ただ魔法を解明したいだけ (ツンドラ)
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Hello, World!

初めましてツンドラです。
初めて小説を書いてみます。
暖かく見守ってください。


 

 魂が引き寄せられる……

 

————

 

 

 目が覚めた。視界に入るは一面の青空。

 

 おかしい。昨日はしっかりベッドの中で寝ていたはずなのに。そして寒過ぎる。体が震えてくる。寝ぼけた頭では状況がいまいち理解できないが、服を着ていないのはすぐに確認できた。

 

 〜〜〜ッ??手足が頗る短い!なんなんだこれは!!

 

 そう漏れ出る声は高かった。周囲に風が立ち込める。

 

 身体感覚の齟齬が激しい。明らかに異常が起こっている。具体的に言えば男児の体になっている。自分は成人をすでに迎えている身だ。いくら何でもおかしいだろう。

 

 眠気は即座に飛んでいき、激しい動悸を感じる。あたりを見渡すと草原であった。そして遠方には海が見える。まさに大自然である。パニックになりかけたが、まず裸で外にいるのはまずいという倫理観が勝り、頭が冷え落ち着きを取り戻した。

 

 体温は下がるし誰かに見られたら大変だろう。とりあえず身体を覆えるものを調達しなくては……

 

 海岸には漂流物が溢れていると思い、這々の体で小さな体を駆使して海岸まで行くと、案の定波打ち際に色々なものを発見できた。ここで不思議なのは家具やよく分からないものがあるのに対し、ペットボトルをはじめとしたプラスチックゴミが全然見当たらないことだ。幸いにも毛布があったため確保しておいた。また道中の茂みにあった蔦と組み合わせて簡易的に服を作れたので一安心だ。

 

 服を入手し落ち着いたところで状況判断をすることにする。なぜ体が縮んでいるのか、なぜ外にいるのか、ここはどこなのか。明晰夢であれば良かったが、五感から伝わる情報があまりにもリアルである。ということは信じたくはないがこれは夢ではないのだろう。現実を受け止めた上で先の疑問を考えてみる。

 

 一つ目が一番荒唐無稽な疑問だ。体が小さくなるのは現代社会においてあり得ないことである。どこぞの漫画の黒い組織が現実にあってたまるか。そんな技術があればノーベル賞どころの騒ぎでない。二つ目の疑問も甚だ非現実的だ。寝てる間に外にそれも裸で放り出されるなんてまずないだろう。これらを合わせて百歩譲って筋が通るのは強引だが「転生」だ。ファンタジーやメルヘンを信じていない自分としては頭を抱えたくなるような結論である。

 しかしあり得ないことが複数起こった時には、前提条件が間違っているか、自分の頭がいかれてるのどっちかであるので、「転生」がありえないという前提を取っ払うことにした。

 

 転生ということを仮定した上で三つ目の「ここはどこか」という疑問を考える。

 非科学的なことが起こりすぎて精神疲労は激しいが、とにかく考えねばならない。

 毛布があったため、人間に類するものがいて文明があることが容易に想像できる。また毛布にのタグを見ると英語が表記されていたから、人類それもヨーロッパがあり、よくある異世界転生とかではないのだろう。その情報だけで体から気力が溢れてきた。

 

 当座の現状が確認できた今、人を見つけ安定した衣食住を確保しなければならない。このままじゃ、健康で文化的な最低限度の生活を送れるとはとても思わないからだ。

 

 海岸から草原を挟んで見えるのは森林だ。人がいるようには思えないし、すぐ人に会えるとは限らないので準備を整えてから森林を探索することにする。野生動物にも気をつけないといけないし刃物ぐらいは作っておきたいな。

 

 とりあえず水を飲むためにも火が欲しかったので、乾燥した草を集め火を焚いた。

 火を焚くのにもかなりの時間がたち辺りは暗くなったので、森林の探索は次の日に回し、今日の分の食料を調達することにした。幸いにも海には生き物が多く、海岸でいくつかの貝と甲殻類を手に入れることができた。また漂流していた鍋とコップまた金属器の破片を合わせて、水を鍋で煮沸し鍋の上に蔦で吊るした金属器の破片に蒸気を当て、そこに枝を添えて冷えた水滴を流し鍋の横においたコップに水滴を入れるという方法で水を確保できた。この装置を作るのにもかなり時間がかかったが必要なことなので動けるうちにやりたかった。

 

 小さな体ゆえ少量の食事で腹を満たせたのはささやかな喜びだ。

 

 辺りに光は無く、空が暗くなると周囲は真っ暗になった。

 

 海岸は体が冷えるので、草原まで戻り毛布をかけて眠ることにした。季節は冬なのだろうか。

 空を見上げると月は自分が見てきたものと同じように輝き、星は都会でみるのと比べ物にならないくらい綺麗であり一面に広がっていた。いくつかの知っている星座を見てやはりここは自分のいた場所と繋がっていると理解し家に思いを馳せた。ベッドで快適に寝たいと。

 

 今までこれが現実であると思って過ごしたが目を閉じると「やはりこれは夢ではないか」という思いが強くなってきた。そうだ、目が覚めたら全て終わっているだろう。明日には週末までのタスクを片付けないとな。

 

 

 

 そんな淡い期待は目が覚めた時に打ち砕かれた。またしても視界に入るは青い空。昨日との違いは地面がかたく疲れが残っているということだ。関節がバキバキに痛いのだ。

 

 なんなんだこれは。これが皆が憧れる転生なのか?ふかふかのベッドで眠り夢想できるのが理想ではないのか??

 

 全然笑えないぞ。

 

 周囲に風が吹き抜けた。




まだ主人公の名前は出ません。
一人称視点でした。
サバイバルだけの回。


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美しき法則

前回のあらすじ
目が覚めたら転生してた



 おはよう、皆さん。xxxxだ。

 

 気づいたら知らない土地にいるし、体は縮んでいるしでわけが分からない。目を覚ますと相も変わらず自然の中に一人いた。天気はいいのだが気分は晴れない。無性に不安になるのは精神が幼い肉体に引きずられるからだろうか?二日目にしてこの現状を受け入れている自分を褒めてもらいたい。分かる人がいればだが…

 

 今日は草原からつながる森林を調査したいと思う。まず腹ごしらえに海岸に行って食料を調達しに行ったところ、途中段差に足を取られ見事に転び頭を打ってしまった。体のバランスに慣れていないためか躓くことは多々あれ、盛大に転ぶのはここに来て初めてだ。

 

 泣くようなことではないのに何故だが涙が溢れ、呼吸が荒くなる。

 

 なんでこんな惨めな目にあわなきゃいけないんだ。普段なら本を読み研究する生活を送っていたはずなのに!だいたい自分一人だけこんな土地にいるのはおかしいだろ!人は無から生まれないぞ!!

 

 そんなことを思うと石が転がっていくのが見えた。風も吹いていないのに。涙で目が霞みまともにものを見ることができていないのだと思ったが、どうもそうではないらしい。自分を中心に散開する形で石が遠方に転がっているのだ。何が起こっているんだ?

 

 辺りを見渡すも自分以外に動物は存在しない。呼吸が落ち着くと急に怖くなってきた。ここは本当に自分の知っている地球なのか?こんな現象を俺は見たことないぞ。この超常現象はどう説明すればいいんだ。

 

 気づいた時には石は静止しており、何事もなかったかのような空気が流れる。

 

 ふーむ。この現象をもう1回再現できないだろうか。未知の現象を放置するのは怖いものだ。

 またここで転べば良いのか?

 

 先ほどと同様に段差で転んでみたが、何も起こらなかった。むむむ。これを5回ほど繰り返したが、成果は得られずだんだん腹が立ってきた。

 

 さっきの現象はなんだったんだ一体!森林を調べたいのに新しいタスクが出て来くるし、それがなかなかうまくいかないのは腹立たしい!何よりこの程度のことでイラつく自分にもどかしくイライラしてきた!!

 

 そう苛立ちを募らながらもう一度転んで特徴的な石を注視すると、なんと石が2回転ほど転がった。これには驚きとともに大きな喜びを感じた。すると周りの石もつられるように転がりだした。

 

 なんだ?なんだ?一体何が起こっている?新手のなんとかの仕業か?

 

 とくだらないことを思うくらいには舞い上がってしまった。喜びの舞をした後、またも段差で転び石を見つめるということを数回繰り返すもやはり何も変化は起きなかった。サンプルが取れたところで、冷静に現象を考察することにした。

 

 石が転がった2回とそれ以外とでは何が違ったのだ。事象としては転んだら、石が転がるという奇天烈なことだ。何も違いなどなかったではないか。風や日射角度の問題か?いやいや風は感じられなかったし日射角度は連続的に変化するから、途中の試行がうまくいかなかった理由にはなりにくいだろう。じゃあ外的要因以外をみるか……

 

 あっ、あったじゃあないか!大きな違いが!最初と2回目には強い感情があった!現状に対する不甲斐なさへの!

 

 これはあれか。よくあるファンタジーの強い感情の発露が超常現象を引き起こすという設定かな……前の世界と全然違うじゃあないか。この世界には超能力がある。これは世界の構成に関する重要なファクターだ。超能力があるなら文明の形態は既知のものとまるで異なるし、社会形成も全然異なるものになっている可能性がある。いや待て、超能力というものは誰もが使えるものとは限らないな。もしかしたらこの世界で俺だけが使えるのかもしれない。

 

 まあ英語が存在し文明があるのは分かっていることだ。そう悲観的になりすぎるのもよくないな。出来ることから地道にやっていくか。まずは朝食をとらねば。

 

 ホクホクに焼いた貝を食べた(醤油が非常に恋しかった)後は研究欲にかられ超能力について様々な実験を行なった。自分が念動力を持っていることは確認できたから、それをどのように使えるかを確かめなくてはならない。一つに出し方、二つに出力の大きさだ。

 

 出し方は強く念じるだけでいいと分かった。またも非科学的なものだが、これは自転車に乗るようなもので、一見無理に思えることがやって慣れてきたら息を吸うようにできるという感じであった。誰かが時間を止めるようなものだな。そうまるでHBの鉛筆をベキッ!とへし折れるのが当たり前と感じられるようなものだ。

 出力のパワーについては小石を転がす程度しかできず、重いものに関してはうんともすんとも反応がなかった。

 

 この二つの結果は非常に興味深い。

 

 念じることで動く、すなわち原因に対し結果が返ってくる因果関係がこの超能力にあるということだ。この摩訶不思議な力に対しても法則があると言えるだろう。

 

 また能力が軽いものに効くというのは、慣性質量がファクターになっていると考えられ、またも美しい法則が現象の背景にあるのではないかと考えられる。

 

 なんと素晴らしき世界だ!自分の知らない現象がこうも目の前で起こるとは!力学か電磁気学かはたまた量子の世界で説明できることなのか!!!

 

 発見に歓喜を隠せず、喜びの声を上げると風が立ち込める。この考えは非常に嬉しいが人に会うという最優先事項のため、昼には思考を打ち切り森林を探索することにした。

 

 探索結果として森林の入口部には大型の肉食動物はおらず脊椎動物は亀や猫やリス、ウサギ、また様々な鳥のような人間が脅威を感じにくい種が多かった。もちろん猫や鳥も襲われればひとたまりもないが。可哀想だがウサギという肉が手に入ったのはまたも幸運だ。重要なエネルギー源が手に入ったのだ。

 ただ森林は奥まで行くと道に迷う可能性があるので出来るだけ外縁を通った。森林の縁は崖になっており海が続いている。

 

 ここはどんな植生なんだ。それがわかればどの辺かわかりそうなのだが……もとより植生に関しては詳しくないため生物から自分がどこにいるのかを推定するのは早々に諦めた。

 

 日が暮れると森林は暗くて危険なので拠点の草原まで戻った。帰った後、海岸で真水を作りウサギを焼いてありがたくいただいた。

 やはり肉は美味しかった。昨日は海産物しか口にしていなかったからな。

 

 食後の段階で空は橙色に染まりかけていた。

 

 夕方は生活のために必要な刃物の作成に移った。石を割り岩に水を垂らしながら砥ぐことで簡単な刃物を作成できた。しかし、子供の力では時間がかかり作り終えた頃にはあたりは暗くなっていたため、空腹に耐えながら草原で夜を過ごした。

 

 ああ、電気を始めとした快適な生活が恋しい……

 

 

 

 目覚ますとまた空が見える。ただ雲行きが怪しい。一雨降るかな。となると大変だ。雨の中草原で寝て体調を崩すのが目に見える。そろそろ家を探さねば。

 

 朝食は海岸の貝ですまし、風雨を凌げる場所を探すことにした。海岸を探してみるも岩肌の場所はあれ、洞穴は特に見つからなかった。

 

 ふーむ。家を自前で用意しなきゃならんな。そうと決まったら行動だ。

 

 森林の入口付近で草を手折り木枝を組み泥と葉っぱで雨水を防げる家(人が一人入ってほぼ満員)を1日かけて作成した。これで一安心だ。

 

 

————

 

 

 月日は経ち一年ほど経った時変化は訪れる。

 

 食中毒や下痢には何度も見舞われたが、大きな病気になることなく過ごせたのは本当に喜ばしいことだ。自然は荒らされることがなく食料に困らなかったのには助かった。また流れ着いた毛布から服の種類が増えたのも実にいい(といっても、ボロをまとっているだけだが)。

 

 家は改築を繰り返し、今では寝返りを10回も打てるぐらいの広さである。前世で見たサバイバル番組のおかげだ。本当にありがとう。

 

 髪は長くなるも自分を見ることができず迂闊には切れないから後ろにまとめ縛っている。

 

 ここ一年で分かったことは、自分がいる場所は孤島であり人がいなさそうということだ。周りを見渡渡すと大きな島の影が見えるがとても遠くにあり行くことは叶わなそうである。近くに漁船が通るということもなかったので、とりあえずもう少し体が成長してから筏でも作って大きな島を目指すことにした。

 

 体を大きくすることと島の探索以外にやることがなかったので、生活が安定しだしたら毎日超能力の実験および強化をすることにした。超能力がもし成長すれば島から抜け出せる可能性が高まるからだ。

 

 実験を繰り返すうちに自分には念動力以外にも発火能力があることがわかった。マルチスキルだ。枯葉に対して30秒ほど強く念じることで火を起こすことに成功したのだ。考えてみると熱は分子の運動エネルギーすなわち速度によって説明でき、念動力はそこに働きかけるものであるからこの世界では発火能力を使えても別に変なことではないだろう。

 念動力のパワーも上がり、今では1つの小石程度なら安定して浮かせられるようになった。つくづく不思議な世界だ。

 

 長い間自然の中で生きていれば感覚は鋭敏になり、気配を読む力も身についた。島の森林の中心付近は探索していなく、想定外の生物がいるかもしれないから常に周囲に気を張っていなくてはならないのだ。日本にいた時には考えられないような前時代的な生き方である。

 

 

————

 

 

 今日も一日頑張るか。そう思い朝食として山の幸をいただき、超能力の実験および強化のため草原で小石と戯れた。

 

 腹が空いてきたので昼食でも撮ろうと思った矢先、背後にビュンっという音が聞こえた。何事かと思い振り返ると、若く品のある佇まいをした黒いローブもまとった女性が立っていた。この世界に来て初めての人間だ。だがどうにも日本人には見えない。というより変な格好している。困ったな。

 

『こんにちは、少年。私はホグワーツ魔法魔術学校で変身術を教えているマクゴナガルというものです。

親御さんはいらっしゃいませんか』

 

 久方ぶりに話しかけられたが思いっきり英語だった。

 

 

 

 

 英語全然聞き取れん……




無人島編終わり。毛皮ポニーテールの少年。
次回からようやく会話あります。

平日は少し忙しいので週末メインの投稿になると思います。


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Who are you?

読んでくださってありがとうございます。
お気に入りありがとうございます。
感想ありがとうございます。

とても励みになります。

英語は『』で表記しています。

前回のあらすじ
超能力(魔法)ある
英語わからん


『こんにちは、少年。私はホグワーツ魔法魔術学校で変身術を教えているマクゴナガルというものです。

親御さんはいらっしゃいませんか』

 

 

 

 なんてこった。

 

 せっかく人間に会えたのに英語で話しかけられるとは思わなかった。英語のリスニング力かなり低いのに。しょうがない。拙い英語で返答するか。

 

『すみません。よく聞き取れませんでした。英語があまり得意ではなく読み書きならともかく、会話は難しいです』

 

 そう言うと目の前の女性はどこからか紙と羽ペンを取り出し先の発言を書いてくれた。ホグワーツ魔術学校?マクゴナガル?……これあれか、ハリー・ポッターの世界か?

 

 まじかー、とんでもないなー。前世でははるか前に一度映画を見ただけで詳細を全然覚えていないぞー。ってことは自分が超能力だと思ってたのは魔法だったのかー

 

 あまりの衝撃にしばらくふわふわ考え込んでしまったが、とりあえず目の前の女性に返事しなくては。

 

『えーっと、ちょっと現状がよく分からないのですが、貴女は学校の先生で俺の親と話をしたいのですか?』

 

『そうです。話がわかる子で助かります。家はどちらですか?』

 

 マクゴナガルさんは羽ペンを貸してくれ、紙面上でやりとりをすることになった。がこの紙はなんだ?インクを吸い取って会話ごとに文字が消えていくな。

 

『家はすぐそこですが、親はいません』

 

『お仕事中でしたか、連絡もなく昼間に訪れて申し訳ありません。出直しますね。夜には親御さんは帰ってくるでしょうか?』

 

 ちょっと待って!置いてかないでくれ!

 

『いえ、帰ってくるとかこないとかではありません。俺には親がいないのです』

 

 そう紙に書くとマクゴナガルさんは驚きとともに憐れみの眼差しを向けてきた。孤児とでも思われているのだろうか。

 

『不躾なことを聞いてしまいました。すみません。では保護者に当たる方はいますか?』

 

『いえ、そもそもここには俺しかいません。ここは無人島ですから』

 

『どういうことですか!』

 

 俺の文を読むとマクゴナガル先生はつい叫んでしまったようだ。紙にも同じ内容を書いてくれたが。

 

『気がついたらここに居たんです。自分以外の人に出会えて本当に嬉しいです』

 

『いつからここにいるんですか?今まではどこに居たんですか!?』

 

 マクゴナガルさんは凄い食いついてくる。そりゃそうか。俺だって訳分かってないし。

 

 ただ現状がわからないうちにどこに居たかを答えるのはあまり良いように思えない。仮にも魔法のないところから転生しましたなんて事が広まったりでもしたら、よくわからん連中に調査、研究、最悪は解剖されるかもしれないからだ。この世界のことを知る前に前世のことを迂闊に漏らせないな。

 

『ここには気づいてから一年ほど滞在しています。ここに来た時までのことはよく覚えていません。ここはどこですか?』

 

『場所も分かっていなかったのですか。ここはスコットランド本島から北西に15kmほど離れたところです』

 

『スコットランド……イギリスですか?』

 

『そうなりますね。とにかく貴方を保護したいと思います。まだ10歳にも満たないような子供がここで生き抜いてきたなんて想像だにできないほど大変だったでしょう。貴方はここに留まりたいですか?』

 

 マクゴナガルさんは強制的に俺を連れて行くことはなく、意思を尊重してくれるそうだ。がもちろん、この生活には飽き飽きしているから連れ出して欲しい。

 

『いえ、人がいるところに行きたいです。俺を連れて行ってください』

 

『では貴方が支度を終えたら私の元に来てください。温かいところへ連れて行きます。スコージファイ(清めよ)!』

 

 俺って10歳未満に見えるのか?島には当然鏡がないし水面も揺れていて自分のこと見たことなかったがそこまで幼かったなんて……そんな子供が会話をできずに読み書きだけできるって怪しまれないか?まぁいいか。今は俺を保護することで頭いっぱいそうだし。

 なんてことを考えているうちに体の汚れがどんどん落ちていく。おお魔法って便利だな!

 

『ありがとうございます!ちょっと待っててください!』

 

 そう書いて家に戻ると、情報整理を兼ねてしばらく思考に耽った。

 

 ハリー・ポッターの世界ってことは本当に転生したらしいな。どんな世界だったっけなあ。確か禿げていて礼儀作法にうるさい人が毎年主人公ハリーを殺そうとする話だったかな。物騒な世界だ……マクゴナガルさんは劇中ではだいぶ老け込んでいた気がするけどさっき会った彼女はかなり若く綺麗だった。ということは原作より前の時代ということか……ふーむ。今何年なんだろう。見当がまるでつかん。

 

 生活に使っていたものはどれもかなりボロボロで持って行くほどのものでは無かったので、島の思い出としてこの一年で作った中で一番切れ味のいい刃物を手に取り彼女の元へ戻った。

 

『お待たせしました。ところで変なことを尋ねますが、今って西暦何年ですか?』

 

『?今は1967年ですよ。分かったら袖に捕って目を閉じなさい。目を開けたら私の家ですから』

 

 え??1967年?それってスマホいや、パソコンすら普及してないような時代じゃないか!

この世界は漫画、テレビはおろか音楽もまだ全然発達してないだろう。娯楽が全然ないじゃあないか!日本でいったら高度経済成長期?イギリスだとどんな時代だ?プログレ全盛期か?

 

 目を瞑りながら考えていると急に浮遊感を感じた。

 

 

————

 

 

 三半規管に異常が起き、ひどい酔いを感じる。

 

 なんだなんだ?

 

 目を開けるとランプによって照らされた部屋が視界に入った。

 

 〜〜〜ッ!!

