剣鬼の軌跡 (温野菜)
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1話

エレボニア帝国。ゼムリア大陸に位置する、『黄金の軍馬』の紋章を掲げる巨大帝国。その帝国北部ノルティア州ユミルの領主、テオ・シュバルツァー男爵に拾われた義理息子リィン・シュバルツァーには誰にも言っていない秘密があった。それは前世と呼ぶべき知識。その知識にはゼムリア大陸を舞台にした軌跡シリーズと呼ばれるゲームである。

リィン・シュバルツァーは困惑した。何故自分にこんな知識が有るのか解らず、そもそも前世の知識というのも正しくはない。その前世の知識には人物がいない。この軌跡シリーズに関しても記憶として取得した人物がおらず知識だけが朧気にあるだけ。だがリィン・シュバルツァーは切り替えが異様に早かった。いちいちこんなことを思い悩んでも時間の無駄だ。空の軌跡FC・SC?零の軌跡?碧の軌跡?………知るかよ。阿呆が。まぁ、自分が楽しむためにこの知識に関しては有用活用してやろうとリィン・シュバルツァーは思った。

そしてその知識の中にある八葉一刀流には心惹かれる物があった。自身もこの剣術を扱いたいと!女神の引き合わせか何かどうやら我が父親テオ・シュバルツァーの旧知の中には八葉一刀流の創始者『剣仙』ユン・カーフェイもいた。それを知ったリィンは直ぐ様に父親に頼み込みユン・カーフェイに剣術の指南を受けた。そこから月日が立つ。

 

 

 

リィンは今日もユミルの森林で剣を振るう。リィンの年齢はまだ七歳だ。このユミルの森林ではもちろん魔獣も存在している。普通ならばこの年齢には立ち入れないようにするだろう。だがリィンには大人顔負けの実力になっていた。リィンに言わせれば幼いから弱いなど誰が決めた?俺は知らないぞ。そんな考えに至る。

リィンは目の前の魔獣に目を向ける。ブレードホーンが5匹、ハッシムゥが3匹、ゴーディオッサーが2体がリィンを襲おうとしている。幼子どころか大人であろうとも何かしら戦う術がなければ逃げるであろういったくにリィンは愉しげな笑みを浮かべる。そして自身が最も好む型を構える。

「八葉一刀流、弐の型【疾風】」

 

疾駆したッ!魔獣たちはリィンが消えたように見えたのだろう。ブレードホーンが3匹、ハッシムゥが2匹、斬り殺されていた。魔獣たちも事態に気付きリィンの姿を捉えようとするが遅すぎる。もうゴーディオッサーが2体、いや1体斬られ最後の1体も怪力を振るうことも叶わず首を斬り飛ばされた。………リィンは深く息を吐く。そこにはもう愉しげな笑みを浮かべておらず、つまらなそうな顔をしている。リィンは物足りないのだ。雑魚は所詮雑魚なのだ。数を揃えたところで雑魚にはかわりない。数を揃えば少しは歯応えがあるかとは思ったが時間の無駄をしたとリィンは思った。命懸けの戦いこそ自身を成長させると考えるリィンにとっては先ほどの虐殺は不満が残るところだ。

 

ユン老師はリィンのこの在り方を刀を振るう才能を含めて斬るために生まれてきたような子だ称した。ユン老師の数ある弟子の中では最も刀に愛された子供、いずれは近いうちに最年少の剣聖になりうるだろう。ユン老師もリィンに邪念があればその在り方に危機しただろう。だがしかし剣術とは斬るために存在する殺しの技術。ユン老師は故にリィンに問いかけた。何故刀を振るうと?リィンはこう言った。「斬らない刀に意味などない」そこには思想や理念などなく刀は斬るためにあるものと言ったのだ。華々しい考え方などいらないのだと。成る程。やはりこの子は刀に愛されている。いや、斬ることに愛されているのか。ユン老師とて剣術を扱う身。この子が何処まで行くのか見たくなってしまった。自身ですら想像も思い付かない場所にまで到達しうるのではないのかと。ユン老師はそれからも熱心に剣術をリィンに指導した。そして今に至る。

 

リィンは森深くのところに足を向ける。あちら側の魔獣は先ほど斬った魔獣とは違いレベルが数段違う。今のリィンとてあちら側に行けば死ぬ可能性は充分にある。リィンは嗤った。自分が死ぬ?想像できない。あり得ない。そこには自分の腕の絶対と呼べる自信に満ちている。リィン・シュバルツァーにとって敗北は死だ。死ななければ負けではない。

 

「行くか…」

 

森深くにリィンの姿は消えていった。

 

 

 

「くくッ、はははははははっ!」

 

リィン・シュバルツァーは歓喜の笑いを上げていた。いまリィンと戦っている魔獣はグルノージャが3体だ。ほかにはリィンの周辺にグルノージャが2体死んでいる。その巨体から繰り出される連打は周りの木々を押し潰しリィンへと迫る。その3体から迫る連打を難なくかわし自身が誇る剣技、弐の型【疾風】で3体を斬りつける。グルノージャたちから苦痛に呻く声を上げリィンに怒りの念を向ける。リィンの剣技は殺傷力と速さに念を置いている。一撃一撃を必殺の威力にし相手の攻撃を回避そして目にも止まらぬ速さで攻撃する。当たらなければどんな攻撃も意味が無く当たったとしても戦闘に致命的な損傷を受けない自信があった。

 

リィンの鋭敏な感覚が気配を探知する。ゴーディシュナーの群れだ。10体ほど、ほかにはゴルドサイダーが4体こちらに向かってくる。リィンの気分はどんどん高揚してくる。リィンの中に眠る力が開放しろッと声を上げているのだ。 リィンは自身を更なる高みへと昇るために力を開放しようとする!

 

「■■■■■■■■■ッ」

声にならない声を叫び変貌した。リィンの容姿は黒髪から銀髪緋目へと変わり全身から黒い闘気を溢れだしている。

 

「ハァッッ!」

 

有象無象には用がないと言わんばかりに弐の型【疾風】をゴーディシュナーとゴルドサイダーの群れの中を駆けながら斬りつける。神速。ただその一言に尽きるだろう。魔獣たちはどうやら即死のようだ。そしてリィンはそのまま斬り殺したらグルノージャ3体に業火を伴う弧状の斬撃を放つッ。グルノージャたちは反応が出来ないまま斬りつけられながら焔を受け死んだ。

リィンは充足感に満ちていた。自分の剣が一つまた高みへと昇ることが出来たことを。唐突にリィンはハッとした。呆けたままではいられない。空を見上げればもう夕方だ。あまりに遅く帰ると妹が心配し泣いてしまう。両親にも心配をかける。急いでリィンは自分の家へと戻るのであった。…

 

 

 

・リィン・シュバルツァー

7歳

 

基本的には自己中心的だが自身を愛してくれる家族を愛している。

 

クラフト

 

弐の型【疾風】

 

『攻撃(威力S):円LL即死(70%)崩し発生率+35%』

 

雑魚には用がないと言わんばかりの技。リィンと戦う際には即死を防ぐアクセサリーを身に付けよう。

 

【業炎弧影斬】

 

『攻撃(威力SS+)直線M(地点指定)即死(30%)炎傷(70%)気絶(70%)遅廷+50崩し発生率+50%』

 

行動なんてさせない。そのまま死ねという技。甲零級を獲得したときのアクセサリーを身に付けたほうがいいかも。

 

 




衝動的に思わず書いてしまった。最近、閃の軌跡をやったんですがリィンの王道主人公っぷりにこんなリィンも居ていいだろうと思い書いてしまいました。続くかどうかわかりません。リィンのモデルはあの人です。


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2話

リィン・シュバルツァー、11歳。リィンは悩んでいた。毎日のように刀を振り魔獣を斬り続けてきたが、ふと気付いたのだ。自分は対人戦をあまりしたことが無いことを。模擬戦ならばユン老師といくらでもしたことはあるが対人戦の殺し合いはしたことがないのだ。このままではいけないとリィンは思った。経験こそが人を成長させると考えるリィンにとっては足踏みしているようなものなのだ。リィンの『知識』もそう言っている。この場に第3者が居ればこう言うだろう。「それはゲームだから」と。

だかリィンはそんなことはどうでもいいのだ。新米の人間がたかだか数ヵ月で超一流と呼ぶべき人間と戦うことが出来たのだ。ならば幼い頃から拷問紛いの鍛練を行えばゼムリア大陸で『最強』の実力者になれるのではないだろうか?リィンはそう考えた。リィンにとっての『最強』は何をしても勝てないということ。不意討ち?弱点探し?毒を盛る?そんなことをしても無意味。弱者が強者に勝てる道理などない。リィンそんな『最強』になってみたいのだと恥ずかしながらユン老師に語ったことがあった。ユン老師はそんなリィンの『夢』を聞いて少しばかり頬がひきつっていたがリィンは知ること無し。

リィンは考えた。まず一つ目、遊撃士。多方面にいろんな事態に関わることが出来ることはリィンにとっても魅力的だった。しかし遊撃士に求められる物が問題だった。実力、それは申し分無いものだとリィン自身自負している。だがしかし次の人格に関してだ。これには引っ掛かるとリィンは断言する。リィンとて自分の人格に問題があることは解っている。こんな自分を受け入れてくれているのは今のところ両親と妹、それに加えユン老師ぐらいものだろうとリィンは思う。故に遊撃士は除外。リィンは心が狭いものだと思いながら次の選択肢、猟兵。戦うことだけを考えたらこれほど魅力的なものはないだろう。これもまたしても問題だ。それは自分の身分が貴族であること。爵位を廃爵し猟兵になる人間もいるが今の自分には関係ない。そもそもな話し両親から貰ったシュバルツァーの名を自分から棄てるなどありえない。これもまた除外。さてどうしたものかと考えていたところリィンは走るのを辞める。リィンは考え事をしながらでも鍛練を辞めないのだ。

ユミルの実家からかなり離れてしまったことに気付く。そこで思い出した。最近猟兵くずれが盗賊紛いのことを領地内でしていることを。このユミルの地では馬車は珍しくない。導力車は帝国では普及しているが辺境の地で誰もが持っているわけではないのだ。そこを猟兵くずれに狙われる。リィンはならばまずは自分で見つけだしてしまおうと思った。鍛練も兼ねてリィンはユミルの地を走り回った。

 

リィンはとうとう猟兵崩れを見付けた。だがまだ確信は持てない。装備から判断したまでで本人たちから聞いたわけではないのだ。リィンは猟兵崩れ?の前に姿を現した。

 

猟兵崩れたちは困惑している。それはそうだろう。急に刀を携えた子供が自分たちの目の前に現れたのだから。だがそこで猟兵崩れたちは眼の色を変えた。それはリィンが携える刀だ。注視して見ると色々な物を盗んできた猟兵崩れたちにも解るぐらい値打ちものだと。しかもそれを持っているのが140㎝をちょっと越えているぐらいの子供なのだ。猟兵崩れの一人がこの餓鬼を脅しつけて奪おうと思ったときその子供が

「こんにちは、あなたたちは猟兵崩れですか?」

 

そんな挨拶をしてきたのだ。猟兵崩れたちはポカンとした。この餓鬼は何を言っているのだと。猟兵崩れの一人が自身が所属していた猟兵団のことを高々に自慢した。そう自分たちは落ちぶれたとは言え有名どころの猟兵団に所属していたのだ。まったくこんな餓鬼に何を言っているのだと思いながらも自慢したい気持ちもわからなくはないと思った。

 

「そうですか。じゃあ、斬ってもいいんですね。」

 

そのとき鮮血が舞った。猟兵崩れたちは唖然とした。先ほど餓鬼が現れたときよりもだろう。そして首を斬り飛ばされた仲間の2人がドシャリと音を立てて崩れを落ちた。何故何故何故何故何故何故何故何故意味が解らない。またもう1人仲間が斬り殺されてようやく混乱から立ち直った。これは目の前の餓鬼が挙げた開戦の号砲だということを。そして餓鬼に銃を向けるが……居ない!何処だと思いながらもどんどん鮮血が舞い仲間たちが血の海に沈む。またしても狂乱状態になり餓鬼の姿をした化け物を探そうとするが急に視界が暗転し永遠に暗闇の底へと堕ちていった。

 

 

リィンは自身が斬り殺した猟兵崩れたちを視る。だが自身が想定した戦闘とは魔獣たちと同じ虐殺になってしまった。何故この猟兵崩れたちは銃も装備していたのにこんなにも弱いのだろう。リィンと猟兵崩れたちでは圧倒的に実力差があったのだ。ゆえにこの結果。少し不満が残るものだと思いながらも返り血も浴びてもいない姿に満足しつつ帰るのであった。

 

 

リィン・シュバルツァー

 

11歳

 

クラフト

 

『我励』

【補助:自己STR・DEF・SPD+50%4ターン】

 

自身を鼓舞する。俺の剣は最強だ!

