私は次女なので我慢できない【完結】 (悠魔)
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寒空の下で

一陣の風が寒空を吹き抜けた。

 

たちまち凍てついてしまいそうな、冷たい風が吹いたかと思えば──鬼の頸を両断する。月光に煌く、鴨羽色の刃に鬼の血飛沫が跳ねた。

額から玉のような汗が溢れる。

大正のこの時代において──まだ十三にも満たぬ少女が、身の丈に合わぬ刀を持って異形の化物達を狩る姿は、あまりにも異常であった。

まだ幼さが残るものの美しく整った顔と、同年代の少年少女に比べて小柄な体躯は、彼女が、元来、戦いになど向いていない事の何よりの証左であった。

 

(まだだ──ここで止まるな。思考を放棄するな。生を放棄するな)

 

藤襲山の、藤の花による牢獄。その中に放り込まれたかと思えば、なんと一週間生き延びなければならないという。

鬼と──死と隣り合わせの山の中では、何度も恐怖と焦燥とが小柄な少女を襲った。

だがそんな極限状態にあってなお、いや、そんな状態だからこそ──彼女は正気を保てていると言ってよかった。

生存本能とも言うべき、少女の生に対する執念が、今にも倒れそうな身体を動かしていた。

 

(まだ、だ──まだ死ねない)

 

枯れ葉の中に身を投げ出して寝てしまいたい──そんな欲望を理性で押し留め、少女は鬼を捜し歩いた。

少女の名は、叢雲千雨(むらくもちさめ)

瑞々しい髪をした彼女は、荒くなる呼吸を鎮めて、唇を噛んで己を律した。

溢れ出る弱音を喉元に押し留めると、乾いた空気をその身に感じる。ああ、まだ、自分は生きている。

死が近いからこそ感じる、生への実感。

泥だらけの着物を引き摺ると、千雨は再び心に火を灯して駆けて行った。

 

(私は──、私は、まだ、死ぬわけにはいかないんだ───)

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

叢雲千雨が生を受けたのは、味噌の売買でそこそこの成功を収めた商家だった。

兄一人、姉一人、妹一人、弟一人。そして自分と両親を含めた七人家族。

人格的に優れ観察眼のある長男、家の仕事を一手に引き受ける働き者の長女の次に生まれた千雨が、彼等に情景の念を抱かないわけではなかったが、同時に、自分が平凡な人間である事も何処かで理解していた。

兄と姉は優秀だった。

しかしそれ以上に、長男として、あるいは長女として斯く在るべし──というものを幼い頃から理解していた。

両親が二人に期待を寄せていたのが、幼子の千雨にもなんとなく理解できた。

 

強い者は弱い者を守る。

弱い者が強くなって弱い者を守る。

その繰り返し。それが自然の摂理。

兄と姉は『強者』だった。

頭脳、性格、勤勉さ──そのどれもを兼ね備えた人間。

千雨も強くなりたいと思う反面、彼等ほどは強くはなれまい、という諦めがあった。

せめて、余り物だとか、出来損ないとは言われないように程々にまともな人間になるつもりでいたのだが──

 

「千雨も二人を見習いなさいね」

「お兄ちゃんやお姉ちゃんを目標に頑張りなさい」

 

耳にタコができるほど言われた言葉だ。

次女として、それなりに、恥ずかしくないよう生きてきてつもりだったが、それでも兄姉二人と比べるとーー千雨は劣った存在であるようだった。

庇護の対象であり、出来損ないではないが平凡に尽きる娘。そんな己の立ち位置を幼少の頃より否が応でも自覚せざるを得なかった。

両親から向けられない期待にも、大人達の陰口にも、慣れた。

齢を重ねて、十二になる頃にはもはや嫉妬という感情すら生まれなくなっていた。達観の域に入っていたと言ってもいい。

身近にある太陽に焦がれるくらいなら、そこそこ良い家に生まれた町娘として、平凡な一生を過ごし、人様に迷惑をかけずに生を終える──そんな漠然とした将来設計を頭の中で組み立てていた。

 

 

 

 

 

──だから、その晩で素晴らしい才覚を持った兄と姉が死んで、平凡な自分が生き残った時は──神は連れて行く相手を間違えたのだ、と思ったものだ。

 

 

 

 

 

その日の夜は騒がしかった。

軒先の方で、ドタドタと何かが騒いでいる音で叢雲家の面々は目を覚ました。

野犬が紛れ込んだのだろうか。それとも、強盗が金品を盗みに来たのだろうか。

隣で身体を震わせる妹の時雨(しぐれ)を、姉が優しく抱擁して宥めていた。兄と父は真剣な表情を浮かべ、見合わせた。

 

「俺達がちょっと様子を見てくる。お前たちはここに──」

「兄さん!後ろ───」

 

つんと鼻につくような鉄の臭い。

直後、千雨の兄と父の首が、血飛沫とともに宙を舞った。

悲鳴を上げる前に、まず現状を認識する事が出来なかった。先刻まで親しく話していた父が、兄が、突如として死骸に変貌するなどと──誰が信じられようか。

角の生えた化物が我が物顔で千雨達の家に押し入った。悪辣に歪んだ顔は、寝物語に聞く鬼の姿を思わせる。

愕然としていた千雨を、我に帰った姉が叫びながら庇った。その姉を鬼が笑い声を上げながら巨木の如き腕で引き裂いた時はもう、脳が理解を拒んでいた。

母が弟を守るように覆うと、その上から脚で踏み潰された。即死だった。

そこからは、よく覚えていない。

一つ下の妹の時雨の手を引っ張って、裏の山道を滅茶苦茶に走ったのは確かだ。

 

「──はッ、はッ、はーーーッ」

 

逃げなければ。

守ってくれる両親も、頼りになる兄姉も、最愛の弟もいなくなった。

もう妹の時雨しか残っていない。

出来事は、まるで旋風のように一瞬だ。

寒空の下を、どこへ行くでもなく、ただただ、転げ回るように走る。

しっかりしなければ。

しっかりしなければ!

自分は次女だ。日頃から弟や妹達を助けている長男でも長女でもない。よって、こんな辛い目に遭ってしまったら、耐えることなどできない。

それでも、進むしかない。

 

「──はッ、は───姉さん──」

「今は走って!あの化物に襲われる前に、早く逃げなきゃ──」

「来てる──化物が、来てるーーー!」

 

その言葉で、後ろを振り返る。

──来ている。

あの異形の者が、自分達よりも早く、下卑た笑みを浮かべて。ぎらぎらと血走った眼には、千雨と時雨が映っていた。

まずい、と直感的に感じた。

奴に捕まれば一環の終わり。そこで蹂躙され、人としての尊厳が奪われ、一生を終える事になるのだ。

嫌だ。そんな終わりは──。

 

「待て娘っ子ォオオオーーー、俺が喰う、喰ってやるーー活きが良いのが二匹もいるゥウウーーーおなごの肉は栄養価が高いんだァアアアーーー」

「──誰か!誰か助けてええーー!!」

「俺が、俺が喰うんだァアアーー、瑞々しくて色艶も良くて別嬪だァアアアーー今晩は御馳走だアアアーー」

 

涎をダラダラと流しながらも、走る速さは変わらない。どころか、ともすれば加速しているようだった。

時雨だけでも逃がせないか。

無理だ──自分より一歳年下の、線の細い華奢な少女が、この荒れ道を走って行けるわけが無い。

脳内に、家族の死がチラついた。

死がそこまで近付いていた。

恐怖で足が竦んでしまいそうだった。

しかし自動化された思考は、脚を止まらせる事を良しとしなかった。

時雨を守らなければ、ここから逃げなければ。その想いだけが頭の中でぐるぐると巡っていく。だがそれは空回りに過ぎない。

何故なら──この世界はあまりにも無情で無慈悲なのだから。

 

 

 

だが、それでも。

 

「──あァアアーー?何だ、この不規則な風はァアアーー」

 

闇を切り裂き悪を祓う風も、そこにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェの頸を捻じ切る風だァ」

 

 

 

 

 

 




鬼滅の刃の小説をずーっと書きたかったんですがキャラが定まらず先送りにしていました。が、とうとう投稿できました。あの世界って長男長女が強いので、逆に次女が頑張る話を書きたくなった次第です。

「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢出来なかった!」

「私は次女だから我慢できない!けど下の子のために心が壊れても痩せ我慢しなければならない!」


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蝶屋敷

暴風の如き剣技が炸裂した。

何重にも折り重なった必殺の剣技が束となり、化物の頸を──文字通り捻じ切った。

寸断された胴体は塵芥となり、空気中に霧散していく。頭部もまた同様にして、怒りと怨嗟の断末魔を上げて消えていった。

夢を見ているかのようだ。

人ならざる者がいる。

人が、人ならざる技を使う。

あまりにも異常で、浮世離れした光景。これを寝ている間の出来事だと断じる事ができればよかったのだが、夢は覚める気配がなかった。

おまけに。

鞘に──翡翠の刀を納めた剣士をよくよく見ていると、その男も、およそ化物に近い形相をしていた。

 

(傷だらけの身体──血走った眼。そして凶悪な人相──理性も知性も無さそうな、狂戦士の如き佇まい──)

「──怪我は無えかァ」

「────えっ?」

「怪我をしている所は無えか?お前達の他に、逃げ遅れた人はいるか?」

 

悪鬼を体現したかのような男に似付かぬ、優しい声色に戸惑った。その奇妙さに圧倒され──千雨は一瞬、この男が自分に向けて喋ったのだと気付かなかった。

──意外と理性的だ。

驚愕と、もしや自分達を騙して取って喰うのではないか──という疑念とが混じり、心の奥底で鬩ぎ合った。

張り詰めた静寂を破られたのは、全身を黒で覆った人間が、何処からともなく現れた時だった。その人物と何やらブツブツと話しているのを見て、千雨は、漸くこの男があの化物から助けてくれたのだと理解するに至った。

 

「───風柱様、あの周辺で生存している人間はおりません。逃げたか、鬼に喰われたか──」

「そうかァ。おい、お前達。家族は──」

「……………ッ」

 

己の顔が苦々しく歪んだのを感じた。

つん、と突き抜けるような喪失感が身体中を駆け巡り、涙が溢れた。

それを見て──全てを察したのか、その男は遽に目を細める。

 

「──分かった、答えなくていい」

「………どうします、この子達」

「蝶屋敷まで連れて行け。俺は次の任務に行く。後事は胡蝶に任せる」

 

手早く、部下──らしき男に指示を飛ばすと、風柱と呼ばれた男は踵を返した。

その眼に宿っていたのは、憎悪か、後悔か。あるいはその両方か──

 

「──俺があと寸刻でも早く駆け付けていれば──」

 

軋んだ歯の隙間から、そんな声が聞こえた気がした。

真白の短い白髪頭が遠くに消えて行くのを見て、張り詰めた緊張の糸が解けた。

ああ──眠い──。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「千雨」

 

──だあれ?

 

「千雨、ごめんね」

 

──お母さんに、お父さん?

──氷雨(ひさめ)お姉ちゃんも、霧雨(きりさめ)お兄ちゃんも、雨打(うた)も、なんでそんな所にいるの?

 

「先に行く私達を許しておくれ」

 

──どうして?どうして私達を置いていってしまったの?

──現世はまるで絶えぬ悪夢の中にいるようだよ?

──私に、私に、我慢しろというの?

 

「すまない、千雨」

「ごめんね、千雨」

 

──私じゃ、無理だよ

 

「千雨ならきっと大丈夫。私達の代わりに時雨を守ってね」

 

家族のその願望が、私の心に楔となって打ち込まれた。

心臓を鎖で締め上げられるような感覚。

引っ張られるようにして、意識が浮上していった。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

花の香る匂いが、鼻腔を擽った。

全身が針金で縛られたかのように痛む。

随分と長い間眠っていたらしい。

ここはどこだろう──時雨はどこだろう。

それら疑問を塗り潰す程の無気力さと脱力感が、布団の上からのし掛かっていた。

 

「天国、かな」

 

どうやら声は出るらしい。

自分で言っておいてなんだが、ここが天国というなら、夢で見たあそこは何だったのだろうか。……それともあそこは夢の作り上げた世界なのだろうか。

現実にしては突拍子もなく、夢にしては精巧に過ぎる。

──家族はもう時雨以外には残っていないというのに。

 

「あー!」

 

子供特有の甲高い声が右耳から私の脳を突き抜けた。

気怠げに、そちらへと首を動かすと──何ともちんまい、点のような目をした可愛らしい少女が声を上げている姿があった。

顔に使われている部品が異様に単純というか、簡単に絵に描けそうな容貌というか。

少女が小走りで引っ込むと、物静かな雰囲気の女性を連れて戻ってくる。

理知的な女性だ。

蝶が人間として生を受けたかのような。

軽やかな所作は、本当に、背中に翅を隠しているかの如きだった。

 

「醒めましたか」

「ここは?」

「蝶屋敷──鬼の被害を受け、心や身体に傷を負った人達が集まるところですよ」

 

鬼。

真剣な話の中に紛れ込む、御伽噺の世界の用語に、以前までの千雨なら可笑しさを感じていただろう。馬鹿馬鹿しい、と。

だが、あんな物を見た後では、世界がひっくり返るのも無理もない事だった。

 

蝶のような女性は、てきぱきと体調や体温を計って診療録(カルテ、というらしい)に書き込んでいく。

頭が冴えていく内にあの常識外の出来事について知りたいという欲求が膨らんだ。

彼女を質問攻めにした。

急いた千雨をやんわりと落ち着かせると、彼女は一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 

──驚天動地。

 

胡蝶しのぶと名乗ったその女性が話す内容を聞いていくと、今までの常識や理がひっくり返り──ひっくり返りすぎて逆に元に戻ってしまった。

いや、常識も、理も、沙汰もある。

全てが己の預かり知る領域の外側で行われていたというだけのこと。

鬼殺隊、柱、鬼、蝶屋敷、隊士──それらが千雨の世界より離れて存在しており、千雨の享受していた世界とは、世間の言う最大公約数的なものだった、というだけ。

しかし──しのぶ達の領域に、望まぬ形で脚を踏み入れてしまったのは確かだ。

しばし呆けた後、時雨について尋ねると、彼女は先に起きて機能回復の施しを受けているとの事だった。

 

