ふぉっくすらいふ! (空野 流星)
しおりを挟む

第一章 狐の嫁入り編
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

坂本(さかもと) (ゆき)

本作の主人公。

女性 19歳 身長160cm 体重54.2kg Aカップ

黒髪で腰までの長さ、首くらいでゴムで1つに束ねている。 瞳はダークブラウン。

帝都大学2年生。

進学のために田舎から上京してきた女性。

お気楽で、明日は明日の風が吹くとマイペースな性格の持ち主。

学力、運動はどれも平均値のノーマルであり、本人もそれを良しとしている。

唯一、一つだけ普通じゃない部分で、霊や妖怪が見え、憑かれやすいという体質の持ち主。

趣味は絵とコスプレで、コミマでの活動を通して業界進出を狙っている野心家。

ロボット作品にただならぬ情熱を持っている。

 

【挿絵表示】

 

菊梨(きくり)

本作のヒロイン1。

女性 ???歳 身長168cm 体重64.8kg Gカップ

通常時:金髪で腰までの長さ。 瞳はライトブルー。

人間に化けている時:茶髪で腰までの長さ。 瞳はダークグリーン。

主婦、帝都大学2年生(偽装)。

突如、雪の元に押しかけて嫁宣言をした怪しい狐の妖怪。

何事にも猪突猛進、ご主人様一筋、それ故に暴走しやすい危険人物。

妖怪だけあって身体能力は人間と比較出来ない程高い、また現代文化への適応速度も速く、頭も回る。

家事は何でもこなせ、荒れていた雪の家も一瞬で綺麗にしてしまった。

趣味はご主人様観察、浮気しようものなら容赦はない。

 

【挿絵表示】

 

猿女(さるめ) 留美子(るみこ)

本作のヒロイン2。

女性 19歳 身長154cm 体重56.1kg Dカップ

銀髪で長さは肩程度までのぱっつん前髪。 瞳はライトイエロー。

帝都大学2年生。

雪の同期生であり、ちょっとネジがずれてる女性。

少々浮世離れしている節があり、よくトラブルを起こす。

雪の事をあまてるちゃん(謎)と呼び慕っている。(主に恋愛対象として)

雪以外の事には興味がないようで、いつも後ろをひっつき歩いている。

二大都市、京都の出身で”組織”からの命令で雪の監視と護衛を命じられているらしい。

”組織”の開発した対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)を常に携帯している。

実はエアーのプチプチを潰すのが大好き。

 

【挿絵表示】

 

羽間(はざま) 鏡花(きょうか)

雪や留美子が所属するサークル"さぶかる"のリーダー。

女性 20歳 身長172cm 体重64.6kg Cカップ

茶髪の、本人から見て左のサイドアップ。 瞳はライトブラウン。

帝都大学3年生。

しっかり者で、個性の強いメンバーをうまく纏めている。

その分気苦労も多く、貧乏くじを引く側の人間である。

成績も優秀な優等生で、将来は政治家の道を目指している。

政治家となった暁には、萌え文化を発展させようと考えている。

 

【挿絵表示】

 

大久保(おおくぼ) (あおい)

雪達の先輩で、同じサークルの所属。

女性 20歳 身長158cm 体重54.1kg Dカップ

金髪のカールのかかったミディアム。 瞳はダークパープル。

帝都大学3年生。

おっとりとしたお嬢様育ちで、いつもマイペース。

サークル内では衣装作成を担当し、雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。

一方でマーケティング能力は高く、コミマでの売り上げはしっかりと利益を上げている切れ者でもある。

親は大企業の社長で、活動費は全て彼女が賄っている。

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 狐が嫁にやってきた!

「ご主人様、今までありがとうございました。」

 

 

 妖狐は前に立ち、両手を広げる。 その体は半透明で、今にも消えてしまいそうになっていた。

 

 

「この世界を守るためならこの命、惜しくはありません!」

 

「いや、そういう作品じゃねぇでしょ。」

 

「やっぱりダメです?」

 

「当たり前でしょうがぁ!(ハリセンアタック)」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 ガイア2大都市の一つ、帝都。 多くの若者は、この地を目指す。 時代の最先端、あらゆる技術、娯楽が集う場所。

 

 

「雪、やっと来たか。」

 

「ごめんなさい先輩、ちょっと野暮用で。」

 

 

 田舎娘の私には、その全てが眩しくて……

 

 

「夏コミの新刊なんだが――」

 

 

 でも、夢を叶えるためにはこの大都会に進出するのが近道であるわけで。

 

 

「もうショタ本は勘弁してくださいよ! あのコス恥ずかしかったんですから!」

 

「結構人気だったじゃないか~」

 

「あれ、今日は留美子(るみこ)大久保(おおくぼ)先輩も来てないんですか?」

 

「二人共、休みのようだな。」

 

 

 実際、慣れぬ地でテンションが上がっているのも確かで。

 

 

「なるほど、あの留美子がねぇ。」

 

「いつもお前についてるものな、金魚の糞みたいに。」

 

 

 ただただ、この平穏が続いてくれたら嬉しいなぁと思うわけです。

 

 

「またそんな表現…… ん、ごめんなさい、おばちゃんから電話が。」

 

「うむ。」

 

 

 しかし、現実は甘くないわけで――

 

 

「えっ? 荷物? 今日届くって勘弁してよ!」

 

「うん、トラブったか?」

 

「なんかおばちゃんが荷物送ったらしくて、ごめんなさい打ち合わせは今度で!」

 

 

 私が望もうと望むまいと、トラブルはやってくるのだ。

 

 

「まったく、あまり時間がないんだからな!」

 

「ごめんなさーい!」

 

 

 私は坂本(さかもと) (ゆき)。 平和を愛する花の大学生だ。 成績ノーマル、運動神経程々、まさにモブキャラの鏡!

 そんな私でも夢がある。 漫画家になるという、わりとよくある夢だ。 そのために大学のサークル活動で同人誌を書いてたりする。

 

 

「ふぅ、ギリギリ乗れた……」

 

 

 なんとか電車に滑り込むように乗り込む。 これを逃すと、2本分待たなければならない所だった。

 

 まぁそういうわけで、普通が希望の私なのですが……そんな私に神様は一つの悪戯をしました。

 それは日常生活を送るには全く必要の無い力で、むしろトラブルを作ってしまう原因でもある。

 

 電車内に嫌な音が響く――肉を踏み潰したかのような音だ。 しかし、乗客の誰も反応していない。

何故なら、この音は私にしか聞こえていないのだから……

 

 

「はぁ……」

 

 

 ――私は額の汗を拭う。 無意識に、私の視線は窓へと向いていた。

 

 

そう、私に与えられた能力は――

 

 

”お憑がれざまでじだぁぁぁ!”

 

 

 そこには――滅茶苦茶に潰れた顔があった。

 

 

 ――霊や妖怪が見えてしまうというものだったのだ。 しかも、とり憑かれやすいというボーナス効果つきの……

 

 

―――

 

――

 

 

 

”お憑がれざまでじだぁぁぁ!”

 

 

「コイツ、まだついて来てるし。」

 

 

 やっと秋奈町の自宅まで戻ってきた。 背中に面倒なのを背負ったままだが。

 

 

「ふっ、だが貴様もここまでなのだよ!」

 

 

 私は勢いよく玄関の扉を開き、中に駆け込む――それと同時に肩が軽くなるを感じた。

 

 

「肩が重く感じるなら胸の重さがいいわ。」

 

 

 さすがおばちゃん印の神域(かむかい)――こいつは強力すぎる! 神域とは、まぁ言うなれば結界のような物である。 霊や妖怪はこの中に入る事は出来ず、私に敵意を持っているならば強制退出となるわけだ。

 この家はおばちゃんが用意してくれたもので、家具も全て揃って家賃もタダ! 貧乏学生には大変助かる理想のマイホームなのだ。

 私は扉に備え付けのポストに不在票が無いのを確認し、玄関に鞄を投げ捨てて座り込む。

 

 

「ふぅ、なんとか間に合ったか。」

 

 

 ほんとおばちゃんには困ったものだ。 こういう事は事前に連絡して欲しいのだが――私にだって色々予定があるわけで、そろそろ夏のコミマに向けた打ち合わせだってしなきゃいけない。 こう見えても色々と忙しいのだ――そういうお年頃だしね!

 あぁでも、私には恋人はいない――正確に言うと邪魔になるので作っていない。 勘違いされたくないのでもう一度言おう、作れないのではなくて作らないのだ!!

 

 

「まだ来ないのかなぁ~」

 

 

 電話で聞いた話では、指定した時刻を30分は過ぎているが業者が来る気配はない。 トラックの音も聞こえてこないし、人の気配も……

 

 

「こんにちわ、コンコン急便です。」

 

「はーい!」

 

 

 ――玄関を開けると、青い制服のお兄さんが荷物を持って立っていた。

 

 

「ハンコお願いします。」

 

「えっと、サインで~」

 

 

 私は伝票にサインして荷物を受け取る。 しかし――ナニコレ、玉手箱? 無駄に漆塗りっぽい綺麗な箱。 それに何か掘ってある――菊? なんでこんな箱で荷物送ってきたんだろ? というか伝票張ってないよねこれ。

 

 

「ちょっとすみま、あれ?」

 

 

 荷物を返そうと顔を上げると、宅配のお兄さんはもういなくなっていた。

 

 

「私への荷物よね?」

 

 

 ――なんだか非常に嫌な予感がした。 開けたらこう、何か取返しのつかない事が起きそうな予感――そう、人生全てが変わりそうな感じだ。

 そんな事ありえないはずなのだが、私の直感は警鐘を鳴らしている。

 

 

「ええい、ままよ!」

 

 

 私は、蓋に手をかけて勢いよく開け放った。 それと同時に、急に中から大量の煙が湧き出て視界を奪う。

 ちょっと、私まだおばあさんになりたくないよ!? やはりこれは玉手箱だったのか!

 絶望に苛まれ、私は頭を抱える。 明日からの大学どうしよう――ふと、そんなどうでもいい事が頭をよぎった。

 

 

「旦那様!」

 

 

 凛とした女性の声が響く。 一体今度は何が……

 徐々に晴れていく霧――開けた視界の先に、その声の主を捉える事が出来た。

 

 

(わたくし)、貴方様の嫁となるために参りました菊梨(きくり)と申します。

 不束者ですが、どうか宜しくお願い致します。」

 

 

 そこにいたのは、狐耳と尾を持った、全裸の変態露出狂だった。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告ー

「さてさて、ついに始まっちゃったわよこの問題作!」

「ついに私(わたくし)達の愛の物語が語られていくのですね!」

「そんな事はないっす。」

「え? これ百合小説だって聞いたんですけど?」

「私はギャグ小説って聞いたんだけど?」

『どっちなのよ!(どっちなんです!)』

「次回、第二話 もしもしポリスメン!」

「ちがーう!(ハリセンアタック) 次回! 第二話 命短し恋せよ乙女。」

「ところで、ご主人様のそのハリセンってなんです?」

「それは後々分かるわ。」

「なるほど、では皆さま、次回をお楽しみに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 命短し恋せよ乙女

 教えて、よーこ先生!

「はーい皆さん、こんこんわ。 教えて、よーこ先生のコーナーですよ。
 このコーナーでは、皆さんが分からなそうな世界観や設定をお話していくわね!
 では、今回はこれ!」


~ガイアってどんなとこ?~


「はーい、ふぉっくすらいふの舞台ですね。 ガイアっていうのはこの惑星の名前ですね。
 人が住める星という意味では、皆さんの地球と変わりませんね。」
 
「このガイアって星は、大きく分けて二つの勢力があります。
 帝都と京都ですね、みなさんも似たような名前を知ってるかもですが、全くの別物なので勘違いし ないように。」

「帝都と京都は、約800年ほど前に戦争をしてたんだけど、今はもう仲良しさん!
 その時に年号が帝京歴になったらしいわよ!」

「あら、もうこんな時間! 今回はここまでね。
 ではまたこのコーナーで会いましょ!」

「菊梨、何してるの?」

「ぁ…… あでぃおす!」


―前回のあらすじ―

 おっす、私坂本 雪、青春を謳歌する普通の女子大生! ちょっと人とは違う能力があるけど、そこはまぁ流してちょーだい。

 

 ドノーマルな人生を歩む予定だったんだけど、今私の目の前に大きな障害が現れたわけで……

 なんか、(わたくし)、貴方様の嫁となるために参りました菊梨(きくり)と申します。 ――とか言っちゃってまぁ、露出狂が何言ってんねん! って話よ。

 さてさて、どうしたものやら――

 

 

 

 

 

「貴女に届けこの思い♪ 恋の狐火が燃え上がる♪ 365日ずっと貴女の隣に寄り添いたいの♪」

 

「何歌ってるの?」

 

「OP曲、”恋の狐火(フォックスファイア)”ですよご主人様!」

 

「アニメじゃないんだから、そんなもんいらんでしょうがー!」

 

「別にいいじゃないですかぁ……」

 

「こんな駄狐無視して、始めるわよ!」

 

 

 

 

 

「あ、もしもしポリスメン?」

 

「ちょっと、どうして警察に通報してるんですか!」

 

「いや、だって露出狂が現れたわけだし?」

 

 

 まぁ、まだ電話したわけじゃないんだけどね。

 露出狂は必死に私の腕を掴んで止めようとしてくる。 ――って、ちょっと力強すぎない!?

 

 

「いたい、痛いから! 通報してないから放しなさいよ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

 露出狂は本気で凹んでいるご様子。 というか、こいつ何者なの?

 記憶を整理するに、荷物を開けた後に発生した霧、その後にコイツは急に湧き出た事になる。 ――うん、普通じゃないよね。

 

 

「ところで、アナタ誰よ?」

 

「先程名乗ったではないですか、菊梨です。もう旦那様ったらぁ……」

 

「なんか既にもう旦那扱いなんですが、というか私女なんですけど!?」

 

「そんなに照れないでください、(わたくし)だって恥ずかしいのですよ。」

 

 

 あれれ、おかしいなぁ? なんだか会話が成立してない気がするんだけど。 そうだ、きっとこれは夢だ、そうに違いない!

 右と左の頬を同時に抓る。 ――痛い。

 スマホを取り出して日付の確認。 帝京歴785年、4月19日、天候晴れ。

 うん、紛れもない今日その日だ、朝にも見たしね。

 

 

「旦那様?」

 

「菊梨――だっけ?」

 

「はい!」

 

 

 露出狂――菊梨は、花のような笑顔を咲かせた。 こう見ると美人だな、頭にある狐耳に目を瞑れば。

 

 

「あんたってさ、妖怪なわけ?」

 

「――はい、その通りです!」

 

 

 少し間を空けてそう答えた。 でっすよねぇぇ!!

 元々憑かれやすい私だけど、今回はとびっきり面倒なのに掴まったようだ。 なんと言ったって、おばちゃんの結界を抜けて来た相手なのだから。 これはおばちゃんに連絡してどうにかしてもらうしか道はないだろう。

 

 

「そ、それでさ…… なんで私が旦那様なわけ?」

 

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 

 目を輝かせ、鼻息も荒くなっている。 もしかしてこれ、地雷踏んだ?

 嫌な汗が背筋を流れる。 私、明日を迎えられるのかな……

 

 

―――

 

――

 

 

「つまり、私の前世が菊梨の旦那様だったと?」

 

「その通りでございます!」

 

「へ、へぇ…… 今の世の中そんな事も分かるのね。」

 

「はい! 今は妖怪向けにそういうサービスがありまして――」

 

「待って、なんかそれ以上は言ったらダメな気がする。」

 

 

 触らぬ神に祟り無しよ、きっと踏み越えてはいけない領域があるのよ。

 

 

「ん? ともかくそういうわけなのです、旦那様。」

 

「うん、大体わかった。」

 

「では!」

 

「もちろん却下だ!」

 

 

 前世だろうがなんだろうが、今の私には何も関係ねぇ! って言っても帰ってくれないですよね? だって捨てられた子犬みたいな目でこっち見てるもん。 何? 同情誘って家に置いてもらおうってやつ?

 

 

「じー」

 

「却下!」

 

「じー、じー」

 

「そんな目で私を見るな!」

 

 

 痛い、良心が痛いよぉ…… どうすればいいのよもう!

 

 

「そもそもね、あなたを飼う余裕はこの家に無いの? おk?」

 

「自分の生活費くらいは稼げますよ?」

 

 

 自分で稼げるとな。 やはり夜の街でアレなお仕事をするわけですな、露出狂だし。

 

 

「ってかあんた! いい加減服着なさい!」

 

「あ――」

 

 

 何その、今思い出したみたいな顔は。 嘘でしょ、まさか気づいてなかったってわけじゃ――

 

 

(わたくし)としたことが、恥ずかしいです///」

 

「だめだこいつ、早くなんとかしないと。」

 

 

――

 

 

 

「わぁ、ありがとうございます旦那様!」

 

「ま、まぁ裸よりはマシじゃない?」

 

 

 胸囲の差で私の服のほぼ全ては全滅だった。 もしやと思い取り出した、着物と長羽織でなんとか露出狂状態は止める事が出来たわけだ。 問題は、思いっきり胸がはだけてしまっている事だろう。 このバカ乳め、マジゆるさん。 うらやまけしからんぞ!

 

 

「赤の着物に花柄の長羽織、似合ってます?」

 

「あぁ~はいはい似合いますよ、どうせ私じゃ無理ですよー」

 

 

 おばちゃんが買ってくれたものだが、正直袖を通す勇気が無かったというのが本音である。 しかしこう見ると、どこかのお姫様みたいに綺麗だなぁ。

 

 

「っと、それと下着は後日買いに行くとして、部屋は――」

 

(しとね)を共にさせていただきたいです!」

 

「おいこら、何調子乗ってるの!」

 

 

 少し優しくしたら、この狐はすぐに調子に乗る。 これは徹底的なしつけが必要かしら。

 

 

「仕方なく! 心の広い私が! 情けをかけて住ませてあげるのよ! そこの所分かってる?」

 

「もちろんでございます!」

 

 

 本当に分かっているのだろうか? 既に頭が痛くなってきた……

 

 

「まぁいいや、まずは私の部屋の掃除からやってもらおうかねぇ。」

 

「分かりました旦那様!」

 

「あとそれ、旦那様禁止。」

 

 

 流石に女性の身で、旦那様と呼ばれる事に喜びは感じない。 せめてここだけは改善してもらわないと。

 

 

「えっと、ではなんとお呼びすれば?」

 

「いや、普通に名前で呼んでくれていいよ?」

 

「それは絶対ダメです!」

 

「あっそう……」

 

 

 果てしなくめんどくせぇぇ!

 

 

「では――ご主人様で!」

 

「もうそれでいいや……」

 

 

 妥協大事、うん。 今度の休みの日にでも、おばちゃんに相談の電話してみようかなぁ、私じゃきっとどうしようもないだろうし。 ――って、待った待った、すてぇぇぇい!

 

 

「私のコレクションを捨てようとするなぁぁぁ!」

 

「え、ゴミじゃないんですか?」

 

「当たり前よ! 私の大事な同人誌コレクションに、アニメのBD、そしてプラモデル達!

 全部宝物なのよ!」

 

「なら綺麗に片づけておけば……」

 

「はい、その通りですね、片づけられない女ですんません。」

 

「なら一緒にやりましょ? ご主人様と一緒なら頑張れます!」

 

「しゃぁない、やるかぁ……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

 

 ――寝不足だ。

 大学の教室の中、欠伸を噛み殺しながら席に座った。

 確かに部屋は綺麗になった、なるにはなったさ。 むしろ見違えるほどで、どこに何があるか分からないレベルになっている。 そこまではまだマシだった。 まさか、菊梨があそこまでアニメに興味を持つとは…… やはり妖怪にとっては物珍しいんだろう。 お蔭様で、そのアニメの視聴に付き合わされて寝不足なんですけどね。

 

 

「ご主人さまぁ!」

 

 

 ほら今だって、大学にいるはずなのに菊梨の声が――

 

 

「ご主人様、見つけました!」

 

 

 ほら、柔らかい何かが背中に押し付けられる感触が――

 

 

「……」

 

「ご主人様?」

 

「なんで、あんたがここにいるのよー!」

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

そして、その二人の様子を見る女性が一人。

 

 

「危険因子、排除しなければ。」




―次回予告―

「突然大学に現れた菊梨、そして謎の影の正体! 一体私はどうなってしまうのやら!?」

「大丈夫ですよご主人様、私(わたくし)が命に代えてもお守り致します。」

「そ、そこは確かに安心なんだけどさ、相手が悪いと言いますか。」

「もしかして、ご主人様の知り合いの方なのです?」

「えっとそれは……」

「任務了解、攻撃開始。」

『出たぁぁぁ!』

「次回、第三話 最凶の好敵手(ライバル)、猿女 留美子登場。 読まない人も、粛清対象。」

「もうやだこの子。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 最凶の好敵手(ライバル)、猿女 留美子登場

 教えて、よーこ先生!

「はーい皆さんこんこんわ、教えて、よーこ先生のコーナーですよ。
 このコーナーでは、皆さんが分からなそうな世界観や設定をお話していくわね!
 では、今回はこれ!」


~帝都ってどんなとこ?~


「前回の続きになりますね。 帝都と京都の2大勢力がある事はお話しましたね?
 帝都領はガイアの北半球に位置します。 逆に南半球は京都領ですね。」

「面白い事に、帝都と京都の首都は同じ日本大陸にあるのです!
 その大陸だけ領土を二分している状態ですね。 過去に起きた戦争はこの日本大陸の取り合いだったのですよ。」

「帝都は工業や科学技術の向上を主とした国家で民主主義の体制をとっています。
 まぁ皆さん達の暮らす日本と同じようなものですね。」

「――おっと、もう時間切れですね。ではまたこのコーナーで会いましょ!」

「あでぃおす!」


―前回のあらすじ―

 結局、露出狂狐に折れた私は奇妙な共同生活を始める事になってしまった。

 ああ神よ! なんて私は不幸なのでしょうか! やはりこの世に神も仏もいないのですか!?

 

 そこまではいいとして、挙句にこの狐は学校にまでついてきやがりましたよ。 お願いだから私に平穏を下さい、お願いしますから!

 そして何やら怪しい影まで動き出してどうなるのこれ? ――君は、刻の涙を見る。

 

 

 

 

 

「危険因子、排除しなければ。」

 

 

 二人の様子を見る女性が一人。 黒のスーツと短めのタイトスカート、とても大学生には似つかわしくない姿だ。

 

 

「っていうか、どうやって大学に入ってきたわけ?」

 

「えっと、色々と記憶を改ざんしてきました!」

 

 

 うわぁ、眩しい笑顔で恐ろしい事言いやがりますよこの狐。 というか、流石に耳は隠してきてるわけね。

 昨日とは違い髪は茶髪に、瞳の色もダークグリーンへと変わっている。

 まぁそれでも、私が昨日渡した服を着ているからすぐに判別がつくわけだけど。 というかその恰好、思いっきり目立ってますよね?

 

 他の学生達の視線が注がれているのが分かる。 わかるよ男子達、この爆乳に惹かれないわけがないよねぇ。 はち切れんばかりに溢れてるもんねぇ――ぶっとばすぞ!

 

 

 

「ともかく、ここでは大人しくするのよ?」

 

「分かりましたご主人様!」

 

 

 変に騒がれても困るし、成すがままに流される方が楽だ。 それでも軽い騒ぎにはなっていそうだが……

 はぁ、先が思いやられる。

 

 

「って、言ったそばからどこいったぁ!」

 

 

 すぐ隣にいたはずの元凶は、その姿を消していた。 私は慌てて教室を飛び出し、廊下を見渡す。

 

 ――いた!

 

 その後ろ姿を確認し、急いで追いかける。 今は目立ちやすい恰好に感謝だ。

 

 

「待ちな――」

 

 

 その時、時間が止まった。

 

 

――

 

 

 

「――」

 

 

 ――現状確認。 手足は動かない、視線も動かせない。 何がどうなった?

 

 

「貴女、何者ですか?」

 

「教えない。」

 

 

 菊梨の声だ、そしてもう一人は――間違いない、猿女(さるめ) 留美子(るみこ)だ。

 すっかり忘れていた、この学校に()()()がいるという事を。

 

 

「これは疑似的に神域(かむかい)を展開するもの。 こうすれば周りに被害は出ない。」

 

「そういう気遣いは出来るのですね。」

 

「当然、施設内での戦闘も想定してる。」

 

 

 そう言って留美子は胸元から銃を取り出す。 私はアレを知っている、対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)だ。

 

 

「目標補足、攻撃開始。」

 

 

 ちょっと! 私が教えた台詞を真面目な顔で言わないでよぉ!

 

 銃声が戦いの合図となった。 真っ直ぐ飛来した銃弾を菊梨が左手の手刀で弾くと、留美子が左足で回し蹴りを放つ。 それを右腕で受け、左足でのハイキック! 蹴りは留美子の額を掠め、2発撃ち込みながら後方へと飛び退く。

 

 なんだこれ、いつからバトル物のお話になったのよ。 というか二人のやりとりがなんで私に見えるわけ? この時間を止められた状態が影響してるのだろうか。

 

 

「人間にしてはやりますね。」

 

「妖怪の最上位種、初めて見たけど手強い。」

 

「貴女が何者か知りませんが、(わたくし)とご主人様の邪魔をするなら容赦はしません!」

 

 

 菊梨の纏う妖力が一気に跳ね上がる――髪は金髪に戻り、狐耳が姿を現す。瞳も本来のライトブルーへと変色する。 恐らくは本気という事なのだろう。

 

 これ、まずいよね?

 

 私の脳裏に浮かんだのは留美子の死だった。

 

 

「負けない、あまてるちゃんのためにも。」

 

「行きますよ!」

 

 

 だめだめだめ! 絶対止めなきゃ! 動け!動け!動け! 私のポンコツボディ! 今やらなきゃ、留美子が!

 

 

「すとぉぉぉぉっぷ!! ――げふん。」

 

 

 盛大にコケた。 しかも顔面から。

 

 

「ご主人様!」

 

「あまてるちゃん!」

 

 

 二人が叫んだのも、また同時であった。

 

 

――

 

 

 

「うーん、ポテチはのり塩がいい……」

 

「寝ぼけてないで、しっかりして下さいご主人様。」

 

「あれ、菊梨? ここどこだっけ?」

 

「あまてるちゃん、無謀すぎ。」

 

 

 目を覚ますと、先程と同じ廊下に寝転がっていた。 正確には菊梨に胸枕されていた、やわらかぁい。 留美子も心配そうに私を見ている。

 

 

「よかった、止められて。」

 

「どうやって、神域(かむかい)を抜けて来たの?」

 

 

 不思議そうに留美子がそう尋ねる。 どうやってと言われてもねぇ。

 

 

「根性でぶち破ったとしか言えないよ。」

 

「全く、あまり無茶をしないで下さいね?」

 

「ごめん、今回のは私の落ち度だわ。 留美子の事を伝えるの忘れてた。」

 

 

 留美子は”組織”とかいうのからの命令で、私の監視と護衛を命じられているらしい。 本業は人に害を成す、妖怪や幽霊の退治だ。

 妖怪である菊梨を狙ってくるのは予想出来たはずだ。 それをまず伝えるべきだった……

 

 

「ご主人様が無事ならば、(わたくし)はそれでよいのです。」

 

「うーん、それだと私の気が済まないから、今度埋め合わせするよ。」

 

「それ、本当です!?」

 

 

 まずい、これは失言だったか? 明らかに菊梨は目の色を変えた。

 

 

「あまてるちゃん、私にも事情話して。」

 

「そうね、留美子にも話しておかなきゃね。」

 

「あと、私にも埋め合わせ。」

 

「あ、はい……」

 

 

 口は災いの元、確かにそうかもしれない。 埋め合わせ、どうしようか――

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「よし、今回の次回予告は留美子がお願いね。」

「ご主人様! 私(わたくし)はクビなんですか!」

「そういうわけじゃないから、今回は留美子にお願いしたいだけ。」

「ま、まぁそう言うなら……」

「じゃあ打ち合わせ通り宜しくね!」

「――わかった。」

「埋め合わせのために訪れた遊園地。」

「楽しい時間となるべきデートは、恐怖の時間となる。」

「両手に凶器となった雪の運命はいかに。」

「第四話 ハラハラドキドキデートタイム。」

「次回も、サービス、サービス。」

「はい、よく出来たわね留美子。」

「えへへ。」

「次回も読んで下さいましね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 ハラハラドキドキデートタイム

 教えて、よーこ先生!

「皆、今日は私が代理役。」

「今回は、コレ。」


~霊銃(レイガン)ってどんな武器?~


「霊銃は帝京歴760年に正式採用された、対霊・妖用兵器。」

「私の霊力を弾丸にするから弾は必要ない。」

「デザイン元はベレッタ・モデル92、性能も同じくらい。」

「他にも、組織の兵器はいっぱいある。」

「また機会があれば教えてあげる。 あでぃおす。」


―前回のあらすじ―

 強敵と書いてともと呼ぶ。 なーんって事はありませんが、仕方なく休戦となりました。 (わたくし)としてはとても不服なのですが、ご主人様のお願いなら仕方ないです!

 そ・れ・に、デートの約束も出来ましたしね! あぁもう楽しみでございます!

 

 

 

 

 

「諸君、状況はかなり厳しい。 7月のコミマまで残り3か月を切った。」

 

「そうですわねぇ。」

 

「なのにだ、この状況……」

 

「私と、鏡花ちゃんしかいませんわね。」

 

「雪達はどこいった!」

 

 

 部屋の中に、鏡花の悲痛な叫びだけが響いていた。 それを眺めながら、葵は優雅に紅茶を飲んでいた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「今、羽間先輩の声が聞こえた気がした。」

 

 

 新刊の締め切りが近いのに、遊園地になって遊びに来てるせいかな…… しかし、こうしなければ前回の件は収まりがつかなかった。

 そうだ、必要な犠牲なのだ。 ――うん、新刊は間に合わせるから許してね先輩達。

 

 

「お待たせ。」

 

「おはよう留美子。」

 

 

 あら珍しい、今日は私服なのね。 しかし短いスカートだなぁ、アレ下着見えちゃうんじゃないの。

 

 

「あまてるちゃんのエッチ///」

 

「いやいや、そういう勘違い起こす発言はやめよ!?」

 

「――ご主人様?」

 

 

 あれれ、背後から死線を感じるなぁ、視線じゃないよこれ!

 

 

「ああー! さっさと中に入るわよ!」

 

「もうご主人様!」

 

 

 逃げるが勝ちってね! 命がいくつあっても足りないわ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ご主人様! どれに乗りますか!」

 

「うーん、どうしようかねぇ。」

 

 

 メリーゴーランド、コーヒーカップ、なんて平和な乗り物ばかり。 やっぱり小さい地元の遊園地じゃこんなもんか。 もうちょい遠出すればよかったかなぁ。

 

 

「というか、あまてるちゃん。」

 

「なぁに?」

 

「なんでいつもと同じ格好。」

 

 

 留美子が痛い所をついてくる。

 だって仕方ないじゃない、普段の休日は引き籠りなんだからぁ! 大学行く用の服と、コスプレくらいしか家にはないのよ! あ、あと皆には内緒な趣味でのゴスロリ服も少々……

 

 

「それは聞かないで。」

 

「ふっ。」

 

「今鼻で笑ったでしょ!」

 

「大丈夫、そんな事で嫌いにならない。」

 

「なんかすごい傷つくんですけど。」

 

 

 菊梨の買い物に付き合った時に何か服を買うべきだったか。 ――また菊梨の視線が痛い。

 二人っきりで話すのは危険だ。

 

 

「あれ~、あの着ぐるみ何かなぁ!」

 

 

 丁度視界に入った、ブサイクなクマの着ぐるみを指さす。 私の代わりに犠牲になってくれ!

 

 

「えぇ、可愛いですよあの子。」

 

「うん、可愛い。」

 

 

 なんで私の意見が完全否定されてるんですかー! しかも何故かクマの着ぐるみはこちらに近づいてくる。 ブサイクというかなんというか――

 目は左目がなく、右手は解れて綿が飛び出ている。 ってか、なんで綿が赤色に染まってるんですかねぇ?

 

 

「……」

 

 

 なんだろう、普通じゃないよね。 二人も流石に真剣な雰囲気に変わっている。

 

 

「タノシンデネー!!」

 

 

 頭に響いてくるような声――間違いなくこの世の者ではない。 そして臨戦態勢に入る二人。

 

こういう時は――

 

 

「よーし! 観覧車に乗ろうか!」

 

 

 私は二人の手を引いて走り出す。 こんな場所で暴れ出したらどうなるか分からない。

 

 

――

 

 

 

「ふぅ……」

 

「あまてるちゃん、どうしたの?」

 

「ご主人様、顔が真っ青ですよ?」

 

「うん、なんか見ちゃいけないモノを見てしまってね。」

 

 

 オフの時くらいそっとしておいてよぉ…… 私が何したっていうの! ――あぁ、確かに悪い事はしてたな、ごめんなさい先輩達!!

 

 

「その冗談、笑えない。」

 

「全くです。 だってここは――」

 

「ん、ここは?」

 

 

 何故か沈黙する菊梨。 ナンデス、ナンデスカ。 押し黙ったら怖いじゃないですかぁ!

 

 

「――廃墟じゃないですか。」

 

「え?」

 

 

 廃墟? ここが?

 ちょっと待った、確かに私はここをネットで調べて、住所だってスマホのナビで確認して来たのに。

 

 

「ご主人様の趣向だと最初から思っていたのですが。」

 

「私もそう思ってた。」

 

「お二人さん、最初から分かってたの。」

 

 

 同時に頷く二人。 知らなかったの、私だけかよぉ! これが人のする事かー! ――まぁ狐と人でなしですけどね。

 観覧車の窓から外を眺める。 案の定、人じゃないモノが蠢いていた。 うーん、これ観覧車に乗ったままで大丈夫かなぁ。

 

 

「あまてるちゃん、ここやばいかも。」

 

「ですよね。 もしかして落ちちゃうとか? アハハ……」

 

「はい、落ちますね。」

 

 

 留美子は観覧車の扉を蹴飛ばして霊銃を構える。 あの、下ですごい音しませんでしたか?

 

 

「ご主人様、私の背中に!」

 

「ずるい、でも今は我慢する。 代わりに突破口は私が開く。」

 

 

 なんて頼もしい二人なんでしょうか。

 私は菊梨の背中におんぶされる形でしがみついた。

 

 

「神様仏様お狐様、お守り下さい。」

 

「いきます!」

 

 

 二人同時に観覧車から飛び出す。 わぁ、お空を飛んでるみたいぃぃ――!! さながら天然のジェットコースター! 問題は、私がジェットコースター苦手だという事だ。 ――このまま意識失うのもありかな?

 ごめんよ、私には無理でした、ほんとにごめんよ…… 私は抵抗する事なく意識を手放した。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「――知らない天井だ。」

 

 

 なんて事はなく、自室のベッドで目が覚めた。

 

 

「ご主人様! 心配しましたよ!」

 

「ごめんごめん、ちょっと気持ち悪くなっちゃって。」

 

「えぇえぇ、あの後盛大にリバースしてましたとも。」

 

「うそん。」

 

 

 いやだ、ゲロインなんて汚名は……

 

 

「というのは冗談です。」

 

「あはは、ですよね。 そういえば留美子は?」

 

「私達二人の愛の巣に入れるとお思いですか?」

 

 

 菊梨さん、顔が怖いですよ。 その笑顔は狂気が含まれてますから。

 

 

「そこはノーコメントで……

 でもごめんね、せっかく楽しませてあげようと思ったのに。」

 

「いえ、(わたくし)は楽しかったですよ。」

 

 

 楽しかったのか。 なんというか、それなら良かったのかな?

 

 

「でも、一つだけ不満な事があるのです。」

 

「何ですかな?」

 

「ご主人様、目を瞑って下さい。」

 

「んー?」

 

 

 よく分からないが言われたままに目を瞑る。 待て、こういう流れってアレじゃないの? ほら、リア充がよくやるやつ、えっと――

 

 思考している間に、その行為は実行されていた。 唇に柔らかい感触、それが菊梨の唇だと理解するのにさほど時間はかからなかった。 抵抗する間もなく、固く閉じた唇は開かれて菊梨の舌が口内に――

 

 

「すとっぷ、すとーっぷ!」

 

「あん、いけずぅ。」

 

 

 私は正気に戻り、慌てて菊梨と距離を取った。 今のはほんと、マジで危なかった。

 

 

「あんたは何やってるの!」

 

「接吻ですよ。 デートには付き物ですよ?」

 

「それはそうだけど、いやだって私達は女同士だから、だからこういうのは良くないと!」

 

 

 明らかに挙動不審で言葉を上手く紡げない。 だってこんな、私の、私の……!

 

 

「夫婦なのですから当然ですよ。 愛の前に性別なんて壁にもなりません。」

 

「だからもう!! 私のファーストキスを返してぇ!!」

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「ご主人様のファーストキス頂きました! やったぜ。」

「菊梨、貴女キャラ変わってない?」

「あら嫌ですよ、そんな事ありませんよ?」

「狐、まじ怖い。」

「でもご主人様、次回出てくる妖怪の方がもっと怖いですよ?」

「えっ、次は妖怪が出てくるわけ?」

「はい、とっても怖いやつが!」

「もう勘弁してよぉ。」

「第五話 スカート捲り妖怪かまいたちの恐怖!」

「どういう事なの……」

「次回もお楽しみに!」

「ハッキシ言って、面白カッコいいぜ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 スカート捲り妖怪かまいたちの恐怖!

「ふんふん~♪」

 

 

 鼻歌混じりで秋奈町の商店街を歩く私。 原稿の気分転換で買い物に来たわけなのだが、今日の私はいつもと違うのだ!

 胸にはたっぷりパットを詰め、フリフリたっぷりの黒ゴシックな服。 たまーに着たくなるゴスロリファッションだ。 しかも一人という開放感! 監視役も金魚の糞もいないだけでこれだけ精神的に楽なんて!

 

 

「あぁ、なんて平和なの!」

 

 

 ありがとう神様! 私とても幸せです!

 

 

「あらよっと!」

 

 

 唐突に突風が巻き起こる。 急な事で私の頭の理解が追いつかなかった。 いや、思考は停止していた。

 

 

「可愛いパンツだな、ねーちゃん!」

 

 

 イタチのような姿の動物はそんな台詞を言うと、風のように去っていった。

 そう、今の突風でスカートが捲り上がる事でスカートの中身を曝け出す事になったのだ。 そして、その原因を作ったのはおそらくさっきの奴だろう。

 

 

「――いい度胸ね。」

 

 

 私の楽しみに水を差した罪――その命で償わせてやるわ!

 

 

 

 

 

―前回のあらすじ―

 3人で行った遊園地、楽しかった観覧車、んなわけあるかい! 何よあの遊園地は!! 化け物しかいないじゃない!

 おまけに観覧車からのバンジージャンプで、あわやゲロインになりかけるという悲劇。 最後にはファーストキスまで奪われてほんと踏んだり蹴ったりよ。 ――もう涙が出そう。

 そして今回の件、まじで許さんぞイタチ野郎!

 

 

 

 

 

「イタチみたいな妖怪ですか?」

 

「うん、そんでもって風起こせるやつ。」

 

「うーん、おそらくは”鎌鼬(かまいたち)”ではないでしょうか。」

 

「そいつの情報を教えて! 事細かくね!」

 

 

 奴をぶちのめすためには、まずは情報収集だ。 同じ妖怪である菊梨なら何か知っているかと思ったけどビンゴのようだった。

 

 

「そうですね、かまいたちは旋風に乗って現れては、気まぐれで人を傷つける妖怪です。 基本的に痛みは無くて、すぐに傷も治っちゃうんですけどね。」

 

「あれ、スカート捲りする妖怪じゃないの?」

 

「なんですそれ?」

 

「うーん。」

 

 

 逆に謎は深まってしまった。 もしかして違う妖怪って落ちとか?

 

 

「もしかしてご主人様、かまいたちを見たんですか?」

 

「似てるだけで違うのかも?」

 

「今ではかなり数が減ってると聞きます、保護しないと!」

 

「保護って、天然記念物か何かなの……」

 

 

 もしかして、攻撃したらまずい的な法令が妖怪の中であるのかしら。 もしそうだとしたら面倒な事になるな。

 

 

「それよりもご主人様!」

 

「な、なにさ?」

 

「傷が無いか確認するので脱いで下さい。」

 

「いや、大丈夫だから!」

 

「なら(わたくし)が脱がして確認します!」

 

「やめてー!」

 

 

 こうして、かまいたち(仮)の捕獲作戦が開始するのであった。 あの、目的変わっちゃってるんですが……

 

 

――

 

 

 

「前に見た時はこの辺だったんだけどな。」

 

 

 私と菊梨は秋奈町の商店街エリア、青井デパートの前に来ていた。確かあのかまいたち(仮)と遭遇したのはこの辺りだったはずだ。

 しかし、犯人が同じ場所に都合よく現れるなんてうまい話はドラマだけ――

 

 

「ひゃっほぉ!」

 

「いたー!」

 

 

 都合のいい展開キター!

 

 

「菊梨いくわよ!」

 

「はい、ご主人様!」

 

 

 絶対に逃がさないからね! 捕まえて生皮剥いでやるわ!

 私と菊梨は全速力で走りだす。 当然、性能差で私は置いていかれるわけだが、こっちには地の理がある!

 

 

「菊梨! 目の前の路地を左に曲がって先回りするのよ! 私はこのまま、かまいたちを追うわ!」

 

「わかりました!」

 

 

 菊梨は大きく踏み込んで、まるでゲームのように綺麗な90度カーブを決める。 さっすが妖怪、人間離れしたパワーを見せつけてくれる!

 私はかまいたちの追跡を続行する。 幸い、距離が離される程の速度差はない。 かと言って追いつけるわけでもないが。

 

 

「待ちなさいよ! とっちめてやるんだから!」

 

「待てと言って待つ馬鹿はいねぇよっと!」

 

「そんなの知ってる――わよ!」

 

 

 たまたま足元に転がっていた小石を拾って思いっきり投げつける。 頭で効果がない事は知っているのだが、流石にむかついたのでついやってしまった。

 

 

「いってぇ!」

 

「あ、当たった。」

 

 

 新事実、妖怪に物理攻撃は有効。 幽霊と違って実体があるからとか? それでも見える人にしか見えないし、どういう原理なんだろ。

 

 

「それはですねぇ――っ!」

 

 

 上空より襲来、狐です! 親方! 空から狐娘が!! お前、回り込むって言って屋根を飛び回ってきやがりましたね!

 上空より現れた菊梨は、綺麗にかまいたちに手刀を決めた。 そのまま気絶したかまいたちを抱きかかえる。 ――なんとも鮮やかな手際だ。

 

 

「ご主人様が無意識に霊力を込めたせいですね。 おかげで隙が出来たので楽に捕獲できました。」

 

「私が、霊力を?」

 

「あれ、狙ったやったわけじゃないんですか?」

 

「まったく、むかついたから投げつけてやっただけ。」

 

「――なんと恐ろしい。」

 

 

 私が霊力をねぇ、ここに来て新たな力に目覚めるってやつですか? 覚醒しちゃって妖怪と戦うバトル物にシフトでもしちゃうんですかね!

 などとふざけた思考は置いといて――さてと、コイツをどうしようかした。

 目の前には菊梨の抱きかかえたかまいたちがいる。 煮て食おうか、焼いて食おうか。

 

 

「ダメですよご主人様、かまいたちは要保護って言ったじゃないですか。」

 

「なら私のこの恨みはどこに吐き出せばいいのよ。」

 

「な、なんなら、この菊梨に鞭を打ってくれてもよいのですよ///」

 

 

 ダメだコイツ、早くなんとかしないと。 というかソッチ系がお好みでしたか……

 私は頭を抱えながら深いため息をついた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ね、許してあげましょうよ。」

 

「……」

 

「オイラ達は悪戯が生き甲斐なんです! どうかご容赦を!」

 

 

 かまいたちは私に向かって土下座を繰り返している。 菊梨も許すように横から諭してくる。 私は目を瞑り腕を組みながらソファに鎮座していた。

 話を聞く限り、かまいたちは悪戯が仕事であり生き甲斐であるそうだ。 大昔に調子に乗り過ぎたせいで、多くの陰陽師に狩られて個体数が減ったらしく、今は怪我をさせないような悪戯へとシフトしたらしい。

 その導き出した答えがスカート捲りというのもどうかと思うが。

 

 

「――よし!」

 

 

 私はカッと目を見開く。 菊梨もかまいたちも息を呑み、視線が私へと集中する。

 

 

「判決を言い渡す。」

 

『ゴクリ。』

 

「被告人、かまいたちの飛び助は懲役1年執行猶予2年とする!」

 

「つまり、どういう事です? しかも勝手に名前つけてますけど。」

 

「これから2年の間スカート捲りをやらなきゃ許してあげるって言ってるの。」

 

 

 これでもかなり譲歩した方だ。 本来ならば生皮剥いでetc――な目に合わせたいとこなんだけどね!

 

 

「でもオイラ、悪戯するなって言われても無理だぞ?」

 

「だ・か・ら! 他に考えなさいよ! 禿おじさんのかつらを飛ばすとかさ!」

 

 

 あ、もしかして今まずい事言った? もしかして実行したりなんてことはしませんよね?

 恐る恐る、飛び助の様子を伺う――あぁ、なんか面白そうって顔してますね、これは実行しちゃうパターンですね。

 

 

「それ、面白そうだしオイラやるよ! もう二度とスカート捲りはやらないから!」

 

「あはは、ブチ殺されないようにするのよ……」

 

「じゃあまたな! 白パンのねーちゃん!」

 

 

 プチン――!

 

 

「コラァ戻ってこいやぁ! 生きたまま皮剥いでやろうかぁ!」

 

 

 しかし飛び助は、窓から飛び立った後で、私に追いかける術はなかった。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

「ご主人様のため、少し霊力のコントロールを教えた方が良さそうですね。」




―次回予告―

「ご主人様は身を守るための修行は必要です!」

「そう菊梨に言われ、私の激しい修行が始まるのであった。」

「そう、まず身を清めるために禊です! なので衣服をお脱ぎ下さいませ!」

「ねぇ待って! 自分で脱げるから、こら脱がすなぁ! ァァーー!」

「据え膳食わねば女の恥ですね///」

「床の上の修行なんかしたくないわぁ! そもそも次回はこんな話なわけ!?」

「第六話 ついに覚醒! これが私の霊剣だ!」

「やっぱりバトル物展開になるのこれ!」

「多分そんな事はないと思いますよご主人様。」

「だといいだけどね……」

「では皆さんまた次回!」

「伊達にあの世は見てねぇぜ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ついに覚醒! これが私の霊剣だ!

教えて、よーこ先生!

「はーい皆さん、こんこんわ! 教えて、よーこ先生の時間ですよ!」

「さて、今日のお題はこれです!」


~帝京戦争ってなぁに?~


「帝京戦争っていうのは、800年前にあった帝都と京都の全面戦争の事です!」

「この戦いはなんと15年も続いたそうですよ! 勝った方がガイアの支配権を手に入れられるわけですし、必死だったんでしょうね。」

「結局お互いに疲弊して決着はつかずに泥沼化していたんですけど、そこに和平を結ぶ救世主様が現れたわけです!」

「これは次回説明しますね! では皆さん、あでぃおす!」


―前回のあらすじ―

 突如秋奈町を襲った妖怪、かまいたち! 町の女性のスカートを守るため、かまいたちの野望を砕くために私と菊梨は戦い――勝利した! 更にはかまいたちの罪を許す懐の広さも見せつけて主人公としての格を見せつける私であった。

 でもこれ、バトル物じゃないからね!

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった。」

 

 

 それは1時間前に遡る。

 

 

「いいですか、これからの事を考えるならばご主人様を鍛える必要があるのです。」

 

「修行イベントですかね、そういうのいる?」

 

「必要です! ご主人様のためです!」

 

 

 凄い剣幕で迫ってくる菊梨。 その隣で留美子も何度も頷く。 何故彼女まで私の家に来ているのか不可解なのですが。

 

「あまてるちゃんは、色々引き寄せるから、護身のため。」

 

「そうです! いつでも(わたくし)達が守れるわけではないんですからね。」

 

 

 この二人が一緒にいない状況……? そんな状況を想像してみるが、全くビジョンが浮かんでこない。むしろ絶対ないと言い切れる。

 

 

「ご主人様、今ありえないとか考えませんでした?」

 

「そ、そんな事ないわよ! うんうん、絶対ない!」

 

 

 怪しむように睨まれる。 疑い深い狐さんですなぁ、アハハ。 鋭すぎてこえーわもう!

 

 

「ではそろそろ始めましょうか。」

 

「アレ?」

 

「そうです、アレの修行です。」

 

「あの、アレって言われても分からないんですけど。」

 

「”霊剣”です!」

 

 

――

 

 

 

 から1時間経過しました。 何故か座禅を組まされて瞑想タイムですよ。 これで眠れる力が目覚めるんですかね。

 

 

「集中力が途切れてますよ!」

 

「ご、ごめん!」

 

 

 再び瞑想に集中する。 暗闇と静寂が全てを支配していき、外界から自分がシャットアウトされた錯覚に陥る。 何もない、自分もない、無だけが存在する場所。 ここから光を探せと菊梨は言っていたが、どうしろと言うのだろうか……

 

 まずは感覚を広げてみようか?

 

 辺りを見渡すかのように意識を広げてみる。 やはりどこまでも先は闇しかない、光なんてものはどこにも存在していない。

 やり方が間違っているのだろうか? それとも何か――

 

 ――突然鈴の音が聞こえた。 その音の発生源を探そうとするが、まるで乱反射しているかのように四方から聞こえてくる。

 

 

『だめよ。』

 

 

 今度は声だ。 鈴の音と一緒に人の声がする!

 

 

『貴女は――のよ。』

 

 

 何故だろう、とても懐かしいような、それでいて胸を締め付けられるような感覚。 でも私の記憶には無い声だ。

 

 

『――なんだから大丈夫。』

 

「あなたは、誰?」

 

『菊梨が待っているわ。』

 

「えっ?」

 

 

 急に意識が引っ張られる。 目の前に一瞬人影が見える。 私はその人物に手を伸ばすが――届かない。 瞬間、その人影が微笑んだような気がした。

 

 

「あっ……」

 

 

 ――光だ。 なんだ、こんな近くにあったんじゃん。

 その光に気づいたのは、私が手を伸ばした時だ。 自分の腕が光っているのが確かに見えたのだ。 まるで腕全体を覆うように、光の膜が見えたのだ。

 

 

「ご主人様!」

 

「えっ?」

 

 

 急に現実に戻された。 目を開くと、互いの息が当たるくらいの距離まで菊梨の顔が迫ったいた。 それに割り込むように留美子も顔を近づけていたけど。

 

 

「少々深く入り過ぎていましたので心配しましたよ。」

 

「それどういう意味?」

 

「深層意識的なの。」

 

「な、なるほど。 そうだ菊梨、光が見えたよ!」

 

 

 私は二人から少し距離を置いて右手を掲げる。 目には見えないが、あの光の膜が覆っている感覚は確かにある。

 

 

「流石ですご主人様! では、その光を手のひらに収束させてみてください。」

 

「集めろって? うーん、こんな感じかな……」

 

 

 手に平に、集めて――思ったようにうまく集められないな。

 

 

「全身から、ゆっくりと集める。」

 

「――うん。」

 

 

 時間はかかるけど、少しずつ集まってきているのが分かる。 これが私の霊力ってやつなのかな?

 集められた光は、ついに手のひらで発光を始めた。 それだけ強い力が集まっているという事だろうか。

 

 

「そのくらいで充分ですね。 それを手のひらから放出してください!」

 

「よし――おんどりゃぁぁぁ!」

 

 

 力を一気に解放させる。 手のひらがピリピリと痛みを感じる。

 

 

「見よ! これが私の霊け……ん?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 三人同時に沈黙した。 確かに出たには出た。 そう、霊剣は出たのだ! だがどうだ? この剣はおそらく何も切り裂く事は出来ない。 絶対に無理だ、そう断言出来る。

 

 

「あのさ、こういう失敗とかありえるんですか先生方?」

 

『絶対無い。』

 

 

 二人は声を揃えてそう答えた、絶対に無いと……

 

 

「じゃあこれはなんなのよ!」

 

 

 私の手に握られた霊剣は、ハリセンの形をしていたのだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 結局、あれから何度試しても出てくるのはハリセンだった。 これは前例にない事だそうで、本来ならば放出された霊力は自動的に剣の形になるらしい。 だからこそ直し方も分からないわけでどうしようもないそうだ。

 

 

「一応これ、霊剣としては機能してるのよね?」

 

「そのはずです。 妖怪や霊体にダメージを与えられるはずですよ。」

 

 

 なるほど、目の前に丁度いい試し斬り相手もいるわけだし。

 

 

「チェストぉぉぉおお!」

 

 

 私は思いっきり菊梨目掛けて霊剣(ハリセン)を振り下ろした。 最強の妖怪ならこの程度で死んだりはしないでしょ!

 ハリセンアタックが炸裂したと同時に綺麗な音が響いた。 なんだろう、凄い快感!

 

 

「ご主人様何するんですか!」

 

 

 菊梨は涙めになりながら叩かれた頭を擦っている。 やはりだ、何か沸き上がる感情がある。 間違いないこれな――

 

 

「切り捨てごめぇぇぇ!」

 

「ひぃ!」

 

 

 きもちぃぃい!

 

 勇者はSに目覚めた! なんていうテロップが出てきそうだ。 菊梨の表情が、正直言うと凄いそそるんですよ! いやぁ知らなかったなぁ。

 

 

「ざまぁ。」

 

 

 留美子がその光景を見ながら毒を吐いた。 協力しているようで、やはりは敵同士と言った所か、彼女にとっては望ましい光景のようだ。 まぁ、私には関係ない事だけどね!

 

 追加で2発程叩いたあと、この霊剣(ハリセン)に感謝した。

 ありがとう、これで私も戦えるよ! ナニと戦うかは知らないけどね! とりあえず目の前にいる狐へと対抗手段として非常に重宝しそうだ。

 

 

「そうだ、結局あの人影ってなんだったんだろ。」

 

「何か見た?」

 

「そうなのよ。 瞑想の最中にね、鈴の音と声がして――」

 

「――ご主人様。」

 

 

 背筋にゾクりと悪寒を感じる。 菊梨はこんな冷たい視線を飛ばすような狐だっただろうか? とても冷ややかで、今にも人を殺しそうな程の殺気を放って――

 流石の留美子も菊梨の豹変に霊銃(レイガン)を抜いていた。

 

 

「その人影、何か言っていましたか?」

 

「あ、あの――菊梨さん?」

 

「言っていましたか?」

 

 

 違う、いつもの菊梨じゃない。 多分私達は殺される、そんな予感を感じさせた。

 

 

「わ、分からないわよ! 何言ってたか聞き取れなかったし――そうだ! ”菊梨が待っているわ。”とか言ってた!!」

 

(わたくし)が、待っている……?」

 

 

 唇の上に人差し指を置いて何か物思いにふけ始めた。 徐々に殺気が霧散して、いつのも菊梨の感じに戻っていく。

 

 

「まさか、でもそんな事……」

 

「菊梨?」

 

「いえ、なんでもないんです。」

 

 

 確かにいつもの菊梨に戻ってはいたが、その表情はとても悲しそうだった。

 それにしても今のは一体、なんだったのだろうか?

 

 菊梨はまだ、私に隠し事をしている。 そんな疑問を感じさせた一面だった。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「ついに始まった締め切りとの戦い。 最早私に自由など無く、戦場を戦い抜くしか生きる術はない。」

「などと申しておりますが、自由人のご主人様を止められる物は誰もいねぇです!」

「書き上げた原稿は、哀れにも先輩に破り捨てられてしまうのだった。」

「インクこぼして真っ黒、捨てるのは当たり前。」

「と、ともかく! 私はこの戦場を生き抜かねばならないのよ!」

「ご主人様、何やらお客様がきたようですよ。」

「え?」

「第七話 燃えよロボ魂(こん)、その闘志を燃やせ! に、カームヒア!」

「あんた、誰よ?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 燃えよロボ魂(こん)、その闘志を燃やせ!

教えて、よーこ先生!

「皆さんこんこんわ! 今回の教えて、よーこ先生のお時間です!」

「さて、今回のお題はこれです!」


~安倍(あべの)保名(やすな)ってだぁれ?~


「前回のお題の続きですね! 安倍保名が前回のお話に出て来た救世主様なのですよ!」

「泥沼化し、共倒れしそうな両都の間に立って和平を進めた人物なのです。 彼は京都の人間だったのですが、ある日彼の元に天からの使者が現れたのです。」

「使者は争いを止めさせるよう保名に天命を下しました。 使者を連れた保名は彼女の存在を両都に伝え、天命を告げたのでした。」

「こうしてきっかけが出来たおかげで和平が無事結ばれたのでした、めでたしめでたし。」

「使者がどうなったか気になる? ではそれは次週のお楽しみとしましょうか!」

「では皆さん、あでぃおす!」


―前回のあらすじ―

 坂本雪は 最強の武器 霊剣を手に入れた まる ってカッコよくあらすじを語りたかったのだけど、残念ながら現実は霊剣ならぬ霊ハリセンを発現しただけであったのだった。 確かに使い勝手はいいのだが、元々の修行の目的と反しちゃってるよね? まぁ私にはそんな事関係ねぇとばかりに有効活用させてもらいますけどね!

 まぁ問題は、これで菊梨がМっ気を発揮しないか心配なとこね。

 

 

 

 

 

 描く、描く、描く、描く――

 

 

「葵様の紅茶はいつも美味しゅうございますね。」

 

「あらあら、ありがとうございます菊梨さん。」

 

 

 描く、描く、描く、描く――

 

 

「私は、お菓子だけでいい。」

 

「留美子さんは食べ過ぎですよ。 レディならもっと優雅にお淑やかにです。」

 

「戦場での栄養補給は、迅速にが鉄則。」

 

 

 ――バキン! 手元でペンが折れる音がした。

 

 

「あんた達、人が作品書いてる横でお茶会なんてしてるんじゃないよ!!」

 

「あまてるちゃんが怒った。」

 

「まぁまぁ、ご主人様落ち着いて。」

 

 

 絶対におかしい。 このサークル”さぶかる”で実動員は他にいないのか!

 

 

「そもそも、お前が作業をすっぽかし続けたツケが回ってきただけだろう?」

 

「羽間先輩よ、お前もか。」

 

 

 我らがリーダーも仲良くお茶会に混ざっていた。

 

 

「そもそも他にもやる事があるでしょうが! ペン入れやらベタやら!」

 

「それなら大丈夫だ、留美子がやっている。」

 

 

 そんな早く出来るわけが――ちょっと何してるのこの子!

 留美子の行動をよく観察すると、口にお菓子を頬張りながら全ての作業を高速でこなしているのが見えた。 人間を越えた技を見て、コイツをアシスタントとして確保しておこうと心に決めた。

 

 

「だからって私だけこんな……」

 

「雪、君の仕事はなんだ?」

 

 

 羽間先輩が眼鏡をかけ直す、それと同時に眼鏡が逆反射で光る。

 

 

「はい! 同人誌の原稿を完成させる事であります!」

 

「よろしい、ならば作業を続けたまえ。」

 

「サー、イエッサー!」

 

 

 圧倒的は威圧感! これがあれか、選ばれし君臨者のみが使えるというカリスマスキルなのか! 並の人間ならこの威圧感で気絶してしまうレベルであろう。 私は耐えられるが!

 私は机に向き直り作業に戻る。 せめて一口くらい私にも分けてくれてもバチは当たらないだろうに。

 

 

「はい、ご主人様あ~ん(はーと)」

 

「あ~ん、上手い!(某お菓子のCM風BGM)」

 

「抜け駆けはダメ、私もやる。」

 

「いや待って、そんなに食べられないから。」

 

 

 大量のお菓子を私の口に押し込もうとしてくる留美子。 気持ちは嬉しいが私の口はそれ程大きくは開かない、口裂け女じゃないんですよ。 というか原稿の上にお菓子をボロボロと落とすんじゃありません!

 

 

「いいですわねぇ。」

 

「葵、お前もやって欲しいのか?」

 

「鏡花ちゃんになら是非やって欲しいですわね。」

 

 

 ダメだこのサークル、早くなんとかしないと。

 

 

「ちーっす。」

 

 

 その時、救世主が現れた。

 

 

「――すまん、ごゆっくり~!」

 

「戻ってこいやぁ!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「で、ロボコンサークルの御大将がなんでこの場所へ?」

 

 

 逃げ出した男は留美子によって連れ戻された。 そりゃあ相手が男だろうと留美子の前では赤子の手を捻るよりも簡単な事である。 男はロボコンサークルの万丈、3年だという所までは自白させたのである。

 

 

「実は、君に用があった来たんだよ、坂本雪君。」

 

「なんで私なんかに、どこから来た情報よ。」

 

「僕達は君の灰色の脳細胞を欲しているのだ。」

 

 

 何コイツ、電子パーツの弄りすぎで脳味噌まで解けちゃった類の奴か? 変に絡まれる前にここから追い出した方がいいのでは。

 

 

「留美子、コイツ捨ててきていいわよ。」

 

「任務了解。」

 

 

 留美子は軽々と片手で男を持ち上げる。 その姿はまさにメスゴリラという言葉お似合いの光景だ。

 

 

「待ってくれ、君の能力を貸して欲しいんだ! 僕達のロボコンサークル存続のために!」

 

「素人が役立つわけないでしょ、あんたのサークルがどうなろうと私には関係ないですし。」

 

「違う! 組み立てじゃなくて操縦士をお願いしたいんだ!」

 

 

 操縦士だと……?

 

 

「待って留美子。」

 

「ん。」

 

 

 廊下に投げ放つ一歩手前で停止する。 まさにギリギリのタイミングというやつだ。 この男、確かに私に操縦士をやらせると言ったな。

 

 

「僕は知っているんだ、高校生時代に君がロボコンの全国大会に出ているのを!」

 

「何故その事を知っている!」

 

 

 そう、確かに私は高校時代に1度だけ大会に出ている。 それも正規のメンバーではなく、ピンチヒッターとしてだ。

 あの時は大会1週間前に操縦士が大怪我をし、何故かロボ好きな私に任されたという意味不明な珍事件に巻き込まれた形だ。 まぁ、準決勝で負けたんだけどね。

 

 

「それは決勝の相手が僕だったからだ。」

 

「なん、だと……」

 

 

 うわぁ、全く覚えてないや…… ごめんね万丈君! ぶっちゃけロボット動かす楽しさでいっぱいだったから周りとか見てなかったわけです、はい。

 

 

「だからこそ頼んでいるだ、君ならば戦えると。」

 

「ふっ、これも運命だと言いたいわけね。 いいでしょう、私が力を貸してあげましょう!」

 

 

 っていうのは口実で、ちょっと気分転換したいだけなんだけどね!

 

 

「雪、同人誌の完成は間に合うんだろうな?」

 

「もちろんですよ先輩! 少し練習して本番戦ってくるだけなんで!」

 

「それならまぁ、よしとしよう。 葵、当日の売り子の衣装作成を進めるぞ。」

 

「はーい、菊梨さんと留美子さんは借りますね。」

 

「煮るなり焼くなり好きに使って下さい!」

 

 

 というか、今回はあの二人に売り子をやらせるのか。 ――会場で問題起こさなきゃいいけど。

 そんな心配事は頭から消去し、私は万丈の後を追った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「嘘でしょ。」

 

 

 寂れたロボコンサークルの部屋で、私はとんでもないものを見てしまった。 名前こそ知ってはいたが、まさか実物を見る事になろうとは。

 

 

「貧乏神。」

 

「おや、お嬢ちゃん。 わしが見えるのかい?」

 

「ばっちりとね。 本物を見たのは初めてだから正直驚いてるけど。」

 

 

 貧乏神といえば、取り付いて人を貧乏にする事で有名だが、もしかしてここに住み着いているのだろうか?

 

 

「もしかして、ここのサークルの成績が悪いのって貴方の仕業じゃないわよね?」

 

「どうかのう、ふぇっふぇっ。」

 

 

 間違いない、コイツが原因だ。 問題はどうやって貧乏神を追い出すかだが、菊梨も留美子も置いてきているし、私が対処しなければならない。 そうだ、こんな時こそおばちゃんから教わった知識を掘り起こすんだ。

 

 

「雪君、ぼーっと突っ立ってどうしたんだ?」

 

「ちょっと黙ってて。」

 

「す、すまない。」

 

 

 なんだったっけな…… 過去の記憶の引き出しを片っ端から開けまくる。 色々なおばちゃんとの思い出が溢れてくるが、目的の貧乏神の情報が見つからない。

 

 

(あれ、なんだっけこれ)

 

 

 何故かもやがかかったみたいに思い出せない記憶。 雪山を一人で歩いて、こんな事あったっけ? あれは確か――

 

 

「あぁもう違う!」

 

 

 背後で万丈が震えているが今は関係ない。 私が欲しいのは貧乏神の弱点だ。

 

 

「ぬう、お嬢ちゃんちと熱いのう……」

 

 

 そうだ、貧乏神は確か熱に弱いんだった。 とは言ってもここで火を焚くなんて事は出来ないし――そうだ!

 

 

「万丈!」

 

「はいぃ!」

 

「マシンを出しなさい! 練習始めるわよ!」

 

 

 取り出してきたのは白い段ボールで作られたフォークリフトのようなロボットだ。

 

 

「へぇ、強化段ボールを使ってるのね。 このフォークリフトみたいなアームで風船を割るわけね。」

 

「さすがですお嬢、全くその通りでございます。」

 

 

 なんだか万丈のキャラが変わってしまっている気がしたが、今は気にしないでおこうか。

 

 

「さあ目覚めなさいアメイジングZ! 今日から私があなたとご主人様よ!」

 

 

 とりあえず適当な名前をつけて電源をONにする。 ロボットにはこういう熱いシチュエーションが大事なのだ。 作戦名は、闘志燃やして貧乏神を追い出せ作戦だ!

 

 

「私が出るからには目指すは優勝よ!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

そして、1週間が経った。

 

 

「あんた、なかなかしぶといわね。」

 

「ふぉっふぉっふぉ。」

 

 

 この一週間、練習に明け暮れたが貧乏神が出ていく事はなかった。 あえて二人には相談せず、自分一人でどうにかしようと思ったが浅はかだったのだろうか。

 いや、むしろ本番はここからだ! この会場について来たのが運のつきだ! ノコノコと万丈の背中に乗ってついて来たのがお前の敗因だ!

 

 

「お嬢、マシンに問題が!」

 

「ちょっと! 昨日しっかりメンテしたんじゃないの?」

 

 

 多分貧乏神の仕業だ。 不幸を呼び寄せて私達の優勝を阻もうとしているのだ。

 

 

「急いで修理するのよ、もうすぐ試合が始まるわ。」

 

 

 私は負けない、貧乏神の呪いに打ち勝ってみせる!

 

 

 多数の問題が発生しながらも、私達はなんとか勝ち上がり決勝へと辿り着いた。 その代償として、アメイジングZは行動不能に近い状態となってしまった。

 

 

「お嬢もういいです、僕達頑張りましたよ!」

 

「――最初に言ったでしょ? 狙いは優勝だって。」

 

「でも、こんな状態じゃ!」

 

「分かってないわね、ロボ物は追い詰められてからが本番なのよ。」

 

 

 相手チームも配置につく。 何故か全身金ぴかの意味不明仕様だ。 明らかに目立ちたがり屋の製作者が作ったであろう見た目である。

 

 

「お嬢、見た目は金色のカニみたいなやつですが、かなりの速度で移動してくるので気を付けて下さい。」

 

「任せなさい、アメイジングZ起動!」

 

 

 怪しい駆動音を立てながらアメイジングZを配置に移動させる。

 

 

「では決勝戦――開始!」

 

 

 スピードで勝てないのなら、相手の足を先に潰す!

 私はアメイジングZを相手のマシーンに体当たりさせる。 相手のあの足取りの軽さならば耐久力は低いはずだ、その点強化段ボールを使用してあるアメイジングZは、見た目以上の硬度とスピードを持っている。 押し負けるわけがない!

 

 

「甘いぞ帝都大学! 我々のゴールデンシザー号も同じ強化段ボール製だ!」

 

「お嬢! パワーが出ません!」

 

「まだよ、アメイジングZのパワーはこんなもんじゃないわ。」

 

 

 ありもしない特訓映像を夢想しながら操作スティックに力を入れる。 そう、熱くなれば負けないっていうスーパーロボット理論だ!

 右アームだけを下げて相手のホイールに差し込む。 そして一気に――持ち上げる!

 

 

「おおっと! アメイジングZがゴールデンシザー号を持ち上げたぞ!」

 

「なにぃぃ!」

 

「最後に勝つのは正義なのよ!」

 

 

 その瞬間、右アーム用のシャフトが折れた。 普通では絶対にありあえない現象だが、間違いなく貧乏神の仕業だ。 このタイミングで邪魔しやがって!

 

 

「左アームもこれ以上持ちません!」

 

「だったらぁ!」

 

 

 わざと左アームに負荷をかける。 こんな時のために秘密兵器を用意してたのよ!

 私は操作コントローラーの下側の蓋を開けて隠されたスイッチを露わにさせる。

 

 

「これぞ秘密兵器――”ロケットパーンチ!”」

 

 

 仕込んでおいたバネの力で左アームが勢いよく発射される。 その時の反動で2台のマシーンはひっくり返って行動不能となった。

 発射されたアームは真っすぐにバルーンに飛んでいき――

 

 

『いっけぇぇぇぇ!』

 

 

 私と万丈の声が重なった。 それと同時に、バルーンの破裂音と会場の歓声も重なったのだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「それで、貧乏神はどうなったんです?」

 

「会場の熱気にやられて逃げて行ったわよ。」

 

「なるほど、そうやって追い出したんですね。」

 

「うむ、ロボコンサークルも継続出来る事になったしね。」

 

 

 私は完成した原稿を綺麗にまとめて封筒の中へと仕舞い込んだ。

 

 

「こっちも完成っと、明日先輩に渡さないとね。」

 

「お疲れ様でしたご主人様。」

 

 

 私が椅子に深くもたれると、気を利かして菊梨が肩を揉み始めた。 あぁ極楽じゃぁ……

 

 

「まぁ、いい思い出にはなったかな。」

 

 

 私は棚に飾られた優勝トロフィーを見て微笑んだ。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「いやぁ今回はほんと疲れたわぁ」

「というか、ヒロインである私(わたくし)達が出ないっておかしくありません!?」

「抗議、しないと。」

「熱い話にあんた達が不要でしょうが!」

「さすが少年の心を持つご主人様、言う事が違いますね。」

「うるさい!(ハリセンアタック)」

「あ~ん♪」

「次回は、あまてるちゃんの、おばちゃんが登場。」

「もしかして、私(わたくし)のピンチです!?」

「第八話 使者来訪 にファイナルフュージョン承認!」

「これが、勝利の鍵だ。」

「それって、私が入ってた箱では。」

「皆さんお楽しみに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 使者来訪

教えて、よーこ先生!

「皆さんこんこんわ! 今回の教えて、よーこ先生のお時間です!」

「さて、今回のお題はこれです!」


~とんでも狐、葛の葉とは!~


「前回お話した使者、それが葛の葉なのです!」

「え、どうして神様に様付けしないのかって? だってあの人は……ねぇ? 神様とは言ってもトラブルメーカーでいつも問題を引き起こすんですよ。」

「保名様が亡くなった時だって派手に暴れまくってそれはもう地上は大変でしたよ。 帝都と京都の同盟軍が満身創痍で鎮めたくらいですし。」

「あぁ、今は大人しくしてるそうですよ? どこにいるかまでは知りませんけど。」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」



―前回のあらすじ―

 原稿の気分転換にロボコンへと参加する事となった雪、しかしそのサークルは貧乏神に取り憑かれていたのだった! 雪は貧乏神が熱に弱い事を思い出し、熱気によって追い出す手段に出る。 結果、貧乏神を追い出して見事優勝する事が出来たのであった!

 

 

 

 

 

 坂本邸の前に見知らぬ老人が立っていた。 見た目は80歳くらいであろうくらいには皺だらけで、手足も細く枯れていた。 狩衣を纏い、明らかに異質な存在である。

 

 

「随分派手にやらがしでんねが。(随分派手にやらかしてるわね)」

 

 

 老婆は弱っている結界をなぞり、その力を増幅させる。 これで元通り外界から妖怪や幽霊が入り込む事は出来ないだろう。 逆に言えば中に妖怪なんかがいる場合”絶対に出られない”という事でもある。

 

 

「伝説の”狐”、わで勝てるかわがらんげど、可愛い娘のためだ!(伝説の狐に、私の力で勝てるか分からないが、可愛い娘のためだ!)」

 

 

 意を決して老婆は玄関を開け放った。 今ここに、神話レベルの戦いが起ころうとしていたのだ……

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私と菊梨、留美子は仲良くリビングでショートケーキを頂いていた。 やっと締め切りから解放され、あとは7月のコミマを待つだけの状態である。 だからこそ優雅なこの時間をたっぷりと――

 

 

「ぶふっ!」

 

 

 ついケーキを口から噴き出してしまった。 乙女にあるまじき行為だが、あんな爆発音が響いたら誰だってこうなるだろう。 間違いない、玄関の方で爆発音がしたのだ!

 

 

「ご主人様!」

 

「何か、やばい。」

 

 

 2人も異変をキャッチする。 私はつい右手にもったフォークを構えて立ち上がる。 法治国家の帝都で爆発事件となれば、相手はまともではない。 まずは現状確認のためにも玄関に行かなければならない。

 

 

「だめですよ、間違いなく殺られます。」

 

「そこ! あっさり殺られるとか言わないの!」

 

「私が行く。」

 

 

 留美子は霊銃(レイガン)のグリップを握り静かに歩き出す。 こういう時は頼もしいのだが、やはりここは家主の私が先行するべきなのではないでしょうか? そうは考えつつも、結局留美子の後ろについていく有様なのだけど。 命あっての物種って言うでしょ!?

 先頭留美子、次いで私に最後尾に菊梨という3人パーティで前進する。 あ、こういう時こそ警察に電話すればいいのか……

 

 

「この霊力、只者ではありませんね。」

 

「何それ、なんか陰陽師的なのでも来てるわけ?」

 

「そこまではわかりませんけど。」

 

 リビングのドアを小さく開き、留美子が玄関を確認する。

 

 

「っ!!」

 

 

 ――躊躇なく発砲した。 容赦ないというか、確実に相手も殺しにいってますよね? こういう場合って正当防衛は適応されるのかなぁ、等という別な心配が頭をよぎる。 だが、それは杞憂に終わった。

 

 

「かぁぁぁつ!」

 

 

 物凄い怒号が聞こえた。 それと同時に留美子の顔が恐怖で歪むのが見えた。 普段から感情に乏しい留美子がこんな顔をするなんて初めて見た。 それ程相手はヤバイという事なのだろうか?

 留美子はすぐにリビング側に撤退し、シャツの裏側に隠れている手榴弾のような物を取り出す。

 待って、あなたここを戦場にするつもり? というか、それ爆発したらガチでやばい奴ですよね?

 

 

「手段は選べない、相手は化け物。」

 

「ちょっ、待って!」

 

 

 安全ピンを抜いて玄関へと投擲する。 ついに我が家が戦場になってしまうか、短い平和だったなぁ……

 

 

「って、爆発しない?」

 

「嘘……」

 

 

 私は恐る恐る玄関の様子を覗いた。 そして思い出した、今日がどんな日であったのかを。

 

 

「――おばちゃん!」

 

「かっ!」

 

 

 おばちゃんの目の前で空中で静止した手榴弾は、よく分からないパワーで分解され粒子になった。 まさに、光になれぇぇぇ! ってやつだ。

 

 

「ゆぎぃぃ!」

 

「おばちゃん!」

 

 

 私とおばちゃんは1年ぶりの再会に互いに抱きしめ合っていた。

 彼女の名前は坂本(さかもと) (たえ)、私の育ての親である。 幼い頃に養子として私を預かってくれ、18歳まで育ててくれた大事な母親だ。 彼女はイタコ業を営んでおり、青森ではかなり名の知れた人物でもある。

 私とした事がうっかりしていた、そういえば今日家に来るという約束だったのだ。 最近の忙しさからつい失念していたのだ。

 

 

「ご主人様、一体何が――」

 

「きぇーっ!」

 

 

 おばちゃんは袖からお札を取り出して菊梨目掛けて投げつける。 菊梨は慌てて避けるが、掠った頬に血が滲んでいた。

 

 

「ちょっと待っておばちゃん!」

 

「あれが”狐”が、わの力滅するべ!(あれが狐だな、私の力で滅してくれる!)」

 

 

 そうか、私が前に狐の退治をお願いしたから菊梨を狙ってるんだ!

 

 

「菊梨、援護するから下がって。」

 

「頼みますよ留美子さん!」

 

 

 留美子はおばちゃんに向かって発砲を続ける。 弾丸は全ておばちゃんに接触する前に何かに阻まれて光の粒子になってしまう。

 そうだ、多分これは結界だ! 家に使っている結界と同じようなものを自分の周囲に展開しているんだ!

 

 

「ご主人様を返してもらいますよ!」

 

 

 菊梨は大きく跳躍し、結界に向かって思いっきり鉄拳をぶちかます。 初めて視認できるレベルに結界が輝く。 おそらくはかなりの高負荷に耐えようとして起こった現象であろう。

 

 

「はじめでだが、こげなやばないぎものだど知らなかったべ。(初めてだが、ここまでやばい生き物だったとは知らなかった。)」

 

「おばちゃん違うの! 菊梨は!」

 

「ちぇすとぉ!」

 

 

 結界が砕けた! そのタイミングを逃さず留美子が霊銃(レイガン)を撃ち込んでくる。 しかしその弾丸を、いとも簡単に手刀で叩き落すおばちゃん――明らかに人間業ではない。 昔から怖い所もあるとは思っていたけど、ここまで人間離れしているとは思わなかった。

 

 

「まだまだ!」

 

「ふん!」

 

 

 菊梨がハイキックをかまし、おばちゃんはそれを左腕でガードする。 既に右手には数枚のお札が握られており、投げつけると今度は炎の渦が発生した。

 

 

「なんなんですかこの人は、本当に人間なんです!?」

 

「間違いなく化け物。」

 

 

 二人は後退して一度態勢を立て直す。 この二人を一人で相手出来るおばちゃん、化け物だ。

 

 

「いい加減にして!」

 

 

 私は3人の間に立って両手を広げて立ちはだかった。

 

 

「おばちゃん、話を聞いて! 二人も一旦落ち着いてよ!」

 

「どげ! なのためだ! これだど狐殺れねべ! (どけ! お前のためだ! これだと狐を殺せない!)」

 

 

 だめだ、二人は警戒しつつも静止しているが、おばちゃんは頭に血が上って説得は不可能だ。 こうなったら落ち着いてもらうしかない。

 

 

「こんのぉ――分からず屋ぁ!」

 

 

 私は右手に霊力を集中させる。 そう、今こそあの技の出番だ! 渾身の力を込めておばちゃんに叩き込む……

 

 

「うぃぃぃたぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 なんとなく叫びながら攻撃するのはお約束というやつだ。 私の霊剣――霊ハリセンがおばちゃんの頭部に炸裂する。 それと当時に、張り詰めたおばちゃんの霊力が霧散するのを感じた。

 

 

「おめ、なんでそんな……(お前、なんでそんな……)」

 

「え?」

 

「霊力はづがうなんてあれほど!(霊力は使うなとあれほど!)」

 

 

 ナニ、なんで私怒られてるの? おばちゃんが今まで見た事のないような鬼の形相で私を睨んでいた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 なんとか停戦条約は結ばれた。 おばちゃんがぶち壊した玄関の扉は、その日のうちに業者が修理に来てくれた。 疲労が溜まっていた留美子を先に帰らせ、おばちゃんには菊梨との事をゆっくり丁寧に伝えた。 確かに最初は迷惑していたが、今は一緒に暮らしたいと思っている事をだ。

 

 

「ん……」

 

 

 おばちゃんは菊梨が現れた漆塗りの箱を見つめていた。 気になるから見せてくれてと頼まれた持ってきたのだが、おばちゃんの表情は硬いままだ。

 

 

「因果だ…… なを守りたいだげなのになぁ。(因果だ…… お前を守りたいだけなのになぁ。)」

 

「おばちゃん、その箱が何か知ってるの?」

 

「知ってる、でもいえねべ。(知っている、だが言えない。)」

 

 

 おばちゃんは静かに箱をテーブルに置いた。

 

 

「ごめんなさいご主人様、こればっかりは(わたくし)が妙様に口止めさせて頂きました。」

 

「どうして隠すのさ、私って信用ない?」

 

「違うんです!」

 

 

 菊梨が声を荒げる。 その目には薄っすらと涙が滲んでいる。

 

 

(わたくし)はご主人様が大好きです、愛しています! でも、この事だけはまだ話せないんです!」

 

「いつか、話してくれる?」

 

「はい、その時が来れば……」

 

 

 私は黙って頷くしかなかった。 今は追及してはいけない、そんな気がしたから。

 

 

「よし! 今日はなのすぎなのづくる!(よし! 今日はお前の好きな物を作ってあげよう!)」

 

「ほんとに? やった! 私肉じゃがが食べたいな!」

 

「ちょっと! それは(わたくし)のお仕事です!」

 

 

 そう、今はこれでいい。 こんな時間が続けば、それでいい……




―次回予告―

「静かに振り続ける雨、そこに少女はいた。」

「傘もささずに雨に濡れたままの巫女少女。」

「彼女の思いは二度と届かず、ずっと漂い続ける。」

「あぁ、少女の見つめる先にあるものは……」

「次回、ふぉっくすらいふ――第九話 少女の思いは雨と共に流るる。」

「それは、ほろ苦い青春の煌き。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 少女の思いは雨と共に流るる

教えて、よーこ先生!

「皆さんこんこんわ! 今回の教えて、よーこ先生のお時間です!」

「さて、今回のお題はこれです!」


~京都ってどんなとこ?~


「以前にお話した二大都市の一つですね!」

「古き伝統を良しとし、帝都とは対照的な都市ですね。 首都の街並みはあえて昔にならった建造物になっていますし、昔からの建造物も多いんですよ? まぁ大体は皆さんの知っている京都と同じ感じですね!」

「霊や妖怪が見える人が多いのも京都の特徴の一つですね。 それらを退治するのを生業としている人達もいるみたいですしね。 あぁ、もちろん留美子ちゃんみたいな人達の事ですよ?」

「伝統的な儀式やお祭りを今も行っているそうで、是非とも私(わたくし)も一度はご主人様と行きたい所です!」

「ではでは、今回はここまで!」

「ちなみに、ご主人様のお養母様は京都出身らしいですね! では、皆さんあでぃおす!」


―前回のあらすじ―

 (わたくし)とご主人様との愛の巣に侵入者が! その正体はなんとご主人様のお養母様でした!

 その力は桁外れで徐々に追い詰められる(わたくし)と留美子ちゃん…… しかーし! ここでご主人様が身を挺した一撃をお養母様へとぶち込むっ! なんという愛の力! その結果、私達二人は救われ、なんとか和解する事が出来たのでした! やはり愛の力は偉大ですね。

 そんな事でお養母様のお墨付きも頂き、(わたくし)達の愛は一層深まるのでした…… え、拡大解釈しすぎですって? シャラップ!

 

 

 

 

 

 二人の少女が駆けまわっている。 どちらも巫女服を纏い、一人の少女がもう一人を追いかける形で走り回っている。

 

 

「待ってよ――ちゃん!」

 

「待たないよー!」

 

 

 まるで時間が静止したように静かな空間、彼女達二人だけの世界。 そこに他人が入り込む余地はなく、世界はそれだけで構成されているような――

 

 

―ノイズが走る―

 

 

 急に場面が変わる。 どこかの神社の境内だろうか? 空は雲に覆われ、薄暗い中で激しく雨が降っている。

 

 私は傘も差さずに雨に打たれていた。 雨独特の匂いが鼻孔を突く。 こうして雨に打たれていれば悲しみも誤魔化せるだろうか、そんな期待を持っていた時もあった。 しかし、そんな希望もなく私の悲しみはここに留まったままくすぶっている。

 二度と届かない思い、残るのは後悔、だけどもう全ては遅すぎた。 そこに私はいない、どんなに言葉を紡いでも誰も見向きもしない、どんなに泣き叫んでも雨の音に掻き消される、どんなに手を伸ばしても――何も掴めない。

 分かっている、私はもう死んでいるんだと。 それでもここに留まり続けている、ずっと縛られているのだ――自らの後悔に。

 

 

「っはぁ!」

 

 

 最悪だ。 私は凄い勢いでベッドから上半身を起こした。 下着は汗を吸いびしょびしょで寝間着まで湿っている。 それだけ大量の汗をかいたという事を物語っている。

 額の汗を袖で拭いベッドを抜け出し洗面台の前に行く――鏡に映る自分はひどい顔をしていた。

 

 

「最近は無かったんだけどなぁ。」

 

 

 これは昔からある、私の悩みの種の一つだ。 一つは霊や妖怪が視えてしまい、それらを引き寄せてしまう体質。 そしてもう一つは、霊と同調してしまうというものだ。

 分かりやすく言うならば、降霊術のようなものだ。 ランダムに身近にいる霊を引き寄せ、その思いと同調する事で記憶を読み取ってしまう。 当然その思いや記憶を疑似体験してしまう私にも負荷は高い。

 

 

「おぇっ……」

 

 

 盛大にリバースする。 あぁ、これでゲロインが定着したら嫌だなぁ。 なんて、片隅で思考する余裕はあるくらいは、まだ慣れた事ではある。 それでもこの1か月は一度も無かったのだが。

 二度目のリバースをしていると、いつの間にか現れた菊梨に背中を擦られていた。 菊梨は何も言わずに、無心に擦ってくれていた。

 

 ――外では嫌な雨が降り続いていた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「まだ気持ち悪い。」

 

「大丈夫ですかご主人様?」

 

 

 私と菊梨は大学へと向かう途中だった。 何故か傘が二本あるのに私の傘の中に入ってくるという意味不明な行為に及んでいる菊梨である。

 

 

「なんとかね、久々だったからさ。」

 

「やっぱり今日はお部屋で休んでいた方が?」

 

「確かにその方が良かったかな……」

 

 

 体調は頗る悪い。 確実に昨日の同調が効いている。 アレは負担が高いうえに自分でコントロール出来ないという大問題を抱えている。 つまり無意識のうちに同調してしまうのだ。 無理矢理同調された側もたまったものではないだろう、なにせ記憶を勝手に覗かれてしまうのだから。

 私は額を右手で押さえながら、バスの停留所のベンチに座り込む。 これは完全にダメなやつだ。

 

 

「やっぱり帰りましょう! (わたくし)が代わりに連絡しておきますので!」

 

「こういう時はほんと良妻ね。」

 

「でしょでしょ!」

 

 

 誇らしげに腰に手を当てて胸を張る菊梨、でも今はとても頼もしい。 このままおぶって家まで連れて行ってもらおうかしら。

 

 

「じゃあ――」

 

 

 私は立ち上がって歩き出す。 菊梨は慌てて私の後ろをついてくる。

 

 

「ご主人様、そっちは家とは逆方向ですよ?」

 

「ん……」

 

 

 そうだ、確実に家とは逆方向へと歩いている。 間違っていると頭で分かっていても、足は勝手に動いてどこかを目指している。

 

 

「ご主人様、悪ふざけもそのくらいにしてお家に帰りましょ?」

 

「ここ――」

 

 

 足がやっと止まる。 そこには古い神社があった。

 

 

「帝都に神社があるなんて珍しいですね。 基本的に仏教徒ですのに。」

 

「あぁ、ここだ。」

 

 

 そうだ、この神社だ。 私が”視た”神社と同じなのは間違いない。

 階段を昇り神社を目指す。 傘が一つという問題上、菊梨も私についてくるしかない。

 

 

「……」

 

 

 菊梨も完全に口を閉ざす。 この状態から無理矢理引き戻すのは良くないと判断したのだろう。 こうなったらもう会ってみるしか方法はないのだ。

 鳥居を潜り、参道を進み、手水舎で清めてから拝殿の前に立つ。 そこには夢で見た巫女の少女が立っていた。

 年齢は16歳、不慮の事故でこの世を去った悲しい娘。 伝えられなかった思いを引きずって、今もここに縛られている。

 

 

「貴女、私が見えるのね?」

 

「……」

 

「私の声が聞こえるのね?」

 

 

 彼女(わたし)は歓喜する。 やっと、自分を認識できる人が現れたと、自分を地獄から解放してくれる人に出会えたと。

 

 

「ご主人様をどうする気です?」

 

 

 菊梨は彼女(わたし)を威嚇する、大事なご主人様のためならなんでもする菊梨の事だ、彼女(わたし)が害をなす者ならば容赦しないだろう。 そんな菊梨を片手で制す。

 

 

「どうこうするつもりはありません、ただ私の思いをあの人に伝えて欲しいのです。」

 

 

 それは彼女(わたし)が生前思いを寄せていた相手。 最後まで思いを伝えられなかった後悔の相手。 この思いが私を縛り続けている、ずっとここで――

 

 

「そうすればご主人様を返していただけるのですね。」

 

「もちろんです。」

 

「ならばさっさと済ませて下さい。 これ以上ご主人様に無理をさせたくないので。」

 

 

 菊梨の声には焦りと怒りが入り混じっていた。 彼女(わたし)は頷くと、再び(かのじょ)は歩き出す その後ろを心配そうに菊梨がついて歩く、そうする事しか出来なかった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 20分も歩き続けると、とある一軒家で足を止めてインターホンを鳴らした。 すぐに玄関の扉は開かれ、中から20代の女性が現れた。

 

 

「どちら様ですか?」

 

 

 女性は怪訝な顔で(かのじょ)を見る。 見ず知らずの相手が訪ねてきたら当然の反応だ。

 

 

「桐原篝の知人です。」

 

「えっ?」

 

 

 その名を聞くと女性の表情は一変した。

 

 

「彼女は! 篝は今どこにいるんですか!」

 

 

 (かのじょ)の肩を掴み乱暴に揺する。 それだけ女性にとっては大事な相手の名前であったのだろう。 ――心の奥が温かくなるのを感じる。

 

 

「あの子、急に引っ越しちゃって連絡先も分からないし……」

 

「それは貴女達を引き裂くための親の策略。 ずっと家に閉じ込められていたの。」

 

「そんな、あの優しそうなおじ様が!」

 

 

 彼女(わたし)には親の決めた許嫁がいた。 それに同性同士の恋愛なんて許される事ではなかったのだ。 彼女(わたし)と彼女の関係を知った父親は、彼女(わたし)を18歳になるまで軟禁する事を決めた。 子供さえ産んでくれるならそれでよかったのだ、血を残すための産む機械程度にしか……

 

 

「では、彼女の最後の言葉を伝えます。」

 

「――はい。」

 

 

 きっとこの女性も覚悟はしていたのだろう、数年の失踪と見知らぬ人物の来訪――結果は彼女の死しかないと。

 

 

「由愛ちゃん、彼女(わたし)は貴女が好き。 今までも、そしてこれからも――」

 

「わたし、私もよ! 死ぬまで――いいえ、死んでからも! 何度生まれ変わっても貴女を見つけて愛し続けるわ!」

 

彼女(わたしもよ)、由愛ちゃん……」

 

 

 ――やっと伝えられた。 これできっと、また会える。

 ずっと重かった心が軽くなるのを感じる、あらゆるモノから解放されて自由になる感覚。 燻っていたものが晴れていく……

 彼女(わたし)の頬を冷たい雫が伝う。

 

 

「雨が、止みましたね。」

 

 

 降っていた雨はいつの間にか止んでいた。 暗い雲を掻き分けて、一筋の光が辺りを照らしていた。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

―――

 

――

 

 

 

 二人の少女が駆けまわっている。 どちらも巫女服を纏い、一人の少女がもう一人を追いかける形で走り回っている。

 

 

「待ってよ――ちゃん!」

 

「待たないよー!」

 

 

 まるで時間が静止したように静かな空間、彼女達二人だけの世界。 そこに他人が入り込む余地はなく、世界はそれだけで構成されているような錯覚に陥る。

 

 

「貴女はどうして、そんな悲しそうな顔をしているの?」

 

「お父様が私をいじめるの。 だからお家に帰りたくない。」

 

「そうなんだ、でもここは特殊な神域(かむかい)の中だから、現世(うつしよ)の人はいちゃいけないってお父さんとお母さんが言ってた。」

 

「そんなの知らない!」

 

「ふふっ、ならうちの子になる?」

 

 

 その言葉は子供の何気ない一言であった。 しかし、彼女にとっては天から差し出された救いの手にも見えたのかもしれない。

 

 

「なりたい!」

 

「なら、私達はこれから姉妹だね!」

 

「――うん!」

 

 

 これは誰のものか分からない、ダレカの記憶。 決して誰も触れる事のない、色褪せない思い出……




―次回予告―

「ナニコレ、全くふぉっくすらいふらしくないわ! というか私の出番があるようでほぼ無いじゃないの!」

「身体貸してたんだから仕方ないじゃないですか!」

「私の出番も、全くない。」

「それは、うん……仕方ないのよ。」

「(しゅん)」

「で、でも! 次回からは留美子過去編に突入するから出番たっぷりよ!」

「ほんと?」

「ほんとほんと!」

「でもそれ、私(わたくし)の出番皆無って事ですよね?」

「そ、そうね。」

「(しゅん)」

「今度は菊梨がいじけたぁ!」

「次回、第十話 波乱の大学生活の幕開け!」

「見ないと逮捕しちゃうゾ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 波乱の大学生活の幕開け!