 

『弧影斬』

【攻撃(威力S+):直線M(地点指定)即死(30%)遅廷+70】

 

今回は小手調べで撃った技。

 

Sクラフト

 

『疾風迅雷』

【攻撃(威力EX):全体 即死(100%)】

 

まだ出番無し。

 

『■■■■■■■』

【補助:自己 全ステータス+100% 常時発動】

 

一話目で出た技。リィンも何故使えるか解らない。




思わずまた書いてしまった。閃の軌跡2周目プレイ満喫中です。ナイトメアは怖くて手が出せない。


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3話

『赤い星座』。ゼムリア大陸西部に神出鬼没に現れる猟兵団の一つ。『猟兵団/イェーガー』とは大陸諸国で活動する傭兵部隊の中でも特に優秀な部隊を指して使われる称号。規模や目的に応じた柔軟な契約が行え、高い戦闘力を期待できることから、私兵として使われることが多く、その運用を法律で禁じる国も存在する。その中の『赤い星座』は『西風の旅団』と並んで最強の猟兵団と称され同時に宿敵の間柄でもある。その起源は古く暗黒時代の

『ベルセルク』オルランドに始まるという。今は『闘神』の異名を持つバルデル・オルランドを団長をもとに副団長を

『赤の戦鬼』シグムント・オルランドを据える。全ての団員が一騎当千の力を持ち、帝国軍や結社すらも単純の戦闘力では上回ると言う。

その『赤い星座』がこのユミルに地に来ているらしい。そんな情報がリィンの耳に届く。リィンは直ぐ様にその情報の正否を確かめた。これはまたとない機会だと。オルランドは戦闘狂が多いと『知識』にある。ならば自分と戦ってくれるのではないかと期待したのだ。リィンはいろいろなところから聞きまわり、その情報が本当だと言うことがわかった。今は人数が多いので広い場所で野営をしていると聞く。リィンは『赤い星座』が野営をしていると言われる場所へと向かった。

 

 

『赤い星座』は休暇と言うのが正しいのだろう。今は猟兵団の仕事はなく骨休めといったところだ。『血染めのシャーリィ』ことシャーリィ・オルランドは頬を膨らませて不満そうにしているが。

 

「うーん、ひま、暇だよー」

 

「そう言うな。仕事がなければ俺たちの出番もない」

燃えるような赤髪とそれに加え大柄な体を持つバルデル・オルランドはシャーリィの頭をバシバシ叩きながら言う。

シャーリィは叩かれた頭を押さえながらウーッと唸る。

 

「でも………っっ」

 

今まで和気藹々としていた『赤い星座』団員の全てのものたちが警戒体制に入った。この広場に向けられている圧倒的ともいえる闘気。いったい誰だ。まさかこんな辺境の地でこれほどの闘気を有するものがいるとは。それが団員たち全員の総意だった。そのなかでバルデル・オルランドとシグムント・オルランドは面白げな顔をしシャーリィ・オルランドは退屈そうな顔から一転、楽しげな顔をしている。

そして現れてきたのは自身の闘気を隠そうともせず後の世では『剣鬼』リィン・シュバルツァーと呼ばれる少年だった。その少年が一言

 

「死合いしてくれませんか」

 

満面の笑みで言ったのであった。

 

 

リィンは『赤い星座』の面々にそう言った。

 

「すみません。突拍子もなく言ってしまいました。俺、強い人と闘いたくてきたんです。出来れば闘って欲しいです。」

 

 

リィンは恥ずかしげに頭を掻いた。こんな挨拶では妹に叱られてしまうと。第3者が居ればリィンのセリフに突っ込んだだろう。言っているところは結局変わっていないのだから。だがリィンにとってはこれがここにきた全てである。要点だけを伝え時間の無駄を省く。リィンが気がはやっているのだ。戦いたい戦いたい戦いたい戦いたい戦いたい戦いたいと。それを理解しているのか、バルデル・オルランドが自らの得物ブレードライフルを手にしリィンに

 

「坊主、名前は?」

 

「リィン・シュバルツァー」

 

「そうか。俺の名はバルデル・オルランド。『赤い星座』の団長だ。」

 

赤い星座の団員たちは驚いた。まさか団長自ら出てくるとは。同時にこの子供の姿をした鬼が団長自らが相手をしなければならないということを理解した。

 

開始の合図はリィンによる弧影斬の一閃だった!その一閃は『赤い星座』の団員ですらあっさりと殺しうるものである。団員たちは戦慄した。実力者だとはわかっていたがこれほどのものとは。だがバルデルはそれを難なくかわす。そして地面が爆発するほどの踏み込みを経てリィンへと斬りかかる。リィンは回避。回避したそばからライフルの掃射を受ける。リィンの心は歓喜の一言。自身の一閃が簡単に避けられるとは。リィンの口から歓喜の声が漏れる。

 

「ふふふ…ははははははッ!」

 

リィンから膨大の殺気が溢れ出す。それは『赤い星座』の団員に無差別に叩きつけられた!自分たちが歩んできた戦場でも見受けられないあまりの殺気に団員の何名かが吐いている。バルデル・オルランドはその殺気に感嘆の息を漏らす。我が宿敵、猟兵王でもこれほどの殺気だすことは敵わないだろう。バルデルはそのままリィンへと特攻する。猛攻とも呼ぶべき攻撃が斬りながら至近距離で弾幕の嵐。リィンも掠り傷を負っている。そう掠り傷。リィンは至近距離で銃弾による弾幕を回避し続けているのだ。攻撃を続けていたバルデルは唐突リィンの姿を見失った。身体に痛みが走った。バルデルの身体から鮮血が舞う。斬られたのかとバルデルは認識した。リィンがいま使ったのは【神風】という技。弐の型【疾風】が多対一に優れているのならば【神風】一対一に優れている。速さの極致の技である。バルデルは斬られ続ける。だが倒れていない。歴戦ともいえる経験が無意識に致命的になるものを回避しているのだ。

そしてバルデルはリィンの姿を捉えた!リィンがどこから来るのか解っていたようにリィンの身体に斬撃の一閃が入った!リィンの身体が吹き飛ぶ。地面に何度も打ち付けながらもリィンは体勢を整えようとするがバルデルによるライフルの掃射が降りかかる!リィンの身体から鮮血が舞う。だがリィンはあれほどの追撃を受けていても立っている。いや、その顔に笑みが浮かんでいる。

 

「如医善方便、為治狂子故、顛狂荒乱、作大正念」

 

「心墜醍悟、是人意清浄、明利無穢濁、欲令衆生、使得清浄」

 

「諸余怨敵皆悉摧滅――」

リィン・シュバルツァーが口にしたものは自身の狂気を正気ものだと断ずる祈り。その祈り述べたリィンに変貌を遂げた。

バルデルはカッと眼を剥く。リィン・シュバルツァーの容姿が急に変貌を遂げたのだ。どういうことだ。その疑問が氷解する前にリィンの斬撃を喰らった。思わず膝がつきそうになる。ただでさえリィンの速さも凄まじいものだがそれが跳ね上がった。攻撃の意を読んで捉えようとするが読めない!初めの殺気が凪ぎのように思えてくる。その膨大の殺意が攻撃の意を読ませないのだ。そしてリィンは

「【閃突】」

 

至近距離からの刺突!今度は鮮血を撒き散らし吹き飛んだのはバルデルの方だった。轟音をたてながら地面に激突。バルデルが激突した地面は5m位のクレーターが出来上がったのだ。その威力に畏れを抱かせる。勝負は決した。リィンは満足感を得た。リィンの服は自分と相手の血によって染め上げられている。それすらもリィンの心を満たす。

だがあまり惚けてはいられない。バルデルの手当て邁進する面々とバルデルにリィンは

 

「ありがとうございました。」

 

お礼はきっちり言わなければならない。でもリィンは驚いてもいた。心臓を狙った【閃突】が貫かれる刹那、絶妙な体捌きでずらされたのだ。さすがは『闘神』と思いながら帰途へついたのであった。

 

 

リィン・シュバルツァー

 

13歳

 

クラフト

 

『神風』

【攻撃(威力SS)単体 即死(100%)2回連続行動】

 

Sクラフト

 

『閃突』

【攻撃(威力EX+)単体 即死(100%)気絶(100%)封技(100%)ステータスオールダウン】

 

喰らった相手は全てのステータスが低下する。

 

 



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4話

あれからバルデルとの死闘から2年の月日が流れた。リィンとバルデルが闘い、そしてリィンが勝った。それだけで話が終わったのならばいいだろう。しかしそれで終わらなかった。辺境のユミル、そこのテオ・シュバルツァー男爵の義理息子リィン・シュバルツァーが『赤い星座』団長の『闘神』バルデル・オルランドに勝利したのだという情報が上級貴族たちのなかに流れたのだ。何故こんな情報が流れたというとリィンとの死闘の後に意識を取り戻したバルデル・オルランドが「見事!」と讃えたのだ。このような辺境の地にて戦に明け暮れていた自身の武を打ち破ってみせたのだ。そこには戦場に身を置き続けることに匹敵するほどの鍛練を繰り返した証なのだとバルデル・オルランドは確信していた。そのことに団員全員が頷き、また一人最強の一角たる強者が生まれていたことに喜んでいたものだった。そしてバルデル・オルランドは『赤い星座』に入りたいのであればいつでも歓迎すると酒の席で声高々に言ったのであった。

そしてそれは『西風の旅団』の団長『猟兵王』の耳にも入る。その情報が知り得たとき『猟兵王』は驚きの念を禁じ得なかった。何故ならば『闘神』の実力は自身がよく知っていたからである。その情報も更に広まわり猟兵を私兵として抱えるエレボニア帝国の上級貴族たちにも知り渡った。これには上級貴族たちは驚愕した。当然上級貴族たちは自分たちが抱える猟兵たちの実力を知っているのだ。そしてその猟兵たちが口を揃えて『赤い星座』の団長バルデル・オルランドは自分たちでは到底及ばない最強の一人であると。

下級貴族たちはそんな上級貴族たちを観て失笑した。何をそんなに慌てている?たかだか薄汚い猟兵の長が子供に負けた弱卒という話だけではないかと。無知とはなんと幸せなことか。上級貴族たちにも焦っている理由がある。何故なら男爵家とはいえ皇族縁の家だと言うのに浮浪児を拾ってくることは何事か!とテオ・シュバルツァー男爵を弾劾したのだ。そして思い出す。自分たちが口にした罵詈雑言を。テオ・シュバルツァーを領地に引き籠らさせたのが自分たちに原因があると自覚しているのである。これは不味いのではないかと、

上級貴族たちは考える。権力闘争に明け暮れ、腹の探り合いばかりをしている上級貴族たちは疑心暗鬼にかられているのだ。もしかしたら自分にその武を向けてくるのではないかと恐怖する。その中の一人が堪えきれず高額ミラで気の乗らない猟兵を釣り数を揃えば恐れるに足りずと考えほかの上級貴族たちもその考えに乗り揃えた猟兵のその数50人。馬鹿げている。少なくとも一人の人間に向ける武ではない。だからこそ同時に安心した。これで不安にかられることはなくなると。そして上級貴族たちは待った。自分たちが望んだ答えを持って帰ってくる猟兵たちを。1日、2日、3日、4日、5日、6日、7日、どういうことだ。帰ってこないぞ。貴族たちにそんな声が挙がってくる。貴族の一人が偵察用の猟兵を差し向ける。そして驚くべき報告がきた。全滅という報告。上級貴族たちは唖然とした。それが徐々に恐怖へと変わる。

詳細を聞けば自分が向かったときには猟兵たちの血を吸い地面が赤黒くなっていたことと、ほかには地面にポッカリと何かに切り裂かれたような大穴の中に焼け焦げて顔の判別もつかない50人の猟兵たちであった。この偵察猟兵は知らないことではあるがリィンが自分に差し向けられた猟兵たちに使った技は【疾風迅雷】。電撃を帯びた剣閃を駆使し目にも止まらない速さで切り裂いた後、超質量を持った一閃で終わらせるという技だ。リィンいわく「ただ単に派手な技なだけだよ」と苦笑していた。ただの派手な技だけで地面に50人者の猟兵の死体を入れられる大穴を開けられる筈がないのだが。威力だけで言うなれば【閃突】のほうが凄いらしい。ゆえにリィン自身も何故心臓を外れたとはいえバルデルが死ななかったのか不思議であった。そこで【閃突】が未完成の技であることに思い至った。実戦では未完成の技を使うべきではないとリィンは猛省したらしい。これはまた別の話だろう。

さて、この話を聞いた貴族たちは呆然とした。もうどうすればいいのか、わからないのだ。そこで思い至ったことは不干渉であることだった。もうこれ以上、化け物に関わるべきでは無いのだと。そしてそれは正解だった。

もちろん、これほど大事になれば社交界に興味がなく自身の領地内で暗躍していたとはいえ猟兵50人の姿を隠しきれる筈がないので当然リィン・シュバルツァーの父、テオ・シュバルツァーは気付いた。リィンを呼び出し、これまで視たことのない剣幕でリィンを叱咤する。その父の剣幕にエリゼ・シュバルツァーも自身の兄がとても危ないことをしたことがわかり「兄様兄様……」とボロボロと泣かれる始末。父の剣幕、妹の涙に流石のリィンも普段の無表情面を崩してオロオロ。家族に心配をかけたことを反省した。何よりも妹の涙に兄が勝てる道理など無かったのだ。

 

リィンはこう言った。「次から伝えることにします」と。コイツ反省していない!と突っ込みたくなるだろう台詞。だがしかしリィンは反省しているのだ。リィンにとってこれが精一杯の誠意だったのだ。リィンの道は剣を振るうこと。剣を振るうということは殺し合いの場に立つこと。何より剣はリィン・シュバルツァーはそのものだ。斬らない剣に意味など無い。まさに狂人の理。これを辞めるということは生きたまま死ねという意味そのもの。ゆえに止まらない。止めれない。

テオ・シュバルツァーもそのことを理解している。自分の息子が常人とは違い、理がたがっているのだ。どうするのか考える。剣の道を捨てられないのであれば何かしらの指針を与えよう。それが親心というものだ。

 

リィン・シュバルツァー

 

15歳

 

クラフト

 

『殺意』

【攻撃(威力D):全体 封技(100%)封魔(100%)気絶(100%)混乱(100%)悪夢(100%)遅廷+30 HP回復30%+4ターン CP回復+20 +4ターン】

 

状態異常オンパレード。殺意を研ぎ澄まされるほど自身の体が活性化する技。

 



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5話

『トールズ士官学院』。帝国中興の祖『ドライケルス帝』によって創設され、身分に囚われない人材育成を目指してきた士官学校である。その士官学校で今年から新しく作られる特科クラス『Ⅶ組』の指導教官または担任を務めることになるサラ・バレスタインは自身の元へと送り届けられた『Ⅶ組』に配属される生徒の資料にもう一度、眼を送る。どうやら勘違いではないようだ。

 

「まさか……ねぇ…」

 

サラもこれには絶句した。いつも飄々としている彼女を知っている者からすれば想像もつかない様子だ。

リィン・シュバルツァー。その名前が自身の生徒になる子だ。

『剣鬼』リィン・シュバルツァー。帝国では知っている者は知っている。八葉一刀流を免許皆伝している。

『八葉一刀流』とは東方の剣士『剣仙』ユン・カーファイが興された剣術の流派。刀・太刀を得物とした剣術で、一の型から七の型の七種の剣術と、武器を無くした時などに使う素手による第八の型『無手』の計8つの武術で構成されている。その剣術の型を1つでも皆伝まで極めた者を『剣聖』と呼ばれ、世界でも指折りの実力者として知られるようになる。

そして奇しくもリィン・シュバルツァーは弐の型を皆伝しており『風の剣聖』アリオス・マクレインと同じ型の皆伝である。しかし二人は独自の発展を遂げており似ても似つかないものになっている。

本来ならば『カシウス・ブライト』・『アリオス・マクレイン』と並び『剣聖』と呼ばれる筈なのだ。だが誰もがそれを口にしない。『剣聖』と呼ばれない変わりに『剣鬼』。すなわち剣に狂った鬼だと称される。何故こう呼ばれるのかリィン・シュバルツァーの逸話の一つに最もあげられるのが猟兵団『赤い星座』に単身で乗り込み『闘神』と殺し合い、その上で勝利したことであろう。

馬鹿な。有り得ない。そんな言葉に尽きるだろう。気が狂っているのでないかと思わせる。同時に『闘神』に勝利できるほどの超一流の実力者でもあることを窺わせる。まぐれ勝ちで勝てるほど『闘神』は甘くないのだ。ゆえに『剣聖』という呼び名に敬意が込められているのであれば『剣鬼』という呼び名は畏敬の念が込められている。

サラ・バレスタインも、もちろんその情報を知っていた。だからこそ頭が痛い。自身も元A級の遊撃士で『紫電』のサラ・バレスタインと呼ばれたが『闘神』に勝てるとは思えない。サラは自分の実力を理解している。自身の力を認識していなければ戦場では死ぬだけなのだから。

そして情報が正しければリィン・シュバルツァーは13歳の頃に『闘神』を降しているのだ。今の年齢を省みれば更なる力を身に付けているだろう。少なくとも自分の力を越えている。手綱を握れるかわからない。リィン・シュバルツァーはいつ爆発するかわからない不発弾のようなものなのだ。サラ・バレスタインは頭を振った。これ以上は考えても埒があかない。実際対面した訳ではないのだから先入観は禁物だ。サラは次なる生徒の資料に眼を遣った。◆

