ガンダムSEEDを設定から再構成・再構築してみた (こうやあおい)
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PHASE - 001 「ヘリオポリスへ……?」

──月が出ていた。

 

視界に広がる煌々とした満月。

生ぬるい風はただ髪を靡かせ、頬をゆるく撫でていく。風に乗って鼻を掠めたのは土のニオイか、それとも錆び付いた血のニオイか。

右手に携えていた刀を握りしめ振り返れば、月光に照らし出されていたのは戦の残骸。

広がる静寂は孤独をただ煽り、自らの息づかいが生きているのだという事実を残酷なまでに突きつけてきた。

 

そしてまた月を見上げる──。

 

 

 

「──!」

そこで一旦切れた意識は、次にアカネの瞳に見知った天井を映しださせた。

──夢か……、と彼女が理解するのにそう時間はかからなかった。もう気の遠くなるほどに同じ夢を繰り返し見ていたからだ。まるで何かを暗示するように毎夜毎夜。

「6時5分前、か……」

アカネはベッドに寝そべったまま目覚まし時計を手繰り寄せ、6時にセットしていたアラームを解除した。

「テレビオン」

そして寝起きの掠れた声で呟くと、一寸先のテレビが指示通りに自動で光を灯した。同時にけたたましい機械音が部屋に響き出す。

 

「えー……ただいま入った情報によりますと、カオシュンが占拠されるのはほぼ確実と見ており、海上自衛軍も周辺海域の攻防に協力との閣議決定が……」

 

テレビのニュースから流れ出た音声だ。

気怠げに身を起こしながらモニターを見つめていたアカネは小さく息を吐くと、寝乱れた髪に手をやった。

「時間の問題かな……カオシュン」

ま、こっちには都合がいいか。とニュースの音を耳に入れながらふと戸棚の方へ目線を送る。

そこに並べられていたのは数え切れないほどの賞状、賞牌。

ピンと背筋が伸びるような心持ちでそれらを一望してキュッと唇を結ぶと、アカネはシャワーを浴びるために部屋を出た。

 

いつ頃からあの夢を見るようになったのだろう──と、アカネはシャワーの噴出口から吹き出る湯を見つめながら不意に考えた。

なぜこの近代化された時代に太古を思わせるような野戦場に佇む夢を繰り返し見るのだろう? 考えながら、自身の固い掌を見やる。

あの夢の影響で剣を取るようになったのか、剣を取ってからあの夢を見るようになったのか。もはや覚えていない、と考える思考に靄がかかる。だが、いつの間にかあの夢の映像が自分の中での"戦場"というイメージになってしまった。

それは今も、変わらない。

 

 

「これも持っていくかな、一応」

濡れた髪にタオルをあてながらIDカードを手にすると、アカネは一瞬の迷いの後にそれを荷物ケースに収めた。

「これも……」

そしてもう一つ、誇らしげな中に無意識の葛藤も滲ませつつ小さなケースを見つめて、それも荷物に収める。

そうして用意を済ませ、玄関のドアを開けたアカネの瞳に早朝の眩い光が入り込む。ふ、と頬を緩めつつ凛と吹き抜ける肌寒い風を感じながら、どこか懐かしむように胸いっぱいに酸素を取り込んだ。

「さて、行くか」

しばらくはこの国の空気とも──重力さえもお別れか、と過らせつつここから程近い宇宙港へ向け彼女は足を踏み出した。

 

 

───────────────────────

 

 

C.E.──コズミック・イラ。

人類が生活空間や資源を宇宙へと求めるようになった頃、西暦は終わりを告げて紀元はそう改められた。

かつての国々のほとんどは民族紛争、宗教紛争の末に統合され、北米を中心とする強国"大西洋連邦"、EU諸国・ロシアによる"ユーラシア連邦"、中国大陸を中心とする"東アジア共和国"など国土を拡大した連邦国家となった。

一方で人類の禁忌を犯した者より作り出された遺伝子操作を施された人間「コーディネイター」と従来の人間「ナチュラル」に大きく二分される者同士の争いが耐えない時代でもあった。

そして自らを「新人類」と称したコーディネイターは、従来のスペースコロニーに対し独自の開発を行った「プラント」と呼ばれる巨大衛星都市に移り住むようになる。

 

C.E.70、2/14。

プラントの独立を認めない地球連合と、それに反発し独立の象徴として農業プラントの開発に着手したプラントの亀裂はついに決定的となった。

「血のバレンタイン」と呼ばれる連合による農業プラント──ユニウス・セブンへの核攻撃である。

これを皮切りに本格的武力衝突へと発展した地球連合軍とプラントの"ザフト"軍だったが、数で勝る連合軍の圧倒的勝利との開戦当時の予測は大きく裏切られ、戦局は膠着状態のまま既に11ヶ月が過ぎていた。

 

 

***

 

 

「なぜ……なぜあんなところにキラがいたんだ!?」

 

一人の少年が苦悶の呟きを喉から絞り出していた。

赤い軍服に身を包み、鍛えられた身体とは裏腹に憔悴しきったような青い顔色を両手で押さえ震えている。

 

 

血のバレンタイン──、農学者としてユニウス・セブンに従事していた母を失ってから少年の人生は大きく変貌を遂げた。

母を奪ったナチュラルを憎み、ただ復讐のために軍へと志願した。

コーディネイターの中でも一際秀でた能力を有していた彼はザフト軍養成アカデミーを主席で卒業し、そのトップ10にのみ着ることの許される赤服に袖を通し戦場へと駆り出た。

ナチュラルに報復をする。ただそれだけを考えていたはずだった。

だというのに、なぜこうも想像を超えた最悪の事態が自分に幾度も襲い掛かってくるのだろう。と少年はいっそ目の前で起こったことに絶望していた。

 

──中立国オーブが資源コロニー・ヘリオポリスで秘密裏に連合の新型機動兵器を開発している。

 

その情報を察知したプラント最高評議会は少年の所属する隊にその兵器の奪取を命じた。

ザフトにとってもこの作戦の重要度は高かった。なぜなら新型機動兵器・"モビルスーツ"と呼ばれるそれはザフト独自の独占軍事兵器だったからだ。

数で劣るザフト軍がなぜ地球の連合軍と拮抗していられるか? その答えもこのモビルスーツの力による所が大きい。

それを連合軍が開発してしまったらどうなるか──、そんな悪夢の連想は少年にもすぐに出来た。

 

しかしながらヘリオポリスへの潜入は存外簡単にいった。

中立国への軍事攻撃は国際条約違反となる。それを犯してまでザフトがヘリオポリスへ攻撃を仕掛けるはずがないと踏んでいた連合軍側の甘さがあったからだ。

所詮ナチュラルの考えなどそんなものだと侮蔑した少年であったが、その油断があるいは誤算に繋がったのかもしれない。 せめて一機だけでも、と腹をくくったように死守する連合軍士官の猛攻を受け同じ赤服の同期を一人失うこととなったのだ。

 

「ラスティ!」

 

銃弾に倒れた同期の姿にカッとして銃を乱射し、ナイフを抜いて仇討ちに駆けた少年は硝煙の中で思いがけない人影を見つけてしまう。

自らの放った銃弾を受けて肩を押さえながら倒れた連合の士官を庇うように立っていた、自分とそう変わらない背格好の少年の姿。

「キ……ラ?」

ナイフで士官に留めを刺そうとした少年の手が強張った。

キラ──、それは幼年学校で共に学んだ昔なじみの名だった。

数年会ってはいないが、昔の面影そのままの友人の姿が少年の開かれた瞳孔に映り金縛りのように動きが止まる。

「アス……ラン?」

アスラン、と自分の名を呟いた友人の声を確認する事なく、少年はその場から飛び退かなければならなかった。うずくまっていた連合の女性士官が持っていた拳銃で反撃に出たからだ。

 

少年──アスランはそのまま当初の目的通り新型機動兵器の奪取を敢行するしかなかった。

銃弾に倒れたラスティが奪おうとしていた機体とは別の機体へ飛び乗り、急いで起動させる。

モニターに友人・キラと思しき少年が女性士官と共に彼らのそばの機体コクピットに滑り込む姿が映ったが、新型兵器を奪取し無傷で母艦に持ち帰るという任務の方を今は優先させねばならない。

強く歯噛みして、アスランはそのままその場を離脱するしか術はなかった──。

 

 

 

重要任務を無事に果たしたアスランは、母艦の自室で幾度も自問自答を繰り返していた。

あれは確かにキラだった。

いや、あんな所にキラがいるはずがない。人違いだ。

いやしかし……と答えの出ない問いを繰り返す。

ふと目線をあげれば、もはや帰ることのない主人を待つベッドが佇んでいる。

ラスティ、と先ほど目の前で戦死した同室の同僚を偲ぶも、アスランの中ではキラとあの場で再会した動揺の方が勝っていた。

それに内心、焦ってもいた。

ラスティが討たれ、こちらは連合の開発した新型機動兵器を一機取り逃がしているのだ。取り逃がした一機には逃げ場を求めたキラが飛び乗ったのをこの目で確認している。既に後発部隊があれを捕らえに出ており、もしもキラに何かあったら──と考えると気が気ではない。

 

「コンディションイエロー発令。コンディションイエロー発令。各ジンパイロットは至急ブリッジへ」

 

不意に艦内放送が響き、アスランは反射的に飛び起きた。

急ぎブリッジへ上がると各隊員忙しく仕事をこなしており、アスランは状況を把握しようと自らの上官に声をかける。

「クルーゼ隊長、これは……」

「ああアスラン、先程はご苦労だったね」

ブリッジ中央のブリーフィングデスクの前に立っていた仮面の男──クルーゼはアスランの顔を見るなり労いかけ、集まったパイロット達を一望した。

「さて、先程の取り逃がした新型機動兵器のデータ、詳細は不明だが……ミゲルのジンを撃破、私のシグーをも中破させたことは事実だ」

途端、周りの隊員達がざわつく。

「まさかミゲルが……ナチュラルなんかに」

「隊長機が破損なんて……」

アスランも少なからず動揺を見せる。

自身の帰投と入れ違いでクルーゼが出撃したのは知っていたが、まさか機体を損傷したなどとは夢にも思わなかった。というのも、クルーゼはプラント最高評議会からネビュラ勲章を授与されるほどのザフトのエース。押しも押されもせぬトップガンだからだ。

しかし、あの機体に乗っているのがキラ──コーディネイターならばそれも可能かもしれない、と頭の隅で考える。

「同時に確認された新型戦艦もろとも放っておくわけにはいかない。これを捕獲、出来ぬならば破壊する!」

「聞いての通りだ、総員コンディションレッド! D装備のジンで奇襲をかける!」

クルーゼに連なるように黒い軍服に身を包んだこの艦の艦長が言葉を強めた。ハッ、と敬礼をし、指示された通りパイロット達はブリッジを出ていく。

ミゲルの仇討ちだと志気を高めブリッジから去っていった同僚らを横に、アスランの額には汗が滲んでいた。クルーゼの「破壊」という言葉がそうさせたのだ。 もしもあれにキラが乗っていたら。キラの命の保障はないだろう。

「──アデス艦長! 私も出撃させてください!」

考えるより先にアスランはそう具申していた。しかし、具申は艦長──アデスの眉間に一つ皺を増やすだけに終わった。

「君は新型の奪取という任務を既に果たしている。予備のジンもない、ここはオロール達に手柄を譲れ」

「……。はい」

こう言われては大人しくブリッジを出らざるを得ない。

しかしアスランは一旦は自室へと向けようとした足をピタリと止めた。

どうしても気になって、ハンガーを見渡せるロッカールームへとその足を進める。

 

「D装備の許可が出ている、6番コンテナへ急げ!」

 

窓から見下ろせるハンガーでは整備兵達が出撃の準備に追われており、要塞攻略戦にでも繰り出すような重装備にアスランの喉がゴクリとなった。

 

『アス……ラン?』

 

硝煙の中で再会した友人の姿が脳裏を過ぎる。

キラ──、と強く目を瞑ったアスランは次の瞬間、自分のロッカーへと駆け寄っていた。

 

「よし、ハッチ閉じろ! ……なんだ、コイツも出るのか!?」

 

整備兵の戦慄く声がハンガーに響いた。

あのままパイロットスーツに着替えたアスランが先ほど奪取したばかりの調整もままならない機体に飛び乗ったからだ。

命令違反の出撃とは分かっていても、だまって見過ごせなかったのだ。

 

「艦長! アスラン・ザラが奪った機体で出撃していきました……!」

 

オペレーターの上擦った声が艦長──アデスの背中に響き、面食らったアデスはすぐさま呼び戻すよう指示を出した。

だが、隊長であるクルーゼがそのアデスの指示を取り消してしまう。 データの吸い出しは済んでいるため行かせても構わないと言うのだ。

「奪い損ねた連合の新型機動兵器とアスランの機体……戦闘となれば面白そうだとは思わんか?」

「……。はぁ」

曖昧な相づちを打つアデスを横に、仮面に隠された素顔から唯一見えるクルーゼの口元は不適にその端をつり上げた。

 

 

 

──ザフトのヘリオポリス強襲より少し前。

 

アカネはL3宙域を行くシャトルの中にいた。

ふわふわと慣れない無重力空間に溜め息を吐くものの、裏腹に周囲からは楽しそうな声が聞こえてくる。

「わたし宇宙にあがるの初めてでさぁ」

「すげー……見ろよあれ! "地球は青かった"、って一度言ってみたかったんだよな」

大気圏を離脱してから既に数日以上経っているというのに未だにこの調子で、シャトルの雰囲気はすこぶる明るい。

「あー、ここL3は地球を挟んで月の反対……つまり月・地球・君たちは今一つの線上に存在していることになる」

「そんなん分かってますって。わざわざそれ言うために遠回りしてこの宙域に来たんでしょー?」

「何を言うか! 百聞は一見に如かず、宇宙の神秘をその目にしっかり焼き付けておけよ!」

こんな調子で講義のようなものも続いており、アカネはほんの少し場違いな気もして、そっと荷物を持ってその場から離れた。

「ねえ……あの人、あの”アカネ・アオバ”でしょ? 何でここにいるの?」

「ちょうど休暇中だから是非に、って頼み込んだらしいぜ」

「ふーん……じゃあプライベート? 実物初めて見ちゃった」

そんな周りの声をうっすらと感じながらアカネは乗客室を抜けた。

物理的な力を一度進行方向に向かって加えてやれば、そのまま身体は自然に前へと運ばれていく。

髪さえも全体がふわりと空中に浮き、この感覚は地球では味わうことのないものだ。

しかし楽しいというよりは慣れないといった思いのほうが強く、アカネは気持ちまでふわふわと浮きそうになるのをどうにか抑えようとした。

やはり、重力がないと落ち着かない。

このシャトルには重力発生装置は付いておらずどこへ行こうとも疑似重力区画はないため、アカネはシャトルの最後尾の区画で一人になると窓から外を見た。

目線の先には漆黒の宇宙が広がっている。

こうやって宇宙を見るのは一度や二度の事ではない。

しかし、宇宙に上がれば上がるほど地球への愛情は増すばかり。

おそらく宇宙へ出なければこれほど懐かしく感じなかっただろう地球の重力さえ、アカネにとってはかけがえのないものに思えた。

そうしながら荷物からハンドグリッパーを取りだし、黙々と一人トレーニングを開始する。

ただでさえ鈍りやすい宇宙空間。トレーニングを欠かすことは出来ないのだ。

グッとグリッパーを握りしめながら、宇宙は静かだ、とアカネは思った。

出発時、シャトルが戦闘に巻き込まれるのを懸念する声があった。

逆に軍用基地のある月基地とは反対の宙域を行くのだから安心だと楽観視する声もあった。

それらを思い出しながら、このまま静かにこの旅が終わってくれればいい──とひたすらトレーニングを続けた。

 

「機長、第三制御システムにトラブル発生! 第三制御システムにトラブル発生!」

そんなアカネの思いとは裏腹にシャトルのコクピットはにわかに騒然としていた。

「メインコンピュータに支障はないかと思われますが……念のためシステムチェックを行うべきでは? まだ目的地までは数日の宙行を有しますし」

「うむ……しかし、この宙域には我が国のコロニーは存在しない」

「オーブのヘリオポリスがあります。あそこへ入港できれば……」

乗務員達が各々その言葉に顔を見合わせる。

「しかしあの国は……」

「中立国です。このシャトルは民間機、協力要請を願い出るべきです。乗客の安全が第一かと」

機長は渋ったものの、その部下の一言に苦悶の末軽く首を縦に振った。

「よし、進路変更、シャトルは軌道修正後にヘリオポリスへ向かう!」

そして通信士に指示を出し、艦内へとその事を伝えさせる。

 

「このシャトルは機体メンテナンスのため進路を変更してヘリオポリスへ向かいます。繰り返しお伝えします、このシャトルは……」

 

機内放送がシャトルに響き、無重力にその身を委ねながら談笑していた乗客達は各自首を捻っていた。

「メンテナンスぅ? まさか、抜き打ち研修テストじゃねーよな?」

「ヘリオポリスってオーブのだろ……?」

17、8歳くらいの青年達がおどけたように肩を竦めてみせる。

「ひょっとしてモルゲンレーテ支社の内部でも見せてくれる気に……なるわけないよね」

「まさか! ニホン自衛軍養成アカデミー武器科の学生なんかつまみ出されるのがオチだって」

突然の状況にそんな冗談口を叩きながらも、青年達は不安そうに窓から漆黒の宇宙を誰とはなしに見つめた。

 

「ヘリオポリスへ……?」

突然の機内放送にアカネもまたトレーニングの手を休め、首を捻っていた。

ヘリオポリスといえば中立国オーブの資源開発衛生コロニーだ。

そして、オーブの国営でありながら連合との癒着が囁かれるモルゲンレーテ社の支部がある。

そこまで考えてアカネの瞳は若干鋭さを増した。

ふ、と息を吐いてアカネは荷物の中からタオルを取りだし、額の汗を拭った。

そしてIDカードを取り出す。

暫くの間ジッと見つめた後、アカネは着ていた服に隠すようにしてそれを身につけた。

妙な胸騒ぎがする。

こういうときに働くカンというものが、これを手放すなと言っていた。

それはオーブという国への懸念か別の理由かは分からなかったが、そのまま必要な荷物をまとめるとアカネはそれらを肩に背負った。

そして再び窓を見やりながら呟く。

「オーブ……ナチュラルとコーディネイターの共存する国……」

オーブは”他国を侵略せず、他国の侵略を許さず”という信念の元に絶対中立を謳う国であった。

本国は南大西洋ソロモン諸島に点在する島々から成る連邦首長国である。

かつての宗主国はニホンであったが、それは昔のこと。

今は独自の軍事技術とコーディネイターの受け入れを表明することでこの戦争には表向きなんの関わりも持っていない。

争いのない理想郷と評するものも多いが、果たして──と考え込んだアカネは小さく首を振るう。

見上げた宇宙はどこまでもただ闇が広がるのみだ。

 

 

待ち受ける運命など知る由もなく、アカネを乗せたシャトルは静かにヘリオポリスへと突き進んでいった。

 



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PHASE - 002 「生きるために乗るんです!」

少年達はこの穏やかなコロニーで何不自由なく、穏やかな生活を当たり前のものとして享受していた。

毎日カレッジに通い、学び、遊び、ごくありふれた日常がこれからも続いていくのだと信じて疑わなかった。

通っていた工業カレッジのゼミの教授がなぜモルゲンレーテ支社にラボを持っていたのか──何の研究をしていたのかなど疑問すら抱かなかった。

そして"その日"もいつものようにラボへと研修に赴いていただけだったのだ。

ごくありふれた日常の、ごく習慣的な事だった。

 

それがなぜこんな事になってしまったのか──過ぎ去った時に思いを馳せても何の解決にもならないと知りながら、それぞれが今の状況を受け止めきれずにいた。

 

いや、受け止めろという方が無理だろう。

 

ただいつものようにラボでロボット工作やデータの解析をしていただけなのだ。

それなのに、そのラボが、いやモルゲンレーテ支社全体が急に嵐のごとく轟いた。

聞こえてきたのはテレビのモニター越しにしか聞いたことのない銃声。悲鳴。破裂音。

驚いてラボを飛び出せば、目に飛び込んできたのはニュースでしか見たことのないザフト軍の"ジン"と呼ばれるモビルスーツ群だった。

響く爆音、崩れる工場。

映画の立体映像でも見ているのかと錯覚さえ覚えるほどの光景が目の前に広がっていた。

 

工場への攻撃で、少年──キラ・ヤマトは共にいた友人達と完全に分断されてしまい、避難場所を求めて一人逃げ惑っていた。

避難シェルターを探して闇雲に走っていると、やがて入ることを許されていなかったブロックに辿り着き、そこで信じられないものを目にした。

モビルスーツだ。そのブロックにはモビルスーツが格納されていたのだ。

だが、キラの知る限りザフトのものとは違うモビルスーツだった。

しかしながらそれの分析を冷静に行える余裕も時間もキラにあるはずもなく、モビルスーツの付近ではザフト兵と思われる兵士達と武装した工場員達が激しい銃撃戦を繰り広げていた。

後にその工場員達は連合軍の兵士が変装していたのだと知ったキラだったが、いち学生である彼が撃ち合いを目にしてもただ足が震えて立ち竦むしかない。

そんな時だった。

呻き声と共に一人の女性が肩を押さえ、キラの近くに崩れ落ちた。

「だ、大丈夫ですか!?」

反射的に駆け寄ると同時に、ザフト兵がこちらへナイフを構えて走ってくるのがキラの瞳に映った。

殺す気だろうか──、パイロットスーツのバイザー越しに見える整ったグリーンアイと目が合う。

 

「アス……ラン?」

 

あまりに良く知っている人物に似ていて、キラは反射的にその名を口にしていた。

確かめる間もなくザフト兵は反撃に出た女性によって去ってしまい、逃げ場のないキラはその女性と共にモビルスーツに乗ってその場を離脱するしかなかった──。

 

「これから私たち……どうなるの?」

少女は物慣れない戦艦の中で不安そうにボソリと呟いて肩を落とした。

 

ほんの数時間ほど前──攻撃に揺れたラボから出て共にいた友人達とモルゲンレーテの外へと何とか駆け出た。

しかし既に逃げ道すら分からないほど通路や建物は崩壊しており、あわやザフトのジンの砲撃で崩れた建物の下敷きかという刹那に見慣れないモビルスーツに助けられ、九死に一生を得た。

そのモビルスーツに乗っていたのはモルゲンレーテ内ではぐれてしまったキラだった。

なぜキラがそれに乗っていたかは分からない。

逃げる場所がなかったから、とは後にキラに聞いた話であったが、助かった事に安堵する間もなく少女達はキラと共にモビルスーツに乗っていた女性にキラ共々拘束されてしまった。

女性の名はマリュー・ラミアス。 地球連合軍大西洋連邦所属の大尉であった。

キラが乗っていたモビルスーツ──それはモルゲンレーテ内部で密かに開発されていた連合軍用のモビルスーツ。 高レベルの機密を見てしまったため逃がすわけにはいかないというのだ。

理不尽な、と誰もが思ったがもはやシェルターに避難することもできない。

むろんザフトはこちらの事情など察してくれるはずもなく、キラの乗ったモビルスーツを奪おうと容赦なく攻撃を繰り返してくる。

結果キラは一時凌ぎではあるがザフトのモビルスーツを追い払うために戦い、みんなして唯一無事であった連合の新造戦艦へと乗り込むほか生きる道はなかった──。

 

「ミリアリア……」

呟いた少女の肩を、隣にいた巻き毛の少年が励ますように撫でた。

機能性重視の軽装にミニスカートという装いから、元来の彼女は明るくも少女らしい性格なのだと窺える。が、今は少年の励ましに力無く笑うのみで今にも泣き出しそうな程の不安を顔に広げていた。

もう一人、背の低く少しばかりふくよかな少年が戦艦の壁にもたれ掛かって顔を歪めている。

「まだ外にザフト艦いるんだろ? また戦闘になるのかなぁ」

先程の突然の攻撃で何とか生き延びたというのに、こんな戦艦へ逃げ込んだのでは生きた心地がしない。出来ることと言えば緊張で乾いた唇をなんとか舐めて気を紛らわす程度だ。

「カズイもさ、元気だせって! なるようになるさ」

「こんな状況で元気だせって言ったって……!」

持ち前のくせ毛を揺らす少年が明るく言ってみせると、カズイと呼ばれた少年は何を根拠にとでも言いたげに不満の声を絞り出した。

「トールはさ、良いよな……前向きで」

「俺だって……そりゃ。でも今さらそんなこと言ったって仕方ないじゃん! こんな戦艦の中に入れてラッキーとでも思わないとさ! ……思えないか」

カズイにため息混じりに言われて、トールという少年はウェーブ髪を揺らしながら明るく言い放ったのちにほんの少し顔を歪めた。

しかしすぐさま思い直ったのか勢いよく頭を振るう。

「でもキラがいなかったら俺たち今ごろガレキの下敷きになってたんだぜ? ほら、九死に一生を得た人間は強いってよく言うだろ?」

だから大丈夫、と何とか仲間を元気付けようと表情を明るくしたトールにミリアリアが「あ」と思い出したように口を開いた。

「キラ、あのモビルスーツのOS……書き換えたって言ってたよね? あんな物の操縦しちゃうなんて……」

「まあ俺たちもゼミで作業用モビルスーツのプログラムテストとかやってたじゃん? キラはいつもカトー教授に頼まれて解析とかやってたし、慣れてんだよ」

工業科に通う学生なんだから何とかなったんだろう、と答えたトールにミリアリアは訝しげに懸念を孕ませて呟いた。

「あのモビルスーツ、モルゲンレーテで作られたんだよね? ひょっとして、教授の手伝いって……」

いくら工業科の学生でも急にモビルスーツに乗って戦闘など出来るはずないからだ。

だからこそ、キラがやれたのはそれなりの理由があるはずなのだ。

つまりは何らかの形であのモビルスーツ開発に関わっているのではないか、とミリアリアは感じた。

教授に言われるままにOSの解析等をやってきたキラは自分が何をさせられていたかなどもちろん知らないだろうが、ひょっとしたら──と悪い考えが過ぎって頭を押さえる。

そこでカズイが重々しいため息をついた。

「やっぱりキラってコーディネイターなんだよな。成績だっていつもトップだったし……」

「カズイ! コーディネイターでもキラは俺たちの大事な友達だろ!?」

「そりゃそうさ! 俺が言いたいのは……ザフトは、キラみたいな能力を持ったヤツらの集団だってことだよ」

眉を顰めたカズイにトールとミリアリアも顔を見合わせる。

 

オーブ国民は基本的にナチュラルで構成されているとはいえ、コーディネイターも数多く住んでいた。

ミリアリア達も日常ではあまりその能力を意識した事はなく、オーブにいる限りはナチュラルであろうとコーディネイターであろうとそれは些細な問題だった。

が、いま現在自分たちがいるのは連合艦だ。ナチュラルから見れば、特殊能力を持っているコーディネイターばかりのザフト軍と戦うための艦。そんな戦艦にいるのだと思うと戦慄を覚えるなというほうが無理な相談だ。

 

「母さん達……無事かな」

迫り来る恐怖を何とかかき消そうとしながら、少年達はそれぞれに安否の確認すらままならない家族のことを思った。

 

その頃のキラは一人艦長室へと呼び出されていた。

この艦の本来の艦長は急なザフト軍の強襲で乗組員共々戦死してしまったため、何とか生き延びた少数の兵士の唯一の大尉であったマリュー・ラミアスが臨時の艦長へと納まっていた。

キラの目の前にはマリューの他に、臨時の副長へと就任したナタル・バジルール少尉、モビルスーツ輸送の護衛任務で来たものの乗ってきた艦を落とされ、この艦に急遽乗員したムウ・ラ・フラガ大尉の姿があった。

フラガはマリューよりも先任の大尉であったものの、本業はパイロット。更にこの極秘製造の戦艦及びモビルスーツの詳細を知らなかったため必然的にブリッジクルーのマリューがその任に就いたのだ。

 

「冗談じゃないですよ!」

 

艦長室にキラの声が威勢よくこだました。一切の甘さもない否定の声。それはマリュー達の要望を却下する叫びだった。

要望の内容は、もう一度あのモビルスーツに乗って戦ってくれ、というもの。ヘリオポリスを離脱する際には必ず外にいるザフト艦が襲撃してくると予測されるため離脱を援護しろというのだ。

「僕は中立国の民間人なんです、もうこれ以上こんな事に巻き込まないでください!」

「ええ、分かっているわ……でも、あのストライクに搭乗するはずだったパイロットはさっきの攻撃で戦死して、もうあれに乗れるのは君しかいないのよ」

「こんな状態じゃお前等を降ろしてもやれんし、敵はそんな事情お構いなしに攻撃してくるんだぜ?」

神妙な面もちのマリューに対して、フラガはヤレヤレと言った具合に両手の掌を上に向けて首を竦めている。

「と、とにかく……何と言われても僕は乗りませんから」

目の前で困っているマリュー達を気の毒には思う。だが、キラとしてはそんな同情だけで戦火に身を投じるのはまっぴらごめんだった。

ハッキリと突っぱねたキラはとマリューに背を向け、もう話すことはないとばかりに艦長室を出る。

「キラ……!」

艦長室の扉を開けた途端、キラに目には真っ先にミリアリア、トール、カズイの姿が映った。

なかなか戻ってこない自分を心配してここまで来てくれたのか、直ぐに走り寄ってきて「大丈夫だった?」と言葉をかけてくれた。緊張に強ばっていたキラの表情がほのかに緩んだ。

 

一方のキラが出て行った艦長室では頭を抱えるマリューにナタルが次の案を、とヘリオポリス離脱のための指示をやんわりと促していた。

「ラミアス大尉、どうされるおつもりですか……? 彼が乗らないと言っている以上こちらにそれを強要する権利はありません」

ナタルとしては、自軍の最高機密を他国の民間人──それもコーディネイターのまだ子供に扱わせるのには消極的であったのだ。

「俺のゼロは修理中だしねぇ……こりゃ大人しく投降するかい?」

「大尉!」

フラガが軽口を叩いてみせるとすかさずナタルが意志の強そうな瞳で睨みを効かせる。

ハハッ、とフラガが頬を引きつらせるとマリューはフ、と一度瞳を閉じた。

「私たちはこの残されたアークエンジェルとストライクを持って月の本部へ行かなければなりません。投降は……できないわ」

ナタルとは打って変わって柔らかい口調ながらもその言葉には確かな決意が感じられ、ナタルも同意するように軽く頷いた。

 

「ラミアス大尉! ラミアス大尉! 至急ブリッジへ戻ってください!」

 

そこへ急に艦内警報が鳴り響き、どうしたのかと士官三人は艦長室のモニターを凝視した。焦り顔のオペレーターが急くように告げてくる。

「スクランブルです! ヘリオポリス全体に強力な電波干渉!」

間髪入れず艦長室に響いたのはフラガの強い舌打ちだ。

「やっぱこっちが出てくまで待つわきゃねーか!」

ともかくブリッジへ急ごうと艦長室を出た3人に、まだ艦長室の傍にいたキラ達が不安そうに声をかけてきた。

「あの……この警報は?」

「この艦は間もなく戦闘になります。あなた達は居住区で大人しくしていて」

そう告げて走り去るマリューにカズイが声にならない悲鳴を上げる。

「そんなぁ……じゃあ俺たちどうなるんだよ」

青ざめる少年達を見てナタルは一瞬眉を顰めたが、直ぐに切り替えてフラガの方へ向き直った。

「大尉はCICに入られるので?」

「いや、俺はストライクで出る」

「え……!? しかし、あれは」

「まあ動かせるとも思えんが、このまま黙って艦を沈められるよりはマシだろ?」

驚いたナタルにフラガが言い返せば少年達は、ヒ、と慄いた。

「沈む……!?」

艦が沈む──それは死ぬという事に等しいくらい少年達にも容易に想像できたのだ。

カズイは頭を抱え、トールは目尻に涙を溜めるミリアリアの手をギュッと握った。

そんな友人達を見てキラは唇を震わせながらグッと拳を握りしめた。

「……僕が……」

戦争には巻き込まれたくない。

「僕が……乗ります!」

だが、この大切な友人達の乗った艦を沈められるわけにはいかない。

「坊主……!」

「だけどこれは連合のためじゃない、僕たちが生きるために乗るんです!」

友人達を守らなくては──その一心でキラはハンガーへと走った。

途中、一人の不安そうな面もちをしたニットワンピースの少女と擦れ違ったものの声をかけている暇など無い。

全力で走ってハンガーへ入ると、そこは物資の搬入作業を急ピッチで進めていた整備兵達でごった返っていた。

「エールストライカー装備だ! 換装急げ!!」

整備兵をまとめる年輩軍曹の指示がハンガーに飛び、皆が忙しなく動いている。

「なぁ……あれ、コーディネイターなんだろ? 良いのかよ、乗せちまって」

「ツベコベ言ってんじゃねぇ! とっととやれ!!」

整備兵の一人がそう呟けば軍曹は怒声を飛ばして作業へ戻させ、コクピットへ入ったキラにモニター越しに声をかけてくる。

「どうだ坊主、分かるか?」

「はい……えっと、エールストライカーは中距離戦闘用……、なんとか、いけます」

キラは同じモニターに映し出された武装の詳細を確認して頷いた。

キラの乗るモビルスーツはストライクという名称が付けられていた。

エールストライカーとはストライクに装備するバックパックの一種で、4基の高出力スラスターを背に持っており、武装はビームサーベル2本とビームライフル。

他にソードストライカーとランチャーストライカーという2種のバックパックもあり必要に応じて換装可能というデータも出ているが、今はエールの確認にのみ集中する。

「それならいい、俺は勇敢なヤツが好きだ。コーディネイターだろうがナチュラルだろうがな」

軍曹の声にキラは目を丸めた。

連合の性質上コーディネイターに向ける目は厳しい。それは中立国オーブの人間──つまりキラに対してといえどそう変わらなかったために「好きだ」などと言われて驚いたのだ。

「頼んだぞ!」

「──はい!」

驚きと嬉しさが混じり、キラは改めて力を込めて返事をした。

 

その頃、敵影捕捉に努めていたブリッジでは騒ぎが起こっていた。

「爆破されたコロニー壁面からモビルスーツ接近! 数4! こ、これは……」

アークエンジェルの通信席に座るチャンドラ伍長はモニターを見て一瞬言葉に詰まるものの、驚きを抑えて何とか報告をあげる。

「1機はX-303……イージスです!」

チャンドラの声に少なからず皆が動揺した。

「そんな……もう実戦に投入するなんて……」

艦長席に座るマリューなどは愕然としていた。

イージスとは奪われたモビルスーツのうちの1機だったからだ。つまり、慣れ親しんだ我が子に等しい。

「今は敵だ! 切り替えろ!!」

フラガの声がブリッジクルーの頭に響き、艦長席の一段下に儲けてあるCIC・兵器管制席のナタルはハッとしてハンガーに通信を入れた。

「ストライク、出撃だ。……ストライク? ストライクはどうした!? キラ・ヤマト!」

「は、はい……! キラ・ヤマト、ストライク行きます!」

ナタルに促され、発進準備の整っていたストライクはリニアカタパルトからアークエンジェルの外へと飛び出す。モニターは確かに敵であるザフトのジン部隊を拾っていた。

 

「マシューの隊はあの艦の足を止めろ! アスラン……無理矢理付いてきた根性、見せて貰うぞ!」

「……ああ」

 

へリオポリス内に侵入したのはクルーゼの部下達。出撃要望を却下されたにも関わらず無断で出撃したアスランもいた。

 

「さあ落ちろォ!!」

 

マシューの率いた3機のジンがアークエンジェルへと突進する。

アークエンジェルは弾幕を張って艦を守り、主砲の照準をジンへと向けてきた。が、ジンはへリオポリスの建物を盾に易々と避けてしまう。

「ハッ、そんな散漫な攻撃など!」

主砲の直撃を受けた建造物は音を立てて崩れ、その影からマシューは再びアークエンジェルを襲おうと狙う。しかし──トリガーを引くよりも先に確かにモニターは背後からの熱源を察知した。

「なにっ……!?」

不幸にもマシューの反応はコンマ単位で遅れた。その熱源が何かを確認する間もなくマシューの身は爆炎に包まれる。

 

「マシュー!?」

 

アスランと共にいたジンが爆発したマシューのジンのほうへ頭部を動かした。ジンの特徴でもあるモノアイが鋭く光り、トリコロールの機体を捉えてモニターに浮かび上がらせる。

「何だあれは……取り逃がしたモビルスーツか!?」

見慣れないモビルスーツにパイロットの瞳は揺れた。それこそがまさに自分たちが捕獲すべき目標。そして今マシューを討ったモビルスーツなのだと確信し、彼は眉を吊り上げた。

「コイツ、よくもマシューを! ──アスラン、手を出すなよ!!」

言うや否や、ジンはそのままストライクに猛進した。

ストライクはというと、持ち前の機動力を活かして一方的に攻撃をただ避けるのみに留めている。 ヘリオポリスを傷つけまいとしているのだろう。

だが、避ければ避けた分だけジンのライフルはコロニーの至る所に傷を付けていく。そして、パイロットの苛立ちも募っていく。

 

「何なんだよあの機動力はッ、ナチュラルごときが!」

 

苛立ったような動きでジンは対戦艦、対要塞用のミサイルをストライクに向けて放ってきた。

「うわッ──!」

ストライク──、キラはとっさにストライクのシールドを翳した。心臓が跳ねる。ミサイル爆破と共に壊れたシールドを手放した。

汗が全身から噴き出るのがリアルに伝う。

シールドを捨てたのだ、もう攻撃は防げない。

逃げてばかりもいられない。防げないなら攻めなくては──とキラは無我夢中で背中のビームサーベルを抜いた。

敵はいまだ、硝煙の中。パイロットはいまの派手な爆発を見て気を緩めているかもしれない。

「やったか!?」

事実、ジンのパイロットは一瞬だけ気を緩めていた。しかし煙の中から猛進してくる何かを確認して目を剥いたなどキラは知るよしもない。

 

「なんだとッ、あの攻撃を……!?」

「うおおおおおおお!!」

 

キラはそのままフットペダルを強く踏み込み、暴走とも言える動きで敵機目掛けて一心不乱にビームサーベルを突き立てた。

コクピットを一突きされたジンは操縦者の蒸発で動きを止め、そのまま落下していく。

 

「オロール!!」

 

手を出すなと言われたアスランはそれを助ける事もできず、ただ目の前の戦闘を眺めているしかできなかった。

 

「シャフトに当たるわ! もっと攻撃に注意して!」

「それではこちらが落とされます! 向こうはコロニーへの損害など気にもかけていません!」

アークエンジェルブリッジではマリューとナタルのそんな声が飛んでいた。

攻撃を強めればこの中立コロニーへの破壊に繋がる。しかし敵機は重装備で容赦なく攻撃を繰り出してくる。

ジレンマを抱えながらの戦闘にクルーの緊張と疲労はピークに達していた。

「照準! マニュアルでこっちよこせ!!」

CICにフラガの声が飛び、敵機をロックして副砲を撃ったフラガのそれは見事ジンに命中した。

しかしCICが沸き、フラガがガッツポーズをしたのも束の間。なんと撃たれたジンは制御不能のためか暴走し、ジンに装備されていたミサイルがシャフトへと一直線に向かったのだ。

為す術もなくそのミサイルは外壁に当たり、激しい爆発を起こした。

あまりに大きすぎる打撃を受けてしまったコロニー。マリューは絶句し、ただ愕然とした。

 

アスランはというと、目の前で同僚がジンもろとも爆散した事よりもトリコロールの機体の方へと気を取られていた。

「……キラ?」

違うかもしれない。間違いかも知れない。

そんな思いを抱きつつも、目の前のモビルスーツへ通信を入れてみる。

 

「キラ、……キラ・ヤマト」

 

それを受けて、キラは大きな瞳を零れんばかりに開いた。

聞き覚えのある声だ。

モルゲンレーテの工場区で再会した時は人違いかと思った。いや、人違いだと思おうとした。

しかし、その声は間違いなく自分の良く知る人物のものだ。

 

「アスラン? ……アスラン・ザラ!?」

「やはりキラ……! キラなのか!?」

 

キラの返事にアスランもまた大きく瞳を開いた。

「アスラン、どこだアスラン!? アスラ──ッうわあああ!!」

アークエンジェルの相手をしていたジンからの必死の救援要請も今のアスランの耳には全く届いていなかった。

それはそうだろう。

親友であるキラが、敵である連合軍機に乗っていたのだ。援護要請よりもその事実の方が何倍も重くアスランにのしかかっていた。

「お前……なぜそんなものに……」

「君こそどうして……どうしてザフトなんかに」

互いに狐につままれたとも言った様子で互いのモニターを睨み、言葉を探した。

 

だが崩壊の始まったコロニーがそれ以上の会話を二人に許さない。

急なコロニー内の気圧の乱れで二人の機体は姿勢制御不能な状態に追いやられ、疾風のような勢いで外へと吸い出されてしまった。

 

「キラァァーー!!」

 

遠ざかるキラのモビルスーツに必死で声をかけるが、アスランの方もこの流れに逆らうことは出来なかった。

 

 

コロニーが崩れてゆく──。

アークエンジェルも崩壊の衝撃に耐えようと各クルー必死の対応に追われていた。



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PHASE - 003 「これも任務だから」

「ヘリオポリス、応答ありません……!」

「入港許可は取ったはずだぞ……!?」

「機長、左舷40の方角、距離70に熱源確認。……これはザフト艦……ローラシア級、ナスカ級各一隻と思われます」

「なぜザフトがこんな所に……? ともかく、乗客にノーマルスーツを!」

 

ザフトがヘリオポリスへ再襲撃をかけた頃──、進路をヘリオポリスへと変更したアカネの乗るシャトルの操縦室はにわかに騒がしくなっていた。

 

機長の指示でノーマルスーツを着用しながら、学生達は腑に落ちなさそうな表情を顔に広げている。

アカネにもまた目の前のコロニーの中で何が起こっているかは分かるはずもなく、ノーマルスーツを着用せよとの艦内放送にそばに設置してあった船外活動用の宇宙服を急いで着こんだ。

 

ヘリオポリス内はD装備のジンが連合軍の新造戦艦アークエンジェルと取り逃がした新型機動兵器ストライクの奪取及び撃破を狙って再攻撃をかけ交戦状態となっていたが、アカネ達がその事を知る術はない。

「入港準備、相対速度合わせ──ッ!?」

「何だこれは……コロニー内に熱源? 様子がおかしいぞ」

異変を察知した機長達は互いの顔を見合わせる。

 

その時だった。

 

不意に、ドン、と船体が絶壁にでも打ち付けられたかのように揺れた。

突然の揺れにシートベルトを締めていなかった乗客の身体は投げ出され、乗客室が悲鳴で染まる。

 

「ぐ……!!」

アカネも急な事態に何とか付いていこうと思考を巡らせた。

今の自分の状況。

──シャトルの外に飛ばされようとしている。

──反射的に船体の取っ手を掴んで耐えている。

そんな活字が浮かんだ。

「何……なの……!?」

数秒前、コロニーの方角から強い衝撃を感じた。

気付いた時には何かの破片が窓に刺さり、気圧の乱れた船内はさながら掃除機の吸いだし口状態になっていた。

宇宙用のシャトルだ。ちょっとやそっとのデブリ接触ではそうそう壊れたりはしない。

だが、いま陥っている状況はその有り得ないはずの出来事だった。

最後尾の休憩室と乗客室は別区画に分かれていたため学生達を巻き込まずに済んだのは幸いだったが、ぼんやりもしていられない。いつ乗客室に被害が及ぶとも限らないからだ。

「……長、機長、乗客ブロックとの気密隔壁閉鎖を……ッ!」

着ていたノーマルスーツに附属している直通にセットしてあった通信機でアカネはコクピットにそう呼びかけた。

「何が起こっているんだ!?」

「船体の一部が破損……早く! 私は大丈夫ですから!」

両手で何とか身体を支えながらアカネは鋭く呼びかけた。

ありったけの力を込めているがそう長くは持ちそうにない。

幸い、すぐ傍にはヘリオポリスがある。

ノーマルスーツにはスラスターも付いている。

何もない宇宙空間に放り出されたのであれば死は免れないが、この場所ではそう焦ることもない。

そう、大丈夫だ。

そう確信して、アカネは震える腕からふ、と力を抜いた。

轟風のような勢いで身体が宇宙空間へと投げ出され素早くスラスターを噴かせた刹那の、まさにその瞬間だった。ヘリオポリスへと方向を定めたアカネの背が抗えない程の力で揺さぶられた。

 

「うわああああ!!」

 

悲鳴がノーマルスーツの中でこだました。

自分の声ではなかった。

洗濯機の中に投げ入れられたように身体をあちらこちらに回転させながらアカネは必死でスラスターを噴かせた。

「く……こんなものッ!」

破片という破片が容赦なく漂っていたが、なるべく身体に当てないように器用に避けていく。 剣戟と思えば、カンや本能というものが意識より先に勝手に避けてくれた。

そうしてアカネはハッと思い立つ。

「シャトルは──ッ!?」

あの悲鳴は通信機を通して聞こえのだ。シャトルのコクピットからのものだ。

揺られながらシャトルを探すアカネの瞳に、戦艦クラスの大きな白い艦が映った。それもシャトルの直ぐそばにだ。

この状況で今さら驚くことなどないと思っていたアカネの瞳孔が反射的に開いた。

「機長……!!」

接触する──! と額に汗が滲む。

事実、さっきの悲鳴は何らかの緊急事態が発生したに違いない。

「操舵……不……」

機長の声が微かに聞こえたと同時にアカネの身体は再び強い力により宙を舞った。

 

懸命にスラスターを用いて速度を落としたアカネの身体は人の倍ほどある残骸にぶつかり、一瞬だけクラッとするも何とかすぐに意識を取り戻した。

 

「シャトル……」

身体を安定させたアカネは周囲を見渡す。

だが、アカネの視界にスーツ越しに映ったのは無惨にも跡形もなく爆散したシャトルの残骸だった。

「なんて事を……!」

顔をしかめる間もなく周辺のデブリにぶつかりそうになり、ショックを抑えてアカネは器用にスラスターを噴かせてそれらを避けていく。

周囲を見渡せば、先程までは確かに存在していたはずのヘリオポリスさえも跡形なく消え去っており、アカネは漂うデブリの正体を悟ると背筋が凍る思いで首を振るった。

「機長……! 応答願います、機長!」

そうしながらアカネは、もはや意味はないとは悟りつつもコクピットに向かって声をかけた。

だが、当然返事が戻るわけもなく、ス、と眉をよせる。

「……接触したのか……学生達は……?」

そもそも何が起こっているのか。

目の前のヘリオポリスは突然四散。自分もこんな宇宙空間へ投げ出されてしまった。

このままでは残骸と共にデブリの仲間入りになってしまう。

 

通信回線を弄りながらアカネが呆然としていると、暫くしてジ、ジ……とどこかの雑音を拾った。

 

「…ラ……マト、キラ・ヤマト……無事なのか?」

「……キ……ラ?」

それは聞き取れない程乱れた音声だったが、アカネの耳にはそう聞こえた。

ぐるりと辺りを見渡すと、右斜め下──5時ほどの方角に前方へと移動するモビルスーツの姿。トリコロールの外観に頭部のツインアイが映り、一瞬言葉を失う。

「……なに? ザフトのジンじゃない……」

モビルスーツは、いま現在はザフトの主力兵器であり連合はそれを持ち得ない。

しかし、目に映るそれは見知ったザフトのモビルスーツのどれとも違っていた。

それゆえアカネは一瞬、国際救難チャンネルを開いて救難信号を送るのをためらった。

どこの所属ともしれないモビルスーツに拾われるわけにはいかない。──と過ぎらせてふと気づく。

救助要請を出さねばならない事態なのだ、と。

シャトルやヘリオポリスの残骸がふよふよと視界に漂っている。あてもない宇宙空間に投げ出されてしまっているのだ。改めて強く自覚したアカネの顔から、ス、と血の気が引く。

このまま空気が底を付けばどうなるか、そもそも無限の闇を漂っていつまで正気を保ち続けられるのか。

僅かな恐怖。 だが孤独とはこういうものなのか、とどこか冷めた感情も交差する。

このままだとデブリの仲間入り──、再びそんなことを思って遠くを眺めながらアカネはゆっくりと瞼を閉じた。

広がる無音と無限の闇。

そうして不意に、青い地球の姿が脳裏に浮かんだ。 そして、自国から見上げる眩い月夜の情景が過ぎる。 ──こんな場所を未来永劫彷徨うわけにはいかないという強い意識を芽生えさせるには十分だった。

「宇宙では……死ねない」

呟くと同時にアカネは救難信号を出した。

おそらくは戦闘があった後なのだ。きっと近くに誰かいる。

そういう確信はあった。

 

 

「おーい、ショーン。こっちに面白いモンがあるぜ!」

「何だよ、予備の装備の類があれば全部クルーゼ隊長にお持ちしろ。……ん?」

D装備のジンとは別に、モルゲンレーテの探索に船外活動機とジンの二機が出ていた。そのうちの一機、ショーンのジンはとある信号を拾った。

「これは……救難信号か?」

とっさにその信号の方へ向かう。

 

「艦長、ショーン機より通信です」

オペレーターの声がブリッジによく通り、アデスとクルーゼはそれに耳を傾けた。

「なに、ノーマルスーツのまま投げ出された人間を拾った? オーブ人か!?」

「いえ……それが……」

ショーンからの報告を受け、アデスは思わずクルーゼの顔を見た。 最終的な判断は自分より隊長が下すべきだと判断したからだ。

フッ、とその表情の読めない仮面の下の口元で笑ってからクルーゼはショーンにこう告げた。

「放っておくわけにもいくまい。連れてきたまえ」

ハッ、と返事をしてショーンからの通信は途切れる。

「隊長……」

アデスは驚きの色を顔に広げた。てっきり捨てておけ、とでも言うと予測していたからだ。

そんなアデスの瞳にクルーゼは気づかぬふりをして、ただ口の端を上げていた。

 

拾った人間──アカネの着ていた作業用のノーマルスーツではジンのコクピットに入れるのは困難で、ショーンは仕方なくジンの両手で包み込むようにして母艦へと向かった。

「ナスカ級、ザフトの高速艦か」

アカネの方は瞳に段々と近づいてくる空色の軍艦が映り、状況を理解しようと眉を寄せる。

「なぜこんな所にザフトの艦が……」

先程シャトルを沈ませた所属不明艦を思い出し、不意に瞳が曇った。なにが起こっていたのか推察しようにもあまりにも不確定要素が多い。

そうこうしているしているうちにジンはブリッジ下部のハッチからハンガーへと帰還した。機体を安定させるとショーンのジンは腰を折って両手を床へと近づけ、その手を開いた。

解放されたアカネの身体がノーマルスーツごと無重力の空間に浮く。が、救助に胸を撫で下ろす暇などアカネには与えられなかった。

解放と同時に待機していたザフト兵が一斉にアカネに銃口を向けたからだ。

さすがにアカネは面食らって瞼を極限まで持ち上げた。

整備兵と思われる青年、緑の軍服に身を包んだ青年らが一様にこちらを睨み付けてくる。

仕方なしにアカネは両手を上げた。

「救助感謝致します。でも、銃は降ろしてもらえません? 仮にも同盟国の人間相手に」

随分なご挨拶だ、との言葉は飲み込んだアカネとは裏腹に周りのザフト兵達がざわつく。

「女……!?」

「なに……じゃあニホン人か!?」

「でもナチュラルだろ、コイツ」

それに今度はアカネが動揺した。

救助してくれたジンのパイロットにちゃんとニホン人だと告げたはずなのになぜ情報が行っていないのか。腕を上げたまま顔をしかめる。

「おい、銃を降ろせ」

アカネと兵士達が睨み合っていると、ジンのコクピットからショーンが出てきた。

パイロットスーツのヘルメットを脱げば、栗色の髪が露わになってふわりと宙に浮く。

「ショーン! でもナチュラルだろ!? ニホン人ってのも怪しいもんだぜ」

「クルーゼ隊長が連れてこいとご命令だ」

ナチュラルナチュラルと連呼していたザフト兵がその一言に押し黙った。隊長命令とあらば退くしかなかったのだろう。

アカネの目に、ゆっくりとコクピットから降下してきた自分を助けてくれたパイロットの姿が映った。 22、3歳ほどの精悍な眼差しをした整った風采の青年だ。

「救助、感謝致します」

「これも任務だから」

今度は心からそう言ったアカネの声を受け、彼はやや肩を竦めていた。

 

ノーマルスーツを脱いだアカネを連れて、ショーンは隊長室の前に立った。

「ショーン・ブラウン、出頭致しました」

「入りたまえ」

部屋の奥から独特の抑制のない低い声が聞こえた。

アカネは少々気を張りつめさせていた。

先ほどザフト兵に銃口を向けられたのは仕方ないとしても、なぜ救助した人間を軍艦の隊長室に呼び出す必要があるのだろう?

見られても差し障りのない場所で保護して本国へ帰すべきではないのか?

そんな風に思ったものの、一方では好都合だとも考えていた。

どちらにしろコーディネイターだらけのこの場所で、弱さや隙を見せるわけにはいかない。

自動で隊長室のドアが開き、ショーンに促されて中へと進んだアカネの眼前に執務椅子に深々と腰をかけた白い軍服の仮面の男が姿を現した。

その容貌に初対面の者が驚くのは無理からぬ事だろう。

例に漏れず小さく眉を寄せたアカネを飛び越え、仮面の男の視線はまず部下へと向けられた。

「ショーン、ご苦労だったね。君はもう下がりたまえ」

「え、ですが……」

隊長のいきなりの申し出に目を瞬かせたショーンだったが、数度目線だけでアカネと仮面の姿を往復させると、指示通り敬礼して隊長室を後にした。

取り残されたアカネは仮面越しにも分かる胡散臭そうなこの男をただジッと見ているしかなかった。

座ってはいるが長身だろうということが見て取れる。波状の金髪は肩につくギリギリの長さで、仮面に覆われていない顔半分は美しく均整が取れており、さぞや素顔も整っているのだろうと見る者の想像を掻き立てる。が、胡散臭いことにはかわりなく、隊長室には重苦しい静寂が流れた。

先に、フ、と笑みを漏らし沈黙を破ったのは仮面の男の方。

「災難だったね。私はこの艦を指揮しているラウ・ル・クルーゼ。巻き込んで済まないと思っているよ」

それにアカネの眉がピクリと反応した。

「ラウ……!?」

「何かな?」

「……グリマルディ戦線でのご活躍、ニホンにも届いています」

「ほう……君のような人が私の名をね」

クルーゼはほんの少し仮面の下で驚いたような様子を窺わせ、息を漏らした。

アカネもまた、フ、と息を漏らすと身に付けていたIDカードを取り出した。そして、クルーゼの前に差し出す。

「私はニホン自衛軍、内閣総理大臣直属特別情報工作機関所属、アカネ・アオバ特尉。グリマルディの戦いの折りには私も月基地にいましたから、あなたの名はよく覚えています」

ほう、と喉を鳴らしてクルーゼはアカネのIDカードを手に取った。

「特尉……?」

「階級は二尉と一尉の間に位置し、機関の略称は"特関"もしくは自衛軍に属しているので陸海空に倣い"特自"とも」

事務的に説明を終えて、アカネは予想外の反応に眉を寄せた。

少なからず驚かれるだろうと予測したものの、当のクルーゼはそんなそぶりを見せる事なく舐めるようにIDカードに見入っている。

「なぜこんな所にニホン国の特務兵いるのかな?」

IDカードから仮面越しの目線をこちらへ向けたクルーゼに、アカネは先ほどより強く眉を寄せてみせた。

「それはこちらが訊きたい。なぜオーブのコロニーが崩壊して、その側にザフト艦がいたのか……!」

しかしながらそれだけ吐き出すと一旦自身の疑問は脇に置き、ここに来るに至った経緯を語り始める。

「私の乗ったシャトルはL3宙域見学を経てプラントへ向かう予定だった。防衛省所属アカデミーの武器科の学生の研修をプラントで行うためにね。その途中で機体にトラブルがあったらしくて、最寄りのヘリオポリスでメンテナンスを行おうと一時進路を変えて、ヘリオポリスの崩壊と同時に出てきた戦艦と接触して沈んだわ」

「……、助かったのは君だけということか」

「いくら軍属扱いだからって、まだ学生で……民間機だったのに」

爆散したシャトルを思い出してアカネは僅かに瞳を落としたが、クルーゼは気にせず先を促すようなそぶりを見せた。アカネが肝心の質問には答えていなかったからだろう。察してアカネはそれに応えた。

「私は休暇中で、プラントを見られる機会は滅多にないから要請を出して同行の許可を得た。IDカードは必要な事態になることを懸念して持参したまで」

そして説明を終えるとアカネは目線をクルーゼに戻した。

先ほどの質問の返答を今度はアカネが求めたのだ。

軍事機密、と逃げられるのを避けるための布石としてこちらの状況と身分を先に明かしたのだ。答えてもらわなくては困る。

そんなアカネを見抜いたのか、クルーゼは低い笑みを小さく漏らした。

「君はオーブをどう思う?」

またも問われて、アカネは口をへの時に曲げた。

オーブは表向きニホンとは外交上特に問題のない国だ。しかしその内情は常に諜報員が注意を払ってもいる。が、そんなことをわざわざここで告げる必要はない。

一個人としてのオーブへの感想などこの場で話す価値もない。

その沈黙を回答と理解したのか、クルーゼはようやく話を始めた。

「ザフトの主力兵器であるモビルスーツの開発を地球連合軍が行い、それにオーブが関わっているとの情報を我々クルーゼ隊は手にした。その連合の新型モビルスーツが運び出される前に奪取するというのが我々の今回の任務だったのだ」

「……、モルゲンレーテ社が連合に開発協力を?」

「そういう事だな。驚かない所をみると、そちらでも何かしらの情報をつかんでいたのかな?」

白い手袋を付けたままの指が仮面の下の口元へと添えられる。

アカネはクルーゼのその答えで、ほぼ全ての状況を理解した。

連合の軍事開発協力を極秘に行っていたヘリオポリスと、それを掴んだザフトとの戦闘が肥大してコロニーが四散したこと。

それに巻き込まれて、シャトルが沈んだこと。

惨劇の最大要因はオーブの裏切りか、と眉を顰める。

「シャトルを落としたあの白い所属不明艦は連合の新造戦艦……?」

「足つきを見たのか」

「もう一つ、トリコロールのモビルスーツを見たわ。さっきハンガーでも似たような機体を見かけだけど、あれは?」

「恥ずかしい話だが、1機だけ奪取に失敗したのだよ。代わりに拾ったのは君だったがね」

ククッ、と冗談なのか本気なのか分からない笑みをクルーゼが漏らすと、アカネはふっと神妙な顔つきをしてみせた。

そして薄いローズのリップを引いていた唇をゆっくりと動かす。

「"軍事同盟規約第21条・不測の事態において、ニホン自衛軍所属軍人及びザフト軍所属軍人は互いの戦局に応じてこれに協力すべし"」

するとその言葉をまるで予測していたかのように受け止めて、クルーゼは無言で口の端を上げた。



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PHASE - 004 「ザフトレッド」

アカネはどうにも解せないという思いを抱えたまま拾われたザフト艦ナスカ級の廊下をふよふよと漂っていた。

こちらの要望は同盟軍の士官らしい扱いをしてくれという一点のみであったというのに、どうも手応えが違う。

 

 

ニホン・プラント間の軍事同盟──それはもちろん双方の利害関係により成り立っているものだ。

 

古来より独立を保っているというのが東洋の島国、ニホンが自らの矜持のよりどころにする重要な事柄であった。

そしてもう一つ、ニホンは技術立国として栄えてきた流れを今に正当に受け継いでいた。ゆえにかつての国々が次々と連邦国家となる中、いまも一つの国家として世界にその名を連ねている。

しかしながら中国大陸からなる東アジア共和国を始めニホンを取り込もうとする大国の思惑は常々付きまとう問題であり、開戦の兆しが強くなるに比例して難題化していった。 地理的に東アジア共和国のさらに東、南下すれば大洋州連合という対立する勢力を抱えたニホンは選択を迫られていたのだ。

 

プラントの技術力──、それは技術立国ニホンにとって魅力的なものだった。

プラントにとってもまた、ニホンの独占技術は一目置く存在であった。

ゆえに両国は国営企業の相互技術譲歩及び自衛軍の軍事派遣等の同盟を結ぶことでプラントとの関係を強め、大洋州連合が親プラントを表明したこともあり南半球との海・空の強化を計ろうとした。

しかし、ナチュラルの援軍など必要ないとの声がザフトで小さくなかったのもまた事実。

そこで現ニホン国内閣総理大臣が発案したのが直属の情報工作機関の特務兵であった。

能力が劣るから、と言われるなら高い能力値を示せば良いのだと単純克明化して特定の分野に特に秀でた人間のみを集めたのだ。そして彼らのサンプルデータをプラントに示すことで、一応の軍事同盟締結問題は決着した。

 

とはいえ、開戦してからもザフトは表だって自衛軍の派遣要請をしてくることはなかった。

ニホンとしても本土や月基地の防衛に手一杯でそれを懸念する事はなかったが、アカネは常々不満を感じていた。

 

アカネ自身、コーディネイターと全く接したことがないわけではない。

だがプラントという国がどういうものかほとんど知らなかったのである。

任務が降りればザフトと共に戦うことに抵抗はなかったが、コーディネイターという存在に思うところは一つ二つではない。

だからこそ今回のプラント研修はまたとない機会だったというのに、プラントを知るどころか未来を担う若者を大勢失ってしまった。

おそらく本土ではいまこの瞬間もシャトルロストで騒動になっているだろうことは想像に難しくない。

何より自分自身も死亡ないしは行方不明扱いだろう。

同盟軍の艦にいるのだから取りあえずは安心──とはいえザフト軍を心から信頼することなど今の段階では無理な相談である。

しかしながらこの艦が、あの仮面の男が自分の命を握っているというのは変えようのない事実だ。

 

だからこそ士官らしい処遇を、と望んだのにこの扱いは何なのだろう?

好きなようにしていろ、と軍艦だというのに軟禁されるでなく放り出されてしまった。

 

「どうなってるの、ザフトって」

窓の外には相変わらずの闇が無限に広がっていて、アカネは窓の縁にそっと手をやった。

そもそもザフト軍という存在自体がアカネには解せない。

開戦前から秘密裏に組織されていたプラントの軍だというのは周知の事実であったが、ザフトには階級というものが存在しないのだ。さらに地上でいうところの陸海空に部隊が分かれているという事もなく、全ての兵士が全ての分野をカバーする。

能力の高いコーディネイターだから出来ること、などとザフトは吹聴しているようだが一兵士としてアカネは自国の兵士がザフト兵に劣っているとは思えない。

階級がないというのも指揮系統に乱れが出ることが容易に想像でき、どうにもメリットが見いだせない。

なによりこの制度のせいでアカネ自身、対応に困っていた。

仮にも一軍艦を率いるのなら最高指揮権は一佐に準ずるであろう艦長にあるはずだが、どうもこの艦のトップはあのラウ・ル・クルーゼらしいのだ。

一佐のさらに上となれば将であるが、しかしクルーゼは将官というにはあまりに若い。

仮面で素顔は隠れているとはいえ、見たところ二十代半ばといった所だ──などとこちらの概念で考えたところで基本はみな同格なのだ。

ゆえにクルーゼに対し上官対応で接しようとするも、同格が前提にあるため調子が狂ってしまう。

かといって妙に下手に出て、さらにニホン人を舐められてはこちらの威信にも関わる。

どちらにせよ早々に本国と連絡をつけて欲しいところであったが、あの仮面の心次第という状況はどうあっても変わらず──アカネは納得のいかないままにクルーゼの意向に添う事にした。

そもそも私用での航宙だったため未だに私服を着ているのが軍艦にはどうにも不似合いで滑稽だ。

ため息混じりでそんな事を思いながら、アカネは壁を一押しして身体を前方へと進ませた。

どうにも身体がふわふわ浮くというのは好きになれないというのに、もうずっとこの無重力空間に浮いたままだったのだ。

この身に少しでも重力を感じたかった。

聞けば突き当たりのエレベーターを降りれば重力区画だという。

身体の重さを感じて少し冷静になるべきだとアカネはそこへ向かうべくエレベーターに乗った。

下の階に着いて扉が開くと、前方に重力区画の注意を促すマークが見えた。

本物と比べればやはり軽い。

が、重力区画に足を踏み入れて床に足を付け、アカネはホッと息を吐いた。 と、同時に急に胸が騒ぐ。

感じた重力の分だけ今まで覚えていなかった"不安"という言葉がこみ上げてきたのだ。

それはたった一人でコーディネイターの艦にいるという現実からか、シャトル爆発のショックなのか明確な理由は分からない。

軽く唇を噛んで右手で胸元をギュッと掴み軽くかぶりを振ってから、一歩一歩と踏みしめるように歩く。

すぐそばに見える休憩室の一角とおぼしき場所まで歩き、何気なく中を覗いたアカネはついいま感じた不安を吹き飛ばす程の懐かしさと驚きに思わず声をあげた。

 

「囲碁……!?」

 

その突然の声に、休憩室で盤を挟んでいた少年二人と、それを見守っていた少年が一斉にアカネの方を向いた。

少年の一人がアカネの姿を見て、ヒュウ、と口笛を鳴らした。

「なんだ貴様……!?」

裏腹に碁石らしきものを持っていた銀髪の少年が金切り声を上げたが、さして気にする様子もなくアカネは誰とはなしに声をかけてみた。

「へぇ、プラントにも囲碁ってあるのね」

囲碁とはニホンを含めた東アジア共和国圏内で盛んに行われている盤上ゲームである。

同盟国のゲームとしてここにあっても不思議ではないのだが、いわゆるナチュラルのオモチャでもあるため少々意外だったのだ。

それに、なによりアカネには懐かしかった。

「なーに、私服なんか着ちゃって職務放棄?」

アカネをこの艦の軍人と勘違いでもしたのか、口笛を鳴らしたノリそのままに軽い口調で銀髪の少年と碁を打っていた金髪に褐色肌の少年がアカネに視線を流してきた。

「あ……いや、私は──」

問われて説明しようとしたアカネはギョっとする。

見るからに三人とも十代中盤といった少年然としていたからだ。

「……なんでこんな所に子供がいるの……?」

「な、何だと貴様! この俺を愚弄するか!!」

「ッおい、イザーク!」

驚いた面もちで漏らしたアカネに掴みかかろうとした少年を金髪の少年が肩を掴んで止めた。

その間に、そばで彼らの碁を見守っていた一番年少と思しき少年が立ち上がって冷静にこう言い下した。

「あの、失礼ですけどここはパイロット用の休憩室なんですよ」

その少年の、自然では有り得ないような新緑を思わせる髪の色にアカネの瞳が僅かに開く。 コーディネイターなのだ、と一目で分かるほど特徴的であった。

「あ、ごめんなさい。ラウ・ル・クルーゼ隊長が好きにしてろって……え、パイロット!?」

君たちが? とさらに瞳孔を開いたアカネに目の前の少年はごく自然に頷き、アカネはさすがに面食らった。

「……こんな子供をモビルスーツに乗せるなんて……」

反射的に少年から目線を外して小さく呟いてしまう。

「ザフト、相当ヤバいんじゃないの」

そういえばこの少年達ほどではないにしろ先ほどハンガーで銃を向けてきた兵士達も総じて若かったような気がする、などと思案しているとイザークという少年がアカネの腕を強く掴んできた。

「貴様何者だ!? ザフト兵じゃないならなぜここにいる!」

頭に血が昇りやすい性格なのだろう。

だがアカネにしてもいきなり腕を掴まれて気分を害さない訳もなく、イザークの腕を振り払いながら自分はニホン人だということを口調を強めて伝えた。

イザークの瞳は分かりやすいほどに開き、若草色の髪の少年は「あ」と声を漏らした。

「先ほどショーンが救助したという方ですか?」

「……。ええ」

イザークとは違って、落ち着いた様子の少年にアカネは幾分ホッとしたように首を縦に振るう。

しかし、まだ納まらないと言った具合にイザークはまくし立ててきた。

「何がニホン人だ、ナチュラルが俺たちと同じ艦に乗ってるだけで虫酸が走るんだよ!」

叫びながら力任せに台を殴り、先ほどまで打っていた棋譜はバラバラに崩れてしまった。

「ナチュラルでも、ニホンはプラントと同盟を──」

「ナチュラルの役立たずなどザフトには必要ない!」

言い返せばそんな風に一蹴されて、アカネはこの艦に降りた時に銃口を向けてきた兵士達の視線を思い出した。

侮蔑と憎悪の眼差し。

同盟国の人間を同盟国人だとも思っていないような風潮はやはりここにはあるのだ。

そう感じつつも、自分を睨み付けてくる少年の姿を見ながらアカネはやはりこの子もコーディネイターなのだと今さらなことを考えた。

プラチナブロンドの髪。綺麗に切り揃えられたオカッパともとれる髪型は奇抜だったものの、透けるような肌に切れ長の目。縁取る長い睫の奥の瞳は吸い込まれそうなほどの澄んだ蒼を宿した、恐ろしいほどに整った顔をしていたからだ。

「あーもー、隊長がいいって言ってんなら仕方ねーじゃん。ホラ、行こうぜ」

イザークを見かねたように金髪の少年がおどけたような声を出してイザークの背中を叩いた。 そしてそのまま休憩室の外へと向かう。

イザークは最後まで目線でアカネを睨み付けると、プイと顔を逸らして後を追うようにその場を去っていった。

アカネはというと、嵐が去ったというような面もちでイザークの出ていった休憩室の入り口を気が抜けたように見つめていた。そして肩で息をしつつ後ろを振り返ってバラバラになってしまった碁石を手に取る。

「あーあ、せっかくの棋譜が……」

そのアカネの呟きに、同じくイザークの言動にあっけにとられていたらしき緑の髪をした少年がハッとして片づけを手伝い始めた。

「済みません、不快な思いをさせてしまって……」

イザークの非礼を詫びて神妙な顔つきをする少年にアカネが「君が謝ることではない」と苦笑いを漏らす。

「でも……同盟国の人間なのに、ずいぶん嫌われちゃってるのね」

「そ、そんなことはありません! 僕は……とても頼もしい同盟国だと思っています」

アカネがキョトンと少年の瞳を見返すと、彼はほんのり頬を染めて目線を下に流す。

「僕たち、プラントで育ちましたからナチュラルと接したことなくて、それできっとイザークもあんな態度を」

「え、それじゃ……ナチュラルに会ったことは……」

「ええ、初めてです」

アカネは少年の言葉に軽い衝撃を覚えた。

地球にいれば双方接する機会は少なくないが、プラント生まれの若い世代はナチュラルに接する機会などなくて当然なのだ。

コーディネイターだけの環境でナチュラルに接する機会もなく育てば、ああも一方的にナチュラルに対して好意的とはいえない感情を抱いても致し方ないのかもしれない。

イザークに接して改めてその事を実感したアカネだったが、少なくともこの目の前の少年はそういう感情を含んでいないように思えた。

 

アカネはそれから少年と話をした。

プラントへ向かう途中でシャトルが連合の新造戦艦との接触で沈んでしまったこと。

D装備のジンと連合軍との戦闘でヘリオポリスが崩壊してしまった事に心を痛めていた少年はシャトル沈没に驚き、何度も頭を下げてアカネを困惑させたりもした。

ともあれ、やっと張りつめていた肩の力をほんの少し抜くことが出来るほどにこのコーディネイターの少年が心根の優しい人間だということはアカネには良く分かった。

 

あ、とアカネは思い出したように口を開いた。

「君、名前は? 私はアカネ・アオバ。ごめんね、言うの忘れちゃってて」

アカネが頬を緩めると少年も、あ、とそれに続く。

「ニコル・アマルフィです。こちらこそ失礼しました」

「……アマルフィ……?」

それに若干表情を緩めていたアカネの顔が反射的に引きつった。彼の名乗ったファミリーネームには確かに覚えがあったのだ。

「まさか、プラント最高評議会議員の……」

表情の凍ったアカネとは裏腹にニコルは「はい」とごく自然にその後を繋いだ。

「ユーリ・アマルフィは父です」

「え……ええ──ッ!?」

ガタン、と衝撃を抑えきれずにアカネは腰を下ろしていたソファから勢いよく立ち上がった。

 

プラント最高評議会。

それはプラントの最高意思決定機関であり、一党制の国でいうところの中央政治局である。

メンバーはプラント12の市からそれぞれ選ばれ、いずれも何らかの分野の権威であることが多い。

事実ユーリ・アマルフィはロボット工学の権威であり、最高評議会議員兼国防委員でもあり、モビルスーツ開発の最高責任者だ。

評議会内では冷静な中立派と知られており、なるほどこの少年のナチュラルへの偏見のなさは父親による所が大きいのか、などと頭の隅で考えもしたアカネだったがしばらくは立ち上がったまま虚空を眺めていた。

想像しがたい事だ。

よりにもよってわざわざ議員の子息の、まだこんな少年をこんな前線へ出すなどと。

 

暫くしてニコルと別れた後もアカネは頭を抱えていた。

ニコル達に触れてほんの少しザフトがどういうものか分かったような気がしたが、実際は疑念が深まっただけであった。

そもそもあんな年少の、しかも議員の息子まで投入しなければならないほど戦況が厳しいのならなぜ同盟国に援護を要請しないのか。

まさか上層部までがイザークのようにナチュラルの力など要らぬと考えているのか?

考えながらアカネが隊長室へ戻ると、相も変わらずクルーゼは隊長席に深々と腰を下ろしていた。

「少しは気が晴れたかね?」

「……。訊きたいことがあるんだけど」

意味深なクルーゼの物言いは今は深く考えない事にして、アカネは先ほどの疑問を率直にクルーゼに訊いてみた。

「赤い軍服を着てた……あのニコルって子、アマルフィ議員のご子息なんですってね」

「ああ、ニコル達はいまヴェサリウスにいるのだったな」

ヴェサリウスとはこのナスカ級の名前である。 本来はヴェサリウスの僚艦であるローラシア級・ガモフの方に乗艦しているとは先ほどニコルに聞いていたためクルーゼの言葉を聞き流してアカネはさらに詰め寄った。

「おまけにモビルスーツのパイロットだなんて。広告塔扱いなの? にしてもこんな前線に出すなんてどういう事? そこまで人材不足だったなんて……」

「君が会ったのはニコルだけか?」

「……いや、銀髪の……イザークって子と、金髪の背の高い子にも会ったわ。三人とも見たこともない赤い軍服着てたけど、ザフトに階級はないはずよね、少年用?」

そこまでアカネが言えば、クルーゼは隊長席から腰を浮かせて立ち上がるとアカネに背を向けた。

「イザークもディアッカもニコルと同じく評議会議員のご子息だよ。エザリア・ジュール議員とタッド・エルスマン議員といえば分かるかな?」

フ、と不適な笑みが背中越しに伝わり、アカネはニコルからそれを聞いたときと同じように眼を極限まで丸めた。

「……。そういえば、そっくりね、あのイザークって子とジュール議員」

浮かんだ二人の議員と先ほどの少年達を重ね、アカネの口から絞り出されたのはそんな一言だった。

もっとも、容姿が似ている、という意味でそう言ったアカネだったが、エザリアは反ナチュラルのタカ派最右翼として知られていた。 先ほどのイザークの態度を見るに母親の影響を多分に受けている事は想像に難しくない。

タッドもタカ派寄りの議員のため、あのディアッカという少年もおそらくそうなのだろうと何とはなしに思う。

「じゃあ、あの赤軍服はVIP専用なのね……」

乾いた笑みと共に軽く目眩のする頭を押さえていると、クルーゼは何やら緑色のザフト軍標準軍服を取りだしてアカネの前のデスク上にそれを置いた。

「"ザフトレッド"。あれはアカデミーの成績トップ10のエースにのみ着用を許された軍服なのだよ」

「え……?」

「もっとも、その制度が出来たのは開戦後でニコル達がその一期生だがね」

そんな話をしながら目の前には普通の緑の軍服を置かれ、アカネはふいに眉を寄せた。

階級はないと定めておきながら、実質そんなもので色分けしているとは釈然としないものがあったからである。

「お坊ちゃまを広告塔に据えるだけじゃなくそんなご褒美まで用意するなんて、よほどプラントの状況は芳しくないようね」

「有能な者に相応のものを与えているだけだよ。地位と権力のある者の子が結果的に優秀になる……、簡単な図式だと私は思うがね」

含みを込めた物言いに、アカネは小さく喉を鳴らした。

彼らはコーディネイターなのだ。

確かに相応の権力や富があれば、より高度なコーディネイトを子供に施すことが可能であろう。

暗にそれへの賛辞とも憎悪とも取れるようなクルーゼの言い回しをアカネは敏感に察知したが、今は気付かないふりをした。

話を変えようと目の前に置かれた軍服を手に取る。タイトスカートの軍服。女性用だ。

「この軍服は?」

「今のその格好では目立つだろう? 赤でなくて悪いが、君に合うような予備はなくてね」

言われるまでもなく軍艦でジーンズにシャツではアカネ自身も不味いとは思っていた。

今後それを着ろと言われたようなもので、アカネは手に取った軍服をキュッと強く握りしめる。

「別に……色なんてどうでも──」

「そうはいかんよ。君は特務部隊に所属する同盟軍のエリート士官なのだからな」

クルーゼの分かりやすい皮肉の籠もった声にアカネの眉が微かに撓った。

「特務兵なんてただの雑用係だけど」

世辞と皮肉だと分かってはいてもムキになって答えてしまったアカネだったが、それすら予測していたらしきクルーゼが面白そうに喉を鳴らし、決まり悪さにそこで言葉を切った。

彼はお構いなしに話を続ける。

「確かにニコル達がプラント市民の戦意昂揚の一翼を担っている部分があるのは否めんよ。だが……広告塔という意味では、君はどうなのかね、アオバ特尉?」

ピクリ、とアカネの指が反応する。

軍服を握りしめてクルーゼを見上げると、クルーゼは面白そうに口の端をあげていた。

「先ほど君を見つけた時、ショーン達はもう一つ面白いものを拾ってきてね……」

「面白いもの?」

「これを見たまえ」

言ってクルーゼはデスクの上のモニターに図面を映し出させた。

「これは……モビルスーツのデータ?」

そこにはザフトの主力モビルスーツ・ジンとは明らかに開発系統が異なるモビルスーツが描き出されておりアカネは食い入るように視線を奪われる。

「ヘリオポリスの残骸から発見された物だよ。奪取した連合のモビルスーツに似てはいるが違う点が多々ある。大きな特徴の一つは、より操作面にアナログな技術を取り入れた事だ」

「……。それで?」

「シャトル沈没……君とてあの新造戦艦が憎いだろう?」

頭上から相変わらずの含みを込めた物言いが耳に届き、アカネは見入っていたモニターからすぐさま目線を外してクルーゼを凝視した。

 

微かに、仮面の下の隠された瞳が鋭く光ったように思えた。



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PHASE - 005 「ガンダム……?」

クルーゼへの疑念はアカネの中で益々深まっていた。

人手が足りないからモビルスーツに乗ってくれと正式な要請があれば、それに応じることは別に構わない。

が、まずは本国と連絡を取り評議会からも承認を得ることが先だ。

 

『シャトル沈没……君とてあの新造戦艦が憎いだろう?』

 

そういったクルーゼの意図はアカネにはすぐ読めた。

最初から知っていたのか調べたのか、先ほどの物言いからクルーゼが自分の個人データを把握していることもすぐに分かった。

 

──君は現時点では死んでいるのだよ。

 

本国及び評議会に話を通してくれ、と言えばはぐらかされた末にそう突きつけられたアカネはいよいよ頭を抱えた。

あの男はあの仮面の下で一体何を考えているのか。

プラントからはネビュラ勲章を授与されるほどのエースパイロットだ、と彼の噂は聞き及んでいたがどうにも胡散臭い。そもそもあの仮面が胡散臭さを加速させている。

そうは思うものの、このままシャトル沈没の真相を本国に伝えられずに死んだ事にされるわけにもいかない。

だが自分を死亡扱いするメリットなどプラントにあるのだろうか?

