に進学した程のあの学力である。大学という広い社会、広い世界に置いても、他を従える存在にならないはずがない。

 

 だからこいつらとさがみんの会話を聞いていて思ったね。あれ? こいつら千葉大生なら、アレ出せば追い払えるんじゃね? と。

 助けるだの一戦交えるだのと格好つけておきながら、俺の作戦はこれである。そう、THE,虎の威を借る狐大作戦!

 一人で格好良く撃退すると思った? 残念! ずる賢さ以外に特筆すべき所がない一介の高校生に、そんなスマートイケメンみたいな真似が出来るわけないだろうが! 確実な勝算がなきゃ、好き好んで人に喧嘩なんか売るわけがない。ビバ権力。ビバコネクション。立ってる者は親でも使え、利用できる陽乃は魔王でも使え。

 ふはははは! どうだ愚民共! 俺の恐ろしさ(スネ夫)思い知ったか!

 

「あのですね、実は俺あの人の高校の後輩でして、結構可愛がってもらってるんですよ」

 

 角界の可愛がり的な意味合いですがなにか。

 

「……え」

 

「ついさっきも貴賓席で一緒に花火見てましたしね。ほら、忙しい親の代わりに名代として参加してたんですよあの人。なんなら呼び出します? 千葉大生が嫌がる女子高生を無理矢理ナンパしてんすけど、千葉大って大丈夫なんすか? とか言えば、多分あの人面白がって走ってくると思いますよ?」

 

 もちろん連絡先など知らないから、当然ブラフではあるけれど。

 でもあの人、連絡先知ってて本当に呼び出したら、面白がってホントに走ってきそうなんだよなぁ……。面白がるポイントは、大学生に絡まれて困っている俺の姿に、だけど!

 

 さすがは大魔王。ブラフとはいえ、その名を出した途端にこいつらは慌てふためき出した。「マジかよ、ヤバくね……?」だの「ガキの嘘に決まってんだろッ……」だの「いやいや貴賓席とか言ってたぞこいつ。もしマジだったらヤバいって」だのと、ひそひそと会議を始めてしまった。

 これはもうあと一押しで決まりそうですね。それではさようなら。

 

「……えっと、どうします? 今ならまだあんたらの素性を何一つ知らないんで、このこと陽乃さんに報告しないですけど、まだしつこいようなら、ご自慢の車のナンバーからでもなんでも、素性なんていくらでも調べられますよ? 千葉であの人とあの家に睨まれたら、お兄さん達今後の学内の立場とか就職活動とか大丈夫なんですかねぇ」

 

「」「」「」

 

 

 

 ──こうして、「ちきしょー覚えてやがれー」と聞こえてきそうな惨めな背中を晒して悪は去っていった。

 若干はるのんの使い方が陽乃ではなくHARUNOのような気がしないでもないが、HACHIMANではない俺に実害はないし良しとしよう。

 

 ……けぷこんけぷこん。

 さて、これて残すところは塔の最上階で囚われていたヒロインからのヒーローインタビューだけである。当のインタビュアーはヒーローの姑息っぷりに全力で引きつってますけども。

 まぁこれ完全に「俺の先輩暴走族なんだぜ!」だからね。仕方ないね。

 とはいえ、そもそもさがみんからのインタビューなど、この一連のイベントの中でも特にどうでもいいイベントなので、こうして俺の勇姿(笑)にドン引きしてくれている内にさくっと済ませちゃおう。

 

「……じゃあまぁそういう事で」

 

「え!? ちょっと!?」

 

 なんだよ呼び止められちゃったよ。すでにさがみんには背中を向けて駅方向へ足を踏み出しているものだから、呼ばれてしまった以上はわざわざ振り向かなくてはならない。めんどくせぇなぁ。

 

「……チッ、なんだよ」

 

「え、なんで不機嫌なの!? この状況でなんにも会話しないとかおかしくない!?」

 

 ですよねー。いやそりゃ俺もおかしいかな? とは思ってたんですよ。奇遇ですね。

 でもさっきの事(酷い初顔合わせ)もあるし、話さないで済むなら話さないでもいいかなぁ? って!

 

「……まぁ確かにそうかもしれんが、さっき会ったばっかの俺らに話すような事もないだろ」

 

「なんでよ、一応助けてくれたわけなんだし……、た、助けてくれたんだよね……? なんか一言くらいあんでしょ普通!」

 

「……そうか。じゃああれだ。今後はハイエースには気を付けろよ」

 

「なんでハイエース!?」

 

「気にすんな。ただの比喩だから」

 

「……意味わかんないんだけど……」

 

 なんだこいつ、思ってたよりかなり騒がしくない? ツッコミ激しいんだけど。なんかこう、もっと陽キャ陽キャしてて、私可愛い! 的な猫被ってなかったっけ。あからさまに嘘臭かったけど。

 それなのに、ちょっと動揺して余裕がなくなった程度でこの素丸出しっぷりである。ははぁん、さてはこいつ小物だな? (二回目)

 

「とにかくそういう事だから。じゃ」

 

 さて、思いの外会話が長くなってしまった事だし、そろそろおいとますることにしようか。知らない女との会話ほど疲れるものはないし。

 夏休み前はほば毎日顔合わせてた雪ノ下とだって、なかなかこんなに会話しねぇぞ。あいつは極端に口数が少ないだけだった。

 

「……ちゃ、ちょっと待ってって。……き、聞きたい事、あるんだけど」

 

 しかしそうは問屋が卸さない。自分で一言を所望しておきながら、確実に一言以上は会話したというのにまだ納得してくれないらしい。

 やれやれ、と仕方なしに今一度振り返り、再度さがみんと向き合う事に。

 するとなぜかこいつは妙に気まずそうな、それでいて少し悔しそうな、そんな顔をしていた。

 

「……お前に興味持たれるような事あったっけ」

 

 ──こいつは、つい先ほど初顔合わせを済ませたばかりの、無駄にプライドばかり高そうな嫌味ったらしい上位カーストの女だ。そんな女が、俺のようなカースト最下層に一体なにが聞きたいというのだろうか。

 あれかな? 陰キャって教室で一人で過ごすのキツくない? とかかな? 泣けるぜ。

 

「……あのさ、なんで……? なんでうちのこと助けてくれたの?」

 

「は?」

 

 なんだ。何が聞きたいのかと思ったらそんな事か。

 誰かを助けるのに理由がいるかい?

 

「……だって、さっきうちの事ムカついてたっぽいし……」

 

「いやいや、ぽいじゃねぇよ。そりゃムカつくだろ、あんなに見下されりゃ。むしろ見下されてると意識させるようにしてただろ、あの腹立つツラ」

 

「……腹立つツラとかムカつくんですけど。……でも、やっぱムカついてたんじゃない。だったらほっとけばよかったのに、なんで助けてくれたのかな、って。……さっきさ、目ぇ合ったじゃん。あー、あいつ絶対うちのこと嗤ってんだろうな、って。ざまぁとか思ってんだろうな、って思ってたのよ……。マジ最悪な奴に最悪なところ見られちゃったって思った。だから、まさか助けてくれるとは思わなくて……結構びっくりした。……ねぇ、なんでほっとかなかったの?」

 

 そう言って、さがみんは不機嫌そうにぷいと目を逸らす。

 

「……」

 

 

 ──ナンパから助ける。

 この行為は、痴漢から助けるのと同じくらい、ラブコメではありふれたシチュエーションだ。

 助けられ、言葉を交わし、相手に興味を抱き、そこから思わぬ発展をする恋愛模様。

 小説やアニメの中ならば、現在のシチュエーションは間違いなくラブコメのベタで鉄板な物語の冒頭だろう。

 しかしそれはあくまでも創作の中のお話である。現実ではただの親切な人で終わるか、下手したらただの下心からくる偽善と思われるのが関の山。

 ラノベじゃあるまいし、現実はニコっと微笑んだだけで惚れられたり頭を撫でただけで惚れられたりするほど甘くはないのである。葉山ならニコポもナデポも余裕ですがなにか。あいつドブに嵌まればいいのに。

 

 だから今さがみんが俺に抱いてる感情は、単なる不信。

ムカつく相手を、危険を顧みずわざわざ助けた理由が解らずに、彼女は些か混乱しているのだろう。なにか裏があるのではないか。なにか企んでいるのではないか。もしかしたら、一連の出来事の中で自分の弱みでも握られたのではないだろうか。

 それが気になったままでは、おちおち夜も眠れない、と。

 

 そう思うのも無理はない。何故なら、さがみんとのあの不快な出会いイベントを経た上で、もしも立場が逆であったのならば──もしも俺がさがみんに助けられた立場だったのならば、俺は間違いなくこいつを疑っただろうから。

 俺と同レベルのひねくれた思考に陥り、助けてくれた相手をこうも疑うとは。ははぁん、さてはこいつ小物だな? (三回目)

 

「……そう、だな」

 

 ならば仕方ない。もともと聞かれたら正直に答えるつもりだったし、きちんと答えた方が俺もこいつもすっきりするだろう。ご希望に応えて、お前のその問いにはっきりと解を出してやろうではないか。

 

 そして俺は答えるのだ。なぜ危険を犯してまで、さがみんなんかをナンパの魔の手から救わなくてはならなかったのか。そのもやもやの答えを。

 

「目が、合ったからだな」

 

「え? ど、どういう事……?」

 

「ぶっちゃけな、目が合わなかったら、当然無視するつもりだったんだわ。だってめっちゃ恐いし。あと恐い。大体助けてやる義理ないし、別にお前がどうなろうと知ったこっちゃないし」

 

「酷くない!?」

 

「でもな、目ぇ合っちゃったら、そのまま立ち去れないだろ」

 

「……なん、で? 目が合っただけで、恐いのに助けてくれんの?」

 

 なんとも苦しそうな、なんとも切なそうな瞳で、俺を真っ直ぐに見据えるさがみん。

 ……おう、そりゃ助けるに決まってんだろ。だって──

 

「だって俺が見てたって認識されたまま逃げちゃったら、後々クラスでお前にどんな悪口広められるか分かったもんじゃないからな」

 

「…………は?」

 

「ほら、お前ってすこぶる性格悪そうだろ。そんなお前がナンパで酷い目に合ったら、見て見ぬふりした俺に八つ当たりしてきそうなんだもん。で、一緒に花火見に来てた由比ヶ浜までなに言われるか分かったもんじゃねぇだろ? 「なんかぁ、ゆいちゃんと一緒に花火見に来てたヒキタニとかいう人がぁ、ナンパされて困ってたうちを無視して逃げちゃったんだけどー。ゆいちゃんなんであんなのと仲良くしてるんだろうねー、趣味わるー」とかな」

 

 っべー。マジそれな。なに言われるか分からなくて、おちおちほっとけないっしょ。

 そんな熱い想いを、由比ヶ浜と喋ってた時のさがみんの物真似を交えて懇切丁寧に説明してやると──

 

「え、なにこいつ超ムカつくんだけど」

 

 さがみんってば、とんでもなく顔を歪ませちゃいました。

 なんで? いいじゃん打算がはっきりしてて。利害も一致するし、これってWINWINじゃない?

 

「……なんなのあんた。じゃあ単にゆいちゃんの為に仕方なく助けただけ?」

 

 ちちち違げぇし。べ、別に由比ヶ浜の為なんかじゃないんだからね!?

 ふむ、どうやら二人の間にはまだ齟齬があるようだ。このままではさがみんに要らん誤解を与えたままになってしまう。下手したら更なる変な悪口を広められてしまうかもしれないから、ここはきっちりと誤解を解いておかなくては。

 誤解も解の内だ、なんてしたり顔で言う奴が居たら、そんなのはただの高二病患者の戯れ言だぜ!

 

「あのな、なんか誤解してるみたいだが、俺と由比ヶ浜は別に特別仲がいいわけじゃないからな? あいつとはたまたま部活が一緒なだけだし、今日の花火もその部活の一環みたいなもんだから」

 

 部活メイトだから犬預かって、そのお礼に付き合わされたんだから、部活の一環って事で間違いは無い、はず。

 

「そしてもうひとつ大きな誤解がある。お前を助けたのも、別に由比ヶ浜の為じゃあない」

 

「……?」

 

「うちの部活には、それはそれは恐い部長様が居てな、ああ、ちなみにさっき逃げてった連中がビビってた人の妹なんだが、由比ヶ浜と特別仲がいいって言ったら、むしろその部長の方だ」

 

「……? は、はぁ」

 

 急になに言い出してんだこいつと言わんばかりに、訝しげに目を細めるさがみん。話が逸れてるようにしか見えないからね。

 だがしかし、話は逸れてなどいないのだ。むしろここが今回の件の本質まである。

 だから俺は言ってやるのだ。堂々と胸を張って、この思いの丈を赤裸々に。

 

「要はお前が由比ヶ浜の悪口を広めて由比ヶ浜が不快な思いをした場合、その原因を作った俺が部長に実害を受けるんだよ。それはもう強烈なヤツを。だから助けた。目が合っちゃったからな。つまり、お前を助けたのはお前の為でもなければ由比ヶ浜の為でもない。他でもない自分の安全の為だけに、嫌々お前を助けてやったに過ぎない。だから俺に助けて頂いた事はそんなに気にしなくていいぞ? 胸の中だけで頭擦り付けて有り難がれ」

 

 どーん! と、背景に未来の海賊王のごときオノマトペが浮かぶくらいに、傲岸に、不遜に、力強くそう言い切ってやった。やだ、八幡イケメン!

 フヒッ、この威風堂々とした立ち居振舞いを賛美するがいい。さぁ、そんな俺へのさがみんの反応はッ?

 

「……バカじゃないの? なんでそんな格好悪いこと堂々と叫んで、キモいドヤ顔で胸張ってんの?」

 

 めっちゃ冷え冷えしてました。なんだろうか、この呆れ果てた侮蔑の眼差しは。危うくクセになっちゃうかと思ったぜ。

 

「ちょっと助けてくれたからってなんか偉そうにしてるけどさぁ、ハルノ? だっけ? 誰だか知んないけど、あんたのやった事なんてジャイアンの後ろに隠れて偉そうに吠えてたスネ夫ってだけじゃん。なんでそんなあんたに有り難がらなくちゃいけないわけ?」

 

「……お、おおう」

 

「あーあ、わざわざ聞いて損したぁ。てか助けてもらって損した気分なんですけど。別にあんたなんかに助けてもらわなくても、一人でなんとかなったし」

 

「……ああ、そう」

 

「アホらし。うちもう行くから。友達探さなきゃだし」

 

「そうか。それは願ったりだ」

 

「……マジムカつく。なんなのこいつ、ほんと変な奴。……あのさ、ちょっと助けてくれたからって、二学期から調子に乗って教室で話し掛けてこないでよね」

 

「……頼まれても掛けねぇから安心しろ」

 

 そんな俺の返答を聞いたんだか聞かないんだか、さがみんはこちらに視線など一切くれず、屋台が集まる祭の中心に向けくるりと背を向けた。

 おいおい、あれだけ無理やり呼び止めておいて、自分の要件が済んだらとっとと行っちゃうのかよ。

 

 

 

「……ハッ」

 

 ──よし。完全に狙い通りだ。これで万事オーケーだろう。

 

 これで、花火大会での一件──由比ヶ浜と俺の仲を変に勘繰られておかしな噂を立てられる心配も、ナンパ被害の八つ当たりが由比ヶ浜に向く事もないだろう。

 害があったとしても、それは精々俺の悪口程度。そもそも俺ってクラスで認識されてないから、さがみんがいくら俺の悪口を叫んでも「誰の話?」で終息すること請け合い。泣けるッ!

 おまけに、ここまで赤裸々に助けられた理由を語られれば、さがみんも俺などに助けられた事を今後気にすることもないだろう。誰も嫌な思いをしないで済む、誰も傷付かない世界の完成だ。

 

 

 そう思っていた。次の瞬間──負けを知りたいくらいの完全勝利っぷりにふと口元を弛めた瞬間、未だ余韻が続く祭の真っ只中へと歩き始めたさがみんが、背を向けたままふと立ち止まり、こしょこしょと呟くようにこんな事を口にするまでは。

 

「……あ、でもさ、本音言うと、うち結構恐かったのよ。あの人達しつこかったし危なそうだったし、周りの人達、誰も助けてくれないし」

 

「?」

 

「だから、……まぁ、なんてゆーの……? マジで不本意だし、マジで悔しいんだけど、……い、一応お礼言っとく」

 

「……お、おう」

 

「あと、あんたにさがみんとか呼ばれるの不愉快だから、今度からうち呼ぶ時は相模か南にしといてよ」

 

「……あ、そう」

 

 ああ、ようやく思い出した。相模南か、こいつの名前。

 声掛けんなと言っておきながら、今後の呼び名を指定するとはこれいかに。なんなの? 実はツンデレなの? だとしたら素直じゃ無さすぎじゃないかしら。

 あと選択肢にファーストネーム入れんな。俺じゃなかったら勘違いしてるところだよ?

 

「……じゃあね、また二学期」

 

 ぽしょりとそう残し、さがみんは再び足を前へと進めた。ノスタルジックな明かりが灯る祭の中へ。

 

 また、ねぇ。俺とお前にまたは無いだろ。マジでツンデレ説を疑っちゃうレベル。さがみんがツンデレな所を想像して、ちょっとだけ笑ってしまった。

 

「……あ」

 

 そんなさがみんの背中をぼうっと見ていたら、つい先ほど、見送ったばかりの少女の小さな背中を眺め、胸がちくんと痛んだのを思い出した。

 あまりにもムカつく相模南という嫌な女との邂逅。

 そんな胸がむかむかするような、でもなぜか最後にはほんのちょっぴり口角が上がってしまったアホなやり取りにかまけて、俺はすっかり忘れていた、忘れる事ができていた。雪ノ下と由比ヶ浜に対する胸のもやもやを。

 うむ、相模に対するイライラに比べたら、雪ノ下達に対する暗い気持ちや後ろめたい気持ちなど些細なものだ。ついさっきまで一人でうじうじ悩んでいたというのに、嫌味な女とのあんな下らないやり取り程度でこんなに気持ちが軽くなれるのだから、人間の脳とは複雑なように見えて、存外単純なのかもしれない。

 相模の小憎たらしい表情を思い浮かべる度に、学校始まったら、あいつらと三人でゆっくり話してみようかな、なんて心穏やかに思えた自分に、思わずまた笑いが込み上げる。

 

 

 

 ──雪ノ下達に対するもやもやが、弱い心が自分の中に精製した毒ならば、相模に対するむかむかもまた自身が作り上げた毒である。

 毒は体に悪い。ひとたび取り込んでしまえば、身体を……心を容赦なしに痛め付けてくる。

 ならば毒とは無縁の人生を送ればいい。傷まず苦しまない無味乾燥の人生を送ればいい。

 しかし如何せん、人生とはなかなかに厄介なもので、人との関わりを持たずに一人きりで生きていく事などほぼ不可能なのだ。そして人と関わるうちに自分自身が勝手に毒を作り出してしまうのだから、これはもう手に負えたものではない。

 

 だからすべてを諦める癖が付いてしまってからこっち、今までずっと我慢していた。なるべく人に関わらないように。なるべく関わりが毒にならないように。

 

 そう。ずっと我慢していたのだ。……けれど、うん、これはなかなか悪くないかもしれない。だって、相模との出会いというどうでもいい毒によって、雪ノ下や由比ヶ浜との、苦く……でも決して嫌いにはなれない深刻な毒を、こうして少しでも相殺できたのだから。

 こうやって、毒を持って毒を制する事ができるのならば、人との無駄な関わりも──相模南という毒の存在も、そんなに悪いものではないのかもしれない。

 

 

 

 俺は、こちらを一切振り向きもせず、でも胸の高さで手を小さくひらひらさせながらゆっくり遠ざかっていく相模の背中を眺めつつ、ふとこんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 どうやら、さがみんルートが解放されたようです、と。

 

 

 そんなわきゃあない。

 

 

 

 了

 



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しゃけ式 八幡×葉山 はやはちずラブ

 晩秋の冷たい風が肌を刺す。ただでさえ人口密度の低い場所を好むぼっちにとっては明らかにオーバーキルだ。

 

 大学からの帰り道、俺は手をポケットに突っ込みながら身体を縮こまらせて歩いていた。

 

「……寒っ」

 

 来月にはクリスマスだからか、既にイルミネーションで飾っている店舗がやたらと目につく。まあ俺には関係ないが。大学生になったら彼女が出来るとかあれ嘘だからな。良い子は信じちゃダメだぞ。

 

 太陽が傾き空がグラデーションを描く。西の空は燃えているように赤く、あの熱が外気を暖めてくれたらいいのになんてくだらないことを考えた。

 

 

 

 歩くこと十数分。俺は一人暮らしをしているアパートに辿り着く。二階建てのそこは最近建てられたもので外観が小綺麗であり、部屋もこれといった弊害はない。俺が一人だとどんどん散らかっていくが。

 

 ……俺が一人だったら、な。ひんやり冷たいドアノブを捻ると、何の抵抗も無くガチャリと音が鳴る。

 

 鍵は掛けて出たはずだが、まあ予想通りだ。どうせ今日も居るんだろう。

 

 俺は靴を脱いで居間へと進む。カレーの匂いが漂っていた。

 

「おかえり、比企谷」

「ん」

「今日もただいまを言ってくれないのか。せっかく俺が来てるっていうのに」

「お前毎日来てるだろうが……」

「そんなことないだろ? 今週に入ってまだ四回目だ」

「今日は木曜日だボケ」

 

 しかも先週は七回。意味がわからん。

 

 爽やかスマイルを浮かべながらカレーを煮込む金髪のイケメン。キッチンに立っているのは高校の頃からの付き合い付き合いである葉山隼人。 

 

 こんなことを言うのは死ぬ程気持ち悪いが、大学生になってからこいつはなぜか俺の家に毎日顔を出すようになった。

 

「そこは通い妻って言って欲しいんだけどな」

「自分で言うな。そしてさらっと思考を読むな」

 

 俺は溜め息をつきながらカバンを置き、ズボンとパーカーを脱ぎ捨てる。パンツにTシャツ。これが家だと一番楽だ。

 

 キッチンで鼻歌を歌いながらカレーをぐるぐるとかき混ぜる葉山。どこか楽しげな様子は高校の頃には見たことのない姿だ。

 

「そういや今日は持ってきたんだろうな」

「マッ缶がなかったからコピルアックを持ってきたよ」

「それ猫のフンのやつじゃねえか何持ってきてんだお前」

「高かったんだからな? そう言えば比企谷の家ってコーヒーメーカーあったっけ」

「一応な。てかお前が置いていったんだろうが」

 

 着替えと一緒にな。何が悲しくて男の着替えなんざ家に置かなければならないんだ。

 

「それは良かったよ。さて、カレーも出来たからそろそろ食べようか」

 

 火を止め皿にカレーをよそう。見慣れた光景だ。

 

 葉山は飯や洗濯、掃除までやってくれるため俺にとってはありがたいことこの上ない。俺だけだと飯は惣菜で洗濯は週に一回、掃除なんざ小町が来る時にしかしないからな。追い出したら多分俺が死ぬ。

 

 そんな時、玄関からドアの開く音がした。

 

「ただいま八幡!」

「おかえり、戸塚」

 

 返事をしたのは俺ではなく葉山。丁度カレーをテーブルに並べていた時だ。

 

「……何で葉山君がここにいるの。ここは八幡の家だよ」

「そりゃ俺は通い妻だからな。……いや、通い夫かな?」

「ふぅん。ねえ八幡。その役目、僕じゃダメかな?」

「勿論良いぞ。俺が戸塚のお願いを断るわけがないだろ」

「比企谷!? これまでの絆はどこに行ったんだ!?」

 

 茶番を繰り広げながらも葉山はもう一人分のカレーをよそいにいく。このやり取りももう何度目かわからない。やはり俺の男しかいないラブコメは間違っている。なんてな。

 

 カチャカチャと皿とスプーンのぶつかる音が響く。この沈黙も何度目だろうか。葉山と戸塚、高校の頃は仲も良好だったはずなんだが……。

 

「なあ葉山。そう言えばお前今サッカー部に入ってるんだよな」

「ああ。大学のサッカー部はやっぱりレベルが高いよ」

「んで戸塚はテニスサークルだったか」

「僕は部でやっていける程強くはないからね。高校とは心機一転、楽しくやっていこうって思ったんだ」

「当然、そういう組織に属していたら飲み会とかあるんだよな。俺は入ってないから知らんが」

「まあ、僕のところはそうだね。今日もあったはずだよ」

「俺のサッカー部もチア部とよく合コンしてるね」

「……何でお前ら、俺ん家に居んの?」

「「来たいから」」

「ああそう……」

 

 答えになってねえよ。戸塚はたとえ世界を滅ぼしても俺だけは肯定するつもりだが、葉山。お前は何故俺ん家に入り浸ってるんだ。あれか、合コンに来られたら軒並み持って行かれるとかそういうやつか。

 

「俺は比企谷に会いたいから来てるんだけどな」

「だから思考を読むな」

「あ、そうそう今日は泊まるから。明日は休講が重なって全休なんだよ」

「勝手にしろ」

「は、八幡! 僕も泊まりたい!」

「良いけど着替えあんのか? 葉山は家に置いていってるから大丈夫だが」

「じゃあ僕は八幡のパンツを履くよ。良いでしょ?」

「勿論だ」

「!? じゃ、じゃあ俺も……!」

「お前は自分の着替えがあるだろうが気色悪い」

 

 おぞましい発言をする葉山にツッコミを入れる。そんな冗談を言うやつじゃなかっただろうがお前。海老名さんが見たら失血死するぞ。

 

 ……にしても。本当、何故こんなことになってんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 家で寝続ける葉山を置いて俺は一人大学へ行く。人が寝てる中大学に行くのとかマジクソだわ。明日もし寒かったら自主休講。これは決定事項だ。

 

 寒い通学路を抜け、暖房が効いた大教室へ入る。講義開始の七分前なのでがやがやとしており、前の方に空いてる二人席のうち片方に腰を下ろす。俺みたいなぼっちは後ろの席を取れない。何故ならお友達同士で来ているヤツらが占拠するからだ。べ、別に羨ましいとか思ったことないんだからねっ!

