折れない剣 (ko6ske)
しおりを挟む
進行度1 BATTLE無し
進行度1-1
夢を見た。私じゃない、誰かの記憶。
目の前に立ち塞がるのは、長身な自分が見上げる程に大きな、一匹の竜。
──────
ピリピリとした緊張感で張り詰めた空気を肺に入れ、自身に気合いを入れるため。部下達を鼓舞するため。喉が張り裂けそうなほどの雄叫びをあげる。
「ぉぉぉぉおおおおおお!!!!!」
そして竜に向かって走り出し、皺が目立つ手で握りしめた剣を竜の腕を目掛けて振るうと、金属同士がぶつかり合うような、鈍く、甲高い音が、洞窟内に響き渡る。
渾身の力を込めて振り下ろした
「まだ……!!」
更なる一撃を振るわんと、僅かに痺れる腕を振り上げた時、まるで羽虫を追い払うかのごとく、竜が軽く前足を動かす。
竜からしたら、軽く払う程度だったのだろう。しかし、
慌てて反対の手に持った鉄盾で防ぐと、ミシミシと盾と腕が軋む音をたて、地面に足がめり込み、それでも殺しきれなかった衝撃で後ろに弾き飛ばされる。
グッと歯を食い縛りながら体勢を立て直そうとするが、まるで身体の節々が、油の切れたゼンマイになってしまったかと思えるほどぎこちなく、一挙一動にキレがない。
───勝てない。
部下の誰かが小さな声で呟いた言葉は、洞窟内で大きく木霊し、勇気で塞いでいた心の蓋を、少しずつ開いていく。
「勝てない!」「竜には勝てない!」「王は衰えた!」「死ぬのは嫌だ!」「逃げろ!」「逃げろ!!」
一度吹き出した弱音は
「「「逃げろ!!!」」」
そして限界まで膨らんだ風船が弾けるかの如く。洞窟内に響かせた雄叫びよりも遥かに大きな悲鳴を上げ、絶対的な力を持った竜に背を向け、逃げ出した。
ある者は、情けない悲鳴をあげながら。
ある者は、赤子のように泣きながら。
ある者は、謝罪の言葉を背中に貼り付けながら。
その光景を、じっと見つめ、
夢の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
なんだか悲しい夢を見ていた私を、電子的なアラーム音で無理やり現実に引っ張り出してきた朝の事。
「う……あふぅ……」
寝起き特有の沸き上がる眠気をあくびで噛み殺しながら、両腕を思いっきり伸ばす。
グッと身体を伸ばすと、寝ている間に作られたエネルギーが身体中を駆け巡る感覚。一息つきながら力を抜いた時には、全身のスイッチがオンになっている感じが、私は結構好きだ。
ふうっ……と一息ついた所で、覚醒した頭の片隅に残っていた疑問を引っ張り上げる。
「……誰の記憶だろう?」
サーヴァントと契約したマスターは、時折サーヴァントの過去の記憶を夢に見ることはあるし、実際に何回か見たことはあるけど……
「剣と盾を持った……シワが目立つ、サーヴァント?」
契約したサーヴァント達の顔を思い出す。しかし、老齢のサーヴァントは何人か思い浮かぶが、その中で剣と盾を持つサーヴァントには心当たりがない。
「前に読んだマンガか小説の光景?」
さらに深く記憶の海に潜ろう準備を始めたのだが、海面でプカプカと浮かぶ大事な用事を見つけた。
「あ! 時計時計!」
こっちに気付いて欲しいと、電子音を鳴らし続けていた時計を慌てて止め、時計の液晶画面に表示された時間を確認する。
[AM 06:00]。朝の6時。カルデア全体の起床チャイムが鳴るのは朝の7時。
「……よし! ちゃんと起きれた」
目覚まし時計が予定通り鳴ってくれた事と、予定通りいつもより早く起きれたことに、ひとまず安堵する。
しかし、無事に早く起きたからといって、ゆっくりしている時間は無い。
「まずは顔を洗って、寝癖を整えなきゃ……」
必要最低限やらなければいけないことを小声で呟きながら、歯磨きに洗顔。寝癖の確認に着替えと、一つ一つ順序良く行動に移していく。
ちなみになのだが、私のカルデア内では起床のチャイムが鳴ると同時に、前日に決めたマイルーム担当が起こしに来る。そこから今やっている朝の準備を始めて、朝7時から始まる朝食を一緒に食べに行くのが通例だ。
「チャイムが鳴る10分前……少しは練習出来る!」
なのに何故。今日に限って。貴重な睡眠時間を一時間も削って。せかせかと準備をしているのかというと、
「『あ、おはよう!いや~今日はなぜか早起きしちゃって、朝の準備はもう終わっちゃったんだよね。だからさ、朝ごはんの時間まで食堂でお話しない?』」
こういう事である。
今日のマイルーム担当にだらしない寝顔を見られたくない。たくさんおしゃべりをしたい。一分一秒でも待たせたくない。
少しでも一緒の時間を過ごしたい。
やらしい気持ちなど微塵も無い。新品のYシャツのような、純白で純粋無垢な乙女心に従った結果である。
「も……もうすぐだ……!」
時計の針がもうじき7時を指す。
召喚部屋で初めて会って時から計画し、途中で妄想が暴走し始め、厨二病患者も思わず真っ赤になるなアツアツラブラブイチャイチャちょっとだけエッチい短編小説を一気に書き上げ、正気に戻ってからカルデア中に響き渡る雄叫びながら破り捨てる試練を乗り越え、苦節と苦悩の果てに出来た『朝起きてから夜一つのベッドで寝る(意味深)まで。様々なシチュエーションに対応したパーフェクトマニュアル─大丈夫。カルデアの攻略本だよ─』を見ながら、毎日夢に見るほどに脳内シミュレーションを繰り返したのだ。
練習は十分した。気合いフルチャージ済み。今の私なら、もう一度人理焼却が発生しても、冷静沈着に対応出来ると自負している。
「さぁ……いつでも来い!」
カチリ。キ(ガチャ)
(は……速い!?)