 6畳の和室に重苦しい空気が漂っていた。 医師は俯き、少女は横になっている女性の手を強く握っている。 女性の顔は青白く生気を感じない、手足は細く枯れて目は虚ろだった。

 

 

天照(あまみ)様!」

 

「嫌ね、いつもみたいにあまてるちゃんって呼んでよ。」

 

 

 少女は更に強く手を握る。 この手を離してしまったら、大事な人にもう会えないのではという恐怖に駆られていた。 そんな少女を慰めるように、天照はもう一つの手で頭を撫でてやる。 ――少女の溜め込んだ涙が溢れ出す。

 

 

「ずっと、一緒だって…… 約束したのに!」

 

「ごめんね、針千本飲まなきゃだね。」

 

 

 一度決壊した涙は止まらず、布団を濡らしていく。 少女は自らの無力さを嘆いた、彼女を守れなかった非力さを呪った。

 

 

「でも、神様が決めた事だから、だから――」

 

「嫌っ!」

 

「貴女は、貴女の幸せを見つけるのよ……?」

 

 

 天照は少女に微笑んだ。 そしてそのまま――

 

 

「774年 4月25日 7時40分、ご臨終です。」

 

「あまてるちゃん! いやぁぁあ!!」

 

 

 医師の宣言が虚しく部屋に響いた。

 帝京歴774年 12代目天皇 安倍(あべ) 天照(あまみ)の崩御が世界に公表された。

 

 

―10年後―

 

 

 少女は大人へと近づいていた。 彼女は無表情でグリッブを握り、的に向けて正確に発砲している。

 

 

「精が出るね。」

 

晴明(はるあき)様。」

 

 

 少女は頭を垂れる。 彼は安倍(あべ) 晴明(はるあき)、12代目天皇にして少女の所属する組織”八咫烏”のトップでもある男だ。

 

 

「そんな君に今日は仕事を持ってきたよ。」

 

「一体どのような?」

 

 

 彼はテーブルの上に何かの書類と写真を1枚置く。 その写真を見て少女は絶句した。

 

 

「妹にそっくりだろう? 彼女は僕の弟の娘だ。」

 

「となると、772年の惨殺事件の生き残りですか?」

 

「その通りだ。 やっと行方が掴めてね、君に彼女の護衛を頼みたい。」

 

「……」

 

「見慣れた顔で、君も仕事がしやすいだろう?」

 

 

 晴明は彼女の耳元でそう囁いた。

 少女はすぐにでも、この男に銃口を突きつけて引き金を引きたかった。 裏では、この男が天照の死に関わっているという噂さえあるくらいだ。

 

 

「――分かりました。」

 

「期待しているよ、猿女 留美子。」

 

(あまてるちゃん、私は……)

 

 

 留美子は血が流れる程強く唇を噛みしめた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

―前回のあらすじ―

 したいのは山々なんだけど、正直私の記憶にあまり残ってないんですけど! 菊梨任せた!

 仕方ないですね、なら(わたくし)めが……

 

 自らの思いを伝えるため、同調したご主人様の身体を借りた幽霊さん。 彼女は思い人への告白をする事で無事に成仏する事が出来ましたとさ、めでたしめでたし。

 おかげで私の身体がぐったりモードなんですけどね! 全くめでたくないわ!

 

 

 

 

 

 そんなわけで、私は数日寝込んでいた。 体の疲労感が酷く、立って歩くのも正直辛い状況だ。 家事は菊梨が全てやってくれているので問題ないが――

 

 

「ん~」

 

「なんで留美子も来てるわけ!」

 

 

 何故か留美子も私の家にいた。 私の寝ているベッドの横で、ひたすらぷちぷちを潰している。

 

 

「よし、記録更新。」

 

「何の記録だ! というか講義に出なさいよ!」

 

「私の任務は、あまてるちゃんの護衛。 講義に出る必要はない、お前を殺す。」

 

「その台詞の使い方は前に教えたでしょうが、全く貴女は。」

 

 

 諦めて大の字になって寝そべる。 まぁ邪魔にはならないから良しとしよう。

 

 

「そういえば、留美子ちゃんはいつご主人様と出会われたんです?」

 

 

 冷やし素麺をテーブルに並べながら、菊梨が留美子に尋ねる。

 

 

「ん、入学式。」

 

「そうそう、あの時急にトイレに連れ込まれてさぁ……」

 

「むむむ、少し気になりますね!」

 

「菊梨になら、教えてあげてもいい。」

 

 

 私も起き上がってテーブルにつく。

 

 

「なら、お食事を頂きながら聞かせてもらえます?」

 

「いいよ。 あれは、1年と少し前……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 目標はすぐに見つかった。 確かに彼女は元気だった頃の天照様にそっくりであった。 当然それは顔や背格好の話であり、観察していて別人だとはっきり分かる。

 

 

「そこの君! 是非我が”さぶかる”サークルに入らないかね?」

 

「もしかして、コミマ参加もしてるんですか!」

 

「当然さ、売り子衣装は隣のコイツが担当してる。」

 

 

 どうやら何かの勧誘を受けているようだ。 これは警戒するべきではないのか? どんな危険があるか――

 

 

「そこの君も興味あるのかい?」

 

 

 怪しい勧誘をしていた眼鏡の女性に掴まった。 こういう時の対処法……

 

 ①対象の射殺 ②護衛対象を連れての撤退

 

 許可無き発砲は許されていない、ここは②を選択しよう。

 

 

「っ!」

 

 

 私は護衛対象の手を握って走り出す。

 

 

「ちょっと、何するのよ! その話後できかせてくださーい!!」

 

 

 身を隠せる場所――あそこなら。 私は視界に入ったトイレに駆け込み、そのまま一番奥の個室に入り込んだ。

 

 

「ちょっと、貴女なんなの?」

 

「不用心な行動、許さない。」

 

「あの、何言ってるわけ?」

 

「私は坂本 雪、貴女を護衛するために組織に送り込まれたエージェント。」

 

「エージェントって、確かにそれっぽいビジネススーツ着てるけどさ。 サングラスと記憶操作するペンがあったら完璧だけど。」

 

 

 どうやら彼女は信用していないらしい。 非公式な組織故、信じてもらえないのも仕方ない。

 

 

「貴女が信用するかどうかは勝手、私に護衛任務があるのは変わらない。」

 

「新手のストーカーか。」

 

 

 かなり警戒している様子だ。 やはり彼女と接触したのは失敗だったか? しかし命令書では彼女と親しい仲になるのがベストと書かれていた、ならば彼女との接触は間違いではないはずだ。

 

 

「ともかく、これからは勝手な行動は控えて。」

 

「そんな事言われてもねぇ。」

 

 

 その時彼女の後ろで何かが動いたのが見えた。 ――おそらくは浮遊霊か何かだろう。 引きつけやすい体質とは資料に書いていたが、こんな低級な霊まで引きつけてしまうのか。 ますますあの人の事を思い出す。

 私はホルスターから霊銃(レイガン)を取り出して構える。

 

 

「ちょっ、なんで銃とか持ってるわけ!?」

 

「黙って。」

 

 

 私は躊躇なく引き金を引く。 撃ち出された霊力の弾丸は霊体を完全に破壊し消滅させる。 目の前の雪は目を見開いたまま硬直していたが、やがて口を開いた。

 

 

「貴女、視えるわけ?」

 

「私の組織は退治の専門。」

 

 

 私が浮遊霊を消滅させたのを理解しているようだった。 これで少しは話がしやすくなる事を願う。

 

 

「と、とりあえずその組織の話は信じてあげるわ! それで、なんで私みたいな平凡人を護衛する必要があるわけ?」

 

「それは秘密事項。」

 

「本人にも教えられないわけ?」

 

「教えられない。」

 

「あぁもう、なんなのよ……」

 

 

 彼女は頭を抱えてうずくまる。 何かをぶつぶつ呟いているが、私には全く関係のない事だ。 私の任務は、彼女の護衛なのだから。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「成程、その頃はまだ仲は宜しくなかったんですね。」

 

「文句ばっかりで苦労した。」

 

 

 話をしている間に、食事を終えたあまてるちゃんは眠りについていた。 同調の負荷がかなり高かったのだと推測される。 ――あまり無理はして欲しくない。

 私と菊梨は二人で皿洗いをしていた。

 

 

「それなら、仲良くなるきっかけもあったってわけですね。」

 

「うん、大事な思い出。」

 

「そう言われると、ますます気になりますね――正妻として。」

 

「正妻は譲らない。」

 

「ほほう?」

 

 

 私と菊梨の視線の間で火花が散る。 これだけは譲れない、だってあまてるちゃんは私のものだもの。

 

 

「最初に仲良くなったのは私、だから権利も私にある。」

 

「言いましたね留美子ちゃん、ならその大事な思い出を話してもらおうじゃありませんか。」

 

「いいよ、教えてあげる。 そして絶望するがいい。」

 

 

 そう、私の大事な思い出。 あまてるちゃんとの約束……

 

 

―to be continued―




―次回予告―

「出番あって良かったぁ。」

「菊梨嬉しそうね。」

「でも、メインは私。」

「ふん、いつか私とご主人様のイチャラブ話が来ますもーんだ!」

「はいはい、拗ねないの。」

「うわーん! ご主人様ぁ!」

「次回、第十一話 私とあまてるちゃんの約束」

「あまてるちゃん、私の本当を受け取って。」

「どういう事なのですか!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 私とあまてるちゃんの約束

 夜の帝都に暗闇は少ない。 街は光に溢れ、暗闇を塗り潰している。 しかし、”ヤツラ”はそれでも小さき影で蠢いているのだ。

 私はそんな”ヤツラ”を狩るのが仕事だ。 誰にも知られないように、闇に紛れて闇を討つ。 それが”八咫烏”の使命だ。

 

 

「――見つけた。」

 

 

 私は瓦屋根に着地して身を屈む。 巫女装束の袖口から霊銃(レイガン)を取り出して安全装置(セーフティー)を解除する。

 相手はまだこちらには気づいてはいない、すぐに始末してしまうのがいいだろう。 餓鬼は人間に害を成す妖怪なので生かしておく道理はない。

 ――私は躊躇なく引き金を引いた。 後頭部を撃ち抜かれた餓鬼は、数秒痙攣していたがすぐに事切れた。 その肉体は灰のように崩れて消える。

 

 

「今日はこのくらいでいいか。」

 

 

 現場に背を向けて自宅を目指そうとするが、べっとりとした視線を感じる。 ――どうやら、命知らずが何匹か集まってきたようだ。

 

 

「姉ちゃん、退魔士かい?」

 

「オレ達と楽しい事しようぜ、ぐへへ。」

 

 

 餓鬼は人間の女性を捕まえて、交尾すると昔教本で読んだ事がある。 おそらくは私にも同じような行為に及ぼうとしているのだろう。 しかし、どう考えてもその結果はありえない。

 

 

「脳まで腐ってるのね。」

 

「なんだと!」

 

「黙って犯られればいいんだよ!」

 

 

 隠れていた餓鬼が飛び出してくる。 数は十数匹、何も問題ない。 私はもう一丁霊銃(レイガン)を取り出す。

 

 

「全部、始末する。」

 

 

 夜の帝都に、銃声と悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

―前回のあらすじ―

 私は猿女 留美子、安部家に仕える家系。 私の使命は安倍家の護衛、そして”八咫烏”の一員として妖怪や霊を狩る事。 それ以外必要ないし、意味もない。 なのに、私に異例の命令が下された。 坂本 雪という女性を守るという任務だ。 任務は絶対、だけど彼女はあまてるちゃんにそっくりで、私の心を苦しめる。 私は、どうすればいいの……

 

 

 

 

 

「ちょっと留美子! その腕どうしたのよ!」

 

「任務での怪我、護衛任務に支障はない。」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 

 今日も彼女は私にお節介を焼く。 任務中での怪我なんていつもの事だ、それなのにひどく心配される。 それは彼女が今まで平和な世界を生きてきた証拠であり、私とは住む世界が違うという事でもある。

 

 

「毎日怪我ばっかりして、前に言ってた妖怪退治ってやつなの?」

 

「そう、帝都の治安を守るのも任務の一環。」

 

 

 とくに彼女の性質はあの人と同じだ。 見境なく霊や妖怪を引きつけ、自らの身体に多大な負荷をかける。 結果、寿命を削る事になるのだ。 だからこそ、この仕事は彼女の延命のためでもある。 それでもどうしようも無い事もあるのだが……

 一瞬あまてるちゃんの笑顔が脳裏をよぎる。 私は左右に頭を振ってその思いでを掻き消す。 ――終わってしまった者は、もう戻らない。

 

 

「だからって、貴女が死んじゃったらどうするのよ?」

 

「それは絶対にない、私は強いから。 どんな妖怪も霊にも、私は勝てる。」

 

「”絶対”なんて、そんな事は世の中にはないわよ……」

 

 

 彼女の最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせるような感じだった。

 

 

「――ありがと。」

 

「え?」

 

「なんでもない。」

 

 

 あの人と同じ顔で、そんな暗い顔をされると気分が悪い。 それに今後の関係に支障が出ても困るし、ここで相手に同調した返答をする事は必要だ。 そう判断したから答えただけなのだ。

 

 

「なに、新手のツンデレってやつ? 可愛くないなぁほんと。」

 

「うるさい。」

 

「ほーれ、痛いの痛いの飛んでけ~!」

 

 

『痛いの痛いの飛んでけ~!』

 

 

 ――昔の記憶が重なる。

 

 

「っ!」

 

「ちょっと!」

 

 

 私は腕を振りほどいて、走って教室を飛び出した。 だめだ、彼女と話していると、どうしてもあの人の事を思い出してしまう。

 

 

「私には、この任務は……」

 

 

 そうだ、晴明様にお願いして他の人に変わってもらおう。 でなければ、私はきっと大きな失敗をしてしまう、そうなる前に対処しなければ。

 私はふらつきながら自分の家を目指して歩いた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 巫女装束に着替え、今日の夜回りの準備を終わらせる。 結局、晴明様への連絡は出来なかった。 自分でもよく分からない感情が、私の手を止めようとするのだ。 結局時間だけが過ぎ、今こうして任務に赴こうとしている。

 鏡に写る私は、酷く疲れたような顔をしていた。 ――自らの頬を両手で叩いて気合を入れる。

 

 

「私は”八咫烏”の猿女 留美子、私の任務は”ヤツラ”を狩る事、それ以外何も考えるな。」

 

 

 鏡の自分にそう言い聞かせる。 よし、今日の夜回りに出かけよう。

 私は玄関から外に出て鍵をしっかりかけると、大きく跳躍して屋根の上に立つ。 目を瞑り周囲の妖気を探る――小さいのが2、3個感じられる。

 

 

「このレベルなら危険性は低い、けど――」

 

 

 彼女への悪影響を考えるなら狩るべきだ。 私はまず近場の方へと向かう事にした。 巫女装束の袖をなびかせながら、周りに気づかれないように屋根伝いに闇夜を駆けて行く。 昨日の帝都の中心街とは違い、この時間の秋奈町は人通りが少ない。 ”ヤツラ”が潜むには良い環境なのである。

 

 

「また餓鬼か、最近多い。」

 

 

 ここ最近討伐している妖怪はほとんど餓鬼だ。 奴らは集団で動く事がほとんどであり、その群れのリーダーを倒さなければキリがない。 昨日倒した餓鬼達の中にリーダーは見当たらなかった、だとすればこの秋奈町に潜伏している可能性は高いかもしれない。

 

 

「2体、今度も外れか。」

 

 

 餓鬼は呑気に販売機から取り出したコーヒーを飲んでいる。 ――人間の真似事をしているのを見ると吐き気がする。

 

 

「さっさと終わらせる。」

 

 

 霊銃(レイガン)のグリップを強く握り、照準を餓鬼に合わせる――その時だった。

 

 

「おんなぁ。」

 

「女だぁ!」

 

 

 タイミング悪く、通りすがりの一般女性がその現場を目撃してしまった。 女性は尻餅をつき、その場で小刻みに震えている。

 

 

「うまそうだぁ。」

 

「犯っちゃおうぜぇ」

 

「嫌ぁぁぁぁ!」

 

 

 あの女性を巻き込むわけにはいかない。 私は慌てて霊銃(レイガン)の引き金を引く。 撃ち出された二発の弾丸は、正確に餓鬼達の頭を撃ち抜いた。

 

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 

 その光景を目の当たりにして、女性が悲鳴を上げる。 ――彼女には処置が必要だ。

 私は女性の目の前に降り立ち右手をかざす。

 

 

「な、何よ貴女!」

 

「大丈夫、すぐ終わる。」

 

 

 簡単な暗示をかけて記憶を書き換えるだけだ。 それが彼女のためであり、私達のためでもある。

 女性の瞳は虚ろになり、ゆっくりと立ち上がるとフラフラと歩き始める。 あとは勝手に自分の家に帰るだろう。 私は安心して背を向けて、次の反応があった場所に向かう事にする。

 

 

「甘いわねぇ!」

 

「えっ?」

 

 

 私は咄嗟に右手を上げた。 ――次の瞬間激しい痛みが襲う。

 

 

「私の子分達を狩っている奴がいると聞いて来てみれば、ただの小娘とはね。」

 

 

 先程の女性がそこに立っていた。 口はありえない程裂け、頭には二本の角が見えた。

 

 

「まさか、餓鬼のリーダーが鬼なんて。」

 

「ちょっと考えが甘すぎない小娘ちゃん? まぁ初心な娘は好きだけど。」

 

 

 女性は舌なめずりをしてこちらを見やる。 自らの右手についた血を舐めとると、頬を赤らめて興奮し始めた。 ――あれは私の右腕から出血した血だ。

 

 

「いいわぁ、処女の血は最高ね! 肉もさぞかし柔らかくて美味いのでしょうねぇ?」

 

「くっ。」

 

 

 右腕はおそらく使い物にならない。 出血は止めたが感覚は無く、あらぬ方向に曲がってしまっている。 霊力で治療を施してはいるが、この戦闘中では間に合わないだろう。 となると、片手で鬼の相手をするという事になる。 過去に数度か鬼と対峙し、勝利した事はある。 しかしそれは万全での状態の話であり、現状での勝率は50%も無いだろう。

 

 

「まずは両手両足を潰して動けなくしてあげるわ!」

 

 

 人間離れした速度でこちらとの間合いを詰めてくる。 私は袖から剣の柄のような物を取り出す。 左手で握り、そこに霊力を集中させる。 すると柄の上下から霊力の剣、霊剣が実体化する。 これも”八咫烏”が開発した対霊・妖用兵器の一つだ。 本来は剣の形にしかならない霊剣だが、この柄を使う事によって予めセットしておいた形に可変する事が出来る。 私がセットしておいたのは、所謂ダブルセイバーの形状だ。

 私は鬼の第一撃を受け、その勢いを利用して切りつける。

 

 

「まだ抵抗してくれるのね、いいわよ興奮するわ!」

 

 

 私の抵抗が嬉しいのか、息を荒げながら攻撃を激しくさせる。 左右から襲ってくる怪力の拳、この1発が人間にとっての致命傷だ。 私は上手く受け流しながら反撃するが、どれも決定打にはならない。

 

 

「しまっ!」

 

 

 敵の攻撃に一瞬反応が遅れる。 鬼の拳を受けきれず、その勢いのまま塀に叩きつけられた。 ――左腕の骨が砕ける音がした。

 

 

「これで少しは大人しくなったわね?」

 

「くっ……」

 

 

 鬼は私の目の前までくると、右手で顎を持ち上げる。 鬼の生臭い息が顔に当たって吐きそうだ。

 

 

「可愛いお顔ね、すぐにでも食べちゃいたいわ。」

 

 

 ぴちゃぴちゃと長い舌で頬を舐め上げる。 力の入らない身体では、何も抵抗出来ずにされるがままだ。

 ――そっか、私ここで死ぬんだ。

 

 

「安心なさい。 うんと気持ちよくして、幸せなまま食べてあげるから。」

 

 

 あまてるちゃん、私もそっちに――

 

 

「こんのぉ、ド変態がぁぁ!!」

 

 

 ――物凄い金属音がした。 そこには、どこで拾って来たのか分からない鉄パイプを握った彼女がいた。

 

 

「あま、てる……ちゃん。」

 

 

 無意識に、その名前を口走っていた。

 

 

「あらぁ、私の食事の邪魔をするのは誰かしら?」

 

「黙りなさいこの年増変態女! さっさと留美子を放しなさい!」

 

 

 だめ、貴女じゃこの鬼には勝てない…… その言葉さえ発する事が出来なかった。 このままでは、彼女まで食べられてしまう。

 

 

「威勢のいい小娘ね。 でもよく見ると、貴女も美味しそうじゃない。」

 

「うわっキモ、やるなら一人でやってよね。」

 

「いいわ、貴女から先に食べてあげる!」

 

 

 鬼は私から手を放すと、彼女の方へと向かって行く。 なんとかしなければいけないのに、身体は言う事を聞いてくれない。

 

 

「こっちに――来ないでよっ!」

 

 

 渾身の力を込めて鉄パイプで鬼を殴りつけた。 しかしそんな物では――

 

 

「ぐげっ!」

 

 

 ――鬼が凄い勢いで吹き飛ぶ。 流石の私も状況を理解出来なかった。 ありえない、あんな鉄パイプ如きが鬼に通用するわけがないのだ。

 

 

「大丈夫留美子!?」

 

 

 私の元に彼女が駆け寄ってくる。 吹き飛ばされた鬼は起き上がり、こちらを鬼の形相で睨んでいる。

 

 

「こんのガキがぁぁぁl!」

 

 

 こうなったら、一つしか方法はない。

 

 

「右手、握って……」

 

「右手を?」

 

「そう、敵に向けて……」

 

 

 私の右手に、彼女両手が添えられる。 震えながら銃を鬼に向け、霊力を集中させる。 無意識なのだろうが、彼女の霊力も共に霊銃(レイガン)に集まっていた。 ある程度回復した今なら、引き金は引ける。

 

 

「留美子。」

 

「あまてるちゃん、いくよ。」

 

 

 引き金に力をを入れる。 それに合わせて私の指を後押ししてくれる。 銃口からは今まで見た事もないような強い光の銃弾が打ち出された。 それは真っすぐと鬼へ向かって飛んでいく。

 

 

「こんなも――ぬぉぉぉ!」

 

 

 右手で銃弾を受け止めようとした鬼は、その瞬間に砕け散っていた。 右手に大穴を開け、頭部を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

 

 

「はぁ、怖かった……」

 

 

 緊張の糸が解けたのか、握りしめていた鉄パイプをやっと手放した。

 ――そして、思いっきり頬を引っ叩かれた。

 

 

「貴女、死ぬとこだったのよ!」

 

「――うん」

 

「何が絶対よ! 死にかけてりゃ世話ないじゃない!」

 

「そう。」

 

「私を守るんじゃないの? こんなとこで死ねないでしょ!」

 

「うん、死ねない。」

 

 

 彼女は涙を流していた。 あぁ、私のために流してくれているんだ。

 

 

「なら、約束しよ?」

 

 

 右手の小指を絡める。 そう、これは指切りげんまんだ。

 

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーまず。 これから私達は運命共同体、だから勝手な事は許さない。 ずっと一緒に生きるのよ。」

 

 

『ずっと一緒に……』

 

 

「指切った!」

 

「あまてるちゃん、約束……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「成程、そんな事があったのですね。 しかし鬼を物理で吹き飛ばすご主人様恐るべし。」

 

「あれは未だに謎、超常現象。」

 

「全くでございますね。」

 

 

 あまてるちゃんはベッドでスヤスヤと眠っている。 少し悪戯したい気持ちになるが、隣にいる狐が黙ってはいまい。

 

 

「さて、そろそろ帰る。」

 

「あら、お泊りするものだと思いましたが。」

 

「私には私の仕事がある。」

 

「また一人で頑張りすぎると、ご主人様に怒られますよ?

 

「――分かってる。」

 

 

 そうだ、もう一人で戦っているわけじゃない。

 

 

「あぁ、あと一つだけ聞いてもよろしいです?」

 

「なに?」

 

「あまてるちゃんって、どういう意味なんです?」

 

「――秘密!」

 

 

 ――私は笑顔でそう答えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「これは、指令書……?」

 

 

 帰宅した留美子は、届けられた指令書を広げた。

 

 

「新たな護衛対象、観察……っ!」

 

 

 最後の1文に、彼女は凍り付いた。

 

 

「あまてるちゃん、私は……」

 

 

 留美子は空を見上げる。 ――指令書は彼女の右手の中でぐしゃぐしゃになっていた。




―次回予告―

「だから私(わたくし)の出番が!」

「菊梨、諦めなさいって……」

「残念ながら、次も出番はない。」

「えっ、流石に冗談ですよね?」

「ご愁傷様。」

「ねぇ、私ってメインヒロインですよね? そうですよね!?」

「うん、間違いなくメインヒロインだから安心しなさい。」

「次回、第十二話 枕返しが見せるモノ」

「一体何を見せられるんですかね。」

「もっと私(わたくし)を見せて下さいまし!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 枕返しが見せるモノ

教えて、よーこ先生!

「このコーナーも、私が占拠するから宜しく。」

「今回のお題は、これ。」


~八咫烏の化学兵器第二弾~


「今回紹介するのは、もう一つの私の愛用武器。」

「正式名は”多目的可変型霊剣具現装置”、私は大通連って呼んでる。」

「これの便利な所は、本来とは違う形に霊剣を具現化出来る事。 柄の両側から霊剣を具現化したり、柄を分離させて二刀にする事も可能。」

「ほとんど霊銃(レイガン)で片付くから、最近出番が無くて埃被ってるけど。」

「また、機械があれば他の装置も紹介する。」

「じゃあ、あでぃおす。」


―前回のあらすじ―

 ご主人様と留美子ちゃんの馴れ初めのお話でした、はいおわり!! え、真面目にやれですって? 恋敵の話をおさらいする必要なんてありませんよ! しかも、今回も私の出番は無いって言うじゃありませんか! もうやってられません! (わたくし)、実家に帰らせていただきます!! あぁもう! 責任者出てきて下さいまし!

 

 

 

 

 

「ねむっ……」

 

 

 私はゆっくりとベッドから身体を起こした。 二人の長話に付き合ってられず先に寝たはずなのだが、まだ寝足りない感じだ。

 周りを見渡すが、菊梨も留美子も姿が見当たらない。 時計を見ると11時を過ぎているし、今日は二人共大学に行ったのだろうか?

 

 

「あの世話焼きがねぇ。」

 

 

 そう呟くが、答える相手は誰もいない。 なんだか、いつもよりも部屋が広く感じる。

 怠い身体に喝を入れて立ち上がる――少しフラつくが、動けない程ではない。

 

 

「――何か食べるものあるかな。」

 

 

 フラフラと廊下を歩いてキッチンに向かう。 壁に寄りかかりながらゆっくりと一歩、また一歩と進む。

 

 

「ただいま――って何してるの!」

 

「あ、おかえり。」

 

 

 声の主は留美子だった。 私の姿を見るなり、買い物袋を投げ捨てて駆け寄ってきた。

 

 

「どうして大人しく寝てないの!」

 

「いやぁ、お腹が空きまして。」

 

 

 あれ、留美子ってこんなに感情的になるキャラだっけ? 私の知っている留美子はこう、もっと大人しくて無表情で……

 

 

「もう! そんな動き回れる身体じゃないのに! 心配させないでよ!」

 

「うん、ごめんね。」

 

 

 なんだろう、何か違和感を感じる。 ここは自分の家で、いつもと同じはずなのに何かが――決定的に欠けているような。

 留美子の肩を借りてリビングへ入り、ソファーに深く腰掛けた。

 

 

「お昼ご飯作るから待っててね。」

 

「何作るの?」

 

「オムライスよ。」

 

「やった!」

 

 

 私は小さくガッツポーズをする。

 

 

「そういえば、菊梨はどこ行ったの?」

 

「えっ?」

 

「だから菊梨は?」

 

 

 留美子は答えない。 キッチンにいるため表情は見えないが、何か重苦しい空気を感じる。 一体どうしたというのか。

 

 

「留美子?」

 

「あまてるちゃん、もしかして寝ぼけてるの? 顔でも洗ってくる?」

 

 

 なんだかはぐらかされている気がする。 私はもう少し踏み込んでみる事に決めた。

 

 

「そうじゃなくて、菊梨がどこにいるか聞いてるのよ。」

 

「流石に、その冗談は笑えないよ?」

 

 

 留美子の声が震えているのが分かる。 まるで、触れて欲しくない話題のような反応だ。 何故そんな反応をするのか、私には分からない。

 

 

「何? 二人で私をびっくりさせようって魂胆なわけ?」

 

「――今日のあまてるちゃんはおかしいよ。」

 

「それは留美子の方でしょ! いつもと何か違うし。」

 

「えっ?」

 

 

 多分これ以上の問答は無駄だ。

 

 

「もういい、自分で探しに行く。」

 

「待って!」

 

 

 私はゆっくりと立ち上がって玄関に向かう。 留美子は慌てて私の元へと駆け寄り、背後から抱きしめてきた。

 

 

「――放して。」

 

「行かせない。」

 

 

 しっかりとホールドして放す気は無いらしい。 ――やっぱりおかしい。

 

 

「あまてるちゃん、昨日何があったか覚えてる?」

 

 

 急に留美子がそんな事を聞いてきた。

 

 

「何言ってるの、昨日は3人で冷やし素麺を食べたでしょ?」

 

「やっぱり……」

 

 

 留美子は私の返答を聞いて何かに気づいた様子だった。

 

 

「どうしたのよ?」

 

「今日は帝京歴786年3月17日、あまてるちゃんが言ってるのは半年以上も前の話だよ。」

 

「――嘘でしょ?」

 

 

 状況は、私が思っていた以上に深刻だった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「枕返し?」

 

「うん、その時私も話を聞いたから間違いない。」

 

 

 つまり現状をまとめるとこうだ。 私は枕返しのせいで未来の世界に飛ばされてしまった、私と留美子の記憶の差異はこのためだ。 そして、当時の私が戻ってきている事を考えて、無事に戻れる事は保障されている。

 

 

「じゃあ大人しく待ってれば帰れるってわけね、良かったぁ。」

 

「話はそう単純じゃないかもしれない。 この世界は”将来ありえるかもしれない世界の一つ”であって、この世界の結果が必ず当てはまるとは言い切れない。」

 

「つまり、このまま帰れない事もあるって話?」

 

「うん。」

 

 

 はっきり言ってくれる。 ならば何か解決策を見つける必要があるわけで、尚更菊梨にも相談したい。

 

 

「菊梨にも協力してもらおうよ、二人じゃ限界があるし。」

 

「それは、出来ないのよ……」

 

「さっきも言ってけど、菊梨がどうしたのよ?」

 

 

 長い沈黙が二人の間に流れる。 どう話すべきかと視線を泳がしながら――やがて覚悟を決めたのか小さく頷いた。

 

 

「菊梨はね、もういないのよ。」

 

「いないって……」

 

「そう、死んだのよ――1週間前にね。」

 

 

 死んだ? 菊梨が……

 

 

「う、うそよ…… あんな殺しても死なないような、妖怪がそんな簡単に死ぬわけ!」

 

「私の目の前で死んだから間違いないよ。」

 

「目の前で……?」

 

 

 そうだ、妖怪が簡単の死ぬわけがない。 あるとすれば、それは――

 

 

「私が、殺したから。」

 

 

 ”ワタシガコロシタカラ”

 

 その言葉が脳内に響き渡る。 その言葉が冗談ではないのは表情を見れば分かる。 瞳も真実だと語っている。

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

 

 

「嘘だって言ってよ!」

 

「本当だよ、最後にあまてるちゃんの事を頼むって。」

 

「何よそれ! 絶対こんなのおかしいわよ!」

 

 

 私は怠い身体に鞭を打って駆け出す。

 

 

「待ってあまてるちゃん!」

 

 

 背後で呼び止める声が聞こえるが振り返らない。 玄関を飛び出し、行く当てもなく走り続ける。

 

 

「こんな未来間違ってる、あっちゃいけないのよ!」

 

 

 ひたすら走る、右へ左へ、無我夢中で走って走って、まるで何かから逃げるように――

 ――そして違和感気づく。 私は一度足を止めて辺りを見渡す。 そうだ、”人が一人もいない”のだ。

 

 

「どうなってるのよ!」

 

 

 秋奈町駅の前の通りなのに、人もいなければ車も止まっていない、電車も走っている様子もない。 まるで時間が完全に止まってしまっているかのような静寂が、世界を支配していた。

 

 

「嫌っ、誰か助けてよ…… 留美子、菊梨――」

 

 

 私は道路の真ん中に座り込む。 孤独感が胸を締め付け、絶望が心を支配していく。 私の知らない留美子、人のいない秋奈町、ここは私の知っている世界じゃない。 早く帰りたい、帰してよ……

 

 

「何を泣いているんです?」

 

「ぁ……?」

 

「全く、ご主人様は(わたくし)がいないとダメダメですね。」

 

 

 私は慌てて振り向いた。 ――そこには見知った姿の狐がいた。

 

 

「もう、涙と鼻水でぐちゃぐちゃですよ、これで拭いて下さいまし。」

 

 

 そう言ってハンカチを差し出してきた。 私は容赦なくそのハンカチで涙を拭って鼻をかんだ。

 

 

「あらあら、ご主人様ったら。」

 

「菊梨っ!」

 

 

 私は彼女の存在を確かめるように抱きしめた――この暖かさは間違いなく生きている証だ。 やっぱり死んだなんて嘘だったんだ。

 菊梨は優しく私の頭を撫でる。 まるで子供をあやすかのように……

 

 

「ご主人様、よーく聞いて下さいね。」

 

「うん。」

 

「この世界の(わたくし)は、確かに死にました。 でもそれは必要な事だったのです。」

 

「でも、菊梨はここにいるじゃない。 こんなに温かいのに!」

 

「この姿は幻でしかないのですよ。 そもそも、この世界そのものが(わたくし)なのですから。」

 

「なによ、それ。」

 

 

 菊梨は微笑むと言葉を続ける。

 

 

「この世界は、(わたくし)がご主人様を守るために命を代償として構成したモノ。 言わば(わたくし)の胎内のようなものです。」

 

「意味わかんないよ、私を守るとか。」

 

「そうする必要があったのです。 だから(わたくし)は満足しているのですよ?」

 

「それで菊梨が死んだら意味ないじゃない!」

 

「――だからこそです。」

 

 

 菊梨は私を真っすぐと見やると、吐息がかかるくらい顔を近づける。

 

 

「この未来を回避するためにも、ご主人様は帰らなければならない。」

 

「でも、あくまで可能性の一つの世界なんでしょ?」

 

「本来ならばそうです。 でも、この世界は歪められてしまった、あらゆる可能性が殺されてしまった。」

 

「可能性が殺された?」

 

「だから、必ず辿り着いてしまうんです、今という未来に。 それを変えるにはご主人様の力は不可欠なのです。」

 

 

 そんなの分からないよ。 急に未来を変えるとか言われても、一般人の私に何をしろっていうのよ!

 

 

「大丈夫ですよ、きっとご主人様なら――」

 

「菊梨?」

 

 

 ――菊梨も涙を流していた。

 

 

「ではそろそろ……」

 

 

 そう言って菊梨は更に顔を近づけ、そっと唇を重ねる。 私も拒否せずに受け入れる。 そういえば、キスするのはあの時以来かな?

 

 ――優しいキスは、涙の味がした。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ねむっ……」

 

 

 私はゆっくりとベッドから身体を起こした。 二人の長話に付き合ってられず先に寝たはずなのだが、まだ寝足りない感じだ。

 周りを見渡すが、菊梨も留美子も姿が見当たらない。 時計を見ると11時を過ぎているし、今日は二人共大学に行ったのだろうか?

 

 

「あの世話焼きがねぇ。」

 

 

 そう呟くが、答える相手は誰もいない。 なんだか、いつもよりも部屋が広く感じる。

 怠い身体に喝を入れて立ち上がる――少しフラつくが、動けない程ではない。

 

 

「――何か食べるものあるかな。」

 

 

 フラフラと廊下を歩いてキッチンに向かう。 壁に寄りかかりながらゆっくりと一歩、また一歩と進む。

 

 

「ただいま――って何してるんです!」

 

「あ、おかえり。」

 

 

 声の主は菊梨だった。 私の姿を見るなり、買い物袋を投げ捨てて駆け寄ってきた。 横にいた留美子は、その買い物袋を拾い上げる。

 

 

「慌てすぎ。」

 

「ご主人様のピンチなんですよ!?」

 

「だ、大丈夫だって。」

 

 

 菊梨は涙目で私を抱きしめながら頬ずりをしている。 留美子はヤレヤレという感じのポーズだ。

 

 

「真っ昼間かお熱い事で。」

 

「もう、菊梨放してってば!」

 

「いーえ放しません! ごしゅじんさまぁぁ!!」

 

 

 こうして、今日もいつもの2人と1匹の日常が始まる。 もしも、いつかこの生活が無くなったら――私達は何処へ向かうのだろうか? どんな未来を歩むのだろうか? そんな未来を見たような気もするが、夢の中の出来事など儚く消えていく程度のものでしかなかった。 でも私は、これからもこの生活を大事にしたい、そう思った。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

第一章 狐の嫁入り編 完




―次回予告―


「はい皆さんお疲れさまでした!」

「何です、この最終回チックな締め方!」

「第一章のラスト、それっぽくなってるだけ。」

「ほら、一応区切りってやつよ、意味深な所が多いけど。」

「まぁ、私(わたくし)の出番がまた増えるならいいですけど!」

「ふぉっくすらいふ! はまだまだ続きますからね!」

「第二章 夏のコミマ編 も宜しく。」

「次は新キャラ登場らしいよ!」

「次回、第十三話 お隣さんはPAD長!」

「地球の未来にご奉仕するにゃん♪」

「皆さん、これからも応援宜しくお願いしますね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 夏のコミマ編
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

坂本(さかもと) (ゆき)

本作の主人公。

女性 19歳 身長160cm 体重54.2kg Aカップ

黒髪で腰までの長さ、首くらいでゴムで1つに束ねている。 瞳はダークブラウン。

帝都大学2年生。

進学のために田舎から上京してきた女性。

お気楽で、明日は明日の風が吹くとマイペースな性格の持ち主。

学力、運動はどれも平均値のノーマルであり、本人もそれを良しとしている。

唯一、一つだけ普通じゃない部分で、霊や妖怪が見え、憑かれやすいという体質の持ち主。

趣味は絵とコスプレで、コミマでの活動を通して業界進出を狙っている野心家。

ロボット作品にただならぬ情熱を持っている。

 

【挿絵表示】

 

菊梨(きくり)

本作のヒロイン1。

女性 ???歳 身長168cm 体重64.8kg Gカップ

通常時:金髪で腰までの長さ。 瞳はライトブルー。

人間に化けている時:茶髪で腰までの長さ。 瞳はダークグリーン。

主婦、帝都大学2年生(偽装)

突如、雪の元に押しかけて嫁宣言をした怪しい狐の妖怪。

何事にも猪突猛進、ご主人様一筋、それ故に暴走しやすい危険人物。

妖怪だけあって身体能力は人間と比較出来ない程高い、また現代文化への適応速度も速く、頭も回る。

家事は何でもこなせ、荒れていた雪の家も一瞬で綺麗にしてしまった。

趣味はご主人様観察、浮気しようものなら容赦はない。

 

【挿絵表示】

 

猿女(さるめ) 留美子(るみこ)

本作のヒロイン2。

女性 19歳 身長154cm 体重56.1kg Dカップ

銀髪で長さは肩程度までのぱっつん前髪。 瞳はライトイエロー。

帝都大学2年生。

雪の同期生であり、ちょっとネジがずれてる女性。

少々浮世離れしている節があり、よくトラブルを起こす。

雪の事をあまてるちゃん(謎)と呼び慕っている。(主に恋愛対象として)

雪以外の事には興味がないようで、いつも後ろをひっつき歩いている。

二大都市、京都の出身で”組織”からの命令で雪の監視と護衛を命じられているらしい。

”組織”の開発した対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)を常に携帯している。

実はエアーのプチプチを潰すのが大好き。

 

【挿絵表示】

 

羽間(はざま) 鏡花(きょうか)

雪や留美子が所属するサークル"さぶかる"のリーダー。

女性 20歳 身長172cm 体重64.6kg Cカップ

茶髪の、本人から見て左のサイドアップ。 瞳はライトブラウン。

帝都大学3年生。

しっかり者で、個性の強いメンバーをうまく纏めている。

その分気苦労も多く、貧乏くじを引く側の人間である。

成績も優秀な優等生で、将来は政治家の道を目指している。

政治家となった暁には、萌え文化を発展させようと考えている。

 

【挿絵表示】

 

大久保(おおくぼ) (あおい)

雪達の先輩で、同じサークルの所属。

女性 20歳 身長158cm 体重54.1kg Dカップ

金髪のカールのかかったミディアム。 瞳はダークパープル。

帝都大学3年生。

おっとりとしたお嬢様育ちで、いつもマイペース。

サークル内では衣装作成を担当し、雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。

一方でマーケティング能力は高く、コミマでの売り上げはしっかりと利益を上げている切れ者でもある。

親は大企業の社長で、活動費は全て彼女が賄っている。

 

【挿絵表示】

 

榛名(はるな) 優希(ゆうき)

雪のお隣さん。

女性(?) 19歳 身長171cm 体重67.8kg Aカップ

茶髪のナチュラルミディアム。 瞳の色はダークブラウン。

帝都大学2年生。

雪の同期でもあり、お隣さんでもある女性。

両親は帝都の研究所で働いているらしく、基本的に家で一人でいる事が多い。

大人しい性格で、目立つことを嫌っているが、かなりの美人のため嫌でも目立ってしまっている。

学費を稼ぐため、メイド喫茶でバイトをしている。 バイト中は普段とは人が変わったように明るく元気になる。

実は生物学上は男性であり、GID――性同一性障害である。 この事については恋人とバイト先の店長以外誰にも知られていない。

竜也という恋人がおり、術後は結婚の予定がある。

 

【挿絵表示】

 

草壁(くさかべ) 竜也(たつや)

優希の恋人でありカメコ。

男性 22歳 身長185cm 体重78.6kg

赤色のウルフカット、右の耳にシルバーのピアス。 瞳の色はダークレッド。

運送会社の社員。

カメコとしてコミマの常連だったが、現在は優希の専属カメラマンになっている。

お調子者の3枚目だが、いざという時は頼りになる存在。 普段は優希に尻に敷かれている。

仕事の時はかなり真面目で、周りからの評価は高い。

浮気性なのだが、優希の事を本気で愛しているのは事実である。 実際、手術代は半分彼が負担している。

 

【挿絵表示】

 

大西(おおにし) 梨々花(りりか)

菊梨の妹にして、のじゃロリババア狐。

女性 ???歳 身長136cm 体重32.8kg AAAカップ

金髪で肩までの長さ。瞳はライトブルー。 狐の耳と尻尾があり、ミニスカのような袴の巫女服を身に着けている。

本人曰く、”主様”の趣味であり、正装なのだという。

姉が心配で京都から追いかけて来た。 重度のシスコン。

いつも姉の事ばかり考えており、自分だけで独占したいと考えている。

特に菊梨がべったりな雪には嫉妬しており、どんな手段を使ってでも排除しようと企んでいる。

見た目は幼女だが、菊梨同様妖怪であるため、その年齢は3桁台である。

 

【挿絵表示】

 

田辺(たなべ) 和樹(かずき)

カフェ"黒猫"の陽気なマスター。

男性 36歳 身長176cm 体重79.1kg

赤色に近い茶髪のポニーテール、瞳の色はライトグリーン、顎髭が少々伸びている。

老舗であるカフェ”黒猫”のマスターを務めている。

代々受け継がれてきた店を守るため、試行錯誤しているが売り上げは低迷している模様。

特に隣に出来たメイド喫茶に客をとられて困っているようだ。

楽天家でとても明るい性格だが、一度スイッチが入ると超マイナス思考人間になる。

残念ながら女性と付き合った経験がなく、この歳で独り身である。

有名なイラストレーターである”敷島(しきしま) 秋美(あきみ)”がこの店の常連だという噂がある。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 翔子(しょうこ)

今話題のイラストレーター。

女性 36歳 身長163cm 体重65.2kg Dカップ

茶色の腰までの長髪、瞳の色はライトパープル。

敷島(しきしま) 秋美(あきみ)という名前でイラストレーターとして活動している。

純粋で世話焼き、曲がった事が嫌いで猪突猛進な性格。

特に彼女がキャラクターデザインを手掛けたゲーム、”式神伝”は爆発的ヒットを上げた。

子供が一人いるが、彼女自身は未婚者である。 父親は本人には分かっているようだが、口に出したことは一度もない。

妖怪を見る力があり、その力は娘に遺伝している。

firstlineに登場したメインヒロイン、羽川翔子本人である。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 秋子(あきこ)

妖怪を見る力を持つ元気一杯な高校生。

女性 16歳 身長168cm 体重61.2 Cカップ

銀色の腰までの長髪、瞳の色はレッド。

母親と同じく曲がった事が大嫌いで、正義感がとても強い。

考えるよりも先に行動してしまうため失敗も多く、怒りっぽいのも玉に瑕。

小さい頃から妖怪を見る事が出来ていた。 座敷童の椿とはその頃からの付き合いである。

目立つ髪色と妖怪を見る力のせいで、クラスの中では浮いている存在となっている。 そのせいで友達もいない。

身体能力は異常に高く、その潜在能力は留美子がスカウトする程である。

 

【挿絵表示】

 

安倍(あべ) 晴明(はるあき)

神の血を引く八咫烏のリーダー。

男性 31歳 身長168cm 体重66.3kg

黒髪で腰までの長さ、首くらいで一つに束ねている。(陰陽師風の髪型) 瞳の色はダークブラウン。

組織である”八咫烏”を取り仕切り、13代目天皇として執政にも深く関わっている。

神の血を引く一族、安倍家の長男であり、恐ろしい程強い霊力持っていると言われている。

人々を妖怪や霊の脅威から守るために八咫烏を結成し、多くの兵器の開発も進めている。

幼き頃から次代の天皇と言われてきたが、12代目には何故か彼の妹である天照(あまみ)が選ばれる事となる。

帝京歴774年に彼女が亡くなったあと、晴明が13代目天皇となる。

その人徳から人気が高く、八咫烏のメンバーからも信頼されている。

しかし、留美子は晴明の事を嫌っているようだ。

 

【挿絵表示】

 

染野(そめの) 艷千香(あでちか)

謎多き天才画家。

女性 28歳(自称) 身長141cm 体重38.6kg Eカップ

ピンクのツインテールに四葉のクローバーの髪留め。 右目が赤、左目が紫にオッドアイで、赤色のベレー帽を被っている。

綺羅(きら) (めぐる)と名乗り、絵画業界では知らぬ者はいないと言われる有名人である。

彼女の絵はまるで生きているかのようだと絶賛される程で、拘りの一つとして作品に必ず女性が描かれている。

基本的に取材NGで、表には顔を絶対見せないようにしている。 そのため28歳という年齢も実は嘘ではないのかと噂されている。

噂レベルの話だが、派手な格好を好むようでピンクや紫色の衣装を纏う事が多いらしい。

夏のコミマでの事件を起こした張本人であり、安部(あべ) 玄徳(げんとく)鬼神(きしん) 酒呑(しゅてん)、女郎蜘蛛 (かおる)の3体の妖怪を従えている。

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 お隣さんはPAD長!

「はぁ、今日も暑そうねぇ。」

 

「もう7月ですからね。」

 

 

 激しい日照りの中、快適な砦である家から出て、学校に向かわなければならないという地獄。 あぁ、学校までの道に冷房が欲しい。

 

 

「電車に乗れば涼しいんですから、もう少しだけ我慢して下さいね?」

 

「わかってるって――あ、おはよう!。」

 

 

 玄関から出て来たお隣さんに手を振る。 彼女の名前は榛名(はるな) 優希(ゆうき)、私と同じ帝都大学の2年生だ。

 

 

「あぁ、おはよう。」

 

 

 整った顔立ち、綺麗な茶髪、そして何よりこのカッコイイハスキーボイス! 同性でも惚れてしまいそうですお姉さま!

 

 

「ご主人様?」

 

 

 隣の菊梨がすごい笑顔でこちらを見ている、アノー、コレウワキジャナイヨ。

 

 

「優希もこれから学校に向かうの?」

 

「今日は午前から授業があるから。」

 

「なら一緒に行こうよ!」

 

「そうだね。」

 

 

 彼女の両親は科学者でほとんど家には帰ってこないらしい。 私が一人で暮らしていた時は、たまに一緒にご飯を食べたりしていたけど、最近はご無沙汰だったなぁ。

 

 

「ねぇ優希、今晩は久々に一緒にご飯食べない?」

 

「僕は構わないけど、同居人の方はいいのかい?」

 

 

 私達が仲良く話しているのが気にくわないのか、菊梨はすごいオーラを纏いながら後ろを歩いている。 こうなると菊梨を手懐けるのは難しい。

 

 

「き、菊梨さん?」

 

「ぼそぼそ……(浮気は甲斐性、浮気は甲斐性、浮気は甲斐性……)」

 

 

 な、なんか同じ言葉を呟いてて怖いんですけどぉ!

 

 

「あー! 菊梨の作るご飯が食べたいなー! みんなで食べたらもっと美味しいだろーなー!」

 

「もちろんです! ご主人様のため、全身全霊愛を込めて作らせていただきます!」

 

「だ、そうです。」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 流石の優希も苦笑い、私達にとってはいつものやりとりと変わらないんだけどね。

 

 

「そうだ雪、君って確か霊とかそういうのに強かったね?」

 

「うん、確かにそうだけど。」

 

「君に解決して欲しい事があるんだ!」

 

 

 

 

 

「さぁ始まりましたよ第二シーズン!」

 

「なら二期オープニングも歌いますねご主人様!」

 

「だからこれはアニメじゃないって言ってるでしょ!(ハリセンアタック)」

 

「あ~ん////」

 

 

―今までのあらすじ―

 ”(わたくし)、貴方様の嫁となるために参りました菊梨と申します。 不束者ですがどうか宜しくお願い致します”

 そう言って現れたのは狐の妖怪菊梨(露出狂)! 勝手に人様の家に現れて、勝手に嫁宣言するやばい奴!(露出狂)

 彼女が現れてからは、元々霊や妖怪に絡まれやすい私の人生は更に酷くなってしまった! ほんと迷惑な(露出狂)である。

 色々な事件に巻き込まれつつも私達はその仲を深め、とりあえず主人と奴隷というレベルまでには変化したのであった、第一章完!

 ご主人様そのあらすじなんかおかしいですよ! というか(わたくし)をさりげなく露出狂と呼ぶのはやめてくださいまし!

 そんなわけで、ふぉっくすらいふ! 第二シーズン始まるよ!

 

 

 

 

 

「よくわからない叫び声?」

 

「あぁ、バイト先の店で最近頻繁に起きているんだ。」

 

 

 三人でお昼を食べながら優希の相談を聞いていた。 どうやらバイトしているお店で、急に叫び声が聞こえる事があるらしい。 近所ではなく店の中、客がいない時にでさえ聞こえてくるらしい。

 

 

「それで店長がイライラしててね、あのままだといつか大噴火だよ。」

 

「その店長さんも大変そうね……」

 

「そういうわけで、君に白羽の矢が立ったってわけだ。」

 

 

 私はコップの麦茶を一気に飲み干して立ち上がる。

 

 

「任せなさい、全部菊梨が解決してくれるわ!」

 

「あぁ、君がじゃないんだ。」

 

 

 妖怪や霊の相手は菊梨か留美子に任せるのが一番である。

 

 

「ご主人様の命とあれば、火の中水の中! なんでもやりますよ!」

 

「君達、元気だなぁ。」

 

「というわけで、大船に乗ったつもりでいて!」

 

 

 まぁもちろん無償でってわけではなく、お店の無料券くらいはもぎ取る算段なのだが。 なんと言っても優希のバイト先は、最近出来たメイド喫茶なのだ! 是非一度行ってみたかったのだが、高くてどうしても足を運ぶことは出来なかった。 これはきっとまたとないチャンスなのだ! まぁ、風の噂によると、開店には羽間先輩が関係しているらしく、頼めば入れない事もなかったわけだが。

 

 

「あぁ、よろしく頼む。」

 

 

 そう言って、食べ終わった食器をトレイに乗せて優希は席を立った。

 それにしても、今日は留美子を見ないわね。 まぁ彼女にとって単位なんて関係のないものだし、何か他の――そう考えて一つの考えに至る。 アイツ、また一人で大変な任務をやってるわけじゃないでしょうね。

 

 

「ねぇ菊梨。」

 

「なんでしょう?」

 

「留美子がどこにいるか探れる?」

 

「――出来ますけど。」

 

「ちょっと調べてきてもらえない? アイツすぐ一人で無理するから。」

 

「わかりました。 ただし、何かあったらすぐに呼んでくださいね。」

 

「わかってる。」

 

 

 ――また無理してなきゃいいけど。 最近留美子も変わって来たと思っていたのは、私の勘違いだったのだろうか?

 

 

「約束、守りなさいよね……」

 

 

 私はそう小さく呟いた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ここがメイド喫茶”ガーベラ”か!」

 

 

 ついにやって来ましたとも! さぁ、パワーを両手に! いざ行かん夢の国!

 

 

「ご主人様、なんかニヤニヤしてません?」

 

「気のせいよ気のせい!」

 

 

 笑って誤魔化す! 私がフリフリな服にに目がないなんて、死んでもバレたくない!

 

 

「――先に入るよ。」

 

 

 優希が入口の木造のドアをゆっくり開く、そこには夢の国が広がって――

 

 

「嘘でしょ。」

 

 

 夢は儚く消え去った。

 

 

「お帰りなさいませご主人様! ってPAD長じゃないですか。」

 

「PAD長言うな!」

 

 

 確かに綺麗な内装だ、メイドさん達(という名のフリフリエプロン)は可愛い。 何も問題はないのだ、おそらく見えているのは私と菊梨くらいのものだろう。

 

 

『全員、整列!』

 

 

「うわ、また聞こえて来たよ。」

 

 

 優希や他のメイドさん達が耳を塞ぐ。

 

 

「何なのよあんた達は!」

 

 

 この夢の国をぶち壊す張本人達にそう文句を言ってやった。 この空間に全く似合わない、軍服姿のおっさん達がどうやら全ての元凶のようだ。

 

 

『もしや、視えるのでありますか!?』

 

「そりゃあもうはっきりくっきりね! あんた達馬鹿なの? あんたらみたいなおっさんは、このメイド喫茶には不釣り合いなのよ!」

 

『そうは言われましても、我々は上官への報告無く成仏は出来ないのであります!』

 

「何よそれ、ここにあんた達の上官がいるわけ?」

 

 

 つまりあれか、こいつらはここに住む上官に報告するために集まってきてしまったと。

 

 

「なんだい、騒がしいねぇ。」

 

 

 店の奥からやばそうな人が出て来た。 女性とは思えない筋肉質な体型、顔や手足には無数の傷が見える。

 

 

「あ、店長。」

 

「てんちょうー!?」

 

 

 流石に私と菊梨は驚く、この人店長なんだ。 そして何故かおっさん軍達は店長に敬礼している。

 

 

「誰だいそこの小娘二人は? 騒ぐなら店からつまみ出すよ。」

 

 

 うわぁ、絶対つまみ出すとか言って発砲されそうな勢いだよ、女マフィアみたいで怖いよ…… なんてびびっている場合ではない!

 

 

「店長さん、つかぬ事をお聞きしますが。」

 

「あん?」

 

 

 やっぱこわいぃぃ! ――正直膝が笑っている。

 

 

「店長さんはその、昔軍で働いてたりとか、あるのかなーって?」

 

「――フン!」

 

 

 すごい形相で睨んでいる。 視線だけで十数回は殺された、恐るべし。

 

 

「それがどうした?」

 

「えっとですね、死んだ軍人さんが上官に報告しないと成仏出来ないってこのお店で騒いでまして……」

 

「なにぃぃ、アイツらがここにいるってのかい!」

 

『イエス! マァム!』

 

「ほほぅ。」

 

 

 声だけは聞こえているらしく、店長さんは納得とばかりにニヤリと笑った。 もう、漏らしそうです……

 

 

「アンタ達! アタシの店にまで来てなんのつもりだい!」

 

『東欧戦線での防衛失敗を謝りに来たのです!』

 

「ハァ? 10年以上も前の小競り合いの話を持ってくるじゃないよ! 今更そんな報告なんて聞きたきゃないよ! もう一度精根叩きなおしてやろうか!」

 

『ノー! マァム!』

 

「アンタ達〇○(ピー)の小さいクソガキを育ててやったのは誰だと思ってるんだい! ○○(ピー)しか出来ないお前らに戦い方を教えて――」

 

 

 なんだか、とんでもない事になってきた。 幽霊達は店長には刃向かえないらしく、大人しく説教されている。

 

 

「まさに、この世の地獄絵図ね……」

 

「こういうのは、視えない方が幸せと言いますが、まさに今がそれですねご主人様……」

 

「全くよ。」

 

 

 その説教は軽く3時間は続いたそうで、今日の店は臨時休業となったとさ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんかどっと疲れたわねぇ。」

 

「なかなかの厄介事に巻き込まれましたね。 ご主人様ってそういう相でも出てるんじゃないですか?」

 

「それは激しくお断りしたい所ね。」

 

 

 私がソファーに横になると、何か硬い物が頭に当たる。

 

 

「いっっ――何これ、ペンダント?」

 

「もしかして、優希ちゃんの忘れ物では?」

 

 

 言われてみれば、たしかに身に着けていた気がする。 大きな青色の宝石、サファイア? が埋め込まれた綺麗なペンダントだ。

 

 

「ちょっと私届けてくるね。」

 

 

 そう言って部屋を出て玄関の扉を開ける。 綺麗な月明りの中、隣の家に向かおうとすると何か人影が見えた。

 

 

「あれ、留美子?」

 

 

 優希の家から出て来たのは留美子だった。 話しかけようとするが、凄い速さでその場を立ち去って行ってしまった。

 

 

「なんで留美子が優希の家に……」

 

 

 特別仲が良いという話も聞かないし、一体どうしたんだろうか?

 

 

「まぁ、なんでもないか。」

 

 

 特に問題もないだろうし、私はペンダントを握りしめながら早足で優希家の玄関に向かった。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―


「はーい第二シーズン始まりましたね!」

「今期も皆さん宜しくね!」

「早々に新キャラも登場してきましたね、浮気したら私(わたくし)怒りますからね?」

「だから私にそっちの気はないから!」

「じゃあなんでメイド喫茶の優待券貰って喜んでたんです?」

「そ、それはその……」

「ご主人様?」

「あぁぁもう! 次回、第十四話 脚フェチ妖怪、女郎蜘蛛の罠!」

「正直に言わないと――」

「誤解だってば!」

「――お楽しみに。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 脚フェチ妖怪、女郎蜘蛛の罠!

教えて、よーこ先生!

「はーい、皆さんお久しぶりです! よーこ先生ですよ~!」

「このコーナーも久々な気がしますね。 皆さん、先生の事は覚えていてくれましたか?」

「――なんだか返事が少ないような気がしますが、まぁいいでしょう! これからも張り切ってこのコーナーを続けますよ!」

「では、今回のお題はこれです!」


~この世界の神様ってどんな人?~


「はい、これは皆さんも多少気になっているのではないでしょうか? え、そうでもない? ――コホン! では説明しますね!」

「基本的には皆さんの良く知る仏教、神道が布教していますね。 キリスト教やイスラム教は私達の世界には存在しません。 日本がベースの世界と思って頂ければ幸いです。」

「なので伝えられている神話も、皆さんのよく知る日本書紀等を参考にして頂ければ大丈夫です!」

「そしてここからが重要点、私達の世界独自の神話のお話ですね!」

「始祖三神という神様達がおりまして、その内のお一人が造化三神等の神々を生み出していった事になっているのです!」

「あとの二人の神様は何をしていたのかですか? このお二人は天地開闢を見届けた後、神域(かむかい)にお引き籠りになったのです。 なので始祖三神というよりは、始祖神と呼んだ方がいいのかもしれませんね。」

「前に説明した葛の葉は、この始祖神の使いって事になるわけです。 その事から、始祖神は狐のような姿をしていたとも伝えられているのですよ! 実際どうなんでしょうね?」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


 女性は家路を急いでいた。 友達とはしゃぎすぎ、ついついこんな時間になってしまった。 寂れた街灯の明かりだけが頼みの暗闇の道を、ブランドバックを抱えながら小走りで進む。 パンプスの靴音が、静かな辺りに奇妙に響いていた。

 

 

 ――ねちゃり。

 

 

 嫌な感触を足元で感じた。 女性は慌てて足元を確認する。 田舎道のアスファルトの上だ、もしかしたら誰かが吐き捨てたガムかもしれない……

 

 

「最悪、これ高かったのに。」

 

 

 女性は嫌悪感を顔に出し、足を地面から離そうとするが――

 

 

「うっそ、何よこれ!」

 

 

 どんなに力を入れても地面から離れようとしない。 粘着質な音がするだけで、両足は地面に固定されてしまっていた。 いや、そこから既に間違っていたのかもしれない。

 

 

「これ、ガムじゃない? なんか白い糸みたいなのが――ひっ!」

 

 

 自分は確かに帰り道を駆けていたはずだった。 しかし、一面に敷き詰められていたのは白い糸だった。 そう、それはまるで蜘蛛の巣のようで――

 

 

「何よこれ! なんでこんな事になってるのよ! 新手のドッキリ番組か何かなの!?」

 

 

 女性は混乱していた。 あまりに非現実的な事態に、思考が追いつくわけがなかった。 もがけばもがくほど糸は絡まり、彼女を身体を絡めとっていく。

 

 

「いやぁ! 誰か助けて!」

 

 

 必死で助けを呼ぶが、こんな時間に人通りがあるわけなく、彼女の声は虚しく響くだけであった。 しかし、一人だけその声に応える者がいた。

 

 

「あらあら、可愛い声で鳴くのね。」

 

「ひっ!」

 

 

 女性は声が出せなくなった。 だって、そこに現れたのは正真正銘の化け物であったからだ。

 

 

「いいのよ、もっと可愛い声を聴かせて頂戴。」

 

「ぁ、ぁぁ……」

 

 

 蜘蛛のような体に、女性の上半身がくっついた化け物は、嬉しそうに女性に微笑んでいた。

 

 

「大人しくなっちゃって、まぁいいわ――そろそろ、頂きまぁす。」

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

 

 女性の悲鳴が、虚しく暗闇の中に響いた。

 

 

―前回のあらすじ―

 第二シーズン開始早々の新キャラ登場に波乱の幕開けとなったふぉっくすらいふ! 兵隊幽霊なんのその、メイド喫茶の店長は元将校という恐ろしい真実が明るみとなったわけなんだけど、よくあんな店作ろうと思ったわね…… まぁ、1日無料券を3枚も貰ったし全ては予定通り! あぁ、もちろん口止め料っていう名目なんですけどね! というわけで今回も明るく元気に――ってわけにはいかなそうね。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 留美子は昨夜の事件の調査をしていた。 被害者の女性は生気を吸われて瀕死の状態、濃い妖力だけがその場に残されていた。 改めて現場検証をしているが、特に新発見は無かった。

 

 

「留美子ちゃん、こんな場所で何をしているんです。 ご主人様が心配していましたよ!」

 

「菊梨、何用?」

 

「ご主人様に様子を見てこいと言われたんです! 全く……」

 

 

 留美子は納得したように頷く。 昔、雪に言われた通り無茶な単独行動は避けるようにしている。 今回はただの現場検証であり、昼間のため比較的安全な状態だ。

 

 

「大丈夫、すぐ戻る。」

 

「ならいいんですけど――しかし、物凄い濃い妖気ですね。」

 

「何か分からない?」

 

「ふむ、そう言われましても……」

 

 

 菊梨は辺りを見渡しながら数歩前進する。 そこで足を止めると、その場に屈んで何かを拾い上げる。

 

 

「なるほど、これは面倒な相手ですね。」

 

「何か見つけた?」

 

 

 菊梨は拾い上げたソレを手のひらに乗せて、留美子に見えやすくする。

 

 

「蜘蛛の糸……」

 

「えぇ、おそらくは女郎蜘蛛の物ですね。 また厄介な妖怪が出てきましたね。」

 

「うん、これで繋がった。 なんとか出来ると思う。」

 

「あの引き籠りを退治するつもりなんです?」

 

「私の任務は捕獲、だから奴を餌で釣る。 ――菊梨の許可もいる。」

 

「留美子ちゃん、まさか……」

 

「今から全部説明する。 大丈夫、絶対にうまくいく。」

 

 

 留美子は自信満々にそう言い切った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「これで完成。」

 

「うーん、慣れない恰好だと違和感がヤバイ。」

 

 

 私は何故か留美子の勧めでコーディネートされていた。 何故こんな事になったかと言うと、私がおしゃれに疎いから、いつもの恰好のままだと一緒に出掛けたくないという事だ。

 

 

「大丈夫、似合ってるから自信持って。」

 

「ヘイヘイ。」

 

 

 胸元に大きくよく分からない文字の入った半そでの白シャツ、下はデニムのショートパンツに白のニーソ、極めつけはエナメルパンプスだ。

 

 

「というか太もも出すぎでしょ、めちゃくちゃ恥ずかしい。」

 

「あまてるちゃんは、美脚だから無問題。」

 

「そ、そうなのか。」

 

 

 正直脚なんて興味もないし分からないジャンルだ。 女はやっぱり胸だろ! ――脳内に留美子と菊梨の胸が思い浮かび、自らの胸を見て絶望が押し寄せた。

 貧乳はステータスだ! 希少価値なんだよバカヤロー!

 

 

「あまてるちゃん、行こう。」

 

「えぇもう、どこまでもついて行きますとも!」

 

 

 しかし、留美子にこんなセンスがある事を知らなかった。 どこかで勉強でもしているのだろうか?

 

 

「置いてくよ。」

 

「ごめんごめん!」

 

 

 私は慌てて留美子の後に続く。 ――電車に乗り込むと、平日なだけあってかなり空いていた。

 

 

「なんか1年前を思い出すよね。」

 

「うん。」

 

「あの頃はよく二人買い物とか行ってさ~」

 

「カラオケで、あまてるちゃんが爆睡してた。」

 

「あれは前日徹夜してて眠かったのよ!」

 

 

 しかし、菊梨がついてこないなんて珍しいな、いつもなら意地でも引っ付いてくるのに。 まさかこっそりついてきてるわけないよね!

 ――そのまさかだった。 明らかに怪しい女性が少し離れた席に座っていた。

 

 

「菊梨、サングラスだけじゃ変そうにならないのよ……」

 

 

 つい言葉が漏れてしまった。 だって、いつもの恰好のままでサングラスしてるだけなんだもん! しかもフレームの形がハートって何なのよ!

 

 

「バカ……」

 

 

 留美子を呆れてそう口走っていた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 電車を降りた私達は、久々にあちこち回る事にした。

 

 

「うわっ、この超合金欲しいけどくっそ高い。」

 

 

 おもちゃ屋立ち往生したり。

 

 

「10段アイス。」

 

「留美子、どんなバランス感覚してるのよ。」

 

 

 涼を求めてアイスを買ったり。

 

 

「燃え上がれ! 燃え上がれ!」

 

 

 カラオケで熱唱したり――

 

 

「はぁ、久々に楽しんだわ!」

 

 

 1日たっぷりと遊んだのは久々ではないだろうか。 ここ最近色々あったりで、何かと羽を伸ばせていなかった気がするし。

 

 

「私も、楽しかった。」

 

「誘ってくれてありがとね、留美子。」

 

「ううん、いいの。」

 

 

 何やら複雑な顔をしているが、何かあったのだろうか? 腕時計を見ると、既に時刻は20時を過ぎていた。

 

 

「そろそろ帰らないと遅くなっちゃうわね。」

 

「うん、帰ろう。」

 

 

 私と留美子は繁華街を歩きながら駅を目指す。 しかしなんだろう、何か違和感を感じる。 上手く表現できないが、何かねっとりとした視線というかなんというか……

 

 

「ねぇ留美子、って……」

 

 

 いつの間にか、隣にいたはずの留美子の姿が見えない。 慌てて辺りを見回すが、それらしい姿を見つけられない。

 

 

「ちょっと、どこ行ったのよ留美子!」

 

 

 ――白い髪の女性が路地に駆けて行くのが見えた。 あんな目立つ髪色をしているのは留美子くらいだ。 私は急いでその後を追。

 

 

「留美子! 待ちなさいよ!」

 

 

 奥へとどんどん進んで行く留美子を追いかけるが、その距離は縮まらない。

 ――途端、ねちゃりと粘着質な音が聞こえた。

 

 

「ちょっ、何よこれ!」

 

 

 よく周りを観察すると、あちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされていたのだ。

 

 

「――ぜんぜんとれない。」

 

 

 パンプスが地面に張り付いてしまったかのように微動だにしない。 どんなに引っ張ってもねちゃりという粘着質な音が響くだけだ。 いっその事脱いでここを離れるべきか? いや、おそらく同じように蜘蛛の糸で身動きが出来なくなるだけだ。

 

 

「あら、随分冷静なのね。」

 

 

 聞いた事の無い女性の声が響き渡る。 どうやら黒幕のご登場らしい。

 ――その姿は、巨大は蜘蛛に女性の上半身が張り付いた化け物だった。 確かに女郎蜘蛛とかいう妖怪だったか? 人気の少ない場所で結界という巣を張り、迷い込んだ得物の生気を吸い取るとかいう。

 

 

「妖怪には慣れてるからね。」

 

「つまらないわねぇ、貴女の恐怖に歪む顔が見たかったにの。 まぁいいわ、こんな美脚なんて早々いないもの。」

 

「何、アンタ脚フェチなわけ?」

 

「キーッ! 失礼な!」

 

 

 女郎蜘蛛は顔を真っ赤に染めて怒り出した。 妖怪って変な性癖持ちが多いのだろうか?

 

 

「もういいわ! さっさと生気を頂く!」

 

「糸でグルグル巻きにされてエナジードレインとかされちゃう! エロ同人みたいに!!」

 

「そんな事しないわよ!」

 

 

 そう言うと女郎蜘蛛はこちらにゆっくりと歩み寄り、顔を私の太もも辺りに近づける。 息が当たって少しくすぐったい。

 

 

「間近で見ると、更に際立つわぁ。 正に100年に1人の逸材ね。」

 

 

 そう言いながらぴちゃぴちゃと全体を舐めまわし始める。 これは本格的に冗談を言っている状況ではなくなってきたようだ。 この結界内では、留美子や菊梨が私の危機を察知出来るかどうか……

 

 

「さぁて、そろそろ頂こうかしらね。」

 

 

 自分で切り抜けるしかない。 ――幸い両手はまだ自由に動かせる。 こういう時のためのアレではないか。

 両手に霊力を集中させて霊剣を形成させる。 当然いつものようにハリセンの形になるのだが、霊力の塊という時点で妖怪相手には良い打撃になるはずだ。

 

 

「なんとぉぉぉぉ!」

 

 

 ハリセンの炸裂音が結界内に響き渡る。 これぞ秘儀! 二刀流ハリセン落とし!

 

 

「……」

 

「――効きました?」

 

「結構。」

 

 

 どうやら有効打のようです。

 

 

「もう許さないわよ!」

 

 

 女郎蜘蛛は、怒りだし。 女郎蜘蛛は、かみつくをくりだした。

 

 

「いたっ!」

 

 

 思いっきり太ももに噛みつかれた。 どうやらこうやって生気を吸い取るらしい。 実際足元から力が抜けて、私は座り込んでしまう。

 

 

「何よこれ、美味しすぎるぅ!」

 

「さすがに、笑えない状況……」

 

 

 女郎蜘蛛は夢中で吸い付いている。 それに合わせて私の力も抜けて行く。 だんだん意識も朦朧として――

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 何故か女郎蜘蛛が気絶していた。

 

 

「それは、あまてるちゃんの霊力が強すぎたから。」

 

「留美子!」

 

 

 丁度いいタイミングで留美子が現れる。 まるで、タイミングを見計らっていたかのように。

 

 

「あまてるちゃんの霊力は、目視出来ないようになってる。 ソイツは気づかずに生気と一緒に霊力を取り込んだ。」

 

「あぁ、それでダウンしたわけか。」

 

 

 霊力は妖怪にとって毒のようなものだ、それを内部に取り込んだならば自殺行為のようなものだ。

 

 

「ちょっと待って、まさか!」

 

「ごめん、そういう手筈だったから。」

 

 

 留美子は女郎蜘蛛に何か注射をし、携帯している神域(かむかい)発生装置で閉じ込めた。

 どうやら、ソレが留美子の目的だったらしい。

 

 

「私を餌に使うなんていい度胸ね!」

 

「これはあまてるちゃんにしか出来ない作戦だったから……」

 

 

 多分菊梨も共犯者だろう、そのためにずっと1日付きまとっていたのだろうし。

 留美子は私をお姫様抱っこで抱き上げると、そのまま唇を重ねてきた。

 

 

「んっ!?」

 

 

 ――体に力が戻ってくるのを感じる。

 

 

「これで大丈夫、帰ろうあまてるちゃん。」

 

「絶対許さないんだからね!」

 

 

 物陰でも誰かが発狂している声が聞こえた。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




次回予告―


「私を餌に使うなんてゆるせーん!」

「ご主人様と接吻なんてゆるしませーん!」

「そもそもあんたも共犯者でしょうが!(スパーン!)」

「あーん/// ご主人様の愛の鞭///」

「二人にはその内借りを返してもらうからね!」

「うぅ、ごめんなさい……」

「さて、次回もまた面倒な事になりそうね。」

「次回、第十五話 結成、ゴーストバスター隊!」

「ごーすとばすたーず!」

「掃除機用意しとかなきゃね。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 結成、ゴーストバスター隊!

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」

「今回も楽しく先生と一緒にお勉強しましょうね!」

「では、今回のお題はこれです!」


~雪ちゃんの田舎ってどんなとこ?~


「はーい、実は私も気になって調べちゃったんですよね!」

「ご主人様の実家があるのは、帝都領域の北部にある青森という雪国だそうですよ。」

「そこには霊峰”恐山”があって、観光地としても有名だそうです! 是非行ってみたいですね。」

「ご主人様のおば様は、そこでイタコという職を営んでいるそうで、かなりの資産をお持ちのご様子…… 道理で帝都に土地と家を持っているわけですね。」

「ご主人様にとっては義理の親という事になりますが、お互い凄い霊力を持っているんですよねぇ…… 私もあの時はヒヤヒヤしましたよ。」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


「諸君……我々は再び危機に直面してしまった。」

 

 私達さぶかるのサークルメンバーが集う中、羽間先輩が真剣な面持ちで語り出す。

 

 

「実はだな……新たな売り子を雇ったせいで、予算を少々オーバーしてしまたのだ。」

 

「なん……だと……」

 

「というわけで、新たな売り子を雇うための資金が必要だ。」

 

 

 机の上に両手を組むポーズ、所謂ゲン〇ウ的ポーズだ……眼鏡も光ってるし。

 

 

「先輩、それって必要なんなんですか? 元々菊梨と留美子が売り子やるって話だったんじゃ?」

 

「実は留美子が不参加になってしまってな、そのための補充要員なのだよ。」

 

「なるほど、それでか…… それでいくら必要なんです?」

 

「10万だ。」

 

「……は?」

 

 

 えっと、1日だけでなぜ10万とかふっかけられてるんですかね! 完全にぼったくりじゃないですか!

 

 

「流石に高すぎでしょ! 一体どんなレイヤー拾ってきたんですか!」

 

「我が校の優希君だが。」

 

「あぁ、そういう事ですか……」

 

「私が鏡花ちゃんにオススメしたのよ。」

 

 そう言って笑顔の大久保先輩、チョイスは悪くないけど彼女には一つだけ問題があるのだ……

 彼女の彼氏であるとある男性の問題なのだが、今は説明する必要はないだろう。

 

 

「というか、その10万は大久保先輩のポケットマネーでどうにかしてくださいよ。」

 

「ごめんなさいね、今回だけはダメなの。」

 

 

 何故ダメなのか、という突っ込みは飲み込む。 しかしそんなお金をどうやって用意しろと言うのだろうか。

 

 

「というわけで雪君!」

 

「は、はい!?」

 

「君には幽霊退治で稼いでもらう!」

 

「はぁぁ!!」

 

 

 予想の遥か斜め上の答えが舞い降りたのだった。

 

 

―前回のあらすじ―

 久々のお出かけで胸躍らせていた私だったが、そーんな甘い裏には仕掛けがあったわけで…… なんと、私を餌にした女郎蜘蛛の捕獲大作戦だったのだ! いいように使われる私……やっぱ、つれぇわ…… 私に平穏が訪れる日はいつになるやら。 そんなこんなで今回も面倒な事に巻き込まれそうな予感……!

 

 

 

 

 

「ゴーストバスターズ! とか超絶ださすぎるですけど!」

 

「まぁまぁご主人様、機嫌を直して下さいまし。」

 

「留美子も用事でしばらく京都だし、ほんともう!

 

「どうどう……」

 

 

 ゴーストバスター隊とかいうセンスの欠片も無い名前を羽間先輩に与えられ、こうして学校の寮へとやってきたわけだが……正直めんどくさい。

 

 

「で、ここが依頼された開かずの間ってわけ?」

 

「そのよう……ですね、間違いないです。」

 

「確かに中から気配を感じるけど、そんなにヤバそうなのとは思えないわね。」

 

 

 その辺にいる浮遊霊に毛が生えたレベルと言ったところだろうか。 そこまで脅威性は感じないが、依頼されたのならばこなすしかない、なんと言っても10万円がかかっているのだ。

 

「ドアは普通に……開いてるわね。」

 

「おかしいですね、鍵をかけてないのに開かないと報告があったのですけど。」

 

 

 ドアノブを回して扉を開くと、ソレと目が合ってしまった。

 

 

「……」 

 

 

 お下げ髪の眼鏡少女がベッドの上に座っていた。 足が半透明で、いかにも幽霊ですと自己主張しておりますよ。

 

 

「もしかして、私の事見えてます?」

 

「うん、ばっちりと。」

 

「……」

 

「……」

 

「お待ちしておりました!!」

 

 

 急接近してきたかと思うと、私の両手を握りブンブンと上下に振る。 当然私の手をとれるわけがなく、一人で上下運動を繰り返している状態なのだが。

 

 

「ちかっ、近いからぁ!」

 

「ずっと待ってたんです! 私を成仏させてくれる人を!」

 

「成仏って……アンタ何したわけ?」

 

「実は……」

 

 

 彼女は水野彩芽、帝都大学に通っていたが、成績不振に陥り自殺してしまったというのだ。 それで地縛霊となりこの部屋を占拠してしまったらしいが……

 

 

「それで、どうしたら成仏できるわけ?」

 

「それが、分からないんです。 そもそも、この部屋に縛られる程強い思いがあったわけでもないし。」

 

「うーん、ヒントは無しか…… これは厳しいわね。」

 

「ご主人様どうします?」

 

 昔の事を知ってそうな人なら、やはりここの寮長のおばあさんを訪ねるべきか? それくらいしか思いつく相手はいないし。

 

 

「唯一の希望にすがってみるとしますか。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「水野彩芽? どこかで聞いた事があるねぇ。」

 

「なんでもいいんです、覚えている事があれば!」

 

「……確か10年くらい前だったかね、部屋の窓から飛び降りたって。」

 

「ほほぅ、10年前ですか。 それで?」

 

「それだけじゃ。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 

 ダメだこりゃ…… 全く役に立たないじゃないの!

 部屋を出て私は頭を抱える。 これで完全に振り出しに戻ってしまった。

 

 

「何か思い出さないわけ、自分の事でしょ?」

 

「うーん、さっぱりですね。」

 

「一発どついてやろうか。」

 

 私はハリセンを形成して構える。 こいつなら霊体へ打撃を与える事が出来る。

 本能的に察したのか、首を横にブンブンと振って拒否している。

 

「なら少しは考えなさいよ、自分の事なんだから。」

 

「ごめんさいごめんなさい!」

 

「はぁ…… 菊梨、面倒になったらコイツ焼いちゃってね。」

 

「はい、お任せください!」

 

「ほんと止めて下さいってば!! あぁ、もしかしたら私の部屋に何かヒントがあるのかも!」

 

「確かに、あの部屋に縛られているならヒントは残ってるか…… ひとまず部屋に戻るわよ。」

 

 

 とりあえず開かずの間へと戻って部屋を調べてみる。

 

 

「教科書とかは全部当時のままなのね。」

 

 

 伊達に開かずの間なって呼ばれていたわけではなく、事件後の状態がそのままになっている感じである。

 

 

「ご主人様、これ見て下さい!」

 

「何か見つけたの!?」

 

「これです!」

 

 

 そう言って持ってきたのは――

 

 

「誰が成人コミックなんて探してこいなんて言った!(スパーン!)」

 

「あぁ~ん/// だってベッドの下から出て来たんですもん……なかなかマニアックですし。」

 

「中身まで読んでるし、駄狐は……」

 

 

 ほんと、もう少し真面目にやって欲しいものである。 この調子じゃ今日中に終わらないじゃないの……

 その時、先程の寮長のおばあちゃんが部屋に入って来た。 お盆の上には美味しそうなメロンフロートが乗せられている。

 

 

「色々調べて疲れただろう、少し休みなさい。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 根を詰めても仕方ないか、少し休んで頭を切り替えよう……

 

 

「いざ、いただき――」

 

 

 メロンフロートを受け取ったその瞬間だった……私の身体は水野彩芽に奪われていた。

 

 

「いただきまぁす!」

 

「ご、ご主人様?」

 

 

 物凄い勢いだった。 獲物に飛びつく獣のように荒々しく平らげる。

 

 

「そんなに美味いんかい?」

 

「はい! とっても!」

 

 

 水野彩芽は目を輝かせながらメロンフロートを完食した。 それと同時に私の身体に自由が戻る。

 

 

「あれ、戻って……?」

 

「ご主人様、見て下さい。」

 

 

 菊梨が指さす方向を見ると、光輝く水野彩芽の姿があった。

 

 

「あれ、もしかして私?」

 

「なんでメロンフロート食べて成仏するわけよ……」

 

「そうだ! 確かあの日はデザートがメロンフロートだから舞い上がっちゃって…… その勢いで窓から落ちちゃったんでした!!」

 

「コイツ…… 成仏する前に私が叩き潰してあげるわ!!」

 

「ご主人様落ち着いて!」

 

 

 ハリセンを構えて暴れる私を、背後から羽交い絞めにして菊梨が止めに入る。

 

 

「ありがとうございます、これで成仏できそうです!」

 

「待ちなさい!! あと私のメロンフロート返してよー!」

 

 

 消えゆく幽霊には、全く無駄な叫びであった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「羽間先輩、例の資金が準備できました……」

 

「よくやってくれた雪君、これで無事に彼女を雇えそうだ。」

 

「……もう二度とごめんですからね。」

 

「何を言っている、今後も暇があればゴーストバスター隊として働いてもらうからそのつもりでいろ。」

 

「……」

 

 

 はぁ、そんな事だろうとは思っていましたよ。 やっぱ、ほんとつれぇわ……

 

 

「もうやだぁ……」

 

「まぁまぁ、明日はきっといい事がありますよ!」

 

「そんな慰めなんていらないわ…… どうせ私は不幸の星の元に生まれてきたのよ……」

 

「もう、元気だして下さいまし。 そうだ、この前のメイド喫茶いきましょ? ね?」

 

「うん、そうするぅ、癒してもらおう……」

 

「あぁでも…… 浮気だけは許しませんからね?」

 

「は、はい……」

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―


「レディースえーんどジェントルメン! 今宵は狐のマジックショー!」

「急に何を言い出したかと思えば……」

「はーい、このシルクハットから、狐が一匹……狐が二匹……」

「スヤァ……」

「ちょっとご主人様! 効果出るの早すぎじゃありません!?」

「Zzz……」

「もう…… 次回! 第十六話 店長(マスター)に秘められた思い。」

「イリュージョンを見逃すな……スヤァ。」

「イリュージョンというか、催眠術ですね……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 店長(マスター)に秘められた思い

教えて、よーこ先生!



「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」


「今回も楽しく先生と一緒にお勉強しましょうね!」


「では、今回のお題はこれです!」



~東欧地方ってどんなとこ?~


「はーい、今回の話に関係ある内容ですね!」

「東欧地方は帝都領の北西に位置する地域で、ロシアを中心にして小さな集落が点在していますね。」

「ただ帝京歴774年の事件のせいでロシアが壊滅、今は復興作業中なのです。 一応公式発表では発電所が事故を起こして大惨事になったと公表されていますね。」

「まぁ、実際は何が起こったかは当事者にしか分からないでしょうけどね……」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


帝京歴774年 帝都、東欧地方

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 謎の武装集団からの攻撃は苛烈を極めていた。 奴らはロシアへの最終防衛ラインを今にも突破しようとしていたのだ。 私は部下達に防衛を任せ、増援を要請するために連絡のつかない首都へと向かっていた。

 

 

「こんな、馬鹿な事が……」

 

 

 しかし、辿りついた私の目の前にはありえない光景が広がっていた。

 ――街のあちこちから火の手が上がり、道路には死体が転がっている。 皆守るべき市民達だ。

 

 

”ママ!”

