ジャクソン魔改造計画(仮) (あぽくりふ)
しおりを挟む

ジャクソン魔改造計画(仮)

お情け程度のオペレーター要素。なんだこれは……(困惑)。



※改稿しました。許してクレメンス()



 

 

『麓郎あんたなんとかしなさいよ! このメガネあんたより格下でしょ!?』

 

 そうだ。

 総合的な能力値(スペック)において、オレは三雲修に負けてはいない。負けているとすれば、それは。

 

『葉子ちゃんが玉狛にムカつくのは、きっと玉狛が羨ましいからだよ』

 

 なるほど、そうか。

 合点がいった。工夫も戦術も何もかも足りないのに対して、三雲隊はとことんまでこちらの情報を掘り下げ緻密な戦術を練っていた。それが出来ていればと思うが──つまりはそういう事だ。実力が拮抗していれば、より準備をした方が勝つ。当然な話だった。なんとなくで戦っていて勝てれば苦労はしない。工夫が、作戦が、準備が足りなかった。

 

『──大丈夫』

『悔しいって思えるなら、まだ強くなれるはずだから』

 

 香取葉子は悔しかったのだろう。

 冷めやすい人間ではあるが、同時に彼女は負けず嫌いだ。天才故の脆さと矜持(プライド)の裏返しを露骨に前面に出すのが葉子だ。B級中位に上がってからの連敗、加えてぽっと出の三雲隊に完膚なきまでに負けたことは相当堪えたようだ。

 だが──そんなことは、オレも同様だった。

 だから考えた。師匠として仰ぐ犬飼先輩にブースで射撃の指導を受けながらも、二年間を経てもマスタークラスへと一向に届かない銃手(ガンナー)としての腕の低さに辟易としながらも考えていた。いや、考えの結論なんてとっくの昔に出ていたのだ。ただ俺が本気で取り組もうとしていなかっただけ。

 変化を望んでいない人間を変えようとするのは難しい。自ら望まなければ道は開けない。変革を求めなければ成長なんて出来るはずがない。

 

「犬飼先輩、オレに戦術を教えてください」

「え、無理」

 

 それが、オレこと若村麓郎の出した結論だった。秒速で断られたが。結構落ち込んだ。

 

 

「いや、別に麓郎に教えたくないとかそんなのじゃないんだけどね? オレなんかよりも絶対向いてる人間がいるからさぁ」

 と。

 そんなことを道中で宣いながら彼が案内する先は、二宮隊の作戦室だった。うちの作戦室と違って随分とお洒落な雰囲気だな──と思いながら見渡せば、隅に誰か座っているのに気付いた。

 辻さんでもない。二宮さんでもない。犬飼先輩は目の前にいる。必然的に導かれるのは一人だけだった。

「あ、やっぱりいた。氷見ちゃん今ひま?」

「どしたの犬飼先輩。それと、後ろの……」

 小柄な体躯にボブカットの少女を認めて軽く頭を下げる。面識こそないが、一方的には知っていた。氷見、と言えばあのB級トップを張る二宮隊の敏腕オペレーターとして名が通っている。

 元はA級である二宮隊のオペレーターと、マスタークラスにも到達しないしがない銃手のオレとでは知名度に圧倒的な差がある。知らなくて当然だ──と思いながら、自己紹介するために口を開き。