 無性に涙が出てくる。文明って最高だ。やっぱり人は一人じゃ生きていけないよ。

 

『あらあら、大変だったんでしょう。お腹は空いていませんか?』

 

『人の温もりが沁みています。腹はあまり減っていません』

 

『泣かせますね。ならまずは風呂に入って来なさい。入り方は分かりますか?』

 

『分かります。本当にありがとうございます』

 

 そう記すと風呂まで案内してもらいこの世界で初めての風呂を堪能した。温水がすぐ出ることに懐かしさを感じるとともにありがたさに感動する。鏡を見たときはかなり驚いた。目の前にいるのが前世の自分の面影を残しつつやや堀の深い顔になっていたからだ。更に肉体は作っていたつもりが想像よりは痩せていて、皮膚はガサガサであった。

 

 自然の中で出来るだけ鍛えたつもりだったがこんなものか……栄養足りて無かったのかなあ。それに自分の顔が慣れないななんか……俺は平たい顔族だったのにぃ……

 

 そんな思考もバスタブに入ると消え失せた。

 

 暖かい。今までの厳しさが嘘のようだ。このまま眠りたいー。

 

 極度の緊張から解き放たれ、落ち着くとともに急激な眠気に襲われるが、バスタブで寝るのは小さな身としては危険なので誘惑に抗いつつ出ることにした。脱衣所に出ると子供用の服が用意してある。長い髪を入念に拭き、置いてある服を着させてもらうと眠気に勝てずプッツリと意識が途絶えそのまま床で眠ってしまった。

 

 

 ————

 

 

 

 

 

 

 ————

 

 

 っ!眠ってしまったか。なんか懐かしい気がしたな。

 

 目を覚ますとベットの中に居たが、自宅のものでは無い。一瞬前世の家に帰れたのかと思ったが、そうではなく彼女のベッドだった。おそらく脱衣所で寝ていた俺を運んでくれたのだろう。何から何まで感謝だな。そう思いながらしばらくぬくぬくしていると、寝室に彼女がやって来た。例によって紙と羽ペンを携帯しながらだ。

 

『起きましたか。驚きましたよ、貴方が脱衣所で倒れているのを見たときは。具合は悪くないですか』

 

『大丈夫です。風呂に入って疲れが取れたので体調は凄くいいです。本当にありがとうございます!』

 

『そうですか。何事もなくて良かったです。お礼はいいです。大人として当然の努めですから。ところでまだ名前を聞いていませんでしたね。貴方の名前を聞かせてください』

 

 なんていい人!よくできた大人だ。

 

 だが、さて困った。ここでxxxxと言うのはどうなんだろうか。魔法、呪術、オカルトなどの世界では真名を明かすのは危険だってことは俺でも分かる。真名によって対象を支配できるからだ。仮にも前世のことを隠すのなら自分に直結する真名は胸の内にしまった方がいいだろう。じゃあどうするかだが、この世界における肉体での名前を考えなくてはならない。郷に入っては郷に従えだ。イギリスの偉大な数学者に名前をあやかろう。

 

『俺の名前はアラン、性は分からない』

 

 そう記すとマクゴナガル先生は微笑みながらアランと言ってくれた。

 

『そうですか、アランですか。いい名前ですね。ではこれからのことを話しましょう。貴方の故郷や貴方が置かれた状況など調べなくてはいけないことは山ほどあります。英語が母語で無いのなら遠い地で生まれた可能性がありますし。ですがまず最優先のこととして貴方の里親を探さなくてはないません。私は授業のためホグワーツにいなければならないため貴方の面倒を見ることができないからです』

 

 素性に関しては一旦追求を逃れたな。里親か。なるほど確かに大事だな。今までは島で一人で生きてこれたがそれは他に選択肢がなかったからだ。社会で生きるには帰属する場所が必要だろう。

 

『分かりました。ところでホグワーツとは何ですか?初めてお会いした時も魔法と言っていましたが、何のことですか?』

 

 落ち着いたし少し踏み込んだ話をしても大丈夫だろう。

 

『失礼、説明不足でした。ホグワーツとは魔法を正しく使えるようになるための教育機関です。マグル、あー非魔法族で言うところの学校になります。次に魔法ですが、これは魔法族が使える不思議な力のことです。貴方も魔法を使えるはずですよ。私たちはそれを感知して貴方に会いに来たのですから』

 

 幼い脳みそには情報過多だな。

 

『えーと、ホグワーツについては分かりました。魔法は誰もが使えるものなんですか?』

 

『いいえ、世の中には魔法を使える者と使えない者がいます。魔法を使える者は使えない者に対してごくわずかしかいないため互いに補いながら生きているのです』

 

 なるほど、やはり自分の知っているハリー・ポッターの世界で間違いないようだな。時代は古いが……

 

『そうですか、魔法使いとそうでない人では協力していないんですか?』

 

『貴方は本当に聡いですね。魔法使いでない人のことをマグルと言いますが、古来からマグルは魔法を操る魔法使いのことを恐れているのです。古くには魔女狩りが…いえ今はその話はよしましょう。何にせよお互いが関わらないようにしようという慣習がすっと続いています。ですから表立って協力するのは難しいことですね。現在は大半のマグルが魔法族の存在を知りません。国によっては魔法族がマグルの中にとけ込んでいるところもある様ですが稀なことです。』

 

 ふーむ、やはりマグルは魔法族を恐れているわけか。

 

『ですから貴方の里親も魔法使いになるということです。何か質問はありますか?』

 

『いえ、ないです。説明ありがとうございます』

 

『では昼食にしましょうか。丸一日も寝ていればお腹も空くでしょう』

 

 丸一日も寝ていたのか…どんだけ疲れてたんだよ俺は。まぁ、久しぶりに安全な地に来たんだ。これくらい惰性を貪ってもバチは当たらんだろう。

 

 昼食は肉の入った麦を牛乳で煮込んだ粥のようなものにサラダやベーコンなどであった。久しぶりにちゃんとした料理を目にし、思わず感極まってしまう。

 

「いただきます」

 

『??』

 

 あ、やべ。つい癖で日本語言っちまった。幸いマクゴナガルさんはよく分かってないようだ。

 

 元が日本人ということで自然への信仰が根底にあり、無人島生活が生命のありがたさを実感させてくれたためやはりこの習慣は抜けないな。まぁいいか。




【用語解説】
高度経済成長期:1954年から1973年の日本の実質経済成長率が高水準で保たれた期間。途中に不況を挟みつつも神武景気、岩戸景気、オリンピック景気、いざなぎ景気と四つの景気が続いたことが知られる。

プログレ:プログレッシブ・ロック。1960年代後半にUKで登場した音楽のロックのジャンル。Pink Floyd, King Crimsonなどが知られる。

三半規管:三つの半規管からなる。半規管は一つずつX軸、Y軸、Z軸のうちの一つの方向の回転運動感知を担当している。三つ集まることで三次元回転を感知できる。


エニグマに強そうな名前。
ようやく会話(筆記)に入りました。
マクゴナガル先生は31歳です。アラサー。

誤字、脱字がありましたら報告して頂けると幸いです。

これからは金25:00の更新を基本にしようと思います。

引き続きよろしくお願いします。


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家族

前回のあらすじ
マクゴナガル先生はいい人


〈よう。調子どう?〉

 

〈いいぜ。お前は?〉

 

〈いいに決まってんだろ。来週のライブ見にきてくれよな〉

 

〈時間が空いてたらな〉

 

〈お前そう言って全然来ないじゃんか。まぁいいか〉

 

 

------

 

 

 シンと冷えた夜に雨が降る。

 

〈おいっ!しっかりしろ!聞こえてるか?〉

 

〈うっ……っ〉

 

〈意識はあるな!頼む!持ちこたえてくれ!今に救急車が来るからな〉

 

〈…こり……む……〉

 

〈寝るなっ!意識を保て!〉

 

 

------

 

 

〈呆気ないな……〉

 

〈人の命なんて消える時は一瞬か〉

 

〈なんで罪もない奴が被害を受けなきゃならないんだ……〉

 

〈不条理だ〉

 

 

------

 

 

 一箱のアメスピを墓前に添える。

 

〈死んじゃいかんだろ〉

 

〈お前がいた証。残してやる〉

 

〈見守ってくれ、リュウ〉

 

 

------

 

 

「いただきます」

 

 

 

 目の前に広がる豪華な昼食。この世界で初めての料理に感動しながらもぐもぐ食べ進める。誰だよ、イギリスの飯はまずいとか言ったやつ。十分うまいじゃねーか。

 

「ごちそうさまでした」

 

 合掌しながらそう言うと、またもマクゴナガルさんは不思議そうに見ていた。やはりこれをやらないとモヤモヤするんだよなあ。

 

『さてご飯も済みましたし、まず里親についてですが何人かに当たってみるのでしばらく待っていてもらいたいです。里親が決まるまでは私の家にいなさい。今、外は色々危なっかしくなっているので』

 

『里親が魔法族ということはマグルとは関われないんですか?』

 

 それは困るな。やはりマグルの感覚としてはいきなり何もかも未知な環境に放り出されるのはきついものがある。

 

『それは魔法族次第です。魔法族の多くはマグルとは関わらず生きていますが、マグル出身の魔法族の中にはマグルのコミュニティの中で暮らしているものもいます』

 

『魔法族は脈々と受け継がれるのなのではなく、マグルから生まれるものもいるのですか?』

 

『ええ、沢山いますよ。私も母は魔法族ですが、父はマグルですし』

 

『なるほど……魔法とは不思議なものなんですね。では里親ですがマグルに関して寛容な人を探してもらいたいです。魔法族だけでなく、マグルの人たちとも関わりたいので』

 

 俺の言葉を見たマクゴナガルさんは少し嬉しそうに頬を緩めた。この人はマグル排他主義ではないのだな。

 

『分かりました。マグルに理解のある親を探してみます。二階の部屋を里親が見つかるまでの貴方の部屋にするので、暫くここでお待ちください』

 

 マクゴナガルさんが洗面台で呪文を唱えると、食器は浮かんでひとりでに洗われ乾燥して棚に戻って行く。マクゴナガルさんはその様子を見た後階段を上がっていった。魔法便利だなあ。いろんな呪文を早く知りたいな。

 

 食器が片されたテーブルの上には新聞があったので手に取ってみる。なになに。「日刊予言者新聞」?変な名前だなあ。うわっ、写真が動いた!静的なものにも魔法の効果あるのかよ。相変わらず不思議な世界だ……

 

<アルバス・ダンブルドアとヴォルデモートの会合実現なるか?>

<ホグワーツ魔法魔術学校のセキュリティはいかに?>

<ルーマニア、ヴラド公領地内で吸血鬼出没!>

<消費者名簿漏洩あいつぐ!>

etc.

 

 なんか物騒だな。てかこの時代『例のあの人』存命中かよ。しかもまだヴォルデモート呼びされているよ。もう危険な匂いしかしない。それにしてもこの新聞、新聞というよりもビラみたいだな。内容の薄さ大丈夫か。他に新聞は見当たらないが一社購読は危ないぞ……

 

 ん。雑誌「変身現代」か。こっちは学術雑誌か。前世の雑誌Natureにイメージ近いな。パラ見でも「日刊予言者新聞」より内容充実してそうだな。

 

 色々漁っているとマクゴナガルさんは上階から降りてきた。作業早いな。困ったことは魔法にお任せってことか。

 

『ほお、「変身現代」を読むとは感心ですね。変身術には興味ありますか。」

 

『まだ中はしっかり読んでいないのですが、こういう学術誌が魔法の世界にもあるのですね。こっちの新聞よりしっかりとした内容そうですし。』

 

『新聞も読んだのですか。いいですね。まあ魔法族の新聞はマグルの新聞に比べれば内容が薄いのは昔からなのでしょうがないでしょう。若い子は新聞とかを読まないとばかり思ってました。』

 

『現状が分からないことだらけなので少しでも情報が欲しかったのです。』

 

『なるほど。できれば貴方を出生の地に戻したいんですが、貴方の記憶が曖昧である以上できることがあまりありません。ところでいつまでもこう筆記で会話するのは大変でしょう。会話の練習でもしましょうか。』

 

 そう書いてマクゴナガルさんは微笑むが、俺は顔が引きつった。ついに避けて通れぬ問題にぶち当たったか。もとが研究漬けの理系大学生には厳しいものがある。以前は英語なんて有名なアメリカの教育試験サービスが実施する外国人のための某英語試験の時や、論文を読む時ぐらいしか使わなかったのだ。そのため読みは問題ないが、聞く、ましてや話すとなるとほとんど経験がない。

 

「分かりました。頑張ります……」

 

 うなだれながら返事をした。

 

 

—————

 

 

 英会話の練習をしながら恙無く数日過ごした。

 

 日中はマクゴナガルさんは忙しいらしく出かけているため、俺は「変身現代」のバックナンバーを読み漁っていた。「変身現代」は変身学という魔法の体系に関するテーマを扱っている学術雑誌である。トピックの大きな分類としては、新しい呪文の提案、既存の呪文の評価と改良の二種に分かれていた。変身術は物の形だけでなく生物の形、そして自分の形すらも変える魔法らしい。自分の姿を動物に変えられる人を"動物もどき"というらしく、とても希少だと書かれていた。

 

 気分転換にあたりの散策もした。ここはどうもケイスネスというところらしく、森林はないが所々に自然が溢れる穏やかな場所である。散歩をしても特に変わった景色は無く、ただ癒されるだけであった。

 

 マクゴナガルさんがホグワーツの教員と言うことなので、彼女の時間がある時に魔法をいくつか教えてもらおうと思ったが、呪文を使うには杖がいるのが基本らしく、まだ教えるのは難しいと言われてしまった。また10歳未満と推定されていた曖昧な年齢についてだが、年齢検知呪文より俺は8歳であると分かった。若いな……

 というかそんな呪文あるのか。未成年確認も楽そうだな。

 

 そんなこんなで4, 5日ほど経ちいつものように部屋で雑誌を読んでいるとベルが鳴った。外出から帰ってきたマクゴナガルさんの様子がいつもより嬉しげである。

 

「おかえりなさい。」

 

「ただいま。里親の件ですが、無事決まりましたよ!」

 

 彼女を出迎えると朗報が入る。

 

「おお!本当ですか!」

 

 数日間英語のみの会話をしていると徐々にだが聞く方は幾分かマシになった。

 

「ええ、マグルへの理解が深いジュール家が受け入れてくれました。もう準備は出来てるそうなので明日の昼食後にでも挨拶に行きそのままジュール家に滞在してもらいます。家はエディンバラにあります。何か質問はありますか」

 

「分かりました。大丈夫です。とても楽しみです!」

 

 俺は階段を上がり自室に戻ると、日課のトレーニングを始める。まずは倒立だ。体の調子を確認し、ボディコントロールを高める上で実に有効だ。倒立を1分間した後少し休憩を取る。

 

 次に頭を下にし右ひじで脇腹を左手で体を支え足を浮かすチェアーの体勢でキープしたのち、そのままゆっくり体を浮かす。そして右ひじを右ひざにくっつけ、床につけた右手と左手だけで体を支えるエアーベイビーと呼ばれる姿勢でキープ。その後倒立まで体を持ち上げキープ。そのまま今度は左ひじを左ひざにつけエアーベイビーでキープしたのち、左軸のチェアーまで戻す。この一連の流れをワンセットとしインターバルを1分ほど入れた後3セット繰り返す。初めは倒立すらできなかったが、感覚を掴むと自然とできるようになっていった。

 

 体を痛めつけた後は夕食をとった。マクゴナガル家最後の夕食もまた豪勢なものであった。夕食時には彼女と会話するが、彼女はとても賢く品があるのがよく分かった。彼女の授業はきっと内容が深く面白いのだろう。

 

 快眠し、朝食をとり部屋で『変身現代』を内容につまずきながら読むともう昼時。昼食を済ませるといよいよジュール家への訪問だ。

 

「それではジュール家に伺います。姿現しをするので裾に掴まってください」

 

「はい」

 

 俺は彼女の裾を掴み、目を閉じると急に浮遊感を感じた。

 

 うっ。また内臓が浮く感じ……

 

 

————

 

 

 

 目を開けると薄茶色のレンガ造りの一軒家が見えた。が気持ち悪かったのですぐに蹲ったが。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です……ただちょっとこの呪文には慣れていないだけですので」

 

「落ち着いたら行きますよ」

 

 そう言ってマグゴナガルさんはしばらくしてからベルを鳴らすと中から物音が聞こえてきた。

 

 戸が開くと、優しそうな黒髪の男が出てきた。

 

「おお、こんにちは。マクゴナガルさん。どうぞ上がってください」

 

「こんにちは。ジュリアス。今日はありがとう。お邪魔するわ」

 

 促されるまま俺はマグゴナガルさんに着いて行きながら家に入っていった。家に入るとマクゴナガル邸と同様に暖炉付きのダイニングルームが広がっている。ダイニングルームには金髪の佳麗な女性が待ち構えていた。

 

「久しぶりです、マクゴナガル先輩」

 

「久しぶりね、エセル。元気にしてたかしら」

 

「ええ、最近は魔法族のゴタゴタが続いてますけど、マグルの方は穏やかですよ。エリザものびのびと育ってくれていますし」

 

「それは良かった。エリザと最後に会ったのは2年くらい前かしら。今は居ないようだけど、出掛けてるの?」

 

「そんな前でしたっけ。月日が経つの早いですね。出掛けてませんよ。今日来るアラン君に照れているのか、上の階に居ますよ」

 

 エセルと呼ばれた女性は苦笑しながら俺を見た。ここらで挨拶しとくか。

 

「初めまして。アランと言います。ジュリアスさん、エセルさん、今日からよろしくお願いします」

 

「やあ、こんにちは。初めまして、アラン君。私はジュリアスだ」

 

「私はエセルよ。よろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

「そう固くならなくていいよ。今日から私たちは家族になるんだから」

 

 ジュリアスは穏やかに言った。

 

「家族ですか……ありがとうございます。今日からお世話になります。世間を知らない子供ですが、迎え入れて頂き本当に嬉しいです」

 

 カタコトの英語で伝えると、ジュール夫妻は暖かく受け入れてくれた。

 

「気にしなくていいわよ。君が大変な環境に置かれてたって先輩から聞いてるしね」

 

「うん。私たちは君と会うのを楽しみにしてたんだ。気を楽にして欲しいな」

 

「そう言ってもらえると助かります。ところで先ほどからその階段の陰に誰か隠れているのはどちらですか」

 

 階段の陰から確実に一人分の気配を感じる。自然生活の中で気配を探る力が身についてからは、周囲の生物への状況把握ぐらいはできる。これは感覚にすぎないのだが確信を持てるのだ。日常生活で我々の真後ろに人が立っていたら気づくように。これも魔法がある世界なら当たり前の感覚なのだろうか。

 

「階段の陰?エリザいるのかい?」

 

 ジュリアスが呼ぶと小さな金髪の人形のような可愛らしい見目の少女が出てきた。ジュリアスはよく分かったなと驚いていた。

 

 むっ?皆の反応を見るとこの世界でも普通気配を読むことができないのか。そんなものか。

 

「貴方がアランさん?」

 

 少女は不安そうに尋ねた。

 

「そうだよ。初めまして、俺はアラン。君は?」

 

「私はエリザ。初めまして」

 

 エリザはマクゴナガルさんに頭を下げた後、そそくさと階段を上がってしまった。

 

「あら、エリザは昔ずっとやんちゃだったのに、今はおとなしくなったわねえ」

 

「違いますよ。いつもは活発な子なんですけど、今日はアラン君が来るからか昨日からどうにも緊張しているんですよね」

 

エセルは困ったように言う。

 

「なるほどね。まあ子供は仲良くなるのが早いですから心配いらないでしょう」

 

「そうですね」

 

「悪いね、アラン君」

 

 うん。いきなり家族が一人増えるって言われても子供は困るよな。仕方ないか。

 

「構いませんよ。早く仲良くなりたいですね。エリザさんは何歳ですか」

 

「まだ7歳よ。アラン君は8歳だから、君はお兄ちゃんだね」

 

 一個下か。今までは兄妹というものがいなかったがいきなり妹ができたことになるな。

 

「お兄ちゃんですか。家族っていいですよね……暖かくて……お義父さん、お義母さんって呼んでいいですか」

 

「もちろんさ。遠慮なんていらないよ」

 

 様子を見ていたマグゴナガルさんは安心して口を開く。

 

「アラン、その調子なら問題無さそうですね。ホグワーツで待っています。貴方はとても教えがいがありそうですから楽しみです。ではエセル、ジュリアス、アランのことを頼むわよ。エリザにもよろしく伝えてね。また無事に会いましょう」

 

「任せてください、先輩。責任持って私達が面倒を見ます。先輩も頑張ってください。どうかご無事で」

 

「マグゴナガルさん、俺を島で見つけ、保護してくれてありがとうございます。この恩は絶対忘れません。次は学校で会いましょう」

 

 俺らの別れの言葉を受けマグゴナガルさんは帰っていった。

 

「あの、今って結構危険な時代なのですか」

 

「ああそうだよ。アラン君は知らないかも知れないかもしれないが、今イギリスの魔法族は一人の道を違えた男のテロによって安全とは言えないんだよ」

 

 ジュリアスが顔をしかめながら答える。

 

「そんなことが起きているんですね。ここは大丈夫なのですか」

 

「幸いマグルの多いこの地区ではまだ何も起きてないから安心してもらっていいよ」

 

「そうですか」

 

 ふぅん。魔法族同士でもいざこざはやはりあるんだな。

 

「まぁそれは置いといて、君の部屋を案内するよ。ついて来てくれ」

 

 ジュリアスさんに案内されるままに階段を上がり2階に上がると、いくつかの部屋が見えた。

 

「この正面の部屋が君の部屋だ。右手の部屋はエリザの部屋だからくれぐれも間違えないようにね」

 

「分かりました」

 

 自室に入ると、勉強机とベッドが用意されていた。

 

「ベッドは客人用のもので、シーツなどは新品同然だから気持ちいいはずだよ」

 

「ふふ、そうですか。ありがとうございます」

 

「何か質問あるかい。無ければ夕食までゆっくりしているといい。慣れないことで今日は疲れただろう」

 

「いいえ、特には。ただ何か読むものが欲しいので何か本などがありますか」

 

「本かい。どんな本がいいかい」

 

「そうですね。例えば『変身現代』みたいな面白い雑誌とかがいいですね」

 

「よく難しい本を知っているね……内容は分かるのかい?」

 

「いえ全然。魔法に関する知識は何もないですからね。ただ目的や手法に関しては理解できるところも少なくはないです」

 

「なんてこった。マクゴナガルさんがすごくきれる子と言っていたがその通りのようだ。では魔法の基礎になるような本を数冊渡すよ」

 

 ジュリアスは部屋から出てしばらく経つと数冊の本を持ってきた。

 

「『魔法論』、『変身術入門』、『魔法史』、この辺の本は魔法の初歩や背景が書かれているから君なら理解できると思うよ」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

「さっきも言ったが家族に対して固くなる必要なんてないんだよ。もう少しフランクにしてもらって構わんよ」

 

「ふふっ。ありがとう、お義父さん」

 

「それでいい。じゃあ夕食のタイミングで呼びにくるからそれまでまったりしなさい」

 

 返事を聞き満足したジュリアスは部屋から出て行った。

 

 ふぅ。里親か。ずいぶん優しそうな家族だな。良かった。ジュリアスさんは面倒見がいいタイプだな。エセルさんは優しさの中に厳しさを兼ね備えたタイプと見た。何と無く雰囲気はマクゴナガルさんに似ているし。彼女のことを先輩と行っていることから直属の後輩なのかな?エリザちゃんは話を聞く限りやんちゃらしいが俺のせいでどうもしおらしくなっているらしいな。さて困ったな……

 

 そういえば俺の親はどうしているのだろうか。元気にやっているだろうか。俺はなんでこの世界に転生したんだろう。なんの前触れもなく気づいたらここだもんな。ずっと考えてこなかったけど、俺がここにいるのに意味があるのかな?分からない。意味なんてないのかもしれないし。前世に強い未練があるのかと言えば特に無いのが事実だ。ただ親に恩返しだけはしたかった。それと……

 

 む。思考の沼にはまってしまったな。気分転換に用意してもらった本でも読むか。楽しみは後ってことで『魔法論』は後で読もう。とりあえずこの世界の教養をつけるためにも『魔法史』あたりから読むか。

 

 本を読みしばらく経つと、ドアの向こうから夕飯だと言うジュリアスさんの声が聞こえた。階段を降りダイニングルームに行くとジュリアスさん、エセルさんそしてすでにエリザちゃんまでいた。みんな席についていた。なんだもう少し早く行けば良かったな。

 

「では改めて、アランです。今日からよろしくお願いします」

 

 頭を下げるとみんなはよろしくと頷いた。

 

「色々話したいこともあるでしょうが、まずは夕飯にしましょう」

 

 エセルがそう切り出し、家族4人の初めての夕食を迎えた。

 

「はい。『いただきます』」

 

 合掌しながらそう言うと、周りの3人は珍しいものを見たかのような表情で見つめてきた。

 

 やはり伝わらんな。これは。




【用語解説】
Nature:世界的に権威のある学術雑誌。世界中の素晴らしい論文が多く掲載されている。

チェアー:Break Danceにおいてフリーズや技の起点によく使われる。6歩に並ぶ代表的なムーヴ。

次話は27日26:30更新でお願いします。

誤字、脱字がありましたら報告していただけると幸いです。

あと2話ほどでホグワーツ行きます。



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Gauss

前回のあらすじ
ジュール家に引き取られた。


【注意】数式の試みがあります。嫌いな方はごめんなさい。tex変換ツールを試してみたかっただけです。

途中出る数式は本筋でないので読み飛ばしても構いません。



 アランがジュール家に来てはや2週間が経つ。アランの長く鬱陶しい黒髪は後ろで結べるギリギリのところまで切ってサイドを刈り込むことでスッキリした。

 

 ジュール家にはいくつかのルールがある。魔法族なのになるべく魔法に頼らないというものだ。料理、洗濯、掃除などの家事において魔法を使っているところをアランは見たことがない。何故かとエセルに尋ねると、「魔法は確かに便利だけど、そればっかだと人の温かさが失っちゃうでしょう。」と答えた。

 また杖を持つのは11歳からというルールもある。なんでも幼少期から杖を使うと危ないっていうのと自尊心が高すぎる人間になってしまうとの事だ。その為アランはもちろんエリザも杖を持っていない。

 

 ジュリアスは普段ヒーラーと呼ばれる魔法族専門の医者として働いているようだ。すごいな。エセルもヒーラーの免許を持っているらしいが今は主婦に専念している。エリザはアランに対してどこか余所余所しく避けるように行動するため、アランはなかなか話すことができなかった。

 

 

 

「お義父さん、この辺に図書館ってある?」

 

「図書館?あるぞ、それも大きな奴が。本を読みたいのか?」

 

「うん。俺まだ全然状況が分かってないから色々調べたくてさ」

 

「その歳で調べ物か……」

 

 ジュリアスは感心したように漏らす。

 

「マグルの図書館でいいんだよな?ここから30分ほど歩けばあるけど今から一緒に行くか?」

 

「うん。連れて行ってくれるの?ありがたい!」

 

「エセル、夕飯までには帰ってくるからアランと出掛けてくるね」

 

「分かったわ。遅くならないようにね」

 

「「行って来る」」

 

 俺は前々から行きたかった図書館に行くことにした。前世と今世の整合性を確認したいからだ。

 

「どうだアラン。大きいだろ!」

 

 ジュリアスは自慢げに図書館を披露する。

 

 ほーう。予想よりはるかに広い図書館だな。

 

「ここらで図書館って言ったらこの図書館が有名さ。なんたってここはマグルの国が運営してるんだからな」

 

 国立図書館か。都合がいいな。ここなら思う存分調べられそうだ。

 

「ありがとう。こっからは自分で調べられるからお義父さんは自由にしてていいよ」

 

「そうか。じゃあ調べものが終わったら声掛けてくれ。ここらへんで本読んでるから」

 

 ジュリアスと別れ、まず真っ先に向かったのは歴史の棚だ。この世界の魔法がどのように影響を与えたのかが重要だからな。

 

 どれどれ、近代史か。1840年アヘン戦争、1914年第一次世界大戦、1939年第二次世界大戦。こういった有名な戦争はうろ覚えな知識と全て同じだな。魔法族は本当にマグルと関わりを持たないようにしてきたとみえる。

 

 数学はどうだろう。数学の発展は文明の発展でもあるからな。ふーむ。フェルマー、オイラー、ラプラス、ガウス、リーマン、ラマヌジャンなどなど……

 

 なるほどこれまた前世と同じ人物が活躍しているな。じゃあ物理学は?

