わたしが目指す、彼方の空 (みかみがかみか)
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わたしが目指す、彼方の空

 

 

 

 これはC級隊員のわたし「柳野 空」が、三上 歌歩先輩と出会って結婚するまでの、ちょっやめ離せコラ! わたしは歌歩先輩と―――――――

 

 

 


 

 

 

「だああっ、なんでそっち行くの!? ちゃんと敵の位置は指示したじゃん!」

 

 キーボードを叩く音を"カタカタ"から"ガシャガシャ"に変えつつ、マップ上のトリオン兵の位置を詳細に、嫌味なほど事細かに、しかし見落とせないサイズで隊員に表示させる。

 そこまでしてようやくオペレート対象は進行方向を変えて、敵がいる方へと進みを向けた。

 が、その時には既にトリオン兵は別部隊に狩られていて、結局わたしの努力は無へと帰するのであった。

 

「あぁもうっ! つっかえないなーこいつら!」

 

 モニターに映る【訓練終了】の表示が点滅することにすら苛立って、着けていたヘッドセットを乱暴にデスクに置く。

 ここはC級オペレーターの訓練用ルーム。

 新人のオペレーターはまず基地の業務処理を行う「中央オペレーション」の仕事が与えられ、基本的な技能を習得したのちにそのまま中央で仕事を続けるか、戦闘員の補佐を行う「部隊付き」になるかの希望届を提出するのだ。

 もちろんわたしは「部隊付き」を希望した。

 もともと戦闘員希望だったのに才能ないからってこっちに回されたけど、中央で業務をこなしているうちに、意外とオペレートの才能はあるんじゃないかと自分では思っていたからだ。

 そうして、この部隊付きを目指すための訓練に励んでいるのである。

 

 ……だというのに、この体たらく。

 それもこれもシミュレーション用疑似隊員がカスすぎるのが悪い。おかげで今回の評価も真ん中らへんをウロチョロする感じになってしまっている。

 なんなのあいつら、どこそこ行けって言ってんのにまるで違う方向に行くわ、近接の相性が悪いトリオン兵がいるって言ってんのに突っ込むわ。部隊付きになったらこんなアホ共と任務に当たらなきゃいけないわけ? 希望取り消そうかなぁ……。

 

「はぁあ……」

 

 あまりの脱力感に背もたれに首を乗せ、どでかいため息をついていると。

 

「どうしたの、えーと……柳野さん?」

 

 ふんわりとしたショートカットヘアに包まれた小さな顔が、わたしをのぞき込んでいた。

 オペレーター訓練生を監督するために呼ばれた今日の教官、A級の三上歌歩先輩だ。

 

「あ、どうもです」

 

 身なりを整える気力もありゃしない。そっけない返事をしたにも関わらず、三上先輩は怒ることもなくくすりと苦笑をもらした。

 柳野(やなぎの)はわたしの苗字だ。名前は空。友達にはソラって呼ばれてる。メールとかで。

 

「今日の訓練、うまくいかなかった?」

「はい……」

 

 三上先輩の親身になってくれるその姿勢に、さすがのわたしも居住まいを正さざるを得ない。

 

「このシミュレーターの隊員が全然言うこと聞いてくれなくて……」

「どれどれ? ちょっとログ表示するね?」

「あっはい」

 

 今までの訓練監督にも色んな部隊から正隊員オペレーターが来ていたけど、嫌味な人は一人もいなかった。性格の良さも昇格基準にあるのかってくらい。

 その中でもさらに三上先輩は面倒見がいいらしい。今日初めて会ったはずのわたしでさえも名前をしっかりと覚えているし、こうして相談に乗ってくれている。

 

「あー。これはね、部隊特色が『近接・連携』に設定されてるから、部隊長のリーダーシップが強いんだよ」

「えぇ……。なんですかそれ。めんどくさい……」

「ふふ。代わりに敵単体の詳細な位置とかじゃなくて、全体を見回せるような情報を渡してあげればある程度は勝手に戦ってくれるし、その間にトリオン兵の特徴とかを渡してあげればうまく回ると思うよ」

「そうなんですか?」

 

 三上先輩に促されてログをよく見ると、確かに部隊パラメータは近接に寄り切っている。しかしリーダーシップまでシミュレートされるとか、この中身どうなってるんだろう。

 つーかワンマン部隊をオペレートしろって、どういうことなんだよ。

 

「でもオペレーターの指示を無視するリーダーってどうなんですか? そんなんじゃわたしたちがいる意味ないじゃないですか」

「そんなことないよ」

 

 わたしのもっともそうな意見にも、三上先輩は優しく、どこか誇らしげに言う。

 

「オペレーターもチームの一員、仲間だからね。できることとできないこと。仲間ができないことを私たちのできることでサポートするのがオペレーターの仕事だよ」

「うーん……?」

 

 分かるような分からないような?

 結局今回のシミュレーションにはわたしのオペレートはあんまり要らなかったんじゃ?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、三上先輩はログの最後の方まで流して指をさす。

 

「例えばここ。最後にトリオン兵が市街地の方に向かってるよね」

「はい。ちゃんと位置情報も出したのに隊員が動かなくて……」

「そうだね。多分この隊員は『動く必要がない』って思ったんじゃないかな」

「へ?」

 

 動く必要がないって、まさかのボイコット? 戦闘員が戦闘をストライキしてどうするんだ。賃金上げてほしいのか? それはわたしじゃなくて本部長とかに言ってほしいな。

 

「うーん、そうだなぁ。柳野さんは、一番"速い"隊員ってどんな隊員だと思う?」

「え、っと? "速い"ですか?」

「そう」

 

 急に振られたクイズに面食らう。

 速い隊員って何さ? 足の速さ? いや、ここで聞かれてるんだから敵に追いつくまでの早さかな?

