ちぇんじワールド~私(オレ)と僕(ワタシ)の物語~ (空野 流星)
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人物紹介

藤原(ふじわら) 日織(かおり)

 

女性(男装) 18歳 身長158cm 体重52kg

高校3年生 剣道部

趣味は自己鍛錬。家でも筋トレ等に励んでいる(女性の体へのコンプレックスの裏返し)。

自分の意見は絶対に曲げない頑固者。常にライバル意識を持ち、男子に負けないようにと行動している。

半面、融通が利かず、ストレス等を溜め込みやすい。割とメンタルが脆い。

素行は悪いが成績は優秀。

6歳の時に葉月と入れ替わり、男性としての生活を始める。健康診断等のどうしても誤魔化しきれない場合のみ、しぶしぶ葉月との立場を戻す。

 

 

 

 

 

藤原(ふじわら) 葉月(はづき)

男性(女装) 18歳 身長160cm 体重54kg

高校3年生 茶道部

趣味は裁縫とチャット。自分の私服は自分で作っている。

内気で男女問わずあまり会話する事が少ない。 日織と話す場合のみ口数が多くなる。

逆にネット上では積極的に自己アピールをしている。ブログに自撮り写真を載せる事も多々ある。

成績優秀の優等生。

6歳の時に日織と入れ替わり、女性としての生活を始める。健康診断等のどうしても誤魔化しきれない場合のみ、泣く泣く日織との立場を戻す。

 

 

 

 

 

中川(なかがわ) 将大(まさひろ)

男性 18歳 身長175cm 体重62kg

高校3年生 剣道部

趣味は女遊び。 クラスでも話題のプレイボーイ。

楽天家で遊び人。兎に角人生楽しんだ者勝ちと思って行動している。

その分危険を顧みず、危ない橋を渡る事も多い。常に男装した日織とつるんでいる。(女とは気づいていない)

素行も悪く成績も最低。

日織とは高校1年からの仲。 女遊びにもよく誘っているがいつも拒否されている。

両親共に健在。 一人っ子。

 

 

 

 

 

上原(かみはら) 主(つかさ)

男性 24歳 身長178cm 体重64kg

3年B組担任

趣味は読書。

表情を表に出さず何を考えているか分からない。仕事至上主義。

実は感情のコントロールが下手で暴走する事もある。

そのため普段は感情を出さない。

両親は幼い時に他界、妹の東子と二人で暮らしている。

 

 

 

 

 

上原(かみはら) 東子(とうこ)

女性 17歳 身長152cm 体重48kg

高校2年生 茶道部

趣味は裁縫や料理等。

普段は大人しいが、これと決めたら曲げない性格。

やや人格的に幼い部分もある。

葉月へは先輩として尊敬し、慕っている。

成績優秀の優等生。

両親は幼い時に他界、兄の主と二人で暮らしている。

 

 

 

 

 

吉野(よしの) 清治(せいじ)

男性 52歳 身長174cm 体重66kg

双子のお隣さん

趣味は人の世話を焼くこと(笑)

年相応に落ち着いた考えの持ち主。いつも双子の心配をしている。

双子の事情を知る唯一の人物。

子供や孫とは別に暮らしている。



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1章

オレは神様なんか信じちゃいない。

 

 

我慢して、大人の言う事聞いて……

 

 

そんな人生の何が面白い?

 

 

世の中好き勝手やって、自分が楽しんだ者勝ちだろ。

 

 

そう思ってた。

 

 

事実、そう生きてきた。

 

 

でも、それは間違いで……

 

 

オレは逃げていただけだったんだ。

 

 

自分の運命から……

 

 

 

 

 

弟が泣いている

 

 

またクラスの男子にいじめられたんだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

「うん……」

 

 

私(オレ)達はずっとこうだ。

間違って生まれてしまった双子。

 

まるで呪いのように大人のルールが絡みついてくる。

 

 

男らしい私(オレ)

女らしい僕(ワタシ)

 

 

大人が勝手に決めたこの世界は、私(オレ)達には生きづらかった。

そもそも、合わせる必要があるのだろうか?

周りと同じく生きる意味はあるのだろうか?

 

 

――あぁ、そんな必要はない。

 

 

だから、決めたんだ。

 

 

「なぁ、葉月……」

 

 

名前を呼ぶと、目を赤くした葉月はこちらを見上げた。

 

 

「とりかえようか。」

 

 

 

 

 

ピピピ……ピピピ……

 

不愉快な音が聞こえてきた。

 

確か今日は休日のはずだ。

恐らく目覚ましのアラームを切り忘れたのだろう。

そう思いアラームを切って布団を被り直した。

 

 

何か忘れているような……

 

 

「ぁ……」

 

 

小さく声が漏れる。

 

寝起きの頭が少しづつ覚醒していき、一人の男の顔が思い浮かぶ。

 

 

そうだった、確か約束があったんだったな。

 

 

布団を蹴飛ばし、オレは気怠そうに起き上がった。

時計を見ると7時。

今日は将大と、他校の剣道の練習試合を見に行く予定だった。

 

 

鏡を見ると長い髪もぼさぼさで、寝起き酷い絵面の自分が映っている。

 

 

「酷い顔……」

 

 

そう呟いて部屋を出た。

 

 

 

 

「くっそ! 寝癖直らねぇ!」

 

 

必死に寝癖を直そうとしている葉月。

ワタシはそのいつもの光景を横目で見ながら朝食のトーストを頬張っている。

 

 

「なぁ日織、オレの髪留めのゴム知らねぇ?」

 

「それなら床に落ちてたから、本棚の上に置いておいたよ。」

 

「サンキュ!」

 

 

髪留めのゴムで長い髪を一つに束ねる日織。

 

 

「じゃあ行ってくるわ!」

 

 

なんとも慌ただしい事だ。

とても双子とは思えない。

 

 

ワタシ達は半一卵性双生児として生を受けた。

一卵性双生児ほどでは無いが瓜二つの容姿をしている。

しかし性格は御覧の通りだ。

 

両親が幼い頃に事故で亡くなり、祖母と3人で暮らしていた。

その祖母も一昨年亡くなり、今では二人で暮らしている。

 

少々特殊な環境で育ってきたワタシ達だが、第三者から見て普通の兄弟にしか見えないだろう。

今の会話でさえも他愛の無い微笑ましい光景にしか映らないはずだ。

 

 

でも……

 

 

僕(ワタシ)達は、人には言えない秘密を抱えている。

 

 

「さてと、作りかけのコスでも完成させようかな。」

 

 

 

 

 

「遅いぞ!」

 

「悪りぃ!」

 

 

将大はバス停でオレを待っていてくれた。

腕時計を見ると、バスの到着時間5分前だった。

 

 

「まぁ寝坊するのは分かってたけどな。」

 

 

そう言いながら、困ったような顔をして頭を掻いた。

まぁ上辺だけで、全く困っていないのも知っている。

 

 

「遅刻しなかったからいいだろ? これでも楽しみにしてたんだぜ?」

 

「そうだな、次の大会での優勝候補だし。練習試合を見ておいて損はないな。」

 

「ま、俺が勝つのは変わらないがな。」

 

 

そう言いながら到着したバスにオレ達は乗り込んだ。

 

 

オレ達は半一卵性双生児として生を受けた。

一卵性双生児ほどでは無いが瓜二つの容姿をしている。

しかし性格は御覧の通りだ。

 

両親が幼い頃に事故で亡くなり、祖母と3人で暮らしていた。

その祖母も一昨年亡くなり、今では二人で暮らしている。

 

 

でも、――私(オレ)達は、人には言えない秘密を抱えている。

 

 

互いの名前と立場を入れ替えたのだ。

 

オレは日織から葉月に

 

葉月は日織に

 

 

そりゃあ生きていくには不都合もある。

そこは上手くやり過ごして暮らしている。

確かに大変な事も多いが、オレ達は今の生活に満足している。

 

出来るなら、今の生活がずっと続いて欲しいと願う……



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2章

「ねっむい……」

 

オレと日織は仲良く通学路を歩いていた。

月曜日は面倒だから休みたいんだが、朝に無理矢理起こされて登校する事になった。

 

 

「夜更かしするからでしょ?」

 

「いいだろ別に、お前だってゲームやってんじゃん。」

 

 

そんな他愛ない会話をしていると、誰かの気配を感じた。

日織の肩に迫ってくるであろう腕を俺は捕まえた。

 

 

「日織には手を出すなって言っただろ、将大?」

 

「そう怒るなよ!」

 

 

将大は確かに親友だが悪い噂も耳にする。

女遊びが酷いらしく、見境無く女に手を出しているらしい。

当然の如く、日織の事も狙っているわけだ……

 

もし日織の正体がバレでもしたら――

 

 

「日織、先に行っててくれ。」

 

「う、うん。」

 

 

頷くと、日織は小走りで学校に向かっていった。

 