 

 イヤホン装着、スマホ装備、これで完璧だ。周りに人と関わりたくない系ぼっちの完成。万が一にも「隣良いですか?」とか訊いてくるやつはいなくなる。

 

 そんなことを考えていると、不意にイヤホンが片耳から引っこ抜かれる。え、何怖い。

 

「あーし隣座るから」

「あーしさんか……」

「誰があーしさんだし」

 

 渋々イヤホンを取りながら隣に目をやる。

 

 金髪縦ロールで黒い服を来てるあーしさん。俺も今黒いパーカーを着てるせいで何かペアルックみたいになってるな。

 

 こいつは何故か俺と同じ大学で同じ学部、何ならゼミまで同じの運命の相手みたいなやつだ。色々被りすぎだろ。

 

「お前は今日もぼっちか」

「ヒキオに言われるとかあーし死んでもいいかも」

「月は別に綺麗じゃないぞ」

「あーしのことブスって言ってんの? 死にたいわけ?」

 

 獄炎の女王様から外気より冷たい視線で睨まれる。怖すぎて漏れそう。

 

 三浦のことは一年生の頃から同じ大学だと知っているが、誰かと居るところは一度も見たことがない。曰く友達になりたいやつがいなかったとのことだが、実際のところはわからない。まあ興味もないんだが。

 

 講義開始まで残り二分程度。俺と三浦は何かを話すわけでもなくスマホを弄っていた。

 

 ……何か後ろがざわついてんな。何かあったのか?

 

「どしたしヒキオ」

「いや、何か後ろうるさくないか」

「元々でしょ」

「それが余計うるさくなったというかだな……」

「はぁ、はぁ、比企谷……。お前教科書忘れていくなよ……!」

「あ? ああ、葉山か。だから後ろざわついてたのか」

「はっ隼人!? 何でここに居んの!?」

 

 外は冬も近いというのに汗が光る葉山。ここまで走ってきたのだろうか。

 

 ちなみに隣のあーしさんは顔を真っ赤にして、こちらも晩秋だというのに暑そうに顔をあおいでいた。お前ら季節感ゼロかよ。

 

「比企谷……、俺が机の上に教科書置いてたの気付かなかったのか?」

「いやお前寝てたし」

「先に起きて今日の分を用意してたんだよ。その後は寝てたけどさ」

「ああそういう。わざわざすまんな。ほれ、はよ帰れ」

「その前に待つしヒキオ! なに、何でヒキオと隼人が仲良さそうにしてるの!?」

 

 驚きながら三浦は俺と葉山を忙しなく交互に見る。確かに片や元スクールカーストトップと片やスクールカーストド底辺だ。共通点なんざ見つかるはずもない。

 

「優美子、久しぶりだね」

「あ、うん、久しぶり……じゃなくて!」

「とりあえず比企谷、教科書は届けたから帰るよ。まだ寝足りないんだ」

「誰の家に帰るつもりだ」

「比企谷の家に決まってるだろ? 荷物も置きっぱなしだし」

「ん。あと今日四限までだから夜飯頼むわ」

「了解。夕飯はドライカレーにしておくよ」

「昨日の残りか。まあ何でも良い」

「だから待つし! ふ、二人ってそんなに仲良かった!? ……とりあえずヒキオ、ちょっと外出るよ!」

「いや今から講義だろ」

「出席取らないから同じ! ほら早く!」

 

 ぐいぐいと俺の腕を引いて外に出ようとする三浦。まあ確かに俺と葉山が仲良いとか天変地異の前触れにしか思えないからな。気持ちは分からなくもない。

 

 俺はカバンを手に取り、連れられるがまま教室を出た。

 

 

 

 

 

 移動した先は空いていた教室。葉山は寝なきゃ死んでしまうと言って一足先に帰り、俺は机を隔てて三浦と向かい合っていた。

 

 何かこういう構図は学園ラブコメにありそうだな。放課後クラスメイトが帰ってから二人だけ残って他愛もない話をする。現実は男二人が謎に仲が良いからという汚い話を問い質されるだけなのだが。

 

「で? ヒキオいくら隼人に積んだし」

「何の話だよ」

「金」

「友達料金ってお前な……」

 

 何なら向こうが払うレベルだ。俺自身葉山の家に行ったことは数回しかない。言っても信じそうにないけどな。

 

「ねえわかってる!? ヒキオ、アンタさっき隼人と付き合ってるみたいな感じだったからね!?」

「気色の悪いこと言うなよ」

「だって何かずっと一緒にいる感じだったし! 二人が付き合ってるとかありえないから!」

「まあそりゃ相手は男だしなぁ……」

「アンタ状況わかってんの!? これ浮気だからね!?」

「浮気ってお前……」

 

 三浦は興奮しながら俺を糾弾する。そんなつもりは毛頭ないのだが。

 

 しかし何故三浦がこれ程取り乱して怒っているのか。

 

 その理由は──

 

 

 

「──ヒキオはあーしと付き合ってるんだからね!?」

 

 

 

 これは誰にも言っていないが、俺は三浦と恋仲にある。うちの大学の一年生になってからすぐ、三浦は適当に入ったサークルの先輩に言い寄られて困っていた。そこをたまたま通りがかった俺が()()()()()()()三浦を自由にしてやると、その頃から何度か飯に行くようになった。

 

 ただし付き合いだしたのは今年の夏の終わり頃から。なのでまだ家デートなるものはしていないため、葉山との仲が知られていなかったのである。

 

「お前と付き合うくらいだ、当然ノーマルに決まってんだろ」

「でもさっき教科書の用意とか昨日の残りとか、ずっと一緒にいるみたいに……!」

「アイツが毎日勝手に俺の家に来るんだよ」

「あーしのことは家に入れてくれたことないくせに!」

「それはまだ早いっつうか……」

「隼人は入れるのに!?」

「アイツは男だろ」

 

 何をこいつはこんなにヒートアップしてるんだ。本気で俺が葉山とそういう関係にあるって思ってんのか。心外にも程がある。

 

「……今日の夜あーしもヒキオの家に行くから」

「え、でもお前俺の今日ラストの講義の後にも何かあっただろ」

「あんなもん飛べば良いだけだし!」

「出席取るやつだろうが……。まあ良いけど」

 

 葉山はいつも戸塚の分まで作るため結構量がある。一人飯を食べるやつが増えたところで特に支障はない。

 

「……んで、この後どうする? 今更講義に戻るのも面倒だろ」

「カラオケ行きたい」

「ん」

 

 俺は短く返事をして立ち上がる。講義を飛んでカラオケとなると、昼までと考えるたら大体二時間くらいだろうか。

 

 ……結局、今日早く起きた意味なかったな。自主休講にしておけば良かった。

 

 

 

 

 

 拝啓、愛する小町へ。お兄ちゃんは今修羅場のど真ん中にいます。

 

 事の発端は一緒に帰ってきた三浦が中にいた葉山と何故かくつろいでいた戸塚に向かって「こんばんはーヒキオの彼女の三浦優美子でーす!!!」と敵に向かってダイナマイトを投げるような牽制をしたせい。てか何でそれで空気固まるんだよ。この場に女は俺の彼女しかいねえぞ。

 

「嘘……嘘だよね、八幡……?」

「俺の彼女は戸塚だけだ」

「ちょっとヒキオ!!!」

「冗談に決まってんだろうがって痛い痛いつねるな」

「八幡は、僕のことが嫌い……?」

「愛してる」

「さっきカラオケでめちゃくちゃイチャイチャしてくれたくせに!!! あれは遊びだったってわけ!?」

「んなわけねえだろ!?」

 

 とんでもないことを言い出す三浦。てかカラオケでのこと言うなよ恥ずかしい。それもお前が求めてきたから乗っただけだろうが。

 

「ヒキオも満更でもなかったくせに」

「何? お前らはデフォで読心術出来んの? ぼっちが知らないだけで普通はみんな出来るもんなの?」

「比企谷、そうだったのか。俺はてっきり優美子とは仲の良い友達だとばかり思っていたよ」

「逆に一緒にいることは知ってたのかよ」

「そりゃ大学までつけてた時とかに……んんっ! 酔っ払った時とかに言ってたよ」

「おまっストーカーとかマジやめろよ何だ今の」

 

 男が男のストーカーとか地獄絵図じゃねえか。気持ちの悪いイケメンだ。

 

「とにかくヒキオはあーしの彼氏だから。手出さないでよ」

「八幡……」

「さっきから俺を求めてくれるのは嬉しいけど、戸塚は別にネタでやってるだろうが。三浦はマジで勘違いするからやめてやってくれ」

「あ、そうなんだ。ごめんね三浦さん」

「え、あ、そうなの?」

「僕は別にホモじゃないよ」

「生々しい言葉を使うな……」

「あはは! ごめんごめん、三浦さんもごめんね?」

「えっと、まあ恋敵じゃなかったら何でも良いけど……」

 

 冗談と聞いてすっと矛を収める。別に束縛が激しいようなやつでもないし、現状把握が出来たらこうなることはわかっていた。これでひとまず一件落着だろうか。

 

「ねえヒキオ。隼人もそうなの?」

「ああ。まあ葉山は戸塚と違って家政夫みたいな感じだけどな。飯も作れば掃除もしてくれるし、何なら洗濯もやってくれる」

「隼人、嫌ならやめていいからね。てか自立出来てないのならあーしが自立させてやるし」

「恐ろしいことを言うなよお前は」

「……ううん、良いよ。俺が好きでやってることだ」

 

 三浦の言葉に葉山はうつむき加減で返答する。どこか影を纏っているのは何故だろうか。

 

「ごめん、ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

 

 俺の自問に答えが出る前に、葉山は足早に玄関へ向かった。財布も持たずにどこに行くのか。残された俺達は暫くの間無言だった。

 

「……この場に僕は邪魔かな。今日は帰るよ」

「飯くらい食って行っても」

「ううん。それはまた今度ね。じゃあね、八幡」

「ん、そうか」

 

 戸塚は隅に置いていたバッグを持って部屋を出ていく。

 

 途端俺と三浦は二人きりになり、何とも言えない空気が流れた。

 

 暖房を効かせているためか、何となく空気が悪い。

 

「三浦、窓開けて良いか」

「え、寒くない?」

「二酸化炭素溜まってる感じするだろ」

「それって人間にわかるものなの?」

「……開けるぞ」

「んー」

 

 俺みたいな理系壊滅の文系に向かってその返しは刃物より鋭い。何となく空気が悪いってわかればそれで良いんだよ。

 

 窓を開けると冷たく刺すような風が部屋へ入ってくる。一瞬で身体が縮こまった錯覚を覚えた。

 

「寒っ。これもうコタツいるな」

「あーしの家コタツないからこっちに住もっかな」

「葉山と戸塚が泊まらない時ならな」

「は? あーしより男二人を優先すんの? ホモ?」

「だからホモじゃねえって。……、お前は俺が彼女と男を一緒にすると思ってんのか」

「あ……」

 

 言いたくなかった恥ずかしい理由を口にする。窓開けたってのに何で暑いんだよ。地球温暖化か。

 

「……そういや葉山のやつ、着の身着のままで出ていったよな」

「ふふっ、わかりやすく話逸らしたし。まあ隼人は何か急いでるっぽかっしね。こんな寒空の中だとめっちゃ寒そう」

「……はぁ、面倒臭ぇな」

 

 俺は重い腰を上げてコートを着る。手にはもう一着のコート。これも葉山が俺の家に置いていったものだ。

 

「行ってくる」

「はーい。暗くなる前に帰ってくるし」

「オカンかよ」

 

 軽口を叩いて俺は玄関へ向かう。三浦も止める様子はない。

 

 ……本当に、葉山のやつ。何を考えてこんな寒い中外に出ていったんだ。

 

 

 

 

 

 俺の家の周りは大学生が住むアパートが密集しており、腰を下ろせるような場所なんてほとんどない。

 

 ただ一つ、休める場所と言ったら近くにある公園くらい。さっきも言った通りこの近くに住んでいる人間の割合は大学生がほとんど全てを占めるため、いつ来ても閑散としている。冬なんて特にだ。

 

 だが今日は、一人ベンチに座る人影が見えた。見慣れた金髪が俯いている。間違いない。

 

「葉山」

 

 俺は近くへ行って呼びかける。顔を上げる様子はない。

 

「ほれ。コート持ってきたぞ」

 

 応答がないので続ける。だがそれでも動こうとすらしない。

 

 俺はやや強引にコートを葉山はに羽織らせてやると、そこで初めて動きを見せた。

 

 

 

 ──鼻をすする音。例えばそれは、泣いている時に聞こえるような。

 

 

 

「……比企谷、頼むから俺に優しくしないでくれ」

「流石に見てられないだろ。この寒空の中よくそんな軽装で出ていったな」

「……そういうことじゃない」

「なら今朝の借りを返しただけだ。教科書届けてくるとかどんだけ過保護だとも思うが」

「そういうことじゃないんだよ!!!」

「っ!」

 

 顔を上げ俺に向かって大きな声で怒鳴る。

 

 その顔は、何故だか涙に濡れていた。

 

「……俺はもう、比企谷の家には行かないよ」

「お前、何で泣いて──」

「相変わらず、残酷なことを言うね。君は」

 

 思わず呼吸が止まる。

 

 比企谷ではなく、君。たったその一言で離れた距離は、いつかの高校生活を思い出させた。

 

「こうなることはわかっていたよ。君は良いやつだし、そんな男を周りの女の子達が放っておくはずがない。もっともそれは雪乃ちゃんか結衣、もしくはいろはだと思っていたけどね」

「お前、それは」

「にしても優美子か……。確かに考えてもみたら、君達はお似合いだよね。相性も良さそうだ」

「……」

「ああ。そうだよ。俺はお前のことを恋愛対象として好きだった」

 

 初めて自ら明言をする。

 

 正直、今までに一切そういう気配を感じたことがなかったと言えば、嘘になる。

 

 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれることはとてもありがたかったし、ぼっちだった俺には知らない距離感の相手なのかもしれないと思っていた。

 

 

 

 だけど、俺はそんな()()に甘えていただけだ。

 

 

 

「……本当のことを言うとだな、葉山。俺はその事実に見て見ぬふりをしてた」

「あはは、そっか。流石に露骨すぎたかな」

「こんなことを言うのは恥ずかしいんだが、お前は俺の中で初めて、友人に思えた人間なんだ」

「戸塚がいるだろ」

「戸塚はなんつーかアイドル的な……、要は対等な付き合いとして、お前が初めての俺の友人と感じていた」

「はは、光栄だな」

 

 いつしか葉山の涙は乾き、平時の様子に戻っている。

 

 それが上辺だけなのは、特に何か確認をするまでもなく理解出来た。今度は甘えない。

 

「俺の好きな相手は三浦だ。付き合ってるしな」

「うん」

「だから、すまん。お前の気持ちには応えられない」

「……ありがとう、比企谷」

「恨まれこそすれ、感謝なんてされる理由がない」

「そんなことないさ。はっきり断ってくれることがどれだけありがたいか」

「……そんなもんか」

「ああ。そんなもんさ」

 

 木枯らしが吹く。風は底冷えしそうな程で、俺は身体を小さくする。

 

「なあ比企谷。最後に一つだけ良いかな」

 

 最後。俺は特に口を挟まず、続きを待った。

 

「荷物なんだけど、また改めて後日に取りに行って良いかな」

「今はダメなんだよな」

「……今優美子を見たら、俺はまたこうなってしまうよ」

「そうか。わかった」

「じゃあね、比企谷」

 

 葉山はそう告げてベンチを後にする。小さくなっていく背中は外の冷気も相まって、とても弱々しく見えた。

 

 恐らくこれからはもう、荷物を取りに来る以外は来ないのだろう。いつものような軽口も、アイツの作った飯も、脱ぎ捨てた服を咎められることもなくなる。

 

 そう思うと、何かよく分からないものが俺の全身を突き抜けた。

 

「ヒキオ。こんなところにいた」

 

 後ろから声を掛けてきたのは俺の彼女、三浦の声。背を向けているため姿は見えないが、間違えるはずもない。

 

「どしたし、ずっと前向いて」

「……さあな」

「? 変なヒキオ」

 

 何でもなさそうに三浦は俺の手を握る。冷えた手が俺の手の熱を奪っていく。

 

「あれ、隼人は?」

「帰った」

「そっか。じゃあ二人きりだし」

 

 三浦は心做しか嬉しそうに呟く。

 

 三浦の言う通り、二人だ。これからは恐らく、ずっと。

 

「……やっぱ何かあった? 大丈夫?」

「大丈夫だ。ほら、帰るぞ」

「わっ、急に手ぇ引かないでよ」

「てかお前手冷たすぎんだろ。爬虫類かよ」

「マジでそう見えてるならヒキオが性癖異常者なんだからね」

 

 軽口を叩きながら家路を辿る。

 

 帰りに見た木は、一切の葉も残していなかった。

 

 

 

 



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ゆさん 八幡×陽乃 色付く世界

 夜明け前の空は、青い空と夜の闇が混じって紫色になることがある。

 そんな、朝でも夜でもない時間の海沿いを一人で歩いていた。

 

 高校時代を共にした雪ノ下雪乃の姉であり、数々の問題を俺たちに突きつけていた雪ノ下陽乃。大学、社会人になり大人になるための階段を登って行ってる最中だった、あの人との再会。

 俺は千葉が好きだ。それはもう昔から変わっていない。だからこそ、会社も千葉から通えるところを探したし、私生活の行動範囲も自然の流れのままに千葉を中心としていた。

 そんな時だ、偶然飲み屋であの人と会ったのは。

 行きたくもない会社の飲み会に付き合いで参加し、楽しくもない場で無理して作り笑いして誰かに気を遣っていた。それが悪いことではないと思うけれど、自分には向いていないようにも思う。昔、自分が一番なりたくないような大人になっていっている気がする。

 居酒屋を出て、二軒目に行くという流れの時の道すがら、雪ノ下陽乃と再開した。陽乃さんは少しの言葉だけ交わすと、俺の上司に向かって驚きの言葉を投げた。

 

「すみません、彼を迎えに来たんですけど、今日はこの辺りで連れて帰ってもよろしいですか? 彼ったら全然約束守ってくれなくて」

 

 それを聞いた俺の上司も、比企谷ちゃんと彼女の言うこと聞けよ〜なんて言いながら俺を解放し、数名を連れて二軒目へと向かって行った。

 全く展開に頭が追いついていないし、意味もわからない。なんでいきなりこの人こんなこと言ってるんですかね……。しかも恋人じゃないし。

 

「ごめん、君が退屈そうだったから、つい」

「……いや、すんません俺のために」

「比企谷くんも大人になったんだね〜」

「もうあれから何年経ってると思ってるんですか」

 

 数年ぶりに再会した陽乃さんは、前に見た時よりも当然だが歳を重ねている。それなのに変わらぬ美貌とスタイル、それと気品を持ち合わせていた。

 雪ノ下陽乃に作ってもらった時間。それをどう使えばいいのかわからない。けれど、作ってもらった人のために使おうと、それくらいを考えるくらいには俺も歳を重ねてきた。

 

「この後、時間ありますか? よかったらお礼させてください」

「……驚いた。比企谷くんもそういうこと言えるんだね」

「まぁ、ほどほどには」

「いいよ。付き合ってあげる」

 

 週末の大人が帰るにはまだ早い。そう自分に言い聞かせながら、夜の街を二人で歩く。

 アルコールを含んだ身体は熱く、どこか熱に浮かされているみたいだ。

 駅から近いのに、どこか薄暗い路地。そんな場所にある隠れ家的なBARへと足を進めて行った。

 往々にして夜の街は喧騒に包まれているものなのに、この場所だけは静かで、世界から隔離されているようだった。

 安酒しか飲んで来なかった俺に、お洒落なカクテルなんてわかるはずもなく、陽乃さんが頼んだものを真似して頼んだ。

 

「乾杯」

「どうも」

 

 小さなグラスに入った透明感のある赤い酒をちびりと口に含んだ後、陽乃さんは小さくクスリと笑った。

 その訳はわからなかったが、わからなくてもいい。なんだか、俺も楽しくなってきて笑いが出そうだったから。

 久々に会ったからなのか、雪ノ下陽乃の持つポテンシャルの高さのおかげなのかはわからないが、意外にも話しは尽きなかった。

 いつもは長い夜も、時間を忘れるほどに短い。それは、会話が楽しいということに他ならない。この人と会話をしていて楽しいと感じるのは、俺が大人になったからなのか、それとも合わせてくれているのか。でも、そんなのはどっちでもよかった、楽しいのは本当なのだから。

 カクテルはその可愛らしい見た目から、嘘のように度数が高いのも存在する。まるで、どこかの誰かのようだ。古来より、綺麗なものには棘があると言われてるしな。

 

「あれれー? 比企谷くん顔赤いけど、酔っ払っちゃった?」

「……まさか、暖房が効きすぎてるだけです」

 

 嘘である。真っ赤な嘘で、偽りで、出まかせだ。顔は熱いし、頭も痛いし、少し気持ち悪いまである。けど、弱みを見せたくなくて、酔っていると言われたくなくて嘘を吐いた。きっとバレているだろうけど。

 酔っている時だけは煙草を吸いたくなる。普段はそうでもないのに、酒の肴代わりに吸う煙草は上手いと思える。恩師と同じ銘柄の煙草を選んだのは、きっとあの人に憧れてるから。今なら、あの人にも大人になったなと言ってもらえるだろうか。

 雪ノ下陽乃の隣で酒を飲みながらそんなことを考えていた。

 

「比企谷くんはさ、理想の大人になれた?」

「なれてませんね。なんなら理想としては働きたくないまでありますし」

「ふふ、やっぱりそんなもんだよね」

 

 魅惑的で、魅力的で、蠱惑的な笑みを浮かべながら俺にそう言ったこの人の心情はよくわからないが、わからないなりに予想は立てられる。きっと、誰しもがそうなのだ。自分の理想通りに、夢を叶えた人なんて一握りだろう。それは雪ノ下陽乃でさえもそうなのかもしれない。

 俺が知っている雪ノ下陽乃は、完璧超人で何でも出来て、何でも知っている。そんなものは幻想でしかないのに、この人ならと思えていた。でも違った。雪ノ下陽乃も、ただの一人の女性なのだ。俺の隣に居る人はただの綺麗なお姉さんだ。

 そう意識をしたらなんだか急に恥ずかしくなってきたんですけど! やだ、なんだか恥ずかしい!