「若村くん、だっけ。氷見亜希です」

 よろしく、と。そう言って軽く会釈する姿に驚いて目を見開いた。

「……若村麓郎です」

 名を知られていたことに驚きはしたが、しかしそれも一瞬だった。犬飼先輩から聞いていたのだろう。何もおかしなことではない。

 ──二年間も銃手として燻っている、不肖の弟子。

 自己嫌悪を歯を噛み締めてすり潰す。駄目だ。あの試合以降、ネガティブな思考がいつも片隅にこびり付くようになってしまっている。

「というわけで、麓郎に指揮とか戦略とか教えてやってくれないかなー、氷見ちゃん」

「どういうわけかさっぱりわかりませんけど……」

 ちらり、と。澄んだ瞳が一瞥する。

「まあ、構いません」

「お、さっすが氷見ちゃん。よかったな麓郎」

 軽い調子で背中を叩かれる。そこまではよかった。だが問題なのは、そのまま流れるように踵を返したことで。

「じゃあよろしく。オレ、ブースでちょっと予定があるからさ」

 雑過ぎる。

 真っ先に出た感想がそれだった。雑でいい加減で適当過ぎる。何かを言う暇もなく犬飼先輩は作戦室を出ていった。沈黙が場を支配する。

……会話の切り口が見つからない。同年代だが格上の隊に属するオペレーターの少女を前にして、オレは地蔵のように突っ立っていた。

「若村くんってさ」

 そんなオレを見兼ねたのか、彼女の方から話は切り出される。座ったら? と促されるままに来客用らしきソファに腰をかけると、彼女は備え付けのコーヒーポットからマグカップに注いで出してくれた。犬のマスコットキャラクターがポップにプリントされたそれは、もしかしなくとも犬飼先輩のものだろう。いいのだろうか、と思いながらも口をつける。少し苦味が強く感じた。ここの隊長の意向なのだろうか。

「華ちゃんのところだったよね」

「はい……華さんが何か言ってましたか?」

 内心でビビりながら尋ねる。染井華──香取隊のオペレーター。オレより歳下でありながら遥かにしっかりしている少女。正直、華さんに裏でとやかく言われていたらオレは立ち直れる気がしない。いや謗られたところで何も言い返せないのだが。

 香取隊において足りないのは、間違いなくエース以外の能力だ。つまるところ敗北の原因はオレにある。葉子は気分屋で独断専行の気はあるが、点取り屋としての能力は一級品だ。それに対してオレはその一枚も二枚も格が落ちる。

「心配しなくても何も言われてないよ。むしろ、あの子の方が気を張ってたから」

「気を張って……?」

「うん。華ちゃん、真面目だからさ。結構なかずの対戦記録(ログ)見返してたよ」

 ぎり、と。

 知らず歯を噛み締めた。

「……氷見さん」

「うん」

「オレに戦術を教えてください」

「いいよ。あと、敬語はいらないからね」

 そう言って、氷見亜希はくすりと笑った。

 

 

「……なるほど。地形を活かして分断したのか」

「そういうこと。基本的に数的有利を取った方が強く当たれるからね。三つ巴の状況になるとそう一概には言えないんだけど、それでも不利な敵から点を取りに行くのが一番効率が良いから」

 敵は二つよりは一つの方が対策はしやすい。当然故に必然的に叩きやすい方から叩く──知ってはいたが、やはり対戦記録(ログ)から俯瞰して様々な試合を見ていると学べるものは多い。そして、知れば知るほど自分の無知さに嫌気がさしてくる。

 敵チームを誘導して推測されるもう一方にぶつける手腕。僅かでも浮いた隊員を速攻で切り潰しにいくタイミングの見極め。流動的な戦況において確かに勝ち筋を見つけに行くのが指揮官の務めだ。これを華さん一人が担当していたのだと気付いて恥ずかしくなった。こんな重責を彼女に任せて、何も知らずに戦っていたのか。戦えるのは当然の条件。B級上位の隊やA級の隊でオペレーターに全ての指揮を任せている隊などそうありはしない。個々の能力が突出しているならばともかく、オレのような凡庸な隊員がチームにいるのなら少しでもオペレーターへの負担を減らすべきだ。本来の役割は視覚支援やレーダーによる敵の進行ルートの割り出しなのだから。

 と。そんな調子で彼女の解説を聞きながら内心で嘆息していると、あ、と氷見さんが声を漏らした。

「これは……」

二宮隊(ウチ)の試合だね」

 少し前のランク戦の対戦記録。それはまさしく蹂躙だった。狙撃手(スナイパー)が抜けたとは言え、やはり隊としての全体的な完成度と地力は他を寄せ付けないものがある。何より圧巻なのが──。

「流石、二宮さん……って感じだよね」

 無言で頷く。エースの性能の高さが尋常ではない。加えて、辻新之助と犬飼先輩の援護と陽動の上手さが光っている。エースを全面的に信用し他は徹底的にサポートに徹することで火力を押し付ける戦術は二宮隊ならではのものだ。

「参考にはなりそうもないか」

 これは参考にならない。確かにうちの葉子はエースと言って問題ないが、この中距離から圧倒的な火力で蹂躙する一対一(タイマン)の性能及び制圧力には及ばない。

 そう考えての発言だったが、うーん、と氷見さんは指を顎にあてて呟く。

「そうかなぁ。香取隊も同じような感じだと思うけど」

 エース一人にサポート二人。そう考えれば同じ型だと言えなくもないかもしれない。ただ──。

「オレは、犬飼先輩みたいに上手くないから」

 犬飼澄晴という男はその言動に反して非常に合理的かつ堅実な立ち回りを意識している。そんな印象は先程の対戦記録を見てもより一層強まった。エース級の性能とは言い難いが小技が非常に巧みなのだ。点を取れそうになければ即座に機動力を削ぐ動きに切り替え、確実に細かいアドバンテージを稼ぐことで天秤をこちらへと持っていく強かさ。流石マスタークラスに到達した銃手(ガンナー)、と言うべきか。本人はいつも二宮隊の潤滑油と自称しているが、確かにこれはエースまでを繋ぐ潤滑油だろう。