「千雨ちゃん、貴方には大きく分けて三つの道があります」

 

しのぶは細い指を三本伸ばした。

その指には剣を振って出来たであろう隠せない胼胝が薄らと出来ていた。

 

「一つ、私達のことは綺麗さっぱり忘れて平穏な暮らしに戻ること。仕事に就くまでのお金はこちらで工面します。鬼のことさえ口外しなければ大丈夫です」

是非ともその案に食い付きたいところではあったが、それが現実的ではないことは理解していた。

小娘二人が真っ当な仕事にありつける筈がない。何より、あの惨劇を知っておいて普通の暮らしに戻れる訳がないのだ。いつまた襲われるかもしれぬという恐怖を抱いて、眠れぬ夜を過ごすのは御免だ。

 

「二つ、鬼殺隊に入隊し、最前線で戦う隊士達の補助をすること。任務で使う烏達の世話をしたり、私達のように医療に携わり怪我人の面倒を見たり、一般人に知られぬよう事後処理をしたり。色々と道はあります。稀に刀鍛冶の里に行く人もいますね」

恐らくは、最適解はこれだろう。

鬼と関わる仕事ではあるが、鬼と接する仕事ではない。異常の淵に立ちながら、異常そのものではないのだから。

 

「三つ、これは私は決してお勧めはしませんが──隊士として生き、鬼を殺す。隊士になるための訓練は厳しいですし、いつ何時死ぬかも分からない過酷なものです。則ち、死と隣り合わせの世界ですから、五体満足どころか命の保証すらできません。半端な覚悟でこの道に飛び込むならば必ず後悔します。──それでも家族の仇を討ちたいのであれば、別ですが」

「……………」

 

その時の私の眼には、何が写っていたであろうか。

言えるのはただ一つのことだ。

ーー無理だ、と。

あの鬼とやらと、再び対峙するだけの度胸はない。異常者にはなれない。

私が選ぶ道は、これではなかった。

 

「退院する迄の間に、己がどの道を選ぶのか、頭の片隅に留めておいてくださいね。其れ迄は私達は全力で貴方の支援をしますから」

しのぶ自身も剣士の端くれであり──明日には居なくなっているかもしれないがーーという、不謹慎極まりない言葉を呑み込んだ。環境の変化に、家族の喪失に、だいぶ戸惑っているようだった、と、まるで他人事のように思った。



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彼女の覚悟

 

「千雨姉さん!」

 

心を打つような声だった。

振り返ると、そこには妹の時雨の姿があった。無事だ。生きている。

そんなごくごく当たり前の、自然なことが今はただ嬉しい。妹と抱き合うと、涙が溢れ落ちた。

彼女は三ヶ月前に目を覚ましたらしい。

ギョッとして、あれからどれだけの時が経ったのかと聞けば、なんと半年も経過していたらしい。恐らく、余りにも衝撃的な出来事だった故に脳の処理が追い付かず、回復が遅れたのだとか。

医者のしのぶに聞いたというのだから、まあ、間違いは無いのだろう。

 

「良かった、無事で、私てっきり、もう目が醒めないのかと」

「ごめんね、時雨、ごめんねぇ──不安にさせてごめんね、独りぼっちにさせてごめんね」

 

実のところ、大きな不安を抱えていたのは私の方だと思う。

様変わりした日常は、時代に置いていかれたような錯覚を見せた。

時雨は髪を切っていた。

顔つきも、幼子のものから、美しい女性のそれに変わりつつあるようだった。

どうやら蝶屋敷でしのぶの手伝いをしていたようで、中々目覚めぬ千雨の代わりに二倍も働いていたのだとか。

それを聞いた時はひどく落ち込んだ。あの世らしき所で家族から妹を託されたというのに、反対に妹が姉の千雨を支えてくれていたとは思いもよらなかった。

嬉しい反面、申し訳無さがあった。

妹に助けられるなど姉失格だ。

 

(私、私が、今この子の心の拠り所になっていたんだ)

 

背丈が伸び、容貌が変わっても、記憶の中にある時雨と同じように、あるいは退行したかのように、ぼろぼろと涙を流す彼女を見ると──己に対する、どうしようもない無力感が千雨を襲った。

 

(今、私に出来るのは、ひとえに時雨を支えることだけだ。時雨はもう私しか頼る相手がいないんだ。私、私が、しっかりしなければならないんだ)

 

その想いが千雨を突き動かした。

アオイという少女から、機能回復のための訓練を受ける。(といっても隊士が行うような過酷なものでは無く、飽くまで一般人向けのものだ)

その間、時雨は実に献身的に千雨を支え続けた。通常の業務と並行して、暇さえあれば千雨の元に来て彼女の手伝いをする。

たった半年の間に、あの泣き虫が随分と変わったものだ。

そんな日々が一週間ほど続いた。

半年振りに動かした身体は、やはり鈍っているとの事だ。なるべく早く復帰して、時雨と共に蝶屋敷の一員として働く。それが千雨の思い描く、最善の選択だと思った。

──だが、時雨にとっての最善とはそれではなかった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

千雨が機能回復訓練を終え、未だ慣れぬベッドに潜り込もうとした所で、時雨が声を掛けて来た。曰く、話がある、と。

彼女に案内された部屋で正座する。

板張りの多い蝶屋敷で久方ぶりに感じた畳の感触は、思いの外優しかった。毎日柔軟をやったお陰だ。

時雨が目を細める。

彼女が言い出し辛い事を考えている時の、無意識の癖だ。途端にーー嫌な予感が脳裏を過ぎった。

これ以上は聞くな、と、普段は感じぬ本能が告げているように思えた。

 

「鬼殺隊の剣士になろうと思うの」

 

質問したい事は沢山あった。

けれどもカラカラの口からは、有り体の言葉しか出てこなかった。

 

「────誰が」

「私が、よ。姉さん。専門の訓練を受けないといけないから、暫く此処から離れる事になると思うけれど──」

「────なん、で?」

 

どうして、だ。

妹の思考回路が異常を起こしたとしか思えなかった。

このまま全てを忘れた気になって、市井に戻って日銭を稼ぐことは不可能だということは理解している。千雨達には身寄りがない。親戚とは疎遠だし、誰の助けを借りる事もできない。姉妹二人で慎ましく生きていくことすら、今の時世では難しい。

それに何より──あの鬼の恐怖を知ってしまった以上は、もう、安心して眠ることはできないのだ。

だから、藤の花と鬼殺隊士に守られた蝶屋敷で働くのが最適解の筈なのだ。鬼と近い存在故に、最も鬼から遠くいられる。叢雲姉妹が生き残る道はそれしかない。

 

しかし──鬼殺隊の剣士になるということは、それらの安心を、安全を、自ら放棄するのと同じだ。

千雨が目覚める少し前に、神崎アオイという少女が蝶屋敷で働き始めた。

真面目で気が強く、誰に対しても物怖じしない彼女の話を聞くと、最終選別の際、運良く生き残ったものの鬼の恐怖と直面した故に心が折れ、剣士の道を断念したのだという。

自分よりずっとずっと強いと思い、半ば尊敬すらしていた彼女の独白に、千雨は少なからず驚いたものだが、彼女の震えた瞳に写る粘ついた恐怖を見ると──あの時の、苦悩と不安の底に投げ込まれたような感覚を味わったのだと理解した。

鬼殺隊に属す者達は須く皆んなそうだ。

千雨達の本質は喪失者なのだ。

 

「けれど──私はこの半年で嫌と言うほど考えさせられた。思い知らされた。何故私達は奪われなければならなかったのか。何故あんな悍しい生き物がこの世に巣食っているのか。運ばれてくる重傷者や死体、そして彼らの事切れる瞬間を見れば見るほどに、私の中の憎悪が燃え上がっていくのを感じた」

 

人智を越えた悪辣で下劣な男──その傀儡どもがこの世を跋扈していると聞いて、反応は二通りだと思う。恐怖を押し殺して立ち向かうか、恐怖に沈んで諦めるか。

時雨はどうやら前者らしかった。

あわよくば、全ての元凶である首魁を屠り為まほし、と、考えているのだ。

それらを語る時雨は、およそ異常で、痴れ者で、痴がましいとしか思えなかった。

 

「ごめんね、姉さん。私は死ぬかもしれないけれど、でも、それ以上に、姉さんをこの手で守りたいの」

「────」

 

違う。

違う違う違う違う。

時雨が守る必要などない。

私が、時雨を、守るのだ。

守らなければならないのは私の方だ。

そこを勘違いするな。

家族と約束したのだ。

姉として、この世のあらゆる理不尽から時雨を遠ざけて、見合いをして、子供を産んで婆になるまで生き存えさせなければならないのだ。

それが、今までロクに果たしてこなかった姉としての役割なのだ。

 

──そう、頭の中で反駁するも、時雨の顔を見れば既に腹は決まっているのは確かであった。

時雨は外見も、内面も、強い女性へと進化しているようであった。

その顔を見ると、自分の主張が、あまりに惨めで、拒否されるべくして拒否されるような下らない物に思えてくるのだ。

──おかしい。時雨のこんな顔を見るのは初めての筈なのに、唐突にどこか既視感を覚えた。

 

(──ああ、そうだ。その顔は、昔、お姉ちゃんが私達を叱っていた時の顔だ)

 

昔──親が古物商から買ったという左右非対称の壺を割ってしまった時、千雨、時雨、雨打の三人で証拠を隠滅しようと思ったことがあった。

だが姉は彼等の嘘を見抜き、破片の隠し場所を言い当て、三人に掃除させた。

粛然とした厳しさと、包み込む優しさとが同居した顔だった。

その時と同じ顔が目の前に浮かんでいた。

 

(──なんであなたがその顔を──)

 

本来なら逆でなければならなかった。

鬼殺隊の剣士になる、などと言い出すのは寧ろ千雨であるべきだったのに。

千雨は剣士にならず、医療に従事する生活をしていこう、という姿勢であったから、時雨も姉に倣ってそんな道を辿るべきだったのに。

足元が瓦解していく。

妹が鬼殺隊として働く中、自分だけがのうのうと鬼から離れたところで生きていけるだろうか?

このままでは、妹に守られ続ける日々が続くのではないか?

──それは果たして姉と言えるのか?

──姉らしい言葉をひりだせ。姉らしい態度でいろ。こんな時姉ならどうする。どんな言動をする──

 

「──奇遇だね。私も、鬼殺隊に入ろうと思っていたの」

「え………」

「市井の、無辜の人々が鬼に喰われていくのは見ていられない。私達のような人をもう生み出してはいけない。何より、時雨が死地に赴くのに、むざむざ屋敷で待っているわけにもいかないでしょう?」

「姉さん……!」

 

時雨は感極まったようだった。

これが正解だった、筈だ。

妹が逆風吹き荒れる場所に行くなら、彼女の前に立ち風除けくらいにはなる。

それが姉としての、務めなのだ。

 

(これでいいよね、お姉ちゃん)

 

天国に居るはずの姉に問いかける。

 

(──私がお姉ちゃんになる──私が、これから時雨を守るんだ──)

 

 

 

 

 

私は次女だ。

どう足掻いても、もがこうとも、その事実は変えようがない。

姉や兄の代替品でしかない。

私の──人より小さい背中では、この子を安心させる事などできやしない。

それでも。

やるしか、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──だが、現実は残酷だ。

 

──千雨が時雨を守る事など、土台無理な話だったのだ。

 

──彼女がそれに気付くのは、数ヶ月後…

 



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開き始める差

蝶よ花よと育てられてきたわけではなかったが、一介の町娘であった千雨達が鬼殺隊になるためには並大抵の努力では足りなかった。

しのぶの紹介で、ちょうど弟子を探していたという長い髭の老人の下へと向かい、師事を請うと、「儂は女だろうと手加減せん」などと言われ男物の着物に着替えさせられた。服には鉛が仕込まれているらしく、真っ直ぐ歩くのも困難だった。

 

「呼吸をするためには、いや、それ以前に剣を振るうためには、足腰が強靭でないと話にならん」

「あの、私達は何をすれば……」

「とにかく走れ。死に向かって走れ。お前達が望む未来は死を乗り越えた先にある」

 

そう言われて山の中に放り込まれた。毎日毎日走り込み、肺が、喉が焼けてしまうくらいに酷使する。

山の中は空気が薄いようで、ただ立っているだけで体力を消耗しているようだった。

細く白い手はすぐぼろぼろになり、修行の時間が終わるとすぐに惰眠を貪った。

運が悪い時は熊や猪と遭遇した。そして鎌を持たされて一人で討伐しろと言われた。

 

(辛い、苦しい、やめてしまいたい。けれど時雨の前でそんな弱音は吐けない)

 

このまま千雨が剣の道を諦めること、それは妹が一人で鬼殺隊になることに直結するのだ。

それだけはいけない。

千雨の預り知らぬところで家族が死ぬのは絶対に嫌だ。千雨はもう二度と家族を失いたくない、その一心で修行した。

一番いいのは、時雨を説得して鬼殺隊の道を諦めさせることだったが、千雨がなんと言おうと時雨が自分を曲げないであろうことも分かっていた。

半年ぶりに会う時雨は放たれた矢のような人間になっていた。

己を曲げず、妥協せず、ただ前へ。

心意気で負けているとは思いたくないが、修行するにつれて彼女と差が出始めた。

 

千雨が己の内に秘めていた焦りに気付いたのは、時雨が熊を殺した頃からだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「時雨、逃げて!熊が出た!」

 

木々に隠れた黒いぼうぼうの毛むくじゃらを見るや否や、千雨は叫んでいた。

空腹故か、明らかに凶暴化している野生の熊は、鬼程ではないものの、命を脅かす脅威という存在には変わりなかった。

連日走り続きで足腰に限界が来ていたが、関係ない。走る。

ただの少女達がたかだか一ヶ月走り込んだくらいで熊を殺せる筈もないのだ。

だが、時雨の決断は違っていた。

 

「姉さんは先に行って!こいつは、私がここで狩る!」

 

時雨は鎌を強く握ると、熊に向かって突進した。予想外の行動に千雨の身体が一瞬、強張った。

千雨と違って、彼女の覚悟は既に骨の髄まで決まっているようだった。

かたや恐怖に溺れた姉と、かたや戦いの覚悟を決めた妹。

姉妹としてあまりに滑稽な図式がそこには成り立っていた。

 

「姉さんは私が守る」

 

そう言って走り出す時雨の背中が、とてもとても遠くに見えた。

熊に果敢に立ち向かう時雨は、およそ千雨の知るそれではなかった。

いつの間に。

いつの間にそんなに強い心を持った?