 

 ニュートンのプリンキピア(Philosophiae naturalis principia mathematica)、マクスウェル方程式、アインシュタインの特殊相対性理論、ラザフォードの原子の研究、シュレーディンガーの量子力学。そしてノイマンの原子爆弾に関するZND理論。

 

 ノイマンまでいたのか。ということはこの世界でもノイマン型コンピュータが覇権を握るのか。

 

 書物を漁って読むうちにだんだん背筋が凍ってきた。

 

 自分の知っている何もかもが前世と同じように起こっているからだ。事件も発見もなした人が全て一致している。あまりにもリアルだ。ここは単なるフィクションの世界ではないと再認識させられた。

 

 はぁ、やれやれ。まぁ気にしても仕方ないけどな。

 

 貨幣についてだがアランがエセルに確認したところ、魔法界ではガリオン、シックル、クヌートと呼ばれる三つの硬貨が使用されているという。それぞれ金貨、銀貨、銅貨である。1ガリオンは17シックル、1シックルは29クヌートである。全く魔法界は何進法を採用しているのか……計算しにくくて堪らない。マグル界の貨幣とのレートは1ガリオン約5ポンドときく。ポンドと円のレートを調べると1ポンド860円程度であった。前世だと確か1ポンド140円程度だったからものすごく円安に感じるな。まあこの時代の物価がわからないからなんとも言えないがな。

 

 結局は1ガリオンは約4000円、1シックルが約250円、1クヌートが約10円となるのか。

 

『バリスタとソリシタ』

 

 なんだこの本は。バリスタは知ってるけど、ソリシタって何だ。バリスタってコーヒーを淹れる職だよな。ソリシタは紅茶を淹れる職かな?

 興味から読むと、バリスタ、ソリシタは日本でいう弁護士に類する職であった。なんでもソリシタが相談を受け契約書や遺言書などを作成し、バリスタが法廷での弁論をするような分業であるらしい。恥ずかしい思いをするところだった。というかコーヒー淹れるバリスタと綴り違ったし。この国の常識が全然ないな……

 

 

————

 

 

 このイギリスという国を理解するため、またブランクのある思考法を向上するためにもアランは図書館に通い詰めた。そんなある日アランはエリザと買い物に出かけることになった。夕飯の食材を買ってきてほしいとのことだ。

 

 エリザちゃん、まだ俺に気を許してくれないなー。

 

 エリザはアランとの距離感に困りながら一緒に歩いていた。いきなり家族が増えると言っても幼いエリザにはすんなり受け止められない。

 

 一人っ子として両親の愛情を目一杯受けてきたが今はそうもいかない。ジュリアスもエセルもなにかとアランに気を配るため、エリザはわがままをなかなか言えないのだ。

 

「エリザちゃんは学校楽しい?」

 

「うん。まぁまぁかな。アランさんは楽しみ?」

 

 エリザは事情によりアランが学校に行けていないことを知っている。ただその事情も親からはぼかされて伝えられているためよく分からない。

 

「もちろんさ。新しい環境って大変だけど学ぶのは好きだからとてもワクワクするからね」

 

「ふーん。そうなんだ。アランさんは変わってるね」

 

 確かに、子供にとっては勉強など楽しくも何ともないだろう。それにしてもやっぱり他人行儀だなあ。

 

 気まずい沈黙が続く。

 

「エリザちゃん、ごめんね。俺が来てからどうにも元気ないって聞くし」

 

「いいよ。気にしてないから。ただちょっとモヤモヤするだけ……」

 

「そっか……」

 

 エリザは会話をすることなく先に歩いて行く。

 

 まあ、この関係も時間が解決するだろう。その為にも俺は家族に迷惑をかけないように振る舞わないとな。

 

 アランはエリザの後をゆっくり着いて行くと先の曲がり角から接近する気配に気づく。エリザはぼんやりと下を向いて歩道の内側を歩いている。

 

「危ないっ!」

 

 走ってエリザを引っ張ると死角からは自転車が迫る。

 

「うぉっ!!」

 

 大きな音がなり、エリザは驚く。

 

「大丈夫か!坊主!」

 

 自転車でアランを轢いてしまった男が慌てる。

 

「うん。急に飛び出してごめんなさい。お兄さん怪我は?」

 

「俺は大丈夫だ。でも坊主は手足から血が出てるじゃねえか!立てるか?救急車呼ぶか?」

 

「いえ大丈夫です……立てますし歩けます。家が近いから問題ありません。怪我も見た目ほど酷くないし」

 

「そ、そうか。せめて家まで運ばせてくれ。その状態で放置などできん」

 

「いえ、本当に大丈夫です。軽く擦りむいただけですから。その気持ちだけで結構です。非は俺の方にあるので」

 

「そうか… もしなんかあったらここに連絡してくれ。悪かったな坊主に嬢ちゃん」

 

 ぶつかった男は連絡先を書いた紙を渡す。

 

「ありがとうございます。こちらこそ前方不注意申し訳ありませんでした。Beannachd leat!(じゃあね)」

 

「おう。Beannachd leat!」

 

 男は倒れた自転車を起こしそのまま去った。

 

 嵐のような男だったな。それにしても尋常じゃなく痛え。エリザちゃんがいなかったら泣き喚きたいくらいだ。目からは涙が出てくるし。でもエリザちゃんに心配かけたくないから痩せ我慢しなくては。

 

「ア゛ランざんっ……んっ……んっ……んぐっ」

 

 しばらく呆然としていたエリザが泣きながら声をあげる。

 

「大丈夫だよ。家に帰って治してもらうから……」

 

「ごめんなざぃ……わだしのせいで……」

 

「気にしなくていいよ。エリザちゃんが無事でよかったよ」

 

 何事もなかったように振る舞うが、膝からは血が滴る。

 

 足首も痛え。思い切り打ちつけたからなあ。ついてねえなあ。

 

「うぅ……ごめんなざい……」

 

「とりあえず帰ろうか。こんくらいの傷で済んで良かったよ」

 

 エリザは泣きながらとぼとぼと歩き出した。アランもゆっくりついて行きながら帰った。二人が帰宅しエセルがその様子を見ると慌てて駆けつけた。

 

「どうしたの!一体!」

 

「わだしが……いけないの……」

 

「ちょっと事故にあってね。たいした傷じゃあないんだが、すぐ治して欲しいな……」

 

「え、ええ。エピスキー(癒えよ)!」

 

「うっ……それと足首にもお願い。打ち身になってるっぽい」

 

「分かったわ。エピスキー(癒えよ)!」

 

「いつつっ……助かったよ。ありがとう」

 

「大事に至る怪我じゃなくて良かったわ。一体どうしたのよ」

 

「うーんと、自転車と衝突しちゃってね……」

 

「大変じゃない!頭は打たなかった?相手は大丈夫なの?」

 

 エセルは少し取り乱しながらアランに状況を尋ねる。

 

「幸い頭はぶつけなかったからよかったよ。相手の方も特に怪我してなさそうだし元気だったから大丈夫」

 

「そうだったの。今後気をつけなさいよ。アラン。次は助からないかもしれないんだから。エリザはなんで泣いているのかしら」

 

「ぁあ、それはね、」

 

「わだしがいげなかったの!!」

 

 エリザは自分が怒られるのではないかという恐怖とアランに迷惑をかけてしまった罪悪感とで冷静さを失ってしまっている。

 

「エリザ?」

 

「わだしがよそ見して歩いでだから!」

 

「落ち着きなさいよ、エリザ。ちゃんと聞くから、ゆっくり話しなさい」

 

「えっどね……わたしはすねてたの……」

 

「うんうん。何に対して?」

 

「アランざん……だってママもパパもアランさんばっかりなんだもん」

 

「そうね……悪かったわ。でもしょうがないのよ。アランはね、本当の親がどこにいるかわからないし、ここに来るまではずっと一人だったのよ。エリザも分かってあげてよ」

 

「んん。本当はわかってたよ。アランさんが大変だったことくらい。それなのに私は勝手にいじけて……」

 

「うんうん」

 

「そんでね。今日だってお買い物に行くことになったけど、とっても気まずかったの」

 

「そうなの」

 

「ん。だから、会話もどうすればいいか分かんないから一人で先に歩いてたの。そしたら曲がり角のところで急に自転車が出てきてね。アランさんが守ってくれたの」

 

「そうだったの。話してくれてありがとね、エリザ。そうなの?アラン」

 

「まあ、そうゆうことで合ってるよ」

 

「アラン。ごめんなさいね。てっきり貴方の不注意かと」

 

 エセルはアランに向き直り頭を下げる。

 

「いやいいよ。別に気にしてないから」

 

「エリザを守ってくれてありがとう。貴方のことがとても誇らしいわ」

 

「当然だろ、家族を守るなんて。エリザちゃんが傷つくなんて俺も嫌だし。その点俺は鍛えられているから大丈夫だよ」

 

「どうして……どうして、わたしを守ってくれたの?」

 

「?家族だからだよ」

 

「でもわたしはひどい態度を取ってたし……」

 

「それがどうした。俺はもうジュール家の一員だ。妹を守るのに理由なんていらないし、その態度を取られる原因が俺にあるってわかってるから気にしなくていい。まぁちょっとは気を許して欲しいけどね」

 

 そういってアランが笑うと、エリザもつられてように小さく笑う。

 

「ありがとう……アランにぃ……」

 

 エリザが恥ずかしそうにアランのことを兄呼ばわりするとアランは目を輝かせた。

 

「ふふふ。どういたしまして。エリザ」

 

「あらあら。仲良くなれたのね。よかったわ。二人ともゆっくり休んでなさい。買い物は私が行ってくるから」

 

「ああ。ありがとう、義母さん」

 

 エセルが買い物を終えて、ダイニングルームに戻るとぎこちなく会話をするアランとエリザが見える。

 

「無事でよかったわ。本当に」

 

 エセルは鼻歌交じりに夕食の準備に取り掛かった。

 

 

————

 

 

 アランはマグルのプライマリースクールに通うことになった。アランがジュール家に引き取られたのは8月であり、ちょうど夏休みの期間というのも都合がいい。

 

 イギリスの教育制度は面白いことに、日本のように6-3-3-4と小学校、中学校、高校、大学と続くわけではない。

 まず義務教育は5歳から15歳だ。ここで公立学校か独立学校(いわゆる私立学校)かで過程が区分されている。伝統的なラグビー校やイートン校といったパブリックスクールは独立学校であり、私立になることに注意だ。パブリックなのにプライベートなのである。

 プライマリースクールは公立学校なら5歳から11歳まで、独立学校なら5歳から12歳であり、セカンダリースクールはそれぞれ15歳までである。15歳から18歳は継続教育につながり、18歳以降は高等教育として大学に進学するのが基本的な教育制度だ。ただしこれは一例であり、地域によって状況は異なる。ホグワーツは11歳から18歳ということで中等教育から継続教育までに当たるということだ。

 

 それはさておき、ジュール家ではマグルのプライマリースクールでマグルの常識を身につけるのが方針である。エリザは現に公立のプライマリースクールに通っていて、ちょうど2年生を終えて次は3年生となるのだ。アランはエリザの一つ上より、4年生になることになる。学校ではジュール家の親戚の子として紹介された。

 

 

 

 やはり学校の授業内容は退屈だな。クスリで子供にされた高校生もこんな気持ちなのだろうか。まあ俺の場合はどの授業も英会話の勉強にとてもなるからいいが。俺のクラスを見てくれる先生は、レクシー先生と言って若い黒髪の女性だ。彼女はなかなかに面白いことをしてくれる。

 

 算数の計算演習の授業で半年ほど全ての問題を1分ほどで解いていたら、追加の問題をくれるようになったのだ。それも進んだ内容のものをだ。最初は小学生高学年ほどで習う内容のものだったが、それもすぐに解いてみせると、だんだんレベルが上がり、中学の内容に入った。それも詰まることなく解き続けると高等教育の内容に移っていった。積分を出すか……まぁまだ小学生にも解ける子はいるかな?相当学習が早い子だけど。

 

 先生は何処から持ってくるのか演習を解き終えると毎回問題を用意してきた。今日も計算演習の授業がある。先週積分の問題を解いた時、先生相当悔しそうな顔してたな。この張り合いを楽しんでいる自分がいる。今週の授業で出された問題を片付けると先生は自信に満ちた表情で問題を渡してきた。

 

 ほぉ。なかなかいい問題を見つけてきたと見える。どんな問題かな。

 

$$\int^{1}_{0} xe^{1-x}\: dx$$

 

 ふーむ。指数関数の積分か。ネイピア数について$e^x$が微分、積分に関して変化しないこと利用して部分積分を考えるのがいいな。

 部分積分とは積の微分

$$(fg)'=f'g+fg'$$

を考え

$$\int f'g = fg - \int fg'$$

とすることである。したがってこの問題においては、

\begin{eqnarray*}\int^{1}_{0} xe^{1-x}\: dx &=& \left[ x(-e^{1-x}) \right]^{1}_{0} - \int^{1}_{0} (-e^{1-x})\: dx \\ &=& -1 + \left[ -e^{1-x} \right]^{1}_{0} \\ &=& e-2\end{eqnarray*}

 

 こんなもんか。別に大したことは無い。次は?

 

$$\int^{\infty}_{-\infty} e^{-ax^2}\: dx$$

 

 ガウス積分かよ……

 

 思わず笑みがこぼれた。さっきの積分と形は似てるがまるでレベルが違うぞ。本当に小学生が解けると思ってるのか?こんなん解ける小学生、国内探してもまぁまずいないんじゃないか?難易度のエスカレートぶりに笑えてくるわ。小学校の先生でも解ける人はそうはいないだろう。

 

 まぁ挑戦には受けて立つが。

 

 解き方は分かりやすいようにオーソドックスな方法でいいだろう。

 まずは与式を文字で置いて、2つのdummy変数で表してやる。

\begin{eqnarray}I &=& \int^{\infty}_{-\infty} e^{-ax^2}\: dx \\ &=& \int^{\infty}_{-\infty} e^{-ay^2}\: dy \end{eqnarray}

 次に与式の二乗を考える。

\begin{equation*} \begin{split} I^2&=\left( \int^{\infty}_{-\infty} e^{-ax^2}\: dx \right) \left( \int^{\infty}_{-\infty} e^{-ay^2}\: dy \right) \\ &=\int^{\infty}_{-\infty} \int^{\infty}_{-\infty} e^{-a(x^2+y^2)}\: dx\: dy \end{split} \end{equation*}

 ここで嬉しいのが

\begin{eqnarray} \left\{ \begin{array}{l} x = r \cos\theta \\ y = r \sin \theta \end{array} \right.\end{eqnarray}

という極座標変換をするとヤコビアンの項のおかげで積分ができる形に持って言えるということだ。直交座標を極座標に変換するときは変数変換のヤコビアンも計算しなくてはならない。ヤコビアンは

\begin{equation*} \begin{split} J &= \mathrm{ det }\begin{pmatrix} \frac{ \partial x }{ \partial r } & \frac{ \partial x }{ \partial \theta } \\ \frac{ \partial y }{ \partial r } & \frac{ \partial y }{ \partial \theta } \end{pmatrix} \\ &= \mathrm{ det }\begin{pmatrix} \cos \theta & -r \sin \theta \\ \sin \theta & r \cos \theta \end{pmatrix} \\ &= r(\cos^2 \theta + \sin^2 \theta)\\&=r\end{split} \end{equation*}

と計算できる。また積分区間は$\mathbb{ R }^2 \leftrightarrow (0,\infty) \times (0,2\pi)$で一対一対応する。したがって

\begin{equation*} \begin{split} I^2&=\int^{\infty}_{-\infty} \int^{\infty}_{-\infty} e^{-a(x^2+y^2)}\: dx\: dy \\ &= \int^{2\pi}_{0} \left[ \int^{\infty}_{0} e^{-ar^2} r \: dr \right] \: d \theta \\ &= \int^{2\pi}_{0} \frac{1}{2a} \: d \theta \\ &= \frac{\pi}{a} \end{split} \end{equation*}

 ガウス積分は被積分値が正であることから正値を取るので

\begin{equation*} \begin{split} I&= \sqrt{ \frac{\pi}{a} } \end{split} \end{equation*}

 

 解析的な考察は難しいからやらないがこんなものだろう。

 

 レクシーは答案を見て、事前に用意してきたであろう本と照らし合わせると顔が青褪めていく。

 

「正解です……」

 

 放課後家事を終えたエセルが学校に呼び出された。

 

「どうしたのですか。先生。うちのアランが何か問題を起こしてしまいましたか」

 

 エセルはアランが魔法を使ったのではないかと内心焦っていた。国際魔法使い機密保持法などが面倒だ。何しろレクシーの慌てぶりが尋常ではない。

 

「問題?ええ!大問題ですよ!」

 

「いったい何があったんですか?」

 

 エセルはアランに視線を向けるが、アランはどこ吹く風と受け流す。

 

「アラン君は間違いなくギフテッドです!今すぐにでも大学に行かせましょう!」

 

「え……ギフテッドですか?」

 

「そうです。アラン君は高校生でも解けないような数学の問題を軽々解いて見せました。正直私にも理解できない問題です」

 

「え、どういうことですか」

 

 エセルは困惑しながらも聞き返す。

 

「アラン君はいつも生徒に解かせてる計算問題を1分くらいで解いてしまうので、彼には難しい問題を別紙で解いてもらってたのです。先週は高校で習う積分計算も解いてみせたので、今日は試しに大学レベルの計算をやってもらいました。するとそれすらも解いたのです!」

 

「そ、そうですか……」

 

 エセルはマグルの学校を出なかったので事の大きさがよく分かっていなかった。

 

「家ではどんな教育をしているのですか!周りの教員に聞いてもそんなの前代未聞です。その才能を腐らすのは勿体ないです!」

 

 エセルはアランがそこまで学問を出来るとは知らなかったためひどく驚いた。

 

「特に教えたりはしていませんでした……なのでそんなに勉強ができるとは知りませんでした。ただこの子は日頃から足しげく図書館に通ってました。そこで学んだのではないでしょうか。大学の件ですが、一旦家に持ち帰っていいですか」

 

「なるほど……そうですか。是非!恥ずかしながら我々より彼の方がその道をよく知っているため、教えるのが難しいです」

 

 エセルはアランと帰路につくとき尋ねた。

 

「アランがそこまで勉強できるだなんて知らなかったわ。やっぱり大学に行きたい?」

 

「学ぶのはとても好きだからね。大学ね……とっても魅力的な提案だけど、ちょっと考えさせて」

 

「そう。分かったわ。アランの意思を尊重するわ。帰ったらジュリアスにも言いましょう」

 

 家に帰りジュリアスにこのことを伝えると、大変喜んだ。

 

「すごいじゃないか、アラン!私は勉強でだいぶ苦労したが、君は天才とまで言われるなんて!大学はどうだ?行きたいなら行かせるくらいの貯蓄はあるつもりだ」

 

「その話だけど、俺は大学に行かなくていいと思う」

 

「どうしてだい?」

 

 ジュリアスは肩透かしを食らったように言う。

 

「うーん。俺は後3年もしたらホグワーツに行くんだよね。そうしたら大学には通えないし。何より魔法にとても興味があるんだ。魔法を学びながら片手間に学問をやるなんてとてもできるとは思えないよ」

 

「本当にいいの?」

 

 とエセルは確認する。

 

「ああ、大丈夫。実はまだ講義を聞き取れる自信もないしね。ホグワーツまではプライマリースクールでのんびりするさ」

 

「アランがそういうなら先生には断っておくね。貴方の将来がとても楽しみだわ」

 

 後日エセルがレクシーに大学入学案の辞退を告げるとレクシーは諦められず何度も勧めた。しかしエセルが断固として乗らなかったためレクシーは折れた。

 

「すみませんね。アランの親戚が3年後には出張から帰って来るから、親の元に戻ることになるんです。それまでの間は貴校でゆっくりしたいと言っているので」

 

「そうですか……まだ子供ですもんね。分かりました。それまでは私たちがしっかりと曲がらないように導いていきたいと思います!今後ともよろしくお願いします」

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。何か問題を起こしでもしたら連絡ください」

 

「アラン君は問題を起こすような子ではないですね。学力は申し分ないのはもちろん、運動もやらせれば誰よりも良く動けますよ。年の割に落ち着いていて、引き際をよく見極めていていい意味で子供っぽくないんですよね。クラスの子達も彼に一目置いていて頼りになります」

 

「そうですか。先生にそう言ってもらえてとても嬉しいです。娘と違ってアランは家では学校のことを全然話さないので。引き続きアランのことを頼みます」

 

 エセルは嬉しそうに言い帰路に着いた。

 

 

 

 大きな事件が起こることなく穏やかに数年が経ち、ジュール家に一通の手紙が届いた。




【用語解説】
ガウス積分:数学的に美しい式の1つ。正規分布を考える時などでよく使われる。
 
ギフテッド:天才。

小学生のガウス積分計算:強くてニューゲームでラヴォス(負けイベント)を強引に倒すようなもの。

作中では15歳までを義務教育としていますが1972年には16歳までに変更されました。
年末ということで色々あり更新遅くなりました…...

これが今年最後の投稿になります。来年もよろしくお願いします.
良いお年を.