起床チャイムが鳴ると同時に扉が開いた。つまり、相手は部屋の前で待っていた。つまりつまり、私と同じで今日を待ち望んでいた!?
ならばその期待にぜひとも答えてあげましょう! 先手必勝!
「『あ、おはよう! いや~今日はなぜか早起きしちゃって、朝の準備はもう終わっちゃったんだよね。だからさ、朝ごはんの時間まで食堂でお話しない?』」
相手が口を開く前にこちらの要件を畳み掛けることにより、(なんとなく)断りにくい雰囲気を作り出す作戦。
相手によってはバッサリと一刀両断されるけど、前々から狙っていたサーヴァントは、見た目と違ってかなり優しいから大丈夫なはず……
顔は笑顔を保ちつつ、心臓は爆発するのではないかと早鐘を打ちながら、相手の返事を待つ。
「ますたぁ」
……あれ?
思っていたより格段に高い。いや、性別そのものが違う声が耳に届いた瞬間、頬に冷や汗が一筋流れ、今までとは正反対の意味で鳴り響く鼓動が聞こえた。
(聞き間違い……聞き間違えただけ……)
弾ける寸前の泡より儚い希望を胸に抱きながら、少しずつ閉じていた目を開いていく。
動きやすいように腰の辺りまでスリットが入った、緑を基調とした和服を着たサーヴァント。
「一に顔が好き!」
透き通った薄緑の髪を腰まで伸ばし、頭には人ならざるモノの象徴なのか、白い角が生えていた。
「二に声が好き!!」
クラスは待ち人と同じ
「もう全て好き!!!」
沖田さんの宝具詠唱のリズムに合わせ、ジリジリとこちらに近付く正妻系サーヴァント。
「愛の! 三段好き!!!」
愛に生き、愛に燃え、相手も燃やす、マスターラブな清姫ちゃんだった。
◇
「こふっ!」
「なんじゃ沖田。誰かに噂でもされたのか? ほれ、鼻セ○ブ」
「人の生死に関わる喀血を噂のくしゃみと同列に扱わないでください……ティッシュありがとうございます」
「最近暑くない? っていうか熱くない? 隣のボイラー室頑張りすぎじゃない? このままだったら室温で茶が立てれちゃうし! 茶々だけに!? はい、医神印のお薬」
「いえ、確かに暑いですし熱いですけど、それにやられた訳でも無いのですが……薬ありがとうございます」
「風邪か? 沖田ちゃんは風邪を引いたことが無いのだが……そうか。風邪を引くと血を吐いてしまうのか、大変だな。私からはおでんをあげよう」
「いや、風邪引いたからって簡単には喀血はしませんからねだいこんあっつう!」
「む、すまない。ふーふーするのを忘れていた。ふーふー……」
「そもそも血を吐いた人間におでん押し付けるのがまちがごぶっっ!!」
「ぎゃー! 沖田が致死量の血を吐いたー! 医者ー! 医神ー! 錬金術師ー! 婦長ー!」
「あーもう! とりあえず叔母上は部屋の隅で敦盛でも踊って落ち着くし! それに、最後のは呼んだらおしまいだし!」
「風邪には温かい食べ物が良いと聞いたのだが、違ったのか……(しょんぼり)」
「ちがわない……けど……いまは……ちが……う……」
「沖田ー!! 消える合図のあのキラキラした光を止めるんじゃー!! 沖田ー!!」
◇
ぐだぐだ組が命のかかったコントをしていた頃、私は当初の目的通り─相手は違うが─食堂で朝ご飯前のおしゃべりに花を咲かせていた。
「あ、そうだ。聞きたいことあるんだけど聞いてもいい?」
「私の事なら全てお話しますよ? 『すりーさいず』の『ばすと』は……」
「わー! 今は人が少ないけどそれは言っちゃダメー!」
「ご安心下さいませ。ますたぁの身体情報は完璧に把握しておりますので」
「なんで!? いつ知ったの!?」
「ふふふ……秘密です」
と言った、たまにラブサインやラブコールが入ること以外は何の変哲も無い会話を楽しんでいると、モフモフな両手で器用にお盆を乗せ、タマモキャットが朝ご飯を持ってきてくれた。
「むむ! なにやら女子力の高い会話をしているな、ご主人に清姫」
「おはようキャット。女子力高いって……ただ朝使った香水の話をしているだけなんだけど?」
「ますたぁから嗅いだことの無い匂いがしましたので、私が居ながら浮気をしていないか、ちょっと聞いていたただけのことです」
「無自覚に女子力を振り回すご主人に、
「そっか……それじゃあまた予定が空いたら皆でお茶会でもしようか」
「!! ご主人のその言葉でキャットのやる気スイッチはオン! メイド服はキャストオフ! あいつは置いてきた。これからの戦いにはついていけないからな!」
「なんかよく分からないけど、また予定聞かせてね~」
「了解だご主人。キャット……この戦いが終わったら女子会をするのだー!」
見るからにツヤツヤモフモフな尻尾と、全裸エプロン姿になったため丸出しになったお尻をフリフリと振りながら、上機嫌なままキッチンに戻っていったキャット。
お尻以外も見えそうになる背中を見送ったあと、エミヤが作ったのであろう、炊きたてのご飯にワカメと豆腐の味噌汁、食欲をそそる匂いを漂わせる焼き鮭に、お盆の端にそっと海苔が添えられた伝統的な和風な朝御飯。
「いただきます」
「いただきます」
二人一緒に手を合わせ、朝食を食べ始める。
箸で一口サイズにほぐした鮭を口に入れると、焼き鮭の香りと主張しすぎない程に振られた塩が顔を出し、寝惚けていたお腹が覚醒し、「もっとくれ」「もっとくれ」とおねだりをしてくるようだ。