あの惨劇を見ていながら、何故彼女は立ち向かえる?

彼女と、自分とに、大きすぎる隔たりがあるように感じられた。

 

(どうして私はこんな所で這いつくばっているのに、貴方は走れるの?)

「や、だ──私も、戦わなきゃ──あの子のお姉ちゃんだから、守らなきゃ。そうでなきゃ私が生きている意味がない……!」

 

自分が生き延びたのは、生き残ってしまったのは、死ねなかったのは、時雨の存在があったからだ。

彼女を守らねば生きる資格なし。

そう神に宣告された気がしたからだ。

 

「ぅ、ぁ、うあああああああ!!!!!」

石を投げた。

非力な少女が熊と対峙した際、力の要る鎌よりもそこいらの石の方が効果があるのを頭が理解していた。そしてそれ以上に、肉を潰す感覚を味わいたくなかった。

投げた石が熊の頭部を掠めた。素人の下手糞な投球がいきなり当たる筈もなし。

だが僅かに怯んだのを好機と見たか、時雨は胸に深々と鎌を突き立てた。

千雨は溢れ出る鮮血に目を逸らした。

何度も何度も突き刺して、暴れ狂う熊の命の灯火は弱々しいものとなり……やがて、絶命した。

時雨は暫しの間、肩で呼吸をしていたが、やがてその口元を上げていった。

 

「やった!やったよ、姉さん!姉さんが石を投げてくれたおかげで、私、できたよ!言われた通りに!これなら師匠も認めてくれるかな!?」

「───う、うん、すごいね、時雨」

 

覚悟を決めた戦士のそれから、愛らしい少女へと変貌したその瞬間、狂おしいほどの嫉妬が渦巻いた。

違う。違うぞ。

本来なら、あそこで立ち向かうべきは自分だったのに。

その言葉を言うのは自分の筈なのだ。

妹に守られる姉などあってはならない。

だがしかし、千雨は無力だった。

己が守るべき相手が、己よりも強い。

そんな事はあってはならない。

自分は時雨より強くなければならない。

時雨は自分より弱くなければならない!

強者が弱者を守る。

それが自然の摂理である、その筈、なのに。何故、守られてくれない。

 

千雨は、鬼から逃げていたあの晩から何も変わってはいなかった。

 

(…………っ、駄目だ、そんな事考えちゃ駄目だ。時雨は凄い、それだけの話じゃない。………私がもっと努力すればいいだけの話だ。努力、しなければ。この子よりもっと強くなければ、私の、姉としての存在意義はなくなる)

 

強く、強く、強く強く強く強く。

時雨よりも強く。

彼女よりも強く!

そうでなければ、叢雲千雨に価値などあろう筈もないのだ!

そう言い聞かせて、ひたすらに、我武者羅に修行に励んだ。

 

だが、その差は埋まるどころか、修行を重ねる程に開いていった。

時雨は身長を追い抜かれ、師匠から剣の修行をつけてもらい、風の呼吸なる極意を教えてもらっていた。

その間千雨も努力したが、それでも、時雨に追いつくことすら出来なくなっていた。

 

時雨が鬼殺隊となったのは、修行を始めて僅か半年の事だった。

黒い詰襟の隊服を見に纏い無邪気に笑う妹を見て、千雨は憤怒と羨望を隠したままでいるので精一杯だった。

これが長男や長女だったなら、そんな気持ちは湧かなかったのだろう。死地に赴く妹を見て、逞しく育ってくれたという嬉しい気持ちと、行って欲しくないという不安が入り混じるのが普通のはずだ。

 

(だけど私の中にあるのは、ただただ不満と嫉妬だけだ。次女のくせにお姉ちゃんやお兄ちゃんのフリなんてしなければ良かった。今までの私ならこんな気持ちを抱かずにいれたのに)

 

千雨の矜恃は最早ズタズタだった。

姉として守る筈だった。

時雨を守り導く筈だった。

そう、家族から言われた筈なのに。

 

──時雨には、才能があった。

──千雨には、なかった。

 

その単純な事実が、重くのし掛かった。




どんどん嫉妬で狂っていってますが、叢勝さんほどの嫉妬はまだ持ってません。戦国時代+弟の反則的な強さ+双子+コミュニケーション不足、という環境に比べればまだ千雨ちゃんは良い方ですしね。
まだ彼女は幸せです。まだ。


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雷の師弟

褒められたかった。

必要とされたかった。

 

ごくごく普通の、平凡な人生しか送ってこなかった千雨が、唯一飢えていたもの。

承認欲求。

千雨の家庭環境が生んだ、どうしようもない飽くなき欲求。

褒められるのはいつも優れた能力を持つ兄や姉ばかり。千雨はいつも彼等と比較されては、「二人を見習いなさい」と努力を強いられ続けてきた。

千雨は己を抑圧し、凡ゆる物に見ないフリをして研鑽を続ける。だがその間も兄姉は成長し続けて、並び立つ事すら出来ない錯覚に陥った。

妹や弟は要領がよく、己を抑圧することなく伸び伸びと育っていた。自分を縛り付けなければ生きていけない千雨と違って、彼等は悩みすら抱えていないように見えた。

 

羨ましかった。

誰かの期待に応える兄姉も、遍く幸福を享受できる弟妹も。

自分だけが世界に置いていかれていた。

決して不幸な生活ではない。

贅沢な悩みと言われれば否定はできない。

だが、千雨の心は渇いていた。

 

そして、今。

家族を喪くし、家を失くした千雨は、心まで無くそうとしていた。

千雨の承認欲求は無意識のうちに時雨へと向いていたのだ。

二度と家族を失いたくない、時雨をこの世の残酷さから守りたい。それもあるが、時雨から、頼れる姉として見てもらいたい。そんな欲求が自分の中を渦巻いていることに千雨自身気付きつつあった。

全て、逆であって欲しかった。

隊服を着る瞬間も、刀を持つ瞬間も、いやそれ以前に、自分が時雨よりも早く目覚めていればこうはならなかった。

 

「姉さん、私、頑張るね。頑張って沢山鬼を倒して、きっと姉さんを守れるような人になるよ」

 

嫉妬、だろうか。

いや違う。それよりももっと稚拙な思い。

優秀な人間と比べられたくなかった。蔑まれたくなかったのだ。

千雨は。

惨めになりたくなかっただけなのだ。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

隊服を見に纏い、少女には不似合いな刀を差して、叢雲時雨は鴉が導く方角へとひた走る。

人気の少ない山の方面へと向かい、夜に浮かぶ月の光を頼りに鬼を探す。

その足が緩むことはない。

鬼を殺す事に迷いはない。

ただ一つ、時雨の心に引っかかっているものがあるとすれば、それは、姉の千雨の浮かない顔だった。

 

(私が鬼殺隊になった時、千雨姉さん、あまり喜んでくれなかったな)

 

笑わない姉に、否、笑ってくれない姉に、時雨は一抹の寂しさを覚えた。

それもそうか、と結論付ける。

鬼が原因で家族を失ったというのに、妹が鬼を狩る職務に就いたとしたら。

誇らしい、と思う反面、心配と不安が襲いかかるというものだ。

死と隣り合わせの仕事場にいち早く身を投じている時雨の身を、あの優しい姉が案じてくれているのだと思うと、心を打つような暖かい想いに触れた気になるのだ。

 

(────っと。妄想にふけるのもいい加減にしないと。そろそろ鴉が言っていた付近の筈……)

鬼が出没するのはこの辺りの筈だが、と時雨が木に登って周囲を見渡していると。

 

「いぃやあぁああああ!!!」

「っ、何!?」

 

悲鳴。

というより、奇声。

汚い高音と呼ぶべきか、恥も外聞も破り捨てたかのような叫び声に、時雨は少なからず困惑した。

よく通るその声の方を見やると、涙と鼻水まみれの、金髪の少年が異形の化物に追われているようだった。

 

「待ちやがれェ!」

「何でだよ何で今俺に襲ってくるんだよまだ修行始めたばっかの俺にさぁあああ!?俺だって頑張りたいよ努力したいよ鬼の一匹か二匹倒して爺ちゃんに褒められたいよけどさ!?流石に日輪刀も持ってない時に襲いかかってくるのは無茶ってもんじゃないのおおおおお!?」

「おい待てェ!」

「修行し終わって刀も貰ってならまた話は別だけどさ!?俺!まだその段階じゃないわけよ!!馬鹿でしょそんな時に襲ってくるなんて馬鹿でしょ馬鹿以外の何物でもないよ君さあ!物事には順序があるって知らないのかよ君さあ!その様子だと仕事できないだろロクにさあ!!」

「……おい待」

「あーやだやだ!俺の最期がこんなよく分からない奴に襲われて終わりだなんて!せめて女の鬼がよかった!美人の鬼に喰われるならまだマシだったよ畜生!男だし!大して顔も良くないし!あーあ俺の人生散々だよ本当畜生!!」

「待てっつってんだろ!!」

 

漫才のようなやり取りに時雨の困惑は加速するが、取り敢えず助けねば。

時雨が刀を抜くと同時、月光が翡翠色の刀をなぞって煌めいた。

独特の呼吸音が時雨の口から溢れると、木を蹴って鬼へと一直線に向かう。先程まで時雨を乗せていた太枝はまるで暴風が過ぎ去ったかのようにひしゃげた。

 

「────嵐の呼吸────」

 

緊張の汗を振り払うような、脇目も降らない突進。助けなければならないという焦りだとか、使命感だとかは、風の先へと追いやられていた。

ああ、そういえば、師匠が何か言ってたっけと頭の片隅に思い出す。

 

「風の呼吸は、攻撃範囲に長けた流派。大地に、山に、川に、この世に流れる動きや所作。それらを観測し、手中とする」

「己自身が風となり、嵐となり、旋風を下ろし浴びせる。その研鑽の末に、一振りで幾百もの風を吹かせるすら可能にする極意がある」

「特に柱ともなろう者は、嵐の如き旋風を巻き起こす事すら可能だ」

 

嵐の如き旋風。

乱回転した風が濃密に繰り広げられたとしたら、それは鬼を滅する刃となる。

単純な力で男性隊員に劣る時雨は、何としてでもその刃が欲しい。

その技術が。その力が。

それが、修行時代に考え、最終選別の時に完成させた時雨独自の呼吸──『嵐の呼吸』だ。

 

「捌ノ型 初烈嵐斬り」

 

鬼がその憤怒の風に気付くも、もう遅い。

彼女の走り抜けた先には、兇刃の風が吹き荒れる。鬼が辞世の句を言う暇もなく、その頸が頭ごと吹き飛んでいた。

 

(やった!鬼殺隊になってから初めて鬼を討伐した!姉さん、私やったよ!)

 

時雨が急停止して塵芥と化していく鬼を見ると、ホッと一息つく。

やった。鬼を倒せた。

人も守れた。

姉や師匠に隠れてこっそり修練していた自作の型、嵐の呼吸も上手くいった。

初の討伐の嬉しさに時雨が拳を握っていると、腰の辺りに少年が涙ながらに飛び込んできた。

 

「うおおおおおん助かったあああ!!何処のどなたか分かりませんが有難う御座いますううう!!」

「きゃあっ!?」

「俺もう死ぬかと思ってええええ!」

 

汚い。

少年が涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。そこまで悪い顔ではなさそうなのに、持ち得る表情筋全てを全力で悪い方向へと使っている。

何故往来でこんなにも恥を晒せるのだろうか。時雨は疑問だったが、まあ死の恐怖で頭が興奮状態なのだろう……ということで納得する。

それにしても少年の怯えようは異常というか、落ち着きがないというか、底抜けに臆病で、そんな自分に正直というか。

しかし支給されたズボンがいきなり汚れるというのはどうも抵抗があった。鬼との戦いでならともかく、鼻水で汚れてしまうのは少し、いや、かなり嫌だ。臀部の辺りに異性の少年がいるのも嫌だ。

というかベルトの辺りを掴まれているので下手すればずり落ちる。まずい。己の身体に自信がある訳ではないが、ずり落ちたら女として終わる気がする。

 

「あ、あの……」

「うわ!しかもめっちゃ美人だこの人!襲われているところを颯爽と駆けつけて助けるって小説とかでよくある展開だし、恋愛に発展する事も多いじゃん!ていうかもう運命の出会いじゃん!きっとそうだ!俺達は小指と小指が赤い糸で結ばれた者同士だったんだ!名も知らぬお姉さーん!僕と結婚しませんかァー!」

「やめんか善逸!」

「ぐぼっ」

 

雷親父を絵に書いたような老人が現れたかと思うと、金髪の少年を杖でべしべし叩き始めた。

間一髪だった。

時雨は顔を赤らめつつベルトをこっそり直した。

 

「見ておられたんですか?」

「実戦が一番と思ったんじゃが……善逸が刀を抜く前にお嬢ちゃんが倒しちまったみたいじゃな」

「あ、そ、それは……すみません」

「ええんじゃ、ええんじゃ。鬼を殺すのが鬼殺隊の本分。悪いのは……善逸!なんじゃさっきのみっともない動きは!」

「だって仕方ないじゃないかぁ!俺、刀も持ってなかったんだし!元・柱だった爺ちゃんからしたらあの程度造作もなかったのかもしれないけどさあ!」

「え、柱?」

「ああ、うむ、自己紹介が遅れたの」

 

 

 

「儂は桑島慈伍郎。元・鳴柱じゃ。こっちは弟子の善逸じゃ」

 

 

 



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救えない運命と救われない人達

LiSA紅白出演おめでとう!!
カッコ良かったです!!