 

「速いって言ったらやっぱりグラスホッパーを持った攻撃手とか……」

 

 戦闘員のパラメータはある程度数値化されたものが配られてる。その中でも「機動」の項目が高いのはグラスホッパーを装備している隊員だ。

 どうですか? と視線で尋ねると、三上先輩は柔らかく微笑んだ。

 

「正解はね、『狙撃手』だよ」

「へ?」

 

 狙撃手?

 ぽかんとするわたしに、三上先輩は頷きをひとつ。

 

「狙撃手は必ずマップを見渡してる。何か不測の事態が起きた時に真っ先に対応できるのは、狙撃手なことが多いの」

 

 嵐山隊の佐鳥くんなんて、一番広い範囲の人を助けられるからって狙撃手を選んだんだよ。そう言って、三上先輩は悪戯っぽく笑った。

 へぇ~。嵐山隊といえばボーダーの顔とも言える部隊じゃん。やっぱり立派な人が隊員やってるんだなぁ。

 

「そうなんだ……」

「だからこの場面では、他の部隊の狙撃手に位置データを渡して処理してもらうのが最善かな」

「え、でも」

 

 このオペレーション訓練は、自分が所属する部隊が倒したトリオン兵の数で評価ポイントが決まる。いくら自分の部隊員に向いていないからって他のライバルにポイントを渡すのはどうなんだろう。

 しかし先輩は変わらず微笑む。

 

「オペレーターが部隊の一員なのと同じで、部隊はボーダーの一員。これはみんなで、みんなの街を守るための訓練だから」

 

 三上先輩のその言葉は、すとんとわたしの中に落ちてきた。

 戦闘員になれなくて、遮二無二にやってきたオペレーター業務だけど。自分の根底にあったものは変わってないんだって思えたんだ。

 それはなんだか、この切磋琢磨という名の蹴落とし合いの中で、初めて誰かに仲間として、ボーダー隊員として認められたような、不思議な感覚だった。まだC級(訓練生)だけど。

 

 それからも三上先輩はわたしの訓練内容をしっかりと見てくれた。

 自分では気づかなかった部分を、あえて自分から気づかせるように優しく指摘してくれた。

 この日からわたしは、三上先輩のことをもっと知りたい、三上先輩にもっと褒められたいと思うようになっていったのだった。

 

 

 


 

 

 

「歌歩先輩! この間よりも評価上がりましたよ!」

 

 あれから三上先輩のことを名前で呼ぶ許可をもらったり、

 

「やったね、ソラちゃん」

「へへ……もっと褒めてください」

 

 わたしも下の名前で呼んでもらえるようになったり、

 

「どうしてあの時わたしに話しかけてくれたんですか?」

「うーん。私も攻撃手だけのチームをサポートしてるからかなぁ」

「そういえば歌歩先輩の部隊も攻撃手3人でしたっけ」

「そうだよ」

 

 歌歩先輩が監督の日の訓練終わりには他愛もない雑談を交わしたりするようになっていった。

 話せば話すほど、わたしは歌歩先輩に懐いていったが、最後にして最大の切っ掛けはやはりこれだったろう。

 

 

 

「頑張ったね、ソラちゃん」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 いつものように歌歩先輩に褒めてもらうために話しかけに行くわたし。

 歌歩先輩はまるで自分のことのように喜んで褒めてくれるから大好きだ。特にうまくいった日は頭もなでてもらえる。ふわふわと優しく、やわらかくなでられると顔がとろけそうになる。これがたまらないの……。

 

「歌歩先輩はよくなでてくれますけど、他の人にもしてるんですか?」

 

 ついこのご褒美を独り占めしたくてそんなことを言ってみると、歌歩先輩は「うーん」と可愛らしく首を捻ってから答えた。

 

「私弟妹が多くて。あと気を悪くしたら謝るけど、私より背の低い子ってあんまりいないから……ごめんね?」

「謝ることなんて何もないです! わたし歌歩先輩になでなでされるの好きです!」

 

 そっかぁ、と微笑んだ歌歩先輩は安心したようになでなでを続けてくれた。

 わたしもむふー、と満足げにそれを享受する。

 そう。わたしの身長は歌歩先輩よりも低い。かつてはこの低身長を忌まわしく思ったこともある。まぁまだ高校一年だしこれから伸びる可能性もあるんだろうけど。今は、これはこれで構わないと割り切っている。

 背が低いとこうして女性に可愛がられやすいからだ。

 

 中二の頃に卒業する先輩に告白して「お前と付き合うとロリコンに思われそうだから……」って振られた時からわたしは男が嫌いだ。あいつ一生許さん。

 とはいえそれからは割り切って、わたしに色目を使うような男は全員ロリコンなんだろうなと距離を取って安全な生活をしているから悪いことばかりではないのだ。うん。

 

「歌歩先輩はすごいです。A級で可愛くて、面倒見もいいなんて」

「あはは、そんなことないよ」

「そんなことありますよ~。むしろ苦手なこととかあるんですか? って感じです」

 