近郊都市トリスタ。リィン・シュバルツァーが列車に揺られながら向かっている都市の名である。そこは帝都の東、大陸横断鉄道で20分ほどの位置にある近郊の町。歴史はあるが古めかしくはなく、居心地がいい雰囲気の街並みに北側には自身がこれから通うことになる『トールズ士官学院』があるとリィンは聞き及んでいる。ほかには学生街としての機能も備えており、それ以外にも、導力ラジオ番組を放送する『トリスタ放送』などが存在すると妹のエリゼが親愛なる兄のために調べてくれたのだ。そもそもな話、この兄リィン・シュバルツァーはラジオなどには興味などなくそれよりも剣を振ることを至高とする男である。だがそれとは別として妹のエリゼにはリィンは感謝していた。

「本日はケルディック経由、バリアハート行き旅客列車をご利用頂きありがとうございます。――次はトリスタ、トリスタ。1分ほどの停車となりますのでお降りになる方はお忘れ物の無いようご注意ください。」

 

列車内から目的地の到着のアナウンスが鳴り響いた。どうやらこれから住むことになる都市の概要を思い返していたら、ずいぶんと時間がたっていたことにリィンは気付いた。リィンは手持ちの荷物を確認し列車を降りる準備をする。皆が席を立ち、最後に忘れ物がないか立ちながら再三確認してから自身もその人の流れに乗り列車から降りた。いろいろな人たちが列車が降りてくる。そのなかで多いのがトールズ士官学院の学生服を着た少年少女たちである。リィンは自分と同じ新入生なんだろうと納得する。しかしリィンはおや?っと思った。いま自分が着ている赤い制服なのだが1人2人は見かけたがそれ以降はパッタリと見えず、後は緑の制服と白い制服がチラホラ見かけるだけだ。そのことに不思議に思いながら駅のホームを出た。

 

リィンが外に出るとトリスタではライノの花が咲き誇っていた。その光景にしばしば足を止める新入生たちが見受けられる。それらを視たとき得た感想はリィンは自分の剣術の技が完成したときのほうがよっほど恍惚すると彼は思ったのだ。リィンは歩きながら街並みを確認しておく。まず目に入ったのが花屋に服屋、あとはカフェテラス、喫茶店か何かだろう。世間知らずとは彼はそのぐらいは知っている。そして次は橋を渡り左側に教会が見える。ここからでもトールズ士官学院が見える。一通りの街並みを確認したこと満足する。歩いて行くうちに10m先で執事風の老人が長方形のケースをポニーテールの少女に渡している。少女はケースを受け取り学院へと向かっていった。その執事風の老人がわざわざ去り際リィンに礼をとった。リィンはその去っていた老人が高水準の武芸者だと判断した。死合ってくれないだろうかと物騒なことを考えるリィンだが恐らく駄目だろうなと残念な気持ちでそれを迎入れた。歩いて数分、トールズ士官学院にたどり着いた。これほど大きな学校は類をみないだろう。『トールズ士官学院』。父の紹介で入ることになった学校。剣を振るいたいのならば、どういう場で振ることが出来るか学ぶには調度良い場所だとリィンは紹介された。そんな父に感謝の念を送る。そこに

「――ご入学、おめでとーごさいます!」

 

小柄な少女がリィンにそう声をかけてき、身体が太めな作業服を着た男性も追随し近づいてきた。

 

「うんうん、君が最後にみたいだね」

 

何かに納得するかのように頷く少女。リィンは自分に何か用があるのかと頭を捻っていると

 

「リィン・シュバルツァー君、――でいいんだよね?」少女はそう尋ねてきた。

 

「―そうですけど。何か用でも?」

 

「うん、えっとね、学院で預かる荷物があるんだけどそれを渡してほしいの。」

なるほど、そういうことかと彼は納得する。確かに案内書に書かれていた。リィンは肩にかけていた包みの中に入れた刀を男性に手渡す。

「―確かに。ちゃんと後で返されるとは思うから心配しないでくれ。」

 

「入学式はあちらの講堂であるからこのまま真っ直ぐどうぞ。あ、そうそう―『トールズ士官学院』へようこそ!」

 

邪気のない華やかな笑顔で少女はリィンに歓迎の言を示した。男性もそれに続いて

「入学おめでとう。充実した2年間になるといいな。」

 

「――ええ。そうですね。」

 

リィンはそれに頷き講堂へと向かった。

 

『獅子戦役』を終結させたエレボニア帝国、中興の祖にしてトールズ士官学院の創立者、『ドライケルス大帝』。

 

『獅子戦役』と『ドライケルス』とは何か。七耀歴950年頃にエレボニア帝国で勃発した内戦。皇位継承から巡る内紛の端を発し、瞬く間にエレボニア全土が戦火に包まれた。内戦が長期化する中、後に『帝国中興の祖』と呼ばれる『ドライケルス大帝』が挙兵し、『槍の聖女』と謡われた『リアンヌ・サンドロット』と『鉄騎隊』と共に内戦を終結に導く。戦後、リアンヌは生死不明になるが、その武名は後々まで伝えられていくという話だ。

『リアンヌ・サンドロット』。リィンはこの『鋼の聖女』が生きていることを『知識』で知っている。―自分の剣が何処まで届くのか試したいと彼はそんな思考に埋めつくされた。『最強』までの道程をとるならば彼女は避けて通れないだろうと彼は確信しているからである。リィンは今この場に居ない人間のことを考えても仕方ないと思考を打ちきる。

 

「若者よ――世の礎たれ。」

 

そんなヴァンダイク学院長の声が講堂内に響き渡った。どうやら考えごとをしている間に話が進んでいたようだ。

 

「世とは何か。何を持って礎たる資格を持つのか。これからの2年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい。――ワシの方からは以上である。」

 

切磋琢磨。斬り合いの相手を探すことを頑張ればいいのかとリィンは考える。世とか礎の資格とか彼にしてみればどうでもよいのだ。最高の敵手、そしてそれを打ち倒す自分の剣があることをリィン・シュバルツァーは至高としているのだから。我が武は誉れ。とても単純である。

 

「うーん、いきなりハードルを上げられちゃった感じだね?」

 

唐突に隣の紅茶色の髪をした柔和な顔立ちをした少年がリィンにそう声をかけてきた。リィンはその少年に視線を向ける。

 

「ご、ごめんね!急に声をかけて。僕はエリオット。エリオット・クレイグだよ。」

 

リィンの視線に威圧されたのか慌てて自己紹介する少年エリオット。リィンも自己紹介されたのならば、きちんと礼を返す。

「リィン・シュバルツァーです。」

 

リィンは無表情だがエリオットにそう返した。あとリィンは基本的に敬語なのだ。気分が上がれば別だが、リィンの気分が高揚するときは間違いなく殺し合いの場になっている。物騒な話だ。そして無言の場になっている。エリオットも若干気まずそうだ。エリオットはチラチラとリィンを見る。余談だがリィンの容姿は男にしては長髪であり、端整な顔立ちした優男である。エリオットもそのせいもあってか話し掛けやすそうだと思ったのである。リィン・シュバルツァーは無口だ。そもそも彼にとっての他人は家族以外ではユン老師ぐらいのものである。あと会話したことがあるのは『闘神』とそれに加えリィンに殺された人間である。殺された人間に関しては「助けてくれ!」とか「殺さないでくれ!」とか、「あぁぁぁぁ!」とか、とにかく会話にすらなっていないものばかりである。付け加えるならばエリオットという少年が気まずかろうとどうでもいいし、興味がないのだ。リィンは無駄なところでも胆が太いのである。エリオットは何とか沈黙を打ち破ろうと声をあげた。

「そ、そう言えば、僕たちの赤い制服はどういうこと何だろうね?ほとんどの新入生は緑色の制服みたいだけど……あと向こうにいる白い制服は貴族の新入生なのかな?」

 

リィンもそれに関しては不思議であった。だが答えが出ないものを考えても仕方がないし、後から連絡がくるのだ。だけど、とりあえず自分の考えを伝える。

 

「それはわからないですけど、後から先生方から通達がくるのではないのでしょうか?向こうの新入生は貴族でしょうね。」

 

「――以上で『トールズ士官学院』、第215回・入学式を終了します。以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います。以上――解散!」

マイク越しに入学式の終了の挨拶があった。長い入学式がようやく終わったようだ。

 

「指定されたクラスって……送られてきた入学案内書にそんなの書いてあったけ?」

 

エリオットから戸惑いの声があがる。「いえ、書いてありません。」

 

リィンは入学案内書の内容は頭に入っているのだ。だがどこにもそんな情報は見当たらない。

 

「はいはーい。赤い制服の子たちは注目〜!」

 

声のしたほうにリィンは身体を向けた。そこには学院の女性教官なのだろう。あぁ、この女性もまた1人の強者であることがリィンには解った。ヴァンダイク学院長しかり、列に並んでいた金髪の男の教官しかり、そしてこの女性。思わず彼の口からくぐもった笑いが出そうになる。なんて素晴らしいところなのだろうか。バルデル・オルランド並みの強者はめっきり見えなくなった。飢えていた。飢えていたのだ。強者を!強者を!強者を!と。これだけでもこの学院にきたかいがあった。いつの間にか手が刀を探そうとしている。リィンはすぐに心を静めようとする。リィンは息を吸い深く吐く。これを繰り返す。自分の興奮状態の精神が徐々に落ち着く。

「リィン?皆、移動しているよ。」

 

「ええ。俺たちも移動しましょう。」

 

そして女性教官の後に続いてきて到着した場所は古めかしい建物の前であった。女性教官は鼻歌を歌いながらその建物の鍵を開ける。リィンも女性教官の後へと続いていった。後ろの方からは戸惑いの声があがるがついてきているようではある。

建物の中に入り女性教官が高台に上る。

 

「――サラ・バレスタイン。今日から君たち『Ⅶ組』の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね。」

 

『Ⅶ』組と呼ばれたメンバーは思い思いに困惑している。リィンはこの場所で斬り合いでもするのだろうかと期待した。もちろんサラ・バレスタインという教官とである。だがその線はないようだ。

「お、さすが首席入学。よく調べているじゃない」

 

クラス分けは身分によって変わるのでないかという眼鏡の少女の問い掛けに感心するサラ教官。

 

「そう、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。――あくまで去年まではね。」

 

その答えに眼鏡の少女は驚きの声を出す。

 

「今年からもう1つのクラスが新たに立ち上げられたのよね〜。すなわち身分に関係なく選ばれた特科クラス『Ⅶ組』が。」

 

リィンはこの『Ⅶ組』の話を聞いて自身の剣を振るう機会が多くなるのでないかと推測する。特別というのは得てして厄介事が付きまとう。まるでこの学院にくることが女神による天恵なのではないかと思えてくるほどだ。彼は人知れず喜んでいると――

「――冗談じゃない!」

 

そんな大声が建物内部で響き渡った。

 

「身分に関係ない!?そんな話は聞いていませんよ!?」

眼鏡の男子にはそれが許容できないのか否定的な声だ。その声に応じてサラ教官も少年に尋ねる。

 

「マキアス・レーグニッツです!それよりもサラ教官!自分はとても納得しかねます。まさか貴族風情と一緒のクラスでやって行けと言うんですか!」

 

マキアス・レーグニッツ。それが眼鏡の男子だ。この少年、見事なほど貴族嫌いのようだとリィンは感想を得る。

 

「うーん、そう言われてもねえ。同じ若者同士なんだからすぐに仲良くなれるんじゃない?」

 

 

そんなサラ教官の軽い言動に憤慨するようにマキアスは反論する。そこで恐らく貴族出身の金髪の男子生徒は鼻で笑う。それにマキアスは露骨に反応する。

いい加減、話を進めてくれないだろうかと表情にはでていないがリィンは苛々としはじめる。こういうものは長引くものだと相場が決まっている。時間の無駄は嫌だ。剣を振る時間が少なくなってしまう。その思いに反してマキアスと金髪の男子は口論をはじめた。マキアスはその金髪の男子の態度に気に食わず、皮肉を込めて家柄を尋ねると金髪の男子は答える。

 

「ユーシス・アルバレア。貴族風情の名前ごときに、覚えてもらわなくても構わんが。」

 

アルバレア。マキアスはその家名に驚く。『四大名門』。帝都の東西南北に広がる4つの州は『四大名門』と呼ばれる大貴族が統治し、州ごとの『領邦軍』を統帥する。正規軍に比べ装備は劣り、情報局の様な部署を持たないが、外部から雇い入れて欠点を補っている。そして東のクロイツェン州を治めているのがアルバレア公爵家なのである。これに『Ⅶ組』の面々は驚いたのである。なかにはその家をよく知らない褐色の留学生や眠そうな小柄の銀髪の女子生徒もいたが、いま一番の危険はリィンの無表情の顔に変化はないが目に殺気が宿り始めている。

 

お前ら、その無駄な時間の浪費は俺の剣に実があるのか。なければ斬り殺すぞ。リィンから殺気が溢れ出す。急に静まりかえる一同。いや、それどころか地面に脚が崩れたかのように座り金髪の少女とエリオットが恐怖した眼でリィンを見ている。顔色が悪くなった小柄な銀髪の少女はリィン対して警戒し、褐色の留学生やポニーテールの少女も同様の様子である。このような状況を招いた殺気も彼にとっては不機嫌程度の殺気である。リィンは口を開いた。

 

「サラ教官、いい加減話を進めてもらえないでしょうか?」

 

 

リィン対して警戒したサラ教官はその言を受けて警戒を緩める。

 

「ふぅ、そうね。本題に戻りましょうか。君たちにこれからオリエンテーリングを始めてもらいます。」

 

サラ教官は後ろに下がっていく。

 

「――それじゃ、さっそく始めましょうか♪」

 

突然何かが外れる音がした。リィンは自分の足元が浮く感じがした刹那、一気に踏み込み蹴り上げて後退する。ほかの面々は穴のそこに落ちたようだ。いや、銀髪の少女が道具を使い、難を逃れたようだ。と思ったがサラ教官がナイフを投げて少女の道具を斬り落とした。

これは自分も含めて穴に落ちる予定だったのだろうとリィンは自分の考えに終着をつけ、自ら飛び降りた。

少しの浮遊感から解放されリィンは地面に足をつけた。ほかの者たちは早々に混乱から立ち直っているようだ。何名かが降りてきたリィンを見て身体を強張らせていたようだ。それを気にする彼ではない。リィンが落ちてきた場所は広間である。円を描くように所々で台座があり荷物がある。そこには自分が預けた刀も見受けられた。リィンのポケットから唐突に発信音が鳴った。どうやら発信音はオーブメントからのようだ。それは自分以外の者たちも同様であると彼は確認する。

 

『オーブメント』。それはC・エプスタイン博士によって発明された、七耀石から導力を引き出し、様々な現象を引き起こす機械の総称である。オーブメント内の構造・歯車の動きで、七耀石を加工した結晶回路を相互干渉させることで無数のバリエーションの現象を発現させる。オーブメントの有用性は、バリエーションの豊富さに加えて、『時間が経てば内部の導力が回復する』ことにあり、外燃・内燃機関と比べると経済効率が遥かに高いのである。

 

『それは特注の【戦術オーブメント】よ。』

 

皆の疑問に答えるサラ教官の声がオーブメントから聞こえた。驚きの声をあげる一同。そのオーブメントに金髪の少女が何かに思い至ったのかサラ教官もそれに応じる。

【ARCUS(アークス)】。エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した次世代戦術オーブメントと呼ばれるものが皆に渡されたものだ。 そして学園で預かった武器とそれぞれに応じたクオーツをARCUSにセットすることをサラ教官が『Ⅶ組』一同に命じる。 リィンも自分の武器が置かれている台座に向かい刀を携え、ARCUSにクオーツをセットする。ほかのⅦ組一同も自分たちの場所へと向かう。所々でサラ教官の説明もあり、皆は問題なくクオーツをセットすることができた。これでアーツを使用することができるとサラ教官の注釈が入る。

 

そこからはサラ教官が操作したのか広間の奥の扉が開かれ、先はダンジョン区画になっていると説明があり、区画を抜けてリィンたちが入った建物、旧校舎1階に戻ることがⅦ組のオリエンテーリングだとサラ教官が言う。

 

リィンはサラ教官のご褒美などはいらないが旧校舎に徘徊する魔獣には興味があった。ほかのⅦ組一同が集まっていたがそれを無視して1人さきにダンジョン区画へと行くのであった。

 



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6話

薄暗い旧校舎の地下区画をリィンはコツコツと足音が響きながら歩いている。そこに徒党を組んだ魔獣の群れがリィンに襲いかかった!

