Dragons Heart (空野 流星)
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人物紹介

キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

エリカ・ウェントゥス

本作の主人公。

女性 16歳 身長152.6cm 体重48.2kg Cカップ

明るめの青のショートボブ、瞳はライトイエロー。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

風の谷に暮らす元気一杯な少女。

族長の娘で、その後継者となる事が決められている。

無邪気で怖い物知らず、これと決めたら突き通す頑固者である。

世間知らずで世の中の黒い部分を理解していない。

身体能力は大きな潜在力を秘めている、ただしお馬鹿である。

数を数えると、1,2、たくさんと言う程。

魔法は風属性のみ扱う事が出来る。

 

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翡翠(ひすい)

主人公の相棒。

男性 22歳 身長181.1cm 体重76.4kg

緑髪で腰までの長さのポニーテール、瞳はダークグリーン。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

風の谷に暮らす時空龍の青年。

誕生の儀によって、エリカと永久の誓約を立てている。

不愛想で、感情をあまり表に出さないが、エリカの身をいつも案じている。

人見知りの激しく、コミュニケーションは全てエリカに丸投げしている。

混血のため、本来の時空龍と比べて寿命の長さや身体能力は劣る。

しかし、エーテル器官は健在で全ての属性の魔法を扱う事が出来る。

龍の姿の時、全身の鱗の色はエメラルドグリーンである。

 

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フォルカ・ウェントゥス

主人公の兄。

男性 24歳 身長178.5cm 体重74.3kg

明るめの青の短髪、瞳はライトイエロー。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

風の谷暮らす、若き族長。

思量深く、常に村の未来を案じている。

妹と同じく頑固者でもある。

病に侵されており、先は長くないと医者に宣告されている。

そのため、家で横になっている事の方が多い。

妹に族長という重みを押してけてしまう事を申し訳なく思っている。

 

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琥珀(こはく)

翡翠の双子の姉。

女性 22歳 身長172.3cm 体重62.1 Eカップ

琥珀色の髪で腰までの長さ、瞳はダークグリーン。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

風の谷に暮らす時空龍の女性。

誕生の儀によって、フォルカと永久の誓約を立てている。

翡翠とは真逆で、感情豊かに人付き合いが良い。

半面、感情的になりやすい面もある。

普段はずっとフォルカの看病をしている。

翡翠と同じく、純血の時空龍には劣るが全ての属性の魔法を扱う事が出来る。

龍の姿の時、全身の鱗の色は琥珀色である。

 

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銀華(ぎんか)

突然風の谷に現れた時空龍の王女。

女性 ???歳(見た目は20代) 身長167cm 体重59kg Dカップ

金髪のシニヨン、瞳はダークブルー。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

黒竜族の住まう地域を視察するために、風の谷を訪れた。

好奇心旺盛で、色々な物に興味を示す。

父である時空龍の王、九垓(くがい)とは言い争いをする事が多い。

年齢は不明だが、やや子供っぽい。

時空龍の王族だけあり、その潜在力は計り知れない。

龍の姿の時、全身の鱗の色は銀色である。

 

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晧月(こうげつ)

銀華の傍に付き添うボディガード。

男性 ???歳(見た目は30代) 身長198cm 体重93kg

黒の短髪、瞳はライトグレー、右目に眼帯をしている。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

銀華のわがままで、仕方なく風の谷へと同行した。

王家に絶対の忠誠を誓っており、銀華の事を生まれた時から守っている。

思量深いが頭が固く、銀華の安全を最優先にしてしまう危うさもある。

右目の傷は、昔銀華を庇ってついたものである。

時空龍ではあるが、龍の姿には変身出来ない。

 

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宗月(むねつき)

側近として九垓の補佐をする男。

男性 ???歳 身長184cm 体重62kg

銀髪のミディアム、瞳はダークブルー。

時空龍の民族衣装、”和装”を身に纏っている。

王である九垓が、とある目的のためロキアに向かうのに同行した。

野心家でもあり、彼が王位を狙っているという黒い噂がたえない。

また、銀華との仲は険悪である。

龍の姿の時、全身の鱗の色は黒色である。

 

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ブレン

ロキアを統治する大統領。

男性 52歳 身長168cm 体重72kg

白髪の短髪、瞳はダークパープル。

黒のビジネススーツを着用。

突然来訪した時空龍の王、九垓との会談に臨む事になった。

国民には優秀な大統領として評価され、人気も高い。

時空龍達から提供された技術を使い、ロキア全体の技術発展のために尽力している。

その裏では、何かの兵器の開発も進めている。

 

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クラディス

禁断の地に隔離された黒竜族の王。

男性 ???歳(見た目は50代) 身長178cm 体重75kg

白髪で腰までの三つ編み、瞳はライトイエロー。

黒衣のローブを身に纏い、顔をフードで隠している。

自らの先祖が犯した罪を償うため、メルキデス政府に協力している。

いつの日か、黒竜族が解放される事を心から望んでいる。

 

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アフラム[黒翼(こくよく)]

近衛隊隊長を任される若き騎士。

男性 52歳(見た目は20代) 身長192cm 体重79kg

グレーの腰までの長髪、瞳はパープル。

先祖代々、王を守護する近衛隊として仕えている。

斧槍を得意とし、その実力は折り紙付きである。

他の騎士達からも憧れの的であり、女性達の間ではファンクラブが出来る程である。

厳格な人物だが、その反面融通が利かない事もある。

 

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クログ

近衛隊に配属された新米騎士。

男性 28歳(見た目は10代) 身長181cm 体重72kg

短髪のグリーンで、瞳の色はライトイエロー。

試験に合格し、憧れの近衛隊に配属された。

隊長であるアフラムに少しでも追いつこうと日々の鍛錬は怠らない努力家である。

剣と魔法を使い分ける、魔法剣士としての才能を発揮している。

 

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綾香(あやか)

古ぼけた教会に暮らす、謎多き少女。

女性 ??歳(見た目は10代) 身長158cm 体重54kg Bカップ。

銀髪で腰までの長さ、瞳の色はライトブルー。

首都メルキデスにある古ぼけた教会で三つ子と暮らしている。

銀華とは古い付き合いのようで、見た目以上に長い年月を生きている。

掴みようのない性格で、自らの過去を語る事はほぼ無い。

イデリティスの民と呼ばれる種族で、動物のような耳と尾を持つ。

子供の名前は、長女ラクス 長男エイン 次女ルナである。

 

【挿絵表示】

 



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プロローグ 風の谷

「婆様!」

 

 今日もひ孫達が私の周りに集まってくる。 目をキラキラと輝かせて物語をねだるのだ。

 

 

「しょうがないねぇ、今日も聞きたいのかい?」

 

『うん!』

 

 

 皆、声を揃えて答える。 私は手の甲に痣のある方で髪を掻き上げ、ベッドから起き上がった。

 

 

「むかしむかし、人間達は青い空の下、地上に暮らしていました。」

 

 

それは、遠い遠い記憶の物語――

 

 

―――

 

――

 

 

 

 村中に赤子の産声が響き渡る。 村人達はその声に誘われ、村長の家へと群がっていた。

 

 

「さあ、来なさい翡翠(ひすい)。」

 

 

 赤子の母親が呼ぶと、一人の少年が前に歩み出た。 少年は、覚悟を決めたように頷き、赤子の左手を両手で握りしめた。

 

 

「我、翡翠は盟約の元、汝――」

 

「エリカよ。」

 

「汝、エリカ・ウェントゥスと永久の誓約を誓わん。」

 

 

 少年と赤子の周りを柔らかな風が巻き起こる。 その風は一瞬で収まると、互いの左手の甲に紋様を刻み込んだ。

 

 

「誕生の儀は無事執り行われた。 皆で新たな命を讃えようぞ!」

 

 

 周りから歓声が起こる。 少年は手を握ったまま赤子に微笑んだ。

 

 

「これからよろしく、エリカ。」

 

 

――16年後――

 

 

「これでよし――っと。」

 

「エリカ、準備出来たか?」

 

 

 私は髪を整えて、衣服の確認をする。 村の民族衣装なのだが、正直ダサイ。 特にこのミミズ文字みたいな紋様が気にくわない。 私も都会の服を来ておしゃれしたいなぁ。

 

 

「今行くわよ。」

 

 

 駆け足で家の外へ出ると、翡翠が待ち疲れたとばかりにため息をついた。

 

 

「まったく、お前が寝坊するからだぞ。」

 

「う、うるさいわね! これでも一度起きたのよ!」

 

「二度寝すれば、そりゃあ意味はないよな?」

 

 

 何も言い返せない。 人間睡魔には勝てないのだ、三大欲求に抗う方が間違っていると個人的には思う。

 

 

「ともかく! 今日は町まで買い出ししなきゃでしょ!」

 

「だから誰のせいで――」

 

「ほら行くわよ!」

 

「まったく……」

 

 

 翡翠は呆れながら私についてくる。 村の広場を駆け抜け、村の入口を目指す。

 

 

「おや、二人でお出かけかい?」

 

「気を付けて行くんだぞ!」

 

 

 村の人達が次々と声をかけてくれる。 私は手を振ってそれに答える。

 入口から梯子を登って谷の上へと出る。 そこには広大な草原が広がっている。

 翡翠は魔源(マナ)を収束させる。 その身体は光に包まれ、別な姿へと変化させる。

 

 

「さあ、行こうか。」

 

 

 光が収まると、そこには翡翠色の龍が鎮座していた。 私はその背中跨り、しっかりと背中に掴まった。

 

 

「行こう、翡翠!」

 

 

 そう、私達の青空へ!




~ロキア~
境界に存在する世界の一つ。
時空龍達が提供した知識により、高度な文明国家を築いている。
しかし、首都メルキデス以外は文明レベルが停滞している地域も数多くある。
風の谷もその一つである。


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第一話 お転婆姫と半人前の奏者

「うーん、楽しかったぁ!」

 

 

 私は翡翠の背中から飛び降り、大きく伸びをする。 日は暮れ始め、オレンジ色の草原がとても綺麗だ。

 

 

「エリカ、もう少しお前は限度ってものを知るべきだ……」

 

「なによ?」

 

 

 人の姿に戻った翡翠は、頭を掻きながら不満を述べる。 一体何が不満だと言うのだ。 私は両手を腰に当てて身構える。

 

 

「だからお前は半人前なんだ、乗り回される俺の身にもなってくれ。」

 

「また半人前って言った! 私は立派な奏者だってば! 試験だって一緒にクリアしたじゃない。」

 

「あぁ、あれか……」

 

 

 翡翠は思い出したくないとでも言いたげに頭を抱えた。 私には理解不能な翡翠の態度に、段々と怒りがこみあげてくる。

 

 ”半人前”

 

 翡翠はいつも私の事をそう呼ぶ。 確かに私は新米の奏者(そうしゃ)だ。

 奏者とは龍の乗り手の事であり、生涯の伴侶でもある。 生まれた時、永久の誓約でその相手が決められるのだ。 その相手から半人前と呼ばれ、文句が無いはずがない!

 

 

「あんたねぇ、いつも半人前って言うけど文句があるなら言いなさいよ!」

 

「真の奏者は、龍と乗り手が完全に一つの生命へと昇華する。」

 

「そ、そんな事知ってるわよ。」

 

「俺達はどうだ? 一つになる一体感なんて感じるか?」

 

「それは……」

 

 

 私は、ただ飛ぶ楽しさを感じているだけだ。 全てのものから解放されるあの感覚、自分は自由なのだと体感できる。 翡翠も、同じ気持ちで飛んでいると思ってた。

 

 

「とりあえず村に戻るぞ。」

 

 

 大量の荷物を抱えながら、翡翠は私の脇を通り村の方へと歩いて行く。

 私は、何も返す言葉がなかった。

 

 

――

 

 

 

「なんだこれは……」

 

 

 村人達がこぞって私の家に集まっていた。 玄関には見知らぬ男が立っていた。

 

 

「エリカ様ですね?」

 

「え? そうですけど……」

 

 

 見知らぬ男は私を見つけると、そう声をかけてきた。 私の名前を知っているという事は、兄の知り合いだろうか?

 

 

「貴女の兄上が呼んでいます、中へお入りください。」

 

「うん。」

 

 

 正直、状況が掴めない。 翡翠も荷を降ろして家の中へと入る。 居間を抜け、兄の寝ている部屋へと足を進める。 翡翠も、その私の背にぴったりついてくる。 ――何か表情が硬い。

 

 

「おかえり、ご苦労だったな。」

 

「翡翠もお疲れ様。」

 

 

 いつも通り、兄のフォルカと翡翠の双子の姉である琥珀(こはく)さんがいた。

 琥珀さんは身体の弱い兄の看病をしてくれている。

 

 

「やっと来たか!」

 

 

 そして、見慣れない女性もそこにいた。

 

 

「何、お兄ちゃん浮気でもしたの?」

 

「――今は大事な話の最中だから族長と呼べ。」

 

「ごめんんさい、族長。」

 

 

 いつもの軽口のつもりだったが、どうやらあまり宜しくなかったようだ。 翡翠も横で呆れている。

 

 

「気にしなくてもいい、私もお忍びでの訪問だ。 で、この小娘が護衛の任務を行うと?」

 

「その通りです銀華(ぎんか)様。」

 

「ほほう……?」

 

 

 銀華と呼ばれた女性は、おもむろに私に近づくと値踏みするような視線で全体を舐めまわした。 正直気分が悪いが、顔は美人だ。 着ている服が私達の物に似ているから、多分首都の人達ではない事は予想できる。

 

 

「大丈夫なのか? まだ子供だろ?」

 

「しかし将来を期待出来る若者です。」

 

「結構、ではお願いしよう。」

 

「琥珀、銀華様と、付き人の晧月(こうげつ)殿を部屋に案内してあげなさい。」

 

「御意――」

 

 

 琥珀さんに案内されて、その女性は部屋を出ていく。

 

 

「また会おう小娘。」

 

 

 去り際にそう言われた。

 

 

「ねぇお兄ちゃん、さっきの人誰?」

 

「あの方は、時空龍の王女だ。」

 

「――うわぁ。」

 

 

 想像以上の大物だった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 朝早く、私達は飛び立つ準備をしていた。 あの王女様は、スケルスの視察が目的らしい。

 禁断の地スケルス――かつて私達のご先祖様が暮らした土地だ。

 

 遥か昔に大きな戦いがあって、その結果私達のご先祖様達は2つに分かれた。 その片割れの一族がスケルスに隔離され、もう半分が私達のように監視の任についたのだ。

 そんな場所に興味を持つなんて、王女様は何を考えているのかよく分からない。

 

 

「よく眠れたか小娘。」

 

 

 村の方から軽くジャンプしてこの草原へと現れた王女。 やはり身体能力は人間とはかけ離れている。

 

 

「――エリカ。」

 

「む?」

 

「私の名前はエリカ、小娘じゃない。」

 

「くくっ、成程面白いなお前!」

 

 

 心底可笑しいと言わんばかりに笑顔を見せる。 背筋にゾクっとくる。

 

 

「分かったら名前で呼びなさい!」

 

「いいだろうエリカ、護衛と案内の任務をしっかり果たせよ。」

 

「それはいいけど、あんたの付き人はどうしたっけ?」

 

「あぁ、邪魔だから置いてきた。」

 

 

 うわぁ、この人……

 

 

「さて行くぞ!」

 

 

 光を発し、銀色の龍へと変身する。 同じように翡翠も龍へと変身した。 私はその翡翠の背に乗り、しっかりと掴まる。

 

 この時の私は気づいていなかった。 これが、全てを狂わせる始まりだったという事に――




~スケルス~
ロキアの北東の位置する森林地帯。 禁断の地と呼ばれ忌み嫌われている。
かつての戦犯である黒竜族を隔離している地域である。
片割れである白竜族が、彼らを監視する任務を与えられている。
それは今でも続いており、風の谷の村もその一つである。


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第二話 禁断の地を行く者達

 私達はスケルスの上空を飛んでいた。 目的地は彼らの首都であるレクテン城だ。 私も2,3度しか行った事はないが、道はしっかり覚えている――はずだ。

 

 

「あとどれくらいだ?」

 

「えっと、30分も飛べば着きますよ。」

 

 

 うん、多分そのくらいだと思う。 ――少し速度を上げて行こうか。

 

 

”おい、速度を上げ過ぎだ!”

 

 

 翡翠の抗議の声が聞こえてくるが、今は無視無視っと。 あぁ、風が気持ちいい。

 

 

「しかし、見渡す限りの森だな。」

 

「彼らはこの土地から出れないので、この森で採れる食物を糧に生活してるんですよ。」

 

「ほう、では肉は食わんのか?」

 

「流石に食用の家畜は飼育してるんじゃないかなぁ……」

 

 

 王女様は余程興味があるようで、あちこちを眺めながら飛んでいる。 そんなによそ見をして大丈夫なのかな。

 

 

「って言った傍から! 前々!」

 

「何を慌て――てぇ!」

 

 

 目の前には”鉄の船”が飛んでいる。 恐らくは遊覧飛行でこの辺りに来ていたのだろう。 このままでは接触事故が起こってしまう。

 

 

「翡翠! 覚悟決めて!」

 

”待て、お前まさか!”

 

「緊急事態なんだから我慢しなさい!」

 

 

 急旋回してから銀華の方向へと加速する。 そのままの勢いで体当たりを敢行する。 ――接触と同時にものすごい衝撃が全身に響き渡る。

 あぁ、これは無理だ…… その衝撃に耐えられずに、私の意識は遠のいた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「んっ……」

 

 

 朦朧とする意識の中、何かの匂いが鼻をつく。 これは薬草の匂い……?

 

 

「まだ動かない方がいい、骨は折れていないが腫れがひどい。」

 

 

 男性の声が聞こえる。 右腕の鈍い痛みがその言葉の意味を教えてくれる。 しかし、翡翠ではないようだが一体誰だろうか?

 ゆっくりと目を開いて辺りを見渡す。 左隣には翡翠が横になっている。 右側を見ると見慣れる男性と銀華が立っていた。

 

 

「貴方達、思ったより無茶するのね。」

 

「お陰様でこの様ですけどね。」

 

「それでも助かったわ、人間達と問題を起こせば外交問題になるからね。」

 

 

 お忍びで来ている身だ、なるべく問題は起こしたくないだろう。 いや、もうトラブルは起きているか。 ――あの男性、間違いなく黒竜族だ。

 

 

「白竜の子孫達よ、何用でここに来た。」

 

「何と言いますか、そこの王女様が是非王に謁見したいそうで。」

 

「ほう……、白竜の者だと思ったが違うようだな。」

 

 

 男性は部下らしき男に指示をする。 どうやらリーダー的な人のようだ。

 

 

「部下を先に走らせた、とりあえずは城まで案内しよう。 怪我をしている二人は荷車で我慢してくれ。」

 

「助かる騎士殿。」

 

「アフラムだ、近衛隊の隊長を任されている。」

 

「ふむ、覚えにくい名前だな。 私は銀華、そこの寝転がっているがエリカと翡翠だ。」

 

 

 この人なんて失礼な…… 私達の紹介も雑だし!

 

 

「――なるほど、貴方達には覚えにくい名のようだ。」

 

 

 アフラムは苦笑いを浮かべる。 部下の兵士達は、私と翡翠を丁寧に抱え上げると荷車に乗せてくれた。

 

 

「それでだ、アフラム殿。 叶うならば本日中に謁見をお願いしたいのだが。」

 

「それは難しいでしょう、まず貴女の身分を証明してもらう必要がありますし。」

 

「あぁそれなら問題ない、クラディス王とは面識があるのでな。 その時の近衛隊の隊長はアレンだったか――」

 

「成程……」

 

 

 アフラムは何か納得したように頷いた。 どうやら、彼にとっては大事な名前のようだ。 それを知っているという事自体が彼に対しての解答になっているようだった。

 黙って横になっているのも暇なので、もう一度眠ろう。 そう思い私は瞼を閉じて意識を手放した。

 

 

――

 

 

 

「いいか、お前はいつか俺の跡を継いで族長にならなければならない。」

 

「うん、分かってるよ。」

 

 

 あぁ、これは昔の記憶だ。

 

 

「すまないな、お前に押し付けるようで。」

 

「いいのよ! お兄ちゃんは気にしないで!」

 

「せめて、この体が動けばな…… 本当にすまないエリカ。」

 

 

 そう、兄はいつも謝っていた。 不自由な自分の身体を恨み、自分を責め……

 

 そんな兄が、――私は嫌いだった。

 

 

――

 

 

 

「貴方にとって悪い話ではないかと?」

 

「ふむ……」

 

 

 玉座に座る男と、対面する男が会話をしている。

 

 

「貴方は黒竜族の未来を考えてらっしゃる。

 その未来は、座して待てば手に入るものでもありますまい?」

 

「言われずともわかっておるわ。」

 

「ならば、私と手を組むという話も悪いものでは無いはずでしょう。」

 

「――返答は数日で出す。 それまでは滞在なされよ。」

 

「良い答えをお待ちしておりますよ、クラディス王。」

 

 

 そう言って男は王の間より退室した。 クラディス王は頬杖をついてうなだれた。

 

 

宗月(むねつき)か、果たして信用出来る男なのか。」

 

 

 クラディス王は立ち上がると、背後に聳え立つ大きなクリスタルを仰ぎ見た。




~黒竜の守り石~
レクテン城の王の間、その玉座の背後に聳え立つ巨大なクリスタル。
その高さは100mにも及ぶ。
遥か昔から存在する物のようで、亡くなった者の魂が還る場所とも言われている。
常に淡い青い光を発している。


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第三話 黒竜の王、そして王女の真意

「エリカ。」

 

「んっ、あと10分……」

 

「寝ぼけてないで起きろ。」

 

「――はにゃっ!」

 

 

 跳び起きると、隣には額に包帯を巻いた翡翠がいた。 彼がどうやら起こしてくれたようだ。

 

 

「ぐっすり眠ってる間に城に着いたようだな。」

 

「そ、そうね。」

 

 

 レンガ造りの見慣れない部屋、どうやら城の一室で間違いない。

 眠ったおかげか、薬の効果なのか、体の調子はかなり良い。 痛みも、もうほぼ感じない。

 

 

「翡翠はもう身体は大丈夫?」

 

「あぁ、痛みはもうない。」

 

「良かった……」

 

「全く、ああいう無茶はこれっきりにしてくれ。」

 

「うん、ごめんね。」

 

 

 素直に謝罪の言葉が零れた。

 あれしか方法が咄嗟に思いつかなかったとはいえ、翡翠には悪い事をした。

 

 

「ほぅ、珍しいものが見れたからそれで許す。」

 

「ちょっ、どういう意味よ!」

 

「普段からそのくらい素直になれという事だ。」

 

 

 おでこにデコピンを食らう。 地味に痛い……

 

 

「いったぁ……」

 

「おぉ、目が覚めたか。 いいタイミングだな。」

 

 

 銀華が扉を開けて部屋へと入ってくる。

 

 

「いいタイミング?」

 

「あぁ、これから謁見の時間だったからな。」

 

「え、私達も同席するの?」

 

「そのようだな……」

 

「さぁ行くぞ!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 王の間へと私達は案内された。

 

 

「久しぶりだな、銀華姫。」

 

「あぁそうだな、クラディス王。」

 

 

 あのおじ様がクラディス王かぁ。 フードのせいで顔がよく見えないが、威厳のある渋い声だ。

 

 

「親書は読ませてもらった、これは時空龍の総意なのかね?」

 

「当然だ、我々に近しい存在である貴公らを、このままの扱いにはしておけん。」

 

 

 なんだか二人だけで話が展開されている。 正直よくわからない。 翡翠に助けてアピールの視線を飛ばすが、あえなくスルーされた。

 

 

「あい分かった。 で、その調停式の日程は?」

 

「明後日、メルキデスで行われる。 私の父も出席する予定だ。」

 

「おぉ、あの九垓(くがい)王もか。 ならば――」

 

 

 王は家臣に手紙を持たせ、銀華に手渡させた。

 

 

「それをブレン殿に届けてはくれまいか?」

 

「何故私に?」

 

「銀華姫、貴女はさしずめ親善大使というものであろう。

 だからこそ任せるのだ。」

 

「ははっ、成程な。 任せてもらおう。」

 

 

 銀華は何かを理解したように、笑いながらそう答えた。

 

 

「護衛としてアフラムを付けよう。」

 

「王! 何故そのような!。」

 

 

 その命令に当のアフラムが抗議の声を上げた。 近衛隊の隊長である彼に、何故あんな命令をしたのだろう?