いや、普通ならばないだろう。プラントとしてもシャトル沈没は重要事件のはずだ。なぜなら今回の騒動について、オーブに対し連合への兵器開発協力を責めた所で中立の民間コロニーを破壊してしまった点の責任を逆に攻められるのがオチだからだ。

どう取り繕ってもコロニー破壊をチャラに出来るほどの言い訳をプラントは持ってはいまい。

その際に活きてくるの今回の同盟国の民間シャトル沈没だ。

事故とはいえ、このカードをみすみす逃す手はないことはプラントも良く分かっているだろう。

ゆえに、例え自分が死んだ事にされたとしてもニホンにシャトル沈没の事実が伝わらず揉み消される訳がない──という確信はある。

大勢の青年達の死をも外交カードに使われる。何ともいやな話だ。

だが全てを無かったことにされるよりはずっといい──などと考えたところで、現時点ではあの仮面男の心次第なのは揺るがない事実でもある。

 

「これが、ニホンのためになるのなら」

そんな事を思いながらアカネは胸に手をあて呟きつつ、ハンガーへと向かった。

時おり擦れ違うザフト兵に眉を顰められるのがたまらない。

ナチュラルへの侮蔑ではなく、ひょっとしたら見慣れぬ顔だと思っているだけなのかもしれない。が、気分のいいものではない。加えていくら同盟軍とはいえ他国の軍服に袖を通しているのも抵抗がある。

ハンガーに顔を出すとやはり整備兵達が忙しなく作業にあたっており、こういう風景はどこの軍でも変わらないものだと少々安堵もしながらアカネはふわりと無重力空間に身を投げ出すと収めてあるモビルスーツ群を一望した。

奪取してきたと思しき機体が4機。そして、いま整備兵が作業にあたっているフレームが白と紫で彩られた機体が目に映った。

「あれか……」

一旦身体を沈めて勢いよく床を蹴り、そのモビルスーツの元へと向かう。

 

クルーゼ曰く、ショーン達が見つけてきた機体は連合用のものとは少し開発経路が違うらしい。

技術の盗用が確認されたため、おそらく連合に譲与する物とは別にオーブが自国用に開発中だった機体だろうという推測だった。

何より違うのはハード・ソフト共に複雑かつデフォルト状態では使い物にならなかったらしい連合用の機体とは違い、より扱いやすいよう特化されているという点だ。

 

思えばモビルスーツの操縦シミュレーションはいつも平均値ギリギリだったっけ、と顔を引きつらせて思い返しながらアカネが機体のそばに行くと、コクピット付近で整備にあたっていた一人の整備兵がアカネの方を向いてきた。

目があったアカネは声をかけてみる。

「その機体、見せてもらえる?」

「お前……ショーンの連れてきたナチュラルか!?」

見覚えがあると言いたげに整備兵は表情を歪めてアカネに銃を向けた時さながらに強い視線を投げつけてきた。

「そうだけど……」

そのあまりの態度に、仮にも士官に向かってメカニックが、とピクリと眉を動かしたアカネだったがここは階級の概念のないザフトなのだと直ぐに切り替える。

しかし、相手は収まらない。

「なぜナチュラルがその軍服を着ている!」

顔を合わせるザフト兵全てがこんな調子じゃ会話をするのも一苦労だ。構わず押し切ることにした。

「コクピットを見たいんだけど、良いかな?」

「ちょ……っ待て!」

そして返事を待たずにコクピットを入ってみる。

「おい、降りろ!」

が、しつこく怒鳴り続けられるのもうんざりなため、アカネはこう言ってみた。

「クルーゼ隊長から許可は得てるんだけど。軍服もクルーゼ隊長の指示で着てるだけよ」

クルーゼ、という一言が効いたのか整備兵はグッと喉元を引きつらせ取り合えず押し黙った。

今すぐクルーゼ本人が艦内放送で自分が同盟国軍人として乗艦していることを伝えれば状況はマシになるのではないか? と整備兵を見ながら思いつつアカネはOSを起動させる。

少し画面を動かしてみてアカネが率直に思ったことは、マズイ、ということだった。

こちらにガンをとばしている整備兵に目線を投げてみる。

「これ……動かせるの?」

「まだ調整中だ! ナチュラルのバカどもが作ったOSなんざ使えるわけがねーだろ」

冷や汗を浮かべて整備兵に訊いてみればそんな返事が来て、アカネは落胆の溜め息を吐くともう一度重ねて訊いてみた。

「ひょっとして他の機体のOSもこんな感じ?」

「あれらは全てパイロット自らOSの書き換えをして調整が済んでいる。ま、ナチュラルにゃ理解できないだろうがな」

フン、と腕を組んた整備兵は明らかにこちらを軽視した目線を送っており、アカネは肩を落とした。

理解以前に、OSの書き換えなど出来るはずもない。

ナチュラルだから出来ないのではなく、自分の専門ではないからだ。

しかし反論しても暖簾に腕押しだろう。眼前の彼と口論を繰り広げるよりは調整されたOSとやらの方に興味がある。見てみようと思い立って、アカネはコクピットを出た。

「あっちに置いてある機体、見てもいい?」

「あ……おい!」

言うが早いか機体の壁を蹴り、すぐそばのモビルスーツへと向った。

慌てて整備兵が後を追ってきたがいちいち気にしてはいられない。

コクピットに乗り込み、OSを起動させると先ほどの機体と全く同じ画面が現れた。

「ガンダム……?」

モニターに浮かぶ、縦に並んでいた「GUNDAM」の文字。

母国語の縦書きに慣れていたアカネはつい習慣で縦に読んでしまったのだ。

「そういえばさっきの機体も確か"GUNDAM"って縦に並んでたような……、OSの名前?」

さしずめこのOS搭載機のコードネームは"ガンダム"とでもするか、と思いつつアカネは画面を操作した。

すると機体の型式番号と名称が表示され、小さく読み上げる。

「GAT-X207・BLITZ。……ブリッツね」

更にはスペックが表示され、アカネは一つ一つ確認するように声に出して読んだ。

「武装は50mm高エネルギーレーザーライフル、ビームサーベル……装甲はフェイズシフト……」

機体内容の確認もそこそこに、ピ、ピ、とマニュアル通りコントロールしていったアカネだったが、数分とたたない内に軽く青ざめてコクピットから顔を出した。

あんなものの操作が出来るわけがない、と悟ったのだ。

複雑な操作機構に加え、およそ常人の考えの及ばないほどの情報処理能力を必要とする事は理解できた。

これを操作しろというのは、戦場で的になれと言われているに等しい。ザフトに奪取されず連合にこの"ガンダム"が無事渡っていても、おそらく誰も使えなかったのではないかとさえ思う。

果たしてOS調節したためにコーディネイターしか使えないようなOSになってしまったのか。 元からそういう構造なのか。

それは定かではなかったが、先ほど自分が確認した白と紫のガンダムは明らかにOSの調整不足であり弄らないことには動かせない。

かといって、このブリッツのように複雑にされては自分が乗ることはできない。

予備のパイロットを早く連れてくれば良いのに──とチカチカ光るモニターを睨みながら思う。が、ニコル達のような少年を借り出さねばならないザフトの状況を思うとそうも言ってられないのかと額を押さえて一つため息を吐くと、ついてきていた先ほどの整備兵に声をかけた。

「あなた、OSの調整できる?」

訊くまでもなくそれがメカニックの仕事だろう。などと思わないでもないアカネだったが、この整備兵が自分の搭乗予定機の担当ならばなるべく仲良くしておきたいため余計な事は口にしない。

「それがどうした?」

「あれに、私が乗れるよう調節を頼みたいんだけど」

「ハァ……!? 誰が乗るって?」

「だから、私」

一瞬素っ頓狂な声を出した後、整備兵は有り得ないとでも言いたげにケラケラと笑い始めた。

「何でナチュラルなんぞをモビルスーツに……!」

明らかに目の前でバカにされている事実はともかくも、アカネ自身も自分がなぜモビルスーツ乗らなければならないのだ、と思うところは皮肉にも同じだ。

しかし他にパイロットがいないのなら致し方ない。

何よりこの艦の責任者の指示なのだからどうしようもない。

しばし笑い声とともに目の前の青年の油で汚れた作業着が揺れるのを眺めていたアカネだったが、全く取り合おうとしない整備兵に痺れを切らせてついに軍服のポケットから持参していたIDカードを取り出した。

「私はニホン自衛軍のアカネ・アオバ特尉」

そういってIDカードを突きつければ、さすがの整備兵も笑い声を収めて少し目を見開いた。

「クルーゼ隊長からあの機体を乗れるよう調整しておくようにと指示を受けたから頼みたいの。あなた、あれの担当なんでしょ?」

そして、アカネの声を耳に聞き入れながら整備兵は徐々にその顔に驚きと怒りとも取れる色を浮かべた。

「じょ、冗談じゃねえ! 何で俺がナチュラルのためにそんなことを──」

「ナチュラルでも私は同盟軍の士官なんだけどね」

やれやれ、とアカネは息を吐いた。

コーディネイターとはまともに会話も出来ない人種なのか。

二言目にはナチュラルナチュラル。

目の前で息巻く整備兵に半ばうんざりしかけていたアカネを助けたのは、不意に二人に割って入った声だった。

「何やってるんですか!?」

聞き覚えのある声だ。

アカネが振り返ると、赤服に淡い緑色の髪をふわふわ浮かせた少年がこちらに向かって浮いてくるのが見えた。

「ニコル君」

そしてアカネ達が言い合いをしていたそばの機体──ブリッツに手をついて身体を止めると彼は怪訝そうに眉を歪める。

 

当然のようにニコルはザフト軍服を着ていたアカネを訝しがったため、アカネは彼にクルーゼからの指示を一通り説明した。

 

「じゃあ、僕があの機体の調整をしますよ」

そうして整備兵と揉めていることを知ると、ニコルは代わりに自分が手伝うとアカネに提案した。

「でも……」

「なっ、コイツはナチュラルですよ!?」

すぐさま反発した整備兵だったが、一瞬キッとニコルが睨み返すとグッと声を詰まらせたように彼は押し黙ってしまった。

微かに目を見張ったアカネは息を呑んだ。意外と気の強い子なのだな、と感じたからだ。

やはり階級がないとはいえ赤服の方が格上の扱いを受けているのか、それとも議員の子息だから逆らえないのかと色々な邪推をするもここでニコルの好意を受けてしまうのは気が引けた。

ニコルはニコルで自分の機体をチェックしに来たのだろうし、何よりこんな事でニコルと整備兵を仲違いさせるわけにもいかないからだ。

「ありがとうニコル君。でも……私はあなたにお願いしたいの」

そう言って整備兵の方を向いたアカネに、「え……?」とニコルと整備兵の声が重なる。

「な、何だよ、やるっつってんだからニコルにやってもらえば良いだろ。ヘッ、良かったじゃねーか、俺よりずっと優秀だぜ?」

フン、と先ほどと同じように腕を組んでそっぽを向いた整備兵だが、動揺を見せつつもニコルへの劣等感とも思われる感情を吐き捨てた。

アカネは彼の様子にコーディネイター特有の「能力値」への劣等感らしきものを感じ取ったが、素知らぬ振りをしてふわりと体重移動をさせるとそっぽを向いた整備兵を正面から見つめ直した。

「何だよ!」

「あなたがいい。だって、パイロットは自分の命を機体に預けてるけど、同時にメカニックにも預けてるもの」

その言葉に整備兵も、そばにいたニコルもハッと顔をあげる。

「私は自分の機体と、その機体を整備したメカニックの腕に自信を持ってこの艦を守りたい。だからヴェサリウスのためにも……お願い」

パイロットと整備兵の信頼関係。そんなものは万国共通だと思っているアカネがこの整備兵との関係をちゃんとしておきたいと思うのはごく自然の感情であった。

だが、ある種の万能型であるコーディネイターにとってはパイロット自ら整備を完璧にこなせる能力を有している場合がほとんどなのだ。アカネの言葉は新鮮に響いたのだろう。

「俺に命を預ける……?」

瞳を白黒させる整備兵にアカネは一度深く頷いた。

「……。おかしな女だ」

「デューイ!」

ボソッと毒づいた整備兵をニコルが制した。

それに対してデューイと呼ばれた整備兵はかったるそうにガシガシと頭を掻いた。

整備兵に命を預ける。 そう言われたのも確かに新鮮だったのだろう。ニコルは赤服を纏うザフトのエースだ。その彼が整備してやると言っているのにわざわざ自分の方が良いと言われた。こそばゆい感情が入り交じっていたのかもしれない。

どういう感情か読めないまま、デューイはチッと舌打ちをする。

「俺はナチュラルなんて認めない。ヴェサリウスのためだ」

そうして言い終わる前にブリッツの太もも辺りを蹴ると、彼は先ほどの調整不足の機体の方へと向かった。

 

デューイの行動にアカネとニコルはどちらともなく互いの顔を見合わせる。ゆるく微笑み合ってからアカネはデューイの背を追った。

 

 

アカネの機体のOS調整も終わったかという頃。アスラン・ザラは呼び出しを受けていた隊長室から出て晴れない面もちでヴェサリウスの廊下を自室に向かって進んでいた。

ヘリオポリスへ再出撃した際にストライクのパイロットが幼年学校時代からの親友であるキラ・ヤマトだと判明したものの、クルーゼにその事を報告すべきかアスランは迷っていた。

が、行動に迷いがあるのを鋭く見抜いたクルーゼに出頭を命じられ、結局はそれを告げる事となっていま報告を済ませたばかりなのだ。

ストライクに乗っているのがキラだと直接確認してなお信じられない心持ちだったというのに、クルーゼに報告したことでキラが敵軍のモビルスーツに乗っていることを再認識させられたアスランは酷く胸が痛んでいた。

キラが敵軍のモビルスーツ──ストライクに乗っているということは、もしまた戦闘となってストライクが出撃してくれば必然的にキラと戦わなければならないことになるからだ。

 

「キラ……」

 

廊下の小さな物見窓の所で足を止めて、アスランは無意識にキラの名前を呟いていた。

「キラ?」

するとそれを鸚鵡返しする声が背後から聞こえて、ハッと後ろを振り返る。

振り返ったアスランの瞳には、確かにザフトの軍服を着てはいたが見慣れぬ顔立ちをした黒髪の女性が顔を顰めている姿が映った。

「……、あの?」

「あ……いや、あの乱れた回線から……キラ・ヤマトって……」

「キラ・ヤマト!?」

自分へというよりは、何か思い返すようにして額に手を当てて呟いたその女性に向かってアスランは思わず声を上げた。

「キラを知っているのか!?」

掴みかかりそうなほどの勢いに女性が少々慄く。そして、あ、と唇が無言で動いたかと思うと、女性の髪の色と同じ漆黒の瞳は、まさか、というような色を覗かせた。

「その名前、オーブ人?」

ニホン人と似たような名前だから何となく耳に残っていたけど、と呟きながら女性がきつく眉を寄せる。

「あの時、私が見たのはトリコロールのモビルスーツだった。あれは連合の物よね? なぜオーブ人があれに乗ってるか知らないけど、なぜザフトの軍人がそれを知っている!?」

逆にそう詰め寄られて今度はアスランが慄いた。

冷静に状況を見ればこの女性がザフト軍人でないことは明らかであったが、意識がキラに支配されていてそこまで考えが及ばない。

チッ、と舌打ちをして女性の肩を振り払ったと同時に廊下の壁を蹴り、勢いよくその場を離脱する。

 

「あ、ちょっと……!」

 

残された女性──アカネはあっけに取られて10秒ほどその場に立ちつくした。

驚きのあまりに開いた口が塞がらない。

「……、なに、あの子」

見たところ赤服を着ていたためニコル達と同じアカデミー好成績のルーキーなのだろうが、ともかく今の出来事を放ってはおけない。アカネは今ちょうど向かう所だった隊長室へ急いだ。

「おや、機体の調整は終わったのかね?」

隊長室のドアが開き、アカネの姿が見えるなりクルーゼはそう声をかけてきた。

「あの青い髪した赤服の子、この艦の軍人?」

アカネはというと、開口一番にクルーゼにさっきの少年の事を詰め寄った。

赤服の青い髪、ということでクルーゼが直ぐにああと頷く。

「アスランのことか、彼が何か?」

「……。いや」

よもやスパイか、と思ったアカネだったが流石にそれをハッキリ口に出すのは憚れる。

少年のあの態度から何か事情があるのだろうとは察したが、それはそれとして伝えておく義務はあるだろうとスッと息を吸い込む。

「私、ショーンのジンに救助される前に回線を開こうとしてたらある雑音を拾ったの……"キラ・ヤマト無事なのか?"って女の人の声。聞き取り難かったけどそう聞こえた。たぶん私が見たトリコロールのモビルスーツのパイロットの事だと思う。でも、あのアスランて子が……!」

そこまでアカネの話を聞いて、クルーゼは音を立てて隊長席から立ち上がった。

「その事ならばたったいまアスランから報告を受けた所だ」

「──え?」

「あのモビルスーツ、ストライクに乗っているのはアスランの旧友と言うことだ。しかしなぜ君が知る?」

「いや……あの子がさっき廊下で"キラ"って呟いてたから、気になって」

そうしてアカネはアスランと言い合いになった事を話し、クルーゼからはキラ・ヤマトがオーブの人間なのかそれとも連合に所属しているのか当のアスランにも分からないという話も聞いた。

「可哀想な事だな、仲の良い友人だったというのだから」

「そんな……! それじゃこのままあの子を放っておくつもり!?」

まるで他人事のように言い放ったクルーゼにアカネは食ってかかった。

「あの子、パイロットなんでしょう!? また戦闘になったら……」

軽く焦りの色を見せているアカネの顔をクルーゼが冷ややかに見下ろす。

「では訊くが、君はもし敵陣に友人がいたら戦うのを止めるかね?」

「……。いや、それが命令なら」

やるけど、と瞳をそらしてアカネは先程のアスランの悲痛そうな呟きを思い出した。

あの様子ではとても気持ちの切り替えが上手くいっているとは思えない。それは仕方のない事ではあるが危険なことでもある、と強く首を振るう。

「なら、せめて他のパイロットにそれを伝えないと……! ストライクに乗ってるのはアスランの友人だって」

「そんなことをすればパイロットは混乱するだけだよ、アスランへの疑念さえ出てくるかもしれない」

浅はかな、と言い捨てたクルーゼにアカネがグッと口を噤む。

クルーゼの言うことも一理あるが、戦場で迷いのある兵士ほど厄介なものはないのだ。

「君は私の部下ではないが、今のことは他言しないようお願いするよ」

更にそう続けられて、アカネはピクリと眉を動かした。

「そう心配することはない、アスランは私に闘えると言ってくれた。それを信じてやりたまえ」

「……。了解」

瞳を閉じて、グッと拳を握る。

 

「で、あの機体の具合はどうだ?」

本題に入ろうとするクルーゼの声を聞きながら、アカネはモビルスーツに乗る理由が一つ出来た、と感じていた。

 

 

アスランとキラ──、そしてアカネのこれから続く長い戦いへの序曲は既に鳴り終わろうとしていた。



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PHASE - 006 「守りたい人達がいるんだ!」

「MBF-P05・ASTRAY-purple_frame.........」

 

クルーゼに機体状況を報告しながら、アカネはハンガーでのやりとりを思い返していた──。

 

 

「アストレイ? 武装は……頭部バルカン……だけ!?」

自身の搭乗予定機のあまりにシンプルな作りにアカネが目を丸めると、一緒に機体チェックをしていたデューイは作業を続けながら呟いた。

「アンチビームシールドもあるぞ、後はアサルトナイフか……ま、デュエル辺りの予備パーツ回せば何とかなるだろ」

「そ、そう……」

「あ、でも装甲はフェイズシフトじゃねーから弾当たったら即あの世行きだなお前」

サラリとそんなことを言ってデューイがアカネの顔を引きつらせる。

「当たらなきゃ良いんでしょ。この機体ブリッツより大分軽いし要するに避ければ良いのよ、避ければ」

そんなやりとりを繰り返しながらもアカネはなんとかデューイともコミュニケーションを取り、後は微調整のみという段階まで終えた。

そして、アカネはもう一度アストレイと名付けられた機体の前に立つ。

他の奪取した機体はフェイズシフトを展開している時のみ発色するという装甲になっていたため、元からホワイトとパープルで彩られたアストレイはハンガーに華を添えていた。

白と紫──それは祖国では古代から気高い色として重用されてきた色でもある。

そのためアカネはこの機体を一目見た時から気に入っていた。

身軽で動きやすいというコンセプトも自分に向いていて、図らずもこの機体に巡り逢ったのが運命とさえ思えてくる。

「よろしく、アストレイ」

そう機体に声をかけると、アカネはクルーゼの待つ隊長室へと向かった──。

 

 

「以上よ」

「うむ、ご苦労だったね、後は休んでいたまえ」

報告を終えて、アカネはクルーゼにあのシャトル沈没の際に目にした白い戦艦の事を訊いてみた。

「その前に敵が知りたい。特にあの新造戦艦のこと……」

あの戦艦があんな所にいなければシャトルが落ちることはなかったのだ、と軽く唇を噛んだアカネにクルーゼが困ったように手袋に包まれた指を顎に当てる。

「生憎、あの艦の詳細はまだ不明だ。唯一分かったのはイージスのライブラリ照合で"アークエンジェル"と名付けられてるという事のみでね。もっとも、我々はあれを"足つき"と呼んでいるが」

「……。そう。あの戦艦、向こうは月本部に運んでいくつもりなんでしょ? 護衛は?」

「護衛艦らしきものは我々が沈めたよ。今のところ足つきの護衛はストライクと……モビルアーマーが1機確認されたのみだ」

クルーゼの説明にアカネは、そう、と相づちをうつ。

モビルアーマーとは連合が主力としている歩行機能を持さない戦闘用航宙機の事である。機動力に優れてはいるものの、1機のスペックとしてはジンに及ばず、そのことが数で勝る連合が苦戦を強いられている一因でもある。

「だが、そのモビルアーマーが少し厄介でね」

「え……?」

厄介、と言った割には口元に笑みを湛えてクルーゼはアカネへと視線を流した。

「どうもエンデュミオンの鷹が護衛についているらしい」

え、とアカネが瞳を開いたのと同時にデスクのモニターからクルーゼを呼ぶアデスの声が響いた。

「どうしたアデス?」

「アルテミスまで距離1100です」

「分かった、すぐにブリッジにあがる。1000まで来たらヴェサリウス180度回頭だ」

「ハッ!」

通信が切れ、何のことか分からないアカネは思わずクルーゼを見上げた。

「足つきの頭を押さえる狙いでね」

ニ、と彼は口の端を上げ、それを皮切りにヴェサリウス艦内は慌ただしくなる。

 

「コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! 各パイロットは搭乗機にて待機せよ! コンディションレッド発令──」

 

オペレーターの艦内放送を受け、それぞれ休息を取ったり機体チェックをしたりと自由に過ごしていたパイロット達は揃って慌ただしくロッカールームへ急いだ。

「模擬戦も行わずに実戦……大丈夫でしょうか?」

赤のパイロットスーツに腕を通しながらニコルがそう呟けば、同じく着替えていたイザークはわざとらしく見下したように腰に手をあてた。

「模擬戦だぁ? そんなもの、俺たち赤には必要ない!」

「そうそ、ま、臆病な誰かさんなら心配しちゃう気持ちは分かるけど?」

続けてディアッカもハハハッと肩を震わせる。

言われたニコルは一瞬顔をしかめたものの、反論せずに受け流した。しかし模擬戦どころか機体データの解析もまだ完全に終わっていないのは気がかりだ。

「アスランはどう思います? 何か作戦を……」

「……ん?」

そして右隣にいたアスランに声をかけてみるが、目線を送った先に居たのは心ここにあらずといった具合でぼんやりしているアスランの姿。

「アスラン?」

「あ、ああ……うん、何とかなるだろ」

訝しんで顔を覗き込めば、あまり話したくないと言いたげにそっぽを向かれてしまった。

どうも様子がおかしいと感じたニコルだったが、いまは芽生えた違和感を追求している暇などあるはずもなく着替え終わると同時にハンガーへ駆け込みブリッツへと乗り込んだ。

 

 

同じ頃、アークエンジェル艦橋ではひたすら進路モニターを睨む艦長マリューの姿があった。艦内はいまだ警戒態勢が敷かれている。

幸いにもヘリオポリス崩壊のゴタゴタでザフト艦がこちらをロストしてくれたとはいえ、あのような形でヘリオポリスを離脱してしまい補給もままなっていない。 ゆえに大西洋連邦月本部への進路を直接取るのは不可能に近く、アークエンジェルはこのL3に存在する友軍のユーラシア連邦軍事要塞・アルテミスへと入港することを決めたのだ。

「これで上手く行ってくれるといいけど……」

月本部への進路へデコイを撃ち出し、慣性移行でザフト艦の眼を眩ませる作戦を取ってはいるが向こうがそれに気づいていない保証はない。

 

「またアレに乗れって言うんですか!?」

マリューが艦長席で神経を削らせている頃、居住区ではフラガの来訪にキラが声を張り上げていた。

「いやぁ……そう言ってもねぇ、この艦は俺とお前で守るしかないんだよな」

パイロットスーツを着てコクピットで待機しろ、との艦長命令を伝えに来たフラガに激昂したのがキラが大声をあげた理由だ。

「クルーゼのヤツぁ、あんなデコイに引っかかってくれるほどヌルイ男じゃないぜぇ? アイツのしつこさは俺が保証する!」

「……。知りませんよ、そんなこと」

キラがそっぽを向き、茶化してみせたフラガはハハハと苦笑いを漏らす。

「でもよ坊主、こうなった以上は逃げててもなんも始まらないんだ。やれる力があるならやるべきだと俺は思うがね」

「僕は……こんな事がいやで中立のオーブにいたんだ」

「んで、そう言い続けてここで死ぬか?」

瞳を伏せたキラの真上からフラガが声を強め、二人を直ぐそばで見守っていたトール達もビクッと肩を震わせる。死ぬかもしれない。冗談ではなく、ここはそれが現実となる可能性を持った場所だ。

「わ……私……!」

少しの沈黙をやぶり、細い声でフラガに声をかけたのはミリアリアだ。

「私、これでも工業科の学生なんです。戦艦は扱ったことないけど機械の操作は慣れてます。私にも何か出来ることはありませんか?」

「ミリィ……」

隣にいたトールが唖然として目を丸めるも、彼女は穏やかでいて申し訳なさそうな視線を彼に送った。

「だって、いつも私たちキラに守って貰ってばかりで……」

同調を促すような目にトールも軽く頷く。

「そうだな……課題でも実習でもいっつもキラに助けてもらってばっかだった」

ハハッ、と今はもう取り戻すことの出来ないヘリオポリスでの思い出を一瞬頭に蘇らせたのだろう。苦笑いののち、切り替えたようにトールも勢いよく手を挙げた。

「ハイハーイ! 俺、俺もやります! やらせてください!」

「トール、ミリアリア……」

突然の二人の提案にキラもまた驚きに瞳を開いた。

「お、俺も……やるよ……!」

トールとミリアリアの発言にまごついていたカズイも拳を震わせながら声を絞り出せば、フラガが3人に駆け寄って勢いよく肩を叩き、誉めるようにして頭を撫でる。

「よーし、よく言った坊主達!」

そうして艦長に話をつけにフラガが3人をつれてブリッジへ向かうのをキラは黙り込んだまま見送った。

ふいにヘリオポリスでの戦闘を思い出して、キラは強くかぶりを振る。

ジンのコクピットにビームサーベルを突き立てた事。

あの時は無我夢中だったが、アークエンジェルへ帰還したと同時に身の毛がよだった。──その戦慄はいまなお続いている。

「いや、あれはただの機械なんだ……! モビルスーツなんだ!」

出撃したくて出撃したわけではない。

友達を守るためなのだ。仕方なかった。

仕方なかったのだ、と自らの行為に対する理由をひたすら求めた。

 

『キラ……やはりキラなのか!?』

 

けれども、どれほど理由を探しても否が応でも旧友の声が耳に甦って消えてはくれない。

「あれはモビルスーツ……なのに、なんでアスランがいるんだよぉ」

呻くように唇を噛みしめて、キラは居住区の壁の力無くもたれ掛かった。

アスラン。

アスラン・ザラ。

月面都市コペルニクスの幼年学校で共に学んだ幼なじみがなぜザフトなどにいるのか。

卒業前にアスランがプラントへと戻って数年、あれから一度も会うことはなかったというのになぜあんな場所で再会してしまったのか。

アスランは、また戦闘になれば来るのだろうか? このアークエンジェルを沈めに──と、瞼をきつく閉じて思う。

 

「ね、ねぇ……みんなは?」

 

ふと、壁にもたれ掛かっていたキラの耳に微かに怯えたような声が届いた。

顔を上げると、赤みがかったセミロングの髪。青を含んだ薄いグレーの瞳が印象的な美しい少女の姿が映る。

「フレイ……アルスター」

フレイは同じ工業カレッジの学生であったが、キラ達の一級下だった。

ヘリオポリス最初の戦闘でガレキに足を取られ、気絶していた所をストライクが救助してそのままアークエンジェルに乗り込んだのだ。

持ち前の美貌も手伝い学園のアイドルだったフレイの事をキラは良く知っていたが、面識はゼロに近い。

「あ、みんなは……艦の仕事を手伝うってブリッジに行ったよ」

「えっ!? じゃあ、みんな戦うの?」

「うん、やれることをやる、って……」

フレイが驚いたように口元に手を当てるのを見ながら、キラは先ほどの出来る力があるならやるべきだと言ったフラガに応えた友人達を浮かべて自嘲気味に俯いた。やれることをやる。ならば自分はどうするべきなのか、と。

 

「艦長! 前方にナスカ級らしき熱源を確認、数1。……距離200です!」

「後方にも……ええと、ローラシア級!」

アークエンジェルのブリッジではザフトに先んじてザフト艦の動きを捉えて通信席に座るチャンドラ伍長の声が響き、続いて慣れない手つきで伍長とは背中合わせの通信席に納まったカズイが声を震わせた。

マリューは歯軋りしながら肘置きに乗せていた手を強く握りしめる。

「読まれていたってわけね……! デコイに引っかかったふりしてレーダー圏外から先回りなんて……さすがラウ・ル・クルーゼ!」

しかし憤っている間はない。彼らはこちらの進路を読んで反転してくる気だろう。

 

「第一戦闘配備! 第一戦闘配備! パイロットは至急搭乗機へ!」

 

警報と共に艦内放送が流れ、ぐずっていたキラはその音に呼応するように勢いよく顔を上げた。

──トール、ミリアリア、カズイ!

あれこれ考えるよりも、いざ戦闘になると思ったら真っ先に友人達の笑顔が浮かんだのだ。

「僕、行かなきゃ……!」

傍にいたフレイに告げると、キラは一目散にハンガーへと駆けだした。

「おお、やっとやる気になったか」

キラが一般兵用の白と橙のパイロットスーツに着替えてハンガーへと出ると、自分専用の紫と黒のパイロットスーツに身を包んだフラガが声をかけてきた。

一瞬、眉をひそめたキラはパイロットスーツの首元を閉めつつ呟く。

「この艦には大事な人達が乗ってますから」

「まあ理由はなんでもいいさ。ハッキリ言って今の俺たちは戦力的にかなり不利な状況にいるわけよ、そこで、だ」

「え……?」

ガシッ、とキラの肩を豪快に抱いてフラガは今回の策を耳打ちした。

「メビウス・ゼロ式フラガ機、カタパルトへ。発進スタンバイ──」

そうして発進していくフラガに次いでキラもコクピットで待機する。

「キラ!」

もし敵モビルスーツが発進してきたら引きつけておけ、とのフラガの指示を頭で復唱しているとモニターに良く見知った姿と声が届いた。

「ミリアリア!?」

「以後、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制担当となります。ヨロシクね」

ミリアリアはオペレーター席に収まったのだろう。聞き慣れた明るい声に、緊張していたキラの顔がほころぶ。

ストライクは先のヘリオポリスでの戦闘と同様、エールストライカーを装備するとミリアリアの誘導を待ちつつキラはコクピットで気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。

 

 

「アルテミスまでの距離1000。ヴェサリウス180度回頭、相対速度をアルテミスに合わせ、微速後進」

「足つきの機影、逃すなよ!」

一方のヴェサリウスでは、オペレーターの声と同時に艦長のアデスがそう指示を出していた。

さすがに現段階では出撃できるはずもないアカネはブリッジに入るようクルーゼに言われ、出来ることといえば様子を見守るくらいだ。

クルーゼ曰く、ヘリオポリスを離脱したアークエンジェルは月本部ではなくここL3の友軍要塞・アルテミスに向かうというのだ。ヘリオポリス崩壊直後に月進路へ取る熱源を補足したため、それをデコイだと確信したらしいが……果たして。

とはいえ彼らはヘリオポリスでクルーゼ隊に強襲された形なのだ。補給さえ済んでいない状態だった可能性は少なくはないだろう。

ならば友軍に補給を求めてもおかしくはないか、とクルーゼの後ろ姿にちらりと目線を送る。すれば彼は既に臨戦態勢に入っているというのにそう感じさせないほど落ち着いた様子で艦長席の背に手をかけながらアカネの方を振り返った。

「こちらを追ってきているガモフと挟み撃ちする作戦だ。……ここであれが落ちれば、君の出番はないな」

アカネとしてはここであの戦艦が落ちてくれてお役御免になるのが一番良い。

気がかりがあるとすれば、それはアスラン──そしてストライクを駆るキラ・ヤマトの事だ。 返答を渋っていると、オペレーターがこちらに向かう大きな熱源を拾ったことを知らせてきた。射程外からの闇雲な攻撃。むろんヴェサリウスには当たらず、クルーゼはそれをアークエンジェルだと断定したのだろう。

「アデス!」

「ハッ! ──モビルスーツ隊を発進させろ!」

クルーゼの声を受けてアデスが指示を飛ばし、イージスの番が来るとブリッジのモニターに大きくアスランの姿が映し出された。

クルーゼはモニターに視線を移すと、画面越しにアスランへ声をかける。

「アスラン……先刻の言葉、信じるぞ」

「……ハッ」

発進スタンバイに入ったアスランはどこか歯切れの悪い返事と共に出撃していく。

アカネも彼を見送って、ふと呟いた。

「ガンダムだけで大丈夫かしら」

「心配はいらんさ、4人とも赤を与えられたエースなのだからな」

クルーゼは相も変わらず含みのある物言いで答えた。

 

 

「前方ナスカ級からモビルスーツ発進を確認! 機種特定、モビルスーツはXナンバー……デュエル、イージス、バスター、ブリッツです!」

「あの4機!? チッ、奪った機体全てを投入してきたということか!」

 

アークエンジェルでは敵艦のモビルスーツ発進を捉え、CICの中心でナタルが強く眉を寄せた。ともかく迎え撃たなくては、とストライク発進を急がせる。

そのアークエンジェルの敵艦・ヴェサリウスから真っ先に飛び出て先頭に立ったモビルスーツはイザークのデュエルだ。すでにアークエンジェルは目前。

「一気に足つきに取り付いて落とすぞ、遅れるなよ!」

「敵艦の性能が分かっていません、接近は危険です!」

「相変わらずだねぇニコルちゃん、そんなに怖いならそこで黙って見てな」

イザークへと慎重論を唱えたニコルをディアッカが一蹴して彼もまたアークエンジェルへと突っ込んでいく。

「ディアッカ! あなたの機体は前に出るタイプでは──」

「ごちゃごちゃと煩いんだよ腰抜け!」

「くっ……!」

さらにイザークにも言葉を遮られ、ニコルは眉を寄せながらも二人の後方についた。敵艦の性能どころか自分の機体さえこうしてちゃんと動かしてみるのは初めてなのだ。あまり無茶はニコルとしては望むところではなかった。

 

「アンチビーム爆雷! 同時に主砲用意、撃てーッ!!」

 

アークエンジェルのCICでは指示を出すナタルの声が忙しなく飛んでいた。

左右両方の舷に格納されていた主砲が展開され、現れた経口が呻るように火を噴く。

イザークは自分目掛けて発射された主砲を避けて後方に下がり、その間を縫うようにしてバスターは94mmの高エネルギー収束火線ライフルを放つ。──が、周辺にばらまかれた粒子によりビームは緩和され、なんとアークエンジェルに届く前に掻き消されてしまった。

バスターを駆っていたディアッカは予想外のことに驚いて額に汗を浮かべた。

「アンチビーム粒子かよ……大した武装じゃないか」

「ブリッジ付近は弾幕で近づけそうもありませんね……艦底部から行きます、援護を!」

「あっ、オイ、命令すんな!」

鉄壁の守りを見せたアークエンジェルを見てニコルはそう判断し、ブリッツをアークエンジェル底部へと沈ませた。

ブリッツのレーザーライフルは50mm。

つい今しがたのバスターの攻撃が効かないのであれば、より付近から撃ち込まないと厳しいだろう。

考えながらアークエンジェルの下へとブリッツを潜り込ませたニコルの目に映ったのは迫り来るバルカンの渦だ。

「艦底部に対空バルカン!?」

慌てて右腕のシールドを翳し、凌ぐ。

本来なら裸同然のはずの艦底部にこんな武装が付いているとは──などと分析する間もなく眼前の戦艦は戦艦らしからぬ速さでロールし始め、舷上部の砲台を回旋させてこちらに照準を向けてきた。

「──なんて艦だ!」

とても戦艦とは思えない機動力にブリッツは逃げるようにして射線上から離れる。

「ディアッカ!」

「わーってるって。あんまり騒ぐと手元が狂って味方に当てちゃうかもよ?」

援護しろと言ったのに、と言いたげなニコルの声におどけて返事をしたディアッカは再び高エネルギーライフルのトリガーをアークエンジェル目指して引いた。見る者を圧倒するような熱の渦だ。手応えを確信してディアッカは声をあげた。

「よっしゃ、ヒット──ッ!?」

しかし。確かに掠ったというのにアークエンジェルの装甲はその熱をモノともせずに傷一つつかない。

こりゃとんでもない艦だ、と彼ですら思うほどに今まで見てきた戦艦とは比べものにならない性能だった。

 

「ラミネート装甲、廃熱は!?」

「まだいけます!」

アークエンジェルブリッジではバスターの砲撃に艦体が揺れはしたものの今のところは何とか4機相手に対応できていた。

「ストライクは?」

「イージスと交戦中です!」

ブリッジモニターの光学映像に戦闘中のストライクが映し出される。相手は正規軍なのだ。民間人のキラでは凌ぐだけで手いっぱいだろう。

前方からはナスカ級、後方からはローラシア級が迫っていてそう時間もない。

出来ることなら早々にこの宙域を離脱したいアークエンジェルだったが、今はストライクとフラガのメビウス・ゼロの活躍に期待するしかない。

キラはというと、真っ先にこちらに向かってきたイージスを迎え撃つつもりでビームサーベルを抜いていた。

あのイージスに乗っているのはアスランなのだ。──知りつつも覚悟を決めたキラだった。が、アスランは意外にもストライクをスルーして自分に戦闘の意志が無いことをアピールしてきた。

「キラ……!」

そしてイージスからストライクに通信が入ってくる。

「アスラン?」

「キラ、どうしてお前がそんなものに乗っている!? なぜお前がナチュラルなんかの味方をする……!」

「ち、違う、僕は連合軍じゃない!」

「なに!?」

「僕はヘリオポリスにいたんだ。でもザフトが攻撃してきて……君こそなんであんな所に! 何でザフトなんかにいるんだよ!?」

「状況も分からぬナチュラル共がこんなもの作るから……」

映像回線に映るアスランの瞳が歪んだように見え、キラは首を振って声を強めた。

「ヘリオポリスは中立だ! それにあの艦には友達が乗ってるんだ……!」

そう言った所で、ピピ、と警戒音がなった。

アークエンジェルの主砲を避けたデュエルがこちらへ転進してきていたのだ。

「X-103……デュエル!? じゃあ、これも奪われた機体か!」

ライブラリ照合でそれを確認して、自分へと斬りかかってきたデュエルのビームサーベルをシールドで受け止める。

振動が伝わり互いに何とか踏ん張ったが、デュエルは間髪入れず頭部のバルカンをストライクに向かって撃ち付けてきた。

フェイズシフトで守られていても、被弾の衝撃はゼロではない。うめき声をあげながらキラはレバーを握りしめた。なんとか姿勢を保つ。逃げても、デュエルはさらに追ってくる。

 

「キラ……!」

そんなデュエルとストライクの攻防をアスランは歯痒い思いで見ていた。

 

 

「出てこないみたいね、エンデュミオンの鷹」

ヴェサリウスではアークエンジェルとの間合いを縮めつつ4機の動きを追っていた。

「あれはまだ修理中という事ですかね?」

「ふむ……」

アデスの声にクルーゼも顎に手をやる。

ヘリオポリス最初の戦闘でクルーゼはアークエンジェルの護衛艦を沈めた際にフラガのゼロを小破させていた。ゆえにアデスもモビルアーマー発進の兆しがないのを修理中だと判断したのだ。

アカネもそれに考えを巡らせていた。

エンデュミオンの鷹──連合の英雄的エースパイロット。主力モビルアーマーであるメビウスにガンバレルという有線式の小型兵器を数基装着させた機体、メビウス・ゼロに唯一乗ることの出来る男である。名を、ムウ・ラ・フラガといった。

かつてはメビウス・ゼロ搭乗者のみで組んでいた隊もあったが、グリマルディ戦線でフラガを残して全員が戦死したことはアカネも聞き知っていた。

「オールレンジ攻撃は、いくらモビルスーツでも対応は難しいでしょうね」

ただでさえ全方位の宇宙で、ガンバレルも付いているという事はほぼ砲撃をかわす手だてがないということだ。

暗に手強い相手だと言ったアカネにクルーゼが視線を流す。

「君は勝つ自信がないと?」

「実際、あれに痛い目合わされてるでしょザフトは……そんな機体、本当に出さないかしら?」

アカネは片眉を寄せてコメカミに指を当てる。

ゼロの破損の程度はアカネには分からなかったが、この状況でエースが出ないのは自殺行為に近い。破損具合と相談しつつ、出撃するのが常ではないか?

「艦長、足つきが射程圏内に入ります!」

「よし、主砲準備だ」

オペレーターの声にクルーゼが突如指示を出した。

「ちょ……!?」

思考を巡らせていたアカネは唖然としてクルーゼに抗議の目を向け、アデスも頬を引きつらせた。

「味方のモビルスーツが展開中ですが」

「自軍の艦砲に当たるマヌケなら赤は着ていないさ」

が、クルーゼは冷たく言い放って再度指示を出した。

そして照準を合わせている様子を見て、アカネはハッとして身を乗り出した。こちらが相手を射程内に入れるということは、相手もこちらを射程内に入れるということ。 ──いや、違う。相手は最新型の戦艦なのだ。射程はヴェサリウスより広い可能性の方が高い。

「おかしい、向こうも捉えてるはずなのに撃ってこようとすらしてない!」

「アデス! 機関最大、艦首下げ! ピッチ角60!」

アカネが声をあげたのとクルーゼが指示を出したのはほぼ同時だった。

「ハッ──!?」

何の指示か分からないアデスがクルーゼの方を振り返った瞬間、オペレーターが金切り声を上げた。

「本艦下方に熱源! これは……モビルアーマーです!」

「なにッ!? ──操舵士!」

「ハッ!」

「総員、衝撃にそなえー!!」

慌てて操舵士が先程のクルーゼの指示通りに艦を動かす。

 

「うおりゃああああーーー!!」

 

だが時既に遅し。

慣性航行でヴェサリウスへ向け隠密潜行していたフラガのメビウス・ゼロは4基のガンバレルを操り、多方面に集中砲火を浴びせた。

急な事態に何の用意も出来ていなかった艦体は揺れ、クルーゼはアデスの艦長席の背を掴んで飛ばされるのを防ぎ、アカネはしゃがみ込んでブリーフィングデスクの角を掴んで何とかそれを凌いだ。

 

「はっはー! いよっしゃああああ!!」

 

フラガは作戦成功の歓喜に震え、ヴェサリウスへハーケンを撃ち込んだ反動を利用してその場を急速離脱した。

「撃ち落とせええ!!」

アデスが艦長席から怒鳴ったが、相手は高機動のモビルアーマー。もはや追撃は不可能だ。

 

アークエンジェルの方はフラガからの作戦成功との入電に沸いていた。

「これを逃さず、ローエングリンを撃ちます!」

フラガが隠密潜行していたために陽電子砲を使うのを躊躇っていたマリューだが、早速フラガに射線から離れるよう打電して用意にかかる。

 

「第2及び第3エンジン被弾、艦の推力低下!」

「──ええい、ムウめ」

被害状況を聞きながらクルーゼは歯ぎしり混じりに人には聞こえない程度の声で唸った。

「アデス、ガモフに打電! 離脱する!」

そしてこの状態で撃ってこられたら一溜まりもない事を確信して射程圏内から離れるよう指示を出し、アークエンジェルの進路上からの離脱を計る。

「ガンダムは……!?」

何とか起きあがったアカネがモニターを凝視すると、依然交戦中との熱源を示すデータが表示されていた。

 

「ヴェサリウスが被弾……!?」

アークエンジェル攻略に努めていたニコルは、ヴェサリウスからの突然の入電に攻撃の手を止めた。

隊長は無事だろうか、艦長達は、アカネは……と額にイヤな汗が滲む。

と、同時にアークエンジェルの後方から接近していたガモフが帰還命令を打電してきた。

それに動揺したのはイザークだ。

「帰還命令だと!?」

攻撃を仕掛けようとするもストライクは持ち前の機動性を活かしての回避に勤しんでおり、なかなか落とせない。

「このまま手ぶらで帰れるかよっ!」

苛立つイザークとは裏腹にアスランの方は帰還命令に安堵していたが、命令無視して再びストライクへ向かおうとしているイザークに驚き焦って止めに入った。

「イザーク、撤退だぞ!」

「うるさいっ!」

しかし軽くあしらわれ、低く唸る。

ニコルはというとイザークの援護に向かっていた。イザークが手柄を立てようという焦りから命令無視しているのだと悟ったニコルだったが、放置というわけにもいかないからだ。

イザークと意見を同じくするディアッカもそれに次ぐ。

 

「3機も……!?」

 

今までデュエル相手に逃げ回っていたキラはこちらへ向かってくるブリッツとバスターに驚き、どう対処して良いか分からずビームライフルを手当たり次第に連射して威嚇した。

シールドを持たないバスターは若干下がったが、デュエルとブリッツはまるでそんな下手な攻撃など効かないとばかりに器用に避けつつシールドで受け止め追いつめてくる。

「キラッ……!」

ストライクを狙う同僚を見つめながら、アスランはたまらずキラの名を呼んだ。

とても静観していられる状態ではない。

 

「艦長、ストライクのパワー残量が気になります、帰還命令を!」

「分かってるわ、ストライクを援護して! あの4機を引き離すのよ!」

光学映像にキラの追いつめられる様がまざまざと映り、ナタルはストライクの周りに群がるモビルスーツを引き離そうと多数の砲撃を鋭く連射した。

が、敵もザフトの精鋭部隊。

そう簡単に意図通りにはいかず、キラは一心不乱に自身を守るしか術がない。

 

「動きを封じろ、ディアッカ、ニコル!」

 

イザークの指示通り、ディアッカとニコルはストライクの退路を完全に塞いでいる。

キラはというと、もはや多方面から繰り出される攻撃を凌ぎきるのに精一杯で全身にぐっしょりと汗をかいていた。

呼吸が段々と荒くなり、連なるように心臓がバクバクと暴走を始めて焦りが生まれる。

切り抜けようにもどこへ動こうとバスターとブリッツがそれを許してくれない。

「動きに、付いていけない……!」

これが正規の軍人とただの民間人の差なのか。

なす術の無いまま、キラはこれ以上ないほどに荒れ狂う自分の呼吸を聞いていた。

 

「マードック軍曹を呼びだして! ストライカーパックを射出するわ!」

何よりストライクのパワー残量を心配していたマリューは突然そんな命令を出した。

「敵に撃ち落とされます!」

「やるしかないの! あの4機相手にフェイズシフトが落ちればひとたまりもないわ……! タイミングはあなたに任せます、バジルール少尉」

「……ハッ」

言われてナタルも用意にかかる。

 

「……死ぬ……のか、僕は」

激しく乱れた息に伴い、額から汗が幾筋も伝うのをキラはレバーを握りしめながら感じていた。

そんなパイロットの心情など知るはずもなく、イザークはストライクへの攻撃の手は休めずに黙りを決め込んだまま援護に来ないアスランに怒声を飛ばす。

 

「アスラン、何をしている!?」

 

デュエルが接近してくる。

死──?

ここで死ぬのか?

いや、まだだ! と半ば自棄でデュエルへ向けライフルを構えたキラだったが、撃とうとした瞬間に機体から突如として鮮やかだった色が落ちた。

「──え!?」

引き金を引いてもライフルからビームが出ない。パワー残量が底をついたのだ。

 

「もらったーー!!」

 

その機を逃さず、イザークは素早くデュエルの背からビームサーベルを抜いてストライクに一閃浴びせようと襲いかかった。

キラの瞳にはメインカメラ越しに斬撃のモーションを繰り出すデュエルの姿が鮮明に映り、反射的に強く目を閉じた。もうダメだ、と心の底で観念した。

しかし、数秒経っても身体に異変がない。

なんだ? 恐る恐る目を開けてみると、あろう事かストライクのボディはモビルアーマーに変形したイージスのクローに組み付かれていた。

 

「何をするアスラン!」

一方の勝利を確信していたイザークは突然の同僚の邪魔立てに頭に血を昇らせて叫んでいた。

「この機体、捕獲する」

「何だとっ!? 命令は撃破だぞ!!」

「捕獲できるなら捕獲した方が良い。撤退する」

「アスラァァン!!」

イザークの激昂を無視して、アスランはストライクに組み付いたままキラごとガモフへ連れ去ろうとしていた。

驚いたのは、キラの方だ。

「離せアスラン!」

「お前をこのままガモフへ連行する」

「じょ、冗談じゃない、僕はザフトになんか行かない!!」

「キラ!!」

素早くデュエルからストライクへ通信を切り替えたアスランは手短に伝えてキラの言葉を制止した。

「一緒に来るんだ。でないと俺は、お前を撃たなきゃならなくなるんだぞ……!」

「アス……ラン」

キラの耳に届いたアスランの声は確かに震えており、少なからずキラは動揺する。出来るならばキラ自身もアスランとの戦闘など望んではいない。

「……、血のバレンタインで母も死んだ」

「えっ!? レノア……おばさんが?」

苦しみを吐露するようなその声に、何とか抗おうとレバーを動かしていたキラの手が止まった。

レノア・ザラ。アスランの母。 コペルニクスにいた頃、レノアは仕事で忙しくしていたもののたまにアスランの家で会えば優しく迎えてくれ、綺麗な母親を持つアスランを羨んだ事も一度や二度ではない。

急に知らされた事実に愕然としてキラは呟いた。

「そんな……」

「だから俺は……お前まで失いたくないんだ」

「でも……でも僕は」

「お前はコーディネイターなんだ、俺たちの仲間だ! ナチュラルの艦にいる理由はない!」

「アスラン……」

コーディネイターだ、との言葉がキラの身に鋭く突き刺さる。

確かにいくら中立国の人間とはいえ連合艦であるアークエンジェルのクルー全てが自分を肯定しているわけではないことはキラも肌で感じていた。

何も連合のためにこんなモビルスーツに乗って戦う事はない。

だが、ずっとナチュラルに混じって生活してきたキラにとってコーディネイターだから仲間だと言われてもどこかピンとこないのもまた事実だ。

 

『キラ……』

 

ふと、キラ、と自分を呼ぶトール達の声が耳に届いた気がしてキラはハッとした。

ヘリオポリスに移り住んで、ずっと共に学び、語り合ってきた大切な友人達。

互いにコーディネイターだナチュラルだとの垣根を越え純粋に友情を育んできた。

「ごめん、アスラン」

きっとアークエンジェルでは必死になって心配してくれてるに違いない、とキラは霧が晴れるような面もちで通信モニターのアスランを見た。

「あの艦には……守りたい人達がいるんだ!」

「キラ……!?」

説得に応じようとしないキラにアスランが軽く苛立ちを覚えたと同時に、イージスのモニターは警戒音を鳴らした。確認する間もなくイージスは背中から無数の弾丸を浴びる。

「ぐ……っ、モビルアーマー!?」

フェイズシフトで実体弾は防げるとはいえ、衝撃までは吸収してくれない。

たまらずアスランは後ろ髪引かれる思いでストライクから離れた。

 

「無事か坊主!」

「フラガ大尉……!」

 

イージスをストライクから引き離したモビルアーマーの正体はメビウス・ゼロ。ヴェサリウス奇襲から帰還したフラガが援護に入ったのだ。

「今のうちに戻れ、こいつらは俺が引きつける」

「はい!」

フラガの指示通りその場を離脱したキラにミリアリアから通信が入ってきた。

ソードストライカーを射出する、換装せよ。

そんな内容だった。

すぐさまキラは既にバッテリー切れで使えないエールをストライクから外す。

「ソード……きた!」

そしてカタパルトの方角からこちらに向かってくるソードへと換装準備を急いだ。

 

「換装などさせるかよーッ!」

「イザーク、よせっ!」

 

フラガのゼロを振り切り、アスランの制止を無視してデュエルがストライクに突っ込む。

アークエンジェルのクルーはただ固唾を呑んで光学映像を見守るしかなく、ミリアリアは両手を握りしめてキラの無事を祈った。

緊張が走る。間に合うか否か。デュエルがビームサーベルを振り上げ、ストライクはその身体にバックパックを取り付ける。

 

「落ちろォーーー!!」

「うおおおおおお!!」

 

バッテリーの回復したストライクは無我夢中で最大の武器であるレーザー対艦刀を振り下ろした。

狙いなど定める余裕はなかったが、確かに何かに当たった感触。

 

「なに……ッ!?」

 

その切っ先はデュエルの右肩辺りを掠めており、切断された腕が辺りに舞った。

「こいつ……っ!」

想定外に右肩をやられイザークは怒りに震えた。憤りのままになおもストライクに向かおうとしたが直ぐにアスランが止めに入ってくる。

「イザーク、撤退だ!」

そんな言葉など聞けるかと無視を決め込もうとしたイザークだが、それを止めたのはニコルの一言だった。

「もうこれ以上はこちらのパワーが持ちません。先ほどのストライクの二の舞ですよ!?」

反論しようのない一言。

「くそっ!」

イザークは苛立ちをぶつけるようにモニターを殴り、唇を噛みしめながら機体を反転させた。

 

そうして撤退していく4機を見送って、対艦刀を闇雲に振り回し続けながら息を荒げていたキラはようやく深呼吸をついた。

 

 

ガモフへと戻ったイザークは、ロッカールームに入るなりアスランに掴みかかった。

「貴様ッ! どういうつもりだ!?」

邪魔立てされたうえ、危うく死にかけたのだ。短気なイザークにこの状況で怒るなという方が無理な相談だった。

「とんだ失態だよね、アンタの命令無視のせいでさ」

アスランに殴りかかろうとするイザークに混ざりはしないものの、ディアッカもロッカールームの隅でアスランに嫌味を飛ばした。

「何とか言えよ!!」

胸ぐらを掴んでもなお顔を背けたまま口を開こうとしないアスランの背をイザークがロッカールームの壁に打ち付けていると、3人に遅れてハンガーから戻ったニコルがロッカールームに入ってきた。

「な、何やってるんですか!」

一触即発な同僚の姿を目にしたニコルはギョッとして止めに入る。

「やめてください、こんな所で!」

「4機でかかったんだぞ!? こんな屈辱があるか!」

「でもここでアスランを責めても仕方ないでしょう? それに最初に撤退命令を無視したのはあなたですよ、イザーク」

引き離そうとしてきたニコルに不満を漏らしたイザークだったが、そう反論のしようもない言葉と共に逆に睨まれてクッと言葉を詰まらせる。

「あーあ、だけど俺たちこれで本国じゃ良い笑いモノだよね。仕方ないで済まされちゃたまんないっつーの」

同じくディアッカも反論は無駄だと感じたのだろうが黙ったままでは引き下がれなかったのだろう。アスランに向けて捨て台詞を吐いてからロッカールームを出た。

「くそっ!」

イザークもパイロットスーツのヘルメットを八つ当たり気味にロッカーの壁に向けて力一杯投げ捨ててから場を離れた。

ニコルはホッと息を吐くと改めてアスランの方を向いた。 イザークほど感情的になりはしないが、ニコルにも思うところはある。

「今日のあなたは様子が変です、アスラン」

アスランはなおも俯いたまま、黙って目を伏せていた。

「出撃前からぼんやりして、何か──」

「もう放っておいてくれないか、ニコル」

しかし言葉を続けようとしたニコルを遮り、アスランは俯いたままロッカーの壁を蹴ってそのままニコルの横をすり抜けていった。

そして廊下へ出て一人になると、ドン、と力任せに右手で壁を叩く。

反動で身体がふわりと左側へと移動した。

「……キラ……」

キラをあの艦から引き離す事が出来なかった。

任務の失敗よりもその事が頭を支配して、その憤りのやり場のなさをただ拳にぶつけるしかなかった。



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PHASE - 007 「生きていてくれ」

プラント最高評議会からの出頭命令をクルーゼが受け、ヴェサリウスは帰還を迫られていた。

「議会はヘリオポリス崩壊で今頃てんやわんやと言ったところだろうからな」

「では、艦の応急処置が済み次第本国に帰還ということで……」

ブリッジでクルーゼとアデスの会話を聞きながらアカネもホッと胸を撫で下ろす。これでプラントに行けば、ニホンとの連絡の取りようもあるはずだ。

「足つきは引き続きガモフに追わせる。アスランを呼び戻せ。それと……特尉を向こうへ」

「え……!?」

ようやく帰れる。──そう思って安堵していたアカネの心情はあっさりとクルーゼによって裏切られた。

 

──こちらにも都合というものがあるのだよ。

 

「そんなこと言ったって……」

納得いかないまま、アカネは数少ない自分の荷物を持ってアストレイに乗り込み機体ごとガモフの方へ移動した。

アストレイはまだ戦闘には出せない。ゆえに追撃戦に参加するのは無理があることをクルーゼも分かっているだろうに、なぜガモフに行かねばならないのか。

疑問は尽きなかったが、こうして移動させるだけならアストレイの操作はさほど難しくないな、などと思いつつアカネはガモフのハンガーへ機体を収めた。

コクピットから降りれば、さっそく整備兵達が先の戦闘で傷ついたデュエルの修理やらに追われていて忙しなく働いている光景が目に飛び込んできた。

そう、デュエルは右腕を溶断されたのだ。データで見た戦闘の詳細が脳裏に浮かび、アカネの瞳を曇らせる。

生々しく傷ついた機体に乗って戦っていたのはまだ年端もいかぬ少年達。そう思えば気分が良いはずもない。本来なら彼らは守られるべき立場だというのに。

「一応、引き続き機体の調整しとかなきゃな」

何せヴェサリウスが本国に戻ってまたガモフと合流するまでには最低十日はかかるだろうと予測される分、絶対に出撃の機会がないとも言い切れない。

自分は同盟国の軍人。ならばこの艦を守る義務が本来ならばあるのだから、と後方に格納したアストレイを振り返って気を引き締める。

しかしながら、もしガモフから出撃となれば再度ここの整備兵達とコミュニケーションを図らねばならないのかと思うと戦闘に出るよりそちらを重荷に感じてドッと疲れてくる。

デューイも連れてくるべきだったかな、と忙しそうな整備兵達を横目で見つつ荷物を持ってそっとハンガーを抜ける。突き当たりで青い髪が視界に入った。 纏っていた赤服にアカネの眉がピクリと反応する。

「アスラン」

そのまま交差して通り過ぎる前に、アカネは少年に声をかけて前へ進む身体を止めた。

呼び止められれば反応するものなのか、アスランも壁に手を当てて立ち止まる。

「先の……戦闘データを見たわ」

微妙にトゲを含んだアカネの声に、冴えない顔をしていたアスランの顔が益々曇った。

「クルーゼ隊長から話は聞いたから、君の気持ちも分かるけど……」

「だったら黙ってて下さいよ」

アカネの言わんとしている事を悟ってか、アスランが言葉を遮る。そのやさぐれた態度にアカネは更に眉間に深い皺を寄せた。

「君は隊長に誓ったんでしょう? "討てる、闘える"って。隊長もだから君を信じたのに……。デュエルが落とされてたら君はどう責任を取るつもりだったの?」

「そ、それは……だけどあの時はああするしかなかったんだ」

「戦えないならそう隊長に申し出ないと、そのしわ寄せはいずれ味方に来る事になるわ。もし、他のパイロットに何かあったら──」

「うるさいッ!!」

声を抑えて話していたアカネをアスランは畳みかけるような大声でかき消した。

「ナチュラルなんかに……俺の気持ちが分かってたまるか」

そして呪いの呪文でも唱えるような声色で呻いてアカネを睨むと、彼は床を強く蹴ってハンガーへと向かってしまいアカネはその背を黙って見送るしかない。

今さらナチュラルというだけで罵倒されるのに驚きはしない。

アスランに自分がナチュラルだと名乗った覚えはなかったが、誰かに聞いたのであろうからその事も指して疑問に思わなかった。

ただ、ナチュラル、と蔑んだアスランの声と瞳が他のザフト兵とは違って感じた。

深い憎しみと哀しみを秘めたような、そんな眼だった。

先ほどにも増してドッと疲れが襲い、アカネは深いため息をつく。

クルーゼから解放されたのはありがたかったが、皆を律する人間がいないというのもまた困った事なのだ。認めたくはないが、ヴェサリウスではクルーゼがいてくれたからこそ無事だった部分もある。同盟軍の艦内でまさか何もないとは思うが気の休まる暇がない、と手に持った荷物を背負い直して艦の奥へと向かう。

まずは艦長に挨拶をしなければならない。

ブリッジへあがってドアを開き中へ入ると、ヴェサリウスのブリッジと同じような作りのブリーフィングデスクを囲む見知った少年達いた。そしてアデスと同じ黒い軍服に身を包んだ豊かな顎髭が印象的な中年男性の姿も見える。

おそらくは艦長だ、と判断してそちらへ向かう。

「貴様……!?」

「アカネさん?」

驚いた様子のニコルに軽く目線を送り、何か言いたげだったイザークを無視して艦長の前に進み出て姿勢を正し、アカネは慣れたように敬礼をした。

「ニホン自衛軍、アカネ・アオバ特尉であります。クルーゼ隊長よりこちらへ乗艦との命を受け、参りました」

「うむ。話は聞いているよ、艦長のゼルマンだ」

正確には偶然救助され、たらい回しにされているだけだが。と内心苦笑いを漏らしたアカネだが色々と面倒の起こらぬよう今はこの艦長を上官だと思うことにした。

 

「ニホン自衛軍……!?」

「特尉だと!?」

 

イザークとディアッカはヴェサリウスの休憩室に突然現れた”妙な女”がザフトの軍服を着て現れた事に面食らっており、ああ、とニコルが説明する。

「お二人には話していませんでしたね。クルーゼ隊長は彼女にショーンが見つけてきた機体を任せるおつもりのようですよ」

「何だと……!?」

ディアッカはヒュウと口笛を鳴らし、イザークは瞳をひんむいて食ってかかる。

「何の冗談だ、ニコル!」

「だって……パイロット、足りてないんでしょ?」

君たちみたいな少年が乗ってるくらいだから、とはアカネは続けなかった。

が、イザークは彼女の含んだような声音に休憩室でのやりとりでも思い出したのだろう。一気に頭に血を昇らせたのか声を荒げた。

「言ったはずだ、ザフトにはナチュラルの役立たずなど──」

「イザーク、止めなさい」

「うるさい! 貴様の指図など受けん!!」

止めに入ろうとしたゼルマンをも激情のままに一蹴してみせたイザークに今度はアカネの頬がヒクついた。

どう見ても三尉程度のいちパイロットが佐官クラスにこの態度。世界広しと言えどここでしかお目にかかれない光景だろう。

「イザーク、隊長命令ですよ!」

が、ニコルがクルーゼの名を出せばビクッと肩を震わせて癇癪を収めたイザークを見て、あの仮面男の存在だけは特別なのだとアカネは改めて思った。

「その通りだイザーク」

ゼルマンにもダメ押しされ、ディアッカはヤレヤレと掌を上に向けイザークは相も変わらずアカネを睨みながらも引き下がった。

アカネはそれに付き合うわけにもいかず、適当に視線をそらすと目の前のデスクに映し出されていた宙域図を見て口元に手を当てた。

「アークエンジェルはロストしたままですか?」

その声にああとゼルマンが相づちを打つ。

「だが、向かった先は十中八九アルテミスだ」

「そのようですね。……ちょっと厄介ですね、この艦の足では先回りというのは既に不可能でしょうし」

アカネが唸り、ゼルマンも顎髭を一撫ですると不機嫌さを全く隠さないといった目をしていたイザークの方を向いた。

「そういうことだ。君たちは今のうちに食事を取り身体を休めていたまえ」

「フン……、行くぞディアッカ」

イザークが渋々組んでいた腕を解いて指示に従うと、ディアッカもイザークの後を追う。

そんな同僚二人の背を困ったように見つめていたニコルにもゼルマンは声をかけた。

「ニコル、休息の前に君は特尉をパイロット用の空き部屋へ案内するように」

「……ハッ」

振り返って反射的に返事をしたニコルがアカネに向き直り、戸惑ったアカネはゼルマンへ視線を流した。が、促すように二度ほど軽く頷かれる。

「済まないが部屋は彼らと同等の待遇をさせて貰うよ」

「い、いえ……それは構いません」

ゼルマンの言葉を受けて、アカネは取りあえず敬礼をした。

「では……失礼致します」

こちらへ、と誘導するニコルに従って荷物を持ち直しブリッジを出る。

そうして廊下へ出て、ふわふわと揺れるニコルのカールがかった髪を目の端で追いながらアカネは一つため息をついた。

「お疲れですか?」

「え? あ……いや、何でも」

それが聞こえたのだろう。ニコルが目線を後方に流してきてアカネは決まり悪さに目線を泳がせた。

「さっきは……君たちが無事で良かったわ」

「ああ……任務は、失敗しちゃいましたけどね」

ニコルはふわりと笑みを浮かべた後、自嘲気味に瞳を伏せた。

アスランの様子はおかしく、アークエンジェルとストライクを逃した上ヴェサリウスは被弾という結果に終わったのだ。

ニコルとしても軍に入ってからこれほどの失態は無かった分、態度には出さずとも悔しい気持ちはイザークに引けを取ってはいないのだろう。

「ニコル君……」

アカネとしては話題を切り替えたつもりが、責任を感じているらしきニコルを見て内心悔やんだ。が、それをも見抜かれたらしくニコルはもう一度柔らかな笑みを向けてくれた。

随分と鋭い子だ、とアカネは内心苦笑いを漏らした。

アカネからすればアスランの事が気がかりでパイロット達に何かあったらどうしようと懸念していたが、ニコルはそんな事など知らないのだ。 結果としての任務失敗があるだけで、悔しさも一入だろう。

それを見せないよう努めているのは彼なりのプライドなのか、性格なのか。

どちらにせよプライドの高そうなイザークは当分この件でイライラしているだろうな、とアカネはなるべくイザークとは顔を合わせないよう努めようと密かに誓った。

「さ、ここです」

立ち止まって突き当たりの部屋のドアを開けると、ニコルは中へとアカネを促した。

足を入れ進めると、左右の角に使われていないベッドが二つ。

「パイロットは皆二人部屋なんです。一人部屋でなくて申し訳ないのですが……そういう指示なので」

「ううん十分よ、ありがとう」

「ヴェサリウスではどの部屋をお使いに……?」

荷物をベッドに降ろして、ニコルの問いにアカネが瞳を寄せる。

「……。そうね、ずっと隊長室にいたかな」

よくよく考えるとあのままヴェサリウスにいたら隊長室に軟禁状態だったかもしれないと思うと背筋に寒いモノが走った。

「本当に……何を考えてるのかしらね、君たちの隊長は」

ふと、そんな呟きが唇から漏れる。

クルーゼが何を考えているのかイマイチ掴めない。

それに戦闘中は気づかなかったが、レーダーより先にフラガのゼロの接近を察知したあの奇妙な出来事。

戦闘のカンというものは自分にも分からないでもないが、あれは確実にアテていた。普通ならば不可能な事だ。なぜなのだろう。何かカラクリでもあるのか?

「きっと、隊長なりに何かお考えがあってのことだと思いますよ」

つい考え込んでしまい、ニコルの声にハッと意識を戻したアカネは取り繕うように頷いてみせた。

「え、ええ……。それにしても、随分と信望厚いのねクルーゼ隊長は。イザークも隊長の命令なら素直に従ってたもの」

「それはもう、ザフトでは任務成功率トップを誇る指揮官ですし、僕もクルーゼ隊に配属された事をとても誇りに思ってます」

ニコルは瞳を輝かせて誇らしげな表情を浮かべてみせた。

それを見て、なぜあんな仮面をここまで──と疑念を抱くことすら許されないほどこの隊でのクルーゼの存在の大きさをアカネは痛感させられた。

口元だけで軽く笑みを返して、先行き不安に感じつつベッドへと腰を下ろす。

「では僕はこれで」

スッと敬礼をしたニコルに礼を言うと、出ていこうとしたニコルは何か思い立ったように再びアカネに目線を向けた。

「僕、これから食事に行くんですけど一緒にどうですか?」

まだでしょう? と誘われてアカネは2、3度瞬きをした。

最後に食事をしたのはいつだっただろう、確かシャトルの中か、と思い返すと同時にシャトル沈没の光景も過ぎって目を伏せる。

それに、この目の前の少年のようにここの兵士達がみな好意的に接してくれるわけではないのだ。

「いいわ、あまり人の多い所へ行くとまた面倒なことになるかもしれないし」

「そ、それは……」

ニコルはアカネの懸念を察したのか直ぐに反論しようとした。 自分が付いていれば諫められる、と。

何よりアカネがザフトへ来てから同僚は彼女に不快な思いばかりをさせていて、ザフトそのものを誤解される事に一兵士としても責任を感じていたのかもしれない。

「疲れたから、少し休むわ」

「そう……ですか」

ごめんね、と含んだようなアカネの笑みを見て彼はどこか残念そうに呟いた。 が、これ以上長居するのも野暮だと感じたのか切り替えたように彼は部屋の外へと向かった。

「では……僕の部屋、すぐ右隣ですから何かあったら遠慮せずに言ってください」

ドアが閉まるのを見送って、アカネは浮かべていた笑みを消す。

ニコルの事は良い子だ、と思うも本当にドッと疲れが襲ってきた。

軍服の襟元を崩して上着を脱ぎ、ベッドへ倒れ込む。

シャトルが大破してからこっち、一瞬も気の休まる時などなかったのだ。

「ニホン……今ごろどうなってるの……かな」

遠い母国を浮かべつつ瞼が下りてくる。

精神的にも肉体的にも限界がきていたのか、アカネはそのまま意識を飛ばした。

 

 

──ニホン国、首相官邸。

 

「L3宙域でロストしたシャトルの詳細はまだ掴めないのか?」

ニホンの現総理大臣の椅子に納まる男──イチロー・アサノは官邸でひたすら連絡を待っていた。

トウキョウ宇宙港の管制室からシャトルをロストしたとの連絡を受けて既に丸一日以上が経っている。

詳細が分かるまでこの事態は国民には伏せ、プラント評議会の方へも説明追求と協力要請を出したがまだ回答は得ていない。

「あのシャトルには我が防衛省附属アカデミーの学生と教官の他……青葉特尉も乗っていたという事ですし」

通信モニターの先から報告してくる防衛大臣へ向けてアサノは重苦しい息を吐いた。

「事の成り行き次第では国の志気に影響が出るやもしれん」

「シャトルをロストした位置というのも気になります。オーブ資源衛星ヘリオポリスの崩壊と何か関連している可能性も高いでしょう」

「ともかく引き続きプラントへの協力要請に加えこちらでの情報収集も続けさせる。無事を祈るしかあるまい」

言って通信を終え、アサノは座っていた椅子にもう一度深々と座り直した。

あらゆる可能性があるとはいえ、戦闘に巻き込まれて乗客全員宇宙の塵となっているという最悪の事態も考えられる。

そうであればなんと無慈悲なことだろうか。

特にアカネは自らの発案した特別情報工作機関に所属する人間であり、その能力はプラントに軍事同盟を承諾させる際に多大な貢献をしてくれた。

こんな所で失うのはあまりに痛い。

更にはヘリオポリス崩壊にオーブ国営企業のモルゲンレーテ社と連合の癒着が囁かれる分、プラントを巻き込んで厄介な外交問題にもなりかねない。

オーブが動けばこの戦争の戦局に少なからず影響を与えてしまう可能性もあるため、それは避けたい所である。それにできるならばこの件に関してオーブへの有効カードを手にしたい。

「特尉……生きていてくれ」

アカネがもし生きていれば、もしシャトルの件にヘリオポリスが関わっているのであれば何らかの有力情報を掴んでいるかもしれない。

すれば牽制するカードになるかもしれない──と、アサノは早計だとも思いつつ先の外交交渉について頭を巡らせながら皆の無事を祈った。

 

 

一方、アークエンジェルはあのまま最大戦速で友軍・ユーラシア連邦の軍事要塞アルテミスへと向かっていた。

コンタクトを計ると、アルテミス側は要請を受諾。

臨検艦を送るということで、アークエンジェルのクルー一同はようやくホッと一息ついた所だった。

 

しかし、クルーとは裏腹にフラガにはある懸念があった。

アークエンジェルはロールアウトしたばかりの新造戦艦なのだ。艦の認識コードすら持っていない。

やっと安心したクルー達に水を差したくない気持ちもあったが、友軍とはいえユーラシア連邦と大西洋連邦はそう仲が良いわけでもない。

そこで休憩しているキラを連れ出してハンガーへと誘った。

「な、何ですか?」

「いやぁ、すっかりストライクはお前の愛機って感じだよなぁうん」

そんな事を言ってみせバンバンと肩を叩く。

ハァ? と言いたげなキラへ不意に表情を引き締めたフラガはこう一言耳打ちをした。

「だから……誰にも触れられないようにしておけ」

そしてハッとするキラに、じゃーな、と言って手を振るう。

暫くして振り返れば、キラは意図を察したらしく大人しくストライクへと向かっていた。

それを見てフラガは小さく安堵の息を吐いた。

先の戦闘から時間が経って、キラが大分落ち着きを取り戻したらしきことを感じ取れたからだ。

ホッとしつつ、あの時の事を思い返す。

 

『どうした坊主? おーい、キラ? キラ・ヤマト!!』

 

何とかクルーゼ隊を振り切ってアークエンジェルに戻れば、キラはなかなかコクピットから出てこようとしなかった。

不審に思いコクピットを開けると、瞳孔の開いたキラが荒い息を吐きながらレバーを握ったまま顔から色を無くして硬直しているのが映ったのだ。

フラガは直ぐにそれを新兵によく見られる症状だと悟った。もう何度も戦場で同じようなルーキーを見てきたからだ。

そして何人もの若い部下を失った──、そんな苦い気持ちも思い返しながらゆっくりとキラの手をレバーから離してやれば、キラは色のない瞳でフラガを見つめ返してきた。

突然戦場に出されて何の訓練も受けていない子供が死ぬような思いをしたのだ。我を失っていて当然だ。だが何とかピンチを切り抜け、こうして皆無事だったのは何よりキラのおかげだ。

いま生きている。それでいいじゃないか。

そう労ってやる事しか出来なかった自分がフラガは何とも情けなかった。

「これでお終いにしてやれりゃ良いんだがな……」

そんな事を思いながら、フラガも自身の愛機メビウス・ゼロの整備へと向かった。

 

「本艦の要請受領を感謝いたします」

ブリッジでは艦長のマリューと副艦長のナタルがキッチリと軍帽を被り、臨検艦と共にやってきたユーラシア連邦の士官に挨拶をしていた。

が、いざアルテミスに入港すれば艦の外ではモビルアーマー・メビウスが待機しており、ブリッジにも次々と入ってくる武装兵が内部を占拠してCICにいたミリアリアが悲鳴を上げた。

「何事です、少佐殿!?」

「ビダルフ少佐! これはどういう事か説明して頂きたい──」

連れだって声を震わせたマリューとナタルにビダルフと呼ばれた少佐は平然と言い放った。

「保安措置として、艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけですよ」

フラガの懸念通り、戦績登録も識別コードもないこの艦をアルテミス側は友軍だと認めなかったのだ。

文句を言いたくともアルテミスの言い分ももっともであるゆえ逆らえず、ハンガーでも同じように武装兵に拘束されていたフラガと共にアークエンジェル士官一同はビダルフに同行を求められるままそれに従った。

 

「大西洋連邦極秘の軍事計画、か……」

「オーブのモルゲンレーテ社が関わっているという噂は本当だったのですね」

アルテミス司令部では、この軍事施設を総括するジェラード・ガルシア少将が突然の来訪者に沸く気持ちを抑えきれぬまま口元に笑みを浮かべていた。

「何とも幸運な事だ。特にあれに格納されているモビルスーツ……、解析が出来れば我々の"アレ"の完成は約束されたようなもの。連中には是非ゆっくりとご滞在願おうではないか」

「ハッ、技術者の方にはさっそく解析にかかるよう言いつけてあります」

副官相手にガルシアは上機嫌で"傘"に守られたアルテミスの空を見上げた。

しばらくするとノックが鳴り、アークエンジェルの士官3名を連れて来たというビダルフの声を受け中へ招き入れさせる。

「ようこそ、アルテミスへ」

ガルシアは上機嫌のままマリュー達を迎えた。

 

一方、武装兵に拘束されたアークエンジェルのクルー一同は食堂へと集められていた。

「ちょっと……何なのよこれ」

一人暇を持て余して居住区にいたフレイも突然の武装兵の襲来に涙目になりながら食堂へと誘導されて来た。

既に食堂の席に固まっていたミリアリア達を見つけ安堵の表情を浮かべるも、声をかけるのを躊躇う。

同級生でゼミも一緒だった気心の知れた仲間同士の彼らと違い、一級下のフレイにとってはミリアリア達は顔見知り程度でしかないのだ。気楽に話せる間柄ではない。

学園のアイドルと称されまんざらでもなく学園生活を謳歌していたフレイだったが、この場には友人一人いない。精神的に焦燥するなというほうが無理な相談だ。そうして思う。ヘリオポリスではいつも友人達に囲まれていたというのに、と。

たった一人の肉親である父親と離れてヘリオポリスで生活していたフレイにとって友人達の存在は寂しさを忘れさせてくれていたかけがえのないものだったというのに。あのザフトの襲撃で一緒にいた友人らとははぐれてしまい安否さえ分からない。

自分一人こんな艦に乗り、独りぼっちになってしまった。

「おーい、何やってんだよ!」

そんな事を思って俯いていると、食堂のテーブルに着いていたトールが手を振って声をかけてきた。周りのミリアリア、カズイ、キラもこちらに視線を送って暗に来いと言ってくれている。

フレイは一瞬戸惑ったものの、怖ず怖ずとそちらに近づいていった。

「ねぇ、これどういうこと……?」

訊いてみるとミリアリアが目を伏せて眉を寄せた。

「分かんないの……急に武装した兵隊がブリッジに入ってきて私たちもここに集まるよう指示されて来ただけだから」

トールも首を捻って唇を尖らせる。

「大西洋とユーラシアって仲悪いみたいだしなァ。ですよね?」

そして彼は近くに立っていた青年──操舵士の曹長・ノイマンに話を振った。

さあな、とノイマンが肩を竦めると隣にいたチャンドラがメガネを持ち上げながら目を寄せる。

「それより何より識別コードがないのがマズかった」

聞いて落胆の溜め息を吐いたトールはフレイの方を見やり、視線を上下させて首を捻る。

「お前のカッコ、ここじゃ目立つよな」

「な、何よお前って……!」

お前呼ばわりされたことにカチンと来てフレイは怒鳴り返した。

しかしながら確かに私服の少女が一人この場に混じっているのはかなり場違いだという自覚はフレイにもある。

傍目にもフレイの着ているタイトなデザインのニットワンピースにブーツといういで立ちは戦艦では必要以上に浮いていた。

「そっちこそ何よ、軍服なんか着ちゃって」

「ブリッジに入るんだったら軍服着ろって言われたんだよ、仕方ねぇじゃん」

フレイの反論にトールはどこか楽しそうに笑い、今まで黙って話を聞いていたカズイが苦笑いを漏らしながら口を挟んできた。

「トールはミリタリーオタクだからなぁ、軍服着られて嬉しいんだろ?」

「何だよオタクって! まあでもこの少年兵士用じゃ階級章なくて間抜けだよなー。軍服だってザフトのがカッコイイし」

まんざらでもないと言った具合にトールが腕を広げながら言えば、チャンドラ達から茶々が入った。

「生意気言うな」

「俺たちの軍服の方が良いに決まってるだろ」

更には小突かれて、トールは「ごめんなさーい」と謝りながら笑った。

明るいトールはもうすっかりブリッジクルーとも打ち解けたのだろう。

フレイもそんな目の前のトール達を見ながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 

「マリュー・ラミアス大尉、ムウ・ラ・フラガ大尉、ナタル・バジルール少尉か……。なるほど、君達のIDは確かに大西洋連邦の物のようだな」

「お手間を取らせて申し訳ありません」

士官3人のパーソナルデータを確認したガルシアにフラガは軽く頭を下げた。

「いやなに、輝かしき君の名は私も耳にしているよ……エンデュミオンの鷹殿。グリマルディ戦線には私も参加していた」

「おや、ではビラード提督の部隊に?」

うむ、とガルシアが頷く。

「あれは手痛い敗北だった……我がユーラシアの部隊は全滅だ。だが、単機でジンを何機も落とし生還した君の活躍には随分と励まされたものだ。まだまだ我々ナチュラルはコーディネイターには負けん、とな」

昔語りを始めたガルシアの瞳が一瞬曇ったように見えた。が、直ぐに何事もなかったように独特の尊大な口調に戻ったためフラガは素直に賛辞への礼を述べた。

「しかし、その君があんな艦と共になぁ……」

「特務でありますので、残念ながら仔細を申し上げることはできませんが」

そんな二人の会話に痺れを切らせたようにマリューが割って入る。

「我々は一刻も早く、月の本部に向かわなければならないのです。まだ、ザフトにも追われておりますので……」

補給を早く、と逸る気持ちがそうさせたのだ。

ザフト? とガルシアは呟いて口元に笑みを浮かべながら司令室のモニターをオンにした。

そこにはアークエンジェルを追ってきたのだろうザフト艦ローラシア級の姿が鮮明に映し出されており、マリューは驚いて口元を覆う。

「連中なら先ほどからウロウロしておる。これでは外へは出られまい?」

「ヤツらが追っているのは我々です! このままではアルテミスにも被害が──」

フラガが口調を強め、ガルシアは否定するように声を立てて笑い出す。

「被害? このアルテミスがかね? ヤツらは何もできんよ。ただ去るのみだ」

「しかし司令! 彼らは……ラウ・ル・クルーゼの率いる部隊ですよ!」

唸るフラガの声。高らかに笑っていたガルシアの顔色が急変した。

「クルーゼだと……!?」

そのあまりの形相にフラガ達が息を呑む。

一寸間を置いて、ガルシアは再び落ち着きを取り戻すと3人に向き直った。

「ともかく君達は少し休みたまえ、部屋は用意させる。ヤツらが去れば月本部との連絡の取りようもあるだろう……補給の方も指示を出しておく」

そうして後の発言は聞き入れないという態度を取ると、ガルシアは兵を呼びつけて3人を連れて行かせた。



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PHASE - 008 「やらせてください、艦長!」

「あ……私──!?」

ふいに意識を戻したアカネは勢いよく上半身を起こそうとした。

が、弱い重力が災いして身体の方も勢いで浮いてしまい酷く違和感を覚える。

「眠ってたのか……」

髪に手をやりながらぐるりと辺りを見渡すと殺風景な部屋と使われていないベッドが一つ。ああガモフのパイロット用の部屋だっけ、と軽く頭を振って脳を覚醒を促す。

自分はどれくらい眠っていたのだろう?

アークエンジェルの策敵状況はどうなっているのか?

臨戦態勢ならばとっくに警報が鳴っているだろうからまだ休んでいていいのだろうか?

そんな事を考えながら脱いでいた軍服を着込む。少し眠ったおかげか随分と身体は軽くなっていた。と、同時に水分と食料の補給を身体が要求していた。

寝てスッキリした今なら例えイザークに出くわしても何とか冷静にかわせるだろうと思いつつ部屋の外へ出てみる。

が、廊下に出た途端アカネはしまったと片目を瞑った。

ガモフはヴェサリウスとは作りが違うのだ。どこに何があるのか分からない。

「ブリッジに行って訊くかな……」

仕事中の艦長やオペレーター相手にそんな事はしたくないな、と髪を耳にかけながらふと隣の部屋のドアを見る。

隣は、確かニコルの部屋だ。

何でも言ってください、と去り際に言ってくれた。

またニコルに助けてもらうのは、と一瞬迷うもこのまま戦艦をフラフラし続けるよりはマシだと思いアカネは隣の部屋のドアの前に立った。

ニコルが部屋にいるのかどうかも分からなければ相部屋の相手がイザークかもしれないという懸念もあったが、取りあえずノックしてみる。

「どうぞ」

するとニコルとは違う声が中から聞こえ、ドアが開いた。

「やあ……君か」

誰だ? と一瞬身構えて中へ足を踏み入れたアカネの瞳が微かに丸まる。

「あ、ショーン……さん」

目に映ったのは宇宙へ放り出された自分を救ってくれた青年の姿だった。

「なぜここに? てっきりヴェサリウスに乗艦かと……」

「元々こっちなんだ。君を隊長室に送ったあと戻って仮眠取って起きたら……色々大変な事になってたみたいだ」

ハハッ、とショーンは雑誌を見ながら飲んでいたドリンクに口を付ける。そうして目線を前に向け、アカネもそれを追うと隣のベッドではニコルが寝息を立てていた。

「ニコルに用事?」

「え、ええ……」

「さっき横になったばかりなんだよ。ずっと機体の整備だってハンガーに籠もってたらしいからさ」

サクッ、と非常食らしきものを口にしながら話すショーンの声にアカネは目を見張った。

では食事の後ずっとブリッツを見ていたというのだろうか──?

「本当に真面目な子なのね」

赤の軍服の襟元を乱し、自らの右腕に頭を預けた彼のあどけない寝顔に口元を緩めながらアカネは少し不憫に思った。

「……どうしてこんな子が前線へなんか」

「食うかい?」

呟いて眉を下げたアカネの方へ、ショーンは自分が食べていたものと同じ非常食をふわりと投げてきた。

反射的に受け取って、急なことにキョトンとするも少し間を置いてアカネはそれを貰い受ける。

「ありがとう。凄くおなか空いてたの」

「そりゃ良かった」

笑いながらドリンクも手渡してくれたショーンにアカネもくすりと笑みを漏らし、アカネが非常食に手をつけたことを確認するとショーンはこんな事を言った。

「仮眠取ったあと、部屋を出たらちょうどイザークと行き違いになったんだ」

それにアカネの手がピクリと反応する。

「それで私が軍服着てここに居ても驚かなかったのね」

先ほどショーンは自分の姿を見ても驚かず、ごく自然に話しかけてきた。察するにイザークから事情を聞いたのだろう。 なぜあの女を連れてきた!? などといきなりショーンに掴みかかっている様子がいやでも脳裏に描き出されてしまう。

しかし思い返せば、救難信号を拾ったのがショーンでなければ今ごろどうなっていたか分からないのだ。例えばイザークだったのなら、確実にそのまま捨て去られていた事だろう。

「あなたが拾ってくれて本当に良かった……」

アカネが苦笑いを漏らすと、ドリンクから口を離してショーンが肩を竦める。

「いや、だから俺は任務をこなしただけなんだって」

それほど感謝されるような事ではないという意味なのだろう。

だが、今までのザフト兵を見れば普通の態度すらとれない兵士の方が圧倒的に多いのも事実なのだ。

「まあ、この隊の若い連中はほとんど地上に降りた事がないから良く知らないんだよな。地上に配属されりゃイヤでもナチュラルと接する機会は増える」

「じゃあ、あなたはクルーゼ隊に配属される前は地上に?」

「アフリカ戦線の初期にちょっとだけね。俺は開戦のだいぶ前から軍にいるから慣れてるけど……開戦後に入ってきたヤツは、ナチュラル全て憎しってのも多いんだ」

ショーンの話を聞きながらアカネは複雑な感情を胸に飛来させた。

ナチュラル全てを憎んでも、コーディネイターだけの世界が訪れるわけでもないというのに。

そもそもこれほど戦況が複雑化した要因はコーディネイターが──と頭の隅で思ったのも束の間、アカネはそれ以上その事を考えるのを止めた。

「ザフトは組織されてから日が浅いと聞くけど、あなたは開戦前から軍に……?」

「そ、けっこう給料良くてさ。俺は国防意識からってより金のためだね」

ハハッと軽く笑ってみせたショーンにアカネがズルッと肩を落とす。

むろんごくありふれた志望動機ではあるが、いま話していた会話の流れからそのような答えが聞けるとは思ってもみなかったからだ。

「そ、そうなんだ。そうよね……普通、そうよね……」

意外だったのと拍子抜けしたのとでアカネは一寸間を置いてふふ、と笑いドリンクを一気に喉へと通した。

こういう人とは付き合いやすい、と思う。特に他国人ならば下手な思想を持たず職業だと割り切っている人間の方がよほど信頼できるものだ。

すると、ふ、とニコルの寝顔に目をやってからショーンは「さっきの話だけど……」とアカネへ目線を送ってきた。

「俺もどんどん若い後輩が増えてきてるのは気がかりの一つだよ。でも、見たところ君もずいぶん若いようだけど」

ピク、と片眉を寄せてアカネが口からドリンクを離す。

「私は……特自では最年少だったから。だから余計に驚いたの。年下の、こんな子達がモビルスーツのパイロットだなんて……だから」

「あの白と紫のモビルスーツに乗ろうと思ったんだ?」

クルクルっとカラになったドリンクを宙で回してみせるショーンにアカネが軽く目を瞑って頷く。

「心情的にはね。まあ、クルーゼ隊長の指示だから否が応でも乗らなきゃ……なんだけど」

それから、シャトルの仇。アスラン・ザラとキラ・ヤマト。

少なくとも個人的感情ではここに留まる理由はいくらでもある。

だから今はこのガモフを守ることを最優先に考えなくては、とアカネはドリンクのボトルをギュッと握りしめた。

「……ん……あ!」

と、突然隣のベッドから弾けるような声があがった。

何事かと二人がニコルの寝ていたベッドの方へ視線を投げれば、既に起きあがっていたニコルがバタバタと併設してある棚から何かを取り出していた。

「もう起きるのか、おい」

「ん、今いいメロディが浮かんで……忘れないうちに!」

そんな事を呟いてペンを走らせ突如譜面らしきものを書き始めたニコルにショーンがハハハっと笑い声をあげる。

「お前はまた夢の中でピアノか!」

右手でペンを、左手では鍵盤を叩くような仕草をしているニコルとショーンの笑声にアカネはただ瞳を白黒させるしかない。

「なに……?」

「演奏・作曲全般ニコルの趣味でね。ま、こんな事は日常茶飯事だよ」

口元を緩めるショーンにアカネはへぇ、と感嘆の声を漏らした。さすがはプラント最高評議会議員のご子息、いかにもお坊ちゃまらしい。そんな感想を朧気に抱いた。

「んー……どうもイメージと違うなぁ」

ペン先でクルリと巻いた猫っ毛をチョイと弄り、ふと顔を上げたニコルはギョッとしたように大きな瞳を開いて腰を引いた。

「アカネさっ──!?」

ショーンの横でこちらを見つめるアカネに気づいたのだ。

「い、いらしてたんですか……」

そして決まり悪そうに頬を染めて目線を下に泳がせる。

アカネはおろかニコルの瞳にはショーンも入っていなかったのだろう。みっともない所を見せてしまったとばかりにペンを持つ手をおろした。

「少しショーンと話をしてたの。まさか君と同室だったなんて」

「ええ……先ほどはそれを話し忘れてしまって」

「それよりニコル、もう少し休んでおいたほうが良いんじゃないのか?」

「え? ええ……でも、目も覚めましたしアークエンジェルの動向も気になりますし」

軍服の襟元を詰めながらニコルはショーンの気遣いに緩く首を振りつつ溜め息を漏らした。まだ先の戦闘での失態を気に病んでいるのだろう。

「アークエンジェル動向か……、まず間違いなく今ごろはアルテミスだと思うけど……。いいわ、私がブリッジへ行くから君は休んでて」

「あ、僕も行きます。艦長に報告しておきたいこともありますし」

そろそろ対アークエンジェルの策でも考えなければと思っていた所だしちょうどいい、と部屋を出ようとしたアカネの後をニコルも追った。

休めと言ったのに、とアカネは心の中で思いつつも二人はブリッジへと向かった。

「おお、ちょうど良い所へ来てくれた」

二人がブリッジへ入ればゼルマンは艦長席から立ってブリーフィングデスクの方へ降りてきた。

つい今パイロットに召集をかけようとしていた所だったらしく、全員揃ってからブリーフィング開始だとの旨を伝えられる。

アカネはまたイザークと顔を合わせるのか、と毒づきたい心持ちだったがそうも言っていられない。

結局、他3人のパイロットの到着を待ってゼルマンは現状の説明を始めた。

ブリッジのモニターにはユーラシア連邦の軍事要塞・アルテミスの光学映像が映し出されている。中核は小惑星であり、その全方位を特殊なシールドで包み込んでいるような外観をした風変わりな要塞だ。

厄介なところへ逃げ込まれた、と前置きしてゼルマンはデスクのモニターにアルテミスのデータを出した。

「光波防御帯……通称"アルテミスの傘"で守られたあの小惑星は実体弾もビーム兵器も効かん。あれを突破する手だても今のところはない」

「仮に突破出来ても、無数設置してあるアルテミス砲が火を噴く……って二段構え。ですね」

追随したアカネにゼルマンが軽く頷く。

それにディアッカはおどけたような声を出した。

「じゃあどうすんの? 出てくるまでここで待つ?」

ピクリ、とゼルマンの眉が動いた。

艦長に向かってなんという態度だ、とアカネにはゼルマンが不快に感じたのだとすぐに悟れた。が、当のディアッカは気にするそぶりもなくフフフと笑みを漏らし続ける。

「ふざけるなよディアッカ!」

意外にもそれを諫めたのはイザークであった。

「お前は戻られた隊長に何も出来ませんでしたと報告したいのか!? それこそいい恥さらしだ」

一瞬イザークを見直しかけたアカネだったが、ああ自らの手柄を焦っているのかと軽く肩を落とす。

「傘は……常に開いているわけではないんですよね?」

ふと、無言で腰に手を当てモニターを睨んでいたニコルがそんなことを呟いた。

ああ、とゼルマンが気を取り直してニコルへ向き直る。

「周辺に敵のいない時まで展開させてはおらん。だが閉じているところを近づいても、こちらが要塞を射程に入れる前に察知され、展開されてしまう」

その答えにディアッカがまたおどけたようなジェスチャーをしてみせたが、ニコルは構うことなくキュッと瞳を閉じて自らの声色を一段下げる。

「僕の機体……あのブリッツなら上手くやれるかもしれません」

え、と皆の視線を集めたニコルはまるで愛機を自慢するかのように、ニ、と口の端を上げた。

「あれにはフェイズシフトの他にもう一つ、ちょっと面白い機能があるんです」

説明を始めたニコルに全員が息を呑む。

ニコルの話を聞き終え、その作戦に苦言を呈したのはアカネだった。

「さっきの話聞いてなかったの? 仮に突破してもアルテミス砲が──」

「それは外敵対策でしょう? 乗り込めれば上手くやれますよ」

皆まで言わせず反論され、アカネは眉間に深い皺を刻んで「違う」と一蹴した。

「私が言いたいのは……援護は出来ないって事よ」

ピン、とその場の空気が張りつめる。

ゼルマンも顎髭に手をあて、不安要素がありすぎると危惧するかのように唸った。

「やらせてください、艦長!」

だがニコルは空を切るように凛とした声で言い放ち、アカネはただただ瞠目した。

瞳の奥に強さを秘めた、紛れもない兵士の眼をしていたからだ。

何もニコルを見くびっていたわけではない。

気の強さはデューイを一睨みした時に垣間見てはいた。

が、このあどけなさの残る少年がこれほどの覚悟で戦争に臨んでいたという事実を知らされたと同時に微かな哀しさがこみ上げてきたのだ。

 

結局他に上手い代案もなく、今回の作戦立案・実行はほぼ全てニコルの手に委ねられる事となった。

「しかし連合軍も卑怯なモノを作る」

ブリッジを出るニコルを見送り、イザークは腕を組んだまま上から見下ろすような声を出した。

「ニコルにはちょうどいいさ。臆病者にはね……」

「臆病者ねぇ」

フフ、と同じようにディアッカが笑い、アカネは呆れたような声を漏らす。

「単機で要塞攻略戦やろうなんて余程腕に自信があるか、自殺願望のあるバカよ。……あの子はどっちかしらね」

「何だと!?」

そんなことも分からないのかと含んだような声にディアッカより先にカッとなったのはイザークだ。

「それに臆病者って戦場じゃ誉め言葉だぜ?」

しかし頭の後ろで手を組んで同僚の様子を見ていたショーンが一言口を挟み、イザークは怒りの矛先を変える。

「貴様、ナチュラルの味方をするのか!?」

さすがにイザークの対応に慣れているのかショーンは少しも動じない。

「俺は事実を言っただけさ」

「く……!」

「ま、これで成功すれば勲章モノね、ニコル君」

それがトドメの一言となった。

イザークはブリーフィングデスクを力任せに叩くと思い切りデスクの足を蹴ってブリッジの外へ向かう。

おいイザーク! と声をかけつつディアッカもその後を追った。

やれやれ、とアカネとショーンは揃って肩で息を吐く。そして二人してもう一度モニターへと目を移した。

「アルテミスはそう重要な拠点じゃない。だからザフトもこれまで手出ししないで来たんだが……」

「でも、あの絶対防御に異様な装備。全く中で何をやっているのか……ユーラシアで最も胡散臭い拠点の一つでもあることも確かよ」

唸って、アカネは口元に手をあてた。

ここへ単機で乗り込もうとするなどやはり無謀な作戦ではないのか──とニコルの身を案ずる。

 

「ミラージュコロイド、電磁圧チェック。システムオールグリーン 」

当のニコルはブリッツのコクピットの中で一人黙々と確認を進め、出撃を待っていた。

「テストもなしの一発勝負か。大丈夫かな……」

やれると宣言したものの、先の戦闘といい実戦がテストを兼ねるというのはどうも落ち着かない。漏れるのはため息だ。

しかし、単機での出撃というのはニコルにとっては好都合だった。

どうにも周りに味方がいると、自分の事よりもそちらに気を取られてしまう。

特にあまり作戦や連携などというものを重視しないイザークやディアッカという同僚を得て、出撃の際は常に心配事が絶えない。

ゆえに周りに誰もいないという状況の方が能力を発揮しやすいのだ。ニコルはそういうタイプだった。

 

 

アルテミスの管制室では、離脱し始めたガモフ──ザフト艦ローラシア級に注意を払っていたが、完全にアルテミス砲の射程圏外へと消えて暫くすると一人のオペレーターが室長に報告をあげた。

「定時哨戒、近接防空圏内に敵影、艦なし」

「よし、もういいだろう。全周囲光波防御帯収容。第2警戒態勢に移行」

室長の指示でアルテミスはその傘を閉じていく。

周囲に敵がいなければ、傘を展開してエネルギーを消費するのは無駄でしかないからだ。

 

それを待っていたとばかりにガモフではゼルマンがニコルに発進指示を出していた。

「ニコル・アマルフィ、ブリッツ出ます!」

指示を受けて、ブリッツがリニアカタパルトから勢いよく飛び出す。

十分に加速すると同時にニコルは自身が口にした、"もう一つの機能"であるミラージュコロイドを展開させた。するとどうだろう。コクピット内部から確認することは出来なかったが、まるでブリッツはその場に存在しないかのようにぷっつりと姿を消した。

ただでさえフェイズシフトを展開しても黒いブリッツは宇宙では見えにくいという利点がある。だが、今のブリッツは視界だけではなくレーダーからも文字通りフッと消え去ったのだ。

ニコルはコクピットで機体の状態を確認しながら小さく呟いた。

「ミラージュコロイド生成良好。散布減損率0.8%。──このまま使えるのは二時間が限界か」

ミラージュコロイド。それは光や電波等を屈折・吸収する特性の微粒子ガスをその身に纏って視覚的にも電波的にも全く不可視の状態にするステルスシステムだ。

ニコルがこのシステムに気づいたのは先の戦闘後、ブリッツの機体チェックをしている時だったためもう少し早く気づいていれば戦闘で役立てたかもしれないと悔やみもした。が、今それを言っても始まらない。

そして展開中は常にガスが拡散し続けるため、使用時間が限られてくる。

いま初めてこの機能を使ってみたニコルはまだまだ改善の余地がありそうだと思いつつ熱紋照合されるのを避けるためにスラスターは噴かさずそのまま慣性移行でアルテミスを目指した。

 

 

「この傘のシステムを全ての兵器に搭載すれば、前線での兵士の死亡率も格段に変わるはずだ」

アルテミス司令室で、ガルシアは副官相手にとあるデータを見ながら噛みしめるように言った。

「ハッ……ですが、実験段階のプロトタイプですら傘を展開後は持って数分。コストの面も依然問題は山積み。しかも未完成のアレを動かせるのがコード03のみという現状が──」

「だからあのモビルスーツの解析を急げと言っておるのだ!」

ガルシアが苛立ちをぶつけるようにデスクを叩いた。

「コーディネイターなど我々ナチュラルのために働いていれば良いのだ! ヤツらのせいでユーラシアがどれほどの被害にあったと思っている!? 北部での凍死者の数は異常な数字を叩きだし、医療機関はまともに機能せず……!」

「司令……」

拳を震わせたガルシアはハッとしてその場を取り繕う。

「ともかく、ようやく運が向いてきたのだよ。ザフトにそっぽを向かれたアクタイオン社もこれで喜ぶだろう。後は政府さえ首を縦に振ればこの計画は軌道に乗る」

そこまで言うとガルシアは副官を下がらせた。

そしてそっとモニターを切り替え、一枚の映像を映し出す。

そこには透けるような肌に色素の薄い髪を持つ、儚げな少女の姿があった。

小さく、ガルシアは聞き取れないほどの声で少女の名を呟いた。──それはガルシアがまだ若い頃、シベリア地方に勤務した際に出会った女性との間に出来た一人娘であった。

元々病弱だった母を受け継ぎ、娘の身体も決して丈夫とは言えず入退院を繰り返す日々。

それでももうじき二十歳になろうというころには花のように美しく、可憐な女性へと成長を遂げていた。

今よりもっと医療技術が進めばきっと娘は元気になる。──そう信じて疑わなかった。

だが、祈りとは裏腹に開戦の兆しが濃くなり──いよいよ開戦となって間もない日に悲劇は起こった。血のバレンタインの報復にとプラントが投下したニュートロンジャマーの影響でライフラインは乱れ、生活に多大な影響を及ぼしたのだ。

それは医療にも暗い影を落とし、娘は電力の供給を待つ病院のベッドの上で帰らぬ人となった。

固い職業軍人でコーディネイター排斥の考えなど微塵も持たなかったガルシアはそれを機に宇宙に浮かぶコーディネイターを強く嫌悪するようになった。

そして迎えたグリマルディ戦線──娘の弔い合戦と臨んだその戦いは酷い有り様だった。

部隊は壊滅状態、連合は基地の破棄を決定。だというのに、ガルシアは幸か不幸か一人生き残ってしまった。

部下も上官も同僚も全てを失い敗走したガルシアにはもはや前線を退けさせられるのを止める術もなく。少将に昇進はしたものの閑職とも言えるこのアルテミスの司令を命じられ、こんな辺境の地に閉じこもらねばならなくなった。

それでもガルシアは諦めなかった。

ユーラシア連邦の誇る独占技術であるこの「傘」を何とか実戦に投入できないかと考えたのだ。

そしてちょうど業績悪化に悩み、ザフト次期主力機のコンペでMMI社に競り負けたアクタイオン・インダストリー社に声をかけた。

むろん、ユーラシア用のモビルスーツ開発のためだ。

何もモビルスーツを開発しようと考えるのは大西洋連邦だけではないのだ。

これが成功すればザフトとの交戦は元より、大西洋連邦に対してもユーラシアは優位に立てるようになる。

ガルシアはそう考え、上層部も取りあえずはガルシアの提案を受け入れて好きにやらせてくれた。

だが、計画は思った以上に難航を極めた。

それほどにモビルスーツを試作・量産というのは難しく、いかにコーディネイターの持つ技術が優れているかを逆に思い知らされる結果となったのだ。

 

「今度こそ……今度こそ思い知らせてやるぞ、宇宙の化け物どもめ」

 

娘の映像を悲しげに一撫でしたあと、肩を震わせたガルシアの愁嘆の唸りが司令室に小さくこだました。



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PHASE - 009 「黒いモビルスーツ」

アルテミスのビダルフ少佐は部下を数人引き連れてアークエンジェルの食堂へと向かっていた。

アークエンジェルのモビルスーツ──ストライクを技師達に調べさせようとしたものの、OSに解除不能なロックがかかっていて作業が滞ったからだ。

 

「あのモビルスーツのパイロットは誰だ?」

 

ビダルフは食堂に入るなり言い放ち、にわかに食堂がざわついた。

思わず立ち上がりそうになったキラだが、マードックが慌てて肩を押さえつけて何とか事なきを得た。

「マードック軍曹……」

「いいからジッとしてろ」

マードックは小声で告げると、入り口付近に仁王立ちしているビダルフを見やってさも当然だとばかりにこう答えた。

「フラガ大尉ですよ。訊きたいことがあるのなら大尉にどうぞ」

それを受けてビダルフは小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「ハンガーには戦闘直後と思しきメビウス・ゼロがあったのにか? あれを操れるのがこの世でムウ・ラ・フラガのみというのは連合軍関係者ならば誰もが知っている」