――居合いが一閃。刹那、魔獣たちは皆すべからく斬り殺された。ただの一閃。それでこれを彼は成したのである。だが可笑しい。何故なら魔獣たちが斬り殺された後から風を斬る音が聞こえたのだ。

 

音を置き去りにする速度。そう表現するしかないだろう。

リィンにとってこの程度、通常の攻撃でしかないのだ。何か特別の技法を使うわけでもなく常時、斬鉄すら容易に行えるのである。

しかしこのようなことを成し得るリィンが何処か不満げな顔だ。再三、述べるがリィンにこの程度、児戯なのだ。そんなことをした程度で何を誇ることがある。

 

先ほど斬り殺した魔獣とて常人に分かりやすく言えば蟻を踏み潰すようなものだ。いちいち人が道端を歩いているなか踏み潰している蟻のことを気にかけるだろうか。いや、気にかけないだろう。それと同じである。

 

リィンは期待外れな地下区画に溜め息を吐きたい気分を我慢しながら黙々と歩いていく。この消化不良な気持ちをサラ教官は埋め合わせを彼は期待したいぐらいである。

 

リィンはおもむろにポケットからオーブメントを取り出す。『アーツ』。それはオーブメントからもたらされる魔法。彼はこれを必要としていなかった。まだ最強の身に遠いなれど、このような道具を用いなければ何かをなすことが出来ない弱者であると認めることではないのだろうか。

 

リィンはもし自分の武が他人に貶められたら間違いなく、その相手を斬り殺すだろうと確信している。彼は自身の在り方に誇りがあり、同時に強者であると自負している。故にこういう道具は好かないのだ。それでも渡されたものなので仕方無いと私心を律した。

 

 

オーブメント回復装置がある場所から過ぎ去り歩いていく内に分かれ道に出た。リィンは迷うことなく右の道へと向かった。五感が常人よりかけ離れている彼は左の道が行き止まりであることを察することが出来たのだ。これはリィンだけに限ったことではない。感覚的に優れているものならば誰にでも出来る芸当である。

 

気配という物がある。これとて武芸の道に進んでいるのなら、ある程度読み取ることが出来る。リィンの気配探知と呼べばいいのだろうか。距離にすれば彼を中心に500m位だろう。だがこれを重宝することはない。相手が何処にいるか、大きさ、鈍重なのか、素早いのか、リィンにとってその位が解るお遊びの技なのだ。斬る相手か斬らない相手なのか、そんなのは対面すれば分かる話なのだから。

 

とうとう終着点にきたのであろうとリィンは周りを見渡す。それなりに大きい広間。魔獣の石像。階段の上に扉がある。リィンは階段を昇り扉に手を掛けるが開かない。どういうことだと彼は頭を悩ませる。

斬ればいいのだろうかと刀に手をやろうとするが考え直した。何かしら理由があるのだろうと。

そこで閃いたのだ。もしや隠し扉が地下区画にあるのではないかと。リィンはこの考えになるほどと思った。道理で魔獣らを含めて容易いはずだ。サラ教官はお遊びも入れてこんな趣向にしたのか。ならばきっとその隠し扉の先には敵手を用意しているだろうとリィンは得心した。

 

そして来た道を戻ることにした。

 

紅茶髪の小柄な少年、エリオット・クレイグと眼鏡を掛けた少年、マキアス・レーグニッツと褐色肌の留学生、ガイウス・ウォーゼルは共に行動していた。

 

始めはエリオットとガイウスの2人だけだったが仕留め損なった魔獣がエリオットを襲い掛かり、その窮地をマキアスが救ったのだった。途中女子3人と邂逅したり、1人で魔獣たちを捌いていたユーシス・アルバレアとマキアスがまたしても口論となりマキアスがユーシスに殴り掛かろうとするトラブルなどが発生したが、その後は滞りなく進めていた。

 

「ガイウスもマキアスも本当に2人共つよいね。」

エリオットは2人に対して感心する。元々エリオットは武芸の道に何の縁もなかったのだ。

「…いや、それほどでもないさ。故郷ではこういったことに慣れていたからな。」

 

ガイウスは自分の得物、十字槍の状態を確認しながらエリオットに答えた。

 

「僕もさ。たまたま趣味でやっていたことが役に立ったにすぎないよ。」

 

マキアスはどこか照れくさそうにしている。趣味でやっていたとは言え褒められれば満更でもないのだ。

「うーん、でもたしかあのラウラっていう女の子もガイウスが言うには凄く強いんでしょ?」

 

「ああ、あの巨大な剣も苦も無く操ることが可能だろう」

 

「僕はいまだに信じられないよ。それでも女子の力だろうに」

 

エリオットはそういう会話をしている内に1人さきに行ったリィン・シュバルツァーのことを思い出した。同時に恐怖も甦ってきた。それでも尋ねようと決心する。それは人が知ることによって恐怖を緩和させようとする反応だったのだが、エリオットは知るよしも無し。

「ねえ、リィン…あの長髪の男の子は?」

 

その質問にガイウスとマキアスは口を噤んだ。マキアスは殺気を当てられた経験は無いが本能的に自分に向けられていたことを理解している。

ガイウスはどう言葉すればいいのかわからないのだ。だがそれでもエリオットの問いに答えようとする。

 

「あの少年…リィンといったか。恐らくだがかなりの実力者だ。少なくとも俺の力量では測ることが出来なかった。」

 

「そうだったのか…」

 

そう声にしているマキアスだが同時に納得もしていた。エリオットは他にも質問しようとするが――

 

「待て。」

ガイウスは2人を止めた。

「誰かくる。」

 

3人が自分たちの前の通路の奥を見ようと眼を凝らすと足音を立てながら近づいてきたのは先ほど話にあがったリィン・シュバルツァーだった。

 

4人は無言になるがリィンが先に口を開いた。

 

「エリオットさんにたしかマキアスさん…。貴方は―」

 

「ガイウス・ウォーゼルだ。」

 

ガイウスがエリオットとガイウスの前に立つ。

 

「そうでしたか。そう言えば、マキアスさんとガイウスさんには自己紹介していませんでしたね。これは失礼しました。リィン・シュバルツァーです。しがない男爵家の息子です。」

普段なら貴族となれば何かしらの反応をするマキアスが無言である。それは先ほどリィンを話題にしたエリオットも同様である。故にガイウスが出る。

 

「そうか。どうやら戻ってきたようだが何かあったのか?」

 

「ええ、そうなんですよ。何故か行き止まりになっていましてね。さてどうしたものかと。――先ほどから無言のエリオットさんにマキアスさんはどうしたのですか?具合でも悪いのでしょうか。」

 

この言葉だけを聞けばリィンは2人を心配しているように聞こえてくるがそんな筈はないのだ。この3人は知らないが今のリィンは感情が沸き立っているのだ。だから本人も普段に比べて口数が多くなっている。

リィンの感情が高ぶっている原因は勿論、待ち受けているかも知れない敵手である。勘違いでもそんなことは知ったことではないのだ。斬りたくて斬りたくて仕方無いのである。だからと言って敵でもない3人にいきなり斬りかかったりしないのだがこの3人が知るわけないのである。

 

ガイウスはこのとき、やっとリィンに対して言葉にすることが出来たのだ。知性があり、理性ある人の形をした化外。もしくは抜き身の刃。触れれば誰であろうと斬り殺す斬刃。

 

何故なら先ほどから隠す気配もない透明の殺意を3人に無差別に叩き付けられるのだ。

 

「――すみません。先を急いでいたのでした。それでは失礼します。」

 

リィンは3人の横を通り抜け、その姿が見えなくなるまで3人は無言だった。同時にマキアスとエリオットが堪えきれずに嘔吐する。胃の中にあるものを全部を吐き出すかのように2人は嘔吐を繰り返す。それは当然の反応だった。2人にしてみれば今にも自分たちを食い殺そうとする猛獣の目の前に立たされているような気分だったのだからである。リィンにその意図が無くても変わらない。

それは1人1人が得る個人の主観であるからである。その2人に限らずガイウスも緊張状態だったのである。彼の顔には汗が滝のように流れ始めている。3人はお互いに落ち着くまで時間を要するのであった。

 

 

 

 

リィン・シュバルツァーは途方に暮れた。なぜなら何処を探しても隠し扉が無かったのである。ここにきてとうとう其れは自分の勘違いであることを認識した。どうしようかと悩むリィンはもう一度、あの終着地点まで向かうことにした。

 

 

リィンが終着地点に近付いてくると戦闘音のようなものが聞こえてくる。それに加えて他にも聞き覚えの声が聞こえた。見えてきたのは石像だったものガーゴイルと名称する、それがⅦ組8人と戦闘しているのである。どうやら苦戦をしているようだ。8人がかりでも殺しきれないのならば面白そうだ。

 

ならば受けてみろ。まずは手始めだ。

「―――ツァァッ!」

 

裂帛の気合いによる【弧影斬】の一閃が放たれた。音速すらも遥かに超越した斬閃はⅦ組一同の知覚は認識外である。

ガーゴイルと戦っていた一同はいつの間にか目の前の魔物が両断されていたのだ。それどころかガーゴイル越しに壁に斬閃の後がある。いったい何時?どういうことだ。故に唖然とする。

リィンはこれで終わりなのかと肩透かしを食らったような気分だ。唖然とする一同を無視して自分が斬ったガーゴイルに近付く。倒されたガーゴイルは石に戻るようである。そこから彼はまた刀を振った。一閃、二閃、三閃、四閃、五閃。無造作に振るわれた剣筋は他流派からすれば奥義に位置する技である。何故こんなことを。ただの八つ当たりである。期待外れ感にいい加減にしてほしいとリィンは思った。

彼は刀を鞘に納めた。周りから魔獣の気配がせず、当面必要が無いと断じたからである。リィン以外の者たちは意識をたち直し始めた。

 

とはいっても金髪の少女アリサ・ラインフォルトは何度も石像に戻ったガーゴイルとリィンに視線をさ迷わさせ、普段ならその卓越した剣筋に感心する筈のポニーテールの少女、ラウラ・S・アルゼイドは難しい表情をしている。

 

マキアスとエリオットはリィンの登場に若干怯えの表情を見せており、ガイウスはリィンの腕前に納得の意を示していた。

 

銀髪の少女、フィー・クラウゼルは無表情の顔を崩して驚き、ユーシスもまた同様である。眼鏡の少女、エマ・ミルスティンはどこか困惑している。端から観ても、混沌としているこの場の収拾を誰かが抑えなければならないところをサラ・バレスタインが困った表情をしながら扉を開けて皆の元へと出向いたのであった。

 



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7話

Ⅶ組一同の前に現れたサラ・バレスタイン。そしてリィンを忌諱するかのように離れている数名を視て、早くもこうなったかと流石のサラもその様子に頭を抱えた。

 

だがどちらにせよこうなることは自明の理だったのだ。そう考え直し、サラはⅦ組一同に声を掛けた。

 

「はいはい!みんな注目よ。それにしてもARCUSの戦術リンクはリィン以外はちゃんと機能したわね。」

 

サラは手を叩きながら、そう説明したが唐突の説明に困惑の声があがる。

 

「ARCUSの戦術リンクですか…?何なんですか、それは。」

 

アリサ・ラインフォルトは聞いたこともない機能に疑問を問い掛けた。それは他のメンバーも同様の疑問だった。

 

「ARCUS。それは様々なアーツが使えたり、通信機能を持っていたりと多彩な機能を秘めているけど、その真価は『戦術リンク』――。先ほどリィン以外が体験した現象にある。」

 

リィン以外のⅦ組一同は自分たちのオーブメントを見詰め、先ほどのガーゴイルと戦っていたときに起きたお互いが繋がっている感覚を思い返す。リィンはリンクをしていないので解らないが話は聞いていた。

 

「これが、そうね…。例えば戦場においてそれがもたらす恩恵は絶大よ。どんな状況下でもお互いの行動を把握できて最大限に連携できる精鋭部隊……。仮にそんな部隊が存在すればあらゆる作戦行動が可能になる。まさに戦場における革命と言ってもいいわね。」

 

アルゼイド流を修め、武門の道に進んでいるラウラ・S・アルゼイドはそれに同意し、『西風の旅団』に所属していた元猟兵、フィー・クラウゼルも戦術リンクの有用性に価値を見出だした。そこでサラは説明を続ける。

 

「でも現時点で、ARCUSは個人的な適正に差があってね新入生の中で、君たちは特に高い適正を示したのよ。それが身分や出身に関わらず君たちが選ばれた理由でもあるわ。」

 

サラのその言にガイウスは納得の意を示し、自身が選ばれた偶然にマキアスは驚きの声をあげる。サラはそのまま言葉を続け、いきなりオリエンテーリングを始めたり、仕掛けを使い地下に落とした文句を受け付けるといってのけた。だが誰も声をあげない。サラはその様子を見渡し、頷いて言を続ける。

 

「トールズ士官学院はこのARCUSの適合者として君たち9名を見出だした。でも、やる気のない者や気の進まない者に参加させるほど予算的な余裕があるわけじゃないわ。それと、本来所属するクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。それを覚悟してもらった上で『Ⅶ組』に参加するかどうか――。改めて聞かせて貰いましょうか。あ、ちなみに辞退したら本来所属するはずだったクラスにいってもらうことになるわ。貴族出身ならⅠ組かⅡ組、それ以外ならⅢ〜Ⅴ組になるわね。今だったらまだ初日だし、そのまま溶け込めると思うわよ〜。」

