五等分の花嫁 心の傷を持つ少年 (瀧野瀬)
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第1章 五つ子との出会い
始まり


Q.なんでリメイクしたん?
A.若干だけど、うーんってところがあったからそれを直したかったからです。


 俺は、女が嫌いだ。

 別に差別しているわけじゃない。だけど、好きか嫌いかと問われれば嫌いだ。

 

 なんで嫌いか……?だって……?

 それは、俺が女に裏切られたからだ。でもまあ、勝手に女のことを好きになって勝手に信じ込んで勝手に裏切られていると思っている俺が悪いのかもしれないが……。

 

 

 だから、俺は女が嫌いだ。要は裏切られたから女が苦手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 だがしかし、いつだっただろうか……。

 いったい、いつからだろうか……。

 

 

 

 

 こんなにも女を信用しようと思ったのは……。

 

 

 

 

 自分でも馬鹿じゃないのか?アホだろお前。とか思えてくる。でも、俺はこいつなら、こいつ等なら信じても良いのかもしれないと思ったんだ。

 

 

 

 

 そうこの五姉妹なら……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 レジから何度も何度も声が聞こえてきていた。上を見上げれば白い天井、白い蛍光灯が眩しいぐらいに光っている。

 

 俺は今バイトに黙々と専念していた。時給980円。スーパーのレジ打ちだ。もしかしたら、スーパーのレジ打ちで980円ってのは高額なのかもしれない。因みに、17時以降は、1000円だ。このスーパーは夜10時までやっていると言うサラリーマンの帰宅帰りでも買える優れたスーパーである。でも、東京とかは普通に時給1000円とか余裕でするらしいから、もしかしたらウチは低いかもしれない。

 

 そんな時給のことを気にしながら今日も今日とてカゴを取り出しては、お客様の商品を別のカゴに移していた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 悠々と作り笑……ではなくて笑顔でお客様を迎えた。このスーパーにやってくるお客さんは、大体ご年配の方が多い。次に、ファミリー層が多いだろう。

 偶に、お客様とて許せぬような奴がやってくるがそんな奴には大体丁寧に対応すればどうにかなる。どうにかならないときもあるのだが、そんなときはウチの店長がどうにかしてくれる。

 

 

 

 

「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」

 

 ハキハキとした態度でお決まりの台詞を言いながら俺は次のお客様の商品のレジ打ちをしようとしたとき、偶々お客様と目が合った。そして、その人物は……。

 

 

 

 

「上杉か」

 

 アホ毛みたいな毛が二本、黒い髪、死んだ魚のような水色の瞳。勉強バカ、根暗、陰キャなどと散々な称号をつけられている上杉風太郎とはこいつのことだ。そして、俺はこいつの親友だ。自分でも思ったが、親友のことボロクソに言い過ぎた気がする。流石に反省しておこう。

 

 

「空、頼みがある」

 

 上杉がレジに寄りかかりながら、若干頭を下げてきた。周り見てるから勘弁してくれ。

 

「なんだ?今、接客中だ。出来れば手短で話せといいたいところだが後ろにお客様もいる。後、30分ぐらいでバイトは終わる。フードコートか何処かで時間を潰しててくれ」

 

 因みに、此処はイ〇ンではない。イ〇ンは大体フードコートは21時で閉まるからな。

 

「そうか、ありがとう」

 

 上杉は丁度のお金を出してカゴを持って机の上でレジ袋を開け始めていた。今日の晩御飯だろうか、でもかなり質素なものだ。上杉の家が、貧乏のことは知っていたがあそこまで質素なものを食べていると逆にこっちが不安になってくる。

 

 そうだ、今日はらいはちゃんと勇也さんも呼んでファミレスでも行こうかと思いながら、俺はレジの仕事を続けていた。それから、約40分ぐらいが経ち……。

 

 

 

 

 

 

 バイトも終わり俺は上杉と共にファミレスに来ていた。勿論、今回は俺の奢りである。それから5分ぐらいが経っただろうか、勇也さんがらいはちゃんを連れて俺達のところにやって来た。

 

 

「いやぁ、すまないな……!空くん!奢ってくれるなんて……!」

 

 勇也さんがハハハッと笑いながら、メニュー表を開いていた。

 

「お父さん周りの人見てる。すいません、空さん」

 

 苦労人、らいはちゃんが勇也さんに代わって頭を下げていた。

 

「いや、いいんだよらいはちゃん。どうせ、俺はこんなときぐらいしかお金使わないだろうから」

 

 こうして俺がファミレスに連れて行ってやることもあった。勿論、偶にはこいつの妹であるらいはちゃんを連れて行ったこともあった。俺は別段気にしてないが、らいはちゃんはこうしていつも俺に謝ってくる。まあ、俺が好きで奢ってるしバイトの金だって使い道に困っているし金には困っていない。

 

「そういえば、上杉。頼みってのはなんだ?」

 

 上杉が、パスタを頼み、勇也さんがステーキハンバーグを頼み、らいはちゃんはグラタンを頼んでいた。因みに、俺は上杉と同じくパスタである。

 

 

 

 

 

 

「実はな、家庭教師のバイトを頼まれたんだ」

 

 上杉が俺にコーラ、らいはちゃんにメロンソーダ、勇也さんはコーヒー、上杉は水を飲んでいた。いや、お前もドリンクバー飲めよ。

 

「そうか、それは良かったな。勇也さんが探してくれたのか?」

 

 上杉が家庭教師のバイトを探してくるとは思えない。家庭教師のバイトはあまり募集していないものだ。それに、高校生で許可されたというのもかなり怪しい。となると、勇也さんの知り合いだろうか。

 

「そんなところだ。それでだ、親友のお前に頼みがある」

 

 上杉家の借金問題もこれで無事解決できそうな話だと思いながら聞いてると、上杉の言葉で次に出る言葉がなんとなく想像できていた。

 

 

「一応聞いておくが、その教え子ってどんな奴なんだ?」

 

「親父の話を聞く限りでは、女らしい」

 

 女か……。過去のトラウマのせいであまり女が好きじゃない俺としてはあまり手伝いたくないことだと思いながら、ただ黙っていた。

 

「それと、最悪なことにその教え子ってのがどうやら俺が今日喧嘩した女子らしいんだ」

 

 今日喧嘩していた女子……?ああ、確か食堂で上杉が相席してたやつか。俺は違う奴に呼ばれ違う席で食べていたがまさかそんなことになっているなんてな。ただ、最後にアイツがどうもお前が悪いだろみたいなことは言っていたのは間違いない……。まあ、女子に太るぞとか言ったらそりゃあ嫌われるのも無理ないわな。

 

「お兄ちゃんのことだから、また失礼なこと言ったんじゃないの?」

 

 といわれてしまい、ただ黙り込んでしまう上杉。図星か。

 

「ガハハッ、風太郎そんなだから女の子にモテないんだぞ。お前も昔は……」

 

「親父、空が居る前で昔の話は勘弁してくれ」

 

 上杉はどうやら、昔の話をされるのが嫌なようだ。俺と同じなのか……?と思いつつ、俺は上杉の話を聞いていた。

 

「そういえば、その女子の関連しているのか分からんが……。俺のクラスにそいつと同じ顔した奴が転校してきていたぞ」

 

 確か名前は二乃とか言ってたか……。ミーハーみたいな奴だからすぐにクラスに馴染めそうだな。とは思っていたが……。

 

「マジか、じゃあ双子ってことか?」

 

 双子か……。このご時世に珍しいことだ。と思いつつ、俺は来たパスタを食べ始める。

 

「だとしたら、尚更お前の協力が必要だな。頼む、俺に協力してくれ!」

 

 上杉の頼みだ。無益にはできない。俺はこいつのことを親友だと思っている。だからこそ、親友の頼みは聞くべきだろうと思っている。しかし、女子と関わることになるなら正直考えものだ。

 

「……少し考えさせてくれ」

 

 まだ拒否するよりはマシだろう。

 

「分かった、お前にもお前の事情があるだろうからな」

 

「ところでなんで俺なんだ?」

 

 俺以上に頭のいい奴なんて存在する。なのに、上杉は何故俺を選んだのだろうか?と不思議に思っていた。

 

「高校1年生のときは、空テストの点数高かっただろ?それを思い出してな」

 

 そういうことか……。確かに俺が高校1年生の頃は、余裕で80点ぐらいの点数は取っていた。ただ、英語が苦手だったため、英語だけはいつも不安定な点数を取っていた。

 だが、今の俺はあまり点数が良いとはいえない。それぞれ50点ぐらいの点数だ。上杉と対等に歩けるぐらいの点数ではない。増してや、人に教えられる点数じゃない。

 

「そういうことか……。分かった、すぐには答えは出せないが一週間以内には答えを出す」

 

「そうか、そう言ってくれると助かる」

 

 その後、俺達は黙々とご飯を食べ始めた。途中、勇也さんが意味不明なことを言い出したりしていたが半分聞き流していた。勇也さんが言っていることを一々聞いていたら時間が取られる。

 

 

 

 

 

 

 そして、次の日……。上杉の為にも情報だけは収集しておこうと思い中野二乃という女のことを観察していた。勿論、本人にはバレないようにだ。クラスではかなり女子の人気が高く人望も厚いようだ。男からも割と隠れファンみたいなのも居るっぽいといったところか。

 

 でも、ただの表面だけって可能性もあるから何ともいえないが……。いや、これは失礼だな。やめておこう。

 

「おい、脇城」

 

 一人の男子が俺が中野二乃のことを見ているのに気づいたのか、話しかけていた。こいつは……誰だったっけ。

 

「なんだよ?」

 

 誰でも良いか、適当に男子Aとでも名付けておくか。

 

「中野さんに興味があるのか?」

 

 なんだこいつ……。と思いながらも、丁度いい何か中野二乃について情報を知れるかもしれないと思った俺は話を続けさせた。

 

「俺、昨日中野さんに告白してきたんだけど断れちまったんだよ」

 

 いや、そりゃあお前初日だぞ。まだ、俺達と出会って初日だぞ。そんな奴がいきなり好きです、付き合ってくださいなんて言われてもごめんなさいと言われるだけに決まってるだろと心の中で呆れながら、こいつ馬鹿だろと思っていた。

 

「行けると思ったんだけどなぁ……。あっ、そういえば知ってたか?」

 

 何処がいけると思ったんだこの馬鹿は……。

 

「中野さんって5つ子らしいぞ」

 

「五つ子ねぇ、そんな漫画じゃあるまいし……」

 

 俄かに信じがたい……。そんな気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

「冗談じゃねえってほんとだよ」

 

 俺は男子Aのを見た。大抵、人の目を見れば嘘をついているかはわかる。女の場合は分からんが……。そして、見た結果分かったことがある。

 

 

 

 

「五つ子ねぇ……。面倒なもん頼まれたもんだな、上杉……」

 

 

 

 

 

 

 授業も一旦昼休みとなり、俺は一直線に学食に向かおうとしたとき……。

 問題が起きた。いや、問題というより思わぬ出会いがあったのだ。

 

「参りましたなぁ……」

 

 一人の少女が困っているのか、辺りをキョロキョロとしている。無視だ、無視。

 

 

 

 

「参りましたなぁ……」

 

 だが、俺の性格上こういうのは無視できない傾向にある。こういうところがあるから、女に騙されやすいんじゃねえのかな俺って……。

 

「えっと、キミどうしたの?」

 

「えっ?はい、実は学食を探しておりまして……」

 

 顔を見ると、中野二乃にそっくりだった。どうやら、五つ子というものも本当っぽそうだな。

 

「あー、そうだったんだ」

 

 案内する分には全然いい。しかし、後で面倒なことを言われるのだけは避けたい。例えば、お前いきなり転校生口説いてたのか?とか……。実際、そんなことを言う奴は少ないが言われるのが一番イラつく。

 だが、やはり俺の性格上こうやって困ってる奴を見過ごすことはできないようだ。やっぱり、こういうところなんじゃねえかな。

 

 

「そうだ、もし良かったら俺が案内しようか……?えっと……」

 

 

 

 

 

 

「あっ、私中野四葉です!」

 

 彼女はこんな俺に笑って見せた。しかし、逆にその笑顔が俺にとって嫌なことを思い出させることに繋がるのであった。そう、それは中野四葉の笑顔があいつと似たような感じがしていたからだ。

 

 

 

 

 

『ねっ、空……!』

 

 あいつの笑顔が脳内でチラつく。俺はチラつかないよう何度も何度も歯を噛み締めていたのであった。しかし、それでもアイツのことを思い出してしまってしょうがなかった……。

 

 

 

 



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逃げ

ほぼリメイク前通りただ若干地の文違っていたり、終わり方が違ってます。


「四葉か……。あっ、俺は脇城空ね」

 

 奴のことを思い出していた俺であったが、どうにか深呼吸をして落ち着かせていた。

 大丈夫だ、自己紹介をしただけだ。気にするな……、俺。

 

 

「それにしても、広い校舎ですね!思わず迷っちゃいました!」

 

 こいつ等って確か、お嬢様学校で有名な黒薔薇女子に通っていたんだよな?あっちの方が大きいと思うし、迷うと思うんだがな……。

 

 

「そんなに大きな校舎か?うちの学校って……」

 

 まあ、確かに普通の学校に比べれば大きな校舎かもしれないけど……。

 

「はい、かなり大きいですよ!」

 

 ふーん、黒薔薇女子に通っていた子がいうんだから大きいのかなとちょっと自慢げに思っていた。

 

「さて、此処だな学食は」

 

 そこに着くと既に学食で食事を行っている生徒が何人もいた。上杉の奴は……何処だ?

 

「あのもし良かったら、私と食事しませんか!?」

 

 食事か……。さっき、あいつとダブって見えちまったしそれは流石に厳しいだろうな……。

 

「悪いが……それは……」

 

 

 

 

 

 

「あっ、四葉じゃん」

 

 四葉は、後ろを振り向き俺も後ろをチラッと見るとそこには四葉とほぼ同じ顔をした女が四葉に手を振っていた。そして、その後ろにヘッドホンをつけた女と、中野二乃か……。

 

「その隣にいる男子は……ふーん四葉も積極的だねぇ」

 

 あっ、この女の人ヤバいタイプの人間の人だな。なんとなくだが、分かる。

 

「ずばり、四葉ちゃんのどんなところが好きですか!?」

 

 やっぱり来やがったか……。よく女子同士のコイバナでヒューヒューとか言ってそうな人だな。

 

「わ、私と脇城さんはそんな関係じゃないですよね!!」

 

「そ、そうだな……。さっき出会ったばかりで学食分からないから教えてくれって言われただけだ」

 

「なんだぁ、そんなことか」

 

 どうやら誤解は解けたようだ。お互いにお互いを見合って顔を汗ダクダクになりながら俺達は答えた。

 

「四葉は結構優しいところあるから、落ちたら案外早いよ。困ったことがあったら、お姉さんに相談しな」

 

 違うと言っているのに、根深さこの人ヤバいな。

 だが、これではっきりと分かったことがある。恐らくこの人は長女だろう。見た目的には一番長女っぽいしな。

 

「一花、こんな地味みたいな奴なんて放っておいて早くお昼にしよ」

 

「私もお腹空いた」

 

 一瞬だが、挑発に乗りそうになってしまっていた自分がいる。そうだ、此処で相手の挑発に載ったら思う壺だ。それに、これ以上この女子共に関わる必要なんてない。それからして、俺は四葉と別れを告げて上杉を待っていた。そして、何気に判明したがあの女子、名前は一花と言うらしい。一花、二乃、四葉……。もしかして、最初の漢字数字付くのか?全員……。

 

 

 

 

 

 

「よ、よぉ……上杉」

 

 今の俺の表情は相当なものになっていたかもしれない。

 

「どうした?何かあったのか?」

 

「いや、何もなかった」

 

 自分の顔色なんて鏡でも見なければ分からないと思うが、きっと顔は真っ青になっていること間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

 

 

「毎回思ってたがお前、焼肉定食から焼肉抜くってハンバーガーからパティ抜くのと一緒だぞ」

 

 こいつの家が貧乏なのは知っていたが、此処まで来ると哀れになってくる。勿論、上杉はそんなこと嫌いっているからしたら怒るだろうが……。

 

「これが安いんだよ」

 

 確かに焼肉定食から焼肉抜いたら安くなるし、おしることみそ汁付くけどよ……。いやぁ、それやったらもう焼肉定食じゃねえだろ。

 

「最早何もいうまい。あっ、俺はかつ丼とコーラで」

 

 やっぱ、コーラにかつ丼は定番だよな……。

 

 

「それで、あの転校生とは仲直りできたのか?」

 

「それがまだなんだ」

 

 何をやってるんだが、上杉さんは……。

 まあ、謝り辛いと言うこともあるだろうし、向こうもそういう機会を見せてくれないのだろう。

 

 

「これから仲直りするところだ」

 

 

「あー、そんな上杉に悲報があるぞ」

 

 俺が指すと、その方向にはさっき迷子になっていた四葉と、以下愉快な仲間達がいた。

 

「友達と食べてる!!」

 

 

 

 

「すみません、席は埋まっていますよ」

 

 うわぁ、えげつねえ……。あの女子わざと言いやがった……。仕方なく、俺達は男子2人で食べて上杉の為に作戦を練ろうとしていた。

 

 

 

 

「あれ、行っちゃうの?」

 

 上杉は先ほど俺を揶揄ってきた女子に絡まれている。

 

「あっ、キミさっきの子じゃん!四葉と食べなくていいの?」

 

「あー、俺この勉強馬鹿と飯食べなくちゃいけないんだ」

 

 今このメンツで飯を食べるなんて恐れ多い。それに、上杉と俺がパーティーINすることで一部のメンツの空気が崩壊しそうな気がする。とにかく、此処は一時撤退が妥当だ。そもそも、女子と一緒に食べるなんてことをしたらその時点で俺の精神が壊れそうだ。

 

「ふーん、そうなんだ?キミはもしかして五月ちゃんに興味があるのかな?」

 

 となんやかんやあって上杉の奴も俺がやられたことを先ほどの女子にやられていた。

 

 

 

 

「さっきは散々だったな、空」

 

「ああ、どうやら仲直り作戦第一回目は失敗だな」

 

 ……いや、仲直り作戦第一回目ってなんだよ。二回目もあんのかよと心の中で自分にツッコミを入れていた。

 

「しかし、参ったな。これじゃあ後は放課後だけだ……。なんとかして、なんとかして謝らなくちゃいけないと言うのに……」

 

「ったく、意地張って昨日のうちに謝らないからこんなことになるんだぞ」

 

「仕方ないだろ?こうなるなんて思ってもいなかったんだからな」

 

 だとしても、あの発言はねえだろ……。

 

「まあ、口は災いの元だ。今度から気をつけ……何してんだ?お前」

 

 机の真ん中辺り手を置いてこっそりと顔を出している四葉が俺達何か言いたげそうにしながらこちらを見ていた。

 

 

「あっ、脇城さん!上杉さん!やっと気づきましたね!」

 

「ん?なんで俺の名前を?」

 

「いや、そりゃあ俺がずっと上杉って呼んでたから知ってるに決まってるだろ。それにお前有名だぞ。学校一の陰キャって」

 

 俺の知り合い曰く上杉が学校一の陰キャと呼ばれているのは、勉強馬鹿であり俺と居ないとき以外は一人を満喫しているからである。

 

 

「そうじゃないですよ~。ジャーン!」

 

 なんだこれ?100点の解答用紙と、0点の解答用紙?

 

「さて、上杉さんに質問です!どっちが、上杉さんのでしょうか!?」

 

 これは、普通に100点の解答用紙だな。こいつが0点なんて、天変地異が起きらない限りありえない。

 

 

「右だろ」

 

 まあ、当然な結果である。

 

 

「正直者ですね!両方差し上げます!」

 

「いらねぇよ!」

 

 ナイスツッコミだな……。

 

「因みに、この0点のテストは私のですよ!」

 

「よく自分で堂々と言えたな!ある意味尊敬するわ!」

 

 俺も流石に今のは引くわ……。自ら0点宣言する奴なんて見た事ねえからな。

 

「ところで、上杉拾って貰ったら言うことあるんじゃねえのか?」

 

「……ありがとう」

 

 彼女は「いえいえ」と言ってにこやかな笑顔で返していた。その笑顔を見た瞬間、また俺はアイツのことがチラついていた。落ち着け、目の前にいるのはあいつじゃないんだ。 

 

「それにしても、先ほどはありがとうございます!」

 

「ああ、全然いい。気にしなくて」

 

 取り残された俺は、四葉が前に座り少しだけ話を始めた。 

 

「それにしても、お優しいんですね!困ってる人を見かけると、助けたくなっちゃう人なんですか!?」

 

「……まあ、そうかな。でも、人ってそんなもんだと思うよ。困っている人が助けたくなっちゃうそれが人だと思うよ」

 

 実際、そう思って行動に起こせない人なんてのは結構いるけどな。でも、見ていないのと見ているのとじゃ違うと俺は思う。見ていた以上なら、俺は手伝うべきなんじゃねえのかなと思っているんだ。なんか恥ずかしいことを言ってんな、前言撤回。今のは無しだ。でも、だからあのときも俺はアイツに騙されたんだろう。

 

「へぇ、凄いですね!私もよく困ってる人を見ると助けたくなっちゃうんです!」

 

「そうなんだ?でも、確かに四葉って優しい人っぽそうだから何となくそんな感じがするな」

 

 褒められていると言う自覚があったのか、四葉は嬉しそうにえへへと笑っていた。なんだろうか、この感覚……。昔、味わっていたこの感覚……。あの時と一緒だ。

 

「えへへ、そうですかね……」

 

 四葉が嬉しそうにしながら、頭を掻いていた。褒められるの慣れてないんだろうか。

 

「そうだ、もし宜しければ今日のお礼をしてもいいですか!?」

 

 ……そういえば、アイツと出会ったときもこんな感じだったか。虐められているアイツを見て、俺が助けて次の日から俺が虐められるようになったんだっけ……。でも、それでもアイツは俺のことを好きでいてくれたから俺は俺で居られたんだ。そう、裏切られるまでは……。

 

「脇城さん聞いてますかー?」

 

 意識が遠のいていたのか、四葉が手を上下に揺らしながら俺のことをチラチラと見ていた。

 

 

 

 

「……悪い、それでお礼のことだけど別に気にしてなんかいないから。いいよ」

 

 俺は四葉の誘いを断り、かつ丼も食べ終え帰るのであった。四葉が何か言いたそうにしていたが、言われる前に俺は逃げるようにして帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、5限目、6限目と続き放課後となり俺が校門前まで行き一人で帰り始めながら歩き始める。四葉を見ていると、アイツのことを思い出す。何故、アイツのことを頻繁に思い出すのかは分からない。上杉には悪いが、やはり断った方がいいかもしれない。

 その方が、俺としてはいいだろう。親友の頼みだけど、断るしかないだろう。上杉に電話を掛けようとしたそのときだった。

 

 

「あっ、空じゃん」

 

 信号待ちしていると、俺の頭を撫でながら隣に立っていたのは……。

 俺の姉であった……。

 

 

 

 

 



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感謝

 銀髪のポニーテール、二重な緑色の瞳。

 隣でニコニコと「幸せだな」と言いながら、俺の頭を掻き毟るように撫でてくるのは、俺の姉。

 

「周り見てるから外ではやめてくれ」

 

 当然、周りの視線はかなりキツイ。中には、羨ましそうにしながら見ている奴もいるがこんなことをされている俺の身にもなってほしい。

 

「家でならいいってこと?」

 

 眩しいような深い喜びを楓姉の中で、灯りがついたように俺には見えていた。余計なことを言ってしまったのかもしれない。俺は頭を抱えながら、どうしようと暗闇にも近い心の中で困惑していた。

 

「はぁ、そういうことにしておくから」

 

 深いため息をしながら「全くこの姉は……」と思っていた。

 相変わらずテンションがおかしすぎる姉。この人はいつもこうだ。破天荒な性格で、俺をいつも何処か連れて行こうとしたり、東京に行ったかと思えばその日のうちに読者モデルに誘われるなど。運もいいのだ。

 

「それにしても珍しいね、空と帰る時間一緒になるなんて」

 

 確かに、楓姉の言う通りだ。偶々とは言え、楓姉と帰る時間が被るなんてかなり珍しいことだ。先ほども言ったが、楓姉は破天荒な性格の為、大学が終わればいつも何処かに行っている。大概、モデルの仕事だったりするのだが……。

 

 

 

 

 

 

 それからして、俺達は家に帰りリビングでゆっくり寛いでいると、楓姉が食品が敷き詰められている冷蔵庫と睨めっ子を開始していた。どうやら、今日の晩飯を何にするか決めているようだ。

 

「空、今日晩御飯こんな感じでいい?」

 

 楓姉が提案してきた晩御飯は、鶏肉のレモン照り焼き、サラダ、味噌汁とのことだった。見ているだけなのも悪いから、手伝うかと思い俺は手を石鹸で洗い、水で石鹸を洗い落とし、綺麗に手を拭いた。

 

「空も手伝ってくれるの?」

 

 そんな俺の様子に気づいたのか、まな板と包丁と食材を用意していた楓姉が俺に聞いてくる。

 

「見ているだけなのも悪いから。それに、楓姉と料理一緒に作るのも久々だし」

 

 いつもどちらかが起きるのかが速くて先にどっちかが作っていることが多かった。特に、俺が速く作っていることが多かった。

 

「そっか、それじゃあ空は鶏肉を包丁で切ってくれる?」

 

 楓姉が用意してあった鶏肉がまな板の上に移動され、楓姉はサラダの準備に取り掛かり始めている。

 

「わかった」

 

 この鶏肉の大きさなら、4つぐらいに切り分けた方がいいだろうと思いながらイメージで切り始めていた。そして、鶏肉に切り目を入れてスッと包丁を引いた。

 

「そういえば、空最近学校の方は大丈夫?」

 

 といつもの心配性が出てしまう楓姉。でも、無理もないか。

 昔のことを今でも気にかけてくれているのだろう。

 

「まぁまぁかな?特に何もなくって感じかな」

 

「後輩から聞いたけど、空の学校転校生が来たんでしょ?」

 

 もう楓姉の耳に入っていたのか……。なんでこうも情報が入るのが速いんだろうか。

 

「確か、女子5人って聞いた。それにしても、女子5人も転校なんて珍しいね。廃校なんかあったの?」

 

 その女子5人ってのが上杉の生徒って言うのは流石に知らないか。一応、楓姉は上杉のところと仲は良いけどまだ勇也さんやらいはちゃんからは聞いてないか。

 

「さぁな」

 

 それにしても、なんで黒薔薇女子から転校生なんて来たのだろうか。黒薔薇女子と言えば、超有名なお嬢様学校だ。あんな学校からうちの学校に転校なんて珍しいことだ。自分の学校を馬鹿にする訳じゃないけど、うちの学校はピンからキリまでいる。でも、あの学校はそれぞれ優秀な生徒が多い。なのに、なんでだろうか……。

 

 いや、こんなことは考えていても仕方ないか。それに、上杉を家庭教師として雇うと言うことはよっぽど馬鹿なのかもしれない。でも、頭良い奴でも家庭教師を雇うからなんとも言えないけど。

 

「知らないかー。私も少し聞いたぐらいだし、あまり知らないけどね。可愛い子とかいた?」

 

 くだらないことを根掘り葉掘り聞いてくる楓姉。退屈しないから全然いいけど。

 

「……いるんじゃねえかな」

 

 客観的に見れば可愛いと言う分類に入るだろう。

 

 

 

 

「空の好みの子とかいた?」

 

 その言葉に一瞬俺は包丁を止めてしまっていた。そして、次の瞬間……。

 

 

 

「いって……!」

 

 指を見ると血が出て来ていた。一瞬だけ、姉の言葉に嫌気が差してしまい思わず止めたはずの包丁を動かしていたのだ。

 

「大丈夫……!?空!?」

 

 姉がサラダの準備を止めて、慌てたように手を洗い救急箱から消毒液と絆創膏を取り出していた。

 

「何もそこまでしなくていいよ。大丈夫だから」

 

「大丈夫じゃないでしょ?」

 

 楓姉は俺のことを心配してくれているのか、ティッシュを取りすぐに俺の指に消毒液を掛けていた。

 

「いってぇ!」

 

「我慢する。ほら、これでもう大丈夫」

 

 傷の部分に絆創膏を貼り、笑顔でこれで「大丈夫」と言った。そんな笑顔の楓姉を見て先ほど自分が言葉に対して嫌気をさしていたことに、申し訳ないような気持ちになっていた。

 

「ありがとう……」

 

 と俺は言い、自分で救急箱に消毒液と絆創膏を戻した。

 

「空、私がご飯を作るから空はゆっくりソファーで寛いでいていいよ。これ以上怪我されても困るしね」

 

 怪我している俺を気遣ってくれているのか、姉が言ってきた。

 

「……分かった。その言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 と言い、俺はソファーに横たわり腕で目を隠すようにして被せながら、姉の方をチラッと見ていた。

 

 

 

 

 楓姉は鼻歌交じりで料理を作っている。確か、流行りの曲だったかな。忘れちまったけど……。それでも、その鼻歌は完璧に音程が取れている。そんな楓姉の姿を見ながら、俺は今日のことを思い出していた。

 

 それは、勿論あの四葉と言う女子のことだ。あいつの笑顔を見る度何処か俺が昔付き合っていた女のことを思い出す。最近まで、思い出すことはなかったのに何故こんなにも簡単に思い出すようになったのだろうか。

 わからない。だけど、あの女子とは関わらない方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 だが、何故だろう。

 馬鹿な俺は心の何処かであの女子達とは関われば、自分の中の何かが変わるかもしれない。そう思っていたのだ。そんなものは、幻想だ。馬鹿らしい。そう思いながら俺は真っ白な天井を一瞬だけ見上げていた。しかし、あの女子に少しだけ心を動かされたのも事実だ。

 

 女なんか信用できないと思っていたはずなのに……。

 

 

 

 

「ねぇ、空……。あのときのことまだ気にしているの?」

 

 天井を見上げていると、楓姉から突然その言葉が飛んできた俺は一瞬だけ眉を細める。

 

「……気にしてないなんて言ったらウソだって分かる……よな」

 

「うん。伊達に空のお姉ちゃんやって来た訳じゃないからね。でも、私後悔しているんだ」

 

 楓姉が「えっへん」と言いながら自慢げに答えていたが、後悔していると言った瞬間楓姉の顔色は懐中電灯の灯りが消えたように暗くなっていた。

 

「空のこと二度も分かってあげられなかったから」

 

 二度もか……。この言葉は何度も聞いている。楓姉はずっと後悔しているのだろう。

 

「それこそ、楓姉が気にすることじゃないよ。一回目なんか特に俺は楓姉のことを何も分かってなかった。今だって俺の方が後悔しているんだ」

 

 俺が後悔していること、それは小学4年生のときのことだ。あの日、俺は姉に言ってはいけないことを言ってしまったのだ。俺はあの日の言葉を今でも後悔している。でも、あの言葉を言ったからこそ俺は今楓姉と仲が良いのだろう。

 

「……なら、空も気にしないの。それに、いつも空は自分が悪いって言うけど、そんなに自分のこと責めないの」

 

 料理を持ってきた楓姉が俺の額を指でツンとしながら言う。楓姉はにこやかな笑顔でこちらを見ていた。俺はそんな楓姉と目線を合わせられずただ黙っていた。

 

 

「そうは言うけど、難しいだろ……?」

 

 

「……そうね。確かにそうかもしれない、でも大丈夫だよ」

 

 大丈夫……?大丈夫ってなにが……?と心の中で疑問に思っていた。

 

 

 

 

 

 

「なんて言ってもソラは私の弟だから」

 

 楓姉はまたしても笑顔でこちらを見てくる。しかし、その笑顔には裏もなくただ俺に対する信頼のみがあったかもしれない。

 

「楓姉の弟だから……?」

 

 確かに、楓姉みたいな破天荒な性格になれば少しは変われるかもしれない。しかし、何か色々失う気がする。

 

「そう、それにもう空は一人じゃないんだから」

 

 もう一人じゃないか……。確かに、あのとき俺は孤独だった。誰にも助けを求めようとせず、ただ一人屍のように生きていた。そんなことに気づいたのは、偶々俺の様子を見に来た姉であった。そんな俺の姿を見て号泣しながら姉は、俺のことを抱いてくれてたのを今でも覚えている。

 

 そして、俺は引っ越して姉と暮らすようになったんだ。

 確かに、もう俺は一人じゃない。

 

「何かあったら私に相談してくれればいいから。少しでも空の役に立ちたいし」

 

 その言葉に、裏なんてものは確実になかった。楓姉は料理をテーブルの上に置きながら、俺の頭の上に指をツンと置きながら、楓姉が笑みを浮かべてくる。その笑みを見て俺は初めて、自分に余裕と言うものが出来たのかもしれない。

 

 なにより、その言葉に救われたような気がしていたのだ。

 

 

「ほら、食べよ?」

 

 と言いながら、写真を撮りご飯を食べ始めようとする楓姉。

 

 

「「いただきます」」

 

 俺と楓姉は同時に「いただきます」と言い、ご飯を食べ始めた。サラダは、キャベツとトマトとキュウリが盛り合わせされている。鶏のレモン照り焼きには、絹さやも混じっている。味噌汁は至ってシンプルの豚汁である。

 

「美味しい」

 

 そして、やはりどれも美味かった。俺も楓姉からほとんど料理を教えてもらったけど此処まで美味しいものはやはり作れない。本当にどうやって作れているんだろうか。

 

「ほんと?ありがとうね」

 

 子供のように喜ぶ姉を見て思わず笑ってしまいそうになる。だけど、そんな姉の姿を見て俺は何処かやっぱり日常っていいなと思いながら食べていた。なにより、俺はこのとき楓姉に感謝の気持ちがあったからこそ……。この言葉を言ったんだろう。

 

 

 

 

「楓姉」

 

「ん?どうしたの空」

 

 楓姉が首を傾げてどうしたのだろう?と思いながら、ご飯を食べている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 その言葉が意味するのは、簡単なことである。

 楓姉が言っていた、私の弟だからという言葉に、一人じゃないという言葉に勇気づけられたような気がしていたからだ。そして、俺はこうして今も楓姉と一緒にいられる。なにより、それが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 



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決心

 楓姉と話をしてあれから、2時間ぐらいが経っただろうか。俺は自分の部屋に戻って、珍しく今日の授業の復習を行っていた。しかし、やはり勉強には手がつかなかった。なんで手がつかなかったのかは分からない。駄目だ、余計なことばかりを考えてしまう。

 

 窓を開けて、外の景色を眺める。外の景色は何処も彼処も住宅が広がってる。目の前には電柱があり、偶に夜遅くに走っている人間を見かける程度。そんな夜景を見つめていると、俺の携帯にある一件のメールが来ていた。

 

 

 

 

「明日、家庭教師をやる。もし、来てくれるなら手伝って欲しい」

 

 と上杉からメールが来ていた。家庭教師をやるということは、あの五つ子とはうまくやれていると言うことなのだろうか。いや、そんなわけないだろう。あの五人の様子からしてそう簡単に家庭教師をやれるわけがない。何かいい案でも浮かんだのだろうか。

 そう思いながら、俺は携帯のメールを閉じながら目を瞑り、そのまま熟睡してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小鳥の囀りが聞こえてくる。更には、車の走る音が聞こえてくる。

 

 

「朝か……」

 

 ゆっくりと体を起こし、キビキビと体の節々を動かさせジャンプしてみせる。どうやら、体は充分に疲れが取れたようだ。そして、時間を確認してみる。まだ時間は7時と言う時間を指していた。それからして、ゆったりと着替えてからリビングへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 楓姉は……。

 っと、アレいないな。どうやら、もう大学に行ったみたいだ。その証拠に既にご飯は作られている。

 

 

 

 

「あっ、やばいやばい……!」

 

 ご飯を作られているのに気づいている頃、俺の後ろを新幹線のように急いで通っていた一人の人間がいた。

 

「あっ、空起きてたの?おはよう、ご飯ちゃんと食べていきなよ?」

 

 手に教材を持っている楓姉。楓姉は俺の頭を撫でながら「幸せ」と言いながら幸福を感じていた。もっと違うことで幸福を感じろ。

 

「分かってるよ。それと、頭撫でるの止めてくれって言ってるだろ」

 

 楓姉の手を跳ね除けると、楓姉が今にも泣きそうな顔でこちらを見てくる。そんな顔されても知らん。

 

「ええ、家の中ならいいって昨日言ってたじゃん」

 

 確かに、昨日俺は家の中ならいいとそれに近い言葉を言った。しかし、此処まで自重せず頭を撫でてくる姉を見ると最早、恥ずかしさの域に達する。

 

「やっぱ、訂正。家の中でも駄目」

 

「ちぇ~、ケチ。じゃあ、行ってくるね空」

 

 名残り惜しそうな顔をしながら楓姉はリビングを出て、大学へと向かったようだ。やれやれ、騒がしい人が一人減ったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 当然と言えば当然ではあるが、姉の料理は美味かった。それからして、俺は歯磨きをし自分の部屋から学校の支度をしていた。

 

 

 

 

 

 

「さてと、学校に行きますか」

 

 準備が整った俺はベリーショートの髪を整えつつ学校に向か……。あっ、コーラ持ってくの忘れてたな。急ぐようにして俺は冷蔵庫に冷やしてあるコーラを持って行った。やっぱ、これが無いと一日が始まらないよな。と思いつつ、一気に開けて一気に飲む。

 さてと、そろそろ上杉の奴も迎えに来る頃だろうから、行かないとな……と思っていると、ピンポンを鳴らす音が聞こえてきた。上杉だろうと思い、俺が出ると……。

 

「悪い、まさか上杉の方から来るとはな」

 

 こいつから先に俺の家に来るなんて珍しいなと思いながら、俺は玄関に出ると上杉が何やら自身満々に立っていた。何かいいことでもあったのか。

 

「空、少し手伝って欲しいことがあるんだ」

 

 俺に手伝ってほしいこと……?なんだろうかと思いながら、首を傾げる。

 

「すまんが、これをコピーしてくれないか」

 

 上杉が見せてきたのはテスト用紙。このテスト用紙、何に使うんだろうかと聞くと……。

 

「あいつらの実力を確かめるためだ」

 

 あいつらの実力を確かめるか……。確かに、その手は早い。誰に何を教えるべきなのかすぐに分かるだろうからな。

 

「分かったよ」

 

 俺はコピー機にテスト用紙を持って行き、すぐにコピーをしたものを渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 上杉にテスト用紙を渡した後、俺達は学校に向かい学校に到着した。それぞれ、違うクラスの為違うクラスに入ると、既に中野二乃は来ている様子。そして、俺を見て俺に近づいてきた。なんだ、俺何かしたか……。と心の中で考えていた。

 

「あんたの友達随分としつこいわね」

 

 なんだ上杉のことか。この様子だとやはり失敗したようだ。

 無理もないか。教えてもらう奴が、同学年でしかもそいつが教えても貰いたくもない奴だったら……。

 

「そうか、俺に言わないで本人に直接言ったらどうだ?」

 

 それに、あいつも諦める訳にいかないだろう。またとない機会だ。上杉の奴のところが借金があるのは知っているからこそこのチャンスを踏みにじる訳にもいかないだろう。

 

「言ったわよ。でも、あんたの友人まだ諦めてない様子だし友人のアンタから言って貰えれば諦めてもらえるかと思ってね」

 

「だったら、尚更無理だな。俺はあいつのことを止めるつもりないからな。それに、お前英語のテスト確か……」

 

 確か10点だっただろと言おうとした瞬間。

 

「ちょ、ちょっとそれは言わないでよ!」

 

 思いっきり口を手で封じられてしまい、指でシッーとやっていた。こんなことしていたら、変な関係だと思われるだろうが……。実際周りからの視線がかなり痛いし。

 

 

「事実を言おうとしただけだろ」

 

「周りにはバカと思われたくないのよ!私が元々何処の高校通ってたのかあんた忘れたわけじゃないでしょう!」

 

 確かにこいつらが通っていた学校は、黒薔薇女子だ。頭のいい学校だし、巷では有名な学校だ。それもあってか、できれば隠したいのだろう。わからんでもない。

 

「わかったよ。なら、その手を離してくれ。周りが見てる」

 

 と言うと、顔を真っ赤にしながら周りを見ると、周りが見ちゃったと言いながら何か噂をしていた。

 

「ねぇねえニ乃、空君みたいな子好きなの?」

 

「誰がこんなやつ好きか!」

「好きじゃないわよ!こんなやつ!」

 

 もう二度と誰とも付き合わないと決めているが、もし付き合うとしてもこんなうるさいやつ嫌に決まっている。それにしても、こんな奴がこれからずっと前と考えると頭が痛くなってくる。勿論、この後女子と話して疲れ切った俺は授業は居眠り学習をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、居眠り学習をしているうちに時は進み昼を過ぎて放課後となるのであった。

 放課後は特にやる事は無いが、上杉に家庭教師がやる気があるのなら来て欲しいと頼まれていたのを思い出していた。まだ、家庭教師をやるかは決めていないが……。

 

 まあ、体験だと思って少しだけやってみるかと思い……。俺は上杉に向かうと一言だけメールで送った。それまでは良かった。

 

 

 昇降口に着いた後、俺はあいつらの家が分からない事に気づいたのである。二乃が来るまで待つか。いや、あの五月蠅い奴と帰ると頭が痛くなりそうだ。止めておこう。ならば、どうする。

 

「あっ、脇城さん!じゃないですか!」

 

 元気よく俺に手を挙げてリボンをピンと動かしながら、こちらを見てきたのは四葉。丁度いいところに良い奴がいた。

 

「どうしたんだ?その汗の量」

 

 四葉は汗を拭いていたが、かなり汗を掻いている様子。何か運動でもやっていたのだろうか。それにしても、運動か。懐かしいな。

 

「少しだけ今日バスケの練習をしてきたんですよ!あっ、知ってましたか!私よくバスケの練習に参加してるんですよ!」

 

 四葉が汗をタオルで拭きとりながら、ハキハキとした声で笑顔で言ってきた。その笑顔に普通の学生ならドキッと来るかもしれない。

 

「そうだったのか、それはお疲れだな。コーラ飲むか?」

 

 四葉は「はい!」と言って俺から渡された缶コーラを飲むのであったが……。

 

 

「脇城さん、これ冷えてないじゃないですか!温いですよ!」

 

「バーカ、コーラは温いのが一番なんだよ」

 

 もう一個持っていたコーラを片手で開け一気に飲み干した。

 

「それにしても、凄いです!コーラを一気飲みできるなんて!私なんかできませんよ!」

 

 そういや、コーラ一気飲みできる奴ってあんまりいないよな。できたとしてもちょっと休憩入れる奴とかいるし……。

 

「そうか。ところで、お前これから帰るんだろ?上杉の奴にちょっと手伝ってほしいって頼まれてな。お前らの家まで案内してもらえるか?」

 

 汗を拭き終わり、飲み物を飲み始めた四葉を見ながら言う。四葉は「ぷはぁ」と言いながら、飲み終えた。

 

「いいですよ!もしかして、脇城さんも家庭教師なんですか?」

 

「まだ家庭教師になるって決めた訳じゃないけどな。今回は、あくまで上杉の手伝いってだけだ」

 

 四葉の顔を出来る限り見ないようにしながら、俺は話を続ける。

 

「そうだったんですか!ところで、私の妹の五月から聞いたんですけども上杉さん今日かなり気味が悪いほど元気だったらしいですけど、何か知ってますか?」

 

 あいつ、他の奴に悟られるほど気味悪がられてるのかよ。そんなんじゃ、家庭教師として先が思いやられるな。

 

「特に知らんが、上杉の奴はサプライズとか好きだからな。期待して待っておいた方が良いかもしれんぞ」

 

 ある意味、こいつらにしてみればサプライズだよな。

 

「そうなんですか!分かりました!」

 

 四葉が楽しみにしているのか、スキップをしながら帰っていると家に着きオートロックを解除してもらうのであった。オートロックか、しかも今時こんな家に住んでるってことは石油王の娘なのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか、これで全員揃ったな!」

 

 今にもフラダンスでも踊り出しそうな愉快な男、上杉風太郎。上杉が、フラダンスなんかした日には携帯の待ち受け画面にして勇也さんに見せて笑わせて恥をかかせるけどな。

 

「今日はよく揃ってくれた!昨日の悪行を許そう!」

 

 後で聞いたが、どうやら上杉は二乃に薬を盛られたらしい。なんで、薬に盛られているんだよ。そんなに嫌われているのかお前と憐れんだ目で俺は見ていた。そして、それぞれ思い思いの言葉をぶん投げられながらも話を続ける上杉。

 

「家庭教師はいらないって言わなかった?」

 

 二乃が携帯を弄りながら、言う。

 

「なるほど。なら、それを証明してもらうじゃないか」

 

 上杉は叩きつけるようにしてテスト用紙を机の上に置いた。俺も問題文を見せてもらったが……。これは中々な問題だ。だが、決して難しい訳ではない。上杉にしては簡単な問題にしてある。

 

「このテストで合格点を超えた奴には今後一切近づかないと約束しよう」

 

 俺の心の中で上杉が、馬鹿正直に五人も相手にする必要がなかったんだ。と言う心の声が今にも聞こえて来そうになっている。心の声漏れそうになっていますよ、上杉。

 

「分かりました、受けましょう」

 

 二乃が文句を垂れ込んでいる中、眼鏡を掛けて立ち上がる。あいつ、眼鏡っ子だったのか。眼鏡は勉強出来るイメージが俺には勝手にあるけど、果たしてどうなることか。

 

「そうか、そう言ってくれると思ったぞ五月」

 

「合格ラインは?」

 

 ヘッドホン女子が溜め息を吐きながら、合格ラインを聞いていた。どうやら、上手いこと乗ってくれたようだな。

 

「60、いや50点あればそれでいい」

 

 50点か……。この問題なら余裕でいけると思うが果たしてどうなることやら……。

 

「別に受ける義理はないんだけど、あんまり私達のこと甘く見ないでよね」

 

 英語の小テスト10点だった奴が、何ドヤ顔で言ってんだ。が、次の瞬間すぐに顔が一瞬崩れていた。もう駄目だな、こいつ……。そんな俺の顔に気づいたのか、何か言いたげでこちらを見ていた。言葉で示さず、行動で示すのはいい心がけだと思う。それが出来ればの話だが……。

 

 

 

 

 

 

「これ本当か……?」

 

 と上杉が俺に聞いてきた。因みに、何故か俺もやらされる羽目になってしまったのだ。

 そう言われ、上杉の頬を引っ張ると、

 

「痛っ!夢じゃないみたいだな」

 

 

 そう、結果は全員……。

 

 

 

 

「採点終わったぞ!すげぇ、100点だ!!」

 

 ある意味だがな……。

 

 

 

 

 

 

「全員合わせてな!!」

 

 上杉が事前にやった点数は当然の如く100点。そして、俺の点数は……。

 

「56点か……。まあまあだな」

 

「まあまあじゃないぞ、空。全然駄目だぞ」

 

 いつもと違い、本調子ではなかったのか。それとも、俺が馬鹿になってきているのかどちらかなのだろう。それとも……。

 

「それと、お前ら全員赤点候補ってどういうことなんだ!!」

 

 俺は上杉からテスト結果の用紙を見せてもらうと、かなり癖のある解答集であった。因みに、上杉に追いかけられている四葉達は外へと逃げて行った。

 

 

 

 

「こりゃあ、とんでもねえ生徒抱えちまったな上杉」

 

 思わず腹を抱えて笑いたくなるほどだ。

 

「あぁ、正直こんな調子じゃやっていける気がしない」

 

 だろうな……。五つ子が危機感を持つようになれば簡単な話だが、そう上手くも行かない。上杉の家庭教師を受ける気になる何かきっかけさえあれば変わってくれるかも知れないが……。

 

「上杉、俺のことは保留にしておいてくれ。まだ、家庭教師を引き受けるかは決められそうにない」

 

「そうか、俺としては空の協力はあった方が嬉しいが空にも、空のやることがあるからな」

 

 結局、その日俺たちは帰ることを決め日を改めることにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、どうにも煮えきらない俺は公園のベンチに一人座り、コーラを飲み続けていた。

 公園では、子供達が楽しそうに遊んでいる。遊具で遊んだり、砂場で山を作ったり、鬼ごっこをしていたりとても活発的なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?脇城さんじゃありませんか?」

 

 誰だ?と思いながら、上を向くとそこには顔を近づけていた四葉の姿があった。顔近っ……。

 

「四葉か、こんなところでなにしてんだ?」

 

 コーラを一気に飲み終え缶捨てに捨てながら言うと、おーと言いながら四葉が拍手をしていた。

 

「公園に来たら、偶々脇城さんを見かけたんですよ!」

 

 日なたよりも眩しい笑顔で四葉は笑ってくる。

 

「そういうことか。でも、なんでお前公園なんかにいるんだ?」

 

 さっきまで四葉達は上杉から逃げていたはずだ。そのまま何処か行っちまったから、追うのはやめたが……。と言うより、俺の体力は持つだろうが上杉の体力が持たないだろうからやめたのだ。

 

「此処に来ると、昔のことを思い出すんです」

 

 四葉が俺の隣に座りながら真剣そのものの表情でそう言う。

 昔のことか。なんだろうか、俺の頭が何の事だろうかと考え始めるが、分からずにいた。

 

「そうか、いい思い出なのか……?」

 

 と言うと、彼女は黙り込んで拳を強く握り締めている。

 

 

 

 いい思い出ではなかったのかもしれない。俺は途端に謝ろうかとしたときそれに気づいたのか、四葉が顔を向けてこちらをニコッと笑いながら言ってきた。

 

 

 

「いえ、いい思い出です。私にとって特別と言っていいほどの」

 

 

「特別か……」

 

 俺もあのときのことは今でも特別だと思っている。そう、それは俺がまだ京都にいた頃だ。5年前のあの日のことを今でも思い出す。もしかしたら、俺が四葉達に心が動かされているんじゃないかと思っているのは、恐らくこれのせいなんだろう。

 

 絶対に違うと思っているのに、何故か心は彼女達なんじゃないのかと思ってしまっている。そんな訳がない。あの時、また会う約束をしていたけどあれはきっともう叶わぬ願いだと思っていた。だからこそ、そんな訳がないと思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそなのかもしれない。

 だからこそ、俺は四葉に聞いたのかもしれない。

 

 

 

 

「なぁ、四葉……。もし、俺がお前らの家庭教師をやりたいって言ったらどうする?」

 

 枯れ葉が落ちていく中、俺はそう聞いた。四葉の動きがピクリと止まり、何かを考えている様子。なんで考えていたのかは、分からない。だけど、俺には悪いことのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの賛成に決まってるじゃないですか」

 

 なんで、なんで……。こいつはこんなにも笑顔で言ってくる。

 その笑顔を見る度に、俺はあいつの笑顔を嫌というほど思い出す。思わず、笑うのをやめてくれと思ってしまうほどだ。

 

「なんでだ?」

 

 座りながら、コーラを飲み俺は再び四葉に聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、上杉さんと脇城さんに教えてもらうなんて嬉しいことじゃないですか」

 

 四葉は、俺に会心の笑顔を見せてくる。俺はその笑顔に心を動かされていた。

 まるで、俺がこいつらの家庭教師をやりたいと思ってしまうほどに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、一つ聞いてもいいか。もしも、もしもお前に好きな人がいてそいつに裏切られたらお前はどうする?」

 

 俺は欲しかったのだ。答えが、あのときの俺は真実を知ろうとせずただあいつが俺のことを裏切ったと勘違いしていたのかもしれない。と……。もしかしたら、自分が間違っていたのかもしれないと……。そんな馬鹿な発想すらしていた。

 

 

 

 

 

 

「それでも信じたいです。好きな人ですから」

 

 ああ、分かったわ。いや、分かったと言うより知っていたと言うべきか。そういえば、こいつは……。

 

「馬鹿か……。お前」

 

 馬鹿だったわ。でも、こんな馬鹿でも信じたいものは信じたいんだろう。例え、裏切られようとも……。漫画の主人公に居そうな性格してんな。

 

「なっ!?いきなり罵倒なんてひどいじゃないですか!脇城さん!」

 

「事実を言っただけだよ……。でも、お前の話を聞いてようやく決心がついた」

 

 

 

 

「決心ですか……?」

 

 自分でも阿保らしいと思うし、少しだけこいつらのことを信じてみたいとか思っているのは俺は馬鹿なんじゃないかと思ってくる。更に言えば、もう女と関わらないつもりだったのに、また関わろうとしている自分を見て呆れてくる。

 

 だけど、こいつらは最後まで信じてみたいと思っただけだ。いや、こいつらと言うより特に四葉のことは……。いや、四葉には四葉の好きな奴が居るだろうしな。それが誰とは言うつもりはないが……。

 

「ああ、お前らの家庭教師を引き受けてやるよ。但し、まだ仮だけどな。めんどくさくなったら投げ出してやる」

 

「ええ、めんどくさなったら投げ出しちゃうんですか!?」

 

「冗談だよ、そんなことしねえよ」

 

 まあ、半分本気で言ったつもりだが……。でも、結局最後まで俺はやっちまうんだろうな。家庭教師を……。それに、四葉のことを聞いてまた女を信じてもいいかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜……俺は……姉にある頼みをした。

 

 

 

「俺に、全教科教えてくれ!楓姉ぇ!!!!」

 

 ほぼ無茶振りな頼みをするのであった。

 

 

 

 

 

 



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 楓姉に勉強を教えてもらうことになり、あれから数時間が経った。元々、英語がかなり苦手な俺は楓姉から英語を中心的に教わっていた。勿論、他の教科も教えてもらっていたが英語だけはぶっちぎりでヤバい為教えてもらっていたのだ。

 

 

 

 

「えっと、空。簡単な英語だけど、Canって、基本的には~できるって言うときに使うでしょ。だから、日本語訳のときとかは出来る限り最後の文に注目した方がいいよ」

 

「それは流石に分かる」

 

 とは言え、楓姉の言う通りだ。大体の英文は最後の方の文を見ればわかりやすくなる。最も、その英語を覚えていればの話だがな……。

 

 

「空は基本的に基礎がちょっと疎かだからねぇ……。もうちょっとやる?」

 

「やるよ」

 

 その後何故か中学生レベルの英語からちょっとやり直しをさせられた。しかし、その甲斐もあってか基礎はしっかり覚えることに成功した。

 

 

 

 

「空、Will you marry me?って何?」

 

 この姉絶対わざと言わせてる気がするんだけど……。殴ってもいいかな。

 

「結婚してくれませんか?って意味だろ。絶対わざと言わせただろ」

 

 そんなことを言われて勝手にはしゃぎ出す、姉……。

 なんなんだ、この姉……。

 

「え?でも、空中学生の頃お姉ちゃんと結婚するんだって騒いでたじゃん」

 

「騒いでねえ!」

 

 ほんと、成績は優秀だけどこういうところだよな……。それからして、こんな感じに俺は姉に振り回されながらも勉強を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「昨日のメール見たか、上杉」

 

 時は既に朝となり、俺は今汗だくでダラダラ汗を垂らしている上杉と一緒に走りながら登校している。昨日、勉強したことは頭の中に入っている。楓姉は頭も良いから、勉強の教え方も分かりやすい。

 

「ああ、見たぞ。ありがとうな、空。それにしても、自分の勉強と家庭教師の両立が此処まで難しいとはな」

 

 先ほどまで歩きながら参考書を読んでいた上杉。しかし、時間がヤバいことに気づき俺と上杉は追い詰められた動物のように走り続けていた。結果的に、上杉はYシャツが臭くなるほどには汗を掻いていた。

 

「上杉、Yシャツかなり匂ってるぞ」

 

 ファブリーズを貸してやると、「そうか」と言いながらかけていた。

 

「お前もしかして、朝まで勉強していたのか?」

 

 この様子だと確実にそうだ。俺も夜遅くまで勉強はしていたが、楓姉に体に毒だから止めた方がいいと言われてしまい、夜の12時にはやめた。高校生の睡眠時間は、大体8~7時間とは言うしな。

 

「ああ、勉強しないと流石にマズいからな」

 

 上杉は、何故そこまで勉強に拘るのだろうか。偶に気になるときはあるが、聞いたこと自体は無かった。

 

「そうか、でもあんまり夜更かしし過ぎるなよ?じゃないと、勉強しても頭が機能しなくて勉強した内容無意味になるからな」

 

「わかってる」

 

 本当に分かってるのか、上杉……。言われても絶対にするだろ。

 それから暫くして、俺達は無言のまま走り俺は偶にコーラを飲みながら走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギリギリセーフ……!二度と走りたくないぞ」

 

「ったく、お前どんだけ体力ないんだよ」

 

 途中、何度も何度も上杉は息を切らしていた。俺が背中を押しながらなんとか走らせることで間に合うことに成功したのだ。最近、生徒指導の教師が立っていると言う話も聞くし危ないところだった。

 

「しょうがねえだろ」

 

 と言いつつ、汗を拭いていると高そうな外車が物凄いスピードで走って来たのである。法定速度余裕で越えてそうな走り方してんな。一般道の法定速度って確か、60kmだっけ。

 

 

 

 

「あの車かっこいいな。きっと100万円はするんだろうな」

 

 上杉が珍しくヒーローショーを見る子供のような目で外車に憧れの目を向けていた。上杉ってこういうのあんまり興味無さそうだったけど、案外興味あるもんなんだな。まあ、男でこういうかっこいい車嫌いな奴あんまり居ないだろうけど。

 上杉が憧れの目を向けてくると、誰かが降りてくるのか車のドアが開いた。此処の学校の生徒か?随分と似合わない学校通ってんな。

 

 

 

 

 

 

「なっ!?貴方は……!?」

 

 降りてきたのは、中野姉妹であった。

 なるほど、やっぱり石油王の娘か。きっと、海外の高級マンションとか購入しているような男が父親なんだろうな。

 

「お前らだったのか、お前ら!昨日はよくも逃げて……!」

 

 上杉の話の途中で中野姉妹は逃げ出すのである。まるで、上杉のことを勉強を教えてくる悪魔か何かと思っているような感じだな。

 

「待て!よく見ろ!俺は手ぶらだ!害はない!」

 

 先ほどまで持っていた参考書は既に鞄の中に入れてある。見た目通り、手ぶらである。

 

「騙されねーぞ、この勉強妖怪!」

 

「テスト用紙とか隠してない?」

 

「隙を見せたら勉強を教えてくるかも」

 

 しかし、信用できないのか四葉と五月以外の三つ子達が色々言い出す。散々な言われようだな。上杉、マジで何をしたんだ。だが、何だろうか。確かに上杉なら隙を見せたら勉強を教えてくる気がする。

 

 

 

 

 

 

「それで五月。うちのことだが……」

 

 どうやら、五月は上杉の家庭事情を知っているようだ。なんで、知っているんだ……?

 

「分かっています。口外はしません。私達の力不足なのは認めましょう。ですが、自分の問題ぐらいは自分で解決します」

 

「それができねえから……」

 

 と言おうとした瞬間、上杉に口を塞がれてしまい上杉が一歩前に出る。

 

 

 

 

「そうか、じゃあちゃんと昨日のテストの復習はちゃんとしているんだろうな」

 

「まさか、してないなんて言うわけ……」

 

 と更に追い詰めると五月の口が歪み、目から何故か涙が零れ始めており震えていた。ああ、こりゃあ駄目そうな感じだな。

 

「空、問題を一つ出してやってくれ」

 

 ええ、この状況で更に追い込むのかよ。鬼だろ、お前。

 

「問題か……」

 

 上杉のテスト範囲から出された奴の方がいいよなと思いながら考える。そして、俺が一番得意とする歴史の範囲にしようと決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「問一、厳島の戦いで毛利元就が破った武将を答えよ」

 

 割と簡単だろうと思いながら聞くと、更に五月の表情が悪化し今にも泣きそうになっていた。

 

「なんかすまん」

 

 と思わず謝ってしまう。しかし、その謝罪が更に効いたのか体を更にプルプルと震えている。なんだお前、電源入れたら震え出すおもちゃか。

 

「あ、謝られた方が傷つきます!」

 

 デスヨネー。

 

 

 

 

 

 

 学校に入り廊下を歩き始める。そして、俺も嫌われたのかかなり距離を離されている。なんでだ、少なくとも五月以外は嫌われる要素まだ皆無だろ。二乃は分からんでもないが……。上杉は険しい顔をしながらテストの解答ノートを開いていた。なんで開いているんだと思いながら見ると、先ほどの解答を見る。

 

「三玖の奴、さっきの問題正解しているな」

 

 四葉達に聞こえないぐらいの声で俺は上杉に話しかける。最も、大体10mぐらいは離れているからあんまり聞こえないとは思うが……。

 

「そう言えば、そうだな。でも、なんでさっき答えなかったんだ?」

 

 確かに答えられるのなら答えるはずだ。それをなんで答えなかったんだろうか。何か訳でもあるのだろうか。と思いながら歩いていると、教室に着いたため俺は此処で上杉と別れる。それからして、授業が始まる。

 

 

 

 

 

 

 授業をしている途中、何度も何度も二乃は頭を抱えている様子であった。流石に見ていてヤバいなと思った俺は、所々でノートを見せたり教えたりしていた。本人の表情を見る限り要らないお節介だと思われているのは間違いないだろう。だが、そこまで悩んでいるところを見ると流石にこちらが辛くなると言うものだ。

 

「授業中はありがとう。でも、言っておくけどこんなことをしたからって私が家庭教師を受ける気になるとは思わない事ね」

 

 なんで、俺が家庭教師やるってこと知ってるんだ……?ああ、四葉からとかから聞いたんだろうな。きっと……。

 

「別にそれでもいい。授業中は俺がやりたくて好きにやっただけだからな」

 

 そういえば、もう昼休みの時間か。

 丁度腹も減ったことだし、学食にでも行ってくるか……。と思いながら、立つと二乃が何かを言いたそうにしながらこちらを見てくる。

 

「飯一緒に食べに行くか」

 

 昨日の四葉の件もあってある程度は女子とは話せるようになった。いや、なったと言うより四葉の距離感が近すぎてこのぐらいなら慣れてしまった。

 

「あ、あんたと……!?」

 

 俺と飯を食べるのがかなり嫌なのか声を荒げてそう言った。そんな嫌か、俺と食べるの。

 

「俺と嫌なら姉妹誘ってもいいが……」

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

 それ遠回しに俺のこと嫌いって言ってるよな。俺マジでメンタル低いから凹むぞ。と俺のメンタルがかなり追い込まれながら、学食へ行くと……。

 

 

 

 

 

 

「あれ、三玖じゃん。なんでこんな陰キャといるのよ」

 

 相変わらず当たりキツイな、こいつ……。

 そこにいたのは、三玖と上杉。

 それにしても、抹茶……ソーダ。なんでこんなもん飲んでるんだ。炭酸ならコーラ一択だろ。それはともかく、俺は三玖に聞きたい事があるんだった。

 

「なぁ、三玖……一つ聞いてもいいか?」

 

「え?なに?」

 

 三玖が何か隠そうしているのか、おぼんを慌てて持ち直していた。昼飯、サンドイッチだけか。もっと食べればいいのに……。しかし、俺が三玖から話を聞こうとした瞬間。

 

「上杉さーん!一緒にお昼食べませんかー!」

 

 大きな声を張り上げて、周りの学生を驚かせていたのは四葉。三玖が何か言おうとしていたが、四葉の声で遮られてしまい聞こえなかった。

 

「なんだ?四葉か……」

 

 どうやら、四葉は上杉にテストの成績を見せに来たようだ。いや、だからそんな堂々と見せるなよ。

 

「あんた、まさかだとは思うけど三玖を狙ってるんじゃないでしょうね?」

 

「安心しろ。俺は女苦手だから」

 

 これ余計誤解生みそうな言葉だよな。そして、一花がやってきて何やら話していた。

 

 

 

 

「恋……?あれは学業から最もかけ離れた愚かな行為だ」

 

 一花と上杉が話していると、恋愛の話になり上杉の体から炎が燃え上がっていた。

 特に理由のなき暴力が俺を襲って来る。そして、俺はその言葉に眩暈すら感じていた。

 

「したい奴はすればいい。だが、した奴は負け組同然だ。そこで勉強と言う人生が終了するのだからな」

 

 一花は「こりゃあ拗らせてるね」と言いながら、引いていた。そして、俺は頭を抱えながら上杉の一言、一言がかなり刺さっている状況になっている。

 

「そう言うお前はどうなんだ。人に恋愛、恋愛と押し付けてくるが……」

 

「アハハ、手厳しいね。フータロー君」

 

 どうやら、一花も相手はいない様子だ。そして、四葉も居ないのか、頭の後ろを触って苦笑いしている。

 

「三玖ちゃんはどうなの?好きな人とかいる?」

 

 そんな一花の言葉に、一瞬動揺を見せる三玖。

 

「い、いないよ……!」

 

 俺は一瞬、三玖の表情が変わったことに気づくのであった。まさかな……。と思いながら、好物のカツ丼を受け取る。

 

「あの様子、姉妹の私には分かります!三玖には好きな人がいます!」

 

 四葉が自信満々でそう答える。三玖に好きな人か……。いったい、誰なんだろうね……。と思いながらかつ丼を食べ始める。しかし、このとき俺はあることに気づきすらしていなかったのだ。まさかそんなことはないだろうと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだこれ」

 

 机の中から授業の道具を取り出そうとしたときであった。机の中から紙が出てきたのだ。

 内容はこうだった。

 

「放課後、屋上に来て」

 

 この手紙を送ってきた相手は誰だろうかと思ってると、三玖であった。まさかだとは思うけどな……。はぁ、なんでこんなことにと思いながら俺は寝るのであった。



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戦国武将

 偶に思うことがある。空ってなんでこんなにも青いんだろうかと……。

 昔、なんかの図鑑で読んだことがあるけど、レイリー散乱とか言うのが関係しているんだっけ。俺は眩しい太陽に照らされながら、届くはずもない太陽に手を伸ばす。……暇だからって何馬鹿なことしてんだ俺。

 

「それにしても三玖遅いな」

 

 屋上にあるベンチに横たわり、ゴロゴロとしている俺。そして、チラチラと屋上から階段へと繋がる扉を見る。しかし、誰かが来る気配はない。

 

「あの手紙どういうつもりなんだろうな」

 

 四葉が言っていた通りの言葉を読み取るなら、好きな人は俺と言うことになる。……止めよう、この話題。後で勘違いで自分が恥ずかしくなるかもしれないからだ。それに、好きな人がいてそれの相談に乗って欲しいとかかもしれないし。だとしたら、なんで俺なんだって言う話だけど。普通に姉妹とかでいいだろ。

 

 好きな人か……。

 

 

 

 

『ねぇ、空私のこと好き……?』

 

 夕暮れの教室に俺とアイツが残っていたときのことを思い出す。あれから俺達は付き合うようになったんだっけ。それから始まる絶望すら俺は知らずに……。

 

 

 

 

 

 

「恋愛か……」

 

 今更女に好かれたいと言う気持ちはない。二乃と話しているとき俺はかなりキツかった。自分でもなんでか分からないが、かなりの体力を使ったような気がする。上杉には、家庭教師を引き受けると言ったが正直今すぐにでも投げ出したい気分だ。

 

「分かってるよ、そんなこと……」

 

 分かっているつもりだ、親友の頼みを引き受けた以上俺はやり遂げなくちゃいけない。それに、折角楓姉に勉強を教えてもらったんだ。これを使わないでどうする。

 

 

 

 

「俺滅茶苦茶独り言多くねえか」

 

 横たわっていた状態から、一旦立ち上がりベンチの前に立ち深くベンチに座り込み、コーラの缶の中身を飲み始める。すると、扉が開いたような音が聞こえてくる。三玖か……

 

 

 

 

「呼び出してどういうつもりだ?」

 

 コーラの缶を片手で持ちながら、口の中に入れて片手はズボンのポケットに入れながら俺は三玖から若干視線を逸らして話しかける。

 

「良かった、その様子だと手紙見てくれたんだ」

 

 偶々目線が合ったとき、眉1つすら動かさず表情は別段普通であった。

 

「あのね、えっと……」

 

 この流れ少しマズくねえか……。嫌な予感がする。思わず俺は嘔吐しそうなぐらい気持ち悪くなり、頭が痛くなってきていた。やっぱり、そういう流れなのか。

 

「す……す……」

 

 

 

 

 

 

「陶晴賢」

 

 思いっきりベンチに頭をぶつけて、邪気を払う。三玖が「え?」と言いながら、困惑した様子でこちらを若干引いた様子で見ている。

 

「なにしてるの?」

 

「邪気を払っただけだ。気にするな」

 

 頭痛がかなり酷いが、眠気覚ましには丁度いいぐらいだ。血が出なかっただけ良しとしよう。それにしても、やはりそういうことではなかったか。先ほどまで聞きたくなかった言葉が出るんじゃないかと思って、焦っていた自分が馬鹿らしくなる。そんなことを思っていると、自分の頬が若干熱くなっているような気がしていた。

 

「……スッキリした」

 

 小さく拳を上げながら言う三玖。

 陶晴賢か。なんで陶晴賢だけ言いに来たのか、分からない。

 

「不思議そうな顔をしているから、言うね。今朝の問題」

 

 ああ、そういうことか。今朝の問題のことだったか。確かに俺は、五月達に問題を出したけど。あのことか、でもなんで今更。

 

 

 

 

「それと一つ聞きたかったの」

 

 陶晴賢のことを気にしていると、三玖から俺に質問を投げられそうになっていることに気づき俺は三玖の方を見る。

 

「なんだ?」

 

 俺に何の質問だろうか。

 

「ソラって歴史得意なの?」

 

 歴史……。確かに、五教科の中でも社会の中で歴史が得意だ。因みに、全く関係ないが公民はかなり苦手なほうだ。何故、同じ社会なのにこうも差が出るかは分からない。だけど、公民は全く俺の頭を寄せ付けない。

 

「ああ、得意だけど。それがどうした?てか、なんで俺が歴史得意って知ってるんだ?」

 

「テストの結果見たときにソラが歴史だけのところだけ見たら満点だったから。それで、ソラが歴史得意なのかなって思って」

 

 なるほど、だから俺に歴史が得意なのかと聞いて来たわけか。

 

「満点なら上杉だってそうだろ?」

 

「フータローは意地悪だから嫌い」

 

 ……意地悪だから嫌いって上杉、お前どんだけ五つ子に嫌われてるんだよ。

 

「そうか。でも、なんでそんなことを聞くんだ?」

 

 すると、三玖は辺りをキョロキョロし始める。周りに誰かいないか確認しているようだ。そして、扉がちゃんと閉まっているか確認していた。

 

「誰にも言わないって約束できる?」

 

 無言のまま頷くと、三玖は話を続ける。

 

 

 

 

「私、歴史が好きなの。それも、戦国武将が……」

 

 俺はこの時若干疑問に思っていた。今の時代、戦国武将が好きという女子は珍しくもない。と言うのも、昔戦国武将を美少年化させるゲームが流行っていたからだ。でも、なんとなくだが三玖は違う気がする。

 

 

「変だよね、私が好きなのは髭のおじさんだもん」

 

 やっぱりか。三玖の場合は、本当に戦国武将が好きなんだろう。様々な思いがぶつかり合う戦国の時代。弱肉強食と言う言葉が最も合う時代だ。変な奴と言ってしまえば、それで終わりだ。だが、俺としては別に好きなものぐいらい堂々としていればいいと思う。

 

「別に変じゃないだろ。好きなんだろ、戦国武将」

 

 三玖が変じゃないだろと言われて、手で隠していた顔を見せ、俺のことを見てくる。そして、無言のままこくんと頷く……。

 

「だったら、堂々としてればいいだろ」

 

「堂々と……?」

 

 三玖が首を傾けながら、俺のことを見る。

 

「ああ、好きなんだろ武将。だったら、堂々としてればいいんだよ。好きなもん好きって言って何が悪いんだって」

 

「そっか……ありがとう。ソラ」

 

 何処か嬉しそうな表情をしながら、三玖はスマホを持っていた。こいつのこと今までよく分からない奴と思っていたけど、もしかしたらこいつと一番気が合うかもしれないな。俺も歴史は好きだ。特にこれと言って好きな時代とかは無いが、それぞれの思いがぶつけ合っていた戦国時代と言うのは好きだ。

 

「それでね、ソラ……。私ね、戦国武将の逸話が大好きなの」

 

 戦国武将の逸話か。俺の中で真っ先に出てきたのはやはり、毛利元就の三本の矢だ。あれかなり現実な話だと勘違いされていることが多いが、三本の矢と言う話自体は逸話だ。因みに、逸話と言われている理由が三本の矢を話を聞いた、3人の息子。毛利隆元が元就の死の間際に既に居なかったから。と言うのも毛利隆元は、元就より先に死んでいるからだ。

 

「森長可が武蔵守になった逸話があるんだけど……」

 

 ああ、あの逸話か。確か、関所を通ろうとして止められて逆に関所の人間を殺して信長に今後は武蔵守と名乗れと言われた奴か。あの人、かなりヤバい人だったと言う話があるからなぁ……。

 

「竹中半兵衛は、容貌が婦人だったって言われることも多いんだって……」

 

 確か、『その容貌、婦人の如し』から来ている逸話か。竹中半兵衛は色々な謎が多い人物だからなぁ……。

 

「石田三成の言葉に、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやって言う言葉があるんだけど……」

 

 三玖が今にも泣きそうな言葉で言ってくる。三玖、三成好きなのか……。確か、この逸話って三成が自分の健康を案じた奴だっけ。三玖が言っている逸話は、分かる奴が多いが……。これ以上話していると、マイナーな逸話が来そうで怖い。

 

「凄い詳しいな、三玖……。それにしても、喉乾いたな」

 

 と言い、俺は屋上から降りて自販機を見つける。

 これ以上マイナーな逸話がやって来ない為にも、此処らで話を区切るのが一番だろう。

 

「ソラ、抹茶ソーダ飲んでみる?」

 

 抹茶ソーダ……?三玖が飲んでいた奴か……。

 俺は三玖から受け取り、左右から見て美味しいのか?と心の中で思っていると、

 

「美味しいよ」

 

 ふーん、そうなのか……。「ありがとう」と言いつつ俺は鞄からあるものを取り出した。

 

「飲むか、コーラ」

 

「これ温いよ?」

 

 三玖が少しだけ笑みを見せながら言った。

 

「コーラは、温いのが一番なんだよ」

 

「そうなの?じゃあ、頂くね。ありがとう」

 

 俺たちは同時に缶を開け飲むと三玖が笑っていた。

 

 

 

 

「これ意外にいけるな」

 

 仄かに感じる抹茶の味……。マズいのかと思って飲んでみたが、抹茶と炭酸の味がかなり合っていたのだ。こんな美味いソーダもあったのか。

 

「ソラ、これ美味しくないよ」

 

 どうやら、温めのコーラは三玖には合わなかったようだ。三玖にはまだ早すぎたかな。と思っていると、三玖はこっちに来て俺の方を振り向いた。

 

 

 

 

「ねぇ、ソラ。もし、良ければでいいけど私の家庭教師してくれたりする?」

 

 三玖の家庭教師か。俺の心が持たないかもしれないが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。上杉の為にもな。

 

「いいぜ、その提案乗ってやる」

 

 それに、三玖の家庭教師をやれば俺の歴史の知識が更に増す可能性が高いし、三玖も歴史の知識が付く。これは一石二鳥だ。それに、やっぱり俺はこいつらと関わることで何かが変わりそうなことを期待していたからだ。

 

 

 

 

「そっか、ありがとう」

 

 そして、その期待はやはり大きなものとなることは後日知ることになる。



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二人目

……まず一言、投稿サボっててすみませんでしたー!!
正直、久々に小説を書いたのでガバガバかも知れないんでそこは感想や誤字報告等で言って貰えると助かります。



「朝か……」

 

 いつもと違って重たい朝。腰が痛い訳でもなく、肩が痛い訳でもない。尚且つ、頭痛がする訳でもない。何故重たい朝かと言われると、やはり昨日のことなんだろう。俺にしては、あんまりにも出過ぎたことをしてしまったのかもしれないと思いつつ、制服に着替える。

 

 

 

 

「……はぁ、なんだかなぁ」

 

 屋上での一件後、俺は放課後三玖が一緒に帰りたいと言う為一緒に帰ったのである。無論、同じものが好きな人間だったし別にいいとは思っていた。だが、俺の心は思った以上に"女子と一緒に帰った"と言う事実を重たく捉えているようだ。

 

 

 

 なんで、こんなにも重たく捉えているのかは分からない。だが、この感覚は初めてではないのは確かだ。と言うのも、俺は上杉を本当の意味で親友と思ったあの日もこの気持ちを感じていたからだ。あのときと同じ気持ちならば、何れ晴れることは間違いないだろうと思いながら、リビングへと向かう。

 

 

 

 

「楓姉はいないか」

 

 リビングに行くと、そこに楓姉の姿はなかった。

 既に大学に行っているようだ。テーブルの上を見ると朝食が用意されており、椅子にゆっくりと座り朝食を食べ始める。

 

「美味しいな……」

 

 朝食を食べ始めている頃、携帯にメールの受信音が届く。誰だろうと思いながらも、メールを見るとらいはちゃんからであった。

 

『お兄ちゃん、先に学校に登校して行ったので今日は来てもらわなくて大丈夫です。後、ソラさん今度の休み一緒に遊びませんか?』

 

 基本的に、俺から上杉を迎えに行くことが多い。しかし、時々こうして上杉は先に学校に行って勉強をしていることが多い。家でやった方が絶対に捗ると思うんだがな……。しかも、朝だから図書室空いてないし。

 それと、今度の休みか……。大丈夫だろうと思い、メールを送信するのであった。らいはちゃんと遊ぶか。久々だな、大体いつも上杉の奴がいたからな。

 

「御馳走様……」

 

 と言いながら、食器を洗い食器を乾かし歯を磨いて洗面所で身だしなみを整える。

 

 

 

 

「よし……!これで大丈夫だな」

 

 完璧なショートヘアに形作り、整える。校則で禁止されていなければ、ツーブロにしたいのになぁと思いながらも鏡を見るのを止める。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 誰もいない家にそう言いながら、俺は家を出たその瞬間。

 

 

 

 

「おはよう、空」

 

 三玖が俺の家の前で待っていたのだ。

 そう言えば、昨日俺の家のまで分かれたんだっけ。だったら三玖が俺の家を知っていてもおかしくはないか。

 

「もしかして、待っててくれたのか?」

 

 俺と三玖は学校まで歩き始め、一緒に登校するのであった。

 

「ううん、今来たばっかり。ソラが此処に住んでるのは昨日知ってたから」

 

 三玖が首を横に振りながら、言う。

 まだ出会ってそれなりしか経ってないが、三玖のことだ。例え、待っていたとしてもこう言うだろう。

 

「ごめんね、急に押しかけるように来て」

 

「いや、いいよ。寧ろ、今日一人で登校する予定だったから。誰か居た方が嬉しいし」

 

 三玖は少し嬉しそうにしている。

 実際、そうだ。俺の心は少し靄るかもしれないが、一人より二人で登校する方が楽しいに決まっている。

 

「三玖の方こそ、いいのか?姉妹と一緒に登校しなくて」

 

 俺が鞄を肩の後ろに乗せながら言い、気の抜けたくっそ温いコーラを飲み始めた後に言った。

 

「うん、いつも乗せてくれる人が今日お仕事忙しいみたいだから」

 

 それにしても、三玖達を送迎している人って三玖の父親なのだろうか。でも、どう見てもあんまり顔が似てなかったしなぁ。いや、あんまりこういうことは考えるべきじゃないだろうな。もしかしたら、失礼に当たるかもしれないし。

 

「それにしても、ソラって家に住んでるんだね」

 

 羨ましそうにしながら三玖は俺に言ってきた。家がそんなに珍しいのだろうか……?でも、最近はマンションやアパートを借りて住む人も多いからあながち珍しいのも当たり前か。

 

「ああ、あの家。元々、爺ちゃんの家なんだよ。でも、今は爺ちゃんが使ってないからあの家を使わせてもらってるんだ」

 

 元々、爺ちゃんは東町で店を開いていた。聞いた話だが、かなり繁盛していたらしい。しかし、俺がこっちに来ると言うことで京都の方の店舗に行き、今はそっちにいる。爺ちゃんは、俺に気を遣って京都に行ったんだろう。

 

 

「両親は……?」

 

 その言葉に俺は一瞬止まる。

 動き始めていた足が、まるで時間が止まったかのように止まっていた。そして、俺の心の周りは一気に雷雨に囲まれて心の中の俺が騒めき始める。まるで今にも俺の頭の中に過去の記憶をフラッシュバックさせるようにして……。

 一旦、自分を押し殺すようにして歯を強く噛み締める。その姿を見て、三玖は慌てて……。

 

 

 

 

「……ごめん、変な事聞いて」

 

 気を遣ってくれたのか、三玖はすぐに深々と謝ってきた。

 

「いや、別にいいよ。気にしてないから」

 

 気にしていない……か。

 「本当にそうか?」と心の中の俺が聞いていたかもしれない。しかし、俺はその気持ちをすぐに追い払う。そして、俺達の間で微妙な空気が流れ始める。流石にマズいと思った俺が、口を開く。

 

 

 

「そう言えば、三玖。昨日部屋で三玖に良い教材が無いかなぁと思って探してて見つかったんだけどいるか?」

 

 三玖にその教材を見せると、三玖は目を輝かせながら教材を見る。

 

「いいの?」

 

 無言で頷く。

 その教材は、歴史の教材だった。買ってきたのはいいものの使わずに放置してしまった為、丁度いい機会だと思い三玖に渡そうと思っていたのだ。

 

「ありがとう、ソラ」

 

 三玖は受け取り、バックの中に入れていた。喜んでくれたのだろうか?と思いながら、正面を見ると既に学校に着いていた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、此処で」

 

 俺は教室へと入り、三玖に手を振り三玖も俺に手を振るのであった。

 そして、教室に入った瞬間何故か中野二乃が仁王立ちで俺の前で立っている。

 

 

「なんだ?」

 

 どう見ても俺に用があると言う感じだ。何かしただろうかと思いながら、考えていると俺は腕を引っ張られる。やっぱり、何かしたか俺……。

 

 

「あんた昨日三玖と帰った?」

 

 廊下で小声で二乃が俺に聞いてきた。そんなことか、と思いつつ俺は首の裏を掻いていた。

 

「……帰ったよ」

 

 別段、嘘を吐く必要もないだろう。

 

「そう、あんた三玖に変な事言ってないわよね?」

 

 こいつにとって変な事は言ってるかも知れんが、こいつには関係ないことだ。別段、言う必要もないだろう。

 

「何も言ってねえよ。姉妹のことが心配なのか?」

 

「べつにそう言う訳じゃないわ」

 

 と言いい、二乃は教室の中へと入って行く……。

 言葉ではああ言っていたが、心配なんだろうな。姉妹のことが……。だから、教室に入る前俺に対して嫌悪感にも匹敵する感情が見えていたのだろう。俺も教室へと入り、椅子に座る。

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴り始める。時計を見ると、時間は昼になっていた。もうそんな時間か。

 スマホを見ると、メールの着信が届いている。

 

『今日、放課後四葉に勉強を教えるから図書室に来て欲しい。誘える奴が居そうだったら頼む』

 

 と上杉からメールが届いていた。誘えそうな奴か……、三玖ぐらいだな。今日も昼食を食べているだろうし学食行って誘うか……。

 

 

 

 

 

 

「こいつにカレーうどんを頼む」

 

 上杉の好物であるカレーうどんを上杉に頼もうとすると、上杉が……。

 

「おい、空。別にそこまでされる筋合いは」

 

「いいから、受け取れ。お前最近頭使いまくってるだろ。偶には好物食べて体力蓄えろ」

 

 冷やし中華を頼みながら言う。無論、コーラ付である。学食のコーラは冷えてるからあんまり好きじゃないが、贅沢言ってられない。

 

「すまないな、空」

 

 俺は軽く「気にすんな」と言い、冷やし中華を受け取る。

 そして、上杉と共に席を探そうとしたとき……。

 

「あっ、三玖……」

 

 三玖を見つけた俺は、三玖に話しかけようとするが……。

 

「三玖、行くわよ」

 

「え?でも……」

 

 三玖は俺の姿に気づき、俺が話しかけようとしているのに気づいたのかこちらに向かおうとしていたが二乃が彼女の腕を掴み無理矢理連れて行くのであった。話しかけそびれたか……。それにやっぱり、あの様子からして二乃は俺のことを嫌っているに違いない。と俺は確信していると、

 

 

 

 

「こんにちは~、脇城さん!」

 

 両手を上げながら元気よく挨拶をしてきた四葉。

 すげえ元気良いな、四葉……。

 

「ちわっす、四葉。三玖に伝えておいて欲しいんだが、放課後図書室で勉強するから来てくれるかって言っておいてくれるか?」

 

「はい、わかりました!三玖に伝えておきますね!」

 

 と言い、四葉は二乃達を追いかけて行った。俺はそれから、上杉と一緒に飯を食べ始める。因みに、上杉は一花と五月を勉強に誘ったらしいが断られたそうだ。そうなるよな、やっぱり……。どうにも他の3人は勉強をしたくないようだ。

 上杉は焦っていたが、少しずつどうにかしていくしかないだろう。飯を食べ終え、食器を戻し教室に戻る。それから授業が始まるまで、携帯を弄るのであった。

 

 

 

 

 

 

  ◆◆◆◆◆◆

 

 さっきソラは何かを私に話そうとしていた……。

 二乃に邪魔されて聞けなかったけど、いったいなんのことだったんだろうか。今朝のことかな。やっぱり、悪い事聞いちゃったかな。

 

「どうしたの?三玖」

 

 私の隣に座ってきた一花が私に話しかけてきた。自分の表情なんてものは分からないけど、もしかしたら一花には分かるぐらい暗い表情をしていたいのかもしれない。

 

「なんでもないよ、一花」

 

 一花は「そっか」と言いながら、ご飯を食べ始める。その後、五月と四葉が来てご飯を食べ始めた。二乃が私に何か言いたそうにしながらこちらを見ていたが私は無視していた。それからして、昼食を食べ終えて帰ろうとしたとき、四葉が話しかけてきたのだ。

 

 

 

 

「あっ、三玖。脇城さんが放課後空いていたら図書室で勉強しないか?って言ってしましたよ!」

 

 なんだ、そんなことだったのか。良かった、気にしてなかったんだ。ソラ……。

 

「分かった……。もしかして、それってフータローや四葉もいるの?」

 

「そう言えば、私上杉さんから確か放課後図書室で勉強を教えてもらう約束してました」

 

 フータローもか……。どうしようかなと考えていると、

 

「三玖は、上杉さんのことあまり好きじゃないんですか?」

 

 四葉は直球な質問をしてくる。フータローのことは別に好きでも嫌いでもない。ただ、なんというか印象が悪いと言うか……。

 

 

 

 

「大丈夫ですよ!2人よりも4人での方がもっと勉強楽しくなりますよ!」

 

 その言葉を言われて、私は確かにそうかもしれないと思い四葉に頷くのであった。二人でよりも四人でもよりもか……。確かにそうかも知れない。それに、私はフータローのことはよく知らないから、もしかしたらいい人かも知れない。そんなことを思いながら私達は教室へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ライスはLじゃなくてR!お前はシラミ食うのか!」

 

 時間帯は放課後となり、俺は図書室の前までやって来ていた。

 上杉のツッコミが炸裂している。多分、一緒にいるのは四葉だろう。

 

「お前ら何して……ああ、勉強してんのか」

 

 何してんのかは……言い過ぎたか。多分、さっきの内容的に英語の勉強だったようだし。

 

「あっ、脇城さん!約束通り、三玖には伝えておきましたよ!」

 

 と言う四葉……。しかし、周りを見て三玖の姿はいない。二乃に邪魔されたか、上杉が居るから来なかったのかと思っていると……。

 

 

 

 

「ソラ、中入れない……」

 

 後ろを振り返ると、そこには三玖の姿があった。

 

「三玖来てくれたのか……」

 

「うん、ソラが来て欲しいって言ってたからさ。それにさ……」

 

 

 

 

「二人より四人の方が楽しいって教わったから……」

 

 四葉の奴、三玖に何か言ったのか……。後で、四葉に感謝しておくか。

 

 

「だから、よろしく……!フータロー、ソラ……!」

 

 満開の笑顔で笑ってくる三玖。こんな笑顔も出来たのか、三玖の奴。その笑顔に動揺してしまいそうになったが、一気に温いコーラを飲んで落ち着かせる。……あっ、図書室飲食禁止だった。まっ、いっか。後で怒られるかも知れないけど、そのときは素直に謝ろう。

 

 

 

 

「教材やってくれたのか」

 

 三玖のノートを見ると、今日渡した教材と思われる内容のものが書かれていた。しかも、その前のページでは自習をしていたのか世界史の内容が書いてあった。

 

「うん、昼休みの時にやっていたの」

 

 俺が三玖に渡したのは世界史の教材。これからの範囲や、今やっている範囲に役立つと思って三玖に渡したのだ。ノートを見る限り、色々間違えているようだがこれから挽回は全然効くだろう。

 

「昨日勉強していたときに思ったんだ。歴史ってこんなにもまだ奥深いものがあるんだって……」

 

 三玖がよく知っているのは戦国時代だけだ。確かに、世界史に比べれば戦国時代なんてものは歴史の中の断片の一部に過ぎない。と言っても過言ではない。それだけ世界史と言うものは奥深いものだ。

 

「それで、驚いちゃったの。まだ私の知らない世界がこんなにもあるんだって……」

 

 

 

 

 

 

「だから、ありがとうね……ソラ」

 

 満たされたような笑顔を見せつけられ、再びコーラを喉に流し込む。

 でも、彼女が俺に向けている視線は感謝だろうと思い、彼女の目を見て頷く。昔の俺だったら、絶対今ので惚れてただろうな。

 

 

 

 

「とりあえず2人揃った訳だし、勉強を開始するぞ」

 

 今の今まで空気を読んでいたのが、凄いレベルの上杉が机に手を置きながら言う。確かに、上杉の言う通りこれで2人揃ったのだ。これでも充分の成果だろう。

 

「ありがとうな、空。三玖を連れて来てくれて」

 

「ああ」

 

 「でも、どうやって連れて来てたんだ?」と不思議に思っている上杉。三玖には内緒にして欲しいと言われているし、内緒にしてやるべきか。

 俺は三玖の勉強を開始させ、三玖に必要そうな歴史の本を持ってきて話を始める。

 

 

 

 

「三玖、戦国時代が好きなら分かると思うが歴史と言うのは案外覚えてしまえば簡単のものだ。ただ、興味を持った武将や、偉人が居たのならそのときは本を探して貰っても構わない。その方が知識も増えるからな。ただ、出来る限り新しめの本を選ぶことだ。古い本だと、偶にそれが後に逸話だったことが判明する場合もあるからな」

 

 と自慢げに俺が言ってみた。歴史の本なんて今は読んでいない。昔、小学生の頃日本の歴史と歴史を変えた戦いと言う本を読んでいたことはあった。あれは、中々にいいものだった。子供の頃だから読んでいて面白いと思わせてもらっていた。今読んでもきっと同じ反応をするだろうがな。

 

「うん、分かってるよ」

 

 抹茶ソーダを飲んだ後に、やる気充分になったのか。ペンを回しながら言う三玖。

 此処、飲食禁止なんだがな……。俺もやったから別にいいか。それからして、俺は三玖に世界史の勉強を教えて、上杉は四葉に英語の勉強を教えていた。

 

 

 

 

「上杉さーん!これで合ってますか!」

 

 そんな純粋な声が上杉の前に飛ぶが……。

 

「違う!やり直し!」

 

 まるでスパルタ教官の如く、ノートを突き返す上杉。

 

「そっちは順調そうだな」

 

 まるで羨ましいとでも言いたそうにしながら言う上杉。実際、羨ましいんだろうな。四葉の言った通り、三玖は俺の想像以上に理解力が高い。得意な歴史だからと言うこともあるのだろうが、この調子なら本当に歴史だけなら赤点回避はできるかもしれないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はこれで終わりだな!それぞれ予習を忘れず解散!」

 

 時間も5時となり、四葉が「はーい!」と元気よく返事をしていた。三玖もある程度終わった勉強を俺に見せて来て大丈夫だと言うと、三玖はホッとした様子だった。

 

 

 

 

「ねぇ、ソラ。今日って家に来れたりする?」

 

 三玖の家にか……。上杉はどうせ聞いても帰って予習するって言うだろうし聞かない方がいいだろうな。寧ろ、聞いたら「帰って勉強しろ」って言われる気がする。

 

「え!?脇城さん、家に来てくれるんですか!?歓迎しますよ!」

 

 首を突っ込んでくる四葉。ほんと、こいつは裏表の無い奴だな……。

 

「別に行ってもいいが、勉強しろよな」

 

 そして案の定、勉強と言う言葉を出してくる勉強王子。因みに、上杉に聞いたが勿論パスされた。

 

「言ってもいいけど……。二乃とかは大丈夫か?」

 

「無視すればいいだけだから、大丈夫だよ」

 

 凄い辛辣な言葉が帰ってきた。

 そんな言葉が帰って来るなんて思いも寄らなかったぞ……。

 

「そうか、じゃあお言葉に甘えさせて……」

 

 甘えさせてもらおうかなと言うとしたとき、俺の携帯から着信音が鳴り携帯を見ると……。

 

 

 

 

「わりぃ、三玖、四葉。先に昇降口で待っててくれ!」

 

「え?うん」

 

 俺はそう言い、急ぐようにして誰にも聞かれなさそうな屋上へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、分かってるよ」

 

 鉄格子に寄りかかりながら、俺は真剣な口調で電話口の人間に言う。

 

「それも分かってるよ……」

 

 

 

 

 

 

「分かってるって、爺ちゃん……」

 

 今俺のスマホに電話を掛けているのは俺の祖父だ。

 俺から掛ける事が多いが、珍しく今日は祖父から電話が掛かって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

「うん、じゃあ……父さんにもよろしく言っておいて」

 

 電話を切り、鉄格子に深く寄りかかり溜め息を吐きながら、珍しく冷たいコーラを飲む。

 それにしても、やっぱり父さんあのことをまだ気にしているのかな……。いや、気にしているからこそ自分で電話を寄こさないんだろう。

 

 

 

 

 俺はそれから屋上を降りた。屋上を降りるとき、"誰かの気配"を感じていたが、その気配を無視して俺は昇降口へと向かうのであった……。

 

 

 

 



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料理と四つ子

若干内容改訂前と同じです。


 1階へと繋がる階段を降りると、窓から秋の夕暮れが見えている。ああ、そう言えばもう10月か……。もうそんな時期かと思いながら、一階へと降りると……。

 

 

 

 

「わりぃ、待たせちまったな」

 

 すぐに昇降口の方に行こうとしたが、三玖と四葉が靴箱の前で待っていた。三玖は抹茶ソーダを飲みながら、四葉は少し走っていたのか汗を掻いている。

 

「いえ、待っていませんよ!」

 

 タオルで汗を拭きながら、良い表情で笑顔を見せてくる。

 

「走ってたのか、四葉?」

 

「はい!少しでも運動は必要だと思いますので!」

 

 満足するまで走ってきたって言う感じの顔だな。そんな顔、懐かしいな。俺も走ってきた後は大体こんな感じだったかな。

 

「そうか、三玖も待ってくれて悪かったな」

 

「大丈夫だよ、私達の家行くんでしょ?」

 

 こくんと頷く。

 三玖達の家か、一度来ただけだが流石は金持ちと言ったところの家だったな。まあ、黒薔薇女子校通っていた奴らだから当然だろうな。

 

「二人共、俺達の教え方理解できたか?」

 

 昇降口を出て校門へと向かいながら聞く。

 

「上杉さん、スパルタ教育でしたが中々勉強が捗りました」

 

 スパルタっていう言葉は知っているのか。いや、これは流石に失礼か。

 上杉の勉強法は確かにスパルタだし、着いて行くのがやっとだろうな。

 

「ソラのおかげでまた一つ歴史のことを知れた気がする」

 

「そうか、なら良かった」

 

 若干ではあるものの頬が緩んだ気がする。もし分からなかったと言われたらドキッとするところだった。楓姉との勉強会も無駄じゃなかったって言うことが証明できたな。その後、武将の話をしようと思ったが、四葉も居るから止めておいたのである。

 三玖は、自分が武将が好きなことを隠してほしいって言ってたしな。

 

 

 

 

 それから、他愛もない話をして三玖達の家の前に着くのであった。

 

「やっぱ、大きいマンションだよな」

 

 首が痛くなりそうなぐらい角度を曲げなら最上階を見上げる。その姿を見て、四葉は笑っている。三玖は、マンションのオートロックを解除して最上階にある三玖達の部屋に案内される。

 

 

 

 

「ちょっと此処で待ってて」

 

 家の中に入り、「お邪魔しまーす」と言ってリビングに入ると、ソファーに座って待っててと三玖に言われた。四葉は一旦部屋に戻ったようだ。

 

「おやぁ?確かキミは……フータロー君の友達だっけ?」

 

 俺の前のソファーで気持ち良さそうに寝ていたのは、中野一花。俺が来るまでぐっすりと寝ていたようだ。しかし、この人無防備過ぎるだろ。シャツ捲ってるせいでお腹見えてるし……。

 

「何処見てるのかな?」

 

 ニヤニヤとしながら、シャツで扇ぐ一花。

 この人が長女だってこと未だに信用できねえわ。

 

「……何処も見てません」

 

 ほんとは見ちまったけど……。変態かよ、俺。

 てか、なんて俺敬語使ってんだ。

 

「もっと見たい?」

 

 挑発してくる長女。

 

「い、いえ……」

 

 思わず頬を掻いてしまう俺。自分の顔は見れないが、多分顔を真っ赤にしているのは間違いない。ぶっちゃけ、内心動揺しまくってる。

 

「ウソウソ~、冗談……!ごめんね」

 

 流石に冗談に決まっているよな。帰る途中、三玖から聞いていたが、一花は家にいるときかなりだらけているから気をつけた方がいいと言っていたが、此処までとはな……。

 

「それにしても、えっと……名前なんだっけ?」

 

「まだちゃんと名前名乗ったことなかったな、脇城空だ」

 

 途端にタメ口に戻る俺。

 そう言えば、俺手伝いで来ただけでこの人とはあんまり関わりはなかったな。

 それなら、ちゃんと名前を知らなくても当然だ。

 

「ああ、空君か。キミは何しにうちに来たの?もしかして、四葉ちゃん目当て?」

 

 初対面のときもこんなこと言っていたな……。

 

「いや、三玖に誘われて来たんだ」

 

「おお、三玖ちゃんに?三玖にしては積極的だね」

 

 再びニヤニヤしながらこっちを見てくる。

 この人絶対勘違いしてる……。

 

「はい、抹茶ソーダ」

 

 三玖がテーブルの上に抹茶ソーダを置いた。「ありがとう」と言い、抹茶ソーダの栓を開けて飲み始める。

 

「なに話してたの?」

 

「ぅん?三玖が積極的だねって話」

 

 三玖の方を見ると顔が徐々にトマトのように真っ赤になっていき、蒸気のようなものが出ているように見える。

 

「ソラは友達だよ……」

 

 若干下を向きながら答える三玖。

 

 

「そうだよね、ごめんね。揶揄って」

 

 三玖の肩をポンと叩き、一花は自分の部屋に行くのであった。

 

 

 

 

「さっきはごめんね、ソラ」

 

 一花のことを謝って来る三玖。

 

「全然大丈夫だ、ああいうのは慣れてるからな」

 

 三玖は「そうなの?」と言いながら、首を傾げる。

 楓姉も俺が中学生の頃あんな感じで揶揄ってきたのをよく覚えているし……。慣れている方だ。

 

「そう言えば、ソラ小腹空いてる?」

 

「三玖料理作れるのか?」

 

 

 

 

「え?うん。最近、練習してるから……多分」

 

 何故か滅茶苦茶間を空けて一瞬目を逸らして言う三玖。そして、何故か「多分」と言う言葉が、凄く小声で聞こえていた。三玖の奴、料理あんまり得意じゃないみたいだな。でも、致命的に下手って訳じゃないだろうから遠慮なくいただくか。

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 キッチンの方へ行き、調理の準備をし始める三玖。

 二階の方から足音が聞こえ、そっちを見ると四葉が私服に着替えてきたようだ。そして、三玖がキッチンに居ることに気づき、慌てて俺のところに駆け寄ってきた。

 

「あ、あの……もしかして三玖料理しようとしてます?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 何故、小声で言うのだろうか。

 三玖の奴そんなに料理下手なのか……?