 

「前にも言っただろ? 日織は内気だからお前みたいなのは嫌いだって。」

 

「だってよー、日織ちゃん可愛いじゃん? 多分学校で一番だって思うんだよ!」

 

 

呆れて物も言えない。 こうなると将大は手に負えない。

 

 

「だからせめて友達から! な?」

 

「無理だと思うぞ?」

 

「ぐぬぅ……諦めないからな。」

 

 

いい加減諦めて欲しい所である。

 

 

 

 

 

結局将大と仲良く教室に入ったのはホームルームぎりぎりの時間だった。

担任の主(つかさ)は、まるで眼中に無いようにオレ達を無視してホームルームを進めている。

 

オレはこいつが嫌いだ。

いや、主がではなく先生というものが嫌いだ。

いつも何もかも知ってるような言い草でオレ達生徒に語ってくる。

どうせ分かりもしないくせに……

 

 

「そうだ葉月。」

 

「あ?」

 

 

唐突に主がオレの名前を呼んだ。

 

 

「ホームルームが終わったら職員室に来なさい。」

 

 

あぁ、めんどくさいな。

 

 

返事もせずにオレは窓の方に視線を移した。

今日もいい天気だ。 こういう日は屋上でゆっくりするのもいいな。

 

 

「葉月、何かあったの?」

 

 

隣の席の日織が心配そうに聞いてきた。

 

 

「どうせ進路希望書出せって話だろ。」

 

「そっか、ならいいけど……」

 

 

アイツになんてオレ達の事は分からないさ。

そう、あんな大人には――

 

 

 

 

 

「ちーっす」

 

 

そう言ってオレは職員室に入った。

当然の如く周りのセンコー共はゴミを見るような視線を送ってきた。

その視線を無視して歩く――

 

 

「で、何か用?」

 

 

主の目の前に立ったオレはそう聞いた。

 

 

「進路希望書、出してないだろ?」

 

 

あぁ、やっぱりか。

予想通りの解答に特に何も感じなかった。

 

 

「あぁ、今度書いてもってくるわ。」

 

「またお前はそんな……大事な自分の将来の事なんだぞ?」

 

 

面倒だ……

コイツは語り始めると手がつけられない。

オレの事なんだから放っておいてくれよ。

 

 

「ご両親もいない君だからこそ心配しているんだ、だから先生と一緒に考えていこう。」

 

 

自分が親代わりになったつもりか?

――笑わせる

 

 

「考えとくよ、じゃあなセンセー。」

 

 

無駄に絡まれる前にオレは話を切り上げて職員室から出た。

主は納得いかないという顔をしていたが割とどうでもよかった。

 

 

「午後からの授業はサボるか。」

 

 

 

 

 

昼休み、ワタシは一人で茶道部の部室に佇んでいた。

教室にいても話す相手なんて葉月だけ。

こうやって一人でいる空間を確保したいのだ。

 

 

「誰かいるんですか?」

 

 

びくり――と、体が反応する。

部室の扉の向こう側から声がする。

この声は誰だったかな……

 

自らの記憶を辿ると、一人の部員の顔が浮かんできた。

あぁ、後輩の東子ちゃんか。

 

「どうぞ。」

 

 

そう言って中に招き入れた。

 

 

「日織先輩! お昼休みに、こんな所で何してるんですか?」

 

「ん、ちょっと一人で色々考え事したくてね。」

 

「それ、なんか分かります。 私も一人で考えたい時があるんですよ。」

 

 

確かこの子は、担任の主先生の妹さんだったっけか。

私達と同じ、幼い頃に親を亡くした境遇。

 

 

「でも良かったなぁ、今日ここに来て。」

 

「ん?」

 

「私ね、先輩と色々話してみたかったんです。」

 

 

ちょっと意外だった。

 

 

「どうして?」

 

 

部活ではなるべく目立たなく行動しているつもりだった。

だからこそ、彼女の色々話してみたかったという言葉は気にかかった。

 

 

「え、えっと……」

 

 

何故か彼女は少し頬を赤らめ、少し俯いてから答えた。

 

 

「先輩って綺麗じゃないですか。私、先輩みたいになりたいんです。」

 

 

彼女の返答に、流石にワタシも赤面した。

生で初めて綺麗なんて言われた気がする。

普段はブログでのコメントだけだし……

 

 

「そ、そうかな……?」

 

「はい、なので友達になりたいんです。」

 

「うん、いいよ。」

 

 

しまった、勢いで承諾してしまった。

 

 

「ありがと先輩!」

 

 

これはまずいのではないだろうか。

自分の隠している秘密もあるわけで――

 

 

「なら、今度家に遊びに来て下さいね♪」

 

 

うん、非常にまずかった。

 

 

 

 

 

「なぁ、聞いてるか?」

 

「ん? あぁ。」

 

 

オレと将大は、午後からの授業を屋上でサボっていた。

午前の事もあり、授業に出る気もなくなっていた。

 

 

「お前聞いてなかっただろ。」

 

 

まぁ一人じゃ暇なんでコイツも連れてきたわけだが。

女の話で一人で盛り上がってうっとおしいわけだ……

 

 

「なんで彼女を作らないか――だろ?」

 

「そうそう、そうだよ!」

 

 

そうは言われても、今まで特に人を好きになった事がない。

秘密をもっている事も理由の一つでもあるが。

 

 

「そうは言われてもなぁ……」

 

「告白とかは無いのかよ?」

 

 

告白は何度かされた事はある。

もちろん全て断ったが。

 

 

「その顔は、された事あるって顔だな?」

 

「悪いか? 全部断った。」

 

「は?」

 

 

将大はそれを聞くと急に立ち上がり、すごい形相でこっちに近づいてきた。

 

 

「お前、それ最悪だぞ!」

 

「はぁ?」

 

 

コイツは急に何を言い出すんだ?

告白を断る事が悪い事だっていうのだろうか?

 

 

「相手の気持ちも考えろよ!」

 

 

相手が嫌な思いをする?

いや、それは告白する時点で断られる覚悟はしているだろう。

コイツは何に怒っているんだ?

 

 

「だってなぁ……」

 

 

怒りの意味が理解できず、頭を掻きながらそう返した。

 

 

「よし、今週の日曜は二人でナンパしにいくぞ。」

 

「は!?」

 

 

また突拍子もない事を言い出した。

今の話からなんでそういう方向になるんだ。

 

 

「お前には女の気持ちを知る事が大事だ! 故にナンパで訓練してもらう!」

 

「意味わかんねぇ……」

 

 

断った所で家まで押しかけてくるんだろうな……

面倒な事になった。



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3章

――パシャッ

 

一人だけの部屋にカメラの音が響く。

ワタシはいつも通りその写真をSNSに投稿した。

 

 

”クォリティパネェ!”

 

”すげぇ!”

 

”衣装着た織ちゃんはよ!”

 

 

すぐに衣装への感想が送られてくる。

今回作ったのは退魔師綺羅のコス衣装だ。

ちなみに織(しき)はワタシのネットでの名前だ。

 

感想を見る限り、今回も高評価だ。

今日で仕上げて来週には撮影かな。

 

 

この瞬間が一番充実している……まぁ、今だけだけど。

元々、人とは接するのが苦手なワタシだからこその趣味の一つだ。

他にはネトゲに勤しむくらいだ。

 

 

「葉月、今日のお昼は何食べる?」

 

 

返事はない。

あ、そうか……今日は将大と繁華街に行くって言ってたっけ。

 

よくもまぁあんな人の多い所に行ける。

ワタシなら5分も持たずに吐きそうだ……

 

 

「さて、一人なら適当にお昼食べて作業再開しよっと。」

 

 

 

 

 

大勢の人がすれ違っていく。

あちこちからは様々な雑音を耳が拾う。

 

 

「おい、どうした?」

 

「あ?」

 

 

正直失敗だ。

折角の休日を、こんな無駄な事に使わなければならないとは……

あぁ、めんどくせぇ。

 

 

「そんな怖い顔してると女の子も逃げてくぞ?」

 

「大きなお世話だ。」

 

 

オレはすぐ近くにある自販機に近づき、財布を取りだした。

 

――やっべ、日織から金もらうの忘れた。

 

自分の財布の中身を確認すると100円玉すら入っていなかった。

不思議に思ったのか、将大がこちらに近づいてきた。

 

 

「どうした?」

 

「いや、金無くてさ。」

 

 

心配して来た将大に苦笑いで返した。

 

 

「坊や、お金ないの?」

 

 

急に声をかけてきたのは茶髪の女二人組だった。

 

「……なんでもねぇよ。」

 

 

この手の相手に絡まれるのは面倒だ。

オレは適当にあしらうことに決めた。

 

 

「またお前はそんな!」

 

「なんだよ?」

 

 

その態度に将大が怒り出した。

正直そこで怒り出す意味が分からないが……

 

 

「喧嘩は良くないわよ坊や達。」

 

 

そう言うと、女はオレの腕をつかんできた。

思った以上に強い力に驚いた。

横目で見ると、将大は自分からもう一人の女について行こうとしていた。

 

 

「なんだよ!」

 

「意外と華奢な体なのね。」

 

 

この一言でムカっときた。

普段から筋トレをして体の鍛錬は怠ってはいない。

自分のコンプレックスである女性の体……

それを克服するための鍛錬だ。

それなのに――

 

 

「さあ、行くわよ坊や。」

 

 

なんで女にすら負けているんだオレは――!