 

 

「これは全ての民にとって非常に大事な事だ。

 お前以外に頼める者がおらぬ。」

 

「それは……」

 

「私の命令が聞けぬか?」

 

「いえ、そのような事はありません。」

 

 

 アフラムは俯きながらそう答えた。

 

 

「決まったな――では頼んだぞ。」

 

「お任せください。」

 

 

――

 

 

 

「隊長、城の守りはお任せ下さい!」

 

「頼んだぞクログ。」

 

 

 隊長さんは旅立ち前の事後処理で忙しそうだ。

 私達も買い出しを終え、飛び立つ準備をしていた。

 

 

「やれやれ、今度はメルキデスか。」

 

「ほんと、あの王女のせいで振り回されてるわね……」

 

「今回ばかりは同感だ。」

 

 

 お互い怪我だらけで飛び回る事になっているのだ、いい加減嫌になる。 おのれお兄ちゃんめ、メルキデスに行く前に寄って文句言ってやる。

 あれ、でも何か忘れてるような気がする……

 

 

「そうだ二人共、メルキデスに向かう前に風の谷に寄って晧月を拾っていく。」

 

「あ、すっかり忘れてた……」

 

 

 あの人、まだ縛られたまま放置されてるのかなぁ。 というか、かなり怒ってるんじゃないの? ――殺されたりしないよね?

 

 

「銀華様、準備が出来ました。」

 

「おおそうか。 えっと……」

 

「アフラムです。」

 

「ええい面倒な、この任務の間はお前を”黒翼”と呼ぶ! いいな?」

 

 

 うわぁ、もうそれ別な人の名前でしょ。 あだ名とかそういうレベルじゃない。

 

 

「――それが命令と言うならば。」

 

「面白くない奴だな。」

 

 

 なんだか可哀想になってきたよあの隊長さん。 この人に関わったのが運の尽きってやつですな……

 

 

「まぁいい、私に続け!」

 

「ちょっと、またぶつかりそうにならないで下さいよ!」

 

「大丈夫だ!」

 

 

 助走をつけて大きくジャンプし、そのまま龍の姿へと変身する。 またさっきのような事になったら、次は絶対助けないんだからね。

 

 

「えっと、”黒翼”さんは私と一緒に翡翠の背中へ。」

 

「すまないな。」

 

 

 白竜と黒竜の種族は時空龍達のように龍の姿にはなれない。 翡翠の場合は、時空龍の血が濃いために変身できるのだ。

 だから私の村では、時空龍の血が濃い者と白竜の血が濃い者とでペアになる習性があるわけだ。

 

 

「お願いね翡翠。」

 

「あぁ、お馬鹿な王女様を追いかけるぞ。」

 

 

 この後村に戻った私達は、手厚い歓迎を受ける事となったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「一つ聞きたい。」

 

「なんだ?」

 

「”黒翼”という名に意味はあるのか?」

 

 

 俺、アフラムはクラディス王の命令でこの者達の護衛につく事となった。 腑に落ちない点は多いが、王の命令を果たすのが俺の使命だ。

 しかし、よく分からない名前を与えられたのは納得できない。 せめて意味だけでも知っておきたい。

 

 

「なんだ、その名前を気になったのか?」

 

「いや、少し気になっただけだ。」

 

「ほほう、まぁいいだろう。」

 

 

 黒翼というのはな、時空龍の伝説に出てくる神様の名前なんだ。 唯一、黒き翼を持っていたから黒翼と呼ばれた。 とても強い力を持ち、民達を守る剣として活躍したそうだ。

 

 

「成程、その名を俺に与えたわけか。」

 

「栄誉な事だろう? まぁただの思いつきなんだがな。」

 

「……」

 

 

 最悪だ。間違いなく貧乏くじを引かされたようだ。 クログ、俺はもう帰りたくなったぞ……

 

 

「それでもお前には期待しているぞ!」

 

「ぜ、善処する……」

 

 

 この自由奔放娘め。

 

 こうして、俺の最悪の任務が始まったのだった。




~風の谷の伝説~
昔、怪我をした時空龍が村へと落ちてきた。
村人達の介抱虚しく、その時空龍は死んでしまいました。
彼の魂の安寧のため、その亡骸を祀り上げました。
時空龍の文化の一部を引き継いだのもその頃です。
しかし、死ぬ前に時空龍は村人との間に子供を作っていたのです。
この時から村には時空龍の血が混ざる事となった。
長い時を経て、未だにその血を色濃くもつ子供は生まれてきます。
そんな子供達と本来の白竜の血筋の子供達を相棒とし、血を残していくために永久の誓約のしきたりはあるのです。


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第四話 不思議な少女との出会い

 かつて見た空、私と翡翠は空を眺める。 数人の奏者達が宙を舞うかのように飛び回っている。

 

「いいなぁ。」

 

「お前も早く飛びたいのか?」

 

「うん。」

 

 

 あの頃の私は空に憧れていた。 早く大人達と同じように空を自由に飛びたいと、そう思っていた。

 私は草むらに大の字に寝転がる。 綺麗な青空が目の前に広がる。 その青はどこまでも続いているかのように広大だった。

 

 

「いつか、一緒に飛びたいな。」

 

「うん、翡翠と一緒にね。」

 

 

 私達は、無意識に手を繋いでいた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 銀華達を送り届けた私と翡翠は、暇つぶしにメルキデスの街を散策していた。 特に何か目的があるわけでもないが、都会なだけあって物珍しものが見れるのも確かだ。

 この辺りは商店街のようで、色々なお店が出ている。

 

 

「あんまりうろちょろするなよ。」

 

「子供じゃないんじゃないから大丈夫よ!」

 

「――だから心配なんだ。」

 

 

 まったく、いつも半人前だ子供だって失礼なんだから。 嫌になっちゃうわ。

 ふと、一つの露店に目がいく。 木の机の上に白いテーブルクロスが敷いてあり、そこに商品が並べられている。

 

 

「どうした?」

 

 

 気になったのか翡翠が私の隣に来た。 私は商品を眺めるのに夢中なので無視を決め込む。

 並べてあるのは髪飾りだ。 花のような形の物、きらびやかな装飾が施された物、値段もピンキリだ。

 

 

「おーい、エリカ~?」

 

 

 私にはどれが合うかなぁ。 うーん、この羽飾りみたいなのはどうかな。

 手に取ってみようとした瞬間、先に翡翠に取られる。 おのれ邪魔をするか!

 

 

「親父、いくらだ?」

 

「1500セルだよ。」

 

 

 値段を聞くとすぐに支払いを済ませる。 そのまま商品を受け取ると、私の左耳の上に飾り付ける。

 

 

「うん、似合うな。」

 

「――何か企んでるわけ?」

 

「別に、似合うと思って買ったのがそんなに悪いのか?」

 

「悪くはないけどさ。」

 

 

 なんかこう、普段と違う事されるとねぇ? 裏があるのじゃないかと疑ってしまうのも、仕方ない事であるわけで。

 

 

「――誕生日プレゼント、まだ渡してなかったし。」

 

「へぇ、気にしてたんだ。」

 

「わ、悪かったな!」

 

 

 翡翠でもこんな所があったと知れたのは収穫かもしれない。 今後の反撃手段に使えそうだ。

 

 

「でも、ありがとね!」

 

「あ、あぁ。」

 

 

 でも、ちょっと嬉しいな。 えへへ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「お腹すいてきたわね。」

 

「もうお昼時だしな、何か買おうか。」

 

 

 翡翠は左手にあるパン屋から、紙袋一杯のパンを購入してくる。 龍の姿になるには多くの魔源とスタミナを消費するため、私達に比べて食事の摂取量は多いのだ。

 私は紙袋の中から1個パンを拝借する――やった、メロンパンじゃん!

 

 

「お前、俺の好物を!」

 

「別にいいじゃないの、いただき――」

 

 

 口いっぱいに頬張ろうとした瞬間、何かハイスピードなものが私と衝突した。 メロンパンは私の手からすり抜け宙を舞い――どこかの店の看板に突き刺さった。

 

 

「わ、わ、私のメロンパンがぁ!」

 

「ごめんなさい!」

 

 

 目の前で同じように尻餅をついた小さな女の子が謝罪の言葉を述べる。 どうやら衝突して来たのは彼女のようだ。

 

 

「――大丈夫よ。 あはは、だいじょうぶだから。」

 

「そんな泣きそうな顔で言っても説得力がないぞ。」

 

「うるひゃい!」

 

 

 女の子は立ち上がると、乱れた赤い髪を整えた。 こう見ると、他の人達とは服装が違う気がする。 どちらかといえば、私達に近いような?

 

 

「べんしょうするから、ついてきて。」

 

「さ、流石にそこまでは。」

 

 

 まだパンは残ってるわけだし、子供のする事に目くじら立ててもねぇ。

 ――女の子は”ついてきて”と言って歩き出してしまった。 これは流石に無視はできない。

 

 

「――とりあえずついていこうか?」

 

「そうだな。」

 

 

私達はとりあえずその女の子について行くことにした。

 

 

――

 

 

 

「こっちこっち!」

 

 

 この子、思ったよりも身軽ね。 少しでも気を抜くと置いていかれそうになる。 私だってそれなりに鍛えているはずなのに。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

「お姉ちゃん遅いね。」

 

 女の子は足を止めて振り向く。

 

「悪かったわね。 えっと――」

 

「私はラクス! お姉ちゃんは?」

 

「私はエリカ、こっちのむすっとしたお兄ちゃんは翡翠ね。」

 

「――むすっとしてて悪かったな。」

 

「よろしくね! あと少しだから頑張って!」

 

 

 再びラクスは駆け出す。 だから。もっとゆっくりでも! そう思ってる間に階段を1段飛ばしで跳ねながら駆け上がっていく。 実は人間じゃないのではと疑いたくなってきた。

 階段を登り切ると、少し開けた場所に出る。 目の前には少し古ぼけた教会が立っていて、周りに花畑が広がっている。少し幻想的な雰囲気だ。

 

 

「ここだよ!」

 

「ここがお家?」

 

「そうだよー!」

 

 

 そう言って教会へと駆け出す。 お母さんってシスターなのかねぇ。 でも明らかに人が住んでる気配はしないんだけど。

 そう思いながら教会へと足を向ける。 もちろん花を踏み潰さないように気を付けながらだ。

 

 

「近くで見ると、想像以上にボロボロね。」

 

「本当にここに人が住んでいるのか?」

 

「幽霊だったりして!?」

 

「――ありえん。」

 

 

 あ、今少し視線をずらした。 もしかして怖いのかなぁ?

 

 

「この人達だよ!」

 

「すみません、娘がお世話になりました。」

 

 

 ラクスに手を引かれ、女性が一人中から姿を現した。

 綺麗な銀の長い髪、深く青い瞳、そして獣のような耳と尻尾が一際目を引く。 背格好は私と同じくらいで、あまり母親という感じはしない。 むしろ私と同年代なのではと思うくらいだ。

 

 

「え、えっと、この子の母親ですか?」

 

「はい、そうですよ。 何やらご迷惑をおかけしたようで。」

 

「いえいえ! あんなの事故ですからお構いなく!」

 

「そういうわけにはいきません、どうぞ中へ。」

 

 

 そう言って中へと促される。 多少の不安を抱えつつも、私達は導かれるままに中へと足を踏み入れた。




~イデリティスの民~
ロキアの地に古くから住まう者の血を色濃く残す人達の総称である。
獣の耳や尾を持つ者、鳥のような翼を持つ者等種族によってその特徴はそれぞれである。
唯一の共通点は、魔源の生成量が人間の十数倍程ある事である。


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第五話 少女と龍と……

 私達は礼拝堂と呼ばれる場所に案内された。

 木造の椅子が並び、かつて人々がここで祈りを捧げていたのだと想像できる。

 天井には穴が空き、そこから日の光が差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出している。

 正面のステンドガラスに描かれているのは――四聖獣か。 確かロキア伝説に登場する聖なる獣で、なんだっけか? ともかく、私達の先祖に当たる存在だったはずだ。 その物語が神格化されて、神として崇められるまでになった――つまり、現在の四聖教だ。

 

 

「あちこちボロボロでしょ? それでも人が暮らすには問題ないんですよ。」

 

「はぁ……」

 

 

 よく見ると床のあちこちに草花が生えている。 本当にここで生活しているのだろうか? 徐々に怪しさを感じてくる。

 翡翠も同じような結論に至ったのか辺りを見渡しつつ警戒を怠らない。

 別に、命の危機がわるわけでもないし、私はそこまで警戒する事はないけど。 ただ、普通ではないのかもしれない。

 

 

「お茶をお持ちしますので、適当な椅子に掛けてお待ちください。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 とりあえず言われるがままに私達は椅子に座った。 窓から3人の子供がじゃれ合う微笑ましい風景が見える。 その中にさっきのラクスという名の少女も見えるが、お友達だろうか?

 

 

「元気な子供達でしょ? 三つ子なんですよ。」

 

「へぇ…… って三つ子なの!?」

 

 

 戻ってきた母親は、お茶を私ながらとんでもない爆弾発言をした。

 似てない、全然似てない!! なんで髪色も様々なのに兄弟なのよ、遺伝子どうなってるわけ! 唯一、あの大人しそうな男の子が母親に似てると感じるレベルだ。

 

 

「似てないでしょう? 私も不思議に思っているんですよ。」

 

「はぁ、でもそんな事ってありえるんです?」

 

 

 ラクスは赤い髪だったし、男の子は銀髪、もう一人の子は青。 髪の色もそうだが、決定的に母親と違う箇所がある。 そう、イデリティスの民の血を引いているはずが、()()()()()()()()()()のだ。

 もしも彼女の血を引くというならば、獣のような尾と耳を持っていなければおかしい。 もしくは旦那が人間であれば、あるいはこのようになるのかもしれない。

 

 

「実際そう生まれてきたのだから、ありえる話では?」

 

「そうだけど、なんかなぁ。」

 

 

 納得いかないというか、ますます怪しさ満点なわけで。 受け取ったお茶に口をつける事も躊躇してしまう。

 ああもう、私はなんでこんなに警戒してるんだ!

 

 

――まるで、怖い何かに怯えるように――

 

 

「ふふっ。」

 

 

 彼女は妖艶に微笑む。 やっぱり、この得体の知れなさは正直怖い。

 

 

 ――なにやら外が騒がしくなった。 もう一度窓から外を眺めると、3人の子供に対峙して一人の女性が立っていた。 何故彼女がここにいるのが、正直分からない。

 

 

「出てこい綾香(あやか)!」

 

 

 彼女――銀華は大声で叫んだ。

 

 

「まったく、相変わらずね。」

 

 

 母親は立ち上がると、面倒だと言いたげな顔で銀華を迎えに行った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんだお前達、こんな場所にいたのか。」

 

「それは私達の台詞なんだけど。」

 

「親友の元に遊びに来ただけだ、何も問題あるまい。」

 

 

 へぇ、親友なのか。 となると、かなりの年齢になるのではないか? 見た目は私と同じくらいなのに、歳は3桁ってやつですか。

 

 

「貴女は本当に昔と変わらないわね。 わがまま姫がそのまま大人になったって感じで。」

 

「なーに、そんなに褒めるな!」

 

 

 違う、それ絶対に褒めてないから。 そういうのは皮肉って言うんですよ馬鹿王女さん…… まぁそれを分かって本人も言っているようだし。

 

 

「しかしあの子供達、お前の子供か!」

 

「そうよ、可愛いでしょ?」

 

「お前に似ていないから実に可愛いな! 名はなんという?」

 

「――赤髪の子がラクス、青髪の子がルナ、私と同じ銀髪の子がエインよ。」

 

 

 頬を引きつらせながら我が子の名前を教える。 あれは結構怒っていそうだ。

 

 

「ほほぅ、全く覚えられんな!」

 

 

 時空龍族は”禁名”じゃないと名前を覚えられない習性でもあるのだろうか。

 ちなみに禁名とは、名前に特殊な字体――漢字なるものを用いた名である。 これは時空龍達と契約を交わした時に決められたもので、私達は禁名を用いた名を名乗る事が出来ない事になっている。 時空龍扱いになる翡翠は別だが。

 

 

「ちょっと待て、何故お前は時空龍でもないのに禁名を名乗っている。」

 

 

 長らく沈黙していた翡翠が口を開く。 言われてみれば確かにそうだ。 彼女は先程、”綾香”と呼ばれていた。 ――ただ勘違いで、”アヤカ”という名前だろう事も考えられるわけだが。 

 実際、私の名前もそうだ。 ”エリカ”という名前は”恵里香”という意味も込められている。 忌み名と呼ばれるもう一つの名前、これは私達にも時空龍の血が流れる名残としてある風習なのだという。

 

 

「それは簡単な答えですよ。 私が生まれたのが時空龍達が来るよりも前というだけです。 普段は隠しているんですけどね。」

 

「時空龍達がロキアに現れたのは500年も前だぞ。 流石に笑えない冗談だ。」

 

「あら、時空龍だって千年も生きられるのだから、同じように長寿の生き物がいてもおかしくはないでしょ?」

 

「……」

 

 

 それっきり翡翠は口を閉ざした。 

 

 

「ところで、謁見はもう終わったんですか?」

 

「もちろんだ。 後日会議が行われる事になった。」

 

「なるほど。」

 

「それでだ、お前達に護衛を頼む事にしたぞ!」

 

「あぁ、はい――って、なんでそうなるわけ!」

 

 

どうやらまだ、私達は解放されないようだ……




~ロキア伝説~
4匹の神獣と一人の巫女が世界を救う物語である。
この物語はロキア創世神話として語られ神格化されている。
この4匹の神獣――四聖獣がロキアの民の祖先であり、敬うべき神であるという教えが四聖教と呼ばれるものであり、国教である。


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第六話 終わりの始まり

「例の物は?」

 

「テスト結果は上々、実用化に向けて最終調整中です。」

 

「そうか、期待しているぞ。」

 

「はい、ブレン大統領。」

 

 

 ブレン大統領は妖しく笑みを浮かべる。 もうすぐ掴む事の出来る未来を思い描き、歓喜に震える。

 

 

「そうだ、もうすぐ我々は奴等の手の平から逃れ自由を手にする事が出来る。 この魔道兵器と――境界移動(ラインズワープ)装置によってな。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「・・・・・・」

 

「――お腹すいた。」

 

「さっき食べたばっかりだろ。」

 

 

 最悪だ。 官邸の中ではきっと賑やかなパーティーをしているであろうが、私と翡翠は入り口で見張りという状況。 あぁ、私もいきたいー!

 

 

「私だって中で美味しい物食べたいの。」

 

「気持ちはわかるが、仕事なんだから我慢しろ。 あの姫様がたんまりお給料をくれるしな。」

 

「お給料?」

 

 

 お給料が出るなんて私は一言も聞いていない、これはまさか・・・・・・

 

 

「ねぇ翡翠、そのお給料の話って最初からあったわけ?」

 

「そうだが、知らなかったのか?」

 

 

 あのクソ兄貴、私には一言も説明しなかったな。 独り占めなんて許さないぞ!

 

 

「よし、お給料貰ったら美味しいもの食べよ、あと可愛い服。」

 

「フォルカに怒られても知らないぞ。」

 

「関係ない、全部あいつが悪い。」

 

 

 私は右手の拳を強く握り締め、兄への反抗を誓ったのであった。 いつまでも、順々だと思うな嫁と妹――なんてね。

 

 

「琥珀さんに限ってそれはないか。」

 

「何か言ったか?」

 

「なんでもないでーす。」

 

 

 しかしだ、やっぱりパーティに行きたいわけで、なんとかうまい潜入方法は無いかな。

 そんな事を考えていると、中から晧月さんが出てきた。 村に置いてきた事はもう根に持ってないよね?

 

 

「警備ご苦労様です、何も異常はないですか?」

 

「問題ありません、強いて言うなら相棒が騒いでるくらいで。」

 

 

 翡翠め、なんて事を言いやがるんでしょうか。 私がいつ騒いだというのだろうか? こんなにも大人しく警備の任についているのに。

 

 

「可愛いものじゃないか、ならば調度いいタイミングだったようだな。 姫様の命で是非お前たちも中で楽しむようにとのことだ。」

 

「え、いいの!?」

 

 

 その言葉が耳に入るか否か、私は目を輝かせながら晧月を見つめた。 その言葉が本当ならば、美味しいご馳走にありつける!

 

 

「そうだ、姫様に感謝するといい。」

 

「ありがと! 行くわよ翡翠!」

 

「おい待てエリカ!」

 

 

 私は勢いよく駆け出し、大きな扉を潜る。 もう頭の中にはご馳走の事しかないのだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「わぁぁ・・・・・・」

 

 

 そこには、憧れの夢の世界が広がっていた。 ホールの中にはドレスを纏ったきらびやかな女性達、そしてイケメン男子達!

 

 

「中に入らないのか?」

 

「ふえっ?」

 

「呆けてないで行くぞ。」

 

 

 翡翠は私の手を取り、ズカズカとホールの中に入る。

 天井には巨大なシャンデリアがあり、大きな白いテーブルには食べたことのないような豪華な料理が並べられている。

 

 

「子供じゃないんだから大丈夫だってば!」

 

「こうしてないとお前はどこに行くかわからないだろ? 世話のかかるやつだ。」

 

「はいはいごめんなさいね!」

 

「――こっちが心配する事も考えろよ。」

 

「何か言った?」

 

「なんでもありませんよお姫様。」

 

「うむ、よろしい!」

 

 

 では早速―― 私が目の前にある果物に手を伸ばそうとした時だった。 ホール内に放送が響き渡ったのは。

 

 

「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。」

 

 

 この声は、もしかしてブレン大統領?

 ホール奥のステージに老人が立っているのが見える。 おそらくあの人がブレン大統領だ。 その隣には、以前会った黒ローブ姿の人物――クラディス王だ。

 

 

「もうすぐ我らの友である九垓(くがい)殿が到着される、拍手で迎え入れようではないか。」

 

 

 客人達による拍手の雨の中、アフラムを先頭に3人の時空龍達がホールへと足を踏み入れた。 そのうちの1人は私がよく知る人物、銀華であった。 おそらくは、あのお爺さんが時空龍の王である九垓様であろう。 もう一人は誰だろうか?

 

 

「よくいらしてくれました九垓殿。」

 

「こちらこそ、急な来訪でご迷惑をおかけした。」

 

 

 なんか、すごい場に居合わせたんだと痛感する。

 

 

「どうしたエリカ、珍しく大人しいな。」

 

「なんていうか、場違いだなぁって。」

 

「――そうだな、俺たちが一生関わることの無いような場だからな。」

 

 

 こういうのを歴史的瞬間って言うのだろうか? 柄にもなく緊張してきた。 首筋にも汗が流れる感触がある。

 私は生唾をゴクリと飲み込み、二人の姿を食い入るように見つめた。

 

 

「手紙を拝借しましたが、今回は黒竜族の件で来訪されたとか。」

 

「あぁ、彼はもう充分罪を償ったとみえる、それに我等に近しい存在があのような扱いを受けているのは見るに耐えないのでな。」

 

「では、彼らを禁断の地より解放すると?」

 

「その通りだブレン大統領。」

 

「私も同じ事を考えていました。 かのクラディス王も粉骨砕身し、私達に協力してくれましたしね。」

 

「では、誓約を・・・・・・」

 

 

 九垓王は銀華から誓約書を受け取り、テーブルの上に広げた。

 

 

「クラディス王、あなたも署名を。」

 

「――わかりました。」

 

 

 テーブルを中心に、3人の王が勢ぞろいする。 なんとも近寄りがたいオーラを放っていた。 でもなんだろう、何か変な感じがする。 ――汗の量はどんどん増えている。

 

 

「どうしたエリカ、顔が真っ青だぞ?」

 

「なんだろ、私なんか怖い・・・・・・」

 

「外の空気でも吸うか?」

 

「うん、そうする。」

 

 

 私と翡翠は人ごみを縫うように歩いていく。 私、どうしちゃったんだろうか? 気持ち悪さはどんどんこみ上げてきて、ついには寒気まで感じる始末だ。

 そんな私を心配したのか、翡翠は私を抱き抱えた。

 

 

「こ、こら・・・・・・ 恥ずかしいでしょ。」

 

「そんな事言ってる場合か、辛いなら俺に体を預けておけ。」

 

「ごめん・・・・・・」

 

 

 なんだ、優しいところもあるじゃない。

 私は両腕を首に回し、しっかりと翡翠にしがみついた。

 

 

「よし、あと少しだからな。」

 

「うん。」

 

 

 もうすぐでホールを出る、そんな時だった。

 

 ――銃声がホールに響き渡ったのは。

 

 

 

 

 

 悲劇は一瞬のうちに始まった。 3人の王が署名しようとした時、意味不明な叫び声を上げながら一人の人間が乱入してきたのだ。 その手に握られていたのは間違いなく魔銃(まがん)だった。

 魔銃(まがん)とは、私達時空龍達の中でも禁忌の技術とされ、作る事を禁じられたものだ。 その威力は凄まじく、時空龍の障壁を容易く貫通する。

 

 

「父上!」

 

 

 私は同時に駆け出していた。 でも分かっている、絶対に間に合うはずがないのだ。

 人間は躊躇無く魔銃(まがん)の引き金を引く。 打ち出された弾丸は真っ直ぐと父の心臓目掛け飛んでいく。

 まるで世界が止まってしまったと錯覚するほど時間の流れが遅く感じる。 どんなに全速力で走っても、私の手は――届かない。

 辺りに響き渡る悲鳴、飛び散る父の肉片。 命中した弾丸に込められた魔法が発動し、父の身体はミンチになった。

 

 

「姫様いけません!」

 

「放せ宗月! 私はあの人間を八つ裂きにする!」

 

 

 そうだ、あれ程毛嫌いしていてもあの人は私の父なのだ。 だから、敵を! あの人間を!