 

「止めてもらってもいいですか?脇城さん?」

 

 何故?と思っていると、すぐに言葉は返ってきた。

 

「三玖よく火加減とか間違えたり、いらない調味料とか入れたりするんです……」

 

 四葉の表情見る限りかなり深刻な状況だと言うのは伝わってきたのである。何故なら、四葉は顔が青ざめている。

 仕方ない、手伝うか。ソファーから立ち上がり袖をめくりキッチンへ行く。

 

「ソラ、どうしたの?手伝わなくて大丈夫だよ?」

 

 どうやらチャーハンを作っているようだ。小腹には持ってこいの料理だからそれは別に構わない。

 

「見ているだけってのも悪いからな。三玖がどの程度料理ができるのか知りたいからさ」

 

「信用できないの?」

 

 ムスッとした表情で俺のことを見つめてくる。

 余計なことを言ってしまったか……。いや、これしか言えることなくね……。

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 一瞬、言葉を詰まらせる。三玖が用意してある材料を見て、首を傾げるどころか、一回目を擦って確かめたくなることがあったがこれ以上近づいたら切腹を命じられるような気がした俺は渋々ソファーに戻る。四葉は止めようとしていたが、「リビングで待ってて」と言われて素直に待つことにしていた。

 

 

「脇城さん、もしお腹の様子が悪くなったらすぐ言ってくださいね」

 

 ……そんなにやばいのか。

 しかし、一旦引き返してしまった以上此処で待つしかないだろう。そして、少し待っていると三玖の料理は出来た。

 

 

 

 

 見た感じ普通の見た目をしているのだが……。俺の嗅覚が普通じゃないから止めておけと言う声が聞こえてくるのである。

 

「脇城さん、食べない方が……」

 

 嫌な予感でもしたのか、四葉が戦慄しながら言う。

 だが、此処で食べないと言う選択肢はないだろう。三玖の方を一瞬チラッと見ると、「食べて」見たいな顔をしている。こうなりゃヤケだ。

 

「いただきます……」

 

 スプーンを持ち、チャーハンを食べ始める。

 

 

「……?」

 

 脳内が全てハテナマークだらけになった。最初に感じたのが、滅茶苦茶甘いと言う感想。砂糖を口の中に全部入れたような感覚だ。多分、これは砂糖だろう。そして、次に感じたのがベチャベチャとした食感だ。これは、まだ料理初心者だろうし仕方ないのだが……。

 

 一番よくわからないと思ってしまったのは、味が全く分からないのである。美味くもなければマズくもないのである。なんだこれ、なんだこれ……。マジで味が分からない。

 

「どうしたのソラ?」

 

 自分の作った料理が心配になってきたのか、俺の顔色を見ている三玖。多分、普通の顔をしていると思う。だが、頭の中ではなんだこれと言う感想が滅茶苦茶出ている。

 

「大丈夫ですか脇城さん?」

 

「なんて言ったらいいんだろうな……」

 

 此処で一瞬、俺の言葉が詰まる。美味しくとも不味いとも言えないと言うのは簡単なことだ。しかし、三玖を悲しませるんじゃないかと思うのであったが、本当のことを伝えた方がいいと思った俺は抹茶ソーダを飲んでから再び喋り始める。

 

 それに、三玖の表情を見る限り本当のことを教えて欲しいと言っているように見えるからな。

 

「正直言って、味がしない。でも、三玖は料理初心者だろうし此処まで物を作れるなら成長すると思うぞ」

 

 三玖は「ありがとう」と言い、俺の皿を下げようとする。

 

「いや、流石に全部食べるよ。悪いから」

 

 一気に食べるのは難しいだろう。だが、一気に食べないと体がヤバいことになる気がする。一気に胃袋の中にチャーハンを入れ、俺は自分のバックから非常時用の2Lのコーラを取り出し一気に2Lのコーラを飲み干す。

 

 

 

 

「はぁ……御馳走様」

 

 口の中がクソ甘い感じがする。実際、クソ甘いチャーハンの後にコーラを飲んでいるから当然と言えば、当然か。糖分滅茶苦茶摂取したから暫くコーラは止めとくか。本当はコーラが飲めないなんて嫌だけど仕方ねえ。

 

「す、すごい!」

 

「ごめんね、最後まで食べてもらって」

 

「いいよ。それと、こういうときはありがとうでいいよ」

 

 四葉から注いでくれた水を飲み、俺は立ち上がり皿を洗い始める。

 四葉が「お客さんですからいいですよ!」と言ったが、俺が「俺がやりたいからやる」と言う。

 

「脇城さんは料理得意なんですか?」

 

「料理か、人並み程度にはな」

 

 人に料理を作ったことがあるのが楓姉と上杉達だけだからな。ぶっちゃけ、ちゃんと美味いのかが分からないんだよな。

 

「そう言う四葉は料理できるのか?」

 

「いつも二乃に任せているんで……その……アハハ」

 

 笑って誤魔化す四葉。この様子だと五つ子の中で料理できるのは二乃だけって感じか。

 それはマズいだろと思った俺が、簡単に何か作ってみようと思ったのだ。

 

「三玖、冷蔵庫の中身勝手に使ってもいいのか?」

 

「え?うん、いいと思うよ」

 

 冷蔵庫の中身を見ると、最初に目に入ったのは卵とベーコンであった。冷蔵庫の近くにあった玉ねぎを取る。この3つがあるならあれを作ってみるか。

 でも作るの久々だから、失敗するかも知れんけど、あの料理なら失敗することはないだろう。

 

 

 

 

「料理できるのが二乃だけってのも大変だろうし、二人共見ておけよ」

 

「うん、分かった」

 

「分かりました!」

 

 熱心にメモ帳まで取り出して三玖は見始めている。四葉はと言うと、ノートの切れ端を用意している。二人揃って熱心だな。此処まで熱心だと逆に緊張して作り辛いかも知れんが、爺ちゃんに見られていると思って心を引き締めさせて頑張るか。

 

「まず、ベーコンを先にフライパンに入れるぞ。まあ、大体の料理は先に肉からってのが鉄板だがな」

 

「そうなの?私野菜から焼くこともあるんだけど」

 

 野菜から焼くのか……。

 人それぞれだし悪いとは言わないが……。

 

「野菜から焼くと野菜の中にある水分が出ちまうからな、そこら辺は注意だ。次に玉ねぎを入れるぞ」

 

「この時点で凄い美味しそうです!脇城さんって、誰から料理教わったんですか?」

 

 四葉が匂いを嗅ぎながら目を光らせ言う。そんなに嬉しそうに言われると、少し嬉しいかな。

 

「俺か、元々爺ちゃんや姉がすっげえ料理上手だったからそれを見様見真似で真似ていたんだ。姉は褒めてくれること多かったけど、爺ちゃんは厳しかったけどな」

 

 懐かしいな、よく楓姉に料理教えてもらったり爺ちゃんに料理のコツとか教わってたっけ……。

 

「ソラってお姉さんいるんだ」

 

 意外そうにしている三玖、俺って一人っ子に見えるのか。四葉もなんか意外そうにしているし。

 そんなことを考えていると、最終工程へと移り卵を割ってフライパンの中に入れる。

 

 

 

 

「そういえば、前にホットケーキを四葉に作ろうと思ったとき四葉の顔に当たっちゃったんだよね」

 

「危なくないか、それ……」

 

 暫く料理の説明をしていると、笑いながら言う三玖。

 隣で俺の料理を見ている四葉が「あれ、凄く熱かったんですよ!」と怒っている。仲良いな、この姉妹。

 

 

 

 

 

 

「さてと、これで出来上がりだな」

 

「こんなふうに作ればいいんだね。分かった」

 

 三玖が俺が言っていたこと、俺がやっていたことを全てメモしていたようだ。流石にこれいらなくね?と言うのも書いてあったが、何も言わずにいた。四葉はと言うと、俺が作ったオムライスの写真を撮っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでアンタがいる訳?」

 

 友達と何処か行っていたのか、服屋の袋を持ちながら帰って来た中野二乃。

 

「私が招き入れたの」

 

「へぇ、随分とこいつのことを信用してるのね。てか、これオムライスじゃない。誰が作ったのよ」

 

 三久のを勝手に奪い取って言う二乃。

 あんまり人の奪い取ってやるなよ……。

 

「俺だよ」

 

「ふーん、アンタにしては良い見た目なオムライスじゃない。私にも寄こしなさいよ」

 

 俺にしてはね……。

 別にこんな安い挑発に乗るつもりはないが若干イラっと来たな。

 

「嫌、自分で勝手に作って食べれば」

 

 三玖にそう言われた。ニ乃は三玖と言い合いしそうになっていた為、すぐに俺は準備を始めた。

 しょうがねえ、もう一個作ってやるか。

 

 

「なにやってんのよ」

 

「食べたいんだろ、オムライス」

 

 冷蔵庫から卵を取り出し、オムライスを再度作り始める。

 

「別に、そう言う訳じゃ……」

 

「遠慮するな。俺はお前の許可なく勝手に家にあがってるんだから」

 

「あ、ありがとう……」

 

 こいつ、意外と素直にお礼言えるんだな……。

 とクッソ失礼なことを思いながら二乃が食べているところを見る。すると、スプーンを口の中に入れた瞬間に二乃の動きが止まる。

 

 

 

 

 

「……!」

 

「口に合わなかったか?」

 

 二乃が明らかに先ほどまでの表情と変わっている。まるで、警戒していた犬がいきなり構ってと言いだすかのように……。なんで、俺は二乃を犬に例えてるんだ?

 

 

 

 

「……しいのよ」

 

 二乃が辛うじて何を言っているのかが聞こえてきたが、イマイチ伝わらなかった為、もう一度言えと言うと、

 

 

 

 

 

 

「だから、美味しいって言ったのよ!何度も言わせるんじゃないわよ!」

 

「そうか、なら良かったって言ったところか」

 

 五つ子の料理担当に褒められたんだ。悪い気はしねえな。

 

「三玖と四葉は大丈夫だったか?味」

 

 そういえば、この二人から聞いていないなことを思い出した俺は、味の感想を聞いてみる。

 

「はい、美味しかったですよ!」

 

「美味しかったよ」

 

 二人共、完食して良い顔でこちらを見てくる。あの様子だと、美味しかったと言うのは間違いないな。

 俺は四葉から食器を貰い、皿洗いを始める。

 

「それにしても、本当に謎よね。アンタみたいなのがこんなに美味しい料理作れるなんて」

 

 二乃がソファーに座って、オムライスを食べながら言う。

 

「三玖にも言ったが俺の料理は姉や爺ちゃんから教わったものだからな。味は流石にあの人達に劣るが……」

 

 あの二人の味は格別過ぎる。俺でも流石に勝てないと思っているほどだ。

 そう言えば、爺ちゃんの店って東町にもあるはずだよな。何かヒント掴めるかもしれないな。

 

「脇城さんってお姉さんと二人姉弟なんですか?」

 

「そうだが……」

 

 らいはちゃんを見て妹が欲しかったと思う時期もあったが……。実際に妹が居てもあんな純粋な子に育ってくれる訳ないだろうな。絶対クソガキみたい奴に成長するな。そうなったら、俺と妹がいがみ合うのが分かりきっている。

 

「アンタの姉ってどんな人なのよ」

 

 あの人か。正直言って、言葉で簡単に表せるような人じゃない。

 強いて言えば、嵐のように過ぎ去り台風のように現れる人間と言ったところか。破天荒な性格なのは間違いない。

 

「破天荒な人だな。お前らの中の姉妹で近い人は多分一花だと思う」

 

「……アンタも苦労してるのね」

 

 暫く間を空けて俺の苦労を察してくれたのか、二乃が言う。

 

「まあな……」

 

 愚痴を言うようにして小声で言う。

 二乃から皿を受け取り、洗い始める。

 

「そっちと比べてこっちは色々疲れるけどね……。前なんか、テレビのチャンネルで揉めたのよ」

 

「それは二乃が俳優が映ったテレビを見たいって言うから」

 

 どうやら喧嘩相手だったのは、三玖だったようだ。四葉は姉妹喧嘩の予感がしたのか、止めようとするが二乃が止まらない様子。

 

「アンタが見てるドキュメンタリーの何処が面白いのよ」

 

 そして案の定始まる姉妹喧嘩。

 

「ふーん、じゃあアンタはどっちが面白いと思う?」

 

 えぇ、なんでそこで俺に振るんだ。俺テレビなんてあんまり見てねえぞ。朝にちょっと天気予報見るぐらいでその後大体切って出かけてるぞ。

 

「いや、俺テレビあんまり見ないんだが」

 

「ソラ、ドキュメンタリーはタメになるから絶対見て」

 

 まあ、確かにドキュメンタリー番組ってタメになるのが多いよな。三玖の場合、歴史系の奴が好きなんだろうが……。

 

「分かったよ、今度見てみるよ」

 

 嘘でもこう言っておいた方がいいだろう。暫く三玖達と会話を続けていた俺はそろそろ帰らなくちゃいけないと思い「帰る」と言うと、

 

 

 

 

「じゃあ私と三玖が下まで送ってきますね」

 

 別にそこまでしてもらわなくていいんだがな……。だが、此処は素直にそうさせてもらうか。

 

「待ちなさいよ、私も行くわよ」

 

 三玖と四葉が俺のことを下まで見送ることを決め、二乃も俺の事を下まで見送ることに決めたようだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ソラ。また今度ね」

 

「脇城さん、また今度ー!」

 

 三玖が俺に手を振り、四葉も笑顔で大きく手を振り、ニ乃は何か言いたげにしていたがそろそろ帰らなくちゃなと思いながら、帰ろうとしたときであった。

 

「待ちなさいよ、今日はその……」

 

 

 

 

「今日はその……ありがとう」

 

 俺は立ち止まり、二乃が喋り出すまで待っていた。

 ……こいつ、そういう性格の奴か。

 

「別に俺がお前らの家で勝手に飯作って勝手に食わせただけだから気にするな」

 

 

 

 

「そう、それじゃあ……」

 

 俺は無言で手を振り、若干関わり過ぎたかもなと思いながらも家に帰るのであった。だが、心の中ではこういうのも偶には悪くねえのかもなと思いながら帰るのであった。

 

 

 

 

 



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人付き合い

 教室の閉め切った窓から、グラウンドを見る……。

 そこには、雨が降り注ぎ雨は何度も何度も強く打ちつけられている。

 

 

 雨の日ってのはどうも気分が憂鬱になる。人間的な反応と言ってしまえば、それまでかも知れないがこういう時こそ気を引き締めていないと駄目だよなと思いながら、俺は授業中にペンを回しながら昨日あったことを思い出していた。

 

 正直言うと、俺は昨日のことは関わり過ぎたかもしれないと思っている。勉強を教えるまでは良かった。その後の行動が俺の心が「何やってんだお前」と蔑んでいるように聞こえる。聞こえないフリすればいいが、多分関われば関わるほどこの声は野次のようにデカくなることが間違いないだろう。

 

 

 

 

「人付き合いってめんどくせぇな……」

 

 思わずそんな感想が出てしまう。俺も上杉みたいな感性を持っていれば、こんなめんどくせえ心を持っていなかったかもしれない。

 

「キンコンカンコーン」

 

 ペンを置くと同時に、授業終了のチャイムが鳴る。それからして、クラスの人間が立ち上がり俺は遅れて立ち上がる。そして、礼をし授業が終了し昼休みの時間となる。二乃は、どうやらクラスの女子と食べに行ったようだ。俺はどうっすかなぁと思いながら、廊下に出る。

 

 

 

 

「やぁ、今ちょっといいかな……」

 

 その声が誰かはすぐには分かった。あいつまた勧誘に来たのか。

 

 

「江場か……。どうせ言いたいことは分かってる」

 

 黒髪のポニーテールの女子。

 陸上部の部長らしいのだが、前に少しだけ陸上部の奴から聞いたが結構ハードな部活だというのは聞いていた。

 

「おっ、話が早いね」

 

 まるで断られると言うのを理解していないような言い方だな。

 ともあれ、別にハードな部活なのはどうでもいい。体育系の部活だ。大会とか目指すならその方がいいのは間違いないんだからな。

 

「前にも言ったろ、俺は駅伝に向いてないって。元々、俺は短距離特化の人間だ」

 

 中学の頃、陸上で短距離を選んでいた。一時期だけ長距離を選んでいたが、スタミナの問題で俺は自ら短距離に選び直したのだ。

 

「そうかな?キミの走りよく朝とか土日見るけど、中距離ぐらいはいけると思うよ」

 

 こいつとの出会いは分かりやすいものだった。俺が土日、河川敷で走り込んでいるところを声を掛けられ、陸上に入らないか?と言われたのだ。俺はそのときも断ったのだが、度々こいつはこうして勧誘してくる。

 

「お世辞どうも。それじゃあ、俺はこれで……」

 

 そう言い俺は江場から逃げるようにして、学食へと向かう。

 

 

 走りか……。走るのは嫌いじゃない。だが、もしかしたら俺の中で駅伝をやりたくない理由はかつての自分より足が遅くなっていると気づくのが怖いのかもしれないのもあるのか、それとも駅伝に出て周りに追い抜かれるが怖いのかもしれないな。

 

 

「カツ丼、一つ」

 

「あら、脇城ちゃん。今日はコーラ頼まないのかい?」

 

 カツ丼を食べるとき、俺は絶対にコーラを飲む。その為、おばちゃんが俺に聞いて来たのだろう。

 

「昨日糖分取り過ぎましてね。ちょっと控えてるんです」

 

 ぶっちゃけ、糖分とかどうでもいいと思ってるからコーラ禁止そんなに続くかねえと思う。それに、カツ丼も割と糖分あるし。

 

「あら、そうなの。気をつけてね」

 

 「はいよ」とカツ丼を受け取りながら言い、俺はセルフの水から水をコップに注ぎ、空いている席に座ろうとしたときであった。

 

 

 

 

「貴方は確か……脇城空君でしたっけ」

 

 赤髪の女子が俺の隣に座りながら言う。……ああ、中野五月か。

 てか、こんな光景俺じゃなかったが何処かで見た事があるぞ。デジャブって言う奴ではないが……。

 

「俺の名前知ってるのか」

 

 こいつに名前を名乗ったことなかったんだがな。一花にだって、昨日初めて名乗ったし。

 

「ええ、よく三玖や四葉が貴方の名前を出していますよ」

 

 あの二人がね……。

 

「そうかい……!?」

 

 俺は五月の食事を見て驚いてしまう。

 なんだこれは……!?

 

「どうしましたか?」

 

 五月は何食わぬ顔して食事を続けている。しかも、美味しそうに食べえている。

 こいつの胃袋化け物か……?それとも、ブラックホールなのか……?

 

「いや、それ全部一人で食えるのか?」

 

 五月が食べているのは、大盛カレーの上にこれでもかとヤケクソ気味にロースカツが乗せられている。それだけならまだいい。そして、その隣には味噌汁。最後にはケーキと言う見ているだけでも胃もたれする量なのである。

 恐らくだが、値段は大盛カツカレー1200円だったはずだ。そして、180円のプリンがある。上杉が発狂してしまうレベルの値段である。

 

「え?食べられますよ」

 

 見ているこっちは胃もたれしそうなのに、女子の五月が食える量とはな。どうなってんだ、この女の胃袋は……。

 

「そうか、別に食べられるって言うのなら構いはしないが……」

 

「一口要りますか?」

 

 カレーは糖質の他に脂質が多い。

 それにこの量だ。一口でも食べれば致命的だろう。

 

「いや、遠慮しておくよ。今ちょっと食事制限してるからな」

 

「へぇ、随分と食事に気を遣ってるんですね。部活とかしてるんですか?」

 

 五月の奴、随分俺のことを聞いてくるな……。

 上杉同様、警戒されていると思っていたが……。

 

「いや、してねえよ……。ただ、運動はしてるからあんまり食べたくないだけだ」

 

「そういうお前は、部活とか興味ねえのかよ。前の学校とか部活入ってなかったのか?」

 

 

「そうですね、あんまり運動とかも得意ではないので……。あんまり興味は無いですかね」

 

 あの五つ子の中で運動できそうなのは四葉だけだろうしな。一花と二乃は割とできそうではあるが……。

 

「ですが、その最近運動をしないといけなくちゃとは思ってるんですが……」

 

 五月は自分の体を見ながら言う。

 デリカシーないと思われるだろうが、要は太っていると自分で気づいているんだろう。自分で気づいてるだけまだマシだろと俺は思うがな……。

 

 

「別に気にしなくてもいいんじゃねえのか?五月って割と可愛いと思うし……」

 

 言い切った後に自分で何を言っているのかに気づいてしまうのであった。

 しまった、心の中で思っていたことを普通に言ってしまった。

 

「なっ!?か、可愛いですか……!?そ、そんなほぼ初対面で言われても……!」

 

 案の定、五月は顔を真っ赤にさせている。

 

「い、今の忘れろ!」

 

 俺はカツ丼を一気に食べ終え、コップを取り乱しながらも持ち水を飲む。

 

「いいな、絶対だからな!忘れなかったら、上杉に小テスト20点だったこと言うからな!」

 

 と三玖から昨日聞いた情報を言い、俺は頭を掻きながら食器を戻す。

 

 

 

 

「クッソ、人付き合いってやっぱめんどくせぇな……」

 

 食器を戻した後「御馳走様でしたー」と言いながら、俺は学食を後にしようと思ったときであった。 

 なにやら、学食前で騒いでいる声が聞こえる。こういうのは無視だ、無視だ。

 

 

 

 

 

 無視しようと思ったのだが……。

 

「あんた、四葉になんで構うのよ!」

 

 首の裏を触りながら、深い溜め息を吐く俺。口論している相手は、二乃と上杉だったようだ……。あの二人、何してんだ……。

 

「何言われたんだ上杉」

 

 あの様子だとなんとなく予想はつくが……。

 

「空か、明日土曜日だから四葉を勉強会に誘おうと思ったのだが、見事に二乃に邪魔されてな……」

 

 二乃が上杉のことを嫌っているのは分かっている。

 昨日の様子を見る限り、姉妹のことが心配なのだろう。しかし、何故此処まで嫌うのだろうか。そればかりは本人に聞かねえと分からねえか。

 

「そうか、なら俺が三玖に伝えておくか?」

 

「そうしてくれると助かる。俺も四葉達に出来る限り来てもらうように頼んでみる」

 

 

 

 

 それから、俺は三玖を探しに行くのであった。学食に行ったとき、三玖の姿はなかった為学食には居ないはずだ。教室の方を見ると、三玖はいなかった。三玖のクラスの奴を呼んで聞いたが、何処に居るかは知らないようだった。となると、屋上か?いや、今雨降ってるしあり得ないか。

 後は、図書室ぐらいか……。今丁度昼休みだし、やってるかもな……。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、此処にいたか……」

 

 図書室のドアをゆっくりと開ける。

 図書室の中は、灯りが若干ついているがカーテンが閉め切りの為滅茶苦茶暗く感じた。そして、テーブルの方を見ると、椅子に座っている三玖がいた。

 

「ソラ……」

 

 こちらの存在に気づいたのか、ペンを置いてこちらを見る三玖。

 どうやら、三玖は図書室で勉強中だったようだ。その証拠に、半分ぐらい書かれているノートと開いてある教材と本がある。

 

「勉強熱心なのは家庭教師としては有り難いことだが、貴重な昼休みだ。無駄にはするなよ」

 

 一缶だけ持ってきたコーラを三玖に差し出しながら言う。

 

「抹茶ソーダが良かった」

 

「贅沢言うな」

 

 俺と三玖が笑い合いながら言う。

 三玖はコーラを受け取り、「温い」と言いながらも飲んでいる様子。

 

「それで何処まで勉強したんだ?」

 

 ノートを何ページかペラペラと捲る。三玖はノートを見られて少し恥ずかしそうにしている。ちゃんと纏められているのか気にしていたのかもしれないな。だが、三玖のノートを見る限り、おかしな点は一つもない。寧ろ、綺麗に纏められているのだ。

 

「結構、勉強しているじゃないか……凄いな」

 

 三玖の頭に手をやり頭を撫でると、三久は若干嬉しそうにしている。

 

「少しでも多く勉強しようと思ったの……。ソラを驚かせたかったから」

 

「驚いてるよ。こんだけ勉強したんだ、頑張ったな」

 

 再び頭を撫でられ、三玖は顔を真っ赤にさせている。図書室は俺と三玖だけしかいなく、外は雨が降っており室内は暗かったが俺達が居るところだけ何となくだが明るくなっているような気がしていた。

 

「ありがとう……ソラ」

 

 三玖も明るい笑顔で笑っている。この様子を見ると、凄い頑張ったんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ勉強も終わりにしとくか……昼休みも終わるしな」

 

 図書室の中にある時計を見ると、昼休みは後10分ぐらいで終わろうとしている。

 

「うん、分かった」

 

 三玖は本を元の場所に戻し教材とノートと筆箱を持って立ち上がる。

 

「あっ、そうだ。明日、三玖の家で勉強したいと上杉が言っていたが大丈夫か」

 

 上杉から頼まれたことを思い出した俺は三玖に聞く。

 

「全然構わないよ。四葉にも伝えておいた方がいい?」

 

 俺と三玖は使った机を掃除し、図書室の廊下に出る。

 

「ああ、頼む。それとできれば五つ子全員揃えてもらえるか」

 

 俺と三玖は廊下を歩き始め、教室を目指す。

 

「いいけど……。四葉以外はちゃんと揃わないと思うよ」

 

 ……だろうな。と言うのが正直な感想だ。

 元々、五月は上杉が最初に余計なことを言ってしまったのが原因な可能性が高いだろうな。それに関しては、もう上杉に責任を取らせた方がいいだろう。自分でやってしまったことなんだからな。二乃と一花は、あの二人はなんでだろうな……。二乃は、何となくだが分かりつつあるが……。一花に関しては、何にも分からん。

 

「それでも別にいいさ。でもあの三人なんで上杉と俺が嫌なんだ?」

 

「多分、そう思っているのは二乃だけだと思う。ソラは、二乃がどういう人なのか少しは理解しているでしょ?」

 

 昨日や今日の行動を見る限り、どんな人間かは薄々理解しつつあるのは事実だ。だから、あいつのことが理解できれば少しでも俺達に心を開いてくれるかもしれないな。だが、そうするにはかなりの時間が必要だろう。

 

「少なからずはな……。はっきりとわかっている訳じゃねえが……」

 

「それだけでも充分だと思う。ソラならきっと二乃の心開けると思うよ」

 

 三玖はそう言いながら、教室へと入って行く……。

 俺ならか……。キッカケさえあれば確かにどうにでもなるんだろう……。しかし、そんなキッカケが全くやって来ないからなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、しかし次の日……。

 そのキッカケとやらは思わぬ形でやって来るのであった……。

 

 

 

 



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居場所

「なんだこれ!センサー反応しろ!!」

 

 高層マンションの扉の前で一人の不審者が扉を叩いている。

 俺は、茂みからあいつの様子を確認している。何やってんだあいつ……。まさかだと思うが、オートロックの開け方知らないのか……。

 

「くそぉぉ!五つ子だけじゃなくお前も俺の邪魔をするのか!」

 

 ……やっぱり、あの様子だとオートロックの開け方知らないっぽいな。

 知らなくても仕方ないか、上杉だしな……。

 

「なにやってるの?」

 

 ビニール袋に飲み物と何か入っているものを持っている三玖が俺に近寄って来る。

 

「上杉の反応を楽しんでたんだ、面白かったからな」

 

 上杉のことを後ろ指を指しながら、一生懸命笑いそうになっている自分を抑える。三玖の顔を見ると、上杉のことを何やってんだろ、あの人みたいな憐れんだ目で見ている。やっべ、マジで笑いそう……!とその後、「そろそろもういいか」と思い隠れていた俺達は上杉の前に現れる。

 

 

 

 

 

「お前なにしてんだ?」

 

 笑いを必死に堪えるべく、上杉を見ないように横を向きながら言う。

 

「今時オートロックも知らないの」

 

「オ、オートロック……?知っているさ、勿論な」

 

 ……いや、絶対知らないだろお前。

 知ってたらそんな恥ずかしそうに顔真っ赤になる訳ないだろ……。

 

「ほら、行くよ二人共。勉強教えてくれるんでしょ?」

 

 上杉の顔を見ると、頬が緩み「頑張らなくちゃな……」と気合を入れている様子。俺も気合入れて行かないとな……。自分の顔を両手で叩きながら、扉に入って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「あっ、おはようございます~!」

 

 三玖達の部屋に入り、リビングの方へと行くと三つ子達がリビングに居るのであった。最初に挨拶してきたのは、四葉だった。

 

「お前ら今日もしっかり勉強するぞ!」

 

 四つ子が揃っていることに嬉しく思っていたのか、上杉もやる気を出している。この様子なら、今日は順調に進みそうだが二乃がいないと言うのがある意味怖いな。あいつ何を考えている……。

 

 

 

 

 

 

 

「準備万端ですっ!」

 

 四葉は既にノートと教科書の準備をできており、準備万端のアピールをしている。やる気があるのはいいことだ。

 

「私も偶には見てようかなぁ……」

 

 だらけている一花であったが、ソファーに座り始める。今日は無防備じゃなくて安心した……。

 

 

「私は此処で自習しているので勘違いしないでください」

 

 ソファーから離れた位置に置いてある椅子に座り、上杉の方を見ないように喋る五月。

 

「そうか、よし今日もやるぞー!」

 

 五つ子がやる気あると言うことに嬉しく思ったのか、上杉はモチベーションが更に高まり珍しく大きな声を上げている様子。だが、そんなものなどは続く訳がない。

 

 

 

 

 

 

「また懲りずに来たのアンタ達」

 

 二階から高みの見物のように下の階の人間を見下ろす二乃。と言うより、どちらかと言うと滅茶苦茶悪い顔していると言うのが分かりやすいか。二乃がいることに若干イラつきそうになるが上杉はすぐに温厚に戻る。

 

 

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「さーて、やるぞ!お前ら!」

 

 上杉風太郎、現在現実逃避中。周りにいるのは三玖のみになっていた。

 これも全て二乃の考えた策略によるものであった。

 

「フータロー、現実を見て誰もいない」

 

 そんな上杉を見てすぐに目を覚まさせる三玖。

 上杉は溜め息を吐きながら、意気消沈する。

 

 

「そうだ、アンタ。ちょっといい?」

 

 上杉の姿を鼻で笑いながら、俺を呼ぶ二乃。

 二乃が悪いこと考えてるのかが分からん……。

 

「なんだ?言っておくが、俺は三玖の勉強を見ないといけないんだが……」

 

「そんなのアイツ(上杉)にでもやらせておけばいいでしょ。そういえば、三玖。アンタ、早く間違えて飲んだジュース買ってきなさいよ」

 

 絶対、わざと飲んだろ三玖……。三玖って割と二乃に対して辛辣なところあるからな……。

 

「もう買ってきてある」

 

 二乃は困惑しながらもビニール袋から飲み物を取り出す。すると、ビニール袋から取り出した飲み物は、『抹茶ソーダ』。それを見て、更に二乃は困惑する。

 

「仕方ない、空。悪いが二乃の相手をしてやってくれ。三玖、勉強するぞ」

 

「……うん、分かった」

 

 若干躊躇いながらも三玖は了承し、勉強をし始めようとしたが……。

 

「へぇ、こいつだけじゃなくてアンタ、そいつ(上杉)ともそんなに仲良くなったんだ」

 

 俺を指差しした後、上杉にも指差しする。何故か、二乃はまるで女子同士の恋愛トークのような喧しい声を出しながら言う。

 

「そんなにこの冴えない男と地味男いい?」

 

 地、地味……。

 いや、気にすんな。此処で気にしたら負けだ。上杉の奴は気にしてるっぽいが……。

 

「二乃はメンクイだから」

 

 何気に真顔で酷いこと言うんだな、三玖……。

 

「メンクイの何がいけないんですか?イケメンじゃない奴なんて論外よ」

 

 イケメンじゃなくて悪かったな……。

 

「お、おい空。これ止めないとまずいんじゃないのか?」

 

 上杉は俺に近づき、耳打ちで言ってくる。

 此処までお互い言い合い始めたら、多分お互い今更止まらないだろうな……。

 

「いや、もう無理だろう……」

 

 男子二名、蚊帳の外に放り込まれている状況。

 そして、女子達はお互いにヒートアップしている状況。

 

「お前ら姉妹なんだから仲良くしろよ。外見とか中身とかは今はどうでもいい話だろ」

 

 流石に止めないとマズいと思った、上杉が二乃と三玖の喧嘩に仲介する。

 

「そうだね、もう邪魔しないで……」

 

 三玖は俺の袖を掴み、勉強する為に俺を連れて行こうとするが……。

 途端に、キッチンの方で大きな叩いた音が聞こえた。

 

 

 

 

「ねぇ、三玖。そんなに中身が重要って言うなら中身で勝負しようじゃない」

 

 二乃は三玖に対して料理勝負を持ち込んだ。料理対決か、これだとどう考えても三玖が圧倒的不利だ。二乃もそれを分かってて言っているだろう。まるで、結果が分かりきっている短距離走のレースのようなものだ。

 

「アタシが勝ったら今日は勉強なし!」

 

 こりゃあ、どう考えても二乃の勝ちだな。無理に決まっている……。

 三玖を止めるべきか。

 

「三玖、止めてお……」

 

「分かってる。でも、一昨日ソラが教えてくれたオムライス何度も練習したの。だから、その成果を見せる」

 

 止めても無駄か……。

 だが、三玖の背中から感じるあの自信はなんだ……?一日で料理が上手くなるとは到底思えないが、今は三玖に賭けるしかないか。三玖も止まるつもりは無さそうだしな。

 

「フン、後で泣きべそ掻いても知らないからね」

 

 ニ乃と三玖の女の料理対決に始まりのゴングが鳴り響く……。

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!旬の野菜と生ハムのダッチベイビー!」

 

 ダッチベイビ―か……。珍しい食べ物を作るな。

 これはちょっと楽しみかも知れない。それに、見た目もかなり良いし匂いも美味しそうだ。

 

 

 

 

「お、オムライス……」

 

 ……見た目がヤバい。確かにオムライスなのだが俺の心がこれはオムライスなのかと疑問に思っている。もしかして、ひっくり返すのに失敗したのか……?でも、料理が特別下手って訳じゃなさそうだ。練習をもっと積み重ねればきっと上手くなると思う。

 

「や、やっぱいいよ。私が食べるから」

 

 三玖が俺達の皿を片付けようとするが、二乃が邪悪な笑みで止めてくる。あいつ、やっぱこの勝負の行方が分かってるな……。

 

「「いただきます」」

 

 三玖の反応を押し切って、俺達はほぼ同時にいただきますと言った。そして、まず口の中に旬の野菜と生ハムのダッチベイビ―をいただくことに決めた。

 

 

 

 

「……美味いな」

 

 二乃には聞こえない程度に言った。簡素な言葉ではあるが、この言葉が一番相応しい。野菜も生ハムも良い感じに調和できてるし、この生地もかなり出来上がっているし、美味いものだ。

 

「……」

 

 対して、三玖の料理だが……。美味いとは言い切れない。だが、マズいとも言い切れない。ただどっちかと言うと美味くはあるのだが、俺の脳内がやはりこれはオムライスなのか?と言う疑問が発生している。そう思っていると、上杉が先に答えを出した。

 

 

 

 

 

 

「どっちも美味いぞ」

 

「はぁ!?なによそれ!?」

 

 二乃は上杉の言葉に対して驚いている。上杉は、確か貧乏舌だったはずだ。こうなるのは分かりきっていたがやはりこうなったか……。

 

「ソラはどっちなの?」

 

 此処でニ乃と言えば帰って三玖が傷ついてしまうかもしれない。だが、事実を偽るのは料理に関してはどうかと俺は思っている。うーん、どうしたものか……。

 

「ソラ、私傷つかないから言ってみて」

 

「……分かった」

 

 三玖がそう言うならと思い、俺はそれぞれの料理の感想を言い始める。

 

「まずは、三玖だ。美味いかマズいかで言えば美味いだ。ただ、俺としてはこれがオムライスなのかと言う疑問があった。ただ、料理下手を一日で此処まで出来たのは凄いと思う」

 

 俺って教える才能あったんだな……。とちょっとだけ誇らしげに思っていた。三玖はと言うと、褒められて嬉しそうにしている。

 

「そして、二乃……。お前の料理は正直言って美味かった。此処まで美味いものは久々だったからな。ありがとうな」

 

  正直な感想を言うと、一瞬だけ頬が緩んでいたがその頬を叩き二乃が言った。因みに、上杉が余計なことを言いそうになった為、口を塞いだ。どうせロクなこと言わないだろうしな。

 

「ほ、褒めても何も出ないから……ありがとう」

 

 素直にお礼を言ってきた二乃に少し意外と思っていた俺。こいつやっぱり、そういう性格なんだな……。

 

「勝負の結果は二乃の勝ちだが……。頑張り具合では二人とも優勝だな」

 

 と言うと、二人とも満更でもなかったのか後ろを向きながら頬を緩ませていた。二乃は、ドタバタと足音を立てながら部屋に戻って行った。俺は二乃を追おうとしたが三玖は「止めておいた方がいい」と言った為、それから、食べ終えた皿を俺達3人で洗い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう遅くなっちまったな……まんまとアイツの策に嵌ったと言うわけだ」

 

 時間帯は既に夕方を回っていた。そんなに長いしてたっけ?と思っていたが、13時から訪問していたのを思い出した俺はあーもうそんなに時間経っていてもいいぐらいかと思っていた。

 

「アイツと分かり合える日が来るとは思えんな……」

 

「俺もだ……」

 

 三玖は俺なら二乃の心を開けると言っていたが俺はまだ二乃のことを完全に理解できているわけじゃない。なのに、何故三玖は二乃の心を開けると言っていたのだろうか……。

 

「フータローはともかく、ソラは少しだけだけど二乃と分かり合えてると思うよ」

 

「空、お前どんな手使ってアイツと分かり合えるようになったんだ?」

 

 こっちが聞きたいレベルだ。だが、心当たりがない訳じゃない。あいつとは前と後ろの席だし何だかんだ言ってあいつと話す機会は割とあったからな。だから、もしかしたらあいつは俺に少しだけ心を開いている可能性はある。

 

「俺が聞きたいレベルだ」

 

 皿を洗い終え、食器洗浄機に置き手を洗い言う。

 

「ソラも、フータローもきっと誠実に向き合えば分かり合えるよ」

 

 誠実にか……。あいつの場合、誠実な態度でどうにかなるレベルなのだろうか……。

 

「誠実にってどうすりゃいいんだよ?」

 

 皿を洗い終えた上杉が難儀な顔をしていた。

 

「それを考えるのが二人の仕事でしょ」

 

 誠実に向き合うか……。アイツの場合、何かしら事情があるのだろう。だが、それが分からない以上これ以上は進まないだろう。なにかしらのキッカケがあれば誠実に向き合うこともできるのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、またな」

 

 二乃に巻き込まれた俺達は帰ることに決めたのである。三玖が俺達を見送り、俺が帰ろうとしたとき上杉は歩きながら話しかけてきた。

 

「なぁ、二乃のことどう思う?」

 

 二乃のことを考えているのか上杉は考える人のポーズで俺の方を見ながら聞いてくる。

 

「さぁな、アイツにも何かしらの事情があるんだろうが……。それがわからない以上はゴールの見えない迷路を彷徨っているのと一緒だ。三玖が俺達にヒントを与えなかったと言うことは恐らく俺達に気づかせるためにやってるんだろうな」

 

 三玖の言っていた言葉を信じるなら、二乃を攻略する鍵は正攻法だ。だが、二乃に果たして正攻法などというものが通じるのか。それがわからないのである。しかし、試してもいないのに怯んでいるわけにはいかないか。

 

「やっぱり、三玖の言っていた通り誠実に向き合うしかないか……あれ?」

 

 帰る途中、上杉が急に止まりだし血相変えたようにまるで今この世の地獄を味わっているかのような表情をしていた。どうしたんだ、上杉……。

 

「ヤバい、俺アイツらの家に財布を忘れた」

 

「はぁ?お前何してんだ?」

 

 こいつが忘れ物するとか珍しいな……。

 今まで帰るときもそんなことなかったのに……。

 

「でも、急いでらいはに帰るように言われてんだよな……」

 

「しょうがねえな、俺が一っ走りして来るから取りに行ってやるよ」

 

 どうせこの後バイトもないしな……。

 

「頼めるか?」

 

 俺は「ああ、任せろ」と言って走って三玖達の家に向かうのであった。そして、それから数分して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉の馬鹿が忘れ物したらしいんだが、取りに行っても大丈夫か?」

 

 誰が出る?さっき家に居たのは、二乃と三玖だけだ。だが、正直言って二乃には電話を出ないで欲しい。

 

『忘れ物……?』

 

 よし、三玖の声だ……。

 俺は心の中で小さくガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

 

『シャワー浴びてるから勝手に取ってていいよ』

 

「……それ入っちゃ駄目だろ」

 

 昔の俺だったら普通に動揺しまくってただろうな。

 

『良いよ、入って。ソラのこと信用してるから』

 

 信用してくれてるのは有難いけど……。うーん、しょうがねえ。入るしかねえか。俺は首の裏を掻きながらドアを通過する。

 

 

 

 

 

 

「お、お邪魔しまーす」

 

 三玖の奴は流石にまだシャワー浴びてるよな。流石にもうあがってるなんてことはないだろう。空気読んで俺が帰るまで出てくるのを待ってくれることを期待するしかないか。が、悪戯好きな悪魔な神様は此処で俺にとんでもない試練を下す。

 

 

 

 ドライヤー音が聞こえる。俺が居た時点でさっき家にいたのは二乃と三玖だけだ。そして、さっきシャワー入っていたと言う情報を得ているのは三玖。まさか、今ドライヤーで髪を乾かしているのは三玖だと言うのか……。くそっ、せめて空気読んで俺が帰るまで出て来ないで欲しかった……!

 

 

 

 

「誰?三玖?」

 

 俺の姿に気づいたのか、ドライヤーを止める。マズい、この声の主は……!?

 

「お風呂入るんじゃなかったの?空いてるけど」

 

 くそっ、何かの間違いで会ってくれ……。このクソ面倒くさいタイミングでアイツかよ……。まだ三玖とかなら何とかなったってのに……。

 

 

 

 

「なんでよりによってこいつなんだ……!!」

 

 そう、俺の後ろのソファーに優雅に座っているのは二乃。二乃である。クソッ、これだから神様なんて信用にならねえ。

 

「いつもの棚にコンタクト入ってるから取ってくれない?」

 

 こいつ、コンタクトしてるのかよ……。今知ったわ……。って、違う。そんなこと気にしてる場合じゃねえ……!

 

 

 

 

「まだ昼のこと根に持ってんの?」

 

 別に俺は根に持ってねえ……!三玖は知らないけどな……。

 

 

 

 

 

「あれは悪かったと思ってるわよ……」

 

 珍しく二乃は反省を示しているようだ。こいつでも謝ることってあるんだな……。いや、今はそんなことよりあいつが近づいて来てることの方が問題だ。あの馬鹿、タオル一枚だから近づかれたら溜まったもんじゃない。仕方ない、此処は後で三玖に事情を話して持ってきてもらおう。

 

「……やっぱ怒ってるじゃないの」

 

 背後にニ乃の気配を感じる。まずい、これ以上は近づかれたら流石の俺でもやばい。

 

 

 

 

 

 

「全部……全部あいつのせいよ!」

 

 その言葉に俺の脳、思考は固まる。

 動こうとしていた足が、止まり出したのだ……。

 

「そうよ、全部あいつのせいよ!パパに頼まれたからって好き勝手やって……!」

 

 上杉のことか……。

 

 

 

 

「そ、それにアイツだって何よ。地味のくせして好き放題やって!」

 

 地味で悪かったな……。

 

 

 

 

 

 

「あいつらに私達の居場所なんて奪われたくないんだから!私達五つ子の家にあいつらの入る余地なんてないんだから……!」

 

 ようやく分かった。

 そうか、それがお前の本心だったのか。俺は二乃の言葉を聞いて、罪悪感を感じて謝ろうとしたときであった……。二乃の後ろの棚から本が崩れ落ちて来そうになっていたのだ……。俺はすぐに二乃が倒れない程度に尻もちをつかせ、俺の頭にはそのまま力強く本が倒れてきた。

 

 

 

 

 

 

「ってぇ……」

 

 俺の頭には力強い衝撃が発生。

 

「あ、アンタ……!?」

 

 俺の姿にようやく気付いたのか、二乃は驚いてる様子。

 当然か、帰ったと思ってたんだからな。てか、駄目だ。本がぶつかった衝撃で眩暈がする。

 

「け、怪我はねえかよ……。に、二乃……」

 

 なんとか眩暈を抑えようとしたが……。止まらず俺はその場で倒れてしまうのであった。

 

 

 

 



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晴れ晴れとした感情

 閉じている瞼をパチパチと開ける……。天井を見ると、太陽の光みたいに電灯が眩しく俺を照らしてくる。くそっ、眩しいな……。腕で目を隠しながらも俺は周りを見る。

 

 

 

 

 

 

「起きたみたいですね」

 

 周りを見ると、ソファーから立ち上がってきた赤髪の女子がいた。

 この声は五月か。帰って来ていたのか……。ソファーから起き上がり、目を擦りながらも五月の方を見る。

 

「三玖や四葉が心配してましたよ。このまま起きなかったらどうしようかと」

 

 本が頭にぶつかっただけだ。そこまで気にする必要はないってのに……。

 時計を見ると既に、夜になっていた。かなりの時間、気絶していたようだ。それなら、三玖達が心配するのも無理もないか。

 

「アイツらには悪いことをしたな。五月も悪かったな……。見ててくれたんだろ」

 

 申し訳ないように五月に言う。

 五月からコップに入った水を受け取り、俺は一気に喉に水を通す。飲み物を長時間飲んでいなかった俺の喉は満足したかのようにして、潤っていた。

 

「いえ、私の方はお構いなく……」

 

「ただ二乃が……」

 

 五月は二階を見て、とある部屋のドアを心配そうな表情で見つめている。

 

「二乃がどうしたんだ?」

 

 

 

「部屋には居ると思うんですけど、返事を返してくれなくて……」

 

 そういうことか……。俺が二乃の奴を庇って倒れたんだからもしかしたら罪悪感で部屋に閉じこもってるのかもしれないが多分違うだろう。若干朦朧とするが立ち上がり頭を抑えながらも体の節々を動かす。体の方は大丈夫だな、頭はまだ少々痛いが動ける範囲内だ。

 

「二乃の部屋って何処だ?案内してもらってもいいか?」

 

 頭を抑えながら、水を飲み終えテーブルに軽く置く。

 

「構いませんが……」

 

 五月はあまり気は進まないようではあったが二階へと行き、二乃の部屋の前へ行くのであった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 二乃の部屋の前に辿り着いたが、返事はない。

 

 

「五月、部屋に戻っていてくれ」

 

 五月は「分かりました」と言い部屋に戻って行った。二乃の部屋の前で深呼吸をし、二乃の部屋にノックしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰って」

 

 何処か悲しく小さな声で言っているのが聞こえてくる。

 そんな声を聞かされて、「はい、そうですか」と帰れる訳ないだろと思いながらも俺は再びノックする。

 

 

 

 

 

 

「帰ってって言ってるでしょ!」

 

 何かを投げてきたような物音が聞こえてきた。

 その後、涙を啜るような音が聞こえてくる。二乃の奴、今自分がどうしたらいいのか分からないんだろうな。

 

「出て来いよ、俺に言いたい事があるんだろ。外に来い」

 

 二乃の部屋の前でゆっくりと座り込み、二乃に語り掛けるようにして話しかける。二乃は返事を返して来ない。だが、数分後……。

 

 

 

 

 

 

「外、行くんでしょ」

 

「ああ……」

 

 俺と二乃は何も話さず、オートロックの玄関の前までやって来てそこで二人共座り込み、話を始めた。二乃は涙は流れてはいなかったが、まだ暗い表情をしている。

 

 

 

 

 

 

「本から私を助けてくれたことには感謝してるわ……。ありがとう」

 

 二乃が座り込み、顔を下を向かせながら視線だけ俺の方を向きながら言う。

 

「馬鹿が勝手にお前を助けただけだから気にすんな」

 

 ペットボトルに入った緑茶を飲みながら、俺は二乃の方を見る。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

 一瞬、オートロックのドア越しに映し出された真剣な表情の自分の顔を確認しながら俺は二乃に聞く。

 

「お前は、言っていたよな。あいつらに私達の居場所を奪われたくないって、私達の家にあいつらには入る余地なんてないってな」

 

「だ、だからなに……」

 

 二乃は自分の言葉を思い出したのか、不意に俺に拒否反応を示す。

 

「確信したんだよ。昨日や一昨日のお前を見てお前はやっぱり、俺達が嫌いだけじゃなくて……」

 

「もういいそれ以上言わないで、聞きたくない!」

 

 二乃は真横を見て、俺の方を見ないようでいる。あいつの表情は見えないでいたが、なんとなく俺には伝わっていた。

 

 

 

 

「姉妹が大好きだから俺達が気に食わねえんだろ」

 

 一昨日や昨日の行動を見る限り、そうとしか言いようがない。二乃のことだ、否定するだろう。

 

「……なによ。それの何が悪いのよ」

 

 二乃は顔をこちらに向け、先ほどより明るくはなっていた。

 

「そうよ、あんたの言う通りよ。だから、私はあんた達を拒むの。例え、あの子達に嫌われようともね」

 

 あの子達に嫌われようともか……。お前本当にそう思っているのか。

 思ってねえだろ、姉妹に嫌われたくないんだろ本当は……。と心の中で思っていた。

 

「そうか、別に俺が嫌いなら嫌いでもいい。でも、もう一つ確認したいんだよ」

 

 そう、俺にはもう一つ確認したいことがあるのだ。

 

「なんで一昨日俺を追い出さなかった?俺を追い出す事なんて簡単だったはずだろ」

 

 一昨日、俺が三玖に誘われて家にやって来たとき、二乃は俺を追い出すことだって可能だったはずだ。なのに、あいつは俺の事を追い出さなかった。それに少し俺は疑問に感じていたのだ。

 

 

「それは……それは……」

 

 言葉を詰まらせ、二乃は何を言っていいのか分からなくなっているようだった。

 

 

 

 

 

 

「あんたといるのが悪くないと思ったのよ……!」

 

 声を震わせ、どうしたらいいのか分からない様子。

 その言葉に一瞬驚き二乃の方を見る。だが、それならば一昨日俺を追い出さなかったことに辻褄が合う。

 

「自分でも意味が分からないと思うし、少しぐらいあんたのことを知りたいと思うようになったのよ……!」

 

ポロポロと二乃の目からは涙が零れ始める。二乃は、涙を手で拭きながら言い続ける。

 

「今日だってそうだった。あんたに料理褒められて凄い嬉しかったのよ……!私、あんたのこと凄い嫌いだったのに……!!」

 

 

 

 

「アンタなんかと、アンタなんかと会わなければきっとこんな思いせずに済んだのかもしれないのに!」

 

 二乃の涙は止まることはなかった。拭いても拭いても止まることがなく、俺はそっとハンカチを差し出すと「馬鹿みたいにお人よしなんだから」と泣いていた。

 

 

 

 

「だ、だから最後まで言うわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私心の中ではあんたのことを認めてたのよ……!!」

 

 

「言っておくけど、少しだけだからね!そこは勘違いしないでよ!」

 

 二乃は俺の顔を見ながらそう言う。二乃の表情を見る限り、嘘を言っているわけではなく本当のことを言っているようだ。なにより、二乃の表情には喜色が出ている。その表情を見て、こいつこんないい笑顔もできるのかと俺は思っていた。

 

「それと、今日のことは悪かったわ」

 

 雨のように続いていた涙が止まった二乃が言う。

 

「気にするな。俺も悪かったな……。気づいていなかったとは言え、お前の居場所を奪うような真似をして」

 

 居場所……。あの言葉を聞いたとき、俺は昔の自分を思い出してしまったのだ。ガキの頃、楓姉に言ってしまったあの言葉を俺は思い出してしまったのだ。だから、俺はあのときの自分と二乃が重なってしまって悪い気持ちになってしまったのだ。あのときの楓姉の立場になったってことだな。

 

「いいわよ、別に……」

 

 二乃は別に気にしていない様子であった。この様子なら、二乃の奴は吹っ切れてくれた感じかな。

 一服つくかのように、俺は緑茶を飲む。

 

 

 

 

 

 

「話し合い終わった?」

 

 オートロックの扉が解除され、三玖がやって来る。

 

「ええ、こいつと話してスッキリしたわよ」

 

 そう言ってくれたらならなによりだ……。と思いながらも立ち上がり、三玖に「二乃を頼む」と言い俺は帰ろうとしたとき……。

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい、ソラ」

 

 俺の袖を掴まれたのである。三玖かと思って見ると、袖を掴んでいたのは二乃であった。そして、呼び方が変わっているのに気づいたのはすぐだった。

 

 

 

 

「アンタが家に来るなら、それは別に許すから」

 

 顔を赤くし照れながらも俺に言い、その後いつもの二乃に戻りあっかんべーをしながらオートロックの扉に入って行き、三玖と共に部屋に戻るのであった。三玖は帰る前俺に「じゃあね」と言いながら帰って行った。

 

 

 

 

「……」

 

 気分は何故か晴れ晴れとしており、動き出した足は何故か妙にいつもより軽かった。それが何でだったのかは分からない。でも、いつか俺はそれに気づくときが来るのだろうと俺は思っていた。

 

 

 

 



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第2章 五つ子との花火大会
花火


今回の話は大体リメイク前と同じになります。


 スマホの通話音が鳴り響く……。

 起き上がると、そこには上杉から着信のようだ。

 

「……もしもし」

 

 ベッドの上で胡坐をしながら起き、髪を掻きながら「ねみぃ」と言いながら俺は電話に出る。

 

『今日空いてるか?』

 

 カーテンを開けて、太陽の位置を確認する。まだ昼は回ってねえなと思いながら、時計で時間を確認すると大体10時ぐらいであった。くっそ、寝すぎたか。

 

「空いてるぞ……」

 

 バイトのシフトを確認しながら、俺は鏡で自分の髪型を確認する。すっげえ、ボサボサじゃねえか。俺、昨日ドライヤーで乾かしたっけ……。昨日飯食って風呂入った後寝たから覚えてねえな。

 

『そうか、今かららいはと一緒にゲームセンター行くんだがお前来れるか?』

 

 上杉がゲームセンター……?俺夢でも見てるのかな。目を擦り、自分の頬を引っ張る。しかし、夢では無いようだ。続けて、ベッドに頭をぶつけるものの特にこれと言って目を覚める気配はない。

 

「夢じゃないな……」

 

『何言ってんだ、お前』

 

 上杉から激辛カレー並に辛辣な発言が飛んでくる。嫌、だってお前がゲーセン行くなんて言う日が来るなんて思ってもいなかったし。

 

「らいはちゃんとは今度遊ぶ約束もしてたし、いいぞ」

 

 結局、上杉がいるのか。まあ、いい。

 二人で遊んでみたかったけど、俺だけじゃ危ないかも知れないしな。

 

『そうか。ああ、それと五月いるけど構わないか?』

 

 五月……?なんで、五月いるんだ……?

 俺は困惑しながら、なんで五月が来るのか考えていたが分からずにいた。

 

「別にいいが……」

 

 俺はスマホを耳と肩で支えながら、下を着替え始める。もう少し早く起きるべきだったな。と後悔する。

 

「じゃあ駅前辺りのゲーセン前で集合頼む」

 

 「了解」と言って俺は電話を切る。

 そう言えば、今日って花火大会の日だったよな。五つ子どうしてんだろ、五月はらいはちゃん達とゲーセン行くみたいだけど、四つ子は四人で花火大会にでも行くのかね。

 

 五つ子達のことを考えながらも、着替えを終えショルダーバッグを持って下の階へと降りて行き、リビングにあった食事を済ませて歯を磨き家を出るのであった。

 ったく、休日だってのになんで俺あいつらのこと考えてんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、空さんだー!」

 

 駅前のゲーセンに辿り着くと、そこにはニコニコな満開笑顔スマイルでらいはちゃんは俺に話しかけてきた。うん、やっぱらいはちゃんは笑顔が一番だな。

 

「こんにちはー、らいはちゃん」

 

 らいはちゃんに手を振り、俺は近づく……。あっ、コーラ持ってくるの忘れた。別にいいか。

 

「悪いな、休みなのに来てもらって」

 

「いいって。寧ろ、らいはちゃんと遊ぶ約束してたから有難いって思ってたところだ」

 

 何処行くかなんて決めてなかったからな……。

 

「ところで、なんで五月がいるんだ?」

 

「こいつは色々諸事情だ……」

 

 五月の方を見ながら聞くと、五月はらいはちゃんと話している様子。

 

 

 

 

「わー、こんなところがあるんだ!」

 

 らいはちゃんは物珍しそうに周りを見ている。駅前のゲーセン自体久々に来るな。偶に来るとは言え、クラスの男友達ぐらいとだし。

 

「昨日はありがとうございました」

 

 五月が俺に小声で言ってくる。二乃のことか……。

 

「気にすんな。二乃の奴俺が帰った後になんか言ってたか?」

 

「いえ、特に。ただ、かなりご機嫌でしたよ」

 

 あいつがか……。思い悩んでいたこととも吹っ切れて完全に自分らしくなれたんだろうな。ある意味、二乃の奴が羨ましいな。自分でも気づいてるけど、俺は中途半端な人間だから。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、これやろ!」

 

 らいはちゃんが指差ししたのは、射的。

 射的か、このタイプの奴は難しいからなぁ。と言うか、上杉の奴にやらせたら絶対理に適ってないとかって騒ぎ始めるぞ。

 

 

 

 

「これはおかしい!物理の法則に反している!」

 

 ほら、こうなった。らいはちゃん恥ずかしそうにしているし……。五月は呆れてるし、俺も多分呆れてると思う。

 

「五月、あのゲームの闇を暴くんだ!俺が指示をする!」

 

 ……何やってんだ、こいつ。

 五月は銃を持ち、景品に狙いを定める。狙ってるのは、ぬいぐるみか。あのタイプのだと落ちないだろうな。てか、こいつら近くねえか。俺邪魔じゃね?帰っていいかな。

 

 

 そして、景品は案の定落ちなかった。でも、らいはちゃんが笑っていて上杉と五月は満足そうだった。

 

 

 

 

「空さん、これやりませんか!」

 

 らいはちゃんが提案してきたのは、無情にもバスケットボールである。俺はあまり乗り気ではなかったがらいはちゃんを楽しませるためには仕方ないと思い、200円を入れる。

 

 

 

 

 

「空さん、一個も入ってない!」

 

 らいはちゃんは驚いた様子で俺の方を見る。

 

「笑うなお前ら……!」

 

 上杉と五月は、俺の方を笑ってみる。俺は球技が苦手なのである。因みに、マジで一個も入っていないのである。その後、ゲームは終了。

 

 

 結果は、らいはちゃんの勝ちであり俺は一桁の点数しか取れなかった。その後、らいはちゃんに励まされるが逆にそれがメンタルに来た。

 

 

 

 

 

 

「付き合わせて悪かったな」

 

 らいはちゃんが楽しそうに前を走る様子を上杉達が見ながら、言う。

 

「らいはには家の事情でいつも不便をかけている。本当はもっとやりたいことだってあるはずだ」

 

 上杉はいつにもなく真剣な表情をする。

 やっぱり、五月は上杉の家が借金を持っていることを知っていたか。と言うことは、上杉の家に行ったことがあるということか。

 

「あいつの望みは全て叶えてやりたいんだ」

 

 上杉はにっこりとした表情で口元を緩ませながら、らいはちゃんの方を見る。

 

「お兄ちゃん達、これやろうよ!」

 

 らいはちゃんが言ったのはプリクラだった。

 え?プリクラ?マジで言ってるの?こういうのって女同士や恋人同士で撮るって言う偏見が俺の中にあるんだけど……。流石に撮りたくねえと思った俺は、逃げようとしたとき、途端に電話が鳴る。

 

「わりぃ、電話来たらちょっと外出てくる!」

 

「逃げるな、空!」

 

 誰だが知らないが、助かったぜ……。ゲーセン前で電話主を確認すると、バイト先からだったのである。なんだ、こんなときに思いながらも電話を出るとシフトの確認であった。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、電話を終えて俺は自販機で水を買うと上杉達がゲーセンの中から出て来る。

 

「はぁ……せっかくの日曜日が潰れちまった」

 

 独り言を言いながらゲーセンから出てくる上杉。満足したのか、行進しながら歩くらいはちゃん。何か急いでいるように周りを見る五月。

 

「空さん、今度来るときは一緒に撮りましょうね!」

 

 ……らいはちゃんの笑顔には逆らえない。俺は渋々了承する。上杉はせっかくの日曜日が潰れたと嘆いていたが、「まだ夜があるな」と言いながら歩いていた。

 

「お前らも夜は勉強しろよ?」

 

 上杉に催促される五月。五月は「あっ……」と思い出したように言う。この様子、五月の奴は課題やってない感じだな。五月は上杉から逃げようとしたが、ストーカー上杉風太郎は五月に近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、五月さんが四人いる」

 

 水を飲みながら確認すると、そこには四つ子の姿があった。そして、上杉と五月は銅像のように固まる。四つ子はそれぞれ特徴的な表情をしており、俺は笑いそうになっていた。四つ子の奴ら、浴衣着てるのか。普通に似合ってんな。

 

「わー、上杉さんの妹ちゃんですかー?初めましてー!これから一緒にお祭り行きましょう!」

 

 四葉は腰を低くしてらいはちゃんに話しかけている。らいはちゃんは迷っていたが、すぐに返答が来た。

 

「はい!」

 

 その言葉に、上杉が反発できるはずも無く上杉の勉強欲は無くなったと思われたが……。

 

 

 

 

 

 

「でも、その前にお前らは課題を終わらせろ!!」

 

 俺とらいはちゃん以外全員が固まり逃げ出そうとするが、すぐに上杉に捕まり強制勉強が始まるのであった。その間、らいはちゃんと上杉は祭りを楽しみ、俺は五つ子共が課題を終わらせるまで何故か二乃達の家で監視することになった。

 

「まぁ、なんだ……。分からんことあったら教えてやるよ」

 

 花火楽しみにしてるだろうしな。しかし、五つ子は全員手を挙げてきたのである。俺はそれに口をあんぐりと開けてしまい、驚いていた。一花、二乃はともかく三玖、四葉はなんでそんな申し訳なそうに手を挙げているんだ……!後、五月お前勉強してるんじゃなかったのか……!

 因みに、二乃が同じクラスなんだから課題見せろと言ってきたのだが、取りに行くのがめんどくさいと言って諦めさせた。

 

 

 

 

「なんで俺がこんな役目やらされてんだ」

 

 本来であれば、俺がらいはちゃんと祭りを楽しむ予定だったのに、お前じゃ危ないからお前が見張ってろと言われたのである。

 

 

 

 

 

 

「後、先着1名様には今日俺が一日おごってやる」

 

 と言うと、二乃達はお互いに見合ってシャーペンを走らせたのである。どうやら、これはかなり効果があったようだ。だが、此処で俺はあることを思い出す。もし、五月が一番手に終わってしまったらどうしよう。アイツ絶対食に関しては節操ないから絶対止まらないぞ。

 

 

 

 

「奢りと言うのならば、私は負ける訳にはいきません!」

 

 五月が眼鏡を掛け、スラスラとペンを進め始めた。いや、頼むからお前が一番手はやめろ。金が死ぬ……!

 

 

 

 

「うーん、何やろうかな……」

 

 屋台で何をやろうか決めているのか、考えているのか。考え事をしながら四葉は課題を進めている。他の姉妹よりはペースは劣っている。

 

 

 

 

「そう来たか。じゃあ、尚更頑張らないとね」

 

 一花が俺にしてはいい案だとでも言いたそうにしながらペンを進めている。三玖、二乃の速度には劣っている。二乃と、三玖はそれぞれ無言で問題を解いていた。そして、この勝負の行方は……。

 

 

 

 

 

 

「終わった、私が一番乗り」

 

「くっ……悔しいけど二番手よ」

 

 順位の結果は、三玖が一番手、二乃が二番手、五月が三番手、一花、四葉の順であった。どうやら、この勝負三玖の勝ちと言うことか。

 

「分かった、じゃあ三玖。今日は俺が奢ってやる。頑張ったな」

 

「うん、ありがとう。ソラ」

 

 三玖は嬉しそうに、ニ乃は何処か悔しそうな表情をしていたがすぐにいつもの顔に戻っていた。

 

「じゃあ、早く戻ろうか……!」

 

 一花がそう言い、姉妹達と俺は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 提灯、前を通って行く人々、屋台にはお客さんが集っている。うん、花火って感じだな。

 

「祭り何時からだっけ?」

 

「19時から20時」

 

 どうやら後1時間はあるようだ。それにしても、こいつらにしてはかなり早く課題が終わったな。ご褒美を付けたとは言え、かなりの速さだ。

 

 

 

 

「意外に早かったな」

 

 公園のベンチに座り始める上杉。らいはちゃんに振り回されたのか、若干疲れている様子だ。俺はその隣に座り、五つ子の達の様子を見る。

 

「ああ、俺もそれは思う。あいつらも花火楽しみにしてたんじゃねえのか」

 

 上杉は「そんな楽しみか……」みたいなことを独り言で言いながらも神妙な表情をする。

 

 

 

 

 

 

「なんですか?その祭りに相応しくない顔は?」

 

 ……五月か。

 五月は、赤をベースとした着物か。五月が赤か、ちょっと意外だな……。

 

「それ俺のことも言ってんのか?」

 

「いえ、貴方ではなく上杉君のことですよ」

 

 俺含まれてないのか。てか、こいつ食べ物もう食べてるし。

 

「誰だ、お前……?」

 

 上杉が真顔のまま心底どうでもいいみたいな表情を見せている。

 

「いや、どう見ても五月だろ……」

 

 喋り方と上杉に君を付ける奴なんて五月しか居ないしな……。

 

「ただでさえ顔が同じでややこしいんだ、髪型を変えるんじゃない」

 

 案の定、デリカシーのない発言をする。もうちょっとこう言い方ってもんがあるだろ。

 

「私がどんなヘアスタイルにしようが勝手です!」

 

 ご尤もな意見だ。

 

「駄目だよ、フータロー君。女の子が髪型を変えたならまず褒めてあげなきゃ。もっと女子に興味持ちなよ~」

 

 一花特有の揶揄い口調で言う。ぶっちゃけ、それ上杉に一番ないものだぞ。

 

「そうだ、フータロー君。ソラ君。浴衣は本当に下着を着ないのか興味ない?」

 

 馬鹿な俺は思わず、息をごくりと飲んでしまう。

 

「それは昔の話だ。知っている」

 

「本当かなぁ?」

 

 上杉の耳元で囁きながら、浴衣を見せようとする。

 

 

 

 

 

 

「ウッソ~!冗談だよ、冗談!」

 

「チッ……」

 

 舌打ちをしながら俺は水を一気に口の中に入れる。

 

「おっ、空君はどうやら期待してたみたいだねぇ~。フータロー君はどうだった?」

 

「興味がない。あっちに行け」

 

 ウザいと顔にでも書いていそうな上杉が再び溜め息を吐いていた。一花はその後、電話が掛かって来て出ている。騙された……。俺は立ち上がり、四つ子達の方を近づくと、三玖が文句ありげに俺の方を見ている。

 

 

 

 

 

 

「ソラ、切腹して」

 

 只ならぬオーラを放ちながら、三玖は言う。これは本気で言っているな。ご機嫌取りしないと怒られるパターンだ。

 

「すまん……」

 

 俺は三玖に謝る。それから、三玖と共に行動しようとするが……。

 

 

 

「あんた達、勝手に何処行こうとしてるのよ。一花も置いて行くわよ」

 

 二乃が俺達を呼び止め、仕方なく俺達は二乃に着いて行くことにする。

 

「ごめん、電話……!先行って……!」

 

 何か緊急の電話だろうか。俺は二乃のことを追いかけながら不思議そうに思っていた。それから、らいはちゃんと、四葉が帰って来た。らいはちゃんは嬉しそうにしながらスキップをしていた。何かいいことでもあったのだろうか。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃん!四葉さんが取ってくれたの……!」

 

 らいはちゃんが笑顔で見せてきたのは、いっぱい金魚が入ってる二つの袋であった。四葉の奴、どうやってこんなに取ったんだ。普通に考えたらこんなに渡す店主も何考えてんだ……?

 

「もう少し加減できなかったのか……」

 

 上杉がどうやって飼おうか……。仕方ねえ、上杉に水槽なんて買ってやる金なんてないから俺が買ってやるか。

 

「らいはちゃんを見ているとプレゼントしたくなっちゃいました!」

 

 四葉が「えへへ」と笑いながら、らいはちゃんの頭を撫でている。

 

「あと、これも買って貰ったんだ……!」

 

「それ今日一番要らないやつ……!」

 

 らいはちゃんが見せてきたのは、打ち上げ花火や線香花火が入ってるものだ。確かに、今日は絶対に使い道ねえな……。

 

「だって、待ちきれなかったんだもん」

 

「いつやるんだよ。四葉お姉ちゃんにちゃんとお礼言ったのか」

 

 四葉お姉ちゃんと言う言葉に何処か良い響きを感じていたのか。四葉が感動している。

 

 

 

 

 

 

「四葉さんありがとう……!大好き……!」

 

 こんな満開な笑顔で言われたら誰だって可愛いと思うこと間違いないだろう。

 

「らいはちゃん可愛すぎます、私の妹にしたいです!」

 

「待ってくださいよ、もし私が上杉さんと結婚すれば合法的に姉と妹に……!」

 

「アンタ自分で何言ってんのか分かってんの!?」

 

 顔を真っ赤にしながら正気を取り戻した四葉……。

 

 

「言っておくけど、四葉に変な気起こさないでよね!」

 

 上杉に迫り、二乃は忠告する。上杉はチキンだからそんなこと出来ないと思うぞ。俺もだけど。

 

「そして、ソラ……!アンタもよ!」

 

 いや、俺別に四葉のことをそんな風には思ってねえから……。

 一応返事を返した。

 

 

 

 

「ニ乃、お前何処に行こうとしてるんだよ」

 

 人通りを避けながらも、俺が二乃に追いつく。

 

「お店の屋上貸し切ってるから、そこに行くのよ」

 

 ニ乃が平然とまるで当たり前かのように貸し切りと言う言葉を使ってきた。

 店の貸し切りって……。流石、石油王の娘……。

 

「それならさっさと行こうぜ。人が多すぎて溜まったもんじゃない」

 

 上杉の意見には一理ある。人通りもかなり多くなってきたところだしな。

 しかし、ニ乃は先に行こうとする俺と上杉の袖を無理矢理引っ張ってこう言った。

 

「待ちなさい、折角お祭りに来たのにアレも買わずに行く気?」

 

 俺と上杉が顔を見合って「あれってなんだ?」とほぼ同時で言った。

 マジであれってなんだ?定番の奴か。

 

「あっ、そう言えばアレを買ってないねー!」

 

 いきなり戻ってきた一花が割り込むようにして言った。それから、四葉と五月が同時に声を出すのであった。

 

 

 

 

 

「アレってなんだよ」

 

 かき氷とか、たこ焼きとか、りんご飴とかメジャーなものか?

 

「せーの……!」

 

 

 

 

「かき氷」

 

「りんご飴!」

 

 真ん中に入れた一花がかき氷と言い、さも当然かのようにりんご飴と答えた二乃。

 

「人形焼き」

 

「チョコバナナ……!」

 

「焼きそば!」

 

 そして、元気よくチョコバナナと答えた四葉。今にも涎を垂らしそうな五月が焼きそばと答えた。人形焼きか、珍しいもの食べるんだな三玖の奴。三玖らしくていいと思うけど。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうね。ソラ」

 

 人形焼きとひょっとこの仮面を買ってあげたお礼を言ってくる。俺は、イカ焼きの半身を食べ終えながら、三玖を見る。

 

「いいよ。そういえば、さっき言ってた。切腹って冗談だよな?」

 

 

 

 

「……冗談」

 

 何を考えていたのかは分からないが、三玖は滅茶苦茶間を空けて言う。割と本気で思ってたんじゃないのか……?これ……?そんなことを思いながらも、三玖に着いて行くと四つ子達と合流する。

 

 

 

 

 

 

「なんなんですか……!あの店主……!」

 

 どうしたんだ?と思い話を聞いてみると、なんでも店主の目には一花が滅茶苦茶可愛く見えたらしくオマケを貰えたらしい。しかし、五月だけ何故か貰えず納得が行かなかったようだ。

 これ、五月がもっと食べたかったのか、それとも普通に可愛いと言われたかったのか分からんのだが……。こういうときのフォローは慣れているのだが。如何せん言うのが、恥ずかしいからパスだ。

 

「複雑な五つ子心……」

 

 三玖が若干なフォロー?をして、四葉とらいはちゃんは輪投げに行こうとしている。因みに、五月は次の食べ物屋に行こうとしている。やっぱ、こいつ食べたかっただけじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

「あんた達、何やってんのよ!」

 

 二乃が四葉達を止めて、先に進もうとする。気合入ってんな、あいつ……。よっぽど、花火を楽しみにしていたのか。

 

「なんであいつも、お前らもそんなにテンション高いんだ?」

 

 

 

 

 

「花火はお母さんとの思い出なんだ」

 

「お母さんが、花火が好きだったから毎年揃って見に行った。お母さんがいなくなってからも毎年揃って……」

 

 そういうことか、家族が大事な二乃が一番張り切っている理由も分かるし、他の四つ子も早く課題を終わったことにも納得できる。

 

「私たちにとって花火ってそういうもの」

 

 上杉は三玖の話を聞いてそういうことか、と小声で言っていた。そんな話を聞いていると、目的地に近づくほど近づくほど人が多くなっていく……。

 

 

 

 

 

 

「まずいな……」

 

 しまった、五つ子達を見失った。上には提灯があるとは言え、ほぼ人のせいで灯りが意味を為していない。人混みもどんどん増えてきているし、花火もそろそろ始まるみたいだ。このままだと後ろから来た奴らに押し出される。

 

 

 

 

「痛っ!誰よ、今足踏んだの!」

 

 この声は……。

 

 

 

 

 

 

「に、ニ乃……!手を伸ばせ……!」

 

 二乃に手を伸ばし、俺の声に気づいたのか二乃が俺の手を掴んできたのだ。

 

「ソ、ソラ……!」

 

 手を掴んだ二乃であったが、すぐに恥ずかしくなったのか。らいはちゃんが上杉の袖を掴んでいたように二乃も俺の袖を掴んでいた。

 

「そ、袖ならいいでしょ?」

 

 お互いに顔を真っ赤にさせて二乃が俺に案内をする。俺が先に出てようとしたが、二乃に「あんた、場所分からないでしょ」と怒られた。確かにその通りだ。

 

「あんま張り切り過ぎて、無理すんなよ二乃」

 

「分かってるわよ……」

 

 二乃は、俺に「分かったふうな口を聞いて」とか思ってるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……着いた」

 

 二乃は急ぎ足になり、お店の屋上へと辿り着く。此処からだとまた絶景だな。周りの景色を見ていると、二乃は固まりだし「ヤバッ」と言い出す。なんかあったのか……。

 

「おい、二乃どうした?」

 

「その……」

 

 二乃は昨日のように歯切れが悪い。なんでだ……?

 

 

 

 

 

 

「よく考えたら、お店の場所……。私しか知らない……!」

 

 二乃が慌てている。どうやら、この場所は二乃しか知らないようだ。誰も知らないとなると、他のみんなはハグれたことになる。三玖と上杉は一緒に居るだろうし、らいはちゃんは四葉がついてるから、多分大丈夫だ。方向音痴っぽそうだから、ちょっと不安だが。一花、五月は何処に行ったのかもわからない。

 

「私、電話してみる」

 

 しかし、一花、五月とは繋がらず……。四葉には掛かりどうやららいはちゃんと輪投げ屋に居るようだ。今年の輪投げ屋は二軒しかなかったはずだ。どちらかに行けば四葉に会えるだろう。そして、三玖は案の定上杉と居るようだ。

 

「一花は繋がらないし、五月は方向音痴なのに何してんのよ……!」

 

 五月って方向音痴だったのか……。四葉と最初に出会った時のイメージが強すぎて四葉が方向音痴だと思っていたが……。

 

 

 

 

 

 

「しょうがねえ、俺が全員探してくる。お前は此処で待ってろ……」

 

 花火は既に打ちあがっている。タイムリミットまで、残り58分……。上等だ、やってやろうじゃねえか……。こういうのは燃えてくる。

 

「それと、これ持ってろ」

 

 お祭りの屋台で貰ったお守りを二乃に渡した。

 

「なによこれ?」

 

「よく分からんが、それを持っていると良いことが起きるらしい。胡散臭いとは俺は思うが、それで本当に起きるなら面白いだろ……。だから、お前にやる」

 

 それは、屋台を俺と三玖が周っている時にもらったお守りだった。三玖は、なにやら買ったお守りを大事にしていたが俺は所詮こんなもんは気休めにしかならんと思っている。

 

「分かった。じゃあ、これに適当に五つ子全員が揃うと願っておくわ」

 

 二乃は念じるようにして言う。

 

「ああ、そうしてくれ。それに、お前ら見たいんだろ。五つ子で花火を……」

 

 次々に打ちあがる花火、その花火を背にしながら俺が言った。その花火に決意のようなものを感じさせながらも……。

 

「なんで、アンタがそれを……」

 

「聞いた話さ。そんだけ大切な思い出があるなら、俺が絶対に叶えてやるよ」

 

 

 

 

「そう、なら頼んだわよ。ソラ……!」

 

 

 

 

 

 

「ああ、任せろ……!」

 

 

 

 

 

 



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大切な友達

 周りを見ても人、人……。人々が何人もいる。

 ニ乃に任せろって大声で言ったはいいものの……。この人混みの中で四つ子を探すのは至難の業だ。あいつらの連絡先でも聞いておけば良かったな。一応、四葉は輪投げ屋に居る事は分かっている。

 

 だとすれば、四葉と合流するべきか。いや、その前に上杉に電話して他の皆と合流するよう呼びかけるか。頼むから、出てくれよ……。

 

 

 

 

 

 

『空か、どうした?』

 

 何回もコールを待ちながらもようやく上杉が出る。

 

「実は今他の皆を探しているんだ。お前今、三玖といるんだろ?」

 

『ああ、そうだが……?ただ、訳あって三玖は足を怪我してるみたいなんだ』

 

 慣れない下駄を履いているせいか。しょうがない、三玖の怪我が心配だし上杉にはとりあえず三玖と一緒に居てもらおうその方が安全だ。それに、二乃から引き受けた以上俺がやるしかない。

 

「分かった。そういえば、上杉。お前他の奴らは見たか?」

 

『五つ子か?さっき一花と会ったんだが……なんか髭のおっさんと居たぞ』

 

 ひ、髭のおっさん……?特徴的な髭をしているのならまだしも、髭を生やしているおっさんなんていっぱいいるぞ。一花の奴もなんでそんな髭のおっさんといるんだ……?意味が分からんが、とりあえずそいつを探すのも悪くない手だ。

 

『後、三玖が前に髭のおっさんの車から出てくるところを見たって言ってたぞ』

 

 どうやら、その髭のおっさんって言う奴が鍵を握っているのは間違いないようだ。聞く限りでは、怪しい関係っぽそうだが、それは流石にないはずだ。一花のことは、あんまり俺は知らないがそんなことをするような奴ではないと俺は思っている。

 

 そんなことを考えていると、人混みが更に酷くなる。くそっ、こんな状況じゃ一花を探すなんて無理だぞ。しかし、そんなとき誰かが俺の手を掴む。

 

 

「誰だ……!?」

 

 睨むようにして掴んだ相手を見ると、そこには……。

 

 

 

 

 

 

「……一花!?」

 

 暗い路地裏に連れて来られそこにいたのは、いつものショートヘアの一花であった。だけど、いつものように揶揄うような表情をしていない。至って真面目だ。なにかあったのか……。

 

「ソラ君、みんなに伝えて欲しいことがあるの」

 

 上杉が「一花!?」と言っている声が、聞こえたが繋がっていた電話を切られ、俺に携帯を返した後に言う。

 伝えて欲しいこと……?

 

 

 

 

 

 

「花火見れないんだ」

 

 その言葉は花火の爆音と共に聞こえ、周りを一旦更に暗くなったような感覚があった。なにより、一花の表情が何かを決心したかのような強い意志を感じさせている。

 

「見れないってどういうことだよ。お前らにとって、花火って大事なものだったんじゃないのかよ?」

 

 二乃はあんなにも花火を楽しみにしていたし、三玖もああ言っていた。なにより、五つ子全員この花火大会を楽しみにしているような感じだった。なのに、何故一花は……。

 

「知ってるんだ、そのこと……。三玖が話したのかな?だけど私には今やりたいことがあるの」

 

「やりたいことってなんだよ?」

 

 一花が今どうしてもやりたいこと……?いったい、それはなんなんだろうと思った俺は一旦冷静になり一花に聞く。

 

「はぁ、はぁ……、やっと追いついた。おい、一花!今度こそ逃がさねえぞ」

 

 上杉が走って来たのか、肩から呼吸しておりかなり疲れている様子だった。

 

「フータロー君もう追いついたの?早いね」

 

「話逸らすな!」

 

 息を荒くしながらも、上杉は汗を腕で拭く。俺はそんな上杉に水を渡す。上杉は水を飲み、息を吹き返したかのように「プハッ!」と言う。

 

「ごめん、ごめん……。勿論、みんなには悪いと思ってるよ。でも、急なお仕事が入っちゃって……だから花火は見に行けない」

 

 急なお仕事……?

 こいつバイトか何かしていたのか。

 

「他の五つ子にはなんて言うんだよ?」

 

「五つ子だから私一人いなくても分からないよ」

 

 流石にそれは無理があるだろ……。と思っていると、一花はスマホで時間を確認する。

 

「二人共、そんなに私のこと気にしてくれるんだね?どうしてそんなに気にしてくれるの?教え子だから?」

 

 その言葉に俺は一瞬息を詰まらせる。確かに、俺はなんでこんなにも一花や、五つ子の為に頑張ろうとしているんだ……?結局、女ってのは裏切る存在だというのに……。そんな考えをしていると……。

 

「ごめん、変なこと聞いて……。それじゃあ、急いでるから!」

 

 路地裏に髭のおっさんが顔をひょっこりと出して見てきたため、一花は裏口から逃げるようにして行った。

 

「おい、待て!ちゃんと説明しろ!」

 

 上杉が一花の袖を掴もうとしたが、一花に逃げられてしまったのだ。

 

 

 

 

「あいつ……」

 

「空、一花は俺がなんとかする。悪いが、三玖達を探しておいてくれないか?三玖の奴は、多分まだ神社の階段にいるはずだ。頼む」

 

 そんな上杉の声は俺には聞こえていなかった。先ほど、一花が言っていた言葉が俺の中で気になっていたからだ。確かに、俺は上杉の手伝いだけだ。三玖とは友達だし、二乃とは……多分友達だと思う。だけど、俺の心が何か嫌な騒めきを感じさせている。

 

 

「おい、聞いているのか!空!」

 

 その言葉に俺は一瞬ふと我に帰る。

 

「俺はとにかく一花を追う。他の四つ子を頼む」

 

 上杉からは何がなんでも一花から本心を聞いてやると言う心の声が聞こえている。こんな、上杉を俺は初めて見る。上杉も五つ子と居て成長したって言うことか。

 

「ああ……分かった。頼む」

 

 「ありがとう」と上杉は言い、それぞれ違う方向に歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

「一花の奴、何処行ったんだ……?」

 

 空と別れて、路地裏を出る。この人混みなら、まだ遠くには行けないはずだ。あの髭のおっさんのことも気になるが、今は一花が優先だ。俺が周りをキョロキョロしながら見ていると、誰かが俺の袖を掴む。再び別の路地裏に連れ込まれた。この感じ、間違いない。一花だ。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、フータロー君。聞きそびれたことを聞くね」

 

「なんでそんなにお節介を焼いてくれるの?私達の家庭教師だから……?」

 

 俺もなんで此処までこいつらに加担しているのだろうと俺は思う。それに、自分がこんな余計な面倒まで見ているんだろうかと……。確かにこれは、余計な面倒事だ……。だけど、今目の前に楽しみにしていたものを諦めるなんて俺は違うだろと思う。

 

「うん、じゃあそういうことだから!」

 

「ちょっ!?待て……!」

 

 まずい、また逃げられる……!

 

 

 

 

 

 

「鬼ごっこは終わりだ……一花」

 

 今度は俺が一花の着物の袖を掴み逃げようとする一花を捕まえて壁に手を置いた。

 

「フータロー君にしては大胆だね」

 

 再び話を逸らす一花。やっぱり、こいつ何か隠してるな……。

 

「……そういうつもりじゃないが、お前が俺から逃げようとした。これは紛れもない事実だ。本当のこと話してみろ」

 

 

「勉強熱心なフータロー君にはわからないよ」

 

「勉強熱心で悪かったな。だけど、俺にも今日のところは思うところがあるんだ。お前たちはこの日をずっと楽しみにしてたんだろ?なのに、お前はそれを見ないで違うことをしようとしてる。なんでだよ?」

 

 楽しみにしていたはずの祭りを放棄してまでやりたいこと……。それをこいつの口から吐かせてやる。路地裏を見ると、既に髭のおっさんが来ていた。そのとき、一花は思いがけない行動に出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 先ほどまで壁に置かれていた手は一花によって互いに抱き合うような形にされていた。

 一花の心臓の鼓動が聞こえてきた。心臓の鼓動は早くなっていた。おっさんはと言うと、座り始めて俺達を待っているようだ。って、座るんかーい!

 

「お、おい……!いつまでこうしてるんだ」

 

 流石の俺でもこれはかなり来るものがある。恋愛など邪道とは思っているが、こんなことをされては普通の男ならもう惚れているだろう。

 

「ねぇ、今の私達って他人から見たらやっぱりカップルに見えるのかな?」

 

 確かに欧米じゃあるまいし、こんな状態になるのは恋人だけだ……。それにしても、この状況大丈夫なのか。勘違いされるんじゃないのか、髭のおっさんに……。

 

「本当は友達なのに……。悪いことをしているみたい」

 

 一花の心臓の鼓動は更に早まっている。

 

「……俺達って友達なのか?どちらかと言うと、教師と教え子の関係じゃないのか……?」

 

 と個人的な意見を言うと、一花は一気に真顔に……。

 

「なにそれ、フータロー君って空気読めないんだ」

 

 と言い返される。本当のことを言ったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「もしもし、少しトラブルがあって……。撮影の際は大丈夫ですので……」

 

 髭のおっさんの声が聞こえてくる。撮影……?まさか、こいつの仕事ってのは……?

 

「あの人実は、カメラマンなの。私はそこで、カメラアシスタントをやらせてもらってるの」

 

 なるほど、そういうことだったのか……。

 だけど、勉強は大丈夫なのか。学生の大切な時期だぞ……。

 

「フータロー君。今、勉強大丈夫なのか?とか思ってたでしょ。そんなフータロー君に聞きたいんだけどさ、フータロー君はなんのために勉強をしてるの?」

 

 何のために……?将来、らいはのやりたいことを叶えてやりたい……?これは確かにそうだ。なにより、らいはには色々迷惑を掛けてしまったし俺は色々らいはに恩を返したい。でも、なんでだ?何故か、もっと重要なことがあったはずだ。

 

 

 

 

 俺は誰かに誓った気がするんだ。あの日以来からずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 上杉の奴と別れてから何分が経っただろうか。一花に言われたあの言葉が気になってしょうがないが……。今はとにかく三つ子と合流することが先決だ。でも、残り時間はもう半分になっている。三玖は神社に居る事は分かっているが、五月はまだ場所が分かっていない。四葉も輪投げ屋に既にいなかった。何故だか知らないが意識が朦朧としているし……。

 

 

 

 

 

 

「あっ、脇城君じゃありませんか」

 

「五月か……」

 

 探す手間が省けた。

 

「他の奴ら見たか?」

 

「いえ、見てないです」

 

 方向音痴だろうから、仕方ねえか。とりあえず、五月とは合流できたし他の三つ子とも合流するべきだな。

 

「お前、三玖と、四葉の電話番号知ってるか?」

 

「勿論それは知っています。電話すればいいんですか?」

 

「ああ、頼む……」

 

 水を一服するかのようにして飲み終える。くそっ、コーラじゃねえから全然力が入らない。

 

「あっ、三玖ですか……?今は何処に……?階段ですか……?分かりました」

 

 どうやら、まだ三玖は神社近くの階段にいるようだ。それがわかったなら早く行かなくては……。立ち上がろうとしたとき、俺は地面に手をついてしまったのだ。なんでだ、そんなに一花に言われたことが気になっているのか……?早く忘れろよ、今はどうでもいいだろ。

 

 

 

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 くそっ、こんな時に限って上杉の奴が羨ましくなる……。

 

「大丈夫だ……。それで、四葉は何処に?」

 

「時計台だそうです」

 

 時計台か……。此処からかなり距離があるな。なら、とりあえず三玖と先に合流した方が良いだろう。歩き始めようとするが、再び意識が朦朧とするのである。

 

 

 

 

「い、五月……。一つ頼んでいいか?」

 

 あんまりこういうことは頼みたくないが……。仕方ない……。

 

「肩貸して貰っていいか?」

 

「……な、何を言い出すんですか!?あなたは!?」

 

 五月は今まで見せなかったぐらいの動揺で後ろ足で下がろうとしたが、後ろには椅子があることに気づき足をぶつけていた。

 

「悪いが、ちょっと体が動けそうにねえ……。それに今頼めるのがお前しか居ねえからな」

 

 「頼む」と言うと、五月は歯を思いっきり噛みしめた後、思いっきり溜め息を吐いていた。

 

「仕方ありません。貴方も体の方はあんまり良くないみたいですし、肩を貸してあげます」

 

 と言い、俺は五月の左肩に手を置いて三玖が居るところまで向かった。

 

 

 

 

 

 

「これはかなり周りの視線がキツいですね……」

 

「それは言うな……」

 

 やはり、と言うべきか。周りの視線がかなりキツかった。男女イチャイチャしているカップルなんてのは割といるが、こんなにもベタベタとしているカップルはいない。勿論、俺達がカップルと言うつもりはないが世間一般的に見てしまえばそうなるのも無理はないと言うことだ。

 

 

 

 

 

 

「すいません、アンケートにご協力をお願いしているのですが……」

 

 こういうときに限って、面倒事に巻き込まれる。

 

「お二人はどういう関係なのですか?」

 

 どういう関係と言われてもな……。

 

「カップルですよね?」

 

 さも当然かのように、言ってくる。

 

「……なっ!?」

 

 五月は顔を隠して何も言えずにいたのである。

 

「ち、違いますよ!この人足怪我したみたいで、連れの私が肩を貸してあげてるだけです!全く困った人です!」

 

 五月が思いっきり首を振りながら俺の背中を叩く……。

 滅茶苦茶いてえ……。

 

「そ、そうなんですか?すいません」

 

 アンケート調査の係員の人は何処かへと行った。

 俺はそんな姿を見ながら、「関係か……」と一人で呟く。

 

 

 

 

 

 

「一つ聞いてもいいか?俺達ってどんな関係なんだ?」

 

 一花にも言われたあの言葉、先ほどのアンケ―ト係に言われた言葉が俺の中で妙に引っ掛かっていたのだ。

 

「一花にもさっきと似たようなことを言われたんだ……。なんでかは分からねえが、俺はその答えを知りたくてしょうがねえんだ……」

 

 なんでかは分からないとは言っていたが、俺の心が暗雲に包まれ俺の脳内全てを支配しようとしているのがなんとなく伝わっていたのだ。心の中に残っているトラウマそのものが……。

 

「……私に聞かずともその答えは貴方が持っているんじゃないんですか」

 

「俺が……?」

 

 俺が既にその答えを持っている……?