 

 

「何やってる!」

 

 

聞き覚えのある声がする。

――誰だったっけ?

 

 

「げ!センコーかよ!」

 

 

将大のその言葉でやっと誰なのか気づいた。

安心感からか、足の力が抜けて座り込んでしまった。

 

 

 

 

 

うーん、それにしてもどうしようか。

 

裁縫の手を止め、一人考えにふける。

勿論、どうするかとは東子ちゃんの事である。

 

 

”なら、今度家に遊びに来て下さいね♪”

 

 

今更約束を破るわけにもいかない。

しかし、何かトラブルが起きれば葉月にも迷惑がかかるかもしれない。

ワタシはどうするべきなのだろうか――

 

 

「どうしよう。」

 

 

悩みが口から零れる。

無意識に指に髪の毛を巻き付ける動きを続ける。

 

頭には東子の嬉しそうな顔が浮かぶ。

あの笑顔を悲しみに変えるわけにはいかないよね……?

 

 

「まぁ、なんとかなるかな?」

 

 

一応、帰ってきたら葉月にも相談してみよう。

そう決意してコス衣装の製作に再び集中した。

 

 

 

 

 

「まったくお前達は!」

 

 

あれからオレ達二人は、主に喫茶店へ連れてこられた。

そうして説教を受けているわけである。

 

 

「……」

 

「危険な場合があるとは思わなかったのか!?」

 

 

今回ばかりは言い返す言葉もない。

実際オレ達はあの女性に連れていかれそうだったのだ。

 

もしあのまま――

 

あまり考えたくない妄想を頭を振ってかき消した。

一歩間違えば日織にすら迷惑がかかっていたのだ。

 

 

「どうした葉月、やけに大人しいな。」

 

「なんでもねぇよ……」

 

「先生が家まで送ってやる。 将大、お前はどうする?」

 

「俺は一人で帰るっす。」

 

 

将大はつまらなそうにそう答えた。

多分将大としてはあのままついて行きたかったのだろう。

 

 

「そうか……よし、行くぞ葉月。」

 

 

そう言って、オレの腕を引いて店から出た。

 

 

 

 

 

そのまま無理矢理、車の助手席乗せられた。

 

 

「シートベルト付けろよ。」

 

 

オレは何も言わずにシートベルトを付けた。

主は、カーナビに家の住所を入れると車を発進させた。

 

 

「今日のお前はえらく大人しいな。 普段ならすぐ騒ぐくせに。」

 

「……」

 

 

オレは答えずに視線を窓の外にやった。

正直今はコイツと話したくない。

何故かそう思った。

 

 

「お前って、やっぱり日織と双子なんだなって思ったよ。」

 

「どういう意味だよ?」

 

「大人しいお前は日織にそっくりだ。」

 

「ふん!」

 

 

そう言われるとなんだか腹が立った。

しかし今日はこいつに救われたのも事実ではあるから強く言い返せない。

――筋は通しておかないとな。

 

 

「ありがと。」

 

 

そう小さく呟いた。

 

 

「ほう、お前が礼なんて言うとはな。 明日は雨でも降るんじゃないのか?」

 

「人が素直に言ったらそれかよ!」

 

 

主の方に向き直して怒鳴ってやった。

しかし、主は不適な笑みを浮かべて言ってきた。

 

 

「やっといつものお前らしくなってきたな。」

 

 

なんだが無性に腹が立った。

大人に遊ばれる子供のようでむかつく。

でもコイツ、意外といい奴なんだな。

 

オレにもこれくらいの余裕が欲しいな……

そうすればこんな目に合う事もないのかもしれない。

 

一瞬、日織の姿が目に浮かんだ。

ごめんな、不器用でさ。

 

 

 

 

 

「ただいまぁ」

 

 

夕方になった頃、葉月が帰ってきた。

 

 

「おかえ――り!?」

 

「やぁ、お邪魔します。」

 

 

そこには葉月と笑顔の主先生がいたのだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「いやぁ悪いね、晩御飯までご馳走になって。」

 

「いいんですよ、どうせカレーでしたし。」

 

 

何故か一緒に夕食を食べる事になってしまった。

 

 

主先生は学校でも人気の先生だ。

生徒一人ひとりに情熱を燃やし、親身になってどんな相談でも受けてくれる。

容姿も上々、まさに完璧人間のような人だ。

一時期は自分の事を相談しようとしたこともあったが、葉月に止められた。

 

結論としては、ワタシは主先生が結構好きだ。

 

 

「……」

 

 

しかし、さっきから無言の葉月が気になる。

何かあったんだろうか?

 

 

「そうだ、日織に少し話があるんだがいいか?」

 

「えっ?なんでしょうか?」

 

 

急に主先生が話しかけてきた。

話ってなんだろう……?

 

やけに主先生の視線が鋭いのが気になった。

 

 

「お前、日織に何かしたら許さねぇからな。」

 

「あぁ、分かってるよ。」

 

 

それだけ言うと、葉月は自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

「話というのは葉月の事なんだ。」

 

 

主先生は一言目にそう口を開いた。

嫌な汗が額を伝う。

 

主先生と一緒にいる時点で嫌な予感はしていたけど……

 

 

「なんでしょうか?」

 

 

なんとか平静を装い答えた。

もし正体がバレたのだとしたら、ワタシも危険かもしれない。

 

 

「葉月は普段から飯食ってるのか? 思った以上に腕が細くてびっくりしたぞ。」

 

「あぁ、あれでも結構普段から食べてるんですよ?」

 

 

よかった、気づいてないみたいだ。

ワタシは安心して息をついた。

 

 

「そうなのか、心配だな。」

 

 

本気で心配する様子を見て、本当に良い先生だと思う。

 

 

「私も葉月の事をしっかり管理しておくので大丈夫ですよ。」

 

「そうか、やっぱり日織はしっかり者だな。」

 

 

そう言って立ち上がると、ワタシの傍まで来て頭を撫でた。

 

 

「ちょっと、先生……」

 

 

ちょっと照れくさいけど、なんだが安心した。

こういうのってなんて言うんだろ?

 

 

「じゃあ俺は帰るよ、明日学校でな。」

 

「はい、お気をつけて。」

 

 

もっと撫でて欲しいという自分の感情に、少し戸惑うワタシであった。



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4章

見慣れない風景が広がっている。

 

身に覚えの無い家族達。

 

見たこともない建物。

 

 

恐らくいつもの夢だろうと思い、考える事をやめた。

 

 

この世界でのオレは、多くの人に好かれ、仕事も完璧な人間だ。

当然の如く、女性達にも人気である。

 

しかし……

 

 

ここでもオレは女性なのだ。

 

 

せめて夢の中でくらい、男性だっていいじゃないかと思う。

でも、夢も現実も辛い。

 

それがまるで逃れられない運命かのように――

 

 

 

 

 

 

見慣れない風景が広がっている。

 

身に覚えの無い家族達。

 

見たこともない建物。

 

 

恐らくいつもの夢だろうと思い、考える事をやめた。

 

この世界でのワタシは、内気だが意思が強く、大事な方にお仕えする身だ。

挙句、帝にも目を付けられる始末だ。

 

しかし……

 

ここでもワタシは男性なのだ。

 

 

せめて夢の中では女性でいたいのに……

でも、夢も現実も辛い。

 

それがまるで逃れられない運命かのように――

 

 

 

 

 

体が怠い……

分かっていても避けられない体調不良。

 

――っ!