その要求に答えるべく、炊きたてホカホカのご飯を一口噛み締める。瞬間、米の甘みが焼き鮭の余韻を優しく手に取り、至高のハーモニーを奏でる。
「はぁ……おいしぃ……」
思わず口をついた言葉に、清姫は柔らかな微笑みを返してくれた。
食堂のルールとして『食事中は私語厳禁』ということは決められていない――周りに迷惑をかける大声でのおしゃべりや戦闘は禁じられている――が、清姫は食事中に喋ることはない。
一応こちらから話しかければ答えてくれるが、こんなにも美味しい食事を中断して話すようなことではない。
(……食べ終わったら聞こうっと)
やはり日本人だからだろうか、身体がホッとする和食を食べ終わり、清姫に朝の疑問を再び聞いてみたところ、
「そうですね。私はますたぁがお部屋に戻られてからずっと部屋の扉を見つめておりましたが、今日の担当の方はいらっしゃらなかったですね」
とのこと。
一部のサボり癖があるサーヴァントとは違い、決められたことはきちんとこなすタイプなはず。それなのに来なかったと言うことは、何かの事情があったに違いない。
なぜ来なかったのか。なぜ来られなかったのか。その原因を探るべく、朝食を食べ終えた私は用事があると告げて清姫ちゃんと別れ、彼が良く通うトレーニングルームに向かった。
……最初の所以外、老王ベオウルフ出ないですね(汗)
次から少しは顔を出せる……かな?
追記(2/25)
ぐだちゃんを早起きにしました。愛の力だね……
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
進行度1-2
「おぉマスター。おはようございます! 今日もこちらを見学ですかな?」
トレーニングルームの扉を開けると、丁度休憩中だったのか、部屋の中央に据え付けられたベンチに座っていた男性がこちらに気付いて声をかけてきた。
鍛え抜かれた鋼の筋肉を、今しがたかいたであろう爽やかな汗でコーティングし、首から汗拭き用タオルをかけた好青年。普段は鉄仮面に覆い隠されている顔は、今は少しだけ緩んでいた。
「おはようレオニダス。見学……というか、ちょっと人を探していてね」
少し動く度に「ムキッ」「ムチッ」っと効果音が聞こえてきそうなレオニダスの筋肉に視線が釘付けになりそうなのを、脳内にある筋肉フォルダに静画と動画でしっかりと保存する事でなんとか回避する事に成功。そのままレオニダスの筋肉から視線を外せた流れで、トレーニングルームの中をぐるりと見渡す。
それなりに広いトレーニングルーム。基本的には早朝から開いており、開いている間は様々なサーヴァントが利用している。しかし、今は時間が時間だからなのか、中央ベンチで休憩していたレオニダス以外は、トレーニング中の一人だけしか居なかった。
探し人と同じ性別。はち切れそうな筋肉が盛り上がった身体には生前に受けたであろう傷がいくつも浮かび上がり、クラスも同じ
だけども違う。決定的に違う。
意思表示は出来ても、こちらが理解が出来ない。
少しは理解出来ても、言っている意味が分からない。
言っている意味が分かっても、根底から違う事しか分からない。
狂化の影響はEX。自分の道を突き進み、目の前に立ちはだかる者。自身を押し潰そうとする者。弱者に圧政を強いる者。その全ての意思を笑みを浮かべながら受け止め、反逆の糧にし、何倍にも増幅して解き放つ、トラキアの剣闘士。
真名・スパルタクス。
「バーベルは圧政の象徴……持ち上げることこそ我が反逆!」
初めて召喚した時からずっと変わらず、笑顔で自分の筋肉を苛めていた。
「
大きく1tと表記された超重量の重しをバーベルの両端に合計6つほど付けて、並大抵の力では持ち上げれないはずのバーベル。それを、まるで1t表記が間違っていると錯覚するほどに軽々と持ち上げ、笑顔を絶やさずベンチプレスをする光景。同じ掛け声をかけているはずなのだが、なぜだか回数を数えているようにも聞こえる不思議。
初めて見た時は唖然呆然。開いた口が閉じないまま──漫画やアニメのテンプレだが──自分の頬をつねったこともあった。
それも今では見慣れた光景になり、いつも通りの日常に組み込まれていた。
「うーん……居ないなぁ」
もしかしたら朝のトレーニングに熱が入り、時間を忘れて汗を流しているのかと考えていたが、結果は見回しての通り。朝食を食べながら考えていた「今の今までトレーニングに励んでいた」という予想は違うようだ。
「ねぇレオニダス。今日って他に誰か来た?」
「今日ですか? 今日はスパルタクス殿が一番に来ていたみたいですが、後は7時頃に私。軽く汗を流しに来たフェルグス殿とマルタ殿。アキレウス殿は、偶然出会ったエルドラドのバーサーカー殿に追いかけ回されておりましたな」
「あぁ~……ほぼいつも通りだね」
ほぼいつも通り。
アキレウスとエルバサさんの鬼ごっこは極稀に起きるイベントで、いつもと違うのは確か。しかし、私が言いたいのはそこではない。
毎朝欠かさずトレーニングをしている彼が、まだ来ていない。
うっかり朝の挨拶を忘れたとしても。何故か朝食の時間に顔を出さなくても。日課になっているトレーニングルームには来ているはず。そう考えていたのだが……