小柄な老人に連れられて、時雨は彼の住まう家へとやってきた。

元・鳴柱だという桑島慈伍郎は、暖かく時雨を迎え入れた。小さな体躯の中には雷の獅子が眠っているようにも見えた。

眠れない夜だった。

鬼殺隊に入ってからというもの、昼夜逆転の生活が続いたからだろうか。それとも初任務が上手くいったことに、絵も言われぬ興奮を抱いたからであろうか。時雨は布団を抜け出すと、刀を持って月明かりの下で散歩を始める。

服の上から風を感じる。

ふとその方向を見ると、まだ十五かそこいらであろう金髪の少年が、鯉口を鳴らし、居合、それも極端な低姿勢で臨戦態勢に入った。

話には聞いていたが。あの構えは、神が宿ったような速度と捨身の姿勢からなる、文字通り一撃必殺の型だ。

 

「雷の呼吸 壱の型」

 

その一撃は、遠雷の如し。

 

「霹靂一閃!」

 

激しく光る稲光が少年の体を包んだかと思えば、目にも止まらぬ速さで大木に突っ込んでいった。そのまますれ違いざまに巨木を両断する──かと思いきや、狙いがズレたのか、刀を抜く事すら叶わずにそのまま正面衝突した。

その衝撃音に、時雨は身体を震わせる。

そして同時に善逸の練度不足にやきもきもする。惜しかった。もしもあの一撃が決まっていれば、あの木は豆腐のように容易く分断されていただろうに。

 

「うう、うまくいかないや……」

「善逸くん?」

「はひっ!?」

 

幽霊とでも間違えられたのだろうか。

善逸は目をかっ開くと、首から上を真っ青にする。しかし時雨の端正な顔を宵闇の中で視認すると、顔の色は青から紅葉のような赤に変わった。

 

「し、時雨さん!こんばんは、こんな夜更けにどうしたの?………まさか俺に会いきたのォーー!?」

「いや違うけれど」

「あ、そう……」

「露骨に落胆している……まあいいや。善逸くんは修行?」

「うん。爺ちゃん、俺が修行きついからってこっそり抜け出しても根気強く追ってきてくれてさ。俺のこと絶対に放ったり諦めたりしないんだ。それが嬉しくて、爺ちゃんの期待に応えたくって」

「ふふ。爺ちゃんのこと大好きなんだね」

「うん!」

 

時雨は微笑した。

少年にある意味での共感と、そして興味を抱いていたのだ。彼女もまた、人の為に己を投げ打ち、努力できる人間だ。

 

「私も負けてられないなぁ。私の嵐の呼吸はまだまだ未完成だし。どうも上手くいかなくてね」

「そうなの?時雨さんの、えと、初烈嵐斬りだっけ?俺、あれに影響受けてさ」

「え、あれに?」

「直線に進んで斬り結ぶ一連の流れが、雷の呼吸の霹靂一閃に似てたんだ。踏み込む時の音、刀を抜く時の僅かな金属音。その音に近づけさせれば、俺のただの直進も、霹靂一閃に成るはずだから。これで俺も漸く基本の壱の型ができそうだよ」

 

なんともはや。

あの技を一回見ただけで自分の技の中に取り入れ、模倣してみせたというのか。

しかも特筆すべきは、時雨の出す音や衣服の擦れに着目(着耳?)して真似ているという事だ。何を努力すれば良いか、そしてどう動けば最も速いのか、彼は無意識のうちに理解している。

稀に見る天才というやつか。

しかしそんな少年に技を真似られるとは、なんというか、照れ臭い。

 

「えへへ、あれもまだ改良の余地があるなと思っていたんだけれど、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

時雨は、姉である千雨を守る為に戦っている。

今まで姉に頼りっぱなしの、守られっぱなしの人生だった。

鬼が出た時、一目散に手を引いて逃がしてくれた。

熊が出た時、石を投げて注意を逸らしてくれた。

彼女がいなければ時雨は何度も死んでいる自信がある。たとえ鬼を殺す力には長けていなくとも、時雨にとって千雨は尊敬すべき姉であった。

だからこそ、喪いたくない。

大好きな姉をもうこれ以上危険な目に遭わせたくない。

時雨は、千雨の笑った顔を思い浮かべると、いくらでも勇気が湧いてくるのだ。

だから。

善逸少年にその守るための力を褒められた時は、本当に嬉しかった。

 

「ふおおおおおっ!?か、可愛い!月光が黒髪を照らして眩いよォォォ!やっぱり美人だよ眩しいほどにさあ!街行ったら絶対男に声かけられるような顔をしてるもの!そんな顔だもの!」

「うん、善逸くんは一回落ち着こっか」

 

先程までの純朴さは何処へ行ったのか。

聞く限りこの少年の価値観は普通だし、人と会話も通ずる。顔だって悪くない。しかし異常なまでに反応が煩いし、見ていてとてもみっともない。

女の子に声をかける以前に、女の子が寄ってくるような人間になれるよう努力するのが先ではないのか。

優しく白き心の持ち主だというのに、それを墨で帳消しにしたかのような男だ。

 

「ほら善逸くん、落ち着いて?そんなだと女の子も怖がっちゃうよ。それに育手の下で修行しているって事は、近い将来、鬼殺隊の看板を背負って立つのでしょう。鬼に襲われた人を不安にさせるような行いは、しちゃいけないよ」

「正論でザクザク刺すのはやめてよォオオオーー!でもそっか、近い将来……俺は鬼と戦って………俺の力なんかじゃ通用せずに返り討ちに遭って………死……死ぬ……イヤアアアアアアアア死ぬうううう!!」

「ぜ、善逸くん?」

「死ぬよ死ぬ死ぬ俺死んだよォー!鬼と戦って死ぬんだ俺はァー!目標だった柱にもなれず人知れず鬼に喰われて死ぬんだアアアアアア!!」

 

逆効果だったらしい。

少年が撒き散らす騒音は森の中にもよく響く。桑島慈伍郎老人を起こしてしまうのも忍びないし、このまま放置するわけにもいかない。

時雨は散々迷って、己の内から人を安堵させるような話題を絞り出した。

 

「………善逸くんは、目標にしてる人はいるかな?」

「えっ?……爺ちゃんと、今は出かけてるけど、俺の兄弟子の獪岳ってやつ。嫌なやつだけど、すっごい嫌なやつだけど。俺と違って真面目にコツコツ努力するのが得意だから尊敬してる」

「じゃあ、善逸くんにおまじないをかけてあげるね。立派な鬼殺隊員になれるおまじない。善逸くんが、将来、兄弟子の獪岳くんと肩を並べられる男になれるように」

 

時雨は善逸の、まだ子供特有の小さな、それでいて皮の擦り剥けた厚い掌をそっと握った。善逸が変な声を出したが無視する。

 

「爺ちゃんに、柱になった善逸くんを見せられるように。獪岳くんが辛くて困っている時は、彼を助けてあげられる男になれるように。……いつかまた私と、無事で会えるように頑張ってね。その時はもう少し、大人になってくれていると嬉しいな」

「ハイ!!!」

 

善逸が顔の穴という穴から蒸気を吹き出し興奮している様は、列車を連想させた。

だが時雨は知らない。

しばらくの後、修行の辛さに耐え兼ねた善逸が桑島慈伍郎の下から逃亡しては捕まえられるのを繰り返すことを……。

時雨が知る事はなかった。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「───なんでもっと早く来てくれなかったんだ!!!」

 

啜りなく声。

浴びせられる罵詈雑言。

怒号。

それら全てが、千雨の心を突き刺した。

妹を追って、一年遅れで鬼殺隊に入隊したまでは良かった。しかし初任務の際、千雨が鬼の所へと駆けつけて苦戦しつつも何とか討伐した──ものの、一人の尊い子供の命を救う事はできなかった。

息子を喪った哀しみからか、父親は錯乱した様子で石を投げつける。涙塗れで、苦悶の顔を浮かべながら。

 

「巫山戯るな、巫山戯るな!女房はこの子を産んだ時に死んでしまった!身体の弱い女性だったんだ!せめて俺が、俺がその子を一人でも育てなければならなかった!なのに何故、何故俺から奪っていくんだ!神は俺のこのざまを見てそんなに面白いというのか!神は、何故お前を遣わした!巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな──うわああああああああっ!!!」

 

所詮は運命と、切り捨てる事はできない。

家族を喪くした喪失感も、苦しみも、世界に対する怨嗟も、全て味わったからだ。

自分に力があれば。

自分がもう少し早ければ。

そんな後悔が波のように押し寄せる。

隠の者が仲裁に入ってくれるまで、千雨は一言も発さなかった。

否、発する事すらできなかったのだ。言葉を交わす事、それすらも罪だと感じた。

生きている事が、立っている事が、自分が弱い事が、罪。

千雨は無情な現実に──そして無力な自分自身に打ちのめされそうだった。

 

「やい、やい。……大丈夫かお前、ひっでえ顔だぞお前」

「………ぁ………すみません………」

「まあ気にするなってのも無理な話だろうが、あんまり引き摺っても仕方ないぞ。人は神様じゃないんだ、救える命の数には限りがある。子供の命を救えなかった事を嘆くよりも、親父の命を救った事を誇れよ」

「………はい………」

 

救える命の数には限りがある。

その数はあといくつ残っているだろうか。

その中に時雨は入っているのだろうか。

これから先、何百、何千の命と向き合った時に、あといくつの命を救えるのだろう。

救った時の事など、死んでいった者達の絶望の表情でいくらでも塗り潰される。そして千雨が救えなかった命の数はきっと、いくらでも数えられるのだろう。

私は無力だった。

どこまでもどこまでも、無力だった。

しかし時雨は違った。

彼女を守らんと追いかけた先。そこには既に昔の面影は粒ほども残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時雨は嵐柱になっていた。

 

 

 

 



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血雨

「しぐれ」

 

何度その名を呼んだだろう。

何度その声を聞いただろう。

千雨は、たった一人残った妹に無意識のうちに執着していた。

羨望もあった。

愛情もあった。

しかしその全てを振り切るように、時雨は先へ先へと歩んでいった。

そうして遥か遠くへ行ってしまった彼女はもう、遠い世界の住人だった。

千雨の知る世界から、法理から、彼女は遠く遠くへ離れていった。

久しぶりに会う彼女は、別の名前で呼ばれていた。

 

「嵐柱様」

 

鬼殺隊になる際は、死への恐怖と鬼への畏怖とで碌な説明も聞いていなかったが、それでも日を重ねるごとにその名を知る機会は増えていった。

柱。

鬼殺隊を支える支柱。

恐ろしい速さで死んで行き、入った傍から命を落としていく隊士達の中にあって、確実に鬼を滅して殺す事を可能とする手練れの剣士達。

それが柱であり、それが鬼殺隊の象徴でもあった。多くの隊士達の憧れにして最高の戦力である彼等は、並大抵の功績ではなれるものではない。

しかし、その天才達の領域に新しく入った剣士が一人いた。

それが、叢雲時雨である。

 

「千雨姉さん、久しぶり。私、私ね、柱になったんだよ」

 

そう笑う彼女の顔を見て、叢雲千雨は、己が存在が恐ろしいほどに惨めなのだと自覚させららる。

肩や隊士の模範となるべき柱。

肩や平凡の域を出ない一般隊員。

何だ、この差は。

何なのだ、自分は。

狂おしいまでの自己嫌悪。

 

(時雨は柱になんてならなければよかった)

 

そんな事を考えてしまう自分が大嫌いだ。

素直に喜ぶ事ができない。

柱になろうと為すべき事は変わらない。責務が重くなりはするが、強者は生き延び弱者は屠られるのが世の理。だからもう今更命がどうとか、などとは言わない。

だからせめて彼女の努力は称賛すべきだったのだ。

彼女の働きはあくまで日陰の仕事であり、世の中の、無辜の民に知れ渡る事はない。

だから私がいの一番に、頑張ったね、と声を掛けるべきだったのに。

立派な事なのに。

凄い事なのに。

認めたく、ない。

そしてそう考えてしまう自分が大嫌いだ。

 

(ああ、そうか、私が嫌いなのは時雨じゃなかった。私が嫌いなのは私自身。どうして気付かなかったのだろう。……そうか、妹に嫉妬する見苦しい存在であるのを認めたくなかっただけなんだ)

 

滑稽な話だ。

私はそんな浅ましい人間じゃない、と、自分に言い聞かせていたに過ぎない。

私は姉だからしっかりしないと。そんな責任感が盲目にしていただけだ。

ああ、ああ、あああ。

こんな醜い人間が私である事実が辛い。耐えられない。

受け入れ難い。

時雨は鏡だ。清廉潔白で美しく磨かれた彼女は人の心を映す。その鏡に写っている自分を見て、私は、悶絶していたのだ。

そのあまりの浅ましさに。

 

「千雨姉さん、どうしたの」

「────ッ。何でもない。そう、何でもないよ、時雨」

「そう?ああ、もう少しで着くよ」

 

時雨とやって来ていたのは、鬼の隠れ棲むとされる、大きな市街地だ。

先行した隊士の遣わした鎹鴉の話によれば、これまでに相当な被害が出ているとのこと。ややもすると、十二鬼月の可能性があるらしい。

これまでに鬼の頂点とされる彼等に遭遇した事は無かったが、その噂は聞いていた。

聞いてはいたが、よく分からない。

下弦の鬼の時点で凡ゆる隊士を殺し、屠り喰らう無双なる鬼だ。討伐された記録こそあるが、それでも一般隊士の敵う相手ではない。上弦ともなれば遭遇した時点で死が確定すると言われている。

そもそも隊士は殆ど殺され尽くされているので詳細が分からない。それが現状。

しかし分からないのは、時雨が、私がそんな鬼の討伐に役立つ人間だと、なぜ本気で思えるのだろうか。

 

「私は姉さんに沢山助けてもらった。初めて鬼と遭った時も、熊の時も、姉さんがいなければ死んでいた。私は姉さんが凄い人だって誰よりも知ってる。だから今回の任務もあまり心配してないんだ」

 

正気か?