 

唐突に込み上げてくるくる嘔吐感。

オレは急いでベットから起き上がり、トイレへと走った。

 

 

「おぇぇぇ……」

 

 

胃液だけが吐き出され、少し便器を汚す。

 

最悪だ、本当に。

 

 

コンコン――

 

 

トイレの扉をノックする音が聞こえた。

 

 

「葉月、大丈夫?」

 

 

どうやら心配して来てくれたようだ。

 

 

「いつもの……、今日は学校休む。」

 

「――分かった。」

 

 

日織も今の説明で納得してくれたようだった。

 

どうせ子供なんていらないのに、無くなってしまえばいい……

 

 

 

 

 

トイレを出て1階に降りると、日織が朝食を用意してくれていた。

 

 

「ありがと」

 

 

短く答えて席に座る。

テーブルには白ご飯に卵焼、ほうれん草のお浸しが置かれていた。

 

 

「今日は学校休むでしょ?」

 

「うん」

 

 

オレは呟くように答えた。

吐き気は落ち着いたが頭痛は相変わらずだ。

 

 

「ねぇ葉月、ちょっと相談があるんだけど。」

 

「なんだ?」

 

 

薬の準備をしながら葉月が聞いてきた。

 

 

「えっとね、久しぶりに清治おじさんの所に顔出したいなぁーって。」

 

「あぁ、あの爺さんか、そういえば最近言ってねぇな。」

 

 

吉野 清治

オレ達の住んでいるマンションの隣にひっそりと立つ一軒家。

そこに住んでいる爺さんだ。

このマンションの持ち主でもある。

 

そういえば、あの爺さんとも色々あったなぁ……

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

部屋の片づけをしてる最中に呼び鈴が響いた。

 

 

「誰だよ、この糞忙しい時に!」

 

「私が行ってくるよ。」

 

 

そう言って日織が玄関に向かっていった。

全く、引っ越し早々から誰だよ……

 

 

「やぁ、こんにちわ。」

 

 

それが初めての出会いだった。

 

 

爺さんはニコニコと笑いながら部屋に入ってきた。

 

 

「誰だよお前!」

 

「初対面にお前は無いだろうに。」

 

「葉月、ここの大家さんだそうだよ。」

 

「そ、それはすんません……」

 

 

大家だったのかよ……

流石に頭が上がらない。

 

しかし、話している間も爺さんはずっとニコニコしたままだ。

そもそもなんでここに来たんだ?

 

 

「仲が良さそうでなによりだ。」

 

 

特に何かするわけでも、爺さんニコニコ笑ってこっちを見ていた。

 

 

「所で、何か御用でしょうか?」

 

「ちょっと顔が見たくてね。 それにしても……」

 

 

爺さんは日織の事をじっと見つめている。

今度はなんだ?

 

 

「な、なんでしょうか?」

 

「――君、男だね。」

 

 

ドクン!

爺さんの言葉に息が止まる。

恐らく日織も同じだろう。

 

 

「で、口の悪い君は女だ。」

 

「……」

 

 

初めてだった。

今まで一度たりともバレた事は無かった。

 

日織は既に泣きそうな顔になっている。

 

 

「だからなんだっていうだよ?」

 

 

コイツを泣かす奴は誰であろうと許さない。

昔にそう約束したから……

 

 

「何も無いが?」

 

 

意図の分からない爺さんの行動にだんだん腹が立ってくる。

相変わらずニコニコ笑う姿勢を崩さない。

それが一層オレのイライラを加速させた。

 

 

「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 

「馬鹿にはしてないさ、ただアドバイスでもしてやろうと思ってね。」

 

「それ、どういう意味だよ。」

 

 

オレは爺さんを睨みながらも話を聞いてやる事にした。

 

 

「君達二人はまだ子供だ、社会の恐ろしさを何も知らない。」

 

「それで?」

 

「何かあった時の相談相手が欲しいだろ? しかも秘密厳守してくれるね。」

 

「……」

 

 

――ふーん、確かに正論ではある。 しかしだ……

 

 

「なんだって赤の他人であるあんたが、そんな事を言い出すんだ?」

 

「ただの気まぐれだよ、たまたまここの大家だっていう縁での話。」

 

 

後ろを振り向くと、泣き止んだ日織がずっとオレを見ていた。

 

 

”もうやめよう”

 

 

そう語っているかのように……

 

 

「――気が向いたらな。」

 

「楽しみにしておくよ。」

 

 

そう言って爺さんは部屋から出て行った。

 

”とりかえばや物語”というタイトルの本を置いて……

 

 

 

 

 

「葉月……?」

 

 

現実に意識を戻すと、日織が心配そうにオレを見つめていた。

 

 

「ちょっと考え事してた、大丈夫だよ。」

 

「それならいいんだけど……」

 

 

確かに最近顔を出していなかったし、たまにはいいか。

どうせ今日・明日の学校は休みだ。

 

 

「そうだな、明日行くか。」

 

「ありがと!」

 

 

葉月の笑顔は本当に可愛いと思う。

多くの男性をこの笑顔で虜にしてしまうのだろう。

体の事さえなければ彼氏だっていたはずだ……

 

そもそも日織がここまで引っ込み思案になった原因がそうだ。

歯車は最初からずれていたのだ。

もちろんそれは私にも言える事である。

 

 

「また考え事してる?」

 

「あぁ、ごめん。」

 

「今日はゆっくり休んでなきゃダメだよ? 学校には私が連絡しておくから。」

 

「ありがとな。」

 

 

 

 

 

「ちーっす。」

 

 

葉月は鍵が掛かっていない引き戸を開け堂々と家の中に入った。

見知った相手の家とはいえ、さすがにどうかと思う。

 

 

リビングまで入ると椅子に座った清治さんが新聞を読んでいた。

 

 

「なんだ、お前達か。」

 

 

そう言うと老眼鏡を外してこちらに向き直った。

 

 

「お久しぶりです。」

 

「暇だから来てやったぞ。」

 

「お前達学校は……あぁ、そういう事か。」

 

 

納得したように清治さんは頷いた。

 

 

「で、今日はどうした?」

 

「特に用事ってわけでは無いんですけどね。」

 

「ふーむ。」

 

 

顎に手を当てじっくりとワタシと葉月を見てくる。

こうして考え事をしている清治さんは不思議なオーラを纏っている。

神秘的というか、何か近寄り難い神々しさというか……

 

 

「なるほどな……」

 

 

自己完結したようでそう言って頷いた。

 

 

「何があったかは聞かない。 ただ、これだけは言っておく。」

 

 

そう言って清治さんは目を瞑った。

 

 

「考える前に行動してみろだ。」

 

『は?』

 

 

ワタシと葉月の声が重なった。

 

 

「わしからは以上だ。」

 

 

もういいだろう、という用にシッシッと手を振る仕草をしている。

こうなったら何を言っても無駄だ。

 

考える前に行動してみろかぁ……

 

 

”なら、今度家に遊びに来て下さいね♪”

 

 

あの時の東子の言葉を思い出す。

今まで人と接する事が苦手なワタシだけど、今が転機なのかもしれない。

悩むよりもまず行動してみよう。

 

 

「日織、気は済んだか?」

 

「うん、ありがとね。」



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5章

現実とはズレた感覚にすぐ夢だとわかる。

昔読んだ本の影響した世界観の再現。

 

目の前にいる男にオレは組み伏せられている。

 

 

「ずっとお前の事が好きだったんだ。」

 

 

気持ち悪い。

 

 

「お前の事しか頭にない。」

 

 

吐き気がする言葉……

遠目に見れば男同士が密着した姿に映るだろう。

 

 

「放せ……」

 

 

そうやって小さい声でした否定出来ない夢の中の自分に腹が立ってくる。

そうだ、私は絶対こうならない。

 

 

”本当に?”

 

 

当たり前だ、だってオレは男なんだから。

 

 

「愛している。」

 

「!?」

 

 

一瞬だけ、男の顔が将大の顔に見えた。

 

 

アリエナイ

 

 

そう、ありえない。 だってこれは……

 

 

――夢なんだから。

 

 

 

 

 

ふわふわとした感覚の中、風景だけが移り変わっていく。

あぁ、ワタシはまた夢を見ているのだろう。

 

目の前にいる女性は夢の中の私に笑顔で語りかけてきている。

 

 

「妾はお前が好きじゃ。」

 

 

自分には勿体無い言葉だ。

 

 

「ずっと妾の傍にいておくれ。」

 

 

私は穢れているから、本当はこの方の傍にいてはいけない。

頭では分かっていても、そう行動出来ない。

 

何故ならば……

 

 

「!?」

 

 

自分でも無意識に、その女性へとキスをしていた。

なんでワタシ、だってワタシは……女の子のはずなのに。

 

 

”本当に?”

 

 

どうなんだろ、自分でも分からない。

 

一瞬だけ、女性の顔が東子の顔に見えた。

 

 

「何事か?」

 

 

後ろから一人の男性が現れる。

その男性の顔は主先生とそっくりだった。

 

 

あぁ、やっぱりこれは夢なんだ……

 

まるて揺れ動く天秤。

ワタシは男? それとも女?

 

 

 

 

 

「準備できたか?」

 

「あとちょっと~」

 

 

部屋の中にいる日織がそう答えた。

 

今日は日織が東子の家に遊びに行く日だ。

一人だとどうしても不安だからと、途中まで一緒についていく事になった。

 

 

「お待たせ。」

 

 

おめかしした日織が部屋から出てきた。

顔をよく観察すると軽く化粧もしているようだった。

 

 

「お前、化粧なんかしたら一緒にいる主に怒られるんじゃないか?」

 

「た、多分大丈夫だよ。主先生ってそういうのニブそうだし。」

 

 

そう言って笑った誤魔化した。

まぁ、大丈夫か……

 

 

「忘れ物は無いか?」

 

「葉月じゃないんだから、大丈夫だよ。」

 

「なんだって!?」

 

 

オレってそんな抜けてるか……?