「どうしたんだろ?」
あと彼が行きそうなのは、シミュレーションルームで槍の李さんやアシュバッターマンと一緒に戦闘訓練をしているか、紫式部さんの図書館で静かに読書をしているか。だけど、どちらも緊急性は低く、様々な予定をすっ飛ばしてまで行く可能性はほぼ無いと思う。
「そうですな。彼も昨日はなにやら体調が優れないようでしたから、マスターも心配でしょう」
「そうそう。昨日は体調が優れないから……体調が悪い!?」
何処に行ったのかを考えながら答えていたため、知らず知らずに
「たたた体調悪いっていいいいつから!? 私が昨日ここに来たときはいつも通りの爽やかな笑顔と躍動する筋肉で出迎えてくれたし、夕方に私がレイシフトから帰った時も、その後に夕食を一緒に食べた時も、いつもと変わらなかったと思うんだけど……」
「おや、マスターは知らなかったですか。体調不良は私の勘違いかもしれないですが、昨日マスターがレイシフトに行かれてからしばらくして、5セットくらい残っていたトレーニングを切り上げてどこかに向かわれましたな」
「そんな……トレーニングを途中で止めるなんて……」
おかしい。具体的にどこがと聞かれても分からないけど、何かがおかしい。
もし霊基異常だった場合、一番に行きそうなのはダ・ヴィンチちゃんの工房。しかし、レイシフト帰りからの定期検診の時には、特に何も聞いていない。彼やダ・ヴィンチちゃんなりの、何かしらの理由があって隠しているのかもしれないが、鈍いと思う私が1日経ったら違和感を感じるくらいの理由など、無意味に等しい。
(体調が悪くて、ダ・ヴィンチちゃんの工房に行かなかったら……医務室?)
医務室。
ダ・ヴィンチちゃんの『工房』は主にマスターである私や、カルデアに所属するスタッフの健康管理。私が契約したサーヴァントの霊基管理と調整を主にしている。
しかし、増え続けるサーヴァントの中には医療技術を持ったサーヴァントも多数おり、自身に割り当てられた部屋や空き部屋を使って医療行為を行うサーヴァントも少なくはない。
その中でも、カルデアスタッフやサーヴァント達がよく利用する部屋は3つ。
パラケルススのマイルーム。カルデアスタッフやサーヴァントの病気や溜まった疲労を主に自身が調合・配合した薬で回復。各人の症状に応じて薬を提供する、通称『薬局』。
婦長こと、ナイチンゲールのマイルーム。主に病気や怪我の治療と予防、各スタッフに救急セットの配布と中身の補充。基本的な予防法を伝え歩いているが、患者を殺してでも治す姿勢が一番の予防になっている、通称『保健室』。
そして、最近契約したにもかかわらず一番利用者が多く、こと治療に関しての信頼度は一番。慣れないうちは冷たい口調が気になるが、大抵の病気は治ると話題。アスクレピオスのマイルームこと、通称『医務室』。
『工房』に行ってないのだったら、何処のマイルームに行くかは明らか。仮にアスクレピオスが他の患者の治療で忙しく、診察だけで済まされたとしても、症状さえ分かれば『薬局』に行って薬を貰いに行くと言った選択肢も増える。
「うん……うん……よし! ありがとう。レオニダス。ちょっと医務室に行ってみるね」
「でしたら私は朝食をいただきましょう。健康な筋肉には、美味しい食事が欠かせませんからな」
「新たな圧政の気配……」
シャワーを浴びてから食堂に向かうらしいレオニダスと、バーベル上げが終わり、次のトレーニングを続ける様子のスパルタクスと別れ、一人『医務室』に向かうことにした。
1話に比べると短いですが、誰かさんのせいで次の話が長くなりそうなのでここで切ります。
「誰のせいだろうネ!」
未だに本編が始まらない事に少々焦りを感じている……次回には顔を出してくれるかな?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
進行度1-3
トレーニングルームから医務室に向かう途中。すれ違ったサーヴァント達と、軽い挨拶や雑談を交わしながら、レオニダスが言っていた、彼の体調不良の原因を、少し考えてみる。
まず考えられるのは、『一時的な魔力不足』。これは無い。ある訳がない。
サーヴァントを現界させる魔力は、常にカルデアの電力から提供されている。仮に提供する魔力が不足ともなれば、まず消費を抑えるため、サーヴァント達に霊体化などをお願いするだろう。しかし、自他共に認める万能の天才、ダ・ヴィンチちゃんと、並列思考であらゆる可能性を考え、カルデアの危機を救ってくれたシオンさん。この二人が揃ってカルデアにいる今、魔力不足を始め、極めて初歩的な失敗を、するわけがない。
次に考えられるのは、『サーヴァントにだけかかる病気』。これも魔力不足同様、除外しても大丈夫だと思う。
基本的な話、生身の身体を持たないサーヴァントが病気になることは、まずない。一度だけ、クリスマスに流行った「シュメル熱」があったけど、あれもかなり特殊な状況だった。似たような事がもう一度無いとは言い切れないけれど、今まで挨拶を交わしたサーヴァント達の元気な様子を見ると、選択肢から外しても、多分、大丈夫だと思う。