 ――腹を裂き、頭をかち割り、腕をもぎ、腸を引きずり出して晒し者にしてやる。

 

 

「やってくれましたなブレン大統領。」

 

「クラディス王?」

 

 

 黒衣のローブを纏ったクラディス王が口を開く。

 

 

「わしは部下を使い貴方を監視していたのですよ。 そして今回の暗殺計画を止めようとしていたのですがな。」

 

「何を言っている!」

 

 

 心底残念だとばかりにクラディス王はうなだれた。 そしてアフラムから剣を受け取ると、その切っ先をブレンに向けた。

 

 

「裏切り者ブレンよ! 民達、そして時空龍達に代わり貴様を処刑する!」

 

「お、おい、冗談はよすんだ。 私は暗殺計画など――」

 

「問答無用!」

 

 

 片手で軽々と剣を振るう。 その動きは洗練された剣士の動きであった。 その一撃は、ブレンと犯人の首を同時に切り落としていた。

 

 

「時空龍の姫よ、この場はこれで納めてもらえないだろうか。 これがわし達が出来る精一杯の誠意だ。」

 

「くっ!」

 

 

 私は何も答えられなかった。 頭が真っ白でそこまでの余裕がなかったからだ。 代わりに宗月が対応しているようだが、何を言っているのか耳に入ってこない。

 そのままフラフラと犯人の死体と父の死体の前に座り込む。

 

 

「そんな、私はこんな事のために、ここに来たわけでは・・・・・・」

 

 

 犯行に使われた魔銃(まがん)を拾い上げる。 一体誰がこんな物を・・・・・・

 

 

「ぁ・・・・・・」

 

 

 ――その時私は気づいてしまった。 魔銃(まがん)に微かに残る魔源(まな)から、宗月の匂いがする事に。




~境界移動(ラインズワープ)~
境界線(レイ・ライン)を越える秘術、又は越える行為の事を指す。
それなりの下準備が必要だが、本来ならば誰でも可能な秘術。
現在は時空龍達がこの秘術を禁忌として禁止しているため行われる事はない。
ただし時空龍達は、この境界移動(ラインズワープ)を頻繁に行っている。
ゆらぎにより意図せず別の境界(ラインズ)に移動してしまう事も境界移動(ラインズワープ)と呼ばれる。


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第七話 狂気の炎と母の涙

「さて、どうしたものか。」

 

 

 私と翡翠は会場から少し離れ様子を伺っていた。 会場での怒号と悲鳴はここまで届いている。

 

 

「会場に直接確認しに行けばいいんじゃないの?」

 

「あの混乱した会場に突撃するつもりか?」

 

「それは……」

 

 

 流石の私もそれは無謀だと理解できる。 今は事態を静止して、銀華と合流するのが正解なのだろう。 頭では分かっているのだ。

 

 

「いいか、俺の傍を離れるな。」

 

「うん。」

 

 

 私は黙って頷く事しか出来なかった。

 

 ――体調は徐々に戻りつつある。 どうしてあんなに気持ち悪かったのかは分からないが、これならば走りまわる程度なら問題なさそうだ。

 私は大きく深呼吸をして呼吸を整える。 改めて自分の状況を整理しよう。

 私達は元々会場の護衛の任務についていた。 その途中で晧月が現れ、警備を交代してくれた。 会場で料理を貪っていた所で3人の王達が現れて、それで調印を……

 

 

「そうだ、銀華様のお父様が……」

 

 

 再び胃の中の物を戻しそうになる。 確かに私も見てしまった、銃で撃たれる姿を…… もしあの時私が体調を崩さなければ、助けられたのではないか?

 

 

「エリカ、変に考えるな。」

 

「翡翠……?」

 

「あれはどうしようもなかった。 だから自分を責める必要はない。 それよりも今はどう動くべきか、だろ?」

 

「ごめんね、足引っ張ってるみたいで。」

 

「昔からだ、もう慣れてる。」

 

 

”二人共聞こえるか?”

 

 

 脳内に晧月の声が響く。 魔源(マナ)を利用した通信だ。

 

 

「あぁ、これは一体どういう状況なんだ?」

 

”想定外の事が起こった。 姫様の予想では宗月による暗殺らしい。”

 

「宗月って、あの銀華様の隣にいた人?」

 

”そうだ、奴は宰相として九垓様に仕えていたが、このような裏切りを働くとはな。 しかもクラディス王と手を組んでいるようだ。”

 

「なんだと?」

 

”ブレン大統領も殺し、黒竜族を解放するためだろう。 奴は反乱分子をでっちあげ、真実を知る者を処分しようとしている。”

 

「まさか、その反乱分子とやらに俺達も入ってるわけじゃないだろうな?」

 

”密書を運ばされたお前達も標的になっているだろうな。”

 

「なにそれ、最悪……」

 

 

 頭の痛い話だ。 つまり私達は命を狙われるお尋ね者になってしまったようだ。

 

 

”こちらも姫様を連れて合流する、場所は例の教会だ。”

 

「わかった。 エリカ、走れるか?」

 

「大丈夫だと思う。」

 

 

 私はゆっくり立ち上がってガッツポーズで元気アピールをしてみる。 翡翠は頭を抱えながら苦笑いを浮かべた。

 

 

「それなら大丈夫そうだな、行くぞ!」

 

 

 私達は教会に向かって駆け出した。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「嘘、教会が燃えてる!」

 

 

 遠目で教会が見える距離まで来たのだが、火の手が上がっているのが見える。 まさかあの母親と子供達も、反乱分子として処分されてしまったのでは?

 

 

「まさか助けに行こうだなんて考えてないだろうな?」

 

「――ダメなの?」

 

「お前が死ぬぞ。」

 

 

 翡翠は私の両肩を掴んでそう言い放った。

 

 

「私って、そんなに頼りないの……」

 

 

 思った言葉が口から零れた。

 私かに私はただの少女だ。 本格的な戦闘訓練なんて受けたことがないし、魔法だってそんなに得意じゃない。 それでも何か、私にも出来る事があるんじゃないかって思う。 それを考えると黙っているなんて絶対に嫌。

 

 

「そうじゃない、ただお前に何かあったら俺は……」

 

「ごめん、それでも見て見ぬフリなんて出来ないよ。」

 

 

 二人の間に長い沈黙が訪れる。 ――その沈黙を破ったのは翡翠の方だった。

 

 

「無茶な事はしない、出来る範囲内でだ。」

 

「うん!」

 

 

 嬉しかった。 翡翠が頷いてくれる事なんて滅多になかったからだ。 なんだか、初めて認められた気がした。

 身体強化の魔法をかけ直し、建物の屋根を伝いながら教会に近づく。 教会の周りでは、兵士達が火を放っていた。

 

 

「なんて酷い事を……」

 

 

 綺麗に咲いていた花畑は、火の粉を撒きながら燃え盛っている。 子供と母親は無事なのだろうか?

 

 

「見ろ、母親がいるぞ。」

 

 

 翡翠が指さした方角を見る――いた。 綾香は両手を背中で縛られて兵士達に抑えられていた。 そしてその視線の先に……

 

 

「母さんを返せ!」

 

 

 息子のエインがいた。 ラクスとルナの姿は見えない。

 

 

「エイン! 何故逃げなかったの!」

 

「母さんを置いて逃げられるわけないよ!」

 

 

 エインは兵士達を睨みつけ、今にも飛び掛かりそうな勢いだった。 そして同時に、彼の周りで魔源(マナ)が高密度で凝縮している事にも気づく。

 

 

「ガキ、お前も捕らえよとの命令だ、大人しくしろよ。」

 

「僕に――触れるな!」

 

 

 エインの手から放たれた真空の刃は、いとも簡単に兵士の首を切り落とした。 エインの顔は返り血で真っ赤に染まり、その唇を吊り上げる。 瞳の色は本来の青色から、赤色へと変化している。

 

 

「ガキを取り押さえろ! 手足くらい切り落としても問題ない!」

 

 

 兵士達が一斉にエインに襲いかかる。 彼は軽々と兵士達の攻撃を避け、急所を狙って真空の刃を叩き込んだ。

 一人、また一人と兵士が花畑に倒れていく。 まるでそれは地獄の光景のようだった。

 

 

「エリカお姉ちゃん?」

 

「ラクスちゃん! それにルナちゃんも!」

 

 

 どうやら二人は先に逃げて来たようだった。 私達と同じように屋根伝いにこちらに来たらしい。

 

 

「お母さんが逃げろって、でもエインは言う事聞かないで引き返しちゃった。」

 

「エインは、あそこにいるよ。」

 

 

 エインは戦っていた。 それはまるで、大人が赤子の手を捻るように簡単に返り討ちにしている。 あんな小さな子が……

 

 

「邪魔する奴に容赦なんてしないよ! お母さんを返してくれるまで殺し続けてやる!」

 

 

 彼は明らかに狂気に囚われていた。 戦いの最中、彼は笑っているのだ。

 

 

「しょうがない子だ。 躾が足りないのではないか?」

 

「火雷……」

 

 

 兵士達を掻き分けて、一人の少女が姿を現した。 褐色の肌に茶色の長い髪、耳と尾からイデリティスの民だという事が分かる。 纏う衣服は綾香に似ているが赤色だ。

 火雷と呼ばれた少女は、ニヤリと唇を吊り上げるとエインは見据えた。

 

 

「お前も、邪魔をするのかぁぁぁ!」

 

「エインやめなさい!」

 

 

 母親の悲痛な叫びは彼には届かない。 エインはいくつもの真空の刃を少女に向けて放った。

 

 

「おいたが過ぎるな!」

 

 

 少女が左手を横に振ると炎の壁が聳え立ち、真空の刃を全て防いだ。

 

 

「命令では生きて捕獲だが面倒だ、お前はこの場で焼く。」

 

「やめなさい!」

 

「黙っていろ大雷姉、これは我らが主の命だ。」

 

 

 彼女は何故か綾香を大雷姉と呼んだ。 まさか姉妹なのだろうか?

 

 

「あぁぁぁっぁ!!」

 

 

 エインは無我夢中であらゆる魔法を火雷へと放つ。 しかし、どれも彼女の纏う炎によって掻き消された。

 

 

「無駄だ、お前の未来は変わらない。」

 

「やめてぇぇ!」

 

 

 私は、咄嗟にルナとラクスの目を覆った。 これから起きる事を二人には見せたくなかったからだ。 そしておそらく、私と翡翠があの場に出て行っても未来は変わらないであろう。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 

 肉の焼ける音が鼻に付く。 火力を調整しているのか、少しでも長く苦しみもがく姿を見たいという狂気を感じる。

 

 

「アハハハハ! 最高だな!」

 

 

 あれはまともじゃない。 あんな化け物どうしろっていうのよ……

 

 

「くそ、銀華と晧月はまだか。」

 

 

 ここに留まるのは、私達の危険度を上げる要因にもなる。 綾香はもう助けられない、ならこの二人だけでも連れて脱出しなければ。

 

 

「――遅くなった。」

 

 

 やっと晧月が到着する。 背中に背負っている銀華は気を失っているようだった。

 

 

「姫様が暴れるので眠ってもらった。 東の門を開けてもらうように手配してある、急ごう。」

 

「――うん。」

 

 

 私はラクスを、翡翠はルナを抱えてその場を後にした。 この小さな2人の命だけでも、なんとか守り切ってみせる!

 

 

―――

 

――

 

 

 

 ホール内での騒ぎは落ち着き、来客達はそれぞれ帰路についた。 大統領達の遺体も片づけられ、ホールにはクラディス王とアフラム達近衛隊だけが残っていた。

 

 

「アフラム、お前達近衛隊は反乱分子の追跡を命じる。」

 

「我が王よ、その前に説明を!」

 

「我の命令が聞けぬのか?」

 

「くっ…… 了解しました。」

 

 

 王の命令は絶対である。 たとえそれが本人にとって納得のいかない理不尽なものであっても。

 アフラムは悩んでいた。 本当にあの者達は反乱分子なのかと。 短い間だが共に旅をした仲間だ、彼らがそのような者達ではない事は分かっている。 しかし、王が命令するならば……

 

 

「クログよ。」

 

「はっ、なんでしょうか!」

 

 

 アフラムがホールから出るのを確認してから、王はクログに声をかけた。

 

 

「アフラムを見張っておけ、反乱分子と通じている可能性がある。」

 

「そんな!」

 

 

 クログは驚きの表情を見せる。 彼にとって隊長のアフラムは尊敬する相手でもあり、師でもある存在なのだ。 そんな彼が裏切り者だと言われ動揺しない者はいない。

 

 

「もしも怪しい動きを見せたら、分かっているな?」

 

「はい、分かっております……」

 

「お前には期待しているぞ、次期近衛隊隊長としてな。」

 

 

 クログは自らの唇をきつく噛み締めた。




~魔源(マナ)~
体内のエーテル器官より精製される物質。 血液と共に血管内を流れている。
脳でのイメージと音声がトリガーとなり、魔源(マナ)を消費して魔法を行使する事が出来る。
魔源(マナ)が枯渇すると魔法が使えなくなるが、エーテル器官から生成され続けるため時間が立てば再び魔法を使う事が出来る。
しかし、短時間に大量消費する行為は身体への負担が大きく危険である。
音声はあくまでもトリガーで重要なのはイメージのため、境界(ラインズ)によって魔法の詠唱、名称が違う事が多い。
この時代では大地から生成される魔源(マナ)は薄く、魔法発動のための補助的な使用は不可能である。


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第八話 今、私に出来る事を

 私達はなんとか追手を振り切り、無事に東の門の前まで辿り着く事ができた。 問題はこの先どうするのかという事だ。

 

 

「お前が連絡をくれた相手か。」

 

「そうだ、全員揃っているな?」

 

 

 晧月が門の前に立っている茶色いローブの人物に話しかける。 どうやら脱出の手引きをしてくれるようだ。

 

 

「あぁ、それでどこに逃げる予定なんだ?」

 

「北東にある桜花の村、ここならばクラディスも迂闊に手を出せない。」

 

「桜花の村って、よそ者お断りのあの村!?」

 

 

 聞き覚えのある名称に、つい口を挟んでしまった。

 

 ”桜花の村”

 

 スケルスよりも更に北にある一帯にある村だ。 私達と同じく白竜の血が流れていて、黒竜族の監視の任を与えられている。 しかし凄く閉鎖的で、他の民との交流を一切持った事がないという話だ。 昔兄も交渉に行って門前払いされたとか……

 

 

「その通りだ小娘。 しかし、私がいれば問題ない。」

 

「お姉さんは桜花の村の人なんですか?」

 

「そういうわけではない、しかし奴は必ず中に入れてくれる。」

 

 

 圧倒的自信だ、村の出身ではないが知己の仲のように感じた。 しかし、逆にそういう場所だと怪しまれる可能性が高いのではないか? 私ならまず自分に叛意のある場所から調べ上げるか。

 そう考えて思い当たったのが、風の谷が狙われるのではないかという不安だった。 何か悪い事をしたわけでもないのに、村の人達に迷惑がかかるのが嫌だ。

 

 

「大丈夫だエリカ、奴は村に手を出したりしない。」

 

「翡翠、どうして言い切れるの!?」

 

「もし奴が黒龍の解放を望むなら、国民にマイナスな印象を持たれたくないだろ? 手段を選ばないなら、今回のような回りくどい事をしないはずだ。」

 

「そういう事だ。 隠れるという意味ではお前達の村でもいいが、どうしてもそこの姫に会ってもらいたい相手がいるのでな。」

 

 

 銀華は晧月の背で意識を失ったままだ。 連れて来るのに手間取ったというくらいだ、あんな事があって暴れていたのだろう。

 晧月は銀華を馬車の荷車に寝かせた。 2人の子供達も下を向きながら荷車へと乗り込む。

 

 

「よし、エリカも先に乗り込め。 俺と晧月で周りを警戒する。」

 

 

 そう言って荷車から取り出した黒色のフードを被る。 顔が割れている以上は隠す必要があるからだ。 私は言われるままに荷車へと乗り込んだ。

 ――ゆっくりと大きな門が開かれる。 それと同時に遠くから馬の足音が聞こえてきた。

 

 

「追手か?」

 

「――最悪あいつらだけでも逃がすぞ。」

 

 

 追手は一人だった。 その見慣れた風貌――アフラムだった。 彼は剣を抜こうともせず、こちらを一瞥すると静止した。

 

 

「何のつもりだ!」

 

「お前達の真意が知りたい。 共に旅をした仲間として!」

 

「真意も何も、お前の王様にはめられたんだ!」

 

 

 翡翠が怒りを込めてそう言い放つ。 アフラムは思った通りの答えだったのだろうか、目を瞑り俯いた。

 

 

「私が忠誠を誓うのはクラディス王だ、しかしお前達が嘘をついているとは思えない。 ――だから見極めさせて欲しい!」

 

「それはどういう意味だ!」

 

「私も同行させてくれ、君達には疑いを晴らすための算段があるのだろう?」

 

 

 アフラムは予想外の言葉を口にした。 自分も同行すると言っているのだ。

 

 

「それは出来ない。 内通の可能性が高いのに連れていけるわけがないだろう!」

 

「それは分かっている、しかし!」

 

 

 門が完全に開き、いつでも出発が可能な状態になった。 あとはアフラムをどうするかという状態だ。

 

 

「――なるほど、時間稼ぎか。」

 

 

 ローブの女性が背中から槍を取り出し、飛来してきた複数の矢を撃ち落とした。

 

 

「隊長、加勢します!」

 

「くっ、クログか。」

 

 

 十数人の兵を引き連れたクログが馬でやってきたのだ。

 

 

「交渉は決裂だな!」

 

 

 晧月、翡翠、ローブの女性の3人が兵達を迎え撃とう身構える。 仕方ないとばかりにアフラムは剣を抜いた。

 

 

「ここは俺と晧月で時間を稼ぐ。 道案内のアンタは先に皆を連れて逃げてくれ。」

 

「――わかった。」

 

 

 女性は第二射を撃ち落とすと馬車に向かって駆け出した。

 

 

「エリカを頼んだぞ!」

 

「姫様もな!」

 

「任せておけ!」

 

 

 激しく揺れ出した馬車に危機を感じ、私は外の様子を確認するために身を乗り出した。 丁度そのタイミングでローブの女性が荷車に飛び乗ってきた。

 

 

「翡翠と晧月さんは!?」

 

「殿を務めている。」

 

「そんな! 置いていけるわけないよ!」

 

 

 私は急いで馬車から降りようとするが、ローブの女性に首根っこを掴まれて止められる。

 

 

「小娘、お前は阿呆か! あの男の気持ちを汲み取れ戯けが!」

 

「でも、翡翠が!」

 

「あの程度で死ぬような男ではないだろう? それはお前が一番分かっているはずだ。」

 

 

 ――そうだ、私が信じてあげないで誰が信じられるのか。 深呼吸して気持ちを落ち着ける。 大丈夫、翡翠ならいつもみたいに私の所に戻ってきてくれる。

 

 

「ごめんなさい。」

 

「分かればよろしい。」

 

 

 こうして私達は無事に首都から脱出する事が出来た。 今私に出来る事は、翡翠の無事を祈る事だけだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「久しいな。」

 

「……」

 

 

 綾香はクラディス王の前へと連れてこられていた。 そんな彼女に王は久しいなと語り掛けたのだ。

 

 

「最後に会ったのはいつだ? あれは確か――」

 

「転送装置の前でかしら?」

 

「おぉ、確かにそうだ。」

 

 

 クラディス王は嬉しそうに声を上げた。 それは普段の威厳ある声とは違い、まるで少年のような声音だった。

 

 

「残念ながら、私は知っているだけでその”私”では無いわ。」

 

 

 綾香は酷く冷めた口調でそう答える。 つい先程、子供を亡くした母親とは思えない程毅然な態度だ。 まるで少しも悲しんでいないような……

 

 

「そんな事はどうでもいいよ。 どうせここは結界で遮断してるんだから好きなだけ話すといいよ。」

 

「そうみたいね”麗明”」

 

「懐かしい名前だ、何百年ぶりに聞いたかな?」

 

 

 クラディスをはフードを脱ぎ去る。 そこには白髪の少年の顔があった。

 

 

「結界で周囲の視覚を歪めているか。」

 

「そのとーり! ほんとに何でも知ってるね!」

 

 

 麗明と呼ばれた少年は玉座から立ち上がり、綾香の前へ立つ。 その笑顔は無邪気そのものだ。

 

 

「ねぇ、僕と手を組まない? ”アイツ”を倒したいんだろ?」

 

「――断る。」

 

「なんだよ連れないなぁ。 僕の力なら”アイツ”を倒せると思うんだけどなぁ。 本体を復活させる準備も進んでるし、例の兵器もあるしね。」

 

「ほんと馬鹿な子ね。 再構成する時に何処かバグったんじゃない?」

 

 

 麗明は腰に差した短剣を抜き、綾香の喉元に押し当てる。

 

 

「あんまり調子に乗るなよ、お前なんかいつでも殺せるんだ。」

 

「……」

 

「まぁいいさ、ならお望み通り”アイツ”の所に送ってあげるよ。 昔と違って”アイツ”と僕は対等な立場だからね。」

 

 

 綾香は心底呆れた。 この少年はどこまで馬鹿なのだろうかと、現実を理解出来ない子供だと。

 

 

「それで、最後に言い残す事はあるかな?」

 

「なら予言を一つ。 貴方はこの戦いに勝つわ。」

 

「いいね、つまり世界は僕の物になるって事か。」

 

「えぇそうよ。 代わりに悲惨な最後を迎えるけどね。」

 

 

 予言という程のものでもない。 彼は”アイツ”の事を忘れている、それが最大の敗因になるからだ。

 

 

「あぁそうかい、じゃあさよなら綾香。」

 

「えぇ、二度と会う事もないわね。」

 

 

 そして綾香は兵士に連れ出された。 その後、この二人が二度と出会う事は無かった。




~麗明(れあ)~
クラディス王の本当の名前、むしろ正体というべき人物。
周りには結界の効果で老人のような見た目に見えているが、実際は少年の風貌をしている。
その目的は不明だが、世界を征服しようとしている節がある。
四聖大戦時に麗明という名の魔術師が暗躍したという伝承が残っているが、その本人かどうかは不明である。


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第九話 ひとときの休息

「予想より遥かに動きが早いな。」

 

 

 フォルカは眉間に皺を寄せながら手紙を読んでいた。 琥珀の持ってきたお茶を啜ると、その手紙を折りたたんでテーブルに置いた。

 

 

「何が書いていたの?」

 

「クラディス王への対策についてだよ。」

 

 

 琥珀はフォルカに顔を近づけ、真剣な眼差しで見つめる。 それに答えるかのようにフォルカは唇を重ねる。

 

 

「間違いなく、このままでは戦になるな。 そうなれば――」

 

「それ以上は言わなくても分かってる。」

 

 

 琥珀は人差し指をフォルカの唇に押し当てる。 まるでそれ以上は聞きたくないかのように……

 

 

「エリカが間に合ってくれればいいんだがな。」

 

「複雑そうな顔ね?」

 

「本来ならば、僕が動かなければならない事案だ。 それを妹に押し付けている自分が嫌になってね。」

 

「こればかりは仕方ないわ。」

 

「だからこそ、僕に出来る事をしようと思う。」

 

 

 フォルカの瞳には強い意志が宿っていた。 その瞳を見た琥珀に、彼を止める事は出来なかった。

 

 

「――わかった。 私も覚悟を決めるわ。」

 

「ありがとう琥珀。」

 

「愛してるわ。」

 

「僕もだよ。」

 

 

 二人はもう一度、深く口づけを交わした。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私達は、桜花の村を目指して旅を続けていた。 途中、目を覚ました銀華さんを取り押さえるのに苦労したが、それ以外は何も問題なく旅は進んでいた。 これも二人が時間を稼いでくれたおかげだろう。

 ――翡翠、大丈夫かな。

 

 

「うむ、少々臭うな。」

 

 

 銀華が唐突そんな事を口走った。 臭うって――確かにこの数日、湯浴みをしていないから当然ではあるが。

 

 

「どこかで水浴びでもしないか? 流石に臭くてかなわん。」

 

「た、確かにそうしたいけど……」

 

 

 追われている身でそんな事をしている暇はあるのだろうか? 流石に馬鹿な私でもそんな事は分かる。

 

 

「いいんじゃないか? この先に森に囲まれた泉がある、そこで水浴びする事にしよう。」

 

 

 ローブの女性、嵐春(らんしゅん)はその意見に同意する。 馬の方向を変え、森の方へと走らせる。 ――子供達も少しだけ目を輝かせていた。

 

 

(子供達にとっても軽いガス抜きになるだろ?)