頭に手を当てて考えてみるが特に思い当たらない。

 

 

「葉月……?」

 

「な、なんでもない!行くぞ!」

 

 

そう言って、オレは日織の手を引いて玄関に向かった。

 

 

 

 

 

バスに乗り込み席に座る。

 

 

「日織、気づいてるか?」

 

 

耳元で周りに聞こえない声で話しかける。

日織は黙って頷いた。

 

バス停に向かっている途中から誰かがついてきている。

とりあえずは、警戒しつつ気づいていないフリをしておこう。

 

オレは安心させるように日織の手を強く握った。

 

日織は一瞬驚いたようだったが、すぐに手を握り返してくれた。

 

 

しかし、一体誰だろうか?

ストーカー?

 

いや、確かに日織はモテるが……

その手の色恋話も聞いていないし、気のせいという可能性もある。

 

 

―――

 

――

 

 

 

そのまま動きも無く、バスは目的地へと辿りついた。

 

しかし、気配はバスを降りてからもついて来ていた。

 

 

「よし、ここまでならいいだろ?」

 

「う、うん。 ありがと葉月。」

 

 

そう言ってオレは東子の家に向かう日織を見送った。

気配もそれに合わせて動いているように感じた。

やはりか……

 

 

「なぁ、出て来いよ。」

 

びくり! っと動きが止まるのが分かる。

 

 

「ずっとついてきてただろ? いい加減顔出せよ。」

 

 

日織はオレが守る、絶対にだ。

 

 

「わ、悪かったからそんなに怒るなよ。」

 

 

意外にも、出てきたのは将大だった。

いや、むしろ予想の範囲内だろうか?

可能性としてはありえたが、こんな事をする奴だとは思っていなかったのだが……

 

 

「お前、何考えてんだ? あまり悪ふざけがひどいとシメるぞ?」

 

「だから怒るなって! たまたま見かけて気になっただけなんだって。」

 

 

たまたまなら何故声をかけなかった。

わざわざ気配を押し殺して、ストーカーみたいに。

 

 

「……」

 

「おぉ、こわっ。 でもお前も悪いんだぞ? いつまで立っても日織ちゃんを紹介してくれないから……」

 

「お前みたいな女たらしには、絶対に日織には紹介したくないね!」

 

 

もちろんそれ以外にも理由はあるが……

 

 

「なんだよ! 俺の気持ちも知らないでさ!」

 

「あん?」

 

「……なんだよ。」

 

 

呟くように言った将大の言葉。

 

 

「聞こえねぇよ!」

 

「だから、好きなんだよ! お前が!」

 

 

スキ? 好き? 好きってなんだ?

 

スキってアイシテル?

ライク?ラヴ?

 

 

”愛している”

 

 

朝の夢と重なる……

 

混乱した頭をなんとか落ち着かせようと努力する。

 

 

「冗談だろ?」

 

「本気だ。」

 

「お前ホモだったのかよ……」

 

 

衝撃の事実に頭がついてこない。

今まで一緒にいて、そんな感じは無かったはずだが。

 

 

「俺さ、気づいちまったんだよ。 お前と日織ちゃんってそっくりだろ?」

 

「あぁ……」

 

「だからさ、お前でもいいんじゃないかって。」

 

 

ふざけてるのか?

つまりオレは日織の変わりって事か?

 

 

「冗談じゃねぇ!」

 

「そ、それにさ! お前たまに妙に色っぽいしさ!」

 

「近づくな! 気持ち悪い!」

 

 

こっちに近寄る将大から逃げるように距離を取る。

しかし、このまま逃げても日織を危険に晒してしまうのではと考えてしまう。

ここは少しでも時間を稼ぐべきなのか。

 

しかし、どうしても朝の夢が今の現状と重なってしまう。

 

 

”愛している”

 

 

その言葉が麻酔のようにオレの脳を麻痺させてくる。

 

 

「ぁ……」

 

 

背中がブロックの塀にぶつかる。

しまった……

 

その瞬間を逃さず、将大はオレの両肩を掴んできた。

 

 

「捕まえたぞ……」

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

呼び鈴を鳴らすと、主先生が玄関の扉を開けて迎え入れてくれた。

 

 

「お前、傘は持ってこなかったのか?」

 

「あれ、今日雨降るんですか?」

 

そういえば、朝に天気予報を見るの忘れたな……

洗濯物は大丈夫かな、後で葉月に連絡しておこう。

 

 

「やれやれ、帰りは俺のを持っていくといい。」

 

「ありがとう、先生。」

 

 

笑顔で感謝すると、主先生は顔を赤らめてそっぽを向いた。

 

 

「いらっしゃい!」

 

 

リビングに案内されると、ソファーに座っていた東子が立ち上がった。

流石に一軒家だけあってリビングも広い。

 

 

「えへへ、来ちゃった。」

 

「俺はちょっと買い物行ってくるから、二人で大人しくしてるんだぞ?」

 

 

そう言って主先生は家から出て行った。

 

あー、こうなると二人っきりか。

そう考えると変に意識してしまう。

 

 

「先輩? 少しお顔が赤いような?」

 

「き、気のせいよ!」

 

「そっかぁ……」

 

 

不思議そうにこっちを見ながら首を傾げた。

 

 

「そうだ!」

 

 

急に東子はワタシの手を引いて歩き出した。

 

そのままついて行くと、どうやら彼女の部屋らしき場所についた。

 

 

「どうぞどうぞ♪」

 

「お邪魔します。」

 

 

中は年頃の女子らしく可愛い小物が置かれ、綺麗に片づけられていた。

 

 

「あ、このクマのぬいぐるみ可愛い。」

 

「先輩もやっぱりそういうのが好きなんですね♪」

 

 

そう言われると、急に恥ずかしくなった。

つい体が反応してしまったのだから仕方ない。

 

 

「えいっ♪」

 

「えっ?」

 

 

東子はスキを狙ったように、ワタシをそのままベッドに押し倒した。

 

 

「捕まえた、先輩。」

 

「東子ちゃん……?」

 

 

どう言う事? いまいち状況が呑み込めない。

そもそもなんでこんな状況に……

 

 

「兄さんには、絶対渡さないから。」

 

 

ちゅっ……

 

 

どういう意味? という言葉は東子のキスで止められてしまった。

 

 

”ずっと妾の傍にいておくれ”

 

 

朝の夢と重なる。

 

 

違う、ワタシは……

 

 

 

 

 

「捕まえたぞ……」

 

 

非常にまずい。

どうにか切り抜けなければ……

 

 

「放せ――っ!」

 

 

まだ自由に動く足で、弁慶の泣き所を思いっきり蹴る。

将大はそのまま態勢を崩して背中から倒れこんだ。

 

オレもバランスを崩すようにして将大の上に倒れこんでしまった。

 

 

「っっ……」

 

 

ともあれ、これで自由になったわけだしさっさと逃げるべきか。

日織も家に着いているだろう。

 

 

「ぁ……」

 

 

自分でも寒気がする甘い吐息が漏れる。

 

 

「なんだよ、これ。」

 

 

再び胸部に慣れない快感が襲う。

よく見ると、将大の両手が私の胸を掴んでいた。

 

 

「おい、葉月お前……」

 

 

”女、だったのか”



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6章

痛い……

 

体中が痛い。

 

頭、胸、腕、足……

 

拒否反応を示すように全身が警告を発している。

 

 

イタイ……

 

心が痛い。

 

無力な自分が心を抉る。

 

いつまで耐えればいい?

 

この悪夢はいつ終わる?

 

願ってもそれは敵わず。

 

ただ無力感だけが募る。

 

どうしたらいい?

 

私(オレ)はどうすれば良かった?