 

「比企谷くん、顔赤いけど大丈夫?」

「え、ええ、まぁ。気にしないでください」

「……さては、お姉さんの魅力にやられたな〜?」

「……」

「え? 本当に?」

 

 顔から火が出るような羞恥心と、 なんとも言えない気恥ずかしさに耐えきれなくなって、まだ半分も減っていないグラスの中身を一気に煽った。

 味を感じる暇もなくゴクゴクと喉を鳴らして飲み込む。その後に残ったのは、ただただ焼けるような喉の熱さだけ。

 それから程なくして世界は回りだし、店内に流れていた音楽も俺には聞こえなくなり、視界は徐々に暗くなっていった。

 

 身体を揺さぶられるような振動を感じる。名前を呼ばれているような気がする。その声は優しくて、落ち着く。けれど、その声とは裏腹に身体の揺さぶりは強くなっている。

 目を覚ますと、そこは知らない部屋。こういう時に言うことは一つだ。

 

「知らない天井だ……」

「かっこつけてるところ悪いんだけど、早く起きてよ」

 

 声がする方を向けば、陽乃さんがいる。

 察するに、ここは陽乃さんの家なのだろう。まだ酒が残る頭で、寝ぼけた頭でそんな的外れなことを考えていた。

 何故俺が陽乃さんの家に上がっているのかはわからないが、大方俺が酔い潰れたから連れて帰ってきてくれたのだろう。やだ、八幡初めてのお持ち帰りですわ……!

 身体を起こしてみれば、俺はソファに寝ていたらしく、俺の側に座りながら陽乃さんは呆れたような顔をしていた。

 陽乃さんは昔、雪ノ下雪乃と住んでいた時期があった。それは俺も知っているが、今のこの家はあの家とは違う。きっと、あれから紆余曲折あったのだろうということは予想がついた。俺が想像する以上に色々あったんだろうな。

 ここの場所はよくわからないが帰るとするか……。

 

「あっ、帰るの?」

「いやまぁ、はい」

「別に寝ていってもいいけど」

「大丈夫ですよ」

 

 善意で言ってくれたのだろうが、俺も男で陽乃さんは女である。男女が一晩一つ屋根の下で過ごしたとなれば陽乃さんもマズいだろう。それがなにも起きなくても。

 

「比企谷くん、ちゃんと酔えるんだ」

「初めてです、こんなに酔ったのは」

「へぇ、じゃあ次は酔わないでね」

「次……?」

「連絡先、交換しようよ」

 

 流れのままに連絡先を交換した。仕事の連絡先を含めなければ、数えるくらいの知り合いしか入っていない俺の電話帳に新しい名前が増えた。雪ノ下陽乃、予想だにもしなかった名前が。

 水を一杯貰い、飲み干してから立ち上がる。

 陽乃さんと「またね」という別れの言葉を交わして外に出ると、俺の家から一時間圏内の場所だった。

 冷たい空気の中を白い息を吐きながら海沿いの道を歩いていく。

 空を見上げれば、空は紫色に染まっていた。

 

「またね」という言葉と電話帳に刻まれた雪ノ下陽乃の名前。

 俺の灰色だった日常に、少しだけ色が付いた。でもその色にまだ名前はない。それはきっと、後から名前が付くのだから。

 

 了



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袖野霧亜さん 八幡×折本 二人が夫婦になるまで

「俺と結婚してください」

「うん、いいよー」

 

 〜♪〜

 

 大学を卒業して三年。俺は雪ノ下さんが独立させた会社で強制的に働かされていた。

 四回生に上がる前に、得に行く気もなかった企業から内々定を貰っていた。勢いに乗って本命の企業を受けようとしていたところ、どこからかその話を聞きつけた雪ノ下さんが俺の家に来て「比企谷君は私のモノなんだから!」と言って聞かなかった。もう駄々のコネ方が半端じゃないかった。どれくらいかっていうとプリキュアの新衣装とステッキを欲しがる子供くらい。

 雪ノ下にも相談したんだが、こればっかりはどうにも出来なかったらしい。埒が明かないので結局俺が折れる事になった。

 でもまぁ給料と休暇がちゃんと貰えてるし、仕事の量もそれほどで繁忙期でない限り残業という言葉は存在しないホワイト企業だからラッキーだよね。内々定貰ったところいつの間にか潰れてたし。そこだけは雪ノ下さんに感謝だな。

 

「比企谷ー」

 

 一つ不満があるとしたら、たまに仕事が終わった頃を狙って居酒屋に拉致られて愚痴られる事だ。内容とかほぼ全部雪ノ下に関することだ。それなのに毎度違う話の内容で飽きがこないのが厄介すぎる。なんだこの姉妹話題性が富んでるな。いいぞもっとやれ。

 

「ひーきーがーやー」

「ん、おぉ。折本か。どした」

 

 折本かおり。俺と同じ会社に実力で入社した同い歳の女性。

 そして、何かの間違いで中学時代からからずっと付き合っている人だ。

 何かの間違いっていうのは、まぁ、俺が折本に偽の告白をしてフラれる算段を立ててたんだよ。その上で折本とつるんでたヤツらに「折本かおりは誰かと付き合う気が無い」っていう噂を俺の名前と一緒に流してもらうつもりだったんだよ。リアリティを出すためにな。それなのに折本は俺の告白を受けた。もう当時の事を詳しく覚えてないけど、どうせウケるからとかそんな理由だろう。そういうやつだ、アイツは。

 俺の名誉のために言っておくと、当時の俺は折本に多少なり惹かれていた。これだけは間違いじゃない。それからしばらく付き合ってしっかり恋心が育って行ったわ。悪いかコノヤロー!

 ん? それなのになんで中学から続いてるのにまだ苗字で呼びあってるのかだと? 呼び方を変えるタイミング失いすぎてズルズルここまで来たんだよ悪いか。

 

「反応遅すぎだしウケる。今夜どうする? どこかでご飯食べてから帰る?」

「ん、そうすっか。何食いたい?」

「ラーメン以外ならオッケー。二日連続でラーメンだったから他のものがいいね」

「わかった。じゃあ適当に考えとく」

「よろしくー」

 

 社会人になってからしばらくして、俺と折本は金銭的に楽をするため同棲を始めてる。

 それにも関わらず、お互いに下の名前で呼ぶタイミングを無くしてしまいとうとう二十代後半を迎えてしまった。

 ……ダメじゃないか? どれだけ奥手なんだよ。今どきの小学生、いや幼稚園生にも遅れとってるぞ。余程盛り上がらないとキスとかしないし。あれ? 盛り上がってるのにキスだけっていうのもおかしいな。大切にしすぎじゃない? もっと狼になってもいいと思うよ? 小町からも「まーだキス止まりのお子ちゃまカップルしてるのお兄ちゃん達」って煽られたもん。

 

「実際それじゃあダメだもんなぁ……」

「なーにが、ダメなのかなぁ? 仕事中に他の事を考えるなんて余裕じゃん、比企谷君?」

「うおっ!? ……なんだ雪ノ下さん、じゃなくて社長か。ビックリさせないでくださいよ。俺のノミ並しかない心臓がバックバクしてますよ」

 

 ていうかそっちもだいぶ暇そうだな。社長ってもっと忙しいはずじゃないんですねぇ。

 

「私はいいんだよ。だって他の人、主に比企谷君が頑張ってくれてるしねー」

「最近仕事の量と給料が増えてきたと思ったらそのせいか……。貰えるものが増えて苦しいと嬉しいが入り乱れて感謝しにくいですね」

「ちゃんと働いてくれる子にはしっかり報奨を払わないとね。それだけで社員はちゃんと着いてきてくれるから楽だよ? 比企谷君も早く出世して私くらいになったら?」

 

 無理を言うな無理を。文系以外が崩壊してるレベルの人間が雪ノ下クラスのパーフェクトヒューマンになれるはずも無い。俺は俺のやれる範囲で仕事をするだけだ。上に行く気もさらさら無い。

 

「あ、そうだ比企谷君。今日付き合える? また愚痴聞いて欲しいんだけど」

「……すみません、今日だけは」

「ふーん、そんな事言っていいんだー。社長命令だよ〜?」

「パワハラじゃないですか……」

 

 今はそういうのうるさいんですからそういうのやめてくださいよ。まぁ雪ノ下さんも俺だからやってると感じもあるけどさ。

 

「それで? 今日は何のアニメ? それとも本かな?」

「あぁ、いえ、今日は折本と飯食いに行く約束してまして」

「へー。それは大切だねぇ。お嫁さんとのスキンシップも夫の甲斐性だよ」

「なんすかそれ……。それにまだ夫婦じゃないですよ俺と折本」

「そうなんだー……、ん? ちょっと待って比企谷君。今なんて言った?」

 

 いきなり目をくわっと見開いて俺の肩を握り潰すように掴む。あの、痛いんですけど。

 

「いい? 比企谷君。回答を間違えないでね。お姉さん、まだ君を再起不能にさせたくないの」

「こっわ! 何するつもりなんですか! ……だから俺と折本は恋人であって夫婦じゃないんですよ」

「中学生からずっと付き合ってて、似年以上も同居してるのに?」

「まぁ、はいそうですね」

 

 そう返事すると、雪ノ下さんはよろよろと後ろに下がって頭を抱える。

 ……なんか心無しか他の社員もえぇ……? みたいな雰囲気になってる気がする。

 なるほど、こういう時に俺また何かしちゃいました? って言えばいいんだな? また一つ賢くなってしまった……。

 

「比企谷君」

「ひっ、は、はい」

 

 突然、雪ノ下さんが豹変して久しぶりにどもってしまう。

 なにその低い声。今までで一番なんですけど。

 

「ちょっとお姉さん、今から折本ちゃん連れて外回りしてくるから比企谷君は折本ちゃんと私の仕事やっといてね」

「えっ、は? ちょ、雪ノ下さん!?」

 

 それだけ言うと雪ノ下さんは外に出る準備をすぐに済ませ、俺の静止を無視して折本を拉致するように室内から出ていった。

 ……今は午後の三時。終業まで後三時間。ここから三人分、か。久しぶりの残業だなこれは。

 

「……しょうがねぇ、やるか」

 

 シャツの袖を軽くまくって予備のマッ缶を二つ、机の上に置いておく。

 MAXコーヒーをキメながら一先ず自分の仕事を終わらせるため、キーボードをカチャカチャ叩く。その間にどの仕事から片付けるべきかを脳内で平行処理する。

 出来る社会人は缶コーヒー片手に仕事をするのがかっこいいって親父が言ってたな。今日は特例でやるけど明日からやめよ。親父からの受け売りを実践してるみたいで嫌だし。

 

 〜♪〜

 

「お、終わった……! マッ缶飲みてぇ……」

 

 机の上に空になったマッ缶と俺がが無惨に倒れ伏している。

 たぶん繁忙期の倍のスピードで働いたんじゃねぇの……。それでも一時間残業してるし……。あー、疲れた……。

 

「おつかれ比企谷〜」

「おう、超お疲れだぞ今の俺。明日明後日サボっても怒られないまである」

「なにそれウケる! ほらお詫びにご飯奢るから早く帰ろ」

 

 折本に腕をグイグイと引かれながら会社を出ていく。途中、どのお店がいいか吟味しつつのんびりと歩きながらどうでもいい事を話す。今日のお昼に誰がどんな事してたとか、仕事中に変な電話かかってきてウケたとか、そんな話。

 

「あっ、そうだ比企谷。久しぶりに飲まない?」

 

 と、飯屋探す旅の途中で折本からの提案が出てきた。

 ふむ、酒か。そういえば最近飲んでなかった気がするな。あれ? 最後に飲んだのいつだっけ?

 

「ん? いいぞ。どこで飲むか」

「宅飲みにしよ。帰りも考えず飲めるし」

「ほどほどにしとけよ。明日も仕事だぞ」

「アタシも比企谷も強いからヘーキだって!」

 

 強いって言っても俺はストロングZER○のロング缶でまだ物足りないレベルなだけだぞ。お前と一緒にするな。完全にザルなのに酔える謎体質なんだから。異世界転生ものでチートとしてやっていけるレベルだぞそれ。役に立つかは知らんけど。

 

「よっし、早く家に帰ろ! 晩ご飯はスーパーのお弁当とお酒とおつまみに決定!」

 

 またしても腕をグイグイ引っ張られる。いつもの事になってきたこれも慣れたもので、最初の頃はやられる度にバランスを崩していた。しかし今となっては折本が踏み出すタイミングで俺も足を出せるようになっているのでこのやり取りも心地よくなったものだ。

 

 〜♪〜

 

「かんぱーい!」

「乾杯」

 

 自宅に着いた俺と折本はさっさと風呂に替わりばんこで入り、寝巻きを身にまとって買ってきた食料やお酒とつまみを机いっぱいに広げる。

 そして、酒をさらに美味しく頂くためにわざわざ氷の入ったコップに酒を注いでいる。これだけでも冷え具合が変わる。温《ぬる》くなった酒は美味しさが半減するからな。なんでそうなるのかわからんけど。

 

「んくっ、んっ! ぷはーっ! おいっしー!」

「……ふぅ、染み渡るな」

 

 最初の一杯はお互いにプレ○ル。この缶ビール以外は飲んだことないが、これはハズレがないからオススメって雪ノ下さんに言われてからずっとコレだ。いや、だってこれ普通に美味いもん。水みたいに飲める。

 それからしばらくビール飲んでは小休止で氷○をのんだりほろ○いを飲む。さすがに俺は途中何度かお水を体に入れて飲み続けてはいるけど、折本のペースが早くてそれに乗せられてついつい飲むスピードが早くなってしまう。

 

「いやお前いつもより早すぎねぇか? 何杯目だそれ」

 

 いつの間にか積まれている空き缶が折本の周りを囲っている。普通サイズの缶を含めると既に軽く十を超えててヤバい。

 おかしい、まだ飲み始めて一時間ちょっと経ったくらいなのになんでもうこんなに空いてるんだ?

 

「そー? アタシ的にはまだそんなでも……あり? なんか結構飲んじゃってた! ウケるんだけど!」

「自分の飲んだ量くらい気にしとけって……ほれ、水」

「気が利く〜。サンキュー」

 

 そう言うと折本は手に持った水をまたごくごくと飲み干す。その後は酒とつまみの延々ループだ。

 

「あー、そういえばさー」

「ん、なんだ?」

 

 何やら唐突に思い出したかのようにぱんっと両手を胸の前で叩いてまた酒の入ったグラスに口をつける。

 話すならはよ話せ。内容が気になるだろうが。と思いつつ待ち時間を俺のグラスに入っているレモンサワーを飲む。

 うん、やっぱり檸檬堂のは美味いな。同じレモンサワーでも度数で味が変わるのが嬉しい。

 

「今日さー、陽乃さんにアタシ達いつになったら結婚するのって聞かれてさ〜」

「んぐっふっ」

 

 むせた。

 あー、そういや雪ノ下さんに連れてかれてたな。その時に聞かれたのか。

 

「動揺しすぎでしょ比企谷。大丈夫?」

「ケホッ、おう……」

 

 ティッシュを取ってもらって口周りを拭き取る。他のところに飛び散らなくてよかった。

 

「ふぅ。ちなみにそれな、折本が拉致られる前に雪ノ下さんが冷やかしで俺んとこに来てな。そん時に嫁だの夫だの言ってきたからまだ夫婦じゃないって言ったら」

「アタシと陽乃さんの仕事を比企谷に押し付けて、アタシ達はカフェでおしゃべりしてたんだ! ウケる!」

「そーそー、その通り。って何仕事をサボって優雅に茶をしばいてんだよあの人。覚えてろよマジで」

「ひひっ、どうせやり込められるんだからやめといたほうがいいよー」

 

 その通り過ぎて何も言い返せねぇ。

 

「しかしまぁ、結婚か」

「んー、だねー。なんかピンって来ないよね。どんな感じなんだろ。今の状態とか夫婦じゃんって雪ノ下さんに言われたんだけどさ」

「あー、確かにな。同棲してもう結構経つもんな」

「その間ほぼ恋人っぽい事してないもんね! ウケる!」

「お互いそういう事恥ずかしくて中々出来てないもんな」

「それあるー!」

 

 折本はひひっと一つ笑ってまた酒の入ったグラスを傾ける。それにつられて俺もキンキンに冷えたレモンサワーの残りを飲み干そうとする。

 

「で、いつ結婚するの?」

「んぐっほっ」

 

 むせた。セカンドシーズン。

 

「うわっ汚ったないな〜。何してるんだし」

「ゴホッ、うぇ……」

 

 今度は鼻にまで来た。すげぇ炭酸とアルコールで鼻が痛い……。

 

「……んで、結婚の話か」

「そー。アタシもいつか比企谷とするのかなーって思ってたらここまで来ちゃっててさ。なんかアタシから言い出すのも急かしてるみたいだしさ」

「あー、まぁ確かに……な。それは正直悪い」

 

 そうか、俺は待たせすぎたか。

 

「んでも、ここで言うのも……まぁ別にいいか」

「だねー。それにどうせそんなキザっぽい事とか狙ってかっこつけるような事出来ないでしょ」

「全くもってその通りだな」

 

 その場に立って折本と目線を合わせる。

 そうだな、告白するなら俺はこう言うべきだろう。

 今度は偽物じゃなく、本物の言葉として。

 

「俺と結婚してください」

「うん、いいよー」

 

 少しの間、静寂が通り過ぎる。

 

「……くっ」

「……ひひっ」

 

 思わず口から笑いが出てくる。

 それも無理も無い。何せ、今の流れは中学生の時に俺が告白した構文と全く同じもので、折本に至ってはそのまんま同じ返事が来たんだから。

 

「……確認はしないぞ」

「あの時みたいに戸惑ってくれてもいいけどね。あれはあれでウケたし」

「しねぇよ。ていうか、受けてくれるのをわかってんだしなるわけないだろ」

「それあるー!」

 

 はいはい、あるある。と、いつもの流れを作ってまたグラスに口をつける。

 ……思ってる以上に緊張してたのか、喉が乾いている。

 まだかなりグラスの中身が残っていたがそれを一気に飲み干す。アルコールだけど今はそんなの関係無い。

 

「んくっ……ふひぃ〜」

 

 折本もだいぶ残っていたはずの酒を一気に無くしていた。

 自分の分を注ぐついでに折本のグラスにも酒を入れる。

 その後はグラスを片手に持って折本に突き出す。改めて乾杯だ。

 その意図に気づいた折本もグラスを持って俺のグラスとかち合わせる。

 

「まぁ、そのなんだ。改めてこれからもよろしく」

「ひひっ、なんか変な感じがしてウケるわ。よろしくっ」

 

 その日初めていつもなら寝ている時間まで飲み続け、そのまま机につっ伏すように寝た。

 

「……それで、何か言い訳は?」

「「ありません、すみませんでした」」

 

 次の日二人して三時間も大遅刻して雪ノ下さんに怒られました。



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TK@ぼっち党員さん 八幡×材木座 二人の思い出

『中学二年生』

体育教員「よしお前ら、好きなやつとペアになってキャッチボールしろ」

 

クラスメイト「「「はーい」」」

ザザザザザザザ

 

俺の名前は比企谷八幡

得意科目は国語で苦手科目は数学だ

好きな食べ物は…小町が作ってくれたらなんだって食べる

嫌いな食べ物は、お弁当定番プチトマト君だ中のぐちょぐちょが気持ち悪い

いたって普通の中学二年生だ……

だが、周りからは普通じゃないらしい

俺は一人が好きなだけなのにそれはおかしい、キモいなど言って鼻で笑ってやがる

あいつらはかの有名なセリフを知らないんだ

『みんなちがってみんないい』だ……

とてもいい言葉だと俺は思う、思うが俺にはあいつらみんながいいやつだとは欠片も思わない

だから俺は関わる相手をきちんと考えてから選ぶ

好きなやつ、そんなやついるわけがない

こういうとき選ぶ相手は自分と同じ立場のやつだ

だいたいのやつは自分からは声をかけないからぼっちの中でも最後まで相手ができないケースも起こりえる

だからちょっと嫌だが俺から誘いに行くか…

 

八幡「材木座だっけ?キャッチボールやらない?」

 

材木座「え、僕と?好きな人とだよ?僕なんかより…」

 

こいつぼっちこじらせすぎだろ普通に考えたらわかるだろ…

八幡「好きなやつどころかこのクラスに知り合いなんていねぇーよ、たぶんそういう仲間だろうから声かけたんだよ」

知り合いがいないって俺も俺でこじらせてんな

 

材木座「じゃ、お願いしてもいいかな?」

 

八幡「おう」

 

 

バシ

材木座「投げ方キレイだけど比企谷君は野球やってたの?」

ポイ

バシ

八幡「一人野球なら小学校のとき毎日と言っていいほどやったぞ、それとアニメとか見て」

ポイ

バシ

材木座「なるほど…今度やってみようかな?」

ポイ

バシ

八幡「一人は楽しいぞバァーちゃんトレーニングとかしてな」

ポイ

バシ

材木座「バーチャルトレーニングでしょ…アニメの見すぎだよ…」

ポイ

バシ

八幡「お!メジャーがわかるか、いいよなアニメ…つか、アニメ全体」

ポイ

バシ

材木座「僕もメジャー見たよ、今も結構見てるかな」

ポイ

バシ

八幡「おぉ!今日初めて話した割になんか気が合いそうだな」

ポイ

バシ

材木座「ハハハ、僕も趣味の話ができて嬉しいよ」

 