 

 

 そう銀華は私に耳打ちした。 ここまで気が回るのは正直意外に思った。 いつもの自分勝手で我儘な王女だというイメージがあるためだ。 そういう意味では、流石は王家の血筋という所だろうか?

 

 

「それならお言葉に甘えて……」

 

「うむ、汚れを落として心機一転だな。」

 

 

 アッハッハ! っと両手を腰に当てて笑う銀華。 彼女だって辛いだろうに、それでも率先して空気を変えようとしてくれているのだ。

 

 

「なら私は泳いじゃおうかなー!」

 

 

 合わせて私も空元気を出してみる。 ――少しだけ気分が楽になった気がする。

 

 

「ほう、なら私と勝負するか?」

 

「へぇ、過保護に育った王女様が泳げるの?」

 

 

 私と銀華の視線の間でバチバチと火花が散る。

 

 

「言ったな、謝っても許さんぞ。」

 

「望むところよ!」

 

「お前達、白熱するのはいいが程々にな。」

 

 

 嵐春はクスリと笑うとそう言って制した。 そして馬車を止めると魔法で視認出来ないようにした。

 目の前には50平方キロメートル程の湖が広がっていた。 これを泉と呼ぶにはかなり大きい。

 

 

「よーしお前達! まずは準備運動からだぞ!」

 

『はーい!』

 

 

 ルナとラクスが元気よく返事をする。 そのまま銀華の動きに合わせて体操を始める。

 横では嵐春がフードを降ろして素顔を晒した。

 

 

「わぁ……」

 

 

 銀華とはまた違うベクトルの美人だ。 なんというか、大人の女性の魅力を凝縮した神々しさのような感じだ。 うん、上手く表現できない。

 長い髪は縛って上に持ち上げてポニテスタイルに、額に何か紋様のようなものが見える。 そして、私と同じ青い髪と黄色の瞳が同族だと自己主張している。 間違いなく彼女も白竜の末裔なのだ。

 

 

「どうした、私の顔に何かついているか?」

 

「そ、そんなんじゃなくて! ただ綺麗だなぁって。」

 

「ふふっ、お世辞でも褒められるのは嬉しいな、ありがとう。」

 

 

 あぁ、笑顔も綺麗だなぁ。 私も大人になるならああいう女性になりたい。

 

 

(無理無理、お前には絶対に無理。)

 

 

 脳内に現れた翡翠に全力で否定される。 そ、そこまで否定する事ないじゃない! わ、私だってまだ成長期なのよ!

 思いっきり頭を横に振って邪念を振り払う。

 

 

「だ、大丈夫かエリカ?」

 

「大丈夫です! 全く問題ありません!」

 

 

 その瞬間バシャリと水を盛大にかけられた。

 

 

「……」

 

「遅いぞエリカ! 勝負するならさっさとこい!」

 

「こんのぉ――」

 

 

 ―キャストオフ!―

 

 私は濡れた服を脱ぎ捨てる。 もちろん木の枝にひっかかるように調整してだが。 そのままの勢いで泉へとダイブする。

 

 

「待たせたわね!」

 

「ふん!」

 

 

 銀華は私の胸を見て鼻で笑う。 少しだけ大きさが勝ってるからってこいつめ!

 

 

「お姉ちゃん意外とおっきぃ。」

 

「エリカは着痩せするタイプだったんだな。」

 

「私よりは小さいがな!」

 

「ええい、そんなに変わらないでしょうが!」

 

 

 こうなったら勝負に勝って思い知らせてやる!

 

 

「よし、二人共準備はいいな?」

 

「いつでも!」

 

「うむ!」

 

 

 私は息を整える。 全身の力を抜いて、今は勝負の事だけを考える。

 

 

「向こうの岸まで行って、先に戻って来た方の勝ちだ。 では、よーい――スタート!」

 

 

 ――出だしはほぼ互角。 互いにほぼ同じ速度で泳いでいく。

 

 

「お姉ちゃんがんばれー!」

 

「銀姉さんもがんば。」

 

 

 しかしこの状態は私にとっては不利だ。 身体能力、体力は圧倒的にこちらの方が下回っている、なんと言っても相手は純潔の時空龍なのだから。 だから私は小細工を使わせてもらう。

 

 

「脚部強化……!」

 

 

 魔源(マナ)を収束させて魔法を発動させる。 風魔法では唯一の強化魔法で自らの脚力を強化する。 本来は移動を早めるためのものだが、今は泳ぐ速度を上げるのに貢献してくれるはずだ。

 その効果もあり、徐々に私が銀華を離していく。

 

 

「あらあら、王女様はその程度なの?」

 

「こやつ、言わせておけば!」

 

 

 岸にタッチして反転する。 このままいけば、勝てる! 私は更に加速をかけて引き離す。

 

 

「手加減していれば調子に乗って!」

 

「うっそ、そこで速度あげてくるわけ!?」

 

 

 ぐいぐいと後ろから追い上げてくる。 これだから化け物スペックは! あと少しで私の――

 

 

「うぉぉ!」

 

「負けるかぁ!」

 

 

 ごぉぉぉる! ――ほぼ同時だった。 全てはジャッジである嵐春に委ねられた。

 

 

「……」

 

『ゴクリ』

 

「判定の結果――」

 

 ルナとラクスが私の傍に寄ってくると、私の右腕を持ち上げて高々と宣言する。

 

 

「お姉ちゃんの勝ち!」

 

「よしっ!」

 

 

 私は握りこぶしを作りガッツポーズをする。 私はやり切ったのよ!

 

 

「くぅ、油断しすぎたか……」

 

「勝ちは勝ちだからね?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「よし、では罰ゲームを執行しまーす!」

 

 

 私は両手をわきわきさせながら銀華へと近づく。 ラクスも私の真似をして銀華へと迫る。

 

 

「な、何か?」

 

「くすぐりの刑じゃぁ!」

 

「じゃぁ!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 

 銀華の悲鳴が、しばらく森の中に木霊した。



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第十話 桜花の村にて

 長い旅路を経て、ついに私達は桜花の村へと辿り着いた。 幸い、途中で近衛隊に襲撃される事は無かった。

 村は木造の塀で囲まれ、その威容は全ての人を拒むような感じをさせた。 嵐春は門の前に立つ兵士に近づくと何かを話始め、もう一人の兵士が慌てて中に走っていった。

 

 

「あ、開いた。」

 

 

 大きな門がゆっくりと開かれる。 この村がこうも簡単に門を開くなんて、一度も聞いた事はない。 しかし、横にいる銀華は分かっているかのような顔をしている。 いや、この人が自信満々な顔をするのはいつもの事だったか。

 

 

「待たせたな、族長が会ってくれるそうだ。」

 

 

 戻って来た嵐春が、ゆっくりと馬車を走らせる。 門番の兵士は私達に深々と頭を下げている。 まぁ、”嵐春へ”だとは思うが。

 ――しかし、本当に彼女は何者なのだろうか? 明らかに周りの反応がおかしい。 村の大通りを走っているが、村人達はこちらを見るなり必ず頭を垂れる。

 

「嵐春さんって、何者なんですか?」

 

「おそらく、そんな事を言えるのはお前くらいではないかな?」

 

「うーん、なんか馬鹿にされてる気がする。」

 

 

 助けて翡翠、私一人じゃ弄られるだけなのよ……

 

 

「なら、この村の事は知っているか?」

 

「えっと……」

 

 

 ――小さい頃に聞かされた話を思い出す。 ダメだ、真面目に勉強なんかやった事のない私には、これといって引っかかるものがない。 強いて言うならとても閉鎖的な村だという事くらいだ。

 予想通りと言わんばかりに、嵐春はクスクスと笑っている。

 

 

「この桜花の村はな、かつて白竜の女王だった桜花という名前からきているんだ。 当然、その血筋の直系の者達が住んでいる。」

 

「うわ、優秀な血統ってやつか。 私達なんて散々血が薄まってるからなぁ。」

 

「その代わり、風の民には時空龍の血が流れているだろう? そういう意味ではお前達は強力な一族だ。」

 

「ふーん、詳しいんですね。」

 

 

 前から思っていたが、嵐春は異常に白竜について詳しい。 それも族長のみが知っているようなレベルの情報まで知っている。 だとするならば、他の村の族長だと考えるのが妥当だろうか?

 

 

「ふむ、何か勘ぐっているのか? 身の丈に合わない事はするべきではないぞ。」

 

「大きなお世話です!」

 

 

 あぁもう。子供二人も後ろで笑ってるし! 私に救いはないのか!

 

 

「もう! さっさと戻ってきなさい翡翠!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「よっ。」

 

 

 族長の家の中に見慣れた男がいたので、とりあえず一発ぶん殴った。

 

 

「何するんだエリカ!」

 

「あんたがいない間大変だったんだからね! 心配かけて!」

 

 

 思いっきり翡翠に抱き着く。 体温がとても懐かしくて、自然と涙が瞳から溢れ出た。

 

 

「待たせたな。」

 

 

 そう言って優しく頭を撫でてくれる。 本当に無事で良かった……

 2人が先に村に来ていた事は驚きだが、それ以上に――

 

 

「……」

 

 

 アフラムも一緒にいたのだ。

 

 

「こいつは俺達二人の脱出を手伝ってくれたんだ。 ――その結果、同じお尋ね者になったが。」

 

「気にするな、これは私が決めた事だ。 王の真意を知るにも丁度いい。」

 

 

 あれほどクラディス王を信じていた人が離反するほどだ、今の王の行動は異常だという事なのだろうか? 確かに私の聞いていた人物像は、賢王と呼ばれるような立派な人であった。

 

 

「感動の再会もいいが、そろそろ会議を始めるぞ。」

 

 

 嵐春が一人の女性と共に家の中に入って来た。 白く長い髪に透き通った肌、赤い瞳がとても印象的だ。

 

 

「妾がこの村の族長、桜己(おうき)じゃ。 お主達を呼んだのは他でもない、かのクラディスを討ち取るためじゃ!」

 

 

 周りの空気が凍り付く。

 

 

「今まで尻尾を掴めずにいたが、ついにその正体に辿り着いた。 奴の本当の名前は麗明(れあ)、かつての大戦を引き起こした戦犯者じゃ!」

 

「その麗明って誰よ?」

 

 

 私の返答にその場全員の視線が突き刺さる。

 

 

「な、なによ。 知らないの私だけ?」

 

 

 同じタイミングで周り全員が頷く。 なんで私だけ……

 

 

「エリカ、麗明っていう人物はな、はるか昔の大戦――四聖大戦を引き起こした悪い奴なんだ。」

 

「へぇ、すっごい悪い奴なのね! っていうか、それってどのくらい昔なの?」

 

「千年以上は前だな。」

 

「せんねん……?」

 

 

 多分、今私の頭からは大量の煙が吹き出ている事だろう。 この話は私の理解範囲を軽く超えている。

 

 

「コホン! 夫婦漫才はそれくらいにして、話を続けてよいかの?」

 

「す、すみません!」

 

 

 私は深々と頭を下げる。 ――煙はまだ出たままだ。

 

 

「では、具体的な計画を話そう。 まず部隊を三つに分ける。 1つは奴の本拠地であるレクテン城を攻め落とす、もう一つは陽動としてメルキデスの兵力を首都より引き離してもらう。 そして最後に、麗明を暗殺する部隊だ。」

 

「なら、レクテン城落としは私がやろう。」

 

 

 そう名乗り出たのは銀華だった。

 

 

「そこには恐らく宗月がいる。 私は奴と決着をつけたいからな。」

 

「姫が行くならば私も。」

 

「ならば妾の部隊を率いて行くがよい。」

 

 

 レクテン城攻略部隊は銀華と晧月の二人が中心となりそうだ。

 

 

「すまない、私も連れていってはもらえまいか?」

 

 

 そう名乗り出たのはアフラムだ。 彼にとっても故郷である場所だ、地理には詳しいだろうし、何よりも民間人を巻き込まないようにしたいのだろう。

 

 

「ふむ、好きにするがいい。」

 

「では、これで決まりだな。 陽動部隊は風の谷の村の族長を筆頭に、各村の精鋭が集まってくれている。」

 

 

 お兄ちゃんが戦う? 身体は大丈夫なのかな……

 

 

「じゃあ、私と翡翠もそこかな?」

 

「いや、お主ら二人は妾と共に麗明の暗殺部隊に入ってもらう。」

 

「えっ! 絶対そんなの無理です! そういうのは嵐春さんの方が向いてるでしょ!」

 

「――すまないなエリカ、私は戦えないんだ。」

 

 

 悲しそうに嵐春は堪えた。

 

 

「それ、どういう意味ですか?」

 

「私の力は、お前達をここに連れてくるまでが限界だ。 これ以上この身体を維持する力は残っていない。」

 

「嵐春様は、他の3方同様に麗明によって封じられてしまっているんだ。 こうやって写し身を作るだけでもかなりの負荷が……」

 

「写し身? 他の3方?」

 

 

 桜己は大きくため息をつくと、仕方ないとばかりに説明を始めた。

 

 

「嵐春様は四聖獣のお一人だ。 生ける伝説なのだよ、このお方は。」

 

「それって、絵本とかに出てくる……」

 

 

 流石の私にも理解出来た。 目の前にいるのはご先祖様、青龍・嵐春だと言っているのだ。

 

 

「同じ名前だなぁとは思ってたけど、まさか本人なんて……」

 

「エリカ、歴史くらいはしっかり覚えとけ……」

 

「まぁそういうわけだ、私の代わりに頑張ってくれエリカ。」

 

「かみさま、かみさま……」

 

 

 ――私の頭は最早パンク寸前であった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なぁエリカ、指切りしようぜ!」

 

「指切り? なんで?」

 

「俺は絶対にずっと一緒にいる! そのための約束だ!」

 

「そんなの産まれた時の誓約で決まってるんじゃないの?」

 

「儀式とは別にだよ!」

 

「ふーん、男の子ってよくわかんない。」

 

 

 それは昔の記憶、私と翡翠の約束。

 

 

「別にいいだろ! お前の事がす、好きなんだから!」

 

「すきー? 何それ!」

 

「なんでもねぇよ!」

 

「じゃあ私とも約束してよ!」

 

「何をだよ?」

 

「私を、空の彼方に連れてって!」

 

「意味わかんね。」

 

「だから空の彼方だよ! 青空の先の世界を見たいのよ!」

 

「そんなもんないよ!」

 

「見てみないとわかんないじゃない!」

 

 

 この頃から、私と翡翠はよくケンカしたっけなぁ。 ほんと私達って、馬鹿みたいに――

 

 

”エリカ”

 

 

 それでも、その当たり前が愛おしくて――

 

 

”ずっと、一緒だからな”

 

 

 ずっと、抱き合っていたかった……

 

 

 

 

 

 私はついに取返しのつかない事をした。 捕らえた男二人を連れて、今にも城を抜け出そうとしているのだ。 これは明らかな王への背信行為だ。 しかし、最近の王は明らかに様子がおかしかった。 いつからだろう、表向きに変化はなかったが、王の動向を探るうちにまるで別人のような行動を目の当りにしてしまったのだ。

 あの男、宗月との取引もそうだし、大統領であるブレンとも怪しやり取りをしていた。 そして何よりおかしかったのは、纏っている雰囲気が別人だったのである。 父の代から近衛隊の隊長を務めているが、父の日記からもそのような行動をする王でなかったのは間違いない。 だからこそ私は、真実が知りたいのだ。

 

 

「このまま裏口から抜ければ、無事に首都から抜け出せるはずだ。」

 

 

 互いに顔を隠し、夜の街を駆ける。 ある程度離れてしまえば、この翡翠という男の背にのって飛んでいけばいい。 間違いなく追手は振り切れる。

 しかし、南門の前でとある男が立ちはだかった。

 

 

「隊長、どこに行かれるんですか?」

 

「クログ……」

 

「分かってるんですか、これは明らかに背信行為ですよ! どうしてこんな事を……」

 

「クログ聞いてくれ、私は王の真意が知りたい。 今の王は私達の知っている王とは何かが違うんだ。」

 

「そんな話は聞きたくない!」

 

 

 クログは剣を抜き放ち、アフラムに向けて構える。

 

 

「クログ!」

 

「戻ってきてくださいよ! 今なら目撃者は僕だけだ、罪に問われる事はないんですよ!」

 

「クログ、どいてくれ。」

 

「貴方は僕の憧れなんです、だから僕の夢をこれ以上汚さないで下さいよ。 僕に貴方を斬るなんて事させないでください!」

 

「そうか、お前の気持ちはわかった。」

 

 

 アフラムも槍斧を抜き構える。 ――三呼吸程の沈黙の後、二人は交差した。 倒れたのはクログの方であった。

 

 

「殺したのか?」

 

「いや、峰打ちだ。」

 

「そうか。」

 

 

 私達は門を潜る。 振り返ると、クログは倒れたまま動かなかった。

 

 

「この、裏切りものぉぉ!」

 

 

 その言葉だけが、私の耳に反響していた。




~四聖大戦~
青龍の長が反乱を起こし、4つの種族全てを巻き込む事となった大きな戦い。
全ては麗明がティアマトを復活させるために仕組んだ事である。
当時の四聖獣と巫女、その仲間達によって麗明を討たれ、戦争は終結した。
しかし、しぶとく生き残った麗明は、クラディスとして今も生きているのであった。


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第十一話 それぞれの思いを胸に、先へ

「風が気持ちいいね~ こうして飛ぶのは久々じゃない?」

 

「そうだな。」

 

 

 私は久々に空を飛んでいた。 陽動が動いている今ならば、ギリギリまでは空から首都まで近づく事ができる。 桜己と私を乗せ、こうして飛んでいるという状態だ。

 

 

「最近は色々あったしね、ほんとはもっとゆっくり飛びたいんだけど。」

 

「なぁエリカ。 お前何かあったのか?」

 

「ん、それどういう意味?」

 

「――いや、気にするな。」

 

「変な翡翠。」

 

 

 そう思いながら私は少しだけ速度を上げる。 いつもと違い拒否反応は感じないから、翡翠も同じ思いなのだろう。

 そもそも奏者と龍の関係はとても面白い。 永久の誓約を立てた二人は常に深層意識で繋がるようになる。 それは月日の経過でより強く、深く繋がるようになるのだ。 それが顕著に現れるのは、飛んでいる時だそうだ。

 完全に意識がシンクロし、自らの手足のように飛ぶことが出来る、それが一人前の奏者だ。 もちろん私はその領域には程遠いため、私の指示が翡翠に拒否される事もよくある。 でも、今はその感覚もほぼなく、いつも以上に気持ちよく飛べている。

 

 

「そんな事よりも、お前は覚悟出来てるのか?」

 

「そ、そんなの当たり前でしょ!」

 

「――本当はお前を連れて来たくなかった。」

 

「それは死んでも嫌、もう離れないって決めたから。」

 

 

 そりゃぁ私だって怖い。 失敗したら死ぬかもしれないって事だって分かってる。 でも、翡翠と離れるのはもう嫌だ!

 

 

「そうか、ならもう何もいう事は無い。」

 

「うん。 ――ありがとう。」

 

 

 ――翡翠が心配症なのは昔からだった。

 私が転んで擦りむいただけで大騒ぎし、足を骨折した時はずっと傍にいてくれた。 少々過保護すぎるのではと思ったのはわりと最近だが。

 最初は自らの奏者だからって理由だと思っていた。 奏者のいない龍は生粋の時空龍に劣る、不思議な話だがそうらしい。 まるで片翼の天使が手を取り合って飛ぶように、奏者と龍は互いを必要とするのだ。

 だから私を大事にするのは、自らが飛ぶためだけだと思っていたのだ。 だってそうでしょ? お互い子供だったわけだし、それくらいにしか頭が回らなかった。 まだその感情を理解出来ていなかった。

 

 

「まぁ、何かあったら俺が守ってやるよ。」

 

「うわー、一番信用出来ない!」

 

「それはどういう意味だよ。」

 

「この前みたいに、大事な時にいないって事になるかも?」

 

「あれはだな、お前を逃がすために仕方なく!」

 

「あーあー、聞こえない。」

 

「こうして戻って来たからいいだろ!」

 

 

 そう、その感情は恋心だ。 翡翠の優しさ、厳しさの裏に隠れていた感情だ。 誓約だけじゃない、純粋な思いなのである。 その気持ちに、私は全く気付いていなかったのだ。

 

 

「まぁ、今回は許してあげる。」

 

「そいつは助かる。」

 

 

 逆に私はどうなのだろうか? 私は翡翠に対して恋愛感情を抱いているのだろうか? はっきり言ってしまうと、小さい事から一緒に育った翡翠をそういう目で見る事は出来ない。 あくまでも幼馴染というカテゴリに属されると思う。

 しかし、それとはまた異なる感情があるのも確かだ。 離れたくない、一緒にいたい。 そんな思いを抱いている事に気づいた。 それは恋心と呼ぶにはあまりに幼稚で、儚いものであった。

 

 

「そろそろ桜己さんを起こそうか。」

 

「そうだな、この辺りから歩いた方がいいだろう。」

 

 

 翡翠は減速し、ゆっくりと丘の上に降り立った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「この辺りは足場が悪い、気を付けろ。」

 

「何、この程度造作もない。」

 

 

 そう言って銀華は岩場を飛び跳ねながら進む。 晧月は先行し、銀華の横にはアフラムが付いていた。 ある意味で彼が信用されている証であろう。

 

 

「そうやって調子に乗っていると――」

 

 

 案の定、銀華が足を踏み外して転びそうになる。 事前に予測していたアフラムは、彼女を優しく抱き抱えた。

 

 

「だから言っただろう?」

 

「助かったぞ黒翼。」

 

「その名前、久々に聞いた。」

 

「私以外に呼ぶ者はいないからな!」

 

 

 銀華がアフラムに与えた名前。 ”黒翼” 別に彼が漆黒の翼を持っているわけではない。 ましてや代を重ねた黒竜族は、竜の姿に変身する事すら出来ない。 本当に彼女の気まぐれであり、ただのイメージからの連想なのである。

 

 

「つまり、君専用という事かな?」

 

「面白いな! お前、私の所有物になるか?」

 

「またストレートな表現を…… 確かに私は今仕える相手がいないが。」

 

「ならば尚更丁度いいだろう。 私の下僕――いや、伴侶でもいいか。」

 

 

 相変わらず突拍子もない事を言う王女だと、アフラムは頭を抱えた。 しかし、心の底では何か心惹かれるものがある事に気づいていた。

 実は、彼女の存在は父の手記で知っていた。 ――ただ一度、妻への愛を曲げそうになった相手としてだが。 その龍の姫は美しく、私の心をかき乱した、そんな事も書かれていた気がする。

 確かに目の前にいる王女は美しい、気品もあるし王族としての誇りも持っている。 ただそれ以上に、ドジで自由奔放で、頑固者な王女なのだ。 それがまた愛おしく思わせるのであって、彼女は天然の魔性の女なのかもしれない。

 

 

「流石にそれは身に余る。」

 

「そうか? 何も問題ないと思うのだが。」

 

 

 つい先日に父を亡くしたというのにこの気丈さだ、本当ならばまだ悲しみに浸っていたいだろうに。 現状はそれすらも許してはくれない。

 何故王が時空龍の王を殺したかも理解できない、あの行動にどんな意味があったのだろうか。

 ――あの人は昔から黒竜族の解放を願っていた、そのはずだった。 もしそれが全て偽りであったとしたらどうだろう?