チッ、とマードックは舌打ちをした。どう誤魔化せばいいのだろうか。うまい言い訳がない。

キラが不安そうにマードックとビダルフを交互に見ていると、ビダルフはキラ達の方へ部下を引き連れてツカツカと歩いてきた。そうして何を思ったかいきなりミリアリアの腕を捻り上げた。

「痛ッ──!」

「女性パイロットというのは無いとは思うが、この艦は艦長も女性ということだしな」

明らかな脅し。

アークエンジェルの正規クルー達はそんな安い脅しに引っかかるはずもなかったが、キラ達はそうはいかない。トールはビダルフの腕を振りほどいてミリアリアを抱き寄せ、キラはマードックを振り切って立ち上がると前へと進み出た。

「止めてください、卑怯な! ──あれに乗ってるのは僕ですよ!」

その宣言にマードックは顔を手で押さえ、ノイマンとチャンドラは頬を引きつらせる。

ビダルフは目を丸めたあと、疑惑の視線をキラに向けた。

「彼女を庇おうという心意気は買うがな少年。大人をからかうのは止しなさい」

「からかってなんかいません」

「では何か、こちらの技術者でも解除不可能なほどのロックを君があの機体に施したとでも言うのか?」

「──はい」

真っ直ぐなキラの返事にビダルフは言葉に詰まる。そして数秒の間を置き、まさか、と眉を歪めた。

「コーディネイターか?」

訊かれてキラがゆっくり頷くと、ビダルフは驚きを見せてはいたもののどこか納得したように顎を撫でた。

「そうか、大西洋にコーディネイターか……。まあいい、君の力をぜひ借りたい」

そしてキラに手を差し伸べる。

キラは唇を結んで微かに首を横に振るった。

するとビダルフは軽く手を挙げる。途端、部下達が一斉にキラへ向けて銃を構えた。

食堂が静まりかえり、緊張が走る。

──拒否権はないのだ。キラの頬に、ツ、と汗が伝った。

「悪く思わんでくれ。こちらもこれが仕事でね……」

言われるままにキラはビダルフ達に付いていくしかなかった。

キラの去った食堂で、フレイは口元に手をあてたまま眉を寄せていた。

「ね、ねぇ……あのキラって子……コーディネイター、なの?」

それにトール達は互いの顔を見合わせる。

トール達にとってはもう当たり前で自然なことだったが、学年の違うフレイがその事実を知らなくても不思議はない。

しかしフレイから発せられているあまり好意的ではない感情を読みとって、ミリアリアは神妙に言った。

「そうよ。でもね、キラは私たちの大事な友達……。大切な仲間よ」

トールやカズイもきつく頷く。

フレイは、そう、と目を伏せて呟いた。

 

 

「おお、いたいた」

一方のガモフではハンガーを見渡せるロッカールーム兼パイロット待機室へ足を踏み入れたショーンが中央の長椅子に大股開きで腰を降ろしていたディアッカを見つけ声をかけていた。

「お前はバスターで待機だとよ」

「んだとー!?」

ディアッカは気怠げな声を漏らすも、横に座っていたイザークがその話に飛びついてくる。

「おい、どういう事だ?」

「ニコルが傘を突破すれば、バスターの砲撃でアルテミスを撃つ。ま、敵がニコルに集中するのを少しでも避けるための苦肉の策って所だな」

二人は立ち上がり、二人ともがショーンの答えに不満げな顔を露わにする。

「俺はどうする!?」

「何だよソレ、遠くからチマチマ撃ってろって事?」

一度に二度の質問。しかも予想通りの問いを受けてショーンはハハ、と肩を引きつらせた。

「イザークは今回は我慢しろ。ディアッカ……イヤなら俺が──」

「そもそもそれは誰の指示だ! まさかあの女の差し金か!?」

ディアッカへの返事を言い終わる前にイザークの突進により襟元を捕まれ、ショーンは押された勢いのまま壁際まで身体を移動させられた。

ぶつかって身体を止めてから、イザークの手を振り払う。

「艦長の指示だ」

「フン、どちらにせよ俺は一人デュエルを遊ばせておくのは御免だ。ジッとしている位なら出撃する!」

「お前な、隊長が本国に帰還されてるいまは艦の最高指揮権は艦長にあるんだぞ?」

「うるさい! 俺たちはナチュラルとは違う、軍人それぞれが平等だというのがザフトだろうが!」

そんな押し問答の末、ショーンは不意に真面目な顔をして腕を組んでみせた。

「そう言うけどなイザーク、俺たちより艦長の方が格段に給料上だぜ?」

「なっ……!?」

イザークが一瞬言葉に詰まり、後ろで聞いていたディアッカは声を立てて笑い始めた。

直後、イザークは力の限りショーンにがなりつけた。

「こ、この金の亡者が……! 貴様にはザフト軍人の誇りはないのか!?」

「俺にとっては大事な事だ。お前は出撃して功名だけを得られれば良いんだろうが、それは元々金に困ってないからだろ」

眉を寄せたショーンがイザークを睨み返す。

「とにかく話はそれだけだ。ディアッカ……不満なら俺がバスターで出るが、どうする?」

そしてまだ笑っていたディアッカへ視線を投げるとディアッカは笑いを収め、ガシガシと頭を掻いた。

 

アカネは艦長席に座るゼルマンについてアルテミスの様子をひたすら窺っていた。

「ガモフはこのままここで待機……ですか」

「君の言うとおり、例え傘が落ちても近づけばアルテミス砲の集中砲火が待っているだけだからな」

「出来れば無傷で占拠が望ましいのですが……アークエンジェルの事は抜きにしても色々と気になる要塞でもありますし」

「ニコルには第一目標を足つきに定めるよう指示しているが、内部での戦闘はまず避けられんだろう。無傷は……厳しかろうな」

アカネは難しい顔をした。

ミラージュコロイド──とニコルが説明を始めた時、部屋で言っていた"艦長に報告したいこと"とは直ぐにこの事だったのだと分かった。

本来ならばブリッツはその名が示すとおり一撃離脱の電撃作戦用の機体、もしくは偵察用なのだろう。姿を消したまま乗り込んで敵の機密を探る、あるいは姿を消したまま機体を置いて内部に潜入する。そっちの方がよほど使い道がある。

だがニコルがやろうとしていることは隠密行動というよりは正面切っての全面戦争に近い。しかも個人対要塞だ。明らかに分が悪い。

もはや作戦が成功しようが失敗しようがあの要塞が火の海になるだろう事は想像に難しくない。

アカネ自身は情報機関に所属し工作を主とする任務が多いため、アルテミスの機密を探る前にあそこが消えてしまうのは少々惜しい気もした。

が、それ以上に気がかりがある。

こちらの作戦をアークエンジェル側に読まれていないか、ということだ。

ブリッツは元々アークエンジェルを母艦とするはずの機体。向こうはブリッツの機能や特徴など既に熟知しているだろう。

もし裏をかかれ網を張られていれば、ブリッツは捕獲──最悪ニコルは殺されるか、その身分から外交取引に使われるのが関の山だ。

「ニコル君……」

額に汗を滲ませて、アカネはジッとモニターを睨んだ。

 

 

ニコルの乗ったブリッツは順調にアルテミスへと近づいていた。

ブリッツを目視できるだろう程に近づいても傘は依然開かず、アルテミスは無防備なままの姿を晒している。こちらに気づいていないという何よりの証拠だ。

基地の上空まで侵入を果たしたニコルはキュッと一度唇を結んだ。

そしてブリッツ右腕のトリケロスと名付けられた攻盾システムに搭載されているレーザーライフルをおもむろに基地表面に向かって乱射する。

 

「な、なんだ!?」

 

表面を傷つけられたアルテミスは至る所で誘爆が起こっていた。

振動が内部に伝わるもあまりに突然のことで対処に困り、ただ混乱するしかない。

「管制室、この振動はなんだ!?」

「不明です! 周辺に機影なし!」

「だがこれは爆発だぞ!」

司令室からガルシアのけたたましい声が通信機越しに飛び、管制室ではこの事態の解明をいち早く迫られていた。

が、原因らしき原因が見あたらない。モニターには何も映っていないのだ。

「超長距離からの攻撃かもしれん! 傘を開け、今すぐにだ!」

管制室長が焦りのままに指示を出した。そして閉じられていた光波防御帯発生装置が動き出す。

ニコルの狙いはまさにそれだった。

基地表面に絨毯攻撃を仕掛ければ、アルテミス側は防御のために傘を開くだろうと踏んでいたのだ。

 

「あれか!」

 

思惑通り誘いに乗って動き出した装置の位置を確認すると、ニコルは素早くミラージュコロイドを解いてフェイズシフトを展開させ、トリケロスからビームサーベルを出した。

右腕を高々と振り上げ、勢いよく装置に近づいて真っ二つに切り裂く。刹那、ブリッツの離脱と同時に装置は閃光と共に四散した。

もはやこれで傘は開けない。退路は、確保した。

「アイツは……港か!?」

ニコルは当初の目的であるアークエンジェルを捜しに港口探索へと向かった。

 

「防御エリア内にモビルスーツ!? リフレクター沈黙!」

 

一方のアルテミス管制室としては突如としてモニターに現れた黒い機影にただただ驚くしかない。

まさかこのアルテミスに敵が侵入するなど、と焦りを抑えきれないオペレーターの声。それは通信機を介して司令部にも伝わっており、ガルシアは素早く指示を出した。

「総員第一戦闘配備! アルテミス砲誘導ミサイル、全門充填!!」

更にすぐさま出来うる限りのメビウスを発進させ、敵の迎撃に向かわせる。

 

ピピ、とブリッツのモニターが警戒音を鳴らした。

無数のミサイル追尾を確認してニコルは素早くライフルで落としていく。

落とせなかったミサイルをシールドで防ぎ、避けたミサイルは壁に当たって二次被害を促している。

いちいち追尾されたら鬱陶しいとばかりにニコルは見える範囲の砲台をライフルで潰し、再び港を目指した。

 

皆が突如現れた黒い機影の対応で追われる中、アルテミスはまたも要塞全体を揺さぶられるほどの強い衝撃を受けた。

また未確認モビルスーツだろうか? 司令室でガルシアは管制室に怒鳴りつける。

「今度は何だ!?」

「わ、分かりません……。レーダー圏外から熱源を確認、3時の方向、60度と推測!」

「射程外からの砲撃だと!? ええい砲台用意、推測位置に一斉砲撃、弾幕を張れ!!」

事態を解明する間もなくガルシアは対応に追われていた。

 

「おーおー、イヤな装備だねぇ」

二度目の砲撃を相殺され、ディアッカがヒュウと口笛を鳴らす。

傘を落とした、とのニコルからの入電で既に出撃待機していたディアッカがアルテミスへ長射程狙撃ライフルを放っていたのだ。

どうせならば今すぐ自分もアルテミスへ乗り込みたいディアッカだったが、これ以上近づけばあのアルテミス砲に捕まるため迂闊に近づけもしない。

ともかくブリッツから少しでも注意を逸らせろ、という指示だったがディアッカからすれば地味で面白くもない仕事だ。

しかし嫌だと言えばこの役目はショーンに取って代わられ、バスターのシートにショーンを座らせる羽目になる。それは癪だ。

とはいえやはり面白くなく、ディアッカは「まあこの程度でいいだろ」と力を抜きつつ撃ち続けた。

 

キラはというと、ビダルフに連行されるようにしてハンガーに行き技師達とOS解析に勤しんでいたものの、突然の揺れを攻撃だと確信してコクピットから彼らを追い出そうとしていた。

「どいてください!」

「待て、まだ──」

「死にたいんですか!?」

技師達は食い下がったが、キラは有無を言わさずコクピットを閉じてストライクを起動させる。

アークエンジェルの内部が今どうなっているのか分からない。しかし悠長にストライカーパックの装備を待ってもいられない。

「このまま行くしかないか……!」

ともかく状況の確認だけでも、とキラは素体のままのストライクを走らせた。

 

一方、港内部に侵入したブリッツは次々と襲いかかってくるメビウスの相手をさせられていた。

が、アークエンジェルとストライク以外に構っている暇はないニコルは機動性を活かして上手くそれらをすり抜けていく。

筒状の入り口を抜けると、補給艦らしき艦の後ろに見えたのは見覚えのある白い戦艦。

「──いた!」

コクピットのモニターにはアークエンジェルと、ちょうどいま飛び出してきたストライクが映った。

もはや失敗は許されない──とニコルの眼が鋭く光る。

「アイツ、今日こそ!」

ストライクの性能の良さは先の戦闘で見知っている、が、怯んでなどいられない。

「僕のブリッツでなら……やれる!」

この機体も負けてはいない。すぐさまビームサーベルを出して接近戦に持ち込む。

シールドも持たずに出てきたストライクはただただそれを避けるしかない。

 

「くそっ、こんな所まで追いかけてくるなんて……!」

 

装備を付けていないため身軽なストライクは何とか間合いに入ろうとするブリッツをギリギリで凌いでいく。

しかし、戦い方などまるで分からない。

どう対処すれば良いんだ──とキラが思考を巡らせた刹那。突如として視界からブリッツが消えた。

「え?」

キラが間の抜けた声をあげたと同時に拾ったのは後方からの熱源。

 

「これで、──終わりだ!」

 

ニコルがブリッツのコクピットで叫びながらビームサーベルで突きを繰り出してきたなどと知る由もないキラは捉えた熱源へ無我夢中でストライクの頭部を捻り、バルカンを打ち込んだ。

まさにコクピットにサーベルを突き立てる寸前だったのだろう。

ストライク眼前に急に現れたブリッツはバルカンから身を守った直後に再び姿を消した。

「な……何だ、今の、消えた?」

訳の分からないキラの呼吸は焦りから徐々に乱れていく。機体が消えるなど想像もしなかったことだ。

 

アルテミス内部では突然の戦闘警報にバタバタと慌ただしく人々が行き来していた。

とある一角の奥の部屋でその様子に聞き耳を立てていた少年がボソリと呟く。

「騒がしいな」

壁に寄れば監視員達の話し声が聞こえてきた。

「オイ、"アレ"を積んで退避しろと指示が出ているぞ! もうここも長くは持たないかもしれん」

「コード03はどうする? ここに放棄か?」

「いや、連れて行けとの命令だ。アイツしかアレは動かせないんだからな」

ピクリ、と少年の耳が動いた。

窓のない殺風景な部屋にドアは一つしかなく、その頑丈に鍵がかけられたドアの横にピタリと張り付く。

「持たないだと……? 沈むのか、ここは」

零して無精に伸びた長い髪を一纏めにし、少年はニヤリと口の端を上げた。

そして臨戦態勢を整える。

もうじき扉が開く。すると武装兵が数人入ってくるだろう。まずは銃を奪って外に出る。

と、近い未来の状況を正確にシミュレートした。

 

一方、この事態に客間に軟禁状態だったマリュー達には解放指示が出された。

もはやここにアークエンジェルを留めておく理由はないからだ。

急いでアークエンジェルのブリッジへ走り込んだマリュー達にガルシアから映像回線が入ってくる。

「貴艦はこれより反対側の港口からアルテミスを離脱せよ。補給はまだ済んでいないが事態は一刻を争う」

「司令!?」

フラガは驚きの声をあげた。

ブリッジの窓からは直ぐそばで交戦中のストライクとブリッツの姿が映っている。

マリューもまた驚き、考えた。

ブリッツの目的は恐らく自分たちだろう。

だが、このまま自分たちが離脱してもブリッツがアルテミスから手を引いてくれるとは限らない。

そして後悔もした。

ミラージュコロイドという不安要素を知りながら軍事機密だと自分に言い聞かせ、結果としてアルテミスを危険に晒したことを、だ。

「私たちも応戦します! このままではアルテミスが──」

「ここはユーラシアの要塞、手出し無用だ!」

マリューの申し出をガルシアが一喝した。

「なに、案ずることはない。私はかえって感謝している。君たちはチャンスをくれたのだからな、この死に損ないに。その礼はキッチリさせてくれ」

「司令……!」

フラガには、あのグリマルディでの悪夢を共有するフラガにだけはすぐさまガルシアの言葉の意味を悟ることができた。

その胸にやるせなくも熱い思いが胸にこみ上げてきて、フラガは強い視線で力強く敬礼をする。

「ご武運を……司令!」

「貴様もな、エンデュミオンの鷹」

フラガに続きクルー一同もガルシアに向かって敬礼をすると、ガルシアも軽く敬礼を返しプツリと回線は切られた。

そしてクルー達はアークエンジェルを起動させる。

 

キラの方はひたすら全神経をモニターに集中させていた。

姿を消したブリッツがどこから攻撃してくるか分からないからだ。

シールドのない今、ともかくビームの熱源を察知して避けること。的にならないよう常に動くこと。それくらいしかできない。

だがもし消えているブリッツと接触でもすればどうだ? その場でビームサーベルを一突きされてストライクは落ちるだろう。

そういう恐怖が常にキラに付きまとう。

どこから攻撃されるか分からない恐怖──それを敵に与えられることもミラージュコロイドの利点の一つだろう。

ニコルはというと、機体を上手く隠しながらストライクの死角を狙っていた。

スラスターを少しでも噴かせれば位置がバレてしまう分、そうは迂闊に動き回れない。 加えて急な高速移動により微粒子ガスが剥げてしまうというデメリットもあるため物理的にも動き回れず、ガモフに帰還したらその辺の調整をし直そうなどと頭の隅で考えながら次なる策を練っていた。

ふと、港の至る所にある作業用の取っ手に目がとまる。

ブリッツの左腕にはグレイプニールと名の付いた有線式ロケットクローが装備されている。

よし──! とニコルは心の中で呟いてグレイプニールを射出し、取っ手を掴ませると有線を使って勢いよくブリッツをストライクの後ろに回り込ませた。

 

「──うあ!?」

「遅い!」

 

ストライクがブリッツ出現に気づいたと同時に反動を利用したブリッツの蹴りがストライク脇腹に決まる。 そのまま吹き飛ばされ、港のシャフトに激突したストライクに向かってニコルは素早くビームライフルを構えた。

またとないチャンスに狙いを完璧に定め、ニコルは力強くトリガーを引いた。──恐らくそれで勝負は決まっていたはずだ。が、あろうことか真横から割って入った砲撃によりニコル渾身の一閃は儚く掻き消されてしまう。

「モビルアーマーか!?」

既に爆炎に包まれつつあった周囲に待機していたらしきメビウスが戦闘に割って入ってきたのだ。

チッと舌打ちしてニコルは矛先をメビウスに変える。

アークエンジェルとストライク以外はいま落とす必要はないというのに──、と眉を寄せつつメビウスをライフルで撃ち抜き、ビームサーベルを出して再びストライクへ向かった。

キラの方はシャフトに激突した衝撃で一瞬気を失いかけたものの、メビウスがブリッツを足止めしていた刹那に体勢を立て直して唯一の武器であるアサルトナイフを取り出していた。

斬りかかってくるブリッツを寸前まで引きつけて下腹部に入り込み、肩辺りを狙う。

ブリッツはそれを紙一重でかわすと頭部の横をすり抜けたストライクの腕を素早く掴み、思い切り腹を蹴り上げる。間髪入れず再びグレイプニールを射出したが、とっさに両腕を合わせて防御姿勢を取ったストライクにそれは弾き返されてしまった。

フェイズシフト同士がかち合い、幾重にも火花が飛び散る。

「く……!」

そんな間にも起こる誘爆でもはやミラージュコロイドを展開させる余裕はなく、ニコルはレバーをグッと握りしめると低く唸った。

 

「キラ……! 戻って! アークエンジェル発進します!」

 

アサルトナイフも効かず、もはや持ち駒尽きたと息を乱していたキラにミリアリアからの助けるような通信が入った。

「りょ、了解!」

それを受け、爆炎の中から迫る黒いブリッツを尻目に勢いよくスラスターを噴かせて反転する。アルテミスを離脱するなら、これ以上戦闘を続ける意味はないからだ。

そんなストライクの姿に驚いたのはニコルである。

「なっ──」

仕切直しを、と思っていた所に突然背を向けられたのだ。無理もない。

「ッ──、逃げるのかッ!?」

いまコクピットには自分一人しかいないとはいえ、珍しく感情のままに聞いてもいない敵に向かってニコルは怒声に近い声で叫んだ。

 

「司令……っ!」

司令室にて残存メビウスでの応戦を指揮していたガルシアの所に突然一人の兵士が転がり込んできた。

「コード03が……銃を奪って逃走、手近の兵を射殺してプロトタイプに乗り込み脱走を図りました……!」

「何だと!?」

撃たれたのだろうか。流血した肩口を押さえて倒れ込んだ兵にガルシアが愕然とする。

「い、今すぐ追え!」

「し、しかし混乱に紛れあの機体で暴走されてはこちらが……!」

「く……あの出来損ないめ!」

歯ぎしりをしたガルシアに副官が不安げに声をかけた。

「司令……」

こんな間にも刻一刻と状況は悪化の一途を辿っている。

ガルシアは少しの間怒りに震えていた。が、それも直ぐに収まる。

そしてどこか諦めたように、フ、と一瞬ガルシアの瞳から色が消えた。

「まあ、今さらそれもどうでも良いこと」

もはや火の海と化すアルテミスを見やり、ガルシアは副官に残存兵をまとめて脱出するよう指示を出すとモニターに映る爆炎の中の黒いモビルスーツを睨んで拳を強く握りしめた。

「グリマルディ戦線ではたった一つのザフト部隊に我がユーラシアの部隊は壊滅させられたのだ。今度こそあのたった一つのモビルスーツにこのアルテミスを沈められるわけにはいかん」

ガルシアの強い瞳に彼の意志を感じ取ったのだろう。呼応するように副官以下も声を揃えた。

「司令……! 我々の責務もこのアルテミスを守る事にあります。それが前線から追いやられた我々の唯一最後の誇りです」

ガルシアは一瞬瞠目したものの、直ぐに首を振るう。

「司令!?」

「諸君等は恥に耐えてくれ。研究データを持って本国へ向かえ」

それはいつもの尊大な口調ではなく、柔らかな言葉だった。その場にいた全員が言葉を失う。

そうしてガルシアは一人決意を秘めた瞳で司令室を後にし、副官以下はもう何も言わず無言の敬礼で上官を送った。

 

「ストライク、着艦」

「アークエンジェル発進、最大艦速!!」

アークエンジェルの方ではナタルがストライク帰還に声をあげ、マリューの指示で一気にエンジンを噴かせていた。

そのまま入港してきた港口とは反対側の港口を目指す。

ブリッツはすぐさま追ったが爆発に阻まれて真っ直ぐに追うことが出来ない。

広がる煙をかいくぐって視界がやや晴れた時には、既にアークエンジェルは再び闇の宇宙へと飛び立った後だった。

「く……!!」

ブリッツの足では今さら追いつけるわけもなく、ニコルは力任せにレバーを握って悔しげに歯噛みをする。

もう少しで落とせたというのに、と。

しかし悔やむ間もなくアルテミスは崩壊の一途を辿っており、ハッとしたニコルは直ぐに戻らなければと思考を切り替える。

が、そこで初めてニコルは攻め入るより帰還する方が難しいことに気づいた。

いまここを飛び出せばあのアルテミス砲の射程に自ら飛び込むようなものだからだ。

さすがに背後から一斉砲撃されれば一溜まりもない。

そしてもう一つ、ブリッツのエネルギー残量は既に底が見え始めていた。

「ミラージュコロイドを展開したまま戻れるか?」

呟いた直後、モニターから警戒音。

「メビウス? まだ来るのか!?」

モニターの示すままにブリッツはシールドをかざした。港側から突進してきたメビウスの対装甲リニアガンが火を噴いたからだ。

「なぜ出てくるんだ……!」

舌打ちと共にニコルは顔を歪める。

アークエンジェル・ストライクという目標をロストしたいま、もはやニコルには戦う理由はない。

この状況でやりあっても互いに何のメリットもないだろう。

だというのに、メビウスは執拗に攻撃を繰り返してきた。

 

「この悪魔め……!」

 

そのメビウスに乗っていたパイロット──ガルシアはブリッツをそう呼んだ。

火炎に浮かぶ黒いモビルスーツが、ガルシアの目には悪魔さながらに映ったのだ。

そうしてコクピットで一人叫ぶ。

「あの敗戦の借り……今こそ返すぞクルーゼ!!」

クルーゼ隊が追尾しているとフラガに聞いた時、ガルシアの頭には「報復」という二文字が浮かんだ。

グリマルディ戦線──、娘の仇討ちと臨んだその戦いで自軍はクルーゼ隊の前に壊滅。一人虚しく生き長らえ、前線から追いやられたたガルシアにとってこれはまさに巡ってきたチャンスだった。

 

──コーディネイターが憎い。

 

アルテミスでの職務よりも先に、ガルシアの心に強く深く眠っていたものが沸き出したのだ。

娘と、死んだ部下や同僚達の仇を討つ。その想いだけを胸に、眼前の悪魔が連射してくるビームを何とか避けていく。

しかしやはり悪魔なのか──相手にはこちらのリニアガンもバルカンも一向に効く気配がない。

 

ニコルはというと、メビウスに構っているよりも早々にこの場を離脱しミラージュコロイドで少しでも遠くへ離れたい思いのみで弾丸を避けていた。

残りのエネルギーをこれ以上無駄には出来ない。

多少の被弾ならフェイズシフトは耐えられる。

ならば強行突破するしかない──、とニコルは方向転換し、フットペダルを踏み込んだ。

自分に背を向けたブリッツにガルシアは慄き、愕然とする。

「貴様……ッ、また私を生かすつもりか!!」

聞こえるはずもない相手に向かって叫んだ脳裏にふと娘の笑顔が過ぎった。そして爆炎に消えていった同僚達の声──あのグリマルディでの手痛い敗戦。

「傲るなよコーディネイター!」

今度こそ。今度こそこの手で仇を取るのだ。もう何も出来ず虚しく生き残るなどまっぴらだ。

「我らナチュラルの力、その身で思い知れえ──ッ!!」

カッと瞳を開いたガルシアは一気にメビウスのバーニアを噴かせて加速し、機動力を最大限に活かしてブリッツに突っ込む。

 

「な──!?」

 

ニコルが振り返ったと同時にメビウスはブリッツ右腕に接触した。

が、とっさの判断でニコルは右腕のトリケロスの先からビームサーベルを出しており、突進と共にメビウスの胴体にはその楔が突き立てられた。

接触の負荷で機体が流される。メビウスの動きは止まったが、数秒と経たずに誘爆を起こすだろう。

離脱しなければ。離脱──、なのにまるでブリッツを道連れにするまで離さないというパイロットの意思が宿ったようにサーベルとメビウスが一体化して納まらない。

ニコルが冷や汗を流した刹那、四散したメビウスの爆風と共にブリッツはゼロ距離での衝撃を全体で受けた。

直後にエネルギーオーバーを知らせる警報が鳴り、装甲が解ける。

何とかレバーを引いて機体を安定させ、肩で息をしながらニコルは軽く歯噛みをした。

装甲が落ちたのだ。

フェイズシフトがなければ、そこかしこで爆発が起こっているアルテミスを抜けるのすら難しい。

「後はランサーダート……これだけかッ」

手持ちの武器はトリケロスに附属する3連装超高速運動体貫徹弾のみだ。

それで出来る限りの砲台を潰して上手く離脱するしかない。

シールドも兼ねたトリケロスで機体を守りながら、ブリッツは爆炎の中を駆けた。

 

そうして離脱していくブリッツの一連の動きを、アルテミスの影からとある機影が眺めていた。

「黒いモビルスーツ……か」

火の海に染まるアルテミスを見て、フフ……と堪えきれない笑い声がコクピットから漏れる。

「ハッハーーー!! これで俺は自由だーー!!」

グン、とフットペダルを深く踏み、沈み行くアルテミスを一蹴しながら操縦者は乱雑な長髪を振り乱した。

「サンキュー、黒いヤツ! 返す機会がありゃ礼はするぜ!」

そう叫んで、ブリッツとは逆方向の宇宙へ高笑いを決め込んだままその機影は再び闇に紛れていった。



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PHASE - 010 「共に戦って、共に勝つこと」

一方のガモフでは依然アルテミス方角に戦闘らしき多数の熱源を感知するのみでニコルの消息が分からず、アカネは瞳を揺らしたままモニターを見つめていた。

「艦長……!」

「今は待つしかない」

同じく心許ないだろうゼルマンはそれを顔には出さず、アカネも何とかキュッと唇を結んで平静を保つ。

議員の子息を死なせたとなればゼルマンの前途も危ういはず。アカネはこんな時にそんな事を考えてしまう自分を嫌悪していると通信席のオペレーターが声を上げた。

「ブリッツより入電! これより帰投するとの事です」

それにアカネのみならずブリッジ全体が安堵の息を漏らした。

「足つきは?」

「それが……足つき・ストライク共にロスト」

冷静に聞き返したゼルマンにオペレーターが言い辛そうに告げた。つまり実質作戦失敗ということだ。ゼルマンは軽くため息をつく。

第一目標はあくまでアークエンジェル。ゆえにロストしたとあらば失敗に他ならないとアカネも悟って瞳を寄せたものの、熱源データが示す通りアルテミスが今ごろ火の海なのは間違いない。

ということは、少なくともアルテミスは落ちたも同然ということだ。

「凄いですね、彼は」

「ん?」

「難攻不落の要塞を単機突破したんですから」

結果オーライだとフォローするような声にゼルマンは複雑そうな笑みを浮かべた。

 

何とか手持ちの武器全てを投入してアルテミスの武装を破壊し、ガモフに帰還したニコルは晴れない気持ちのままハンガーにブリッツを収めた。

任務失敗という事実を抱えてコクピットから出る瞬間ほどイヤなものはない。

それでも閉じこもっている訳にもいかず、ヘルメットを外してふわりと外へ出る。

「ニコル君……!」

そんなニコルを真っ先に出迎えたのはアカネだった。

ニコルの目に映るアカネは嬉しそうな表情を浮かべていたものの、ニコルには逆にそれが済まなく思えて軽く瞳を伏せた。

「申し訳ありません。やれると言っておきながら……僕は」

開口一番に謝られたアカネはほんの少しだけ瞳を開いた後、首を振るう。少なからずこの責任感の強そうな少年が落ち込んでいるだろうことは想像出来ていたからだ。

「一人で難攻不落の要塞を落としたなんて凄いことだわ。そう、ネビュラ勲章を贈られるほどにね」

特に励ましたつもりもなく、それはアカネの素直な感想だった。

え、と顔を上げたニコルは何やらキョトンとし、アカネは首を捻った。

「なに、キョトンとして?」

ふわりとハンガーの外へゆっくり身体を移動させながら尚も訊いてみる。

「だって、アルテミスは落ちたんでしょう?」

「え、ええ……多分。離脱した段階で陥落寸前でしたから」

ニコルが乱戦状態で気が付けばアルテミスは火の海と化していたことをアカネに告げれば、「そう」とアカネは頷いた。

「じゃあやっぱりお手柄だわ」

そしてほんの少し眉尻を下げて傍目には分からないほど小さく微笑む。

「君の実力を疑ってたわけじゃないけど……私、もう君が戻らないことも覚悟してたの。だから嬉しい」

「アカネさん……」

ニコルはその言葉で、ようやくアカネが出迎えてくれた時に笑顔だった訳を悟った。よほど心配してくれていたのだろう、と。

ああ、そうだ。

思えば重防御、重武装の要塞へ単機で乗り込んだのだ。目的はアークエンジェル捕獲でも、やったことは要塞攻略戦に他ならない。

もし誰かが一人で要塞に飛び込むなどと言い出したらニコル自身気が気でないはずだ。心配されて当然だ。

「ま、あそこからアークエンジェルを引っ張り出しただけでもお手柄よ。どの道、籠城されちゃったら乗り込むしかなかったんだから」

アカネはなおも言った。

アークエンジェルを沈められればそれがベストではあったが、ニコルの出した結果はベター。励ましではなく事実だ。

ニコルも渋々ながら納得する事にした。

「で、どうだった? アルテミス」

「え?」

「あの中よ、潜入したんでしょう? 何か情報掴んだ?」

急に訊かれてニコルが困ったように腰に手を当てる。

「どうと言われましても……潜入した途端にミサイルが追尾してきて戦闘になりましたから、情報を探る暇なんてとてもありませんでしたし」

「じゃあ文字通り機密ごと沈んだのね。内部の映像とか残ってる?」

「え……と、戦闘データならブリッツに残ってると思いますが、内部の映像は……ちょっと」

あからさまにアカネが肩を落とす。

工作員の性ゆえだろうか。目の前の機密を知らないまま要塞一つが落ちたことを惜しく感じたのだ。アルテミスの傘という技術だけでも目を見張るものがあったのだから──と二人がロッカールームへ入ると、真っ先にショーンがニコルを労ってきた。

「お疲れ、大変だったな」

既に引き上げてパイロットスーツから軍服に着替えていたディアッカは水分補給をしながら軽く嫌味を言う。

「たく、こっちは誰かさんの援護でくだらねー出撃させられるし散々だぜ」

「ディアッカ?」

ディアッカの出撃を知らなかったニコルが首を捻ると、アカネが軽く説明を添えた。

「バスターでアルテミス砲の攪乱をしてたのよ」

聞いてニコルは、ああ、とディアッカの方へ進み出る。

「それは……ありがとうございます。助かりましたよ」

「ケッ」

礼を言われても顔色一つ変えず、ディアッカはそのままニコルの横をすり抜けて出て行ってしまった。

「ホントに役に立ってたか?」

呆れたように息を吐くショーンにニコルは軽く頷く。

「ええ、砲台が全部僕に向いてたら装甲がもっと早く落ちてたかもしれませんし……そうしたら、メビウスに──」

そこまで言って、ニコルは考え込んだ。

あの無謀とも言える突撃を繰り出してきたメビウスのこと。

あの時、あと一瞬でも早くエネルギーが底を突いていたら──突っ込んできたメビウスの爆発でブリッツは持たなかったかもしれない。いや、フェイズシフトの落ちたブリッツでは確実に爆発に巻き込まれて誘爆を起こしていただろう。

つまりはモビルスーツの性能の良さで助かったようなものだ。ブリッツでなければ、死んでいた。

「なら良かったが……ニコル?」

「い、いえ」

ショーンの声にハッとしてニコルは思考を切り替える。

もう終わった事なのだ、と。

「まァ、何にせよ無事で良かったな。久々にアカデミー3席の実力、見せて貰ったよ」

ショーンは自前のサラリとした短髪を浮かせて腕を頭の後ろで組み、ニ、と笑った。

「ショーン!」

ニコルが慌てて牽制の声をあげ、へぇ、とアカネは驚いたような息を漏らす。

「赤はトップ10とは聞いてたけど、3位だったんだ」

「爆薬処理は首位だっけ?」

その台詞にアカネは一層驚いたように口元を手で覆った。

「爆薬処理1位!? 意外……、火薬が好きなの?」

「なぜそうなるんですか! そりゃ……薬品の調合等を間違えた事はありませんけど」

赤を着ていることを誇りに思ってはいるニコルだが、誉められるにせよ茶化されるにせよ成績の話を出されるのはどうにも照れくさい。

「いや、私の所属先にも爆薬処理担当の同僚がいるけど……火薬とか大好きだから」

「そうか、特尉の所属先ってアレだ、一芸必殺みたいな特殊機関だったな」

ハハッ、とショーンが笑うとニコルもそれに続いた。

「では、アカネさんも爆薬処理がお得意なんですか?」

「あ、私は違う。うーん……私は切り込み隊長みたいなものだから、そうね、君みたいにそういう処理の得意な人と組んだりね」

どこか曖昧に答えながらアカネはふと自分の掌を見つめる。一瞬鋭い目をしてからキュッと手のひらを握り、アカネは微かに口の端をあげた。

「でも、調合間違えないなんて凄いわね。ウチに欲しいくらい。ニホンに来る?」

「あ、給料良いんなら俺は考えてもいいな」

「ショーン……」

ふふ、と冗談めかしてアカネが笑えばショーンがそれに乗り、ニコルが苦笑いを漏らす。

ショーンは頭の後ろで組んでいた手を解いて、ポン、とニコルの肩を叩いた。

「さ、着替えたらメシにしようぜ」

その手の温かさがパイロットスーツ越しに伝わるようで、ニコルもふわりと持ち前の柔和な笑みを唇に乗せた。

 

 

アルテミスを離脱したアークエンジェル一行は逃がしてくれたガルシア達に感謝しつつ、月基地への進路を取っていた。

 

フラガは一人、パイロット用のロッカールームに佇み自身のパイロットスーツを眺めていた。

手に取ったヘルメットに施されたマーキングは羽を模したエンブレム。それは"メビウス・ゼロ隊"の証だった。

コーディネイターすら持ち得ないレベルの空間認識能力を有し、有線式ガンバレルを操れる者のみに搭乗を許されたメビウス・ゼロ。

集った15人の部隊はフラガの何よりの誇りだった。

ザフトのジンなど、ゼロの前では敵ではない。

そんな思いが強く皆の心内にあった。

そしてC.E.70──開戦から数ヶ月経った頃には月のグリマルディクレーターを境に表の連合、裏のザフトによる壮絶なせめぎ合いが始まる。

グリマルディ戦線──と、後に呼ばれる戦いだ。

連合宇宙軍第3艦隊に所属していたゼロ隊は最前線、エンデュミオンクレーターに出た。

どれだけ敵が来ようがジンは一機も通さない。

フラガも皆と同じ思いを胸にひたすらガンバレルを操った。

そんな無数の閃光が煌めく乱戦の最中、フラガの脳裏に突如稲妻のようなものが走った。

言葉で言い表せないほどの感覚。

戦闘で気でも触れたのかとさえ感じたフラガの前にいたのは白いモビルスーツ。

モニターの示したデータは"ZGMF-515、シグー"。ザフトの指揮官機だった。

──強い。

そう感じたと同時に、なぜか相手も自分と同じように感じている事を直感で悟った。

後にそのシグーに乗っていたのがラウ・ル・クルーゼというパイロットだと知ったフラガだったが、今この時は顔も名も知らないはずのその人物をどこか懐かしく感じた。

遠い昔から知っているような──だが暖かい懐かしさではなく、もっと鋭利な刃のような記憶。

動揺と迷いに一瞬、ゼロを操作していた手が鈍った。

モニターにまるで嘲笑っているかのようなシグーのモノアイが光り、一瞬のうちに機首のリニアガンがシグーの重斬刀により真っ二つにされた。

 

『引け、ムウーーー!!』

 

よほど不味い状況だったのだろう。

同僚が必死に自分の名を呼びながら援護に駆け付けてくれ、ガンバレルの有線をシグーに絡みつかせて動きを封じてくれた。

しかし、あろうことか同僚のゼロが有していたガンバレルは一基のみ。既に敵機に落とされていたのだろう。

一基では十分な拘束など出来るはずもなく、それでなくても近接挌闘など無理なゼロはシグーに良いようにいたぶられる。

フラガのゼロは斬られた機首の爆発で操作もままならず、同僚がシグーに無惨に落とされていく様をただモニターで見ているしかなかった。

死の間際、同僚は確かに「離脱しろ」と言った。

その最期の言葉を無にするわけにもいかず、やるせない思いでフラガはその場を離れた。

既に連合軍は壊滅状態だった。

上層部は基地の破棄を決定。資源採掘場に設置されたマイクロウェーブ発生施設・サイクロプスを暴走させ、味方もろともザフトを壊滅させるという強攻策に出た。

先に離脱していたフラガは遠くで同僚達が死にいくのをただ言葉を失ったまま見つめているしかなかった。

仕方ないことだ──、と理解はしても残って戦っていた全てのゼロがサイクロプスで一瞬のうちに爆発したのだ。

そして、一人取り残されてしまった。

仕方ないこと。しかしエースの誇りを胸に地球連合を背負っていると自負していたゼロ隊が上層部に見捨てられたというのもまた事実。

フラガの心に連合へ対する怨嗟の声が響いた。

それ以上に、惨めに生き残った自分自身を許せなかった。

この無様な敗戦での士気低下を恐れた連合軍はたった一人生き残った自分を"エンデュミオンの鷹"と呼び、まるで英雄のように祭り上げた。

それからどこへ行ってもヒーロー扱い。

表面上は英雄らしく取り繕うも、この二つ名で呼ばれるたびにフラガの心にはあのグリマルディの悪夢が蘇る。

 

『君たちはチャンスをくれたのだよ、この死に損ないにな……』

 

ふと、フラガはアルテミスでのガルシアの言葉を思い出した。

ガルシアもまた自分と同じような気持ちを抱えて生きてきたのだろう。

クルーゼ隊──自分の身代わりに死んでいった仲間の仇。

悪運の強さはクルーゼも同じらしく、あの戦線から生還していたクルーゼとは度々戦場で顔を合わせる事となった。

直感で、なぜかクルーゼが居ると直ぐに分かる。

まるで互いを呼び合っているような。

その感覚を奇妙に思いながらも、フラガにとっては好都合でもあった。

──仇は取ってみせる。

ゼロ隊の仲間たちに、この羽のエンブレムにそう誓ったからだ。

 

「ラッセル……チャールズ、キーン」

 

ヘルメットのエンブレムを見つめたまま、フラガは共にゼロで戦い散っていった戦友の名を呼んだ。

たった一人のゼロ隊となっても、自分は命尽きるまでこのエンブレムと共にある。

フ、とフラガはその羽を撫で、ゆっくりとそれをロッカーに収めるとそっと扉を閉じた。

 

 

「艦長! 機関部にトラブル発生……!」

その頃、ブリッジでは操舵士であるノイマンの声に騒ぎが起きていた。

「メ、メインエンジンの出力低下……!」

副操舵席に納まるトールも急な事に頬を引きつらせた。

「さっきのアルテミスでの爆発でか!?」

「分かりません、しかし……このままだとデブリベルトへ引き込まれてしまいます!」

CICから飛んだナタルの声にノイマンが答えると、クルー一同額に汗を浮かべて互いに顔を見合わせた。

 

 

 

一方のガモフでは、アカネはショーン、ニコルと共に食堂へ来ていた。

やはり階級がないせいか、士官食堂というものはないらしい。

昨日今日でザフトに慣れるわけがない。せめてパロットと指揮官、その他に分けた方が良いのではと余所の軍隊ながら考えてしまいアカネは内心苦笑いを漏らした。

食堂の内装は一般的な士官食堂のように雰囲気あるカーテン、テーブルクロス付きというわけでなく、兵卒用よりはキッチリとしたテーブルと椅子が規則的に並んでおり、合理的、という言葉がまずアカネの頭に浮かんだ。

まばらにザフト兵がいて、やはりというかアカネが足を踏み入れると少なからず視線を集めてしまう。

ただでさえパイロット、それも一人は赤服と一緒なのだから目立つのだ。

視線を集めるのに慣れていないわけではないが、基本的にここの兵士が向けてくる視線というのは侮蔑を孕んだもので気分が良いわけもなく、アカネは無意識に眉を寄せていた。

「ほら、特尉」

そんなアカネを察してか、ショーンがポンとアカネの背を叩いて奥へと促す。

気を取り直して空いている席に腰を降ろした。

そして最低限の栄養補給は出来そうなものの、自国の施設ではお目にかかれないようなメニューを目の当たりにしてアカネは軽くカルチャーショックのようなものを受けた。

合理的な栄養補給というものがコーディネイターの理想なのか。

それとも──ある懸念が浮かんで、アカネは向かいのニコルとショーンの方を見た。

「プラントの食糧事情は……やっぱり良くないの?」

意図を察してか、ニコルが微かに瞳を曇らせる。アカネはなおも訊いた。

「うちも食料自給率そんなに良くないから何とも言えないけど……やっぱり厳しい?」

「ニホンのものは高いからね」

美味いんだけど、とショーンが肩を竦ませてみせた。

 

食糧問題はプラントの抱える大きな難問の一つだった。

地球連合──かつてのプラント理事国。その理事国とプラントが蜜月関係にあった頃、理事国はプラントの自給自足を全面的に禁止していた。

それは今回の戦争の引き金でもある。

開戦し、理事国との関係は絶たれ、今のプラントは食料を親プラントである大洋州連合や同盟国ニホンなどに依存する形となっているのが現状だ。

 

「誰のせいでこうなったと思ってる? お前達ナチュラルのせいだろうが」

ボソリと近くの席からそんな声があがった。

ダイレクトにそれはアカネの耳に届き、軽く瞳孔が開く。

「一緒にしないでもらいたいわね」

「何だと!?」

ガタッ、とアカネの反論に一人のザフト兵が立ち上がった。

「24万人以上の同胞が死んだんだぞ! ナチュラルの核攻撃で……!」

「そもそもなぜニホンは我らにすり寄る? 何が狙いだ!?」

更に別の兵士からも怒声が飛び、アカネは思わず強くテーブルに手を突いた。

自分への侮辱は耐えられても、軍人として祖国への侮辱は否定せざるを得ない立場だからだ。

「あなた方は、その報復に一体何をしたの? 連合の攻撃の報復に地球全土60億人へ喧嘩を売って関係ない国や人々を巻き込み……支援している親プラントでもエネルギー問題は深刻な打撃を受けてるのよ!? ニホンだって、エネルギー確保に成功してなきゃ今ごろ私はここにいないわ」

グッと唇を噛みしめなるべく抑揚を押さえて言えば、立ち上がった兵士は顔を真っ赤にさせて叫んだ。

「親プラントには資源提供をしている! 勝手な事を言うなナチュラル!」

「いや、それは特尉の言うとおりだ。地球に行けば分かるさ……都市部から外れると酷いもんだぞ」

コトン、と飲んでいたコップを置きながらショーンが言えば辺りは騒然となる。

「ショーン! お前なぜナチュラルの味方をする!?」

「事実を言っただけだ。それに現在俺たちはニホンと同盟を結んでいるのもまた事実だ」

「要らねぇよナチュラルの同盟なんか。そもそもニホンって国はコーディネイターが一人も居ない、ニホン出身のコーディネイターなどプラントには一人もいない徹底的反コーディネイター国家じゃねーか!」

矛先をショーンに向けたザフト兵達だが、その間にもアカネはどうにか自分に言い聞かせていた。落ち着け、と。

心情を吐露したところで何になるというのだろう? 遠い昔……、祖国も一発の核弾頭で一瞬にして数十万の命が消えたことがあった。しかも、宇宙空間でない地上では放射線による二次災害という恐怖が付きまとう。被害者の数は増え続け、正確な数字は把握出来ず終いだっただろう。まだ西暦の頃の話だ。もはや歴史書でしか語られない過去のこととはいえ、ユニウス・セブンへの核攻撃を受けたプラントへの同情心が国民に強いのも紛れもない事実でもある。

「政府の思惑はどうあれ──」

いささか強い口調に周囲はわずかに大人しくなる。

「世論はプラントに同情的だから。どういう狙いがあろうと、世論が後押ししなきゃこの同盟は成立してないわ」

アカネは最初に怒声を飛ばした兵士の方へ瞳を向けた。兵士はなおも眉を歪める。

「ナチュラルに哀れまれる筋合いはねぇよ!」

「私自身が世論を代弁することはできないけど。でも我が国、我が軍はあなた達と同盟を組み、勝つ道を選んだ。プラントも同じ選択をした。共に戦って、共に勝つことをね。そこに一個の感情を挟むことはできないでしょう?」

しっかりと瞳を見つめながら言い下すと、く、と感情のままに捲し立てていた兵士が言い淀む。

「もう良いでしょう? 僕たちの敵は連合軍なんです、ナチュラル全てではない」

冷静にニコルが一言口を挟み、その場はなんとか収まった。

そして立ち上がった兵士達はまた渋々と席につき、次第に食堂は元の雰囲気を取り戻した。

 

食事の後、ニコルは今度こそ休もうとシャワーを浴びると自室へと戻り、そっと軍服を脱いだ。

ブリッツの調整もしなくては、と寝る前から起きた後の計画が支配する脳裏にふと食堂でのアカネやショーンの言葉が蘇ってくる。

 

『地球全土60億人へ喧嘩を売って関係ない国や人々を巻き込み……』

『地球に行けば分かるさ……都市部から外れると酷いもんだぞ』

 

地球の状況など何も知らない。まして同盟国だというのにニホンのことなどほとんど知らない。

自分を含め、あの場にいた大半の人間が知らなかったに違いない。

算術、情報処理、武術──それらに長け、近代的な科学技術等は幼い頃から叩き込まれるコーディネイターだがナチュラルの事、地球の事などはプラントではあまり教わらないからだ。

ニコル自身は地球に関心を持ち、ある種の憧れも抱いてはいたが、それでも一度も降りたことのない地球の事など何一つと言って良いほど知らない。

そういえば、と父ユーリがこの開戦に懐疑的であったこと、血のバレンタインの報復にニュートロンジャマーを投下するのを躊躇っていたことを思い出した。

地球がどれほどの打撃を受けるかなど自分たちには知らせてはもらえないし、想像は出来ても実感は沸かない。

地球出身の父にはその様子がまざまざと浮かんでいたのだろう。

 

プラントを守らなくては。

父の手前、自分だけ平和な場所で呑気に過ごしているわけにはいかない。

 

そんな思いで軍へ志願したニコルだったが、特にナチュラルを憎く思った事も見下した事もない。

ユーリはよく、技術者としてニホンの技術を誉めていた。

父から語られるその国の漠然としたイメージから、ニホンとの同盟を頼もしいとアカネに言った台詞も嘘ではない。

 

──共に戦って、共に勝つこと。

 

あのアカネの言葉にきっと嘘はないのだろう。

まだアカネに訊きたいことも話したいことも山ほどある。

そうだ、近い内にじっくりアカネと話をしてみよう──と、そんな事を考えながらニコルはベッドに横になったままゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

「仕方ない、このまま引かれてっちゃえば良いんじゃない?」

アークエンジェル機関部にトラブル発生でブリッジに上がりクルーから状況を聞いたフラガはへラッとそんなことを言って総員から侮蔑の眼差しを一身に受けていた。

艦長席から睨まれ、CICから睨まれ、右手でガシガシと頭を掻きつつ頬を引きつらせる。

「ハハハ……いや、だからつまりだな」

フラガの提案はこうだった。

補給不十分なままアルテミスを離脱したアークエンジェルはこのままでは月基地を目指すのすら危うい。

クルーゼ隊のしつこさはお墨付きで、また追撃してくる可能性も高い。

デブリベルトには廃棄された戦艦等も漂っているのだからそこで補給と修理をすればいい。更にはデブリベルト付近にいれば策敵はまず不可能。まさに一石二鳥だ。

ゴミ漁りに近い行為に難色を示したマリュー達だったが、他に補給する手だてもなくアークエンジェルはそのままデブリベルトを目指すこととなった。



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PHASE - 011 「操作された才能」

一方、自慢の高速艦も応急処置では性能を十分に発揮できずガモフと別れて約一週間。

ヴェサリウスはようやくL5宙域のプラント本国へ帰還した。

軍港ドックへヴェサリウスを預け、クルーゼはアスランを連れて首都アプリリウス市に向かうシャトルに乗り込んだ。

乗客室の扉が開くと、先客が一人。紫の軍服にコートを羽織った後ろ姿を見るなりクルーゼはすぐさま敬礼をする。

「ご同乗させて頂きます、ザラ国防委員長閣下」

アスランも連なったが、軍服の男性は小さく手を掲げて制止のポーズを取った。

「礼は不要だ。私はこのシャトルには乗っていないことになっている。いいかね、アスラン」

「はい。お久しぶりです……父上」

手を降ろして視線を逸らしがちに呟いたアスランの声は幾ばくかの緊張が混じっていた。

厳しい口調と鋭い目つき。現プラント最高評議会議員兼国防委員長という肩書きに恥じぬ風格の彼はパトリック・ザラ。アスランの父でもあった。

シャトルが出発し、クルーゼとパトリックは査問会についての打ち合わせを始める。

連合軍がジンをも上回るモビルスーツを開発したこと。取り逃がしたストライクに乗っているのはコーディネイターであること。

以上の報告を既にクルーゼから受けていたパトリックだったが、査問会ではパイロットの事は伏せて報告するようクルーゼに指示を出した。やれ子供、やれ民間人、やれオーブ人などという意見の錯綜を避け、無駄な対抗案を出させないためだ。

「連中は自分たちナチュラルが乗ってもあの性能を出せるモビルスーツを開発したということだ。不審に思う者も出るかもしれんとの懸念もあるが……」

「閣下、それならば手は打ってあります。あのナチュラルの娘が今後の戦闘でそれを証明すれば疑う者などまず出ますまい」

「ニホン人、か……。シャトルの件、ニホン政府は早急に捜索協力を要請してきている。君の話ではあれは敵の新造戦艦との接触で沈んだということだったな?」

フ、とクルーゼが口元に笑みを乗せた。

「現在、彼女は行方不明なのですよ閣下」

クルーゼの考えはこうだ。

アカネ及びアストレイを偶然拾ったこと、アストレイの機体構造がよりナチュラル向けであったことは伏せ、奪ったガンダムのみの性能を査問会で提示する。

しかしながらOSをこちらでカスタマイズしたことも開発部にデータが行けば言わずと知れるだろう。

ナチュラルにこれが扱えるのか?

そんな疑問が出てくる前に、いまこの瞬間は"行方不明"であるアカネをアストレイに乗せて出撃させればナチュラルでもモビルスーツを操れる事が証明される。

上手くいけばその時点で"軍事同盟規約第21条"を行使したことを発表すればなんの問題もない。

もしもアカネが戦死すれば、アカネの存在自体を無かったことにすればいい。なぜなら彼女は現在行方不明。戦死して存在を無かったことにしてもこちらが疑われることはない。そういう事だった。

パトリックもクルーゼの意見に賛成した。

どちらにしろ、不可抗力とはいえザフト内部に入ったアカネをニホンに帰す気などパトリックにはなかったからだ。他の強硬派からも同意見が出ることは目に見えている。

しかし穏健派は反対するだろう。

ゆえに穏健派との対立を避けるためには、アカネにはそれらしい理由でクルーゼの監視下の元、ザフトのために働いてもらはなくては困るのだ。

 

パトリックはクルーゼと話し終えると、アスランにもストライクのパイロットの件はくれぐれも黙っているよう念を押した。

しっかりと頷いたアスランは、内心でパトリックの指示に安堵をしていた。

アスラン自身、同じコーディネイターが、それも親友であるはずのキラがこちらを撃とうとしている事実など言葉にして喋りたくもなかったからだ。

キラは、連合軍ではない。ましてコーディネイター。仲間なのだ。

 

『もし、他のパイロットに何かあったら──』

 

不意に、ガモフからヴェサリウスへ戻る前に擦れ違ったアカネから投げかけられた声がよぎってアスランはグッと拳を握った。

そんなことあるはずがない。

キラが自分たちを撃てるもんか。

そう、信じたかった。

 

 

プラント──巨大衛星都市。

そこは従来のスペースコロニーとは根本的に構造の違う、天秤型のような砂時計のような独特の外観からなる120基のプラントが辺りに散らばり、それぞれ10基を1区画とした12の都市から成り立っているコミュニティだ。

第1陣として建造された最初の10基はアプリリウスと名付けられ、今はプラントの首都とされていた。

そのアプリリウス市の第1区、アプリリウス・ワンの港についたアスランとクルーゼは一旦パトリックと別れて最高評議会議事堂を目指すことになった。

港はシャフトタワーの最上部に位置しており、居住区へ行くためにはエレベーターで最下まで降りなければならない。

エレベーターに乗り込んで居住区を目指す彼らの視界に久々の景観が飛び込んでくる。エレベーターは透明な壁で仕切られており、内部から地上に広がるアプリリウスの都市を眺めることができるのだ。住み慣れたプラントの変わらぬ風景はアスランの心を落ち着かせた。

しばしアスランが無言でプラントの街並みを見下ろしていると、エレベーターに付属されていたテレビから聞き慣れた歌声が流れてきた。朗らかで、優しい声だ。

クルーゼの方が先に反応し、フ、とテレビ画面を見やりながら笑みを漏らす。

「相変わらず美しい声だな、君の婚約者は」

「え? あ、はぁ……」

生返事でアスランも視線を外からテレビへと移した。

アスランの婚約者──、映っていたのは大きな瞳が優しげな雰囲気に華を添える眩い少女だ。長いピンクの柔らかそうな髪が白い肌によく映え、穏やかに歌う少女の様子をモニター越しに見つめてアスランは少し頬を緩めた。

「クライン議長の娘であるラクス嬢とザラ委員長の息子の君の結びつき、次の世代にはまたとない光となるだろう。期待しているよ」

「ありがとうございます」

暗に早く子供を、と含んだクルーゼの意図には全く気づかずアスランは一言返事をした。

構わずクルーゼは短くこう締める。

「我々はその時代を守らなければならないのだ。何としても」

その言葉は力強く、決意を新たにさせてくれるようでアスランもきつく頷いた。

 

そのまま居住区に降りて真っ直ぐ最高評議会議事堂に入ると、既にプラント12市のそれぞれの代表議員は輪形の会議テーブルに着席しており予定通りの査問会が幕を開けた。

 

まずはヘリオポリス崩壊の件。

クルーゼはD装備のジンで出撃させた事実は伏せ、アークエンジェルとストライクの砲撃こそがコロニー崩壊の直接最大原因であることを主張した。

それを受け、パトリックはオーブ側がコロニー崩壊の責任を追及してきてもこちらに非はないこと。むしろ国営企業のモルゲンレーテ社と連合の癒着はもはや明かでありプラントは責められるどころか逆にオーブを糾弾できることの意見を他の議員に述べた。

しかしながら議員達は中立を謳うオーブが条約を破り、連合と密かに通じていた事実に少なからずショックを受けざわついている。

やはり地球に住む者の言うことなど信用できないというタカ派の声。

オーブの現首長からの正式回答を待ってから対応を決めても遅くはないのでは? という穏健派の声。

そんな議会の混乱を楽しむようにクルーゼは密かに口の端を上げた。

そして、アスランを報告に立たせる。

アスランは頷き、敬礼をしてから奪取した機体の説明に取りかかった。

「まず、イージスと名称のついたこの機体ですが──」

映像データを提示しつつ、イージス、デュエル、バスター、ブリッツ、そして取り逃がしたストライクの性能・武装を事細かに話し、そのスペックが自軍ザフトの主力モビルスーツ・ジンを凌いでいることも伝える。

特に議員達を驚かせたのは、一連の機体の顕著な特徴であるフェイズシフト──相転移装甲であった。

ひとたび展開すれば実体弾を完全に防ぎきるその装甲は驚異以外の何者でもなく、また、ビーム兵器の小型化に成功していないザフトからすればビームサーベルを作り出した技術にも目を瞠らされた。

他にもブリッツのミラージュコロイド。イージスのモビルスーツからモビルアーマーへ変形可能な可変システムのフレーム構造。その場その場に応じて、長距離用のランチャー・中距離用のエール・近距離用のソードと3タイプに換装できるストライクの汎用性など、アスランの説明が終わる頃には各議員の表情は驚きから畏怖へと変貌を遂げていた。

「こんなものを作り上げるとは……ナチュラルどもめ!」

ウェーブの髪を揺らし、握ったペンを震えさせながらディアッカの父であるタッド・エルスマンが唸った。

「でもまだ試作機段階でしょ? たった数機のモビルスーツなど驚異には──」

「だがここまで来れば量産は目前だ、その時になって慌てろとでも仰るか?」

主に外交を担当している穏健派のアイリーン・カナーバが甘い意見を漏らせば、真っ赤なルージュを引いた口元がすぐさま鋭い声で制した。ショートの銀髪に切れ長の瞳が印象的なイザークの母、エザリア・ジュールだ。

 

 

プラントの議会が荒れている頃、アークエンジェルはデブリベルトまで来ていた。

 

人手不足で艦外活動を手伝うようマリューに指示されたミリアリア達は暇を持て余しているフレイにも声をかけた。

「えー、私も?」

不満げな返答にミリアリアがむっとして言い返す。

「フレイ、機械操作やプログラミングの成績は学年トップだったじゃない。ミストラルの操縦くらい簡単なハズよ」

するとトールもミリアリアの肩を持つようにして、カラッと一言こう付け加えた。

「そーそー、それに水見つけないといつまで経ってもシャワー浴びられないぜ?」

ピクッ、とフレイの肩が揺れる。

水の使用制限で生活面での不満が多大に溜まっていたフレイは形のいい唇をほんの少し尖らせた。

「わ、分かったわよ。手伝うわよ」

そして渋々承諾し、全員でデブリベルト探索を開始する。

キラはストライク。他のクルー達は作業用モビルアーマー・ミストラルでそれぞれデブリベルトに出ると色々な残骸を掻き分け、使えそうな物を物色していく。

そうしている内に、誰とはなしにデブリの奥に燻っている一際大きな何かを見つけた。

巨大な受け皿のような、明らかに異質な残骸。

「何だよこれ……大陸?」

トールが驚きの声を漏らせば、ストライクのメインカメラでそれを捉えたキラの声が震えた。

「ユニウス・セブン……?」

アークエンジェルのブリッジでもモニターの映像がそれを映しだし、一人ブリッジに残っていたマリューは艦長席から飛び上がって口元を押さえた。

 

それは紛れもない、ユニウス・セブンの残骸。

核攻撃で破壊されたユニウス・セブンの残骸は地球の引力に引かれてこんな所を漂っていたのだ。

 

皆が恐る恐る中へ入ってみれば、生きていた時の姿そのままで永遠の眠りについた女性と子供の死体が漂っており、思わず悲鳴を上げたミリアリアはトールにしがみついた。

「な、何なのよこれ……」

顔をしかめたナタルの横でフレイも口元を覆う。

キラもストライクから降りてその光景を目の当たりにし──彼の頭には真っ先にアスランの絞り出すような声が蘇った。

 

『血のバレンタインで母も死んだ……』

 

そうしながら脳裏に遠いコペルニクスでの記憶が流れ込んでくる。

綺麗で優しかったアスランの母、レノア。

ここであの優しかった人が永久にいなくなってしまったのかと思うと胸を焼かれるような痛みが襲った。

レノアは農学者でコペルニクスにいた頃もいつも忙しく家を空けることも多く、アスランは表には出さないものの寂しがっていた。

ユニウス・セブンは農業プラントだったため、おそらくレノアは仕事でユニウス・セブンに従事していたのだろう。

息子と離れ、懸命に仕事に励んでいただけの何の罪もない彼女がなぜこんな所で死ななければならなかったのか。

「アスラン……アスラン……!」

一人息子だったアスランがどれほどの哀しみをその身に受けたか──、キラはバイザーの内でアスランの名を呼びながら瞳に涙を滲ませた。

 

結局、弾薬等は戦艦の残骸から補給できたものの水はユニウス・セブンの残骸からしか見つからず、マリュー達士官はそこから補給を受けることを決めた。

「あそこの水を? 本気なんですか!? あのプラントは、何十万人もの人が亡くなった場所で……! それを……!」

一旦ブリッジに戻ったキラが思わず叫び、クルー一同顔を顰めて眉を潜める。全員がキラと同じ心情だったからだ。まして、ユニウス・セブンを崩壊させたのは自分たちの所属する連合──あまり気の進む作業ではない。

「何も、大喜びしてるわけじゃない。水が見つかったー! ってよ」

沈黙を破り、フラガが眉尻を下げた。

「出来ればあそこに踏み込みたくはないさ。けど生きるためにゃしょうがねぇだろ? 俺たちは生きてるんだ、生きなきゃなんねーんだよ!」

そして力強い口調で皆を諭すと、それぞれが複雑な感情を胸に押し込めたまま頷く。

 

一同は胸に手をあて、ユニウス・セブンへ黙祷を捧げた。

キラもまたレノアの冥福を静かに祈った。

これからアスランと自分がまた戦場で相まみえるようなことがあればレノアはどう思うだろう?

アスランと敵対する自分が、生きるためにここの水を使うことを許してくれるだろうか?

祈るキラの脳裏に、遠い昔のアスランと遊んだ懐かしい風景が蘇った。

 

 

その頃のプラント最高評議会議事堂では、収まりのつかない議員達の討論にパトリックが立ち上がって弁をふるい始めていた。

「戦いたがる者などおらん。我らの誰が好んで戦場へなど出たがる? ただ平和に穏やかに、幸せに暮らしたい。願いはそれだけだった。──だがその願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です? 自分たちの都合と欲望の為だけに我々コーディネイターを利用し続けてきたのは!」

それを聞く各議員の頭に、まだ浅い、だが今まで紡いできたコーディネイターの歴史が浮かぶ。

 

宇宙開発の研究のため。コーディネイター排斥運動から逃れるため。理由は様々だがいつしかコーディネイターはこのプラントに移り住むようになった事。

プラントの建造費、宇宙開発の資金等を提供をしてくれたのは今は敵対しているかつてのプラント理事国であったが、理事国の要求してくる資源提供ノルマは”貿易”と呼ぶにはほど遠い搾取とも言えるものだった事。

あくまで理事国の植民地扱いであったプラントは武装はおろか自給自足を全面禁止されていた事。

次第に独立の気運が高まり、その足がかりとして自給自足を目指し開発を始めた農業プラントへと向け放たれた核弾頭。

 

パトリックは右手を掲げて熱弁した。

「我らは忘れない。あの血のバレンタイン、ユニウス・セブンの悲劇を……! 24万3千7百21名、それだけの同胞を失ったあの忌まわしい事件から早一年……それでも我々は最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。だが、ナチュラルはその努力をことごとく無にしてきたのです!」

アスランも父の言葉をただ黙って聞き入る。

「我々は我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

そうして弁を閉じたパトリックを大半の議員は賛同するように頷き、議長であるシーゲル・クラインとカナーバは眉を寄せてため息を吐いていた。

 

 

アカネは一人ガモフのハンガーでモニターに向かっていた。

出撃がなければパイロットというものは手持ち無沙汰で、空いた時間を利用して戦闘シミュレーションに勤しんでいたのだ。

「全く……何なのこのイザークとディアッカの動きは」

しかしながら時おりアカネは悪態をついた。

シミュレーションにはパイロットそれぞれのデータが打ち込んであったが、ザフトのパイロットというのには皆似たような特徴があった。一言で言えば、連携や作戦行動というものが取れていないのだ。

それが特に顕著に出ているパイロットがいる。いまアカネが呟いた例の二名だ。

「無駄な動きばっかり」

嫌いな戦い方だ、とアカネは内心毒突いた。

洗練されていない動きは傍目にも美しくない。などと思ってしまうのは自分の悪いクセか──と思考を巡らせてアカネはため息をついた。

ディアッカもイザークも上手い戦い方ではない、と思う。が、それでも。もしパイロットとして彼らと対峙して勝てるかどうか? 問われれば答えは──とシミュレートすれば手にじんわりと汗が滲んでくる。

「無駄な動きさえなければ……、化けそうな子達なのに」

若いから怖い者知らずで傲慢な戦い方をするのか、それともやはりコーディネイター特有の何かがあるのか。

そう、コーディネイター特有の何か──と考え込んだアカネはもうずっと昔に見た、とある映像を思い出していた。

 

 

──人類最初のコーディネイター。ジョージ・グレン。

 

17歳でMIT首席卒業し博士号取得。陸上競技のオリンピック銀メダリストにしてNFLのスタープレイヤー。

空軍のエースパイロットでもあり、航空宇宙工学でも数多の素晴らしい実績を持つこの男に世界中が賞賛の目を向け、次なる彼の奇跡の活躍を期待していた。

そして木星探査ミッション──自らの設計した宇宙船に船長として乗り込み、片道7年に渡る宇宙への旅に出ようとしたまさにその時。

衛星軌道上から彼は全世界に向けて衝撃的なメッセージを発した。

 

「僕は、僕の秘密をいま明かそう──」

 

自分は本来自然のままに、ナチュラルにこの世に生まれてきた者ではないこと。

受精卵の段階で人為的な遺伝子操作を受け、頭脳、肉体共により高度なレベルを持ち得たことを告白し、その詳細なマニュアルを世界中のネットワークに流す、と言ったのだ。

彼はまた、こんなことも言った。

自分をこのような人間にした人物は言っていた、「我々人にはまだ可能性がある」と。「それを最大限に引き出せば、我ら人類の行く道は果てしなく広がるだろう」と。

そしてジョージはこうも言った。

 

「いま、この宇宙空間から地球を見ながら改めて思う。僕はこの母なる星と未知の闇が広がる広大な宇宙との架橋であり、人の現在と未来の間に立つ者──調整者"コーディネイター"。このようにある者なのだと」

 

僕に続いてくれる者が居ることを切に願う。

そう言い残して彼を乗せた宇宙船は木星へと旅立った。

 

 

「エゴよ……そんなの」

自分の生まれる何十年も前に起こったその出来事の映像を初めて目にした時、アカネは強い不快感からそう呟いた。

 

ジョージの去った地球には混乱だけが残り、各方面に様々な波紋が広がった。

遺伝子操作絶対反対を謳う声。裏腹に我が子をジョージのようなスーパースターにしたい親がいないはずもなく、その技術を試してみたい医者や研究者も当然いた。

そして倫理観を欲望で抑えきるのは難しく、コーディネイターは徐々に数を増やしていった。

親の望む頭脳。容姿。才能。その望みのままに作られたコーディネイター達。

しかしながら指定した髪の色と違う、目の色が違うなどの不満は直ぐに出てきた。

どれだけ仔細なマニュアルを提示されようと失敗は付き物であり、より確実な技術を施して我が子をコーディネイトするために富のある人間は財力を惜しみなくつぎ込み、自らの理想の人間として作り出そうとしていった。

やがて作り出された者たちが育ち、その才能が社会に浮き彫りになるにつれ、遺伝子操作反対勢力とコーディネイターの対立は深まりをみせていった。

各地で起こるコーディネイター排斥運動。テロ活動。

コーディネイター達は次第に自らの安息の地を宇宙へと求めるようになった。

 

アカネには解せなった。

なぜあれほどの頭脳を持ちながらジョージはあんな発表の仕方をしたのか、と。

直ぐに分かるはずなのだ、世界が混乱するであろうことは。

思慮深さと頭の良さは必ずしも比例するわけではないのか、それとも──混乱を願っていたのか。

人為的に自分を操作して生み出した人間を恨んでの事だったのかもしれない。

あるいはこの世にコーディネイターが自分だけという孤独に耐えられなかったとも考えられる。

そんな憶測を重ねるも、アカネが生まれて間もなくジョージはナチュラルの少年によって暗殺されたため、もはや本人に確かめる術もない。

どちらにせよ傲慢な考えなのだ──"調整者"などと。人は人でしかないというのに。などと思うのは、コーディネイト技術が既に禁止されて久しい国に生まれたせいだろうか?

 

ニホンはジョージの衝撃の告白の直後、混乱を防ぐために彼の流したマニュアルへのアクセス・使用の禁止を徹底させた。

当時の内閣でも世の中の混乱くらいはたやすく予測が付いたからだろう。

国民は特に異は唱えず、加えて政府は国内で秘密裏にコーディネイト技術が使用されないよう目を光らせていたという。

人としての尊厳を越えればそれはもう人ではない。

──というのが遺伝子操作を禁止した主な理由だとアカネは理解していたが、実際には「規則」を取り決める際に異様なほど時間がかかる伝統芸のために他国に後れを取ってコーディネイト技術を取り入れるに至らなかったという見方もある。

いずれにせよどちらが真実かは些末な問題で、結果としてニホンにはコーディネイターはいない。

 

が、もはやコーディネイターとして生を受けた者──諸外国の人々──を排除しようという狙いはなく、一人の人間として尊重し、上手く付き合っていく。

それもまた祖国の考えだと……アカネはそう理解していた。

 

一方の諸外国では、依然として様々な問題を抱えたままであった。

現在の地球連合を構成する国々は、元はプラント理事国。

コーディネイターは生かさず殺さず、宇宙からの資源提供をさせるために働かせておけばいいという宗主国と属国のような関係にあった。

理事国も莫大な資金を提供し宇宙開発の仕事をコーディネイターに与えたのだ。それ相応の見返りがなければ採算が合わない。

おまけに自分たちを遙かに凌駕する能力を有した人間達が宇宙に浮かんでいるのだ。当然の防衛策として自国、引いては地球全土を守るためにも理事国は徹底してプラントの武装を禁じた。

そして、食料自給も禁止させた。

なぜならば食料を理事国に依存している限り、主導権は理事国が握っていることになるからだ。

理事国としてはこのままの関係維持を望んでいたが、歴史が証明する通り、国、民族の独立を願う叫びは避けられるはずもなく、徐々にプラントは独立へ向けての準備を始めた。

作業用ロボットと偽っての機動兵器の開発。

農業プラントの開発。

自給自足へ着手し始めたプラントへ理事国は何度も止めるよう通達を出した。条約違反だ、と。

しかしプラントはその再三の通達を受け入れる事はなかった。

 

──そしてC.E.70、2/14、悲劇は起きた。

 

最後通達を拒否された理事国はプラントへ宣戦布告──つまり戦争突入を宣言し、農業プラントの一つであるユニウス・セブンへの核攻撃を敢行したのだ。

表向きは武装防衛を禁じられていたプラントにそれを防ぐ術はなく、ユニウス・セブンは周りのプラント数基を巻き込み崩壊。

これを契機にプラントは反旗を翻し全面戦争へと相成り、プラント最高評議会はユニウス・セブンの報復にとニュートロンジャマーの投下を決定した。

ニュートロンジャマー、通称Nジャマーと呼ばれるそれは全ての核分裂を制御させる装置だ。

核を撃たれたプラントは、もう二度と核を使えないようNジャマーを投下することで核兵器を封じたのだ。

これにより戦場ではバッテリーを動力としたプラントのモビルスーツが主導権を握ることとなり連合は苦戦を強いられるのだが、問題はそれだけでは済まなかった。

Nジャマーを投下されたことで地球上の全ての原子力発電所は使用不可能となり、地球全土がエネルギー不足に喘いだのだ。

貧窮、餓死者の数が急増し、地球は反コーディネイターという一つの思想でまとまりつつあった。

 

浅はかな──と、アカネはNジャマー投下という同盟国の仕打ちに内心苦言を呈した。

核攻撃を仕掛けた理事国も何らかの報復は覚悟の上だったのだろう。だから報復自体は仕方がない。が、そこに属しない全く無関係の国々をも報復に巻き込むとはどういう了見なのか。

まして地球には親プラントとしてプラントへの支援を約束した国もあった。

その親プラント国家──大洋州連合をも巻き込む事態となって、首脳陣はともかくも大洋州連合の市民がプラントに良い感情を持っていないのは事実である。

ジョージ・グレンといいコーディネイターに思慮深さを求めるのは無理なのだろうか?

更にはNジャマー投下の弊害で連合国の穏健派は強硬派に圧される形となり、結果的に戦争が長引く要因となっているのもまた否めない。

プラントにはもう少し戦後のことを考えて行動して欲しい──などと思ってしまうのは同盟国への温情か"上手く付き合っていく"という自国の意志ゆえか。

どちらにせよ一兵士でしかないアカネが考えるような事でもなく、それぞれの上層部が上手いこと動いてくれるのを祈るくらいしか出来ることはない──。

 

 

「操作された才能……か」

そんなことを頭に巡らせながら、アカネは再び戦闘シミュレーションに集中した。



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PHASE - 012 「僕があなたと居たいんです」

「くっそー……あの女」

出撃予定もなく、暇を持て余したうえイライラも募らせていたイザークは同室のディアッカと物に当たり散らすことで気分を紛らわせていた。

既に慣れているディアッカは自分のベッドに寝そべって何食わぬ顔でグラビア誌を眺めている。

「ディアッカ! 貴様は何とも思わないのか!? あんな女と同じ艦に乗っていて!」

「あん? まーたアカネの事か……」

ジロリと睨まれた視線を受け流してディアッカが雑誌から顔を上げる。

「けどナチュラルでも女は女だよなぁ、つか、あのレベルってプラントにもちょっと居ないぜ? お前見たかよヴェサリウスでアイツに会ったときのニコルの間抜け面!! ありゃ傑作だったぜ!」

いやらしく肩を揺らして笑う。

「ま、俺の好みからはちょっと外れ──」

「貴様の好みなどどうでもいい!! 第一、プラントに一人もいないニホン人という人種が物珍しいだけだろうが!」

しかし三白眼でまくし立てられてディアッカは取りあえず軽口を引っ込めた。

ヤレヤレ、と雑誌を閉じてディアッカが上半身を起こすと、イザークは振り上げていた拳を引っ込めてそのまま腕組みをした。

「そもそも俺たちは選ばれた存在なんだ。ナチュラルの、それも女をモビルスーツに乗せるなど屈辱にも程がある。おまけに身の程も弁えずにことごとく突っかかって来るとはあの女は俺をナメてるのか?」

「まあ、アイツ"特尉"なんだっけ? ナチュラルの制度からしたら俺たちなんて階級下だと思ってんじゃない?」

突っかかっているのはお前の方じゃないのかというツッコミは控え、ディアッカは適当に話を合わせた。

「それに俺たちやたらガキ扱いされてるみたいだしねぇ。で、どうすんの? 蜂起するなら手ぇ貸すよ?」

ハハハッ、と軽く立てた金髪を揺らしながら笑い続けるディアッカを暫く睨み付けたまま、イザークは無言で何かを思案していた。

 

「時間の感覚が狂うな……」

アカネはシャワールームへの道を行きながら眉を寄せて浮き上がる前髪を一睨みした。

太陽が昇り、沈む。そして大地に足をつけ立てる地球がいかに自分にとって身近だったか、こうふわふわ浮いていると身に染みて感じられる。

いつが昼か夜かも分からないこの宇宙に浮かぶ戦艦の中で、やはり時おり不安がよぎることもある。宇宙では死ねない──そう思ってはいるものの、生きて地球へ、祖国へ戻れる日が来るのだろうか、と。

いくら戦闘シミュレーションを積んでいるとはいえ、いまアストレイで戦場へ飛び出せば絶対に落とされないという自信などあるはずもない。まして本来自分はパイロット専門ではないのだ。

戦場での死などとっくに覚悟はしている。が、戦場に出るつもりで国を後にした訳ではない。

せめてもう一度ニホンの土を踏んでからでないと死ぬに死ねない。

そんな思いでアカネは重力区画へと足を踏み入れた。

浮いていた前髪がふわりと降りてきて、幾分ホッとする。

地球──というくくりで物事を考えることなど滅多にないが、この重力を感じて心底安堵している自分はまぎれもなく地球人なのだと実感させられる。

ふ、とほんのり口元に笑みを湛えてアカネは奥のシャワー室を目指した。が、突き当たりを曲がった所でその穏やかだった表情は一変することとなる。

 

数メートル先に腕組みをしたままこちらを睨み付ける銀髪の少年。

コト、と音がしたかと思えば退路は褐色肌の少年が塞いでいたのだ。

 

「なに、待ち伏せ?」

この状況が何を示しているか分からない程マヌケではないとアカネは平静を装って前方の赤服を纏った少年──イザークに訊いてみた。

直ぐ横には小さな休憩室がある。

ヴェサリウスと同じくパイロット用だ。

この場所は上の階のパイロット用寝室からの一本道で通るのはパイロットくらいのもの。

つまり助けなどは期待できず、アカネは内心歯噛みしながら後ろのディアッカと前のイザークとの間合いを目算した。

そして策を巡らせる。

「女一人に男二人がかりなんて……根性ってのはコーディネイト不可能みたいね」

「何だとッ!?」

皮肉を込めて言えば予想通りにイザークが噛みついてきた。

「そもそも貴様など女ではない。ただの下等生物だ」

「……、下等生物ねぇ」

言いながら廊下の幅と動ける範囲を確認し、アカネは出来るだけ冷静にイザークを挑発することに決めた。

後ろのディアッカは全く動く気配がない。ということは、ただ退路を塞いでいるだけだろう。

ならばイザーク一人に集中していればいいということであり、この直情的な少年は煽ったほうが動きが読みやすくなる。そうアカネは判断した。

「どこをどう遺伝子操作したらそう傲慢になれるのやら」

手に持っている荷物はその辺に投げればいい。

が、問題はこの軍服の膝まであるタイトスカート。身動きが取りにくいのが気がかりだ。

「だいたい君、囲碁打ってなかったっけ? 下等生物のゲームをやるなんて随分心が広いのね」

「なっ……」

アッハッハ、と二人のやりとりを見ていたディアッカが笑い始めた。

「そーだよねぇ。ま、俺は結構ニホンの文化って好きなんでね」

パチ、と見てもいないアカネに向かってウインクを飛ばし、イザークはアカネ越しにディアッカを睨み付けた。

「貴様は黙っていろ!」

アカネの方はイザークから目を逸らさずにディアッカに声をかけていた。

「へぇ、そうなのディアッカ? ニホンに来ることがあれば観光案内くらいするわよ?」

「おお、良いねぇ。まずキョウトにアサクサだろ? ついでに本場のスシもご馳走してもらいたいもんだ」

こういう場でなければ日常会話で済む内容も、顔に緊張を湛えたままでは腹のさぐり合いにしかならない。

イザークはなおもディアッカを睨み付ける。

「黙っていろと──」

「そんなに目を血走らせて、せっかく綺麗に作った顔が台無しよ?」

しかしアカネはイザークの台詞を遮り、同時に荷物を投げ捨てた。

「このっ、ナチュラルが……!」

来る──! と直感で悟ったからだ。

捕らえられれば腕力では不利。ゆえに初手だけは完全に避けなくては──、と構えたアカネの目にキラリと何かが光ったのが見えた。

ナイフか? と判断した刹那、それを避けたアカネの右頬横をイザークの腕がすり抜けた。

素早くアカネは身を屈める。次に来るだろう横薙を避けるためだ。

案の定、空を切ってイザークが腕を右に振り回した僅かな間にアカネはタイトスカートを捲し上げた。そのまま足でイザークの足首を払おうとするも相手もコーディネイター。見事に避けられたアカネは床につけた左手の肘にグッと力を入れ身体を斜め後ろに跳び退けさせると間髪入れずに地を蹴ってイザークの間合いに飛び込んだ。が、胴へ肘鉄を入れるも力の差だろう。

「フン、効かんなッ!」

全くダメージは与えられず、逆にイザークは安堵して気を抜いたように見えた。しかしあまり勢いもついていなかった肘鉄が効くとはアカネは端から思ってはおらず、肘鉄の反動を利用してそのままイザークの右肩を右手で弾いた。更にイザークの腕を一瞬捻り上げて手首を緩めさせる。刹那、ナイフを奪い去って後ろへ跳び、間合いを取った。

「──さ、どうする?」

初めからそれがアカネの狙いだったのだ。

乱れた息を悟られないようあえて涼しい顔をしてみせると、アカネとは裏腹に余裕の構えで応戦していたらしきイザークは面白い程に表情に血流を集中させた。

「こんのッ──」

「今度はこっちの番!」

ナイフを持ったせいか、アカネはすっかり落ち着きを取り戻していた。

掴みかかろうとしてくるイザークを牽制し、こちらの攻撃をあえてギリギリで避けさせつつ壁際へ追いつめていく。そして壁際との距離がほぼゼロの位置まで来てアカネはワザと隙を作った。自分の間合いに誘い込むためだ。

まさに狙い通り。誘われたイザークが右手で手刀を繰り出してきた瞬間、アカネは地を蹴ってイザークの腕を巻き込むとそのまま力強く壁際に押しつけた。

同時に首筋へと鋭い切っ先を突き付ける。

あり得ない。信じられないという感情からだろうか? 瞳孔を開いたイザークの目を息がかかるほどの至近距離で睨みながらアカネは凄む。

「ナイフ戦で私に挑もうなんて10年早いのよ、坊や」

愕然としているイザークに言い放ってから、アカネはナイフを収めてその身体を解放してやった。

そして太股まで引き上げていたスカートを降ろし、自ら投げ捨てた荷物を拾うと当初の目的地であるシャワールームへと向かう。

 

二人に背を向けた事になるが、取りあえずはもう襲ってこようなどとは思わないだろうという確信はあった。

「どうしよ、コレ……」

そのまま持ってきたイザークの折り畳み式ナイフをパチンと閉じ、眉を寄せる。武器の類は一つももっていない。これ幸いとばかりにかっぱらうのはやはり不味いだろうか──などと乾いた笑いを漏らしつつ、アカネは軽く戦慄した。

刃物さえ持っていれば例え二人がかりで来られても勝てる自信はあった。イザークはわざわざナイフを出したことが仇となったのだ。

要するに素手でかかってこられていれば割とまずかったわけで──そう思うとゾッとしない。

取りあえずこれに懲りて少しは大人しくなってくれると良いが、などと考えながらアカネはシャワールームへ入り、軍服を脱いで頭から熱いお湯を浴びた。

ゆっくり湯船に浸かりたい、などという思いもそこそこにシャワールームを出て自室に戻る。

無重力空間に出れば乾ききっていない髪についた水滴が小さな球体を作り出して周囲に浮かんだ。

 

「アカネさん」

 

ぼんやりとそのまま慣性のままに身体を進めていると、前方から自分を呼ぶ声がした。

「ニコル……君」

直ぐにニコルの声だとは分かったものの、瞳をあげれば視界に入ってきた赤い軍服に一瞬怯む。先ほどのイザーク達の姿が一瞬だけ蘇ったのだ。

一方のアカネに呼びかけたと同時に手をかざしたニコルは一瞬怯えたような彼女に首を捻ったが、そのままスッと手を伸ばしてアカネの手を取った。そうしなければ移動する身体を止められないからだ。

止められると予想していなかったアカネは急に暖かな感触を左手に覚え、え、と唇を動かした。すればニコル特有の吸い込まれそうなほど透き通ったライトブラウンの瞳と目が合い、柔らかく微笑まれる。

「ニコルで良いですよ」

言われたままに頷きながら思う。思えばこの少年も自分より幾分背も高い。顔に似合わず体付きもがっしりとしているな──などと今さらな事を浮かべた。やはり男で、それも兵士なのだ。考えているとニコルは何度か目を瞬かせ、背を屈めてアカネの顔を覗き込むような仕草を見せた。

「な、なに?」

急に顔を近づけられてハッとしたアカネが僅かに腰を引けば、ニコルはああと納得したような笑みを唇に乗せる。

「いつもと感じが違うと思ったら……メイクしてないんですね」

「え? あ……ッ!」

パッとアカネは反射的に顔を背ける。

そういえばシャワーを浴びた直後だったのだ、といまの勢いで浮いた水滴を目の端で確認しつつアカネはやや決まり悪くて頬を染め、ニコルはそのまま小さい笑みを漏らした。

「初めて会った時から綺麗な人だなって思ってましたけど、いまはちょっと幼く見えて可愛いです」

「え……」

「僕はどっちも好きだな」

さらりと言われ、ピクリ、とアカネの眉が反応する。

「あまり年上をからかうものじゃないわよ」

肩を竦めれば、ニコルは真剣な顔をして心外そうにアカネの瞳を見つめてきた。

「僕は真面目に言ってるんです」

アカネは言葉に窮する。あまりに真っ直ぐな瞳が痛くて、そこから視線を外した。

「ずいぶん口が達者なのね。モテるでしょ、君」

まるで旧イタリア人みたいだ、との言葉は胸中で呟き、浮いた髪に手をやって耳にかける。

ニコルはちょっと困ったような笑みを浮かべてほんの少し肩を竦めた。

否定しないということは図星なのか、と目の前の少年を横目で見るも、アカネはそれも当然のように感じた。この歳でこれほど気配りに長けた少年はそうそういない。

「ね、アカネさん」

事実、ザフトへ来てからずっとこの少年が何かと気を遣ってくれているのだ。今も、イザーク達とのいざこざの後でくぐもっていた心を随分と晴らしてくれた。

だが、こんな自分より年下のまだ少年にこれ以上頼ってはいけない。そんな気がした。

「ちょっと僕の部屋へ来ませんか? 話したい事も──」

「ニコル」

ニコルの言葉を遮って、眉尻を下げる。

「そんなに無理しないで。私は大丈夫だから」

言われたニコルは意外そうに目を瞬かせた。なぜそんなことを言うのだろう、と考えていたのだろうか。少しだけ逡巡するような表情を見せたのちに微笑んだ彼は小さく首を振るってそっとアカネの手を取った。

「無理なんてしていません。僕があなたと居たいんです」

遅い声変わりだろうか? ニコルの声は少しだけ掠れていて甘く、僅かなくすぐったさを誘発されるもアカネは今度は正面からその声を受け止めた。

 

 

本国帰還中のアスランは、ヴェサリウスの修理が終わるまでの短い休暇を利用して母の墓参りへと出かけていた。

 

そっと墓前に花を添え、母の冥福を祈る。

その脳裏に浮かぶのは、幸せだった頃の記憶。

父も母も仕事で忙しくしていたアスランにとってはコペルニクスでの生活も決して楽しいものではなかったが、それでもキラに出会ってからは毎日が楽しくて仕方なかった。

キラに出会う前までは、本当に毎日が色のない生活だった。友達など当然一人もいない。

小さい頃から無口で、あまり対人関係も上手く行かず、趣味と言えば機械いじりくらいしかないアスランにとって友達とはどうやって作ればいいのか、どう話せばいいのかよく分からなかったのだ。

ましてコペルニクスはコーディネイターばかりのプラントと違い自由都市。周りの誰がナチュラルで誰がコーディネイターなのかさえも分からない。

そんなある日、キラと出会ったのだ。

 

『わあ……凄いなぁこれ、君が作ったの?』

 

コペルニクスの幼年学校でいつも通り教室で大人しく機械を弄って小さなオモチャを作っていたら、急にそう声をかけられた。

顔を上げれば目の前には好奇心旺盛といった大きな瞳が輝いており、対応に困って返事に詰まったが相手は一人で勝手に喋り続けていた。

それがキラとの出会いだった。

キラは作っていたオモチャがよほど気に入ったらしく、それから良くまとわりついてくるようになって徐々に会話も増えていく。

気が付けば、いつも隣にいるのが当たり前な程に打ち解けていた。

元来生真面目なアスランがどこか間の抜けたキラを助け、キラもまたそんな優秀なアスランに頼りしながら二人は共に成長していった。

 

『僕……コーディネイターなんだ。だからかな?』

 

あれはいつの事だったか。

キラのプログラミング能力がずば抜けているのを不思議に思ったアスランが首を傾げると、キラはどことなく遠慮がちにそう言った。

驚いたアスランだが、その事実はアスランを嘗てないほどの歓喜で包んだ。

自分に最も近しい友人が同じコーディネイターだったのだ。これほどの喜びは他にないだろう。

直ぐに自分もコーディネイターだと告白すれば、そうなんだ、とキラは照れたように笑った。

そのキラの表情をアスランは生涯忘れることはないだろう。今も瞳を閉じれば鮮やかに映像が蘇ってくる。

父が忙しくとも、母がたまにしか家に帰らずとも、キラがいれば寂しくはなかった。

こうしてずっとキラと一緒に成長していけるものだと信じて疑わなかった。

 

が、開戦の兆しを見せ始めた世界状況がそれを許さず、アスランは卒業も待たずにプラントへと戻ることとなった。

また会おう──そう誓って別れた親友との再会は無情にも戦場となってしまった。

 

「なぜ、お前はプラントに来なかったんだ?」

母の墓前へ向かって、アスランはボソリと呟いた。

キラはコーディネイターなのだ。

だからアスランはそのうちキラもプラントへ来るのだと思いたかった。

それとなく訊いてみたこともあったが、帰ってくるのは生返事のみ。

「お前の両親がナチュラルだからか……?」

二世代目のコーディネイターであるアスランと違い、キラは一世代目のコーディネイターだ。

両親はナチュラルであり、元々中立国のオーブの人間。

ゆえにプラントに来ることはないだろう──と、キラがハッキリとした返事をしない理由を察してはいたが、あまり認めたくはなかった。

 

『ごめん、アスラン。あの艦には友達が……守りたい人達がいるんだ!』

 

ふと、先日のキラの言葉を思い出してアスランはグッと拳を握る。

「だから、お前は俺ではなくナチュラルを選んだのか……?」

少しも自分の説得に応じようとしないキラにアスランは苛立ちを覚えていた。

キラは昔から自分の意見に反抗するということなどなかった。だから信じられなかったのだ。コペルニクスにいた頃から今もキラは自分の親友であり、何一つ変わってはいないと思っていたのに。自分と戦う事を承知するなど、有り得ないと思っていたのに。

なのに、拒否された。

「いや、そんなはずあるもんか! キラは……俺たちの仲間なんだ!」

答えのでない問いを自問自答して、アスランは肩に付きそうな程に伸びた不揃いの青い髪を振り乱す。

そして今にも泣き出しそうな程の表情で母の墓標を見つめた。

突然、理不尽に母の命を奪われた。

母を奪ったナチュラルをこの手で──と報復を胸に戦場へと出たというのに、なぜたった一人の親友と刃を向け合わねばならないのか。

もうあんな、理不尽に大切な人を奪われる思いは二度としたくはないというのに。

 

『戦えないならそう隊長に申し出ないと──』

 

いっそアカネの言うとおり軍を退くか転属願いでも出せばこの苦しみから解放されるのかもしれない。

だが、このまま自分が隊を離れてもキラはあの艦に乗ったままなのだ。

キラの動向が気になって気になって気が気ではなくなるのは目に見えている。

キラは、素人なのだ。

プログラミング能力がずば抜けていることは知っているし、ストライクの性能がこちらの予想より優れているのはキラが自前の能力でOSをカスタマイズしたのだろうという予測はしている。

しかし戦闘においてはずぶの素人。このまま戦闘を続ければいずれは自分の同僚に討たれてしまうかもしれない。

キラにしても、このまま戦場にいれば本来は仲間であるコーディネイターを討ち続けなければならないのだ。

キラが討たれるのも、キラが自分たちを討つのもイヤだ。

では、どうすればいいのだろう?