 

誰か助けて……

 

私(オレ)を助けてくれ……

 

そしてどうか――

 

 

――夢なら覚めて

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

 

 

目を覚ましても、やはりそこは悪夢の中だった。

 

 

横から寝息が聞こえてくる。

裸の将大がひどい寝相で寝ている。

 

そして自分も裸……

言うまでもなく、さっきまでの事は夢じゃないって事だ。

全く、吐き気がする……

今はすぐにでもここから離れたい。

 

 

「ん……」

 

 

下半身の痛みが酷い。

シーツにはその証明の血がついている。

 

とりあえず見てない事にして、無理に起き上がる。

周りを見渡すが、どうやらラブホのようだった。

記憶が曖昧だが、おそらくそんなに遠くには来てないはずだ。

 

将大にバレないように、ゆっくりとベットから抜け出して着替える。

汗まみれでシャワーを浴びたい衝動に駆られるが我慢。

 

着替え終わり、荷物を持って足早に部屋から退参した。

 

 

 

 

 

外は雨だった。

当然傘も無いので、濡れるのも構わずにそのまま歩き出した。

雨の冷たさがむしろ心地よいくらいだ。

 

雫が頬を撫でる。

 

 

あぁ、私(オレ)は……

もう戻れないかもしれない――

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

 

玄関を開けると電気は消えたままだった。

電気をつけ、濡れた服を脱衣所のカゴに放り投げた。

 

下着1枚と、胸に巻いたサラシだけの状態になったが、気にせず階段を上る。

そのまま自分の部屋に入り鍵を閉めた。

 

まだ日織が帰ってくる前でよかった。

こんな姿は見せられない。

心身共に疲弊したこんな姿を見られたら何を言われるか。

 

 

ぼふん――

 

 

自分のベットに倒れこむ。

今は黙って眠りたい……

 

 

プルルル……プルルル……

 

 

急に電話が鳴りだした。

 

無視してそのまま眠ろうとするが、なかなか鳴り止まない。

代わりに出てもらおうにも、まだ日織は帰ってきてないし……

 

――仕方ないか。

 

重い体を無理矢理起こす。

 

 

 

プルルル……

 

 

気怠そうに受話器を取る――

 

 

「もしもし、俺だ、将大だ。」

 

 

電話の主は最悪の相手だった。

 

 

 

 

 

”好きです、先輩”

 

 

先ほどの東子の言葉が脳内で反復する。

もちろんワタシが男とは知らない。

女性として女性を好きだという歪な関係。

 

逆にワタシが実は男だと知ったら喜ぶのだろうか?

それとも幻滅するのだろうか?

 

 

ワカラナイ

 

 

彼女はどうして私を……

それに、兄さんには、絶対渡さないからというのはどういう意味だろうか?

 

言葉の意味のまま捉えるとしたら……

 

 

ワタシはどうすればいいんだろうか。

 

 

――うん。 彼女の事は好きだ。

 

でもそれはloveではなくlikeの方だ。

友達として好き。

でも彼女の好きはどちらだろうか?

明らかに前者ではないのか?

 

ダメだ、考えれば考えるほどハマっていく。

 

 

ワタシは悩みながらバスに揺られ続けた。

 

 

 

 

 

「もしもし、俺だ、将大だ。」

 

 

電話の主は最悪の相手だった。

いっそこのまま電話を切ってしまおうか?

 

 

「さっきは悪かった……」

 

 

最初に発した言葉は謝罪だった。

あまりにも予想外だったためか、電話を切るタイミングを逃してしまった。

 

 

「お前の事は誰にも言わない、絶対だ。」

 

「それで?」

 

「だからさ、俺と付き合ってくれないか……?」

 

「……」

 

 

そうか、そうなるよな……

少しでも希望を持ったオレがダメだった。

そんな都合のいい事なんてない。

結局、こいつはそういうのにしか眼中に無いんだ。

 

 

「ダメか?」

 

「死んでも嫌だ。」

 

 

こんな奴に秘密を握られて手籠めにされるくらいなら死んだ方がいい。

男のままで死にたい……

 

 

「なんでだよ!」

 

「……」

 

 

明らかに電話の向こうから感じる焦り。

何でもかんでもお前の思った通りにいくと思うなよ。

 

 

「じゃあ、バラされてもいいっていうんだな?」

 

「やっぱり脅す事しか出来ない、小さい男なんだな。」

 

「お前!」

 

 

将大は声を荒げた。

おそらく痛い所を突かれたのだろう。

 

「調子に乗るなよ! お前は黙って俺の女になればいいだよ!」

 

「本性がでたな。」

 

 

初めて見る将大の本性。

何故か少し恐怖を覚えた。

それは女性としての性なのだろうか……

 

 

「お前も! お前の妹も! どうなんても知らねぇぞ!」

 

「日織に手を出すっていうなら、オレはお前を許さないからな。」

 

 

強がっていても、明らかにオレの声は震えていた。

先ほど刻み込まれた、女性としての性がオレを弱気にさせる。

 

 

「そうかよ、楽しみにしとけよ。」

 

 

プッ……

 

 

電話は一方的に切られた。

 

奥に溜まっていた物ごと、深く息を吐く。

 

 

「どうしようか……」

 

 

つい、独り言が口から零れる。

このままだと日織まで……

 

どうすればいいのか。

どうすれば守れる?

 

一瞬、自分が犠牲になるという選択も考えるが頭を振って掻き消す。

もっと根本的にどうにかしないと……

 

 

上原 主

 

 

あいつならもしかしたら……

センコーに頼るという自分らしくない考えだ。

でも今は、日織の身を守らなければ。

 

そのままベッドに倒れこむように横になる。

 

 

「明日、学校いくか……」

 

 

将大がいるデメリットもあるが、行くしかない。

オレは覚悟を決めて、そのまま瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

学校に向かっている途中は、お互い無言だった。

オレは将大の登場を警戒していたが、日織は何かあったのだろうか?

 

 

―――

 

――

 

 

 

「それと、今日中川は休みだ。」

 

 

HRで主はそう言った。

てっきり学校に現れるものだと思っていたが、少し拍子抜けだ。

 

そう思いつつも安心したのも事実だった。

 

 

「おい、葉月。」

 

「ひっ!?」

 

 

間近で急に声がして、奇声をあげてしまった。

 

 

「どうした、変な声をあげて。」

 

「な、なんでもねぇよ!」

 

「それよりお前、中川の事知らないか?」

 

 

質問の意図が良く分からない。

 

 

「それ、どういう意味です?」

 

「お前も知らないのか、実は中川と連絡がつかなくてな。」

 

 

連絡がつかない?

 

言いようの無い不安が心を締め付ける。

なんだろうか、この胸騒ぎは。

 

 

「お前も知らないとはな、まぁアイツの事だから明日にでも学校に出てくるだろう。」

 

「そ、そうだな。」

 

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

 

 

意味も無くそういう行動はしないはずだ。

これは何かあるかもしれない……

 

 

「大丈夫だって、次の授業があるからさっさといけよ。

 

 

シッシッっと、手を振って主を追い払う。

 

 

「……無理するなよ。」

 

 

そう言って主は教室を出て行った。

 

 

 

 

 

今日は東子と二人で屋上での昼食を楽しんでいた。

しかし、昨日の事もあり純粋には楽しめていなかった。

 

 

「先輩?」

 

「ん?」

 

「箸、止まってますよ。」

 

 

そう言われて自分がぼーっとしていた事に気づいた。

 

 

「やっぱり、昨日の事を考えてたんですね。」

 

「それは……」

 

 

図星の解答に返答できない。

 

 

「実はね、家に呼べって言ったのは兄さんなんだよ?」

 

「え?」

 

 

何も返答の無い状況で、彼女は急に語り出した。

 

 

「兄さんたらね、先生なのにあなたの事が気になってるのよ?」

 

 

そう言って東子はワタシの顔に近づいてきた。

 

 

「兄さんって不器用だから、愛情表現が下手くそなのよ。」

 

 

更に近づいて耳元に口を近づける。

 

 

「でも、私も先輩が好き。」

 

 

耳に当たる息が身体にソワソワ来る。

 

 

「それって……本当なの?」

 

「ん、兄さんの事?」

 

 

こくん、と頷いて答える。

さっきの話で疑問は確信に変わり始めていた。

 

 

「気になるなら、直接聞いてみるといいよ。」

 

 

そう言って東子は笑顔のまま離れた。

解放された事にほっと息をついた。

 

 

「実際に聞いてみて、それからまた答えを聞くね。」

 

 

”好きです、先輩”

 

 

再び、東子はその言葉を囁いた。

 

やはり直接主先生に話してみるしかないか……

 

 

 

 

 

特にいつもと変わらない放課後だった。

いつも通り先輩と過ごした1日。

今日もとても楽しかった。

 

あぁ、こんな毎日が続けばいいのに……

 

 

彼女は気づいていなかった、背後の影に。

自分の危機に……

 

 

 

 

獲物を背後から追う。

目的の相手ではないが、餌としては使えるはずだ。

むしろこうしないと葉月の奴が目を光らせている事だろう。

 

都合よく、女は人気の無い路地に曲がった。

チャンスとばかりに互いの距離を縮める……

 

ガシッ!

 

っと背後からしがみついた。

そのまま用意していたハンカチを口元に当てる。

 

しばらく女は暴れていたが、やがて動かなくなった。

俺はそのまま女を抱きかかえて、用意していた車に向かった。

 

「待ってろよ、葉月。」



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7章

冷えた水の感触が虚ろな私を覚醒させようとする。

 

もう、いい……

 

もう十分頑張った。

 

神様に、世界に刃向かって、結果はこれだ。

 

男にもなれず、女にもなれず……

 

私は今まで、何のために生きてきたのだろうか?