 ここに来て知ったのは王の正体だった。 その存在すら偽り、かつての黒竜族の王を欺き利用した天下の大罪人”麗明” その名前は誰もが知っているだろう。 遥か昔に起きた大戦、それは伝説として今も語られているのだから。

 

 

「どうした黒翼、ぼーっとして考え事か?」

 

「まぁ、色々と。 色々整理したい事もあって。」

 

「変に考えすぎても無駄だぞ! 立ち止まるよりも、今は進む事を考えろ。」

 

 

 なるほど、立ち止まるよりも進め、か……

 

 

「――流石だな。」

 

「そう褒めるな!」

 

 

 これが彼女の原動力なのかもしれない。 ――レクテン城はもうすぐだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「全ては順調か、なんだかつまらないな。」

 

 

 麗明は玉座から無邪気に飛び降りた。 状況は完全に彼の手の内だった。 白竜族達は予想通り3手に分かれたし、そのためにレクテン城にはクログと宗月を配置した。 あとはここに来る奴らを分身に相手させ、自分は陽動部隊を壊滅させればいい。

 

 

「張り合いがないというか、ゲームが簡単だとやる気にならないというか。」

 

 

 かつての戦いはとても面白かった。 結果自分は敗北したが、まだゲームオーバーにはなっていない。 その証拠に僕は今ここに健在だし、翔子はガイアに戻ってもういない。 そして厄介な四聖獣は封印した。

 

 

「何か手を隠してる、なんて事もないだろうなぁ~ ほんとつまらない。」

 

 

 麗明にとってはゲームと同じであった、前回も、今回も……

 

 

「まぁ、何かしらのハプニングに期待しておこうか。」

 

 

 そう言って楽しそうに玉座を後にする。 これから麗明を待っているのは、彼の大好きな殺戮ショーなのだから。



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第十二話 潜入、レクテン城

 黒翼達は無事にレクテン城の前へと辿り着いた。 彼らは森に軍を潜ませ、作戦会議をしていた。

 

 

「レクテン城は崖の上に建てられ、その周りは森で覆われている。 言わば自然の城塞だ。 」

 

「ふむ、それでどう攻める?」

 

「普通ならばこの門のある道を進まなければならない。 しかし、こちらには唯一無二の武器がある。」

 

「成程、飛んでいくという事だな?」

 

「その通りだ。 それを向こうも読んでいる可能性は高いが――」

 

「問題ない、私が先導して罠ごと潰す。」

 

 

 銀華は自信に満ちた表情だ。 それを拒否できるわけもなく、黙って頷くしかなかった。

 

 

「では、銀華と風の谷から派遣された奏者達は、城後方から攻める。 地上部隊は私と共に正門から敵戦力を炙り出すぞ。」

 

「ならば俺は姫様の傍に行かせてもらう。」

 

「お前は心配性だな、私だけでも十分だというのに。」

 

「ともかく、作戦は以上だ。 航空部隊は今の内に移動して待機、夜明けと共に私達地上部隊は進軍する。」

 

「……合図は?」

 

「分かりやすい花火を打ち上げる。」

 

「それは楽しみだな。 風の民達よ、私に続け!」

 

 

 地上部隊を残して行動を始める。 ――私達も正門側に移動しておこうか。

 

 

「私の読みが正しければ、アイツは必ずいるはずだ。」

 

 

 おそらく、レクテン城に拠点としての価値はもうないだろう。 奴の目的が不明瞭とはいえ、黒竜達を守る気が無いのならここを死守する必要はない。 だからこそ私は兵達を救いたい。 そうしなければ、おそらくは……

 

 

「使い捨ての駒……か。」

 

 

 元より死ぬ覚悟は出来ていた、本来の仕えるべき王であるならばという前提だが。 この城を守る兵達も、きっと同じ思いでいるのだろう。 誰も王の正体に気づいていない、それはアイツも同じだ。

 

 

「アイツの目を覚まさせる。 そうすれば無駄な血は流れずに済む。」

 

 

 城に向けて歩みを進める……決戦の時間は近い。 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 正門の前に展開されていた軍の先頭には……やはりアイツがいた。

 

「クログ……」

 

「来たな、裏切り者が!」

 

 

 彼は剣を抜き、今にも飛び掛かってきそうな殺気を放っていた。

 

 

「どの面を下げてこの城に来た!」

 

「聞いてくれクログ! お前達は騙されているんだ!」

 

「この期に及んで言い訳とは、騎士の誇りも失ったかアフラム!」

 

「違うんだ! 頼むから聞いてくれ!」

 

「やめろ! これ以上……僕の理想を汚さないでくれ! 理想だった貴方のそんな姿を見たくない!」

 

 

 クログは涙を流しながらそう叫んだ。 彼が私に憧れを抱いているのは知っていた。

 

 

”本日から近衛隊に配属になったクログです! よろしくお願いします!”

 

 

 彼の初々しい姿は今でも瞼に浮かぶ。 あの小さかった子供が立派になって自分の元まで辿り着いたのだ。 こんなに嬉しい事はない。

 

 

「どうしても、聞いてくれないと?」

 

「当然だ!」

 

 

 俺はゆっくりと槍斧を構える。 クログをそれに合わせるように長剣を正眼に構えた。

 

 

「お前達手を出すな! 決着は僕がつける!」

 

「お前ならそう言うと期待していた。」

 

「くっ、馬鹿にしてぇ!」

 

 

 真っすぐにこちらに突っ込んでくる。 その踏み込み速度はかつてのソレを軽く上回っている。

 

 

「だが……素直すぎる!」

 

 

 ――ガキン!

 

 大きな金属音。 振り下ろされた斬撃を柄の部分で受ける。 しかし逆らおうとはせず、そのまま相手の勢いを利用して武器を反時計回りに回転させる。

 

 

「くっ!」

 

 

 クログは慌てて剣で攻撃を受け止める。 しかし、勢いを殺しきれずに数歩後ろに下がる。

 

 

「お前は変わらないな。」

 

「くそぉぉ!」

 

 

 クログが剣に雷を纏わせる。 ――彼の得意な魔法剣だ。

 

 

「うぁぁぁぁ!」

 

 

 今度は横薙ぎ、そして次は袈裟、魔法の付加でリーチは伸びていても、私に触れる事は一度もない。

 

 

「このっ! なんで!」

 

「……」

 

 

 本来の彼ならば、もっと鋭い剣技を見せてくれる。 今の彼は怒りに飲まれ、剣先は乱れている。 そんな技で私を倒す事は……絶対に出来ない。

 

 

「そうしてしまったのは私か。」

 

「何を言っている!」

 

「ならば責任を取らせて……もらう!」

 

 

 剣先を絡めとり、斧の根本部分で刀身を叩き折る。 その瞬間、クログの表情は驚愕へと変わる。

 

 

「あぁ……」

 

 

 絶対的な敗北。 最早彼に戦う気力は――

 

 

「ぁぁああ!!」

 

 

 折れた剣で尚も向かって来た。

 

 

「それまでに、私が憎いか……クログ!」

 

「勝つのは僕だぁぁぁぁ!!」

 

 

 私は、折れた剣先を右手で握って止めた。

 

 

「くぅ! 何故動かないぃ!」

 

「……」

 

 

 クログはそのまま剣を振り下ろそうとするが、一ミリも動く気配が無い。 手のひらからは血がポタポタと垂れている。

 

 

「受け入れろ、己の敗北を。」

 

「僕は、ぼくがぁ!」

 

「もういいんだ!」

 

「ぁぁ……」

 

 

 そのまま優しく彼の身体を抱きしめる。 金属が床に落ちる乾いた音が聞こえた。

 

 

「すまなかったな、お前を一人にして。」

 

「あぁぁあ! 体長ぅぅ!」

 

 

 その瞬間だけは、彼は昔の子供に戻ったかのようだった。

 

 

「ここにいる黒竜の兵士達よ、私の話を聞いて欲しい! 王は我々を騙していたのだ!」

 

 

 辺りが騒めき始める。 それに構わずに言葉を続ける。

 

 

「王は黒竜の解放など望んでいない! 自らの私欲のためだけに動いているのだ! その真の姿を見たからこそ、私は王の元を去った!」

 

 

 誰もがアフラムの言葉に耳を傾けている。 そこに彼を攻撃しようとする者は一人もいない。

 

 

「私の敵は王のみだ、お前達同胞とは戦いたくない! どうか城への道を開けてはくれまいか!」

 

「隊長! 自分は隊長について行きます!」

 

「俺もです!」

 

「お前達……」

 

 

 一人、また一人と名乗り出る。 気づけば、敵だったはずの兵は全て彼の味方となっていた。

 

 

「ありがとう……」

 

「確かに最近の王はおかしかった!」

 

「そうだそうだ! 守り石を運び出すなんて禁忌をやらされたりもした!」

 

「なんだって!? 守り石をどこに運んだんだ!」

 

「そ、それは……メルキデスにですけど……」

 

 

 なんという事だ! 黒竜の守り石を運び出すなど! あれは古くから守られてきた大事なものであったはずだ! 言い伝えでも絶対に触れてはならぬと……

 

 

「アレを持ち出して何を企んでいる…… 何か意味があるのか?」

 

 

 何か嫌な予感がする、急いで城内を占拠し行動に移った方が――

 

 

「ぎゃぁぁ!」

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

「お前達どうした!」

 

 

 突然兵士達が苦しみだす。 頭を抱えながら、この世のものとは思えない唸り声を上げている。

 ……変化はすぐに訪れた。 全身鱗で覆われ、鋭く伸びた爪と牙、それはまるで人間サイズの時空龍のようだった。

 

 

「どうしたお前達!」

 

「うがぁぁぁ!」

 

 

 その鋭い爪を振り下ろしてくる。 明らかに正気ではなかった。

 

 

「やめるんだ! 一体何が起きたんだ!?」

 

 

 気絶させようと峰内をするが、強固な鱗に阻まれてしまう。

 

 

「守り石を運び出した呪いか、はたまた何かの魔法か……」

 

 

 どうやら、もう一つの作戦を使うしかないらしい。

 

 

「”花火”を頼む!」

 

「了解です!」

 

 

 加勢に来た地上部隊に指示を出す。 魔法使い達が空にむかって両手を掲げる。

 

 

『フレイムグライド!』

 

 

 空に大きな爆炎が広がる。

 

 

「よし、やっと出番か!」

 

 

 銀華は空を見上げながら、不敵に笑った。




~レクテン城~
スケルスの最奥にある黒竜族の城。
城下町から城に向かうには険しい崖があり、簡単に城の中には入れないようになっている。
周りも木々で囲まれているため、まさに自然が作り出した城壁と呼べるだろう。
かつての四聖大戦でも、四聖獣達を苦しめたと言われている。


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第十三話 得たモノの代償

「行くぞお前達!」

 

 

 既に龍の姿で待機していた銀華達は次々と飛び立つ。 彼女が先頭なり、玉座のあるフロアへと突撃を仕掛ける。 彼女を阻むものは何もなく、簡単に窓ガラスを突き破る事に成功した。

 

 

「やはりいたか!」

 

 

 人の姿に戻って城の内部へと入り込んだ。 そこで玉座に座り込んでいたのは――

 

 

「……久しぶりですね、姫様。」

 

「宗月っ!」

 

 

 あの日以来の再会だった。 宗月が麗明と繋がっている事には気づいていた、だからこそ首都ではなくこちらにいるであろう事も予想出来た。 コイツはそういうタイプなのだ、自分は表舞台には立たずに裏で暗躍する。 表面上では父の死を悲しむフリをして、私を女王にして自分が実権を握る。 そういう計画なのだろう。

 

 

「父を殺した罪、お前の命で支払ってもらう!」

 

「やはり気づいていましたか。 だからこそ彼に貴女の捕獲をお願いしていたんですがね。」

 

「それで私の周りの人間は全て排除するつもりだったの――だろう!」

 

 

 右手に魔力を込めて思いっきり振り下ろす。 拳は宗月の頬を捉え、玉座ごと壁際まで吹き飛ぶ。

 

 

「そうやって! 自分が一番上に――立って! 全てを見下してっ!」

 

 

 右、左、右、何度も宗月の顔面を殴り続ける。 しかし余裕の笑みを崩してはいない。

 

 

「時空龍としての力を出し切る事が出来る新世代の龍……素晴らしい。」

 

「黙れっ!」

 

「我々第一世代のデータを元に改良された第二世代……」

 

 

 口を閉じない宗月に向かって、もう一度強く拳を振り下ろす……

 

 

「その力が欲しくてたまらない!」

 

「コイツ!」

 

 

 先程まで無抵抗だったのに、急にその拳を片手で受け止めたのだ。

 

 

「姫様!」

 

 

 晧月が遅れて玉座の間へ乗り込んでくる。

 

 

「だから、その力を頂こう……」

 

「何を――かはっ!」

 

 

 銀華にも多少の油断はあった。 計略を巡らせても、所詮宗月など取るに足らない相手だと考えていたのだ。 その油断が宗月にとっての好機となった。

 突き出した手刀は、銀華の胸深く突き刺さっていた。

 

 

「貴様ぁぁ!」

 

 

 晧月は刀を激しく縦に振り下ろした。 巻き起こった突風は宗月だけを吹き飛ばす。

 

 

「姫様! 大丈夫ですか!?」

 

「……油断した。」

 

 

 銀華は魔力を込めて傷口を治そうするが、何故か魔源(マナ)を上手く収束させる事が出来ない。

 

 

「なんだ、これは……」

 

「姫様!」

 

 

 代わりに晧月が治療を始める。 宗月は身体を起こすとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「私は少々特殊な第一世代でね、神によって特殊な力を与えられているんですよ姫様。」

 

「なにを……した?」

 

「貴女の力を吸収させていただきました。 素晴らしいですね、第二世代の力は!」

 

「そんなバカな事が……」

 

「あるんですよ! 私には特別にねぇ!」

 

 

 宗月の魔力が異常に膨れ上がる。 それに合わせて大気が振動を始める。

 

 

「変身出来ない第一世代、変身する力を封じられた第三世代。 そして唯一龍となれる第二世代。 私はそんな社会構成が大っ嫌いでね! この力を使って私が時空龍の王になってあげますよ!」

 

「まずい…… 晧月、私の事はいいから奴を止めろ……!」

 

「しかしそれでは姫様が!」

 

「――それは私に任せてもらおう。」

 

「黒翼……」

 

 

 玉座の間に現れたのは、返り血まみれの黒翼であった。 その顔や腕にはいくつもの傷が見える。

 

 

「お前が仲間達をあんな姿にしたのか……」

 

「ふん、まだ変化していない雑兵がいたのか。」

 

「……それが答えか。」

 

 

 黒翼は槍斧を構えて宗月を見据える。 その瞳は怒りで燃えていた。

 

 

「劣化品が、真の時空龍たる我に挑もうというのか!」

 

「安心しろ、一撃で終わらせてやる。」

 

「ふん、何をふざけた――は?」

 

 

 勝負は確かに、一撃で決まっていた。 一瞬で間合いを詰めた黒翼は、その得物で宗月の胸を貫いていたのだ。

 

 

「そのちから、我らと同種の……」

 

「もう喋るな。」

 

 

 そのまま横薙ぎに切り捨てた。 宗月は身体が上下に分かれて床へと落ちた。

 

 

「銀華!」

 

「……よくやったな黒翼。」

 

「大人しくしているんだ、傷口が開くぞ。」

 

「よく……アイツを殺してくれた。 これで私は……」

 

「このっ……!」

 

「っ!」

 

 

 あまりにも言う事を聞かない銀華に対して、黒翼は強硬手段に出た。 それは自らの唇で彼女の口を塞ぐという奇策であった。 治療に専念していた晧月もさすがに顔を青くした。

 

 

「そのまま黙っていろ、いいな?」

 

「……コクン。」

 

「最初からそう素直にしていればいいんだ……」

 

 

 その直後、城が激しく揺れ始める。

 

 

「今度はなんだ!?」

 

「まずい、城が崩れるぞ!」

 

「俺が姫様を運ぶ! 援護を頼む!」

 

「わかった!」

 

 

 ロキア歴630年、雪降る中レクテン城は崩れた。 

 

 

―――

 

――

 

 

 

 一方首都メルキデス空域では、フォルカ・ウェントゥス率いる風の民達が戦いを繰り広げていた。

 

 

「敵戦力を引きつけられればいい! 無理はするな!」

 

 

 相手は戦闘機と呼ばれる機械仕掛けの鳥だ。 速度、火力、どれを比較しても負ける事はありえない。 それだけ龍というのは強力な生き物なのだ。

 

 

『フォルカ、これ以上の戦いは貴方の身体が!』

 

「大丈夫、まだもつさ。」

 

 

 琥珀の心配は分かる、しかし今はそんな甘えを出せる状況ではないのだ。 確実に麗明暗殺を成功させなければならないからだ。

 

 

 「よし、あと残り3機。」

 

 

 すれ違いざまに金属の羽を切り落とす。 あれならば乗っている人間も脱出出来るだろう。

 

 

『待ってフォルカ! 何か来るわ!』

 

「――あぁ、とてつもない魔力だ。」

 

 

 肌にピリピリとくる感覚、遺伝子に刻まれた情報が警告を発するように背筋に寒気がして体が震える。

 どうやら予定外の者を引き寄せてしまったらしい。

 

 

「お主らか、我の計画の邪魔をするのは。」

 

「取り繕う必要はないぞ麗明、もう正体は分かっているからな。」

 

「――なんだぁ、つまらない。」

 

 

 皺枯れた老人の声から、急に少年のものへと変化する。 無邪気そうに笑うが、僕達には恐怖の対象でしかない。 実際数人の奏者達は動きが止まってしまっている。

 

 

「それで、分かってるんだよね? 僕の邪魔をするって事が何を意味するのか?」

 

「分かっていて、それでも刃向かうと言ったら?」

 

「とーぜん――皆殺しさ!」

 

 

 強大な魔力が爆ぜる。 その直後、一組の奏者が跡形もなく消え去った。

 

 

「スバル! コイツよくも!」

 

「やめろ! お前達が敵う相手じゃない!」

 

「次は君達ね。」

 

 

 麗明が手を前に構えると、極大のレーザーのようなものが放出される。 突撃した者はその直撃で消し炭になった。

 

 

「……貴様っ!」

 

「お兄さんはもう少し楽しめそうだね。」

 

「琥珀っ!」

 

 

 自身の魔力と琥珀の魔力を一つに重ねる。 完全なる一心同体、奏者としての究極の状態――同調(ポゼッション) これでも勝てるかは分からない。

 

 

「うぉぉぉ!」

 

「温いなぁ。 おかえしっ!」

 

 

 振り下ろした鉤爪を指一本で受け止め、琥珀の腹部を蹴り飛ばす。 そのダメージは奏者にもダイレクトに伝わってしまう……これが同調(ポゼッション)のデメリットでもある。

 

 

「次は何がいい? 炎でも水でも雷でも、好きな攻撃を使ってあげるよ。」

 

「化け物め……」

 

「さあ、僕をもっと楽しませてくれよ!」

 

「琥珀、分かっているな?」

 

『当然よ!』

 

「……すまないな。」

 

 

 ありったけの力を収束させる。 今ここで奴を討たねば未来はない。 そのためならば……

 

 

「この命!」

 

『惜しくはない!』

 

 

 収束させた魔力を口から吐き出す。 虹色の光線は麗明の身体を包み込む。

 

 

「すごい、やれば出来るじゃないかぁ!」

 

「うぉぉぉ!」

 

 

 右腕が吹き飛び、左足が融解する。 麗明の空が崩れていくのがはっきりと見える。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「いやぁすごいよ、ここまでの破壊力があるなんて想像できなかった。」

 

 

 頭部だけになった麗明が喜びの声を上げる。

 

 

「流石に、まともじゃないな。」

 

『ほんと、化け物……!』

 

 

 一瞬で身体を再生させた麗明が、無邪気に微笑んでいた。

 

 

「じゃあ、第二ラウンド開始だ。」




~同調(ポゼッション)~
奏者達が目指す究極の状態。
奏者の龍の意識と魔力が完全にシンクロし、一体化した状態の事を指す。
この状態になれる使い手は過去に数名いた程度で、基本的に辿りつける領域ではない。
現在で同調(ポゼッション)出来るのはフォルカ・琥珀ペアだけである。


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第十四話 滅びをもたらす巨蛇の咆哮

 私と翡翠、桜己さんの3人は作戦通り首都メルキデスへと潜入した。 後方ではお兄ちゃんが陽動で時間を稼いでくれている。 このまま私達は大統領官邸に忍び込み、麗明を暗殺する……

 首都は静まり返っていて、外を出歩く人は一人もいない。

 

 

「ほんとに上手くいくかなぁ……」

 

「敵兵の恰好で、お前の魔法を使ってるんだ、バレる事はないだろ。」

 

 

 攻撃的な魔法は苦手だが、こういうサポート魔法に限定すれば、私は翡翠よりも優秀だ。 決してそれしか取り柄がないわけじゃない……決してない! 泣いてもいない!

 

 

「ほら、ハンカチ使うか?」

 

「いらない! 翡翠の馬鹿!」

 

 

 前方を歩く桜己は、どうでもいいと言わんばかりにどんどん先へと進んで行く。 慌てて私と翡翠は駆け出し――追いつく。

 

 

『……』

 

 

 再び沈黙が辺りを支配する。

 そういえば、この通りは前に翡翠と通った場所だっけか…… 確かお昼を食べようとして、あの少女に出会ったのだ。

 

 

「二人共、いい子にしてるかな。」

 

「桜花の村の守りは硬い、妾達にもしもの事があっても大丈夫であろうよ。」

 

「もしもの事とか不吉なんですけど。」

 

「大いにありえるぞ? 3人仲良く殺される可能性も高いしのう。 まぁ、そうならないためのコレじゃが。」

 

 

 そう言って腰に下げている刀を指差す。 なんでも大昔、麗明を倒した英雄が使っていた刀だそうだ。

 

 

天之尾羽張(アメノオハバリ)、悠久の時を経ても錆もしない恐ろしい代物よ。」

 

 

 本物かどうかは別として、その刀で決着が付くのならばさっさと決めて欲しい所だ。

 

 

「麗明を討ち取った後、国民達に真実を伝える。 メルキデスは混乱に包まれるだろうな。」

 

「でも、このままヤバイ奴に支配されるよりはマシよね? それにこんな時の四聖獣でしょ?」

 

「まぁそうだな。 彼らがなんとかしてくれるだろう。」

 

 

 生ける伝説である彼らの言葉は、神の言葉と何ら変わりはない。 彼らが死ねと命令すれば、国民のほとんどは自害するであろう。 宗教という垣根を越えた存在なのだから。

 

 

「おしゃべりはそのくらいにしろ、もうそろそろだ。」

 

 

 目の前に大統領官邸が見えてくる。 正門には厳重な警備が敷かれ近づけそうもない。

 

 

「予定通り行くぞ、大人しくしていろ。」

 

 

 翡翠は書類を取り出すと門番に受け渡す。 二、三言葉を交わすと、門番の兵士が道を開けた。 私と桜己は互いに頷き翡翠の後に続いて中へ入る。

 

 

「……行くぞ。」

 

「うん。」

 

 

 私は生唾を飲み込んだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 小さい頃、よく翡翠に悪戯を仕掛けた。 魔法で自分の気配を消して顔に落書きをしたり、風を起こして髪の毛をぐちゃぐちゃにしたりだ。

 これは魔法の修行でいつも翡翠に後れを取っていた腹いせだったのだが、思ったよりも上手く行ったため何度も繰り返した。 その一瞬だけは優越感に浸れたからだ。 でも、そんなある日……

 

 

「俺に勝てるわけないだろ。」

 

 

 ――翡翠に返り討ちにあった。 どうあがいても時空龍の血が濃い翡翠には勝てないのだと思い知らされた。 それでも私は主導権を握りたかったのだ……

 多分私の性格もあるのだろう、乗り手としてのプライドもあったのかもしれない。 だから、涙が止まらなかった。

 

 

「悪かったって! だからもう泣くなよ!」

 

 

 ……謝られても現実は変わらない。 私は、弱くて……惨めだ……

 

 

「翡翠の馬鹿!」

 

「あぁ、俺が全部悪いから……機嫌直してくれよ。」

 

「やだ。」

 

「じゃあどうすればいいんだよ?」

 

「私を乗せて飛んで、今すぐに!」

 

「ちょっ、それは大人になってからじゃないとダメって言われてるだろ?」

 

 

 成人を迎えるまでだ、飛ぶ事は村の掟で禁じられていた。 でも私は……飛びたかった。

 

 

「それでチャラにしてあげる。」

 

「……しょうがねぇな。」

 

 

 それが、私と翡翠が初めて飛んだ日だった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「この先だ。」

 

 

 桜己は扉の前に立つと天之尾羽張を抜いた。

 

 

「このまま突入して一撃で終わらせる……もしも仕留めきれなかったならば援護を頼むぞ。」

 

「あぁ。」

 

「えっと、私は……?」

 

「死なないように隠れていろ――!」

 

 

 ――扉を蹴飛ばして一気に突入する。 玉座にふんぞり返った麗明に切っ先を向け、真っ直ぐに突撃する。 1秒も立たずにその切っ先は胸の中へと沈み込む。

 

 

「うそ……」

 

 

 一瞬の出来事に、私は唖然となって見ている事しか出来なかった。 神速の剣とはこういう物を言うのだろうか?