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仏には

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


前回のあらすじ
家族でまったり。



 アランが11歳を迎えるとジュール家に一通の手紙が届いた。夕食後、ダイニングルームでアランたちがまったりと過ごすと玄関から物音が聞こえてくる。

 

「アランにぃ、手紙が来てたよ!」

 

 エリザは手紙を持ちながら忙しなく駆け抜ける。アランを見つけると横になっている彼の腹にダイブする。

 

「うおっ。エリザ、わざわざありがとう」

 

 そう言いながらエリザの髪をとかす。

 

「えへへー」

 

 アランが封筒を開けると何枚かの書類が入っていた。ホグワーツからだ。ホグワーツ入学許可証とそれに伴う教科書、教材のリストが入っていた。

 

 新学期は9月1日からか。入学意向の返事はフクロウ便で7月31日までにしないといけないのか。すでに6月だからあまり時間がないじゃないか。

 

「義父さん、ホグワーツから手紙がきたよ」

 

 ジュリアスはアランからホグワーツの話を聞くと舞い上がる。

 

「おお、ようやくか!そうかそうか、アランもついにホグワーツか。エセル!ホグワーツから手紙がきたぞ!」

 

「あら、よかったわね。ジュリアス、あなたいつもホグワーツから連絡が来ないか待っていたものね」

 

「おいおい、それをアランの前で言わないでくれよ。恥ずかしいじゃあないか」

 

 ジュリアスは照れながら返す。

 

「ふふふ、ホグワーツね、懐かしいわ」

 

 エセルは回顧しながら言う。

 

「あー、そういえば義母さんも義父さんもホグワーツだったっけ?」

 

「ええ、そうよ。私はグリフィンドールで、ジュリアスはハッフルパフだったわ」

 

「そうなんだ。グリフィンドールとかハッフルパフってホグワーツの寮だっけ?」

 

 アランはホグワーツがいくつかの寮に分かれているということを本で数回見た程度でしか知らなかった。

 

「そうよ。ホグワーツには四つの寮があるの。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンね。ホグワーツに入学すると、素質によっていづれかに配属されて7年間過ごすことになるわ」

 

「へえ、寮の配属はどういう風に決まるの?」

 

 アランがそう聞くと、エリザも気になるのか耳を傾ける。

 

「それは、教えられないわ。ホグワーツに行ってからのお楽しみよ」

 

 エセルは楽しそうに告げるとエリザは肩を落とす。

 

「ママ、それしか言わないじゃん」

 

「ごめんね、ホグワーツの伝統なのよ。ねえジュリアス」

 

「ああ、私の時はホグワーツに着いてから怪物と戦って寮を決めるとかいろんな噂が飛び交ってたぞ」

 

「そんなのあるのか……」

 

「まあ考えればあり得ないことだってすぐ分かるけどね」

 

 ジュリアスは笑いながら言う。

 

「なるほど。分からないならないで別に良いや。寮のことはおいといてホグワーツの手紙に入学の意思表明、教材リストがあったから目を通して欲しいな」

 

「おお、そうか。とても大事だな」

 

 ジュリアスとエセルは手紙の内容に目を通す。

 

「アラン、ホグワーツに行くので問題ないな」

 

「もちろん!ホグワーツはイギリスの魔法学校としてとても名高いのは知ってるし。ホグワーツに通わせて欲しい」

 

 アランが頭を下げると、ジュリアス、エセルは共に微笑む。

 

「私たちはアランがホグワーツに無事行けてとても嬉しいよ」

 

「ええ、本当ね。アランがホグワーツに行くことだし、杖や教材などを買いにいかないとね」

 

 おお、ついに杖が手に入るのか。かなり楽しみだ。

 

「そうだな。今週末にでもダイアゴン横丁に行くか」

 

「ダイアゴン横丁?」

 

 アランはこの近辺でそんな通りを聞いたことなかった。

 

「ああ、アランが聞いたことないのも無理がない。ダイアゴン横丁は魔法族のための街でいろいろな魔法製品が売っているんだ」

 

「なるほど。マグルには隠された魔法族の街ね。行きたい!とても面白そうだし」

 

「よしきた。じゃあ日曜にダイアゴン横丁行くぞ」

 

 ジュリアスは嬉しそうに言った。

 

「私も行きたい!!」

 

 エリザは期待に満ちた目をジュリアスに向ける。

 

「そういえば、エリザもまだ行ったことなかったか。良いぞ。行こうか!」

 

「やったああ!!」

 

 エリザは返事を聞き喜色満面であった。

 

「私は用事があるから行けないわ。ジュリアス、子供達を頼んだわよ」

 

「ああ、任せてくれ。日曜日が楽しみだな」

 

 

———

 

 

 日曜の朝からエリザの機嫌はよかった。

 

「早く行こうよ。パパ!」

 

「そう慌てなくても行くから落ち着きなさい。パパにも準備があるんだから」

 

 ジュリアスは慌ただしく買い物の準備をしている。

 

「早く、早く〜」

 

「待たせたな。準備が終わったぞ。アランも大丈夫か」

 

「うん。もうばっちしだよ」

 

「そうか。じゃあ暖炉に近づきなさい。行き先は『ダイアゴン横丁』だ。発音を絶対に間違えるなよ」

 

「「うん」」

 

 エセルは暖炉の上に置いてあった鉢を下ろした。鉢にはキラリと光るフルーパウダーと呼ばれる粉が入っている。フルーパウダーは登録された暖炉間の移動を可能にするものだ。

 

「ジュリアス、アラン、エリザ、楽しんでらっしゃい」

 

 エセルはそう言って鉢を差し出す。

 

「ありがとうエセル、遅くならないように帰るからな。じゃあ私から行くぞ」

 

 ジュリアスはフルーパウダーを一掴みして暖炉の炎に振りまいた。すると音を立てながら炎の色がエメラルド・グリーンに変色した。

 

 これ綺麗だけど、何度見ても炎色反応にしか見えないな……フルーパウダーって銅粉でも混ざっているのかな。それ相応の機材があればスペクトル分析してみたい……

 

 アランは以前ジュリアスとエセルにフルーパウダーの原料を聞いてみたが、考えたこともなかったと言われてしまった。

 

 ジュリアスはエメラルド・グリーンに燃え盛る炎の中に入り目を瞑りながら「ダイアゴン横丁!」と言い、フッと消えた。

 

 うーむ。何度見てもわけ分からん。ここまでの質量のものを瞬間移動させるなんてどんな理屈が働いているのやら。今まで見た現象で間違いなくこれが一番すごいな。

 

 アランは思考の沼に入るも後ろにエリザがつかえているので、早め思考を切り上げジュリアスと同様に煙突飛行を済ませた。エリザと合流すると、まず本屋に向かうことをジュリアスは告げる。

 

「まず本屋に行って、次に制服を揃えて最後にアランの杖をみるぞ」

 

「分かった」

 

「いいなあー私も杖欲しい……」

 

「エリザももう少しの辛抱さ。来年にはいい杖を買ってあげるから」

 

「うん。楽しみに待ってるね!」

 

 エリザはやはり杖に強い憧れを抱いているようだ。が、歩いてくうちにエリザの興味も紛れていく。駄菓子屋、ペットショップ、箒店、鍋屋、ジャンクショップ、骨董店などなど様々な店が並んでいるのだ。

 

「着いたぞ、教科書類を揃えるならここだな」

 

「わああ、たくさん本あるね!パパ見てきていい?」

 

「いいぞ。あまり遠くに行きすぎるなよ。」

 

 『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』、マグルの本屋と同じような内装であるが、取り扱っているものは魔法使いのための本である。家にも『魔法史』や『魔法論』など数冊の指定教科書があったので足りないものだけを購入すればすんだ。

 

「今年の闇の魔術に対する防衛術の教科書は『宵闇の生物への対処法ー入門編』か」

 

「今年の?」

 

 アランが尋ねる。

 

「ああ、闇の魔術に対する防衛術の教師は毎年変わるのがジンクスでね。2年以上続かないんだとさ」

 

「へえ、そうなんだ。何か闇の魔術でも働いてるのかもね」

 

「ははは!まさにそうかもしれないねえ」

 

 書店からで出ると通りの横から声をかけられる。

 

「おい!!ジュリアスじゃないか!久しぶりだな、おい!」

 

「おおお!ジェイコブか!3, 4年ぶりか?こんなとこで会うなんてな」

 

 振り向くと、ブロンド髪の親子がいた。父は短髪の筋肉質、娘はボブで溌剌とした雰囲気を醸し出している。

 

「本当だぜ。俺は娘が今年ホグワーツに入学するからその買い物よ」

 

「ん?そうか、アンバーちゃんも今年入学なのか。私も入学一式を揃えに来たんだよ」

 

「エリザちゃんはうちの一個下じゃなかったか?」

 

「ああ、そうだね。今預かっている子がいて、その子が今年入学なのさ。アラン」

 

 アランは呼ばれると挨拶をする。

 

「初めまして。アランです。ちょっとした事情がありジュール家にお世話になっています」

 

 ジェイコブはアランを見ると、笑顔を向けてきた。

 

「ほう。これはファンキーな髪型に似合わないくらい丁寧な挨拶をどうも。俺はジェイコブ・マクミランだ。こっちが娘のアンバーだ」

 

 む、髪型について言われるのは久しぶりだ。侍ヘア気に入ってんだがな。

 

「よろしくおねがいします。ジェイコブさん。アンバーさん」

 

「あたしに”さん”は要らないわ。よろしくねアラン」

 

「おう。アンバーのことをよろしくな。俺はジェイコブとは長い仲でな。学生時代はハッフルパフの”JJ”として楽しんだものよ」

 

「ハッフルパフの”JJ”?」

 

「おいジェイコブ!その話は別にいいだろう!」

 

「え、何々?知らない」

 

 エリザはジェイコブにくいつく。

 

「おろ、エリザちゃんも知らないのか。いやホグワーツにいた時に色々いたずらしたり、教師と追いかけっこしたりしてスリルある日常を送ってたのさ。そうして過ごすうちに周囲は俺たちのことをジュリアス、ジェイコブの頭文字をとって”JJ”なんて呼び出したんだよ。楽しかったなー」

 

「いたずらって例えばどんなやつですか?」

 

「それ以上は言うなよ!」

 

 ジュリアスは珍しく声を荒げるも、ジェイコブはその様子を見て心底楽しそうに言う。

 

「たいした事じゃあないんだよ。授業中に爆竹鳴らしまくったり、上級生を三階の窓から蹴落としたりする程度のことだよ」

 

「え、義父さん……」

 

「パパ、そんな事しちゃいけないよ!」

 

「ううう、すまない。ちょっとした若気の至りさ。どれもその後こっぴどく叱られるし、寮で毎度大減点くらうから先輩たちからも白い目で見られたよ……しまいには停学処分とかも……」

 

 アランはジュリアスの知らない一面を知ることができつい笑ってしまった。うなだれているジュリアスを横目にアンバーはエリザに話しかける。

 

「久しぶり。エリザちゃん!覚えてる?あたしのこと」

 

「もちろんだよ。アンバーちゃん!」

 

 どうやらエリザとアンバーは面識があるようだ。

 

「エリザちゃん本当に可愛くなっちゃって!こりゃ男たちは黙ってないね。アランってどんな子なの?」

 

「えへへ、ありがとう。アンバーちゃんもすっごく可愛いよ。アランにぃ?とっても頼りになってかっこいいよ!」

 

 エリザは胸を張って答える。アランはそれを聞き微笑ましく眺める。

 

「へえ。だってよアラン。あんだずいぶん慕われてるのね」

 

「なんで俺の目の前で聞くんだ」

 

「そっちの方が面白いから」

 

 アンバーはいたずらっぽく笑いながら答える。

 

「ふふ、アンバーもずいぶん面白そうだな。これからよろしくな。」

 

 アンバーは軽く受け流すアランを見て笑みを深める。

 

「ええ、アラン。あたしも楽しめそうだわ」

 

 なるほど、父親に似てこの子も一癖二癖ありそうだな。

 

 アランがジュリアス、ジェイコブに気を向けるとジェイコブがジュリアスのことを飲みに誘っていた。

 

「よう、ジュリアス。この後一杯ひっかけないか?」

 

「悪いな。今日は遅くならないように家に帰ると伝えてあるんだ。この後もまだ買う物がたくさんあるしな」

 

「そうか、残念だ。近いうちに誘うから飲みに行こうぜ。子どもたちの入学祝いとでも称して」

 

「ああ、いいぞ。楽しみだな。では私たちはそろそろ行くことにするよ。またな」

 

「ああ、また」

 

 マクミラン親子と別れ、アランたちは買い物に戻った。制服や授業で使うであろう大鍋なども順調に揃ってきた。

 

「そういえばアラン。ペットは欲しいか?」

 

「ペット?ああ、手紙に書いてあったね。ふくろう、猫、もしくはヒキガエルは持っていけるって」

 

「そうだ。私が学生の時もペットを持ち込んでいる生徒は結構いたぞ。どうだ?」

 

「うーん。別にいいかなあ。世話するの大変そうだし」

 

「そうか。私もエセルもペットは持ってなかった。けど私はペットが欲しくなかったといったら嘘になるぞ。なんと言うかアランはドライだな」

 

「はは、よく言われる」

 

 ジュリアスにドライと言われたが、今更ペットが欲しいような精神年齢ではないだけだ。

 

「見えたぞ。あれが世界で最も評判の高い杖メーカーだぞ」

 

 扉には金色の文字で『オリバンダーの店』と書いてあった。

 

「いらっしゃいませ。オリバンダーの店へようこそ」

 

「こんにちは。オリバンダーさん」

 

 戸を開け、店に入ると骨董屋のように年季の入ったものがあり、薄暗い橙に照らされた店内が視界に入る。そして狭い店の奥に鎮座している鋭い眼光を宿した老人が見えた。老人の髪は白黒入り混じり癖が特徴的だ。

 

「ホグワーツには今年入学かね?」

 

「そうです。杖を購入しに来ました」

 

「なるほど。ジュリアスさんは久しぶりだね。確か31センチのスギの木できた杖じゃな。ややしなって人を守るのに向いた杖じゃったはずだ」

 

「さすがです。オリバンダー爺。今日はこの子、アランに杖を売って欲しいのと、私の杖のメンテナンスをお願いしたいのです」

 

「ほう。杖を売るのと杖のメンテナンスじゃね。どれちょうど良い。わしの親戚も今年入学するんじゃ。ほれ、挨拶しなさい。アイザックよ」

 

 オリバンダーがそう言うと、店の奥から一人の男の子がやって来た。

 

「こんにちは、僕はアイザック・オリバンダー。僕も今年ホグワーツに入学するんだ!君たちの名前は?」

 

 挨拶したのは老人と同じような癖のある黒髪の子だ。

 

「こんにちは。俺はアラン・ジュール。よろしくな。アイザックでいいか?」

 

「もちろん!よろしくねアラン」

 

「私はエリザ・ジュール。来年ホグワーツに入学します」

 

「エリザちゃんね。よろしくー」

 

「アイザックはずっとここに居るのか?」

 

「うん。店が開いてる時間はよくここに来て爺の杖に囲まれながら人の手に杖が渡っていくのを見るのが好きなんだ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「さっきも僕らと同じくホグワーツに入学する子が来て杖から火花を撒き散らしていったよー」

 

 火花?杖から火花が出たら危険じゃないか?火災の原因になるぞ。ジュール家が杖を持たせないのもよく分かるな。

 

「さて、そろそろよいかな?」

 

 オリバンダーはジュリアスと話し終えるとアランに声をかける。

 

「どちらが杖腕ですかな」

 

「杖腕?杖を今まで持ってなかったから分かりませんが利き手は右です」

 

「失礼。杖腕は利き手とほとんど同じじゃよ。右ね」

 

 オリバンダーはアランの寸法をオーダーメイドの服でも作るかのように細かく測り始めた。

 

「あの、杖を決めるのに採寸って必要なのですか」

 

「もちろんじゃ。杖は単なる道具ではない。持ち主と杖がお互いに惹かれ合い、認め合ったときに杖は力を発揮するのじゃ。そのためにアランさんに合った杖を紹介するのがわしの役目でありその過程で採寸が役立つのじゃ」

 

「な、なるほど……」

 

 アランは正直採寸意味あるのかと疑問を抱きながら自由に測らせる。

 

「ふむ。アランさん、これをお試しください。ヤナギの木にユニコーンの毛を芯材とした杖。24センチでよくしなり、おまえさんの成長を助けてくれるだろう。ちょっと振ってごらんなさい」

 

 アランが杖を振り下ろすと、杖先から光る玉が2, 3個出てきた。が、振り上げた時にはオリバンダーは違う杖を用意していた。

 

「こっちはどうじゃ。シカモアの木とユニコーンの毛。27センチ、曲がりにくい。好奇心ある若者にぴったりじゃ。どうぞ」

 

 オリバンダーはアランが手に持った瞬間に違う杖を探しに行った。その後も何度も何度も杖を試し、選ばれなかった杖の箱が20程も積み上がっていった。

 

「おかしいのう。これほど外れることは最近ないんじゃがな。心配はいらんよ。必ずお前さんにあう杖を用意しますでな」

 

 アイザックはニコニコと面白そうにアランとオリバンダーのやりとりを見ている。その後も二、三試すがやはりうまく馴染まなかった。

 

「次は何にしようか……『ガタンッ』……なんじゃ?」

 

 オリバンダーが次の杖を探そうとし時に店の奥から物音が聞こえてくる。

 

「なんじゃ?ほぉまさか」

 

 そう言ってオリバンダーは古く色褪せた箱を持ってきた。

 

「これはどうじゃ?」

 

 アランは箱の中から取り出された杖を渡された。

 

 杖を手に取った瞬間、ぞわりと強烈な死の匂いを感じ取った。不安に思いながら杖を振りかざすと辺りには幻想的な風景が広まった。

 

 桜吹雪だ。

 

 店内の寂れた雰囲気と合わせ、まるで幽冥で散りゆく夜桜の様だ。

 

「ほぉ……これは……素晴らしい。ついぞこの杖に認められるものがわしの代で現れるとは」

 

 オリバンダーは歓喜に震えながら零した。現実的でない美しさと恐ろしさにアランは言葉を失っていた。頰に一筋の涙を添えて。ジュリアス、エリザ、アイザックは口を開けたまま目を見開き辺りを見ている。この瞬間言の葉を発するのが許されないような気がしていたのだ。

 

 

 

 しばらく経ちオリバンダーは口を開く。

 

「この杖はサクラという東方の地日本に生息する植物の枝にドラゴンの心臓の琴線からなる。25センチで硬い。死の呪文に絶大なる力を示す。そして500年以上も誰も選ばずにオリバンダー一族が受け継いでおるのじゃ。選ばれるものが現れるのを待ち続けて」

 

「サクラですか……」

 

「そうじゃ。正直サクラはこの地域ではそこまで人気がないのじゃよ。サクラの枝は「死」に強く結びついているし馴染みがないからのう。またドラゴンの心臓の琴線との組み合わせは並々ならぬ屈強な精神を持つ者しか選ばないのも難しいところなんじゃ」

 

「サクラはこの辺では聞かないですもんね」

 

「うむ。それにこの杖のサクラはただのサクラではない。約700年前に先祖が日本の魔法族から譲り受けたものじゃ。当時の歌を詠む僧が愛したと言われるサクラなのじゃ」

 

「へえ、歴史のあるサクラなのですね」

 

「ふむ。このサクラには逸話があってな。どうか聞いてくれんかのう」

 

 そう言ってオリバンダーは語り出した。

 

 

———

 

 

 彼は日本の数多くの伝説に残る人物である。

 

 昔々あるところに地方豪族出身の武士がおった。豪族出身といえど武士としては身分が高くはなかったらしいのう。じゃが彼は上皇とつながりが深く、歌の才があり、蹴鞠の名手でもある武者として上流階級の貴族にも広く名が知られていたんじゃ。

 

 そんな彼だが若くして、傍目には必然性もなく突然出家して遁世者となったと聞く。出家の原因は、失恋や友人の死など様々なことが噂されたがついぞ誰にも分からなかったそうじゃ。僧になった後は、全国いたるところに杖を曳き多くの歌を残したと言われておる。彼は日本人として自然への憧憬を持ち、それらについて度々歌ってきたんじゃ。

 

 自然、花の中でもとりわけサクラに憑かれたと言われておる。彼が花に寄せる愛の表現が、恋の歌のものと似ているとまで言われておるのう。

 

 彼は浮世に辟易した後、隠居先の山にある自分の小屋にサクラを植えたという。

 

 そのサクラが盛ると都から花見に人々がやって来て、穏やかにサクラを楽しみたい彼は困ってしまったんじゃ。そこで

 

 花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜のとがにはありける

 

 と詠み人々に対して厭わしく思うも、追い返すことはせず人々が来てしまうのはサクラの罪であるとしたんじゃ。するとその夜、白髪の老人がサクラのもとに佇んでいたと聞く。老人は先に詠んだ歌で「桜のとが」はなんであるかを彼に問うた。その上で老人は、浮世を感じるのは人の心であるが、桜は無心のものであるから「とが」などないと言う。老人がサクラの精と分かると彼は喜んだという。

 

 彼がサクラを愛していたことがよく分かるのう。また彼は

 

 花散らで月は曇らぬよなりせばものを思はぬわが身ならまし

 

と花が散らず月が曇らないなら悩むことはないと詠う。そういった歌の中で見られるように、彼はサクラの散りゆく様に無常観を見出し美しさを感じておった。無常観とは日本人が大切に思う「儚い」というものに通じる感性らしいのう。

 

 当時の無常観は死の思想で強い恐怖心を起こし、人の魂を暗黒と戦慄とに落とすものとされていたんじゃ。彼もまた無常観にとらわれ、生への執念を思わせるような歌を多く残していったとも聞く。そういった不安を残しつつ彼は生涯の憧憬の対象である満開の桜の下で入寂することを願っておった。

 

 願はくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃

 

と詠み、死後もサクラを望み

 

 仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば

 

と自分の弔いにはサクラを、と残したのじゃ。

 

 そうしてついに花と月と涅槃に荘厳されて彼は自分のサクラの下で入寂を果たしたのじゃ。

 

 じゃが、話はここで終わらん。

 

 彼は遁世者となった後も優れた歌詠みとして多くのものに慕われていたのじゃ。そしてそのものたちも彼の人生観に感動し、彼に倣いそのサクラを自らの往生所に選んだのじゃ。すると不思議なことに、サクラが咲くと人だけでなく、鳥、馬、牛、犬といった動物までもが自分の終着点をそこにするべく集まったらしい。

 

 以来、そのサクラは咲き誇るたびに、美しさと死に魅了されたものたちが集まり生命を絶ったと聞く。

 

 

———

 

 

 オリバンダーの話を静かに聞いていたアランたちに沈黙が流れる。

 

「サクラが死を招くのか、生あるものたちが自分から死にに行くのかは分からんが、一種の信仰の対象になっていたのじゃ」

 

「じゃがいつの時代かサクラは前触れも無く、無くなってしまったようじゃ。気づいたらすんとな。日本の魔法族も探したようじゃが見つからなかったという。いったい何処へ消えたのやら」

 

「なんにせよ、おまえさんは間違いなくこの気難しくも高貴な杖に選ばれたんじゃ。誇ると良い」

 

 アランは「死」と「故郷」が杖に認められる条件であると心で理解した。由来を知った上で手にした杖を見るとなんだか認められた気がした。

 

 アランの脳裏には故郷(ふるさと)の原風景が蘇った。




【用語解説】
炎色反応:特定の金属を炎で炙ると炎の色が変化する反応。エネルギー準位で説明される。花火に使われることで有名。

桜:春の風物詩。古来から愛される花。散る姿は無常観と結び付けられる。中国では花は「梅」だが、日本では花は「桜」を指すことが多い。(時代によるが)

なんやかんや年末年始忙しいですね。今年も頑張りましょう。

ようやく次回からホグワーツです。


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紺青の人の形
Hat


前回のあらすじ
ダイアゴン横丁。



 アランとジュリアスがキングズ・クロス駅に着いたときにはもう10時半であった。

 

「ちょっと急がないとまずいね」

 

 ホグワーツ特急が出るのは11時だから呑気してる暇がない。2人が遅くなったのはエリザがアランと会えなくなるのを渋り泣き出したからだ。

 

「まさかエリザがあんな泣くなんて」

 

「ああ、日頃からアランにべったりだったからな。寂しいんだろう」

 

「そうかもね……ホグワーツ行っても手紙書くから安心して」

 

「それは嬉しいな。よし、あの柵だ」

 

 ジュリアスは9番線と10番線の間の柵を指差した。変哲のないただの柵だ。

 

「私の後ろを離れないようについて来なさい」

 

 ジュリアスは柵をめがけて減速せずに突っ込んだ。アランもジュリアスの後を行くと視界が急に開けた。

 

「おお、すごいな」

 

 アランが柵を抜けると人が溢れかえるプラットホームにたどり着いた。

 

「ここがホグワーツ特急の乗り場の9と4分の3番線だ。マグルには隠されているがね」

 

「なるほど、こういう風に魔法族はマグルの生活に溶け込んでいるのか」

 

 アランが感心していると、ジュリアス赤い汽車を見ながら急かす。

 

「アラン、探索したい気持ちはわかるがそろそろ車両は出発してしまうぞ」

 

「確かに……それじゃあ、行ってきます!」

 

「おう、楽しんで来るんだぞ」

 

 アランはジュリアスに見送られながら、汽車に乗り込んだ。

 