鬼殺隊に入り、一年で百匹という圧倒的な速さで鬼を狩って行き、柱となった時雨がそれを言うのか?

本当に凄いのは時雨だ。

叢雲千雨は矮小な人間なのだ。

頼むからその目を向けないで。

凄い姉だ、素晴らしい姉だ、などと思わないで欲しい。

私が抱いていた感情は、嫉妬と、それ以上の自己嫌悪だった。妹に憧れ焦がれた私の姿を直視したくない。

汚物が服を着て歩いているようなものだ。

鬼殺隊になって人を助ける?私は殺す事はできても、一度も守ることはできてない。

弱っちい私を、頼らないで。

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

ああ、やはり。

悪い予感は当たるものだ。

鬼の棲むという街に入り、鬼を探っていると、先手を打たれ襲撃された。忠誠心が高いらしく、時雨を柱と知った上で、いや柱だと知ったからこそ戦闘を起こしていた。

その鬼は頭が良く、分裂して街の人々を襲い騒ぎを起こした。

私達は別行動を取らざるを得なくなった。

柱であっても、街の隅から隅まで鬼を殺して回るというのは骨が折れる。いくら強くともその身体は一つなのだ。

そして厄介だったのが、時雨の近くには弱い分身を何十匹も作り撹乱させて、千雨の周りには強い分身を数体置いて確実に追い詰めているという点だ。

弱い分身であっても人々にとっては脅威な訳だから、それらを放って置くわけにはいかない。かくいう千雨も余裕はない。

分身の目を見ると、下弦の壱という文字が見せびらかすように刻まれていた。

 

「風の呼吸の使い手とやり合うのは初めてだが……こんなに弱っちいものなのか。よほど鬼殺隊は人材不足とみえる。ああ、罪なものだ。こんな娘っ子に刀を握らせて、自分も鬼を殺せるのだと勘違いさせる。何とまあ可哀想な娘っ子だ」

「……ッ、そうだね、貴方の方が風の呼吸が得意みたい。私一人如きに分身を何体も作らないといけないほど、臆病風に吹かれているなんてね!私には真似できないよ」

「いやね、私も困ってるんだよ。なるべく分裂して戦闘力を下げて、手加減しながら戦ってるんだが、君は一向に私を倒してくれないじゃないか。さっさと私を一体くらい倒して、風の呼吸の情報を引き出させてくれないかな」

 

鬼の本体そのものは、いつでも逃げられる位置にいた。

知能が高く、鬼殺隊を警戒する鬼が一番厄介だ。奴はいつでも私を殺せる。だのにさっさとそれをしないのは、情報を引き出させたいから。

しかしこちらは、さっきから全力なのだ。

限界などとうの昔に越えている。

身体中が悲鳴を上げても無視をして無理矢理動かしている。

身体中の全ての機能を極限まで研ぎ澄まして、時雨が来るまでの時間稼ぎで防御に専念しているというのに、傷は数秒毎に増えていくばかり。

 

「ははははっ!文字通り、秒刻みだな」

 

怒りを原動力に動く。それが駄目なら、感情を殺す。だが倒せない。

火事場の馬鹿力なんてものに頼ってもみたが、死が迫り、身体中が高揚してもなお、全く持って通用しない。

早鐘を打つ心臓の音がうるさい。

渾身の一撃を事もなげに躱された時、私の中に浮かんでいたのは諦めと恐怖だった。

 

(ああ、そうだ。私では勝てない)

 

そう思考した瞬間から、溢れんばかりの言い訳が浮かんでは消えた。

勝てないのは仕方ない。

今ここで殺されるのは無駄死にと同義。

そうだ、逃げよう。

逃げて生き延びれば、いずれ力をつけて強くなれる。逃げて逃げて、生き残った者が勝者なのだ。

時間稼ぎ?知ったことか。

私は、よくやった。

でも勝てない。仕方ない。

仕方ないことなのだ。

 

 

 

 

 

「────千雨姉さん!」

 

 

 

 

 

時雨が駆けつけた時、千雨は袈裟斬りにされていた。

右腕は肩の辺りから切り裂かれ、傷は腹部にまで達した。眼球が傷付けられ、右眼は光を失った。

ものの一瞬の出来事だったが、それでも、千雨には無限の時間に感じられた。

激痛は後からやってきた。

千雨が自分だけ逃げおおせようと魔が刺した時、その一瞬の逃げの動作を、鬼は見逃さなかった。

情報とは有益である、味方にとっても敵にとっても。それがこの鬼の考えであり、弱点や情報を持ち帰られるのを本能的に恐れたのである。

時雨は悲鳴とも、怒号ともつかぬ叫び声を上げる。鬼が千雨にトドメを刺そうとした瞬間、時雨は彼女を庇い、右腕を負傷してしまった。傷は深く、骨まで達しているようだったが、激痛すらも感じないほどの怒りなのか、端正な顔を歪めに歪めて、刀をやたらめったらに振り回した。文字通り、視界に入ったものは全て。

しかしその動きには、無駄すぎる程の無駄があった。彼女らしくもない、悪魔のような叫びが夜空にこだました。

 

「千雨姉さんに近づくなァアアアアーー!!!」

 

少女の悲痛な叫び。

およそ柱とは思えない、駄々を捏ねる子供のような乱雑さ。

その滅茶苦茶な攻撃は、家を切り裂き、建物を壊し、地形を変える。下弦の鬼はバラバラに切り刻まれる、が、鬼は頸を切り刻まれるのだけは死守した。

破壊にだけ比重を置いた斬撃の嵐から鬼は逃げる。真正面から戦えば、いや、奇襲したとしてもやられる。だが冷静さを欠き怒り心頭となった時雨の攻撃からは、鬼は命からがら逃げる事ができた。

──剣撃の嵐が止んだのは、鬼がまんまと逃げおおせた後だった。

時雨はそこでようやく、正気に戻る。

彼女もまた泣いていた。

己の無力さに泣いていた。

そこで漸く気付く。

時雨もまた、人間なのだ。

 

(私は──自分のことばかり考えて、時雨のことは何も見えていなかった。今、この子には優しさが必要だ。家族の温もりが。労りが。感謝が。時雨の心は頑丈に見えたけれど、その実、とても脆かった。ひび割れた硝子のように。そこに映る風景ばかりを気にしていた。声を、声をかけなければ。いいんだよ、って。

────何で。何で今、私の唇は動かないの)

 

千雨はその大怪我で意識を失った。

そこからは時雨にとって動乱の日々だった。

下弦とはいえ、柱ともあろう者が倒せる筈の鬼を逃した。彼女に突き刺さる視線は厳しいものとなっていった。

だが、真に叱責されるべきは時雨ではなく自分自身であると、千雨は思っていた。

一瞬とはいえ、逃げようだなどと。

最低だ。罵倒されるべきは自分だ、と。そう思ってはいたが、あまりの激痛に口を開くことができなかった。

妹を守る?

鬼を殺す?

このざまで?

何を考えていたのだ、自分は。

 

しかし一度逃げた鬼と再度相見える機会は稀だ。警戒して近寄らなくなり、そして拠点を変える。此度の時雨の失態は無視出来ないものだった。

また足を引っ張ってしまった。

千雨は絶望し、またもや、何度目かも分からない自己嫌悪に陥った。叢雲千雨は、時雨の弱点だったらしい。

なんてことを。

言葉にならない悲鳴が吹き荒れる。

時雨は降格を願い出た。

柱の称号を自ら返上し、最も下の位である(みずのと)へと降ろされた。

御館様はじめ千雨を含めた何名かは引き留めたようだが、本人の強い希望と、同僚の柱達からの意見もあって、彼女への処分が覆る事はなかった。

 

「し、ぐれ、ごめん、ごめんなさい、しぐれ、ごめんなさいごめんなさい、私なんかがお姉ちゃんで本当に、本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさい────」

 

私は逃げようとしたのだ。

私は別に勇敢に戦って散った訳ではないのだ。臆病だったのだ。

だが、そう鬼殺隊の人間に言っても、彼女の降格が取り止められる事はなかった。

無力だった。

何のために生まれてきたのだ、私は。

何のために生きてきたのだ、私は。

 

「いいの。気にしないで。私の覚悟が甘かったのは本当だから。ごめんね、千雨姉さんは、これから私が守るから。ごめんね。情けない妹でごめんね」

 

やめて、ほしい。

そんなに自分を卑下しないでほしい。

自分は無力で、下劣な存在なのに。

時雨がそんな人間より劣っているわけがないのに。苦しむ必要などないのに。

助けたい。

救ってあげたい。

叢雲時雨を、この世界の苦しみから解き放ってあげたい。

私が。

私がもっと強ければ。

叢雲千雨が不甲斐ないせいで。

情けない姉のせいで。

守るのではなかったのか?

彼女より強くなければ。

時雨を守れるだけの力があれば。

私は、私は、私は。

時雨を守らなければならないのに。

守りたかったのに!

しかし、それはもはや不可能だ。

この手ではもう剣を握る事すら叶わない。

叢雲千雨の剣士の人生は終わった。

眼帯からは、もはや出ない筈の涙が溢れそうになっていた。

 

「私に力があれば、違ったのかな。私達の立場が違えば、変わったのかな。力が、力さえ、力があれば守れたのにーー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならば私が力を授けてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

黒髪の、血のように紅い目をした男。

まだ若く瑞々しい肌だが、悠久の時を生きている超越者にも見える。

美しく整った顔は、不気味でもある。

色白の男は、囁くように言った。その言葉は甘く、溶けてしまいそうだった。

 

「妹を助けたいのだろう。妹の力となりたいのだろう。そのために必要なものを、私が分け与えてやろう」

「あ、なた、は──…………」

「鬼舞辻無惨。この名を二度と口にせず、忠実に尽くすならば、私の血を分け与えてやろうではないか」

「あ、あ────私は………」

「大丈夫だ。お前は悪くない。力の為に奔走するのは罪ではない。お前を罰する者すべてを殺し尽くしてやれ」

 

ボドボドと、男は血を流した。

それからのことはよく覚えていない。

無心になって血を啜り、誰かの足を毟り取っては口に含み、爆発的な高揚感に身を任せていた。

ああ、時雨にも食べさせてあげたい。

こんな素晴らしいものがあったなんて。

これなら、私にもあの子を守れる。

漸く、姉らしい事ができる────!

 

「どんな気分だ?」

「最高です、我が君。あなたを命を懸けてお守りいたします。そして私、私は、時雨を守りたい。守って愛されたい。誰よりも愛したい、あの子を。この世に絶えず降り注がれる絶望と苦痛の雨から守りたい」

「いいだろう。愛に飢え、怨嗟の雨から守らんとする鬼………お前の名は、これより『愛愛(あめ)』とする」

 

今、ここに。

一匹の鬼が誕生した。

 

 




最初のプロットでは鬼化した時の名前は血雨(ちさめ)にする予定でしたが、愛愛の方が面白いよね。こんな変な名前たぶん他にないしね。
そんでもって時系列ぐちゃぐちゃすぎたので時間ある時調整します!


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嵐雨対牀

私千雨!イケメンの上司からかっこいい名前も貰って心臓ドッキドキ!この調子で初仕事も頑張っちゃうぞー!そしたらライバル会社の人が急接近!はわわ!私の生き残る未来はどっちだ!?(ありません)


蝶屋敷での事だ。

先日の下弦の壱との戦闘で傷を負った時雨は養生のためにしのぶの所に厄介になっていたが、毎日のように他に怪我をして入院した隊員達に罵倒を受けていた。

隊士達の中では、彼女は有名人だった。悪い意味で、だ。

短い時間で柱に昇り詰めたかと思えば、すぐに降格され、その直後に鬼と成り果てた姉が目撃された。

このような数奇な運命ともなれば、彼女に嫉妬した隊士達の中には拡大解釈をする者達もいるのだ。

それが分かっているからこそ、時雨は言い返さず、ただベッドの上で黙して無表情を貫いていた。その態度は彼等の怒りに油を注いでいるようではあったが。

 

「一体どういう事だよ、おい。聞いてるぞお前達の噂は。有名だものなあ」

「…………」

「口が聞けないのか。当然と言えば当然、鬼になり下がった女の妹だものな。所詮はその程度の女なのだ、お前も」

「………何か、用でも?」

「大有りだとも」

 

その鬼殺隊員は苛立ちが隠せない様子だった。他の隊員も同様に、厳しい視線をその少女へと向けていた。

その少女──叢雲時雨は、数々の誹謗中傷を受けても、揺れることはなかったが、内臓という内臓に薔薇を張り巡らされたかのような苦々しい顔を浮かべていた。

 

「叢雲時雨。お前が先日、倒せた筈の下弦の壱をみすみす逃し、柱を辞めさせられたかと思えば、その後すぐにお前の姉が失踪し、挙句、鬼になっているだと?お前達姉妹は一体どうなっている。鬼殺隊の看板にどこまで泥を塗りたくれば気が済むんだ」

「巫山戯てるよな。鬼殺隊としての自覚が無えのかよ、テメェ達は」

 

顔面を蒼白にさせて、時雨はただ黙って聞く事しかできなかった。散々泣き腫らした眼がズキズキと痛む。早く床に着いて眠ってしまいたい。

だが、この悪夢は醒めはしない。

無反応を貫く時雨に苛立ちが募っていっているのか、隊士達の語気が荒くなる。熱量が些か増しているようだった。

 