 

 

 出撃前に軍の施設に置いて来た娘の顔が脳裏に浮かぶ。 ――私は車を再び走らせる。

 

 

「マリー……」

 

 

 娘はきっと大丈夫だ、そこまで攻め入られているはずがない。 そもそもまだ最終防衛ラインを突破されてはいないのに――そこで一つの答えが導き出される。

 

 

「軍の中に裏切り者がいるのか?」

 

 

 この状況ではそう考えざるおえない。 でなければ説明がつかないのだ。

 フェンスを突き破り基地内に侵入する。 中は戦闘中とは思えない程静かで、私は突撃銃のセーフティを外して慎重に中を進む。

 いくつの扉をこじ開けたか分からない、途中から数えるのも億劫になった。 中にはヒトは一人もおらず、死体すら見当たらず……

 

 

「ママ!」

 

「マリー!」

 

 

 最初に見つけたのは、自分の娘だった。 私は金のポニテを振り乱しながら娘の元へ駆け寄った。

 

 

「こわかったよぉ……」

 

「大丈夫、ママがついてるよ。」

 

 

 チッチッチッ……

 

 

「ママ、ママぁ……」

 

 

 チッチッチッ……

 

 

「マ――」

 

 

 ――娘の身体の中に埋め込まれた爆弾が爆発する。 気づいていても放す事など出来なかった。 娘一人逝かせるなら自分も、そう思っていた。 しかし結果は……

 

 

「アタシは、生きている。」

 

 

 娘の写真をテーブルに戻す。 あれから11年、帝都内部にあの事件の関係者がいると掴み、この地へとやって来た。

 

 

「待っていてくれマリー、仇は必ずとる。」

 

 

 顔と両腕の火傷後が……疼く。

 

 

―前回のあらすじ―

 サークル活動のための資金を稼ぐため、ゴーストバスター隊としての初仕事を終えた私達。 無事任務は達成できたわけだけど、本気でこの名前を採用する気なのかねぇ…… もう少しまともな名前に、というかこんな事でお金稼ぎするっていうのもどうなのよ! とりあえず売り子として優希が参加する事も決まったし、あとは開催日を待つだけね。

 

 

 

 

 

「ご主人様、朝ですよ~」

 

「ん、あと5分……」

 

「早く起きないとぉ、キス……しちゃいますよ?」

 

「はーい起きた! 起きた起きたよ!」

 

「ちっ……」

 

「今露骨に舌打ちしたよね! この淫乱狐!」

 

 

 ――我が家の朝は今日も騒がしい。

 

 

「今日の授業は午後からだから、お昼まで寝てる予定だったのにぃ~」

 

「健康的な生活を維持するのが大事なのです、これもご主人様の身体のためなんですよ。」

 

「あ~、ハイハイ……」

 

 

 菊梨の説教を右から左に聞き流しながら卵焼きを頬張る――今朝も飯が美味い。 しかし私の睡眠時間を奪う事は許せんな。 何かしら対策を講じるべきか?

 そんな事を考ええていると、いつの間にか菊梨の姿が見当たらない事に気づいた。

 

 

「あれ、菊梨? 菊梨ちゃんや~い?」

 

 

 返事がない、ただの無人のようだ。

 

 

「自由だぁぁああ!」

 

 

 ついガッツポーズをしてしまう。 食器を台所に片付け、そーれベッドにダーイブ!

 

 

「ダメです!」

 

 

 首根っこを掴まれる事によって、私のダイブは中断されてしまった。

 

 

「私は猫か!?」

 

「自堕落生活はさせませんよ!」

 

 

 私の身体を軽々と持ち上げる菊梨、やはり妖怪というのは馬鹿力のようだ。 というか――

 

 

「菊梨、何そのお腹。」

 

「へけっ。」

 

「照れで誤魔化すな! その異常に膨らんだお腹は何よ!」

 

「これはぁ、ご主人様との、愛の結晶です///」

 

 

 ――とりあえず目の前にあった枕を顔面に投げつけてやった。

 

 

「いったぁい、何するんですかもう!」

 

「そんなわけあるかぁ! そもそも女同士で子供なんて出来るわけないでしょ!」

 

「えっ、出来ますよ?」

 

「は?」

 

「だからぁ、(わたくし)ならご主人様相手でも子供作れますって。」

 

 

 つまりそれは、アレなのか? アレが生えてるのか!?

 

 

「いやぁ! 近づかないでケダモノぉ!」

 

「ご主人様、何か勘違いしてません?」

 

「金輪際、私の半径5mに近づかないで妊娠する!」

 

「……どんな反応ですか。 (わたくし)が言いたいのは、ご主人様のDNAさえあれば妖力と掛け合わせて子供を作れるという事です。」

 

 

 なんだ、フタナリってわけじゃないのか。 ――というか、サラりと恐ろしい事言ってね?

 

 

「じゃあ私の体液さえあれば……」

 

「うふふ……」

 

 

 妖しい微笑みを浮かべながら自らのお腹を擦る菊梨。

 

 

「うそだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 おばちゃん、私の人生詰んだかもしれません。

 

 ――その時、ソレは顔を覗かせた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「完全に騙された。 というかペット感覚で子供を拾ってくるな。」

 

「だってぇ、玄関の近くで困った顔でウロウロしてたんですもん、仕方ないですよね?」

 

 

 菊梨が隠していたのは6歳くらいの少女だった。 綺麗な金髪のセミロングに、緑色の瞳が印象的だ。

 

 

「それで、君の名前は? 迷子なの?」

 

「私はマリー、ママをさがしてるの。」

 

「マリーちゃん、可愛いお名前ですね。」

 

「水差さないの。 それで、お母さんのお名前は?」

 

「エレーナ・アレクセイ・トルスタヤ しょーさだよ!」

 

 

 やけになっがい名前、というか帝都出身ではなさそうな感じだ。

 

 

「ふむ、名前の感じからして東欧地方の出身なのではないでしょうか?」

 

「よく分かるわねぇ。 身近に東欧地方出身者の知り合いがいれば相談するんだけど。」

 

「何を言ってるんですご主人様、お一人いるじゃないですか。」

 

「あ……」

 

 

 ――メイド喫茶”ガーベラ”の店長だ。 あの雌ゴリラの顔が浮かんでしまう。 いや、美人ではあるんだろうけど、あの纏った雰囲気と筋肉のせいでどうしても雌ゴリラという名称がしっくりきてしまう。

 

 

「あの人に聞くわけ?」

 

「他に聞けそうな相手、いないですよね?」

 

「はい……」

 

 

 結局選択肢があるわけでもなく、私達は店長の元へ向かうしかないのだ。

 

 

「でも、この子大丈夫なのかねぇ。」

 

「うーん、泣きださない事を祈るばかりですね……」 

 

 

 何も知らないマリーは無邪気な笑顔を見せている。 私が優しく頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

「かわいいなぁ……」

 

「子供、欲しくなりました?」

 

「本気で怒るよ?」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「さて、覚悟はいいわね?」

 

「もちろんです。」

 

 

 私達は開店前のガーベラへとやってきた。 一応優希に中に入る方法を確認しているので大丈夫。 インターホンに指を乗せ、教えてもらった手順で鳴らす。

 

 --- ・-・--

 

 詳細は分からないが、きっとこれが暗号となっているのだろう。

 

 

「なんだい、出勤時間にはまだ――」

 

「ど、どうも……」

 

 

 雌ゴリラが飛び出した! 私は菊梨を繰り出した! 菊梨は怯えて行動出来ない!

 ――などとふざけている場合ではない。

 

 

「わざわざ暗号まで使って、何の用だって言うんだい?」

 

「え、えっとですね! お聞きしたい事があって参ったと言いますか……」

 

「はっきり言いな!」

 

「はひぃ!!」

 

 

 まじこえぇ、ほんと殺されるってこの雌ゴリラに!

 

 

「ママ!」

 

 

 ――それ以上に驚く出来事が起きた。 マリーがありえない言葉を口にして、店長に駆け寄ったのだ。 当の店長もありえないとう表情をしている、流石に勘違いするにも相手が……

 

 

「これは、何の冗談だい?」

 

「実はこの娘の母親探しをしてまして、その相談がしたかったわけで……」

 

「……」

 

 

 ――これは殺気だ。 冗談抜きの殺意を私達に向けてきている。 流石に菊梨も身構えるレベルの……

 

 

「どういうつもりだ、まさかお前達……」

 

「ママやめて!」

 

 

 マリーは店長にしがみついて必死に止めようとする。

 

 

「放せ! お前は、マリーはとっくに死んだんだ! 私の前に現れるはずがないんだよ!!」

 

「え?」

 

「……」

 

 

 その言葉を聞いて驚いたのは私だけだった。

 

 

「ママ、私言いたい事があってここに来たの! そのためにこの身体も貸してもらって!」

 

「な、何を……」

 

 

 身体を貸してもらって……? つまりあれは、とある少女の身体をマリーが借りている状態だったというのだろうか。 まるで、私のように……

 

 

「菊梨、あんた最初から知ってたんでしょ?」

 

「はい……」

 

 

 何故、私が気づけなかった? いつもならばすぐわかるのに……

 

 

「ママが辛そうだから、元気になってもらいたくて…… だから、だから!」

 

「あぁ、泣かないでおくれマリ―…… それでもアタシはお前の仇をとりたいんだ。」

 

「ママは優しいから、私の事を思ってくれてるんだよね? でもそんなママは見たくないよ。」

 

「っ……!」

 

「だからお願い、ママはママのままでいて。 それが私の、一番の願いだから……」

 

「マリー!」

 

 

 互いに涙を流しながら抱き合う親子に、私もつられて涙が流れる。

 

 

「ごめんよ、アタシは何も分かってなかったのかもしれない……」

 

「ママ、大好き……」

 

 

 私に母親の記憶はないけれど、きっと私にもあんな母親が……

 

 ――ザザッ

 

 何か、思い出せそうな……

 

 

”いきなさい”

 

 

「ご主人様?」

 

「ん、何?」

 

「……なんでもないです。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 マリーちゃんは母親への思いを伝え終わると、満足して成仏していった。 店長は複雑な顔だったけど、思い詰めた感じは薄まったような気がする。 なんというか、少し話やすい雰囲気になったという感じだ。

 そういえば、マリーちゃんが身体を借りていた少女は店長が面倒を見る事になった。 孤児らしく、他に行く宛も無かったらしい。

 

 

「収まる所に収まったって感じよね。」

 

「そうですね。」

 

「でもマリーちゃんを殺した奴ら許せないわね! さっさと捕まればいいのに。」

 

「――捕まえられませんよ。」

 

「え、何か言った?」

 

「……なんでもありません。」

 

 

 私の母親との記憶、なんで思い出せないだろう……

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―


「今回もお疲れ様ですご主人様!」

「いやぁ、今回ばかりはあの雌ゴリラに殺されると思ったわ!」

「親子の絆強し、ですよ! というわけで私(わたくし)達にも子供を……」

「誰がつくるかぁ!(スパーン)」

「あひん!///」

「次回、第十七話 私達、入れ替わってる!?」

「なんですと!」

「次回は、私も復帰する。」

「あ、留美子おひさ!」

「次回もお楽しみにして下さいね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 私達、入れ替わってる!?

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」

「今回も楽しく先生と一緒にお勉強しましょうね!」


「では、今回のお題はこれです!」


~八咫烏ってどんな組織?~


「留美子ちゃんが所属している組織の事ですね。」

「京都にて発足された組織で、日常を脅かす妖怪や悪霊を退治する事を任務とした組織なのです!」

「非公開の組織ですが、国からは公務員として扱われているみたいですね。」

「退治のために色々な化学兵器を開発したりと、国からも結構な予算が下りているそうで……」

「まぁトップの人間が天皇なのでお金も当然動くって感じですかねぇ。」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


 いつもと同じ朝、今日も平凡な一日が始まる。 私はベッドから起き上がりシーツをぶん投げる。

 ――ここで一つの違和感を感じる。 なんというか……身体が軽いのだ。 今だってベッドから起き上がる時に、勢い余って空中で一回転からの満点着地をしてしまうくらいだ。

 

 

「明らかにおかしい……ってぇ!?」

 

 

 そして二つ目の違和感に気づいてしまった。 明らかに自分のものではない声音。 しかもどこかで聞いた事のあるような……

 

 

「そもそも、ここ私の部屋じゃないし。」

 

 

 プラモもなければフィギュアも無い、最低限の家具だけ置かれた飾りっ気のない殺風景な部屋。 ――私はこの部屋に覚えがあった。 そしてこの声にも……

 現状確認のため、私は部屋に置いてある姿見鏡の前に立つ。

 

 

「……嘘でしょ?」

 

 

 そこに写された姿は、猿女 留美子 のものであった。

 

 

「もしかして……私達、入れ替わってる!?」

 

 

―前回のあらすじ―

 (わたくし)が拾ってきたマリーちゃん、実に愛らしかったのですがまさかあの店長さんの娘さんだったとは…… 髪と瞳の色くらいしか似ている箇所ありませんでしたよね? 実は店長さんにもあんな可愛い時期があったのでしょうか? ちょっと想像できませんね…… それとも父親似なんでしょうか? 今度店長さんに聞いてみましょうか。 しかし、ご主人様と私の子供が出来たとしたらどんな愛らしい子供が生まれてくるのでしょうか? ――これは今すぐ子作りに励まないといけませんね! って、ご主人様? どこに行ってしまわれたのですか!?

 

 

 

 

 

「今朝から様子がおかしいとは思いましたが、まさか中身が留美子ちゃんだったなんて……」

 

「肝心の私本体は行方不明かぁ、まずは留美子を見つける所からね。」

 

 

 留美子の身体のまま自分の家にやってきたが、なかなか信じてくれない菊梨を説得するのにかなりの時間をとられてしまった。 原因は分からずだが、とりえずは入れ替わってるであろう留美子と合流しようとしたわけだが……世の中うまくいかない。

 

 

「それでご主人様、どうするつもりなんです?」

 

「留美子なら入れ替わりの理由を知ってると思ったんだけどね。 しかし私の身体で一体どこに……」

 

「ま、まさか! ご主人様の身体を使ってあんな事やそんな事を……なんて羨ましい!」

 

「おーい、なんか想像がおかしい方向にいってません?」

 

「許せません、これは明らかな協定違反です!」

 

「何その協定って……」

 

「それは、ご主人様を独占しないようにするための協定です!」

 

「いつの間にそんな協定結んでたのよ……」

 

 

 おふざけ狐は放っておいて、真面目に留美子の居場所を考えてみる。 そもそも、私の身体である時点でそこまで遠くには行けないはずだ、私の身体スペックはそこまで高くない。 逆に言えば、留美子の身体をフル活用すれば追いつく事は容易である。

 では、次にどこに向かおうとしてるかだ。 もし身体を戻すために思い当たる場所があるならば、そこを目指すであろう。

 

 

「うーん……」

 

「ご主人様、霊力を探れば簡単に見つけられますよ。」

 

「何その気を探って探すみたいな某少年漫画みたいなノリ。」

 

「――まぁ似たようなものですよ。 (わたくし)にお任せ下さい!」

 

 

 菊梨は瞳を閉じると大きく深呼吸をする。 微動だにしない菊梨が面白いので、目の前で手を振ってみたりしたが、集中しているのか全く反応が無い。

 

 

「見つけました! 電車で帝都の北部に向かっているようです! ……なにしてるんです?」

 

「いやぁ、あまりに反応無いからついね?」

 

 

 マジックで顔に落書きしようとした直前で目を開かれてしまったため、悪戯の瞬間を見られてしまった……

 

 

「よ、よし! 早速追いかけるわよ!」

 

「……ご主人様?」

 

「早く来ないと置いてくよ!!」

 

 

 私は玄関から飛び出し大きく跳躍する。 ――背後から文句の声を上げながら菊梨がついてくる。

 

 

「……なんか忍者になった気分ね。」

 

 

 時代劇に出てくる忍者のように、屋根を伝いに跳躍を繰り返す。 明らかに普通の人間の性能を越えたポテンシャルだ。 日常生活を送るにはいささかオーバースペックすぎる。

 

 

「ご主人様、慣れてない身体なんですから気を付けて下さいまし!」

 

「わかってるって! いやっほう!」

 

「絶対分かってない……」

 

 

 しかし自身で体感して分かるが、留美子や菊梨はこのレベルの世界で戦っているわけだ。 一般人である自分には踏み込めない領域なのは間違いないのに、何故あの時は二人の動きがはっきり見えたのだろうか? 未だにあの時の現象は説明不可能である。

 仮にもし、私にもこんな力があれば……どうするんだろうなぁ。 あくまで私は平穏に暮らしたいだけで、出来る事なら関わり合いにはなりたくない。 それなのにいつも、妖怪や幽霊に絡まれて平穏とは程遠いではないか?

 

 

「明らかに最近多くなってるよね……」

 

 

 そうだ、菊梨と出会ってから明らかに回数が増えている。そして危ない目に合う事もある。 もしこれが偶然ではなくて何か作為的なものだとしたら…… そもそも、菊梨の現れた理由すら分からないのに……

 

 

「ご主人様、もうすぐ追いつきますよ。」

 

「……うん。」

 

 

 ――自分の中で、菊梨への疑念が再び生まれていた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「見つけた!」

 

 

 自分の身体が路地を曲がるのが見える。 私と菊梨は慌ててその後を追う。 同じ路地を曲がると、そこは日通りの少ない、所謂裏通りという感じの道だった。

 

 

「なんでこんな場所に…… 菊梨、近くにはいるのよね?」

 

 

 ――返事が返ってこない。 不安になって後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。

 

 

「……ちょっと、冗談でしょ? 出てきなさいよ菊梨。」

 

 

 しかし一向に姿を現す気配ななく、人のいない裏路地に虚しく声だけが響くだけである。

 ――いや、確かに”人”はいない。

 

 

「留美子の身体だから察知出来るわけね。」

 

 

 数は――3,4つ、明らかに悪意を放った霊体がこちらに近づいてきている。 普段の私なら助けを呼ぶ所だが、今の私は留美子だ……余裕で対処出来るはず。

 私は身体の感覚に身を任せて霊銃(レイガン)を取り出し構える。 私が使い方を分からずとも、どうやら身体に染み込んでいるようだ。

 

 

「さっさとくたばりなさい!」

 

 

 ――躊躇なく引き金を引く。 撃ち出された霊力の弾丸は、真っ直ぐ悪霊へと飛んでいき――眉間にクリーンヒット。 素人が撃ったとは思えない腕前だ。

 私は霊銃(レイガン)をしまい、意識を集中させる。 きっと、私にも霊力を感じる事が出来るはずだ……

 

 

「……おかしいわね、霊力を一つだけしか感じない。」

 

 

 一般の人にだって微量な霊力は感じるし、菊梨の霊力も感じ取れないとなるといよいよおかしい。 それとも私が力を使いこなせていないだけなのか?

 そう悩みつつも、感じ取る事が出来た霊力に向かって走り出す。 ヒントはそこにしかないのだ、何があろうと向かうしかない。

 細い路地を、右、左――迷路のように入り組んでいる道進んで行く……

 

 

「やっと、追いついたわ!」

 

「あまてるちゃん。」

 

 

 私の声でそう答えるのは、間違いなく留美子だった。

 

 

「留美子、どうしてこんな場所に? それに菊梨はどこに行ったの?」

 

「彼女は神域(かむかい)の外、ここには入ってこれない。」

 

「なにそれ、ここって結界の中なわけ?」

 

 

 留美子はコクリと頷くと、壁を2回コンコンと叩いた。

 

 

「うわ、隠し扉。」

 

「ついてきて。」

 

 

 地下へと続く階段が現れ、そのまま進む留美子。 私にはついて行くという選択肢しかない。

 

 

「留美子、この先に進めば元に戻れるの?」

 

「帝都支部の施設なら可能。」

 

「なんだか怪しい響きだけど大丈夫なの?」

 

「私が所属している組織、だから問題ない。 ただ……」

 

「ただ……?」

 

「私は、アイツが嫌い。」

 

 

 私の顔で、心底嫌そうな表情をした。

 長い階段を進むと、やがて研究所のような場所に辿り着いた。

 

 

「やぁ、待っていたよ。」

 

「えっと、あの……!?」

 

 

 待っていたのは、私の予想を超えるような人物だった。

 安倍 晴明、知らない人は誰もいないであろう人物だ。 13代目天皇として君臨する権力者、まず私のような一般人が会って話をするような相手ではない。

 

 

「そう硬くならないでくれ。 私は彼女の組織トップでもあってね、こうして君達が来るのを待っていたんだ。」

 

「そ、そうだったんですね! いやぁ凄すぎて言葉もでませんよ!」

 

「……やるなら早く。」

 

「そうだったな、案内しよう。」

 

 

 部屋の中に入ると、よくわからないベッド型の機械が二台設置されており、大量のコードが繋がっていた。

 

 

「さあ、二人共そこに横になってくれ。 あとは私がやる。」

 

 

 ベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

「あまてるちゃん、ごめんなさい……」

 

 

 留美子が謝ったように聞こえたのは、私の空耳だったのだろうか……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「天照様!」

 

「嫌ね、いつもみたいにあまてるちゃんって呼んでよ。」

 

 

 ――見覚えのない映像だ。 きっとこれは留美子の記憶なのだろう。

 

 

「774年 4月25日 7時40分、ご臨終です。」

 

「あまてるちゃん! いやぁぁあ!!」

 

 

 留美子と誰かの記憶、私ではない他の”あまてるちゃん”だ。 おそらくは、彼女が本来の……

 

 

「私は、一人で生きる、他には何もいらない。」

 

 

 痛いのが辛いから、そうやって自分の殻に閉じこもってたんだね……

 

 

「ほーれ、痛いの痛いの飛んでけ~!」

 

「私を守るんじゃないの? こんなとこで死ねないでしょ!」

 

 

 そっか、そうだったんだ。 あの時の私は必死だったけど、留美子には気持ちが届いていたんだね。

 二人の記憶が、思いが、心が交わって、溶けていく……

 

 

「大丈夫、私が傍にいるから、だからもう泣かないで……」

 

「あまてるちゃん、私は……」

 

「留美子には、私の記憶が見えたの?」

 

「……」

 

 

 彼女は答えない。 まぁ、留美子に比べたら大したものではないが。

 

 

「私も全部見えたわけじゃないけど、それでも留美子の事が色々分かった。」

 

「……うん。」

 

「どれだけ辛かったとか、何が嬉しかったとか、”あまてるちゃん”の事とかね。」

 

「バレ、ちゃったか……」

 

「びっくりしたよ、本当に私にそっくりでさ! 実は血が繋がってるんじゃないか疑いくらいね。」

 

「……」

 

「まぁ、そんな事無いのはわかるけどさ。」

 

「ごめんなさい……」

 

「なんで謝るのさ、私の事を頼ってくれてるって事でしょ?」

 

「……」

 

「私は代わりになれないかもだけど、貴女を支えるくらいは出来るよ。」

 

「うん……ありがとう……」

 

 

 少しづつ意識が遠のいていく…… どうやらお互いの身体に戻されるようだ。

 

 

「入れ替わって、良かったよ。」

 

「うん……」

 

「じゃあ、また明日ね!」

 

 

 留美子の表情は、最後まで暗いままだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 いつもと同じ朝、今日も平凡な一日が始まる。 私はベッドから起き上がりシーツをぶん投げる。

 

 

「ふぁぁ、よく寝た。」

 

「昨夜はお楽しみでしたね///」

 

「ぎゃぁぁ! なんで同じベッドで寝てるのよ!」

 

 

 結局、入れ替わった理由は分からなかった。 あれに何か意味があったのかと言われても分からない。

 

「いやん、ご主人様のい・け・ず////」

 

「ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」

 

 

 互いを知っても何か変わるわけじゃないと思う。 ただ、ただ少しだけ……

 

 

「よーし、今日も頑張るかー!」

 

 

 優しくなれるような気がした。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―


「いいなぁ、いいなぁ、私(わたくし)もご主人様と身も心も一つになりたいです!」

「菊梨が言うと性的な意味にしか聞こえないんですけど!」

「私の方が、一歩リード。」

「むきぃ! 私(わたくし)負けませんからね!」

「いい加減私の身が持たないな……」

「次回は凄い人が出てくるそうですよご主人様!?」

「なん……だと……?」

「次回、第十八話 彼女が噂の敷島秋美!」

「正義の力が嵐を呼ぶぜ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 彼女が噂の敷島秋美!

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」


「今回は、助手を連れて参りました!」

「助手のルーミーです、宜しく。」

「はい、不愛想ですけどいい子なので皆仲良くしてあげてね!」

「一言多い。」

「コホン…… では、今回のお題はこれです!」


~神域(かむかい)ってなぁに?~


「久々の専門用語の説明ですね! ではルーミーちゃんお願いします!」

「神域(かむかい)とは結界の事を指し、術者が妖怪や悪霊から身を守るために使われる。 規模の大きさは術者の霊力に比例し、強力な物になると気配や存在を隠す事すら出来ると言われている。 更に近年では化学の発達により、人工的に神域(かむかい)を発生させる装置が発明され、これは勾珠(まがたま)と呼ばれ組織の人間に愛用されている」

「な、長い説明ありがとうございます。 勾珠と同じようなもので、術者が自らの霊力を込めて作る水晶なんかも存在するんですよ! これはご主人様の家にも置いてあるもので、その力で家に神域(かむかい)を展開しているわけですね!」

「あまてるちゃんは色々と引きつけやすい体質だから、そうしないと危険。」

「まぁ、何かあれば私(わたくし)達二人が守るんですけどね!」

「もちろん。」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」

「またね。」


「当日の予定はこんなものね。」

 

「羽間先輩、流石にハード過ぎません?」

 

 

 私達さぶかるのメンバー(優希さんは予定があって欠席)はカフェ黒猫にてコミマの作戦会議を行っていた。 このカフェは羽間先輩の行き着けの店だそうで、わざわざ店の一角を貸し切りにしてくれている。 店長の田辺さん、あざっす!

 

 

「効率よく多くのサークルを回るにはこれが最善の動きなのだ。」

 

「売り子の菊梨と優希が動かないのは仕方ないですけど、なんで大久保先輩まで待機なんですか?」

 

「なんだ雪! お前は葵にも働けと言っているのか!?」

 

「いや、あの、そういうわけじゃ……」

 

「私が島を網羅するから、大丈夫。」

 

 

 確かに留美子のスペックなら可能な気がする…… この前実際に体験したし。

 

 

「雪がコスプレゾーンに行きたいのも分かってはいるが、先に回収だけは済ませたいのでな。」

 

「そもそも、回るとこほとんどが羽間先輩の目当てじゃん……」

 

「何か言ったか?」

 

「はい! 何も言ってません! 喜んで回らせて頂きます!」

 

 

歯向かったら後でどんな目に合うか・・・ 想像したくない。

 

 

「そういえば、二人にはどんなコスプレをしてもらうんです?」

 

「うふふ、それはですね・・・」

 

 

待ってましたとばかりに目を輝かせる大久保先輩。 話振るの待ってたのね……

 

 

「今回の雪ちゃんの作品、お狐物語の主人公とヒロインをやってもらう予定ですの。」

 

(わたくし)がヒロインの狐役なんですよ!」

 

 

 うん、知ってたよ…… 去年も私の作品のキャラだったもんねぇ。 それでも話を振らないと大久保先輩がヘソ曲げて、私が羽間先輩に説教食らうからね。

 

 

「あぁ、二人なら似合うんじゃないかなぁ。」

 

「雪ちゃんはどうしますの?」

 

「私は今回はスルーかな、コスプレゾーンで知り合い達には話聞く予定ですけど。」

 

「うーん、残念です。」

 

 

 まぁ内心やりたい所なんだけど……

 

 

「楽しみですねご主人様!」

 

「そうね。」

 

 

 こういうハイレベルの横では恥ずかしくて出来ねぇぇぇ!!

 

 

「一応前日にホテルを手配してあるから、当日は即会場入り可能だ。」

 

「流石羽間先輩、準備がいいですね!」

 

「あら、楽しそうなお話をしてるわね?」

 

「え……?」

 

 

 その乱入者は突然現れた。 綺麗な茶色の髪を腰まで伸ばし、赤みのかかった紫色の瞳、大人の色気を出す香りと着物姿……

 私はこの人を知っている。 そう、ずっと憧れていた……

 

 

敷島(しきしま)秋美(あきみ)先生!」

 

 

―前回のあらすじ―

 朝、目が覚めると私は雪になっていた。 とりあえず体の隅々まで観察し、色々な実験もした。 狐の邪魔が入ったので、施設の自室でゆっくりと実験の続きをしようと思ったのに…… アイツが余計な事をしてくれたおかげで元の身体に戻る事になってしまった。 正直、非常に遺憾である。 まだまだ試したい事がぎっしりだった。 でも、私が見たあまてるちゃんの記憶、あれは……

 

 

 

 

 

「ねぇ菊梨、私の頬抓って。」

 

「えーい(はーと)」

 

「うん、全然痛くない。 でも夢じゃないのよね。」

 

 

 憧れの敷島秋美先生に会えただけでなく、まさかお家に招待してもらえるとは! 嬉しすぎて憤死しそうなんですが。

 

 

「あまてるちゃん、顔緩んでる。」

 

「可愛いです!」

 

「人の顔をジロジロ見ないでよ!」

 

「あらあら、3人共仲が良いのね。」

 

 

 私達のやり取りを見てクスクスと秋美先生が笑う。 なんだかとても恥ずかしい……

 

 

「うぅ…… それにしても、本当に凄い家ですね。」

 

 

 秋奈町には珍しい京都式のお家だ。 瓦屋根の家なんてまず見る事はないわけで、これだけ目立つなら家の場所もバレやすいのではと思う。

 でも実際、私はこの場所を知らなかったし、テレビで放映された事もない。

 

 

「珍しいでしょ? 知り合いに頼んで建ててもらったの。」

 

「そうなんですか。 良い趣味ですね。」

 

 

 木造の門を潜った時に違和感を感じる。 これは自分の家の中に入る時と同じ感覚だ。 菊梨も留美子も気づいているようだった。

 

 

「ひっそりと暮らしたかったからね。 そういう意味では凄く助かってるわ。」

 

 

 なるほど、神域(かむかい)の中に家があるおかげで外部から認識出来ないようになってるわけね。 そりゃあ誰もこんな目立つ家に気づかないわけだ。

 そのまま私達は先生のアトリエに案内される。 アトリエと言ってもデジタルで描く今の時代ではパソコンが置いてあるだけだが。 壁には多くのイラストが額縁に入れられて飾られている。

 床は当然畳で、パソコンの前には可愛い花柄模様の座布団が置かれている。

 

 

「これはっ! 氷冬ちゃんの浴衣verのイラストじゃない!!」

 

 

 ヤバイ、原画だよ! 生原画だよ!!

 鼻息荒く額縁の前に急接近し、そのイラストの酔いしれる。

 

 

「ご、ご主人様?」

 

「今日のあまてるちゃん、ハイテンション。」

 

「こっちは灯火ちゃん! 嵐春もある!!」

 

「本当に好きなんですね、この子達が。」

 

 

 ここが天国か、生きてて良かった……

 頬擦りしたい衝動を抑えるので精一杯になっている。

 

 

「すみません、他にも色々見て回っていいですか!?」

 

「どうぞどうぞ、好きに見て回って下さいな。」

 

「よし、行くわよ菊梨!」

 

「ちょっと、ご主人様!」

 

 

 菊梨は私の隣まで来ると、そっと耳元に近づいて囁く。

 

 

「留美子ちゃんが家の中で妖怪の気配を感じて先行しちゃったんですよ。」

 

「うっそ、なんで結界内に妖怪がいるのよ。」

 

(わたくし)にだって分かりませんよ。 まずは留美子ちゃんの所に向かいましょう。」

 

「そうね、少し心配だわ。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「留美子!」

 

「あまてるちゃん、遅かったね。」

 

「もう、一人で勝手に行かないでよ!」

 

 

 留美子が立っていたのは子供部屋のようだった。 色々な玩具が詰まった箱、何体か飾ってある人形…… しかし、長い間使われていないような感じではあった。

 

 

「見て。」

 

 

 留美子が指差した先を見ると……小さな女の子が座っていた。 赤い小袖のおかっぱ頭――間違いでなければ、きっと座敷童だ。

 

 

「……初めて見たかも。」

 

(わたくし)もです。」

 

 

 座敷童は何をするでもなく、正座のままずっとこっちを見ている。

 

 

「幸運のお裾分け貰えないかな?」

 

「欲丸出し、みっともない。」

 

「そ、そんな風に言わなくても……」

 

「……ご主人様危ない!」

 

 

 菊梨が私を庇うように上から覆い被さる。 それと同時に背後で風を切るような音が聞こえた。

 

 

「お前達、人の家で何してるわけ!?」

 

 

 制服を身に纏った少女が部屋に乱入してきたのだ。 どうやら今のはこの少女の蹴りだったらしいが、普通そんな威力の蹴りを出せるものなのか?

 

 

「わ、私達は秋美先生に招待されて……」

 

「問答無用! お母さんも椿も私が守る!」

 

 

 少女は拳を突き出すが留美子がその攻撃をカードする。 互いに同じ色の銀髪が揺れる。

 少女は赤い瞳を細めると、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「私の拳を止める奴なんて初めて。 ……少しは楽しめそうね!」

 

「雌ゴリラ。」

 

「誰がゴリラですって!」

 

 

 少女は肉体に似合わない破壊力の拳を連続で繰り出してくる。 しかし、留美子は手慣れたように全ての攻撃を受け流す。

 

 

「所詮は素人、私の敵じゃない。」

 

「ほんっと……むかつく!!」

 

 

 勢いのある回し蹴り……しかし、チャンスとばかりに軸足を狙った留美子の攻撃が決まる。

 

 

「きゃぁ!」

 

 

 少女はそのままバランスを崩して、畳の上に倒れ込んでしまった。 その姿を留美子が見下ろすという構図が不幸にも完成してしまう。

 

 

「これで終わり。」

 

「くっそ……」

 

 

 その時だった。 突然座敷童が立ち上がり、少女を庇うよう両手を広げて留美子の前に立ちはだかったのだ。

 

 

「椿ちゃん、危ないから下がって……」

 

「……見えてる?」

 

「見えてるって、何当たり前の事言ってるわけ?」

 

「留美子、多分その子知らないのよ。」

 

 

 私は少女の前に立ち、手を差し伸べる。 最初は睨んできたが、半ばやけくそのように私の手をとってくれた。

 少女の名前は秋子、秋美先生の娘らしい。 彼女と座敷童の椿ちゃんは幼い頃から一緒に育ったらしい。 母親にも普通に見えていたらしく、妖怪という認識が全く無かったらしい。 むしろその状況の方が恐ろしい話だが……

 

 

「君、うちの組織に入らない?」

 

「アンタは何勧誘してるのよ。(スパーン!)」

 

 

 いきなり勧誘を始める留美子にハリセンの一撃をお見舞いする。

 

 

「彼女はかなりの逸材、磨けば光る原石。」

 

「だからってねぇ。 未成年の女の子には酷でしょうが。」

 

「訓練生として、仮入部。」

 

「学校の部活動みたいなノリで言わないの!」

 

「お前ら面白いな!」

 

 

 秋子はお腹を抱えながら爆笑している。 ……そこまで笑う要素はあっただろうか?

 

 

「でも座敷童とお友達って、凄いお話ですね。」

 

「そうなの? 椿は友達のいない私とずっと一緒にいてくれたから……」

 

「そうですか……」

 

 

 異能故の孤立か…… 私にも他人事じゃない話ではある。 実際に中学、高校と私の力については隠してきた。 おばちゃんがそうした方がいいと言っていたからだ。 人間は自分とは違うモノに恐怖を抱くものだと。 もしかしたら、私も彼女のような人生を歩む事があったのかもしれない。

 

 

「ともかく、お前らが悪い奴じゃなくて良かったよ。 椿もまた遊びに来て欲しいって言ってるし。」

 

「ほんと? また来てもいいの!?」

 

「ご主人様の場合、目的は別なんじゃないです?」

 

「そんな事ないですしー! ねぇ留美子?」

 

「のーこめんと。」

 

「この裏切り者め!」

 

 

 妖怪と人間の絆……これもまたありえる物なのよね。 ねぇ、菊梨……信じてもいいよね?

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

「貴方の珈琲、いつ飲んでも美味しいわね。」

 

「そりゃあいつでも変わらぬ味を目指してるからな。」

 

「ほんと、何年立っても変わらない……」

 

「そういえば、秋子ちゃんは元気にしてるのか?」

 

「うん、学校ではうまくいってないみたいだけど。」

 

「そうか……」

 

「そういえば和樹、あの元気な団体様は?」

 

「あぁ、常連さんの連れだそうだ。 なんでもコミマの打ち合わせだとか。」

 

「へぇ……面白い娘達ね。」

 

「なんだ、気になるのか?」

 

「あの娘達なら、娘の友達になれそうね。」

 

「ん……?」

 

「さてと、ちょっかいかけに行ってくるわね。」

 

「おう、行ってこい!」

 

 

 そう言ってペンネーム、敷島秋美――本名、羽川(はねかわ) 翔子(しょうこ)はマグカップを置いて立ち上がった。




―次回予告―


「今回もまた新キャラが登場して来ましたね!」

「彼女の事は、既に知ってる人もいる。」

「そうなのですか留美子ちゃん!?」

「彼女の活躍は、Firstlineで是非。」

「cmも兼ねてという流れですね。 そういえば、ご主人様さっきから黙ってますけど?」

「……」

「ご主人様、どうかしました?」

「次回、第十九話 夜空に咲き乱れる花。」

「菊梨、貴女の本当を私に教えて……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 夜空に咲き乱れる花

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」

「ルーミーです。」

「今回も二人で皆さんの疑問に答えていきますね!」

「任せて。」

「では、今回のお題はこれです!」


~敷島 秋美って何者?~


「前回出て来た謎の女性ですね! 彼女は一体何者なのでしょうか!?」

「本名は羽川(はねかわ) 翔子(しょうこ)、今ブレイク中のイラストレーター。 人気の始まりは、”式神伝”というゲームのキャラデザを担当したから。 その時に世間の目に触れて人気が爆発した。」

「それそれ、私にも見せて下さい…… おぉこれは、なんと愛らしいキャラ達なんでしょうか!? まぁ、私(わたくし)には負けますけど。」

「……」

「ルーミーさん、その物騒なモノを下げて頂けます?」

「彼女はあまてるちゃんの目標でもあり、憧れの先生でもあるのだ。」

「だから銃を向けたまま説明するのはやめましょ?」

「ちなみにあまてるちゃんのお気に入りキャラは”氷冬”」

「全く聞く耳を持ちませんね…… まぁ、察しの良い方は彼女の事は知っているのではないでしょうか?」

「firstlineも宜しく。」

「言っちゃいましたよ…… では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」

「またね。」


『嘘つき!』

 

「違うっ、私は!」

 

 

 何か見覚えのある教室で、小さな私は黒い影達に囲まれていた。 奴らは私を指差して、嘘つきと言い続ける。

 

 

「嫌ぁ!」

 

『嘘つき! 化け物!』

 

 

 違うっ、私は嘘つきでも化け物でもない! 普通の人間だよ!

 心の中で叫んでも、その言葉は口から紡がれる事はない。 この地獄絵図から抜け出す事は出来ずに、私は一方的に責められ続けるのだ。

 

 

「だれか、たすけて……」

 

 

 涙を流しながら手を伸ばす私、当然誰も助けてはくれない。 きっとこの世界に、味方は誰もいないのだろう。 自分の事のはずなのに、何か他人事めいた感覚……

 

 

「おいでよ、こっちに。」

 

「え?」

 

 

 黒い影達の声ではない。 輪の外で佇む一つの白い影、それが声の主だった。

 

 

「君はこちら側なんだ、だからおいでよ。」

 

「……何言ってるの?」

 

「君は僕達と同じ――人ならざる者なんだからさぁ!」

 

「嫌ぁぁぁ!!!」

 

 

 ――叫び声を上げながらベッドから飛び起きる。 ここが自分の部屋だという事を認識し、さっきまでの出来事は夢だと気づく。 全身汗びっしょりで、寝間着が汗を吸って湿っている。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 深呼吸をしてなんとか息を整える。 額の汗を拭ってゆっくりとベッドから立ち上がる。 ――いつも横で寝ている菊梨の姿が見当たらない。

 私はフラフラと歩きながら着替えとタオルを取りに向かう。

 

 

「もうこんな時期か……」

 

 

 私は昔から周期的にこんな状態になる事がある。 おばちゃん曰く、私の霊力が不安定になる時期なのだそうだ。 こういう時は自身に霊を呼び寄せやすくなってしまい、非常に危険な状態だ。 家の結界は機能しているようだが、後でおばちゃんに連絡してみた方がいいだろう。 あんな夢を見るからには、何かあるのかもしれない。

 私は着替えを済ませると再びベッドに横になる。 ふと、窓の外を眺めると――月を眺める菊梨の姿があった。 その姿は美しく、まるでこの世の者とは思えないほどであった。

 

 

「まぁ、人間じゃないもんね。」

 

 

”君は僕達と同じ――人ならざる者なんだからさぁ!”

 

 

「ちがう……私は人間よ。」

 

 

 結局、私は眠る事は出来なかった。

 

 

―前回のあらすじ―

 カフェ黒猫にて夏のコミマの打ち合わせをしていた私達だったけど、そこに現れたのはなんと! 私の憧れである敷島秋美先生だった! しかもお家にお呼ばれなんてされちゃって、もういつ死んでもいいです! しかし先生の娘さんは中々の脳筋さんで、勘違いで私達に襲い掛かってきた! なんとか誤解は解けて仲直り、此度も一件落着ってね。 しかし、先生が私と同じ妖怪が視える体質だったなんてびっくり、家に神域(かむかい)まで張ってあるしね。 おばちゃんに聞いたら何か知ってたりするのかねぇ?

 

 

 

 

 

「あまてるちゃん、凄い顔。」

 

「あぁ、昨日眠れなくてね……」

 

 

 私は机に突っ伏して留美子と話していた。 当然の如く目の下にはくっきりとクマが出来てしまっている。

 

 

「何かあった?」

 

「いやぁ、いつものだから大丈夫だって。」

 

「生理。」

 

「違うわっ! 留美子も知ってるでしょ!?」

 

「冗談。」

 

 

 真顔で言われると冗談のように聞こえないんですけど……

 

 

「しかし結界が弱まってる気がするし、どうするべきかねぇ。」

 

「……私が、見てみる。」

 

「ほんとに? 助かるわぁ。 菊梨にお願いしようと思ったんだけど、朝から出かけちゃったのよね。」

 

「……そう。」

 

 

 留美子は何か考え込んでいるようだったが、今の私はそこまで気を配る余裕はなかった。

 

 

「おーい、お二人さん。」

 

「あれ、先輩?」

 

 

 羽間先輩と大久保先輩が教室の中へと入って来た。 私は起き上がりもせずにそのまま手を振った。

 

 

「おいおい雪、何を死にそうな顔をしてるんだ。」

 

「大丈夫ですの?」

 

「だ、大丈夫ですよ! ただの寝不足ですので!」

 

 

 元気を装うが、こんな顔では説得力は皆無であろう。 しかし、二人は何をしに来たのだろうか?

 

 

「今日開催の花火大会にお誘いに来たのですが、その体調では難しそうですわね。」

 

「――なんですと。」

 

「本当は二人で行くつもりだったんだがな、まぁ雪はゆっくり休んで――」

 

「い、行きますとも。 行かせていただきます。」

 

「いや、無理しなくてもいんだぞ?」

 

 

 実を言うと、私は根っからのお祭り好きなのだ。 そんな楽しいイベントがあるのに参加しないわけにはいかない!

 

 

「留美子、さっきの件をさくっと片づけてお祭りよ!」

 

「……うん。」

 

 

 留美子は少し困ったような表情を見せたが、すぐにいつもの顔に戻り頷いた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「菊梨? まだ戻ってないの?」

 

 

 家に帰ってきたのだが、まだ菊梨が戻った様子はなかった。 集合時間まであと2時間くらいしかないし、このままでは菊梨を連れていけないな……

 

 

「あまてるちゃん、勾珠はどこ?」

 

「ん? ――あぁ、水晶の事ね。 それなら神棚の中に祀ってあるよ。」

 

「わかった。」

 

 

 留美子は手水を済ませ、神棚の前に立つと二礼二拍手一礼をし祝詞を唱える。 用意した脚立に乗りゆっくりと御扉を開く。 ――中には手のひらサイズの水晶玉を収められている。

 

 

「どう?」

 

「……」

 

 

 水晶を眺めたまま難しい顔のまま硬直している留美子。 心配で声をかけるが返事が無い。

 

 

「効力を失ってる……」

 

「え?」

 

「これにもう、神域(かむかい)を発生させる力は残ってない。」

 

「嘘でしょ……」

 

 

 それは絶対にありえない。 ――家の中に入る時に、いつもと同じ結界の感覚はあったのだ!

 

 

「別の神域(かむかい)? もしくは、誰かが似せて作った?」

 

「どういう事よ。」

 

「わからない、一つ言えるのは……」

 

 

”この神域(かむかい)は内側から破壊されたって事”

 

 

 その言葉を、最初は理解出来なかった。 そもそもこの中には、私が許可した相手しか入ってこれないのに。 それで中から破壊するなんて……

 

 

「っ!?」

 

 

 一瞬、脳裏に菊梨の顔が浮かぶ。 私は全力で頭を左右に振って掻き消した。 そんなのありえるはずがない。 彼女が、そんな……

 

 

「あまてるちゃん、大事な事を忘れてる。」

 

「え?」

 

「菊梨は妖怪、それを忘れちゃダメ。」

 

「でも! 菊梨はいい奴で! 鬱陶しい時もあるけど、いつも私の事を考えてくれて!」

 

「本当に、そう言い切れるの? 私達と、彼女は違う。」

 

 

 昨夜の夢が思い出される。 人と妖怪、絶対に分かり合えない存在……

 

 

「それでも、私は……」

 

「……ごめん、言い過ぎた。」

 

「私もちょっと熱くなりすぎた…… ちょっとシャワー浴びてくるわね。」

 

「うん。 対策は考えておく。」

 

「お願いね……」

 

 

 ねぇ菊梨――貴女が何を考えているのか教えて? どうして貴女はずっと私の傍にいるの? どうして私を守ってくれるの? どうして貴女は……

 

 

―――

 

――

 

 

 

 結局、私の体調不良と水晶の破壊は関係がない事がわかった。 恐らくは菊梨が用意したであろう、新たな神域(かむかい)が機能していたため、妖怪達が家に侵入してくる事はないそうだ。 そうなると尚更破壊された水晶の謎が深まるのだが、これは菊梨本人に問い詰めるしかなさそうだ。

 待っても菊梨は戻らず、仕方なく私と留美子は浴衣に着替えてお祭りへと向かった。

 

 

「見て見て留美子! 出店がいっぱいあるよ!」

 

「うん。」

 

 

 私は留美子の手を引いて歩いて回る。 先輩達はそんな様子を呆れ顔で見ていたが、他を見て回ると言って二人でどこかへ行ってしまった。

 

 

「ふふふ、私の射的の腕を見せてやろう!」

 

「おー」

 

 

 私は銃を構え、狐のぬいぐるみに向けて引き金を引く――見事命中するがぬいぐるみは少し揺れただけだった。

 

 

「くっそ! これほんとにとれるわけ!?」

 

「――任せて。」

 

 

 いつもの無表情で留美子が前に乗り出す。 左手にはコルク弾を指に挟んでいる。

 

 

「一点集中で落とす。」

 

 

 発射――そして即装填、それを高速で繰り返す。 常人には出来ない芸当……流石プロだ。

 4発目の弾が当たった時点でぬいぐるみがついに落下した。

 

 

「任務、完了。」

 

「ありがとう留美子! これ大事にするね!」

 

「……うん///」

 

 

 心なしか、留美子が照れているように見えた。 きっと気のせいだろう。

 その後も私達は出店を網羅する勢いで次々と回っていった。 留美子のオーバースペックのせいで金魚掬いでは強制ストップを食らったが……

 

 

「あぁ楽しかった!」

 

「私、も……」

 

「そっかそっか! やっぱお祭りっていいよね!」

 

「うん。」

 

 

 静かに留美子も頷く。 夢の事で悩んでいたのが嘘みたいに今は調子が良かった。

 

 

「菊梨も来れば良かったのに。」

 

「っ……」

 

「きゃっ!?」

 

 

 留美子が繋いでいた手を急に引っ張って走り出す。

 

 

「ちょっ、どうしたの留美子?」

 

「……」

 

 

 留美子は何も言わずに走り続ける。 ――人通りの少ない林の中に入ったくらいで急に立ち止まった。

 

 

「はぁ……はぁ…… びっくりしたでしょ。」

 

「――ごめん。」

 

「一体どうしたの?」

 

 

 俯いたまま、口を開閉させて何かを話そうとしているのだが、全く聞き取れない。

 

 

「……なんでもないなら戻ろ?」

 

 

 私は留美子の手を引いて祭りの会場に戻ろうとするが――

 

 

「待って!」

 

 

 今まで一度も聞いた覚えのない留美子の叫びに足が止まった。

 

 

「このままでもいいから、聞いて!」

 

「……わかった。」

 

 

 私は向き直り、真っ直ぐに留美子を見つめる。 留美子は今にも泣きそうな顔で私を見ていた。

 

 

「あのね! 私……怖いの。 あまてるちゃんが、遠い所に行っちゃうんじゃないかって!」

 

「大丈夫、私は何処にも行かないって。」

 

「”あまてるちゃん”もそう言ってた! でも、わたしの元からいなくなって……」

 

「それは……」

 

 

 私が留美子の身体に入っていた時に見た記憶。 彼女が最初に”あまてるちゃん”と呼んだ人物――安倍(あべ) 天照(あまみ)の事だろう。 彼女は私と同じ体質で、霊や妖怪を引き寄せてしまう。 その力が暴走して、最後は衰弱死してしまったのだ。 だから留美子は、私が同じようになるのではと不安に思っているのだろう。

 

 

「もう嫌なの! 大切な人がいなくなるのは! 今度はもう、耐えられないよ……」

 

「大丈夫よ……」

 

 

 私は優しく留美子を抱きしめた。 ゆっくりと背中を擦ってあげると、緊張の糸が切れたように声を上げて泣き出した。

 

 

「私の力が不安定になるのはいつもの事だから、そのうち収まるよ。 留美子が心配するような事には絶対ならない。」

 

 

 留美子は泣きながら何度も頷いた。 まるで、自分に言い聞かせるように。

 

 

「だって約束したじゃない私達――ずっと一緒だって。」

 

 

 そう言って私達は見つめ合い、ゆっくりと互いの唇を重ねた。 夜空には、綺麗な花が咲き乱れていた……

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―


「ふふふ、どうやらわしの時代がやって来たようじゃのう。」

「ちょっと菊梨、次回予告に変な狐が紛れ込んでるわよ?」

「一体何を言って――えぇ!?」

「どうしたの菊梨?」

「どうしてここにいるのですか!?」

「驚く事はない、これもわしの愛ゆえに――」

「ご主人様、後は任せました!」

「ちょっ――もう菊梨ったら何なの? じゃあ気を取り直して……」

「次回、第二十話 のじゃロリ狐、梨々花推参!」

「絶対見るのじゃぞ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 のじゃロリ狐、梨々花推参!

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」

「ルーミーです。」

「今回も二人で皆さんの疑問に答えていきますね!」

「任せて。」

「では、今回のお題はこれです!」


~狐の妖怪って実際凄いの?~


「狐妖怪である私自身が断言します、めちゃんこ強いです!」

「説明になってない。」

「小難しい説明なんていらないのです! 強さが全て、この世は弱肉強食!」

「――狐は妖怪の最上位種。 強大な妖力と高い知能を持って人間社会に隠れている。 手練れでも5人はいないと討伐は難しい。」

「5人がかりでも負けませんけど!?」

「その強大な妖力で、神域(かむかい)と同質の結界を形成する事も可能。 本当に危険な妖怪。」

「これで皆さんも狐がどんなに偉大か理解して頂けたでしょう!」

「――いつか私一人で狩る。」

「何か物騒な言葉が聞こえたような……」

「気のせい。 今回はここまで。」

「皆さんあでぃおす!」

「またね。」


「遂に辿り着いたぞ、帝都に!」

 

 

ここに一人の少女――いや、見た目で言えば幼女が帝都の地に足を踏み入れた。 しかし彼女は明らかに人間ではなかった。 金色の狐の尾と耳を持っているのだから。 極めつけは、ミニスカのような袴の巫女服だ。

 しかし、これだけ目立った見た目と衣装でも行き交う人達は誰も見向きもしない。 それは彼女が妖怪で、本来ならば認識する事も出来ない存在だからだ。 妖怪自身が姿を隠す限り、普通の人間には見る事は出来ないのだ。

 

 

「妖力渦巻く無法地帯……確かに、”主様”が言っていた通りの危ない場所じゃのう。 やはり連れ帰ねばなるまいな。」

 

 

 ――幼女は歩き出す。 彼女の目的はただ一つ、自身の大事な人を連れ戻す事。 妖力を辿れば見つかるのは簡単だ。 問題は邪魔者が現れるかどうかだ。

 

 

「待っておるのじゃぞ、姉様!」

 

 

―前回のあらすじ―

 不安定なあまてるちゃんの力、そして菊梨の謎の行動、あらゆる出来事が彼女を追い詰める。 そんな彼女を救ってあげられるのは私だけ。 そう、あの狐じゃなくて私だけなの。 私だけが彼女の事を分かってあげられる、私だけが彼女を守ってあげられる。 だから、今度こそ私は……

 そんな事を、私は二人で裸になって眠るベッドで考えた。 ――ふふ、私の一歩リード。

 

 

 

 

 

 姉様の居所はすぐに見つける事が出来た。 夜空を見上げ、月を眺める姉様の姿は神々しく、まるで女神のようにさえ見えた。 見つめているだけで心臓が高鳴るのを感じる。

 

 

「姉様ぁ!」

 

 

 思いっきりダイブして抱き着こうとするが、横に回避されてしまう。 そのまま屋根の上に思いっきり顔面直撃……

 

 

「な、なんで避けるんじゃ!?」

 

「一瞬身の危険を感じまして……梨々花(りりか)?」

 

「気づくのが遅すぎなのじゃ!」

 

「ごめんなさい、考え事をしていまして。」

 

 

 ぎこちない笑顔を向ける菊梨。 ふと、裾から覗く両腕の傷に目がいく。 ――ありえない事だ。 姉様が小さいとはいえあんな傷を負う事は絶対にありえないのだ。

 

 

「その傷はなんじゃ。」

 

「――(わたくし)とした事が、野良妖怪にちょっと。」

 

「姉様は昔から嘘が下手じゃな。」

 

「……」

 

 

 ――二人の間に沈黙な流れる。 絶対に何か隠している、ここに留まらせるのは危険だ。

 

 

「やはり、姉様はここにいるべきではないのじゃ!」

 

(わたくし)は帰りません。 もう使命は全うして”主様”にも許可を頂いています。」

 

「それでも、この帝都は危険なのじゃ! どうして分かってくれない!?」

 

「だってここには、(わたくし)の大事な人がいますから。 最期まであの方と共に過ごすの決めたのです。」

 

 

 姉様が頑固なのは昔からだ。 一度言い出したら絶対に自分の意見を曲げない。 まぁ、それも含めて姉様が大好きなのだが。 でも今は――

 

 

「手紙に書いてあった女か――許せぬ。」

 

「梨々花……?」

 

「姉様はわしの物じゃ……やはり危険要因は排除する。」

 

「――貴女、何を言っているか分かっているの?」

 

「分かっておるとも! わしはその女を殺すと言っておるのじゃ!」

 

 

 ――その時、背筋も凍る程の冷たい感触が走る。 それは愛する姉から発せられた殺気だった。 その視線だけで自らが3回程殺される幻覚を見てしまう程だ。

 

 

「貴方が、(わたくし)に勝てると……?」

 

「っ!?」

 

 

 心のどこかで姉妹には手を出せまいという驕りがあった。 しかし、それは自身の甘えで――本気で殺そうとしているのだ。

 

 

「なんで分かってくれぬ! 姉様のバカバカ!」

 

「待ちなさい梨々花!」

 

 

 ――耐えきれなくなってその場を逃げ出した。

 

 

「わしはただ、昔のように姉様と暮らしたいだけなのじゃ……」

 

 

 駆けている間も、涙は留まる事を知らずに流れ続けた……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 公園のベンチに蹲ったまま朝を迎えてしまった。 いつの間にか人間達が、アリの行列のように大量に歩き回っている。

 

 

「バカ……」

 

 

 泣きすぎたせいか、目は真っ赤に腫れ上がっている。 動く気力も湧かず、無駄に時間だけが過ぎていく。 妖力を隠しているから、この場所を姉様が見つけるのは時間がかかるだろう。

 

 

「ねぇ君、何してるの?」

 

「……なんじゃ?」

 

 

 目の前に一人の少年が立っていた。 非力な妖力に犬のような耳――恐らくは山彦(やまびこ)だろう。

 

 

「人間にいじめられたの?」

 

「誰が人間なんかに! わしは狐様じゃぞ!」

 

「へぇ、そうなんだ。」

 

 

 山彦は明らかに馬鹿にしたような感じだった。 確かに今は妖力を抑えているが、この立派な耳を見て分からないとはなんと無知な弱小妖怪なのだろう。

 

 

「お主こそ、ここで何をしておるんじゃ?」

 

「僕はここで発声練習をしてるんだ。 いつでもやまびこを返せるようにね。」

 

「しかし、この辺に山など無いではないか。」

 

「人間達が作った”びる”とかいうのがその代わりになるのさ。」

 

「ふぅーん。」

 

 

 彼なりに変化した環境に適応しようとしているのだろう。 嫌なら住処を変えればいいだけだろうに、何故この土地に拘るのか理解できない。

 

 

「移住しようとは思わんのか?」

 

「考えた事ないや、僕はこの土地で生まれ育ったから、きっと外では生きていけないよ。」

 

「そうか……」

 

 

 もしこの妖怪に今の帝都の危険性を説明しても、きっとこの土地から出ていく事はないだろう。 そう――姉様と同じなのだ。 

 ベンチからゆっくりと立ち上がり、思いっきり自分の頬を叩く。

 

 

「よし! わしはそろそろ行くぞ!」

 

「そっか、気を付けてね狐さん。」

 

「あぁ、お主もな。」

 

 

 山彦に背を向け、その場を後にしようとしたが――目の前には姉様が立っていた。

 

 

「探しましたよ梨々花。」

 

「姉様……」

 

 

 姉様の疲れた顔を見れば、寝ずにずっと探してくれていたのが分かる。 結局は迷惑をかけただけなのだ…… 結局、何をしたかったのだろう?

 

 

「姉様……わしと一緒に帰ってはくれぬか?」

 

「梨々花……」

 

 

 姉様は優しく抱きしめてくれた。 久しぶりの温もりに身体を預ける…… いつものように優しく頭を撫でてくれるたび、無意識に涙が溢れ出した。

 

 

「寂しいのじゃ…… ”主様”はいても、姉様はいないから……」

 

「ごめんなさい。 でも(わたくし)は――」

 

「”新参者”との約束なんて守る必要があるのか!?」

 

「それだけじゃないの。 あの娘はね梨々花、(わたくし)が初めて好きになった相手なの。 愛しているのよ。」

 

「嫌じゃ、嫌じゃぁ…… わしは寂しい……」

 

 

 いくら駄々を捏ねても無駄なのは分かっていた。 それでも泣かずにはいられなかった。 だって、姉様がお役目を終えて出て行ったあの日から――私の心にはずっと大きな穴が空いたままなのだから。 この穴を塞げるのは姉様以外いないのだから……

 

 

「ごめん、ごめんね…… でも、寂しくなったらいつでも遊びに来ていいから。」

 

「いくぅ…… ”あるじさま”におねがいして、またくるぅ……」

 

「うん、梨々花はいい子ね。」

 

 

 でも、わしはいい子だから、姉様の言う事を聞くしかなかった。

 

 

「大好きよ梨々花。」

 

「わしもぉ!」

 

 

 だからもっと、強くなるしかなかった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

 梨々花を送り届けて帝都に戻る頃には、既に夜になってしまいました。 (わたくし)とした事が、1日ご主人様をほったらかしにするなって良妻失格です! 早く帰って熱い抱擁をせねばなりません!

 そんな事を考えながら家路を急ぐ。 家の玄関前まで到着し、結界に変化が無いかを確認する――何も問題はなさそうで、(わたくし)は胸をなでおろしました。

 ――今は大丈夫ですが、早めに留美子ちゃんには例の件を伝える必要があるかもしれません。 もし(わたくし)がいない時にソレが起こってしまえば……

 

 

「あら、留美子ちゃんも来ているのですね。」

 

 

 玄関に留美子の靴が置いてあるのを確認する。 しかし、家中の電気は消されており、物音一つ聞こえない――嫌な予感が脳裏をよぎる。

 (わたくし)は感覚を研ぎ澄まして家中の気配を探る――留美子と雪の霊力が感じられる、どうやら杞憂のようだった。

 

 

「まったく、電気なんて消して二人で何を――」

 

 

 ――見てはいけないモノを見てしまった。 ソレは自らが一番望んでいた”行為” 気配を殺し、壁を背にしてその場に硬直してしまう。 二人の息遣いが廊下まで聞こえてくる。

 

 

「留美子っ!」

 

「あまてるちゃん!」

 

 

 こんなのイケナイ、今すぐこの場を離れるべきだ。 (わたくし)は盗み聞ぎするような破廉恥な女ではないはずだ。 だから今すぐっ――

 しかし身体は、理性とは真逆の行為に耽っている。 長い時を生きても、所詮は雌の本能には逆らえないのだ。

 

 

「あまてるちゃんは、私が絶対守るから……」

 

「うん……」

 

「だから、ずっと一緒に……」

 

 

 思考が真っ白になる中、二人の会話が鮮明に聞こえてくる。

 

 

「あまてるちゃん、愛してる……」

 

 

 ”愛してる”という言葉だけが、ずっと頭の中で反響し続けていた……

 

 

「私だって、ご主人様を愛していますのに……」

 

 

 そのつぶやきは、誰の耳にも届く事は無かった。




―次回予告―


「赤ちゃんはどこから来るの~♪」

「ご主人様ご機嫌ですねぇ、どうかしたのですか?」

「いやぁ、卵を孵化させようと頑張ってるのよ。」

「卵って…… 一体何の卵なんです?」

「なんでも、幸運を呼ぶ鳥の卵らしいよ! しかもタダで譲って貰っちゃってさあ!」

「またそんな怪しい物を! 捨てて来て下さい!」

「そんな事出来るわけないでしょ! この子は私が育てるの!」

「次回、第二十一話 赤ちゃんはどこからくるの?」

「もう! どうなっても私(わたくし)は知りませんからね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 赤ちゃんはどこからくるの?

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~!」

「ルーミーです。」

「今回も二人で皆さんの疑問に答えていきますね!」

「任せて。」

「では、今回のお題はこれです!」


~天皇ってどんな事をしてるの?~


「先生、人間の社会に興味ありまーす!」

「私が解説するのね……」

「お願いしますね!」

「コホン…… 皆が知っている天皇と名称は同じだけど立場は全然違う。 イメージ的には昔の日本の天皇に近いかもしれない。」

「それって神の子だからみんな崇めろ~ みたいな感じです?」

「そこまでがっつりじゃないけど、全ての人のトップなのは間違いない。 天皇がダメと言ったらダメになるし、許すと言えば全て許される。」

「やっぱりワントップのやばいやつじゃないですか~!」

「一応歯止めとして3老が存在してる。 気休め程度だけど。」

「これ、やっぱり最初に言った崇めろ的なので間違いないのでは……?」

「……そうかもしれない。」

「という事で、結論を言ってしまえば独裁者って事ですね! 皆さん分かりましたか?」

「一応変な事はしてないから、国民からは大きく支持されてはいる。 私は嫌いだけど。」

「私(わたくし)も嫌いです! ……なんとなくですけどね。」

「なんとなく……」

「では、今回はここまで! 皆さんあでぃおす!」

「またね。」


「お嬢さん。」

 

「……どちら様?」

 

 

 コンビニの帰り道、怪しげな人に声をかけられた。 街灯の明かりが薄っすらと辺りを照らしているが、フードを深く被っているため表情をうかがい知る事は出来ない。 声から察するに30代くらいの女性だろうか?

 

 

「この子を預かってはくれませぬか?」

 

「え……?」

 

 

 そう言って彼女は私に自身が抱いている赤子を差し出してきた。 赤子は静かな寝息を立てている。

 ――待てよ、こんな話をどこかで聞いたような気が……

 

 

「どうかお願い致します、この子を……」

 

 

 あぁ……思い出した。 私は右手に意識を集中してソレを形成する。

 

 

「悪霊退散! ハリセンアタック!!」

 

 

 霊剣――ハリセンで思いっきり女性の頭を叩いてやる。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 

「よしっ!」

 

 

 女性は叫び声を上げながら走って逃げていく。 彼女はおそらく産女だ、昔おばちゃんから教えてもらった記憶がある。 通りがかった者に、抱いている赤ん坊を渡そうとする。 受け取ればそれは石となり、拒否すればどこまでも追いかけて来るはた迷惑な妖怪だ。

 

 

「これくらいの小物妖怪なら私一人でも祓えるわね!」

 

 

 いつもは二人にお世話になっているが、少しでも自分でなんとか出来るなら自己解決していきたいしね。 おんぶにだっこ状態のままは性に合わない。

 

 

「あれ、なんだろこれ……」

 

 

 ふと、足元に卵が一個落ちている事に気づく。 大きさはうずらの卵くらいだろうか? ――少し暖かい気がする。

 

 

「さっきの産女が落としていったのかな? 妖怪の卵とかなら高く売れたりして!?」

 

 

 それなりの額になれば欲しかったプラモやアニメの円盤が買える!

 

 

「いやぁ~、今日はラッキーだったなぁ!」

 

 

 私は機嫌よくスキップしながら帰路についた。 ――これから起こる事も知らずに。

 

 

―前回のあらすじ―

 ――わしが来た! 要約しすぎて分からんじゃと? しょうがないのう、もう一度言ってやるから耳穴かっぽじってよく聞くのじゃ! ――わしが来た!(ドヤァ) これ以上言う事などなかろう! 別に初めてのお使いに失敗した可哀想な幼女なんかじゃないんじゃからな! 泣いてなどおらんぞ!! 気づいたら主様の元に戻されていたなんて死んでも言わないんじゃからなぁ! ばかぁ~!

 

 

 

 

「留美子よ、金の卵を手に入れたんだが買い取る気はないかね?」

 

「あまてるちゃん、熱でもある?」

 

「呆れた顔でそんな事言わないでよ、傷つくでしょ!」

 

「だって、ねぇ?」

 

「最後まで話を聞きなさいよ!」

 

 

 そう言って私はポケットから昨日拾った卵を取り出す。 それを見た瞬間、留美子の顔色が変わる。

 

 

「それ……どうしたの?」

 

「昨日の戦利品よ。」

 

 

 留美子は私から卵を受け取り観察を始める……

 

 

「まさか本当に姑獲鳥(うぶめ)の卵……? だとしたら奴らの生態を知るきっかけに……」

 

「ねぇ留美子? その卵、貴女の組織で買い取ってくれない?」

 

「多分喜んで買い取る筈。 特にアイツなら。」

 

「アイツって……もしかして天皇様の事?」

 

 

 以前身体が入れ替わった時の事件を思い出す。 私達の身体を戻してくれた男性――組織のトップであり現天皇の安倍晴明。

 留美子が何故そこまで嫌うのかは、彼女の記憶を少し覗いてしまった私にはわかる…… しかし今は何よりもマネーのためだ!

 

 

「うん。」

 

「確かに若干マッドサイエンティストな雰囲気はあるよねぇ。」

 

「研究となれば喜んでやる。 あの女郎蜘蛛も今頃は玩具にされてる。」

 

「うわぁ、妖怪とはいえ同情するわ……」

 

「講義が終わったら行く?」

 

「そうね……菊梨はいない方がいいでしょ?」

 

 

 留美子は静かに頷いた。 前回もわざわざ結界で遮って菊梨の侵入を防いだくらいだ。 恐らくは妖怪に踏み込んでほしくない場所なのだろう。

 

 

「でもこれ、途中で孵ったりしないよね……?」

 

「多分……」

 

 

 その時――ゴツンと窓にぶつかる音が聞こえた。 無意識に音の下方に顔を向けると――

 

 

「がえせぇぇぇ!」

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 

 それは昨日出会った産女だった。窓にべったりと張り付いてこちらを睨んでいた。 ただこちら側に来れないのか、張り付いたまま微動だにしない。

 

 

「ちょっと、なんでついて来てるのよ!」

 

「おそらく、あまてるちゃんの霊力を追ってきている。」

 

 

 私の叫び声で野次馬達が集まってくる。 彼らにはアレが見えないため、その危険性を理解する事が出来ない。

 

 

「流石にこのままはまずいわね……行くわよ留美子!」

 

「うん……!」

 

 

 私達は慌てて教室を飛び出す。 ――しかし、菊梨は動く様子が無かった。 今は深く考えるのはよそう、まずはあの妖怪をどうにかしなければならない。

 

 

「もう一度私の霊剣をぶちかましてやろうかしら。」

 

「やったんだ。」

 

「昨日はそれで撃退出来たから――今日も余裕よ!」

 

 

 構内から出ると、私に向かって真っすぐ駆けてくる産女。 その鬼の形相と速さは明らかに人間レベルではない。 私はそれを狙って思いっきり霊剣を振る――!

 

 

「ハリセンアタック!」

 

「ぐべびゃぁ!」

 

 

 顔面へ綺麗にクリーンヒット。 白目を剥いてその場に倒れ込んだ。

 

 

「よし、地球の平和は守られた。」

 

「おー」

 

 

 留美子も後ろから拍手をする。 これで少しは私の事を見直してくれたかな!?

 

 

「威力はともあれ、完璧な一撃。」

 

「これは手加減してるのよ! 妖怪といえど、やばい奴以外は出来るだけ殺したくないの!」

 

「そういう事にしとく。」

 

 

 相変わらずの辛口モードに私は頭を抱える。 少しくらい褒めてくれてもいいのに……

 そんな事を考えながら、私達は気絶した産女を連れて組織の施設へと向かった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「で、どうしてこうなった。」

 

「お気に召さなかったかな?」

 

 

 目の前にいる男性――安倍晴明はビジネススマイルでそう聞いてくる。 私は緑茶に口を付けて一度気持ちを落ち着ける。 まずは現状整理をしよう……

 私と留美子はこの研究施設に足を踏み入れた。 卵と気絶した産女を研究員の人に渡した所までは何も問題なかった。 その後、報酬の受け渡しのために、私は一人この和室に通される事になったのだが……何故かお風呂に入れられ、こんなお姫様みたいな着物へ着替えさせられたのだ。

 

 

「気に入らないとかではなくてですね! どうしてわざわざ着替えさせられたのかなぁって。」

 

「美しい女性(ひと)には、それ相応の身なりが必要だと私は思っていましてね。」

 

「美しいなんてやだなぁ……ですわ!」

 

 

 ダメだ、普段言い慣れていないから敬語なんて使いこなせない! 私はどうすればいいのよ……助けて留美子!?

 

 

「しかし近くで見ると――私の妹にそっくりだ。」

 

「え、えっと……天照様の事ですよね?」

 

「あぁ、妹は本当に良い子だった…… 力の強さに身体が耐えられずにあのような不幸な事になってしまったが。」

 

 

 その出来事は私も留美子の記憶で直接視た。 もしかしたら、私にもありえるかもしれない末路。 だからこそ留美子は常に失う恐怖に蝕まれていたのだ。

 

 

「君はまさに生き写しだ。 猿女が任務に私情を挟むのも仕方ないのかもしれない。 元々は世話係としてずっと共にいたのだから。」

 

「それって、今回の件と関係のある話ですか?」

 

「――怒ったその顔もそっくりだ。 関係は無いが意味はあるよ。 例えば――猿女が任務拒否をしている事とか。」

 

「ぇ……?」

 

 

 あの留美子が任務拒否……?

 

 

「それに君が関係しているとしたら――どうかね?」

 

「……」

 

 

 もしかして、私が危ない事はするなと言った約束のせいなの? 組織からの命令だ、命に係わる危険な任務だってあるだろうし、もし約束を守るために全て拒否しているとしたら……?

 

 

「――心当たりがあるようだね? もしよければ話してもらえないだろうか?」

 

「それは……」

 

「……話してもらえれば、悪いようにはしない。」

 

 

 彼は私へと近寄り、耳元で囁く。 何故か彼の言葉は、私に妙な安心感を与える。 彼ならば信用出来る、話てみようという気を起こさせるのだ。

 

 

「実は――」

 

 

 口を開こうとした瞬間、けたましいサイレンの音が響き渡る。 彼は慌てて立ち上がり、壁に備えられているインターカムを手に取る。

 

 

「何があった――何、侵入者!?」

 

「侵入者って……」

 

 

 ――背後で物凄い音がする。 それは鉄製の扉を蹴飛ばした音だと理解するのにしばらくの時間を必要とした。

 

 

「ご主人様、帰りますよ。」

 

「菊梨!?」

 

 

 侵入者の正体は菊梨だったのだ。 彼女は私をお姫様抱っこで抱え上げると、目の前にいる男を睨みつける。

 

 

「留美子ちゃんは信用出来ますが、やはり貴方は信用出来ません。 黒と断定出来た時点でその首を頂きますのでお覚悟を。」

 

「――化け狐が言ってくれる。」

 

「ではご機嫌よう。」

 

 

 菊梨はそのまま大きく跳躍し、天井を吹き飛ばしながら外へと脱出した。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「救出が遅れて申し訳ありませんでした……」

 

「い、いいのよ! 私も留美子も無事だったんだし!」

 

「私が甘かった…… アイツがあんな行動に出るなんて。」

 

 

 別室に閉じ込められていた留美子は、菊梨が先に助け出していたそうだ。 申し訳なさそうな顔で謝る留美子だが、むしろ私は彼女の方が心配だ。

 

 

「私よりも留美子の方が大丈夫なの!? ほら、こういうのって組織に刃向かった事になるんじゃ? 天皇様って組織のトップでもあるんでしょ?」

 

「むしろ逆、トップとして不自然な解雇や報復は出来ない。 今頃は妖怪の襲撃で混乱してる。」

 

 

 そうは言うがタダで済む事はないだろう。 良くても謹慎処分とか……その辺に詳しいわけではないから予想でしかないが。

 

 

「心配しないで、なんとかなるから。」

 

「そこまで言うなら……」

 

「これに懲りたら、あの男の場所には不用意に近づかないで下さいませ。」

 

「ごめんね菊梨……」

 

 

 いつになく真面目な顔の菊梨に素直に謝ってしまう。 こんな風に怒っている菊梨を見るのは初めてかもしれない。

 

 

「分かって頂ければいいんです。 何かあった後では遅いんですから!」

 

「そうだね……」

 

「それにしても――可愛いお召し物ですね!」

 

 

 あ、いつもの菊梨に戻った。 涎を垂らしながらこちらに熱い視線を送る菊梨に少し安心する。 それと同時に聞きたかったあの事が頭に浮かんできた。

 

 

「そ、それよりも! 菊梨、一つだけ確認したい事があるの。」

 

「なんでしょうかご主人様!」

 

「家の神域、どうして壊れたのか説明してくれない?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 三人の間に長い沈黙が訪れる。

 何か理由があった、そうだよね菊梨……? 私は信じてるからね!

 

 

「あの神域は……」

 

「うん。」

 

「――(わたくし)が、壊しました……」

 

「嘘……」

 

 

 しかしその希望は打ち砕かれて、菊梨は悲しそうな顔をするだけで……

 

 

「どうしてよ、何か理由があるんでしょ!? じゃなきゃわざわざ自分で神域を作り直したりなんてしないでしょ!」

 

「……」

 

「お願い、何か言ってよ菊梨……」

 

「ごめんなさいご主人様、こればかりは絶対に言えません。」

 

 

 どうしてそこまで隠す必要があるのだろうか? 答えを知る菊梨は、それ以上何も答えてはくれなかった……

 

 

―田舎のおばちゃん、私はどうしたらいいのかな……―




―次回予告―


「ついに夏がやってきた!」

「ご主人様、夏はとっくに来てますよ?」

「違うわ! コミマが来てこその夏なのよ!」

「そんなもんなですか?」

「そうなんです!!」

「次回、第二十二話 開幕! 夏のコミマ! 前編。」

「前編って事は続きものなのね。」

「いい加減、私(わたくし)の扱いが酷いのどうにかなりません?」

「それよりも今回のタイトルの意味の方が……」

「それは、ご主人様が自分で気づいて下さいね。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 開幕! 夏のコミマ! 前編

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! よーこ先生ですよ~! と、言いたい所なんですが、残念ながら今回はお休みです……」

「ネタ切れ。」

「こら! なんて事言うんですか!」

「実際、解説するネタがない。」

「基本的にはその回のお話に関する事を説明するのですが、今回は必要ありませんからね。」

「じゃあ、惚気話でも……」

「はいはい、そういうのはいりませんから! では、皆さんあでぃおす!」

「ちっ……」


「今回は良いデータが取れたよ。」

 

「……はい。」

 

 

先日の事件での修復作業に、研究所は大忙しだった。 いくつもの機器は破壊され、何匹か逃げ出した妖怪もいる。 ……やる事は山積みだ。

 

 

「まさか催眠だけで、あそこまで妖怪をコントロール出来るとはね。 万能ではないが良い結果だ。」

 

「……」

 

 

 そう言って、晴明は手に持っていた卵をゴミ箱へと投げ捨てた。

 

 

「ただの鶏の卵を自分の子だと思い込むのだから滑稽だよ。 そして君は、予定通り彼女をここへ誘導してくれた。」

 

「産女と戦わせる事によって彼女の今の霊力の検証。 しかし、最後のあの行動は聞いていません。」

 

「なんだ、嫉妬しているのか? 君のお気に入りをとったりはしないよ。」

 

「そんな事……」

 

 

 晴明は意地の悪い笑みでこちらを見やる。 吐き気を催すほど気持ち悪い……

 

 

「私も彼女とはゆっくり話をしたかったのだよ。 例えば、君の普段の行動とかをね?」

 

「……」

 

「私は君が裏切っている可能性も考慮しているのだよ。 違うと言うならば、その行動で潔白を証明したまえ、猿女留美子。」

 

「はい……」

 

「私達の目的のために、共に頑張ろうじゃないか……」

 

 

 私、は……

 

 

―前回のあらすじ―

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 私は産女の卵を受け渡すために研究所に行ったんだが、気づいたらおめかしさせられていた。 な、何を言っているのか分からねーと思うが、私も何をされたのか わからなかった…… 頭がどうにかなりそうだった…… 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 ――ご主人様、多分ただの催眠術ですよ。

 

 

 

 

 

「見ろ菊梨、これが夏の戦場だ。」

 

「すごい人の数ですね、ご主人様。」

 

「去年よりも多い……」

 

 

 帝京歴785年 8月11日 火蓋はついに切って落とされた。 コミックマーケット――略してコミマ、年に二度、2日間行われる大きなイベントだ。 企業もスポンサーとして参加しており、私のように漫画家を目指す人間にとっては自己アピール出来る場でもあるのだ。 実際、私の憧れである秋美先生もこのコミマで才能を見出されてプロのイラストレーターになった。

 

 

「私達の出店は2日目だ。 1日目である今日は、目的のブツを入手するために諸君に奮闘してもらう。」

 

「ご主人様、何か様子がおかしいような……」

 

「こらひよっこ! 無駄口を叩くな! 我々は既に戦場にいるのだぞ!」

 

「りょ、了解であります軍曹!」

 

「それでいい! では各員散開し、予定通り回ってくれたまえ!」

 

 

 菊梨と留美子は敬礼してから、ありえない速度で走って行った。 あれなら普通の人に認識される事もないだろう。

 ――私は大きくため息をつく。 勢いで乗り切ったとはいえ、正直菊梨と話すのは気まずい……

 

 

”――(わたくし)が、壊しました……”

 

 

 結局訳は話してくれなかった。 その時まで待つとは言ったものを、自分自身で消化し切れていないのは明らかだった。

 

 

「あぁもう! 気持ちを切り替えていかないと!」

 

 

 自分の両頬を思いっきり叩いて気合を入れる。 ――自分で待つと決めたのだ、こんな事でどうする!

 

 

「まずは壁側から攻めないとね!」

 

 

 大手の出店は基本的に壁側に配置されている。 完売の可能性が高い大手を優先に周るのがセオリーである。 決めてあったルート順だと、まずは羽間先輩が欲しがっている廻画集を回収か。

 

 

「って……思った以上に並んでるわね。」

 

 

 あまり聞き覚えの無い名前だが人気のサークルなんだろうか? 少し気になってスマホを取り出して検索をかける。

 

 

「何々……綺羅(きら) (めぐる)、本名は染野(そめの) 艷千香(あでちか)か。 ――へぇ、画家さんなんだ。」

 

 

 確かに絵画には興味が無いので、私が知らなくても仕方ない。 羽間先輩らしいなとは思うけど、どうしてプロの画家さんがコミマなんかに参加しているのだろう?

 そんな事考えてるうちに列はどんどん進んで行き、私の順番が回って来た。

 

 

「画集を2冊下さい。」

 

「はい、2000円になります。」

 

 

 ピンク色のメイド服の売り子さんに2000円渡して画集を受け取る。 本当は1冊だけでよかったのだが、気になって自分の分も買ってしまった。 しかしなんだろう、この売り子さんをどこかで見た事があるような……

 

 

「もしかして、どこかで会った事ありません?」

 

「何をおっしゃいますか、私達は初対面ですよ。」

 

 

 眼鏡をくいっと人差し指で上げると、きっぱりと面識を否定した。

 

 

「ごめんなさい! 変な事聞いちゃって。」

 

「いえいえ、気にしていませんよ。」

 

 

 やはり気のせいだった……? でもなんだろう、何か引っかかる……

 

 ”間近で見ると、更に際立つわぁ。 正に100年に1人の逸材ね。”

 

 ふと、嫌な記憶が一瞬蘇る。 流石にそれは無いと首を振って振り払う。 あいつは今頃実験体にされているはず、こんな場所にいるわけがない。 それに人の姿に化けれるわけもないだろう。

 

 

「化けると言ったら狐とか狸の特技だもんね! 気にしすぎよね~」

 

「きゃっ……」

 

「おっと、ごめんなさい! 大丈夫?」

 

 

 売り子さんの事に集中しすぎていたせいか、目の前で歩いていた相手に気づかなかったようだ。 視線を下に向けると、小学生くらいの女の子が座り込んでいた。

 可愛いツインテールに、あまり見る事の無いオッドアイが目を引く。 しかし可愛さとは対照的に紫色のゴシックドレスを身に纏っていた。

 

 

「うん、大丈夫だよ。」

 

「ごめんね、ちょっと考え事してて。」

 

「――可愛いお姉さん。」

 

「えっ?」

 

「じゃあね。」

 

 

 少女はそう言って手を振りながら去ってしまった。 何か言っていたような気がするが、なんだったのだろう。

 

 

「とりあえず他も急いで回るか……」

 

 

 色々と考える事はあるが、今はひとまず動き回る事で忘れる事にした。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「二人共、マジで回り切るとはね……」

 

「余裕。」

 

(わたくし)にかかれば朝飯前です!」

 

 

 合流した私達は、ベンチの上で戦利品の確認をしていた。 まさか予定通り全部回収してくるとは恐れ入った……

 

 

「ほんとグッジョブ。 これで昼からはかなり余裕があるし、お昼休憩しよっか。」

 

「そうですね――というわけで、菊梨特製愛妻弁当を用意してあります!」

 

「私も、作ってきた。」

 

 

 そう言って二人共私にお弁当を差し出してくる。 いや、気持ちは嬉しいけど……一人で食べきれない3重のお弁当をもらってどうしろと!?

 

 

「わ、わぁ……ウレシイナァ。」

 

「あ~ん、して食べさせてあげますね!」

 

「私もやる。」

 

「お二人さん、とりあえず落ち着いて……」

 

 

 パシャリ、っとカメラのシャッター音が聞こえる。 音の方を見やると、見覚えのある男がシャッターを切っていた。

 

 

「こら竜也! 勝手に撮らないでよ!」

 

「なんだよ、折角良い百合ショットが撮れたんだからよ。」

 

「アンタはいっつも……」

 

「ごめんなさい雪、この人配慮が無いものだから。」

 

 

 彼の隣にいたのは――やはり優希だった。 しかもあの衣装は……間違いない! 桜花大戦のメインヒロイン、桜のコスプレだ! あの朱色の行灯(あんどん)袴がいいのよねぇ。

 

 

「いつもの事だから慣れてるし大丈夫だって! それよりも、今年は桜のコスプレなんだ!」

 

「友達に作ってもらったんだけど、かなり出来が良くてね。」

 

「だよねぇ、素人目から見てもそう思うよ!」

 

 

 衣装もそうだが、メイクも完璧だし、何よりもベースの優希が綺麗という要素全てを統合して作られた美しさだと私は思う。

 

 

「そうだ、友達が雪の分も作ってくれたんだ。」

 

「マジっすか。」

 

 

 色々事件が起きすぎて、装を用意する暇が無かった私は、今回のコスプレは諦めていたのだが……これは運が回って来たかもしれない!

 

 

「今日は時間的にもう遅いし……明日着るかい?」

 

「はい、喜んで! お姉さまありがとう!」

 

「――えぇ、良くってよ。」

 

「ナチュラルにネタで返してくれる辺りが流石っすね。」

 

「伊達にご近所付き合い1年じゃないよ。」

 

 

 パシャリ――再びシャッター音がする。

 

 

「竜也、そんなにお仕置きが欲しいのかい?」

 

「な、なんだよ! いつ撮ったっていいだろ?」

 

「次に僕を怒らせるような事をしたら――分かってるよね?」

 

「はい、すみませんでしたぁ!!」

 

 

 なんというか、竜也ってほんと尻に敷かれてるなぁ。 本人が満更でもないのがまたアレなのだが……

 

 

「折角だし、みんなでお昼食べよっか? ちょっとお弁当が多くてさ。」

 

「ふふっ、雪も苦労してそうだね。」

 

「――はい。」

 

 

 皆での楽しいランチを終え、午後も無事に回収完了した。 何かトラブルでも起きるかと不安だったが、問題一つ無く1日目の日程を終える事が出来た。 明日もこの調子で……

 

 などという思いは夢物語だったと、思い知らされる事になった。

 

 

「一体、何がどうなってるの……」

 

 

 灰色の空、静止した人々、会場全体を覆う見えない壁――

 

 

「間違いありません。 これは――神域です!」

 

 

―to be continued―




―次回予告―


「ちょっと! こんな続きの気になる箇所で区切らないでよ!」

「ご主人様、やはり前後編をやるならこういう引きは大事ですよ。」

「いや、それは分かるけどさ。 気になって仕方ないじゃん!」

「そうですけど……そういうものですよ!」

「ぐぬぬ…… しかし今回は気になる人物が2人程出て来たわね。」

「ピンク眼鏡メイドと幼女ですか? 確かにとても臭いますね。」

「――それはどういう意味で?」

「そのままの意味です。」

「そもそも、幼女ってカテゴリーはわしの専売特許じゃぞ!」

「こら! 出番の無い貴女が出てきてどうするんですか!」

「次回! 第二十三話 開幕! 夏のコミマ! 後編」

「えっ……誰この狐?」

「絶対見るのじゃぞ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 開幕! 夏のコミマ! 後編

「一体、何がどうなってるの……」

 

 

 灰色の空、静止した人々、会場全体を覆う見えない壁――

 

 

「間違いありません。 これは――神域です!」

 

 

 私達は、静止した世界の中に囚われていた……

 

 

―前回のあらすじ―

 ついに始まった夏のコミマ! 戦場を舞う乙女達は自らの欲望を満たすために戦い続ける…… まぁ、ただの取り合い合戦なんだけどね。 なんか見覚えのある売り子さんや、変わった幼女なんかに出会ったりもしたけど……まぁ、平和な1日を過ごせたかな? 優希からコスも受け取ったし、2日目も頑張るぞ!

 

 

 

 

 

 帝京歴785年 8月12日 夏のコミマ二日目が始まった。 今日は私達”さぶかる”が出店するため、菊梨と優希が売り子として作業してもらい、先輩二人と留美子が回ってくれるという配置だ。 ――もちろん、作者の私はブースにお留守番である。

 

 

「どうですご主人様、可愛いでしょうか!?」

 

「いつもと変わらないでしょ。」

 

 

 愛らしく耳をピコピコと動かしているが、巫女服を着ている以外普段の菊梨と変わらない。 そりゃあ表では人間に化けているから、先輩達にとっては新鮮な姿だろうが。

 

 

「そんな事言わないで下さいまし……」

 

「あとは耳と尻尾をむやみに動かさない事。 うっかり動かすとこを見られたら、脳波で動く奴ですって答えるのよ?」

 

「わ、わかりました。」

 

「お待たせしました。」

 

 

 着替えを終えた優希がやって来る。 彼女には、私が書いた同人誌のヒロイン役に扮してもらった。 主人公の狐が人間に憧れ、人に化けて街へとやって来るのだが、そんな狐に世話を焼くのがヒロインだ。 そして、やがて恋に落ちていくという百合同人である。

 

 

「白いワンピース姿もいいね!」

 

「あ、ありがとう。」

 

 

 優希は照れくさそうに顔を赤らめた。 これなら今年も完売を狙えそうだ。

 

 

「雪も似合ってるよ。」

 

「うん、我ながら完璧だと思う……特に胸のサイズとかね!」

 

「そこはあんまり考えたくない箇所だ……」

 

「お互いにね……」

 

 

 そう言い合いながら、お互いの視線は菊梨の胸に注がれる。 この巨乳、マジ許せん!