 いったい、いつその答えを俺が……?そんなことを考えていると神社の階段付近につきそこにはヘッドホンをつけている着物姿の女子が座っていた。どうやら、もう神社近くまでに着いたようだ。

 

 

 

 

 

 

「三、三玖……」

 

 なんだろうこのさっきの切腹と言ったときより威圧を感じる。まるで、目の前にいるのが鬼神の如く武将を斬り殺す鬼を見ているようだ。

 

「ソラ、なんで五月と肩組んでるの?」

 

 どんな言い訳をしようと考えていたが、言い訳する時間もなく五月が答えた。

 

「脇城君、かなり疲れてるみたいで……私がこうして肩を貸して歩いてるんです」

 

「そうなんだ」

 

 三玖は納得したようで、階段から立ち上がる。

 あの感じを見る限り、まだちゃんと歩けるような感じではないな。

 

「とりあえず、これで3人は揃いましたね。後は、四葉と合流するだけです」

 

 五月が四葉に時計台で待っているように言っていたはず……。なら、アイツらは動いていないはずだ。それに、らいはちゃんも疲れて寝てるかも知れないし……。

 

「五月もう体は大丈夫だ。肩貸してくれてありがとうな」

 

「いえ、お構いなく……」

 

 本当はまだ大丈夫じゃないが、これ以上五月に迷惑を掛けてられない。

 

「三玖、足の怪我は?」

 

「大丈夫……。フータローが手当てしてくれたから」

 

 三玖の足には包帯が巻かれている。

 

「ソラ、私なら歩けるから大丈夫だよ」

 

 心の中で思っていたことを分かっていたのか、三玖が言ってくる。

 

 

 

 

「じゃあ、今から四葉と合流するけどそれでも構わないか?」

 

「うん」

 

 俺達は時計台を目指し歩き始めた。時計台から神社まで若干ではあるものの距離がある。いつもの俺なら走ってすぐだが……。今は体力がない。それに、人が増えすぎてさっきみたいに走ることができないかもしれない。走れたとしてもマジで短い距離だけだろうな。

 

 そんなことを考えていると、何者かが三玖の手を握り連れて行こうとしていたのであった。

 

 

 

 

「一花ちゃん!こんなところに居たのかい!?」

 

「え……?」

 

 一花と呼ばれ困惑している三玖……。三玖は五つ子だ。顔が似ているから一花と勘違いされてもおかしくない。

 

「待ってください、その人は一花じゃありません!」

 

 繋がれていない方の三玖の手を握り五月は髭のおっさんを止めようとしたが……。手を掴むことができなかった。俺はその姿を見ながら、俺はあることを考えていた。

 

 

 

 

 

 

「脇城君、走れますか?」

 

「……ああ」

 

 心の中で「何故、そこまで奴らと関わる?」と言う声が聞こえる。俺はそれを押しのける。俺は今まで何度も何度もそう思いながらも、結局は二乃や三玖と関わっていた。あの二人には、干渉し過ぎた程だと自分でも分かっているほどだ。

 だから、あのとき一花に言われたあの言葉で心の中の自分が一気に俺を支配しようとしていた。

 

 正直言って、五月が言っていた答えってのは俺はよく分かんねえ。でも、はっきり言えることが一つある。

 

 

 

 

 俺にとって、三玖は友達だ。だから、俺は友達を助ける為に"昔のお人好し馬鹿な俺"に戻る。そして、俺は五つ子で花火を見ると言う二乃の約束の為に戻る。なにより、親友の上杉があんなにも頑張って一花をどうにかしようとしているのに俺は何もしないでいるつもりなのか……。俺は、それが一番気に食わなかったんだ。

 

 

 心によって支配されていた体は一旦解放され、屋台で買ったラムネを飲み干し、一気に体に充電を溜め込む。そして、その力を放出させる。それだけだ。三玖と一緒に居るおっさんは既に視界に捉えている。屋台の灯りのせいで見辛いが……。この距離なら余裕だ。

 

「五月、お前は四葉を頼む。四葉と合流したら二乃に電話してくれ」

 

「分かりました」

 

 ……よし、行くか。軽やかにかかとを踏み込み、まるでバネのように軽やかに足が動き出す。勿論、腕は足とは反対方向の手が俺の顔辺りまでにあがる。そして、そのフォームを崩さず三玖の手を掴むのであった。

 

 

 

 

 

 

「ソラ……」

 

 三玖の手を掴み、髭のおっさんと繋がれていた手を離させ、互いに抱き合うような形で俺は髭のおっさんを見ていた。すると、俺の後ろから上杉が来たのをチラッとだけ見えていた。

 

「キミは……さっきの!?それにキミはいったいなんなんだね!?」

 

 上杉のことを見て、先ほど遭遇したときのことを思い出していたのか指をさしていた。俺に対しては、急いでいるのか早い口調で言っている。

 

 

 

 

「キミ達はこの子のいったいなんなんだね……!」

 

 深呼吸をした。深呼吸をした……。

 それも深くだ。周辺が今日は祭りではなく、まるで普通の日かのような暗さに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

「俺の大切な友達だ……!」

 

 

 

 



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笑顔の一日

「俺の大切な……友達だ!」

 

 人混みを少なくなった横断歩道を渡ろうとした三玖の手の掴み、俺はそのまま力で三玖を抱く。その言葉を言うと、辺り一帯は暗くなる。

 

「友達……?なら、彼女から聞いてるのではないのかね!」

 

 焦っているのか、髭のおっさんが早口で言う。

 やっぱり、三玖を一花と見間違えているようだ。無理もないか、顔そっくりだしな。

 

「もう時間がないんだ。一花ちゃんをこちらに渡して貰おうか!」

 

 時間がない。それが意味することが分からねえが、此処で三玖を渡す訳にはいかない。三玖の体を必死に抱きながら、髭のおっさんの方を見ると驚くべきことを言い出す。

 

 

 

 

 

 

「その子は、うちの大切な若手女優なんだ!早く放しなさい!」

 

 その言葉に一瞬言葉が出なくなる。

 女優?誰が……?え?まさか、一花が……?

 

「え?カメラで撮る仕事ってそっち……?」

 

 後ろを確認すると、上杉の後ろに一花が来ていたようで顔を隠しながら、恥ずかしそうにしている。

 

「……ああ、三玖。すまん、あのおっさんなんて言ってた?」

 

「一花が若手女優」

 

 聞き間違えだろうかと思った俺が、三玖に確認するとすぐに返答が返って来る。

 

「すいません、社長……!実は私五つ子だったんです」

 

 社長のところに駆け寄ってきた一花。

 ……え?あの髭のおっさんあの見た目で社長なの……!?俺の中で色々な情報が流れ始め、困惑し始める。

 

「一花ちゃんが五つ子!?」

 

 五つ子と言う言葉に口を大きく開けて、驚く髭社長。

 流石にこれには驚くよな。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、人違いをしてしまったようだね。申し訳なかった。だけど、一花ちゃんにはこれから大事なオーディションがあるんだ」

 

 大事なオーディションか。だから、一花の奴今日は花火見れないって言ったのか……?うん?自分の夢の為だろうし、仕方ねえか。……そう言えば、花火と言えば四葉の奴、らいはちゃんに確か……。上杉が髭社長となにやら話しているみたいだけど、何を言っているのかは大体理解している。

 

「おい、上杉」

 

 走り出す一花達の姿を見ながら、俺は上杉に話しかける。

 上杉は時計台を見ながら、時間を見て焦っている。

 

「悪いが、一花を頼む」

 

「それは構わないが、もう花火終了まで10分しかないぞ」

 

 祭り終了まで後10分か……。確かに無理だな。

 だけど、花火に関してはまだ幾らでもやりようがあるな……。

 

「ああ、分かっている。だけど、まだ策はある」

 

「策……?そうか、そういうことか!じゃあ、俺は一花を追う!」

 

 上杉は俺の考えていることに気づいたのか、一花を走って追いかけ始める。

 さて、こっちも策を講じるとしますか……。とりあえず、最初にらいはちゃんと一緒にいると思われる四葉に三玖に電話を掛けてもらおう。

 

 

 

 

 

「三玖、四葉に電話してもらっ……!?」

 

 三玖の方を見て、話そうとしたとき俺はあることに気づく……。

 そう、俺と三玖はまだ抱き合っていることに気づいた。

 

「す、すまん……」

 

「だ、大丈夫……」

 

 僅かながら三玖の鼓動が滅茶苦茶早くなっていることに気づいた俺はすぐに放すと、三玖は赤面している様子でどう声を掛ければいいのか分からず俺に電話をそのまま渡してきた。無意識とは言え、自分でも気づかないうちにこんなことをしていたとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、四葉か。ちょっと頼みたい事があって電話したんだが……」

 

 三玖の方をチラチラと確認しながら、俺は頬を掻き三玖に顔を見られないように後ろを向く。四葉に電話をすると、四葉の元気な声が聞こえてくる。

 

「分かった……。それで頼む。五月とは合流してるんだろ」

 

 五月の声が聞こえてくる。どうやら、四葉とは合流できたようだ。方向音痴だから、多少は不安ではあったが大丈夫だったようだ。

 

「ね、ねぇ……ソラ」

 

 四葉との電話を終えて、三玖に携帯を返す為振り向くと、三玖の顔には恥じらいの色のようなものが出ている。

 

「さっきのはその……」

 

「い、いや……!あれは……。お前をあの髭社長から守る為に必死だった訳で。だからその……」

 

 必死に誤魔化そうとするが、言葉が上手くでずへにゃへにゃで喋ってしまう。

 

「うん、分かってるよ。だけど、その……さっきのソラかっこよかった」

 

 三玖の言葉に思わず、動揺を隠せずバケツを持って頭から水を浴びたいような感覚で体が熱くなっている。お、俺がカッコよかっ……いや、こんなところで惚けている場合か。

 

「あ、ありがとう……。て、てか二乃の奴にも電話しないとな……」

 

 三玖から二乃の番号に掛けてもらい、電話が繋がると「もしもし」と俺が言った瞬間、いきなり一発でスピーカーすら破壊しそうな大声が聞こえてくる。

 

 

「アンタ、今何処よ!?」

 

 その声には片目を塞いで、「うるせえ」と心の中で思いながら、今回は俺が悪いから仕方ねえか。反省していた。

 

「今は……此処が何処か分からんな」

 

 周りを確認したが、目印となるものが無かった。

 

「なに冷静にしてんのよ。あんた、今迷子なのよ……」

 

 迷子を捜していた人間が、迷子なんてミイラ取りがミイラになる、だな。ことわざを使いながら、心の中で乾いた笑みで笑う。

 

「一花達とは合流できたんでしょうね?」

 

「一度あったが、一花は訳あって上杉に任せているが三玖には合流できてる。後、四葉達には公園に向かわせた」

 

「アイツで大丈夫なの?」

 

 二乃は上杉では不安なのか、聞いてくる。

 今日の上杉なら余計なことを言う心配もないだろうし、大丈夫だろう。

 

「ああ、アイツにしか頼めない」

 

「そう。ところで、公園に集めてどうするつもりなのよ?」

 

 俺は、二乃に公園に集まる理由を簡単に説明する。

 四葉達を公園に集めたのは、らいはちゃんが持っているあれを使う為だ。

 

「分かったわ、じゃあ私も公園に行けばいいのね」

 

「頼む」

 

 と言い電話を切り三玖に携帯を返却する。

 

「三玖歩けそうか?」

 

 三玖が足を引き摺っているように見えた為、俺が聞くと……。

 

「大丈夫って言いたいけど、我がまま言ってもいいならソラにおんぶして欲しい」

 

 俺におんぶ……?構わないが、滅茶苦茶恥ずかしいな。

 俺は、三玖をおんぶし歩き始める。俺達は、恥ずかしいのか何も話せなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、三玖何か話さないか?」

 

 無言でいるのもキツく、人通りは減ってきたがそれでも人の視線が気になった俺は気を紛らわせるために三玖に話を振る。

 

「……ねぇ、ソラ。花火の歴史って知ってる?」

 

 暫く三玖は沈黙を続け、暫く考えていた後「んー」と犬のように唸りながら話をする。

 

「花火の歴史か……ちょっとだけ興味があるな」

 

 後ろを振り返ると、戦国武将が大好きな三玖が目を輝かせている。

 どうやら、話したくてしょうがないようだ。俺はその姿を見て、自分でも分かるぐらいの笑みを浮かべ前を向く。

 

「私も調べただけだからあんまり知らないけど、日本で花火を初めて見たのは、徳川家康って呼ばれているんだって」

 

 へぇ、あの狸親父が初めて花火を見たのかちょっと意外だな。もうちょっと明治とか江戸中期ぐらいの人間かと思っていた……。

 

「でも、もう一つ説があってそれ以前に伊達政宗が米沢城で当時の明の人が献上したのが花火で政宗が初めて見た説もあるんだって」

 

 三玖は知識を自慢げに言っている。なるほど、日本の花火の歴史って言うのは案外随分前から存在していたのか。

 

「それで花火が実際に打ちあがったのは日本で最も有名とも言える隅田川花火大会の前身である両国花火。徳川8代将軍吉宗の時代に疫病による多数の死者の慰霊とかの為に行うようになったんだって……」

 

「なるほどな、じゃあ元々花火大会ってのは魔除けのために行われていたってことか」

 

 徳川吉宗は、確か幕府財政の再建ともなったと言える享保の改革を行った人物であったはずだ。自分の中では、とあるドラマの印象が強すぎるが……。今は置いておこう。

 

「うん、その後は川開きの日とかによくやるようになったんだって」

 

「へぇ、そうだったのか。それにしても凄いな、三玖」

 

 三玖に「偉い」と言うと、若干子ども扱いなのに不満そうな顔をしていたがどことなく嬉しげな表情を見せる。

 

「ソラや、フータローが知らないことを知ろうとして色んな歴史の本に手をつけてみたの。中でも、江戸時代初期はまだ戦国武将が生きていた時代だから覚えることができたの」

 

 なるほど、江戸初期は伊達政宗、真田信之、立花宗茂と言った人物がまだいたからな。まあ、大阪の陣・冬自体が、一六一四年だからまだ有力な武将自体はいたのは事実だ。

 

「それでも凄いと思うぞ、そんな豆知識まで知ってるんだからな」

 

 まさか三玖の奴が花火の歴史と言う豆知識まで知っているとは思わなかった。元々戦国武将が出てくる歴史が好きとは言え少しでも成長を見せてくれればいいやと思っていたが、此処までの知識を身につけるとはな……。こりゃあ、俺もいつか三玖に歴史だけ抜かされる可能性が出てくるかもな。

 

 

 

 

 

 

「アンタ達、お祭りの日になんて話してんのよ……。てか、なんであんた三玖のことおんぶしてるわけ?」

 

 三玖と話していると、どうやら公園前に着いたようで二乃の目が笑ってなく表情は硬くなり真顔になっていた。

 

「三玖が足怪我して歩けなくなったから、俺がおんぶしてるだけだ。変に勘違いすんな」

 

 三玖が「もう大丈夫」と言った為、俺は三玖を下ろしながら言う。

 若干だが、俺の中で三玖をまだおんぶしていたかったと言う変な感情が湧くが、すぐにそういう感情を追い払う。これ以上はどういう意味でとかは言わん。俺が変態になる。

 

「ふーん?鼻は随分と伸ばしてたみたいだけど」

 

 ……割と事実だから言い返すことができない。

 

「悪かったな」

 

 二乃に軽い気持ちで謝罪する。

 男のサガと言うつもりはない。そんなこと言ったら、ぶん殴られる。

 

「四葉、手はず通りやっててくれているか?」

 

「はい!今準備中です!」

 

 

 四葉がダッシュで家から持ってきたバケツに水を入れて公園の真ん中あたりに置いていた。らいはちゃんはそんな四葉を見てタオルを貸してあげている。

 

「よし、ならそのまま続けてくれ!俺は一旦上杉の野郎に電話を掛ける」

 

 自分の携帯で上杉の携帯に電話を素早く掛けた。

 

「上杉!俺だ、今どこにいる?」

 

 どうやら、上杉はオーディション会場の前で待っているようだ。そろそろオーディションの方も終わるんじゃないかと言っていた。

 

「そうか、分かった。オーディションが終わったらまた後で連絡してくれ」

 

 と言い、電話を切ると二乃が俺に近づいてきた。

 三玖と五月はと言うと、五月は三玖をベンチに座らせ足の怪我を見ているようだ。

 

「悪かったわね、あんたばっかに任せて」

 

「気にすんな。俺こそ、全員連れて来るって言ったのにこの有り様だったしな」

 

 と言い四葉の下に駆け寄り、四葉の手伝いを行っていた。あそこまで、素直なニ乃を初めて見た気がする。さてと、俺も座るか……。と思い三玖や五月が座っているベンチに座る。準備を終えた四葉と二乃はらいはちゃんの為に鬼ごっこをしてあげていた。

 鬼はどうやらニ乃のようだ。二乃が鬼か、面白いな。割と小馬鹿にしながら鬼ごっこを観戦する。

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でした。随分とお疲れなんじゃないですか?」

 

 と言い五月が俺に差し入れしてきたのは、温くないコーラだった。

 コーラか、糖質控えるつもりだったけどこの際もういいか。一度決めたことを守らない駄目人間のようなことを考えながら、俺は栓を開ける。

 

「悪いな、いただく」

 

 うっめぇ……!毎日のように飲酒していて訳あって禁酒してたけど我慢できなくって飲酒しているような気分だ。最高だ……!

 

「空さん達も一緒に、鬼ごっこしませんか?」

 

 コーラの味に久々に感動をしていると、らいはちゃんが俺のところに来る。五月は「えぇ!参加させていただきます!」と準備万端な様子であった。三玖は足を怪我しているため、パスし俺はなりゆきで参加することになった。どうやら、鬼はまだ二乃だけらしい。あいつ、らいはちゃん相手にどんだけ手こずってるんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇぜぇ……アンタ足が速すぎるわよ!」

 

 絶賛、二乃に追われ中。と言うのも俺が挑発したせいだけど。そのせいもあってか、五月はこっそりと滑り台の後ろに隠れており四葉はひたすら周りを走っている。四葉は、隠れろ。走っていてもいいけど。

 

「お前が遅すぎるだけだ、鬼二乃」

 

「誰が鬼ですって!!」

 

 鬼と言う言葉が癪に触れたのか……。そう意味で言ったんじゃないんだけど……。

 二乃は猛スピードで俺に追いつこうとするが、それは無理と言うものだ。何故なら、陸上経験者と経験者じゃ無い奴とでは差がある。しかし、此処で思わぬアクシデントが起きる。

 

「らいはちゃん!?なんで此処に!?」

 

 公園にあるアーチスタンドの前にらいはちゃんが立っており、俺はそこを曲がって再び遊具の方に行こうとしていたがらいはちゃんがいることに気づき俺はらいはちゃんを逃がそうと声を出そうとした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「空お兄さん……!」

 

 天使のような包容力に俺は負けそうになる……。

 いや、実際負けた。俺の足は一瞬止まる。

 

「はい!捕まえた!」

 

 後ろから近づいて来ていた二乃が俺の袖を掴み、もう片手で俺の背中をタッチしてきた。

 

「なぁ、らいはちゃん一つ聞いていい?」

 

 あっ、これってもしかして……。ああ、そういうことか。

 

 

 

 

「もしかして鬼……?」

 

「はい……!」

 

 純粋無垢な天使が、笑顔で答えてきた。そんな天使を汚した二乃に俺は……。

 

「二乃、なにらいはちゃんの教育に悪いことを教えてんだ!」

 

「フン、ゲームなんて所詮勝てばいいのよ!」

 

 くっ、この畜生め……。

 だが、割と言っていることも正しい……。

 

「……お前、なんで出てきた」

 

 隠れていたはずの五月がらいはちゃんの目の前に現れ、「五月お姉さん捕まえた!」と言って喜んでおりそんならいはちゃんの頭を二乃が撫でている。

 

 

 

「し、仕方ないじゃないですか!私も言われてみたかったんです!」

 

 まあ、その気持ちは分からんでもない。その後、四葉を五月、二乃、らいはちゃんが追いかけるが四葉の足の速さに全員敗北。あいつ、あんなに足速かったのか。面白い、これは良い勝負ができそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、四葉俺と競ってみないか?どっちが早いか」

 

 選手時代だった自分の血が騒ぎ始め、俺の全身が絶対に勝つと言う意志を見せてくる。

 

「望むところですよ!」

 

 良い返事だ。すぐに捕まえてやる。

 四葉は走り始める。出来る限り、障害物遊具が無い場所を走り続けていた。遊具のところを通りながら動いていたら追いつかれるのがわかっているからであろう。

 

 コーラも飲んだことだ。この勝負は俺がもらう。

 と意気込みだけは良かったのだが、残り一分が来る前にすぐに終わると思っていたが、どうやら俺の検討違いだったようだ。

 

「認めるぜ、四葉……。お前の走り本物だ!」

 

「脇城さんだって、凄いですよ!私に追いつけるなんて!」

 

 江場の野郎には、俺は短距離しか行けないと何度も言っていたが、確かに奴の言う通り今の体力なら中距離も行けるかも知れない。なんだかんだ言って、走ることだけは止めてないからな。

 

 一旦走るのを止めて、バックから非常時ようのコーラを体内中に流す。

 やべえ、温いコーラ最高……!コーラ中毒者に戻りそう……!

 

「コーラを飲んでどうするんですか!?脇城さん!」

 

「バーカ!コーラは俺の動力源なんだよ!」

 

 言わば、エンジンそのものだ。昔、俺が陸上をやっていた頃人々は俺のことを口々にこう言っていた。コーラの化身とな……。ウサギのように軽やかに足を動かし、腕を鳥の羽のように細かく動かす。そして、俺は四葉に近づくことに成功。それを見た四葉は驚きのあまり目が今にも飛び出そうになっていた。

 

「す、すごいですよ!脇城さん!流石です!」

 

「喋ってる場合か!?もう追いついちまうぜ!」

 

 四葉がにこやかな笑顔でこっちを見てきた。

 なるほどな、こういう奴を何人かは見たことがあるが……。こいつは間違いない本気で走りを楽しんでやがるって奴の顔だ。

 

「楽しいんです!脇城さんと走るのが……!」

 

「……俺もだ!俺も此処まで楽しいのは初めてだ!」

 

 恐らく此処が勝負に出るにふさわしい場所だろう。付近に遊具も何もない。障害物となるものは何もない。元々俺が得意とするのは直線だ。カーブは少し苦手だからどちらかと言うと俺は短距離の人間だった。だから、得意の直線で勝つしかねえ。

 それに時間的にもこれが最後のチャンスだろう。

 

「行くぞ、四葉……!俺は此処で勝負に出る!」

 

「ええ、いいですよ!」

 

 此処で勝負に出なきゃもうこいつに勝てる見込みはない。やるしかない。覚悟を決め、唇を緩め息を整えフォームを崩さずただ走る。ただ、走る。未来にある、勝利の為に……。

 公園は既に暗くなっていた。公園前にある照明がついておりその照明は既にどちらかが勝つことを理解しているかのように照らしていた。そして、チャンスは舞い降りた。

 

 

 

 

「届けぇぇぇぇ!」

 

 四葉の背に手を伸ばし、鬼を増やそうとする……。結果は……。

 

 

 

 

 

 

「勝負ありです!勝利は、四葉です!」

 

 届いたはずの手は四葉のもう一段階の力により敗北。あのときの四葉はまるでチーターのような速さを持っていたかもしれない。

 

「はぁ……はぁ……やるじゃねえか。まさか、俺が負けるとはな」

 

 走り過ぎて脇腹が痛くなり、抑えながら地面に背中をつけて倒れている。ちゃんと準備運動してから、走るべきだった。

 

「そ、そうでもないですよ……。わ、私なんてまだまだ……」

 

 こいつ、これだけ速いのにまだ速くなろうってか……。

 面白い、上等じゃねえか……。久々に燃えた試合だった……。

 

 

 

 

「はい、ソラ。抹茶ソーダ」

 

「わりぃ、ありがと……」

 

 抹茶ソーダか……。偶にはいいか……。

 

「はい、四葉。メロンソーダです」

 

 メロンソーダを受け取り、お礼の言葉を言ってから一気に飲んでぷはぁ!と言っていた。

 

「四葉、俺はお前に負けた。だけど、もし次があるなら俺はお前に負けねえ」

 

「いいですよ、但しそのときも私が勝ちますよ」

 

 上等だ、絶対に負かせてやる……。

 立ち上がるとそこには上杉と一花が立っている。

 

 

 

 

「……いやぁ、凄い熱い試合だったね二人共」

 

 最初から見ていたのか、一花がそう言った。

 

「お前ら何してんだ?」

 

「らいはちゃんと鬼ごっこしてたらこうなった」

 

 いや、どうやったらこうなるんだよと言いたそうにしている上杉。

 

「さて、アンタ達!鬼ごっこは終了よ!」

 

 仕切り始めた二乃が言い、「じゃあ始めましょう!」と言う四葉……。

 

 

 

 

 

 

『花火大会!』

 

 俺と四つ子、らいはちゃんが口を揃えて言った。

 四つ子達はさっそく線香花火を取り出し、俺がチャッカマンでろうそくを燃やし四つ子と、らいはちゃんが線香花火を燃やし始める。あっつ……、火花飛んだんだけど……。

 

「そういえばキミ!五月置いて何処か行ってたらしいじゃない。この子半べそだったらしいわよ!」

 

「してませんよ!断じてしてませんから!」

 

 五月が首を振りながら、違う違う!と言っている。

 この反応の仕方、どうやら本当に半べそかいていたようだな。

 

「後、アンタに一言言わないと気が済まないわ!」

 

 なんだろうか、殴られたりするのか上杉の奴……。

 

「お・つ・か・れ!」

 

 と言い四つ子達の方に戻って行った。

 五月が三玖に花火を一花に渡すように言うと、三玖は一花に線香花火を渡そうとしていたが、一花は頭を深く下げたのだ。

 

 

 

 

「ごめん、みんな……!私の勝手でこんなことになっちゃって本当にごめんね……!」

 

 一花は謝っていた。みんなの前で深く頭を下げている。一花が今回の原因を作った一人なのは間違いないのかもしれない。だけど、今回の件に限って言えば、俺も含めて全員それぞれ責任があるような気もする。なにより、一花は自分の将来のことをしっかりと考えている。それを攻めるつもりなんて俺達には全くない。

 

「全くよ」

 

 最初に口を開けたのは二乃だった。いつも通りの感じかと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

「今回の原因の一端はアンタにもあるわ」

 

 しかし、二乃はそっぽを向きながらこう言うのであった。

 

「あと、場所を教えてなかった私も悪い」

 

 そんな一花を慰める言葉に一花は何処か心打たれている様子であった。

 

「私は自分の方向音痴に嫌気がさしました」

 

 寧ろ、四葉達と合流できただけよくやってくれたよ五月……。

 

「私も失敗ばかり」

 

 三玖も三玖で足が痛いなか、よくあれだけ歩いてくれた。

 

「私も屋台ばかり見てしまっていて……」

 

 今回ばっかは四葉が居てくれたからこれが出来たんだ。今日は四葉のお手柄だ。

 

「俺ももっとしっかりするべきだった……」

 

 五月や、二乃に迷惑掛けてばっかだったしな今日の俺は……。でも、俺は今日学んだ。

 

「俺は、もっとみんなのことを見てやるべきだった」

 

 それぞれが口々に今日の反省点を話す。

 

「みんな……」

 

 ただ一人として一花だけ悪いと言う奴はこの場にいるはずもなかった。だって、五つ子にとって姉妹だ。

 

「はい、これアンタの分」

 

 三玖から二乃が受け取り、一花に渡され「うん、ありがとう」と笑顔で答えていた。なんだ、アイツの笑顔って滅茶苦茶綺麗じゃねえか……。

 

「お母さんがよく言ってましたね。誰かの失敗は五人で乗り越えること」

 

「誰かの幸せは五人で分かち合うこと」

 

 いい言葉だな……。

 思わず感傷的になりそうだ……。

 

「喜びも」

 

「悲しみも」

 

「怒りも」

 

「慈しみも」

 

 

 

 

 

「私達全員で五等分ですから……!」

 

 五つの花火は一つとなり、鮮やかな色合いを生み出す。

 まるで個性豊かな五人の五つ子を表すように……。

 

「おい、お前ら写真撮ってもいいか?」

 

 俺がそう言うと、みんながそれぞれに笑いながらピースをし始めた。一花は大きく、二乃は顔の前ぐらいに、三玖は若干控えめに、四葉も大きく、五月も顔の前ぐらいに……。

 

 なんていい画だ。思わず額縁にでも飾りたくなる。

 このとき俺は思っていたんだ。やっぱり、この五つ子は笑顔がぴったりだと……。

 

 

 

 

「ソラも上杉も入りなさいよ」

 

 

 と言い、二乃が半分無理矢理俺達を混ぜ、そしてらいはちゃんも混ぜて写真を撮りだした。

 

「はい、チーズ!」

 

 そして、その写真を見せてもらうと上杉はぎこちなく笑っておりらいはちゃんは満開の笑顔で、そして俺は心の底から笑っているような感じだった。こんな笑顔をしたのはいつ振りだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……飲むか、上杉?」

 

 俺は上杉が座っているベンチに座った。らいはちゃんは上杉の隣で気持ちよさそうに寝ている。

 

「ああ、冷えてるよな?それ?」

 

「冷えてるぞ」

 

 上杉が「冷たっ……」と言いながら、コーラを受け取る。

 

「なぁ、上杉俺は思ったんだよ……。毛利元就の逸話じゃねえけど、一人で折れても二人なら、いや五人なら、いや、七人でなら乗り越えて行けるんじゃねえかってな……」

 

「確かに、そうかもしれないな……。アイツらを見ていたら俺もそんな気がする」

 

 それぞれ違う表情を見せながら、花火を楽しんでいるようだ。先ほど、俺は打ち上げ花火をやって二乃に怒られた為、座るよう命じられている。因みに、怒られた理由は俺が導線に火が回ってないと勘違いした結果、俺と二乃は危ない目に遭いそうになったのだ。因みに、これは二乃に土下座して謝った。

 

「なぁ、俺達もこれからも頑張って行こうぜ。上杉……」

 

「そうだな、ところで空。聞きたいんだが……」

 

 上杉は深刻そうな表情で俺に聞く、何か言いたいことでもあるのだろうかと思い聞いてみると、

 

「俺これ帰ってもいいよな?」

 

「お前空気読めないって言われたことないか」

 

 素直な俺の言葉が上杉に飛び交った。

 

「いや、考えてみろ。まだ時間はある。今から勉強すれ……!」

 

 

 

 

「行くよ~!」

 

 四葉の掛け声と共に打ち上げ花火が打ちあがって花火は爆裂し色を出していた。

 

「しょっぼい花火……」

 

「でも、いいんじゃねえか……」

 

 アイツらの顔を見ながら俺は思っていた。

 みんな、それぞれに笑いあってる。大きな花火を全員で見せてやることはできなかったけど……。けれど、アイツ等は今日と言う日を楽しそうに笑っている。それを見れるだけで俺は今日は幸せだ。

 

「……だな。もう少しだけいるか」

 

 と言い、上杉は三玖達のことを見ていた。

 それからして、上杉がコーラを飲もうとしていたとき、俺は頬を緩ませていたと思うがコーラを上杉の方に向けて上杉が何をやるのか理解したのか、笑いながら互いにこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「乾杯……!」」

 

 今日の笑顔を祝して……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 私達の楽しかった花火大会も終わりを告げた。二乃に言われて、私はバケツに入っている線香花火を持って公園の水道を見つけて私はその近くで片付けを始める。

 

 

 

 

「また来年……」

 

 来年もまた皆で来たいな……。一花、二乃、私、四葉、五月に……。

 それと、フータローとらいはちゃんに……ソラ。でも、私少しだけソラと二人っきりで来たいと思っているところもある。友達だから……かな。

 

 そうだよね、多分友達だから二人っきりで行きたいと思っているんだよね……。

 私は心の中で一安心しながら、片付けを再開する。すると、後ろから足音が聞こえ振り向くと……。

 

 

 

 

 

 

「三玖、何か手伝えることあるか?」

 

 後ろから来ていたのは、ソラだった。

 なんだ、ソラか……。

 

「ビックリした……ソラだったんだ」

 

 不審者でも私の後ろに立っているのかと思ってしまった……。

 

「悪い悪い、驚かせるつもりはなかったんだがな」

 

 ソラは袋に花火を入れるのを手伝いながら、私は話を始める。

 

「今日はありがとうね、ソラ」

 

「おんぶのことか?全然大丈夫だぞ」

 

 おんぶのこともそうだけど、私が一花と間違わられたときにソラが助けてくれたこともだ……。

 でも、きっとソラのことだから当たり前のことをしたと思っているのかな。

 

「ありがとう。ソラは今日楽しかった?」

 

「楽しかったよ。人生で一番最高の花火だったかもな」

 

 ソラが優しく笑っている。

 

「私もそんな気がする」

 

 お母さんと一緒に見に行った花火も楽しかったけど、今回の花火は更に楽しかった気がする。色々大変だったけど、大変だったからこそ楽しかったと感じるのかな。

 

「こんなところかな……」

 

 バケツに入っていた線香花火の残骸を片付け終え、私は立ち上がる。

 

「よし、戻るか」

 

 ソラが首を左右に何度も傾け、腰をかなり曲げながら体を慣らしている。

 そんなソラの姿を見ながら、私はある言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「女の子が髪型を変えたならまず褒めてあげなきゃ」

 

 一花が、フータローに対して言ってた言葉。なんでこの言葉を今思い出したのか、分からなかったけど……。多分、私がソラに可愛いと思ってもらいたかったからに決まっている。そうじゃなければ、この言葉を今思い出すわけがない。

 

「ねぇ、ソラちょっと待ってくれる?」

 

 ソラは不思議そうにしながら、返事をする。いつも首に掛けているヘッドホンを置き、リボンで髪を結ぶ……。この髪型、ソラは可愛いと言ってくるかな。そんな期待をしながらも、私は髪型を変え終える。

 

 

 

 

 

 

「ソラ……こっち向いてくれる?」

 

 その言葉と同時に、ソラは私の方を見る。私は、ソラに何度か変えた髪型を分かるように見せつける。こういうことするの恥ずかしいけど、偶にはいいよね……。折角、覚悟を決めてやってるんだから。

 

「どうかな?」

 

 ソラに変わった髪型の感想を聞く……。

 

 

 

 

 

 

「可愛いと思う。似合ってる」

 

 暗くなっているはずの公園が一気に真昼のように明るくなり、私の心に桜のようなものが咲いたような気がした。ソラに可愛い、似合っていると言われて嬉しくなっている自分がいた。嬉しかった、本当にそう言われて……。

 

 だから、ソラに私はこの言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 



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連絡先

 楽しかった花火大会も終わり、その一日後が経った今日……。

 勿論、当然のように学校はある。何故なら、その日が学生が地獄を見る月曜日と言う日だからだ。

 

 そんな月曜日の日、俺は今上杉と共に登校している。

 昨日の楽しかった日々が嘘だったかのような感じがするが、ほら中学の先生とかよく言うだろ。切り替えろっていう言葉。それを思い出して、俺は切り替えて休日モードではなく、平日モードに入っていた。

 

 

 

 

「おっはー、お二人共~」

 

 冬服を着ている一花が朝からカフェラテを飲みながら壁際に立っている。

 

「おはようさん」

 

「おっす」

 

 それぞれ適当に返事を返す。特に上杉なんてお前体育系の人間かよと思わせるほどの挨拶だった。

 

「冬服に替えたのか?」

 

「おっ、流石ソラ君は鋭いねぇ。フータロー君はノーコメント?」

 

 まあ、こいつ女がどんな服着てようが関係ないと言う奴だろう。

 あっ、でも流石の上杉でも露出度高めな服とか着られたら何かしら言うだろうな。

 

「なんの用だ?お前と一緒に歩いていると妙に目立つから嫌なんだが……」

 

 上杉は周りの目を気にしているのか、若干急ぎ足で歩いている。一花はそう言われて、満更でもないような顔をしている。対する俺と一花は普通に歩いている。別段、周りの目は気になってなどいなかった。寧ろ、五月に肩を借りたり、三玖をおんぶしているときの方が視線がキツかった。

 

「別に、なんもないよ。学校まですぐだけど一緒に登校しようと思って」

 

 昨日のお礼も含めてと言ったところだろうか。

 

「一花、オーディションの方はどうだったんだ?」

 

「うーん、社長曰くバッチリって言ってたね」

 

 この様子だと大丈夫そうだと言ったところだろうか。一花の表情を見る限りだから、何とも言えないが……。でも、一花なら受かっているだろうと俺は思っている。

 

「なるほど、じゃあその様子だとオーディションは無事合格ってところなのか。良かったな、晴れて若手女優の仲間入りか。将来はハリウッド女優にでもなるのか?」

 

「まだ分からないけどね。ハリウッド女優か……。ソラ君は煽てるのが上手いねぇ」

 

 一花が首を横に振って否定していたが、何処か満更でもないと言ったよう感じだった。

 別に煽てた訳じゃねえが、まあいいか……。

 

 

 

 

「そういえば、昨日あの後私の仕事のこと打ち明けたんだ」

 

 俺と一花が急ぎ足で歩き上杉に追いついた後、上杉に言っていた。

 

「話してスッキリした」

 

「そいつは良かった」

 

 此処で一瞬俺の脳内が思考する。今この状況、俺は邪魔なんじゃないのかと……。

 とは言え、昨日の件は上杉のおかげだ。俺だけじゃ今回の件はどうにもならなかったしな。

 

「フータロー君はきっと、勉強のこと心配しているんだろうけど。留年しない程度には頑張るから、安心して。後、今日も勉強会やるんでしょ?放課後また連絡するから。と言う訳ではい!」

 

 スマホを上杉に見せると、上杉はなんのつもりだ?と頭にハテナマークを浮かべている。

 

「メアド交換ってことだろ」

 

「ご名答!」

 

 しかし、上杉は何か迷っているのか考え込んでいる様子だ。なんでだ……?

 

「うーん、フータロー君悩んじゃってるね。あっ、ソラ君も交換する?」

 

「一花が良いって言うなら……」

 

 と言い、お互いにメアド交換をして適当によろしくと送っておくと、簡潔だねぇ……。よろしくとよく分からん顔文字をつけて送ってきていた。一花は、顔文字使う人間か。なんとなくそんな感じだったが……。その後、一花は無理矢理上杉とメアド交換をし終える。だが、このメアド交換こそが後でとんでもないことが起きる引き金となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この画像を広められなくなかったら、残り4人のメアドを入手するべし!」

 

「一花テメェ……!ざっけんな……!」

 

 放課後、事件は起きる。

 大声を出しながら机を叩く。当然周りはどうしたんだろうかと思い、俺の方を見ている。そんな姿を見られて、俺は頬が赤くなっていたような気がする。

 因みに送られてきた画像と言うのが、花火大会の日に俺が五月に肩を借りている画像であった。マズい、三玖は俺が五月から肩を借りていたことを知っているが……。他の奴らは全く知らない、二乃なんかにバレてみろ。なんて言われるか分かったもんじゃない。

 てか、アイツこの画像は何処で入手したんだ。もしかして、何処かで盗撮してたのか……?

 

 

 とりあえず、二乃の奴がそろそろ来るはずだ。だから、そのときにメアド交換をすればいいんだ。じゃないと、この画像を一花に広められたら余計な誤解を生じること間違いなしだ。そもそも、アイツ何処まで広めるか分からねえぞ……。

 

「二乃?林間学校のことで職員室行ったみたいだよ」

 

 二乃の女友達に俺は二乃が何処に行ったのか確認する。しかし、どうやら今は職員室にいるようだ。

 

「なにか伝えたいなら伝えておくけど?」

 

「いや、別にいい……」

 

 仕方ねえ。違う奴からメアド交換しに行くか。あいつには、今日勉強会あるって言ってねえし。

 俺は図書室を目指し始める。

 

 

 

 

 

 

「おっす」

 

 若干暗めな声で図書室に入ると既に四葉と三玖が座っており、上杉、一花も座っている。何故か、上杉と四葉は千羽鶴を折っている。上杉にしては珍しい心がけだな。

 

「やぁ、元気そうだね。ソラ君」

 

 何とも含みのある笑顔を見せる一花。

 

「だ、誰が元気そうだって?一花さんよ……?」

 

 お前のせいで今とんでもない爆弾を抱えている状態なんだぞ、俺は……。

 

「ソラ、今日も来たんだね。ありがとう」

 

「ああ、足はもう大丈夫なのか?」

 

 「うん」と小さく頷き、逆に俺の心配をされたが「大丈夫だ」とだけ答えた。体の疲労なんてものは大抵俺は1日で治る。

 

「……あっ、忘れてた。お前ら!メアド交換をしよう!生徒と教師ならば連絡先ぐらい知っておくべきだからな!」

 

 ……いい心がけだな。なにかあったのだろうかと思うと、一花は口を抑えながら笑っているようだ。ああ、納得した。

 こいつなんか弱みを握られてるな。

 

「お前上杉になんかしたのか?」

 

 一花に小声で聞くと、

 

「ちょっとね?」

 

 悪魔だな、この長女……。

 やることが完全に悪魔だ。

 

 

「はーい!私も大賛成です!」

 

 四葉が千羽鶴の次に渡されたノートを配りながら、返事をする。

 あいつ流石にお人好しすぎないか……。ちょっと心配になるな。そんな四葉の姿を見ていると、俺は三玖に袖を突かれる。

 

 

 

 

 

 

 

「ソラ、交換しない?」

 

 三玖はスマホを俺に見せる。三玖のスマホの待ち受け画面を見ると、武田の家紋、武田菱が映し出されていた。武田か、いい趣味してんな三玖。

 

「ありがとう、三玖」

 

 三玖から携帯を受け取り、俺は三玖の連絡先を入手する。すると、三玖から謎の武将スタンプを送られてくる。なんだこのスタンプ……?

 

「三玖、このスタンプなんだ?」

 

「知らないの?ソラ」

 

 いや、そんなさも知っていて当然みたいな反応とられても知らないものは知らないとしか言いようがない。

 

「戦国の武将をモチーフにしたスタンプだよ」

 

 分かるか……!

 と思いながら、三玖に合わせるために100円を払って購入。すぐにそのスタンプを使って返事を返す。

 

「これで二人の連絡先をゲットか……。とりあえず、後は二乃、五月の奴か」

 

 二乃はまぁ、楽に入手できると思うが……。俺は五月のはどうやって入手すればいいんだ。上杉の場合、らいはちゃんを盾にすればどうにかできるけど。俺マジでどうすればいいんだ。そういや、アイツ大食いだよな。確か、この辺で大盛りでやっている店があったような気がするな。そこに連れて行くと言う条件をつけてやるか。

 

「す、すいません!上杉さん!私ノート配らなきゃいけないんで……!あっ、でもこれが終わったら二乃達の場所教えますね!」

 

「お前勉強する気ないだろ!」

 

「ち、違いますよ!上杉さん!私やる気はありますよ!」

 

 やる気があることを証明しようと慌てる四葉。

 やる気があるのはいいけど、テストの成績がな……。なんとも言えねえんだよ。

 

「と言うわけで終わりましたので二乃達のところに向かいましょう!」

 

 四葉は「レッツゴー」と覚えたての英語を早速使う。

 

 

 

 

 

 

「嫌よ!い・や!」

 

「私もです。確かに貴方は家庭教師ですが、私はまだ許したわけではありません」

 

 先鋒、上杉風太郎。見事に散る。仕方ない、俺が大将としての意地を見せてやるか。と意気込みを入れて二乃たちがいるところに向かおうとしたところ……。上杉が何かを思いついたのか、携帯電話の連絡先から一人の人物を見せてきたのだ。

 

「よし、分かった!まず、五月!もし、俺とメアド交換をしてくれるなららいはのメアドも今なら限定でついていくるぞ!期間限定だぞ!今しかないぞ!」

 

 先鋒、上杉風太郎。まだ秘策があったようだ。

 まるで、スーパーの特売セールのような売り文句をつける上杉。日本人は限定と言う言葉に弱い。更に言えば、五月は恐らくらいはちゃんに弱いはずだ。この機会を絶対に見逃すはずがない。

 

「分かりました……。背に腹を代えられません」

 

 五月が上杉の携帯を取り、上杉の連絡先を確認していた。

 

「身内を売るなんて卑怯よ!」

 

「なんとでも言え!しかし、困ったな。このままじゃ二乃だけが"仲間外れ"だ。でも、仕方ないか!二乃は教えたくないもんな。二乃抜きで話すか。ああ、それと二乃抜きで内緒の話もするべきだな!」

 

 二乃を滅茶苦茶煽りまくる上杉。日頃の恨みを晴らすときと言わんばかりに上杉は攻撃を仕掛ける。

 

「くぅ……!早く書くものよこしなさいよ!!てか、ソラも隠れてないでこっち来なさいよ!」

 

 俺が顔をひょっこり出していた為か、二乃が俺を指差す。

 

「そう言えば、二乃。彼から連絡先を聞かなくていいのですか?」

 

「は、はぁ……!?だ、誰のをよ……!?」

 

 二乃が五月の発言に顔を真っ赤にしている。

 

「脇城君の連絡先を知りたいって言ってませんでしたか?」

 

 五月が二乃に対して言うと、二乃が顔をまるでりんごのように赤くさせて五月のあんパンを食べてしまう。

 

「ああ!それ私のです!」

 

 五月が二乃に自分のパンを食べられてしまい、涙目になっている。

 そんなに泣くことなのか……?と俺は疑問に思っていた。

 

「アンタが余計なこと言うからよ!」

 

「で?二乃は俺の連絡先知りたくないのか?」

 

 二乃が俺の連絡先を知りたがっていたか……。まあ、連絡先はあった方が楽だしそっちにもその気があったなら楽でいいか。

 

「ベ、別にどっちでもいいわよ」

 

 二乃が上杉から学生証を渡してもらっていた。

 

「ま、まぁアンタがどうしても教えて欲しいって言うなら教えてあげないこともないけど……」

 

 と言いながら上杉の学生証に二乃は連絡先を書き始める。なんで直接教えてくれないんだと言うと、「恥ずかしいでしょ!」と怒られた。なんで、怒られたんだ。これに関してはマジで理不尽だろ。

 

 

「おい、五月。今度、最近できた大盛の料理店連れてってやるから連絡先教えろ。俺の奢りだぞ」

 

 

「……本当ですか!?分かりました!」

 

 五月は目を輝かせながら、嬉しそうにしている。

 こいつ、やっぱ飯大好きなんだな……。

 

 

 

 

「これで全員ですね!」

 

 ふぅ、これで一花に写真を拡散されないで済む。

 

「いや、後一人いるだろ」

 

 ん……?一花、二乃、三玖、五月……。

 あっ……。

 

「あっ、私ですね」

 

 俺も忘れていた。てっきりもう貰ってるものだと思っていた。

 

「こちらが私の連絡先になりますね!」

 

 五月が俺の携帯と上杉の携帯を返した後、四葉が見せてきたが何やらバスケ部から電話が掛かって来たようだ。

 

「す、すいません!ちょっと行ってきますね!」

 

「おまっ!?バスケ部ってどういうことだ!?」

 

 バスケ部の部室の方に向かった四葉を追いかける、上杉。

 今回も上杉の奴に任せておくか。

 

「アイツ、アドレス書いたのに置いて行ったわよ」

 

 二乃の連絡先が書かれている上杉の学生証。

 どうやら、上杉は受け取らずに帰ってしまったようだ。

 

「ったく、アンタ親友でしょ。これ渡しておいて」

 

 と言い二乃は俺に学生証を渡そうとしてきたが、俺は手を滑らせて落としてしまったのだ。

 

「何やってんの、まった……」

 

 学生証を拾うとした二乃であったが、上杉の学生証から一枚の写真が落ちてきたのだ。その写真は……。

 

 

 

 

「なにこの写真……。アイツの昔ってのは流石にないだろうけど。アイツの知り合いにこんな奴いるの?ねぇ、アンタ親友でしょ。知ってるんじゃないの?」

 

 確かに上杉には見えない。

 と言っても、上杉の奴にこんなヤンキーみたいな知り合いが居たと言うのは聞いたことがない。

 

「知るかよ。って言ってもお前ら知らねえか。俺去年こっち来たばっかだからアイツの過去なんぞ知るか」

 

 俺は元々姉がこっちに住んでいたからこっちに住んだと言うだけだ。

 それに、あんまり他人の過去なんて向こうから言って来ない限り、俺は聞こうとは基本的しないからな。

 

「へぇ、アンタも転校生だったんだ。それにしても、この子中々にイケてるわね」

 

 二乃は興味津々に写真を見ている。

 

「お前こういう奴がタイプなのか?」

 

「別にそう言う訳じゃないけど。悪くは無いわねと思っただけよ」

 

 なるほど、つまりこういう奴がタイプと言うことか。

 二乃らしいと言うべきか。

 

「とりあえず、この写真も学生証も返さなきゃいけねえだろうからもういいか?」

 

「ええ……。アイツの学生証にポエムでも書いてあるかと思ってたけど期待してるものはなかったしいいわよ」

 

 上杉の奴がポエムか……。考えるだけで悪寒だわ。

 

「じゃあ、俺行くから」

 

 二乃と五月に手を振り、食堂を出て俺は上杉を追う為にバスケ部の活動場所まで行く……。あの写真のヤンキーみたいな奴、あれはいったい誰なんだろうか。上杉って可能性も多少はあるだろうが、あんな時代が上杉にもあったということなのだろうか。だとしたら、かなり笑えるが人って見かけによらないと言うしな。

 

 写真のことを思っていると、バスケ部の活動場所前のロッカーまで辿り着くと上杉がいる。四葉の姿は見えなかったが、上杉が胡坐を掻いていた為四葉を待っていることに気づいた俺は、すぐに隠れる。

 

 

 

 

「う、上杉さん!?どうして此処に!?」

 

 四葉がビックリしながら上杉の方を見る。

 

「……図書室行くところだった」

 

 少し口を噤みながら、考えた後に言う上杉。

 

「図書室こっちと別方向ですよー。お、おかしいなー」

 

 何かを話していたのか、四葉はまるで聞かれたくないことを聞かれたような動揺っぷりを見せる。すると、上杉は立ち上がり四葉に近づく……。

 

「お前の用事は終わったか?今日はみっちりしごいてやるから覚悟しろよ」

 

 上杉の声は何処となく柔らかく聞こえる。

 あんなにも柔らかい声で話している上杉を俺はあんまり見たことがない。大体、いっつも硬いからなあいつ……。多分、話的に上杉があの物腰柔らかい口調なのは四葉のおかげなんだろう。

 

「はいっ!覚悟しました!」

 

 四葉と上杉が図書室に向かう。俺は四葉達に気づかれないように隠れながら、あいつらの背中を見送る。上杉の奴、あいつらと出会って成長しているんだな……。花火の時にかなり思っていたが、あいつらが上杉にいい影響を与えているんだろう。

 

 それに、上杉が言っていたあの言葉……。

 

 

 

 

 

 

「俺の大切なパートナーだ!」

 

 俺が大切な友達だ、と答えている横で上杉はそう答えていた。

 五つ子は友達と言うより、協力関係(パートナー)と言う意味で答えたのだろう。あいつは、本当に成長している。まだそんなに親友になってから日が浅い俺でもそれがはっきりと分かる。上杉の成長に関心を抱きながら、俺も図書室を目指そうとしたとき……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ!」

 

 後ろからピンク髪、青の瞳の女が俺を驚かせる。

 

「……なにしてんだ一花」

 

 俺の後ろで俺を驚かせようとしていたのは一花だった。

 

「あれ、驚かなかった?」

 

「わぁ、ビックリした」

 

 クソみたいな棒読み声で俺はビックリしたフリをする。

 

「いや、全然ビックリしてないじゃん。声棒読みだよ」

 

 あー、やっぱ駄目だったか。

 と言うか、今の完全に間があったし声が棒読みじゃこうもなるか。

 

「なんか用か?」

 

「ソラ君全然図書室戻って来なそうだったから、私が探してたの。ついでにソラ君の前で皆に写真送ろうかなって考えたところ」

 

 一花が例の写真を全員に送信しようとしながら、こちらの様子を目でジロジロと見ながら口元を緩ませニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「発想が悪魔だな、お前。後、四葉の入手するだけなんだから我慢してくれ」

 

「しょうがないなぁ……。じゃあ、私に何か疾しいことをしたときにその画像と五月ちゃんの画像みんなに送るとするよ」

 

 送ろうとしていたところで一花は止める。

 俺は安堵の気持ちでその様子を見ていた。

 

「んなときねえよ……」

 

 立ち止まっていた俺は歩き始め、図書室を目指し始める。その後ろから、一花が俺の後を追うように歩いている。少し図書室に戻るのが遅くなっちまったかもな……。

 

「ソラ君にその気がなくても事故でなっちゃうかもよ?」

 

「仮になったとしても、お前がわざとやったって言うからな、俺は」

 

 事故でなったとしても、それはこいつが絶対わざとやったって言ってやる。

 

「ふーん?そっか、ところでさ」

 

 一花は思わせぶりな言い方をしながら、俺の横に並びながら歩く……。それからして、数秒が経った後一花が若干真剣な声で言い始める。

 

「社長に大切な友達だって、言ってたじゃん」

 

 大切な友達……。

 三玖を助ける為に言ったあの言葉か……。あの時にあれ以外の言葉はなかった。俺と三玖の関係なんて友達でしかないんだから。

 

「それでさ、私とも友達になって欲しいなって思ってさ」

 

 確かに、今のところ俺と一花の関係は友達の姉と言ったところが正しいか。だが、友達になりたいと言ってなれるものなのか?と言う俺の中で疑問もあったが、気にする必要もないかと思いながら俺は一花に返答する。

 

「友達か……。別にいいぞ」

 

 一花が友達と認められて、嬉しそうにしている。その姿を見ながら、図書室の前に着き、図書室に入ろう扉に手をかけたとき、一花が俺に話しかけてくる。

 

 

 

 

 

 

「今日もよろしく頼むよー。せんせー?」

 

 廊下の蛍光灯のような眩しい笑顔を見せてくる一花。

 その一輪の花が咲くかのような笑顔を見て、俺は納得をしていた。なるほど、確かにこの笑顔の持ち主なら良い女優になれそうだな。そんな納得を感じながら、俺は今日も今日とてこいつらの家庭教師の一人として頑張るのであった。

 

 

 

 



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第3章 五つ子との中間試験
突き付けられた条件


 上杉、ヤンキー疑惑から一日が経った今日……。

 

「上杉、生徒手帳だ」

 

 今は放課後。上杉に頼まれて出来れば人目につかないところがいいと言われて、俺は屋上に来ている。

 昨日、上杉に生徒手帳を返そうと思っていたのだが、完全に忘れてしまっていたのに気づいて結局渡したのが今日になってしまったのだ。

 

「写真見られたって本当か?」

 

 上杉には此処に来る前に生徒手帳に入っていた写真を見られてしまったと言う事実を包み隠さずに話した。話をしたとき、上杉の顔は青ざめていたが見られたのが二乃だったため、最悪だったのだろう。俺も逆の立場だったらそうなるだろうし……。

 

「二乃の奴は、上杉の知り合いって勘違いしてるみたいだし……その……」

 

 上杉の顔を伺いながら俺は言おうとしていたが、完全に見られてしまったと言う上杉の表情は絶望感に包まれている。これはそうだな……。

 

「ああ、その……本当にすまん」

 

 謝るべきだな、と思った俺は素直に謝ることにした。此処で下手に言い訳したら、怒られる気がしたからだ。

 

「俺の昔の写真を見られただけまだ良かったとするか……。違う写真は見られていないんだろ?」

 

「違う写真……?ああ、見られてないが」

 

 そういえば、確かに生徒手帳を見たときもう一つ写真のようなものが入っていたな。見るのは流石にマズいかと思って俺は写真を見なかったけど……。

 

「そうか、なら構わない」

 

 上杉が違う写真を見られていていないことに、安心したのか息を吐いている。

 

「俺がなんであんな姿だったのか、聞かないのか?」

 

 上杉に写真を話した時、上杉からあの写真は昔の自分だと言う事実を言われた。てっきり、俺も二乃と同じように上杉の知り合いだと思っていたから聞いたときは、驚きながらも必死に笑いを堪えていた。確かに、気にはなる。なんで上杉があんな姿だったのか……。

 

 

 

 

 だが……。

 

 

「興味ねえな」

 

 その言葉に上杉はまるで俺から出る言葉じゃないよう感じで驚いている。そこまで驚くことかねぇ……。俺は基本的、他人が話したそうにしてない限り、本人の過去なんて聞こうとは思わねえ。

 

「確かになんであんな姿だったのか、気にはなるが……。お前自身は話したくなさそうだし、俺は聞かねえよ。もう一つの写真のこともな」

 

 俺はそう言いながら、屋上を降りるドアへと近づく……。

 

「そうか……。ありがとう、空」

 

「気にすんな。それより、俺達が今気にするべきは家庭教師のことだ」

 

 そろそろ高校生活で毎年恒例の地獄の行事がやって来る。そう、悪魔より恐ろしい地獄の行事が……。

 

 

 

 

「中間試験のことか……。俺もどうにかしないといけないと思っているんだが……」

 

 そう、そろそろ始まる地獄の行事、中間試験。恐らく、此処で俺達の実力が試されるはずだ。俺達の家庭教師としての実力。

 

「五月はどうしてる?今日、職員室行くところ見かけたぞ」

 

 先ほど五月が教科書とノートを持って、職員室に行くところを見かけたのだ。おー、ちゃんと勉強してるんだなと思っているのだがやはり何処か不安な部分が俺にはあった。

 

「アイツか……。褒めて伸ばして勉強会に一緒に行こうと言おうと思っていたが、何故か失敗した」

 

 あの上杉が褒めて伸ばそうとしただと……!?いや、失敗したと言っている時点で上杉が余計なことを言ったことを分かりきっている。

 

「なんだお前その信用できないみたいな顔」

 

「いや、事実だろ……」

 

 五月のことは上杉に任せていたところだが……。出来る限り、俺も上杉のサポートを務めるべきだな。だが、もう一人のとんでもねえ爆弾女は俺がなんとかしないといけないな。

 

「とりあえず五月のことは基本的にお前に任せる。俺は二乃と言う爆弾女をどうにかしないといけないからな」

 

 とお互いに今後のことを話し合い、3つ子達が揃ってるだろうと思う図書室に向かうのであった。二乃に一応連絡を入れたのだが、行きたくないと言われたので素直に諦めた。

 

 

 

 

 

 

「問題です!今日の私は一味違いますよ!」

 

「お前ら!もうすぐ何があるのか分かってるよな!?」

 

 上杉が図書室の机を大きな音で叩きながら言うと、図書委員が目を光らせ始める。四葉は上杉の周りをフラフラと歩きながら、注目をしてもらおうとしている。四葉の奴、リボン変えたのか……。どうでもいいが……。

 

 

 

 

「確か、林間学校だったよな。それにしても、上杉の奴気合入ってんな。あんな大きな声出して」

 

 わざとボケて見せると、上杉の顔に怒りの二文字が見始める。うわっ、怖っ……。

 

「あっ、そっか!林間学校か!楽しみだねー!」

 

 一花が俺の発言に乗ると、更に上杉の顔にイラつきマークが増える。

 

「おい、お前ら。試験は眼中にないってか?それは頼もしいことだな」

 

 俺の襟元を掴みながら、上杉がまるでボロ雑巾でも絞るかのように俺の袖を掴む。それを見て一花は「分かってるよ」と乾いた笑みで笑ってみせていた。

 

「正解は、「リボンの柄がいつもと違う」でした!今チェックがトレンドだと教えてもらいました!」

 

「そうか、それはいい情報を得た。じゃあ、お前のこの答案用紙も最先端と言うわけだな」

 

 俺の襟元を雑に放し、上杉が四葉の全部チェックの答案用紙を見せながらキレキレなツッコミが炸裂する。それを見て、一花と俺が笑う。

 

「お前らも笑ってる場合じゃないぞ、四葉はやる気があるだけマシだ!」

 

「このままじゃ、林間学校なんて夢のまた夢だ!」

 

 四葉のテスト用紙を見ながら、カンカンに怒りながら上杉は言う。

 

「中間試験のためにこれから一週間徹底的に対策していくぞ!そして、空!お前は最近勉強をしているようだが、全然まだ駄目だと聞いている!今回もお前にはサポートしてもらうが、俺の授業も受けてもらうから覚悟しておけ!」

 

「えぇ!?」

 

 確かに此処最近勉強しているのは事実だ。だが、その事実をいったい何処から知ったのだ。アイツは……。

 

「お前のお姉さんが悲しんでたぞ!勉強しているのに全然まだ駄目だってな!」

 

「楓姉かよ!!」

 

 確かに俺は楓姉に成績がうーんって感じになっているという事実を前に少し伝えたが……アレか!?まさか、俺の部屋にこっそり入って確認したのか……!?

 

「そして、三玖も実力が伴ってきているが得意な日本史以外を……!?」

 

 今まで何も喋っていなかった三玖の方を見ると、三玖は黙々と勉強を続けている。しかし、勉強をしているのなら今までとなんなら変わりない。注目すべきは……。

 

「三、三玖が英語を勉強している……だと!?」

 

「あっ!?ソラ君が倒れた!?」

 

 このままだと確実にマズい。成長の早い三玖のことだ。世界史のようにすぐ理解してしまうに違いない。中間テストは負ける可能性が低いだろうが……。この後の期末テストで抜かされる可能性がこのままじゃ高い。どうすれば、どうすればいいんだ……。仕方ない、俺も重たい腰を下げる時が来たか。

 

「そ、空も英語を……!?二人共、熱があるのか!?」

 

 このまま五つ子に負けるのはなんか腹立つ。此処らで俺の実力とやらを見せてやる。

 

 

 

 

 と意気込みを入れたのはいいものの……。

 ヤバい、分からない……。まさか、自分が此処まで英語が苦手だとは思っていなかった。しかも、自分がまさか楓姉の助力がないと此処まで駄目なのかと、自分の無力さに嘆いてしまうレベル。

 

「ソラ、私も協力するから一緒にがんばろ?」

 

 救世主、此処に誕生する。三玖の頑張りもあり、俺は少しだけだが英語の勉強を理解できたような気がする。本当に少しだけな気がするが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「空、どう思う?このままアイツらが中間テストで赤点を回避できると思うか?」

 

 勉強を終えて、昇降口に着いた俺に上杉は考えていたことを明かしてきた。

 

「……はっきり言って無理だ。お前のペースならなんとかなるかも知れないが、お前のペース配分であいつらがついて行けるわけがない」

 

 上杉のペース配分は、深夜も朝も飯食ってる時も勉強する。普通の人間なら耐えられない所業だ。一回俺も試してみたが、一日で辞めた。

 

 

 

 

「やっぱりか……ひぃぃぃっ!」

 

 深く考えている上杉に一花は耳に息を吹きかける。上杉は、情けない声を出しながら一花の方を見る。

 

「そんなに根詰めなくてもいいんじゃない?中間試験で退学になる訳じゃないんだよ?」

 

「私達も勉強頑張るからさ。じっくり付き合ってよ」

 

 と言われ上杉は一度深呼吸をする。心の中で「そんなに焦る必要もないか」と思っていたのかもしれない。確かに、一花の言うことにも一理ある。だが、なんだろうかこの胸の騒ぎは……。まるで何か悪い予感を感じさせるようなこの異質感……。

 

 当たらなければいいが……。

 

「ご褒美くれるならもっと頑張れるんだけどね」

 

 褒美と言われ、四葉と三玖がパフェを食べたいと言い出すのであった。その後、みんなを誘ってパフェに食べに行こうと話になるのであった。

 

 

「上杉さん!脇城さん、早くしないと置いて行きますよ!」

 

 パフェか……。

 偶にはいいかもな……。四葉達の後を追おうとしたとき……。

 

 

 

 

「空、俺は帰るぞ」

 

「……は?お前あいつらの話聞いていたか?」

 

 四葉達はどう考えても俺達を誘ってパフェを食べに行くと言ったような感じである。それなのに上杉は……。

 

「聞いていたぞ。俺は行くとは言ってないからな。それに、この後家に帰って勉強しなきゃいけないからな。お前も遊んでるのは勝手だけど。勉強しろよな」

 

 上杉は、帰り始めようとする。

 最後の言葉は一言余計だな……。と思いながら、それだから五月とも仲直りできないんだろと思っていた。

 

 

 

 

 

 

「フータローは?」

 

 見失いそうになった三玖達になんとか追いついた俺。

 汗は若干出ているが、すぐにタオルで拭きとる。

 

「家で帰って勉強するってよ。あいつ割と空気読めないからな」

 

 あの流れなら普通来るとは思うんだけどなぁ……。まあ、そういうところ流石上杉さんと言ったところか。一花は「流石フータロー君だなぁ」と言いながら、笑っている。俺も含めてパフェを食べに行こうとしているとき……。

 

 

 俺の携帯に電話が鳴る。

 

『すまん、空。すぐに俺の家の近くの公園まで来てくれるか?』

 

 電話に出ると上杉の声は何処か切羽詰まったような声をしている。これは何かあったっぽそうだと思い、俺はすぐに返事をして電話を切る。

 

「悪い、三人共。ちょっと上杉に呼ばれたから行ってくる!」

 

「え?上杉さんがですか……!?じゃあ、私も……!」

 

 四葉は俺に着いて行こうとしていたが……。

 

「いや、お前らは優雅にパフェ食べててくれ。戻れそうだったら、戻って来るから」

 

「分かったよ、ソラ君。フータロー君を頼んだよ~!」

 

 一花は俺にそう言い、四葉は何処か心配そうな表情をしていたのを見ながら俺はすぐに公園へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「すまん、待ったか?上杉」

 

 公園に辿り着き、ベンチに座っている上杉の隣に座る空。

 

「いや、俺も今来たばっかだ」

 

 空は上杉の手に持っていたペットボトルの水を見ていた。ペットボトルは既に半分以上は飲んでおり、先ほど買ったのか、水滴がペットボトルにはついていた。空は既に只事ではなさそうだと、気づいていた。

 

「さっきアイツらの親から電話が来たんだ」

 

 上杉は帰る途中、五月に携帯を渡され彼女達の父親から連絡を受けていたのだ……。

 そして、その恐るべき内容に驚愕していたのだ。

 

 

 

 

 

「内容は、一週間後の中間試験。もし、五つ子のうち誰か一人でも赤点を取ったら俺には家庭教師を辞めてもらう。だそうだ」

 

 淡々と上杉は喋っていたが、そのあまりにも重圧のかかる条件には流石の上杉も震えていた。

 

「……嘘ってことはないんだよな」

 

「ああ、あの口調っぷり嘘のわけがない」

 

 このとき、空は今日思っていた嫌な予感が的中してしまったか……。と思っていた。できれば、当たってほしくなかったが……。と心の中で思いながらも、それを若干表情に見せていた。

 

「お前はどうするつもりなんだ?」

 

「……分からない。だけど、五月とも喧嘩しちまったしハードルはかなり高くなっちまった……」

 

 上杉は、電話を終えて五月と少し話をしていたが、その時余計なことを言ってしまい五月と彼の間に更に溝が出来てしまっていたのだ。

 

「はぁ、全くお前は……。五月にはちゃんと謝れよ。俺も中間試験あいつらが赤点取らないように頑張るからよ。それにこれは俺達の為でもあって、らいはちゃんの為にでもあって、あの五つ子の為にでもあるんだからな」

 

「悪いな、いつもいつも……。じゃあ、俺は明日からどうするのかを考えておく。じゃあな、空」

 

 上杉の背中を見送った後、空は一息ついたかのようにコーラを飲む。それからして、空は一花達のところに戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソラやフータローがクビになる……?」

 

 誰も居なかったはずの彼らの後ろの茂みからそんな声が聞こえる。

 

「なんとか……しなくちゃ……」

 

 そう、彼らの後ろにいたのは……。

 

 

 

 

 中野三玖。

 

 

 

 



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不安な背中

 中間試験まで残り六日間。現状、無理に近く絶望的な状況と言うのは言うまでもないだろう。

 それが物語っているように二乃は、未だに勉強をしてくれているような感じではない。俺が後もう少し踏ん張れば、勉強してくれる気もするのだがそのような機会が中々来ないと言うのがかなり辛いところだ。五月は、上杉と喧嘩してしまったようだし勉強を教えるのはかなり難しいだろう。俺が教えると言えば、了承してくれるかもしれないが……。

 

「空、問題の方間違えなかったか?」

 

 上杉が俺の家に来てコピーする前に俺に確認を求めて来た。上杉も自分で最後の確認をしていたようだ。

 

「ああ、大丈夫だ。お前これ全部手描きで書いてるんだな……」

 

「パソコンなんて高価なものは買えないからな。それに手描きの方が分かりやすい」

 

 問題用紙を見ると、きっちりとした字で書かれている。上杉の家庭教師としての本気度が伺える。

 学校でもパソコンを使えるが、こいつの場合機械音痴っぽそうだし……。無理もないか。俺が問題を考えてもいいが、こういうのは上杉に任せた方がいいに決まっている。馬鹿にしているように聞こえるが、四葉が理解できるような内容だからな。

 

 それから、コピーの方を終えて上杉が問題用紙を鞄の中に入れて俺と共に学校に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、結婚しました!ご祝儀ください!」

 

 四葉の元気な声が聞こえてくる。

 学校も終わり、五つ子の家で俺と上杉は勉強会を先ほどまで行っていた。行っていたのだが、流石に勉強のやり過ぎだろうと言うことになり、一度人〇ゲームを挟んでいる。

 

「おっ、おめでとうー!四葉!」

 

 一花がおもちゃのお金を渡しながら、上杉は渋々渡している。

 

「おめでとう……って、お前らエンジョイしてる場合か!休憩は終わりだ!」

 

 自分の紙幣を俺の顔の前辺りまで飛ばし、俺はその紙幣の数を数えながら現実でもゲームでもほぼ金無しの上杉に泣きそうになる。

 

「えぇ?もう今日充分勉強したよ?」

 

 今までの家庭教師の量に比べたら、確かにかなり今日は勉強したに違いないだろう。だから、今日は良いんじゃねえのかと言うのは分かる。上杉は自分のクビが掛かっているから、それを考えて焦っているのも分かるが……。これ以上やっても、ただの苦にしかならないだろう。

 

「そうですよ。上杉さん今日はいつもより焦っていませんか?」

 

 そんなことを言われて上杉は俺に目を合わせてくる。こいつらにも言うべきか、言わないべきか迷っているのだろう。

 

「その実は……」

 

 上杉は言い出そうとしていたが、二階から誰かが降りて来る。俺はどちらかと言うと、言うべきじゃないと思っている。こいつらにプレッシャーを与えるだけだし、二乃に聞かれたらこいつは喜んで勉強をしない。

 

「なんだ、勉強してるかと思ったらサボってるんじゃない」

 

 二階からリビングにやって来た、二乃がゲームをしているのに気づいた。

 

「私も混ぜなさいよ。ってアンタなんでこんなにお金あるのよ」

 

 俺のお金を数えながら二乃は言う。幾らあったっけ?数えるのめんどくさくてやめたわ。

 

「あんた達も混ざる?」

 

 二乃は後ろを見ながら、五月と三玖を見る。俺が来た時に、まだ三玖は家にいなかった。学校にいたとき、今日の三玖の様子は何処かおかしいような気がしていた。声を掛けても、なんとなくだが少し反応が鈍かったからだ。

 

「混ざらない。二乃も勉強すればいいのに」

 

 買ってきた抹茶ソーダを自分の手に取り、もう一つ手に持っていたカレースープを五月に渡しながら答える。

 

「しないわよ、五月は?」

 

「五月は私と少し用事があるから駄目」

 

 テーブルの上に置いてあった勉強道具を手に持ち、三玖は俺の方をチラッと見る。何か言いたい事でもあったのだろうか。今日、三玖と話していたとき何かあったような感じではあったが……。

 

「……っそ、てかあんた達もうカテキョ終わりでしょ。帰った、帰った……!」

 

 二乃が俺と上杉のことを押しながらこの部屋の玄関まで押そうとしたときであった。思わぬ助け船が登場するのであった……。

 

 

 

 

「あれ二人共、約束が違うじゃん。今日は泊まりで勉強を教えてくれるって話でしょ?」

 

 一花が上杉の様子を見て何かに気づいたのか、助け船を出してくる。あいつ、気づいて……。いや、それはないはずだ。二乃と上杉は大きな声を出し始める。

 

「は?はぁ!!?どういうことよ、それ!?」

 

 二乃は一花が言い出した言葉が隣の部屋まで聞こえそうなぐらいの大きな声で動揺する。四葉はまるで、そうだったんですかー!?と言いたそうな驚いた表情をしており、三玖は何処かホッとしたように息を吐いている。五月は下を向いているため、表情は見えない。

 一花はというと、俺の方を見て、人差し指を立てながら……。

 

「貸し一つだからね?ソラ君」

 

 俺は軽く返事をすると、一花はにっこりと笑う。

 

 

 

 

 それから、二乃はあーだこーだ言いながらも自分の部屋に戻る。四葉と一花の勉強を再開しようとしたとき、俺は三玖に話しかけられる。

 

「ソラ、頼みがあるの」

 

「頼み……?」

 

 どんな頼みだろうか……。一対一で勉強を教えて欲しいと言う内容なら大丈夫だが……。

 

「私と五月に勉強を教えてほしいの」

 

 五月と三玖の勉強をか……。それは全然構わないことだ。寧ろ、五月がどの程度出来るのかを確認できる絶好のチャンスだ。そのチャンスを無駄にしない方がいいだろう。上杉に無言で目を合わせると、「頼む」と言っているように聞こえた。

 

「分かった」

 

「じゃあ、お願いするねソラ」

 

 三玖はやる気満々のようだが、五月は迷っているのか周りをキョロキョロしている。

 

「わ、私はまだやるとは……」

 

「一人より、皆でやった方が楽しいと思う。だから、行こう?五月」

 

 三玖が五月の手を取り、三玖は自分の部屋に入れる。

 

「頼んだぞ、空」

 

 俺は「ああ……」とだけ返す。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「一人より、皆でやった方が楽しいと思う。だから、行こう?五月」

 

 私がかつて四葉に言われた言葉を言うと、四葉はこっちを見て笑っていた。五月は、その言葉を言われて少し迷っていたが、私は構わず五月の腕を握り私の部屋に連れ込んでいた。

 

「す、少し強引じゃ……?」

 

「こうでもしないと、五月が来ないから」

 

 私の部屋に入れて、五月の腕を放すとそう言われる。

 多少無理があっても、五月の心はあの言葉を聞いて揺らいでいたから、問題はないと思う。

 

「それに、二人だけでも無理なことでも三人ならどうにかなるよ。五月だって、本当は一人で勉強することに限界を感じているんでしょ?」

 

「それは……そうですが……」

 

 やっぱり、「二人では無理」と言っていたから一人での勉強に限界を感じていたのは間違いなかった。五月のことだし、一人で頑張っていたと思う。

 

「迷っている暇なんてないと思う。先生も丁度来たみたいだしね……」

 

 私の部屋の扉が開いた音を聞きながら、ソラが入って来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 俺が来るまでに少し話をしていたのか、部屋に入ると俺の方を見ながら待ちわびていたかのように見ている。

 

「待たせた……か。さて、始めるぞ……」

 

 そういえば、俺は三玖の部屋に入るのは初めてだ。そもそも、五つ子の部屋に入ることすらなかったしな……。三玖の部屋は、和そのものと言うのが相応しいだろう。俺は小声で「三玖らしいな……」と言う。俺は畳の方にあがり、五月と三玖の勉強を見始める。

 

「二人共分からないところがあったら聞けよ」

 

 三玖は勉強を始め、そんな三玖の姿を見て五月は渋々勉強を始めている。俺は、三玖と五月の勉強を見ながら三玖と五月が勉強で分からないところがあれば教えてあげていた。

 勉強を始めて、1時間は経った辺りで五月は俺に勉強を教えてもらった後ある質問をした。

 

「脇城君、一つ聞きたいことがあるんです。このまま行けば私達は赤点回避をできると思いますか?」

 

 五月の言葉は淡々としていた。何故、そのようなことを聞いてきたのか分からなかったが多少なりとも自分の点数を気にしているのだからだろうと考えていた。だが、俺の心の中では少しだけ何か引っかかっていた。

 

「ああ、このまま行けば……」

 

 こいつらを不安にさせない為に敢えて嘘をつこうとするが……。

 

「はっきりと言ってください」

 

 五月の真剣な表情に俺は再び考え込みながら、目を瞑る。此処で、余計なことを言ってしまったら二人のやる気にも関わると思っていたが、言うべきだったか……。仕方ない。

 

 

 

 

 

 

「正直言って、無理だ。後一週間で赤点回避なんてことはできねえ」

 

 その言葉に三玖と五月は言葉を詰まらせながら、拳を強く握り締める……。

 

「でも、俺はお前らを信じている。お前らなら赤点を回避できるとな」

 

 皆、勉強を頑張ってくれている。五月の勉強を見る限り、まだ程遠いが勉強していると言うのが分かった。他の三つ子も勉強しているから一花が言ってくれたように何度か泊まり込みで教えれば赤点回避は出来る可能性は高い。

 

「そんな単純な言葉で……」

 

「ああ、俺もそう思う。信じるなんて言葉は口では幾らでも言える。でも、お前らの勉強の出来を見ている限り俺は信じるに値すると思った。それだけだ」

 

「見たところ、五月も勉強を頑張ってくれているみたいだしな。それと、お前と上杉の間に何があったのかは俺は知らないけど。あいつは悪い奴じゃない。それだけは分かってやってくれないか」

 

 俺が言うべき言葉でもないが……。上杉と和解するときのことも考えて、一応フォローは入れておいてやるか。

 

「分かっています。彼はお金の為ではなく、らいはちゃんや私達の為に教えてくれていることは……」

 

「分かっているならいいんだ……」

 

 それから、再び五月と三玖は勉強を再開し始め、あれから更に一時間近く勉強しただろうか……。ある程度、二人は勉強を理解し始めている。でも、俺の実力だけじゃやっぱり足りない。上杉の勉強をなんとか教えることもできれば有難いが……。五月に関しては、基本的に上杉に任せたいところだ。

 

 勉強をある程度終わらせて、休憩時間を設けた。五月は一階に降りて行き、三玖も一階に行こうとしていたが、ドアノブに触れようとしていた手を下ろした。

 

「ソラ、私達大丈夫かな?」

 

 三玖の心配な声が聞こえる。

 大丈夫……。テストのことだろうと、俺はすぐに理解する。

 

「心配すんな、俺達が頑張ってお前らの赤点回避をしてやるから」

 

 そう言うが三玖の表情に未だに霧が掛かっているように見える。

 

「うん、だよね……」

 

 落ち着きがない小さな声で三玖は弱々しく言う。三玖の後ろ姿は何処か、悲しくまるで何かを思い出したかのようなものを感じさせている。そんな三玖が部屋から出る姿を見ながら、俺は三玖に何かあったんじゃないかと考えていた。

 

 

 

 

 三玖のことを考えていると、携帯にメールの着信音が鳴る。確認すると、上杉からだった。家にいるんだから、三玖の部屋に来て言いに来ればいいだろうと思いながらも、メールを確認するとそこにはあんまり考えたくもないことが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その内容は――。

 

 二乃に中野の父との条件がバレたとのことだった……。

 だが、俺の中では二乃のことより三玖のことが気になって仕方なかった。まるで、三玖に何か悟られてしまっているような気がしていたからだ。俺は考えているうちに体が勝手に動き始め、すぐに扉を開けて三玖を追った。



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暗雲な心

投稿に遅れた分、二話投稿させていただきます。
もう一話は21時に投稿させていただきます。


 フータローとソラの話を盗み聞きしていたあの日から一日が経った……。

 結局、あの日私はどうすることも出来ず、ただソラや他の姉妹に気づかれないようにするためにただ作ったような顔を見せては無理をしていた。ただ、一花にはなんとなくだけど気づかれていたような気がする。無理していることに……。

 

 本当は、どうにかしたいと言う気持ちでいっぱいだった……。そんなことを考えていると、ソラに言われた色んな言葉を思い出す。まるで、思い出を思い出せるように……。

 

 

 

 

「ああ、好きなんだろ武将。だったら、堂々としてればいいんだよ。好きなもん好きって言って何が悪いんだって」

 

 あの言葉を今でも私は思い出す。初めて自分自身を見せたときだった。武将が好きだなんて他の皆には言えないし、理解されないだろうと私は思っていた。でも、ソラは私を笑ったりなんかしなかった。なんでだろう?と考えたこともあった。でも、私には分からなかった。ただ、ソラだからって言うのもあるのかもしれない。

 

「俺の大切な友達だ……!」

 

 花火大会のあの日、一花と間違わられた私を助けてくれたのはソラだった。あのときのソラはカッコよかったと私は思う。なにより、私にとって大切な友達と呼ばれたことが嬉しかった。私はソラのことを友達だと思っていた。ソラが私を友達だと思っていなかったら、怖かったからだ。だから、私は嬉しかった。

 

 でも、そんな幸せなんてものは長くは続かなかった。

 

「内容は、一週間後の中間試験。もし、五つ子のうち誰か一人でも赤点を取ったら俺には家庭教師を辞めてもらう。だそうだ」

 

 フータローやソラには悪いと思っている。勝手に盗み聞きしていたのだから。私はソラが居なくなった後、少し不安になって一花達に用事を思い出したから行ってくると言って、ソラの後を追いかけていた。

 

 フータローの言っていたあの言葉、ソラやフータローの表情を見る限り嘘なんかじゃない。お父さんが言っていたことだ、嘘の訳がない。電話して、なんであんなことを言ったのか確かめてみよう。私は誰にも見られないように家からベランダに出てお父さんに電話を掛ける。

 

『三玖君か、何か用かい?』

 

 いつもの暗めの声でお父さんは私に言う。

 お父さんなのに、私はその声から威圧のようなものを感じ、私の体は震えていた。その震えを手で押さえながら、私は電話を続ける。

 

「聞きたいことがあるの……」

 

「フータローに付けたあの条件本当……?」

 

 聞きたい事を聞くまでに数十秒ぐらいの間があったような気がする。

 

『単刀直入に言おう、事実だよ』

 

 無慈悲にも間髪入れずにお父さんは答えてくる。分かっている、お父さんが嘘をつくなんて訳が無いから。でもお父さんの口から今一度真偽を知りたかった。

 

「なんであんな条件を……?」

 

『この中間試験で実力の方を見せてもらう為だ。あの程度のハードルを越えられないのであれば、彼に家庭教師としての資格はない』

 

 中間試験、1人でも赤点を取ればフータローは家庭教師として失格。しかも、もう一週間しかない。フータロー達は頑張ってくれているけど、私達の実力じゃそんなの無理に決まっている。

 

『これも親としての役目だ。分かってくれたまえ』

 

 お父さんはそう言い、電話を切る。電話が切れた後、私の中の心臓の鼓動が激しくなり、胸が締め付けられるほど痛くなっていた。どうにかしなくちゃ、あの時と同じ気持ちが私の中に湧いていた。すぐに家の中に入ると、五月がいた。

 

 

 

 

 

 

「三玖、すいません……。ちょっと外で話しませんか」

 

 五月は暗い顔をしておりいつもと違った様子だった。さっきまでお父さんと話していたことを聞かれていたのだろうか……。誤魔化そうにも聞かれていたのなら真実を話すしかない。できれば、私以外にこのことを知ってほしくはなかったけど……。

 

「盗み聞きしていてすいません、三玖。先ほどの話上杉君のことですよね」

 

 一旦、家の外に出てオートロックの扉の前に私と五月は行く……。そして、誰も周りに居ない事を確認してから五月は話をする。やっぱり聞かれていたようだ。こうなったら、正直に話すしかない。

 

「うん。もし私達が5人が一人でも赤点を回避できなかったらフータローは家庭教師を辞めてもらうって」

 

「やはりですか……。私も上杉君の様子がおかしかったのでお父さんに電話したんです」

 

 となると、五月はフータローがクビになることを知っていたということ……。

 

「そのときにお父さんは言っていました。上杉君を辞めさせると……。それと、これは恐らく推測ですがもし上杉君が家庭教師を辞めることになったら、脇城君は二度と此処には来れないでしょう」

 

 そんなことは多少分かっているつもりだった。フータローが辞めるということになれば、それは同時にソラも辞めさせると言うことになる。それにお父さんのことだ。既に、ソラのことは知っているに違いない。

 

「やっぱり、そうなんだ……」

 

「三玖はどうしたいんですか……?」

 

 勿論ソラとフータローを辞めさせたくない。フータローは一生懸命あんなに私達に勉強を教えてくれるているのに無駄にしたくない。ソラも頑張ってくれているのに努力を無駄にはしたくない。だから、私の答えなんてものは決まっている。

 

「私は二人を辞めさせたくない。だから、五月フータローの授業を受けて欲しい」

 

「それは……」

 

 五月はフータローの授業を受けて欲しいと言う言葉に、迷っている様子だった。五月の表情を見れば、フータローと何かあったのかなんてものはすぐに分かった。それでも、私は五月にフータローの授業を受けて欲しいと思っていた。

 

「五月は……らいはちゃんが悲しんでる姿を見たいの?」

 

「……!?」

 

 らいはちゃんと言う言葉を出すと、五月は表情を歪ませ、まるで痛いところを突かれたかのような表情をしている。

 

「五月は花火の日、らいはちゃんと楽しそうにしていた……。五月はらいはちゃんのことを気に入っているんでしょ?そのらいはちゃんが悲しむ姿を見たいの……?」

 

 五月はただただ黙っている。五月の性格ならフータローと喧嘩して意地を張って一人で頑張ろうとしているはずだ。

 

「どうしてもフータローと勉強したくないなら私に考えがある……」

 

 五月は「考え……?」みたいな表情をしている。

 

「私と勉強しよう。二人で」

 

 五月がフータローと勉強するのを拒むならこうするしかない。

 

「無理です、二人ではどうやっても……!」

 

「だけど、少しでもフータロー達の足枷を緩くする為には協力し合うしかない」

 

 二人で勉強したところで赤点を回避できるなんてものは理想でしかない。無理だと言うのは私は理解している。だから、私は……。

 

「それに、家庭教師は一人だけじゃない……」

 

 迷っている五月の腕を無理矢理引っ張り、私は家に連れ戻す。

 

 

 

 

 リビングに行くと二乃がいた。二乃がソラ達を玄関まで追いやろうとしていたが、一花の言葉によって止められる。私はその姿を見ながら「はぁ……」と安堵の息を吐く。それからして、再びリビングに行こうとしているソラに話しかける。

 

「三玖と五月の勉強を……?」

 

 ソラはフータローに確認を取る為か、フータローの方を見る。フータローは無言で了承する。

 

「分かった」

 

「じゃあ、お願いするねソラ」

 

 リビングのテーブルの上に置いておいた勉強道具を持つ……。五月は周りをキョロキョロしながらどうしようか?と考えている。

 

「わ、私はまだやるとは……」

 

 五月はまだ悩んでいる様子であった。どうやって五月を勉強させようか?と考えていると、そのとき四葉に言われた言葉を思い出す。

 

「大丈夫ですよ!2人よりも4人での方がもっと勉強楽しくなりますよ!」

 

 あの言葉を言われて、私は皆で勉強したいという気持ちが強くなったんだ。だったら、五月だってそう思ってくれるはず……。

 

「一人より、皆でやった方が楽しいと思う。だから、行こう?五月」

 

 私がかつて四葉に言われた言葉を言うと、四葉はこっちを見て笑う。五月は、その言葉を言われて少し迷っていたが、私は構わず五月の腕を握り私の部屋に連れ込む。

 

「す、少し強引じゃ……?」

 

「こうでもしないと、五月が来ないから」

 

 私の部屋に入れて、五月の腕を放すとそう言われる。

 多少無理があっても、五月の心はあの言葉を聞いて揺らいでいたから、問題はないと思う。

 

「それに、二人だけで無理なことでも三人ならどうにかなるよ。五月だって、本当は一人で勉強することに限界を感じているんでしょ?」

 

「それは……そうですが……」

 

 やっぱり、「二人では無理」と言っていたから一人での勉強に限界を感じていたのは間違いなかった。五月のことだし、一人で頑張っていたと思う。

 

「それに先生も丁度来たみたいだしね……」

 

 部屋に入ってきたソラを見ながら言う。 

 それからして、私達は勉強を始める。五月は渋々始めていたようだが、私なんかよりよく出来ていたと思う。そして、勉強を始めて一時間近く経ってから、五月はある質問を投げかけていた。

 

 それは、私達が赤点回避をできるかどうかのことだった……。ソラは最初は嘘をつこうとしていたが、五月に本当のところを言って欲しいと言われ、ソラはすぐに本当のことを言う。だが、ソラは私達のことを信じていると言ってくれた。

 

 嬉しかった……。でも、同時に心の奥底では無理だと言う自分がいた。なんでかは分からなかった。

 

 

 

 

 

「ソラ、私達大丈夫かな?」

 

 勉強をある程度終えて、休憩時間に入った私は部屋のドアノブの触れようとしたが、不安になってソラに聞く。

 

「心配すんな、俺達が頑張ってお前らの赤点回避をしてやるから」

 

 すぐに何のことか理解したソラが私を安心させるために笑顔で答える。

 その笑顔を見た瞬間、私の中で何かを思い出した。いや、ソラに信じると言う言葉を使われた時点で思い出していたんだ。

 

「うん、だよね……」

 

 ドアノブに触れて、一気に扉を開けて私はソラに顔が見えないようにしながら扉を開ける……。私が、思い出したこと……。

 

 

 

 

 

 

 それは、他の姉妹の誰よりも私は劣っていることだ……。

 そうだ、所詮私程度にできることなんて他の四つ子にできることだ……。

 

 

 そう思った瞬間、私は気づいてしまったんだ。私がいる限り、五人で赤点回避なんて無理に決まっているって……。どれだけフータローやソラが頑張ってくれても……。私の心は暗雲に包まれ、闇に包まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「待ってください、三玖!」

 

 外に出ようとしている私を見て止めようとする五月。私は五月の顔を見ずにドアノブに触れ続けている。怖かった、五月の顔を見るのが……。見てしまったら何かにまた気づいてしまうんじゃないかと思ってしまっていたからだ。

 

「五月……。もし、ソラが私のことを追いかけようとしてきたらそのときは止めて欲しい」

 

 

 

 

 

「後、力になれなくてごめん……」

 

 止めようとしてくる五月の声を私は無視して、逃げるように出て行った……。

 

 

 

 



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三女の隠し事

「ソラ、私達大丈夫かな?」

 

 俺はあの時から三玖に対して何かしらの違和感を感じていた。だが、あのとき一瞬でも俺はそれを気のせいだろうと振り払ってしまった。それが間違いだったんだ。案の定、三玖の背中は何処か悲しそうな感じがしていたのに俺はすぐに気づいたんだ。

 

 今日、学校で話しかけたときも何処か反応が鈍いような感じだった。だから少しいつもと違うような気がしていたいのにはすぐに気づいていたんだ。

 

「……脇城君」

 

 三玖の部屋を出るとすぐ前に五月が立っていた。五月の顔色に元気は無かった。下の階の様子を見ると、上杉達がまだ勉強を続けているようだ。二乃は居ないようだが……。上杉にも二乃の件のことを聞きたいがそれは後だ。今は三玖のことだ。

 

「外で話せるか?」

 

 上杉達が下の階に居る以上、此処で話すのはあまり良くないだろうと思った俺は五月に外に行くことを提案する。

 

「分かりました」

 

 俺と五月は二階を階段を使って下りると、俺が下りてきたのに気づいた上杉が俺の方を見る。

 

「何かあったのか?」

 

 五月と三玖が話しているところを見ていたのか、三玖に何かあったのかを気づいていたのか上杉が俺に確認してくる。

 

「上杉は気にしなくていい。これは俺が蒔いた種だ、俺が何とかする」

 

 上杉はそれでも納得していない様子であった。

 

「お前にはあの二人の勉強を見ていて欲しい。それに、これは俺にしか出来ないことだから」

 

 そう言うと、上杉は四葉と一花の方を見る。二人の姿を見て、俺が二人に勉強を教えなくちゃな……。とでも思ったのか、「お前に任せる」と言って二人のところに戻って行った。上杉を少し見てから、俺は五月と共に家を出てオートロックの扉の前に行くのであった。それから、数分経った後五月の方から喋り始める。

 

「脇城君は、どうあっても三玖に会いに行きたいんですね」

 

「当たり前だ。俺はあいつの後ろ姿を見たとき、気づいたんだ。あいつの影に悲しみがあったってことを……」

 

 じゃないと、あんな悲しそうな後ろ姿を見せる訳がない。

 

「あの悲しみが何なのかは俺には分からねえ。だけど、俺は友達が苦しんでるのを黙って見ている程、冷酷な人間でもねえ。お前だって姉妹だろ?苦しんでる姉の姿を見ていて黙ってられるのかよ」

 

「確かに貴方の言う通りです……。分かりました、ただ三玖を探すのは私も手伝います。妹としての責任もありますから」

 

 五月はそう言い、俺と三玖を探すのを手伝ってくれるようだ。

 

「そうか、ありがとう。ところで三玖が何処に行ったか心辺りがあるか?」

 

 三玖が行きそうなところを思いつかなかった俺は五月に聞いてみる。

 

「そうですね……。図書館はもうこの時間空いてないので、一度公園を見に行ってみますか?」

 

「分かった」

 

 俺と五月は公園を目指しながら歩き始める。時間帯は既に夜になっており、大体20時ぐらいだろうか。かなり辺りも暗くなっているし、街灯だけを頼りに歩くしかないな。そんなことを思っていると、俺の携帯に着信音が鳴る。誰だろうかと確認すると、一花だった。

 何の用だろうか……?俺は電話に出ながら走り始める。

 

「何か用か?一花」

 

 一花の電話口から風の音が聞こえて外にいるのが伝わって来る。上杉達に気づかれないようにする為に外に出ているのだろうか。

 

『今、三玖のことを探しているんでしょ?』

 

 その言葉に一旦俺は止まるが、気づいていたのかと思って再び走り始めながら俺は一花に返事をする。

 

『やっぱりそうなんだ。それで、三玖のことでちょっと気になっててさ』

 

 三玖のこと……。

 一花も三玖の様子が少しおかしかったことに気づいていたのか。

 

『昨日さ、三玖がちょっと用事あるって言って帰って来た後に少し様子がおかしかったのに気づいていたんだ……。それで、考えていたんだけど……』

 

 

 

 

 

 

『もしかしたら、三玖はソラ君の後を追いかけていたんじゃないかなって思ったの……』

 

 俺の後を追いかけていた……?と言うことはまさか……?