「特に怪しいのが、妹が柱を辞めた直後に姉が失踪した点にある。お前達は鬼と通ずる間者じゃねえのか」

「お前まさか、鬼と通じている、と?」

「そうだ!鬼舞辻無惨が、鬼だけでなく人間までもを利用し始めたかもしれないということだ!」

 

怒りは時に飛躍的な発想に思い至らせる。

隊士達の指摘も、分からなくはないが……しかし余りにも突飛に過ぎた。

時雨は流石に口を開いた。

 

「私の姉が鬼になったのは、……事実ですが、彼女も、私も、間者ではありません」

「貴様、それをどうやって証明する!根拠のない理論は濡れ紙よりも脆い!お前が今処断されていないのは、今までの功績あってのこと!本来ならばこの場ですぐに叩っ斬ってやるところ──」

「何してるんですか!!」

 

神崎アオイの、よく通る声がこだました。

隊士達は彼女の姿を視界に収めると、途端に顔を歪ませ、舌打ちする。

 

「本当に彼女が鬼と通じているなら、とっくに鬼殺隊本部は攻め込まれてます!そもそも御館様がそんな事態を予測しないわけがないでしょう!それとも御館様の判断が間違っているとでも思ってるんですか!」

「だが現にこいつは──」

「そして貴方達は今から機能回復訓練の時間です!人のことをとやかく言う前に、早く訓練場に行ってください!」

 

アオイの剣幕に押されたか、隊士達はぞろぞろとその場を去っていく。

しんと静まった病室には、アオイと時雨の二人だけが残った。

蝶屋敷で働いていた時雨にとって、アオイは無二の友人とも呼べる存在だった。何せ鬼殺隊に入ってからは、今まで付き合いのあった人達と一切の連絡を断ち、俗世を捨てた身だ。歳の近い少女の存在は時雨にとって貴重だったのだ。

柱となった後も、降格した後も、変わらぬ態度でいてくれる彼女がどれだけ有り難かったことか。誰よりも優しい彼女は、あくまでも強い口調で言った。

 

「時雨、気にしなくていいから」

「………。アオイ、今のところ、姉さんの情報は来てる?」

「…………時雨。あのね。その情報が来てたとして、鬼殺隊は貴方には教えない。鬼殺隊たる者情に流されるな、とは言うけれど、鬼になった家族と相対して万が一にも剣が鈍らない人はいない」

「………………」

「まあ、貴方が任務で偶々出会ったのなら話は別だけど。ともかく、妙な考えを持っては駄目。生を放棄しては駄目よ」

「放棄はしないよ。捨てはしない。己が命を全て使い切るまで私は生きる。神が私を生かしたという事は、まだ私の生には利用価値があるのでしょう」

「……………ッ」

 

言い返す事ができない。

鬼殺隊に入った時点で命などあってないようなもの。常に己の命を未来に懸けている者の一人だからこそ、アオイにはその言葉を否定する事ができない。

時雨の目元に疲れが出始めたのは、つい先日の事。彼女と、千雨の育手が指導者としての責任を問われ、腹を切った。

今まで何人もの弟子を育て、何匹もの鬼を屠った男の死に様が、これだ。

彼にとっては沢山いた弟子の一人に過ぎなかったろうが、時雨にとっては、尊敬すべき師匠だった。

──彼の生に意味はあったのだろうか。

ふと、そんな事を考える。

鬼殺隊は幾百年も前から、殺意を滾らせて鬼と戦ってきた。しかし鬼舞辻無惨の足取りすら掴めぬのが現状。

足踏みしている状態でしかないのだ。

時々、怖くなる。

もしも、もしもこのまま誰も鬼舞辻を殺せなかったら、この連鎖は永久に続いてしまうのだろうか、と。

 

(千雨姉さんが鬼になった理由は、分からないけれど、でも、多分、鬱屈とした世界に絶望してしまったのだろうとは思う。死ぬのは怖くない。死ぬまでに何も為せないのが怖い。誰も守れないのが怖い)

 

あるいは。

姉に逢えば分かるのだろうか。

己が生まれてきた意味が。

あの夜、生き残ってしまった意味が。

 

「もう一度あの日々に戻りたい、とは思わない。でもせめて姉さんに会いたい。私達の物語は、まだ終わってなどいない」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

「あはははははは!」

 

その鬼は嗤っていた。

泣き疲れたような顔を歪め、気違いのようにケラケラと。

隊士を殺し、人を殺し、飽くなき殺戮をただただ繰り返す。

それは彼女の仮面だった。

それ以外に己が感情を表現できないのだ。

笑顔以外の感情を見せてしまえば、その瞬間に、鬼としての自分は崩れ壊れ去る事を理解している。

そうでなければ、鬼にまで身を窶した意味がなくなってしまう。

 

「時雨ぇー、時雨ぇー。何処にいるの?」

 

孤独を埋めるように、駄々っ子のように、最愛の妹の名を叫ぶ。

暁に染まった空の下には、夥しい程の死体の山が積み重ねられていた。

大人、子供、老人。

男、女。

老いも若いも関係なく、遍く全ての人畜生を屠り喰らう。その姿は、悪鬼そのもの。

血に濡れた髪をぐしゃぐしゃに掻き毟る。

彼女が享受した鬼としての生活は狂気に満ちていた。何時間も、何ヶ月も、彼女は狂ったままでいた。

そして──待ち人は來れり、と言わんばかりに、その少女は現れた。

 

「姉さん」

「久しぶりぃー、時雨ぇー!」

 

怨嗟に満ちた双眸は、彼女の最愛の妹を写していた。

悲しみに暮れてしまっていた。

可哀想だった。

自分が消えてしまってから、彼女がどんな扱いを受けてきたかを考えると、本当に本当に悲しかった。

自分の事のように辛い。

時雨と心臓を共有しているのではないか、と思うほどに、時雨の悲しみがありありと愛愛の中へと奔流となって流れ行く。

だから、そんな苦しみから早く解き放ってやらなくては。

 

「時雨ぇー、見て見てぇー。私ね、すっごく強くなったの。あのお方に血を戴いて、とっても強くなったの。これで漸くお姉ちゃんらしい事ができるよ。貴方を守ってあげられるよ。待たせてごめんねぇー」

「……………」

「いきなりいなくなってごめんねぇー。でも私、鬼になってからずっと貴方のこと探してたんだよぉー。そういう血鬼術も会得したんだよぉー」

「………もう、血鬼術を使える段階まで人を食べたというの」

「他にも色々ねぇー。時雨も鬼になろ?鬼になって一緒に家族二人で助けあって生きていこう?私はずっと、ずっと前からそうしたかったのぉー」

「………もう戻れないんだね。分かってはいたけれど」

「うん。鬼から人に戻る術は今のところ、ない。だけど大丈夫、私が守るからぁー」

「ごめんね、守れなくって」

「?これからは私が守るんだよ、時雨」

「私は貴方を殺す。叢雲時雨は、鬼の叢雲千雨を殺す」

 

時雨は刀を構える。

その瞳には、もはや怒りも、涙も、浮かんではいなかった。

全て枯れていた。

叢雲時雨は、もう、迷わない。

 

「鬼殺隊として、私は覚悟を決めた。もう二度とあんな失態は起こさない。慈悲を持って貴方を殺す。鬼を殺す」

「────しぐれ?」

「……嵐の呼吸────」

 

時雨は弱体化していた。

以前の下弦の壱との戦いで、千雨を守ろうとした際に喰らった攻撃。

それが時雨の腕に直撃し、そして怒りのままに酷使したので骨に異常をきたし、筋力が格段に落ちてしまっているのだ。

かつてのような剣のキレは、もうない。

彼女には体格差を凌駕する筋力もない。

鬼を葬り去る毒も持たない。

剣の才能も並外れた視力もない。

そんなただの娘っ子だった彼女は、嵐の呼吸を使っていた。攻めに特化した剣。それで無理矢理自分の実力を誤魔化しながらも鬼を倒していた。

だが今では嵐柱としての力を失い、普通の鬼殺隊員よりは強い程度。対して向こうはなりたてとは言え大量に人を喰っている。

怪我が治った後、近頃犠牲の多かった地点を重点的に探り、奇跡的に目当ての鬼と邂逅できた時雨だったが、彼女の勝ち目は薄いと言わざるを得なかった。

 

(────だが、それが何だというのか)

 

それでも尚、彼女の中に吹き荒れる怒りの風は止んではいなかった。

返り討ち?

命の無駄遣い?

知ったことか。

全てを賭してでも為し得なければならぬ事があるのなら、この命、幾らでも懸けてみせよう。

 

「壱ノ型 塵旋嵐(じんせんらん)・削ギ喰ライ」

氷霜雨戯曲(ひそうぎきょく)

 

地面を走る嵐。

それを真正面から受け止めるは、瞬間的に凍らされた血の雨だ。獰猛な雨の猛攻に吹き飛ばされそうになるが、攻撃の手を休めるまいと、時雨は幾度も剣を振るった。

どうしてこんな事するの?と、千雨が言ったような気がした。時雨は気付かないフリをした。

 

「弍ノ型 葬送・八戸雲断チ(そうそう やとぐもだち)

斬霧雨(ざんぎりざめ)

 

鬼の身体能力を最大限に活用した、近距離からの攻め。

それらを振り払うように、濃縮された嵐を四連続で放ち、そして回避する。しかし時雨が体勢を崩した先にも、血の雨は降り注がれていた。

 

「参ノ型 哨鳴嵐樹(しょうめいらんじゅ)

流れ雨打(ながれあまうち)

 

時雨の攻撃は当たらなかった。

というより、いなされた。川の水が流れるように、時雨の放った技は当然の如く躱されると懐に潜り込まれる。

咄嗟に刀を引いて防御する。

しかし防御の上から、更に強い打撃を喰らってしまう。時雨は吹き飛ばされた。

──姉に殴られたのは、人生初の経験だった。一生ないだろうと思っていたのに。

違う。姉ではない。鬼だ。

鬼が上空から飛来する。

迎え撃たなければ。

 

天穿ツ砂塵嵐(あまうがつさじんらん)

雨鴉綢繆(うがちゅうびゅう)

 

放たれた雫が絡みつくのを振り解く。

押し上げられた風は、鬼を切り刻む。

ごぷり、と血を吐いた。

感情を舌の根ごと噛み殺し、体勢を崩した鬼に覆い被さるように飛ぶ。

 

「伍ノ型 吹キ枯レシ神嵐(ふきかれしかみおろし)

刻銘霖雨・凛(こくめいりんう りん)

 

時雨の攻撃を愛愛が受け止めるが、あまりの風の圧に押されて刻まれた。

何故だ。

彼女の使う風は、一秒毎に、一回転毎に勢いを増しているようにも見える。まさか、彼女は、戦いの中でキレを増しているとでもいうのだろうか。

時雨の風が、極限まで磨かれたとしたら?

愛愛はごくり、と唾を鳴らした。

 

「陸ノ型 夜烟瓏々(やえんろうろう)

千國雨夜(せんごくうや)

 

濃縮された風の渦。

鬼になってしても届き得ない、彼女の嵐に歯噛みする。

まずい。まずい!

体温を感じなくなった筈の身体には、いつの間にか冷や汗が浮かんでいた。

 

「漆ノ型 颶風・志那斗弁(ぐふう しなとべ)

雷鳴時雨(らいめいしぐれ)

 

なくなった手足を見て、愛愛は絶望する。

力負けするというのか。

まさか、とその可能性を吐き捨てるが、目の前の少女は、時雨は、未だ刀を捨てようとしない。

風の勢いは増すばかりだ。

地に足を着けていられない程の猛攻。

天変地異の前振りかと叫びたくなるような出鱈目な攻撃には、ありありとした殺意が冷静な合理性で包まれていた。

まずい。

もう技がない。

焦る愛愛に対して、時雨は、恐ろしい程に頭が冷えていた。

これから起こる現象が、現実ではないかのように思えた。

 

(────ああ、そう言えば、この技は、善逸君に褒めて貰った技だっけ)

「捌ノ型 初烈嵐斬リ(しょれつらんぎり)

 

すれ違いざまの攻撃。

巻き起こる嵐は胴を両断し、再生しかけていた四肢を再び捥ぎ取った。

止むことのない斬撃の嵐に、愛愛は血反吐を吐いて転がった。

握り締めた刀に写っていたのは、己が最愛の姉が、苦しみ悶え、無様にのたうち回っている光景だった。

 

(──私は──こんな事のために──生きてきたというの───?)

 

天を仰げど、神が答える訳もない。

だが、問わずにはいられなかった。

神は何も思わないのか?この残酷な世界のさまを。狂気も倫理も捨て去って、沙汰の外へと消え行ったこの世の中を。

疑問を抱かないのであろうか、であれば、最早神は神に非ず。

不条理も悪夢も絶えはしない。

鬼を滅したとして、平和な世界などやって来はしない。

鼬ごっこだ。同じ事の繰り返しだ。

強い力を持った者が、弱者を蹂躙する。

そして人は時として闇に堕ちる。

こんな、こんな、こんな。

こんな道理があるか。

これ程の無駄があるか!

死こそが美徳?生の価値?

巫山戯るな。

こんなにも人の神経を逆撫でさせて、苦悶の顔を浮かべさせて、一体、何が、何が楽しいというのだ!悦楽などありはしない。

この世は大事なものが欠けすぎている。

健常に生きる事の、なんと難しい事か。

私は、ただ、

千雨姉さんに、

素敵な風景を見せてあげたかった。

だがこの世は、美しいというには、余りにも血と死体と絶望とで汚れきっていた。

その事に気付くのに、十何年も費やした。

それももう、終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらが言った言葉だろう?