 

サラは厳しい表情からの説明を一転し安心させるかのように後述に説明をした。まず声をあげたのはラウラだった。元々は鍛練の意味も兼ねて、ここ士官学院に入学したのだ。ならば今回のⅦ組に待ち受けられる他のクラスよりハードなカリキュラムは望むところである。

 

次はガイウス・ウォーゼル。学ぶために来た学院で濃密なカリキュラムは遣り甲斐があると判断したのである。サラはその2人の参加を了承し、次を促す。

 

そのサラの促しに前に出たのはエマ・ミルスティンである。奨学金という施しを受けているから学院に協力できればという彼女の言は本心なのだろう。だがそれだけではない。彼女の役割は観察者であり、導くものであるからである。他にも何か有るだろう謎の少女だ。

 

3人参加に思わず釣られていった感じにエリオット・クレイグである。ここまで一緒に戦ってきた仲間もいるという思いもある。リィンに対して恐怖の感情はあるがそれを押し込めたのだ。

 

サラは2人の魔導杖のテスト要員の参加に了承した。了承の意を示し、続けて魔導杖の運用レポートも期待していると続けた。エマはそれを笑って了承した。エリオットはレポートというものに書き慣れていなく少しばかり後悔したのであった。

 

そこにアリサは決然としたした様子で参加の意を示した。これにはサラは驚いた。彼女の背景を知っており、不参加だと思ったからである。その事をアリサにぶつけると腹を立てても仕方がないと言ってのけたのである。

 

そして6名の参加にサラは自分が士官学院に連れてきたフィーに尋ねる。彼女はあまり興味がないようで投げ遣りにどちらでもいいもしくはサラが決めていいと言った。サラはそれを咎めた。自分のことは自分で決めると。ならば参加すると即答するフィーに周囲は呆れ返った。

 

サラはマキアス・レーグニッツとユーシス・アルバレアに参加の意を問う。先ほどからこの2人、お互いの顔が見えないように背けている。初めて会ったときからの険悪ぶりである。

 

サラはその2人に向かって青春の汗を流せばお互いにわだかまりなどなくなると言ってのけるが冗談が通じなかったマキアスは憤慨して反論したのだ。続けて帝国の身分制度を批判したのである。サラはそれは自分に言われても困ると愚痴た。まったくもってそのとおりである。そこでユーシスが参加の意を示したのだ。そしてマキアスに向かってこれを機にお互いに袂を別つべきだと提案する。だがマキアスは何故自分がユーシスに遠慮して他のクラスに行かなければならない!ならば自分も参加すると衝動的に言ってのけたのであった。それを視ていたⅦ組の面々は先が思いやられた。

 

そして最後の1人、この輪のなかで我関せずといわんばかりに刀の手入れをしているリィン・シュバルツァーである。この男、サラが登場しても、ここまで一言も喋っていない徹底ぶりである。サラはリィンに尋ねる。

 

「最後はキミよ。リィン・シュバルツァー君。」

 

リィン以外の面々も視線を向ける。気になるのであろうと彼のことが。あのような登場の仕方をしたから当然である。リィンは刀の手入れを止め、鞘に仕舞う。

 

「――もちろん、参加します。」

 

リィンはサラに言った。サラは推測ではあるがリィンが参加の理由には想像がついた。初めて会ったときから自分を見詰める視線が妙に好戦的なのである。これは厄介な子に目を付けられたなと頭を悩ませるサラではあるが自制した。今夜から少しばかり酒の量が増えるという思いが過ぎ去った。今はその思いを無視して手を叩く。

 

 

「これで9名――。全員参加ってことね!――それでは、この場をもって特科クラス『Ⅶ組』の発足を宣言する。この一年、ビジバシしごいてあげるから楽しみにしていなさい――!それじゃ、これでオリエンテーリングは終了します。解散!」

 

サラの解散の一言に一足跳びでリィンは出口に向かった。もうこの場に用がないからである。途中、2人の人間が見受けられたが気にも止めずトリスタの街道を目指すことにした。どんな魔獣がいるか彼はトリスタに来たときから気になっていたのである。

 

リィンの驚異なる身体能力に再び唖然とする一同。出口までは距離にすれば10m以上を一足跳びでそれを成したからである。サラはそれには驚いていない。リィン以外にもできる人物は知っており、自分にもリィンほどではなくても身体能力にブーストを掛ければ似たようなことができるからである。

 

 

「君たちどうしたの?もう解散していいのよ。」

 

だがそれを無視してマキアスが前に出る。

 

「―サラ教官、質問があります。―――あの男はいったい何者ですか?」

 

そのマキアスの問いに皆一同、気になるのだろう。それに頷いている。ユーシスやフィーでさえ場に残っているのだから。

 

「う〜ん、本人に聞くのは……駄目?」

 

ちょっと茶目っ気を出すサラであるが、マキアスの渋面にやはり駄目かと思った。

 

「そうね、皆も知っていたほうがいいか。」

 

サラの答えに一同、居を佇ませる。サラは咳払いをする。

 

 

 

「テオ・シュバルツァー男爵家の息子、リィン・シュバルツァー。またの名を『剣鬼』リィン・シュバルツァー。そして八葉一刀流の皆伝者として私たちに知られている人物よ。」

 

「『剣鬼』……!」

 

フィーは驚きの声を上げた。フィーは当然、その呼び名に聞き覚えがあった。それは自分が所属していた『西風の旅団』と宿敵関係である『赤い星座』の『闘神』を降した者である。結局は殺すに至らず、少し前に彼女の親代わりであった『猟兵王』と相討ちになってしまったが…。

 

ラウラも驚いていた。武の道に進めば必ずや八葉の者と関わることになると父に聞かされていたがまさか皆伝しかも自分と同じ年齢でそれを成したのであるからだ。余談だがリィンが弐の型を免許皆伝したのは11の頃である。全くもっての化け物ぶりである。

 

 

「『剣鬼』…。随分と物騒な呼び名ね」

 

アリサは顔をしかめて、おもむろに声を出す。

 

「そうだな、サラ教官。何故、あの者は『剣鬼』と呼ばれているのだ?父上から聞いた話では八葉の皆伝者は皆、『剣聖』と呼ばれると聞き及んでいるぞ。」

 

ラウラにとっては当然の疑問だった。

 

「ラウラの言う通りよ。『剣聖』――。八葉一刀流の皆伝者たちは全員そう呼ばれるわ。リィン・シュバルツァーを除いてね。リィンが興した1つの所業が広まりすぎたのよ。ほかにもいろいろあるけどね。それが『剣鬼』と呼ばれる由縁になったわ。」

 

「しょ、所業って……。」

 

エリオットは困惑の声を思わず口に出してしまった。リィンがいったい何をしたのか一同、サラの言を待つ。サラは溜め息を吐いて言葉を続けた。

「一番有名なのがリィンが当時13歳の頃、ゼムリア大陸の西を拠点とした、西の最強の猟兵団の1つの『赤い星座』、『闘神』バルデル・オルランドと呼ばれる最強の一角に死闘を行い、降し勝ったことが有名ね。ほかには一部の貴族が暴走して彼に対して50人の猟兵を差し向けて皆殺しにしたのもあるわね。ほかにもチラホラと聞いたことがあるけど――聞きたい?」

 

 

話を聞いた『Ⅶ組』の面々はこれには呆然とした。フィーを除いてだが――。元々その話は『猟兵王』から聞いたからである。

 

「そ、そんな危険人物が何故、士官学校に居るんですか!普通はあり得ないでしょ!それに加えてそんな人間がⅦ組にいるなんて!」

 

 

マキアスは声を大にしてサラに訴えた。これも当然の反応である。自分の近くにそんな人間はいてほしくないのだ。

 

「それを言われると痛いわね〜。でも私の見立てでは基本的には無関心って感じがするのよね。ある一定の実力者には露骨に反応するけど。『剣鬼』って呼び名も案外伊達じゃないわねー。まあ――、そこらへんは理事の方々と学院長に申し出てね♪」

ウィンクをしてサラはⅦ組全員にそうまくし立て、抗議を無視して足早に去っていったのであった。

 



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8話

サラ仕掛けの特別オリエンテーリングから3週間の日々が過ぎた。その間のリィンはどうしていたかと言うと教官たちのもとでⅦ組一同と勉学に励んでいた。然したる特別なことがない普通の学院生活といったところだろうか。

 

ならばリィンとⅦ組の面々はと話が変わるが始めのほうはまるでお通夜の雰囲気と呼べばいいのだろうか。その原因は勿論、リィンにあった。誰だってサラからあんな話を聞かされれば不用意に彼という爆弾のスイッチを押したくないのだ。

あれほど反発しあい合っていたマキアスとユーシスの両名とて大人しくしていたのだ。Ⅶ組の1人、フィーは我関せず。猟兵団のなかにそういった常人とは違う価値観で生きている人間を知っていたからである。リィン・シュバルツァーもその1人だろうと推測したのである。

 

 

最初の頃は委員長のエマが少しでもその雰囲気を緩和させようと皆に声を掛けたりしていたのだ。それをガイウスが協力、男子も女子も徐々に空気を柔らかくしていたのだ。

 

時間も経っていったという理由もあるだろう。リィンがいる空間に慣れていったのだ。それに乗じてマキアスとユーシスが教室内でも口論を始めたのは余談だろう。

 

リィンがそんな教室内に興味がそそられることを無く、無視をしていたのだ。ある日サラに呼び出されることになった。呼び出された理由は自由行動日に旧校舎の探索をしてくれないかという話だ。

 

なんでも旧校舎には先の石の守護者、ガーゴイルも含めていろいろな不思議な話もしくは異変でもいい、それがあるからである。あのガーゴイルとて時間が経てば壊れたのが元通りになり、普通の魔物の石像になるのだ。

 

だからこそ生徒たちの修練と腕試しも兼ねて、あの地下区画が使われていたのだ。だが、ここ1年で旧校舎の状況が少し変わり無かった筈の扉が現れたり、どこからともなく声が聞こえたりとオカルト染みた報告が寄せられるようになったのだ。

 

そこで学院長の依頼といった感じで地下を一巡りして先月末と違ったことが起きていないか確認してほしいとのだとサラは言う。

 

リィンは学院内どころか大陸きっての実力者である。旧校舎内でどのようなトラブルに見舞わっても随時、対処できると判断したのである。

 

リィンはそれを了承した。彼の勘が面白い事態に巻き込んでくれると警鐘したのだ。あとサラがこれはⅦ組全員の依頼であると付け足したのだ。これを機に他の子たちとも交流を深めたらどうだという話も持ち上がったが彼はそれには興味がなかったのだろう。

 

気が向いたら考えておきますと口上だけを述べたのだった。彼は社交辞令を筆頭に無用な他者同士の衝突を避ける便法といったものが苦手なのだ。故にⅦ組一同に気を遣うといったものをわざわざ自分からやるような気狂いな真似をしたくないのだ。そして彼はサラの一室から出ていくのであった。サラはその様子を視て深々に溜め息を吐いた。何気に彼女は苦労性である。

 

 

 

リィンは自由行動日、旧校舎の探索を行った。とは言っても特筆すべきことが何もないのだ。強いて言うならば石の守護者がいた広間が二回りほど小さくなり、その石の守護者が居なくなったぐらいだ。それに加え見覚えのない扉があり、そこから先の地下区画の構造がまるで別の物に変わっていた。

 

特筆すべきことがないのはあくまでリィンの主観である。徘徊していた魔獣も変わっていたが然してオリエンテーリング時の地下区画にいた魔獣と強さは変わらなかったからである。

 

この変わった地下区画を第1層と名称しよう、その最奥には転送装置が置いてあり、扉の先ではこの第1層では別格の魔獣がいたがそれも然して強いものではなかったのだ。

 

リィンは自分の主観を廃して旧校舎の異変をサラに伝えるのが自由行動日の彼の行動だった。

 

 

 

 

そして今日、4月21日。実技テストの日である。リィンたちは今、学院にあるグラウンドに集められている。皆の前に立ちサラが言った。

「――それじゃあ予定通り《実技テスト》を始めましょう。前もって言っておくけど、このテストは単純な戦闘力を測るものじゃないわ。『状況に応じた適切な行動』を取れるかを見るためのものよ。その意味で、何の工夫もしなかったら短時間で相手を倒したとしても評点は辛くなるでしょうね。」

 

「フン、……面白い。」

 

ユーシスはそのテスト内容に自分の腕を試すことができることが喜ばしいようだ。

 

「……単純な力押しじゃ、評価には結びつかないようね。」

 

アリサはそのテストに厳しめな表情でサラの言を頭の中で反芻する。 それらの生徒のやる気を視て嬉しげな表情をサラはする。

「ふふ――それではこれより、4月の《実技テスト》を開始する。と言いたいところだけど先ずはリィン、前に出なさい。要望に応えてあげるわ。」

 

サラの言葉に訝しげな顔をする一同。だがリィンは察しているのだろう。その瞳には剣呑な光が宿り童子のような笑いを浮かべている。他の者たちはそれを視て、久し振りに背筋が凍る思いだった。

「ふふ、はははは――。俺と殺るんですか?」

 

その言葉にサラは頭を振る。

 

「あくまで、模擬戦よ。あんたは実技テストなんて本当は必要無いからね。――代わりに私が相手をするって訳よ。――君たちも観ていなさい。これも勉強になるでしょ。」

リィン以外のⅦ組一同に向けてそう言った。その言葉に一同、重く頷く。そしてリィンとサラは所定の位置に付く。エマが慌てて、開始の合図を取りますと立候補した。

 

「往くわよ。――『紫電』のバレスタイン、参る!」

 

リィンは成る程。そういう口上かと納得する。ならばそれに応じよう。お誂え向きに観客までいる。我が剣は至高である――。

 

「――八葉一刀流、リィン・シュバルツァー。――往きます。」

 

その2人の合図にエマが――。

 

「始め!」

 

まず先制に出たのは勿論、リィンである。誰よりこの状況を望んでいたのだから。その踏み込みはまさしく神速。サラは彼の初手の剣閃を防げたのはただの勘もしくは無意識下の行動であった。サラにはリィンの姿が視えていなかったのである。危機感――。直ぐ様にブレードを構えたのであった。そして鉄同士が衝突した甲高い音を鳴り響かせたのだった。

 

これには戦慄した。速すぎる。先の一閃は間違いなくこちらの命を刈り取るつもりであったと確信する。いったいどういうことだ。これはあくまで模擬戦であることを伝えた筈だ。サラはろくに思考させてもらえない。リィンの猛攻は続く。

鋭敏して苛烈な剣閃の嵐に防戦一方のサラは今も防いでいる剣閃から先ほどのような危機感を感じない。そこで思い至る。成る程…合格というところか。自分が模擬戦するに相応しい相手と判断したのであろう。そのサラの考えは的を得ていた。

 