 

 

「どうやら、俺達の出番は無かったようだな。」

 

「そ、そうだね。」

 

 

 胸を貫かれた麗明はぴくりとも動かない。 本当に一撃で勝負を決めてしまったのだ。 あとは桜己さんが情報の公開を……

 

 

「もう、びっくりしたなぁ……」

 

「何!?」

 

 

 桜己の身体が宙に浮く。 麗明は胸に剣が刺さったまま玉座から立ち上がると、右手を頭上に掲げて握りしめる。

 

 ――ぐちゃり

 

 肉のつぶれる嫌な音が響く。 恐る恐る顔を視線を上げると……

 

 

「ひっ……!」

 

「1回は1回だよ、僕だって痛かったんだから。」

 

 

 ――そこには身体を潰され、首だけになった桜己が浮いていた。

 

 

「嵐春の血が濃いから期待してたんだけど、君じゃダメそうだね。」

 

「え?」

 

「バイバイ。」

 

 

 自らの胸に刺さった剣を抜き、それをこちらに投げつける。

 ――避けられるわけがなかった。 特別な訓練をしてるわけでも、戦闘のセンスがあるわけでもない私は、黙って訪れる死を受け入れるしか……

 

 

「……馬鹿かお前は。」

 

「翡翠……?」

 

「いつも、言ってるだろ……俺が守るって……」

 

 

 私に刺さる筈だったものが、翡翠の身体に刺さっていて、ソレから滴る血が私の顔に垂れる。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 その瞬間、私の意識は途絶えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「皆の者、聞くが良い。」

 

 

 バルコニーから姿を現した麗明は、クラディスの仮面を被り語り出した。 その右手には桜己の首が握られている。

 

 

「愚かにも、私の命を狙う賊が現れた。 しかし、その者は無事討ち取った。」

 

 

 ――辺りから歓声が上がる。

 

 

「どうやら刺客を送ったのは時空龍のようだ。 実に残念だが、我々も黙ってやられるわけにはいかぬ……」

 

 

 クラディスは両手を高らかに掲げて宣言する、終焉へと導く言葉を……

 

 

「今こそ、時空龍共を駆逐し、我らの世界を取り戻すのだ!」

 

 

 民衆の歓声は彼を肯定し、全ては彼の計画通りとなった。 もう、誰にも止められない。

 

 

「諸君には、かの龍を打ち倒す力を見せよう!」

 

 

 麗明が指示を送ると、官邸内から巨大な砲身がせり上がって来た。

 

 

「これぞ我らが切り札、魔導兵器”巨蛇(おろち)”だ!」

 

 

 巨蛇の砲身に巨大な魔力が収束していく…… その矛先は、陽動部隊である風の民達に向けられていた。

 

 

「さぁ、これが開戦の狼煙だ――人龍戦争のな!」

 

 

 放たれた白き光は、遥か空の彼方をも塗りつぶしていた……

 

 

 

 

 

 おそらく、何も変わったようには見えないだろう。 もし違うとすれあば、泣き叫ぶ少女が急に静かになった事だ。 しかし、麗明にとって、少女が変わったという事はすぐに理解出来た。 それと同時に、自分に沸き上がる感情の意味も……

 

 

「……はっ!」

 

 

 麗明は続けざまに魔法を放つ。 その顔は満面の笑みを浮かべている。

 

 

「……」

 

 

 少女は男に刺さっている刀を抜き取り、それと同時に治癒魔法を施す。 刀を横に一振り――それだけで魔法は掻き消えた。

 

 

「天之尾羽張の贋作かと思ったけど、まさか天羽々斬(あめのはばきり)とはね……」

 

「君は、一体”誰”だい?」

 

「そんな事はどうでもいい。 私は大事な客人に恩返しに来ただけ。」

 

 

 少女は天羽々斬を正眼に構える。 放たれる殺気に、麗明は笑顔で答える。 互いの距離は10m程だが、この二人にとっては間合いにすらならない。

 ――少女は身を屈めて一気に詰め寄る。

 

 

「”桜花夢幻刃”」

 

「”コールダークネス”」

 

 

 互いの技と魔法がぶつかり合う。 麗明は剣を受け流し、少女は魔法を断ち切る。 互いの力は均衡し、決着は永遠に付かない。

 

 

「ははっ、久しぶりだよ! こんなに楽しいゲームは!」

 

「そうする事でしか自我を保てない可哀想な人。」

 

「それの……何が悪いっ!」

 

 

 麗明は連続魔法を叩き込む。 少女はまるでダンスでも踊るかのように、全ての攻撃を避けながら距離を縮めていく。

 

 

「貴方は分かっているはず、自分の終焉に。」

 

「そんな事はない! これから僕の時代が来るんだ! アイツも倒して、僕だけの世界(ラインズ)を創世する!」

 

「あの時教えてあげたじゃない、”悲惨な最後を迎える”って。」

 

「……なんだって!?」

 

 

 その時には、既に少女の剣は麗明の喉元にあてがわれていた。

 

 

「ただ、それは今じゃない。 お前の死に場所は未来に用意されている。」

 

「へぇ、是非とも教えてもらいたいものだね。」

 

「教えてしまったら面白くないと思わない? まぁ一つ言うなら、火雷(ほのいかづち)を奴の所に戻したのが一つ目のミス。」

 

「ふーん、それで?」

 

「そして二つ目は、この少女を甘く見過ぎていた事。」

 

 

 そう言って少女は自身を指差した。

 

 

「それは、”君”がいるからじゃないのかい?」

 

「そう思うならそれでいいんじゃない? 私は私の用事を済ませるから。」

 

 

 少女は一気に距離をとると、倒れている男性を抱え上げる。

 

 

「逃げるのかい?」

 

「ほんと物分かりの悪い子。 貴方の処刑場はココじゃないって事よ。」

 

 

 そう言って窓ガラスを割って外へと飛び去った。

 

 

「もう2度と会う事がないと言いながら、随分な仕掛けを用意していたじゃないか……綾香。」

 

 

 麗明は落ちている生首を拾い上げると、バルコニーへ向けて歩き出した。




~巨蛇(おろち)~
元々はブレンが開発を進めていたが、クラディスがその計画を乗っ取り完成させた物である。
魔導兵器と呼ばれ、人工エーテル器官を搭載する事により、誰でも簡単に魔法を扱う事が可能である。
この魔導兵器”巨蛇(おろち)”は全長60m程のキャノンで、その破壊力は山が軽く消し飛ぶ程である。


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第十五話 乗り越えるべき壁

 身体がふわふわとした感覚に包まれている。 私、死んじゃったのかな? 皆、死んじゃったのかな?

 辺りを見渡しても、真っ白な空間がどこまでも続いている。 これは俗に言う天国というものなのだろうか……

 

 

「お久しぶりね。」

 

「貴女……」

 

 

 目の前に突然人が現れる、この人は確か……綾香さんだったかな。 私達が逃げる時に助けられなかった人だ。 この場にいるという事は、私と一緒で殺されちゃったとか?!

 

 

「あの時は娘達を助けてくれてありがとね。」

 

「あ、いえ、それほどでも!」

 

「今回はその時のお礼参りと、貴女に伝言があってね。」

 

「伝言ですか……?」

 

 

 彼女は微笑みながらも、私をずっと見据えている。 吸い込まれそうな程深い青色の瞳は、まるで私の全てを見透かしているかのように錯覚する。

 

 

「そう、どっちかと言うと予言かな。」

 

 

 そう言うと数歩前に出て私の目の前まで近づき、両手を握る。

 

 

「貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。」

 

「それは……?」

 

「それがずっとずっと続いても、貴女は戦い続けなければならないの。」

 

 

 そう言って彼女は手を離すと、代わりに刀を手渡してきた。

 

 

「これは貴女が使いなさい。 きっとこれからの戦いに役立つから。」

 

「これって、桜己さんが持っていた……」

 

「本当の銘は天羽々斬(あめのはばきり)。 大事に使ってね。」

 

「でも私、こんなもの使えないですよ!」

 

「大丈夫、貴女ならきっと……」

 

 

 急激に視界が歪むと、そこで私の意識は途切れた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「――っはぁ!」

 

 

 そこは風の谷の自室だった。 あれから、どうなって……

 

 

「くっ……」

 

 

 ――身体の節々が痛む。 よく見ると手足に包帯が巻かれている。

 

 

「そうだ、翡翠……」

 

 

 重い身体を引きずりながら翡翠の元に向かう。 壁に手をついて、寄りかかりながら……

 私を庇って刺された姿がこびりついて離れない、私のせいで翡翠は……

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 そこにはベッドに横たわっている翡翠の姿があった。 私と同じで全身ボロボロで……でも、生きてる。 翡翠と私の繋がりが強く感じられる。 それが彼が生きている事を証明してくれている。

 

 

「よかった、本当に……」

 

「エリカ、目が覚めたのか?」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 

 それは、紛れもなく兄であるフォルカだった。

 

 

「無事だったのね! よかった……」

 

「おいおい、その身体で動くのはまだ早いぞ。」

 

「だって、翡翠が心配だったから……」

 

「それは分かるが、とりあえずは部屋に戻るぞ。」

 

「うん……」

 

 

 肩を借りて自分の部屋へと戻る。 そこで、ふと違和感を感じた。

 ――お兄ちゃんの身体、異常に軽い?

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん?」

 

「……」

 

「そのさ……何かあったの?」

 

 

 お兄ちゃんは目をそらし、私と顔を合わせようとしない。 何かあったのは間違いないし、そもそも最も不自然な事を指摘するべきだった。

 

 

「なんで、普通に歩いてるわけ……?」

 

「……エリカ。」

 

「だって、いつも寝たきりで……琥珀さんに支えてもらわないと歩けないお兄ちゃんが、なんで私を支えて歩けるのよ!」

 

「……本当は、もう少しお前が回復してから話すつもりだった。」

 

 

 覚悟を決めたように、お兄ちゃんはやっと私に顔を向けた。

 

 

「お前には、継承の儀を受けてもらう。」

 

「それって、私に族長になれって事?」

 

「あぁ、俺にはもう時間が無いんだ……」

 

 

 時間がない、つまりそれは……

 

 

「嘘でしょ? そんな元気に歩き回ってるのにさ?」

 

「これは、琥珀の命を分けてもらってるんだよ。」

 

「はぁ、何それ…… そんなの聞いた事もないし。」

 

同調(ポゼッション)の領域に到達した者達にしか出来ないからな……

 つまりはだ、俺はもう死んでいるんだ。」

 

 

 ――死んでる? 流石にここまで笑えない冗談を言う人物じゃないのは知っている。 私が、一番よく知っている……

 

 

「うそよ……そんなの全部嘘よ!」

 

「聞くんだエリカ!」

 

「いやっ!!」

 

「逃げるな! お前はこの絶望に立ち向かえる最後の希望なんだ!」

 

 

『貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。』

 

 

 彼女のあの言葉を思い出す。

 そっか、こういう事なんだね……

 

 

「……その、継承の儀って何をするの?」

 

「……一度しか言わないからよく聞け。 それはな――」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 あれから3日立った……

 私は身支度を終えて、刀――天羽々斬を手に取る。 鞘から刀を抜き、その刀身を眺める……曇り一つ無い綺麗な色だ。 まるで人一人斬った事がないような……

 

 

「私と同じね。」

 

 

 実際は違うのであろう。 きっと幾千もの命を絶ってきた代物である事は想像がつく。

 

 

「それでも、私は……」

 

 

 刀を鞘に戻し、腰に差す。 これで準備は完璧だ。

 

 

「翡翠、行ってくるね。」

 

 

 そう言って家を出て歩き出す。 どの家もボロボロで、ここでも戦闘が行われた事は容易に想像がつく。

 私が1か月眠っていた間に、激しい戦闘が続いていたそうだ。 人と龍の戦い、人龍戦争……

 一見、龍側が有利かと思われたが、彼らの使う魔導兵器の威力は凄まじく、多くの仲間達が殺されていったそうだ……

 お兄ちゃんの話では、あと3日もあれば時空龍の増援が駆けつけてくれるらしい。 その時が決戦の日になるであろうと。 しかしその増援もあまり期待出来ないらしい。 現女王である銀華が倒れ、その座を狙う者達が仲間割れを起こしているらしい。 彼らにとっては、このまま銀華が死んでくれればありがたいのだろう。

 

 私は歩き続ける。 村でも禁忌とされる場所――レラ・エラマンに向かうために。

 風の谷の村を渓谷沿いに下っていくと辿りつけるその場所は、不思議な事に大きな壁に囲まれた闘技場のようになっていた。

 

 

「ここが、レラ・エラマン?」

 

 

 継承の儀のための場所は、まるで決闘をするために用意されているようだった。 そして、その中央には見覚えのある影が二つ……

 一つは自分の兄であるフォルカ、そしてもう一つ巨大な影は……琥珀さんだった。

 

 

「……来たか。」

 

「お兄ちゃん、私覚悟を決めて来たよ。」

 

「そのようだな。」

 

 

 これ以上、お互いに言葉は不要だった。

 

 

「行くぞ琥珀!」

 

「はい……」

 

 

 二人は光に包まれ、一つの龍となった。

 

 

「……あれが同調(ポゼッション)だっていうの?」

 

 

 私は天羽々斬を抜き、正眼に構える。 使い方なんてわからない、ただ本能のままに振るうだけだ。

 

 

「では、継承の儀を始める。」

 

「いくわよお兄ちゃん。 私が貴方を……殺してみせるから。」

 

 

 ――私は地面を強く蹴って駆け出した。



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第十六話 同調(ポゼッション)の真実

 巨大な龍は咆哮を上げる。 それだけで物凄い衝撃波は私を襲ってくる。 天羽々斬を地面に突き刺して私はその衝撃波を耐える。

 

 

「まさか、お兄ちゃん達と戦う日が来るとはね……」

 

 

 もう一度、刀を構え直して龍を見据える。 圧倒的な存在感、膨大な魔源(マナ)の量……正直い、今すぐここから逃げ出したいくらいだ。 それでも私は戦わなければならないのだ。

 

 

「身体強化――っはぁ!」

 

 

 魔法の力で自らの身体能力を強化し、大きくジャンプする。 龍の頭上をも飛び越え、その勢いを利用して思いっきり刀を振り下ろす。

 

 

 ガキン!

 

 

 強力な魔法障壁が私の攻撃を防ぐ。 魔法障壁とは、時空龍達が持つバリアでほとんどの物理、魔法攻撃を防ぐ事が出来るとんでもない物だ。

 

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 

 刀に魔力を思いっきり注ぎ込み更に力を入れる。 いくら強力なバリアでも、壊せない事はない。 一定以上の威力を越えさえすれば……

 天羽々斬が呼応するように刀身を輝かせる。 更に力を増し――魔法障壁を切り裂いた。

 

 

「ぬっ……」

 

 

 龍は慌てて身を引いてその攻撃を回避する。 しかし、私だってそれを見過ごすわけがない。

 

 

「”トルネード”!」

 

 

 魔法を放ち、着地と同時に懐へと踏み込む。 更に刀で横薙ぎの一撃――!

 

 

「ぐぬっ!」

 

「っ、流石に硬いわね。」

 

 

 鱗の硬さのせいで大きなダメージにはなってない! もっと攻めこまないと!

 

 

「天羽々斬の力なら、もっと……!」

 

 

 目覚めてから、私の力は飛躍的に上がっていた。 まともな攻撃魔法一つ使えなかった私が、こんなに戦えるようになっているのがその証拠だ。 理由は分からないが、こんな事になってしまった以上は本当に助かっている。

 

 

「殺す気で来なければ、お前が死ぬぞ!」

 

「――ブレス!?」

 

 

 龍は大きく息を吸い込み――吐き出す! 炎の息(ファイアー・ブレス)と呼ばれる攻撃だ。 まともに受けては消し炭も残らない。

 

 

「魔法障壁を展開して……ジャンプ!」

 

 

 何重にも魔法障壁重ねて展開する。 これでも時空龍の魔法障壁に比べたら木の板みたいなものだ。 最低限敵の攻撃を減衰出来ればそれでいい。 

 今度は刀を龍に目掛けて投げつける。

 

 

「”ファイアボール”」

 

 

 飛来する刀を撥ね退けようと動かした右手に魔法を叩き込む。 一瞬よろけた隙に空中で刀をキャッチして、そのまま左目に突き立てる。

 

 

「”サンダーグレイル”」

 

 

 刀を通して雷の魔法を叩き込む。 これならば内部にもダメージが通るはず!

 

 

「――ちっ!」

 

「発想は悪くない、だが……」

 

 

 急いで刀を引き抜きもう一度距離を取る。 ダメージが無い、という事はないだろうが、正直効いている感じはしない。 やはり小手先の技ではダメなのだろうか。

 

 

「お前の攻撃には迷いがある!」

 

 

 これは、氷の魔法……違う、風の魔法との合わせ技だ! 吹き荒れる吹雪が視界を遮り、龍の姿を掻き消す。

 

 

「私に迷い……?」

 

 

 右側面から風圧を感じ、慌てて魔法障壁を展開する。 鋭い爪からの横薙ぎ攻撃を防ぐが、簡単に吹き飛ばされる。

 

 

「くっ……」

 

 

 手足は――動く。 背中が少し痛むがまだ戦える。

 

 

「もう終わりか?」

 

「……まだまだ! ”ウィンブレイド”」

 

 

 迷って当然でしょうが! 家族を殺すなんて、そう簡単に割り切れるわけないでしょ!

 

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 

 風の魔法で吹雪を切り裂き、龍の位置を特定する。 そのまま一気に距離を詰めて渾身の一撃を叩き込む。 魔法障壁を貫通し、龍の左手を切り落とした。

 

 

「いいぞ、もっとだ!」

 

「んぐっ!」

 

 

 腹部に強烈な衝撃が走る。 攻撃が来るのが分かっていたのに対処出来なかった……

 私の身体は勢いよく地面を転がっていく。

 

 

「お前の力を見せてみろ、エリカ!」

 

 

 あばら骨が何本か折れちゃったかな……? ――血を吐き出しながらゆっくりと身体を起こす。 龍は先程までと比較にならない魔源(マナ)をかき集めている。

 

 

「流石に、これはまずいかな……」

 

「ゆくぞ――”ニュークリア”」

 

 

 あぁ、これは流石にどうしようもないかも……

 収束していく光、これが爆発すればきっと跡形も残らない。 回復魔法は使っているが、この攻撃から離脱するには少し時間が足りない。

 

 

「翡翠……」

 

 

 その名を呼び空に手を伸ばす。 その瞬間、私の目の前で爆発が……

 

 

「――待たせたな。」

 

「ぁ……」

 

 

 目の前には見慣れた姿の龍がいた…… 身を挺して爆発から守ってくれたのだ。

 

 

「来たか。」

 

「俺抜きで始めるのはおかしいんじゃないか?」

 

「……」

 

「エリカ、動けるか?」

 

「……うん!」

 

 

 ――翡翠の背中に飛び乗る。 彼の温もりが、思いが、流れ込んでくるような感じがする。

 

 

「よし、一気に決めるぞ。」

 

「もちろん!」

 

 

 痛みも、恐怖も、何も感じない。 翡翠が一緒にいてくれるだけで、こんなに安心出来るなんて知らなかった。

 

 

「ついにそこまで登り詰めたか……こい!」

 

 

 互いの魔力が重なり合うのが分かる。 二つが一つになって、大きく膨れ上がる……!