 

『我々は我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!』

 

戦って、自分は何を守るのだ?

このプラントを守るために親友と戦う?

それとも──、とアスランは父の演説を思い返し、夕刻を告げるために壁に映し出された黄昏色の空間に包まれながらそっと墓地を後にした。

 

 

ニコルの部屋は音楽をかけっぱなしにしていたらしく、足を踏み入れた途端に聞き覚えのある曲が耳に入ってきてアカネは記憶を巡らせながら呟いた。

「ショパン?」

「ええ、クラシックでは特にショパンのエチュードが好きなんです」

別れの曲、エオリアンハープ……とニコルが笑いながら曲名を挙げていく。

指先で何やらリズムを取る様が本当に楽しそうで、アカネは思わずくすりと笑みを漏らした。

「何ですか?」

「いや、君は本当にピアノが好きなんだなって思って。食事してる時もたまに左手が動いてたわ……メロディでも思い描いてたの?」

「あ、やっちゃってましたか。悪いクセだとは思ってるんですが……つい」

ピアノの事になると思考が飛んでしまうことがある、と過去の失態を語りながらニコルは自嘲的に眉尻をさげた。

それ程ピアノが好きという事なのだろう。

アカネは多くの人の耳に馴染んだ古くから伝わる楽曲を目の前のコーディネイターの少年が好きだと言ってくれた事に嬉しさを感じた。奇しくも、今かかっている曲からもそういう伝統に対する尊敬のようなものが伝わってくる。

「凄く素敵な弾き手ね。私にはピアノのことはあまり良く分からないんだけど……」

「え、あ……」

それにニコルは一瞬ぽかんとして、急に表情を明るめた。

「ありがとうございます」

「え?」

「あ、これ……僕が弾いているんです。その、まだまだ至らないなぁと思いつつ研究していたもので、かけっぱなしにしていてお恥ずかしいんですが」

「──え!?」

作曲も好きなんですけどね、と繋ぐニコルの話を聞きつつもアカネは瞳を丸めた。

素人が聴いても素人レベルを遙かに凌駕していることは分かる。

趣味、という範疇をまるで越えているのだ。

「き、君は……もしかして、プロを目指してるの?」

恐る恐る訊いてみたアカネに、ニコルはごく自然に微笑んでみせた。

「ええ、今もセミプロみたいなものですけど。実を言うとウィーンに留学してみたいなってずっと憧れてて、アカネさんは行ったことあります?」

「え……あ、ウィーン? う、うん、あるけど」

「本当に!? どういう街なんですか?」

頷けばニコルは無邪気に目を輝かせ、アカネはどうしようもなく動揺した。

趣味だと思えばこそ微笑ましく思っていたというのに、まさかプロを目指していたとは。

「じゃあ、手を大事にしないとダメじゃない。モビルスーツに乗ったり……火薬調合したりなんて」

ピアニストにとって手とはどういうものか、誰でも想像がつくだろう。

日常でも気を付けていなければならないはずだというのに、こんな前線で何かあってからでは取り返しがつかない。

単機で要塞に乗り込むほどにこの少年の覚悟が既に固まっている事はアカネも知っていた。父親が重役に就いている以上、必然的に戦場へ出なければいけないような状況であっただろう事も分かる。

それだけに、これほど純粋に夢も持っているという事実がただ哀しかった。

何よりこんな場所ではその夢が消えるなどほんの一瞬の事なのだ。

 

ニコルにはアカネの言いたいことを直ぐに悟ることができた。

母親にも、友人達にも同じようなことは何度も言われていたからだ。

 

「ただ……自分だけ穏やかにピアノを弾いているなんて、僕には出来なかったんです」

「でも……!」

君一人いてもいなくても戦局には何の影響もない。そう思わず言ってしまいそうになるのをアカネは必死で堪えた。そんな傲慢さからこの少年が戦場に出たわけではないことくらい普段のニコルを見ていれば分かることだ。

でも……と言いかけた言葉を必死で濁す。

「でも、ずっと戦場にいたらせっかくの腕も落ちちゃうわよ。それとも……コーディネイターだとそんなこともない、の?」

誤魔化しというわけではないが、話を切り替えて、そして常々疑問に思っていたことをアカネは遠慮がちに訊いてみた。

するとニコルは、まさか、と笑い声を立てる。

「練習しなければそれはどんどん下手になりますよ。僕はナチュラルのピアニストの方がどういう練習をされているのか存じませんが……あまり変わりはないと思います」

言って、彼は自らの手を見つめる。発達した関節、常に磨り減っている爪。ニコルはほんの少し悲しげに、だが誇らしそうに微笑んだ。

アカネもまた自分の手をグッと握った。竹刀ダコで堅くなってしまったその手をそっと後ろ手で組む。

「そうよね。練習しなきゃ……腕は鈍るわね」

感性も求められるピアノだから、コーディネイターとナチュラルでそう違いが出ないのだろうか?

ナチュラルであることとコーディネイターであること。

その違いというものを、自分はいつから意識するようになったのだろう──?

 

コーディネイターがいるから大会スポンサーが次々降りる。やっかいなことだ。

なぜコーディネイターに投資しているのにナチュラルに勝てないのだ。これでは利が取れない。

ナチュラルであっても、コーディネイターに勝てると証明し続けてほしい。

 

矛盾とそれぞれの願望、勝手な期待。色々なものを見てきたし、されてもきた。──と、アカネの脳裏に過去の様々な出来事が過ぎった。

コーディネイターが生まれてしまった現実で幾度となく接触してきた様々な壁。痛感するたびに、もう何度頭の中でジョージ・グレンと彼を作り上げた技術者へ疑問を投げかけたか分からない。なぜだ、と。

「アカネさん?」

「え? ああ……、えっと、ウィーンのことだっけ」

ハッとして意識を戻し、ニコルを見やる。

「ニコルの話したい事ってそのこと? えっと、観光で行ったわけじゃないからそうじっくり見てもいられなかったんだけど──」

「いえ、それももちろんお聞きしたいんですが、僕は……」

ニコルは一度アカネの瞳を見て微かに微笑んでから、少し言いづらそうに目線をそらした。

そしてフワッと体重移動して自分のベッドへと腰を沈める。

歯切れの悪そうに唇を何度か閉じたり開いたりした末にニコルから出てきた言葉はこんな質問だ。

「ニホンって、どういう国ですか?」

アカネは何となく、本当に訊きたい事はそれではないのだろうなという印象を抱きつつも、そうね、と視線を遠くに流して懐かしい自国を思い浮かべた。

「海に囲まれた小さな島国で……四季それぞれに見せる色が違ってて、今ごろは雪が降ってるかな……。春には桜が咲き乱れて、その花びらが散る中で見上げる月は本当に綺麗で──」

不意にアカネは、自国の夜空に浮かぶ月が見えたような錯覚に陥った。

毎晩のように夢でも見ていた、あの満月。

煌々と自分を照らすその光が瞳に映った気がして、思わずアカネは口を止めてしまう。

「地球から見上げる月というのはとても美しいそうですね。僕もドビュッシーの"月の光"を弾きながら良く思い浮かべたなぁ」

しかしそんなニコルの台詞で現実に引き戻され、アカネは苦笑いを漏らした。

「君は何でもピアノに結びつけるのね」

言いながらアカネはこの少年がウィーンへ行きたがっている訳を悟った。

ウィーンというよりは、地球へ行ってみたいのだろう。

いま世に出ている曲の全ては地球で作られたといっても過言ではないのだ。ゆえに作られた場所へ赴き、その光景なりを自分で体験しないことには真にその曲を掴み、弾きこなすことはできないと考えているのだろうなどと考えていたアカネだが、次のニコルのワントーンダウンした呟きによってそれはプツリと途切れた。

「地球は、やはりそれほどまでに被害が出ているのですか? Nジャマーのせいで」

それこそがニコルの真に訊きたかったことに違いない。おそらく先日の食堂でのいざこざを気にしているのだろう。

アカネはまだしっとりと濡れていた髪に手をやって瞳を寄せた。

「混乱させたのなら、悪いこと言っちゃったわね。あの時はつい……ちょっと抑えきれなくて」

「いえ、ずっと気になっていたんです。大丈夫です、それで迷ったりはしません」

はぐらかそうとしたアカネだが、ニコルはアカネの懸念を察したように真剣な瞳で見上てきた。

アカネは肩を落とす。ショーンの言うとおり地球に降りればイヤでも現実を目の当たりにするのだ。その時にどう感じるかはアカネの関与する所ではないが、自分の口から事実を伝えるのは抵抗があった。もし自分が話したせいで地球側に同情でもして戦闘で手控えるようなことがあれば、即ニコルの死に繋がるからだ。

しかしながらニコルはその懸念を察して「迷わない」と言ったのだ。自分に向けている瞳が嘘ではないことを証明している。

ならば話しても差し障りはないだろう、と信じてアカネはゆっくり口を開いた。

「緯度の高い地域は、エネルギーが回らなくて凄い勢いで凍死者が激増してるわ。主力だった原子力発電所が全部使えなくなったからライフラインは滅茶苦茶。とにかく経済格差の広がりは過去最悪ね、医療機関なんてもう地獄絵図もいいとこ……」

「そ、そうですか」

眉を顰めたニコルにアカネは少し突っ込んだことを訊いてみた。

「ま、今さらどうしようもないことだけどね。でもこの問題、何とかしないと落とせないわよ。当然プラントは何らかのカードを用意したうえであれを散布したのよね?」

ニコルがユーリ・アマルフィの息子だからだ。

しかしコーディネイターという人種はあまり物事を深く考えていないという疑念がある分、もしかしたら対応策などないのではないかという疑惑も拭えない。

仮に対策ががありニコルが知っていたとしても口が裂けても言えないだろう。もし口を滑らせたら、大問題だ。

「僕には分かりません」

やはり言えないか、とアカネは息を漏らした。

「ニホンはエネルギーに関しては大丈夫なんですよね? なぜ──」

「それは言えない」

逆に訊かれてお互い様だ、と眉を寄せる。

「でも、先日も言ったけどニホンがもしエネルギー危機に陥ってたら同盟は即刻解消だったことは間違いないわね。君とは戦場で出会うことになってたかもしれないわ、敵としてね」

ふふ、とアカネ自身は冗談のつもりだったが冗談に聞こえないような顔つきで腕を組んでみせた。

ニコルの方はアカネの辛辣さを孕んだ口調から地球の情勢が本当に厳しいこと、Nジャマー投下で地球全土がピリピリしていることを痛いほどに感じたのだろう。神妙に少しだけ声のトーンを落とした。

「ニホンは……ニホンの方々はプラントに同情的だと仰ってましたが、あの時食堂で誰かが声を荒げていましたよね? ニホンは反コーディネイター国家だと」

その声に、アカネは「まさか」と否定した。

「もしそうなら同盟も結んでないし、私はこうして君と話もしないわ」

これもニコルの訊きたいことの一つだったのかもしれないと感じて、アカネは組んでいた腕を解くとふわりとニコルの隣に腰を下ろした。

「ニホンの現総理大臣とプラント現最高評議会議長、シーゲル・クライン閣下の関係が良好なのは知っているでしょう? アマルフィ議員もMMI社の博士なんだから、うちのフジヤマ社とは付き合いがあると思うんだけど」

「ええ、父は良くニホンの技術を誉めていました。ですから僕もニホンはきっと凄い国なんだろうなって思ってたんです……でも、ニホンは自らコーディネイターを封じたのに、その」

凄く訊きづらいと言った具合に目線を上げられないニコルにアカネはうーんと顎に手を当てた。

本当にニコルは地球のこと、引いてはニホンのことを知らないのだ。

やはり市民レベルまでこちらの情報というのは行き届いていないのだな、と改めて実感する。

もっとも逆もしかりだからこそアカネ自身もプラントへ出向こうとした結果、ここに居るのだが。

「ニホンがコーディネイト技術を禁止したのは私が生まれるずっと前のことだから……本当の理由は私には分からない。ニホンにはコーディネイターが一人もいないのは事実だし、多くのニホン人は君たち同様コーディネイターに接する機会は極端に少ないと思うわ。でも……それが反コーディネイターって極端な例には直結しないんじゃないかしら。君たちは、私たちと同じように生きているんだから」

そこまでアカネが言えば、そっとニコルは顔を上げた。

アカネはほんの少しだけ微笑んで、微かにニコルから視線を外す。

「どういう考えをさして“反コーディネイター“と言うかは分からないけど……私はコーディネイターとして生まれた自分を嫌悪さえしている例も見てきたし、それぞれが色々な事情を抱えてた。私は……軍人だから、国のコーディネイト禁止という法と意思をこの場では尊重しなきゃならない。──ごめんなさい、気を悪くした?」

いいえ、とニコルが首を振るう。アカネが言葉と口調に全身で気を配っていることは見て取れたのだろう。それがニコルには嬉しかったのだ。

「ニホンは、プラントが一国家"ザフト"として独立するのを心から祈ってるし、手助けになれればと尽力してる……ずっと良いお付き合いをしていきたいとそう思ってるの。これで、説明になったかどうかは分からないけど」

「いえ、よく分かりました。本当に早くその日が来ると良いのですが……」

「大戦は消耗戦だからそう長くは持たないわ。あと少し持ち堪えれば何とか良い条件で終われるはずよ」

「そのためにもあのストライクと新造戦艦は必ず落とさなくては」

キッ、とニコルが瞳に強さを広げた所で、今まで静かに流れていた曲調がガラリと変わった。

あ、とアカネは耳をそちらに集中させる。

「これは革命ね。さっき流れてたのは……えっと」

「11番変ホ長調です。僕は革命よりエオリアンハープの方が好きかな……」

するとニコルがさっと答え、今までの話は一転して音楽談義と様変わりしてしまう。

「何となく分かるわ……君の好み」

先程のドビュッシーといい、どちらかというとゆったりと情緒的で優美な旋律が好きなのだろう。

「私はベートーベンの熱情とか好きだな。テンペストの第3楽章とか」

きっと自分と好みは正反対なのだろうなとアカネが考えていると、ああ、とニコルはくすりと笑った。

「アカネさんの好みはあれだ、イザークと似てます」

え、と一気にアカネの顔が硬直した。

「イザーク、昔ジュール議員に色々と習い事させられたらしくて少し楽器の覚えもあるみたいなんですよ」

「そ、そう……お坊ちゃまらしいわね」

凍った声が棘のようになっているのをアカネは自分でも感じた。

もう気にしていないつもりだったが、先ほどの一悶着が完全に心から消えたわけでもないのだ。

ニコルは急にアカネの口調が冷え、さらに微かに伏せられた切れ長の瞳を縁取る睫が震えているのに驚いたのだろう。心配そうにアカネの瞳を覗き込む。

「イザークと何かあったんですか?」

ニコルとしては同盟国とはいえこんな状況の軍艦に、しかも女性一人で急に放り込まれたのだから色々と不安なのだろうとは思っていた。ナチュラルというだけで多くの同僚が良い感情を持たないだろう事も分かっていたし、実際それで突っかかっていく場面も何度も見ている。

が、時折ヒヤリとさせられるものの基本的にアカネは上手くあしらっていたし、特に物怖じするという事もなく、そういう性格なのだと捕らえていた。だが──同時にどこか頼りなげに感じる瞬間があることも確かだ。

「別に、なにも」

アカネはニコルの視線を避けるようにして視線を流し、ニコルはイザークがまた何か不躾な事でも言ったのだろうと解釈して肩で息を吐いた。

アカネがナチュラルだから突っかかっている部分も多分にあるだろう。が、ニコル自身もよくイザークやディアッカに小馬鹿にされる事がある。要するにそういう性格で、それをいちいち気にしていては身が持たない事もこれまでの付き合いで十分すぎるほど分かっていたニコルは励ますように言った。

「イザークは、あの通り……ちょっと物事をハッキリ言い過ぎる所がありますし、気になさらない方が良いと思いますよ。基本的に誰にでもああなんです」

「そうね……とっても、分かりやすい子」

だから嫌いではない、とアカネは顔を下げたせいで浮いた髪に手をやって耳にかけた。

ふわ、とシャンプーの心地よい香りがニコルの鼻を掠め、ニコルはその仕草に一瞬目を奪われた。

綺麗な髪だな、と目を細める。漆黒の髪は実家にあるグランドピアノの磨かれた光沢のように艶やかで自然と目が惹きつけられたのだ。

「なに……?」

その視線に気づいたアカネが微かに眉を寄せる。

正直に言えば、またピアノ……と言われることを予測したニコルは、ふ、とただ柔らかく笑ってみせた。

「とても──」

綺麗な髪だ、とそっとアカネの髪に手を伸ばそうとした瞬間、不幸にも後ろのドアが音を立てて開いた。

 

「なんだまた聴いてたのか……これはショパンって言ったっけ?」

 

この部屋のもう一人の主、ショーン・ブラウンだ。

部屋へ入りながら掛かっていた曲に耳を傾けるショーンを確認してアカネが立ち上がる。

「ショーン」

「やあ特尉。さっき君のシミュレーションデータ見たんだけど、凄いなアストレイの機動力は」

「ええ、軽いぶん小回りは利くみたいだけど装甲がね……」

行き場を無くした手を持て余しながら、ニコルは同僚と話すアカネを見つめた。

いつもの大人びた雰囲気の彼女に戻っている。これは「公」の彼女の顔なのか、それとも……とニコルは自分でも気づかない程の激しい感情を奥に抱えたままアカネを見つめていた。



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PHASE - 013 「嫌いなのよ、そういうの」

「依然、足つきの行方は掴めずだ」

どことなく溜め息がちなゼルマンの言葉を聞きながら、アカネはブリッジのブリーフィングデスクに映し出された宙域図を見つめていた。

策敵はCICの担当。口を出すつもりはあまりないが、状況くらいは把握しておきたいため現状を聞いていたのだ。

アルテミスから月基地へのアークエンジェルが辿るだろう予想進路を数本出させ、現在位置と比較する。

「まだアークエンジェルが月基地へたどり着いていないのであれば、こちらの方が追い越したという可能性は? ニコルによればアルテミス内は誘爆の嵐だったようですし、アークエンジェルも艦体に損傷を受けて故障……もしくは補給不足等あるでしょうし」

「うむ……しかし、アルテミスで補給を受け終わっていないとすれば奴らは身動きが取れない状態にあるという可能性もあるぞ」

「あるいは、あの艦にブリッツのようなミラージュコロイド機能があってこちらをやり過ごしている、とか」

ゼルマンは顎髭をひと撫でして、とある進路を示してみせた。

アカネは首を捻る。

「これは……デブリベルトですか?」

「特尉ならどうするね? 補給が受けられないとすれば」

言われてアカネは、あ、と息を漏らした。

「ジャンクを漁って勝手に補給する……という事ですか。でも、ここに入るのは自殺行為では?」

するとゼルマンの声には凄みが増す。

「ここデブリベルトには地球の引力に引かれたユニウス・セブンの残骸が今も残っている。何とも嫌な位置なのだよ」

ユニウス・セブン──プラント市民にとっては忘れられない地だろう。

アカネはピクッと眉を動かし、じっと宙域図を見つめ、考えた。

アークエンジェルは大西洋連邦月本部に自身を届けようとしているのだ。極秘開発された戦艦とモビルスーツ。本部でも受領を待ち望んでいるに違いない。ということは本部の方も必死でアークエンジェルを探し、受け取ろうとしている可能性が高い。

「艦長、月艦隊の動向も気になります。おそらくはあちらもヘリオポリス崩壊で虎の子のアークエンジェルをロストして焦っているはず。未だアークエンジェルが月に着いていないという前提だと……」

「補給、か。もしくは出迎えだな。あの艦を追うよりは月艦隊を探り網を張る方が確実かもしれんな」

ゼルマンも同じように考えていたらしく、CICにその旨を伝えて指示を出す。

アカネは僅かに緊張を滲ませた。戦闘となれば、ヴェサリウスが戻らない状態だと戦力に不安がある──と思いつつ敬礼してブリッジを出る。

空いた時間は出来るだけ訓練に使いたい。

 

「くっそー……!」

その頃のイザークは、一人トレーニングルームで電動ランナーに向かっていた。

汗の流れ落ちる首辺りに今も残る違和感はイザークの不機嫌をより一層煽っていた。

アカネに突きつけられたナイフ。

あれがもし戦場なら、確実に頸動脈を斬られて終わっていた。

「違う、俺が油断したせいだ……!」

まさかあそこまで反撃されるとは思っていなかったのだ。

ナチュラルの、それも女に。

至近距離で睨んできた切れ長の瞳は、引かれたアイラインのせいかより凄みに華を添えていた。

 

『ナイフ戦で私に挑もうなんて……』

 

淡いローズのリップで形取られた唇から放たれた言葉よりなによりアカネの放つ空気に戦慄した。

解放されたあとも、アカネが去るまで何かに取り憑かれたように身動きさえ取れなかったのだ。

あのプレッシャーは何だったのか──。自分はアカネに負けたのか?

そんな認めたくもない言葉がグルグルと脳裏を支配した。

 

『あの女ヤベーって。普通じゃねーよ。アイツ……笑ってたぜ?』

 

ああいう状況だというのにナイフを持ったアカネは楽しそうだった、と一連の出来事を見つめていたディアッカが後に言っていた。

俺はもう関わらない、と一抜け宣言もされた。

「あの腰抜けが……!」

唸って電動ランナーに向かうスピードを上げるも、どう言い訳してもアカネに気圧された事実は消えずイザークは思考をかき消すように闇雲に走り続けた。

 

「あら、感心ね」

 

不意に、いまもっとも聞きたくない声が至近距離から聞こえてイザークはマシンに躓きそうになった。

「き、貴様……!」

走りながら横を振り返れば、真っ先に目に飛び込んできたのは漆黒の瞳と髪。いまもっとも会いたくない人物、アカネだ。

「な、何しに来たっ!?」

「ここトレーニングルームよ?」

トレーニングしにきたに決まっている、と言いたげな呆れたような口調で返されてグッと言葉に詰まる。

アカネはそんなイザークを気にするそぶりも見せずスタスタと通り抜けると、しばらくストレッチをしてからそばのマルチジムでアームトレーニングを開始した。

シャツにパンツという軽装で普段より肌を露出していたアカネの身体は随分と筋肉質だということをイザークは足を動かしながら何気なく確認した。

軍人なのだから、むろん鍛えてはいるのだろう。

しかし自分とて鍛えてはいるのだ。負けた理由にはならない。

「俺たちコーディネイターは選ばれた存在なんだ。なぜナチュラルなどに……」

上がってきた息に混じってアカネには聞こえない程度の声で呟いた。

 

アカネの方は極力イザークを気にしないようしてトレーニングに集中していた。

件の騒動から時間も経ってだいぶ吹っ切れた。

とはいえ全く気にかかっていないわけでもない。

あれが敵兵であったならば喉元をひと突きして直ぐに忘れることも可能だが、友軍の少年にあんな真似をされたことはそう簡単には忘れられないのだ。

しかし、ある意味ではイザークもニコルと同じなのだろうとも考えていた。

自分──いや、ナチュラルという存在に興味があるのだろう。

イザークにとって最初に接したナチュラルがたまたま自分だっただけなのだ。

ニコルの場合は元々の性格はもちろん、ピアノを通してナチュラルや地球に好意的であり、ある種の憧れさえ抱いているせいで自分にも好意的なように思う。が、イザークはそのベクトルが逆を向いているだけなのだ。

プラントでどういう教育を受けてきたのかは分からないが、選民意識からくる直情的な行動はある意味分かりやすい。

加えてナチュラルとコーディネイターに限らず人類が抱えてきた人種間の問題というのはそうそう容易に解決出来るものでもなく、いくら不快ではあってもイザークの意識改革に努める気もさらさら無い。

とはいえ第一印象というのは案外重く、イザークの中で自分がナチュラルとのファーストコンタクトとなっている事実は全てのナチュラルに対してほんの少し責任も感じる。

ほとほとジョージ・グレンと技術者は厄介な問題を地球に生み落としてくれたものだ、とアカネは頭の中でまたも彼らに毒づいた。

 

それからどれほど経っただろうか。

アカネが予定していたトレーニングを一通り終えてタオルで汗を拭っていると、トレーニングルームには似つかわしくない床を鳴らすような靴音が聞こえてきた。

「アカネさん……こんな所にいらしたんですか。それにイザークも」

ニコルだ。

軍服のまま涼しい顔をしたニコルは自分とは対照的な表情でひたすら電動ランナーに向かう汗だくのイザークを見て、そのあまりの憔悴ぶりに眉を寄せた。

説明するようにアカネが小声で囁く。

「ずっと走りっぱなしなのよ……止めようとしないの」

凄い体力、と付け加えたいアカネだったが、イザークの性格から推察して自分がこの場にいる間はマシンから降りたら負けなどと勝手に思っているのだろう。いかにもありがちな対抗心だ。構わずこんな場所に軍服で現れたニコルに訊いてみる。

「君もトレーニング?」

軍服のまま? と含めばニコルはええと頷きながらトレーニングルームの奥に目配せする。

「射撃の方ですけど」

ここの奥には射撃場が併設してあるのだ。

「あ、私もやろうかな」

タオルを首に引っかけて、アカネがニコルに並ぶ。

ニコルは、ふ、と笑うとクルリと後ろを向いてイザークへ声をかけた。

「イザークもどうですか? そろそろそちらは切り上げて」

同僚に誘われて、イザークは肩で息をしながら返事をした。

「フ、フン。まあ、いいだろう」

その会話を耳に入れつつも素知らぬふりをしていたアカネはたまらず小さな笑みを漏らした。お疲れさま、と声でもかけようかと思ったがあとが煩いのは予測できたので止めておく。

 

射撃場は一列に並んで的を撃つというオーソドックスな作りで、アカネはニコルの隣で、イザークは一人離れた場所でそれぞれ銃を手にした。

「レベルを音声認識すると的が動く仕組みです。1、2、3、とレベルが上がるにつれて難易度が増します」

ニコルの説明を聞きながら、アカネは手に取った銃をじっくりと確認した。

ごく普通のオートマチック拳銃だ。

セーフティを解除して構えると、的を目掛けて数発撃ってみる。その銃の癖を確かめるためだ。

他の二人も同じように試し撃ちを終えると、それぞれ銃を構えた。

「レベル1」

まずニコルの無機質な声が響いた。瞬間、ニコルの直線上にある的が指示通りに動き始めて彼はワンハンドで一発も外すことなく表示された的に当てていく。

「レベル2………レベル3」

早々にレベル1を切り上げて難度を上げ、普段の穏やかな顔つきは一転。鋭い目線で的を射抜いていく目の前の少年をアカネは銃を持ったままポカンとして眺めていた。

そして弾切れで銃を一旦降ろしたニコルに向かって感嘆の息を漏らし、ゴクリと喉を鳴らす。

「う、上手いのね……」

「そうでもないですよ」

新たな弾を装填しながらニコルはごく普通に呟いた。

謙遜ではないことが口調から伝わってくる。

つい忘れそうになるがこの少年達はザフトのエリートなのだ。こういう場面を目の当たりにすると嫌でも再認識させられる、とアカネは肩を竦めた。

「フン、その程度で驚くとはやはりナチュラルだな」

小馬鹿にしたような声が一寸先から飛んだ。

見れば、まだ肩で息をしていたものの得意げな顔をしたイザークがニッと口の端を上げていた。

「レベル3!」

気合いの入った声と共に的が動き出し、イザークの放った弾が一寸違わず目標に吸い込まれていく。

「レベル5……レベル7……!」

簡単すぎてつまらないとでも言いたげに飛び級よろしくレベルを上げ、動きを捕らえるだけでも困難な速度で動く的へイザークは一発も外さず弾切れになるまで正確に撃ち抜き続けた。

百発百中とはこういう事を言うのか、とアカネはただただ瞠目していた。

「す、凄いわね、イザーク」

口から出た言葉は素直な賛辞だ。

あのトレーニングの直後だというのにこれほど正確な射撃が出来るとは、余程の腕なのだ。

「このくらい当然だ」

意に介さずイザークは新たな弾を装填している。

アカネの方も見学ばかりもしていられない、と銃を構えた。

「レベル1……!」

ニコルの説明通り、レベルを音声認識させ的を動かし、一発、もう一発とそう的から外れる事もなく取りあえずは正確に撃ち抜いていく。

「レベル2」

弾数を半分くらい残してレベルを上げたが、あまり手こずる事もなくほぼ綺麗に打ち終えた。

ニコルとイザークの腕を目の当たりにしたせいか、たったこれだけの動きだというのにアカネがほんの少し息を上げていると隣からニコルの無機質な声が聞こえてきた。

「レベル5」

レベル4を飛ばして一気に難易度を上げたニコルだったが、相変わらず危なげなくキッチリと的へ当てている。

く、とアカネは軽く喉を鳴らすと急いで弾を装填して再び前を見据えた。

「レベル3!」

特に射撃が苦手なわけでも得意なわけでもない。

イザークのやっていたレベル7も目にもとまらぬ速さで的が動いているとはいえ、捕らえきれないほど動体視力が追いつかないわけでもない。

しかし、動きが見えていても撃ち抜けるかというと当然ながら話は別だ。

ならばなぜイザークはこれほど正確に撃てるのだろう?

コーディネイターだから?

いや、そんなはずはない。

祖国の銃専門の同僚はイザークくらいの腕はある。

では単に自分が下手なだけではないか。

「くっ……!」

どっちにしろ癪だ、とアカネは半ば意地になって的へ向かった。

「所詮ナチュラルじゃこの程度か」

結果、数発外したもののほぼ綺麗に打ち終えたアカネにイザークはそんな言葉を吐き捨てた。

「イザーク! そんな言い方──」

「確かに、射撃は君の方が上手いわね」

アカネは咎めようとしたニコルを遮った。

その物言いが気に障ったらしくイザークの眉がピクリと動く。

「射撃は……だと!?」

アカネは気にせずイザークの方を見た。

「例え君の腕がどんなに良くても、これが白兵戦だったら負ける気はしないもの」

「フン、そんな負け惜しみを──」

「それは君も良く分かってるんじゃない?」

瞬間、カッと頭に血が昇ったらしきイザークは勢いのままに持っていた銃の銃口をアカネに向けた。

「!? イザーク、何を」

驚いたニコルが声をあげたが、アカネはそんなニコルを手で制した。

「アカネさ……」

緊張の色を走らせたニコルの瞳がアカネの背を見つめたが、アカネはイザークの方へ視線を投げたまま軽く首を振るう。

その仕草は、大丈夫だから、とニコルの介入を拒絶してるようで、察したニコルはグッと眉を寄せて引き下がった。が、事態によっては直ぐに動けるよう臨戦態勢を取る。

イザークは銃越しにアカネを睨みながら、先日の屈辱をその瞳に蘇らせていた。

「あれは……俺が油断したせいだッ!」

アカネはそんなイザークの言葉など聞こえていないかのように受け流し、イザークとの距離を縮める。

「君の目に、私はどう映ってるのかしら。ひょっとして本当に人間に見えない? だから、何をしても良いと思ったの?」

「くっ……動くな」

一歩、自分の方へ近づいたアカネを牽制したイザークだが、アカネは気にせずにまた一歩と足を進めた。

「確かに私は射撃で君に劣ってるかもしれない。でもそれって、私がナチュラルだからなの? じゃあ君は、そういう風にコーディネイトされたから上手いの?」

「何だと!?」

「君が努力したからじゃないの?」

引き金を引こうとするイザークの構えた銃の先を アカネはそっと掴んだ。

「嫌いなのよ、そういうの」

そして銃口を自分から逸らして低く呻く。

「自分の意志なんか全く無関係な所で遺伝子に差があるから勝ちだの負けだのって……どれだけ努力しても遺伝子が劣ってるからダメなんて結論ありきじゃ、納得なんて出来るわけないわ」

アカネの目線にイザークは一瞬怯んで歯を喰いしばる。

「そ、それは貴様達ナチュラルの、ただの僻みだ」

どうにもこの黒い瞳で睨まれるのは苦手だ、と何とか睨み返す。

アカネはそのまま銃に手を添えて下に降ろさせると、スッと瞳から力を抜いた。

「質問に答えて、イザーク」

イザークは言葉に詰まる。

言い返そうと口を開こうとしては閉じを数回繰り返し、チッ、と舌打ちすると掴まれていた銃を指から離してアカネの横をすり抜けた。

「待って! 私は……本当に凄いと思ったのよ、君の射撃」

揺れた銀色の髪が立ち止まったのも一瞬、イザークはそのまま射撃場を後にした。

アカネは一度溜め息を吐いて、手に残ったイザークの銃を見つめた。

これであの少年の軍法会議ものの行動は何度目だろう?

特に報告する気もないが僅かばかり目眩を覚える。

「やっぱり、イザークと何かあったんですね」

心配そうにニコルが後ろから声をかけてきた。

「別に、ちょっと……行き違っただけよ」

振り返って、アカネは肩を竦めて笑ってみせた。

 

イザークはそのままトレーニングルームの更衣室に置いていた軍服を掴んでシャワールームへ直行していた。

「くそくそくそっ、あの女」

射撃ではあれほど自分の方が勝っていたというのにどうもスッキリしない。

 

『遺伝子に差があるから勝ちだの負けだのって……』

『君が努力したからじゃないの?』

 

「何なんだよ、アイツは!」

なぜすぐ言い返してやれなかったのだろうと先程の自分を悔やみながら、とある出来事を思い出す。

 

──ザラ委員長のご子息の遺伝子は実に優秀だ。

 

アカデミーに入学する前からそんな話を耳にしていた。

国防委員長の息子、アスラン・ザラ。

アカデミーで奇しくも同期となったアスランに、自分は平議員の息子だという劣等感を抱きつつも年上ということもあり負けるわけがないと思っていた。

今までの人生、何もかもがトップだったのだ。自分が優秀だという自負はあった。

が、当初の思惑は見事外れ、何をやってもアスランに勝てない。

得意の射撃だけは何としても勝つと全身全霊をかけた結果、僅差で勝利して心から喜びに打ち震えた。が、それも束の間。単にアスランが体調不良だったから勝てたというオチ付き。

アカデミーでの最終成績も次席という結果に甘んじるしかなかった。

惨めだった。

自分よりアスランの遺伝子が優秀だったと認めるしかないのか? という苦みは今も胸中で渦巻いている。

 

『遺伝子が劣ってるからダメなんて結論ありきじゃ納得なんて出来るわけないわ』

『嫌いなのよ、そういうの』

 

「じゃあどうしろと言うんだ! 俺だってあんなヤツに負けたなんて認めん! だが、俺たちはそういう人種なんだよ。ナチュラルが……!」

揺れるほどに強く拳で壁を叩く。

努力では覆らない絶対的な遺伝子の優劣。

同胞の中でも、さらに優秀な者が絞り込まれていく世界。

時おり理不尽に思う事はあっても、それが正しいと信じてきたのだ。

ナチュラルは旧時代の愚かな生き物で、自分たちは選ばれた新人種なのだと。

 

『ひょっとして本当に人間に見えない? だから、何をしても良いと思ったの?』

 

実際、ナチュラルなんて間抜けなものだと思っていた。

連合のモビルアーマーは蚊トンボ。中立国に至ってはアッサリ潜入される始末。

あのストライクでさえも、アスランが邪魔立てしなければ落とせていたのだ。

ナチュラルなど、下等な生き物なのだ。そう、下等な生き物──そんな絶対的な大前提があったというのに、急に現れたナチュラルの女は外見では自分たちと何の変わりもなく。かといって、いくら同盟国人と言われても、卑賎な、それも祖国を撃ったナチュラルだという思いも抑えきれず。

 

『根性ってのはコーディネイト不可能みたいね』

 

この艦に馴染んでいくアカネに耐えきれなかったとはいえ早急な事をした、とイザークは少し自身を恥じた。

その結果、返り討ちにあったのだから屈辱を通り越して自身に呆れ果てた。

それでもナチュラルなど認められない。

認めれば、今まで信じてきたものが崩れてしまうような、そんな気がしていた。

 

 

「あの……そろそろお終いにしませんか?」

ニコルは鬼のように射撃の訓練を続けるアカネに恐る恐る声をかけてみた。

「動きは見えてるのに……! このッ!」

自分の声など聞こえていないとばかりにひたすら的に狙いを定めるアカネの横顔を見て、ハァとため息をつく。

負けず嫌い、という言葉がニコルの頭に浮かんだ。

「やっぱり似てますよ、あなた達」



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PHASE - 014 「ザフトにとって彼らは必要な存在だ」

──大西洋連邦宇宙軍第8艦隊。

 

その旗艦であるアガメムノン級・メネラオスには月基地の視察へと赴いていた大西洋連邦国務省国務次官ジョージ・アルスターの姿があった。

「まだアークエンジェルとは連絡がつかないのかね?」

人当たりの良さそうな外見とは裏腹に厳しい声が飛ぶ横で、第8艦隊をまとめるデュエイン・ハルバートン少将もまた眉間に皺を寄せていた。

「ヘリオポリス崩壊と共に全ての通信が途絶え……今は無事を祈るばかりです」

「あれとGATシリーズの力が真に大西洋のためになるのかこの目で確かめるために来たというのに、よもやヘリオポリス崩壊とは……」

「国務次官殿は月基地へお戻り下さい。捜索には別部隊を出します」

「いや……! 私にはこの目でそれを確かめる使命がある。それに……ないのだよ、脱出した民間人名簿の中に娘の名が!」

ジョージは顔にありありと焦燥の色を浮かべた。口では使命がどうなどと言ったが、今は仕事よりヘリオポリスに一人残していた娘の安否が何より気になって仕方なかったのだ。

ハルバートンはそんなジョージの事情を察したものの、ただ口を噤んで返答を回避した。戦闘に巻き込まれてもはや娘がこの世にいないだろうとは口が裂けても言えないし、かといって安易な慰めも出来なかったからだ。

 

このハルバートンこそ、ヘリオポリスでアークエンジェルとガンダム──GATシリーズを極秘開発させていた人物であった。

 

軍備管理担当であったジョージ・アルスター国務次官を通してオーブと交渉を進め、ヘリオポリスで次代を担う兵器の開発を実行したのだ。

当初、軍の上層部はザフトの主力であるモビルスーツを真似る行為に難色を示したが、数で勝る連合軍がこれほど苦戦を強いられる要因はモビルスーツにあるとハルバートンは考えていた。

政府の方も開発・量産にかかる予算をとてもおろせないと渋っていたが、唯一ハルバートンの考えに同意していたジョージ・アルスターがかねてより注目していたオーブの技術力に目を付け、モルゲンレーテ社の優遇を条件に開発協力させることを提案した。他社より性能の良い武装を出すモルゲンレーテ社製品の優先購入は大西洋にとっても悪い話ではないし、オーブにしてもいくら技術に優れているとはいえ所詮は小さな中立国。大国大西洋連邦との友好関係強化は絶対必要条件であるから断らないだろうと読んだのだ。

議論の結果、国民、友軍全てに開発の事実は伏せ、オーブに協力を承諾させて試験的に戦艦とモビルスーツの開発実行に着手。事は全て順調に進んでいるはずだった。

ロールアウト直後にザフトに襲撃されるという事態を除けば、だが。

しかしながら中立国への戦闘行為は条約違反であり、ああも表だってザフトが戦闘行為に出てくるとは考えもしなかったのだ。

 

開発データそのものはこまめにバックアップを取っていたため、手元にある。

月基地でもそれを元に地上用の戦闘機の改良等には常に努めていた。

が、モビルスーツという存在そのものに難色を示す軍上層部の動きはいまも変わらず、実物をデモンストレーションよろしく示して納得させない限りは量産への道は開けないだろう。

いわばアークエンジェルとGATシリーズの無事が明日の戦局の行方を握っていると言っても決して過言ではないのだ。

無事でなければ困る。いや、無事なはずだ──と、ハルバートンは今はただ自身の部下を信じるしかなかった。

 

 

「あーもー、ったく暇で死にそーだぜ」

空いた時間をトレーニングに使うでなく、機体メンテナンスを行うでもなく、ディアッカは一人暇を持て余していた。

部屋に居れば不機嫌なイザークに絡まれる。

かといってこんな男だらけの戦艦では彷徨っていても楽しいことなどない。

さすがに勤務中の数少ない女性オペレーターに声をかけに行くわけにはいかず、休憩室で一人喉を潤すくらいしか出来ることはない。

しかしディアッカにとってこの場所はあまり居心地の良いものではなかった。先日の一悶着を思い出すからだ。

「うおっ!?」

面白くない事は続くもので、ドリンクを飲み終えて早々にこの場から退散しようとしたディアッカはちょうど休憩室を出た所であまり会いたくない人物に出くわした。

「なに、人をお化けみたいに」

露骨に嫌そうな顔をしたその人物、アカネの姿が映り、ハハハ、と顔を引きつらせる。

アカネはそんなディアッカに構わずそこを通り抜けようとしたが、ディアッカはそのアカネを思わず呼び止めた。

立ち止まって振り返ったアカネにナンパで使う軽い笑みを浮かべてみる。

「いやー、この間はさ、あんまりアンタが魅力的だからちょっと悪戯したくなったっていうか……」

が、ジロリと凄まれて一瞬慄き、口を噤む。

「別に、もう気にしてないから」

一言呟いたアカネは先日イザークに向けて放っていた鋭いオーラがあるわけでもなく、ディアッカはほんの少し胸を撫で下ろした。

それとも、あれは自分の勘違いだったのかとも思う。

不利な状況にも関わらずあの時のアカネは戦闘そのものを楽しんでいるかのようにさえ見え、戦場なら確実に殺されていたという程の力の差を肌で感じたというのに。

「だよな、ナチュラルなんてバカで間抜けで役立たずのはずだしな」

思っていた事をうっかり呟いたディアッカは、しかし直後に後悔した。

「なに、喧嘩売ってるの?」

「いや! その、さすがに先任士官のセンパイは強いよなー、なんて」

慌てて取り繕ってみせれば、アカネはうんざりしたような表情を浮かべた。

そして不意にその表情が引き締まる。

「君は、あの時どうして黙って見てたの? 二人で掛かれば勝てたかもしれないのに」

ん? とディアッカは片眉を寄せた。

よもや殺されそうだったからとは言えず、ガシガシと頭をかく。

「イザークのヤツが手ぇ出すなって面してたからな。アンタに根性ねーとか言われてさ、一人でやりたかったみたいだし」

ふーん、とアカネは適当に相づちを打った。

アカネにしてみれば自分の思惑通りにイザークが動いてくれた事を確認できたのだ。やはりイザークは分かりやすい、とでも思ったのだろう。

しかし──と、思案顔でアカネはもう一度ディアッカへ視線を流した。

「君は一番年上なんでしょ? 赤服の中で」

なぜイザークにちくいち追随しているのかと含んだようなアカネの声。ディアッカはそれに気づいたのか気づかないのか曖昧な態度でああと頷く。

「まあな。俺は3月には18歳だからイザークは一つ、ニコルとアスランは二つ下だっけな。つか、アンタは? ガキ扱いされるほど俺ら離れてるように見えねぇんだけど」

「ガキ扱いなんて……」

実際年下だろう、と言いたげにアカネは苦笑いを漏らした。

「私は今年の秋には二十歳だけど……」

「は……? なんだよ、んじゃ一歳しか違わねぇのかよ」

ディアッカはたった一歳程度の差だと知り、両肩から力を抜いて“お手上げ"のポーズを決め込む。

「つか、ラスティと同じじゃん」

「ラスティ?」

「ああ、同期の赤。死んじまったけどな、ヘリオポリスで」

「……。そう」

どこかニヒルにへラッとディアッカが笑い、アカネは一瞬眉を寄せて呟くとそこで会話を終わらせて歩き始めた。

 

歩きながらアカネはイザークと違い、この少年は苦手だ、と少なからず思った。

イザークはある意味思考が読みやすい。分かりやすいとも言う。

しかしディアッカは違う。

先日の一悶着についても、退路を塞いでいたディアッカがどう動くかは賭けに近かった。

それについいま言っていた言葉。

同期の戦友がつい最近戦死したというのに何も感じていないかのようなあの態度。

思えばアルテミス戦でもそうだった。

ニコルが単機で要塞に強襲という事態だったにも関わらず、バスターでの援護を出撃直前まで「面倒だ。面白くない」と言っていた。

同期の命がかかっていたというのにそれだ。にわかには信じられなかった。

そういう性格なのに年下のイザークに付いている理由も分からない。

双方の親であるジュール議員とエルスマン議員は親しいとは聞いているが、所詮は平議員同士。国防委員長の息子のアスランに付くならまだしもメリットが見いだせない。

「考え過ぎかな」

しかしながら、実戦でのデータを見るに滅茶苦茶な戦い方しかしておらず例によって何も考えていない可能性も高い。

だが、アカネはどこか不気味さも覚えていた。

イザークのようにナチュラル憎しなようにも、ショーンのように経済面で困っているようにも、ニコルのように複雑な事情があるようにも思えない。そんなディアッカがなぜザフトにいるのか解せないのだ。

まして機体メンテナンスや訓練をしている所に出くわした事もなく、いつ戦闘となるか分からないこの状況に危機感を抱いているようにも思えず、アカデミーではどういう教育を受けてきたのだろうと深い溜め息を吐く。

「ま、お坊ちゃまの経歴に軍務経験アリは必須……か」

出来ればそういう子は前線に出してくれるなという思いを抱きつつ、アカネは人のことより自分のことに集中しようと頭を切り換えた。

 

 

補給と修理のために暫くデブリベルト付近に留まっていたアークエンジェルは今は静かに進路を月基地へと向けていた。

デブリベルトを突破出来れば一番の近道となるが、それはクルーゼ隊と全面衝突して生き残る以上に不可能な話だ。

ゆえに迂回して策敵範囲を広げつつ慎重に航行を行うクルー一同に気の休まる暇などあるはずもなく、数少ない人員で交代に休みを取りながらそれぞれ仕事に勤しんでいた。

 

通信席は艦長席の後方に設けてある。

そこでドリンクに手を伸ばしながら仕事をしていたチャンドラは不意に入ってきた通信を確認して思わずその手を離した。

「艦長!」

ふわふわとボトルが浮き、チャームポイントでもあるメガネを持ち上げてチャンドラはモニターを凝視する。

「つ、通信です。これは……第8艦隊の暗号パルスです、間違いありません!」

「本当なの!?」

すぐさまマリューが艦長席から髪をふわりと浮かせてチャンドラの方を振り返り、CICからもナタルが浮上してきて通信席の画面を覗き込む。

「追えるのか!?」

「やってますよ」

チャンドラは緊張と期待をメガネの奥の瞳に滲ませて、必死に解析を進めた。

響くキーボード音をクルー一同がもどかしい思いで見守っていると、やがてそこからノイズ混じりに音声が流れ始めた。

 

「……ちら……8艦隊先遣……モントゴメリ……アークエンジェル……応答……」

 

聞き取りにくいものの、音声が通信席のモニターから流れるとクルー一同はワッと歓声をあげた。

「ハルバートン少将旗下の部隊だわ」

マリューが安堵の息を漏らせば操舵席からノイマンが飛び出してきた。

「コープマン大佐の部隊か!?」

「あー、曹長はコープマン大佐の部下でしたっけ?」

電子戦及び索敵担当のトノムラ伍長から肩を叩かれたノイマンは普段見せることのない満面の笑みを誇らしげな表情と共に浮かべた。

「ああ、俺の恩師だ。伍長、大佐は俺たちを探してるんだろう? 距離は?」

「待ってください。まだ大分距離があるものと思われます……」

急かすノイマンにチャンドラも逸る気持ちを抑えきれないままキーボードを操作する。

「だが合流できれば……」

「少しは安心! だな」

一抹の希望の光が差して連戦の疲れを表情から完全に消し去ると、クルー一同は気合いを入れ直して持ち場に戻った。

 

 

「艦長!」

「うむ……さて、網に掛かるかどうか。パイロット達を呼び出せ!」

策敵範囲を限界まで広げて月艦隊方面の動きに細心の注意を払っていたガモフではついにその動きを察知し、ゼルマンが指示を出して各パイロットはブリッジに集合をかけられた。

 

全員集合の後、ブリーフィングデスクに描き出された宙域図と表示された機影をショーンが見つめながら首を傾げる。

「連合軍の艦艇……でありますか。このような連合軍勢力圏外で何を?」

アカネはゼルマンの方を向いた。

「小規模の艦影のようですね。やはり補給部隊……ですか」

「あるいは出迎えだな。可能性は高いだろう」

話に全く付いていけないディアッカは掌を翻してヤレヤレというポーズをとって見せ、イザークは腕を組んだまま二人の方を睨んでいた。

アカネの方は少し眉を寄せてゼルマンに訊いてみる。

「仕掛けるのですか?」

ここに呼び出されたということはそういうことなのだが、些か不安がある。戦力の差だ。

「いくら小規模部隊でも最低ネルソン級にドレイク級数隻は率いていると思われます。こちらはガモフ一隻とガンダムが4機、ジン1機で戦力的に少々不安では?」

「黙れニホン人、ヴェサリウス合流までに戦果ゼロじゃいい恥さらしだ」

すると横からイザークが口を挟んできた。

どうやら”ナチュラル”から”ニホン人”へ格上げしてくれたらしい事は理解したアカネだが、いちいちイザークの戯れ言に構っているわけにもいかずゼルマンの返答を待つ。

「ここであれをみすみす逃す訳にもいかんだろう」

しかしゼルマンの仕掛けるという意志に変わりはないらしく、アカネは一旦口を噤んで考え込んだ。

それを余所に、腰に手をあててモニターを睨みながら周りの話を聞いていたニコルがふと呟いた。

「つまりこういう事ですね? この部隊をエサにアークエンジェルをおびき寄せ、叩く、と」

ニコルはゼルマンとアカネの会話からそれを推察したのだ。

二人が軽く頷き、ディアッカとイザークさらにはショーンも驚いたようにニコルへ視線を移した。

当のニコルは微かに顔を顰めて疑問を口にする。

「しかし、そう上手くいくでしょうか? 僕が敵艦隊の司令ならば派手に攻められればアークエンジェルには離脱を促します。艦隊を叩いた上での追撃となれば……難しくなりますよ」

アカネも腕を組んで思案する。

「かといって合流を待てば戦力的により厳しくなるわね」

「とにかくこちらの位置はまだ知られていない。CIC、慎重に追えよ」

指示を飛ばすゼルマンの声を耳に入れながらアカネは眉を寄せ、L3での戦闘を思い返した。そして「あ……」と何かを思い付いたようにニコルの方を見る。

「L3でヴェサリウスが被弾した時、アークエンジェルは確かにヴェサリウスを射程に捕らえてたはずなのに撃ってこなかった。そりゃエンデュミオンの鷹が隠密潜行してて巻き込む可能性があったから撃てなかったんだろうけど、鷹の奇襲があと少しでも遅れていれば向こうはヴェサリウスの主砲の餌食だったわ。そんな危険な状態だったにも関わらず撃つ構えすら見せなかった。……いくらエースとはいえたった一人のパイロットと戦艦及びクルー全員の命。迷うまでもないはずよね?」

「それはまあ……。しかしアークエンジェルの回避能力と装甲の厚さはかなりのものです。例え撃たれても被害は少なく済むと判断したのでは?」

「下手したら鷹ごとヴェサリウスの主砲で消える可能性すらあったのに?」

二人のやりとりを聞きながらゼルマンが、コホン、と喉を鳴らす。

「つまり特尉の判断では、足つきの指揮官は甘い……という事かね?」

さすがは艦長。すぐに自分の考えを理解してもらったアカネは肯定の返事をして再びモニターに目を移した。

「あくまであの戦闘でそう感じたというだけです。ニコルの言うことももっともですし……おびき寄せられる可能性は五分かと」

しかしながらこの戦力で戦闘するのにイマイチ反対であるアカネは複雑な表情をした。

アークエンジェルの指揮官は甘い。ということは十中八九エサに食い付いてくれるということ。

わざわざそんな事を教えてやるとは、戦闘を積極的に押し進めているようなものだ。

 

ヴェサリウスはまだ戻らないのだろうか?

いや、しかしアスランが戻らない内にアークエンジェルとストライクを落としておきたい。

 

そんなジレンマも交差して、アカネは複雑な心情のまま戦闘になった際のシミュレーションを頭で展開させた。

 

 

アークエンジェルの方は先遣隊との合流へ向けて針路修正を計り、ブリッジクルーは安堵した心持ちでモニターを眺めていた。

先遣隊からの映像通信が届いたのだ。

 

「本艦隊とのランデブーポイントへの到達時間は予定通り。合流後アークエンジェルは本艦隊指揮下に入り、本隊との合流地点へ向かう。後わずかだ。無事の到達を祈る!」

 

先遣隊の艦長席に座るコープマンは大きな鼻が威厳を感じさせるものの、励ますような口調には人柄の良さが滲み出ていた。

その姿と声に、舵を握っていたノイマンは口元を緩めながらもキュッと表情を引き締めた。が、画面が引いて艦長席の横に座るスーツ姿の人物が映り、クルー一同首を捻る。見覚えのある顔だ。

 

「大西洋連邦国務次官、ジョージ・アルスターだ。諸君一同無事で何よりだ。あー、それと……クルー名簿に我が娘フレイ・アルスターの名前があったことに驚き喜んでいる。もう駄目かと思っていたのだ……救助心より感謝する」

 

それにドリンクに口を付けていたマリューの手が止まっただけでなく、CICのナタルも瞠目した。

ジョージは止めるハルバートンに耳を貸さず、先遣隊と共に危険を顧みずに娘の探索に出てきたのだ。

微かな望みをアークエンジェルに託していたジョージだったが、娘のフレイが乗っていることが確認できて目尻に涙さえ浮かべていた。

 

「出来れば顔を見せてもらえるとありがたいのだが……」

「国務次官殿、合流すればすぐに会えます」

 

逸る気持ちからか、シートから身を乗り出してモニターに向かうジョージをコープマンが制止する様子が映像に広がった。

アークエンジェルのブリッジでは対応に困ったような、そんな娘が乗っていたのかという驚きなような妙な空気が流れていて、管制席に座っていたミリアリアは一時退席の許可を取るとすぐにフレイの元へ向かった。

 

「ホント!? ホントにパパが先遣隊と一緒に来てるの?」

いまブリッジで見て来たことをミリアリアがフレイに伝えれば、フレイは持ち前の華やかな顔を一層輝かせて両手を顔の前で合わせ、ほんの少し涙を滲ませた。

「パパ……良かった」

「私たちもこれで少し安心ね」

ミリアリアがフレイの肩を優しく叩く。ミリアリアからすれば一歳とはいえフレイは年下で、放っておけない部分もあるのだ。

当のフレイは父親が自分を必死で捜してくれていたことを心から喜んだ。

仕事で忙しくたまにしか会えないが、大好きな、たった一人の肉親なのだ。

ヘリオポリス崩壊からずっと心細かった気持ちが一気に晴れていくような、そんな思いがフレイの胸中を満たしていく。

「さ、そうと分かった以上こうしてはいられないわ!」

「フ、フレイ?」

ガバッと顔を上げ、フレイは上機嫌で軽くステップを踏んでいた。

「だって大西洋連邦国務次官の娘があんまりボロボロじゃパパに悪いでしょ? シャワー浴びて、それから……ふふっ」

クルリとその場で回ってみせ、スキップでも始めそうな足取りでシャワー室の方へ向かうフレイにミリアリアは言葉を無くしてあっけに取られる。

が、その背を見送ったあと、ふ、と笑みを浮かべると自身も仕事のためにブリッジへと戻った。

 

 

「連合戦艦ネルソン級1、護衛艦ドレイク級2……モビルアーマーは20機といった所か」

ガモフの方では艦艇の種を特定して最終確認の段階に入っていた。

「ま、そのくらい蹴散らしてやるさ」

「待って! まずはブリッツに潜行させてバスターは援護に──」

「えー? またニコルのお守りかよ、やだぜ俺」

しかしながらアカネが何か口を開けばすぐに邪魔立てが入り、一向に作戦会議が進まない。

その都度ゼルマンやニコルやショーンがフォローに入っていたが、アカネは軽くイライラを募らせていた。

「策など必要ない。モビルーアーマー程度、蠅を落とすより簡単だ」

「それでも数機に囲まれれば落ちるわよ、イザーク。特にジンの装甲じゃ持たないわ」

「あんなものに落とされるバカはザフトには必要ない」

コメカミをヒクつかせながらアカネはデスクに付いた手に力を込める。が、こんな場面でいちいち怒っていたら話が進まないと自身に言い聞かせ何とか気を静めた。

「とにかく、バスターはブリッツと組んで戦艦を、メビウスは私とショーンとイザークで──」

「待ちなさい特尉。君への出撃許可は出ていない」

「え!?」

突然のゼルマンの声にアカネが弾かれたようにそちらを見れば、ディアッカは声を立てて笑い始めた。

「な、なぜですか艦長……アストレイの調節は終わっています、私も──」

「隊長命令だ。君は出撃させるなとの指示を受けている」

ディアッカの馬鹿笑いなど耳に届かず、アカネは愕然とした。クルーゼがよもやそんな指示を出していようとは思いもしなかったからだ。

「そんな……」

だってそうだろう、わざわざアストレイごと自分をガモフに残していったというのに出撃禁止とはどういう了見だ。思いのままにアカネは具申した。

「それでは私はここにいる意味がありません! アストレイも出さないと戦力的に不味いですよ」

「フン、ナチュラルのパイロットなど必要ないさ。さすが隊長だ、よく分かっておられる」

イザークは腕を組んだまま鼻で笑いながら、眉を寄せたアカネを見下ろすような仕草を見せた。

「ともかく貴様も作戦も必要ない。艦長、俺たちはコクピットで待機しているぞ」

「そーそー、そこで大人しく俺の活躍でも見てな」

「ま、待ちなさい二人とも、話はまだ──」

言うが早いかイザークとディアッカはゼルマンの制止も聞かずブリッジを出ていった。

ニコルが苦笑いを漏らし、ショーンはいつもの事だと手を頭の後ろで組み、アカネは二人の消えたブリッジのドアを数秒の間あっけに取られて見ていた。

「艦長……」

あの二人はあれで良いのか? という視線をゼルマンに向ければ、ゼルマンはどこか疲れ切ったような表情でため息を吐いていた。

やはり議員の息子に強くは出られないのだろう。アカネは察しつつも小さく息を吐いた。こんな状態での戦闘。目眩のする思いだ。

ゼルマンは気を取り直したようにショーンに声をかける。

「あの二人、頼んだぞ」

「ハッ」

敬礼するショーンを見ながら、アカネの胸にはやはり不安が過ぎった。

「こんな状況で出られないなんて……」

確かに大して役には立てないかもしれない。が、さすがに出ないよりはマシだろう、最悪でも弾避けくらいは演じられるはずだ。

そんなアカネとは裏腹に、ニコルはどこかホッとしたような面もちでふわりとアカネに微笑みかけた。

「ここにいてください。その方が僕も安心です」

「ニコル……」

君まで自分を足手まとい扱いか、とアカネは少々憎らしく思った。

しかし隊長命令だと言われれば無視するわけにもいかず、肩を落とす。

「分かった。……君はともかくあの艦艇よりアークエンジェルの動向に常に注意して」

理由は分かるわね、というアカネの目線にニコルも頷いて姿勢を正す。

「気を付けて」

そしてアカネがショーンとニコルに言葉をかけると、二人は敬礼してブリッジを後にした。

「特尉はここで私の補佐を」

一人取り残されたアカネにゼルマンが指示を出し、アカネは返事をすると艦長席へと戻るゼルマンに連なった。

そして恐る恐る訊いてみる。

「宜しいのですか? あの二人……艦長にまであのような態度を」

ん? とゼルマンが艦長席に腰を降ろして顎髭を撫でる。

「君から見れば奇妙に思えるだろうね。済まない事をした」

「いえ……私は」

「しかし、ザフトにとって彼らは必要な存在だ。私は命に代えても守る義務がある。分かるね?」

深い目で語るゼルマンに、アカネは肯定の返事をしながらも眉を寄せた。

ショーンにも指示を出していたように彼らが無茶をしそうな時は守らなくてはならないという事なのだろう。

やはり有力者の息子はそうそう戦死などさせられないのだ。当然だ。が、本人達がそれを自覚し、相応の態度を取れていない事がアカネにはどうにも腹立たしい。

「手柄を焦れば……ろくな事にならないわ」

小さく唇を噛んで呟く。

まだ敵に気づかれていないこの距離から仕掛けるならば、どういう戦法を取れば有効か? まずブリッツに隠密行動を取らせ、ミラージュコロイドでの奇襲で一撃離脱させたところをアウトレンジからバスターで仕留める。それが一番だとアカネは考えていた。アークエンジェルをおびき寄せるのが主目的とはいえ、敵の数を減らさなければ厳しいことに変わりはないからだ。

しかし、先程のイザークとディアッカの調子ではデュエルもバスターも正面から突っ込んでいくだろうことは必至。おそらく接近を早急に察知され、メビウスを展開されて混戦になるのがオチだろう。

みすみす不利な状況になるのをここで黙って見ているしかないのか、とアカネは歯噛みしたままモニターを睨んでいた。

 

 

そんなガモフの動きなど知る由もないアークエンジェルでは先遣隊らしき機影の補足に沸いていた。

「戦艦モントゴメリ、護衛艦バーナード、ローです!」

通信席からの声にマリューが安堵の息を漏らし、クルー一同歓喜の声をあげる。

チャンドラも通信席で笑みを浮かべていたが、ジ、とモニターが急な異変を知らせメガネを凝らして画面に見入った。

「そ、そんな……これは──」

「どうしたの?」

「ジャマーです。エリア一帯干渉を受けています!」

振り返ったマリューにチャンドラが声を上げれば、歓喜と安堵に包まれていたブリッジの空気が一転した。

Nジャマーは核分裂制御の他に電波妨害を起こすという副産物を持っている。ゆえに宇宙では兵器にNジャマーを搭載し展開させることで核兵器封鎖以外にも電波等の攪乱を狙うという戦術が常套手段となっているのだ。

「一体どういう事なの? まさか……」

マリューは艦長席に座ったまま愕然と目を見開いていた。

 

先遣隊でもジャミングを察知し、モントゴメリの艦長席に座るコープマンは総員に第一戦闘配備を敷いていた。

「モビルアーマー発進急がせ! ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」

「熱源接近! モビルスーツ4!」

指示に追われるコープマンにオペレーターが告げれば、慌てふためくフレイの父ジョージ・アルスターを横目にコープマンはクッと喉を鳴らす。

「艦首下げ! ピッチ角30、左回頭仰角20!」

指示通りに操舵される艦の揺れに体勢を崩したジョージを支えながらコープマンはもう一つ指示を出した。

「アークエンジェルへ反転離脱を打電!」

それにジョージは驚き、身体ごとコープマンのほうを向く。

「何だと!? それでは……」

「この状況で何が出来るって言うんです?」

「合流しなくてはここまで来た意味がないではないか!」

「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう! あれに大西洋の明日がかかっていることは国務次官殿こそよくご存じの筈です。それに……お嬢様も乗っていらっしゃるのでしょう?」

うぅ、とジョージが低く呻く。

状況から見て、戦闘となればそれ相応の被害が出るのは免れそうもない。

コープマンは先遣隊を盾にしてでもアークエンジェルを逃がすことを即断したのだ。

 

「前方にて、戦闘と思しき熱分布を検出! 先遣隊と思われます!」

アークエンジェルCICでもランデブーポイント付近で起こっている事態を把握しつつあった。明らかに彼らは攻撃を受け、そして戦闘と相成っている。

「モントゴメリより入電! ランデブーは中止、アークエンジェルは直ちに反転離脱、とのことです」

通信席でチャンドラが声を張り上げた。が、マリューは迷ったように返事に詰まる。

「艦長!」

数秒の後、CICからナタルに切羽詰まったような声をかけられてようやくマリューは意識を戻してCICを見下ろした。

「敵の戦力は……?」

「右舷前方300の位置にローラシア級! 熱紋照合ジン1、それと……待ってください、これは、デュエル!? X-102デュエル! バスター、ブリッツです!」

CIC策敵席のトノムラから声が上がり、クルーの全てが耳を疑った。

「では……あの、クルーゼ隊のローラシア級だというの!?」

しつこいとは聞いていたがここまで追ってくるとは、とマリューだけではなくその場の全員が同じ気持ちを共有していた。

「艦長……!」

ナタルが再度指示を促す。

マリューは迷っていた。

命令は反転離脱。だが先遣隊を見殺しにして良いのだろうか、と。

「でも、あの艦には……」

管制席でミリアリアが不安げな声を漏らした。フレイの父親が乗っている艦というのが気がかりなのだろう。

マリューもその事実を知ってしまっただけに、どうしても離脱するという一言が口から出てこない。

そして、少しの間を置いてマリューはこう口を開いた。

「今から反転しても逃げ切れるという保証はないわ。総員、第一戦闘配備! アークエンジェルは先遣隊援護に向かいます!」

その指示にナタルが軽く目を見開いた。

舵を握るノイマンの腕も一瞬ピクリと動く。コープマンを助けに行きたい気持ちは誰より強いと自負している。が、コープマンは離脱を指示してきたというのに──と、ノイマンの舵を取る手に力が籠もった。

だがこの場では艦長の命令は絶対で、直ちに警報と共にアークエンジェル全体に戦闘配備を敷く声がけたたましく響いた。

 

「戦闘配備ってどういう事? 先遣隊は?」

戦闘配備発令で休息を取っていたカズイとトールが居住区から飛び出すと、フレイは二人を捕まえて蒼白気味の顔色に戦慄を滲ませた。

「分かんねーよ、俺たちまだ何も──」

「大丈夫よね? パパの艦、やられたりしないよね?」

状況を把握できず首を捻るトールにフレイが詰め寄る。元来頭の回転の速いフレイにはこの状況が何を示しているか直ぐに分かったのだ。

そこへ同じく警報で飛び起きたキラもハンガーへ向かうために駆けてきた。

「トール、カズイ、行かなきゃ」

「ああ」

ともかくフレイに構っていられる状況ではない3人は持ち場に着くためにその場を離れた。

「……パパ……」

鳴りやまない警報が嫌でも不安を煽ったが、フレイは先輩達の背をただ見送るしかできなかった。



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PHASE - 015 「やはり私は正しかった」

「メビウスは4機単位で行動しモビルスーツに集中砲火を向けよ! 魚雷発射用意急げ、目標ローラシア級!」

護衛艦バーナード、ローは旗艦モントゴメリを下げ、護衛艦2隻で守るような陣形を取ってメビウスを全面に展開させ網のような陣を敷いて応戦していた。

モビルスーツは性能差でモビルアーマーに勝るといえど周りを塞がれてしまえばそう簡単に抜けるものでもなく、デュエル、バスター、ジンは20機近くのメビウスに足止めを喰らっている状態だ。

そんな中、ニコルは早々にミラージュコロイドを展開して一人平然と敵の間をすり抜けていく。

ニコルとしては距離を取ってレーザーライフルで護衛艦の武装を潰すのが好ましかったが、アンチビーム粒子が撒かれていて不可能。ならば──、と敵護衛艦ドレイク級・バーナードのブリッジに回り込んだ。

 

「ッな──!?」

 

驚いたのはバーナードの指揮官だ。

それはそうだろう。急に黒い機影がブリッジ正面を包んだのだから。

しかし、その正体を確認させる間などニコルは与えずブリッツ左手のグレイプニールを射出して一撃でブリッジを潰した。

 

「護衛艦バーナード沈黙! X-207ブリッツ、またもロスト!」

 

オペレーターの声にモントゴメリのコープマンは額に汗を浮かべながら呻っていた。

予想以上にGAT-Xナンバーの性能が良いのだ。

何とも皮肉な話だった。

「奪われた味方機に落とされる……そんなふざけた話があるか!」

隣でジョージも同じように唸り声を漏らしながら顔に焦燥の色を浮かべていた。

みな思いは同じだ。コープマンはCICに一つ指示を出した。

「主砲用意! 何としてもローラシア級に当てろ! 母艦を叩けばモビルスーツは行き場を失う!」

Xナンバーの性能がどれほど良かろうが、バッテリーを動力源にしている以上は母艦を失うのは致命的。ゆえにローラシア級に打撃を与えればこの宙域を突破できる可能性が高い、とコープマンは考えたのだ。

乱戦の最中に主砲を放つのは味方を巻き込む懸念があるが、もはや打つ手はそれしかなかった。

 

ニコルの方は戦闘もそこそこに、モニターの策敵の方へ集中していた。

「やはり、こんな状況でアークエンジェルが出てくるとはとても思えない」

早々に引いて、後はガモフの火力に任せた方が良いのではないだろうか。思案するニコルを引き留めるかのようにブリッツのモニターはとある機影を捉えた。

燃えるような朱色の機体。メビウス・ゼロだ。ニコルは目を見張る。

「エンデュミオンの鷹か? じゃあ……凄いやアカネさん、読み通りだ!」

一人ごちると一度ブリッツを加速させ、ミラージュコロイドを展開してゼロが発進してきたと思しき推測位置へとニコルは進路を取る。自分たちの第一任務はあくまでアークエンジェルとストライクの撃破。それを遂行するためだ。

 

「アークエンジェルからメビウス・ゼロ、X-105ストライク発進を確認!」

モントゴメリではオペレーターの声にジョージが「来てくれたのか」と安堵の声を漏らし、コープマンは瞠目して力のままに艦長席の肘置きを叩いていた。

「──バカなッ!」

反転離脱しろと命令したというのに、と強く歯噛みする。

 

「フン、ようやく出てきたかストライク……! お前達、雑魚の相手は任せるぞ」

メビウスの相手をしていたイザークはストライクを確認するや否やバスターとジンにその場を押しつけすぐさまストライクの方へ向かった。

ショーンは軽く舌打ちをする。

「アイツ……メビウスったって数が多いと厄介なんだぞ」

フェイズシフト装甲と違い実弾を防げないジンからすれば大量のメビウスに囲まれるのはキツイ。数機は落としたものの、ショーンはなかなか護衛艦に近づけずにいた。ニコルは単独で行ってしまったうえ、連合のエース機も接近しつつある。イザークは言うまでもなくストライクしか見えていない。

ということは組む相手はディアッカか──と軽く目眩を覚えつつも、ショーンは長距離用のバスターを考慮してジンの接近専用武器である重斬刀を抜いた。

 

一方のフレイは食堂に設置してあるモニターで生きた心地もしないまま戦闘の様子を見つめていたものの、バーナードの沈黙を目の当たりにして居ても立ってもいられずブリッジの扉の前まで来ていた。

「パパ……!」

が、戦闘中は固く閉ざされたそれが開く事はなく、中で懸命に対応に追われているクルーの様子をドア越しに感じて握った手が汗ばんでいく。

「パパ……大丈夫よね、パパ」

うわ言のように呟きながらも無意識に胸が激しく上下し、涙が滲んでくる。

「先遣隊メビウス、残存数12!」

戦況を伝える生々しいCICの声が壁越しに伝わり、フレイの背中がビクリと震えた。

「パパ……!」

次に気づいた時、フレイはたまらず駆けだしていた。

優しい父、大好きな父、この世で最も自分を愛してくれ、この世で最も自分が愛している大切な父。

フレイの脳裏に浮かぶのはそんな父親の笑顔だけだった。

そのままフレイはハンガーへと飛び込んだ。

宙に丸い水滴を浮かせながら現れたフレイに驚いたのはマードック軍曹達だ。

「お、お嬢ちゃん!?」

「ミストラルは? ミストラル出して……! 私がパパを、パパを助けに行く!」

「何を馬鹿なことを──」

「だってデブリベルトで見てたでしょ? 私だって動かせるもの……! パパ、パパ……!」

錯乱気味のフレイを油まみれの作業服のままマードックが取り押さえる。

「馬鹿言っちゃいけねぇ、チョイと動かすのと戦闘じゃ違うんだ。ホラ、邪魔だから他へ行ってな」

背を強く押され、ハンガー出口の方へ抵抗する術もなくフレイの身体は強制移動させられた。

奥の壁に手をついてその移動を止めると、フレイの瞳から溢れた無数の涙が辺りに散らばった。

 

ガモフの方でもぼんやりと観戦などしていられるはずもなく、ブリッジクルーはしつこくこちらを撃ってくる敵戦艦の主砲回避に追われていた。

「回頭取り舵20! モビルスーツは何をやっている!?」

ゼルマンの命令のままに回頭していくガモフの揺れる艦内で、アカネは必死に艦長席の背にしがみつく。

幸いガンダムとジンがメビウスを一機も通さず防衛してくれているため今のガモフは安泰だが、これで大丈夫なのだろうか? 戦いは何より数がものをいう。アカネが眉を寄せていると、オペレーターがエマージェンシーを知らせてきた。

「ショーン機、被弾!」

「え!? ……状況は?」

「帰還はありません。戦闘続行とのことです」

声を投げればそう返事がきて、アカネは唇を噛みしめてモニターを睨んだ。

メビウスはまだ半数以上残っている。

ドレイク級1隻は沈黙したが、依然として他2隻は健在。

しかもゼロとストライクまで出てきてしまった。

こちらの本命であるアークエンジェルにはブリッツが接近中で下手に攻撃も出来ない。

かくなる上は、やはり。

「艦長……!」

アストレイで出させてくれ──とアカネはゼルマンを見たが、無言で首を横に振られる。

 

「フラガ機は現在、バスター・ジンと交戦中」

「ストライクは?」

「デュエルと交戦中です」

混戦の中を主砲で援護すれば先遣隊のメビウスに当ててしまう恐れがある。よってアークエンジェルは敵モビルスーツの対処はストライクとゼロに任せ、ガモフとの間合いを縮めていた。火力で勝るガモフがいつローとモントゴメリを落とすとも限らない。その前に叩かなければ先遣隊を救助出来ないからだ。

状況を確認しながら、ナタルはとある違和感に気づいた。

フラガのゼロはバスター、ジンと交戦中。

ストライクはデュエル。

つまり、いま戦闘宙域にいる敵モビルスーツはジン、バスター、デュエルだ。

──おかしい。

そうだ、一機足りない、と目を見開く。

「ブリッツはどうした!?」

CICからのナタルの声に全員がハッとした。

「機影、見あたりません!」

「チッ、ミラージュを展開したか。アンチビーム爆雷発射! 対空榴散弾頭用意!」

ナタルが指示を出したのと、密かにアークエンジェルに接近していたニコルがブリッジにレーザーライフルをロックしたのはほぼ同時だった。

アンチビーム粒子がパッと華を咲かせ、引き金を引いたライフル火線は見事に相殺されてニコルは軽く舌打ちをした。しかもブリッジ周辺は弾幕が抜かりなく張られているため近づくことさえできない。

ニコルが歯噛みしている間にも、ナタルは次々と指示を出していた。

「ビーム角からブリッツの位置を推測! 追尾ミサイルを対空榴散弾頭に換装! 撃てー!」

ミサイル発射管が次々と開いていく。

そのミサイルが自分の方へ向かってくるのを確認したニコルはたまらずフェイズシフトをオンにし、シールドを構えた。

「く……!」

姿を現したブリッツに無数の多弾頭のシャワーが降り注ぎ、ニコルは歯を食いしばりながらも微かに口の端を上げる。

この攻撃はアークエンジェルの戦闘指揮官が自分の奇襲に一瞬で対応したということに他ならない。

「元々そちらのものでしたっけね、弱点も良くご存じだ!」

敵ながら見事だ、と素直に思ったのだ。

そしてまたミラージュコロイドをその身に纏い、姿を消して移動する。

アルテミスの戦いで付着に不安のあったミラージュコロイドの調整は既に済んでいた。少々高速で移動しても不都合が起きることはない。

が、アークエンジェル側もやはりブリッツのことは良く知っているのか対空ミサイルを怠らない。

これでは近づけず、かといってブリッツの火力では距離をとっての攻撃が効くとも思えず、ニコルは姿を隠したまま策の再考を巡らせた。

 

「ドレイク級、ネルソン級、なおも本艦に照準! ロックされます!」

「対魚雷追尾ミサイル発射、ネルソン級主砲到達予測位置を推測し、回避運動を取れ!」

敵艦艇のなりふりかまわない砲撃準備にガモフは肝を冷やさせられていた。

艦長席の背に掴まりながら、アカネは痺れを切らせたようにゼルマンに具申する。

「艦長、バスターにネルソン級の武装破壊命令を!」

補佐をしろと言われたのだから直接CICに指示を出したかったアカネだが、この状況では混乱させると踏んでまずゼルマンに伺いを立てたのだ。

ゼルマンは顔を渋らせた。ゼロ相手に遊んでいるバスターがこちらの指示を素直に聞くとは思えないと言いたげな表情だ。

アカネはなおも迫った。

「ではブリッツを戻して下さい!」

言うと同時に艦全体に大きな衝撃。酷い揺れがクルーを襲う。

「左舷後方被弾! ダメージコントロールC13番から18番ブロック隔壁閉鎖!」

「く……! こちらも撃たなきゃ! ──CIC、ショーンとディアッカに射線に注意と打電!」

崩れた体勢を立て直して、アカネは今度は直にCICへ向けて叫んだ。

ぼんやりしていたらガモフが沈む。

「艦長……!」

「うむ。レールガン用意、目標ネルソン級!」

危機的状況だからだろうか。不思議とゼルマンとアカネの息は合い、ガモフは450㎜・2連続レールガンをネルソン級──モントゴメリへ向けて放った。

モントゴメリでも当然その熱源を察知して回避を図るものの、ガモフの放ったレールガンはメビウス1機を巻き込んでモントゴメリの機関部を掠めた。が、この程度の砲撃ではまず落ちることはないだろう。

チッ、とアカネは小さく舌打ちをした。

アークエンジェルが網にかかったいま先遣隊など二の次だというのにこれでは埒があかない。

元々戦力に不安があったとはいえ、仕掛けておいて負けるなど冗談ではない。

ではどうすればいいのか?

対戦艦指揮は艦長とCICに任せ、モビルスーツの指揮を執るか?

いや、二名ほどアテになりそうにないパイロットがいるためそれも無理だ。

 

同刻、依然として鉄壁の守りを見せるアークエンジェルに取り付こうと試みていたニコルはアークエンジェルを落とすこと自体は断念していた。ブリッツは対戦艦向きの機体ではないのだ。もっともブリッツの性能を知らない相手であれば攻略も可能であるが、アークエンジェルはブリッツの本来の母艦。最大級に手強い相手だ。

しかし、このまま手ぶらで帰る気などむろんニコルには露ほどもない。

そうこうしているうちにもアークエンジェルはブリッツを警戒しながら前進を続けていた。そして主砲2門を起動させ始め──、ギョッとしてニコルは目を瞠った。

「ガモフを撃つ気か!?」

アークエンジェルは左右の舷に1門ずつ高火力の二連装ビームを主砲として備えている。足つき、と呼ばれる所以だ。既に見知ってるニコルは起動し始めた主砲を見て姿を消したままライフルを構えた。おそらくアークエンジェルは主砲でガモフを撃つ気なのだろう。ならばなんとしても防がなければならない。それに、今まで舷に収まっていた主砲を起動させてくれた事は武装破壊する絶好のチャンスだ。

ニコルは慎重に右舷をロックし引き金を引いた。同時にくるりとトリケロスを平倒しにして左舷へ向けランサーダートを放つ。三本のうちの一本が左舷の砲門に鋭く突き刺さって爆散したが、確認する間もなくニコルはその場から移動していた。

攻撃すればブリッツの位置が推測されてしまう。先ほどのように多弾頭ミサイルに追尾されるのを避けるためだ。

 

「右舷主砲破損──左舷主砲沈黙!」

「ブリッツか!? 位置は!」

「ロストしました」

 

ブリッツからの攻撃の余波で揺れるアークエンジェルブリッジではCICのやりとりを耳に入れながら艦長席の肘置きに乗せた手を震えさせるマリューの姿があった。

「ミラージュコロイドの性能が上がってるわ……こっちが試作して向こうが完成させるなんて!」

ブリッツは元々こちらが作っていた機体。

今は敵だと理解しつつも悔しさがこみ上げてきたのだ。

 

「ストライクとゼロは何をしている!?」

「引き続きデュエル、ジン、バスターと交戦中!」

 

ナタルは味方機にブリッツの排除を指示しようかと思案したが、3機を相手にしている今の二人にそれは無理だ。焦燥から強く唇を噛んだ。

 

メビウス・ゼロの参戦とデュエルの勝手な戦線離脱により、対メビウスを任せられていたショーンとディアッカは難しい状況に追い込まれていた。数の多い敵に対してこちらの数が少なすぎるのだ。

その余波を今まさにガモフが受けており──CICからの声がブリッジに強く響いた。

「メビウス5機が本艦に接近の兆し有り! モビルスーツ陣、突破されます!」

「なっ……ジンとバスターは何をやってるの!?」

「メビウス・ゼロ、メビウス数機に囲まれています!」

アカネが声を飛ばせば艦長席でゼルマンが呻る。

「対モビルアーマー戦闘用意、回頭15、右ロール角30、弾幕を張れ!」

モビルアーマー接近に備えてブリッジは各部署せわしく動き、アカネはモニターを睨んだ。向こうにゼロ一機が加わっただけでこの有様だ。やはりエンデュミオンの鷹は厄介なのだろう。

ガモフを護衛するモビルスーツがいないいま接近戦になれば絶対的に不利。もしメビウスの接近を許せば、最悪ガモフは沈むだろう。しかも前進してくるアークエンジェルはこちらを射程に捉えるか否かという位置まで来ている。

どうすれば──、とモニターを睨むアカネの額に汗が滲んだ。

逃げるという選択肢はない。

母艦が逃げ出せばモビルスーツが戻れなくなるからだ。ゆえに迎え撃つしか術がないのだ。

 

ニコルの方にその急を知らせる通信が入る。

「ガモフが……!?」

次は副砲を落としてから離脱しよう、などと考えていたニコルの思考はそこで完全に切り替わった。

「艦長、アカネさん!!」

レバーを引いて急速反転し、母艦へと向かう。

 

アークエンジェルでは突然のブリッツの離脱に驚き安堵するも、マリューは休む間もなく陽電子砲の充填を指示した。

主砲がブリッツに潰されて使えない今、それを使うしかないからだ。

 

メビウス陣は1つの小隊を成してガモフを目指していた。

連合の誇るエース機の援護で多少の余裕が生まれたため、モントゴメリから敵母艦を落としてこいと指示を受けたのだ。

「さァ、奴らの帰る場所をなくしてやれ!!」

散開して小隊長機が下がる。

ローラシア級はアンチビーム粒子を積んでいない。ゆえにともかく数機を囮にして機首にビーム兵器が搭載されている小隊長機の砲撃を当てるという戦法を睨んでの陣形だ。

 

「メビウス陣散開、先頭距離50に迫ります!」

「CIWS作動! 1機残らず撃ち落とせ!!」

ガモフではCIWSを作動させると共に目標データを入力して誘導ミサイル発射を急がせていた。

戦艦が機動力でモビルアーマーに勝てるはずがない。だから弾丸が放たれれば上手く殺していくしかないのだ。

「まさかネルソン級まで主砲撃ってこないでしょうね」

額に汗を浮かべたままアカネは戦艦──モントゴメリの動きを見ていた。

これほどメビウスがこちらに接近しているいま味方を巻き込む確率が非常に高い艦砲を使うとも思えない、が、やらないとも言い切れない。そうなれば回避は難しい。

そんな間にも電子戦席から再びけたたましい声が上がった。

「艦長、足つき方向に熱源を確認……! 陽電子を生成しているものと思われます」

「何だとッ、臨界点に達しているのか!?」

「いえ、まだです。しかし狙いは本艦と推察されます」

ドン、とゼルマンは肘置きを叩いた。

全モビルスーツに帰還信号を出し離脱すべきか?