 ああ、と。確かな憧れを抱いてその姿を、立ち回りを見る。これだ。これこそがオレが目指していた姿だ。エースになろうとは思わない。だが確かに仕事をする。

 そんな堅実な立ち回りに憧れて彼に師事を仰いで──マスタークラスになれないまま、二年が経った。

 今のオレはどんな表情(かお)をしているのだろうか。僅かに視線を落とす。そんなオレの内心を知ってか知らずか、隣で珈琲を啜る彼女はこう返した。

「そうだね。若村くんは、もっと違う方に才能があるかも」

「違う方……?」

「こういう言い方はあれだけどさ。銃手(ガンナー)としてはもう頭打ちなのかもねって」

 自覚はしていた。

 だが──やはり、他人にこうして明確に指摘されると、少しくるものがある。慰めて欲しかった訳では無いし根拠の無い楽観を得たかたった訳では無い。予測出来ていた事実だ。ただ、それでも、少しばかり言葉に詰まった。

「たぶん、あと一年もすれば若村くんもマスタークラスには上がると思う。でも……違うよね」

 見透かすような瞳がオレを見据えた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……ああ」

 その通りだった。

 オレは銃手に固執していた。才能があると思っていた。憧れたものになりたいと思っていた。ただ、そんな自信は葉子のような本当の天才によって打ち砕かれた。元A級隊員に師事しているのだからと銃手として二年研鑽を積んだが、自分の限界なんてとっくに理解はしていたのだ。それでも続けていたのは、くだらない意地と矜恃(プライド)に他ならない。しょうもない餓鬼の馬鹿らしい拘泥。くだらなさ過ぎて笑い話にもなりはしない。

 それで勝てないのだとすれば世話がない。いつまで梃子でも動かないポイントにしがみついている。糞の役にも立たない意地など捨てろ。勝ちたいのなら──オレ自身が変わるしかないのだから。

 

「勝ちたいんだ。香取隊(みんな)で」

 

 ずっと不安だった。

 華さんはどこかドライなところがあって。葉子は上手くいかなければすぐに拗ねて。雄太はそんな葉子を宥めるだけだった。

 全員、本気じゃないのではないかと疑っていた。どうせ勝つ気がないのなら努力するだけ馬鹿らしい。そう心の何処かで思っていた。

 だが違った。香取葉子は本気で悔しがっていた。染井華は陰で努力をしていた。三浦雄太は自分が弱いせいだと吐露していた。誰もが勝ちたいと願っていた。勝手に見切りを付けていたのはオレだけで、オレだけが本気じゃなかった。

 ──腹が立った。

 何が「いっぺんでもまともに壁にぶち当たってから言いやがれ」だ。とんだお笑い種だ、僻み根性にも程がある。お前の才能の無さを葉子にぶつけてどうする。勝ちたいなら模索しろ。全力を尽くして策を練れ。一度でも本気で勝とうとしてみろ。

 

「……そっか。じゃあ、頑張らないとね」

「あー、うん……その、ごめん氷見さん。オレなんかの為に時間を割いて貰って」

 今更の話だった。とことんまで迷惑しかかけていない。差し入れでも持ってくればよかったな、と考えていれば、ふふ、と氷見亜希は笑った。

「別にいいよ。実際暇だったし」

 それに、と。

 元A級オペレーターである才女は、付け足した。

「頑張ってる人を見てるのって、嫌いじゃないからさ」

 一瞬、言葉に詰まった。頑張っている──頑張っている、のだろうか。思ってもいなかった方向からの言葉に戸惑う。お陰で返す言葉も少なくなってしまう。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 茶化すようにそう返し、ボブカットの少女は続ける。

「あとさ、これは全くの検討ハズレみたいな意見かもしれないけど……」

 僅かに逡巡した様子に首を傾げる。だが逆にそれで決心がついたのか、彼女は告げた。

「一回、攻撃手(アタッカー)を経験してみたらどうかな」

 