リィンは初手の一撃は殺すつもりで振ったのだ。これはお前から申し込んだ模擬戦なんだ。これで死ぬようならそこまでだ。疾く死ね。躱せぬほうが悪いのだ。身勝手であり、傲慢である。甘いのだ。彼に常道、常識の悉く通用しない。『剣鬼』と呼ばれたりしないのだ。これがリィンからの模擬戦ならば配慮されただろうが生憎サラからの申し出である。

元より彼の剣は斬人の剣。相手の思惑、思想、思考、全てが知ったことではない。障害があれば斬り、我が道を往くのだ。

 

 

故に賛美した。一閃を防げたサラを見事と讃えたのだ。これが本気の殺意であったのであればサラは為すすべもなく斬り殺されていただろう。過去に『闘神』と渡り合うことができたのは膨大の殺気の中に殺意を隠すと言った達人同士ならではの意の読み合いをさせないから優勢を保つことができたのだ。

 

 

そして加えるなら接近戦をするリィンの姿をいまだにサラは捉えることができないのだ。これは視線誘導、体捌き、虚実の用いなどの技法を使い、サラの死角に回り続けているからである。これは『闘神』との戦いでは未完成であったが『剣仙』ユン・カーファイとの年月を掛けた模擬戦により、天賦の才だけでは完成出来得ない神技である。自身の身体から血飛沫が舞い真紅に染める。サラは接近戦では余りにも自分に分がないと判断している。サラの装備は特注のブレードと導力銃である。

リィンの猛攻に自分から距離が取れないならば相手に取らせる。

 

導力銃の銃口を下に向けつつ剣閃を何とか防ぎきるサラは銃弾を地面に向けて射ち放した刹那、地に雷撃が走った!サラが射った雷撃は並の武芸者ならば致死いたるほどのものだ。これを逸速く察知したリィンは地を蹴り上げ後退する。やっと捉えたその瞬間を見逃さないサラは彼に向けて導力銃を速射する。

 

 

それだけでは終わらない。また近寄られたら今度こそ終わりだ。リィンの攻撃を防げたのは奇跡的とも言っていい。事実、サラの身体に至る所に刀傷がある。それも含めてサラの実力ではあるが…。剣術の技量、戦い方まで、自分を遥かに上回っているのならば相手が躱せぬほどの広範囲の攻撃をすればよい。サラのブレードからは紫電を放っている。そのブレードから雷撃が地を焦がしながら真横に走った!リィンはそれを躱し、サラへと接近する。だがサラは十分な時間を稼げた。

 

 

「――受けてみなさい。【オメガエクレール】!」

その瞬間、眼を焼く白光。大轟音と共に落ちた雷電!グラウンドの地面を揺らすほどの一撃が落とされたのであった。

 

サラの絶技。この一撃にⅦ組一同は眼を剥く。こんなものを受けて人が生き残ることができるのかと。いまだ粉塵の帳が開かぬグラウンドでリィンの生死を確かめる。サラもその一撃により、一瞬ほんの刹那だけ気が緩む。それは不味かった。砂煙を裂きながら轟音と共に駆け抜けたのは稲妻の閃光。それが自分の身にも受けたのである。まさか――

 

「―サラさん。別にそれは貴女だけの十八番ではないんですよ。」

 

 

その声に眼を向けたいがまるで全身がバラバラになるような衝撃を受けてサラは身動きがとれない。

あの瞬間はリィンでも躱せぬのは必定だった。ならば斬ればよい。向かってくる雷光を迎い討ち、紫電を斬り裂いたのである。そのまま意趣返しで稲妻の斬撃を放ったのだ。

 

2人の戦いは終局した。サラの姿を視て慌てて駆けつけるエマに他のⅦ組一同。エマとエリオットは回復のアーツを使う。サラの身体が癒えるまで時間を有するのであった。

 

「痛たたたた……。リィン、もう少し加減が出来なかったの?」

 

サラはエマ、ラウラに肩を借りながらリィンに文句を言う。

「しましたよ?サラさん、――生きてるじゃないですか。」

 

 

サラはリィンの言葉に思わず顔を手に遣る。実際リィンの言はその通りである。彼の技のほとんどが殺傷能力が高すぎるのだ。リィンの考えに相手を斬り殺してこそ技であると根底にあるからである。故に意趣返しの意味も兼ねていたが、あの稲妻は威力の調整がしやすいから選ばれたのだ。

 

「それでどうだった?少しは良い見稽古になったかしら?」

 

身体が痛むのだろう、顔をしかめながらサラはⅦ組の面々に問う。

 

「なんといいますか……」

マキアスは上手く言葉に出来ないのだろう。そのさきは口を噤んでいる。

 

「凄まじいほどの戦いだった。」

 

ガイウスは簡潔に自身の感想を述べた。

「デタラメな奴等だ。」

 

ユーシスは自分の常識外の戦いに呆れ半分のようだ。

 

「あはは……」

 

エマは困った顔をしながら笑っている。

 

「うーん、僕には到底真似出来ないよ……。」

エリオットは将来はあのぐらい出来なければならないのかと困惑している。

 

「もっと参考にしやすいものをお願いします。サラ先生……」

 

どこか疲れた表情でアリサは言う。

「うん、父上も似たようなことをしていたな。」

 

ラウラは自分の父も鍛練の場で似たようなことをしていたことを思いだしていた。

「…サラ、リィン。……人間?」

 

フィーは率直な言である。

 

 

「別にこれを今すぐに真似をしろと言う訳じゃないわ。こういう戦いをする人たちも居るということを覚えてほしいの。あなたたちの実技テストではこれを利用するつもりよ。」

サラは指を弾いて出てきたのは戦闘傀儡である。それに驚く一同。

 

「動くカカシみたいな物よ。そこそこ強めに設定してるけど決して勝てない相手じゃないわ。たとえば――ARCUSの戦術リンクを活用すればね。」

 

それに納得する一同。そこからはサラが組んだメンバーによる戦闘傀儡との対戦の実技テストである。

追記しておくとリィンとARCUSによる戦術リンクが可能だったのはガイウス、フィー、エマの3人である。この結果にまたしても頭を悩ませるサラの姿があった。

 



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9話

リィンとサラの激闘が終り、他のⅦ組一同の実技テストが終わった後、サラから言い渡された物があった。

 

《特別実習》。それがリィンたちに課せられた特殊なカリキュラムである。聞き覚えのない言葉に驚く一同ではあるが、サラはそれらを無視して言葉を続けた。

 

それはA班、B班に分けて指定した実習場所へ向かうことである。その実習場所で決められた期間に用意された課題を行うことである。

 

スペシャルな実習と驚けるサラだが戸惑いの声もあがった。彼らはまだ入学してから日が経っていないからだ。当然サラは実習先には付いてこない。獅子は我が子を千尋の谷に、がサラの言だ。

 

それに呆れる者もいれば望むところと思う者もいるなかに当然のごとく実習場所を尋ねる者もいた。

 

その言葉に頷くサラは話を続ける。そこで皆に実習場所が書かれている紙を手渡す。

 

【4月特別実習】

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット

(実習地:交易地ケルディック)

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス (実習地:紡績町パルム)

 

紙に書かれていた内容がこれらである。

ケルディックは交易が盛んな地だ。パルムは帝国南部にある紡績で有名な場所だ。

 

Ⅶ組一同がその内容に目を通したのを確認してサラは言を続ける。日時は今週末に。実習期間は2日が日程だ。A班、B班はトリスタ駅から鉄道を使い、それぞれの実習先へ向かう。

 

サラはその後、各自、それまでに準備を整えて英気を養っておきなさいと締め括ったのであった。

 

4月24日、今日に到る。リィンは朝早くに起き出していた。いまはまだ4月。寮内の空気は冷え込んでいる。リィンは辺りを見回す。自分以外はまだ支度しているのだろう。先ほどからA班の面々は自身の部屋から動く気配がない。だが1人だけ部屋から出てくるものがいた。

 

それと同時に階段の方から足音が聞こえる。そして降りてきたのは――

 

「――あ。」

 

アリサ・ラインフォルトである。彼女は恐る恐るとリィンに近付いていった。

「お、おはよう…。」

 

「おはようございます。」

リィンは彼女の朝の挨拶に挨拶を返した。2人の間から無言が続く。アリサは言葉を続けた。

 

「…起きるの早いのね。」

 

「ええ、まあ。」

 

終わりである。会話のキャッチボールがリィンで終わったのであった。アリサはキョロキョロと視線をさ迷わせる。他にも自分以外の人が居ないか探しているのである。気まずいのだ。この男は彼女の様子に気にもしないのだが。

 

「えっと……何時くらいに起きたの?」

 

それでも会話を続けようとするアリサは健気である。間違いなく、この男が悪いのだから。

 

「4時です。」

 

これにはアリサも驚きである。いくら何でも起きるには早すぎる。それに追記するならリィンが寝た時間は深夜の1時頃、実質3時間しか寝ていないのである。

 

何故1時頃まで起きてたのか。勿論、鍛練である。剣を振り寝る。そして4時頃に起きて、また剣を振る。これを幼少期の頃から続けているのである。

 

「それは…早いわね。何でそんなに早く起きたの?」

 

「鍛練です。」

 

「そ、そうなんだ?」

 

2人がそんな会話を続けていると少しは時間が経っていたのであろう。新しく階段の方から2人分の足音が聞こえてきた。

 

「あっ。」

 

階段から降りてきたエリオットが思わず声をあげる。ラウラも一緒に降りてきたようだ。2人はリィンとアリサに近付いていく。

 

「お、おはよう、2人とも。」

 

エリオットが先ずは挨拶をした。

 

「おはよう、アリサ。……リィンも。」

 

ラウラは2人に対し挨拶するがリィンに対して消化しきれない思いがあるようだ。少なくとも甘酸っぱい思いではない。これから実習先で一緒に活動する4人一同が集まったのであった。

 

 

トリスタ駅についた一同。まだ早朝ゆえに人の姿はあまり見受けられない。その少ない人のなかにガイウス、ユーシス、マキアス、エマ、フィー、5人のB班が先に駅へ来ていたようだ。

 

エマは駅に来たA班に挨拶をする。ガイウスも続き出発かどうか尋ねる。フィーも小声で挨拶する。その挨拶を返すアリサ。B班はもう出発のようだ。トリスタからB班の行くパルム市はここからだと距離が離れているからである。今の早朝の時間から出発しても着く頃には夕方になっているのだ。

 

エマの説明にラウラは納得の声をあげる。だがエリオットはユーシスとマキアスの2人を見て少し戸惑いの声をあげる。この2人、お互いの顔を見えないよう背けているのだ。2人は会話に加わろうともしない。そこはリィンも同様である。思った以上に根が深いようだ。それはリィンとラウラもだが。

 

そこで駅のアナウンスがホーム内に鳴り響いた。どうやら、B班の乗る列車が来たようだ。それをA班の面々は見送った。A班も自分が乗る列車の乗車券を買うため受付へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝の人が少ない列車のなかで、列車の揺られながらリィンは瞑想を行っていた。列車に居ながらも自身に出来る鍛練を行う。内面への埋没。いま彼のなかで興っていることは自分が戦った最高峰の敵手との殺し合い。

 

『闘神』、『剣仙』の2人である。瞑想はリィンが行う鍛練のなかで多用されるものだ。内面のなかだけで興っていることとはいえ、それでも現実の自分に反映されるからである。

 

そしてある程度の殺し合いを経て眼を開ける。瞑想を行っていても外界から遮断されるわけではない。アリサの実習地の説明も聞こえていた。

 

交易地ケルディック。帝国東部、クロイツェン州にある昔から交易が盛んな町。帝都と大都市バリアハート、更には貿易都市クロスベルを結ぶ中継地点としても知られている。

 

そして大穀倉地帯としても有名である。農作物全般からバリアハート特産の宝石や毛皮、大陸諸国からの輸入品にいたるまで、1年を通して開かれる大市では様々なものが商われている。

大体な概要がこんなところである。そのような説明が瞑想中にされたのだ。途中サラが列車内で合流をしたが彼女は隣の席で眠り然して何かあるわけでもなかったのである。

 

 

リィンたち一行は交易地ケルディックへと到着した。牧歌的な雰囲気を持った町で遠目からでも風車が建ち並ぶ姿も見受けられる。温暖で土地も肥沃だからこの季節だとライ麦畑なども農場では実っているらしい。少し離れている所に大市あるのだろう。ここからでも商いで賑わっている声がする。

 

町の雰囲気とは違い大市目当てで人通りも多い。サラはこれから向かう場所のライ麦の地ビールが目当てなのか足早である。

 

向かった場所は今日から宿とする〈風見亭〉だ。知り合いなのかサラは中年の女性に気さくに声を掛ける。

 

この女性、女将のマゴットが彼らの泊まる部屋まで案内するようだ。途中泊まる部屋が男女共用にアリサは騒ぎ立てたが元よりエリオットは不埒なことなどしないし、リィンにいたってはどうでもよいのだ。そんな騒ぎ立てる彼女をラウラは諌めるのだった。

 

騒ぎ収めたら、女将から表に特別実習と記載された封筒を手渡しされた。中のものを確認する一同。そこにはこう書かれていた。

 

特別実習・1日目。

実習内容は以下の通り――

東ケルディック街道の手配魔獣。

壊れた街道灯の交換。

薬の材料調達。

 

とのことだ。そしてレポートをまとめて、後日担当教官に提出するようだ。

 

リィンは手配魔獣に興味を移したがそもそもな話、いきなり高難度の実習が来るわけないと自分を諌めた。

「こ、これが特別実習……?」

 

アリサは訝しげだ。自分の想像とは違ったのだろう。

 

「な、なんかお手伝いさんというか、何でも屋というか……」

 

エリオットもその雑多な内容に戸惑う。

 

「一応、魔獣退治なども入っているようだが……」

 

ラウラも内容を見返す。

「俺は斬れればいいです。」

 

リィンは相変わらず言動がぶれない。ラウラは彼の一言に鋭い目付きで睨むが直ぐに視線を外した。ほかの2人はスルーである。リィンの言動をいちいち聞いたら割りを喰うと判断したのだろう。

「まずはサラ教官に聞いてみない?」

 

アリサが皆に提案する。それに一同は頷く。

階下のサラの元へと向かう。そこにいたのは幸せそうな表情で地ビールを飲むサラの姿だった。それに呆れる、アリサ、ラウラ、エリオット。リィンは無表情である。琴線に触れぬ限り常にこれだ。

 

アリサは実習内容のことをサラに問うがそれを含めて自分たちで話し合いなさいとの言だった。

 

外へ出てサラの言葉に一同は考え込む。だがリィンにはその姿がわからない。何故こんなことでいちいち悩むのか理解できない。こうしている間も時間は過ぎて行くのに。人の一生は短いのだから即断即決でいいじゃないかとリィンは思う。故に口を出す。

 

「実習を始めませんか?行動しなければ何も進みませんよ。」

 

リィンの言葉に納得できるものがあるのか皆は実習を始めることになった。

 

 

 

 

 

壊れた街灯の交換、薬の調達が終わり、今は東ケルディック街道の手配魔獣の依頼を彼らはやっている。その手配魔獣が彼らの目の前にいる。

 