 歌歩先輩は本当にすごい。以前監督に来ていた本部長補佐の人にも頼られてるって感じだったし、オペレートする部隊はA級3位だし、(わたしが言えたことじゃないけど)ちっちゃくて可愛いし、なのにお姉ちゃん属性まで兼ね備えてるなんて完璧すぎる。こんなすごい人、世界に何人いるの? ってくらい。

 

「苦手なことか~……」

 

 そんな完璧お姉ちゃん歌歩先輩は、わたしをなでる手を止め、それを口元に持っていくと少し恥ずかしそうに身を縮みこませた。

 こんな人でも何か弱味みたいなのがあるんだろうか? 気になってじっと待っていると。

 

 

「人に甘えるのとか……ちょっと苦手、かな」

 

 

 は?

 

 待って無理本当にしんどい無理好き愛しい。

 

 はあ~~~?

 

 尊すぎない???

 

 なにこのかわいいほんとかわいい死んじゃいそう―――――――

 

 

「けっこんしたい」

「へ?」

 

 ヤッベ。心の声が漏れ出たわ。

 まるで雷が落ちてきたかのようだった。

 ピシャーン! とわたしの心が震えたのが物理的に分かってしまった。

 歌歩先輩の一撃はそれほどの破壊力を秘めいたのだ……。

 しかしこの瞬間にわたしのボーダーでの目標がガッチリと決まったのだ。それはもう、美食屋がフルコースを決めるくらいにガッチリピッタリ、揺らがぬものとして決定したのだ。

 

「歌歩先輩!!」

「ん? どうしたの、ソラちゃん」

 

 ほわんとわたしを見る歌歩先輩に、堂々たる宣言をする。

 

「わたし、立派なオペレーターになって、いつか歌歩先輩にも頼られるような隊員になります!」

 

 歌歩先輩に甘えるのは好きだ。優しくなでられたり、抱きしめられるのは大好きだ。

 でももうそれだけじゃ満足できない身体になってしまった。

 歌歩先輩に頼られたい。甘えてほしい。お世話になった分、可愛がってくれた分をいつかお返ししたい。

 「さすがだね、ソラちゃん」なんて言われて。そしてやっぱり最後にはなでてほしい!!

 

「そっか。期待して待ってるね、ソラちゃん」

 

 なでなで~。

 

「はひ♡」

 

 先はやっぱり長そうだけれど。

 

 

 


 

 

 

 それからというもの、わたしは以前にも増して必死にオペレーター訓練をするようになった。

 結果が良ければ褒められに歌歩先輩に会いに行き、悪ければ相談しに会いに行き。とにかくわたしは愛に生きていた。

 

 ただあまりにも急に近づくようになったからか、わたしと同じ穴のムジナ共が度々邪魔しに湧いてくるようになった。

 

「あんたね、最近歌歩ちゃんに絡んでるっていうC級は!」

「歌歩ちゃんに会いたければこの眼鏡をかけていくのだー」

 

 玉狛とかいう支部の、やたら気が強そうだけど揶揄われ体質の小南先輩とか、謎の眼鏡推しの宇佐美先輩とか。

 

「みかみかはみんなのみかみかなんだよ~」

 

 ぽわぽわした外見と話し方のくせにちゃっかりぽわぽわ母性で歌歩先輩を篭絡しようとする国近先輩とか。

 

「ごめんね、ちょっと歌歩ちゃん借りていい?」

 

 歌歩先輩とはまた別の完璧人間みたいな綾辻先輩とか。

 

「ぐぬぬ……」

 

 さすがは歌歩先輩、年上年下関係なく色んな人に慕われている。

 しかもその多くがボーダーの上位部隊だ。玉狛はよくわかんないけど……。

 単なるC級に過ぎないわたしは訓練の報告や相談くらいでしか会いに行く切っ掛けを持てないけど、正隊員ともなると防衛任務だったりランク戦だったりとで自然と繋がりが強くなる。特に任務関係で入ってこられるとわたしとの会話より優先しなくちゃならないのも当然だ。そこがつらいところでもある。

 とはいえ、このまま順調にオペレーター訓練の成績を伸ばしていっても、わたしが部隊付きになるのは早くて来期の入隊シーズンだろうから、できることは少ないのだけど。

 今期はもうランク戦も佳境で、今から部隊の結成申請をする隊員は少ないし、既にオペレーターが決まってたりするし。

 

 

 

「どうしようかなぁ」

 

 とある日の訓練終わり。今日は監督が歌歩先輩じゃないので一人で手元にある書類に目を落とす。

 そこにあるのは来期から結成されるB級部隊からの勧誘書。

 実はわたしはもう来期から正隊員として抜擢されることが決まっているのだ。確定ではないけれど、このままいけば間違いなく合格する、いわば見込み正隊員ということだ。これも歌歩先輩と歌歩先輩への愛がなせる努力の結果。

 というわけで未だC級のわたしにもこうして勧誘が飛んでくるわけだけど。わたしが悩んでいるのは、どの部隊に所属するか。もっと言えば、どの部隊なら歌歩先輩の役に立てるか。

 歌歩先輩のいる風間隊は攻撃手が3人の超近接特化部隊。当然合同防衛任務の時にはバランスを考慮して狙撃・射撃含むサポートができる部隊が同時編制されやすいはず。シフトもあるから絶対ではないけれど、できるかぎり歌歩先輩と一緒になりたい。

 

 と、なると狙撃手が二人いるこの部隊か、あるいは前・中・後とバランスのいい構成のこっちの部隊か……。他にもあるけど、選ぶとしたらこのどちらかかなぁ?