 

「はーい。というわけで、こちらがウチの辻ちゃんね」

「辻です」

 マスターランクの攻撃手。ボーダーでも屈指のサポーター。辻新之助のことを知らないはずがない。若村です、と返して会釈する。目がいくのは二宮隊特有のスーツ隊服ではなく、その腰に既に履かれた太刀だった。

 弧月。鍔のない日本刀のような形状のそれは、攻撃手に最も人気のあるトリガーだ。その使い手として最も知れ渡っているのは無論太刀川さんだろう。個人ポイントで45000を越えるなど正気の沙汰ではない。どんだけ強いのだあの髭大学生。であれば、その師である忍田本部長の強さも知れるというものだ。

 無論、辻新之助はそんな理不尽な強さを持つ攻撃手、というわけではない。ただ、元A級隊員が弱いわけがないし二宮隊の試合の様子を見ていれば口が裂けても下手だなどとは言えない。戦況を見極める目、単純な剣術の腕、いずれをとってもオレの遥か上を行く攻撃手だ。

 そんな少年を前にして、あっけらかんと犬飼先輩は言った。

「麓郎には今から辻ちゃんに弧月を仕込んでもらうわけなんだけど、なんか質問ある?」

 無言で手を上げる。はいどうぞ、と促されるまま尋ねた。

「あの。オレ、攻撃手(アタッカー)じゃないんですけど」

「知ってるよ。けど、目指すんだろ──万能手(オールラウンダー)

 目指すのだろうか。本当に。

 一瞬迷う。自分にそんな器用な真似が出来るのか。ここまで積み上げた銃手(ガンナー)のポイントを放棄してしまっていいのか。ただ、そんな話は既に終えてしまっていた。

 

『一回、攻撃手を経験してみたらどうかな』

『向き不向きはわからないけど、ひょっとしたら適性はあるかもしれない。無かったとしても、その経験は絶対に無駄にはならないと思う』

『それにさ、若村くんの理想形はエースじゃなくてサポーターなんでしょ? だったら万能手(オールラウンダー)は悪くないんじゃないかな……って。オペレーターから見た素人意見だけどね』

 

「……そうですね。やりますよ」

 既に腹は括っている。C級以来にもなる孤月を起動し、鞘を握った。よし、と言って犬飼先輩が笑う。

「んじゃ辻ちゃんよろしく。きっちりしごいてあげて」

「了解です。……じゃあ、とりあえず近接戦の基礎から行こうか」

 その後、オレは同年代の元A級隊員に切り刻まれた。文字通り、比喩でもなんでもなく。

 

 

「辻ちゃん。どんな感じ?」

 犬飼澄晴。第一印象はチャラい犬。そんなチームメイトであり先輩でもある少年に対して、辻新之助はこう返した。

「目に見えるような才能はないですね」

「あー……やっぱり?」

「ええ。ですが、飲み込みは悪くない」

 疲弊した様子で座り込んでいる若村麓郎を横目でちらりと見やる。眼鏡をした同い歳のB級ボーダー隊員。香取隊と矛を交えたことは数度あったが、特段目立つような銃手(ガンナー)ではなかった。弱過ぎるわけでもない。しかし大きな戦況を変えるほどの使い手でもなかった。

 確かに。

 確かに──才能がないわけではない。ただ、超一流はおろか一流にも手が届かない才覚。精々は二流止まり。恐らくはそんなものだろう。将来的に辻と互角に斬り合えるようになりそうかと問われれば、怪しい。その程度のものだ。

 だが。

 才能が無いことと、戦えないことは、決して同義ではない。それは既に三雲修が証明している話だ。

「あの調子なら、半年もあれば十分使える代物になりそうですね」

 剣も二流。銃も二流。しかしそれはどちらも並以上であることを証明している。機敏な切り替えにより場に最適な距離を維持しながらエースの補佐に徹されたとすれば、それは。

「いいね。結構()()()タイプになりそうだ」

「……それ、褒めてるつもりなんですか?」

「褒めてる褒めてる。だって、オレもそう言われること多いし」

 犬飼澄晴の戦い方はいたって堅実だ。

 堅実、というのは崩しにくいということ。裏目に出にくいということ。正道、正論、正攻法であるが故にそれは順当に結果に反映される。着実に、効率的に戦力を削いでエースで狩るやり口はなるほど、確かに“うざい”と称されても仕方ないのかもしれない。そもそも戦術でも個人の戦闘レベルにおいても敵の嫌がることを率先してやる、というのは有効な手段なのだからしょうがない。