スケイリーダイナ。凶暴な蜥蜴型の魔獣だ。この魔獣は怪音波を発し弱った獲物から優先して攻撃する。リィンは五月蝿い音に苛立ち、怪音波を発生される背びれを一閃で切り落とした。

 

魔獣は背びれを切り落とされたことに痛みで苦悶の咆哮をあげる。結局は五月蝿かった。そしてリィンはその場から引く。何故か。道中の魔獣の殆どがリィンに斬り殺されてアリサ、エリオット、ラウラの3人がやることがなかったのだ。

 

3人も任せっきり不味いと思い手配魔獣は自分たちが倒すと宣言したのである。リィンもその意を汲んだのだが、思わず一閃入れてしまった。だけどちゃんと生きている。

 

アリサは導力弓で【フランベルジュ】、火を伴う一矢を敵に撃ち抜く。続きエリオットがアーツ【アクアブリード】を使い質量が重い水の塊を叩きつける。連続する攻撃に魔獣は怯み、攻勢を取れない。その機を視たラウラが間合いを詰める。【鉄砕刃】。アルゼイド流に伝わる技である。その女子特有の華奢な腕から想像できない腕力を誇り、大剣を操る。その一撃は魔獣を袈裟懸けで斬り通し、地面にまで叩きつける。

 

この一撃を受けた魔獣は瀕死。もう動けないのだろう。ラウラは最後の介錯を務めた。

 

 

 

「ふぅ、やっぱりラウラは強いわね。」

 

ラウラが魔獣に止めを刺したのを確認してアリサは声を掛ける。

 

「皆の援護も有ったからこそ、容易く倒すことが出来たのだ。アリサも見事な弓の腕だ。」

 

そのラウラの言にアリサは照れくさそうにしている。

 

「はぁー、緊張した…。あんな大きな魔獣、旧校舎以来だよ…。」

 

エリオットはまだ戦い慣れていない様子だ。

 

「あっ!そうだ、リィン!私たちに魔獣を任せてくれるんじゃなかったの?」

 

アリサは拗ねるようリィンに言う。意外なことにアリサが彼に少し気安くなったのだ。魔獣を悉く倒していく姿を視て自分たちを守ってくれていたように見えるのだ。事実は違うのだがそれを記すのは不粋だろう。

 

「すみません、五月蝿かったもので。」

 

「あはは……」

 

エリオットは苦笑いをしている。ラウラはリィンを無言で見詰めている。

 

「もう、それじゃあ魔獣を倒したことを報告しましょ。」

 

アリサを先導に依頼主の元へと向かうのであった。



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10話

手配魔獣を倒し、依頼主に報告し終わったリィンたちは食材も貰えてホクホク顔でケルディックに戻るのだった。途中、育てる農作物の価値が輸入によって下がってしまっているという農家ならでは悩みを依頼主は溢していたがリィンは知ったことではないのだ。

 

 

 

リィンたち一行がケルディックへと戻ってくると大市の方から騒ぎ声が、それ自体は別段珍しくない。だが男同士の怒声が聞こえてくるのだ。

 

「大市の方からみたいだけど…」

 

「ふむ、何やら、いさかいめいた響きだな。」

 

エリオットとラウラは怒声がする大市が気になるようだ。

 

「気になるわね、ちょっと行ってみない?」

アリサも怒声がする大市が気になるようだ。2人は頷く。リィンは何て物好きなと思うが3人は大市へと歩いて行く。自分だけ宿へと戻り剣の稽古でもしようかと視野に入れるがサラへの報告があったことを思い出す。

 

実習は当然の如く班行動なのだ。1人だけ独歩することは許されていない。内心苛立ちを感じながらも私心を抑え彼も大市へと向かうのであった。

 

 

 

4人が少し歩いて大市に到着したときに視た光景は2人の商人の言い争いだった。アリサが近場にいる人間に聞いてみると店を開く場所を巡ってのトラブルだということだ。

 

リィンは大体が検討を付けた。俺の店の場所。私の店の場所。飛び交っていた声を推測するにあたって2人の商人はお互い指定された店の場所が同じだったのだろう。

そこでかち合う2人。恐らく田舎出の若い商人が発端だろう。見るからに頭に血が上りやすいようだ。身なりの良い商人もそれに応じて徐々にヒートアップする。そして今に到る。

 

下らない。彼はこんな思いが出てきた。この場を仕切っている人間に聞けばいいものを。何故そんな愚も付かないことをしているのだろうか。そうこうしているうちに男たちは殴り合いをしそうな気配になっている。

 

その雰囲気を察したラウラ、アリサ、エリオットが男たちの間に入る。子供が出てくるなと田舎出の商人が声を上げるが3人の名乗りで士官学院の生徒つまり軍人の卵と知り腰が引けている。

 

大市の騒ぎを聞き付けた元締めと呼ばれた老人が商人たちから事情を聞いて、この後のことを決めようと諌める。その言に納得したのかお互いに矛を納めたようだ。

 

そこで止めに入った3人に老人は感謝する。彼はⅦ組一行を知っているようだ。最後にこの問題を片付けたら1つ、付き合ってくれないかと提案が来た。それに応える一同。

 

 

夕暮れ時、もうそのくらいの時間が経っている。老人、オットー元締めの家でお茶を一行らは奮われている。話を聞くとオットー元締めと士官学院の学院長ヴァンダイクとは旧知の仲であるとのことだ。

 

その伝でA班一行らの依頼を元締めが決めていたのだ。続きの話しにあの2人の商人の許可証は同じもので週ごとに2つの場所を交互に使うということで話がついたのだ。これらの許可証は公爵家が管理、つまりクロイツェン州を治めるアルバレア公爵が管理しているのだが、ここ最近で大市の売上税が大幅に上げられたのだ。

 

勿論、税を大幅に上げられれば商人たちは必死になる。その中で公爵家に陳情を申しにオットー元締めも何度も足を運んだらしい。だが公爵家はまともに取り合わず。事実、先ほどの大市の騒ぎでも陳情を取り下げなければ公爵家が抱える領邦軍はトラブルがあっても不干渉を貫くようだ。

 

そのような話を夕方に一行らは聞かされたのだ。現在は夜である。夜の帳が落ち空を見上げれば爛々と光り輝く空にリィンは見向きもせず一心と剣を振る。

 

彼の周囲からは虫の鳴く声も聞こえず、さながら何ぴたりとも入ることを赦されない聖域と化している。振られる剣筋の1つ1つがあらゆるものを断つ斬閃である。そしてそこに1人の少女が歩き近寄ってくる。

ラウラ・S・アルゼイド。アルゼイド流の門下にいる少女である。彼女はどうしてもリィンに問わなければならないことがあった。リィンも彼女が近づいてきたのに気付いている。彼女は要件だけを口にした。

 

「―リィン、そなたは何の為に剣を振る?」

 

そう、これがリィンにずっと尋ねたかったことなのだ。それほどの剣技を誇り、何故力を思うがままに使い殺傷をする?剣はそのようなことに在るためじゃないと。彼女の胸中に常に此れが渦巻いていたのだ。そしてリィンの返答は――

 

「斬るためです。」

 

迷いもなく言い切った。そう、彼は元よりこの為に剣を振るのだ。

 

「それ以外に理由があるとすれば、最強の剣士になることです。」

 

そしてこれも彼が剣を振る理由の1つだ。振るならば、なまくらより質の良い剣がいい。単純にこれである。故に彼女は受け入れられない。そのような斬人の剣など。

 

「違う…剣はそのような物の為に在るのではない!」

 

彼女は否定する。それは騎士道に反する。剣は守り、弱者を救い、理不尽に対抗するためのものなのだと声を大いにする。リィンは彼女の言いたいことが何となく分かった。だが――

 

「知りませんよ。そんなもの。俺が何故貴女方の流儀に合わせなければならないのでしょうか?それに合わせて、もっと上手く剣を振ることが出来るのであれば貴女方に合わせましょう。ですがそうではないのでしょう?」

一呼吸入れる。

 

「貴女が言いたいのは騎士道とでも言うのでしょうか。ですが俺は貴女方の騎士道やらにこう思うのです。何かしら理由がなければ剣を振ることも叶わない。こういうのを何て言うのでしょう。あぁ…、あれですね。女々しいと呼べばいいのでしょうか。」

 

 

 

これがリィンである。彼は斬り合い、殺し合いの場、戦場にそんな余分なものは要らないのだ。不粋すぎる。彼女は、ラウラはこの言を許すことは出来ない。よりにもよって女々しいだと。父から教わったものが、門下生の者たちと励んでいたものが。アルゼイド流を侮辱するのかと。

 

彼女は大剣に手が掛かる。そこで――

 

「その大剣を手にするのですか。ほら、何処に騎士道なんてあるのでしょうか。結局のところ、斬り合いになる。そういうことでしょう。」

彼女はハッとする。自分は何をしている?剣は守るためと思っているのは他ならぬ自分自身ではないか。だが先の発言を撤回させたい。

 

「俺の言に侮辱したと思ったのですか?そのようなつもりは無いのですけど、社交辞令と言った便法が昔から苦手でして、飾るとかめんどくさいんですよ。」

 

 

リィンは悔しそうに睨み付けるラウラに言葉を続ける。

 

「でも気持ちは分かります。俺も剣を侮辱されれば相手に意図など無くとも斬り殺すでしょう。だから一度だけ模擬戦をしましょう。そして貴女が俺に示せばいいのです。騎士道を誇るアルゼイド流は強いのだと。」

 

ラウラはそのリィンの言葉を反芻する。解っているのだ彼女とて。リィンに挑んでも届かないのだ。そう、届かない。だが彼女は引き下がらない。大剣を構える。そしてリィンへと詰め寄った!

 

リィンは自身に向かって疾駆するラウラの姿を視る。遅すぎる。鈍重。脳裏にそんな言葉が尽きる。リィンもラウラへと踏み込み、間合いに入り込み顎へと掌底を入れる。ラウラからすれば何故かいつの間にか頭に衝撃を受けた印象だろう。

 

だがこの一撃で意識を飛ばさなかった彼女を褒め称えるべきだ。しかしこれで終わりである。彼は掌底を入れた腕をそのまま肘鉄で彼女の鳩尾へと叩き込んだ。それを受けた彼女は地面に何度も身体を打ち付け、リバウンドしながらようやく止まるのであった。

たった2撃。それだけで自分は戦闘不能。そんな事実は認められない!彼女は身体に力を入れるが、身体はそれを拒否して痛みの悲鳴をあげる。立つことができない。リィンが〈風見亭〉に戻る姿が見受けられた。

 

刀を抜かすことも出来ず、後に残るのは地面に這いつくばらされた自分の姿。その事実に1人ラウラは涙するのだった。

 

余談だが意図せず相手の武を侮辱していたことにリィンも反省していたのだ。同時にアルゼイド流にリィンが得た感想であり、だからこそ上っ面な謝罪などせず自ら模擬戦を申し込んだのだ。

 

本来リィンは自分より下の圧倒的に実力差が有るものに戦いを申し込んだりしないのだ。彼女に対するリィンなりの反省の意を示したつもりだが果たして功を為したのだろうか。

 



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11話

早朝、階下に降り風見亭の食席の間にリィンたちは集合していた。サラは昨日の内にB班の元へと向かった。ラウラは昨夜のこともあり、少し陰鬱な表情をしていた所をアリサ、エリオットらに気に掛けられていたが本人が問題無いと言った以上、2人共に口を噤むのであった。

 

そこに歩いて近寄ってきた女将が元締めから預かっていた依頼をリィンたちに一声掛けて手渡した。手渡された紙に書かれている内容はこれである。

 

特別実習・2日目。

実習内容は以下の通り。

西ケルディック街道の手配魔獣。

落とし物の財布。

 

であった。依頼の数は想像よりも少なく、リィンたちが今日帰ることも合わせての元締めの気遣いだ。列車も夜9時までならトリスタ行きがあるという女将の言だ。彼らは早速行動しようとするが風見亭の店子の1人が扉の音を大きく立て駆け足で女将に近寄る。女将もそれを咎めた。店子も1つ謝罪し、続けて大市の方で事件が起きたと声を荒げる。

 

事件という一言に疑問符を一同は付ける。アリサは店子に尋ねる。どうやら大市の屋台が壊され、おまけに商品も盗まれたのだ。

 

この事を聞いたリィンは恐らく3人は首を突っ込むと推測する。普段なら余計なことに時間を使うなと言いたくなるだろうが彼は昨日の内には意識を切り換えていた。

 

そもそもな話、士官学院に居る以上は自分の時間は縛られ、自身も了承したはず。どうにも自分は飽きっぽい。今更ながら其れに文句を付けようなど家族等に申し訳ないと考えた。楽しめば良い。やりたいようにやる。臨機応変。これでいいじゃないか。まだ自分は軍人では無いのだから、そこまで規律を守る必要は無いだろう、リィンはそう考えたのだ。

この切り換えの速さは、他の人間にしても見習うべきところがあるだろう。

 

リィンたちは風見亭から出て、店先から少し離れる。

 

「……ど、どうしよう?」

 

「ふむ……さすがに気になるな。」

 

ラウラは内心忸怩たる思いがあるがそれを表に出さないようにしている。

 

「とにかく近くだし、様子を確かめたいわね。…リィンはどう思う?」

 

「貴女たちがしたいようにすればいいですよ。今の自分がどうしたいのか。」

 

エリオットはリィンがそんなことを言うとは思わず驚いた表情をする。アリサはその言葉に嬉しく思い頷く。…ラウラは皆に悟られないぐらいでリィンから視線を反らしている。

 

「そうね。先ずは大市へ行って見ましょう。」

 

リィンたちは大市へと歩いていく。途中、通りすがりに耳から入ってくる声に事件が起きたことの真偽を確かめる者、大市が開いていないことに戸惑う者と多々にいた。

 

大市の門前に到着すると商人の1人が大市を開いていないことを告げる。が、あちらはリィンたちが昨日の士官学生だと気付いたようだ。お互いに挨拶をする。

 

やはり盗難事件により大市が遅れているようだ。今も被害者の商人たちが揉めているのこと。たち故に複数の被害なのかと商人の言葉からリィンは読み取る。

 

話し込んでいた所に怒号が響く。リィンはその声に聞き覚えがあった。元締めも仲裁しているが収まらないようだ。

 

「…昨日の商人の方々がまた言い争っているようですよ。皆さんはどうしますか?」

 

「昨日の人たちが…!」

 

「…私たちに任せて貰えないでしょうか?」

 

アリサは毅然とした表情に力の篭った声で商人へ告げる。昨日の対応もあり商人も任せても問題無い、寧ろ元締めの助けになるかもと了承した。

 

徐々に近付いていくとお互いに抑えが聞かないのか聞くに耐えない罵詈雑言を吐いている。元締めは2人を落ち着かせようとしているが余り効果は見受けられない。

 

4人は2人の間に入り込む。リィンは既視感を覚えた。昨日の再現だから当然だった。元締めもリィン一行等の登場に救いを感じたみたいだ。ここにきてリィン一行はこの2人が言い争っていたことが理解できた。ここからでも分かるくらいに2人の屋台は店の運営が不可能なほどに壊されている。