 

ピイィィー

体育教員「お前ら片付けろ、授業終わんぞ〜」

クラスメイト「「「ありがとうございました」」」

 

八幡「材木座、これからペアよろしく」

 

材木座「うん!比企谷君よろしく」

 

ふぅ、なんとか今日も乗り切ったぞ

あの教師なんかあったらすぐペア作りたがるからな…

ま、今日話があう相手見つけたしこれからは材木座とペアになることになるかな

 

 

数日後『休み時間』

材木座「比企谷君のオシキャラって誰?」

 

八幡「オシキャラか…あんまり周りでは人気がないけどさやかかな」

 

材木座「へぇ、僕はきょうこかな…やっぱり『ひとりぼっちは寂しいもんな、いいよ一緒にいてやるよ』このセリフで心を撃ち抜かれたな、比企谷君はどうしてさやかなの?」

 

八幡「元はさやかオシじゃなかったんだけどYou Tubeとかにある考察動画見てたらさやかオシになった、俺の中ではさやかはかわいい!」

 

材木座「あ、それ僕も見たことあるよ、一本の動画でさやかオシを増やす人でしょ…あと僕はあのアニメだったらあーみん派かな〜」

 

八幡「あーみんな、俺はみのり派かな…材木座はかっこいい系の女子が好きなんだな、シノンとかそのへん」

 

材木座「シノンも好きだよ、比企谷君は一途系の女の子が好きなんだね、日向とか」

 

八幡「日向最高!一途な女の子はひかれるものしかない、なんであんなに可愛いんだよ!」

 

材木座「比企谷君にスイッチ入れちゃった」

 

八幡「二次元最高すぎだろ」

 

材木座「それは否定しない…」

 

八幡「よし、俺らで非リア同盟組もうぜ…リア充を恨み非リアとウソをつくやつは許さない」

 

材木座「ハハハ、比企谷君嫌いすぎ」

 

八幡「三次元なんてクソクレーだ…」

 

 

数日後『ゲーセン』

八幡「よし材木座今回は協力プレイで大魔王ゾーマ倒しに行くぞ!」

 

材木座「うん!僕はこのゲームじゃ珍しい二回攻撃ができるバズズを召喚するよ」

 

八幡「いいねぇ、はやぶさの剣を使ったら四回攻撃ができるじゃねぇか」

 

材木座「装備系カードはあんまり持ってないからメタルキング装備でいいかな」

 

八幡「ん〜、俺は天空装備で行こうかな」

 

ポチポチ

バシンバシン

ポチポチ

会心の一撃

ポチポチ

バシンバシン

ポチポチ

 

八幡「よし行くぞ材木座」

 

材木座「くるよ」

 

八幡、材木座、モーリー「「「トドメの一撃発動」」」

 

八幡、材木座「「くぅ!」」

 

 

数日後『テスト勉強』

材木座「比企谷君ここ間違ってたんだけどどうやって解いたらいいの?」

 

八幡「俺に数学を聞くのが間違ってる、あぁ…もう、あきた!なんでテスト勉強しなきゃいけねぇんだよ」

 

材木座「テスト勉強しなきゃ高校受験落ちちゃうよ」

 

八幡「中学のテストなんか関係ないだろ…くそ、weiiでもやるか」

 

材木座「ここ僕んちなんだけどね……」

 

八幡「よし俺ガノンドロフ使お」

 

材木座「じゃ僕は…プリンで」

 

八幡「プッ!最弱キャラ使うのかよ」

 

材木座「だと思っただろ、だが僕が使うことで最弱は最強へと変わるのだよ!」

 

八幡:五勝零敗

材木座:零勝五敗

 

材木座「なぜだ!」

 

八幡「まだまだ甘いよ材木座君」

 

プルプルプル

プルプルプル、ガチャ

 

八幡「もうそろそろ帰って来いだって、また今度な」

 

材木座「うん、今度は負けないよ」

 

 

八幡「ただいま」

 

小町「おかえりなさいお兄ちゃん」

 

八幡「おぉ」

 

小町「実は小町お兄ちゃんに頼みたいことがあるのです」

 

八幡「小遣いか?無理だ母ちゃん父ちゃんに聞け」

 

小町「そんなことじゃないよ、アイス買ってきて」

 

八幡「ただの面倒くさがりかよ…説明されてもどれがどれだかわかんねぇぞ」

 

小町「はいはい、素直に一緒に行こって言えないのかな、うちのお兄ちゃんは」

 

八幡「ひねくれぼっちなめんな、ついでに晩飯の材料も買いに行くか」

 

小町「今日は小町とくせいトマトカレーだよ」

 

八幡「かごにトマト入れたら速攻で弾いてやる」

 

小町「これだからごみぃちゃんは…」

 

ガチャ…

 

小町「戸締まりオッケー!、レッツゴー!」

 

八幡「カタカナ多すぎ…」

 

数日後『体育』

体育教員「よしお前ら、好きなやつとペアになってキャッチボールしろ」

 

クラスメイト「「「はーい」」」

ザザザザザザザ

 

今日もやってまいりました地獄の体育

ほんと好きなやつとペアって辞めたほうがいいよ

俺みたいなやつが出てきて先生が面倒くさくなるだけ…

ま、いいか俺は材木座とペアになるし…

材木座、材木座…お!いた

 

八幡「ざいもく…」

 

材木座「岡部君僕とやらない?」

 

八幡、岡部「「え」」

 

岡部「い、いいよ」

 

材木座「やった」

 

え…え、なんで材木座相手作ってんの?

え…前のときまたペアになるって…え、

俺ひとり…え、まてまてまて

確かに次もペアになろうって話になったはず…

なんで…

とりあえず先生には

 

八幡「先生…ちょっと体調悪くてみんなに迷惑かけたくないのですみで壁あてしてていいですか?」

 

体育教員「よし」

 

その日の『昼休み』

材木座…材木座、おいたいた

 

八幡「ざい…」

 

材木座「ねぇねぇ岡部君…」

 

え、なんでまたあいつ俺のこと無視すんの?

俺なんか…いや、何もしてない……

前遊びに行ったときゲームでボコしたからか?

いや、それだったらあのときに態度に出るはず…

たまたまか?

ん〜………

 

そんなこんなで数週間これが続き『家』

八幡「はぁ〜………」バタ

 

あいつはどうして無視する…

思い出そうとしても何も出てこない…

ん〜………

 

コンコンコン

 

小町「お兄ちゃ〜……ん、どったの?」

 

八幡「なんでもない」

 

小町「はいはい、なんでもなくないでしょ…最近のお兄ちゃん目が死んでるもん」

 

八幡「それは元からだ」

 

小町「うん元から…でもね一時期結構いい目してたよ、でも最近はまた元の死んだ目に戻っちゃった、なんかあったんでしょ、ほれはなしみ」

 

八幡「はぁ〜………小町はよく見てるな…」

 

小町「当たり前だよ、お兄ちゃんの唯一の妹なんだから…あ、今の小町的に超ポイント高い!」

 

八幡「はぁ〜………実はクラスのやつで仲良くなれたやつがいたんだ、だけど最近無視されるようになったんだ…それでどうしたらいいのか……」

 

小町「ほうほう、ま〜たぶんお兄ちゃんが悪いんだろうね」

 

八幡「なんで決めつけんだよ、俺には思い当たるフシが一個もねぇのに」

 

小町「そりゃ自分じゃ自分の間違いなんか見つけれないよ…でもね、お兄ちゃんはその仲良くなった子に理由聞いた?」

 

八幡「いやなにも…つか、話すら聞いてくれねぇ」

 

小町「どうせしょっぺー声で名前読んだぐらいでしょ…そうじゃないの、ちゃんと目と目を合わせて真剣に心からの会話を望まないと…ふてくされた顔で話しかけても誰も嬉しくないし話したくないよ…ちゃんと一回むりやりでもいいから目と目を合わせて会話してみて、そしたらなにか変わるかもよ?」

 

目と目をか…確かに俺のあれは今思えば人になにか聞くような態度じゃなかったな…

 

八幡「よし、ありがと小町…お兄ちゃんやる気出たよ」

 

小町「よし、それでこそ小町のお兄ちゃんだ!」

 

八幡「ありがと、愛してるぜ…今の八幡的にポイント高い」

 

小町「うわぁ、気持ち悪いシスコンっぷりだ…」

 

 

数日後『移動教室』

よし、材木座一人で行ったな…

あとは人があまり通らなさそうなとこで……

バッ

 

八幡「材木座」

 

材木座「ごめん、通して」

 

八幡「材木座、俺と話をしようぜ」

 

材木座「僕から話すことは何もないよ」

 

八幡「じゃ、俺から話す…なんで無視するんだよ、俺材木座になにかやったか?俺材木座に嫌われるようなことしたか?何かあったら言ってくれ、言わねぇとわかんねぇぞ、もし俺が悪いんなら謝るし、それが勘違いなら真実をちゃんと伝えるし、何もなしに無視なんかすんなよ…ちょっと…悲しいじゃねえか………」

 

材木座「………この前、比企谷君がテスト勉強しに僕の家に来た日…」

 

八幡「うん…」

 

材木座「比企谷君が帰ったあと僕親と買い物しにでかけたんだ…そしたら、ひ…ひき、比企谷君がか、かわいい女の子と、デートしてて…それで…」

 

八幡「ちょちょちゃまてまてまて…俺が女と?」

 

材木座「うん…あんだけリア充許さない、三次元ゴミみたいなこと言ってホントは彼女がいてデートもして…それで比企谷君は……って」

 

八幡「ごめん……それ、俺の妹だ…」

 

材木座「え?いもうと?」

 

八幡「あ、妹だ…その日は妹と晩飯の材料を買いに行っていたんだ…」

 

材木座「あ、なんだ…そうだったんだ……ごめん」

 

八幡「いやいや、俺の方こそごめん、なんかべつに言うことでもないかなって、」

 

材木座「いやいやいや、ぼくだって何も言わずに無視して、比企谷君に悩ませて…僕ってやつは………」シクシク

 

お、おぉ…結構きてんだな………なんか、なんかかける言葉……

 

八幡「顔上げろよ、俺はべつにそこまで気にしてないし恨んでもねぇよ、この状況を作ったのは俺らがお互いになにも知らなかったからだ…これからは俺達に隠し事なしなんかあったら報告し合うそういうなか……そうだな、兄弟だ」

 

材木座「兄弟…?」

 

八幡「そうだ、隠し事なし、お互いがお互いを支え合う、そんな兄弟だ!いいだろ?」

 

材木座「うん…それでお兄ちゃんが殺されて……」シクシク

 

八幡「エースを持ってくるな!…これからはお互い頑張っていこう、そして高校も同じとこ行ってずっと仲良くいようぜ、ざいもく…いいや、義輝!」

 

材木座「!!」

 

八幡「これからよろしくな義輝!」

 

材木座「うん!八幡」

 

 

『高校二年生』

材木座「八幡どうしてお主は義輝と呼んでくれないのか」

 

八幡「は、気持ちわり…俺が下の名前で呼ぶのは彩加だけだ」

 

材木座「え〜兄弟だろはちま〜ん」

 

八幡「気持ち悪!兄弟って言うなキモい、黒歴史掘り返すな」

 

材木座「え〜いい思い出なのにな」

 

なんで俺あんなこと言ったんだろう………あの頃の俺……気持ち悪! 



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ひなあられさん 八幡×雪乃 変わらぬ愛に願いを込めて

十一月。季節が秋から冬へと変わる時季。

外に出ると冷たい風が耳などの肌に触れると刺すような痛みを感じるようになってきた。つい、一ヶ月前まで最高気温30度を超える日があったのに…季節の切り替わりって突然やってくるんだな。まじでこの切り替えの良さ今の日本代表に教えて欲しいぐらいだわ。

と、まぁそんなことは置いといて…俺はとある喫茶店に向かっていた。

その場所の名は、「CATS」

まぁシンプルで良いとは思うのだが、猫としか略せない為この喫茶店を経営してる人はさそがし猫が好きなのだろうと感じる。

店の外装も猫が壁に描かれており、重ねられた本にチョンと座った猫が欠伸をしているというなんとも可愛らしい心が洗われる壁画だ。外装は猫カフェのような雰囲気だが、内に入ると本棚がいくつか配備されており、好きな本を取りカウンターかソファ席に座って珈琲や紅茶…様々なドリンクやフードを楽しみながら読書をする。なんてぼっちに優しいお店なのだろうか。

 

気づけば俺はCATSに到着していた。早速、店内に入ろうと引き戸を開けるとチャリンチャリンといくつも積み重なった鈴の音色が屋内に小さく響く。

 

「いらっしゃいませ。あ、比企谷さんですか?」

「はい。そうです」

「いつもありがとうございます。お席は…」

「あ、いつものとこで」

「かしこまりました。どうぞおかけになってください。では、ごゆっくりと…」

 

落ち着いた雰囲気の男性に接客してもらい、俺はいつもの席へと着く。いつもの席とはカウンター席。奥側から三番目。何故ここにするのかというと…初めてここに来たとき何故か俺に懐いてきた猫がいるのだ。その次の日から俺が店内に入るとパチッと目を覚ましにゃーと鳴き擦り寄ってくる。

しかしながら今日は相当なお眠のようで…。俺が店内に入っても反応もせずぐっすりと寝ていた。俺はその睡眠を邪魔しないように本棚から本を一冊手に取り、こっそりと座りその取った本を読み始めた。読んでいる本はライトノベル。ここは様々なジャンルの本が置いてあるから俺的にはとても嬉しい。

すると右隣から俺の名を呼ぶ声がした。その声音は聞き慣れたソプラノで…

 

「比企谷くんまた来たの…?」

 

彼女の名は雪ノ下雪乃。容姿端麗、彼女の美貌に惹き込まれる奴らは少なくない。そんな彼女がエプロン姿で俺に絡みにきた。どうやらここの制服らしい。それにしても、何を着ても似合うなこいつ。

 

「んだよ、悪いか?」

「いえ、別に…クロくん起こさないようにね」

「分かってる分かってる。お前と違って俺はクロに懐かれてるからな」

「…聞き捨てならないわね。私があなたより人望がないですって…?」

「いや誰もそこまで言ってないだろ。というか相手猫だぞ猫。」

 

相変わらずの負けず嫌いさんである。しかも猫のことになるとより一層負けたくないようで…この前も雪ノ下がクロにこっちおいでと言っても雪ノ下の元へ向かわず餌を黙々と食べていた。どうやらクロは雪ノ下に懐いていないらしい。

 

「にゃむ」

「ん?起こしちまったか」

 

クロは大きな欠伸をしたあと、ぶるぶると身体を震わした。ほほう…これはアレか。雪ノ下の氷属性の力によってダメージを受けたんだな。

 

「…な、なんだよ。」

 

すると俺の方にもひんやりと冷たい視線が繰り出された。比企谷は「目を逸らす」を使った……効果はいまひとつのようだ。

 

「ちょ、そんな目で見ないでくれます?」

「はぁ…まぁいいわ。紅茶、でいいわよね?」

「ん、頼む…」

 

一分少々経ったあと、紅茶の香りが店内に漂ってくる。出来上がったのか、なんとも可愛らしい猫の絵が書かれたカップを持って俺の前にどうぞと置いた。俺は軽く会釈をしカップを手に取り一口口の中に流し込む。

 

「あっち…」

「あなたの為に熱々にしたもの。それは熱いに決まってるでしょ?」

 

当然でしょ?と言わんばかりに雪ノ下は首を傾げそう言った。いや、お前俺が猫舌なの知っててそれやってるだろ。可愛く首傾げても俺にその技は通じない、と思っていた時期が僕にもありました。もう可愛いから許す。可愛いから。

 

「で、今日は何しに来たの?」

「……特に何をしに来たわけでもねーけど、ただお前に会いに来た…というか、まぁそんな感じだ」

「そ、そう。ありがとう…と言えば良いのかしら…」

「…多分合ってる、と思うぞ」

 

雪ノ下は頬を紅く染め、下唇を甘く噛み視線を斜め下に逸らす。なんだ、さっきから。ナナメシタ可愛いぞ。いやでもそれは元からか。うんうん。と1人で解決していると逸らしていた目線が合ってしまう。そしてまた、目線を逸らし誤魔化すように俺は紅茶が入ったカップを手に持ち一口、二口と飲む。先程よりかは熱くなくなり、適温になった紅茶は体の芯から温まってくる。心を落ち着かせてふぅと鼻から息を吐くと紅茶の良い香りが漂う。この香りを嗅ぐとあの頃の香りも思い出す。そして、一旦俺はカップを置いて話を始める。

 

「なぁ、俺らって大人になったのか…?」

「何を急に……それは年齢の話?それとも……いえ、年齢の話では無いわよね」

 

そう問いかけた俺を見て雪ノ下はすぐ理解をしてくれたのだと思う。年齢的にはもう第三者などから見たら大人という部類に入るのだろう。しかし俺が言いたいのはそうじゃない。内面…というか考え方というか説明が難しいのだが、まぁそんなとこだ。それを受け取った上で雪ノ下は訂正を加えたのだろう。

 

「…どうなのかしらね。いざ、その質問をされると答えに困るわね…。」

「…………」

 

雪ノ下は視線を遠くに向け、優しい口元に薄笑いをうかべていた。そこには儚げな表情と今にも消え入りそうな声音があった。

大人になるって一体どうゆうことなのだろうか。お酒飲めるから大人。煙草吸えるから大人。経験豊富だから大人。人それぞれ大人について違う価値観、違うイメージ、違う捉え方があるのだろう。多分、きっと雪ノ下と俺が考える大人というものも何処かしらズレているのだろう。

すると雪ノ下は椅子に腰かけ体をこちらに向かせ、頬杖をつき優しく綺麗な微笑みをしながらこう呟いた。

 

「でも…私たちはまだ子供なのかもしれないわね」

「…どうゆうことだ?」

「こうやって大人ってなんだろうって考えてる時点で、まだ子供なのよ…きっと。いつかそれが分かる日がくるかもしれないし、こないかもしれない。それでも私は子供のままでもいいと思う。何も、変わらなくていい…そのままで。無理して変わらなくてもいいのよ。」

「ふっ、誰の言葉だろうなそれ」

「ふふっ…さぁ、誰でしょうね」

 

そうやって互いに笑い合う。そうやって思い出を、語り合う。そうやって、そうやってを…繰り返す。現実から目を背けるように。

すると、近くにいたクロがてくてくと俺の方に寄ってきて足を顔でスリスリとしてきた。

 

「…分かったよ。ほれ、今日のごはん」

「にゃおん」

 

俺はカバンの中からキャットフードを取り出し、手前に置いてあった皿を適当にとり盛り付けクロに渡す。

 

「いっぱい食べて大きくなれよ。お前も立派な大人になるんだ…分かったか?」

 

クロは口をもぐもぐとさせながら首を傾げる。何言うてんねん自分、と言われてるようだ。なんでもないと言いながらクロの頭を撫でる。するとそれが通じたのか、将又、そんな事より食事と思ったのか。あまり後者であってほしくないが…。

そんな俺は温くなった紅茶が入ったカップを手に取り、一気にゴクゴクと飲みほした。

 

「ふぅ…ごちそうさん」

 

深く息を吐き、肩を落とす。俺はポケットに入った財布を取りだしワンコイン、500円を空になったカップの中に入れる。カランカランと音が静かな店内に鳴り響く。それ以外の音なんてクロが食事をしている音だけだ。

 

「それじゃまた来るよ……」

 

聞いてくれる人がいないと知りつつも、誰か反応をくれるんじゃないかと思いそんなことを言ってみた。勿論、誰の反応はない。そりゃそうだ、このお店は一年ほど前に閉店してるのだから。

と、俺はまた深く息を吐き天井を仰ぐ。目頭が熱くなり、鼻も啜った。少しして落ち着くと正面を向き頬をパチンと強めに叩く。さながら20代OLのさぁ、今日も頑張んなくっちゃ!!みたいに。出口である引き戸を開けまたもチャリンチャリンと幾つもの鈴が重なった音がした。

店を出るとみぞれ混じりの冷たい雨が降っている。生憎、傘を持ち合わせていないのでフードを深く被りカバンだけできるだけ濡れないように抱えて歩き始める。それだけカバンの中身は濡れてほしくないのだ。

青のハナシンスとハナニラの数本の束を持って。

 

 

 

青色のハナシンス、花言葉…変わらぬ愛。

 

ハナニラ、花言葉…悲しい別れ、耐える愛、星に願いを。

 

 

━━了━━ 



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こめたさん 八幡×小町

高校の卒業式。よじれてねじれて、ぐちゃぐちゃになったなかから、なんとか探りだした本物にとても近似した何かは、俺達の心の中に深く根づいていた。

 

だから、俺達は明日に希望をもてた。この関係性ならば、また、もう一回あの心地よい空間にいつでも戻れると信じて。言葉なしには何もわからないし、言葉を尽くしても結局これっぽっちも心が通じたとは思えなかったけど、あの心地よい、甘えでない空間はいつでも帰ってこれるのだという確信をもって。

 

ーーー

 

「小町さん、そこの極大値が定義域内で常にこの関数よりも下だったらいいの。」

 

「あー。成る程ですね。ってことは、123/3よりも、これが常に小さければよくて…。」

 

そう言うと、小町は自分のノートに計算を始める。

 

「ヒッキー。なにいってるかわかる?」

 

「数学は早々に捨てた。漸化式って言葉くらいしか出てこない。てか、早くお前は自分のレポートを終わらせろ。」

 

「だって~。うーっ、わかった。やるよー。」

 

どういう状況か説明が必要だろう。

 

今年は小町が受験を控えており、雪ノ下にそれを手伝ってもらっている。

なぜ、由比ヶ浜がいるのかというと、こいつはこいつで、レポートの添削を雪ノ下に頼んでいたらしいが、あと、一割くらいが完成しておらず、ここでグダグダとやっている。

 

「ゆきのーん。どうすればいいかわかんないよー。」

 

「そこの、なにもすることがない、暇な人に聞いてみたら?国語"は"できるから。」

 

「わざわざ、そこを強調するな。」

 

「じゃあ、ヒッキー。これどうしたらいい?」

 

「じゃあって…。まあいいや。」

 

俺は由比ヶ浜からレポートを受け取って。サラ~っと読む。

 

どうも。子供のいじめと子供の生活環境との相関関係などのレポートであることが見てとれた。

 

「まあ、中身の大切なところはもう増やせないんだから、この辺の具体例を一個いれたらいい?もしくは、おそらく資料に関係性を示すなにかがあったはずだから、数字とそれに関する考察を書くとか。」

 

少し考えて、真面目にアトバイスをする。その、読んでるときにこっちをじっとみるな。気恥ずかしいわ。

 

「おー。ヒッキーさすが~。」

 

「手を抜くことに関しては、お手のものね。」

 

「お前ら少しは誉めろ。」

 

いつものことなのでなれてしまったかんはあるが…。

 

「お兄ちゃん。そろそろ、それは諦めた方がいいよ。小町が慰めてあげるから!あっ、今の小町的にポイント高い!」

 

小町が無駄なことを喋ると、雪ノ下に睨まれ、すぐに手元に戻った。

 

すると、何を思ったのか向かい合って座っていた由比ヶ浜が隣の席に移ってくる。

 