「いやー、でもよかったよ。麓郎、最近追い詰められてたみたいだからさ」

 銃手としては限界だろうと悟ってはいた。それを告げる勇気がなかった。己を師として慕う弟子に躊躇いなく『お前には才能が無い』と言えてしまうほど、犬飼澄晴は冷徹に割り切れない。自分に憧れて銃手を志したのだとしたら尚更だ。

 だからこそ、彼の方から別の道を模索したいと告げられた時は正直ほっとした。同時にマスターランクまで育て上げられなかったことを口惜しくも思った。らしくもなく、もっと別の人間に師事していれば若村麓郎は伸びていたのかもしれない、などと思ってしまった。

 様々な感情の篭った息を吐く。ただ、配分としては自分の弟子が目指すべき道が決まったことへの安堵の方が大きい。そんな歳上のチームメイトを横目で見て、辻は頬を緩めた。

「犬飼先輩って、案外面倒見がいいというか……結構まともに師匠やってるんですね」

「案外ってなんだよ辻ちゃん」

 二宮隊のムードメーカーは、おどけたように笑った。

 

 

 一ヶ月が経った。

 オレが攻撃手(アタッカー)に転向した──実質的に万能手(オールラウンダー)を目指すことにしたのは、既に香取隊(みんな)には告げていた。雄太には驚かれ、葉子には小馬鹿にされ(お陰で喧嘩になった)、そして華さんからはあまり反応がなかった。ただ、少し驚いているようではあった。こちらから指揮の担当を申し出た時も特に否定はなかった。正直彼女は感情が顔に出にくいタイプであるため賛成か反対なのかもよくわからなかったのだが──氷見さんに聞いてみれば、「反論が無ければいいんじゃない」とのこと。少し不安が残るが、これでいいのだろう。

 ただこちらも驚かされたことが二つあった。ひとつは葉子が明確に努力を始めた──つまり個人ポイント9000以上を目指し始めたこと。そして、雄太がオレと同じように万能手(オールラウンダー)に転向しようとしていることだ。もしこれが達成出来たならば、香取隊は全員が万能手というなかなか稀な隊になることとなる。これが良いことか悪いことかはわからないが、前者に転ぶことを祈るしかない。

 連携に関しても悪くはなくなった、とは思っている。元々指揮を担当していた華さんの指摘を挟みながら全員の戦術意識を共有しつつ、暫定的ながらも万能手が三人という構成を活かした可変的な立ち回りを目指して試行錯誤している最中だ。

 オレと葉子の間で言い争いは絶えないし、雄太はそれを見ておろおろしているだけだし、相変わらず華さんはそれを見ているだけだ。ただ、隊の雰囲気は悪くないと思っている。試合前の打ち合わせ(ミーティング)だと葉子も作戦意識を共有するようになったし、試合後の反省会でも意見を言うようになった。やけになってそっぽを向いている、ということは少なくともなくなった。

 目指すはB級上位。爆進している三雲隊の背中を追いかけながら、今日もまたランク戦が始まる。

 

「結構知識はついてきたけど、やっぱり地形に関する意識が少し低いかな。そこをどうにかしたらまあ指揮に関してはぼちぼちかもね」

 そして。いつものように、オレは氷見さんに戦術指揮を御教授願っていた。こうも足げく通っていると迷惑ではないのか、とも聞いたことがあるが笑って否定されたため、こうして今日も厚意に甘んじている。

……よく考えなくともオレは二宮隊に全く頭が上がらない状況になっている。銃の師である犬飼先輩、剣の師である辻、そして指揮の師である氷見さん。そのうち二宮さんが射手(シューター)としての師匠になるのではないか、と考えてしまって少し笑う。あの人はオレなんかに興味はないだろう。射手の王、唯我独尊を地で行くような人だ。天地がひっくり返ったとしても有り得はしまい。

……なんだろう。全力でフラグを立ててしまった気がする。悪寒に身震いした。

 ただ、それはともかくとして。

「そっか……いつも悪いな、氷見さん」

「いーよいーよ。ひゃみさんは優しいからね」

「ひゃみ……?」

 首を傾げ、直後に彼女の愛称なのだろうな、と悟る。というか、辻もそう呼んでいたような。

「え、何その反応」

「いや……確かに辻がそう呼んでいたな思っただけだよ」

 あー、と氷見さんが声を漏らす。辻は女子に対してのみの極度のあがり症だが、氷見さんとだけはまともに会話が出来ることで有名だ。もし二宮隊がA級に上がれば必然的に加古隊と当たるわけだし、そうなったらどうするのだろうか。まともに戦える未来が見えない。那須隊が上位に上がってきても同様だろう。

……ん? そうなったら本当にどう対処するんだ?