 合同任務なら前者だけど、いずれは歌歩先輩と同じくA級も目指したいわたしとしては後者も捨てがたい……。完全に歌歩先輩ありきに考えるわたしであった。

 

「何を悩んでいるの?」

「え? あ、本部長補佐」

「沢村でいいわよ」

 

 あーでもないこーでもないと悩んでいるわたしを見かねたのか、訓練結果を纏めていた沢村さんが話しかけてきた。

 この人もさり気に要注意人物だ。他の人と同じように歌歩先輩を慕っているのだが、歌歩先輩を子ども扱いし、頭をなでることのできる(羨ましい!)数少ない人物なのだ。

 ある意味ではわたしの目指すべき場所にいる人とも言える。だからだろうか、要注意人物ではあるが、他のライバルの人たちよりは警戒心なく話すことができる。

 

「色んな結成予定部隊から勧誘が来てるんですけど、どう選んだらいいものかと」

「なるほどね~。柳野さんのことだから、三上ちゃんと同じ攻撃手3人編制の部隊にするかと思ってたけど」

「それじゃ歌歩先輩と一緒に防衛任務に呼ばれにくいじゃないですか!」

「……あ、そうね」

 

 まったく何を考えていたらそんな結論になるのか。

 本部長補佐という、オペレーター内で最も高い地位にいる沢村さん相手に鼻息荒くするわたし。沢村さんはなんでかドン引きしている。

 そんな失礼極まりないC級に、沢村さんは一緒になって考えてくれるらしく、空いていた隣の椅子を引っ張ってくると、わたしの横に座って書類をのぞき込んできた。

 

「そうねぇ。確かに風間隊と合同で組みやすいのはこの二つかもしれないわね」

 

 と、指をさしたのはわたしが悩んでいた二部隊の書類。

 ううむやはりこの二つから選ぶべきか。

 しかし沢村さんは「でもね」と続けた。

 

「柳野さんはどちらかというと攻撃手のサポートをする方が得意みたいだから、こっちのチームもおすすめかな?」

 

 そう言ってスッと手元に動かされた紙に書いてあるのは攻撃手2人に射手1人という、近距離か中距離かで言えば近寄りの編制部隊。

 うーん。無くはないけど、といった感じだろうか。

 そもそもわたしが攻撃手サポートが得意になったのも、元はといえば風間隊のオペレーターである歌歩先輩に相談しまくったからだし、得意分野が似てくるのは分かるんだけど。というかむしろそれは嬉しいし誇りでもあるんだけど。

 

「でも……」

「他の部隊のオペレーターを気にして入る部隊を選ぶなんて初めて聞くからうまく答えられるか分からないけどね」

 

 そりゃそうだろうね、と一人納得しているわたしに沢村さんは諭すように言う。

 

「自分に合った選択をした方がやりやすいし、うまくいきやすい。上を目指すならちゃんと考えた方がいいよ?」

「そう……ですよね」

 

 そもそも勧誘されてる側とはいえ足掛かりを選ぶように入られたらその部隊にも迷惑をかけちゃうし……ちょっと失礼すぎたよね。

 とはいえこれで悩みが解決したわけでもなく単純に決めあぐねてるのだけど。

 

「柳野さんがこのまま順当に正隊員になればもっと具体的な部隊決めが始まるから、それから決めてもいいんだよ」

「そうなんですか?」

「ええ。部隊員とは長い付き合いになるんだし、人となりを見てから決めるのが当然でしょ?」

 

 言われてみればその通りである。入ってからチームメイトが全員ロリコンだったらとか考えるだにおぞましい。いやそんなの入隊試験の時点で弾いとけよ。

 

「こういうのこそ三上ちゃんに相談しに行かないの?」

 

 ふと沢村さんがそう問う。

 わたしも一度考えたんだけどね~。

 

「歌歩先輩が『ここがいいんじゃない?』って言ったらわたしそこにしちゃいますから」

「……あ、そう」

 

 ドン引き二回目の沢村さん。

 でも仕方なくない? 歌歩先輩がおすすめする部隊とかいずれA級1位になるの当然じゃない? 風間隊だって結成から破竹の勢いだったって聞くし。最初はうさみん先輩だったって? わたし知らな~い。

 

「じゃあそうね。相談じゃなくて、実際に見てみるのはどう?」

「え? この部隊の人たちに会いに行くんですか?」

 

 わたしC級なのにそんな、逆面談みたいなことするの? さすがにちょっと気が引ける。

 しかしそうではなかったらしく、沢村さんは意味ありげに片目を閉じて、

 

「三上ちゃんが実際にオペレーターとして働いてるところ、見たくない?」

「見たいです!!」

 

 神だった。沢村さんは女神か? いや女神は歌歩先輩だ。じゃあ主神か。いや待て歌歩先輩を娶るのはわたしだ。

 

「柳野ちゃんは部隊っていうものがどういうものか、まだ体験したことないものね」

「そうですね」

 