「こっちの方が見やすい。で、どこ増やせばいいのかな?」

 

いや、わざわざ横に来なくてもと言わせる気はないらしい。

 

「それは自分でやらないと俺のレポートになるだろ…。」

 

代わりにそう呟く。

 

「えー。……うん。わかった。やるから」

 

俺が死んだ目でじーっと由比ヶ浜の方を見ると由比ヶ浜はレポートにとりかかる。

 

「比企谷くん。暇ならお茶でも取ってきてくれるとありがたいわ。」

 

机の上におかれたパンさんのコップを見ると中はからだった。小町の勉強を見てもらってるのだから、それくらいのことはしよう。

 

「了解。なにがいい?紅茶でもいれようか?」

 

「それは挑戦状?」

 

「いや、ただ、お前は紅茶の方が好きだろうから…。」

 

先日、雪ノ下に紅茶をいれて眉をひそめられたという、事件があってから、密かにいれる練習をしていたのだが…。

しかたない、素直にお茶をとってくるか。

 

「お兄ちゃん、最近練習してたのはそのため?」

 

小町がそう呟く。

 

「練習?」

 

雪ノ下がこっちを見て、何のことか早く言えと首をかしげる。

 

「小町。要らないことを言うなよ…。」

 

「しょうがない。一言多い兄妹ですか。」

 

雪ノ下はようやく察したように、少し吐息をもらすと、

 

「それじゃあ、お願いしようかしら。お手並み拝見ね。」

 

「…了解だ。」

 

少しかっこはつかなかったが、まあ、元からかっこよくねーしな。

 

ーーーー

 

夕刻。

 

お茶についてはまあまあ、酷評されたが、雪ノ下が笑っていたのでまあ、成功だったのだろう。

 

まあ、精進しろとのご命令を承るはめにはなったが。

 

由比ヶ浜の課題も終わり、そろそろ帰るかな~って時刻になった。

 

「今日はわざわざ見ていただいてありがとうございました!兄じゃ頼りなくて…。」

 

「大変な兄妹をもったものね。」

 

「いや、お前何を同意してんだよ…。」

 

普通、そんな返しはしないだろ…。まあ、昔なら小町がもらってほしいってよくいってたことをふと思い出す。

 

「お二人はこのあとどうするんですか?」

 

「今日は由比ヶ…。結衣の家に泊まる予定よ。」

 

そういえば、最近雪ノ下は由比ヶ浜のことを名前呼びに改めるよう努力しているらしい。仲のいいことで…。

 

俺がそんな風に雪ノ下を眺めていると、

 

「ヒッキーも、ゆきのんからあだ名呼びされたいの?」

 

と、由比ヶ浜が検討外れなことをいってくる。

 

「確かに、奉仕部の三人で差があったら、お兄ちゃん可哀想。」

 

小町もふざけて泣き真似をする。

 

「いや、そういうんじゃないよ。てか、それこそ平等と公平を取り違えた…。」

 

俺がどうでも理屈をこねようとした矢先に、

 

「八幡。黙りなさい。」

 

と声が聞こえた。一瞬、全員の発言が止まった。天使が通ったとでもいおうか。

 

「こんな感じかしら?」 

 

雪ノ下本人はしてやったりと少しどや顔ぎみだ。

 

「…。雪ノ下。心臓に悪いからやめてくれないか?」

 

一瞬本気で心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。

 

「あら、私は名前呼びなのに、八幡は名前呼びしてくれないの?」

 

「…。いや、あの、雪ノ下さん。少し落ち着いて…。」

 

どうしようかと本気で悩んでいる。いや、正直なれない呼び方をされるのは気恥ずかしい。

 

八幡なんて、戸塚と材木座しか呼ばねーしな。あ、あと、父と母。まあ、最近呼ばれないけど…。

 

すると、由比ヶ浜が独り言のように

 

「ゆきのんがヒッキーを名前呼び。じゃあ、ヒッキーも私を名前呼びするべきじゃあない?」

 

と言い出した。いや待てどういう謎理論なんだよ…。お前の頭のなかで必要充分条件とかわかってる?対偶と裏とかちがうんだよ?まあ、俺もわかってはいないが…。

 

「いい流れじゃん、おに~ちゃん。面白いよ。」

 

小町はクスクスと笑っている。

 

「いや、ちょっと待てお前ら、一回落ち着いてはなそう。話せばわかる。」

 

「八幡。逃げは良くないわよ。特にこういうときはね。」

 

雪ノ下は俺から視線をそらさない。

 

…。なに?これ?

 

「…。わかったよ。ゆきのん。」

 

俺がそういうと、雪ノ下の耳が一気に赤くなる。

よし、勝った。

心のなかで大ガッツポーズをきめる。

 

「ふん。あなたがそのつもりなら私も出るとこでようかしら。」

 

「いや、ゆきのん。一回落ち着け。」

 

俺はたたみかけるようにそういう。すると、雪ノ下は目を一回閉じ深く息をつくと、いつもの落ち着いた表情で、あの、きれいに透き通るような黒目で冷静になったように

 

「わかったわ。これからは、八幡ゆきのんで行きましょうか。」

 

と言い切る。

はっ?まて、そんなつもりじゃあ、

 

「負けず嫌いに喧嘩を売った八幡のミスね。」

 

「…。」

 

全員が黙り込んでしまった。

 

「まあ、今日はそろそろいい時間だしお暇しましょうか。結衣。帰りましょう?」

 

「うっ。うん。」

 

由比ヶ浜は少し戸惑いつつも、荷物を持つ。雪ノ下も荷物を持つ。

 

俺と小町は二人を送るために玄関まで出た。

 

「小町さん。勉強頑張って。それじゃあごきげんよう。小町さん、八幡。」

 

「あっ。今日はありがとうございました。」

 

小町がペコリと頭を下げる。

 

雪ノ下はそれを聞ききると先に扉から出てしまった。

 

「うっ?よくわかんないことになったけど、じゃあね。ヒッキー。小町ちゃん。」

 

「おう。じゃあな。」

 

「結衣さんまた、遊びましょうね。」

 

「うん。またね。」

 

由比ヶ浜も雪ノ下を追いかけるように出ていった。二人が帰って、急に家が静かになる。

 

「ふーっ。なんか、最後にドット疲れた。」

 

俺はリビングに戻りながらそう呟く。ソファーに腰を掛けたところで、小町も俺のとなりに座りながら

 

「お兄ちゃんよかったじゃん。」 

 

と、言ってくる。

 

「はっ?、なにが?」

 

名前呼びのこと?えっ、あれって新手の拷問では?戸塚に呼ばれるなら大歓迎なのだが…。

 

「ふーん。そういうの小町的にポイント低いかも。」

 

小町は少し拗ねたように俺に寄りかかってきながらそういう。こうしてみるとやはりうちの妹は可愛い。

 

「いや、うっ?どうした?」

 

「はーっ。これだからごみ~ちゃんは…。」

 

ん?あー。なるほど。こいつ可愛いな~。俺は少しにやけて、

 

「小町、少し妬いてるのか」 

 

「そういうことを面と向かって言わない!そういうのは、友達にのろけるときのやつ!」

 

そういわれた小町は材木座ばりの早口でそう捲し立てる。

 

「もー。最悪だよー。」

 

ぷんぷんと、怒りマークが飛び出しそうな雰囲気である。

 

「おにーちゃんの、彼女は小町なんだよ?」

 

「いや、うん。間違ってはないけど…。」

 

間違ってはない。俺と小町の関係は少し変わっている。互いに彼女彼氏を作らないという協定を結んでいる。

いや、だったら彼氏じゃないだろうと思ったそこの君、これは実質彼氏彼女ではないか。

 

寝食をともにし、互いを恋愛的に束縛しあい、休日は二人やその友達を呼んであそぶ。ほとんど彼氏彼女だろう。

 

いや、実際付き合ってるのだが…。なにか変わったことをするわけでもないので、なんか、その辺はナアナアになっている。

 

「結衣さんと、雪乃さんにはいってるの?」

 

「いや、言うわけないだろ…。」

 

まあ、兄妹で彼氏彼女なんて世間におおっぴらにできる話ではない。

 

「そうだよねー。……。ねえ、めんどくさい彼女やっていい?」

 

小町は急にしんみりとしてそう言う。

 

「めんどくさい彼女はそれを押し付けてくるんだよ。」

 

俺は肯定も否定もしない。 

 

「お兄ちゃんは小町のこと好き?」

 

「嫌いじゃないな。どちらかと言えば好きかもしれない。」

 

妹としてなら大好きだと、俺の数少ない友人の全員から太鼓判が押されるのだがな。

 

「小町はお兄ちゃんのこと大好きだよ。まあ、兄としてだけどね。」

 

そういって、ニコッと笑うと俺の膝に頭をおいてソファーに寝転がる。

 

素直でない兄妹である。まあ、似た者同士、兄妹なのだから仕方はあるまい。

 

俺は自然と小町の頭を撫でていた。こんな日常も、過ぎ去っていく時の流れにすぐに風化する。変わらないものなんてない。俺たちの関係もなんて、感傷に浸るのがかっこいいと思ってた時期があった。いや今でもかっこいいとは思ってる。

 

まあ、続かないから要らないということはないと言うことを俺は知っている。

 

「おにーちゃんはさ、大学出たらどうすんの?」

 

「専業主夫。」

 

俺が食いぎみに即答すると

 

「はー。そこは成長しないねー。」

 

と、クスッと笑う。

 

「小町さ、大学県外にいこうと思ってるんだ。」

 

それは初耳である。

 

「そうか…。」

 

と、俺は生返事しかできない。いや、言わないといけないことがあるのはわかってるんだ。しかし、それをやるのは、俺の流儀に反する。いや、流儀なんてかっこいいものじゃないな。

 

「止めないんだね。もちろんわかってたけど。お兄ちゃんは優しいから。」

 

「優しいは過大評価もいいところだな。」

 

「うん。そうだね。まあ、お兄ちゃんは表情を消すのが苦手だからすぐわかるけどね。」

 

そんなに表情が顔に出てただろうか?

 

「小町もお兄ちゃんと一緒じゃないのは嫌だよ。たださ、こんな関係は終わらせないといけないのも事実なんだよ。雪乃さんと結衣さんにも悪いしさ。」

 

「あいつらは関係ないよ。」

 

「関係しかないよ。お兄ちゃんがyesを言わないから、発展してないだけで…。」

 

「まあ、もしかしたらそうなのかもな。」

 

俺はけして鈍感主人公をやりたいわけではない。しかし、鈍感主人公だったら、どれだけ楽だろうと思ったことはある。たださ、俺は小町が好きなんだよ。愛してると言ってもいい。

 

そこに理性が介在する余地はない。倫理的に論理的に常識的に考えて、この関係にはメリットはないし、お互いにたいして邪魔にしかならないはずだ。

 

ただ、俺はもう理性の化け物ではない。感情に向き合うだけの経験をしてきた。

 

「引き留めてくれるってわかってて、こういうのって。やっぱりめんどくさい女だね。」

 

小町は全力でニコッと笑う。それは、この言葉は否定してくれるなという、ように感じた。

 

俺は小町を座らせる、正面から抱き締める。

 

「お兄ちゃん。いたい。」

 

小町は俺のなかで体をよじらせるが本気で抵抗はしてこない。俺はもう少し強く抱き締めた。絶対はなさないなんて言えないけど、そう言いたくて。

 

「もー。お兄ちゃんもめんどくさい彼氏だよ。」 

 

小町はそういいながら少し笑うと俺の頭を撫でてくる。優しい手つきだった。俺たちはしばらくそうしていた。小町の心臓の鼓動が聞こえる。

 

「お兄ちゃん。離して、小町、勉強しなくちゃ。」

 

俺はそういわれて小町を解放する。小町はソファーに座ると、すこし、頬を赤らめながら

 

「小町の求めるものはなんでしょう?」

 

という。何回かやったことのある流れ。

 

俺は少しためらいながらも、小町のおでこにキスをする。唇と肌がふれるかふれないかくらいの、軽いキス。しかし、キスをした瞬間なにかが弾けるように感じた。しかし、それは心にしまっておく。

 

「お兄ちゃんにしては合格点かな。」

 

そういうと、小町も俺のおでこにキスをする。

 

「小町にしてはなかなかだな。」

 

俺たちはそういうと笑い合う。

 

「小町は勉強に戻るよ。雪乃さんいないから部屋でやる。」

 

「おう、頑張れよ。」

 

「うん。ありがとう。」

 

そういうと小町は部屋に戻っていく。

 

俺はソファーに寝転がりながら腕で目を隠す。少し頬が冷たかった。

 

ーーー

私は勉強道具を持つと、階段をかけあがり部屋に飛び込む。

 

自分からいっといて何が悲しいのだろうか。心のなかの黒いものがうごめいている。

 

私はそれを吐き出すように泣いた。静かな涙だった。しかし、その涙は今までにないほど冷たかった。まるで、雪の衣のように。



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冬野ロクジさん 八幡×沙希 さきさきサキサキ沙希沙希

「──沙希ちゃん、まだ名前で呼んだことないの? もう付き合って半年でしょ?」

「う、うん、まぁ、そだけど。でも今日は作戦があるから」

 

 何やら頭上で声が聞こえる。

 寝起きの頭で内容までは聞き取れないが、何となく誰が話しているのかは理解できた。

 

 

「……んぁ、川崎か」

 

 ゆっくりと頭を持ち上げる。

 目に入ってきたのは一ヶ月前から入り浸っている研究室と、予想通りの顔。

 

 川崎だ。

 俺が所属している研究室の同期と仲睦まじげに話している。

 

 艶のある長い黒髪に鋭い目つき。

 妙に赤く染まった頬は照れだろうか。

 

 こんな容姿ではあるが、彼女が世話焼きであることはこのゼミで世話になってる連中ならほとんど知っているだろう。

 

 何故かと言われれば、まぁ、その、そう言うことである。

 

 偶然同じ大学に入った俺と川崎は、色々あって付き合うことになっていた。 

 

 具体的に説明しろ?

 色々は色々だ。

 

 大学の知人どころか、かつての奉仕部メンバーを引っ張り出しての大騒ぎは正直思い出したくない黒歴史である。

 もう一生からかわれるんじゃないだろうか。

 

 そんなこんなで彼氏彼女となったわけだが、俺たちの間には一つの日課が生まれていた。

 今日もその誘いに来たのだろう。

 

 川崎は俺が起きたのに気づくと、心配そうに眉をひそめた。

 

「比企谷、昨日寝れてないの?」

「教授がいきなり課題押しつけてきやがったんだよ。俺ならできるだろって」

「信用されてるんだね」

「信用……信用か、あれ?」

 

 体よく面倒ごとを押し付けられているだけのような気もするが。

 

 というかさっきから同期の視線が痛い。

 こっちを見るなと睨めば、ヘラヘラした様子で彼女は自分のパソコンに向き直る。。

 

「あんまり無理しない方がいいよ。あと一年やらないといけないんだし」

「む……」

 

 川崎と付き合いだしてからは川崎の弟とも妙に結託しているようだし、どんどん外堀が埋められているような気がしないでもない。

 

「ほら、立って。もたもたしてたら次の講義始まるし」

「おう」

「二人とも行ってらっしゃーい」

 

 ニコニコ笑顔の同期に見送られ、俺と川崎は廊下に出る。

 

「いや、すまん。迎えにいけなくて」

「ホント、あたしだって恥ずかしいんだから」

 

 ツンと顔を背けた拍子にポニーテールが揺れる。

 その頬は恥ずかしいのか朱に染まっている。

 

 あぁ、今日も可愛いな。

 ひねくれ者の俺でも素直にそう思うのだ、世の男どもが見たら見惚れるに違いない。

 いや、だからと言って見惚れてほしくはないわけだが。

 

 そんなことを思いつつ、俺たちはいつもの場所へと足を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 秋の空は天高く。

 雲一つない秋晴れの下、やってきたのは大学の裏庭にあるベンチだった。

 

「ほら、これ」

「サンキュ」

 

 慣れた手つきで弁当を渡される。

 巻かれたバンダナを解いて箱を開ける。

 

 と、そこで違和感を覚えた。

 

「ん?」

「ど、どうしたの?」

「……川崎、あんまり無理しなくてもいいぞ。そりゃ作ってくれるのは嬉しいが」

 

 いつもはバランスが良いというか、雑誌の中身のはずなんだが、今回のは違う。

 全体的に茶色くて統一感が無いというか、川崎らしくないと言うか……。

 

「別に疲れてるわけじゃない」

 

 いや、作ってもらっておいて文句を言うのはお門違いか。

 

「いただきます」

「うん、どうぞ」

 

 手を合わせ、箸を持つ。

 まず最初に手をつけるのは里芋の煮っ転がし。

 

 川崎が自分の得意料理だと豪語するだけあって、その味は格別だ。

 

「ん、うまい」

「でしょ、今回のは特に上手にできたんだよね」

 

 自然と漏れる感想に彼女の口も弧を描く。

 次はと口の中に放り投げる。

 

「からあげ? いや、ザンギか」

「よ、よく知ってるね」

「……どうした、大丈夫か?」

「全然?」

 

 どうにもさっきから様子がおかしい。

 箸の進みも遅いし、何かソワソワして落ち着きがないように見えるのは勘違いじゃないだろう。

 

 と、そこで見慣れない物体を発見する。

 弁当の隅にこっそりと入っていたのは……。

 

「サキイカ?」

「っ」

 

 びくんと隣に座る身体が跳ねる。

 そちらに目を向けると、川崎の顔がトマトみたいに真っ赤になっていた。

 不審に思って、もう一度食べ物の名前を口にする。

 

「……『サキ』イカ」

「な、何?」

「……」

「……」

 

 色々と理解した。

 これは名前を呼んでほしいとかそう言うやつではなかろうか。

 

 川崎の照れが落ち着いたところで、事情を聞くことに。

 

「あ、あのさ、私たちずっと苗字で呼び合ってたじゃん」

「そうだな」

 

 高校の時からずっとだ。

 そう呼び続けていた理由は特にない。

 強いて言えば納まりが良かったというのが正しいだろうか。

 

「でもさ、そのうち呼び方も変わるわけ、じゃん?」

「……そうだな」

 

 いずれ未来にはそうなるのだろう。

 考えなかったと言えば嘘になるが、大学生としての今に忙殺されていた。

 

 いや、言い訳か。

 彼女を悩ませていたのは事実なんだから。

 

「だから、そろそろ名前で呼んで欲しいなとか思ったんだけど、ちょっと遠回りすぎたね。わたしらしくない」

「あー、そのだな。気づいてやれなくてすまん、沙希」

「……っ」

 

 名前は驚くほど自分でもあっさりと出てきた。

 瞬間、沙希の顔の赤さが最高潮に達する。

 

 その姿を見て、自分の中で少しばかり嗜虐心が首をもたげる。

 

「沙希、サキサキ、さーちゃん。

「ちょ、比企谷やめ──」

「比企谷?」

「ぁ……」

 

 あわあわと目を動かす沙希だったが、やがて観念したように息を吸い込む。

 潤んだ瞳が交差した。

 

「はち、まん……」

「……………………おう」

 

 っべー、マジっべー。

 俺の彼女マジっぺー。

 あまりの可愛さに戸部が憑依していた。

 

「無理っ!」

 

 耐えきれなくなったのか、弁当をハンドバッグの中にしまって飛び出していく。

 後ろで結んだ髪がぱたぱたと揺れる。

 

「沙希」

 

 その背中に呼びかける。

 ぴたりと彼女の足が止まった。

 

「なに」

 

 真っ赤な耳を青みがかった黒髪の間から覗いている。

 そんな川崎沙希という少女がとても愛おしい。

 

 ただ、何度言ってもこの言葉を言うのは慣れないな。

 

 でも、必ず伝えないといけない言葉だと言うのは分かっているから、俺は言葉を口にする。

 

「あー、そのだな。弁当、美味かった。ありがとう」

「……」

 

 沈黙。

 かと思えば、くるりと半回転。

 

「こっちこそ食べてくれてありがと、は、八幡」

 

 つぼみが割れほころぶような笑みを浮かべ、そう告げるのだった。

 

 

 

 

 ただ、大学のど真ん中でそんなことをやっていれば注目されないわけがなく。

 その後一ヶ月ぐらいからかわれ続けるのはまた別の話である。



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宇彩さん 八幡×平塚先生 夕暮れの出会い

「あぁもう……就活なんぞ一生やりたくねぇ」

 

 陽の傾いてきた夕暮れの道を、鉛のように重く疲れた足を若干引きずりながら歩いていく。メイクも疲れでよれてしまっていて、女としてどうよとも思うがしょうがない。

 大学4年生として卒論や就活など目まぐるしく動き回る毎日のせいで疲れきった脳みそに糖分を与えるべく、バッグのポケットから飴をひとつ取りだし口の中にぽんっと投げ入れる。

 一度二度舌でころころと転がしていると口中にふわっと甘いぶどうの味が広がっていき、甘さに飢えていた脳にも甘さが染み渡っていく。

 

「……はぁ、うまいな」

 

 と独り言のようにぽつりと呟き、大きく深呼吸した。

 

 自宅へ向かって歩いていくと道の左側に少し広い公園がある。そこでは小学生くらいの男の子たちがサッカーをして遊んでいたり、女の子たちが花畑で遊んでいたりと賑わっているのだが、もう夕方だからだろうか、夕日に照らされたオレンジ色の公園はいつもよりも静かだった。

 いつもと同じように公園の横を通り過ぎようとした時、花畑の中に座り込んでいる一人の女の子に目が止まった。

 幼稚園生くらいに見えるその少女は一人せっせと花冠を作っているようで、いつもなら少し眺めた後にその場を去ってしまうが、夕暮れの公園で遊ぶ少女が少し気になり、公園に下る階段をおりて少女に近付いた。

 

「一人で遊んでるのか?」

 

 と花畑にしゃがみこみながら声をかけると、少女は花冠から頭を上げて子供らしい丸い目でこちらをじっと見つめたあと「んーん、お兄ちゃんとー」と可愛らしい声で答えてまた花冠をいじり始めた。

 小さな手をちょこちょこと動かしながら花をつんでいる少女を暖かな気持ちになりながら眺めていると、誰かが背後から近付いてくる気配がする。後ろを振り向くと、小学生くらいに見える少年がこちらを鋭い眼差しで睨んでいた。

 

「おい、何やってんだ」

 

 少年はこちらを睨んだまま、腹の底から出したような声で……実際は声変わりをしていないからかいくらか可愛らしい声だったが……そう私を威嚇した。そして私が呆気にとられている間に花畑にいる少女の前に座り込み、先程私に発したものとは打って変わって優しい声で話しかけ始めた。

 

「大丈夫か? この女に何もされなかったか? ごめんな一人にして」 

「小町は大丈夫! この人わるいひとじゃない!」

「そうか……ならよかった……」

 

 そう聞いてほっと安堵した様子の少年を横目に、私はもう一度少女の方に向き直った。

 

「この人がさっき言ってたお兄ちゃんか?」

「うん! 変でしょ!」

「ねえ? お兄ちゃん悲しいよ?」

 

 弾けんばかりの笑顔で変だと言い放つ妹に対して驚きと悲しみの入り混じった顔を向ける少年の反応に少し笑ってしまう。が、少年はすぐに恥ずかしそうにキッと睨んできた。

 