となると、考えられる中で一番可能性が高いのは……。
「やあマスター、おはよう! 医務室に用事かい? 若いのに感心しないネ」
「おはようございます、教授。で、今回の事件の動機はなんですか?」
「挨拶ついでに犯人扱いは酷くない!?」
『他サーヴァントの仕業』。
例え話。IFのお話。【たまたま】医務室の前で、【偶然】出会った、【胡散臭い】アラフィフのアーチャーの仕業。とかね。
◇
アラフィフのアーチャーこと、『新宿のアーチャー』。
特異点と化した新宿で出会い、あれやこれやと─亜種特異点『悪性隔絶魔境 新宿』参照─あった後、カルデアのサーヴァントとして召喚された。
以降、特異点を作るまでの活動は(今のところ)少ないけど、他のサーヴァントにちょっかいをかけ、時にはサーヴァント同士が殺し合いを始める殺傷事件のきっかけを、ちょくちょく作ったりしている。
なので、今回も教授の仕業かと思い、朝起きてから今までの経緯と、私の拙い推理を話してみたけど、
「なるほど。だけど残念! 今回私は関わってないよ。他のサーヴァントの仕業と言う君の推理は、当たっているけどネ!」
当の教授はこの様子。
真意が掴めない笑みと、わざとらしく、軽い口調で語られる言葉。もしかしたら、「自分は関わってない」というのは、息をするのと同じくらい、無意識に出来てしまう嘘かも知れない。けれど、仮に教授が本気を出せば、私……いや、並大抵のサーヴァント達では見抜く事は出来ない。それこそ、見抜けるのはホームズぐらいだろう。
「教授は、今回の犯人を知っているの?」
一応聞くだけ聞いてみるが、教授が簡単には答えを言わないだろう。今までの経験を思い浮かべながらも、万が一を期待して聞いてみると、
「もちろん知っているとも! しかし、関わった彼の事を、犯人扱いはしないでほしい。今回は誰かに故意に起こされた事件でも、彼の不注意から起きてしまった事故でも無い。そこを、間違えないでくれたまえ」
にこやかな笑みを浮かべながら、サラッと答えてくれた。
「犯人じゃない? それってどういう」
「しっ……わからなくても、とりあえず頷きたまえ。今後の君のために、ね」
人差し指を私の口に当て、続こうとした言葉を口の中で遮りながら、私にだけ聞こえる小さな声で話す教授。私の瞳を見つめる視線は私を見ているようで、何処か遠くを見ているようにも感じる。
何かを探しているのか、あるいは、何かを確認しているのか。
どちらにしろ、私は教授の言葉に従い、小さく頷いておく。理由は、後から聞けばいい。
「よろしい! では、立ち話は私の腰に悪い。『医務室』の待合室で、ゆっくりと話の続きをしようじゃないか!」
私が小さく頷いたのを確認した教授は、オーバーな身振り手振りで私の後ろに立つと、周りには誰も居ない、物静かは廊下に響く声を出しながら、私の背中をグイグイと押し、『医務室』の中へと入っていった。
◇
「よっこらせ……ふぅ。やはり、ここの椅子は良い」
「だね。ふわふわで気持ち良い……」
待合室に置かれた、適度な柔らかさと反発力を持った椅子に、教授と向かい合うように座り、一息つく。部屋の主であるアスクレピオスは居ないのか、『医務室』内は、シンと静まり返っている。
「アスクレピオス君なら居ないよ。なんでも、急患が出たらしくてね。ナイチンゲール君と共に出てしまった。おかげで私の腰痛は後回し! 彼の湿布はよく効くから、早めに診てほしいネ……」
「なるほど。で、本題に入っても?」
「アラフィフに冷たいなぁマスターは……」
やれやれ、と、肩を竦ませる動作が似合いそうな声で呟きながら、ゆっくりと足を組み、こちらに視線を向ける。
「では、答え合わせを始めようか」
待合室に掛けられたアナログ時計が、朝の8時を知らせるのを合図に、教授の授業が始まった。
「教授の腰が重すぎて執筆速度がマッハで遅くなってヤバい」
意訳・教授のキャラが難しすぎて全然書けませんでした
!!何故書こうと思ったし!!
5/31追記
やっと書き上がったのですが、医務室に居る時間が思いの外長くなったので分割します。お待たせして申し訳ございませんでした
次の教授ピックアップは全力で引くので許してください
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
進行度1-4
「まず
「はい教授、そこから分かりません。なんで事件でも事故でも無いって、分かるんですか?」
答え合わせが始まって早々、教授の話の腰をポッキリ折るよう、右手を真っ直ぐに、勢いよく上げて、廊下で聞いた時から疑問に思っていたことを、改めて聞いてみる。
教授の口振りから、今回の件は事件や事故では無いと、確信し、断言している。その理由が、私にはよく分からない。
「ふむ……マスターにサーヴァントとして召喚され、
「私は教授みたく、1を知って10まで計算出来る能力は無いですし、頭の回転数が一般人レベルなので、一個づつ、詳しく、詳細に、解説をお願いします」
「この事に関してだけなら、解説は不要だ。なぜなら君は、このような出来事を、近しい出来事を何度も経験しているからだ。理由について「考える」のではなく、理由を「思い出す」のだよ」
思い出す? 何を?