 

 

「いくわよ……龍の息吹(ドラゴン・ブレス)

 

炎の息(ファイアー・ブレス)

 

 

 二つのブレスが衝突し合う。 地面が割れ、突風が巻き起こる。

 

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 

 ――均衡は崩れ、龍の息吹(ドラゴン・ブレス)が炸裂した。 同時に轟音が響き、爆発で発生した煙が辺りを包む。

 

 

「……」

 

「……見事。」

 

 

 煙が晴れると、そこにはボロボロになった龍が倒れていた。

 

 

「お兄ちゃん……」

 

「さあ、伝えた事は覚えているな?」

 

 

 ――翡翠は徐々に兄の元に近づく。 継承の儀を終えるための最後に儀式、それは……

 

 

「分かってるよ、私も翡翠もね。」

 

「ならば、いい……」

 

 

 翡翠は右手を振り上げ、心臓目掛けて突き刺す。

 

 

「んぐっ…… すまないな、エリカ……」

 

「お兄ちゃんの、馬鹿……」

 

 

 翡翠はソレを掴むと、一気に引き抜いた。 それと同時に巨大な龍は兄と琥珀の姿へと戻る。 二人は静かに眠っている……

 

 

「エリカ……」

 

「仕方ないよ、いつか来るべき日が今日だっただけ。 さあ翡翠!」

 

「あぁ。」

 

 

 引き抜いたソレを、翡翠は丸呑みにした。

 

 

「これで、継承の儀は終わりよ……」

 

 

 大粒の涙が、頬を伝っていった……




~同調(ポゼッション)の真実~
奏者達が目指す究極の状態。
その真実は、龍二体分のエーテル器官を利用した完全融合状態の事である。
そのため、どんなに奏者と龍の絆を極めようと到達出来る事は無い。
絶対数が少ないのも、継承の儀で特殊なエーテル器官を継承しなければ使えないからである。
このエーテル器官はある意味操縦席のようなもので、予め人間が入り込むようになっている。
これは風の谷の伝説に登場する、村に落ちて来た時空龍のエーテル器官を加工したためである。
これは族長の間で引き継がれてきた事で、族長とその相方の龍にしか知らされていない事である。


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第十七話 決戦前夜

 長い1日が終わった。 二人の埋葬を済ませ、葬式を終わらせた頃には既に夕方になっていた。

時空龍達の増援も合流し、今夜は宴を催す事にした。 明日は総攻撃になる、無事に戻れる者はほぼいないだろう……

 

 

「新族長、楽しんでいるか?」

 

「銀華様」

 

「私達は同盟を組んだ同志、今更そんな呼び方をする必要もないだろ?」

 

「まぁ、確かにね・・・」

 

「なんだ、顔が暗いぞ! 先頭に立つ者がそれでどうする!」

 

「うん、わかってる。」

 

 

これからは私が頑張らなきゃいけない事は、頭では理解している。 でも、そう簡単に自分の中で消化出来るわけがないのだ。 だって、私はこの手で……

 

 

「――私にも、まだ覚悟が足りない。」

 

「え?」

 

「父上が亡くなった今、私が時空龍達導かなければならない。 しかし、現状は私の話に耳も貸さずに老害共が権力争いをする始末だ。」

 

「それは……」

 

「強がっていても、心細くて仕方ないのだ。 怖いんだよ……」

 

「そっか、私達同じなんだね。」

 

「……そうだな。」

 

 本来ならば私達にはもっと時間が必要なんだ。 でも、状況はソレを許してはくれない。 私達は前に進むしかないのだ。

 

 

「そういえば、傷の方はどうなの?」

 

「見たら分かるだろ? 歩き回るくらいには元気だ。」

 

「まぁ確かに、見た感じは元気そうだけど……」

 

「まぁそんなに気にするな、明日の戦に影響は無いよ。」

 

「うん、信じるよ。」

 

 

 正直、顔色は悪いし声も震えている。 これで元気な筈がないのは一目瞭然である。 私が気づいているのも本人は分かっているだろう。 それでも、虚勢を張らなければならないのだ、皆の上に立つために。

 

 

「さて、私は先に休ませてもらうよ。」

 

「うん、わかった。 ――おやすみなさい。」

 

 

 私も見習わないとな……

 

 

「エリカ。」

 

「あれ、どうしたの翡翠? 確かアフラムさんと明日の話し合いをしてたんじゃ。」

 

「それなら終わったよ。 アイツは銀華の所に用があるらしくてな。」

 

「へぇ、何かあるのかな。」

 

「……それを聞くのは野暮ってやつだな。」

 

「ふむ?」

 

 

 翡翠の言っている事はいまいちピンと来なかったが、言う通りにするのが正解な気はした。

 

 

「お前って、本当にニブイよな。」

 

「に、にぶ……悪かったわね!」

 

「ほんと、どうして気づかないんだ。」

 

 

 そう言うと翡翠は私をお姫様抱っこで抱え上げる。 人前でこんな姿を見せるのは流石に恥ずかしい。

 

 

「ちょっと、恥ずかしいから降ろしてよ!」

 

「ダメだ、このまま家まで連れてく。」

 

「嫌ぁ! 降ろしてってばぁ!」

 

 

 私の抗議の声は、翡翠には全く届かなかった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「用とはなんだ黒翼?」

 

 

 アフラムに呼び出された銀華は、貸し与えられた彼の部屋へやって来た。 私物はほぼ何も無く、着替えだけが綺麗にハンガーに掛けられている。 ――彼はベッドの上に腰掛けている。

 

 

「済まない、無理に呼び出してしまって。」

 

「気にするな、今日はもう寝ようかと思っていた所だしな。」

 

「そうか、明日は決戦だからな……」

 

「あぁ……」

 

 

 ――沈黙。

 互いに何かを話すわけでもなく、見つめ合ったまま沈黙が流れる。

 

 

「銀華。」

 

 

 先に口を開いたのはアフラムだった。 銀華は続きを促すと、アフラムは言の葉を紡ぐ。

 

 

「お前があの時言った事、あれはまだ有効なのだろうか。 もしそうなら……」

 

「あははははっ! あの時の事をまだ覚えていたのか!」

 

「そ、そこまで笑う必要はないだろう。」

 

「いやぁ、流石に不意打ちだったのでな、許せ。」

 

 

 銀華は一度深呼吸をし、アフラムの元に歩み寄る。

 

 

「お前の気持ち、嬉しいよ黒翼。 しかし、それは私への憐みでは無いだろうな?」

 

「……そう見えるだろうか?」

 

「いや、全くそう思わんな!」

 

「君らしい返答だよ。」

 

 

 互いの距離が更に縮まる。 互いの呼吸音が聞こえる程の距離、少しでも動けば触れ合ってしまう程の……

 

 

「……良いのだな?」

 

「私でいいのなら。」

 

 

 ――そのまま二人はベッドへと倒れ込んだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「いい加減降ろしてよ!」

 

「――ほらっ。」

 

 

 私の部屋に辿り着くと、翡翠は乱暴に私をベッドに投げ捨てた。

 

 

「いったぁ……」

 

「ほら、もう恥ずかしく無いだろう?」

 

「アンタねぇ……っ!?」

 

 

 文句の一つでも言ってやろうとするが、その言葉は翡翠の不意打ちで封じられた。

 ――その意味を理解するのに私には十数秒必要だった。

 

 

「ちょちょちょちょっと!! 何してくれちゃってるわけ!?」

 

「何って、キスだけど?」

 

「そんなの分かってるわよ! なんでそんな事したのか聞いてるのよ!」

 

「ほんと鈍感だな。」

 

 

 翡翠は呆れてものも言えないというような表情で頭を抱えている。

 

 

「……好きなんだ、お前が。」

 

「あっそう、私が好きでこんな……えっ? ぇぇ?」

 

 

 翡翠が私を? 好き? スキ? 好きってなんだっけ……?

 頭の中がグルグルして、感情がぐちゃぐちゃに混じり合う。 その言葉の意味を知っているはずなのに理解が追いつかない。

 

 

「ずっと昔から好きなんだ。 こんなタイミングで告白するのもずるいかも知れない、それでも今言わなきゃ……」

 

「翡翠、それって本気なのよね?」

 

「当たり前だ!」

 

 

 よく私をからかう翡翠だが、今の彼は間違いなく本気だった。 ――こんな真っすぐに私を見る翡翠は初めて見るかもしれない。

 

 

「ほんと、ずるいよこんなの……」

 

「悪い……」

 

 

 こんな心がグラグラの時に告白なんてされたら……簡単に落ちるに決まってるでしょ。

 

 

「ばかっ。」

 

「それでも、俺は今まで以上にお前を支えられる存在になりたいんだ。」

 

 

 翡翠が優しく私を抱きしめる。 記憶にある彼とは違い、その逞しい身体に私は自然と身を委ねていた。

 

 

「だから、俺と結婚してくれ。」

 

「なら、一つだけ約束して。」

 

「……なんだ?」

 

「ずっと私と一緒にいて。 これから先も、死ぬときも。」

 

 

 その言葉を聞いた翡翠は驚いた表情を見せたが――やがて決心したように頷いた。

 

 

「わかった、ずっと一緒だ。」

 

「ずっと、一緒だよ……」

 

 

 ――もう一度唇を重ねる。 二度目のキスは、ほんのりと甘い味がした。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 本当の意味で身も心も一つになり、生まれたままの姿で朝を迎えた。

 

 

「……朝か。」

 

「翡翠。」

 

「どうした?」

 

「愛してる。」

 

「俺も愛してる。」

 

 

 それは短い言葉だったが、お互いの素直な思いであった。

 

 

「決着をつけに行こうか。」

 

「うん、そうだね。」

 

 

 勝てるかなんて分からない。 戦況は圧倒的に私達が不利だし、冷静な者ならばさっさと逃げ出すであろう。 しかし、そんな人は誰一人いなかった。 私はそんな人達を死地へ追いやろうとしているのだ。

 それでも……それでも私達は戦うしかないのだ。 そうしなければ、きっと世界は――誰も気づかないうちに終わりを迎えてしまうのだから。



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第十八話 戦争を終わらすための力

「これから作戦の概要を説明する。」

 

 

 皆、草原に整列してアフラムの話に聞き入っている。 作戦前で誰もが緊張した面持ちだ。

 

 

「この作戦の目標は二段階ある。 まずは敵の主砲である巨蛇(おろち)の破壊だ。 これを破壊しなければ首都に踏み込む事は不可能だ。」

 

 

 巨蛇(おろち)、あの巨大な魔導兵器の存在は危険だ。 その威力は時空龍の魔法障壁を易々と砕き、強靭な鱗を簡単に貫いてしまうらしい。 実際、兄達の部隊が壊滅したのも巨蛇(おろち)の攻撃によるものだ。

 

 

「そして巨蛇(おろち)の破壊には、エリカ殿の力が必要不可欠だ。 我々の目的は、彼女の有効射程まで確実に護衛する事だ。 同調(ポゼッション)の力ならば確実に巨蛇(おろち)を破壊出来る。」

 

巨蛇(おろち)は一射毎にチャージに時間がかかる、それを利用して彼女が辿り着くまでの時間を稼ぐ。」

 

 

 守られる側はいい気分ではない。 彼らは皆、私の盾になるのだから……

 それとは逆に、周りの士気は最高潮である。

 

巨蛇(おろち)破壊後は第二フェーズに移行する。 私と銀華の地上部隊でメルキデスに潜入、麗明の首を取りに行く。 作戦は以上だ。」

 

「一つ確認だけど、巨蛇(おろち)破壊後は私も地上部隊に合流していいのよね?」

 

「それは構わないが、その時の状態にもよるだろう。 同調(ポゼッション)はかなりの魔源(マナ)と体力を消耗すると聞いているからな。」

 

 

 実際、まだ同調(ポゼッション)を試していないため、どの位の時間をどの程度の力で戦えるのかは未知数だ。 対峙した兄の力は絶大だったが、すぐに息切れしていたようにも見えたのも事実だ。 あれが、身体の弱い兄の影響の可能性もあるわけだし……

 

 

「まぁ、やってみないと分からないだろうけど。 確実に巨蛇(おろち)は破壊してみせるわ。」

 

「一番辛い仕事を任せて済まないな……」

 

 

 今更死ぬのが怖いなんて言わない――だって、もう後戻りは出来ないから。

 

 

「今日の戦がロキアの未来を決める! 皆の奮戦に期待する!」

 

『オォ――!!』

 

 

 ――天に向かって雄々しく拳を突き上げる人々。 それが私には、歪で気持ち悪かった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 

「心の準備は出来たか?」

 

「何言ってるの、そんなの今更でしょ?」

 

「昨夜、あれだけ泣いてたのによく言えるな。」

 

「うるさい! 翡翠だから弱みを見せただけよ!」

 

「――そいつは嬉しいな。」

 

 

 次々と龍達が飛び立って行く。 青空は覆い隠され、日の光は遮られる。 これだけの数なのに、銀華の話ではかなり少ないと言っていた。 しかし、この数でさえも押し切ってしまう魔導兵器が待ち構えているのだ。

 

 

「私達、やれるよね?」

 

「当たり前だ、今の俺達に不可能なんてないさ。」

 

 

 そう言って勇気付けてくれる。 そうだ、今なら彼に全てを委ねられる。 私にはもう彼しかいないのだから。

 

 

「じゃあ、やろっか?」

 

「――緊張してるな、深呼吸してみろ。」

 

「うん。」

 

 

 両手を広げて大きく深呼吸をする。 ……ほんの少しだけ肩が軽くなったような気がする。

 

 

「少しはマシな顔になったな。」

 

「――ありがと。」

 

 

 不器用なりに彼も心配してくれているのだ。 まぁ、不器用なのは私も同じなんだけどね。

 私は翡翠の頬に軽くキスをして手を握る。

 

 

「行こう、翡翠。 私達の青空へ!」

 

 

 ゆっくりと瞳を閉じて意識を集中させる。 身体が暖かなモノに包まれる感覚がする。 ――それと同時に突然の浮遊感が襲ってくる。

 

 

「きゃっ……」

 

『大丈夫だよエリカ。』

 

 

 翡翠の声が聞こえてくる。 耳からではなく、脳に直接響くような感覚だ。

 私は閉じた瞳をゆっくりと開いた。

 

 

「あっ……」

 

 

 普段とは違う視界がそこには広がっていた。 私が右手を動かすと、龍になった翡翠の右手が動く。 それはまるで、私が翡翠の身体になってしまったような感じだ。

 

 

「これが同調(ポゼッション)なの?」

 

『俺はいつもと変わらないが、そうなのか?』

 

「そうなの、まるで私が翡翠の身体を動かしてるみたいなんだけど。」

 

『俺達の思考が完全にシンクロしているって事なのか?』

 

「とりあえず、飛んでみよ!」

 

『あぁ!』

 

 

 翼に力を入れる。 初めてのはずなのに、まるで今まで何度もやってきた行為のように簡単に動かせる。 翼の羽ばたきに合わせてゆっくりと身体が浮き上がる。

 

 

「う、浮いてる! 私達浮いてるよ!」

 

『そんなのいつもの事だろう?』

 

「感動が全く違う!」

 

『ふふっ、そうだろうな。』

 

 

 力強く翼を羽ばたかせて一気に上昇する。 更に宙返りをして軽く旋回、風を切る感覚がとても心地よい。

 

 

「慣らしはこんなものかな。」

 

 

 いつもと比べ物にならない量の魔源(マナ)を感じられる。 これなら確かに戦える!

 私は布陣の後方に並び、メルキデスの方角を見据える。

 

 

「行くわよ、巨蛇討伐作戦開始!」

 

 

 私の指示と同時に、全員が咆哮を上げて進軍を開始した。



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第十九話 巨蛇(おろち)討伐作戦

 首都メルキデスが見えてくる。 見慣れたはずの風景に、異物が一つ混じっていた。 大きな鉄の砲身……巨蛇(おろち)だ。

 

 

「思った以上に大きいわね。」

 

 

 ――大統領官邸から逃げ出す際に一度見ている筈なのだが、全く思い出せない。

 

 

『エリカ、巨蛇(おろち)から凄い魔力反応だ。』

 

「これは来るわね――全員左舷に回避!」

 

 

 回避態勢に入ると同時に、砲身に収束された魔源(マナ)が炸裂する。 

 ――大気が震え、一瞬時間が止まったような感覚に襲われる。 それと同時に光の帯が通り過ぎていった。

 

 

「あんなのに当たったら一瞬で終わりね。」

 

『そうならないために、俺達がいる――そうだろ?』

 

「その通りね! あんなガラクタ、一撃で壊すわよ!」

 

 

 全身の魔源(マナ)をかき集める。 エーテル器官が2つある私達は、それだけで通常の倍以上の力を発揮出来る。

 

 

「2射目が来る前に一気にケリをつけるわ。 皆援護して!」

 

 

 一気に部隊の前方に躍り出る。 目の前には虫のように飛び交う、首都防衛用の戦闘機が行く手を阻む。 仲間達が戦闘機を蹴散らし、巨蛇(おろち)への道を切り開いてくれる。

 

 

「3――2――1――”龍の息吹(ドラゴン・ブレス)”!」

 

 

 巨蛇(おろち)に向かって思いっきり魔力を吐き出す。 吐き出された炎は家を焼き、道を融解させる。 その威力は恐ろしいほどであった。

 

 

「……嘘でしょ?」

 

 

 しかし、巨蛇(おろち)は健在であった。 あれほどの攻撃に傷一つ無く佇んでいたのだ。

 

 

『強力な魔法障壁が展開されているのか。』

 

「そうは言っても常識外れすぎるでしょ。 この火力に耐えるなんて反則よ!」

 

 

 対龍用に用意していたにしては、その出力は過剰すぎた。 まるで私が同調(ポゼッション)を身に着けて攻めて来るのを予想していたかのように。

 

 

『しかし、あの魔法障壁を展開するのにもかなりのエネルギーが必要なはずだ。』

 

「攻撃と防御を両立出来ないってわけね。 そうなると攻撃前にチャンスが出来るわけだけど……」

 

 

 問題は発射直前の魔力をどうするかだ。 そのまま破壊してしまえば、簡単に首都の2/3は吹き飛んでしまうだろう。 味方への損害も計り知れない。

 

 

『魔法で巨蛇(おろち)を覆ってしまうのはどうだ? それなら最後の爆発も最小限で押さえられる。』

 

「そうね、そうしようか。」

 

『ただしかなりの魔源(マナ)を消費するのは覚悟しておけよ。』

 

「わかってるって!」

 

 

 一度巨蛇から距離をとる。 援護で他の龍達も巨蛇(おろち)を攻撃するが、魔法障壁の前に歯が立たない。 更には戦闘機の数がどんどん増し、弱いとはいえ非常に鬱陶しい。

 

 

「次はさっきよりもパワー上げるわよ。」

 

『分かってる!』

 

 

 再び巨蛇(おろち)の砲身に魔力が集まり始める。 私はそれに合わせて距離を一気に詰める。

 

 

「邪魔よっ!」

 

 

 こちらに飛んでくる戦闘機を右手を振り下ろして撃墜する。 まるで玩具のようにくるくる回転しながら地面へと衝突した。

 

 

「私がやらないとっ! ”トルネード”」

 

 

 邪魔者を排除して更に巨蛇(おろち)の喉元へ……

 

 

「他に誰がやれるっていうのよ!!」

 

 

 巨蛇(おろち)の砲身の真下へ到達し、私は両手を広げる。 それと同時に辺りを光の壁が覆った。 これでこの空間内には私とこのポンコツしかない。

 

 

「ブッ潰れなさいよっ! ”龍の息吹(ドラゴン・ブレス)”」

 

『魔法障壁展開!』

 

 

 大きく開いた口から、再び劫火が放たれる。 今度は魔法障壁の展開前に巨蛇(おろち)へと攻撃が炸裂する。 それと同時に閃光と爆炎が空間内を支配した。

 

 

「……一昨日きやがれってのよ。」

 

 

 煙が止み、瓦礫の上に腕を掲げて佇む翡翠色の龍が姿を現す。 ――紛れもなく私達だ。

 

 

『俺が魔法障壁を展開しなきゃやばかったな。』

 

「ほんとね、助かったわ。 でも流石に……」

 

 

 ――身体を疲労感が襲う。 かなりの魔源(マナ)を消費したようだ、流石に少し回復させないと厳しいかもしれない。

 

 

『休まず地上部隊に合流するんじゃなかったのか?』

 

「そのつもりだったけど、流石に疲れたって……」

 

『なら、いい方法があるぞ?』

 

「いい方法?」

 

『あぁ、恐らくは誰も試した事の無い方法だがな……』

 

「――面白そうじゃない。 やろう。」

 

『即答だな!?』

 

 

 新しいものに興味が尽きないお年頃なのよ! とは言えずにいたが、やはり翡翠には伝わってしまっているらしい。 クスクスと笑っているのが感じられる。

 

 

「笑ってないで早く教えてよ!」

 

『悪い悪い! まぁ簡単に言ったら逆の同調(ポゼッション)をやるんだ。』

 

「逆? 喧嘩でもするわけ?」

 

『お前ってほんと馬鹿だな…… つまり俺がお前の中に入るんだ。』

 

「なんですと!」

 

 

 別な意味で危ない発言のようにも聞こえるその言葉に、私は顔を真っ赤にする。

 

 

『んな事じゃないぞ! この変態が!』

 

「うるさい! 翡翠の言い方が悪いんでしょ!」

 

『あぁもう分かったから――やるぞ!』

 

 

 全身が暖かな光に包まれる。 これは同調(ポゼッション)の時と同じ感覚だ。 しかし、違う所があるとすれば……自らの身体が縮んでいく感触がある事だ。

 

 

「……そういう事ね。」

 

 

 光が収まる頃には、私はいつもの身体に戻っていた。 ただ普段とは違い、翡翠色の鎧を纏っていて、体中から力が溢れてくるのを感じる。

 

 

『これならば魔源(マナ)を回復しながら戦えるはずだ。』

 

「省エネモードみたいな感じね!」

 

 

 私は腰に差した刀を抜き放つ。

 

 

「綾香さんも一緒に戦ってね。」

 

 

 刀に向かってそう語り掛けた私は、地上部隊の向かっている大統領官邸へと急いだ。



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第二十話 銀華、命燃やす時

「見ろ! 巨蛇(おろち)が破壊されたぞ!」

 

 

 首都での爆発音と煙、その先で見えたのは瓦礫となった巨蛇(おろち)の上に佇む翡翠色の龍の姿だった。

 それを見た兵士の一人が声を上げたのだ。

 

 

「これなら勝てる、勝てるぞ!」

 

「勝利は目の前だ!」

 

 

 兵士達の士気は最高潮だ。 そして、進攻の邪魔をする魔導兵器も完全に破壊された。 今が絶好のタイミングだ。

 

 

「よし、全軍突撃だ! 門をぶち破れ!」

 

 

 私の指示で兵士達が一気に突撃をかける。 何十人もの偉丈夫が門に向かってタックルを繰り返す。 その度に木の門はミシミシと悲鳴を上げる。

 

 

『せーのっ!』

 

 

 門が砕け散り、一気に中へと流れ込む。 私と黒翼が先導して市街地を駆けて行く。

 街はまるでゴーストタウンのように静まり返り、人一人見当たらない。

 

 

「民間人が見えないのはいいとして、兵士までいないのはどうなっている?」

 

「航空戦力も全て無人機のようだし、何か罠の可能性も――」

 

「待て、何か気配を感じる。」

 

 

 その気配はいきなり現れた。 数は――ざっと30という所か。 完全に包囲されてい。

 

 

「銀華下がれ! 私が相手をする!」

 

「黒翼!」

 

 

 黒翼は斧槍を構えて攻撃の体制に入る。 それと同時に気配達は一斉に襲い掛かって来た。

 その姿は狼のようなモノであったり、ゼリー状の何かであったり、ネズミの化け物であったり……

 

 

「ふっ――!」

 

 

 槍斧を振るい飛び掛かる化け物達を切り捨てる。 他の兵士達も応戦を始めた。

 

 

「なんだコイツらは!?」

 

「恐らくは……」

 

 

 同時に3匹を切り捨てて、銀華と背中合わせに立つ。 同時に銀華も1匹殴り殺した。

 

 

「太古に生息したと言われる生き物――”魔物”だ。」

 

「なんだそれは?」

 

「人に害を成すモノ、邪悪なる竜の僕…… 色々な言い伝えはあるが、敵なのは間違いない。」

 

「つまり麗明の私兵共という所か。」

 

 

 更に飛び掛かって来た魔物に渾身のストレートをお見舞いする。 狼のような顔は醜く潰れて破裂した。

 

 

「気配がどんどん増えている、このままではジリ貧だな。」

 

「――私とお前、二人いれば麗明と戦うのは充分だと思わんか黒翼?」

 

「いや違うな、私一人で充分だよ。」

 

「お前、何を言っている!」

 

「銀華、お前は兵士を連れて陽動に回ってくれ。 麗明は私が必ず仕留める。」

 

「ふざけるな!」

 

 

 黒翼はそっと銀華に顔を寄せると、耳元で囁く。

 

 

「お前には、お腹の子を守ってもらいたい。」

 

「な、何故知っている!」

 

 

 銀華は顔を真っ赤にして叫ぶが、黒翼は余裕の笑みを浮かべながら再び斧槍を構える。

 

 

「私はそこまで鈍く無いのでな。 それに時空龍の生殖についても調査済みだよ。」

 

「このっ…… 確信犯め!」

 

「それだけ元気があれば大丈夫だな、頼んだぞ!」

 

「こらっ、待て黒翼!」

 

 

 黒翼を追いかけようとするが、魔物が邪魔をして前に進めない。 倒しても倒しても次々に魔物は湧き出てくる。

 

 

「くそっ…… お前達! 互いに背中を守りながら対処するぞ!」

 

『はい!』

 

「黒翼、死ぬなよ……」

 

 

 私は一度呼吸を整え、魔物達を睨みつけた。

 

 

「お前達はここで皆殺しにしてやる、黒翼の元には絶対に行かせない!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「だいぶ銀華が暴れてくれているようだな。」

 

 

 銀華の陽動が効いているのか、黒翼が向かう先には魔物は少なかった。 この調子ならば、かなりの体力を温存しておく事が出来る。 相手はあの麗明だ、万全の状態を保つに越したことはない。

 

 

「はぁ……はぁ…… ここか。」

 

 

 目の前には高さ5mほどもある扉が聳え立つ。 この先の通路を進めば謁見の間に辿りつく。

 扉を開けようとした途端、勝手に扉が開く。 開かれた先の通路には誰もおらず、更には通路奥の扉も開いた。 まるで中へと誘うように……

 

 

「麗明……」

 

「ふむ、もう私を王とは呼んでくれないのか?」

 

 

 玉座に腰掛ける者、クラディス王は平然な顔立ちでそう言い放つ。 まるで何も知らないと言いたげな態度に、黒翼は怒りがこみ上げるのを感じた。

 

 

「よくもそんな事を! 裏切ったのはお前だ!」

 

「ほう、私が何を裏切ったというのだ? 私の行為はいつも黒竜族の未来を考えての事だ。 此度の戦いも黒竜族のため、お前こそ分からないのかアフラム?」

 

「お前のその言葉に、どれ程の兵が騙されて命を落としたか……!」

 

「私の元に戻る気はないと?」

 

「元より貴様を討つ気で来た!」

 

「――つまんない答え。」

 

 

 クラディス王の声は、一瞬で少年のものへと変化した。

 

 

「折角僕の兵士にしてやろうと思ったのに、残念だよ!」

 

「っ!?」

 

 

 物凄い魔源(マナ)の流れ――まるで嵐のように建物内を渦巻いている。

 

 

「死んじゃえよ、お前――」

 

「死ぬのはお前だ!」

 

 

 麗明の放った魔法を斧槍で叩き斬る。 更にリーチの長さを利用しての横薙ぎ――

 

 

「へー、すごいすごい。」

 

「くそっ!」

 

 

 止められた、指一本で! 切っ先を指一本で押さえられ、それ以上動かす事が出来ないのだ。 なんという化け物なのだ!