 そんな少年の顔が面白くてまた思わず笑っていると、そんなやり取りを見ていた少女……小町ちゃん、と言っていただろうか……が頬を膨らましながら少年にずいっと近付く。

 

「おにーちゃん」

「どうした小町」

「まずおねーさんにごめんなさいして!」

「は? 何で」

 

 全く理由がわからないと言った感じの兄に対し小町ちゃんは「ったくこんなんだから友達出来ないし女子に人気ないんだよ……」っと呟きながら大きくため息をついた。ってか小町ちゃん今凄く大人びた発言してなかったか? 気のせいか。

 

「おねーさんのこと睨んだでしょ! ごめんなさいして!」

「いやだって小町が……」

「ごめんなさいして!」

「あっはい」

 

 妹に怒られて若干寂しそうな表情をしている少年は私の方を向き直ると消えそうな声ではあるが「すんません……」と言いながらぺこりと頭を下げた。こちらとしても急に話しかけたのは私なので「いや、私も悪かった」と言いながら手をヒラヒラとして応える。

 

 私には兄弟がいないからか、目の前で繰り広げられている2人の掛け合いを見ているのはとても面白く、また同時に不思議と暖かい気持ちになっていく。

 

 そんな2人と花畑に座ったまましばらく喋っていると、小町ちゃんは私に色々なことを教えてくれた。パパとママはお仕事で忙しいこと、お兄ちゃんはたまに変なことをしてる時もあるけどとても優しいこと、今日も親の帰りが遅くて暇していた自分を家から少し離れたこの公園に連れてきてくれたこと。

 

「それでね! この間もお兄ちゃんね……」

「そうかそうか。よかったな」

「うん!」

「…………」

 

 私にお兄ちゃん自慢をしている小町ちゃんはとても可愛い笑顔で、たまに兄を哀れんだ様子で話していた。ちなみに恥ずかしさからか少年は耳を真っ赤にしながらずっと黙ってそっぽを向いていた。

 

 しかしそんな楽しい時間もずっとは続かないようで、しばらく色々な話を聞いていると遠くで鐘の音が聞こえた。この地域では16:30になると鐘が鳴り、小学生はみんなこの鐘を聞くと各々家に帰っていく。そしてこの2人も例外ではないようだった。

 

「ほら、もう遅くなるし帰るぞ」

 

 そう言いながら少年はすっと立ち上がる。だがさすが幼稚園生と言ったところか、小町ちゃんは「やだやだ!」と首を大きく振って帰りたくないことを全身で表現している。帰る、やだ、帰る、やだ、と可愛らしい攻防が何回か続いた時、私ははっと一つの案を思いついた。

 

「小町ちゃん、ほら」

 

 小町ちゃんの目の高さに屈みながら自分のバッグに手を突っ込み、片手いっぱいに飴を掴んで見せた。半透明の袋に個包装された色とりどりの飴は綺麗に輝いていて、なんだか宝石のようだ。小町ちゃんは私の手一杯の飴を見るとぱあっと笑顔になりながらぴょんぴょんと跳ねた。

 

「キャンディー! きれー!」

「お兄ちゃんの言うこといい子にちゃんと聞いてお家帰れるなら好きなだけあげよう。どうする?」

 

 そう言うと小町ちゃんは少し悩んだような様子で少年を見上げる。少年は最初首を傾けていたが、妹が何を悩んでいるのかわかったのか「あー」と言い頷いた。

 

「大丈夫だろ、この人悪い人じゃなさそうだし」

「ほんと!? 貰っていい!?」

「俺としては小町が危ない目に遭うのが嫌なので一刻も早く家に帰りたいまである」

 

 少年の許可を得た小町ちゃんは私の手に乗っている飴を小さな手いっぱいに掴んだ。掴みきれずに手の間から一つ二つとこぼれ落ちてしまうが、それでも小町ちゃんはとても嬉しそうな顔をして「ありがとう! おねーさん!!」と言ってくれた。

 

「……可愛いな」

「当たり前だろ、小町は可愛い」

 

 小町ちゃんの笑顔を見て私は思わずそう呟いた。そうすると小町ちゃん大好きな少年はしっかりと声を聞き取ってさも当たり前と言った感じで答える。

 

 小町ちゃんは作っていた花冠を腕に通し、手一杯の飴をひとつを残して着ていた上着のポケット入れると立ち上がった。そして残していたひとつの袋を開けて小さな口にぽんっと放り込み、しばらくころころと転がすと少年の顔を見上げながら「オレンジ味ー!!」と自慢するように言った。

 そして小町ちゃんは少年の手と、何故か私の手もキュッと握ってきた。

 

「おねーさんも一緒に帰る!」

「だめ。お姉さん忙しいかもしれないだろ?」

「いいよ、少し遅くなってしまったし子供二人で帰らせるのは心配だしな。家の近くまで送るよ」

 

 そう応えると小町ちゃんは「いいって!」と嬉しそうに少年の顔を見る。少年は少し申し訳なさそうな顔をしながら「ありがとうございます……」と私に向かってぺこりと頭を下げた。なんだ、この少年にも可愛いところあるじゃないか、と思ったのは内緒。

 

 

 そして小町ちゃんを真ん中に私と少年と3人で歩いていく。しかししばらくすると「お兄ちゃん……眠い〜……」と言いながらフラフラとしてきたので、少年に許可を得て……若干渋っていたが……小町ちゃんを抱っこしてあげると少しむにゃむにゃと呟きすぐに寝てしまった。

 しばらく2人無言で歩いていると唐突に少年が口を開いた。

 

「子供の扱い慣れてるんすね」

「ああ、私は先生になるための勉強をしていてな、小町ちゃんくらいの年齢の子の扱いも勉強したんだ」

「なるほど……だからだったんですね。じゃあいつか会えるかも知れないですね」

 

 そういう少年に私は大きくため息をつきながら答えた。

 

「まあ、先生になれたらな。簡単になれる訳では無いからな……」

「絶対なれますよ。って言っても今日見てただけなんでなんとも言えませんが」

 

 少年はなんの迷いもなくそう言い放った。ここの所失敗続きで心が折れていた私にとってその言葉はすごく響いてしまい、少しうるっとしてしまった。

 

 そのまま歩いていくとある家の前で「あー、ここっすね」と少年が立ち止まる。私は抱っこしていた小町ちゃんを少し揺らしながら「家に着いたみたいだぞ」と話しかけるとむにゃむにゃと言いながら薄く目を開けた。

 

「ほら小町、家ついたから。少し歩けるか」

「ふぁ〜わかったぁ……」

 

 小町ちゃんを下ろすとすかさず少年がしっかりと手を繋ぐ。少年は玄関先の門を開けた後、何かを思い出したようにこちらを振り返った。

 

「お姉さん、名前は?」

「私か? 私は平塚だ」

「俺は八幡。なんだかいつかまた会える気がします」

「……そうだな、またいつか会えるといいな」

「ですね。では小町ももうおねむなのでここで」

「ああ」

 

 そう言って少年……八幡はぺこりと頭を下げ、小町ちゃんは「おねーさんばいば〜い〜」と眠そうに手を振ってくれた。

 2人が家に入るのを見送った後、玄関の表札をちらりと見てからふふっと小さく笑い呟く。

 

「比企谷八幡……か。そうだな、またどこかで会える気がする」

 

 そして私はくるっと方向転換をし、すっかり暗くなった道を家に向かい歩いていった。

 

 ー・ー・ー

 

「平塚先生、これ来年度の担任生徒の名簿です」

「おーありがとう」

 

 あれから1×年経った3月、私は来年度担当する生徒の顔写真付き名簿を受け取り目を落とす。THE☆陽キャな生徒や個性の塊のような生徒など、たくさんの生徒の写真が並んでいる。

 

「来年も楽しくなりそうだな……ん?」

 

 4月からの自分の担当するクラスに少しワクワクしながらページをめくると見覚えのある名前が目に飛び込んだ。

 

 

 比企谷 八幡

 

 

 写真の中の少年はあの日よりなんだか目が死んでいたが、紛れもなくあの、心が折れていた私に教師になる自信をくれた少年だった。

 

『 ……俺は八幡。なんだかいつかまた会える気がします』

 

 そんな少年の言葉を思い出し、私はシシッと笑いながら呟く。

 

 

「また会えたな、少年」



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あおだるまさん 八幡×姫菜 海老名さん√は猫耳巫女服である。

 目の前に、猫耳巫女服の海老名姫菜が座っていた。

 

 俺、比企谷八幡は噴き出したい気持ちをすんでのところで止める。まず状況を整理しろ。

 

 時は修学旅行の翌週の10月31日、昼下がり。場所はお馴染み総武線各停三鷹行き。

 本日土曜日、秋葉原ゲー○ーズ限定発売缶パッジがついてくるラノベの購入のため、千葉くんだりから足を運ばせている。ちなみに家で待っていれば二日後にはAmazOnが家まで運んできてくれるのは確定的に明らか。それでも俺は往復千円の運賃と一時間近くの時間をかけてまで、付けもしない缶バッジを求めるのである。オタク君さぁ……。

 

 出不精の俺でも今日が全国的リア充暴走コスプレデーであることは、当然知っていた。誰かに会うかもしれないとは思っていた。

 現に総武線は超がつくほどの満員具合であり、吸血鬼やらフランケンシュタインやら悪魔やらゾンビやらの人外の姿が垣間見える。ちなみに最後の腐ってるのは俺ではない。

 

 しかし、しかしよりにもよっての海老名姫菜である。

 

 俺と海老名姫菜の関係を一言でいえば、知り合い。それで完結する。お互い無関心のクラスメイト。

 

 だが俺は先週の修学旅行で些か以上に動き、何人かの人間に――特にこの海老名姫菜に、影響を与えてしまった。

 

 つまり俺は現在、この女子との接し方、距離の取り方がわからない。特に超満員電車で至近距離、お互いに動けない場合には。しかも猫耳巫女。ふぇぇ……八幡脳みそがオーバーフローしちゃうよぅ……。

 

 列車は次の駅の錦糸町をアナウンスした。ここから浅草橋を挟んで、目的の駅はすぐそこだ。気分を落ち着けるためにも、マッ缶の口直しにホームで買った水で唇を湿らす。

 目の前、正確には斜め前に座る海老名さんは、車内の広告を眺めている。

 当然彼女も俺に気づいていると思う。何せ千葉から錦糸町まで、40分以上はかかるのだ。

 それでも海老名さんの視線は極々自然に、一度とて俺と合うことは無い。この見事過ぎるスルースキルはカースト上位だから、というわけではないだろう。

 

 自らを嫌う海老名姫菜だからこそ、彼女は自分を完全にコントロールできるのではないか。

 

「おっと」

 

 考え事をした一瞬、電車が大きく揺れた。水を飲むためにつり革から手を離していた俺の体は、容易にバランスを崩す。更に海老名さんの前に立つ男性が床に置いていた、大きめのリュックを濡らしてしまう。

 

「あ、すみません!」

 

 思わず俺は大きく謝罪の声を漏らし、一瞬車内の注目が集まる。リュックに水をかけられた大学生風の若い男は気にする風でもなく、気さくに手を振る。

 

「いえいえ、大丈夫ですよこのくらい。大した量ではないですし、見たところただの水ですよね?」

「はい、そうですが……鞄の中身とか、大丈夫ですかね?いくら水でもスマホとかパソコンとか入ってたら危ないんじゃ」

「本当に問題ないので、お気遣いなく。入っていたのも資料とか昼食とかなので」

「そ、そうですか?でも紙でもusbでも、資料とか入っていたら危ないかもしれませんが……。言って頂いて物が確認できれば、できる範囲で弁償しますので……」

 

 青年は俺の返答に目を丸くし、口に手を当て快活に笑う。

 

「……ぷ、はは!丁寧な人ですね。資料はクリアファイルに入ってますし、貴重品はポケットに入れているので被害はゼロですよ。寧ろ気持ちよく謝っていただいて恐縮するくらいです」

 

 なんと、こっちが気持ちよくなる程の好青年ではないか。気持ちよくなると言っても、目の前の腐海の主がぐ腐腐するような意味ではない。おいそこの猫耳巫女、意味深に笑うな。何かを猛烈にスマホにメモするな。

 

 当の青年は窓の外に見える錦糸町のホームを確認し、また爽やかに俺に笑いかける。

 

「それに僕ここで降りるので、本当にお気遣いなく」

「そう言ってもらえると助かります。ご迷惑おかけしてほんと、すいませんでした」

「いえいえ。では」

 

 青年は錦糸町のホームに降り立ち、その姿は人混みに消えた。場所が空いたことで詰めざるを得なくなり、俺は海老名さんの正面に立つ。

 

 そんなやり取りを見ていただろう海老名さんは満足気に何度か頷き、やり遂げたというように大きくため息を吐く。猫耳を軽く直し、座り直す。

 

 そして海老名姫菜は、なぜか真っ直ぐに俺を見た。

 

 正面から合う瞳は深く、昏く、何の感情も色もない。その目は少し前にどこかで見た気がした。

 

 次の駅は浅草橋で、その次は秋葉原。目的の駅はすぐそこだ。

 

 40分以上一瞬も合わなかった彼女の瞳は、なぜか今痛いほど俺に向けられていた。外そうとしても、視線をそこに感じる。少しでも様子を窺えば、彼女は必ず俺を見ている。

 

 たった一駅間が、永遠のようにも感じた。

 

「浅草橋。浅草橋。ご乗車、ありがとうございます」

 

 アナウンスが流れると同時に、俺の脚は自然とホームに向かっていた。

 

 

 

 

 

「ほえー、ヒキタニ君こんなところに用あるんだねぇ」

 

 俺の横には、猫耳巫女服の海老名姫菜がいた。

 

 思わず頭を抱える。興味深そうに俺を見る猫耳巫女服の眼鏡美少女と、全身ユニ○ロの男子高校生。何の冗談ですか。

 

「……どちらさまでしょうか。私の知り合いに猫耳巫女喫茶で働く人間はいないんですが」

「またまたー。ばっちり見てたよ、さっきの電車での一幕。あのヘタレ受けっぽさは間違いなく、私の知るヒキタニ君だよ!自分に自信もって!」

「持てねえよ。勝手に掛け算の後ろにされて確立する自信を持ち合わせてねえよ」

 

 やっぱりそっちの材料になっていた。思わず体を引くと、彼女は小さく首を傾げる。

 

「え、ヒキタニ君掛け算の前が良かったの?それは流石に解釈違いだなぁ。私原作との解釈違いを許せるほど心広くないし……」

「待った、もう掛け算の後ろでいいから。今の『原作』とか言う響きが最高に背筋寒くなったからそれはやめてくださいお願いします」

「ぐ腐腐、よろしいよろしい。でも受けの自覚があり過ぎるのもちょっとキャラ違うから気を付けるよーに」

「オタクめんどくせえ……」

 

 噛み合わない会話に辟易としていると、彼女はくるりと回り巫女服を翻し、巫女服の端を持ち上げてカーテシーを披露する。

 

「してヒキタニ君、浅草橋まで今日のご用は何かな?」

「……それは猫耳巫女服で浅草橋にいるjkにこそ問いたいんだが」

「私?私の場合はぴったりじゃない?巫女服×浅草なんて、親和性の塊だし」

「浅草橋は浅草ではないんだよなぁ」

 

 浅草駅は浅草橋から浅草線に乗り換えてすぐ。総武線ではない。海老名さんはすぐにあっけらかんと事情を口にする。

 

「ま、ホント言うと知り合いに、ハロウィンだからって仮装誘われてね。秋葉で落ち合う予定なんだけど早く来すぎちゃって。巫女服に合う町でぶらり途中下車してみた次第なのだ」

「巫女服はともかく、猫耳は絶望的に浅草とアンチシナジーなのでは」

「なぬ!?和洋折衷は日本の基本だよヒキタニ君。日本人ならこのくらい笑って許そう」

「ウサ耳を『洋』と定義する所に、極めて欧米への冒涜を感じる……」

「あはは、そっかもねぇ」

 

 俺の文句を軽く笑って受け流し、真っすぐ俺を見る。

 

「で、比企谷君もここでぶらり途中下車って感じ?」

 

 その色のない瞳に、先ほどの電車での彼女を思い出す。その目に耐えられなかったから降りた、とはとても言えない。浅草橋と秋葉原を間違えたと言い張るのも無理がある。

 

 結局、俺は顔を背けて吐き捨てるしかない。

 

「……ま、そんな感じだな」

 

 うんうん。俺の答えになぜか満足そうに彼女は頷く。

 

「じゃ、せっかくだしちょっと歩こっか」

「え、普通に嫌だけど」

「ん?何か言った?ヒキタニ君」

 

 彼女の笑顔は崩れない。

 

「普通に嫌です」

「ん?何か言った?ヒキタニ君」

 

 彼女の笑顔は崩れない。

 

「だから、嫌です」

「ん?何か言った?ヒキタニ君」

 

 彼女の笑顔よ崩れてくれ。

 

 某有名RPGでも、もう少し受け答えにパターンあるんですが。一ミリも変わらない笑顔が逆に怖い。ため息を吐きつつ腕時計を見ると、まだ午後一時。

 

 まあ、昼飯の腹ごなしにはいいかもしれない。

 

「……散歩くらいなら」

「よろしい。れっつらごー!」

 

 妙にテンションの高い猫耳巫女と、その後ろを歩く腐った目の男。

 

 ……やっぱりそういう店に連れてかれる途中にしか見えねえよな、これ。

 

 

 

 

 

「……おお」

 

 実物の雷門を眺め、小さな感嘆が漏れる。

 

 浅草橋から歩くこと25分。土曜日で快晴ということもあり、ここに来るまでも中々の混雑具合だった。(ちなみに海老名さんの横を歩くと、全ての事象を掛け算で語られる。25分という時間は彼女と歩くには長すぎる)

 

「おお―これが雷門かー」

 

 件の海老名さんもどうやら雷門に来るのは初めてらしく、鼻を鳴らしながら風神雷神を眺めている。配置は門に向かって右が風神、左が雷神だ。雷神×風神とかは流石に想像していないと信じたい。

 

 益体もないことを考えながら海老名さんの様子を眺めていると、なぜか彼女はこちらにぐるんと振り向く。

 

「流石に雷×風はないよ。風×雷でしょ、どう考えても」

 

そう、この人は永遠にこの調子である。頭がおかしくなりそうである。

 

「というか、その格好であまりおかしなこと言わないでもらえますかね。……思った以上に目立つ」

 

 ハロウィンと言えど雷門で仮装している人間はそういない。この辺りは外国人の姿も多く、海老名さんの猫耳巫女服は特に周囲の注目の的となっていた。

 

「いやいや、そんなことは無いでしょ。浅草だから着物の人とかいっぱい歩いてるし、神社なら巫女服の方が正装までない?」

「いや、ここ寺なんすけど」

 

 つーか着物をコスプレ扱いかよ……。俺の小さなツッコミを、彼女は胸をドンと叩いて飲み込む。

 

「でーじょぶでーじょぶ!どうせ外国の人とか寺と神社の違いとか分かんないから。私たちだってモスクとシク教寺院の違いとか分かんないでしょ?」

「例えは悪くはないが、どっちにしろ猫耳はアンチシナジーなんだよなぁ……」

 

 猫耳をメインカルチャーと並べて語るのは、流石に無理がある。

 

 

 

 

 

 雷門から浅草寺まで続く仲見世通り。数々の店が立ち並んでいるが、海老名さんにとっては風×雷コンビの方がアガったのだろう。あまりの人混みも相まって妄想の暴走は抑えられている。

 

 何とは無しに通りを歩いていると、一つの店が目に留まった。

 

「ん?どしたのヒキタニ君」

 

 知らずの内に目だけではなく足も止まっていたらしい。海老名さんはヒョイと俺の左側の店を覗く。

 

「いや、別に――」「あ、そゆこと」

 

 俺は構わず先に進もうとするが、海老名さんはその店を見て瞬時に何かを理解する。彼女はその店に躊躇いなく入り、バケツに入っていた白い鞘に収まった模擬刀を抜く。

 

「ヒキタニ君こういうの好きなんだねぇ」

 

 彼女が入った店は、武器屋だった。刀だけではなく数々の和風の武器が置かれている。

 海老名さんは小さく刀を振り、俺に笑いかけた。少し耳が熱くなるのを、首を掻く振りをして誤魔化す。

 

「いや、俺だけじゃなく男なら誰でも好きだろ。ロマンだロマン」

「ロマン、ねぇ。でも巫女服に日本刀はちょっと合わないかなぁ」

 

 ほい。飽きたのか海老名さんは手にもった刀を俺に手渡す。

 おお……バケツに入った一本いくらもしない模擬刀だが、それでも自然とテンションが上がった。

 そもそも男は道に棒きれが落ちているだけでも拾う生き物だし、武器屋に刀が落ちていたら装備せずにはいられない。これは本能である。平たく言って、超楽しい。

 何度か刀を抜き差しし刃の光具合を楽しんでいると、海老名さんがジトりとした目でこちらを見ているのに気づく。

 

「おーい。何ヒキタニ君一人で楽しんでるの?巫女の私に合う武器も探してよー」

 

 どうやら、自分で思っていたより楽しんでいたらしい。上がりきった口角を無理やり戻し、ちらりと店を見渡す。

 

 一つ、目に留まるものがあった。

 

「これとかどうですかね」

 

 差し出したのは赤い持ち手のついた薙刀。長さは海老名さんの身長程はあるだろうか。立てて置くとなかなか迫力がある。

 彼女はほえ~と薙刀を眺め、ぐふふと笑う。

 

「ヒキタニ君、猫耳巫女がこんなのもってるの完全にフラグだよ。こんなの触手でぬるぬるされてもう意味深な方の薙刀に完全敗北するしかないじゃん……ヒキタニ君鬼畜すぎるよ……」

「あんたのキモさを俺に押し付けるの止めてもらっていいですかね」

 

 せっかく見繕ってやったのに失敬な。そんなことちょっとしか考えてない。……それにそういう展開なら戦国女戦士の方が薄い本も賑わう。いや、考えては無いけどね?