 

 

「ご主人様、その衣装ってどんなキャラなのです?」

 

「これはね、式神伝のキャラクターで麗秋って名前のキャラよ。」

 

 

 着物姿に長羽織、二本の刀を携えて銀の長髪に狐耳……私のお気に入りキャラの一人だ。 まぁ一番は氷冬ちゃんだけどね!

 

 

「なるほど……こうして並んで座っていると姉妹みたいですね♪」

 

「むぅ、言われてみれば確かに……」

 

 

 そう言われてふと思う、菊梨に兄弟はいないのだろうかと。 家族に関する話は一度も聞いた事もないし、尋ねた事もなかったな。

 

 

「ねぇ菊梨、貴女の家族ってどうしてるの?」

 

「あぁ――皆、京都で暮らしています。 急にどうしたんです?」

 

「いや、なんか気になってね。 普段見る事があっても、妖怪の生態なんて知らないわけじゃない?」

 

「なんです? 私が卵から生まれて来たように見えます?」

 

「卵――いや、それは想像つかない。」

 

「でしょう!? まぁ、妖怪によってはそういう類もおりますけども。」

 

「で、兄弟とかは?」

 

「妹が一人おります。」

 

「へぇ、妹かぁ……」

 

 

 脳内で菊梨を幼女化してみる――クレイジーサイコレズのじゃロリ狐が誕生した。 なんだこれ、こんな生き物が世に放たれたらやばいのではないか……

 

 

「ご主人様、今変な想像してませんでした?」

 

「してないしてない!? ロリ狐を想像して和んでただけよ!」

 

「その割には世界に絶望したような顔になってましたが……」

 

「キノセイデス。」

 

 

 そんなバカなやり取りをしながらも、同人誌は好調に売れていく。 私も頼まれたスケブをどんどん消化していく。 会場の熱気は収まる事を知らず、人の勢いは増すばかりだ。

 

 

「く~っ、もうお昼近いのね。」

 

 

 私は背伸びをしながら菊梨に話しかける。 優希も流石に疲れの色が見えている。

 

 

「そろそろお二方が戻られますし、変わってもらって休憩にしましょう。」

 

「そうね、あとは私がやっとくから優希は先に休んでくれていいよ。」

 

「……」

 

「優希……?」

 

 

 ――妙な胸騒ぎ、それと同時に空気がひんやりと感じる。

 

 

「ご主人様、ついて来て下さい!」

 

「うん!」

 

 

 私も慌てて立ち上がる。 菊梨の後を付いて会場の外へと出る。 その道中、すれ違う人々は石像になってしまったかのように微動だにしない。

 

 

「一体、何がどうなってるの……」

 

 

 灰色の空、静止した人々、会場全体を覆う見えない壁――

 

 

「間違いありません。 これは――神域です!」

 

 

 私達は、静止した世界の中に囚われていた……

 

 

「神域って…… 誰がこんな事を!」

 

「しかもかなり悪質ですね――人の生命力を吸い取るようになってます。」

 

「それやばいでしょ!? 今すぐ止めなきゃ!」

 

 

 確かに体の脱力感を感じる。 このまま放置していれば死人すら出てしまうだろう。 早急にこの神域を破壊しなければならない。

 

 

「構造的には術者がいるわけではないですね――となると、神域を形成している勾玉があるはずです。」

 

「場所は特定出来る?」

 

「待って下さい……こっちです!」

 

 

 そう言って菊梨は私の手を取って走り出す。 おそらくこの道は、会場二階の広場に向かっている。 この時間なら多くのレイヤー達が集まっているのだが、皆石のように硬直して突っ立ったままになっていた。

 

 

「あれです! あの記念碑の上に!」

 

「よーし、さっさと壊しちゃって菊梨!」

 

 

 会場の設立記念碑に、紫色の勾玉が突き刺さっている。 私でも少し背伸びすれば届く程度の高さだ。

 

 

「お任せ下さい!」

 

「それは困るねぇ……」

 

「誰っ!?」

 

 

 一人の少年が石碑の前に立ちはだかった。 この静止した空間で動いてる時点で、相手が普通ではないのは間違いない。 おそらくは、この神域を作った者の仲間だろう。

 

 

「僕の名前は酒呑(しゅてん)、主の命により君達を妨害しに来た者だよ。」

 

「あんたの主って奴は余程頭がイカれてるのね!」

 

「いやぁ~噂通り失礼な奴だなぁ君って。」

 

「なんかすっごいむかつく…… 菊梨、あんな奴ぼこぼこにしちゃってよ。」

 

 

 あまりにも生意気な少年に腹が立ってくる。 しかし、それとは対照的に菊梨の表情は強張ったままである。

 

 

「ご主人様、あれは少年なんかではないですよ。 鬼です――それもかなり力の強い。」

 

「うっそ、角なんて生えてないわよ!?」

 

「恐らくは人の姿に化けているのでしょう。 ご主人様、私が相手をしますので勾玉の破壊はお願いしますね。」

 

「ちょっ、菊梨!」

 

 

 返事も聞かぬ間に、弾丸の如く酒呑へ突撃をかける。 勢いに乗せた渾身のストレートを放つが、酒呑は左手で軽々と受け止めた。

 

 

「そんなんじゃ僕は倒せないよ――本気でこいよ、狐もどき。」

 

「このっ!」

 

 

 酒呑は八重歯を覗かせながら怪しく笑う。 不気味な程赤い瞳で菊梨を見下しながら右手を振り下ろす。 風を切り裂きながら繰り出されるソレは、掠めるだけでも凄まじい殺傷力を秘めていた。

 金の髪をなびかせながら、高速でハイキックを繰り出す――しかし、それは青い髪を掠めるだけで終わる。

 

 

「遅いね。」

 

「では――これならどうです!」

 

 

 菊梨はキックの勢いのまま身体を捻らせ、二発目の蹴りを放つ。 酒呑はそれを左手でガードするが、骨の砕ける嫌な音が響いた。

 

 

「今のうちに……!」

 

 

 その間に私は背伸びして勾玉を取り出す。 手に取ると少し生暖かく、鈍く光りを発していた。

 

 

「ほら、壊すなら早くしないと。 別な場所で戦ってるお友達が死んじゃうかもね。 玄徳(げんとく)は僕と違って真面目だからね。」

 

「――よそ見をする暇があるんですか!」

 

「おっと、そう怒らないでよ。 ちゃんと相手してあげるからさ!」

 

 

 あの菊梨が押されているように見える。 繰り出す攻撃は躱され、避けられないものは流される。 先程折れたはずの左手はもう治癒しているようだった。 逆に菊梨の方は、掠めた真空波で手足から血を流している。

 

 

「こんなもん……ハリセンアタック!」

 

 

 渾身の霊力を込めて霊剣を勾玉に向かって振り下ろす。 ――接触する直前、何かバリアのような物で防がれてしまう。

 

 

「バリアとか――卑怯じゃないの!!」

 

 

 私は霊剣を両手で握り、更に霊力を集中させる。 少しずつだがバリアにヒビが入り始める。

 

 

「この感じは……まずい!」

 

「お前こそよそ見してる場合じゃないだろう!」

 

「――っ!」

 

 

 左肩の肉を大きく抉る――大量の血が白衣の色を真っ赤に染め上げる。

 

 

「いいね、やっぱり女の肉は柔らかくて最高だ。」

 

「貴方にやる血肉はありません。 この身体は、髪の毛一本までご主人様の物です!」

 

「泣ける忠誠心だね――だからこそ、壊し甲斐があるよ!」

 

 

 もっとだ、もっと……力が欲しい! この勾玉を打ち破る力を、皆を守れる力を――

 

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 

 もう既に限界だった。 両手の感覚は無いし、絞り出した霊力は底を尽きそうだ。 それでもバリアにヒビを入れるのが精一杯で、これ以上前に進んでくれない。

 

―だから、力が欲しい―

 

 今だけでいい、この現状を突破出来る力を――私に!

 

 

”ごめんなさい”

 

 

 誰かの謝るような声が聞こえた気がした。

 

 

「おおおお!!」

 

 

 霊力が全身からあふれ出す感覚…… 先程までとは比べ物にならない力に、私自身が驚きを隠せない。 でも、これなら――

 

 

「砕けろぉぉ!!」

 

 

 バリアを貫通し、霊剣が勾玉に叩き込まれる。 それと同時に勾玉が粉々に砕け散った。 これで神域は――

 いや、違う――私は気づいてしまった。 神域は、勾玉が砕ける前に消失していた。 私の身体から溢れ出る力に耐えきれなくなった神域が、先に砕けてしまっていたのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「成程、噂以上だったという事か。」

 

 

 酒呑は楽しそうに笑うと、つむじ風を起こして姿を隠した。

 

 

「僕達は主に使える三妖、また会うのを楽しみにしているよ――雪。」

 

「くっ、逃げられましたか。 留美子ちゃんは……無事のようですね。」

 

 

 神域が消滅し、止まっていた時間が動きだす。 周りの人達は何事も無かったかのようだった。

 私は立ち上がり、菊梨の手を引いてベンチまで歩く。 そのままベンチに座らせて彼女の左肩を見る。

 

 

「もう、治ってるんだ。」

 

「はい、妖怪ですから。」

 

 

 笑顔でそう答える菊梨――なんて、儚げな笑顔なのだろうか。

 

 

「私、馬鹿だったよ。 どうしてすぐ気づけなかったんだろ。」

 

「どうしましたご主人様?」

 

 

 私はきつく菊梨の身体を抱きしめる。 菊梨はあやすように私の頭を撫でる。

 

 

「家の神域を破壊したのって――私なんでしょ?」

 

「……はい。」

 

「ごめん、ごめんね…… 私の事心配して隠してたんだよね。」

 

「いいのですよ。 (わたくし)がそうしたかっただけなのですから。」

 

「ごめんなさい、菊梨……」

 

「ご主人様……」

 

 

 まるで母親に抱かれているかのような温かさと安心感、だからこそ甘えてしまっていたのかもしれない。 全てを知っていて、彼女はそれでも私を守ってくれていたのだ――たとえ濡れ衣を着せられても。

 

 

「私、どうしちゃったのかな?」

 

「おそらくはご主人様の潜在能力が目覚めようとしているのでしょう。 出来れば今までのままが良かったのですが。」

 

「私って、そんなに危なっかしいかな?」

 

「はい、とても危なっかしいです。 いつも心臓が張り裂けそうになります。」

 

「ごめんね、失敗ばっかりかけて……」

 

「しかし、こうなってしまっては――力を制御出来るようになるしかありませんね。」

 

「そうだね……頑張るよ。」

 

「ふふっ、そろそろ戻りましょうか。 皆が心配しているといけませんし。」

 

「そうだね、留美子の無事も確認しないと。」

 

 

 私達はベンチから立ち上がり、手を繋ぎながら仲良く歩き出す。

 

 

「そうです、お詫びとして一つ(わたくし)の言う事を聞いて下さいまし。」

 

「えっ? 何を――」

 

 

 何を聞けばいいか――と尋ねようとした瞬間、不意打ちのキスを食らった。 流石に面食らったが、これがお詫びとしての報酬ならばと、私は身を任せた。 菊梨は私の左手を手に取り、薬指に冷たい何かを嵌めた。

 

 

「それ、外さないで下さいね?」

 

「これって、指輪……?」

 

「約束ですからね!」

 

 

 そう言って私の手を引いて歩き出す菊梨。 周りのフラッシュの音が、妙に耳に響いた。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

「主様、いかがでしたか?」

 

「最高よ薫、私が期待していた以上だわ!」

 

 

 ピンクメイドと幼女は少し離れた場所で事の本末を眺めていた。

 

 

「今戻ったよ主。」

 

「――戻った。」

 

「おかえり、酒呑、玄徳。」

 

 

 鬼神 酒呑、安部 玄徳、そして女郎蜘蛛 薫、この三人は三妖と自ら名乗り、幼女を主として仕えているのだ。

 

 

「いやぁ、すごいねか彼女。 僕が食べたくなっちゃったよ。」

 

「主様に刃向かうわけ酒呑?」

 

「そんなわけないじゃないか、玄徳も刀を仕舞ってよ。」

 

「……」

 

 

 3匹のやりとりに、幼女は呆れて物も言えないとばかりに肩をすくめる。 彼女にとっては見慣れた光景なのである。

 

 

「彼女は私の作品にする、分かってるわよね?」

 

「もちろんよ。」

 

「分かってるって。」

 

「あぁ……」

 

「よろしい。 では今回はひとまず退散よ。」

 

 

 絶対に手に入れてみせるわ――坂本 雪! この私、染野(そめの) 艷千香(あでちか)の作品にするためにね!




―次回予告―


「う~ん、今回は中々ハードでした。」

「菊梨でも苦戦するって、アイツそんなに強いの?」

「かなりきついですね。 私(わたくし)のリミッターを解除しないと勝てませんね。」

「リミッターとかあるのか…… 外すとデカイ狐になるとか!?」

「いえ、身体的な変化は無いのですが……」

「なんだ、つまんないの。」

「私の心配も、して……」

「ギャー! 留美子が血まみれだ!! 誰か救急車を!?」

「次回、第二十四話 夏に現れた幻影(まぼろし)。」

「次回予告だけはしっかり言うのですね……」

「誰かっ、助けて下さぁぁい!」

「……(叫ばれた方が傷に響く……)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 夏に現れた幻影(まぼろし)

『かんぱーい!』

 

 

 コミマを無事に終え、私達はカフェ黒猫にて打ち上げを行っていた。 留美子は戦いの傷が酷かったため、菊梨にお願いして運んでもらった。 まぁ菊梨が空いた穴を私が塞ぐ事になり地獄を見たのは言うまでもないが……

 

 

「それで、留美子は大丈夫なの?」

 

「最低限の治療は施して、ご主人様の家のベッドに寝かせてきました。 左腕が折れていましたが、すぐに治りますよ。」

 

「骨折がすぐ治るとか怖っ……でも、私の家に連れて行ったのは英断ね。」

 

「ご主人様が考えている事なら何でもお見通しです!」

 

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる。 まるで憑き物が落ちたように晴れやかな笑みだ。 今までずっと私の様子を見ていてくれたと思うと、とても申し訳ない気持ちになる。

 家の神域を破壊したのは私だった。 不安定だった私の力が眠っているうちに暴発したせいだったのだ。 菊梨は私が不安にならないように、それを自分のせいだと言ったのだ。 確かに菊梨は妖怪だ――私達人間とは違う生き物だ。 しかし、その偏見が私の目を曇らせて、真実を覆い隠してしまったのだ。

 

 

「流石ね……」

 

「そんなに誉めないで下さいよ?!」

 

「こら! ベタベタくっつくな! 酔っ払いか!」

 

「こら、未成年組は飲むんじゃないぞ!」

 

 

羽間先輩、そうは言ってもこいつとっくに成人通り越してるんですよ!

そんな事を言えるはずもなく、飲んでませんと否定する事しか出来ない。

 

 

「ほんと、あいつらは仲がいいな。」

 

「鏡花ちゃ?ん。」

 

「葵……って酒くさっ!? お前どれだけ飲んだんだ!」

 

「私達も負けてられないですわ!」

 

「ええい、お前まで張り合うな! 貸切とはいえ公共の場だぞ!」

 

 

カフェ黒猫は本人達が意図せずに百合空間へと成り代わっていた。

そんな様子をカウンター席から優希と竜也は微笑ましく眺めていた。

 

 

「なぁ優、あいつらはいつもあんな感じなのか?」

 

「同じサークルじゃないからなんとも言えないけど、そうなんじゃないかな。」

 

「マジか、撮り甲斐があるわ。」

 

「やめときなさい……」

 

 

ひっついていた菊梨を引き剥がし、指輪の事を聞こうと左手を掲げる。

 

 

「これなんだけどさ――どう捉えればいいわけ?」

 

「教えてもいいですが、約束は守って下さいよ。」

 

「……分かってるって。」

 

「その少しの間はなんですか?」

 

 

 少し呆れながらも、私の左手を手に取って指輪に触れる。

 

 

「見た目はエンゲージリングなのですが、本来は妖怪の妖力を抑えるために開発された物なのです。」

 

「妖力って……私は妖怪じゃないわよ?」

 

「分かっておりますとも。 同じ原理で霊力も抑えられるという事がミソなのです。」

 

 

 まじまじと指輪を眺めてみるが、見た目は至って普通のシルバーリングだ。 とてもそんな特殊な効果があるとは思えない。

 

 

「これがねぇ……」

 

「それと……その指輪は私が死ぬまで外せませんので! 正に、死が二人を別つまでという奴ですね///」

 

「ちょっ……それマジですかぁ!?」

 

 

―前回のあらすじ―

 謎の神域発生、突然現れた三妖と名乗る強力な敵……大波乱となった夏のコミマもなんとか無事に終える事が出来た。 いや、正直言ってあんなのが出てくるなんて聞いてないんですけど! バトル物でもないのに強力なボスキャラとかいりませんから! ――兎に角! 菊梨とも仲直り出来たし、そろそろ私に平穏な生活を提供してくれてもいいのではないでしょうか!? 神様よろしくね!

 

 

 

 

 

 ―帝京歴785年 8月15日―

 珍しく、私は早く目が覚めた。 特に理由も原因もないのだが、不思議と目が覚めたのだ。 横でぐっすりと眠っている菊梨をベッドに置いて留美子の様子を見に行く。

 包帯やガーゼが彼女の激戦を物語っている。 もう動けるレベルに治癒しているとはいえ、傷跡は生々しく残っているのだ。 静かに眠る彼女の頭を撫で、私は何かに導かれるように外に出た。

 

 

「お前が坂本 雪だね?」

 

「――また幽霊か・」

 

 

 夏用のセーラー服を纏った女性――見た感じ中学生だろうか? まるで私を待っていたかの口ぶりで話しかけて来た。

 

 

「成り立てだけどね。 ――貴女を探していたのよ。」

 

「何、私って有名人なの?」

 

「幽霊や妖怪の中では有名だぞ? 頼めばなんでも聞いてくれる便利屋だと。」

 

「ちょっ、なんでそんな話が広がってるのよ!?」

 

 

 そんな噂が広がるわけが――あるか。 今までの自分を振り返ってみて、確かに幽霊や妖怪を助けた事が多い……

 

 

「それで、貴女も成仏の手伝いをして欲しいってわけ?」

 

「うむ、ストレートに言うとそうだ!」

 

「はぁ……」

 

 

 私は頭を抱えながらうなだれる。 どうしていつもこんな事になるのだろうか? 平穏を望んでも、いつも逆の方向へと進んでしまう……

 

 

「そう暗い顔をするな! 早速行くぞ”親友”よ!」

 

「はいはい、どこまでもついて行きますよ……」

 

 

 元気に歩きだす中学生――っと、そう言えば名前を聞いてなかったな。

 

 

「そういえば、貴女の名前は?」

 

「私は(たえ)だ、宜しくな雪。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「あそこが私の学校だ!」

 

「随分古臭い校舎ねぇ、まだ使われてるの?」

 

 

 妙が指差した校舎は、木造のかなり年期の入った校舎だった。 遠目からは既に使われていないようにも見えるのだが……

 

 

「おっとと、あれは旧校舎だ――許せ。 よく忍び込んだりしてたからな。」

 

「中々の悪ガキだったわけね。」

 

旧校舎(あっち)の方が楽しかったから……」

 

「えっ……それはどういう意味?」

 

「そのままの意味だ、旧校舎には多くの妖怪が住み着いていたからな。」

 

 

 あぁ、この娘って見える体質だったんだ……

 

 

「皆には見えないものが私だけには見えた。 普段は隠していても、それは隠しきれるものじゃない。 クラスの皆は私を気味悪がって、そのうち孤立しちゃってね。 友達と呼べるのは妖怪達だけだったのさ。」

 

「そっか……」

 

「雪にも覚えがあるんじゃないか?」

 

 

 そうだ、私も同じだった…… 頭の奥底で何かが広く音が聞こえる。

 

 

”こいつのばあちゃんって嘘つきなんだぜ!”

 

”皆を騙してお金をとる悪い奴なんだ!”

 

”オマエも嘘つきだもんな!? お化けがいるなんて騒いでさぁ!”

 

 

 ――彼らと私が見ている世界は違っていた。 幼い私は妖怪達相手に泣きじゃくる事しか出来なくて、よくおぼちゃんがあやしてくれた。

 クラスの子達はおばちゃんを嘘つき呼ばわりした。 見えないのならば当然だ、本物と偽物の区別もつかないのだから。 ――でもおばちゃんは違う、私の目にはしっかり見えていたから。

 

 

 

「おい、どうした雪?」

 

「ぁ……ごめん、ちょっと考え事を。」

 

「そうか。 では、次はあれだ! くれーぷとやらを食べるぞ!」

 

 

 そう言って彼女は再び駆け出す。 元気がいいというか、自由奔放という感じだ。 こっちはそのテンションについて行くのがやっとである。

 

 

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 

「早くしないと置いて行くぞ雪!」

 

 

 多分彼女は、こういう経験がないのだろうなとは思う。 友達と一緒に学校に行って、お昼を楽しく過ごし、共に帰るという経験を……

 

 

「雪、お金くれ。」

 

「ちょっ、幽霊なのにたからないでよ。 というか私がクレープ2個買ってる食いしん坊みたいになるじゃない。」

 

「今更そんな事を気にしてどうする、店員の人も怪しげな目でお前を見てるぞ。」

 

 

 し、しまった! つい菊梨と一緒のノリで話してしまっていた! 周りから見たら完全に変人である。 なんせ誰もいないのに一人で会話しているのだから。

 

 

「く、クレープ2つ下さい!!」

 

 

 結局、2つ買うという選択肢しか残っていなかった。 妙は美味しそうにクレープを頬張り、私も変に考えずに食べる事にした。

 

 

「いやぁ、美味かった!」

 

「食べるの早すぎだから! もうちょっと味わいなさいよ!」

 

「なーに、気にするな!」

 

「いや、それ私のお金で買ったやつだからね!」

 

 

 あざといてへぺろ顔で誤魔化そうとするが、その程度は許されないので一発頭に霊剣をぶち込んでやった。

 

 

「いっつぅ!! 馬鹿者! 成仏したらどうする!?」

 

「それで成仏するならさっさとしちゃいなさい!」

 

「酷い奴だな、噂とは大違いだ。」

 

「噂の私はどうなってるのよ! 全く――で、貴女はなんで死んだわけ? さっき成り立てって言ってたけど。」

 

 

 ――妙は急に足を止めて俯く。

 

 

「……」

 

「何、どうしたのよ?」

 

 

 彼女は私の方に振り返ると、グイっと顔を近づけてくる。

 

 

「なんでだと思う?」

 

「――自殺とか。」

 

 

 話を聞く限り、孤独が辛くなって自殺というのが一番すっきりする答えだ。 他には交通事故という線もあるかもしれない。

 

 

「ははっ! 成程、自殺か! それもありえたかもしれないな。」

 

「何笑ってるのよ、自分の事でしょ?」

 

「教えてやるからついてこい。」

 

 

 そう言って彼女は再び歩き出した。 先程までとは違い、ゆっくりと……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ここは――墓地?」

 

「こっちだ……」

 

 

 連れてこられたのは秋奈霊園だった。 彼女は表情を見せずにただ黙々と歩みを進める。 ――ふと、とある墓石の前で足を止めた。

 

 

「坂本家……?」

 

「ここにはな、私の大事な夫が眠っているんだよ。」

 

「夫って……貴女はまだ中学生でしょ?」

 

「あぁ、この姿か? どうやら一番力が強かった時の姿になってしまったみたいでな。」

 

 

 そう言って笑う妙はの笑顔はどこか寂しそうだ。 妙は墓石に花を飾ると手を合わせる。 幽霊が墓参りというのも不思議な光景だが、私も失礼の無いように手を合わせた。

 

 

「この人と出会ったのも中学の時だった。 当時虐められていた私を庇ってくれ、俺だけはお前の味方だと言ってくれた。」

 

「……」

 

「私達は結婚し、貧しくも二人でこの秋奈町に暮らしていた。 雪、それが今お前の暮らしている家だよ。」

 

「えっ、それって……」

 

 

 私の中にある疑問が一つに繋がっていく感覚……そうか、そういう事だったのだ。 名前を聞いた時点でもっと疑うべきだったのだ。

 

 

「そんなある日、強大な妖怪が町を襲った。 その鬼の力は凄まじく、政府から派遣された術士達も歯が立たなかった。 そのまま放置していればこの秋奈町が滅びるのは時間の問題だった。」

 

「……」

 

「でもね、私には一つだけ方法があったのさ――その鬼を封じる手がね。 それは人間の命を代償とした強力な封印術だ。」

 

 

 彼女の目から、今にも涙が決壊しそうになっていた。 それでも言葉を止めずに続ける……

 

 

「だから私は、最愛の夫を犠牲にしたのさ……夫との思い出に満ちたこの町を守るためにね。 そして私は国から評価され、公認の霊媒師として活動する事を許された。 それでも私は、自らの罪に耐えきれずにこの地を逃げ出した……」

 

「おばちゃん……」

 

 

 間違いなく、目の前にいるのは坂本 妙――私のお母さん(おばちゃん)だ。

 

 

「でもね、お前との思い出が私の傷を癒してくれたんだよ。 どんなに時間を経ても癒えなかった心の傷をね……」

 

「私は、何もしてあげれてないよ……」

 

「その時初めて、生きていて良かったって思えたんだ。」

 

「私が孝行するのはこれからだよ!」

 

「きっと、この子に巡り合うために私は生きて来たんだと確信した。」

 

 

 ――私の言葉は届かない。 お母さん(おばちゃん)は自身の中に溜まっていたもの全てを吐き出し続ける。

 

 

「でも悔しいね、お前を守りたかったのに――私の方が先に限界を迎えてしまうなんて……」

 

「おばちゃん……」

 

「ごめんね…… もっと色々、お前には伝えなければならないのに。」

 

 

 彼女の姿は徐々に半透明になり、少しずつ輪郭を失っていく――もうすぐ彼女は消えるのだ。

 

 

「いいかい、これからもっと辛い事もあるだろうし、同じくらい嬉しい事もあるだろう。」

 

「うん……」

 

「でもね、自分の運命を呪ってはいけない。 どんなに辛くても――夜は、必ず明けるものだから。」

 

「あ……」

 

 

 その言葉を最後に、坂本 雪の姿は完全に消失した。 まるで幻影(まぼろし)だったかのように、何の後も残さずに……

 

 

「うっ……ぁぁ……!!」

 

 

 私はその場に座り込んで大声で泣いた。 もう戻ってはこない、お母さん(おばちゃん)の名を叫びながら……

 

 訃報が届いたのは、お昼を過ぎたくらいの時間だった。 私は実家に行くための荷造りを始めた。 菊梨も留美子も、何も言わずに作業を手伝ってくれた。

 

 

「ごめんね二人共、留守はお願いね。」

 

「本当に、一人で行かれるんですか?」

 

「うん、今回はね……」

 

「そうですか……」

 

「でも、今度行くときは二人も連れて行く――約束よ。」

 

「――うん。」

 

「はい、承知しました。」

 

「じゃあ――行ってきます。」

 

 

 確かに、今は辛い事が多い。 思い通りにならない事も多いし、妖怪や幽霊の事件に巻き込まれる事ばっかりだ。 でも、私は信じてる……おばちゃんが言ってくれたから――夜は、必ず明けるものだと。 だから私は、前に進み続ける――!

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

第二章 夏のコミマ編 完




―次回予告―


「第二章完結お疲れさまでした!」

「謎が多く残った終わりだったわねぇ。」

「特にあの三妖、完全に三章のフラグ。」

「そんなボロボロで、留美子ちゃんは大丈夫なのですか?」

「油断しただけ、次は勝つ。」

「二人共やる気ね……というわけで、次回からは第三章 波乱の学祭編が始まるよ!」

「さぶかるで、演劇をやる。」

「これは私(わたくし)とご主人様の急接近間違いなしですね!」

「違う、私と大接近。」

「あんた達はほんとぶれないわね……」

「というわけで! わしも活躍する――次回、第二十五話 ロリ狐の見た夢」

「また出たなロリ狐!」

「皆の者、楽しみにしておるのじゃぞ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 波乱の学祭編
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

坂本(さかもと) (ゆき)

本作の主人公。

女性 19歳 身長160cm 体重54.2kg Aカップ

黒髪で腰までの長さ、首くらいでゴムで1つに束ねている。 瞳はダークブラウン。

帝都大学2年生。

進学のために田舎から上京してきた女性。

お気楽で、明日は明日の風が吹くとマイペースな性格の持ち主。

学力、運動はどれも平均値のノーマルであり、本人もそれを良しとしている。

唯一、一つだけ普通じゃない部分で、霊や妖怪が見え、憑かれやすいという体質の持ち主。

趣味は絵とコスプレで、コミマでの活動を通して業界進出を狙っている野心家。

ロボット作品にただならぬ情熱を持っている。

 

【挿絵表示】

 

大西(おおにし) 菊梨(きくり)

本作のヒロイン1。

女性 ???歳 身長168cm 体重64.8kg Gカップ

通常時:金髪で腰までの長さ。 瞳はライトブルー。

人間に化けている時:茶髪で腰までの長さ。 瞳はダークグリーン。

主婦、帝都大学2年生(偽装)

突如、雪の元に押しかけて嫁宣言をした怪しい狐の妖怪。

何事にも猪突猛進、ご主人様一筋、それ故に暴走しやすい危険人物。

妖怪だけあって身体能力は人間と比較出来ない程高い、また現代文化への適応速度も速く、頭も回る。

家事は何でもこなせ、荒れていた雪の家も一瞬で綺麗にしてしまった。

趣味はご主人様観察、浮気しようものなら容赦はない。

 

【挿絵表示】

 

菊梨 三尾状態(モード)

妖怪としての能力を完全に開放した状態。

尻尾が三本に増え、瞳の色がより濃い青色へと変化して少し輝いている。

また、一人称も(わたくし)から(わたし)へと変化しており、口調まで変わってしまっている。

目つきが少々つり目気味になり、性格も普段の大人しさとは真逆に好戦的に変化する。

今までの素手スタイルとは違い、実体化した霊剣――狐影丸(こえいまる)を武器として使用している。

初登場時はいつもの衣装のままだったが、動きにくいという理由から裾を破き、後で雪に怒られている。

そのため、35話では専用の新衣装を用意してきた。

ベースは梨々花と同じ巫女服だが、鶴の描かれた千早を上から羽織り、狐耳の傍にはリボンと神楽鈴が飾られている。

それに合わせ狐影丸の鍔にも小さな鈴が2個追加されている。 本人曰く、剣舞の際の装束を再現したらしい。

 

【挿絵表示】

 

猿女(さるめ) 留美子(るみこ)

本作のヒロイン2。

女性 19歳 身長154cm 体重56.1kg Dカップ

銀髪で長さは肩程度までのぱっつん前髪。 瞳はライトイエロー。

帝都大学2年生。

雪の同期生であり、ちょっとネジがずれてる女性。

少々浮世離れしている節があり、よくトラブルを起こす。

雪の事をあまてるちゃん(謎)と呼び慕っている。(主に恋愛対象として)

雪以外の事には興味がないようで、いつも後ろをひっつき歩いている。

二大都市、京都の出身で”組織”からの命令で雪の監視と護衛を命じられているらしい。

”組織”の開発した対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)を常に携帯している。

実はエアーのプチプチを潰すのが大好き。

 

【挿絵表示】

 

羽間(はざま) 鏡花(きょうか)

雪や留美子が所属するサークル"さぶかる"のリーダー。

女性 20歳 身長172cm 体重64.6kg Cカップ

茶髪の、本人から見て左のサイドアップ。 瞳はライトブラウン。

帝都大学3年生。

しっかり者で、個性の強いメンバーをうまく纏めている。

その分気苦労も多く、貧乏くじを引く側の人間である。

成績も優秀な優等生で、将来は政治家の道を目指している。

政治家となった暁には、萌え文化を発展させようと考えている。

 

【挿絵表示】

 

大久保(おおくぼ) (あおい)

雪達の先輩で、同じサークルの所属。

女性 20歳 身長158cm 体重54.1kg Dカップ

金髪のカールのかかったミディアム。 瞳はダークパープル。

帝都大学3年生。

おっとりとしたお嬢様育ちで、いつもマイペース。

サークル内では衣装作成を担当し、雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。

一方でマーケティング能力は高く、コミマでの売り上げはしっかりと利益を上げている切れ者でもある。

親は大企業の社長で、活動費は全て彼女が賄っている。

 

【挿絵表示】

 

榛名(はるな) 優希(ゆうき)

雪のお隣さん。

女性(?) 19歳 身長171cm 体重67.8kg Aカップ

茶髪のナチュラルミディアム。 瞳の色はダークブラウン。

帝都大学2年生。

雪の同期でもあり、お隣さんでもある女性。

両親は帝都の研究所で働いているらしく、基本的に家で一人でいる事が多い。

大人しい性格で、目立つことを嫌っているが、かなりの美人のため嫌でも目立ってしまっている。

学費を稼ぐため、メイド喫茶でバイトをしている。 バイト中は普段とは人が変わったように明るく元気になる。

実は生物学上は男性であり、GID――性同一性障害である。 この事については恋人とバイト先の店長以外誰にも知られていない。

竜也という恋人がおり、術後は結婚の予定がある。

 

【挿絵表示】

 

草壁(くさかべ) 竜也(たつや)

優希の恋人でありカメコ。

男性 22歳 身長185cm 体重78.6kg

赤色のウルフカット、右の耳にシルバーのピアス。 瞳の色はダークレッド。

運送会社の社員。

カメコとしてコミマの常連だったが、現在は優希の専属カメラマンになっている。

お調子者の3枚目だが、いざという時は頼りになる存在。 普段は優希に尻に敷かれている。

仕事の時はかなり真面目で、周りからの評価は高い。

浮気性なのだが、優希の事を本気で愛しているのは事実である。 実際、手術代は半分彼が負担している。

 

【挿絵表示】

 

大西(おおにし) 梨々花(りりか)

菊梨の妹にして、のじゃロリババア狐。

女性 ???歳 身長136cm 体重32.8kg AAAカップ

金髪で肩までの長さ。瞳はライトブルー。 狐の耳と尻尾があり、ミニスカのような袴の巫女服を身に着けている。

本人曰く、”主様”の趣味であり、正装なのだという。

姉が心配で京都から追いかけて来た。 重度のシスコン。

いつも姉の事ばかり考えており、自分だけで独占したいと考えている。

特に菊梨がべったりな雪には嫉妬しており、どんな手段を使ってでも排除しようと企んでいる。

見た目は幼女だが、菊梨同様妖怪であるため、その年齢は3桁台である。

 

【挿絵表示】

 

田辺(たなべ) 和樹(かずき)

カフェ"黒猫"の陽気なマスター。

男性 36歳 身長176cm 体重79.1kg

赤色に近い茶髪のポニーテール、瞳の色はライトグリーン、顎髭が少々伸びている。

老舗であるカフェ”黒猫”のマスターを務めている。

代々受け継がれてきた店を守るため、試行錯誤しているが売り上げは低迷している模様。

特に隣に出来たメイド喫茶に客をとられて困っているようだ。

楽天家でとても明るい性格だが、一度スイッチが入ると超マイナス思考人間になる。

残念ながら女性と付き合った経験がなく、この歳で独り身である。

有名なイラストレーターである”敷島(しきしま) 秋美(あきみ)”がこの店の常連だという噂がある。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 翔子(しょうこ)

今話題のイラストレーター。

女性 36歳 身長163cm 体重65.2kg Dカップ

茶色の腰までの長髪、瞳の色はライトパープル。

敷島(しきしま) 秋美(あきみ)という名前でイラストレーターとして活動している。

純粋で世話焼き、曲がった事が嫌いで猪突猛進な性格。

特に彼女がキャラクターデザインを手掛けたゲーム、”式神伝”は爆発的ヒットを上げた。

子供が一人いるが、彼女自身は未婚者である。 父親は本人には分かっているようだが、口に出したことは一度もない。

妖怪を見る力があり、その力は娘に遺伝している。

firstlineに登場したメインヒロイン、羽川翔子本人である。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 秋子(あきこ)

妖怪を見る力を持つ元気一杯な高校生。

女性 16歳 身長168cm 体重61.2 Cカップ

銀色の腰までの長髪、瞳の色はレッド。

母親と同じく曲がった事が大嫌いで、正義感がとても強い。

考えるよりも先に行動してしまうため失敗も多く、怒りっぽいのも玉に瑕。

小さい頃から妖怪を見る事が出来ていた。 座敷童の椿とはその頃からの付き合いである。

目立つ髪色と妖怪を見る力のせいで、クラスの中では浮いている存在となっている。 そのせいで友達もいない。

身体能力は異常に高く、その潜在能力は留美子がスカウトする程である。

 

【挿絵表示】

 

安倍(あべ) 晴明(はるあき)

神の血を引く八咫烏のリーダー。

男性 31歳 身長168cm 体重66.3kg

黒髪で腰までの長さ、首くらいで一つに束ねている。(陰陽師風の髪型) 瞳の色はダークブラウン。

組織である”八咫烏”を取り仕切り、13代目天皇として執政にも深く関わっている。

神の血を引く一族、安倍家の長男であり、恐ろしい程強い霊力持っていると言われている。

人々を妖怪や霊の脅威から守るために八咫烏を結成し、多くの兵器の開発も進めている。

幼き頃から次代の天皇と言われてきたが、12代目には何故か彼の妹である天照(あまみ)が選ばれる事となる。

帝京歴774年に彼女が亡くなったあと、晴明が13代目天皇となる。

その人徳から人気が高く、八咫烏のメンバーからも信頼されている。

しかし、留美子は晴明の事を嫌っているようだ。

 

【挿絵表示】

 

染野(そめの) 艷千香(あでちか)

謎多き天才画家。

女性 28歳(自称) 身長141cm 体重38.6kg Eカップ

ピンクのツインテールに四葉のクローバーの髪留め。 右目が赤、左目が紫にオッドアイで、赤色のベレー帽を被っている。

綺羅(きら) (めぐる)と名乗り、絵画業界では知らぬ者はいないと言われる有名人である。

彼女の絵はまるで生きているかのようだと絶賛される程で、拘りの一つとして作品に必ず女性が描かれている。

基本的に取材NGで、表には顔を絶対見せないようにしている。 そのため28歳という年齢も実は嘘ではないのかと噂されている。

噂レベルの話だが、派手な格好を好むようでピンクや紫色の衣装を纏う事が多いらしい。

夏のコミマでの事件を起こした張本人であり、安部(あべ) 玄徳(げんとく)鬼神(きしん) 酒呑(しゅてん)、女郎蜘蛛 (かおる)の3体の妖怪を従えている。

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 ロリ狐の見た夢

「ほら、起きなさい……」

 

 

 誰かがわしの身体を優しく揺する。 身体はいつものように、布団の中へと潜って目覚めを拒否するのだ。

 

 

「本当お寝坊さんなんだから……起きなさい――梨々花!」

 

「ふにゃぁ……お布団返してぇ……」

 

 

 布団を剥ぎ取られ、寒さが肌を差す。 寝ぼけていた意識が一気に覚醒し、布団を剥ぎ取った本人に抗議の声を上げるが、それが無駄なのは自身でも分かっていた。

 

 

「今日は一緒にお買い物に行く予定でしょ? さっさと準備しなさい。」

 

「ふぁぃ……姉様。」

 

 

 姉様――大西 菊梨は布団を片づけながらあきれ顔でわしを見やる。

 あぁ、これは夢だと改めて認識する。 この過ぎ去った、二度と戻ってこない私と姉様の日々……

 

 ずっとずっと昔の、夢物語……

 

 

―今までのあらすじ―

 私達は無事に夏のコミマを戦い抜く事が出来た。

 だが、戦いがこれで終わったわけではない……何故なら、次は冬のコミマが待っている――私達の戦いはこれからだ!!

 なんて打ち切り漫画みたいなあらすじを語ってみたものの、怪しさ満点の安倍 晴明、更には三妖とかいうやばそうな妖怪まで登場しちゃって……そこまで私を狙う理由はなんなのよ!

 ついに始まる第三シーズン、今回こそ私に平穏は訪れるのだろうか!?

 

 

 

 

 

「ふぁぁ……」

 

「欠伸をする時はお口を隠しなさいな、みっともないですよ?」

 

「どうせ誰も見てないって~」

 

「そういう問題じゃないでしょう? それではお嫁にいけませんよ。」

 

 

 そんな他愛のない会話をしながら買い出しへと向かう。

 この京の都は妖怪と共存する世界でも珍しい都市だ。 しかし、そんな妖怪達にも人間に危害を加える者達もいる。

 

 

「ねぇ姉様、お店の方から変な感じがする。」

 

「そうね……」

 

 

 その妖怪に対応するため、”視える”者達――退魔士が存在するのだ。

 わし達の家……”大西家”もそんな退魔士の家系の一つなのだ。

 

 

「みてみて、天邪鬼がいるよ!」

 

「なんだおまえらぁ!」

 

 

 わしはしゃがんで天邪鬼の角をつつく――天邪鬼は手にした胡瓜をブンブンと振り回して抵抗している。

 

 

「貴方ね……人間のお店の物に手をつけたらダメって教わらなかった?」

 

「これは――すぐ戻すつもりだったんだい!」

 

「全く……人間に迷惑をかけるなら、貴方を祓わなければならない――分かりますね?」

 

 

 天邪鬼の顔色がみるみる青くなるのが分かる。 コイツもこの程度の事で祓われるなんて考えなかったのだろう。

 

 

「わ、わるかった! すぐに戻してくるよ!」

 

「いってらっしゃ~い。」

 

 

 わし達の家は、基本的に妖怪には友好的だ。 余程の事が無い限り祓う事はない。

 どこの家もそうだというわけでは無いのは当然で、中には積極的に妖怪退治する退魔士の家系もあるのも事実だ。

 

 

「じゃあ、私達も行きましょうか?」

 

「うん!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「恵子、ただいまー!」

 

「恵子さん、でしょ?」

 

「おかえりなさいませお嬢様方、買い出しでしたら私が行きますのに……」

 

「妖怪の監視もかねていますのでお気になさらないで下さい。 むしろ恵子さんの体調の方が(わたくし)は心配です……」

 

「ありがとうございます……しかし、お嬢様達が立派に成人するまではこの恵子、死ぬ気は毛頭ありませぬ!」

 

 

 お手伝いの恵子に、買ってきた食材を紙袋ごと渡す。 彼女の皺だらけの手がしっかりと荷物を握り、台所へと歩き出す。 姉様は少し怒った顔をしていたけど、わしは気にせず台所に向かう恵子の後を追う。

 

 

「今日はね! 私が先に妖怪を見つけたんだよ!」

 

「流石でございますね、梨々花お嬢様の力もだいぶお強くなりましたね……きっと、天国のお二方も喜んでおられますよ。」

 

「うん! 私、立派な退魔士になるよ! そしていつかお父さんとお母さんの仇をとるんだ!」

 

 

 退魔士の家系の宿命、それは常に死と隣り合わせだという事だ。 妖怪に敗れれば、当然待っているのは――”死”である。

 力の弱い者は死ぬ、強い者が生き残る――弱肉強食の世界。 父と母は、強大な妖怪に敗れてその命を散らした。 その頃からお手伝いとして家で働いていた恵子が、私達の世話をしてくれたのだ。

 

 

「梨々花お嬢様、恨みのみで戦ってはなりませんよ。 いつも菊梨お嬢様に言われているのでしょう?」

 

「でも! 私はアイツが許せないもん! 私の手で倒さなきゃ――」

 

「梨々花、いい加減にしなさい。」

 

「だって!」

 

「言う事を聞かない子はお仕置きですよ?」

 

「……姉様のばかぁ!!」

 

 

 わしは二人を置いて寝室に駆け込み、綺麗に畳んであった布団の中に丸まった。

 

 

「どうしてダメなのよ……仇がとりたいだけなのに。」

 

 

 この頃のわしは、ただひたすらに強くなる事を望んでいた。 自分から両親を奪ったアイツが憎くて、殺された両親の無念さが腹立たしくて――だから、私の手で倒したかったのだ。

 

 

「――カレーの匂いがする。」

 

 

 布団を涙で濡らしていると、どこからかカレーの香りがしてきた。 それだけの時間引き籠っていたのだろう。

 今日の夕飯はカレーか……そんな事を考えていると、障子越しに人影が見える。 わしは気になって聞き耳を立てる。

 

 

「それは間違いないのですか?」

 

「はい、既に多くの犠牲者が出ているそうで……恐らくはお二方の施した封印が破られたのかと。」

 

「そうですか……放っておけば、この京の都は血に染まるでしょう……」

 

 

 ――何か物騒な話をしている。 封印が破られたとかなんとか――多分かなり力の強い妖怪なのではないかと想像がつく。

 

 

「討伐隊も全滅し、もはや国も打つ手が無いと……」

 

「それで、直系である(わたくし)に勅命が下されたのですね。」

 

「はい……」

 

「酒呑童子――二度とその名を聞きたくはありませんでしたが……こうなってしまっては選択の余地はありませんね。」

 

「まさか、蔵にある神器をお使いに!? それではお二方の二の舞に!」

 

 

 酒呑童子!! 忌々しいその名――わしの両親の命を奪った妖怪の名だ! アイツが復活したというのか!?

 だが、これはチャンスではないのか? 仇を討てる絶好の機会ではないか! アイツを倒すための神器は蔵の中にあると言っていた、姉様よりも先にわしが……!

 

 包まっていた布団を投げ捨て、蔵を目掛けて駆け出す。 裸足のまま庭に出て、真っ直ぐに蔵の入り口へと駆け寄る。

 

 

「こんな鍵――」

 

 

 扉に付けられた南京錠に向かって用意していた呪符を投げつける――ボン、という小さな爆発音と共に、南京錠は粉々に砕け散った。

 

 

「大事な物は全部天井の方仕舞ってたわよね……」

 

 

 木造の階段を登り、埃っぽい部屋の空気を吸いながらゆっくりと進む。 埃を被った葛籠が綺麗に置いて並べて置いてあり、おそらく言っていた神器はこの中に入っているだろう。

 

 

「……一つだけ、凄い霊力を放ってる。」

 

 

 その力に引き寄せられるように、葛籠を手に取って開く――

 

 

「鏡……?」

 

 

 それは綺麗な装飾の施された鏡だった。 古さを感じさせない光沢に、曇り一つない綺麗な鏡面……見ていると引き込まれそうだ。

 

 

「これがあれば……お父さん、お母さん!」

 

「その鏡を置きなさい梨々花!」

 

「げっ、姉様!」

 

 

 いつの間にか、わしの背後には姉様が立っていた。 怒っているのは表情を見れば明らかである。

 

 

「貴女は何をするつもりなのですか!?」

 

「私はっ! この鏡を使って酒呑童子を倒すんだ!」

 

「聞いていたのですね!? 馬鹿な事を言っていないで(わたくし)に渡しなさい!」

 

「いやっ!!」

 

 

 お互いに鏡を引っ張り合う状況になってしまう。 絶対に取られまいと、力を込めて思いっきり引っ張る――

 

 

「ぁ……」

 

 

 急に抵抗する力が無くなる。 わしの想像以上の抵抗に、鏡が姉様の手からすっぽ抜けてしまったのだ。 そして、その勢いは止まらずに鏡を抱いたまま私は一階へと落ちて――

 

 

「梨々花!」

 

「姉様……」

 

 

 無意識のうちに、手にした鏡を投げ捨てて、伸ばされた姉様の手を握っていた。

 ――ガシャン! 足元で鏡が砕け散る音が響く。 あぁ、これでわしの復讐の機会は永久に失われてしまった……そう思った瞬間だった。

 急に辺りに白い煙が立ち込め、視界を白く染め上げていく。 完全に見えなくなる前に、私の身体は引き上げられて、姉様にきつく抱き締められた。

 

 

「ごめん、姉様……」

 

「お願いですから、(わたくし)に心配をかけさせないで……」

 

「うん……」

 

 

 煙は更に広がり、姉様の体温を感じる以外何も分からなくなってしまう。 わしは恐怖で姉様を呼ぶと、すぐ傍で姉様の返事が聞こえた。

 

 

「我の封印を解いたのはお主達か。」

 

「誰っ!?」

 

 

 聞き覚えの無い女性の声が聞こえて来た。 その声は威厳に満ちた雰囲気で、まるでお偉いさんのような声音で話しかけてくる。

 

 

「よく封印を解いてくれた。 鏡の中に閉じ込められ、出れずに難儀していたのだ。」

 

「よ、妖怪なの!?」

 

「そう怯えるな小さな人の子よ。 我の名は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、お前達の言葉で言う”神”だ。」

 

 

 自らを神だと名乗る者にろくな奴はいない。 多分コイツもその手の類の妖怪なのだろう。

 

 

「――あまりに無礼だとこの場でくびり殺すぞ?」

 

「なっ……心を読んだの?!」

 

「宇迦之御魂神、もしや我が家で祀って来た祭神では……?」

 

「その通りだ。 お前達は我の血を受け継ぎし人の子よ。」

 

 

 ――本当に神様なのかもしれない。 人の心を読むのは”さとり”だが、コイツは多分違う。 昔視たさとりの気配と似ても似つかないのだ。

 

 

「では、何故鏡に封印されて……」

 

「いやぁ、やりたい放題しすぎて母上に封印されてしまったのだ!」

 

 

 前言撤回、コイツはやっぱり怪しい……

 

 

「でだ……そろそろ本題に入ろうか。 幸い我は今機嫌が良い――お前達の願いを叶えてやってもよいぞ?」

 

「ほんとに!?」

 

「勿論だ――お前の望む力を与える事が出来るぞ。」

 

「宇迦之御魂神、折角の申し出ですが……私達は力を望みません。 ただ、あの鬼を封印出来ればよいのです。」

 

「姉様!?」

 

 

 少しずつ霧が晴れてくる――それと同時に巨大な影が全容を現してくる。

 

 

「力はいらぬとな……? しかし、その封印をするためにお前は命を捨てる事になるのだぞ?」

 

「かまいません。 それが(わたくし)に課せられた宿命(さだめ)なのですから。」

 

「命を捨てるって……姉様何を言ってるの!?」

 

 

 それはつまり、お父さんとお母さんと同じように……あの鬼に命を捧げるという事だ。 そんなのは――絶対に嫌だ!

 

 

「ごめんなさい、でもこれしか方法が……」

 

「嫌っ! そんなの絶対に嫌っ!!」

 

「その宿命(さだめ)を覆したければ、我と契約するがよい。」

 

「ぁぁ……」

 

 

 霧が完全に晴れると、そこには巨大な白狐がいた。 私達を眺めながらニヤニヤと笑っていたのだ。

 

 

「契約すれば、その宿命(さだめ)から解放してやろう。」

 

「……契約って、何をすればいいの?」

 

「梨々花!?」

 

「何、簡単な事だ。 その身、その魂――全てを我に捧げよ。 我に一生使えるという誓いを立てれば、お前は永遠の力を手に入れるだろう。」

 

 

 多分、嘘は言っていない――直感だがそう思う。 もし、わしがこの神様と契約すれば姉様は死なずに済むのだ。

 

 

「姉様――私、するよ……」

 

「梨々花、何を馬鹿な――」

 

「だって! 姉様まで死んじゃったら……私は一人になっちゃうんだよ!? そんなの耐えられないよ!」

 

「――どうやら決まったようだな。 では契約を――」

 

 

 白狐は私に顔を近づけてくる。 私は姉様から離れて、一歩ずつ白狐へと歩み寄る。

 

 

「待って! 私も――契約する!」

 

「姉様?」

 

「ほう、二人揃って我のモノとなると?」

 

「貴女一人に背負わせるわけにはいきません……止めらぬるならば、せめて共に!」

 

「……ありがとう。」

 

 

 ――本当は怖かった。 力の代償として、自分がこれからどうなるか不安で一杯だった。 でも、姉様と一緒なら……!

 

 

「そうか――では、共に誓うがいい! その身、その魂――全てを我に捧げると!」

 

『私達姉妹は宇迦之御魂神にこの身、この魂――全てを捧げます!』

 

「契約――成立だ!」

 

 

 白狐は、嬉しそうにニヤリと笑った。

 

 

 その後、酒呑童子はわし達姉妹の力で討伐される事になる。 その人間の限界を超えた力に、大西家は同業者から恐れられる事となった。

 それは当然だ――わし達はもう人間ではなくなってしまったのだから。

 

 姉様には契約とは別に、子孫を残すという役目を与えられた。 それは――未来永劫、宇迦之御魂神への供物を用意するためである。

 世代ごとに現れる兆しの現れた子を、宇迦之御魂神へ捧げるのだ。 その者も宇迦之御魂神に全てを捧げ、かの元にお仕えする……それを繰り返し続けるのだ。

 そのために姉様は――宇迦之御魂神の子供を産んだのだった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんだ、泣いておるのか梨々花? また昔の夢でも見たのか。」

 

「主様……」

 

 

 主様は初めて目にした日から変わらない青い瞳でわしを見ていた。 端正な顔立ち、銀のロングヘア―が光を反射して輝いている。

 わしは誤魔化すように主様の胸の中に顔を埋める。 姉様と同じサイズの胸に圧迫される感覚が安心感を生む。

 

 

「愛い奴め。」

 

 

 そう言ってわしの頭を優しく撫でてくれる。 わしはそれに甘えるように体を預けた。

 

 

「菊梨は戻らぬと決めた――それは仕方のない事だ。」

 

「……」

 

「しかし、先に待つのは絶望だけではないかもしれぬな。」

 

「どういう事……ですか?」

 

「我にも見えぬ未来があるという事だ。」

 

 

 そう言うと、わしのおでこに優しく口づけをする。

 

 

「では、そろそろ再開するか!」

 

 

 さっきまでのシリアス雰囲気をぶち壊すように、勢いよく袴を捲り上げた。

 

 

「この変態神! もう少し空気呼めばかぁ!!」

 

 

 姉様――いつかまた、一緒に暮らせる日はくるのでしょうか……? わしはずっと、その日を待ち望んでいるのじゃ……




―次回予告―

「はい、第三シーズン始まったのに初回出番無かった主人公でーす!」

「いやん、私(わたくし)の恥ずかしい過去が暴露されてしまいました…… でもでも、ご主人様にならいくら見られても……////」

「いや、見たのは私じゃなくて読者のみなさんだから。」

「そ、そうでした! 皆さん! 頭ぶつけて全て忘れて下さいね!!」

「軽く恐ろしい事言ってるわね…… さてさて! 次回はどんなお話かなー?」

「次回、第二十六話 安倍という一族の宿命(さだめ)」

「これは留美子ちゃんメインのお話になりそうですね。」

「また主人公の出番は無しですか――ばっきゃろ!!」

「あまてるちゃん、ご乱心。」

「次回も楽しみにしていて下さいね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話 安倍という一族の宿命(さだめ)

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんお久しぶりです! よーこ先生ですよ~! 今回も、先生と楽しくお勉強しましょうね!」

「少々間が空きましたが、これからも元気にこのコーナーを続けていきますよ!」

「では、今回のお題はこれです!」


~宇迦之御魂神ってどんな神様?~


「はい、前回の回想で登場した主様の事ですね!」

「主様は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)様と神大市比売(かむおおいちひめ)様のお子様で、穀物の神として祀られていたのですよ。」

「しかし、あまりにも性活が乱れすぎていたために、始祖神の怒りを買って鏡に封印されてしまったというわけです……」

「まぁ、それが功を奏して……今では唯一現存する神様になったわけですけど。」

「顔はイケメンな感じの女神様なのですが、兎にも角にも女を食いまくる方でしてね。 あれだこれだと手を付けまくっていたそうです。 まぁ、今もそんな変わりないような……」

「ちなみに、男は大っ嫌いだそうですよ!」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


「う~ん、今日もいい天気ね。」

 

「そうですねぇ。」

 

 

 私は大きく伸びをしてから大学への歩みを再開する。 9月も近くなり、だいぶ暑さもマシになってきた。

 

 

「あれ――留美子~!」

 

「……」

 

 

 道歩く人影の中から留美子を見つけた私は、彼女の元へと駆け寄ろうとする。 しかし、留美子は私に気づいていないのか、早歩きで私との距離を開かせる。

 

 

「ちょっ、待っててば!」

 

「お待ちくださいご主人様!」

 

 

 菊梨の制止も聞かずに留美子の背中を追いかける。 何故逃げるのかという疑問の前に、私の声に見向きもしない留美子を一発殴りたいという気持ちが先行していたからだ。

 

 ――だから、近づく妖力に気づかなかった。

 

 

「やっと追い――」

 

 

 手を伸ばせば、留美子の肩を掴める距離まで届いた瞬間――不運にも小石に躓いてしまった。 いや、この場合は”幸運”だったのかもしれない。

 

 

「――ぁ」

 

 

 何かが掠める感触、そして透き通った殺気……間違いなく、転んでいなければ私の首は胴と切り離されていただろう。

 私はそのまま地面を転がり、ソレから距離を置く。

 

 

「何よ、この大男……」

 

 

 目の前にいたのは、身長2メートルもある大男だった。 どうやらさっき掠めたのは、コイツが持っている馬鹿でかい日本刀のようだった。

 

 

「あれじゃあ、斬られるんじゃなくてミンチじゃないのよ!」

 

「ご主人様! だからあれ程待つようにと!」

 

「ごめん、全然気づいてなかった……」

 

 

 こんな巨大な妖力に気づかないなんて、私はどうかしていたようだ。

 

 

「あんたも三妖の一人ってわけ!?」

 

「……」

 

 

 大男は無言で日本刀を構え直す――沈黙は肯定という事だろう。 菊梨は私を庇うように前に躍り出た。

 

 

「ご主人様は下がって下さいまし。 あとは(わたくし)が処分致します。」

 

「コイツも酒呑とかいう妖怪みたいに強いんじゃないの?」

 

「大丈夫です――いざとなれば奥の手がありますので。」

 

 

 一触即発の雰囲気の中、先程まで沈黙を維持していた留美子が飛び込んでくる。

 

 

「留美子!? 一体何を――」

 

「任務遂行……」

 

 

 二丁の霊銃(レイガン)を抜くと、大男と菊梨に発砲する。 大男は弾丸を切り払い、菊梨は手刀で弾く。 それと同時に、辺りを強烈な閃光が包んだ。

 

 

「っ……ご主人様!」

 

「菊梨っ!」

 

 

 真っ白に塗りつぶされた世界の中、私の意識は急速的に失われていった……

 

 

―前回のあらすじ―

 私の目の前に現れた少女、それはかつてのおばちゃんの姿だった。 最後の時を二人で過ごし、天へと昇っていった魂は無事に成仏出来ただろうか? それは死んだ者にしか分からない事で、今の私には到底理解出来る事ではない。 強いて言うなら、成仏出来たと信じたい……

 そして帝都へと私は戻って来た、一つの手紙を持って――

 

 

 

 

 

 少し色が黄ばんだ手紙、それはおばちゃんが私へ伝えようと書き残してくれたものだった。 私は震える手でその手紙をゆっくりと開く……

 

 

 雪へ

 

 このような形で打ち明ける私を許して下さい。 本当ならば直接伝えるべきなのですが、他への漏洩を防ぐために手紙として孫の愛子に預けました。

 そしてこの手紙を貴女が受け取ったという事は、私はもうこの世を去った後でしょう。 母親として、どれだけ愛情を注げたか――それだけが逝く前に気がかりです。

 

 まず最初に話さなければならないのは、貴女の体質についてです。 これは自身が一番分かっているでしょうが、強すぎる霊力が妖怪や霊を引き寄せるというものです。 現状、私が用意した神域で凌いでいるでしょうが、今後貴女の力が更に強まる事を考えての対策を用意しました。 同封された勾玉を使い、自分で神域を形成するのです。 やり方は別紙にて解説しているのでそちらを読むように。

 

 次に、貴女の両親についてです。 これはずっと隠してきましたが、今の貴女ならば受け入れられると信じてお話します。

 まず、両親は既に他界しています。 私とは血縁関係はありませんが、貴女の母親とは親友でした。 貴女を預かったのは彼女の最後の願いからです。 貴女の命を救うため、その身を犠牲としたのです。 しかし、それを悔いてはいけません。 貴女が今生きている事こそ彼女の願いだったのだから。

 

 父親についてですが――彼は有名な一族の生まれです。 その一族の名は”安倍”……そう、あの天皇の一族です。 恐らくは政権争いに巻き込まれるという形であの事件が起きてしまったのでしょう。 でなければあんな死に方はあり得ません……詳細は記述しませんが、気になるならば帝京歴772年の大西家惨殺事件を調べてみなさい。

 

 狐の娘さんの事は、私からは何も語りません。 きっと、時が来れば本人から語ってくれるでしょう。 それが彼女と私がした約束です。 どうか、その時まで問い詰めないであげて下さい。

 

長くなりましたが、私が最後に言いたいのは……貴女の事を本当の子供として愛していたという事です。 たとえどんな時でも、貴女を思わない日はありませんでした。 どれだけ彼女の思いに答えられたか、毎日不安が胸を締め付け、まるでガラス玉のように抑揚の無い貴女の瞳を見ては涙を流していました。 でも、今の貴女はこんなにも感情に溢れ、私も本当に嬉しかったです……

 

 その笑顔が、ずっと続きますように……

 

 

 貴女の母より

 

 

―――

 

――

 

 

 

「――やっとお目覚めかな?」

 

「ここ、は……」

 

 

 意識がゆっくりと、夢から現実へとシフトしていく。 どうやら青森に戻ていた時の事を夢で見ていたようだ。

 現状を把握するため、辺りを見渡そうとするが――身体の自由がきかない事に気づく。 どうやら手足を縛られて椅子に座らせられているようだ。

 

 

「そのまま寝顔を拝見しておくのも良かったが、それでは話が進展しませんしね。」

 

「貴方は!」

 

 

 この妙に鼻につく声――間違いない!

 

 

「そう警戒しないで下さいよ、とって食おうというわけでは無いのですから。」

 

「安倍晴明! 私を攫ってどうしようっていうのさ!」

 

「やれやれ、騒がしい人だ……まずは落ち着きなさい。」

 

「胡散臭さの塊みたいな貴方の話なんて知らないわよ!」

 

 

 ――意識もだいぶはっきりしてきた。 状況把握のために、気づかれないように視線だけ移動する。

 

 

「嫌われたものですね。 これでも私は天皇なのですが?」

 

「何よ、だから敬えって言うわけ? 権力を盾にしちゃって恥ずかしくないの?」

 

 

 間違いなく前来た研究所だ。 この病院みたいな真っ白な部屋の感じは見覚えがある。 そして私が座らせられている椅子……なんだか歯医者の椅子に似ている気がする。 手足はこの椅子に直接繋がれているようだ。 力任せで外せる代物ではないし、どうしたものか……

 

 

「安心しなさい、君をここに呼ぶのは今回で最後にするつもりなので。」

 

「へぇ、それはどんな心変わりなのかしらねぇ。」

 

「簡単な事だよ――君への興味が無くなったからだ。 確かにあの日、神域を破壊した力は凄まじかった。」

 

「なんでその事を知って――」

 

「――やれやれ、おいで猿女。」

 

 

  ゆっくりと近づいてくる足音……思考停止していた事実が近づいてくる。 何かの間違いだと思いたかった心を砕くように少しずつ近づいて――

 

 

「留美子……」

 

「彼女は本当に優秀でね、君のデータを常に送ってくれていたよ。」

 

「嘘よ! だって留美子はお前を憎んでいたはず!」

 

 

 そうだ、私が視た留美子の記憶では……晴明は天照を殺したかもしれない憎むべき敵で、絶対に協力なんてするわけがないのだ。

 

 

「君が何を言おうが、現実は見ての通りだよ。」

 

「何か脅したりとかしてるんでしょ!」

 

「――では話を続けようか。 私はとある計画を進めていましてね……2つの実験を同時に行い、成果の出た計画を採用しようと思っていたのですよ。 その一つが君だよ、坂本 雪。」

 

「何よそれ……」

 

「もう知っているのでしょう? 君の父親が安倍の一族だという事を……」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と捉えさせて頂きますよ。」

 

 

 晴明の言葉が全く耳に入ってこない。 頭の中は留美子の事で一杯だ……ありえない、奴に従う理由なんて無いはずだ……

 

 

「彼は私の兄でね、私よりも強力な霊力を持っていました。 しかし――本当に馬鹿な人だったんですよ。 力の使い方を知らない愚か者だったのです。」

 

「……」

 

「始祖神の使いである葛の葉の血……つまり、神の血を色濃く受け継いでいたのにですよ? だから私は彼に道を用意してあげたんですよ――実験台としてね。」

 

「私のお父さんが、実験台……」

 

「そうですよ。 霊力の強い家系に神の血を混ぜ合わせたらどうなるかという実験です――それで産まれたのが君なんですよ。」

 

 

 全てがこの男の手の平の上だった……? じゃあ、私って何なのよ……

 

 

「しかし、君は思った程の力を発揮しなかった。 強いとは言っても、所詮は”人間”レベルの力だ。 私が求めているのは――世界そのものを書き換える程の力だ。 神の御石の全てを覗く事こそが、私の夢なのだよ! 」

 

「……もういいよ。」

 

「そして私こそが正統なる安倍となる! 唯一の神に!!」

 

「もう、しゃべるな……」

 

 

 ――薬指に嵌めた指が軋んでいる。 想定以上の負荷がかかって悲鳴を上げているのだろう。 でも私は……

 

 

「私の息子が神の器となる……君はもう不要なんですよ!」

 

「このキチガイなナル野郎がぁ!!」

 

 

 溢れ出る霊力が、私の座っていた椅子を破壊して吹き飛ばす。 私はそのまま渾身の右ストレートを奴の顔面に叩き込んだ。

 

 

「ぐぶっ……!」

 

 

 晴明は面白いように回転しながら壁に激突する。 まるでアニメのワンシーンを見ているかのようだ。

 

 

「なんでもお前の思い通りになると思うなよ! 留美子は返してもらうからね!」

 

「……」

 

 

 留美子は私を止めようと霊銃(レイガン)を構えようとする――

 

 

「貴女もいい加減目を覚ましなさいよ!!」

 

 

 両手に霊力を集中……ここで見せるぜ新技を!

 

 

「――ダブルハリセンアタック!」

 

 

 両手に霊剣(ハリセン)を形成、思いっきり留美子の頭に振り下ろす――

 

 

「ええっ……!?」

 

 

 留美子の頭が――割れてしまった! まるでプラモの兜割りのように綺麗に真っ二つだ!

 

 

「何よこれ――機械じゃない!」

 

 

 割れた頭からは血も噴出さなければ、脳が飛び散ったりもしない。 代わりに飛び散ったのは部品だった。

 

 

「さ、流石に想定外だったよ。 まさか力を隠していたとは……」

 

「まだ殴られ足りないわけ? 次はこの霊剣(ハリセン)でも受けてみる?」

 

「いいや、遠慮しておこう。」

 

 

 ――足元から響く爆音。 床を突き破り、あの大男が現れたのだ。

 

 

「迎えが貴方とはね――祖父上。」

 

「……ユクゾ」

 

「ちょっ、待ちなさいよ!!」

 

「君の観察にはもう少し時間が必要のようだ……また会おう坂本 雪。」

 

 

 晴明に祖父と呼ばれた大男は、そのまま横の壁に穴を開け、緊急用の通路を滑り落ちて行った。

 

 

「何なのよ、もうわけわかんない……」

 

 

 全身から一気に力が抜けるのが分かる。 どうやらフルパワーを出せるのはかなり短い時間のようだ。 もう立っている事すらきつい……

 

 

「良かった、菊梨から貰った指輪……壊れてない。」

 

 

 だいぶ無茶をしたから、ヒビの一つでも入っていないかと心配だったが……傷一つ無さそうだ。 私は安堵してその場に座り込む。

 

 

「色々ありすぎてわけわかんないよ……」

 

 

 留美子の偽物、安部一族の事、晴明の実験体である私……

 

 

「今分かるのは……晴明は三妖と繋がってる事ね。」

 

 

 ならば、夏コミマをめちゃくちゃにしようとした罪は許せない。 父親の事とか、留美子の事とか、色々関わっている最悪な奴だけど……

 

 

「シンプルに、むかつくからぶっ飛ばす……」

 

 

 そう、決めた――

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「あぁもういい加減私の頭がパンクするわぁ!」

「ご、ご主人様落ち着いて……」

「もうわけわかんねぇから地球に隕石落としちゃう! 核の冬にしちゃうもん!!」

「どうやらご主人様の思考は、メビウスの輪から抜け出せなくなっているみたいですね。」

「ママ? というか私のお母さんの話出てこなさすぎじゃない? なんでお父さんの話ばっかなのよ!?」

「それはアレですね、後々掘り下げられるというフラグかもしれません。」

「ソウナノカ~」

「コホン! 次回、第二十七話 悪霊退散! 除霊スプレーの効果はいかに!?」

「次回は先輩二人が活躍するよ~!」

「皆さんお楽しみに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 悪霊退散! 除霊スプレーの効果はいかに!?

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さん、よーこ先生ですよ~! 今回も、先生と楽しくお勉強しましょうね!」

「今回のお題はこれですよ!」


~大久保財閥ってどれくらい凄いの?~


「はい、いい質問ですね~ 大久保財閥は総資産8000兆円の超々大企業であり、裏でガイアを動かしていると言っても過言ではない程の存在です!」

「その社長の娘が皆さんご存知、大久保 葵さんなのです! 恐ろしい人が知り合いにいたものです……」

「さぶかるの活動費や、他にも色々な出費が出来る理由はここだったという事ですね。」

「では今回はここまで、みなさんあでぃおす!」



「やっと見つけましたわ、雪ちゃん。」

 

 

 大学の構内のベンチで菊梨と二人でお昼を食べていた。 なぜこんな場所でと思うかもしれないが、常にベタベタくっついてあーんをしてくる菊梨がいる状態で人目の多い場所にいられるわけがないのだ。

 そんな私達の前に大久保先輩が現れた――しかもタイミング悪くおかずを頬張っている瞬間に。

 

 

「んぐっ……! ゲホッゴヘッ!」

 

「申し訳ありません、お邪魔してしまったようですね。」

 

「だ、大丈夫です……! 何か用事ですか、大久保先輩?」

 

 

 吹き出しそうになったタコさんウインナーをなんとか飲み込む。 羽間先輩ならまだしも、大久保先輩が用事だなんて珍しい事もあるものだ。

 

 

「実はですね、お二方にしか頼めない事がありますの。 本当は留美子ちゃんにもお願いしたかったのですが、最近お休みされてるようですし。」

 

「私達にって事は……妖怪や霊絡みの話って事ね。」

 

「その通りですわ!」

 

 

 大正解、といわんばかり笑顔を見せる大久保先輩。 しかし、そうなると報酬の方も期待出来るのではないか? なんと言っても大久保財閥のご令嬢であるのだから!

 

 

「それで、どんな仕事なの?」

 

「お話が早くて助かりますわ。 で、その内容は――」

 

「――え、なによそれ!」

 

 

 彼女が持ってきた仕事の話とは、スプレーで除霊するという奇抜なものであった……

 

 

―前回のあらすじ―

 三妖の一人からの襲撃、留美子の偽物ロボット、そして怪しさを通り越して完全真っ黒な安倍晴明! どうやら奴は今まで実験対象として観察してたようだ……私をモルモット扱いとは絶対に許せん!

 奴の顔面に思いっきり正義の鉄拳を食らわせた時はスカっとしたわ! しかし、あの男が三妖と繋がっていたなんて、ますます危険な相手だ。 そんな人間が国のトップなんて、誰一人気づいてないんだろうな……

 ともかく! 私は自分の身を守るためにも奴のよくわかんない計画をぶっ飛ばしてやる!

 

 

 

 

 

「ごーすとばすたーず!」

 

「ご主人様、そのくだり前にもやりませんでした?」

 

「うん、やった記憶がある。」

 

 

 私と菊梨は大久保先輩の頼み事をこなす為、とある会社の前にやって来たのだ。 しかも、夜の22時という時間に……

 

 

「やっぱりここ、エイカーテクノゲームスよね……大久保財閥の傘下だったのね。」

 

「ご主人様がよく買ってるゲームの会社の一つですね!」

 

「よく知って……アンタ、もしかして勝手に私のゲームで遊んでるでしょ!」

 

(わたくし)だって、ご主人様を知るための勉強を欠かしていないのですよ?」

 

「無駄に下の方にセーブしてあったのはそれか……」

 

 

 別に遊んだらダメというわけでは無いが、せめて一言何か言って欲しいわけで……見られてやましい物が無いのは胸を張って言えるが!

 

 

「お待たせしましたお二方、どうぞ中に。」

 

 

 いかにも高そうな黒色の車から降りて来た大久保先輩は、いつもと変わりのない笑顔を見せる。 手にはトランクを持ち、恐らくはテスト用の例の物が入っているのだろう。

 私達は案内されるままビルの中へと足を踏み入れる。

 

 

「お昼にもお伝えしましたけれど、新作を開発中に事故が多発しているのですわ。」

 

「それが霊の仕業かもしれないって話よね?」

 

「その通りです。 新作がホラーゲームという事もあり尚更その可能性が高いわけです。」

 

 

 ホラーゲームを作る時はお祓いもすると聞いた事があったけど、本当に霊が集まりやすいんだなぁ……

 実際、さっきから無害な浮遊霊があちこちに徘徊している。 恐らくは、”何か”に引っ張られて来てしまったのだろう。

 

 

「更には、スタッフが一人が事故で亡くなっていましてね……恐怖で欠勤する者まで現れているのですわ。」

 

「――確かに状況は深刻そうね。」

 

 

 会議室のような場所に案内され、私達はパイプ椅子に腰かけた。 大久保先輩は机の上に先程のトランクを置き、解錠してその中身を解放する。

 

 

「こ、これがその……」

 

「なんだか、お部屋の匂いを綺麗にするスプレーに似てますね。」

 

「これぞ我が社の新製品! 悪霊退散、霊コナーズですわ!」

 

「うわぁ、なんて安直なネーミング……」

 

 

 確かに見た目はお部屋の消臭剤のようなスプレーだ。 本当にこんな物に効果があるのだろうか?

 

 

「退魔士監修の元、除霊のための霊力を液体に浸透させる事によって簡易的な霊を退治する事が出来る! 正に夢のような商品なのですわ!」

 

「でもそれ、視えないとスプレーかけられないよね?」

 

「大丈夫です! 家全体にスプレーする事により、簡易的な結界を作る事が出来るのですわ!」

 

「わー、すごいな~(棒)」

 

 

 毎日、本物の神域(けっかい)に守られている私からすれば、本当にただの気休めにしか使えそうもないスプレーだ。 しかし、一般家庭程度ならそれなりの効果は期待出来るのだろうか?

 

 

「確かに、これでしたら簡易的な除霊は可能ですね。 肩が重いとか、空気が重いと思った時に使えば効果はあるはずです。」

 

「菊梨、それプラシーボ効果ってのと変わらないぞ。」

 

「兎も角です! お二人にはこのスプレーの効き目を確かめて欲しいのです!」

 

 

 私は悪霊退散、霊コナーズ――もとい、除霊スプレーを受け取り、ノズル部分を拡散モードにする。

 試しに机の下で蹲っている浮遊霊に軽く吹きかけてみる。

 

 

”ぴっぎゃぁぁぁ!!”

 

 

 浮遊霊は変な叫び声を上げながら、窓を貫通して何処かへ飛び立っていった。

 

 

「おぉ、本当に効くんだ。 大久保財閥の化学力は世界一ぃぃ! みたいな感じね。」

 

「ご主人様! こっちも効果ありです!」

 

「よし、この調子でどんどん行くわよ!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私達はビルの中を駆けまわり、次から次へと霊達を駆逐していった。 霊達には悪いが、こっちも仕事なのだ!

 

 

「よーし、小物はこんなものかな。」

 

「……ご主人様も、やっぱり気づいていたのですね。」

 

「もちろんよ、この浮遊霊を引き寄せた邪気がある事くらいお見通しよ。」

 

 

 本来、浮遊霊はここまで一か所に留まったりはしないのだ。 こうなるには要因があって、例えば――強い悪霊に引っ張られている、とか。

 

 

「ご主人様も立派になって……菊梨は嬉しゅうございます。」

 

「いや、泣くほど喜ばなくても……」

 

「よよよ……」

 

 

 泣いている菊梨はひとまず放置し、元凶を絶つためには大久保先輩の協力が必要だ。

 

 

「大久保先輩、開発室の方を暫く人払いしてもらって大丈夫ですか?」

 

「勿論ですわ――至急手配します。」

 

 

 大久保先輩はシルバーのスマートフォンを取り出すと、何かしらの指示を伝え始める。 それは1分をせずに終わり、私達はすぐに開発室の中に案内された。

 

 

「一応、パソコンの方には触れないで下さいね。」

 

「わ、分かってるわよ! 物凄い興味はあるけど……」

 

 

 目の前には新作ゲームのデータがある、見らずにはいられないっ――というのが本音だが、今は我慢して仕事に集中する事にする。

 

 

「いたわね……妄執の塊みたいなやつ!」

 

 

 目を赤く光らせ、こちらを見やる黒い人型の何か……生前に強い思いを残して死んだ怨霊で間違いない。

 

 

 

”ォォオ!!”

 

 

「これでも――食らえ!」

 

 

 シュッっとひと吹き、さよなら悪霊でお部屋快適――とはならなかった。

 全く効果が無かったわけではないが、霊は健在である。 具体的には、霊が纏っていた真っ黒い妄執が吹き飛んだのだ。

 何故か霊は目を輝かせてこちらを見ている……まるで生まれ変わった自分を見てくれと言わんばかりだ。

 

 

「どうしてこうなった。」

 

「さ、さぁ……」

 

 

 私達二人の顔を見て、大久保先輩は首を傾げる事しか出来ていない。 それはそうだ、こんな綺麗な霊がいても先輩には見えないのだから。

 

 

”ありがとう! ありがとう! まるで生まれ変わったような晴れやかな気持ちです!”

 

「いや、生まれ変わったというか……死んでるんですけど。」

 

”どうしてもやり残したことがあり、ずっとこの会社に縛られていたのです……

 しかし、今はこんなにも身体が軽い!”

 

 

 霊は元気に開発室の中を飛び回る。

 いやぁ、この状況を先輩に見せてあげる術があったら欲しいわ……

 

 

”そうだ、私が視えるのでしたら最後の願いを聞いてくれませんか……?”

 

「……最後の願い?」

 

”はい、実は……”

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ご主人様ぁ~、例の物が届きましたよ!」

 

「――マジで!」

 

 

 除霊スプレーテスターから数日が立った。 私は報酬として少しばかりの恩賞と、新作ゲームのテスト版を受けとる事になった。

 私は意気揚々とソフトを受け取ると、自分の部屋に駆け込んでPCのディスクトレイにセットする。

 

 

「神よ、貴方の職人技を見せてもらいます!」

 

 

 この新作ゲームは、主人公の女の子を操作し襲ってくる霊をかいくぐって謎を解くホラーゲームらしい。 霊を退治するには、私達が前回使用した除霊スプレーを使うという設定らしい。 なんとも職業根性逞しい事だが、私の目的は違う……そう、死しても完成させたかったシステムを確認するためだ!

 

 

「キャラを高速でターンさせて……ぉぉ!」

 

 

 主人公の胸が揺れる! ターンする度に揺れる! 揺れるっ揺れるぞ!

 

 

「これがY(やわらか)O(おっぱい)M(モーション)か……」

 

「ご主人様鼻血が……」

 

「我が人生に、一遍の悔いなし……」

 

 

 これがあの霊が思い残して成仏出来なかった理由。 私は彼から最後のピースを受け取ってこのYOMを完成させたのだ……

 

 

「ご主人様! 天に召すのはまだ早いですよ!」

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「除霊スプレーの力恐るべし!」

「大久保財閥の化学力は世界一ぃぃ!」

「本当にあそこまでの効果があったのは驚きです。」

「私もびっくりよ、ただの気休め程度だと思ってたのに。」

「退魔士監修とおっしゃっていましたが、一体どこの一族が……」

「さてね、どうせ金に目のくらんだろくでもないとこでしょ。」

「それを言ったらご主人様も……」

「あー! あー! 聞こえませーん!」

「次回、第二十八話 宿命の決闘!雪VS鏡花!」

「え、先輩と決闘するの!?」

「デュエルスタンバイ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 宿命の決闘!雪VS鏡花!

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さん、よーこ先生ですよ~! 今回も、先生と楽しくお勉強しましょうね!」

「今回のお題はこれですよ!」


~式神伝ってどんなの?~


「はい、今回本編で登場するゲームの事前説明ですね!
 一応本編でも触れていますが、式神伝は、元々帝京歴770年にKONDAIから発売されたTCG(トレーディングカードゲーム)です! これが敷島 秋美先生のプロデビュー作品ですね。」

「帝京歴775年にアーケード版が登場して、一気に広まった感じですね。 帝京歴782年にAR版のロケテがあったらしいのですが、結局はVR版が採用となってアップデートされたそうですよ。 何か問題でもあったのでしょうかねぇ。」

「ゲームのルールとしては、相手のHPを0にすれば勝利! 実にシンプルですが……アクションゲームが得意でも、カードが得意なだけでも勝てないのです!」


「上手く立ち回りながら、魔源(マナ)ゲージを使ってカードを駆使する必要があるのですよ。 なかなか難しそうですねぇ……」

「ではでは、残りは本編でご堪能下さい! みなさん、あでぃおす!」


「今年は演劇をやるって本気なんですか!?」

 

「勿論本気だ。 去年同様、コピー誌の作成も並行してやってもらうがな。」

 

「確実に死屍累々な状況になるのは見えてるでしょう……」

 

 

 いつものように”黒猫”に集まっていた私達は、今年の学祭をどうするかの話し合いをしていた。

 ――そこで出て来た話が、まさかの演劇だったのだ。

 

 

「変化というものは大事だと思わないか? マンネリこそ悪! 常に新しい事に挑戦してこそ人は前に進む事が出来るのだ。」

 

「――大久保先輩は賛成なんですか?」

 

「私は衣装作りで楽しめるので賛成ですわ。」

 

「あぁ、やっぱりそうなるわけね……」

 

 

 やはりこうなるわけだ……こうなったら、相棒を引き入れて2:2の状態に持ち込むしかない!

 

 

(わたくし)は反対です!」

 

「なんだと……?」

 

 

 流石菊梨! 私が合図しなくても合わせてくれるなんて――流石良妻狐!

 

 

「愛らしいご主人様を大衆の前に晒すなんて、(わたくし)耐えられません!」

 

「理由はそこかい!?」

 

「当たり前でしょう!! あ、でも主役なご主人様も見てみたい気も……」

 

「あぁ、それなんだが……」

 

 

 羽間先輩は自らのトートーバッグから古びた本を一冊取り出した。

 

 

「なんですか、その古本。」

 

「留美子からの預かり物でな、この物語で是非劇をやって欲しいとお願いされたのだ。」

 

「えっ……それいつの話ですか!」

 

「お、落ち着け……3日程前の話だ。 暫く大学に出れないからお願いしたいと言ってな。」

 

「そっか、元気にしてるなら……」

 

 

 夏のコミマでの事件で怪我を負い、私の家で養生していたのだが……唐突に置手紙だけ残して失踪してしまった。 それ以降大学にも顔を出さないし、電話も繋がらずメールも返事が返ってこない……

 この前現れたのは偽物だったし、ずっと心配していたのだが……先輩と接触したのなら元気なのだろう。

 

 

「――留美子と会っていないのか?」

 

「あぁ、気にしないで下さい! 最近忙しそうだったから心配で!」

 

「そうか……というわけで、彼女からのお願いで演劇という話になったわけだ。

 それともう一つお願いがあってな、雪に主役を演じて欲しいそうだ。」

 

「わ、私に!?」

 

「いいですね、(わたくし)もそれなら賛成です!」

 

 

 まてまて、どうしてそんな流れになってるの!? 絶対おかしいでしょ!

 

 

「さて、多数決で1:4になったわけだ。」

 

「この圧倒的な戦力差……勝てるわけがない!」

 

「やはり、平和的に解決というわけにはいかないようだな……」

 

 

 羽間先輩は椅子から立ち上がると、私を指差して高らかに宣言をした……

 

 

「雪、演劇を賭けて私と決闘(デュエル)してもらう!」

 

「はぁ~!?」

 

 

―前回のあらすじ―

 大久保先輩からのお仕事で、新製品のテストに駆り出された私と菊梨だったが……そこで遭遇したのはなんとゲーム開発者の霊だった!

 彼を成仏されるため、とあるシステムを新作ゲームに搭載する事によって会社での霊障は無事収める事が出来たのであった。

 しかしあの開発者、どうやってあそこまで自然な胸揺れを生み出す事が出来たのか……そこだけは未だに謎である!

 

 

 

 

 

「はい、これを装着してね。」

 

 

 私は店長の田辺さんからヘッドマウントディスプレイを受け取った。 それをゆっくりと装着し、器具の電源をオンにする。

 何故、どうしてこんな事になってしまったのか……私には分かりません。 もし、貴方がこれを読んでいるのなら真実を……なんてふざけた事を考えている場合ではなかった。

 私に与えられた最後のチャンス、演劇を拒否したいなら私に勝てという羽間先輩の言葉だ。

 

 今から私達がやろうとしているのは、”式神伝”と呼ばれる対戦アクションゲームだ。

 式神伝は、元々帝京歴770年にKONDAIから発売されたTCG(トレーディングカードゲーム)で、その人気に火を点けたのはアーケード版の登場だ。

 今から3年前の大型アップデートでVR対応となり、更にはスマホ版との連動で集客に大成功している。

 もちろん、大久保財閥の傘下なので(以下略

 

 

「羽間先輩、私初心者なんで手加減してくださいね。」

 

「バカ者! 勝負に初心者も熟練者も関係あるか!」

 

 

 だめだ、この人本気で潰しに来てるぞ……しかも私の編成は、基本的に見た目で選んだ趣味丸出しの組み合わせでそこまで強いわけじゃない。

 映し出されている風景が、黒猫から森の中へと変化する。 森林ステージは白虎族にステータスボーナスが入るんだっけか……

 

 

「出でよ、我が式神達!」

 

「式神、降神!」

 

 

 まずは自分が操作する3体の式神を召喚する。 彼らはHPを共有し、戦闘中好きなタイミングで入れ替わる事が出来るのだ。

 

 

「青竜・嵐春(らんしゅん)! 青竜・陽炎(かげろう)! 青竜・浪花(ろうか)!」

 

「玄武・氷冬(ひょうとう)! 玄武・灯火(とうか)! 玄武・清花(せいか)!」

 

 

 ――互いに3体の式神が姿を現す。

 嵐春と陽炎はディフェンダー、浪花はソーサラーに分類される式神だ。 式神の種類は、アタッカー、ディフェンダー、ソーサラー、ヒーラーの4種類に分かれており、それぞれ得意不得意が決まっている。

 アタッカーはディフェンダーに弱く、ディフェンダーはソーサラーに弱い、そしてソーサラーはアタッカーに弱いという三すくみだ。 ヒーラーは特殊で、弱点は無いが攻撃に乏しい性質を持っているが、唯一HPを回復する手段を持っているのだ。

 ちなみに、氷冬がヒーラー、灯火がアタッカー、清花がソーサラーだ。

 

 

「青竜対玄武の戦いというわけか!」

 

「羽間先輩、どうしてディフェンダーを2体積んできてるんです?」

 

「それすら分からないとは……これは私の勝ちで決まりだな。」

 

 

 セオリーなら、3体の式神の種類は別々にするのだが……何か意図があるという事なのだろう。 正直、私には知らない事が多すぎる。

 

 

「とりあえず……やるしかないか!」

 

『決闘開始!』

 

 

 ――開始宣言と共に動き出したのは、羽間先輩の嵐春だった。

 

 

「私は武具カード、ホーリーランスを嵐春に装備させる!」

 

 

 嵐春は槍を構え、青いポニーテールを揺らしながらこちらに飛び掛かって来た。 しかし、それくらいは私も予測の範囲内だ。

 

 

「なら私は――術カード、ブリザードを発動! 相手にダメージを与えて、一定時間攻撃力ダウン状態にする!」

 

 

 相手が間合いに入る前に即座に術カードを発動する。 更にソーサラーである清花の攻撃は、弱点扱いとなりダメージは1.5倍だ!

 

 

「だから甘いのだ――武具カードに魔源(マナ)消費が発生しないのを忘れているぞ!