 

ただ振り回されてきただけなのではないか?

 

 

水の感触が腰までくる。

 

このまま溶けて消えてしまいたい。

 

もう生きている意味なんて……

 

 

「○○!」

 

 

誰かの叫び声が聞こえる。

 

あぁ、また幻か……

 

そこにいたのは、昔の私(オレ)だった。

 

 

なんて、胸糞悪い夢だ。

オレは、こんな結果には絶対なりたくない。

 

なりたくないんだ……

 

 

 

 

 

目が覚めると全身汗まみれだった。

 

 

「きもちわるい……」

 

 

その一言だけが口から漏れた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

オレは一人で清治の爺さんの家に入った。

 

 

「鍵もかけずに不用心だぞ爺さん。」

 

 

爺さんは気にもせず新聞を読んでいる。

オレはその隣のソファーに腰かけた。

 

 

「お前一人とは珍しいな。」

 

 

爺さんは短く、そう尋ねてきた。

その問いに答えず、オレは沈黙を続ける。

 

 

「悩め。」

 

「あ?」

 

 

要領を得ない答えが唐突に与えられた。

 

 

「どんどん悩め、それでもし終わりたいという結論に至ったらそうすればいい。」

 

「……」

 

「答えは、自分で見つけるしかないさ。」

 

 

こちらを見る事も無く、淡々と言葉を紡ぐ。

見られていないはずなのに、視線で射抜かれているような奇妙な感覚だ。

 

 

「そうだな、昔からそうしてきたもんな……」

 

 

何とか現状を打破する方法を考えよう。

誰かに助けを求めるんじゃなくて、自分で切り開くんだ、今までのように。

 

 

 

 

 

ワタシは再び東子ちゃんの家の前に立っていた。

 

3日も学校を休んでいる東子ちゃんのお見舞いと、主先生の真意を聞くためだ。

 

 

ピンポーン

 

 

インターホンを鳴らすと、すぐに玄関の扉が開かれた。

主先生の顔が、いつも以上に険しい。

 

 

「入れ。」

 

 

そう短く呟いた。

 

 

「お邪魔します。」

 

 

家の中に入ると、カップ麺の空容器が散乱している。

家事が出来ない程に、東子ちゃんの容態は良くないのだろう。

 

 

「先生、あの――」

 

「まず座れ。」

 

「は、はい。」

 

 

主先生に促され、椅子に腰かけた。

そのまま何も言わずに沈黙が続く。

 

何から話せばいいのやら、どうするかなんて分かってるはずなのに言葉がでない。

 

 

「東子の事だろ?」

 

「はい。」

 

 

長い沈黙を破ったのは主先生だった。

 

「あいつがいなくなったのは多分俺のせいだ……」

 

 

そう言って俯いた。

 

”いなくなった”

 

そんな話は初耳だ。

 

 

「俺があいつに無理な事を言ったから、だから……!」

 

「せ、先生、落ち着いてください。」

 

 

主先生は急に頭を激しく掻き始めた。

不安になったワタシは急いで止めに入る。

 

流石に大人の力を止める事が出来ず、そのまま二人共椅子から倒れてしまう。

 

 

「きゃっ……」

 

 

不幸にも、主先生がワタシの上になるような態勢になっていた。

 

 

「俺が初めから、お前に好きだと言えていればこんな事には……」

 

「やっぱり、そうなんですね。」

 

「――知っていたのか?」

 

 

主先生が驚いた表情のまま固まっている。

 

 

「雰囲気で、ですけどね?」

 

 

あえてここで東子ちゃんに教えられたという事は伏せた。

 

 

「幻滅しただろ? 俺のこんな姿を見て……」

 

「先生……」

 

 

なんて悲しそうな瞳なのだろうか。

 

私(ワタシ)は、無意識に主先生を抱きしめていた。

 

 

「大丈夫です、私は先生の傍にいますから。」

 

「日織……」

 

 

私(ワタシ)はそのまま、主先生の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

 

家に帰ると中は真っ暗だった。

どうやらまだ日織は帰ってきてないらしい。

 

そういえば、センコーの家に行くって言ってたか?

 

 

とりあえず電気を付けて冷蔵庫の中身を確認する。

 

 

「げ、今日の夕飯ねぇじゃん。」

 

 

文句の一つでも言ってやろうと思い、携帯を取り出す。

連絡帳から日織の電話番号を見つけてタッチする。

 

 

プププッ、プププッ、プププッ……

プルルッ……プルルッ……

 

 

むなしく発信音だけが鳴り続ける。

流石にここまで出ないと心配になってくる。

何かあったのではないか?

 

 

プルルッ……プルルッ……ガチャッ

 

 

「おい日織!」

 

 

”ただいま、電話に出る事ができません――”

 

 

繋がったのは留守電だった。

 

なんだろう、何か胸騒ぎがする。

 

オレは急いで部屋から出て、主の家に向かった。

 

 

 

 

 

「では、また学校で。」

 

「あぁ、気をつけてな。」

 

 

主先生は笑顔で見送ってくれた。

少しでも主先生の気持ちが晴れたのなら良かった。

後は東子ちゃんが無事に見つかればいいのだけれど……

 

 

そう考えながら、日の落ちかけた道を歩く。

 

ふと、見覚えのある人影が見える。

 

 

「東子ちゃん――!?」

 

 

間違いない、フラフラとおぼつかない足取りて歩いているのは、東子ちゃんだ!

 

私は慌てて駆け寄る。

その目は焦点が合っておらず、何かうわごとを呟いている。

 

 

「大丈夫? 何があったの?」

 

 

私は慌ててカバンから携帯を取り出した。

 

こういう時は救急車? 警察? どっちからかければ……

 

 

焦って戸惑っていると、背後から物音がした。

何かと思い振り返る――

 

 

「よぉ。」

 

 

そこにいたのは、笑顔の将大だった。

 

 

 

 

 

ピンポンピンポン!

 

オレは何度もインターホンを押す。

 

 

「一体なんだぁ……?」

 

 

疲れた顔の主が玄関のドアを開けて出てきた。

 

 

「おい、日織はどうした!」

 

「日織なら少し前に帰ったぞ?」

 

 

どういう事だ、行き違いか?

 

オレの様子を見て、主も徐々に真面目な表情に変わっていく。

 

 

「何かあったのか?」

 

「実は――!?」

 

 

急に鞄の中から今流行の曲が流れた。

俺は迷いなく携帯電話を取り出す……

 

 

”日織”

 

 

その表示を見て即座に電話に出た。

 

「もしもし! 日織、今どこだ!」

 

「……」

 

 

しかし返事は返ってこない。

息遣いだけは確かに聞こえてくるのだが……

 

 

「日織……?」

 

「――助けて」

 

 

”助けて”

 

確かにそう聞こえた。

か細く、消え入りそうな声だったが間違いない。

 

 

「何があった!?」

 

「……焦ってるみたいだな。」

 

 

電話越しに聞こえてきた声は、日織のものではなかった。

よく聞き慣れた声――

 

 

「なんで、お前が日織の携帯もってんだよ! 将大!」

 

「お前が悪いんだぞ? 大事な日織から目を離すから。」

 

 

くっ、確かにそうだ。 タイミング悪く爺さんの所に行くんじゃなかった。

 

 

「△区○丁目×番地の廃屋にいる。 無事に返して欲しかったら警察にも連絡せずに一人で来いよ。」

 

「――分かった。」

 

「じゃ、待ってるぜ。」

 

 

そのまま電話は切れた。

 

「葉月、どういう事だ。」

 

 

真剣な顔で主がこちらを見ている。

さっきの通話内容で大体察したらしい。

 

 

「日織が将大に捕まってる……」

 

「……」

 

 

明らかにオレ一人を呼び出したのは罠だ。

一体何を考えているんだ将大……

 

 

「俺一人で来いって言ってるんだ、警察も呼ぶなってさ。」

 

「将大が日織を殺すとは思えない、警察に連絡した方がいいのではないか?」

 

「だめだ!」

 

 

だめだ! 日織の安否もあるが、何よりオレ達の秘密が露見してしまう。

やはりオレ一人で行くしかない。

 

 

「俺、いってくるわ。」

 

「待て! 考えなしに突っ込むつもりか!」

 

 

主の手がオレの腕を掴む。

 

 

「放せ! 俺は行かなきゃないんだ!」

 

「お前、何か隠してるだろ。」

 

「っ!」

 

「俺も日織を助けたいんだ、頼む……」

 

「……」

 

 

警察はアウト、一人で行っても勝算は少ない。

二人なら可能性は格段に上がるのは分かっている。

だが……

 

「警察を呼べない、一人で行かなきゃない理由、教えてくれないか?」

 

 

確かに主(コイツ)なら……

今は四の五の言っている場合じゃないか。

 

 

「――なんだ。」

 

 

秘密をばらしたオレを、日織はなんて思うかな。

でも、今はお前を救うために。

 

 

「俺と日織は互いの立場を入れ替えてる、つまり俺は女で日織は男なんだ。」



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8章

意識が朦朧とする。

誰かの悲鳴と誰かの怒号が聞こえる……

 

頭が上手く回らない、何が起きているのだろう?