初めてカルデアに来て、成り行きで人類最後の最後のマスターとして走り抜け、苦楽が凝縮された日々。ハチャメチャな特異点や、想像の斜め上を軽々しく飛び越える出来事が押し寄せ、カルデア中がお祭り騒ぎになるイベントの数々。そこから「何度も経験している事」を抽出しようにも、短時間では絞り切れない程に濃く、ある程度絞ったとしても、数え切れない程に多すぎる。
「なーに、それもすぐに分かること! 無理に思い出す必要は無いサ!」
色々な考えが頭の中でループし、頭から湯気が出そうだった私は、教授の一言で一旦考えるのを止める。すぐに思い出せず、もうすぐ分かることなら、ひとまず横に置いておく事にして置いても大丈夫だろう。
それに、これ以上考えていると、知恵熱で倒れた愚患者扱いされてしまう。
「次は誰が関係者が誰かだけど、これがホント【偶然】! 【たまたま】! 【なんとなく】! カルデアベースの廊下を散歩してたら、決定的瞬間を目の前で見ちゃったんだよね〜これが!」
「ふーん……(ジト目)」
「ありったけの
「だって……教授は【偶然】とか【たまたま】とか、低確率で起こる言葉は似合わないし、表向きでは【なんとなく】とか言いつつ、裏ではものスッゴイ悪い顔で「計算通り」って思ってそうだもん」
「いや〜そう言って頂けるのは、悪の親玉として嬉しい限りだネ!」
「ついでに、年中無休で悪い事考えたり、裏でコソコソ仕掛けたりしてそう」
「それは偏見が過ぎるよガール! 悪の組織は決してブラック企業じゃなくて、週休二日。祝日休みの超絶ホワイト企業! 有給や長期休暇など、ちゃんとした休みもあるんだよネ!」
「悪の組織だったら、仕事の内容はかなりのブラックだけどね」
「中々スパイスの効いた、良いブラックジョークだ!」
「「HAHAHAHAHAHA!」」
閑話休題。
「私が彼らを見たのは昨日の夜の事。君の探し人がマイルームに入る前に、彼……項羽君が声をかけた所からだね」
「項羽が?」
人類漂白の原因。史実ではありえない歴史を歩み、進化の階段を登りきり、行き止まりにぶつかった、7つの人類史、『
汎人類史で語られる彼は、秦代末期、西楚の覇王として語り継がれる英傑。しかし、異聞帯で出会った項羽は人で無し──人ですら無かった。
未来視にも等しい演算能力を持ち、主命には絶対服従。敵対する者を圧倒的な武力で殲滅する、中国異聞帯最強のロボット。初めて出会った時から難敵として苦しめられ、空想樹伐採の時には、自壊を厭わない戦闘スタイルで激戦を繰り広げた後、妻を想いながら機能停止した。
サーヴァントとして召喚に応じてくれてからは、妻である虞美人先輩と一緒に、穏やかではないが、異形な者を迫害する者が居ない、幸せな日々を過ごしている。
「項羽君が、傍から見れば、バーサーカーらしい意味不明な行動を起こす。それがどういった意味を示しているか、マスターである君には分かるね?」
「……項羽の未来予知、でしょ」
未来予知。
『未来』を『視』たり、『未来』が『視』える方のスキルではなく、『未来』を『予知』するスキル。
異聞帯に居た頃の項羽はもちろんの事、凡人類史の項羽にも持ち得るスキルであり、戦闘時以外でも、時折天啓を受けたかのように視えるらしく、悪しき未来を変えるため、雄叫びをあげながらカルデアを破壊する行動が度々見られる。
それに加え、何故そんな事をしたのかを詳しく説明せずに去り、意を決して聞いてみても、答えどころか、こちらの疑問が増えるような必要最低限の事しか語らない。なのでカルデア職員や大多数のサーヴァントからは、「項羽はたまに暴走しては何処かを壊すサーヴァント」と言った、表面上では正しく、根本的に間違った認識を受けている。
一方で。未来視が発動した後、項羽が取る行動は破壊や暴走だけでなく、何故そんな行動を取らなければならないのかの理由もわからないまま、視えた未来の通りに動く事もあるのは、バレンタインの時に知った事でもある。
「だけど……」
わからない。わからない事だらけ。
項羽の未来視で視えた未来。日課のトレーニングを途中で切り上げてしまうほどに体調が悪いらしい彼。破壊や暴走をせず、一言二言の言葉を交わすだけで変えれる未来。次の日には解決する程に小さいのか、誰にも言えない程に大きいのか。今回の件は事件でも事故でもなく、いつかは起きていた。言い換えれば必然な出来事。数多くの経験を積んだマスターである私が思い出す事。