 術カード、ペネトレートを発動! これは相手にダメージを与えて術カードを一度だけ無効にする!」

 

「ちょっと、そんなのありなわけ!」

 

 

 私は慌てて相手の攻撃をガードさせるが、予想以上のダメージを受けてしまう。 ディフェンダーからの攻撃に耐性を持っているのに何故……

 

 

「このペネトレートはな、有利不利攻撃を無視したダメージを与える事が出来るのだ!」

 

「せこすぎなんですけど!?」

 

 

 そのまま畳み込むように槍での連撃を繰り返してくる。 ダメージは少ないといえ、ガードし続けても私が勝てる見込みはない。

 しかし、こっちにもメリットはある……ダメージを連続で食らうと魔源(マナ)ゲージが早く溜まるのだ!

 

 

「キャラチェンジ氷冬! からの――術カード、誘惑の瞳を発動!」

 

「何ッ、動けないだと!?」

 

 

 槍を振るっていた嵐春の動きがピタリと止まる。 誘惑の瞳は、女性キャラ、又は氷冬のみが発動出来る術で、一定時間相手の動きを止める事が出来るのだ!

 

 

「そして、キャラチェンジ清花! 術カード、氷の息吹を発動! 相手を凍結状態にし、一定時間防御ダウンとガード不可状態にする!」

 

 

 全ての条件は揃った! このままフルコンボを受けてもらうっ!

 氷の刃で敵を引っ張り、そのまま相手を空中に打ち上げて――切り刻む! 動けないうえに防御ダウン状態という悪魔のコンボである!

 

 

「よし、これで1/3まではHPを削れた!」

 

「ビギナーズラックでいいカードを引けたようだな……しかし、これで終わりにさせてもらう!」

 

「そう簡単に……」

 

「キャラチェンジ陽炎! 武具カード、魔槍ゲイボルグを装備させ――宝具カード、兄妹(きょうだい)の共闘を発動! このカードは陽炎と嵐春を編成している時のみ発動出来、相手を強制的にアタッカー属性にして攻撃する事が出来る!」

 

 

 ――専用の宝具カードで属性変更!? そのために同じディフェンダーで編成していたのだ!

 

 

「勿論知っているだろうな、宝具カードの共通効果を?」

 

「全ての魔源(マナ)ゲージを消費する代わりに、相手に大きなダメージを与える……」

 

「その通り! しかも相性効果で1.5倍のダメージだ!」

 

 

 まずい、清花の防御力では即死してしまうレベルだ!

 

 

「キャラクターチェンジ氷冬! 更に術カード、乙女の祈りを発動! 自身の防御力をアップし、HPを回復する! このカードはヒーラーにしか扱う事は出来ない。」

 

「生意気な抵抗だな雪っ!?」

 

 

 二本の槍の攻撃に、氷冬の身体が宙を舞う……自身のHPを確認すると、あと数ミリという所でぎりぎり踏ん張っていた。

 

 

「彼女――勝ったね。」

 

 

 二人の戦いを観戦していた青年が、そう口走る。

 

 

「おや、慶介君来てたんだね。」

 

「たまに顔を出さないと、店長も寂しがるでしょ」

 

「生意気な事を言うようになったねぇ。」

 

 

 店長はニヤリと笑うと、青年も笑い返した。

 

 

「さあ、決着がつくよ。」

 

 

 このタイミングで、アレが引ければ……

 式神伝のカードドローは、一定時間毎に手札5枚になるよう自動で行われる。  今私の手札は4枚、引ける確率はかなり低い……

 

 

「私は――カードを信じる!」

 

「さあ、止めだ! 術カード、ゼクスシュツルムを発動!」

 

「……無駄よ!」

 

「何っ!?」

 

「宝具カード、受け継がれし力を発動!! このカードは編成に氷冬と清花がいる場合のみ使用可能!  この決闘中の間、清花にチェンジ出来なくなる代わりに氷冬を強化し、ヒーラー特性を持ったソーサラーとして扱う!!」

 

 

 そう、私が唯一持っている宝具カードで、この場を逆転出来る最後の希望だ!

 

 

「初心者がなんで宝具カードなんて持っている!? ランク的に入手方法は……」

 

「そう、私はこのカードを手に入れるためにリセマラしていたのよ!!」

 

「な、なんという執念!!」

 

「さあ、これで止めよ!!」

 

 

 宝具カードの攻撃は絶対回避不可能であり、ガードでダメージを防ぐ事も出来ない。 更にはソーサラーが付加されて相性ダメージボーナスで1.5倍になる!

 陽炎は氷冬の魔法を受け、派手に吹き飛んでいく。 いくつもの木々を倒しながら吹き飛んでいき、やがてぐったりと地面に横たわった。

 

 

”勝利!”

 

 

 ディスプレイには、そう大きく文字が表示されていた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「いやぁ、なんとかなるもんね!」

 

「初心者に負けるとは……不覚。」

 

「流石に私を舐めすぎでしょ! これでもやる時はやるんです!」

 

「まさか宝具カードまで持っているとは思っていなくてな……それでも勝ちは勝ちだ、選択権は君に委ねるよ。」

 

 

 ――実は私の気持ちは決まっていた。 別にこんな勝負をする必要は無かったけど、これはこれで面白かったからいいかなとは思う。

 だから私は、高らかにこう宣言する……

 

 

「演劇――やろっか!」

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ慶介、ちょっと血が騒いだんじゃない?」

 

「うるさいな、僕だって一人のプレイヤーなんだぞ。」

 

 

 先程の青年――慶介はコスプレの少女と並んで町を歩いていた。

 

 

「昔は慶介も弱っちかったもんね!」

 

「燐、お前はいつも一言多いぞ!」

 

「そんなに気にしないでよ~」

 

「全く、いつも調子がいいなお前は……」

 

 

 青年は思う、いつか彼女と戦う日が来るのではと……

 

 

「今から楽しみだ。」

 

 

 青年は少女と共に歩いていく――いつか運命が交わる日を信じて。




―次回予告―

「さあ、時は来た……僕が待ち望んだこの戦い!」

「やはり、貴方は……」

「来いよ狐もどき!」

「この姿の時は――少々荒っぽいぞ!」

「次回、第二十九話 最凶の鬼、鬼神 酒呑の恐怖!」

「今、二つの強大な力がぶつかり合う……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 最凶の鬼、鬼神 酒呑の恐怖!

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さん、よーこ先生ですよ~! 今回も、先生と楽しくお勉強しましょうね!」

「今回のお題はこれですよ!」


~留美子ちゃんはどこにいるの?~


「う~ん、これは答えられる範囲で答えさせて頂きますね。 正直、私(わたくし)にも詳しくは分からないのです。」

「一応、夏のコミマ事件の後は私達と一緒に家で療養生活を送っていました。 ただ、ある日突然置手紙を残して消えてしまったのです。」

「心配ないから探さないでとの内容だったのですが、裏で色々と動いているようですね。」

「ご主人様の話ですと、そっくりなロボットまで出てきて何やら面倒事に巻き込まれていそうですね……彼女が無事戻るように皆さまも祈っていて下さい!」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


 弱肉強食、それはこの世の摂理だ。 弱い者は淘汰され、強い物が生き残る……だから父親が死んだのも仕方ないと思っていた。

 父親はかつて酒呑童子として世界中にその名をうたわれた大妖怪であった。 自らの欲を満たすだけに戦い、あらゆる敵を討ち滅ぼしてきた。 僕はそんな父親に憧れ、いつか超える壁として見据えていたのだ。

 

 しかし、父は殺されたのだ! あの二匹の狐もどきの手で!

 

 

「僕がこの手で倒すつもりだった……それを,あの二匹が横取りしたんだ。」

 

「ほぅ、小僧もなかなか大変だったのね。」

 

「だが、今日でそれも終わる……一匹足りないが、あの狐もどきを倒して僕が最強の妖怪として君臨する!」

 

「分かってると思うけど――」

 

「あぁ、例の女は君の物だよ。」

 

「分かってるなら、あとは好きにしなさいな。」

 

 

 あぁ、もうすぐだ……この手で奴を――

 

 

「ふふっ……あーっはっはっは!」

 

 

―前回のあらすじ―

 学祭での演劇を賭けて、私と羽間先輩の激しい戦いが繰り広げられた。 しかし! 勝利をもぎ取ったのはこの私、坂本 雪である! 初心者だからって舐めるからこうなるのよ!

 まぁ、私が勝利したわけだけど――演劇はやる事に決定した。 ちょっとドキドキだけど、なんとか主役を演じきってみせる!

 

 

 

 

 

「天岩戸神話ねぇ……私、神話って詳しくないんだけど菊梨は知ってる?」

 

(わたくし)も基礎的な物だけですが、ある程度なら。」

 

 

 留美子の持ち込んだ脚本は、天岩戸(あまのいわと)神話を元にしたお話だった。 何故彼女がこの話を選んだのか、その意図を知るためにもある程度の知識は必要になるだろう。

 

 

「それでもいいから教えて。」

 

「えっとですね……確か、天照(あまてらす)という偉い神様が雑務に追われたノイローゼで天岩戸という洞窟に引き籠ってしまい、世界中が太陽の登らない暗黒の世界になってしまったそうで。

このままではまずいと、その神様をなんとか外に出させようと頑張るお話でしたかね。」

 

「なんか……現代社会に通じるものがあるわね。」

 

「あぁ成程……留美子ちゃんがこのお話を選んだ理由が分かったかもしれません。」

 

「どういう事?」

 

「このお話に天宇受賣命(あめのうずめ)という神様が出てくるのですが、猿女の一族はその神様の子孫って言われてるんです。」

 

 

 それに天照(あまてらす)という名前……そこにも何かしらの思いがあるだろう。 大事な人と同じ名前、本当のあまてるちゃん。 なら、私は……彼女の代わりなのだろうか。

 

 

「ご主人様聞いてます?」

 

「ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ。 ありがとね菊梨。」

 

 

 マイナス思考になっちゃだめだ。 きっとこの演劇には留美子のメッセージがあるはずなんだ。 私と会えない状況で唯一伝えられる方法だと信じて……

 

 

「――一緒に晩御飯の買い出しに行きます?」

 

「そうね……私、ハンバーグが食べたいなぁ!」

 

「では卵も乗せちゃいましょうか!」

 

 

 これ以上菊梨に心配もかけたくないしね。 私だけが急いでも仕方が無い。

 私は外に出かける身支度を整えて玄関に向かう。 最近は暑さもだいぶ落ち着いて来た。

 

 

「なんだか、こうやって出かけるのって久しぶりじゃない?」

 

「そうですねぇ、最近は色々な行事で忙しかったですし。 私も用事があって学校に行かなかった事も多々ありましたからね。」

 

「また三人で、こうやって楽しくしたいね。」

 

「いつかまた、その日は来ますよ。」

 

 

 頭では分かっていても、どうして自分で地雷を踏みに行ってしまう。 ほんと、自分でも嫌になる……

 

 

「ねぇ……菊梨はいなくなったりしないよね。」

 

「当然ですよ! なんと言ってもご主人様の妻なのですからね!」

 

「ふふっ、そうだったね。」

 

 

 ――悪寒が走ったのは一瞬だった。

 

 

「ご主人様下がって!」

 

「えっ?」

 

 

 それと同時に私は菊梨に突き飛ばされた。 追い打ちのように吹き荒れた突風が私の身体を塀まで吹き飛ばした。 

 

 

「見つけたぞ狐もどき!」

 

「貴方はコミマの時の鬼!?」

 

 

 鬼の拳を受け、菊梨の足元のコンクリートが沈む。 敵の力がどれだけ強大かを物語っている。

 

 

「鬼……」

 

「まさか、ご主人様を狙って来たのですか!?」

 

「残念ながら不正解だよ。 まぁ、僕の目的を達したら主の元に連れて帰るけどね!」

 

 

 再び目に見えぬ速度で拳を振り下ろす。 菊梨は当然のようにその拳の雨を受け流す……それも、私の方に被害がいかないように向きを調整しながらだ。

 

 

「そうはさせません! 前回のようにはいきませんよ!」

 

「そうでないと困るんだよ!」

 

 

 鬼は回し蹴りを放つが、菊梨はその足を踏み台にして軽くジャンプし、相手の頭を蹴飛ばす。 この攻撃には鬼も反応出来ずに地面を情けなく転げ回る。

 

 

「単調な攻撃です。まだまだ青いですよ。」

 

「くそっ、調子に乗るな!」

 

 

 鬼は立ち上がり何度も拳を繰り出す――菊梨はまるで子供の相手をするかのように片手でその拳を受け止め始めた。

 

 

「何故だ!? 以前はこれほどまで差は無かったはずだ!」

 

「あの時はご主人様を守りながらでしたからね。 貴方一人に集中出来るなら――」

 

「――ぐはっ!」

 

 

 菊梨の右拳が相手の溝内に決まる……鬼は吐瀉物(としゃぶつ)をまき散らしながら地面に蹲った。

 

 

「大人しく帰りなさい。 そうすれば命までは取りません。」

 

「僕は……僕はっ!」

 

 

 勝敗は決定的だった。 あの鬼相手にこの圧倒的までな力の差……改めて菊梨が凄い妖怪だと実感する。 今日ほど味方で良かったと思った日はない。

 

 

「菊梨、何か様子がおかしい!」

 

「僕は酒呑だ! 父、酒呑童子を越える……鬼神酒呑なんだぁぁぁ!!」

 

「酒呑童子……!?」

 

 

 私にも分かる、鬼の妖力がどんどん膨れ上がっているのを。 それに合わせて姿も禍々しいものへと変化していく。 美少年の顔は鬼らしい醜悪な顔に、身長は3メートル程まで伸び、手足には鋭い爪を備えていた。 それは正に、鬼と呼ぶべき姿だった。

 

 

「ふふっ、そうだ……これが僕本来の力だ!」

 

「まさか……酒呑童子の子供だったとは。」

 

「菊梨、知ってるの?」

 

(わたくし)が昔退治した妖怪です。 それで(わたくし)を……」

 

 

 鬼は笑っていた。 それは歓喜の笑顔か、それともこれから行われる宴への期待か……どちらにしろ、私達には非常に危険な状況だ。

 

 

「さあ、時は来た……僕が待ち望んだこの戦い!」

 

「やはり、貴方は……」

 

「来いよ狐もどき!」

 

「ご主人様、こうなった以上は(わたくし)も本気で相手をしなければなりません。 出来る限り離れていてくださいね。」

 

「どういう事よ!?」

 

「この姿になると、(わたくし)も感情の制御が出来ませんので。 ご主人様に何かある前に早く!」

 

 

 菊梨の妖力が高まっていく――それは今まで感じた事が無い程強大で、恐ろしくもある力だ。

 尾が3本に分かれ、瞳は青く光り輝く。 着物の裾は邪魔にならないように膝上まで破かれた。

 

 

「それが父を討ち取った力か!」

 

「この姿の時は――少々荒っぽいぞ!」

 

 

 菊梨は大きく踏み出し、酒呑へと向かっていく――

 今、二つの強大な力がぶつかり合う……

 

 

―to be continued―




―次回予告―

「鬼と妖狐、二大妖怪対決の火蓋が切って落とされた! 果たして死闘の果てにどちらが勝利を掴むのか!?」

「私達人間には踏み込めない領域。」

「ほんとよね……って留美子!?」

「あまてるちゃん、大事なお願いがあるの。」

「久々に出てきて急に何よ!?」

「私と、結婚して。」

「ちょっ、次回予告でなんて事言い出すのよ!」

「冗談。」

「そそそ、そうよね! 冗談だよねぇ!?」

「次回、第三十話 発動、大封印!」

「次回もお楽しみに!」

「お願いしたいのは別の事。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 発動、大封印!

「それが父を討ち取った力か!」

 

「この姿の時は――少々荒っぽいぞ!」

 

 

 菊梨は大きく踏み出し、酒呑へと向かっていく――

 

 今、二つの強大な力がぶつかり合う……

 

 

―前回のあらすじ―

 三妖の一人である酒呑の襲撃を受けた私と菊梨。 以前のように防戦一方の展開になると思いきや、菊梨が酒呑を圧倒するのであった。

 しかし、急に力を増した酒呑――それに対抗するために妖狐としての力を解放した菊梨。 圧倒的な力を持つ妖怪同士の戦いが、今始まろうとしていた!

 

 

 

 

 

 一気に酒呑との距離を詰めた菊梨は、相手の腹部目掛けて左の拳を繰り出す。

 

 

「ふむ――無駄に硬いな。」

 

「無駄ぁぁぁ!」

 

 

 腹部に拳を叩き込まれた酒呑は、まるで効いていないかのような顔をしている。 そのまま菊梨の腕を掴み、ぶんぶんと2、3度振り回してから地面に叩きつけた。

 

 

「菊梨っ!」

 

「――全く、乱暴な奴だな。」

 

 

 破片を払いながら何も無かったように菊梨が立ち上がる。 しかし、掴まれていた左腕はあらぬ方向に折れ曲がってる。

 

 

「その腕大丈夫なの!?」

 

「あぁこれか?」

 

 

 ぶらぶらと笑顔で折れた腕を振り回すが、本人は全く痛みを感じていない様子だった。 こう言ってしまうとアレだが、正直まともだとは思えない。

 

 

「ほい――っと。」

 

 

 さも当然のように折れた腕を再生する。 調子を確認するように、握ったり開いたりを繰り返す。

 

 

「流石に素手で戦うのは無理だな。 久々にアレを使うか……」

 

 

 菊梨の右手に妖力が集まっていくのを感じる――私はその現象をよく知っている。 そう、私がいつも使うアレと同じ物だ。

 危険性を感じ取った酒呑は、慌てて菊梨に向かって拳を振り下ろす……

 

 

「丁度いい機会だ。 ご主人、よく見ているがいい――霊剣の使い方をな。」

 

「グガァァァ!!」

 

 

 菊梨が軽く右手を振ると、それと同時に酒呑の拳が停止した。 私にはその原因が見えている……その理由を酒呑は身を以て知る事になる。

 飛び散る血飛沫と何か大きな物が落ちる落下音――それは酒呑の左腕である。

 

 

「これで先程の返礼はしたぞ。」

 

 

 菊梨の右手に握られていたのは刀だった。 私や留美子のように光の剣などではない、実体のある刀なのだ。 それを霊剣と呼んでいいのか私には正直分からない……

 

 

「研ぎ澄まされた力によって形成された霊剣は実体の武具となる。 私の霊剣――狐影丸(こえいまる)はあらゆる妖怪を断つ事が出来る。」

 

「すごい……」

 

「マダダァ!」

 

 

 それでも尚、酒呑は闘志を失わずに菊梨に向かっていく。 しかし、その力は思っていた以上の差であり、最早酒呑に勝ち目はなかった……

 

 

「――哀れだな。」

 

 

 私にはただ酒呑が菊梨の横を素通りしていったようにしか見えなかった――その太刀筋が早すぎて見切れないのだ。

 刹那――手足を失った酒呑が地べたに転がっていた。

 

 

「はっきり言おう、お前は父親より弱かったぞ。」

 

「クソォォォォ!!」

 

 

 鬼が吠える。 自らの弱さを、嘆きを、全てを内包した慟哭。 敵とはいえ、その姿はあまりにも哀れであった。 全く歯が立たず、玩具のように扱われ芋虫のように地べたを這わされているのだ。

 

 

「これで終いに――」

 

 

 ――その瞬間だった。 今にも振り下ろされそうになったいった狐影丸が光の粒子となって霧散したのだ。 それと同時に菊梨の姿がいつもと同じ姿に戻る。

 

 

「菊梨の姿が元に戻ってる?」

 

「そんな、まだ時間切れになるはずが……」

 

 

 いや、普段と同じというには語弊がある。 正確には、普段の姿なのだが極端にその妖力が落ちているのだ。

 

 

「菊梨離れて!」

 

「……っ!?」

 

 

 これを好機と見た酒呑は、物凄い勢いで飛び掛かって菊梨の首筋に噛みついた。

 

 

「こいつ、まだ動けるの!」

 

 

 菊梨は必死に引き剥がそうとするが、体に力が入らないらしく抵抗らしい抵抗を出来ずにいた。

 私は慌てて両手に霊剣(はりせん)を形成し、思いっきり酒呑の頭へと叩き込む。

 

 

「そんなボロボロでまだやろうってわけ?」

 

 

 菊梨から多少妖力を吸収したおかげか、酒呑はパワーアップする前の姿までは再生していた。 あの形態でも私に勝ち目は無いが、ボロボロの状態ならまだ勝機はあるかもしれない。

 

 

「ご主人様下がって、私がなんとか……」

 

「大丈夫、菊梨は休んでて!」

 

 

 彼女にこれ以上無理はさせられない! もう立つ事さえままならない状態の菊梨を戦わせるなんてありえない!

 とは言うものの、どうやって倒せばいいのか見当もつかない。 こんな時――

 

 

「呼んだ?」

 

 

 ――2発の銃声が響く。 間違いない、これは霊銃(レイガン)だ!

 

 

「留美子!」

 

「ごめん、遅くなった。」

 

 

 巫女装束を纏い颯爽と現れた留美子は、手にし勾玉を砕いて簡易的な神域(かむかい)を形成する。 その中に閉じ込められた酒呑は身動きが取れなくなる。

 

 

「これで時間は稼げる。」

 

「留美子、今までどこに行ってたのよ!」

 

「その質問に答える前に、あまてるちゃんにはやって貰いたい事がある。」

 

「やって貰いたい事って……何さ?」

 

「――大封印。」

 

 

 その言葉を聞いて菊梨の顔が青ざめる。

 

 

「留美子ちゃん、それを使う意味を分かっているのですか?」

 

「勿論。 でも、現状を打破するには必要不可欠。」

 

「待って!? その大封印って何がどうなるわけ?」

 

「あの鬼を封印するための術。 今はそれしかない。」

 

 

 菊梨は何かを察したように留美子を一瞥すると、それ以上はもう何も言わなかった。

 訳の分からない私は、その作戦を否定する答えを持ち合わせてはおらず、黙って留美子に従うしかなかった。

 

 

「手を……」

 

「うん。」

 

 

 私は差し出された留美子の手を強く握る。 久々に触れた彼女は、とても暖かかった……

 

 

「その術は――やめろ!?」

 

 

 酒呑は必死に抵抗するが、簡易神域の中でもがくだけで脱出する事は出来ない。

 

 

「目を瞑って、六芒星の陣をイメージして。」

 

「わかった……」

 

「イメージ出来たら、力をあの鬼の足元に収束させる。」

 

 

 手のひらを伝って留美子から私に何かが流れ込んでくる。 それはとても暖かな光のようなもので、流れ込んだ私の身体を満たしていく。

 

 

「怖がらないで、私を受け入れて。」

 

「留美子……」

 

 

 大丈夫、怖くなんてないよ。 だって私は――ずっと貴女を信じているのだから。

 

 

「僕は、もう二度と封印なんてされたくないんだぁぁぁぁ!!」

 

『大封印!』

 

 

 収束させた力を一気に解き放つ……イメージした六芒星の陣が酒呑の足元に現れて、その身体を少しずつ飲み込んでいく。

 

 

「いやだ、いやだぁぁ!!」

 

「未来永劫、後悔しながら過ごしなさい!」

 

「助けて、助けてよ父さん!?」

 

 

 やがて酒呑の身体は、完全に飲み込まれて消滅した――

 

 

「勝った……の?」

 

「うん、あまてるちゃんの勝ちだよ。」

 

「あは、あはは……」

 

 

 一気に力が抜けて、私はその場にペタリと座り込んでしまった。 今更死への恐怖が全身を駆け巡り、涙が瞳から溢れ出た。

 そんな私をなだめるように、留美子は優しく私の身体を抱いて背中を擦ってくれた。

 

 

「心配かけて……ごめん。」

 

「本当にその通りよ……ばか留美子。」

 

「あまてるちゃん、ごめんなさい……」

 

 

 少女達が抱き合う中、空に輝く星が一つ――その輝きを失った。

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「これでやっと3人揃ったわね!」

「ご迷惑お掛けしました。」

「よし、罰として我が家で毎日皿洗いをする事!」

「そのくらいは朝飯前。 罰じゃなくてもいくらでもやる。」

「あれ、これもしかして罰になってない?」

「次回は、しばらく出番の無かった私がメインの話。」

「次回、第三十一話 留美子のスカウト奮闘記」

「次回もお楽しみに。」

「スカウトって……貴女何やってたわけ?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 留美子のスカウト奮闘記

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さん、よーこ先生ですよ~! 今回も、先生と楽しくお勉強しましょうね!」

「今回のお題はこれですよ!」


~羽川一族って何者なの?~


「はーい、first lineのメインヒロイン、羽川翔子ちゃんについてのお話になりますね。」

「そもそも羽川家は、秋奈町に孤児院を経営しているのです。 実は翔子ちゃんって孤児なのですよ。」

「なので翔子ちゃんが妖怪を見る事が出来る力があるのは謎なんですねぇ。 もしかしたら、両親のどちらかが退魔士の血が流れていたのかもしれませんね。」

「どうやらご主人様のおばちゃんである、坂本 妙さんとも交流があったようですね。 今の家を建築する際に、神域を組み込む事を依頼していたようです。 うーん、謎が謎を呼びますね。」

「娘の秋子ちゃんにもその力はばっちり受け継がれてるようですが……彼女の強さって明らかにそれだけじゃないですよね?」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


「ちょっと、あの坊や――やられちゃったみたいよ。」

 

「……」

 

「ちょっと、聞いてるの玄徳?」

 

「予定通りだ。」

 

 

 そう言うと、玄徳は大封印の光に背を向けて歩いて行く。

 

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 

 薫も慌てて後を追うが、玄徳がその歩幅を緩める事はなかった。 その間、罵倒を浴びせ続けるが玄徳は顔色一つ変えなかった。

 

 

「全てお告げの通りか……」

 

 

 彼が唯一紡いだ言葉は、自身に言い聞かせるような小さな呟きだった。

 

 

―前回のあらすじ―

 ついに、菊梨の怒りが限界を超えた……! その姿は、正にスーパー菊梨と呼ぶべき圧倒的な存在感であった! 彼女の圧倒的なパワー! それこそ妖怪が持つ絶対的な破壊の力! そう、彼女こそ――破壊の女神なのだ!

 その力の前には、真の力を解放した酒呑も赤子同然! しかしっ! 止めを刺す前にまさかの時間切れに!? そこは主人公である私が、なんとかするという王道展開によって戦いに幕が閉じるのであった。

 ご主人様、なんか(わたくし)の説明がおかしくありませんか……?

 

 

 

 

 

 私は今、とある場所へとやって来ていた。 そこは以前に、あまてるちゃんと共にやって来た羽川 翔子の家である。

 何故私がここにいるのか、それを今から語ろうと思う。 あまてるちゃんの家を抜け出してから今日までの物語を……

 

 

「……」

 

 

 呼び鈴を押して数十秒、全く人が出てくる気配がない。 私はもう一度呼び鈴を押してみるが、やはり反応がなかった。

 しかし引き下がるわけにもいかないので、私は呼び鈴を連打する作戦へと変更した。

 

 

「うっさいわボケっ!」

 

「やっと出て来た。」

 

 

 玄関から飛び出してきたのは羽川 翔子の娘、秋子だ。 彼女こそが私の目的である。

 

 

「アンタ、その右腕どうしたわけ?」

 

「妖怪にやられた。」

 

「――妖怪と戦ってるって本気(マジ)で言ってたのか。 で、何用でここに来たわけ? 正直、お母さんが疲れて寝てるから帰って欲しいんだけど。」

 

「前にも言った、貴女を勧誘しに来た。」

 

 

 大きな音を立てて玄関の扉が閉じられた――今日はダメそうなので明日にしよう。

 

 

「アンタ、また来たわけ?」

 

「まずは話を聞いて。」

 

 

 次の日、再び私は羽川家を訪れていた。 秋子は相変わらず私を警戒している様子だが、これは彼女にしか頼めない事なのだ。

 

 

「話は聞いてもいいけど、それにイエスと答える確率は0に近いから。」

 

「それでもいい。」

 

「仕方ないな、中入りなさいよ。」

 

 

 やっと家の中へと通される。 何故強硬手段で潜入しないのかというと、この家には強力な神域が張られており、私でもそれを突破するのは不可能だからだ。

 そして恐らく、この神域を作ったのは、あまてるちゃんのおばちゃん――坂本 妙であるだろうと予想している。 なんというか、製作者の癖のようなものが現れているのだ。 それに、翔子と妙が接点があった事も調べがついている。

 

 

「じゃ、聞かせてもらおっか。 勧誘話ってやつを。」

 

「長くなるよ。」

 

 

 座布団に正座で座り、私は大きく深呼吸をした。

 

 

「まず最初に言うけど、この勧誘は組織へのじゃない。 私個人からのお願い。」

 

「へぇ、そうなんだ。」

 

「そもそも、私は組織を裏切ろうとしてるからね。」

 

 

 秋子は盛大にオレンジジュースを噴出した。 思いっきり私の顔に吹きかけられたので、テーブルに置いてあったおしぼりで顔をふき取った。

 

 

「いや、それテーブル雑巾……って流石に今のは冗談だよね?」

 

「もちろん本気。」

 

「そういうのって外部に漏らしていいわけ? ほら、私が情報漏らしたりなんて事考えないの?」

 

「それは絶対にない。 信じてるから。」

 

 

 秋子は呆れたと言わんばかりに頭を抱えたが、私は気にせず言葉を続ける。

 

 

「直球で言う、私の仲間になって欲しい。」

 

「ぷっ……ただの女子高生を仲間に? それで組織に反抗して戦うっていうの? ――流石に笑えない。」

 

「貴女は自分の潜在能力を理解してない。 鍛え方次第では私よりも強くなれる。」

 

「ふーん、じゃあアンタが私を鍛えてくれるわけか。」

 

「勿論。 ただしそれは仲間になるって条件を飲んだ場合。」

 

「……もう少し考えさせて。」

 

 

 その日はこれで引き下がった。

 それ以降、私は毎日羽川家に足を運んだ。 雨の日も風の日も、彼女が首を縦に振るまで何度も何度も……

 周りからは無駄な行為に見えるかもしれない。 それでも、私の希望は彼女にしか無いのだ。 私があまてるちゃんを通して視てしまった未来、それを変えるためには彼女の力が絶対に必要なのだ。

 

 

「アンタもしつこいわね、どうしてそこまでするわけ?」

 

「助けたい人がいるから。」

 

「――恋人とか?」

 

「もっと大事で、愛おしい人……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 ――沈黙が場を支配する。 その静寂は、時間が止まってしまったかのように錯覚させる程だった。

 

 

「あぁ、もう! 分かったわよ!」

 

 

 ついに彼女が折れた。 私の根気勝ちというべきか? 流石に2週間もぶっ続けに来られては諦めるしかなかっただろうが。

 

 

「交渉成立。」

 

「どこが交渉なのさ! アンタしつこすぎるのよ!」

 

「これも交渉術の一種。」

 

「怖いわぁ……」

 

 

 それからはひたすら彼女に稽古を付け続けた。 私の見立て通り、彼女は驚くべき速度でその才能を開花させた。 組織のデータベースにも載っていなかったその力の強さ、切り札とするにはベストな存在である。 あとは……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「よしっ、私の勝ち!」

 

「――完敗。」

 

 

 ついに私は彼女に敗北した。 模擬戦とはいえ私も本気でやっていた。 それ程彼女の成長は恐ろしいのだ。

 

 

「どうよ師匠? これなら組織の奴らも返り討ちに出来るね!」

 

「油断は禁物、組織には私より強い退魔士はいっぱいいる。」

 

「分かってるって! 一緒なら絶対勝てる!」

 

「……そうね。」

 

 

 彼女の仕上げはなんとか間に合った。 後は……

 

 

「今日はここまで。 続きはまた明日で。」

 

「うん、またね師匠!」

 

 

 待ってて、あまてるちゃん――必ず私が運命を変えてみせるから。

 私は拳を握りしめて自分に誓った。 少し怖いけれど、あまてるちゃんのためならなんでもすると決めたから……

 

 そして今、私はあまてるちゃんと共に大妖怪である鬼神 酒呑の封印に成功したのだ。 例えそれが大きな代償を支払うものだったとしても……後悔なんて微塵もない。 今はただ、あまてるちゃんの温もりを感じていたい。

 

 私の顔を見てあまてるちゃんが心配そうに語りかけてくる。 私はいつものように、なんでもないと言って顔を赤らめながら首を横に振る。 こんなさりげないやり取りが、私の決心を鈍らせようとしてくる。

 しかし、この感情に流されてはいけない。 本当に彼女を愛しているならば、私は心を鬼にして耐えなければならないのだ。 決心が鈍らないように、心を凍らせて――

 

 

「おかえり、留美子。」

 

 

 それでも彼女は優しくて、抑えていた感情が溢れ出てくる。 私の心の氷を溶かして、優しく包み込んでくるのだ。

 でも、それではダメなのだ! それでは同じ結末を迎えてしまう――最悪の未来に繋がってしまう!

 

 

「あまてるちゃん……」

 

「ほんと、心配ばっかりかけるんだから!」

 

「――ごめんなさい。」

 

 

 でも、でもっ……!

 感情が体内で渦巻き、頭の中がぐるぐると回っている。 答えは分かっているのに、彼女の全てが私を惑わしてくる。 決心を揺らがせる……

 

 

「さあ、帰ってご飯にしよ?」

 

「……」

 

 

 私は――頷いてしまった。 また、彼女の優しさに甘えてしまった。 まだもう少しならと、そんな甘えが判断を鈍らせてしまった。

 

 どうせ、迎える結末は同じだというのに……

 

 

「ごめんね、あまてるちゃん。」

 

「いい加減謝り過ぎ。 私はいつもの留美子でいてくれる方が好きよ。」

 

「――わかった。」

 

 

 星空の下、三人で仲良く手を繋いで歩く帰り道。 こんな当たり前の日常を、私達はずっと求めていたのかもしれない。

 それは私の叶わない願い、望んではいけない未来。 でも今は、少しの間でいいから――この幸せを噛みしめていたかった。

 

 遠くない未来に訪れる、その日まで……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「あの鬼小僧、ほ~んと使えないわね。 もっと役に立つかと思ってたのに。」

 

 

 一人の少女は、キャンパスと対面しながらそんな事を口走った。 表情は明らかに不機嫌であり、まるで玩具を壊してしまって機嫌を損ねたかのようだった。

 

 

「もういいわ、私自ら彼女をご招待する事にするわ――薫っ! しっかり準備しておくのよ!」

 

「お望みのままに、主様。」

 

「うふふ、楽しみだなぁ~ 雪お姉ちゃんはどんな表情を私に見せてくれるのかしら。」

 

 

 そう言って彼女は筆を置いた――そこには、苦悶の表情を浮かべた女性が描かれていた。

 

 

「あ、”抜け殻”は好きにしていいわよ薫。 その娘あんまり美味しくなかったわ。」

 

 

 ――少女がアトリエを後にすると、部屋には女性の断末魔が響いていた。




―次回予告―

「あら、読者の皆様ごきげんよう。 私は染野 艷千香と申します。 次なる物語では、皆様を私のアトリエをご招待しましょう。」

「貴女、コミマの時の幼女じゃない!」

「お久しぶりね。 会いたかったわ雪お姉ちゃん。」

「――なんで私の名前を知ってるわけ?」

「勿論、お姉ちゃんも私のアトリエにご招待するよ。 最高のおもてなしをしてあげる。」

「次回、第三十二話 染野 艷千香の誘い。」

「なんだろう、嫌な予感しかしない……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 染野 艷千香の誘い 前編

教えて、よーこ先生!


「はーい、皆さんこんにちは! 今回もばしばし皆さんの質問に答えていきますね!」

「今回のお題はこれです!」


~染野 艷千香って何者なの?~


「う~ん、中々際どい所突いてきましたね。 私(わたくし)も詳しくはないので――カモン助手!」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。」

「とても棒読みですが……まぁいいでしょう。 ではお願いしますね。」

「私が調べたデータによると――彼女は元八咫烏所属の退魔士。 元々退魔士としての家系だったが、近年は血の薄まりによる能力低下でついに廃業したらしい。」

「では、染野 艷千香の力はとても弱いという事ですか?」

「彼女が八咫烏を辞めたのは私が生まれる前、資料も抹消されて記録は辿れない。 ただ、染野の血筋は特殊な術を行使していたらしい。」

「全く、一番大事な箇所を調べられてないじゃないですか!」

「――意図的に消されてたのかもね。」

「では、あとは本人を問い質すしかありませんね。」

「拷問なら任せて。」

「こらこら、そういう物騒な物は仕舞って下さいな……では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」

「またね。」


「あぁ、天照様を岩戸から連れ戻すにはどうしたよいのだ!」

 

「私(わたくし)にお任せ下さい! 必ずや天照様を連れ戻し、世界に太陽を取り戻してみせます!」

 

 

 ――今日も学祭に向けての練習が行われていた。 皆、演劇は初めてだと言っていたのだが――こうやって観客側になって眺めていると、なかなかの名演技なのではないかと感じる。 逆に、主役である私が素人すぎて浮いてしまうのではという不安が頭をよぎる程だ。

 

 

「皆すごいね。」

 

 

 横に座っていた留美子が口を開く。 その声はか細く、意識しないと聞き逃してしまう程だった。

 

 

「ほんとね。 私、主役やる自信ないわぁ~」

 

「……あまてるちゃんなら大丈夫。」

 

 

 元々欠席予定だった留美子に役はない。 そもそも、本人にその気がないようだった。 彼女が戻ってきた事を知った先輩達も誘ったのだが、留美子は頑なに演劇への参加を断った。

 

 

「留美子も出てくれれば安心なんだけどなぁ?」

 

「ごめん、無理。」

 

「なんでそこまで断るのよ。」

 

 

 この問いも何度目だろうか? 決まって彼女の反応は――首を横に振るだけなのだ。 そして、その理由も答えてはくれない。

 

 

「どうでしたかご主人様!?」

 

「うん、凄い演技だったよ。」

 

 

 タイミング悪く、菊梨が体育館の壇上から飛び降りてこちらに駆け寄ってきた。 こちらの悩みなんて知らずに無邪気な笑顔を私に向けている。

 留美子はパイプ椅子から立ち上がると、一人体育館の出口へと歩み出した。

 

 

「あれ、留美子どこいくの?」

 

「弟子の稽古がある。」

 

「夕飯までには帰ってくるのよ!」

 

「――わかった。」

 

 

 なんというか、戻って来た留美子は昔の留美子に戻ってしまった感じだ。 私とは一定の距離を保ち、ただ忠実に任務を全うしていたあの頃の留美子に……

 

 

―前回のあらすじ―

 来るべき日に向けて私は行動を開始した。 最善の未来へ到達するための鍵――羽川秋子を懐柔する事に成功。 彼女の信頼を勝ち取り、私は彼女の師匠となった。 彼女を強くする事で、必ずあまてるちゃんにとってプラスとなるはずだ。

 問題は、私が知った未来とあまてるちゃんが見た未来とでは大きな差があるという事だ。 正確には、私の方がより正確に更に先を知ってしまったという事か。

 だからこそ急がなければならない――残り時間にあまり猶予はない。

 

 

 

 

 

「菊梨の気配も妖力も感じない……っと。」

 

 

 前後左右、上空よし! 妖力、霊力反応よーし!

 何故こんな挙動不審な状態で道を歩いているのか――これには深い理由がある。

 

 

”絶対にダメです!”

 

 

 たまたま綺羅 廻の展覧会の招待券が当選したのだが、菊梨に行く事を反対されてしまったのだ。

 彼女の絵を先日のコミマで初めて知ったのだが、すっかり彼女の画風に魅了されてしまった。 なんというか、彼女の絵からはとても生を感じるのだ。 それこそ、まるで絵が今にも動き出しそうなくらいにだ。 まぁ、何故女性の裸の絵ばかりなのかという疑問もあるわけだが。

 

 

「そんなわけで、菊梨の追跡を逃れて会場までやってきた雪ちゃんなのでした。」

 

 

 特に誰かに話しかけたわけではないのであしからず。 こういうのは――そう、ノリってやつよ!

 

 目の前に聳え立っているのはゾンビゲーにでも出てきそうな洋館だった。 どうやら自分の家で展覧会を開催しているらしく、それだけでお金持ちだと匂わせてくる。

 私は冬用のコートを整えて銀の格子門の前へと近づく。

 

 

「……招待状は?」

 

「どうぞ。」

 

 

 ローブを深く被った不愛想な門番に招待券を渡すと、門番は無言のまま格子門を開いた。 レンガの導くままに進んで行くと、ファンタジー映画に出てきそうな大きな門が私の前に立ちはだかった。

 

 

「ようこそおいで下さいました、貴女様が一番最初のお客様でございます。」

 

 

 少女の声が響くと同時に、ゆっくりと大きな門が開かれていく――広がる景色はまるでお城の舞踏会会場だ。 エントランスに立つのは一人の少女、私はその姿に見覚えがあった。

 

 

「貴女は確かコミマで!?」

 

「いらっしゃいお姉ちゃん。 私が綺羅 廻よ。」

 

「うそっ、貴女が?」

 

 

 滅多に顔を出さないとは聞いていたが、確か年齢は28歳だったはずだ。 目の前にいる少女はどう見ても小学生くらいにしか見えない!

 

 

「みーんなお姉ちゃんと同じ反応をするのよね。 こんな小娘じゃ誰も大人は相手にしてくれない。」

 

「それで年齢を偽って活動しているわけね……」

 

「そういう社会だってお姉ちゃんも分かってるでしょ?」

 

 

 そう言うと廻は私の夏コミ本を見せつけてきた。

 

 

「それって私の新作!?」

 

「興味があったから読ませてもらったのよ。 まだまだ発展途上だけど――私は好きね。」

 

「本当ですか!?」

 

 

 やはりプロの人に褒められるというのはとても嬉しい。 先任者からの支援があればデビューもしやすいだろうし、このまま彼女と仲良くなれば私の未来も……!

 

 

「さてと、一番最初のお客様だもの――丁重にご案内しなきゃね。」

 

「宜しくお願いします!」

 

 

 案内係のメイドさんに先導されながら洋館の中を進んで行く。 彼女の作品である絵が、廊下や食堂等のあらゆる場所に飾られている。 なんというか、展覧会というよりはお家訪問になっているような気がする。

 

 

「あら、不思議そうな顔をしてるのね?」

 

「なんというか、展覧会っぽくないなぁって。」

 

「常識に囚われない、というのが私の信条なの。 作品というのは日常生活に溶け込んでこそだと私は思うのよ!」

 

 

 鼻高々に語る少女、なんだかそのギャップに可愛いなと思ってしまう。 しかし、日常生活に溶け込むと言っても……私のような一般市民にとってはこの屋敷自体非日常にカテゴライズされてしまうわけだが。

 

 

「ここがお嬢様のアトリエにございます。」

 

「ここも広いなぁ~」

 

 

 広い部屋にはキャンパス等の画材が置かれ、恐らくは被写体が立つであろう、ちょっとした台座まで用意してあった。

 

 

「折角だから、サービスでお姉ちゃんを描いてあげようか?」

 

「是非お願いします!」

 

 

 断る理由なんてなかった。 私は二つ返事で了承すると、廻はニコリと妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

「薫、私は作業に入るから掃除は任せたわよ。」

 

「――わかりました。」

 

 

 メイドさんは私のコートを受け取ると、ごゆっくりと言って部屋を出て行った。

 

 

「えっと……やっぱり服って脱がなきゃですか?」

 

「分かってるじゃない、私はヌードしか描かないのよ。」

 

 

 あぁやっぱり、予想はしていたけどこうなるのね。 まぁ同性だし気にする事もないか……

 私は特に意識する事もなく、衣服を脱ぎ去って用意されている籠の中に入れた。

 

 

「じゃあ――始めましょうか。」

 

 

 ――廻は舌なめずりをして筆を構えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「たっだいまぁ!」

 

「――ご主人様?」

 

 

 私を出迎えた菊梨は鬼の形相になっていた。 彼女がここまで怒るのは滅多な事でもない限りありえない。 何をそこまで警戒する必要があったのだろうか?

 

 

「ご、ごめん。 結局行ってきちゃった。」

 

「知っています、ずっと見張ってましたので。」

 

 

 上手く巻いたと思ったんだけどなぁ、やっぱり菊梨の方が上手だったか。 そこはやはり経験の差ってやつなのだろうか?

 

 

「でもでも! 何も無かったでしょ!? 菊梨が心配しすぎなんだって!」

 

「……そうですね。 確かにご主人様が裸になっただけで何もありませんでしたね。」

 

「菊梨さーん? 顔が引きつってますよ?」

 

「浮気は甲斐性と言いますが……ご主人様には少しきついお仕置きが必要ですね。」

 

 

 あぁ、これはやばい……俗に言う人を殺しそうな笑顔ってやつだ。 しかも物理的に殺されるやつだよこれ。

 反転――私は自分の部屋へと駆け出す。

 

 

「お待ちなさい!」

 

「待てと言われて待つ馬鹿はいません!!」

 

 

 私は自分の部屋に滑り込むと、覚えたての神域を扉の前に展開する。 菊梨が何かを叫びながら扉を叩き続けるがそれは無駄な行為だと言わざるおえない。

 

 

「――待ってた。」

 

「ちょっ、なんで留美子が私の部屋にいるのよ?」

 

 

 電気を点いてない私の部屋から感じる留美子の気配――目を凝らして確認する前に私はベッドへと押し倒されていた。

 

 

「……留美子?」

 

「他の女にあまてるちゃんの肌を晒すなんて許せない。」

 

 

 やばい、留美子は留美子で別なスイッチが入っているようだ。 この場合は殺られるではなく――犯られる方である。

 

 

「とりあえず、落ち着いて話を……」

 

「消毒しなきゃ、あの女の匂い全部私が塗りつぶす。」

 

 

 留美子は慣れた手つきで私の衣服を剥ぎ取っていく……やはり何度経験してもこの感覚は慣れない。

 

 

「渡さない、誰にも……私だけのあまてるちゃん!」

 

「いやぁぁぁ!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんて凄い霊力……! 筆を動かす度に絶頂しちゃうわぁ!」

 

 

 少女は無心に筆を振るっていた。 しかし、それは芸術でもあり――淫靡な行為でもあった。

 ――少女は確かに発情していたのだ。 頬を赤らめ、熱い吐息を吐き、左手は自らの秘部をかき回す。 それでも尚、筆を動かす事をやめてはいなかった。

 

 

「そうよ! 私はずっと貴女のような逸材を探していたの!」

 

 

 少女の足元は透明な液体が水たまりを作り、アトリエ中に淫らな香りを充満させている。

 そんな彼女が描くのは一人の女性だった。 手足を蜘蛛の糸に囚われ、その瞳には涙を浮かべている。

 

 

「最高よお姉ちゃん! 他の使い捨てとは違う、貴女はずっと私のお気に入りとして飼ってあげる。」

 

 

 囚われているのは女性は――坂本 雪であった。

 

 

「うふふ……あははははははは!!!」

 

 

 彼女は大声で笑いながら大きくのけ反り――もう一度絶頂した。

 

 

―to be continued―




―次回予告―

「囚われたご主人様、果たして彼女の運命はいかに!?」

「あまてるちゃんを助けるのは私。」

「いいえ、私(わたくし)に決まっています!」

「私。」

「私(わたくし)です!」

「この二人、協力って考えはないわけ? というわけで次回! 第三十三話 染野 艷千香の誘い 後編」

「秋子、出しゃばらないで。」

「そうですよ!」

「こういうとこでは息が合うわけね……じゃあ次回もお楽しみに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 染野 艷千香の誘い 後編

 いつもと同じ行為の筈なのに、私は何か違和感を感じていた。 どこか集中出来ないというか、何か他人事のように感じている自分がそこにいた。

 

 

「あまてるちゃん?」

 

「……ん?」

 

「私を見てない。」

 

 

 裸で馬乗りになっている留美子に指摘される程だったようだ。 流石に相手にも失礼だと分かってはいるのだが……

 

 

「っ……」

 

 

 ――左手に急な痛みが走った。 それは左手の薬指……指輪をを嵌めている場所だ。 ズキズキとその痛みは持続して自己主張してくる。 今までこんな事は一度もなかったけど。

 私は痛みの原因を確認しようと右手で指輪に触れる――その瞬間、バチリと閃光が走る。

 

 

「あれっ……?」

 

 

 閃光が走った一瞬、目の前にいる留美子がまるでノイズの走ったホログラムのように歪んだのだ。

 

 

「あまてるちゃん?」

 

「ねぇ留美子……」

 

 

 私は指輪を嵌めている左手で留美子の乳房を掴もうとする――しかし、私の手は留美子の身体を貫通してしまった。

 

 

「そうか、菊梨の指輪が幻覚を破ってるのね。」

 

 

 私は右手を左手に重ねて目を瞑る。 左手の薬指に集中して霊力を集める――徐々に全身が浮遊感に襲われる。

 

 

「菊梨、力を貸して!」

 

 

 指輪は更に光を強め、辺りを照らし出した。 遠くでガラスの割れるような音が響いたかと思うと、目の前の景色が砕け散った。

 

 

「あら、思ったより早かったね……お姉ちゃん。」

 

「こ、こは……?」

 

「まぁ、幻覚を破ったくらいじゃどうしようもないけどね。」

 

 

 現実に戻った私は、裸で蜘蛛の糸に囚われていたのだった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ですので、この門を開けていただけません?」

 

「招待状の無い者は通せません。」

 

「そうですか……」

 

 

 菊梨は門番にとびっきりの笑顔を向けると、容赦のない鉄拳を叩き込んだ。 門番から血飛沫は飛ぶ事無く、灰が散るようにその身体は掻き消えた。

 ――彼女の手にはボロボロになった符が握られていた。

 

 

「やはり式神でしたね……それで、貴女が邪魔者ですか?」

 

「あぁら、狐ちゃんは匂いに敏感なのかしらね?。」

 

 

 屋敷の庭から歩いて来たのは一人のメイド――菊梨はその相手の事をよく知っていた。 彼女にとって、一度でも匂いを嗅いだ事のある相手なら即時に判別する事が出来るのだ。

 

 

「女郎蜘蛛――よく脱獄できましたね。 いえ……あの男が関わっているなら()()()でしょうね。」

 

「教える義理はないわぁ。 私と主様の大事なお客様をお渡しするわけにはいかない。」

 

「その方は(わたくし)の大事なご主人様であって、貴女達のモノではありませんよ?」

 

 

 顔は笑っているが、目は笑っていない。 その瞳はしっかりと目の前の敵を見据えていた。 そこには油断は無く、ましてや手加減する気など微塵もなかった。

 

 

「二度目は――ないぞ!」

 

 

 菊梨は体内の妖力を一気に解放する。 以前にも発揮した菊梨の本気状態、鬼ですら圧倒するほどの強大な力を要した大妖怪。

 

 

「それは研究済みよ。 糸でのエナジードレインは貴女の力に関係なく吸収するわ!」

 

「試してみるか?」

 

 

 薫は菊梨を自らの結界内に閉じ込め、四方八方から糸を飛ばして菊梨を拘束した。 菊梨が足掻こうとも、絡まる糸と足元の蜘蛛の巣がねちゃねちゃと音を立てるだけでびくともしない。

 

 

「以前とは違って巣をアース代わりにしてるからね、力を吸い過ぎて行動不能なんて事はない。」

 

「ほう、これで無力化したつもりか――狐影丸!」

 

 

 拘束していた糸は一瞬で切り刻まれ、彼女を縛るのは最早足元の蜘蛛の巣だけになっていた。

 

 

「流石に反則でしょうが!」

 

「――反則というのはこういう事か?」

 

 

 菊梨は刀を構える事もせず、まるでデコピンをするかのような動作をした。

 

 

「ひぎっ!」

 

「ほれほれ。」

 

 

 菊梨がデコピンの動作をする度、薫の手足や腹が吹き飛んでいく。 体液をまき散らしながら、抵抗する事すら出来ずに身体を砕かれていく。

 

 

「どうした、もう悲鳴すら上げられないか?」

 

「……ぁ」

 

「強い妖怪程、その生命力は強い。 人間のように簡単に死ねないのが辛い所だな。」

 

 

 まるで憐れむように肉塊になった薫を見下ろしている。

 

 

「お前の、負けだ……」

 

「まだ囀る元気があったか。」

 

「わたしの、妖力は……全てけっかいに……」

 

「……」

 

 

 ぐしゃり、という音と共に薫の頭部が踏み潰される。 菊梨は刀を帯刀すると、面倒そうに肩を竦めた。

 

 

「元々時間稼ぎが目的だったか、この結界を破るのは私でも骨が折れそうだ。」

 

 

 あとは、あの娘に任せるとするか……

 そう考えながら菊梨は自身の妖力を霧散させた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「言っておくけど、助けを期待しても無駄だからね?」

 

「どうしてこんな事!?というか、この糸って確か女郎蜘蛛の……」

 

「あぁ、確か雪お姉ちゃんは一度対峙してるんだもんね。 あの妖怪は私のペットにしたのよ。」

 

 

 キャンパスで絵を描く少女は無邪気な笑顔でそう語る。 しかし、それと同時に彼女から漂う異臭に私は顔をしかめた。

 

 

「という事は……貴女が三妖の主!?」

 

「そっか、まだ自己紹介してなかったね。 私の名前は染野 艷千香、退()()()よ。」

 

「退魔士……」

 

「私の一族の力は、対象を描く事によって生命力を奪い、力を自身の物にする事が出来る。 そうやって私は長年この身体を維持してきたの。」

 

 

 つまりは簡単な話だ、彼女にとって私は極上の餌という所なのだろう。 そして彼女の作品は全て犠牲者の……

 

 

「お姉ちゃんは今までの中で一番よ! じっくりと少しずつ食べてあげる……」

 

「冗談じゃないわ! 私は貴方の餌なんかじゃない!」

 

 

 なんとか糸の拘束から抜け出そうとするが、手足にしっかりと絡まりびくともしない。 むしろ動く度に全身を脱力感が襲ってくる。 どうやら女郎蜘蛛の時と同じで私の霊力を奪っているようだ。

 

 

「暴れれば蜘蛛の糸に、黙っていれば私の力で――さあ、どうするお姉ちゃん?」

 

「くっ……」

 

 

 前回は女郎蜘蛛が自爆してくれて助かったが、今回はそういうわけにもいかない。 途中まで尾行していた菊梨が現れない所を見ると何かトラブルに巻き込まれた可能性もある。

 ――打開策を見つけるためには時間が必要だ。

 

 

「――それにしても、貴女凄い匂いね。」

 

「ごめんね、お姉ちゃんが美味しすぎて我慢出来なかったのよ。」

 

 

 まずは相手の筆を止めさせなければならない。 そうしなければ永遠に霊力を奪われ続けるだけだ。

 

 

「見た目に似合わず変態さんなんだ。 是非、その大洪水の様子を見せてもらいたいな。」

 

「うふふ、いいわよ?」

 

 

 艷千香は余程嬉しいのか、筆を置くとスカートを捲って私に見せつけてきた。 子供っぽいピンクと白のストライプの下着は水分を大量に吸って酷い状態になっていた。 今尚滴り続けるソレは、彼女が興奮状態にある事を自己主張している。

 

 

「わお……」

 

「こんなになったのはお姉ちゃんが初めてよ! なんて味わい深く極上の霊力なのかしら!」

 

 

 うん、間違いなくコイツはやばい。 今すぐここから逃げ出したい所だが――思った以上に私の霊力は減少している。 霊剣を形成する事は出来るだろうが、その後の戦闘に耐えられるかは未知数だ。

 かといって、霊剣でなければこの糸を切り裂く事は出来ないだろう……

 

 

「じゃあもっと丁重に扱ってくれない? この糸だいぶ苦しいんだけど?」

 

「それはダメー! そんな事したらお姉ちゃんは逃げちゃうでしょ?」

 

 

 ならば、糸を切ると同時に攻撃するしかない。 それが出来る方法といえば――やってみる価値はある。

 

 

「よく分かってるじゃない、逃げないわけがないでしょ?」

 

「でも無駄よ、お姉ちゃんは絶対に逃げられない。」

 

「それはどうかな……?」

 

 

 私は残った霊力を左手にかき集める。 先程と同じように指輪を嵌めた薬指が痛むが構わず霊剣を形成する。

 

 

「チェストぉ!」

 

「うそっ!?」

 

 

 霊剣を形成して腕を振り上げる――強烈な霊力な周囲の糸を切り裂いて私の両手が自由になる。 私はそのまま思いっきり振りかぶった。

 当然ハリセンが彼女の場所まで届くわけがない――だが、こうやって霊力を過剰に送り込めば!!

 

 

「ひぃぃん!」

 

 

 ――その刃は届いた。 過剰分の霊力がハリセン部分を延長し、その射程を伸ばしたのだ。 彼女の頭部に炸裂した霊剣は、意識を奪うには充分すぎる威力であった。

 

 

「ふぅ、なんとかなったぁ……」

 

 

 彼女が倒れると同時に周囲の糸が消滅して身体が自由になる。 どうやら、彼女の霊力でこの場所に固定化されていたようだ。

 私は冷えた体を擦りながら急いで衣服を纏った。

 

 

「さてと、コイツをどうするかな。」

 

「――見事だ。」

 

 

 倒れた艶千香に近づこうとするが、突然現れた男に阻まれる。

 

 

「アンタが3匹め?」

 

「いかにも。 其方の健闘を讃えこの場は引こう。」

 

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 

 

 男は艷千香を抱えると風のように掻き消えた。

 

 

「あいつが、留美子にあんな傷を負わせた敵……」

 

 

 間違いなく、戦っていたなら今の私ではやられていただろう。 引いてくれて助かったのはこっちの方だ。

 私は額の汗を拭って大きく息を吐いた。

 

 

「たまには菊梨の言う事も聞いた方がよさそうね。」

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

―――

 

――

 

 

 

 菊梨は暇そうに座り込んでいたが、急に目の前の結界が音を立てて崩れた。 先程までの景色が元の空間に戻れた事を主張している。

 

 

「もう、遅いですよ留美子ちゃん。」

 

「ごめん、”彼女”を連れて来るのに時間がかかった。」

 

 

 留美子に呼ばれた”彼女”は、自分が成した所業を理解出来ずにきょとんとその場に立ったままだった。

 

 

「えっと、師匠……? これ成功した?」

 

「ばっちり、後でご褒美あげる。」

 

「やったね!」

 

 

 その少女――羽川 秋子はその場で嬉しそうにガッツポーズをした。

 

 

「いつの間にそこまで仕込んでたのですか?」

 

「元々の潜在能力。」

 

「成程、かなりの掘り出し物ですね。」

 

 

 菊梨は何かを察したように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「さてと、そろそろご主人様を迎えに行きましょうか。」




―次回予告―

「ちょっと! なんで誰も助けに来ないのよ!?」

「自分でなんとか出来たんだからいいじゃないですか~」

「あまてるちゃんさいきょー」

「適当におだてても私の怒りは収まらないんだからね!」

「まぁまぁ、ご主人様落ち着いて。」

「どうどう。」

「むきぃ!!」

「次回は久々にまったり出来そうですし、いいじゃないですか。」

「どれどれ……次回、第三十四話 ピクニックに行きませう。」

「そんな都合よくいくかな。」

「こら留美子、そんな不吉な事言わないの!」

「次回も楽しみにして下さいませ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 ピクニックに行きませう

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「助手のルーミーです。」

「今回も、ビシッ! っとみんなの質問に答えていきますよ! ではでは行きましょう!」


~第一回質問コーナー!~


「ぱちぱちぱち」

「はい、元気の無い拍手をありがとうございます。 では、お便りを読んでいきますね!」

”ずばり、菊梨さんはレズなのですか? それとも男性にも興味はあるんですか?”

「いきなり踏み込んできましたね……正直に言いましょう、どっちもいけます!」

「見境なし。」

「だまらっしゃい! 今の私はご主人様しか見てないんですぅ!」

「じゃあ次。」

”留美子ちゃんがもっと感情出してる所が見たいです! もっと雪ちゃんとイチャラブしてください!”

「これ、燃やしていいです?」

「自嘲しろ女狐。」

「いやん! 殺意を込めて銃を向けないで下さいまし!」

「やっぱりあまてるちゃんのために滅するべきかも……」

「というわけで今回はここまで!」

「質問はメッセージから送って貰えたら採用されるかも。」

「お待ちしておりますね! では、皆さんあでぃおす!」

「またね。」


「皆、お疲れ様。」

 

 

 今日の稽古を終え、羽間先輩の周りへと集まっていく。 先輩は額の汗を拭うと眼鏡の位置を人差し指で調整した。

 

 

「いよいよ、今週末が本番となる。 今日の通し稽古でも問題ないし、本番も100%の力を出し切れば大成功となるだろう。」

 

「衣装も完成しましたので、近いうちに衣装合わせましましょう。」

 

「そうだな……それは明後日にしようか。」

 

 

 コホン、っと羽間先輩は咳払いをすると、一度頷いて口を開いた。

 

 

「というわけでだ! 明日は息抜きとしてピクニックに出かけるぞ!」

 

「……ピクニック?」

 

 

 流石にそれは突拍子もないというか、まるで小学生のようだ。 息抜きという意見には概ね賛成だが、それならば休みという事でいいのではないか?

 

 

「自然に身を置いて心を和ませるのを目的としている。 尚、全員強制参加なのでそのつもりで。」

 

「先輩、ちなみにどこに行くんですか?」

 

 

 羽間先輩はやれやれと肩を竦めると、しょうがないとばかりに説明を始める。

 

 

「この帝都内で自然に溢れた場所なんて一つしかないだろう?」

 

「――それって忌影山の事ですか?」

 

 

 ”忌影山”

 

 帝都の首都北部に聳え立つ標高100メートル程度の小さな山だ。 国の方針で、その山の周辺は自然がそのまま残されている。

 あれ、なんでそんな方針にしてるんだっけ……?

 

 

「その通りだ! ピクニックには最適で、学校からもそんなに遠くないだろう?」

 

「確かに電車で15分もあれば行ける距離ですけど……」

 

「というわけで君達に拒否権は無い! 各自の判断で準備をしてくるように。」

 

 

 何故だろうか、私の中で”忌影山”という名前が妙に引っかかっていた。 別に山に興味があるタチでは無いのだが……

 

 

「ご主人様、バナナはオヤツに入りますかね?」

 

「遠足かっ!? お決まりのボケをどうもありがとう!」

 

 

 ――菊梨はいつもの調子である。 多分私の考え過ぎだろう、ここ最近は色々とありすぎたせいで変に勘ぐってしまうようだ。

 

 

「留美子?」

 

 

 ここにも難しい顔をしている者がいた。 彼女のしかめっ面を見ていると、私も同じ顔をしていたのではと笑いがこみ上げてくる。

 私は留美子の両頬をつまんで軽く引っ張る。

 

 

「ふぃひゃい。」

 

「うん、これで少しはマシな顔になった。」

 

「……」

 

「――悩んでるなら、私にも相談しなさいよね。」

 

 

 しかし、留美子は私の問いに答える事はなかった……

 

 

 ―前回のあらすじ―

 綺羅廻展覧会に招待された私は、菊梨の目を盗んで会場へとやってきた。 しかし、彼女の正体は染野 艷千香という元退魔士で、私の霊力を狙っていたのだ! 彼女の術で私は幻覚を見せられ、助けに来た菊梨は結界内部へと閉じ込められてしまった。

 指輪の力でなんとか現実に戻って来れた私は、油断している艷千香に全霊力を込めたロングハリセンをぶちかましてやったのだ。 結果的に逃げられはしたが、私の完全勝利だと宣言出来るであろう!

 

 

 

 

 

「ハイハイ、分かってました――こんな事だろうと思ってましたよ!」

 

 

 嫌な予感は確かにしていたのだ。 ただのピクニックなんて羽間先輩が企画するわけがないのだ。

 私は頭を抱えながら己の甘さを嘆いていた。 その理由は、私の目の前に聳え立つ巨大な銅像にあった。

 

 

「11代目天皇、安倍(あべ) 玄徳(げんとく)様の銅像だ。 彼は歴代でも一際輝く存在で、帝都の大結界計画や都市部開発等の皆が知る話にも深く関わっている。」

 

 

 まさかこんな時までお勉強タイムになるとは予想の斜め下過ぎた。これならばサボって家で寝ておけばよかった……

 

 

「そして現天皇の祖父に当たる人物だが……そこ、何を欠伸している!」

 

「ふぇ?」

 

 

 そして間が悪い事に、徹底的瞬間を羽間先輩に目撃されてしまったようだ。 ここで一つ言い訳させてもらうが、勉強が出来るのと勉強が好きなのは全くの別ものだ! 私は前者にカテゴライズされる勉強出来ても大嫌い人間なのである!

 

 

「大事な私の抗議中に欠伸とはいい度胸だな?」

 

「そそそ、そんな事ないですよ? なんといいますか、ちょっと寝不足でして……」

 

「問答無用だ! 私がマンツーマンでたっぷり語ってあげよう。」

 

 

 先輩は私の手をがっしりと掴み、引きずりながら博物館の中へと歩みを進める。

 

 

「菊梨、留美子、助けてぇ!」

 

「たまには良いのではないでしょうか?」

 

「……がんばって。」

 

「この裏切り者めぇぇ!!」

 

 

 私に手を差し伸べる者は一人もいなかった。 大久保先輩ですら笑顔で手を振るだけだ……

 

 

「何、そんなに嘆く事はない。 私とたっぷり楽しい時間を過ごそうではないか。」

 

「先輩、何か別の意味に聞こえますよその発言。」

 

「ほほう、それはどういう意味でだ?」

 

 

 足を止め、先輩はニヤニヤと私を見下ろしている。 もしかしたら、私はとんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。

 いや――これは菊梨に汚染されすぎたせいで決して私の意思ではない! 私の脳内がピンクなんてそんな事は決してない!

 

 

「どういう意味かと聞いているぞ?」

 

「別に深い意味は!」

 

 

 面白そうに先輩が顔を近づけてくる。 この位置だと案内板や銅像が影となり、私達の様子は皆には見えていない。

 

 

「確かに私は可愛い子を虐めるのは好きだが……君はそれをどこで知ったのかな?」

 

「いやいや、何を急に言い出してるんですか!」

 

「もしかして葵から聞いたのか? なら少しお仕置きしてあげないとな。」

 

 

 いつもとは違う、何か興奮したように少し息の荒い先輩に恐怖を覚える。 というか、もしかして――

 

 

「先輩達って、付き合ってるんですか……?」

 

「……」

 

 

 ――興味本位とはいえ口に出してしまった。 まずい、これは非常にまずい!

 

 

「よし、ひとまず中に入ろうじゃないか。」

 

 

 眼鏡の位置を調整し、急に冷静になったかのような表情に戻る。 私は少し拍子抜けに感じたが、立ち上がって後に続いた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 博物館は木造の建物で、どこか懐かしさを醸し出していた。 ガラスケースの中にはあらゆる展示品が並べてあるが、それを眺めている者は一人もいなかった。

 

 

「父は政治家として安倍 玄徳を補佐する地位にいた。 だから私も子供の頃によく会っていた。」

 

「そ、そうだったんですか。」

 

「しかしある日、彼らを乗せた旅客機が墜落事故を起こしたんだ。」

 

「……」

 

 

 墜落事故? そんな事あったっけ……?

 ズキン、と大きく頭に痛みが走る。 まるで思い出す事を拒否するかのように――

 

 

「――生き残りはいなかった。 天皇も、その子供も――私の父も皆死んだ。」

 

「先輩……」

 

「だから私は、父の意思を受け継いで政治家になろうと思ったのさ。 父が果たせなかった夢を私が……」

 

「それで、この場所に?」

 

「あぁ、この山はその旅客機が墜落した場所だ。 慰霊碑と共にこの博物館が建てられたのさ。」

 

 

 そんな大事故があったのに、何故私の記憶からすっぽりと抜け落ちていたのだろうか? こういうのは毎年ニュースで取り上げたりもするだろう。

 まるで何かが、私から意図的に遠ざけているかのような……

 

―ザッ―

 

 何かの映像がノイズ混じりに脳内に映し出される。 灰色の風景、飛行機、笑う男、そして――私。

 

 

「っ……」

 

「雪どうした? 顔が真っ青だぞ?」

 

「ちょっと、立ち眩みで……」

 

 

 先輩は私の身体を支えながら、優しくベンチへと座らせてくれた。

 先輩の話を聞いたせいなのか、それとも……

 

 

「――もしかして、雪も何か事件に関わっているのか?」

 

「え……?」

 

「もしそうなら済まない……過去の傷を抉りたいわけじゃなかったんだ。 ただ私の覚悟を語りたくてな。」

 

「大丈夫です、ほんとにフラっときただけですから。」

 

 

 ダメだ、これ以上は考えるな。 これ以上掘り返したら脳が焼き切れてしまうかもしれない。 それでも先程の灰色の風景の映像は再生され続ける。 徐々に鮮明に、はっきりと……

 

 

”さようなら祖父上、神になるのは私一人だけだ”

 

 

 あぁ、間違いない。 この声は――私の隣で笑っているこの男は……

 

 

「安倍……晴明……」

 

「え?」

 

 

 この男が晴明なら、この小さい私は――何をしている? いや、()()()()()()

 落ちていく飛行機、笑う晴明、そうだ――私は!

 

 

「しっかりしろ雪! くそっ、救急車を!?」

 

「大丈夫です、ここは(わたくし)が……」

 

 

 私がやったんだ! あの事故を起こした! 私の力で!

 

 

「ご主人様、少しだけお眠り下さい……」

 

 

 違うの菊梨、悪いのは私――なんだよ?

 一気に全身の感覚が希薄になっていく。 激しい感情の奔流も、視えていた映像も、全てが朧気で薄く……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「祖父上。」

 

「……」

 

 

 ここは天皇の住まう皇居。 警備や身の回りの世話全てを式神にやらせるのが彼のポリシーであり、人の気配は彼以外無い。 そんな彼の前に一人佇むのは一匹の妖怪だった。

 

 

「艷千香が失敗したようですが、飼い犬としてのフォローはしないのですか?」

 

「全てはお前の計画通りだろう晴明。」

 

「えぇ、全くその通りです。」

 

 

 彼はまるで全てを見透かしているかのような笑みを浮かべてそう答える。 いや、それは間違いだ――彼は全てを知っているのである。

 

 

「お前は遂にバークライトの真理に到達したのだな。」

 

「お蔭で多くの犠牲を払いましたがね。 おっと、その犠牲の一人でしたね……祖父上は。」

 

「よくも本人の前で言えたものだ。」

 

「飼い犬となった貴方は私には逆らえない、だからこそですよ? 私が神となる瞬間を見届けられるだけありがたく思うがいい。」

 

「……」

 

 

 晴明の術で無理矢理この世に呼び戻された玄徳は既に人間ではなかった。 ただ人の形をした式神というだけの存在――傀儡だ。

 

 

「そろそろ、どちらを器とするか決めなければなりませんね。」

 

「どうするのだ。 一人は覚醒の兆しを見せているが、本命は定時連絡を見る限り使い物にならないのではないか?」

 

「逆ですよ? あの子の力は意図的に隠されているのです。 まるで誰かが干渉するようにね。」

 

「それもアカシックレコードの記述通りか。」

 

「坂本 雪、そして――榛名 優希、もっと私を楽しませて下さいよ。」

 

「……」

 

 

 玄徳は心底思った――こんな事ならば、あの日にこの子を殺しておくべきだったと。 呪われし痣を持った孫に情けなどかけるべきではなかったと。

 しかしもう、時を戻す事は出来ない……運命は全て決してしまっているのだと。




―次回予告―

「ついに始まった学祭!」

「しかし、そこに介入する一つの影が……!?」

「果たして、私達は無事に劇を演じられるのか。」

「次回、第三十五話 嵐を呼ぶぜ、波乱の学祭!」

「絶対運命、黙示録」

「私(わたくし)の新衣装も登場しますよ!?」

「次回もお楽しみにね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 嵐を呼ぶぜ、波乱の学祭!

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「助手のルーミーです。」

「今回も、ビシッ! っとみんなの質問に答えていきますよ! ではでは行きましょう!」


~墜落事故って何が起きたの?~


「さてさて、前回のお話ですね! 私(わたくし)も分かる範囲でお答えします!」

「11代目天皇、安部玄徳を乗せた旅客機が墜落、乗組員含め全員が死亡した悲惨な事故。」

「しかも事故原因は不明で、死体すら残っていなかったそうですよ。」

「だから墜落場所の忌影山に慰霊碑が建てられた。」

「まぁ、皆さんも予想はついてるでしょうが――悪いのは全て安倍晴明です!」

「晴明シスベシ。」

「悪は必ず滅びるのです!」

「今回はここまで、次回はこのコーナーはお休みです。」

「ではでは、第四章でまたお会いしましょう! では、皆さんあでぃおす!」

「――さよなら。」


「うんまい!」

 

 

 私は出店で買ったたこ焼きを次々と口の中へと頬張っていく。

 

 

「そこまでがっつかなくても、おっしゃって頂ければ(わたくし)がお作りしましたのに。」

 

「分かってないわねぇ! こういうのは出店で食べるチープな感じがいいのよ!」

 

「そ、そうなのですか……」

 

「菊梨もまだまだ分かってないわね!」

 

 

 劇の開演はお昼からのため、私と菊梨は構内の露店を回っていた。

 当然、田舎育ちの私にとって出店は切っても切り離せない存在だ。

 

 

「祭り荒らしの実力を見せてあげるわよ!」

 

「それ、具体的に何するんです?」

 

「当然、食いまくり、景品を取りまくるのだ!!」

 

「――ですよね。」

 

 

 さて、次の狙いはっと……

 私は射的屋に滑り込み、店員の人にお金を渡す。 構内の出店で射的なんて用意した奴は間違いなく――頭がおかいしと断言できる。

 

 

「この重さ――昔を思い出すぜ。」

 

「何、元傭兵みたいな雰囲気を醸し出してるんですか。」

 

「まぁ見ていたまえ……」

 

 

 狙いは正面、巨大クマのぬいぐるみの眉間だ!

 しっかりと照準を合わせ、左手には即コルク装填出来るように指に挟んでおく。

 

 

「ファイヤ!」

 

 

 目にも止まらぬ速さの三点射――コルクは狙い通りぬいぐるみへと直撃する。 その衝撃でぬいぐるみは大きく揺れ、そのまま地面に落ちた。

 

 

「任務――完了。」

 

「なんだい、やるじゃないか嬢ちゃん。」

 

 

 この聞き覚えのある声――まさか雌ゴリラ!?

 

 

「ご主人様、今失礼な事考えてません?」

 

「ないないない! お久しぶりです、エレーナさんにマリーちゃんも!」

 

「最近店に顔出さないから心配していたぞ。」

 

「色々忙しくて。 これでも学生ですし?」

 

「まぁ、本業を頑張っているならそれでいい!」

 

 

 いやまぁ、久々に見たけどどえらい筋肉ですな。 どこまで鍛えれば女性でもこんな肉体になれるんですかねぇ?

 

 

「でも、今日はどうして?」

 

「店員は娘みたいなもんだからね! 様子を見に来たってわけさ。」

 

「成程、じゃあ、優希のあの惨劇を見ていって下さいよ。」

 

 

 私が指差した先を全員の視線が集中する。 そこに書かれた看板はメイド喫茶と大きく書いてあった。

 

 

「なんだい、普段の仕事と変わらないじゃないか。」

 

「それだけならいいですけどね、また竜也さんが暴れてて仕事にならないそうで。」

 

 

 少し離れた場所にいるはずが、ここまで竜也さんの声が聞こえてくる。

 

”優希の撮影は有料でーす!”

 

”握手は別料金! 支払いは俺まで!!”

 

 

 なんであの人は商売をしているのだろうか――困った優希の顔が目に浮かぶ。

 

 

「ありゃぁ、アタシよりぼったくりだな。」

 

「世の中こんなもんですよ、店長さん。」

 

「さてと、そろそろ時間ですよご主人様。」

 

「――ほんとだ! じゃあ私達はそろそろ演劇の時間なので見てってくださいね!」

 

 

 ついにこの日が来たのだ! あとはやれる事をやるだけだ!

 

 

―前回のあらすじ―

 演劇の気分転換のため、忌影山へとピクニックに向かった私達。 しかし、それは羽間先輩の陰謀で――目的はただの勉強会だった!

 それが蓋を開けてみれば羽間先輩の過去語りが始まって、何故か私は怪しい記憶に翻弄されてしまう! というかこれ、本当に私の記憶なの? どうしてあの晴明が一緒にいたわけよ!?

 どんなに考えても答えは出ないし、真実は本人を問い質すしかなさそうね……

 

 

 

 

 

 さあ、幕が上がる時が来た!

 私は大きく深呼吸して息を整える。 人の視線を浴びるのなんてコスプレする時に体験してるではないか。 怯える事も、緊張する事もなく、いつも通りにスイッチを切り替えるだけでいい。

 

 

「この物語は、人間が生まれるずっとずっと前――神話の時代の出来事でございます。」

 

 

 スポットライトに照らされた留美子が台本を読み上げる。 会場は静まり返り、皆が注目していた。

 

 

「神々は宇宙を作り、星を作り――そして、大陸をお造りなられました。

 次に神々が始めたのは、生命の創造です。」

 

 

 ――潮騒が会場に響き渡る。 それに合わせて、留美子を照らすスポットライトが徐々に光を弱めていく。

 

 

「これは、そんな神々の苦悩の時代の物語です――」

 

 

 スポットライトが消え、ゆっくりと幕が上がっていく。 ステージに立つのは私一人――覚悟はいつでも出来ている! さぁ、見てなさいよ!

 完全に幕が上がりきるのに合わせて、一斉に私へとスポットライトが当てられる。 当然、それに合わせて観客の視線も一気に集中するわけだが。

 

 

「妾の名は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、この高天原で一番偉い神様じゃ!」

 

 

 なるべく偉そうな感じで天照を演じる。 若干やりすぎくらいがきっと丁度いい、そんな気がする。

 私は3歩程前に踏み出すと、両手を掲げて大声で天照を演じる。

 

 

「妾は太陽の神! 妾無くして生命の発展はありえぬ!」

 

「天照様!」

 

「おぉ、それ程までに血相を変えてどうしたのじゃ?」

 

 

 大久保先輩が私の前で跪いて頭を垂れる。 そういう立場という設定だから仕方ないのだが――少々快感を覚える自分もいる。

 

 

「それが、また佐之男命(すさのをのみこと)様お暴れに!」

 

「またか――田んぼの(あぜ)の破壊等やらかしたばかりだろうに!」

 

「今度は馬の皮を逆剥(さかは)ぎにしたと……」

 

「あやつはいつもいつも、この姉に後始末させおって!」

 

 

 床をドン、と一度大きく足踏みして、私は舞台の脇へと歩いていく。

 

 

「天照様!?」

 

「妾はもう知らん! 後は勝手にするがよい!」

 

 

 舞台の照明とスポットライトが消え、脇にいる留美子に再びスポットライトが当たる。

 

 

「こうして、佐之男命の行為に怒った天照は天岩戸(あまのいわと)と呼ばれる洞窟にお隠れになりました。

 ――太陽の神様がお隠れになると世の中は真っ暗になり、他の神々は頭を抱える事となります。」

 

 

 その間に舞台は大忙しだ。 今の内にセットを変え、登場人物達が待機する。 台詞が終わる前に配置完了をさせなければならないのだ。

 再び舞台が照らし出される。 そこには羽間先輩と大久保先輩が待機している。

 

 

「どうしましょう思金神(おもいかね)様。 世界は闇に覆われ、このままでは全ての生命は死に絶えてしまうでしょう。」

 

「ふむ、僕の計算によれば――半年も立たずに作物は枯れてしまうだろう。」

 

 

 羽間先輩は眼鏡を右手中指で押し上げてドヤ顔を決める。 なかなか決まってるよ思金神様!

 

 

「そうなっては非常にまずい。 しかし、天照様も意固地なお方だ――普通に説得したのでは絶対に天岩戸から出てくる事はないでしょう。 そこで――」

 

(わたくし)の出番ですわ!」

 

 

 そう、このタイミングで盛大に高台から舞台に着地する。 そのアグレッシブな動きに観客から声が上がる。 そりゃそうよ、だって人間じゃないんだから……あれくらいの動きは余裕なわけで。

 

 

天鈿女命(あめのうずめのみこと)様!」

 

「待っていたよ、うずめ。」

 

「あまてるちゃんの事なら(わたくし)に全てお任せを! 必ず引きずり出してみせますわ!」

 

「よし、では皆で宴の準備をするのだ!」

 

 

 再び幕がゆっくりと下がり、明かりが消される。 そして始まるセットの大移動……

 

 

「思金神の作戦はこうです。 天岩戸の前でどんちゃん騒ぎを行い、気になって覗いて来た時を狙ってうずめに確保させるというものです。 非常に原始的ですが、これが一番確実だと彼は確信していたのです。」

 

 

 舞台裏の移動中、菊梨が急に足を止めた。

 

 

「どうしたの?」

 

「――ご主人様、気づきませんか?」

 

「ん――これって、そうだよね?」

 

 

 その辺の雑魚妖怪とは比べ物にならない妖力。 恐らくは三妖の最後の生き残りだろう。

 

 

「こんな時に、ほんと空気読んで欲しいんだけど。」

 

「でも、動く気配はなさそうですね。」

 

「その方が好都合、演劇が終わってからぼこってやるわよ!」

 

 

「――こうして計画は実行され、天岩戸の前で宴が行われた。 皆、飲めや歌えやでバカ騒ぎを始めたのです。」

 

 

 留美子に当たったスポットライトが消え、今度は舞台に立っている菊梨へと当たる。

 

 

「はぁい皆さん! 今日はサービスですよ?」

 

 

 その衣装は踊り子というだけあって、かなり露出の高いものだった。 彼女が舞う度に白いシルクの布生地が流れ、そのたわわに実った果実が大きく跳ねる。

 その一つ一つの動作が、欲情を煽る動きだ。 実際、会場の男子連中の目がやばいのは遠目からでも分かる。

 

 

「ほーら、あまてるちゃ~ん。 早く出てこないと、(わたくし)が殿方の毒牙にかかってしまいますわよ?」

 

「――外では何をやっているのじゃ? やけに騒がしいが……」

 

「ほ~らほ~ら!」

 

 

 腰をくねらせ胸を揺らせば、汗が会場へと飛び散る。

 

 

「ちょっと! うずめの奴何してるわけ!?」

 

 

 さて、そろそろラストシーンだ。 あとは菊梨が鏡で私を――

 

 

「ついに耐えかねた天照は、扉を少しだけ開いて外を覗いてしまったのです。」

 

 

 ――菊梨はこの瞬間を狙っていた。 最後のナレーションが終わると同時に動く事を予想していたのだ。 留美子は必ずあの妖怪を倒しに行くと。

 

 

「留美子ちゃん、最後の告白――頑張りなさい。」

 

「――えっ?」

 

 

 菊梨は会場の暗さを利用して、自分の衣装を留美子へを着せて、代わりに留美子の私服を自分に纏った。

 

 

「後悔が無いようにやりなさい? 貴女の本音を――ね?」

 

「……」

 

 

 それは、同じ者を好いた者達にしか分からないのかもしれない。 それでも確かに、留美子へとそれは伝わっていたのだ。

 彼女は覚悟を決めたように、舞台へと上がった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ごめんなさい、お待たせさせてしまったみたいで。」

 

「――狐の方が来たのか。 てっきり猿女の娘が来ると思ったぞ。」

 

 

 菊梨を待ち受けていたのは、あの大男だった。 三妖唯一の生き残りであり、彼らの中で一番の異色の存在。

 

 

「貴方こそ、何故自分を殺した男に協力するんです――安倍玄徳さん?」

 

 

 一瞬、玄徳と呼ばれた男の瞳の奥が輝いて見えたが、すぐに陰ってしまった。

 

 

「この身は無理矢理目覚めさせられたモノ、自らの意思で行動する事は出来んよ。」

 

「まぁ、そうでしょうね……」

 

 

 菊梨は一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに彼を睨む事で誤魔化した。

 

 

「それを言うならお前こそ、何故そこまで奴のデザイナーベイビーを守ろうとする?」

 

「あら、野暮な事をお聞きになるのですね!」

 

「デザイナーベイビーが完成すれば全ての理は書き換えられ、奴は神となる。 それはお前を知っているだろう?」

 

「えぇ、知っていますとも。」

 

「では何故だ? 同族への憐みか?」

 

「はぁ……これだから殿方は嫌なのです。」

 

 

 菊梨の周囲を強大な妖力が渦巻き始める。 あまりの力に、玄徳は身動き一つする事は出来ない。

 

 

「答えは簡単、かつシンプルなものです!」

 

 

 菊梨が狐影丸を天に掲げると、周りの風景が変質する。 いや、風景を書き換えているわけではない、これは彼女が結界を形成しているのだ。 彼女にとっての世界を――

 

 

「それは――私がご主人を愛しているからだ!」

 

 

 チリンっと澄んだ鈴の音が響き渡る。 辺りは山々が連なり、無限のように連なる朱色の鳥居。 その鳥居の一つに彼女は佇んでいた。

 

 

「三尾状態(モード)、俗に言う100%中の100%というやつだ。」

 

「――美しいな。」

 

 

 それは正に神に仕える者の佇まい。 装束を纏い、鶴の刺繍を施した千早を纏い、耳付近には赤いリボンと小さな神楽鈴があしらってあった。

 狐影丸の鍔にも神楽鈴が取付られ、それは戦う者の佇まいというよりは、神に舞を捧げる演者だ。

 

 

「毎度毎度、変身の度に服を破ってはご主人に申し訳ないのでな。 大久保の協力で昔の衣装を再現してみたのだ。」

 

「まさに、伝説の通りだな。 最強の退魔士――大西 菊梨よ。」

 

「案ずるな、苦痛も無いままあの世に還してやる。」

 

 

 再び、神楽鈴が澄んだ音色を響かせた。 その音が鳴り止んだ頃には、玄徳という存在は天へと還った後であった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「あまてるちゃん!」

 

「えっ!? る――」

 

 

 ちょっと待った、なんで留美子がうずめの衣装で登場してるわけ!? こんなの台本にないじゃない!

 留美子――うずめは天岩戸の中へと転がり込んできた。 タイミングを読んだように、スポットライトは私達二人を照らし出す。

 

 

「聞いて、あまてるちゃん。」

 

 

 留美子は私の両手をしっかりと握り、こちらを真っすぐと見つめてくる。

 

 

「あまてるちゃんがここから出たくないなら――それでもいいよ。 私はあまてるちゃんの願いは何でも叶えてあげたい。 世界が滅べって思うならこのまま二人で最後を迎えてもいい。」

 

「えっ、何を言って……?」

 

「むしろその方がいい! あまてるちゃんを私だけのものにしたいの!」

 

 

 まった! このシーンってこんな展開じゃないでしょ? なんで急にアドリブなんて入れてくるわけ!

 

 

「そ、それは――どういう意味じゃ?」

 

「だから――私はあまてるちゃんと結婚したいの。 独占したいのよ!」

 

「ちょっ!?」

 

 

 会場からも歓声が上がる。 これは完全に一部の性癖の人を狙ってやってますよね? 君達~ここは落ち着こうよ!

 

 

「あまてるちゃんの答えを聞くまで、私は何でも言うよ! 私はあまてるちゃんが好き! 世界中で誰よりも愛してるの!」

 

「えっ……え?」

 

「愛してる愛してる愛してる~!!」

 

 

 覚悟を決めろ私――ここは言い切るしかない。 ここで逃げたら末代までの恥だ。

 

 

「妾も――愛しているぞ!」

 

「あまてるちゃん愛してる!!」

 

「妾もだぁ!」

 

 

 あぁ、これってこんなエンディングだったっけかな……?

 でもこれが、留美子の答えなんだよね?

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―




―次回予告―

「どうでしたか私(わたくし)の新衣装! 興奮しすぎてここにまで掲載しちゃいました!」

「はいはい分かりましたよ……」

「私とあまてるちゃんの近くに来ないで。」

「待って、どうしてこんな事になってるんです?」

「自分で譲っておいてそれはないよねぇ?」

「うん、ないね。」

「私(わたくし)だってご主人様を愛しているのですよ!?」

「――分かってる。」

「次回 第三十六話 猿女 留美子の消失」

「これが、最期だから……」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 猿女 留美子の消失

 無機質な瞳が私を見下ろしている。 ”ソイツ”は私を床に落ちているゴミとしか見ていないのだ。

 

 

「――化け物!」

 

 

 私は苦し紛れにそう吐き捨てるしかなかった。 化け物というのは比喩ではない、目の前にいるのは少女の姿をした化け物なのだ。

 

 

「……」

 

 

 ”ソイツ”は何も答えない。 表情も変えず、起こしたアクションと言えば私を右手で指差したくらいだ。

 

 

「ぐがっ!?」

 

 

 ――唐突に襲ってきた圧迫感。 見えない何かに思いっきり首を絞められる感触、喉からは酸素を求めてヒューヒューとか細い音を漏らしている。

 視界がチカチカと点滅して、自身が生命の危機にある事を自己主張している。

 

 

「……」

 

 

 その瞳はやはり無表情で私を見下ろしている。

 

 

”そんな目で私を見るな!!”

 

 

 どんなに足掻いても、自らに迫る死を振り払う事は出来ない。 化け物には絶対に勝てない――

 

 

「さよなら。」

 

 

 私が最後に聞いたのは、化け物の別れの言葉だった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「くはぁ!!」

 

「やぁ、おはよう艷千香。」

 

 

 目覚めた場所はどこかの施設のようだった。 まるで昔の施設のようで心がざわつく。 そして、ベッドの隣に立つのはあの男だった。

 

「晴明……? 私は――」

 

「君は坂本 雪に敗北した。 まぁ予想通りではあったがね。」

 

「そんな、私が……」

 

 

 私は力を手に入れた。 我が家の秘術と晴明の技術を掛け合わせて、この若い肉体を手に入れた。 多くの霊力を吸い取って力を維持し、私は高みへと登り詰めたはずなのだ!