 

『多分だけど、そこで三玖は聞いちゃいけないことを聞いてそれで思い悩んでいるんだと思う』

 

  聞いちゃいけないこと……。

 

 間違いなく、あのことだ。三玖は俺達が話していた中野父からの条件の話を聞いていたんだ。その話を聞いた三玖がどうなるかなんてことは目に見えて分かる。くそっ、俺が三玖のことを気にかけてもっと早く声を掛けてやるべきだった。

 

『私の勘違いだったらごめん。でも、少し気になってさ』

 

「いや、勘違いじゃないと思う。ありがとうな、一花」

 

 俺は拳を血管が浮き出るほど握り締めながらもっと早くに声を掛けてやるべきだと思っていた自分に後悔をしながら、電話を続ける。

 

『うん。三玖のこと頼むね。それと、三玖の行った先だけど多分……』

 

 一花はそう言って、俺に三玖が行った先を教えてくれた。俺は再び一花にお礼を言ってポケットに携帯を入れる。

 

「今の電話、一花からですか?」

 

「ああ、一花の奴三玖の何処に居るのか検討があるようだ。その場所に行こう」

 

 俺は五月に三玖が行った先、甘味処のことを言った。

 五月は「分かりました」と言って、公園とは反対方向へと向かう。俺もそれに続いて反対方向へと向かう。

 

「五月、少し聞きたい事がある。三玖がああなった原因、俺と上杉にあるんじゃないのか?」

 

「……少し当たっています。三玖は上杉君が赤点を回避できなかったら辞めさせられることを知っていたんです。もしかしたら、そのせいで深く考え込んでしまったのかも知れません」

 

 一花が言っていた通り、三玖は上杉が辞めさせられると言うことを知っていたのか。

 

「それに私が余計なことを言ってしまったのもあります。もし、上杉君が辞めることになれば脇城君も辞めさせられることになると考えていたからです」

 

 俺の存在はとっくの前に中野父に気づかれているだろう。となると、俺も赤点回避をできなければ、確実に家庭教師を辞めさせられることに間違いない。

 

「その考え、当たっているだろうな……」

 

 三玖がそのことを聞いて二人を辞めさせたくないと思ったのは間違いないはず。ただ、その後三玖が何を思ったのかが俺にとっては重要だと思っている。それだけなら、あんなにも悲しい後ろ姿は見えないだろうから。

 

「もう一ついいか?三玖は家を出る前お前に何か言っていたか……?」

 

「……力になれなくてごめん。と言っていました」

 

 力になれなくてごめん……か。

 その言葉にどういう意味が込められているのか。考えていると、三玖が居ると思われる目的地に着いた。

 

「……五月、此処まで来てもらって悪いが此処で待っててくれないか。二人で話をしたいんだ」

 

「分かりました。此処で待っています」

 

 俺は五月の返事を聞いてから、甘味処の扉をゆっくりと開ける。扉をゆっくりと開けている間に三玖になんて声を掛けようかと悩んでいたが、そんなことを考えていたら扉はすぐに開いてしまった。気づいた店員さんが「いらっしゃいませ」と言いながら、厨房に戻っている。

 周りを見ると外は木々があり、自然豊かな甘味処となっているようだ。耳と目で周りを確かめながら、今度はお客さんの方に目を向ける三玖が居ないかを確認すると、ヘッドホンを付けた女子を見つける。髪型を見ると、すぐに俺はその人物が三玖だと気づいた。

 三玖はこちらに気づいておらず、お客さんが来たぐらい感覚なのかもしれない。三玖に気づかれないようにする為に、俺は音を立ててず歩きながら三玖が座っている席のところに行く。

 

 三玖はまだこちらに気づいていなかった。なんて声を掛けようかと悩んでいたが、そんなことを考えている暇はないと思い俺は三玖に声を掛ける。

 

「……よぉ、三玖」

 

 この場の空気に合わないような声の掛け方をしてしまったような気がする。しかし、最初から重苦しい雰囲気で声を掛ける必要もないか。と思いながら俺は三玖の方を見る。

 

「……ソラ」

 

 三玖は俺の方を見ず、下を向きながらテーブルに置いてあったノートをしまう。

 勉強していたんだな……。

 

「なんで……此処にいるの?」

 

 三玖からして見れば、なんで此処にいるのかは分からないも当たり前か。

 

「休憩しようと思ったんだが、偶々良い店を見つけたから来ただけだ」

 

「そんなの嘘だよ……。私が此処にいるって聞いたんでしょ」

 

 三玖の声は何処か震えている。

 

「……一花から聞いたんだ。三玖が此処に居るかもしれないって……。それと、お前が気になって追いかけて来た」

 

 外の景色を見ると、曇り始めて来てまるで三玖の心情を表しているかのようだった。此処で誤魔化してもさっきみたいになるだけだな。

 

「私は大丈夫……」

 

「じゃあ、あのとき見せた寂しそうな感じも大丈夫だったって言うのか……?」

 

 そのことを言われた三玖はハッとしたような顔をして、一瞬だけ俺の顔を見るがすぐに下を向く。まるで、俺と三玖の立場が変わった感じだな。俺は三玖の目を見ることがあんまりできなかった。けど、今は違う。こいつのことを助けたいと思っているからこそ、俺はこいつを信じてこいつをちゃんと見ている。

 それに対して、三玖は割と俺の目を見て話している。だが、今日は違う。完全に俺と目を合わせてようとはしていなかった。

 

「あのとき、お前が何を思っていたのかは分からない。でも、そんなにも声を震わせていて今にも泣きそうな奴に大丈夫って言われて、帰られる訳がない」

 

 俺の心が何度も何度も「違う」と刺激してきているが、俺は無視する。心の中では、俺はまだ女子と関わりなんてものは持ちたくないと思っている。だが、今はそんなことを思っている場合じゃない。俺は三玖を助けたいんだから。

 

「心配性で悪いな。だけど、俺はお前が何か隠していると思ったんだ……」

 

 結局、三玖が何を考えているのかなんて分からなかった。分からなかったから聞くしなかった。情けない話だが、こうするしか手はなかった。

 

「……ソラは鋭いね。じゃあ、一つソラに聞くね」

 

「もし、私達五つ子の中で誰かが赤点を取ったらソラはどうする?」

 

 そういう流れに来るか……。

 五月が言っていた通り、あのことで気にしているのだろうか。

 

「……そのときは俺達の力量不足ってことで諦める。だが、そうならない為にも俺達が万全の体制でテストに挑めるようにしてやる」

 

 そう言うと、三玖は目から一滴の涙が零れている。その涙はまるで水滴のように一気に落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

「そんなの無理だよ。……皆の足を引っ張ることになる」

 

「だって、五つ子の中で私が一番落ちこぼれなんだから」

 

 ――俺の拳に怒りが混み上げる。

 勿論、三玖に対してじゃない。俺自身に対してだ。俺は三玖に自信が無いことに気づける時があったはずだ。そうだ、あのときだ。

 

「少しでも多く勉強しようと思ったの……。ソラを驚かせたかったから」

 

 あのとき、三玖は俺を驚かせたくて勉強を頑張っていたと俺は勝手に勘違いしていた。だが、あれは三玖の心の奥底では自分が落ちこぼれだと言うことを理解していていたんだ。だから、あんな熱心にも勉強をしていたんだ。

 あのときに気づけって言う方が無理だろうとは思われるかも知れない。俺は家庭教師なんだ。こいつがあんなにも必死に勉強をしているときに聞くべきだったんだ。なんでそんなに勉強を頑張っているのかと……。あのとき、聞いていたらこんなにも遅く気づくことは無かったのかもしれない。

 

「だから、きっと私はテストで赤点を取ると思う。今更になってごめん、ソラ。……他の皆にも迷惑が掛かるよね」

 

 三玖は一度顔を上げた後、深々と頭を下げてくる。俺はその姿を見て更に自分に対して苛立ち始めていた。ずっと三玖に後悔の念を言わせて俺は何も言わずただ黙っていることに対して……。三玖の様子をおかしいと思ってすぐに声を掛けなかったこと。そして、先ほど言った通りのこと……。

 俺はその苛立ちを深呼吸をしながら抑え、心の中の領域に一旦入る。

 

 

 

 

 

 

「気づいてやれなくてすまなかった……」

 

 心を落ち着かせた後、苛立ちが消えたのは見計らって俺は三玖に謝罪をする。謝罪をされた三玖は体の動きが止まり驚いている。怒られると思っていたんだろう。

 

「俺はお前が自分に自信がないことを気づいてやれなかった。本当にすまなかった……」

 

 俺は三玖のことを上面でしか見ていなかったのかもしれない。こうやって三玖のことを悲しませている時点でそうだろう。だから、俺から三玖に言う言葉なんてこれ以外考えられなかった。

 

「怒らないの……ソラ」

 

 三玖は少しずつ零れ落ちてきている涙を拭きながら言う。

 

「当たり前だろ、三玖に対して怒るところなんて何一つない」

 

「ソラが無くても他の皆は……きっと」

 

 それでも自分の否定をしてくる三玖。仮に此処に上杉が居ても怒る訳がないだろうな……。

 俺は一旦周りを見る。とある奴が俺と三玖のことを心配して店に来ているんじゃないかと思ったからだ。案の定、そいつは来ていた。俺に気づかれたのを見て、こっそりメニュー表で顔を隠す。

 ただ、ちょっと予想外の奴もそこには居たが……。

 

「なら、他の皆にも聞いてみろよ」

 

 三玖が「え……?」と言いながら、顔を上げて俺が向いた方向を見る。

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、二乃と五月だった。三玖は二人を見て何を話せばいいのか迷っているのか、口篭らせている。そんな姿を見兼ねた二乃が溜め息を吐きながら三玖に近づきテーブルを軽く叩く。

 

「……赤点を回避できなかったら上杉は辞める。良いことを聞いたと思ったわ」

 

 悪巧みを考えているときの二乃とは違い、眼差しは真っ直ぐそのもので三玖の顎を掴み、目を合わせようとしない三玖に対して更に溜め息を吐く……。

 

「あんたの悲しそうな顔を見て、そうも言ってられないと思った」

 

 

 

 

 

 

「嫌だけど私も勉強に参加するわ。三玖のあんな顔は見たくないし」

 

 三玖の顔を見て二乃はそう言う。

 姉妹を一番に考えている二乃だからこそ出て来た言葉なのだろう。

 

「に、二乃が勉強しても私は……」

 

「あー!もう!あんたのそういうところ苦手なのよ!赤点になったら何よ!?そんなことはなった後に考えなさいよ!今こうしてウジウジ考えていたって何も変わらない!それと、あんたに怒ることなんて何一つ無いわよ!私はこいつらが辞めてくれるって聞いてたから、清々してたぐらいだし!」

 

 二乃は言いたい事を言い切った後満足したかのように、「フン」と言いながら自分の席に戻り、飲み物をゆっくりと飲み始めて一息ついたかのように、深呼吸する。

 

「私も二乃と同じで、三玖に怒ることなんてありません。勿論、一花達だって三玖のことを怒る訳がありません。私も赤点を回避できなければ上杉君に辞めてもらうと言われた時、絶対に無理だと思っていました。恐らく、今も思っています。ですが、全力を出し切れば必ず結果は付いてくるはずです……」

 

 

 

 

「そうですよね?脇城君」

 

 二乃に引き続き、五月が三玖に言葉を掛けた後、俺に最後を任せてくる。

 

「当たり前だ、そのために俺達がいるんだからな。三玖が心の底からもう大丈夫だと思えるぐらい勉強を教えてやるから覚悟しろ。それとあんまり一人で背負いこむな。一人でそういう感情背負いこむの辛いだろ」

 

 背負いこむか……。

 その言葉はまるで自分に鏡が当たられたような気がしていたが俺は無視する。その言葉に三玖は「ありがとう」と言いながら、涙を必死に拭いている。俺はそっとハンカチを差し出す。五月はホッとしたかのように、席に戻り口の中に一気にケーキを入れる。

 二乃はと言うと、落ち着いたのか飲み物を飲んでいた。三玖を再度見ると、涙は拭き終わっており、俺にまた「ありがとう」と言ってきた。俺はそれに対して「気にすんな」と言って返すのであった。

 

 その後、ある程度食事を終えて会計をした後、一応店内で騒いでいたかもしれないと思って謝罪をしておいていたが、「気にしなくていいですよ」と笑顔で言われる。悪いことをしたかもなと思いながら出る。

 

 

 

 

「お前やっぱり中まで入ってきたんだな」

 

 三玖が出るのを待ちながら、俺は五月に話しかける。

 

「し、仕方ないじゃないですか……。此処まで来たのに脇城君だけに任せるのも少しおかしいような気がしていたので……」

 

 確かに五月とは此処まで一緒に来ていたし三玖絡みで今回お世話になったから中まで来てもらってよかったかもな。

 

「かもな。ところで、なんでお前いたんだ?」

 

 二乃を見ながら、言う。

 

「……部屋に戻ろうとした時に三玖の顔を見たの。凄い暗い表情だった。最初は見なかったことにしようと思ったんだけど、忘れられなくて三玖が居そうなところ片っ端から探していたらようやく見つけたらあんた達がいたのよ」

 

 そういうことか……。

 ……二乃の奴も知っていたということか。

 

「そうか……、ありがとうな二人共。今回二人が居なかったら多分俺は三玖を説得できなかったと思う。だから、二人には感謝している」

 

「正直言って見ていて、凄く焦れったかったわ。あんたは思ったより頼りなかったし」

 

 五月が「いえ、大丈夫です」と言っている横で、声を遮るように大きな声で二乃は呆れたように言うが、その声に棘は無かった。

 

「次はちゃんとしなさいよ?それと言っておくけど、赤点回避できたら私アンタ達の勉強もう受けないからね。……もう必要ないだろうし」

 

 確かに、赤点回避を出来れば必要もない……のか。いや、今回ちゃんとしてくれると言うだけまだいいか。

 

「分かったよ。五月はどうする?上杉のこともまだあるし……」

 

「……悠長なことを言っていられないのは分かっていますがやはりまだ上杉君の勉強を受ける気にはなれません。ですが、脇城君が教えてくれると言うのでしたら構いません」

 

 あればっかりは上杉と五月の問題だし、あんまり言うべきでもないだろう。此処で言って関係を拗らせたら面倒なことになるだろうしな……。その言葉を聞いた後、俺は「分かった」と言う。店の方を見ると、そろそろ三玖が出て来そうだ。

 すると、二乃がそれに気づいたのか……。

 

「それじゃあ、私達先に帰るわ。ほら、行くわよ五月!」

 

 五月は「え?待ってください二乃!」と困惑しながら、走って二乃を追いかけるのであった。二乃の奴、気を遣って俺と三玖を二人っきりにしたのか……。まあ、そこは女子らしく気を遣ったとみて有難いと感謝するべきか。

 

「三玖、もう大丈夫なのか?」

 

 店から出て来た三玖に話しかける。

 

「うん、大丈夫だよ。二人は帰っちゃったの……?」

 

 三玖が二乃と五月が居ない事に気づく……。

 

「ああ、さっきまではいたんだがな」

 

 因みに、三玖が来るのが遅かったのは俺と同様一応騒いでいたのは間違いないのでお店の方に謝りを入れていたようだ。俺は三玖が持っている袋に気づきそれを見ているのに気づいたのか、三玖が言う。

 

「これ、お店の人がおまんじゅうって……。常連さんだから気にしないでくださいって言われた」

 

 なるほど、いいお店だな……。三玖が「帰ったら、皆で食べよう」と言っていた。

 俺と三玖は歩き始め、三玖の家へと戻るのであった。そして、歩き始めてから少し経った後三玖が俺に話しかける。

 

「待って、ソラ」

 

 歩いていた俺は足を止めて、後ろを向いて三玖の方を見ると三玖は俺に何か言いたそうにしている。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうね、ソラ……」

 

 心の底からの声が聞こえたような気がする。三玖の顔を見た後、チラッと恥ずかしくなった気がして目を逸らすとそこにあったのは綺麗な星空だった。こんなことを言うのは恥ずかしいが、多分三玖の笑顔はきっと星座や夜空にすら負けない笑顔だったような気がする。

 俺にとって眩しかったのかもしれない。だけど、今はこう返してやるべきだよな。

 

 

 

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 



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三女の願いと自身のクビ

「あんた、此処教えなさいよ」

 

 三玖の一件も終わり、あの後俺は三玖達の家に戻って来た。心配していた一花や上杉には三玖の事は話して置いた。一花には赤点のことは話していない。上杉のことだ、あの様子なら多分あの二人に話すだろう。今は二乃、三玖、五月の勉強を俺が教えている。三人の勉強を同時に見るなんてことはかなり難しいが音を上げている場合じゃない。

 

「そこか、文章をよく読んで翻訳して行けば分かると思うぞ」

 

 二乃が英語が一番得意だと言うのには少し驚いていた。確かに、二乃の小テストを見たとき姉妹の中で一番英語が高かったがあまり良い点数ではなかったからな。

 

「脇城君、すいません。此処を教えてもらってもいいでしょうか?」

 

 五月が見せてきたのは化学の内容だ。物理や化学にも言えたことだが、こっちの分野は嫌いではないが得意でもない。まぁまぁと言ったところか……。ただ、物理はかなり苦手だ。正直言ってなんでそうなると思うところがあり過ぎる……。

 五月も小テストの内容を見たとき、化学の内容は解けていた方だ。良い点数ではないが……。とりあえず、二人共まずは長所を伸ばすところから俺は始めている。三玖に関しては依然として社会全般が突き抜けている以外平均的になってきている。英語は俺の力不足もあるだろうから、若干危ういが……。

 

 五月にアドバイスをした後、俺は三玖の勉強の様子を見る。

 

「大丈夫か?」

 

 不意にそんな声を掛ける。見る限り大丈夫そうだが、声は掛けておいた方がいいだろうと思っていた俺が声を掛けた。

 

「うん。ソラやフータローに教えてもらったから英語の方は分かってきた気がする」

 

 なら、良かったと言ったところか……。勉強しているところを見るに今のところ間違っていないようだし……。

 

「そういえば、三玖。こいつに言ったの?」

 

「まだ言ってない……」

 

 二乃が三玖に俺に何かを言おうとしていたのを知っていたのか三玖に言う。

 なんのことだろうか……?俺と五月は首を傾げる。

 

「どうせ自分の口で言うつもりないんだろうし、言っちゃうわよ。三玖が昨日のこと悪かったって思ってたって。三玖は全然悪くないのに考え過ぎよ」

 

 そのことか……。

 三玖が悪い訳がない。俺が三玖のことに気づけたはずなのに気づけずにいた俺が悪いんだ。

 

「二乃の言う通りだ。三玖は悪くない」

 

「ほら、こいつも言ってるじゃない。あんたが気にすることなんてこれぽっちも無いんだし、過ぎたことで一々ウジウジしない!」

 

 そう言われた三玖は二乃に励まされたのか、「ありがとう」と言い勉強を続けていた。どうやら三玖の蟠りは解けたようだ。二乃の奴はよく姉妹のことを見ているな。姉妹を大切にしているだけのことはあるか……。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ソラ。ちょっといい?」

 

 次の日、学校が終わった後すぐに二乃に家に来るように言われ俺は二乃の家に来ていた。そして、俺は二乃の部屋へと二乃に案内された。綺麗に片付けてあり、女子っぽい感じがする部屋だなと思っていた。

 

「何か用か?」

 

 二乃の部屋の壁に寄りかかりながら、欠伸を隠して待っていると二乃が収納ケースからピアッサーを取り出す。耳開ける気か、まあどうでもいいが……。

 

「耳開けて」

 

 穴開け機を俺に渡し、覚悟を決めたかのように水を飲み終える二乃。

 

「因みに聞くがなんでだ?」

 

 ピアス開けるのは自由だが、失敗をすればかなりの痛みが伴う。俺の場合余所見をしていたせいもあるが……。

 

「深い理由なんてないわ。一花だって開けてるし、私も開けてみようかなって思ったの」

 

 ああ、よくある周りもしてるから私もしたいって言う奴か……。と思いつつ俺はピアッサーを勝手に動かしていた。

 

「言っておくがかなり痛いぞ。一回やったことあるから分かるが暫く血が出るかも知れんぞ」

 

 あのときは他のことに気を取られていたということもあったのは事実だが……。まあ結局のところ余所見をしていると痛みが伴うってことだ。

 

「あんたやっぱ耳開けてたんだ。なら、やり方分かるでしょ」

 

 二乃にピアスを開けたい理由を聞いていたが、俺もそう言えばこいつと似たような理由だったか……。周りがしているからちょっとしてみようかなぁって思ったって感じだったな。

 

「それじゃあ、行くぞ。3……2……1……」

 

 脅迫めいた声を出しながら言うと、二乃は体を震わせる。やっぱりこいつ怖いんだろ、耳開けるの……。

 

「待って!ちょっと待って!」

 

 大きな声でストップをかける二乃。仕方なく、ピアッサーを近づけるのを止める。

 

「なんだ怖いのか?なら、やめておいた方がいいぞ」

 

 此処でこいつらに日頃の恨みを晴らそうと思っていたが怖いと思うことを無理矢理やるほど鬼ではない。上杉だったらやっていただろうけど……。

 

「は?こ、怖い!?ち、違うわよ!心の準備ってものがあるでしょ!」

 

 怖いと言う言葉にかなり反応を示す二乃。

 ……その反応に俺はすぐに思う。こいつ無理して開けようとしているなと……。

 

「心の準備ってなんだよ、怖いなら止めといた方がいいぞ。マジで」

 

「だから怖いんじゃなくて、心の準備が足りなかっただけ!」

 

 ゆっくりと深呼吸をする二乃。そんなに怖かったのなら止めておけよ……。

 

「あんただって耳開けたとき怖くなかったの!?」

 

 耳開けたときのことか……。痛かった記憶しかないから全然覚えてねえ。

 

「いや、全然。ただ滅茶苦茶血が耳からポタポタと垂れたぞ」

 

 逆に耳を開けるのが怖くなることを言いながら再度耳にピアッサーを当てようとする。

 

 

 

 

「やっぱまだ私に早いわ!」

 

 ベッドから立ち上がり、二乃がまたゆっくりと深呼吸をする。

 

「アンタの話を聞いていたら開けるの怖くなったわ」

 

 なんだ、やっぱり怖いのかと思いつつ、俺は二乃と共にリビングに戻るのであったが、俺の口から余計な言葉が出そうになったので俺は自分の頬を叩く。危ない、口滑って五月に言ったことを言いそうになった。俺達はその後当然部屋に戻って勉強を始める。

 

 

 

 

 勉強を始めて、あれから何時間ぐらいが経っただろうか。

 もう覚えてないがかなり時間が経ったのは間違いない。目を手で見えなくして情けない声を出して俺は一旦落ち着かせる。その声に二乃と五月が少し笑うが、俺は構わずあいつらの勉強を見る。

 

「ソラ、一つお願いがあるの」

 

 情けない声を出した後、平然としていた三玖が俺に話しかけてくる。

 

「なんだ……?」

 

 お願い……?

 いったい、なんだろうか……。

 

「もし私が5教科全部赤点回避できたら……」

 

 

 

 

 

 

「私とキャンプファイヤーを踊って欲しい」

 

 三玖が恥じらいながら言う。

 キャンプファイヤー……。確か林間学校でそんな行事があったな……。キャンプファイヤーぐらいなら踊ってもいいか……。その方が三玖の勉強の出来具合も変わって来るだろうしな。

 

「俺なんかでいいのか?」

 

 三玖に一応、確認する。三玖は頷き、

 

「うん、ソラとじゃなきゃヤダ」

 

 三玖は俺に対して眩しいぐらいの笑顔を俺に見せつけてくる。

 その顔を若干見た後、俺は視線を逸らす。

 

「分かった、三玖がそこまで言うならいいよ」

 

 嬉しそうにする三玖。

 その顔を見て俺は、顔には出していなかったが嬉しかったのかもしれない。それから、少しの間だけ休憩時間を入れることにした。休憩と言うと、二乃は疲れたのかテーブルにうつ伏せになり、携帯を弄っている。五月はというと、欠伸をしていたが俺に見られていたことに気づいて少し恥ずかしそうにしていた。三玖はうたた寝をしながら何度か起きて勉強を続けようとしていた。

 俺も休憩するかと思っていると、携帯から通知音が流れる。

 

 

 

 

「少しベランダに来てもらってもいい?」

 

 相手は一花からだった。何か言いたいことでもあるのだろうか……。とりあえず行くか……。俺は二乃達に少し部屋から出るということを伝えておいて俺は三玖の部屋から出る。三玖の部屋から出ると、犬のように唸っている四葉の声が聞こえる。そして、四葉の勉強をクマの如く見ているのは上杉。この感じ、他の五つ子が逃げようとした瞬間、導火線が一気に爆発しそうだな。

 そんなことを思いながら、俺は階段を使って一階に下りて行くと、四葉が俺に気づく。

 

「あっ、脇城さん!お疲れ様です!」

 

 上杉から逃げてくる四葉。若干半泣きになっている気がするが気のせいだよな。

 

「おつ。結構スパルタでやられてんな四葉」

 

「そうなんですよ!上杉さん、問題間違えるごとに怒って来るんですよ!」

 

 いや、多分上杉は怒ってないと思うぞ。四葉の出来なさに頭を痛めているだけだと思う。

 

「お前の出来なさに頭が痛くなっているだけだ……」

 

 上杉が頭を抱えながら、四葉の問題を見ている。

 あの感じだと、ありゃあほとんど間違えているという顔だな。四葉は図星を突かれたのか、何も言えずにいた。

 

「そっちは大丈夫なのか?」

 

「ああ、こっちは大丈夫だ。一花の方はどうなんだ?」

 

「あいつは妥協点といったところだな」

 

 良くもなく、悪くもなくって感じか……。

 

「そうか」

 

 俺はそう言い、ベランダへと行くのであった。

 しかし、一花の奴話ってなんだ……?また何かあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「あっ、来てくれたんだ。ソラ君」

 

「そりゃあ、呼ばれたんだから来るだろ」

 

 ベランダの鉄格子に腕を組み寄りかかりながら若干猫背の体勢で俺は息を吐く。

 今日、寒いな。

 

「それもそうだね。三人共、勉強の方は大丈夫そう?」

 

「今のところは大丈夫だと思う。ただこの先教えるとすれば、やはり上杉の力が必要不可欠なのは間違いないな」

 

 凍え始めている手をズボンのポケットの中に入れて温め始める。

 

「五月ちゃんもフータロー君と仲直りすればいいのにね」

 

 こいつ上杉と五月が仲が悪くなっていたのに気づいていたのか……。一花のことだし、ああいうことには気づきやすいだろうとは思っていたが……。

 

「でもあの二人似た者同士だから難しいんだろうね」

 

「似た者同士……あいつらがか?」

 

 親友のことを悪く言うつもりはないが、上杉の方が割と酷い奴だと思うぞ。

 と最初の頃に色々言われたことを思い出していた。

 

「うん。よく観察して見れば分かると思うよ。ほら、二人共割と意地っ張りじゃない?」

 

 ……少しだけ確かにと思ってしまった自分がいた。

 それにしても、一花の奴結構姉妹のことを見ているんだな……。

 

「確かにな……」

 

「でしょ。だから難しいかも知れないけど、きっとすぐに仲直りできると思うよ。それとさ、フータロー君から聞いたんだ」

 

 恐らく、赤点回避のことを聞いたんだろうと思っているとベランダに入って来る音が聞こえる。

 

 

 

 

「す、すいません、二人共……。父が脇城君に電話を繋いで欲しいと……」

 

「電話……まさか……」

 

 一花は気づいたのか俺を見る。

 そういうことだろう。このタイミングで俺に電話ということは……。俺は五月から携帯を受け取り、軽めに耳に当て、「……もしもし」と言う。

 

「キミが脇城空君だね」

 

 ……なるほど、上杉がああなるのも分かる声だ。声の主からはまるで威圧かのようなものを感じさせる。只者ではないというのがすぐに分かった。今にも、プレス機で自分自身が押し潰されそうな勢いだ。

 

「はい、そうです。僭越ながら貴方の娘達の家庭教師をやらせてもらっています」

 

「そこまで畏まらなくてもいい。キミの話は聞いている。家庭教師である上杉君と共に娘達に勉強を教えてくれていたそうじゃないか?」

 

 この人、多分俺のことを調べているな……。と言うか、家庭教師をやっている人間のことを調べないはずがないからな。何処まで調べているかは知らないが、経歴を調べているのは間違いないだろう。

 

「その通りです……。それで何か御用でしょうか?」

 

 どんな用件かなんてものは、分かっているつもりだ。

 

 

 

 

「長く話すのは嫌いでね。単刀直入に言おう。今回の中間試験、もし5人全員赤点回避させることができたらキミを上杉君と同様、家庭教師として迎え入れよう」

 

 ……悪くはない話だ。だが、良い話ばかりじゃないのは分かっている。

 

「合格させることができなかったら?」

 

「話が速くて助かる。合格させることが出来なかった場合」

 

 

 

 

 

 

「今後一切、娘達には関わらないでくれ」

 

 そう来るよな……。俺だけ何も無しってのはないだろう。分かりきっていたことだが……。

 

「わかりました……」

 

「良い返事だ。では、健闘を祈る」

 

 電話を切り、一息吐くかのように空を見上げ息を吐く……。

 それから、五月に携帯を返すと二人共あまり良い表情をしていなかった。当然か……。

 

「家庭教師のことについてですか……?」

 

 二人が此処にいる以上、誤魔化す訳にもいかないか。五月の方は俺も辞める可能性が高いと言っていたし……。

 

「……俺も上杉と同じ条件ってことだ」

 

 二人はただ黙り込む。

 

「言っておくが、他の奴らには教えるな。余計なことを背負うことになるからな……。こうなったら、意地でも赤点回避しなくちゃいけないからな。お前らの為にも、上杉の為にもな」

 

 五月は納得していないようだったが、中に戻って行った。あの顔を見る限り、あんまり気にしているようでもないから大丈夫だろうとは思うが、真面目なあいつのことだ。一応、後でフォローを入れておいてやるか。

 

「と、とんでもないことになっちゃったね、ソラ君……。フータロー君に続いてソラ君も……」

 

 上杉に続いてか……。

 この言い方的にやはり上杉の奴は言ったんだな。赤点回避ができなければと言うことを……。

 

「ああ、それでさっきの続きなんだけど。もし私達が赤点を回避できなかったらフータロー君は家庭教師を辞めることになっているんでしょ?」

 

「初めて聞いたときは驚いたけど。四葉も私も二人共の為に頑張ろうって決めたんだ。四葉はあんな感じだけどね」

 

 中の方を見ると、四葉はまた上杉に怒られているようだ。ただ、四葉の方は笑顔を浮かべているようにも見えていたが……。

 

「そう言ってくれて嬉しいぞ。ありがとうな、一花」

 

「うん。こっちこそ昨日のことはね」

 

 一花が笑みを浮かべながら言ってくる。俺はそれに対して少し返事をした後その顔をチラッと見て、目を逸らすとそれに何か不満があったのか……。

 

「ソラ君って割と女の子の目を見て話せないよね。もしかして、お姉さんのこと意識してる?」

 

「な訳ねえだろ、頭叩くぞ。てか寒いし、話それだけなら中に戻るぞ」

 

 ベランダの扉を開けて、中に一旦入った時「あったか……」と言う心の声が漏れる。

 

「こんなに可愛いお姉さんと付き合えることないよ?今なら四人の姉妹付きだよ」

 

「誰が付き合うか……。くだらねえこと言ってねえでとっとと勉強再開しろ」

 

「アハハ、そうだね。それじゃあ、フータロー君やソラ君の為に頑張りますかね!」

 

 一花はそう言って、やる気を見せる。

 そして、中に入ると鬼の形相をしている上杉に狙われるのであった。俺はそれを知らんぷりしながら三玖の部屋へと戻るのであった。これで俺のクビが掛かったことになるが、俺はそんなことよりも自分の為じゃなく五つ子や上杉の為に頑張ろうと心の中で思っていたのであった。

 

 

 

 



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五女の気持ち

「五月、なんだそれ?」

 

 俺と五月は、勉強を終えてリビングに来ている。他の4人は部屋で色々寝る準備をしているようだ。上杉の奴は今更風呂に入っている。そして先ほど、外の自販機で五月がカレースープと言う訳分からん飲み物を買ったのを見て俺は首を思いっきり傾げながらもコーラを購入していた。

 

「知らないのですか?カレースープですよ、結構ピリッとしますが美味しいですよ」

 

 カレーは飲み物と言う言葉をよく聞くが、実際にそれを体現としているものがあるから何とも言えない。そして、こいつは恐らくカレーは飲み物とかなりの確率で思い込んでいる人間だ。俺はそんな人間を見ながら、困惑している。困惑以外この感情をどう表せばいいのか分からない。

 

「良かったら、今度飲んでみますか?」

 

「いや、いらん……」

 

 即答で返すと、五月は悲しそうな顔でこちらを見てきたため「気が向いたらな」と言うとすぐに元気を取り戻している。なんだこの五女……。凄い末っ子感半端ねえな。いや、末っ子だけど……。

 

 

 

 

「そういや、あのこと気にしてないだろうな?」

 

 ある程度コーラを飲み終えた俺が椅子に座りながら言う。

 

「脇城君がクビになることですか……?そのことなら、気にしてないので大丈夫です」

 

「気にしてない?それは嘘だろ。お前、俺がクビになるから今以上に頑張ろうとしているだろ」

 

 五月の顔色は青白くなり、下を向いて俺に表情を見せないようにしている。不安でしょうがないんだろうな……。

 

「正直に言いますと、そうなのかも知れません……。上杉君に続いて、脇城君のクビが掛かっていますから」

 

 上杉はともかく、俺のクビってそんなに五月にとって大事なのか……?いや、真面目な五月のことだ。そんなこと関係なしに俺のクビのことを聞いて気を重くしているのだろう。そうなるとしたら、やはり五月にあのことを教えてたのは悪手だったか……。いや、例え教えなかったとしても五月はあの後父親に聞いて真実を知る可能性もあっただろう。こればっかりは結果論だから何とも言えないが……。

 

「少ない間とは言え、脇城君には三玖を助けてもらった恩がありますから……。それに、姉妹がこうして一つのことで輪になれたのも久々ですから」

 

 一つのことで輪になれたか……。気になるところだが、今こいつの口からそのことについて聞くべきではないだろうな。なるほどな、確かに五月が俺に恩を感じるのも無理もねえってことか……。

 

「そうか。でも、あんまり背負いこむなよ。何か役に立てることがあれば、相談しろよ」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

 とりあえず、これで五月の方は大丈夫と見ていいのだろうか……。少なくとも、俺との一件では……。俺は風呂から上がってきた上杉の存在に気づき、五月の方を一瞬だけ見た後上杉を見る。

 

 

 

 

「脇城君、今日はありがとうございました。私はこれで……」

 

 上杉に五月も気づいたのか、すぐに立ち上がり夜に出くわす猫のように逃げていくのであった。

 

「おい、待て!五月……お前のことを信頼していいんだな!」

 

 部屋に入ろうとする五月に大きな声で言う上杉。

 

「足手纏いになるつもりはありません」

 

 五月はそう言って、部屋に入って行くのであった……。五月が居なくなった部屋の前を上杉は眺めていた。

 

「空……。俺は明日、勝負に出る」

 

 勝負に出る……。

 上杉が言うその言葉の意味は俺にはすぐに理解できた。俺はすぐ返事をする。今の上杉になら大丈夫だなと思いながら俺は安心をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「黙って俺の言うことだけを聞いていればいいんだよ……!」

 

 上杉君が言っていた言葉は、衝動的に言っているように聞こえた。つい、カッとなってしまい大きな声で怒鳴り散らすように言ってしまったような感じではあった。

 

「所詮はお金の為ですか……」

 

 花火のあの日……。

聞いた話ではあるが、上杉君は一花を導く為に頑張ってくれたと聞いていた。だから、私の中で彼の印象は少し良くなっていたのは、事実だ。それだけじゃない、らいはちゃんといた時に言っていたあの言葉。

 

「あいつの望みは全て叶えてやりたいんだ」

 

 彼の家に一度上がらせてもらったとき、はっきり言って決して裕福な生活と言えるものではなかった。寧ろ、その逆でとても貧乏な生活だった。そんな生活の中でもらいはちゃんは笑顔を絶やさず頑張っていた。上杉君はそんなあの子の姿を見て、自分がしっかりして望みを叶えてあげたいと思っていたのだろう。

 

 

 

 

「貴方のこと少しは見直していたのですが……」

 

 私も彼に対して衝動的になっていた。少しだけ信頼していた私は彼のお金の為とも言える発言に若干イラッと来てしまい、彼に対してこう告げた。

 

 

「あなたからは絶対に教わりません!!」

 

「お前だけには絶対に教えねえ!!」

 

 お互いにそのまま衝突し合い、上杉君は怒ったような顔をしながらその日そのまま帰って行った……。

 私はそんな背を見ながら、これで良かったのだろうか……。と思っていたのだ。そして、その後私は上杉君の様子がおかしかったことにすぐに気づき、父に電話を入れるのであったが……。

 

 私は、すぐにあの言葉を返した言葉を後悔することになるのであった。私はその日、急いで家に帰った。急いで帰ったのは、きっと彼の足手まといにはなりたくなかったからだ。家に帰り、私は自分の部屋にすぐさま入り、椅子に座りペンを取り出し勉強を始める。

 しかし……。

 

 

 

 

「これでは……駄目です……。これでは……まだ赤点回避には……」

 

 ふと涙がプリントに零れ始める。

勉強し自己採点を始めた。自己採点をして、改めて分かったのはあまりにも私自身の知能がかなり低いと分かってしまったことだ……。この程度の点数ではどうやっても赤点を回避することなんて無理に等しかった……。

 

 どうすればいい……。どうすれば、この現状から抜け出せるのだろうか……。もどかしさと後悔に包まれた涙を拭きながら、私はそれでも勉強を再開する。此処で手を止めてしまってはいけないと……。

 

 そして、その一日後……。

 私は、あの日三玖と共に脇城君に勉強を教わるのであった。脇城君が言っていた、私達を信じていると言う言葉に私の腰は更に重くなりそうであった。でも、彼に信頼されている以上私は頑張らなくちゃいけないと思っていたのだ。それは紛れもなく彼を信頼していたから、なのかもしれない。

 

 だから、私は彼と共になら三玖を救えるとも思っていたのだ。その次の日、脇城君のクビもこの中間試験に掛かっていることがはっきりと分かった。そうなるとは考えていた。脇城君は私にあまり背負いこむなと言っていた。脇城君と話せたおかげでその気持ちは少しは軽くなった気がしていた。

 

 だが、その気持ちはすぐに重くなった。上杉君を見てしまったからだ。私は上杉君を見た瞬間すぐにその気持ちは重くなった。らいはちゃんの為に今以上に頑張らなくちゃいけないと心の中で思い始めていたのだ。その感情から逃げる為に私はあのときあの場から離れて行った。

 

 あのとき、素直に謝っておけばもしかしたらこんなにも重苦しい空気を吸うことは無かったのかもしれない。誰も居なくなった、リビングで私は一人勉強を……。いや、違う。そうだ、此処は夢の空間――。

 

 

 

 

「やっと見つけたぞ、三玖」

 

 私が起きるとそこに立っていたのは上杉君だった。

 

「自主勉しながらうたた寝か……。いい度胸だな、罰としてお前にはスパルタで教える!お前の嫌いな教科も問答無用でやるからな!」

 

 起きたと同時に私は「えっ?」と言う声を上げる。そう言えば、朝慌てて起きて来た三玖にヘッドホンを借りていたのを忘れていた。彼が私を三玖と見間違えるのも無理はないはず。

 

「私は三玖じゃ……!」

 

「そういや、五月の姿が見当たらねえな。今も部屋で勉強を頑張っているんだろうな。間違ってもうたた寝してる訳ないだろう」

 

 彼に何かを言おうとしたが、私の口から何故か言葉が出る事はなかった。まるで金縛りでもあったかのように口が動けずにいた。

 

「どうした三玖?」

 

 朝、一花に言われた「素直になればいいのに」と言う言葉や、脇城君に言われた言葉を私は思い出す。その言葉を一つ一つ噛み締めるように思い出していると、私の瞼から一滴の涙が零れ始めた。その涙を私は彼に隠しながら、首を振る。

 

「そうか、今は生物をやってるのか?分からないところはあるか?」

 

 私が「えっと……」と言い掛けると、彼は何か言いたい事があるのか私に言い始めて来た。

 

 

 

 

 

 

「この前は悪かった」

 

 その言葉に一瞬私の心が救われたような気がした。重りが重くかかっていたこの重さからようやく解放されたような気がしていたからだ。それは間違いなく気のせいではなく本当に思ったことであった。

 

「な、なんのこと?」

 

 あくまで自分が三玖であると言うことを崩さないようにする為に私は三玖を演じる。

 

「はははっ、三玖に何言ってんだか……」

 

 上杉君は下手な笑い方で誤魔化そうとしていたが私は彼の謝罪にすぐ反応する。

 

「私こそごめんね……」

 

 上杉君はあくまで私が三玖であると認識しながら話を続けようとする。

 

「そうだ、ここが分からないんだけど……」

 

 私の進み具合に関心しながら、彼は私にちゃんと向き合って勉強を教えてくれた。そして、彼はこう言ってくれた。

 

 

 

 

「一人でよく頑張ったな」

 

 その言葉に私は無言で頷きながら、そのまま勉強を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「おい、四葉お前本当に大丈夫か……?」

 

 四葉の勉強の出来がかなり悪いことに気づいた俺は頭を抱えそうになっている。

 

「えへへ、私三歩歩いたら忘れちゃうんです」

 

 てへぺろと言いたげに舌を出している四葉。

 いや、それ駄目だろ……。早く上杉来てくれと思う程、俺は疲れそうになっていた。二乃は機嫌が悪そうな顔で携帯を弄っている。一花は勉強にやる気を出している。三玖は今ちょっと訳あって話し辛い。そして、俺はこの時間上杉が来るまで勉強を教えてなくちゃいけないのである。

 

「二乃、勉強しろ」

 

 試験までもう数日しかないと言うのにこいつは何を考えているんだ。

 

「五月蠅いわね、このケダモノ。話しかけないでくれる」

 

 携帯を引き続き動かす二乃。駄目だ、今日の二乃はどうも手ごわい。いつも手ごわいが此処まで強情なことは……あったな。

 

「脇城さん、二乃に何かしたんですか?」

 

「何もしてねえ」

 

 一花も俺に似たようなことを聞いて来たが、俺は何もしてないと返すのであった。

 

 

 

 

「フン、あんた今日三玖と寝てたでしょ?」

 

 その瞬間、俺は硬直状態になってしまう。三玖を目だけで見ると、平然を装っていた三玖がそのことを言われて鏡を見れば一発で分かるぐらいに顔が真っ赤になっていた。

 

「三玖が起きるのが遅いのはいつものことだけど、あまりにも遅かったから見に行ったら……。まさか、あんた達が一緒に寝ていたとはねぇ」

 

 事の発端は今日の朝だ。元々、俺はソファーで寝てる予定だったが、三玖や四葉に止められてしまい三玖のベッドを借りることになったのだ。因みに、ドキドキし過ぎて眠れなかったのは置いておこう。女を意識していないとか言ってるけど、やっぱりこういうところはいつまで経っても変えられないんだろうな俺……。

 とまあ、そんな感じで結局寝たのはいいが夜中、ベッドに誰かが入って来たのは分かっていたがそれを知りたくなかった俺はそのまま寝てしまった。

 

「へぇ、三玖。消極的だと思っていたけどやるじゃん」

 

 一花が気を失いかけている三玖の体を揺さぶりながら言う。

 話を戻すが、最悪なことに俺と三玖が起きる時間が同時だったのである。これが最悪だったのである。そして、今こういう状況になっており俺と三玖は会話できない状態になっている。

 

「そ、添い寝したことは事実だけど、別に俺は何もしてねえよ……」

 

「う、うん……。わ、私が寝惚けて間違って寝ちゃっただけ。に、二乃が変な勘違いしてるだけ……」

 

 いや、それを世間一般では添い寝って言うんだ三玖。俺達してた側だから何も言えないけど……。

 

「フン、このまま私が意地張ってても仕方ないし今回だけは許してあげる。ただ、次はないわよ」

 

 二乃をこちらを睨みながら、ノートを開いてシャーペンを準備し始めている。それから、俺達は再び勉強を再開しようと思ったときであった。誰かが、俺達の後ろに立っていることに気づき振り向くとそこには……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勉強会と言うのに、随分と賑やかですね」

 

 後ろに立っていたのは五月と、上杉であった。

 先ほどメールで上杉にこっちにもうすぐ来ると連絡は来ていたが、上杉の奴……。五月と仲直りできたんだな。

 

「あっ、五月……!来たんだね!此処座りなよ!」

 

「い、一花!一人で座れます!」

 

 一花が四葉の前に座らせ、五月が一花に言うのであった。

 

「待たせたか、空」

 

「いや、そうでもねえよ……」

 

 ぶっちゃけ、仲直りするのが遅いって言いたいところだが言わなくてもいいだろうと思った俺はそのことについては何も言わずにいた。そして、上杉もこの一団の輪の中に入り、勉強を再開する。

 

 

「さて、お前ら試験日まで勉強死ぬ気でやるから覚悟しろ!」

 

 と上杉が言うと、いつものように五つ子が「えぇ!?」と言う声を揃えて言うのであった……。

 

 

 

 



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五つ子危機一髪、二女の暗い顔

今回の話はリメイク前と一緒なところが多いです。


 あれからあいつらの勉強を教えるので四苦八苦だったのだ。でも、上杉からして見れば誰も味方がいない四面楚歌の状態に比べれば今はかなり良い状態になっているのは間違いないだろう。ただ、今この状況を考えなければだが……。

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 激しい頭痛がするほど、思わず頭痛が痛いと言う意味が分からないことを言いそうなぐらい頭がおかしくなりそうな状況にいる。何故、そんな状態になっているのかと言うと……。今朝のことをまず話すべきだろうか。そんな暇ねえだろうけど……。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁああ、朝か」

 

 目を擦り滅茶苦茶弾力あるソファーから起き上がり、ストレッチを行っていた。いよいよ、中間試験当日か……。俺達はやれることはやってきたつもりだ。それに、こいつらもやれるだけのことはやったはずだ。泣いても笑っても今日全てが決まるだろう。

 

「こいつらも頑張ったんだ、俺も頑張らなくちゃな……」

 

 俺も上杉や楓姉に勉強を教えてもらったんだ。高1の頃の実力まで戻っているはずだ。もしくは、それ以上か……。起き上がり、余裕を持ってコーラを取りに行こうとしたときであった。

 

「おはようございます、コーラ此処に置いておきますね」

 

 起きていた五月が俺にコーラを差し出してきた気が利いており、温いコーラになっているのは有難いことだ。俺はお礼を言いながら、缶コーラの栓を開けると、上杉の声が聞こえ始める。

 

「いや、100点はないか」

 

 五つ子が100点を取る夢でも見ていたのか、大きな声で起き上がる。「流石にそれはないな」と思いながら、コーラを一気に飲み缶捨てに捨てた。五月はそんな姿を見て笑っていた。しかし、起き上がった上杉はすぐに時計を見て固まる。いったい、どうしたのだろうかと思いながら、俺も時計を見る……。

 

「な、なぁ空、五月……確認だがいいか?」

 

 上杉は今汗が顔からダラダラと出ているだろう。恐らく、冷静ではいないのは間違いない。

 マズい、これはマズい……。何がマズいかと言うと、今絶体絶命の危機に立たされている。このタイミングで思わず胃が痛くなりそうなぐらいだ。

 

「うちの学校は八時半登校だったよな?」

 

「そうですね、そのはずで……!?」

 

 時計の針は神の悪戯のように残酷に示す。

 これは夢で逢って欲しいと願いたいが……。

 

 

 

 

「空、頼みがある。俺の頬をつねってくれ」

 

 上杉はこれは夢だろと言う仮説を作り、俺に頬をつねることを提案する。

 お望みとあらば、と言わんばかりに俺は上杉の頬を抓ると上杉はすぐに「痛い、痛い」と奇声に近い声をあげる。

 

「痛い痛い……!馬鹿、やり過ぎだ!」

 

 上杉の頬を滅茶苦茶抓ると、上杉に頭を叩かれる。まるで頭に祭りの神輿が落ちてきたような感覚だ。いってぇ……、俺が悪いからしょうがねえけど。ただ、これでお互いに気づいたことがある。そう、それは……。

 

 

 

 

「「「夢じゃねえ!!!」」

 

 俺と上杉は顔を合わせて言う。上杉は五月に渡された水を一気飲みした後に、寝ている五つ子達を群れた鴉の声のような大きな声で起こし始める。因みに、計の針は既に8時15分を示していたのである。つまり、残り15分で学校に着かなければならないのだ。学校に近ければいいが、此処から学校は割と距離がある。

 

 つまり、どういうことかと言うと……。

 

 ヤバいのである。

 

 

 

「起きろ!お前ら!!」

 

 一回目で起きなかった為、二度目の大声。

 隣の部屋までに聞こえそうなぐらいの大声で上杉が叫ぶと、二乃、四葉、三玖、一花の順で起き出す。そして、上杉が時計を指すとそれぞれが悲鳴を上げていた。

 

「五月蠅いわね……は!?もうこんな時間じゃない!?なんで誰も起こさなかったのよ!」

 

 上杉が指している時計を見た後、二乃が携帯で時間を再確認する。そして、取り乱しながらも顔のメイクをしなくちゃと言うのであった。もうすっぴんでもいいだろ……。

 

「皆、寝ちゃったからね……」

 

 まるで余裕があるかのように、食パンに苺ジャムを塗り食べ始める四葉。朝食は大事だし、お前足速いから良いんだけどせめて急いでくれ。頼むからと俺は心の中で思っていた。

 

 

 

 

「ソラ、おはよう」

 

「おはよう、三玖。挨拶大事だけど今は急いでくれ」

 

 「そうだね……」と言いながら、着替える為に自分の部屋で行く三玖。それを見て、四葉は急いで自分の部屋に戻る。此処で脱いじゃ駄目だって気づいたんだな、四葉。えらいぞ……。

 

「眠いなぁ……今何時?」

 

 さっきお前も時間確認していただろうが、一花……!また二度寝しようとするな。それから、三つ子はそれぞれ部屋で着替えに行ったのである。俺達は、元々制服だったから関係ないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな遅いよー!」

 

 俺とほぼ同じ速さで走っている四葉が、手を挙げながら後ろを向いて走っていた。くそ、まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。前日の勉強し過ぎたせいか。だが、前日の勉強は大切だからな。俺はどっちかと言うと朝ぶち込んだ方が頭に入るけど。

 

「脇城さんも頑張りましょう!」

 

 四葉が「エイエイエイ、オー!」と言いながら俺を応援する。駄目だ、体がかなり本調子じゃない。あんまり寝ていないと言うこともあってか睡魔が襲って来るのだ。なんとか、手元にあるコーラを飲みながら走り続け睡魔をどうにか遠ざけようとしていた。

 しかし、飲み物と言うものは途中でなくなってしまうものだ。これは、どうやっても変えることができないことである。そのため、俺は……。

 

 

 

 

「クソッ、飲みたくはねえが買ってくるか。わりぃ!四葉ちょっとコーヒー買ってくる!」

 

 と言い、四葉と別れ俺は急いでコンビニに入り自分が嫌いなブラックコーヒーと、コッペパン二つを買いまるで飛び立つ鳥のようにして店内を出るのであった。俺は因みに、ブラックコーヒーが嫌いだ。

 

「四葉、パン食べるか!!」

 

「はい!食べます!」

 

 コーヒーを飲みながら、四葉に追いつきパンを差し出す俺。四葉は走りながらコッペパンの袋を開けて口の中に入れて少しずつ食べていく……。

 

「わ、脇城さん少し聞いても宜しいでしょうか!?」

 

「何だ、試験のことか?」

 

「はい!」

 

 こんな土壇場で聞いてくることなんて試験のこと以外ないだろう。と思った俺はすぐに試験のことか?と返すのであった。

 

「このまま行ったら、私達は間に合うと思うんですけど。一花達は間に合わないですよね!」

 

 確かに四葉の言う通り、このまま行けば俺達は間に合うのは間違いない。だが、一花達は間に合わない可能性が高いだろう。既に後ろを振り返っても姿が見えないからな。

 

「そうだな、でも今はあいつらを信じるしかない。それは試験でも同じだ、俺はお前も五つ子も信じる、だからお前も全力で頑張れよ!」

 

「信じる……。分かりました、上杉さんや脇城さんに教わったことを活かしてかならず合格点を目指して見せます!」

 

 四葉はガッツポーズを一瞬だけ見せ、凄く気持ちのこもった声で俺に言う。

 

「その意気だ!さてと、四葉後どれぐらいで着きそうだ!」

 

「分かりませーん!脇城さんは後何キロだと思いますかぁ!」

 

 四葉はパンを口に咥えて両手で数を数え始めるが目がぐるぐると回り始め、混乱している様子だった。

 

「俺もわからん!でも、後もうすぐな気がするぞ!多分だがなぁ!」

 

 なんで聞いたか、と言われそうなぐらいの意味の分からない解答を出す俺であった。

 

「じゃあ、なんで聞いたんですかー!」

 

 思わず、そんなツッコミが入って来る。至極真っ当な意見である。

 

「テストの緊張を和らぐためだとでも思っとけ!」

 

 くだらない会話をしていると、学校が見えて来た。四葉を見ると、既にパンは食べ終えており水で流し込んでいた。俺もコーヒーを飲み終えて、偶々通りかかった自販機の横にある缶捨てに捨てた。

 

「もうそろそろですよ!脇城さん!」

 

 校門が見えてきて、四葉は校門を指で指しながら目の前にある校門を通過する。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……、もう二度と走りたくねえ距離だった」

 

 そのまま昇降口に着いた俺はタオルで汗を拭きつつ、買ったばっかのポカリを飲み始める。

 

「中々いい運動になりました……!」

 

 四葉はまだ走れるのか、笑顔で俺に言ってきた。

 

 

 

 

「他の奴らはどうしてるんだ?」

 

「今ちょっと連絡してみますね!」

 

 四葉が携帯を取りだし、五つ子の誰かに電話を掛けているようだ。でも、聞こえる声的に五月だろうか。

 

「え!?今、コンビニ!?」

 

 何してんだあいつら……。俺が校門の方をポカリを飲みながら見つめていたが、来る気配も無かったのはこういうことだったのか。

 

「わ、分かりました!」

 

 と言い、四葉は電話を切る。

 

「上杉さん達、今コンビニに居るらしいです。……もう5分しかないんですけどね」

 

 四葉の言う通り、もうタイムリミットまで5分しかないのである。上杉の奴、仮に遅刻のときはどうするんだ。流石に、あの父親に遅刻でテスト受けられませんでした。なんて伝えられるわけがない。今はただ上杉を信じるしか他に手は無いか。

 

「お前達!そこで何をボサッとしている!もうすぐチャイムが鳴るぞ!」

 

 よりによってこの先生か……。時間も時間だし、これ以上は待てないな。俺も四葉も教室へと走り始めた。とりあえず、上杉の奴頑張れよ……。

 

 

 

 

 

 

「四葉……!最後まで諦めんじゃねえぞ!」

 

 教室に入る前に俺は四葉にそう言う……。四葉は走りながら後ろを向きながら声を出していた。

 

「はい!脇城さんや、上杉さんの為に頑張りますよ!」

 

 その四葉の言動には未だかつてないほどの自信で満ち溢れていた。この様子なら大丈夫かもしれない。俺はそう思いながら教室に入るのであった。その後、二乃が33分過ぎてから到着するのであった。

 

 

 

 

「一時はどうなるかと思ったが、どうやら無事に終わったようだな」

 

 既に朝のホームルームが始まってるため、俺は二乃に小声で話しかける。二乃は俺の声が聞こえたのか、独り言かのように俺に言葉を返す。

 

「約一名、無事に済んでないのがいるけどね。言っておくけど、私はパパにそのままの事実を報告するから」

 

「わかってるさ、お前も身構えず頑張れよ。ところで、無事に済んでない奴って誰だ?」

 

「上杉、今頃生徒指導の先生に怒られてるんじゃないの?」

 

 上杉か、なんでこいつらが無事に済んでアイツだけ無事じゃなかったんだ?と言う疑問はあったが、まあアイツの場合成績も優秀だしなんかあっても大丈夫かと思いながら俺も準備を始める。

 

 

 

 

「以上だ。それでは、この後15分後試験を行う」

 

 これで全てがわかることになるだろう。朝も言ったが、泣いても笑ってもこれで全てが決まる。

 

 

 

 

 

 

 それから、テストが開始された。それぞれの結果だけ言うと、上杉のように特段飛び抜けた点数って可能性は低いと思うが悪くはない無難な点数を取れたような気がする。要は良い点数ってところかな。

 

 

 

 

「終了だ。解答用紙を一番後ろの奴は集めろ」

 

 俺は一番後ろの奴に解答用紙を渡した。全部集まったのを確認し、数を数え終えた後担任が帰りのホームルームが始めるのであった。

 

 

 

 

「テストの返却は後日行われる。また、近々林間学校もある。以上だ、起立!」

 

「礼!」

 

 担任の合図が終わり、礼をする。礼を終えた後、それぞれ帰ったりテストの成績はどうだった?とか言う日常的な会話をしていた。俺も二乃に聞いてみるか。

 

 

 

 

「おい、二乃テストの成績……」

 

 二乃にテストの成績どうだったと聞こうとしたが、二乃は何も言わず俺の言葉が聞こえなかったのか、ただ黙々と俺の前を歩いて行ったのだ。俺はそのとき、察していたのだ。

 

 

 

 

 ああ……。そういうことか……。

 

 

 こういうときに限って、いつも視界がぼやけて見えてくる。こういうときに限って、理解力が高くなる。二乃が俺の前を通過するとき暗い顔をしていた。なんでそんな顔をしていたのかは、俺にはすぐ理解できたのだ。

 

 

 

 

 携帯に通知音が鳴る。俺はその通知音を何も思わず確認する。

 その通知は二乃からだった。屋上に来てほしいと言う内容だった。

 普通の人間なら、こんなときあいつらにも会えなくなるとか、悲しい気持ちになるのだろう。だが、俺はやはり普通の人間とは違うようだ。そんな感情なんてものはすでにあのときに落としたら簡単に割れてしまうグラスのように割れてしまっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そう、俺の心の奥底ではもう二度とアイツらに会わなくて済むんだ。

 

 

 そんな悪魔の囁きが聞こえつつあったのだ。そして、その声は次第に大きくなりつつあった。まるで、最近時々見る悪夢のように主張が大きくなっていくのであった……。そして、そんな気持ちを否定したい俺は……。自分自身すら否定しまいそうなぐらいの強い憤りを感じていたのだ。

 

 

 

 



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五つ子の試験結果

「脇城君!」

 

 屋上の方へと向かおうとする俺を見かけて五月が俺に声を掛ける。

 

「テストどうだったんだ?」

 

 俺は五月にテストのことを確認する。

 

「分かりません、ただ全力は出せたと思います……」

 

「そうか、ならいいんだ……」

 

 と俺は言いながら、屋上へと繋がるドアノブに触れ、扉を開けた。

 

 

 

 

「来たぞ、二乃……」

 

 屋上へと上がってくるまでに俺の腰はまるで重りでもつけられているかのように重くなっていた。上に来ると、二乃がベランダの手すりに腕を乗せながら景色を見つめていた。二乃の表情は見えなかった。外の景色は今にも雨が降りそうなぐらい曇っている。そして、俺と二乃の間にはどんよりとした空気が流れていた。

 

「テストどうだったのよ」

 

 この時点で俺は察しついていた。と言うより、通知に気づいたときからなんとなくだが気づいてはいた……。

 

「俺なりに頑張れたとは思う」

 

 上杉には確実に劣るだろうが、今までの成績を考えれば格段に良くなったのは間違いない。俺のその言葉に二乃は「そう……」とだけ返していた。

 

 

 

 

「……試験、赤点だったかもしれないわ」

 

 長らく二人の間に続いた沈黙を二乃が先に破った。

 

「これで清々するわ。もうアンタ達から二度と勉強を押し付けられることもなくなるし、あの子達の顔色を窺わなくても済む。やっと、自由になれたわ……」

 

 二乃は徐々に涙目になっているのか、泣きそうな声で二乃はそう言う。

 

「そう思っていたはずなのに……。あんた達のせいで私に余計な情が湧いたの……」

 

 情か……。

 恐らくその湧いた情と言うのはこいつらと居てもいいかもしれないと言う情が湧いたのだろう。俺は黙って二乃の言葉を聞きながら、考えていた。

 

「ほんと全部あんた達のせいよ……。試験の方は本当にごめんなさいと思ってるわ」

 

「気にするな……」

 

 二乃は二乃なりに頑張れたのだろうからそれを責めるつもりはない。

 

「そう、ありがとう。最初にあんたと約束したときのこと覚えてる?」

 

 ああ、赤点回避できたら私アンタ達の勉強もう受けない。と言う奴か……。

 

「結果的にはあんた達の思い通りになってしまったわね。でもまぁ、次の試験こそは赤点回避してあんた達には立ち退いてもらうから。見てなさいよ」

 

「望むところだ」

 

 一時はどうなるかと思っていたが、どうやら二乃は立ち直れたようだ。

 俺はそんな二乃と共に家に帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして次の日……。

 今日、テストの結果がわかる。大方、全員赤点が一つぐらいあるのは間違いないだろう。二乃の奴があの後どうにかすると言っていたが、果たしてあいつはどんな方法で誤魔化すと言うのだろうか。

 

 そんなことを考えていても仕方ないかと思いつつ、俺は学校へと登校し始めると、後ろから早足で問題用紙と睨み合っている上杉の姿がいた。俺の存在に気づいているのか。いや、多分気づいていないよな。こうなると、上杉のやつは喋っても全く耳に入ってないだろう。だけど、とりあえず聞いてみるか。

 

 

「テスト返却今日だな……。どうせ、お前が百点なのは間違いないんだろうけどな」

 

 こいつが百点以外の点数を取ることを見た事がない。寧ろ、そんな日があったとすれば地球最後の日とやらになるかもしれないだろう。

 

「勉強熱心なのもいいことだが、前気をつけろよ」

 

 テストと睨み合いしてて電柱にぶつかりましたなんてことが起きたらこっちが戸惑うしな。

 

 

 

 

「なんか言ってたか?悪いが、今復習中だ」

 

 ほら、やっぱり聞いちゃいなかった。こいつがこのモードに一度入ったら二度と戻ることはないだろうから、無視して先に行くのであった……。

 

 

 

 

 

 

「これからテスト返しを行う。言っておくが、間違っても消して解答を書き直すなんて行為をしないように!」

 

 実際、そんな行為をする奴なんているのだろうか。でも、せこい奴とかはするのかな。黒ペンだとかの用意は禁止されているから元々できないだろうけど。

 

「あんた、自分の点数どんな感じだと思ってるのよ?」

 

 二乃が小声で俺に聞いてきた。俺の点数か、テストの見直ししてるときに大体の点数は予想していたが果たしてどうなることやら……。社会は百点じゃないのは明白だ。実はさっきの問題。俺は違う答えを記入していた。

 くそっ、これじゃああのハゲネズミが気持ちよくなるだけだな。なんかムカつくぜ。

 

「……そうだな。俺の予想だと上々って言ったところかもな」

 

 高一の時と比べると、どっちが点数が高いと言われればきっと今の方が点数は高くなっていると答えるだろう。

 

「まあ、あんたのことだから点数は高いでしょうね」

 

「言っておくけど、赤点とってもそんなに気にするなよ。俺達の教え方に問題があっただけなんだから」

 

 二乃達が赤点だったとしてもそれは、上手く教えられることができなかった俺達のせいだ。少なくとも俺はそう思っている。

 

「それならあんたこそ気にするんじゃないわよ。あんたも三玖ほどじゃないけど気にしやすいタイプだって言うのはなんとなくわかってきたし」

 

 三玖ほどではないけど俺も気にするタイプか。言われてみればそうかもしれない。

 

「わかったよ……」

 

 と言うと二乃が呼ばれてテストを取りに行った。ニ乃の表情は見えなかったがあの様子、どうやら英語は赤点ではないようだ。今の二乃の様子を見る感じではあるが、今にも大はしゃぎしたいが、自分の性格上そんなことはしたくないと思っているような感じであった。最も、後ろ姿でしか判断してないし二乃の場合そんなことする訳ないだろう。

 大体しても四葉だろう。

 

「何点だったんだ?」

 

 帰って来た二乃の顔を見るには、良い点数だったのは間違いないのだが……。それを表情に出さないようにしているかのように見えるが、顔には喜色が表れていた。

 

 

 

 

「50点よ」

 

 英語で50点か。まぁまぁな点数だな。

 いや、前の俺だったら絶対に同じくらいの点数しか取れてないだろうけど。因みに、俺の返って来た英語のテストの点数は75点であった。危ねえ……。

 

 

「お前にしては上出来だな」

 

 二乃の答案を見ながら答えた。

 少し意外だったのだ、英語の小テスト10点だったこいつが此処まで点数が伸びるものなのかなと……。この調子なら他のテストも期待できるかもしれないと思いつつ俺は二乃にテストを返した。

 

 

 

 

「少しだけ……感謝しているわ」

 

 二乃がテストの答案を見ながら、俺の顔を見ながら少しだけではあるものの喜びを見せていた。その顔を見た俺は不意に笑ってしまうのであった。

 

「何よ、急に笑い出して……」

 

「いや、お前が素直に気持ちを伝えてくるとは思わなかったからな。でも、今のお前の発言を聞いて思ったよ。やっぱ、それでこそ二乃だなって」

 

 こいつが急に素直になるのに凄く違和感を感じていた俺は、そう答えると二乃がすぐに顔色を変えて今にも俺の足を蹴ろうとしていたが蹴ろうとはしてこなかったが、表情は不機嫌そうな感じであった。

 

 

 

 

「あっそ……気持ち悪い」

 

 二乃はそれだけ言い、前を向いて間違い直しを始めていた。

 それからして、英語のテスト返却と間違い直しが終わり、続けて数学、社会、国語、理科の順で返されるのであった。俺の点数は、大体予想していた通りだった。

 二乃の点数は、社会、理科は合格点だったのである。しかし、数学、国語は教えてくれなかった。赤点だったんだろう。数学と、国語か……。数学は元々苦手な教科だったから俺が悪いだろう。国語に関して言えば、今回古典が多めだったからこれも俺が悪いだろう。

 ただ、これを二乃に言うと気にするなとか、怒られるだろうから止めておこう。俺もあまり気にしない方がいいかもしれない。

 

 

「行くんでしょ?図書室」

 

 今日、上杉に言われていた通り俺は図書室に向かおうとしていたところ、二乃が俺に話しかけてきた。

 

「ああ、お前も行くんだろ?」

 

 二乃にそう言うと、無言で頷いていた。

 図書室に向かう途中、珍しく二乃が無言でいた。もしかしたら、二乃は赤点を取ってしまったことに申し訳なく思っていたのかもしれないと思いながらも、俺は図書室に到着した。

 

 

 

 

 

 

「全員揃ってくれたみたいだな」

 

 図書室に到着すると、上杉と他の四つ子達は既に揃っていた。それぞれ浮かない表情をしながら、俺達のことを待っていたようだ。そんな空気を感じ取っていたのか、上杉もあまり良い表情はしていなかった。

 

「それぞれの表情を見る限り、何となく察するが答案用紙を見せてくれ」

 

 一番先に答案用紙を見せたのは四葉。それから続くようにして、三玖が渋々答案用紙を申し訳なさそうに出していた。流石の一花も、何処か自分を責めている様子で答案用紙を見せていた。

 

 そして、残りの二人は答案用紙を見せなかった。

 

「個人情報です。見せたくはありません……。断固拒否します」

 

 先に口を開いたのは、五月。

 二乃は変わらず、答案用紙を見せようとはしていなかった。

 

「悪いけど、私もパスするわ」

 

 と二乃は言い切るのであった。気にするなと言っていたやつが、まさか一番気にしているとはな……。だが、そうだろうとはなんとなく思っていたところだ。

 

「……二人共、ありがとう。だが、覚悟はしている。教えてくれ」

 

 と言うと、二乃が嫌そうにしながら答案用紙を全て見せてきた。

 二乃が見せたのに気づいた五月も渋々答案用紙を全て出した。

 

 

 

 

 まず、1人目……。

 四葉……。

 

 四葉の点数は、まさかの国語、社会が赤点回避だった。他の点数を見ると、どれもギリギリ赤点と言う微妙なラインであった。それでも四葉にしてはかなり頑張った。

 

 

 そして、三玖は社会が70点。英語、理科、数学が赤点回避であり国語が赤点だったようだ。まさか、此処まで赤点が減っているとは思わなかった。

 

「三玖、頑張ったな」

 

「そうかな……?でも、ソラが言うんだからきっとそうだよね……」

 

 三玖は俺にそう言われて自信がついたのか嬉しそうにしていた。

 

 次に、一花。理科、数学、英語は赤点を回避していたようだ。本人曰く、頑張った方かなと笑っていた。確かに一花にしてはかなり頑張った方だろう。

 

 

 続いて、二乃。

 嫌々出した割には、先ほど言った通り国語と数学だけが赤点でありその二つもかなりギリギリなラインで赤点だったため、二乃の実力をかなり出せている方だ。

 

「何よ?何か言いたいの?」

 

「別に怒る訳じゃねえから、安心しろ。お前にしてはよく出来ているほうだよ」

 

 と言うと、二乃が不満ありげな表情で俺の方を見つめてくる。

 何か悪いことでも言っただろうかと思いつつ、考えていたが何処が悪いのか全く分からずそのままにするのであった。

 

 

 最後に、五月。

 理科、国語、数学が合格点以上であり、社会、数学が赤点だったのである。五月は、悔やみきれない様子で膝に置いてあった拳を強く握り締め今にも涙が出そうな様子だった。

 

「はぁ……、これだけ教えてもまさか赤点があるとはな……。だけど、お前らはお前らなりに頑張ったんだろう」

 

「す、すいません……」

 

 五月が自分の解答用紙を見直しながら、言うのであった。

 

「しかし、確実に成長しているのも事実だ。ソラ、お前が教えていた三つ子の全ての小テストの結果覚えているか?」

 

 ニ乃達の小テストの点数か……。

 何点だったんだろうかと思いつつ、メモ用紙を見た。

 

「えっと、三人共大体此処最近で2、3つの教科が赤点回避していたな」

 

 当然、3教科合格点だったのは三玖だ。この頃から、三玖はかなり点数が高かったのだ。

 

「そう。こっち、四葉達もかなり成長している。少なくとも、みんな最初の小テストを思い出してみろ。あれよりは良くなっているはずだ」

 

 上杉が最初のテストの結果は皆の前に見せながら言う。

 それを四葉と三玖は興味深そうに見始める。

 

「それぞれ偏りはあるが、全員成長している。三玖、今回の最高点はお前だ。社会の点数、70点この調子ならお前は百点も夢じゃないだろう。今後は姉妹にも自信を持って教えてやるんだ」

 

 上杉の奴が、教えることはもうない。これで最後だ。と言わんばかりの態度を取るためか、元より重たい空気であったこの場の空気が更に重たい空気になりつつあった。

 

「四葉、お前はイージーミスが目立つ。だが、これほどの点数を取れたのは上出来だ。これからは気をつけるように……」

 

「一花、お前は一つの問題に拘らなすぎだ。最後まで諦めんなよ」

 

 一花、四葉はそれぞれ口に重りでも乗っているのかかなり重たい口を開きながら、返事をしていた。

 

「二乃、結局最後まで俺の言うことは全く聞かなかったな。だが、点数は中々なものだ。これからも油断はしないように……」

 

 二乃は、上杉の方をチラッと見た後、俺の方を見ていた。

 

「最後に、五月。お前は今回の件でプレッシャーを負い過ぎだ。本当にお前は不器用だな!一つの問題に集中するのは悪いことじゃないが、似たようなミスも目立っている」

 

 五月の答案用紙をチラ見したが確かに上杉の言う通り、似たようなミスが目立っておりどう見ても一つの問題に時間を掛けたような感じになっていた。

 

「自分で理解しているだろうから、これ以上は言わん。次から気をつけろよ。俺から言いたいことはこれだけだ……空お前は何かあるか?」

 

 それぞれに言いたいことを言った上杉が、俺に意見を求めてきた。

 

「……正直言って、皆こんなに点数を取れるとは思ってなかった。これはお前がお前らなりに頑張ったからこの結果が出たんだろう。それは事実だ。だからこそ俺はお前らに言いたいことがある……」

 

 俺がとある言葉を言おうとした瞬間であった。

 その瞬間、五月の携帯から電話が掛かってきた。件名を見ると、電話は中野の父親からであった。

 

「上杉です……」

 

『キミか、個々に聞こうかと思っていたがキミの口から結果を聞こうか。言っておくが、嘘は分かるからね?』

 

 スピーカー音から聞こえてくる中野父の声が、かなり怖く聞こえてくる。

 まるで、迫り来る怨霊かのように……。

 

「つきませんよ……。ただ……」

 

 

 

 

「次からこいつらには、もっと良い家庭教師をつけてやってください」

 

 上杉の口調は至って冷静であった。動じることなく、上杉は一言一言冷静に話していた。

 

「それで結果の方は……」

 

 

 

 

 上杉の声はそこで途切れた。

 そして、上杉は不意を突かれ、ある人物から携帯電話を取り上げられたのだ。

 

 

 

 

「パパ、二乃だけど……一つ聞いていい?」

 

 携帯電話を取り上げたのは、二乃。

 二乃は、上杉から少し離れて電話を続けていた。

 

「なんでこんな条件を出したの?」

 

『僕にも娘を預ける親としての責任がある。彼が君達にふさわしいのか図らせてもらっただけだよ」

 

 一瞬だけ、二乃と目が合いその後二乃が三玖の目を見つめていた。

 まるで、俺達に何かを伝えるようにして……。

 

「私達のためってことね。ありがとう。パパのことだから、数字が判断基準になると思ったのね」

 

『ああ、その通りだ』

 

 二乃がゆっくりと息を吸いながら、ある言葉を言う。

 

 

 

 

 

 

「私達五人で全科目全ての赤点を回避したわ」

 

 二乃の口からありえない言葉が飛び出すのであった。

 二乃の奴、どうにかするとは言っていたが此処までぶっ飛んだことを言うとは……。思わず、上杉が声に出して驚きそうになっていたが俺がその口を抑えたのである。

 

『本当かい?』

 

「嘘じゃないわ」

 

 どう見ても嘘に思われてしまうその言葉は……。ニ乃と言う女が言うからこその説得力があったのかもしれない。

 

『なるほど、キミが言うのなら間違いないのだろうね。これからも上杉君と共に励むといい』

 

 そう言われ、二乃が電話を切ろうとしたとき、二乃が俺に電話を貸してきたのだ。

 

「なんだ?」

 

「あんたに少し用があるらしいわよ」

 

 俺に用……?

 何か俺に用事でもあるのだろうかと思いながら、俺は電話口に出る。

 

「もしもし、脇城ですけど」

 

『ああ、脇城君かね。キミには前に言った通り、今回は合格と言うことで上杉君同様、キミを家庭教師として迎え入れよう』

 

 淡々とした口調で男は、俺に合格と告げる。

 そして、俺を上杉と同様に家庭教師として迎え入れるようだ。これは、前に聞いたことだ。どうやら、その報告をわざわざ言おうとしていたらしい。

 

「ありがとうございます」

 

 と言い、電話を切ろうとしたとき……。

 男は意味ありげな言葉を言うのであった。

 

 

 

 

 

 

『脇城か……。随分と久しく聞いた名だ』

 

 まるで、俺のことをいや、俺の親のことを知っているかのような口調で男は告げる。

 

「どういう意味ですか?」

 

『……いや、こちらの考え事だ。気にしないでくれたまえ』

 

 男はそう言い、電話を切るのであった。

 何故、中野父は俺の苗字を聞いて久しく思ったんだろうかと一瞬、考え込んだが……。意味が分からずその日結局忘れることにするのであった。

 

 

「ソラ、なんて言われたの?」

 

 二乃が俺の方を見ながら言う。

 

「上杉と同様に家庭教師として迎え入られるとさ。それだけだ」

 

 五月に電話を返すと、「だからあのとき……」と言っていた。

 

「そうか、良かったな。空」

 

「俺としては別にどっちでも良かったんだがな」

 

 元々こいつ、上杉に頼まれてやっていたこと。ただそれだけだ。

 

「じゃ、じゃあ二人共まだこれからも私達と一緒に居られるって言うこと?」

 

 今まで黙っていた四つ子の中で一番先に声を出してきたのは意外にも、三玖であった。

 

「ええ、そういうことよ。だから言ったでしょ。私がなんとかするって」

 

 と言われると三玖は肩から崩れ落ちるようにして深く座り込み、深く息を吐いていた。その様子を見ながら、一花が「良かったね」と言い、三玖が頷いていた。

 

「で、でもなんで私達が全科目赤点じゃないことになってるんですか!?」

 

 先ほどまでの緊張感のせいでぶっ壊れたのか、四葉が目を混乱させながら言うと、五月が四葉に簡単に説明していたがやはり分かっていない様子。

 

「そうでもしないと、こいつらが残らないでしょ。でも、こんな手は二度と通用しない。次は実現させることね」

 

 俺と上杉を見ながら、二乃が言う。

 

「……こうなったら意地でもやってやるよ」

 

 上杉が緊張感から解放され、拳を握りしめながら答える。

 

「わかってる。それと、二乃。今回ばかりはお前に助けられた。いや、今回だけじゃねえな。三玖のときも……」

 

「全く、ほんとあんたも三玖みたいに気にするわね……。さっきも言ったけど、これからも頑張りなさいよ」

 

 二乃が顔を赤くしながら髪をクルクルと回しながら、言った。

 これで暫くは安泰といったところだ。

 

「それに、あんたに前言ったでしょ。私達5人に入る余地はないって……。でも、今は違うわ」

 

 二乃が珍しく口篭らせ何かを言おうとしていた。

 しかし、何を言い出そうとしているのかは俺には理解できずただ待っていると……。

 

 

 

 

「少なくとも、あんたのことは……認めてるわ。言っておくけど、少しだけだからね!勘違いしないでよね!」

 

 テンプレ通りのツンデレっぷりを見せてくるニ乃。だが、俺のことは少しだけ認めてくれたようだ。これは喜ぶべきなのだろう。

 

「ニ乃、ソラと何話してたの?」

 

 話を終えた二乃と俺を見て、三玖が聞いてくる。

 

「別に何も話してないわよ」

 

 二乃が目で俺のことをチラッと見ていた。三玖は俺とニ乃が何を話していたのか気になるのか、口を風船のように膨らませていた。

 

 

 

 

「そっちは話終わったか?」

 

 上杉が四葉達の解答用紙を見ながら俺に聞いてきた。

 

「ああ、終わったよ。この後どうするんだ?」

 

「そうだな、本来ならいつも通り復習をするつもりだったんだが……。お前らにも息抜きは必要だろう。なんだっけ……」

 

 四葉達の答案用紙を置き、背中を掻く上杉。

 

 

「ご褒美、パフェだったか……?まあ、偶にぐらいなら……」

 

 上杉が財布の中身を確認しながら答える。

 ……上杉がパフェ?ご褒美?夢でも見てるのか、俺……?

 

 

「あのフータロー君がご褒美!?」

 

 一花が大きく開けた口に手を広げながら、驚いていた。

 

「なんだよ、そんなに驚かなくてもいいだろう。てか、ソラお前はいつまで笑ってるんだ」

 

 思わず腹を抱えて笑っていると、図書委員と思われる女子生徒に咳払いをされ、「すいません」と言いながら俺は座り直すのであった。

 

「五月、お前もだぞ……」

 

 ツボに入ったのか、五月がクスクスと笑いながら上杉のことを見ていた。

 

「す、すいません。で、では……私は特盛で」

 

「……そんなのあるの?」

 

 上杉が再度財布の中身を確認しながら、汗を掻いていた。どうやら、所持金はかなり無いようだ。

 ……お前給料、どうしたと言いたいところだが……恐らく、色々な理由があるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、上杉さんって何点だったんですか?」

 

 図書室を出て、昇降口を出た俺達は学校前を歩きながら帰り始めていた。

 

「うわっ、やめろ!四葉!」

 

 上杉は、四葉にバッグを漁られ必死に抵抗しようとしていたがその抵抗はあまり抵抗しているようには見えなかった。と言うか、上杉のことだから絶対わざとあんなこと言ってるよな。

 

「全部百点じゃないですか!上杉さん!」

 

「滅茶恥ずかしい!!」

 

 こいつ、俺が初めて答案用紙見たときと同じ反応をしやがった……。あのやり取り気に入ってるのか。

 

 

 

 

「そう言えば、ソラ。あんたさっき何を言おうとしていたのよ」

 

 さっき……?

 ああ、五月の携帯から電話が掛かってきたから、結局言えず仕舞いだったことか。

 

「大したことじゃねえよ。ただ……」

 

 

 

 

 

「家庭教師できたのがお前らで良かった。そう思っただけだ」

 

 心の底からそう思えた。

 二乃は「そう……」と言い、視線を逸らしパフェ屋に行くまで俺と顔を合わせることはなかった。

 

 

 

 




先に伝えておきますが次の話と次々の話は変更点はほぼ無いのでリメイク前と一緒になります。


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三女の料理

 今日、俺は休日と言うこともあり姉に叩き起こされながら朝飯を食べ部屋でゆっくりとしていようかと思っていたところ、すぐに電話が掛かってきたのだ。

 

 

『すまん、助けてくれ』

 

 ……親友からのまさかのSOSに思わず聞かなかったフリをしたくなってしまった自分。だが、行かないとマズいだろうと思った俺は姉に「行ってくる」とだけ伝えて中野家に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれ」

 

 ……そして、現在に至る。

 SOSを受けて消防車のように急いで駆けつけてきた俺の前に現れたのは、得体の知れない黒い物体であった。言っておくが、Gではない。いや、料理でGなんて使われたら溜まったもんじゃない。そんなものを食わさられるぐらいなら死んでやるぐらいだよ。

 

 

 

 

「えっと、コロッケ……らしいです」

 

 頬を掻きながら四葉が一つ食べると、「んぐっ!?」と言って今にも倒れそうになっていた。これ作った奴なんとなく予想できるけど、どう見ても揚げすぎだよ。

 

 

 

 

「……そ、空か。来てくれてたのか」

 

「帰っていいか?」

 

 流石の上杉でもあのコロッケには屈したかと思いつつ、帰ろうとするが……。四葉に「帰らないでくださいよー!」と手をブンブンに振りながら怒られたのである。

 

「いや、帰らないでくれ。お前に帰られたら俺が死ぬ」

 

 お前の胃が死ぬだけだろと思いながら、俺は上杉のことをチラッと見る。

 

「いや、どう見ても帰っていい流れだろ」

 

 親友の頼みとは言え、こんな頼みは聞けない。

 例え、親友の命と言うより、腹痛が掛かっていたとしても世の中には食べられるものと食べられないものがある。

 

「ソラ、コロッケ嫌いだった?」

 

「いや、嫌いじゃないんだが……」

 

 なんで、コロッケを食べさせられることになったんだ……。四葉の奴が、SOSを出して上杉の奴を呼んだのかもしれないが、そういえば今日上杉の奴は休日だけど家庭教師をやると言っていたな。じゃあ、違うな。

 

 

 

 

 だが、俺にこんな物体Xを食えと言うのか。

 

 

「き、気持ちは分かりますよ。脇城さん」

 

 四葉が耳打ちで俺に小声で言ってきた。なら、何故止めなかったと心の中で俺は思っていた。

 

「なんでこうなった?」

 

「上杉さんが、美味しくないのに美味しいと言ったんですよ!」

 

 だったら、一回作る程度でやめているだろ。と俺は心の中で思った。

 

「違うだろ、四葉が美味しいのにマズいと言ったからこうなったんだろ!」

 

 ああ、これどっちが悪いのか分かったわ。どっちも悪いわ。

 四葉が不味いと言って上杉の味音痴が美味いと言ったせいで、三玖の心に火がついて完璧に作れるようになるまで作り始めたのだろう。

 

「はぁ、もうどっちが悪いのかはわかった……」

 

 手で頭を抱えながら、頭痛を抑えていた。

 こうなっていたから、上杉は俺の事を呼んだのだろう。俺はとんでもないSOSに呼び出されたのかもしれない。

 

「ソラも一つ食べる?」

 

「……ああ」

 

 一つ食べるぐらいならまだ大丈夫だろう。

 恐る恐る魔の料理を、口の中に入れたが焦げていて味が分からず……。三玖には悪いが、糞不味いと言うのが感想だった。そもそも、焦げすぎていて食べられたものじゃなかったのだ。

 

「ソラ……?」

 

 そんな様子に気づいたのか、三玖が心配そうな表情で俺のことを見てくる。

 不味い。そんな言葉が今すぐにでも出て来そうであった。だが、此処は誤魔化すことにする。

 

「嫌いじゃない。好きな味ではあるぞ」

 

 逃げたような発言になるが、本人を傷つけさせないためにはこうやって返答するしかない。許してくれ、三玖。

 

「そっか……。じゃあ、もっと作るから待ってて」

 

 

 

 

「……え?」

 

 三玖の重い一言に俺は思わず固まってしまうのであった。え?もっと作る……?冗談だよな?思わず、現実逃避をしたくなるほどであった。

 

 

「おい、四葉逃げるな」

 

 今にも家から逃げ出しそうな四葉を止めると、四葉がピクリと止まり動かなくなったのである。いや、逃げるなと言われてマジで止まる奴がいるか。

 

「なんで逃がしてくれないんですか!?」

 

「当たり前だ!逃げようとするな!お前も道連れだ!」

 

 と言いつつ、俺と四葉と上杉は三玖のコロッケを食べ始めるのであった。それから、恐らく30分の時が経っただろうか。

 

 

 

 

 

 

 上杉の奴の腹の調子が悪くなり、俺は三玖と共に薬局に来ていたのである。

 

「お腹痛いときってどんな薬がいいの?」

 

「普通に正露丸でいいんじゃねえのか?」

 

 この場合、整腸剤とかを飲んだ方がいいからなぁ……。どうだろうかと思いつつ俺が答えた。

 

「そっか……。そう言えば、こうして二人で出かけるってことあんまりなかったよね」

 

「出掛けてる先が薬局なのがパッとしないけどな」

 

 俺が笑いながら言うと、三玖もクスっと笑っていた。

 

「そうだね。ところでさ、あのコロッケ本当に美味しかった?」

 

 三玖が自分でも気づいていたのか、俺にコロッケが本当に美味しかったのか確認してきた。

 

「……分かってるんだ。本当はあのコロッケそんなに美味しくないんだってこと……。ソラもフータローも優しいね」

 

 上杉の場合、優しさと言うより味音痴なだけなんだがな……。まあ、これは言うべきじゃないだろうと思いつつ俺は聞いていた。

 

「そうか……。でも、料理は上達すればするほど美味くなる。今は下手でも何れできるようになるさ」

 

 俺も昔はそうだった。料理はそんなに得意じゃなかったし、男がやる必要ないと思っていた。でもまぁ、必要な物だろうと思って俺は楓姉から料理を教わった。

 

「そうかな?」

 

「三玖から見れば、料理上手な俺が言うんだから間違いないよ」

 

 適当に見つけた整腸剤を三玖が持ってきたカゴに入れながら俺は言う。

 

「そっか……。ありがとう」

 

 心の中にあった蟠りが解けたのか、三玖が徐々に頬が緩んでいた。

 

「そう言えば、三玖前に俺とキャンプファイヤー踊りたいって言ってたよな?」

 

 テストが始まる三日前の日に三玖が俺に言っていた言葉を思い出したのである。

 

「え?でも、あれは私のテストの赤点がなければの話だから……」

 

「別にそんなものはもういいさ。赤点でもお前は頑張ったんだから踊ってやるよ」

 

 レジに向かっている途中に言うと、三玖が止まり嬉しそうな顔で俺のことを見つめ「いいの?」と言ってきた。

 

「全然構わない。寧ろ、俺なんかでいいのなら踊ってやるよ」

 

「ソラはほんと優しいね……。ありがとう……」

 

 買い物を終えた三玖と俺が自動ドアに出た後、三玖が俺にそう言ってきた。そして、三玖は俺にゆっくりと近づいてきたのである。

 

 

 

 

「ねぇ、ソラ……」

 

 歩き出そうとしたとき、三玖が俺の服を掴んだのである。

 

「手つないでも……いい?」

 

 ……思いがけない三玖の言葉に俺は息を呑み、言葉が全く出ないでいたのである。勿論、あの女のことを思い出すからではない。それより、三玖と手を繋ぐと言うこと自体にかなり恥ずかしくなっていたのである。

 

「あ、やっぱり……」

 

 烏滸がましいと思ったのか、自分で言ったことを否定する三玖。

 

 

 

 

「いいぜ、そのぐらいなら」

 

 勿論、俺はまだあの女のことを克服できていないし、女にはトラウマが残っている。だけど、三玖なら俺は信じてもいいと思っている。だからこそ、俺は手を繋ぐということに否定的なことは言わなかったのである。

 

「ありがとう……ソラ」

 

 顔が赤面しているのか、三玖は顔を全く見せず下を向いて歩き始め手をそっと差し出し俺もそっと手を握り締め歩き始めたのである。

 

 

 

 

 

 

「ソラの手……温かいね」

 

 三玖が俺の手を一瞬だけギュッと握り締めながら言う。

 そのとき、三玖が何を思っていたのかは知らないが、三玖にとって今日は思い出に残ったのかもしれない。そうあって欲しいと思う俺の願望なのかもしれない。少なくとも、俺は今日という日がかなり記憶に残ったと思う。

 

 

 

 

 



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五つ子との日常

 コロッケ事件から丸二日が経ち、今日も今日とて学校は始まる。そう言えば、いつの間にか月曜日という日が憂鬱になっていなかった。はたして、これが良いことなのかは分からない。

 

 しかし、バイトの次の日の朝というのは起きるのが辛いものだ。やけに肩が凝ってやがる。

 

 そんなことを思いながらも、鞄を肩辺りに当てながら今日も今日とて学校は始まる。確か、今日は家庭教師の日ではなかったはずだ。となると、自主的に教えることになるかもしくは、向こうが教えてほしいと言われれば教えるとするか。

 

 林間学校も近頃あることだしそれぞれやることはあるだろう。忙しくもなるだろうからやらなくても良いかもなと思いながら、学校の前へと着くとニ乃と五月がいたのである。

 あの二人だけか、珍しいな。

 

「ニ乃と五月か、どうした?上杉に因縁でも付けにきたのか?」

 

 なんて軽い冗談を言ってみる。様子から見るにどう考えても俺に用事があるといった様子だ。

 

「あいつに用なんかないわよ。あんたがそろそろ登校する時間だろうから待ってたのよ」

 

 それはそれで上杉の奴がなんか可哀想になってくるな。でも、ニ乃が上杉に話すことなんてほぼないだろう。この感じじゃ、まだ上杉のことは認めてないような感じだしな。

 

「それはどうも。五月も俺のこと待ってたのか?」

 

「そんなところです。ところで、今日は上杉くんと登校してこなかったのですか?」

 

 校門前で今日も今日とて肉まんを美味しそうに口の中に頬張る五月。よく太らないな、いや口には出さないけど他の五つ子とかに比べれば五月が一番お腹出てるけどな。なんだかんだ言ってニ乃は一番痩せてそうだし。

 

「上杉か。今日は先に行くとメールが来ていたから一緒に登校はしてないぞ」

 

「伝えたいことがあるなら、直接上杉に連絡しとけ」

 

「いえ、特に連絡することはないのですがいつもお二人は一緒に登校してると思っていましたので」

 

 と口の中に肉まんを入れながら喋る五女、五月。食べた後に喋ってるからまだ許すけど。そこは石油王の娘らしく上品だよな。

 

「ふーん?あんた、ほんとにそれだけなの?言っておくけど上杉なんかに絆されるんじゃないわよ?」

 

 五月が上杉に絆されるか。既にそんな感じはしているのだがな。

 

「べ、別にそういうわけではありません!」

 

 怒ったようにムスッとした表情で、顔から蒸気が出てそうな勢いで五月がニ乃に抗議する。

 

「はいはい、それにしてもあんたいつまで肉まん食べてるのよ。こいつのコーラ病と同じじゃないの」

 

 そういや、コーラ飲んでないなと思いながら鞄からコーラを取り出し飲み始めると、ニ乃が呆れたように俺のことを指しながら言う。

 

「そんなんじゃいつまで経ってもモテないわよー。それにあんた、その肉まん350kcalあるわよ?」

 

 ニ乃から350kcalもあると言う話を聞いた五月。表情がまるで日向から日陰のように変わりつつあり、思わずその顔を見て笑ってしまいそうになった。

 

「う、運動すればプラマイゼロですよね!脇城くん!?」

 

「ま、まぁ……そうだな」

 

 いったい、五月は肉まんをいくつ食べたんだ?あの様子だと2つ、3つじゃないのは間違い無い。

 

「そ、そうですよね!はぁ、良かったです」

 

 心の底から息を吐いていた五月。いや、良くはねえだろ。

 

「ふーん、そう簡単に痩せるのかしら?」

 

「さぁな、実際やってみないと分からんだろ」

 

 と、あくまで五月には聞こえない範囲内の声で二乃と俺は会話をする。確か、水泳だと平泳ぎを大体1時間半ぐらいやらないといけないぐらいだからそれを陸上だと考えると、かなりキツイものになるな。でもまぁ、別にそんなに気にしなくてもいいと思うんだがな……。

 

「あんまり気にしなくてもいいんじゃないのか?五月は五月で可愛いと思うし」

 

 馬鹿が余計な発言をした瞬間である。いや、ほんとに馬鹿だな俺。心の中で思った事を言う奴ほど、馬鹿はほんとにいない。

 

「なっ!?か、可愛いですか……!?」

 

 五月が顔を赤くしながら、かなりの動揺を見せていた。

 

「あんたねぇ……」

 

 当然かのように、俺の事を呆れた様子で見つめてくる二乃。言葉に出してしまった以上、仕方ない。だが、こういうのはどうも言ってて恥ずかしくなる。こんなことを一花辺りに聞かれてみろ。絶対冷やかされるに決まっている。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、聞いちゃったよ。ソラくん」

 

 そして、まさかの聞かれていた。一花の方を振り向くと、顔の近くに手をやり「聞いちゃった」と何度も言っていた。

 

「おはようございます、脇城さん!」

 

 いつも通り通常運転な四葉。

 

「ああ、おはよう四葉」

 

 そして、その後ろにいるのは餌を咥えたリスのように口を膨らませている三玖。

 

「ねぇ、ソラ。タラシって言われたことない?」

 

「悪いが一度もないぞ」

 

 今まで女を好きになったことは一度しかないし、その一度で致命的な傷を負わされてしまったから特にない。と心の中で思っていた。

 

「三玖ちゃんだけには飽き足らず五月ちゃんに手を出すんだぁ……そのうちお姉さんもやられちゃうのかな?」

 

 一花が頭が痛くなりそうな言葉を吐いてくる。勘弁してくれ、只でさえ自分のことで精いっぱいなのに他人のことまで考えてる暇がない。

 

「そう言えば、三玖ちゃんとは部屋で一緒に寝た以来、進展してるのかな?」

 

 思わず、口にガムテープを貼りたくなりそうなぐらい一花は喋っていた。

 

「お前いい加減にしないと、張り倒すぞ」

 

「押し倒すってこと?それはちょっと困るなぁ」

 

 この女は……!