 9と4分の3番線?まことに不思議なものだな。柵が視認妨害で実は通れる場所というのはまだ理解できる。だが、このプラットホームの座標が、普通の9番線と10番線の座標に重なってしまっているのは納得いかないぞ……ここは異界なのだろうか。呼吸は普通にできるし、太陽も見られるから地球上だと思うんだけどな…人工衛星からここの座標を取得したいなぁ。

 

 アランはまたも魔法界の不思議に囚われつつ歩く。空席のあるコンパートメントを探すと既に席がだいぶ埋まっていた。少し探すと見知った癖っ毛の男の子が一人で座っていた。

 

「久しぶり。アイザック」

 

「久しぶり、アラン!誰も来ないから暇してたよー」

 

 アイザックは隣の席に荷物を、向かいの席によく分からない木材を置いていた。

 

「誰も来ないのは席に物を置いてるからじゃないか?」

 

「あ、そうか……席空けとかないと誰も座れないもんね……」

 

 アイザックはどこか抜けているようだ。

 

「ところで、その太い木はなんだ。必要な道具にあったっけ?」

 

「ん?これねー、僕のお気に入りのオリーブの木だよ。いつもこいつと一緒に寝てて無いと寂しいから持ってきちゃった」

 

「そうなんだ。いいと思うよ。そういうの」

 

 子どもが人形を可愛がる感覚でアイザックは木を可愛がっているのだろう。

 

「分かってくれるの!アランにもそういうのある?」

 

「いや、特に無いかな……」

 

「あ、そうなの……木っていいよー。これから何にでも変われるし不思議な力を持ってるんだ」

 

「さすが、オリバンダー一族だな。杖に関するものへの興味が尽きなそうだ」

 

 ガラッ。コンパートメントの戸がいきなり開きブロンドの毛が二人の目に入る。

 

「あら、アランにアイザックじゃない!そこ空いてるよね?座るわよ」

 

 コンパートメントに入って来たハーフアップの女の子がアランの隣に座る。

 

「おう、アンバー。久しぶりだな。髪まとめたな」

 

「やあアンバー、久しぶりだねー」

 

 アンバーに対しアランとアイザックが返事をすると機嫌を良くする。

 

「ふふん。一緒に座ってるけどあんたたち知り合いだったの?」

 

「うん。アランは君と同じくオリバンダーの店で杖を買ったからね。アランの杖は凄かったよー」

 

「へえ、どんな杖かしら。あたしの時なんて、火花がバチバチ飛んで愉快だったけどね」

 

 火花バチバチってどんな状態だよ……それで許していいのかオリバンダーさん。こいつの気質ってトラブルメーカーなのか……

 

 アランは引きながらアンバーを見つめる。

 

「なぁに。アラン、あたしに見とれちゃって」

 

 アンバーは茶化しながら言う。

 

「見とれてるんじゃなく呆れているんだ」

 

「まぁ、失礼しちゃうわ。ところでアランの杖はどう凄かったのよ」

 

「ええとね、サクラがバーって舞ったんだよ!」

 

「サクラがバーっと?あたしの杖の方が断然凄いじゃない。ねえアラン」

 

「ああ、そうかもな」

 

 アンバーに口答えしても無駄だと思い始めたアランは適当に流す。

 

「ところでそこの座席にある木は何なのよ。アランのイタズラグッズ?」

 

「何で俺がイタズラグッズを持ち込まなきゃならないんだ」

 

「え、だってあたしと一緒にホグワーツを掻き乱したいんじゃないの?」

 

「どういう前提だ」

 

 ジェイコブさんはアンバーに何を言ってたんだ。入学する前から問題を起こそうとする生徒なんてホグワーツからしてみればたまったもんじゃないだろう。

 

「いや、これは僕のお気に入りの木なんだー」

 

「ふぅん。アイザックのだったの。よく見ると可愛らしいかもね」

 

「え、アンバーにもこの木の良さわかるの!」

 

「ちょっとそう思っただけよ!そんなに身を乗り出さないで!」

 

 アンバーはアイザックにはどうにも強くはでず、アランに助けを求める視線を送る。

 

「あー、ところでホグワーツは4つの寮に別れて学生生活するの知ってるか?」

 

「ええ、もちろん知ってるわよ」

 

「有名だもんねー」

 

「やっぱ有名か。二人はどの寮に入りたいんだ」

 

「あたしはハッフルパフに決まってるわ。あたしの家系はみんなハッフルパフって聞くしね。ハッフルパフは仲間思いが多い良い寮らしいし」

 

「うーん。僕はレイブンクローかな。僕の家系の多くはレイブンクローだし、知識をつけるのも好きだしね」

 

「ふーん。寮に家系なんて関係あるのか?」

 

「あるわよ。魔法族はね血に、先祖に誇りを持つのよ。そして受け継いできたものが気質となりやすいから寮も似た寮に配属されやすいのよ」

 

「なるほど。魔法族にはいろいろあるのか」

 

「なによ。あんただって魔法族じゃない。あんたもハッフルパフに入れるといいわね」

 

「なんでだ?」

 

「だってあんたが来ればパパたちの再来じゃない!」

 

 アランは頭が痛くなってきた。この子は何に期待をしているんだろうと。

 

「アンバー、俺はお前とタッグ組んでホグワーツで暴れる気はないからな」

 

「どうしてよ!絶対楽しいわよ!」

 

「俺は派手に暴れるより静かに暮らしたいんだ」

 

「アランの癖に生意気よ」

 

 お前はいったい俺の何を知っているんだ……

 

 

——

 

 

 汽車が停車した頃にはあたりは少し暗くなっていた。アラン達1年生は大きな男に先導されてホグワーツを目指している。

 

「うぅ、気持ち悪い……」

 

「大丈夫、アラン?顔色悪いけど」

 

 アイザックは隣で呻くアランに声をかける。

 

「心配してくれてありがとう。でも大した事ないから。どうやら汽車に酔ったみたい」

 

「アンバーも大丈夫?」

 

 アランの隣にいるアンバーも汽車で次第に口数が減っていき調子が悪そうに見える。

 

「え、うん、大丈夫よ。アランよりもピンピンしてるし」

 

「ならいいけど。2人とも元気ないから不安になっちゃうよ」

 

「悪いな。ただちょっとめまいと頭痛がしてね。しばらくすれば治るさ」

 

 暗い小道を進んでくと巨大な立派な古城が見えた。

 

「あれがホグワーツか。学校生活って楽しそうだな」

 

「うん。僕も初めてきたけどすごくワクワクしてるよ」

 

「そうね。早く部屋で休みたいわ」

 

 道をさらに進むと湖があり、ボートを使って城の裏口まで辿り着いた。

 

「なんで裏口から入るのかな?」

 

「さぁな、普通に正面口から入ればいいのにな」

 

 大男は裏口から城に入り、入り組んだ石段を登っていく。1年生はそれに着いていき巨大な扉の前まで来た。大男が扉を叩くと、扉が開き女性が現れる。

 

「ハグリット。毎度案内ありがとう。あとは私に任せなさい」

 

「はい、マクゴナガル教授」

 

 城から出たのはマクゴナガルであった。アランはマクゴナガルと視線を合わせると軽くお辞儀した。マクゴナガルも少し遅れて表情を和らげた。

 

「あの先生と知り合いなの?」

 

 アイザックが口を開く。

 

「ああ、少しお世話になったことがあるんだ」

 

「へえー、そうなんだ。あの先生ちょっと怖そうだけどね」

 

「そうか?実際は少し厳しいだけだぞ」

 

 マクゴナガルは1年生にこれから新入生の歓迎会、組み分けが行われることを告げ彼らを大広間に誘導した。

 

「ねえ、あんたたちは組分けってなにやるのか知ってる?」

 

 相変わらず顔色の悪いアンバーは不安げに尋ねた。

 

「俺は聞いてないな、教えてもらえなかった」

 

「僕もー」

 

「ふ、ふーん。役に立たないわね」

 

「なんだよ。アンバーは知ってるのか」

 

「知らないから聞いたんじゃないの……」

 

 なんか静かだな。組分けが不安なのか。

 

 アランたちが大広間に着いた時には、在校生たちはすでに寮ごとに別れて4つの長テーブルに着席していた。大広間は奥へ延びていて、最奥は盛り上がり来賓席には立派な椅子が並んでいた。宙には数え切れないほどのろうそくが浮きあたりを照らしている。半透明のゴーストたちもフヨフヨ浮いていた。マクゴナガルが広間の上座まで1年生を連れて行くと、なぜか椅子が用意されておりその上に古くさい帽子が置かれてある。来賓席の大人たちが醸し出す雰囲気から1年生たちは何が起こるのかと不安がり、上級生たちはこれから楽しいことでも起こるかのようにそわそわしている。すると突然帽子は朗らかに歌い始めた。

 

「君は言った

やることが上手くいかない

君は言った

周りが間違っている

 

人を導くのが私の宿命

ホグワーツ組分け帽子とは私のこと

 

時代を変える前に自分を変えよう

人の道程は長く儚い

道は始まったばかり

 

君の素質を私が読みとく

4人の賢者の道を示そう

 

勇気を携えるはグリフィンドール

自分の信じる騎士道を

仲間とともに歩む獅子の寮

 

友誼に厚いはハッフルパフ

努力を惜しまず誠実に

まっすぐ進む熊の寮

 

智慧に魅了されるはレイブンクロー

世の深淵の理を

探求せし鷲の寮

 

真理を求めるはスリザリン

目的を達するために

才知を奮う蛇の寮

 

さあ、私を頭に乗せてみな

君が求めるものを教えてあげよう」

 

 帽子が歌いだすとは想像するに難しいが、破れ目が口の役割を果たしていた。歌が終わると上級生たちは盛大な拍手を送った。

 

「それでは1年生の皆さん、組分けを始めます。アルファベット順に名前を呼ばれたら、帽子を被り椅子に座りなさい」

 

 マクゴナガルがそう伝えると1年生の顔から緊張の色が抜けた。

 

「なーんだ、キメラと闘わなくてよかったのか。心配して損したじゃない」

 

 アンバーは思わず漏らした。

 

 キメラ?そんなヤバそうなやつに魔法習う前の子供が戦うわけ無いだろう……誰だよそんな嘘流したの……あの人か……

 

 アランが屈託のない笑みを浮かべるブロンド短髪の男を思い浮かべている間にも、マクゴナガルに呼ばれた順に組分けはどんどん進んでいく。

 

 ふーむ、あの帽子を被るだけで寮が分かるのか。面白い。まるでインチキ占いみたいだ。

 

「オリバンダー・アイザック!」

 

 生徒達はオリバンダーの姓が気になるのか興味深そうに見守る。アイザックが帽子を被るとすぐに帽子が叫ぶ。

 

「レイブンクロー!」

 

 左から二番目の長テーブルから拍手が送られる。

 

「おお、アイザックの言った通りレイブンクローになったな」

 

「まぁ、当然ってとこね」

 

 アンバーは元気を取り戻して答えた。その後も順調に組分けが進んで行く。

 

「あんた、ハッフルパフよ!先に待っといてね!」

 

「いや、帽子次第だろ」

 

「そこをどうにかするのよ」

 

「どうにかなるもんなのか」

 

 アランたちがそんなやりとりをしている間にマクゴナガルに呼ばれる。

 

「ジュール・アラン!」

 

 おっ、ついに呼ばれたな。

 

 アランは皆に倣い椅子に座って帽子を被る。すると帽子から声が聞こえてくる。

 

「ほぉー…… なんともむずかしい。ほんとうにむずかしい……才能はあるが……」

 

「こんにちは、帽子さん。俺の素質は分かりにくいですか」

 

「これはこれは丁寧なあいさつをありがとう。こんにちは、アラン君。私にあいさつをする生徒なんて何年ぶりのことか」

 

「使命を果たすモノに、敬意を払うのは自然ですよ。それで俺はどの寮にふさわしいですか」

 

「ふーむ。どの寮か……君には様々な素質がある。ただ気になるのは他の生徒に比べてすでに考え方が固まっているのだ。なんというか……まるで様々な経験をしたかのような。素質に関してはどれを伸ばしても偉大になりうるだろう」

 

「偉大ですか。そう言ってもらえて嬉しいです」

 

「うむ。仲間への想いや身内に対しての恩義への深さ、そして努力を厭わない誠実さはハッフルパフへの、貪欲な知識欲はレイブンクローへの、そして目的の為ならルールを破ってもいいと考える薄暗くも純粋な意思はスリザリンへの適性を強く示している。後者2つのいずれかに進めば、歴史に名を残す可能性が強いだろう」

 

「ハッフルパフですか、意外ですね。俺はレイブンクローかスリザリンになるだろうと思ってましたから。ちなみにグリフィンドールには適性がなかったのですか」

 

「ふむ。グリフィンドールに求められるのは強い正義と勇敢な心だ。君から感じられるのは正義という過程の心情を超えた事実や結果を重視する思想だ。それはスリザリンにぴったりだ。とてもグリフィンドールには向いてないと思う」

 

「なるほど。確かにそういうきらいがありますね」

 

「今までスリザリンからは多くの傑物が輩出されていて、スリザリンに進めば君も間違いなくそこに入ることになるだろう。君からは並々ならぬ執念を感じるからね」

 

 生徒たちは今までより組分けに時間がかかっているのを見て少々ざわつきだした。

 

「なにもたもたしてんのかしらね」

 

 アンバーはその様子を見てイライラしはじめた。マクゴナガルはその様子を見て期待に満ちた顔をしている。自分もハットストールとして5分半も悩ませた経験があるからだ。来賓席の中央に座っているダンブルドアは目を細めながら組分け帽子とアランを見つめていた。

 

「並々ならぬ執念はスリザリンに進めば実を結ぶだろう。どうかね、スリザリンは」

 

「1つ気がかりがあります。スリザリンは純血主義と聞きます。俺は純血どころか、この血の由来すらも分かりません。そして俺はマグルを侮蔑などしていません。むしろそこらの魔法族よりも心から尊敬しています。人類の叡智は彼らにこそあるのだと」

 

「ほう。そこまで偏った考えを持つ子に会うのは初めてだ。ではレイブンクローはどうだ」

 

「智慧を求める素質が集まる寮ですね。最高です。実は最初からレイブンクローに入りたかったのですが、素質を見るのに長けた貴方の意見を聞きたかったのです。貴方が提案してくれて自信を持ちました」

 

「ふむ。そうか。ただスリザリンもいいぞ。君の本質はスリザリン寄りなのだからな。もう一度聞くがレイブンクローでいいのだな」

 

「もちろんです。自分の道を決められるのは最終的に自分だけですから」

 

「なるほど。もとよりかなり強い意思を持つのだな」

 

 組分けが5分以上経ったころようやく組分け帽子が口を大きく開く。

 

「レイブンクローーー!!」

 

 レイブンクローの上級生たちは声を張り上げた。在学中にハットストールを見ることができ、尚且つ自寮にそんな生徒がやってくるからだ。マクゴナガルは少し残念そうに拍手を送り、ダンブルドアはホッとため息を吐いた。

 

「帽子さん、ありがとうございました。俺のことを普段考えもしなかった観点から見ていただき、とてもいい経験になりました。また話を聞きに行ってもいいですか」

 

「ああ、歓迎するよ。君とならいくらでも話したいさ。私は組分け時以外は校長室にいるから、いつでも来なさい。それでは私はまだまだ組分けをしなくてはいけないから、ここらでお別れしよう。また会おう、アラン君」

 

「はいっ!それでは、また」

 

 そう言ってアランは帽子を脱いだ。椅子から立つとレイブンクローの上級生に連れられ、アイザックの隣の席に座った。

 

「アラン、おめでとう!」

 

「ありがとう!アイザックと一緒になれて嬉しいよ」

 

「うん、僕も嬉しい。けどさっきからアンバーの視線が怖いよ」

 

 アランがアンバーを見ると怒ったような表情をしていた。

 

「はー、そんな顔されても別に俺悪くねえからな」

 

 アランは少し困った表情を浮かべ組分けを見続けた。

 

「マクミラン・アンバー!」

 

 帽子はアンバーが被るとすぐに「ハッフルパフ!」と叫んだ。予想通りだった。組分けが終わるとアルバス・ダンブルドアは入学に関する挨拶をし在校生達を盛り上げた。

 

「新入生も無事加わったことだし歓迎会を始めよう!新学期おめでとう!さて今学期はうれしいことがあるぞ。『闇の魔術に対する防衛術』の担当をイタリアから来たラーネッド先生がお引き受けくださった!」

 

 ダンブルドアに紹介を受けると座っていた若い容貌の優れた女性が立ち上がった。長くウェーブのかかった金髪が特徴的な彼女はマクゴナガル同様に緑色を主体とした服を着ていた。

 

「ローザ・ラーネッドだ。諸君らの身の安全を守る(すべ)を伝授していきたい。よろしく」

 

 ラーネッドの発言を受けて生徒たちははち切れんばかりの拍手を送った。




【用語解説】
座標:位置を指し示すもの。我々が目に見ることのできる物質は一般に同じ座標に二つ以上存在できない。

ハットストール:帽子が組み分けを悩むこと。

ようやくホグワーツに足を踏み入れることができました。引き続きこの世界を楽しんでもらえたらと思います。

次週の更新はお休みさせていただきます。よろしくお願いします。


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才能

お久しぶりです.
いつも読んでくださってありがとうございます.

少し時間ができたので更新します.


前回のあらすじ
組分け.



「変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険を伴うものの1つです。皆さん、集中して授業を受けないと事故に繋がります。心して授業に望んでください」

 

 レイブンクロー・スリザリン合同の変身術の授業である。マクゴナガルは授業が始まるや否や厳しい言葉を放つ。そして杖を振るうと彼女の目の前の椅子がネコに変化した。生徒たちはそれを見て感嘆の声をあげた。

 

「変身術はかなり難しいものですが、その分様々なことができます」

 

 マクゴナガルが杖をもう一振りすると、ネコが椅子に戻った。

 

「1年生の間はものを生物に変身させることはないですが、私の授業をしっかり理解すればいずれこのようなことも出来るでしょう。ではまず変身術の基礎から始めます」

 

 マクゴナガルの実演に生徒たちは感化され、みんなせっせと授業内容をノートに取った。

 

 これが変身術!!まさに魔法だな。魔法あるあるだが、質量とかどうなってるんだろう?変化しないのかな?

 

 最初は真面目に授業を聞いていた生徒たちだが、20分も淡々と授業が続いていくとどうにも集中は途切れてしまったようだ。11歳とはそういものだろう。アランの隣に座っているアイザックは杖を眺めて何度もぼーっとしている。

 マクゴナガルは授業のキリがいいところで、一人一人にマッチ棒を配った。

 

「では、今までの話をもとに、マッチ棒を針に変えてください」

 

 マクゴナガルも生徒たちが少々退屈にしているのを感じたのか、演習に移ることにした。

 

「ねー、さっきまで先生マッチ棒の変え方についてなんか言ってた?」

 

 アイザックは授業をしっかり聞いていなかったため、アランに助け舟を求める。

 

「いや、特に言ってなかったと思うけどな。ただ変身術を使うときは変身させるものをよく観察して、変身先のもののイメージを固めるのが大事っていうのが授業の内容だったかな」

 

 そもそも初回の授業でいきなり変身術を使えっていうのは無理じゃないか?そんな簡単にできたら誰も苦労しないだろう……

 

「そっかー。じゃあまずはマッチ棒を観察すれば良さそうだね」

 

 周りの生徒が杖を試行錯誤して振ってる中、アイザックはマッチ棒の両端を両手で掴みながら観察し始めた。アランが周りを見渡しても誰もうまくいってないようであった。

 

 マクゴナガルさんはこの授業中に観察とイメージが大事だと言ったのに、ほとんどの人が観察すらしてないのか。魔法の才能があるからと言って秀才というわけではないんだな。みんなが変化させられないのを見るからに、教えられたプロセスを踏むのがやはり重要ということか。どれ、このマッチ棒はどうだ?先端は良くあるタイプで赤色だ。軸は木かな?味もみておこう。なるほど、マッチ棒ってこんな味がするのか。

 

「アラン、どうしたの?マッチ棒なんて舐めて」

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ……」

 

 味をみたところでアランのマッチ棒が針に変わる兆候はまるでなかった。しばらく経つと、アランよりも後方の席で歓声が上がる。

 

「すごいわ!セルウィンさんのマッチ棒、完璧に針になってる!」

 

「別に、大した事ない」

 

 女子生徒たちがきゃっきゃっと声をあげている。どうやら1人の生徒がマッチ棒の針への変身に成功したようだ。マクゴナガルがその様子を見に行った。

 

「これは素晴らしいですね!初回の授業でここまで完璧に変身させることができるのは数年に1人いるかどうかです。セルウィン、貴方の素晴らしい変身術に点を差し上げましょう。スリザリンに5点!」

 

「ありがとうございます」

 

 なに?やるじゃあないか。俺のマッチ棒なんてうんともすんとも言わないのに……

 

 結局、授業終了時にマッチ棒を完全に変身させられたのは先のスリザリンの女生徒だけであった。その生徒を除き、マッチ棒を少しでも変身できたのはレイブンクローの真面目そうな女の子1人という結果になった。

 

 

————

 

 

「全く変化しなかった……」

 

「大丈夫だよ、アラン。僕のもみんなのも変化してないし」

 

 2人以外の生徒は少しも変化できなかったにもかかわらず、マクゴナガルがあきれた様子を見せなかったことからやはり難しい課題であったらしい。

 

「そうだけど悔しいよな」

 

「アランって結構負けず嫌いだね」

 

 アランとアイザックはレイブンクロー寮のルームメイトである。2人は自室に戻って教科書類を置いた後、昼食をとるために大広間まで歩いていた。階段を上って行くとアランは見知った影を見つける。

 

「おーい、アンバーこれから飯か?」

 

「あら、あんたたちか。そうよ」

 

「なら一緒に食べようぜ」

 

「いいわね、混む前に席取りましょ」

 

 大広間の長テーブルには基本的に同じ色のローブをまとった人たちがかたまって座っていた。つまり各寮ごとに別れていたのだ。

 

「なんか、みんな寮内の人としか飯食べてないな」

 

「そんなもんじゃない?いっつも一緒にいるから仲良くなりやすいんでしょ」

 

「確かにな……」

 

「あんたたちはさっきまで何の授業受けてたの?」

 

「僕たちは魔法薬学と変身術の授業を受けてたよ。変身術はとっても難しかったね」

 

「ああ、いきなり変身術の実践があったけど全然うまくいかなかったな」

 

 アランがふと手元の金属のスプーンを眺めると変身術の課題が思い出される。

 

「あたしはさっき飛行訓練でその前は妖精の呪文学を受けてたわ」

 

「妖精の呪文学ではどんなことやったの?」

 

 変身術ってよく考えると錬金術だよな。マッチ棒と針の構成なんて明らかに違うし、どういう原理なんだろう……質量変化うんぬんの前に元素から変化してるのは何でだろうな。元素が変化するっていうのは核の話だっけ?