 

 

「ふむ、まだ気づかないのかね?」

 

「何を……?」

 

 

 ダメだ、その言葉を聞いてはいけない――私は本能的にそう感じた。 きっとその言葉を聞けば私は……

 

 

「君の大嫌いな少女が、あの坂本 雪だという事に。」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 そんな事分かっていた。 気づかないフリをして、全て終わらせてしまえば過去を乗り越えられると思っていた。

 なのにあの女は私の幻術を破り、たった1撃で私を気絶させたのだ。 ありえない――ちょっと霊力が高い一般人には絶対にありえない!

 

 

”さよなら”

 

 

 ――あの冷めた化け物の瞳が脳裏に浮かぶ。 絶対に抗えない圧倒的強者、あの化け物に私は何度も!?

 

 

「毎回虫の息だったね、君は。」

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!

 

 

「なら、どうするか分かるね?」

 

「殺す!!」

 

「――よろしい。」

 

 

 あぁ、もう私の夢は終わりなのだろう。 頭の中は死への恐怖で埋め尽くされ、意思は生への渇望で満たされている。 それはある意味、晴明にとっての都合の良い駒であって、私の気持ちは微塵も残ってはいなかった。

 もし、誰か私のこの思いに気づいているのならば――私を、殺して(たすけて)

 

 

「やはり、彼女も失敗作だったね。」

 

 

―前回のあらすじ―

 多少のハプニングも起きたけど、なんとか無事演劇をこなす事が出来た私達。 戻ってきた菊梨の衣装にも驚いたが、何より驚いたのは留美子の大胆告白だ。 そのせいなのか、私と留美子の仲は学校中へと広まってしまった! 心中複雑だが、もはや公認カップルとしての立場は確立されてしまった。 これはもうどうしようもない事なのだ。 というか君達、百合っプルについての言及は無いのかい!?

 

 

 

 

 

「で、どうして急に素直になったのかなぁ?」

 

「――別に。」

 

「顔を赤らめながら言っても説得力が全くないぞ!」

 

 

 などと昼間っから乳繰り合っているわけだが――実際の所、留美子がこの問いに答えてくれたことはない。 少し前まではあれだけ距離を空けようとしていたのにだ。

 

 

「ぅぅ……」

 

「私は本気で聞いてるんだけど?」

 

「……」

 

 

 ――やはりだんまりだ。 むしろ好きだからこそ答えて欲しいという気持ちが何故伝わらないのか。

 私は留美子の両肩を掴んで、むりやりこちらを向かせる。

 

 

「いい加減隠し事は無しにしてよ。 どうしてしばらく身を隠してたのとか、秋子ちゃんに稽古つけてたり――何か考えがあったんでしょ?」

 

「ごめん、どうしても言えない。」

 

「なんでさ! 私に言ったら問題でもあるわけ?」

 

 

 留美子は一瞬、何か考え込むように視線を泳がせた。 その顔は無表情に見えるが、ほんの少しだけ悲しげにも見えた。

 

 

「――明日、私の家まで来て。」

 

「その時に話してくれるのね。」

 

 

 留美子は黙って頷いた。 私は彼女を信じて、今は納得するしかなかった。 きっと、今度こそ全てを話してくれる……

 

 

「ごめんね。」

 

「謝るくらいなら今すぐ話なさいよ~!」

 

 

 私は留美子の両頬を抓ってぐにぐにと動かす。 彼女は痛いと小さな抗議の声を上げつつも、顔は笑っていた。

 

 

「ほれほれ~! ここがいいんか!?」

 

「あまてるちゃん――お、おじさんくさい。」

 

「問答無用! お前は今日から私のカキタレになるのだぁ!」

 

 

 こんな幸せな日々がこれからも続いていく、この時の私はそう思っていたのだ……

 

 

―――

 

――

 

 

 

―帝京歴785年 11月3日―

 

 朝から留美子の家へとやってきたが、彼女は黙って私の手を握って歩きだした。 向かった先は何の変哲もない遊園地、あの時とは違って普通の場所であった。

 その後は特に何を話すわけでもなく、普通の恋人同士のように色々な乗り物を満喫し、アイスを食べながら笑い合った。 いつもとは違う平穏な一日、菊梨も気を利かせて私の前には姿を現さなかった。

 

 

「夕日――綺麗だね。」

 

「そうね、なんだか久々に平和な一日を過ごしたかもしれない。」

 

 

 私達の手はしっかりと握られ、周りの目など何も気にしてはいなかった。 留美子は観覧車を指差し、最期にアレに乗りたいと言った。 もちろん断る理由も無く、私は彼女の手に引かれるままについていく。

 

 

「観覧車なんていつぶりだろ? 全く記憶にないや!」

 

「私は初めてなんだ。」

 

「そうなんだ? 子供の頃に乗ったりしなかったの?」

 

「乗りたかったけどね……」

 

 

 あぁそうか、きっと留美子は天照(あの人)と一緒に乗りたかったんだ。 そんな夢を抱きながら、留美子は彼女の世話を続けていたのだろう。

 

 

「――待って。」

 

「うん、やばいのがいるね。」

 

 

 ソイツは自身の気配を消す事も、殺気を隠そうともしていなかった。 ただ真っ直ぐに、その殺意を私に向けているのは理解できる。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「染野――艷千香?」

 

 

 理性を感じない血走った瞳は、真っ直ぐ私を睨んでいる。 呼吸は荒々しく、一歩踏み出す度にその身体は大きく左右に揺れた。 明らかに正気ではない彼女は、ゆっくりと私に近づいてきている。

 

 

「お前さえ、お前さえいなけえば……」

 

「リベンジしに来たってわけ? お供もいなくなって正面からって事ね。」

 

 

 艷千香はまるで私の声が聞こえていない様子だった。 留美子は私の前に立ち、艷千香に向かって霊銃(レイガン)を構える。

 

 

「留美子、まさか殺すってわけじゃないよね?」

 

「いいえ、コイツはここで殺すべき。」

 

「相手は人間でしょ? 殺すのは妖怪――」

 

 

 自分で言おうとした言葉を飲み込む。 殺すのは妖怪だけ、そんな話はおかしいではないか。 ならば逆に、妖怪ならば殺してもいいのかという疑問が生まれる。

 今までだって、余程悪さをしている妖怪しか殺していなかったはずだ。 多分、私が唯一妖怪を殺したのは――留美子と共に引き金を引いたあの鬼だ。

 人間だから、妖怪だから、そんな線引きで決めていい事じゃない。 私は手を広げて留美子の前に立ちはだかった。

 

 

「私の仕事だから、どいてあまてるちゃん。」

 

「ダメだよ、そんな簡単に殺すなんて決めつけちゃ。 確かに艷千香は悪い事ばっかりしてきたけど、更生させる事だって出来るはず!」

 

「――お前が」

 

 

 艷千香から強力な霊力が発せられる。 それは強大ではあったが、物凄く歪で繊細な感覚――触れたら砕けてしまいそうな脆さも感じられた。

 

 

「私をこうしたのはお前だぁぁ!!」

 

「あまてるちゃん!」

 

 

 時間の流れがどんどんゆっくりになっていく。 いや、もしかしたら私の思考速度が速くなっているのかもしれない。 前にも似たような事があった気もするが、その件については今は深く考えない。

 飛び掛かろうとする艷千香、霊銃(レイガン)の照準を向けて今にも引き金を引こうとする留美子。 今、私が出来る行動は――

 

 

「っ!?」

 

 

 ――左肩に激痛が走る。 留美子の撃ち出した銃弾が貫通したせいなのを理解し、私は形成した霊剣(ハリセン)を飛び掛かろうとする艷千香に叩き込んだ。

 

 

「どうして……」

 

「留美子に、人殺しをさせたくなかったから。」

 

「――ごめんなさい。」

 

 

 近くのベンチに座らされ、留美子は自分のポーチから包帯を取り出すと、慣れた手つきで手当てを始める。

 艷千香はうめき声を上げながら地面を転げまわっている。

 

 

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。」

 

「どうしてこんな状態に……」

 

 

 先日戦った時は、確かに頭のおかしい奴だったけどここまで酷くはなかった。 明らかに何かが壊れてしまったような様子だ。

 

 

「殺さないと、お前を殺さないと私がまた殺されちゃうのぉ!」

 

「えっ……?」

 

「もう死ぬのは嫌なの! 嫌嫌嫌嫌嫌! やめて! 殺さないで!!」

 

「何わけわかんない――」

 

「がぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

 あまりにも酷い惨めな姿だった。 彼女にとっての幸運は、留美子が咄嗟に神域(かむかい)を展開した事によってこの醜態を晒さずに済んだ事だろう。

 私はベンチから立ち上がり、叫びながら転げまわる艷千香に近づく。

 

 

「あまてるちゃん!」

 

「大丈夫、艷千香はもう戦えない。」

 

 

 そう、彼女はきっと最初から訴えていたのだ。 私がもっと早く気づいてやればよかったのだ。 こんなにもストレートに自己主張していたのに……

 伝わってくるのは彼女の感情だ。 怒りの中に隠れた悲しみ、死を拒んでいるようで求めている。 本当に、彼女を救う方法はソレしかないのだろうか?

 彼女は言う、早く楽になりたいと。 私は答える、他にも方法がある筈だと。

 

 

”多分そんなものはない、私は晴明に壊されてしまった”

 

 

 彼女は冷静にそう答える――ここでもまたその名前だ。 奴は一体、どれだけの人間を巻き込んで?き乱せばいいのだろうか。

 もしかしたら、彼女もまた犠牲者だったのではないか?

 

 

”さあ殺しなさい。 私は死んで天国に、貴女はあの男の支配する地獄を生きる。”

 

 

 それでも彼女は、私を睨む事を辞めなかった。 きっと、私が忘れてしまった私を知っているのだろう。 だからこそこんなにも恨みを込めて睨んでいるのだ。 そしてその理由も語る事もなく――

 

 

「留美子、一緒に背負ってくれる?」

 

「――当然。」

 

 

 留美子は短く答えると、震える私の手を取ってゆっくりと霊銃(レイガン)を握らせた。 その冷たい感触に背筋がゾクりとする。 この冷たい塊が、簡単に人の命を奪うのだ。

 

 

「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」

 

「ごめん、これ以外に助ける方法がないから。」

 

「死にたくない! 死にたくない! 殺して! 死にたくない! 死にたくない!」

 

 

 私達は、ゆっくりと、引き金を――

 

 

「さよなら。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私達は無言で観覧車に乗っていた。 楽しかったはずのデートは、重苦しい空気に包まれてしまっていた。

 こうなってしまうと、聞こうと思っていた事も上手く口に出せない。

 

 

「きっかけは、身体が入れ替わったあの日だった。」

 

「――え?」

 

 

 急に留美子が口を開いた。 表情は暗く沈んだままだが、今言わなければならないという強い意志を感じた。

 

 

「お互いの一部の記憶を共有したあの日、私はありえない記憶を見た。」

 

「ありえない記憶?」

 

「帝京歴786年 2月 18日 この世界が終わる。」

 

 

 流石に考えもしない答えで私の思考が停止した。 そもそも帝京歴786年って来年の話ではないか。 私と記憶を共有したという前提がおかしくなる。

 

 

「あまてるちゃんは何故か未来の記憶を持っていた。 そして、あまてるちゃんはその記憶を覚えていない。」

 

「うん、全く身に覚えがないね。」

 

「だろうね――だから私単独で計画を進めたの。 晴明への牽制と私の代わりになる人物の選出。」

 

 

 留美子の代わり……? なんでわざわざそんな事を――

 

 

「訪れる絶望の未来、それを防ぐには私が消える必要がある。」

 

「ちょっ、冗談はよしてよ。」

 

「菊梨が消え、そして私があまてるちゃんを――そんな未来にするわけにはいかない。 だから私の後任として秋子を育てた。 私がいなくなってもあまてるちゃんを守れるように。」

 

 

 観覧車が丁度一番上に辿り着く。 留美子はその時を待っていたのか、何かの符をポーチから取り出した。

 

 

「私だってずっとあまてるちゃんと一緒にいたい。 でも、それがあまてるちゃんを不幸にするならば私は――」

 

「そんな事あるわけないでしょ!? 何かの間違いだって可能性も!」

 

「あまてるちゃん、きっとソレは絶対的な運命なんだよ。 貴女もきっと心のどこかでは気づいてるはず。」

 

「そんなわけ……」

 

「私は運命に抗う。 だから――」

 

 

 留美子は突然観覧車の扉を開け放ち、そこから手にした符を放った。 それは風に乗って町中に散らばっていく。

 

 

「これで皆の記憶から私の存在が消える。」

 

「何て事してるのよ!?」

 

「もう後戻りは出来ない。 それに私の身体も――」

 

 

 一瞬留美子の身体が半透明になるが、 頭を振って見直すと元に戻っていた。

 

 

「酒呑を封印した時の事、覚えてる?」

 

「お、覚えてるけど。」

 

「あの術は強力だけど、大きな代償が必要なの。」

 

 

 大きな代償……?

 

 

”でもね、私には一つだけ方法があったのさ――その鬼を封じる手がね。 それは人間の命を代償とした強力な封印術だ。”

 

 

 おばちゃんの言葉を思い出し、自らがやった事と同じだという事に気が付いた。 ならばあの時、その命を代償にしたのは――

 

 

「そう、私の命を使った。」

 

「なんでそんな大事な事!」

 

「言ったら、あまてるちゃんはやってくれなかった。 あの時はあれがベストだった。 どうせ消えなければいけないなら、せめてあまてるちゃんのために命を使いたかった。」

 

 

 更に留美子の身体が透明になっていく……死した体をずっと無理に動かしてきたのだろう。 術の効果で皆留美子を忘れ、彼女自身も今消滅しようとしている。 誰一人として、彼女が生きていた事を忘れてしまうのだ。

 

 

「嫌っ、私は忘れたくない!」

 

「私も忘れられたくない、でもね――これは全部あまてるちゃんのため。 私の一族、天鈿女命の系譜はずっと天照大御神の血筋を守ってきた。 それが天皇の系譜――あまてるちゃんの身体に流れる血。」

 

「劇に出て来た名前だよね? それに、私が天皇の血筋って!」

 

「お互いに思い合っても永久に結ばれない関係。 それでも私は、貴女に恋い焦がれ続けた。 だから今は幸せ、やっと私の願いが叶った。」

 

「これからでしょ私達!? だから消えるなんて言わないでよ!」

 

「晴明の計画とあまてるちゃんの過去、私が調べられなかった事に運命を切り開くヒントがあるはず。 だから恐れないで……」

 

 

 留美子は不器用な笑顔を向けると、目を瞑って観覧車の外へと身を投げ出そうとする。

 

 

「貴女なら、きっと運命を――」

 

「留美子っ!!」

 

 

 勢いよく伸ばした左手は、透明になった彼女の身体を突き抜ける。

 

 

「あぁ、やっぱり……忘れられたくないな。 愛してる――雪。」

 

 

 彼女は音もなく、地上に到達する前に消えて行った。 全ての人々の記憶からも……

 何も掴めなかった左手は、虚しく突き出したまま硬直していた。 その薬指に嵌められたシルバーリングに、乳白色の輝きを放つ宝石が埋め込まれていた。

 

 

「あぁ……」

 

 

 とても悲しいのに、何故だろう? どうして私はこんなに悲しんでいるのだろうか。

 何か、とても大事な事が抜け落ちてしまったような……

 

 

「私、なんで泣いてるんだろ……」

 

 

 その問いに答える者は、誰もいなかった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「例の物を無事回収しました。」

 

「ご苦労様、実に良い仕事ぶりです。」

 

 

 晴明は姿見えぬ女性から鳥かごのような物を受け取る。 その中には、鳥の代わりに光の玉のようなものが閉じ込められていた。

 

 

「貴女にはまだ利用価値がありますからね、退場してもらっては困るのですよ。 あぁしかし、あの実験体は本当に失敗作でした。」

 

 

 晴明は鳥かごをデスクの上に置くと、雄弁に語り出す。

 

 

「妖怪を使役する事に特化して調整したのですが、本体が脆弱過ぎて全くダメですね。 彼女相手では全く歯が立たない。 まぁ、テストを行っていた頃から何度も敗北していたのですから仕方ありませんが。」

 

 

 何度も殺され、潰された光景を思い出し、晴明は口元を歪める。

 

 

「彼女の覚醒を促すという仕事はしっかりこなしたわけですし、良しとしましょうか。」

 

「――晴明様。」

 

「おや、なんですか?」

 

「次の任務は是非私に!」

 

 

 晴明は右手を額に当て、何か考えるような素振りをして――再びニヤリと笑った。

 

 

「いいでしょう、貴女もそろそろ仇討ちがしたいのでしょう?」

 

「――はい。」

 

「貴女に敗れるならば、それは彼女が失敗作という証拠。 いいでしょう、殺す気でやりなさい。」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 あぁ、また楽しい事になりそうです。

 晴明は鳥かごに対して笑ってみせる、まるで嘲笑うかのように……

 

 

「さて、貴女の身体を用意しなければいけませんね。」

 

 

 そう言って、晴明は暗闇の中へと姿を消した。




―次回予告―

「はい、第三章も無事終わりましたね!」

「妖怪に襲われたり、キチガイ退魔士に襲われたり散々だったわ!」


「そのおかげでご主人様もだいぶ逞しくなられましたね!」

「ふっふっふ! もう私一人でも戦えるかもね!」

「そして足元を掬われるわけですね……」

「いっつも一言多いよの駄狐!(スパーン!)」

「きゃいん!」

「次回からは第四章 帰省、青森珍道中が始まるよ!」

「次回、第三十七話 帰って来たぜ、我が故郷!」

「これからも2人で頑張っていくので応援宜しくお願いしますね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 帰省、青森珍道中編
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

坂本(さかもと) (ゆき)

本作の主人公。

女性 19歳 身長160cm 体重54.2kg Aカップ

黒髪で腰までの長さ、首くらいでゴムで1つに束ねている。 瞳はダークブラウン。

帝都大学2年生。

進学のために田舎から上京してきた女性。

お気楽で、明日は明日の風が吹くとマイペースな性格の持ち主。

学力、運動はどれも平均値のノーマルであり、本人もそれを良しとしている。

唯一、一つだけ普通じゃない部分で、霊や妖怪が見え、憑かれやすいという体質の持ち主。

趣味は絵とコスプレで、コミマでの活動を通して業界進出を狙っている野心家。

ロボット作品にただならぬ情熱を持っている。

 

【挿絵表示】

 

大西(おおにし) 菊梨(きくり)

本作のヒロイン1。

女性 ???歳 身長168cm 体重64.8kg Gカップ

通常時:金髪で腰までの長さ。 瞳はライトブルー。

人間に化けている時:茶髪で腰までの長さ。 瞳はダークグリーン。

主婦、帝都大学2年生(偽装)

突如、雪の元に押しかけて嫁宣言をした怪しい狐の妖怪。

何事にも猪突猛進、ご主人様一筋、それ故に暴走しやすい危険人物。

妖怪だけあって身体能力は人間と比較出来ない程高い、また現代文化への適応速度も速く、頭も回る。

家事は何でもこなせ、荒れていた雪の家も一瞬で綺麗にしてしまった。

趣味はご主人様観察、浮気しようものなら容赦はない。

 

【挿絵表示】

 

菊梨 三尾状態(モード)

妖怪としての能力を完全に開放した状態。

尻尾が三本に増え、瞳の色がより濃い青色へと変化して少し輝いている。

また、一人称も(わたくし)から(わたし)へと変化しており、口調まで変わってしまっている。

目つきが少々つり目気味になり、性格も普段の大人しさとは真逆に好戦的に変化する。

今までの素手スタイルとは違い、実体化した霊剣――狐影丸(こえいまる)を武器として使用している。

初登場時はいつもの衣装のままだったが、動きにくいという理由から裾を破き、後で雪に怒られている。

そのため、35話では専用の新衣装を用意してきた。

ベースは梨々花と同じ巫女服だが、鶴の描かれた千早を上から羽織り、狐耳の傍にはリボンと神楽鈴が飾られている。

それに合わせ狐影丸の鍔にも小さな鈴が2個追加されている。 本人曰く、剣舞の際の装束を再現したらしい。

 

【挿絵表示】

 

羽間(はざま) 鏡花(きょうか)

雪や留美子が所属するサークル"さぶかる"のリーダー。

女性 20歳 身長172cm 体重64.6kg Cカップ

茶髪の、本人から見て左のサイドアップ。 瞳はライトブラウン。

帝都大学3年生。

しっかり者で、個性の強いメンバーをうまく纏めている。

その分気苦労も多く、貧乏くじを引く側の人間である。

成績も優秀な優等生で、将来は政治家の道を目指している。

政治家となった暁には、萌え文化を発展させようと考えている。

 

【挿絵表示】

 

大久保(おおくぼ) (あおい)

雪達の先輩で、同じサークルの所属。

女性 20歳 身長158cm 体重54.1kg Dカップ

金髪のカールのかかったミディアム。 瞳はダークパープル。

帝都大学3年生。

おっとりとしたお嬢様育ちで、いつもマイペース。

サークル内では衣装作成を担当し、雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。

一方でマーケティング能力は高く、コミマでの売り上げはしっかりと利益を上げている切れ者でもある。

親は大企業の社長で、活動費は全て彼女が賄っている。

 

【挿絵表示】

 

坂本(さかもと) 愛子(あいこ)

坂本家直系にして雪の妹分。

女性 15歳 身長152cm 体重51.2kg Cカップ

茶髪のショートボブだが、くせ毛が獣耳のようになっている。瞳は琥珀色。

八雲中学三年生。

坂本 妙の孫であり、その血を色濃く受け継いでいる。

かなり気が強く、男子相手には張り合ってしまう事が多々ある。 自分が一番でなければ気にくわないらしい。

表の顔はただの中学生だが、夜や休日は退魔士として妖怪退治に勤しんでいる。

このため、セーラー服か退魔士としての巫女装束以外の服を着る事がない。

家族とはあまりソリが合わないようだが、雪の事は姉貴と呼んで慕っている。

ソフトクリームが大好物で、老舗である惣菜屋”氷室”に何故か置いてあるソフトクリームを買うのが日課である。

髪に少々特殊なくせ毛があり、まるで狼のように見える事から、その強気な性格もあって同級生には狼女とバカにされる事もある。

祖母からの言いつけで、狐狼(ころう)神社の手入れは彼女が行っている。

 

【挿絵表示】

 

氷室(ひむろ) (あかね)

惣菜屋"氷室"を営む独身女性。

女性 30歳 身長169cm 体重58.2kg Bカップ

黒髪の腰までの長髪をポニーテールにしている。瞳の色はダークブラウン。右の瞳に泣き黒子がある。

雪が青森に住んでいた事から経営している氷室惣菜店の店主。

とても真面目で、店の事をいつも第一に考えて頑張っている。

親から店を受け継いだらしく、高校卒業後からずっと働いている。

とても美人で、久々に会った雪ですら驚く程若い姿のままである。

しかし仕事一筋のため、浮ついた話を全く聞く事が無い悲しい女性でもある。

コロッケやメンチカツが学校帰りの学生達によく売れており、中でも異色のソフトクリームは女子学生に大人気である。

子供の頃の雪や愛子も絶賛しており、リピーターでもある。

彼女目当てで毎日通っている男子学生も少なくない。 更には恋愛相談のアフターサービスまでついている。

夢は店を全世界展開する事らしい。

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 帰って来たぜ、我が故郷!

教えて、よーこ先生!

「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「第四章でも、皆さんの疑問にズバット! 答えていきますよ! では、今回の質問は――」


~青森ってどんな所?~


「これはだいぶ前にも軽く説明しましたね。 帝都領域の北部にある青森という雪国です。」

「正確には帝都から700km離れたド田舎で、交通整備もあまりされていない未開発地区です。 その地区の中心となる陸奥町がご主人様の故郷ですね!」

「霊的土地として有名な霊峰”恐山”も坂本家所有の土地のようで、何やら社があるご様子。 何かしらの逸話があるそうですが、それはまた後程という事だそうです。」

「そ・ん・な・こ・と・よ・り・! 親族の方々にはしっかりと挨拶せねばなりませんね……私とご主人様の結婚を認めてもらわねば!」

「では今回はここまで、皆さんあでぃおす!」


「――楽勝っしょ!」

 

 

 一仕事終えたアタシは、夜の商店街通りをスキップで歩いていた。 行灯袴をスカートのようにひらめかせ、上機嫌で家へ向かって進む。

 何故中学生が深夜に出歩いているのか、そう疑問に思う人もいるだろう。 それは最もな意見だが、それが適用されるのはあくまで普通の中学生だけだ。

 アタシの一族、坂本家は古くから退魔士の家系だ。 私にもその血が色濃く受け継がれている。 アタシはその力を使って、夜に妖怪退治をして回っているわけだ。

 アタシは手に持ったバニラアイスをひと舐めして、なんとも言えない顔になる。

 

 

「悪くはないけど、やっぱコンビニのアイスじゃダメだわ。」

 

 

 アタシは観念してアイスにかぶりついて飲み込む。

 

 

「――明日かぁ!」

 

 

 それは、アタシが上機嫌な理由だ。 私の大好きなあの人がこの陸奥町に帰ってくるのだ! 小さい頃からずっと一緒で、ずっと慕ってきたアタシのお姉ちゃん!

 

 

「雪姉ぇ! 早く帰ってこーい!」

 

 

 アタシの声は、夜の商店街に反響して響き渡った。

 

 

―今までのあらすじ―

 三妖と、それを率いた艷千香との戦いに決着がついた。 奴らは晴明と裏で繋がっており、私の霊力を狙っていたのだ! おかげで、学祭の演劇練習と戦いの負荷は私を大きく蝕んだのだ。 菊梨が本気の三尾状態(モード)になったり、ピクニックで私がぶっ倒れたり――まぁまぁ色々あったけど、無事に乗り切る事が出来て本当良かった……

 残った謎は私の失われた過去、そして――抜け落ちた最近の記憶である。

 

 

 

 

 

―帝京歴785年 12月23日―

 

 

「はぁ、腰がバッキバキだわ。」

 

 

 700kmの新幹線の旅を終え、私達は青森地区に足を踏み入れた。 首都から北東の辺境に位置するこの地区は、人の出入りも少ないド田舎。 しかし、私にとっては子供時代を過ごした大切な場所だ。

 私は凝り固まった身体をほぐすように両腕をブンブンと振り回した。 菊梨は着替えやお土産が詰まった旅行鞄を両手に携えて辺りを見渡す。

 

 

「結構かかりましたね。」

 

「鉄道が通ってなかった頃はもっと不便だったわよ……それに比べたらだいぶマシね。」

 

 

 昔はこの陸奥町まで鉄道が来ていなかったため、家まで車で長距離移動を強いられていたのだ。 それに比べたらここまで電車で直で来れる時点で楽なのだ。

 

 

「まぁ冬休みは2週間程あるし、だいぶまったり出来るわね。」

 

「ですね――そういえば、お迎えは誰も来ないのですか?」

 

「う~ん、確か愛子が来るって連絡あったけど……」

 

 

 ホームに降りた時点ですぐ出口がある小さな駅を出て辺りを見渡すが、人一人もいない悲しい状況だ。

見えるのは一面に広がる畑くらいである。

 

 

「いつ見てもザ・田舎って感じね。」

 

(わたくし)は好きです、風情があると言いますか……落ち着くのですよ。」

 

「そういうもんなの?」

 

 

 正直私には分からない感覚だなぁ~

 迎えが来ないとなると、このまま二人でおばちゃんの家に向かえばいいのかね。

 

 

「雪姉ぇ~!」

 

「ん――遅い!」

 

 

 懐かしい凛とした声が聞こえる。 右手を振りながらこちらに駆け寄ってくるセーラー服の少女――あの特徴的なくせ毛は間違いなく愛子だ。

 

 

「マジごめん! アイス食べてたらゆっくりしすぎた!」

 

「また氷室さんのとこ行ってたな!」

 

「いいじゃん! 雪姉ぇも好きっしょ?」

 

 

 そう言って左手に持ったソフトクリームを私に差し出した。 気温が低いおかげで、まだ思った程ソフトクリームは解けてはいなかった。

 

 

「うむ、任務ご苦労。」

 

 

 私はそのソフトクリームを受け取り、ゆっくりと舐めとる――すると口の中に懐かしい甘さが広がった。

 

 

「所で雪姉ぇ、その隣にいる妖怪は式神?」

 

「あー、似たようなもんかな。 やっぱり愛子には分かっちゃうか。」

 

「かなり妖力を抑え込んでるみたいだけど、隠し切るのは無理っしょ。 肌にビリビリ来るし。」

 

 

 学校では全くバレる様子はなかったが、やはり愛子のような霊力を持つ者には分かってしまうようだ。

 

 

(わたくし)、ご主人様のお嫁さんとなりました菊梨と申します!」

 

「なんであんたはそういう勘違いされる紹介をするのよ!」

 

 

 即座に霊剣(ハリセン)を形成し、菊梨の後頭部に思いっきり叩き込む。 相も変わらず菊梨は叩かれる事に喜びを覚えているようだ。

 

 

「やっぱそうなんだ、そんな気がしてたんだよね。」

 

「そこも信じ込まない!!」

 

「てか霊剣じゃんそれ! いつの間に!?」

 

 

 愛子は目を輝かせながら私の手にしている霊剣(ハリセン)に視線を注いでいる。

 

 

「そんなに珍しいの?」

 

「アタシもまだ使えないんだよね! 折角だし出し方教えてよ!」

 

「うーん、時間がある時にね!」

 

 

私はアイスを舐めるのを再開しながら歩きだす。 これから挨拶周りもあるし、何よりもおばちゃんの家を片づけねばならない。 しばらくは拠点となるのだから当たり前である。

 

 

「ん、あれって……」

 

「砂かけ婆ですね。」

 

 

 家に向かう田舎道を歩いていると、木の枝に老婆が座っていた。 通りすがりの小学生に砂をかけては下品な笑い声を上げている。

 その姿に私と愛子は見覚えがあった。

 

 

「まーたあの婆さん! この前お仕置きしてやったのに!」

 

「昔からいるけど相変わらずなのね。」

 

 

 愛子が私に目で合図を送ってくる――間違いない、昔のアレをやるつもりだ。

 私はゆっくりと頷き、敵に向かって駆け出す。 愛子は手にした符を一枚、砂かけ婆に向かって投げ放った。

 

 

「雪姉ぇ!」

 

「わかってる!」

 

 

 私は霊剣(ハリセン)を形成して大きくジャンプする。 愛子の放った符は砂かけ婆を拘束して動きを封じる。

 

 

「必殺! 狐狼双破!」

 

 

 昔と同じように技名を叫んで、思いっきり砂かけ婆に霊剣(ハリセン)を叩き込む。 当然、消滅してしまわないように威力は調整してある。

 まぁ、昔は拳を叩き込んでたんだけどね。

 

 

「流石雪姉ぇ!」

 

「愛子も相変わらず完璧ね!」

 

 

 砂かけ婆は気絶して木から転げ落ちた。 襲われていた小学生はというと――

 

 

「うわぁ、変な事叫んでるおばさんがいる!」

 

「逃げろ~!」

 

 

 まぁ……こうなるよね。 普通の人には妖怪は見えないわけで、一般的に見れば頭おかしいのは私の方になるわけだ。

 

 

「でもおばさんはないよね……?」

 

「大丈夫ですご主人様、アレは子供の仕様みたいなものです!」

 

「うん、分かってるよ。 分かってますとも……」

 

 

 それでも心は痛いのよ~!

 そんな悲痛な叫びは、私の心の中だけに木霊した。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「……」

 

 

 ――やっとこの場所に来ることが出来た。

 私は花や線香を持って共同墓地へとやってきた。

 

 

「ごめんね、遅くなって。」

 

「ご主人様……」

 

 

 坂本 妙の名前が刻まれている。 私の大好きなお母さん(おばちゃん)の名前だ。

 

 

「私ね、覚悟決めてここまで来たんだよ。 きっと私は、自分の過去と向き合わなきゃダメだって。」

 

「……」

 

「きっとお母さん(おばちゃん)なら、先読みして色々準備してるんだよね。 いつも何でも知ってるみたいにさ、私の困りごとはなんでも解決してくれたよね?」

 

 

 自然と涙が溢れてくる。 この冷たい墓石と対面して初めて大事な人を失くしたと実感させられる。

 私が何を問うても、冷たい墓石は何一つ答えてくれない。

 

 

「だから、最後にもう一度だけ――頼らせてもらうね?」

 

 

 菊梨はそっと私の肩を抱いてくれる。 そんな何気ない優しさが、私の心を優しく包んでくれる。

 

 

「ごめん、大事な事言い忘れてたね――」

 

 

 私は涙を拭い、無理矢理笑顔を作ってその言葉を紡いだ。

 

 

”ただいま!”




―次回予告―

「さぁさぁ、始まりましたよ第四章!」

「ていうか~アタシの独壇場だし。 狐は呼んでない的な?」

「ええい、ここは私(わたくし)とご主人様の不可侵領域です! 狼娘はお呼びじゃないです!」

「言ったな狐娘! この場で退治するし!」

「いいでしょう! 相手になってあげます!」

「犬猿の仲ならぬ狐狼の仲って奴? 喧嘩してる二人は放っておいてー―次回、第三十八話 孤独な狼とお人形。」

「次回もぉ!」

「お楽しみにぃ!」

「おぉ、クロスカウンタ―!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 孤独な狼とお人形

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「新人の愛子でぇーす! テンションアゲアゲでいくよ!」

「今回は、新人の愛子ちゃんと共にやっていきまーす! ではでは今回のお題は――」


~第二回質問コーナー!~


「ぱちぱちぱち!」

「では、皆さんから頂いたお便りを読んでいこうと思います!」

「じゃあアタシが――」

”晴明さんってラスボス感出してるけど、結構かませっぽいですよね? 前も雪ちゃんにしばかれてたし。 あの人本当に強いんですか?”

「はっきりと言いましょう、そんなに強くないです。 彼が優れているのは政治的駆け引き等の頭脳と知識ですね。」

「頭キレるだけの男とかちょーうける! だっさー!!」

「まぁ彼が何か仕掛けてくるのは間違いないですが……次行きましょう!」

”先輩二人組の出番をもっと増やして下さい!”

「脇キャラなんだから無理っしょ!」

「――そんな事言ってると、足元をすくわれるかもしれませんよ?」

「え……?」

「では、次がラストですね――」

”○○○は本当に消えてしまったのですか?”

「なにこれ、文字が潰れて読めないんだけど。」

「これはノーコメントってわけにはいきませんよね――正直に言いますと消えておりません。
 皆さんの記憶からは強制的に消されましたが、彼女の魂は――うん、これくらいにしておきましょうか。」

「ちょー気になる!」

「まぁ次回のお楽しみという事で! では、皆さんあでぃおす!」


「すぴ~」

 

「ぐっすりと眠ってますね。」

 

「雪姉ぇが自由なのは昔からだから。」

 

 

 家の片付けをし、先程まで歓迎会をしていたのだが――主役はこの通り夢の中というわけだ。 布団の上で毛布も被らずに大の字で寝転がっている。 そしてその表情は、なんとも幸せそうなだらしない顔である。

 

 

「少し気になったのですが――皆さん、ご主人様に何かよそよそしい態度のように感じたのですが。」

 

「それは仕方ないよ、雪姉ぇのお世話してたのはおかさん(大きい母さん、祖母の事)だけだったし。 多分身内で親しかったのはアタシだけ。」

 

「そうですか……」

 

 

 あくまでも養子という立場であり、他の親族達にとっては目の上のたんこぶのような存在だったのだろう。 しかも、その出生が普通でなければ尚更――

 

 

「そうだ、折角だし雪姉ぇの話聞かせてよ! 本人が寝てるならいくらでも話せるっしょ!」

 

「いいですよ! でもその前に――ご主人様の幼い頃のお話が聞きたいです。」

 

「おっけー、なら雪姉ぇとアタシの出会った時の事教えたげる。」

 

 

―前回のあらすじ―

 青森よ、私は帰ってきた~! なんて叫びつつ、冬休みに帰省した私とそれに便乗した一匹。

 去年は来られなかったのと、おばちゃんの墓参りを兼ねているのだが――本当の目的は別にある。 それは自分の失われた過去を知るという事だ。 きっとここになら、記録としての紙媒体が残っているのではないかという可能性に賭けたというわけだ。

 まぁおばちゃんの事だから、私が帰省するのを見越して何か準備してそうな気もするんだけどね。

 

 

 

 

 

―帝京歴776年―

 

 

 今日もアタシは最低の気分だった。 いつもの事と言ってしまえばそうなのだが、今日は特に荒れていた。

 

 

”狼女、こっちくんなよ!”

 

”化け物は一人で遊んでろよ!”

 

 

 朝に母親に怒られて機嫌が悪かったアタシは、いつも馬鹿にしてくる男子二人組をボコボコにしてやった。 当然こちらも無傷というわけにはいかず、腕や足に引っかき傷をつけられてしまった。

 それを見た母親は野蛮だとか、もっとお淑やかにしろとか文句を言うだけ言ってアタシを放置した。

 

 

「やってらんない。」

 

 

 私を大事に思ってくれているのは、きっとおかさんだけだ。 生まれながらに持つ霊力を皆蔑むが、おかさんだけは褒めてくれる。 だからこうして、おかさんがよく来ている恐山に足を踏み入れているのだ。

 この山には狐狼神社と呼ばれる社が存在する。 坂本家はその管理を任されており、おかさんは手入れのために毎日この山を訪れているのだ。

 一人で山の中に入るのは初めてだが、何度も連れてきてもらっている場所なので迷う事はない。

 

 

「流石にこの辺は妖怪が多いな~」

 

 

 360度どこを見渡しても小物妖怪がうじゃうじゃいる。 物珍しそうにアタシを眺めてくるが、決して襲ってきたりはしない。 人に悪戯する程度で、害を与えるような妖怪ではないからだ。

 それに小物は、自分より強い者に手を出したりはしない。 それが私の自尊心を満たしてくれる。

 

 

「う~ん、おかさん来てないのかな?」

 

 

 社の近くまで来たのだが、おかさんの姿は見当たらない。 相変わらず妖怪達が私の様子を伺っているくらいだ。

 ――いや、妖怪達に妙な動きがあった。 まるで何かを避けるかのように散っていく。

 私は普段とは違う妖怪達の動きに戸惑うが、その理由はすぐに判明した。

 

 

「……」

 

 

 背筋を駆け巡る寒気――それは生物の本能的な反応、すなわち恐怖だ。 今まで感じた事の無いような圧力、それだけで身体は硬直して動けなくなる。

 

 

「こんにちわ。」

 

「こ、こんにちわ。」

 

 

 ゆっくりと歩み寄ってきたのは、アタシよりも少し年上の少女だった。 赤い着物に長く黒い髪――まるで座敷童のような風貌が更に恐怖を駆り立てる。

 その瞳は冷たく、まるで全てを見透かされているかのようにも感じる。 それと同時に、何か寂しさも感じた。

 

 

「貴女――確かおばちゃんの孫だよね?」

 

「ななな! なんのこと!?」

 

 

 上手く言葉を紡げない。 しかし、しっかりと答えなければ殺されるのではという恐怖も同時にある。

 人形のような少女は首を傾げてこちらを見やる。

 

 

「どうしてそんなに怯えてるの?」

 

「こ、怖くなんてないよ!」

 

「貴女も私が怖いの? 私が化け物だから?」

 

「あ……」

 

 

 この時、一つだけアタシは理解した。 きっとこの子も自分と同じなのだと。

 

 

「怖くない、だってアタシも化け物だもん。」

 

「へぇ、貴女も化け物なんだ。」

 

 

 人形のような少女が初めて笑顔をみせた。 その姿は年相応の少女に見える。

 

 

「うん、今日も幼稚園で化け物って言われたもん!」

 

「それでどうしたの?」

 

「むかつくから喧嘩した!! 頭叩いて噛みついてやった!」

 

「ふふっ、意外と可愛い化け物さんね。」

 

 

 私なら――と、少女は右手の人差し指を私の背後に向ける。 その瞬間――そこにいた妖怪が唐突に爆発四散した。

 

 

「こうするけどね。」

 

「ダメだよ!」

 

 

 アタシは少女の腕を強めに掴む。 何がいけないのかと、少女は首を傾げている。

 

 

「おかさんが、妖怪も人間も同じ生き物なんだから無暗に殺しちゃダメって言ってた! だからダメ!」

 

「――知らなかった。 今度からは気を付ける。」

 

「うんうん!」

 

「お詫びにいいとこ連れてってあげる。」

 

「いいとこ?」

 

「着いてからのお楽しみ。」

 

 

 少女はアタシの手を引っ張りながら歩き始める。

 

 

「そういえば、名前は?」

 

「孫なのに聞いてないの? 私は坂本 雪。」

 

 

 そういえば、前におかさんが言っていた気がする。 遠くからやってきたアタシのお姉ちゃんみたいな存在がいるって。 もしかして、この少女がそうなのだろうか?

 

 

「少しだけ――でも名前まで知らない。 あと、孫じゃなくて愛子って名前があるから。」

 

「愛子……ちゃんと覚えた。」

 

 

 それが坂本 雪――雪姉ぇとのファーストコンタクトだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ついた。」

 

 

 連れてこられたのは商店街通りだった。 母親と何度か足を運んだ事があるが、特に”いいとこ”という認識はない。

 

 

「あら、また来たのね。」

 

「いつもの宜しく。」

 

 

 氷室惣菜店と看板が掲げられた店で店番をする女性に何かを注文する。 しばらくするとソフトクリームを両手に持って女性が中から戻ってきた。

 

 

「お友達連れなんて珍しいわね。」

 

「ただの腰巾着。」

 

「誰が腰巾着よ!!」

 

 

 アタシの突っ込みを華麗にスルーし、受け取ったソフトクリームをアタシに押し付けてくる。

 

 

「お詫び。」

 

「あ、ありがと……」

 

 

 惣菜屋で何故ソフトクリームなのか、という疑問はあったがその美味さにそんな疑問は消え去った。 アタシは完食し終えるまで夢中で貪り続けた。

 

 

「美味しい!」

 

「私のお気に入りなんだ。 支払いは後でおばちゃんがしてくれる。」

 

 

 なんて恐ろしい子! というか自由にさせ過ぎでしょおかさん!

 そんな考えも関係なく、雪はマイペースにソフトクリームを舐めている。 なんというか、そのギャップが可愛いなとも思う。

 

 

「あ、狼女だ!」

 

「化け物が何してんだよ!」

 

「あんたら!」

 

 

 そんな私達の前に現れたのは例の二人組だった。 私と同じで手足に引っ掻き傷が生々しく残っている。

 雪は最後のワッフルコーン部分を平らげると、指についたアイスを舐めとった。

 

 

「愛子、こいつらが言ってた奴ら?」

 

「こいつらだよ!」

 

 

 二人組はこちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。 おそらくは新しい玩具を見つけたような、そんな感じの心境なのだろう。

 

 

「なんだよ、狼女にも友達なんていたんだな。」

 

「ってかコイツお化けじゃね? 化け物と相性抜群だな!」

 

「――よく囀るガキだな。」

 

 

 雪が指を鳴らすと、突然二人組が手に持っていたラムネのガラス瓶が砕け散る。 二人は小さな悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。

 雪は飛んできたビー玉2個をキャッチすると、二人の目の前で粉々に砕いてみせた。

 

 

「次はお前達の番だな。」

 

『うわぁぁぁぁ~!!』

 

 

 振り返りもせずに一目散に逃げだす二人組……

 

 

「それでも男か、情けないな。」

 

「――カッコイイ。」

 

「ん?」

 

「雪姉さんて呼ばせて下さい!」

 

 

 雪姉ぇに憧れたのはその時だ。 その圧倒的な存在感に私は惹かれたのだ。

 

 

――

 

 

 

「う~ん、今のご主人様と比べるとまるで別人ですね。」

 

「まぁそこはちょっち理由があってね……でも、根本的な所は変わってないっていうか。」

 

「――確かにそれは分かります。」

 

「お、流石菊梨っち! わかってんじゃん!」

 

「菊梨っち……?」

 

 

 女子トークは大いに盛り上がり夜は更けていく。 ある意味、話の中心人物が爆睡していたのは幸せであったかもしれない。

 

 

「はぁ~、アタシもそろそろパトロール済ませて寝よっかな。」

 

「頑張り屋さんなのですね。」

 

「おかさんの代わりに、アタシがこの町の平和を守らないとね!」

 

「気を付けて下さいまし。」

 

「ありがとね! じゃ、明日は恐山に行くからさっき教えた場所に雪姉ぇと一緒に来てね!」

 

 

 二人は別れを惜しむように手を振り合った。

 菊梨は電気を消すと、静かに雪の布団の中へと潜り込んで頬に軽くキスをする。

 

 

「おやすみなさい、ご主人様。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「それがこの、狐狼神社ってわけ。」

 

「へぇ、そんな由来があったのね。」

 

 

 長い説明が終わり、私はほっと胸をなでおろした。 話の半分も頭に入ってこなかったが、とにかく悲しい話だというのは理解出来た。

 恐らくは昔おばちゃんに聞かされたであろう話だが、全く数ミリも覚えてはいない!

 

 

「ううっ、なんて悲しいお話なのでしょう……」

 

「ちょっと泣きすぎでしょ!? ハンカチいる?」

 

「ありがとうございます……チーン!」

 

 

 菊梨は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 ――正直感化されすぎではと思う。 悪い奴に簡単に騙されそうだと不安になってくるな。

 

 

「というか、おかさんから何度も聞かされたっしょ?」

 

「ごめん、まったく思い出せない!」

 

「まぁ雪姉ぇらしいけど。」

 

「うっさい!」

 

「そうだ、さっきの話に余談があるんだよねぇ。」

 

「何よそれ?」

 

「亡くなった母狐のお腹の子供、生きてたらしくてね――取り出してみると人間の赤ん坊が出て来たらしいよ。」

 

「まじで……?」

 

「さぁ? 昔の話だから知らないよ。 なんでもその赤子が私達のご先祖様って言われてるらしい。

一族の霊力の強さもそれが由来だ~っておかさんも言ってた。」

 

「もし本当なら凄い話ね……」

 

「二匹の愛は継承されたという事ですね! なんという奇跡!」

 

「はいはい、貴女は少し落ち着きなさい。」

 

 

 軽く頭を撫でてやると、私にがっちりとしがみついて泣き始めてしまった。

 なんだか状況を悪くさせてしまった気分だ。

 

 

「じゃ、アタシは用事があるから後はごゆっくり~」

 

「ありがとね愛子。」

 

「明日アイス奢ってね~」

 

「仕方ない、どの道挨拶に行く予定だったしね。」

 

「やった!」

 

 

 思わず愛子はガッツポーズをする。 そもそもアンタ、地元にいるんだからいつも食べてるんでしょうが!

 そう言ってやりたい気持ちもあったが、大事な妹分を喜ばせるためならいいかと思った。

 ――引っ付いた菊梨を無理矢理引き剥がす。

 

 

「ほら、お参りするんでしょ?」

 

「しますぅ!」

 

 

 二人仲良く手を繋ぎながら拝殿に向かって歩き出す。

 

 

「この神社はね、縁結びのご利益があるのよ。」

 

「しかも狼と狐、異種間の縁結びにうってつけですねご主人様!」

 

「ふふっ、確かにそうね……」

 

 

 この二匹と同じように、私達が歩む道は険しいのかもしれない。

 多くの障害が私達の道を阻むだろう……かつての友が立ちはだかる事もあるかもしれない。

 それでも――私達は前に進むと決めたから。 この長く険しい道を、二人で……

 

 

「ご主人様!」

 

「なによ菊梨?」

 

「――愛しています。」

 

「ふふっ、私も――愛してる。」

 

 

 二人だけの境内で、私達は唇を重ねた。




―次回予告―

「何、なんで二人共ニヤニヤしてるわけ?」

「だってねぇ?」

「ですよねぇ?」

「あぁもう気持ち悪いじゃない! 私にも教えなさいよ!」

「ほんと雪姉ぇって――」

「本当にご主人様って――」

『可愛いよねぇ。』

「あぁもう! なんかむかつく!」

「次回、第三十九話 VSターボばあさん! 紀野埠峠の死闘!」

「白い流星が峠を駆ける!」

「Dont miss it!」

「だから私にも教えなさいってば!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 VSターボばあさん! 紀野埠峠の死闘!

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「今回もアゲアゲでいくよ!」

「ではでは、今回のお題は……」


~クリスマスが無いってホント?~


「センセー、クリスマスって何?」

「私(わたくし)も詳しくはないのですが、こことは違う世界にある行事だそうですよ。 なんでも恋人同士で過ごす事を性夜と呼ぶのだとか。」

「マジで!?」

”違うぞ。”

「何々? どっから声してきたわけ?」

”天の声だ、あまり気にするな。 兎に角、この世界にキリストの概念が無い以上クリスマスの概念も同時に存在しない。”

「――これは大物が出てきてしまいましたね。」

「センセー?」

”コホン、では私はこれにて失礼する。”

「あぁ、今回はお仕事とられちゃいましたね。 皆さんあでぃおす!」

「だから、さっきの狐女は誰さ~!」


 私達三人は、朝から氷室惣菜店へとやって来ていた。 勿論、目的は例のソフトクリームである。

 

 

「あら、いらっしゃい――って、雪じゃないか!」

 

「お久しぶりです氷室さん!」

 

 

 彼女の名前は氷室 茜。 この氷室惣菜店の店主であり、昔から色々とお世話になっている人である。

 既に30歳になるはずなのだが、その見た目は私がこの町を出る前とほとんど変わっていない。

 

 

「帰ってるとは聞いてたけど、やっと店に顔を出してくれたね!」

 

「本当はすぐに来たかったんですけど、おばちゃんの家の片付けになかなか時間をとられちゃいまして……」

 

「まぁそれは仕方ないね。 で、その隣の娘は彼女かい?」

 

「いえ、(わたくし)はご主人様の嫁です!」

 

 

 いやいや、彼女って発想はおかしいでしょ!

 そう突っ込みたかったのだが、菊梨は待ってましたとばかりに胸を張って名乗り出てしまった。

 

 

「嫁連れで帰省とはやるねぇ!」

 

「あぁもう……なんでもいいや。」

 

「ソフトクリーム3つ用意するね。」

 

 

 氷室さんは慣れた手つきでソフトクリームの機械を操作する。 ワッフルコーンの上に綺麗なとぐろを巻いて見慣れたソフトクリームを形成していく。

 

 

「はいお待ち、300円ね。」

 

「ありがとう、氷室お姉さん!」

 

「褒めても値下げはしないよ?」

 

「ちっ……」

 

 

 私はがま口財布から100円玉を3枚取り出して氷室さんの手の平に受け渡す。

 

 

「毎度あり~」

 

「お得意様なんだから少しくらいまけてもバチは当たらないと思うけどね。」

 

「それとこれとは別ってね!」

 

 

 ――悔しいが、味は相変わらずの絶品だ。 最早この誘惑から逃れられない身体にされてしまっているのだ。

 

 

「さてと、今日はどうする?」

 

(わたくし)はご主人様にお任せします。」

 

「はいはーい! アタシはカラオケ行きたい!」

 

「カラオケかぁ……」

 

 

 私の記憶が正しければ、市街まで出張って行かなければカラオケ店は無かったはずだ。 もしも、万が一町の中に新設されているならば話は別だが。

 

 

「ねぇ愛子、もしかして町内に新しくカラオケ店が作られてたりは――」

 

「ないない。」

 

「ですよねぇぇええ!!!」

 

 

 分かってた、分かってましたとも! そんな都合のいい話があるわけないってね!

 そうなると手段はバスか電車での移動だ。 大体、片道1時間という長旅になるが。

 

 

「はぁ、どうしたもんかね。」

 

「んー、おかさんの車ならあるけど。」

 

「車があるとな……?」

 

 

 ――それなら話は別である。 車を使えば、1本30分おきにしか来ないバスや電車を待つ必要はないのだ!

 

 

「よし、私の運転免許が役に立つ時が来たな!」

 

「へぇ、雪姉ぇ免許持ってたんだ。」

 

「まぁね! 帝都に出る前におばちゃんに取れって言われたからね。」

 

 

 ともかく、足は手に入れた! さぁ、いざ行かん魅惑のカラオケタイム!

 私は高らかに右腕を掲げた。

 

 

―前回のあらすじ―

 お墓参りでご主人様の故郷である青森にやって来た(わたくし)達二人でしたが、家の片付けだけでご主人様はお休みタイム。 (わたくし)とご主人様の妹分である愛子ちゃんとの語りが始まったのであった。

 (わたくし)的には、ご主人様の新たな一面を知れて満足って感じですね! さてさて、今回はどんな騒動が起きますやら……

 

 

 

 

 

「丘をこ~え~行こうよ~」

 

 

 私は鼻歌混じりに車を走らせていた。

 

 

「ご主人様……」

 

「何よ、不服そうな顔しちゃって。」

 

「それはもう!!」

 

 

 菊梨が不貞腐れている理由は一つ――彼女の今の姿が全てを物語っている。

 助席に座る愛子の膝元にちょこんと行儀よく座っているモフモフの生き物、それが今の菊梨だ。 更に詳細に言えば、狐の姿になった菊梨が不貞腐れ顔でこちらを睨んでいるのだ。

 

 

「仕方ないでしょ、そうしなきゃ乗れなかったんだから。」

 

「それはそうですが……」

 

 

 ある程度は予想していたのだが、ガレージに眠っていたのは軽トラックだったのだ。 車は車なのだが、後ろに荷台がある仕様上――運転席と助手席しかない。 この車に3人で乗り込む事は事実上不可能なのである。

 

 

「いやぁ、菊梨が妖怪でほんと良かった!」

 

「いえ、妖怪だからこういう芸当が出来るというのは間違いなのですが。」

 

 

 愛子は話の最中でもひたすら菊梨をもみくちゃにしている。 あのモフモフの感触が気に入ったのだろう――私も後で触らせてもらおう。

 

 

「さてと、あとは紀野埠峠を越えたら目的地に到着ね。」

 

「紀野埠峠か……」

 

「ん、どうかした?」

 

 

 さっきまでモフモフに夢中だった愛子が手を止めて口を開いた。

 

 

「実はね、紀野埠峠にトンネル作ろうっていう計画が去年あったわけ。 で、工事してたら古い祠が出て来たわけよ。」

 

「ふむ……それで?」

 

「そいつら馬鹿でさ~! おかさんに相談すれば良かったのにその祠を撤去しちゃったわけ。

 まぁ案の定、事故が多発して計画はおじゃん。」

 

「――因果応報ね。」

 

「でしょ~? で、ここからが本題なわけ。 その事故以来、この紀野埠峠を走っていると――」

 

 

 ここから紀野埠峠、カーブにご注意くださいという看板の横を通り過ぎる。

 こんな話をしているからだろうか、妙に背筋が冷たい。

 

 

「ご主人様、何か感じませんか?」

 

「キノセイジャナイ?」

 

 

 感じ取るのはこの三人の中で一番秀でているであろう菊梨から、そんな言葉が出てくると嫌な予感しかない。

 私は恐る恐るバックミラーで背後を確認する――

 

 

「ひっ!?」

 

 

 ――小さな悲鳴が零れる。 そこに写っていたのは、物凄い形相で走りながらこちらを追いかけて来る老婆だった。

 

 

「マジヤバっ! 噂のターボばあさん!」

 

「ターボばあさん!?」

 

「事故以来出てくるってのがアレ! 峠を抜けるまでずっと追ってくんの!!」

 

 

 ターボ――という程ではないが、人間とは思えない速度でこちらを追いかけて来るターボばあさんは人間とは思えない。

 かと言って、妖怪かと言われれば多少違和感があった。

 

 

「菊梨、アレおかしくない?」

 

「そうですね、妖怪にしては纏っている雰囲気が違うと言いますか……」

 

「だよね。 愛子、あれに追いつかれるとどうなるわけ?」

 

「――知らない。 だって、追いつかれたって報告聞いた事ないし。」

 

 

 となると、答えは一つだ――追いつかれるとただじゃ済まない!

 

 

「――速度上げるわよ!」

 

 

 私はレバーを倒して4WDへと切り替える。 上りの山道ではこちらの方が馬力が出る。

 更にアクセルを踏み込んで加速し、ターボばあさんとの差を開かせる。

 

 

「こんな速度でどうやって曲がるわけ!?」

 

「こうすんのよ!」

 

 

 目の前に迫る急カーブ、私は躊躇なくサイドブレーキを引きながらハンドルを切る。

 けたましい音を響きかせ、後輪が滑らせて無理矢理車の方向を変える。

 

 

「舌噛まないようにね!」

 

「……うん。」

 

 

 この紀野埠峠はそれ程規模は広くはないが、さっきのような急カーブが多々ある。 私は機械のような正確さで何度もドリフトしながら道を進んで行く。

 

 

「雪姉ぇ! ターボばあさんが追いついてきたよ!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 

 正直、このまま走っていれば逃げ切れると踏んでいた。 しかし、ターボばあさんはニヤリと笑みを浮かべたかと思うと加速してきたのだ。

 もうすぐ峠は下りを迎える――その場合、ターボばあさんに更なる加速をもたらすだろう。 そうなると追いつかれる可能性は高くなってしまう。

 

 

「分かりました! ご主人様、アレは妖怪じゃありません。」

 

「どういう事よ?」

 

「恐らくは山神は変質したものです。 長年放置された事、そして無理矢理祠を破壊された事でああなったのでしょう。」

 

「そんな情報あっても今は役に立たないわよ!」

 

「ですから! 峠を越えてしまえば安全という事です!」

 

 

 まずその逃げ切る知恵を教えてくれ!

 そう叫びたかったが、急カーブのため飲み込んだ。 さて、ここからは下りの道に入っていく。

 

 

「ヤバイ! すぐ後ろまで来てる!」

 

「峠さえ来れられれば……」

 

 

 峠を――それしかないか。 私は一つの賭けに出る事にした。 このまま掴まって消されるくらいなら、例え1%でも可能性のある方に賭けよう。

 私はアクセルを踏み込んで加速させる。

 

 

「菊梨! 少しの間だけ後部の窓を開けるから、そこから荷台に移動して!」

 

「どうなさるおつもりですか?」

 

「飛ぶのよ!」

 

『飛ぶ!?』

 

 

 愛子と菊梨の声が重なる。 目の前に迫るカーブ、そのガードレール横には大きな大岩がある。

 

 

「いい? まずはあの大岩をスライスしてジャンプ台にするの。 ジャンプしてからは邪魔な木々を切り倒す――以上!」

 

 

 私は菊梨の首根っこを掴んで少し開いた後方窓から菊梨をぶん投げる。

 

 

「ご主人様ぁぁぁ!!」

 

「時間無いんだからさっさとやる!!」

 

 

 菊梨はすぐさま人の姿に戻り、目の前にある取っ手に左手で捕まった。 目の前にはさっき言った大岩が迫ってきている。

 

 

「いやぁぁぁぁ!」

 

「菊梨!!」

 

「あぁもう、わかってますとも!」

 

 

 菊梨は右手で霊剣を形成し、横薙ぎに一閃する。 目の前の岩はいとも簡単に断ち切られ、簡易的なジャンプ台が完成する。

 

 

「いくわよぉ!」

 

「神様仏様おかさん――アタシ達をお守りください!!」

 

「あ~い、きゃ~ん――ふらぁぁい!!」

 

 

 全身を駆け巡る浮遊感、それはジェットコースターに似ているかもしれない。 そして次に襲ってくるのは――重力による落下現象だ。

 まるでレースゲームのようなショートカット、あとは着地さえ決めればこちらの勝ちだ!

 流石にターボばあさんも驚きの表情を隠せないようだ。

 

 

「――こんな大胆なご主人様も、いいかも。」

 

 

 障害となる木々を菊梨は的確に切り払っていく。 愛子は放心状態なのか口をぽかんと開いたまま硬直している。

 私の狙い通り、着地地点である峠終わり近くの道路が迫る。 あとは車が衝撃に耐えられるかどうかだ。

 

 

「普通は耐えられませんからね!!」

 

 

 着地の瞬間の衝撃に備えるが、襲ってきたのは拍子抜けのような小さな揺れだけだった。 どうやら菊梨が結界を緩和剤のようにして衝撃を抑えたようだった。

 

 

「見たか! 私達の勝ちよターボばあさん!!」

 

 

 峠を抜けたという旨が表記された看板をすり抜けた後、私は高らかに勝利宣言をした。 いつの間にか追いついてきていたターボばあさんは看板の前で立ち尽くしていた。

 愛子は相変わらず放心状態で、菊梨は安心したのかぺたりと荷台に座り込んでいた。

 私はゆっくりと車を停車させると、ターボばあさんの元へと歩み寄った。

 

 

「いい勝負だったわ。」

 

「……」

 

 

 私が右手を差し出すと、ターボばあさんも笑顔で握手を交わした。ここに、奇妙な友情が生まれたのであった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 結局あの後、カラオケの話はおじゃんになりターボばあさんとの対話が始まった。

 やはり菊梨の予想通り、彼女は元々山神であった。 存在を忘れ去られ、その力は弱まって消えそうになっていた所を工事の時に掘り起こされ、認知される事で多少の力を取り戻したらしい。

 当然、祠を破壊しようとした人間を追い返したのだが――再び自身の力が衰えてしまう事を恐れ、定期的に姿を現しては車を追いかけまわしていたらしい。 その結果、ターボばあさんという存在として強く認知される事によって存在が変質してしまったというわけだ。

 

 

「まぁ、祠の立て直しと定期的な祭事の約束をして騒動は収まったわけだけど。」

 

「それ、アタシがやらなきゃないんだけど~?」

 

「そんな細かい事気にしちゃダメだって後継者さん!」

 

「むぅ……」

 

「こういうお仕事もおばちゃんがやってたんだから、愛子も頑張らないとね。」

 

「そうだけどさ……」

 

 

 ともあれ、ターボおばさん騒動は一件落着というわけだ。 幸い、車もなんともなかったわけだし。

 

 

「でも、雪姉ぇの運転する車には二度と乗らないから!」

 

「あら、トラウマになってらっしゃる?」

 

「バカー!」

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

「ふむ、悪くない茶じゃ。 お嬢さん、お替りをおくれ。」

 

『誰だこの爺さん!?』

 

 

――続く!




―次回予告―

「ちょっとなにこれ、このまま続くわけ!?」

「はい、続きますよご主人様。」

「お茶はまだかのお嬢さん。」

「少々お待ち下さいね。」

「(あの特徴的な頭部の形、間違いなく妖怪ぬらりひょんよね)」

「なんじゃ、予告をしないならわしがしてしまうぞ?
 次回、第四十話 課せられた三つの試練。」

「あぁ、次回予告まで奪われた!?」

「次回も見て下さいましね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 課せられた三つの試練

「ふむ、悪くない茶じゃ。 お嬢さん、お替りをおくれ。」

 

『誰だこの爺さん!?』

 

 

 そのお爺さんは、まるで最初からそこにいたかのように正座しながらお茶を飲んでいたのだ。

 しかし注目するのはそこではない、その異様な頭部の形状だ。 人間とは思えない異常に伸びた後頭部、それはとある妖怪に酷似していた。

 

 

「どうぞ、お茶のお替りですよ。」

 

「すまないなお嬢さん。」

 

「もしかして、ぬらりひょん……?」

 

 

 妖怪ぬらりひょん。 勝手に人の家に入り、茶や煙草を自分の家のようにふるまう。 少々風変りな迷惑妖怪だ。

 だからこそ、ここに現れた意味も理由も特にないのだろう――そういう妖怪なわけだし。

 

 

「いかにも。 ここの婆さんとは飲み仲間でな、亡くなってからもつい来てしまうんじゃよ。」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 ぬらりひょんが口にしたのは意外な言葉だった。 まさかあのおばちゃんが妖怪と仲良くしていたなんて。

 私の記憶にあるおばちゃんは、必要以上に妖怪は退治しないものの、自分から歩み寄るような人ではなかった。

 

 

「おおそうじゃ、お主が雪ちゃんじゃろ?」

 

「そ、そうだけど?」

 

「生前に預かった手紙があってな、お主に会う事があったら渡してくれと頼まれていた。」

 

 

 そう言うと、懐から茶封筒を取り出して私に手渡してきた。 状態的にそこまで古い物ではなさそうだが……

 

 

「おばちゃんからの手紙って、一体なんだろ。」

 

 

 私は慎重に中から1通の手紙を取り出す。 一呼吸置いてから、私はその手紙を読み始める。

 

 

「拝啓、お元気ですか? 私は間違いなく元気ではありませんね。 この手紙を友であるぬらりひょんに託した時点で死期を察しているからです――」

 

 

” 貴女が今この手紙を読んでいるという事は、何かしらの目的――自身の記憶や過去について調べるために帰省したのでしょう。

  貴女が望む情報全てを確かに私は知っています。 しかし、それを伝えるために試練を受けて頂きます。

  見事、三つの試練を乗り越えて鍵を手に入れなさい。 そうすれば、真実の扉は開かれます。”

 

 

「三つの試練……?」

 

「それを乗り越えれば、ご主人様の記憶が分かるのですね。」

 

 

 手紙はそれで終わっており、肝心の試練の内容は書かれていなかった。 一体この情報だけで、何をどうすればいいのやら。

 

 

「あぁ、マジで何から始めればいいのよ……」

 

 

 その時、私のスマホが唐突に震え出す。 私は上着のポケットからスマホを取り出して画面を確認する――そこには羽間先輩の名前が表示されていた。

 私は通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。

 

 

「はいもしもし、坂本ですけど。」

 

「雪ちゃん、急に連絡してごめんなさいね。」

 

 

 何故か聞こえてきたのは大久保先輩の声だった。

 

 

「どうしましたか?」

 

「今、鏡花ちゃんと一緒に駅のホームにいるのですが、道案内をお願いしたくて。」

 

「えっと――それはどういう意味で?」

 

「今二人で陸奥町のホームにいるんです。」

 

「成程ね――ってぇえええ!!」

 

 

 どうやら、もう一波乱起こりそうです。

 

 

―前回のあらすじ―

 カラオケに向かう途中、我々は恐ろしい者と接触してしまった。お分かりいただけただろうか? 車の窓から見える恐ろしい老婆の形相が…… 一体どのような思いでこの世を去ったら、あのような形相になるのだろうか。 それとも、自身を見つけて欲しいという自己アピールだとでも、言うのだろうか……?

 という前置きはこれくらいにして――山神さんと無事に和解、二度とターボばあさんは現れる事はありませんでしたとさ!

 さてさて、ぬらりひょんの登場で動き出した物語――何が起こるのやら!? ご期待下さい!

 

 

 

 

 

「わざわざ迎えて来てもらってすまないな。」

 

「二人共ありがとね。」

 

 

 電話での話通り、駅で2人の先輩が待っていた。

 

 

「ふむ、その後ろの子は?」

 

「坂本 愛子っす! 雪姉ぇがいつもお世話になってるっす!」

 

「あらあら、可愛いわね……食べちゃいたいわ。」

 

 

 大久保先輩のただならぬ気配を察知した愛子は私の背後に隠れてしまった。

 そこに気づくとは、我が妹ながら鋭いではないか。 こやつは可愛い生き物にロックオンしたら、着せ替え人形として遊び倒す危険人物なのだから。

 

 

「おいおい葵、あまり怖がらせるなよ。」

 

「あら、怖がらせるつまりはありませんわよ?」

 

「はぁ……それで、先輩達はどうして青森まで来たんです?」

 

 

 私の質問を聞くと、羽間先輩は頭を抱えてうなだれた。 逆に大久保先輩は待ってましたとばかりに目を輝かせてこちらを見ている。

 

 

「実はですね、私が鏡花ちゃんにお願いしましたの。 一緒に初日の出が見たいと!」

 

「私は正直乗り気ではなかったんだが、葵がどうしてもと聞かなくてね。」

 

「まぁ、確かに恐山からならよく見えますよね。」

 

「そういうわけですので、丁度帰省なさってる雪ちゃんにお願いすればいいかなと。」

 

 

 完全に行き当たりばったりじゃないですか、やだもう!!

 この後いいように使われるのは目に見えていた。 しかし、こちらとてただの暇人というわけではないのだ。 これから三つの課題の正体を調べなければならないという、非常に大事な使命があるのだから。

 

 

「私だって暇なわけじゃ――」

 

「じゃあ、雪姉ぇの家に案内しちゃえば? 部屋余ってるっしょ?」

 

 

 どうしてそういういらない情報を出すかなこの子は!? 私が忙しい事だって分かってるでしょ!

 私は思いっきり抗議したい衝動に駆られたが、先輩二人の前でそんな事を言い出すわけにもいかず、言葉を飲み込むしかなかった。

 しかし、ここでひとつ妙案が浮かんだ。 どうせ家に連れて行くなら大掃除をやらせてしまえばいいのではないかと。

 

 

「――先輩達も泊まる宿なんて決めてませんよね? 我が家なら部屋も開いてますしどうぞ来てください。」

 

「それは助かるな、ありがとう。」

 

「雪ちゃんの家――楽しみですわね。」

 

「ただ、大掃除がまだ終わってないんで手伝ってくれると嬉しいなぁ~って。」

 

「それくらいならお安い御用だ。」

 

 

 よっし、交渉成功! これで家の作業を放置出来る!

 

 

「ではでは、先輩二名様ご案内~」

 

「あぁ、宜しく頼むよ。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ここは――地獄だ。」

 

 

 埃にまみれた暗黒空間――まぁただの蔵なんだけど、私達はこの魔界の掃除をやっていた。 とは言いつつ、私は掃除よりも調べものをしている状態だが。

 

 

「古臭い書物ばっかりで、怪しいのはないわね。」

 

「ご主人様、こういうものは動かした形跡がある場所を探すものですよ?」

 

「成程、おばちゃんがヒントを残したなら動かした形跡があるってわけね。」

 

 

 闇雲に探すよりもその方が効率がいいのは間違いない。 私は蔵を全体的に見て回るが、特に違和感のある場所は見当たらない。

 ふと、棚に置いてある箱に目がいった。

 

 

「あれ、この箱ってどこかで見た事あるなぁ……」

 

 

 確かこれは割と最近――

 

 

”こんにちわ、コンコン急便です。”

 

 

「そうだ、これって菊梨が入ってた箱に似てるんだ。」

 

 

 菊梨が入っていた箱に比べ、少々古ぼけてはいるが確かに同じ箱だった。 しかし、菊梨のとは違って掘ってある字はしっかりと読み取る事が出来る。

 

 

「ご主人様、何か見つかりましたか?」

 

「大西 雪……?」

 

「それは……」

 

「ねぇ菊梨、この箱って菊梨の箱に似てないかな?」

 

「そうですか? 昔はこんな感じの箱いっぱいありましたけどね。」

 

「う~ん、私と同じ名前――何か意味があるのかな。」

 

 

 大西、どこかで聞いた事があるような苗字だけど――どこだったかな?

 頭の片隅で引っかかってはいるのだが、どうしても出てこない。 しかし、そうなると自身と関係あるのではという考えに至る。

 

 

「とりあえずこの箱は確保しておこうか。」

 

「――そうですね。」

 

「雪姉ぇ! マジヤバなのが出て来た!!」

 

 

 蔵の奥から愛子の声が聞こえてくる。 確か愛子は先輩達と一緒に掃除要員として動いていたはずだが……

 私と菊梨は慌てて蔵の奥へと進む。 三人は奇妙にも、何かの木箱を囲むように立っていた。

 

 

「どうしたの愛子?」

 

「これはマジヤバい、冗談抜きで。」

 

 

 そう言って木箱を指差した。 四方15センチ程の正方形の古びた木箱がそこにはあった。 なんというか、独特の禍々しい気を放っている感じがする。

 よく観察すると、箱の上に茶封筒が置いてある。

 

 

「もしかしてこれって――」

 

 

 私は茶封筒を手に取って中身を確認する――中には予想通り手紙が1通入っていた。

 私はすぐに手紙を開いて文章を読み始めた。

 

 

「よくこの手紙を見つける事が出来た。 これより試練をお前に課そう……

 ここにあるのは”コトリバコ”と呼ばれる呪具、しかも最上級のハッカイと呼ばれる物だ。

 見事これを浄化してみせよ……」

 

「マジで冗談レベルの話じゃないじゃん。」

 

 

 愛子どころか菊梨ですら顔が青ざめいた。

 

 

「コトリバコ……」

 

 

 遂に、第一の試練が始まったのだ。

 

――続く!




―次回予告―

「三つの試練編、ついに始まりましたね!」

「一体どんな試練が待っているのやら……」

「最初からいきなりクライマックスですけどね!」

「コトリバコってそんなヤバイの?」

「そうですね、一族根絶やしにしちゃうヤバいやつです。」

「ガチのやつじゃん……」

「これをどうにかするのはかなり骨が折れますよ。」

「はぁ、頭痛くなってきた。」

「次回、第四十一話 恐怖、コトリバコの呪い!」

「見てくれなきゃ呪っちゃうゾ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 恐怖、コトリバコの呪い!

―前回のあらすじ―

 ぬらりひょんから受け取ったおばちゃんの手紙、そこに書かれていたのは私に三つの試練を課すという内容だった。 しかし、試練の詳細は書かれておらず、ヒントを求めて合流した二人の先輩と共に家の蔵を掃除する事になった。

 そこで私達は、とんでもないモノに遭遇する事になったのだ……

 

 

 

 

 

「よくこの手紙を見つける事が出来た。 これより試練をお前に課そう……

 ここにあるのは”コトリバコ”と呼ばれる呪具、しかも最上級のハッカイと呼ばれる物だ。

 見事これを浄化してみせよ……」

 

「マジで冗談レベルの話じゃないじゃん。」

 

 

 愛子どころか菊梨ですら顔が青ざめいた。

 

 

「コトリバコ……」

 

「よく知らないけど、危険な物だっていうのは分かる。」

 

 

 皆が箱に注目する中、大久保先輩が突然フラついて倒れそうになる。 タイミング良く羽間先輩がキャッチして床に激突する事は回避する。

 

 

「少々当てられすぎたようだ。 彼女は私が部屋に連れて行くよ。」

 

「――はい、お願いします。」

 

 

 羽間先輩は大久保先輩をお姫様抱っこで抱えると、蔵の出口に向かって歩き出した。 その立ち姿はまるで慣れているかのような貫禄があった。

 

 

「……」

 

「雪姉ぇ、流石にコトリバコをこのままにしておくのはヤバイ。」

 

「それなんだけどさ、コトリバコって何なの?」

 

「あぁ、やっぱりそこからなんだ……」

 

 

 愛子は予想通りとばかりに頭を抱えながらそう答える。 一呼吸置くと、自身で確かめるかのように説明を始める。

 

 

「子取り箱はかなりヤバ目の呪具なんだ。 しかも使い方は至ってシンプル、呪いたい相手に贈物として送り付けるだけ。 これで相手の一族を根絶やしに出来る便利アイテムってやつ。」

 

「何その頭おかしいチートアイテム。」

 

「ちなみに材料は子供の体の一部、しかもこれハッカイって事は8人の子供を犠牲にしてる。」

 

「――絶対に中身見たくないわ。 で、対抗策はないわけ?」

 

「知らない……」

 

 

 さて、どれだけ危険な代物かは理解出来たけど――問題はどう対処するかだよねぇ。

 とりあえずの対処方法を思い浮かべ、そのまま口にする。

 

 

「プランA どこかの湖に沈めるかどこかに埋める。」

 

「無理無理、周囲に数百年呪いをまき散らすような代物だし。」

 

「プランB 菊梨のパワーでぶち壊す。」

 

「破壊自体は可能ですが、それと同時に呪いが拡散してしまいますね。」

 

「ブランC わからん!!」

 

 

 一瞬で場の空気が凍ったのを肌で感じた。

 いやぁ、今日も冷えますな……

 

 

「――こういうのは神域に封じ込めるのがセオリーじゃん。」

 

「ご主人様ももう少し学習なさってください。」

 

「なんでこんなに責められなきゃないのよ! 私が普通の学生だって忘れてません!?」

 

 

 しかし二人からの返答はない。 あるのは冷ややかな視線だけである。

 どう考えても私の方が正論言ってると思うんだけどなぁ……

 

 

「兎に角! 神域の形成をするための準備っしょ!」

 

「幸い、退魔士のお家でしたら必要な物は簡単に集まりそうですね。」

 

「あの~私は何をすればいいでしょうか?」

 

「ご主人様はお留守番です。」

 

「そうですかい……」

 

 

 ある程度予想通りの展開になりつつあるが、私は平静を装って二人に手を振って見送った。

 逆に考えるんだ、このままサボれると。

 

 

「さてさて、暫く付き合ってあげますよコトリバコさん。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんだい、私の仕事がそんなに気になるのかい?」

 

「違う、どうしてそんな面倒な事をしてるのか疑問なだけ。」

 

 

 ――これはまた懐かしい場面だ。 どうやら待ち疲れた私は眠ってしまったらしい。今目の前に広がるのは、私が体験した出来事――つまりは過去のお話だ。

 確かこれは、おばちゃんが依頼品を浄化しようとした時だったか?

 

 

「私ならその呪ごと消滅させる。」

 

「まぁ確かにその方が簡単ね。 でも、供養してやるって思いも大事なんだよ。」

 

「呪いをかけた側をもか? それは自業自得だ。」

 

「でもね、そうなってしまう理由っていうのは必ず存在するものなのさ。」

 

「――よく分からない。」

 

「大丈夫、これから少しづつ学んでいけばいい。 そうすれば理解出来るようになる。」

 

 

 そう言って若い頃のおばちゃんは小さな手鏡を取り出した。 それを陣の中央に置き、その上に水晶を重ねて置く。

 

 

「ふむ……」

 

「長年大事に扱った代物には強い霊力が蓄積される。 それを利用して強力な神域を形成するの。」

 

「その中で浄化するわけか。」

 

「その通り、これが私の仕事だよ。」

 

「……」

 

 

 そっか、私って昔は何も知らなかったんだなぁ~

 

”ナゼシラナイ?”

 

 昔から奔放で、今と変わらないような性格だと――

 

”オマエハ、ナゼカワッタ?”

 

 

「――変われるだろうか?」

 

「大丈夫だよ、雪……」

 

 

”オマエハ、カワッタノデハナク、ワスレタダケダ”

 

 

――

 

 

 

「いっつぅ……」

 

 

 後頭部がズキズキと痛む……まるで思いっきり殴られたかのような痛さだ。

 痛みの部分を手で触れてみるが、特に外傷は見つからない。 そうなると内部からの痛みという事になるが……

 

 

「昔の夢なんて見たせいか、それともこのコトリバコが傍にあるせいか。」

 

 

 まぁ圧倒的に後者であろう。 こんな危険な呪具の目の前でうたた寝かますような大物は、間違いなくこの世に私一人であろうと自負できる。 普通なら自殺行為レベルである。

 私はゆっくりと立ち上がって周囲を見渡すが、菊梨と愛子が戻って来たような気配は感じない。 瞳を閉じて意識を集中させると、家の方から強大な妖力とそこそこの霊力を感じ取れた。 どうやらまだ中で探し物をしているらしい。

 

 

「長年大事に扱った代物には強い霊力が蓄積される……か。」

 

 

 ――それはちょっとした気まぐれだ。 ただ、夢に見た事を少し試してみたいなぁという小さな好奇心である。

 

 

「私にとってはコレかな。」

 

 

 髪留めのゴムに指をかけ、一気に引っ張って取り外す。 それと同時に、縛られていた長い髪が解放される。

 私はそのゴムをコトリバコの上に置いて目を瞑る。

 

 

「陣とか全く分からないけど、まぁなんとかなるでしょ。」

 

 

 左腕をコトリバコに掲げて意識を集中させる。 それと同時にチリチリとした嫌な感覚が周囲にまとわりついている事に気づいた。

 

 

「大丈夫、酷い事はしないから。 貴方達を解放したいだけ。」

 

 

 それは語り掛けるように、もしくは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 この子達に罪はない。 無理矢理呪具の材料にされてしまった可哀想な子供達なのだ――出来るなら私の力で解放してあげたい。

 

”イマノ、オマエニデキルノカ?”

 

 ――再び後頭部への痛み。 ソレが言葉だと徐々に認識してくる。

 

 

”チカラをフルエバ、モウモドレヌゾ?”

 

「戻れない……? 今更そんな事いわれてもねぇ!」

 

 

 左手の薬指が熱い……まるで熱を持ったかのように菊梨の指輪から確かな熱さを感じる。

 その熱は形を成し、まるで私を抱きしめるように広がっていく。

 

 

「私はね! やるって決めたらやる女なのよ!」

 

”知ってるよ”

 

 

 最後に聞こえたのは、どこか懐かしいような声だった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「――おはようございました。」

 

「何か言い訳する事はございますか?」

 

「ありませぇぇん!!」

 

 

 私が目を覚ましたのは、その日の夜中であった。 どうやら儀式の最中に気を失ってしまったようで、菊梨に部屋まで運ばれたらしい。

 

 

「全く! 勝手に一人で浄化作業を始めるなんて予想外です!」

 

「でも失敗しちゃったら意味無いでしょ。」

 

「何をおっしゃいますやら、(わたくし)達が蔵へ戻った時には神域の形成は出来ておりましたよ。」

 

「うそ、まじで?」

 

「わざわざ嘘をつく理由はございませんが?」

 

「いえい! やったね!」

 

 

 いやぁ、今回は雪さん大活躍だったのではないでしょうか!? なんと言っても一人で一つ目の難題をクリアしちゃったんですよ?

 

 

「ご主人様、何か調子に乗ってません?」

 

「ナンノコトヤラ!」

 

「課題はあと二つあるのですから、調子に乗るのは全てクリアしてからにして下さいまし!」

 

「ご、ごめんって!」

 

 

 少しくらい褒めてくれてもいいのに……

 

 

「こほん! しかし、ご主人様の成長を感じたのは間違いありませんし――流石は(わたくし)のご主人様です。」

 

「でしょー!」

 

「というわけで――本日は邪魔もいませんし、しっぽりねっとりと巡りめく官能の世界に二人っきりで!」

 

「――おやすみ。」

 

「あぁん、ご主人様のいけず……」

 

 

 そういえば、あの声は一体誰だったのだろうか……




―次回予告―

「一人で試練クリアとか凄いでしょ!?」

「流石雪姉ぇ! 私達の出来ない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」

「良いぞ! もっと褒め称えるがいい!」

「調子に乗って、次の試練で何かあっても私(わたくし)は知りませんよ。」

「嫌ねぇ菊梨ちゃん、そんな事言わずにさ~」

「でしたら今夜、夜伽のお相手を……」

「あ、そういうのは無しで。」

「なんでですか!」

「これ、健全作品なんだぜ?」

「……」

「さ、さてと! 次回、第四十二話 その竹刀で怨念を断て!」

「妖怪ファイト! レディ~ゴー!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 その竹刀で怨念を断て!

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「助手の愛子じゃん!」

「今回もテンションマックスでやっていきますよ!」

「今回のお題はこれじゃん!」


~ガイアついてもっと詳しく知りたい!~


「というわけで、今回は更に詳しくガイアについて説明していきますね!」

「まずガイアは、大きな5つの大陸に分かれています。 ユーラシア大陸、アメリカ大陸、アフリカ大陸、南極大陸、そして日本大陸ですね。」

「アタシらの舞台になってるのが日本大陸だね!」

「そうですね、ただ皆さんの知っている日本とは比較になりませんよ!
 なんといっても皆さんの知っている日本の面積の20倍以上はありますからね。」

「うそっ、そんな小さいとこ住んでるわけ?」

「名前は同じでも別世界ですからね。
 それぞれユーラシアとアメリカが帝都傘下、アフリカが京都傘下に入っています。」

「あれ、南極は?」

「あそこは氷しかありませんからね、一応京都の領土内って事になってますが。
 昔登場したメイド喫茶の店長、エレーナさんはユーラシアの出身ですね。」

「へぇ~、世界って広い。」

「愛子ちゃんは授業でやってる内容ではないのですか?」

「……」

「皆さんも、勉強はしっかりやりましょうね! では、あでぃおす!」



「はぁ、今年ももうすぐ終わりか……」

 

「呑気にしていて大丈夫なのですか? 無期限でこっちにいられるわけではないのですよ?」

 

「分かってるって!」

 

 

 あれから数日、次の試練のヒントは一向に見つからないでいた。 どんな泣き言を言っても現状が変わる事は無く、時間だけがむなしく過ぎていくだけだ。

 

 

「だって蔵から見つかったのはあのコトリバコだけだし、他に手紙も見つからないしさぁ。」

 

「神域に封印されたコトリバコは、あのまま蔵に寝かせておけば浄化出来ますが……確かに他に次に繋がるヒントはありませんでしたね。」

 

「でしょ? おばちゃんもさ、もっと分かりやすくしてくれればいいのに!」

 

「ご主人様は楽観的すぎるんです!」

 

 

 気づけば明日は大晦日、時計も日付変更を知らせるような時間帯になっていた。 今日はもう寝てしまってもいいのではないかとさえ思える。

 

 

「あれ……?」

 

「どうなさいました?」

 

「愛子、こんな時間にどこに行くんだろ。」

 

 

 最近はやけに敏感になってしまったと自分でも感じる。 特に意識したわけではないのだが、愛子の霊力が離れていくのを感じ取ったのだ。

 

 

「――そうですね、日課だと言っていた妖怪退治でしょうか?」

 

「私が帰ってから行くのは初めてじゃない? 最近ずっと一緒にいたし。」

 

 

 折角だし、こっそりついていって様子を見るのも面白そうかもしれない。

 そんな事を考えている私を横目に、菊梨は呆れたように肩を竦める。

 

 

「ご主人様、あまり趣味がいいとは言えませんよ。」

 

「妹分の成長を見守るのも姉貴の役目だと思わないかい?」

 

「いいえ、思いませんね。」

 

「やけにはっきり言うわね!?」

 

「これでも妹が一人いる身なもので。」

 

「菊梨に妹がいるとか初耳なんだけど。」

 

 

 そんな他愛のない会話をしつつも、しっかりと出かける準備を進めていく。 菊梨もなんだかんだと文句は言っているが、本人もついてくる気のようだった。

 

 

「それはまぁ……まだ必要な時ではないかと。」

 

「何それ、私は会ってみたいけどな。」

 

「――街が一つ消えますよ。」

 

「何か言った?」

 

「なんでもありません!」

 

 

 さーて、追跡開始といきますか!

 

 

―前回のあらすじ―

 私の大活躍により、コトリバコは見事に神域へ封印された! これにはおばちゃんもきっと天国で驚いている事だろう。 私は確実に成長しているのだ、それも圧倒的なスピードで!!

 しかし、しかしだよ諸君。 何故私は正統に評価されないのだ!? これだけ強くなったんだから菊梨も少しは褒めてくれてもいいのに!

 

 

 

 

 

「ここ、中学校か……」

 

「ご主人様はここに通われてたのですか?」

 

「――まぁね。」

 

 

 愛子の後を追って辿り着いたのは、私も昔通っていた陸奥中学校だ。

 正直な話、あまり良い思い出は無い。 クラスメイトからの嫌がらせや罵倒は日常茶飯事、私にとって味方はおばちゃんと愛子だけだった。

 

 

「中にいるのは確かのようですね。」

 

「うーん、おそらくは体育館だね――行ってみようか。」

 

 

 私は軽々と校門の格子を飛び越える。 菊梨も私に続いて飛び越えた。

 

 

「あれ、いつから私人間辞めたんだ。」

 

「数々の修羅場を越えてご主人様を成長なされたという事ですね。」

 

「いやいや、普通人間にこんな跳躍力無いでしょ!?」

 

「愛子ちゃんもこれぐらい普通にやってましたが?」

 

「あれか、退魔士として覚醒すると脳を100%使えちゃう系の能力か。」

 

「もう、そういう事でいいのでは?」

 

「私は人間を辞めたぞー!!」

 

「騒いでいないで、さっさと行きましょうね。」

 

「分かってるわよ!」

 

 

 全く、この駄狐はノリというものが分かってない! こういうのは夫婦の阿吽の呼吸というものが大事なのだよ。

 

 

「ご主人様、お顔が赤いですがどうしましたか?」

 

「ん、なんでもない!」

 

 

 まさか、夫婦という用語で恥ずかしくなるとは……死んでも菊梨にはバレたくないぞ!