 思えば中央オペレーターとして作業していた頃は各部隊から上がってくる報告を纏めたり、上からの指示を伝えるくらいだったし、部隊付きへの訓練もシミュレーター相手ばかりだった。

 その部隊がどういう部隊か、は考えたことがあったけれど、どんな人間がいるのかなんて思いもしなかったのだ。

 

 現人神沢村様は「実地研修ってことで、風間隊には話を通しておくから」と颯爽と去っていった。

 その後ろ姿を拝みつつわたしは考える。

 この実地研修で何を得られるにしろ、歌歩先輩と出会ってから初めて自分が自分のための選択をするのかなぁ、なんて、ぼんやりと。

 

 それはそれとして。

 A級部隊をオペレートする歌歩先輩、かっこいいんだろうなぁ、とか。

 お茶とか入れて部隊をサポートする歌歩先輩をサポートしたいなぁ、とか。

 割ともっとぼんやりしたことの方をたくさん考えていた。

 

 

 


 

 

 

 いざA級風間隊の作戦室に来たわたしはガチガチに緊張していた。

 

「よく来たな。俺が隊長の風間蒼也だ」

「は、はいっ! 本日はよろしくおお願いしますっ」

 

 噛んだ。

 

「噛んだね」

「おい菊地原。柳野さん、気にしないでいいからね」

「あありがとうございます!」

 

 A級こわい。

 なんてゆーかオーラが違う。任務前だからか空気もピリッとしてる気がするし、シミュレーションじゃ味わえない雰囲気をいきなりバリバリに感じてる。

 隊長の風間さんはそこまで背の高さも変わらないのになんか大きく見えるし、菊地原先輩は隙のなさそうな目でこっちを見てくるし、歌川先輩は気を使ってくれてるけどこの空気自体には何も違和感を覚えてなさそうなのが逆に怖い。

 

「いらっしゃい、ソラちゃん。今日は見学だけだけど、何か掴んでくれたら嬉しいな」

「歌歩先輩~……!」

 

 そんな中朗らかに咲く一輪の花。歌歩先輩マジ歌歩先輩。

 あぁっそんな、みんな見てる中でハグだなんてっ。もちろん抱き着きに行きます。

 

「……なんか邪な音がする」

「?」

 

 こうして、わたしの実地研修は始まった。

 防衛任務開始前に風間隊の人たちがいくつか雑談していたのを聞いていたけれど、風間隊は隊長の風間さんが強烈なリーダーシップを発揮しているチームなんだな、というのが率直な感想だ。

 というか(他の部隊もそうだけど)男3人の中に可愛くて美しくて嫋やかな歌歩先輩がいるなんて想像もできなかったけれど、こうして一つのチームとして居るのを見ているとなんとなく理解できる。

 ああ、部隊ってこういうことを言うんだ、って。

 

 それは防衛区域を決めたり、連携を確かめたりするミーティングや、あるいは単なる愚痴やさり気ない相槌だったり。

 そのどれもに互いの信頼や絆のようなものが乗っている、と感じた。

 

 ぶっちゃけ男共は全員歌歩先輩にメロメロだろって思ってたのもあったけど。

 どっちかというと菊地原先輩と歌川先輩は風間さんに心酔している節がある。ま、まさか、ホ――いや……もう少し様子を見よう。 わたしの予感だけでみんなを混乱させたくない。

 

 そしていざ任務が始まると、そんな冗談を言う間もなくわたしは圧倒された。

 

「北東300、ゲートの反応です」

 

『了解。これが片付き次第向かう』

 

『風間さん、ステルスタイプがいます。あっち』

 

『ちゃんと方角を言え。三上、南西だ』

 

「ありがとう歌川くん。他の部隊にも注意喚起しておくわ。聴覚情報の共有はどうしますか?」

 

『菊地原、数は?』

 

『今のところは1体。でも動いてない奴がいたら分かりません』

 

『わかった。聴覚共有はまだいい。菊地原は音に集中しろ。歌川はカバー。念の為レーダーの精度を上げる』

 

『『了解』』

 

「了解。……、本部、こちら風間隊三上。ステルスタイプのトリオン兵を確認。各部隊への通達を申請します」

 

『本部了解』

 

 ……。

 何も言う暇がなかった。歌歩先輩にお茶を入れよう~なんて考えていたわたしがバカみたいだ。ていうかバカだそれは普通に。

 瞬間瞬間に移り変わるモニターと、的確に処理していく歌歩先輩。

 わたしが見ているのはたったそれだけなのに、そこには膨大な情報量が詰まりに詰まっている。お茶を入れただけで邪魔になってしまうだろうその空気に、わたしは息を殺して眺めていることしかできなかった。

 

 訓練とは全く違う。

 本当にわたしは見込み合格なんてしているの?

 部隊に編入されて、こんなことできる自信なんてこれっぽっちもない。

 

『掃討完了。念の為周辺を見回ってから次に向かう』

 

「了解。先ほどのゲートは諏訪隊が処理しました。荒船隊もついているので見落としはないかと」

 

『そうか。諏訪には借り一つと伝えておいてくれ』

 

「ふふ。了解しました」

 

『えぇ~。こっちは重要な事態発見したんですけど』

 

『分かってるって。頼りにしてるよ』

 

 なのにこの人たちは軽口を叩く余裕すらあるみたい。

 と思ったら歌歩先輩がわたしを見て可愛くウィンクをした。え? 愛の告白?