ラウラは言い争っていたところで壊れた物は元通りにならないと2人を諌める。だがそれでも収まらない。商品すらも盗まれて気が立っているのだ。

 

そこに冷や水を掛ける男の声だ。領邦軍。その者等である。彼らは2人の商人を暗に脅迫し、その場を無理矢理に締め括ったのだ。これは誰が観てもおかしい。明らかに領邦軍はこの件に関係してる。

 

元締めに事件の捜査を申し出てリィン一行等は情報収集を始めた。1つ、盗まれたものは帝都で流行っているブランド品に保存の効く加工食品。

 

2つ、自然公園の管理人をしていた男が突如クビにされ若い男たちが管理することになった。そのクビにされた男が昨夜、道端で自棄酒を飲んでいたところ、木箱などを抱えた新しく管理する男たちを見かけたこと。

ルナリア自然公園。広さもあり盗品を隠すには打ってつけである。だがリィンたちは依頼もあった。故にリィンがルナリア自然公園へ先陣を切る。そして他の者たちは依頼をこなしたら随時来ることになった。時間を掛けて既に盗品も実行者も見当たらなかったと為れば話にならない。

 

そしてリィンはいま西ケルディック街道を駆けている。だがその速度がおかしい。彼は次々と景色を駆る。対比に導力車と競争すればためをはれるほどの速度である。あっという間にルナリア自然公園の門前へと到着する。

 

柵を飛び越え、公園内部に入る。眼前の自然公園の様相は森を放蕩させる。ルナリア自然公園は古代の精霊信仰における精霊を鎮めるための場所。いわば鎮守の森だ。といっても今のリィンには関係の無い話である。

彼は木々がないかの様に進み、ときおり精霊信仰の名残の小さな石碑が見受けられる。そして数人の気配をたどり、とうとう木箱やアクセサリーなどを手にして愉悦の顔を浮かべていた男たちの眼前にリィンは到着した。

 

唐突に現れたリィンに男たちは硬直した。彼はそんな男たちを無視して言葉を紡いだ。

 

「それがあの2人の商人から盗んだ物でしょうか?返して貰います。」

 

男たちは鼻で笑った。餓鬼が何を言っている?渡すわけ無いだろうが。自分たちの得物、ライフルを構える。腕や足の一本、撃ち抜き、それを視て笑ってやろうと考えたのだ。そして彼等は自分たちの命で戦端を開いたのだ。

真紅。紅く染めた流水が煌めいている。両隣では質量のある物が落ちた音がした。男はそちらに目をやる。それは男の仲間だ。首から上が無くなり、少し遠くには何が起きたのか分からないのか間の抜けた表情した仲間の頭だ。

 

「…………あっ?」

 

男も間の抜けた表情する。突拍子がない。理解が追い付かない。それでも時間は経つ。呼吸が荒くなる。男の口から過呼吸染みた呼吸音が聞こえる。

 

「っっっっ!!!」

 

声にならない悲鳴が洩れた。いつの間にか、男の目の前にいるリィンが刀を握っている。だがその刀には血の一滴も付いていない。

 

「ああ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。貴方だけは生かしてあげます。自分で商品を盗んだと証言して貰わなければ困りますから。」

 

男を落ち着かせるような声色でリィンは言う。だが落ち着くわけがない。男1人を残して全員殺しているのだから。

殺すことはリィンにとって、やり過ぎではない。そもそも武器を自ら手にしたのはあちらの方で彼は情けを掛けたりしないのだ。彼は実力があるから、殺さずに無力化するべきという発想がでない。

 

武器を手にした以上、殺されて文句は無い。そう認識しているのだ。そこに更に場を混沌させる者たちが来た。領邦軍である。恐らく実行犯である男たちと接触するつもりだったのだろう。この両者は元々結び付いていたのだから。

それが更なる流血を招きかねない。

 

「これは…何事だ!」

 

領邦軍隊長が声を大いにして言った。今しがた来た彼等の眼前にあるのは士官学生服を着たリィンに腰を抜かした男、最後に数人の首無し死体である。領邦軍隊長を含め隊員、全員が顔を青ざめた。

「領邦軍の方々も来たのですか。先ほど商品を盗んだ男を捕まえましたよ。」

 

リィンは腰を抜かした男を指差す。

 

「これは…貴様がやったのか…?」

 

「ええ、そうですよ。彼等が俺に対してライフルを発砲しようとするから、思わず刀を抜いてしまいました。恥ずかしながら、どうにも抑えが効きませんでした。」

 

リィンは少しだけ苦笑した。領邦軍隊長は男たちを殺したことに意も介してないリィンの姿に恐怖する。だがこのままでは腰を抜かしているあの男は色々と喋るだろう。

 

ならばむしろ、この士官学生が盗んだと証言させ捕まえようと領邦軍隊長は考えた。

所詮は学生。学生ごときに殺されたあの男たちと我らは違うのだ。領邦軍隊長を腕を上げ、部下の隊員たちに武器を構えさせる。

 

「貴様を殺人、窃盗の罪で拘束する。大人しくしろ。」

 

領邦軍隊長の言葉にリィンは少し考える素振りをする。

 

「これは、――困りましたね。捕まるなんて面倒事は嫌いなんですよ。―だから斬らせて、もらいます。」

 

即時即決。リィンは領邦軍が自分に敵対したと認識した。だからこその必然。その殺意に領邦軍等は恐怖にする。彼等は本気の殺意など受けたことがない。何故ならアルバレア公爵家が後ろ楯にあり、皆それに萎縮するからである。いわば真っ向から敵対する者がいない権力による温室育ちである。

 

リィンは今にも刀を抜こうとすると――。

「待ちなさい!」

軍服姿をした女性が声で割り込むのであった。

 

余談だが笛を持った1人の男が一瞬にして数人の首を飛ばしたリィンの技量を視て逃げ出していた。それを誰だかは言わない。

 



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12話

まだリィンが偽管理員の男たちと衝突していない時間に戻る。話し合いによって、リィンが先行しアリサ、エリオット、ラウラの3人が依頼を片付け、その後にルナリア自然公園に行く。

 

その3人は思いの外、速く依頼が片付いていた。落とし物の依頼は旅行客である女性に直ぐに手渡すことが出来て、今は手配魔獣ズウォーダーの討伐である。

 

このズウォーダーは獰猛な猛禽型の魔獣であり、その巨体からの翼で繰り出される竜巻は獲物を巻き上げ、鋭い爪で鷲掴みにし、噛み殺すのだ。故に危険な魔獣と指定されている。

 

いくら街道の導力灯が魔獣避けの役割を果たしているとはいえ、誰だってそんな魔獣が傍にいる街道は通りたくないのだ。

そして3人は連携を組み、ズウォーダーへと挑み掛かった。先ずはアリサによる導力弓の一矢だ。それは苦もなく魔獣は躱す。魔獣とて当たると分かるものを避けたりする知能はあるのだ。

 

だがそれは牽制だ。そこに躱したと思っている魔獣の間合いにラウラが詰め寄る。その表情は鬼気が迫る顔をしており、一撃もまた破格だ。ラウラの袈裟懸けの一刀両断。

 

この一刀両断は少なくともケルディック街道にいる魔獣なら、この一撃で終わる。だがこの手配魔獣は巨体だ。故にまだ死なない。ラウラをその足で捕まえようとする。

 

そこにアリサが弓矢を連射する。一矢、二矢、三矢と。故に魔獣はラウラから離れるしか無かった。その離脱も傷によって巧く身体を動かすことが出来ないのか弓による一撃を貰っている。

今までアーツを駆動していたエリオットが駆動を終える。【ニードルショット】。鋭く尖った岩石が魔獣の巨体を貫く。この一撃で致命。魔獣は地面へと倒れ伏したのであった。

 

3人は魔獣を倒したことで一息ついた。戦っている最中にアリサとエリオット、両者の2人が気付いたのだ。ラウラの様子が可笑しいと。それでも何故か聞くことが出来なかった。もし聞いたらラウラが苦しそうな顔をしてしまうのではないのかと、そんな予感を2人は覚えたのだ。

 

事実、ラウラは思い悩んでいた。昨夜からの想いと疑問。勿論、想いとは彼女が誇りとする騎士道だ。許せなかった。彼女にはリィンが力を思いのままに奮う凶刃の刃。そう見えたのだ。許せなかった。そんな刃に為す術も無く無様に敗北に喫した自分を。

同時にラウラは思ったのだ。力無き意思に意味などないと。昨夜の構図は正しくそれを表していた。彼女はリィンという強者に敗れ、意思を通すことが出来なかった弱者だ。

 

だからこそ心に刻み付ける。今は弱者だと。自分は驕っていたのかも知れないと。同年代に類を為す者が居なかったとは言い訳にならない。彼女には『光の剣匠』と呼ばれる強者、すなわち父親がいたのだから。

 

だからこそ、今は鍛練だ。力を身に付ける。その思いで手配魔獣に挑んだ。だがそれでも、その思いは揺れる。刻み込んだと思っても揺れてしまうのだ。やはり届かないのではないか?自分の思いは無意味ではないのか?と。

 

彼女はまだ若く未熟なのだ。例えるならラウラは沢山の歯車で心が作られている。故に時々、歯車が故障したり狂ってしまう。リィンの心は歯車が1つだけで出来ている。故に狂うことなど有り得ない。おまけにその歯車がどんな衝撃を受けても壊れないのだ。単純故に完成されている。道に迷うラウラと道に迷わないリィンの違いだ。

それがエリオットとアリサが見えていないラウラの問題だ。これがリィンが偽管理員と邂逅されるまでの3人のやり取りである。

 

そしてリィンたちの場面に戻る。

 

そこに声で割り込むのはクレア憲兵大尉だ。彼女は鉄道憲兵隊所属の女性将校である。

 

『鉄道憲兵隊』。《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの肝煎りで設立された正規軍の精鋭部隊。

 

帝国全土に張り巡らされた鉄道網を駆使して各地の治安維持を行っており、貴族勢力の領邦軍と対立することが多く、かつて無いほど緊張が高まっている。

同じく宰相が設立した《帝国軍情報局》とは高度に連携している関係だ。

そこに所属しているクレア大尉。彼女はオズボーン宰相直属の『アイアンブリード(鉄血の子供たち)』の1人である。清楚可憐な容貌だが、導力演算器並みの指揮・処理能力とあらゆる作戦行動を完璧に遂行する事から『氷の乙女(アイスメイデン)』と呼ばれ、貴族派から警戒されている人物が部下と共に目の前に現れたのだ。

 

「これは…。」

 

クレアの目に入ったのは領邦軍。その次に士官学生の少年だ。問題はその後ろだ。恐らく民衆たちから得た情報の4人だろうと彼女は思案する。3人が死体で無ければの話だがと、心の中でクレアは愚痴た。

「貴様らは…!」

 

「鉄道憲兵隊…!」

 

恐怖から解放され領邦軍隊長等は驚きの声をあげる。リィンは少しだけ首を傾げる。彼とて鉄道憲兵隊を知っている。だが今の場面で何故彼等が現れるのか不思議なのだ。

 

それは領邦軍も同じ。彼等は敵対している者たちだが今回の登場は領邦軍等の命を救った。

 

動揺している領邦軍等に先んじてクレアは先ずは部下たちに命じ、盗人の男を確保させ死体処理をさせる。その後はここに来たとき感じた殺気の出所を探す。彼女の目に1人の少年が目についた。そしてその少年に見覚えがあった。それは当然である。彼女は資料で彼を見たことがあるのだから。

『剣鬼』。リィン・シュバルツァー。成る程。彼がこれをやったのですか、そうクレアは推測したのだ。

そして殺気が領邦軍に向けられていた。彼等もよりにもよって鬼を突いて私たちがそれを救った。敵対しているのに命を救うとは少し皮肉が効いていますねと彼女は心の中で苦笑した。

 

そこに動揺から気を取り直した領邦軍隊長が声をあげる。

 

「この地は我らクロイツェン州領邦軍が治安維持を行う場所……。貴公ら正規軍に介入される謂れはないぞ。」

 

クレアはそれに反論した。

 

「お言葉ですが、ケルディックは鉄道網の中継地点でもあります。そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生する……。その事はご存知ですよね?」

その言葉に領邦軍隊長は言葉が出ない。クレアは言を続ける。

 

「あとは我々がこの場を仕切ります。宜しいですね?」

 

領邦軍隊長等はその言葉に憎々しいと思いながら安堵した。やっとこの少年から離れることが出来ると。普段なら屈辱を晴らすと思うはずなのにそれをしたら本当に命を無くしてしまうと本能が察したのだ。

 

故に彼等、領邦軍は足早に自然公園から去っていったのだった。クレアは領邦軍が去っていったのを確認してリィンに向き直る。

 

「貴方からも調書だけ録りますから同行をお願いします。いいですか?リィン・シュバルツァーさん。」

 

「はい、構いませんよ。」

クレアはリィンの素直な応じに驚きを感じながらも微笑したのであった。追記すると自分たちがルナリア自然公園に着いたら事が済んでいたことに3人の内、アリサとエリオットの2人は気合を込めていた分、拍子抜けであった。同時にクラスメイトであるリィンが人を殺した事実を知ることが無かったのも、ある意味では3人にとって幸せなことかも知れない。

 

 

 

 

だが必ず、その内に似たようなことが起きるだろう。その時に彼等がリィンに対して、どのような態度をとることになるかはこのときは誰にも解らなかった。

 

最後にもう1つ追記するならサラ教官は勿論、リィンが人を殺したことを知ることになる。このことに夜に、また酒の量が増えることになったのは彼女しか知ることが無い事実である。

 

 

 

街灯が無く月の明かりだけで照らされている場所。人がまるで見当たらない、その場所で眼鏡を掛けた1人の男がリィンたちが乗るトリスタ行きの列車を見送った。

 

「あれが『剣鬼』……。何とも恐ろしい存在だ。『鉄道憲兵隊』が可愛く見える。」

 

男は思い出す。男たちの首を一瞬にして飛ばしたリィンの技量を。今ですら身震いする。視えたという言葉すら語弊があるだろう。視えなかったのだ。視認すらできない。男が視たリィンの技を人はこう呼ぶ。『無拍子』と。斬ると思った瞬間にはすでに斬っている。

 

「やれやれ、いろいろと狂わされたものだな」

 

暗がりから現れてきたのはマントを羽織った仮面の男だ。そこから紡ぎ出された言葉にボイスチェンジが掛かっているかのようにくぐもった声だ。

 

「…C。想定の範囲内だ、と言いたいところだが、あの男は危険だ。」

 

眼鏡を掛けた男はCに言う。

 

「そのとおりだ。同士Gよ。私とてあの男を知っている。まさか士官学院に行くとは…。予想も付かなかったよ。だからこそ計画の見直しが必要だ。」

 

Cは眼鏡を掛けた男、Gにそう告げた。

 

「ああ、今後の計画の障害となりえる、《鉄道憲兵隊》と《情報局》……。念のためにあの男も視野にいれておこう。再度計画を練る。」

 

月下の元で男たちは誓う。あの独裁者に無慈悲なる鉄槌を下すと。そして闇夜へと消えていくのだった。

 



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