 私は誤魔化すように早走りで体育館の方へと足を向ける。 後ろでクスクスと笑い声が聞こえてきたが聞かなかった事にする。

 

 

「体育館の入口は――開いてるわね。」

 

 

 この時間なら鍵が掛かっているはずなのだが、引き戸は何の抵抗もなく少し力を入れただけで動いた。

 引き戸形式というのが懐かしさを感じさせるが、私は気にせず中へと侵入する。 木造の体育館は、少し木の香りが漂っていた。

 明かりは点いておらず、まず視界に入ったのは二つの影であった。 一つは発している霊力から愛子だというのはすぐに分かった。 しかし、問題はもう一つの影の方だ。

 なんと言えばいいのだろうか? その影からは気配というものが全く感じられなかった。 本当にそこに存在しているのか疑わしい程希薄なのだが、得体の知れない圧力のようなものを感じる。

 

 

「せぇぇぇい!」

 

「……」

 

 

 一瞬、強烈な妖気を発したかと思うと、愛子は体育館の端まで吹き飛ばされていた。

 カラン、と乾いた音が体育館に響き渡る。 どうやら愛子が手にしていた竹刀が地面を転がったようだ。

 

 

「くっ……」

 

「その程度の力量では、未だ我の領域へは至らず。」

 

「愛子、大丈夫!?」

 

 

 私は愛子の元に駆け寄り外傷を確認する――擦り傷や打撲等は見受けられるが、軽傷だ。 いや、軽傷で済むようにされていたと言うべきか。

 

 

「雪姉ぇ……なんでここに?」

 

「気になって後付けてたのよ。 それよりも――」

 

 

 ――月明りが体育館内を照らす。 その影の正体は軍服姿の男性だった。 その圧倒的な圧力に、私は呼吸出来ずに固まってしまう。

 

 

「今日は来客が多いな。」

 

「随分私の妹分を可愛がってくれたみたいだけど、貴方は何者?」

 

「雪姉ぇ……」

 

「愛子は黙ってて。」

 

 

 男はニヤリと唇の端を吊り上げると、先程と同じように一気に妖力を爆発させる。

 私は咄嗟に転がっていた竹刀を拾い上げ、男の一太刀を受け止めた。

 

 

「ご主人様!」

 

「ほぅ……」

 

「質問に答えなさいよ!」

 

 

 私は男の刀を押し返して竹刀を構える。 再び男の纏っている妖気が静かになった。

 

 

「我はこの地に祀られていた。 しかし、我の許可無く人間達は塚を移動させてこの建物を作ったのだ。」

 

「何よそれ、体育館を立てる前にそんなものあったなんて聞いた事ないけど。」

 

「だって、おかさんが今まで神域に封印してたし。」

 

「術士が亡くなって封じが弱まってしまったのですね。」

 

 

 身のこなしから、かなりの使い手だという事は容易に想像出来る。 しかし、今ここで引けば確実に殺られる気がした。

 

 

「つまり、こいつは倒せばいいってわけね。」

 

「ご主人様、それならば(わたくし)も!」

 

「菊梨はそこで見てなさい! 成長してる私の実力を見せてあげる。」

 

 

 根拠なんてどこにも無い、ただの強がりだ。 それでも、一人で勝たねばならないという感情が湧いて来たのだ。 それは強者を前にした高ぶりか、または最近の成長からくる慢心か……

 

 

「いいだろう、来い……」

 

「泣いて謝っても許さないから!」

 

 

 私は床を蹴って男との距離を縮める。 半年前の自分が嘘のようにあり得ない速度の踏み込みを見せる。 それは明らかに人間の領域を超えた速度であった。

 男も一瞬焦った表情を見せるが、すぐに刀を構え直して私の攻撃を受ける。 本来ならば刀相手に竹刀で殺陣なんて不可能だが、私の霊力を込める事によって霊剣と同じような状態を再現しているのだ。

 

 

「先程の小娘よりは良いぞ。」

 

「まだ余裕ってわけ? それじゃあ――」

 

 

 ――回転からの横薙ぎ、更に切り上げ、袈裟斬り。 相手に反撃の隙を与えないように連続攻撃を続ける。 流石に男もこれには防ぐしかないようだ。

 

 

「前から続けていた(わたくし)との稽古の賜物ですね。」

 

 

 霊剣を使えるようになってからというもの、毎晩1時間程稽古の時間が設けられていた。 普段はべったりの菊梨だが、なんというか――稽古の時は鬼と化すのだ。

 かなりの辛い稽古だったが、その成果が今現れている。

 

 

「偉そうにしてたわりには守ってばかりね!」

 

「……」

 

「流石雪姉ぇ! これなら余裕じゃん!」

 

「いいえ、このままでは……」

 

 

 休まず私は連撃を繰り出し続ける。 しかし、徐々に変化は現れていた。

 

 

「――ふん!」

 

「しまっ!?」

 

 

 それは疲労だ。 疲れが徐々に私の動きを鈍らせていたのだ。

 男はその鈍った動きに隙を見つけて打ち込んでくる――咄嗟に受けようとするが、意識が乱れた竹刀は柄から上が切り落とされてしまう。

 

 

「なかなか楽しめたが――ここまでだ。」

 

「ご主人様!」

 

「雪姉ぇ!」

 

 

 まるでスローモーションのようにゆっくりと男の刀身が私に振り降りて来る。 恐らく菊梨と愛子が私の元に辿り着く頃には綺麗に真っ二つになっている事だろう。

 

 

”そっか、私死んじゃうのか……”

 

 

 不思議と恐怖は無かった。 むしろ心地いいというか、頭の中がとてもクリアになった感じだ。 雑念も何も無く、死という一つの概念にだけ意識が集中している。

 

 

”ご主人様には、その境地に達してもらいますからね!”

 

 

 あぁ、そうか――これが菊梨が言っていた……

 

 

「むっ!?」

 

「……」

 

 

 私は、男の刀を白刃取りで受け止めていた。 この場にいる全員が固唾を飲み、呼吸する事を忘れていた。

 

 

「私の――勝ちね!」

 

 

 そのまま霊力を込めて腕を捻る――バキン! という大きな音を立てて、刀を叩き折った。

 

 

「間違いありません、あれこそ明鏡止水の極意。」

 

「し、知ってるの菊梨っち!?」

 

「なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態――その境地に至る事で全ての動きを見切る事が出来る。」

 

 

 ――何も恐怖を感じない。 ただ思うままに動けばいいだけ。

 右手に霊剣(はりせん)を形成し、流れるように男の頭部へと叩き込む。

 

 

「見事、だ……」

 

 

 男は倒れる事なく、そのまま光の粒子となって消滅していった。 どこかその表情は救われたような笑顔にも見えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「これが二つ目の試練だったわけか。」

 

 

 体育館の準備室には、先程の男を祀っていると思われる小さな神棚があった。 そこに置かれていたのは、私宛のあばちゃんからの手紙であった。

 

 

「さて、読むわね――」

 

 

”この手紙を見つけたという事は、一つの試練を乗り越える事が出来たようで嬉しい。

 さて、この試練は順不同で用意したため、雪がいくつの試練を終えたか私には分からない。 しかし、 一番見つけやすいこの手紙に他2つの試練の場所を記しておこうと思う。

 一つは家の蔵に封じている物、もう一つは恐山の禁足地にて隔離された者だ。

 無事に試練を終え、私の部屋にある箱の鍵を手に入れる事を期待している。”

 

 

「はぁ、ここがスタートだったわけね。」

 

「まぁ、でもこれで次の試練の場所も分かったわけですし。 前向きに考えましょう!」

 

「そういう事にしときますか……じゃあ、帰ろっか!」

 

 

 天国のおばちゃん、私は少しずつ真実に近づいています。




―次回予告―

「見えた! 水の一滴!」

「ご、ご主人様が金色に輝いてます!」

「ばぁぁぁぁくねつ!」

「おっと、それくらいにしときましょうご主人様。」

「ご、ごめん! ついロボットアニメとなると気合が入っちゃってね!」

「雪姉ぇ昔から好きだもんね。」

「愛! 勇気! 友情! 嫌いなわけがないじゃない!?」

「さてさて、次回! 第四十三話 はっぴーにゅーいやー!」

「ついに新年を迎えちゃうのね!」

「絶対見るっしょ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 はっぴーにゅーいやー!

―帝京歴785年 12月31日―

 

 

「今年は色々ありましたね、ご主人様。」

 

「その色々の始まりが貴女でしょうが!」

 

「あれ、そうでしたっけ?」

 

 

 もうすぐ年が明ける最中、私はこたつでぐったり伸びていた。 寒い時期にとってはこれが至福の時間である。

 

 

「とぼけちゃってさ! それまでは私は平穏無難な生活をしてたのよ。」

 

「本当ですか?」

 

 

 菊梨は嘘だと言わんばかりにニヤニヤとこちらを見て笑っている。 確かに昔から妖怪や霊に絡まれる事は多々あったが、今ほど酷くなかったのは確かだ。

 

 

「そっちが急に押しかけてさ、次の日には学校まで……」

 

「ご主人様?」

 

 

 学校まで押しかけてきて、何があったんだっけ……?

 つい最近の記憶だというのに、まるでモヤがかかったように映像がはっきりしない。

 

 

「それで、どうなったんだっけ……?」

 

「……やだなぁ、生徒として同じ大学に通う事になったじゃありませんか。 それでその後は記念で初デートを。」

 

「あぁ、あの偽遊園地か。 そんな事もあったなぁ~」

 

 

 どうやら、たまたま思い出せなかっただけで私の記憶に問題はなさそうだ。

 そう、何も問題はない――だけど。

 

 

「でも、何か足りない気がするんだよね。」

 

「……」

 

「胸に大きな穴が空いてるっていうかさ……なんだろう、この気持ち。」

 

 

 そう、この気持ちを言葉として表すなら――

 

”寂しい”

 

 

「大丈夫です、私がいますよ。」

 

 

 そう言うと菊梨は私の身体を背後から優しく抱き締めた。 背中越しの温もりに優しく包み込まれるような感じがした。

 そのまま私の髪に触れると、するすると衣擦れの音が聞こえてきた。

 

 

「ん……?」

 

「そのまま動かないで下さいまし。」

 

 

 後ろからなので何をしているのかは分からないが、私の髪に触れながらごそごそとしているようだった。

 その感触が妙にくすぐったくて小さく身震いしてしまう。

 

 

「はい、出来ましたよ。」

 

 

 そう言って手渡してきたのは手鏡だった。 菊梨はニコニコと笑い、早く確認してみろと急かしてくる。

 まぁ、この時点である程度予測は絞れるわけだが――確認しないという選択肢はなさそうだ。

 

 

「――ぷっ、流石にこれは私には似合わないって!」

 

 

 手鏡に映ったのは、赤いリボンに束ねられた自身の後ろ髪だった。

 確かに先日、長い間お世話になった髪留めのゴムにさよならバイバイしてしまった。 そのおかげで後ろ髪を放置していたわけだが……

 

 

「そんな事ありませんよ、むしろもう少しおしゃれに気を使って下さいまし。」

 

 

 菊梨は両腕を私の腰に回して背後から抱き着いてくる。 その身体は妙に火照っているように感じた。

 

 

「まぁ、そんなご主人様でも(わたくし)は愛してますけど。」

 

「改まって――何さ?」

 

 

 ――自身の鼓動が早まるのを感じる。 菊梨も、同じなのだろうか?

 

 

(わたくし)は、ご主人様に出会えて幸せ者です。」

 

「わ、私は迷惑してるけどね! いつも色々な事に巻き込まれてさ!」

 

「……」

 

「まぁ! それと好きかどうかは別問題だけどね!」

 

 

 我ながら本当に素直じゃないと感じる。 素直に好きだと言ってしまえば簡単なのに、心のどこかで引っかかりを感じてこんな捻くれた事しか言えないのだ。

 

 

「ご主人様……」

 

「――菊梨。」

 

 

 振り向くと、そこには少しだけ瞳を潤ませた菊梨の顔がすぐそこにあった。

 求めている事は分かる――たまには、その気持ちに応えなければいけないという事も……

 

 

「んっ……」

 

「んくぅ……」

 

 

 ――重なる互いの唇。 くっついては離れを繰り返し、その度に透明な架け橋をかける。

 そのままゆっくりと衿に指をかけ――

 

 

「雪姉ぇ! 初日の出見に行こっ!」

 

『ぁ……』

 

 

 全く――空気の読めない妹分である。

 

 

―前回のあらすじ―

 一つ目の試練を乗り越え、次に現れた刺客は軍服姿の怨霊だった。 その圧倒的な力に成す術なく倒れる愛子――しかしっ! 我々には彼女がいる! そう、最凶のヒロイン事この私っ! 雪ちゃんだ!

 そしてついに極めた力、明鏡止水の極意! これでもう私に敵なんていないわね! 最後の試練の場所も分かったし、ちゃちゃっと試練を終わらせちゃおう!

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ? 何してたの何してたの!?」

 

「うるさい、少し黙ってて。」

 

 

 さっきからまとわりつくように私の傍で質問責めしてくる愛子がいい加減鬱陶しくなってきた。

 その理由は至極簡単で、例のシーンで乱入されたためだ。 それはまぁ、あんな濃厚なキスシーンに入り込んでしまえば一目瞭然なんだが。

 

 

「愛子ちゃん、そういうのはいけませんわ。」

 

「いや、むしろ反省すべきはそんな行為に及ぼうとしていた二人の方だな。 せめて子供の目がいかない場所でするべきだ。」

 

「なんで先輩方に情報が漏れてるんですか!?」

 

 

 愛子はてへぺろポーズであざとく誤魔化している。

 いや、そんな事しても絶対に許さないから……

 

 

「雪姉ぇ気にしすぎっしょ! さぁさぁ恐山の頂上にご案内~」

 

「置いてくぞ?」

 

「あぁもう! すっごいむかつくんですけど!」

 

 

 菊梨は顔が赤いまま黙ったままで、結果的に私が集中砲火を受けているわけだ。 こうなると初日の出とかどうでもよくなってくる。

 

 

「――いくよ!」

 

 

 私は菊梨の手を握って走り出すが、菊梨は相変わらず俯いたままだ。

 

 

「心配しなくても後で時間作るから!」

 

「――はい!」

 

 

 普段は積極的なくせに、こういう時は奥手というかしっかり女の子してるなぁと感じる。 なんというか、ギャップ萌え? 要素なのかもしれない。

 

 

「アタシはカップそばの準備するから!」

 

「あぁ、もうそんな時間か。 というかこんな寒い中で食べるとか地獄なんだけど、車に戻ったらダメ?」

 

 

「ダメ!」

 

 

 幸い雪は降っていないが、かなり冷えるのは確かである。 そもそもしっかりとした準備も無しに初日の出なんて見に来たのが失敗なのではないか?

 

 

「昔は毎年一緒に見に行ってたじゃん!」

 

「子供は風の子なので風邪を引かないのです。」

 

「――なんていう言い訳。」

 

「うっさい!」

 

 

 ふざけた事を言って誤魔化したが、本当の事を言うとその記憶すら朧気なのだ。

 

 

「ご主人様、また難しそうなお顔をしてますよ。」

 

「ごめん、表情に出てたか。」

 

 

 心配させまいと振舞ってはいるが、どうしても菊梨の傍だと気が緩んでしまうらしい。

 

 

「やはり記憶が……」

 

「そうね、子供の頃の事はさっぱり。」

 

 

 誤魔化す事を諦めて、素直に今の気持ちを伝える。 その方が彼女にとっても良いだろう。

 

 

「色々大事な事があったはずなのに――どうしてかな。 おばちゃんとの記憶、愛子との記憶、どれも大切な思い出なのに……」

 

「……」

 

「やっぱり、早く原因を突き止めなきゃね。」

 

「――そのままじゃ、ダメですか?」

 

「え?」

 

 

 それはか細く、今にも消え入りそうな声だった。 とても”らしくない”彼女の姿。 弱々しくて、風が吹いたら消えてしまいそうな程で……

 

 

「思い出す事が、幸せではございませんよ。」

 

「そうかも、しれない……」

 

 

 それは全て可能性のお話。 もしも、かもの仮定であって、蓋さえ開けなければ全てを内包したまま変化しない事象。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか? 現状維持か前に進むのか――それならば私は後者を選ぶ。 

 

 

「きっと、現状維持と思考停止は違うんだよ。 だから私は知りたいんだ。」

 

「――分かりました。」

 

 

 そう、きっとこの霧がかかった記憶の先に――

 

 

”必ず、またお会いしましょう。”

 

 

 ポケットに入れていたスマホが振動する。 私はポケットに手を入れてスマホを取り出す。

 

―帝京歴786年 1月1日―

 

 

「年、明けちゃったね。」

 

「ふふっ、そうですね。」

 

 

 交差する互いの視線。

 

 

「雪姉ぇ、そば出来たよ!」

 

「今行く~!」

 

 

 未来に何が待っているかも分からない、過去に何が隠されているのかも分からない。

 

 

「あぁ、菊梨。」

 

「はい?」

 

 

 それでも私達は、前に進むしかなかった……

 

 

「明けましておめでとう。」

 

「明けましておめでとうございます――ご主人様。」

 

 

 それが、終局への道であっても……




―次回予告―

「もう、新年明けちゃったじゃない! ってかそば温いんだけど!」

「まぁ保温ポッドではそんなものですね。」

「こういう時こそあれでしょ、狐火的な感じで火つければいいじゃない!?」

「やってもいいですけど、ご主人様のそばが消し炭になりますよ?」

「使えん駄狐め!」

「それは聞き捨てなりませんね!」

「二人が痴話喧嘩してる間に――次回、第四十四話 封印されし者、その名は姦姦蛇螺!」

「嫁だって言うならもう少し役に立ちなさいよ!」

「まだ足りないって言うのですか!」

「夫婦喧嘩は犬も食わないってね、また見るっしょ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 封印されし者、その名は姦姦蛇螺!

「ねぇセンセー! 前回の話の続き教えてよ!」

「もしかして、平行世界の事についてです?」

「そうそう!!」

「困りましたね、私(わたくし)もそこまで詳しいわけでは……」

”説明しよう。”

「あ、この前の説明おばさん」

”おばさんではない!”

「愛子ちゃん、その人に逆らうと痛い目どころじゃないですよ……」

「マジ? マジめんご!」

”誠意が全く感じられないが――というより、無駄に尺を使い過ぎて説明する時間が無いんだが?”

「分かりました、次回に特別枠を用意してお待ちしております。」

”うむ、頼んだぞ。”

「説明おばさん、一体何者なんだ……」



「ご主人様……?」

 

 

 ふわふわとした微睡みの中、まるで船の上にいるからのような穏やかな揺れを感じた。 もう少しこの感覚に浸っていたいのだが、隣にいる相方がそれを許してはくれないらしい。

 

 

「ほら、初日の出ですよ。」

 

「んぅ……?」

 

 

 これ以上の睡眠を諦めて、ゆっくりと瞼を開く――そこに薄暗い世界を照らす一筋の光が見えた。

 

 

「朝まで起きていようって約束したじゃないですか。」

 

「――それでも無理に起こさない辺り、ほんと優しいよね。」

 

「良妻ですからね。」

 

 

 ゆっくりと世界を照らしていく光、それは希望に満ちた未来が待っているかのような期待感を与える。

 私は菊梨に肩を預けてその朝日を眺めた。

 

 

「日は必ず昇って明日を迎える。 当たり前のようだけど、こうして直接眺めると感動するわね。」

 

「当たり前な事程大事な物なのですよ、例えば――(わたくし)とか!?」

 

「ほう、そう返してきやがりますか。」

 

「これでも大真面目なのですが?」

 

 

 仕方ないとばかりに頭をわしゃわしゃと撫でてやる。 最初は抵抗していたものの、やがて観念したのか私に身体を預けて来た。

 

 

「菊梨が大事なのはよく分かってるよ。」

 

「えへへ……」

 

 

 恋人同士のじゃれ合いのはずなのだが、こうしているとまるでペットと戯れているかのようにも感じる。 しかし何故か、この行為に妙な懐かしさを感じた。

 

 

「お二人さん、いちゃついてないでそろそろ帰るぞ。」

 

「はーい、今行きます。」

 

 

 菊梨は立ち上がると、私に右手を差し伸べた。

 

 

「帰りましょうか。」

 

「そうだね。」

 

 

 私はその手をしっかりと握り返した。

 

 

―前回のあらすじ―

 ついに年が明け、帝京歴786年を迎えた。 だからといって何かが特別変わるわけではない。 いつも通り時は流れていくし、変わらぬ朝はやってくる。 そんな気分に浸りつつも後ろは振り向かず、ひたすら前へと突き進んでいくのだ。

 さあ、最後の試練に向かおうか、答えはきっとそこにある。

 

 

 

 

 

「愛子、ここで間違いないのよね?」

 

「去年も来たから間違うわけないし。」

 

 

 そこは恐山の奥深くの森の中。 目の前にはこの大自然には似合わないフェンスで囲まれた一角が見えていた。

 愛子曰く、ここには”ヤバイ”妖怪を封じてあって管理しているのだそうだ。 そういうのがいるなら先に言って欲しかったのだが、どうやらおばちゃんに口止めされていたらしい。 この前の手紙の内容を聞いてここだと確信したのだそうだ。

 

 

「まさかそいつを退治するのが最後の試練ってわけじゃないよね?」

 

「無理無理! あんなの退治出来るわけないって!」

 

「そんなにヤバイの?」

 

 

 詳細を聞こうとするのだが、何故だか愛子は全く答えてくれないのだ。 それでは対策を立てる事も出来ないし、もし戦う事になった場合どうするつもりなのだろうか?

 菊梨は何かを感じ取っているのか、ずっと険しい表情のままだ。 この感じだと、やはり先輩達を先に帰らせて正解だったかもしれない。

 

 

「――もうすぐ着くから。」

 

 

 空気が張り詰めているのが分かる。 それと同時に全身にのしかかるかのような重圧感、何かヤバイのがいるのは明らかだった。

 目の前に見えてきたのは小さな社――というよりは祠だ。 木造のとても小さな可愛いサイズだ。 所々色落ちしているのが年月を感じさせる。

 

 

「ここが――そうなの?」

 

「うん、毎年祠の手入れして帰るだけ。」

 

 

 つまりは、その妖怪と直接対峙した事がないわけだ。 そりゃあどんな奴かを聞いても答えられるわけがない。 愛子自身も見た事が無いのだから。

 

 

「でも今日はその妖怪とお話してくわよ。」

 

「アタシ、まだ死にたくないし……」

 

「大丈夫、いざとなったら菊梨がずばっと解決してくれるから!」

 

「なんでそこは雪姉ぇが守るって言わないのさ!」

 

「いやぁ、それが一番確実と言いますか。」

 

 

 こんな軽い悪ふざけをしていても菊梨の表情は強張ったままだ。 少しばかり和んでくれればと思ったのだが、あまり意味は無かったようだ。

 ――いや、一つおかしい事に気づいてしまった。 さっきから菊梨の視線は一点のみに集中しているように思えるのだが……

 

 

「……」

 

 

 私も菊梨の視線の先を目で追ってみる――そして後悔した。

 それは輝く二つの眼光、木々の闇に隠れても尚光を失わない強い意志。 この世への恨みが凝縮したその視線は、見るだけで心臓を止めてしまう程の恐ろしさだった。

 つまり、菊梨はずっとこの視線と対峙していたのだ。

 

 

「ちょっ、二人共何固まって――」

 

「愛子動かないで!」

 

 

 愛子の身体がびくりとするのが視線の端で見える。 奴と視線を合わせてしまえば、きっと愛子は動けなくなってしまう。 そうなると、いざ逃げる時にどうなるか分からない。

 

 

「もしかして――いるの?」

 

「うん、こっちを見てる。」

 

 

 見ているだけではない、徐々に気配がこちらに近づいてきているのが感じられる。 このままでは皆が危険なのは間違いない。 せめて一番危険性のある愛子だけでも逃がすべきではないだろうか? 

 

 

「愛子、動けるなら先に逃げて。」

 

「何言ってるの!?」

 

「間違いなく――こいつやばい!」

 

 

 日の光に照らされて、そいつの全様が露わになっていく。

 その姿は上半身が女性で、下半身が蛇の姿だった。 腕は6本あり、明らかに人間ではないという事を主張している。

 ふと、昔プレイしたRPGのゲームにこんなモンスターがいたな――なんて思うくらいだった。

 

 

「菊梨、あいつどうにかなるもんなの?」

 

「――正直未知数です。 まさかここまで力が強いとは予想外でした。」

 

「菊梨で勝てるか分かんないとか、アレそこまで化け物なわけ?」

 

「単純な妖怪でしたらどうとでもなるのですが、アレは一種の神気を纏っています。」

 

「何よそれ、神様になりかけてるって事?」

 

「まぁ似たようなものです。」

 

 

 菊梨の妖力の高まりから、いつでも三尾状態(モード)に変身出来る準備は出来ているようだ。

 しかしこのまま正面からやり合うのも不利な事に間違いない。

 

 

「分かってると思うけど――」

 

「はい、愛子ちゃんは(わたくし)が運びます。」

 

「流石ね。」

 

 

 化け物はついに木々の合間をすり抜けてその全容を露わにした。 蛇のように長い舌で舌なめずりをしてこちらに微笑みかける。

 

 

「菊梨っ!」

 

「はい!」

 

 

 私の掛け声に合わせ、菊梨は愛子を抱え上げて背負う。 私も化け物に背を向けて一気に駆け出す。 突然の逃走に相手も驚いたのか、次の行動に移るのがワンテンポ遅れていた。

 その間に相手との距離を離し、お互いに左右の方向に散る。

 

 

「菊梨の方に反応したみたいね。」

 

 

 何を基準にそう判断したのかは分からないが、化け物は菊梨の方を追いかけて行った。 こうなると先制攻撃を仕掛けるのは私の仕事になる。

 私は両手に霊力を集中させて伸ばすイメージをする――そう、艷千香と対峙した時に使ったあの技だ。

 

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 

 極限にまで霊剣(ハリセン)を引き延ばして遠距離から相手をぶっ叩く。 しかもあの時と違って霊力も充分、上限値も上がっている――威力は申し分ないはずだ!

 後頭部に直撃した瞬間、手のひらにその衝撃が伝わってくる。 それは確かな手応えではあったはずなのだが――奴はこちらに振り返って笑った。

 

 

「嘘でしょ?」

 

「ご主人様!」

 

 

 即座に力を解放して変身する菊梨だが、相手の移動速度の方が僅かに早い。

 私は霊剣(ハリセン)を構え直して意識を集中させる――今の私なら明鏡止水の極意を使いこなせるはずだ。

 振り下ろされる化け物の複数の腕、それを私は巧みに受け流す。 しかし、剣一本では6本の腕全てを捌き切るのは不可能である。

 

 

「その汚い手でご主人に触れるな!」

 

 

 そう、彼女が到達するその時間まで耐えられれば充分なのだ。 昔ならまだしも、今の私なら菊梨の足手まといにはならないはずだ。

 

 

「手数は相手が上、スピード重視の波状攻撃で行くわよ。」

 

「遅れるなよご主人。」

 

 

 同時に駆け出してまずは私が右側から一太刀、次に菊梨が左側からの袈裟斬り。 菊梨の太刀を受け、化け物の腕が二本切り落とされる。

 私も負けじと思いっきり力を込めて霊剣(ハリセン)を腕へと叩き込むと、化け物は一瞬顔を歪めた。

 

 

「――縛!」

 

 

 化け物が弱ってきた所を、菊梨は妖力の圧力をかけて動きを封じてしまう。 流石にもう抵抗は出来ない様子だった。

 

 

「即席にしてはいい連携だったんじゃない?」

 

「うむ、正直一人では危うかったが――ご主人と二人だからこその勝利だな。」

 

「えっへん! もっと褒めなさい!」

 

 

 背負われた愛子は完全に放心状態になっており、菊梨にしがみつくだけの人形みたいになっていた。

 

 

「さてと、お話聞かせてもらおうか。 まずはお名前からどうぞ。」

 

「……」

 

「私だって妖怪だからって酷い事したいわけじゃないのよ。 素直に質問に答えてくれたら終わるからさ。」

 

「我が名は”姦姦蛇螺(かんかんだら)”この地に封じ、祀られている。 元々危害を加えるつもりはなかった。」

 

 

 妖怪、姦姦蛇螺が語り出したのは意外な事実だった。 私も菊梨も、その内容に驚きを隠すことが出来なかった。

 姦姦蛇螺――彼女は元々人間の退魔士だったそうだ。 妖怪退治のためにとある地に赴いたのだが、現地の村人に騙されて蛇神の供物(手足を切り落とされて捧げられた)とされたそうだ。 それを哀れと思った蛇神は彼女と一つとなり、今の姦姦蛇螺の姿になったそうだ。

 彼女はその恨みを晴らすため村人を皆殺しにしてしまったため、退魔士の協会?のようなものに狙われてしまったのだそうだ。 そこでおばちゃんがこの地に封印するという名目上で彼女を匿っていたというのが真実である。

 

 

「おばちゃんって色々な繋がり広すぎない?」

 

「アタシもまったく聞いてないし。」

 

 

 姦姦蛇螺は蛇神と融合した存在故、神気を纏っていたというわけだ。 そのような存在であるならば彼女を祀る祠の手入れを怠らなければ問題ないという事になる。 私達が切り落としてしまった腕も時間をかければ再生する事が出来るらしい。

 それにしても多少の事情は説明すべきだと私は思うが……

 

 

「で、おばちゃんから預かっている手紙は?」

 

「祠の中に収めてある。 しかし、その手紙を読めばお前には最後の壁が立ち塞がるだろう。」

 

「ちょっ、試練って3つじゃなかったの!?」

 

「試練は3つで間違いない。 理由は手紙を読めば分かる。」

 

 

 何か真相を隠すように姦姦蛇螺は言葉を濁した。

 

 

「ええい、ここまで来たら試練だろうが壁だろうがなんでも来いってのよ!」

 

 

 私は勢いよく祠の扉を開けて中を確認する――そこには今までと同じような封筒が入っていた。

 私は生唾を飲み込んでその封筒を手に取り、中の手紙を取り出した。

 

 

”愛する娘 雪へ

 試練達成おめでとう、私はお前がこの試練を最後にクリアするとみていたよ。 それだけ彼女の力は強大だからね。 まぁ、流石に手は抜くように伝えてはいたが……

 さて、ここからが本題だ――雪、お前は確かに試練を3つ全て達成した。 この時点でお前は真実を知る権利を獲得したのだ。 しかし、それはまだ”権利”だけ、最後にお前に課すのはその覚悟だ。 真実と向き合う覚悟、それが最後に課す大きな壁だ。 その覚悟が出来たならば氷室 茜を訪ねるといい。

 貴女のおばちゃんより。

 

 

「なんで氷室さん……?」

 

「おかさんと氷室さんの繋がりとか全く見えないんですけど。」

 

「ほんとよね。 ごめんね姦姦蛇螺様、新年早々お騒がせしちゃって。」

 

「いや、我も彼女の自慢の娘に会えて嬉しかった。」

 

「またまた、出来の悪い娘の間違いだって!」

 

「そんなお前に最初で最後のアドバイスだ。 力の扱いに迷うな、自分でそれが正しいと思うならば突き進むがいい。」

 

「……それって何かの予言? うん、心に止めておくわね。」

 

「また来年も来るね!」

 

 

 姦姦蛇螺様の祠を後にする私達3人、日はすっかり昇ってしまっていた。 流石に朝から何も食べてないしお腹もそろそろピークだ。

 

 

「お昼何食べよっか?」

 

「あぁ、それならばおせちが用意してございます!」

 

「流石良妻、気づかないうちに準備してたわけね。」

 

「アタシも手伝ったよ!!」

 

「愛子も偉い! さぁ、さっさと帰るわよ!」

 

 

 しかし大事な事を忘れていた、車が無い私達は歩きでしか帰宅する方法が無いという事を……

 

 

 天国のおばちゃん、今日も私は元気です。




―次回予告―

「試練が終わったらどうなる? ――また試練が始まる!」

「まるでマトリョーシカみたいですね。」

「そんな試練ばっかいらないっての! 私の覚悟はとっくに決まってるのよ!」

「某RPGの主人公みたいに10年は必要ありませんか?」

「いりません!」

「流石です!」

「さてさて、次回! 第四十五話 再び訪れる死闘? 湯けむり攻防戦!」

「入浴シーンもありますよ!」

「お楽しみに!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 再び訪れる死闘? 湯けむり攻防戦!

「やぁ皆、待たせたね、今回は君達のために特別な会場を用意したよ。」

「今回は私一人だけだがゆっくりしていってくれ。 では、お題を読み上げようか。」


”そもそもガイアってどんな存在なの?”


「ふむ、一人でやっているとなんだか恥ずかしいな……では、説明していくぞ。」

「そもそも君達の世界とガイアは本来あった世界の可能性として分岐してしまった世界だった。 しかし、ガイアの世界で大きな問題が発生して大きくそこから離れてしまい、一つの独立した世界となってしまったのだ。」

「まぁ、君達から見ると遥か未来にありえたかもしれない世界――と言うべきだろうか?」

「私は特別で、色々な世界を行き来出来るからこそ君達の世界を認識する事が出来る。
 だからこそこうやって干渉出来ているわけだ。」

「まぁ簡単に説明するとこんな感じだろうか? もっと詳しく知りたいなら私を訪ねてきてくれ。」

「それと――私は説明おばさんではないからな!」


「明けましておめでとうございます氷室さん!」

 

「おぅ、アンタ達は新年になっても元気だね!」

 

 

 新年早々、私達3人は氷室惣菜店へとやって来ていた。 当然目的はソフトクリーム――ではなく、あばちゃんの手紙に書いてあった”氷室 茜を訪ねるといい”という言葉に従ってだ。

 いや、当然ソフトクリームも食べるしメンチカツも頂く、それが私のポリシーだ。

 

 

「変わりないってのはいい事っしょ? 氷室さんの容姿と一緒です!」

 

「バカ、愛子それは禁句――」

 

 

 しかし時すでに遅し――氷室さんは笑顔のまま硬直し、プルプルと震え出した。 笑顔は素敵なままなのだが、そこに温かみの欠片もありはしない。 全てを凍らせるような冷たい笑顔だ。

 次に起こる事は分かっている、氷室さんの黄金の右ストレートが解放されるのだ……

 

 

「ふふふ……」

 

「氷室さん……?」

 

「大丈夫、だいじょうぶよ……?」

 

 

 ダメだ、これはもう死人が出るぞ。 それはきっと私や菊梨でも止められない程の恐ろしい――

 

 

「そ、それよりも! 丁度良い時に来たわね。」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 

 氷室さんの表情は相変わらず強張ったままだが、レジの横の棚をなにかゴソゴソと漁って紙切れを取り出した。 それは何かのチケットのように見えるのだが……

 

 

「さぁ、これを見て私を崇めるがいい!」

 

 

 そう言って何かの紙切れを掲げる氷室さん、私はその紙切れに書いてある文字を読んでみる。

 

 

「えっと、青森天然温泉招待券……!?」

 

「うっそ!?」

 

「何か凄い場所なのですか?」

 

「凄いのなんのって、いつも予約一杯で半年待ち食らうような温泉よ!? それの招待券とか一体どこから盗んで来たんですか!」

 

「誰が盗んで来たって!? 新年早々福引で当たったのよ! そんな事言うなら連れてかないわよ?」

 

「あぁごめんなさい! 嘘です! 謝りますから連れて行って下さい!」

 

「うわぁ、ご主人様があんな……」

 

 

 土下座して平謝りしている姿に、流石の菊梨も若干引いている。 しかし、しかしだ……

 

 

「お願いしまぁぁす!」

 

 

 それ程までに、この招待券には価値があるのだ!

 

 

―前回のあらすじ―

 新年早々対峙したのは、恐山の奥深くに封印されていた大妖怪、姦姦蛇螺だった。 彼女を倒さなければおばちゃんの手紙は手に入らない、これが3つ目の試練というわけだ。

 成長した私と菊梨との連携攻撃、初めてではあったが息のあった連携に姦姦蛇螺を何とか無力化する事が出来た。

 そしてそこで手に入った手紙には、”氷室 茜を訪ねるといい”という言葉が書かれていたのであった……

 

 

 

 

 

「ぷはぁ! やっぱり風呂上りのコーヒー牛乳は最高だぜ!」

 

 

 バスタオル姿で腰に手を当て、瓶の中に入ったコーヒー牛乳を一気に飲み干す。 喉を通る冷たさと潤いが全身を駆け巡る感覚に自然と笑みがこぼれる。

 

 

「全く、そこは何故牛乳ではないのだ!」

 

「鏡花ちゃん、そこは強要するべきではありませんわ。」

 

「やっぱり牛乳は最高だぜ!」

 

(わたくし)はどれに致しましょう……」

 

「――なんでみんなついて来てるわけよ!」

 

 

 あの時、氷室さんが握っていた招待券は確かに一枚だけだった。 なのにだ――

 周りにはいつものメンバーが勢ぞろいである、私はこんな話聞いていないぞ!

 

 

「君達はともかく、私達までついて来てよかったのか?」

 

「いいのよ、雪ちゃんの友達なら私の友達みたいのものだし。 家族用の招待券だったけどなんとかなるもんね。」

 

「本当にラッキーでしたわ。」

 

 

 いや、それは絶対に違う! あれは明らかに――金持ちの力なのだ。 あんな何事もなかったように笑っている大久保先輩だが、彼女の顔を見た瞬間明らかに従業員の表情が変わったのを私は見逃さなかった。

 

 

「ご主人様、蓋開けていただけますか?」

 

「どれ、貸してみなさい。」

 

 

 私は慣れた手つき蓋を開けて瓶を手渡す。 菊梨は嬉しそうに受け取るときゃっきゃと騒ぎ始める。 まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。

 

 

「2泊3日の息抜きタイムか……」

 

 

 ――問題は、いつ氷室さんにおばちゃんについての話を聞くかだ。 気軽に聞きにいけるような話ではないし、皆で旅行に来てしまってはなかなか二人っきりになれる時間が作れなさそうである。

 深夜帯に散歩にでも誘うのが丁度よいだろうか?

 

 

「考え込んでも仕方ないっしょ? 滞在期間はまだあるわけだし、エンジョイしなきゃ損!」

 

「まぁそうなんだけどねぇ……」

 

「そうですよご主人様、急いては事を仕損じると言います。」

 

 

 分かってる、そんな事は分かってる。 でも――

 

 

「よーし、浴衣に着替えたら遊ぶぞ!」

 

 

 でも、私は気づいてしまっている、自身の中で何か蠢いているのを。 押し込められた何かが解放を求めているのを。

 それは私の中で暴れて、私の心と身体を蝕んでいるのだ。 そしてそれは限界を迎えているのだろう。

 今だってそうだ、この左手の薬指がじんじんと痛む。 私が力を行使するたびに締め付けるような痛みを発する。 まるで私の力に呼応するかのように、嵌められた指輪は鈍く光るのだ。

 

 それはいつからだろう? 菊梨と共闘した時? それとも明鏡止水の極意を会得した時?

 

 違う、この痛みが始まったのは――羽間先輩から墜落事故を聞いた後からだ。

 私の脳裏にちらつく事故現場の映像を見るたびに、その痛みは自己主張を始めるのだ。 まるで、私の罪を伝えようとするかのように……

 

 

―――

 

――

 

 

 

 旅館だと思って油断していた、まさかこんな設備があるとは……

 卓球でもしようかと遊戯室に足を運んだのだが、そこには私の想像を超えるようなラインナップが置かれていた。

 

 

「まさか、レトロゲームを置いてるとは思ってなかったわ。」

 

 

 懐かしきレースゲームやシューティングゲーム、王道のUFOキャッチャーやホッケー、ワニを叩くゲーム! どれも昔見た懐かしい物だ。

 しかもこれらをフリーで遊べるのだ、これを天国と言わずしてなんというのか!

 

 

「あぁ! どれから遊ぼうか悩むぅぅ!!」

 

(わたくし)もお供します!」

 

「ちょっと待ちたまえ!」

 

 

 めくるめくゲーム巡りをしようと歩き出す私達の前にふたつの影が立ちはだかった。 意外、それは先輩二人組であった!

 

 

「いつかは君に敗れたが、このホッケーゲームで君に勝負を挑む!」

 

「カップル同士の激しい戦いを致しましょう。」

 

「成程、そう来ましたか。 しかしっ! 私に戦いを挑んだ事を後悔しないで下さいね!」

 

「ご主人様! 私達の愛の力を見せてあげましょう!」

 

 

 悪いね先輩、私はこう見えても子供の頃にこのホッケーゲームはやり込んでいるのだ。 以前は先輩の得意分野だったわけだし、ある意味で丁度いいか。

 私達はそれぞれ向かい合って配置に付く。 菊梨は私の右隣で静かに構えた。

 

 

「先に15点先取した方が勝ちでいいな?」

 

「いいですよ、ついでに先制もお譲りしますよ。」

 

「ほう、随分自信があるようだな。」

 

 

 ホッケーを静かに置き、鋭い眼光でゴールを見据える。 それは歴戦の戦士のような落ち着きと威圧感を孕んでいた。

 その瞬間、背筋にゾクりと寒気が走った。 それと同時に一筋の閃光が走っていった。 それが先輩の放ったシュートだと気づいたのは点数が加算されてからだった。

 

 

「ちょっと、甘く見過ぎたかな……?」

 

「済まないな、これでも私もやり込んでいて――なっ!」

 

「菊梨!」

 

「はい!」

 

 

 先程の閃光サーブを菊梨がギリギリでブロックする。 しかし、それは防いだだけであり、ホッケーはそのまま相手コート側へと移動してしまう。

 そのホッケーを大久保先輩がしっかりとキャッチし、すぐに羽間先輩へとパスする。

 

 

「どんどん行くぞ!」

 

 

 再び放たれてる恐ろしい程の速度のホッケー、しかし私も二度同じ手に嵌るわけにはいかない。

 飛んでくる位置を予測して思いっきり振りかぶる。

 

 

「クリーンヒット!!」

 

 

 そのままの加速を利用して相手ゴールへと叩き込む。 私だって伊達に修羅場を潜ってきているわけじゃない。

 

 

「よし、次はこっちのサーブね。」

 

「ご主人様、お願いしますね。」

 

 

 相手が最速の直線サーブで来るなら――こっちは反射させて攻める。

 射角を決めて思いっきり叩きつけると、大きく壁を何度も反射して相手のゴールに吸い込まれる。

 

 

「このいやらしさ、正に君の性格が出ているな。」

 

「それ失礼じゃないですか!? むかついたのでもう一回行きます。」

 

 

 再び大きく反射角度をつけて叩き込む。 先程とは違う機動、再び相手のゴールへとホッケーが吸い込まれていった。

 

 

「怒りで冷静さを失わせる作戦なんて無駄ですよ先輩。」

 

「ほう、本当にそう思っているのかな?」

 

 

 今度はもう少しきつめの射角で――

 

 

「甘い!」

 

「ちっ!」

 

 

 今度はしっかり返してくる、もう対応してくるとは予想外だ。

 

 

「菊梨お願――いっ!?」

 

「まかせろご主人!」

 

 

 流石にそれは予想外だった、何故か三尾状態の菊梨が後ろで待機していたのだ。

 というか、全く妖力を感じなかったのはどんな手品なんだ! そもそも先輩達の前で正体を晒してどうするんだ!?

 

 

「チェスト―!」

 

 

 あぁ、間違いなくやりすぎだ。 規格外の力でホッケーが粉々に砕けてしまう。 やった本人は何が起こったのかわからずにその場にきょとんとしていた。

 

 

「私は疲れているのか、今狐の幻覚が見えたような……」

 

「き、きっと気のせいですわ。」

 

 

 これは後で説教が必要なようだ……

 

 

―――

 

――

 

 

 

 結局ゲームは中断、あとは二人で色々とゲームを回って楽しんだ。 決着が付かずに先輩は悔しがっていたが、また機会があるだろうとなだめる事しか出来なかった。 というよりも、菊梨の正体がばれたのではないかと気が気でなかった。

 

 

「全く、少しは加減ってものを考えなさいよ。」

 

「少々白熱しすぎまして……」

 

「先輩達に正体がばれたら笑い話にもならないんだからね!」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 

 私達二人は、二人っきりでお風呂に浸かっていた。 部屋に備え付けの小さな露天風呂だが、景色を楽しむには二人には丁度いい広さだった。

 都会では見れない綺麗な星空が広がり、二人の息遣いだけが耳に入ってくる。

 

 

「綺麗だね。」

 

「そうですね。」

 

 

 ふと、菊梨見ると私の何倍も大きい胸が嫌でも目に入った。 正直うらやまけしからん乳だと改めて思う。

 

 

「もう、どこみてるんです?」

 

「少しくらいその乳わけてよ!」

 

「出来るならやってます! そもそも――」

 

「ええい、誘っているのはこの乳かぁ!」

 

 

 背後から胸を鷲掴みにして思いっきり揉みしだいてやると、菊梨は顔を真っ赤にしながらも抵抗はしなかった。

 

 

「もう、誰かに見られたらどうするんです?」

 

「どの口が言うのよ! 普段からキスやらハグやらを人前で求める狐がぁ!」

 

「いいじゃないですか!」

 

「じゃぁ私だっていいでしょ?」

 

 

 菊梨を自身の方に振り向かせて一気に顔を近づける。 菊梨もまんざらでも無いようで、目を瞑ってキスを受け入れる態勢に入っていた。

 そして私はそのまま唇を――

 

ズキン!

 

 唇が触れあるその瞬間、またあの痛みが薬指に走った。 菊梨は突然目を見開くと、青ざめた顔で私を見つめていた。

 

 

「――いつからですか?」

 

「何が?」

 

「その痛みはいつからだと聞いているんです!」

 

 

 急に声を荒げる菊梨に私は驚く――いや、彼女が声を荒げるという滅多に無い行為に私が動けなかったのだ。

 

 

「学祭の終わりくらいから……」

 

「どうして相談してくれなかったのですか!?」

 

「それは、これくらいで心配かけたくないし。」

 

「――もういいです。」

 

 

 菊梨は立ち上がると、バスタオルも巻かずに部屋に戻ってしまう。 急な事に呆然としていた私だが、菊梨の顔を思い出して我に返った。

 

 

「菊梨――泣いてた?」

 

 

 その時の私には、その涙の意味を知る事が出来なかった。

 ――そう、前日の私には。

 

 

 

 

 

――続く!




―次回予告―

「覚えていますか? 私(わたくし)達の思い出を。」

「覚えているか? 私達の痛みを。」

「覚えていますか? 私(わたくし)達の悲しみを。」

「覚えているか? 私達の世界への憎しみを。」

「覚えていますか? 私(わたくし)の事を……」

「次回 第四十六話 その思いは雪に埋もれて 前編」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 その思いは雪に埋もれて 前編

 一晩明けて朝を迎えても、結局私は菊梨の涙の意味を知る事は出来なかった。

 指輪の痛み――こんなものは転んでついた擦り傷のようなもので、放置していればそのうち収まるもの程度の認識でいたのだが、どうやら菊梨には違うようだ。 ――いや、もしかしたら私以上に”ソレ”について何か知っているのかもしれない。

 

 

「雪姉ぇ、ぼーっとしてどうしたの? 菊梨っちの心配?」

 

「ごめんごめん、なんでもないから。」

 

 

 私達は朝からスキーに出かけたのだが、私の隣には菊梨の姿はない。 勿論誘いはしたのだが、体調が悪いという事で一人部屋に残ったのだ。

 ――その言葉が嘘だという事は分かっている、きっと私と顔を合わせたくないのだろう。

 

 

「折角遊びに来たのに楽しまないと損だって!」

 

「まぁね! じゃあ久々にハッスルしちゃいますか!」

 

 

 スキーなんて帝都の首都付近じゃ絶対楽しめないし、変に考え込んでも状況が変わるわけでもない。 それに菊梨の事だ、しばらくしたら私を呼びながらすぐに戻ってくる事だろう。

 そう、いつもと同じように……

 

 

「氷室さん、一緒に上級者コース行きません?」

 

「いいけど、雪ちゃんブランクあるのに大丈夫?」

 

「余裕ですって! 腕は衰えてないはずなので! じゃあ愛子、ちょっといってくるね!」

 

「いってらっしゃ~い!」

 

 

 思えばこの時の行動も軽率だった…… あれ程普段から気を付けろと菊梨に注意されていたのに、私はいつもの気分だけで行動してしまったのだ。

 

 

「ごめん……ね。」

 

 

 それが意識を失う前の最後の言葉だった――

 

 

―前回のあらすじ―

 氷室さんのお誘いでちょっとした息抜き旅行にやって来た私達、温泉もたっぷりと堪能してゲームでも皆と盛り上がり、楽しい旅行になる筈だった。

 しかし、指輪の痛みの事で空気は一変してしまう。 菊梨の涙の意味も分からずにそのまま朝を迎え私は――

 

 

 

 

 

「何故、どうしてこうなってしまったのか私には分かりません。 誰かこの謎を解き明かして下さい。」

 

 

 私と氷室さんは二人小さな木造の小屋にいた。 外は視界が覆われる程の猛吹雪、とてもじゃないが外を出歩くような状況ではなかった。

 どうしてこんな事になってしまったのか、そこまで深い理由はない。 私と氷室さんは上級者コースを堪能していただけであり、急な天候変化のせいで設置してある小屋に避難する事になってしまっただけだ。

 勿論、非常連絡用に回線が敷いてあるので施設との連絡は可能である。

 

 

「吹雪が収まり次第迎えに来てくれるって。」

 

「設備がしっかりしてるとこで良かった……」

 

 

 非常食も完備されており、暖房器具も揃っている。 ここで凍死なんて事は絶対にありえない。

 私は毛布に包まってストーブに手を伸ばした。

 

 

「山の天候は変わりやすいし仕方ないね。」

 

「まぁ、そのための設備なんでしょうね。」

 

 

 氷室さんは私の隣に腰を下ろし、同じように毛布に包まった。

 その姿を横目で見ると、やはり氷室さんは美人だと再認識させられる。 同性の私でさえも少しときめいてしまうくらいだ。

 

 

「ん、どうしたの?」

 

「なな! なんでもないです!」

 

 

 私の視線に気づいたのか、氷室さんはこちらを見て微笑みかける。 小さな罪悪感に蝕まれながら私は両手を振って否定するが、それが面白いのか氷室さんは顔をぐっと近づけて来た。

 

 

「――大人になったね、良い女に成長してきてる。」

 

「何言って――というか顔が近いですから!」

 

「嫌なのかい?」

 

「いや、その……」

 

 

 冗談だと言って、氷室さんは私から顔を離した。 何がどこまで本気なのか分からない氷室さんの行動に、私の頭の中は混乱していた。

 

 

「こうしていると思い出すね……」

 

「え?」

 

「昔の事。」

 

 

 昔の事――欠けた記憶、私が思い出さなければならない事。

 

 

「どうしても、思い出したいかい? それが本当に必要な記憶かも分からないのに。」

 

「――はい。 そうしなければいけないと思うんです。」

 

「それは誰かに言われたから?」

 

「違います、自分で決めたんです。」

 

 

 そう、自分で決めた事だ。 きっとこのままじゃ、私は誰かに与えられているだけの人間になってしまう。 もし私の罪があるとしたら、向き合わなくてはいけないんだ。

 あの記憶の断片が正しいのならば、私は羽間先輩に――

 

 

「そうやってまた悲しみを背負うんだね、君は……」

 

「悲しみ、ですか?」

 

「そう、辛く悲しみに満ちた運命、記憶を封じた事で逃れた筈なのに――君はまた戻ってきてしまった。」

 

「……」

 

「だから私は君を救いたい。 力を持って生まれてしまった悲しい運命を背負う者として。」

 

 

 氷室さんの言葉が心に重くのしかかる、まるで私に全て任せろと言わんばかりの優しい言葉で誘惑してくる。

 それはまるで歌声のように耳から入り込み脳を掻き回す。 優しさという名の暴風雨が私の脳を凌辱する。

 

 

「私もそうだった。 力を持って生まれたが故に、多くの絶望と孤独を経験してきた。」

 

「氷室さんも……?」

 

 

 氷室さんは天井を仰ぎ見ながら昔を懐かしむように語り始める。

 

 

「そう――両親を奪われ、故郷を奪われ、与えられたのは隷従としての生活。 そこから解放されたと思ったら、今度は過去を知る故の孤独……

 私にはもうアヤカ姉さんしかいない。 でも彼女は私の手が届かない存在になってしまったんだ。」

 

「氷室さんはその人の事が?」

 

「最初は姉のように慕っていたよ。 でも、ある日気づいてしまったんだ――それが親愛ではなく愛情だという事にね。」

 

 

 突然、氷室さんは私の両肩に手を乗せて自身の方に抱き寄せた。 その身体は毛布に包まれているはずのに思った以上に冷たかった。

 

 

「昔の君もそうだった。 全てを失い、自身の力に翻弄されて周りを否定する事でしか生きていけない存在。 同じ痛みを持っていたんだ。」

 

「そんな、事……」

 

「同じ痛みを背負い、同じく世界を憎み、虚無に帰る事を望んでいた。 そんな頃の君に戻る必要はないよ。」

 

 

 本当にそうなのだろうか? 昔の私はそんな人物だったのだろうか?

 分からない――分からないからこそ知りたい。 私がどんな人間で、何を考え行動して、どうやって生きていたのか……

 

 

「それでも、私は取り戻したい。 本当の自分自身を。」

 

「……」

 

 

 氷室さんは俯き自身の唇を強く噛んだ――赤い筋が唇を伝って床へと滴り落ちる。

 私はハンカチを取り出そうと右手をポケットの中に突っ込むが、その隙を狙って氷室さんは突然私を床へと押し倒した。

 

 

「ちょっ、何をするんですか?」

 

「手荒な真似をするつもりは無かったが、君が考えを変えないなら仕方ない。」

 

 

 血に濡れた唇が私の唇に押し付けられ私の言葉を封じて来る。 それはまるでこれ以上の反抗は許さないという強い意思、支配欲の塊というべきだろうか?

 肩に添えられた手は物凄い力で私を床へ張り付け、押し込まれる舌は強引に唇を割り口内へと侵入してくる。

 しかし、押し付けられる劣情とは反比例して彼女の身体は恐ろしい程に冷えていた、これではまるで……

 

 

「もう何も考えなくていい、思考も身体も止めてしまって――私と一つになろう?」

 

 

 それは甘い蕩けるような誘惑、全てを凍らせる魔性の愛。 口移しで流れ込んでくる冷気が思考も身体も冷やしていく。

 昔おばちゃんに聞いた事がある――雪女、そんな名の妖怪だった筈だ。

 

 

「そうすれば君はもう苦しまなくていい、ずっと”今”のままでいられる。

 苦しまず幸せなままで……」

 

 

 冷気は私の思考を蝕み、視界は徐々に揺らぎ始める。 その先には氷室さんの優しい笑みが見える。

 憎悪も怒りも感じない、まるで女神のように優しく慈悲深い微笑みだ。

 

 

「ごめん……ね。」

 

 

 それが意識を失う前の最後の言葉だった――




―次回予告―

「あの頃の私は全てが嫌だった。」

「あの頃の私(わたくし)は見ている事しか出来ませんでした。」

「あの頃の私は全てを壊してしまいたかった。」

「それでも貴女は……」

「短い時間(とき)でしたが、確かに私(わたくし)達は共にいたのです。」

「次回 第四十七話 その思いは雪に埋もれて 後編」

「菊梨っ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 その思いは雪に埋もれて 後編

「ちょっと菊梨っち!?」

 

「止めないで下さいまし、(わたくし)はご主人様の元へ向かいます。」

 

「避難用の小屋にいるんだから大丈夫だって!」

 

 

 ――菊梨は予感がしていた。 それは元から持っている直感での不安なのか。はたまた”かつて”と似たような状況から来る不安なのか。

 いずれにしろ、菊梨はこの状況を黙って見守るつもりはなかった。 自身の主人の危機を感じ取っているからだ。

 

 

「それでも、とても嫌な予感がするのです……」

 

「でもこの吹雪じゃ菊梨っちの方が危ないって。」

 

「――あの日も、こんな天気でしたね。」

 

 

 菊梨は愛子の制止も聞かずにそのまま外へと飛び出していった。

 

 

「あの日って、なんでその事……」

 

 

 それはかつて陸奥町で起きた小さな事件――坂本 雪が失踪したお話だ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私は空っぽだった。 いつも人の意思に従うだけだった私は、初めて逃げるという選択をしたのだが――待っていたのは怠惰な生活だけだった。

 別におばちゃんや愛子が嫌いなわけではないし、よくしてもらっているとは思う。 それでも私の器は空っぽのままで、何も充実感を得られていなかった。

 

 

「……」

 

 

 そんなある日、私はその犬と出会った。 種類なんて分からない、第一印象は野良なのにとても綺麗な白い毛並みだと思った。 まるで汚れを知らないような純白の毛並み……

 

 

「お前の家は?」

 

 

 犬は答えない、ただじっと私の顔を見つめているだけだ。 媚びるような仕草もしない、本当にじっと私を見つめて来るだけ。 これだけだと愛敬の無い犬だと周りは関心も向けないだろう。

 だからこそ、私は気に入ったのかもしれない。

 

 

「一緒に来るか?」

 

 

 やはり犬は答えない、こんなに吠えない犬も珍しいと思う。 しかし、しっかりと私の後ろをついてきている所を見るに、先程の質問にはイエスという返答らしい。

 おばちゃんはなんて言うだろうな? 野良犬なんて連れて来るなと怒るだろうか? そうだ、まずは――

 

 

「名前をどうするか……」

 

 

 犬は立ち止まって首を傾げた。 私はその頭を撫でてやり耳元で囁く。

 

 

「その白い毛並みが気に入ったから、お前の名前は華だ。 いい名前だろ?」

 

「……」

 

 

 肯定も否定もせずにじっと見つめてくる姿に、私は少なからず愛着を感じていた。 なんと言えばいいだろう、上手く言葉は見つからないが心地の良い距離感という感じだ。

 もしかしたら、それこそが私の求めていた関係だったのだろうか……?

 

 それからというもの、私は自身でも意外と思える程に華のお世話に夢中になっていた。 壊す事しか知らなかった私にとって、命を育てるという行為はとても新鮮で有意義な事であったからかもしれない。

 だからこそ、ここまで没頭してのめり込んでしまったのかもしれない。

 

 ――しかし、それは間違いだった。

 

 ある日私はおばちゃんのお使いで食品スーパーへとやって来ていた。 当然、店内への犬の同伴は認められておらず、私は近くの電柱にリードを結んで華に待っていてもらう事にした。

 華は賢い犬なので、私の意図を察して大人しくその場にお座りした。 本当に手のかからない良い子である。

 そう――本当に主人に忠実でいい子なのだ。

 

 私が見た光景は、ぐったりと倒れている愛犬とそれを取り囲んでいる少年達だった。 アスファルトを染め上げる朱の色が、少年達の行為を証明している。

 その時――自身の中で何かが弾けた気がした。

 

 

「……」

 

 

 初めて自分の意思で――人を殺したいと思った。 誰かの命令なんかじゃく、自身の感情から湧き上がる衝動だ。

 そうさ、こんな奴らに生きている価値なんて……

 

 

「やめなさい!」

 

 

 誰かが背後から私の右腕を掴んで叫ぶ、聞き覚えのある声にゆっくりと後ろを振り向くと、そこには氷室 茜の姿があった。

 彼女は睨むように私を見つめ、掴む掌に更に力がこもるのを感じる。

 

 

「邪魔しないで。」

 

「後から後悔したくないならやめなさい、戻ってこれなくなるわよ。」

 

 

 

 ”戻ってこれなくなる”そう言った彼女の表情は険しい、まるでそれは無理矢理でも自分が止めるとでも言いたげな表情だった。

 正直、私が本気を出してしまえば彼女ごと葬り去る事も可能だが、私は何故か踏み込めずにいた。 それは彼女もまた、私にとって大事な人間だという証明でもある。

 

 

「ならコイツらは何故命を奪おうとする? 人と獣――その命の違いはなんだ?」

 

「違いなんてない、この子達はまだ理解出来てないだけ。」

 

「ならば、身を以て味わえば学習するだろう。」

 

 

 私の言葉に呼応するかのように、周囲のアスファルトに何ヵ所かのクレータが突然発生する。 少年達は理解出来ない事象にその場で座り込んで泣く事しか出来なかった。

 

 

「――貴女も世界が嫌いなのね。 自身の孤独を埋められないから憎む事しか出来ない。」

 

「何を言っている?」

 

「生きている喜びも、それを分かち合う友もいない――ただ、自分の寂しさを埋めるためにその犬に没頭していたんでしょ?」

 

「違う! 私は……」

 

「そんなに辛いなら――私が楽にしてあげる。」

 

 

 その時、氷室 茜の瞳が怪しく黄色に光った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「嫌な予感は――的中という事ですか。」

 

「流石に予想外ね、まさかここまで来るなんて。」

 

 

 氷室は雪を背負ったまま振り返ると、そこには息を切らせた菊梨が立っていた。 その目は主人の無事を確認できた安堵と、相手への怒りが混ざり合っていた。

 

 

「流石は妖怪と言った所ね。 大事なご主人様を取り返しにきたのだろうけど――彼女はもう私のモノよ。」

 

「雪女が女性を狙うなんて初めて聞きましたよ。」

 

 

 氷室 茜の姿は変質していた。 服装こそいつもと変わらないが、その髪は美しき銀色へと変化しており、瞳は明るい黄色へと変わっていた。

 本来、雪女という妖怪は男性を氷漬けにしてその生気を吸収すると伝えられている。 女性をターゲットとする話は全く聞いた事がなかった。

 

 

「人間にも趣味趣向があるのだから、私達妖怪にだってあるわよ。 そうでしょ狐さん?」

 

「それでもご主人様はお渡し出来ません。」

 

 

 菊梨は一瞬で妖力を解放して三尾状態へと変化する。 狐影丸を正眼に構えて雪女となった氷室を見据える。

 彼女は仕方ないという表情で雪を寝かせると、両手を空へと掲げた。 それと同時に菊梨と同等――いや、それ以上の力が放出される。

 

 

天之尾羽張(あめのおはばり)! 天羽々斬(あめのはばきり)!」

 

 

 彼女が名を叫ぶと、そこには氷で作られた二本の刀が握られていた。

 

 

「――お前、本当に雪女か?」

 

「斬り合えば分かるんじゃないかしら?」

 

 

 彼女が発しているのは妖力と呼ぶものとは性質が違っていた。 そう、それはターボばあさんのものに非常によく似ている。 だとすれば彼女は……

 

 

「――遅いわね!」

 

 

 氷室は身を屈めると大きく踏み出して一気に間合いを詰めて来る。 まさにそれは必殺の一撃、一の太刀で仕留める勢いだ。

 

 

「”桜花夢幻刃”」

 

 

 まるで桜の花びらのように雪を舞い散らせながら二刀の切っ先が菊梨を襲う。 演舞のような流れるような連撃、辛うじて菊梨は受けきるが氷室はその攻撃の手を緩めない。

 

 

「父さんには及ばないけど、貴女程度なら私でも余裕ね。」

 

「調子に――乗るな!」

 

 

 妖力を乗せた大きな横薙ぎ、流石の氷室も二刀で受けて一度間合いをとる。 技は確かに彼女の方が上回っているが、力で言えば菊梨も負けてはいない。 一太刀浴びればただで済まないのはお互いに言える事である。

 

 

「無駄な足掻きね!」

 

「どうかな!」

 

 

 互いに炎と冷気をそれぞれ纏い、得物を構え直す。 その姿はまるで相反して反発し合う存在のようにお互いを否定し合いながら一人の女性を取り合っているのだ。

 

 

「はっ!」

 

「ふっ!」

 

 

 打ち合う刃、飛び散る鮮血、流れる汗、精神をすり減らしながら互いの命を燃やして殺し合いを続ける。 それは見る者を魅了して死へと誘う魔の舞踏。 誰であろうと彼女達に間に立つ事は許されず、近づくだけでもその命を散らすだろう。

 

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 

 菊梨の一撃が天羽々斬の刀身を砕く、それと同時に天之尾羽張の切っ先が菊梨の腕を捉えて断ち切る。

 その右腕は狐影丸を握ったまま後方へと飛んでいった。

 

 

「再生する前にお前の首を切り落とす、私の勝ちよ。」

 

「くっ……」

 

 

 済まない、ご主人……

 菊梨は覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「私と一つになれば苦しむ事も悲しむ事もないわ。」

 

 

 そう言われて氷室の後をついてきた私は二人で雪山を登っていた。 そこで聞かされたのは彼女の特殊な生い立ちだった。

 前世での出来事、その思いが強すぎて転生後も特性を受け継いでしまった事、そして悲しき片思いと孤独を……

 

 

「だから私達は同じか。」

 

「そう、生まれ持った力に振り回されて――世界から孤立した悲しき存在。 だから私が一生貴女と一緒にいてあげる。」

 

「――そうだな、それで互いの虚しさが無くなるのなら。」

 

 

 それも悪くない、そう思った。 おばちゃんや愛子は心配するだろうが、私の事を気に留める人間なんて他に――なんて、感傷に浸る事すら必要ないな。

 

 

「ありがとう、雪ちゃん。」

 

「やるならさっさとやってくれ、私はもう疲れたよ。」

 

 

 氷室 茜は優しく私を抱きしめると、ゆっくりとその唇を近づけて――

 

 

「っ!?」

 

 

 突然その抱擁を解いて後ずさった。 その理由を見つけて私の思考は一時停止してしまった。

 

 

「華……?」

 

 

 そこにいたのは華だった。 全身から血を流しながらも果敢に氷室 茜の足へと噛みついて妨害しているのだ。 まるで私に行くなと言わんばかりに……

 

 

「このっ、離れなさい!」

 

「やめろ! そんな無茶して死にたいのか!」

 

 

 それでも華は放そうとはしない。 私の言う事を聞かないなんて初めての事で、私はどうしていいか分からずに華の血まみれの身体に抱き着いた。

 

 

「もういい! もういいから……」

 

「雪ちゃん……」

 

「お前の気持ちは分かった、分かったからもう!」

 

 

 自分でも訳が分からないくらい涙が溢れ出て来る。 胸の中が苦しくてぐちゃぐちゃして制御出来ない――こんな事は初めてだった。

 

 

「そう、それが貴女の答えなのね。」

 

 

 これが、私の答え……?

 

 

「私の答え、私の思い……」

 

 

 胸に手を当てると、いつもより早い鼓動が聞こえる。 ドクンドクンと脈打つ鼓動が、ほんのちょっぴりだけ、早く……

 

 

「そうか、これが――好きって感情なんだな。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「どうして……?」

 

 

 氷室は目の前の状況が理解出来ていなかった。 だってそれはありえない事――彼女が今更否定するわけがないのだから。

 

 

「氷室さんは間違ってる、押し付ける愛になんて意味ないよ。」

 

 

 私は氷室さんが振り下ろした刃を素手で受け止めていた。 握った部分から血が流れ出てきているが不思議と痛みはない。

 

 

「ご主人?」

 

「あの時とは逆の立場になったね、菊梨。」

 

「まさか記憶が!?」

 

「ちょっとだけね。」

 

 

 あの日と似た状況が、私の記憶の一部を蘇らせた。 そしてそれは同時に、自身の秘められた力を自覚させた。

 

 

「もうやめましょう? 氷室さんも分かっているんですよね。」

 

「――はぁ、合格よ。 やっぱりあのおばあさんの言った通りになったわね。」

 

「はぁ? それどういう意味ですか?」

 

「言葉の通りよ。 あの人同じ状況を作って貴女の行動を調べるのが最後の試練だったってわけ。」

 

 

 脳裏におばちゃんの意地悪い笑みが思い浮かぶ、本当にあの人は……

 私は手を放して自分の手の平を見やる――血はついているが傷は既に塞がっていた。

 

 

「狐のお嬢ちゃんもごめんなさいね、殺すつもりはなかったけど驚かせちゃったかしら?」

 

(わたくし)、これでも本気だったんですが?」

 

 

 腕を再生し、いつの間にか元の姿に戻っていた菊梨が悪態をつく。 本人も結構ショックだったらしい。

 

 

「仕方ないって、氷室さんは昔神様に喧嘩売るくらいの人だもん。」

 

「そういう昔の話はやめなさい。 兎に角、試験は合格よ。」

 

 

 そう言って氷室さんは、小さな鍵を私に手渡した。 おそらくこれが最後のピースを埋めるために必要な物なのだろう。

 

 

「分かってると思うけど、ここまで来たら引き返せないわよ?」

 

「分かってます。 それでも私は――前に進むって決めましたから。」

 

 

 後悔なんてない、だって私はもう決めたから――

 

 

――

 

 

 

「安心しろ、ちゃんと最後まで隣にいてやるから。」

 

 

 抱きしめる小さな命は、徐々にその熱を失っていた。 それは命の終わりを刻々と告げている。

 

 

「ありがとう華、お前のおかげで私は――」

 

「”悲しまないでください”」

 

 

 それはきっと幻聴、私が都合よく解釈して紡いでいるだけの妄想でしかない。

 

 

「”(わたくし)の使命は貴女を守る事、そのはずでした。 それがいつの間にか――”」

 

「私も最初は依存していただけだった、夢中になる事で嫌な事を忘れようとしていた。」

 

「"私は貴女が――"」

 

「私はお前が――」

 

『好きになっていた(いました)。』

 

「”泣かないで下さいまし。”」

 

「でもお前はもう……」

 

「”時間がかかっても、(わたくし)は必ず貴女様の元に帰ってきます”」

 

「華……」

 

「”必ず、またお会いしましょう。”」

 

「約束、だからな……?」

 

 

 私は、そんな大事な約束すら忘れてしまっていたのだ。

 

 

(わたくし)、貴女様の嫁となるために参りました菊梨と申します。 不束者ですが、どうか宜しくお願い致します”

 

 

 彼女は約束通り、私の元へと戻ってきてくれたというのに……




―次回予告―

「封印された思い出、それはあまりにも悲惨な過去だった。」

「それでも向き合わなければならない、それが私の背負った運命だから。」

「次回 第四十八話 明かされた真実、動き出す運命」

「それでも私は、全てを知りたい。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 明かされた真実、動き出す運命

教えて、よーこ先生!


「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」

「センセー! 4章ラストなのにアタシの出番がここしかないんですけど!」

「う~ん、そればっかりはどうしようもないですね。 ここで出来るだけアピールしておくのです。」

「アタシは必ず戻ってくるからねー! 皆、忘れないでよ!」

「ではでは、今回のお題は……」


~結婚するのに性別が関係ないって本当?~


「皆の世界では違うわけ?」

「同性婚はほぼ認められていないそうですよ。」

「ウッソー! ありえないし!」

「まぁ、価値観は人それぞれ世界それぞれって事なのでしょうね。」

「流石に遅れすぎっしょ、今時。」

「いつかは皆さんの世界でも同性婚が当たり前になる時代が来るかもしれませんね。」

「アタシはそんな世界行きたくなーい!」

「はーい、愛子ちゃんどうどう……そんなわけで物語も佳境ですが、このコーナーはいつものテンションで続けていきますので安心して下さいね。」

「アタシの出番はー?」

「恐らくもう無いかと。」

「いやぁぁぁぁ!!」

「では皆さん、あでぃおす!」


「覚悟は――宜しいですね?」

 

「もちろんよ。」

 

 

 私と菊梨は、おばちゃんの部屋にやって来ていた。 その理由は一つ――最後のピースを開くためだ。

 氷室さんから預かったこの鍵が、その扉を開けてくれる。

 机の目の前に置かれている小物入れ、これこそが鍵の使用先なのは間違いなかった。

 

 

「菊梨、私の記憶が完全に戻ったら話があるんだ。」

 

「えぇ、お待ちしております。」

 

 

 私は覚悟を決めて、小さな鍵を鍵穴へと差し込んだ。 ――ガチャリと鍵の開く音がする。 恐る恐る蓋を開くと、そこにはいつもと同じ封筒が収められていた。

 私はその封筒を手に取って中身の手紙を取り出した。 きっとこれが、最後の手紙だろう……

 

 

”よくぞここまで辿り着いた、お前はついに真実を知る権利を得たのだ。

 しかし最後に問いたい、ここで引き返す気はないか? 今ならまだ引き返せるぞ。”

 

 

 引き返す……か。

 その選択肢はいつもちらついていた。 何も知らずに平穏に日々を送るのが一番ではないかと……

 

 

「でも、私は――前に進むって決めたから。」

 

 

 だから私は振り返らない、自身の過去と対面する。 覚悟は既に――出来ている。

 

 

”それでも真実を求めるというならば、私はこれ以上止めない。

 このまま手紙を読み進めれば、お前にかけてある記憶の封印が解かれるようになっている。

 だからこれだけは最後に言わせて欲しい、お前の過去に何があっても私は義母なのだと。

 それだけは信じて欲しい……”

 

 

「……っ!?」

 

 

 突如として襲ってくる頭痛、それは決壊したダムから水が押し寄せてくるのと同じで、私の過去の記憶が一気に流れ込んできているのだろう。

 瞼の裏が痛みに合わせてチカチカする、最早座っている事すら困難な状態にあった。

 

 

「ご主人様!?」

 

 

 意識が飛ぶ直前、菊梨の声を聞いたような気がした……

 

 

―前回のあらすじ―

 氷室さんと共に旅行に出かけた私達だったが、そこで再び問題が発生する。 上級コースを堪能していた私と氷室さんは、急な吹雪で取り残されてしまったのだ。

 そこからはもう大変で……氷室さんに急に迫られるし、菊梨と氷室さんがバトり始めるしでやばすぎ!

 結局は全ておばちゃんの計画通りで、もう何なのよって感じ! でもこれで最後の鍵は手に入った。

 後は……

 

 

 

 

 

「さようなら祖父上、神になるのは私一人だけだ。」

 

 

 男が私の横で笑っている。 高らかに、誰かに誇るように、まるで狂気に憑りつかれたかのように……

 

 

「ふふっ、ふふふ!! やはり私の研究は間違ってはいなかった! あとは最後の段階に……」

 

 

 そう、この男は安倍晴明。 この飛行機事故を企て、神を生み出そうとする傲慢な男。

 飛行機は黒煙を上げながら地面へと落ちていく。 あれは私がやった、この男の命令通りに。

 

 

「さて、そろそろ帰ろうか。」

 

「……」

 

 

 そう、この時私は初めて疑問を持ったのだ。 多くの命を奪った自覚とその意味を――

 

 

――

 

 

 

 ”私達”はとある研究所で生まれた。 それは晴明の考案した計画を成就するための研究、神を生み出すための場所だ。

 私達はデザイナーベイビーと呼ばれる存在、神の血を使い生み出された存在だ。

 

 流れ込んできた記憶は忠実にその情景を再現する、それはまるでタイムスリップしたかのような錯覚を私に起こさせた。

 辺りは真っ白い小奇麗な壁ばかり、他には何もない。 まるで生活感を感じない閉鎖的な場所、だからこそ研究所なのだろうが。

 こんな場所で生活していたなんて考えると頭が痛くなってくる。

 

 

「帰ってきたようね。」

 

「何か用か?」

 

 

 声に反応して過去の私が振り向く――見覚えのあるピンク髪、そこにいたのは染野 艷千香だった。

 そうか、彼女もまたデザイナーベイビーの一人だったのだ。

 

 

「決まってるでしょ! リベンジよ! 今度こそ私が勝つわ!」

 

「――下らない。」

 

 

 この研究所では実力が全てだ、以前にコイツと私の模擬戦形式の試験があったのだが、死ぬ手前まで痛めつけた。 どうやらそれを根に持っているらしい。

 怪我の跡が見られないのは、おそらくは”スペア”と交換したのだろう。

 

 

「人形女のくせに言う事聞かない気!?」

 

「――今はそんな気分じゃないんだ。」

 

「何よそれ、アンタどこかで頭でもぶつけたんじゃない?」

 

 

 人形女、どうやらそれが昔の私のイメージらしい。 確かに今とは違って感情をあまり表に出さない感じはするが、なんというか――もっと別な理由があったような。

 

 

「他の奴らに構ってもらえ、私は今一人になりたいんだ。」

 

「ふん! 勝手にすれば!」

 

 

 一人になって、何を考えるというのだろうか? そんな事を私はした事がない。 ただ言う事を聞いて、その通りの事をしていればいい。 それだけで良かったはずだ。

 なのに私は、あの飛行機を落とした時に言いようの無い不快感を感じた。 襲ってくる吐き気を無理矢理抑え込んだが、あんな経験は初めてだった。

 

 

”なんじゃ、さっきからギャーギャーと喚いておる奴は。”

 

「なんだ、声が……誰かいるのか?」

 

 

 その声は突然頭の中に響いて来た。 辺りには誰もいないし、先程の艷千香も既に姿を消していた。

 この真っ白な空間にいるのは、確かに昔の私だけだった。

 

 

”ほう、妾の声を聴きとれるのか――お主が初めてじゃのう。”

 

「誰だと聞いている。」

 

”そう敵意を向けるな。 妾は玉藻、ここに囚われている者同士仲良くしようぞ。”

 

 

 気の抜けた感じで声の主はそう言った。 正確には頭に直接聞こえた。 どんな原理かは知らないが、テレパシー的なものが使えるのだろう。 そのような能力を持つ者も、玉藻という名の者にも覚えがないが。

 

 

”悩みがあるのじゃろ? 相談に乗ろうか?”

 

「――必要ない。」

 

”不愛想じゃのう、もう少し愛想よく出来んのか?”

 

「そんな事に意味があるのか?」

 

”当然じゃろ! 世の中を渡っていくには必要な事じゃ! ――すまない、外を知らないんじゃったな。”

 

 

 外……か。 そういえば、今まで気にした事もなかったな。 外の世界、自由な世界――そこには何があるのだろうか。

 私達には絶対に得られないもの、だから考えた事も夢見た事もない。

 

 

「外の世界とは、どんな場所なんだ?」

 

”そうじゃの~ 毎日が楽しくて、誰にも束縛されず……何より飯が美味い!”

 

「……」

 

”どうじゃ? 興味が湧いてこないか?”

 

「――少し。」

 

”ふふ、良いぞ。 やっとらしさが出てきたのう。”

 

 

 不思議と、その声には親近感が湧いた。 なんと言うか、菊梨と一緒にいる時に感じる温かさに似ている気がする。

 

 

”あいつへの嫌がらせにもなるじゃろうし、妾がなんとかしてみせよう。 まぁ、それまでに気持ちを固めておくが良い。”

 

「あぁ。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 それから少しだけ時間が立った。 私に出来た小さな亀裂は、徐々にその思考を蝕んでいった。 まるで私が私ではなくなっていくような、そんな感覚だった。

 私は壊れてしまったのだろうか? 私はもう、以前の私ではない……

 

 玉藻との会話はあの日からずっと続いていた。 彼女はひたすらに外の世界についてを熱く語り続けた。

 まるで私に、外の世界への興味を持ってほしいかのように。

 

 

”どうじゃ、そろそろ決心はついたか?”

 

「どんな答えでも連れ出すつもりなんだろう?」

 

”分かっておるなら話が早いのう。”

 

 

 やはりこちらの意見を最初から聞くつもりはないようだ。 恐ろしい程に強引な人である。 いや、相手は本当に人間なのかさえ怪しい所だ。

 

 

”根回しは終わらせておるよ――ただその前に、お主にやってもらう事がある。”

 

「やってもらいたい事?」

 

”なぁに、この研究所を吹き飛ばすんじゃよ。”

 

「――中々大胆な事を頼むんだな。」

 

”ここはあってはならぬ場所、跡形も無く吹き飛ばすのがよかろう。”

 

「成程、つまり一緒に逃げ出すという計画なわけだ。」

 

”何を言っておるんじゃ? 妾ごとに決まっておろう!”

 

 

 コイツ、今さらりと恐ろし事言わなかった!? いやいや、そんな楽しげに自分の事吹き飛ばせなんて言う人なんかいないでしょ! この人おかしいでしょ!

 ついつい自分の記憶に突っ込みを入れてしまった。 それ程までに、この会話相手は異質なのだ。 人間の常識が全く通用しないレベルである。

 

 

”兎に角じゃ! ロックは解除してあるから、妾の誘導通り進むのじゃ。”

 

「全く……」

 

 

 彼女が言った通り、部屋の扉が静かに開かれた。 普段は研究員が入ってくるまで絶対に開かない扉が、まるで外へと誘うように淡い光を放っている。

 私は躊躇なく扉を潜って廊下へと躍り出る――何故か人の気配がない、進むなら今だろう。

 声の導くままに真っ白な廊下を駆けて行く。 度々現れる扉は私を阻む事なく道を開けていく。

 

 

”よし、右の大きな扉に入るのじゃ。”

 

「分かった。」

 

 

 私の身長の3倍もあるように見える大きな扉を潜って、部屋の中へと入る。 その部屋も他と同じように、真っ白な広い空間が広がっていた。

 違う箇所があるとすれば、いくつものガラスケースが綺麗に並べてある事だった。 それぞれのガラスケースはオレンジ色の液体に満たされており、それはさながら水槽のようだった。

 手前にあるガラスケースに近づくと、プレートのような物が張り付けられている事に気づいた。

 

”染野 雅”

 

プレートには名前が書かれていた。 オレンジ色の液体に目を凝らしてみると、何かが蠢いているのに気づいた。

 水槽のようなガラスケース中に浮かんでいたもの――それは人の臓器だった。 しかもそれは鼓動し、生きている事を自己主張している。

 

 

"神を作るための生贄じゃよ"

 

 

 神を生み出すための器、つまりは退魔士の女性を使った生きた機械なのだ。 そう説明する声は怒りと悲しみを孕んでいた。

 

 

”そうやって生み出された子供がお前達じゃ。 三つ左隣の装置を見てみよ?”

 

「……」

 

 

 ――ドクンドクンと鼓動が早まるのを感じる。 もう気づいていた、私もここで生まれたのならあるはずなのだ――ソレが。

 

 

”大西 恵”

 

 

 プレートにはそう刻まれていた。

 

 

 過去を見ているだけだというのに、胃液がせり上がってくる感覚に襲われる。 しかし、過去の私は微動だにしない、怒りも悲しみも感じられない。

 

 

”どうじゃ、初めて母親に会った気分は?”

 

「何も感じない。」

 

”じゃろうな……お主は失敗作じゃからの。 その力を引き出す事に成功したが、デメリットして力を行使する度に感情を失う。 最終的に訪れるのは――死じゃ。”

 

「初めて知った。」

 

”晴明の奴も気づいておらんからのぅ。 お主が成功作だと思い込んでおる、だからこそお主がこの施設を破壊して他の子供達を皆殺しにすれば全て解決するのじゃ。”

 

「晴明の目的は達せられない、そういう事か?」

 

”その通りじゃ――そして、お膳立ては全て出来てある。”

 

 

 奥に続く小さな扉が開かれる。 その先にはよく分からない機械の柱がいくつも並べてあった。

 

 

”どうしても起爆するのに外部からの操作が必要でな、それがお主の仕事じゃ。”

 

「……」

 

”他の同じ境遇の子供や親を皆殺しにし、自分の親すら手にかける――酷な事じゃが必要な事なのじゃ。”

 

「別に、私は何も辛くも悲しくも無い。」

 

”今は――のう? いつかお主は痛みも悲しみを知る事が出来るようになる。 そして、今日という日を思い出す事になるのじゃ。”

 

 

 それはまるで予言のように、私の胸に深く染み込んでいった。 実際、”今”の私がその言葉を聞く事を彼女は知っていたのだろうか?

 部屋の奥へと進み、よく分からない計器に繋がれたキーボードを操作する。 モニターには最終確認の警告画面が表示された。

 

 

”さぁ、自由への片道切符は目の前じゃ。”

 

「――本当にいいんだな?」

 

”無論じゃ。 これが最善の道じゃからの。”

 

 

 その声からは恐怖は感じない、むしろ解放される喜びが感じ取れるくらいだ。 彼女もまた、晴明の犠牲者なのだろう。 逃れられない運命(さだめ)から脱するための選択――なのだと。

 だからこそ、私はゆっくりと緊急用の自爆ボタンを押す。 全てを終わらせるため、私が罪を――背負う。

 

 大きな爆発音と共に研究所は燃え上がる。 研究者も、子供達も、ガラスケースの人間だった者達も――何もかも平等に焼き尽くす。 それは公平は神の裁き、奢れる人間への天罰なのかもしれない。

 泣き叫ぶ声が聞こえる、家族の名を呼ぶ者がいる、呪詛を吐き出す者がいる、まさにここは地獄だ。 地獄を再現したかのような混沌(カオス)だ。

 

 そんな風景を、一人脱出した私は眺めていた。 胸に刻むように、じっと幼い瞳で見つめながら……

 

 

「君が、大西 雪ちゃんかい?」

 

「――誰だ?」

 

 

 声を掛けて来た女性からは、敵意を感じなかった。 きっと彼女が言っていた準備の最終工程、私の迎えなのだろう。

 

 

「そうか、君が恵の娘か……」

 

 

 その女性は涙を流しながら私を抱きしめた。 もう大丈夫だ、何も怖い事はない。 そう何度も囁きながら私の頭を撫でる。 それはよく分からない行為だったが、少しだけ妙に温かい気持ちになった。

 そうだ、これが坂本 妙との初めての出会いだったのだ。 そして私は、そのままおばちゃんの養子になって青森に行く事に――

 

 あの日で、全てに決着がついたと思っていたんだ。

 

 

”愚かな事だよ、私のもう一つの計画に気づかないなんてね。”

 

 

 意識が現代に引き戻される最中、誰かの声が聞こえてくる。

 

 

”二つの神の血を混ぜ合わせた真なる神子、お前こそが新たな時代の神となるのだ。”

 

 

 そうだ、何も終わってはいない。 あの日全てに決着がついたのなら、何故艷千香は生きていた? 何故晴明は研究を続けている?