 思わず、舌を噛み締めそうなぐらいイライラしそうになっていた。

 

「一花もこいつを揶揄うのはそこまでにしときなさいよ」

 

 俺を揶揄う一花を二乃が制止していた。

 

「はいはい、分かってるよー。揶揄ってごめんね?」

 

 ウィンクしながら俺の肩をポンと叩き、一花は昇降口へと行くのであった。その姿を見ながら、俺は溜め息を吐く。

 

「そういえば、皆さん時間の方かなりヤバいですよ?」

 

 と言いながら、四葉がスマホの時間を確認しながら俺達に見せてきた。すると、登校時間はかなり近くまで迫っていた。ヤバいと思った俺達は、急いで昇降口に入り教室に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、此処少し聞いてもいいかしら」

 

 授業も4限目まで終わり、昼休みに入った後いつもみたいに悪巧みでも考えてそうな顔をせず、二乃は至って真面目に俺に今日やった授業の内容の分からないところについて聞いてくる。二乃からノートを受け取り、見せてもらう。なるほど、此処か。

 

「ああ、これはだな。ここの単語さえ使えばわかると思うぞ」

 

「そう、ありがとう」

 

 二乃は真面目に問題に取り組んでいた。そして、書き終わり俺に見せる。

 

 

「ああ、合ってるぞ」

 

 それにしても、英語の小テスト10点だった奴がまさか英語のテスト50点も取れるなんてな……。

 でも、英語ができるなら他の教科だってわかるんじゃねえかと思うけど、まあ日本語と英語とじゃ根本的に違うしなぁと思いながら二乃のノートを見るのであった。

 

 

「なによ、急に笑い出して気持ち悪い」

 

 ノートを俺から取り上げるようにして持ち、俺のことを若干引きながら見る二乃。

 そして、気持ち悪いと言われ一瞬俺が曇ったように見えたが気にしないでくれ。

 

「いや、英語の小テスト10点だったやつが実は得意だったのかなんて思ってな」

 

 怒りの導火線に火でもついたのか俺のことを睨む。

 おお、怖い怖い。

 

「悪かった、冗談だ。そんな猫のように睨むな」

 

 まるで夜にいきなり出会った猫に睨まれているような感覚だった。

 

「でも、此処まで成長して素直に凄いと思ったっていうところもある」

 

 これは本当に思っていたことだ。最初こそこいつに勉強を教えたとき本当に大丈夫かと、頭痛が起きそうなぐらいだった。それからかなり進歩している。

 

「……ほ、褒めても何もでないわよ!」

 

 両手を上下に動かしながら、案の定テンプレ通りの反応を見せる二乃。

 

「わかってるよ。飯行くか?二乃」

 

 財布を持ち、椅子から立ち上がりながら言う。

 

「ええ、丁度お腹も空いていたところだし行くわ。……って、なんであんたと食べる前提になってるのよ」

 

 二乃も立ち上がり、財布を持って行こうとしていたが俺と一緒に食べるということに気づいて、一瞬拒絶する。

 別に、飯一緒に食べるぐらいだからいいだろ。と思う俺である。

 

「別にいいだろ。お前、友達そんないないし」

 

 本当は女友達が多いことを知っているのに俺が言った。こいつ、外面は滅茶苦茶良い奴だしな。

 

 

「痛っ!お前な……」

 

 余計なことを考えていたせいか、顔にでも書いてあったのか背中を叩かれる。

 二乃は背中を摩る俺を見ながら、腕を組みながらご立腹の様子。

 

「余計なこと考えているからよ、それ以上考えてるとあんたの奢りにするわよ」

 

 余計なことを考え過ぎたか……。

 

「それは勘弁してくれ。今日はあんまり金を持ち合わせてはいないんだ」

 

 バイト代はいつも銀行に置いてある。大体、月1万半ぐらい引き落としして生活しているのはいつものことだ。

 

「そういえば、あんた私と飯盒炊飯一緒だったわね」

 

 飯盒炊飯か……。あまりやったことがないから、自信は無いが大丈夫だろう。

 

「そうだったな」

 

 食券の列に並びながら言った。

 

「あんたのことだから失敗なんてしないだろうけど、ちゃんと作りなさいよ?私はちゃんとしたカレーを作る予定だから」

 

 二乃がヘルシー定食の食券を押しながら言っていた。

 寧ろ、ちゃんとしたものを作ってもらわないと困る。変なものを作られた日には多分腹を壊す。

 

「任せろ。てか、お前それだけでいいのか?」

 

 かつ丼のボタンを押しながら言い、二乃の方を見ながら言う。こいつのことだからどうせヘルシーなものしか食べたくないんだろう。もっと食べるべきな奴がいるのにな……。

 

「私は肉まんお化けの五月と違ってこれだけで十分よ」

 

 二乃がおぼんと箸を持ちながら言う。そして、その俺が思い浮かべていた人物の名前が登場する。

 あの真面目馬鹿、もうちょっと食べる量抑えればいいのにと多少は思う。まあ、いっぱい食べてるところが好きな男子とかいるから一概には言えないが……。

 

「そうかよ……。てか、肉まんお化けって言い過ぎじゃないか?」

 

 俺もおぼんを持ち、箸を置きかつ丼の食券を食堂のおばちゃんに渡すのである。

 そのおばちゃんは「はいよ」と元気よく、受け取りザ・食堂のおばちゃんと言った感じの人であった。

 

「事実を言ったまでよ。あんたこそ、なんでかつ丼なのよ?」

 

 別に深い理由はなくかつ丼を選んだが……。

 あっ、そうだ。いいことを思いついた……。

 

 

「カツ丼だろ。勉強に、カツ。と言う訳だ」

 

「さむっ!あんたのせいで日本中が氷河期になったらどうするのよ!」

 

 二乃がヘルシー定食を受け取りながら言い、寒そうに体全体を震わせていた。

 自分でも分かっていたが、やはりオヤジギャグにしかなっていなかったか。

 

「あっ、どうも。そりゃあ、かき氷食べ放題でさぞいいだろうな」

 

 カツ丼と漬け物を受け取りお礼を言う。

 そして、わざとボケてみる。正直言ってあれをかき氷にってのは無理があるが……。てか、これなんか四葉辺りがいいそうな言葉だな。

 

「あんたねぇ……。此処でいいわよね?」

 

 二乃がキツネのように細目で俺を呆れながら見て、二人席を作りおぼんを置きながら言う。

 俺も前の席に座り、お互いに向かい合うようにして食べる。これ俺達の関係知らなかったら、ただの彼氏彼女にしか見えないよな。

 

「ところで俺のことは認めると言ってたが、上杉のことはまだ認めてないのか?」

 

「はぁ?そんなの当たり前じゃない。私がまさかあいつのこと認めてるとでも思ったの?」

 

 ですよね……。

 そうだろうとは思っていた。

 

 二乃が溜め息を吐きながらヘルシー定食を食べ始める。ヘルシー定食だけあって、チキンと、色とりどりの野菜。そして、そこにお味噌汁とご飯である。これだけみれば普通にヘルシー定食なのは間違いない。

 

「いや、色々あったんだから認めてもらえてると思ったんだがな」

 

 かつ丼の器を片手で持ち、箸で器用に切り取りご飯と共に食べる。うん、美味い。

 

「フン、そんな簡単にあいつのことは認めないわ」

 

 二乃が口の中に入っていたチキンとサラダを飲み込んでから言う。

 

「ええ、マジかよ」

 

 棒読み気味で言うと、二乃が味噌汁を飲んだ後に、

 

 

 

 

「って、あんたいつの間に座ってんのよ」

 

 味噌汁が熱かったのか、水を飲んだ後に二乃が言った。

 机をくっつけた三玖が二乃の隣に座っていた。三玖は、抹茶ソーダとサンドイッチのみであった。足りるのか、それで……。

 

「一応二人には確認した。でも、二人が喋りに集中してたから、私の声が聞こえなかっただけ」

 

 そう言えば、さっき三玖っぽい声が微かにだが聞こえていたな。

 

「あんたはあんたで随分と少ないわね。いったい、どうやって栄養を取ってるのよ」

 

「お昼はこれだけで充分。二乃が食べ過ぎてるだけ」

 

「あっ、そう……。私はこれでバランス取れてるし別にいいわよ」

 

 三玖の発言を軽くスルーする二乃。

 

「そういえば、三玖は林間学校何か役職とかあるのか?」

 

「私はないかな。でも、四葉がさっき会ったとき役職あるとか言ってた」

 

 四葉はか……。

 四葉のことだから、人助けって感じで手伝っているのだろう。俺もやる気はあったんだが、すぐに埋まってしまって外されてしまった。

 

「ソラはあるの?」

 

「いや、多分ないと思う」

 

 ないよな……。と思いながら、二乃に確認すると「無いわよ」と答えていた。なんだかんだいって、こいつ俺の役職のことも見てんだな。

 

「そっか……、良かった。それじゃあ、また放課後」

 

 と言い、まさかの速度で食べ終え三玖は帰るのであった。俺達もその後、昼飯を食べ終え教室に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 5限目、6限目と授業は続きそれらも終わり放課後となり二乃はなにやら教師に林間学校についてまた呼ばれて向かったようだ。さて、俺はどうしたものか……。暇だから図書室でも行くか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、図書室に向かっている途中奇妙な現場を目撃するのであった。

 

 

 

 

 



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第4章 五つ子と悪夢の林間学校
五つ子と林間学校前


「中野さん……来てくれてありがとう」

 

 微かに聞こえて来た声だがなんとなくそんなふうに言っているような声が聞こえる。一花の奴、仕事行く前に呼び出されたようだが一体何の用だ……。でも、見る限り、奴は一人で此処に居るようだ。となると……なるほど。

 

「私に用って?」

 

 納得しながら、俺は何となくそこにまだ居続ける。

 

「俺とキャンプファイヤーを一緒に踊ってください!」

 

 四葉の奴が軽く言っていたが、キャンプファイヤーには伝承がどうたらこうたらと言っていたな。俺は興味ないから、軽く流していたが……。すると、男の方は……。

 

「俺は中野さんが好きなんです!」

 

 と告白をする。

 

「そ、そうなんだ。ありがとう返事はまた……」

 

「今聞きたいです!」

 

 相手はどうやら積極的な相手のようだ。一花の奴、珍しく押されてんな。しょうがない、此処は助け船を出してやるか。

 

 

 

 

「一花、こんなところにいたのか」

 

 さりげなく登場したように見せかけて、俺は一花の隣に来る。

 

「お前の姉妹が呼んでいたぞ。早く行ってやったらどうだ?」

 

 と助け船を出したのだが、相手の方がイラっと来たのか俺にその凶悪そのものの面を向けてくる。

 

「誰だよお前コラ。気安く中野さんを呼び捨てにしてんじゃねえぞ。お、俺も名前で呼んでいいのかコラ」

 

 最後の方何気に本音混じってないか……。って、そんなことはどうでもいいか……。

 

「返事くらい待ってやれよ。少しは人の気持ちを考えろ」

 

 隣に居る一花が「フータロー君が言えたことじゃないよ」と言っているのが少し聞こえている。

 

「中野さん、すぐこの邪魔者片付けますんで……!」

 

 チッ、力が強い野郎だな……。

 そんなことを思っていると……一花が俺の制服の袖を掴む。

 

「この人と踊る約束してるから……!」

 

「は!?」

 

 一花から出た咄嗟の言葉に俺は思わず「は!?」と大きな声で言ってしまう。

 

「え……?まさか、付き合ってるんですか!?」

 

「なら、恋人同士なら手ぐらい繋いで帰れるよな!?」

 

 いきなりそんなことを言われてしまい、俺と一花は固まる。

 

「お前女優だろ、此処はなんとかしろ」

 

「む、無理だって……!」

 

 一花と俺は小声で話しかけるが、どちらも手を繋ぐのは恥ずかしくて出来ない様子であったが……。

 

 

 

 

「こ、これでいい!?」

 

 顔を真っ赤にさせている一花が俺の手を繋いできた。俺はそれに何も言えずにただ黙り込むのであった。

 

「くそっー!なんとか林間学校までには彼女を作りたかったのによぉ……!お前、中野さんを幸せにできなかったらただじゃおかねえからな!」

 

 そんな言葉を言いながら、男は去って行く……。

 すると、まるで俺達の様子をずっと見ていたかのように隠れていたのか空が入れ替わるようにして入って来る。

 

「まぁ、なんだドンマイ」

 

 入って来た空は、俺にそんなことを言いながら俺の気分を更にドン底までに引き摺り落とす。

 

「え、えっと、とりあえず確認だけど私とフータロー君はキャンプファイヤー一緒に踊ることになったんだよね?」

 

「当たり前だろ、お前あのときそう言っていただろ……」

 

 俺は疲れたあまり、椅子に座り込みながら言う。

 

「アハハ……そのごめんね、フータロー君」

 

 その言葉は更にどん底へと突き落とすのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 上杉と一花との現場を見たのが放課後……。

 そして、その夜俺達は上杉の服を見る為に市内の大きなモールにやって来ていたのである。因みに、一花は仕事の都合で来ていない。

 

「ソラ、やっぱりソラとフータローには和が合うと思うの」

 

「いや、お前が選びそうな服は和そのものになりそうだから、勘弁してくれ」

 

 そんなことを話しながら、俺と三玖は上杉の服装を見ている。上杉の服装か……。あいつのことだし、この季節だ。無難にコートでも良いと思うがなぁ……。

 

「ソラは服装に特に問題無いわね」

 

「まるで問題あったら、服装買おうと考えていたみたいな言い方だな」

 

「当たり前よ。私達の隣を歩くんだから、それなりの恰好はしてもらわないと困るわよ」

 

 他の四つ子はともかく、二乃はかなりファッションに気を遣っているっぽいからな。隣で歩くんならかなり良いファッションしていないと駄目だろうな。そんなことを思いながら、歩いていると和服屋を見つけて俺に着せようとする三玖。

 しょうがねえ、少しだけ試着してやるか……。

 

 

 

 

「ソラ、凄い似合ってるよ……!」

 

 鏡で映し出されている自分を見る。確かに似合ってはいる。

 ただ、値段が高いな。和服とか高いからしょうがねえんだけど……。俺は見なかったことにしてその場を去ろうとしようとしていたが、三玖が買いたいと言い俺は三玖に和服を結局買って貰うのであった。

 

「悪いな、三玖」

 

「良いよ、気にしないで……。ソラに凄く似合っていたから買ってあげたかったの」

 

 幾らお金持ちの娘とはいえ此処までしてもらえるなんてな……。

 

「そうか、すまないな……。ありがとう」

 

 俺は三玖にお礼を言って、受け取るのであった。

 それから、三つ子達と合流する。

 

 

 

 

「お前ら服にお金を掛けすぎだろ」

 

「こんなのまだ安い方よ」

 

 確かにもっと高いところだともっと値段はするな……。と思いながら、俺は三玖と五月の買い物袋を持っている。本人達には断られたが、これぐらいできると言うと渋々俺に渡してきた。

 

「それにしてもこの感じ、まさにデートって感じですね!」

 

 ……デートか。

 その言葉に俺は一瞬自分の心が曇りそうになったが、すぐに俺はその黒い霧を晴らす。

 

「何を言っているんですか、四葉。学生の間に恋愛なんて不純です」

 

 言っていることが上杉とほぼ同じなのだが……。

 

「五月、そんな奴ほっといて残りの買い物済ますわよ」

 

 残りの買い物……。俺は周りの服屋を見てなんとなく察する。

 

「おい、待て。お前ら人の服を勝手に選んだんだから俺にも服を選ぶ権利……!」

 

「下着買うんです!!!」

 

 五月と二乃が口を揃えてそう言う。

 ……こうなるとは何となくだが思っていた。

 

 

「はぁ……。今日はお前らに振り回されたな俺はそろそろ帰るぞ」

 

 上杉はそう言い始める。俺もそろそろ帰るか……。と思い始めていたころに、上杉の携帯電話が鳴り響くのであった。

 

「上杉です……。え?らいはが……!?」

 

 上杉がらいはと言った言葉を聞いた瞬間、らいはちゃんの身に何かが起きたのはすぐ予感できた。俺はその言葉を聞いて、上杉と共に上杉の家に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「らいはちゃん、大丈夫か!?」

 

「空さん、こんばんわです……」

 

 熱を出しているのか、やけに言葉に元気がなかった。

 

「らいは、お前は身体が弱いんだ。無理すんな」

 

 俺がタオルでらいはちゃんの汗を拭きながら、らいはちゃんは上杉に色々注文していた。

 

「上杉、勇也さんは?」

 

「親父は、明日まで仕事で帰って来れないそうだ」

 

 明日までか……。この様子だと林間学校は間に合わなさそうだ……。

 

「空、今からでも遅くはない。お前だけでも帰って、あいつらと楽しい林間学校を満喫してくれ」

 

「何言ってんだ。そんなこと言われて俺がはい、そうですか。と言う奴に見えるか?それに、お前には借りがあるだろ?」

 

「借りか……。そう言えば、お前とよく話すようになったのもこうしてお前が熱出してぶっ倒れているのを見つけたのが原因だったな」

 

 そう、俺とこいつがよく話すようになったのは、俺がいきなり熱を出してぶっ倒れそうになりながらもチャリに乗っているとき、倒れている俺を見つけてくれたのがらいはちゃんだったのだ。そして、俺はらいはちゃんにこの家で半日寝かせてもらったのである。それから、らいはちゃんのおかげもあり俺は上杉とよく話すようになったのだ。

 だからこそ、その借りを今返したい。

 

「分かった、お前は二度言って聞くような奴じゃないのは分かっているからな」

 

「お兄ちゃん……」

 

 俺と上杉が話していると、らいはちゃんが上杉に話しかけてくる。

 

「明日は林間学校だよね……。私のことは気にしないでいいから楽しい思い出いっぱい聞かせてね」

 

 上杉はその言葉を聞いた後、

 

「分かったから、ゆっくり寝ろ……」

 

 上杉はそう珍しく笑みを浮かべ、らいはちゃんが眠るまで待つのであった。

 

 

 

 

 

 

「らいは、生きているか!?」

 

 俺達がうたた寝している頃に帰って来たのは勇也さんだった。

 

「親父、まだらいはは寝ているだろ。あんまり大声出すな」

 

「そ、そうか……。ところでお前達、もう林間学校のバスの時間は過ぎているんじゃないのか?」

 

「そうだったか。もう忘れたぜ、そんなこと……」

 

 上杉は準備してあった鞄を片付け始め、「これで三日間勉強できる」と言っていたのだが……。

 

「風太郎、早く帰れなくてすまなかったな……」

 

「別にいい……」

 

 そんなことを言っていると、らいはちゃんがいきなり立ち上がる。

 

「お兄ちゃん達、治ったよ!ほら、早く二人共行った行った!」

 

「お、お前!?俺の気遣いを返せ!てか、空は荷物ないだろ!」

 

「ああ、それで俺の車に乗せていたんだが……。空君、君のお姉さんからお届けものだ」

 

 お届けもの……。なんだろうかと思っていると外から持ってきたのは、どうやら俺の荷物が入ったバッグのようなものだった。

 

「楓ちゃんが忘れ物はしないようにと来ていたぞ」

 

 楓姉、ありがとう……。

 俺はそう思いながら、バッグを受け取る。

 

「良かったね、二人共!これで林間学校に行けるよ!」

 

「でも、もうバスは……」

 

「バスはもう出発しましたよ」

 

 そこに立っていたのは五月であった。

 あいつ、なんで此処に……?

 

「なんでうちに……?」

 

「貴方の家を知っているのは私しかいません。それで勿論、二人共行きますよね?林間学校に……」

 

 その答えは勿論……。

 

「当たり前だ、行くぞ上杉」

 

「ああ、親父行ってくる。らいは、楽しい思い出話いっぱい聞かせてやるから覚えておけよ!」

 

 

 

 



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五つ子との林間学校

「おおっ、中々良い部屋だな!」

 

 寝泊りする部屋にやってきた俺達。

 部屋の大きさを見て、大きな声で言う上杉。此処まで色々なことに見舞われていたことなどすっかり忘れていそうだ。それにしても、旅館なんて中学時代以来だな……。

 

 懐かしさを思い出しつつも、俺は二乃がブツクサ言っているのを流し聞きしながら俺は荷物を端の方に置く。それにしても、この部屋の広さで七人寝れるんだろうか……。

 

「女子集合ー!」

 

 張り切っている上杉と色々考えている俺のことを気にせず、五つ子は何やら話し合っているようだ。どうせ、男と一緒の部屋だからどうのこうのって奴だろう。放っておこう。そして、その女子同士の会話に一気に入り込み、トランプをしようと言う上杉であった。

 

 

 

 

「おい、二乃。そっちババだろ」

 

「さ、さぁ、それはどうかしらね!」

 

 表情に出ていないと本人は思い込んでいるんだろうががっつりと表情に出ている。つまり、こっちがババだな。

 

「ちょっ!?あんた、そういうのは無しでしょ!」

 

 俺は一気に引くと、やはり俺が引かなかった方がババだったようだ。

 

「勝てればいいんだよ。勝てれば……」

 

 大人げないと思われるかも知れないがこれが現実なのだ。

 俺達は、飯の時間までトランプで遊ぶのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「今日のあいつ絶対テンションおかしいわよ」

 

 二乃がフータローのことをおかいしと言っている。

 確かにいつものフータローと比べると、若干おかしい気もするけど……。

 

「そうかなぁ?フータロー君もこういうことには舞い上がっちゃうタイプなんじゃない?」

 

「それよ。それが危ないのよ!羽目を外した人間程ヤバい奴なのよ!」

 

「そして、なにより重要なのが誰があいつらの隣で寝るのか!」

 

 フータローやソラの隣で寝るか……。

 一度、ソラとは寝たことがあったけど、あのときは二人共同じタイミングで起きちゃったからビックリしたなぁ……。

 

「あいつらも男よ!ケダモノに違いないわ!」

 

「あ、あの二乃の考え過ぎでは?」

 

「ふーん?じゃあ、五月あんたがあいつらの隣で寝なさいよ」

 

 その言葉を言われた五月は、顔までゆっくりと湯舟に入れて顔を隠す。

 

「それなら、四葉!」

 

「い、いやぁ……私は……」

 

 四葉は恥ずかしそうにしながら、後ろを向く……。

 

「そういえば、三玖。あんたソラと寝た事あったわよね。なら、あいつの隣で寝れるわよね?」

 

「そ、それは……私が間違って寝ただけだから……そ、その故意的にやるのは……」

 

 その瞬間、私の中で一筋の考えが浮かぶ。

 

「平等、みんな平等にしよう!」

 

 そう考えて、私たちはそれぞれ準備を整える。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「さてと、あいつらの為にも此処で寝てやるか……」

 

 どうせ、一人はこうなるのは確定していたも同然だしな……。

 

「空、本当にいいのか?」

 

「別に構いやしねえよ」

 

 それぞれ風呂を終えた俺達は寝る準備に入っていた。さてと、そろそろ押し入れで寝る準備を……。

 

 

 

「脇城さん!何処で寝ようとしているんですか!?」

 

 勢いよく戸を開けてきたのは、四葉。

 先にあがって来たのか、あいつ……。

 

「何処でって、そりゃあ押し入れだろ。この狭い部屋のスペースで七人は無理があるだろ。因みに言っておくが、上杉の隣で寝るのは嫌だぞ俺」

 

 なんだろう、上杉の隣で寝たら嫌な予感しかしない自分がいる。

 何か良くないことが起きそうな気がしていた。

 

「うっ、そ、そうですか……!で、ではおやすみなさいです!」

 

「ああ、おやすみー」

 

 四葉は俺が押し入れで寝ることを受け入れたのか、そのまま俺の安眠妨害をせずただ俺が押し入れに入って行く姿を見るのであった。その後、四つ子達が戻って来たのか、若干うるせえと思いながらも俺は睡眠に入る。

 

 

 

 

 

 

「最低……」

 

 そんな声が聞こえてくる。

 なんだこの声……。五つ子達の方からか……。と思って聞いていると、どうやら五つ子達の方ではなかった。そして、なによりそれに気づいたのは辺りを見渡したからだ。何処だ、此処……。全然見覚えねえぞ。俺はそんなことを思いながら、目の前にいる人物を見つめる。

 

「アンタのこと少しは見直したつもりだった……。でも、違った」

 

 目の前にいる女は俺に怒っているようだった。何故、俺に怒っているのか……。俺にはそれが分からなかった。そして、一気に場面は暗い場所となって行った。すると、後ろから誰か近づいて来る足音が聞こえてくる。

 

 

「お前は、最低だ。最低な人間だ、なぁそうだよなぁ?」

 

 

 

 

「俺」

 

 

 

 



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五つ子と悪夢

「あ、あの脇城君は大丈夫なんですか?」

 

 押し入れの中で魘されているのを第一に発見したのは私だった。

 体が凄い汗を出しており、おでこを触ると高熱が出ているのかかなり熱さが出ていた。先生達は気温の温度差の激しさで風邪を引いてしまったのだろうと言っていた。だけど、私は本当にそうなんだろうかと考えていた。

 こういうのもなんだが、私は上杉君のお家のことは知っている。だが、脇城君のことは知っているようで知らないのである。私達にとって彼は家庭教師でありただの友達程度の人間なのだから。

 

「脇城はたった今高熱を出している。あまり近づくな」

 

 先生曰く、脇城君が此処まで高熱を出したことは無かったそうだ。

 ただ、彼はこう言っていた。療養する前に……。

 

「五月、悪いが他の四つ子と上杉には気にするな。とだけ伝えておけ……。俺は後で必ず戻るから……」

 

 本当に戻って来るのだろうか彼は……。

 

「五月、なにやってるの!もうカレー出来てるよ!」

 

「え!?はい!」

 

 同じクラスの生徒に呼ばれたのを聞いて私はカレーの様子を確認する。

 どうやら、後もう少しで危ないところだったかもしれないと思いながら、私は彼のことを考えるのを一旦止めるのであった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「……夜か」

 

 うつ伏せに寝ている体勢から俺は起き上がり、自分のおでこを触る。この感じだと、まだ熱はあるだろう。今何時だろうと思いながら、ポケットの中に入れてあったと思われるスマホを取り出す。すると、既に時間帯は20時になっておりこの時間帯ならもう既に肝試しが始まっている頃合いだろう。

 

「五つ子の奴ら、気にしてなきゃいいんだが……」

 

 寝ている先生を華麗に無視しながら俺は立ち上がり、少し外の空気を吸いに外に出かける。

 

「うわぁ、寒くねえ、熱いんだが……」

 

 らいはちゃんの風邪俺が貰ったのかなぁと思いながら、俺はぼやけている視界を頼りに少し周りを歩き始める。いや、らいはちゃんの風邪を貰っただけでこうなった訳じゃねえだろうなぁ……。昨日の夜見ていた悪夢が原因だろうなぁと俺は考えていた。

 

 こういうのもなんだが、俺は最近悪夢を見ることが多かった。どうして、悪夢を見ることが増えたのか分からない。でも、何かが関係しているとしたら俺が五つ子と関わったからだろうなぁ……。と思っていた。悪夢のことを考えていると、近くを歩いている足音が聞こえ、誰か来たのだろうかと思ってそちらを見ていると、

 

「ソ、ソラ……もう大丈夫なの?」

 

 こちらに来ていたのは三玖だった。俺の様子でも心配で見に来たのか、俺が此処にいるのに驚いている様子。当然か、熱を出して倒れていた奴が此処に居るんだからな。

 

「大丈夫……とは言えねえな」

 

 痩せ我慢することなく、俺は三玖に事実を伝える。

 三玖に事実を伝えると、三玖は俺のおでこを触る。

 

「まだ熱い……。駄目だよ、安静にしていないと」

 

 俺のおでこは熱かったのか、三玖が心配そうな表情で俺に言う。

 

「そうだな、もう少ししたら戻るから……」

 

 そう言い、俺は三玖から離れようとしていた。

 今三玖と話していたら、あの悪夢のことを思い出してしまうかも知れないと思っていたからだ。今にしてみればあの声、間違いなく五つ子の声だった。だから、あの声の主が分かる前に俺は戻ろうとしていた。

 

「ねぇ、ソラ……キャンプファイヤーの件だけど無かったことにしてくれていいよ」

 

 俺の体調に気を遣ってか、三玖は言ってくる。だが、その三玖の表情はとても辛そうに言っているように俺には見えた。そして、同時に俺の頭に激しい頭痛が伴う。俺はそれを歯を噛みしめるようにジッと我慢していた。

 

「ソラの体調も心配……だからさ」

 

 俺はそんな三玖に「すまない」と言おうとしていたが、言葉が中々出にくくなってしまいまるで金縛りにでもあったかのような状態になっていた。

 

「そ、それじゃあね……」

 

 三玖はそう言いながら、俺の下から居なくなり、辺りは再び暗がりだけの世界が続いていたが……。何処からか、人影が見えて来ていきなり俺の頬を叩く……。

 

 

「最低」

 

 その言葉と同時にその声の主を俺を見る。

 そこに立っていたのは……。

 

 

 

 

 二乃だった。

 

「あんた、さっきまで三玖がどんな気持ちであんたにああ言っていたのか分かってるの!?」

 

 何も口が開けない俺に対して二乃はただひたすらに俺に言う。

 ああ、そうか……。あの声の主は……。

 

「泣いていたのよ、あの子!それを分かってるの!?」

 

 二乃だったんだ……。

 そして、その様子を見ていたいのか……。

 

「二乃、何もそこまで……!彼だって、具合悪いんですよ!」

 

「それが何よ!あの子をまた泣かせておいて、何自分は悪くないんです!みたいな顔をしているのよ!」

 

 近くで見ていたのか、五月が俺の傍に寄って、今にもフラフラしそうになっている俺を支えてくれていた。

 

「アンタのこと少しは見直したつもりだった……。でも、違った」

 

 

 

「あんたは最低よ!二度と私達に近寄らないで!」

 

 ――ああ、分かっている。それは一番俺が分かっている。

 

 

 

 俺が最低な男なのぐらい……。



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五つ子と仲違い

「大丈夫ですか……脇城君」

 

 俺が起き上がったのは病院のベッドだった。

 目を覚ますと、五月が俺の隣に立っていた。

 

「五月か……。二乃は……三玖は……どうした?」

 

 俺が二乃や三玖のことを聞くと、ただ黙り込む五月。

 当然だよな……。そうだよな、と思いながら俺は病院の天井を見る。二人にはすまなかったことをした……。なんて今更思っても仕方ないことを思いながら、俺は起き上がる。

 

「脇城君、まだ熱は下がっていないので立ち上がろうとはしないでくださいね」

 

「分かってるよ……」

 

 おでこを触ると、確かに熱はあるようだ。かなり熱がある感じは俺の手に伝わった。

 

「脇城君、貴方に一つ聞きたいことがあるんです。脇城君があのとき、熱を出してしまった原因を知りたいんです」

 

 俺が熱を出したのはどうやららいはちゃんから風邪をうつされただけではないと五月は考えているのだろう。その考えが俺にとって嫌ほど当たっているのも事実だ。

 

「俺が熱を出してしまった原因か……」

 

 理由は簡単だ。あの悪夢を俺は見てしまったからだろう。あのとき、もう一人の俺のような存在が俺を最低だと罵っていた。俺が最低な男なんていうのは、あの現場を見た誰からも言えることだろう。

 

「あるにはある……。だけど、言いたくねえ」

 

「それでも知りたいんです。脇城君は三玖を助けてくれたように今度は私が脇城君を助けたいんです」

 

 五月の表情は真剣そのものだった。

 三玖を助けてくれたように俺を助けたいか……。

 

「ありがとうな、五月。それでも、言えないんだ……」

 

 五月は俺が過去に囚われた囚人なのを気づいてはいないだろう。

 だが、いつかこいつは気づくかも知れない。俺が過去に囚われた囚人だということに……。

 

「そうですか、分かりました。ですが脇城君、話したくなったら是非話してくださいね」

 

「ああ……」

 

 そんな日が来るのだろうか……。

 俺が過去に囚われた囚人から解放される日が……。いや、それは俺自身が決めることだろう……。でも、今はまだそのときではないような気がする。俺はそんな気がしていた……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 林間学校を終えて、あれから数日間が経った……。

 空は今日退院したという話を五月から聞いていた。

 

「ほら、どうしたのフータロー君。今日も勉強やるんでしょ?」

 

 やる気になっている五つ子達……。

 今のところ問題は無いようだが、こいつらが仲違いでも起きてしまえば一気に関係性は拗れてしまうだろう。

 

「ああ……」

 

 二乃の奴は正直言ってやる気になっているのかすら分からない。

 さっきまで三玖とチャンネル争いをしていたし……。二乃と三玖のことを考えながら、俺は他の三つ子達にアイデア募集する。

 

「アイデア募集だ」

 

「こんなのはどうですか!」

 

 最初にアイデアを提案してきたのは四葉。

 なるほど、褒めて伸ばすか……。

 

「二人共、偉いな!本当に偉い!」

 

 いきなりそんなことを言われた二乃と三玖は困惑しており、三玖に至っては心配そうな表情でこちらを見ている。これ逆効果だな……。四葉の方を見ると、褒めるの下手糞だなぁと顔に書いてあるのが伝わって来る。

 

「失敗、次……」

 

 一花が俺に提案してきたのは、敢えて厳しくすることでヘイトが俺に溜まるはず。そして、共通の敵が現れたとき二人の結束力が高まるという提案だった……。一応、あいつらなりに頑張ってくれているのにそれをやるのは心が痛むと一花達に言うと、五月が俺にそんな良心があったのかと驚いている様子。

 だが、折角一花が俺に提案してくれたアイデアだ。やるだけやってみるか……。

 

「おいおい!まだ課題はそれだけしか終わってないのか!」

 

 心の奥底から炎のようなものが燃え盛っているような気分であった。

 他の奴らからして見れば今の俺は生き生きとしているようにも見えたかもしれない。

 

「何よいきなり大きな声出して……。言われずとももう終わってるわよ!」

 

 二乃にしては珍しいな……。と思いながら、問題をよく読んでみると……。

 

「そこテスト範囲じゃないぞ」

 

 問題文をよく見ると、テスト範囲じゃないところを二乃はやっていた。でも、二乃が自ら此処までやるとは少し驚いた。

 

「真面目にやって、二乃」

 

「っ……。こんな真面目で退屈な奴といたらおかしくなりそうだわ。部屋でゆっくりやっているから!」

 

「お、おい!」

 

 クソッ、折角林間学校前に俺と空が作っておいた問題集の用紙が一つ無駄になっちまった……。

 問題集の用紙のことを気にしていると、五月が俺に声を掛ける。

 

「弱気にならないでください。お手本になるんでしょう?頼りにしていますから」

 

 手本、頼りにしているか……。

 そう言われたら、もっと前に出るしかねえな。

 

「待てよ二乃」

 

 俺は二乃に声を掛ける。

 

「お前だって、こいつらと喧嘩するのは不本意だろ?」

 

「五月蠅いわね、人のことを知った風に……。あんたなんかただの部外者でしょ」

 

「部外者か……。もう俺達はそんな関係でもないだろ」

 

 最早、俺達は部外者ではない。

 前にも言ったが、俺とこいつらはパートナ-だ。

 

「五月蠅いわね、あんたが勝手に思ってるだけでしょ」

 

 そう言うと、三玖が俺達の前に立ち問題集を二乃に渡そうとする。

 

「ソラとフータローが作ってくれた問題集、受け取って」

 

「いらないわ。そんなもの……」

 

 俺と空が作った問題集と言うと、二乃は問題集を跳ね除ける。

 

「アンタ、まだあいつのことを気にしているんだ……。馬鹿みたい」

 

「私のことは幾らでも罵ってくれて構わない。早く拾って」

 

「こんな紙切れ如きに何ムキになっているのよ、ほんと馬鹿じゃないの!」

 

 二乃は問題集を三玖の目の前で破り始める。

 マズい、このままだと三玖が……!俺はすぐに三玖の名前を口に出そうとしたが、誰かが俺と三玖を横切った。

 

 

 

 

「二乃、謝ってください」

 

 ……二乃をビンタしていたのは五月だった。

 

「あんたいつの間にこいつの味方になったのよ……!」

 

「そんな事は今はどうでもいいです。彼に早く謝罪をしてください」

 

「脇城君に一度聞いたことがありました。彼は、上杉君はこの問題集を一枚一枚丁寧に手描きで書いていると……」

 

 空の奴、いつの間にそんなことを言っていたのか……。

 だが、そのおかげで俺がこいつらに勉強を教えようとする熱意のことは伝わったのかもしれない。

 

「だからこそ、私たちは真剣に取り組むべきです」

 

「そう、あんた達は私よりこいつらを選ぶって訳ね……。どっかの誰かさんはいつまでも馬鹿みたいにソラって言ってるし……」

 

 

 

 

「いいわ、こんな家出て行ってやる!」

 

 五月はその言葉を聞いて、すぐに二乃を止めようとする。

 

「そんなのお母さんが悲しみます!」

 

「いつまでも未練がましく母親気取りしているのはやめなさいよ」

 

 取り乱しそうになっている五月を見て、一花と四葉は止めに入ろうとしたが……。

 

「話し合いならもう無駄よ。こんな肉まんお化けと一緒にいられないわ!」

 

 その言葉に五月は一気に導火線が燃え始めたのか、表情が一瞬怒ったような顔を見せていた。

 

「分かりました、そこまで言うなら私が出て行きます!」

 

「あっそ、勝手にすれば……!」

 

 

 

 

 

 

 五月と二乃の喧嘩騒動の一日後、俺は一花達の家にやって来ていた。空には昨日あいつの携帯に連絡は入れていたが返事が返って来なかった。あいつ、まだあのことを気にしているのだろうか……。

 三玖曰く、昨日俺が帰った後一度は仲直りしたのだが、どうやらまた喧嘩をし始めたようだ。クソッ、どうすりゃいいんだ……。

 

「一花と四葉は……?」

 

「二人共、用事だって……」

 

 一花は仕事だろうな。

 四葉の奴は、何をしているんだ……?お得意の優しさが仇になって余計なことに巻き込まれてなきゃいいんだがな……。

 

「その、ソラは……?」

 

「あいつも連絡がつかない」

 

 空のことを聞こうとしているとき、三玖は何処か悲しそうな声を出すのであった。

 

「三玖、こういうことはよくあるのか……?」

 

「姉妹だから、よくあるよ……。でも、今回はかなり違うと思う」

 

 二人共、意地の張り合いだけでなく色々思うところがあるのだろう。

 俺と三玖は手分けして、二乃と五月を探そうとするのであったが……。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……。クッソ、とんでもなく疲れたな……」

 

 二人共、体力なしコンビだしな……。こうなるのも当然か……。

 体力のある空が居てくれればこんなことにはならなかったろうな……。いや、今いない奴のことを考えていてもしょうがないか。俺が息を荒げて疲れていると、三玖が何かをし始めている。

 

「こんな顔の人を見ませんでしたか?」

 

 なるほど、五つ子って便利だな……。

 そんなことを思っていると……。どうやら、ホテルで泊まっているのを見かけたと言う人が居たようだ。

 

 

 

 

 

 

「な、なんであんた達がいるのよ!?」

 

「部屋に鍵を忘れたって言ったら、開けてくれた」

 

 二乃はセキュリティに関してグチグチ言いながら、俺達の方を見る。そこまで怒ってるって訳じゃないんだな……。

 

「ほら、帰った!じゃないと、部屋に変な奴らがいるって言うわよ!」

 

「は!?なんだよそれ!お茶の一つも出してくれないのか!」

 

「当たり前よ!とっとと帰った!」

 

 こいつなんでこんな必死に俺達を帰そうとするんだ……?昨日の喧嘩のせいか……。いや、本当にそれだけなのか……?

 

「二乃、お前は誰より家族を愛しているだろ。だったら……」

 

「昨日も言ったでしょ。私のこと知った風な口聞かないでよ!私はね……!」

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達と出会わなければ良かったと思っているのよ!」

 

 

 

 



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第5章 五つ子と七つのさよなら
長女の思い


「なんだよ、こんなところで呼び出して」

 

 放課後の誰もいない教室に呼び出された俺。

 

「えっとね、空にどうしても言いたいことがあるんだ」

 

 

 

 

「空ってさ、私のこと好き?」

 

 そして、そんなことを言われた俺は初めてアイツが好きなんだと言う実感が湧いた。

 

「多分、そうだと思う……」

 

 情けない言い方で返したのは俺だった。

 俺はアイツを守りたい存在だと認識していたつもりだったが、きっとあの時の俺にとって守りたい存在でもあり好きな相手だったんだろう。

 

 だけど……。

 俺はあいつに裏切られた。どういう経緯でそうなったのかは知らないが……。あの感じだと、最初からあいつは俺のことを騙そうとしていたのかもしれないと俺は思っていた。

 

「ごめんね……。キミって、優しすぎるんだよ。だから気づかなかったんだと思う」

 

 心の中でふざけんなと言う気持ちがいっぱい、いっぱいだった……。俺はあのとき初めてこいつが俺のことを裏切ったというのを理解できたのだ。

 俺はアイツに対して色々と言いたい事はあったのだ。だけど、その日の俺はもう出る言葉がなかったんだ。俺はそのままその日泣きながら家に帰った。そして、その日のうちに俺はもう彼女なんか作りたくないと思ってしまったんだ。

 もう二度と騙されたくない。裏切られたくない。その気持ちが強くなったんだ。あいつらと出会うまでは……。

 

 

 

 

「あ、あの大丈夫ですか!?」

 

 俺がこの町に来てからあまり人を信じないようにしていた。それは過去のように裏切られるのが怖いからというのが強かっただろう。だけど、熱を出して倒れたあの日……。俺は久々に人の優しさというものに触れた。らいはちゃんと上杉に助けられたことにより、甘っちょろい俺は少しだけなら人を信じてもいいかもしれないと思うようになったのだ。

 

 そんな夢を見ていた俺は携帯電話がずっと鳴っているのに気づいて俺は携帯電話を取る。

 

『もしもし、一花なんだけど……。ごめんね、朝早く……』

 

 俺に電話をかけてきた相手は一花だった。

 五つ子か……。そんなことを思いながら、俺は電話に出続ける。

 

『体の方はもう大丈夫?』

 

「ああ……大丈夫だ」

 

『そっか、なら良かった。ところでさ……』

 

 一花は安心したのか息を吐いた後に言う。

 

 

 

 

『二乃と五月が喧嘩したっていうことは知っている?』

 

 二乃と五月が喧嘩した……。

 その件は上杉が何度か連絡をよこしていたから、俺は知っていた。でも、俺はそれに対して返していいのだろうかと思いつつ、俺はあいつらの家庭教師として失格な人間だと思っていたからこそ連絡はしなかったのである。

 

「知っている……」

 

『そっか、フータロー君も結構頑張ってくれてるみたいだからさ。もし、良ければソラ君も力を貸して欲しいの……』

 

 俺にこいつらの家庭教師を名乗る資格があるのだろうか。そんなことばかり考えている俺は、遂に一花にそのことを言う。

 

「俺はお前らの家庭教師として不出来な人間だ。俺にお前らの家庭教師を名乗る資格はない」

 

 

 

 

『そんなことはないと思うよ』

 

 俺は一花のその言葉に声を詰まらせる。

 そんなことはないと思う……。どういうことだろうかと思いながら、一花の話を聞き続ける。

 

『ソラ君は現に私達五つ子を再び繋いでくれたでしょ』

 

 俺が五つ子を再び繋いだ……?

 そう言えば、五月にもそんな事を言われたのを思い出した。

 

「姉妹がこうして一つのことで輪になれたのも久々ですから」

 

 そう三玖の本音を聞けたあの日、俺が五月に言われたあの言葉だ……。

 結局俺はあの言葉の意味を五月に聞くことは無かったが俺はあの言葉の意味が分からなかった。結局のところあいつらが一つの輪になれたのは俺のおかげではなく、あいつらがそう望んだからだろうと俺は思っていたのだ。

 

「俺は何もしていない……」

 

『ソラ君はそう思っているのかもしれない。だけど、三玖を助けられたのはソラ君のおかげなのは間違いないよ』

 

 俺が三玖を助けた……。

 確かにそうかもしれない。でも、俺は怖いんだ。もし、これ以上五つ子と関わってしまえばあいつのことを今以上に思い出してしまうかもしれない。何より、俺の中で女なんか信用できないと思っていた自分を偽りたくないと思っていたのだ。

 

『ソラ君が何で悩んでいるのかは分からない。でも、私達は力になれることぐらいのことはできるよ』

 

 力になれることぐらいのことはできる……。

 俺はその言葉に悩んでいた。もしかしたら、過去の自分を捨てて新しい自分を作るときが来たのかもしれないと思っていたからだ。そして、俺の本音が一花に対して漏れる。

 

「俺は……」

 

 

 

 

「俺は人を信用できないんだ。怖いんだ、かつてのように裏切られると思ってしまって……」

 

 俺は今思っている本音を一花にぶつけた。一花は俺の言葉に何も言わずそっと答えてくれた。

 

『そっか……。でも、ソラ君は人を信じられてると思うよ。きっとソラ君が一番それを分かってると思う』

 

 俺が人を信じられる……。

 そんな訳ないと思っていると……。だが、俺はあることを思い出した。

 

 そう、それは……。俺は五つ子と居るとき、こういうのも悪くないと思っているときの方が多かったのだ。俺は心の底では五つ子という人間を信頼していたのだ。俺はそれに今気づいてしまったのだ。そして、俺は一花にこう告げる。

 

「一花、ありがとう……」

 

 俺はそう言い、電話を切る。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「四葉、お前試験週間に入ったら陸上辞めるんじゃなかったのか!?」

 

 朝偶々見かけた四葉のリボンを俺は掴みながら四葉に言う。

 

「す、すみませんー!上杉さん!で、ですが頼まれたことですので!」

 

「待て、まだ話は終わってねえぞ!」

 

 俺は追いかけようとするが……。追いつけず、息を荒げながら消えゆく四葉の姿を見つめることしかできなかったのである。それから、立ち上がろうとしたとき誰かが俺の頭を触る。

 

 

 

 

「よぉ……上杉」

 

 何処かで聞き覚えがある声が聞こえた俺が後ろを振り返ると、そこに立っていたのは……。

 

「久しぶりでいいのか……。こういう場合は……」

 

 ……空だった。

 

 

 

 



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三女の笑顔

「久しぶりでいいのか……。こういう場合……」

 

 場所は校庭……。

 四葉を追いかけようとしていた上杉を止めたのは俺だった。俺はあいつになんて顔をして会えばのいいか分からなかった。でも、結局そんなものは時間が解決してくれる訳もなく俺はあいつにすぐに話しかけた。

 

「空……!?」

 

 上杉は俺が此処にいることに驚いているのか、本当に俺なのかと目を擦っている。

 そして、擦った後に俺が此処に居ることにやはり驚いている様子。当然か、俺は逃げたんだからな。

 

「すまなかったな、お前に色々面倒押し付けちまって……」

 

 でも俺はもう逃げない。

 目の前で起きていることに対して……。そして……。

 

「そこは別に構わないが……もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 俺は今一度人間を信じてみたい。

 時には笑ったり、喧嘩したり色々あるかも知れないけど俺はもう一度人間を信じることにしたんだ。

 

「そういや、さっきまで四葉がそこに居たが……。俺が追いかけた方がいいのか?」

 

 先ほどまで上杉と四葉が話している姿を見ていた俺は上杉に聞く……。

 

「ああ、頼む。俺だと多分途中で息切れを起こすと思うからな」

 

 「了解」とだけ伝え、俺はまだ見えている四葉の姿を追いかける。

 走り出すまでに色々な感情が蠢いていたが走り出した瞬間、そんな感情は何処へやら風の如く消えていった。やっぱり、走ることはいいな。楽しくてたまらねえ。四葉もこんな感情で走っているんだろうか。運動神経の良いアイツのことだ。きっと走ること以外でも生を実感しているんだろうな。

 

 

 

 

「よっ、四葉」

 

「え!?わ、脇城さん!!?」

 

 四葉に追いついた俺は並走しながら四葉と走っている。制服と言うこともあってか、動きにくいがなんとか俺は走れている。ただ、Yシャツが汗まみれで匂いがとんでもないことになってそうで怖いが……。

 そして、四葉も上杉同様に珍しいものを見たかのような表情で俺を見ている。当然か、学校にも来ていなかったんだからな。楓姉は俺のそんな姿を見て昔を思い出していたかもしれないな。と思っていた。

 楓姉には迷惑を掛けちまったな……。

 

「駅伝出るのか?」

 

「な、なんで知ってるんですか!?」

 

 恐らく、四葉は情報の整理で色々と頭を使っている状態だろう。もう会うことはないと思っていたかもしれない俺の存在と俺が何故か駅伝に出るということを知っていることについて……。その両方で頭がパンク寸前になっているだろう。

 

「なんでって先頭走ってるのは江場だろ?俺あいつのこと知ってるからさ」

 

 知ってると言っても江場のことなんてあんまり知らないが……。

 知っていることといえば、陸上部で駅伝目指しているということぐらいだろう。ぶっちゃけ、それしか知らん。

 

「四葉、走るの楽しいか?」

 

「はい、楽しいです!」

 

 楽しいか……。

 四葉の顔や目を見る限り、その言葉に嘘偽りはなさそうだ。

 

「そうか、それを聞いて安心した。でも、あんまり無茶はすんなよ」

 

 俺はそれだけを伝えて、四葉とは反対方向を歩き始める。

 四葉のことだ。自分を認めてくれた人達の前では無茶してでも頑張ろうとするのは考えられる。だから、俺はそれだけを伝えて学校の方に戻って行く……。

 

 

 

 

 学校に戻り、俺は昇降口に入り靴を下駄箱に入れようとしたときであった。

 

「やっほ、ソラ君」

 

 俺に何の躊躇いもなく、声を掛けて来たのは一花だった。

 

「一花か、この前はありがとうな」

 

「ん?この前のこと……?ああ、全然気にしなくていいよ」

 

 一花は理解していたが俺に特に何も言わず、その言葉を返してきた。本当は色々と聞きたいことがあるだろうに俺に気を遣ってくれているんだろう。俺は、靴を履き替え終えるともう一人俺の前にやって来た。

 

「脇城君!?」

 

 俺がいるのに驚いているのかそう言う五月。

 

「脇城君、体の方は大丈夫なのですか?」

 

 俺のことを心配してくれていたのか五月が言ってくる。

 

「ああ、安心しろ」

 

 五月は「良かった」とでも言いたげな表情を見せている。

 俺はそんな顔をされて、少し嬉しく思っていた。

 

「ほら、ソラ君こんなところで油売ってる暇ないよ。行くところあるでしょ」

 

 そんなことを言いながら、俺の背中を押す一花。

 行くべき場所か……。確かにあるが、まだ心の準備が出来ていない。だが、そんなことを言っている暇はないだろう。早くあいつらに会わないとな……。三玖達のことを考えながら、俺の背中は一花に押され三玖がいる教室の前まで連れて来られる。

 それから、俺は一花が三玖を連れて来るのを待っていた。

 

 

 そして、その時は訪れた……。

 三玖は俺を見て、目を大きく開けて驚いている様子だった。何かを言おうとしていたのは伝わっていたが、俺はその言葉を待たずに頭を下げていた。

 

「すまなかった、三玖……」

 

 俺は頭を下げ、三玖に何を言われようがそれを受け入れるつもりだった。

 

「顔をあげてソラ……」

 

 返って来た言葉は優しい言葉だった。

 俺は恐る恐る顔を上げながら三玖の方を見る。三玖の方を見ると、三玖はとても笑顔でこちらを見ていた。その笑顔に俺は眩しさすら感じていた。

 

 

 

 

「ソラがこうしてまた帰って来てくれて嬉しいよ」

 

 

 

 

 

 

「だから、また勉強教えてね……」

 

 ――俺はその言葉に無言で頷くのであった。

 

 

 

 



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次女との話

 三玖と軽く雑談を済ませた後、俺は一花達と別れて自分のクラスの教室に戻る。

 

「あっ、空じゃん。サボってたの?」

 

 教室に入ると、スマホを弄っていたギャルっぽい女子に声を掛けられる。

 こいつは確か、二乃とよく一緒に居た奴か……。

 

「そんなところだ。二乃の奴が何処に居るか知ってるか?」

 

「二乃……?学校には来てないよ」

 

 二乃の奴、学校に来ていないのか。

 当然か、俺や上杉に会う可能性も高いだろうからな。

 

「何か伝えたいことがあるなら、連絡しておく?」

 

「いや、連絡先は知っているから別にいい」

 

 と言っても、俺が連絡しても連絡は付かないだろうな。最悪、拒否されている可能性が高いだろう。

 しょうがない、学校が終わったら四つ子にあいつが何処に居るのか聞いてみるか。

 

 

 

 ――放課後。

 学校が終わった俺は二乃の居場所を聞く為に五つ子のクラスに向かっていたのだが……。

 

「少しいいかな」

 

 一花のクラスを目指していた俺に話しかけてきたのは江場だった。

 

「なんだ、駅伝の誘いか?余程人が足りてないんだな」

 

「言ってくれるね。今は四葉さんって言う天才が入ったからいい成績が残せること間違いなしだよ」

 

 あいつが天才か……。

 あいつでも天才だと言われることがあるんだな……。少しあいつのことを揶揄しながら俺は鼻で笑う。

 

「そうかよ、なら人材には困ってないだろ」

 

「それが一人の子が駅伝に出場できるか分からなくなったんだ。それでどうかな?」

 

 分かってはいたが、俺に駅伝に出ないかと言う誘いってことか。

 ……駅伝か。俺の場合、あんまり駅伝に向いている訳ではない。それに、俺にはやるべきことがある。なら、此処は……。

 

「悪いが、保留にしておいてくれ。俺は急いでいるから此処で失礼するぞ」

 

 あいつと別れる際、四葉のことを何か言おうとも考えたが、そこまで出過ぎた真似はしなくていいかと思って何も言わず俺はその場を去り、俺は一花のクラスに向かう。

 

 

 

 

「あっ、やっほーソラ君」

 

 一花のクラスに入ると、クラスの人気者である一花に話しかけるまでにかなり時間が掛かったが俺の存在に気づいた一花が俺に話しかけてくる。

 

「二乃の居場所知ってるか?」

 

「二乃の居場所かぁ……。私はあんまり詳しく知らないんだよね。確か、三玖なら知っていると思うよ」

 

 三玖なら知っているか。

 なら、クラスに行くのも面倒だから三玖にメールで二乃の居場所を知っているか、聞いてみるか。最初からこの方法を取った方が早かった気もするが気のせいか。

 

「二乃の居場所知ってるか?」

 

 と俺は連絡する。

 すると、すぐに返信が返って来る。

 

「二乃の居場所?ホテルに泊まっているよ」

 

 と言いながら、場所を地図をスクショしながら俺に返信を返してきた。

 俺はそれを見て「ありがとう」とだけ返し、向かおうとするが三玖からすぐに返事が返って来てそれを見る。

 

「多分、ソラ一人で行ったら中に入れてもらえないと思うから私も行くよ」

 

 と返信が返って来る。確かに俺一人が言って、「中野二乃」って奴居ますか?って言われても応対してくれないだろう。なら、此処は三玖と一緒に行くのが最適だろうな。俺は三玖を待つために昇降口にて待つ。待ちながら、俺は色々と考え事をしていると三玖が来る。

 

 

「それじゃあ、行くか」

 

 と言いながら、俺と三玖は歩き始める。

 しかし、三玖が止まり俺はどうしたのだろうか?と思いながら、待っていると……。

 

 

 

 

「ソラに言いたいことがあったんだ」

 

 俺に言いたいこと……?なんだろうか……?

 

「ソラが元気で良かった」

 

 その言葉を言われて俺は笑みを浮かべていたような気がしていた。

 俺達は色々と話しながら、二乃が居るホテルに向かう。

 

 

 

 

「此処だね、二乃が居るホテルは……」

 

 二乃が止まっているホテルを俺達は下から見上げる。

 どうやら、二乃が止まっているホテルはかなり高級そうな感じなホテルのようだ。根拠にして良いのか分からないが、厳重に警備員もいるようだ。さてどうやって三玖が二乃の居る部屋に入るのか見せてもらうかと思いながら俺は変装した三玖の姿を見ながら俺はその後を着いて行こうとしたが……。

 

「なっ!?またあんた来たの!?」

 

 先にホテルに入った三玖にロビーに出てきた二乃が気づいて言う。

 俺はそれを見てから、俺は三玖に近づくと二乃はこちらに気づいて一瞬チラッと見ていた。

 

「それであんたは何しに来たの」

 

「俺は……」

 

 決意を固めるかの如く、拳を強く握り締め俺は二乃をしっかりと見る。

 

 

 

 

 

 

「謝りに来たんだ。俺が悪かった、俺は自分が思った以上に不甲斐ない奴だった。すまなかった……」

 

 俺が深々と頭を下げると、二乃は溜め息を吐いていた。

 二乃になんて言われようとも俺は受け入れるつもりだった。それが俺に与えられべき罪なのだから。

 

 

 

 

 

「こんなところであんたの情けない姿を晒されたら周りが迷惑するわ。部屋入るわよ」

 

 俺はそう言われた声を聞いてから、二乃に部屋に案内された。

 

 

 

 

「言っておくけど、あんたの謝罪を認めた訳じゃないから」

 

 部屋に案内された俺達は二乃に出された紅茶を飲みながらその言葉を聞かされる。

 

「別に構わねえよ……。それで単刀直入に聞くが家に戻る気はねえのか」

 

「当たり前よ、あんたの謝罪を待っていた訳じゃない。待っているのは、あんた達が家庭教師として消えてくれることよ」

 

 俺達が家庭教師として消えてくれることをか……。

 一花や上杉から大方話は聞いている。でも、俺達が家庭教師として消えてくれることが目的ってのはどういうことだ……?

 

「まだそんなこと言ってる……」

 

「当たり前よ、私はこんな奴らなんかと会わなければ良かったと思ってるのよ」

 

 かつての姉妹を取り戻したいからか……。いや、違うだろう。だったら、なんだ。駄目だ、こればっかりは思いつかねえ。俺は二乃のことをよく理解しているつもりだったが、三玖のときと同じだ。まるで分かっちゃいなかったんだ。

 

「じゃあ、なんでソラを部屋に入れたの」

 

「そ、それは……」

 

 二乃は三玖に俺を何故部屋に入れたのかと言われて言葉に悩んでいた。

 

「偶々暇だったからよ。話し相手も居ないし……」

 

「あっ、そう。五月に謝る気はないの?」

 

「それは絶対に嫌!」

 

 五月とは謝る気がないか……。

 当然か、と思いながら俺は息を吐いて立ち上がり三玖の方を見る。

 

 

 

 

「仕切り直すぞ、三玖」

 

 これ以上居ても進展はしないだろうと思った俺は三玖にそう提案する。三玖も俺の考えが分かったのかすぐに動く。とりあえず今日は謝罪できただけ良かったとするかと思いながら、俺は三玖を連れて帰ることを選択する。

 

「それじゃあ、また来るぞ二乃」

 

「もう来なくていいわよ!」

 

 帰り際、それだけを伝えて俺と三玖を帰ることにした。

 俺もまだまだだな。二乃の奴のことを分かった気のようになっていたつもりだったが、まだあいつのことを理解できていなかったんだから。でも、あいつのことを理解なんてできるのだろうか。三玖のことを気づけなかった俺だ。

 二乃のことなんて……。

 

 

 いや、そんなことを考えてちゃ駄目だ。分からないなら、あいつのことが理解できるようになればいいんだ。俺はそう思いながらも、三玖と共に帰り決意を固めていたそのときある奴から連絡が来る。

 

 

 

 

 

 

「話がしたいから来て」

 

 そう連絡してきたのは二乃であった。

 俺はその連絡を聞いて二乃が居るホテルに向かった。

 

 

 

 



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五つ子の形

「で話ってなんだよ……」

 

 二乃に案内されるがままに部屋に来ると床は濡れており、若干であるが川臭い匂いがしている。誰かが此処に来ていたのだろうか……。

 

「さっきは三玖が居たから聞けなかったんだけど……」

 

 「ソファー座りなさいよ」と言われ、俺はゆっくりと座る。

 そして、俺に二乃は紅茶を用意する。

 

「あんた何かあったの……?」

 

 若干濡れている床を再度見て俺はなんとなくだが誰が来ていたのか分かった気がしていた。ただ、それを口には出さず二乃に聞くこともなかった。

 

「どうしてそんなことを聞きたいんだ?」

 

 別に二乃に話してもいいとは思っていた。

 しかし、その前に何故そのことを聞きたいのかを俺は確認した。

 

「興味があるのよ。今のアンタはまるで最近までのアンタと違う気がしたからよ」

 

 言葉では表せないがって奴か……。

 俺はその言葉を聞いて俺が何故吹っ切れたのかを話そうと考えた。

 

「そうか……。なら話してやるよ」

 

「俺はかつて好きだった女が居たんだ」

 

 あいつの事は今でも思い出すことはある。

 

「でも俺は裏切られたんだ。好きだった女にな……」

 

 でも今は思い出してもしょうがないだろうと思うようになった。

 

「だから俺は女を信用できなくなっちまったんだ」

 

 

 

 

「でも、今は違う。面と向かって言うのは恥ずかしいが、お前らを見て気づいたんだ」

 

「お前ら五つ子なら信用できるってな」

 

 こうして面と向かって言うのは恥ずかしかった。

 でも、言って後悔はなかった。心が涼しくなっていたから。二乃は先ほどまで紅茶を飲んでいたが俺が話を始めてからピクリとも動かずに話を聞いていた。

 

「そう……。なら、私も言いたい事がある」

 

 

 

 

「ごめんなさい、事情も知らないで……」

 

 二乃は俺に頭を下げて来た。

 俺はその姿の二乃を見てすぐに二乃にこう言う。

 

「頭上げてくれ、俺に謝罪するなんてお前らしくねえじゃねえか」

 

 そう言われると、ニ乃は頭を上げてくる。

 正直言って、二乃が謝罪してくるとは思わなかった。

 

「謝って当然よ。アンタはその子に裏切られて辛かったのね……」

 

 辛かった……か。きっとそうだろうな。

 俺は立ち上がり、二乃が居る方のソファーの方に行く。

 

「アンタの話を聞けて良かったわ。丁度良く泣ける話が聞けた」

 

 二乃の方に行くと、俺の目にはテーブルに置いてある破られた後がある紙が目に入る。

 

「そうかよ。ところでこれは問題用紙か?」

 

 やったような痕跡が残っている。

 どうやら先ほどまで二乃は勉強をしていたようだ。

 

あいつ(上杉)には悪いとは思っていたのよ……」

 

 どうやら思っていたより上杉のことを嫌っている訳じゃないようだ。

 このまま行けば良い方向に行くかもしれないと俺は思っていた。

 

「そうか。なら期末試験の方は大丈夫そうだな……」

 

 俺は感心しながらその問題用紙を見ていた。

 

「ねぇ、アンタに一つ聞いてもいい?」

 

 問題用紙を見終えた俺に二乃は真剣な様子で聞いてくる。

 その顔を見て、俺は二乃の隣のソファーに座って無言で頷く。

 

あいつ(上杉)が言ってたの。人が変わっていくのは避けられない。過去を忘れて受け入れないといけないって……」

 

「アンタはどう思う?」

 

 此処に来ていたのは上杉だったのか……。

 そして、上杉が二乃に言った言葉か……。過去を忘れて受け入れいないといけない。こんなことを聞いて来ると言うことは、二乃は変化を恐れているということだろうか……。

 

「確かに人間は変わる生き物だ。俺もそう思う」

 

 俺が変われたようにきっと他の人間も変わって行くのだろう。

 

「そう、あんたもそう言うのね」

 

「分かってるわよ、人は変わらなくちゃいけないって……」

 

 二乃は何か言いたげにしながら俺を見ている。

 それに気づいた俺はこう付け加える。

 

「でも変わりたくないなら変わる必要なんてものはないんじゃねえのか。大切なのはお前ら五つ子が五つ子としてあるべき形になっているのが一番なんだからな」

 

「私達が私達としてあるべき形にか……。随分と難しいことを言うわね」

 

 確かに難しいことなのかもしれない。

 でも、俺が見てきた五つ子ならきっとそれは簡単なはずだと思っていた。

 

「でも、アンタの言いたい事分かる気がするわ」

 

 二乃は納得でもしたのか、そう言いながら俺に言ってきていた。

 それから俺は二乃と色々と話をしていた。

 

「アンタそういえば学校には来ているの?」

 

「来ている」

 

「そう、なら私も明日学校に行くわ。いつまでも休んでる訳にはいかないでしょ」

 

 俺はその言葉に「そうか」とだけ答えてその場を去った。

 二乃は俺と話して何か思うところがあったのかもしれないなと思いながら俺はその日ホテルを出るのであった。俺はその後、今日あったことを上杉に伝えて、そのまま熟睡するのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「終わったー!」

 

 勉強を終えた四葉が横になりながら勉強を終えると、三玖と一花が褒め称えていた。

 

「今頃五月と二乃も勉強しているのかな?」

 

「そうだね。四葉携帯鳴ってるよ」

 

 一花がそう言うと、四葉は「五月かな?」と言いながら携帯を見ていた。携帯を見た四葉は「あっ、陸上部の部長だ」と言いながら、四葉はお風呂場の方へと行くのであった。

 

「当事者同士で解決した方がいいと思っていたけど、やっぱりそうも言っていられないみたいだね」

 

 自分のことは自分で解決させるべきだと考えていた一花であったが、そうも言っていられないと四葉や二乃達の姿を見て思っていたのである。

 

「三玖。私も頑張るから、お互いにできることをしようか」

 

「そうだね、一花」

 

 

 

 



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次女の決意と四女の気持ち

「今日は一日お疲れ様。だけど、みんなまだまだ伸び代があると感じたよ」

 

 朝の走り込みを終え部室に戻って来た部長は私達に話していた。少し前まで上杉さんが一緒に走っていたけど、後で私は上杉さんに謝りに行こうかなと考えながらその話を聞いていた。

 

「そしてこの土日で合宿を行う」

 

 土日で合宿……?その言葉を聞いたとき、私は一瞬焦りを感じる。どうしよう、もし土日の合宿に参加したら期末試験は赤点を回避できないかもしれない。焦りを感じていると、周りはみんな部長の言葉を聞いて「試験さえ赤点を取らなければ大丈夫か」と言った感じになっていた。

 

 私は部長に言われた「立派なランナーにしてあげる」と言う言葉にそのまま二つ返事で返すことしかできなかった。私は部室でただ一人立ち尽くしていると、部室の前で話し声が聞こえてくる。聞こえて来た話し声は部長と聞き覚えがある声だった。

 

 

 そう、脇城さんだ。

 「なんの話をしているのだろうか?」と思って聞いていると、どうやら脇城さんも駅伝に参加するらしい。部室前に居た部長が居なくなったのを見て私はまだ部室前に立っていた脇城さんに話しかける。

 

「あ、あの脇城さん」

 

 私は部室から顔をひょっこりと出しながら脇城さんに話しかける。

 

「まだ部室に居たのか、大丈夫か四葉?」

 

「は、はい!体の方は全然大丈夫です!」

 

 私は作り笑いかのような笑顔を見せつけ、脇城さんに笑いかける。

 

「そうか、あんま無理すんなよ」

 

 脇城さんはそれ以上私に何も言わずにただ私に手を挙げて帰って行くのであった。私は脇城さんの後ろ姿を見送りながら、その場で色々のことを考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝……。合宿当日……。

 私は歯磨きをしながら、上杉さんに携帯でメールを送ろうとしていた。しかし、送ろうかと思った直後で「やっぱりやめよう」と思ったのである。

 

「送らないの?」

 

「うわぁっ!?もう!一花やめてよ!」

 

 いきなり現れた一花に私は驚いて携帯を滑って落としそうになるがそのまま手で掴む。一花の方を見ると、揶揄うように笑っていた。

 

「歯ブラシ貸して。お姉ちゃんがゆっくりと磨いてあげる」

 

 そんなことを言われ無理矢理歯磨きをされる。私は「やめてよー」と言った。

 

「ほら無理してるから口内炎できてるよ」

 

 「私無理なんてー」と再び作り笑いを見せる。

 しかし、一花には気づかれた。

 

 

 

 

「どれだけ大きくなっても四葉は妹なんだから。お姉ちゃんを頼ってくれないかな……」

 

 その言葉に私はそのままこう口にする。

 

「部活、辞めちゃ駄目かな……」

 

 甘えかも知れないその言葉に一花はこう返してくる。

 

「やめてもいいんだよ」

 

 やめてもいい……。

 私はその言葉に揺らいでいた。どうしようと……。でも、すぐにそんなのは駄目だと思った。

 

「で、でも私がやめたら迷惑掛かっちゃう!やっぱり私頑張らなくちゃ……!」

 

「そんなに無理しなくてもいいんじゃない?四葉もまだお子様なんだから我慢しなくていいんだよ」

 

 と言いながら、私に見せてきたのは私が持っているお子様パンツである。

 

「あっー!もう二人が来たときには絶対に見せないでね!」

 

 私は取り乱しながらも、一花に言い一花は「はいはい、分かってるよー」と言いながら片付けるのであった。無理しなくていいか……。私、本当に部活やめてもいいのかな……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『笑ったり、怒ったり、悲しんだり、一人一人違う経験をして足りないところを補い合い、私達は一人前になろう』

 

 三玖が言っていたあの言葉……。昔の三玖だったらこんな言葉が出るなんて考えられないだろう。きっとこれが変化って奴なのかも……。そっか、過去は受け入れて今を受け入れるべき……。いい加減覚悟を決めるべきなのかもしれない。

 

 だから私は過去と断ち切る為に……。

 この髪を切る……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「くそっ……上杉の奴らなにしてんだ……。もう時間ねえぞ……」

 

 俺は今陸上部の駅伝の土日合宿の参加する連中の中に混じっている。俺は目の前で「どうしよう」となっている四葉の姿を見ながら、貧乏ゆすりをして上杉達が来るのをひたすら待ち続けていた。そして、何故俺が陸上部に居るかと言うと少し前に俺は陸上部の手伝いをすることに決めたのだ。四葉の気持ちを少しでも軽くしてやろうと思ったからだ。

 そして、俺は四葉に何か声を掛けてやろうと思ったが生憎その言葉も思いつかずただ上杉達が来るのを待っていた。

 

「それじゃあ皆行こうか」

 

 マズい、出発し始めた……。

 四葉の奴を見る限りまだ迷っている様子だ。

 

「痴漢だー!痴漢が出たぞー!!」

 

 何処かで聞いたような声が聞こえて俺はすぐに誰の声なのか理解できた。

 この声は間違いない。上杉の声だ。

 

「痴漢!?そこの人止まりなさいー!」

 

 恐らく上杉の作戦だろうが、その作戦通りに四葉は走り始め上杉を追いかける。どういう作戦なのか知らないけど、これなら少しは時間を稼げるだろう。他に役者が居るのか知らないが後は頼むぞ。

 

「江場、四葉が帰って来るまで少し待たないか?」

 

 と俺は言い四葉が居ない間の最低限の時間稼ぎをする。

 

「……そうだね。まだ時間はあるし、待っていようか」

 

 江場は納得し、少しの間だけ待つことに決めたようだ。

 それから少し時間が経ち、息切れしたような声が聞こえ「アハハ」と言う笑い声が聞こえてくる。

 

「逃げられちゃいました……」

 

 ……五月か。髪型ですぐ分かったが五月か。

 だが正直言って五月でやり過ごせるだろうか。俺の中で一抹の不満があったのだ。そう、それは先ほども言ったが……。

 

「私、部活を辞めたいです」

 

「……貴方四葉さんじゃないでしょ。なんで別人が中野さんのフリをしているの?」

 

 

 

 

「だって、髪の長さが違うんだもん」

 

 そう髪型だ。五月と四葉では髪型が違う。連れて来るならせめて一花か三玖だろうと思いながらも俺はその場でどうするかを考えていた。

 

「みなさん、ご迷惑をお掛けいたしました」

 

 と言いながら現れたのは本物の四葉。

 四葉の奴、このまま無理して合宿に行くつもりなのか……。

 

「でも私が辞めたいのは本当なんですけど……」

 

 江場はその言葉に少し取り乱しながら「なんで……?」と聞いていた。

 

「なんでって……。調子のいいこと言って私のこと何も考えてないじゃないですか」

 

 この言い方……。はたして四葉なのだろうか。いくら江場に対して色々と思うところがあったとしても四葉ならこんな言い方はしないだろう。となると、五つ子の誰かが四葉に変装しているのか……?

 

「そ、そんなつもりじゃ……」

 

「そもそも前日に合宿を決めるなんてありえません」

 

 

 

 

 

「マジありえないから」

 

 江場はそのまま萎縮し、「はい、ごめんなさい」と言う。

 この言い方、まさか二乃……。いや、でもこんなに髪短かったか……?

 

「後、この人借りていくから」

 

 四葉と思われる人物は俺に近づいてくる。

 

「え?いや、でも彼は……」

 

「私彼と付き合ってるんで、いいですよね?」

 

 肩を組み、「合わせろ」とでも言いたげにしながらこちらを見てくる。俺は無言のまま頷く……。

 江場の方を見ると、そのまま「は、はい」と言って俺はそのまま四葉と思われる人物に連れられて俺は上杉達が居る方に連れられてくるのであった。

 

「お前、二乃だろ」

 

 推測ではあるが、二乃と言う。

 

「よく気づいたわね。後、さっきの言葉だけど勘違いしないでよね」

 

 俺は「分かっているよ」と言うと、二乃はリボンを外しいつものリボンを結ぶ。

 二乃の奴、髪を切ったのか……。しかも、此処まで短く切ったと言うことは変化と言うものを受け入れて覚悟を決めたってことか……。

 

「私は言われた通りやったけど、これでいいの?本音を話せば彼女達も分かってくれるわはずよ。あんたも変わりなさい。辛いけどいいこともあるわ」

 

「うん、行ってくる」

 

 四葉は覚悟を決めて自らを変える為に江場達の方へと行くのであった……。俺はその後ろ姿を見ていると、一花が俺に近づくのであった。

 

 

「邪魔するのも悪いし、行こっかソラ君」

 

「そうだな……」

 

 二人っきりになっている二乃と五月の姿も見た後、俺は一花達を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「三人共、ありがとうな……」

 

 暫く歩いた後、俺は口を開く……。

 

「ん?別にお礼を言われるようなことはしてないよソラ君」

 

 一花はあのときと一緒のような返し方をしてくる。一花は優しいんだなと思っていた。

 

「そうだよ、ソラ。私達はやれることをやっただけだよ」

 

 俺はその言葉を聞いてやっぱりこいつらを信用して良かったと思っていた。俺は三人にありがとうと伝えたのは感謝の気持ちを伝えたかったらだ。

 

「そうだな、空。さて、今日も猛勉強するぞー!」

 

 

 

 



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五女との食事

「この度は御迷惑をおかけまして……」

 

 戻って来た四葉が俺達の前で土下座をしながら謝って来る。

 

「朝から大変だったねー」

 

「全ては私の不徳の致すところでして……」

 

 そのまま続けている四葉。

 完全に無視されてるな四葉の奴……。どうでもいいが……。

 

「朝ごはん食べ損ねちゃったね。帰りに買って来ればよかった」

 

 二乃が居ない間、俺がこいつらに飯を作っていた。

 飯を作って食べているときのこいつらを見ている限り、美味しかったのは間違いないと思う。

 

「でも今日はシェフがいる」

 

「誰がシェフよ」

 

 二乃が三玖の言葉にツッコミを入れていた。

 

「その前に……」

 

 

 

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

 戻って来た二乃と五月の姿を見ながら俺は達成感のようなものを感じていた。

 

「さて、こいつらも帰ってきたことだし始めるぞ。試験勉強」

 

 二乃達の言葉を聞いた後に早速動き出したのは上杉だった。

 

 

 

 

 

 

「すいません、肉丼ください!」

 

 勉強をある程度終えて、俺が今やって来ているのは大盛料理店。

 何故こんなところにやって来ているのかというと、今日の一件を終えて無事解決出来たということでその祝賀会というところだろう。後、単純に昼飯を食べに来た。

 

「ああ、俺も同じもので」

 

 一緒に来ているのは五月だけなんだが……。

 他の奴らはというと、まだ勉強を続けている。俺と五月は少し休憩がてらにこの料理店にやってきているのである。

 

「それにしても、脇城君よくこんなお店を知っていましたね」

 

 此処は住宅街の奥にあるお店なのであまり気づかないことが多いお店なのである。しかし、俺は此処に一度来たことがあった為、いつか此処に五月を連れて来てやるかと思っていたのだ。

 

「ああ、少し前にバイト先の人間に教えてもらったからな」

 

 そのことを言っていると、携帯にメールの着信音が鳴る。メールを見ると、送り相手は江場だった。何のことだろうか?と思いながらも、携帯を見ると「今日はすいませんでした」というメールが来ていたのだ。寧ろ、俺の方が「すいませんでした」と言いたい気分だと思いながらもその言葉をメールに送る。

 

 すると、次に聞いて来たのは「四葉さんと付き合ってるって本当?」と聞いてくる。「付き合ってない」と返すと、納得したのか何も送って来なかった。四葉で思い出したが、あの後結局あいつは大会にだけ出ることになったらしい。俺もさっきそんな感じのことを聞かれてそう答えたが……。

 

「それに前に約束しただろ。いつか連れて行ってやるって」

 

 確か言ったのは俺が五月に連絡先を聞いたときだ。

 

「お、覚えていてくれたんですか!?」

 

 覚えていてくれていたことが嬉しかったのかそう言う五月。

 俺は五月の笑顔を見ながら、「ああ」と答える。

 

「それで勉強の方は大丈夫なのか?」

 

 五月の勉強は今は上杉が見ている。俺も見ているときもあるが、基本的に上杉に任せている為俺は五月の勉強の出来がどの程度なのかあまり知らないのである。だから俺は聞いたのだ。

 

「勉強ですか……。私の方は順調です」

 

 五月の様子を見る限り大丈夫かも知れないが、赤点回避は流石に難しいだろう。今回はこいつらの父親から制限を設けられていない。あまり気負いすぎるのも駄目だろうが、今回は赤点を回避できたかもしれないと考えると自分の力不足を否めない。

 

「そうか、五月がそう言うなら大丈夫だろうな」

 

 力不足か……。

 俺がもっと早くこいつらの前に戻って来ていたらこんなことにはならなかったのかも知れないなと思いながら、俺は水を一気に飲む。

 

「はい、肉丼お待ち」

 

 一度だけ食べた事があるが、やはり凄い肉丼だ。と言うのも、肉が肉に包まれており、その下を捲ると更に肉が敷き詰められているのである。最早、芸術そのものような感じもする肉丼である。

 

「す、凄いですね……」

 

 小声で五月が言って来る。流石の五月もこの肉丼を目の前にしたらこう言ってくるのも当然か……。俺は「そうだな」とだけ返し、この肉丼の攻略を進める。肉を口の中に入れると当然かのようにぎっしりとしている油が俺の口の中に入って来る。その感触に若干気持ち悪くなりそうになるが、俺はそれでも水を飲みながら食べ続ける。

 

 既にしんどいが俺はそれでも食べ続ける。流石の五月もこれを食べ続けるのは不可能だろうと思いながら五月の方を見ると……。

 

「これなら幾らでも食べられます!」

 

 な、なんだと……。

 こいつの胃袋は本当にどうなってんだ……。俺は目の前に居る五月と言う女の胃袋が化け物染みていると驚くしかなかった。いや、そんなことよりこれを全部食べなければ……。この前行ったときは極限までに腹を空かせていたから全部食べれたが今回ばかりは食べれるかも分からない。ただ、俺的には残すのは駄目だろうと思っているから全部食べるつもりだ。

 

 

 

 

 この肉丼と格闘を続けること数分が経った。

 

「後もう少しか……」

 

 どんぶりの底が見えつつあることに俺は喜びすら感じている。五月はと言うと、既に食べ終えており満足しているかのような顔をしている。こいつの胃は本当にどうなってんだ。と俺は五月のことを少し気になりながらも最後の攻略に挑む。

 此処まで来れば、肉に米を挟んで一気に口の中にぶち込むのみ。

 

 

 

 

 そして、遂に完食するときが来た。

 

「ごちそうさまでした」

 

 俺は箸を置いた後にそう言いながら、完食できたことにある程度の満足感を得て水を飲む。ただ心の中で思ったことがある、二度と食いたくねえ……。

 

「会計、俺がするよ」

 

 会計が書かれた紙を持って俺は立ち上がる。

 五月は俺が会計することに申し訳なさそうにしていたがそんなことは気にせず、俺はせっせと会計に行き金を払う。

 

「すいません、脇城君」

 

「気にすんな、俺が払いたくて払ったんだからな」

 

 そう俺が払いたくって払ったから気にしないでもらった方が心が楽である。それに、バイト代だって俺は使い道なくて困っているから別にいいと思っている。

 

「飯美味しかったか?」

 

 手をポケットに入れながら、俺は五月と歩きながら喋り始める。

 

「はい!とても美味しかったです。ですが、あそこまで量が多いとは思ってもいませんでした……」

 

 俺も初めてあの店に来たときは俺もそう思っていたな。と思い出しながら、俺は五月の話を聞いていた。

 

「それにしても大丈夫でしょうか……。お昼からこんなに食べては太ってしまうかもしれません」

 

 太るか……。

 失礼な話だが確かにあの五つ子の中で一番太っているのは五月だろう。だが、そこまで気にすることはないんじゃないかなと俺は思っていた。と言うのも、そんな目立つほど五月は太っている訳ではないからだ。

 

「無理なダイエットは体が疲労するだけだから止めておいたほうがいいぞ。まあ、やりたいって言うならランニングとかなら手伝うぜ」

 

 痩せたいならランニングすることが大事ってのは聞いたことがあるからな。それに、ランニングは駅伝も出ることだしある程度走りの練習はしておいた方がいいと考えているからだ。

 

「本当ですか!?助かります!」

 

 五月は嬉しそうにしている。

 そんな五月を見て、俺は少し鼻で笑ってしまう。

 

「あ、あの脇城君!また今度こうやって二人で何処かに行きませんか?」

 

 珍しく積極的な五月に俺は「珍しいな」と思いながら、その言葉にこう返す。

 

「構わないぞ」

 

 五月と居るのも悪くないなと思いながら、そう返す。

 

「そうですか!じゃあ今度また連絡とかしますね!」

 

 五月はそう言いながら、喜色満面な顔を見せつけてきていた。

 俺はその顔を見た後に五月もこういうところがあるんだなと思うのであった。

 

 

 

 



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五つ子と期末試験

「ほらほら、どうした遅いぞ四葉」

 

 今は土曜日……。

 俺と四葉は河川敷を一緒に走っている。此処は最近俺が走る場所と決めており、此処をいつも走っている。

 

「は、速いですね!脇城さん!ですが、私も負けませんよ!」

 

 四葉は俺のスピードに追いつく為に一気に走って来る。

 此処まで速い速度で涼しい顔をして走って来るとは流石四葉と言ったところだろうか。

 

 

 

 

「ぜぇぜぇ……お前速すぎるんだよ……」

 

 走り終えた俺と四葉は互いに息を切らしており、俺が水を飲んだ後に言う。

 

「そ、そういう脇城さんこそ速かったですよ……」

 

 四葉は汗を拭きながらそう言う。

 何を言ってやがる。こんなに走ってケロッとしていやがるくせに……。そんなことを思いながら、俺は熱くなった体をタオルで汗を拭くのである。

 

「四葉、体の方は暖まって来たな。それじゃあ、今度は頭を暖めに行くぞ」

 

 俺はあいつらの家に入りながらそう言う。四葉も俺が家の中に入って行くのを見てから、俺の後を追いかけるようにしながら走って来ていた。

 

「それじゃあ、空は三玖と二乃の勉強を頼む」

 

 元々俺は二乃と三玖の勉強を引き受けていたが、今回もどうやらそのような形になるようだ。勉強の方は、最近楓姉や上杉の助力もあってようやく高校一年生レベルの頃までには戻って来ているような気がする。これも二人のおかげだなと心の中で二人に感謝しながら、俺は二人に勉強を教え始める。

 

「ソラ、此処の文法の使い方がよく分からないの」

 

 三玖がやっているのは苦手な英語だ。珍しいなと思っていたが、最近ではよく苦手な英語でも挑戦しようと頑張っている姿を見て俺も頑張らなくちゃなと思う日々が多い。それは当然二乃にも言えたことだ。

 

「ソラ、あんた此処の古典教えなさいよ」

 

 二乃も一番不得意である国語の勉強をしている。今回は古典がメインではないが、多少出るということもあって二乃はちゃんと勉強をしようとしているのである。そんな二人の姿を見て、やっぱりあのときより成長しているなと思っていた。そんなことを思っていると、携帯にメールの着信音が鳴る。メールを確認すると、あいつらの家の前に来て欲しいというメールが上杉から来るのであった。そのメールを見た俺は家の前に向かう。

 

 

 

 

「なんか用か?」

 

 上杉に呼ばれた俺はマンションの外にやって来ていた。上杉はいつにもまして真剣そうな表情でいた。これは只事ではないと思いながら、俺は上杉が話すのを待っていた。

 

「空、俺はあいつらの家庭教師を辞めようと思っている」

 

 その言葉にまだ続きがありそうな感じがして、俺はその言葉を待つ。

 

「お前が決めたことだ、咎めはしねえよ」

 

 あいつの言いたいことは分かっていた。これからはあいつの代わりに俺があいつの家庭教師として頑張って欲しいと言うことを言いたかったのだろう。あいつが家庭教師を辞めるということについて、それを咎めるつもりなんてものはない。

 

「あいつらにはなんて言うつもりなんだ?」

 

「何も言わないで消えるつもりだ。それが俺達にとってもあいつらにとっても一番良いことだろう」

 

 本当にそうだろうか……。

 俺はそう思っていたが、上杉が決めたことだ。口出しするつもりはないと思っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 次の日……。学校の屋上にやって来ていた俺と上杉。

 先ほど、上杉が「らいはに電話する用事がある」と言って抜け出してきたのだ。俺はと言うと、「少し用事を思い出した」と言って屋上に来ていた。

 

「今日をもって、俺は家庭教師を退任します」

 

 上杉は自分の気持ちを素直に言う。

 俺はその言葉を鉄格子に寄りかかりながら聞いていた。

 

「あいつらは頑張りました。ですが、赤点を回避できるほどではないでしょう」

 

 確かにこの土日に嫌と言うほど勉強を教えた。だが、それだけでは赤点を回避できるほどの実力にならなかったのは間違いないだろう。その事実を上杉は父親に教えていた。それから、少し電話をした後上杉はこう切り出す。

 

「一度、ご自身で教えてみてはどうでしょう?」

 

 上杉はそう言うと、父親はすぐに声を出してくる。

 

「知っていますか?二乃と五月が喧嘩して家を出たこと……」

 

 上杉の電話口の声が聞こえてくる。男の声は淡々としており、冷静な感じで話してるのが聞こえてくる。

 

「それだけですか?」

 

 その淡々と返って来た言葉に対して、上杉はそう返す。俺は上杉が何を言おうとしているのか、理解出来た為すぐに電話を奪う。

 

 

 

 

「少しは自分の子供のことぐらい見たらどうですか?」

 

 電話を奪った後に俺はそう言う。今回の件、父親と言う人間がちゃんとしていれば起きなかったかもしれない。そう考えたこともあったが、上杉が一番に思っているのは親としてあいつらに向き合って欲しいと思っているのを理解していた俺は冷静な自分を保ちつつそう告げる。

 

「それと、俺も家庭教師の方をやめさせていただきます」

 

 その言葉を言うと、上杉が驚いた様子でこちらを見てくる。

 

「それでは失礼します」

 

 他人の家のことなんて言えた義理じゃねえが、思った事を言うってのはこうもスッキリするもんなんだなと思いながら、俺は電話を上杉に返す。

 

「ソラ、本当に良かったのか?」

 

「今更何言ってんだ。お前が心配するのは来月の給料入るか、どうかだろ」

 

 上杉は「た、確かに」と言っていた。だが、今更そんなことを気にしていてもしょうがないだろうと俺は思っていた。

 

「後はあいつらがどうするかだな……」

 

「だな。だけど、あいつら五人が揃えば無敵だ」

 

 確かにそうかもなと思いながら、屋上を下りて行く上杉の姿を見ながらまだ少し時間があるなと思って、とあるところに電話をするのであった……。そして、電話を終えて数分鉄格子に寄りかかり、俺はそろそろ俺も自分の家のことを決着つけないといけないなと思いながら、俺は下りて行くのであった。

 



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五つ子とメリクリ

「わー、本当に働いてる」

 

 今日はクリスマスイブ。子供がサンタとか言う不法侵入者からプレゼントを貰って喜ぶ日だ。そんな喜ばしい日に俺はバイトのシフトを入れて働いていたんだが、厄日とでも言いたくなるような奴らが俺の目の前には立っていた。

 

「なんでお前らがいるんだ……」

 

「なんでって……。私達お客さんで来てるんだよ?」

 

 それを言われてご尤もだと思ってしまう俺。何処で俺が此処で働いているんだと聞いたんだこいつらはと思いながら、俺はバイトを続けていた。

 

「そうよ、私は客。アンタは店員よ。分かったなら、さっさとケーキ持ってきなさいよ」

 

 二乃のクソみたいなわがままに俺はイライラしそうになるが、他にもお客さんが居るのを思い出し俺はそのまま返事をした。くそっ、客が居なけりゃ今頃反論してやっていたがこんなところで反論している場合じゃねえ。

 

「客の邪魔にならないうちにとっとと帰れよ」

 

 とだけ言い残し帰ろうとしたときであった……。

 

「すいません、注文いいですか?」

 

 「はーい」と言いながら、駆け寄って行くとそこに居たのは……。

 

 

 

 

 空だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 上杉が働いているケーキ屋に行く数時間前。

 

「いらっしゃいませ、ケーキはいかがですかー?」

 

 スーパーの入口に入ったすぐ傍で俺達はケーキを売っていた。と言うのもそう、今日は12月24日。子供達にとってプレゼントを貰える喜ばしい日であるクリスマスイブである。

 

「ふぅ、もう疲れて来たわ。代わりの分まで頑張ってくれないか?」

 

「断る」

 

 と声を掛けて来たのは俺と同じ学校に通っている生徒であり、俺のクラスメートである橘川 真也である。因みに、こいつは陸上部に入っている。陸上部の手伝いに入る前からこいつとは絡むことが多かったが、陸上の手伝いをするようになってからは更にこいつと話す機会が増えた。

 

「こうも男が二人で寂しくクリスマスイブでケーキの購入催促してるのはなんかこう来るもんがあるな」

 

「言うな、それは……」

 

 確かに男が二人でこんな格好でクリスマスイブで「ケーキを買いませんか?」と言っているんだ、そう言われるとこっちがそんな気分になってくると思っていた。

 

「それにしても思ったよりこのコス暑苦しいわ。サンタのおっさんもこんな格好で暑苦しくないんかね」

 

「お前その歳でサンタなんか信じてるのか?笑われないうちに止めておけよ」

 

 サンタなんて居る訳ないだろと俺は心の中で思っていた。何も別にサンタの正体を知っているからではない。ただ単に小学生の頃欲しい物を頼んだのに違うものを寄こしたからサンタにはもう期待していないだけだ。と言うか、この歳でプレゼント貰える訳ないだろうし……。

 

「お前は夢も希望もないことを言うんやな。ワイの弟や妹たちが聞いたら泣いてしまうぞ」

 

 そういや、こいつの家って大家族なんだったか……。なるほど、ならサンタを信じていると言うより信じてあげてると言う言葉に変えた方がいいかと俺は思っていた。

 

「ところで真也、この作業やってから何時間が経った?」

 

「そうやな、ざっと2時間ぐらいやろ」

 

 俺はその言葉を聞いて、時計を確認する。確かに二時間ぐらい経っているかも知れないと思いながら、俺は重たい腰をあげるかの如く、動き出す。

 

「ならこの一時間でケーキを売り切れにする勢いでやるぞ。そうすれば、店長がチップくれるかも知れないからな」

 

「おっ、派手に動くんか?ええな!やったろうぜ!」

 

 先ほどまでのテンションの下がり具合から一転して俺と同じように重たい腰を上げるようにして、ニコニコな笑顔でケーキを売り始める。俺達はケーキを売り始め、早数時間が経っていた。店の方も閉店時間となり、俺と真也は片付けを始めていた。

 

「あっ、ソラ君だ。やっぱり此処で働いてるんだ」

 

 まるで俺が此処で働ているのを誰かから聞いたかのような声でやっほーと挨拶をしてきたのは一花であった。一花か、こんなところで一花と出会うとは思ってもいなかった。しかし、相変わらずこいつは元気そうだなと思いながら俺は一花に言葉を返す。

 

「それとお久しぶり、連絡ぐらいしてくれれば良かったのに」

 

 連絡か……。確かにしても良かったが、近づくなと言われている以上近づかない方がいいだろうと思っていたんだがな……。

 

「一花か、もうケーキは売れ切れたからないぞ」

 

「え!?もう売れ切れたんだ!早いねー!」

 

 先ほどまで山のようにあったケーキを売り切ったのは少しウザい手法を取ったからである。まあ、よくティッシュ配りがやるような行動を取っていたと言えば分かりやすいかも知れない。

 

「それとその衣装よく似合ってるよ」

 

「そりゃ、どうも……」

 

 俺が今着ているのはサンタのコスプレ衣装だ。正直言って、着てて辛いと思っているが俺は何も言わずにただ黙って来ていた。

 

「なんやこの女、空知り合いか?よく見たらウチのクラスにいる二乃って奴にそっくりやな」

 

 よく見なくても髪型以外はこいつら結構似ているんだよな……。と思いながら、俺は真也の声を聞いていた。

 

「二乃知ってるんだ。二乃と私達は姉妹なんだよ」

 

「へぇ、双子言う奴か……。珍しいこっちゃな……。ん?達?」

 

 一花が言っていた私達と言う言葉に対して、真也は「どういうことだ?」とみたいな顔をしながら、真剣に考えている。

 

「アハハ、ややこしいこと言っちゃったかな。私達五つ子なんだ」

 

「五つ子……。はぁ、五つ子なんか……。はぁ!?五つ子!?」

 

 指で五人と言う数字を数えながら、驚いている真也。俺もそれを聞いたとき、驚いていたなと思っていた。多分、上杉も同じことを聞いて驚いていたに違いない。

 

「それじゃあ、私そろそろ行くね!」

 

 一花は俺に手を振りながら、去って行くのであった……。

 

「不思議なこともあるもんやなぁ……」

 

 去って行く一花の姿を見ながら、真也はそう言うのであった……。

 

「真也、そろそろ行くぞ。店長に全部売り切れたことを報告しなくちゃいけねえんだから」

 

「そうやな。店長に言ってまだ余ってるかも知れないケーキを貰わんとな」

 

 ケーキか……。そう言えば、上杉の奴ってケーキ屋で働いているんだっけ。帰りに少し冷やかしにでも行こうかなと思いながらも俺は報告を終えて、作業を終えると「帰っていい」と許しを得て俺は帰りに上杉が働いているケーキ屋に行くのであった。楓姉と食べるケーキでも決めるかと思いながら、歩いているうちにケーキ屋の前に辿り着くのであった。

 

 

 

 

 

 

「あんた達、よくも私達に何も言わずただ黙って消えたわね」

 

 そして、今はその数時間後。今は外。上杉があいつらの家までケーキを配達することになったのだ。そして、俺はそれについていっている。黙って消えたことについては正直悪いと思っている。だからそのことについては何も言わず、俺はただ謝罪をするだけであった。

 

「黙って消えたことは悪かったと思っている。だけど俺はもう家庭教師には……」

 

 と言い切る前に五月が新しい家庭教師の履歴書を見せてきた。その履歴書を見る限り、プロの家庭教師であることには間違いないようだ。

 

「あんた達はこのまま私達のことを見捨てるつもりなの?」

 

「俺はチャンスを貰っておいて二度も何の成果も得られなかったんだ。だったら……」

 

 そうだ、俺達はチャンスを貰っておいて何の成果も得られず二度のチャンスを失った。二度目のチャンスはもしかしたら赤点を回避できたかもしれないと言うのに……。

 

「勝手ね。だから、プロの家庭教師に任せた方がいいって言う訳……?」

 

 

 

 

「今までアンタ達は、身勝手に私達を教えて来た。なら、最後まで身勝手のままで居なさいよ!」

 

 二乃のその言葉に俺は心を動かされつつあった。決めたことだ、曲げたくはないが二乃の言い分も間違っていないのだ。

 

「俺は辞めたんだ。もうお前らの家に入ることさえ……」

 

 そう言うと、五つ子達は止まる。止まった場所を見ると、何処かのアパートのような場所であった。何故、こんなところの前であいつらは止まっているんだ……?不思議に思いながら、俺は五つ子達の声を待っていた。

 

 

 

 

「此処が私達の家、さっきフータロー君はこう言ったよね。私達の家には入れないって……」

 

「これなら障害はないよね」

 

 その言葉の意味に俺達はただ息を呑み込む程度ぐらいのことしかできなくなっていた。上杉は「今すぐ戻れ」と言うが、五つ子達は固い決意を胸に刻んでいる様子であった。

 

「言いましたよね、大切なのは何処に居るかではなく五人で居ることって」

 

 そう言いながら、マンションのカードキーを投げ込む五つ子達。その行為に俺達は更に困惑をし始めていた。そして、そのカードキーに気を取られていた俺と上杉は足を滑らせるのであった。

 

 

 あいつらはあんなにも強い覚悟を決めて立っていると言うのに……。俺は未だに中途半端な気持ちで此処で立っていたのかもしれないと考えると、俺は自分が情けなく感じていたのである。それから、川の中に入って行った俺達を助けるべく一花達は川に飛び込むのであった。

 

「ソラ、身勝手でもなんでもいい。私達の傍に居て欲しいの」

 

「……三玖」

 

 その言葉に救われた気がしていた。かつての自分はきっと「甘い」と言葉を出して、怒るかも知れないが今の俺にとって充分救いになる言葉だったのだ。言葉に浸っていると、二乃が居ない事に気づき、俺はすぐに体が沈むそうになっている二乃を掴む。

 

「大丈夫か、二乃?」

 

「あ、ありがとう……ソラ」

 

 二乃は俺の体を掴み、二乃を一番先に川から上がらせ、次に三玖を上がらせてから俺は上がる。上がった後に、俺と上杉は互いを見つめてから笑うのである。こいつらに配慮なんてものは必要なかったんだ。最初から……。そう思うと今まで自分達がやろうとしていたことが馬鹿らしく思えて来て笑うしかないと思っていたのだ。

 

「ったく、お前らは本当正真正銘の馬鹿だな。いいぜ、こうなったらとことんやってやる!ついて来れなくなっても、知らねえからな」

 

 上杉はそう笑いながら言うのであった。その声を聞いて、俺も上杉と同じ気持ちでこれから先やって行こうと考えたのである。

 

 

 

 



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変わる勇気

今回の話、原作キャラは登場しません。


「私、貴方が好きなの」

 

 ありきたりな告白に反吐が出るほど、俺はどうでも良かった。大体、こんな番組興味ないがでは何故そのテレビを見ているのかと言うと、楓姉が見ているからである。どうでもいいけど、楓姉は京都に行く準備をしているのだろうか。

 

「大胆な告白だねぇ。空もそう思わない?」

 

「思わねえよ、てか早く京都に行く準備をしておけよ楓姉」

 

 ソファーに横になっている俺がそう言うと、「ちぇ~」と言いながら京都に行く準備を始めていた。何故、今京都に行くのかと言うと俺は自分の家のことをケリつけようと思っていたからだ。

 

 楓姉は京都に行く準備を進め始めたようだ。俺も準備大丈夫か確認しに行くかと思いながら、自分の部屋に戻るのであった……。

 

 

 

 

 

 

 今は駅。俺と楓姉は駅にやって来ていた。俺達は駅から電車に乗って京都まで目指すのであった。

 

「うぅ~。外寒いね、空」

 

 厚めのコートを着ている楓姉がそう言う。一月とは言え、結構な寒さだ。雪も降って居るし、向こうに行けば雪は降ってないだろうけど寒さは変わらないだろうな。寒さのことを気にしていると、新幹線が来て俺達はその新幹線に乗り込んだ。乗り込んだ後、指定されている席に座り俺が通路側の方で座ったのである。

 

 帰ったら爺ちゃんになんて言おうかと思いながら、俺は新幹線に乗って行った。そして、なにより父さんになんて声を掛けようとも思っていたのだ。

 