最早それさえもどうでもよかった。

時雨にあったのは、虚無、だった。

止めを刺す直前に、ほんの僅かな空気の乱れに気付かなければ、時雨は死んでいたかもしれない。

生に対する、ほんの僅かな執着。

それが結果として彼女を生かした。

現れたのは、新手の鬼だった。

見覚えのある風体。

瞳にある下弦の壱の文字には、上から覆い隠されたかのように十字が刻まれていた。

 

「貴方は………あの時の………」

「私を、よくも、よくもよくもよくも!コケにしてくれたな!」

 

血が沸騰しそうなほどの怒り。

びきびきと血管が浮き出ると、鬼の隆起した筋肉が更に膨れ上がる。

余裕も、落ち着きも、捨て去っていた。

鬼は狂戦士となって舞い戻った。

最悪だ。

よりにもよって、こんな時に!

へとへとの身体を引きずってでも、刀を握る他なかった。

 

「叢雲時雨ェエエエエーーーー、貴様はここで死ぬのだァアアァアア!!!」

 




次で最終回です。


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鬼滅の刃を振るう者へ

───なにも、死の表象を思い浮かべなかった訳ではない。

───生とは一度限りのものであり、死とは生の終着点なのである。仮にあの世があるのなら、死は寧ろ新たな始まりなのかもしれないが、それでも、生が終わる事に変わりはないのだ。

───だから、考える。

───自分は生きる間に、何を為せたか。

───この一生が無価値であったと、無駄でなかったと言えるのかと。『私』はそれほど頑張れたのかと。

 

 

 

───早い話が、『私』は、何のために生まれてきたのだろう、という事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身から力が抜けていった。

何も感じなくなっていく。目も、耳も、刀を握っているかさえ分からない。

叢雲時雨という存在が、この世界から追放されたようだった。

しかし溷濁した意識の中にあっても尚、時雨の意志は揺らがない。己に喝を入れて律すると、全身に血流を巡らせ立ち上がる。

意識が朦朧とする。

耳障りな声がガンガンと煩い。

元・下弦の壱の鬼が、手前勝手な話をべらべらと話しているのが薄らと耳に入る。

……ああ、本当に、煩い。

 

「まさか、先の攻撃を受けてまだ立ち上がれるとは。いや、直撃を避けただけか?まあどちらでも良い事よ」

 

鬼はそう言って笑うが、目だけは笑っていなかった。尊大な態度の中には、地獄の業火よりも紅い怒りの炎が炎々と燃え滾っていた。

しかし、分からない。

鬼舞辻無惨の正体は未だ影も形も掴めぬままだが、少なくとも、失敗し逃走した鬼に機会を与えるのは稀だと言われている。

では、何故この鬼は、ここに?

そんな湧いて出た疑問に答えるように、鬼は叫んだ。

 

「私が先の戦いで逃げ出した折、あのお方には大層お叱りを受けた……粛清される一歩手前だったのだ。だがあのお方は私の混じり気無しの復讐心を買ってくださったのだ。お前に、お前達姉妹に、地獄を味合わせてやらねばならぬのだ。その怒りを、死の淵に立っても尚燻る事のない憤怒を買ってくださったのだ!」

「……………………」

「そして今!お前を探して来てみれば、実の姉に殺されかかっているではないか!なんという好機!神は、いや、運命は私に味方したのだ!ふふふははははーーッ」

「ッ」

 

時雨はへとへとの身体に鞭を打ち、無理矢理動かして飛び退いた。

鋭い。確実に早くなっている。

前に一度戦った時とは大違いだ。技のキレも増している。

……あれから人を大量に喰らったのか。

刀を握る力が強くなる。どこまでも身勝手で理不尽な鬼に憤懣が止まらない。どころか加速する一方だ。

怒りでは鬼は殺せない。

だが躰に火を熾す事はできる。

愛愛のことはひとまず、後回しだ。瞋恚の嵐を振り回し、その風は更に強くなる。

 

──嵐の呼吸は、時間が経てば経つ程、その真価を発揮する呼吸法である。

その風は一秒毎に、一回転毎に鋭く速くなっていく。故に時間が経てば経つ程に時雨は強化されていくのである。

格上の鬼と遭遇した場合、強化された嵐の呼吸で無理矢理頸を寸断するか、粘り勝つのが彼女の戦法であった。

知ってか知らずか、その戦法は、風柱、不死川実弥のそれと酷似していた。

 

「弍ノ型 葬送・八戸雲断チ」

「甘い!そんなものかァアアーー」

 

流るる風が濃縮され放たれた四連撃。愛愛との連戦で風は更に強く速くなっている。

しかし、それらを歯牙にも掛けずに打ち破られる。……一体、どこまで強化されているというのか。どれ程の人を喰ったというのか。

しかし、愛愛との戦いで強化された筈の嵐の呼吸が力負けするとは、地力が高過ぎると言わざるを得ない。この男は、腐っても下弦の鬼だ。油断も慢心もしてはいなかったが、力量を見誤っていた。

 

(嵐の呼吸の奥義を出す?……いや、今の私の身体の状態では却って付け入られる隙を作るだけ!何とか、八つの型を駆使して撃退しなければ)

(──とでも思っているのだろう。しかし私はお前の八つの型を全て見切っているのだ。技を出す際の手の動きの癖、動き、全て見切っているのだ。情報は有益也!)

 

「伍ノ型 吹キ枯レシ神嵐」

「くっ、はははははは!愚昧に過ぎるぞ叢雲時雨!見るに耐えんな!所詮お前なぞ、この程度の女ということだ!」

「──その程度の女にやられかけた貴方はもっと雑魚ってことだね」

「昔の話だ!今は違う!今の私は完璧なのだ!お前達という汚点を消し去れば私は十二鬼月に返り咲ける!そして行く行くは上弦の座も夢ではないのだ!」

「鬼になってまでやりたいことが、それ?貴方に殺された人達が報われないよ。鬼舞辻無惨の小間使いになる事が人生の最終目標だなんて、器の底が知れるというもの」

「お前には判るまい!あのお方の下につけるという喜びがどれほど甘美なものか!」

「人生の楽しみがもうそれしか残っていないんだね。可哀想に。繋がれた犬と同等の発想しか出てこないなんて哀れだわ」

「犬は貴様だ叢雲時雨!鬼殺に囚われた妄執の犬めが!首輪を括られた奴隷風情が大層な事をほざくな!」

 

鬼の言う事に心揺さぶられるなどあってはならない。とは分かっていたが、奴隷、という言葉に時雨は遽に動揺した。

図星を突かれた、と言うべきか。

人よりも努力した自負はあった。

鬼殺隊になってからも、柱になった後も、柱を辞めた後も、一日たりとも努力を重ねなかった日などない。

それらは全て、市井の人々と、姉の為の努力だ。その為の努力だった。

しかし結果はどうだ。鬼殺隊となった以降も鬼に家族や友を奪われた喪失者は増える一方だし、最愛の姉は鬼となった。

 

(努力に限界はない。けれど終わりもない)

 

時雨は努力の奴隷だった。

秒刻みで勢いを増す嵐のように、強くならなければならぬ宿命を負った。

何百何千という研鑽を経ても、大切な人を喪っていく。だのに強くある事を強いられるのだ。

強くあっても、守れない物があるのに。

言い訳を許さぬ程の怒涛の絶望の奔流に、何度呑み込まれそうになったことか。

 

──終わりが、ここなのか?

──叢雲姉妹の終着点が、ここなのか?

 

何故、あの時、鬼殺隊になろうなどと思ってしまったのだろう。叢雲時雨が行く先はここで良かったのだろうか。

死にたくない、とは思わない。

だが無意味な人生にはしたくなかった。

死ぬなら死ぬなりの理由が欲しかった。

死ぬ迄に、少しでも意義のある人生を送れたと言えるだけの事をしたかった。

でなければ、あの時死んでしまった家族は何だったというのか。

技を教えてくれた師匠は何だったのか。

 

(お願い……まだ終わらないで。まだ終わりたくない。このまま果てれば、あの時去っていった彼等の命は、本当に無駄になってしまう。それは、それだけは──)

 

「漆ノ型 颶風・志那斗弁!」

「かッ────」

 

焦燥に駆られた刃は、しかし鬼の頸を確かに捉えた。やった。手応え有り、だ。

確かに鬼は強力だが、技の隙間を通り抜けて渾身の刃を振るえば、何とか、攻撃は通ずるのだ。

時雨は知れず高揚する。

だが鬼は、不遜な態度を緩めない。

その笑みに悪寒が走る。元・柱としての経験からか、時雨は身を守る防御の体勢へと切り替える。果たしてそれは正解だった。

背後からの奇襲。

既の所で致命傷を避けられたのは、もはや奇跡と言ってよかった。横腹を切り裂かれる程度で済んだ。あと数尺横にズレていれば分断されていたころだろう。

額を脂汗が伝う。

見れば、なんと、同じ姿をした鬼が四体。

息つく暇もなく攻撃を躱し続ける中で、時雨は脳だけを思考の海に沈めて高速回転させた。

同じ地点に、瓜二つの容姿をした鬼が数体以上いる理由など、限られている。

──分裂したのか!

 

(いつの間に?術を発動する瞬間は見えなかった。いつの間に分身を四体も作って私の背後に回り込んだというの?)

「フハハフハハァ!合流したか、我が分身どもよ!」

(!合流……つまり、この分身達は他の場所にいたという事?…………そうか、復讐するために私を探していたのだから、分裂して五体にバラけてそれぞれ違う所を探していたという事か……!)

 

そしてその分身達が今集まってきたというわけだ。

────まずい。まずすぎる。

一体だけでも厄介なのに、それとおそらく同等の強さを持った鬼が四体いるという事実。鬼との戦いは、余程実力差が離れていない限りは、鬼よりも多い数で戦うのが基本なのだ。

しかし、今、その常識は逆転している。

時雨という鼠に、獅子達が我先にと捕食せんと群がっている。

前へ進めば、横から蹴り飛ばされ。

後ろへ退けば、上から打撃を受ける。

どう動いても勝ちへの活路を開けない。見出す事ができない。

鬼が直ぐに止めを刺さないのは、時雨を痛ぶって遊んでいるからだ。

時雨は決して屈さない。相手が誰だろうと最後まで戦い続ける。鬼殺隊である以上、泣き言は許されないと知っている。

しかし、今、人生最大の、あるいは最後の窮地に立たされた時雨の脳裏では、死という文字が少しずつ大きくなっているのも事実であった。

 

「隙有りだ叢雲時雨ェエーーーッ」

「!!カハッ────」

 

直撃、した。

肺に骨が突き刺さるのを感じた。

そして同時に理解した。あと一度でも技を使えば、その瞬間、時雨はもう助からないという事を。

下手に動けば、命は無いという事を。

──ここが、墓場か。

諦めた訳ではない。だが、悟った。

叢雲時雨がここで死ぬであろう事を。

どういった形であれ、もう、死という事実そのものは曲げられないものなのだと、時雨は、受け容れつつあった。

そして、今。

群れる獅子は、一匹の龍に成らんとしていた。

 

「ハハハハハハハハ────ッ!」

 

結合して大きく太くなる腕を、脚を、身体を見て、時雨の身体中を心の本能的な部分から来る嫌悪感が擽った。分裂していた肉体は今また一つになり、巨大化し、異形のモノとなりてゲラゲラと嗤う。そのさまは、卑陋の一言に尽きる。

巨人の姿を模した下手糞な粘土細工が動いているかのようだった。醜悪で、見ていられない。

……こいつは、私を喰らった後も、のうのうと長年生き続けるのか。

度し難い。

鬼である以上、須く元は人間だった筈だ。

彼等が今まで喰ってきたのは、彼等の同胞だった筈だ。同種だった筈だ。

だのに、何故躊躇なく喰える?殺せる?

感情を忘れた化物のように思えた。

そして千雨もまた、その化物と同質の存在に至ってしまったのだ。

理不尽だと思う。

直向きに、真っ直ぐ進んでいた筈なのに、それでも曲がってしまうのは何故か。

単純だ。

道が歪んでいるからだ。

どれだけ進んでも、征こうとも、少しずつ軌道は歪曲されゆく。刺が敷き詰められた荊棘の道の先に、何が待っているというのだろう。暗雲は未だ晴れない。

 

緩やかに、死は、迫っていた。

もう目に見える処まで。

世界に絶望し切った時雨はもう、それを在るが儘に享受する他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の意味もない人生だった。

誰の役にも立てなかった。

中途半端。

根性なし。

何の為に生まれてきたのだろう。

愛愛、いや、叢雲千雨は、何のために生きてきたのだろうか。

あの時生き残ってしまった理由を求め続けても、答えは得られない。

然もあらん。答えなど最初から用意されていなかったのだ。意味など無かった。

叢雲千雨は運が良かった、ただそれだけ。

それを勘違いして、大層な理由を付けようとたのがそもそもの間違いなのだ。

 

(叢雲千雨は、分不相応にも、生きる意味を欲しがった。くだらない。全ては私の壮大な勘違いだったのだ)

 

劈くような轟音。時雨と鬼との戦いは苛烈を極めたが、少しずつ時雨が押されているのが分かった。

あの鬼は恐らく、時雨を殺した後に自分を殺しに来るだろう。直接あの鬼を撃退したのは時雨だが、姉の自分をみすみす逃しはしないだろう。

千雨もまた、死期を悟りつつあった。

両断された手脚は未だ再生中。

再生し切った所で、あの鬼から逃げられはしない。かと言って戦って勝てる相手でもない。最早、死に体。

死を待つのみという訳だ。

 

(時雨を守る筈では無かったのか。………最早全てがどうでもいい。私は何も為せなかったし、これからも為す事はできない。私のこれまで全て自己満足に過ぎない)

 

叢雲千雨の本質は、自分勝手な部分にこそある。だから気付くのが遅れたのかもしれないが、人を守るというのは、もっと地味で退屈な行為だった筈だ。

派手さの欠片もない、ただ毎日を共に過ごしていく中でしかできない行為の筈。

間違っても強さの狂奔の果てにある行為ではないのだ。根本から間違っていた。人間だった頃からずっと勘違いし続けていた。

誤った認識を抱えたまま歩んだとて、その先に光は無い。嘆いても最早遅いのだ。目先の強さばかり手に入れてしまった。

求むるべきは、それではないのに。

 

鬼と成り果てた女は、果たして愚行の先に何を見る?