 なわけもなく、どうやら今のは緊張しきっているであろうわたしへの、風間先輩なりのジョークだったらしい。いやそんなトランペットに憧れてる少年の前でヴァイオリンの超絶技巧見せつけるようなジョークされても困るんですけど。

 

 そんな風に、圧倒的すぎる時間はあっという間に過ぎ去って、わたしの実地研修は終わった。

 

 

 

「どうだった?」

 

 研修が終わり、男性陣がいなくなった隊室で歌歩先輩が何とはなしに聞いてくる。

 

「え、と。す、すごかったです」

 

 そしてこんな陳腐な感想しか言えないわたし。

 もう色々と恥ずかしかった。オペレートの才能があるかもなんて思っていた過去の自分を殴りたい。わたしのバカ! ゴミクズ! 万年発情猫!

 

「えと、えと、歌歩先輩がすごくかっこよくて……歌歩先輩が」

 

 うおおお実地研修までさせてもらってるのに歌歩先輩の感想しか出てこないこの口を誰か止めろぉ!!

 

「ふふっ。ありがと」

「ぁ、いえ、そんな……」

 

 うぅ、こんなわたしに優しく微笑んでくれるなんて……歌歩先輩マジ天使……ミカミエル……笑顔写メりたい。

 勝手に慌てて、勝手にしょぼくれているわたしに、歌歩先輩は諭すように話しかけてくれる。

 

「ソラちゃんに何か得るものがあったならいいんだけど」

「うぅ、歌歩先輩……」

 

 得るものなんて、それはそれはたくさんあったけれど、それ以上にわたしがこれまで持っていると思っていたものが、とても粗末なものだと気づいたことにショックだった。

 ちっぽけな自信は吹き飛び、目指す場所の高さを思い知らされた。

 こんなわたしが、歌歩先輩の隣になんて……。

 

「ソラちゃん……どうしたの?」

「いえ、これは……ちがくて」

 

 直前まで浮かれきっていたわたしは、急転直下の反動からか意思とは関係なく目の端から涙が零れてしまった。

 恥ずかしい。恥ずかしい。消えてなくなりたい。

 そんなことを思っているくせに、歌歩先輩に背中をさすられているのが嬉しい自分が情けない。

 

「落ち着いた?」

「はい……すみませんでした」

「よかった。ちょっとびっくりしちゃったよ」

 

 そう言ってにっこりと頬を緩める歌歩先輩。

 わたしが突然謎の嗚咽を洩らしたことに何も尋ねてこない。

 どうして、

 

「どうして歌歩先輩は、こんなわたしに、良くしてくれるんですか……?」

 

 こんな、こんな増長しいの小生意気な後輩に。

 ようやく落ち着いたわたしがそう問うと、優しい先輩は今まで見たことのない、秘めやかな、しかしくらくらしそうなほど艶っぽい表情を浮かべた。

 

「ソラちゃんが、私のところまで、来てくれるって言ってくれたからかな」

「ぇ……」

「頼りにさせてくれるんでしょう?」

 

 あっ。

 まって。

 とうとい。

 しんじゃう。

 

「甘えさせて、くれるんでしょ?」

 

 はいしんだー。ソラちゃんしにました。

 主に涙腺が。

 

「かほせんぱい゛ぃ~~っ!!」

 

 もぅマヂ無理。。。けっこんしょ。。。

 

 よしよし、と抱き着いたわたしをなでてくれる歌歩先輩にこっそり誓う。

 いつかは――と。

 もしその日が来たなら、きっと。

 

 

 

 ――暖かい家庭を築いているに違いない。(妄想)

 

 

 

 

 

「うぅ、ちょっとお手洗い行ってきますね……」

 

 べしょべしょになった顔を直すためにお手洗いへと一時撤退するわたし。いつまでもこんな顔を歌歩先輩に見せるわけにはいかない。早いとこ元に戻して歌歩先輩を安心させねば。

 

「はーい。私は先に準備しておくからね」

「急いで戻ってお手伝いします!」

 

 そして歌歩先輩が言っている準備とは、なんと! お泊り会の準備なのだ!

 何を隠そうこの実地研修、深夜シフトなのである。沢村神は真の神だったのだ。今度お供え物を持っていこうと思っている。割とガチめの。

 先ほどまで情緒不安定だったわたしはすっかりと浮かれなおしてお手洗いへと向かうのであった。

 

 

 


 

 

 

「ただいま戻りました~……?」

 

 るんるんと戻ってきたわたしの目に映ったのは衝撃の光景だった。

 

「出たわね、この――」

「なんでバンダイナムコ先輩がここに!?」

「コナミよ!! なんなのその間違い方!?」

 

 歌歩先輩とわたしの愛の園と化していたはずの風間隊作戦室に、なぜか闖入者がいたのだ。

 しかもコナミ先輩だけではない。

 

「やあやあ柳野ちゃん。お邪魔してるよ~」

 

 うさみん先輩もいれば、

 

「遥~これそっちのコンセント繋いで~」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

 ぽよんぽよん先輩と綾辻先輩(あだ名思いつかなかった)もいる! ナンデ!?

 バカな……今夜は朝まで歌歩先輩とキャッキャウフフな二人きりのサタデーナイトフィーバーではなかったのか……?