 

 

悲鳴は嗚咽に変わり、怒号は罵倒に変わる。

あぁ、きっとここは地獄なんだ。

鬼が人を拷問にかけている最中なのだ。

 

”だってアレが人であるものか”

 

 

もうあの人は、私の知ってる人(将大)ではない。

何かが壊れてしまって、人では無くなってしまったのだ。

 

 

辺りが急に静かになる。

その間は永遠か刹那か、私には分からない。

 

 

鬼(将大)が私に近づいてくる。

 

 

「次は、お前の番だ。」

 

 

朦朧とした頭でも一つだけ分かる。

私に逃げる手段はなく、先ほどと同じ目に合うのだと……

 

 

「助けて、葉月……」

 

 

 

 

 

目的地に着いたオレは、日織の携帯を鳴らした。

 

 

「着いたぞ。」

 

 

電話相手にそう短く伝えて通話を切った。

しばらくすると、中から将大が出てきた。

 

 

「一人で来たんだろうな?」

 

「そうだ。 日織はどこだ?」

 

 

なるべる怒りを抑え、将大に尋ねる。

本当なら、今すぐにでも殴り倒した所だ。

 

 

「中にいるぜ? 着いて来いよ。」

 

「……」

 

 

明らかに罠だ。 分かっていても着いて行く以外道はない。

オレは無言で後ろを着いて行く。

 

中は迷路のように入り組んでいた。

何度も分かれ道があり、一人でたどり着くのは至難の業だ。

 

明かりが携帯のライトと月明りのみのため、壁に手を当てながら慎重に進む。

 

 

―――

 

――

 

 

しばらくすると開けた場所に出た。

 

月明りに照らされて二人の人影が映りだされている。

 

一人が間違いなく日織。

もう一人は――おそらく主の妹の東子だ。

 

その姿は無残で、衣服は引き裂かれ、どのような行為が行われたか容易に想像できた。

一方の日織はまだ縛られたままで、何もされていないのが分かる。

不謹慎ながら、オレはその事に安堵してしまった。

 

 

「葉月……」

 

 

今にも消え入りそうな日織の声。

 

 

「待ってろ、今助けてやる。」

 

「おいおい、このまま返すと思うか?」

 

 

そう言い出すことくらい分かっている。

どうせ理由は……

 

 

『助けて欲しかったら俺のモノになれ』

 

 

オレと将大のセリフが重なる。

 

 

「単純すぎるんだよ、お前。 誰がなるかよ!」

 

 

場所さえ分かれば後は関係ない、こいつを……ぶちのめす!

 

言葉と同時にオレは渾身の拳を奴の右頬にぶち込む。

面白いくらいに、将大は地面に倒れ転がっていった。

 

 

「なんだよ、それで終わりか?」

 

 

将大はぴくりとも動かない。

鍛えているとはいえ、所詮は女の拳だ。

何か企んでいるのかもしれない。

 

 

「おい将大!」

 

 

転がっている将大の腹に、一発蹴りを入れる。

 

 

「どういうつもりだよ!」

 

「……くくっ」

 

 

こいつ――

 

 

「あっははははぁ!」

 

 

笑ってやがる。

 

 

「嘘だろおい! なんだよその非力なパンチと蹴りはよう!」

 

「くっ……!?」

 

 

しまった、足を掴まれた。

そのまま凄い力で足を引っ張られ、地面に倒される。

 

 

「形成逆転だな?」

 

 

将大はそのまま、オレに覆い被さった。

 

「くそっ!」

 

どんなに押し返そうとしてもびくともしない。

くそ、またなのか……

 

またオレは――

 

 

「葉月!」

 

 

オレがここで折れたら、日織まで!

 

 

「お前には雌の良さを教え込んでやるよ!」

 

「くそが!」

 

 

多少自由に動く足で、思い切り急所を蹴ってやった。

 

 

「ひぎっ!」

 

 

将大は醜い悲鳴を上げて床を転げまわる。

 

 

「ざまぁみろ! 日織、動けるか?」

 

「な、なんとか……」

 

「二人で東子を運べばなんとかなるだろ。」

 

 

カラン……

 

 

乾いた音が部屋に響く。

 

 

「逃がさねぇ!」

 

 

そこには鉄パイプを握った将大が立っていた。

 

「いい加減しつこすぎるぞ。」

 

 

ガリガリと鉄パイプを引きずりながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。

 

 

「誰一人、ここから逃がさねぇよ。」

 

 

――おせぇよ

 

 

一瞬で決着はついた。

いや、最初から決まっていた。

 

 

「が……」

 

 

将大が倒れこむ。

 

 

「助けに来たぞ。」

 

 

そこに現れたのは主だった。

 

この話は1時間前に遡る。

 

―――

 

――

 

 

「俺と日織は互いの立場を入れ替えてる、つまり俺は女で日織は男なんだ。」

 

「なっ!」

 

 

驚くのも無理はないだろう。

 

 

「だから警察には連絡できない。 自分達で解決したいんだ。」

 

 

主はしばらく考え込むと、それでも協力しようと言ってくれた。

 

 

「ただし、この件が片付いたら3人でしっかり話し合うからな。」

 

 

本当に、こいつがセンコーで良かったと思えた。

初めて、センコーがかっこよく見えたんだ。

 

 

 

 

 

静かだ……

 

主に家の近くまで車で送って貰ったオレと日織は、二人で夜道を歩いていた。

 

 

「お前が無事で良かったよ。」

 

 

オレの不手際で、日織まで迷惑をかけてしまった。

守るっていう約束なのに、オレは何をやっているんだろうか。

 

 

「ねぇ葉月、聞いて欲しいの。」

 

「なんだ?」

 

 

日織は立ち止まり、オレの方に向き直った。

 

 

「私ね、このままじゃダメだと思うんだ。」

 

「……」

 

「隠してても、いつかバレてしまうものだと思う。」

 

 

そうか、日織も同じ悩みを持ってたんだな。

 

 

「だからね、私は女になりたい。 戸籍も、体も、誰にも文句を言われないように!」

 

「日織……」

 

「葉月は?」

 

「オレか? 俺(オレ)は……」

 

 

俺は空の月を見上げる。

うん、俺も決めた――

 

 

「俺もさ、やりたい事が見つかったんだ。」

 

 

 

 

 

あれから、数年程の月日が流れた。

 

 

私達は今後の相談を主先生に相談し、生き方を決めた。

 

私は、高校を卒業後、主さんの家に住み込む事となり、ジェンダークリニックに通い始めた。

 

 

結果、診断書を手に入れて、もうすぐ性適合手術を受ける予定だ。

 

意外だったのは、管理人の清治おじさんが実は自分のおじいちゃんだった事だ。

 

おかげで手続きは手間取る事なく終わらせる事が出来た。

 

 

将大のその後の消息を誰も知らない。

 

自殺したと言う人もいれば、ヤクザになった等の噂もある。

 

もしかしたら、彼も私達双子の犠牲者なのではないかと思う事もある。

 

今ではもう、どうにもならない……

 

 

東子ちゃんはというと、事件で深い傷を負ったものの、しっかりと大学まで入学した。

 

今では昔のように笑顔の絶えない娘に戻った。

 

たまに主さんと東子ちゃんで私を取り合ったりするが、笑って流している。

 

 

今日もまた1日が始まる。

 

3人で暮らす、この家が私の今の家だ。

 

そして葉月は……

 

 

 

 

 

オレは神様なんか信じちゃいない。

 

 

我慢して、大人の言う事聞いて……

 

 

そんな人生の何が面白い?

 

 

世の中好き勝手やって、自分が楽しんだ者勝ちだろ。

 

 

そう思ってた。

 

 

事実、そう生きてきた。

 

 

でも、それは間違いで……

 

 

オレは逃げていただけだったんだ。

 

 

自分の運命から……

 

 

だからさ、俺は向き合う事にしたんだ。

 

逃げるんじゃなくて、真正面で運命に立ち向かおうって……

 

 

 

長い校舎の廊下を歩く。

 

かつて自分が歩いた廊下。

 

今日からは新たな自分として歩く廊下。

 

ガラガラと教室のドアを開ける。

 

教室内はギャーギャーとガキ共が騒いている。

 

 

「おいてめぇら! 全員席につけ!」

 

「誰だよお前?」

 

 

生徒の一人がそう聞いてくる。

 

 

「今日からてめぇらの担任になる藤原葉月だ! よく覚えとけ!」

 

 

俺のスタートは、ここから始まる。

 

 

 

 

 



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