「家に帰るの久しぶりだね」

 

 確かに久しぶりだ。前に帰ったのは去年の秋ごろに一度顔を出したぐらいだろうか。そのときは結局父さんには何も言わず帰ってたけど、今回は違う。今回は父さんと話すつもりだ。

 

「なぁ楓姉、俺父さんと仲直りできるかな」

 

 楓姉にも分からないことを俺は聞く……。仲直りなんて言葉で表せる程のことじゃないけど、俺は父さんと仲直りしたいと思っていたんだ。いつも実家に電話するときは祖父が父さんの代わりに出ていた。そして、俺はいつも「父さんに伝えておいて」と言って電話を切っていった。だから、今日こそは俺はちゃんと父さんと話したいと思っていた。

 

「できるなんて気楽なことは言えないけど、ちゃんと話せばお父さんも理解してくれるよ」

 

 その言葉を聞いて、俺は強く拳を握り締め覚悟を決めていた。ちゃんと話せばか……。確かにそうかも知れないなと思いながら、俺はその話を聞いていた。それから新幹線の中で揺られながら俺と楓姉は京都向かうのであった。

 

 

 

 

 それから京都に着き、爺ちゃんがやっている和食屋まで辿り着くのであった……。駐車場を見ると、平日だと言うのに賑わっているようで何よりだ。でもまあ、正月だから当然かと俺は思いながら、ゆっくりと店を開け中へと入る。

 

「いらっしゃい」

 

 爺ちゃんの声が聞こえてきて、こちらに一瞬気づきこちらを見ていた。何を思っていたのか分からないけど、俺と楓姉はそのままテーブル席に座った。それから爺ちゃんがこちらに近づいてきた。

 

「二人共……。今日はどうしたんだ?」

 

 爺ちゃんは水を渡しながら言ってくる。ただ何かを理解していたのか俺の方を見て何か言いたそうにしていたのは伝わっていた。

 

「今日は父さんに会いに来た。父さんいる?」

 

 その言葉を言うと、爺ちゃんは「外で待ってろ」と言う言葉だけ残して父さんを呼びに行ったのか、厨房の方へと行った。俺はその言葉を聞いて立ち上がり、楓姉に「行ってくる」とだけ言って俺は外に出るのであった。

 

 外に出ると、冬の寒さを感じて俺はその寒さを感じながら父さんが来るのを待っていた。すると、裏口の方から誰かが出て来たような音が聞こえ、俺はそれが父さんだと言うのに気づき俺は深呼吸をしながら待っていた。

 

 

 

 そして、待っていると足音が聞こえ頭髪が白い髪の男性がこちらを見ながら歩いて来ていた。俺はその人物がすぐに父さんだと気づいた。俺は父さんの目を見て話そうと思い、目を見ていたいが父さんは目を逸らしてきた。その姿はまるでかつての自分を見ているようにも見えていた。

 

 誰も信じられなくなっていたあの頃の自分……。あのときの自分を思い出していると、父さんは足を止めて俺より下を向いていた。

 

「久しぶりだね、父さん……」

 

 最初に言おうと思っていた言葉を出す俺。最初の言葉は謝罪にしようか迷っていたが、すぐに謝罪をしても困惑するだけだろうと俺は思っていた。

 

「今日はさ、父さんに言いたいことがあって此処に来たんだ……」

 

 ゆっくりと息を吸いながら一つ一つの言葉に重みを載せながら俺は言う。でも、その言葉に悲しみはなかった。俺は父さんを楽にしてあげたかった。

 

「少し場所を移そうか」

 

 と言いながら、俺と父さんは店から離れた場所に移動し誰にも見られないような場所に行くのであった。

 

 

「空が話を……?あのときのことは本当に申し訳なかったと思っている。詫びて欲しいなら幾らでも詫びよう」

 

 場所を移した後、すぐに父さんはそう言ってきた。父さんが俺に詫びようとしているのはかつての謝罪だ。俺を救うことが出来なかったと言う謝罪だ。京都に居た頃、俺はある奴を庇ったせいでいじめの対象へとなった。父さんはそれを知っていた。痣だらけで帰って来た俺を見て父さんは俺のことを救いたいと思っていたのだ。

 

「違うんだ、父さん」

 

 父さんは教師だったんだ。かつては人を正しく導く人だったんだ。自分の地位を忘れててでも息子を助けたいと思う気持ちは強かった。だけど、結局上手く行かずいじめは隠されたままで終わってしまった。父さんも楓姉も爺ちゃんも力になりたかったと言う気持ちが強かっただろう。そして、その気持ちが一番強かったのは他でもなく父さんだ。

 

「俺はそんなことを言いに来たんじゃないんだ」

 

 父さんは俺を救えるはずだと思っていたんだ。でも結果的には救えず、俺は心を閉ざし人間を信じることを止めてしまった。そんな俺を見て父さんはずっと罪悪感を感じることになってしまったのだろう。俺はその罪悪感から父さんを解放したくて今日は此処まで来たんだ。

 

「俺は父さんに感謝してるよ。父さんはやれるだけのことはやった。だからもうそんなに自分を責めないで欲しい」

 

 俺は言いたいことを言った。父さんに今まで言おうと思っていたこの言葉……。だけど、俺は今まで言うことができなかった。それは、俺に勇気がなかったからだ。俺は思い詰めた父さんを見て何を言えばいいのか分からなかったのもある。だけど、今は違う。二乃が四葉に言っていたあの言葉を思い出す。

 

「あんたも変わりなさい。辛いけどいいこともあるわ」

 

 あの言葉を聞いたとき、俺は俺も変われるのかもしれないと思った。だからこそ、自分を変えようと思って俺は今此処に立っているんだ。そして、罪悪感に塗れている父さんを変えてあげたいと……。

 

「俺はそんなに辛そうにしている父さんを見たくないんだ……。それに俺のことならもう大丈夫だよ」

 

 

 

 

「俺は今人生で一番楽しいから」

 

 一番言いたい事を言えた俺は涙が目から溢れ出ていた。泣かないつもりで来たのにこれじゃあ意味ねえなと思いながらも俺は、その涙を隠すことなく俺は流していた。そんな姿を見た父さんは俺を見て何を思ったのか、目を瞑っていた……。

 

 そして、目から涙を溢れさせていた。

 

「そうか……。そうなんだな……」

 

 

 

 

 

 

「良い友達と出会えたんだね……」

 

 俺にとっての友……。上杉や五つ子……。あいつらと出会えたから、俺は自分を変えようと思えた。あいつらと出会わなければこんなにも強くなることはできなかっただろう。人を信じることはできなかっただろう。あいつらとの出会いが俺の全てを変えた。

 

「良かった……。本当に良かった……」

 

 父さんは俺のことを抱きしめながら子供のように涙を流していた。そんな父さんを見ながら俺は宥めていた。それから数分が経ち、泣き止んだ父さんを見ていると隠れていたのか爺ちゃんが現れる。

 

 

「明彦よ、良かったな。そうじゃ、どうせならこのまま空達が住んでいる家に住めばよかろう」

 

 いきなり現れてそんなことを言い出すのは爺ちゃん……。俺達が住んでいる家に父さんが住む……?悪い話ではないけど、いきなりすぎないか?と思っていた。

 

「お爺ちゃん、いいね!その話!私は賛成だよ」

 

 といきなり現れた楓姉が言い始める。やっぱ、二人共話聞いていたんだと思いながら俺は二人のことを見ていた。

 

「そんなことをいきなり言われてもな……。空はどう思う?僕と暮らすの嫌かい?」

 

「そんなことないよ……。俺も父さんと暮らしたい」

 

 その言葉に嘘偽りなく答える俺。そう言われると父さんはまた涙を流しそうになっていたが、その涙を堪えて「ありがとう」とだけ言い、俺に笑顔で笑いかけるのであった。それから、爺ちゃんがやっている和食屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

「こちら天ぷら定食」

 

 和食に戻って来た俺達は昼食を済ませることにしたのであった。俺は来た天ぷら定食を少し見てから天ぷらを天つゆに入れて食べ始める。楓姉はと言うと、SNSに投稿する為か、スマホで写真を撮っていた。

 

「空、私ね。改めて言いたい事があるんだ」

 

 楓姉が俺に改めて言いたい事……。いったい、なんだろうかと思いながらそのことを一旦箸を置いて待つのであった。

 

「私はあのとき空を助けることができなかった。私はあのことを今も後悔しているんだ」

 

 楓姉は色々の事情で爺ちゃんの家に暮らしていたんだ。高校生になって一人暮らししたいという理由が多分多かったと思うけど、そんな無理難題を爺ちゃんは仕方なく引き受けて楓姉はあの実家に暮らしていたのだ。だから、俺が京都で廃人のようになっているのを知らなかったのである。知ったのは、俺がそんな姿になったのを偶々実家に帰って来て見たからだろう。

 あのときの楓姉は今でも覚えている。「また力になれなくてごめんね」と泣かれたのを今でも覚えている。

 

 

「でも今の空は楽しそうにしている。それはよく分かるんだ。だから……」

 

 今の俺が楽しそうにしているか……。確かにそうだなと思いながら、俺はその話を聞いていた。

 

「空がこんなにも逞しくなって嬉しいよ」

 

 と言いながら、滅茶苦茶に頭を撫でてくる楓姉。いつもの悪い癖が出たなと思いながらも俺は黙って撫でられていた。でも、悪い気分じゃなかった……。今日は父さんとも楓姉とも話せた。爺ちゃんとはそんなに話せなかったけど、厨房でのあの感じを見る限り今の俺を見て喜んでいるのがなんとなくだけど伝わって来るかな。俺はそんなことを思いながら、昼食を終えそろそろ帰る時間となり俺と楓姉は爺ちゃんと一旦父さんにも別れを告げる。

 

「それじゃあ、また今度ねお爺ちゃん。それまで元気でいてよね?」

 

「フン、ぬかせ。ワシはいつでもピンピンしておるわい」

 

 お爺ちゃんは筋肉を見せつけるかの如く、体を見せつけてくるそんな姿を見て俺達は笑っていた。

 

「それじゃあ、父さん。また家で会おうね」

 

「そうだな、また家で会おう」

 

 と別れを告げて俺達は去って行く……。楓姉は二人に手を振りながら別れて行くのであった。俺は今日父さんと話せてとても良かったと思っている。父さんを心から解放できた気がしていたのだ。俺はそんな達成感にも近い感情を持ち合わせながら京都を去って行くのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経った日。

 

「おかえり……」

 

 荷物を持った父さんを俺と楓姉が迎えに来た。

 

「ただいま……」

 

 

 

 

 

 



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第6章 五つ子との三学期
次女の戸惑い


「おはよう、空。ご飯の準備はできてるよ」

 

 と言いながら、キッチンに立っている父さん。父さんはこっちに来てからあれから数日が経った。そう言えば、今日は父さんが朝食当番だったかと思いながら、俺は朝食を見る。朝食を見ると、卵焼きと鮭とみそ汁が置かれていた。朝飯らしい朝飯だなと思いながら俺は立って見ていた。

 

「ほら、空。早く食べないとみそ汁冷めちゃうよ」

 

 既に席に座っている楓姉がそう言ってくる。

 俺はその言葉を聞いてから、すぐに席に座る。父さんも席に座り、俺達は「いただきます」と言った後に食べ始める。まずは鮭を食べ始める。身をほぐし口の中に入れると美味しい鮭が口の中に広がって行った。それから、卵焼きを食べるとこれまた美味しく出来上がっており流石は爺ちゃんの和食屋で鍛えた料理人だと思いながら、俺は食べていた。

 

 それにしても、こうしてまた家族が揃って食べることが出来るなんて夢にも思わなかった。天国に居る母さんも喜んでいるかな。いや、きっと喜んでいるだろうと思いながら俺はご飯を食べていた。

 

 

 

 

 

 

 ご飯を食べ終えた後、俺は学校に行く準備を済ませ玄関で靴を履く準備をしていた。すると、父さんが玄関までやって来てこちらを見ていた。

 

「いってらっしゃい、空」

 

「ああ、行って来るよ父さん」

 

 普通の家庭では当たり前かもしれないこんな挨拶に俺は少し喜びを感じながら俺は学校に向かった。そして、家を出るとそこには……。

 

 

 

 

「遅いわよ、あんた」

 

「おはよう、空」

 

 二乃と三玖が立っていた。どうやら、俺と登校する為に待っていてくれたようである。

 

「おはよう、二乃と三玖。二人共、俺が来るのを待っていたのか……?」

 

 鞄を肩辺りに当てながら言いながら、俺は言う。

 

「そうよ、感謝しなさいよね」

 

 と何故か強気の二乃。二乃の発言を聞きながら、俺達は今日も登校するのであった。そう言えば、正月俺基本的に家に居たな……。やることなかったってのもあるし、父さんと過ごしたかったってのもあるから別にいいかと思っていた。

 

「おっはよう~三人共、空君はクリスマスイブ振りだね!」

 

 学校に登校すると、校門の前で一花達と上杉が待っていた。一花は俺達に手を振りながらこちらを見ていた。相変わらず元気そうな奴だなと思いながら、俺はあいつらに近寄る。それからあいつらと話しながら登校して行き、今日もまた何気ない日常を過ごすのであった。

 

 

 

 

 場所は変わり、教室に入ると雨が降り始めており何処か憂鬱な気分になりながらも俺は席に座る。

 

「お前らも知っていると思うが、冬休み開けだからといってのんびりとなんてしていられないからな。二年生最後の試験もあることだ。忘れないように」

 

 二年生最後の試験か……。確か、かなり近い日にちにあった覚えがある。今度こそ俺と上杉の力で一花達の赤点を回避して見せようと考えていた。そうすることで、俺達の実力を証明できるはずだと思いながら、俺はその話を聞いていた。

 

「試験……。また忙しくなりそうね……」

 

 朝のHRを終えた二乃が俺に言ってくる。確かにまた勉強の日々で忙しくなるだろう。そう考えるとこいつらからして見れば鬱々しいことこの上無いかも知れないな。いや、もうそんな風に考えている人間はいないか。ペン回しをして退屈しのぎをしながら、俺は授業を聞いていた。居眠り授業も良いが、あんまりやっていると成績に響くからな……。そこだけは頭に入れておかないと……。

 

「昼食食べに行くけど、アンタ来る?」

 

 昼食の時間となり、周りはお弁当やら持って食べたり学食に行ったりしている。そんな奴らの姿を見ていると、二乃は俺に聞いてくる。昔の二乃だったら、俺から聞いて凄い嫌そうにしていたのに今ではこんな感じになっているのを見ると、少し思うところはあるかもなと思いながら聞いていた。

 

「行くに決まってるだろ」

 

 と言い、俺と二乃は昼食を食べに行くのであったが……。行く途中、二乃の友達と出会いこんなことを聞かれる。

 

「二乃と空って付き合ってるの?」

 

「は!?つ、付き合ってないわよ!こんな奴と!」

 

 二乃は滅茶苦茶動揺しながら俺と付き合ってるということを否定してくる。最近少しだけ気にはなっていたが、俺と二乃が付き合っているという噂が立っているのは知っていた。まあこいつと絡んでいることが多いからそう思われても仕方ないだろう。だけど、そんな噂を立てた奴を俺は面倒なことをしてくれたなと思っている。

 

「ねぇ、ソラ……」

 

 珍しく弱気な声で話しかけてくる二乃。いったい、どうしたんだろうかと思ったがすぐに何故そうなっているのかを理解できた。

 

「わ、私達って付き合ってないわよね?」

 

 さっき自分で答えていたろと思っていたが、俺はその言葉を聞いてすぐにこう返す。

 

「付き合ってないだろ、後お前動揺し過ぎだ。少し落ち着け」

 

 と二乃に言う。二乃は落ち着きながら深呼吸をしていた。なんでそこまでになるのかは俺に考えられなかったが……。俺はすぐになんで二乃があそこまでなったのかを理解できた気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 もしかして、二乃の奴……。

 いや、そんな訳ないよな……。だけど、あの感じ……。

 

 

 

 



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次女の思いと三女のチョコ

「二乃と空って付き合ってるの?」

 

 ありえない。私があんな奴と付き合ってるなんてありえない。あんな地味で私の言いたい事を何でも分かっているかのような男のことが好きになる訳がない。なのに、この感情はなんだろうか……。もしかして、私は本当に……。いや、そんなことは絶対に認めない。認めてなるものか。

 

 決めた。もし、今回の試験で赤点を回避できたらあいつらのことは用済みにしよう。そうすれば、私がこんなふうに悩むことだってなくなるはずだ。そう考えた瞬間、勉強のやる気を見出したような気がして私はお昼ごはんを食べた後の昼休みに勉強を開始する。

 

 こんなふうに勉強をしているなんて、昔の私なら考えられない。あいつらの意外そうな顔が思い浮かぶし、腹が立つけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「勉強やってんのか、意外だな」

 

 ほら、来た。先に帰って来た私を追いかけて来たのか、ソラがそんなことを言いながら、後ろの席に座る。

 

「別に私の勝手でしょ……」

 

「だな……」

 

 と言いながら、前の席に後ろ向きに座りソラは私の勉強を見始める。こんなことをやっていると、また勘違いされそうだけどそんなことを一々気にしているほど暇じゃない。

 

「此処間違えてるぞ」

 

 と言いながら、勉強を教えてくるソラ。そんなソラの言葉を聞きながらする勉強は悪い気分ではなかった。ただ、何処か何かを感じるものが私の中で溢れていた。

 

「そう言えば、アンタ上……風太郎からパパのこと聞いたの?」

 

 少し気になったことを私が聞く……。あのとき、パパが五月に言っていたことはあながち正しかった。四葉はもう同じ失敗を繰り返さないと言っていた。私も二回も赤点を回避できなかった。今度こそは、自分達の為に赤点を回避しようと思っていた。

 

「上杉からその話は聞いている。お前らの父親はやっぱ手強いな……。だけど、それでも俺達はやってみせてやるよ」

 

「当たり前よ……。そのぐらいできなければ私達の家庭教師は務まらないわ」

 

 と言いながら、私は勉強を再開した。

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終わり、6限目が終わり私達は家に戻って風太郎とソラの勉強を受けていた。それからそんな日々が数週間続き、とある日……。出掛けようとしたが一花に呼ばれる。なんでも、用事があるから来て欲しいと頼まれた。いったい、なんの用だろうかと思いながらも、私は家に戻って来ていた。

 

「あれ?一人で何してるのよ?」

 

 家に戻って来ると、そこに居たのは三玖だった。

 何かを作っていたようだけど、この匂いの感じはチョコレート……?

 

「なによ、このチョコレート……。滅茶苦茶じゃない。こんなのあげて誰が喜ぶのよ」

 

 滅茶苦茶な形になっていて、味も不味そうなチョコレートを見ながら私は言う。少し味見してみると、かなり不味く出来上がっており、今にも吐き出そうになってしまいそうだった。

 

「五月蠅い……」

 

 と言いながら、三玖は黙って自分が作ったチョコレートを食べ始める。やっぱり味音痴だからなのか、何も感じずに食べていた。それを終えた後、私の方を真剣そのものな表情でこちらを見てくる。何か私に言いたいのだろうか?と思いながら、待っていると……。

 

 

 

 

 

 

「二乃、頼みがあるの……。私に思わず食べたくなるようなチョコレートの作り方を教えてください。お願いします」

 

 いきなりそんなことを改まって言われて私は少し驚いていた。

 

 

 

 

「何ボッーとしてるのよ、準備しなさい」

 

 私は袖を捲り、三玖のチョコレート作りを手伝うのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 冬休みは終わり、学校に行くと元気そうなソラの姿を見て私は何処か嬉しくなっていた。冬休みの期間、ソラと会う機会がなかったからというのもあって私はソラがどうしていたのか、気になっていた。後日、ソラに聞くと実家に帰っていたらしい。

 そっか、ソラはソラでやるべきことをやっていたんだねと思いながら、その話を私は聞いていた。

 

「三玖、調子はどう?」

 

 チョコレート作りをしていると、一花がシャツを乱れて着たまま出て来てこちらに話しかけて来た。私は、いつもお世話になっているソラやフータローの為にチョコレート作りをしていた。と言うのも、バレンタインというのが近いから。私はその為にチョコレート作りをしていた。

 

「駄目かな……。これじゃあ、二人に食べてもらうなんて失礼かも……」

 

「うーん、私も料理の腕はイマイチだからなー。そうだ、私の知り合いに料理に詳しい人が居るからその人に教えてもらいなよ」

 

 一花がそう言いながら、料理が上手い人に連絡していた。一花の顔が広くて良かったと思いながら、そのことを聞いていると「今日来れそうだから家で待っててね」と言って、一花は何処かへと出かけていくのであった。

 

 

 

 

 そして……。その料理が詳しい人と言うのは二乃であった。

 一花が言っていた人って二乃だったんだ……。と思いながらも、私は二乃にチョコレート作りをお願いした。それから、数十分が経った後二乃がこう聞いてきた。

 

「そう言えばこのチョコ、誰にあげる予定だったのよ?」

 

「教えない」

 

 と言いながら、チョコレートを混ぜていると……。

 

「どうせ、ソラや風太郎にあげようとしてるんでしょ。分かってるわよ……」

 

 バレていた……。いや、当然なのかもしれない。私がバレンタインでチョコレートをあげたいと思っている人なんてあの二人ぐらいしか居ないだろう。

 

「どうせあげるならちゃんと思いを込めたものを渡しなさいよ」

 

 思いを込めたものか……。二乃が言っている言葉を聞いて、私はそれは正しいと思っていた。ソラやフータローには思いが込められたものをちゃんと作ってあげたいという気持ちがあったからだ。私はその言葉を聞いて黙って頷きながら、チョコレート作りをしていた。

 

 

 

 

 その日の昼頃、一度家から出てチョコレートを買いに行っていたが、今日もまたソラ達が勉強を教えに来る日であった。そして、私が家に帰って来ると既にソラ達はいた。ソラは私の方を見て何かを言おうとしていた。

 

「三玖、今日のチョコレート美味かったぞ」

 

 その言葉を聞いて、一旦立ち止まる。フータローの方を見ると納得しているかのように頷いている。私はソラやフータローに今まで市販のチョコレートや私が作ったチョコを食べてもらっていた。だけど、二人共なんともイマイチな反応を示していたのである。

 「美味しかった」そんな言葉を聞いて、私はとても嬉しくなっていた。

 

 



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四女の変化と長女への感謝

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 最後の試験が始まる一週間前……。

 俺と四葉はその日、朝の走り込みを行っていた。本当は、五月もダイエットの為に走る予定だったのだが訳あって走ることはなかった。ある程度、走り終えて俺と四葉は河川敷で大の字になりながら休憩していた。

 

「脇城さん、一つ聞きたいことがあるんです」

 

 四葉が俺に聞きたいこと……?いったい、なんだろうかと思いながらその疑問を待っていた。

 

「私は五つ子の中で一番馬鹿です。そんな私でも変われると思いますか?」

 

 確かに四葉は五つ子の中で最も馬鹿だ。まるで鶏のように三歩歩いたら忘れてしまうかの如くだからな。だけど、俺はそこまで気にすることだろうかと思っていた。他の五つ子に比べれば確かにまだ馬鹿だ。でも、こいつはこいつなりに成長しているのは確かだ。

 いや、四葉は五つ子の中で馬鹿なことを気にしているんじゃない。気にしてはいるが、一番気にしているのはそんな自分でも変われるかと言うことだろう。だったら、変えすべきことは一つだけだ。

 

「変われるに決まってるだろ。現にお前は少しずつだけど変わってるじゃねえか」

 

 事実を伝えると、四葉は驚いたようにこちらを見る。

 

「こんな私でも変われているんですか?」

 

 四葉は自分が変われていないと思い込んでいるのだろうか……。いや、無理もないか。二回の試験も赤点で自分がどう変わってるのか理解できていないんだろう。

 

「じゃあ聞くぞ、こころの作者は?」

 

 割と簡単な内容だが、四葉にとってこの問題が一番簡単だろうと思い俺が聞くと、その答えは返って来る。そして、その答えはあっていた。

 

「ほら、お前が気づいてなくてもこうやって問題を解けるようになっている。気づいてないだけでお前は賢くなっているんだよ」

 

 俺は立ち上がり、四葉の方を見る。

 四葉が今何を考えているのかは理解できていなかったが、恐らく考えていることがあるとすれば自分は成長してないと考えていたかもしれない。そう思っていると考えている俺は四葉の言葉を待たずに言葉を言う。

 

「自分が変わってないと思うのは結構だが、お前は充分変われているんだ」

 

「それでも、私は……」

 

 四葉はまだ何か言いたそうにしていた。当然か、自分が変われていないと焦っているんだからな。なら、此処は……。

 

「そう焦るな、俺が変われたんだ。お前もきっと変われるよ」

 

「え!?脇城さんが変わったんですか!?」

 

 俺が変わったところに気づいていないのかそう言う四葉。俺が変わったって言うのに気づいているのは多分、一花と二乃だけだ。三玖は微妙だろう。他の奴らは多分気づいていないと思う。

 

「ああ、俺はとあることと決着つけてきたからな。今までの俺とは卒業したんだ」

 

 俺が決着をつけてきたこと……。父さんのことも含まれているが、何より一番吹っ切れることができたのはやっぱりあの件だろうな……。

 

「だから、お前もきっと変われるよ」

 

 と告げると、四葉は「ありがとうございます!」と言い先に帰って行くのであった。あの姿を見る限り、大丈夫だろうなと思いながら俺も家に帰るのであった。

 

 それから、その日上杉の意見により休憩も必要だろうと言うこともあり遊園地に行くのであった。遊園地か、来るのは子供のとき以来だなと思いながら俺は周りをキョロキョロとしながら歩いていた。周りを見ると、子供連れの人達やカップルがよく居た。当然か、と思いながら俺はその場を歩いていた。

 

「今日は思う存分羽を伸ばせ」

 

 と上杉が言うとそれぞれ思う存分羽を伸ばしていた。最初こそこんなに遊んでいていいのか?と少し思っていたが、偶にはこんな感じで飴を与えるのも悪くはないなと思いながら俺はあいつらと遊んでいた。

 

「脇城君、これに乗りませんか!きっと楽しいですよ!」

 

 意外にも絶叫マシンが得意なのか五月が言ってくる。本当に意外だな、こういうのは怖がって乗らないと思っていたが……。俺はその絶叫マシンとやらに一緒に乗ることになった。乗ったのは、一花と俺と五月だけだった。それから、二乃と一緒にお化け屋敷に行ったり、三玖と一緒にメリーゴーランドに乗ったりしていた。

 

「そういえば四葉を見たか?」

 

 メリーゴーランドをおりて、一花達と一緒に他の乗り物を乗っておりた後、上杉が四葉のことを気になっていたのか言い出す。先ほど一緒にメリーゴーランドに乗っていたのは見たが一旦何処に行ったのだろうか。三玖が言うには「お腹痛いからトイレに行った」と言っていた。上杉は四葉を見つけたのか、観覧車の方に向かって行く……。四葉のことは上杉に任せるかと思いながら、俺は一花達の方に行くのであった。

 

 

 

 

 

 

「一花、改めて言わせてくれ。この前のことはありがとうな」

 

 コーヒーカップに一花と乗ることになり、俺は一花に言う。前から言おうと思っていたが、ちゃんとこうしてお礼を言える機会がなかったのだ。一度言ったことがあったがこうしてちゃんと形としてお礼を言うのは今回が初めてだったからだ。

 

「ん?まだ気にしてたの?もういいよ、全然気にしなくて」

 

 この前俺がお礼を言ったとき、一花はこんな感じで気にしないでいいと言ってくれたのを思い出す。あのときは、俺のことを気遣ってくれたんだろうと思っていたが多分そうだろう。

 

「いや、それでも言わせてくれ。俺はお前のおかげで目が覚めたんだ……。お前が居なければきっと目を覚ますことはなかった……」

 

 あのままでいったらきっとあのときのように二度と人を信じないと心に決めていただろう。だけど、一花の一言があったから俺は助けられた。

 

「ソラ君は気にするタイプなんだね。でも、気にしないで大丈夫だよ。私は私のやれることをやりきっただけだから」

 

「そうか、ありがとうな……一花」

 

「ほら、次は違う乗り物も乗ってみようよ?ソラ君」

 

 と言われ、俺は一花を追いかけながら次の乗り物に乗るのであった……。こんな日も偶には悪くねえかと思いながら……。

 

 

 

 



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五女の墓参りと試験結果

「また来るよ……零奈さん」

 

 母の墓の前に来ると、知らない男性が母の墓の前に立っていた。母の知り合いなのだろうか……。と思いながら、少し様子を見るとこちらの存在に気づいたのかこちらを見てくる。しかし、私はその瞳を何処かで見た事があるような気がしていた。何故私がそんなふうに感じたのかは分からない。

 そして、今目の前に居る人の瞳が似ていると思ったのは、脇城君だ。

 

「驚いたな……。まさか此処までそっくりな子に出会うとは……」

 

 男性は私を見て誰かとそっくりと言っていた。そのそっくりと言っている相手が誰なのかはすぐに理解できた。恐らく、母のことだろうと……。そして、私は今目の前にいる人のことを知る為に名前を聞くのであった。

 

「あ、あの貴方は?」

 

「僕かい……?僕の名前は、脇城 明彦」

 

 脇城……。一瞬間違えかと思ったその名前に私はもう一度考え直したが、聞き間違えの可能性は低いと考えた。

 

「あ、あの脇城って……。もしかして脇城君のお父さんですか?」

 

「空のことを知ってるのかい?そうだよ、僕は空の父親さ」

 

 だからあのとき瞳を見たとき、脇城君に似ていると思ったのかと私は心の中で思っていた。

 

「僕はかつて教師を務めていてね。そのときに零奈さんと話すことが多かったんだ」

 

 私は驚いていた。脇城君のお父さんがまさか自分の母親と知り合いと言うことを知らなかったのだ。脇城君も知っているようなことを言っていなかったし、知らなかったのだろう。

 

「キミは零奈さんの娘さんで良いのかな?」

 

「は、はい……。あ、あの……」

 

 母がどういう人だったのか教えてくれませんか?と言うことを言おうとしたときであった……。私の後ろから誰かが歩いてきたような足音が聞こえ、そちらに一瞬気を取られて見るとスーツ服の眼鏡をつけた女性が立っていた。

 

「せ、先生!?」

 

 そのスーツ服の女性が私を見て誰かと見間違えたのかそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

「悪い悪い、お嬢ちゃんが先生にクリソツだったもんで間違えちまった。それにしても、まさかあの場所で脇城先生とも出会えるなんてこっちに戻って来たんすか?」

 

 私達は近くのファミレスへとやってきていた。彼女は下田さんと言う人らしく母の昔の教え子だったらしい。そして、どうやら脇城君のお父さんのことも知っているようだ。

 

「色々あって、こちらの方に戻って来たんだ」

 

 下田さんは「そうなんですか」と言いながら、脇城君のお父さんの話を聞いていた。下田さんは脇城君のお父さんと話しているとき、とても懐かしそうに話していた。私はそんな二人の姿を見ながら、ある質問を切り出した。

 

「あの、お母さんが学校ではどんな人だったのかを教えてくれませんか?」

 

 二人の話を遮るような形になってしまったが、私はどうしても聞きたかったのだ。すると、下田さんが先に話し始めた。母は愛想も悪く、生徒にも媚びない人だったらしい。だけど、そんな先生でも美人であるから何処か惹かれるものがあったのだろう。

 

 鬼教師と呼ばれているほどの人だったらしいが下田さんはそんなお母さんから信念のようなものを読み取ったようで今では塾講師になっていると言う話をしてくれた。それから、脇城君のお父さんも母の話をしてくれた。

 

 脇城君のお父さんが教えてくれたのは、教師の一人として素晴らしい人だと思っていたと語っていた。そして、なにより信念が強い教師であったということを教えてくれた。

 

 そんな二人の話を聞いて、私は決めたのである。

 

「決めました。やはり私にはこれしかありません!」

 

 私は進路希望調査と言うものを出して私はペンで書き始めようとしたが……。

 

 

 

 

「ちょい待ちな。お嬢ちゃんがなりたいのはお母ちゃんみたいになりたいってだけなんじゃないのか?」

 

 その言葉を言われ、私はペンが止まる。

 

「先生になりたいって理由があるなら止めはしない。っておっと……悪い癖が出ちまったな。お母ちゃんの話が聞きたくなったらまた会おうな」

 

 と言い下田さんと連絡先を交換し、私はファミレスを出ると一緒に出てきた脇城君のお父さんが話しかけてきた。

 

「先ほど彼女が言っていたことだが……」

 

「分かっています」

 

 事実だと言おうとしていたところを私が遮るような形で私が言うと、「それならいいさ」と言いながら脇城君のお父さんは帰って行く前に「空とは仲良くしてやってくれるかい?」と言われ、私が無言で頷くとそのまま脇城君のお父さんは「ありがとう」と言い、帰って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「これからは全員が家庭教師だ」

 

「俺が居ない時はお互いに高め合ってくれ。そうして、全員の学力を一科目ずつ引き上げていくぞ!」

 

 五月が月命日で居なかった次の日、上杉はそう言い出した。俺と上杉だけでは教えられることにも限度がある。五つ子達がそれぞれ得意な教科を教えて行けば、分かりやすいかも知れないと思いながらその話を聞いていた。

 

 

 

 その一ヶ月後、再び五つ子達の母親の月命日と言う日がやって来て俺達はその墓の前にやって来ていた。

 

 

 五月の方を見ると、何やら決意を固めたかのような表情をしており、俺はそんな五月の顔を見た後に手を合わせるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 墓参りを終えたあの日俺達はあの日も結局勉強の日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、遂に試験当日の日がやって来たのであった。既に俺達は学校に登校しており、一回目の試験のときのようなグダグダっぷりは無かったのである。

 

「二乃、試験頑張れよ」

 

 二乃が座るのを見てから俺が言うと、「分かってるわよ」と二乃は返してきた。今日まで二乃達は勉強を頑張って来た。今まで以上に頑張って来たのは間違いないだろう。上杉が考えたそれぞれ得意な教科を教え合うと言うのはかなり良い手法だったようだ。

 上杉が行った手法のことについて思い出しながらも、俺は試験用紙を貰い試験を始めるのであった……。

 

 

 

 

「これにて試験は終わりだ」

 

 長く続いた試験も終わり、俺は深い溜め息を吐きながらHRを終えて立ち上がり礼をするのであった。そして、二乃に試験のことを聞こうとしたがすぐに二乃は何処かへと行ってしまったようだった。だが、一瞬だけあいつの表情を見ることができたがあの様子だと赤点は無いかもしれないと思いながらも俺はその日帰るのであった。

 

 そして、次の日試験は返され試験の結果を見ながらそれぞれ色んな反応をしていたのを見ながら俺も試験を受け取るのであった。試験を全て受け取り、思ったことがあるとすればどうやら俺の試験の点数はかつてのレベルと同じぐらいには戻って来ているのは実感できる内容であった。

 俺はそんな試験の結果を見て少し嬉しく思いながらも、上杉が働いているケーキ屋に集合を掛けられていることを思い出して図書室に行くのであった。

 

 

 

 

「四葉、やりましたね!」

 

 ケーキ屋に行くと、そんな声が聞こえてくる。この声、五月だろう。そして、この声の感じどうやら四葉は赤点を回避できたようだ。あいつ頑張ったんだなと思いながらも、俺はケーキ屋へと入って行った。

 

「あっ、脇城さん試験ありがとうございました!」

 

 ケーキ屋の中に入ると、四葉がそう言いながら頭を下げてくる。俺はそれを見ながらこう答える。

 

「その様子だと赤点は回避できたんだな。偉いぞ、四葉」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 四葉は再度俺に頭を下げて、そう言う。俺は何もしてないんだけどなと思いながらも俺は四葉の感謝を受け入れていた。前を見ると、既に五月と三玖が座っており俺を待っていたのかこちらを見ている。

 

「ソラ、私赤点回避できたよ……」

 

「脇城君、今三玖が一番点数が高いんです!」

 

「私のも見る?ソラ君?」

 

 確かに三玖の点数はかなり高いものだった。苦手な英語すらもかなり高得点で俺はそれを見たときかなり驚いていた。こりゃあ、本当に俺勉強していなかったら三玖に勝てなかっただろうなと思いながらも俺は三玖の点数を見ていた。

 それから五月と一花の試験の点数を見せてもらったがこちらもかなり高い点数であり俺はまたまた驚いていた。こいつらが此処まで高い点数を取れるなんてなと思いながらも俺は少し教えた甲斐があったなと心の中で喜んでいた。

 

「後は二乃だけか……」

 

「二つ結びの子ならキミ達より先に此処に来て、これを置いて行ったよ。それとこれは伝言なんだけど……」

 

 ケーキ屋の店長が俺に紙を渡してくる。二乃の奴、俺達と直接会わずに紙だけ置いて行くとはどういうつもりだろうと思いながら俺はその紙を開けると……。そこには……。試験の結果が書かれていた。それからケーキ屋の店長がこう告げる。

 

 

 

 

「おめでとう、アンタ達は用済みよ」

 

 

 

 

 



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三女の願いと次女の気持ち

「お前らよくやった!」

 

 最後に二乃の試験結果が公表されたと同時に上杉がそう言う。これで今回の試験は赤点は誰もいない。と言うことは上杉の父親が出した課題はクリアされたという訳だ。俺達は家庭教師として晴れて認められる訳だ。

 一花達はそれぞれ喜びを見せている。

 

「ソラ、私に勉強を教えてくれてありがとうね」

 

 喜びを分かち合っていた頃、三玖が俺にそう言ってくる。

 

「俺は何もしてない。三玖の努力がこの試験の結果を作ったんだ。誇っていいんだぞ」

 

 三玖の試験の点数は他の奴らと比べてずば抜けて高い点数であった。社会の点数がかなりの点数だったということもあるが、何より上杉が考案した五つ子が教え合う方針が合っていたのだろう。そして、何より三玖の勉強への才能があったからだろうと俺は考えていた。

 

「それでもこの点数になれたのはソラのおかげだからお礼を言わせて欲しい」

 

 三玖は笑顔を向けて言ってくる。そこまで言われちゃ素直に受け取るしかないなと思いながら、俺はその感謝の言葉を受け取るのであった。

 

「それでね、ソラにお願いがあるの」

 

 三玖からのお願いか……。中間試験のときのお願いは結局聞いてやることができなかったから今回はちゃんと聞いてやらないとなと思いながら俺は三玖がなんて言うのかを待っていた。

 

「今回のご褒美と言うことで私とお出かけして欲しいの」

 

 三玖が俺に言ってきたお願いと言うのはご褒美と言うことで俺と一緒に出掛けたいということであった。なんだそんなことかと思いながら、俺はその言葉を聞いてすぐにこう返す。

 

「その程度なら全然いいぞ」

 

「そっか、ありがとうね。ソラ」

 

 三玖はそう言いながら、期待を胸に膨らませているのか軽々と足を速く走らせながら他の奴らの方へと向かって行った。俺も輪の中に入るかと思い、上杉達が話している方へと向かうのであった。

 

「それじゃあ祝賀会の方の準備をそろそろ始めておくね。あっ、勿論上杉君の給料でつけておくから安心してね」

 

 上杉の奴、こればっかりはドンマイとしか言いようがねえな。

 それにしてもあいつにしては随分とノリ気でこの祝賀会を開くんだな。あいつらの影響を少なからずは受けているってことか。

 

「空、二乃を連れて来てくれ」

 

 ケーキ屋の店長が祝賀会の話をしていると上杉はそう言いながら、バイクのカギを俺に渡してくる。

 

「いいのか俺で?」

 

「ああ、二乃を連れて来れるのはお前しかいない」

 

 二乃を連れて来れるのは俺しかいないか……。確かにそうかもしれないなと思いながら、その言葉を聞き俺はバイクのカギを握り締めて「行って来る」と言って、バイクが置かれている場所へと動き始める。さてさて、二乃が居そうな場所か……。とりあえず前のマンションでも行ってみるかと考えながら、俺はバイクを動かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

 バイクを走らせている途中、二乃が俺達に対して何故俺達はもう用済みと言う伝言を残して言ったのかを考えていた。あるとすれば、あいつのまた考えってところだろうがあいつも分かっているだろう。俺がその程度で引き下がる男ではないということを……。

 

 

 バイクはあいつらの前のマンションの前へと着くのであった……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 私は今前の家の高級マンションにやって来ている。それはパパに今の私の覚悟を言う為だ。だから私は此処にいる。そして、パパは今私の目の前にいる。

 

「どうやら上杉君達を認めなければいけないようだ……」

 

「あいつらとは会わないわ。それともう少しだけ新しい家に居ることにするわ。あの生活で私達は少しだけ前に進めさせた気がするの。今日はそれだけを伝えに来たの」

 

 今思っていることを全て言った。今言っている事が正しいことなんかじゃないのは分かっているつもりだ。何より困難な道かも知れないということも理解している。だけど、それでも私はこの選択を選ぶ。未来を変えられるかもしれない選択肢が今目の前にあるからだ。

 

「理解できないね。いい加減わがままは……」

 

 と言い掛けたとき、何処からともなくバイクの音が聞こえバイクの灯りが私達を照らしていた。

 

「やっぱ此処にいたのか、二乃……。帰るぞ」

 

 バイクに乗っている男はそう言いながら、ヘルメットを外しこちらを見る。その男の顔に私は見覚えがあった。見覚えがあったというより今一番見たくない顔だった。

 

 

 

 

 

 

「ソラ……!?」

 

 思いがけないソラの登場に私は驚いていた。

 

「脇城君か……。娘達が随分とお世話になっているね」

 

「思ってもいないことを言うのは止めた方がいいですよ。お義父さん」

 

 ソラは笑顔でそう言っている。

 

「キミにお義父さんと言われる筋合いはないね。娘をどうするつもりだい?」

 

「娘さんはいただいて行きます。それでは……」

 

 私はソラの後ろに乗り、ソラからヘルメットを受け取りヘルメットを被るとソラはバイクを動かそうとしていたが……。

 

「待ちたまえ。キミのお父さんは元気かね?」

 

 と言われると、動かそうとしていたはずの手を止めてただ固まっていた。多分、こいつは今何故自分の父親のことを知っているのだろうと考えていたのだろう。私だって今思った。

 

「何故貴方が俺の父さんのことを知ってるのかは知らないですけど、元気ですよ。なんなら今こちらに帰って来て居るんで今度うちのお店にでも来てみたらどうですか?」

 

「そうかい、それじゃあ今度お邪魔させてもらうよ」

 

「そうですか……。それじゃあ、今度こそ娘さんはいただいて行きますよ」

 

 ソラは今度こそ私を乗せてバイクを走らせ始める。パパの姿は徐々に見えなくなっていき、私はソラの服を掴みながら後ろで風を体に感じていた。

 

 

 

 

「あんた達には伝えたはずよ、もうあんた達は用済みって」

 

「そうか、なら此処からは下りて自分で帰れ」

 

「はぁ!?」

 

 ソラの言葉に思わず大きな声で「はぁ!?」と言ってしまう。今までのこいつなら私の言葉に対して反論してきていたはずだ。

 

「冗談だ、それに今の俺が用済みと言われてはい、そうですかと言う訳ないのはお前も分かっているだろ」

 

 と言いながらあいつはこちらに笑いかける。

 確かにこいつは私に用済みと言われた程度ではい、そうですか。と言うようなタチじゃないということを思い出していた。そういうところがあるから、私はこいつのことが嫌いなのよ。……でも、私はこいつのことが嫌いなのだろうか。そんなことが頭の中で渦巻いていた。

 

 それからして数分間無言が続いていた。私は自分の友達に言われていた言葉をこのとき思い出す。

 

「二乃と空って付き合ってるの?」

 

 あの言葉を言われたとき私はまるではい、その通りです。と言わんばかりに動揺してしまっていた。あれじゃあ、あいつのことが好きですと伝えているようなもの。何故あの言葉を今思い出しているのかと言うと、私は改めてこいつのことが好きなのかと考えていたのだ。先ほど嫌いと思ったこともあってだ。

 

 正直言って、こいつのことは人としては好きなのかもしれない。こんなにも長い間こいつと居るとそんな情まで湧いてきていた。だけど、異性として好きと見ているかと言われると私はそれは違うとも言い切れないのである。

 

 結局のところ私はこいつに惚れているのかもしれない。だけど、その気持ちを伝えるのは今じゃないかもしれない。そして、何より私自身がこの気持ちにまだ疑問がある。だから、その疑問が晴れるまではまだ待とうと思っていた。

 

「おい、お前近くねえか?」

 

「うるさいわね、少しくらい抱きついたっていいじゃない」

 

 ソラはそう言われ、ただ何も言わずに黙っていてくれていた。

 

 

 

 



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三女とのお出かけ

 祝賀会を終えて俺は家に帰って来ていた。

 家に帰り、自分の部屋に行くとすぐに携帯に通知音が鳴るのであった。誰だろうかと思いながら、俺は携帯を見ると相手は三玖からであった。

 

「今度の土曜日、空いてたらでいいから出掛けよ?」

 

 と言う内容で送って来た。三玖とは出掛ける約束をしていたから別にいいかと思いながら、俺は携帯でシフトの確認をした後に三玖に返事を返す。

 

「ありがとう、じゃあ駅前で10時に集合ね」

 

 と返してくる三玖を見て出掛けるか……。と考えていた。

 服、ちゃんとしたの着ないと駄目だよなと思いながら俺は少し考えていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 今日はソラと出かける予定の当日。私は迫りつつある時間を見ながら、自分の部屋で服と睨めっこをしていた。と言うのも、どんな服を着て行けばソラが喜んでくれるのか考えていたのだ。でも、早くしないと遅刻しちゃうかもしれないと考えていると、中に誰かが入ってきた。

 

「あれ、もうすぐ時間だよ?大丈夫、三玖?」

 

 部屋の中に入って来たのは一花。何故、一花が今日のことを知っているのかと言うとあのとき一花も私の話を聞いていたからだ。だから、一花は知っていたのだ。

 

「もしかしてソラ君と出かける服で悩んでいたの?」

 

 無言で頷くと、一花が「そっか」と言いながら私の服装を見ていた。

 

「三玖のスタイルならいっそのこともうちょっと露出が多いの着なよ。それでソラ君堕とせると思うよ?」

 

「な、何言ってるの……。ソ、ソラとはそういう関係じゃないよ!」

 

 私は必死に否定していた。

 一花はそれを聞いて「ごめんごめん」と言いながら、こう言うのであった。

 

「ソラ君のことだからどんな服装でもちゃんと三玖のことを見てくれると思うよ」

 

 と言い残し、一花は部屋を出て行くのであった。ソラならどんな服装でもちゃんと私を見てくれるか……。残された私は窓に映っている私を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 あれから服を見つめ直して今は待ち合わせの駅前にやって来ている。時間ギリギリになっちゃったけどまだ間に合うかなと思いながら、私は待ち合わせの駅前に着くと、どうやら待っていたソラの姿があった。私はそんなソラを見ながら声を掛ける。

 

「ごめん、遅れた?」

 

 と言いながらソラに声を掛けると、ソラはこっちを見る。

 

「大丈夫だ、服似合ってるよ」

 

 服が似合っていると言われて、私の頭の中が晴れたような気分になり、辺り一面花畑が広がったような気がしていた。

 

「あ、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 結局服選ぶのに時間が掛かってしまったけどソラに似合ってると言われてとても嬉しくなっていたのである。私はこの気持ちを忘れずにいようと思いながら私は歩き始める。

 

 

 

 

 私がソラと一緒に来たのは本屋であった。一人でも本屋は来れるけど、きっと二人で来る本屋はもっと楽しいだろうなと思って私は来ていた。

 

「どんな本を買うんだ?三玖」

 

 本屋に来てソラが私に聞いてくる。今日私が探しに来たのはソラが好きでもある六文銭絡みの真田家の本を探しに来ていたのである。此処の本屋は戦国時代の本がたくさん置かれてあり戦国時代の本を買いに来た私からすればとてもいい場所なのである。

 

「戦国時代の本を買おうかなって思ってきたの」

 

 私は真田家の本を目で確認しながら探していた。それから目当ての本を見つけて私は数冊買うことに決め、幕末の本を探し始めるのであった。

 

「ソラのおかげで戦国時代以外の本にも興味を持つことができるようになったの。だから、ありがとうね」

 

 私はソラのおかげで戦国時代以外のことについて興味を持つことができた。昔だったら考えられないことだけどソラのおかげでこうして他の時代にも興味が持てるようになったのだ。

 

「ソラはきっといつもみたいに俺は何もしていないって言うんだろうけどありがとうねソラ」

 

「そうか、ならこれからも三玖にちゃんと教えてやらないとな」

 

 素直に私の言葉を受け取って少し意外だなと思いながらも、私は本屋の会計まで向かうのであった。

 

「その本欲しいんだろ?俺が買って来るよ」

 

 と言われ、私は一瞬戸惑う。私でも充分に払える値段ではあるが此処はソラの厚意を受け取ろうと考えたのである。ソラは私から本を受け取り、ソラは会計へと向かい、お金を払っていた。

 

「本俺が持ってやるよ」

 

 と言われ、私は素直に「ありがとう」と伝える。

 それから丁度お昼時になり、私とソラは私がよく行っている甘味処で昼食を食べることにした。

 

「此処はあんみつが美味しいの。ソラも食べよう?」

 

「そうだな、じゃあ俺もあんみつを食べるとするか」

 

 私のオススメであるあんみつをソラと一緒に食べることに決めた。それから、来たあんみつをソラと食べて私は少しソラの方を見ながら食べていると、「美味しいな」と言いながらソラは食べていた。あんみつも食べ終え、私とソラはこれからどうするか?と言う話になったが、私はソラの手を握りこう言った。

 

 

 

 

 

 

「まだ一緒に居たい。駄目?」

 

 興味もなかったけど、前に一度一花から借りた本にこういうことが書いてあった気がする。人は上目遣いに見ると、断りにくい雰囲気になると。今のソラはそんな感じになっているのかな?と思いながら、私はソラの方を見ると、ソラはこちらに笑顔を向けてきてこう答える。

 

「いいよ」

 

 と言う声が聞こえ、私は少しだけ嬉しく思っていた。それからソラに肩を寄せながら歩き始めるのであった……。

 

 

 

 



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長女の感情

 三学期もそろそろ終わりを迎える頃、俺はそんな日に珍しく上杉に屋上に来て欲しいと頼まれて俺は屋上にやって来た。屋上にやって来ると、そこにはただ椅子に持たれかかっている上杉の存在がいた。俺は、そんな上杉の隣に座り何も聞かず、ただ黙ってコーラを飲み始める。

 

「空、お前になら言えると思ってな……」

 

 流れゆく雲の数を数えながら俺は上杉の言葉を待っていた。上杉の言葉は俺には少し重く聞こえていた。

 

「知り合いが同級生に告白されたらしくてな」

 

「意外だな。お前ならそういうことは一蹴りすると思っていたぞ」

 

 前までのこいつならそんなことを言われたら一蹴りしていただろう。それを一蹴りもせず、ただ聞いていたということはやっぱり少なからずあいつらの影響を受けているということなのだろうか。

 

「まあ、それもそうなんだが……。そう言う訳にも行かなさそうだったからな」

 

 話を聞いて一蹴りする訳にもいかないと思ったってことか……。

 

「それでお前ならなんて答える?」

 

「そうだな、そいつが返事はいらないって言ってきてたとしても返事は返した方がいいだろうな」

 

 返事を返さなければそいつの片思いで終わっちまうしお互いの身の為にもならないだろうなと思いながら、俺が答えると上杉はまだ何かを考えていた。他人から聞いた話って割には随分と思い悩んでいるんだな。よっぽどの相手からの質問だったのか……。

 

 それとも……。

 

「俺が言えるのはそれだけだ。それじゃあ、俺はそろそろ帰るぞ」

 

 俺はそう言い残し、コーラの缶を缶捨てに捨てて俺は帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 祝賀会の日、俺が働いているケーキ屋で五つ子の祝賀会が行われていた。俺の給料から引き抜くと言う言葉は冗談だと今でも思っているつもりだ。

 

 五つ子は何をしているのかと思って俺は五つ子の方を見る。五つ子は店長が作ったお手製のケーキを食べていた。特に五月だ。五月の胃袋の大きさは今に始まったことではないが、少しは自重しろと言いたくなるぐらいあいつは食べていた。店長もその姿を見て「作った甲斐があるね」と笑っていた。俺はそんな店長を見て止めて欲しいと少し思っていたが、今日ぐらいは許してやるかと俺は思っていた。

 

「何か言いたそうですね」

 

 ケーキを食べ終えた五月が俺に話しかけてきた。別にお前に特に言うことなんてないんだがなと思いながら、俺は話を続けていた。あるとすれば、ケーキをいつまで食べているんだと俺は言いたかった。

 

「こう見えても貴方には一応感謝しているんですよ」

 

 俺に感謝か……。こいつが俺に感謝するべきことがあるとすれば勉強のことだろうな。五月に関してだけ言えば、俺と空が半々で教えていたからな。

 

「俺に感謝……?お前がか……?」

 

「はい、テストのことはありがとうございました」

 

 ぶっちゃけ今に思えば効率の悪い教え方をしていたかもしれない。こいつ的には空と勉強していた方が効率が良かっただろうからな。と俺は思っていた。でも、こうやって感謝の言葉を言われるってのは……。

 

 

 案外、悪い気分にはならねえなとは思っていた。

 

「そうか、ならもっと勉強に励めよ。お前はまだ伸びると思うからな」

 

 最近何かがあったのかは知らないが、こいつの勉強の意欲はかなり上がっている。元々真面目な性格な奴なのもあるが、心境の変化とやらでもあったのだろう。心境の変化か、俺もこいつらと出会ってからかなりの心境の変化があった気がする。色々あったが、やっぱりあの花火大会が重要となったのかもしれない。

 

「そう言えば、先ほどから一花の姿がありませんね」

 

 周りを見ると確かに一花の姿がない。他の奴らは祝賀会に参加しているというのにいったいどういうつもりだと俺は思っていた。だが、さっき見たときは居たはずだ。いったい何処に行ったんだ……。俺は「探してくる」と言い、ケーキ屋を出る。ケーキ屋を出て、少し歩き始めると一花のような後ろ姿が見え、俺は「一花」と大きな声で呼ぶ。

 

「あれ、風太郎君。どうしたの?皆と祝賀会に参加しないの?」

 

 一花は振り返りこちらを見る。

 しかし、何処か体調が良くないのかあまり良い表情はしていなかった。

 

「それはこっちの台詞だ。祝賀会を抜け出すとはいい度胸だな。罰として、お前にはケーキ1ホールを食べてもらうぞ」

 

 外に出て何か話していたのか、あの社長と……。

 俺は一花の目を見ながらも、あいつが声を出すのを待つ。

 

「ええ、1ホールも?女優は体型維持で大変だから、そんなに食べれないよ」

 

「冗談だ。こんなところで何をしていたのかは知らんが、早く戻るぞ」

 

「うん。少し落ち着く為に私外に居たんだ。そろそろ戻るよ」

 

 と言われ、俺は歩き始めようとしたときであった。

 

 

 

 

 

 

 一花が俺の手を掴んできた。力強く……。

 俺はそんな一花の姿を見てやはり一花の様子が何処かおかしいと思ったのだ。それに気づいて、俺が言葉を出そうとしたときであった。

 

「私ね……。ずっと言おうとしていたことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

「風太郎君のことが好きかもしれないんだ……」

 

 突然の言葉に俺は何も言えずにいた。ただ黙り込み、俺は一花の言葉を受け入れるのに頭が混乱していたのだ。

 

 

 

 



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長女の告白

 風太郎君のことを好きになったのは間違いなくあのときの……。林間学校の出来事が関係していると私は思っていた。林間学校のあの日がキッカケなのは間違いない。花火大会のあの日ではパートナーとしてまだ風太郎君のことを見ていたから。

 

 

 

 

「空君、大丈夫かな?」

 

 その日の朝、空君は高熱を出して倒れたのを私達は知った。三玖は心配そうにしていたのを私は見ていたが、私達はただ空君が元気になるのを待っていた。

 

「空か、あいつのことだ。大丈夫だろう」

 

 先ほどまで私の話を無視していたのに空君の話題については触れた風太郎君。やっぱり、親友だから心配しているのかな風太郎君。

 

「そうだ。風太郎君に言いたいことがあったんだ。私、学校辞めるかもしれないんだ。おかげ様で新しい仕事が増えて来てるんだ」

 

 先ほどまで空君の話題以外全く私と話す気がなかったのに、風太郎君はこちらを見て「え?本当?」みたいな顔をしながらこちらを見ていた。

 

「そうか、いいな。やりたいことがあって……」

 

 少し意外だった。風太郎君のことだから凄く怒ってくると思っていたのだ。私はそんな風太郎君を見ていたが、「給料がどうたらこうたら」と言い出したのを見て私は思っていることを風太郎君に告げた。すると、風太郎君は「私が羨ましい」と言っていた。私の何処が羨ましいのだろうと思っていたが、きっと風太郎君はそういうものがないんだろうなと私は思っていた。

 

「まっ、何事も……挑戦だ」

 

 先ほどまで火を起こそうとしていた風太郎君であったが、風太郎君は火を起こすことに成功し私達は火に照らされながらも私は「此処でキャンプファイヤーを踊ろう」と提案するのであった。しかし、その直後に風太郎君の口から出た「キャンプファイヤーの伝説」と言う言葉を耳にするのであった。私はその言葉を聞いて、少し風太郎君のことを意識してしまっていた。そして、倒れてきている木材に私は気づけず、私は風太郎君に助けられた。

 

「意外とドジだな」

 

 私はそんな風太郎君を見て初めて彼のことを意識してしまった気がしていた。私はそのまま彼のことを直接見て話すことができずにただ目を逸らして話していたのであった。

 

 

 

 

 

 

 これが多分きっと初めて風太郎君を意識した日だろう。他に意識した日があるとすれば、風太郎君を直視できなくなったあの日からだろう。

 

 

 

 

 風太郎君が働いているケーキ屋で撮影を終えたあの日から私は風太郎君のことを直視できなくなっていた。そんな日が最後の試験まで続いていた。私達のお父さんがこの試験を乗り切れなければ再び風太郎君達の処遇を考えると言っていた。だから、私も頑張らなくちゃと思っていた。でも、風太郎君のことを直視できなくて私は少し困っていた。

 

「なんで好きになっちゃったんだろ……」

 

 三玖と二乃がバレンタインのチョコを作っているのを見ていた私は一人でぽつりと呟いていた。私はきっと風太郎君のことが好きになってしまっていたのだろう。それに気づいたのはあのときだった。私はそんな思いをすぐに振り落とそうとしたが……。

 

「お前、大丈夫か……?」

 

 私のことを心配してくれているのか、風太郎君はこちらの様子を見ていた。私はそんな風太郎君に驚いてしまい手を誤って打ってしまい三玖達に気づかれていないか気にしていたが、私は気づかれていなくてホッとしていた。

 

 それから、私と風太郎君は本屋に行って私が捨ててしまったかもしれない四葉の参考書を買いに行くことになったのである。これってある意味デートじゃ……。と思っていたが、私はそんな気持ちをすぐに払いのけて風太郎君から本を受け取り、買いに行くことにした。私が風太郎君と付き合ったら風太郎君きっと駄目男になっちゃうだろうな。というのが安易に想像できていた。

 

 私は四葉の参考書と風太郎君が買おうとしていた良い先生になれる本を買って、風太郎君のところに戻るのであった。良い先生になれる本か。風太郎君ならきっと良い先生になれると思うなと思いながら私は本を買いに行った。その途中、クラスの男の子に声を掛けられたが私は少し疲れてしまっていた。

 

「その手どうしたんだ?」

 

 「帰ろう」と言って私と風太郎君は家に帰ることに決めたのである。風太郎君は私がアパートでした怪我に気づき、私はすぐにその怪我を隠してアパートで怪我をしたことを風太郎君に言う。

 

「さっきちょっと怪我しちゃったんだ」

 

「やっぱ、ドジだな。気をつけろよ……」

 

 これ以上好きになっちゃったらいけないのに……。とは思っていた。私はジッと堪えていた。それから、少し経ったある日のことだった。私は三玖に少し相談したいことがあったのだ。

 

 それは風太郎君のことだ。でもその時三玖が言ってくれた言葉を今でも覚えている。だから、私は決心がついたんだ。

 

 

 

 

「私も後悔のないようにしたい。だから、一花も後悔のないようにした方がいいと思うよ」

 

 その言葉を言われて私はようやく踏ん切りがついた。そう、風太郎君に告白しようと思ったのだ。そして、そのときに私は感謝の気持ちを込めて三玖に私は「ありがとう」と伝えた。

 

 

 

 

 

 

 そして、あの日私は風太郎君に告白した。

 

「風太郎君のことが好きかもしれないんだ……」

 

 冬の寒さは消えて春の兆しがやって来ているこの日に私は風太郎君に告白した。風太郎君は固まってしまっていた。風太郎君、今何を考えているのかな。私に告白されたことが意外と思っているのかな。なんて返答すればのいいか困惑しているのかな。私は風太郎君の頭の中のことを考えながら、次の言葉を口に出す。

 

「返事は良いから、私が伝えたかったことはそれだけ。それじゃあ、私は戻るね」

 

 私はそう言って、風太郎君の前を過ぎ去って行った……。

 私が伝えたいことは伝えた。それだけで私はもう満足していた。

 

 

 

 



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第7章 五つ子と家族旅行
偽五女の問いと親友


ご無沙汰しております、活動報告及びあらすじでも書いているある通り家族旅行編から書き直しさせていただきます。今の自分が過去に書いた自分のSSを読んでどうしても終わり方に納得できなかったからです。

更新してなかった理由はモチベーションが完全に下がっていました。
この度は長らく更新をサボっていてすみませんでした


 家族旅行。

 父さんと一緒に旅行に出かけるのはいつぶりだろうか……。父さんが田舎町の旅館に泊まりに行こうと言い出したのが事の発端だった。田舎と言っても何もないと言う訳ではない。観光スポットである『誓いの鐘』と呼ばれている場所や夏に行けば海水浴が出来る海もあるというプチ観光地だ。

 

「着いたねー!!」

 

 背伸びをしてストレッチをする楓姉。

 当然楓姉も着いて来ていた。待ち合わせの場所で父さんと少し話をしていると、他の観光客だろうか。船着き場の待ち合わせ場所で待っているのが見えた。

 しかし、俺にはその待ち合わせしている家族に見覚えがあった。

 

 

 

 

「あれ……。なんで上杉達も来ているんだ?」

 

 黒髪の植物のようなアホ毛が特徴的な男が話しかけて来る。

 この特徴的なアホ毛に鋭い三白眼……。間違いない……。

 

「羽目を外せると思っていたんだが……」

 

「例えば、山の頂上でヤッホーとかしてみたりするってことか?」

 

「そんな子供みたいなことするわけないだろ」

 

 いや、上杉って外車見て子供みたいに喜んだり人生ゲームで遊んでて普通に楽しんだりしてるからそういう一面もあるって知ってるんだが……。本人にこんなことを言ったら怒られるだろうけど。

 

 

 

 

「「やっほー!!!」」

 

 偶然は更なる偶然へと重ね合わされる。

 何処から聞いたことがあるような声が聞こえて来た為、確認しに行くとそこには五月……。いや、五つ子の姿があった。

 そして、羽目を思いっきり外してテンションが高くなっている上杉。その高くなったテンションも徐々に下がっていってるのは目に見えて俺は少し鼻で笑ってしまう。

 

「あんた達も来てたのね」

 

「ああ、紹介するよ。後ろに居るのが俺の父さんと楓姉だ」

 

 父さんが軽くお辞儀すると、「結構イケてるじゃない」と言いながらお辞儀を返していた。

 軽く話をしているようだが、俺がいつもお世話になっています。という内容だった。

 

「脇城さん、ご無沙汰しております」

 

「五月さんか……。あのときの気持ちは今でも変わらないのかな?」

 

「はい……!」

 

 どうやら、五月と父さんは知り合いだったようだ。

 二人の視線を見る限り、何かあったような感じではあるが決して悪いことではないようだ。二人の会話を終えた後……。

 

「ご無沙汰しております、脇城先生……」

 

「久しぶりだね、マルオ君」

 

「先生……?」

 

 後ろを振り返ると、そこには中野父が立っており俺の父さんと話していた。

 そういえば、中野父は俺の父親のことを知っているようなことを前に言っていたな。先生と言うところを聞くにもしかして……。

 

「成長したね。今では病院の医院長をやっているとか?」

 

「いえ、私はまだ未熟なものです……。それでは、失礼させていただきます……」

 

 お辞儀をした後中野父は去って行った。

 あんなに畏まっている中野父を初めて見た気がする。

 

「父さん知っている人なの?」

 

「ああ、中野マルオ君……。僕が教師をしている頃に授業を受け持ったことがあってね」

 

「へえ、父さんがか……」

 

 やっぱり教え子だったのか……。

 あの敬意を表したような話し方的にそうだろうとは見ていたけど……。まさか、こんな思いがけない繋がりがあったなんてな……。もしかして、俺が五つ子の家庭教師を頼まれたのも父さんの子だからこそ信頼できると判断したのだろうか。

 今にしてみれば何故俺が家庭教師に選ばれたのか不思議だな……。上杉に比べれば学力も低かった俺を何故家庭教師に……。

 

「あ、あの……脇城君」

 

 考え事をしていると五月が俺に話しかけてくる。

 

「あ、ああ……。悪い、なんだ?」

 

「脇城君、後で話があります。構いませんか?」

 

「分かった……」

 

 俺と五月は宿泊先の旅館で会うことを約束していると、ガイドの人が鐘についての説明をし始めていた。

 観光スポットである誓いの鐘の話をしているとき上杉が……。

 

 

 

 

「は……はは……、何処かで聞いたことある伝説だ。そういうのは何処にでもあるんだな。コンビニか……」

 

 上杉の発言に風が吹き荒れる。

 数十秒の空白が響いた後、俺が上杉の背中を叩き「どうしたんだよ」と言うと上杉が俺に耳打ちをしてくる。

 

「……な、なあ、一花がお前に何か相談とかしていないのか?」

 

「どうした?別に何も相談されてないぞ」 

 

「そ、そうか……。なら別にいいんだ」

 

 一花と何かあったのだろうか……。

 上杉の表情を見る限りは悪いことでは無さそうだが……。そういや、この前ちょっと意味深なことを上杉が聞いて来ていたな。確か知り合いが同級生に告白されたと言う話をしていた。あのときツッコミはしなかったが知り合いなんて俺と五つ子以外に居ないのに随分変な話だなと不思議に感じながら聞いていたが……。 

 

「そういや知り合いの話どうだったんだ?」

 

「え?あっ……。そういや、そんな話していたな。わ、割と上手く行ってるみたいだぞ……!!」

 

 ……何処か怪しい雰囲気がある上杉に俺は怪訝そうに首を傾げていた。

 

 

 誓いの鐘を後にして坂を下りた場所で俺達は昼食を済ませた。

 その後、再び迎えのバスに乗って旅館を目指す。

 

 

 

 

 

 

「お化け屋敷みたいだね……」

 

 楓姉は周りを見ながら俺の後ろに隠れていた。

 老舗の旅館ということもあってかある程度老朽化はしているみたいだ。

 

「そういえば此処の温泉混浴あるらしいよ?一緒に入る?」

 

「誰が入るか……」

 

 小学生のときはよく楓姉とお風呂に入ることが多かったけど、流石にこの歳で一緒に温泉に入るのは無理があるというもの。楓姉は残念そうにしていた。そこは残念そうにする場所じゃないだろ……。それに父さんも止めてくれよと少し溜め息を吐きながら中へと入って行った。

 すると、五月から『午後12時に中庭に来て欲しい』と連絡が来る。その連絡を見た後、俺は「了解」とだけ送り、俺は携帯から視線を逸らし楓姉の話に付き合うことにした。

 

 

 

 

 中に入ると、そこはザ・旅館と言ったところだろうか。

 ロビーに行き、そこで手続きやら部屋の説明等を聞いていた。

 

「それじゃあ、部屋に行こうか」

 

 父さんが鍵を受け取った後、部屋へと入って行った。

 部屋に入ると和室の部屋が目に入り、旅館という感じの言葉がまさしく似合うような部屋だった。夕飯も温泉もまだだ。それに、五月との約束の時間までもかなりある。

 

「ちょっと外出歩いて来る」

 

「うん、いってらっしゃい!」

 

 部屋を出て、気晴らしに特に理由も無く歩き始める。

 

 

 

 

 少し歩いていると、庭園のようなものを見つけてそこの前に座り込みながら景色を見渡していた。

 そう言えば、さっきのバスに僕たちと上杉達と五つ子以外は乗っていなかったな。団体の客は三名なのだろうか。まあ、こんなこと考えていても仕方ない。偶然にしては出来過ぎてる気はするけど、それより今は……。

 

 

 

 

 立ち上がり、廊下を歩き出そうとしたとき向かい側からかなり年老いたお爺さんが前を通り過ぎろうとしていた。

 

「あ、あの……お爺さん大丈夫ですか?」

 

「……この程度どうってことはない」

 

 荷物も持っていた為、運ぼうとしたが拒否される。

 まるで俺の爺ちゃんみたいに痩せ我慢をする人だなと爺ちゃんのことを思い出しながら諦めず荷物を持とうとしていた。結局、お爺さんは諦めて俺に荷物を持たせていた。道中、何もお互いに喋らずただ荷物を運んでいた。

 

 

 

 

「此処で大丈夫ですか?」

 

「ああ、すまぬな。脇城の倅」

 

「えっ?」

 

 ポツリと呟いた後、お爺さんは去ろうとする。

 

「俺のこと知っているんですか?」

 

 去ろうとしていたお爺さんに声を掛けるも全くと言って反応がなかった。

 あのお爺さん、何故俺のことを知っていたのだろうか。あの『脇城の倅』という言い方的に父さんのことを知っていると言うことなのだろうか。

 次第に見えなくなっていく姿を見つめながらおでこに手を置いていた。どういうことだろうかと思考を研ぎ澄ませていたがあまり追い浮かばずその場を離れる。

 

 

 

 

 

 時刻は午前零時を示そうとしていた。

 あの後、部屋に戻って過ぎて行く時間を待ち続けていた。それからして、中庭に向かおうとしていたが道中で勇也に話しかけられて少し話をしていたら時間を過ぎてしまっていた。廊下を走っていると、スマホから着信音が鳴る。相手を見ると、中野五月と表示されているのを見てから通話に出る。

 

「悪い、ちょっと遅れそうだ」

 

「いえ、それは構いませんが……。出来れば、早めに来てください。父の目もありますので……」

 

 高校生とは言え、娘が午前零時ともう遅い時間に歩き回っていた。

 気にはなるか……。

 

「分かってる……。ん?」

 

 急いでいた足を思わず止めてしまう。

 その理由は、目の前に五月と瓜二つの見た目をしている人間が立っていたからだ。

 

「五月、一応確認するんだが……。今目の前に居る五月は五月か?」

 

「えっ?い、いえ、違いますが……。どうかしましたか?」

 

「いや……。ちょっとな」

 

 可能性は一つしかない。

 二乃が四葉に変装したときのように誰かが五月の変装をしている。

 

「念のため聞くけど五月じゃない……よな?」

 

「脇城君どうしたのですか?廊下は走ってはいけませんよ」

 

 偽五月は五月を演じることを続けていた。恐らくだが今目の前にいる五月は俺が本物の五月と電話していることは気づいているはずだ。電話で俺が五月に確認していたのを聞いてるしな。

 何故今目の前に五月を名乗る偽物がいるのかがわからない。四葉のとき同様誰かが五月を演じているのかもしれない。何のためにだ……?

 いや、今はそんなことより五月と会うのが先決だ。

 

「悪い、五月……ちょっと通るぞ」

 

「脇城君、私たちの関係をどう思いますか?」

 

 目の前を通り過ぎようとした瞬間偽五月は疑問を投げかけてきた。

 

「親友だろ」

 

 俺たちは今まで困難を乗り越えてきた。

 それは上杉や俺だけ乗り越えることはとても困難なものだった。五つ子が居たからこそ俺達は乗り越えることが出来た。

 

「五月が何と言おうと少なくとも俺は少なくとも親友だと思ってる。俺は五月達のおかげで変われたから……。それは五月が一番分かってるんじゃないのか?」

 

 変われたという言葉に自分でも疑問を感じているがそれでも俺は自分を押し通した。俺の答えに対して黙り込んでいる偽五月。

 表情を見ようにも俺の答えを聞く前に偽五月は俯いて顔を見せないようにしていたからだ。

 

「……そっか、ありがとうソラ」

 

 俺目の前から去ろうとする偽五月。

 声の特徴的に俺はすぐに三玖だということに気づき腕を掴む。

 

「……待ってくれ、三玖なんだろ?」

 

 まるで今の三玖の心情を表すかのように廊下は薄暗くなっていた。

 ただ暗くなっているというだけなのに俺はまるでそう錯覚させられていた。

 

「教えてくれ、なんで俺を試すようなことをしたんだ?」

 

 下を俯いてただ黙り込む三玖。

 少し俺は不安になっていた。三玖が中間試験のときのように何かをまた一人で抱え込んでいるのではないのか?と心配になっていたからだ。なにより、三玖は俺に表情を見せないようにしていた。それもあって、今三玖がどんな気持ちなのか察することが出来なかったのだ。

 

 親友か……。先ほど自分が吐いた言葉を思い出して少し嫌になっていた。

 

「ごめんソラ……。それはまだ答えられない。だけど、ソラならきっと分かると思う……」

 

「答えられないってどういう……!?」

 

 気配のようなものを感じ取り、後ろを振り返るとそこには先ほどの爺さんが立っていた。

 そして、俺を腕と腹当たりの袖を力強く掴んでそのまま……。

 

「脇城の倅……、ワシの孫に次手を出したら殺すぞ」

 

 背中が床へと激突していた。

 さっきの爺さんがどうして此処に……?というか今ワシの孫って言ったか……?

 多少痛む背中を押さえながら俺は立ち上がろうとするが、あまりの痛みに膝をついてしまう。少し困惑しながらも三玖は俺の前へから去って行こうとする。

 

「三玖、なにがあったのか知らないけど……。あのときみたいに俺に隠し事なんて出来ると思うなよ。絶対三玖が何で悩んでるのか暴いてやるからな」

 

「……うん、期待してるからソラ。後、今度は私のことちゃんと当てて見せてね」

 

 帰る際、後ろを向いて少し笑みを浮かべていた三玖。

 去っていく三玖の姿を安堵しつつ見つめていた。

 

 

 

 



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五女の話と長女のクエスチョン

「あの爺さん、見た目に反してとんでもない怪力だな……」

 

 背中を押さえながら立ち上がると、既に爺さんは居なかった。

 さっき荷物運べなさそうにしていたのにとんでもない怪力だった。柔道を習っているというのなら是非教えて欲しいものだ。背負い投げとか簡単に出来るんだろうか。それこそ柔道何段とか気になるところだ。

 ってこんなこと考えてる場合じゃないな。あの爺さんが三玖達の爺さんってのはちょっぴり驚いたが……。

 

「脇城君、け、結構強い音で打ち付けられていましたが大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。世の中にはあんなに力が強い爺さんが居たんだな……」

 

「お爺ちゃんのことですか?すみません、恐らく三玖と脇城君が揉めていると勘違いをして止めに入ろうとしたんだと思います」

 

「……あの感じを見る限りそうだろうな」

 

 俺が三玖の浴衣の袖を掴んでいたのもあるだろうし、なにより俺達が口論しているように見えたのだろう。

 だから、三玖を助けようとしたんだろう。良い爺ちゃんだな、あの爺さん……。ただもうちょっと手加減して欲しかったという気持ちはあるが……。

 

 

 

 

「それで話ってのはなんだ?」

 

 中庭に辿り着いた俺は待っていた五月に話しかけた。

 五月は自分の父親が見ていないのか確認しているのか周りを気にしている様子。

 

「あ、あの……。こういうときに話すべきなのか悩むのですが……」

 

「いいから言ってみろよ、何か解決できるかもしれないだろ」

 

「わ、わかりました……」

 

 緑側に座り込むと、五月は少し間を空けて座る。

 どうやらあまり旅行のときにするような話ではないらしい。

 

 

 

 

「一花が……その……上杉君に……告白するところを……目撃してしまったんです……」

 

 この前の上杉の様子を見たとき、かなり様子がおかしかったのは分かっていた。そして、今日一花の話をされたとき、何かがあったのは分かっていた。なにより前に恋愛相談をしてきたあの件……。知り合いなんてまるで自分じゃないような話をしていたが、あれは自分のことを話していたようだ。

 

 どうすればいいのだろうか?と言わんばかりに少し困惑している五月。

 五月の表情を見る限り、嘘を言ってる様子もなさそうだしな……。

 

「正直驚きました……。まさか私達の中で上杉君のことを好きなる人が現れるなんて……」

 

「俺も……ちょっとは思ったな。でも、俺達の関係は最早家庭教師の枠を超えてた気はしないか?」

 

「つまり、何れはこうなったのかもしれないということですか?」

 

「恋愛とまでは行かなくても……。親友みたいな関係にはなったんじゃないか?少なくとも俺は五月達のことを親友だと思ってるぞ。中間試験、夏祭り、俺が迷惑を掛けた林間学校、期末試験……。そして、冬休み……。俺達は色々な困難を乗り越えて来た。だから少なくとも、俺は五月達のことを親友だと思っている」

 

 若干熱が入った感じで喋っていると、五月が少しハッとしたような表情をしていた。

 それから少し苦笑いを浮かべている。

 

「脇城君って意外に熱い言葉好きですよね」

 

「そうか?事実を述べただけだろ……?」

 

 俺達は今まで色んな困難を乗り越えて来た。

 俺は五月達に助けられたこともあった。五つ子や上杉のおかげで俺は変われることが出来た。あのときは上杉に迷惑をかけただろう。

 

「確かに脇城君の言う通り、数々の困難を乗り越えた私達は親友と呼べるほどの仲になれたのかもしれません。それは私達や脇城君を変えてしまうほどの……。そして、上杉君すらも……」

 

「……だな」

 

 五月の言う通り、あの上杉も五つ子に出会って良い傾向が見えてきている。

 本人は気づいてないかも知れないが、誰かと積極的に関わろうとするところなんて見れるとは思わなかったからな。

 

「すみません脇城君、家族旅行の最中にこんな話をしてしまって」

 

「構わない」

 

 五月の話は一花の件だった。

 少し落ち着いたのか呼吸を整えてリラックスしていた。悩みを打ち明けると言うのは心が安らぐものだ。こういう家族旅行の最中に悩みを抱えたままじゃ楽しいことも楽しくないだろうしな……。

 

「そういえば、脇城君。私の父が明彦さんと頭を下げていましたがどういう関係なのか知っていますか?」

 

「俺も今日初めて父さんと五月の父親が知り合いだっていうのを知ったからな、聞きたいことってそれだけなのか?」

 

 俺も正直父さんと五月達の父親が教師と生徒という関係だったなんて聞いたこともなかったからな。

 それに父さんには五月達のことは引っ越して来るまで話したことはなかったからな。

 

「いえ、まだあります。何故三玖は脇城君にあのようなことを……」

 

「さあな……でも俺はちょっと自分が嫌になったな……」

 

 手入れがきちんとされている盆栽を見つめながら俺は三玖と話していたときのことを思い出していた。

 

「それはいったい……?」

 

「俺は五つ子の中であいつとは一番仲が良いと思っていた。だから、表情を見なくても言葉を交わさなくても互いに分かり合える関係だと勝手に思っていた。だけど、実際は違ったのかもしれない。俺は三玖のことをやっぱり何も分かっちゃいなかった」

 

 あのとき三玖が何を考えているのかもどんな表情をしているのかも俺には分からなかった。

 それが少し嫌になっていた自分が居たということを……。

 

 

 

 

「そんなことはありませんよ、脇城君……。今回は三玖の異変に気付くことが出来た。あのときと比べて一歩前進できています。だからもっと自信を持ってください」

 

 

「……ああ、ありがとうな」

 

 緩やかな風が吹き軽く髪をたくし上げながら五月はこちらを見てくる。

 

 五月は少し俺の背中を押すような言葉を言ってくれた。

 俺はその後、五月に「おやすみ」とだけ伝えてその場を去っていった。後ろから聞こえてくる「三玖のことを頼みます」と言う声が聞こえたのを確認してから。明日からは三玖がどういう理由で俺に聞いたのか考えなくては……。あの感じを見るに五月は三玖から何も聞いていないのだろう。

 となると、後は残りの三つ子となるのだが……。

 

 

 

 

「脇城君、おはようございます」

 

「え、っと……五月でいいのか?」

 

「さぁ、どうでしょうか?」

 

 今度の五月は俺に当てて欲しいって感じか……。

 こっちは今目の前で話している中野五月が本当に五月なのかもわからないってのに……。因みに、先ほど二人ぐらい五月を見たため、余計混乱している。

 あの二人からなんで五月の恰好をしているのか聞けばよかったな……。

 

 そうだ。とりあえず、本物の五月しか知らなそうなことを聞いてみればいいんじゃないのか……。

 

「あー、えっと五月好きな飲み物は?」

 

「そうですね、カレーですね。やはり、カレーは飲み物ですから……」

 

「そうか……」

 

 駄目だこんな初歩的な質問で五月なのか分かるわけがない。

 五つ子はそれぞれ自分たちが好きなものを理解しているはずだ。だから、こんな問題猿でも分かるはずだ。

 カレーが飲み物ってのは意味が分からないが……。

 

「サンタクロースのこといつまで信じてた?」

 

「脇城君、そういう夢を壊すような話をしては行けませんよ」

 

 これもダメか……。真面目の五月ならそう返してくるに決まっているか……。

 因みに俺は父さんがドジ踏んでサンタクロースの正体に気づいた。理由は父さんがプレゼントを置くときにドジを踏んで俺の髪の毛を踏んだからだ。俺はそれ以来サンタクロースのことを全く信じてない。

 

「デリカシーのない質問するからキレるなよ?コンビニの肉まんのカロリー覚えてるか?」

 

「……私が太ってるとでも言いたいのですか!?全く心外です!脇城君はもう少し女性に対して気を遣えると思っていたのですが……!」

 

 当然怒り始める。 少し申し訳ない気持ちになり「すまん」と謝っておいた。此処までならいつもの五月とそう変わらない。さて此処からどう本物の五月と判断し始めるか……。

 

「五月、昨日俺と一緒に会話した場所覚えてるか?」

 

「……?」

 

 どうやらこの五月は昨日のことを知らないようだ。五月自身もあのことを誰にも言ってないのだろう。

 と此処までは良かったのだが問題が発生する。此処からどうやって五つ子の誰なのか当てるゲームが始まる。それぞれしか知らない情報を適当に言っていけば正解に辿り着けるのか……?

 果たしてそんな当てず鉄砲でいいのか……?

 

「……ダメだ、五月。ギブアップだ」

 

 今の俺に五つ子を見分けるのは難しい。

 どうやっても見分けることは不可能に近い。

 

「がっかり、ソラ君なら当てられると思ったんだけどな……」

 

 

 

「……その喋り方的に一花か?」

 

「そうだよ」

 

 どうやら目の前に居るのは長女である中野一花だったようだ。

 じゃあさっきまで食事処に居た二人のことが気になるけどまずは一花から聞くべきことがあるな。

 

「脇城君ならきっと私達のこと見分けられると思ったんだけどな」

 

「期待に応えられなくて悪かったな……。ところで、なんで一花達は変装なんてしてるんだ?」

 

「ん?それは私たちが変装大作戦をしているからだよ」

 

「変装大作戦……?」

 

 一花が言った変装大作戦という言葉に疑問を感じていた。

 食事処で五月が大量発生していたのを見るに五つ子全員が変装しているってとなのだろうか、なら昨日の三玖の変装も頷ける。

 

「気になる?特別にソラ君にだけ教えてあげようかな?」

 

「……多分、それって五月以外の五つ子が全員五月になるってことか?」

 

「おっよく分かったね、ちょっとお爺ちゃんの為に色々あってね……」

 

 だから、全員五月に変装していたのか……。

 なんで全員が五月に変装しているのかがようやく見えて来た。恐らくだが、あの爺さんを心配させない為にとかそういう理由だろう。

 

「因みに先に食事処に行ったのって誰なんだ?」

 

「それなら五月ちゃんと四葉ちゃんだね。二人共、先にご飯食べに行くって行ったからね」

 

「ああ、だから四葉っぽい五月だけ若干ソワソワしていたのか」

 

 先ほど食事処で偽五月二人と話していたが、一人だけ何処かソワソワしていた。

 もう一人の方は俺に普通に話しかけていたから、本物の五月だろうかと少し思いながらも俺は会話をしていたが……。

 

「なぁ、一花……。少し聞いてもいいか」

 

「なに?」

 

「五つ子の見分け方ってあるのか?」

 

 こんなことを聞いたのは俺は少しでも本物の三玖に三玖だとすぐに分かるようにする為だ。

 一花は額に手を当てて少し考えている様子。やっぱ、そういう見分け方ってのは五つ子か親族とかじゃないと分からないって感じかって少し諦めていると……。

 

 

「愛があれば見分けられると思うよ?」

 

「……は?」

 

 思わず素で「は?」という声が出てしまう。

 それもそのはずだ、見分け方に「愛があれば」と言われてすぐに「そうなの?」となる訳がない。と言っても、原理が分からない訳ではない。

 

「いやいや、本当だってば……。そうだね、例えばニ乃ちゃんって動揺すると割と指で指してくることが多くない?」

 

「ああ、まあ確かにな……」

 

 確かに言われてみれば、取り乱したときとか割と人差し指で指してくることが多い気がする。

 

「うん、だから愛があればそういう仕草とかで分かるような気がするんだよね。だから、きっとソラ君なら二乃ちゃんと三玖ちゃんのことすぐに見分けられるようになると思うよ」

 

 何故か二乃と三玖の名前だけを名指しで言われる。

 俺の場合、あの二人が一番関わっているというのもあるからだろう。変な勘違いをしてしまいそうになったため、頬を叩きながらも一花の話を聞いていた。

 

「聞きたいことってのはそれだけで大丈夫かな?」

 

「ああ、ありがとうな……」

 

 「じゃあな」とだけ伝えて食事処に入って行く一花の姿を見送った。

 応援の言葉でも一応伝えておこうと思ったが、「なんで知ってるの?」となるだろうか俺は余計なことは言わずに口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

「脇城の倅……。何の用だ?」

 

「お爺さん、貴方にどうしても頼みたい事があります。俺に貴方の孫の見分け方を教えてください」

 

 受付に居た爺さんを見つけて話しかけた。

 目が開いていない爺さんが起きているのか少し不安になっていたが、俺が通ると少し目を開けてこちらを見ていた。

 

「またワシの孫に手を出そうとしているのか?」

 

「そうじゃないです、俺は……。あの五つ子の見分け方をどうしても知りたいんです」

 

 ただ三玖が何故あんなことを聞いたのか、それだけ知ろうとするのは間違いない気がしていたからだ。

 それに三玖が言っていた言葉も気になる。だからこそ、俺は五つ子の見分け方を知ろうとしていた。

 

「……ならば、この宿の雑用から何から何までやるつもりで覚悟するんだな、脇城の倅」

 

「分かってます!!」

 

 大きな声で意気込んでみせると爺さんは少し笑っていたように見えていた。

 待ってろ、五つ子……。絶対に見分けてやるからな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、二乃が此処に居るんだよ……」

 

 次の悲劇は浴場で起きるのであった……。



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偽三女の悪戯と五つ子ゲーム

「ふぅ……こんなもんか……」

 

 今はお風呂場……。

 お風呂場と言っても混浴のお風呂場だ。楓姉が言っていたけど、まさか本当に混浴のお風呂場があるなんてな……。一息つくかのように息を吐くと誰かが混浴の風呂場に入ってきた。

 

「すいません、今掃除……」

 

 掃除中と言いかけたところで、俺は喉に言葉を詰まらせてしまう。

 それもそのはずだ、目の前に居るのは五つ子の誰かだということを認識したからだ。

 

「誰だ……?悪いが、今掃除中だから帰ってくれ……」

 

 こんなところで五つ子の誰かに出会うなんて間が悪すぎる。

 こりゃお祓い行ってきた方がいいかもしれない、と少し余裕ぶっていると……近づいて来る。

 

「そういえばこの時間は確かに掃除中だったわね……」

 

 この少し匂いが強めの香水……。

 もしかして、二乃なのか……。まだ完全に把握できたわけではないが、この香水の匂いは割と覚えていたのだ。なるほど、一花が言っていたことってのはこういうことなのかもしれないな。

 

「なんで二乃が此処に居るんだよ……」

 

「へぇ、あんた私が二乃だって気づいたのね……。案外やるじゃない」

 

 俺が二乃だということに気づいたことを素直に褒めてくれる二乃。

 近づいて来る二乃に対して俺は後退りながら逃げようとする。

 

「なんで逃げようとするのよ」

 

「は、話でもあるのか……?」

 

 そりゃこんな状況で男女が二人なんてところを誰かに見られたら終わりに決まっている。

 だから、俺は今すぐにでもこの場から立ち去ろうとしていたが二乃がそれでも近づいて来る。

 

「全く……春休みの間全然来ないし……私が悪い事でもしたのかとちょっと反省していたのに……」

 

「……それは悪かったよ。でもバイトとかで忙しかったし仕方ない……だろ」

 

「な、なら……その……連絡ぐらい寄越しなさいよ……」

 

 もしかして二乃の悩みって俺達が春休みの間来なかったことなのか……。

 春休みの間、俺の場合は違うバイトで忙しかったのだ。連絡ぐらいしてやればよかったかもしれないな……。

 

「本当に悪かった……。何かの形で……罰は受けるから許してくれないか?」

 

「罰……?そうね、じゃあ……」

 

 

 

 

「背中流してあげるから脱ぎなさいよ」

 

「なっ!?」

 

 二乃の発言に動揺を隠すことが出来ず俺は固まってしまう。

 何度も何度も逃げようとしても、近づいて来るから嫌な予感はしていた。気づいていたのなら入って来た瞬間に逃げるべきだった。

 

「な、なにか反応しなさいよ!」

 

 恥じらう二乃であるが、それ以上に俺は頭がパンクしている。

 二乃の言っている意味が分からず、体すら動かすことが出来ないでいた。二乃が何を考えているのかそれすら理解不能だ。

 

「も、もういいわよ、私帰るから……!折角勇気振り絞って此処まで来たのに……!!」

 

 赤面しながらも怒り始めては俺の持っていたデッキブラシを床に打ち付けてから脱衣所へと帰って行く二乃の姿を見て、俺は二乃に「待て」と言うが、「待たないわよ!」と再び怒られてしまうが俺が二乃の腕を掴むと、顔をりんごのように赤くさせていた。

 

「な、なによ……!今更洗ってあげないわよ……!」

 

「ち、違うって……。あー、もうなんでこんなことになるんだ……!」

 

 俺は二乃の腕を放して、二乃も気づかぬ一瞬のうちに俺は脱衣場に戻ると、そこには背が低めのお爺さんが立っていた。

 

 

 

 

「脇城の倅……孫となにをしていた?」

 

「あー、いや……。なにもして……はいるのか、一応」

 

 一難去ってまた一難というのはこのことだろう。

 俺の目の前には師匠である中野家の爺さんが立っていた。この鋭い眼光、間違いない俺はこれから殺される。そんな殺気だった目に俺は抵抗や遺言すら言い残すことが出来ないと言った感じだった。

 

「言い残すことはあるか?」

 

「……ちょ、ちょっと……待って…ください!!」

 

 勢いよく背負い投げされて俺は床に背中を激突させていた。

 意識が若干朦朧としていたが、なんとか立ち上がると耳元で「破門だ」と伝えられ俺の弟子として生活は終わりを告げることになってしまった。

 

 

 

 

「爺さん、目がマジだったな……」

 

「だ、大丈夫……ソラ?」

 

「すげえいってぇな……」

 

「あんたが私に余計なことを言うからよ」

 

「今回に関しては……確かにその通りだな……」

 

 よく考えればいきなり好きだなんてことを聞くなんてどうかしていたのは間違いないだろう。

 だけど、まさか師匠に聞かれていたなんてな……。

 

「そうだ、二乃……。三玖のことを何か聞いているか?」

 

 俺は思い出したように三玖のことを聞き出そうとしていた。

 三玖の悩み相談を兼ねて早めに三玖の悩みを知りたかったからだ。

 

「なにをよ?」

 

「いや、最近悩みがあるとかって……」

 

 二乃と三玖は五つ子の中でも特段仲良く見えていた。

 言い合いしているときこそあったが、それはお互いに遠慮をしていないからこそだからだろうと俺は考えている。だからこそ、二乃なら何か聞いていないかと思ったのだ。

 

「聞いてないわよ。あの子最近あんたにチョコ渡せて上機嫌だったじゃない」

 

「そうだったんだが何かあったみたいでな……」

 

 確かにチョコを渡してそれを美味しかったと言ったときは、かなり上機嫌の様子であった。

 「また作るね」と言ってくれるほどだったのだから。

 

「まさかだとは思うけどまた余計なこと言ったんじゃないでしょうね?」

 

 余計なこと……。それは間違いなく何も言ってないはずだ。

 

「言ってねえよ……。三玖があんな行動を取ってきたのはかなり急だったしここのところバイト忙しかったから三玖とも会ってなかったしな……」

 

「案外その会ってなかった原因なんじゃないの?というか顔ぐらい見せなさいよ……」

 

「二乃と同じ理由ってことか……?」

 

「別に私はあんたに会えなくて寂しかったなんて感じてないわよ……」

 

 溜め息を吐きながら二乃は「その質問はしないでよ」と言いたそうにしていた。

 どうやら本当に二乃の悩みは俺達が来て居なかったことらしい……。それを証拠に、顔が少し赤い。

 

「とにかく……あの子のことはなんとかしなさいよ?前にも言ったけど、泣かせたらただじゃおかないって言ったの覚えてるわよね?」

 

「分かってるよ……。先に混浴出ろよ……お互い恥ずかしいだろうし……」

 

「わ、わかってるわよ……」

 

 

 

 

 

 

「さてどうしたもんか……」

 

 一旦旅館の外に出て空気を吸いに来ている。弟子を破門にされ、二乃からも情報を得られなかった。

 直接、本陣(三玖)に乗り込むってのも悪くはなさそうだが出来る限りそれは最後の手段に取っておきたい。

 

 

 

 

「ソラもう降参?」

 

 俺にそんな言葉を投げかけて来たのは五月……いやこの若干穏やかな口調は間違いない三玖だ。

 

「まだ降参はしない。ただどうにも俺には三玖が何で悩んでいるのか分からなくてな……。教えてくれって言っても教えてはくれないんだろ?」

 

「うん、それを考えるのがソラの役目だから」

 

「だよな……」

 

 結局本陣に乗り込んでも意味はないか……。

 いや、案外引いて駄目なら押してみろ作戦でやってみるのも悪くない。

 

「三玖、そういえばこの前のチョコありがとうな。すっげえ美味かったよ」

 

「ううん、私が……作りたかっただけだから全然いいよ。それに……ソラには日頃お世話になっているから」

 

「そんなことない。三玖の手料理も最近は凄い美味いしな」

 

「昔はマズかったって言いたいんだ」

 

「……悪かった」

 

 いつものように頬を膨らませどう見ても怒ってないような顔をしながら俺のことを見つめてくる。

 

 

 

 

「いいよ、本当のことだから……。でも、そ、ソラのお嫁さんに……ふ、相応しいぐらいの料理は作れるように……な、なったかな?」

 

 三玖が恥じらうようにしてそんな発言をしてきた。

 でも三玖にしては幾ら何でも攻めすぎではないのか?と不思議に思っていて俺は鎌をかけてみる。

 

「……本当に三玖か?」

 

「なんでそんな質問するの?私は三玖だよ」

 

 汗一つもない表情で……いや汗はかいている。

 それもかなりの量をだ。見ていてこっちが暑くなるレベルの汗の量をかいている。

 

「誰だが知らないがなんでこんなことしてきた?」

 

「……そっか、ソラにはやっぱりバレちゃうか。じゃあね」

 

「お、おい待て……!」

 

 俺は急いで偽三玖のことを追いかけようとしたがすぐに逃げられてしまう。

 この旅館はそこまで大きくはないが、逃げようと思えば逃げることも出来るだろう。それこそ外や女湯に逃げられてしまえば分からないものだ。どうしたものかと困り果てていると、俺のスマホに着信音が鳴り響く……。

 

「空か……!助けてくれ、五つ子のドッペルゲンガーが出た!!」

 

 電話の相手は上杉。

 電話はすぐに切れた。なにやらかなり困惑していた様子であった為、俺はすぐに五つ子達の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「空、来てくれたか……」

 

 五つ子達の部屋に来れば、そこに存在していたのは四つ子の森であった。

 

「さっきぶりね、ソラ」

 

 この言い方的に多分二乃だ。

 そういえば、俺は三玖のことを口調で判断していたが二乃は言葉に若干棘がある言い方をするのと、もう一つの方はあんまりこういうことは言わない方がいいか……。俺は口を堅くして何も言わずにいた。

 これも一花が言っていた愛の力って奴のおかげなんだろうか……。そう考えるとなんか恥ずかしくなってくる。

 

「それで俺を呼んだ理由はなんだ、一花」

 

「フータロー君たちにはあるゲームに参加して欲しいの」

 

「あるゲーム?」

 

 疑問の言葉を先に投げかけたのは上杉だった。

 

「五つ子ゲームです……!」

 

「五つ子ゲーム……なんだそれ?」

 

 初めてその名前を聞いた俺は二乃に確認する。

 

「前のときあんたは居なかったわね。ルールは簡単よ、私達五つ子が誰か当てるゲームをしてもらうわ」

 

「待てよ、五つ子ゲームって言っても今この場には四つ子しか居なくないか?」

 

 確かに上杉の言う通りだ。今この場にいるのは四つ子しか居ない。

 恐らくこの場に居るのは一花と二乃と三玖ということは分かる。もう一人は誰だ……。緊張しているのか若干萎縮している様子だが……。

 

「それもそうね……。じゃあ今この場に居る四人の中で当ててもらうわ」

 

 目を離している隙に四人はそれぞれに散っていた。

 先ほどまで俺の目の前で座っていたの一花の姿もなく、四人は立ち上がっていた。上杉の提案の下、それぞれ五月の自己紹介を始めるがどうにも誰がだれであるのか理解することが出来なかった。

 

「上杉君どうですか?」

 

「さっきまで誰がだれなのか分かっていたはずなんだが……」

 

 どうやら俺と同じような状況になっている。

 

「脇城君は……駄目そうですね」

 

 ……この五月。

 若干だけど汗をかいている。まるでさっき走って来たかのような感じだ。ん?さっき走って来た感じ……?俺の中で何かが引っ掛かっていた。でも、さっきのは三玖じゃ……なそうだったしな。

 

「ソラ君は見分けられると思ってたんだけどな、ガッカリ……」

 

「そもそもなんでお前たち全員が五月に変装しているんだ?」

 

 上杉が畳の上に座りくつろぎ始めた。それを見て俺も隣に座り込めば、三つ子たちがこたつの中に座り始める。

 

「えっと……。昔から私たちはそっくり五つ子で、自他ともに認める仲良しさんだったのです。おじいちゃんもそれを見て喜んでくれました」

 

「しかし、ある日私がみんなと違う恰好をしてみたんです」

 

「ふーん、それはどんな格好なんだ?」

 

「それは今と同じウサちゃんリボ……あ!あーっと危ない!誘導尋問とは卑怯ですよ上杉さん!」

 

 四葉だということに気づいた上杉は四葉に問い詰めていたが、四葉は誤魔化そうとしていたが誤魔化しきれていない状況だった。

 

「そ、それじゃあ話の続きをしますね。五人同じじゃない私たちを見て、おじいちゃんは物凄く心配しちゃって……。仲が悪くなったんじゃないかと……。しまいには倒れてしまったのです」

 

 孫好きな爺さんだ……。

 でもそれはそうと他人に簡単に殺すぞと言うのは色々とマズいと思うけど……。

 

「それ以来、おじいちゃんの前ではそっくりな姿でいると決めました。話し合いの結果、五月ということになりまして……。だから春休みに入り、この旅行が決まってからちゃんと変装できるか不安で不安で……」

 

「それをずっと悩んでいたのか?」

 

「あはは……。みんなは楽しそうだったので言い出しづらかったのですが……」

 

 四葉らしい悩みだな。あの爺さん思いで人一倍今回の変装に対する意気込みは強かったんだろう。

 自分が変装が不得意だということを理解しながらも……。

 

「あんな怖い爺さんのためにお前ら偉いな」

 

「いいえ、とっても優しい人ですよ。私大好きです!」

 

 上杉はその言葉を聞いて、それ以上言うことはなかった。

 

 

 

 

「さて一通り話して見分けられましたか?」

 

 四葉との話を終えた後、五つ子ゲームを再開する五つ子。

 上杉の方を見ると、どうやら四葉すら分からなくなってきたようだ。因みに、俺はまだ四葉が何処にいるのか分かっている。

 

「どれが四人目の五月だ……?さっきはわかったのに……」

 

 指を差しながら上杉は四葉を探し始めていたが、同じ顔をしている五つ子を見て分からなくなっていた。

 

「その様子だと上杉君は駄目みたいですね。脇城君はどうですか?」

 

「悪いが分からない……。ギブアップだ」

 

「ガッカリ……やっぱり駄目みたいね」

 

 上杉は再度のチャンスを貰おうとしていたが、五つ子の雰囲気的にそれを与えてくれるチャンスもなさそうだ。これ以上、他の四つ子を当てられそうにもない。仕方ないが、諦めるしかない。

 

 すると、誰かが戸を叩く音が聞こえてくる。マズい、このタイミングで父親でも帰って来たかと思い、俺は急いでタンスの中に隠れる。タンス越しにあいつらの声が聞こえてくる。

 

「此処に脇城の倅は来なかったか?」

 

「脇城さん、来てないよ?」

 

「そうか……、お前たちもあの不埒な男に気を付けるのだぞ」

 

 俺に対する警戒心が強すぎるな……。

 いくらなんでも起きたことが俺が悪い案件ばかりだから仕方ないとは言えもう少し警戒心埋めてくれてもいいんじゃないだろうか……。

 でも、俺の対応を見る限り四葉が言っていた通り孫想いの爺さんってのは事実なんだろう。そう思うと、さっきまでちょっと面倒な爺さんだと思っていた印象が何処かへと消えた気がする。

 

 

 それこそ俺が孫想いの爺さんを知っているからなんだろう。

 

 

 

 



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偽三女の自白

「そうか、上杉は上杉で色々と問題があるんだな」

 

 自販機で二つ飲み物を購入した俺は一つを上杉に渡していた。

 俺たちは今互いの現状を話していた。何故今互いに現状を整理しているのかと問われれば、五つ子の部屋を出た後上杉が話をしたということでこうして今俺達は椅子に座っていた。

 

「ああ、五つ子の悩み相談解決窓口になってな……」

 

「俺もちょっと訳あって三玖の悩みを解決しようとしていたところだ」

 

 五つ子の悩み相談解決……。

 話していた感じどうやら五月の悩みを聞いたようだ。その上で五つ子の悩み相談を始めようとしているらしい。

 

「ああ、そうだ上杉……。此処に来るまで本物の五月と遭遇したか?」

 

「いや、多分会ってないな……。元々五月には父親の相手をしていてくれてと頼んでいたからな」

 

 俺はある可能性のことを考えていた。

 それは五月が三玖の変装をしていたんじゃないか?と言う過程の話をだ。何故なら偽五月の話は五月と三玖本人しか知らないはずだからだ。しかし、それは上杉が中野父の気を引くために五月に頼み込んだとあれば時間的に辻褄が合わない。それに三玖が他の五つ子に話した可能性もあり得る。

 このままじゃ偽三玖を言い当てることが出来ずに終わる。

 あの三玖はいったい誰だったんだ……?