 

「いやー沢村さんが今日は歌歩ちゃんとこでお泊り会だって言うから……来ちゃった☆」

 

 と、うさみん先輩。

 ウオオオオオアァァァアア!!? 神はわたしを裏切った!!!! なぜだ!!!

 

「沢村さんも後から来るって」

 

 神ィイイ!? 邪神であったか!?

 

「ぐぬぅ……どうして……どうしてなの……」

「ちょっと、あんたどうしたのよ?」

「うぅ……小南帰って……」

「なんでよ!! あたし先輩よ!? ちょっとは敬いなさいよね!」

 

 あまりと言えばあんまりなわたしのセリフに、小南先輩はむぎゅぅ~とわたしの頬っぺたを抓って抗議してきた。

 歌歩先輩を取り巻くこのライバルたちとは、それなりに縁ができたというか、なんだかんだ話もするようになったので付き合い方も弁えている。

 そう、なんだかんだでこの子どもっぽい先輩のことも、嫌いではない。揶揄いやすくて。

 

「なんでこんなに人がいるんですか! 歌歩先輩と二人っきりだと思ってたのに!」

「二人っきりで何するつもりだったのよ! やっぱりこいつ危ないわ!」

「別に何でもないですー。歌歩先輩に『ここが気持ちいいの?♡』って言われながらされたいだけですー」

「なっななな、何を……っ!?」

「え、耳かきですけど? 何を想像したんですか~? せーんぱーい?」

「こ、こんの……! 先輩を敬いなさいって言ってるでしょうがぁー!」

 

 むぎゅぎゅぅと頬っぺたを抓る指に力がこもる。

 

「う~や~ま~い~な~さ~い~!」

「ほっへはひゅねるひほをうややうやけあいえひょ~!」

「あんたが戦闘員だったら訓練室に叩き込んで躾け直してるところだってのに……!」

「はんねんへひは~」

「こいつ……」

 

 小南先輩がA級なことを知った時には驚いたけど、攻撃手ランク3位なのにはもっと驚いた。そしてわたしはオペレーターであったことに心底ほっとした。

 

「おっ。ちゃーんす」

「ふんっ!」

 

 小南先輩とじゃれ合っているところに架けられた眼鏡を、頭を振って吹き飛ばす。

 

「ああっ、柳野ちゃんように拵えた特注の眼鏡が!」

「わたしゃ両目とも2.0じゃい!」

 

 うさみん先輩はよく分からんけど。まぁ、嫌いではない。ていうか眼鏡ってそんなぽんぽんと注文できるものなの……?

 ちなみにその眼鏡はちゃんと敷かれていた布団の上に飛ばした。

 小南先輩を押しやり、うさみん先輩を避け、わたしは歌歩先輩の姿を探して進む。いや、今確認すべきは歌歩先輩ではなく――

 

「くっ、歌歩先輩、歌歩先輩はどの布団で寝るんですか!?」

「お~っと。みかみかの隣に寝たければこのわたしを倒してゆくがよい~」

 

 何だとぉ?

 わたしの前にそびえ立つ巨大(どたぷん)な壁。これを乗り越えねば歌歩先輩にたどり着けないというなら、わたしは……!

 

「う、うおおー!」

「おっ? けっこう力あるね~」

 

 両腕を広げる国近先輩に正面からぶつかり、目下歌歩先輩が使いそうな中央の布団からどかそうと奮起する。

 

「ほれほれ~、君の力はそんなものかね~」

「くぅっ……!」

 

 しかし揺るがぬ、いやぽよんと揺れる国近先輩の圧倒的パワーにわたしの進撃は止まってしまった。この体勢はまずい、身長差から国近先輩の母性がフルパワーだ。や、やめろぉ! 腰を抱きしめるなぁ!

 

「諦めた方がいいんじゃないかな~?」

「ま、まだまだ……!」

「ほほう、その意気やよし」

 

 あっ♡ あたまをなでるなぁ♡

 

「わ、わたしはぁ♡ かほせんぱいひとすじだからぁ♡」

「ならばその愛の力、見せてみよ~♪」

 

 くうぅっ! こ、この人は危険だ、早くどかさねば……。

 

「頑張れ~柳野ちゃーん」

 

 応援ありがとうございます綾辻先輩! でもさり気に真ん中の隣という絶妙ポジション取っているのは見逃してないですからね!

 そうしてわちゃわちゃとすったもんだしていると、すっかり寝間着に着替えていた歌歩先輩が最後の布団を抱えて戻ってくる姿が見えた。

 

 えっ、うそまって。寝間着可愛すぎない??

 色こそシックな紺色だけどモコモコパジャマに身を包んだ歌歩先輩がマジ天使過ぎてやばい。何がって? わたしの心臓と世界がヤバイ。

 

「か、歌歩先輩っ……」

 

 可愛いですね! と続けるはずだったわたしの声は、歌歩先輩の小さな声にかき消された。

 

「……ずるい」

「え?」

「どうしたのみかみか?」

 

 今までに聞いたことのない低音ボイスに、わたしだけでなく他の先輩方も歌歩先輩の方を向いた。

 な、何か気に障ることをしてしまったんだろうか……? 思わず周りの先輩方の顔を窺ってみても、誰もが不思議そうにしているだけだった。

 どうにか聞いてみようとするも、それより先に爆弾は落とされた。

 

 

「……私の後輩なのに」

 

 

 かはぁッ!(吐血)

 まじむり。え? うそ、やばい、嫉妬? 歌歩先輩が、わたしに、じぇらしー?