いや、ザフトの誇りにかけてもノコノコ引き下がる訳にはいくまい。

いっそアカネを出撃させるか? 思いを錯綜させたゼルマンは一瞬迷ってすぐに首を振るう。

いまアカネを出したところで結果は変わらないだろう。第一、アカネのモビルスーツでの実戦データがないというのにわざわざクルーゼからの命令に背くという賭博も出来ない。

「メビウス、接近!」

既にガモフは3機のメビウスを撃ち落としていた。が、残った2機のうちの1機がすぐそばに迫っていることをCICが伝えてきた。

ゼルマンは集中砲火の指示を出し、クルーに衝撃にそなえるよう言い放つ。

指示通り、ガモフの砲弾は迫るメビウスに集中された。

しかし奇妙なことにそのメビウスは弾雨を避けようとはせず、蜂の巣となりながらもブリッジ目掛けて直進しバルカンのシャワーを打ち込んできたのだ。

ガモフは急ぎ回避行動を取り、結果左舷が再度被弾して艦が激しく揺れた。

 

ガモフに突っ込んできたメビウスには狙いがあった。

 

「ヘッ……小隊長……後は任せ──」

 

控えさせていた小隊長機の盾となること。

その役目を終えて四散した機体の奥から潜んでいたビーム砲がガモフのブリッジに火を向ける。

 

「これがナチュラルの連携だコーディネイター!」

 

有視界──いや眼前に熱を帯びていくメビウスのビーム経口が鮮やかに映った。全てを終わらせる熱の刃だ。

反射的にガモフの操舵士は力一杯にレバーを持ち上げた。

回避を叫ぶゼルマンの声。間に合わない、と呼応する操舵士の声。

揺れをしのぐためしゃがみ込んでいたアカネは幸か不幸か絶望的なその映像を見ることはなかった。が、刹那、遠い祖国の月明かりがふっと脳裏によぎった。

 

──死ぬのか、ここで。

 

そんな思いに支配され、バッと顔を上げる。

死ぬと考える余裕があるということは、まだ生きているという事だからだ。

するとクルー全員の視線が虚を突かれたように眼前に広がる光景に集中していた。

映っていたのは、黒いモビルスーツ。

「大丈夫ですか!?」

ブリッツがシールドを翳している後ろ姿が映り、通信機からは聞き慣れた少年の声がブリッジに響いた。

「ニコル……!」

「良かった、間に合った」

メビウスの反応が消えている。

恐らくはメビウスがビームを放った瞬間にブリッツがシールドを翳してブリッジを守り、そのままメビウスを落としたのだろう。

背中を汗で濡らし、肩で息をしていたクルー全員がワッと歓喜の声をあげた。

アカネもホッと胸を撫で下ろし、息を吐く。

が、そう気を抜いてはいられない──とアカネとゼルマンはすっかり息が合ったように互いの案が手に取るように伝わり、表情を引き締めると軽く頷き合った。

「戦闘データから足つきの回避運動を解析し照準を取れ! 方位修正後に機関40%、今日こそ落とすぞ!」

「ニコルを呼んで!」

ゼルマンが指示を出した直後にアカネもオペレーターに指示を出した。

ピッ、とモニターにブリッツのコクピットが映る。

「武装だけでいい、バスターと組んでネルソン級を破壊して。ガモフはアークエンジェルへ向かう」

「了解!」

アカネが画面のニコルに告げるとニコルはしっかりした声で答え、ブリッツは先遣隊の方へスラスターを勢いよく噴かせた。

 

窮地を切り抜ければ士気は上がり、逆に失敗した方は下がるものである。

ガモフは体勢を立て直し、先遣隊は残存メビウスが4機ほどになり崖っぷちに立たされていた。

「何をやっている……なぜあのジン1機落とせない!?」

ジョージが震えた声を漏らすのも無理からぬことだろう。拮抗した戦いのように見えたその実、ザフト側はまだ一機も落ちていないからだ。

オペレーターはローラシア級に向かわせたメビウス小隊の全滅と現ザフトの状況をコープマンへ告げた。

「Xナンバー・ブリッツ、本艦へ向かって来ます。ローラシア級はアークエンジェルへ目標変更」

聞いてコープマンはまずジョージに言った。

「国務次官殿は救命ポッドへ!」

この艦から脱出するよう申し出る。そしてブリッツが迫る前までにローラシア級の足を止めねば、と艦砲を起動させた。

 

「モビルアーマーごときが! 煩いんだよッ、落ちろ!!」

ディアッカは飛び回るメビウスとメビウス・ゼロ落としに躍起になっていた。

重武装のバスターと機動性が売りのモビルアーマーでは追いかけっこをしても敵うはずもなく、バスターの巨大な砲撃をいくら繰り出しても避けられるだけで一向に落とせない。

実はフラガの狙いはそこにあった。

ジンとバスターをメビウスが引きつけておけばモントゴメリとローにバスターの銃口が向けられる事はないからだ。

しかしショーンの方は敵の思惑を読んで何度もディアッカに告げていた。

「ディアッカ、お前は離脱して戦艦を落とせ」

「ああん? 被弾したヤツが偉そうにしてんじゃねーよ」

が、暖簾に腕押しである。全方位から迫るメビウスの攻撃を避けつつショーンは頬を引きつらせた。

「ノロクサ動かれても邪魔だ」

「何だとッ!?」

事実、攻撃を加えようにもバスターが割って入り迂闊に近寄れず、かといって接近すれば闇雲に砲撃を繰り出すバスターで自殺点よろしく自身が落ちる可能性もあり。いい加減に我慢も頂点に達して口調を強めても返ってくるのは反論のみ。ショーンはいよいよ困り果てた。

そこへまるで助け舟を出すかのようにニコルからの通信が飛び込んでくる。

「ディアッカ! 何やってるんですか、そこはショーンに任せてブリッツを援護してください!」

切羽詰ったような声だ。

「ネルソン級の艦砲を破壊します、急がないとガモフが危ない!」

が、命令形じゃないにしろニコルの言うことを大人しく聞くディアッカでもない。

しかしニコルの方もそれは百も承知だ。まして指示を出したのがアカネだと知ればテコでも動かないだろう。ゆえに、こんな言い方をした。

「ガモフが沈めばあなたの私物も消えますよ。お気に入りの雑誌を持ち込んだとか言ってませんでしたっけ?」

「ぐっ……」

それにディアッカは分かりやすいほど反応した。

「ここは頼みますよ、ショーン」

「了解」

ショーンはニコルに従って離脱するバスターをライフルで援護してからゼロへと向かう。

フラガの方はそれに舌を打っていた。バスターを行かすまいとガンバレルで威嚇したというのに見事阻まれたのだ、舌の一つも打ちたくなるのは当然だろう。その苛立ちのままにフラガは自身の方へ向かってくるジンを迎え撃つ。援護するように残存メビウスもジンの周りを取り囲んだ。

ゼロは4基のガンバレルを有しているため本体と合わせればゼロ1機で5機近くの働きをする。残存メビウスは4。実質10機近い数の敵に囲まれて、ショーンはゴクリと喉を鳴らした。

「死んだら、遺族年金たんまり入るかな」

呟いてライフルを収め、重斬刀を抜く。

「だが俺も精鋭クルーゼ隊の一員でね! そう簡単に落ちるわけにいくかッ!」

巧みなレバー操作でジンの胴体をぐるりと回し、上部に展開していたガンバレルの有線をスパッと斬った。そのまま重斬刀を構えて加速させそばのメビウスに向かう。全力ですれ違いざまに斬ればメビウスの装甲程度は突破出来るのだ。

接触の物理的な負荷がレバーを握りしめるショーンの腕にかかり、メビウスは真っ二つに割れて爆散した。

「あと4機──ッ!!」

残りのガンバレルを展開するゼロとメビウスの攻撃をかわしつつ、ショーンはギリギリの状態で奮闘した。

 

アークエンジェルの方は陽電子砲が臨界点に達する前にガモフの主砲にロックされ、回避を余儀なくされた。が、完全回避はできず発射された主砲は左舷辺りを掠めて艦全体が激しく揺れる。

「こちらの回避アルゴリズムが解析されている……!?」

「主砲が使えません、艦長……!」

先ほどのブリッツの攻撃で主砲2門を潰され、迫るガモフに対してアークエンジェルが有効な手を持たないのは誰の目にも明らか。ナタルはマリューに決断を迫っていた。暗に撤退の、だ。

「……。バリアント用意」

「艦長!?」

「良いから援護して! ブリッツとバスターがモントゴメリに向かってるのよ!?」

副砲でなおも応戦しようとするマリューにナタルは抗議に近い声を上げたが、艦長席からマリューに睨まれその指示に従う。

 

「おいおい、戦闘続行だとよ」

「機関部火災発生で消火に追われてるってのに」

 

直ぐ後ろのハンガーで忙しなく仕事に追われている整備班の愚痴を耳に入れながらフレイはガタガタと震えていた。

被弾の揺れで壁に身体を強く打ち付けたせいでどこかおかしくなったのではないかと思うほど唇が揺れ動いている。

「どうなってるのよ……パパの艦は……」

戦闘状況などいちいち教えてもらえるはずもない。時おり耳に入ってくる整備兵達の声で状況を想像するしかないフレイだったが、あまり良くないらしきことは否が応でも悟っていた。

 

一方のイザークはあまりに手こずらせるストライクにイライラを募らせていた。

ビームサーベルで接近戦に持ち込んでも鍔迫り合いが続くのみ。認めたくはないが、かなり拮抗した戦いを強いられていた。

キラの方は出撃してきたのがアスランでないことに安堵しつつ、何とかデュエルの相手をしていた。

L3での戦闘のように数機に阻まれれば難しいが、1対1ならそう簡単にやられる事なく戦える自分に少々驚く。元はデュエルもストライクもスペックにそう変わりはないはずなのに、どことなくストライクの方が性能が良いように感じられた。

妙に手に馴染んでいる。カレッジのゼミでカトー教授に手伝わされて解析していたOSの操作具合と似ている、とキラはそんな風に考えていた。

しかし思考の海に浸る余裕など当然キラにはない。

モントゴメリにブリッツとバスターが向かうのを確認して否が応でも焦りだけは募っていく。

もう諦めてくれ──、と願いながらキラはなかなか諦めない相手の攻撃をかわし続けた。

早く突破してモントゴメリの援護に行かなければ。あれにはフレイの父ジョージが乗っている。だから守ってやってくれ、と出撃前に管制席からミリアリアが言ってきたのだ。できればそうしてやりたい。

 

「艦長、もう離脱しろ! これ以上は持たん!!」

1基のガンバレルを残して他は破壊されたフラガはアークエンジェルへと通信を入れた。

このままズルズル戦っても、いずれやられるだけだと判断したのだ。

「しかし……!」

「ブリッツ、モントゴメリへ接近!」

「ローラシア級、なおも本艦へ照準……ロックされます!」

尻込みする間にも次々報告があがってきて、マリューは言葉に詰まった。

「艦長……! これではアークエンジェルも沈みます! ゼロとストライクに帰還命令を!」

指示の遅れたマリューにナタルがCICから叫んだ。

「──曹長、回避運動を取れ! 左ロール角20、取り舵30!」

そして艦長命令を待たずノイマンに指示を出す。越権がどうのと言っていられる状況ではなくノイマンも指示通り艦をコントロールしたが、直撃は避けられたものの衝撃で艦全体が激しく揺れた。

「ラミネート装甲温度上昇、廃熱追いつきません! あと1発でも受ければ持ちません!」

「艦長、ローラシア級の狙いは本艦です! いま退けば護衛艦もアークエンジェルも沈まずに済みます!」

たまらずナタルは続けて具申した。

ガモフの動きを見ていれば自分たちがまんまと誘き寄せられたことはもう明白だ。

しかし、向こうも無傷ではないため深追いはしてこないだろうと予測される。

ローとモントゴメリを見逃してくれるほど相手が甘いとは思っていないが、このまま戦闘を続けるよりは現実的な案だとナタルは考えていた。

 

モントゴメリへと向かったニコルはというと、飛び道具がレーザーライフルしか現在残っていない事に軽く歯噛みをしていた。

対戦艦ならばランサーダートの方が使い勝手が良いのだが、先ほどアークエンジェルの主砲を破壊するため既に使ってしまった。

「ディアッカ、エネルギー残量は?」

「あと2発って所だな」

モントゴメリの砲撃を相殺するためにバスターはありったけのガンランチャーをばらまいており、弾薬は底をついている。

そばの護衛艦ドレイク級がしつこく魚雷やらミサイルやらを繰り出してきたが、そちらに構っているエネルギーは2機とも残されていない。

ニコルは一度深呼吸をした。

「──僕が出て引きつけます。1度で艦砲を落としてください」

言って機体を隠すことなくモントゴメリの壁面へと展開させる。攻撃を自分に集中させるためだ。

「あッ、おい命令すんな!」

ディアッカは文句を垂れながらもバスター最大の特徴である合体砲、ランチャーとライフルを連結させ超高インパルス長射程狙撃ライフルを用意した。

 

先遣隊のピンチを見てデュエルを無理矢理に振り切ろうとしたキラだが、またもしつこくサーベルに阻止されてしまう。

「キラ……! キラ、戻って! このままだとアークエンジェルが……!」

「えっ!?」

ふいにミリアリアの必死な声が通信を通して入り、アークエンジェルの方を振り返れば機関部が損傷していてキラは愕然とした。

「アークエンジェル──!?」

その瞳を開いた瞬間の隙をつかれ、デュエルがストライクに斬りかかってきた。

一瞬、キラの頭は真っ白になる。

 

──先遣隊か、アークエンジェルか。

──自分は何を、どっちをとれば。

 

そんな思考がよぎった刹那、キラは反射的にストライクを引いてデュエルの振り下ろすサーベルを避け自身のサーベルを横に振り払っていた。

とっさにデュエルもシールドを翳したものの、コクピット付近に軽く火花が散る。その小破に一瞬デュエルが怯んだ気配が伝い、キラはすかさず反転した。ストライクが戻らなければアークエンジェルは動けない。そう判断した身体が勝手に動いたのだ。頭には友人たちの笑顔しか浮かんでこなかった。

自分にとっていま一番大事なのはアークエンジェルに乗っている友人。それを思い知らされたのだ。ならば選ぶのは友人たちだ。

 

「このッ、逃がすかよ!!」

 

離れたストライクをデュエルがライフルで追い、キラは無我夢中で操作して全て寸でで避けていく。

なおも逃がすまいと追ってくるデュエル。しつこさにキラは冷汗を流し、なんとか離脱する隙を稼ごうと腰に格納されているアサルトナイフを素早く抜いた。

寸前まで引きつけて振り返りざまに脇腹に入り込み、コクピット付近へ思い切り突き立てる。先ほど損傷させた箇所ならナイフでもダメージを与えられると踏んだのだ。

 

「うわ──ッ!」

 

バチバチ、とデュエルのコクピット内では火花が飛び、小さな爆発が起こってイザークのパイロットスーツのバイザーが砕けた。

その破片がイザークを襲う。

「く……痛ぅ」

瞳に直撃という事態は避けられたものの眉間から頬にかけて血が流れ出し、イザークは負傷箇所を押さえ込んで動きを止めた。

ストライクはというと、それ以上の攻撃は望んでいないと言いたげに離脱した気配が伝った。

「まて……ストライク……!」

痛みに耐えながらイザークは闇雲に攻撃するも目があかず方向感覚が掴めない。自分の場所さえ掴めないまま虚空へ向けてライフルを連射し続けた。

 

「ストライク、帰還します。パワー残量残り僅か」

「良し、着艦後アークエンジェル機関最大。宙域を離脱する!」

「バジルール少尉、何を……!?」

ナタルが勝手に指示を飛ばし、マリューは驚いてCICを見下ろした。

「ここでアークエンジェルとストライクを沈められるわけにはいきません!」

「しかし……!」

既にバスターの砲撃でモントゴメリは機能停止しつつある。

艦長と副長のやりとりを操舵席で聞いていたノイマンが、ついに痺れを切らせたように声を絞り出した。

「私も離脱を具申致します……!」

「そ、曹長……?」

「コープマン大佐のお心を……無にしないで頂きたい!」

震えた声の先でノイマンは涙を滲ませていた。

今すぐ飛んでいってコープマンを助けたい気持ちは誰より勝っているノイマンだ。しかし既に命令違反を犯し、命をかけてまで離脱を打電してきたコープマンを自分は苦しめている。それがノイマンには耐えられなかった。

クルー一同シンとしてその血を吐くような訴えを聞いた。

「ストライク、着艦!」

ミリアリアの声がブリッジに響き、ハッとしたマリューは一度グッと瞳を閉じた。

「……。分かったわ。アークエンジェル機関最大、戦闘宙域を離脱します」

そして光学映像に映る先遣隊の戦闘映像を後ろ髪引かれる思いで見つめながら、アークエンジェルはその場から反転した。

 

「どういう事!? ねぇパパの艦は?」

一足先に帰還してコクピットから顔を出したフラガにフレイはそう迫っていた。

フラガが無言で首を振るう。

その動作に絶望を感じ取ったのか、フレイは瞳孔を開いて更にフラガに迫った。

「だってまだ大丈夫なんでしょう!? 助けて……パパの艦を助けてよ!!」

「お嬢ちゃん……」

「なによ、だったらいい! 私が行く……! 私がモビルスーツに乗る!!」

言い捨てて、ちょうどハンガーに入ってきたストライクへ向かおうとするフレイの腕をフラガは強く掴んで止める。

「やだ、離してよ!! パパが……!!」

無情にも遠ざかる艦を感じながらフレイは大きな瞳から辺りに丸い水滴を無数にまき散らした。

 

ガモフの方でもショーンからデュエル小破の報告を受け、追撃は不可能だと判断してモビルスーツに帰還信号を出していた。

「戻る? 手ぶらで戻れっかよ! どけ、ニコル!!」

「ディアッカ! 命令ですよ!」

「知るか!」

ディアッカはそれを無視して既に沈黙しかけていたモントゴメリへ照準を合わせ始めた。

 

被弾による爆発で既に脱出ポッドは使えなくなっており、ジョージは死を覚悟していた。

戦闘宙域に出てきたのだ。絶対に無事であるとは最初から思っていない。

唯一の救いはフレイの乗るアークエンジェルが無事に離脱してくれたという事だ。

「最期までお前に寂しい思いをさせて済まない……フレイ、愛しているよ」

亡き妻の面影を宿した美しい我が子を思い浮かべて、フ、と笑う。

「それにしても良いモビルスーツだ……。やはり私は正しかった」

バスターの砲撃が艦を貫く。

コープマンも最期の瞬間まで離脱していくアークエンジェルに艦長席から敬礼を贈り続けた。

 

すぐに閃光に包まれたモントゴメリを光学映像で確認してノイマンは無言で周囲に涙を浮かせた。

 

「パ……パ?」

フレイは耳にジョージの声が届いた気がしてハッとした。

愛している、と優しい声が確かに聞こえた。

「パパ……?」

「お嬢ちゃん?」

「今、パパの声が……」

辺りを見回してもジョージはいない。

「モントゴメリ、撃沈──!」

整備兵の一人が遠くで叫び、宙を彷徨っていたフレイの瞳孔がこれ以上ないというほど開いた。

「う、そ……うそよ……!」

引きつけを起こしかけたフレイの身体を慌ててフラガが支える。

「いやぁぁあ!! パパ、パパーーー!!!」

ここに置いておいては不味いとフレイの身体を支えたままハンガーから出ようとするフラガに抗い、フレイは必死で宙に手を伸ばした。

「離して! パパ……パパ!!」

無数の水滴を撒き散らせながらハンガーにフレイの悲痛な声が響き、整備兵達もストライクのコクピットから出てきたキラもやるせない思いを抱えてそれぞれに拳を握りしめた。



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PHASE - 016 「間違った存在なのよ」

ガモフもアークエンジェル追撃及び先遣隊の殲滅は諦めて戦闘宙域から離脱した。

ショーンのジンに抱き抱えられるようにしてデュエルは帰還し、控えていた救護班がコクピットからイザークを引き出すとそのまま医務室へと連れて行く。

 

「ニコル、ショーン」

イザーク負傷の報告を受け、医務室に駆け付けたアカネはドアの前で待機していた二人に声をかけた。

「どうなの? イザークの容態は」

「怪我の方は心配いらないそうですが……」

「ちょっと錯乱気味で鎮静剤打ったところだ」

ショーンによればデュエルはエネルギー切れまでライフルを撃ち続けたのか、フェイズシフトダウンを起こして方向感覚を無くしたまま制御出来ずグルグル辺りを回っていたという。

宇宙で立ち位置が分からなくなる事ほど恐ろしいものはない。怪我も相まってイザークは極度の興奮状態にあったのだろうと説明され、そう、とアカネは呟いた。ともかく命に関わるような怪我でなくて良かった、と安堵する。

「二人ともお疲れさま、大変だったわね」

そして戦闘から戻った二人を労い微笑む裏でアカネは複雑さを拭いきれなかった。

ショーンとニコルも同様だろう。ショーンは肩を竦め、ニコルは眉を寄せる。

なぜなら、いまここにある現実は任務失敗というただの結果だからだ。どれだけ奮闘しようが現実は残酷だ。どう言い訳してもアークエンジェルを逃がした事実は変えられない。

そしてむろん、三人とも胸中に不満もあった。

「……。すみません、ろくに艦長やアカネさんの指示を遂行できなくて」

ことさら、アークエンジェルを相手にしていたニコルは責任も人一倍感じていたのだろう。申し訳なさそうなニコルの言葉を受けてアカネは首を振るった。

「君が頑張ってくれたから、ガモフは沈まずに済んだのよ。ショーンも鷹は厄介だったでしょ?」

励ましつつショーンに話を振れば、振られたショーンはハハハ、と肩を竦めた。

「フェイズシフトが羨ましくなるね、あれに囲まれると。ま、鷹も厄介だけどさ……、やっぱバスターには俺が乗れるよう交渉しようかな」

暗にディアッカの任務態度への不満。お互い具体的な事は口にしなかったが感じているものは同じだろう。

「ガモフの被害状況はどれほどなんですか?」

「んー……そう修理に手間取らないとは思うけどそろそろ補給も必要だし、ヴェサリウスと合流してクルーゼ隊長の指示を待つしかないわね」

「月艦隊と足つきの合流を阻止するのは、ほぼ無理だろうな」

戦闘後の疲労感も相まって、3人はそれぞれ表情に疲れを滲ませながら肩を落とした。

 

 

同じ頃、アークエンジェルの医務室でも気を失ってしまっていたフレイがベッドに寝かされていた。

頬には涙の跡がくっきりと残っており、そばに付き添っていたミリアリアは胸を刺されるような思いで彼女を見つめていた。

フレイは一級下で、あまり自分たちの輪に入れずずっと心細い思いをしていたことを知っている。

だから少しでも勇気付けたくて先遣隊と共に父親が来ていたことを告げた。

結果的にそれがフレイを苦しめることになってしまった。

例え父親の死が免れない結果であったとしても、すぐそばで父親が死んでいく様子を目の当たりにするよりは後々に知ったほうが幾分辛さも減ったはずだ。

キラにも出撃前にその事を伝えたせいで、フレイの父を守れなかった罪悪感を背負わせてしまった。

デュエルの相手がどれほど大変だったのかはブリッジの映像で見知っているというのに。自分の力不足でモントゴメリが沈んだと落胆していたキラを見るのが辛かった。

「どうしてこんな事になったんだろう……私たち」

日に日に戦艦の仕事にも慣れ、まるでそれが当然のように錯覚していても現実は突如無慈悲な形で命のやりとりをしている事実を突きつけてくる。

ほんの少し前まで、平和な国の、平和なコロニーで穏やかに暮らしていた自分たちだというのに。

父や母はどうしているだろう? 無事にヘリオポリスを脱出したのだろうか。無事を信じたいが、あの崩壊に巻き込まれていないとも言い切れない。

不安に涙が溢れそうになるのをミリアリアはグッと拳を握り、唇を噛みしめて耐えた。

これが今の自分たちの現実なのだ。

過去を振り返って泣いても現状は何一つ変わらない。

戦って、生き抜いて、いつかまたあの生活に戻るのだ。

トールやキラやカズイと一緒に必ず。

だから今はしっかりしなくては、とミリアリアは胸の奥で一人誓いを立てた。

 

「ありがとうあなた達、もう休憩に入っていいわよ」

宙域を離脱して戦闘配備の解除後しばらく。マリューは副操舵席のトールと通信席のカズイに告げた。

頷いてブリッジを出る二人と入れ違いざまにフラガが中へ入ってくる。

「やれやれ、参ったねぇ」

「フレイさんの様子はどうなんですか?」

「ああ、今は眠ってるが……どうかな。しかし、アルスター次官はこの軍事計画を推してくれた一人だろ? 状況は益々厳しくなったな」

「ええ……ローラシア級がこちらをロストしてくれたのは幸いですが、ナスカ級がいなかったのも気になります」

マリューが瞳を伏せ、フラガもドリンクを片手に眉を寄せる。

マリュー同様フラガにも気がかりがあった。先の戦闘で出てきたザフトの艦は間違いなくクルーゼ隊のものだろうが、なぜかクルーゼを感じない。ということはあそこにクルーゼはいないという事だ。

「アイツしつこいからなぁ、合流前に現れる可能性も否定できん。まだまだ気は抜けないなこりゃ」

うんざりしたようにガシガシと頭を掻く。

フラガとてフレイの悲痛な訴えに何も感じていないわけではなかったが、戦場に長くいるとこういう事は珍しくもないのだ。切り替えなければとてもやっていけない。

クルー全員が同じような気持ちを胸に留めたままそれぞれの仕事を続行し、ブリッジを出たトールとカズイは真っ先にキラの所へ向かっていた。

「キラー! お疲れさん!」

食堂でドリンクを片手に背を丸めるキラを見つけ、トールは努めて明るい声でバシ、とキラの背を叩いた。

「いやー、危なかったよなぁ、ブリッジでもブリッツがしつこくてさあ」

そしてキラの隣の腰を下ろしてみても、キラは瞳を伏せたままギュッとコップを握りしめるだけだ。

「お前がデュエルを足止めしててくれなきゃもっと酷いことになってたかもしれないんだ……あんま気にすんなよ」

「そうだよ。俺たち、出来る限りの事はやったんだしさ」

トールの分の水も汲んで来たカズイもテーブルにコップを置きながらキラを気遣う。

うん、とキラは小さく頷いた。

あのまま戦闘を続けていればアークエンジェルも沈んでいたかもしれないのだ。

そうすればこうしてトール達と一緒にいることもできなかった。

自分の選択は間違っていない。

だが、キラの脳裏にはハンガーでフラガに連れられながら泣き叫んでいたフレイの表情が鮮明に刻まれていた。

もっと自分に力があれば、あんな結果にはならなかったかもしれない。

罪悪感と己の無力さ。

そして、また戦闘になれば自分は友人達を守りきれるだろうかという焦燥感にもキラは苛まれていた。

そんなキラを励ますトールとカズイにも、後輩の父親の死という戦争の現実は暗い影を落としていた。

 

 

うっすらと瞳を開いたイザークはぼやける視界に違和感を覚えた。

右目の付近に鈍い痛みを覚え、そっと手をやると薄い布が幾重にも巻かれていて違和感の正体を悟った。片方の視界が包帯で塞がれていたせいだ。理解したと同時にイザークは反射的に飛び起きた。

「つっ……」

振動で傷に痛みが走り──、痛みからか怪我を負った経緯を脳裏に甦らせたためか自身でも分かりかねるほどに寝具を握りしめる手が震えていた。

 

『どこだストライク! ストライクーーーー!!』

『落ち着けイザーク、おいイザーク!』

 

小破に加えてエネルギー切れも起こしたデュエルの暗いコクピットの中、自身の血のニオイを感じながら必死で叫び続けていたらショーンの声が聞こえた。そのまま強制的にガモフに帰還させられ、気づけば医務室のベッドの上という有り様だ。

「この俺がナチュラルなどにこんな傷をもらったというのか……!」

いま感じている痛みも、あんな無様な姿を晒して帰還せざるを得なかったのも全てはストライクのせいだろう。

連合のナチュラルの乗るモビルスーツに、選ばれたエリートである自分が傷つけられた。

「くそっ……母上に合わせる顔が……!」

これで本国に戻ればエザリアはどう思うだろう? 幼い頃から選ばれたコーディネイターの中でも更に選ばれた存在だと教わり、自分もそれを信じてきたというのに。

ただでさえ最近の任務は失敗続き。自分の本国での評価は危ういかもしれない。おまけにこんな傷まで負ってノコノコ帰ればエザリアはさぞ情けなく思うに違いない。

ジュール家の息子は遺伝子に欠陥でもあるのではないか、などと既に言われている可能性すら否定できない。

「このままおめおめとプラントに戻れるかッ!」

よぎった光景に青ざめた頭を振るうと、イザークはそのまま医務室を飛び出た。

 

その頃、アカネはハンガーの隅に併設してあるシミュレーション台で戦闘シミュレーションと先の戦闘データの解析にあたっていた。

追撃は厳しいとはいえ、いつまた戦闘になるか分からないのだ。

そうなれば次こそ抜かりなくモビルスーツ陣の指揮を執る。そのための戦術と、例の二人をどう対処するかも頭に巡らせながらふとハンガーをぐるりと見渡す。整備兵達は休む間もなく修理作業に追われ、そろそろ限界が近いことが表情から見て取れた。

「ダ、ダメですよあれはまだ……!」

「うるさいッ!」

急にハンガー入り口の方から空を切るような鋭い声が聞こえてアカネは反射的にそちらに目をやった。

「!? イザーク」

包帯を頭に巻いたままのイザークが整備兵と何やら揉めている。

「何やってるの……!? まだ休んでないと」

医務室に寝かせておいたはずのイザークがなぜここにいるのか。軍医は止めなかったのか? と思いながらも急ぎそばに寄ると、イザークは彼自身の腕を掴んでいた整備兵を思い切り振り払って叫んだ。

「デュエルに今すぐアサルトシュラウドを付けろ! 二度とあんなくだらん攻撃で小破などせん様にな!」

ただでさえ三白眼気味の眼を更にひんむいて整備兵に迫っている。

アサルトシュラウドとはジン用の追加装備だ。レールガンとミサイルポッドを搭載し厚い装甲で防御力の向上も計れ、破損すれば自力で脱ぎ捨てる事もできる。しかし、それを開発系統のまるで異なるデュエルに付けるのはそうたやすい問題ではない。

ハンガー中の整備兵がざわつく中、アカネはイザークの肩を掴んで正面を向かせた。

「メカニックは今それどころじゃないのよ、君は医務室に戻って──」

「今は貴様になど構っている暇はない! 俺は次こそこの手でストライクを討ち取る!」

「だからってあんな重いもの背負ってどうするの!? 機動性でストライクに完全に負けてたじゃない、君みたいに近接格闘ばっかりやるパイロットじゃあれは──」

「貴様……ッ!」

負け、という言葉にイザークはカッと反射的に左手を強くアカネに向けて振った。

「くっ!」

それが頬に入る前に手で受け止めたアカネだが、加えられた力により身体全体が壁に向けて勢いよく飛ばされる。

「特尉──ッ!」

メカニックの一人が叫んだと同時に何とか身体を捻りダメージを最小限に抑えたアカネだが、それでも身体は強く壁にぶつけられ再び宙へ跳ね返されながら小さく呻いた。

「こ……のッ……!」

一度この短気な少年をこちらも拳で修正した方が良いのではという思いを何とか抑える。できれば怪我人相手に拳での会話は避けたいものだ。が、ここクルーゼ隊では整備兵はどうにも赤服には逆らえないらしく自分しかイザークに物を言える人間がいないのもまた事実。アカネは仕方なくもう一度イザークの方へ向かった。

イザークの方は、アカネを突き飛ばした事を反射的に不味いと感じてはいた。しかし今はストライクに受けた屈辱の方が何倍も感情を支配しており、抑えがききそうにない。

「俺は……負けてなどいない! そもそも、デュエルの武装じゃ簡素過ぎて足りないだろうが! それを補うために俺は──」

「みっともないわね、機体のせいにするつもり?」

「何だと!?」

「作戦も必要ない、簡単に蹴散らしてやる。君はそう言って出ていったのよ? 結果がこれじゃない」

言われてイザークは激昂のままにアカネの胸ぐらを掴み、アカネも負けじと睨み返す。

「悔しいのが自分だけだと思ったら大間違いよイザーク。でもこれでもう二度は同じ事を繰り返してるわ。今のままストライクと再戦しても結果が変わるとは思えない」

「貴様ッ、この俺があんな連合のナチュラルのパイロットに劣ると、そう言いたいのか!?」

怨恨の色を左目に滲ませるイザークにアカネは一瞬言葉に詰まった。

ストライクのパイロットはコーディネイター。彼はその事実を知らないのだ。もしナチュラルであれば、ストライクがあんな風に戦えたどうかは定かではない。

しかし──、アカネはすぐに思考を切り替えた。誰が乗っていようがストライクが敵である事実は変わらないからだ。

「そうじゃないけど、手強いって事はこれまでの戦闘でハッキリしてるじゃない。ニコルだってアルテミスで苦戦して──」

「臆病者の話など参考にならん! 次は必ずこの俺がアサルトシュラウドで今までの礼をする! 貴様ら、分かったらとっとと作業にあたれ!」

「ちょ、ちょっと……! メカニックを倒れさせるつもり!?」

アカネを掴んでいた手を離しながら整備兵達に命令するイザークをアカネは慌てて止めた。

身体中油まみれの整備兵達が既に限界に近いのは誰の目にも一目瞭然だ。

「先の戦闘でガモフも被弾して、デュエルやジンの修理にも追われて彼らはずっと働き通しなのよ。君だってそんな怪我じゃ戦闘になっても出撃させられないわ」

「こんな屈辱を受けたまま引き下がれとでも言うのか!?」

「君は軍人でしょ、私怨で戦ってるわけじゃないはずよ」

「ザフトとしてもストライクは見逃してはおけないものだ!」

「だから少し落ち着きなさいって言ってるのよ!」

かち合う視線に火花が散り、なぜこんな人目に付く場所で口論をしなければならないのかとアカネは半ばうんざりしかけていた。

アカデミーではどういう教育を受けたのだ、と通算何度目になるか分からない疑問を頭で呟くも少しずつこの環境に慣れ始めている自分も恐ろしい。頭を抱えつつアカネはハンガー中の整備兵達を見渡した。

「メカニックは予定通り今の作業が終われば休息に入るように」

「し、しかし……」

その指示にそばの整備兵がイザークの顔色を気にしていたが、諭すように告げる。

「あなた達に何かあったらパイロットもガモフも困るわ。良いわね?」

アカネがザフトに慣れ始めたようにザフトの方も既に大分アカネに慣れ、更には共に艦の危機を乗り越えた事である種の一体感のようなものが生まれていた。引いては先の戦闘において艦長補佐であった分、指揮権はイザークよりアカネの方が勝っている──と感じたのだろう。

了承した整備兵達にすかさず文句を言いかけたイザークだが、アカネはまた暴れ出さないうちにイザークの腕を引っ張ってハンガーの外へ連れて行った。

「少しメカニックを休ませてあげて。装備の事はその後よ」

こういう時は無重力がありがたい、とそのまま突き当たりを抜けて廊下まで引っ張っていって手を離してやると、案の定イザークは不機嫌さを隠す事なく片目でアカネを睨み付けてきた。

「貴様ッ! どういうつもりだ! なぜニホン人の命令を優先させる必要がある!」

「私だって好きで他国の軍艦で指示飛ばしてるわけじゃないわよ。たかだか特尉程度なんだし、そもそも情報機関所属だし。でも先の戦闘じゃ艦長補佐だったって出撃前に知ってたでしょ? 君もディアッカもまるで個人行動ばかりして……君が臆病者だって言ったニコルがいなきゃガモフは落ちてたのよ……ショーンがいなきゃ君だって戻れなかったかもしれないわ」

「だから次こそ仕留めるためにアサルトシュラウドを付けろと言っているのだろうが!」

「小回りの利かない重装備で、そんな怪我抱えてまたストライクに突っ込むつもりなの? イザーク、悔しさは分かるしアークエンジェルもストライクもこのまま見逃せないって事も分かるわ。だから、もう少しじっくり戦術を──」

「これは俺の戦いだ! このまま……手ぶらで戻るわけにはいかないんだよ! 貴様に分かるか!? 俺を誰だと思っている? イザーク・ジュールなんだぞ!」

よほど感情を高ぶらせたのか左目にうっすら涙まで滲ませて叫ぶイザークにアカネは微かに眉を寄せた。

プライドの高さからの悔しさも、手柄を焦る気持ちも、有力者の子息である立場も、イザークの心情はよく理解できる。しかしあまりにそれが先走りすぎていて状況を冷静に見られないというのはこの少年の短所だろう。

アカネは小さく息を吐いた。いまこれ以上話を続けても無意味だと考えて軽くイザークの肩を叩く。

「医務室でもう一度ゆっくり考えてみて。あまりみんなを心配させないで、君は……イザーク・ジュールなんだから」

ピク、とイザークの肩が少し反応したのを感じながらアカネはそのままハンガーへ戻った。

 

「一般人が……!」

遠ざかるアカネの背を睨みながらイザークは低く呻いた。

気に入らないが、このままハンガーに戻っても自分の意見は押し通せないだろう。血圧のあがった頭でもその程度は理解でき、くるりと背を向ける。

整備兵が自分よりアカネの発言を優先させたことも気に入らなかったが、今はニホン人より連合のナチュラルを倒すことのほうがよほど重用だ。ならば──、と思い直してイザークは医務室には戻らずトレーニングルームへと向かった。

 

 

フレイもまた、医務室のベッドで昏睡の淵から覚醒しつつあった。

いっそ目覚めなければ良かったと意識が戻れば後悔したであろう少女の泣き腫らした瞳がゆっくり開けば、遠慮がちに隣から声がかけられた。

「気が付いた?」

ぼんやりとそちらを見ると、まだうっすらぼやける視界に心配そうな表情。

「ミリ……アリア?」

段々と視界がハッキリして、ミリアリアの顔を確認すると一気に脳が覚醒してフレイは大きな瞳を極限まで開いた。

「パパ──ッ!」

「フレイ!」

反射的に腰を起こし、瞠目したフレイの頭はハッキリとハンガーでの光景を思い出していた。

ゼロが帰還して、ストライクも帰還して、アークエンジェルはあの場を離脱した。その後まもなくモントゴメリは沈んだのだ。ジョージを、父を乗せたまま。

「どうして……パパを見捨てたの!? ねえ、アークエンジェルもストライクも、まだ戦えたはずでしょう!?」

「フレイ……」

震えるフレイの肩を抱き支え、ミリアリアは彼女にかける言葉を模索した。

見捨てた、と言えば聞こえは悪いが間違ってもいない。元々離脱すべき所を助けに行って、無理だと分かればやはり逃げ出したのだから。それが指示とはいえ、フレイは納得はしないだろう。

「向こうにはデュエルもバスターもブリッツもいて、ジンもいて……フラガ大尉とキラだけじゃどうにもならなかったの。艦長達も精一杯戦ってたんだけど」

「でもキラはコーディネイターじゃない! どうしてあいつらをやっつけてくれなかったのよ!」

「フレイ! キラは……軍人じゃないのよ!? デュエルがしつこくて、アークエンジェルを守るので必死だったんだから」

こんな状態とはいえ、フレイの発言には黙っていられなかったミリアリアも声を強めるとフレイは眉を寄せて自分を抱いていたミリアリアの腕を振り払った。

「でも、パパを殺したのもコーディネイターよ」

「フレ──」

「もう放っておいて!」

そしてベッドから降りてミリアリアを一蹴すると、哀れむようなミリアリアの目線を背に感じつつ医務室の外へ出る。

廊下を歩きながらフレイは悲しいのか無気力なのか説明の付かない感覚に捕らわれていた。

ほんの一日ばかり前の自分は、久しぶりに父に会える嬉しさで胸が弾むように幸せだったというのに。じわり、と目尻に涙が浮かんでくる。平穏だったヘリオポリスでの生活を壊したのも、最愛の父を奪ったのもコーディネイターなのだ。

「コーディネイターなんて……病気でもないのに遺伝子操作して……自然の摂理に逆らった、間違った存在なのよ」

胸に空いた穴を埋めるように呻きながらハンガーへと向かう。先ほど退去させられたハンガー。一歩足を踏み入れれば、相変わらず整備兵達が油まみれになって仕事にあたっていた。

「だから存在していること自体が間違いなの……」

ぐるりと色を無くしたような瞳で、奥に格納されていたゼロとストライクを見渡す。

「コーディネイターさえいなければ、戦争なんて起きなかったもの」

もう父は居ない。

政府高官として和平のために働いていた父をコーディネイターに殺された。

たった一人の肉親を失い、もう自分には何もないのだ。

行くべき場所も、帰る所も、迎えてくれる人もいない。

幸せだった自分の全てが欠片も残さず消え去ってしまった。

「だったら、消えるべきよね……」

グッ、と何かを決意したように拳を握りしめて、表情は虚ろなままフレイはしばらくその場に立ちつくしていた。



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PHASE - 017 「君にやれる事はただ一つ」

ガモフは現在、本国からこちらへ向かっているヴェサリウスとの合流地点へ向けて移動していた。

艦長のゼルマンはアークエンジェルを取り逃がした責任を重く感じながらもクルーゼの帰還に少しばかり肩の荷が下りる思いでいた。一息つくためにブリッジから艦長室へと向かっていると擦れ違う兵士達が敬礼をしてくる。彼らを横目に慣性のままに進んでいると同じく自分の姿を目に留めて敬礼してきた少年が見え、ゼルマンは壁に手を当て流れる身体を止めた。

「ニコル」

「は……?」

敬礼をしたまま通り過ぎようとした少年──ニコルは同じように反対側の壁に手をついてゼルマンの方を振り返った。なぜ呼び止められたか解せなかったのだろう。ぽかんと惚ける彼にゼルマンは優しく語りかける。

「先の戦闘ではご苦労だったね。ゆっくり君と話す時間も取れなかったが、随分助けられたよ」

「いえ、そんな……」

労うゼルマンの言葉に一瞬だけ嬉しそうに表情を緩めたニコルだが、直後に責任を重く感じてしまったのか目線が下がり目を伏せてしまった。

「アルテミスでも先の戦闘でも失敗続きで、申し訳ない気持ちでいっぱいです。もし艦長やアカネさ……いえ、艦長補佐に責任がいくことになればどうお詫びをすればいいか」

そんなニコルを察してゼルマンは優しくニコルの肩に手を置いた。

「ニコル……君は優秀な部下だ、いつも頼もしく思っているよ」

手の温かさが伝わったのか、ニコルはほんの少し目線を上げた。なおもゼルマンが若干の疲れを滲ませながらも穏やかに微笑んでみせると、ニコルの瞳は輝きを増した。

「艦長! 僕、これからも尽力します。ザフトのために!」

再度の敬礼するニコルにゼルマンも深く頷き、再び壁に手を付いて身体を押し出し艦長室を目指す。

ゼルマンにとってニコルは最年少の部下であると同時に良く働いてくれる有能なパイロットでもあった。ディアッカ、イザークという扱いづらいパイロット達とも何とか調和を保っていられるのも同じ立場のニコルに助けられている部分が多い。何より自分を慕ってくれているのが見て取れ、息子同然に思っていたのだ。

 

ニコルの方もまた、ゼルマンに貰った言葉を頭で復唱しながら廊下を進んだ。

アカデミー卒業後すぐにクルーゼ隊へと配属されずっとゼルマンの下にいたニコルだ。

隊長への憧れも勿論あるが、黒い軍服に身を包み、艦長席に収まる事への憧れもある。クルーゼや旗艦ヴェサリウスの艦長であるアデスへの敬愛もニコルの中には変わらずあるが、穏やかな物腰のゼルマンは戦場という厳しい状況の中でニコルにとっては安らげる、父親のような存在でもあった。

なのにモビルスーツ奪取以降の任務は失敗続き。いつもゼルマンの役に立ちたいと思っているのに、と情けなく思う気持ちも沸いてくる。

同僚であるイザークやディアッカの艦長への態度や命令無視を心苦しく思っていてもどうすることもできず、先の戦闘など現場でディアッカ達と上手く連携を取れなかった責任は自分にもあるのだ。だというのにゼルマンは誉めてくれた。自分たちの失敗のしわ寄せはゼルマン自身に行くことになるというのに、だ。

誉められた嬉しさと、任務失敗の重責。複雑に入り交じった心情を抱え、ニコルは次の任務こそ必ず成功させると誓いを新たにした。

 

 

先遣隊より遅れて月本部を出立していた連合軍大西洋連邦所属第8艦隊は戦闘から逃れたアークエンジェルを捕捉。先遣隊の残存部隊であるバーナードの残存人員を乗せたローからも連絡を受け、低軌道に程近い場所を合流ポイントと指定してそれぞれがその場所へ向かっていた。

 

先遣隊クラスの小規模部隊ならいざ知らず、大艦隊の接近とあらばザフトもそうそう手を出せるものではない。アークエンジェルクルーは気を引き締めつつもホッと胸を撫で下ろしていた。

「しかし低軌道でのランデブーとはねぇ……俺は月基地には戻れないって事?」

「大尉は元々月守備の第7軌道艦隊所属ですものね。あちらでもさぞ帰還をお待ちでしょうね」

「まあねぇ、一人生き残っちゃってノコノコ帰るのもみっともないんだが……。ああ、でもこのまま降下って事になれば坊主達はどうすんの? 現地徴用の軍属って事になっちゃうのかねぇ」

士官食堂で顔を合わせたフラガがそんな事を言えば、マリューは言葉に詰まって俯いた。

平和に暮らしていた、まだあんな子供達を戦果に巻き込んでしまった事への鬱悶。大西洋の明日と正義を信じてモルゲンレーテ社でアークエンジェルと新型モビルスーツの開発を行っていたとはいえ、その結果他国の民間人に多数の犠牲者が出たことは紛れもない事実なのだ。と、こういう風に考えるとき、マリューは自分は軍人に向いていないのではないかと思ってしまう。

士官学校をそれなりの成績で卒業し、月基地に配備されるまでは良かった。

が、いざ開戦となれば訓練ではない実際の殺し合いが眼前で展開されるのだ。

同期の友人、先輩、後輩、もう沢山の仲間をこの大戦で失っている。

それでも戦争の早期終結を願ってこの軍事計画に参加していたのだ。

少しでも多くの仲間を救えれば──そう望んだ結果、新たな犠牲が生まれ、ザフトにはストライク以外の全てを奪われ、アルテミスも、先遣隊も大打撃を受けてしまった。

どんな犠牲を払おうとアークエンジェルとストライクを無事届けることが自分の使命だ、と割り切ってしまえればどれほど楽か、とマリューは一つため息を吐いた。

 

 

「帰還命令……ですか?」

戦闘から丸一日以上が経ち、ブリッジに呼び出されたアカネはゼルマンからの指示に眉を寄せていた。

ヴェサリウスは新たにポルト隊長指揮下のローラシア級・ツィーグラを率いて戻るということだ。合流次第、早々にヴェサリウスに戻れというクルーゼからの命令らしい。

「あの……アストレイは?」

「ランデブーは定刻通り。特尉はアストレイでヴェサリウスに乗艦とのクルーゼ隊長からの指示だ。短い間だったが世話になったね」

「いえ……大してお役にも立てませんで」

こっちへ行けと言ったり戻れと言ったり、あの仮面は一体なにがしたいのだ。内心毒突きつつもゼルマンの労いにアカネは背筋を伸ばす。役に立っていないどころか先の戦闘はただの失敗だ。下手をすればゼルマンも含めて責任問題へ発展するかもしれない。どうクルーゼへ報告するべきか頭を悩ませつつ敬礼をした。

「では……いずれまた」

戻るとは言ってもガモフは僚艦なのだから戦闘となれば共に戦うのだろう。頷いてくれたゼルマンに背を向け、ブリッジクルーとも軽く敬礼を交わしてブリッジを出ると部屋に戻って少ない自身の荷物をまとめる。

2週間近くガモフに居たせいか、この艦に対する愛着に近い感情がアカネの中で生まれていた。話せば分かり合える、とは色んな場面で使い古された台詞だが、共に戦ってガモフの兵士達とも少しは打ち解け、来たばかりの頃の軽侮の視線というものも大分感じなくなっていた。慣れ、というのも勿論あるのだろうが、ゼルマンの穏やかな人柄もそうさせている一因であるとアカネは感じていた。

アデスより年輩で穏やかそうだという第一印象そのままに、ゼルマンは同盟国とはいえ他国の士官である自分を他の兵士と対等以上に扱ってくれたのだ。おおよその兵士は艦長がそうすれば倣うもので、特にブリッジで過ごしやすかったのはゼルマンのおかげだろう。感謝の念を抱きつつ、ランデブー時刻まで待ってアカネはアストレイに乗り込む。

艦のモビルスーツ格納数は限られている。ヴェサリウスが本国で補充してきたジンと交代する形でアカネはヴェサリウスへと戻った。

ハッチからハンガーへとアストレイを収め、コクピットからふわりと降りる。すると相変わらず作業服に身を包んだ整備兵の姿があり、アカネは迷わず声をかけた。

「デューイ! 久しぶりね」

「よォ、まだ生きてたか」

「……。ご挨拶ね」

アストレイ担当であるデューイだ。彼の返事にアカネは苦笑いを漏らしつつハンガーを抜ける。目指す先は隊長室。あの仮面男、ラウ・ル・クルーゼの部屋だ。クルーゼには言いたいことが山ほどある。

「アカネ・アオバ、帰還致しました」

室内へ向かってドア越しに声をかければ、入りたまえ、と相変わらずの抑揚のない声が届いて自動的にドアが開いた。

勢いよく中へ足を進めたアカネへと、座席を回してクルーゼは身体を向けてきた。

「久しぶりだな、無事でなによりだ」

「どういうこと? アストレイは出撃不可なら、なぜアストレイごと私をガモフへやったの!?」

開口一番、アカネはゼルマンに予め出していたという指示への疑問をぶつけた。

フ、とそれを予測していたかのようにクルーゼが不適に笑う。

「言っただろう? こちらにも色々と都合がある、と。アカネ……君はヴェサリウスが本国へ帰還した直後、ヘリオポリス残骸を探索していたショーンによって救助、ガモフへ緊急乗艦したことになっているのだよ」

「え……!?」

「つまり、君と私は今ここで初めて顔を合わせた。そういうことだ」

「な、何を言って……」

黒目がちな眼を開いたまま、アカネは目の前の仮面を見つめた。

言われたことを即座に頭で噛み砕く。そうだ──自分の命は元々クルーゼが握っていたのだ。例えこの場で殺されても自分を救助したという報告が上へ行っていない限り取るに足らない事として処理できる。そう、本来ならばクルーゼは本国へ帰還の際に共に自分を連れて行きニホンとも連絡を取るべきであった。

が、そうしなかったのだ。

わざわざ拾ったアストレイと共に、使うなと指示を出してまでガモフへ移動させた。

救助時間を事実から遅らせた事にすれば、クルーゼと”いま初めて顔を合わせた”事にしてもつじつまは合ってしまう。──導き出された彼の狙いを読んでアカネは眉を寄せた。

「私を、どうしてもアストレイに乗せたい。そういう事?」

「飲み込みが早いのは良いことだ。理由は分かるな?」

クルーゼが本国へ帰還を迫られた理由。それはヘリオポリス崩壊と連合の新造戦艦及び新型機動兵器の報告のためである。当然、取り逃がした一機、ストライクの話題も出るだろう。アスランの邪魔立てがあったとはいえ、こちらのエース達とストライクが互角以上に渡り合った事実もおそらく報告せざるを得ない。

となると、当然疑惑が浮かび上がるに違いない。ストライクに乗っているのはコーディネイターではないか、と。しかしながらクルーゼがストライクのパイロットがアスランの友人、ましてコーディネイターだという事実を査問会でも報告しないだろうことはアカネにも簡単に予測がついた。なぜなら、アカネ自身がきつく口外無用と口止めされていたからだ。

なぜストライクのパイロットがコーディネイターであると発表したくないのか? 理由までは確信がもてない。もしアスランの友人であることがアスランの父、ザラ国防委員長にとって恥になるならその部分だけを隠せばいいのでは? いや、ダメだ。次は「なぜパイロットがコーディネイターだと知り得たのだ?」という新たな疑問が沸く。それこそクルーゼの言う通りアスランへの疑念さえ出かねない。おそらくそれはザラ委員長の、パトリック・ザラの望むところではないだろう。

しかし疑惑を払拭するには確固たる事実が必要だ。ナチュラルでもモビルスーツに乗れる、という事実だ。ゆえに、同盟軍のナチュラルがモビルスーツ──アストレイに乗れたというデータが欲しいのだ。

そのために工作までして自分を戦場に残したのか、と解釈したアカネはせめてもの抵抗にこう言った。

「断っておくけど、私のパイロット能力なんて航空自衛軍パイロットの最低基準に届くか届かないか、その程度よ。私のデータ、知ってるんでしょう?」

「これも言ったはずだよ。君は死んでいるも同然だと。祖国に真実を知らせたくば、君にやれる事はただ一つ……生き残る事だ」

牽制も抵抗もクルーゼには無意味なのか。不適な仮面に負けじとアカネも強い目線を返す。

「無茶苦茶言ってくれるわね、ラウ・ル・クルーゼ」

事実、あまりに理不尽な要求を突きつけられたのだ。仮にアストレイで出撃しても、戦死すれば自分はシャトルと共に宇宙へ消えたことにすると宣言されたも同然だった。

「そのための舞台はもう用意してある」

クルーゼの方はアカネを気にすることなく立ち上がると、デスクのモニターに宙域図を出しアカネに見るよう促した。

「低軌道……?」

「先日、大西洋連邦の第8艦隊が月基地を出立した。君は知っているかな? あの艦隊の事を」

「第8……デュエイン・ハルバートンの艦隊でしょ。何でもルーキーばかり配属されるから基本は後方守備、あまり最前線に出るような艦隊ではないと聞いているけど」

「そうらしいな。知将ハルバートン……彼がそう呼ばれている事は君も知っているだろう?」

ええ、と頷くもそれと宙域図に何の関係があるのだ? とアカネが眉を寄せて要点の説明を促すと、クルーゼは相も変わらず仮面の下で低い笑みを漏らした。

「これは第8艦隊の予想進路図だ。足つきと、君が"ガンダム"と呼ぶあの新型機動兵器の開発直接指揮を執ったのは彼、と言ったら君はどう思う?」

意外な話に微かに目を見開きつつ、予想進路を見て思う。なるほど、先遣隊の敗走を受けて本隊自らアークエンジェルの出迎えにやってきたのだろう。

「つまり、追撃は不可能に近くなったということね。さすがに大艦隊で出迎えに来られたら手は出せないもの」

元々不可能に近かった合流阻止だ。溜め息混じりにアカネは目線を落としたものの、クルーゼは更にこんな疑問を投げかけてきた。

「出迎えだけで、これほど降りる必要があると?」

言われてアカネは目を凝らす。低軌道──もっとも地球に近いギリギリの安定軌道である。ハッとしたアカネの頭には思ってもみなかった考えが浮かび、まさか、と反射的に呟いた。

「あれを月基地ではなく……ジョシュアに降ろす?」

「それ以外に彼らが低軌道に行く理由がないだろう。アラスカ本部にあれを直接持っていき、お偉方を納得させるつもりなのだよ、ハルバートンは」

ジョシュア、とは連合軍の本部基地のあるアラスカの統合最高司令部の通称である。核の直撃にも耐えうる構造で地下に大規模な都市も持っている。が、軍本部の詳細な情報まではアカネにも分からず、うーん、と唸ってとある違和感に気づく。

先ほどクルーゼは「舞台はもう用意してある」と確かに言ったのだ。

にわかに額に汗を滲ませて、アカネはクルーゼの顔を凝視した。

「まさか……やり合うつもりなの? 第8艦隊と?」

「足つきとストライクがアラスカに降りるのを黙って見ていろと言うのか? 君は」

「そりゃ……アークエンジェルは驚異だわ。あんなものが量産されれば我が国だって……でも! いまこの戦力でどうやって大艦隊相手に戦うの!? ヴェサリウスとガモフ、それとポルト隊のローラシア級一隻が増えただけじゃない!」

「ラコーニ隊が私の指揮下に入り、もうじきガモフの同型艦・ナッタと共に合流する」

「さらに一隻増えても現状が変わるとは思えないわ」

パイロットが勝手な行動を取ったからとはいえ、ネルソン級1、ドレイク級2の先遣隊相手にガモフは苦戦を強いられたのだ。今もガモフは補給不足なうえ応急処置を施しただけで万全な状態とは言えない。仮にガモフが万全の状態だったとしても、大艦隊相手に数隻率いただけのクルーゼ隊でどうなるというのだろう? アカネがクルーゼに喰ってかかればクルーゼは笑いを噛み殺すように仮面の眉間辺りを手で押さえた。

「それを何とかするのが指揮官の務めというものだよ。ああそうだアカネ。君は一時的とはいえ艦長補佐に就いて先の戦闘では大活躍だったとの報告を受けたが……、異論はあるかな?」

急に痛いところを突かれてアカネは言葉に詰まる。

あの失態はディアッカとイザークが勝手な行動を取ったせいで──といくら言ったところで今さら言い訳じみている。そもそも言っても無駄だろう。彼らを営巣入りにでもしたらどうだと具申しても結果は同じだ。なにより、先の戦闘でゼルマンの次に責任の重い地位にいたのはアカネ自身である。

責任者とは責任を取るためにいるのだ。──責められても「異論」など言えるはずもない。こんな風にゼルマンはいつもお坊ちゃまの尻ぬぐいをしてきたのだろうか? 同情を禁じ得ない、などと感じつつアカネは観念して肩を落とした。

「分かった。私もニホン自衛軍人の端くれだもの。命に代えても降下阻止にあたるわ」

「カミカゼアタックはまだ取っておいてもらいたいものだがね」

「ふざけないで。対策はこれから立てるわよ」

アストレイの初陣相手は勝機の見えない大艦隊。理屈では無謀だと思うものの、無謀すぎてあまり実感が沸いてこない。しかし、先の戦闘のような事だけは避けねば──とアカネはよりシミュレートを強化して作戦を立てようと考えを巡らせ始めた。

「で、ラコーニ隊との合流まであとどれくらい?」

「35時間といったところだな」

そう、と呟き、思考を戦闘に集中するよう切り替えてアカネはもう一度クルーゼを見上げた。

「ガモフからブリッツごとニコルを呼んでもらえる? いますぐに」

「ん?」

「一石二鳥の案を思い付いてね」

そうしていくつかクルーゼに提案をした。かねてからずっと考えていたことだ。

 

揉めることなくクルーゼは了承し、アカネは目的を遂行するために隊長室を出た。



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PHASE - 018 「責任……取りますから」

壊すなよ、とデューイから念を押され苦笑いでごまかしつつアカネはアストレイに乗り込んで本番の戦闘さながらにオペレーターの誘導を受け、カタパルトから出撃した。

アストレイのモニターがすぐ前方の黒い機体、ブリッツを捉える。

「悪いわね、ニコル」

「いえ……しかし、危険では?」

「艦隊戦の話、君も聞いたでしょ? 模擬戦もやらずにいきなり実戦なんて賭博、打てないわよ」

「それは、仰るとおりだと思いますが……」

お互い映像通信で軽く会話を交わし、アカネはキュっと表情を引き締めた。

 

限りなく実戦に近い形で一度アストレイのテストをしたい。

それがアカネのクルーゼへの申し出の一つだった。

いきなり実戦投入などどう考えても不可能だ。とても正気の沙汰とは思えない。いくら命令とは言えアカネとしては承知しがたく、ずっとテストできる機会を窺っていたのだ。

できれば相手役はアストレイと設計コンセプトの近いデュエルに頼みたかったが、アサルトシュラウドを装着すると言ってきかないイザークの要望で目下デュエルは修理及び改造中。ならばアカネとしてはシールドを持たないバスター以外ならどの機体でも構わない。パイロットはニコルを指名すると決めていたため、そのままブリッツを指定したのだ。

 

「ポルト隊長以下ツィーグラのクルーも見てるんだから……手は抜かないでね」

「え? え……あの」

「赤の実力、見せて貰うわよ」

「アカネさん!」

 

プツ、とそこで通信を切られてニコルは少々戸惑っていた。

アストレイと模擬戦をやれ、との指示で出撃してきたものの、あまり快い任務ではない。

全パイロットの中からアカネは自分を指名してくれたのだから、その信頼に応えなければとは思うもののアカネに刃を向けるのはニコルには抵抗があったのだ。例え訓練といえども、だ。

アカネの言うこともむろん理解できる。テストも行わずにいきなりの実戦というのがいかに不安かはよく知っているつもりだ。しかし、アカネの実力は未知数なのだ。加えてアストレイの装甲はフェイズシフトではなくどちらかと言えば脆い。

手を抜くな、と言われても手加減するのが道理だろう。まして下手を打てばアカネに怪我を負わせてしまうかもしれない、と操縦桿を握るニコルの手が汗ばむ。

 

アカネがわざわざニコルを指名したのにはいくつか理由がある。

現パイロットで最も信頼している。ということもあるが、何より彼自身の能力を評価してのことだ。アカデミーでのモビルスーツ戦の成績はイザークの方が上ということだったが、実戦を見た限りアカネはパイロット能力はニコルの方が抜けていると感じていた。

そして最大の狙い。それはポルト隊も加わった今のクルーゼ隊全員に自分の実力を見せつけること。

ザフトはある意味では実力至上主義なのだ。ゆえに、実力さえ示せればこちらのもの。

自分の実力で今のニコルに勝てるとは考えていないアカネではあったものの、「ザフトレッド」かつ「アカデミーのナンバー3」を相手に善戦すれば大方のザフト兵はある程度認めてくれるだろう。戦闘においても行動しやすくなるに違いない。

頭の回転の速いニコルならば、この自分の考えに気づいて立ち回りを合わせてくれるはず──、という狙いがあるのもアカネが彼を指名した理由の一つだった。

 

「良いデモンストレーションだな」

クルーゼはヴェサリウスのブリッジからアストレイとブリッツを眺めつつ、おかしくてたまらないとでも言いたげに喉奥から低い笑みを漏らした。

「しかし……もし事故でも起こればどうするおつもりで?」

「承知の上なのさ、特尉は。余程ニコルを信頼しているのだな」

「ハァ……ですが、特尉はそれで良くとも万が一ニコルの方に何かあれば」

「構わんよ。ここで失態を犯すようならそれまでの実力だったということだ」

艦長席から零すアデスを一蹴し、クルーゼは「お手並み拝見といこうか」と小さく呟くと再びモニターを見上げた。

 

アカネはアストレイ背中のビームサーベルに手をかけた。

デュエルの予備パーツからビームサーベル2本とグレネード内装のビームライフルを補充し、アストレイは武装もそれなりのモビルスーツへと進化していた。

「頼むよ、アストレイ!」

機体に声をかけ、強くフットペダルを踏み込んでブリッツへ向かう。

最初の一打は緊張と高揚のせめぎ合いだ。振り下ろしたビームサーベルはブリッツのトリケロスに阻まれて軽く火花が散った。事実上、それが戦闘開始の合図となり両者バッと離れて間合いを取る。が、間髪入れずアカネは間合いを詰めた。お互い接近戦特化の機体なのだ。距離を取っていても意味がない。

アストレイ最大の利点は小回りが利くこと。そのまま格闘戦に持ち込むフリをして飛び込んだ懐から急速に上部へ展開し、アストレイは宙返りをするような動きでブリッツ背のスラスター辺りに思い切り蹴りを入れた。

「──ッ!」

が、その反動にアカネは思わず呻いた。

フェイズシフトを持たないアストレイとフェイズシフトを展開しているブリッツの外装強度の差。言うなら鉄骨をグーで殴って逆にダメージを負ったようなものだ。チッ、と舌打ちしてビームサーベルを再び抜けばブリッツも素早く反転してトリケロスの先からビームサーベルを出してきた。

互いに競り合い、バチッ、と鍔迫り合いのたびに振動が伝わる。だが、剣戦ならお手の物だ。アカネは青眼から振りかぶり、眼前の黒い機体に鋭い視線を向けた。

 

「いくらモビルスーツ戦でもね、白兵戦で、剣技で、負けるわけにはいかないのよッ!」

「うわッ……ちょ、アカネさん」

 

鍔迫り合いになれば、単純計算ではアストレイが有利。なぜならブリッツはシールドとビームサーベルが一体化していて手駒が少ないからだ。

案の定ニコルは防戦一方に追い込まれた。しかし、その理由は機体性能差によるものではない。ニコルとしてはトリケロスでアストレイの攻撃を抑えつつ力任せに振り払えば有効打を与えられるという確信はあった。が、反撃に出ればアカネを傷つけてしまうかもしれないという不安を拭い去る事が出来ないでいたのだ。

こういう考えは相手に失礼なのだろうと分かってはいても、躊躇してしまう。しかし──。

 

「手、抜かないでって言ったじゃない! 君の実力はこんなものじゃないはずよ!」

 

やはり受け流している事を悟られたらしく、アストレイからブリッツに通信が入ってきた。

「し、しかし……」

「そんなんじゃ、公衆の面前で私に負けるわよ」

モニター越しにアカネに睨まれて、一瞬怯む。見たこともない鋭い目線だ。本気だ、という威圧感が伝った。

ナチュラルだから、女性だから彼女を見下しているということは決してない。

もしトリガーを引いて、コクピットにでも当たれば──とそれが怖いのだ。

「私は本気で行く。落ちても恨まないでね、ニコル。私も、君に落とされても恨まないから」

「え……?」

言うが早いか、通信が切られた直後にアストレイはライフルを腰から抜き取っていた。

ポーズではない。撃ってくるつもりだ。

「くっ──!」

その第1射をシールドで受け止めて、ニコルはロックされないように回避を図った。

訓練、と称した以上アストレイ装備の武装は全部試してみるつもりなのか、それとも本気でブリッツを落とすつもりなのか。微かに動揺しながらもニコルはブリッツの機動力を活かしてアストレイのライフルを避けていく。

 

アカネはむろんブリッツを本気で落とそうなどと考えているわけではなかった。

どちらにせよ実弾の効かないフェイズシフトだ。ブリッツを落とすにはビームライフルをコクピットに直撃させるか、ビームサーベルをコクピットに突き立てるしかない。

ライフルは威嚇と実験を兼ねて撃っているだけだ。ニコルの腕なら回避くらいはたやすいだろう。

そもそも、とアカネは口をへの字に曲げた。

「照準甘いなぁ、もう!」

ライフルでの攻撃となるとキーボードの操作が忙しくなって戦いにくい。加えて距離を取って戦うのも性にも合わない。アカネは眼前に出した照準モニターを睨みながら眉間に皺を寄せる。

ニコルは逃げるのみで、自分から動こうとはしていない。困ったことだ。反撃してくれなければアストレイ自慢の回避能力がシミュレーション通りいくのか試せない。

これがイザークだったらこちらに気兼ねすることなくライフル連射でもしてくれるだろうに──、イザークを選ぶべきだったか? いや、それは危険だ。模擬戦とはいえ短気な彼が我を忘れれば本気で殺されかねない。だからこそ冷静なニコルを選んだのだ。

しかし、逆に冷静さが仇になって先ほどから挑発しているというのに上手く乗ってくれない。このままでは訓練にならない。実戦となれば割と好戦的だと読んでいたニコルだというのに──何をあれほど躊躇しているのか。アカネには解せなかった。

 

『ここにいてください。その方が僕も安心です』

 

先の戦闘でアストレイは出せないと知ったとき、心底安堵したような表情をしていたニコル。やはり自分は戦力にならないどころかマイナスだと思われているのだろうか? 指示を出せば、よくきいてくれていたというのに。

「私の指揮には従えても背中は預けたくない、ってことか」

もしそうなら軽く屈辱だ、とアカネはモニター越しにブリッツを睨み付けた。

いくらエリートとはいえ開戦後に志願したようなルーキーの、あんな少年にそんな風に思われていたとしたらやりきれない。まして、これから共に戦おうと言うのに。

ともかく、だ。ニコルを含めて全員に今ここで自分の実力を示さなければならないことは変わらない。

「だったら……そんな余裕、なくしてあげる!」

腰にライフルを収め、アカネは二本のビームサーベルに手を掛けた。

二刀流は趣味でなかったが、この際仕方ない。一気にバーニアを噴かせてブリッツを目指し、仕掛ける。

 

「これで──!」

 

左腕から袈裟蹴りの要領でアストレイは斬撃を繰り出した。

ブリッツはトリケロスを横向きに展開して受け止めたが、こちらは二刀流。すぐに右腕から突きを入れる。

 

「どうッ!?」

 

ニコルは反射的に機体を捻って突きを避けた。が、隙の生じた脇腹にアストレイは間髪入れず回し蹴りを入れてくる。

「ぐッ──!」

見事に入り、ニコルは顔を顰めながら操縦桿を握り締めた。

 

「甘いッ!」

 

アストレイは攻撃を止めることなく頭部のバルカンを放ち、思い切りブリッツに多数の弾丸を浴びせた。

フェイズシフトで守られているとはいえ、至近距離での砲撃による衝撃はかなりのものだ。

「く……こ、の……ッ!」

ニコルはたまらずレーザーライフルのトリガーに手をかけた。

 

ふ、とアカネは狙い通りのブリッツの反応に口の端を上げながらかわし、間合いを取る。

 

ニコルはハッとする。バルカンを逃れるためにライフルを撃ってしまったのだ。慌ててモニターを確認すると無傷のアストレイが仁王立ちでサーベルを携えており、ホッと胸を撫で下ろす。避けてくれたのか──、と安堵した次の瞬間。ニコルはやや戦慄して生唾を飲んだ。

──避けられたのだ、と。

アストレイはまるで仕切り直しを迫るかのように無言で佇んでいる。

ただ目の前に居るだけだというのに言い表しようのない迫力を覚えて、ゾクッ、とニコルは背中に緊張を走らせた。

「なんだ……この威圧感は……」

モビルスーツ越しにも伝わる、これは間違いなく殺気だ。まさかアカネから感じるのか──? とニコルは目を瞠った。戦場でモビルスーツに乗っているとあまりその手の類を感じる事はないというのに、なぜ彼女からそんな物を感じるのか。

 

『私は切り込み隊長みたいなものだから』

『これが白兵戦だったら負ける気はしないもの』

 

アカネはあまり自分のことを話そうとはしなかったが、端々に戦闘への自信を見せていた。

ショーンもアカネのことを一芸に秀でた能力を有する特殊機関所属だ、とは言っていた。が、射撃の腕を見る限り射撃に特化しているとは思えず、イザークに銃口を向けられてさえ怯まなかったアカネの行動は肝が据わっているというよりは命知らずなのかと思ったりもした。

しかしながら、一つ気づいていた事がある。

アカネの掌は、何らかの武器を使い込んでいると主張するかのように堅いのだ。

クルーゼがわざわざアストレイを任せたくらいなのだから、よほど何かの能力に長けているのだろうとは予測できる。

しかしそれはあくまで予測。予測と自分の中のアカネがどうにも重ならない。ニコルにとってのアカネは、初めて顔を合わせたときに思わず全神経を奪われた程の美しさと、時おり見せる不安げな表情のイメージの方が大きかった。

「アカネ……さん」

気圧されそうな程の威圧感で、"今度はそちらから来い"とアストレイは無言で迫っている。ニコル自身の思いとは裏腹に、アカネが一戦士としての対峙を望んでいる事は明白だ。

 

『私は本気で行く。落ちても恨まないでね、ニコル。私も、君に落とされても恨まないから』

『そんなんじゃ、公衆の面前で私に負けるわよ』

 

アストレイを落とすなど冗談ではない。仮にポルト隊の前でアカネに負ける屈辱を受けたとしても、彼女が安全であるならば自分は迷わず負けを選ぶ。だが、負けを宣言してどうなるというのだろう? これは模擬戦なのだ。模擬戦のあとには途方もない実戦が控えている。それこそ命がけの、だ。十分なテストを行えず前線に出れば、その弊害はそのままアカネの身に降り注ぐかもしれないのだ。

「ここで引けば……結局彼女が困る事になるのか」

そうなってから後悔しても遅い。何より自分を選んだアカネの信頼にも応えなければ。──錯綜する心情の中で、ニコルはグッと瞳を瞑って大きく息を吐くと、決意したように仁王立ちのアストレイを真っ直ぐ見据えた。

「もしあなたに傷一つでも負わせたとしたら。責任……取りますから」

呟いて、そして力強くトリケロスからビームサーベルを取り出す。

 

ようやくやる気になってくれたか、とアカネは口の端を上げた。

左手のビームサーベルを背に収めて二刀流を止め、一本のビームサーベルを構えてバーニアを噴かすとブリッツもサーベルを振りかざして加速してきた。

互いに負けじと加速する2機は擦れ違いざまに切りを結び、ビームの弾ける感触を確かめる間もなく反転する。

すかさずライフルを撃ってきたブリッツの攻撃をアストレイはするりと避けた。

予想外にすんなり動けてアカネは目を見張った。──思った以上に動かしやすい。手に馴染むアストレイの感触。驚くほどに相性が良いらしい。くるりと機体を回転させながらアストレイは再びブリッツの懐に入った。

 

「あの機体、誰が乗ってるって?」

「黒い方はニコル・アマルフィ。白い方はニホン自衛軍の将校……それも女って話だが」

ポルト隊ローラシア級・ツィーグラでもモニターの至る所で模擬戦の様子を捉え、ブリッジクルーは興味深そうに戦闘の様子を見守っていた。

「ガモフが救助したってヤツ? 第8艦隊相手に一人でもパイロットが欲しい状況だから取った措置って話だが、所詮ナチュラルだろ」

クルーゼの工作通り、アカネはガモフが救助したという事になり、同時に発見された機体・アストレイに同盟軍規約を行使して搭乗することとなったという嘘の話が伝わっていた。

「でも、あのニコル相手に切り結んでるぞ、見ろよ」

ニコルとて伊達に赤を着ているわけではない。ユーリ・アマルフィの息子としてだけではなくニコル自身の実力もザフトでは知れ渡っている。そのニコル相手にそれなりに戦えれば共闘することに文句は言わせない、というクルーゼとアカネの目論み通りの反応を、渋々ながらポルト隊の隊員達は見せ始めていた。

 

ガモフの方では既にアカネとは同僚のような感覚を持っていたため、みな純粋に初めて見るアカネの戦闘に見入っていた。

「へぇ……やるもんだね、特尉」

「なーにお前、アカネの味方なわけ?」

「どっちの味方でもないな。ま、同室のよしみで若干ニコルを応援……かな」

冗談めかしてくるディアッカと、ジロリと片目で睨んできたイザークの視線を受け流してショーンは頭の後ろで手を組んだ。

クク、と笑いながらディアッカも再びモニターを見上げ、思い切りサーベルを振りかざすアストレイが目に入って一瞬頬を引きつらせる。先日のいざこざの際、イザークにナイフを突き付けながら迫って口元に笑みを湛えていたアカネの表情が蘇ったのだ。

 

アカネは高鳴る鼓動を感じながら、懸命にゾクゾクと自分を襲う高揚感を抑えていた。

イザークを相手にしていた時も、せっぱ詰まった状況の中で戦闘そのものを楽しんでいた自分がいたことを思い出す。本能、と言ってしまえばそれまでだが本能は理性で抑えてこそ。とはいえ今は模擬戦。相手にも不足はない。ギリギリまで戦いたい、と腕が武者震いに戦慄く。

「挑戦者ってのも悪くないわ、ね!」

腕の劣る自分はまさにチャレンジャーであろう。どちらかといえば挑戦を受ける立場だったアカネは向かっていく感情の高鳴りのままブリッツへ突っ込んだ。格闘に持ち込めばフェイズシフト相手に力負けするものの、大分慣れてきた。

アストレイはレバーのちょっとした動きを敏感に感じ取って各部の操作が出来る。より擬人化、人と一体化しているという点ではキーボードで細かい制御を行う他のガンダムより勝っているだろう。そんなアストレイの特性が、より生身に近い感覚で戦っているような錯覚をもたらしている。

しかし戦闘に気を昂らせながらも、アカネは当初の目的を忘れてはいなかった。

戦いの中で理性を保つための優先順位は明確にある。自分はニホンの、それも軍の人間だ。祖国の安全と命令こそが何よりも優先されるべきであり、この場で自分が無様な戦いを晒せば「ニホン自衛軍も大したことはない」とレッテルを貼られかねない。

ザフトと同盟を結ぶにあたって貢献した一人だという自負もあるのに、それではお笑いだ。生き延びろというクルーゼの難題を乗り切ったとしても、とても祖国の地を踏めそうにない。

それに──と思う。私はアカネ・アオバだ。あの国の、そしてナチュラルの……と一瞬だけ眉を寄せてから再び表情を引き締めた。

俺を誰だと思っている!? そう激昂していたイザークの心情は良く理解できる、とアカネは手を休めることなくブリッツの至る所にサーベルで連打を繰り出した。しかし上手く切り返され続け、軽く舌を打つ。

やはりモビルスーツ操縦ではニコルの方が勝っている。余裕からだろうか、彼はミラージュコロイドをまだ一度も使っていない。ライフルでさえほぼ使わない。

とはいえ、ブリッツには付け入る隙がある。エネルギー残量数だ。

アストレイはフェイズシフトを持たない分エネルギー消費率が低く、このままビームサーベルでの攻防を続けていればエネルギー切れを先に起こしたブリッツは白旗を揚げなければならなくなるだろう。

 

その事にはニコルも当然気づいていた。

そうなる前に決着を付けなければ、と焦りも生じていた。

サーベル戦では少なからずアストレイが有利で、早急に決着を付けるにはこのまま接近戦を続けていてはいけない──と、眼前の機体を鋭く睨む。

「お見せしますよ、赤の力。──お望み通りに!」

トリケロスでアストレイのサーベルを強度最大で横に払うと、一気に上部へ展開してブリッツは距離を取った。サーベルを収めてトリケロスを一直線に構える。レーザーライフルを撃つ構えだ。

コクピットに小型の照準モニターを出しながらニコルは考えた。手足を狙えばアカネを傷つけることはないだろう、と。

 

なるほど接近戦を嫌ったか、とアカネは解釈した。

逆にチャンスだ、と目を細める。ライフルさえ避ければ一気に間合いに飛び込める。すればブリッツは対応に遅れ、アストレイの勝ちは確定するだろう。

 

アストレイは隙あらば距離を詰めようとし、その都度ニコルは引いて間合いを保った。

距離を取って勝負を付けたい自分。接近戦でケリを付けたいのだろうアカネ。

「なぜ……?」

思わずニコルは歯がみをした。大人しく引き下がって、早く白旗を揚げてほしい。自惚れではなく自分のほうがアカネよりパイロットとしての自力は勝っている。それが分からないアカネでもないだろう。もう十分にアカネ自身の力も皆に見せたはずだ。テストとしても十分だろう。なのになぜ諦めてくれないのか?

額に汗を浮かべながらも、ニコルはアストレイに狙いを定めた。

腕に自信はある。

コクピットには絶対に当てないという自信と共にニコルはレーザーライフルを連射した。

しかしアストレイはひらりとかわし続ける。目を見張る動作だ。アストレイの動きは常軌を逸している。高速移動する物体にライフルを当てるのはそう容易でないのだが、それでもあまりに速い。

 

アカネ自身も驚いたようにコクピットで一人ごちていた。

「高機動自慢のブリッツさえもアストレイの前じゃ形なしってことね……!」

クルクルと回転しながら、なおも撃ってくるライフルの雨を避けて自嘲気味に笑う。

「ま、私の力じゃないから自慢できないけど」

だが、つくづく自分は攻撃に対してカンが働くのだともアカネは思った。全方位からの攻撃も宇宙空間も慣れていないとはいえ、経験から身体が致命傷だけは避けるように動いてくれる。元々動体視力は並以上という自負もあり、ブリッツの動きは大体捉えられる。エース級のパイロットに比べれば空間認識力は劣っているかもしれないが、感覚がそれをカバーしてくれる。

 

「よし! 良いぞアストレイッ!」

ヴェサリウスのハンガーでもこの模擬戦の映像を捉えており、ブリッツの放つ閃光を華麗にすり抜けていくアストレイの様子にデューイはガッツポーズをして見入っていた。

乗っているのがナチュラルだろうが、自分の整備した機体は可愛いものだ。アカネのアストレイ、いや自分のアストレイがエース機に善戦しているのが妙に誇らしい。

 

機動力勝負をすればアストレイに敵わず、全ての攻撃を避けて迫るアストレイにニコルは徐々に余裕を無くしていった。

懐に入ってきたアストレイがアサルトナイフを繰り出してくる。

「そんなものッ!」

ストライクと同じ戦法だ、とニコルはアルテミスでのストライクとの戦闘を蘇らせながら寸でで避けた。しかし、その後の対応は予測されていたのだろう。アルテミスの時と同様に腕を掴んでやろうとするも、逆に反対側の腕をアストレイに阻まれてしまう。

「なるほど、さすがに良い読みだッ!」

戦闘データを研究していたアカネは自分のするだろう動きを予測していたのだと悟るも、思い切りアストレイの両足にコクピットを蹴られてニコルは呻きながら短い間合いを取った。

アストレイはすかさずまたアサルトナイフで突撃してこようとする。く──、とニコルは顔を歪めながら、ついに使用を躊躇っていたミラージュコロイドを展開した。

 

え、とアカネのみならず全ての観戦者が息を呑んだ。

 

視界からもレーダーからも突如消える。これほど奇妙なものはないだろう。

アカネも今の場所から飛び退いてブリッツの出方を窺った。実戦なら消えた位置と予想進路にビームライフルを撃ち込むところだが、模擬戦でその危険は犯せない。

緊張がアカネの背に走る。

「確かに、イヤな機能ね」

味方側からの視点で便利な機能だと見ていたが、敵だと思えばそら恐ろしい。その機能を知らなければ、気づかないうちに背後を取られて終わりだからだ。いや知っていてさえ、どこから攻撃してくるか分からないプレッシャーと常に戦わなければいけないのだ。これほど厄介な敵はいないだろう。

アカネは全神経を研ぎ澄まさせ、集中した。

向こうがライフルを使えばモニターがトリガーを引く際に熱源を察知してくれる。すぐに反応し、避ければいいのだ。とはいえ宇宙は全方位。あまりに守備範囲が広い。少なくとも地上であれば全方位をカバーする必要はないというのに、と宇宙に不満を覚えつつも自然と口の端があがってくる。

ギリギリの緊張感がたまらない。

しかし、それも束の間。

「! ──後ろ!?」

右後方に微かな熱源を察知し、アカネは反射的にアストレイを捻ってシールドを翳した。ライフルでの攻撃だと思ったのだ。

「ッ──!」

その判断ミスに、しまった、と感じたときには既にアストレイは右腕をグレイプニールのクローに掴まれ、勢い良く引っ張られて機体ごと強制的にブリッツへと引き寄せられていた。

突然違う方向へ揺さぶられた反動に耐えながら、アカネは精一杯の抵抗のため弾幕よろしく頭部のバルカンを手当たり次第に打ち込んだ。

ニコルとしては、その反抗が気に入らなかったことだろう。なぜなら、引きつけて蹴りの一つでも入れてから降参を促そうと目論んでいたからだ。

トリケロスを翳して弾雨を凌ぐも、全てコンマ単位の出来事。引き寄せたアストレイをコントロールできずに胴体同士がぶつかるという事態を招いてしまった。

接触による物理的負荷が両機体にかかり、両者コクピットでレバーを強く握りしめ、歯を食いしばる。お互い、終戦が近いと感じたのだろう。両者が両者、ビームサーベルを取り出して切りを結んだ。

 

「そろそろ──」

「終わりにしましょうか!」

 

バチッ──、と熱粒子が激しく飛び散り、ブリッツとアストレイが睨み合う。

ニコルはバーニアを噴かせて受け止めたアストレイのサーベルを押し戻した。しかし、アカネも手練れ。逆にアストレイは押された反動を利用して横薙へと変換してくる。ニコルは素早くトリケロスを縦に展開して受け止めるも、アカネもそれは予測済みだったのか再びバルカンで威嚇してアストレイはアサルトナイフに手をかけた。

が、先ほど鬼のようにバルカンを撃ったツケが回ってきたのだろう。

「──弾切れ!?」

弾が底を付いた事にアカネは一瞬動揺した。やばい、と自ら生んだ隙を埋めるようにブリッツ太ももあたりを蹴り飛ばす。そしてもう一度左手のアサルトナイフをブリッツに突きだした。フェイズシフト相手にナイフなど効かないとはいえ、間接ならば割れると思ったのだ。

 

「甘いですよ! そう何度も同じ手などッ!」

 

しかしニコルはアカネがやりそうな攻撃は読んでおり、グレイプニールを明後日の方向に射出してからそのままアストレイの左腕を掴み攻撃を阻む。だがアストレイは阻止された際のことも考えていたのだろう。すかさず右手に持っていたビームサーベルを超至近距離から繰り出してきた。とはいえニコルはそれさえも読んでおり、布石として射出したグレイプニールのクローにアストレイ頭部を鷲づかみさせ、強制的に退けさせた。

 

アカネは当然、ギョッとした。

まずい。左足を蹴り上げてトリケロスを払う。同時に頭部を掴んでいるクローの有線をサーベルで断ち切ろうとした。が、寸前でニコルはアストレイを解放し、残ったのはサーベルを振り上げたためにコクピットに隙が生まれたアストレイの姿だ。アカネが頬を引きつらせたのとブリッツが思い切りコクピットに膝蹴りを入れたのはほぼ同時だっただろう。

直接コクピットに負荷を加えられればかなりの衝撃で、回復までにはやや時間が必要だ。

 

「ぐっ……ッ!」

 

案の定、アカネはコクピットで呻いていた。

脳天を揺さぶられたような感覚の中でフットペダルを踏み、アカネは何とか機体を安定させて頭部バルカンを撃とうと手を伸ばす。が、生憎の弾切れだ。ブリッツからの熱源を感じる。攻撃準備か? シールド展開は間に合わない。だがここで退けない──、と持ったままだったサーベルを構えた。

 

何とも諦めが悪い。ニコルはいっそ感心すら覚えて瞠目しつつ、思い切りアストレイ右手の鍔元を振り払った。

 

「くっ──!」

 

一本潰されてももう一本ある。間合いさえ取れればまだ勝機は──、と機体を引いた瞬間。アカネは目を見開いた。ブリッツがまるで特攻でも仕掛けるかのごとく加速してきたのだ。トリケロスを横倒しにし、サーベルを真横に出している。

サーベル? 抜く間がない。シールド? いや無理だ。

かわせない──、と歯がみした刹那、熱線が迫りアカネの頬を汗が伝った。

 

ピタ、とコクピットギリギリでニコルがブリッツの加速を止め、短い沈黙が静寂の宇宙空間に流れた。

 

アカネは一度瞬きをして、少しだけ悔しげに眉を寄せる。そしてフッと肩の力を抜き、ブリッツと周りの艦との映像回線を開いた。

「まいったわ。さすがね、ニコル」

モニターのニコルにアカネが微笑みかければ、ニコルはほんの少し息を荒げていた表情を微かに緩めて軽く首を振った。

 

熱戦の終結にヴェサリウス、ガモフ、ツィーグラはそれぞれに沸いていた。

 

「わざわざ回線開いて敗北宣言かよ、わっかんねーな」

イザークの時は恐ろしい表情で勝利宣言していたというのに、とディアッカがお手上げのジェスチャーをしてみせる。

「でもなかなか良い戦いだったな。やっぱアストレイの機動力は驚異だよ」

「フン、あんな臆病者に負けるようなヤツなど……」

「お、なんだイザーク、まるで特尉に勝って欲しかったような物言いだな?」

ショーンが頭の後ろで手を組んだままイザークに視線を流せば、イザークは無言で睨み返した。

 

ヴェサリウスに帰投したアカネはハンガーにアストレイを収めると、ふう、と息を吐いてヘルメットを取った。ふわりと髪が浮き、ほんの少し疲労感を覚えながらコクピットを開く。

瞳にまず、手を差し出すデューイの姿が映った。

驚いて僅かに目を見開きつつも、素直に手を取りコクピットから出るのを手伝って貰うと先にデューイが口を開いた。

「どんな具合だ?」

「とても動かし易かった。でもちょっとライフルの照準が甘いみたい、調節し直してもらえる?」

デューイは、分かった、と頷く。

機体の様子についていくつか言葉を交わしたあと、ハンガーの外へ向かおうとしたアカネになおもデューイが声をかけてくる。

「ニコル相手にあそこまでやるとはな。……ま、これも俺の腕が良かったって事だな」

振り返ったアカネは「負けたけどね」と肩を竦めつつも小さく笑った。デューイなりの誉め言葉なのかなんなのか。感謝している、と礼を言ってアカネはそのままハンガーを抜けていった。

 

ガモフの方ではショーンがニコルを労うために更衣室兼待機室を目指していた。中に入るとニコルは既に帰投して着替えている最中であり、声をかける。

「お疲れ。見応えあったぞ」

しかしニコルは何となく浮かないような複雑な表情をしていて、疑問を感じたショーンは首を捻った。

「どうした?」

白いブーツに足を入れながらニコルは眉を寄せた。

「"これで少しは認めてくれた?" と言われました。私は軍人なんだから余計な気を回すな、とも」

「は……?」

キュ、とニコルが唇を結ぶ。

模擬戦の後、アカネと通信機を介して少し話をしたのだ。開口一番に言われたことは、一パイロットとして共に戦う気になってくれたか? という事だった。

ニコルとしては予想もしていなかった事だ。

先の戦闘でブリッジにいて欲しいと言ったこと、模擬戦で力を出すのを躊躇していたことをアカネは自分の力が不足しているから見下げられていると捉えていたのだ。

とんだ誤解だ、と視界が霞みそうになった。

すぐさま弁明すれば、次は自分は軍人なのだからあらゆる事態は覚悟済みだと言わんばかりに軽く一蹴された。私は軍人だ、と。そして今に至る事を手短に話して、ニコルはショーンを見上げた。

「でも……やはり僕たちとは違うと思いませんか? 彼女は、女性なんですし」

ショーンはその必死な目線にキョトンとし、思わず噴出しそうになった。が、ニコルのあまりの必死さに何とか笑みを殺して片腕を後頭部へやった。

「そりゃ……特尉も屈辱だろうな」

ニコル達のような子供がモビルスーツに乗っている事が痛ましく、出来れば守ってやりたい。自分がアストレイに乗ることで少しでもそうなればというアカネの心情は以前本人から聞いていたショーンだ。それなのに正反対の事をその張本人であるニコルに言われれば言い返したくなるのもさもありなんだろう、と内心苦笑いを漏らすしかない。

「でもなニコル、アストレイの件は隊長命令だ。特尉にしても何かしら事情があってだな……」

「それは分かってますけど……。現にアカネさんの腕はなかなかのものでしたし。でも、やっぱり不安で」

ニコルは腰の特徴的なベルトのバックルをカチリと留め、襟元を詰めながらボソリと呟く。

「僕は……彼女に何かあれば責任は取るつもりだったんだ」

その一言に、ついに耐えきれなくなったショーンは思い切り噴飯した。

「そ、そりゃ怒るだろうな。お前、特尉はお前達より大分軍歴も上だろうにその言いよう! それに、戦場に出りゃ男も女もないさ」

「言ってませんよ、そこまでは!」

そういう覚悟だっただけです、と睨まれ笑いを収めたショーンはロッカーを閉じるニコルの横顔を見て微かに眉を寄せた。どうもいつもと様子が違う。妙に張りつめ、思い詰めたような瞳をしている。

「責任、って……。お前……まさか」

ハッとしたショーンは、トン、とロッカーの壁に手を付いた。真剣な面持ちで、ニコルを見下ろす。

「それは無理だぞ。分かってるだろ?」

ピク、とニコルの眉が僅かに反応した。ほんの少し哀しげに瞳を揺らした後、ふふ、と普段通りの柔和な笑みがショーンを見つめる。

「僕、ショーンには凄く感謝してるんです。だから、ありがとうございます」

急に礼など言われ、ショーンはあっけに取られて拍子抜けしたままに腕を頭の後ろに回して肩を竦める。

「何の礼だか」

「色々と」

言いながら二人はどちらともなく肩を並べて更衣室を出た。

肩を並べて無重力の空間をふわりと前方へ移動しながら、ショーンはサラリと流れる自分の短髪を目の端で捉えつつフワフワ浮いているニコルの巻き毛を見やった。

「ま、時代はどんどん流れていくもんだしな。今は無理でも、どう行き着くかは分からないか」

「ショーン……」

淡々と、それでいて励ますような物言い。

ニコルはショーンの方へ顔を傾けると、ふ、と大きな瞳を細めてから噛みしめるようにゆっくりと閉じる。

「ありがとう」

「だから、何の礼だよ」

首を捻りつつもショーンも笑みを浮かべて、グン、と右折するために体重移動を図る。

「さ、俺も張り切って働くとするか。どんな時代でも金は必要だからな」

いつもの調子で言いつつも、彼の瞳には迫る艦隊戦への緊張も滲ませており、二人は刹那の休息のために肩を並べたまま部屋へと向かった。

 

クルーゼはヴェサリウスのブリッジで満足そうに「模擬戦の映像データをラコーニ隊と評議会提出用に管理しておけ」と指示を出していた。

「使えそうですね、アストレイは」

戦闘を見守っていたアデスもホッと息を吐き、そして意外そうに呟いた。

「特尉は……サンプルデータでも数値がずば抜けているのはサーベルによる近接格闘で、特殊歩兵要員だと聞かされていましたのに。まさかああもモビルスーツを使えるとは」

「データはあくまで目安にしかならんという事だよ。彼女は実戦でこそ力を見せるタイプだ。それに、戦場にも飢えているだろうからな」

フ、と艦長席の後ろで不適な笑みを零しつつ引き続き索敵も怠るなと告げると、クルーゼはその場をアデスへ任せてブリッジを出た。隊長室に戻り、帰投したアカネと話をするためだ。廊下を進んでいくと、軍服に着替えたアカネが隊長室の扉の横で腕を組んで佇んでいる姿が目に入り思わず口の端を上げる。

「構わんよ、好きに出入りしてもらっても。以前そう言っただろう?」

声をかけ、扉を開けて中へと促せばアカネはほんの少し顔を顰めてからそれに続いた。

 

さて──とアストレイの操作具合を訊かれて、アカネは浮いた自分の髪を耳へかけながら一通りの報告をした。

話しながら模擬戦でのニコルの様子を思い出し、僅かに眉を寄せる。

結局最後まで手加減されっぱなしだった。しかし手加減されたままでさえ勝てなかったのだ。実戦だったら、アストレイは落ちていただろう。

何よりもライフル一つの制御に戸惑っていた自分と違い、ニコルはグレイプニールやトリケロス、その他諸々の機能をほぼ同時に制御していたのだ。ブリッツのOSを初めて見た時にも思ったが、とても人間技とは思えない。

もし善戦していたように見えたとすれば、ニコルがこちらへの攻撃を戸惑っていたからだ。

勝負が付いた後、そう言っていた。自分を頼りなく思っているわけではなく、傷つけたくなかったのだ、と。

ニコルは優しい。優しいからこそ、そう言ってくれたのだろうとは思う。が、どういう理由であれあまり納得できず、アカネは気持ちのやり場に困っていた。だってそうだろう。自分はパイロット専門でないとは言え、ニコルは開戦後に志願したルーキーだ。ということは彼は数ヶ月程度の訓練しか受けていないのだろう。それに比べればいくら専門外と言えども、自分の方がよほど長くパイロット訓練は受けている。

なのに──と眉間に皺を刻みつけた刹那、アカネは直ぐに思考を振り払った。目的はニコルに勝つことではない。ザフトでも戦力になり得る事を示すこと。それは十分に果たしたはずだ。なら、それでいいではないか。

「礼に始まり礼に終わる……というのは、我々としても見習いたい理念だな」

ふとクルーゼが呟いて、アカネはハッと顔を上げた。

「何……? いきなり」

「いや、実に潔いと思ったのさ。素直に敗北を認めた君がな。……腹でどう思っていようが、見るものには潔く映る」

アカネはムッとして顔を顰める。まるで心情を見透かされたようで気分がよくない。

「何が言いたいわけ?」

「頼もしい、と言うことさ」

「ニコルには負けたけど?」

「十分だよ。あれほどの動きが出来たのだからな」

アカネは顔を顰めたまま、視線を下に流した。

「他の機体じゃああはいかなかったわ。全部、アストレイのおかげね」

言いながら、本当にその通りだと思う。アストレイでなければ自分はああも乗りこなせなかっただろう。逆に言えば、自分は他の機体では使い物にならないということだ。アストレイがなければ、恐らくクルーゼは自分をこの場に留めようとはしなかっただろう。全てはアストレイ。アストレイこそが自分をここに留め置いた。

「自らに合った機体と巡り会うというのもまた己の力、ということだ」

クルーゼが淡々と言い放ち、アカネは小さく唇を噛んだ。

アストレイと巡り会ったこと──それは幸運なのか、不運なのか。

巡り会いが己の力だというのなら、自分は自らの手で戦いを引き寄せてしまったのだろうか。

 

戦場こそがお前の居場所だと、まるで見えない力に告げられているかのように──。

 

アカネは噛み締めるようにそっと瞳を閉じた。



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PHASE - 019 「アストレイ──出る!」

鉄粉が舞い、暗闇に一瞬だけの火花が散った。

ゆらりと感じる人影へ怯むことなく駆け抜けながら剣を振るう。

自身の居場所さえ分からない程に無我夢中でひたすら剣を振るい続けた先で、ツン、と土のにおいが伝った。

いつの間に頭上へと昇っていたのか。奇妙なほどの明るさに天上を仰げば煌々とした満月が視界に広がる──。

 

 

「──!」

そこで途切れた意識は、アカネの脳にヴェサリウスの天井という映像を送り込んできた。

しかも隊長室、つまりクルーゼの私室兼仕事部屋だ。アカネは頭をおさえながら腰を起こし、部屋をぐるりと見渡した。今の自分は名目上クルーゼの監視下に置かれているため専用の部屋を与えてもらえず隊長室に軟禁状態。ガモフでの待遇と比べれば雲泥の差だ。ゆっくり仮眠すら取れたものではない、とクルーゼのベッドの上でアカネは肩を落とした。

そのガモフでも、もう何度も先程の夢を見ていた。いつもの夢だ。

「夢の中まで修行じゃ、強くて当然かな」

人ごとのように呟き、右手を見つめて感触を確かめるように数度握ってみる。

毎晩のように見る夢のせいだろうか。軍人として戦場に出ることにあまり躊躇しなかった。どの道、戦うことしかできない自分だ。それ以外になにができたというのだろう。自分の居場所は、戦場しかあり得ないのかもしれない。この現世でも、夢の中でさえも。

ただ、時おり漠然と思うことがある。目覚める前に必ず見上げるあの満月を自分はどう見ていたのだろう、と。

何を感じているか、何を思っているか、全く覚えていない。

記憶にあるのはやたら月が眩いという事のみだ──、と虚空を見上げながらアカネはそのまま一度強く手を握り締め、首を振るいながらベッドを降りた。

余計なことを考えている暇はない。

隊長室の洗面所に向かい、身支度を整える。

 

第8艦隊の構成は旗艦である300mアガメムノン級宇宙母艦が1隻に250mネルソン級戦艦10隻、130m護衛艦ドレイク級20隻。搭載モビルアーマーの総数は150機前後と推定される。

対するこちらクルーゼ隊はナスカ級1隻、ローラシア級3隻、ジン16機にガンダム5機だ。まさに象と蟻。天と地ほどの差がある。せめて精神面だけでも過剰すぎるほどに気合いを入れなければやりきれない。

 

アカネはぶつぶつと作戦案を復唱しながら食堂へと向かった。

戦力差を思えば食欲など減退する一方であったが、出撃前に空腹では話にならないだろう。

食堂に足を踏み入れると兵士達はみなどことなく表情を強ばらせたまま食事を取っており、やはり出撃前の緊張は同じなのだと肌で感じた。

ふいにアカネの瞳にぽつんと食事をしている少年の姿が映る。赤服に少々長めの青い髪、伏せがちの瞼の下に覗くグリーンアイ。アスラン・ザラだ。みな誰かしら仲間と食事を取る中、一人黙々とプレートと睨めっこしている様子は多少なりとも浮いていてアカネはほんの少し眉を寄せる。友人はいないのか? と思うも別に声をかける気もなく横を通り抜けてメニューを眺める。

本国で補充してきたのか今日は米が出ていて少し頬を緩めたアカネだが、相変わらず一昔前のレーションのようなプレートを見つめてプラント本国の様子が気にかかった。食糧問題はどの程度深刻なのだろうか──、などと思案していると近くから自分を呼ぶ声。ハッとして声をかけられた方を振り向けば、近くのテーブルに緑の軍服を着た二十歳前後の青年が数人座っていた。

しかし彼らは声をかけてきた割にアカネと目が合って驚いたような、どうしたらいいのか分からないといった表情をしている。だが嫌悪と侮蔑の眼差しではない。ザフトに来たばかりの頃はネガティブな視線のみを受けていたアカネだったが、しばらくザフトに居たためか半日前の模擬戦のおかげか今では視線の種類は好奇と珍獣を拝むようなものに変わっていた。好転とは言い切れないが、少なくとも進歩ではあるだろう。

「なに……?」

「いや、あの、昨日のニコルのさ……模擬戦中に消えたあれ、どうなってんのかなって思って」

「ああ、ミラージュコロイドね」

何とはなしに、アカネは他に行き場所もなかったので青年達の傍に腰を下ろした。

聞けば彼らは本国で補充されたジンのパイロットだという。兵士の中でも特に整備兵やパイロットが機体に興味を示すのは必然で、ブリッツの不可解な機能に興味を持ったらしき青年達にアカネは説明も交えながら共に箸を進めた。

 

その様子をアスランは遠目にチラチラと窺っていた。

大規模な艦対戦になるとは言え、クルーゼ隊の狙いはアークエンジェルとストライクだ。その二つのためだけに、自分たちは今まさにこの戦力で第8艦隊に無謀な戦いを挑もうとしている。