 

 

 

 

「そういえばお前二乃の悩みが何かは知っているか?」

 

 俺はとりあえず二乃の悩みを上杉に打ち明けると、「ふん!散々俺達の勉強を邪魔した罰だと思え!」と言うのであった。

 まだそのこと気にしていたのか……。二乃には上杉は色々と苦しめられたみたいだしまだちょっと根に持っていて当然か……。

 

「空、俺は引き続き五つ子達の悩みを解決しようと思う。今は三人の悩みは聞けたことになるのか……。空は一花の悩みは知って……。ああ、そういうことか……」

 

 何かに気づいたのか上杉が黙り込む。それもそのはずだ。

 多分悩みの原因が自分だということに気づいたのだろう。何か助言をしてやってもいいが、どうして俺が知っているのかとなって説明するのも大変だ。

 

「……と、とりあえず一花は俺がなんとかする。空は三玖のことを頼むぞ」

 

「ああ、分かってる……」

 

 一花のことと恋に関しては上杉自身がどうにかするべきことなのかもしれない。だから、あまり口出しをするべきじゃないのかもしれないな。

 

 

 

 

「脇城の倅、一歩でも孫の方に行ったら分かるな?」

 

 相変わらず警戒心の強い爺さんだ。

 でも、これが孫想いだってんならちょっとは分かるかもしれない。俺の爺ちゃんも孫想いの人だったから。

 

「聞いているのか?」

 

「はい、聞いていますよ」

 

「お前師匠に滅茶苦茶警戒されてるんだな……」

 

 

「色々あってな……」

 

 俺達は海に来ていた。

 爺さんが運転したバスで此処まで来ていた。というのも、五つ子たちが海に来たいという熱い要望に応えてだ。因みに父さんたちは来ていない。部屋でゆっくりしているとのことだ。

 

 

 

 

「あれが三玖……」

 

 そして、たった今爺さんが五つ子たちを当てているが俺にはさっぱりだった。横にいる上杉も同じように「え?え?」という反応を示していた。

 

「なあ、上杉は別に五つ子を見分けられるようになる必要はないんじゃないのか?」

 

「俺はあいつらの変装に色々と騙されたからな!師匠の教えを乞うてあいつらの変装を見破りたいんだ」

 

 あいつらにぎゃふんと言わせてやりたいってことか。

 そういう気持ち分からないでもない。

 

「わぁ、たくさん釣れてますね!」

 

 五つ子達が釣れた魚が入っているクーラーボックスを見ている。

 上杉が色々と紹介しているうちに一人の五月が「どれも同じでは?」という顔をしていた。

 

 

 

 

「キスだな」

 

 その言葉に一人の五月が反応して俺の方へと寄ろうとしてきた。

 俺は一歩引いて逃げようとすると、もう一人の五月が「こっち来て」と呼んできた。誰だか分からないが少なくとも今は爺さんの目から離れたい。有難くその提案を頂戴するとしよう。

 

「どうしたの?さっきから私たちと一歩引いてるけど?」

 

「あー、色々あってな。あの爺さんに目を付けられてる」

 

「お爺ちゃんに目を付けられるなんてなにしたのソラ」

 

 この物腰が柔らかい言い方は間違いない三玖……だと思う。

 確証はないけどこの呼び方をするのは三玖か二乃ぐらいだろう。そして、さっき俺に急接近しようとしてきたのは多分二乃だ。香水の匂いが二乃っぽいものだったからだ。

 

「誤解を招くことしたからな……多分俺のせいだ」

 

「そうなんだ……。そうだ、さっき私が言ったソラのお嫁さんにって発言なんだけど……」

 

 ……おかしいぞ、あの三玖はどう見ても三玖じゃなかった。

 なのに、なんで本物の三玖がこのことを知っているんだ。いや、まさかだとは思うがあれは本当の三玖だったのか……。だけど、あの奥手の三玖があんなド直球の発言が言えるなんて少し考えられない。

 

 

 

 

「忘れて欲しいの」

 

「……三玖がそれでいいなら俺は構わない」

 

「ありがとう、それだけだから……」

 

 去っていく三玖の姿を見つめながら俺は考え事をしていた。

 次の瞬間、誰かが突き落とされたような音が聞こえてきた。

 

「大丈夫か上杉」

 

「大丈夫じゃない……。くそっ、姉妹の誰かに突き落とされた」

 

 突き落とされたような音の方まで行くと、どうやら誰かが上杉のことを突き落としたようだ。

 このタイミングでどんどん不可思議なことが増えて行っている……。なんとかして三玖があのことを聞いてきた理由を突き止めなくちゃいけないってのに……。

 

 

 

 

 

 

 この後、俺達はバスに乗って旅館に帰ることになった。

 だが、帰るとき俺のスマホにはメールが送られてきていた。

 

『旅館の中庭で待っています』

 

 送って来た相手は五月だった。

 

 

 

 

「五月だよな……」

 

 中庭に来た俺だったが今目の前に五月が本物の五月なのかどうかすら分からなかった。汗の匂いは既に消えている。

 

 仕方ない、此処はある方法を使うか……。

 

 

 

 

「ハンバーグに合うものは?」

 

 今朝、本物の五月を見極めるための暗号のようなのを上杉から教えてもらった。何故こんな暗号なのかは分からないが、俺はその暗号の言葉を言った。

 

「デミグラス……」

 

「……やっぱ五月だったんだな」

 

 俺はある確信をした。

 あのとき感じた違和感は間違いなかった。俺があの五月の森の中で一人汗をかいている五月が一人見た。あの速さで五月達のところで戻るならかなり急がないとダメだ。五月は三玖よりは流石に足が速いがそれでも遅い方だ。

 だから、長距離を走ればかなりの汗がかくに決まっている。

 

「いつから気づいていたのですか……?」

 

「なんとなくだよ……あの5つ子の森に居たとき一人だけ口数が少なくて肩から呼吸してる奴がいた。しかも、そいつはかなりの汗だくと来たもんだ。相当な距離を走ってきたんだろうな」

 

「つまり……匂いですか?……変態ですね、脇城君はそのようなことをしないと思っていたのですが……」

 

「変態って言うな……自分でも分かってるんだから……」

 

 自分でも女子の匂いを嗅いでそれをヒントにするなんて変態だということを理解していた。

 だが、それしか俺には分かる方法はなかった。

 

 

 

「……まず貴方を試すようなことをしてしまったことをお詫びさせてください」

 

 深々と頭を下げる五月。

 

「……何故、試すようなことをしたのかは答えられるのか?」

 

「はい、これも三玖の作戦だったんです」

 

「三玖の作戦……?いったい何処から何処までが三玖の作戦だったんだ」

 

 俺には何処から何処までが三玖の作戦なのか分からなかった。

 俺に三玖のことを頼んだ時点で既に三玖の作戦とやらが始まっていたのかそれとも違うのか。

 

「それは……私が脇城君と分かれた後のことなんです」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 私が脇城君と分かれた後……。

 私は三玖と遭遇しました。

 

「三玖、何故貴方は脇城君にあのようなことを?」

 

「……五月お願いがあるの。力を貸して」

 

「それは何故ですか?」

 

 私には分かりませんでした。何故三玖が脇城君のことを騙してまで何かを試そうとしているのか……。

 だって、三玖は恐らく脇城君のことが……。もしかしてですが、脇城君に関係のことを聞いたのは……。

 

「もしかして三玖は……」

 

 それを言おうとした瞬間、私は三玖に言葉を遮られる。

 三玖は口元で指を立てて「シッー」とやっていた。そういうことなのですね、三玖。でしたら、私も少し協力したいと思います。

 

「分かりました、脇城君騙し作戦私も手伝わせてもらいます」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「私はあの後三玖に協力を持ちかけられて脇城君を騙すことにしたんです」

 

「お、俺のお嫁さんにって……話をして来たのが五月なんだな?」

 

「そ、その話はやめてください……。わ、私も言うのはかなり恥ずかしかったですから……」

 

 これであのとき俺に直球の発言してきたのが五月だと言うことがわかった。そして、中野父の足止めをしに行ったのは三玖だったのだろう。

 全く手の込んだことをしてくれる。

 

 

 

 

「それでどうして俺にそれを伝えようと思ったんだ?」

 

「そ、それは……流石に脇城君を騙したままなのは申し訳ないと思いまして……」

 

 確かに真面目で正直な五月のことだ。

 嘘をついたままにするということが出来なかったのだろう。

 

「そうか、分かった……。とりあえずそれだけ分かればいい……」

 

「何故三玖が脇城君のことを騙そうとしたのか聞かないのですか?」

 

「聞いてどうすんだ。それを考えるのが俺の役目って言ってたのは五月の方だろ?」

 

「そう……でしたね。脇城君、今回はすみませんでした」

 

 「気にするな……」とだけ伝えて俺はその場を去ろうとしたときだった。

 

 

 

 

「関心しないね、男女二人がこんな夜遅くに話とは」

 

「お父さん!?」

 

 俺たちの目の前に現れたのは中野父だった。

 まさかこのタイミングで中野父に見つかるとは思わなかった。

 

「五月君、もう夜は遅い。早く部屋に戻りなさい」

 

 その言葉を聞いて渋々五月は部屋の方へと帰り始めていた。

 

「脇城君、キミも早く部屋に戻りなさい」

 

 俺は何も言わず部屋に帰ることを選んだ。

 そういえば、あの人も五つ子達のことを見分けられていたな……。一花が言っていた「愛があれば」という言葉が正しいなら……。

 そうか。俺はあの人のことを勘違いしてたみたいだ。あのとき、不遜な態度を取ってしまったがどうやら認識を改める必要があるみたいだ。

 

 

 

 

「脇城の倅、ワシの孫の区別はつくようになったか?」

 

 部屋に戻る帰り道、俺は師匠と遭遇するのであった。

 

「……多少はつくようになったかもしれません。貴方の孫の長女が言ってましたよ、愛があれば分かるって……。でも、俺にあるのは親友としての愛なのかもしれません。だから、匂いや仕草でなんとなくですけど分かるようになってきたんです」

 

「……匂いとはあまり関心せん。だが、それもまた見分ける為には必要なことというわけか……」

 

「だが、お主に一つだけ問いたいことがある」

 

 先ほどまで風が吹いていた廊下の中が風一つなくなっていた。

 そして、空気も変わりまるで覚悟を問われている。そんな感じだった。

 

「もし、孫の中でお主のことを好きになる者が現れたとき、お主はどうする?」

 

 

 

 

 

 

「受け入れます。例え、そう言われようとも受け入れます。俺がその子を必ず幸せにしてみせます」

 

 五つ子の中で俺のことが好きな奴がいることはなんとなくだが気づいているつもりだ。だから、もし告白でもされたのなら俺はそれを受け入れるつもりだ。 

 

 

 

 



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三女の答え

すいません、昼間に投降したものは次の話でした
申し訳ありません


「い、五月……、な、なんでソラにお嫁さんに相応しいぐらいになんて言ったの?」

 

「えっ?え、えっとですね……、それは脇城君と三玖の関係を考慮してなのですが……」

 

 三玖は最早何処から突っ込めばいいのか分からないというレベルだった。頭を抱えて頭痛がしてこの世の終わりだとでも言いたげにしている様子だった。

 

「何処から突っ込めばいいのかな……」

 

 それもそのはず、自分と空は別に恋愛関係なのではないのだから。恐らくそこを勘違いしているのだろうと三玖は少し冷静になって考えていた。

 

「私とソラはそういう関係じゃないの」

 

「えっ!?そうなのですか!?」

 

「やっぱり勘違いしてたんだ……」

 

 五月が「えっ?違うのですか!?」とでも言いたそうに驚いていた。

 

「し、しかし……三玖と脇城君の関係は間違いなく恋人なのでは……?こ、この前だって一緒に出かけたと聞きましたし、チョコレートも本命チョコだと聞きましたよ」

 

「そ、それは……そうなんだけど……で、でも私の気持ちはまだソラに伝えてないの」

 

「な、何故なのですか?三玖ならばきっと脇城君も了承してくれますよ」

 

 それはそうかもしれない。優しいソラのことなら私の告白を了承してくれるかもしれない。その思いは確かに三玖の中にはあった。

 

「ちょっと意外、五月は教師と生徒の関係なんですよって言うのかと思ってた」

 

「それは確かに思うところはあります。私たちは家庭教師と生徒の関係なんですよ」

 

「……私が考査で一番取ったとき思ったの。あのとき、一番になれば望みはあると思ってた。認められるチャンスさえあればきっと私にも……」

 

 

 

「でも、やっぱり違った」

 

 三学期の考査は三玖が一番点数が高かった。

 それを空が褒めてくれたのは三玖は覚えている。だからこそ、少し高跳びして空のことをデートに誘ったのである。

 

「もっと……もっと踏み込んだことをしなきゃ私に気持ちは伝わらないと思った」

 

「だからこんなにも回りくどいことを……。三玖の気持ちはわかりました。最後は三玖が決めてください」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 旅行最終日の朝……。

 爺さん、いや師匠が言ってた俺が告白されたときそれをどう受け入れるのかと……。俺は受け入れるつもりだ。だから、もし告白されるようなことがあれば俺はそれを受け入れたいと思う。

 

 俺は本物の五月からメールが来たのを確認した。

 だが、これが本物の五月が寄こしたメールではないことぐらい分かっていた。このメールを送ってきたのは五つ子の中の誰かだ。

 俺はすぐに向かうことにした。

 

 

 

 

「脇城君、あのときのこと覚えていますよね?」

 

「ああ、三玖が何で悩んでいるのか当ててやるって話だろ?」

 

「はい、ですがその前に今目の前にいる私が誰か分かりますか?」

 

 今目の前にいるのが三玖なのか……。俺には今のところ分からない。

 正直な話、一花と二乃は分かりやすいことがなんとなくわかった。それはあの二人は香水をつけていることが多いからだ。そして、若干汗のような匂いがするのが四葉だ。朝、走り込むでもしているのか汗の匂いがしてくる。

 

 ただ、問題なのは三玖と五月だ。この二人に関しては正直匂いがイマイチ分からない。

 しかも五月は汗の匂いなんてとっくの前に消えているだろうから余計分からない。此処までくればもう"愛"って奴に頼るしかないのかもしれない。

 

 俺は三玖と五月の仕草を思い出そうとした。しかし、今目の前にいるのは棒立ち状態の五月だ。どう仕草で見分けというのだ。それに多分本物の三玖なら変装はお手の物……。

 

「ん……?」

 

 俺はあることに気づく……。

 はっきり言って男として割とクソみたいなやり方かもしれないが、この方法は割と有効的なのかもしれない。

 

 

 じゃあ、答えは簡単じゃないか……。

 

「三玖だろ……。前に行ってたよ、五月は変装が苦手だって……」

 

「私は私のままなのに変装が苦手と言うのはどういうことでしょうか?」

 

「……あんまりこういうことを言うと本当の五月に怒られそうだけど……体型が五月っぽくないんだよ……。五月はもうちょっと膨よかというか……さ」

 

 この発言をしたとき、目の前にいる五つ子の誰かが笑っているような目でこちらを見ていた。しかし、その目はすぐに真剣な表情に戻っていた。

 

「他の五つ子という選択肢もあるんですよ?」

 

「それはないな。二乃はこんな周りくどいことに協力しないだろうし四葉も変装が不得意だ。一花はまあ、俺に対してはそこまでだからな。それに甘い香水の匂いもしなかったからな」

 

 一花は多分俺より上杉に対してこういう周りくどいことならしてくると思う。ただ、三玖に協力しているって線は正直捨てきれなかったけどな。

 

「……変態ですか?」

 

「言うな……」

 

 匂いのことに触れれば触れるほど傷つくのは俺の方だ。

 これ以上はやめておくべきかもしれない。

 

「だから、今目の前にいるのは三玖だ……」

 

 長い間の沈黙が続いてしまう。

 もしかして、間違えたんじゃないかと思ってしまうほどの沈黙が続いていた。

 

 

 

 

「よく……分かったねソラ」

 

「……ああ、でも最後に三玖だって確信できたのは割と三玖のおかげなんだよ」

 

「私のおかげ?」

 

「ああ、目の前にいる三玖のこと考えたら何故か三玖との思い出ばかり思い出してきな。多分、それが一番俺に三玖だと教えてくれた」

 

 俺の中で三玖だと理解されてくれたのはそれが一番の理由だった。

 話しているときに三玖との思い出が思い出してきたのだ。玖と一緒に勉強し、三玖の悩みを解決してやり、林間学校の一件で三玖と和解して、それから色々ことがあった。そんな記憶が俺の脳裏に過っていた。

 

「そっか、それで……私がなんで聞いたのか分かった?」

 

「……多分なんだけど、俺にバレンタインチョコ渡したときに……本命だよって言ったよな」

 

「……あれは冗談って言ったでしょ?」

 

 二乃前では言わなかったがないわけじゃなかった。

 あるとすればこれだけと考えていたのだ。そして、多分……。

 

「いや、本当だったんじゃないかなって俺は思ってさ……。違うのか?」

 

 再び黙り込み何かを考え始めている三玖を見て俺は少し首を傾げて不思議そうにしていると、三玖は笑いながらこっちを見ている。

 

 

 

 

 

 

「勘違い変態男君には教えてあげない」

 

「なっ!?お、おい!なんだよそれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「でも、ありがとうね」

 

 

 

 



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五つ子と感謝の旅行最終日

「探したぞ、一花……」

 

 今は夜中……。

 必要最低限の照明がついている中、一花を待っていたのは上杉であった。

 

 一花は上杉の姿を見て、すぐに逃げようとするが……。

 

「待てって……!」

 

 一花の浴衣の袖を掴んで上杉が逃げようとする一花を捕まえていた。

 一花は上杉に顔を見えないように必死に逸らそうとしていた。

 

「お前から好きだって告白してきたんだ……。だから、俺の答えを聞いてもらうぞ」

 

 上杉は覚悟を決めたのか、真っ直ぐな視線で顔を逸らし続けている一花のことを見つめていた。

 

「いや、その前にこれだけは聞かせてもらうぞ……。一花の悩みは……俺のことが好きってことだよな?」

 

 その言葉を聞いて一花は何も言えずに居た。

 それは紛れもなく事実なのだから。だからこそ、黙り込むことしかできなかったのだ。

 

「俺の……答えは……俺の答えは……!」

 

 

 

 

「いいよ、フータロー君!答えてなくて!!」

 

 先ほどまで黙り込んでいた一花は大きな声を張り上げて上杉のことを制止する。

 一花はこのとき思っていた。確かにあのとき腹を決めて上杉に告白をしたはずだった。だけど、果たしてこれで良かったんだろうかと気持ちが強かったのだ。一花は分かっていた。上杉が好きな子はもう一人居ると……。

 その子の幸せを踏みにじるような真似をしていいのだろうか、と……。だからこそ、先ほどまでずっと喋べろうともしなかったのだ。

 そう、つまり一花の悩みというのは上杉が好きということではなく、"四葉"から上杉を奪い取るようなことをしていいのだろうかと気持ちが強かったのだ。

 

「フータロー君、あの日の言葉……忘れて……無かったことにして……」

 

「待て……一花……!俺は……まだ何も……!」

 

 本当なら好きな人には一途でありたいという気持ちが強かった。誰にも負けない愛という気持ちで上杉のことを好きで居たいという気持ちが強かったのだ。だけど、今はその気持ちに正直になれないというより罪悪感が勝っているのだ。

 

 

 その場から逃げようとする一花に戸惑いながらも彼は追いかけようとしたが……。

 

「上杉君、こんな夜遅くにキミはなにをしているのかな?」

 

 目の前に立っていたのは腕組みをしている中野マルオであった。

 夜遅くに出歩いている自分の娘達を探していた中野家の父親と鉢合わせしてしまったのだ。

 

「すいません……そこを通して貰えませんか?」

 

「悪いがそれは出来ないね……さっき通ったのは私の娘の一花だ。男女二人がこんな夜遅くに居るのは危ないとは思わないかい?」

 

 マルオは此処を通す気はないようだ。

 上杉はどうしてももう一度一花に真実を聞きたかったのだが、此処は食い下がるしかないと思い引き返すことにしたのだが……。彼は引き返す前にマルオにこんな発言をするのであった。

 

「一花に会ったら伝えておいてください……。俺は待っていると……」

 

「!?……待ちたまえ、上杉君」

 

 何かに気づいたのかマルオは上杉のことを呼び止めようとしていたが既に上杉の姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 その頃、上杉の目の前から逃げた一花の目の前には今一番会いたくない四葉が目の前に居た。

 

「わああっ!?ビックリした一花か……」

 

 目の前にいきなり走って来た人影を見て四葉は驚きを隠せず大声を出していたのだ。

 

「一花……どうしたの?」

 

 優しい四葉の言葉を聞いて一花は逃げようとしていた足を止めてしまう。

 そして、ゆっくりと四葉の方へと行き彼女の胸の中で涙は少し流すのであった……。

 

「色々あったんだね……一花」

 

 自分の胸の中で泣き出した一花を慰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「らいはちゃん、旅行はどうだった?楽しかった?」

 

 次の日、旅行最終日の朝。

 五つ子達は上杉らいはと空の姉である楓を誘って温泉に来ている。

 

「凄く楽しかったよー!昨日はお父さんとたくさん遊びに行ったんだー!」

 

 らいはは自分の父親である勇也との思い出を語っていた。その中で兄が居なかったことが残念だったと語っているが、らいははそんな思い出を楽しそうに話していた。そんならいはを見ていた楓は……。

 

「はぁ~!らいはちゃんはやっぱり可愛いなー!今からでも私の妹にならない!?らいはちゃんなら大歓迎だよー!」

 

 楓はらいはに抱きつき頬ずりをしていた。そんな馬鹿らしい光景をみていた五月は「この人、本当に脇城君のお姉さんなのでしょうか?」と少し目を疑っていた。

 

「そ、そういえば四葉さんと一花さんは何処?」

 

「一花はまだ来てないみたいですね……。四葉はそこのサウナに入ってますよ……。少し長い気もしますが……」

 

 

 

 

 男湯……。空と上杉はたった今絶妙な空気の中にいる。なにより、上杉は今すぐにでも此処から抜け出したいそんな気分になっていた。何故なら、マルオが先ほどから上杉に何か言いたそうにしているのだから。だが、ただ抜け出すにもかなりの力を使いそうな感じがしていた。

 

「こうして直接会うのは久しぶりだね、マルオ君」

 

「明彦先生と会うのは結婚式以来でしょうか……」

 

 五つ子の父親であるマルオは少し腰を低くしながら明彦にお辞儀をしていた。

 

「ぷっはぁ……!やっぱ、温泉での酒は美味いなぁ!お前らも一杯どうだマルオ、明彦先生!」

 

「僕は遠慮しておくよ。お酒はあんまり得意じゃないからね……」

 

「上杉、僕を名前で呼ばないでくれ。それに酒は苦手だ。特別な日にだけと決めている」

 

 酒を勧める勇也であったが、二人共飲もうとはせず「なんだよ、つれねぇな」と言いながら、もう一杯飲んでいた。

 

「ったく、先生たちは相変わらずですね。そういや、実は仲居さんから不思議な話を聞いたんだが……」

 

「止めてくれ、世間話をする間柄でもないだろう」

 

 温泉から出ようとしていた空と上杉であったが二人は勇成の不思議な話というのに興味を持ち、二人は耳を傾けていた。

 

「まぁ、聞けって。知っての通り、この旅行はウチの息子とお前んとこの娘さんが偶然当てたもんだ。そんなことあると思うか?五組限定だぜ?そこで仲居さんに質問したんだ。この旅行券で当たった客は何組来ましたかって。驚いたね、俺らより先に既に四組も来てたんだとさ」

 

「明彦先生の方は確か、封筒から送られてきていた招待状で此処まで来たんでしたよね?」

 

 明彦は「ああ、そうだよ」と言った後何かに気づいたのかマルオの方を見ていた。マルオは「不思議な話もあったものだね」と誤魔化していた。その話を聞いた上杉と空はお互いに顔を見合い、温泉から出るのであった……。

 

 

 

 

「あのー師匠……」

 

 空は上杉から少し事情を聴いて、中野家の祖父が居るところまでやって来ていた。その事情というのは、祖父はもう既に長くなく、残された時間を過ごす為にこの旅行を提案したという……。そして、空達が誘われたのは恐らく明彦が関係者だったからであろう。

 

「実は昨夜の話を聞いていたんですが……」

 

 中野家の祖父から返事はなく、ただただ黙り込んでいた。そんな様子を見て、二人はヒソヒソ話をしていた。「この爺さんもう死んでいるんじゃないのか?」とか「失礼だろ」と注意する空。そんな中野家の祖父の姿を見て二人は……。

 

 

 

 

 

「「お世話になりました」」

 

 二人は頭を深々と頭を下げていた。

 

「……孫たちはわしの最後の希望だ。零奈を喪った今となってはな……。孫たちに伝えてくれ」

 

「自分らしくあれと」

 

 

 

 

「あいつらは……。きっとあなたの死も乗り越えます。短い付き合いですがそれは保証します」

 

 今まで様々な困難を乗り越えて来た五つ子達。その五つ子達を見ていたからこそ出た発言だろう。その発言に対して、中野家の祖父は何も言わずただ黙り込んでいた。空と上杉はその場を去り、それぞれ帰りの準備をしに行くのであった。

 

 

 

 

 そして、帰り時五つ子達を見送る為か祖父は外に出ていた。五つ子達がそれぞれ騒いでいる中、上杉と空は祖父の隣で彼女達のことを見ていた。

 

「また来ます。あなたとの思い出を作りに……」

 

「そのときは五人の顔くらいは分けられるようになっているんだな……。脇城の倅……いや、脇城空よ」

 

「お主は孫たちを見分けられるようにはなったようだが、それでもまだ半人前。お主に伝えた覚悟のことも忘れるでないぞ?」

 

「……分かっています。短い間ですが、ありがとうございました」

 

 見送ってくれた祖父に対して、上杉と空は手だけを挙げて彼女達の輪の中に入って行くのであった。その後、彼女達と記念写真を一緒に写真を撮り、帰って行くのであった……。

 

 

「お世話になりました」

 

 旅行最終日、旅館を出る際上杉と空は五つ子の祖父に頭を下げていた。

 様々なことを教わった二人は師匠である彼に対して感謝の気持ちを伝えていたのだ。

 

「……孫たちはわしの最後の希望だ。零奈を喪った今となってはな……。孫たちに伝えてくれ」

 

 

「自分らしくあれと」

 

 

 

 

「あいつらは……。きっとあなたの死も乗り越えます。短い付き合いですがそれは保証します」

 

 今まで様々な困難を乗り越えて来た五つ子達。その五つ子達を見ていたからこそ出た発言だろう。その発言に対して、中野家の祖父は何も言わずただ黙り込んでいた。空と上杉はその場を去り、それぞれ帰りの準備をしに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 帰り……。

 船で隣同士になった五月と空は話をしていた。

 

「な、なるほど……勘違い変態男ですか……」

 

「俺もさすがにそれは酷くないか……。と思うんだけどな」

 

 五月の方から三玖の悩みの件で話を聞かれた空はあった出来事について答えていた。

 体型で見抜いたということは五月には伝えず……。

 

「ともかく無事三玖の悩みを解決できたのでしたら、良かったです」

 

「あれは解決出来ているのか?」

 

「出来ていますよ、それは今の三玖を見れば分かるんじゃないんですか」

 

 空は少し席を立って三玖の方を見上げると、嬉しそうに笑いながら眠っている三玖の姿を見ていた。

 

 



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第8章 五つ子と三学年
五つ子との三学期と新たな試練


 てんぷらの起源は安土・桃屋時代とされている。

 "長崎てんぷら"と呼ばれているものが、ポルトガル人が伝えられた言われているそうだ。

 

 ただその頃の日本は油は貴重なものだった為、庶民の口に入ることは滅多になかったそうだ。

 そして、江戸時代初期に入れば油の生産量が増えて天ぷらは庶民の味として徐々に広まっていったのであった。また、文献に「天ぷら」が登場するのも江戸時代が初めてらしい。

 

 これは全部俺が爺ちゃんから教わったものだ。

 いつも天ぷらを揚げるのを手伝うときはこの雑学を聞かされていた。そして、今も天ぷらを揚げているときに爺ちゃんのドヤ顔を思い出しながら衣を纏って行く魚や野菜たちを見つめていた。

 

 

 

 

「お疲れ、悪いね。お店手伝ってもらって」

 

 営業を終えると、父さんが俺にコーラを持って来てくれる。

 俺はそれを勢いよく飲み干す。

 

「別にいいよ、父さん」

 

 スーパーのバイトは受験で忙しくなるかもしれないから辞めた。

 ……本当のことを言うと、時給が若干低いのが気になって辞めた。そして、ちょうどスーパーのバイトを辞めた頃、父さんに店を手伝ってみないか?と誘われて俺は店の手伝いをしている。

 

「そういえば、今日は二人ほど面接に来るらしいんだ」

 

 バイトの面接……。

 そういえば、二日前ぐらいにバイトをしたいという子が連絡してきたというのを父さんが言っていた気がする。

 

「そうなのか?あれ、でも募集してた定員って一人でしょ?」

 

 募集していた定員は一人。

 元々、従業員は足りている方だが本店、つまり爺ちゃんの店の方が紹介されたことによりお客さんが増えているらしい。そのため、一人ほどバイトを募集していたところらしい。

 

「そうなんだよね……。ああ、そうそう空もよく知っている子達だと思うよ」

 

「俺も……?」

 

 俺もよく知っている人物って誰なんだ……。

 まさか五つ子なんてことはないよな……?

 

「失礼いたします、バイトの面接に参りました」

 

 営業を終えた店の中、俺達以外誰もいない店の中でただ一人の少女が入って来た。

 服装を見ると、学校の制服……。あれ、俺と同じ学校の子だな。顔を見ると……。

 

「三玖……?」

 

「ほら、水出してあげなさい空」

 

「あ、ああ……」

 

 トレードマークの青色のヘッドホンがなかったから見分けることが出来なかった。

 それに俺はまだ三玖のことを完全に見分けることは出来ていないのだから。だからこそ、俺は最初に三玖だと気づくのが難しかった。

 

「失礼いたします、バイトの面接に参りま……」

 

 二乃が言葉を最後までハキハキとして言おうとしていたが、三玖の姿を見て言葉が止まっていた。

 もしかして三玖が此処で面接を受けること知らなかったのか……?

 

「なんで三玖が此処に居るのよ……」

 

 その予感は的中した。

 どうやら二乃は三玖が此処に来るとは知らなかったようだ。二乃も俺からお茶を貰い少し飲んでから父さんは話を始めた。

 

「二人共知っての通り、此処は定員を一人だけ募集しているつもりだったんだけど……。まあ、空のお友達だし二人一気に採用でもいいかな」

 

「えっ……、いいんですか?」

 

「ああ、定員は募集一人なんて行ってたけど元々二人来たら採用するぐらいには懐はあるからね。だから、大丈夫だよ」

 

「よ、よかったじゃない三玖……」

 

「私は二乃と違って純粋に天ぷらに興味があったから応募しただけ」

 

「その割にアンタ今日浮ついてたじゃない?行く前だって何処行くのよ?って聞いたら上の空だったし」

 

「ち、ちがうから……」

 

 二人が言い合いしてる間に父さんと俺はお互いに顔を見合っていた。

 それにしても定員は一人だったのに二人を一気に採用なんて良かったのだろう?

 なんか後で俺の懐が寂しくなる予感しかしないんだが……。俺の懐事情を心配していると、父さんの私用のスマホから電話が掛かって来たのが目に入って来た。

 

「ああ、空……。二人と話しててくれて構わないよ」

 

「え?あ、ああ……」

 

 父さんは店を出て、外で電話をし始めていた。

 それからどうせ暇だし二乃達にある程度お店の話をし始めた。三玖は厨房に立たせるのはまずいと理解していた為、最初から接客をお願いしようとしていたのを気づいていたのか……。

 

「ソラ、私は厨房に立つからね。てんぷらの歴史もばっちり覚えて来たし任せて」

 

「えっ?あ……ああ……」

 

 三玖に厨房を任せるのは嫌な予感しかしない。

 絶対になにかとんでもないことをしてしまう気がする。

 

「アンタに任せられるわけないでしょ!」

 

 二乃も俺と同じ考えのようで三玖を厨房に立たせたくないようだ。

 それにしても、これからどうなっていくかと思うと色々と不安が募るばかりだ。楓姉が店を手伝うこともあるだろうから、色々と大変だ。

 

 

 

 

 

「まさか全員同じクラスだとはな……」

 

 校内で張り紙されているクラス表を確認していた俺は驚きを隠せないでいた。

 それもそのはず、何故なら俺達のクラスは五つ子と上杉と俺が全員揃っているのだから。

 

 偶然にしては出来過ぎな気もするけど、あまり気にし過ぎるのも良くないだろう。

 

「全員同じクラスなんてビックリだねソラ」

 

「そうだな……。これなら色々と楽でいいな」

 

 俺と一緒に登校してきていた三玖が隣でそう言う。

 今まで他クラスの生徒に気を遣いながら三玖のことを呼んだりしていたが、これからは気を遣わずに勉強を教えることが出来る。そう思うと楽でいいな、とちょっとは思う。

 

 

 

 

 

 

「まさか空だけじゃなく五つ子とも一緒だとはな……」

 

 教室に行くと、上杉が席に座っていつも通りに勉強をしている姿があったが、俺が来たことを理解したのか参考書を閉じていた。

 

「当の五つ子達は大変そうだけどな……」

 

 五つ子ということもあって、クラスの生徒からは質問攻めを受けているようだ。

 特に三玖なんかは少し困っている様子であった。仕方ない、ちょっと助けてやるか……。

 

 

 

 

「キミ達、この子達が困ってるじゃないか……。気になるのも分かるけど一人ずつ、ね?」

 

 俺が助けに行こうとする前に金髪の男子生徒が他の生徒たちを咎めていた。それを聞いてか、他の生徒たちも納得して散り散りになって質問をしていた。

 あれは確か……武田とかいう名前だっけ。成績優秀でテストも常に上位だったはずだ。

 

 

 

 

 

「先生……私はこのクラスの学級委員長に立候補します!!」

 

 高らかに挙手したのは四葉であった。

 まだ決めると言ってもないのにこの元気はつらつの言葉。まさしく四葉って感じだな。

 

「他にやりたい奴……居なそうだからいいぞ」

 

 と、こうも簡単に学級委員長が決まるとは思わなかったが進行が早くなるのはいいことだ。

 四葉が学級委員長で決まったことにより、他の委員会等も決まることになるのであった。

 

 俺は体育委員に立候補して楽な姿勢でいた。

 

 

 

 

「そういえばもう一人の学級委員が決まっていなかったですね……先生!私は上杉風太郎君を推薦します!!」

 

 推薦されたのが上杉だということもあって、クラス全体がマジかという空気になっている。

 そういえば長らく五つ子達と居ることが多くて忘れていたが上杉は結構浮いている存在だということを忘れていた。

 

「まあ……他にやりたそうにしている奴も居ないしいいんじゃないのか?」

 

 すると、武田が少し不満そうな表情で挙手するのであった。

 

「先生……此処はやる気がある僕の方が賢明じゃないでしょう……か?」

 

「先生!私が上杉がいいと……思います!!」

 

「うーん……上杉で……!」

 

 四葉のもう一押しに押されて担任の許可も下りたようで上杉学級委員長が決まるのであった。

 

 

 

 

「まさかあの上杉が学級長とはな……」

 

 四葉からの推薦とは言え、こんな事態になるとは思わなかった。

 四葉も四葉なりの考えがあってああやって上杉のことを推薦したのだろう。

 

「初めましてだね、脇城空君」

 

「武田か……、何の用だ?」

 

 前のクラスのとき武田と話すことはほんとどなかった。

 クラスではかなり目立つ奴だったとは言え、単純に話すことがなかったのだ。

 

「キミは……上杉君のことを少し腑抜けたとは思わないのかい?」

 

 少し真面目なトーンで話をしてくる。上杉のことを知りたいってことか……?

 何故、知りたいのかは分からない。だけど、聞いてどうするつもりって訳でもなさそうだ。

 

「そりゃあどういう意味だ?」

 

「親友のキミの目線だから分かることもあるんじゃないのかい」

 

「腑抜けたって言うより、変わったって言う意味なら俺もそうは思うぞ」

 

 これは五月があの旅館で言っていたことだ。

 五つ子との出会いで、上杉は色々変わった。今の上杉は五つ子の為なら心身になれるそんな感じだ。

 

「なるほどね……。親友のキミが言うのなら間違いないだろう、ね?それと……脇城君」

 

「キミにあの子達の家庭教師は些か分不相応なのではないのかい?」

 

 先ほどまでトイレの開いている窓から入って来ていた風の音が鳴りやんでいた。

 

「何故、そのことを知っている……?」

 

 俺には疑問だった。

 目の前に居る武田が何故俺が家庭教師をしているということを知っているのか……。

 

「僕の父はこの学校の理事長でね、中野マルオ先生とは面識があるんだ」

 

 なるほど、大体読めてきたぞ。これもまた試練というわけだ。

 この後何を言うのか理解している。つまり分不相応の俺に代わって目の前にいる武田が家庭教師の代わりになろうとしているわけだ。

 

「中野父……マルオさんからの頼みか?」

 

「察しがいいね……。でも、違うさ」

 

 

 

 

「キミの父、脇城明彦から頼みだよ」

 

 

 

 



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五つ子と間違った変化

すいません、またやらかしました。
投稿する予定だった話一話抜かしてました。すいません。


「いーや、素晴らしい!!キミは実に優等生だね!!」

 

 ある先生の言葉が俺の耳に響いていた。

 この先生は確か……。誰だっただろうか、俺のことをよく褒めてくれていたのは覚えている。俺が陸上部のエースでそして学年でも考査は上位だったことをよく褒めていてくれた。

 最後にはいつも「キミは父親の才能を引き継いでさぞ優秀な子なのだろう」と言われて、俺はそれを褒め言葉だと捉えていた。

 

 

 

 

 

 

「脇城さん!目を開けたまま寝るなんて器用なことしないでくださいね!!」

 

 ──意識が戻って来る。

 

「……あ、ああ。悪かった」

 

 どうやら俺は寝ていたようだ。

 周りを見ればちょっと笑われているようで少し恥ずかしくなってきていた。ああ、くそ……。なんで寝ていたんだ。

 それにあの言葉……。俺の父さんが絡んでるってどういう意味なんだ……。

 

 自分でも分かるぐらい目を上に向けて俺はひたすらに考えまくっていた。

 しかし、それでもどういう理由で父さんが俺に試練を与えて来たのか分からなかったのだ。

 

「どうしたのですか?今日の貴方はいつもの脇城君らしくないですよ?」

 

 オリエンテーションが終わった頃、心配だったのか後ろの席の五月が俺に話しかけてきた。

 

「ま、まあ……。色々あってな、悪い。ちょっと外出て来る……」

 

 すぐに廊下に出て屋上へと繋がる道に駆け上がり、屋上前で俺は電話を掛ける。

 その相手は脇城明彦だ。どういう意味で俺に試練を与えたのか分からない以上、俺にはそれを知る権利がある。

 

「出ねえ……」

 

 だが、出ることはなかった。

 家に帰れば聞き出すことも可能だろう。でも、俺としてはどうしても今すぐ知りたい。なら、マルオさんから聞くしかないだろう。

 

「もしもし、脇城です」

 

「脇城君、娘達は元気にしているかね?」

 

「……はい、元気にしていますよ。今日は少し聞きたいことがあって連絡しました」

 

「聞きたいこと……?僕に聞きたいことなどあったかい?」

 

 この人、言葉でも顔でも本当に知らないのか知ってるのか分からないのが難問だ。

 だが、父さんとマルオさんは関係性はあるんだ。だとしたら今回の一件間違いなくこの人も絡んでいる。

 

「家庭教師の件です。俺が家庭教師が分不相応である為に武田を家庭教師にしようとしているのは本当のことですか?」

 

「もう知っていたのかい」

 

「そう認めるということは今回の一件。父さんからの話があってのことでしょうか?」

 

「遅かれ早かれキミも知ることだからね。話しておこう」

 

 不思議とマルオさんと話していていつか感じていた恐怖心というものは感じなくなっていた。

 なんなら、もしかしたらこの人が考えていることもなんとなく分かってきた気がしてきたまであるのだから。

 

「キミは明彦先生の息子というのもあって家庭教師に選ばれた一人だからね」

 

「なるほど、前々から疑問に思っていましたがやっぱり俺が脇城明彦の息子だと思って雇ったわけでしたか……」

 

 ずっと疑問に思っていた。

 どうして上杉より成績が劣る俺を家庭教師へと引き入れたのか……。それは今回の話でようやく理解できた。俺がかつての教師である脇城明彦の息子だったからだ。だから、俺も父さんに教えることが出来ると判断したのだろう。

 

「ああ、その件はキミの想像通りだ。キミも上杉君同様、十分やってくれているようだからね。だけど、今回の件は別だ。明彦先生からの要望もあって今回キミを家庭教師から外させてもらうことになった」

 

「上杉は……あいつは……どうなるんですか?」

 

「彼についても私の要望で武田君へと引き継がせるつもりだ」

 

 なるほど、どうやら引継ぎとなるのは俺だけではないということか……。

 

「父さんが何故俺を家庭教師を辞めるよう仕向けたのは何故でしょうか?」

 

「それは僕もあまり詳しくはないね。ただ、キミのお父様は……キミの本気が見てみたいと言っていたよ」

 

 俺の本気が見たい……。それはいったいどういう意味なんだ……。

 この感じまるで教師だった頃の父さんを思い出す。昔父さんの教え子であった人から教えてもらったことがある。父さんは本気になったとき、いざとならば試練を与えることがあると……。だが、それは大きく成長することを見越してのことだということを言っていたのを今思い出した。

 だとすれば間違いない。

 

 これは……。

 

「父さんからの試練ということでしょうか?」

 

 これは明らかに父さんから俺に対する試練だ。

 それ以外のなにものでもない。だとすれば、俺がする選択肢は一つ。

 

「マルオさん、これを貴方に話しても意味があるのかは分かりませんが俺が分不相応なのが悪いんですよね?それはつまり、俺が相応であればいいということですよね?」

 

 

「……ああ、それならばお父様もお認めになるだろうね……」

 

「分かりました、ありがとうございます……。だから、もし父さんが近くに居るのならこう伝えてください。俺は……」

 

 

 

 

「上杉や武田に負けるつもりはないと……」

 

 その言葉を投げると、マルオさんの隣で聞いてる誰かが少し笑っているような声が聞こえていた。

 やっぱり父さんも近くで聞いていたか……。父さんは俺に元教師として俺に試練を与えて来たというわけだ。なら、俺はそれに全力で答えなくちゃいけない。

 

 そして、その為に俺がまず変わらなくちゃいけないというのは間違いなさそうだ。

 変わるか……。そういえば、前に五月にこんなこと言われた気がする。

 

 俺は変わった、と……。

 それに該当するものは幾つかあった。あいつらのことをちゃんと見られるようになったし、なにより普通に人と話せようになった。

 

「変化かぁ……」

 

 電話を切った後、俺は変化について考えていた。

 変化があったとすれば、俺の中で決着がついたことだ。

 父さんと和解できたことで……。

 

「それによって踏ん切りがついたってことなのか……」

 

 かもしれない。考える可能性があるとすれば、そうなのかもしれない。

 じゃあ、今度は思いっきり変化があると自分にも分からせてやるか……。

 

 

 

「上杉、学級委員長の仕事手伝おうか!?」

 

「……お前変だぞ」

 

 親友である上杉の辛辣の発言に轟沈しながらも俺は次に見つけた二乃に話しかける。

 

 

 

 

「二乃、香水の匂い変え……」

 

「は、はぁ!?ほ、ほんとあんたは……!!」

 

 一階へと戻って来ると、二乃を見かけてた。

 思いっきり怒られそうなことを言ってみる。今になって思ってみたが、三玖、五月や師匠が言っていたように人の匂いで判断するのって結構変態だ……。正直今のは自分でも変態だと思っていた。

 でもこの程度でめげては駄目だ。

 

 

 

 

「三玖、何か困ってることはないか?」

 

「え、えっ?……え、えっと。あっ、そうだ……。私さっきから姉妹の誰かと勘違いされてるからなんとかして欲しいなって……」

 

 話しかけた段階でなんとなく気づいていた。

 三玖が若干困惑している。多分、俺は自分では気づいてないのだろうが三玖に話しかけながら歯を輝かせているというらしくないことをしているのだろう。だから、三玖も困惑しているのだろう。

 いつもの俺とは違うと……。これも……ある意味変化なのか……。

 

 

 

 

「四葉、あまり一人で全部抱えるなよ!ほら、俺も手伝うぞ」

 

「え、えっ!?あ、あっ、はい!!ありがとうございます脇城さん!ですが、これは私が頼まれたことなので!」

 

 教室に戻れば、四葉が教師から配り忘れていたプリント配りをお願いされていた。

 やはり何処かいつもと違うと思われているのか、四葉は困ったような表情をしていた。

 

 

 

 

「五月、三学年のべんきょ……いや、まだ質問とかないか……」

 

「ど、どうしたのですか?脇城君」

 

 一瞬素に戻ってしまう俺に更に困惑している様子の五月。

 

 

 

 

「ソラ君どうしたの?」

 

 俺の様子に気づいたのか、一花が少し困惑しながらも話しかけてきた。

 

「一花か、クラスの方は大丈夫だったか?女優だからって言い寄ってくる輩はいなかったか?」

 

「私には今のソラ君の方が変に見えるよ」

 

「……だよな」

 

 再び一瞬素に戻ってしまう俺が居た。

 一旦冷静になるべく屋上へと再び戻るのであった。

 

 

 

 

 屋上に行けば、誰も居ない空間が広がっていた。

 カップルの一組や二組が居ると思っていたがそんなことはなかったようだ。俺は何も言わず、屋上の厚い厚いコンクリートの上で仰向けになって色々と考えていた。

 

「これ間違った変化じゃないのか……」

 

 何処か間違っているのに気づいた俺は溜め息をついて少し萎えていた。

 間違った変化だということを自分で理解していたからだ。今にもやけくそになって自分が嫌になりそうなとき、上を見上げていると女子の顔が目に入ってくる。

 

「どうしたんですか」



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五女と変化と決意

「五月か、三学年の勉強どう……いや、学校始まったばっかで聞くようなことじゃねえか……」

 

 なんとなくは自分が変かなということは気づいていた。

 それは自分に何度も溜め息をついてしまうほどにだ。

 

「しっかりしてください、家庭教師である貴方がそれでは私たちに示しがつきませんよ」

 

「……悪い。全部見てたんだな」

 

 どうやら五月には俺の間違った変化を全部見られていたようだ。

 こんなに恥ずかしいことがあるのならば、少し恥ずかしくなっているとこんなことをとっととやめるべきだったと自分が更に恥ずかしくなっていた。

 

「何かあったのですか?」

 

「……いや、別に大したことじゃねえんだ」

 

 前に一度五月にはクビになるかもしれないということを聞かれている。そのときは仕方なかったが、今回は別に知らせる必要はないだろう。でも、何れは知ることになるかもしれないと考えると、今伝えた方がいいかもしれないという気持ちにも苛まれる。

 人間の心ってのは面倒なもんだ……。

 

「ただ変わるってのは難しいことだなって改めて考えさせられたってだけだ」

 

「前に私が言ったこと……もう忘れたのですか?」

 

 前に五月に言われたこと……。

 何か五月に重要なことを言われただろうか……。

 

「家族旅行のとき、私は上杉君だけではなく脇城君や私たちすらも変えたと言ったはずですよ。そうですね、例えば脇城君の場合は……」

 

「気づいてないのかもしれませんが、あるときを境に私達の目を見て話すことができるようになったんです。それだけではありません、脇城君は正直最初は私達関わるのは仕方のないことだという雰囲気を出していました。ですが、今では家庭教師の一人として親友の一人として私たちのことを見ていてくれるではありませんか」

 

 その言葉を言われて俺は初めて気づかされていた気がした。確かに言われてみれば、俺は今も五月の目を見て話を聞いていたしさっきまでだって五月の目を見て話をしていた。これは前までの俺じゃ考えられないことだ。そして、五月が言っていたように俺の中で仕方ないのこと。親友の為だから仕方のないことだという言い訳もいつか消えていたのだ。

 

「五月、三年生も勉強……きっちりと教えてやるからな」

 

「それと、ありがとうな……。五月も案外熱い言葉好きなんだな」

 

 でも、おかげでこっちの目が覚まされた気分だ。

 変化ってのは目に見えているだけじゃない。それを五月が……。過去の自分が証明してくれたのだから。俺はそれに感謝したいという気持ちが強くなっていた。俺は学力で上杉や武田を超すことはかなり難しい。

 だけど、俺には一つだけ父さんを認めさせる方法があった。

 

 

 

 一週間後……。

 俺の当ては外れることになる。

 

「嘘だろ、ほとんど赤点じゃねえか……」

 

「……これはまずいな」

 

 上杉より口数が少なかった俺の方がダメージをかなり受けていた。

 というのも、上杉が出したテストの点数がかなり低かったのだ。

 

「言い訳になるかもだけど、此処最近仕事ばかりであんま自習できてないのよね」

 

 俺の当てとは五つ子の点数の成績を見せつけて父さんをぎゃふんっ!と言わせるという展開を期待していた。尚且つ、土下座付きで……。だが、それは叶いもしない夢だ……。今にも不貞腐れてしまいそうになったとき、俺はあることに気づいた。

 

「そういえば五月の点数だけ下がってないな……」

 

 五月の点数だけ下がってない……。

 これは俺の当てが少なくともまだ使える可能性は高い。

 

「無事卒業とか言ってるそばからこれだ。俺も自分の模試勉強があるってのに……。じゃあ、間違えた問題を確認していくぞ」

 

 

 全員の『お願いします』という声が響いたと同時に、インターホンの音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「近々全国模試だと聞いてね。それといい機会だから紹介したい子がいてね、入りたまえ」

 

 家に入ってきたのはマルオさんだった。

 

「お邪魔します、ごめんね。突然押しかけちゃって」

 

 あいつは武田……。

 まさかこんなにも早くマルオさんが手を打ってくるなんて思わなかった。もう少し遅めだと思っていたが……。

 

「マルオさん、今この場に彼が居るということは上杉と俺の代わりとして連れて来たってことですよね?」

 

「話が早くて助かる。脇城君の言う通り、武田君は上杉君と脇城君と代わって新しい家庭教師だ」

 

「ちょっと待ってください、説明してください」

 

 当然五月はそんなことは聞いていない。だが、身に覚えがあったのか何か察している様子ではあった。

 恐らくあのとき話している雰囲気的に察せられたのだろう。こんなことになるならもっと早く言うべきだったかもしれない。五月と一緒に打開策の一つや二つを考えることだって出来ただろう。

 

「先の試験実に見事だった。優秀な家庭教師たちのおかげで成績も伸びてきていたのも明白」

 

「優秀なら……つまり、成績を落としていることが問題と言いたいのですか?」

 

 二乃が「あっ」と言いたそうな顔で上杉のことを見ていた。

 そう、上杉の成績は家庭教師に始めたことによって徐々にではあるものの成績が落ち始めていた。そして、今では誰がどう見ても分かるレベルほどには落ちていたのだ。

 

「その通り。残念ながら上杉君は成績も順位も落ちてきている。これが問題なんだ」

 

 五月の怪訝そうな表情に加えての言葉にマルオさんは無言で頷いた後に、淡々と話し始める。

 

「だから僕は新しい学年一位の彼に家庭教師が相応しいと考えたのだ……」

 

 マルオさんの判断は間違ってない。成績優秀でないのならば、新たに他の成績優秀を家庭教師にするだけ。それはなにも間違ってなどなかった。ただ何も言い返せない現状に、口を開いたのは武田だった。

 

 

 

 

「勝った!勝ったぞ!!オー!イエス!!イエス!!!」

 

 心の底から喜んでそうな武田の様子を見つめていた。

 だが、上杉にはそんな言葉は耳にも入ってない様子だった。何故なら、いきなり変な行動をし始めたぞとでも言いたそうな顔をしているのだから。

 

「長きに渡る僕たちのライバル関係……!ついに終止符が打たれたんだ!家庭教師も僕がやってあげよう!」

 

 

 

 

「いや、お前誰だよ」

 

 耳にも入ってない様子という訳でもなかったようだが、どうやら上杉は武田のことを全く知らなかったらしい。えっ、武田があんなに因縁感出してたから普通知ってるもんじゃなのかと不思議そうに俺は眺めていた。

 

「えっ、二人ってライバルとかだったじゃないのか……?」

 

 思わず俺がそんな質問をしてしまう。

 親友が自分の知らないところでライバルを作っていたのかと勝手に思っているとどうやら話が違ったようだ。

 

「な、なっ!?そ、そんなわけが……!」

 

 続いて自分を全く意識されていなかったことに気づいた武田が少しショックを受けていた。

 

「もしかして二位以下か?二位以下なんて興味ないから気にしたことなかったわ」

 

 武田は上杉の言葉に何も言えずにいた。

 自分が足元に居ることにすら気づかれてない様子に唖然としていたのだ。

 

「ちょっと待ってください!上杉君への理由は分かりました。ですが、脇城君の理由が説明されていません」

 

「そういえば、ソラって順位落とすどころか上がってたわね」

 

 俺が主に順位が上がってたのはちゃんと勉強するようになったからと言うのと、楓姉に勉強を教えてもらっていたというのがデカいだろう。

 

「それは明彦先生から話して貰った方がいいだろう」

 

「父さん……」

 

 部屋に入ってきたのは父さんだった。

 父さんは真剣そのもの表情で俺達のことを見つめていた。

 

「空、今回の件何故と思っているだろうね。だけど、これは僕から試練なんだ」

 

 本気の目だ。

 父さんが教職員時代の目をしている。あの噂は本当だったのか……。

 

「空が更なる壁を乗り越えることが出来ると信じてね」

 

「……脇城先生、分かりました。なら、私が脇城君の教えの下、学年一位になります!」

 

 その言葉に五つ子、上杉、俺も驚いていた。

 

 

 

 

「その言葉に二言はないかい?」

 

 まずい、父さんがそれで普通に了承しようとしている。

 確かにそれなら申し分ない実力なのは間違いないけど、今の五月の実力でもそれは流石に無理だ。

 

「待って、お父さん達に何言われても関係ないよ。上杉さんたちは私たちが雇ってるんだから!」

 

 四葉の助け舟でなんとかこの場を乗り切ることに成功したかに見えたが……。

 

「いい加減気づいてくれ、上杉君が家庭教師を辞めるというのは彼の為にもなるんだ」

 

「キミ達は彼のことを凡人にしてしまったんだ」

 

「彼には彼の人生がある、解放してあげたらどうだい」

 

 マルオさんの言っていることも、武田の言っていることも分からない話でもない。

 だが、それで生徒は納得する訳ではないのも分かっているはずだ。一花は今此処には居ないが、他の四つ子達も何か言いたそうにしているが納得できる部分もあって言い返せないという感じだ。

 なら、今この場をなんとかできるのは俺だけだ。

 

 

 

 

「武田、マルオさん、俺は上杉が凡人になったとは思っていません」

 

「ほう、それはどういうことかな?脇城君」

 

 食いついて来たのは武田の方だった。

 

「俺は上杉のことをこれでも見てきたつもりです。俺はその過程で家庭教師を始めてから少なくとも人間性は増したと思っています」

 

「おい、なんだその言い方……」

 

 俺は家族旅行のときに五月が上杉すらも変えていったという言葉を思い出していた。

 それは悪い意味ではなくきっといい意味だったに違いないはずなんだ。俺はあそこまで上杉が誰かの為に頑張ろうとしたことが見たことがなかった。途中で投げ出しても良かったであろう、家庭教師という仕事を投げ出さずに最後までやり遂げて見せたのだから。

 

「それに五つ子達はきっと納得しないと思います。貴方は知らないかもしれませんが、五つ子達は結構頑固ですから家庭教師が変われとなれば、勉強を放棄し始める可能性すらありえます。そうなっては貴方も色々とまずいのではないでしょうか?」

 

「ふむ……確かにキミの言うことも一理ある。確かに彼は人間性を持つことで人となりを得たのかもしれない。彼女達の関係も考慮して本来であるならば、キミを家庭教師補佐として付かせることも視野に入れていたのだが明彦先生はそれを望んではいないようだからね……」

 

「全く人が話を聞いていれば、人間性を得たのだの人となりを得ただの……好き放題言ってくれるな」

 

 マルオさんに立ち上がってきたのは上杉だった。

 

 

 

 

「……確かに親父さんの言う通りです。俺は凡人になり下がったのかも知れません。ですが、こいつ()の言う通り俺は人間性とやらを得たのかもしれません。根暗陰キャ勉強馬鹿から卒業できなかったのかもしれません」

 

 俺が一回愚痴で言っていた程度の言葉……。

 覚えていたのか……。

 

「だから、これは俺達が最後まで引き受けるつもりです。俺のことを慕ってくれた五つ子の為にも……」

 

「キミの決意は分かった。だが、それを証明するものが欲しいところだ」

 

「なら、俺は……全国模試一位になってみます!!」

 

 全国模試一位と言った瞬間、二乃達が上杉の口を塞ごうとしていた。

 流石の上杉でも全国模試一位は無理な……はずだ。

 

「ぜ、全国模試上位でどうですか!!」

 

 五つ子達と話し合った結果なのか、出た言葉がそれだった。

 

「ふむ、悪くはないね……。では、脇城君はどうかね?」

 

「……俺は貴方に上杉や武田を越えて見せると言いました。だけど、二人のように全国模試目指すより五つ子全員の赤点を回避させ、俺も全国模試上位を目指します……。そして、五月を学年五番目内にします。これでどうですか?」

 

 

「なるほど、空の言いたい事は分かったよ。男に二言はない、いいね?」

 

 

 

 

「……ああ、分かってるよ」



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長女の決意

 父親の前で誓った空……。

 今日も今日とて学校を目指しながら参考書を片手に勉強に励んでいたが……。

 

 

 

 

「おっはーソラ君」

 

 そんな空に話しかけてきたのは一花であった。

 普段とは違い、眼鏡をかけている姿であり少しいつもとは違っていたが、これは変装の為である。

 

「その眼鏡……変装用か?大変だな、有名人ってのも……」

 

「まさか此処までになるとは思ってなかったんだよねぇ……。あの映画結構有名な俳優さんも出てたみたいでさ……」

 

 この前出演していた映画には有名な俳優が起用されていたこともあり、話題となっていた。

 更に一花が今話題の注目女優と評されたこともあって、有名人となっているのだ。

 

「晴れて有名人になれた気分はどうなんだ?」

 

「うーん、まあ悪い気はしないかな?でも色々と大変だよ……変装してなかったら中野一花さんですか?って聞かれたい放題だもん」

 

 周りを確認しながらも自分が一花だと気づかれていないかを気にしている様子の一花。

 

「それだけ人気があるってことなんじゃないのか?良かったじゃないか?」

 

「そうなんだけどね……あっそうだ。ソラ君授業サボらない?」

 

「そんなコンビニ行くみたいな軽いノリで言うことかそれ……。悪いけど、五月の勉強と俺の勉強の両立で忙しいから無理だ」

 

 何故このタイミングで誘ってきたのか理解できなかった空は一花の提案をすぐに拒否した。

 ただでさえ両立で難しいのにということをぼやきながらも空は走り出そうとしたが、一花に腕を掴まれる。

 

「ちょ、ちょっとだけでいいからさ!本当に!」

 

 

 

 

「はぁ……本当にちょっとだけだからな」

 

 こんなことをしている場合じゃないのに、と少し溜め息を吐きながらも空は一花のサボりに付き合うことにした。

 

 

 

 

 しかし、サボると決めてからも何処へ行くかを考えてはおらず結局二人は自販機で飲み物を買いながら時が流れるのを待っていた。

 

 

 

 

 

「最近学校来れてなくてごめんね……二人共大変なことになってるんでしょ?」

 

「ああ……でも俺達が決めた事だからな……」

 

 全国模試上位に五月を学年五番目以内という厳しい条件でもやり遂げようとしていた。

 それは自らの父親の壁を突破する為でもあったからだ。

 

「私がフータロー君と暫く会ってないこと聞かないの?」

 

「別に……二人の間で何かあったのは間違いないだろうけど……。それは二人の間だけで解決すべきことだろ?」

 

 分かっていた。学校に来ない理由は女優業以外にも理由があると……。

 だが、それを聞き出すことはしなかった。それが上杉と一花の問題であるということを理解していたからだ。

 

「それもそう……だね」

 

 本当は上杉に会いたい、だけど会えば会うほどまた会いたいという気持ちが強くなってくる。

 その気持ちは抑えられない衝動のように強くなり、今までよりも鼓動が早くなる。そんな状況で上杉に会ってしまえばきっと後悔すると一花は悩んでいたのだ。

 

「二乃みたいに上手く出来たらいいのになぁ……」

 

 上杉の告白を取り消した、という行為が未だに正しかったのか分からなくなっていた一花。あのとき、本当はどうすればよかったのだろうかという気持ちが日に日にどんどん強くなっていくばかりだったのだ。

 

「でも……フータロー君の傍っていうポジションだけは譲りたくないな……」

 

 何気なく上杉の傍に居られる立場だけは一花は誰にも譲ることは出来ないと考えていた。

 それは無論、四葉が仮に上杉のことが好きだとしてもと言う気持ちはあった。だけど、長女としては妹の思いを優先するべきなのではないのかという気持ちもあったのだ。

 

「ねぇ、ソラ君一つ聞いてもいいかな?」

 

「なんだ……?」

 

「好きな人にはさ……どうアタックするべきだと思う?」

 

 与えられたチャンスは一度は無駄にした。

 だけど、上杉からの答えはまだ聞いてない。もし、その答えが自分を選ぶということならまだチャンスはあるのではないのか、と一花は考えていた。

 

「一花は俺が昔女子と付き合ってたことあるって……前に言ったか?」

 

 まさか自分の恋愛経験を誰かに話す機会が訪れるとは思わなかった。

 少し笑みを浮かべながらも空は語り始める。

 

「……聞いたことはなかったかな」

 

 少しばかり驚いたような顔をしながらも一花が空のことを見ていた。

 

「俺は中学生の頃……好きな奴にはがむしゃらにアタックしていた。それこそ話を聞いたらドン引きされるかもしれないレベルにな……」

 

 

 

 

「だから……もし一花に好きな人が居るなら後悔がないようにすればいい……。俺は応援しか出来ないけどそれでも一花が結ばれたときにはそのときには……祝福してやるから」

 

 本当は自分の中古傷を抉るような行為はしたくなかったであろう空はそれでも昔のことを語り出していた。応援しか出来ない、それは彼にとってそれ以上は深入りすることは出来ないと言う意志でもあった。

 だが、それでも祝福できるような立場になれば祝福してあげたいという気持ちもあったのだ。

 

「そっか……ありがとう。ソラ君に相談してよかったよ……」

 

 後悔しないようにすればいい、その言葉に一花は突き動かされたような気がしていた。

 その姿を見て少し安心したかのように空は隣に座っている一花の姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 だが、この助言が後に五つ子内に亀裂が生じることになるのであった。



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五女のご機嫌取り

 俺は今日も今日とて五月の勉強を見ていた。

 暗雲立ち込めるなか、どうにか希望の光を探し出そうとしているのが現状だ。父さんにはああ言ったけど正直あの条件かなり厳しいものだ。

 俺の全国模試上位だけならまだしも五月を学年五位以内にすると言うのは中々厳しいものだ。確かにあいつの成績は上がってきているが、それでも現状だけではどうにもならないと言うのが現状だ。

 

「脇城君知っていましたか、三年生の修学旅行は京都に行くらしいんですよ」

 

 勉強期に勉強を重ねて限界状態を極めた五月はおれのご機嫌を取ろうとしていた。俺たちがピリついてるのを察知しているのだろう。因みに、京都に行くと言うことは知っていた。

 だけど、地元に帰るだけと言う気分になるから旅行という気分にならないのが俺の気持ちだ。

 

「わ、脇城君……知っていましたか?最近ではご当地カレーというものが流行っていましてそれぞれの特産物をカレーに入れたりするのが流行ってそれを広めようとするものが流行っているらしいんです……」

 

「ああ……そうか……」

 

 五月はなんとかおれを和ませようとしているが、それは逆効果。思わずそんな塩対応を取ってしまう。ダメだ、いつもなら何か反応してやれるのにあのことがあってどうもイライラしてしまう。

 

「脇城君あまり気負い過ぎないでくださいね……」

 

「あ、ああ……」

 

 上杉に一旦押し付ける、そんな作戦本来であればあり得たのだろう。だが、その上杉は今勉強と添い遂げるぐらいまで熱中しているから頼れるわけがない。

 前に三玖が上杉に勉強を聞こうとしていたときも、若干ピリついてるのを俺は気づいていた。このままだとまた五つ子と俺たちの間で溝が出来てしまう。なんとかしなくては……。

 

「あ、あの……脇城君少し気分転換しに行きませんか?」

 

「勉強もまだ終わってないのにか?」

 

「すいません……」

 

 なんとか鎮めようとしてきている五月を萎縮させてしまうような発言をしてしまう。こんなことをしていてはダメだ、五月の言う通り少し休憩しよう。

 

「悪かった、何処に行くんだ?」

 

 気分転換という理由で俺は外に連れ出されていた。

 お互いに何も言わず互いに隣同士に歩いているというのに妙な空間ができていた。恐らく俺が早くなんとかしなくては、という負のオーラを漂わせているからであろう。

 

「五月、いつの間に塾なんて通ってたのか?」

 

「あっいえ……。この塾に知っている人が居るのですが……」

 

 辿り着いた先は塾であった。

 俺は少し疲れたように塾前にあった自販機でコーラを買いながら飲んでいた。あー、なんでこういうときのコーラって沁みるんだろうか。

 

「げっ!?明彦先生!?いやでも……明彦先生にしては背が小さいな……」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきて振り返ると、そこには丸眼鏡をしている塾講師らしき女性が立っていた。誰だろうと、俺は首を傾げていると五月が「下田さん!」と呼んでいた。

 

「五月ちゃんってことは……あーなるほど明彦先生の息子さんか!」

 

 俺は軽く「どうも」と頭を下げる。

 隣にいる五月を見てその隣にいる俺が誰なのかを理解したのか納得している様子であった。脇城先生と言っていたけど、父さんのことを知っている人なのだろうか。

 

 入って来た場所は下田さんがやっている塾。全国模試も近々やることもあり、中に入っていいものかと思ったが、下田さんは快く中に入れてくれた。

 

「いやぁ、この近くで和食屋をやっているって話は聞いてたけど……。まさか明彦先生の子供に会えるなんて思わなかったよ……もしかしたらまた明彦先生が来たのかと一瞬身構えちまったよ……」

 

 下田さんは首の裏に手を置きながら高笑いしていた。

 「そういえば明彦先生のことをクソ教師と呼んでたこともあったっけ……」と言っている声が聞こえて、俺は反射的に反応してしまう。

 

「クソ教師……!?」

 

 思いも寄らない発言に俺は驚きを隠さないでいた。

 えっ、父さんは下田さん達になにをしていたの……。

 

 

 

 

 

「あ、あの……俺の父さんのことを知っているんですか?」

 

「知ってるも何も担任の教師だったこともあるからな」

 

「教えてもらってもいいですか?」

 

 教師だった頃の父さんのことはほとんど知らない。

 巷で熱血教師なんて言われてるのを聞いたことがある。本当にそれだけだ。

 

「聞きてぇってんなら幾らでも聞かせてあげるよ……明彦先生はな」

 

 

 

 

「めっちゃ熱血教師だった」

 

 下田さんは目をキラキラと輝かせながら、まるで高校生時代に戻ったように語り始めていた。

 

 

「先生の言うことを素直に応じる生徒も好きだったみたいだけど、それより歯向かって来る生徒が人一倍好きだったみたいでな。いつも試練って言う課題をそういう生徒に出しては反発されては提出されたり達成したり一緒に喜んだりしていた先生だったんだよ。それもあってか、私も結構目付けられること多くてな。このクソ教師!!って呼ぶと先生も「なんだと!」と言いながら喜んでるだろ。すっげえだろ、今じゃありえないぐらいの熱血教師でな……」

 

「あの……人気あったんですか?それ」

 

「ああ、あったよ……。不良なんかは先生を慕ってる生徒まで居たレベルだったからなぁ……」

 

 なんか想像していたいよりヤバい人だったんな父さんって……。

 もっと生徒の前で笑顔で明るく指導している人だと思っていた……。

 

「想像してた自分の父親と違ったかい?」

 

「……まあ、そうですね。もっと生徒の前じゃ笑顔で明るくみたいな人だと思ってたんでそんなに熱血教師だったとは……」

 

 ということは試練を与えていたというのもより反発を誘発させる為だったんだろうか……。

 だとしたら、すっげえ熱血教師だけど変人だという印象が根強いてしまう。

 

「そうかい、まあ想像と実際ってのは違うだろうしねぇ……。それに家での父親しか知らなかったのなら尚更だ。それで五月ちゃんの話はあるのかい?」

 

「そうでした……。それが実は学年五位以内に入らないといけない事情ができまして……」

 

「目つきを見る限り嘘をついてるって訳じゃなさそうだね……。学年五位以内か……五月ちゃん、前に成績を見せてもらったことがあるけど正直その話……」

 

 

 

 

「無理だと思うよ。正直言って現実的じゃないとは言いたくなる。……それでもやるのかい?」

 

 確かに下田さんの言う通りだ、はっきりとした物の言い方だけどそれは間違いなく無謀であるということは俺も分かっていたからだ。だけど、決めてしまった以上俺は逃げる訳にもいかない。

 

「……はい、俺は成し遂げて見せます」

 

 父さんの昔の話を聞いて俺は思った。

 父さんは昔と何も変わってない。根っからの熱血教師であるということは……。だから、俺がその与えられた試練を乗り越えてこのクソジジイと言ってやれば、きっと喜ぶこと間違いないだろう。

 

「なるほどね、良い威勢だ。だけど、簡単に実現できるような望みじゃない。それでも……やるって言うのかい?」

 

「はい、俺は実現して見せます。そして、父さんの試練を乗り越えて……このクソジジイって言ってやります」

 

「ギャハハハッ!それはいいね、気に入ったよ。兄ちゃん、アンタのこと気に入ったよ。なによりその諦めない根性、流石先生の息子だって言うだけあるね……。名前聞いてもいいかい?」

 

「脇城空……です」

 

 どうやら俺は下田さんに気に入られたようだ。

 父さんの教師自体がまさかあんなにも変人で熱血的な人だとは思わなかったけど下田さんからいい話を聞けた。

 

「脇城空か、覚えておくよ」

 

 下田さんに握手を求められ俺はその手を握る。

 微笑みながらもその手を握られ俺も頰を緩ませていた。

 

「それで嬢ちゃん前に手伝いをしたいとって言ってたっけな……あれどうする?出来るなら今日からでも構わないよ」

 

「はい、私は是非下田さんの下で手伝いをさせて欲しいんです」

 

「そうかい、それで空君は此処でゆっくりしているかい?」

 

「いや俺も手伝わせてください」

 

 俺達がやっていた仕事は主に下田さんの手伝いであった。

 下田さんが塾生徒に教えているのを見守りながら、俺達も生徒達の方を見て回って実際に教えたりしていた。人に教えると言う行為は五つ子達以外したことがなかった為、俺は少し戸惑っていたが五月の方を見ると難なく教えていた。

 

「五月ちゃん……あの子はきっといい教師になるだろうね」

 

 五月の様子を見ながら、下田さんが小声で俺に話しかけていた。

 五月と生徒の姿は真剣であり、教師としての第一歩を着々と進んでいるようだ。俺はその姿を少し嬉しく思いながらも見ていた。

 

「……俺もそう思います」

 

 五月みたいな奴が教師になってくればきっとこの世にはもっといい教師が増えてくれるだろう。

 あの夢の中で出て来ていた教師は少なくとも俺にとっていい教師ではなかったのを覚えているからだ。

 

「空君さ、もしかしてさっきまでピリピリしていたかい?」

 

 休憩時間となり、下田さんと俺はゆっくりとしていた。

 下田さんはお茶を飲みながら俺の心を読み取ったのか、そんな言葉を投げかけてきた。

 

「……どうしてそれを?」

 

「此処に来るまで早くしないと早くしないとって感じで焦ってた感じがしたからさ、どうなんだい?」

 

 それは図星だった。

 塾に向かう途中も俺はこの先どうするかと、ひたすら考えていた。

 

「……はい、そうですね……。五月のことを学年五位にそして……俺は全国模試上位に……。その滅茶苦茶な条件に俺は頭を抱えているところでした」

 

「全国模試上位かぁ、そりゃあ中々な条件だね……だけどキミなら出来ると思うよ」

 

 下田さんは柔和な笑顔で俺のことを見ていた。

 

「俺なら……?」

 

 自分には何故出来るのか……。それが疑問に思えた。

 俺はただ無謀な条件に突っ走ろうとしているだけだというのに……。

 

「まあ、それは五月ちゃんの方が知ってるんじゃないのかい?私はちょっと忙しいからこれで失礼するよ」

 

 五月ならその答えを知っている。

 何故、そんなふうに言い切れるのだろうか俺は自分の頭の中でひたすらに考えていた。

 

 

 

 

「下田さん、今日はありがとうございました!」

 

「ああ、またいつまでも手伝いに来てくれ五月ちゃん。空君も五月ちゃんの前であまりピリピリしてあげるなよ」

 

「分かってます……」

 

 下田さんの手伝いを終えた俺達。

 得る物が多い手伝いとなり、学力向上にも繋がりそうな気が俺にもしていた。だけど、最後まで下田さんが言っていた俺なら出来るという言葉の意味は分からなかった。

 

 

 

 

「五月……この後暇ならスイーツでも食べに行かないか?」

 

 帰宅途中、俺達は会話することなく歩いていた為流石に何か喋らなくてはいけないと勇気を振り絞り頭を掻きながらも隣にいる五月に話しかけていた。俺は五月に謝ろうとも決めていた。だけど、どうしてこうも謝るときってのは人は謝りづらいのか……。俺は自分のことを鼻で笑いながらも言葉を発していた。

 

「いいのですか?」

 

 五月は俺のことを顔を覗き込むようにしながらも見つめていた。

 

「ああ……。ピリピリしてたお詫びって言うか……まあそういう気分だ。だから奢ってやるよ」

 

 俺は若干イライラしているところを見せてしまったし、申し訳なさからお詫びに俺は五月に奢ろうと考えていた。

 五月もいっぱい食べれて嬉しいだろうしな……。

 

「ありがとうございます……!ではちょうど行きたかったお店があるのでそちらの方に行きましょう……!」

 

 

 

 

「これが食べたかったんですよ……!」

 

 五月の前に置かれているのは特大パフェ。

 これでもかとフルーツや生クリームが盛られておりこれを一人で食べるのかと俺は少し驚きを隠せないでいた。

 

「今日は悪かったな、一日ずっとピリピリしてて……」

 

「気にしないでください……そういうときもありますよ」

 

 五月は口の中にパフェを入れて呑み込んだ後に、言葉を続けていた。

 

「脇城君も色々と考えてくれてたんですよね、私のことや自分のこと……。だから私は何も言いません」

 

「五月……」

 

「さあ、今は食べることに集中しましょう……。それに私は……」

 

 

 

 

 

 

「優秀な教師の一人、脇城君なら出来ると信じていますから……」

 

「そうか、ありがとうな。俺も五月ならきっといい先生になれると思うぞ」

 

 ああ、そういうことか……。確かに五月達しか分からないことだ。

 夢の中で誰か分からない教師に言われた言葉なんかよりずっとその言葉はずっと響いていた。

 

 何故なら、それは俺が今まで教えてきた五つ子の一人だからだ……。

 やってやるよ、全国模試だろうがなんだろうが……。

 

 今まで色んなことを乗り越えてきたんだからな……!!

 

 



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四女と学級委員、三女と体育委員

「上杉……?上杉って誰だっけ?お前知ってる?」

 

「あーほら学級委員の」

 

「えっ!?」

 

 私は今上杉さんのことを聞いていました。

 しかし、クラスの皆は上杉さんの居場所はおろか……どんな人なのかも知っている感じはしませんでした。もしかして上杉さんクラスに馴染めてな……いえ、多分違うはずです。

 

 きっと上杉さんのことです。クラスに全く認知されていないのです。

 それはそれで悲しいですが、今は上杉さんのことを聞かなくては……。

 

「ねえ、四葉ちゃんあの噂本当?」

 

「う、噂ですか?」

 

 こ、これは良くない噂の予感がします。

 学級委員長として見過ごすわけには……。

 

「上杉さんと付き合ってるって……」

 

「うぇっ!?」

 

 思わず変な声を上げてしまう。

 わ、私と上杉さんが付き合っている。ど、何処からそんな噂が立つようになってしまったのでしょうか……。も、もしかして私が上杉さんを学級委員長に推薦したことが関係しているのでしょうか……。

 確かに言われてみればあの行動……。そういう思いがあると勘違いされるかもしれません。

 私は必死に否定しますが、クラスの生徒からは「上杉さんの方は満更でもないかもしれない」と言われました。

 

「ど、どうなんでしょうか」

 

 

 

 

 

 

「なにが学級委員長だ……やらされるのは雑用ばっかじぇねえか。こっちは終わったぞ、お前の方は?」

 

 今日の学食で五月に学級委員長を変わって欲しいというのを断れてしまいました。

 それだけではなく、体育の時間……。クラスから私が上杉さんと付き合っていると噂されていました。どうすれば、どうすればいいのでしょうか。なら、脇城さんが好きそうな三玖に頼めば……。いや三玖はこういうこと苦手ですしどうすれば……。

 

 

 

「半分寄越せ……お前さっきからどっか上の空だぞ」

 

 

 

 

「はぁ!?俺とお前が付き合ってる!?」

 

 思わず悩んでいることを上杉さんに打ち明けてしまいました。

 これで良かった訳がないとは思いますが、それでもいつまでも悩んでいるよりはマシだと思って打ち明けることにしたんです。

 

「仕方ないですよ、女の子はこういう恋バナ好きですから……。あーでも上杉さんはこういう話お嫌いでしたよね」

 

 

 

 

「……いや、そうでもないな」

 

「そうなん……ですか?」

 

 上杉さんは前にこういう話をされるのは心底嫌そうでした。

 まるで自分には関係ないと言いたそうな顔をしてゴミでも見ているかのような言い方をしていました。

 

「色々あってな……まあ真剣な形を見せられると人は変わるってことだ」

 

「もしかして好きな人が居るとか!?」

 

 その言葉に上杉さんは言葉を詰まらせていた。

 当てずっぽうにただ言ったこの発言……。もしかして上杉さんに響いてしまったのでしょうか……。

 

「もしかして……一花とかですか?」

 

 上杉さんの体がピクリと動いた気がしていた。

 もしかして上杉さんは……。

 

 

 そうですか、上杉さん……。上杉さんが一花のことが好きだというのなら私はそれを影ながら応援したいと思います。それがきっと上杉さんにとっての幸せにもなりますから……。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 私は今考えていた。

 それはソラに日頃の感謝を伝える為に何を渡そうかと考えていたのだ。

 

 ソラの好きな物を考えればいつも飲んでいるコーラが浮かんでくるけど、コーラだと流石にどうかと私は思い色々考えていた。本人に直接何が好きと聞くのが一番効率が早いのは間違いないだろう。それをしないのは、私のプライドが許さないのかそれとも単純に聞きづらいかのどちらかだった。

 

 クラスに聞いても私の場合、返しに私達五つ子のことを聞かれてそれどころじゃなかった。

 みんなソラの好きなものをコーラだとしか知らなかったみたい。私もソラの好きなもののイメージは確かにコーラしかなかった。

 

「三玖此処に居たんですか」

 

「どうしたの四葉?」

 

 私は今図書館に来ていた異性に渡すべきプレゼントは何がいいか調べていたところだった。

 調べても調べてもどちらかと言うとカップル向けのものが多かった。私とソラはそういう関係ではないし、そういうのを渡してもきっとソラは困っちゃうに違いない。

 

「脇城さんが今居なくて体育委員会の人が必要なんです」

 

 体力がないから私には無理だなんてことは分かっていた。

 それでも少しでもソラの近くに居る為に私は体育委員会に入った。二乃と一騎打ちのじゃんけんで見事敵将を討ち取って手に入れたんだ。ちゃんとやらなくては……。

 

 四葉に出された指示の通り、私は体育道具の点検を行っていた。

 

「お、重い……」

 

 四葉は急ぐように何処か行ってしまったみたいだし誰かに手伝ってもらおうにも何故か表の体育館は誰も使っていなかった。

 

「私って運ないのかな……」

 

 歴史のゲームでもいつもこっちに風向きが来ているときに確率の低い特性を発動されてしまう。戦法を変えたり、囲んだりしてなんとかなることが多いけどそれでも兵力がどれだけ減らされてしまったの気になってしまう。

 

「悪い三玖、遅くなった!女の子一人に重いものを持たせるとは俺は男失格だ、切腹でも市中引き回しの刑でもなんでも命じてくれ」

 

「じ、じゃあ……市中引き回しの刑で……」

 

 重たいものを持っていた状態であった為、ソラの話を聞いてるほど暇ではなかった。

 その二つの中でも切腹より市中引き回しの刑で晒し者にしてあげた方がいいと少し自分が微笑んだような気がする。

 

 軽く感じるようになったそのカゴはソラが持つのを手伝ってくれた。

 真正面から見えているソラを少し見つめていた。揺れている少し短めの茶髪に両耳にはピアスが入っている。綺麗な緑色の瞳……。こんなソラを二乃は昔は地味と言っていのは節穴にも程がある。

 

「どうした三玖?」

 

「な、なんでもない……」

 

 見つめ過ぎていたからか私がソラが視線を向けていたことに気づいたのかもしれない。

 最近、私はソラのことを少し意識し過ぎている感じがする。『変態勘違い男君』なんてことを言ってしまったけど、あれは良かったんだろうか。あの後もソラは私に話しかけてくれていたけど、本当は気にしていたなんてことはない……よね。

 

 

 

 

「これで全部だな」

 

 体育道具の点検を終えた私とソラはベンチで休憩していた。

 まだ春先だと言うのにさっきまで重たい道具を持っていたりしていて私は汗をかいていた。

 

「四葉らしい……」

 

 携帯を確認すると、手伝わずに違うところに行ってしまったことを謝っている連絡が来ていた。『帰ったら切腹』と冗談で伝えて私は携帯をしまった。

 

「ねえソラ……どうしても聞きたかったことがあるんだけど……」

 

 今まで聞きづらいだとか、プライドで聞こうとするのはやめていた。

 だけどやっぱり此処はちゃんと本人に聞くべきだと思っていた。

 

 息を整えて私はちゃんとソラの目を見て聞こうとする。

 

「ソラは何がされるのが一番好き?」

 

 形あるものより記憶に残るものでソラとは残していきたい。

 

 

 

 

「そうだな、例えば好きな人とかなら……一緒に居る時間とかかな」

 

「大切な時間になるし、きっと思い出にもなると思うからさ」

 

 ああ、そうだ……。私がソラを好きになった理由の一つはこういうところだ。

 拒まれようと助けようとするその姿勢……。そしてもう一つが……子供のように無邪気なその笑顔……。

 

 私はその笑顔が好きだった。

 

「やっぱり二乃に絶対譲る気にはなれないな」

 

 少し行き過ぎた考えかもしれないけど、この笑顔を私にだけ見せて欲しいとすら願ってしまうほど私はその笑顔が好きだった。くしゃっとして首を少し曲げた要素の笑顔が私は大好きだった……。

 

 



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五つ子と全国模試

「えっと……この問題がこうで……あれがこれで……」

 

 全国模試はもう間もなく行われようとしていた。

 俺は最後の大詰めに頭の中にみっちりと問題を叩きこもうとしていた。図書館のなかは既に誰もおらず、居るのは俺だけだということは分かっていた。時間帯もかなり遅い時間だろう。周りが暗くなっている気がする。それでも俺は全国模試上位……いや一位を取る覚悟でこの模試に挑まなければならなかった。

 

「こんな時間まで自習とはまだ帰ってなかったんですね、こちらは差し入れです」

 

 五月が俺に差し入れと言って飲み物を渡してきた。

 俺はそれを一気に飲み干して、机の上に置いていた。

 

「先日塾講師の下田さんと言う人の下に行って参りました、私はそこでお手伝いをしながら学力向上を目指したいと思います」

 

「そうか俺や空は用済みってことか」

 

 少し悪態をつくと、「拗ねないでください」と言われる。

 此処に来て五月に新たなる教師か。足か……いやこいつらは足枷なんかじゃない。こいつらもこいつらなりに頑張ろうとしてくれているということだ。いつも楽しそうな四葉だって学級委員長の仕事を出来る限り自分でこなそうとしているもんな。

 俺はアイツに感謝するべきなのかもしれない。

 

「そうではありません、夢の為に教育の現場を見ておきたいのです。私の夢の為にも……って聞いてますか上杉君」

 

 俺の意識はそこで途絶える。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、今日は大事なテストなんでしょ!?早くしないと遅刻しちゃうよ!」

 

「くそっ、後もう少しだったが仕方ない……」

 

 後は登校しながら……いや遅刻寸前だから今回はそれをやって居る暇もないだろう。

 仕方ない、後は本番という時間に託そう。

 

「上杉そっちの調子はどうだ?」

 

「ああ、順調ではあるな」

 

 寝不足な空が家の前で待っていた。

 今日は片手にコーラではなく薬のような味がするドクペを手に持っていた。寝不足のあまりコーラと買い間違えたのだろう。

 

「俺は信じてるからな、親友の上杉なら絶対に乗り越えられるって」

 

「よくも恥かしげもなくそんな暑苦しい台詞を……。まあ空らしいか」

 

 きっと俺のことを信用してくれてこその発言なんだろう。俺はそれに少し嬉しく思いながら空と一緒に登校していた。その後、五つ子達とも合流して俺は学校に入ろうとしたときであった。目の前には武田が立っており、俺の邪魔をしていたが特に気にすることなく俺達は校舎の中へと入って行った。

 

 俺は一人じゃない、俺達は七人だ。

 だから負けないはずだ。模試が近々始まると言ったところでピリピリしていた空、俺や空だけの教えだけに飽き足らず塾の力まで使った五月。この二人はきっと今までと比べられないほど成長しているに違いないだろう。

 

 だが、何故だろうか。

 先ほどから腹の調子が悪い。もしかして机の上に置いてあったあの牛乳。賞味期限が切れていたって言うのか。最悪だ、このタイミングで腹を壊すなんて模試中に支障をきたさなければいいのだが……。

 

 

 

 

 そして全国模試は始まった。

 それと同時に俺は腹痛との戦いも始まっていた。大丈夫だ、さっき全部流してきたばっかのはずだ。此処を乗り切ればきっと……。

 

 

 

 

「はぁ……とりあえずなんとかなかったか……」

 

 模試中、トイレに行くなんてことはなかったのは助かった。

 

「長かったじゃないか、腹痛かい?」

 

「まあそんなところだ……。それでお前は何の用だ?」

 

 居る気はしていた。

 男のトイレを待ち続けるというのはどうかと思うが、こいつにそんなことを言っていても仕方ないだろう。

 

「此処に実はとんでもないものがあってね」

 

「まさかだとは思うが、答えなんて言うつもりはないだろうな……」

 

「そのまさかさ、此処には全ての答えが詰め込まれている。キミの成績がどれほど良くても確実に勝てる秘策だよ」

 

 いきなりとんでもない不正アイテムが現れやがったな。

 だけど、此処でそう宣言するってことはその答えを見なかったのか俺に勝てるという勝利宣言をしに来たのだろうか。

 

「だけど……こんなもの必要ない、ね」

 

 武田は目の前で答えを全て破り捨ててトイレに流していた。

 変な奴かと思っていたがこいつにはこいつなりのプライドがあるって言うことか。

 

 少し見直したぞ。

 

「上杉君僕はね、宇宙飛行士になりたいんだ。あの広大で縛られた世界では全く体験できないあの場所こそが僕が求めている場所なんだ」

 

「……そうか、何言ってんだお前」

 

 訂正しよう、武田はれきっとした変人だった。

 大声で自分の将来の夢を語り始めていた。

 

「僕はこんなところで終わるつもりはないよ……この小さな学校という箱庭でね。僕には夢があるから……!!だから実力でキミを打ち倒す!!」

 

 俺は此処で腹が痛くなってしまった為、トイレに戻る。

 なるほどな、こいつにはこいつなりの意地があるってことか。いいぜ、その勝負……。

 

「その勝負乗ってやるよ……お前の夢か俺の夢。どっちが勝つか勝負と行こうぜ」

 

「望むところだよ、我がライバル……」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

『はい、俺は実現して見せます。そして、父さんの試練を乗り越えて……このクソジジイって言ってやります』

 

 下田さんの前で高らかに宣言したあの言葉……。

 俺はあの言葉を言う為だけに、今日の日を今まで頑張ってきた。恐らく今まで一番勉強というものと向き合っていたはずだ。今回ばかりは楓姉の力を借りる訳にはいかなかった。俺は俺自身の力で今回の全国も市を乗り越えなくてはならないと考えていたからだ。

 

「期待しているよ、何処までやれるか」

 

「ああ、見せてあげるよ父さん……。凡人が時には天才を喰らいつくすこともあるんだってことを……」

 

 父さんが期待の眼差しで俺のことを見つめてくる。

 きっと父さんから教わった生徒達も今までこの期待の眼差しを向けられたに違いない。きっと父さんは目の前に居る特上の御馳走を見せられている気分に違いない。だけど、俺はそんな特上どころではない御馳走というところを見せてやる。

 

「それは楽しみだね……」

 

 なにより俺は上杉や武田のように天才ではない。

 俺はどちらかと言うとただの凡人だ。ただの凡人が天才たちと同等、それ以上になるにはあいつら以上の努力をしなければならない。その努力は血も滲む過酷なものになるだろう。実際此処二週間ずっと俺は睡眠時間を極限まで削って勉強をしていた。

 

 五月の勉強は下田さんが見てくれるようになったため、少し楽にはなりそれでも俺は自分を緩めることはしなかった。俺が天才に喰らいつくす為には何よりも天才の努力を模倣することが必要だ。だから、俺は睡眠時間をギリギリまで削ってでも努力を続けることを決意したのだ。

 

 この模試が俺の実力……それ以上を何時か見せてやる。

 そうすることで俺は自分をより強くしてくれることを期待していたからだ。

 

 

 

 

「脇城君、勝算の方はありますか?」

 

 学校へ向かう途中、五月が俺にそんなことを言ってきた。

 此処に来る途中、コーラとドクペを買い間違えるという失態を犯してしまったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。俺が気にするべきは全国模試上位……。ただその一つだ。

 

「勝算か……あるに決まってるだろ。無かったら此処には来てない」

 

「それもそうですね……」

 

 勝算なんてものがどれだけあるかは正直分からない。

 だけど俺は全力を尽くして全国模試に打ち込むつもりだ。一つだけ不安なことがあるとすれば、上杉の体調があまり良くなさそうだということだ。それだけが不安になっていたが、本人を信じるしかない。

 

 

 

 

「では始め……!」

 

 ついに始まった全国模試。

 俺は絶対に言ってやる、クソジジイって……。

 

 

 

 

 



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五つ子と家庭教師継続

「さて空……全国模試の結果が発表されたね」

 

 結果は既に知っていた。

 父さんをぎゃふんっと言わせるべく早めに知ろう、知ろうとして早い段階からスタンバイして待っていた。こんなにも自信満々ということはどういう結果だったかは分かるだろう。

 

「ふむ、結果は7位……見事提出した順位に到達できたね」

 

 上杉に敵うことは出来なかったが、武田を打ち負かすことは出来た。

 もう一つの目標としていた凡人が天才を喰らいつくという目標は見事達成出来たのだ。

 

「そして、五月ちゃんを見事学年五位以内に……見事だね」

 

「息子の成長が素直に嬉しい?」

 

「そうだね……此処までやるとは思ってなかったよ。おめでとう」

 

 父さんを驚かすことも出来たようで俺は満足気にしていた。

 俺もまさか自分が此処まで出来るとは思ってもいなかったが、これも努力の結晶のおかげだろう。

 

 ようやくだ、ようやくあの言葉が言える。

 言ってやるんだ。あの言葉を……。

 

「父さん、俺は見事父さんの試練を乗り越えた。だから言わせてもらうよ……」

 

 俺はすーっと息を吸う。

 

 

 

 

「このクソジジイ!!」

 

 魂を込めた言葉の一撃。

 それが父さんに響いたのかは分からない。分からなかったのだが、すぐにそれは証明されることになる。何故ならば父さんはよろめきながら今にも倒れそうになっていた。

 

「ま、まさか自分の息子にそんな言葉を言われるようになるなんてね……」

 

 倒れそうになっていた父さんを後ろから支えた。

 まさか父さんが倒れるなんて……。教師時代こういうことを言われるのは慣れていたから大丈夫だろうと思っていたのだが……。もしかして、実の息子に言われたということがかなりダメージになってしまったのか……?だとしたら、父さんには悪いことをしてしまった。

 

「実の息子に教師時代に言われたようなことを言われるのは……かなり来るものがあるね……」

 

「父さん、ごめん……」

 

 父さんが俺の言った言葉にダメージを受けてしまったのはどうやら本当だったみたいだ。

 父さんに悪いけど、あの言葉を投げかけたときちょっとスカッとした気分になっていた。下田さん貴方達が父さんに罵詈雑言の嵐を投げかけていた理由分かった気がするかもしれません。

 

 絶対に違うと言い切れる感情を抱きながらも俺は父さんを立ち上がらせて椅子に座らせた。

 

「空、マルオ君がキミを呼んでいたはずだ……。言ってあげなさい」

 

「と、父さんは大丈夫?」

 

 流石にこんな状況の父さんを置いて行けるはずもなかった。

 元はと言えば、俺のせいではあるんだが……。

 

「おかえりー!!あ、あれ!?お父さん大丈夫!?」

 

「楓姉……!」

 

 いいタイミングで帰って来たのは楓姉だった。今日は普通に大学に行ったようで私服で帰って来ていた。

 俺は楓姉に事情を話すと、「あはは」と笑いながらこう言ってきた。

 

「お父さんのこと見てるから空は行ってきな」

 

 俺は楓姉にお礼を言ってからお店の外へ出るのであった。

 父さんのことも心配だけど楓姉に任せて此処はマルオさんのところへ向かおう。

 

 

 

 

「どうやら来たようだね」

 

 公園に着くとそこに居たのは上杉、武田、マルオさんであった。

 場を見る限り何か起こるような訳でもなくただ上杉と武田が会話していたようだ。

 

「脇城君」

 

 マルオさんの視線が俺に変わる。

 その視線は威圧的ではなく何処か期待していたその眼差しで俺のことを見ていたような気がする。俺の気のせいか……?