新品の箱から出したばかりのバラバラなままのパズルピースのように、頭の中に散らばった数多くのピース。どれとどれか組み合わさるのか。どこから繋げるのか良いのか。繋がったピースはどれと繋がるのか。いくら考えても、私の中には見当たらない。
「二つ、君の勘違いを訂正しよう」
うんうんと頭を捻って悩む私を見ていた教授が、おもむろに口を開く。
「まず一つ。サーヴァントの体調不良は、身体が動かなくなるほどの『魔力不足』。怪我や病気など、分かりやすいものだけではない。心に小さなトゲが刺さるのも、立派な体調不良とも言える。二つ。項羽君は彼と話しただけじゃなく、何かを手渡していたようだったよ」
「いや、そんな細かい所を訂正されても……ん?」
教授の訂正を受けても、不完全だったピースが正しい形になっても、わからないものは、いくら考えてもわからない。しかし、手持ちの欠けたピースかもしれない、新たな疑問が増えた。
「項羽が、何かを手渡した?」
「そうだね……一言二言話した後、手渡すというより、傍から見たら、彼に無理矢理押し付けているようにも見えたよ」
「押し付けるって、一体何を?」
「さて、ね。どんな物かは分からないが、遠目から見た感じでは大きさは握り拳程度。丸いフラスコに入った、透明度の高いオレンジ色の液体。と言うことしか、私には分からなかったネ」
遠目から見たと言う割には、随分と詳しく見えた様子。サーヴァント。いや、アーチャークラスの特性だろうか。
自他共に認めるアラフィフで、撃てば当たる魔弾の使い手なのに。と言う言葉が喉元まで出かかったが、グッと飲み込んだ。サーヴァントが老眼なんて、格好がつかないにも程がある。
「そ・れ・に! 彼に渡した物が何だったのかは、モウスグ分かること! このフカフカな椅子にでも座って待ちたまえ」
「またそれ? もうすぐ分かる。もうすぐ分かる。それっていつ分かることなの? もったいぶるのは「あ!
ホームズだけで十分。そう続けた私の言葉を綺麗に切り取るかのように医務室の扉が開き、一人の少女が姿を表した。
まだまだ成長するのだと言わんばかりの小柄な身体に、短く切り揃えられた銀髪。顔には痛々しい傷跡が残ってはいるが、それだけを見れば、ただのあどけない少女と言える。
しかし、幼い少女が着るには、いや、大人でも着るのはそれなりの勇気がいる、大事な所を最小限隠しているだけとも言える、露出が多すぎる服装を着ている。
更に腰の少し後ろ辺り。軽く手を後ろに回せば届く場所にはそれなりに大きなナイフが二つ、左右のホルダーに一つずつ入っている。
子供らしい無邪気な可愛さと、拭い切れない違和感を感じさせる少女。
「
医務室に入ってきたジャックちゃんは、私を見かけるや否や、アサシンらしい身軽さで飛び上がり、空中で華麗な一回転を決め、私と教授の間に着地した。
「おぉ〜さすがジャックちゃん」
「えへへ〜」
私が素直な気持ちで褒め、パチパチと小さな拍手を贈ると、少しだけ照れくさそうな顔で笑っていたが、何かを思い出したのか、私に向かって聞いてきた。
「
「イジワルな馬?」
馬。と聞くと、一人(一匹?)の、姿は正に馬なのだが、やけにイケボな声で話す。自身を人と主張するくせに生のニンジンが大好物で、未調理のままでもバリバリ食べる、ライダークラスのサーヴァントが思い浮かぶ。
しかし彼はジャックちゃんを初め、少女の姿をしたサーヴァント達と『お馬さんごっこ』をしながら廊下を疾走する姿をよく見る。遊びとしてちょっとした『イジワル』はするかも知れないが、探す時にまでイジワル呼ばわりされるとは考えにくい。
となると、他に居る馬といえば……
「もしかして、項羽?」
「そう! わたしたちもずっと探してるけど見つからなくって……そしたらここに居るよって、美人お姉さんが教えてくれたの!」
「美人お姉さん?」
イジワルな馬と来て、次は美人お姉さん?
傍から……と言うか、一般的な人の私から見れば、サーヴァントはカワイイ方面からカッコいい方面。性別の壁を乗り越えた方面まで、様々な方向性の美女が揃っている。その中でも、ジャックちゃんが美人と称するサーヴァント?