戦闘が終了したのち、いま自分の周りで食事をしている同僚たちが全員生き残っているとは限らない。下手を打てば全滅さえあり得るだろう。そうだ、ラスティもミゲルもオロール達もアークエンジェルとストライクという二つの兵器のためだけに戦死した。

特にオロール達は自分に助けを求めていたというのに。キラに気を取られていたせいで気づいてやれないまま戦死させた。

 

『もし、他のパイロットに何かあったら──』  

 

心苦しくは思うものの、キラはたった一人の友達で、親友で。自分の最も大切な人を挙げろと言われれば真っ先に思い浮かぶ大きな存在だ。そのキラが自分よりナチュラルを選ぶなど何かの間違いなのだ──、とアスランはきつく眉を寄せた。

だから、どんなことをしてでも必ず取り戻す。キラさえいれば、コペルニクスでのあの幸せだった時間がきっと取り戻せる。そうだ、アークエンジェルさえ沈めてしまえば。キラが自分を拒否する理由はなくなる。そうすれば、そうすればキラはきっとザフトに来てくれる。

ギュ、とフォークを握りしめながらアスランもまた艦隊戦に向け静かに闘志を燃やしていた。

 

 

「180度回頭、減速更に20%、相対速度合わせ」

艦長席からのマリューの指示通りに舵を取りながらも、ノイマンは畏れ多そうに眼を瞬かせていた。

「いいんですかね……メネラオスの横っ面になんか着けて」

そうなのだ。無事に第8艦隊とのランデブーを果たしたアークエンジェルは、旗艦であるメネラオスに寄り添うように艦を移動させていた。

ふふ、とマリューが安堵の息と共に微笑みを漏らす。

「ハルバートン提督が艦をよく御覧になりたいんでしょう。後ほど自らもおいでになるということだし……閣下こそ、この艦とGATシリーズ開発計画の一番の推進者でしたらかね」

言ってハルバートンを出迎えるためにクルーにはハンガーへ集合するよう通達を出させる。

 

しかしマリュー達の安堵とは裏腹に、第8艦隊を率いるハルバートンは焦りを覚えていた。先遣隊の残存部隊からの連絡でモントゴメリがジョージ・アルスター国務次官を乗せたままバスターの砲撃で撃沈したことを知ったためだ。

自分が、そしてジョージが開発を進めさせていたバスター。その武装でジョージや部下が宇宙に消えたというのは悲劇でしかなかったが、逆に自分たちの作り出したものはそれほどまでに強力な性能を誇っていたと納得せざるを得ない。

軍本部も、そう説明されればぐうの音も出ないだろう。軍本部・政府とのパイプ役でもあったジョージ亡き今、ことは一刻を争う。一刻も早く総司令部のあるアラスカはジョシュアへ彼らを降ろすしかない。そのために大艦隊を率いて低軌道まで来たのだ。

ハルバートンは副官であるホフマン大佐を連れ、移動用のランチに乗り込んで横付けさせたアークエンジェルへと赴いた。既にハンガーにはクルー一同が整列しており、ハルバートンは彼らを一望して笑みを浮かべる。

「ヘリオポリス崩壊の知らせを受けたときはもう駄目かと気を揉んだものだ。こうして諸君らと無事会えたことを心より喜ばしく思う」

「ありがとうございます。お久しぶりです、閣下!」

ハルバートンの言葉に軍帽をキッチリと被ったマリューが敬礼し、ナタルやフラガもそれに続いた。

「ナタル・バジルールであります」

「第7軌道艦隊、ムウ・ラ・フラガであります」

ハルバートンは直属の部下であったマリューを軽く労うと、フラガにも「君がいてくれて助かった」と直接礼を言った。そしてホフマンと共に士官3名を連れ今後についての話をするために場所を移す。

 

程なくしてハンガーにはハルバートンの指示で第8艦隊からの補給物資と若干名の補充要員が届いた。

マードック達はようやくの補給に喜ぶよりも、補給物資リストを見て首を捻っていた。

「スカイグラスパー2機? おいおい、こりゃ大気圏用の機体じゃねぇかよ!」

「そう、月基地でロールアウトしたばかりの最新鋭機だよ。イカすだろう?」

データを片手に唸っていれば陽気そうな女性の声が聞こえ、振り返ったマードックの目に映ったのは少尉の階級章。慌てて敬礼をすると、キツめのパーマがかった濃い金髪を一つにまとめた褐色肌の女性が、ニ、と笑った。

「メカニックの補充員も連れてきたから、アレの修理を急ぎなよ」

「ハァ……ゼロの事ですかい?」

「そう。残念だよ、せっかく会えたってのに故障中なんてさ」

女性はハンガーの奥で整備中である朱色の機体を見つめて唇を尖らせると、後は宜しくと告げてその場を抜けて行ってしまい、ぼんやりと見送りながらマードックはしばし首を捻っていた。

 

士官3人と共に艦長室に入ったハルバートンは、アークエンジェルにはこのまま直接アラスカのジョシュアへ降りるよう指示を出していた。

開発途中のデータを何度送っても、未だ本部は量産へ向けて色好い返事をよこさないこと。政府との橋渡しを務めていたジョージ亡き今、予算の関係もあり軍本部に是が非でも首を縦に振らせなければこの開発計画は軌道に乗らないこと。──以上を解決するためにも本部には現物を持ち込むしかないのだ、と説明を添えた。

「フラガ大尉、君もこのまま護衛の任を続けてもらえるよう第7軌道艦隊の方から承認を貰っている。我が軍の誇るエースの意見というのは本部でも貴重となるだろう。頼むぞ」

「ハッ、乗りかかった船であります。これも縁というものでしょう」

仲間の元に戻れないのか、と少々落胆したフラガではあったもののハルバートンの指示にはしっかり敬礼で応えた。

ハルバートンはなおも言う。

「ザフトは次々と新しい機体を投入してきているというのに、くらだんしがらみにばかり捕われる上層部は戦場でどれだけの兵が死んでいるかを数字でしか知らんのだ。アークエンジェルとGATシリーズの量産こそが明日の戦局を握っている。何としてもこの計画は成功させねばならん」

「閣下のお心、しかとアラスカに届けます……!」

マリューもまた熱の籠もったハルバートンの声にスッと背筋を伸ばして敬礼する。

そうして話を終え、艦長室から出てきたハルバートン以下に向かって一際陽気な声がかけられた。

「ナッタルーー!!」

急な呼びかけにギョッとしたナタルが声の方を向けば、勢い良く誰かが飛びついてきた。

「なっ……!」

「久しぶりだね! 無事にまた会えたなんて夢みたいだよ!」

「リ、リリーか……!?」

一同が驚く中、リリーと呼ばれたその女性は一旦ナタルから離れるとマリュー、フラガに向かって軽く敬礼をした。

「アラスカまで同乗させて頂く、リリー・リリス少尉。宜しくお願い致します」

ああ、とリリーの敬礼にハルバートンが口を開いた。

「彼女はスカイグラスパーのテストパイロットでね。共にアラスカへ降り、ロールアウトしたばかりのスカイグラスパーについて本部での説明を頼んだのだよ。君たちは……知り合いかね?」

ハルバートンがリリーとナタルの方をちらりと見下ろせばリリーが肯定の返事をし、ナタルが軽く説明する。

「士官学校の同期であります」

その様子にマリューは驚きながらも微笑みを浮かべてリリーに手を差し伸べた。

「宜しくお願いね」

フラガもマリューに次いでスッと手を出す。

「よろしく! いやあ女性パイロットかぁ、良いねぇ」

「こちらこそ。あなたがあのゼロのパイロットですか、フラガ大尉」

頬を緩めたフラガと軽く握手を交わし、リリーは一層深い笑みを漏らした。

 

そこでマリューは艦長室に残り、ホフマンとナタルは居住区へ、フラガとリリーはハンガーへとそれぞれ向かった。

 

ハンガーの奥に仕舞われた白と青の戦闘機・スカイグラスパー2機をフラガが物珍しそうに見渡す。

「あれがスカイグラスパーってヤツ?」

頷いてリリーはもうすぐ修理も済みそうな朱色の機体を見上げた。

「ゼロ……乗りこなせる人が羨ましい。私も乗ってみたくて結構訓練重ねたんですけど……でもダメダメでした。こう、ガンバレルも2基くらいまでなら何とか操作出来てたんですけどね」

縮れ気味の金髪を揺らしてジェスチャーするリリーにハハッとフラガが声を立てて笑う。

「あれはクセのある機体だからねぇ」

もはやこの世でたった一人となってしまったゼロのパイロットという憂いと誇りを微かに滲ませてフラガは笑い、リリーも、ふ、とゼロを遠目に見るともう一度スカイグラスパーの方へ目線を戻した。

「スカイグラスパーはGATシリーズの支援機も兼ねて作られたんですよ。ストライカーパックを装備出来る優れものです」

白い歯を見せて嬉しそうにリリーは機体を見つめ、フラガはガシガシと頭を掻いた。

軍服を腕まくりするのはフラガ自身のクセであるが、偶然にも彼女も同じタイプらしい。襟元なども着崩しており、いつもカッチリと軍服を着込み軍帽も欠かさないナタルとはあまりに正反対でフラガは顎に手を当てた。

「意外だなぁ」

「え?」

「君、バジルール少尉と仲が良いんだろう? あのお堅い少尉とってのがさぁ、こう」

ああ、とリリーがケラケラ笑い声を立てた。

「ナタルは生真面目だから、いっつも怒鳴られてましたよ。"将来の士官として部下の手本となるようもっとちゃんとしろ!"なんて言われることもしょっちゅう」

ナタルの身振りを真似てフラガの笑いを誘うとリリーは、ふ、と懐かしそうに微笑んだ。

「でも……不思議と気があって、あの頃は楽しかったなぁ。私は元々パイロット志望でしたから士官学校を出たあと2年ほどパイロット訓練所にいて配属と同時に開戦って流れだったんですけど、女パイロットってのは厄介者扱いですからたらい回しですよ」

真面目な顔をしたかと思えば直ぐにうんざりしたような表情に変えたリリーにつられ、フラガも笑い声をあげた。

聞けば、地上に宇宙にと数回配属場所を転々とした後、新兵器開発のテストパイロットという閑職に近いここへ回されてきたという。

「しっかし、ストライカーパックも装備出来る支援機って……要するに宅急便ってか?」

スカイグラスパーに目線を移し、その性能を見抜いてフラガは苦笑いを漏らす。するとリリーは無邪気に笑みを浮かべた。

「汎用度の高い次世代戦闘機だと思えばカワイイじゃないですか」

「君はそりゃあ専用機みたいなモンだから良いだろうけどさ、アーマー乗りとしてはちょいと複雑だねぇ」

そんな話をしていると、不意にふわりと人影が二人を横切った。

坊主、とフラガが呟く。キラだ。キラは真っ直ぐ奥に格納されていたストライクの方へ向かっていった。

「あの少年……ストライクに乗ってたっていう?」

報告書で見た覚えがある、と首を捻るリリーにフラガが頷けば、二人の肩を誰かが後ろから叩いた。

振り返った二人が慌てて敬礼をする。

そのままで良い、というジェスチャーをすると敬礼を受けた人物・ハルバートンはストライクを見上げているキラの方を目指した。

 

その頃、ナタルとホフマンは居住区でヘリオポリスの学生達を集めていた。

「俺たちもアラスカへ?」

話を聞いて、トールが目を瞠っていた。

「どういう事情であれ民間人が戦闘行為に参加すれば立派な犯罪だ。済まないとは思うが今のお前達は現地徴用の軍属として便宜上処理してある」

説明しながら微かに眉を潜めるナタルに次いでホフマンがコホンと喉を鳴らせた。

「ここで我々が保護しても月基地ではオーブとのやりとりが難しいという閣下のご判断だ。ジョシュアで諸々の処理を行い、オーブに連絡を取ってもらうよう話はつけておく。問題は君だが……」

チラリ、と一人私服を着てこちらを見つめていたフレイの方を見る。

まるでそれが合図となったかのように色のない表情で黙していたフレイは、スッと息を飲み込んでホフマンの前に立った。

「私、本日をもって軍に志願したく思います!」

凛とした声で言い放ったフレイに周り全てが、ナタルでさえも狼狽したように慄いた。

「フ、フレイ?」

何事かと声をかけたミリアリアの方は見ず、フレイは真っ直ぐホフマンとナタルを見据えていた。

「以前から決めていたんです。私は元々ヘリオポリスへは留学していただけで大西洋連邦の人間ですし、問題はないでしょう?」

その大きな瞳は普段の華やかな色は影を潜め、仄暗い憎悪と確かな決意を宿している。

「私の力など何の役にも立たないかもしれません。しかし和平のために働いていた父が討たれ……一刻も早くこの戦争を終わらせるためにほんの少しでも貢献できれば……!」

「では、君がアルスター国務次官の?」

「はい、フレイ・アルスターです」

ジョージの名を出され、微かにフレイの目尻に涙が滲んだ。

が、唇を噛んで涙を耐えるフレイの様子にミリアリア達は顔を見合わせ、ナタルとホフマンも目を白黒させるしかなかった。

 

「キラ・ヤマト君だな?」

ぼんやりとストライクを見上げていたキラは急に声をかけられて頷きながらも目を瞬かせ、自分に声をかけてきた人物──ハルバートンを見上げた。穏やかそうな深い瞳と目が合って、ふ、と微笑まれ、ハルバートンはキラからストライクに目を移した。

「ザフトのモビルスーツに対抗できればと作ったものだったが、まだまだ試作段階だったというのに……君が扱って想像以上のスーパーウェポンとなってしまった。改めて驚かされるよ、コーディネイターの力というものは」

「い、いえ……」

「しかし君のご両親はナチュラルだという報告を受けているが?」

「はい、僕は一世代目のコーディネイターです」

「そうか。どういう夢を託し、君をコーディネイターとしたのかな……」

独り言のように呟かれて、キラは思わず俯いた。

「僕は……昔からプログラミングだけが取り柄で、他には……そんな」

アスランにも誉められて、コーディネイターだから得意なのかも、と言ったことは確かにある。だが今まで生きてきて、コーディネイターだから自分が優れていると意識して生活した事はない。ストライクも、ずっと似たようなOSをカレッジで扱っていて、だから操作できたのだと思っていた。ただ友人達を守りたい、その気持ちだけで必死だったのだ。

「そうだな、君は本当によくやってくれた」

ハルバートンはそんなキラの気持ちを察したのか、優しくキラの肩に手を置いた。

「早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」

「閣下! メネラオスから至急お戻り頂きたいと通信が入っております」

そこへ下士官がハルバートンに用件を伝えに来て、ハルバートンはヤレヤレと肩を振るった。

「君たちとゆっくり話す暇もないわ。──良い時代がくるまで、死ぬなよ」

「……。はい」

労うように肩を叩かれ、キラは複雑な表情をした。そして下士官に続くハルバートンを目で追うと、途中で彼はフラガたちの前で足を止めていた。

「くれぐれも頼むぞ、リリス少尉」

「ハッ、お任せ下さい。必ず吉報をお届けします」

そうしてなお急かされるままに去っていったハルバートンを見送って、キラは小さく溜め息をついた。

 

 

一方のザフト軍はヴェサリウスのブリッジではアカネが腕を組んで一人の少年を睨んでいた。

「怪我人を呼んだ覚えはないんだけど」

ジン及びジンのパイロットと交換する形でガモフからガンダムとパイロットを呼び寄せれば負傷で出撃許可の出ていないイザークまでついてきたからだ。

「うるさい! デュエルならもう直っている!」

「だから、そのデュエルにはショーンに乗ってもらうから君はガモフで大人しくしてなさいよ。そう指示が出てたはずよ」

平行線で睨み合う二人にニコルが頬を引きつらせて取りあえず謝る。

「す、済みません……勝手についてきてしまって」

アカネの言ったとおりの指示が出ていたにも関わらず、ニコルとしては出ると言ってきかないイザークを抑えきる事ができずに責任を感じたのだ。

「君に謝られてもね」

いつも以上にピリピリした雰囲気の中、アカネは軽く息を吐いた。

するとブリーフィングデスクの中央に立っていたクルーゼが、くく、と面白そうに喉を鳴らす。

「良いだろう、出撃を許可しよう。イザークの悔しさも解らんでもないしな。それに戦力は多い方が良い」

「え、ちょっと……」

「ありがとうございます!」

アカネがクルーゼの顔を凝視すればイザークは喜々とした返事をし、アカネは肩を落とした。隊長にこう言われてはどうしようもない。

気を取り直してブリーフィングを開始する。

「では基本陣形の説明に入るわ。まずブリッツを潜行させる」

目の前のデスクに宙域図と第8艦隊の予想陣形データを出してアカネが言えばニコルは表情を引き締めた。

「同時にバスターを出し、バスターはブリッツと互いの位置を確認しつつアウトレンジからの支援を──」

「おいおいおい、またそれかよ! 何で俺ばっかそんな役なんだ!?」

言葉を遮られたアカネだが、ディアッカの反応など予測済み。ちらりとクルーゼの方へ視線を流した。

フ、とクルーゼが口元を緩める。

「モビルスーツ戦の作戦立案、及び指揮は特尉に一任してある」

「なっ──!?」

それにディアッカより先にイザークが声をあげた。

ニコルが目を瞬かせ、アスランはアカネとクルーゼの顔を交互に視線を巡らせた。

構わずアカネが声のトーンを落として言い放つ。

「どうしてもイヤなら君はジンに乗って貰うわディアッカ。バスターはショーンに任せる。先の戦闘の二の舞だけは演じたくないからね」

ディアッカのせいにするつもりはないが、あそこでアークエンジェルを叩けていればこんな大艦隊に喧嘩を売るような真似はせずに済んだのだ。幸いこの隊でのクルーゼの影響力というものだけは確かで、クルーゼ本人から少しでも指揮権を移譲してもらえれば事前にこうして作戦会議くらいはさせて貰える。何の作戦も立てずに艦隊に突っ込む真似だけは絶対に避けねばと考えたアカネは模擬戦の提案と共にガンダムの指揮権を与えてくれと具申し、模擬戦の結果次第だとの返答を受けていた。

そして、それなりに模擬戦に満足したらしいクルーゼから作戦立案と指揮の一任の了承を得ていたのだ。

「面白くねぇよ、んなの」

「バスターにはシールドもサーベルもないんだから、後方用なの。最前線に出るとしたら、特攻でも仕掛ける時くらいでしょう?」

不満げながらもバスターをショーンに譲るのは嫌らしく歯噛みしているディアッカのほうへアカネは足を一歩近づいた。

「それに……何も知らない敵艦をアウトレンジからピンポイントで沈めるというのも乙なものよ? 結構難関だけど……君ならやれるわね? それとも、自信がない?」

ふふ、と目だけで笑ってみせればディアッカの眉がピクリと動く。質問に自尊心を刺激されたのだろう。

「まさか! ま、チョロいもんさ。成る程ね、物は考えようってか」

アカネは、何とかとハサミは使いよう、という諺を頭に浮かべ、頼りにしてるわ、とディアッカの肩を軽く叩いて再びデスクに目線を戻す。

「ブリッツとバスターが出たら、実質の先陣としてアストレイとデュエルが艦列突破を目指す」

そしてちらりとイザークの方を見た。

「君の負傷分のカバーには私が入る事になるから……、あまり無茶しないでね」

「何の冗談だそれは? なぜこの俺が貴様と組む必要がある!?」

「私はショーンと組むつもりだったのよ。アサルトシュラウドでの戦闘方法はちゃんと考えてきたんでしょうね? 文字通りそのまま棺桶になるなんてシャレにもならないわよ」

これまでと同じような戦い方はするなとアカネが牽制すれば、イザークは、ギリ、と歯ぎしりをした。そしてクルーゼの方に向き直る。

「隊長! やはり自分は納得できません! ニホン人に指揮を執らせるなどと……!」

感情のままに具申したイザークを慌てて止めたのはニコルだ。

ニコルとしてはアカネの指揮には不満はない。が、あまり前へ出てこられるのは嬉しくなかった。近くにいるなら守ってはやれるが、どうせならバスターくらい後方にいて欲しい。アカネが超の付くほど接近戦を好んでいるのだと模擬戦で悟ってはいても、アストレイが近距離用だと知っていても、それが正直な気持ちだった。

クルーゼが口元に笑みを湛えながら眉間辺りを押さえる。

「この作戦は特尉の一案ではあるが、私やアデスも既に了承済みだ。私が説明してもいいが、どうせならと彼女に代弁を頼んだのだよ」

「え──ッ!?」

「それに特尉は君たちより大分先輩だ。君たちがアカデミーで訓練している頃にはもう軍籍に入って大分経っていたのだからな。我がザフトでは階級はないとはいえ……先任の地位をないがしろにするのは失礼にあたる」

見事な口八丁。アカネは内心苦笑いを漏らしていたが、隊長の言葉は絶対的な呪文に等しくイザークを黙らせるには十分だった。

続きを、と促すクルーゼにアカネは中断されていた説明を再開する。

「艦隊は数を活かしてヴェサリウス、ガモフ、ツィーグラ、ナッタを目標にメビウスを展開してくると予想されるわ。母艦が沈めばモビルスーツは一溜まりもないからね。そこでジンは戦艦撃滅組と母艦護衛組に二分させる。指揮は……アスラン、君に任せるわ」

デスクを挟んで斜め前にいたアスランに視線を送ればアスランが弾かれたように目線を返してくる。

「俺がジンの指揮を?」

「そう、そのためのイージスでしょ? イージス艦が僚艦と連携してこそ真価を発揮するように、イージスもその流れを汲んで頭部のセンサーユニットのおかげで通信・解析には一番優れてるんだし、戦局を見極めて臨機応変に対応してくれる事を期待するわ。ジン、イージス、バスターは主に艦隊を、目標であるアークエンジェルはアストレイとデュエル、ブリッツで沈める」

露骨にアスランは眉を顰めた。つまりは自分にアークエンジェルにもストライクにも関わるなと宣告されたにも等しかったからだ。

反対にイザークが口の端を釣り上げる。

「ほう、貴様にしてはなかなかの案じゃないか。いや、隊長が同意されたのだから当然だな」

「危ないと私が判断したら、君には撤退して貰うわよ」

「フン、余計な世話だ。足つきもストライクもこの俺がキッチリ始末してやるさ。貴様こそせいぜい落ちないよう注意するんだな」

包帯もまだ取れていない顔でイザークが満足げに言えば、ディアッカはチッと舌打ちをした。

「んだよ、手柄はお前等が独り占めってワケ?」

そんな不満も予測済みだったアカネがすかさず一言言い放つ。

「撃墜スコアトップの座は君に譲るんだから、悪い話じゃないでしょ?」

ん、とディアッカの喉元がピクリと動いたのを確認してアカネは更に続けた。

「艦隊がNジャマーを展開する前に君にはネルソン級を出来るだけ多く落としてもらうわよ。私達が艦列を突破出来るか否かは君の腕にかかってるんだから」

「ま、しゃーねぇな。こうなりゃ全艦俺が撃ち落としてやるか!」

その反応に、この少年も割と扱いやすいかもしれないという感想を僅かばかり抱きつつ、アカネは不満そうなアスランをチラリと見てからクルーゼに目線を送る。すればクルーゼは補足を兼ねて最後の締めにかかった。

ディアッカは常に母艦の付近にいてエネルギー切れを気にせず砲撃を繰り出し、すぐに補給に戻れるようにすること。

逆にアカネ、ニコル、イザークは出来る限りエネルギー切れに注意して艦列突破を目指すこと。

敵艦隊の陣形を見つつジンは3つの小隊に分け、うち二つを攻撃隊、一つを母艦援護隊とすることを告げた。

「目標はあくまで足つきとストライク。それを忘れるなよ! 以上だ!」

説明を終えて一際鋭く言い放ったクルーゼの声に全員が敬礼をする。

「ハッ! ザフトのために!!」

アカネもまた、複雑ながらもキッチリと敬礼をした。

「ザフトの……ために!」

そしてニホンのため、という言葉は心の中でだけ呟く。

クルーゼは口元だけで微笑み、行動開始の合図を取った。

 

ガモフでもヴェサリウスからイザーク達と入れ違いでやってきたジンのパイロット達にゼルマンが作戦の説明をし、コクピットで待機しているよう指示を出していた。

「ディアッカは後方支援ということで大丈夫だとは思うが、イザークは負傷している。一応注意はしておいてくれ」

そしていつも通りジンでの出撃となったショーンに声をかければ敬礼と歯切れの良い返事が戻り、ゼルマンは労うような笑みを浮かべた。

「くれぐれも頼むぞ、ショーン。……いつも済まんな」

「いえ、それが自分の任務でありますから」

もう一度敬礼をしてショーンはブリッジを出た。

クルーゼ隊の一般パイロットには必然的に議員の子息である赤服組を守る義務が生じる。特にガモフ乗艦であるイザーク、ディアッカ、ニコルの警護はガモフ乗員たるパイロットの任務の一部なのだ。ヘリオポリスでの戦闘で同僚が殉職し、実質護衛はショーン一人になってしまったいまその責任は重い。

「ニコルはまあ、大丈夫だよな。イザークには特尉が付いてるが……」

あまり無茶はしてくれるなよ、と負傷した後輩を思いつつショーンはパイロット控え室へ向かった。

 

アカネ達もまたヴェサリウスの更衣室兼控え室でパイロットスーツに着替えていた。

パイロットスーツに腕を通しながらニコルはブリーフィング時の事を思い返していた。

戦闘直前だからか、指揮権を一任された責任からか、アカネは普段以上に気を張りつめているように思えた。実際、言葉の端々がキツく、特に気になったのはアスランとの間に流れる空気が何とも異様だったことだ。何よりどうも自分だけ蚊帳の外な気がした。ディアッカやイザークには口を酸っぱくして作戦を告げていたというのに、だ。信頼の証なのか、昨日の模擬戦後の会話をまだ怒っているのか。チラリと横目でアカネを見る。

ヴェサリウスには女性用パイロットスーツの予備はなく、アカネは模擬戦の時も着ていたサイズの小さい一般兵士用の緑のパイロットスーツに袖を通していた。

ふわりと黒髪が浮く先の横顔は、どことなく緊張を滲ませているように思えた。

自分の視線にさえ気づかないのが何よりの証拠だ。

 

ふう、と息を吐いて着替えたアカネはハンガーに出た。

真っ先に瞳には5機のガンダムが飛び込んでくる。

整備兵達が最終確認に慌ただしく追われており、出撃を待つガンダム達の中でアストレイは静かに自分の存在を主張していた。フェイズシフトを持たないゆえ目立つのだ。

初陣が大艦隊相手……しかも「生き残れ」という途方もない制約を課せられているうえに立場上はガンダム陣の指揮権をも預かっている。尉官なのだからその程度は、とは思うものの──全てが未知だ。と、床を蹴ろうとしていた足を一瞬躊躇してしまう。

「アカネさん?」

正面から声をかけられ、アカネははっと我に返った。よほど長い間ぼんやりしていたのだろうか? ニコルが少し眉を寄せて顔を覗き込んでくるような仕草を見せていた。

「何か気になることでも?」

「え、いや……別に」

ニコルから少し目を逸らして、抱えていたヘルメットを握りしめる。まさか緊張でもしているのだろうか。自身や国をかけた修羅場など、軍人になる前から何度も潜り抜けてきたのだ。緊張した覚えもあまりないし、今さらするような事でもないというのに。

どちらにせよ緊張など表に出すわけにはいかない──と表情を引き締めた刹那、アカネは両手を包まれる感触を覚えた。

フワッ、と抱えていた緑のヘルメットとニコルの赤いヘルメットが浮き、アカネが切れ長の瞳を大きく開けば目の前のニコルが、ふ、と微笑む。

「大丈夫、きっと上手くやれますよ」

「ニコル……」

励ますような、諭すような、心地の良い声が間近で響き、スーツ越しでは肌の温かみなど感じるはずもないのに、なぜか握られた手から熱が伝わるようでアカネの瞳が小さく揺れる。

「それに、何かあれば直ぐ僕を呼んで下さい。必ず駆け付けますから」

「あ……き、君は、先陣を切るんだから、ほら! 人の事より自分の事……!」

やや胸が騒いで、慌てたアカネはニコルの手を振りほどくとヘルメットを押しつけ、背中を押して強制的にブリッツの方へ移動させた。

わ、と呟いたまま慣性に身を任せたニコルの背を目で追って軽く息を吐く。

本当に、ニコルは鋭く、そして優しい。

望んでいるつもりもないのに、まるで見透かされたように気持ちを和らげる温もりをくれる。

優しくて優秀で冷静、だが同僚を気にかけすぎる部分があると模擬戦で良く分かり、一抹の不安を覚えつつもアカネは一瞬だけ頬を緩めた。

「ありがと」

そして再び表情を引き締めるとアストレイへと向かう。

コクピットの前で待機していたデューイが早くしろと言わんばかりに手を突きだし、アカネは手を引っ張られて半ば強引にコクピットへ押し込められた。

シートに収まってヘルメットを被っているとコクピットの外でデューイがボソリと呟く。

「壊すなよ」

模擬戦前にも言われた言葉だが、微妙にニュアンスが違っていた。

無事なまま機体と共に戻れ、という事なのだろうと捉えるとアカネは軽く頷き、コクピットを閉じた。

 

「モビルスーツ発進は3分後。各機、システムチェック」

 

ブリッジからのオペレーターの声が艦内全体に響き、聞きながらアカネは一度目を瞑った。

いまこうしてザフトの軍艦に乗り、モビルスーツのパイロットとしてこの場に座っている。

全てはアークエンジェルとシャトルの接触から始まったのだ。

目の前でシャトルが四散し、宇宙へ投げ出された。

あれは確かに事故だったかもしれない、が、その後の戦闘で見たアークエンジェルの性能はまさに驚異の一言だった。

多彩な武装も、厚い装甲も、異常ともいえる機動力も、現存する全ての戦艦を遙かに凌駕している。

危険な戦闘になると分かってはいても見過ごせないというクルーゼの意見はもっともなのだ。

あんな物が量産されれば、戦局に大きく影響を与えることは必至。

連合の有利はザフトの不利を、引いては祖国の損害を意味する。

それだけは命に代えても阻止しなければならない。

 

ハッチが開き、リニアカタパルトが展開されてブリッツとバスターが発進していく。見送って少し間を置き、発進シークエンスに入るデュエルの移動する音をそばで感じながらアカネは思った。

最優先がニホンだということは変わらない。

だが、ガンダムに乗る少年達を死なせたくもない、と。

戦場で生まれた絆というものほど強く、また哀しいものはないと知ってはいても、このヴェサリウスにもガモフのザフト兵達にも移した情はゼロではない。

 

「デュエル発進完了。アストレイ発進スタンバイ、リニアカタパルトへ」

 

オペレーターの誘導通りに発進位置へアストレイを移動させ、グッと操縦桿を握る拳に力を入れる。

まだ死ねない。

だが生き残るだけでは駄目だ。

自分のため、シャトルと共に消えた機長や学生達のため、ここで得た同僚達のため、ザフトのため──そしてニホンのため。

 

「システムオールグリーン。進路クリア、アストレイ発進!」

 

この背にかかる責任を必ず果たさなくては。アカネは射出するためにふわりとアストレイが浮くのを感じながら堅く瞳を閉じ、決意したように前を向いた。

「アカネ・アオバ、アストレイ──出る!」

鋭い叫びと共に機体に接続されていたケーブルが放たれ、アストレイは漆黒の宇宙へと勢いよくパージされていった。



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PHASE - 020 「撃墜王は……この俺だ!」

アークエンジェルのハンガーでは軍服姿で現れたフレイにフラガが驚いて目を瞬かせていた。

「お嬢ちゃん? その格好……」

今までずっと私服を着ていたはずのフレイだ。他の学生達と同じように大西洋の少女用軍服に袖を通していれば驚くのも無理からぬことだろう。

ストライクを睨むようにして見上げていたフレイは、ミニスカートから覗く長い足をうまく床に着けるとフラガの方を見やった。

「志願したんです。だから、今度こそ私があれに乗るわ!」

自分以外は信じられないとでも言いたげな強い瞳に射抜かれたフラガはたじろいだ。結果的に先遣隊を見捨てフレイの父を見殺しにしたのは自分、そしてアークエンジェルに他ならない。多少なりとも彼女がこちらを恨んでいるのが見て取れた。

そばにいたリリーがすかさず声をあげる。

「へぇ、パイロット志望? でもねお嬢さん、口で言うほど機体の操作は易しくはないんだよ」

「私、初めて乗ったミストラルは簡単に動かせたわ! ストライクだってきっと動かせる! だってあいつら……パパを殺した! だから私、私がこの手で……!」

思いがけない返答だったのだろう。腰に手を当ててフレイの顔を覗き込んだリリーの瞳孔が僅かに開く。

「あんた、戦災孤児?」

ふるふるとフレイは首を振るった。

「パパ、私のパパは戦争を終わらせるために働いていた。私を迎えに来てくれた……! なのにザフトの奴らが来て、それでパパの乗った艦は……」

聞いてリリーは、まさか、と呟いた。

「あんた、アルスター国務次官のお嬢さんかい?」

ジョージが周囲の制止も聞かずに先遣隊と共に娘の探索に出ていき、結果として戦死に至った情報はリリーの耳にも当然入っていたのだ。フレイは頷き、そうか、とリリーは顎に手をあてる。

「ま、モノになるかは分かんないけど。シミュレーションくらいならやらせてあげるよ」

「お、おい、少尉……!」

「彼女には知る権利があります。それに、パイロット志望なら適正くらいは見ておいた方が良いですからね」

「まあ……そりゃそうなんだけどさ」

この軍事計画にジョージが深く関わっていたこと。そのジョージが戦死したことにより益々計画が前途多難となったこと。更には正式に志願兵となれば今までのように頑なにフレイを止める理由もなく、フラガは腕を組んで息を吐いた。

 

その頃の居住区では、突然のフレイの志願を目の当たりにしたミリアリア、トール、カズイはベッドサイドに座り込んだまま考え込んでいた。

「フレイがまさか軍人になるなんて……」

「でも今の俺たちも軍属なんだろ? 便宜上ったって階級章もないんじゃ益々間抜けだよなー」

ハハッ、とトールが手を広げて明るく言えばカズイは怯えたように肩を震わせた。

「俺たち……帰れるんだよね? ちゃんとオーブに帰れるよね?」

「そりゃあ、アラスカに降りて色々手続きとか済ませば帰れるとは思うけど……フレイは残るのよね」

ミリアリアが膝を抱えて眉を寄せていると三人の名を呼ぶ声が響いた。キラの声だ。足音と共に息を乱しながら走ってきたキラは困惑したように言った。

「さっきそこでナタルさんに聞いたんだけど、僕たちもアラスカに降りるんだって? どうして」

「ああ、何か俺たち戦闘行為やっちゃってそれで──」

トールが説明をしようとしたその時。突然アークエンジェル全体にけたたましい警戒音が鳴り響いた。

 

「総員第一戦闘配備! 繰り返す、総員第一戦闘配備! 各クルーは至急持ち場へ!」

 

全員が弾かれたように互いの顔を見合わす。

 

戦闘配備の指示を出したブリッジも突然の事態に混乱していた。

第8艦隊の一番外を固めていた護衛艦の策敵班が4つの艦影を捕捉したとメネラオスから連絡があったのだ。

艦種特定の結果はザフト軍戦艦ナスカ級1、ローラシア級3。同時にモビルスーツ発進も確認し、到達予測時間は15分後と分かるや否やハルバートンは艦隊全てに対艦・対モビルスーツ戦闘態勢を布かせた。

まだアークエンジェルへの物資搬入は終わっていなかったが、急な事態に補給不十分なまま全てのハッチは閉鎖された。

 

「大尉……!」

「何てこったい! まさか、あいつらこんなとこまで追いかけて来るとは……!」

突然の戦闘配備にフレイの相手をしていたリリーがフラガに声をかければ、フラガは強く歯噛みした。感じたわけではない。が、おそらくはクルーゼ隊による追撃だとほぼ確信したのだ。

「おーい、ゼロの修理は終わってんだろうな!?」

「大丈夫、出られまさァ!」

マードックへ向けて声を張り上げれば活きのいい返事が戻り、ホッと胸を撫で下ろしてパイロットスーツに着替えるために更衣室へ向かう。

リリーもそのフラガの後を追った。

「君は出られないだろう? スカイグラスパーは大気圏用だ」

「ストライクがあります。シミュレーションは受けているので」

尋ねたフラガにリリーが即答し、ギョッとフラガは頬を引きつらせる。

「おいおい、あれは坊主がOSを書き換えちまって元のストライクとは別モンになってんだぜ?」

「しかし、いざとなれば出るしか……! ランチャーで砲台代わりくらいはやれます」

「ああ、成る程」

そういえば、とフラガは思い返す。アークエンジェルの主砲はブリッツに壊されたままである。となると当然、主砲は使えない。頬を引きつらせたまま頭を掻きつつフラガは更衣室の開閉スイッチを押した。

フラガ達がハンガー側の扉を開けたのと、キラが反対側の扉を開けたのはほぼ同時だった。中へ進んだフラガとリリーはまさかキラがいるとは思わず、驚いて彼の顔を凝視した。

「お前、何で……」

「え、だって戦闘配備でしょう?」

「そりゃそうだけどさ、今までは仕方なく乗って貰ってただけっつーか、ああもう!」

頭を抱えたフラガを横に、キラは今まで自分が使っていたロッカーの方へと移動した。ロッカーを開き、ほんの少し眉を寄せて中に収められていたパイロットスーツを眺め、決意したように唇を開く。

「皆で決めたんです。降りるまでは最後まで艦の仕事を手伝おうって。艦長達が戦ってるのに今さら僕たちだけ居住区でぼんやりとしてられなくて」

「あのねぇ坊ちゃん、その心意気は買うけどさ。正規のパイロットがいる以上、あんたがストライクに乗る理由はないんだよ」

そんなキラの方へリリーが腰に手を当ててズイと歩み寄った。

確かにね、とフラガも肩を竦め、リリーの視線に一瞬臆した様子のキラだったが怯まずリリーを見据えた。今までずっとストライクに乗ってきたキラだ。率先して乗りたいわけではないが、友人がブリッジにいるのに自分だけ休んでいるわけにもいかないだろう。

「今の僕たちは現地徴用されてる状態だって聞きました。だったら僕が乗っても問題はないんじゃないですか?」

「そりゃ都合上、便宜を図っただけなの。それとも正式に志願するかい?」

「そ、それは……」

あくまで友人を守りたいだけのキラはリリーの言葉に軽く俯く。すると邪魔立てするように不意にハンガー側の扉が開き、甲高い声が飛び込んできた。

「リリス少尉ッ!」

フレイだ。表情さえもせっぱ詰まったまま飛び込んできた彼女に、ああ、とリリーも視線を向ける。

「シミュレーターのシャットダウンは済ませ──」

「やりました! あの、戦闘配備って……! あいつら、コーディネイターが攻めてくるんでしょ!? だったら私──」

「待ちな! もう、あんた達揃いも揃ってストライクストライクって……、この艦のパイロットはフラガ大尉と私なんだ」

キラに加えてフレイまで現れるとは面倒だとばかりに切って捨てたリリーの言葉にキラは驚愕してフレイへ全身で反応した。

「フレイ……どうして君がそんな格好? それに、ストライク?」

「アンタには関係ないでしょ」

フン、とフレイがそっぽを向き、リリーが肩を竦めた。

「志願したんだよ、彼女は。パイロット志望らしいけど、ま、いまストライクに乗せるわけにはいかないね」

「そんな……! だって、あいつらなんでしょ? パパを殺したヤツらが来るんでしょう!?」

「そんな事分かんないよ。少し落ち着きな、焦ったって何にもならないんだ」

「でも、でも私はそのために軍に──」

「本気で仇を討つつもりなら冷静になりな! いま出てっても無駄死にするって分かるだろう!?」

彼女たちのやりとりを着替えながら聞いていたフラガの手がぴくっと反応した。羽のエンブレムの付いたヘルメットを手に取って、パタンとロッカーを閉じる。

「そうだぜお嬢ちゃん、"腹を立てるな、冷静に報復せよ"って俺たちの祖国の先人も言ってるだろ?」

口調こそ明るかったものの得も知れぬ威圧感を覚え、フレイが押し黙る。

キラはただ愕然としていた。フレイは父親の仇を討つために志願したという。ということは、あの時もし自分が先遣隊を守れていればこの後輩は軍に志願などしなかったということだ。学園のアイドルだった少女を復讐の鬼に変えてしまったのか、と視界が少し眩んだ。でも、だけども仕方なかったのだ。ミリアリアやトール、カズイを死なせるわけには絶対にいかなかった。先遣隊より友人を選んだことを後悔はしていないし、間違ってもいないと思う。が、こんな現実を突きつけられて心が揺らがないほど強靱な精神を持っているわけではない。そしてほんの少し思い上がっていた自身を自省する。リリーが自分をストライクに乗せないと言ったとき、心の中で反発したからだ。自分の方がストライクを上手く扱える、と。

「リリス……少尉?」

絞り出すような声でキラはリリーを呼んだ。

「ん?」

「お願いします。僕をストライクに乗せて下さい……! ミリアリアもトールもカズイも戦ってるんだ! 友達を、艦の皆を守りたい! それが、ストライクを扱ってしまった僕の責任です」

今度は思い上がりではない、とキラはリリーに頭を下げた。

腰に手を当てたリリーが、うーん、と困ったように眉を寄せる。

「まあ、あんたの方が使い慣れてるとは思うんだけどねぇ」

「報告書、改竄しちゃえば? 坊主の意志は固いようだし、最初にやれる事はやれと言って乗せちまった俺にも責任はあるしな」

「……。ナタルがまた怒るな」

ハハハ、と苦笑を漏らすフラガにリリーは軽くため息を吐いた。

「じゃあ私はCICに入るか。無茶はするんじゃないよ、坊ちゃん」

「は、はい!」

キラが歯切れの良い返事をし、フレイは不服そうに眉を曲げる。気づいたフラガはフレイの肩を軽く叩いた。

「お嬢ちゃんは今回は大人しくしてな。俺たちの無事でも祈っててくれよ」

パチ、と軽くウインクをしてそのままハンガーへ移動する。

リリーも同じような事をフレイに告げると、ブリッジへ上がるために反対側の出入り口から外へ向かった。

更衣室にキラと共に取り残されたフレイは、軽く歯がみをしたまま横目でキラを睨むも仕方なく外へ向かう。扉に手をかけて、フレイは一瞬キラの方を振り返った。閉まりゆく扉越しにキラを眺め、強い視線を送る。

「コーディネイター同士戦って、戦って……死ねばいいのよ」

ボソリと呟いて、フレイはそのままその場を後にした。

 

「モビルアーマー発進急がせ! 全艦密集陣形にて迎撃体勢! アークエンジェルはそのまま本艦に付け!」

ハルバートンは艦隊の一番外側を固める護衛艦群からメビウスを60機ほど出し、敵機及び敵戦艦に向かわせた。物量では圧倒的に第8艦隊が勝っているのだ。敵戦艦に損害を与えれば向こうは引くしかなくなる。仮に射程圏内に入ってきたとしても、こちらから一斉砲撃すればおそらく持たないだろう。

だが念には念を入れてアークエンジェルは旗艦メネラオスの後ろに付け、保護するような形を取った。

 

到達予測時刻は15分後。

第8艦隊はそう推定していたが、実はこれはデュエル以下ジン部隊の事であった。先にヴェサリウスより発進していたブリッツ、バスターとのタイムラグは5分ほどある。

──その間に出来る限り外堀を崩せ。

それがニコルとディアッカに与えられた指示だった。

第8艦隊の目的はアラスカにアークエンジェルを降ろす事。それを前提に考えれば艦隊の奥にアークエンジェルを引っ込めて守るような陣形を取るだろうことはクルーゼにもアカネにも簡単に予測がついていた。ならば奥まで突っ込むしかないのだが、なにせ敵艦は30隻以上もある。ゆえに後続部隊が艦列を突破しやすいよう敵の数を減らすこと。それがブリッツ・バスターの最優先事項となったのだ。

「モビルアーマーの数ざっと60……。接触は3分後といった所か」

こちらに向かってくるメビウスを確認してミラージュコロイドを展開したニコルは他のガンダムにその情報を送り、姿を消した自分に気づかず通り過ぎていってしまうメビウス陣を尻目に「気を付けて」と同僚達に呟きつつ先を目指した。

イージスが受け取った情報を各ジンに回し、指示を出す。

「ラコーニ隊は母艦の守備に付け! ポルト隊はメビウス陣の左翼、クルーゼ隊は右翼に展開! デュエル達の中央突破をサポートしろ!」

複雑な思いでアスランは指揮にあたっていた。デュエルとアストレイに混じって先へ行きたいが、ジンの指揮を任された以上そうもいかない。手早く敵の第一陣を撃破してデュエル達に加わるしかなく、今は目の前の戦闘に集中するのみだ。

 

デュエルを駆るイザークはメビウス陣が迫るのを見てもフェイズシフトは展開しなかった。エネルギーのロスだと判断し、アサルドシュラウドを纏って装甲強化した今はメビウス程度なら凌げると思ったのだ。

良い判断だ、とアカネは感心するも不安も覚えていた。片目が塞がっているイザークだ。視界や平衡感覚に影響が出てしまい、いつも通り戦えないかもしれない。ならば自分が率先してやらなければ、とアストレイの機動力を最大に活かすことを決めた。

「ここはイージス以下に任せて強行突破する。良いわね、イザーク!」

「フン、分かっている」

指図するなと言いたげなイザークだったが、今はイザークの機嫌を気にかけている暇はない。デュエルの機動力ではアストレイにはついて来れないと思いつつも、アカネはフットペダルを極限まで踏み込んだ。

 

メビウスの方でも当然向かってくる敵は察知していた。

「機種特定、前方150にジン16、それと、Xナンバー、イージス! 前方70にはデュエル、アンノウンを確認!」

「コーディネイターが! 良くもぬけぬけと俺たちのモビルスーツで!」

各パイロットはアンノウンも気にかかったが、それ以上にハルバートン指揮の極秘軍事計画でようやく完成までこぎ着けた機体で敵が攻めて来た事実に憤慨していた。

「行くぞ、コープマン大佐の弔い合戦だ!」

「ナチュラルの力、思い知らせてやれ!」

メビウスは6機ごとに小隊を作り、1つの小隊を中心に左右上下に分かれて展開した。あくまで優先すべきはナスカ級、ローラシア級の撃沈。よって敵モビルスーツ数機の通過はやむなしという姿勢だ。自分たちの後ろには大艦隊が控えているのだ。例え通過を許しても大丈夫という絶対の信頼があった。

「しょ、小隊長ッ! アンノウン急接近、更に加速してきます!」

「迎撃! 砲弾アンノウンに集中! 脇を押さえろ!」

中央に位置していたメビウス小隊が高速で迫るアストレイに迎撃体勢を取った。鶴翼の陣を取り、取り囲むように迎撃を試みる。

 

「メビウス6機確認……! さあ行くよ、アストレイ!」

 

フェイズシフトと違い装甲自体は厚くないアストレイだ。機体に弾丸は当てさせられない、とアカネはレバーを握りしめて迫り来る弾雨を避けた。

クルクルと旋回しながら目にも止まらぬ速さで移動するアストレイに慄いたのはメビウスのパイロットだろう。

 

「ぐっ、照準……! 捉え切れません!」

 

アカネはというと、加速したまま前方のメビウス陣をスルーする形で鮮やかに突破した。いまここで数機のメビウスを減らしてもあまり得策ではなくスルーを選んだのだ。

モニターに目をやれば、メビウスも突破されてもやむなしと考えていたのだろう。アストレイを見過ごし、早々に目標をデュエルに変更していた。が、イザークもすぐに抜けてくるだろう。やや速度を落として、アストレイは当初の目的通りそのまま艦隊を目指した。

 

そんな自軍と第8艦隊の動向を離れた位置から見守っていたディアッカは一人コクピットでニヤリと口の端を上げていた。

「まーったく、呑気なもんだよねぇ。何も知らないでさ」

艦隊へと直接向かったニコルとは逆に、バスターは射程ギリギリのレーダーに捉えられない位置をキープして移動していたのだ。

モニターが電信の受信を知らせてくる。ブリッツが敵艦隊の座標と目標戦艦の指示を送ってきたのだ。待ってましたとばかりにディアッカはビームライフルとガンランチャーを直列連結させて超高インパルス長射程狙撃ライフルを作った。そして第8艦隊の外堀を固める護衛艦ドレイク級の奥に潜む戦艦ネルソン級の腹へと狙いを定める。

針の穴を通すような正確性が要求されるが、今は精密射撃を妨害するNジャマーが展開されていない。ならば、外すわけにはいかない。

適度に集中して、ディアッカはトリガーを引いた。

フェイズシフトも展開していないバスターのメタルグレイは宇宙の闇に紛れ、一瞬だけ発射の熱が真昼のように明るくその場を染め上げた。そして閃光は真っ直ぐと目標へ向かってひた走る。

 

驚いたのは第8艦隊である。正確には、驚いている暇さえ無かった。

 

「お、大型の熱源接近……! 本艦着弾まで2秒!!」

「なに──ッ!?」

 

オペレーターの金切り声に狙われた戦艦の艦長は回避を叫ぶくらいしか出来ることはなかっただろう。

「気づいたと同時にドーン! ってね」

ディアッカはコクピットで笑いながら1射目の手応えを感じつつ次の艦に照準を向けていた。

裏腹に、第8艦隊の全ては戦慄したに違いない。何の前触れもなく突然に目の前の戦艦が大破したのだ。

 

「どこからの攻撃だ!?」

「分かりません、ローラシア級、ナスカ級に動き無し! 周囲に機影、見あたりません!」

「ともかくNジャマーを今すぐ展開させろ、アンチビーム爆雷全門──」

「ッ艦長! 熱源接近──ッ!」

 

怒号のような勢いでバスターの放った2射目はまたもネルソン級の胴体を貫いた。

第8艦隊の全てが混乱状態に陥っていたが、そんな内部の様子など知る由もなく密かに艦隊に接近していたニコルは自分の指示通りに砲撃を当ててみせた同期の戦友に感心しつつ傍のドレイク級のブリッジに回り込んだ。

ブリッジをグレイプニールで潰す──それがブリッツでやれる一番効率のいい対艦戦闘なのだ。

 

「なっ……!?」

 

突然姿を現した黒いモビルスーツにドレイク級のブリッジクルーが目を見開いたのも刹那。正確に撃ち込まれたロケットアンカーにより、爆散と共にその機能は停止した。

 

「戦艦2隻が戦闘不能、護衛艦沈黙……! 機種特定、GAT-X207ブリッツ! Xナンバー、ブリッツです!」

 

メネラオスではオペレーターの声にハルバートンが強く歯噛みしていた。

「ラウ・ル・クルーゼの部隊か!」

奪われた機体が現れたということはそういうことで、戦い方も先遣隊の残存部隊からの報告通り。先程の超長距離からの攻撃はおそらくバスターだろう。自分の作らせた機体なのだ、それくらいは直ぐに分かった。

すぐさまハルバートンはインカムを掴み、各艦に直接告げる。

 

「メネラオスより各艦コントロール、ハルバートンだ! 敵はミラージュコロイドを展開し必ずブリッジを狙ってくる。よってブリッジ付近の弾幕を怠らず、ブリッツ予測位置へ一斉砲撃を仕掛ける! 各戦艦、砲塔を12時方向に合わせー!」

 

ニコルが2隻目のドレイク級の機能を停止させたのと、艦隊がハルバートンの指示により動き始めたのはほぼ同時だった。

「ドレイク級が動く!?」

再び闇に紛れたブリッツのコクピットでニコルは呟いた。解せない。自分という敵がいるにも関わらずメビウスさえ発進してこない。それに、周囲の護衛艦ドレイク級は逃げるどころかまるで道を開けるように左右上下へ展開し始めたのだ。何のつもりだろう? いくら小回りの利く護衛艦といえど、モビルスーツの比ではない。何が狙いだ? ──疑問を感じた刹那、全ての戦艦ネルソン級の主砲銃口がブリッツの方角へと向けられた。

「砲塔が──ッ! まさかッ!?」

ニコルは敵の狙いを瞬時に悟るや否や、舌を打ちながらフェイズシフトを展開した。もはや射線を見て回避する暇などない。

 

「撃てーーい!!」

 

ハルバートンが全ネルソン級に砲撃命令を出し、ニコルは眼前にトリケロスを構えて機体と艦隊との相対角度がゼロになるようシールドの影にブリッツを隠れさせた。

幸いにも鋭い一閃がシールドを掠めただけに終わりホッとしたのも束の間。次にブリッツのモニターが捉えたのは周り全てのドレイク級が自分の位置を見極めて魚雷を発射してくる様子だった。更には一斉に発進したらしきメビウスがこちらに向かってくる姿まで捉え、サッと青ざめる。とてつもない数だ。迫る魚雷をレーザーライフルで撃ち落としながらニコルは後退を余儀なくされた。

ハルバートンの狙いはあわよくば主砲の直撃というだけで、ブリッツを炙り出すことにあったのだ。自分が確実に護衛艦のブリッジを狙うだろうと予測してその方角へ戦艦ネルソン級の砲塔を向けフェイズシフトを展開させる。そして姿を現したブリッツを集中攻撃する作戦だったのだろう。

「さすが、知将ハルバートンといった所ですね」

ドレイク級が道を開けるように展開したのはネルソン級の射線を確保するためか──と敵司令への賛辞もそこそこにニコルは他のガンダムに連絡を入れた。

ともかくデュエル・アストレイと合流して体勢を立て直すことが第一だ。

「ドレイク級が動いたおかげで狙いやすくなってます。今度は当ててくださいよ……!」

アンチビーム粒子に相殺されてなかなか上手くいかないバスターに現在の敵の正確な座標を送ると、ニコルはコクピットの中で一人ごちた。

そうして後退しながらも次々向かってくるメビウスの相手をする。

 

「Nジャマーが悪いんだっつーの!」

アンチビーム粒子に電波攪乱という合わせ技でなかなか戦艦を沈められなくなったディアッカは軽くイライラしながら照準を合わせていた。

機影が一つずつ消えていく様はなるほど何とも言えぬ快感を覚えたが、失敗すればこれほど面白くないものもない。

 

『君ならやれるわね? それとも、自信がない?』

 

アカネはNジャマー展開後に狙撃が困難になることも含めてああ言ったのだ。

やっぱりやれませんでした、では話にならない。

このままでは撃墜スコアトップという公式に残る称号まで逃しかねない、とディアッカは慎重にトリガーに手をかけた。一番近い位置にいるネルソン級に狙いを定める。

「撃墜王は……この俺だ!」

気合の込められた閃光が真っ直ぐに艦隊を目指した。手応えを確信し、微かに口の端をあげつつアカネ達に打電する。

 

「一時帰投する、か」

ブリッツの援護を急ぐため再び速度を上げたアストレイにバスターからそんな通信が入った。

最初からエネルギー切れを気にせず撃てという指示を出していたのだ。補給に戻るのだろう。ドレイク級3隻を戦闘不能にしたのはなかなかのお手柄。未発進だったドレイク級搭載メビウスもそのまま戦艦と共にお役御免となり、ディアッカは敵の絶対数をかなり減らしてくれた。

だが依然として物量に差がありすぎるという状況は変わらず、アカネはコクピットで頬を引きつらせていた。

「残りドレイク級18、ネルソン級7、旗艦にアークエンジェルに……全く、無茶苦茶だわ」

アークエンジェルにたどり着くまで──いや、アスランがジン部隊と追いついてくるまで自分とイザークとニコルが持つかどうか。

何よりザフトにとってはニコルとイザークは大事な存在。自分がザフト所属であれば間違いなく彼らの盾となるだろう。が、生憎と自分は他国人でありそこまでする義務はない。ゆえに自分は自分の仕事──祖国のために死ねないという義を最優先に通させてもらう。

自分にとっての最優先は何か。──アカネはもう一度強く思い浮かべるとアストレイ背のビームサーベルに手をかけた。後続発進してきた無数のメビウスがもうそこまで迫っていたのだ。メビウスの弱点は運動性に乏しいこと。直線的な動きを避けて回り込めばそう怖い相手でもない。

が、アストレイの装甲ではおめおめと被弾はできない。

散開して数機でこちらを囲むように撃ちつけてくるバルカンのシャワーをかいくぐりながら、アカネはそばの一機に狙いを定めた。そして素早く上部に取りつくと同時にビームサーベルで機体を貫く。離脱と共に爆散したメビウスをモニターの端で確認しながら次の機体へ向かった。

 

「何なんだあのモビルスーツの機動力は……! データは!?」

「分からない! 早く落とせ! デュエルが来る!!」

 

Xナンバーならばある程度の情報を持っていた第8艦隊のパイロット達だが、データにないアストレイの登場でにわかに混乱していた。

その間にもアカネは下方のメビウスに向けて急降下。同時にビームサーベルでその装甲を真っ二つに裂いた。

 

「うわあああああ!」

 

断末魔だけを残し、パイロットが機体と共に宇宙へと消え去る。

アカネは軽く眉を寄せた。これでは埒があかない。目前に艦隊がいるというのに、メビウスに足止めをくらって戦闘が長引いてしまえばエネルギーが切れてしまう。

モニターがブリッツを捉えたのを確認してアカネは回線を開いた。

「ニコル! 強行突破する、ここは任せたわよ!」

「え!? 危険です、アストレイの装甲では──」

「それはどこにいても同じ。じゃあ後でね!」

一気にペダルを踏み込んでニコルへ通信を入れ終えると、アカネはメビウスを振り切る形で艦隊を目指した。メビウス第2陣を全てニコルと後方のデュエルに押しつける形となるが、そんな事を気にしていられる状況ではない。

アストレイの火力はブリッツより上なのだ。それにブリッツは絶対的に対艦戦に向かない。ゆえに近距離・中距離対応のアストレイの方が対艦には向いているとアカネは判断した。

 

ニコルの方はそのアカネの指示を受けて額に汗を浮かべていた。

自分がハルバートンの策に嵌って足早に後退したせいでアカネは替わりに艦隊へ向かっていったのだ。立つ瀬がないとはまさにこのことだ。彼女はそう悪いパイロットでないと思うものの戦艦に突っ込ませるのは危険でもある。

「イザーク、イザーク……! メビウスは僕に任せて、アカネさんの援護を!」

だが、現在の状況と機体性能を顧みずアカネのあとを追えばきっと喜ばれないだろう。だからこそニコルはイザークにそう通信した。

「あの女、チッ、あれは俺の獲物だ!」

迫るメビウスをアサルトシュラウド右肩に搭載されている115mmレールガンで正確に撃ち抜きながら、先に艦隊の方へ向かったアストレイを見てイザークは強く眉を寄せた。何としてもストライクを自らの手で落としたいイザークにとってはアカネに手柄を譲るわけにはいかず、メビウスの追撃をかわしながら自身も後を追う。

ニコルにとっては理由はどうあれアカネ一人で艦隊の相手をさせるよりは安心でき、トリケロスのレーザーライフルを乱射してその場を突き進むイザークの援護をした。

周辺にはまだ10機ほどメビウスが残っている。だが数が多いなどとは言っていられない。

「僕もすぐ行きます、二人とも気を付けて!」

すぐに片づけてアストレイとデュエルの援護に行くんだとニコルは勢いよくメビウス陣に向かった。

 

アカネはイージスにD装備のジンはこっちへ回すよう打電した。

第1陣メビウス部隊との戦闘如何によってはこちらに回す余裕はないかもしれないが、クルーゼとアスランの指揮能力を信じるしかないだろう。

了承したらしく「了解」との入電を確認し、アカネは腰のビームライフルを抜いた。中距離戦は自信がないが、致し方ない。

 

ハルバートンはブリッツが後退した間に戦闘不能となった艦を離脱させ、体勢を整えていた。

「アンノウン、及びXナンバー・デュエル接近!」

完成を待ちわびていたXナンバーが敵として立ちはだかる屈辱に耐えつつ、全力で応戦させる。

例え精鋭クルーゼ隊だろうが、こちらの自信作であったXナンバーで攻めてこようが、圧倒的に物量で勝っている第8艦隊に利があるとハルバートンは信じていた。

 

一方のアークエンジェルのハンガーでは、戦闘の様子を見守りながらヤキモキしていたフラガがついに痺れを切らせてブリッジのマリューに通信を入れていた。

「おい! 何で俺は発進待機なんだよ!!」

アークエンジェルにはハルバートンから発進指示が出ていない。ゆえに最後部で戦闘を眺めているしか術がないのだが、第8艦隊のパイロットはルーキー揃い。そんなルーキーの駆るメビウス陣が次々落とされていく様をジッと見ているだけというのはフラガには我慢ならなかったのだ。自分一人が出たところで状況が劇的に変わるわけでないことも理解しているが、とてもジッとなどしていられない。

そんなフラガの様子を少し後方でキラは複雑な心持ちで見ていた。フラガのように連合そのものが危険だから是が非でも出ていきたい、という気持ちはキラにはない。戦わずに済めばそれが一番いいのだ。マリュー達に多少の情が移っているとはいえ、この艦に乗る友人達の安全を確保できればそれでいい。それに、アスランの乗るイージスがまだ出てきていない事にキラはホッとしていた。

 

『血のバレンタインで母も死んだ……』

 

アスランは決して争いを好むような性格ではなかった。

フレイも、傍目には恵まれたお嬢様でとても争いの場など似つかわしくない。

なのに、きっと戦争が変えてしまったのだ。自分のように何かを守るためではなく、敵を殺すために武器を手に取った。

やりきれないと思うと同時に、もし自分も同じように目の前で友人達を失ったら──そう考えるとキラは身震いした。

 

「ああ、護衛艦がまたッ! デュエルのヤツ!」

 

そうこうしている間にも戦闘を見守っていた整備兵達の苛立ちを噛み殺すような声が響き、キラは大きく身体を撓らせた。

「フラガ大尉……!」

「ああ、お前もコクピットで待機してろ! あいつら、どうあっても俺たちとやり合いたいらしい!」

フラガはブリッジとの通信を切って、勢い良くキラに言った。



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PHASE - 021 「神にでも祈ってみるか?」

ヴェサリウスの方では第8艦隊との間合いを縮めつつ、邪魔なメビウス陣を何とか打破しようとクルーゼは強攻策に出ていた。

ジン部隊の指揮の一切をアスランに任せていたクルーゼだ。そのアスランは迫るメビウス陣を突破するにあたりジンの数が足りないと判断したのだろう。ヴェサリウスら母艦護衛に付けていたラコーニ隊のジンをもメビウス迎撃にあがらせたため当然ながら母艦の守りが手薄になったのだ。

もしも高機動のメビウス接近を許せば厄介な事態となる。それにこちらに向かってくるメビウスを早急に片づけて隊そのものを第8艦隊攻撃に集中させなければ、早々に不利になるだろう。

クルーゼはいつもの抑揚のない声で周りの僚艦に指示を出した。

「ナッタ取り舵30、ツィーグラ面舵30、全艦レールガン全門用意しろ」

両端にいたローラシア級の船首を変針させ、緩い孤を描くような陣形をとらせる。メビウス陣へと集中砲火を浴びせる策だ。

しかしながら狙う先には味方のモビルスーツも展開中であり、ヴェサリウス艦長席のアデスは指示を聞きながら軽く眉を寄せていた。が、ジンやイージスに当たるかもしれないと具申した所で無駄であろう。素直に指示に従い、イージスにその旨を打電させた。

アスランはというと、アカネからの要請を受けてD装備のジンを含めた合計8機を艦隊に向かわせ、残った自身と8機のジンで残存数40弱にまで減ったメビウスの相手をしていた。

ヴェサリウスからの入電を確認して周りのジンに指示を出す。

「全機、密集陣形を取れ! レールガンの射線に注意しろよ!!」

アスランは即座にクルーゼの狙いを読み取ったのだ。──彼は言外にレールガンの射線上へメビウス陣を誘い込むことを自分に期待しているに違いない。

が、命令を受けた側のジンのパイロット達は一瞬戸惑った。

クルーゼの強攻策に慣れているアスランにはクルーゼの無茶な作戦は日常茶飯事であったが、慣れないポルト隊やラコーニ隊のパイロット達が困惑するのも無理からぬことだろう。それでも渋々メビウスを誘導するようにそれぞれ寄り合うような形で移動し始める。

 

メビウスのパイロット達は未だ1機のジンも落とせず、逆に自分たちは戦力の1/3程を失った焦りでザフト側の策に気づくまでに至っていなかった。

しかも小隊長格のメビウスはビーム兵器を搭載しているために真っ先に狙われ落とされており、指揮系統も既に分断されつつあった。

唯一生き残っていた小隊長格の1機が、近場にいた一番動きが鈍いジンへと目を付け、周りのメビウスに向かって叫んだ。

「囲め、落とせーー!!」

7機ほどでジンを中心に八方を囲むような形を取らせ、一斉に対装甲リニアガンを放たせる。

 

「ぐ……こいつら!」

 

ジンのモノアイ──メインカメラに一閃が直撃し、頭部の吹っ飛んだジンのパイロットは低く呻きながらサブカメラの映像をメイン画面に切り替えた。すぐに反撃を──と試みた彼の目に映ったのは目がくらむほどの光線。メビウス小隊長機の機種からまさにビーム砲が噴き出した瞬間だった。目を見開く暇もなくコクピットごと全てが蒸発する。

 

「やった! やりましたよハルバートン提督ッ!」

 

小隊長をはじめ周りのメビウスパイロット全てが一瞬歓喜に沸いた。が、それも長くは続かなかった。

敵の司令が今まさに自分たちが行ったものと似たような策、しかも全メビウス陣を包むほど規模の大きなものを繰り出そうとしているなど彼らは夢にも思っていなかったのだ。

 

「レールガン、撃てーい!!」

 

クルーゼの替わりにアデスが指示を出し、全11基のレールガンが戦闘宙域へ向けて一斉に火を噴いた。

遠目には、ボッ、と花火が撃ち上がったように見え、ヴェサリウスで補給を受けていたディアッカは映像を見やりながらヒュウと口笛を鳴らした。

「やっぱああいうのは間近で見たいよねぇ」

「バスター、準備OKです」

「おっ、待ってました!」

整備兵の声にまるでオモチャを手に入れた子供のように上機嫌で答えると早速コクピットに乗り込んで再出撃の準備に入る。

 

先ほどジンを撃ち落したメビウス小隊長機は、ジン撃破に気分を昂揚させたままの小隊長もろともツィーグラの放ったレールガンの光に飲み込まれていった。

「小隊長──ッ!」

目の前を閃光が過ぎ去り、事なきを得たメビウスのパイロットが額に汗を滲ませながらグッとレバーを握りしめる。

「くそっ、コーディネイターめ!」

レールガンの射線を読みとっていたジン部隊は全員無事に済み、逆にメビウス陣は中破・大破を含め半分以上が損害を受けていた。

追い打ちをかけるように間髪入れずジンがメビウス陣に襲い掛かり、更に残り10機程度にまで追い込まれる。

指揮系統が完全に分断され、もはや艦隊に戻ることはほぼ不可能だと悟った一人のメビウスパイロットがコクピット内で叫んだ。

「全機俺に続け! 全力前進すればジンは追いつけない!!」

言うが早いか、そのメビウスはヴェサリウス方角へ向けて一気に加速した。直線での機動力ならばジンよりメビウスの方が勝っているのだ。僚機の意図を悟った残りのメビウスもそれに続き、一斉にヴェサリウスへと加速して行く。

そのメビウスの動きにギョッとしたのはアスランだ。

慌てたアスランはイージスをモビルアーマー変形させると後を追った。もう大丈夫だろうと判断し、更に5機のジンを敵艦隊の方へ向かわせた直後の出来事だったからだ。

「アスラン!?」

「援護はいい、ジンの機動力では無理だ! 君達は艦隊へ向かえ!!」

「──了解!」

ジンの足では追いつけないと良く分かっているアスランは残りのジンも艦隊へ向かわせ、単身メビウスを追う。

 

「CIWS作──」

「焦るなアデス、大丈夫だ」

 

メビウス接近を察知してCIWSを作動させようとしたアデスをクルーゼが冷静に止めた。多分な、と付け加えてニヤリと口の端を上げる。

 

「何だ何だ? いきなり雑魚のお出ましかよ」

 

再出撃したばかりのバスターのモニターが迫ってくるメビウス数機を捉え、ディアッカは肩を竦めながらも対装甲散弾砲を作った。更に後方には急速度でこちらに向かってくるイージスがいる。なるほど先ほどこちらの艦砲で無事だったメビウスが無理やりに突っ込んできたのだろう。察してディアッカは薄ら笑いを浮かべた。

「バッカだねぇ、ミスの精算でもしようっての? やっぱナチュラルって間抜けなもんだ」

言いながら無数の散弾をばらまけば2機ほどのメビウスに当たったらしく小さな火が散った。が、ディアッカは不満げに舌を打った。

「ハズレかよ、あーあ、補給したばっかだってのに」

ここでメビウス相手に弾切れなどみっともないと思いつつも手当たり次第に周囲に弾幕を張る。むろん、イージスに流れ弾があたっても良しとの砲撃だ。

アスランはというと同僚のこちらを気遣わない砲撃に「ディアッカのヤツ」と呻きながら顔を顰めていた。実弾ならばフェイズシフトで塞げるものの、当たれば衝撃はゼロではないからだ。

 

前にバスター、後ろにイージス。回避は複雑な運動を要求される。メビウス陣は機動力を落として彼らを避けるよりも攻撃は最大の防御だと一直線にザフト艦めがけて突き進んだ。

残ったメビウスは4機ほど。

「バスター! あれに乗るのは俺の同期のはずだったんだ──ッ!」

うち一人が呟き、バスターの弾雨を気合いで抜けて中央のヴェサリウスに攻撃を集中させる。

 

「させるかッ!」

 

が、進路コースの読みやすくなったメビウス陣の背中からイージスがモビルアーマー形態のまま右腰のビームライフルを正確に撃ち出し、3発を見事に的中させた。

脇をメビウスに抜かれたディアッカがアスランの腕に口笛を鳴らしながら自身もガンランチャーのトリガーを引いた。残りは一機だ。

 

「最後をキメるのはこの俺、ってね!」

 

鋭く徹甲弾を放つも、まさかの直撃コース外れでアリャリャと肩を落とす。

しかし、仕留められなかったというだけでメビウスは十分な致命傷を負っていた。エンジンはまさに火を噴く間際、操縦不能状態に陥りヴェサリウスから大幅にズレて右方向へ投げ出されるようなな形となる。

コクピット内部は大量の血が浮き赤く染っていた。徹甲弾接触の衝撃でパイロットの額から流れたのだ。もはや動かないレバーを握りしめ、いまわの際でパイロットの青年は眼前に迫るザフト艦を睨み付けた。

「く、そ……ここまで来て……!」

意識があったのは幸か不幸か。新型──Xナンバー・バスターのパイロットに任命されたと誇らしげに語っていた同期の友人の表情が一瞬浮かび、無常にも友が乗るはずだった機体の砲撃で青年はそのまま全ての意識を手放した。同時にエンジンが限界を迎え、四散したメビウスは大粒のデブリとなってまるで意識を持ったように一番近場にいたガモフへと向かう。

それを見てアスランは一瞬戸惑った。ライフルを撃てばガモフに当たってしまうかもしれない、と迷っている間にもガモフのブリッジでは操舵士がデブリ接近に回避行動を取っていた。

 

「総員、衝撃にそなえー!」

 

ゼルマンが艦長席から叫んだ瞬間、左舷後方にデブリが掠って艦全体が大きく揺れる。

「ピッチング、左舷損傷ダメージコントロール隔壁閉鎖!」

「艦の推力持つのか!?」

左舷は先日の戦闘でも被弾して応急処置をしただけだというのに、とオペレーターの声にゼルマンだけでなく全ブリッジクルーが冷や汗を浮かべる。そんな間にも、ヴェサリウスが僚艦に速度を上げるよう指示をしてきた。

 

自分の放った弾が外れたせいで母艦に残骸が当たったというのにディアッカは人ごとのように外から数秒ほどガモフの様子を眺めると、早いとこ持ち場に戻ろうとフットペダルを踏み込んだ。

「アスラン、お前は一度補給に戻れば?」

そしてぼんやりガモフの方を見つめていたイージスに一言通信を入れ、その場を離脱した。

 

 

アスラン達がメビウスの対応に追われている頃、アカネは敵艦隊の猛攻の中を駆けていた。

イザークはというと、ひたすら苛立ちをぶつけるように敵陣形の外堀を固めるドレイク級にありとあらゆる砲撃を加えている。

そんなことでは弾切れを起こす、とは何度も忠告していたアカネは既に諦めて好きなようにやらせていた。何より、イザークに構っている余裕がアカネ自身そうそうない。第8艦隊はアークエンジェルを奥の奥へ引っ込め、陣形の一番外に護衛艦ドレイク級、次に戦艦ネルソン級、またドレイク級と何重もの厚い壁を作って圧倒的物量でこちらを殲滅に追い込む戦法を取っているのだ。

アカネはあまり砲戦には自信がない。ゆえに守りの比較的薄い艦底部に展開すればライフルを当てられるとは思ったものの、アストレイの火力では上手く当てたとしても撃沈には至らない。ならば一番厄介な戦艦ネルソン級の砲塔を出来うる限りピンポイントで狙うしかない──と慎重に照準を合わせているとミサイル接近の警戒音が届いた。誘導ミサイルはただ避ければいいというものではない。厄介なことに追尾してくるのだ。く、と喉を鳴らしアカネはミサイルを迎撃しようとライフルのトリガーを引いた。が、一発も当てられず眉を寄せて頭部のバルカンで弾幕を張る。

「進めないッ!」

こんな調子で先程から見事に足止めをくらい、艦隊の奥に全く侵入できていないのだ。ジンの援護もない今、フェイズシフトを持たないアストレイがこの対空砲火の渦を突き進むのは非常に困難である。

フェイズシフトが羨ましいと言っていたショーンの気持ちが痛いほど分かる、と再びライフルの銃口を砲塔に向けていると不意に通信機からけたたましい声が飛び込んできた。

 

「右ッ!」

 

同時にモニターから警戒音。ミサイルだ。

アカネはとっさにアストレイ左手でサーベルを抜き取って、通信機から入ってきた声の通りに右方向へ一振りした。

メインカメラが見事にミサイルを真っ二つに割く映像を映し、アストレイの脇を抜けたミサイルは切り裂かれた衝撃でそのまま自爆した。

ホッと息を吐いてアカネは声の主に通信を返す。

「ありがとう。──アストレイの装甲じゃ先に行けない。ネルソン級の砲塔をできるだけ斬り落として」

「了解!」

モニターに映る緑色の髪の少年は歯切れの良い声で返事をした。

指示を出しながらアカネは軽く舌を巻いていた。まさか10機のメビウスを相手にしていたブリッツがこれほど早く追いついてくるとは思わなかったのだ。さすがニコルだ、と思いつつまたも自分を追ってくるミサイルの迎撃に集中する。

 

メネラオスのブリッジでハルバートンは焦りを覚えていた。

第一陣として送り出した60機のメビウス全てから通信が途絶え、ブリッツの足止めに出した第二陣も突破され、更に敵機、敵艦が距離を詰め迫り来ていたからだ。しかしながらまだ物量に余裕はある。ハルバートンは残存メビウス部隊には数を活かした戦法──、1個小隊が潰れても直ぐに新手を出すという波状攻撃を仕掛ける指示を出していた。とはいえ物資も人材も無限ではない。

ハルバートンの隣で副官のホフマンがボソリと呟いた。

「ブリッツにデュエル……確かに良いモビルスーツですな。だが敵だと厄介なだけだ」

ハルバートンもまた同じように思った。自軍の明日のために作らせたモビルスーツで自身の艦隊が落ちていく。有効な新兵器という証明の代償が部下の命とは、これほど皮肉な話は他にないだろう。

 

艦列の中央ほどの位置にいた戦艦ネルソン級のハンガーでは、一人の青年整備兵がモニターで戦闘の様子を静かに見守っていた。

今まさに自分も戦闘の渦中にいるというのに、どこか他人事のように感じている。パイロットがルーキー揃いの第8艦隊はあまり前線に赴く機会がなく、赴任したばかりの青年にとってはここが最前線であるという実感があまりないのだ。

ハンガーに飛ぶ年配曹長の大声とは裏腹に、宇宙は静かだ。SF映画で良くあるような砲撃の轟音は現実では伝わって来ず、地上ほど派手に爆発もしない。先陣艦列に位置する僚艦が次々と敵モビルスーツに機能を停止させられ、その一つ一つには何百という同僚が乗っていたはずなのに、リアルに伝わらない。

青年は奇妙さと、ある種の恐怖を覚えた。飛び交う閃光はむしろ綺麗だとすら思えてしまうほど漆黒の闇に華を添えている。

「ハッチ開けろ!! 総員退避ー! メビウスが緊急着艦する!!」

そんな青年の思考は年配曹長の怒声と共に一旦途切れた。被弾した一機のメビウスがこちらに向かって飛び込んできたのだ。推進剤もやられたらしいメビウスはコントロールが効かないまま転がるように滑ってきて、緊急着艦ネットがその胴体を受け止めた。

周りの兵士達が急いで消火にあたる。青年も持ち場についたものの救護班がコクピットをこじ開けるようにして助け出したパイロットを一目見てしまい、胃袋に収めた昼食が戻りそうになって慌てて口元を押さえた。

血で染まるパイロットスーツから辛うじて判別できた顔は、この艦所属のパイロット。出撃直前まで出撃を恐れ、怖い、と小隊長に弱音を吐いていたルーキーだった。

「しっかりしろ! 大丈夫だ!」

譫言を言っているパイロットに救護班が呼びかけ、タンカーに縛り付けて運び出していく横で青年は作業もままならないほど青ざめていた。

実感が沸かないと思っていた戦闘が急に鮮やかに色づいていったのだ。彼はつい先ほどまで確かに元気でこの艦に乗っていたはずなのに──と、もはや助かるかも分からないパイロットの姿に自分自身を重ねてしまう。

「い、いやだ……死にたくない……!」

「おい、どこに行く!!」

得も言われぬ恐怖にかられ、気が付いた時には青年は年配曹長の怒鳴り声を背で受けていた。どこにも逃げ場などないというのに、ただただ慣性に身を任せて恐怖のままにハンガーを抜け逃げ惑う。

だが青年のその戦慄きも長くは続かなかった。ジンD装備の大型ミサイルが2発、青年の乗っていた戦艦の胴体を貫いたのだ。

激しい艦体の揺れを感じた直後、視界を眩ませるほどの閃光と共に何もかもが消し飛んだ。

 

「戦艦ベルグラーノ、撃沈! 戦艦残存数7、うち2艦の砲塔が沈黙しています!」

 

艦列の奥で戦闘の様子を見守りながら報告を聞き、ハルバートンは歯噛みをしていた。第一陣のメビウス部隊が足止めをしてくれていたジン部隊がこちらに集結しつつある。このままでは──と眉を寄せ、とある決意をするとオペレーターに指示を出した。アークエンジェルのマリューを呼び出せ、と。

 

アスランが自分たちの援護に回してくれたジンの到着で戦力の分散が可能となり、アカネはホッと胸を撫で下ろしていた。が、安堵している余裕を迫りくるメビウスは与えてはくれない。

結局のところアカネは自分に中距離戦は向かないと判断し、専らビームサーベルで応戦していた。運動性に乏しいメビウス相手には取り付いてコクピットを一突きするか、居合い斬りの要領で胴体を真っ二つに切り裂くのが一番有効だ。アストレイの特性や自分の好む戦闘にも合っていたため、アカネはほぼどちらかで対応していた。

しかも第8艦隊のパイロット達はお世辞にも老練だとは言えない。やはりルーキー揃いという前評判通りなのだろう。未熟相手の方が楽ではあるのだが、アカネはコクピットで無意識に眉を寄せていた。

通算何機目か分からないメビウスの上部に取りつき、サーベルで胴体を串刺しにしたと同時に離脱すると低く呻いた。

「だから嫌いなのよ……、モビルスーツって」

アストレイは他の機体に比べてより擬人化しているような感覚を受ける。だがやはり機械を操作している感覚が当然あり、加えて敵も鉄の塊。生身の肉体に刀を携え、その身一つで戦場を駆ける白兵戦とはあまりに全てが違いすぎる。身体に感じる確かな手ごたえがなさすぎるのだ。やはり自分はパイロットではなく、剣士でしかない。そしてそうありたいのだと考えたのも一瞬、アカネはすぐに次のメビウスに目標を定めた。

そんなアカネの真横を、シュ、と一閃の光が走っていった。ネルソン級が主砲を放ったのだ。乱戦で熱源を察知しにくい。モニターを確認すると今のビーム砲で友軍機が被弾したらしく、これ幸いとメビウス数機が友軍機へ向かっていきアカネはギョッと目を見開いた。

「ショーン!?」

被弾したのはショーンの乗るジンだったのだ。

片足をやられただけだから平気だ、と通信機からいつも通りのショーンの声を聞くも、アカネはレバーを引いて援護に向かった。若干の運動性を欠いた状態でメビウスの対応に追われるショーンのジンを捉え、危なっかしい動きに胸が騒ぐ。被弾の衝撃で頭でも打ったのか、通信モニターにはうっすらバイザー先の頬に血が一筋垂れているショーンの姿が映っている。動きが鈍っているのは機体のせいというより怪我のせいなのかもしれない。

取り囲まれればいくらショーンでも危ない。逸る気持ちのままフットペダルを踏み込んで右肩のビームサーベルに手をかけると、アカネは群がるメビウスに一閃を浴びせた。アストレイの首を動かし、ツインアイで左下にいたメビウスを睨んだと同時に頭部バルカンを放って蜂の巣にする。

ショーンのジンもメビウスの弾丸を数発受けながらも、なんとかライフルで一蹴してみせた。

囲んでいたメビウス陣を退けると、すかさずアカネはショーンに通信を入れた。

「今のうちに帰投して!」

母艦に戻ってジンと自身の治療をしろ、という事だ。

ショーンは一瞬だけ言葉に詰まっていた。片足を失った程度ではまだ戦えると思ったのだろう。イザークやニコルを残して戻るのも気がかりに違いない。

しかし負傷箇所から流れる血は一向に止まる気配を見せておらず、止血しないことには邪魔になるだけ。それはショーンこそが良く分かっていただろう。刹那の黙考後、了解、と離脱を受け入れた。

「済まない、特尉」

一言告げ、ショーンのジンはガモフへと一時帰投した。

 

「まだ来る……!」

討っても討っても後から発進してくるメビウスにニコルは息の詰まる思いがしていた。アークエンジェルへたどり着く前にエネルギーが切れるかもしれないという懸念。しかも、こういう戦闘はあまり気分の良いものではない。

逆にイザークはあまりの数の多さに次第に冷静さを欠き、イライラを募らせていた。

「雑魚に用はないッ!!」

八つ当たり気味に手当たり次第近くの護衛艦やらメビウスやらを叩き落としていく。

「いつまで待たせる気だストライク! さっさと出てこい! でないと……でないと傷が疼くだろうがぁ!」

そして片方の目でモニターの拡大図に小さく映るアークエンジェルを睨みながら、聞こえるはずのない相手に向かって大声で叫んだ。

 

アークエンジェルにはそんなイザークの叫びなど届くはずもなく、ブリッジクルーはメネラオスからのリアルタイム回線を受けて全員がモニターに視線を集中させていた。

映像越しのハルバートンはこう言った。アークエンジェルは直ちに艦隊を離脱、降下シークエンスに入れ、と。

「閣下それは……!」

戦闘中の艦隊を置き去りにしていくのは嫌だ、と眉を寄せたマリューをハルバートンが諭す。

「クルーゼの狙いはアークエンジェルとストライクだ。しかし我らはアラスカに何としてもアークエンジェル及びストライクを届けなければならない。先ほどの艦長室での話、忘れたわけではないだろう? ラミアス大尉」

「ですが……!」

「直接アラスカへは降りられないだろうが、ここからなら制空権内には降りれるはずだ。良いな?」

マリューはハルバートンの穏やかながらも厳しい表情を見つめながら、ク、と喉を鳴らした。クルーゼ隊の強さもしつこさも嫌と言うほど身に染みている。自分たちが生き残るためにも、艦隊がこれ以上損害を受けないためにも、それが一番なのだ──と自身に言い聞かせて小さく頷く。

「了解。アークエンジェルは直ちに降下準備に入ります」

返事をすればハルバートンも頷き、通信を終えたマリューは通信席のカズイにその旨を艦内に伝えさせる。

 

「降りるだと? この状況でか!?」

 

艦内放送に驚いてゼロのコクピットの上部ハッチから顔を出したフラガがマードックと顔を見合わせた。

「まァ、ここでズルズルになるよりは制空権内へ降りた方が良いと判断したんでしょーなァ」

「けどさぁ! ったく、戦わずに逃げるなんざゼロ隊の名に傷が付くっての!」

しかもクルーゼ隊からな、と心内で呟くとフラガは再びコクピットに飛び込み、ブリッジへ通信を繋いでマリューに掛け合った。

「艦長! ギリギリまで俺たちを出せ!」

掛け合う、というよりはもはや命令だった。

マリューは臨時艦長であるとはいえ、自分は先任大尉なのだ。発言権は自分が勝っていると全力で訴える。

何を馬鹿な、と却下しようとしたマリューにストライクのコクピットからキラも口を挟んだ。

「カタログスペックではストライクは単体でも降下可能です。バスターとイージスが追いついてきたらアークエンジェルも危ないですよ!」

キラとしてはアークエンジェルのみを守れればそれでも良かったのだが、自分が出なければストライクにはリリーが乗ることになるのだ。ならばやらせてくれと言った以上、やるしかない。

そんな二人の訴えに返事を躊躇したまま口を開こうとしないマリューに痺れを切らせて、CICのナタルはミリアリアの座る管制席の前へ行くと二人の回線をそのモニターの方へ回した。

「分かった。ただしフェイズ3までには必ず戻れ! スペック上は大丈夫でもやった人間はいないんだ。高度とタイムは常に注意しろ、良いな!」

「はい!」

返事と共に通信は切れ、マリューはハッとして艦長席から立ち上がった。

「バジルール少尉! 何を勝手な……!」

「ここで本艦が落ちるような事になれば、第8艦隊の犠牲は全て無駄になります!」

CICを見下ろしながら睨み付けるマリューに負けじとナタルも強い視線を返す。

同じくCICの電子戦席にいたリリーはナタルのその言動を少々驚きつつ眺めていた。士官学校時代から「上官の命令は絶対であり云々」といつも小言を言っていたナタルのものとは思えない、明らかな越権行為だからだ。しかしナタルの判断が誤りとまでは思えず、彼女がこんな行動に出るのは余程の事でもありその場のフォローに入る。

「艦長、XナンバーにはXナンバーでの対応が一番有効です。フラガ大尉もここで落ちるようなら連合のエースは名乗っていませんよ」

「リリス少尉……」

「二人を信じましょう。──システムチェック、状況は?」

そしてさり気なくナタルを席に戻らせ、頭上の通信席へ声をかける。

「オ、オールグリーンです!」

カズイの少々弱々しい声がブリッジに響き、緊迫したムードが少し緩んでそれぞれが元の仕事へと意識を戻した。

 

そんなブリッジの様子など露知らず、フラガはカタパルト奥の解放されたハッチから覗く青い地球を見つめ緊張を滲ませていた。

いくら歴戦の猛者と称えられようが、こんな大気圏に程近い状況での出撃など初めてだったのだ。何よりガンバレルが重力に引かれて上手く操作できないかもしれないとの不安もあり、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

「修正軌道、降下角6,1、シータ、プラス3」

副操舵席でトールが降下ポイントの確認を済ませると、ノイマンはグッと舵を握り直した。

「降下開始! 機関40%、微速後進。4秒後に姿勢制御」

重力に引かれて加速しないよう艦の調整をし直すと、アークエンジェルは艦隊からの離脱を始めた。

 

ハルバートンがその旨を残存する第8艦隊の全艦に通達する。

「本艦隊はこれより大気圏突入限界点までの、アークエンジェル援護・防衛戦に移行する。厳しい戦闘となるが、かの艦は明日の戦局のため、我らが祖国の未来のために決して失ってはならない。陣形を立て直せ! 護衛艦は脇を固め、戦艦は前へ!」

そして敵陣を取り囲んで弾幕を絶やさず、ひたすら壁になるよう指示を出した。

「第8艦隊の意地にかけて1機たりとも敵を通すな! 大西洋連邦の誇り、見せつけてやれ!」

力強く言い放った指揮官の声に応えて、第8艦隊の残存部隊が防衛陣を張り始める。

 

アカネ達クルーゼ隊の全員がそれに驚き、応戦しつつも皆モニターを凝視していた。

「アークエンジェルが降りる!?」

「させるかよッ!!」

ニコルが呟けば、イザークは一気にバーニアを噴かしてメビウスや艦隊などまるで目に入っていないかのように弾雨の中へと猛進した。

一瞬、イザークを止めようとしたアカネだが直ぐに無駄だと思考を切り替えた。むしろ、そうせざるを得ない。キュ、と唇を結んでニコルに通信を入れる。

「行くよ、ニコル……!」

「突破する気ですか!?」

「私たちの任務はアークエンジェルの降下阻止よ!」

危険だと言いたげなニコルを一蹴して、アカネは回線をヴェサリウスへ切り替えた。ヴェサリウスとの距離がだいぶ縮まり乱れながらも映像が使えるようになっていたのだ。

「アークエンジェルを追います! 援護を……!」

「ああ、分かっている。……戻って来いよ、アカネ」

「了解!」

フ、と相変わらずな笑みを漏らしていたクルーゼだが今は気にしている余裕などなく、直ぐに通信を切るとアカネは防衛艦列突破を試みる。が、今までもそうしていたのに出来なかったのだ。簡単に行くはずがない。傍目には周囲に厚い壁が張り巡らされ包囲されている状態なのだ。

まだ左翼に6隻、右翼に6隻程のドレイク級、中央に数艦のネルソン級が健在しており間を縫うように残存メビウスが漂っている。数では大幅に不利なうえ実弾も気にせず進めるフェイズシフト装甲のガンダムと違い、アカネはアストレイの機動力を活かして攻撃を避け続けるしかなかった。

ピピピ、と不意にモニターが警戒音を鳴らした。正体を確認する前に稲妻のような熱量の渦が目の前を駆け抜けていく。

「危なッ──!」

刹那、上部10時方向にいたネルソン級が弾ける寸前のポップコーンのように膨れあがった。

「──ディアッカね!」

バスターが射程外から撃ったのだ。危うく味方機の砲撃で死ぬところだった、と補給から戻ったらしいバスターにせめて撃つなら撃つと伝えろと軽く恨み言を言いつつ前進する。

ディアッカの方はそんなアカネの心情など知る由もなく、艦隊外堀の更に外で上機嫌な笑みを漏らしていた。最初の出撃時より艦隊に近づいたおかげでモニターが映像を捉えられるのだ。つまり自分の撃った結果が良く見え──、自分の存在など知らないまま敵が遠くで打ち上げ花火のように砕け散る様子は何とも痛快だった。

「さァ、もういっちょ打ち上げるか!」

再びバスターが照準を合わせ、第8艦隊との間合いを縮めていたザフト艦は更に速度を上げて既に艦隊を射程に捉えていた。最後のジン部隊及びイージスもこちらに追いつきつつある。

着実に戦力を削って数を減らすというアカネの策は、ここへ来てボディブローのように効き始めていた。

しかし敵の司令は仮にも知将と呼ばれる男。自身の艦隊が不利になるかもしれない状況を読んで、そうなる前にアークエンジェルを降下させることを決めたのだ。誰の目にもアラスカに降りられない事は明白だったが、制空権内に降りれば良しという考えなのだろう。

アカネにもクルーゼにさえも、これは予想外のことだった。

アカネの方は艦隊全てを盾にするなどとんだ知将だ、と思ったものだが、クルーゼはアデスの後ろで意味深な笑い声を漏らしていた。

「苦労して生み出した我が子がよほど可愛いと見える」

言いながらヴェサリウスにも僚艦にも主砲を撃たせて応戦する。アークエンジェルとストライクを降ろさせない事も重要であったが、大将の首を取ればこの戦闘の勝者はザフトになるのだ。大西洋連邦極秘軍事計画を立案した大本の一角であるハルバートンがいなくなるとあらば、今後の戦局に少なからず響いてくるだろう。

「さて……歴史はどう動くか、神にでも祈ってみるか?」

「はぁ……」

冗談めかすクルーゼにアデスが適当に相づちを打っていると、ふいにオペレーターの声が割って入ってきた。

「足つきよりメビウス・ゼロ、ストライク発進を確認!」

二人ともブリッジのモニターを凝視した。この状況で出てくるとは思っていなかったのだ。

 

ニコルもアカネもそれに驚き、イザークだけがコクピットの内でニヤリと口の端を上げていた。

「ようやくお出ましか、ストライク……!」

もはやイザークの開いた片目にはストライクしか映っておらず、地球に寄りすぎれば危ない事など一切頭から排除されて真っ向からストライクに向かって行った。

 