 

「じゃ、こっちか」

 

 薙刀の近くにあったそれを渡すと、海老名さんの目が少し輝いた。

 

「おお、破魔矢!いいじゃんいいじゃん。ヒキタニ君センスいいよ!見直したよ、鬼畜なだけじゃなかったんだ!」

「鬼畜はあんただ」

 

 通常の破魔矢は紅白で煌びやかに飾られ矢単体であることが多いが、これは弓とセットで矢尻が白、所々に金の装飾があしらわれていて、結構雰囲気がある。神事用と言うより、むしろ――

 

「見て見て見てヒキタニ君!戦国時代にタイムスリップして妖怪とか薙ぎ払う女子高生っぽくない?」

 

 彼女の方を見ると、天井に向かって矢をつがえる動作をする所だった。巫女服は大きくはだけ、少し肌色が見え隠れする。

 

 俺はすぐに別の刀を見る振りをした。

 

「具体的な例をどうも。あの女子高生は猫耳生やしてないけどな」

「えー、でも主人公は犬耳じゃん。あれ柔らかそうなんだ……」

 

 まだ海老名さんの方を見られない俺を彼女は不思議そうに眺め、何か合点がいったのかポンと手を打つ。

 

「ああ、あの主人公受け属性つよつよすぎて逆にヒキタニ君引いちゃうのかぁ」

「俺が引いてるのはあんたになんだよなぁ……」

 

 まずお前は掛け算から離れろ。

 

 

 

 

 

 浅草寺を適当に眺め、人の流れに乗って花やしき方面へ歩みを進める。流石に花やしきまで行く気はない。徐々に人混みから外れ、少し閑散とした雰囲気の住宅街に流れ着く。

 

 そろそろ散歩も終わりだ。スマホで時間を確認し、海老名さんに駅に戻る提案をしようとする。

 

 しかし。

 

「あ」

 

 わざとらしく横から発せられた声の方に、つい目が行く。

 

 そこにあったのは、ミニチュアのように生い茂った竹林。その奥には木目調で趣のある建物が姿を隠し、暖簾には控えめに『甘味処』の文字が並んでいた。

 

 その竹林で何かを連想したのは、俺だけだったのだろうか。

 

 俺が何を言うより先に、彼女はニコニコ顔をこちらに向ける。

 

「ちょっと休憩してこっか、ヒキタニ君」

 

 彼女はズンズン店の中に入っていき、こちらを振り返ることはない。

 

 はぁ。大きなため息を一つ。流石にここで帰るのは鬼畜そのものだろう。仕方なく彼女の後に続いて、その暖簾をくぐった。

 

 

 

 

 

「お待たせしました。栗蒸し羊羹の抹茶セット、お二つです。ごゆっくりどうぞ」

 

 少々不愛想な店員のおばさんは雑に伝票を木の筒にねじ込み、さっさと行ってしまった。目の前に座る海老名さんはそれを気にするわけでもなく、既に木製の菓子切を手に構え、二つある栗蒸し羊羹をそれぞれ半分に切った。

 

 メニューは海老名さんが店のおすすめを選んだので、俺も適当に同じものにした。海老名さんは全く迷わずに店員を呼んだので、彼女も恐らく適当に選んだのだろう。食い物を自分で選ぶのは存外面倒であり、女子は選ぶのが長いと経験則で知っている(ソースは小町)。彼女の無頓着さは、俺にはありがたかった。

 

 俺も彼女に倣って菓子切を構え、半分の栗蒸し羊羹を口に運ぶ。

 

 スーパーのものとは違う。口に入れた瞬間にそう感じた。スーパーでまとめ売りされている栗蒸し羊羹、あれは餡がかなり甘い。餡の甘さと言うより、甘味料の強烈な甘みだろう。

 しかしこれは、上品な甘さだ。自然な餡の甘さに、栗本来の甘みが混ざる。栗自体もパサパサとした感じが全くしない。

 

 ギリギリまだ栗は季節だ。旬のものだからこそのおいしさだろうか。目の前の海老名さんを見ると、抹茶に口をつけていた。

 

 しまった。俺は少し焦る。確か抹茶を飲む時は確か作法があった気がする。どちらかに何回か茶碗を回すことは覚えているが、どうも海浜総合のろくろ回しが頭をよぎって海馬を乱している。玉縄、頼むから一生脳内から出てけ。

 

 一瞬躊躇った俺を、海老名さんは茶碗越しに眺めていた。

 

「正面を避けるように時計回りに二回回して、呑み終わる時に正面がこっちに来るように二回半時計回り」

 

 簡潔な説明に反射的に従い、俺は二回茶碗を回し、口をつける。

 

 抹茶は思ったよりも苦くはなく、ほのかな甘みがあった。抹茶を飲むことは普段なかったが、そう悪いものでもない。

 

 俺は反時計回りに茶碗を回し、正面がこちらを向くように置く。また栗蒸し羊羹を口に運び、時計回りに茶碗を回す。抹茶の味を楽しみ、反時計回りに茶碗を回す。

 

 ……作法ってめんどくせえ。

 

 俺が作法の融通の利かなさに辟易としていると、目の前からクスクスと忍び笑いが聞こえた。

 

「ヒキタニ君、お菓子を全部食べてから抹茶は持ったまま飲むのが作法だから、茶碗を回すのは二回だけだよ。そもそも私も回してないし」

 

 からかわれた。俺は彼女の覗き込むような瞳を避け、視線が机に落ちる。というか菓子全部食ってから抹茶一気に飲むって、そっちの方がよっぽど礼儀がなってない。牛丼かきこむサラリーマンかよ。

 

「不便だよね作法って。喫茶店ならちょっとずつ楽しみたいし」

「全くだ。……というか海老名さんが作法に詳しいことも意外だが」

 

 彼女は俺の質問にヒラヒラと手を振りながら、栗蒸し羊羹を一欠片口に放り込む。

 

「祖母にいい加減に教えられただけだから、私も適当なもんだよ。やっぱ好きなように食べる方が美味しいし」

 

 俺が無言で頷くと、会話はそこで終了した。ポカンと空白のようなものがテーブル席に降りる。俺たちは黙々と栗蒸し羊羹を食し、抹茶で唇を湿らす。

 

 そんなことを何度か繰り返し、コン、と少し高い音が店の中に響いた。

 

 彼女の皿に栗蒸し羊羹はもうなく、茶碗には底に沈んだ抹茶の粉が浮いており、見ただけで苦味を感じた。

 

「あ、そう言えば、比企谷君」

 

 彼女は羊羹の感想を口にするように、軽く切り出した。

 

「電車の盗撮犯、追い払ってくれてありがとね」

 

 羊羹を切る手が、一瞬止まった。

 

 本当は、そんな気がしていた。彼女は知っている。彼女にはバレている。俺は残った最後の羊羹をゆっくりと咀嚼する。

 

「……なんのことだか」

「またまた。君の演技自体は良かったけど、普段と比べて流石にあれは好青年過ぎるでしょ。笑っちゃったよ」

 

 言葉とは裏腹に少しも表情を緩めず、彼女は続ける。

 

「あの超満員電車であんな大きいリュックを地面に置くなんて、どう考えてもおかしいよね。電車乗り慣れてないわけでもなさそうだったし、普通胸の前で抱える。……ちなみに比企谷君の角度からはどうだったかわかんないけど、私はリュックからレンズが反射してたのが見えた」

「……わかってて、なぜ」

 

 思わず、問いが漏れた。

 

 彼女は、自らの恵まれた容姿を嫌っている。その最大の理由は、自らが性の対象として見られることを嫌うからだと俺は思う。

 

 なら、なぜ。

 

「えー、だって気持ち悪いもん」

 

 彼女は普通の女子高生のように間延びした声を上げる。

 

「角度的に顔も下着も写ってないし、人いすぎて移動もできないし、駅員に突き出すほど暇じゃないし、気持ち悪い人と関わりたくないし」

 

 至極真っ当な理由だった。彼女が気持ち悪いと思ったのは本当だろう。性の対象として見られているのだから。

 

 だが、何かがおかしい。違和感の正体は、すぐにわかった。

 

 海老名姫菜は、その不快さを今まで、俺と出会ってから歩いている数時間。おくびにも出さなかった。

 

 海老名さんは店員に水を頼み、俺もお願いする。やけに喉が渇いていた。

 

 水を待つ間、彼女は一言も喋らなかった。色のない瞳で、どこか俺の後ろの方を見つめていた。

 

 カラン。店員が雑に置いたお冷の氷が小気味よく音を鳴らし、それが合図となる。

 

「さっき私に聞いたよね。『なぜ盗撮されているのを知ってて何もしなかったのか』って」

「……ああ」

 

 何とか声を絞り出す。何を聞かれるか、大体わかる気がする。

 

「私も聞きたいな。比企谷君、なんであのやり方を選んだの?私のためなら、盗撮されたデータ毎消さなきゃ意味ないよね。駅員に突き出さなきゃ、でしょ?でも君は追い払うに留めた」

 

 やはり彼女は、分かっている。俺と彼女の動機も目的も重なることに。珍しく彼女は口の端だけ持ち上げ、ニヒルに笑う。

 

「君は、他人に自分を重ねる。でも重ねた他人は自分じゃない。だから自分のことすら他人事で、根本的解決なんて求めない。捨て身の解消策を平然と取れる」

 

 今までのことを思い出す。雪ノ下雪乃に、由比ヶ浜結衣に、鶴見留美に、葉山隼人に、そして海老名姫菜に。俺は自らを投影し、エゴイスティックなヒロイズムに酔う一人のぼっち。

 

 海老名姫菜は何も言えない俺に柔らかい笑みを向ける。

 

「わかるよ、だって」

 

 あの駅での彼女との会話が、今度は俺を巻き込む。

 

「君も私も、腐ってるから。自分のことすら、他人事なんだ」

 

 とても、否定はできなかった。

 

 

 

 

 

「でも、まぁ」

 

 彼女は小さくため息を吐き、言葉を区切るように、ゆっくりと続ける。

 

「私が比企谷君に二回も助けられたのは紛れもない事実」

 

 だから。彼女は背筋を伸ばし、座ったまま深々と頭を下げる。

 

「ありがとう、比企谷君。……色々言っちゃったけど、そう言うのも含めてお礼言いたかったから」

 

 唐突に下げられた頭に、どうすればよいかわからなかった。

 

 彼女は恐らく、知っているのだ。真摯に礼をされてしまえば俺は否定するしかない。戸惑って、逃げ、結局は受け入れるしかない。下げた頭はどんな顔をしてるんだか。

 

 頭を下げながら舌を出す彼女は、想像に難くない。

 

「……修学旅行のは部の依頼で、今日のは同級生が犯罪行為の的になっていたのが気持ち悪かっただけだ。海老名さん個人を助けたわけじゃない。だから俺があんたから礼を受け取る筋合いはない」

 

 彼女がそう来るなら、俺はいつもの俺の答えを。海老名さんはまだ頭を下げたまま応じる。

 

「うん、知ってる。比企谷君ならそう言うのは知ってる。逃げるの得意だもんね」

 

 当然のように当然の評価を下す彼女に、返す言葉がない。

 

 逃げている。そう言われればその通りだ。他者からの評価から、好意から逃げている。

 

 知っていて尚、俺は全てから逃げるのだろう。一生。

 

「でももう、お礼は受け取ってもらってるから」

 

 ……は?

 

 疑問符が頭を埋め尽くす。彼女は言葉を発せない俺に満面の笑みを浮かべる。

 

「修学旅行と今日のお礼の、『猫耳巫女と浅草観光デート』」

 

 一瞬の静寂。彼女の言葉を反芻し、俺は数秒後に理解する。

 

 そういうことか。ガクッと体の力が抜けるのを感じた。

 

「どうどう?お気に召したかな?」

 

 ズイズイと感想を求める海老名さんに、俺は嫌々ながら頭の中のそろばんを弾く。

 

 猫耳巫女服jkと半日デート。世間の相場はおいくらほどに、なるのでしょう。

 

「……お礼が過剰過ぎて、むしろこっちが借り作ってるんですが」

「お、それなら今度は私がお礼してもらわなきゃだねぇ」

「……できる範囲で頼む」

 

 返せる気がしないが。海老名さんは俺のホールドアップを見て楽し気に笑い、嘆息する。

 

 そしてしみじみと、先日の言葉を繰り返す。

 

「やっぱり上手くやれるかもね、私たち」

 

 彼女はピン、とコップを弾いた。とんできた水滴は俺の手に当たり、拭うこともなくそのままテーブルへと落ちる。

 

 その冷たさすら、彼女の言葉で蒸発する。

 

「じゃあ今度は、比企谷君が執事服着てデートね」

 

 色の無い海老名姫菜の瞳が、微かに揺れた気がした。

 

 彼女は巫女服を机の上に乗り出し、彼我の距離が一気に縮まった。反射的に椅子を引くが、彼女は更にこちらに身を乗り出す。

 

 鼻と鼻が当たりそうな距離。大きな瞳に反射して、情けない自分の顔が見えた気がした。

 

 彼女はその距離のまま、俺の唇についた抹茶の泡を人差し指で拭い、舐めとる。ちろりと真っ赤な舌が覗き、思わず目を逸らす。

 

「甘いね、比企谷君」

 

 いつになく熱を含んだ呟きに、鼓動が五月蠅いほど早くなる。一秒が十秒に、一分が一時間に。時の流れがおかしくなった気がした。

 

 どのくらい経ったのだろう。目を伏せたままの俺にはわからない。逸らした目を恐る恐る前に戻す。

 

 そこには、いつものニコニコ顔があった。

 

 ああ、またやられた。反射的にそう直感した。海老名さんは両手でサムズアップし、いつものように鼻息を漏らす。

 

「ヒキタニ君と隼人君の執事服デートとか、激熱でしょ!!!!それにヘタレ受けのヒキタニ君から誘うのが更に熱い!!!!!金払ってでも後ろ付いてく価値はあるね」

「……何億貰おうが、絶対にごめんだ」

 

 俺はいつも通りの彼女に、何とか返事をする。

 

 はやはちなるものを連想して別世界にトリップする彼女を横目に、俺は窓から覗く竹林と夕焼けのコントラストを眺め、深く、深くため息を吐く。

 

 やはり俺は、海老名姫菜が苦手である。



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村田宙さん 八幡×戸塚 やはり俺の青春ラブコメは間違っていなかった。

部室で本を読んでいる中外では木枯らしが

吹きまくり窓が風圧でカタカタと音を立てていた。

とても気になると言う程でもないが

「なんか今日風強いわ~、やんなっちゃう」

程度である。

 

室内には見慣れた顔が2人。

部長の雪ノ下と部員である由比ヶ浜である。

雪ノ下はいつも通り本を読みたまに髪を耳に

かけ直している。

由比ヶ浜はポチポチとスマホをいじっていて

たまに笑顔になったりムスッとしたり…

まぁ、百面相をしている。

そして1人見慣れない顔が居る。

それはクラスのヒロインと呼んでもいい

戸塚彩加である。

何故居るのか。

そして何故俺の近くに座っているのか。

そんなに近かったら僕死にそうだよぉ……。

雪ノ下達も同じ事を思っているのかチラチラと

戸塚の方を見て、本人は俺が読んでいる本を

覗き込んでいる。

 

するととうとう聞く気になったのか雪ノ下が

コホン、と咳払いをした。

 

「……戸塚くん?」

 

「……どうしたの?」

 

「何故あなたがこの部屋に居るのかしら?

あなたは部員でも無いし…部活はどうしたのかしら?」

 

「それあたしも気になってた!

さいちゃん部活どうしたのかな~って!」

 

雪ノ下の発言に由比ヶ浜が乗っかる。

戸塚は2人の顔を交互に見てえっと、と

困った顔をする。

 

「今日は僕の部活が無くて……八幡の部活に

行こうかなって思ってて…。

八幡に行っても良い?って聞いたらうんって

言われたから……。」

 

「比企谷くん……?」

 

「……ヒッキー…。」

 

「えぇ……。」

 

一気に2人から"聞いてないんだけど?"と

言いたげな目線を向けられる。

俺そんな事聞かれたっけ?

もしかしてあの時か?

なんかの授業の時寝てて休み時間に目が覚めた時に

聞こえてた小鳥の囀りは戸塚だったのか?

あの時適当に空返事をしてしまったがまさか

これだったとは……。

俺はなんとか説明しようと本を閉じ2人の方へ

顔を向ける。

 

「……まぁ、あれだ。あの、俺が戸塚に

返事したのは事実だ。だがその……忙しくて

忘れてただけでな……。」

 

しどろもどろに弁解するが2人からの視線は

変わらず由比ヶ浜からは"授業中寝てたじゃん…。"

と小言を言われる。

仕方ないじゃん?瞼が勝手に降りてくるんだもん?

俺が頑張って居ると戸塚が"あの……"と

小さく声を出す。

どうしたのか、と3人は黙り戸塚に視線が集中する。

 

「……僕もその…伝え方悪かったかもしれないし…

八幡…疲れてたっぽいから……その…

あまり責めないであげて?」

 

あれ、天使が降臨したのかな?

俺は天使を見るかのように戸塚を見ていると

雪ノ下がため息をつく。

 

「……戸塚くん?その男を庇っても何も得しないわよ?

それにいつ喰われるかわからないのだから

あまり近くに居ない方が良いわよ?」

 

と俺を鋭い目で見てきた雪ノ下さん。

由比ヶ浜は意味がわかってないのかうーん、と

考えて「そっ、そうだよ!食べられちゃうよ!」

と言ったが絶対意味わかってないだろ。

そう言われて頭にハテナマークを浮かべていたが

俺の方に体を向き直して袖をキュッと軽く

握ってきた。

え、なにこれ…可愛い。もう嫁にして良いレベル。

そう考えているとズイっと身を乗り出してきた。

 

「……八幡は僕を食べちゃうの…?」

 

もうやめて!八幡のライフはもうゼロよ!

ほんとにやめてください……もう婚姻届出して

式挙げる所までビジョンが見えちゃったよ…。

身を乗り出してきたぶん俺は体を逸らし

距離を保つ。

 

「さ、さいちゃんが眩しいよぉ、ゆきのん!」

 

「えぇ……同感よ……。やるわね…。」

 

あいつらにも伝わったか……。

このとつかわいさが伝わらないはずも無いもんな…。

俺は息を吸い返答を述べる。

 

「……え、まぁ…普通食べないだろ?

てか人が人を食ったらカニバリズムってやつに

なるんだよな~…。」

 

少しおどけた口調で言うと戸塚は

大地に咲く一輪の花のように満面の笑みを浮かべる。

俺は戸塚を見てられずに本を開いて本に集中する。

 

風が強くなったのか窓を叩く音が激しくなった

ように思う。

帰り自転車漕げるかな、と考えながら本を

読んでいた時何分か経った際

戸塚が「あっ。」と声を出す。

何事か、と3人が顔を上げると顔を赤く染めて

「八幡に言うことがあってね…。」とコソコソ

話し出す。

いや、コソコソ話すのはその……耳に吐息かかるし

戸塚の声近いし……と思っていると喋り始める。

 

「あの……明日休みの日だよね?

良かったその……一緒に出掛けに行かない…かな?」

 

え。断るやつ居る?全世界で断るやつ

そうそう居なくね?

材なんとか座くんのは速攻断りますけどね!

もじ、と身を捩りながら返答を待つ戸塚が

可愛すぎてもう爆発しそうである。

 

「……えーと、どうせいつでも暇だし。

四六時中暇だから大丈夫だぞ?

何処に行く?ゲーセン?サイゼ?」

 

「なんかヒッキー超乗り気じゃん!?」

 

由比ヶ浜が驚いたように喋り雪ノ下は頭を抱えている。

そんなの俺は気にしない。気にしたら負けだ。

戸塚は嬉しそうにはにかむ。

 

「じゃあ明日駅前で集合でいいかな?」

 

「…おう。時間は何時だ?」

 

「えっと…9時で良いかな?」

 

良いぞ、と言わない代わりに頷く。

女子2人はうわぁ、と引いたようにこちらを見ている。

そんなのは僕知らない。

こうして部活は終わり胸を踊らせながら

家に帰宅した。

 

 

次の日。

俺は鏡の前で何度も髪型と目の腐り具合を見ていると

小町に突っかかられた。

 

「お兄ちゃん……何してるの……?」

 

半ばドン引きした声で話しかけてきた。

かまくらは俺を見もせずに居間へ直行して行った。

 

「俺の今日の髪と顔は大丈夫かなって

確認してたんだよ…。わりぃか?」

 

「別に悪くは無いけど……鏡見ながらニヤニヤ

してたから気持ち悪いなって……。」

 

あの…小町ちゃん?お兄ちゃんでもストレートに

言われたら立ち直れなくなっちゃうよ?

部屋からずっと出てこなくて撮り溜めてる

プリキュア見て1人で泣いちゃうよ?

 

「…今日は戸塚と出掛けるからな…。

格好良く行きたいだろ?」

 

小町はもう何も言わず俺の方を見ずに居間へ行った。

俺は小町を傍目に見ながら着ていく服を決め

家を出たのである。

俺が家を出るまで小町は俺に何も言わなかったのは

悲しかったけどね…。

 

そして約束の9時になった。

俺は早く着きすぎた為すでに冷えてしまっている

マッ缶を握りしめながら戸塚が来るのを待つ。

緊張して手汗が酷い。

なんだこれ……。

初めてのデートばりに緊張してるぞ。

取り敢えず俺はベンチに腰掛け入口付近を見ていると

すぐに見つけた。いや、見つけてしまった。

こちらを見るや否や嬉しそうにこちらに

駆けてくるではないか。

はぁ、と軽く息を切らして"おはよ"と微笑みながら

挨拶をする戸塚。

俺はすぐさま立ち上がり"おう"と返事をする。

何か言いたそうな顔をしていた為"どうした?"と

視線を送る。

 

「……待った?」

 

「別に、俺も今来たところだぞ?」

 

「八幡は…優しいね?」

 

「優しいか?…じゃあ行くか。」

 

1歩踏み出すとグイッと服を引かれる。

まだ何かあるのか、と思い振り返ると

"あの……"と言う。

 

「…今日1日僕の事を名前で呼んでくれないかな…?」

 

「……へ?」

 

ちょっと、戸塚さん?変なこと言わないで貰えます?