 

「えーと、杖先から光を照らすライトの魔法よ」

 

「面白そう!簡単だった?」

 

「いや、こっちも全然よ。先生を見てるとすごく簡単そうなのに、いざやると全然光らなかったわ」

 

「そうなんだ」

 

 あれ?核の物質が変化する時って、かの有名な$E=mc^2$が絡むっけ?エネルギー(E : energy)が質量(m : mass)と光速(c)によって表現されるものだったな。確か相対論の話だったっけな……4元運動量辺りはあんまり理解してないしなー。そもそも質量が増えたとしてもこの時質量を持つ物質は何なんだ?陽子?電子?中性子?あ、もっと小さいクォークなんて輩もいたなぁ。あーもう、分からなくなってきたぞ。

 

「そうそう、結局授業中にちゃんと呪文をできたのはあのセルウィンだけだったわ」

 

「あのセルウィン?そういえば、変身術でうまく呪文できたのはスリザリンのセルウィンって子だけだったよ」

 

「あら、あんたたちはセルウィンを知らないの?」

 

 いやいや多分そんな話じゃない気がしてきた。既存の理論だけで話が済むなんて考えちゃダメだ。前の世界の常識にとらわれるな。なんせ魔法なんてものが普通に存在する世界だからな。あーなんか質量が増えても問題ない何かを知ってた気がする。何だっけなー。

 

「アラン、聞いてる?」

 

 ふと顔を上げると、少し苛立ったアンバーが視界に入った。

 

「あ、ごめん。聞いてなかった、何の話だっけ?」

 

「あんた、清々しいほどに正直ね」

 

「ごめんごめん、ちょっと気になることがあって」

 

「気になること?」

 

「いや、どうでもいいことだから気にしないで」

 

「ふーん、まあいいわ。セルウィンって子知らない?」

 

「セルウィン?スリザリンの呪文がすごい子?」

 

「そうよ。でもちょっとすごい程度じゃないわ」

 

「アンバー、セルウィンのこと知っているのか?」

 

 アンバーは自慢気に説明を始めた。

 

「もちろんよ。有名じゃない。聖28一族セルウィン家きっての天才よ」

 

「ふーん、天才か」

 

「そうよ。小さい頃から高度な呪文も扱えるって、パパたちも噂してたわ」

 

  聖28一族って間違いない純血と言われているサラブレッドだったか。そういえばアンバーも聖28一族じゃなかったっけ……

 

「すごいねー、僕なんて呪文を全然知らないのに」

 

「あたしもよ。だいたい杖を貰ったのだってついこの間だし。まぁ有名になったのは、セルウィン家がブラック家と並ぶくらい純血主義ってのもありそうだわ。取り巻きに純血の女の子も多いしね」

 

「へえ、セルウィン家って純血主義なんだ」

 

「ええ、普通聖28一族は純血主義だからね」

 

「ってことはアンバーもなのか?」

 

「いや、あたしやパパたちはそれほど純血にこだわってはないわ。もちろん血に誇りを持ってるけどね」

 

「ふぅん、そういうもんか。情報ありがとな」

 

 セルウィンって子が変身術でもうまくやれたのは、ひとえに英才教育のおかげなのかな?やっぱどの世界でも早期から学習している家庭はあるんだな。

 

「あんたたちの午後の授業はなんなのよ」

 

「次は闇の魔術に対する防衛術だよ」

 

「あー、美人な先生のやつね。その授業が一番面白そうね」

 

「アンバーはつぎ何?」

 

「変身術よ。マクゴナガル先生を怒らせないように真面目にしなきゃ」

 

「あの人はそんなに怒らないから大丈夫だろ?」

 

「パパは怖い人だっていつも言ってたわよ」

 

「それは多分ジェイコブさんが悪い」

 

 マクゴナガルさんは理不尽に怒るような人じゃないしな。おそらくあのいたずら親父が何かしでかしては怒られていたのだろう。

 

 

————

 

 

 授業はまたレイブンクローとスリザリンの合同だ。教室には変な匂いが漂っている。教壇には長い金髪をきらめかせ十字架のペンダントをつけたローザが立っていた。ローザの外見のため生徒たちは落ち着きなく、ずっと会話をしている。

 

「私が今年1年ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えることになったローザ・ラーネッドだ。よろしく」

 

 ローザが凛とした声で言うと教室は静まる。

 

「まず教科書を閉じなさい。この講義では数多いる闇の生物への対策の指南だけでなく、実践の指導も行う」

 

 発言を受けて教室がざわつく。

 

「ねえねえ、実践ってなんだろう」

 

 隣にいたアイザックがアランに声をかける。

 

「さあ?闇の生物たちと戦いに行くんじゃないか?」

 

 アランが特に考えず適当なことを言うとアイザックは顔を青くした。

 

「僕まだ呪文全然使えないのに……」

 

 生徒たちのざわめきが止まないうちにローザの言葉は続く。

 

「いいか。魔法族は杖、ひいては呪文に頼りすぎている。仮に自分よりも呪文に優れている相手と戦うことになったらどう対処する?何か意見を出せるものはいないか?」

 

アランとスリザリンの長い黒髮の少女が手をあげた。

 

「ではまずセルウィン、どうだ」

 

「弱点を突く」

 

「ふむ。弱点を突くのは悪くない。この講義もそれを目的に行われるのだからな」

 

 あの黒髪の子がセルウィンか。なるほど利発そうな子だな。

 

「ジュールはどうだ」

 

「逃げる」

 

「もちろん、それも一つの選択肢だ。だが逃げられない戦闘もあるぞ。人質を取られた時とかな」

 

「他にないか?ん、フレネルどうだ」

 

 二人の発言の後にフレネルと呼ばれた、マッチ棒を多少変化させることができたレイブンクローの茶髪の少女が手を挙げていた。

 

「応援を呼んだらいいのではないでしょうか」

 

「それも一手だ。だが、応援が来るなんてことはまず考えないほうがいいだろう。時間は許してくれないのだから」

 

 その後、誰も挙手しなかったため、ローザは質問の補足をした。

 

「ふむ。他にはないか。いいだろう。私の質問をもう一度考えてくれ。呪文では勝てない相手との戦闘だ」

 

「あっ」

 

「わかったか。ジュール」

 

「はい。呪文で勝てない相手には他の武器、例えば物理的な力で応戦するとかですか」

 

「その通りだ。よく気づいたな。レイブンクローに1点」

 

 生徒たちは納得のいかない表情をしていた。

 

「ふむ。どうにもイギリスの魔法族は呪文こそ至上という考えがあるらしいな。いいか、呪文で勝てないなら物を投げて相手の杖を吹っ飛ばしたり、相手の喉を毒霧で封じたりなど様々な戦い方があるだろう。相手を倒す方法が呪文であろうとなかろうと関係ない。実戦では自分にあった戦い方をできたものが勝つ」

 

 フレネルが疑問を投げかける。

 

「先生は呪文をあまり使わないのですか?」

 

「ああ。私は魔法を使うがそれだけではない。仕事柄、闇の生物と対峙することが多く、呪文が有効でない状況に度々遭遇するのだ。闇の生物は呪文に耐性を持つものが多いからな。他に何か質問はあるか」

 

 誰も挙手しないのを見てローザは話を進める。

 

「今日は諸君の基礎体力および運動能力を測りたい。そこでこれを使う」

 

 ローザは赤いビー玉のようなものを取り出した。

 

「これはゴブストーンで使うボールだ。砕けると悪臭がするものだ。今から諸君らにはこれを避けてもらう」

 

 ローザは2つの向かい合う壁を呪文で作り出し、その壁に向けてボールを投げた。すると壁にぶつかったボールは反射してもう1つの壁にぶつかりまた反射した。ボールは壁の間を延々と反射し続けた。

 

「ドッジボールを知ってるかい?投げられたボールを避ける競技なのだが。なに、やって欲しいことはこの2つの壁の間に入りボールを避け続けてることだ」

 

 生徒たちは面白そうに話を聞いている。

 

「はじめはボール2つから。避け続けられればどんどんボールを増やしていく」

 

 ローザはボールを5個追加し壁に投げた。壁の間隔は7mほどでその間を縦横無尽にボールが跳ね返っている。

 

「ボールが小さいと見えづらいから大きくしてあげよう」

 

 ローザが杖を一振りすると、ボールは握りこぶし大まで拡大した。そしてそのまま壁の間に入りボールを避けた。

 

「こんな風に避け続ければ良い。前だけに意識をしてはいけない。後ろからもボールは来るのだから」

 

 ローザは振り向くことなく後方から来るボールも余裕を持って避けた。

 

「デモンストレーションはこんなもので良いだろう。では10人で1組となるよう名前を呼び、組ごとにこれをやってもらう。ボール2個から始め、1分ごとに1つ追加する。またボールがだれかに当たって砕けた場合は砕けた分だけ新しく追加する。ボールに当たったら失格だ。壁の間から出てもらう。制限時間は5分で、最後まで残れたら寮に点をあげよう。何か質問はあるか」

 

 生徒たちは早くやりたそうに待っているだけであった。

 

「無いようだな。そうだ1つ付け加えることがあった。呪文や道具は一切使ってはならない。言ったように単純な運動能力を見たいからな。では始めよう」

 

 生徒たちは楽しそうに挑戦するが、3分以上避け続けられる生徒はいなかった。ボールのスピードは速すぎず、しっかり見てからなら避けられる程度のものだ。だが後方からもボールが来るため、簡単に避けられるかどうかだと話は別だ。ボールが4つになった時点でほとんどの生徒は脱落していた。

 

 アランは名前がなかなか呼ばれず、最後のグループでようやく呼ばれた。

 

「アラン頑張って!」

 

 アイザックは前の組でボールが3つの段階で当たってしまい悪臭を放っている。

 

「ああ、頑張るぜ」

 

 ローザに質問したアラン、セルウィン、フレネルは最後のグループにまとめて呼ばれた。ローザは何か思うところがあるのだろう。

 

「では呼ばれたものは、壁の間に立ちなさい」

 

 ローザは皆が準備できたのを確認すると「始め!」と声をあげ、2つのボールを呪文で動かした。

 

 なるほどこれはきついな。前から来るボールはたやすく避けられるが後ろから来るボールがやっかいだ。まだ残っている人を壁にできるが、最後まで残るには視覚に頼りすぎてはいけないな。

 

「きゃっ!うぅ、臭いー」

 

 ボールが3つの段階でフレネルはボールに当たってしまった。最初の1分で5人が脱落し、次の1分でフレネル含む3人が脱落した。2分もしない内にアランとセルウィン以外は全員脱落してしまった。すでにボールは4個である。

 

 俺以外に残ってるのは噂のセルウィンか。やるな。だが俺はまだまだ行ける。呪文で負けてる分ここでは勝ちたいぜ。

 

 アランとセルウィンは4つのボールをかわしきり、5つ目のボールが加わってきた。

 

「す、凄い。アラン頑張ってー!」

 

 アイザックや他のレイブンクローの生徒はアランを応援する。負けじとスリザリンの生徒は、取り巻きの女の子を中心としてセルウィンを応援する。

 

「セルウィンさん!負けないで!!」

 

 両者ともに危なげなくかわし続け、ついに6つ目のボールが加わった。

 

 流石に体力がきつい……ボールの来る位置は気配が読めるから問題ないが息切れがつらいな……セルウィンのやつどんな体力してんだよ。まだ余裕ってか。

 

 残り1分を切っても2人とも避け続け、ついに制限時間の5分を避け切った。終了と同時に歓声があがった。

 

「見事だ。最後まで残った2人に拍手を」

 

 アランは腰に手を当て息を整えているのに対し、セルウィンはすました表情で佇んでいる。

 

「2人なら実戦でもある程度の立ち回りは既にできるだろう。セルウィンとジュールは戦闘における重要な能力が身についていると言えるな。自分への攻撃を感知する力だ。これを身に付けるのは大人でも本当に難しいが、子どもそれも1年生で習得しているのは特筆すべきことだ。スリザリン、レイブンクローにそれぞれ10点与えよう」

 

「「ありがとうございます」」

 

 落ち着いたアランはセルウィンに向けて手を差し出す。

 

「セルウィン、君も気配が分かるのか。そんなことができる同年代、俺以外に初めて見たよ。なかなかやるな。俺はアラン・ジュール、よろしく」

 

 差し出された手を見て、セルウィンはちっとも変えなかった表情を少し和らげ手を握った。

 

「アランか、よろしく。私はソフィア・セルウィン、ここもつまらない場所だと思ったがそうではないらしい」

 

「ソフィアか、よろしくな」

 

 名前を呼ばれるとソフィアは少し微笑んだ。スリザリンの生徒たちは羨ましそうにその様子を見ていた。

 

「ジュールって聞いたことあるか」

 

「いや聖28にはなかったはず。純血じゃ無いんじゃない」

 

「けっ、なんだよ。そんな奴がセルウィンの手を握って」

 

 スリザリンの生徒は姫と他寮の輩が触れ合うのを良しとしないようだ。アランはそれを聞いて苦笑してしまった。

 

 

————

 

 

 ローザが授業終了時にスコージファイを唱えたため生徒たちは臭いから開放された。

 

「アランすごかったよ!すごい動きだったよ!」

 

「ありがとう、アイザック」

 

「後ろから来るものも分かるだなんて、目閉じても生活できるんじゃない?」

 

「はは、それは流石にきついよ」

 

 目閉じる?あれ、なんかさっき突っかかってたことに関係してる気がする……目閉じる……真っ暗……見えない……

 

「あっ!!」

 

「どうしたの?急に声あげて」

 

 アイザックは心配そうにアランに尋ねる。

 

「いや思い出せなかったことが今思い出せたんだ。ありがとう!!」




【用語解説】
相対論:相対性理論。特殊相対論は任意の慣性系において物理法則が不変であることと、光速度不変の原理を認めることで定式化される。古典力学ではx, y, zの3次元空間を考えたが、相対論では時間tを加えた4次元時空を考えることになる。


気づけば1ヶ月以上経ってましたね......
着手していたことが少し落ち着いたので更新しました.

週1以上で更新できる方々尊敬します.すごいですよね......
これからは少しペースを落として更新します.
引き続きよろしくお願いします.



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Chance

前回のあらすじ
ボール避け.



 世界には無数の謎がある。

 

 あらゆる物質が原子から構成されているとはよく聞く話だ。水(${\rm H_2 O}$)が水素原子(${\rm H}$)2つと酸素原子(${\rm O}$)1つから構成されていることは広く知られていることだろう。

 物質を最小単位で分割するという考えは紀元前400年ごろにすでにデモクリトスによって提唱されていた。これは18, 19世紀にはラボアジェやドルトンらによってさらに発展し原子の発見につながった。

 

 では原子がこの世界の最小単位なのだろうか?

 

 実はそうではない。20世紀にはラザフォードや長岡らが原子の構造を調べる実験を行い、原子の中には正に帯電した原子核と負に帯電した電子があると考えた。さらに原子核は正に帯電した陽子と帯電していない中性子によって構成されていると考えられた。

 

 ここでこれまで出てきた物質のだいたいの直径の大きさを挙げてみる。なお電子は計算方法で理論値が異なるため、他の値も考えられる。

 

\begin{array}{cccccc} \hline & 原子 & 原子核 & 陽子 & 中性子 & 電子 \\ \hline 大きさ({\rm m}) & 10^{-10} & 10^{-14} & 10^{-15} & 10^{-15} & 10^{-32} \\ \hline \end{array}

 

 

 髪の毛の直径が$10^{-2}$〜$10^{-1}$m程度であることから、視覚的に全く想像できない領域だ。

 

 だがこの電子や、陽子や中性子といった核子ですら物質の最小単位ではなかった。

 

 20世紀になるとエネルギー保存の不成立などから、さらに細かいクォークやレプトンといった素粒子が発見されたのだ。素粒子はフェルミ粒子とボース粒子に分類され、ボーズ粒子は不思議なことに質量がない物質とされている。現在に至るまでに様々な粒子が発見されているが、まだまだ予想されていながら見つかっていないものがある。

 

 このように既存のものを分割していく中でも、謎が多く残っている。しかしこの世にはさらなる謎がある。宇宙だ。

 

 アインシュタインの$E=mc^2$をもとに宇宙のエネルギーを算出すると、原子などを合わせても全体の約5%ほどにしかならないのだ。

 では残りの95%は何かというと、ダークマターとダークエネルギーとされている。

 

 ESA(The European Space Agency)は2013年にプランク宇宙望遠鏡から得られたデータにより、宇宙のエネルギーの約27%がダークマター、約68%がダークエネルギーであると発表した。

 

 もっとも真実はまだ誰にも分からないが……

 

 

————

 

 

 夜半アランは思いついたことをメモに書き記す。

 

 真っ暗、見えない……観測されない。観測されない物質、ダークマターが世界に溢れてるなんて話を聞いたことがあるな。もしかして魔法を構成しているのはこいつなのかな。前の世界だと存在だけが予言されているよく分からない物質だったけど、こっちの世界だとそれが一部の人には見えるようになったのでは?

 これはなかなか悪くない考えな気がするぞ。そもそも物質の変化を含む質量保存の不成立って今考えているものが不十分だったからだと考えられるな。

 おお!考えが捗る。今夜思い浮かんだことは全て忘れないように残しておこう。

 

 アランは結局日が昇り出すまで、一人考え事をまとめていた。

 

 

————

 

 

「大丈夫?朝から顔色悪かったけど」

 

「……ああ、心配してくれてありがとう。ちょっと今日の夜眠れなくてな」

 

 飛行訓練の授業はマダム・フーチという白髪の中年女性が担当している。彼女は鷹のように鋭い黄色い目が特徴的であった。授業開始時に生徒が集まっているのを見て満足そうな表情を浮かべている。

 

「飛行訓練って毎年骨を折っちゃう人が出るらしいから気をつけないと」

 

 アイザックはアランに不安を漏らした。

 

「そうなのか……関係あるかは知らないけど、ここに並べられている箒はどれも年季が入っているな」

 

「この訓練の時間が早く終わって欲しいよ」

 

 すでに噂されているのか、何人かの生徒は怖気付いている。その様子を見たフーチは安心させようと口を開いた。

 

「みんな、そう固くなる必要はありません。今日は箒に乗って飛ぶまでやりませんから。このように箒を掴むとこだけをやります」

 

 フーチが脇に置いてあった箒に手をかざし「上がれ」と言うと、箒がひとりでに彼女の手に収まる。

 

「では、地面に並べた箒の隣に行きなさい。そして手をかざして箒に対して『上がれ』と言うのです」

 

 生徒たちはまちまちに箒の横に行き、箒を浮かせようとするが、浮かんだ箒はごくわずかであった。アランも浮かせようとするが、どうにも箒は動こうとしない。

 

 今までは杖を使った魔法だったのに、今度は杖無し魔法か。杖無し魔法も体系化されているのか。

 

 その後も苦闘するも、アラン、アイザックを始め多くの生徒の箒はなかなか浮かばい。箒が飛び上がったものはごくわずかで、家で箒を使ったことがあるものたちだろう。また上がりはするものの勢いがあり、箒がでこに当たる生徒もいる。

 

「いいですか、箒に一方的に念じてもダメです。みんな、箒を納得させなさい」

 

 フーチはうまくいかない生徒たちにアドバイスを送る。

 

 箒を納得?箒も意思を持つというのか。うーん、どうなんだろう。

 

「なぁ、アイザック。箒を納得って意味がわかるか」

 

 アランが声をかけると、アイザックはすでに箒を浮かしていた。

 

「できた!分かったよ!」

 

アランはまさかここまで早くできるとは思っておらず驚いた。

 

「……すごいじゃあないか!随分あっさりとやるな」

 

「へへん、コツがわかればすぐできるよ」

 

 どうにもアイザックは箒の使い方に慣れたようで、いろんな浮かし方を試している、たった数分のうちに箒を自在に操れるようになっていた。

 

「なぁ、コツってなんだ?教えてくれないか」

 

「んー、言葉にするのは難しいんだけど、箒にお願いするんだよ。先生は『上がれ』って言ってたけど、気持ちとしては『上がってください』かなー。杖もそうだよね。僕らの心を合わせるのがコツかな」

 

「なるほど、箒も杖と一緒か」

 

 アランが箒にお願いすると、箒は少しだけ浮き上がった。

 

「ようやくちょっとだけ浮かんだぜ」

 

「やったね!その調子だよ」

 

 その後もアランは試行錯誤して箒を浮かばせようとしたが、手に持つところまではいかず授業終了の時間を迎えた。

 

 

 

 自室でアランはアイザックに尋ねる。

 

「杖無し魔法って知ってる?」

 

「杖無し魔法?ワンドレス・マジックのこと?」

 

「ワンドレス・マジックというのか。教えてくれないか」

 

 アイザックは杖職人の家系ということもあって知っているようだ。

 

「ワンドレス・マジックは名前の通り杖を使わない魔法だよ。僕たち魔法使いは杖をふるって魔法を使うイメージがあるけど別に必要ってわけでもないんだよね。けど杖を使わないと呪文の難易度は格段に上がるし、威力も弱くなるって聞くよ」

 

「なるほど。やっぱり杖は基本的になくちゃ困るものなのか」

 

「そうだね。少しでも複雑な魔法を杖無しでやるには、相当な練習が必要らしいよ。ワンドレス・マジックを使いこなせるのは、ダンブルドア先生やあのグリンデルバルドぐらいらしいし」

 

「要はほとんどの魔法使いが使いこなせないってことか……」

 

「そう!だからみんな自分の杖を大事にして呪文を唱えるんだ」

 

 アイザックは嬉しそうに答える。

 

「今日の飛行訓練でさ、箒を浮かばせたじゃん。あれってワンドレス・マジックになるのか」

 

「あー、あれね。ワンドレス・マジックに入ると思うよ。ただ動作が単純だし、箒と協力する呪文だからワンドレス・マジックでもかなり簡単なものなんじゃないかな」

 

「そうか。ちなみに俺も軽いものなら杖無し魔法を使えるよ」

 

 アランは丸めた紙を持ち、何にも触れずに燃やし始めた。

 

「え?すごい!どうやるのこれ!」

 

「小さい頃からこういう事ができてな。説明は難しいよ」

 

 アランは燃えた紙を見つめて手から離し、灰になるまで浮かし続ける。

 

「魔法使いって子供の時に杖がなくても感情が高まると不思議な現象を起こすらしいんだ。それって魔法を制御できないために起こるんであって、普通はそのうち使えなくなるんだよね。それなのにそこまで使いこなせるのは珍しいことだと思うよ!」

 

「そうなんだ。俺はこれができるようになってからずっと訓練してたから失わなかったのかもしれん」

 

「え、訓練してたの?」

 

 アイザックは引き気味に尋ねる。英才教育でも受けない限り、誰だってそんな面倒なことやらないだろう。

 

「ああ、暇だったし。楽しかったからな」

 

「アランって変わってるね」

 

 アランが暇だったのは無理がない。無人島では誰もいなかったし、プライマリースクールも頭を使う事が少なかったからだ。

 

「そうだ。まだ飯まで時間あるし図書館にいかない?杖無し魔法をはじめ多分いろんな本が置いてあるぜ」

 

「図書館?はじめの案内の時にしか行ってないや。いいね、面白そうだし行こうよ」

 

 

 

 図書館はとても広くたくさんの本を所蔵していた。蔵書は何万冊にも及ぶという。図書館には探し物をする生徒だけでなく、自習をしている生徒も多い。

 

「あそこにいるのって、うちの寮の一年生じゃないか?」

 

「あ、本当だ。彼女勉強熱心だね」

 

 先日の授業でフレネルと呼ばれていた茶髪の少女が1人で窓際に座って本を積みながら勉強している。彼女は授業後いつも1人でさっさといなくなって、図書館にこもっていた。彼女の周りには誰もおらず、アランたちに気づく事なく黙々と手を動かしている。

 

「なんか集中しているし声をかけるのはよそうか」

 

「うん。そうしよう。僕も見習わないとなぁ」

 

 まだ一年生なのに学問の面白さに気づくとは大したもんだ。俺もうかうかしてらんないな。

 

「さーて、杖無し魔法の本でも探してみるか」

 

「いいね。司書さんもいるみたいだし聞いてみようよ」

 

 アランたちは司書に尋ねると、ワンドレス・マジック関連の書籍をすぐに教えてもらえた。

 

「おお、流石に文献が揃っているな」

 

「そうだね。使いこなせる人が少ないから本も少ないとばかり思ってたから意外だよ」

 

 関連する文献は30冊をゆうに超えている。世界中の文献や論文が所蔵されているのだ。レイブンクロー生を始め知的欲求を強く持つ魔法使いにはたまらない環境である。アランたちはワンドレス・マジックについてまとめられた本をいくつか漁っていた。

 

「んー、やっぱり難しいね。詳しいことは良くわかんないや」

 

「そりゃ論文を読んでも訳分かんないだろうね。こっちの本とか分かりやすいと思うよ」

 

 アイザックは薄そうな本から読んでいたが、それは論文集であり内容はかなり高度のものであった。一方アランが読んでいるのは、少し分厚いがワンドレス・マジックについて定性的にまとめてある本であり読みやすいものである。

 

「へぇ、イギリスにはワンドレス・マジックの使い手はほとんどいないらしいけど、アフリカはワンドレス・マジックが主流らしいぜ」

 

「そうみたいだね。杖がヨーロッパ発祥だったなんて知らなかったよ」

 

 アイザックも杖の起源までは知らなかったようだ。

 

「ああ、それまでの魔法使いはきっと高度な呪文が使えなかったんだろうな」

 

「うん。こっちの本にはアフリカでは天文学や変身術、錬金術に特化しているって書いてあるよ」

 