「おそらくだが、彼女は虞美人の事を言っているのだろう」
医務室にジャックちゃんが乱入してからじっと口を閉じていた教授が、そっと助け舟を出してくれた。
「そう虞美人お姉さん! すぐそこの廊下で会って、「
「へ〜先輩が……そうなんだ〜」
伝えたい事が伝わった事が嬉しかったのか、小さくピョンピョンと跳ねるジャックちゃんを、微笑ましい気持ちで見つめながら、チラリと教授の方向を見る。
(ピューピュー)
無駄に綺麗な音の口笛を吹きながら、こちらと視線を合わせないよう、明後日の方向を見ていた。
「教授。ぐっちゃん先輩が見てた事、知ってたでしょ」
「イヤ〜ナンノコトカナ〜? オジサン、シラナイナ〜」
「なるほど。嘘って分かる棒読みありがと。今回の件は、とりあえず宝具ジャンプ10連発で許してあげよう」
「それって許して無いよね!? 私の腰をOverkillする気マンマンだよ!?」
「悪いオジさん、腰も悪いの? 大丈夫? 悪性を摘出する?」
「物騒なナイフを構えるのは止めて、そのまま仕舞ってくれるかいレディ!? それに用があるのは私の方ではなく、マスターの方じゃないかったかい!?」
教授の必死な言葉に、とても残念そうな声と顔をしながら渋々とナイフを仕舞うジャックちゃん。と、本来の用事を思い出したのか、いかにも「わたしたちはすごく怒っているんだよ!」と言わんばかりのふくれっ面で話してくれた。
「聞いてよ
「えっと、項羽がどこにいるかは分からないけど……その薬って、どんな物かわかる?」
「錬金術師さんのお話だと、大きさはわたしたちの両手に乗る心臓くらいの大きさで」
「うん、物騒だね〜」
「飲む所が細い筒みたいになってる、ふらすこ? の形をした瓶の中に」
「……うん?」
「透明なオレンジ色のお薬が入ってるやつ!」
「なるほど……ね」
ジャックちゃんの説明を聞きながら、パチパチと音を立て、頭の中でバラバラだったピースが、少しづつ組み上がっていく。まだまだ分からないことも多少あって憶測の域を出ないが、彼に何が起きたかは仮説を立てることは出来る。
「教授は」
私は未だにふくれっ面になっているジャックちゃんの頭を撫でながら、向かいに座っている教授を見る。
「どこまで予測してたの?」
私の質問に、教授は笑う。
「無論」
目を愉しそうに細め、口を半月状に歪ませ、嬉しそうに言った。
「計算出来る事全てサ!」
教授の言葉と共に9時の時報が鳴り、教授の授業が終わりを告げた。
大変お待たせ致しました! これにて教授のターン終了になります!
教授のキャラがあまり掴めてない気がするのには目を瞑っていただければ……エタらないだけましだと思っていただければ……
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
進行度1-5
カツカツと硬質な靴音を鳴らしながら、今度は迷いなく、白を基調としたカルデアベースの廊下を進んでいく。
「ううん。もう迷っていられない、の間違いかな」
ずっと、迷ってはいた。
朝に清姫が起こしに来た時も。朝一の朝食を食べ終わった時も。トレーニングルームで体調不良の話を聞いた時も。少し遠い場所にある医務室に向かう時も。
足は黙々と目的地に向かいつつも、心の片隅では「彼の部屋に行くべきだ!」と、主張を続けていた。
その心の声を無視して、遠回りを続けた。
「ただ純粋に恥ずかしかった」
「女性が男性の部屋に行くのは、はしたない行為だ」
「彼にいやらしい女性と思われたくない」
今振り返ってみると、思わず笑ってしまう位に下らない理由を、だけども私にとっては大事な理由を付けて、正しかったであろう心の主張に蓋をして、知らんぷりを続けていた。
最初から行くべきだったのかもしれない。一人の『女性』としてではなく、一人の『マスター』として。
「つ……着いた……」
世界の最果てに有るとすら感じていた場所は、歩き出せば心の準備が出来ない程に近く、あと一歩を踏み出せば、部屋の扉に手が届いてしまう場所にあった。
バクバクと、緊張している気持ちが耳元でうるさく鳴り響く。全身が石化したかの様に固まってしまい、今すぐ背中を向けて逃げ出したい気持ちに駆られる。
まだ彼と、『マスター』として会う準備が出来ていない。
「すーー…………はぁーー…………」
気持ちを落ち着けるため、深呼吸を一つ挟む。
「すー………はぁー………」
気持ちを切り替えるため、もう一回。
「すぅ……はぁ……」
覚悟を決めるため、最後に一回。
「よし!」
とりあえずだけど、彼と『マスター』として会う準備完了。何が起きているのかは医務室で知り、彼がどんな状況になっているかは、ある程度の想像はできた。
今の私に隙は無い。扉を開けて、彼がどんな姿で出てきても、私は驚きはしない。
「いざ!」
気合の入った掛け声と共に、最後の一歩を踏み出しながら、扉に手をかける。
「わっ……ぷ!」
しかしその手は見事に空を切り、結論から言うと、私は廊下に尻餅を着いた。
気合を入れすぎた一歩から伸ばした手は、先に扉を開けられた事によって空振りし、その勢いのまま前のめりに倒れるはずだった。しかし、扉を開けた張本人にぶつかる事で、前のめりに倒れる事は防がれた。結果、前に倒れる勢いはそのまま後ろに向きを変えて、廊下に尻餅を着くことにはなったが。
「おっと……失礼。怪我は無いかね?」
頭上から、声が降ってくる。
歳を重ねた男性らしい、低くて、渋くて、どこか彼の面影を感じる声。
「そういえば。このような状況に適切な台詞があったはずだ……確か……」
私は、ゆっくりと顔を見上げる。
床に付きそうな程に長い緋色のマントで身体を覆い、
顎髭を撫でる手は、老人らしい皺が刻まれてはいるが、枯木のように細くはなく、どちらかと言うと、ゴツゴツとした巨岩の方を連想させる。
と、考え事が終わったのか、真紅に燃える瞳をこちらに向け、『マスター』である私に向かって言った。
「問おう。貴方が、私のマスターか」
こうして、私と彼の運命は重なり、マスター・藤丸立香と
「勝った!『進行度1』完!」
これにて進行度1は終わりです! 長々とありがとうございました!
ラストはクラスがセイバーだし、ただ単に運命構図を書きたかっただけです……許してください……
次回予告しますと、アサシンのサーヴァントと戦う事は決定してます。バトル有りです。
次回の進行度2も、よろしくお願いしますm(_ _)m
目次 感想へのリンク しおりを挟む