お陰で変な声が出たじゃありませんか。

下を見てもじもじとしている。

 

「……僕は八幡の事を名前で呼んでるし…

今日1日だけ……名前で呼んで欲しいな…?」

 

「……苗字はダメなのか?」

 

「…今日だけ…。」

 

子犬が『餌くれないの……?』と言っているかの

ようにこちらを見上げて問うてくる。

俺は戸塚には勝てない為承諾した。

 

「…良いぞ……さ、彩加…。」

 

「……へへ。名前で呼んでくれた…。」

 

とつ……彩加は恥ずかしそうに微笑む。

そして俺の手を取り走り出す。

何処へ向かうかも決めて居ないのに…。

 

 

着いたのは大型ショッピングモール。

色んな店が入っており色んな年齢層の人が

心から楽しめるモールとなっている。

俺と彩加は入口に立ち何処へ行くか決めていた。

 

「えっと…確か……ここにあの店が…。」

 

どうやらお目当ての店があるらしくデカいモールの

地図を一生懸命見て探していた。

何分後かに"あった!"と声を出して微笑む。

そんなに買いたいのがあったのか…。

俺は別な所にも行く理由が無いというので

ついて行く事にした。

 

着いたのは雑貨屋。

男女兼用なアクセサリーや女子だけのアクセサリーも

売っている場所だ。

彩加を待っている間椅子に腰掛けていた。

人混みって憂うつだよな…。

そんな中やっと会計を終えたのか彩加が小さい

紙袋を手に抱えて持って居た。

 

「何買ったんだ?」

 

「まだ八幡には内緒だよ~♪」

 

……知りたい。

とてつもなく知りたい。

だが今は彩加の言う通りに従っておく。

 

「他行く店あるのか?」

 

「これだけ買いたかったから…。

八幡があと見たい店あれば行くけど…。」

 

「俺は行きたい場所なんて無いな。

彩加が行きたいなら行くが……。」

 

さっきから『彩加』って発言する度に

心臓が口から出そうなんだが……。

目線を上にあげるとデカい時計が

12時になりかけていた。

 

「……そろそろ飯行くか?」

 

「うん!何食べようかな…。」

 

「俺はラーメンにしようかな…。」

 

「じゃあ僕もラーメンにしようかな…。

あったかいの食べたかったし…。」

 

フードコートに向かいながら食べるメニューを

話し合う。

昼近くの為か人が混みに混んでいる。

座る席は無いのか探すと端にポツンと空いている

席を発見。俺らの為に空いていたかのようだ。

彩加に目で合図をして端に移動する。

ラーメン屋に行き二人分注文して番号札を

代わりに貰う。

周りを見ていると番号札が振動して鳴った。

出来たのだろうか、と2人で店の前まで行き

ラーメンを受け取り席につく。

 

「いただきまーす」

 

彩加は割り箸をすぐに割り口の中にすする。

熱いのを食べているからなのか頬は軽く紅くなり 

むぐ、と口に頬張っている。

この小動物可愛すぎて飼いたいんだが…。

見とれてる場合じゃねぇ…。

俺もすぐさま割り箸を割り口の中へ入れる。

 

……美味い。

麺は歯ごたえがありスープもパンチが効いて

麺本来の味を醸し出している。

そして飲み込むと口の中に広がる風味。

これは良いラーメンを見つけたかもしれない…。

彩加も満足そうに食べ進めあっという間に無くなった。

 

たらふく食った後はゲーセンに寄り

プリクラ機器の中に入った。

新しくプリクラを撮りたいと言うので

俺は承諾した。

電子音と共にパシャリ、とシャッター音が聞こえた。

俺は今目を瞑ったかもしれん……。

そう思ってるうちにまたパシャリ。

今の時代は凄いものだな、と感じてしまった。

 

 

あれこれしているうちにもう夕方になってしまった。

プリクラも撮りラーメンを一緒に食べ

名前呼びをする、という縛りもあったものの

中々楽しかったものである。

出口から外に出て駅前に着くと彩加は振り返る。

 

「八幡……これ…。」

 

「……なんだこれ…?」

 

「ブレスレット…僕とお揃いなんだよ?」

 

「……へえ。」

 

左手首に付けてみると深緑色の石が

夕日に照らされてキラキラと輝いていた。

てか彩加とお揃いとか死んじまうよ…。

彩加も左手首を見せてきて黄緑色の石が輝いていた。

これが友達ってやつか……。

嬉しさに浸っていると彩加は時計を見て慌てる。

 

「そろそろ行かないと!またねっ、八幡!」

 

「おう、また今度な。」

 

 

俺は戸塚が見えなくなったあと空を見あげて

こう思った。

やはり俺の青春ラブコメは間違っていなかった、と。



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ゼロ少佐(神薙)さん 八幡×陽乃あの日出会った彼女はとてつもない程の強キャラだった

本を読むのも飽きてきたな。

 

 

 

ふとそんな事を考えてしまう程今の生活に飽きていたのだ。

 

高校に上がってからもう1年の月日が流れた。中学時代に色々あったお陰で、かなりの人間不信になり高校に上がってからはまともに人と関係をもってこなかったのだ。

 

 

 

そんな俺が生活の中で楽しみにしていたのは読書であった。漫画からラノベ、小説など様々なジャンルの本を読み耽った。読んできた本の中には人と人との友情は素晴らしいとか言っているものもあったが、それはどうせフィクションの中での話で現実はそう甘くはないと割り切って読んでいた。

 

 

 

人は信じ合えるなんて馬鹿らしい。どうせ裏切られるのがオチなのだから。

 

 

 

そんな思考をしている俺は、読書に飽きてしまっても結局読書に逃げるしかなかったのだ。そんなこんなで俺は未読本の在庫が無くなった俺は放課後1人で駅前の本屋に向かった。

 

あまり人の多い所は苦手なのだが、駅前にある本屋の品揃えは中々に素晴らしく、つい苦手意識も気にせずに寄ってしまうのだ。

 

 

 

お目当ての本と、気になった本を何冊か買い店を出た。その際店内から聞き覚えのある声が聞こえてきたが、どうせ俺の事なんて認知してないだろうしそのままろくに確認もせずその場を去ろうとした。

 

 

 

「ちょっと待ってよ!比企谷君!」

 

 

 

少し駅から離れた所でさっき店内で聞こえた声がみた聞こえてきた。あれ?なんで俺の事知ってるんだ?

 

 

 

声をかけられたので後ろを向くと、そこには……

 

 

 

「あっ!やっと気づいてくれた」

 

 

 

うちの学校で多分1番人気があり皆の憧れの的となっている雪ノ下陽乃の姿があった。

 

え?なんで?俺何かしたっけ?

 

 

 

いきなり話しかけられた事、そしてその相手が雪ノ下陽乃であったりと俺の頭は混乱していた。

 

 

 

「おーい比企谷君?いきなり固まってどうしたの」

 

 

 

いかんいかん、冷静になれ比企谷八幡。女の子と話すのはいつぶりだ?

 

 

 

「えぇぇぅえっと、ゆゅ雪ノ下さん…だよね?」

 

 

 

思いっきりキョドってしまった…恥ずかしいよぉ〜死にたいよぉ〜。

 

 

 

「あははっ!そんなにびっくりしなくてもいいじゃん」

 

 

 

そんな俺の姿を見ながら彼女はどこか楽しそうな感じで笑ってくれた。

 

 

 

「そ、そうだよな あはは…」

 

 

 

「それで、俺に何か用があったのか?」

 

 

 

本屋で俺を見かけたから話し掛けたとしても、ここまで追いかけてくる必要は無い訳でここまで着いてきたという事は何かしら用事があったということだろう。

 

 

 

「特にないよ?ただ見掛けたから話し掛けただけ」

 

 

 

「は?」

 

 

 

何を言ってるのか分からなかった。見掛けたからってわざわざここまで追いかけてきたと?意味がわからん。そんな時間の無駄をしてどうなるというのだ。

 

 

 

「だって学校だと休み時間は本読んでるし、昼休みや放課後もすぐどっか行ってしまうから話し掛けれ無かったからね〜」

 

 

 

確かにイヤホン付けたり人の居ない場所には行ったが……まさか俺に気があるのか?……いやいや有り得ない。学校一の美少女で文武両道の雪ノ下陽乃さまが俺みたいな凡人以下な奴を…

 

 

 

「ま、今日はいいや!また明日話そうね!」

 

 

 

そう言い彼女はその場を去って行った。

 

え、明日?

 

 

 

 

 

 

 

その日はそのまま過ぎて行き……次の日

 

 

 

「比企谷、どういうつもりだ?この舐め腐った作文は」

 

 

 

次の日の放課後、俺は先日に提出した作文の事で三十路の女教師から呼び出しをくらっていた。

 

 

 

「どうもこうも先生が高校生活を振り返ってと言うお題で何を書いてもいいと言ったじゃないですか」

 

 

 

「アホか。高校生にもなって何を書いてもいいと言われて本当に無茶苦茶に書く物があるか」

 

 

 

そこから愚痴愚痴と先生の説教といつの間にか結婚できないとかの愚痴に付き合われてしまった。その後着いてこいと手を引っ張られ別棟のとある一室に連れられてきた。

 

 

 

「先生ここに何かあるんですか?」

 

 

 

「まぁいいから入れ」

 

 

 

先生に言われるがままに俺はドアを開け空き教室に入っていった。そして最初に目に飛び込んできたのは…ただの何も無い教室であった。

 

 

 

「ただの空き教室かよ」

 

 

 

「ひゃっはろー!」

 

 

 

「うぉお!?」

 

 

 

誰も居ないと思っていた教室から突然1人の女の子が目の前に現れてきた。

 

 

 

「また会えたね比企谷君♪」

 

 

 

そう、その女の子とは昨日出会った雪ノ下陽乃であった。つか昨日言ってた事ってこの事か?いや、考えすぎか

 

 

 

「陽乃、後は頼んだぞ」

 

 

 

「まっかせて!静ちゃんの願いは私が叶えてあげるから」

 

 

 

彼女は妙にキャピキャピさせながら平塚先生を相手していた。つーか先生、静ちゃんって似合わねぇ、絶対ごつい名前の方が似合うだろ。と思っている間に平塚先生は俺を置いたまま教室から去っていってしまった。

 

 

 

「それじゃはじめよっか」

 

 

 

始める?何を?先生からなんの説明もなく連れてこられたせいで今から何が行われるのかも知らない俺は、不安ながらも何かよく分からないものに期待していた。学校一の美少女と2人きりなんてシチュエーション。男子なら1度は夢見るものだからな。

 

 

 

ただ、雪ノ下陽乃を見ていると何か引っかかる。頭も良くて人柄も良いし人懐っこい。たくさんの人に好かれる要素をもちあわせている。なのに、どこか…

 

 

 

「えっと、何も聞かされずにここに連れてこられて…それで一体何をするんだ?」

 

 

 

取り敢えず在り来りな質問です会話を始めた。この引っかかりがなんなのかが分からないからってそれに執着していても時間の無駄だしな。

 

 

 

「あれ?静ちゃんから何も聞かされてないの?」

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

「それじゃあ説明するね!静ちゃんは君を更生させようとしてるんだよ」

 

 

 

「更生?いや、なんで俺が」

 

 

 

俺なんかよりよっぽど問題児が居るだろうに何故俺が更生しなきゃいけないんだ?それにそう簡単に変えられるかよ。つーか個性なんて人に決め付けられるものじゃないし、まず俺はそう簡単に変われないし変わる気もない!

 

 

 

「声出てるよ」

 

 

 

「えっ」

 

 

 

やばい、恥ずかしくて死にそう……

 

 

 

「顔赤くなっちゃったけどいいや、君の作文読ませてもらったけど、いや〜面白いね君!だけどそんなんじゃこれから困るよ〜」

 

 

 

彼女は笑いながら俺の周りを歩き始めるとまた口を動かし始めた。つかあれが面白いってこいつの感性も中々曲がってるぞ。

 

 

 

「一人でいる時間が好きなのはいい事だと思うけど、友達が居た方が楽な事とかもあるんだよ、困った時とか頼れるし」

 

 

 

「友達と一緒にハメを外したい時とかパーッと遊べるし」

 

 

 

「それも宿題とかやり忘れたら嫌も言わずに貸してくれるんだよ」

 

 

 

最後のは駄目だろと心の中でツッコミを入れながら話の続きを聞いた。

 

 

 

「君がどういう経緯で人と関わるのを嫌になったのかは知らないけど、そんな悪い人ばっかでは無いと思うよ」

 

 

 

 

 

話を聞きながら俺はほんの少しだけ違和感を感じていた。どのようなと言われたら答えにくいほどの小さな違和感だった。ずっと楽しそうな口調で話していながら心は笑ってない。そんな気がしただけだった。だけれど、その違和感はすぐ消えた。ほんの一瞬だけ漏れ出た本心を何かで塗りつぶされたような気がした。だから俺は尋ねた。

 

 

 

「それならどうして…」

 

 

 

「どうしてお前は……そんな仮面を付けてるんだ?」

 

 

 

「……」

 

 

 

仮面って表現が正しいかは分からない…だけどなにか物凄く黒いものが漏れ出ているような気がした。友達の事を語っていながら本心は別のところにあるような…そんな気がしたから。

 

 

 

「へぇ、分かっちゃうんだ」

 

 

 

この時彼女が発した声は、聞いただけで凍てついてしまいそうなほど冷えきっていたように感じた。

 

 

 

「一瞬だけ、羽目を外したいとお前が言った時、ほんの一瞬だったけど違和感を感じた。そして後はただの予想だ」

 

 

 

「どんなの?」

 

 

 

「この完璧な存在な雪ノ下陽乃に釣り合う奴は居るのだろうか。こいつを満足させる事ができる人間がまずこの学校に存在するするのだろうか。その答えは否」

 

 

 

「……合格かな」

 

 

 

合格?なんの事だ?

 

彼女はとことこと部屋の中を歩きだし、そして2つだけ用意されていたうちの1つの椅子に腰を掛けた

 

 

 

「やっぱ私が見込んだとおりだったよ」

 

 

 

「何の事だ?」

 

 

 

彼女は不気味な笑を浮かべながらこちらの方を見ていた。そしてまだ高校生の癖に妙な大人な色気が感じられた。そんな事を俺が思ってる中彼女は予想だにもしなかった言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

「比企谷君私の彼氏にならない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザーッ

 

 

 

午前は快晴だったのに、放課後になって急に降り始めた。天気予報では降水確率20%で雨は降らないと思い込んでいたのでもちろん傘はない。

 

 

 

「ねぇ、黙ってないで何か話してよ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「…イタタタタッ!おい急に喋れとか言われても話題とかねぇよ」

 

 

 

あまり広くない車の中、後部座敷に2人並んで座っている。車は土砂降りの中前もしっかりと見えないなかちゃんと俺の家まで送ってくれている。どうしてこんな状況になったかと言うと……こいつが俺の彼女だからだ。いや正確には彼女になったからと言うべきか…

 

 

 

「私が選んだ人がそんなのだと困るんだけど」

 

 

 

「んな事言われてもな…あっそこの突き当たりの角を曲がったら直ぐの所です」

 

 

 

雪ノ下が呼んだ運転手の人に家はもうすぐそこだと言うことを伝えた。学校までは自転車で行ける距離なので車だとあっという間だ。

 

 

 

「それじゃあね。とりあえず帰ったらこのノートに書いてある事をちゃんと見て実践すること。もし守らなかったらきつーいお仕置してあげるから」

 

 

 

「あぁ、分かったよサンキュな」

 

 

 

言葉を伝え終わると車は発進し影の彼方へ消え去って行った。その姿を見ていると今までの事が幻のように見えてくる。だけどあいつの…あいつと恋人になったのは本当の事なんだと再認識したのであった。

 

 

 

 

 

家に着くと妹が元気にお迎えにやって来てくれた。流石我がマイシスターだ。どこぞの腹黒さんとは大違いだ。まぁそこが良いってのもあるが…

 

 

 

「お兄ちゃんおかえり雨酷かったけど大丈夫だった?」

 

 

 

「あぁ。ちょっと家の前まで車で送ってもらったからな」

 

 

 

「送ってもらった?お兄ちゃんが………平塚先生?」

 

 

 

それだけ粘って先生しか出てこないのヤバすぎるだろ。まぁ俺が悪いのか…

 

 

 

それだけ俺は昔から友達と言えるような人物が居なかったのだ。

 

 

 

「まぁな…放課後呼び出されて遅くなったら雨が降り出したから送ってくれたんだ。」

 

 

 

こいつに勘づかれると面倒だからな、取り敢えずは平塚先生という事でいいだろう

 

 

 

「そうなんだーじゃ小町もうご飯食べたからレンジで温めて食べてね〜」

 

 

 

そういうと部屋にタタタと早足で戻っていった。きっと勉強だろ。あいつはあいつで色々頑張ってるからな。その後1度部屋に戻り布団に突っ伏した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の彼氏にならない?」

 

 

 

「は、はぁ!?突然何言ってるんだよ」

 

 

 

あいつのあの時の目は真剣だった。

 

 

 

「私って基本なんでも出来ちゃうから他人からよく好かれるし。みんな私の事を求めてくれるんだよね」

 

 

 

「そりゃそうだろ そうじゃなきゃあんな宗教みたいに祭り上げないしな」

 

 

 

「最初はそれで喜んでたんだけどすぐに気づいたの あぁこの人達は私の都合のいい所しか見てないんだって。それから自分以外の人間に冷めちゃったんだ。それから他人に興味が無くなったの」

 

 

 

「それがどうして俺を彼氏にする話に繋がるんだよ」

 

 

 

「わかんないかな〜?私は君という普通じゃない感性を持った人間に興味を持ったの」

 

 

 

「いやいや、余計に分からんのだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「··········ゃん·····ちゃん、お兄ちゃん!」

 

 

 

耳元から大きな声が聞こえてきたので渋々目を開けると目の前に妹がいた。

 

 

 

「あ、起きた。お兄ちゃんもう夜だよ…ご飯も食べずに寝ちゃうなんて本当にぐーたらなんだから」

 

 

 

どうやら寝てしまっていたらしい。

 

 

 

「すまん、今から食べてくる」

 

 

 

 

 

小町の頭をぽんと手を置きご飯を食べに行った。その後風呂に入りその日はすぐに寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、珍しく俺は早起きしていた。いつもならまだ寝ているのだが雪ノ下から渡されたノートに髪型とか姿勢だとか色々細かく書かれていたからだ。雪ノ下曰く「私の彼氏がこんなのとか思われたら癪に障る」からという横暴な理由からだ。

 

 

 

ノートには声のトーンとか話題の広げ方とか色々書いてあったが、そっち側はまだ全然習得出来ていない。つーかいきなりこれ実践しろとかあいつ鬼かよ。とそんなこんなを思いながら時間になったので学校に向かったのであった。

 

 

 

 

 

「おはよ!ちゃんと言い付けは守ったみたいだね」

 

 

 

下駄箱で靴を履き替えていると後ろから雪ノ下がやってきた。彼女がこちらに来るだけで周りからの視線が集まる。つーか先生まで見とれてどうすんだよ

 

 

 

「まぁな」

 

 

 

「少しはマシになったけど、相変わらずその死んだ魚のような目のせいで台無しだね」

 

 

 

彼女は軽口を叩きながらニコニコしていた。俺にはこれが作り笑いなのか本心からなのかは分からないが彼女はが楽しいならそれでいいやと思える自分が居る。まさか俺があんな一言だけで落ちるとはな……人生何が起こるかわからんな

 

 

 

「うるせ、そうそう直せるかよ」

 

 

 

特にそれから会話なく放課後になった。その後メールで昨日の教室に来るように言われたのでわざわざ別館まで足を運んだ。

 

 

 

「んっん〜!やっぱ授業は疲れるな〜」

 

 

 

彼女は腕をあげ上半身を反らし、身体を伸ばしていた。そして元に戻すとその豊満な胸がプルンプルン揺れた。俺はその男の夢と希望が詰まったものに見入ってしまった。つーかこいつ何カップあるんだよ…高校生が持つものじゃないぞこんなの

 

 

 

「えっち」

 

 

 

「いや、不可抗力だ。俺はそれがたまたま視線に入って。たまたま見入ってしまっただけで他意はない」

 

 

 

「ふーん」

 

 

 

彼女はニヤニヤしながらこちらに寄ってきた。 何か面白いおもちゃでも見つけたような笑顔で少しずつ歩いてきた。

 

 

 

「触りたいから触ってもいいんだよ?」

 

 

 

自分の胸の前に手を当て恥ずかしそうにこちらを見てきた。その表情凄くそそられるが…

 

 

 

「ゴクッ。え、遠慮しとく この後何をされるか分からないしな」

 

 

 

「ちぇ〜つまんないな〜 でもそれで正解だよ。体目当てとか私受け付けないからね」

 

 

 

いやこいつの友達の中に絶対お前の体を舐めまわすように見てるやつおるだろ…まあどうでもいいけどさ。いや良くないか

 

 

 

「それじゃそろそろ本題に入ろっか」

 

 

 

そう、俺たちはここに遊びに来てる訳では無い。平塚先生の鉄拳制裁を回避するために俺の性格を更生させるのが目的だ

 

 

 

「と言っても何をすればいいんだ?」

 

 

 

「最初はね〜君のお得意の人間観察。特にリア充グループのね」

 

 

 

なんでこいつ俺の十八番を知ってやがる…と思いながらもこいつなら初見で見破れそうだと思った。

 

 

 

「リア充…葉山とかか?」

 

 

 

「そう!あそこまでやれとは言わないけど、どんな会話をしているのか〜とかどうやって話しを広げているのかとかだね」

 

 

 

性格の更生なのにリア充の観察って何か違うくないか?と思ったがこいつなら何か考えてそうだし今は特に意見もせずに聞いておくか

 

 

 

「今そんなことする意味あるのか?みたいな事考えたでしょ」

 

 

 

………怖い怖い怖い怖い!心の中読まれたぞ今!

 

 

 

「あのね比企谷君。ちゃんと意味はあるんだよ。人と触れ合ってみて今まで決めつけていたことが間違いだったのかもしれない。そういう風に思うことができるかどうかのためにやってるんだよ」

 

 

 

「はぁ…つーかお前とこっち側の人間だろ」

 

 

 

こいつの腹黒さは俺より酷いからな…下手したら友達=奴隷とか思ってそうだしな

 

 

 

「私はいいの。上手くやれるからね」

 

 

 

「取り敢えず明日の放課後に誰がどういう風にしてたか聞いてみるからちゃんと答えられるようにする事」

 

 

 

そう言われ今日は解散をした。

 

 

 

 

 

 

 

リア充の観察と言われてもあいつらノリと勢いでしか話してねぇじゃねぇか。あんなのある意味高等テクだろ。俺にはできる気がしねぇ。まず、なんだよそれなって同調する事しか出来ねぇのかよ。まず話しを始める時は絶対葉山に振るんだよあいつら、葉山の力がねぇとまともに話すこともできねぇのか!?

 

 

 

「とこれが俺の感想だ」

 

 

 

翌日の放課後丸1日あいつらリア充グループの観察をして導き出した答えだ。いや、本当になんであれでつるんでるのか分からない。葉山居ない時全然話してねぇじゃん。

 

 

 

「あはははっ!やっぱ君面白いよ!もぅ最高っ!!」

 

 

 

俺の感想を聞かせた後彼女は笑い転げるんじゃないかって勢いで大笑いしていた。つーか笑いすぎ。というかお前もその一員だったろ。

 

 

 

「でもあながち間違ってないんだよね。みんな強調ばかりで自分の意見も言えない…それが今の現状よ。けれど隼人や戸部くんとかは自分から話題を振ってたよね。君が先ず見習うのはそういう所」

 

 

 

戸部……戸部戸部?あーあのっべーって言ってる奴か。なんかチャラチャラしてて特に見てなかったな

 

 

 

「分かった。それで明日はどうするんだ?」

 

 

 

「うーんそうだね…最初は私を含めて複数人で会話する事かな。誰と話すことになるかは私が決めておくから」

 

 

 

「うぃ」

 

 

 

それから数日…数週間、1ヶ月、数ヶ月とちまちまと俺の更生生活は続いていった。

 

 

 

今思えばあいつはかなりの天才だった。俺にできる範囲の事で、尚且つ効果的なことをこの数ヶ月間繰り返して行った。お陰で妹の小町からは「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃない!」なんて言われてしまったけど…今になってはいい思い出だ。

 

 

 

あいつとの出会いは突然で最初はこんな事になるなんて予想だにもしなかった。しかし事実は小説よりも奇なりとも言うしな。こんな事があっても不思議ではなかったのかも知れない。とそんなことを思ってしまう程俺にとってこの数ヶ月で俺を取り巻く環境は劇的に変わった。

 

 

 

他人からしてみれば少し変わったかもしれないと思われるくらいの変化しか無いかもしれない。けれど俺は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は嘘をつかれるのが怖いのなら私がその嘘をつき続けてあげる」

 

 

 

「そうしたら君は私以外の嘘を聞かなくてもいいんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの言葉に救われた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女からしたらその言葉自体嘘だったのかもしれない。だけどその時の彼女の嘘は優しくそして暖かかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ!ごめん待たせちゃったかな?」

 

 

 

「いや、俺も今来たところだ」

 

 

 

今の俺の隣にはコイツが居る

 

 

 

「ふふっ 昔なら不貞腐れて何十分も待ったって言ってたのにね」

 

 

 

「うるせっ ほらさっさと行くぞ」

 

 

 

「照れちゃって可愛いな〜ツンツン」

 

 

 

「や、やめろってくすぐったいから」

 

 

 

俺はこの関係を守りたいと思っている。だって今が幸せだから

 

 



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