 

 

「中級魔法程度じゃダメかぁ、武術だけでそこまで出来るのは凄いと思うよ。」

 

「褒められても全く嬉しくないな。」

 

 

 一度後ろに飛び退いて距離を開ける。 なんとかスキを見つけなければ。

 

 

「素直じゃないなぁ、じゃあこれはどう?」

 

「……同時に3つの魔法を発動させるだと。」

 

 

 それは明らかに人間の限界を超えた技だった。 やはりコイツは、人の皮を被った化け物なのだ。

 

 

「全部捌けるかな?」

 

 

 そう言って玩具を投げつける子供のように強大な上位魔法を放つ。 私は渾身の力を込めて槍斧を振るった。

 飛来した氷の刃を砕き、竜巻を振り払う。 しかし、3つ目の雷を止めるのは間に合わない……

 

 

「バイバイ。」

 

 

 自分が出来る精一杯の魔法障壁を展開するが、紙切れのように簡単に砕け散って吹き飛ばされる。 そのまま背中から壁に激突する。 その衝撃で何本か骨が折れたのを感じた。

 

 

「げほっ……」

 

 

 盛大に鮮血を吐き出す。 内臓もかなりやられたようだ……

 

 

「じゃあこれで止めだよ。」

 

 

 奴が右手を掲げると岩の槍が現れ、真っ直ぐとこちらに向かって――

 

 

 ガキン!

 

 

「また会えたわね、麗明!」

 

「……ふふっ、ははは!! まさかまた来てくれるなんて思わなかったよ!!」

 

 

 自らの身体を貫くはずだった岩の槍は砕け、目の前には翡翠色の鎧を纏った少女が立っていた。

 

 

「あとは任せて、私が必ず倒してみせる!」



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第二十一話 麗明という男が求めたモノ

「凄まじい力だよ、前に会った小娘とは別人だね!」

 

「それって褒めてるわけ? ぜんぜん嬉しくないけど。」

 

 

 私は天羽々斬を構え直し、麗明の様子を伺う。 ――ニヤニヤと不気味に笑うだけで、こちらに仕掛けてくる様子はない。

 

 

「ここは私に任せて逃げて!」

 

「君一人にそんな……」

 

「そんなボロボロの身体じゃ足引っ張りなの!」

 

 

 私は大きく踏み出して麗明に切りかかる。 麗明は右手を正面に掲げ、魔法障壁を展開してその攻撃を防ぐ。

 

 

「早く行って!」

 

「くっ……すまない!」

 

 

 そう言ってふらつきながら後退していく。

 

 

「お仲間が大事なんだね。」

 

「あら、貴方にはそんな友達はいないわけ?」

 

「そんなものは必要ないのさ!」

 

 

 麗明は魔源(マナ)を収束させ、至近距離で爆発させる。 私はすぐに魔法障壁を展開して爆発を防ぐ。 それと同時に右側に大きく跳躍し、魔法を放つ。

 

 

「”ライトニング”」

 

 

 避けるまでもないと言わんばかりにわざと私の魔法を受ける。 ――魔法は彼の目の前で掻き消えた。

 

 

「その程度の魔法、僕に使うだけ無駄だよ。」

 

「今のは魔法障壁じゃない…… 何か魔法を無効化する物を身に着けてるってわけ。」

 

「そういう事だね、僕を倒したいならその刀しかないよ。」

 

「そうみたいねっ!」

 

 

 ――私はもう一度大きく踏み込む。 もっと早く、もっと強く! 袈裟、横薙ぎ……何度も連撃を加える。

 

 

「ふふっ、いいね。」

 

「アンタは、何考えてるわけ!」

 

 

 首筋を狙った斬撃――しかし、麗明の手のひらで受け止められてしまう。

 

 

「知りたいかい? 僕の目的を。」

 

「折角だから聞いておきたいわね。」

 

 

 どんなに力を入れても刀は動かない。 この少年のような姿の彼のどこにそんな力があるのだろうか。

 

 

「僕はね、ただ飢えを満たしたいのさ。」

 

「はぁ? 何言ってるわけ?」

 

「僕はこうやって命のやり取りをしてる瞬間に喜びを感じるのさ。 だから平和な世界よりも争いの世界を望んでる!」

 

「馬鹿じゃないの!?」

 

 

 魔力を込めて思いっきり刀を振り下ろす――受け止めていた麗明の指を切り落とし鮮血が飛び散る。

 私はそのままの勢いで逆袈裟――麗明はバックステップでそれを紙一重で回避する。

 

 

「そうだよ、このギリギリがいいんじゃないか! 君だって同じなんだろ!」

 

「何を!」

 

 

 斬撃と魔法の剣舞――それはきっと、この世の全てが邪魔できない戦いだった。

 

 

「君だってその力を手に入れるために兄を殺したのだろ?」

 

「――なんでその事を!」

 

「僕は何でも知っているんだよ。 君達の一族の事、そのルーツ……そして嵐春の思いもね。」

 

「出まかせばっかりで…… なんだってのよ!」

 

「君達の一族を黒竜の監視と定めたのも嵐春だ、君は彼女を恨まないのかい?」

 

 

 巨大な炎の玉が3個飛来する。 私は横薙ぎの斬撃で3つ同時に真っ二つに斬り捨てる。

 

 

「確かにそれで私達は不自由な生活を強いられたのかもしれない。 でも、それを恨んだ事なんてない! だって、彼女はきっと黒竜達の未来も考えていたから!」

 

「そんな綺麗事を並べても、君の心は恐怖で一杯だ。 家族を殺した罪に震えているのさ!」

 

『エリカ!』

 

「分かってる、私は一人じゃない。 だから――前に進める!」

 

 

 速度を乗せた突きを繰り出す。 切っ先は麗明の肩を貫通し、壁へと激突する。

 

 

「こんなに楽しめたのは、翔子とのゲーム以来だよ。」

 

「アンタの好き勝手で……何人犠牲になったと思ってるのよ!」

 

「僕にはその権利がある。 君達とは違うんだ…… 僕は選ばれし神の一人なんだよ。」

 

 

 今すぐにでもコイツの心臓を抉りだして握り潰してやりたい。 手足をもぎ、両目を潰し、晒し首にしてやりたい……

 

 

『エリカ落ち着け!』

 

「何が神よ、アンタはもう終わりよ。」

 

「君が望めばそうなるだろうね。 でも、君は僕に期待している。 僕の力ならば過去を変えられるかもしれないって。」

 

「何を言って……?」

 

「僕について桜花の村で調べたんだろ? 遥か古代の戦いに登場する”ティアマト”を……」

 

 

 私は無言で彼の左腕を切り落とした。 それと同時に治癒魔法で傷口を塞ぐ。 彼にはまだ死んでもらっては困るからだ。

 

 

「……」

 

「”ティアマト”は事象に干渉する事も出来る。 それならば、あの日の事象に干渉すれば全て無かった事に出来るんじゃないか、ってね?」

 

「――どうせ出来ないでしょ。」

 

「完全復活すれば可能さ。 まぁ、かつてその完全復活を邪魔されちゃったわけだけど。」

 

 

 コイツは危険だ、絶対に復活させてはならない。 私の本能はそう告げていた。

 

 

「そう、その結果が黒竜の守り石の中身――アンタの本体ってわけね。」

 

「そういう事さ。 既にここに移動済みさ。 あとは世界が恐怖と絶望に染まれば、僕の力は完全復活する。」

 

「降伏する気はないのね?」

 

「ありえないね。 むしろ君こそ僕の仲間にならないかい? きっと僕達ならこの世界――いや、奴にだって打ち勝てる。」

 

 

 ――私は刀を握る手に更に力を入れた。

 

 

『エリカ、本当にいいんだな?』

 

「コイツはここで殺さなきゃいけない、絶対に自分の意見を変えないから。」

 

「さあ、君の答えを聞かせてくれ!」

 

『……わかった。』

 

「私の答えは――」

 

 

 今までの思い出が走馬灯のように流れる。 辛い事ばかりだった…… それでも、たとえ間違いだらけでも私が選び取った選択なのだ。 それを無かった事にはしたくない。 もし目の前にその力を手に入れる方法があったとしても、私はそれを――選ばない!

 

 私は、麗明の心臓に刀を突き入れた。 肉を裂く感触が刀を伝って手のひらに感じる。

 

 

「本当に、君は……」

 

 

 麗明のその言葉と、天羽々斬が折れたのは同時だった。

 

 

「ばっかだなぁぁぁぁぁ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 物凄い魔源(マナ)の嵐が吹き荒れる。 それは視認出来る程の濃い漆黒……

 

 

「ころすぅ! こわすぅ! タノシイ! あひひひへぇぇぇぇええ!!」

 

 

 壊れたかのように麗明が笑い出す。 目から血の涙を流し、首はありえない方向に何度も回転して……

 

 

「チガゥ! ボクは! 僕ガ一番ナンダ!!」

 

『まずい、これ以上ここにいるのは危険だ!』

 

「でも麗明に止めを刺さないと!!」

 

『このままだと塵一つ残らずに消されるぞ!』

 

「くっ!?」

 

 

 私は麗明に背を向けて外へと走り出す。

 

 

「入っテくるナー! ボクが! 僕ダケガ王なンダぁ!!」

 

 

 麗明の悲痛な叫びは、建物が完全に崩れるまで続いていた。



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第二十二話 決着の先に待つ未来

「アイツ、どうなったんだろ。」

 

『あの怪我の状態を考えても、脱出出来たとは思えないな。』

 

「そうだよね。」

 

 

私は力が抜けてその場に座り込んだ。 ついに、あの麗明を倒したのだ!

 

 

「私達、頑張ったよね?」

 

『そうだな、よくやったよ!』

 

「だよね! あんなに凄い奴を倒したんだもん! でも、大事な刀――折れちゃった。」

 

『それは仕方ないさ、元々麗明を倒すために用意したものだしな。』

 

「そうね…… お疲れ様、天羽々斬。」

 

 

 私は切っ先の折れた刀を鞘へと戻した。 このまま家宝として大事にするのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら空を見上げる…… いつの間にか太陽は雲に覆われ、ぽつぽつと雨が降り出した。 小さな雫は私の頬を伝って――地面に落ちる。

 

 

「このままじゃ風邪引いちゃうね…… 帰ろっか翡翠。」

 

『そうだな――皆で帰ろう。』

 

 

 私はゆっくりと立ち上がり、龍の姿に変身しようと――

 

 

「っ!?」

 

 

 ――背筋に悪寒が走る。 この世全ての悪意を全て?き集めたかのような負の念、そんな感じの気配だ。 私はゆっくりと後ろを振り向く……

 

 

「何よ、アレ……」

 

 

 そこには、漆黒の龍が立っていた。 目が合った瞬間、ソレが笑ったように見えた。

 

 

『エリカ!』

 

「うん!」

 

 

 私達は瞬時に龍の姿へと変身すると、漆黒の龍に向けて大きく口を開く。

 

 

「”龍の息吹(ドラゴン・ブレス)”!」

 

 

 こいつは存在させてはならないモノ、恐らくはティアマトの本体だ! 直観的にそう感じた。 それと同時に、遺伝子に刻まれた恐怖が胸を締め付ける。

 

 

「――無駄ダ。」

 

「嘘!? 全く効いてない……」

 

 

 魔法障壁も張らず、まるで何もなかったかのように平然と奴はそこに立っていた。 これがティアマトの真の力だとでもいうのだろうか? だとしたら私達は……

 

 

『諦めるな。』

 

 

 漆黒の龍に馬乗りになって押さえつける。

 

 

『まだ手はある! ただそれには皆を避難させる必要がある。』

 

「……そういう事ね。」

 

 

 すぐに翡翠の考えは理解出来た。 確かにその作戦を実行するためには、皆にはここから離れてもらう必要がある。

 

 

魔源(マナ)にメッセージを乗せて放出すれば――』

 

「皆にも伝わる筈!」

 

 

 私は無理矢理大地から魔源(マナ)を?き集める。 魔法の発動には足りない濃度だが、メッセージを送る程度なら十分だ。 自身の魔源(マナ)を使わないのは、この後を事を考えての判断だ。

 

 

「お願い皆……ここから今すぐ離れて!」

 

 

 私の声が風に乗って辺りに広がっていく。

 

 

「ガァァァ!」

 

「くっ!」

 

 

 今度は逆に馬乗りされる側になる。 右、左、と何度も拳を振り下ろしてくる。 私は両手で顔を覆い、その拳を防ぐ。

 

 

「”龍の息吹(ドラゴン・ブレス)”!」

 

 

 反撃に出るも、やはり効いている様子はない。

 

 

「――このっ!」

 

 

 思いっきり右拳をお見舞いする。 物理攻撃は有効なのか、相手が少しよろける。 私は間髪入れずにもう一撃拳をお見舞いする。

 

 

『くそっ、まだか!?』

 

 

 魔源(マナ)の動きから、皆がここを離れているのは分かる。 あと5分もあれば……

 

 

「ナゼ、抗ウ?」

 

「決まってるでしょ、皆生き残りたいからよ!」

 

「理解フノウ、肉体ノ生ニ意味ハナイ。」

 

「それはアンタの考えでしょうが!」

 

 

 左手の爪を振り下ろす。 互いの爪がぶつかり合って火花が散る。

 

 

「コレハ不変ノ真理、何故ワカラヌ。」

 

「そんなの分かりたくも無いわね! 人間ってのは自分勝手な生き物なのよ!」

 

「ナラバ、我ガ管理スベキダ。」

 

「勝手に決めないでよ!」

 

 

 もう両手の感覚がない。 右手は骨が折れて動かないし、尻尾は切り落とされて使えない。 殴られたダメージで片目も使えない。 それでも――

 

 

「アンタには、負けるわけにはいかないのよ!」

 

 

 思いっきり相手の首筋に噛みつく。 そのまま相手を組み伏せて身動きを封じる。

 

 

『なぁ、エリカ。』

 

「約束だからね!」

 

『わかってるよ……』

 

 

 限界まで溜め込んだ力を……解き放つ。

 

 

「翡翠っ、愛してる!!」

 

 

 二匹の龍を中心に閃光が広がっていく…… やがてその光は首都全てを覆い、更に広がり続けた。 逃げ延びた人々は、ただその光を眺めている事しか出来なかった……

 

 

 ロキア歴631年、人龍戦争は終結した。 ――この戦争に勝者などいなかった。 時空龍と白竜の連合軍は壊滅し、人間側も、首都から避難した者や地方に住む者達が僅かに生き残っただけだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 ――彼は嘘をついた。 ずっと一緒だと約束したのに、彼は私を裏切ったのだ。

 目覚めた私は、海を漂っていた。 何故こんな場所にいたか等どうでもよかった。 何故なら、私は死んでいなければなかったからだ。

 最後の一撃、あれは2つのエーテル器官をオーバーフローさせて起こしたものだ。 つまり、自爆という事だ。 本来ならば、私も翡翠もその自爆によって命を落とすはずだった。 でも私は――生きている。

 

 

「嘘つき……」

 

 

 死ぬときも一緒だって、約束したのに…… 彼は――翡翠は私を置いて逝ってしまった。 お前には役目がある、その役目を果たせと言い残して。

 

 

「ずっと、一緒だって……!」

 

 

 涙がとめどなく溢れた。 裏切られた絶望、一人でいる事への寂しさ、止められなかった自分の不甲斐なさ……あらゆる感情が心の中でぐちゃぐちゃに交わって、私の胸を締め付ける。

 

 

「翡翠っ、翡翠!!」

 

 

 その名を呼んでも、彼は何も答えてはくれない……もう二度と。



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エピローグ ~果たされる約束~

 その日起きた閃光は、大地を抉り地形を変化させた。 首都だった場所は大きなクレーターとなり、そこに海水が流れ込んだ。 そこを漂っていた私は、生き残った者達に助け出されたのだった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 私は馬車に揺られながら空を見上げていた。 あの日から世界は雲に覆われ、常に暗闇が支配していた。 魔物の発生数も増え、人類が生活するには厳しい環境になり始めていた。 幸い、緊急用に建造されていたらしい地下シェルターが新たな人類の生活の場となる事で、人類の滅亡は免れる事は出来そうであった。

 

 

「エリカ、こんな大変な時に済まないな。 なんとか老人共を説得してみせる。」

 

「気を付けてね?」

 

「大丈夫だ、晧月もついていてくれるしな!」

 

「それでもよ、貴女を利用しようとしてる奴らばかりなんでしょ?」

 

「私だってただの箱入り姫じゃないさ。 それよりも――」

 

「分かってる。 貴女の子供はしっかり守るわ。」

 

「あぁ、頼んだぞ。」

 

 

 銀華は時空龍の内乱を収めるために故郷に戻る事になった。 彼らの力を借りる事が出来れば、地上の魔物を掃討する事も容易いだろう。

 もしもの事を考え、お腹の子は特殊な魔法を使って体外へと取り出し、専用の保育器の中へと入れられた。 時空龍達ではこれが普通であるらしく、各世界を飛び回るのに重荷の体ではどうしても不便という理由からだそうだ。 しかし専用の保育器の形が卵の見た目なのはどうかと思う。

 アフラム――黒翼は卵と共に先に地下へと向かった。 私が向かっているのが最後の便だ。

 

 

「空、見えないな……」

 

 

 空へと向かって右手を伸ばす……何も掴めるわけでもなく、私は無駄に何度も手のひらを開いたり閉じたりを繰り返した。

 全てを失った私だが、一つだけ残った物がある。 それは、翡翠の置き土産だ。

 

 

『お前には役目がある、その役目を果たせ』

 

 

 翡翠の最後の言葉が、今も耳から離れない。 彼は本当に残酷な人だ。 別れる側よりも、残される方が何万倍も辛いのだという事に……

 

 

「でもね翡翠、私……頑張るよ? 私の役目を果たしてみせる。」

 

 

 空に向かって高らかに宣言する。

 

 

「だからね……最後に、今日だけは……泣かせてね……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 長い、なが~い時が立った。 暗黒時代の始まりから長い年月が経過した。 ロキア歴859年…… 私はずっと使命を全うし続けた。 気づけば皺だらけのおばあちゃん…… 多くの家族に囲まれ、例え地下での暮らしであったとしても、私達は幸せに生きている。

 

 

「婆様!」

 

 

 今日もひ孫達が私の周りに集まってくる。 目をキラキラと輝かせて物語をねだるのだ。

 

 

「しょうがないねぇ、今日も聞きたいのかい?」

 

『うん!』

 

 

 皆、声を揃えて答える。 私は手の甲に痣のある方で髪を掻き上げ、ベッドから起き上がった。

 

 

「むかしむかし、人間達は青い空の下、地上に暮らしていました。」

 

 

 それは、遠い記憶の物語――

 

 

「待って婆様! お外が明るいよ!」

 

 

 一人がそう言い出すと、連鎖反応的に子供達が外へと飛び出していく。 動けない私は窓から外の様子を伺う。

 

 

「ぁ……」

 

 

 それはありえない光景だった。 地下道であるこの場所には無いはずの光で溢れていたのだ。 光の柱とでも言うのだろうか? その光がゆっくりと広がって来ていたのだ。

 

 

「あんた達! 早く家の中に――」

 

『大丈夫だよ。』

 

「え……?」

 

 

 子供達を家の中へ避難させようと叫ぶ途中、とても懐かしい声が聞こえた。 それと同時に世界の全てが光に包まれる。 その暖かな光は、優しく私の身体を包み込んでくれる。 今までの辛さが嘘のように身体が軽くなった気がする。

 

 

『この光は、暗黒の時代を終わらせる光だ。』

 

「翡翠、翡翠なの?」

 

 

 私は真っ白な空間で声の主を探す。

 

 

『ついに終わったんだ。 邪竜は倒れ、世界は救われたんだ。』

 

「翡翠っ! 出て来てよ!」

 

 

 私は声がする方へ走り続けた。 気づけば私の身体はあの時の少女の姿に戻っていた。

 何もない空間をひたすら走り続ける……

 

 

『エリカ。』

 

 

 うっすらと見える人影……間違いない、彼は――

 

 

「翡翠!!」

 

 

 私は翡翠を二度と放さまいときつく抱きしめる。 翡翠は呆れた顔をしながら私の頭を撫でた。

 

 

「来るのが遅くなって、ごめんな?」

 

「本当に遅過ぎよ! どれだけ待ったと思ってるのよ!?」

 

「悪い悪い……」

 

 

 一ミリも悪びれた様子のない翡翠に、怒りを込めた鉄拳をお見舞いしようと拳を振り上げる。 しかし、その拳は軽く彼の胸を叩く程度になってしまっていた。

 

 

「馬鹿っ馬鹿っ……」

 

「ごめんな、ずっと一人で辛かったよな。」

 

「当たり前じゃない…… ずっと一緒にいるって約束したのに……約束破るし。」

 

「本当にごめんな。」

 

「――もういい、許す。 だって私の元に来てくれたから。」

 

「あぁ。」

 

「大遅刻の分は許さないけどね!」

 

 

 そう言って涙を流しながら無理矢理笑顔を作る。 彼は参ったなと頭を掻きながら困った様子だ。

 

 

「でも、もういいの?」

 

「あぁ、俺達の子孫も頑張ってくれたからな。 だからもう大丈夫なんだ。」

 

「そっか、それで迎えに来てくれたのね。」

 

「お前はよく頑張ったよ。 俺の力を移植したとはいえ、200年以上も頑張ってきたもんな。」

 

「ほんと、長生きなんてするもんじゃないわよ。 身体なんてぜんぜん言う事きかないしさ!」

 

「ははっ、まぁその話は道中ゆっくり聞かせてもらうとするか。」

 

 

 そう言って翡翠は龍の姿へと変身する。

 

 

「さあ、行こうか。」

 

 

 私はいつものように跨り、しっかりと背中に掴まった。

 

 

「行こう、翡翠!」

 

 

 どこまでも広がる青空に向かって私達は飛んでいく。 いつまでも、二人で一緒に、この空を――

 

 

 そう、私達の青空へ!

 

 

―――

 

――

 

 

 

大雷(おおいかづち)姉は、本当に人間なのか? とても赤色の血が流れてるとは思えんな。」

 

「あら、それは失礼ね火雷(ほのいかづち)。 私のどこがそう見えるのかしら?」

 

「全部だよ。 自分の子供が死ぬことも、あの少女が使命のためにずっと苦しむ事も。 お前は全て知ったうえでその通りになるように演じている。 とんだ化け物ではないか。」

 

 

 大雷と呼ばれた少女――綾香は火雷の言葉にただ笑みを返すだけだった。

 

 

「アタシなら間違いなく発狂するな。 絶対に真似したくない。」

 

「そうでしょうね。 貴女は強気なフリをして泣き虫な自分を隠している弱虫ちゃんだものね。」

 

「このっ! あの方の命令がなければお前等この場で!」

 

 

 彼女がどんな言葉を並べても、綾香の余裕の表情は崩れない。 まるで全てを把握しているかのような自信に満ち溢れた笑顔を向けるだけだ。

 

 

「一つだけ言っておくわ。」

 

「――なんだ?」

 

「皆、自分達の意思で未来を選択したのよ。 私は少しだけ背中を押してあげただけ。」

 

「ちっ、この魔女が!」

 

 

 ――綾香はうっすらと見え始めた城を睨みつける。

 

 

「また、戻ってきちゃったか。 ”ヴァルハラ”……」

 

 

 ここに一つの物語は終わりを告げたが、彼女の物語はまだ続いて行く。

 いつか、辿り着く未来へ追いつくまで……

 

 

―完―



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