「なるほどね。俺らが習う呪文学は重視されなかったのか」

 

 その後もワンドレス・マジックについての知見を深めるうちにアランに一つの思いが浮かんだ。

 

「このグラフなんだけどさ。水を出す呪文アグアメンティ(水よ)についてなんだけど」

 

「なにこれ、線がいっぱいあるね」

 

「これは20人の魔法使いに協力してもらって、アグアメンティ(水よ)を杖有り条件下と杖無し条件下で発動した時の水の射程距離と発動までの時間を計測したグラフだ」

 

「ふんふん」

 

「この表とても面白くないかい?」

 

「どの辺が?ちょっと見方がわかんないんだけど……」

 

 アイザックはグラフの線の多さに戸惑っているようだ。

 

「すまんすまん、でもちょっと聞いて欲しいんだ。グラフによると、みんな杖有りの方が射程距離が長くなる傾向が読み取れるけど、発動までの時間は人によってバラバラじゃない」

 

「というと?」

 

「杖有りの方が杖無しの条件よりも早く発動する人もいれば、そうでない人もいるってこと!」

 

「へー、そうなんだ。聞いたこともなかったよ」

 

「この論文だとそれは個人差だと言っているけど、そんな話なのかな」

 

 その後も夕飯の時間まで二人は本を読み漁った。

 

 

————

 

 

 妖精の呪文学は人気の高い授業の一つである。皆が思う魔法使いらしい呪文の数々を学べるからだ。一年生たちは期待に胸を膨らませながら授業が始まるのを待っていた。

 

「初めまして、みなさん!フリットウィックだ。今日から一人前の魔法使いになるためにも私の授業をしっかりと受けるように。では教科書を開きなさい。今日学ぶのはルーモス(光よ)という杖先から光を照らす呪文だ」

 

 アンバーが言ってたやつだな。これがなかなか光らないんだっけか。

 

「まず私が一度呪文を唱えるからこの時の杖の動きをよく見ておくように。ルーモス(光よ)!」

 

 フリットウィックの杖先からは強烈な光が照らし出された。生徒たちはイメージ通りの呪文らしさに興奮を隠せなかった。フリットウィックは生徒たちの反応を見て満足そうな表情をしている。

 

「君たちの興味が成長につながる。いい学年になりそうだ。では教科書に載っているようにまずは杖の動きから練習して、呪文を唱えなさい」

 

 なるほどね。ここでもLチカか。これはもう笑うしかないな。マイコンとかでもそうだよな。Lチカは達成感を経験するために世界線共通で使われているんだな。よしっ頑張るか。

 

「杖の動きは単純だしそんなに難しくないよな」

 

「そうだね、なんかすぐできそうな気がするよね」

 

 アランはいつも通りアイザックと一緒に授業を受けている。レイブンクローの生徒は基本的に一人でいることが多く、大勢のグループを作ることはまずない。そのため、二人でいつも行動していてもそこまで浮かないのだ。

 生徒たちは早速呪文を唱えるがどれも空振りのようだ。アランは先のフリットウィックの実演と自身のLチカの経験を思い出し集中する。

 

ルーモス(光よ)!」

 

 アランが呪文を唱えると1回目にもかかわらず、すでに杖先がほんのり明るくなっている。

 

「おお!どうやったの?」

 

「えーと、多分だけど必要なのはイメージかな。俺実は以前似たようなことやったことがあってさ。今ので感覚掴めたから次は多分もっとうまくいける気がする。ルーモス(光よ)!」

 

 二度目の呪文は先のものよりも明瞭な光をもたらした。フリットウィックは目を輝かせながらアランのもとに近づいてくる。

 

「えーと、君は以前この呪文を使ったことがあるのかな?」

 

「いいえ。今が初めてです。先生の実演が素晴らしかったのでイメージがうまくいったのだと思います」

 

「初めてでこの明るさか、今年の新入生は素晴らしい生徒が多い!レイブンクローに3点!」

 

「ありがとうございます」

 

 呪文でうまくいったのホグワーツで初めてだから嬉しいな。ありがとうAruduin○!!

 

「君のルーモス(光よ)はすでに十分だから他の生徒も習得できるように教えるのを手伝ってもらえるかな」

 

「もちろんです」

 

 授業はレイブンクローとグリフィンドールの合同であったが、少しでも杖先を光らせられたのはアランを除くとレイブンクローのフレネルだけであった。彼女はアランからアドバイスを受けると悔しそうにしながらも、呪文の精度をあげていった。

 

 

 

「どうしたんだい」

 

 授業後にフリットウィックのもとに一人の生徒がやってきた。

 

「先生、ちょっと質問があるんですけど」

 

「ほう、初回だというのに感心するね。ルーモス(光よ)についてかい?」

 

「いいえ、呪文における杖の役割についてです」

 

 アランは図書館で見た資料のグラフを記した羊皮紙を見せる。

 

「ガンプのワンドレス・マジックに関する論文から抜粋したもので、呪文の発動時間と杖の有無に関しての意見を伺いたいのですが」

 

 フリットウィックは質問を聞いて素直に驚いた。一年生がワンドレス・マジックに興味を示しただけでなく、それについて文献まで調べてきていたからだ。

 

「ほうほう。君は呪文に関して並々ならぬ熱意があるようだね。このグラフが何か気になるのかね」

 

「ええ、論文中ではこの発動時間が個人差であるだろうと考察で述べられていますが、果たしてそうなのでしょうか?これに関して新しい研究がございましたら紹介していただきたいのです」

 

 フリットウィックは予想よりもアランの踏み込んだ質問に当惑の眉をひそめる。

 

「すまない。この分野は専門でないから私には答えることができない。ただ杖の有無で発動時間が変わるような研究も通説も特に聞いたことがないな」

 

「そうですか。全く根拠のない考えですけど、発動時間の差は杖の種類に依存するのではないかと思いました。この論文だと被験者の杖の種類までは事細かに書かれていませんでしたからなんとも言えませんがね」

 

 フリットウィックはアランの発言を聞き目を見開いた。そして一つ提案をする。

 

「なるほど。実に面白い。下級生の感想としてしまっておくには勿体無いくらいだ。新生活で忙しいだろうが、君さえよければそれを研究してみないかい?」

 

「え?研究ですか?」

 

「ああ、先行研究が無いかだけ調べて無さそうだったらやってみないか。私たち教員や知り合いに頼めば、被験者くらいは集められるさ。実験環境だって私が手伝うよ」

 

 フリットウィックは期待を込めた視線をアランに送る。

 

「本当ですか?是非やらせてください!」

 

「ああ、では今日の夕飯後に時間あるかい?その時に詳細を打ち合わせしよう」

 

「時間はあります!わかりました。よろしくお願いします」

 

「いいんだよ。レイブンクローの寮監としても君のような生徒がいてとても嬉しく思うよ。君の鋭い見解に対しレイブンクローに5点与えよう」

 

「ありがとうございます」

 

 アランは思わぬ収穫に明るい顔をしてフリットウィックと別れた。




【用語解説】
Lチカ:LEDをチカチカ点滅させること.電子工作をする時の一番最初の課題.プログラミングのHello, World!と同じようなもの.

今回見返したら登場人物がほとんど二人でした笑.

色々あり時間ができたため更新しました.
引き続きよろしくお願いします.


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懸念

前回のあらすじ
研究開始.



 1970年、まさしく激動の年である。

 

 数年前にヴォルデモートと名乗る魔法使いが現れてから、イギリス魔法界は徐々に混乱していった。ヴォルデモートは当初、言葉による純血主義の啓蒙活動を行っていたが次第に暴力を用いた手段に傾倒していき、思想を受け入れないものに対していわゆるテロを起こすようになった。ここで厄介なのが、ヴォルデモート自身の実力の高さと彼のプロップスの多さである。元々純血主義である一族、ヴォルデモートのカリスマに当てられた若者たち、加えて力の発散を求めていた半グレの者たちが徒党を組んだのだ。そうした者たちは死喰い人と呼ばれ、数年のうちにイギリス魔法省としても対処が難しいレベルまでに勢力を伸ばした。この争いに終止符を打とうとしたダンブルドアはヴォルデモートと会合を組もうとするも、ヴォルデモート側は全てはねのけ徹底した姿勢を維持し続けた。

 

 そして当年になると、ヴォルデモートはイギリス魔法界に対し戦争宣言をした。これにより魔法界の緊張は歴史上最も高まっていると報道された。すでにメディアはヴォルデモートを史上最強の闇の魔法使いとまで称しているのだ。

 

 実際には今より四半世紀ほど前に恐れられたゲラート・グリンデルバルドの方が強大であったであろう。しかしイギリスにおいてグリンデルバルドは因縁の深いダンブルドアの影響もあり大きな事件を起こさなかった。さらに彼には自分の中の葛藤を超えた正義の元に行動する漆黒の意思が存在した。決して許されることではないが、彼の改革はヴォルデモートのような無意味とも言える無作為な暴力ではなかったのだ。そのためイギリス国内に限りグリンデルバルドよりもヴォルデモートの方が恐れられている。

 

 兎にも角にもヴォルデモート側の影響力は日々拡大している。だがもちろん魔法界は何の対策を打っていないわけではない。過去にグリンデルバルドを後世に残る激戦の末に下しマーリン勲章、勲一等を受けたダンブルドアを中心に不死鳥の騎士団という対抗組織が先日設立されたのだ。

 

 

 

 ミネルバ・マクゴナガルは校長室に呼び出されていた。マクゴナガルは窓から中庭でゴブストーンをしている生徒を見て思いを巡らす。

 

「校長から呼び出しですか。最近世の中物騒で気が休まりませんね。こんな時代だからこそ子供たちにはのびのびとしてもらいたいです」

 

 ガーゴイルの石像まで着くとマクゴナガルは合言葉を唱える。

 

「アソートグミボール!」

 

 ダンブルドア校長の部屋に入る合言葉はいつもお菓子の名前であった。これもダンブルドアの茶目っ気であろう。合言葉を聞くとガーゴイル像はどき、道が現れる。マクゴナガルは道を進み、ダンブルドアのもとまで歩み寄った。

 

「マクゴナガル先生よ、忙しい中よく来てくれた」

 

「いえ、構いません。ダンブルドア先生、私を呼んだのは例の件でしょうか」

 

 マクゴナガルがダンブルドアに呼び出される時に、ヴォルデモート関係である回数が増えてきている。

 

「さよう。今週末に時間が取れないかのう。アーサーから死喰い人の拠点の一つが判明したという連絡が入ってな。不死鳥の騎士団で集まりたいと思うのじゃ」

 

「そうですか、幸い今週末には予定がありませんので参加させてもらいます」

 

 ダンブルドアは少し申し訳なさそうに言う。

 

「すまないのう。本当はホグワーツの先生にはこのようなことを頼みたくなかったのじゃが、如何せん信頼できる人物がまだ少なくてのう」

 

「気にしないでください。私も納得した上で騎士団に入っているので。むしろ光栄に思っています」

 

 マクゴナガルは胸を張って答えた。彼女の正義感は人一倍強いのだ。魔法界の現状を他の人よりも重く受け止めているのだろう。

 

「そうか、マクゴナガル先生がいてくれてとても心強いのう。ところで話は変わるのじゃが」

 

 ダンブルドアは澄んだ青い目を少し細めて尋ねる。

 

「今年入ったジュール家の子のことじゃが、マクゴナガル先生は彼を一時期引き受けていましたな」

 

「アランですか?ええ、身寄りのない彼を島で発見してから数日間保護していました」

 

「彼のことをどう思う?なんでも良いから思うところを聞かせてくれないかのう」

 

 マクゴナガルは困惑した。ダンブルドアほどの人が一生徒、それも新入生に関心を寄せたからだ。開心術をかけていないとはいえダンブルドアに全てを見通すような視線を向けられ、マクゴナガルは空気が重くなったのを感じる。

 

「どうと言われましても、すごく利発な子だと思います。最近フリットウィック先生の指導のもとで研究を始めたらしいですね。ホグワーツに入学して一ヶ月程度だというのにすごいことだと思います。私も彼の考えを聞いたときには驚きましたよ」

 

 マクゴナガルはアランについて思うところを正直に伝えた。

 

「もう研究を始めたのか、大した者じゃのう。わしでさえ一年目は研究をやらなかったのに。他の先生に聞いても、優秀ないしは大人びていると答えるものが多かったのう。わしには少し気になることがあるんじゃ。彼はジュール家に引き取られる前はどこにいたんじゃ」

 

 ダンブルドアは静かに言った。部屋にいた不死鳥のフォークスは先ほどからピクリとも動かない。

 

「無人島にいました。私自身にも信じられない光景でしたが、彼は一人で生きていました」

 

「人はのう、一人では生きていけないのだよ。子供は親の無償の愛を受けねば愛に気づけなくなってしまうのじゃ。年端も行かぬ少年が一人で生きていけるほど自然は優しくないぞ。さらに不可解なのは彼が文字を理解していたことじゃ。彼には何か背筋を凍らせるものを感じる。よく見ておいて欲しい」

 

 マクゴナガルには理解できなかった。ダンブルドアがここまで警戒する理由を。アランは不可解な出自こそあれ、マクゴナガルから見ても模範的な優秀な生徒であったからだ。そのため自分の疑問を投げかける。

 

「彼のどこに不安を感じるのでしょうか。私から見れば彼は将来有望なただの生徒にしか思えませんが」

 

 ダンブルドアはその一言に青い目を鋭く光らせた。

 

「それじゃよ」

 

「え?どう言うことでしょうか」

 

「あまりに似すぎているのじゃ。若き日のヴォルデモートに」

 

 マクゴナガルはその名前にギクリと反応する。

 

「ヴォルデモートは、トムは孤児だったんじゃ。わしは彼がホグワーツにいた頃に教えていたのじゃがな、彼はたいそう優秀であった。ハンサムで友達に囲まれ、先生からの信頼も厚い。それに加えて他を寄せ付けない才能で堂々と主席で卒業したのじゃ。じゃが歯車はすでに狂っていたんじゃろうな。彼は卒業後姿をくらまして次に会った時にはヴォルデモート卿と自らを名乗っていた。彼の本質は学生時代は表に出なかっただけで、何一つ変わっておらんかったのだろう」

 

「アランが例のあの人みたい?彼は純血主義とは違う考えを持っていて、マグルに歩み寄ろうとしています。彼がそんなふうになるとは思えません!」

 

 マクゴナガルはアランとヴォルデモートの類似点を聞いた時に思うところがあったため気が動転した。

 

「その思い込みじゃよ。もちろんわしだって彼がそんな事になるとは思いたくはない。じゃが今の世に第二のヴォルデモートを生み出す可能性が少しでもあるのなら未然に防ぐべきじゃと思う。純血主義でないからと言って、今度は純血主義を敵にする思想家になってでもしたらたまったもんじゃないだろう。大人びているとはいえ多感な時期じゃ。わしら大人が歪まずに導くことが大事であると思う」

 

 ダンブルドアの言葉受けて、マクゴナガルは少し頭を冷やす。

 

「そうですね。取り乱して申し訳ありません。ただ私は彼のことを信頼しています」

 

「もちろん生徒のことを信頼するのはいい教師の証じゃ。ただこのようなこともあるということを知ってもらい、少しだけ気にかけて欲しいだけじゃよ」

 

「分かりました。フリットウィック先生には伝えますか」

 

「いや、彼には伝えなくてよかろう。彼はそう言った事を隠すのに向いていないからのう」

 

 ダンブルドアは重い空気を発散させてマクゴナガルにウインクをした。

 

 

————

 

 

 闇の魔術に対する防衛術に向かう途中、アランは取り巻きに囲まれたソフィア・セルウィンと会ったので挨拶をする。

 

「よう、ソフィア。さっきぶりだな」

 

「アランか、午前午後とスリザリン、レイブンクローの合同授業だからな」

 

 ソフィアの言うように、午前中はマクゴナガルの変身術が合同授業で行われていた。ホグワーツの生活もすでに一ヶ月はすぎ、生徒たちも授業に慣れ始める頃だ。時間が立つにつれて、これこれの教科だと誰々が優秀であると言った噂が流れ始める。子供は噂好きなのである。中でもソフィアは全教科において素晴らしいと噂されている。

 

「確かにな。それにしてもソフィアは変身術が本当にうまいよな」

 

「先生が言っていることをやってるだけだ。逆に皆ができなさすぎるとさえ感じる」

 

「随分と要領がいいこって」

 

 その発言を聞きソフィアの隣にいた少女が声をあげる。

 

「何よその言い方は。セルウィンさんは天才よ!」

 

 何が少女の気に障ったのかアランには分からなかったが、とりあえず誤っておく。

 

「それはすまなかった。ソフィアは確かに天才的だ」

 

「分かればいいのよ。それとあなた馴れ馴れしすぎるわよ」

 

 少女はふんすと言った。

 

「よさないか。アランも謝る必要はない。要領がいいのは自分でも理解している」

 

「自分で言うなよ……」

 

 言葉を漏らすと少女がまた睨んできたのでアランはこれ以上口に出すのをやめた。アランたちが教室に入る頃にはすでにアイザックは席についていた。

 

「アランこっちこっちー」

 

「今行くー。どうだ、ソフィアも一緒に受けないか」

 

「いいだろう。どこで受けたって変わらないからな」

 

 ソフィアがアランの隣の席を取るとその隣や後ろにもれなくスリザリン生が付いてきた。どうにもスリザリン生は群れるのが好きらしい。一人が好きなレイブンクロー生と正反対だ。

 

「準備はいいだろうか。先日は代表的な闇の魔術とその防衛法をいくつか紹介した。今日は諸君らに購入してもらった教科書をメインに授業を進めて行きたいと思う。ではまず『宵闇の生物へのへの対処法ー入門編』の目次を見てくれ」

 

 アランは教科書の背表紙を見てあることに気づく。

 

「本の著者の一人にローザ・ラーネッドってあるけど、先生が編集に関わってたんだな」

 

「うわっ、本当だ!」

 

「ああ、ラーネッド先生は闇の生物のハンターとして有名だからな」

 

 ソフィアはローザのことを元から知っていたらしい。

 

「知ってるのか?確かイタリアの人って言ってたけど」

 

「ラーネッドはベルモンドと並びヴァンパイア・ハンターとして名高い一族だ。主にトランシルヴァニアで活動しているらしいからイギリスでは分からないが、ヨーロッパ本土での知名度は高いものだろう」

 

「ヴァンパイアって吸血鬼のことか」

 

「そうだ。イギリスではあまり噂を聞かないがな。ヴァンパイア・ハンターの活躍は魔法使いの間では英雄譚として語り継がれているが、聞いたことはないか?」

 

「特にないな……」

 

 吸血鬼までいるのか、この世界は。しもべ妖精という妖精やドラゴンまでいるんだ。何がいてもおかしくないか。

 

 

 

「世界には諸君らの知らないような怪物が多数存在する。スケルトンの項目を見てくれ。放置された白骨化した死体で悪霊が乗り移るなどの要因で人を襲うようになったものだ。こいつを実際に持ってきているからぜひ体験して欲しい」

 

 ローザはカバンの中から赤い骨を紐で束ねたものを取り出した。

 

「これはスケルトンの中でも大量の血を浴びたものだ。スケルトンは血を浴びることで何度でも復活するようになる」

 

 ローザが紐を解くと、赤い骨がカタカタと動きだし宙に浮かんでから人型を形成する。スケルトンは手に骨を棍棒のように持ち顔をあげた。生徒たちはその様子を怯えながら見守っていた。ローザは角材を手に取り赤いスケルトンに対峙する。

 

「いいか、よく見ておくといい。スケルトンは筋肉が無いから力が弱いというのは間違った解釈だ」

 

 スケルトンはローザを見るや否や手に持った骨で殴りかかってくる。ローザはそれを真っ向から角材で殴り返すとスケルトンを押し返すことはできたものの角材は大きくそれてしまった。

 

「スケルトンは呪術的な力で動いているから見た目よりも力を持っている。そのため近づいて近接戦闘を行おうと思わないほうがいい。フリペンド(撃て)!」

 

 衝撃呪文を唱えるとスケルトンはバラバラの状態になりピクリとも動かなくなった。そのままローザは赤い骨を集めて紐で縛り上げる。

 

「スケルトンは呪文に対する耐性は高く無いから距離を取ってから打てば容易に倒せるだろう。こいつらは手入れの行き届いていない墓地などに出没するから気をつけるように」

 

 生徒たちは一連の攻防を固唾を呑んで見守っていた。

 

「だがこちらが常に万全の状態であるとは限らない。杖を持たない時、呪文が使えない時の対処も教えておこう」

 

 ローザは骨を縛っていた紐を再度解き、形成された赤いスケルトンの前に立つ。腰からナイフを取り出しスケルトンに投擲する。放たれたナイフは一直線に進みスケルトンの頭部にあたり、スケルトンは再びバラバラになる。

 

「ものを的確に投げれば、スケルトンを破壊することは造作もないことだ。今はナイフでやったがこれは石でも構わない。額を狙うといい」

 

 淀みない動きに拍手が湧き上がる。

 

「ほえー、ラーネッド先生って強いんだねぇ」

 

「先生は何気ないように投げてたが、実際やるとなるとかなり難しいぞ。それに自分に向かってくる敵意に場慣れしているよな」

 

 アランは自分だったら先ほどのように動けないと思いながら感心する。

 

「ラーネッド先生は自ら闇の生物の調査に危険な場所を行き来しているらしい」

 

「ソフィアは随分と、先生について詳しいんだな」

 

「ああ、家のものが何かと情報をくれるんだ」

 

 ここまでの才能だと家族も熱心なのかな。名家と言われていたし、色々とこの世界の教養を身につけているんだろうな。

 

 

 

「次に紹介するのはウネと呼ばれる妖草だ。こいつは単体だとそこまで危険ではないが繁殖力が強いのが厄介なところだ」

 

 ローザは種を生徒に見せた後、レンガに投げつけた。すると種が衝撃に反応したのかいきなりレンガから草が生え始める。葉は20cmほどの線形で肉厚なものであり中心部から放射状に広がっていた。ウネはサボテンのアガベのようなシルエットをしていて、普通の植物と異なり意思を持っているかのように葉っぱを揺らしている。

 

「ウネはどんなところからでも生える。土があろうとなかろうとだ。ウネには棘があり動物の血を吸う事で成長するが足が生えて動くことはないから安心してほしい」

 

 ローザが冗談めいて言うが、生徒たちはウネの気味の悪さに顔が引きつるばかりだ。ローザは生徒たちをウネの周りに集め説明を続ける。

 

「この妖草は明るいところだと分かりやすいが、暗い場所や森林の中だと普通の草と見分けがつきにくいから注意しなくてはならない。ウネを踏むと怪我をする恐れがあるからな」

 

 ローザがウネに生肉を放ると、ウネは葉の揺らしを大きくして生肉を葉の上で数回転がした後放り投げた。生肉を見ると確かに傷ついているのが分かる。

 

「こいつは棘があるものの危険で無いと言った理由は、明確に獲物を襲っているのか分からないからだ。植物というだけあって血だけを養分としているわけでは無いのだろう。さらに繁殖力があっても強度はそこまで高く無い。ウネを退治するのは簡単だ。インセンディオ(燃えよ)!」

 

 杖先から火が放たれると、ウネは葉を大きく揺らしながら全て燃えつき灰になった。

 

「強力な回復役になると知られているマンドラゴラ、諸君がマンドレイクと呼ぶ生物はウネの進化の一種に当たると言われている。マンドレイクはかなり重要な役割を担うから、きっと薬草学か魔法薬学の授業で扱うだろう。さてここまで何か質問はあるかな」

 

 緊張感はあるものの生徒たちは未知との出会いに毎回の授業を楽しんでいた。

 

 

————

 

 

 大広間はコウモリに加えてジャック・オー・ランタンや蜘蛛の巣の飾りによって普段とは違う雰囲気を醸し出している。食事用の皿は銀製ではなく金色に輝いているし、数千のキャンドルはとても華やかだ。

 

「さすがイギリス魔法界でも名高いホグワーツだな。まさに豪華絢爛だ」

 

「僕もびっくりだよ!ハロウィンパーティってやっぱり心踊るね!」

 