キラの方は出撃した瞬間、重力に引かれた機体の重さに驚きつつペダルをしっかりと踏み込んで戦闘宙域へ飛び出した。

すぐさまモニターが自分へと向かってくる機体を捉えて警戒音を鳴らす。キラは目を見張った。

「デュエル!? 何だあの装備は!」

モニターははっきり"X-102"とデュエルだということを示していたものの、見知っていたデュエルの装備とはまるで違う姿なのだ。そんな間にもデュエルはビームサーベルを思い切り振りかざして襲い掛かってくる。

「この傷の礼だストライク! 受け取れーーー!」

キラはエールストライクのシールドで一閃を受け止め、互いに距離を取ってはライフルを撃ちつつまた鍔迫り合いという一進一退の攻防が始まった。

 

発進してきたゼロを引きつけるため、アカネより後方にいたニコルはゼロへと向かっていた。

「鷹の相手は僕がやります!」

ニコルは他人の事となると人一倍心配するが、自分の事だとその身を気にせずああして行ってしまう。敵エースの相手をアストレイにさせるよりは自分がやった方がいいと判断したのだろう。アカネはなおも迫るメビウスを切り裂きながら眉を寄せた。若干、焦りも生じている。

この戦闘でジンは既に1/3ほど落とされている。その中に出撃前に食堂で談笑した青年達がいたらと思うとやりきれない。ショーンも傷を負った。むろん敵側とて思いは同じだろうが、負けるわけにはいかない。

迫るミサイル同士をうまく爆破させ、サーベルを垂直に構えて一気に加速する。

「この――ッ!」

そのままアカネは護衛艦の前にいたメビウスのコクピットをピンポイントで一突きした。間髪入れず勢いを付けて胴体を捻り、動きを止めたメビウスを護衛艦ブリッジへと狙いを定めて蹴り飛ばす。見事メビウスはブリッジ接触と共に爆散し、アカネはその奥へと突き進んだ。

 

「アンノウン、後陣艦列を突破します!」

「落とせー! ビームを使うんだ!」

 

メネラオスのブリッジでホフマンががなる。

その主砲を避けながら、アカネはメネラオスのブリッジを睨んだ。

 

『足つきと、君が"ガンダム"と呼ぶあの新型機動兵器の開発直接指揮を執ったのは彼、と言ったら君はどう思う?』

 

クルーゼの言葉が過ぎると共に、無邪気に地球を眺めていた防衛省所属アカデミーの学生達の姿が浮かんだのだ。

「お前があんなものを作らせるから……!」

今さらどうしようもないことではあるが、アークエンジェルさえ作られなかったらシャトルは沈まなかった、とアストレイの双眼が鋭い光を放った。

 

その頃、ガモフのブリッジでは弾薬の底が見え始めてにわかに騒ぎになっていた。

度重なる左舷の負傷でコントロール性能も落ちている。何よりクルーが頭を抱えていたのはモニターが捉えていたデュエルの映像だった。考えなしに大気圏瀬戸際でストライクと切りを結んでいる様が映り、あのままでは危ないだろう。

「機に備え機関50%、前進せよ」

ゼルマンが指示を出し、ガモフは足並みを揃えていたヴェサリウス、ツィーグラ、ナッタから一歩前へ出た。

 

アカネはというと艦列を突破したことで急速反転してきたメビウス・ゼロの相手に追われていた。メネラオスには絶対に近づけさせないつもりなのだろう。

「アカネさん!」

ニコルが直ぐに援護に入り、2機で上下左右に展開するガンバレルの相手をする。コンマ単位で変わる座標。360度、多方面から繰り出される砲撃。

これがオールレンジ攻撃か。額に汗を浮かべつつアカネは予測不可能な場所から砲弾を繰り出してくるガンバレルの弾を避けることのみに集中した。ブリッツはともかく、アストレイは実弾にも弱い。ましてルーキーが操り性能もアストレイに劣るメビウスではなく、相手は熟練のパイロットだ。真っ向勝負では敵わない。

「──そこかッ!」

回転しながら上部に展開すると、アカネはガンバレルを飛び越えてスパッと有線を切り落とし、そのままライフルで本体を狙い撃ちした。

それを避けながら、ゼロのコクピットでフラガが舌打ちをする。

 

「ホンットしつこいんだよお前らは!」

 

本当ならクルーゼの乗るヴェサリウスへ攻撃を仕掛けたいフラガだったが、時間の関係上あまりアークエンジェルから離れられない。そのせいで重力に引かれたガンバレルの操作も鈍り、苛立ちを抑えて一人コクピットで歯噛みしていた。

ニコルの方はアカネよりゼロから距離を取って応戦していたものの、ふとイザークの方を見やってギョッと目を見開いた。かなり地球側に寄っていたのだ。慌てて通信回線を開き、呼び掛ける。

「イザーク、出過ぎです! 戻って!」

「うるさいッ! 腰抜けが!」

邪魔をするなと言いたげに、ブツ、と回線を切られニコルは頬を引きつらせる。自身のブリッツとデュエルのパワー残量も気にかかった。もってあと5分程度。イザークの方はそんな計算をしているとも思えず、もっと早くパワーが切れるかもしれない。

 

イザークはひたすら受けた屈辱を拭い去るようにストライクへ攻撃を加えていた。

相変わらず防戦一方な戦い方の割に手こずらせる相手にイライラを募らせる。アサルトシュラウドでは接近戦に向かないから戦い方を考えろ、というアカネの忠告を少しは考慮しようと思っていたものの今のイザークの頭からはそんなものは完全に消え去っていた。若干機体が重く、コクピット内の温度も上昇している。

「落ちろォーー!!」

しかし、それらを些末な問題だと切り捨ててイザークはひたすら斬撃をストライクに浴びせ続けた。

アカネがそんなイザークの現状に気づいたのはニコルより若干遅れていた。ニコル同様、驚いてゼロから飛び退き通信回線を開く。

「何やってるのイザーク! 撤退して!」

「邪魔をするなッ!」

頭に完全に血が昇っているらしきイザークの返答。不味い、とアカネは背中に冷や汗が伝うのを感じた。アサルトシュラウドは弾丸の宝庫だ。あんな大気圏スレスレの場所でいつ誘爆しないとも限らない。

「イザーク! 命令よ!!」

モニターのイザークを睨み付ければ、イザークは歯ぎしりをしながらプツンと回線を閉じてしまった。

喉奥を鳴らしてアカネは頭を抱えた。これ以上降りればデュエルの推力では戻れなくなる。もし戻れずにアサルトシュラウドをパージさせてフェイズシフトで大気圏に入ったとしても、突破したところで重力に引かれ地上に激突は避けられない。潰れたトマト状態となるだろう。

これだから宇宙育ちは地球の恐ろしさも知らない、とアカネはきつく眉を寄せた。せめて落ちるならストライクを巻き添えにしてザフトのために戦果を上げてくれ、と突き放すも良い気分はしない。

そんな時だった。

ガモフが高速前進を始めたのは──。



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PHASE - 022 「生きろ、イザーク──!」

ゼルマンはもはやイザークが戻れないだろう事を察したのだ。

そして、それがイザークの死を意味することも十分過ぎるほど分かっていた。

──議員の子息を死なせられない。

そんな重すぎる任務をその身に全て背負っているゼルマンだ。このままアークエンジェルを落とせず、イザークも死なせてしまえばプラント市民にとても顔向けできない。

ディアッカ、イザーク、ニコルを任された時からいつかこのような日が来ることは悟っていた──と、深いため息をついてクルー一同を見渡した。

「総員、直ちに退艦せよ」

「艦長……!?」

「イザークを見捨てるわけにはいかない」

その言葉の意味を全員すぐに理解し、オペレーターは自分の席から立ち上がってゼルマンを見つめた。

「自分の任務もこの艦とイザーク達を守ることにあります。艦長、お供させてください!」

オペレーターに連なるように次々とクルーが訴え始めたが、ゼルマンはゆっくりと首を横に振った。

「我がザフトにとって、人材は何より貴重なのだ。君たちは国家独立後、やることが山ほどある。それが君たちの最も重要な任務だよ。あの手のかかるお坊ちゃんと共にな……!」

「艦長……!」

「繰り返す、総員直ちに退艦せよ!」

穏やかなゼルマンが厳しい口調で言い放つと、クルー一同は自らの気持ちをグッと抑え、しっかりとゼルマンに敬礼をしてその指示に従った。

オペレーターも最後の仕事だと艦内に退艦命令を伝えると、ゼルマンの瞳を見つめて敬礼をする。ゼルマンも敬礼を返し、労うようにオペレーターの背中を叩くと退艦を促した。

そのブリッジからの艦内放送をショーンは医務室で聞いていた。退艦? と首を捻るも共に放送を聞いていたドクターに詳細が分かるはずもなく、額に巻かれた包帯を押さえつつ廊下へ飛び出して同僚を捕まえ、話を訊く。

イザークがストライクと大気圏スレスレで交戦中だということ。ガモフはそれの救助へ向かおうとしていることを伝え聞いて、ショーンは一心不乱にハンガーへと向かった。むろん脱出するためなどではない。

「俺のジンは!?」

「は? ジンじゃねーよ、ランチに乗れ!」

クルーの誘導をしていた整備兵がショーンの呼びかけに早くしろとばかりにランチの方へ促すも、ショーンは首を振るう。

「いや、俺は残る」

「な、何言ってんだショーン! 命令だぞ!」

「ああ命令だ! 任務だよ、アイツを守るってのがな!」

まだ修理途中のジンを見上げると勢いを付けて真っ直ぐにコクピットを目指し、ハッチを開いてショーンはそこへと腰を下ろした。

ローラシア級のハンガーは切り離せば大気圏突入用カプセルとなる。ゼルマンはイザークのためにガモフごとカプセルを届けるつもりなのだと悟るも、手助けが絶対不可欠だ。ならば自分が残るしかない。

 

ガモフの数艇のランチは一番近くにいたヴェサリウスを目指し、アデスは単身で前に出たガモフと向かってくるランチに驚いてゼルマンへと回線を繋がせた。

「出過ぎだぞ! 何をやっているゼルマン!?」

「元はと言えば我らが足つきを仕留め損ねたせい……、防御態勢を取りつつカプセルをデュエルに……!」

しかしNジャマーの影響で映像は乱れ、ゼルマンの声も途切れ途切れにしか聞こえない。

「隊長……!」

アデスがクルーゼの方を振りかえるとクルーゼは、フ、と口元に手をやった。

「行かせてやれ。しかし、こうなると一層深く感じるがハルバートンは非情な男だな……、私にはとても命令はできんよ」

艦隊を盾にしてもアークエンジェルを降ろす事を決めたハルバートン。

自らが盾となろうとしているガモフ。

部下を盾と扱うのは心が痛む、とでも言いたげな上官の言葉にアデスは複雑な表情を浮かべるしかなかった。

 

その間にもアークエンジェルは降下シークエンスフェイズ2に入り、限界点までの時間があと5分と迫ってフラガとキラには艦に戻るよう通信が入っていた。

「くそっ……タダで戻れるかよ!」

ローラシア級が迫っているというのに、と舌を打ちつつフラガは推力を最大にして戦艦の援護に向かった。

ブリッツが弾かれたようにそれを止めに行く。

アストレイはというと、モニターがガモフから発進したランチを捉えており意図を悟ったアカネは叫び声をあげていた。

「艦長! 戻ってください! こんなことをしても何にもなりません!」

「違うんだ、特尉。君にも話しただろう? 私は命に代えてもイザーク達を守る義務がある、と」

特攻でもする気かと迫ればゼルマンが首を振るい、アカネはハッと瞳を揺らす。ザフトにとってイザークは死なせるわけにはいかない存在。エザリア・ジュールの息子、イザーク・ジュールなのだ。──ゼルマンの言うとおりだ。きっと自分がザフトの人間であったら同じことをしたはずだ。散々忠告したというのにその自覚をまだ持っていないイザークへの腹立たしさよりも先にアカネはイザークへ呼びかけていた。

 

「イザーク……イザーク!」

 

アークエンジェルへ戻ろうとしているストライクを深追いしているデュエルの姿がモニターにハッキリと映る。

 

「聞こえてる!? ねぇ! 誘爆を起こす前にアサルトシュラウドをパージして……! 素体のデュエルならまだ戻れるかもしれない!」

 

イザークはアカネの声は耳に入っていたものの、ストライクを追う事とコクピット内の熱に耐えるので精一杯の状態にあった。

 

「加速しないで……! イザーク!」

 

通信を垂れ流しにしたまま、どうあってもストライクを戻すまいとイザークはシールドで摩擦を凌ぎ、ライフルで牽制する。

裏腹にキラはそのデュエルの猛攻を凌ぎながら、もうやめろ、とコクピット内で一人叫んでいた。通信機からはミリアリアの、早く戻って、という再三の通達が来ている。それにキラにはもう一つ気がかりがあった。モニターの端で捉えていた、遠くでぼんやりこちらを眺める赤いモビルスーツ。アスランの乗るイージスのことだ。

デュエルを見つめているのか、それとも自分を見つめているのか。

「これでもう君と戦わずに済む……!」

このままデュエルさえ振り切って地球に降りれば、戦場でアスランと対峙することは二度とないだろう。その思いを胸に、キラはアークエンジェルに戻ることだけを考えた。

 

元々コントロールの鈍っていたガモフは地球の引力に引かれて加速し、まだ健在だったネルソン級と激しい撃ち合いを繰り広げていた。

間に割って入ったゼロが砲撃を容赦なく装甲にぶつけ、ただでさえ満身創痍のガモフはいたるところで既に爆発が起こり始めている。もはやそう長くは持つまい、と艦の揺れに耐えながらゼルマンは一人ブリッジでジンの通信機に語りかけていた。

「いつも済まないな、ショーン」

「いえ、これが任務でありますから」

ハンガーにショーンが残っていた事を知ったゼルマンはすぐさま退艦させようとしたが、カプセルを届けた後の事を考えて留まると決意したショーンの思いを汲んでいつも通りの穏やかな声で労った。

 

アカネはそんなガモフを目の端で捉え、脳裏に目の前で爆散したシャトルの事をだぶらせていた。

アークエンジェルとの接触で無惨にも宇宙の塵と消えた機長や学生達。彼らに報いるためにも、生きて真実を祖国へ伝える義務がある。だからこのまま漂流者として終わるわけにもいかない。しかし、ただ生き残るだけでは駄目なのだ。護衛艦やメビウスをいくら落としても、何にもならない。

 

──大将の首はきっとゼルマンが取ってくれる。

 

ゼルマンもまさかただで終わるつもりではないだろう、とアカネはアストレイのレバーを握りしめた。

「行こう、アストレイ」

一言、機体に呼びかけるとペダルを踏み込んでアカネもまた大気圏を目指した。

メネラオスも周りの艦もガモフの乱入でビルスーツから注意が逸れ、隙が出来たのだ。ゼルマンが身体を張って作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない。

 

ガモフの援護に回ろうとするもクルーゼから下がれと指示を受けたニコルは突然のアカネの行動に驚いてアストレイの後を追った。

 

アストレイのサブカメラがブリッツの動きを捉え、アカネが回線を開く。

「来ないで! 一人でいい!」

「なぜ……! 何をする気ですか!?」

「任務の遂行! 君は来ないで、ブリッツじゃ無理よ!」

デュエルの二の舞は踏んでくれるなと含めればニコルは言葉に詰まる。アカネはほんの少し映像回線のニコルに微笑んでみせると、そのまま回線を切ってシールドを構えた。

真っ直ぐに大気圏へと降下していくアークエンジェルを見据える。

「アラスカになんか……行かせないわ」

侵入を拒むようにシールドが摩擦で生じた高温を受け始めるも、アカネはなおも加速した。

あれほど懐かしく思った地球が牙を向き、アカネはその青い地表を瞳に映して呟く。戻りたいけど、いまは戻れない、と。まるで降りてこいとばかりに自分を引きずり込むような重力にアカネは必至でレバーを握りしめて機体を安定させた。

今のアークエンジェルは無防備に近い。そして例え敵が接近したとしてもこんな場所で弾幕を張れるはずもない。頼みの武装である主砲は先の戦闘でニコルが壊してくれたおかげだろう。まだ直っていないらしい。大気圏突破に耐えうる構造でもこの状況で傷を受ければ致命傷となるのは必至だ。

 

ガモフに出来うる限りの攻撃を加え、そのまま急反転してアークエンジェルへ着艦していたフラガはゼロのコクピットから飛び出てハンガーのモニターを凝視した。

「何だよあのムラサキは……!」

機体データのないアストレイを見た目でそう呼び、未だ戻っていないストライクへ視線を移す。

 

マリュー達も大気圏突入に集中しなければならないというのに、旗艦メネラオスの危機や交戦中のストライク、こちらに向かってきているとしか思えないアストレイの存在にパニックを起こしかけていた。

「艦長、限界点まであと2分を切ります!」

ノイマンの声にまごつくマリューの下で、リリーはナタルに副砲の照準をマニュアルで渡せと訴えていた。

「こんな状態で戦闘は無理だ!」

「でもあのアンノウンは撃って来る気だよ!」

言いながら左隣のミリアリアのマイクを鷲づかみする。

「こらキラ坊! さっさと戻りな! 死にたいのかい!?」

「でも、デュエルが……!」

「バリアントを撃つ! あんたは離脱しな!」

それだけ言って電子戦席に戻ると同時に副砲の操作をし始める。マリューの許可など取っている暇はない。

「リリス少尉!? 何を──」

「後で営倉入りにでもしてください!」

左舷から格納式の射出リニアレールを出し、角度を合わせてデュエルに狙いを定める。

 

そんな大気圏間際の攻防を見つめながら、ニコルはどうしようもない無力感に苛まれていた。

モニター越しに映る慣れ親しんだ母艦はまるで軋んでいるかのように装甲の一つ一つが剥がれ落ちて行き、ついには真っ青な灼熱の海に堕ちていこうとしている。

「艦長……」

火だるまと化していくあの艦の中に、父にも等しい人がいるのだ。

 

『ニコル……君は優秀な部下だ。いつも頼もしく思っているよ』

 

嬉しくて誇らしくて、何度も復唱した言葉と共に優しいゼルマンの姿が浮かびニコルは大きな瞳を揺らした。ゼルマンのくれた言葉とは裏腹に何も出来ない自分。

「ゼルマン艦長──ッ!!」

もはや撃ち合うことすらままならず、メネラオスと共に沈みゆくガモフを見つめて自分を責めながらただひたすらゼルマンの名を呼んだ。

 

ゼルマンは自身の最期の仕事である大気圏突入用カプセルを無事に切り離すと、後は全てをショーンに託した。

そして、ブリッジのモニターの捉えるアストレイを一目見やる。

「特尉……、ナチュラルの君と共に戦えて良かった」

プラントの独立と、そしてコーディネイターとナチュラルが手を取り合う未来を一瞬夢見て眼前の第8艦隊旗艦メネラオスを見据える。

 

「共に沈んでもらうぞ……! ザフトの勝利のために!」

 

ハルバートンは逃げることよりも迫るガモフと運命を共にすることを選んだ。引けば、アークエンジェルを守る盾は何もなくなってしまうからだ。気がかりはデュエルとアストレイだったが、無事アークエンジェルが制空圏内に降りてくれることを信じるしかない。

「差し違える気とは……!」

ホフマンは歯噛みをしながら肘置きを叩いた。

周りのクルー達も、もはやこれまでだと覚悟を決める。

ハルバートンは最後の言葉伝えるため、摩擦熱で爆散寸前のブリッジを一望した。

「諸君らは立派に戦ってくれた。我らの遺志は必ずラミアス大尉達が引き継いでくれる! 諸君らが明日の太平洋連邦を動かしたのだ!」

「閣下……!」

胸中には様々な思いが滲んでいたに違いない彼らだが、一同は旗艦のブリッジクルーを任される程の軍人達。取り乱す者は一人もおらず、崩れ始めた艦の中でみな最期まで自身の持ち場に付いていた。

 

宇宙からの侵入を拒むように地球が自然の持つ驚異をまざまざと見せつけ、ガモフとメネラオスが砕け散る。

 

アカネはアストレイのサブカメラが捉えたコクピット側面モニターで爆散の様子を目の端に捉えながらゆっくりとライフルを構えた。

「艦長……!」

ゼルマンの覚悟を無駄にするわけにはいかない。

 

アークエンジェルの方もメネラオス撃沈を目の当たりにしてアカネと思いを同じくしていた。ハルバートンの覚悟を無駄にはすまい、と。

マリューが艦長席で涙を零し、リリーはデュエルへ向けて副砲を撃ち出した。

「キラ坊!」

それは針の穴を通すようなコントロールでデュエルとストライクの間を割り、リリーの声に呼応するようにキラは隙の出来たデュエルの頭部に思い切り蹴りを入れた。

加えられた力に逆らえずにデュエルはストライクから離れ、ストライクは蹴りの反動を利用して機体をアークエンジェルの方へ向かわせる。

 

デュエルはすかさずライフルを乱射しようとしたが、アークエンジェルからの2射目に阻まれ断念せざるを得なかった。と、同時に初めてアストレイが降りてきていた事に気づき、微かに目を見開く。

「何やってんだあの女……! オイ貴様! 何をやっている!」

「ガモフが君のためにカプセルを切り離した……! 早く行って!」

「何だと……!?」

通信機からアカネのせっぱ詰まったような声が戻り、イザークは初めて自身の置かれている状況を把握した。モニターを操作し確認すると、確かに少し離れた位置にカプセルが漂っている。

「貴様はどうする気だ!?」

「私はまだ戻れない」

アストレイはデュエルよりもまだ高い位置にいる。しかし、返事にアカネがアークエンジェルを狙っていることを悟り、戦果を独り占めさせはしないと歯を食いしばった。

 

「俺もこのままおめおめと長らえ、生き恥を晒すくらいならストライクと共に落ちる!」

 

そんなイザークの怒声にアカネはカッと目を見開いた。

「死んだら許さないわよ! 君一人のためにガモフは……!」

同時にモニターが警戒音を鳴らし、アカネはとっさにアストレイを引く。ストライクがこちらに気づいたのだ。

 

「やめろォーー!!」

 

ストライクのビームをシールドで受け止め、ストライクを見下ろす。

「チッ、キラ・ヤマトか」

このアストレイの位置ならばストライクは上がってはこられない。

アカネはストライクには構わず、高度に注意しつつ照準モニターを出してグレネードの準備をした。

 

アークエンジェルが狙われている事に焦るキラだが、一刻も早く着艦しろと通信機からリリーの大声が絶えず響いていた。限界点に来ればハッチも、副砲のリニアレールも閉じなければならなくなる。その前に何としても戻れというのだ。

 

アカネの狙いはまさにそれだった。

 

裸の状態となったアークエンジェルを叩くしかもはや手は残されていない。

これまでの戦いでアークエンジェルはビーム兵器には恐ろしく強いことが分かっている。ゆえにアストレイの武装で対抗できるのはライフルに装備されたグレネードのみ。

限界点付近まで降り、出来るだけ近づいて確実に当てる。それしかもうアークエンジェルを止める手段はないのだ。

「ッ……熱い……!」

シールドで摩擦熱を凌いでいるものの、コクピット内は着実に温度を上げ始めていた。

激しい熱に耐えられるはずもないアストレイの肢体が、まるで呻き声を上げるかのようにじわじわと溶け始める。

 

「イザーク……、アカネさん!」

 

ただ落ちていく二人を眺めているしかないのか、とニコルは名を呼び続けるしか出来ない自分への苛立ちをギリギリの所で抑えていた。

そんな中、ふとブリッツのモニターがある異変を知らせてきた。ガモフの切り離した大気圏突入用カプセル内部に反応があるのだ。首を捻ったニコルはキーボードを操作してそれが何かを探る。ポイントをカプセルに合わせれば、"ZGMF-1017 "とジンであることを示す番号が表示された。しかも、ショーンの乗っているジンだ。

「ショーン……まさか、そこにいるのか?」

そういえば辺りにショーンのジンを見かけない、とニコルの頬を汗が伝う。

 

ニコルの懸念通り、その場に残っていたショーンはハッチ付近まで近づきデュエルへの回線を開いていた。

「何してるんだイザーク、早くこっちへ来い!」

カプセル自身をデュエルへ寄せたい所だがそうもいかない。

見ればデュエル外装のアサルトシュラウドはほぼ溶けかけており、弾薬が誘爆を起こしていないのが不思議な程の状態だ。

 

「うるさい……、腰抜け!」

 

行く努力はしている、とイザークは熱に顔を歪めながら必死でペダルを踏み込んでいた。

やはり、アサルトシュラウドは重いのだ。しかしいま下手にパージしたらその瞬間に爆発しないとも限らない。

何より熱が右目付近の傷に響いてイザークの視界は歪んできていた。

 

このままではイザークの命はない。ショーンはデュエルの様子を見つめながら、一度きつく眉を寄せた。

 

『くれぐれも頼むぞ、ショーン。……いつも済まんな』

『いえ、それが自分の任務でありますから』

 

最期まで任務に殉じたゼルマンとのやりとりを思い出しながら軽く苦笑いを浮かべると、ショーンの片足のジンはハッチから飛び出していった。

「ったく、世話かけさせやがって……!」

シールドを翳しつつデュエルの方へ向かう。

 

「腕を伸ばせ、イザーク!」

 

イザークは朦朧としてきた意識をほんの少し覚醒させ、上擦ったような声を出した。

「貴様、頭でもイカれたのか? ジンの装甲では──」

「分かってるさ。だが、お前は死なせられない……! 死なせたら、俺はどんな顔して艦長に会えば良いんだ?」

「ショーン……」

ふとイザークの脳裏に浮かんだ既視感。思い出したのは先の戦闘でも自分を庇うようにしてガモフへ帰還させてくれたショーンの事。

 

『あまりみんなを心配させないで。君は……イザーク・ジュールなんだから』

 

母親が議員だから優遇されているんじゃない。自分が選ばれた、他を圧倒する能力を有する人間だからだ──と浮かんだショーンの姿とアカネの言葉を振り切るようにイザークは叫んだ。

 

「俺に構うなバカ者ッ!!」

「そう言われても、これも任務のうちなんだよな。お前は知らなかっただろうけど」

 

グン、と加速したショーンのジンがデュエルの腕を掴む。

ショーンはジンの持てるスラスターの全てを使ってデュエルをカプセルの方へ押し飛ばした。そして強い口調でイザークに命令する。

「推力最大だ、戻れ!」

元々最大にペダルを踏み込んでいたデュエルはその助けを借りてカプセルへ向け、上昇した。

「ショーン!」

反対にジンは反動で大気圏へと落とされていく。

「生きろ、イザーク──!」

力強く言い放つものの、ショーンも機体を何とか押しとどめようとレバーを引いて流れに逆らおうとした。

「ぐッ……減速できない……!」

が、思った以上の重力に逆らう力さえも飲み込まれて小さく喘ぐに終わる。

そんな中、ジ、ジ、と通信機が雑音と共に見知った声を拾った。

「ショーン、聞こえているか?」

「隊長……!?」

ヴェサリウスからその様子を見ていたクルーゼが直接ショーンのジンに通信を入れてきたのだ。上官の神妙な声にショーンはこんな状況だというのに背筋をピッと正した。

「君は良くやってくれた。しかし、分かっているとは思うがジンでは大気圏突破は不可能だ」

瞬間、残酷な事実にショーンは眉を寄せたもののクルーゼは言葉を続けた。

「だが安心したまえ、君の勇気ある行動は本国で高く評価されるだろう。ご家族の事も何も心配はいらない」

微かにショーンは瞳孔を開き、次いで安堵したように肩の力を抜く。率直に死を宣告したクルーゼらしい一言の後の気遣いが嬉しかった。

「ありがとうございます……クルーゼ隊長」

そんな間にも熱で溶けだしたジンの背中は着実にショーンの肉体を追いつめていった。熱にさえ強く出来ているらしいコーディネイターの身体を、ほんの少し皮肉に思う。

「ショーン、ショーン……!?」

灼熱の地獄に呻きながら、ショーンは通信機から漏れてきた今にも泣き出しそうなニコルの声を聞き、ふ、と口元を緩めた。アカネとの模擬戦を終えたニコルと交わした、ロッカールームでの会話を思い出したのだ。

「来ると……良いな、ニコル……お前の望む時代が……」

「何を……一緒に、一緒にその時代を迎えるんでしょう!?」

メインカメラがブリッツを、サブカメラがアストレイを映し、ショーンは弟のような後輩を励ますように笑いかけた。

「上で、見てるさ……ミゲル達と一緒にさ……」

そして矢継ぎ早に回線を閉じる。もうこれ以上は平静を保っていられる自信がなかったからだ。そんな自分をニコルに見せたくはなかった。

「くそっ……熱ぃ……熱ぃよ!!」

きつく眉を寄せて暴れ出したいほどの熱に顔を歪めた。いっそ気絶でもさせてくれれば楽になれるのに、と無駄に強い肉体を呪う。

「やっぱフェイズシフトが羨ましいぜ……ハハッ、遺族年金、通常より入るんだろうなこれ」

最期に過ぎったのは相も変わらず金銭のことで、随分稼いだもんだ、と自身に感心する。これだけ残してやれば、きっと家族を路頭に迷わせることはない。

「良い仕事……だった、かな」

無事カプセルへと到達したデュエルを見て、ショーンは自身の役目を果たし終えた事を確認すると灼熱地獄の中で蒸発していく肉体の苦痛からやっと自らを解放させた。

「なぁ……ばあちゃ……」

ほんの一瞬本国の家族を浮かべ、ショーンのジンは広大な地球の一部となり流星のごとく煌めく一閃となって地上へと還っていった。

 

アカネは照準モニターに意識を集中させる事で冷静さを保っていた。

ゼルマンとショーンの死を直ぐそばで感じるも、心を乱している状況ではないからだ。戦場とはそういう場所なのだ。何度も確認したはずだ。最優先されるのは祖国、そして任務はアークエンジェルの降下阻止。

感情に流されるな、と自分がいま耐えている以上の熱をショーンがその身に受けた苦痛に胸がえぐられそうになるのを必死で飲み込んだ。

「もう少し、もう少し耐えて……アストレイ!」

高度を下げて、既に溶け始めているアストレイに精一杯の声をかける。我慢勝負をしていたアークエンジェルはこちらに向けていた副砲のリニアレールをついに艦内に収め、アカネに大気圏突入を知らせた。

「突入角さえずらせば……!」

グッ、とライフルのトリガーを握りしめる。重力で照準がぶれ、ロックできない指先に強く祈りを込めた。

「私は、アカネ・アオバだ──!」

ぜったいにやれる──やらなければ。自分自身の存在証明を賭けて、ゼルマンやショーン──様々な人々の思いを背負って、アカネはアークエンジェルの機関部だけを見据えた。

カチ、とコンマ1秒ほどロックした機を逃さず思い切りトリガーを引く。

 

第8艦隊、クルーゼ隊の全てがその一筋の光輝を見つめた。

 

星の爆発の中心にいるかのような眩みと爆風を受けて更に落下するのを感じ、アカネはレバーを引いた。

着弾の手応えを感じて尚もライフルを構える。損傷箇所に駄目押しするにはビームでも十分だった。

 

アークエンジェルクルーは砲撃による揺れと大気圏突入という緊張状態でパニックを起こしていた。

「機関部損傷……! 損傷外壁、特殊ジェルで覆います!」

「ノイマン曹長!」

「艦の推力低下……! 降下ポイント、予定と僅かに差違!」

マリューとノイマンのやりとりを耳に入れながらナタルはCICで歯噛みしていた。

「チッ、反撃できないと思って……!」

電子戦席でリリーも頬を引きつらせる。

「ちょっと、沈むのだけは勘弁だよ」

「ど、どうなるんですか? まさかこのまま、燃えたりなんて……」

「な、何言ってんだい! 大丈夫に決まって……うわッ!」

涙声のミリアリアの背をリリーが叩いた途端、アークエンジェルは側面の装甲にビームの直撃を受けて横に流されるように揺れた。

 

ガモフのカプセルの方角へアークエンジェルが少しずつ移動するのを確認して、アカネは肩で息をしながら全身汗まみれでおぼつかない目線のままモニターを見やった。

これ以上降下すれば、アストレイもジンのように大気圏に捕まったまま燃え尽きてしまう。しかし、例えそうなってもクルーゼは大目に見てくれ、ちゃんとニホンへ事実を伝えてくれるのではないか、と浮かされた頭は一瞬甘いことを考えた。

「……さん、アカネさん、アカネさーん……!」

通信機から見知った声が流れてくる。

「もういい! もう十分です、戻ってください!」

ハッとして通信モニターに視線を送れば、いつになく必死な表情のニコルが映っていた。

「そうだ、私ニホンに……」

戻らなくては、とアカネはこの場を離脱するためにありったけの推力を使った。元々機体が軽く、機動力が群を抜いているアストレイだからこそ戻れる可能性に賭けて降りてきたのだ。ならば最後まで信じるしかない。

 

「アストレイ、頼む……持ち堪えてくれ!」

 

ニコルはアカネを出迎えに行きながら、祈るように節々の溶け始めたアストレイに声をかけた。

アカネに何かあればすぐに駆け付ける、と見得を切ったくせにただ見ているだけの自分が情けなかった。軍人だから構うなと言われても、アカネが自分の助けなど必要ないと思っていたとしても、そうしたかったというのに。

「力を貸してくれ、ブリッツ。こんなところで彼女を失いたくない!」

そっと機体に呼びかけてキーボードを取り出すと、ニコルはいま自分にできる最善の策を確認した。

上昇軌道を計算して的確な誘導指示をひたすらアカネに呼びかけ続ける。

 

アカネは熱に浮かされながら、奇妙な感覚に包まれていた。

地球が自分を大地に引きずり降ろそうとしている。このまま地上に降り、ニホンへ帰れたら──そう願っているのに何を必死に抗っているのだろう、と。我ながらバカげている。きっと燃えるようなこの熱のせいで思考回路が変になっているのだ。

アカネは手元に目をやり、自分の身代わりのようにボロボロになっていくアストレイに再び声をかけた。

「熱い……? アストレイ……」

そうでもしないと、このまま意識を飛ばしそうだった。視界が白んできて、ただひたすら縋るようにレバーを握りしめる。

 

無感覚の中、急にアカネは左腕を引っ張るように強く掴まれたような錯覚に陥った。

 

ブリッツがグレイプニールを射出し、そのクローでアストレイの左腕を掴んで自身の方へと引き寄せたのだ。

ニコルはすぐさまアストレイを抱き抱えるようにして全身のミラージュコロイドの噴射口から強制冷却剤を出し、アストレイ本体の熱を少しでも和らげようとした。それが大気圏降下も視野に入れて設計されていたブリッツに出来る唯一の事だった。

「アカネさん……アカネさん!」

やっとの思いで戻ってきたのか、ニコルはモニター先でぐったりしているアカネに必死で声をかけた。反応がなく、まさか熱に耐えきれずに──? と嫌な汗が背中に伝う。

 

 

──あたたかい。

 

アカネは朦朧とした意識の中、うっすら瞳を開いた。

 

なぜだかとてもあたたかい。

コクピットには自分一人だというのに──だが、この包み込むような温もりには覚えがある。まるで隣で優しく手を握られているような、そんな安心感。

 

「……ニ……コル?」

 

無意識に口を開けば、映像モニター先のライトブラウンの瞳が安堵したように揺れた。



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PHASE - 023 「こっちに持ち込まれても迷惑ですよ」

綺麗だ、と空を見上げた青年は素直に感じた。

低軌道上で自軍であるザフトが連合軍と交戦中だとは既にジブラルタル基地から連絡が入っている。

ということは、あの流星たちは両軍の激闘の残骸というわけか。僅かに目を寄せた青年の瞳に、ス、と一際美しい一閃が駆け抜けていった。刹那の煌めきに目を奪われ、訳もわからず目尻には涙が浮かぶ。

 

「ダコスタ副官、バルトフェルド隊長がお呼びです」

 

不思議に思って軽く目元を拭っていた青年は部下に呼ばれ、分かった、と呟くと切り替えたようにその場を後にした。

 

 

キラの駆るストライクが大気圏間際でデュエルと交戦している頃、アスランは半ば戦闘を放棄してぼんやりとそれを眺めていた。

「キラ……」

ガモフが大気圏に捕まり、同期の赤も死ぬかもしれない状況だというのにまだキラに執着している。もはやこの気持ちに決着が付く術はキラが連合から離脱してくれることのみ。ただ無事にキラが地球へ降りることだけを祈ろう。それしか自分にできることはない、とアスランは考えていた。

 

「お、俺の私物が……」

着実に撃墜スコアを伸ばしていたディアッカは、遠目に母艦ガモフが爆散したのを見て呆然としつつ呟いた。

熱くなりすぎだ、とストライクに執着して遂には大気圏に落ちようとしているイザークに肩を竦めていた矢先にこれだ。おまけにアストレイまで降りようとしている。

「あれがウワサのカミカゼってヤツ……?」

揃いも揃ってなんなんだ、とディアッカはコクピットで呆れ返った。

「ったく、どいつもこいつも刹那主義に走りやがって、バッカじゃねーの」

そうこうしているうちにヴェサリウスから帰投命令が下り、ディアッカはおまけの一発だとばかりに戦闘中止状態に入っていた近場のドレイク級を一隻沈めてから戦闘宙域を離脱した。

 

 

──低軌道会戦。

後にそう呼ばれる事になる連合軍大西洋連邦第8艦隊とザフト軍クルーゼ隊の激突は、第8艦隊の旗艦メネラオスの撃沈によりクルーゼ隊の辛勝という結果に終わった。

ハルバートンは自身の命と艦隊の大打撃というあまりに大きな代価を払ってGATシリーズの有効性を証明してみせ、プラント評議会はいかにクルーゼ隊の新型機動兵器奪取任務が重要であったか、犠牲を払う価値があったかということを納得せざるを得ない形となったのだ。

 

クルーゼには再び評議会から出頭命令が下り、事後処理のためにツィーグラとヴェサリウスを衛星軌道付近に残したクルーゼはアカネを連れラコーニ隊のナッタに乗り込み、プラント本国を目指していた。

アカネは大気圏間際から戻ったあとはブリッツに支えられてヴェサリウスに帰還し医務室送りになったものの、いまはもう大分落ち着いて体調も元に戻りつつあった。

 

ナッタは現在はクルーゼ隊指揮下に入っているとはいえ隊長室はラコーニが使っているため、アカネは来賓室にてクルーゼと顔を突き合わせていた。

「そう怖い顔をしないでくれたまえ。約束は守ったさ、今ごろニホンへは君の生存が伝わっているだろう」

けろりと言い放つクルーゼにアカネの顔が一層険しくなる。

「当然よ、そのためだけに戻ってきたんだから」

「しかし、これで騒ぎになるだろうな。ニホンも、そしてプラントも」

腕組みをしていたアカネの手が微かに撓った。プラントの内政はともかくも、ニホンはどう動くのか。事故とは言え民間シャトルが連合艦に沈められ、まして中立国オーブまで関わっているのだ。政府は、どう対処するつもりなのか。

「とはいえ、君の働きは評議会でも高く評価されるだろう。足つきはリビア砂漠……つまりこちらの制空権内に降りたということだしな」

祖国の状況に思いを巡らせていたアカネはクルーゼの声にハッとして仮面の奥の瞳を見つめ返した。

アークエンジェルはアストレイの砲撃で本来の降下ポイントより大きく逸れ、そのままザフトの制空圏内へと落ちていったのだ。

「ガモフがチャンスをくれたおかげね。ブリッツがアークエンジェルの主砲を壊してくれてたおかげで反撃もされなかったし、グレネードがあたったのもデューイが調整頑張ってくれたおかげが大きいしね」

むろんアカネはザフトの勢力圏へ落とすつもりで撃ったのだ。しかし労われても手放しで喜べる気分ではなかった。本来の目的であったアークエンジェル撃破という任は達成出来ず、被害も大きかったのだから──と眉を寄せる。

するとクルーゼは腰に手を当て、珍しく神妙に言った。

「君はあの時に出来たであろう最大の仕事をした。ゼルマンも報われるだろう。むろん、ニホンの学生達も」

「なら……良いんだけど」

アカネも瞳を伏せ、先の戦闘に思いを馳せる。

 

物量で圧倒的に劣っていたクルーゼ隊が辛くも勝利を収めた大きな理由は、メビウスパイロットの大多数がルーキーであったことにあった。彼らが未熟ゆえにザフト側の艦がそう打撃を受けることもなく、結果としてガモフがメネラオスを道連れにして実質の勝利を掴むことが出来たのだ。

 

最期まで上官思いの部下だった、とクルーゼは言葉を続けた。

「おかげでハルバートンを退場させる事ができたのだからな。この事実は後に大きな財産になると私は信じている」

「アークエンジェルの方は……」

「あれの追撃はバナディーヤの部隊が引き継ぐだろう。我々はアラスカへの降下阻止という最低限の任務は達成した。後は彼らに任せるさ」

そう、とアカネは相づちを打った。

ここにこうして自分が居る。あの戦闘を生き伸び、再びクルーゼの前に戻って来られたことが何とも不思議だった。戦闘慣れしている、という点でなら自分はクルーゼ隊の中でも群を抜いているだろう。が、それはあくまで自分の土俵での話だ。いくら性能差のあるメビウスが相手だったとはいえ、パイロット全員がフラガ並──熟練の腕だったのなら自分などきっとすぐ落ちていた。なのに、様々な要因が重なり、こうしていま生きている。──やはり戦場こそ自分の真の居場所だというのだろうか。だから、そう簡単には死ねないのか。

「君は初陣にしては良い動きをしていた。アストレイも優れた機体だ。だが、ニコルにも感謝することだな」

思考の海に沈んでいると不意打ちのように言われて、アカネ数度瞳を瞬かせた。

「え……?」

「深追いするなと命じたのを振り切って君を出迎えに行っていた。君は彼の誘導で戻ってきたのだろう?」

覚えていないのか? と付け加えたクルーゼを見つつアカネは頬にかかる髪に手をやって片眉を寄せ、思い返した。熱のせいで白昼夢のように意識が錯綜し、大気の海に落ちる寸前のあの場所からどうやって戻ったかハッキリとは覚えていないのだ。ただ、無事に戻れた時にモニター先でニコルが安堵したように笑みを浮かべていた事は微かに記憶に残っている。

「そう、彼には……随分と助けてもらったわ」

口元を少しだけ緩めて、アカネは自分の両掌を見つめた。

 

『僕があなたと居たいんです』

『何かあれば直ぐ僕を呼んで下さい。必ず駆け付けますから』

 

本当にニコルには助けられてばかりだ、と思う。

このままプラントへ行き、査問が済めば自分はニホンへ戻ることになるのだろう。そうなればもうニコルに会うこともないのか──、とアカネはニコルの温もりを思い出すようにそっと手を握った。

ちゃんと礼を言う暇もなかった事が少々悔やまれる。せめて──とアカネは胸の内で静かに祈りを捧げた。あの少年がこのまま無事に終戦を迎え、自身の夢を叶えられるように──と。

 

 

"救助したニホン自衛軍の将校を、緊急戦闘要員として軍事同盟規約第21条を行使"

 

パトリック・ザラは予め用意していた発表内容にクルーゼからの低軌道会戦の報告を混ぜ、査問会の準備にあたっていた。

既にニホンからの捜索隊はシャトルをロストしたL3宙域にもプラント本国にも派遣されており、パトリックが手短に事の”真相”を議員達に伝えれば緊急でシーゲルはニホンの総理官邸との映像会談に入った。

会談内容はL3宙域の中立国オーブの資源衛星ヘリオポリスの崩壊の際、そこへ立ち寄ろうとしていたニホンのシャトルが大西洋連邦の新造戦艦アークエンジェルとの接触で沈んだこと。

乗っていた人間は全員行方不明、直前の機体損傷で外へ投げ出されていたアカネのみ事なきを得、クルーゼ隊が救助したこと。

そのアカネがクルーゼ隊の第8艦隊との全面衝突においてパイロットとして同盟規約により戦闘に参加したこと。

大まかにその3つだった。

パトリックとクルーゼの画策により”クルーゼの不在中にアカネを救助した”ことで報告が遅れたという嘘が真実としてシーゲル達に伝えられ、シーゲルもそれをそのまま日本の現総理大臣であるアサノに伝えると、かの隊は作戦行動中という事もあり対応が遅れて済まなかったとプラント議長の公式の言葉として詫びを入れた。

 

嫌な予感というものは大抵外れないものだ、とアサノはニホンの総理官邸は総理大臣席にて肩で息を吐いていた。

オーブ国営モルゲンレーテ社と大西洋連邦の癒着。そしてヘリオポリスの崩壊、シャトルロストの位置という状況証拠から推察してシャトルが戦闘に巻き込まれただろうことは関係者の誰もが予測していた事だ。乗っていた人間は全員軍属とはいえ、民間シャトルが落ちたとなれば国民が大きく動揺することは必至。アカネが生きていたのは不幸中の幸いと思うも、戦闘に参加したとなればプラント評議会も黙ってはいないだろう。

映像会談モニター先のシーゲルも同じように考えているのか、渋い顔をしている。

「同盟軍、といえど議会の強硬派が軍の内部を知った彼女をただで帰す事に素直に賛成するとはとても思えない」

アサノも同様に渋い顔をして頷いた。

「だがアサノ、これは我々にとってもまたとない機会となるだろう。クルーゼ隊は我が軍の宣伝部隊のようなものだ」

「ああ、分かっている。それは私も考えていた。だが……」

シーゲルは議会の、アサノは閣僚引いては国会の、更にはそれぞれのメディアや世論の動きを思うと両者共に頭を痛め、映像越しに流れる空気は重苦しく淀んでいた。

 

 

そしてニホンがシャトルロストの正式発表に揺れている頃、アークエンジェルは暗闇の砂塵に紛れるようにリビア砂漠へと不時着したまま時間だけが過ぎていた。

損傷した機関部の応急措置と壊れたままだった主砲の修理を急がせ、マリューは艦長室で今後について頭を悩ませていた。

 

副長室では報告書と睨めっこをしているナタルの姿があり、その横にいたリリーは軍服の袖をまくった腕でデスクに手を付いて身を乗り出した。

「やっぱ、不味かった?」

CICで勝手に副砲を撃った一件の話である。

ナタルは険しい顔をする。

「仕方ないだろう、あそこでバリアントを使わなければストライクは戻せなかった」

「あ、やっぱそう思う?」

「だが勝手な行動は──」

「ナタルだって越権やってたじゃないか、軍法会議モノだよあれ。まさかあんたが、ってこっちはビックリさ。まあ……先遣隊の事とか色々ラミアス大尉の指揮にも問題もあったとは感じだけど。あれも報告するのかい?」

あ、だけどこれはオフレコで、と付け加えるリリーにナタルが静かに軍帽を被り直す。

「ま、でも艦内で人間関係ギスギスするのは嫌だね。報告書は適当に改竄しといてよ、じゃ宜しく!」

ポン、と一度ナタルの肩を叩くとリリーはそのまま副長室を出て艦長室へ直行した。

 

ノックをしてマリューの返事を待ち、そっと扉を開く。

 

「あら、リリス少尉」

どうしたの? と少し疲れたような表情でマリューが微笑む。軍服があまり似つかわしくない、とても女性的な可愛らしさを持った人だ、とリリーは改めて思った。その雰囲気そのままにナタルが思わず越権行為に出てしまうほど軍人向きの人ではないのだろうと悟りつつも頭を下げる。

「降下中は出過ぎた真似を、申し訳ありませんでした」

マリューは僅かに目を見開き、ふっと優しい笑みを浮かべた。

「いいのよ、気にしてないわ。それより……困った場所に降りちゃったわね」

壁に貼ってある地図にマリューが目をやり、リリーもそこへと視線を移す。

現在地はサハラ東部、リビア砂漠の一角。アフリカ大陸だ。アフリカ大陸はサブサハラを"南アフリカ統一機構"、北アフリカを"アフリカ共同体"として対立状態にある紛争の耐えない地域でもある。地球連合所属の南アフリカ統一機構に対し、アフリカ共同体はザフト軍地上基地の北半球最大拠点であるジブラルタルの直下にあり政治的にプラント寄り。つまり、アークエンジェルの現在地はザフトの勢力圏ということになる。

「この艦は高々度飛行は出来ませんから……陸路は無理、ですね」

まず山を越えられないため陸路という選択肢はアウト。しかしながら北緯40度辺りまでいけばユーラシア連邦の勢力圏に入ることはできる。それかこのまま大陸を横切って大西洋に出れば、とリリーが指で航路を示してみるもあまり現実的な策でなく、二人して肩を落とす。

「とにかく、本艦の目的と目的地に変更はないわ」

「それは……勿論です」

 

『閣下のお心、しかとアラスカに届けます……!』

『ハッ、お任せ下さい。必ず吉報をお届けします』

 

それぞれが頭に強くハルバートンと交わした約束を浮かべた。

第8艦隊はアークエンジェルを降下させるためだけに盾となり、結果として旗艦メネラオスは大気圏に捕まり轟沈したのだ。制空権内に降りられなかったことは悔やまれるが、彼らの遺志を継ぐためにも状況が厳しくとも投降だけは有り得ないと再確認をした。

 

 

一方、プラント評議会はこれまでの任務成功率100%を誇るクルーゼ隊の損害という事実、及び取り逃がしたストライクとアークエンジェルの戦力を重く見てこれの追撃を決定。アークエンジェル降下地点に程近いリビア砂漠駐屯地・バナディーヤのアンドリュー・バルトフェルド指揮下のバルトフェルド隊に追撃任務を下す事をジブラルタル基地の司令官に命じた。

 

アークエンジェル追撃任務が下る少し前。

バルトフェルド隊の副官であるマーチン・ダコスタはもう一つ別の任をジブラルタルより受け、腕組みをしたまま部下の報告を待っていた。

「で、アハガル高原付近に落ちたという例の厄介者はどうした?」

不機嫌さを隠さず太めの眉毛を釣り上げて睨む副官に部下が唇を震わせる。

「あ、た、ただいま大型輸送機と共に救援に向かっている途中であります」

「まァまァダコスタ君、そうカリカリしなさんな」

見かねたようにデスクでコーヒーに口をつけていた隊長であるバルトフェルドが助け船を出し、追って連絡をしますと敬礼をして部下が下がる。

「いつものことじゃないか、ジブラルタルが僕たちに厄介ごとを押しつけてくるのは」

「今回は少々毛色が違うようですがね」

緩やかな口調で慣れたようにバルトフェルドがデスクに肘を突けば、ダコスタは窓の外の空を睨むように見上げた。その厳しい横顔に普段とは違う哀切を感じ取ってかバルトフェルドが静かにカップを降ろす。

「ダコスタ君、何かあったのかい? 今日の君は少し変だ。例の厄介者だけが理由じゃなさそうだね」

「……。それは、」

微かな躊躇いの後、少しだけ唇を動かしたダコスタの言葉を遮るように隊長室のドアを叩く音が割って入る。

「どうした?」

普段通りの厳しい口調でダコスタが聞き返すと、ドアの向こうの兵士からは上擦ったような声が返ってきた。

「ジブラルタルからの通達であります! 報告では評議会直々の任務だと──」

バルトフェルドとダコスタが互いに顔を見合わせる。

 

 

「くっそ、何なんだよここはッ!!」

半ば無理矢理大気圏突入用カプセルに押し込められ、そのままなし崩し的にカプセルに身を委ねることとなったイザークはここサハラ砂漠で一人がなり声をあげていた。

というのも元々ジブラルタル基地に降りられるよう直前までショーンがセットしていたのだが、僅かにポイントがずれてサハラへ不時着するという状態になっていたのだ。

無事に地表へ降りられたらしい事を確認したイザークはデュエルを降りカプセルのハッチを開いて外に出てみるも、同時に酷い砂埃と夕闇に吹き荒れる冷たい風に驚いてカプセルの中へ逆戻り。夜明けを待って再び外に出るも、次は秒単位で恐ろしいほど上がっていく気温を目の当たりにしてイライラが頂点に達したのが地団駄の理由だ。

パイロットスーツを着ている限り大抵の気候には対応できる。水や食料もいくらかはデュエルに積んである。が、地球そのものが初めてな上、プラントの完全に調整された"人間に最も適した気候"しか知らなかったイザークにとって朝夕の急激な気温の変化、更には岩礁と砂が視界の360度全てを遮る世界というのは異世界そのものなのだ。

これだからナチュラルの世界は、と悪態をついてみるもカプセルには大気圏用の飛行機材は積んでおらずこの場から離脱することもできない。

「ええい! 少しも電波が届かないではないか!!」

まさに自らが撒いた種であるNジャマーのせいで電波状態もすこぶる悪く、ハンガーの通信機を壊す勢いで蹴りを入れてイザークは一瞬の鬱憤晴らしを図った。

 

『生きろ、イザーク──!』

 

ガツ、と機材を蹴った所でふとショーンの叫びが頭を過ぎり、チッと舌打ちする。あそこで通信は切れてしまったが、あのまま減速することなく灼熱の渦に飲み込まれていったジンの姿は否が応でも目に焼き付いた。

「バカなヤツだ……」

こんなとんでもない場所に降ろしやがって、と拳を握りつつも取りあえずは救難信号を出し続ける。

 

 

その頃、ジブラルタルから任務を受けたダコスタは複雑な思いで腕を組んだまま鬼のような形相を浮かべていた。

「どういうつもりなんでしょうね、本国は」

バルトフェルド隊に下された任務。それはアークエンジェルの追撃、そして救助したイザークをバルトフェルド隊に組み込み共に任務に当たれ、というものだった。

「まァ、色々と焦ってんじゃないの? ほら、ジュール議員ってタカ派でしょ」

「自慢の息子がナチュラルにやられっぱなしなど冗談ではない、という事ですか? 全く、クルーゼ隊のノリをこっちに持ち込まれても迷惑ですよ。それこそ冗談じゃない」

一瞬ダコスタの瞳が冷たく凍り、バルトフェルドが肩を落とす。

「同感だ、ま、どっちかというと僕はクルーゼ本人が嫌いだしね」

しかし文句を言ったところで仕事は仕事。ジブラルタルからはアークエンジェルの降下予測ポイントの情報も送られてきており、既に無人偵察機を飛ばしていたバルトフェルドはコーヒーを飲み干すと重い腰をあげた。

「さァて、コーヒーブレイクも済んだことだし、そろそろレセップス発進用意といこうか」

その声にダコスタの眉がピクリと動く。

「隊長が基地を開けるほどの事ではありません。偵察隊の指揮は私一人で──」

「僕もこの目でクルーゼ隊が逃がした獲物を拝みたいしねぇ。それに基地の警護なら問題はないよ、僕が迎えなきゃならないほどの来客予定もないしね」

ダコスタを遮り、バルトフェルドがわざとらしい言い回しで楽しそうな笑みを浮かべる。それと、と付け加えて口元に笑みは残しながら鋭い目をすると、バルトフェルドはダコスタに視線を流した。

「部下の心配をするのも隊長の務めだよ、ダコスタ君」

ダコスタの頬がピクリと撓る。様子がおかしい、と指摘された事を浮かべたのだ。

「──了解。レセップス、発進させます」

レセップスとはバルトフェルド隊が所有するザフトの大型陸上戦艦の事である。推進装置にスケイルモーターを搭載して船体底部が砂中に没する半没式の船体構造となっており、砂漠での移動が従来より容易なために動く大型戦艦としてバルトフェルド隊の要となっていた。

バルトフェルドの気遣いに敬礼だけを返したダコスタは、アークエンジェル偵察のためにレセップスへと向かった。





クルーゼ隊はプラント編、イザークは砂漠編に入ります。
ぜひ応援してください。

※24話をアップロードしようとした際に誤って23話を削除してしまったので再度投稿します。


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PHASE - 024 「敵は砂漠の虎ということか」

アークエンジェルの方はザフト側の動きを掴む術もなく、修理が済み次第移動を開始しようと各クルー交代で忙しなく働いていた。

「トールってば、そろそろ時間よ!」

仮眠を取っていたミリアリアは同じく仮眠を取り交代時間間近になってもベッドから出てこないトールを叩き起こしつつ、まだ欠伸をしている彼の様子に肩を竦めた。掠れた声で生返事をしつつ着衣も乱れたまま歩き出そうとするトールを見かねて代わりに軍服の前を詰めてやる。

「ほら、ちゃんと着なさいよー、ブリッジに入る前に顔も洗っておかなきゃバジルール少尉に怒られちゃうわよ?」

「んー……」

甲斐甲斐しく世話を焼くミリアリアを当たり前のように受け止め、トールは未だ半開きの瞳をゴシゴシと擦った。

 

「交代でーす!」

「遅いぞ、こら!」

 

ブリッジに二人が入って来るや否やノイマンは真っ先に注意を飛ばした。が、すみませーん、とのミリアリアの明るく可愛らしい声に怒る気も失せ溜め息だけを零す。ナタルがいればもっと厳しい声が響いていただろうが、幸か不幸か彼女はいま不在である。

裏腹に二人より先にブリッジにあがっていたカズイは通信席でモニターを眺めながら難しい表情を浮かべていた。ありとあらゆる回線を試しているものの、どれも繋がらず聞こえてくるのは雑音のみだからだ。

「ニュートロンジャマーかぁ……撤去できないんですか?」

原因は地球に散布されたNジャマーである。カズイが顔を顰めれば後ろの席のチャンドラはカズイのモニターを覗き込みながら深く息を吐いた。その深刻そうな表情が暗に不可能だと告げている。

「地中深くに埋まっちゃってて数も分かんないしな。まあレーダーが当てにならないのはザフトもだしお互い様さ。それに艦の廃熱は赤外線制御システムが働くし、衛星からの赤外線探査も何とか誤魔化せる……と良いなぁ」

頼りなげにメガネのフレームを持ち上げるチャンドラにカズイが不安から唇を震わせる。するとノイマンは操舵席で静かながらも厳しく呟いた。

「電波攪乱にエネルギー問題……、趣味の良い報復だよ。ナチュラル全てをなぶり殺しにでもする気なのかね、連中は」

その声に全員がそれぞれの手を止めて反応した。

 

こういうちょっとしたやりとりから、ザフトと連合が戦争をしているのだという現実を思い知らされる。と、ミリアリアはギュッと胸の前で手を握り締めた。

しかし中立国オーブの人間としては反応に困ってしまう事も確かだ。Nジャマーによる地球の被害が大きいということは実感としてではなくテレビを通じて何となく知ってはいたがヘリオポリスで生活していた身としてはやはりどこか「他人事」であった。それにデブリベルトで目の当たりにしたユニウス・セブンの残骸を思えばザフトが一方的に悪いなどと到底言えるはずもなく。でも……と首を横にふって今は仕事に集中しようと気合いを入れ直しているとブリッジのドアが勢いよく開いた。

 

「異常はないか?」

「ハ……ハッ! 異常ありません!」

 

入ってきた人物──ナタルの姿を確認したと同時にチャンドラが緊張した面もちで敬礼をした。

ナタルはちらりとチャンドラを見やってからノイマンの横へ行き、手に持っていた二つのうち片方のドリンクを彼に手渡しながらモニターを見た。

「頼んでおいた歪みデータ、出たか?」

このエリア一帯は地下資源が豊富にあり、更には石油や天然ガス鉱床の廃坑もあるがゆえに迂闊に降りると落とし穴のごとく落ちる恐れがある。よって移動に備えて測定を急がせていたのだ。

「簡易測定ですが許容範囲に留まっています。──わっ!」

手渡したはずのドリンクをノイマンが取りこぼし、ナタルは自ら拾ってやると少しばかり眉を寄せた。

「曹長……ここは地球だということを忘れてもらっては困るな」

無重力に慣れているせいだろう。浮く、と思い込んでいたがゆえの失態だ。すみません、とノイマンはバツが悪そうに目線をさげた。

 

一方、ハンガーではスカイグラスパーの調節に精を出すマードック達の姿があった。

「一号機の方は何とか今日中に済みそうですが、二号機はまだちょっとかかりそうでさァ」

「早いとこ頼むよ、明日には移動するかもしんないしさ。機体がないと不安でしょうがない」

様子を見守るフラガにリリーが軽い笑い声をあげる。

「せっかくのゼロも大気圏内じゃ使えませんからね。暫くお役御免なんて勿体ないったら」

カバーを掛けられて奥に仕舞われたゼロへリリーが視線を送れば、フラガも愛機を労うように微笑みかけた。

「アイツもお疲れだから暫く休ませてやるさ。また宇宙に戻る時までな」

そして彼はふと思い出したようにリリーへと目線を送った。

「アレのマニュアル見たんだけどさ、何で複座なの? 単座で操縦可能だろう?」

スカイグラスパーのことだ。ああ、とリリーが腰に手を当ててスカイグラスパーを見上げた。

「試験機ですからね、月本部でも色々試行錯誤してたんですよ。GATシリーズの操縦があまりに複雑だということでモルゲンレーテ本社のほうにも──」

「少尉……リリス少尉ぃ……!」

すると苦しそうな呼びかけに話を遮られてしまった。リリーが振り返ると、腹痛に耐えかねたように腹部を押さえながら歯を食いしばっているフレイの姿があった。

「おや、終わったかい? じゃあ次は──」

「分かってます、シミュレーションでしょ!? もう、お腹痛くてヤんなっちゃう!」

フン、と更に言葉を遮って大きな声を出したフレイはノロノロとシミュレーターの方へ向かい、見ていたフラガは苦笑いを浮かべた。

「どうしたの? あのお嬢ちゃん」

「筋力トレーニングですよ」

慣れない事やって腹筋を痛めたんだろう、とリリーは言葉を続けた。

パイロットを目指すなら身体作りは基本なのだ。お嬢様育ちゆえにすぐギブアップするだろうと思っていたリリーの予想通り、最初はなぜ自分がそんなことを、と反発していたフレイだった。が、結局はいくらモビルスーツに乗せろと騒いでもパイロットどころか機体に触らせても貰えない事実を悟ったのか渋々と指示に従い、苦痛に呻きながらも取りあえずは付いてきている。

「けどさぁ、実際のところなかなか良い筋してんじゃないの? あの子」

シミュレーション見させてもらったんだけどさ、とフラガが言えばリリーも軽く頷いた。

「元々機械操作に慣れてたようですからね。ただ……少し精神状態が不安定なのが気がかり、かな」

志望動機にどうこう言うつもりはなかったが、理由が理由なだけにほんの少し二人の表情が翳った。

 

 

そして陽も大分傾きかけた頃、マントに身を包んだ屈強そうな男が砂塵の中から双眼鏡で遠巻きにアークエンジェルの様子を見つめていた。

「間違いない。あれはヘリオポリスの支社で建造された大西洋連邦の新型強襲機動特装艦……、アークエンジェルだ」

ボソリと呟いた所でズボンのポケットに押し込めていた無線がジ、ジと鳴り出し、声が漏れてくる。

「こちらサイーブ。キサカ、聞こえるか?」

「どうした?」

「虎がレセップスを出た!」

ピク、とキサカと呼ばれた男の手が動いた。

「ジン・オーカーを3機確認。どうやらジープでその艦の方角に向かっているようだ!」

「分かった。例の場所で落ち合おう」

無線機を切ると砂山を滑るように降り、男──キサカはマントを翻して砂の海へと姿を消していった。

 

キサカとは逆方向の砂影から夜に備えてコートを着込み、バルトフェルドはダコスタを従えて手元のデータとアークエンジェルを見比べ興味深げに頷いていた。

「あれが噂の足つきねぇ。依然何の動きもないようだが……ま、Nジャマーのせいかね」

「電波状況滅茶苦茶ですからね、地上は。全くもって不便極まりない。自分たち頭でっかちのせいで戦争が長引いている事に気づいてるんでしょうかね議会は」

「おかげでこっちは鉱山だ何だと地上資源の確保にあくせくと……だもんねぇ。ま、その話は今は置いておこう」

お互い内政への不満を零しつつ、部下の元へ向かう。そして少数の部下を前にバルトフェルドは指示を下した。

「今回の戦闘目的は敵艦、及び搭載モビルスーツの戦力評価である」

「では、倒してはいけないということでしょうか?」

すると部下がキョトンとしたように返事をし、バルトフェルドは僅かに肩を揺らした。

「いいや。それならそれで構わない、が、あの精鋭揃いのクルーゼ隊が仕留められず、ハルバートンの第8艦隊がその身を犠牲にしてまで降ろした艦だ。注意に越した事はないよ」

ダコスタもグッと拳を握った。

「そう、練達揃いなんだ……クルーゼ隊は」

一部を除いてな、と唇を噛みしめてからバルトフェルドを引き継いで最後の指示を下す。

「宇宙戦でのデータしかないとはいえ、あの艦とストライクの驚異性は明らかだ。全員気を抜くな!」

「ハッ!」

力強いダコスタの叫びに全員が敬礼をするとそれぞれ機体に乗り込み、準備を開始した。

 

そして不穏な機械音がアークエンジェルの通信席モニターを襲う。

ハッとしたチャンドラは目を凝らして声を震わせた。

「これは……本鑑、レーザー照射されています! 照合、測敵照準と確認!」

レーザー照射して測敵されているということは、攻撃のための目標を定められているという事だ。チャンドラの戦慄きと共に艦内には慌ただしく戦闘配備が敷かれる。

 

艦長室で仮眠を取っていたマリューは飛び起きて軍服を掴むとブリッジへ急ぎ、同じく休息を取っていたキラもハンガーへ向かった。

 

レーザー照射感を拾った直後に撃ち込まれてきたミサイル数発を対空バルカンとフレア弾にて迎撃したアークエンジェルだったが、敵ミサイルの発射位置を特定できずマリューはストライクとスカイグラスパーの発進を急がせていた。砂丘の影からの攻撃でブリッジからの特定はほぼ不可能だからだ。

 

冗談じゃない、とハンガーにリリーの叫びがこだまする。

「こんな砂天国にストライクで出ていったら機体が天国行きだよ!」

「砂地用の調節もまだだしねぇ、スカイグラスパーの準備もまだだって言うし」

フラガが頬を引きつらせれば、ではどうするんだ、とキラが食って掛かった。あまり迷っている時間はない。リリーは腰に手を当てると一つため息を吐いた。

「そうだね、じゃああんたはランチャーで出な。ただし配置は艦上だ、絶対に砂を被るんじゃないよ、良いね!」

はい、と返事をしてキラがコクピットへ向かう。

フラガもまたスカイグラスパーの準備を急いでくれと整備班に指示を出した。

 

一方のバルトフェルドは部下たちの放ったミサイルが撃ち落とされた事を確認すると、ダコスタに以降の指示を任せ観戦を決め込んだ。任せた、というよりはバルトフェルド隊の戦闘指揮権はほぼダコスタの手に委ねられているためいつも通りの光景だ。

そうしてダコスタは通信機を握り締めて口元に当てる。

「スコーピオン隊、攻撃開始!」

後ろに控えていた戦闘ヘリ部隊に命じると、指示通りにヘリはオレンジに染まる砂漠へ軽い砂嵐を巻き上げながら飛び立っていった。

 

「2時の方向に機影3、ザフトの戦闘ヘリ・スコーピオンと確認!」

 

アークエンジェルCICは当然それを察知し、来るだろう攻撃に備えて迎撃体勢を取る。が、まるで砂に紛れるサソリのように巧みに砂丘で姿を隠しながら移動するヘリの位置を正確に捉えるのは困難極まりない。

キラはというと、出撃したはいいが宇宙では感じることのなかった重力の存在に危うく地面に落下しそうになった所を何とか回避して艦上に上がっていた。

「くそっ、位置が掴めない……!」

目視に頼ってヘリを探すも、弾丸を撃ち込めば砂で相殺されてしまい手応えさえ分からない。

 

そんな戦闘の様子を遠巻きに見守っていたダコスタは目線を鋭くしつつバルトフェルドを見やった。

「あれがX-105・ストライクか……、隊長!」

「うん、反応を見たいね」

軽くバルトフェルドが笑って、ダコスタが運んできたジン・オーカー3機に出撃命令を出す。

 

「ジン・オーカーだって!?」

パイロットスーツに着替えたリリーはCICからの報告を受けて口をへの字に曲げていた。

ジン・オーカー。ジンをベースに砂漠戦仕様に改造したバリエーション機体である。

「3機か……取り付かれたら厄介だね、軍曹!」

「あと少しでさァ!」

スカイグラスパーの用意に追われるマードックへ声を飛ばせばそんな返事が戻り、もどかしさに足を無意識に鳴らしていたリリーの頭を誰かがヘルメットで小突いた。振り返ったリリーはギョッと目を瞠る。

「大尉!? あの、スカイグラスパーは一号機しか出られませんよ?」

「ああ、だから俺が出る」

振り返った先には同じくパイロットスーツに着替えたフラガの姿があり、さも当然のように返されてリリーは思わず後ずさった。

「あ、あれのパイロットは私です!」

「だーいじょうぶだって! 俺、これでも連合きってのエースよ? 一度この機体にも乗ってみたいしさぁ」

「試乗目的なら戦闘以外の時にでもやってください!」

宇宙でのモビルアーマーの戦闘ならばフラガの意見はもっともだが、乗ったこともない機体でいきなり実戦とはいかに上官でエースと言えども危険すぎるとリリーは思わずくってかかった。

 

一方のダコスタはアークエンジェルの様子を見守りつつ乗ってきたジープの通信機を介してスコーピオン、ジン・オーカーに細かく指示を出していた。

「スコーピオン隊は砲撃を右翼に集中、オーカーは左から回り込み──ストライクを引きずり降ろせ!」

「了解です!」

厳しい副官の声に各パイロットは指示通り攻撃を加えていく。砂丘の影から集中してアークエンジェルの右舷に回り込んだヘリは火線を集中させて注意を引きつけ、その隙にオーカー3機は手薄になった左側からアークエンジェルを目指した。

 

「左から3機……!? 取り付く気か!」

 

ヘリの迎撃をアークエンジェル艦上から支援していたストライクのモニターが警報を鳴らして敵機の接近を知らせ、キラは一瞬迷った。艦上から離れるなという指示だったが、艦上からではとても3機のジン・オーカーを落とせるとは思えない。しかし砂地へ降りれば砂でストライクはどうなるか分からない。

そうこうしている内にもオーカーが迫り、キラは一度歯噛みしてスラスターを噴かせ地上へと飛び降りた。瞬間、ぐらりとコクピットが落ちるような感覚に捕らわれる。立つのもままならないほど足を砂に取られて体勢を崩したのだ。動けない──とキラは自分の見通しが甘かったことを嫌でも知らされた。

 

その様子を遠くで見つめながらダコスタは鋭い目をしつつも口の端を上げた。

ヘリの火線を右舷に集中させてオーカーを左に回り込ませたのは、まさにストライクを地上へと誘い込むため。これほど狙い通りに行動してくれるとは、と一瞬浮かべた自身を叱咤して直ぐに気を引き締め直す。あくまで相手はクルーゼ隊を追いつめた程のパイロット。油断などもってのほかだ。

 

「3機でライフルにて一斉攻撃の後、白兵戦で応戦しろ!」

 

パイロット達はダコスタの指示通り、ストライクに近づきながらオーカーの持つ極超高初速ライフルを撃ちだした。

砂に足場を取られて身動きもままならない上にシールドもないストライクはそれを避ける手だてもなく全身にライフルの衝撃を甘受するしかない。キラは脳を揺さぶられるような衝撃に呻きつつもキーボードを取り出す。このままでは応戦どころか歩行すら出来ない。

「足場が沈むなら、それを計算しないと……!」

猛進してくるオーカーを捉えつつ、目にも止まらぬタイピングでOSの修正を行う。宇宙に最適化していたOSを瞬時に砂地に対応させるのは無理だったが、これだけは誰にも負けないと自負できるプログラミングの腕でキラは何とか動ける程度にすぐさま調整を施した。と、同時に勢いよくスラスターを噴かせて出来る限りアークエンジェルから離れる。オーカーを引きつけるためだ。

 

ライフル直撃でもビクともしないストライクを目の当たりにして戦慄するパイロットの声を通信機越しに聞きながら、ダコスタは冷静に分析していた。

「噂には聞いていたが……、あれがフェイズシフト装甲か」

「それに何か動けるようになっちゃったしねぇ、よほど優秀なパイロットなのかね」

同じく戦闘を見守っていたバルトフェルドも興味深そうに目を細める。

そんな指揮官二人とは裏腹にオーカーを駆っていた3人のうちの一人はそのままストライクへと猛進した。

 

「動けたところでヤツの庭はしょせん宇宙。防塵仕様もない機体じゃどうにもなんねーぜ!」

「おい、メイラム! 一人で出過ぎるなよッ!」

「でも命令は接近戦だろ!?」

 

メイラム、と呼ばれたパイロットは僚機の忠告を一蹴してオーカーの接近戦専用武器である重斬斧を背から抜き取った。そして一度大きく飛び上がって勢いよく振り下ろす。

オーカーのモノアイが鋭い光を放ってストライクを睨み下ろし、キラはストライクの両手を頭部で交差させることで斬撃を受け止めた。シールドがないランチャーストライクではこうするしか攻撃から身を守る術がないのだ。バチッ、と斧の重さと加速の勢いで鋭い火花が散ったものの、キラは間髪入れずオーカーに思い切り右ストレートを入れた。

まさか斬撃をこうも無効化されるとは思わなかったのだろう。殴り飛ばされて横倒れになったオーカーの中でメイラムの脳は何が起きたのか理解さえできなかった。

「フェイズシフト相手では重斬斧は決定打にはならない、そのくらい判断しろ」

ダコスタからのきつい叱責が通信機から入ってくる。

「私は撃破しろと命令した覚えはないぞ。頭を使え」

実質ビーム系の兵器を持たないオーカーではストライク撃破は無理だというのは明白で、ダコスタは暗に3機でかかって捕獲しろとの指示を出してきた。

 

アークエンジェルの方では戦闘ヘリを何とか凌ぐも、CICが南西からの熱源接近を拾っていた。敵からの砲撃だ。

「離床! 緊急回避!」

マリューが艦長席から叫び、ノイマンは地上からアークエンジェルを浮かせることで直撃コースから少しでも逸らせようとした。それでも砲撃は左舷付近を掠め、揺れの衝撃に耐えながらCICからナタルが叫ぶ。

「くっ……どこからだ!?」

「南西、20キロの地点と推定!」

策敵モニターの表示を読み上げたチャンドラの答えは何とも曖昧だ。ナタルは歯がみした。アークエンジェルは宇宙用の戦艦。対応は難しい。敵の正確な位置さえ把握できていないのだ。

 

ハンガーでも砲撃の知らせを受け、フラガはようやく飛べるようになったスカイグラスパーに飛び乗っていた。

「俺が行って、レーザーデジネーター照射する。なぁに飛行テストみたいなもんだ、良いよな少尉?」

敵艦の位置が掴めない以上、上空からレーザー照射し、そのレーザー波を感知することで正確な位置を特定をするのだ。

「壊したら承知しませんよ」

上官命令ということと、第一目的が戦闘ではないということでリリーは腕組みしつつ渋々出撃をフラガに譲った。専用機にも等しい機体を落とされてはたまらないと口を尖らせつつもハンガーのモニターからCICに連絡を入れる。

「大尉のスカイグラスパーが出る。オペレーター、カタパルト先の敵機に注意しなよ!」

ミリアリアにスカイグラスパーの誘導を促し、出撃進路の確保も促した。こっちが出撃しようとすればそれを阻もうとするのが敵で、ハッチを開放すればそこを目標に攻撃されることは必至だからだ。

「フラガ機スタンバイ、システムオールグリーン」

ミリアリアは慎重に敵機の位置を確認しつつ誘導を開始した。幸い左カタパルトはキラがオーカーを引き連れて離れてくれたおかげで手薄。ハッチ開放と共にフラガのスカイグラスパーは黄昏の砂漠に勢いよく飛び出していった。

 

それに驚いたのはダコスタ達である。

「支援機……ですか?」

「報告にはなかった機体だねぇ、レセップスの方へ向かってるようだけど」

クルーゼ隊からの報告ではアークエンジェル所属機はストライクとメビウス・ゼロのみ。ゼロは宇宙専用なのだから出撃可能なのは実質ストライクのみと踏んでいたのだ。驚くのも無理からぬことだろう。

「元から積んでいたか、あるいはハルバートンからの手みやげ……というところでしょうかね」

ダコスタは瞬時にそう判断し、オーカーの方へ意識を戻す。

一方のキラはというと予想外のアークエンジェル被弾で焦っていた。次またいつミサイルが飛んでくるか分からないのだ。ともかく迎撃しなければ、とオーカーの攻撃をかわしつつ左手の320mm超高インパルス砲"アグニ"を構える。が、オーカーがそれを許す筈もなく、取り囲むようにして進路を塞いできた。

「くそっ、邪魔だ!」

歯噛みしつつキラは有効な手段を考えてハッとする。そう、ここは砂漠だ。敵機は周りの砂丘を巧みに使っているのだ。砂は厄介ではあるが、考え次第では有効な手にもなるだろう。

「迷ってる暇は無いんだ……、済みません少尉!」

砂を被るなと忠告してきたリリーを浮かべて一人謝ると、キラは勢いよくスラスターを噴かせて飛び上がった。アークエンジェルへミサイルが迫るなら壁を作ってやればいい。ランチャー右肩の機関砲を辺りの砂山に向かって撃ち込み、激しい砂埃を巻き上げる事でアークエンジェルの前に砂の盾を作り出した。

 

「何やってんだコイツ──ッ!?」

 

いきなり奇行に出たストライクに驚いたメイラムは弾かれたように飛び起きてオーカーを上昇させストライクを追った。チャンスだと思ったのだ。無防備に飛び上がったストライクの背は隙だらけ。

 

「──このッ!」

 

キラはというと、全身で飛びかかってこようとするオーカーへ振り返りながらアグニの巨大な砲身で下から支え棒のようにしてコクピットを突いた。

メイラムとしては予想だにしなかった反撃だろう。勢いを殺されたオーカーは反動で前へ倒れ込むように浮き、すかさずキラはオーカーの腹を思い切り蹴り上げた。瞬間、黄昏の砂漠は一層オレンジに燃え上がる。キラの作り出した砂の壁を抜けてきたレセップスのミサイルが友軍機であるメイラムのオーカーに直撃したのだ。

あまりに突然の出来事、あまりに想定外の出来事だったのだろう。2機のオーカーは唖然と立ち竦むも、キラは間髪入れずアグニをアークエンジェルブリッジと平行になるよう撃ちだした。取りこぼしたミサイルを全て相殺させるためだ。

 

アークエンジェルのブリッジはミサイル迎撃成功の歓声に沸くよりも放心していた。目の前を過ぎていった巨大なエネルギーに驚いたからではない。キラの働きに驚いたのだ。

ハッとしたようにナタルが声をあげる。

「リリー! エールストライカーのライフルを射出しろと軍曹に言え!」

出撃時からランチャーを使っていたストライクはそろそろエネルギーが切れる。せめて武装を交換させて電力を持たせようという指示だ。

 

「メイラム……!」

「くっそーあの機体ッ!」

 

突然すぎる同僚の死。オーカーのパイロット達の激昂など露知らず、キラはミリアリアからライフル射出の通信を受けアグニを一時砂漠に捨てて身軽になったストライクを一旦宙に浮かせていた。

「ライフル……、あれか!」

左のカタパルトから空中へ投げ出されるようにして出てきたライフルの方へ上昇して掴むと、阻止せんと追ってきたオーカーへ向けて空中で姿勢制御しつつ振り返りざまにビームを放つ。

 

「あれが小型のビーム兵器……か。地上での調整はまだのようだな」

照準のズレたストライクのビームをかわす部下のオーカーを見ながらダコスタは低く呟いた。部下の死を目の当たりにした事で眼光は益々鋭さを増している。が、先程のアークエンジェルの支援機が母艦レセップスに向かったこと。こちらもモビルスーツ1機を失ったこと。それらを考慮すればこれ以上の戦闘は無意味だと判断。撤退命令を、と思ったまさにその時だった。アークエンジェルの後方から10機近くのジープ、及び戦闘車が砂埃を上げてやってきたのは。

「おやおや、皆さんお揃いで」

「チッ、明けの砂漠のヤツらか……!」

バルトフェルドが肩を竦め、ダコスタは軽く舌打ちした。

ロケットランチャーを片手にミサイルポッドまで積んだその集団はこの辺りを縄張りとするレジスタンスだ。

バルトフェルド隊を目の敵にしていてるレジスタンスにこの状況で囲まれれば損でしかない。ダコスタは全ての僚機にすぐさま撤退命令を出した。

 

「しかし副官! あいつメイラムを……!」

「命令だ。良く周りを見ろ、追撃はされるなよ」

 

ブツ、と冷たく回線を切られパイロットの一人がオーカーのコクピットで拳を握りしめた。が、切り替えてダコスタの指示通り周りを見渡す。すれば直ぐにモニターがレジスタンスを捉え、ダコスタの指示の意図を悟るとオーカー胸部の3連装スモークディスチャージャーを撃ち出した。

 

刹那、辺り一帯はまるで霧が発生したように煙幕で包まれる。

 

「うお、何だ何だ!?」

ジープに乗っていたレジスタンスは急ブレーキをかけて目を擦り、キラも突然の視界を覆う煙幕に砂漠に立ちつくし。2機のオーカーはその隙に身を翻して靄の中へと消えていった。

 

 

暫くすると煙幕が晴れ、敵機が撤収したことを知ってアークエンジェルクルーはホッと胸を撫で下ろした。

ん? と通信席のチャンドラが声をあげる。スカイグラスパーで出ていたフラガから電文が送られてきたのだ。

「フラガ大尉より入電。"敵母艦を発見するも、攻撃を断念。これより帰投する。なお敵母艦はレセ……レセップス"!?」

冷静に読み上げていたチャンドラの声が裏返り、マリューもナタルも目を見開いた。

「レセップスですって!?」

「なんだよソレ」

副操舵席のトールが首を捻って隣のノイマンに答えを求めるような目線を送った。ノイマンは思考を巡らせながら後ろのマリューやCICのナタルに確認を取る。

「確か……スエズ攻防戦でのザフトの立役者、アンドリュー・バルトフェルドの母艦、ですよね」

「ええ」

「敵は砂漠の虎ということか」

マリューが頷き、CICでナタルは重苦しい息を吐いた。



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PHASE - 025 「──虎狩りだ」

イザークがバルトフェルドの部下に救助されバナディーヤに到着したのは夕暮れ前。ちょうどレセップスがアークエンジェル偵察のためにバナディーヤを出て数時間後のことだった。

 

砂漠と砂漠の間にはいくつか町が点在しており、ひときわ大きな"街"がバナディーヤである。

そのバナディーヤの街を輸送機から見下ろしていたイザークの瞳は街の隅の異様な空間を捉えていた。一言で言えばシンメトリーのホワイト・キャッスルだ。まるでその空間だけ絵物語から抜け出てきたようで、豪奢な白城の庭には大きなプールがあり、その周りにはデータでしか見たことのなかったデザート仕様のジン、ジン・オーカーが複数配備されていて厳重に警護されていた。

「ほう、あれがバルトフェルド隊長の駐屯基地か」

こんな寂れた街にしては随分と豪華だ、とイザークは呟いた。

輸送機はバルトフェルド隊基地の前庭に着陸し、颯爽と外に出たイザークは腰に手を当て鮮やかに言い放った。

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールだ。バルトフェルド隊長はどちらにおられる?」

さっそく指揮官に挨拶を、と思ったイザークの出鼻を警護の兵がくじく。

「隊長はいま不在だ。副官もな」

「指揮官が揃って不在だと……?」

イザークは眉を寄せた。隊長に加え副官も不在という不測の事態に加え、どことなく自分に対する兵の不遜な態度を感じたからだ。しかし、今はなにをおいてもパイロットスーツを脱いで汗と砂まみれになった身体を洗いたい。誘導されるままにイザークはザフト兵について基地の中へ入っていった。

内部も外見を裏切らず、廊下はまるで鏡のように磨き上げられ、壁の至る所には絵画が飾られていてすこぶる豪奢だ。が、通された部屋は一応は一人部屋だったものの下手をすればガモフの2人部屋よりもしつらえが悪く、イザークは更に眉を寄せた。しかもベッドの上には緑色の軍服が置いてあったのだ。襟、袖口、肩のみが白のそれは地上用ザフト兵の標準軍服──つまり一般兵用に他ならない。

思わずイザークは案内してきたザフト兵を左目だけで睨み上げる。

「おい、どういうことだこれは!」

「軍服の替えがないのだろう?」

その眼光を一蹴して、兵はドアを閉め行ってしまった。

取り残されたイザークは眼光をベッドの軍服へと向ける。デュエルに予備の赤服を積んでいなかったため着替えがないのは確かだが、一般兵と同じ物を着ろというのは赤服のエリートとしては屈辱的だ。しかも──。

「シャワー室も付いていないのかこの部屋は!」

歯噛みするも、ともかくシャワーを浴びて医務室で包帯を取り替えてもらうのが先だ。が、勢いのまま部屋を出たイザークはイライラを更に募らせる結果となった。シャワー室はどこかと訊けば「何だその態度は」と注意される始末。医務室も同様。

「どうなっているんだここの兵士どもは!!」

まさか自分の尊大な態度に原因があるとは夢にも思わず、イザークはだだ広い基地を歩き回ってどうにかシャワー室へたどり着き、何とか包帯も取り替えて貰った。そして一向に戻らないバルトフェルドに痺れを切らし、疲れも溜まっていたためか今日はそのまま与えられた部屋のベッドで泥のように眠った。

 

手痛い偵察を終えたバルトフェルド以下を乗せてレセップスがバナディーヤに戻ったのは真夜中。むろん、イザークも寝静まった後だ。

バルトフェルドは戦闘後から鬼のような形相を崩さないダコスタを肩を竦めながら見ていた。

「ダコスタくーん、大丈夫かい?」

バルトフェルドの軽い声かけには応えず、ダコスタは淡々と言い下す。

「結果として、敵艦及び敵モビルスーツの性能が驚異であることは確定的となりました。特にモビルスーツ──ストライクはオーカーの武装では対応出来ない」

「うん、で、手柄を狙ってるエリート様が僕の所に来ている訳だ」

「パイロットはともかく、ストライクと種を同じくするデュエルとやらは使えるかもしれませんね。……次は私も出ます」

口調とは裏腹に拳を握りしめるダコスタに首を竦めつつ、バルトフェルドはお手上げのポーズをしてみせた。

「まァそれはいいけどさ、対策を考えないとねぇ、明けの砂漠の連中の動きも気になるし。そもそも足つきは場所移動しちゃっただろうから策敵からやり直しだね」

レセップスを降りて、バルトフェルドは人差し指で頬を掻きながら夜空を見上げた。

ダコスタも同じように空を仰げば、ス、と一筋の流れ星が星の海を渡った。その煌めきに甦ったのは先日見た流星だったのだろうか? ダコスタは血を滲むほどに唇を強く噛みしめていた。

 

 

バルトフェルド隊が撤収した後、"明けの砂漠"と呼ばれたレジスタンス達はアークエンジェルとコンタクトを図っていた。

船体は目立つゆえに取りあえず大きな岩場に隠せと言われたアークエンジェル側は、ひとまずはレジスタンスに従った。この辺りの地理に疎いアークエンジェルとしてはバルトフェルド隊に追撃されても困るため、レジスタンスの案内を受けることにしたのだ。

艦を土色のカバーで覆って目立たなくした所で陽も落ち、外装の修理やレジスタンスとの話は明日という事になった。2月のサハラの夜は軽く零度を下回る。とても外に出てはいられないためだ。

「えらく引き際の良い連中だったねぇ」

「ああ、だが敵が砂漠の虎となればこちらを大人しく見逃してくれるとも思えない。早いところ突破策を考えねばならないが、現段階では厳しいな。所で……ストライクはどうなっている?」

廊下を歩きながら難しい顔をするナタルにリリーは目を寄せて腰に手を当てた。

「いまメカニックが除砂作業にあたってるよ。スカイグラスパー2号機の調整もまだだし、ストライク共々何とかしないとね」

じゃあハンガーの様子を見てくる、とナタルと別れたリリーは「もう休め」というナタルの声に後ろを向いたまま手を振るとハンガーへと向かった。

マードック達の忙しなく働く声が漏れてきている。ひょいとハンガーを覗くと、奥のシミュレーター置き場のモビルスーツシミュレーターが稼働しておりリリーは頭を捻った。駆け寄ってそばの機材から内部の映像を確認してみると、何やらフレイが青い顔をしてコクピットに座っている。

先の砂漠の虎以下との戦闘ではやれることもなく待機を命じられたフレイだ。敵を目の前にしてとてもジッとしていられなかったのだろう。シミュレーターとはいえ、乗れば疑似重力がかかる。訓練を始めて間もないフレイに耐えきれるはずもなく、彼女は何度も嘔吐を繰り返したような憔悴しきった顔をしていた。

パイロットとしては見慣れた風景でもあったが、さすがに痛々しくリリーは溜め息を吐くとモニター越しにフレイに告げた。

「そろそろ止めな、フレイ」

少しすると、渋々シミュレーターからフレイが出てきた。

「大丈夫かい?」

「まだ、まだよ……! もっと上手くならないと、コーディネイターを倒せない」

譫言のように呟いて、フレイは青い顔のままその場にへたり込んだ。余程キツかったのだろう。リリーはしばらくフレイに付き添ってやった。

フレイはコーディネイターを恨むと同時に、アークエンジェルのクルーさえもあまり良く思っていない。父を見捨てたと思っているからだ。リリーにしてもフレイの父であるジョージ・アルスターが戦死した際の先遣隊とクルーゼ隊の戦闘には思うところもあり、フレイには軽く同情を寄せていた。

フレイは何だかんだで上官である自分の指示を良く聞いている。しかしながら、その理由は上官という以前に父親絡みでの怨恨が無いためだ。ならばせめてフレイがあまり思いつめないよう努めよう、ともリリーは思っていた。

 

 

明けの砂漠。それはリビア砂漠で活動しているレジスタンス組織だ。

構成員は主に周辺の小さな砂漠の町の民であり、リーダーを務めるサイーブ・アシュマンは隠れ基地の内部にてアークエンジェルを発見した男・キサカと顔を付き合わせていた。

「あの艦は連合のモンだろ? 俺たちゃ連合にしっぽ振るのもゴメンだぜ」

「しかし、あの艦のスペックは尋常ではない。何よりオーブ製だ」

「確かにレセップスとやり合うなら利用しない手はねぇが、基地に入れるとなると反対する同志も出るだろうな」

サイーブは重苦しい息を吐きながら腕時計を見やった。針が指し示していた時間は7時前。

「夜明けが近いな……」

言って、基地の外へ出る。連なるように基地にいたレジスタンス達は一斉に外へ出てみな東の空を見つめた。程なくして、昇ってきた太陽に全員が祈りを捧げる。

 

「何ですかね、あれは」

 

その様子をアークエンジェルのブリッジで見つめていたクルー達は一様に首を傾げていた。

「宗教……かしら」

ノイマンが呟けばマリューも目を瞬かせて首を傾げた。ともかく揃って出てきてくれたことはありがたい。昨夕から持ち越しになっていた談義を再開するため、マリューは自分以下フラガ、ナタル、リリーの士官3名を連れてアークエンジェルを降りた。

祈りらしきものが終わるのを待って、声をかける。

「おはようございます」

「おう、あんた達も祈れ。夜明けは良いモンだ」

太い黒眉に土色の肌を持つ出っ腹の男──サイーブが容姿に似つかわしくない白い歯を光らせた。自然、4人とも東の空を見やる。視界の全てを覆ったのはまるで冷えた砂漠を暖めるように眩い光が砂地をオレンジに染め上げていく様子だった。その幻想的で例えようもない美しさは確かに人の心に訴えるものがあり、4人は広大な砂漠の風景にしばし見とれた。

「いやー、何だか神々しい気がするねぇ、俺全然信心深くないんだけど」

フラガが目を細めれば、サイーブは笑みを零した。

「日の出は希望の証だ。俺たちは明日の夜明けを信じて戦う。いつか真の自由を勝ち取るためにな」

「明けの砂漠、って名前はそこから来てるってワケね」

肩で頷いたフラガにサイーブも頷き、意外にもあっさりと4人を基地の内部へと促した。理由を聞けば、実にいい顔をしていた、とつい今の夜明けを見た際の自分たちの表情を彼は褒めるように言った。それだけで十分だという。

ともかく渡りに船だと士官一同は案内されるままに歩いていく。途中、若いレジスタンス達がマリュー以下女性士官を見て口笛を鳴らした。ナタルが露骨にしかめっ面をし、リリーは肩を竦めながらサイーブに訊いてみた。

「にしても、こんな所で暮らしてるのかい?」

「ここは基地の一つだ。家はみな他にある。タッシル、ムーラン……それにバナディーヤから来てるヤツもいる」

サイーブの答えに、へえ、とリリーは息を吐いた。

岩場の穴を利用して作った基地の司令室らしき場所には複数のモニターや機材が設置してあり、中央のデスクに置かれた周辺地図を指差しながらサイーブはマリュー以下を見渡した。

「あんた達はアラスカに行きてぇってこったが、ここアフリカ共同体は知っての通り親プラントだ。しかも国境のすぐ外にある連合のビクトリア基地は数日の内に間違いなくザフトが落とすだろう。ヤツらの勢いは日増しに強くなってくぜ?」