 己の剣の師であり今では友人である少年の未来に関してそんな考えを巡らせていると、ペン先がぐりぐりと手の甲に押し付けられているのに気付いた。

「……なんだよ」

「いや、別にー。よく考えたら若村くんって最初から呼び方変わらないよねって」

 え、なに。変えた方がいいのか。拗ねたような口調に戸惑う。だが変わっていないのはお互い様だ。

「教えて貰ってるのに呼び捨てってのも、ちょっと違わないか」

「辻くんは呼び捨てじゃん」

「いや……それは、そうだけど」

 少し困って頬を搔く。それとこれとはまた別だろう。ただ、改めて考えてみれば葉子のことも呼び捨てだった。だがあれは例外だ。歳下だし、向こうこそ呼び捨てにしてくるし。むしろ今更若村さん、なんて呼ばれたら気持ち悪い。不機嫌そうに麓郎、と吐き捨てるのが普通になっている。

……というか、最近なおのこと当たりが強くなっている気がする。特に二宮隊の作戦室から帰ってきた時とか。不機嫌ながらも作戦概要には意見をしっかり出してくれるので問題はないのだが、横でビビり散らしている雄太が少し可哀想ではある。一体どうしたのだろうか。

 ひょっとしてあれか。女の子の日とかあれなのか。面と向かって言ったら百回は殺されそうだな、と思いながら話を続ける。

「呼び捨てにするのが嫌なら、辻くんと同じようにひゃみさんみたいな」

「あれは辻の特権だろ」

「なにそれ……」

 ひゃみさんは権利だった? と困惑しながらも彼女はペン先を下唇にあてて思案する。自然と目がいってしまって慌てて逸らした。

「うーん。じゃあ──亜希とか」

「それはちょっと」

 即答だった。ペン先が手の甲を猛烈に抉る。痛い痛い、と呻きながら手を引っ込めた。むすっとした顔で彼女は告げる。

「次までの課題。新しいわたしの呼び方を考えておくこと」

 次まで、という言葉に引っ掛かりを覚えて時計を見る。案の定そろそろミーティングの時間だった。ランク戦前の打ち合わせに遅れればどんな風に葉子に罵倒されるか知れたものではない。

 おざなりに礼を言って、マグカップの珈琲を飲み干してテーブルに置く。デフォルメ化された眼鏡がプリントされたものだ。どうせ犬飼先輩が用意したんだろうな、と思いながらも同時に二宮隊に随分と馴染んでしまったものだと考える。お陰で二宮さんとも顔見知りになってしまった。向こうは羽虫か何かとしか思ってないだろうが。ドアを開けた先に無表情で圧をかけてくる二宮さんがいた時は心底吃驚したものだ。

「じゃあ、また今度」

 二宮隊の作戦室を後にする。ここの出入りも慣れたものだ。そうしてドアノブに手を掛けたオレの背中に声が掛けられる。

 

「うん。またね、()()くん」

 

 ずっこけそうになったのを寸でのところで耐えながら振り向く。氷見亜希はくすくすと笑っていた。何か言い返そうとして、諦める。どうせ口で勝てはしない。……次までにどう呼んでやるかしっかりと考えておこう。

 

 オレはきっと一流にはなれない。才能があるやつは妬ましいし、才能があるのに努力をしないやつは気に食わない。呆れるほどに平凡で凡庸な凡骨、それがオレだ。

 ただ。

 ただ──その才能の無さが、オレをあのオペレーターの少女筆頭とした様々な人間に引き合わせてくれたのだとしたら。まあ、悪くは無いのかもしれない。今ではそう思えるようになった。これが成長なのか、それとも諦観なのかはわからない。だが、オレは前ほどオレの事が嫌いではなくなった。ランク戦前の足取りは心無し軽くなった気がするし、チームメイトと言葉を交わす時も常より前向きでいられる。犬飼先輩と話していて心苦しくなることもなくなった。

 

 オレは、才能の無い自分のことを意外と気に入っているのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、オレは香取隊の作戦室へ駆けるのだった。

 

 





二宮「若村……射手を目指す気はないか?」
比較的強い眼鏡「!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。