 レイブンクローの二人は大広間の変容っぷりに驚く。ハロウィンパーティは新入生が迎えるホグワーツでの初めての行事だ。生徒には名家出身の者が多いため、パーティの質も高いものとなる。ホグワーツには出自は関係ないというが、上流階級の雰囲気もしっかりと漂っているのだ。

 食事は寮ごとに取るのが基本である。レイブンクローには他寮と比べると内向的な生徒が多い。そのため普段の食事はさっさと済ませてしまう生徒が多いが、今宵はパーティということもあってどの生徒も浮かれ気味であった。アランとアイザックは普段そこまで会話しない他のレイブンクロー生と関係を築こうと試みて、そのうちの半分くらいは話に乗ってくれたため大いに盛り上がった。アイザックは一人で食事を進めるフレネルにも声をかける。

 

「フレネルさんだよね?僕はアイザック・オリバンダー、よろしくね」

 

「え?ええ。よろしく……」

 

「どうしたの?驚いた顔して?」

 

「いえ、失礼……私はケイト・フレネルよろしくね、オリバンダー君」

 

 ケイトはウェーブのかかった茶髪の少女で特に真面目に授業を受けている生徒である。授業では積極的に発言をして寮における得点も稼いでいるのだが、少し寄りつきにくいオーラを出しているため彼女は孤立気味であった。

 

「ケイトも話に加わらない?」

 

「ありがたいけど遠慮するわ。この後用事があってもう行くから」

 

「そっかー。前に君が図書館で勉強しているの見かけたよ。君を見て僕も頑張らなきゃって思ったんだ!」

 

「ありがとう。お互い頑張りましょう」

 

 そう言ってケイトは大広間から出て言ってしまった。

 

「あいつに話したって無駄さ。いつも勉強のことしか考えてないようなやつだからさ。その点アランはいいよな。そんなに気張らなくてもなんでもできるって感じがしてさ」

 

 アイザックたちと仲良くなったレイブンクロー生は立ち去るケイトを見ながら言う。

 

「なんでもは出来ないよ。箒とかはいつまでたっても乗れる気がしないし」

 

「確かに。でもそう言うところがいいんだよ。お前は変に驕ってないしな」

 

 アランの発言にレイブンクロー生が笑いながら返事をする。

 

 

 

 パーティが3分ほど経った時には、皆席を立ち自由に移動しながら会話や食事を楽しんでいた。

 

「二人とも楽しんでる?」

 

「うん。アンバーも満喫してるようだね」

 

 アンバーはアップルサイダーを片手にアランたちのもとにやって来た。レイブンクローとハッフルパフは魔法薬学と魔法史の授業で一緒になるため三人はよく顔を合わしている。寮ごとに授業の時間割は異なっているが、一週間のうちにどの寮とも合同授業があるようにうまくカリキュラムが組まれているのだ。これも互いの寮で競争心を高めるためである。

 

「当然よ!なんたってパーティよ!毎日パーティでもいいと思うわ」

 

「こんな豪勢な料理を毎日作ってたら屋敷しもべが過労で倒れるぞ」

 

「そんなことないわ。屋敷しもべは人間のために働くのが幸せだって聞いたことあるし彼らも喜ぶわよ」

 

 アンバーが真面目な調子で言っているのを見てアランはため息をついた。アンバーと話しているうちにまた一人の生徒がアランのもとにやって来た。

 

「やあ、ハロウィンは楽しんでいるかい」

 

 ソフィアがアップルサイダーを片手に挨拶を投げかける。アランは予想だにしなかった人物の来訪に少し驚いた。

 

「ソフィアか。意外だなお前がスリザリン生の中からこっちまで来るなんて」

 

「ふふ、つまらなかったからな。パーティだと言うのに堅苦しくてうんざりだ」

 

 アンバーはアランの服をちょいちょいと引っ張り小声で尋ねる。

 

「ねぇ、あんたあのセルウィンと仲良かったの?どうやって知り合ったのよ」

 

「どうもこうも一緒に授業を受けていたら自然と話す仲になったぞ」

 

「高飛車なセルウィンが?自然とそうはならないでしょ」

 

「ふーん、私はそう思われているのか。気にしていないからいいが」

 

 アンバーの小声はどうやらソフィアに聞かれていたようだ。

 

「ごめんね。聞こえちゃった?あたしはアンバー。アンバー・マクミランよ」

 

「別にいいさ。私はソフィア・セルウィン。見たところ君はハッフルパフというのにアランとは仲が良いようだが」

 

 ソフィアは本当にアンバーの言葉を気にしていないらしく、アンバーはばつが悪い思いをした。

 

「ええ、家族ぐるみの付き合いなのよ。入学前からの知り合いだわ。そしてその発言はブーメランよ。他寮と交わらないスリザリン代表のあなたがよく言うわね」

 

「家族ぐるみか……なるほど。スリザリン代表と言われたが、私は友人がほとんどいないんだ。そんな中でもアランは私を見てくれるんだ」

 

 アンバーはアランに視線を送るが、アランはアイザックと話していてこっちの会話を聞いていないように見える。

 

「ふぅん、まあ良いわ。あんたとも話してみたいと思っていたわ。これからよろしくね」

 

「もちろん。お互い頑張ろうではないか」

 

 二人の会話が穏やかに進む中、突如遠くから大きな破裂音が聞こえて来る。

 

「きゃっ!何事っ?あっ、あれは、ジョーダン先輩っ!セルウィンまたね」

 

 アンバーはまるで有名人でも見つけたかのような表情でマクゴナガルに怒鳴られているグリフィンドールの上級生のもとへ向かって行った。

 

「ふふ、アンバーといったか。彼女も面白いではないか」

 

「ああ、アンバーは面白いぞ」

 

 ソフィアの独り言をアランが拾う。その後もどんどん破裂音が増え、しまいにはカラフルな煙幕まで立ち込めるようになった。

 狂いつつある世界のことを忘れ、ダンブルドアは心から笑って平和なハロウィンパーティの光景を見ていた。しかし新たな憂いのために、気が休まることは決してなかった。




【用語解説】
ラーネッド :悪魔城ドラキュラで少しだけ登場するヴァンパイア・ハンターの一族.

悪魔城ドラキュラをタグに追加しました.が別に本筋には関わりません.ドラキュラの世界観に深入りはしません.

引き続きよろしくお願いします.


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前回のあらすじ
アラン,心配される.


「お嬢様、朝餉の準備ができました」

 

 屋敷しもべ妖精は扉をノックした後、部屋の中にいる少女に声をかけると姿をくらました。

 

「家か……」

 

 少女は寝ぼけ頭で昨日自分がホグワーツから帰ってきたことを思い出した。

 窓の外を眺めると鬱蒼と茂った森林が目に入る。少女の部屋は簡素であり、ものがほとんどない。目立つものといえば本が敷き詰められた一つの棚だろう。棚には本が100冊ほど並んでいるが、大判の本の隣にコンパクトな本があるなど見栄えは良くない。機能性を重視してタイトルの昇順の配置になっているのだ。

 

 少女は部屋を出ておそらく親が既にいるであろう居間ヘ向かう。

 

「おはようございます。父上。母上」

 

「おはよう。愛しのソフィア」

 

 声を掛けた男は背丈が1m80cmほどもあり、冷たい目でいかめしい表情をしていた。

 

「良い学校生活を送れているようだな。ソフィアの活躍は人づてに聞いている」

 

「さすがですねソフィア。貴方なら首席は間違い無いでしょう」

 

 つやのある黒髪の線が細い女性が答える。

 

 私は手紙を送っていないんだがな。他の生徒が近況でも送っていたのだろうか。

 

「このまま気を抜かなければソフィアなら首席を取るだろう。私の周りでもこの娘ほど才能を持つ者を知らない」

 

「私もとても楽しみですわ」

 

「ありがとうございます」

 

 男は落ち着き払った様子で口を開く。

 

「……学校の様子はどうだ」

 

「どういう意味ですか」

 

 ソフィアは父の意図を読みながらも確認する。

 

「……お前なら分かっていると思うが、今魔法界は二分されている。我が一族から向こうに行ったものも多い……ホグワーツは本当に安全と言えるか」

 

「はい。ホグワーツは世界一セキュリティの高い城と言われるだけあって守り手である教員たちの水準が高いものと言えます。さらにホグワーツを安全な場所たらしめるのはロウェナ・レイブンクローをはじめとする賢人たちの仕掛けでしょう。父上が心配する必要はありません」

 

 ソフィアは問いに対して即答する。

 

「そうか……」

 

 男はそれを聞くと神妙な面持ちをして黙り込んだ。男の重い雰囲気がセルウィン家ではよく見られる。だが誰もそれを心地悪いものであるとは思っていない。男は思慮深く浅はかではなかったからだ。

 

 

 

 ——世界は退屈だ。

 

 私は物心ついた時からおおよそのことができてしまった。喜ばしいことなのだろうがそう思うことができなかった。当たり前にできることを当たり前にやるだけで親を含め周りがちやほやするのだ。ある時からはそういった扱いに辟易するようになった。私の家が純血であるため他の純血の子とも交流をしたが打てば響くような会話を楽しむことは一度たりとも無かった。曖昧に笑ったり、おべっかを使ったりばかりしてつまらない。

 と言っても別に周囲に大きな不満があるわけではない。親は面倒を見てくれるし、欲しいものがあればすぐに取り揃えてくれた。周りもプライドは高いもののおそらく性格がいいと言われる部類なのだろう。ただ心の奥のわだかまりが気になるだけなのだ……

 

 だが最近はこの感情が薄れる時が度々ある。驕りではないが私は学校でもずば抜けた才を持っているのだろう。しかし才を持つのは私だけではなかった。ラーネッドさんはきっと私に匹敵するほどのセンスを持っている。それに同い年とは思えないほど、理解力の高い生徒もいることが分かった。対等に語れるものがいるのが楽しいと知ったのはホグワーツに入ってからだ……新学期も期待できそうだな。

 

 

 

————

 

 

 

「「「Happy New Year!!」」」

 

 クリスマス休暇が開けるとホグワーツにまた賑わいが戻る。

 

「やっと学校始まったわね!休み長すぎよ!」

 

 アンバーは久しぶりにホグワーツに戻るということで、特急で会った時からテンションが高かった。

 

「そうだな。たった1週間くらい休んだだけだけどな。俺はもう少し休みが長くてもよかったぜ」

 

 ホグワーツは全寮制の学校でありクリスマス休暇になると生徒たちは実家に帰るのだ。イギリスではクリスマスを家族と共に過ごす文化が根付いているためである。

 

「家よりもホグワーツの方が刺激的で最高だわ!」

 

「家もいいけどみんながいる学校もいいよねー」

 

 アランはクリスマス休暇中はホグワーツの勉強から離れてエリザとのんびり過ごしていた。家族にホグワーツでの出来事を話すと、みんな楽しそうに聞いてくれた。エリザは一刻も早くホグワーツに通いたそうにうずうずしていたのが記憶に新しい。

 

「アランー、悪いんだけどさ休み中の課題ちょっと見せてくれない?」

 

 アンバーが何気ない風にアランに尋ねる。

 

「やってきてないのか?」

 

「魔法薬学と薬草学はやったけど、変身術のはちょっとめんどくてさ……見せてよ!別に減るもんじゃないんだから」

 

「はじめのうちから宿題をやらないとすぐ落ちこぼれるぞ」

 

 アランは呆れながら言った。

 

「あたしは頭がいいから落ちこぼれになんてならないわよ。それにこんな宿題をちまちまやるより楽しいことはいっぱいあるわ!あたしの時間は宿題なんかに使ってられないのよ」

 

「たいした自信だな……見せてやるけど学年末試験の時に後悔するなよ」

 

「ありがとう!あんた大好きだわ!」

 

 アンバーはアランにハグをする。

 

「アラン、僕もやってきたんだけど気になるところあるから聞いていい?」

 

 アイザックも少しためらいながら聞く。

 

「もちろん、お前は毎度しっかりやってくるからな」

 

「いつもありがとう!」

 

「あたしの時と対応が全然違うじゃない」

 

 アンバーは不満げに言った。

 

「当たり前だろ。なんでかはその優秀な頭脳を駆使して考えてみろ」

 

 アランがそう言うとアンバーはいきなりゴブストーンの球をポケットから取り出して投げつけてきた。

 

「生意気なことを言うわね!あんたなんか臭くなっちゃえ!」

 

「おい、それが人に物を頼む態度か!宿題見せてやんないぞ」

 

「うるさいわね。あんたが見せてくれなくても勝手に見るからいいわよ」

 

 なんてやつだ……ここまで押し付けがましいとは……

 

「見れるもんなら見てみな。俺は全力で阻止するけどな」

 

「上等よ!」

 

 アンバーはアランからカバンを奪おうとするもなかなかうまくいかない。アンバーは次第にゴブストーンの球に加えてよく分からない爆音の鳴るペイントボールも投げまくるようになった。するとマクゴナガルが青筋を立てながら騒ぎに駆けつけてきた。

 

「新年早々何をやっているのですか!マクミラン、ジュール!」

 

「げっ、面倒臭い人に見つかっちゃったよ」

 

「お前が周りに迷惑かけるからだろ」

 

 アランとアンバーが争っている間にアイザックはしれっと避難していた。こういうところは抜け目がない。

 

「ハッフルパフとレイブンクローから5点減点!」

 

「先生5点もですか!なんとかまけてくださいよ」

 

 何言ってるんだこいつは……。火に油をそそぐような真似を。

 

「マクミラン口答えするんじゃありません!」

 

 マクゴナガルは「1年生でこれですか、この先のことは考えたくありませんね……」とつぶやきながら去っていった。

 

「アラン、ごめんねー。ついでにあんたの所の寮からも減点されちゃって」

 

 アンバーは反省の色を見せずけらけら笑っていた。

 

「はぁ、悪乗りをしたと思うならやめてくれよ。別にいいさ。お前と付き合う友人税みたいなもんだろう」

 

「さすがアラン、分かってるわね。でも楽しいからやめられないわ。今日の夕飯後に宿題見せてね」

 

 アンバーは機嫌良く自寮に戻って行った。

 

 なんともしたたかなやつだな……

 

「Happy New Year、アラン。賑やかだな」

 

 アンバーと代わり今度はソフィアが一人で近づいてくる。

 

「今年もよろしく。いつも通り賑やかさ。早速減点をくらったけどね」

 

「ふふ。君はトラブルメーカーなのかな」

 

「トラブルメーカーは俺じゃなくてあいつだよ。それはそうと今年はお前に負けないぜ。去年は初めてのことだらけで面食らったがな」

 

「『負けない』か……楽しませて欲しいものだな。ところで君はフリットウィック先生と何かやっていたようだが?」

 

 ソフィアは去年妖精の呪文学の後にアランがフリットウィックといつも話していたことが気になっていた。

 

「実は今研究してて、それをフリットウィック先生に手伝ってもらっているんだ」

 

「研究?」

 

 ソフィアは全く理解できなかった。研究をするという行為が思いもよらなかったからだ。

 

「ああ、少し気になる事があってフリットウィック先生に質問したら興味深いと言って勧めてくれたんだ」

 

「すまない。研究ってどういう行為かよく分からないんだが」

 

 アランは学術的な研究という言葉が子供にはあまりイメージできないことを理解する。ソフィアはやけに大人びているため、つい相手も理解できるものと思ってしまっていた。

 

「そういう事か。『変身現代』とか読んだ事ないか?」

 

「読んでいる。あの雑誌は我が家で定期購読しているからな」

 

「なら話が早い。『変身現代』の最初の方にはまずいろんなテーマが1ページずつ二段組で書かれているだろ。レジュメと言われていて研究内容を要約したものだ。雑誌の後ろの方は各テーマについての詳細が10ページほどで書かれていると思うが、あれは研究の内容をまとめた論文だ。要は論文として載せるようなことを実験したり理論立てしたりするのが研究とだ思ってほしい。どうだイメージできたか?」

 

「ああ、理解した。君もあれを読んでいるとは……研究か、すごいな、自発的に行動しているのか」

 

「そう言ってもらえると嬉しいね。巡り合わせがよかっただけだよ。ソフィアもそのうちやることになるだろうよ」

 

 ソフィアは俺よりも魔法に関してセンスあるしきっと面白いこと発見したりするんだろうな。楽しみだな。

 

「アラン。もしよかったら君の研究を一回見てみたいんだがいいだろうか?」

 

 ソフィアはまるで断られる事なんて考えていないかのようにきっぱりと尋ねる。

 

「見学したいってこと?うーん、多分まだ世に出てないことだから本当は良くないんだろうけど今回だけ特別にいいぜ。フリットウィック先生に聞いてみるわ」

 

「ありがとう。楽しみにしてるよ」

 

 

————

 

 

 フリットウィックには最近楽しみがある。それは将来性のある自寮の新入生の研究を手伝うことだ。新入生は自分に無い視点を持っているため、会話中に新たな発見などがあるのだ。

 

「フリットウィック先生、今日は見学を許していただきありがとうございます」

 

「いいんだ。ミスター・ジュールがいいって言うからね」

 

 ソフィアはフリットウィックに許可をもらったのちアランの研究室に訪れた。

 

「先生。今日もよろしくお願いします」

 

「うん。年末に考えていたプランはどうなったのかな」

 

「はい。当初の仮説は呪文の発動時間が杖の種類に依存するというものでした。そこでこの依存関係を定式化することを目標にして実験系を組もうと考えました。しかし休暇中に杖について調べると世の中の杖はあまりに多くの種類があることが分かったため、杖の種類全般に注目するのは得策ではないと判断しました。杖の要素ですが本体の材質、芯の材質、長さなど様々なものがあります。現状イギリスではオリバンダーの店で杖を入手する人が多いのですが、オリバンダーさんに話を伺ったところ杖の材質だけでも40種類以上あるそうです。ゆえに杖の種類を軸にデータを集めるのは困難だと思います」

 

「なるほど。確かに同じ材質、同じ長さの杖を持った人を10人集めると言っただけでもそう簡単にはいかないだろうね。ではどうすればいいと思うかい」

 

 フリットウィックはアランの分析を聞き楽しそうに問いかける。

 

「仰る通り同じ条件下で十分なデータが得られるとは到底思えません。そこでまず今回の目標の下位目標について予備実験を行いたいと思います。具体的には芯の材質に注目するのです。オリバンダーの店では杖本体の材質を多数扱うのに対して、芯材はユニコーンの毛、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の羽根のわずか3つのみを扱っています。ですからまずは芯材という属性間で発動時間に差が出るかを見ていきたいと思います」

 

「ほう、素晴らしい!確かにその方法だったらデータ数が膨大にならないし協力者を集めやすいね」

 

 ソフィアは二人の話を黙り込んで聞いている。

 

「ではより細かい実験系の話に入ります。本当は長さや本体の材質も芯材ごとに揃えたいのですが、ワンドレス・マジックを使用できる被験者を集めるのが困難であるため、そこは断念して行おうかと思ってます。その二つの要素を断念した場合でも被験者数は6の倍数でないといけません」

 

 ここでフリットウィックが口を挟む。

 

「6の倍数?芯材の材質は3つだから被験者の数は3の倍数じゃないのか?」

 

「私もそう思うぞ。どうして6の倍数だと思ったんだ」

 

 ソフィアもここまでは特に発言が無かったが疑問を素直に呈する。するとアランはしばらく黙ってから口を開く。

 

「カウンターバランスですよ」

 

「なんだいそれは?」

 

 非常に嫌な予感がしたがやっぱフリットウィック先生はカウンターバランスを知らないか。おかしいと思ったんだ図書館で論文を読んでいる時から。これはまずいよな。

 

「ええと、まず芯材が3種類あるから各芯材ごとに同じ人数の被験者を集めることを考えると確かに3の倍数だけの人数が必要になります」

 

「うん、そうだね」

 

 フリットウィックは頷きながら話を聞く。

 

「実験をこの3種類を1組として行えばいいと感じられるかもしれませんが、実はこれでは不十分なのです。というのも1つの芯材について杖無し条件下と杖有り条件下で実験を行います。ここで一人の被験者についてどちらの実験を先に行うかを考える必要があります」

 

 アランがここまで話しても二人とも釈然としない表情をしている。

 

「分かりやすい例を出しましょうか。例えばですよ、ある箒会社の話で初心者でも乗りやすい新作の箒ができたとしましょう。ここで同じ値段で10年前に開発されたモデルに比べ優れていることを示すことを考えます。ここまでいいですか?」

 

「ああ、何も問題ないよ」

 

「私もだ」

 

「続けましょう。先の箒会社の例で例えばモデルの優れ方を初心者が100m直進するときの安定感で定義するとしましょう。安定感の測定方法は色々あると思うのでここでは省略します。では今条件が箒の新旧の1つだけなので被験者数は1の倍数、つまりどんな人数でも良いということになるのでしょうか?結論から言いますとなりません。なぜなら1つの条件の中に順番が存在するからです。1つの条件なのに順番なんてあるのかと思われるかもしれませんが、考えなくてはいけません。まず1つの条件がある時その条件の全事象を行わなくてはいけない事を述べましょう。各被験者が片方の条件だけ測定するのは個人差を無視することになって公平さが失われます。最新モデルの被験者がみな鈍臭くて運動神経が悪く、古いモデルの被験者がみなセンスがよく運動神経がよければ、古いモデルの方が優れた結果を出すと想像できるでしょう」

 

「確かにそうだね」

 

 フリットウィックは話の流れを考えながら答える。

 

「では全ての被験者が最新モデルで測定した後、古いモデルで測定したとしましょう。すると本当は最新モデルの方が優れているのに、古いモデルの方が箒に乗るという行動に慣れたためにいいデータが測定されるかもしれません。そのため、順序があるときは(最新→古い)、(古い→最新)の2つを同数だけこなさないと正しいデータが得られないと考えられます。このような順序による影響を考慮することをカウンターバランスと言います」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 ソフィアは理解したかのような返事をする。

 

「俺の実験の話に戻ります。杖有り条件下で呪文を発動した後に杖無し条件下で呪文を発動する方が、逆順よりもやりやすいもしくはやりにくい可能性は否定できませんよね。ですから杖の芯材は3種類で、それぞれについて杖の有無の順番を考えるから2通り。ゆえに計6通りを1つの組として実験を行うのが妥当であると考えます。以上が被験者数が6の倍数であることの説明です。もし杖の材質の種類を3つほどに限定して考えたとしても、カウンターバランスを考えると18人を1組にするというようにかなりの人数を要することになります。何か質問はありますか?」

 

 フリットウィックは説明を聞き衝撃を受けていた。

 

「なるほどなるほど、言われてみれば確かにそうだね。こんな話初めて聞いたよ……これによっては今まで提出された論文の結果は変わるのではないかね」

 

「そうですね。俺も色々漁りましたが、カウンターバランスという考えが普及しているようには思いませんでした。これを考慮しないとデータを恣意的に選ぶことも可能になりますし、予期せぬところでそれと同等の作業をしているかもしれません……」

 

「ミスター・ジュール、どうしてこんな考えに至ったのかね」

 

 フリットウィックの発言を受けるとアランは少し黙り込む。

 

「……マグルの世界の研究では広く知られた手法です……ですがこの認知度ということは魔法族がマグルと関わりを断ちすぎたために情報がまわらなかったのでしょうね」

 

 フリットウィックはその時にえも言われぬ不安に襲われた。

 

「魔法族は確かにマグルにできない事がたくさんできるでしょう。ですが、だからと言ってマグルを見下しては決してはいけない。学問の分野ではマグルは地道にそして大胆に歩みを進めています。魔法族の力はマグルのものよりも優れているように見えますがそれは砂上の楼閣のようなものです……もしかしたら魔法族の積み上げた理論が間違えの上に成り立っているのかもしれないのですから」

 

 アランのいつにも増して真剣な眼差しにフリットウィックは言葉を失う。何かアランに責められているような錯覚すら覚える。

 

「まあいいです。とりあえずカウンターバランスの説明は以上になります。では次に各タスクの発動時間の測定ですがガンプの先行研究に従い3回ずつ行おうと思います。そして……」

 

 そのままアランは実験系について説明を続ける。フリットウィックは魔法学校の教師としての自分たちのアイデンティティを揺さぶられたような気がした。

 

 

 

 

「君はそっち側か……」

 

 ソフィアの小さくこぼれた言葉は誰にも届かず宙に消える。




【用語解説】
カウンターバランス:順序による効果を補正すること.


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