「ビクトリアが!? そんな──ッ」

マリューが動揺の色を顔に広げ、フラガはあらら、とおどけて掌を翻してみせた。そうして彼はサイーブに視線を送る。

「でも、あんたらも敵をザフトと定めてんだろ? 敵さんの勢いが日増しに強くなってるってのに頑張るねぇ」

「敵をザフトと定めた覚えはない。俺たちからすりゃ連合もザフトもどっちも同じさ。ただ奪いにやってくるだけだ」

軽い口調のフラガにサイーブが鋭い眼光で呟けば、マリューは同情から眉を寄せ、ナタルは軍帽を被り直して咳払いをすると地図を指さした。本題に入るためだ。

「アークエンジェルは高々度飛行は出来ない。しかし補給の問題もあるためそう長々と旅もしてられん。よって北進し、ヨーロッパに出てユーラシア連邦の圏内に逃げ込むのが一番かと思うのだが」

「でもさぁナタル、ジブラルタルの目をかいくぐって黒海方面に出てもディオキア基地から追撃食らうのがオチだよ。あの辺はもうザフトの手の中だ」

「かといって、大西洋に出るにはジブラルタルを突破しなきゃだしねぇ。この戦力じゃ自殺行為だ」

リリーとフラガの重い声を聞きながら、マリューは頬に手をあてて溜息を吐いた。

「戦闘を避けるには紅海からインド洋に出るしかないかしら……最長ルートになっちゃうわね」

腕を組んでフラガが唸る。

「まあ、赤道連合は中立だしそれが一番かねぇ。ああでも中立国でも領海は通らせてくれるわきゃないし、補給なんてもってのほかだ。物資不足まっしぐらのルートだなこりゃ。……ま、裏を返しゃ補給さえ何とかなれば良いってことだが」

「補給、ですか……。東アジア共和国付近まで行けば何とかなるのでは?」

フラガの苦悶にナタルが案を出すものの、リリーが即座に首を振った。

「カオシュン落とされたばっかりだし難しいんじゃないかい? それに、下手にあの辺うろついたらニホンの海自の哨戒機に捕捉されちまう。あそこは優秀だからね」

そんなアークエンジェル側の会話を聞きつつサイーブが大声で笑い始める。そして彼は再び地図を指さした。

「紅海だヨーロッパだ? 気が早ぇよあんた達は! ここバナディーヤにはレセップスがいるんだぜ?」

現在地はリビア砂漠の一角。ここを150kmほど東進すればバルトフェルド隊が居を構える都市・バナディーヤがある。アークエンジェルのような戦艦が動き出せば敵に捕捉されるのは必至で、進路をレセップスに阻まれるのは避けられないだろう。東を避け、北進したとしても結果は同じ。ならばバナディーヤとは正反対の方角──西進すればどうか? とは考えるだけ無駄である。西にはレセップスの比ではない、ザフトの北半球最大の基地・ジブラルタルが目を光らせているのだ。西進だけはありえない。

しかしながらマリュー達としてはそれは十二分に分かっていたこと。レジスタンス程度に指摘される事ではない。フラガは先ほどより真面目な顔をしてサイーブを見た。

「で、あんた達の要求は?」

他の3人もサイーブへと視線を集中させる。

「まさか、親切心で俺たちをここへ呼んだわけじゃないだろう?」

ニ、とサイーブは口の端を吊り上げた。

「そっちが必要としているのは弾薬等の補給、だよな?」

「ご名答。ついでに艦の修理と機体の調整が終わるまでは敵さんに見つかる訳にもいかないし、結構ピンチなワケよ」

「弾薬なら何とかなる」

間髪いれず、サイーブは呟いた。

「こっちの目的はただ一つ。──虎狩りだ」

4人を見上げたサイーブの瞳は、中年然とした姿に似合わず恐ろしいほどに光っていた。

 

 

第8艦隊の残存部隊が戦闘宙域を離脱した後、付近に留まっていたヴェサリウスとツィーグラは大量に発生したデブリの処理や生存兵の捜索にあたっていた。

半壊したメビウスのコクピットに息絶えたパイロットが佇んでいること、戦闘停止した艦と共にクルーの亡骸が放置されていることなども多く、残骸は戦闘の凄惨さを克明に物語っていた。

それらを大気圏に落として片づける作業自体には何も感じない。所詮ナチュラルなど、と憎しみを滲ませる者もいる。心を痛める者もいる。しかしながら両軍の多数の兵が命を散らした場所として、多くは胸の内で哀悼の意を表していた。

 

「もうゴミ処理飽きたっつーの。私物は消えるし、やってらんねー」

コトン、とヴェサリウスのパイロット用休憩室で自販機からドリンクを取りだし、ぶつくさと一人文句を言っていたのはディアッカだ。母艦ガモフの撃沈により帰る艦のなくなったディアッカはそのまま副母艦であるヴェサリウスに搭乗となっていたのだ。

「ディアッカ、ここに居たんですか」

「んあ?」

ディアッカが気怠げに振りかえれば同じくヴェサリウスに搭乗となったニコルが自分の方へ歩いてきて、同じように自販機に手を伸ばした。

「イザークは……サハラのタマランセット近くに降り、無事バルトフェルド隊に救助されたようです。しばらくはバナディーヤ駐屯地に留まる、との連絡がジブラルタルより入りました」

カタ、とコップを手に取ったニコルの表情が安堵と哀しみの入り交じった固い表情に変わったが、ディアッカは、あっそ、とさして興味もなさそうに呟いた。

同室だったイザークの事だというのに、とニコルはその反応に微かに瞳を開いたが、元々ディアッカはこういう性格だったと思い直して一度瞳を閉じた。イザークが無事だった事は嬉しい。ショーンやゼルマンが身を挺しても助けたのだ、無事でなければ困る。──そう、二人とも最期までザフト軍人として殉じたのだ。だから悲しんではいけない、と哀切を胸の内に留める。

「隊長もまた出頭命令で……僕たちのせいですね。あの艦とストライクの奪取にも破壊にも失敗して、隊長の名に傷を付けてしまった」

そしてニコルは自身の不甲斐なさを責めるようにグッとコップを握った。部下の失態のしわ寄せが上官に行くことも、だからこそクルーゼやゼルマンのために尽力しようと誓ったことも忘れてなどいない。が、なかなか物事は自分の思い描いたようにはいかない。

「もっと……強くならないと」

声のトーンを落としてニコルは静かに自分に言い聞かせるように呟いた。

ん、とディアッカの手もピクリと反応する。任務の失敗続きは本国にも当然伝わっているだろう。ディアッカはガシガシと頭を掻いた。もし本国で無能扱いとなっていたら流石に良い気分はしない。

「ま、まあ俺の追撃スコアは公式記録で残るんだし? そう心配することもねぇかな」

呟いたディアッカの物言いにニコルは反射的に落胆から肩を落とした。最初から同意など求めてはいなかったものの、などと思う反面彼のこういう気質は時おり羨ましさも覚える。と過らせつつカップのドリンクに口を付けていると、ああ、とディアッカが何か思い出したように口を開いた。

「隊長、アカネも連れてったけどさぁ、アイツも査問会行きなわけ?」

「あ、ええ……僕もアデス艦長からの又聞きで詳しいことは知りませんが、当然でしょうね、色々ありましたから」

ふーん、と飲み干したドリンクをゴミ箱に放り入れてディアッカはドサッとソファに腰を下ろした。

「アストレイ置いてったけど、あれ誰が乗るんだろうねぇ。アカネは国に戻るんだろうし。お前見た? デューイが滅茶苦茶文句言ってたぞ、アストレイあちこち溶けちゃっててさあ」

デューイの地団駄でも思いだしてか笑い転げるディアッカを振り返って、ニコルの瞳が大きく揺れた。そうだ、今さらだが、アカネは帰国するのだ。

「そ、っか……アカネさん、ニホンへ帰るんですよね。でも、こんな前線に居るよりその方がずっと安全だ」

「ハァ? バッカじゃねーの」

ハハ、と笑い声を収めたディアッカがニコルを見下したように鼻を鳴らす。

「アイツ、軍人だぜ? 国に戻ろうがどうせすぐまた戦場だろ」

「あ……」

言われてニコルは自身の迂闊さに一瞬目眩を覚えた。分かっていたはずなのに、とコップの中に小さく映る自分の顔を睨む。

「ま、殺しても死にそうにねーけどなあの女」

するとディアッカが軽口を一変させ、どことなく頬を引きつらせた。おっかねーし、と口をへの字にするディアッカにニコルは抵抗心から少し眉を寄せた。ニコルとしては全く逆の感想しか持っていなかったからだ。

「そうですか? 僕には彼女が精一杯、強がっていたようにしか見えませんでしたけど」

勝ち気な性格だとは思うものの、とニコルは時おり不安げに見えたアカネの表情を思い出してディアッカを見やる。何より同盟軍とはいえ他軍に一人放り込まれれば虚勢の一つも張りたくなるものだろう。

「アイツはそんなカワイイ女じゃねぇだろ」

あれはどこか狂ってるヤツの目だ、とイザークとの一戦を思い出してかディアッカは額に汗を浮かべた。

「つか、お前も模擬戦でアカネとやり合っただろ? それでもまだンなこと言うなんてな、シュミ変なんじゃねーの?」

見てるだけでもヤバかったのに、と掌を翻すディアッカにニコルは肩を竦めた。どっちにしろ些末な問題であるし、こんなことを彼と議論しても何にもならないと話を変える。

「それより、もう一つ気になる事があるんです。アスランの事なんですが……」

「ん?」

「最近、様子が変じゃありませんか? どことなく上の空でぼんやりしてる事も多くて」

「んなのいつもの事だろ? アイツ元々無口だし、いつも一人じゃん」

「まぁ、そうですけど」

ヘリオポリスへの潜入後からの彼の様子は普段と違い、アカネとの間に流れる空気も露骨におかしかった。思案顔で口元に手をやるニコルを横に、ディアッカは何か思いついたのか膝を叩いて浮かれたような声をあげた。

「あれだ、愛しのラクスちゃんの事でも考えてたんじゃねーの?」

シシシ、と笑うディアッカをチラリと見て、相談する相手を間違えた、とニコルは深いため息をついた。

「なら良いんですが」

ドリンクを喉に流し込んで足早にこの場を去ろうとするニコルを、あ、と弾かれたようにディアッカが引き留める。

「俺たち、そろそろ休暇だよね? この作業が一段落すればプラント戻れるんだろ?」

「さあ……まあ、予定ではヘリオポリス潜入後は帰投する流れでしたから、多分」

やっぱり? とニコルの返事に声を弾ませたディアッカは勢いよくニコルの腕をガシッと掴んだ。

「じゃさ、休暇に入ったら合コンやらね? 頼むよ、お前のファンで可愛い子沢山いるだろ? 紹介してくれよ、数人見繕ってさぁ」

目を見開いたのも一瞬、呆れ顔でニコルはディアッカの腕を振り解く。

「あなたなら僕を頼らなくても、不自由してないと思いますが?」

「いやー、俺に引っかかるタイプって俺の好みじゃないっつーか。な? ヴェサリウスで同室になったのも縁ってことで」

お願いのポーズをしてディアッカが食い下がり、ニコルはため息を吐きつつ腰に手を当てた。

「生憎ですけど──」

「お前も今の内にハメ外しておかねぇと損するぜ? 何せ俺たちには"運命の相手"ってのが予め用意されてんだからさ」

すればどこか皮肉を込めたディアッカの物言いに言葉を遮られ、ニコルの表情が凍った。

「そう……ですね」

「だろ?」

「でも、僕は……」

無意識に唇を動かそうとして、ニコルは慌てて口を噤んだ。軽く首を振るって思考を切り替える。

「女性の事もいいですが、たまにはバスターのことも見てあげて下さいよディアッカ。いざというときに機嫌損ねられても知りませんからね」

話題を仕事のことに切り替えればディアッカは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。緩く笑みを浮かべてニコルはその場を切り抜ける。

「では、僕はブリッツを見てきます」

一緒にどうです? と誘ってみるも案の定断られ、ふ、と息を吐くとニコルはそのまま休憩室を出てハンガーの方へ向かった。

 

 

一方のニホン政府はオーブ、大西洋連邦両国へシャトル事故の件について強い姿勢で抗議していた。結果、事故についての謝罪はあったもののモルゲンレーテ社との癒着は未だ明確な回答を得られないまま、外交は睨み合いの状態で膠着していた。

「オーブは氏族間の罪の擦り付け合い、大西洋連邦は一部官僚と軍部の暴走……というところに落としたいようですね」

モニター先の政務官の声に官邸執務室でアサノは険しい顔を浮かべていた。

「ちょうどアルスター国務次官も亡くなられたということですし、ホワイトハウスも強硬派の押し上げで荒れているようです」

「分かった。引き続き交渉にあたってくれ」

話を終えてモニターを切ると、また別の通信がモニターを彩った。防衛大臣が到着した、との知らせにアサノは席を立った。最上階であるこの部屋の窓から外の景色を一望して、一階下の閣議室へと向かう。

 

議題はもちろん、上記関連の事だ。

 

アサノの渋い表情でも移ったのか、見渡した各大臣それぞれが顔色に緊張を滲ませ席に着いていた。

「国民が国防に危機感を募らせている。カオシュンが落ちたばかりだというのに嫌なタイミングで嫌な事件が重なった。オーブが大西洋連邦と手を組むのならばこちらはより一層プラントとの関係を強化しなければならない」

「では総理……プラントからの要請をのむおつもりですか? 青葉特尉を使う、と」

楕円形のテーブルを囲む大臣一同の視線を集め、防衛大臣が代表するように声をあげればアサノはそちらに目線を送った。

「プラント……特にシーゲル・クラインとパトリック・ザラの思惑は相反するところにあるだろう。とはいえ特尉は我々の、ニホンの意志を理解してくれるはずだ。彼女はそのために菊花徽章を付けているのだからな」

「確かに現場にいたいという彼女の意志も尊重した仕事にはなると思いますが、メディアにはエサを与えるようなものですね、世論を先導している……とか」

「救世の英雄登場、とかですね。民衆は英雄を好む傾向にありますし、それが若い女性となれば尚更だ」

閣僚から苦笑いが漏れ、アサノがその場を一蹴する。

「そうならんように心を砕き、特尉には普段通りの仕事をしてもらうだけだよ」

声の鋭さが事の深刻さを鮮明に物語っていた。

「ともかく、声明は2/14……プラントと共に出す」

以上だ、とアカネの話題は打ち切り次へと話を移す。

そうして閣議を終え、メディア対応諸々も全て済ませたアサノは執務室で官房長官、防衛大臣を従え短く話をしていた。

「青葉特尉の件は私から眞田特将に伝えておきます。……忙しくなりますな」

防衛大臣の声に頷きながら、アサノは官房長官へ視線を送った。

「例のアクタイオン社の落とし物はいまどうなっている?」

「現在は月基地でこちら本国のフジヤマ社へと移送準備中です。これは報告待ちですな」

「そうか……抜かりないよう念を押しといてくれ。あれは良いカードと化けるかもしれん」

アサノは何かを確信するように強く頷いて閣僚2人を見た。



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PHASE - 026 「勘違いするなよイザーク・ジュール」

一方のイザークはバナディーヤに着いて一夜明け、迷っていた。

バルトフェルドに挨拶に行かねばならないし、朝食にも行かなくてはならない。しかしながら自分の持っている赤のパイロットスーツ、まして短パンとTシャツなどで行けるはずもなく。現実の選択肢としてはここに置かれた緑の一般兵用軍服を着るしかないのだ。

「くそっ、なぜ俺が緑などを……!」

地団駄を踏みつつ渋々袖を通す。嫌々に着た軍服姿で部屋を出、早速バルトフェルドに会わせろとその辺りの兵士を捕まえたイザークだったが早朝からそんな用事を取り合ってもらえるはずもなく。結局、隊長室に通されたのは午前10時頃だった。

イザークにあてがわれた部屋とは違い、宮殿の居間のような西洋趣味の広い空間。その奥の窓際に置かれた茶色のデスクにバルトフェルドは座っていた。ザフト地上部隊の最上級指揮官クラスに与えられる黄色の軍服を着てデスクに顎を付いている。座っていても分かるほど背の高く、体格の良い男だ。

そのデスクの前には、通常部隊の指揮官クラスに与えられる襟、袖口、肩が黒で染められた緑の軍服を纏う眉の太い青年が立っていた。一度見たら忘れられないだろう程に特徴的な黄褐色の瞳がどこかイザークに強烈な印象を与えた。

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです」

「宇宙からようこそ、指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ」

「副官のマーチン・ダコスタだ」

敬礼をしたイザークにバルトフェルドが軽いノリで返し、ダコスタは事務的に告げた。そうしてデスクからバルトフェルドが面白そうにイザークの全身を眺める。

「いやー、なかなか似合ってるじゃないのそれ。どうだい? 地上用の軍服の着心地は」

肩を揺らしながら言われ、イザークは露骨に眉を寄せた。

「そんなことより、なぜ自分はここへ呼ばれたんですか!」

鬱憤を晴らすように告げる。イザークとしては救難信号を出していれば勝手にバナディーヤ部隊の輸送機が迎えに来てここへ連れられてきたのだ。理由を聞いておきたかった。

するとダコスタが冷たい目を向けてきた。

「そっちが勝手に落ちてきたんだろう? こちらは予定外の仕事が増えたんだ。まずは救助感謝の礼くらい、欲しいものだがな」

「何だと……!?」

イザークはいつもの調子で睨み返した。

バルトフェルドがおどけたように肩を竦める。

「そうそ、君たちが足つきを取り逃がしてくれたおかげでこっちはもう大変なんだよイザーク君」

バルトフェルドとダコスタ、口調こそ違っていたもののイザークはどことなく自分に含みを抱いていることを感じた。いや、2人だけじゃない。この隊の兵士全てがそんな感じなのだ。

イザークが力任せに拳を握り締めて昨日から募らせていた不満を盛大に吐き出そうとした瞬間、ダコスタがその不満を一瞬にして忘れさせる事実を口にした。

「まあいい、教えてやる。足つき及びストライクの追撃任務は我々バルトフェルド隊が引き継ぐことになった。イザーク・ジュール、お前もしばらくバナディーヤに留まり、共にこの任にあたってもらう。ここへ連れてきたのはそのためだ」

「足つきがいるのか!?」

イザークにとってアークエンジェル、特にストライクとの再戦は願ってもないことだ。まだ顔に付けられた傷の礼も終えていない。いきり立つようにダコスタに向かい「足つきはどこだ!?」と捲し立てれば、ダコスタはつかつかとイザークへ歩み寄り、軍服の白い襟元を掴み上げた。

「言葉と態度に気を付けろイザーク・ジュール。クルーゼ隊ではどうだったか知らないが、ここでは私はお前の上官だ」

「なっ……!?」

まるで獲物を射るような目線。一瞬怯むも、イザークは気丈に掴まれていた腕を振り払う。

「俺は赤なんだぞ! 隊長ならいざ知らず貴様の言うことなど──」

「赤だと? 学校の成績が良かったから与えられるってアレに何の意味があるんだ?」

冷たく切り捨てたダコスタにバルトフェルドが豪快に笑い出す。

「あれ実は"赤信号にご注意服"なーんて言われてりもするんだけど、どうなんだろうねぇ」

イザークはさながら赤服のように頭に血を昇らせ、顔を紅潮させた。

「なッ、なんなんだ! そもそも、我々ザフトはナチュラルと違い軍人みな平等という組織だろうが! 何が上官だ何が!」

隊長室にくまなく響くほどの怒声にバルトフェルドは笑いを収め、先程とは打って変わって真剣な面もちを浮かべた。

「そう言って、現場で勝手な行動を取って迷惑をかけるのが優秀な赤服エリートの信条なのかね?」

イザークの頬が強張る。

「ま、他の隊の事はいい。僕の隊は上下関係に煩く仕込んであるんだよねぇ、兵士みな平等なんて混乱の原因にしかならないんだし」

「し、しかし……」

「ここでは君はその軍服が示すとおりただの一般兵。それもルーキーだから下の方だ。僕は一応最高指揮官だけど実質指揮はダコスタ君が執ってるから君は彼の指示に従う他ない訳だよ、分かるかい?」

バルトフェルドが手を翻すと、ダコスタはもう一度イザークに向き直った。

「そういうことだ。いまの件も本来なら懲罰を与えている所だが不問にしといてやる。不満があるなら今すぐ宇宙へ帰るんだな」

「分かったらもう下がりたまえ、イザーク君」

ほぼ一方的に話を締められて、イザークは返す言葉を失った。何より、反論を許さないというオーラが隊長室に充満していた。

 

バタン、とドアの閉まる音が響き、不満を隠さない表情のまま背を向けて隊長室を出ていったイザークを見送ったバルトフェルドは肩を震わせながら笑っていた。

「笑い事じゃないですよ隊長。あんなの本当に使えるんでしょうかね?」

「まァ、君に任せるよダコスタ君」

「全く……クルーゼ隊の給料が良い理由が良く分かりますね」

ダコスタは太い眉を微かに寄せて、ボソリと一言呟いた。

 

イザークは隊長室を追い出された後、苛立ちをぶつけるように音を立てながら廊下を歩いて与えられた自室に戻った。バルトフェルドのこちらを小馬鹿にしているとしか思えない態度も気に障ったが、ダコスタの言い様が気に入らない。そもそもおかしい。クルーゼ隊ではこんな事は一度もなかったのだ。肩で風を切って歩けば周りの隊員が避けてくれる。黒服クラスでも自分たち赤服には逆らえない。そういう状態だった。

なのにここではしがない一般兵ですら自分に対して上から見下ろすような態度で接してくる。シャワールームに行くにも、食事一つするにも一苦労だ。自分が一般兵の軍服を着ているせいか? とも思ったが、先ほどのダコスタの言葉を聞くに赤を着ていても結果は同じだっただろう。

「くそっ、重力に引かれすぎて頭でもやられたんじゃないのかここの連中は!」

ガツッ、とベッドの脚に八つ当たりをしていると部屋の通信モニターが音を鳴らした。苛々しつつも無視するわけにもいかず、ピ、とボタンを押す。

「イザーク・ジュールだ」

画面に映っていたのはここの通信オペレーターと思しき兵士の姿。

「イザーク・ジュール宛に通信を預かっている。今からそちらに回す。確認後に通信受領の返信を」

事務的な言葉に、通信? と思いつつイザークはデータの転送を確認した。

「イザーク・ジュール、通信データの転送を確認した」

言い終えて通信を切る。そのままイザークは送られてきたデータを開いた。と、同時に切れ長の目を極限まで丸める。

 

「イザーク、久しぶりですね。無事だと聞いて安心しています」

 

映っていたのはプラチナブロンドのショートカットが美しい女性の姿。

「は、母上……!?」

思わずイザークの口から間抜けな声が漏れた。映像先に居た女性は母であるエザリアだったのだ。

 

「しかし、話を聞けばナチュラル相手に随分と苦戦しているとの事……、最初は何かの間違いかと思いました」

 

リアルタイム回線ではなく、ただのデータ相手だというのにイザークは久々の母親の姿にすっかり狼狽えていた。

 

「良いですか、イザーク! 私の優秀な遺伝子を継いだはずのあなたがナチュラルごときに敗北続きなどあってはなりません、必ずそこでチェックするのですよ!」

 

厳しいエザリアの口調に軽く青ざめさえする。危惧していたのだ。顔に傷まで負ってエザリアに合わせる顔がないどころか、自分のせいでエザリアの地位すら危うくなるのではないか、と。

今の通信を見るに、当たらずとも遠からずなのだろう。そのうえエザリアは自分を情けなく思うどころか怒っている。

身の毛がよだつと共に頭が真っ白になったイザークはそのまま部屋を飛び出た。目指す先はレセップス。レセップスのハンガーにデュエルが収容されているのは知っていた。

 

 

ダコスタは自室に戻り、デスクのモニターで一通のメールを読んでいた。

 

『久しぶりだな、マーチン。元気でやってるか?

こっちは色々立て込んでて、話のネタに尽きないよ。と言っても話す機会も滅多にないけどな。メールでネタバレできないのが残念だ。

アフリカ戦線は日々激化しているそうだが、そっちは大丈夫か?

お前のことだから相変わらず部下に恐れられてんだろうが、たまには気ぃ抜けよ。

バルトフェルド隊長にヨロシクな!』

 

もう何度目を通したか分からない文面を見て拳を握りしめていると、ふいにモニターから呼び出し音が鳴った。悲憤を湛えたような表情を浮かべていたダコスタだったが、瞬時に普段通りの”副官”の顔に戻すとボタンを押した。

「どうした?」

「イ、イザーク・ジュールが……! デュエルを奪い逃走!」

「何だと──!?」

困惑気味の部下からの報告を受け、通信を切るとダコスタはレセップスへと急いだ。話を聞けばイザークはハンガーに収めていたデュエルに勝手に乗り込んで無理矢理出撃して行ったという。

「なぜハッチを閉じなかった!?」

「それがオープンで予めロックされたままデュエルに飛び乗られ、成す術なく……!」

ハンガーで整備兵に詳細を問いただせば、イザークは昼食時に手薄になったハンガーに忍び込むようにしてハッチを展開しデュエルに乗ったという。ダコスタ太い眉を寄せた。小賢しい真似を、と唸るも部下の前で取り乱す訳にもいかず平静を装う。

「どうしましょうか、オーカーで追いますか?」

「いや、まずヘリを出せ」

上空から探せ、との命令を出しつつダコスタは考えた。

先程の隊長室でのイザークを見れば、アークエンジェル及びストライク撃破という手柄欲しさに焦っていることは良く分かった。ゆえに先走るあまり単身アークエンジェル探索のために砂漠のほうへ行ったのだろう。

それにしてもバカなヤツだ、とダコスタは目線を鋭くする。宇宙用のただでさえ重いアサルトシュラウドを装備したままのデュエルが大気圏でまともに動けるはずもない。

 

案の定、イザークは機体の重さと重力という存在にコクピットの中で汗を流していた。

アークエンジェルのおおよその降下地点は基地で捕まえた兵士に聞きだしたため、そこを目指してデュエルに乗ったは良いが砂に足が取られて思うように前に進めない。バーニアを噴かせて姿勢制御を試みても思うように飛び上がれすらしない。

「くっそ……これでは足つきに辿り着けないではないか!」

ガクッ、とつんのめりそうになり、両手でレバーを握りしめてイザークは呻いた。一秒でも早くアークエンジェルを討たなければならないというのに、と歯を食いしばってデュエルを前進させる。

 

ダコスタはヘリから南西5キロの地点でデュエルを捕捉したと連絡を受け、ジン・オーカー3機とモビルスーツ運搬用トレーラーを4台出させた。

ヘリで上空から基地へ戻れと言っても大人しく従うとは思えないため、確実に連れ戻すためだ。

 

ダコスタから指示を受けた3名のパイロットは、デュエルを捉えるとトレーラーの荷台からジン・オーカーを起動させた。

デュエルへ向かい前進しつつ、イザークへ回線を開く。

 

「イザーク・ジュール、今すぐ機体を停止させ我々と共に戻れ」

 

呼びかけに、オーカーが追ってきていることに気づかなかったイザークはハッとして状況を確認した。後方から3機のオーカーが迫ってきている。恐らくはダコスタの差し金だろう。露骨に顔をゆがめた。

 

「うるさいッ! 貴様たちに指図される覚えはない!」

「明らかな軍規違反だぞ、ジュール!」

「足つきを沈めさえすれば、そんなもの関係ない!」

 

ブツッ、と通信を切られてパイロットの額に青筋が立った。

勝手な行動は軍規違反以前に死を招くのだ。少し熱くなって前へ出ただけで死ぬこともある、と昨日の偵察戦で戦死したメイラムの事を浮かべて歯噛みするも感情的になるわけにもいかずスッと深呼吸をする。

「では指示通りサンドは右、パブルは左からデュエルを押さえてくれ」

僚機に告げて自身も仕事に取り掛かる。戦闘となれば地の利があるオーカーでさえXナンバーには不利というのは昨日の戦闘で明らかになったものの、眼前の愚鈍な動きを晒すデュエル相手ではその心配はない。ましてイザークは自軍の兵士。取り押さえても攻撃まではしてこないだろうという安心感から3機のオーカーは淡々とデュエルに追いつき、指示を受けた2機のオーカーはデュエルの胴体を拘束した。

 

「な、何をする!?」

 

まさか本気でエリートたる自分を拘束するとは思っていなかったイザークは驚き、抗おうとする。だが機体を砂地に横倒しにされ、腕と足を両側から2機で押さえつけられてはいくらXナンバーと言えど抗う術などない。何より重くて動かせず、イザークが屈辱に喘いでいるとデュエルの前にもう1機のオーカーが降り立ってコクピットからパイロットが出てきた。そしてパイロットスーツの背のスラスターを噴かせてデュエルに飛び乗ると、コクピットの前に立ってこう言い放った。

「出てこい、イザーク・ジュール」

その様子はデュエルのモニターに鮮明に映っており、イザークは瞳を屈辱の色で染めていた。

 

──なぜ一般兵ごときに、エリートの自分がこんな扱いをされなければならないのか。

 

そう思うも、このままコクピットに閉じこもっているわけにもいかない。しかも悪いことにトレーラーが周りを取り囲んで続々とザフト兵が集まってきてしまった。

 

観念したイザークは渋々とデュエルのコクピットを開いた。

そうして出てきたイザークは眼前のパイロットを睨み付けていたが、パイロットの方は構うことなくイザークを拘束した。

「離せ貴様!」

「暴れるなよ、落ちるぞ」

腕を振りきろうとしたイザークを無視してパイロットはデュエルから飛び降りた。2人程度なら背のスラスターで十分着地の衝撃を緩和できると踏んだのだ。着地と同時に周りにいたザフト兵がイザークを引き連れてトレーラーへと連れて行く。

ふう、とパイロットが息を吐くと、デュエルを拘束していたオーカー2機のうちの1機、サンド機のコクピットが開いて問いかけてきた。

「おーい、グリット! どうするんだこの機体?」

「ああ、俺がやる」

パイロット──グリットは振り向きざまに再びスラスターを噴かせてデュエルに飛び乗り、コクピットのシートに座って手早くデュエルを起動させた。

「へぇ、コイツの内部はこうなってるのか……」

興味深くデュエルを操作しつつトレーラーの荷台に収めると、グリットは放置していた自身のオーカーに戻ってそれも荷台へ収めて基地へと戻った。

そうして「イザークを連れて来い」とのダコスタの指示を受け、副官室へとイザークを連行すると仁王立ちしたダコスタにイザークを置いて下がれと命じられ、グリット以下はイザークを残して副官室を去って部屋はダコスタとイザークの二人きりとなる。

イザークは相も変わらずダコスタを睨みつけていたが、目を吊り上げたダコスタはお構いなしにツカツカとイザークに歩み寄ると目にも留まらぬ速さで右の拳を繰り出した。

刹那、イザークの身体が吹っ飛ぶ。

床に身体を叩きつけられて数秒、イザークは自分の身に何が起こったのか理解することが出来なかった。左の頬に痛みが走り、口内に鉄の錆びたような血の味が広がっている。

「な、殴っ、た……?」

ゆっくりと頬を押さえ、呟いた。生まれてこの方、他人を殴ったことはあっても殴られたことは一度たりともなかった。理解した途端、膝を起こして激昂する。

「貴様──、何をするッ、この俺を殴るなどと……!」

「なぜ殴られたか分からないのか? 誰が出撃許可を出した!?」

なおも目をつり上げて睨み下ろすダコスタに負けじとイザークも立ち上がった。

「貴様の許可などいらん! この俺が足つきもストライクも沈めてやればそれで任務達成だろうが!」

「それで宇宙用の機体そのままで飛び出てオーカーに拘束された訳か。さぞ良い的だろうな、そのまま足つきに辿り着けていればの話だが」

「何だと……!?」

「勘違いするなよイザーク・ジュール。お前はあくまで一兵士でありパイロットだ。お前一人を育成するため、乗せる機体のため、プラント市民の税がどれだけかけられていると思っている? 無謀な攻撃がしたければ今すぐ軍を辞めてテロリストにでもなることだな」

冷笑され、イザークはきつく歯噛みした。そのせいか殴られたためか、口の端から血が流れ出している。

 

「何が勘違いだ何が! 俺は、赤だぞ! 赤を許された、選ばれた人間なのだぞ!?」

 

勘違いするな、と釘を刺してもまだ赤だ何だと言っているイザークに説教の意味はないのだろうか。ダコスタは太い眉をピクリと動かすと、イザークの胸ぐらを掴んで軽く持ち上げた。

「で、その選ばれたはずのお前は自身の行動を振り返ってどう考える? 仮に今回の行動が命令違反じゃなかったとしよう、なぜ宇宙用の機体で飛び出して行った? 重力は計算に入れたのか? どう戦うつもりだった?」

問われて、イザークは息苦しさに喘ぎながらもダコスタを睨み付けた。しばらくして解放され、数回噎せ返ってから顔をあげて力の限り叫ぶ。

「ヤツら、ナチュラルには良いハンデだろうが、そのくらい!」

瞬間、二打目の拳がイザークの左頬に入った。

「そんな傲りでいつも戦っていたのか? お前は! 今もお前の勝手な行動のせいで整備班は除砂作業に追われてるんだぞ!? ──クルーゼ隊の隊員に心底同情するよ、さぞフォローも大変だっただろうとな」

再び床に倒れ込んだイザークをダコスタの鋭い眼光が見下ろしていた。黄褐色の瞳が怒りに揺れ、さながら虎の目のようだった。

イザークはこれ以上ないというほどの屈辱に肩を震わせていた。ダコスタの言っている事は事実だ。あのまま運良くアークエンジェルまで辿り着けていたとしても、動けないままアークエンジェルの艦砲の直撃を受けて死ぬのがオチだ。どう戦うかなど考えてもいなかった。自分のようなエリートに戦術など関係ない──そう思っていた部分もあるが、何より焦っていたのだ。おそらく、エザリアからの通信を受けたせいで。

 

「貴様らのような凡人に俺の何が分かる? ええッ!? 俺はイザーク・ジュールなんだぞ、エザリア・ジュールの、母上の遺伝子を継いだ……!」

 

絞り出すような声でイザークは唸った。本国でエザリアが自分をナチュラルに劣るような出来損ないだと思い、また思われている。そんなことに耐えられるはずもない。

「それがどうした」

「ど、どうした……だと?」

「特別扱いしろと言うのか? クルーゼ隊ではそれで通ったかもしれないがここではそうはいかないぞ」

「何を……!?」

「いいか、お前はこの隊にいる限り私の指示に従う義務がある。そして、今回のお前の勝手な行動の責任は私が取ることになる。それがどういう事だか分かるか?」

ダコスタは座り込んでいたイザークの腕を引っ張ってその場に立たせた。

「赤を着ていると、凡人ではないと言うのならその責任を果たせ。着ている軍服の色が他と違うということは、それに伴う責任も大きくなるんだ。権限だけを主張するのはただの甘ったれだ。エザリア・ジュールの息子だと自負しているのなら、その意味をちゃんと考えろ」

「責任……、意味だと?」

「差し当たって、お前は今日から十日間のトイレ掃除だ」

眉を寄せたイザークにダコスタが淡々と言い放ち、イザークは空を切るような大声をあげた。

「トイレ掃除だと、この俺が!?」

「口のきき方に気を付けろと言ったはずだ。本来なら営倉入りのところだ、感謝しろよ」

「くッ……!」

「返事は?」

「……。りょ、了解しました、ダコスタ副官」

もはや反論は無駄だ。無視してもこの四面楚歌のような状況では無理だろう。屈辱を隠さない表情のままイザークは憎々しげに呟いた。

「それと一つ課題だ。この砂漠であのデュエルをどう使えばいいか、考えてこい」

まるで幼子を諭すようなダコスタの物言いにもイザークは更なる屈辱を覚えたが、何とか耐えて返事をするとそのまま副官室を出た。

 

ダコスタはイザークが出ていくと一つ深いため息を漏らした。

こんなバカなことをいちいち報告しなければならないのか、とうんざりして眉を歪めつつもバルトフェルドの元へ向かうとバルトフェルドはダコスタが隊長室に足を踏み入れた瞬間から笑い転げていた。

「いやー、さっそく大変だったねぇダコスタ君! クルーゼもまさかアフリカで部下がバカやってるとは思いもしないだろうなぁ」

「笑い事じゃないですよ、隊長。こんなのどう上に報告するって言うんですか」

「んー、そうだね、プラント市民にあんなの見せたら士気が下がっちゃうよね。どうせなら違う子に降ってきてもらいたかったよねぇ、ほら、クルーゼ隊のそれも赤であの隊にしては良い眼をしたパイロットがいたじゃない!」

着任式の映像を観ただけけどね、とバルトフェルドが言えば露骨にダコスタの瞳が曇った。

「隊長が目に留めたようなパイロットなら宇宙から降っては来ませんよ」

「……それもそうだな」

笑いを収めて、バルトフェルドも神妙な表情を浮かべる。デスクに置いていたコーヒーを手に取り、一口付けてからダコスタを見上げた。

「先日の低軌道会戦で、ショーン・ブラウン君が戦死したそうだね。君の様子がおかしかった理由が分かったよ。……残念だ」

ピクッ、と報告書を持つダコスタの手が撓った。

「隊長、私は別に……」

「いやいや、僕も君が親友の仇討ちで冷静な判断が出来なくなるとは思っていないよ。だが……今も僕の部下でいてくれていたらと、無念だよ」

「アイツはずっとクルーゼ隊に入りたがってましたからね。給料が良いからと」

傍目には分からない程度にダコスタの眉が歪んで憂いを湛えた。

バルトフェルドも眉尻を下げる。

「プラントにナチュラルのお祖母さんを連れて来てたんだっけ?」

「ええ、元々シングル家庭で……母方の祖母と共にプラントにあがったせいでショーンの母さんもあまり良い職に就けないうえ肩身の狭い思いをしていましたから」

「ショーン君が稼ぐしかなかったんだっけ? その理由がなきゃ、よりによってクルーゼ隊なんかに転属許可なんか出さなかったよ僕は。ヤだねぇ地上じゃコーディネイター迫害、プラントじゃナチュラル迫害」

あーヤダヤダ、と駄々っ子のように首を振りつつコーヒーを一気飲みするバルトフェルドにダコスタは肩を落として報告書をデスクに置いた。

「ですから、バナディーヤには隊長が必要なんですよ」

「うん? ま、そうだね……このイザーク君の件だけど、"エリート様でも手を焼く砂漠です"って物資の増援をジブラルタルにねだる口実としては使えるかもね。──なんだ、役に立つじゃない!」

バシ、とデスクを叩いておどけてみせたバルトフェルドにダコスタは微かに表情を緩めた。それは部下の前では見せることのない表情だ。が、すぐに表情を引き締めて必要事項を手短に話し、敬礼すると隊長室を後にした。

廊下を歩きながらダコスタはイザークが事を起こす前に副官室で読んでいたメールの事を思い浮かべていた。

ショーンからの、最後のメールだった。

文面にはおくびにも出さないが、ショーンは大規模な作戦の前には決まってメールを送ってきていた。それは緊張を解くためなのか、最後の言葉を残しておきたいからなのか分からなかったが、メールが来る度にダコスタは宇宙を見上げて戦闘に向かう友を思った。

あの日もそうだ。ザフトと連合が低軌道上で戦闘をしていたあの時。見上げた空は両軍の残骸が傍目には美しい流星となって大気圏に落ちてきていた。その後、戦闘をしていたのはクルーゼ隊だと聞いて嫌な汗が噴き出し損害状況をいち早く調べた。

 

あの胸を打つような一閃はショーンからの別れの挨拶だったのか、と友の戦死を確認して唇を噛みしめた。

 

望んで戦場に出たわけではない。しかし、稼ぐにはこの方法しかなかった──とダコスタは幼い頃のプラントでの風景を思い返した。

ヤヌアリウス・ナインの安アパートの隣同士、ショーンとは小さい頃から共に育った。ダコスタの家も貧乏していたが、地球でのコーディネイター迫害から逃げるようにプラントへ上がってきたショーンの家は更に輪をかけて苦しかった。迫害から逃れてプラントへ移り住む一家など珍しくもないことだったが、ショーンの家が周りと違っていたのはナチュラルの祖母を連れてきていた事だ。

プラントにもごく少数だがナチュラルはいる。まだ10代の一世代目コーディネイターの子を持つ親や、家族ぐるみでプラントに越してくる一家などだ。しかし、プラントでは基本的にコーディネイターはナチュラルに勝る存在として教育されるし、実際に能力の平均値は高い。そんなプラントに、精神的にも肉体的にもナチュラルが混ざるというのは難しい事だった。

ナチュラルが家族にいるだけで、周りは色眼鏡で見る。ショーンの家も例外ではなく、ショーンの母は仕事に困り幼いショーンと祖母を抱えて難儀していた。

その母親の背を見て育ったショーンは必修義務教育学校であるコンパルソリー・スクールを卒業すると軍アカデミーに入り軍人となることを決めた。軍のアカデミーなら、政府がバックアップしてくれるし給料も入る。何より、実力主義の世界というのも偏見に満ちた環境で育ってきたショーンには魅力でもあったのだろう。

ダコスタも同じ道を取った。友と同じ道を、という訳ではない。無数の道の中から選べるほど裕福な環境にいなかったのだ。

 

当時、ザフトは"軍"としてはまだ産声を上げたばかりの赤ん坊のようなものだった。

水面下で密かにプラント防衛組織として動いてはいたが、正式な軍としての編成はまだ手探り状態。いつか"ザフト"として、一国家として独立をするというのはプラントの悲願であったが、理事国の監視の目は厳しかったからだ。

なるべく穏便に、出来れば血を流すことなくそれが実現すればいいと誰もが思っていたが現実はそう甘くはないことも、いつか訓練が本番となる可能性が限りなく高いことも皆分かっていた。

 

そして、最悪の形でそれは現実になった。

 

『任務と言われれば俺はやるよ。祖母ちゃんの故郷、撃つのは嫌だけどさ、今の俺は……プラント市民だからな』

 

開戦直後、ショーンは肩を竦めながらそう言っていた。ことあるごとに金、金、金は小さい頃からのショーンの口癖だったが、軍に入って以降それに"任務"の二文字が追加されていた。

ザフトの目的はあくまで独立であり、領土拡大戦を行っているわけではない。が、地上での物資確保は必要条件であり、ザフトは開戦後まもなくジブラルタル基地を拠点に黒海方面、アフリカ北岸への南下を開始した。アフリカ戦線──広義でそう呼ばれている今も続いている戦闘だ。そのごく初期に行われたエル・アラメインでの攻防戦において、既にバルトフェルド隊の副官として地上勤務に就いていたダコスタの部下としてショーンは降下してきてくれた。

厳しい状況で幼なじみが右腕となってくれた事はダコスタにとっては心強く、事実ショーンはジン・オーカーを改良したオーカー改で猛攻して勝利を収め、連合軍を退けたザフトはアフリカでの第一基盤を築いた。以後ザフトは連合軍ビクトリア基地制圧を目指して更なる南下を続けたが、バルトフェルド隊はリビア砂漠の都市・バナディーヤに駐屯することで補給線の確保とザフトのアフリカにおける勢力誇示及び治安維持、周辺との鉱床譲歩交渉にあたることとなった。

ちょうどその頃、宇宙ではクルーゼが多大な戦果を上げネビュラ勲章を授与されたというニュースで沸いていた。そうして新造したばかりのナスカ級軍艦ヴェサリウスを与えられたことにより、宇宙のクルーゼ、地上のバルトフェルドと名前だけが大げさに広がりつつあった。

しかしバルトフェルド隊は、隊長を筆頭にあまりクルーゼ隊を良く思ってはいなかった。なぜならコーディネイターにとって宇宙は庭であるが、地球──つまり地上はいわば閑職だったのだ。

家柄のあまり良くない出、いわゆる叩き上げのような存在ばかりを寄せ集めたバルトフェルド隊に対し、クルーゼの部隊は少数精鋭、エリートを集めた特殊部隊となっていたのも犬猿の理由の一つだ。それ自体はいつの時代のどこにでもありふれた話である。

そして、開戦後に軍に志願した現評議会議員の子息5人がアカデミー卒業と同時にクルーゼ隊に配属される事が決まり、クルーゼ隊は正真正銘のエリート宣伝部隊と相成った。

 

そんな時だった、ショーンがクルーゼ隊に転属願いを出したのは。

 

議員の子息を配属するに辺り、クルーゼ隊は部隊を再編。任務の一つに彼らの護衛を含めることで実力のみを厳選した部隊となることが決まったからだ。何より、その任務のおかげでクルーゼ隊の一般兵の給料は他の隊より格上、しかもモビルスーツパイロットとなれば一般に比べ破格のそれへと跳ね上がったのだ。

ショーンが転属を望んだ要因はそれだ。副官のダコスタと違い、一般兵待遇のショーンが家族のためにより良い給金を望むのはごく当然だろう。バルトフェルドは渋々ショーンの要望を承諾し、エル・アラメインでの激戦の功績を買われたショーンは希望通りクルーゼ隊に配属となった。

クルーゼは何よりパイロットとしての実力を認めてくれたのだとショーンはダコスタにメールで語った。ショーンの身の上を知った上での事だ。そのためか、ダコスタはバルトフェルドとは違いクルーゼに対してあまり悪い感情は持っていなかった。

持っているとしたら、宣伝部隊の代名詞である議員の息子達にだけだ。

確かに彼らが前線にいることは戦意昂揚にはなる。それは認めざるを得ない。しかし、その弊害は周りの隊員に来ることになるのだ。いくら給料が他より良かろうが理不尽な感は否めない。

アカデミーを優秀な成績で卒業したという触れ込みだったが、アカデミーを運営しているのが親な以上成績はどうとでも改竄できるものだし、実際に優秀であったとしても現場を知らないただのルーキーだ。即戦力となり得るはずもなく、結局は周りの練達揃いの隊員達がフォローすることになるのだろう。現にこの地上へ落ちてきたイザーク・ジュールが良い例だ。エリート意識ばかりが先走って周りの状況が冷静に見られない。

 

本当に親そっくりだ、と顔をしかめ副官室に戻ったダコスタはデスクに座り小さく首を振るった。

 

低軌道会戦で物量差のあるクルーゼ隊が辛勝したのは第8艦隊旗艦メネラオスとガモフが相打ちをしたからだというのは記録を見れば明らかだが、軍艦同士が相打ちという状況がそもそもおかしいのだ。加えて、イザークは都合良くガモフの大気圏突入用カプセルで降下してきた。状況証拠から推察するに、ガモフは大気圏に捕まったイザークにカプセルを届けると同時に無駄死にはすまいとそのままメネラオスと相打ちとなったのだろう。

いや、これは確信だ。とダコスタは思った。

ガモフの艦長は総員に退艦命令を出したとの事だったが、それでも全員が無事脱出できたとは限らない。イザークを生かすためだけにそれだけの犠牲を払った。任務なのだから仕方はない、が、まるで本人がその事を意に介していない風なのは腹立たしかった。

 

『ま、任務だしな』

 

ショーンなら、やはりそう言ってガモフの艦長と同じような行動を取ったのだろうか──とダコスタは幼なじみの口癖を思い出した。

 

 

この時のダコスタは、知らなかった。

 

ショーンが連合のモビルアーマーにやられることはまず無い。

腕の良さは、良く知っている。

だから、ストライクかメビウス・ゼロにやられたのだろうと思っていた。

まさかイザークを生かすという任務を全うするためだけに命をかけたのだとは微塵も考えていなかった。



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PHASE - 027 「謹んで……お受け致します」

ラコーニ隊のローラシア級はナッタの窓からアカネは初めて訪れるプラントを遠目に見ていた。

「砂時計……か」

なるほどうわさ通りの面白い外観だ。呟いて、窓に映っていた自身のスーツ姿を見つつ息を吐く。

 

『まさかその軍服で査問会に出る気ではないだろう?』

 

そんな言葉と共に、クルーゼは予め用意していたらしき黒のパンツスーツに着替えるよう言ってきた。

クルーゼの意見そのものは道理だ。他国の軍服を着てシーゲル以下評議会議員の前に立つのはアカネにも強い抵抗があった。が、つくづくクルーゼの思惑通りに動かされているようであまり良い気はしない。

「靴のサイズまでピッタリ……」

クルーゼはこちらの身体データも知っているのだろうから服や靴のサイズがピッタリであっても何ら不思議はない。が、どことなくゾッとしない。このシンプルなパンプスはクルーゼの趣味なのか? そもそも先日プラント本国に戻った際にわざわざこんなものを選んでいたのか? つい考え込んでしまい、アカネは靴を見下ろしながら頬を引きつらせた。

 

ディセンベル市の軍港にナッタを停泊させると自身とクルーゼを送りに出てきたラコーニにアカネは軽く挨拶をし、そのままクルーゼと共に首都アプリリウス市に向かうシャトルに乗り込んだ。

「どうかな? プラントの感想は」

「こんな形で来ることになるとは思わなかったから……、まだわからない」

間近に迫るアプリリウス・ワンを窓から見つめ、ほんの少し目を伏せながらアカネはふわりと浮いた黒髪を耳にかけた。

 

「ビクトリア基地は明日にも陥落と見込まれ、ユニウス・セブンへの追福となることが期待されています。続いて次のニュースですが──」

 

シャトルを降りてすぐ、ステーションのモニターからニュースキャスターの声が流れてきてアカネは全身で反応した。凝視した先のテレビに映っていたのは、モビルスーツ群と戦闘車。無数に飛び交う弾丸。

「カオシュンを落としたばかりなのに、次はビクトリア……か」

ちょうどニホンを出てきた日に聞いたニュースがカオシュン陥落というものだった、と思い返しながら顔をしかめる。

「ザフトは連合の宇宙港制圧大作戦でも展開するつもりなの? にしても、ビクトリアなんて……あの辺、益々危なくなるわね」

「君もアフリカ戦線には参加していたのだったな?」

「参加はしてないけど、現地には何度か調査で行ったわ」

問われてアカネは瞳を落とした。過去の戦闘などあまり思い返したくもない。同僚、部下、もう幾人も失っている──とアカネは苦い記憶を蘇らせながらショーンやゼルマン達をもだぶらせて振り切るように首を振るった。

「あの辺は色々と紛争も絶えないし、今も自衛軍は派遣されてるし……」

「気がかりか?」

「まあ、そうね」

頷いて心配げにアカネはモニターを見やり、クルーゼは口元のみで笑みを漏らすとアカネの肩を叩いてエレベーターの方へ促した。

居住区へ向かうシャフトタワーの長いエレベーターは透明な壁で仕切られており、街並みを見下ろしたアカネは「わ」と感嘆に近い溜め息を漏らした。瞳に映ったのは青と緑の鮮やかな色彩。プラント1基につき面積の約7割が水の園だとは聞いていたが、さながら湖に浮かぶ街だ。

「綺麗……」

透き通った湖に囲まれた街並みの至る所で萌えるような草木が彩りを添え、見る者の目を楽しませてくれる。

戦時中で、しかも食糧問題を抱えるプラントがこれほど美しく穏やかな国だとはアカネには全くの予想外だった。目を細めていると、附属のテレビからは透き通った歌声が流れてきた。何とはなしにそちらに目をやると、歌手のプロモーションビデオだろうか。桃色の髪を湛えた可愛らしい少女が風車のようなものをバックに祈るように歌声を捧げていた。

綺麗な声だな、などと思っていると居住区へ到達しエレベーターを出る。

「さて、観光は後にしてもらうよ。仕事だ」

そんなことを言うルーゼの後を追って最高評議会議事堂へ向かいながら、アカネは少しの緊張を覚えていた。胸元を押さえながら、戦闘に出るよりよほど緊張する、と深呼吸をする。ニホンで言えば閣議に放り込まれるようなものなのだ、緊張しないわけがない。

しかしながら査問会と言えど処置はもう決定しているのだろうし、形式上の報告を終えればニホンへ戻れるはずだ。ようやく帰国できるのだ──、とアカネは気合いを入れ直してピンと背筋を伸ばした。

警備の物々しい議事堂に足を踏み入れればすっかり見慣れた緑色の軍服のザフト兵がずらりと立ち並び、刺さるような視線を浴びながらアカネは中央会議場の中へクルーゼと共に入っていった。

中央の輪形テーブルには既に12人の議員が着席しており、ゴクリと喉を鳴らす。シーゲル・クライン、パトリック・ザラ……と一人一人の顔と名前を頭で一致させることで気持ちを落ち着かせ、会議テーブルより一段下に儲けてある長椅子にクルーゼと共に腰を下ろした。と、同時に首を捻る。テーブルの中心にはプラントの"ザフト"暫定国旗に加えニホンの国旗が飾ってあったのだ。

いくらニホン人がいるからとはいえ、たかが特尉の自分のために国旗を? と疑問に思うも自国の旗を前に気合いが入り直ったことは確かだ。

ザフトの暫定国旗は緑を基調に頭文字の"Z"を赤で染めて砂時計型プラントを模したデザインで、彼らの緑とこちらの白でなかなか調和がとれている。などと思っていると一人の議員が立ち上がった。

 

「では、これより臨時査問委員会を開始する」

 

紫色の軍服に身を包んだ彼は司会進行よろしくレポートを片手に査問の開始を告げた。

あの人がニコルの父親か、とアカネは立ち上がった議員を見上げた。ユーリ・アマルフィ、国防委員兼モビルスーツ開発の最高責任者だ。査問が軍絡みの内容なので司会役を務めているのだろう。

議題の中心は同盟軍規約の行使についての是非らしく、議論の参考にすべくブリッツとアストレイの模擬戦の様子がモニターに流された。

あんな動きをしていたのか、とアカネも興味深く観ていると議員達がそれぞれの意見を口にし始めた。

「同盟軍とはいえ、ナチュラルをモビルスーツに乗せるなど我が軍にとっては屈辱だ!」

「でも乗りこなしているではありませんか、こちらに協力して頂いたのは事実です」

この場に本人がいるというのにあからさまに敵意を剥き出しにしたジェレミー・マクスウェルにアカネが頬を引きつらせれば、直ぐにアイリーン・カナーバがフォローに入る。

このようにしてタカ派とハト派の論争が膠着して話が進まないのだとアカネが理解するのにそう時間はかからなかった。散々クルーゼ隊でも似たような光景を目にしてきたからだ。

一進一退の言い合いに割って入るようにユーリが立ち上がる。

「映像を見ても分かるように、クルーゼ隊の兵士とも渡り合える力を彼女が持っているのは事実であり、また、アストレイがアークエンジェルのジョシュア降下阻止に貢献した事はザフトにとって大きなものであると考えます」

自分の息子をそんな風に言ったユーリにアカネはほんの少し目を見開いた。髪はブラウンで顔立ちもあまりニコルとは似ていなかったが、優しげな目元、場を収める冷静な見解は成る程やはり親子なのだと思う。

「第8艦隊という物量的に見ても不利な状況にあったクルーゼ隊において、戦術立案をしたのも彼女という報告ですし……クルーゼ隊長の判断は妥当であったとの結論が国防委員では既に出されており──」

更に言葉を続けるユーリにアカネは若干首を捻った。外れてはいないが、誉めすぎだ。肩を持ってくれているのか? なぜ──、なにか裏が? と少々気構えて穏やかそうなユーリの顔を見つめていると議長のシーゲルから前に来るよう指名され、立ち上がって数歩前に進み出る。

元々アカネの乗っていたシャトルの入港予定表及び乗員名簿はプラントにちゃんとあり、それと照らし合わせてアカネがプラントへ入国予定であった事は疑いようがなく、簡単な事後確認と自身の所属機関をアカネは議員達の前で告げた。

シーゲルが復唱してアカネに確認をとらせる。

「ヘリオポリスへ緊急入港しようとしていた所、シャトルがアークエンジェルと接触。後にクルーゼ隊のショーン・ブラウンによって救助されてガモフへ緊急乗艦という報告だが、間違いはないかね?」

その声にシーゲルの左隣にいたパトリックの目が元来よりも鋭くなり、アカネは顔色を変えず肯定した。

「はい。間違いありません」

クルーゼ一人で画策したところでどうにかなる問題ではなく、それとなくこの件についてクルーゼに確認を取ってみれば彼曰く偽造についてはパトリックが同意しているという。予測できていたことであるし、国防委員長が承知しているとなればこの場で偽造を告発しても無駄ということ。根回しの必要なショーンやゼルマンももういないのだから真実を語る人間もいない。と考えるアカネの視線は無意識にエザリア・ジュールへと向かったが、シーゲルが口を開いた事でアカネは再び議長席へと目線を戻した。

「君の処置についてだが……既にニホン政府の承認も得、決定が下されている。私の口からよりも直接イチロー・アサノ首相から聞きたまえ」

は? とアカネは微かに眉を寄せた。自分への処置が決定済みで眼前の議論が茶番のようなものだとは半分悟ってはいたが、政府の承認を得たというのはどういう了見なのか。そうこうしているうちに、ピ、とモニターが切り替わり、映し出されたのは総理官邸の総理大臣執務室。デスクのバックには大きな日の丸が掲げられており、そこへ座っていたのは紛れもない現内閣総理大臣のアサノだった。

「総理──!」

アカネが目を見開くと、厳格そうな一国の代表然とした態度を崩さないままアサノは労うようにして微笑んだ。

「久しぶりだな、特尉。無事で何よりだ」

「は、はい……」

見知った声だ。同時にアカネは心底安堵した。疑っていたわけではないが、自身の生存とシャトルの件がニホンへと伝わっているという証明がされたも同然だからだ。加えて、なるほど、とアカネは理解した。飾ってある国旗は彼との会談のためなのだろう。所詮は自分などただの一兵士でしかない。物事は予定通り、自分のあずかり知らぬ所で着々と動いているのだ──と改めて実感しつつアカネはモニターのアサノを見つめた。

率直に結論から言おう、とアサノは話を切りだした。

「君にはザフトに残ってもらう」

告げられた言葉に、アカネは極限まで瞼を持ち上げた。

「──え?」

「クライン議長から出向という形で正式にクルーゼ隊に残ってもらうよう要請を受け、閣議でそれを承認した。今後も特尉はザフトに尽くし、両国のために働いて欲しい。いいかな?」

突然の事態に頭がついていけず、唇が震えて上手く言葉が発せない。ともかく返事をしなければ、と懸命に動かしてアカネはどうにか取り繕った。

「……総理のご指示であれば、それは……もちろん」

だが理解が追い付かず──アカネは求めるようにしてレポートを握りしめていたユーリの方を見た。どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべられ、次いでアカネはシーゲルとパトリックの方へ視線を向ける。むろん要請を受け、承認を得られればザフトに協力する事に異論はない。それが同盟を結んだ際の取り決めなのだから。しかし理由を説明してくれ、とのアカネの思いを受けるようにシーゲルが口を開いた。

「中立国オーブの裏切りによって、プラント市民は大きく動揺している。しかし我々は決して和平への道を諦めはしない。君の活躍はプラント市民、ニホン国民にとってまたとない光となるだろう」

アカネの背後でクルーゼが低く笑みを漏らし、アカネは微かに眉を寄せた。クルーゼが自分を無理矢理にアストレイに乗せたのは、ストライクのパイロットがコーディネイターであることを悟らせないためだとばかり思っていた。なぜかは分からなかったが、指示したのがパトリック・ザラなら──当然ストライクのパイロットが息子アスランの友人であることも知っているはずだ。隠したがるのもさもありなんだろう。だが、それだけならばやはり自分はもうお役御免なのではないのか? 先ほどユーリは国防委員会ではクルーゼの判断が妥当だったとの結論を出したと言っていた。事実、総理まで出てきた以上は結論と処置はもう決定済みなのだ。にも関わらず、議員間の意見は未だ割れて混沌としているのは目の前で見たばかり。ならば、なぜ結論が出たのだ? なぜ、ニホン政府はそれを承認した……?

──利害が一致したからか?

ニホン自衛軍は頑なに協力を拒否するザフト軍に対して思うところがあったはずだ。戦争をしている以上、同盟国の不利は自国の不利に繋がる。よって両国の連携強化は火急の課題だった。ならば……ニホンにもその名の伝わるラウ・ル・クルーゼの部隊に自身が居れば良いキッカケにはなるのかもしれない。連携も取りやすくなるはずだ。

ではザフトの、プラント側の利は?

 

『同盟軍とはいえ、ナチュラルをモビルスーツに乗せるなど我が軍にとっては屈辱だ!』

 

無礼極まりないが、タカ派の正直な意見はこれだろう。イザークも言っていたではないか、ナチュラルと同じ艦に乗っているだけで虫酸が走る、と。しかしそれは感情論だ。政治の場で最重要視されるのは国益だろう。──国益──? と、アカネは頭で絡み合った糸が解れていくのを感じた。

ザフトに拾われた時点で、内部を知ったという事実も含め国防委員会は自分をニホンへ戻す気などなかったのだ。

迂闊だった、と軽く唇を噛む。

議員兼国防委員のメンバーはユーリ以外は全員反ナチュラルの強硬派。気持ちよくニホンへ帰してくれるはずなどない。しかしながら当然、穏健派は国へ帰してやれと反論するだろう。ならば両者の妥協ライン、落としどころは? と一本に解けた糸はアカネに一つの結論を導き出させた。

強硬派にとってはクルーゼ隊に軟禁、穏健派にとってはナチュラル・コーディネイター間のいわば”バッファーゾーン”、そしてニホンにとっては──国家間の関係強化の人身御供。

なるほど、考えたものだとアカネは一人納得して軽く息を吐いた。

「及ばずながら、尽力致します」

シーゲルに告げると、アカネは再びアサノの方を向いた。モニター先のアサノも軽く頷く。

「ニホンで君の活躍を祈っている。無事、また会える日を楽しみにしているよ」

「ハッ!」

カツ、と足を揃え直してアカネはアサノに力強く敬礼をした。そのまま数歩さがってクルーゼの隣に腰を降ろす。

 

結局この査問の目的の8割はアカネに辞令を告げるためのものだったのか、間もなく査問会は終わりを告げた。

 

クルーゼがパトリックと話があるというので、アカネは一人中央会議場の出入り口付近に立って出ていく議員達を見送っていた。

入り口の方から紫色の軍服が見えてアカネが軽く敬礼をしていると、その人物はアカネの方へと近づき、立ち止まった。

「やあ、今日は大変だったね」

声をかけられキョトンとしたアカネの瞳に映ったのは優しそうに微笑む40代半ばごろの男性。

「アマルフィ議員……」

それがユーリだと確認するとアカネは一度頭を下げた。思惑はどうあれ、ユーリは過剰すぎるほど自分を誉め称えてくれていたのだ。

「先ほどはありがとうございました。色々とこちらに利のある発言をして頂いて……」

そんなアカネにユーリは、ハハハ、と軽く笑みを漏らした。

「私は事実を言ったに過ぎないよ。それに……息子がやたら君の活躍ぶりを事細かにメールで知らせてくれてね」

え? と耳打ち気味に言われアカネは思わずユーリを見上げた。

「ニコル……君が、ですか?」

「もちろん、その意見に左右された訳ではないがね。君には随分助けられたと言っていた。私からも礼を言うよ」

「そ、そんな……! こちらこそ、彼には助けて頂いてばかりで、その」

胸が詰まるような思いで、アカネは緩くかぶりを振った。

「そうですか……ニコルが」

噛みしめるように呟いて、ふわりと微笑む優しげな少年の姿を浮かべる。査問にかけられると聞いて、きっと心配してくれていたのだろう。気ばかり遣わせて申し訳ない思いと嬉しさが入り交じって、アカネはほんの少し眉を寄せながらも口元には笑みを浮かべる。

ユーリも微笑は絶やさずながらも心配げな色を瞳に乗せた。

「ニコルは、隊ではどうかな? 皆に迷惑をかけず元気でやっているだろうか……?」

「はい、元気です、とても。ニコルは……本当に優しくて勇敢で、彼がいなければ私もどうなっていたか」

精神的にも肉体的にも何度あの少年に助けてもらっただろうとアカネが告げるとユーリは、そうか、と安堵の表情と共に誇らしげな笑みを漏らした。

それを見てアカネも微笑む。良い親子なのだな、と素直に思えた。それだけに、ユーリの事情やニコルが夢を抑えても軍に入らざるを得なかった理由を考えると物悲しくもあった。

「ミス・アオバ」

ふいにスーツ姿の人物がアカネに声をかけてきた。

「クライン議長がお呼びです。こちらへ」

「あ、はい」

秘書だろうか? 首を傾げつつもユーリに挨拶をする。

「では、失礼致します。アマルフィ議員」

「また君とは是非ゆっくり話をしたいものだな」

緩く笑ってユーリはアカネに背を向けた。その背を見送って、アカネは秘書の後を追う。

シーゲルは奥に国旗を掲げた広場のような場所に一人佇んで国旗を見上げていたが、カツカツとヒールの音が近づくのを耳に入れたのか静かに振り返った。優しげで哀愁を帯びたような瞳と目が合い、アカネが敬礼をする。

「お呼びでしょうか、クライン議長閣下」

後ろ手を緩く組んでいたシーゲルは腕を降ろし、あまり堅くならないよう促してきた。

「アサノからいつも君たちの自慢話を聞かされていて、会える日を楽しみにしていた。こんな形になってしまったのは残念だが……嬉しいよ」

査問会時より柔らかな物言いに、アカネも少し肩の力を抜いて口元を緩めた。

「こちらこそ議長のお話はかねがね……お会いできて、光栄です」

「ニホンは……まだ肌寒い日が続いている頃かな?」

「は? あ……はい、そうですね。北の方はまだ雪が深く残っていると思います」

いきなり世間話を始めたシーゲルに狼狽えつつも返事をすると、シーゲルは遠くを見つめるような瞳をしてしみじみと呟いた。

「雪、か……懐かしいものだ。私は北欧出身でね、雪景色というのは格別記憶に焼き付いているが、もう久しく見ていない」

コーディネイターは外見から出身地を推し量るのは難しいが、金髪にブルーアイ、年齢相応の皴が刻まれた白い肌を持つ彼はなるほど北極圏出身だと納得できるものだ。

瞳が哀愁を帯びているのは遠く離れた祖国への望郷からだろうか、とアカネも自身の祖国を懐かしく思った。査問が終わればニホンに戻れると思っていたというのに、これでは無事に帰れる保証すらないのだ。希望を打ち砕かれた分、失望も大きい。

政府の決定なら仕方のないことではあるが──とアカネが若干目を伏せると、シーゲルは一つ咳払いをして真剣な面もちを浮かべた。

「君たちの力が同盟締結の切り札となったのは今さら言うまでもないが、それでもなおナチュラルというだけで同盟軍さえも嫌悪する風潮がこのプラント全体にあるのは否めない。君も……嫌な目にもあっただろう?」

「い、いえ……そんなことは」

「隠さずともいい。愚かな事だよ……我々は所詮、作為的に作られた力しか持たぬというのに」

「議長……?」

労い、というにはあまりに自虐的なシーゲルの物言いにアカネは眉を潜めた。

確かに嫌な思いもした。が、それが全てではなかった──とクルーゼ隊で共に戦った同僚たちを思う。

大別すればコーディネイターとは選民意識が強く短絡的な所がある人種だと思ってはいるが、むろん全員なわけではない。コーディネイターとして生まれた事を嫌悪しているコーディネイターさえいるというのも知っている。

だが仮にも一国のトップがそれでは不味いだろう、とアカネが言葉に詰まっているとシーゲルは再び掲げられた国旗を見上げた。

「宇宙へと住処を移した我々の下の世代は狭いプラントしか知らない。こんな箱庭の空間で何も知らず、自分たちが優れた新しい種だと勘違いをしているのだよ」

「や、止めてください……! 確かに、仰るとおりの部分はあります。でも、私はクルーゼ隊でかけがえのない戦友達を得ました。初めは反発されもしましたが、共に戦い、歩み寄れたと思っています」

コーディネイターの肩を持つ気は全くないが、こうもへりくだられるのもまた気分の良いものではない。アカネが言えばシーゲルは面食らったような表情を浮かべ、自嘲気味に口元を緩めた。

「そうだな、申し訳ない。だが歩み寄る機会さえ我々にはほとんどなかったのだ」

「あ……」

ナチュラルに会うのは初めてだ、と言っていたニコル。自分たちの大部分は地上に降りる機会がないからよく知らないんだ、とショーンも言っていた。確かにナチュラル排斥の色が濃いプラントの現状はシーゲルの言うとおりなのかもしれない、とアカネが眉を寄せるとシーゲルはアカネを正面から見据えた。

「先ほど査問会で言ったことは私の本心だよ。アカネ、君にはそのまたとない機会となってもらう」

目を見開いたアカネにシーゲルはなおも言葉を続けた。

「薄々気づいてはいると思うが、クルーゼ隊というのは軍の宣伝という役割も担っているのだ。そこへナチュラルの君が入り、ザフトのために力を尽くす。プラント市民がそれを目の当たりにすれば自然ナチュラルへの偏見は溶けていくだろう。ニホンへの信頼も深まる。ニホンでもそれは同様だ」

「総理もそれを望まれている、という事ですか」

頷くシーゲルに、アカネはシーゲルの言わんとしている事を大体理解した。要するにプロパガンダとして利用するということだ。

「了解致しました。私でお役に立てるのであれば、後は議長にお任せします」

「済まない……気を悪くしないでくれ」

「いいえ、元々……そのために私は軍にいるようなものですから」

言いながらもアカネは若干寂しげな表情を浮かべ、シーゲルが首を横に振るう。

「いや、アサノは君たちの……君のことを国の誇りだと語っていた。私はこれが和平への第一歩だと信じているよ」

「私自身は、戦うことしかできません。和平とは最も遠い位置にいる人間です」

「それでも君が戦うことで道が開ける。だから決して死んではならないよ、アカネ」

謙遜したアカネに、シーゲルは一層強い口調で拳を握りしめた。

 

シーゲルにはシーゲルの思惑あってのことだ。まずアカネの救助報告があがった際、穏健派からはすぐにアカネをニホンへ帰すよう意見が出ていた。人道的立場からだ。だが当然パトリックを筆頭に強硬派が納得するはずもなく、彼らは同盟規約を全面に出してザフトで飼い殺しという案を出してきた。あわよくば戦死してもらおうという提案に穏健派が黙っているはずもなく、場を収めるためにシーゲルは強硬派の意見を呑みつつ上記の理由──和平への布石という事を穏健派に説明して案を呑ませたのだ。誰にとっても都合の良い落としどころだった。

が、シーゲルとしてはアカネに簡単に戦死されてしまえば市民のナチュラルへの偏見を解くという目的が果たせないどころか強硬派の目論み通りとなってしまい、それは断固として避けたい所である。

 

「死ぬつもりで戦場に出る者はいません。お約束は……出来かねますが」

 

シーゲルの思いとは裏腹に、こういう場合は素直に肯定するのが正しいのだろうが──と思いつつもアカネは困ったように笑みを漏らした。確証のない約束は嫌いだ、と軽く眉を寄せて一度目を伏せてからザフト暫定国旗を見上げる。

「ただ、ニホンはプラントの独立を心から祈っていますし、正式にクルーゼ隊配属となった以上、より一層そのために力を尽くす所存です」

「そのことだが……」

決意表明をしたところで話を締めようとしたアカネをシーゲルが遮るようにし、アカネは再び軽く片眉を寄せた。

「確かにクルーゼ隊長は正式に君の上官となる、明日にもそれは両国に伝わるはずだ。しかし……あくまで君は”特自のアオバ特尉”だよ」

良いね? と念を押されてアカネは生返事をした。言われるまでもなくそのつもりだが、なぜプラントの議長にそんなことを言われなければならないのか。やはり自虐癖があるのか? と首を捻るとシーゲルはこんな事を呟いた。

「確かに独立は悲願だ。だが我々はもっと……ナチュラルとの融和を進めるべきなのだ」

アカネは一度目を瞬かせたが、それへの詮索は控えた。プラントの内政など関係もなければ口出しする問題でもないからだ。

コホン、とシーゲルも咳払いをした。

「君は特自の徽章を持っているね?」

「はい」

「ではそれを軍服の襟に付けなさい。それと、君には帯刀許可を出そう」

「え……!?」

途端、アカネの目が見開かれたと共に精気を宿した。シーゲルがつられたように笑う。

「特殊歩兵要員の君が、モビルスーツのパイロットではあまりに不憫だからね。明日のユニウス・セブン追悼式典には外務副大臣が来られる予定だ、君の刀を持ってね」

本当か、とアカネの心が弾んだのも一瞬、ユニウス・セブンの話題を出されて喜ぶわけにもいかずそのまま礼とともに静かに頭を下げた。

 

一方、クルーゼとパトリックはサブ会議室の一角で顔を突き合わせ、話をしていた。

「それにしても、ナチュラルなどを君の部隊に入れることになるとは……。大気圏で派手に死んでくれていれば良かったのだがね」

クルーゼの監視下にアカネを置くと決めたのはパトリック本人であったが、ナチュラルに良い考えを持っていないパトリックからすれば気分の良いものではなく。憎々しげに言ったパトリックにクルーゼは、フ、と楽しげに笑った。

「ナチュラルでも使えるナチュラルもいる……、というのは閣下ご自身がよくご存じでは?」

ピク、とパトリックのつり上がった眉が動く。

「そうであったな」

頷いて、パトリックもまた含み笑いを唇に乗せた。

「あの娘の監視、くれぐれも頼んだぞ……クルーゼ」

「ハッ、お任せ下さい閣下」

そして二人は今後の議会での案件について軽く話をしてから会議室を出た。

 

「アカネ──!」

 

遠くから見知った呼び声が響いて、シーゲルと共にいたアカネは声のした方を向いた。クルーゼとパトリックが目に入り、反射的にアカネがパトリックに敬礼をすればパトリックはアカネを一睨みしてそのまま去っていった。

「では、クライン議長」

呼ばれているようなので失礼すると告げると、シーゲルは頷いてアカネの肩を軽く叩いた。

「休暇になったら一度私の自宅へ来たまえ。まだ君には話があるのでな」

ごく小さな声でクルーゼに聞かれないよう言うと、シーゲルは返事も待たずにそのままパトリックの行った方角へと足早に去っていった。アカネが敬礼したままシーゲルの背を見送っていると、クルーゼも自身の前を通ったシーゲルに敬礼してシーゲルが去るのを待ってからこちらに向き直ってきた。

ゴクリ、とアカネは喉を鳴らす。今後は表向きクルーゼ隊所属となるのだ。つまり、クルーゼは上官。スッと息を吸い込むと、アカネは決意したようにクルーゼの前に進み出、姿勢を正して鋭く敬礼をした。

「宜しくお願い致します、クルーゼ隊長!」

顔つきも声もいつものそれとはガラリと変えたアカネの鋭い目を見つめながらクルーゼはおかしくてたまらないといった風に喉から、クク、と低い声を漏らした。

一体なんだ? と言い返したいアカネであったが、上官ともなればそうはいかない。

「あ、あの……」

「そうだったな、君は正式に私の部下か」

口元を押さえて、クルーゼは軽くアカネの右肩に手を乗せる。

「無理をする事はない。今まで通りで構わんよ」

え? とアカネが首を捻ってクルーゼを見上げれば仮面の下の口元は、ニ、と釣り上がっていた。

「二人だけの時は、な」

一言ささやくと、彼は踵を返して歩き出す。アカネはその背を追って、クルーゼの揺れるウェーブの金髪を眺めていた。今まで通りでいい、ということは上官と部下という関係でなくイーブンでいたいということか? と頭を捻る。シーゲルといいクルーゼといい、物事はもっとハッキリ分かりやすく言ってくれと内心ため息を吐きつつ議事堂を抜ける。

そのまま二人は再びシャトルに乗って、ザフト軍本部のあるディセンベル市へと戻った。ディセンベル市は現国防委員長パトリック・ザラの出身地でもあり多数の軍関連施設が集中しているプラントだ。

今度はスーツ姿が浮いている、とアカネは頭を抱えた。ただでさえ仮面男と連れだっているのは目立つというのに、とアカネは入港時からの視線の針に耐えながら軍本部へと向かった。持参していたIDカードをザフトで使えるよう更新を済ませ、第5ブリーフィングルームに来るようクルーゼから指示を受けてその場へ向かう。

小さなブリーフィングルームではクルーゼと二人きりで、アカネはホッと肩で息をした。クルーゼと二人きりだというのに安堵している時点で自分は相当に疲れているのだ、と途方に暮れているとクルーゼはデスクにスーツケースのようなものを置いた。

「なに……?」

「開けてみるといい、君のものだ」

言われてケースに手をかけ、現れた中身にアカネは驚きのままに目を見開いた。

「これ……」

入っていたのは白いブーツに赤の軍服、パイロットスーツ。

「赤……? 私に?」

「気に入らないか?」

少し眉を寄せたアカネに、予想外の反応だと言わんばかりの声色をクルーゼが出した。

「だってこれ、ルーキー用でしょ?」

答えにクルーゼが、くく、と喉を鳴らして腰に手を添える。

「不満か。だが君はザフトではルーキーも同然だろう? ましてパイロット待遇なら尚更だ」

「それは……そうだけど」

「ま、私としても副官格として君には黒を与えたい所だが……こちらも色々と事情があるのだよ。以前にも言ったが君は同盟軍の特殊機関所属の士官だ、それ相応の対応をしないと失礼にあたる──と議論の末のクライン議長の計らいだ」

つまり黒だと優遇しすぎとの声が出て、緑だと失礼だということでこれに落ち着いたということかとアカネは軽く息を吐いた。しかし極端に数の少ない赤など逆に目立つだけで厄介だ、とコメカミに手をやる。

するとクルーゼはいつもの抑揚のない声で言った。

「それに……私の隊の赤は本来5人なのでね」

唸っていたアカネは弾かれたようにクルーゼを見た。

「……マクスウェル議員の、ご子息……」

ラスティという自分と同い年の青年が隊にいたことはディアッカから聞いていた。ヘリオポリスで殉死したのだ、とも。

 

『同盟軍とはいえ、ナチュラルをモビルスーツに乗せるなど我が軍にとっては屈辱だ!』

 

ジェレミー・マクスウェルがザラ派の強硬派というのは知ってはいたが、感情的に荒れていたのも息子の死が原因の一つなのかもしれない。

「彼の分も君には働いてもらうよ、アカネ」

クルーゼには頷きながら鋭く言われ、アカネは返事に窮した。元々シーゲルが自分に望んでいることは"ザフトのために尽力するナチュラル"という宣伝図。ならば赤に相応しい赤らしい働きをしなくてはならないのだ。

赤として──、としっかり自分に言い聞かせてからアカネはそれを受け取った。

「謹んで……お受け致します」

フ、とクルーゼも笑う。

「さて、これから君はどうする?」

「え?」

「ラコーニの隊はツィーグラと合流して別の任へ就く。出航は1700、乗員は11番ゲートにて乗艦。私たちは休暇だ、ヴェサリウスはランデブーポイントまでツィーグラと共に来るだろう。……観光でもするか?」

持って回った言い方だが、アカネにはクルーゼの言いたいことは直ぐに分かった。そして小さく首を横に振るう。

「わ、私……行く……!」

ヴェサリウスを迎えに行くか、残って先に休暇に入るか選べという事だ。

「ならば、そのパイロットスーツをロッカーに収めてくることだな」

クルーゼ隊のこと──もう関係ないのだからとなるべく考えないようにしていたが、全て放りだしたままなのだ。溶けかけたアストレイもそのまま。きっとデューイが怒っている。アデスに挨拶も出来なかった。何より──ニコルに会って一刻も早く礼が言いたかった。

 

スーツケースと自身の荷物を持って更衣室に入ると、アカネは初めてザフト軍服に袖を通した時とは違う、新たな気持ちで受け取った軍服に袖を通した。

白いブーツに足を通し、上着を羽織る。襟を詰めて一通り着終わると一度鏡を見た。すっかり見慣れた赤い軍服だが、自分が着ていると妙な感じだと思いつつバッグから小さなケースを取り出す。特別情報工作機関所属の証である菊花徽章が収められたケースだ。開けて、ふ、と誇らしげに口元を緩めると軍服左胸上部の黒襟部分に徽章を付けた。

 

「ナッタ発進は定刻通り。搭乗員は11番ゲートより速やかに乗艦──」

 

アナウンスが響く中、ゲートよりナッタへ乗り込もうとすると入り口で搭乗員名簿を付けていた兵士に呼び止められ、アカネは仕切りに手をかけてその身体を止めた。

「あの……」

見慣れないうえ赤服を着ているからか、かしこまる兵士にああと向き合う。

「クルーゼ隊所属、アカネ・アオバ。乗艦許可は取っているはずですが」

「あ、はい! いま確認を……」

IDカードを差し出して確認してもらうと、失礼しました、と兵士は敬礼をし、アカネも敬礼を返してそのままゲートをくぐった。

 

 

C.E.71──開戦からちょうど丸一年が経つも、依然として世界は戦禍の渦に飲み込まれたまま、戦いの道をどこまでも堕ちようとしていた。



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PHASE - 028 「ずっとお礼が言いたかったの」

C.E.71、2/14。

ユニウス・セブンの悲劇を弔うようにザフト軍は連合軍ビクトリア基地を猛攻、ついにこれを陥落。

そのニュースはユニウス・ワンで行われていた血のバレンタイン追悼式典への追福となった。

 

「被害者のご遺族並びに同盟国代表者の御列席を得て、ユニウス・セブン追悼式典をここに挙行いたします。この痛ましい事件から一年の歳月が過ぎ去り、私たちは──」

 

最高評議会議長式辞が贈られる中、参列者が哀悼の意を表する。

 

ニホンでもまた同盟国の悲劇を自国の歴史を顧みつつ厳粛に受け止め、黙祷が捧げられた。

同時に総理官邸ロビーにて記者会見が行われ、プラントとの関係強化及びアカネに対しての同盟軍規約の行使をアサノ自ら国民に発表した。

「開戦から一年──情勢が激化しようとも我が国は独立を守り抜き、盟友プラントの独立を支援して共に未来を勝ち取るという姿勢はなにも変わらない。むしろ我々の関係はより強固となったと言えるだろう」

アサノの背景のモニターにはザフトから提供された映像データのうち、アークエンジェルの驚異的な戦闘能力をクローズアップした部分が映し出される。アサノは声を強めて拳を握りしめた。

「先日の防衛アカデミー生徒搭乗機沈没という痛ましい事件の引き金となったこの新造戦艦がオーブ領ヘリオポリスのモルゲンレーテ社で連合軍のために製造されていたという事実。青葉特尉がアラスカはジョシュアへの降下阻止に貢献して量産を未然に防いだ事は彼らへの追善となり、引いては本土防衛に大きく影響すると確信している。今後はザフト軍クルーゼ隊の一員として両国のために力を尽くす彼女に私は国を代表してエールを送りたい」

そして映像はアストレイの大気圏限界点間際の戦闘に切り替わり、アサノが一通り言い終わるとカメラはプラント本国にいるシーゲルへと繋がった。

議長席に座るシーゲルが遠くニホンへ向けて語りかける。

「ニホンの皆さん、プラント最高評議会議長のシーゲル・クラインです。我々は我々をコーディネイターという理由だけで核を撃ち込んできた者達には決して屈しない。ニホンの、そして自衛軍、アオバ特尉の協力をプラント市民は心より感謝すると共に必ずや両国にとって良い結果となる事を信じています」

両国の首脳がモニター越しに挨拶しあう形で会見は終了し、血のバレンタインの一回忌に重なった事も含めてニホンも、そしてプラントもこのニュースで大きく揺れた。

 

黒を基調とした軍服の襟元にアカネと同じ菊花徽章が光る青年達が雁首を揃えて話し合う。

 

「おーい、総理の会見観たか? 青葉特尉もツイてるようでツイてないよな、生存が確認された途端にザフト軍人だ。ありゃどう見ても人質じゃん?」

「ま、ザフト内部ではそう考えている勢力もあるだろうな。だが、それを逆手に取るのがコッチの常套手段……だろ?」

「まーね。連中、宇宙に閉じこもってるから分かんないんだろうねぇ──"アカネ・アオバ"って存在の意味を、さ。生きてたって聞いた時はやっぱ青葉だなーって感心しちゃったよ」

「そう簡単には死ねない宿命、か。それ彼女に言ったら斬られるぞ?」

「そりゃ勘弁、と。……どっちにしろ俺たちも本格的に忙しくなりそうだな、例のアクタイオン社の落とし物の件といい、連合軍内部に深入りできる機が熟しつつある」

 

ニホン国民の反応は様々だったものの、シャトル接触事故で国防に危機感を募らせていた状態での発表。さらには血のバレンタイン追悼日と重なった事もあり概ねアサノの判断を支持する形となった。

プラントでは依然ナチュラルそのものに対する嫌悪感や蔑視の思いも強く、それは同盟国の人間相手といえど変わらなかったためアカネのクルーゼ隊入りという一連の発表はどよめきと共にプラント市民の意識に波紋を投げかける事となった。

 

「はじめに血のバレンタインの犠牲者、そして最愛の人を失われた方々に対し深い哀悼の誠を捧げます。この惨状から立ち直り、独立を勝ち取ろうと闘っているプラントへの私たちの支援はいささかも揺るぎません」

 

テレビからアサノのプラント向けの演説が流れてくる。

ユニウス・セブン追悼式典から戻ったパトリック・ザラは、ディセンベル・ワンのザフト軍本部国防委員会委員長室にてシーゲルとアサノによる声明をニュースで一目見たものの、プツ、とすぐに電源をオフにして顎を両肘で支えて深いため息をついた。

デスクに飾ってある写真立ての方へゆっくりと目線を流し、在りし日の妻レノアと幼いアスランを収めたそれへ静かに手を伸ばす。

「なぜ薄汚いナチュラルどもなどと手を組まねばならぬ……!」

レノアの顔辺りを寂しげに一撫でし、沸き起こる憎悪と哀しみで縁を握る腕を震わせながらパトリックは唸った。

 

「この世を統べるのは、我らコーディネイターだ──!」

 

アスランもまた、ヴェサリウスの自室で一人レノアの冥福を祈っていた。

もう大切な人を失うのは二度と嫌だ──、そう思っていたのに唯一無二の親友と戦場で再会し、剣を交え。それでも生き延びてくれれば良い、この戦争さえ終わればまた元の二人に戻れるはずだと低軌道会戦の際に地球に降りていくアークエンジェルを見て思ったというのに、今ごろキラはまだ同胞であるザフト軍に追われているのだ。──そう思うと酷く胸が痛んだ。

「あの時、アストレイさえいなければ……!」

アカネは明らかに自分をキラに近づけさせない策を打ち出していた。おかげでキラのそばには行けず、結果としてアストレイがアークエンジェルのリビア降下に決定打を下した事を憎々しく思う。

「ナチュラルなんかに……なぜナチュラルなんだ……キラ!」

母親の死、ナチュラルの友を選んだキラ、アカネの存在。錯雑した鬱悶に苛まれ、アスランはベッドに腰掛けたまま強く拳を握りしめて自身の膝を力任せに叩いた。

 

その日の夜遅く、アプリリウス・ワンのシーゲルから呼び出しを受けていたクルーゼはようやく自身の隊長寮へと戻っていた。

ピ、と部屋の電気を付けてだだ広く無機質な居間を見渡す。手に持っていた大小3本のニホン刀を静かに床に置くと、そっと顔半分を覆っている仮面へと手を伸ばし、静かに外して窓を見やった。

鏡のようなガラスに映るのは見慣れた自分の姿。自然、憎悪が込められていく瞳の色をクルーゼはただ黙って見つめ、それからゆっくりとニホン刀のほうへ視線を移した。

「アカネ・アオバ、か……」

その持ち主となるべき人物を浮かべたクルーゼの瞳からは憎悪の炎が薄れ、どこか憧憬を追い求めるような色さえ垣間見せた。そしてそっと刀を手に取ろうとする。

「君は……ッ」

しかし、言葉を紡ごうとした瞬間にクルーゼの瞳は再び憎悪で染まった。柳眉を寄せ、胸元を力任せに押さえつけながら激痛に耐えるかのように唇を強く噛んで力無く膝を付く。

程なくして元の静けさを取り戻すまで、しばし無機質な空間には不似合いな荒い息が流れ続けていた。

 

 

数日ぶりに見るヴェサリウスは相変わらずの空色で、やはり目立ちすぎる、とアカネはナッタのランチからおよそ軍艦には似つかわしくない色のナスカ級を見て軽く肩を竦めた。

ヴェサリウスのベイからランチが収められ、アカネと入れ違う形で多数の隊員達がランチに乗り込んでいく。ガモフの残存兵のうち半数はラコーニ隊とポルト隊にそれぞれ転属の辞令が下っていることはアカネも聞いており、顔見知りの兵士も数名いて互いに敬礼しあってその場を離れた。

ランチ収容場はモビルスーツのハンガーとは別区画になっている。ゆえに整備兵の姿は見あたらず、ランチから降りてすぐ怒声を浴びせてくるデューイという図を覚悟していただけに拍子抜けしたアカネは取りあえずパイロットスーツをロッカーに仕舞おうと身体を浮かせて更衣室へと向かった。

更衣室の扉を開き、前方へと力を込めて中に入ろうとしたアカネの瞼がピクリと動いた。腕を組んで空中に漂う少年と、ハンガーの方を見つめている若草色の髪の少年が目に飛び込んできたのだ。

「ニコル……!」

口を開くより先にスーツケースから手を離し、アカネは扉の縁を強く押していた。

驚いたように二人が振り返る。

「アカネさ……!? どうして──」

ニコルもまた、口を開くと同時に手を差し伸べてくれた。アカネは差し出された右手を迷わず取り、それでも勢いが付きすぎて止まれずにニコルの肩に右手を乗せて二人は慣性のまま窓際まで押し出される形となった。

トン、と僅かに反動で押し返され、ふわりとアカネの黒髪が浮いてようやく動きが止まる。

「ごめんなさい、私……もう君に会えないと思ってたから、嬉しくて」

そっと手を離して、アカネはニコルの瞳を見つめた。

「ずっとお礼が言いたかったの。話も出来ないままプラントへ行くことになって……」

するとニコルの透けるようなブラウンの瞳が微かに揺れた。アカネはハッとしてニコルから少し距離を取り、もう一人の少年の方を振り返った。

「君も元気そうで良かったわ、ディアッカ」

「ついでかよ。つか何、そのかっこう?」

腕を組んだままだったディアッカは上からアカネを見下ろしながら視線を上下させた。急に現れたかと思えば自分たちと同じ赤服を着ていたのだ、驚くのも無理はない。ニコルも同じような疑問をよせ、アカネはああと頷くと軽く二人に敬礼してみせた。

「ニホン政府、プラント評議会の要請・承認を受け正式にクルーゼ隊所属となりました。以後よろしく」

「ハァ──!?」

「? ニュース見てない……?」

ディアッカが素っ頓狂な声をあげニコルも目を見開き、アカネは手を降ろして首を傾げた。

「昨日、アサノ総理とクライン議長が共同声明を出したはずだけど……」

「昨日って……俺、食堂でラクスちゃんの歌しか聴いてねぇな」

ニュースなんざ興味ねぇとディアッカが一蹴すればニコルも首を振るった。曰く、ちょうど式典前後は電波状態の悪いところにいて音声受信さえ困難だったという。

そう、と取りあえずアカネは経緯を説明した。

ふーん、とディアッカがガシガシと頭を掻き、話を聞き終えたニコルは神妙な顔つきをした。

 

──またアストレイに乗って前線なのか。との思いが過ぎったのだ。

 

しかしディアッカも言っていたようにアカネは軍人。どのみち前線は避けられない。ならば自分の目の届くところにいてくれたほうがいい、と納得してニコルは眼前のアカネを見つめ、ふ、と笑った。

「良くお似合いですよ、その赤」

アカネが新しく纏った赤の軍服──黒髪に赤は良く映え、上着の丈がスカートと紛うほどに長いこの軍服のデザインは女性らしさと凛々しさを巧みに引き出している。緑のタイトスカートよりしっくりきているな、とニコルが目を細めればアカネは複雑そうな笑みを浮かべた。

アカネとしては正式な通達の末に袖を通しているとはいえ、他国の軍服が似合うと誉められるのは引っかかる部分もあったのだろう。それでもありがとうと唇に笑みを乗せた彼女は手を広げてみせる。

「動きやすいのは良いわね、このデザイン」

「ソレ何?」

するとディアッカがアカネの襟元を指した。

「菊……ですか?」

ニコルも首を傾げ、アカネも瞳を徽章へと落とした。ニホン国花の菊をモチーフに、金と銀で装飾されたバッジ。軽く手を添えたアカネの表情が誇らしげに綻ぶ。

「これは特自の徽章。こっちには出向って形だから一応ね、特自の人間って分かるように付けてるの、クライン議長のご指示で」

へぇ、とニコルが感嘆の声を漏らせばディアッカはゲッと頬を引きつらせた。

「んなもん付けさせて、ひょっとして今度はマジで上官待遇なわけ?」

「いや……違うんじゃない? よく知らないけど」

そんなディアッカに苦笑いを漏らしてアカネは、あ、と何かを思いだしたように瞬きをするとニコルを見た。

「そうそう、アマルフィ議員にもお会いしたわ、君のこと心配なさってたわよ。それと……」

メールで自分の便宜を図るよう言っただろう、との旨を耳打ちされたニコルは慌てて手を振るった。

「ち、違います! 僕はただ……事実を伝えただけで、その」

狼狽え