(……ああ、時雨の傷がどんどん増えていってしまう。あのままでは死んでしまう)

だけど、身体は動かない。

鬼となった肉体は疲労を感じない筈だが、圧倒的強者の立ち位置にいた妹が嬲られ蹂躙される姿を見て、喉元から緩やかな絶望が漏れ出し始めた。

──時雨で無理なら、無理だ。

 

『あの鬼に姉妹共々殺される』

 

それが未来。

もう確定してしまった未来。

覆す事はできない。

ゆっくりと、ゆっくりと、諦めが心を殺し始めていた。

時雨でも太刀打ちできないこの状況で、何ができるというのだろう。

鬼は、人だった時の記憶を少しずつ失くしていき、身も心も鬼に染まる。しかし執着していた人物の顔を何百年経っても忘れられない鬼もいる。

だから、今でも家族の顔がありありと思い出せる千雨は少し特殊であった。

彼女にはそれしかないのだ。

己を肯定するにも、否定するにも、家族と比較していた。彼女の世界は、鬼を知った後も、鬼となった後も、最初から最後まで変動していない。ずっと家族に囚われ続けてきた。

そして唯一の家族が今、殺されようとしている。千雨の心に残った最後の希望は、潰えつつあった。

後に残るモノなどない。

虚無、だった。

 

(無価値な人生だった)

時雨もそうなってしまうのか?

 

(叢雲千雨は人生を無駄に浪費した)

時雨にもそんな人生を歩ませるのか?

 

(あの子はー……)

あの子は私とは違う。

 

頭蓋が切り裂かれんばかりの頭痛が千雨を襲った。汗の代わりに、爪先から頭の先まで焦燥が突き抜けて溢れ出る。

何をしているのだ、自分は。

何をさせているのだ、自分は!

叢雲千雨の人生が無駄など、分かりきっていた筈なのに。

逡巡すべきはそれではなかった。

叢雲時雨の人生までもを無駄にさせる訳にはいかない。

 

──千雨の生は、時雨の生に意味を持たせる為にあったのだ。

徹頭徹尾決まっていた事だった。

役割を果たせ。

 

「時雨を、あの子の生をッ、無価値だったと言わせてなるものか」

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

醜悪な巨体を前にして、死を前にした時雨の脳は過去の記憶を恐るべき早さで拾い上げていた。所謂、走馬灯というやつだ。

様々な情報が浮かんでは消える。

十余年の人生は、恐ろしく濃密だった。

その記憶の奔流の中、時雨の脳は、一つの記憶を拾い上げていた。

雷の師弟と出会った際に桑島慈伍郎が言っていた事について、だ。

そうだ。

何かを、話していた。

善逸の修行に付き合った翌日、かの老人と何かを話していたのだ、自分は。

 

『儂も昔、柱じゃった。だから元柱として恥じぬ行動をせにゃならん』

『………元柱として?』

『ああ。戦う力を失い、引退し、残ったのはほんの僅かなものだけ。だが一度でも柱の名を背負ったのならば、今際の際まで、気高くなければいかん。お主の師匠も同じ心持ちじゃろうよ』

 

今際の際まで、気高く。

そう、だったのだろうか。

努力して柱となり、沢山の鬼を狩り、弟子にも恵まれた古強者の最期が、弟子の不始末の責任を負って自殺、だ。

あまりに悲惨ではないか。

彼は自責の深さ故に介錯をつけなかった。

その痛みは想像を絶するものだったろう。痛くても死ねない状況が、長い時間続く。

自責と、後悔と、絶望に塗れた最期だったのではないのか。

問うと、彼岸花の先に、時雨達の師が立っていた。

 

『──ああ。私は確かに絶望した。お前の姉への指導が足りなかった。苦しみを分かってあげられなかった。だが、傲慢かもしれんが、それで今迄の人生全てが否定される訳ではないのだ』

 

意味は、あるのか。

 

『必ずある。お主も一度でも柱の名を背負ったからには、その責任を果たせ。最後の最後まで諦めるな。

──頑張れ、千雨、時雨』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上から引っ張られるようにして顔を上げると、巨大化した鬼と、その鬼を必死の形相で羽交い締めにする姉の姿があった。

──血鬼術。

愛愛、いや、千雨の出した血の雫が氷となって絡みつき、鬼を固定しているのだ。四肢がもがれようとも喰らいつくその執念にただただ目を見開くしかなかった。

 

「何をするやめろぉおおおおお!!!」

「時雨ぇええええ────!!!私ごと斬ってえええええええ!!!!」

「貴様、貴様貴様貴様ぁあああ!何だこの術は、さっきはこんな力無かった筈、無かった筈なのにィィィイイ────ッ!?」

 

千雨は死を享受していた。

己が生を、あるがままを、受け入れて。

目の縁が濡れた。

たちまち溢れてしまいそうになった。

だが、この好機を、逃す訳にはいかない。

今しか、ない。

時雨の役割とは、今ここで、一匹の鬼と、一人の姉を斬る事だったのだ。

残酷な運命だと思う。

だが、もうそれを覆す事はできないのだ。

ならば最後まで、揺れてはならない。一度柱の名を背負った者として。

叫ぶようにして、言った。

 

「嵐の呼吸 奥義」

 

雲が割れた。

死中の喝か、火事場の馬鹿力か。

何かは分からないが、刀を、ありったけの万力のような力で握り締めると、刃が熱された鉄のように──そう、赫灼に紅く輝いて見えた。

 

「────轟風アメアラシ」

 

巨大な斬撃の暴風雨は、まさしく天災そのもの。右半身を犠牲にして放たれた、幾重にも重なった嵐は、絶大な破壊を伴って鬼を滅多斬りにした。

卵がひび割れたかの如き膨大な切り傷は、鬼の再生能力をもってしても追いつかない程の毀損を生んだが、それでも鬼は諦めなかった。時雨の奥義により千雨の拘束が緩んだ瞬間に、小さな、しかし素早い姿へと分裂し、命辛々逃げようとした。

時雨は冷静に刀を持ち替えた。

右腕はもう使い物にならない。ならば、左腕で奥義を使うまでだ。

この日の為に生きてきたのだ。

下から見下すような奴に負けない。

全ては死んだ人達に意味を持たせる為に。

生きる人達に意味を託す為に!

そして今、この鬼を殺す為に生きている!

 

「────二連!!」

「ぐぎゃ、ああああああああああ!!!!」

 

嵐の呼吸の最強の攻撃を、二連続で叩き込む荒技。二つの嵐は轟音を呼び、際限なく大きくなっていく。

鬼の断末魔すら呑み込んで、濃密な風の刃は肉を抉り込み、破壊の限りを尽くしてもまだ終わる気配を見せない。

巨大化した嵐がいよいよ天まで届かんとしていた頃になって、嵐は霞のように消え去った。同時に、時雨もその場へ倒れ込む。

後に残ったものは、何もない。

鬼は今度こそ、塵も残さず消滅した。

 

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

知らぬ人が見れば、天変地異が起こったと思わせる程の破壊の痕。

その燦々たる現場に一人立っていたのは、風柱の不死川実弥であった。

不可解な行動をする鬼がいる、と聞き現場に駆けつけて来てみれば、草の根一つ残らぬ地面の真ん中で、かの少女が死にかけで横たわっているではないか。

見覚えがある。

というか、この間の柱合会議で目にしたばかりだ。

叢雲時雨。

色々な事情がある彼女には、色々な感情が渦巻いていたが、ひとまず、それらは放っておかなければなるまい。

──もう、長くない。

無茶な身体の使い方をしたのだろう、もうほんの少しも動く事ができないようだ。

その少女の、時雨の身体を抱いた。

──冷たい。そして軽い。

あの時と全く同じ感触に絶望する。

肺に損傷を負ったのだろう、息をするだけでも辛そうだ。こうなっては最早、全集中の呼吸も何もない。

おそらく内臓はズタボロ。想像を絶する痛みだろう。

……いや、まだ痛みを感じられていれば、の話だが。

 

「………さい、ご、に、会うのは、ゴホ、しな、……ずがわ…さん、なんだね」

「………悪いな、俺で。何か言い遺す事はあるか」

「ッ、………ッあ、りがとう、ござ、………あの時、た、すけて、くれ、て」

「あの時だと?」

「いいの。覚えてないなら、それで……カハッ、ハァ………まんぞくでした、この、人生は………悔いは、ない。…………辛い事も、っ、たくさ、あった、けれど。どうか、どうか、しな、ハァ、生き、………」

「……………おい」

「………生きて…………ね………」

 

呼吸が無くなった。

目が虚になり、光が消えた。

灯火は完全に消え去って、無くなった。

彼の手には、ただただ、死だけがあった。

そして彼は、また、怒り嘆く。何も為せぬ自分の不甲斐なさに。残酷な世界に。人の尊厳を奪う悪鬼どもに。

 

「俺は──いつも──遅ェ──」

軋んだ歯の隙間からは、怒りが漏れた。

 

 

 

「醜い鬼共は俺が殲滅する」

そして、鬼滅の風は、また鬼を探して今日も吹く。

いつか鬼が全て消える、その日まで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん」

「来て、しまったんだね。時雨も」

「うん。………ごめん」

「いいの。私の方こそ、本当に……」

「………」

「………」

「……何で鬼になろうと思ったの?って、まあ、理由は聞いたけれど。ちゃんと姉さんの口から聞いておきたくって」

「………あれが、全てだよ。私は、いつも羨ましかったの。私に無いものを沢山持っている姉さんや兄さんのことが、それに時雨のことが。貴方のために何もできないのが嫌だったから……。だから目の前に餌を放られた犬のようにホイホイ飛びついた。我慢できなかった。ほら、次女だし」

「……ふふっ、なにそれ?でも、もう遅いかもしれないけどね、初めて鬼と会った時も熊と遭遇した時も、姉さんが路を拓いてくれたから、私はここにいる。すごくかっこいいなって思ったんだ」

「………そんなことあったっけ?」

「あはは、鬼になって記憶が溷濁しているんじゃない?」

「そうかも。ふふふ………」

 

「もう、行くね」

「……姉さん………」

「これは私の罪だから、貴方まで此方へ来ることはない。地獄にまで付き合わせてしまったら、私、死んでも死に切れない」

「…………でも……私は、まだ………」

「大丈夫。何年後か、何十年後か、罪を贖ったら、必ず貴方に会いに行くから。その時までに、時雨が誇れるようなお姉ちゃんになってみせるから。だから、その時に、また話そう?」

「………………ッ、うん。またね」

「またね」

「…………また、会えるよね?いや、絶対会おうね!絶対!約束だよ、姉さん!」

「………うん!約束だよ、時雨!」

「破ったら絶対、絶対ッ、許さないんだから……ッ!」

「……ッ、うん、必ず、必ずね」

 

 

 

「願わくば、どうか、鬼なんていない幸せな世界でもう一度会えますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命はいつも残酷だ。

 

殺し殺される関係には、未だ終わりは見えず。悔恨に嘆いても、誰も助けてくれはしないのだ。

 

だが、繋げていくのだ。

それが己が役割だと信じて。

 

いつか刀を取り現れる、不幸の連鎖を断ち切る者へと。

 

鬼滅の刃を振るう者へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は次女なので我慢できない』

──終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯叢雲千雨

死亡。

優秀な人間の中で育ち、平凡な自分にコンプレックスを抱いていた。家族を失って以降は更に劣等感に苛まれたが、最終的に克服した模様。時雨とは再会の約束をして別れ、一人で地獄に行く。

鬼化した時の名前は愛愛。彼女の血鬼術は二話に出てくる家族の名前を元にしたものである。

 

◯叢雲時雨

死亡。

一時は柱の地位まで上り詰めた実力者。とはいえ女性隊士のため筋力面でどうしても劣るので、より攻撃に特化した嵐の呼吸を編み出した。腕相撲したらしのぶさんよりは強いかなくらい。結構良い勝負する。

才能あるとか言われてるけどこの後にもっと凄い無一郎が柱になる。

 

◯育手

死亡。

元風柱であり、千雨や時雨に剣の稽古をつけた。最期は責任を取る形で切腹。

実は実弥の師でもあり、彼を指導していた時期もある。(と言っても教える事は殆ど無かった)

 

◯不死川実弥

生存。

短期間で育手と同僚と妹弟子を失ってしまい鬼への怨みをより一層深めた。この後に弟も死ぬ。周りの人の死ぬスケジュールがパンパンである。

 

◯我妻善逸

生存。

時雨が死んだ事はまだ知らない。鬼殺隊に入ったら時雨とまた会えるかもと密かに考えているが、その願いが叶う事はない。

時雨と交わした約束は一つも果たされる事はなかった。

 

◯桑島慈伍郎

生存。

時雨に、元柱としての立場から、鬼殺隊士とはどうあるべきかを説いた。図らずも彼と同じく元柱となった時雨は、彼の言葉を思い出して勇気を貰った。

 

◯下弦の壱

死亡。

情報を有益だと考える一方で、人は愚かだと見下す意識高い系クズ。情報に固執するあまり、知らない情報だと途端に焦る悪癖がある。

何体かに分裂して行動する事ができる。時雨に一度敗れた後、人を大量に喰って血鬼術を強化したが、千雨のサポートと時雨の奥義の前に倒れる。

過去に不死川が直近と当時の下弦の壱を倒したため、繰り上がる形で壱になった。彼が追放された後は魘夢が壱になる。

 

 

 

 




ここまで読んでくださってありがとうございます。
初投稿から完結まで二ヶ月弱もかかっちまいました。
誰だよ一日一回投稿すれば一週間くらいで終わるとか言った奴!私だよ!すみません!年明けちまったよ!6話くらいで終わる予定がなんか凄い増えてるし!
しかしまー今まで書いてきた作品の中で初めて終わったのでちょっと感激したりしてます。初めて完結した…。
他の作品もいくつか投稿してるのでよければ是非そちらもご覧ください!ではまた!


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