 

「今回キミは見事高順位な成績を残した、お父様もきっと喜んでいられることだろうね」

 

「目玉が飛び出そうなほど喜んでいましたよ」

 

まさか倒れるとは思ってもいなかったけど……。

 

「そうかい、それだけではなく僕の娘の五月を学年五位以内にするという仕事見事こなしてくれたようだね……キミの此処までの頑張り在りし日の脇城先生を見ているかのようだったよ」

 

「買い被り過ぎですよ、俺はあいつに何もしてやれてません。俺があいつに諦めないことの大切さ、努力を学ばせてもらいました。家庭教師をしている側の人間がまさか教えられる側の人間に回るなんて思ってもいませんでしたけど……俺は父さんのような人間にはなれません」

 

 五月は俺に特にその姿勢を見せてくれた。

 3年生になっていきなり無理難題の壁にぶち当たることになった。やっぱりダメかもしれない、そう思ったときにあいつにはかなり励まされた。あいつの努力を見て俺も頑張ろうと思えた。

 

「ふむ、それでもキミは僕の娘を立派にしてくれた。どうかな?キミさえ良ければ是非家庭教師を改めてお願いしたい」

 

「その話謹んでお受けいたします」

 

「これからもよろしくお願いするよ」

 

 こうして俺はまた家庭教師に戻れるようになった。

 あいつらとの短くも長い家庭教師生活はこれからも続きそうなことを予感させていた。

 

 

 

 

 俺はそれから上杉に今後の方針について書かされた。家庭教師だけではなくあいつらの夢を後押してやりたい。そんな話を聞いて俺も五つ子が夢を追いかけたいなら後押ししてやりたい。その上での支援もしてやりたい。

 俺もそう思っていた。

 

「脇城君、今回は本当にありがとうございました」

 

 五つ子のアパートに来ていた俺は五月にお礼を言われる。

 五月の全国模試の結果を見たとき俺は嬉しかった。今までの努力が報われたんだと思い、俺はそれが嬉しくなっていた。

 

「俺は何もしてねえよ……五月が「その言葉は聞き飽きました、三玖にも似たようなことをよく言っていたのを聞いたことがあります。謙遜するのは構いませんが、お礼ぐらいちゃんと聞いたほうがいいと思いますよ」

 

「悪かったよ……」

 

 言いかけた言葉は五月によって遮られてしまう。

 確かに言われてみれば俺はこの言葉をよく三玖に言っていたことが多かった気がする。

 悪い癖が出ちまいそうになったな……。

 

「ソラ、私が買ったアロマ使ってくれた!?」

 

 家に入って来て早々俺に声を掛けて来たのは二乃であった。

 俺は二乃に日頃の感謝を込めてアロマを貰ったのである。

 

「ああ、自然の香りって言うのかな。そういう香りがしてよかったぞ、ありがとうな」

 

「つ、使ってくれたのね……あ、ありがとう」

 

 相変わらず二乃は俺に対して態度がコロコロ変わったりするからよく分からないときがある。

 俺のことが……。いや、そういう邪な気持ちは一旦捨てよう。実際違っていたら恥ずかしいだけだし……。

 家族旅行の悩み、もう一つ何かあると思っていたんだがな……。

 

「空、五月が何やら俺達に隠し事をしているらしいぞ!一緒に聞くか!?」

 

「隠し事って……そういうのは知られたくないから隠してるんじゃないのか?」

 

「あいつの弱みを握るチャンスだ……!お前も行くぞ」

 

「ったく……分かったよ」

 

 面倒だなとちょっと思いながらも俺は立ち上がった。

 五月の隠し事ねぇ……。実は大食い選手権に出て優勝してテレビに出ましたとかか?いや、そんなもんじゃなそうだな……。

 

「ソラ、鞄から何か落としたわよ」

 

「ん?ああ、悪い……」

 

 落とすようなものを鞄に入れたっけ……。

 俺は二乃から写真のようなものを受け取る。

 

「なになに?何の写真よ?」

 

「別に大したもんじゃねえと思うけどな……なんの写真だったか……」

 

 興味を持ったのか待っていた。

 別に見せてもいいかと思いながらも俺は表に開くとそこには知っている人物の姿と俺の姿が映し出されていた。

 

「これって前にあんたが話していた彼女よね?」

 

「ああ、そうだ……」

 

 隣に映し出されているのは俺の隣でピースをしている三つ編みのピンク髪に丸眼鏡の少女……。

 その彼女は俺のかつての……元カノだった……。

 

 

 

 

「優莉……」

 

 

 

 



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第9章 過去への決別
追想


 あれは今から二年前の出来事だった。

 高校一年生の頃、俺はある京都の高校に入学していた。この時期の俺は家族とのわだかまりが解けてはいたもののまだ少し反抗期に近いようなものが抜けずに居た。それもあってか、髪は今より派手なブルーアッシュと呼ばれている大体青色の髪型にしていた。

 

 そんな俺の京都の高校生時代だが、周りは誰も近寄って来ず一人で居るときの方が多かった。いや、一人の時間が多かったと言うのは訂正しよう。あの頃の俺は正義感に満ち溢れていた。虐められている子を見かければいじめっ子をボコボコにするまで殴ったりなど余裕でしていた。殴ると言っても向こうが殴ろうとしてきたのを返り討ちにしていただけであったが、それでもやり過ぎと言われることが多かったがそれを俺は全く気にしていなかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 助けたいじめっ子に懐かれて一緒に飯を食べたりするなんてこともよくあったっけな。それでその日昼飯を一緒に過ごすなんてこともよくあった。それに俺はお礼を言われることも多く、そしてもう一つ言われる言葉があった。

 

「空君って見た目怖いけどいい人やね」

 

 そういえば、あのハゲの教師にも似たようなことを言われたっけ……。

 

「その見た目に反して流石は脇城先生の息子!あっぱれ!!」

 

 俺はあの先生がどうしても好きではなかった。

 愉快な人ではあるのだがあまり信用できるような先生ではないと俺は思っていた。おっちょこちょいで何処か天然な感じがしていたがそれだけではないような気がしていたのだ。

 「最後にはやり過ぎには注意だけどね」と俺は軽く注意された。

 

 

 

 

「懲りねえなこの学校の生徒も……治安どうなってんだ」

 

 自分より下の人間を見て心の中で安心だけしていればいいものを何故平気で人に手を出すのか俺には全く分からないし、分かるつもりもなかった。

 

「おい、またやってんのか……!」

 

「チッ、テメエが弱い奴を助けまくってるって噂の脇城空か!」

 

「女子一人に寄ってたかって三人って情けねえな」

 

 塞ぎ込んで今にも泣きそうになっているピンク髪の女子生徒を一瞬見ながら俺は今にも殴りかかってきそうな男子生徒達を見ていた。全く女子一人に男子三人って恥ずかしくないのかね。

 

「っとあぶねえ!!」

 

 男子生徒の一人が俺のことを殴りかかってきた。

 俺が拳を避けると、残りの二人が俺のことを拘束しようと体を掴んできたのである。

 

「終わりだ……!」

 

「終わりなのはそっちだろ」

 

 そのまま俺の顔面を殴ろうとする男子生徒を見て、誰もがこれで一発入るだろうと思っているだろう。

 しかし、その拳は入らなかった。俺は拘束していた二人の顔面を殴り、そのまま突っ込んできたもう一人の男子生徒の腹に思いっきり拳を入れて気絶させたのであった。

 

「先生たちが来る前に帰るか」

 

 いじめっ子も気絶したことだし、後はいじめられっ子がなんとかすることだろう。

 あんまり干渉し過ぎるとこっちに依存されても困るしな……。それじゃ自立できなくなる。俺は自分の鞄を持って校門の方へと向かおうとしたときであった。

 

「ま、待って脇城君だよね!?」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえていた為、振り返るとそこには先ほどのピンク色の三つ編み眼鏡少女が立っていた。

 ひそひそ声で周りが「空の奴また誰か助けてるよ」という声が聞こえていたが、俺は無視していた。

 

「さっきは助けてくれてありがとうね、見た目に反して優しいんだね」

 

「別になにもしてねえよ、視界に入ってウザかったから殴り返しただけだ。後……よく言われる」

 

 全くなんでこうも見た目が見た目がって言われるんだろうな。

 そんなに怖いか、青髪。美容室の人とか割と……あんま見かけねえな。

 

「あ、あのさ……助けてくれたお礼がしたいからこの後喫茶店とかどうかな?」

 

「……まあいいけど」

 

 それぐらいならいいかと思いながら、俺はピンク髪の少女と帰ることになった。

 

「ねえ脇城君ってどうして虐められてる子を助けるの?」

 

「別に……理由なんかねえよ。ただ黙って見ているって言うのも嫌な話だろ。自分の目の前で誰かが虐められてるのに助けねえ訳にもいかねえだろ。ただそれだけだ」

 

「じゃあほんとに偶々助けてるだけなの?」

 

「そうだよ、本当に偶々だ……。ったくこの学校の先生は何してるんだよ、俺は自警団なんかになるつもりねえんだぞ」

 

 俺は少し笑いながら言うと、隣で俺の話を聞いていた彼女も少し微笑んでいた。

 なんだちょっと地味そうな子だと思っていたけど、笑ったら結構可愛いじゃん。

 

「脇城君が自警団作るなら私入ろうかな」

 

「冗談じゃねえよ……誰が自警団なんてやるかよ……。というか虐められたのに自警団なんか入っても何もできないだろ」

 

「そんなことないよ、脇城君のサポートぐらい私にも出来るよ」

 

「どうだがね……あっそういやお前の名前まだ聞いてなかったわ」

 

「七条優莉、よろしくね脇城君」

 

 これが俺と優莉の出会いであった。

 虐められていた優莉を助けた俺はこの後喫茶店で少しゆっくりしてから家に帰ったのであった。不思議と俺は優莉と居るのが嫌いではなかった。優莉は見た目に反して割とグイグイ来るタイプであった。それでもどうせ今日が最後の縁だろうと思いながら俺は喫茶店に行ったのだが……。

 

 

 

 

「脇城君……勉強教えてよ」

 

「そこはこうだって前にも教えたろ?」

 

 一日だけの関係かと思っていたが、そうではなかった。

 次の教室に行くと優莉が俺の隣の席だったことが判明して、「こんなことってあるのかよ……」と心の中で思っていた。というか俺はなんで自分の隣の席の奴のことを全く知らなかったんだ。

 

「じゃあ此処は……」

 

「あーそれはだな……ってほぼ全部聞く気じゃねえか」

 

 優莉はあまり頭がいい方ではなかった。

 その為、俺に勉強を聞いて来るなんてことはよくあった。これが日常的になったのは虐められていたあいつを助けた次の日、先生にさされて少し困っている様子だった為、俺が答えを教えてあげると次の日から俺に勉強を聞いて来るようになったのだ。

 

「えへへ、こうして二人で勉強していると仲良いって思われちゃうのかな?」

 

「俺はまあ……友達みたいなもんだと思ってるが……」

 

 まだ出会って二ヶ月ぐらいしか経ってないがそれでも俺達の関係は友達と言えるものにはなったと考えていた。勉強以外にも俺はこいつと一緒に居ることが多かった。こいつがよく行っている行きつけのカフェであったり、見に行く人が居ないから一緒に映画を見たりしたこともあった。

 

「え!?本当に私のこと友達だと思ってくれてたの!?ありがとう!!っていったぁ……!」

 

 椅子から立ち上がり、喜んだあまりに足を机の角にぶつけて痛がっている優莉を見て俺は可笑しくて笑っていた。

 

「もう笑わないでよ!私が変みたいじゃん!!」

 

「悪い悪い、別に変と思ってねえよ」

 

 俺は優莉と居る日常が悪いものではなかった。

 最初のうちはどうせ俺のことなんて怖がってすぐに近寄るのをやめるだろうと考えていた。だけど、優莉は違った。優莉は俺のことを怖がらずに一緒に居て楽しそうにしていた。なにより、俺は優莉の笑顔を見るのが好きになっていた。

 

 これが多分人を好きになるという感覚がだったのだろう。

 

 

 

 

「見て脇城君……綺麗だね」

 

 俺達は水族館に来ていた。

 水族館でチケットを買う際、「カップル割引をしておりますが」と言われて少し恥ずかしくなりながらも俺が頷くと、優莉も頷いていた。

 

 

 大きなエリアに来ると、そこには一面マグロが多いエリアとなっていた。

 こんなにも多くのマグロが揃って泳いでるのを見るのは絶景だな……。

 

「知ってる?マグロって動いてないと死んじゃうらしいよ」

 

「泳ぎを止めると酸欠状態で窒息死しちまうらしいからな」

 

「えっ!?マグロ可哀想!?」

 

 マグロは口を開けて泳ぐことによって酸素を取り込もうとする。それをやめてしまえば、酸素が無くなり最悪の場合窒息死してしまうこともあるらしい。そのことを優莉に説明すると……。

 

「物知りだね……!あっじゃあこれは知ってるかな?マグロの名前の由来には二つあるんだって……眼が黒いから「眼黒(マグロ)」って言うんだって……!もう一つが泳いでいる姿が黒いから「真黒(マグロ)」って呼ぶんだって」

 

「それは流石に知らなかったな……」

 

 泳いでる姿が黒く見えるというのはマグロが泳ぐのが早いからだろう。

 もしくは海面から見ると黒く見えるかのどちらかだろう。多分後者だと思うが……。

 

 それにしてもよく知っているな。

 もしかして俺と来るのをかなり楽しみにしていたのだろうか。だとしたら、今日は楽しませてやらないと駄目だな。

 

「見て見て!ペンギンが居るよ!可愛いね!!」

 

 次にやって来たのはペンギンだった。

 よちよち歩きで歩く姿はとても可愛らしく見ていて癒されるというものだ。

 

「知ってる?ペンギンって口の中結構エグイらしいよ」

 

「それは知ってるな、一度咥えたら離さないように出来てて水中でキャッチしやすくするためにってな」

 

 実際ペンギンを検索してみると、偶に口の中がヒットしてきて怖いというイメージを植え付けられる人も居るらしい。まあ本当に極まれの例の話だが……。

 

「ほら次は……あっち行こ!!」

 

「お、おい……人多いんだからあんま一人で先行くなよ!迷子になるだろ!」

 

 子供じゃあるまいし、一人で何処にでも行くんじゃねえよ。

 俺は優莉が何処かへ行ってしまうんじゃないかと少し不安になりつつも、彼女の後を追いかけようとしたのであったが……。

 

「あの馬鹿、一人で先走りやがって……」

 

 優莉を見失った俺は周りをひたすらに探し続けた。

 暗い館内とはいえ、多少の明かりはついている。ピンク髪の少女を探していると、走っている彼女の姿を見かける。

 

 

「ったく……本当に世話のかかる奴だ……」

 

 俺は走り続けようとする彼女の手を握り、走るのを止めさせようとした。

 

「あっごめん脇城君……私先ばしちゃって……」

 

「気にすんな……こうしてお前のことを見つけられただけ良かったよ。手繋いで……ごめん」

 

 自分が何をしていたいのか理解できたのか俺はすぐに手を離そうとすると、優莉が手を繋ぎ直してくる。

 優莉の思いがけない行動に俺は少し動揺していた。割と行動力があるというのは知っていたし、理解もしていた。だけど、こういうことをしてくるのは初めてだった。

 

「いいでしょ?私が繋ぎたくて繋ぐの……脇城君が……空が嫌って言っても離してあげないから」

 

 少し照れながら俺に言ってくる優莉の姿はとても可愛かった。

 本当に心臓に悪い……。こんなことを堂々としてくるのだから。しかも、本人は気づいてないのかもしれないが俺のことを名前で呼んでいた。

 

「もっと近づいてもいい?」

 

「え?あ、ああ……」

 

 この時間が終わって欲しくない。そう願ってしまうほど俺は優莉の傍に居た。

 それでも時間というものは残酷で俺達は水族館を二週したぐらいで中を出るのであった。それから、互いに上の空になりながら全く実りにならない会話をしながら帰った。

 

 

「じゃあね、空……!今日は楽しかったよ……!!」

 

 彼女の満開の笑みを見て俺は心が激しく動揺したような感じがしていた。

 自分の中で芽生え始めていたある感情の一つが俺を突き動かそうとしていた。

 

 

 この感情の正体を俺は知っていた。

 それは間違いなく恋という感情であった。この胸の高鳴りを抑えるにはきっとこの気持ちを伝える他ないだろう。

 

「伝えるか……」

 

 自分の部屋のベッドに戻って来た俺はあることを決意した。

 

 

 

 

「よし、これで出来た……」

 

 そこに居たのは今の自分であった。

 ショートの茶髪に両耳にはピアス……。彼女に告白するならこの自分で行こうと決めたのだ。俺はそう決意したその日の朝、優莉は俺の様子に驚きながらもこう告げて来た。

 

「放課後、終わったら教室残ってて」

 

 昨日のこともあってか、俺は優莉を見るだけで鼓動が早くなっていた。

 いつも以上に綺麗に見えて仕方ない優莉の姿に俺は何も言えず、ただ頷いていた。

 

 

 

 

「ごめん、待ったかな?」

 

「そんなには待ってねえよ」

 

 夕暮れの教室に俺が残っている。

 その教室に扉を閉めながらも優莉が教室の中に入って来た。

 

「茶髪に染めたんだね、どうして?」

 

「お前の隣をちゃんと歩けるようにしたいから……。あの髪色だと周りに近寄りがたい人間だと結構思われがちだからさ……そんで髪を染めた」

 

 本当は決意を胸に秘めているからとかカッコいいことを言いたかったんだけど、俺にはそんなことを言える勇気はなかった。今だって心臓が波打っているような気がしてならなかった。

 

「そっか……ありがとう!ピアスもしたんだね、カッコいいよ」

 

「あ、ありがとうな……」

 

 駄目だ、優莉を直視することが出来ない。

 俺にはやっぱりこの思いを伝えることなんて……。

 

 

 

 

「ねぇ、空私のこと好き……?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になったような気がしていた。

 自分が今言われたことを理解できていなかったのだ。脳の処理が追いつかないというのはこういうことを言うのかもしれない。俺は自分を落ち着かせてた。何度も何度もひたすらに深呼吸をした。

 

 そして……。

 

「多分、そうだと思う……」

 

 自分でも情けないと笑えてしまうぐらい間抜けな返事な仕方だった。

 それに気づいたのか、俺は頭の中で自分のことを嘲笑しながら優莉の言葉を待っていた。

 

 

「じゃあさ、証明してみせて……私が本当に好きかどうかを……ね?」

 

 証明しろ、か……。

 なんだ、そんな簡単なことで良かったのか。何も口で伝えるだけではないのが告白。それを俺は実行すれば良かっただけということだ。

 なら、話は早いじゃないか……。

 

 

 

 一瞬、俺の視界が暗転する。

 映画館やライブ会場であるような一瞬、暗くなるようなあんな感じだった。気づいたときには俺の視界は彼女の顔と至近距離にあったのだ。気づけば俺達は唇を交わらせていた。

 

「これで信じてもらえるか?俺は七条 優莉のことが好きだ。何があっても絶対にお前のことを守る……だから約束しろ」

 

 

 

 

「俺の傍にいろ」

 

 彼女は泣きながらも「うん」と何度も言っていた。

 そして、涙を拭き終わった後俺にこう告げていた。

 

「私も空の傍にずっといる……!」

 

 再び唇を絡める。

 俺と優莉は互いに満足するまで唇を重ねていた。

 

 俺にとってその言葉が何よりも幸せだった。

 最初こそはどうせ暇だからいいかと続けていた関係。どうせすぐに終わるだろうと思っていたし、自立してくれるだろうと思っていた。しかし、気づけば俺と優莉は友達関係になっていた。友達が居なかった俺は少し嬉しく思い、二人で一緒に色んなところに行ったりした。電車を使って大阪に出かけたりしてみたり、二人で一緒に買い食いをしながら歩いていたのは今でも覚えている。

 友達関係が続いていく中で、俺は優莉に対して恋愛感情が芽生え始めていた。それが芽生えたと気づいていたのは彼女と遊んでいるうちにだった。特に水族館での出来事は強烈だったのだ。そして、俺達二人は恋人関係となり二人の愛をこれからも育んでいくのかと思っていたが……。

 

 

 

 

 それからは地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 




まず謝罪させてください。
自分改定前であるキャラは登場させないと公言していましたが今回登場させております。描写だけなので分かりにくいかもしれませんが……。


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連絡

「全くいい話を聞かせてくれるじゃない……」

 

 どうしても聞かせて欲しいと頼まれて俺は二乃に昔の話をしていた。

 二乃はハンカチで涙を拭いていた。

 

「後はお前も知っての通りだ……。誰かにこの話を聞かせることになるとは思ってもなかったんだけどな……」

 

 昔の俺だったらこの話をするだけでも思い出すだけでも嫌だっただろう。

 これも一つの変化という奴なのだろうか。間違った変化ではなく正しい変化という意味での……。

 

「それであんたはどうしたいのよ?」

 

「どうしたいってのはどういう意味だよ」

 

「その優莉って子に本当のことを聞かなくていいの?」

 

「本当のことか……考えたこともなかったな」

 

 俺は確かに何度か優莉にも何か理由があったんじゃないのかと考えたときはあった。

 それでも本人から直接聞くことはできなかった。知ろうとしたくなかったから?違う、そんなんじゃない。俺はきっと怖かったからだ。自分を変えるのが……。

 

「まあ今更付き合ってた元カノの話を聞くってのも変な話だったわね。私だったらむしゃくしゃして忘れるだろうし」

 

「お前は割と引き摺りそうなタイプに見えるけどな」

 

「何か言った?」

 

「いや……」

 

 もし優莉に連絡を取ることが出来れば、俺は大きく変わることが出来るんじゃないのか。

 一回目の変化は上杉達と出会ったこと、二回目は五つ子達と出会ったこと、三回目は父さんと仲直り出来たこと……。そして、四回目は……。

 

 俺は連絡先にある七条 優莉と書かれている項目を見つけた。

 消していなかった優莉の連絡先は残されている。何かの為に残していたのかもしれない。それがこんな形で役に立ちそうになるとは思いも寄らなかったし今からする自分の行動を見たらきっと昔の俺はビックリして俺のことを殴ってでも止めて来るだろう。

 俺自身の拳か、痛そうだな……。高校一年生時代、喧嘩はめっちゃ強かったしな……。何の価値もないものだったが……。誰かを守るための拳に使っていたとはいえ結局はその拳を血で染めていただけだから。

 

 

 俺は優莉の連絡先の電話番号に掛ける。

 何度かコールがかかるが、出る様子がない。やはり駄目かと思っていると、案の定電話に出る様子がない。

 

『おかけになった電話をお呼びしましたが、お出になりません』

 

 着信拒否でもしているのだろうか。

 よくよく考えてみれば、もう一年半も連絡を取っていなかったのだから電話に出ないのは当たり前か。

 

 俺は心の内でざわついているものを深呼吸で落ち着かせながら立ち上がる。

 

「繋がったの?」

 

「いや、駄目みたいだ……一旦諦めるわ」

 

「ねえその子って京都に居るのよね?」

 

「え?あ、ああ……多分な」

 

 二乃が何故俺にそんなことを聞いて来たのか分からず首を傾げそうになりながらも俺は玄関から外に出ようとする。

 

「ソラ、明日少し荷物持って出かけるわよ」

 

「何処に……?」

 

「いいから準備だけしといて」

 

 二乃の有無を言わせない雰囲気に負けて渋々了承してしまうのだった。

 せめて何処に行くかぐらい伝えろよ。全く……。

 

 

 

 

 次の日……。

 

「起きるの遅いわよ」

 

「悪い、少し準備に手間取ってな……」

 

 約束通り、二乃が俺の家に来ていた。

 二乃が担いでいるものを見ると、バッグに少し多めの荷物を入れているようだ。

 

「それでまさかだとは思うが……京都に行くなんて言わないよな?」

 

「そのまさかよ、あんたと一緒に京都行くわ」

 

「あのな……優莉がまだ京都に居るとは限らないんだぞ?」

 

「あんたは優莉と会うのが怖いだけなんじゃないの?」

 

 図星を突かれて何も言えなくなってしまう。

 俺は優莉が電話に出なくて少しホッとしていたところもあった。そうやって言われると反論の余地が全くないのだ。

 

「悪いかよ……怖くて」

 

「別に悪いとは言ってないわよ。でも、まあ私があんたの立場だったらムカつくなら速攻で乗り込んで問いただしてやるわ」

 

「別にムカついてる訳じゃないんだけどな……」

 

 昨日むしゃくしゃしたら忘れるって言ってなかったかというツッコミを入れたくなる気持ちは抑えていた。危ない、また圧をかけられるところだった。

 

「それで行くの?行かないの?どうするのよ」

 

「分かった、行くよ……。居なくても近くの人に聞いてみればいいだけだしな……」

 

 この選択がどう転ぶのか分からない。

 俺と言う人間を大きく成長させるいい機会になるか、もしくは知らなくてもいいことを知り悪い方向へと進むことになるのか……。いや、俺は今一人じゃない。

 俺の背中をたった今押してくれた二乃がいる。

 

 俺達が歩き出して駅へ向かおうとしたときであった。

 携帯から着信音が鳴る。二乃の携帯だろうかと思って俺の携帯を確認するとそこには……。

 

 

 そこには優莉の名前が書かれていた。

 

「出てみなさいよ」

 

「ああ、分かってるよ……」

 

 俺は携帯を耳元に近づける。

 二乃が俺達の会話が聞こえる距離ぐらいの範囲までに近づいて来る。

 

「もしもし脇城空なんだが……七条優莉だよな?」

 

 

 

 

「空だよね……?」

 

 聞き覚えのあるこの声、電話に出ていたのは間違いなく優莉であった。

 

 

 

 



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再会

すいません、今後の大まかなあらすじを決めたりしたり新年早々インフルに掛かったりとしていまして投稿の方遅れました。


 その声は少し震えていた。

 だけど、その声から聞こえてくる声はかつての優しくて何処か安心感を感じさせてくれる声なのはあの頃から変わっていなかったようだ。

 

「久しぶりだな、優莉……。一年半振りぐらいか?」

 

 あの一件以来、俺は優莉と連絡することは全くなかった。

 自分から連絡するなんて考えたこともなかったし、なにより俺は彼女に電話をしたくなかったからだ。電話を掛ければ、あのときと同じことを言われると思っていたからだ。

 

 今だって本当は電話を掛けているのが怖い。

 怖いけど、俺はあのときと決定的に違うものがある。それは側に二乃が居てくれていることだ。誰かが側に居てくれるだけでこんなに違うのかと俺も驚いていたが、俺はそれが少し嬉しかった。

 

「ごめん空……私のせいで……」

 

 泣き始める優莉の声を黙って聞いてきた。

 二乃が俺から携帯を取り上げようと何度かしていたが、俺はそれを回避していた。二乃に携帯を貸したら何を言い出すか分かったもんじゃない。今貸すのはダメだ。

 大方、泣けば許されると思っているの!?とでも言い出すに決まっている。それじゃあ、話が遠ざかるだけだ。何か言いたげにしながら貧乏ゆすりをしている二乃を横目に見ていると、優莉の泣き声は止まった。

 

「空、どうしても話したいことがあるの……今から空の住んでるところに行ってもいい?」

 

「いや、俺から行くよ……まだ京都に住んでるだろ?だったら俺から行く」

 

「でも……私は空に迷惑をかけたし私から……」

 

 その瞬間、二乃の手が俺の手と触れ合い携帯を落としてしまう。

 俺は急いで携帯を拾おうとしたが、二乃に取られてしまう。二乃は拾い上げた携帯を見てから、俺の方を見て含みのある微笑みを見せせていた。

 

「あんたは京都で待ってなさい!いいわね!」

 

 余計なことを言うな、と指摘しようとした瞬間と同時に二乃は声を出していた。

 

「一発殴ってるから絶対待ってなさいよ!!」

 

 そのまま電話を切り、何も言わずにスマホを俺に返してくる二乃。

 

「お前な……幾ら何でも強引過ぎるだろ」

 

「知らないわよ」

 

 と言っても、あのまま話を続けていてもお互い一歩も引こうとせず話は平行線のままになっていたかもしれない。そこだけは二乃に感謝すべきかもしれない。ちょっと強引だった気はしなくはないが……。

 

「それで結局二乃もついていくのか?」

 

「当たり前じゃない、あんたの元カノに一言言ってやらないと気が済まないわ」

 

 仕方ない、二乃の同行を許すとしよう。

 此処でダメだと言っても、二乃は引き下がろうとしないだろうし絶対についていこうとするだろう。だったら、最初から自分の目に入るところに置いておいた方が優莉に何かをしようとしてもすぐ止められるだろうしな……。

 

「一言というより、一発殴るって思いっきり言ってた気がするんだがな……」

 

「悪かったわね、他に言い方なかったのよ」

 

「いや、もっと言い方あったと思うんだが……。まあ、いいや。とりあえず、優莉に会ったからって殴るような真似はしないでくれよ」

 

「わ、分かってるわよ……」

 

 

 

 

 俺達は電車を使って移動を開始した。

 その後、新幹線に乗り継ぎ二乃から受け取った弁当を片手に俺は優莉から送られて来ていた住所と睨めっこしていた。優莉の奴、今住んでいる住所と前の住所が違うな……。あのとき噂も立てられていたし引っ越ししたのだろうか。

 

「あんたその優莉って子と会ったら何を話すつもりなのよ」

 

「俺はあの日本当は何が会ったのか知りたいだけだ」

 

 あの日何が起きたのかを俺は知りたい。

 もし、あの日の真実の裏に本当の真実があるんだとすれば俺はそれを知りたいんだ。

 

「あの子が憎いとかそういう感情はないの」

 

「……ないなんて言えない」

 

 俺の心の奥底では優莉のことを憎んでいる可能性もあるのかもしれない。

 あの一件はかなり俺のことを変えてしまうほどの大事件だったのだから。そこに本当の真実があったとして俺は優莉のことを許せるだろうか。

 

 いや違う。

 俺はきっと優莉のことを許せるはずだ。あの事件からかなりの時間が経過した今だからこそ冷静に物事を考えることが出来るはずだ。だから、優莉の話を聞いてそれから許すか、許さないかは俺が決めたいと思う。

 

「いいんじゃないの?それでも……訳があってすぐに許せるほど人間出来てる訳じゃないでしょ」

 

「それもそうだな……」

 

 まさか二乃からそんな言葉が返って来るとは思わなかったけど、確かにその通りだと考えていた。

 人間の心は俺が思っているより複雑だ。許すと言っても心の奥底では許せないなんてことはありえるかもしれない。それこそ時間が経過してくれるのを待つしかない、と言った感じに……。

 

 だけど、それでも俺はやっぱり優莉の話を聞いて考えたいと思う。

 それがきっと正しい選択になると思うから……。

 

 

 

 

「京都駅だな」

 

 京都駅に着いた俺達は荷物を持って、新幹線から降りる。

 それから京都駅から少し離れた駅に移動して優莉から送られた住所へと向かった。

 

 会ったら何を話そうか、何を話せばいいのだろうか。

 あのこと以来のため、何を話せばいいのか分からないというのが正直なところだ。普通に接すればいいんだろうか。

 

 

 

 

「着いたわよ」

 

 気づけば俺達は優莉の家の前まで辿り着いていた。

 思ったより早い到着に俺は心の準備が完了していなかったが、ゆっくりと深呼吸をしながら玄関を開けようとすると先に内側から扉が開く音が聞こえてきた。

 

 

 

 

「空……!ずっと……ずっと会いたかった……!!」

 

 

 

 



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思い出

 始まりは突然だった。

 私と空が付き合い始めた頃、空が私との待ち合わせに遅くなることが多かった。最初は空も忙しいのかな?と思うことがあった。空は弱い虐めを許さない子だったから、きっと今日も助けに行っているんだろうなと思って待っていたが……。

 

「遅かったね空」

 

「あ、ああ……色々あってな」

 

 私はこの時点で少し不自然に見えていた。

 空が私との待ち合わせに遅れてくることなんて一度もなかった。空はいつも待ち合わせの10分前には来ており、私がいつも「ごめん、遅れた」と言っていることが多かったからだ。勿論、遅刻したことだけではない。

 

 季節は夏だというのに空は長袖を着ているのだ。

 今日は特段寒いと言う訳ではないし、どちらかと言うと暑い方なのだ。どうしてなのだろうかと、気になって私が質問を投げかけてみる。

 

「暑くないの空?」

 

「あーいや、暑いけどちょっとな……」

 

 何かを誤魔化そうとしているような気がしていた。

 私はどうしても気になってしまって空の長袖を捲ろうとする。

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 空が腕を机の下に隠していた。

 間違いない、空は何かを隠そうとしている。それは間違いないはずだ。言わなきゃダメだ、私は空の彼女としてちゃんと……。

 

「空、私に何か隠しているならちゃんと言って……。相談に乗るからさ」

 

 空は私と目を全く合わせないようとしない。

 こんなことは今までなかった。空は私の目を見れないときもちゃんと目を見て話そうとしていたからだ。

 

「空……!」

 

 空は何処かへと逃げようとしたとき、私は彼の腕の袖を捲り上げると、そこには痣のようななものがあったのだ。私はそのとき理解することができなかった。転んだ……。いや、そんなわけがない。転んだだけでこんなに大きな痣が出来る訳がないはず。

 

「優莉、これは違うんだ……!これは虐められている奴を助けるためにちょっと怪我を……悪い優莉!」

 

 この痣はいったい……。

 

「空待って……!」

 

 私の中で色んな感情が渦巻いていると、空は何も言わず逃げ去ってしまったのだ。

 

 

 

 

 空はその日以来、私と会うことは無くなった。私が空と話そうとしても逃げられて全く話す機会がなかった。そういう機会が出来たとしても空にはぐらかされてたりしていたのだ。それでも何故あの日あんな大きな怪我をしていたのか、知りたかった私は偶々体育館裏に行こうとしている空の姿を見かけた。

 

 今度こそ空から本当のことを聞かなくては……。

 そう思った私は体育館裏へと追いかけようとしたが……。そこに空の姿はいなかった。そんなはずはないと思ってもう一度よく見かけると、足を引き摺っている空の姿が見えたのだ。それだけではなく、そこらじゅう血だらけで立っているのも不思議ないぐらいだったのだ。

 

 私はすぐに駆け付けると、殴られたような跡のようなものを発見して声を出そうとすると、空は「いいんだ、優莉」と言って抑えられた。空はボロボロの状態でも立ち上がり、私に何も言わず帰るのであった。

 

 何故、何故私には何も言わず帰ってしまったのだろうか。

 私に「いいんだ、優莉」と言ったのだろうか。何か弱みでも握られているのだろうか。私はこうしてはいられないと思い立ち上がり、担任の先生の下へ向かおうとしたときであった。

 

「空君、抵抗することはなかったようだね」

 

 

 

 

「無堂先生、見ていらっしゃったんですか!?なんで空は……!?」

 

「それは……恐らく優莉ちゃんを守る為だろうね。先ほどまで暴力を振るっていた生徒達は見ていたところキミのことを人質にしていたからね」

 

「わ、私のせいなんですか……」

 

 私のせいで空に迷惑を掛けてしまったんだ。

 私は元々いじめられっ子だったからきっとそれで……。

 

「私も教師として二人のことを守ってあげたいが……。時に優莉ちゃん、キミは空君と付き合うのは分不相応だとは思わないかね?」

 

「どういう……意味ですか?」

 

 言っている意味が分からなかった。

 私が空と付き合うのが分不相応……?確かに空は私なんかよりもっと凄い人だと思うだけどそれを他人に言われる筋合いなんて……。

 

「彼の父は教師だ、立派な教師家庭に生まれた息子なのだよ。それがキミはどうだい?ただの一般家庭ではないか。恥と言わないが、彼にはもっと相応しい人物がいるはずだよ。それにキミが空君と別れることで彼に対する虐めもなくなるだろうからね」

 

 無堂先生の言っていることはつまり、私はただの一般家庭に生まれた子供であり空には分不相応と言いたいのだろう。

 

「ごめんなさい無堂先生、きっと空を虐めている子たちはそれだけで暴力をやめてくれるとは思いません。むしろ、エスカレートすると思います……。無堂先生、お言葉ありがとうございました」

 

 無堂先生になんと言われようとも、私は空と付き合うことをやめたりなんかしない。

 此処でやめたりしたら一生未練が残ってしまうに違いない。だからこそ私は止まる訳には行かなかった。

 

「先生、いますか!」

 

「どうした優莉、そんなに血相を変えて……」

 

「実はお話がありまして……」

 

 私は空みたいに力がない。

 なら、誰かに空が暴力を振るわれていることを伝えてなんとかしてもらう以外方法がなかった。

 

「そうか、お前らも大変だな……。分かった先生がなんとかしてやろう」

 

「いいんですか!ありがとうございます!!」

 

 この選択が私と空の運命を大きく捻じ曲げることになる。

 よくよく考えてみれば、この学校はいじめが多い学校なのに教師は何もしてこなかった。それどころか、空がほとんどの虐めを解決していたのだから。つまり、頼りにならないなんてことは分かっていたはずだったのだ。

 

 なのに、私は空が助かればそれでいいと理由で私は頭に考えが回っていなかったのだ。

 

 

 

 

「優莉、先生と付き合っているって本当……?」

 

 その結果がこれだったのだから……。

 一週間後、私は数少ない友人の言葉を聞いたとき驚きが隠せないでいた。

 

 私が先生と付き合っている……?

 そんな根も葉もない噂が何処から……。もしかして、いや間違いない。

 

「先生、どういうことですか!私や空を守ってくれるんじゃないんですか!!」

 

 暗がりな職員室へ行くと、担任の教師が一人椅子に座りながら、コーヒーを優雅に飲んでいた。

 それはまるで計画通りに事が運んだと言いたそうにしている様子であった。私はこのとき確信した。この人が空を……苦しめた張本人だと……。

 

 だけど、それに気づくには遅すぎた。

 あまりにも遅過ぎたんだ。

 

「ああ、守ってやると言ったろ?おかげで空の虐めは減って同情心が生徒じゅうに芽生え始めているだろ?子馬鹿にする奴もいるみたいだけどな」

 

「私はそんなこと頼んだ覚えは……!」

 

 

 

 

「うるせえな……!!」

 

 私は顔を掴まれたまま、職員室の壁へと追い込まれてしまう。

 力のない私は足をじたばたさせて抵抗する他なかった。

 

「俺はあいつの父親……脇城明彦のことが気に入らなかったんだよ!あいつは前の学校で一緒だったとき、俺の汚職を一発で見抜きやがった……そのせいでゴミみたいな中学に何度も飛ばされたよ……!そしてこの学校でお前ら一年を教えることになったとき頭を抱えたよ!問題児だらけだったからな!他の学年は優等生ばかりだってのにな!!

ばかりだってのにな!!おかげで俺のキャリアが台無しだ!!」

 

「そんなの逆恨みじゃないですか……!」

 

 私が言葉で反撃すると、教師に更に壁へと打ちつけられる。

 

「あいつに会ったら伝えておけ……!ごめんね。キミって、優しすぎるんだよ。だから気づかなかったんだと思うってな……伝えなかったら空もお前も終わりだと思え!!」

 

 放された私は職員室から逃げ出して、トイレに行く……。

 

 

「ごめんごめんごめんごめん空……!」

 

 口から何度も何度も嘔吐物が出て来て、自分がしたことの後悔と罪悪感で押しつぶされそうになっていた。言わなきゃ駄目だ、言わないと空も私もどうなるか分からない。私はその日、体調が悪くなりそのまま早退したがその日の帰り際、ある人と出会うのであった。

 

「なにかあったのかい?」

 

 そこに立っていたのは空のお父さん、明彦さんだった。

 私は空のお父さんに包み隠さず全てを話した。空のお父さんに全てを話せばきっとなんとかしてくれる。そう思っていた私は全てを託そうとしていたのだ。

 

 これならきっと……。

 が、しかしその期待は潰えることになった。

 

 

 

 

 空のお父さんは当然私と空のことを訴えてくれたのだが、学校側が全く取り合ってくれる様子はなくそれでも空のお父さんは戦おうとしたが学校側が全く口を開けてくれることはなく、そのような事実はないと言われるだけであったのだ。

 

 全てを賭けて戦ってくれた明彦さんはその後、廃人のようになってしまい一時は倒れてしまうのであった。それを見て私は覚悟を決めるしかなかった。あの言葉を言うしかないと考えたのだ。今の空にあんなことを言ってしまえば、きっと倒れてしまうに違いない。それでも空と私を痛みから解放するためにやるしかないのだ。

 

「優莉、嘘だよな……?お前が先生と付き合ってるなんて……」

 

 

 

 

「ごめんね……。キミって、優しすぎるんだよ。だから気づかなかったんだと思う」

 

 笑顔は偽装されたもの。

 その笑顔で空に淡々と言葉を投げかけた。本当は今にも泣きだしたくて仕方なかった。

 

 けれど、私は加害者で空は被害者なのだ。

 本当に泣きたいのは空だろう。ごめん空……。全部私のせいだ。私のせいで全てがこうなってしまったんだ。結局空は同情心を得られたとはいえ虐めが減ることはなかったし、この言葉を投げるしかなかったのだ。

 

 空は何も言わずその場を去る。

 私は何も言えることが出来ず、ただ立ち尽くしてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 私のせいだ。私のせいで……。私はただ空に隣にいてほしかったか、だけなのに……。

 

 

 

 

 本当にごめんなさい……。

 

 

 

 

 これが私の過去の記憶……。

 一生背負うことになるであろう私の記憶。その記憶は罪悪感に押しつぶされることになっても忘れてはならないだろう。

 

 だけど、何故だろうか……。

 何故、私はこんなにも満たされたような気分でいるんだろうか。本当はこんな気分になっては駄目だと言うのに……。

 

「なんで空は私のことを抱いてくれてるの?」

 

「お前のことを許したいからだ……優莉」

 

「どうして……私は加害者なんだよ……」

 

 私には分からなかった。

 加害者であるはずの私のことを許そうとしていてくれている空の気持ちが……。

 

「優莉は優莉なりに俺のことを助けようとしてくれたんだろ……。結果がどうであれ、優莉が俺のことを裏切った訳じゃないとしてれて俺は……嬉しいよ」

 

 

「ありがとう、ありがとう空……!」

 

 

 

 



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行動

「本当にありがとうね空……私のことを許してくれて」

 

「気にするな優莉、痛みは引いたか?」

 

 俺の許しを得て優莉は嬉しそうにしながらも何処か複雑そうにしていた。優莉の顔を見れば先ほど二乃から受けた平手打ちにより赤くなっていた顔は元通りになっていた。

 

 結局二乃は踏み止まることは出来なかったけど、平手打ちをして気が済んだようで近くで待っているとだけ伝えていたから、これだけで済んでくれて良かったと言うべきなのかもしれない。

 

「うん、まだ少し痛いけど私は空にそれだけのことをしたから平手打ちされて当然だよ。さっきの子よっぽど空のことを気に入ってるんだね」

 

 混浴で会ったとき、そんな素振りは見せていなかったが気がするけど、背中を流そうとしてきたのはかなり大胆な行為だったのは間違いないし、もしかして二乃は……。

 いや、まさかな……。

 

「そうなのかもしれないが……」

 

 ここ最近は五月と話す機会の方が圧倒的に多かったから俺があいつと会う度に色んなことがあった気がする。例えば、父さんの店で仕事してるときなんて調理に使うものを用意してくれと言っても少し不服そうにしていながら俺に渡していたし、事あるごとに俺に話しかけてきては「なんでもないわよ!」と言ってきていた気がする。

 

「もしかして空のことが好きだったり……なんて」

 

 実際俺に対して距離感を詰めてきたりかと思えば離れてきたりしている。もしかして本当に……。あーいや今はこんなこと考えてる場合じゃない。二乃を喫茶店で待たせている。

 早く向かわなければ……。

 優莉の言葉に対してはぐらかすとそれに気づいたのか笑っているようにも見えた。

 

「やっぱり……優莉は笑顔が一番だな」

 

 不意に心の中で思った言葉が出てしまう。

 しかし、俺は後悔することなくその言葉を途中で止めることもなかった。事実だしな、優莉の笑顔が可愛らしいのは……。

 すると、優莉は顔を背ける。

 

「相変わらず空は女の子に優しいんだね」

 

「人を女誑しみたいに言うのはやめてくれ」

 

「そうかな……私と付き合う前は助けた女の子に好かれてたりしてたよね?」

 

「あーまあそれもそうだったんだが……」

 

 俺はできる限り助けても依存はされたくないため助けた後は干渉しないことが圧倒的に多かった。しかし、それでも言い寄ってくる子は少なからずいたので俺は対応に困っていることもあった。そういうときは申し訳ないけどとちゃんと断りを入れていた。

 

 それに少し思うところもある。

 俺は結局三玖に勘違い男と言われたけど、あの流れ的にどう見ても俺のことが好きだったのでは?と勘繰ってしまう。少し自分のことをキモいと思ってしまうが……。二乃の件もあるし、女誑しと思われても仕方ないか。

 

「お、俺のことはいいだろ?それより優莉のことを聞かせてくれよ。今は何をしているんだ?」

 

「私?私は今……違う学校に通ってるんだ。色々あったから前の学校に通うのは大変になっちゃったからさ……。あの学校から逃げるのは空から逃げてるような感じもあったから少し嫌だったけどさ……」

 

「そんなことないだろ、俺もお前とは話し合わず逃げるようにして学校を離れたんだしさ」

 

「それこそそんなことないよ、あのとき私がもっとしっかりしていれば……」

 

「……悪い、こんな話しないほうが良かったな……」

 

 俺は会話を中断させようとしていた。これ以上続けてもお互い譲り合いになるからだ。こうなるとは少し分かっていたのに俺は話をしてしまった。少し後悔しながらも俺は優莉の手を取り、二乃が待っているカフェと向かうのであった。

 

「ほら行くぞ、二乃のところ……。あいつがご立腹中じゃないのを祈りたいけどな……」

 

「大丈夫だよ、私は何があっても受け入れるから」

 

 と言われても目の前で喧嘩でもされたら溜まったものではない。

 しかし、此処で待っていても埒が明かない。俺は扉を開けてカフェの中に入る。

 

 

 

 

「来たわね……あんたには聞きたいことが山ほどあるけど……そうね」

 

 内装が少しお洒落な雰囲気が漂っているカフェに来ると、二乃がこちらに気付き優莉の方を見ていた。俺は優莉の前に立ち、彼女を庇うような素振りを見せると二乃が少しムッとしたような表情になっていた。

 

「あんた、空との初デートには何処行ったのよ!?教えなさいよ!!」

 

 いつの間にか二乃が優莉の後ろを回り込み手を握っていたのを見て俺は困惑していた。先ほどまで二乃は優莉のことを嫌っていたのに全く状況が変わっていたからだ。

 

「えっと……初デートは私から誘ったんだ。それで二人でショッピングに行って手繋いだりして歩いてこの服いいよね?とかこの服どう?とか二人で話していたんだ」

 

「それで空がどんな服でも優莉ならきっと似合うよって言ってくれて私は嬉しかった……かな」

 

「……いい話じゃない、もっと聞かせなさいよ!そういう話!!」

 

 優莉から二乃は初デート、ショッピングの話を聞いていて興奮している様子だった。

 

「ねぇ中野さん」

 

「二乃でいいわよ、私も優莉と呼ぶからいいわよね」

 

「えっ、う、うん……そのなんで私と仲良くしてくれるのかな?私は……」

 

「別に許したわけじゃないわよ、でも優莉には聞きたいことがあったのよ。それだけよ」

 

 俺は優莉と二乃が仲良さそうにしているのを見て少し嬉しくなっていた。二人揃って居心地悪そうにしていたらそれはそれで俺も見ている側として困るからな……。

 

「優莉一つ聞きたいんだけど、あんたが空と付き合ってるときなにかこれは譲れないって決めてたものはあるの?」

 

「恋は押してこそ……かな」

 

 恋は押してこそ……。

 その言葉通り、優莉は見た目とは裏腹に恋愛に関してはかなり積極的だった。デートに行った回数こそ少ないかもしれないけど、いつも彼女がエスコートしてくれた気がする。

 我ながら自分で何もしていないと思えそうで情けなく感じてくる。

 

「あんた見た目とは違って意外にもグイグイ行くタイプなのね」

 

「あんまり意識したことないけど……そうなのかも?でもまあ、後悔はしたくないから。誰かを好きになるということに後悔だけは絶対したくないから。だから、私は全力で恋愛したかったんだ」

 

「そうね……私もそうわ、ありがとう優莉。参考になったわ」

 

 俺たちはカフェでのんびりとしながらも話を続けていた。

 話を続けていると、優莉からこんなことを言われた。

 

「二乃、いい子だね」

 

「……そうだな」

 

 優莉の言葉に俺は同意を得ていた。

 今まで色んなことがあったとはいえ、二乃がいい奴なのは間違いないだろう。姉妹思いの次女で、なんだかんだ文句言いながらも俺たちの生徒として今は熱心に勉強をしてくれているしな……。

 

「悪い、二人共……俺お手洗い行ってくる……」

 

 二人にもっと話す機会があってもいいだろうと思って俺は席を離れる。あの二人、性格こそは正反対だけど結構仲良くなってるみたいで安心した。

 俺は少し頰を緩ませながらも用を済ませてから帰ってくると二乃の姿があった。俺は言葉を発することなく二乃の横を横切ろうとしたときであった。

 

 俺は目の前が見えなくなった気がした。

 いや、見えなくなったと言うより視界が変わっていたのだ。何故そんなことが起きていたのかと言うと、それには俺にも理解できなかった。

 ただ分かっていたのは柔らかい何かが俺の唇に触れていたことであった。

 

 

 

 

 

 

「二乃……お前なにして……」

 

 何が起きたのか分かったのは、数分が経った後だった。

 

 

 

 

「優莉が言ってたでしょ、恋は押してこそってね……。私もそう思うから……行動したまでよ」

 

 二乃の唇が俺の唇と重ね合っていたからだ。

 

 

 

 



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次女の気持ち

「二乃が好きなのってソラ君でしょ?」

 

 家族旅行のあの日、私は一花を呼び出して温泉に来ていた。

 あることを一花に聞き出そうとしていたが、どうやら一花にはお見通しの様子であった。

 

「な、なんで分かったのよ……」

 

「そりゃあ二乃って分かりやすいからね」

 

「まさかあんたにバレているとはね……」

 

 他の姉妹や空には絶対バレないようにしていたつもりなのにまさかバレているなんて……。

 それとも私って案外分かりやすいの……かもしれないわね。そんなはずはないと思うけど……。

 

「そうね、そうかもしれないわね。出会いはまあ……悪いものではなかったかもしれないわ。最初こそは風太郎と同様とっとと帰らせようと思ったけど、あいつも私と同じで料理が得意と分かったから話をしてみたいとちょっとは思ったのよ」

 

 実際あの出来事が無ければあいつのことを気になることもなかったかもしれない。それでイライラしたこともあったけど、今は違う。今はあいつのことを知ろうとして良かったと思っている。

 

「それから色々あったわ。あいつに失望することもあったけど……。今は違う」

 

 あいつに失望したのは三玖を泣かせたから……。

 今でも三玖のことを泣かせるようなことがあれば私はあいつのことを許せないと思う。

 

「今はあいつのことが好きよ」

 

「それが誰かを蹴落とすことになっても?」

 

 

 一花の言葉に私は何も言うことができなかった。

 

「な、なによ……いきなり……」

 

 決意を何度も曲げそうになったことはあった。それは三玖のこともあったからだ。三玖はソラのことが好きだ。きっと私が三玖のことを蹴落とすこそがあっていいのだろうか。私だって三玖のことを泣かせたくない。泣かせたくないからこそ、今取ろうとしていた行動が正しいのか迷っていたのだ。

 

 私は一花の言葉に答えることが結局出来なかった。

 結局、旅行の最後の日になっても一花の言葉が頭の中でいっぱいだったのだ。

 

 いつもの私なら恋愛を目の前にして恋敵よりも先に相手のことを自分のものにしようとするだろう。

 それが姉妹の誰かも一緒に好きになっているという事実にどうすればいいのか分からないでいたのだ。

 

 

 私が答えを出せないでいる、そんなとき……。

 私は優莉と出会った。

 

 優莉はこう言っていた。

 恋愛は押してこそだと……。私もあの子とのことがなければそういうふうに思うこともあっただろう。

 

 後悔したくない……。

 その言葉を聞いたとき、私の心が燃えたようなそんな気がしていた。間違いない、私の心が押すなら今と言っているのだろう。だったらやってやろうじゃない。私が今覚悟を決めて彼にもっと近づこうとしようとしていたのだ。

 

 

 

 

「お前なにして……」

 

 唇と唇を触れ合った後、ソラは呆然としていた。

 私がキスを仕掛けて来るとは考えもしなかったでしょうね。だけど、優莉のあの言葉を聞いた以上私は引くわけにはいかない。例え、三玖を泣かせることになっても私は私の幸せを掴んでみせる。

 

「これが私の気持ちよ」

 

 私はそう言ってその場から離れる。

 私は私の気持ちを伝えることに成功した。後は空の返事を待つだけ。あいつがなんて返して来るかは分からないけど私は後悔のしない選択を選んだ。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 二乃がどうしてあんな行動を取ってきたのかは俺に分からない。

 だけどこれだけは言える。あのキスは間違いなく俺のことが好きだという意思表示に決まっている。自信過剰もいいところだが、そうとしか考えられない。

 

 キスをするということはそれだけ重要なことなのだから。

 

「優莉、今日はありがとうな」

 

 駅前で俺達は優莉に見送られようとしていた。

 とりあえず今は二乃のことより目の前のことに集中した方がいいだろう。今は優莉と話しているのだから。

 

「こっちこそありがとうね」

 

「また連絡するから」

 

「う、うん……!?」

 

 体を少し不安そうに揺らしている優莉を見て俺は軽く抱きしめた。

 そっと抱いた優莉からは不安が消えたのか揺れは消えていた。

 

「絶対連絡するから」

 

「う、うん約束だよ……」

 

 手を徐々に離していくと、優莉は少し嬉しそうにしている表情を見せていた。きっと優莉は俺と離れるのが寂しいという感情があったのだろう。自分のしたことがあったとはいえ、それでも今でも俺のことを大切だと思ってくれている。

 それが俺には限りなく嬉しかった。

 

 二乃の視線を感じて俺は優莉から離れると、優莉が「ありがとう」とお礼の言葉を述べていた。

 

「それじゃあ、じゃあね空。元気でね」

 

「ああ、元気でな」

 

 優莉に手を振りながら俺は改札口を通って行くのであった。

 二乃は優莉と何かを話した後に改札口を通って行った。内容が少し気になっていたが、先ほどの件もあって俺は話しかけづらいのだ。何故、二乃は俺に唇を重ねてきたのだろう。考えれば考えるほど自分の中で煩悩と呼ばれるものが多くあることに驚きを隠せないでいた。

 

 優莉のことを抱いているときも正直嬉しくてしょうがなかったから……。俺と言う人間はなんとも煩悩だらけの人間だということを嫌でも自覚させられる。

 

 

 

 

「ソラ、少しついてきなさいよ」

 

 新幹線に乗って座っていると、二乃が俺に話しかけてくる。

 俺は二乃の後ろをついて行くと、トイレの前に呼び出されると二乃は止まるのであった。

 

「二乃……さっきのことだが……」

 

「そのさっきのことであんたを呼びだしたのよ」

 

 

 

 

「返事はいつでもいいわ、だけどこれだけは伝えておくわよ」

 

 

 

 

「私は諦めが悪いわよ」

 

 

 

 



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五つ子とシスターズウォー
次女の宣言


 優莉と会ってあれから一日が経っていた。

 父さんの店を手伝っていると、こんなことを言われるのであった。

 

「空、何処か変わったかい?」

 

「そう……かな。いや……多分変わったと思うよ」

 

 あのとき優莉から話を聞いていなければ俺はきっと優莉のこと、本当のことを知らぬまま一生過ごしていただろう。だからきっと俺が変われたとすればそれは……。

 心の中で全ての物事に決着がついたということだろう。

 

 

 

 

 最も……。

 また一つ悩みが増えてしまったというのも事実ではあるが…‥。

 

 揚げ物を担当している二乃の方をチラッと見ると一瞬目線があったような気がしていたが、すぐに逸らされていた。

 

 諦めが悪いか……。

 確かに二乃は告白を断れても諦めないような気がする。あのときの答え早めに返した方がいいと言うのは分かっている。けれど、どうすればいいのだろうかと悩んでいる自分もいるのだ。

 

 さてどうするべきなのか……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

「三玖……えっとこれはパンですよね?」

 

「うん……」

 

 目の前に見えているのは黒く焦げているパンであった。

 恐らく五月はこれがパンだとは思えず、石か何かだろうと思っているはず……。

 

「まあ……中野さんはまだ始めたばかりだから」

 

 バイト先の先輩が私を慰めるような言葉を投げかけてくれるが、私はその言葉を聞いて少し落ち込んでいた。もっとちゃんとしたパンを作らなければこれじゃあソラに食べてもらおうなんて無理に決まっている。

 

「大丈夫ですよ、三玖ならきっとおいしいパンを作れますよ!」

 

「そうだね、五月。私頑張るよ」

 

 次こそは、と意気込んでパンを作り始めていた。

 

 

 

 

「お、おかしい……手順通りに作ったのに何か得体の知れない力が働いていて別のものに……」

 

 お皿に上に乗っているのはべちゃついているパンであった。

 手順を教えてもらいながら、作ったというのにこの有り様……。やっぱり私にはパン作りなんてまだ早過ぎたのだろうか。最近は向かいのパン屋さんの方が景気いいと聞くし……。

 

「前より食べ物には近づいています、三玖ならきっとできますよ!!」

 

 五月の言葉を聞いて、少しずつ自分ができるようになっていることに気づいて私はパン作りを続けようとしていた。

 

 

 

 

 どうして私が此処までパンを作ろうとしているのか、それは簡単な話。

 私はこのパンを修学旅行で食べて欲しいと言う気持ちが強いからだ。それで美味しいと言ってもらえると私はきっと嬉しい気持ちでいっぱいになる。だから、うんと美味いパンを作ってあげたい。

 

 

 

 

「凄いじゃないですか、これを三玖が作ったのですか!?」

 

「三玖ちゃん、どうしても修学旅行までにって言ってたもんね」

 

「はい、一日目のお昼が自由昼食のはずです……」

 

 でも、一つだけ問題がある。このパンを渡すには一つだけ問題がある。

 それは……。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、明日までに班を決めておいてください」

 

 そう、問題というのはこういうこと……。

 この班決めは明日までに決めなくてはなくちゃならない。定員は五名。難しくはないけど、私には最大の敵大将がいる。既にその敵大将は動いている。ならその首を持って……って駄目だ。私は何を考えているんだ。

 だけど、それぐらいの気迫を見せなくちゃきっとすぐに負ける。

 

「私に任せてください、三玖が脇城君と班を組めるようにしますので!」

 

 五月はああ言っててくれたけど、もう一人の相手は押しが強いから勝てるかどうか。

 

 

「あ、あの……ですから脇城君は三玖と私で……」

 

 やっぱりこうなっていた……。

 学校の階段付近で話していたのは五月と二乃。

 

「あんた話聞いてなかったの、もう私と回ると言ってるでしょ?」

 

 こうなるなら先にソラに根回ししておけばよかったのかもしれない。でも私にはそんなこと……。

 決まってしまった以上、私の口から何かを言うことなんて出来るわけがない。こういうとき他の姉妹ならきっとちゃんと言えたかもしれない。だけど、私はいつも言い返すことなんて出来ないから。

 私には……。

 

 

 

 

「ま、待ってください三玖!」

 

 私はその場から離れてしまう。

 何故その場から逃げてしまったのか、それを自分ですら理解できなかった。私では二乃には勝てない。そんな気持ちがあったのかもしれない。実際そうに決まっている。私は二乃みたいに大胆な行動なんて取ることなんて出来ない。二乃みたいになれていたなら、きっと家族旅行のとき私は告白することが出来たのだろう。

 

 でも……。

 

『やっぱり二乃に絶対譲る気にはなれないな』

 

 独り言で言ったあの言葉を言った以上、私は逃げたくはなかった。

 勝てる見込みのない戦でも私は戦うことをやめたなくない。例え、負けることになったとしても……。

 

 

 

 

「三玖、本当にいいのですか?貴方はあんなにも丹誠込めてパンを作っていたではありませんか?それを何故……」

 

「私だって負けたくない、好きな人と一緒の班になってパンを渡して美味しいって言われたいよ!でも、私は二乃みたいに勇気がないから……だから……!!」

 

 口から次々と本音が口に出ていた。

 抑えきれないでいた本音たちが口から出ていたのだ。

 

 

「なによ、あんたのことをライバルだと思っていたのに案外情けないのね」

 

「二乃!?」

 

 校舎裏にやって来たのは二乃だった。

 どうして二乃が……。もしかして私のことを追いかけて来ていたのだろうか。だとしたらさっきの言葉を聞かれてしてしまったのかもしれない。

 あんな言葉を聞かれてては私の負けは確定。もうこの勝負決まったも同然……。

 

「退きなさいよ五月、私はそこで不貞腐れてる奴に用があるのよ」

 

 五月が必死に誰もいないように見せかけていたが、それも意味を無さず私が此処にいることは気づかれていた。

 

「もう一度言うわ、随分と情けないのね三玖」

 

 五月を押し退けて私の服を掴み持ち上げようとしてくる二乃の顔を見れず校舎の方をただ見つめていた。

 

「二乃、何もそこまで言わなくても……!」

 

「あんたは黙ってなさいよ!!」

 

 止めようとする五月を大声で近づけさせないようにされる。

 

「私はあんたのことをライバルだと思っていたわ、けどこんなにも情けないならもうライバルとは思わない。一生泣きながら修学旅行でも指を咥えていなさいよ」

 

 そんなの嫌に決まっている。

 好きな人に一生懸命作ったパンをどうしても食べて欲しい。その気持ちは今だって変わらない。そして、美味しいって言われて二人で京都回ったり出来たら最高に決まっている。

 

「なによ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

 

 

『三玖ちゃん気持ちを伝えるならちゃんと伝えないとダメだよ。じゃないときっと後悔することになるよ?』

 

 バイト先の先輩に言われたあの言葉……。

 私はあの言葉を言われたときその通りだと思っていた。だけど実際に二乃と対決するかもしれないと思ったときに私は……。

 

『三玖ならきっと出来ますよ、私は信じてますから』

 

 私がパン作りを諦めようとしたとき、五月はいつだって私の味方でいてくれた。それなのに、私は今逃げようとしている。それでいいのだろうか、いや言いわけがない。此処で逃げたら一生後悔する。

 だったら、私の選択肢は一つ……。

 

「言いたいことなら……ある」

 

 此処で言わなきゃダメだ。

 言わなかったら絶対後悔する。バイト先の先輩だって私に手伝ってくれた。五月だって私のことを応援してくれた。私の背中にはいろんな人の助けがあって今があるんだ。

 だったら、それを今はチャンスに変えるとき……。

 

「二乃はソラと二人で修学旅行を楽しもうとしているんだろうけど、そうはさせない。私だってソラのことは……好き」

 

「だから、私とソラが一緒に修学旅行を回る。それで文句ないよね?」

 

「ないわけないでしょ、あんたさっきの話聞いてなかったの。もう既にソラと回るって決めているのよ!!」

 

「それでも諦めない、私は二乃に負けたくないから……!」

 

 私は二乃に思っていること全部を伝えた。

 これでよかったんだ。作戦なんてなに一つなかったけど言いたいことは言えた。勝ったというわけではないけど、私は勝ち誇ったような表情をしていた気がする。

 

「はぁ……分かったわ。ならこうするわ」

 

 

 

 

「私とあんた、どっちが上かこの修学旅行で決着つけようじゃないの」

 

「それって……」

 

「ええ……!あんたと私……そしてソラと一緒に行動するのよ。修学旅行は三人で歩いてそこでソラに決めてもらう。どっちが好きなのかを……」

 

 

 

 

「それで文句ないわよね!!」

 

 私はその言葉に無言で頷きながらも了承した。

 この戦い絶対に負けられない。負け戦は絶対に許されない。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「四葉、話があるんだけどさ」

 

 二乃と三玖が争うなか、別の場所で一花は四葉のことを呼び出していた。

 

 

 その表情には何処か暗さを感じさせており、最早迷いなどなかった。

 ただ何かを追い求めているだけであった……。

 

 

 

 



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五つ子と再会

「京都か……楽しみだね四葉。あのときは四葉が私達から逸れて色々と大変だったっけ……」

 

「あ、あのときはごめん……」

 

「別に今更いいよ、そういえばあの子は元気しているのかな?」

 

「あの子……?」

 

 四葉はこのとき気づいていなかった。

 目の前にいる一花が狙った獲物を捕食しようとしていることを……。それだけならまだいい。しかし、問題はどんな代償を払ってでも手に入れようとしているところだった。

 そこに気づいていない四葉は……。

 

「あ、あーあの子なら元気じゃないかな」

 

 四葉は知っていた。

 この学校にあの子に該当する子がいることを……。その人物は四葉達がよく話している子だということを……。それを知っているからこそ四葉は誤魔化していたのだ。

 

「ふーん?そうなんだ……まあいいや。そういえば……」

 

 一花の話は続いていた。

 結論から言うと、四葉と一花が上杉と組むことになったのだ。一花は少なからず四葉が上杉に好意があることを気づいていたが、自分と組むことで二人の仲を優先してくれるだろうと考えていたのだ。

 事実、四葉は自分の気持ちより一花の気持ちを優先させてあげようと考えていた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「お兄ちゃん、伸びきったパンツばかり履いてたらクラスの子に笑われるよ」

 

「今空に笑われてるところなんですけど……」

 

 今はショッピングモール……。

 上杉とらいはちゃんと一緒に来ており、上杉に合う服などを買いに来ていたのだ。しかし、上杉自体はあまり乗り気ではないようでらいはちゃんが自分のために使ってもバチは当たらないと話していたところだった。

 ちょうどそのときに上杉の下着の話になり俺は少し苦笑いをしていた。

 

「そういえばお兄ちゃん、五月さんたちにお返しはしたの?」

 

 今回の買い物、五月、四葉も一緒だと言うこともあり二人から少し離れた位置で会話をしていた。

 

「お返し……?確かにあいつから貰いはしたが……空お前あいつらにお返ししたか?」

 

「俺はお返ししたぞ」

 

 上杉が「えっ?そうなの」と言いたそうな表情でこちらを見てくる。貰ってばっかりじゃこっちも目覚めが悪いしな。三玖の場合、チョコを貰ったり色々とこっちが貰ってばっかりだったからな……。

 

「貰ったらお返しする、これ常識だよお兄ちゃん」

 

「分かった分かった……とは言ってもあいつらの好みなんて知らないしな。待てよ、今日の買い物であいつらの好みをリサーチすれば……!!」

 

 五月が何かを買いに行こうとしているのを追いかけようとしていたが……。デジャブかのように上杉は「下着を買うんです」と言われるのであった。

 上杉は五月が店の方へ入って行く姿を見て四葉と一緒に座ったのを見てから、俺はコーラが売っている自販機を探しに行くのであった。

 

「150円か……ったく缶コーラの値段もだいぶ世知辛くなってきたな……」

 

 昔は100円で買えていたという時代があるとは聴くけど、そんな時代に生まれて見たかったもんだ。全く……。財布からお金を取り出して自販機に入れようとしたとき、俺はお金を落としてしまう。

 

 少しついてないな……。と思いながらも俺はお金を拾おうとしたときであった。誰かが俺のお金を拾ってくれたようで俺はお礼を言おうとその人の顔を見たときであった……。

 

「お前……あのときの……」

 

 目の前に立っていたのは長髪のピンク髪の少女であった。

 俺はその少女のことを知っている。何故なら俺が学校の授業の一環で清水寺に来ていたとき出会った少女だったからだ。

 

「もう会うことはないと思ってたんだけどな……」

 

 彼女の姿は大人になったらこうなるんだろうという感じを思わせるほどの姿をしていた。

 

「元気にしてた空?」

 

「ああ、俺は元気にしてたよ……。そっちはどうなんだ?」

 

 再び自販機にお金を入れてボタンを押して缶コーラを取り出してそのまま缶を開けて口の中に入れて行く……。

 

「私も元気にしていたよ、キミはあのときから結構進めたみたいなんだね」

 

 あのときからか……。

 あの頃の俺は家族からも必要とされていないし、姉に対する劣等感も強い子供だった。誰からも認めて貰えてないと勝手に思い込んで、一人だと思い込んでいたんだ。そんなとき、京都で目の前にいるあいつと出会った。

 あいつは俺に誰からも認めてもらえないなんて可哀想だから、私が認めてあげると言ったのだ。俺は可哀想という言葉に若干イラつきはしたもののそれでも俺を認めてくれると言ってくれたことを俺は嬉しかったんだ。

 誰かに初めて認めて貰えた気がしたから……。

 

「そういうお前はどうなんだ、あの頃から一歩は進めたのか?」

 

 俺は一歩ずつ彼女の方へと近づいていく……。

 

「うん、私は進むことが出来たよ……。だから……」

 

 

 

 

 

 

「そうか、良かったな二乃」

 

「え……?今なんて……?」

 

 俺は今の目の前にいる彼女があのときの彼女ではないということはすぐに分かっていた。

 それを確信にさせるためにわざと質問を投げかけたが当たり障りのない答えが返って来た時点で全く違うと確信したのだ。もう一つ、俺が彼女に近づいた理由は彼女の匂いを確かめる為だ。

 

「そ、そうよ……私は二乃よ。私はあんたと出会えたから……」

 

「それも違うはずだ、俺と会ってるならちゃんと俺となにをしたのか覚えているだろ。それなのに、覚えてないっていうことは俺と会ったことがないっていう証拠だろ。違うのか二乃」

 

 少し強い言い方をしてしまっているような気がするけど、俺にとってあの子の出会いもきっかけの一つだということもあった。だから、あの子に扮して現れたことが少し癪に触れていたのだ。

 

「教えろ二乃、何故あいつに似せてまで俺の目の前に……待て!!」

 

 二乃、俺に帽子を投げてきていた。

 すぐにでも二乃のことを追いかけようとしたがもう既に遠くに行ってしまったようで追いかけることを俺は諦めるのであった。

 

 俺はその場で座り込み、あいつが何故あんなことをしてきたのか考えていた。

 考えられるとすれば、あのときの彼女になることで俺を揺さぶろうとしてきたのだろう。あいつが何故俺とあの子のことを知っているのかは置いておいて……。

 

 

 

 

 あんまりあいつ(二乃)を待たせてしまうのも駄目だな……。

 

 

 

 

 

 でもなんだこの違和感、俺はなにか違和感を感じているような気がする。

 此処で気づくべきだったなにかに……。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「やっぱり逃げちゃうのはまずかったかな……。でもあれ以上"ソラ君"と話し合う事もできないだろうし……」

 

「情報収集が必要かな、誰が鍵になれたのか。そこまで知ることが出来れば二乃との約束も果たせそうだし」

 

 手に持っていたのは二乃がよく使う香水であったのだ。

 

 



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次女の最悪な結果

「出来た……」

 

 ソラの為に丹精を込めて作ったパン……。

 勉強しながらバイトを掛け持ちのパン作りはとても大変だったし、何度ソラのお父さんに心配されたっけ……。明彦さん、凄く心配性のところがあるから仕方ないけど実際試行錯誤を練っていたときの私は酷く疲れているように見えていても仕方ないかもしれない。

 

 パン作りというものはかなり大変なものだったから……。

 あっそうだ。こっちも持って行かなくちゃ……。どっちも冷めちゃったけどソラなら美味しいって言ってくれるかな……。

 

 私はソラに作ったパンを包装していると、あることを疑問に思ってしまう。

 それはちょっと前一緒にソラ達と買い物に行ったときのことだった。私と二乃だけは別々に行動していたから、ソラ達に何かあったのかなんて分からなかったけどフータローもソラも何か考えている様子であったけど、何かあったのだろうか。

 

 結局それが何だったのかなんて分からなかった。

 あの考えていたことが大きなことにならなければいいんだけど……。

 

 

 

 

 

 

「うう、ん……?」

 

 四葉に起こされたような気がして私は起きる。

 ああ、そうだ。思い出した。私は今新刊線に乗っていて姉妹とトランプをしていたのを思い出した。朝のパン作りが思ったより体に堪えていたようだ。

 

「三玖、大丈夫?寝不足みたいだけど大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 四葉が私のことを心配そうに見つめていた。

 私がトランプを出すと、二乃が「遅いし、弱い」と言ってくるのであった。眠いからあんまり大きな声ださないで欲しいな……。私がウトウトとしながらもトランプが続いていると、一花からこんな提案を出される。

 

 

 勝った人がなんでも命令できる。

 その言葉を聞いた私は闘志が沸き上がり、眠気がさっぱり覚めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 京都修学旅行、当日。

 家族旅行で私と一花は共闘することを選んだ。一花は修学旅行前の買い物でソラを催促するようなことをしたみたいだけど、私はそれを怒ることはなかった。私はあいつからの返事を待つとは言った。待つとは言ったけど、それはいつまでも待つとは言う意味ではないし、諦めが悪いとも言ったはず。あの行動はナイスとしか言いようがない。情報が足りてないことは仕方がないとは私は思うし……。

 正直、小学校の修学旅行で私達の中の誰かがあいつと会っていたという話を聞いていたのは本当に覚えている程度の話でしかないのだから。

 

 それに今回の修学旅行、少し不安要素がある。

 あの五月が何処か積極的なのだ。向けている矛先がフータローだから別にいいけど、あの矛先がソラに向けられたら厄介どころじゃないわね。あの子も恋愛に関しては出し惜しみはしない子だろうから……。

 

 そしてなにより問題となっているのは私のライバルとも言える三玖の存在。

 此処で決着をつける。これ以上引き伸ばすつもりはない。本当だったら家族旅行のときに決着をつけたかった。あのときの私は恥ずかしがってソラに告白することが出来なかった。

 

 だけど今は違う。

 一花に何を犠牲にしてでも何かを得ること、優莉から恋を押してこそということを学んだ。

 今の私になら乗り越えられるはずだ。

 

 

 

 

 恋は押してこそ……。

 恋は押してこそ……。私ならやれる、絶対にやれるはずよ……。

 

 

 此処そういえば学問の神様だったわね……。

 何を祈ろうか、考えていたけど迷ったけどとりあえず学力も良くなればあいつに褒められることも増えるわよね。なら一択だわ。

 

「本当にずっと鳥居なんだね!!」

 

 四葉の声が聞こえてくる。

 四葉達の班、上杉達は私達と一緒に自由行動をしていた。

 

「そういえば、五つ子だけの集合写真って撮ったことなかったわね」

 

 ソラが気を遣って私達だけの写真も撮ればいいとかなんとか言って一緒に混ざろうとはしなかった。

 まあいいわ、後で二人っきりの写真を撮ったりすることも考えているし……。いや、今撮らなくちゃダメよね。

 

「ソラ、その……二人っきりでも撮らない?記念にもなるから」

 

「あー構わないけどさ」

 

 私は二人っきりで写真を撮りつつ、奥へ奥へと進んで行った。

 悪くない調子だわ、二人っきりの写真。彼の隣……。今のところ順調に進んでいる。

 

「空ー!!やっぱ京都の空気は美味いなぁ……!!お前もそう思うだろ!!」

 

「俺は地元だから気にしたことないけどな」

 

 大きな声を出していたのは前田。

 そうね、ソラは友達が多いからこうやって他の子に話しかけられる事態もありえる訳ね。まあ男の子同士なら全然許すわ……。でも流石に私の告白を保留しといて姉妹以外の女子と仲良く話していたらちょっとムカつくけど……!

 対抗心が燃えそうになりながらも拳を強く握り締める。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……まさかこんなことになるなんて……」

 

 次の目的地を目指そうとしていた私達であったが、二手に分かれることになった。

 これも四葉がトランプで勝利してしまったことが原因だけど……。

 班が元々ソラとは一緒な私にとってはとっても悪いことではなかったが、隣に三玖が居ることもあって自由なことは出来ないが現状私から出来ることなんてなに一つない。

 

 仕方ないわ、此処は大人しく三玖と一緒にソラの隣を歩くしかないわね。

 それにしても、京都への修学旅行。まさか此処までずっと歩かされるとは思わなかったわ。こうなるなら、ソラが日課にしている朝のジョギングに参加しておくべきだった。

 

「大丈夫ですかー!二人共!!」

 

 階段の先で待っていたのは四葉。

 あの子も私達と同じ道を歩くことになり、体力のある四葉はソラと共に既に上で待っていた。

 

 全く体力があるってのは羨ましいわね。

 ようやく私達が上がって来ると二人はこんな話題で盛り上がり始める。

 

「脇城さん、私が二乃をおんぶしてあげますので三玖のことをおんぶして貰ってもいいですか?」

 

「ああ、俺は別にいいが……」

 

「え!?」

 

 な、なにを言っているのよ……!

 それって私が四葉におんぶされてあの子はソラにおんぶされて密着出来るってことよね。私の方はキスまでしたから圧倒的有利だけどもこんなの許される訳がないわ。でも、どうやって言い出せば……。

 

「ま、待ちなさいよ……!此処は公平にどっちがおんぶされるかじゃんけんで決めようじゃない」

 

「え、えっと……なんでおんぶされる側がじゃんけんすることになるのかな……」

 

「それは俺も同じことを思っていたところだ……」

 

 四葉のツッコミを無視しながらも私は三玖とじゃんけんしようとしていた。

 三玖もこのじゃんけんにどれほどの意味があるものなのか分かっているからこそ私はこのじゃんけんに集中しようとしていたときであった。

 

「悪い、ちょっと上杉に呼ばれたから俺行ってくるわ」

 

「なっ!?」

 

 ソラはそう言って、階段を下りて行く……。

 なんであいつはこういうときに限っていなくなるのよ……!しかも、あいつといる方向と真逆の方へ階段降りて行っているし……!!私は思うようにいかないこの事態に溜め息を吐きながらソラのことを待つことにしていると前の方から走っているような足音が聞こえてきたのだ。

 

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 反対側から誰かがやって来たのか、やって来たのは一花だった。

 しかし、目の前にいる一花は三玖の姿をしていたのだ。三玖は困惑した様子で一花のことを見ていると、四葉が一花の名前を呼びながら、一花の前へと歩き始めたのだ。

 

「一花、私家族旅行のとき確かに一花だけ我慢しないでって言ったよ。それなのに……我慢しないでしたいことって本当にそれなの……?どうして……」

 

 

 

 

「違うわ、四葉……。元々こういうふうに仕向けて欲しいと言ったの私よ」

 

「え……?」

 

 四葉は理解できないと言いたそうにしていた。

 

 此処に一花が三玖の姿をしている時点で私ははっきりと分かっていた。

 だから今まで一人だけ声を出そうとはしなかった。あの子に共闘を持ちかけようとしたのは私。こんな事態になってしまったのは私の責任でもあるのだから。

 

「私と一花は互いの為に手を組むことにしたのよ。それでこうなることも最初から分かっていた。そして……」

 

 

 

 

「三玖がソラに告白することも知っていたわ、だから私は一花に邪魔をするように仕向けた。正直こんな事態になるとは思ってはなかったけど、これは全部私の責任よ」

 

 三玖がソラのことが好きなんてとっくの昔から知っていた。

 姉妹の関係を崩壊させたくないと思っていた時期もあった。だけど、一花に蹴落としてでも手に入れなくちゃいけないと気づかされたし、恋を押してこそとも優莉から言われた。だからこうして自分で考えた結果、こういう結果になった。

 

 

 

 

 全部私が悪いわ。

 

 



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四女の後悔と長女の後悔

「それにしてもまさか本当に三玖の奴が空のことを好きだったとはな……」

 

「し、知っていたのですか?三玖が脇城さんのことが好きなことを……?」

 

「ああ、なんとなくだが……。あいつの行動を見ているうちにもしかして?とは思っていたがな……」

 

 あの鈍感でそういうことに気づきそうにもない上杉さんが気づいてしまうなんて……。

 いえ、自分のことじゃないからこそ気づいていたのかもしれません。

 

「あ、あの……上杉さん。私はきっととんでもない不用意な発言をしてしまったようです……」

 

 話を切り出すのに、少し躊躇いもありながらも私はその話をし始めた。

 三玖が一生懸命をパン作っていることを知っていた私。そして、一花にも家族旅行のせいであんなことを言ってしまったせいで……。

 

「何があったのかは知らないが俺の見えないところでお前が余計な愛想を振りまいていたのはなんとなくだが分かった」

 

 そうですよね、上杉さん……。

 私が姉妹たちにあんなにも勇気づける為に言葉を投げかけていなかったらきっとこういう事態になっていなかったのかもしれません。後悔ばかりの人生、そんな言葉私にはピッタリなのかもしれません。

 この修学旅行もきっと後悔だらけの修学旅行で終わってしまう。そんな気がしていたのだ。

 

「また余計なことを気にしているじゃないだろうな」

 

「そ、そんなこと……ないですよ」

 

 徐々に声が掠れているのに気づいていた私であったが、自分で止められるはずもなかった。

 私のせいで姉妹を分断させてしまったことは変わりないのだから。

 

「全く……お前は人に気を遣い過ぎだ。いつもそうだ、周りが損するのが見たくなそうにして色んな奴に愛想を振りまいてもっと欲みたいなものはないのか」

 

「そんな私みたいのが欲を出したって……。それに私は姉妹の皆が幸福でいてくれたらそれでいいんです」

 

 私は言葉を続けるようにして上杉さんにあることを聞こうとしていた。

 

「上杉さん、みんなが幸せになる方法ってあるんでしょうか?」

 

「人と比較なんてせす、個人ごとに幸せと感じられる。そんなことが出来たらお前の望む世界だ」

 

 ないと思っていたはずの方法がある。

 そう思えた途端、私は嬉しくなり今にも嬉しそうになっていたが上杉さんはバスの外の方を見ながら現実を見せる。

 

「だがそんなことは無理に決まってる。誰かの幸せによって別の誰かの不幸が生まれるなんて、珍しくもない。競い合い、奪い合い。そうやって勝ち取る未来もあるだろう」

 

「そ、それじゃあ私に出来ることなんて……」

 

 上杉さんの話を聞いて私に出来ることなんて何一つないということを理解した。

 そうだったんだ、やっぱり私に出来ることなんて……。

 

「ああ、ないに決まってるだろ。阿保なんだよ、全てを得ようなんて……」

 

「だけど、いつかは決着をつけないといけない日が来る。いつかはな……」

 

 決着……。

 私のこの気持ちにもいつかは決着が付くときが来るのだろうか。

 

 この気持ちにも……。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

「全く余計なことをしてくれたな一花」

 

 一花とバスに乗ることになったまでは良かった。

 しかし、一花は口を固く閉ざして居心地の悪いバスになっていた。他の乗客もいないので観光に来たんですか?とも聞くことが出来ず、少し時間が経った後俺はようやく話を切り出すことが出来始めた。

 

「お前がなんで三玖の告白を止めようとしたのは二乃に協力していたからということでいいんだな?」

 

「……違うよ、ソラ君。あれは私が本当に三玖のことを止めようと思って……」

 

「嘘つくなよ一花、あのときだって本当は二乃と協力する為にお前がやったことなんだろ?」

 

 一花はあくまで二乃のことを庇おうとしていたが俺にはこのとき分かっていた。

 あのとき五年前の彼女に偽装していたのは二乃ではなかったということだ。二乃だと当ててしまったのは俺だがそれでもあのとき思っていた違和感はこのことだったんだろうと認識できたのだ。もっとも遅かったのかもしれないが……。

 

「そう……なんだ、やっぱりソラ君には気づかれたんだね」

 

「まああのときは流石に気づけなかったがな……。香水まで一緒にされちゃ流石に分からないな……」

 

「でも香水が二乃ちゃんのだって気づくなんて流石ソラ君だね」

 

「ああまあそうだな……。二乃の香水を把握してたなんて言ったら絶対気持ち悪がられるだろうな……」

 

 俺は最後の方の言葉を一花には聞こえないようにしていた。その発言に俺はなんて口にすればいいのか、困っていた。二乃の香水の匂いを的確に言っても気持ち悪がられるだけだろうと思って何も言わないようにしていたのだ。

 

「……だからまあお前は気にすんな、お前は自分のせいで考えてるんだろうけどちゃんと三玖と四葉に謝ってそれで終わりでいいんだ」

 

 自分のせいで三久と俺の関係に亀裂が入ったと一花は勘違いしているのだろう。

 思えば三玖が家族旅行で俺に「勘違い変態男」と言ったのも自分が言おうとしていた告白から逃れる為だったのかもしれない。確信はないけど、あいつは二回もそういう機会を窺って結局自分で諦めている節があった。

 

 俺に気づいて欲しかった。

 そういう気持ちもあったのかもしれない。二乃が家族旅行で混浴でやって来たように……。

 

「……その個人的な興味なんだけど、ソラ君にとって五年前の子ってどういう子だったの?」

 

 暫く口を閉ざしていた一花が再び喋り始める。

 

「あんまり長い時間いた訳ではないから俺から言えることは少ないが、俺を変えることになった一人でもあるな」

 

 「そうなの?」と言いたそうにしているような表情をしているのに気づいていた。

 一花が本当にただ個人的な興味で聞いているのだろうと認識した俺は五年前のことを話し始めた。

 

「あいつが言っていたんだ。大きくなったら姉妹のことを守れる人になりたいんだって……。俺はそれを聞いて姉妹のことを守ろうなんて言い切れるなんて凄いなって俺は思ったんだ。それにあいつは言ってたんだ、姉妹のことは嫌いなところもあるけどそれでも守りたいって……。俺は家族のことをあのとき嫌いだったからその発言を聞いて俺にもそんなふうになれるかなって思えたんだ」

 

「そっか、そういうことがあったんだね。でもその話を聞く限り、五年前の子はまるで二乃ちゃんのような気がするけどそこはどうなのかな?」

 

「俺もそれを考えることは合ったんだがな……。どうも今と昔じゃ性格が違い過ぎるというか……」

 

「アハハ、まあ二乃ちゃんも色々あったからね……」

 

 二乃も色々あったからか……。

 そういえば、俺は一花達五つ子が昔どういう人間だったのかも知らないということに気づいていた。聞く機会もなかったし、今までは昔のことなんて触れようとも思わなかったからだろう。地雷でしかないのだから。

 

「バス着いたね」

 

 後で一花に聞いてみるかと思いながらもバスを降りるのであった。

 

 

 

 

 

 

「一花、ちょっと話があるんだがいいか?」

 

 ホテルに辿り着くと、一花は部屋に戻るのかと思っていたが戻る様子はなくその辺をウロウロとしていた。俺はそんな一花を見つけて声をかけていた。

 

「さっきの五年前の話なんだが……昔の姉妹ってどんな感じだったんだ?」

 

 それから一花は昔の自分達のことを話し始めてくれた。

 母親である零奈に花をプレゼントする為に買おうと思っていたのだが、お金を失くしてしまい野原の花を摘むことでそれを母親に渡したこと。修学旅行のときに皆離れ離れになってしまったこと……。五月が母親の代わりになろうとしていたこと……。

 色々なことを話してくれた。

 

「なかでも私は最悪かな……。昔の私って姉妹の友達とすぐ仲良くなっていい感じになってたみたいだから……」

 

 俺は何か慰めの言葉を投げかけようともしていたが、近くにあいつがいることに気づいてその場を去ろうとする。

 

「慰めの言葉かけてやろうと思ったけど、それは俺からじゃないな……。俺はちょっと用事出来たからじゃあな、一花」

 

 一花は不思議そうにしていたが何故俺がその場から去ったのかはすぐに理解できたようだった。

 

「ソ、ソラ君……!今彼と話なんて出来ないよ……!」

 

「大丈夫だ、お前なら出来る。自分を信じろ一花……じゃあまた後でな」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 こんな状態でフータロー君と話なんて出来る訳がない。

 でも此処で逃げるなんて私には出来ない。どうすればいいのか分からないままずっと立っているとソラ君の言葉を思い出す。

 

「フータロー君、ごめん……!!」

 

 ソラ君は四葉や三玖に謝るべきだと言っていたが、私にはもう一人謝るべき人がいた。

 だからこそ私は彼に頭を下げたのだ。

 

「一花……」

 

 三玖の件のことを言っていることなんてのはすぐに理解できた。

 彼は徐々に近づいて来ていて私は後退りながらも待っていると、おでこに何かが当たったような感触がしてたのだ。

 

「少しは反省しろ」

 

 彼がしていたのは私のおでこに指を弾いてデコピンであった。

 

「お前がなんで二乃に協力したのかはなんとなく分かってるつもりだ」

 

 フータロー君にもバレていたんだ……。

 そうだよね、ソラ君と三玖は割と分かりやすい関係だったから三玖がソラ君のことが好きだったなんてすぐに分かるよね。

 更に言えば普通に今までのことを考えれば私が三玖の告白を邪魔する必要なんてないのは彼が一番よく分かっているはずだ。あの場で二乃が言っていたのもあるだろうけど、誰かに協力しているというのがすぐに分かることだろう。

 

「そっか……そうだよね、流石のフータロー君でもお見通しか」

 

 傲慢と思われても仕方ないけど流石に今回の件で嫌われてしまっても仕方ないよね。

 私は二乃と協力して三玖のことを陥れようとしたのは事実。そして四葉も悲しませてしまったのは事実……。

 

「ああだが、一花勘違いしないで欲しいんだが……。俺はあの出来事でお前のことを嫌ったりしない」

 

「え……?」

 

 私は彼に嫌われると思っていた。それなのにフータロー君は怒ることもせず、かと言って嫌味を言う訳でもなく、私のことを嫌う素振りを見せなかったのだ。

 それが私にとって意味が分からなかった。

 

「俺はお前が三玖や四葉に謝る必要なんてないと思っている」

 

「な、なに言って……。私は三玖の邪魔をしたんだよ」

 

「どうせ最初からこの恋愛の戦いに勝者と敗者は付き物だったんだ。だから空も二乃か三玖かを選ばなくちゃいけないときが絶対に来る。自分でも言っていておかしいと思うが、もしかしたら俺が空の立場に……」

 

 フータロー君の話を聞いていて私は拳を強く握り締めていた。

 もしソラ君の立場がフータロー君になっていたらきっと私はなりふり構わずにフータロー君に仕掛けていたかもしれない。特に二乃が彼のことを好きになったりしたら大変なことになるだろう。あの子は恋をすればきっと止まることはないのだから。

 

 ああ、こう考えるともっと余計に嫌になってくるな。

 私ってこんなにも嫉妬深かったんだ。本当に嫌になってくる。これじゃあ昔とあんまり変わってないんだな私って……。

 自分が惨めになりながらも私はある言葉が引っ掛かっていた。

 

「昔……?」

 

 そういえば昔と言えば私……。

 五年前のあの日……誰かと会っていたような気がする。それが思い出せない。でもとても大事なことだったのは間違いないはずなのにそれが思い出せない。

 

「一花、どうしたんだ?」

 

「え?いや……!!?」

 

 思い出した……。

 

 

 

 五年前の修学旅行、私はフータロー君と間違いなく会っている……。



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