 はああああああああぁぁぁすき!!!

 

「歌歩せんぱいぃぃ――!」

 

 魔性の母性を押しのけるようにして走り出す。

 もふっ、と抱き着くと、小さな先輩はしかし、しっかりとわたしを抱きとめてくれた。

 ふあぁぁかほせんぱいかほせんぱい♡ いいにおい♡ すき♡ しゅきぃ♡

 

「ソラちゃんの寝間着は私の予備でいいかな?」

「はいっ!! ぜひ!!」

 

 か、かほせんぱいのパジャマに身を包まれる……? エデンはここにあったのか……。

 

「じゃ、こっちで着替えてね」

「はいっ♡」

 

 歌歩先輩に手を引かれるまま作戦室の奥へと向かう。そしてベイルアウト用のベッドにその至宝は鎮座していた。

 こ、これが、歌歩先輩の……! そしてわたしに電流走るっ!

 その至宝は、空色をした、歌歩先輩とお揃いのモコモコパジャマ。

 わ、わたしのためにこれを譲ってくれた……!?

 

「あ、明日死んでもいい~……!」

「もう、何言ってるの?」

 

 くすくすと笑い声を洩らす歌歩先輩は、先ほどの不機嫌さは欠片も残ってなさそうだった。

 わたしもすっかり気を良くしてモコモコパジャマに袖を通す。

 ふお、ふおぉぉ……♡

 

「ソラちゃん、こっち」

「ふぇ?」

 

 恍惚としていたわたしは、いつの間にかベッドに腰かけていた歌歩先輩を見て目を見開く。

 

「か、歌歩先輩?」

「……おいで?」

 

 慈愛の女神のようにおいでおいでをする歌歩先輩。その手には何故か握られている耳かき。

 

「き、聞いてたんですか?」

「うん。好きなのかな、って?」

「好きです」

 

 キリッ。と人生で最も綺麗な顔で答えた。と思う。

 ソラはたった今世界で二番目に耳かきが好きになりました。嘘じゃありません。一番目はもちろん歌歩先輩です。

 

 ふらふら~っとまるで誘蛾灯に吸い寄せられるがごとく、わたしは歌歩先輩の膝枕に納まった。ああ……わたしはきっと、こうするために生まれてきたんだね。ありがとうお父さん、お母さん。ソラは幸せ者です。

 

「はーい、動かないでね」

「はいぃ……♡」

 

 ごきゅり、と喉が息を飲んだ。

 ゆっくりと挿入される耳かきが、ぽそぽそと音を立てるたび、身体に電流が走る。同時にわたしの耳に歌歩先輩がの細やかな指が触れているという事実を思い出して悶えそうになる。

 もちろんそんなことしたらわたしの耳が物理的に大惨事なのでなんとか堪えたけれど。

 

 かりかり。こりこり。

 

 向こうの部屋では今も小南先輩たちが騒いでいるはずなのに、わたしの耳には耳かきの音と、自分自身の心臓の音しか聞こえていなかった。

 あぁ……――まるで世界にわたしたち二人だけのよう……。

 

「あうぅ♡」

「ここが気持ちいいの?」

「はひ♡ きもちいです♡」

 

 わたしの顔は今とっても気持ち悪いことになっているだろうけど。

 

「はい、反対」

「ふぁい♡」

 

 促されるまま、ころーんと転がる。

 目の前に歌歩先輩のおなか。細くて薄い、モコモコの紺色の向こうにあるであろう嫋やかな腰。なぜだか国近先輩の魔性のソレよりも強く母性を感じてしまう。

 そしてふわりと優しく甘美な歌歩先輩の匂い。あぁ桃源郷。ソラは全てを歌歩先輩に包まれてましゅ……。

 

「ソラちゃんは頑張ってるから」

「はへ?」

 

 必死によだれを垂らすまいと奮闘しているわたしの耳に、耳かき以外で唯一侵入を許している歌歩先輩のお声が沁み込んでくる。

 

「きっといつかすごいオペレーターになれるよ」

「しょ、そんなこと……」

 

 一応気を取り直したとはいえ、今日の実地研修でわたしの自信が吹き飛んだ事実は消えない。「すごいオペレーター」なんて、どうやってなったらいいのかも分からない。

 でも、でも歌歩先輩がそう言ってくれるなら……。

 

「もしソラちゃんがA級になったら、今度は私が耳かきしてもらおうかな」

「なります」

 

 キリリッ。と、わたしは人生で最も綺麗な顔で答えた。(自己記録更新)

 わたしはなる。最強のオペレーターに。ならねばならぬと誓ったのだ。

 今のわたしならばきっとA級一位もずばっと一撃に違いない。といいな。

 

「ふふっ。楽しみにしてるからね」

「はいっ♡」

 

 そうしてわたしたちの甘い時間は終わりを迎え……。

 

「はーい、おしまい」

「あ、ありがとうござ――」

「ふー♡」

「ぴっ――――――」

 

 

 そしてわたしは眠るように息を引き取った――。

 じゃなかった。

 息を引き取るように気絶して、そのまま朝まで気を失っていた。

 

 

 後日、膝枕されている写メをうさみん先輩に譲ってもらい、眼鏡をかける約束をしたのだった。

 

 

 



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