 

 

”さあ、早く目を覚ましてくれ可愛い我が子――優希よ。”

 

 

「あまてるちゃん。」

 

「貴女は――誰?」

 

 

 記憶が折り重なる空間、見知らぬ少女がそこに立っていた。 美しい銀色の髪は、何故か懐かしさを感じさせた。

 

 

「貴女は全てを知った、もう立ち向かわなくてはならない。」

 

「晴明と決着をつけなきゃなね。」

 

「私も、いつまであまてるちゃんの力を抑えられるか分からない。 限界を越えれば、その力は再びあまてるちゃんの心と身体を蝕んでいく。」

 

「最後には廃人か……今までは貴女が抑えていてくれたんだ。」

 

「だって、守るって――決めたから。」

 

 

 何故思い出せない、私はこの娘を知っているはずだ。 あんなにもずっと一緒にいて、共に時間を過ごしたというのに……

 彼女の、彼女の名は――

 

 

「る……み……こ……?」

 

 

 名を聞いた少女は――静かに微笑んだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「楽しかったですわね。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

 

 二人の女性――鏡花と葵は新幹線の中で景色を堪能しながら帝都への帰路についていた。 雪達と一緒に帰る予定だったが、葵にどうしても外せない用事が出来てしまったのだ。

 

 

「また遊びに来たいですわねぇ。」

 

「……」

 

「鏡花ちゃん?」

 

 

 鏡花はいつも以上に神妙な面持ちだった。 いつもとは違う親友の表情に、葵は少しだけ胸を高鳴らせる。 そしてそれは、彼女の心をほんの少しだけ後押しした。

 

 

「ねぇ鏡花ちゃん、ちょっとだけ聞いて欲しいのです。」

 

「――どうした?」

 

「私――ずっと言いたかった事がありますの。」

 

 

 葵は覚悟を決め、大きく息を吐き出してから言葉を紡ぐ。

 

 

「私、大学を卒業後に結婚を考えていますの。」

 

「――それは初耳だな。 一体相手は誰なんだい?」

 

「……です。」

 

「ん?」

 

「貴女です!」

 

 

 それは彼女の精一杯の勇気、ずっと秘めてきた思いの放出。 付き合っていたとはいえ、鏡花が結婚まで考えていたかは分からない、それでも葵は――彼女と結ばれたいと思っていたのだ。

 

 

「ふふっ――そうか! 私とか!」

 

「鏡花ちゃん?」

 

「あはは! いや、とても嬉しいんだよ、君がそこまで私を思っていてくれたなんてね。」

 

「それじゃあ!」

 

「勿論さ、私に拒む理由なんてない。」

 

 

 そう、鏡花に拒む理由はなかった。 それは彼女にとって、想像以上に”嬉しい誤算”だったのだから。

 

 

「ちなみに、その話はもう親には?」

 

「えぇ、あとは鏡花ちゃんの答え次第ですわ。」

 

「そうか、ならば話は早そうだ。」

 

「――え?」

 

 

 鏡花は立ち上がると、懐から”ソレ”を取り出して葵へと突きつけた。 それは人を傷つけるための兵器――拳銃だ。

 

 

「嬉しい、私も君が愛おしいよ葵。」

 

「きょうか……ちゃん?」

 

「君にも手伝ってもらうよ――私の復讐をね!」

 

 

 その引き金は、ゆっくりと絞られて――銃声を響かせた。




―次回予告―

「私は記憶を取り戻し、その運命の歯車は確実に加速した。 私達は晴明の野望を止められるのか、そして世界の命運はいったい!?」

「そ・の・ま・え・に、帰ったら大掃除が待っておりますよ。」

「そうだった、ずっと青森にいたもんね。」

「次回からは再び舞台は帝都に、悪の野望を打ち砕く私達のお話が始まりますのでお楽しみに!」

「次回、第四十九話 雪ちゃんの凱旋 にスイッチオン!」

「楽しみにしていて下さいまし!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終章 変えられない運命編
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

坂本(さかもと) (ゆき)

本作の主人公。

女性 19歳 身長160cm 体重54.2kg Aカップ

黒髪で腰までの長さ、首くらいでゴムで1つに束ねている。 瞳はダークブラウン。

帝都大学2年生。

進学のために田舎から上京してきた女性。

お気楽で、明日は明日の風が吹くとマイペースな性格の持ち主。

学力、運動はどれも平均値のノーマルであり、本人もそれを良しとしている。

唯一、一つだけ普通じゃない部分で、霊や妖怪が見え、憑かれやすいという体質の持ち主。

趣味は絵とコスプレで、コミマでの活動を通して業界進出を狙っている野心家。

ロボット作品にただならぬ情熱を持っている。

 

【挿絵表示】

 

大西(おおにし) 菊梨(きくり)

本作のヒロイン1。

女性 ???歳 身長168cm 体重64.8kg Gカップ

通常時:金髪で腰までの長さ。 瞳はライトブルー。

人間に化けている時:茶髪で腰までの長さ。 瞳はダークグリーン。

主婦、帝都大学2年生(偽装)

突如、雪の元に押しかけて嫁宣言をした怪しい狐の妖怪。

何事にも猪突猛進、ご主人様一筋、それ故に暴走しやすい危険人物。

妖怪だけあって身体能力は人間と比較出来ない程高い、また現代文化への適応速度も速く、頭も回る。

家事は何でもこなせ、荒れていた雪の家も一瞬で綺麗にしてしまった。

趣味はご主人様観察、浮気しようものなら容赦はない。

 

【挿絵表示】

 

菊梨 三尾状態(モード)

妖怪としての能力を完全に開放した状態。

尻尾が三本に増え、瞳の色がより濃い青色へと変化して少し輝いている。

また、一人称も(わたくし)から(わたし)へと変化しており、口調まで変わってしまっている。

目つきが少々つり目気味になり、性格も普段の大人しさとは真逆に好戦的に変化する。

今までの素手スタイルとは違い、実体化した霊剣――狐影丸(こえいまる)を武器として使用している。

初登場時はいつもの衣装のままだったが、動きにくいという理由から裾を破き、後で雪に怒られている。

そのため、35話では専用の新衣装を用意してきた。

ベースは梨々花と同じ巫女服だが、鶴の描かれた千早を上から羽織り、狐耳の傍にはリボンと神楽鈴が飾られている。

それに合わせ狐影丸の鍔にも小さな鈴が2個追加されている。 本人曰く、剣舞の際の装束を再現したらしい。

 

【挿絵表示】

 

静野(しずの) 留美(るみ)

留美子と瓜二つの女性。

女性 19歳 身長154cm 体重56.1kg Dカップ

銀髪で長さは肩程度までのぱっつん前髪。 瞳はライトイエロー。

帝都大学2年生。

帝都に舞い戻った雪の目の前に現れた謎の女性。

晴明の忠実な部下で、執拗に彼女の命を狙って襲ってくる。

しかし人前で行動に出ることは無く、普段はチャンスを狙っている。

”組織”の開発した対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)を常に携帯している。

 

【挿絵表示】

 

羽間(はざま) 鏡花(きょうか)

雪や留美子が所属するサークル"さぶかる"のリーダー。

女性 20歳 身長172cm 体重64.6kg Cカップ

茶髪の、本人から見て左のサイドアップ。 瞳はライトブラウン。

帝都大学3年生。

しっかり者で、個性の強いメンバーをうまく纏めている。

その分気苦労も多く、貧乏くじを引く側の人間である。

成績も優秀な優等生で、将来は政治家の道を目指している。

政治家となった暁には、萌え文化を発展させようと考えている。

 

【挿絵表示】

 

大久保(おおくぼ) (あおい)

雪達の先輩で、同じサークルの所属。

女性 20歳 身長158cm 体重54.1kg Dカップ

金髪のカールのかかったミディアム。 瞳はダークパープル。

帝都大学3年生。

おっとりとしたお嬢様育ちで、いつもマイペース。

サークル内では衣装作成を担当し、雪を着せ替え人形にして楽しんでいる。

一方でマーケティング能力は高く、コミマでの売り上げはしっかりと利益を上げている切れ者でもある。

親は大企業の社長で、活動費は全て彼女が賄っている。

 

【挿絵表示】

 

榛名(はるな) 優希(ゆうき)

雪のお隣さん。

女性(?) 19歳 身長171cm 体重67.8kg Aカップ

茶髪のナチュラルミディアム。 瞳の色はダークブラウン。

帝都大学2年生。

雪の同期でもあり、お隣さんでもある女性。

両親は帝都の研究所で働いているらしく、基本的に家で一人でいる事が多い。

大人しい性格で、目立つことを嫌っているが、かなりの美人のため嫌でも目立ってしまっている。

学費を稼ぐため、メイド喫茶でバイトをしている。 バイト中は普段とは人が変わったように明るく元気になる。

実は生物学上は男性であり、GID――性同一性障害である。 この事については恋人とバイト先の店長以外誰にも知られていない。

竜也という恋人がおり、術後は結婚の予定がある。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 秋子(あきこ)

妖怪を見る力を持つ元気一杯な高校生。

女性 16歳 身長168cm 体重61.2 Cカップ

銀色の腰までの長髪、瞳の色はレッド。

母親と同じく曲がった事が大嫌いで、正義感がとても強い。

考えるよりも先に行動してしまうため失敗も多く、怒りっぽいのも玉に瑕。

小さい頃から妖怪を見る事が出来ていた。 座敷童の椿とはその頃からの付き合いである。

目立つ髪色と妖怪を見る力のせいで、クラスの中では浮いている存在となっている。 そのせいで友達もいない。

身体能力は異常に高く、その潜在能力は留美子がスカウトする程である。

 

【挿絵表示】

 

安倍(あべ) 晴明(はるあき)

神の血を引く八咫烏のリーダー。

男性 31歳 身長168cm 体重66.3kg

黒髪で腰までの長さ、首くらいで一つに束ねている。(陰陽師風の髪型) 瞳の色はダークブラウン。

組織である”八咫烏”を取り仕切り、13代目天皇として執政にも深く関わっている。

神の血を引く一族、安倍家の長男であり、恐ろしい程強い霊力持っていると言われている。

人々を妖怪や霊の脅威から守るために八咫烏を結成し、多くの兵器の開発も進めている。

幼き頃から次代の天皇と言われてきたが、12代目には何故か彼の妹である天照(あまみ)が選ばれる事となる。

帝京歴774年に彼女が亡くなったあと、晴明が13代目天皇となる。

その人徳から人気が高く、八咫烏のメンバーからも信頼されている。

しかし、留美子は晴明の事を嫌っているようだ。

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 雪ちゃんの凱旋

 大事な主は小さな寝息を立てながら右肩へ寄りかかっていた。 流れ行く景色を眺めながら、金色(こんじき)の狐は先程の言葉を思い出していた――

 

 

―――

 

――

 

 

 

「全部、思い出したよ……」

 

 

 自分の出生、晴明の事、まだ何も解決していない事……

 正直、やる事が多すぎて頭の中がパンク寸前だ。

 

 

「確かに、忘れていた方が幸せだったかもしれない――そう思えるほど酷い内容だったよ。」

 

「……」

 

「でもね、私は後悔してない。 知らなくちゃいけなかったのよ、この現実に向き合うために。」

 

 

 そう、これ以上は"知らない"では済まされないのだ。 もしもあれ以降も研究が進んでいるとしたら世界にとって良くない事なのは目に見えている。

 記憶の最後に言い放った研究の完成体、"優希"という名前――もしも私の予想通りなら隣のあの子の事だろう。

 

 

「だから私は全ての過去と決着を付ける。 晴明をあのまま野放しにしておくわけにはいかない。」

 

「そうですね……」

 

「菊梨――これからも、私に付いてきてくれる?」

 

「――全く、言いたかった事とはそんな話しなのですか? いい加減私(わたくし)、怒りますよ?」

 

「少しくらいカッコつけさせてよ! こういうのはアレでしょ? ビシっと意気込み決めて最終決戦に臨むやつでしょうが! それくらい許されるでしょ!」

 

「――まぁ、そういう所も好きなんですけどね。」

 

 

 私はゆっくりと菊梨の身体を抱きしめて頭を撫でる。 彼女は甘えるように私の胸元へと顔を密着させた。

 

 

「――相変わらず、絶壁ですね。」

 

「これから大きくなるの。」

 

「背中なら、十分すぎる程立派になりましたよ?」

 

 

 色々と右往左往して来たけれど、やっと私は彼女の気持ちを知る事が出来た。 こんな私を見て、彼女は何を思ってきたのかも……

 だからこそ、今この時に彼女に伝えるべき言葉がある――それはずっと彼女が待ちわびた言葉、孤独な心の闇を払う光。

 

 

「遅くなってごめんね――おかえりなさい、菊梨。」

 

「えへへ、約通り戻ってきました――ご主人様。」

 

 

 もう二度と忘れない、絶対に離さない、彼女と共に生きる未来――それこそが私が求めるものなのだから。

 

 

―今までのあらすじ―

 自身の記憶を取り戻すためにやってきた故郷青森、それを見越したおばちゃんの3つの試練を無事に乗り越え、記憶を取り戻すための鍵を手に入れた。 その鍵が開いたのは想像を絶する悲惨な過去であった。

 その全てを受け入れ、私のために犠牲となった留美子の思いを胸に、私は全て背負って未来へ進む――例えどんな困難が待ち受けようと、必ず晴明の計画を阻止しなければならない。 それが、私の役目だから……

 

 

 

 

 

―帝京歴786年 1月―

 

 

「大西家は遥か昔から宇迦之御魂神に仕えて参りました。 その純白な魂を捧げる事が決まり事になっているのです。」

 

「つまり、私のお母さんもそうだったと?」

 

「そうです、あの事件の後に開放された大西 恵の魂は宇迦之御魂神の元へとやってきました。 私達はそこで始めて出会ったのです。」

 

 

 神様というのはろくでもない奴が多いと聞くが、この宇迦之御魂神という神様はかなりろくでもない奴だ。 なんせ、女を食い散らかし過ぎて始祖神の怒りを買って鏡に封印されてしまったらしい。

 その封印を破ったのが菊梨の妹で、それ以来大西家は宇迦之御魂神に仕える事となったらしい。

 しかし、しかしだ――問題はそこじゃない。 つまりは、今目の前にいる相手こそ自分のご先祖様だという事実だ。 しかもそのご先祖様と、絶賛熱愛中である。

 

 

「いやぁ、笑えないわ!!」

 

「別に近親相姦というわけではありませんし、良いではないですか。」

 

「人の心を読むんじゃないよ!?」

 

「別に読んでませんけど? ご主人様が分かりやすいだけです――顔に書いてますよ?」

 

「菊梨ちゃんムカツクぅ!!」

 

 

 ともあれ、元々お母さんの願いで私の様子を見に来た菊梨であったが、結果はベタ惚れと――まぁ私も人の事は言えないわけだが。

 私達は改札口を抜け、見慣れた風景を眺める。 そんなに長い時ではなかったが、秋奈町の風景がやけに懐かしく感じる。

 

 

「兎に角、まずは優希に話しを聞いてみるわ。」

 

「万が一の事も考えておいて下さいね?」

 

「分かってるわよ、それなりの覚悟はしてるつもりだから。」

 

 

 あらゆる可能性が考えられる中の一つ、彼女が晴明の手先である事だ。 かつての私と同じ奴の操り人形、そして最初から監視目的でわざと隣に引っ越していたのだとしたら?

 だとしたらこの後の衝突は避けられないだろうが、晴明に関する情報を引き出す事は出来るかもしれない。

 

 

「それでも一つ言わせて頂きますが、フルパワーを出す事だけはおやめ下さい。 せめてその指が痛みを感じないレベルまでです。」

 

「力を使う度に私の感情が失われる――そうでしょ?」

 

「その通りです、だからこそ少しでも――」

 

「それは約束出来ない。 でも、善処はするよ。」

 

「……」

 

「全ては決着がついてから――そうでしょ?」

 

「そう、ですね……」

 

 

 自分でもある程度の加減は出来るとは思う――自信は無いが。 それでも意識しないよりはマシだろう。 少しでも菊梨の負担を減らしたいところだが、重荷になるのも正直嫌だ。

 左手の薬指を見やると、いつもと変わらない指輪が銀色に輝きを放っていた。 そこから少しだけ見える指の根元が、少し黒ずんでいるようにも見える。

 

 

「留美子、私頑張るよ。」

 

 

 私は物言わぬ指輪に、そう誓った。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 遅れた我が家の大掃除を終わらせ、改めて身支度を整えてから私達は隣の玄関前までやってきていた。 中から人の気配は無し、霊力や妖力の類いも感じられない。 強いて言うなら、以前とは比べ物にならない程の神域(かむかい)が形成されている事だろうか。

 明らかに、意図して守ろうという思考が浮き出てきている。 晴明の差し金か、それとも私達を警戒した優希の行動か――答えは本人を問いただせば分かるだろう。

 私は菊梨に目で合図を送り、ゆっくりとドアノブに手をかけた。 菊梨の方はいつでも三尾状態になれるように待機している。 気配はせずとも油断してはいけない、まずは確実の彼女を――

 

 

「ご主人!」

 

 

 私の眉間に飛来したソレを、菊梨は慌てて叩き落とした。 その姿は瞬時に三尾状態になっており、もしそうしていなければ私の命が無かったのは間違いない。

 しかし、ソレを撃ち出した相手がそこで止まるわけもなく、続けて2,3発目を発射していた。

 ――それは、私のよく知っている発砲音だった。

 

 

「霊銃……?」

 

「ご主人下がって!」

 

 

 再び飛来した弾丸を弾き菊梨がそう叫ぶが、私は目の前に存在する現実に釘付けで動けなくなっていた。 見間違えるわけがない――私のよく見知った顔がそこに佇んでいたのだ。

 

 

「留、美子……?」

 

「……」

 

 

 暗がりで判別し辛いが、確かにそこには私の見知った人間が立っていた。 唯一違う点があるとすれば、昔の彼女そのままの人形的な雰囲気を纏っている事だろうか。

 それでもこの相手は、間違いなく留美子の生き写しだった。

 

 

「貴女は誰なの!?」

 

 

 返答はそのまま攻撃で帰ってきた。 的確に殺すための銃弾が私の命を狙ってきている。 それだけで彼女が留美子ではない事を証明している。

 ――でも、それでも……!

 

 

「留美子なの?」

 

「……」

 

 

 ――彼女は答えない、私のよく知る顔で無慈悲に命を奪おうとしてくる。

 

 

「迷ってる場合じゃない、コイツは本気で殺そうとしているんだぞ!?」

 

 

 菊梨は霊剣で一閃し、女性は霊銃を盾に受けた。 仮に訓練した退魔師であっても、フルパワーの菊梨相手にここまで反応出来る者はいないだろう。

 

 

「邪魔な妖怪っ!」

 

「ご主人!」

 

 

 二人の声が重なる。 だめだっ、迷ってる時間なんて私にはないんだ!

 私はいつものように霊剣(ハリセン)を形成して構える――

 

 

「留美子と同じ顔の理由、話してもらうからね!」




―次回予告―

「目の前に立ちはだかる、留美子と同じ顔の女性――一体その正体とは。」

「ご主人、頼むから真面目にやってくれ。」

「私はいつだって大真面目よ!」

「私の願いは一つだけ、貴女を殺す事よ。」

「次回、第五十話 幻惑と怨讐の交錯」

「貴女が何者か、話してもらうからね!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 幻惑と怨讐の交錯

「留美子と同じ顔の理由、話してもらうからね!」

 

 

 相手は留美子の見た目をした化け物、きっと力をセーブして勝てるような相手じゃない。 だからと言って力を使いすぎれば――せめて力と関係ない明鏡止水で対抗するしかない。

 私は霊剣(ハリセン)を握り直し注意深く相手の動きを観察する。 はやる気持ちを抑え息を整え動きを――来た!

 

 

「っ!?」

 

 

 ――確かに見えてはいた、しかしそれは見えるというだけであって対処出来るのは別問題だ。 目の前の彼女は私の認識出来る速度を上回って踏み込んできたのだ。

 かつて見たダブルセイバー型の霊剣の切っ先の端を一瞬だけ捉えて受け止めるが、想像以上の力に数歩後ずさってしまう。

 

 

 

「ご主人!」

 

「――甘い」

 

 

 すぐさま私の横から躍り出た菊梨が刀を振り下ろすが霊剣を回転させてその攻撃を防いでしまう。 あまりの早業にさしもの菊梨でも驚きの表情を隠しきれなかった。

 純粋な身体能力だけではない、洗練された技と言うべきか? 以前にも増して感じられる威圧感はそこが起因しているのかもしれない。 だとしたら、同じ顔というだけで本当に別人なのだろうか?

 

 

「敵との対峙中に考えごとなんて――バカじゃないの。」

 

「何をっ!?」

 

「死をもっと意識しなければ、すぐに終わるわ。」

 

 

 その言葉が終わるのが早いか、左手に握っている霊銃の銃口を私に向ける。 私は慌てて射線を外そうと身体を横に動かすが、その動きすら予測していたのか構えた霊銃を即座に左側へと向けて発砲した。 その先には刀を止められた菊梨が右足による蹴りを繰り出している最中だった。

 

 

「なっ!?」

 

「――単調すぎ。」

 

 

 菊梨は慌てて足の角度を調整して妖力で弾丸を蹴り飛ばす。 当然、そのせいで不意打ちは中断され依然不利な状況に光明は訪れない。 こちらは2人、しかも方や大妖怪の妖狐だというのに引けをとらないどころかこちらの方が押されているのが事実だ。

 一度受け止められた霊剣を仕舞い、妖力を細い針のようにして飛ばす。 相手は霊剣を回して私を弾き飛ばし、そのまま回転させて妖力の針を弾き飛ばす。

 

 

「こんのぉ!」

 

「せいっ!」

 

 

 私達はどちらが合図するでもなく、二人で霊剣を構えて前後からの同時攻撃に転じる。 この寸分狂わぬ連携攻撃ならばさすがに付け入るスキは見つかるはずだ。

 

 

「……」

 

 

 殺す気なんて無い、生け捕りにして留美子の事を聞き出すまでだ。 そのためには多少怪我をさせてでも大人しくなってもらうしかない。

 迫る刃の前に佇む彼女は、軽く息を吐いた後に霊剣の柄を両手で握った。 一体何を――

 

 

「えっ?」

 

 

 私達の切っ先が触れることは無く、何事もなかったかのように彼女はその場に立っていた。 その両手に握られているのは二本の霊剣、1本だったものが二本に分裂したものだった。 そして同時に、お互い吹き飛ばされたという事実を痛みと共に認識する。

 

 

「馬鹿な、人間の強さじゃない……」

 

「ご明察、私は人間じゃない。」

 

「人間――じゃない?」

 

「――私は静野(しずの) 留美(るみ)、マスターに作られた機械人形(オートマタ)。」

 

 

 機械人形(オートマタ)……? 機械っていう事?

 突然の告白に思考は白くスパークする。 そういえば以前、留美子そっくりのロボットと遭遇した事があった。 あの時は私の霊剣(ハリセン)であっさりと破壊出来たが、目の前で機械人形(オートマタ)と名乗る女性は比較にならない程の強さだ。

 

 

「私は心を持たない。 マスターの命令を忠実にこなす人形――だから貴女達を殺す事に躊躇しない。」

 

「マスターとは、晴明の事か?」

 

「その通り、あのお方の悲願を達成するためにお前が必要なのだ坂本 雪。」

 

 

 彼女(るみこ)と同じ声音でそう答える留美、顔も喋り方も何もかもがそっくりで、私は強く違和感を感じた。

 ――あまりにも、同じすぎるのだ。

 

 

「お前も中々、従順な犬になった――なっ!」

 

「……」

 

 

 菊梨が大きく踏み込んで横薙ぎ、留美は二刀の霊剣をクロスさせてその一撃を防ぐ。

 

 

「――貴女は確かに強い。」

 

「当然だ!」

 

 

 そのまま目にも留まらぬ速さで刀を振るう菊梨、しかし留美もぎりぎりのラインで全ての攻撃を受け流していく。

 

 

「しかし、所詮は付け焼き刃の剣技、ただの子供の喧嘩ね。」

 

「――言ってくれるじゃないか!」

 

「だからこそ単調だし読みやすい、どんなに身体能力が優れていても私にその切っ先を触れさせる事は出来ない。」

 

 

 "お前の動きは全てお見通しだ" そう伝わるような内容を返答する留美に流石の菊梨も頭に来たのか、明らかに太刀筋が乱れ始めているのがわかった。

 このままでは、確実に私達は留美には勝てない。 現状を打破するための何かが必要だ。 やはり、ここは私が力を使って――

 

 

「そのまま座っていろご主人!」

 

 

 私の考えを遮るように大声で叫ぶと、左手に通常の霊剣を形成して振り下ろす。 この動きはさすがの留美も予想外だったのか一瞬対応に遅れて、右手に握っていた霊剣を弾かれる。

 

 

「確かに私の技術は付け焼き刃だ。 しかし、本来考えつかないような方法で意表を突くは出来る――甘く見るなよ、小娘。」

 

「――少しみくびっていたわ。」

 

 

 ――やはり、まだ届かない。 やっと背中が見えてきたと思っていた――そう思い込んでいたのだ。 これだけ強くなれば、一緒に肩を並べて戦えるんじゃないかと密かに期待していた……

 だが現実はどうだ? 未だに私は足引っ張りで、彼女のお荷物でしかない。 そのうえ力まで抑えた状態――私が彼女の横に立つ資格なんて無いのではないか?

 

 

「勝負はこれからだ。」

 

「来い、化け狐。」

 

 

 瞬間、留美とは違う位置から霊銃の発砲音が響いた。 まっすぐに私目掛けて飛んでくる弾丸、普段ならば簡単に避けるなり撃ち落とせるはずなのに私の身体は一行に動こうとしなかった。 ほんと、何やってるんだろうな私……

 その弾丸を切り落としたのは私ではなく、先程まで争っていた二人だった。 予想外の光景に、私は目を丸くして硬直する事しか出来ない。

 

 

「マスターからの命令は生け捕りのはず、何故殺そうとした?」

 

 

 留美が問うと発砲した本人は家の窓を突き破って侵入してきた。 肩についたガラス片を払い、やれやれと肩を竦めてみせる。

 

 

「そういう君こそ、彼女を殺す勢いだったじゃないか。 人の事は言えないんじゃないのか?」

 

「どう……して……?」

 

 

 侵入者は留美と同じ黒いスーツにタイトスカートを纏っていた。 それはかつての留美子が着用していたものと同じであり、"八咫烏"と呼ばれる組織の制服である事を示している。 いや、問題はそこではない――その服を纏っている人物の方だ。

 

 

「久しぶりだな、一緒に初日の出を眺めて以来だな。」

 

「羽間先輩――どうして貴女が?」

 

 

 いつもと違ってメガネを外してはいるが、見間違うわけがない。 今目の前にいるのは羽間先輩なのだ……!

 

 

「その理由は、記憶を取り戻した君なら理解出来ると思うが?」

 

 

 そう、彼女が私を殺そうとする理由は一つ――"敵討ち"だ。 しかし、それと同時に疑問も浮かんでくる。 ならば何故、その敵の一人である晴明の組織に所属しているのだろうか?

 

 

「……」

 

「安心してくれ、今すぐ殺したりはしないさ。」

 

 

 羽間先輩はそう言うと怪しく口の端を吊り上げる。 今まで見たこともない笑みに、背筋を冷たい汗が流れる。

 

 

「君を今度オープンする遊園地に招待したくてね、そのための招待状を今日持ってきたのさ。 大久保 葵の命が掛かっているならば君も拒否出来ないだろう?」

 

「大久保先輩の命……!? 一体何をしたの!」

 

「君を呼び出すために協力してもらったのさ、嫌とは言わないだろう?」

 

「――ぺらぺらと煩い、用が済んだなら帰って。」

 

「やれやれ、無粋なお人形さんだ。 では雪、明日君が来るのを待っているよ。」

 

 

 羽間先輩はそう言葉を残すと、何か球状の物を投げつける。 ソレは辺りを眩しく照らし出して私達の視界を遮る――光が収まった頃には、既に先輩の姿はなかった。

 

 

「相変わらず、予定外の事をしてくれる。」

 

 

 既に留美からは先程までの殺気は感じられなかった。 信じられないが、今は敵対する意思は無いように感じられる。 意図を図れずに黙っている私を見て、留美は短く言い放った。

 

 

「その先輩の救出、手伝ってやってもいい。」




―次回予告―

「留美子と瓜二つの女性留美、彼女が申し出たのは意外にも共闘だった。」

「ついさっきまで殺そうとしてきて、意図の読めないやつだな。」

「それでも、手伝ってくれるなら有効活用するまでよ!」

「まぁ問題は――」

「そうね、どうして羽間先輩が……」

「ある意味で、過去と決着を付ける時かもな。」

「次回、第五十一話 内に秘めた思いの引き金」

「先輩、貴女の思いを教えて下さい。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十一話 内に秘めた思いの引き金

 私はお茶を静かに啜りながら、目の前に座る留美子と瓜二つの少女を見つめていた。

 細かい仕草や言動、どれをとっても私のよく知る姿と同じで、まるで留美子が帰ってきたかのような錯覚に陥る。しかし、目の前にいるのは留美子模した機械人形(オートマタ)、彼女本人ではないのだ。

 

 

「はい師匠、お茶です」

 

「私には必要ない」

 

「折角入れて来たんだから、そんな事言わずに!」

 

 

 あの後、私達は一度腰を据えて話をするために羽川邸へとやってきた。ここならば強力な神域(かむかい)の中で邪魔される事も盗聴される危険性も無い。何よりも、留美自身がこの場所を指定してきた。この事に意味があるのか、それとも──

 

 

「──しょうがないから飲んであげる」

 

「やったね!」

 

 

 秋子は満面の笑みを浮かべると、留美の身体にぎゅっと抱きついた。抱きつかれた本人は何事も無かったかのようにすまし顔のままである。

 菊梨は相変わらず留美を警戒しているのか、私でもきついくらいの妖力を放出し続けている。つまりそれは、いつでも三尾状態へと変身出来る事を意味している。

 そんな菊梨を制し、留美に向き直る。ここには遊びに来たわけじゃない、彼女と交渉するために来たのだ。

 

 

「──そろそろ、本題に入ってもいいかな?」

 

「もちろん」

 

「じゃあまず、貴女を私達が信用出来る証を立ててもらうわよ」

 

「いいわ、私の知る限り全ての情報を教えてあげる」

 

 

 留美は躊躇する様子もなく、淡々と語り始める。

 

 

「貴女達が必要な情報、それは晴明に関する事よね?」

 

「その通りよ」

 

 

 彼女はあえて"マスター"ではなく、"晴明"と呼んだ。果たして、その事に意味があるのだろうか? 

 

 

「記憶を取り戻したのなら、奴の目的は知ってるはず」

 

「神を生み出すとかいう頭おかしい研究でしょ? で、その実験体の一人が私と」

 

「その通り、そしてその実験の結果二人の成功体が生み出された。それが貴女と榛名優希。互いに神の血筋を意図的に継承されたデザイナーベイビー」

 

「つまり腹違いの兄弟みたいなもの?」

 

「そんな生易しいものじゃない。橘家の存在は知ってる?」

 

 

 橘家というワードに、菊梨の表情が一気に変わった。放出された妖気に混ざり、明らかな殺気が部屋中に立ち込める。当然、この場にいる全員の空気が凍りつく。

 

 

「知らないけど?」

 

「大西と橘は言わば表と裏、同一の存在でありながら橘を秘匿するために大西が存在している。つまり、貴女と優希は本当に兄弟と呼べる存在」

 

「そんなの初耳なんだけど、菊梨は何か知ってる?」

 

「──橘家は安倍家と同じく神の血筋を受け継ぐ一族。私達大西家は、橘家を神域(かむかい)へ隔離しお守りする義務がある。ご主人様が知らないのは大西家にいた事が無いせいですね」

 

「まぁ、研究所生まれだからね」

 

「そこに目をつけた晴明は、橘の血筋を手に入れるためにある事件を起こした。それが、帝京歴772年の大西家惨殺事件」

 

「……」

 

「表向きは退魔師の家系である大西家を復讐のために妖怪が襲った事になっている、しかし真相は晴明による虐殺だった。邪魔な一族を皆殺しにし、貴女の母親である大西恵と橘家当主である橘瑠璃を確保した」

 

「待って下さいまし!? それは間違いないのですか!」

 

「そう、間違いなく貴女の知っている"橘瑠璃"、現存する二人の九尾の内の一人」

 

 

 九尾……? 橘瑠璃って人間じゃないの? 

 

 

「奴は最強の妖怪である九尾への対抗策を持っている。その力を手に入れるためだったらどんな事にでも手を出す。実際、当時身重だった橘瑠璃は弱体化してはいたが、手を抜いてはいなかった。しかし結果は、彼女は惨敗し晴明の手に堕ちた」

 

「なんのためにそんな……」

 

「彼女の(はら)で神の子を生み出させるため──そのために、彼女のお腹の子を殺したの。奴は何の罪悪感も無く実行出来る男だから」

 

 

 元からまともじゃないとは思っていたが、まさかここまでだったなんて……

 菊梨は驚きの表情で固まり。秋子は俯いて表情が読み取れない。唯一私だけが、無表情のまま留美の顔を見つめていた。

 

 

「でも、榛名優希は覚醒の兆候を見せていない。だからこそ晴明は貴女に注目しているの」

 

「それで私を生け捕りってわけか……」

 

「でも、羽間鏡花は違う。アイツは復讐のために貴女を殺そうとしている。だから私は貴女を守らなければならない」

 

「──命令だから?」

 

「違う、私自身の意思」

 

 

 その言葉を発した留美は、とても機械人形(オートマタ)とは思えなかった。機械だと言うなら、何故自分の判断で行動しているのだろうか? 

 

 

「貴女は、本当に留美子じゃないの?」

 

「違う、留美子はもう死んだ。この世界のどこにもいない。それは一番貴女がよく知っているはず」

 

「──言われなくても分かってる」

 

「私から話せる事はこれで全て、他に質問は?」

 

 

 私含め皆が静かに頷くと、留美は立ち上がった。

 

 

「心配ならいつでも後ろから斬ってくれて構わない」

 

「そんな心配してないわ」

 

 

 たとえ偽りの関係だとしても、今この瞬間一緒に肩を並べられるだけでも……

 そう考えながら私は留美を見つめたが、返ってきたのは何も映さない虚ろな視線だけだった。

 

 

 ──―

 

 ──

 

 ―

 

 

 遊園地のゲートを潜ると、目の前には大きな城が聳え立っていた。大久保財閥で建築中の新テーマパーク、ここが羽間先輩の指定してきた場所だった。

 先頭には留美が立ち、私と菊梨がその後ろを付いていく形だ。

 

 

「あの女の事だから、確実に罠を仕掛けてるはず。注意してついて来て」

 

「でも羽間先輩が大久保先輩を人質にするなんて……」

 

 

 二人の関係が親密な事は知っていた。最初の頃は仲の良い親友ぐらいにしか見ていなかったが、留美子や菊梨との出会いが影響して私にもやっと理解出来た──あれは友情ではなく愛情なのだと。

 だからこそ、わざわざ人質にする意味も分からない。もしそれが真実だとしたら、羽間先輩は利用するためだけに大久保先輩に近づいた事になる。

 本当にそうだとしたら、私は絶対に羽間先輩を許せない。人の好意を踏みにじるなんて……! 

 

 

「アイツはそういう女、貴女を殺すためならなんだってする」

 

「なら、今までの先輩は全部嘘だったって事?」

 

「その通り、ずっとこの機会を狙っていたのよ」

 

 

 大きな城の中に入った私達を出迎えたのは、鏡が張り巡らされた迷路だった。どうやらここを突破しなければ、奥へと進めない構造になっているようだ。

 

 

「菊梨、この鏡壊して進めないかな?」

 

(わたくし)もそう考えたのですが、この鏡は少々厄介ですね」

 

「厄介?」

 

「どうやら神域(かむかい)の亜種、同じ原理で生み出した物のようです」

 

「──ここまで大それた仕掛けをしてくるとは、余程邪魔をしたいらしい」

 

 

 そう言うのが早いか、留美は霊剣を抜き放ち構えていた。私が状況を理解出来ずにきょとんとしていると、菊梨は私を庇うように前へと躍り出た。

 

 

「ご主人様、どうやらここで私達を潰すつもりのようですよ」

 

「──え?」

 

 

 あちこちから湧き出る無数の妖気──その影達は怪しい瞳で私達を見据えていた。




―次回予告―


「襲いかかる無数の影達、圧倒的戦力差で徐々に追い詰められる私達だったが、そこに一人の救世主が現れるのであった」

「満を持して登場の羽川秋子だよ、後は私に任せておいて!」

「いや、流石にそれは無理でしょ?」

「言ったわね、ついに回ってきた出番を見せつけてやるんだから!」

「次回、第五十二話 終わりなき悲しみの連鎖」

「隠れヒロインの力、見せてあげる!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十二話 終わりなき悲しみの連鎖

 影達は大小あれど、それなりの妖力を有していた。それでも今の私達にとっては強力な相手では無いのだが──問題はその数だ。

 

 

「一体何匹いるのよ……」

 

 

 猫又や垢なめ、ぬりかべ──本来ならばそこまで攻撃的では無い妖怪達も何故か混ざっていた。

 妖怪達はタイミングを合わせて一斉に飛びかかってくる。まるで何かに統制されているかのような動き、妖怪相手ではありえない事だ。

 私は慌てて初撃を霊剣で防ぐが、タイミングを合わせるように他の妖怪が両サイドから攻めてくる。

 

 

「なんなのよこいつら──!」

 

 

 私は姿勢を低くして両サイドからの攻撃を避ける──そして、横薙ぎの一閃で3体の妖怪を気絶させた。

 菊梨は力を開放せずにいつもの姿で戦っている。留美の方は飛びかかる妖怪達を無慈悲に切り刻んでいる。確実に敵の数は減っていくが、倒した数だけ次々と新しい妖怪が湧いて出る。

 

 

「破棄された実験体、"あの女"の仕業」

 

「実験体とかあの女とか、何の話!?」

 

「羽間鏡花の力」

 

「先輩の力……?」

 

「死者を操る力、それが彼女の能力。おそらくは晴明の実験に耐えられなかった者、八咫烏の任務で命を落とした者達を利用している」

 

 

 という事は、この妖怪達はみんな死体……? ならば、この統制された動きは羽間先輩が死体達を操作しているという事か。

 妖怪達は確かに生気の感じない虚ろな瞳で私達を見ていた。怒りという感情も無ければ、恐怖という感情もない。ただの操り人形となった悲しき存在。

 ──それでも私は、この子達を傷つける事は出来ない。私の中で折り曲げてはいけない意思、おばちゃんの思いを受け継いだ私は、例えどんな相手でも無意味に妖怪を傷つけたくない。そう、かつての私とはもう違う──きっとそれが、この霊剣のカタチなのだから……

 

 

「留美さん、ご主人様をお願いしても宜しいでしょうか?」

 

「──無問題、貴女より上手く守ってみせる」

 

「とてもムカツク返しですが、お任せしました。ここは(わたくし)が食い止めておきますので」

 

 

 そう言って菊梨は力を開放すると、握りしめた霊剣を大きく振りかぶった。それと同時に大きな衝撃波が走り、迷路のような鏡の通路が砕かれる。奥に見えるのは、上に登るための階段だった。

 

 

「さぁ行け! ご主人を守るという意味ではお前を信用しているからな!」

 

「菊梨──すぐ戻るからね!」

 

 

 私は菊梨を背にして階段に向かって駆け出す。後ろから何度か轟音が響くが、振り返らずに真っ直ぐに……

 

 

「さて、私らしくも無い選択をしたわけだが──お前達が鬱憤晴らしの相手になってくれるのだろう?」

 

 

 妖怪達は答えない、ただ無感情に菊梨へと群がっていく。霊剣を正眼に構え、敵の波状攻撃に備えるが──何者かの乱入によって無意味なものとなってしまった。

 それはまるで猪が如く、幾人もの妖怪を押しのけては弾き飛ばし駆けてきた。

 

 

「真の主人公は遅れて来るってね」

 

「秋子……? 家で大人しくしていろと言っただろ!」

 

「そういうのは私の性に合わないの──こいつらをぶっ飛ばすくらい問題ないでしょ?」

 

「──まったく、弱音は聞かないからな!」

 

 

 ──―

 

 ──

 

 ―

 

 

 私と留美はひたすら最上階を目指していた。私が戦う必要な無いほど彼女の力は強く、障害となる妖怪だけを蹴散らしていった。

 一体何段の階段を登っただろうか? 永遠に続くかと思えたフロアと階段のマーチは巨大な階段と広間の登場でフィナーレを迎えた。

 そこに佇む巨漢は、まるで門番のように最後の階段に立ち塞がっている。他の妖怪と比べ物にならない妖力に、一瞬で相手が何者なのかを理解した。

 ──鬼だ。かつて私と留美子の二人で倒した鬼とは比較にならない力を秘めている。"かつて"の私なら、確実に瞬殺されていただろう。

 

 

「また面倒なのが出たわね」

 

 

 まるで慣れていると言わんばかりに、手にした霊剣を鬼へと向けて構える。その姿を見た鬼は、まるで何かを思い出したようにぶつぶつと呟き始めた。

 "復讐"、"悲願"……そして、姫? 流石にここまで距離が離れていると正確には聞き取れない。しかし、留美に反応しているのは間違いなかった。

 

「コイツの相手は私に任せて」

 

「でもこいつは!?」

 

「"今"の私に鬼なんて問題ない、だから行って」

 

 

 不気味な程の自信、それよりも引っかかるのは"今"という言葉だ。それはまるで、あの時の出来事を知っているかのような……

 

 

「貴女は本当に──」

 

「それ以上の言葉は、今ここで聞きたくない。コイツを倒してすぐ追いつくから行って」

 

「──分かった」

 

 

 私は留美を信じで階段目掛けて駆け出す、当然門番である鬼は妨害しようと大きく跳躍して私目掛けて拳を振り上げる。

 

キン! 

 

 という、硬いモノ同士がぶつかり合う音が広間に響く。それは留美の霊剣と鬼の拳がぶつかり合う音、しかしいつもの違うのは、留美の手に握られた霊剣が実体の物になっていた事だった。

 

 

「ウゥ!?」

 

 

 鬼はその刀を見て、驚愕の表情を浮かべたようにも見えた。留美にとって想定内だったのか、そのまま力で鬼を押し切って拳を弾く。

 

 

「やはり例の事件の鬼か、この刀に反応するのが証拠」

 

 

 そう言って手にした霊剣──いや、菊梨と同じ実体化した霊剣を八相に構える。

 

 

「この身体には幾つもの剣術モーションがインプットされている。示現(じげん)流、飛天(ひてん)琉、柏木(かしわぎ)琉に鹿角(かづの)琉、その流派の動きを再現しつつ代表となる得物をトレースする、それが私の新しい武器」

 

「姫──酒──様」

 

「力が強すぎる故、多少の自我を残してるか。すぐに楽にしてあげる」

 

 

 そう言って留美は一歩踏み出すと私でも捉えられない速度で間合いに入る。振り下ろされる拳を刀身で撫でるように受け流し、相手の腹部に対して袈裟斬り──しかし鬼は構わずにそのまま左腕を振り上げる。

 留美はその左腕を踏み台にして空中で一回転、踵を鬼の頭部へとお見舞いした。

 

 

「何あれ、次元が全く違う……」

 

「見とれてないで、さっさと行く」

 

「──ごめん、すぐ追いついてきてね!」

 

「ほんと、世話が焼ける」

 

 

 鬼を目の前にして苦笑いを浮かべる留美、対峙するは痛みも苦しみもない、ただの操り人形となった鬼。ある意味では、この鬼ですら今の彼女と戦いにはならないのかもしれない。まるで翻弄するかのように何度も振り下ろされる拳を避け、確実に鬼への攻撃を当てていく。そこには戦いを楽しむかのような節も見受けられた。

 

 

「あの狐もどきと殺り合う前の、準備運動にはなるわね」

 

 

 ──―

 

 ──

 

 ―

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 最後の階段を登り終え、たどり着いたのは城の頂上、正に王の間と呼ぶに相応しい場所だった。その玉座には大久保先輩が眠るようにもたれかかっていた。

 

 

「大久保先輩!」

 

 

 私は辺りに誰も居ない事を改めて確認してから、大久保先輩の元へと駆け寄る。先輩は私の声には反応せず、呼吸も止まった状態であった。

 こんな時、どうすればいいんだっけ? 心臓マッサージとかすればいいのかな!? 

 私は先輩の手首に指を当てて脈を確認するが、全く反応がない。

 

 

「間に合わなかったの……?」

 

「──んっ」

 

 

 大久保先輩の瞼が一瞬だけぴくりと痙攣する。

 ──良かった、まだ生きてる! 

 私は歓喜に震えながら、一先ずここから脱出しようと先輩を抱え上げ──

 

 

「──え?」

 

 

 その瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。その痛みは全身を駆け巡り、やがて痛覚の信号を脳へと伝える。そして、今自分の置かれている状況を理解したのだ。

 これは刃物で貫かれる痛み、誰かによる殺意の矛先だ。しかし、ここには私と大久保先輩しかいない。だったら、答えは一つではないか? 

 

 

「本当に、お人好しですわねぇ?」

 

「せん……ぱい……?」

 

 

 怪しげな笑みを浮かべながら、私の血で濡れたナイフを握る大久保先輩の姿が見えた。




―次回予告―

「復讐に終わりはない。一つ復讐が終われば、それはまた新たな復讐を生み、それが連鎖し続ける」

「――悲しいですわね」

「だから私の行為は無意味かもしれない、けれど恨まずにはいられない。負の感情は時に人の原動力となり大きく強くさせる。」

「でも貴女は、それを望んでいないのでしょ?」

「そう、私が欲しい物は未来、だからお前には死の花嫁として永遠に――」

「次回、第五十三話 終焉が二人を分かつまで」

「それが、貴女の望みならば」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十三話 終焉が二人を分かつまで

 熱が、命が、大事な何かが少しずつ溢れていく感触。痛みと共に視界は点滅し、現状把握しようと動く思考を妨げる。目の前には笑う大久保先輩、その右手には私の血で濡れたナイフが握られていた。

 

 

「どうして……」

 

 

 口から出るのは疑問だけ。私は先輩を助けに来たのに、どうして先輩は私を……? 

 

 

「そんな簡単な質問をなさるのですか? 貴女は本当にお人好しですわね」

 

「何を……」

 

「理由は簡単ですわ──私が、鏡花を愛しているからですわ。彼女の願いを叶えるために、私はこの姿でいる事を自ら望んだのです」

 

 

 ──どういう事だろう? 

 働かない頭を無理に回転させて思考を紡ぐ──これではまるで、大久保先輩が望んで羽間先輩側に付いたような言い回しだ。となると、私をおびき寄せるための演出だった? 

 

 

「よくやった、私の愛しい屍姫。君のおかげで苦労せずに復讐を遂げられそうだ」

 

 

 奥の闇から羽間先輩が姿を表す。満足とばかりにうずくまる私を見下ろすと、大久保先輩を抱き締め熱い接吻を交わす。

 

「彼女は私のために死して姫となった。私と共に生き、共に死する存在──唯一無二の私だけの屍姫にね。そこにノコノコと私の言葉を鵜呑みにして君が来てくれたわけさ」

 

「……」

 

「本当にお人好しだな、こうなる事も予測出来ないとは──ね!」

 

「んぐっ!?」

 

 

 羽間先輩は私の横まで歩み寄ると、思いっきり腹部を蹴り飛ばした。私は涙と唾液を撒き散らしながら床を転がっていく。その後を追い、何度も私をボールのように蹴り飛ばし続ける。

 

 

「そんなクズみたいなお前にっ、私の父は殺された! 晴明様も家族を失った! お前が、お前のような化け物がっ!!」

 

 違う、それは間違っている……確かに事故を起こしたのは私だ。その罪はいつか償わなければならない。でも、それを計画したのは晴明だ。きっと彼女を利用するために意図的に隠しているのだろう。その真実さえ伝える事が出来れば、先輩達とも分かり合え──

 

 

「──思ったより早かったな」

 

 

 羽間先輩は一度後ろに跳躍して距離を取る。その視線の先には3つの人影が見えた。一人は私の元に慌てて近寄り、傷口に手を当てて何かをし始める。

 

 

「ご主人様、しっかりして下さいまし!」

 

 

 聞き慣れたその声に私は胸を撫で下ろす。

 そっか、来てくれたんだね……

 

 

「私の兵士を全て跳ね除けて来たか。しかし、貴様には仲間への殺傷が出来ないプログラムがされてあるのは知っているぞ──留美」

 

「知っている、だからそこの死体を切り刻む。貴女の相手はこの子がする」

 

「師匠の前だから、情けない姿は見せられないってね」

 

 

 羽間先輩と大久保先輩、対する留美と秋子──お互いに戦闘態勢に入り睨み合う。

 

 

「その少女は報告に無いな、一体何者だ?」

 

「秘蔵っ娘」

 

「5号の仕業か、能力も何も持っていない小娘を連れてきてどうするつもりだ?」

 

 

 羽間先輩も気づいていた、目の前にいる少女から霊力も妖力も感じられない事に。つまりそれは彼女が一般人で、何も特別では無いという事だと。少し運動神経は良いのかもしれないが、所詮はそれだけの小娘だと。

 ──そう、慢心していた。

 

 

「──私の事舐めすぎ」

 

 

 その声に気づき驚き顔を下げると、目の前には先程の少女が右拳を振り上げ踏み込んでいた。当然、回避や防御が間に合うはずもなく、その拳は腹部目掛けて炸裂した。

 壁に激突した音を皮切りに留美も霊剣を抜いて大久保先輩に斬りかかる。一方の羽間先輩は驚愕の表情を浮かべながら動けずにいた。

 

 

「貴女なら、全力でやってもいいんだよね!」

 

 

 髪を風になびかせ、無邪気に駆け出す秋子。慌てて霊剣を取り出して応戦するが、あえて剣先へと拳を打ち付ける。右左のジャブを繰り返し羽間先輩はそれを防ぎ続ける事しか出来ない。

 

 

「師匠なら今の最中で3回は斬りつけてた。貴女それでも八咫烏のメンバーなわけ?」

 

「小娘が馬鹿にしてっ!」

 

 

 羽間先輩は壁を蹴り、その勢いで秋子を押し返す。しかし、秋子は不敵に笑うと、左足を軸にして右足での回し蹴りを放った。足先は羽間先輩の左手を捉え、握っていた霊剣の柄を蹴り飛ばした。

 

 

「はい、それで次はどうするの?」

 

「このっ……!」

 

 

 慌てて懐から霊銃を取り出して発砲するが、秋子はその弾丸を首を横に傾げるだけで回避した。

 

 

「思ったより弱くてガッカリ、師匠と同じ八咫烏の人だから期待してたのにな。それに、もうお人形さんも役に立たないみたいだし?」

 

「──葵!」

 

 

 いくら不死の存在になったとはいえ、あのような姿になってしまえば、しばらくは無力化されるだろう。なんせ首から下は原型を留めない程細かく切り刻まれてしまっているのだから。

 

 

「何故だ、私の計画ではこんな事……」

 

「それは、最初から全てマスターの計画通りだったから」

 

「師匠!?」

 

「な──」

 

 

 無慈悲に振り下ろされた霊剣の刃は、羽間先輩の身体を縦から真っ二つに斬り裂いたのだ。突然の行動に、誰も彼女を止める事が出来なかった。そもそもで、羽間先輩が言う通りならば、留美は身内に攻撃出来ないのではなかったのか? 

 

 

「きょ、うか──ちゃん」

 

 

 首だけになったヒトの残滓は、最後に愛する者の名を呟いて砂となった。あまりにもあっけなく散った命、私に向けられた敵意も、彼女達の愛も、何もかが掻き消える。それを知るのは記憶に刻まれた私達だけだ。

 先輩は、復讐を遂げて何をしたかったのだろうか。それすらも、最早問う事は出来ない──永遠に。

 

 

「やれやれ、茶番は終わりですか」

 

「ご命令通り、羽間鏡花は処理しました」

 

「もう少し使えると思っていましたが、ここまで手がつけられないとなると……ね」

 

 

 意識が朦朧としていても、この声だけは忘れない。全ての元凶、あの地獄を作り出した張本人……

 留美の隣に現れたスーツ姿の優男──そう、こいつが! 

 

 

「はる……あき……」

 

「おや、まだ喋る元気はあったようですね。もっと簡単に連れて帰れると思ったのですが──残念です」

 

 

 私の呟いた名前を聞くなり、秋子は無言で踏み出していた。

 

 

「お前が師匠のっ!!」

 

 

 先程までとは比べ物にならない速度、しかし留美はそれにも対応して迫りくる拳を霊剣で受け止めた。

 

 

「師匠どいて! 私がそいつを殺して開放してあげるから!」

 

「──それは出来ない。マスターを守るのが私の使命だから」

 

「それが本心じゃないのは知ってる! だって、前の師匠はっ!」

 

「5号と私は違う、データを受け継いだ別個体」

 

「ならっ、家でのあの顔は嘘だったの!?」

 

 

 秋子は瞳を潤ませながらも攻撃の手を緩めない。その拳は晴明には届かず、秋子と留美は一進一退の戦いを繰り広げる。

 

「そう、貴女達を油断させるための演技」

 

「嘘だっ!!」

 

 

 感情に任せた拳が乱れているのは明らかだった。──彼女はまだ幼い、技術や才能に秀でていても実戦経験は乏しい。更に相手が彼女では……

 

 

「んぐっ!」

 

 

 留美の拳が秋子の溝内へと決まる。そのまま倒れ込み、玉座から私達の近くへと転がり落ちてきた。

 

 

「その娘も確保しよう、なかなか興味深い対象のようだ」

 

「了解しました」

 

「──お待ちなさい」

 

 

 菊梨は私への治療を一旦止めると、床に寝かせて立ち上がった。私と秋子を背に、立ちはだかるように留美と晴明の前に立つ。

 

 

(わたくし)がいる限り、絶対に手は出させません」

 

「6号、丁度いい機会だ。お前が最強の妖怪に打ち勝てるという事を証明してみろ」

 

「了解、マスター」

 

 

 今、この瞬間に何も出来ない自分自身が憎い。だって、目の前で起ころうとしているのは──私の大好きな二人の戦いだから。

 こんな未来は望んでいない、ずっと3人で仲良く平和に過ごしていたかった。そんな些細な平和を望んでいただけだったのに……

 

 

「貴女が相手ならば、(わたくし)も手加減など出来ませんよ?」

 

「御託はいい、さっさと構えて」

 

 

 あの日に戻れるならどんなにいいか、手段さえあればきっと私は実行するだろう。

 周囲の空間が歪む程、高密度の妖力が収束する。三尾状態とは比べ物にならない程の量、それだけでこの建物が崩れるのではないかと思う程の衝撃。

 

 

「これが私の本気、五尾状態だ」

 

 

 5本の尾を背負った菊梨は、狐影丸を抜き放った。




―次回予告―

「さぁ、どうする? 君に残された選択は2つだ。」

「それは、どんな選択?」

「彼女を見殺しにするか、もう一度やり直すかだ」

「……」

「決まった事象は変えられない。もし変えられるならば、それはきっと――」

「次回、第五十四話 変えられないモノ、変えられるコト」

「そんな未来――私が変えてみせる! 例え私がヒトではなくなっても!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十四話 変えられないモノ、変えられるコト

 チリン──鈴の音がホールに響き渡る。二人にとってはそれが合図となった。瞬間──ぶつかり合う金属の音、最早私では視認することすら出来ない世界。私の干渉出来ない領域……

 振り下ろされる刃、それを巧みに受け流し一歩前へ出る留美、そのまま近距離で左手に握る霊銃(レイガン)を発砲する。菊梨はその弾丸を左手の鞘で受け止め、2つの狐火を留美目掛けて放つ。一度距離を離し、飛来した狐火を霊剣で両断すると、留美の視界から菊梨が掻き消える。

 

 

「ちっ……」

 

 

 ──視界ではなく感覚で菊梨の妖力を追う。どんなに上手く妖力と殺気を隠しても、攻撃の瞬間に兆候は現れる。

 相手の行動を読んで──構える! 

 

 ガキン! 

 

 再び金属同士がぶつかり合う音、菊梨の必殺の一撃を辛うじて留美は受け止めた。対等に渡り合っているようにも見えるが、留美自身、焦りを感じていた。多くの技術、そして経験という名のデータを用いても、目の前にいる狐もどきに食いつくのが精一杯だからだ。元々の三尾であればここまで苦戦する事も無かっただろうが、更に力を隠していたのは予想外であった。

 

 

「お前がそちら側に付くならば容赦はしない、しかしお前は……」

 

「私は──私の意思でここにいる」

 

「なら、何故お前の剣には迷いがある?」

 

 

 菊梨は見逃してはいなかった。このギリギリの戦いの中で、ほんの少しだけ留美の切っ先に迷いがある事に。その少しの誤差が、二人の優位の差を作っている事に。

 留美は霊剣を振り下ろす態勢のまま、刀の形状から大きな大剣に変化させる。菊梨は避けようともせずに狐影丸と鞘を交差させてわざと受け止めた。

 

 

「無駄口ばかり、何が目的?」

 

「私はっ、お前も救うつもりで戦っている! それをご主人が望んでいる!」

 

「私の運命は変えられない、オリジナルが猿女として生まれた日から変わらない」

 

「それを決めつけているのはお前自身だ! 運命という言葉で逃げているだけだ!」

 

 

 刃を押し返しそのまま切り返して武器を握る両手を狙う。例え両腕を切り落とす事になろうとも、彼女を助けたい。それが望みであり、それを叶える事が出来るのは自身だけ、そう信じて迷いなく菊梨は剣を振るう。

 留美は慌てて霊剣の形を変えるが、菊梨の刃が確実に彼女の左手を捉えた。

 

 

「お前の望み、今叶えるぞ!」

 

 

 そのまま左手の手首を切り落とし鞘を投げ捨ててから霞の構えへと移行する。大きく踏み込み、菊梨が狙うのは彼女の左胸──心臓に向かって突きを放った。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 狐影丸は深々と留美の胸へと突き立てられ、その切っ先は背中を突き抜けていた。先端から血の雫がポタポタと滴り落ちていた。

 その出血量から心臓を傷つけていないのは明らかだった。ならば彼女は何を狙ったのか? 胸を貫かれた留美は一向に動く気配がない。

 

 

「お前の中の制御チップは破壊した、留美子と同じようにな」

 

「……」

 

「可能性として、次のお前が製造されている事を考慮した留美子は、同じように制御チップを破壊する事を私に託したんだ」

 

「──それで、的確にチップを破壊する攻撃を」

 

「そうだ──これでお前を縛るものは何も無い。運命から開放されたんだ」

 

「……」

 

 

 やっと身体の感覚が戻り、私はゆっくりと上半身を起こす。ぼやける視界の先には互いに硬直して動かない二人の姿が見えた。二人がまだ立っている事に安堵し、それと同時に決着の行方が頭をよぎる。二人が健在という事は、まだ決着はついていないという事だ。それなら、二人の戦いを止めるチャンスは──

 

 

「え……?」

 

 

 気力を振り絞り立ち上がったタイミングと銃声が聞こえたタイミングは同時だった。片方の人影はそのまま床に倒れ、弾け飛んだソレは弧を描きながら私の目の前へと落下して地面に突き刺さった。見覚えのあるソレ──狐影丸は主から離れて私の前に佇む。いや、主から離れたという表現には語弊がある。一部なら、確かに離れずにいたのだ──主人の引き千切れた右腕だけは。

 

 

「それでも運命は変わらない。貴女はここで死ぬという運命は……」

 

 

 ヌメり気のある液体が額から頬伝って流れていく、きっと先程飛んできたモノから飛び散ったのだろう。まだ温かく、微かに生の躍動を感じさせる。

 今目の前で起きようとしている事を止めなければならない──それなのに私は、一歩も動けずその場に座り込んだままだ。まるで何度も見た映画のワンシーンを眺めているような不思議な感覚。既視感(デジャヴュ)とでも言うのだろうか? 私は今、そう感じていた。

 

 

 "選択の時は来たぞ"

 

 

 ──声が聞こえる。少し低く、綺麗な女性の声だ。その声は、私の心全てを掌握するように全身を駆け巡る。それと同時に、まるで時が止まったかのように世界が静止した。

 

 

 "このどうしようもない運命に対して、君の今回の答えは? "

 

「なんの……はなし……?」

 

 "それが私達の契約ではないか。それとも、まだ思い出せていないのか? "

 

「私の記憶は全て取り戻したはず!」

 

 "──ならば、今目の前にある光景をよく見るがいい"

 

 

 目の前の光景──留美に菊梨が殺されそうになんているこの……

 急激に脳内を走る映像の山、それは状況の差異はあれ、いずれも留美の手によって菊梨が殺されそうになっているものだった。そして私は、彼女を救うため──声の主と契約した。再会したあの時間に戻ってやり直すという選択を……

 

 

 "何度試そうと、この結末は覆らなかった。それはあの男が因果に干渉出来るからだ。私と同じ──神としての力を手に入れてしまった"

 

「貴女は、神様なの?」

 

 "私はお前達人間が、始祖神と呼ぶ存在。伊邪那美巫狐神と崇める存在。しかし今は、歪められた因果のせいで力の大半を失ってしまった。だからこそ、奴を打倒出来る可能性がある者達に力を貸している"

 

「その一人が私?」

 

 "その通り。ここで君が運命を変えなければ、あの男によってこの星の未来は終焉を迎えるだろう"

 

「……」

 

 "さぁ、どうする? 君に残された選択は2つだ"

 

「それは、どんな選択?」

 

 "彼女を見殺しにするか、もう一度やり直すかだ"

 

「……」

 

 "決まった事象は変えられない。もし変えられるならば、それはきっと──"

 

「変えてみせる、今度こそ」

 

 "ほう? "

 

「何度繰り返しても変えられないなら、きっと私自身が変わるしかない」

 

 "もしそれで、君が君でなくなってもか? "

 

「流れを断ち切るため、彼女を救うため──必要だと言うならば、私は喜んで自分の身体を差し出すわ!」

 

 "──そうか"

 

「だから私はもう逃げない……」

 

 

 そう、きっと私は今まで逃げてきたんだ。問題を先送りにして、何度も幸せな時間に浸っていただけ。そうする事で自己満足な世界に引きこもっていただけ。そんな事をしても、結局はこの終焉に辿り着いてしまうだけ。だったら私は、けじめを付けるべきなのだ。

 

 

「そんな未来──私が変えてみせる! 例え私がヒトではなくなっても!」

 

 "その言葉、待っていたぞ"

 

 

 左手の薬指に嵌めた指輪が熱を帯びる。私が限界以上の力を引き出している事に悲鳴を上げているのだろう。私が私でいるための枷、留美子と菊梨の思いが込められた指輪……

 

 

「ごめんね……」

 

 

 謝る事しか出来ない。でも、それでも、私は二人を救いたい。そのために力が必要だというならば、その可能性が私に秘められているというならば……

 

 

「──来たぞ、ついに!!」

 

「あまてるちゃん……?」

 

「なんという……事を……」

 

 

 再び動き出す世界、そこには先程までとは同一であり別な存在が君臨していた。そこに彼女だった面影は無く、纏う衣服が辛うじて彼女だという事を証明していた。

 青い瞳に銀の髪、放つ力はこの場にいる誰をも圧倒していた。それは最早ヒトの枠組みを超え、妖怪の領域すら踏み越えてしまっていた。

 

 

「安倍晴明、お前は──私が殺すっ!」




―次回予告―

「何が正解で何が間違いか、きっと当事者達には分からない」

「自身の選択を信じ、ただひたすらに前へと突き進み続ける」

「例え世界が滅びようと、彼女は自身の望みを叶える」

「例え自我を無くそうと、彼女は自身の望みを叶える」

「全ては、彼女の望む未来のために」

「最終話 二人だけの幸せ」

「さぁ――お眠りなさい」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 二人だけの幸せ

 むかしむかしあるところに、2つの大きな国がありました。2つの国はいつも争いばかりして、仲直りをしてくれません。みんな戦いたくないと叫んでも、偉い人は聞く耳持たず。自分達の私利私欲のために戦争を続けようとしました。

 しかし、一人の若者は立ち上がりました。戦争をやめてみんなで仲良くしようと。しかし、力も権力も持たない彼の言葉に意味はありません。彼の叫びは虚しく空に響くだけ……

 そんな彼を哀れんだのか、かみさまは一つの贈り物を遣わしました。それはとても美しい毛並みの銀狐でした。彼女はとても強い力を持っていて、あっという間に悪い悪い偉い人達を皆殺しにしてしまいました。こうして長い戦争は終わり、世界は平和になったのでした。めでたしめでたし……

 

 

 

 

 

「銀色の毛並み──正に伝承の通りだ! ついに彼女はその領域に達したのか!!」

 

 

 私は握られたままの菊梨の右腕をゆっくりと刀から離して床に置く。代わりに私自身が狐影丸の柄を握る。菊梨の妖力で形成されているはずなのに、その刃は掻き消える事なく煌めいた。

 

 

「そして、その青い瞳は大西の血──やはり、私の予想は当たっていた。神の御使い、大西の妖狐、その2つの強大な力をかけ合わせれば最強の生物が誕生すると。それこそが神──」

 

「いい加減黙って」

 

 

 私は短い言葉と共に、握った刀を軽く横に振る。狙われた本人は理解出来ずその場に立ち尽くしていたが、留美だけは違った。即座に奴の盾となるべく正面に立ち、正眼に霊剣を構えた。

 何かの衝撃が走り──留美は数歩後ろに後ずさり、晴明は何事もなくそこに立っていた。

 

 

「一体何かと思えば──」

 

 

 安堵した晴明が口を開いた瞬間、建物全体が大きく振動した。激しい揺れと共に天井が水平に移動していく……

 月の光が辺りを照らし、本来あったはずの天井は轟音を上げて地面に落下した。

 

 

「邪魔しないで」

 

「マスターはやらせない」

 

 

 もう一度狐影丸を握り直し、私は大きく跳躍した。それに合わせて留美も飛び上がり、空中で刃がぶつかり合う。

 

 

「晴明さえ殺せば全て終わる。貴女も、菊梨も──昔のように笑い合える」

 

「それが──あまてるちゃんの望みなの?」

 

「そう、だから私は覚悟を決めたの!」

 

 

 ──互いに刀を払い距離を取る。着地のタイミングはほぼ同じで、大きく前へと踏み出す。留美の袈裟斬りを躱し、私の突きを留美が避け、留美からの後蹴りを左腕で受けそのまま斬り上げへと移行する。留美の前髪を数本切り落としながらもその刃は届かず、更に無理矢理袈裟斬りへと切り替える。しかし決定打とはならずに、留美の胸元に血の一筋を作っただけだった。

 

 

「それで自分を失っても?」

 

「それで救えるなら──構わない!」

 

 

 左手の薬指に嵌められた指輪に亀裂が走る。私が刀を振るう度、力を引き出す度にその数を増やし、今にも砕けてしまいそうになる。まるで私の人間の心が消え去ってしまうように……

 

 

「そこに、あまてるちゃんがいなきゃダメ」

 

「でも、それじゃあこの世界が!」

 

「世界のために、自分が不幸になる必要なんてない」

 

「……」

 

「貴女はただ、私を忘れて二人だけの幸せに浸っていればよかった」

 

「そんな事──出来るわけない!」

 

 

 何度も交差する刃、思いと共にぶつかり合い、互いの心を擦り減らす。しかし留美の限界は近かった。片腕を失い、稼働のためのエネルギーも大半を使い切ってしまっている。対する雪は留美相手に本気を出せずにいる。今ここで本気を出せば晴明を殺す事は容易い。しかし、近くにいる留美と菊梨も跡形もなく消し去る事になる──それが分かっているのだ。

 でも、長引けば長引くほど、私の自我は……

 

 

「それが貴女にとっての最善、偽物の私に守る価値なんて無い」

 

「偽物なんかじゃない! 仮にその体が偽物でも、私達の思い出は貴女だけのモノでしょ!?」

 

「それは……」

 

「だから私は、貴女も救いたいのよ! 例え"あまてるちゃん"の代わりと思われていても!」

 

「──知ってたんだ」

 

 

 ──急に留美の動きが止まる。手にした霊剣を手放し、涙を流しながら私に笑いかけた。

 

 

「ずっと騙してて──ごめんなさい」

 

「……」

 

 

 私は留美の横を通り過ぎ、一直線に晴明を目指す。彼女の言葉を聞くのも今は後回しにしなければならないのだから。こうしている間にも、指輪の亀裂はどんどん酷くなっていた。

 きっと、この指輪が砕けた時点で──その前に奴を殺さなければならない。幸い今はもう、辛いとか悲しいとか、そんな感情は湧いてこない。晴明に対する怒りすら薄れてきている。今私を突き動かしている原動力、それは私に残された最後の思い──愛する二人の幸せな未来だ。

 

 

「世界なんてどうでもいい、お前が何を企もうと知ったこっちゃない──でも、お前が生きている限り私の愛する人達に幸せは訪れない。お前を斬る理由はそれで十分だ!」

 

 

 それが出来るのは私だけ、今この瞬間ここにいる私だけ……! 霞の構え──あとは奴の心臓を一突きにする! 

 私を阻む者はもう誰もいない。守るべき者がいなければ、晴明は所詮少し霊力の強いただの人間だ。私の攻撃を止める手段なんて存在しない。

これで――

 

 

「──来い」

 

「え?」

 

 

 先程まで立ち尽くしていた留美が、いきなり晴明の前に現れたかと思うと、両手を広げて目の前に立ちはだかった。

 仕方ない、このまま留美ごと──

 

 

「私、何を考えて……?」

 

 

 気づいた時には遅かった。身体は最適の動きで二人の心臓を狙う……

 

 

「いけない、ご主人様……!」

 

「菊──」

 

 

 ──柔らかい肉を裂き、命の源を貫く感触。私の目の前にいるのは晴明でも留美でもなく──菊梨だった。留美に体当たりをし、彼女の代わりに自らの身体を私の刃に差し出したのだ。

 

 

「よかっ……た……」

 

「うそ、どうして……?」

 

 

 彼女が寂しく笑いかける。私の問いに対しての返答は無い。口元と傷口から命の雫を垂らしながらもそっと私の頬を撫でる。

 ──更に指輪の亀裂が広がっていく。

 

 

「これで……まもれ、ました……」

 

「違うっ、私はこんな――こんな結末のためにっ!?」

 

「ごしゅじんさまは、そのままで……いて……わたくしの、ためにも……」

 

 

 なら、私はなんのために……? 私は未来を、自分を犠牲にしてでも二人だけの幸せを願ったのに──それなのに! 

 

 "私が菊梨を──殺してしまった"

 

 

「うわぁぁぁぁあああぁああ!!!」

 

 

 慟哭と共に、左手の薬指に嵌められた指輪は──粉々に砕け散った。

 

 

 ──―

 

 ──

 

 ―

 

 

 見慣れた家具、見慣れた間取り、血だらけになった3人は慣れ親しんだ家のリビングに座り込んでいた。菊梨は自らの膝の上で眠る主人の頭を撫でながら語りだす。

 

 

「確かに、未来は変わりました。ご主人様はその力を持っていました」

 

「でも、貴女が死ぬ未来は変わらなかった」

 

 

 隣に座る留美が小さく呟く。それは諦めか、それとも自責の念か……

 

 

「いいえ、これで良かったのです。ご主人様はこちら側に来てはいけない──(わたくし)共にいた結果がこれなのでしょう」

 

「……」

 

「もうこれ以上苦しむ姿は見たくありません。ですので(わたくし)は、最後の手段を使います」

 

「最後の手段?」

 

(わたくし)の残りの命を使って、強力な神域(かむかい)を生成します。誰もご主人様の眠りを妨げないように、永遠に静か眠っていられるように──(わたくし)が守り続けます」

 

「……」

 

「もう誰にも邪魔させません。これからは、ずっと二人一緒です」

 

「──なら、貴女達の世界は私が守る。晴明から開放された私が、責任を持って守る」

 

「留美子ちゃん──ありがとう」

 

 

 菊梨が雪を抱きしめると、まるで二人を祝福するかのように光が包んだ。その光は少しずつ広がっていき、徐々に家全体を飲み込んでいく。まるで、全ての思い出を包み込むように。

 祝福の光を背に、留美は音もなく去っていった。

 

 

「──いきましょう? (わたくし)達だけの、二人だけの世界へ」

 

「……」

 

「さぁ──お眠りなさい」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ―帝京歴786年3月17日―

 

「本日昼過ぎ、秋名町商店街通りにて連続轢き逃げ事件が発生しました。犯人は現在も逃走中であり、付近の皆様は外出されませぬよう宜しくお願いします」

 

 "犠牲者一覧 榛名 優希(20)"



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

完結編 -crossline-
人物紹介


キャラクターデザイン:やぎさん(https://twitter.com/Merry_kyg)

 

榛名(はるな) 優希(ゆうき)

女性(?) 19歳 身長171cm 体重67.8kg Aカップ

茶髪のナチュラルミディアム。 瞳の色はダークブラウン。

帝都大学2年生。

メイド喫茶"ガーベラ"で働く大学生。

両親は帝都の研究所で働いているらしく、基本的に家で一人でいる事が多い。

大人しい性格で、目立つことを嫌っているが、かなりの美人のため嫌でも目立ってしまっている。

学費を稼ぐため、メイド喫茶でバイトをしている。 バイト中は普段とは人が変わったように明るく元気になる。

実は生物学上は男性であり、GID――性同一性障害である。

この事については恋人とバイト先の店長以外誰にも知られていない。

竜也という恋人がおり、術後は結婚の予定がある。

最近は留美奈という押しかけ女房が現れて頭を悩ませている。

 

【挿絵表示】

 

猿女(さるめ) 留美奈(るみな)

女性 19歳 身長154cm 体重56.1kg Dカップ

銀髪で長さは肩程度までのぱっつん前髪。 瞳はライトイエロー。

優希の隣に住んでいた"雪"の親友である猿女留美子の双子の妹。

行方不明の姉を探すため、優希の家にやっかいになっている。

姉と同じく冷静沈着、任務のためには非情な選択を選ぶ事が出来る。

身体能力は姉の留美子を凌ぎ、同じ"組織"に所属している。

”組織”の開発した対霊・妖用兵器 霊銃(レイガン)を常に携帯している。

 

【挿絵表示】

 

草壁(くさかべ) 竜也(たつや)

優希の恋人でありカメコ。

男性 22歳 身長185cm 体重78.6kg

赤色のウルフカット、右の耳にシルバーのピアス。 瞳の色はダークレッド。

運送会社の社員。

カメコとしてコミマの常連だったが、現在は優希の専属カメラマンになっている。

お調子者の3枚目だが、いざという時は頼りになる存在。 普段は優希に尻に敷かれている。

仕事の時はかなり真面目で、周りからの評価は高い。

浮気性なのだが、優希の事を本気で愛しているのは事実である。 実際、手術代は半分彼が負担している。

 

【挿絵表示】

 

田辺(たなべ) 和樹(かずき)

カフェ"黒猫"の陽気なマスター。

男性 36歳 身長176cm 体重79.1kg

赤色に近い茶髪のポニーテール、瞳の色はライトグリーン、顎髭が少々伸びている。

老舗であるカフェ”黒猫”のマスターを務めている。

代々受け継がれてきた店を守るため、試行錯誤しているが売り上げは低迷している模様。

特に隣に出来たメイド喫茶に客をとられて困っているようだ。

楽天家でとても明るい性格だが、一度スイッチが入ると超マイナス思考人間になる。

残念ながら女性と付き合った経験がなく、この歳で独り身である。

有名なイラストレーターである”敷島(しきしま) 秋美(あきみ)”がこの店の常連だという噂がある。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 翔子(しょうこ)

今話題のイラストレーター。

女性 36歳 身長163cm 体重65.2kg Dカップ

茶色の腰までの長髪、瞳の色はライトパープル。

敷島(しきしま) 秋美(あきみ)という名前でイラストレーターとして活動している。

純粋で世話焼き、曲がった事が嫌いで猪突猛進な性格。

特に彼女がキャラクターデザインを手掛けたゲーム、”式神伝”は爆発的ヒットを上げた。

子供が一人いるが、彼女自身は未婚者である。 父親は本人には分かっているようだが、口に出したことは一度もない。

妖怪を見る力があり、その力は娘に遺伝している。

firstlineに登場したメインヒロイン、羽川翔子本人である。

 

【挿絵表示】

 

羽川(はねかわ) 秋子(あきこ)

妖怪を見る力を持つ元気一杯な高校生。

女性 16歳 身長168cm 体重61.2 Cカップ

銀色の腰までの長髪、瞳の色はレッド。

母親と同じく曲がった事が大嫌いで、正義感がとても強い。

考えるよりも先に行動してしまうため失敗も多く、怒りっぽいのも玉に瑕。

小さい頃から妖怪を見る事が出来ていた。 座敷童の椿とはその頃からの付き合いである。

目立つ髪色と妖怪を見る力のせいで、クラスの中では浮いている存在となっている。 そのせいで友達もいない。

身体能力は異常に高く、その潜在能力は留美子がスカウトする程である。

 

【挿絵表示】

 

安倍(あべ) 晴明(はるあき)

神の血を引く八咫烏のリーダー。

男性 31歳 身長168cm 体重66.3kg

黒髪で腰までの長さ、首くらいで一つに束ねている。(陰陽師風の髪型) 瞳の色はダークブラウン。

組織である”八咫烏”を取り仕切り、13代目天皇として執政にも深く関わっている。

神の血を引く一族、安倍家の長男であり、恐ろしい程強い霊力持っていると言われている。

人々を妖怪や霊の脅威から守るために八咫烏を結成し、多くの兵器の開発も進めている。

幼き頃から次代の天皇と言われてきたが、12代目には何故か彼の妹である天照(あまみ)が選ばれる事となる。

帝京歴774年に彼女が亡くなったあと、晴明が13代目天皇となる。

その人徳から人気が高く、八咫烏のメンバーからも信頼されている。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、中盤以降登場キャラのため閲覧注意!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂本(さかもと) (ゆき)

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

榛名(はるな) 優希(ゆうき) -覚醒-

 

【挿絵表示】

 

 

爪秋(そうしゅう)

 

【挿絵表示】

 

 

玉藻《たまも》

 

【挿絵表示】

 

 

玉耀(ぎょくよう)

 

【挿絵表示】

 

 

伊藤(いとう) 慶介(けいすけ)

 

【挿絵表示】

 

 

(りん)

 

【挿絵表示】

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十六話 もう一つの終焉

 視界全てを覆う朱、朱、朱……

 この世のものとは思えない惨劇が目の前で繰り広げられていた。

 

「ぁ……」

 

 

 口から漏れるのは空気が抜けるような間抜けな声だけ――何も叫べず、何も訴えられず、ただ惨めに地べたを這いつくばっている。

 辺りからも同じような声が聞こえてくる。きっと、僕と同じような目にあっているのだろう。

 ここは地獄、鬼達は捕えた罪人達を拷問にかけ愉悦に浸る。きっと何人も逃れる事は出来ない。

 

 僕が何をした? どうしてこんな目に合わなければならない?

 薄れゆく意識の中、ただ静かに今日一日を思い返した――

 

 

 

 

 

帝京歴786年3月17日

 

 いつもと変わらない一日がまた始まる。しかし、一つだけ大きな変化が明日待っている――僕にとって、人生で一番大きな分岐点。

 それは生まれながらの呪い、この身に刻まれたどうしようもない絶望。

 何度死のうと思ったか分からない。こんな身体で生きる事に何の意味も感じなかった。それが今では――

 

「人生は、何が起こるか分からないな……」

 

 明日には手術を控え、新たな人生を迎えようとしている。一人ではたどり着く事の出来なかったこの場所、多くの出会いがここまで僕を導いてくれた。

 それでも不安が無いわけではない。100%とは言えない成功率――失敗は死であり、多くの人達の希望を無駄にする結果になる――それが死ぬ事よりも怖い。

 

「らしくないな」

 

 不安を紛らわすため、マグカップの中に珈琲と牛乳を注ぐ。僕にとっては毎日の日課である行為だ。

 

「ぁっ……」

 

 マグカップの取っ手を握ると、まるで最初から分離していたかのようにマグカップ本体と取っ手が引き離された。

 あまりに唐突な出来事に、僕は完全に身体が硬直してしまった。

 まるでそれは今後を暗示するかのような、自身の末路を示しているかのような……

 

「――」

 

 ――こういう時は、外の空気を吸いに行こう。一人で考え込んでも仕方がない。

 これが最後の一日の始まりだった……

 

―――

 

――

 

 

「いらっしゃい」

 

 僕は荷物を持って留美奈のマンションを訪れていた。

 元々、彼女は僕の家で一緒に生活していた。それには理由があり、彼女の双子の姉である留美子を捜索するためであった。留美子は僕の友達である坂本雪の親友であり、捜索の手がかりとなれば――という事だったが、その結果は悲惨なものだった。見つかったのは留美子の遺体だったのだ……

 

「頼まれたものが完成したから持ってきたよ」

「優希の作ったコス衣装、期待してた」

「手先だけは器用だからね」

 

 留美奈は包帯を巻いていない右手で僕の手渡した紙袋を受け取る。包帯なんて、いつ怪我をしたのだろうか?

 

「あぁ、これ?」

 

 留美奈は笑いながら包帯を巻いた左手を掲げる。大丈夫だと言わんばかりに、拳を握ったり開いたりする。

 

「ガラスで少し切っちゃっただけ、すぐに治る」

「それならいいんだが……」

「優希は心配症、だから自分の事も悩みすぎる。ここまで来たら当たって砕けるだけ」

「――留美奈は強いんだな」

 

 あれだけの悲劇を経て尚、僕を勇気づけようとしてくる留美奈。不器用なりの思いやりに、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

 

「写真は必ず送るから、期待してて」

「もちろん、送ってこなかったら催促するからな」

「他に送る相手なんていないから安心して」

「ははっ、冗談を言うなんて珍しいな」

「――冗談じゃないのに」

 

 こんな留美奈とのやり取りも、しばらくお預けになると思うと寂しくも感じる。これから待つのは入院と厳しいリハビリだ――まぁ、彼女なら励ましに遊びに来てくれるかもしれない。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「うん、がんばって」

 

 僕を見送る彼女の視線は、少しだけ寂しそうに感じた……

 

「――はい、はい、了解。任務を、開始します」

 

―――

 

――

 

 

 気が付けば、その足は無意識に喫茶"ガーベラ"へと向いていた。長い間通ったこの店は、自分にとって"家"とも言えるべき場所だ。

 今日は店休日なのか、closedの札が入り口のドアに引っ掛けてあった。ドアノブに手を当てると、鍵が掛かっていいない事に気づく。

 

「お客様、本日は店休日ですよ?」

「ごめんなさい、札は見たのですが」

「――珈琲くらいはご馳走しよう」

 

 僕の姿を確認した店長は、にっこりと笑い厨房へと歩き出す。

 

「昨日で長期休暇に入ったはずだが、一体どうしたんだ?」

「いえ、気がついたらこの場所に来ていたんです」

「ははっ、日頃身についた習慣ってやつかな」

「――かも、しれませんね」

 

 店長が差し出したマグカップを受け取り、両手でしっかり握りしめる。淹れたての珈琲の温かみが手のひら全体にじわりと広がっていく。

 僕の様子を見て察したのか、店長は視線を天井に向けて懐かしむように語りかける。

 

「お前を初めて見た時は、まるで小動物のように見えた。世界全てに怯え、震えている小動物だ」

「……」

「だがその()だけは違った。私が人生で何度も見たことがある――覚悟のある()

「覚悟、ですか?」

「あぁ…… 死をも厭わない覚悟、何があっても貫き通そうとする意思、お前はその()をしていたんだ」

「ある意味では正しいかもしれませんね」

「事情を知れば納得もいったしな。だからこそお前がこの店で働く事を私は許可したんだよ」

「……」

「そして、今もまた同じような状況が迫っている」

 

 そうだ、僕はいつだってギリギリだった。終わりと背中合わせで運命と戦い続けて、今この場所まで辿り着いた。当然それは一人の力ではない……

 今この瞬間も、多くの人の力を実感する事が出来る――店長だってその一人だ。

 

「目に力が戻ってきたな、今更迷うなんて贅沢な事しやがって!」

「し、仕方ないじゃないですか……!」

「全く、かわいい娘が大勝負の戦場に赴こうっていうんだ、心配じゃない親がどこにいる!」

「店長……」

「この店はお前にとって"家"みたいなもんだ、いつだってお前の帰りを待ってるさ。だから――無事に帰ってこい」

「――はい!」

 

 そうだ、皆が僕の帰りを待っていてくれている。家族と言ってくれる店長や同僚達、留美奈、そして愛する彼……

 私の物語はここで終わったりしない、これから先も続いていくんだ。あくまでも今回の手術は大きな山に過ぎない、この先の人生もっと多くの山や谷が待ち構えているだろう。その度に悩み、そして仲間や家族と力を合わせて乗り越えていくのだろう。

 

「珈琲、ご馳走様でした」

「あぁ、行ってらっしゃい」

「――行ってきます」

 

 僕は勢いよく店のドアを開け放つ。昼の日差しの眩しさに少し目を細め、大きく一歩前に踏み出す。朝の最悪の気分なんてもう微塵も感じてはいない。今あるのは、目の前にそびえ立つ山を踏破してやるという意気込みだけだ。

 僕になら出来る、皆が待つその先へ突き進むだけ。こんなにも気持ちが軽いのは久しぶりかもしれない。

 そうだ、帰ったら竜也にも連絡しておかないと。入院時の着替えやら荷物をまとめる必要もあるし、それに最近会えてなかったから――

 

「――え?」

 

 そんな思考に耽っている最中だった。別に信号を確認し忘れたとか、注意を怠ったわけではない。目の前に迫ってくるのは猛スピードの黒いバンだ。その漆黒のボディは一部が赤く濡れ、目の前に現れるまでに何をしてきたのか克明に自己主張している。当然、そんなスピードの車を回避出来るように人間の身体は出来ちゃいない。瞬きをする暇もなく、自身に訪れるのは確実な"死"だ。

 今日という一日の走馬灯が終わり、まるで羽のように軽やかに宙を舞う――直後の落下。ジェットコースターに少し似ているなんて考えている自分に少し笑えてきた。

 

グシャリッ

 

 潰れ、砕け、削げ落ち、剥がれ、千切れる。

 全ての痛みを凝縮した生への警告が全身に響き渡る。脳は極限の痛みに対処するが、それは最早死への苦痛を和らげる事にしか意味を成さない。

 

「ごめんなさい」

 

 女だ、まるで死神のように漆黒のスーツを着込んだ女が立っている。それはどこかで聞いた事のある声だったが、思い出す事は出来ない。

 

「今度こそ、今度こそはやり遂げる。だから――おやすみなさい」

 

「――」

 

 女は懐から銃を取り出し、脳天目掛けて引き金を引いた。

 

帝京歴786年3月17日

 

「本日昼過ぎ、秋名町商店街通りにて連続轢き逃げ事件が発生しました。犯人は現在も逃走中であり、付近の皆様は外出されませぬよう宜しくお願いします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十七話 消えた痕跡

 それはまるで全身に絡みつく泥のようだ。もがけばもがくほど、戻れぬ深淵へと沈み込んで行く。この出口の見えない迷宮に差し込む光は皆無、囚われた者は永遠に彷徨い続けるのだ。

 あぁ、誰か――

 

『誰か私を、ここから救って下さい……』

 

 

 

 

 

帝京歴786年3月14日

 

 目覚めた、というよりは息を吹き返したという表現が正しいのかもしれない。身体は枯渇した酸素を求めて荒い呼吸を続け、全身に湿った汗が寝間着の中を這いずる。

 何か夢を見ていた気がする。とてもおぞましく悲惨な夢を――しかし、その内容を何一つ思い出す事が出来ない。まるで何か見えない靄で覆われてしまったかのように、その断片すら判別が付かない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 震える手をゆっくりと動かし、ベッド横のテーブルに置いてあるスマホを手に取る。ロックを解除し日時を確認する――3月14日の8時という表示がスマホの画面に現れる。いつも通りの朝のはずが、何故か違和感を拭う事は出来なかった。

 夢と関係あるのだろうか? それとも――

 

「手術が近いせいで、不安になってるのか……?」

 

 手術は3月18日、残すところあと4日となってしまった。人生最大の分岐点に不安にならないわけがない。きっとそんな精神状態が影響して恐ろしい夢を見てしまったのだろう。思った以上に僕のメンタルは脆かったのかもしれない……

 だからと言って今日も出勤日、ここで塞ぎ込んでいる場合ではない。

 

「って、勢いで出てきたわけかい」

「――そうです」

「お前、客商売を舐めてるのか?」

 

 正直、店長の口からそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。だって――あの顔だぞ? 愛想笑いすらしないあの傷だらけの顔面、失礼だが子供だって泣いて逃げ出すだろう。何なら僕だって未だにあの顔には慣れていないのだ。

 

「しかし、当日欠勤するわけにも……」

「さぁ、この鏡をよーく見てみろ――何が見える?」

「――死にそうな顔の自分です」

 

 鏡に写ったのは今にも死にそうな青白い顔の自分だった。顔色が悪い事は知っていたが、綺麗に化粧で隠したつもりだった。それがこの結果かと思うと妙に笑えさえもする。

 

「PAD長がいなくても私達だけで大丈夫ですって!」

「そうです、先輩は休んで下さい!」

 

 仕事仲間達にさえこう言われてしまう始末だ、どうやら早退という選択肢しか僕には残っていないようだ。ここで無理をしても皆に迷惑をかけてしまう――やはり大人しく帰ろう。そう思い店の奥へ向かおうとすると、ふと気にかかるものが視界に入った。

 

「ん……?」

 

 これでも、常連さんの顔はほぼ把握しているつもりだ。特にメイドを侍らせて問題を起こすような客もたまにおり、警戒するという意味でも名前と顔は記憶している。珍しい、というよりも明らかに浮いた客がいた事に気づいた。いくら体調が悪いとはいえ、入ってきた客に気づかないものだろうか?

 

「先輩?」

「――あのお客さん、いつ入ってきた?」

 

 後輩に視線で促し、全身黒ずくめの女性を示唆する。上は黒のコートに下は黒のタイトスカート、更には黒いサングラスをかけてまさに黒ずくめだ。あれだけ目立つ格好で入って来たなら誰か気がつくはずだ。特に初来店の相手には店長も気を使っているはずだし……

 

「私も気づきませんでした……」

「ちょっと怖いね……」

「私、店長に伝えてきます」

 

 後ろ髪を引かれる思いだが、このまま自分が残っても何も変わらない。今出来るのは、何事も起きない事を祈るだけだった。

 

―――

 

――

 

 

「おかえり」

「――ただいま」

 

 帰宅すると、そこにはさも当然かのように留美奈の姿があった。朝慌てて飛び出したはずの部屋は綺麗に片付けてあり、テーブルには昼食であろうそうめんが置かれていた。まるで、僕が帰ってくるのを分かっていたかのような準備のよさだ。

 

「ご飯は出来てる、食べたら薬飲んで寝ること」

「風邪じゃないんだから大丈夫だよ」

「甘くみてると痛い目をみる、油断は大敵」

「――分かったよ」

 

 何を言っても聞かないという姿勢の留美奈相手に、僕の方から折れる事にした。普段の感情の起伏が感じられない彼女に比べ、こういう時はとてもストレートだ。どちらが本来の彼女かは分からないが、こうなった以上何を言っても絶対に話を聞いてくれない。

 僕は大人しく席に座り、両手を合わせて用意してもらったそうめんを頂くことにした。

 

「留美奈は今日も成果なし?」

「全く、影も形も見当たらない」

「ほんと、どこに消えちゃったんだろうな……」

 

 行方不明の姉の痕跡は、どこを探しても見つからないらしい。そもそもで、隣に住んでいたはずの雪は家ごと消え去ってしまった。今では更地になっていて、本当に存在したのかすら疑わしい状況であった。

 いいや、彼女との思い出が幻覚であるはずがない。共に過ごした時間は、確かに僕の胸に刻まれている。きっとどこかで生きているはずだ。そこに留美奈が探す姉も……

 

「もしかしたら、もうどこにも存在しないのかも」

「――そんな事言うものじゃない」

「でも。存在したことすらあやふや。まるで最初から……」

「それ以上は言わないでくれ!」

 

 つい声を荒らげてしまう。しかし、その言葉を口にしてしまえば本当に彼女が消えてしまいそうで――嫌だった。

 

「――ごめん」

「いや、僕の方こそ……」

 

 

 二人の間に流れる微妙な空気、それに耐えきれなくなった僕は箸を置いてテーブルから立ち上がった。

 

「残りは起きてから食べるよ」

「そう……」

「ご馳走様」

 

 その言葉だけを残して自分の部屋へと引きこもる。今の精神状態も相余って、留美奈に当たるような事をしてしまった。そんなつもりじゃなかったのに……

 そうさ、全部自分が悪い。弱い僕が周り全てに迷惑をかけてしまっている。

 

「僕なんて、消えてしまえばいいのに……」

 

 そうすれば、誰にも迷惑をかけることなんてない。皆が幸せになれるんだ……

 まるで悲劇のヒロインになったかのような思考に、冷静を装った自分が呆れる。こんな考えに至る自分自身を蔑む。

 

「このまま目を閉じて、全てが終わってしまえばどんなに楽か」

 

 ここは未だ地獄の真っ只中、強大な運命に今も尚一人で立ち向かっている。お願いだから――誰か僕を助けてくれ。

 

『――助けて』

 

 ――一瞬、心の声が具現化したのかと思った。でも確かにその救いを求める声は、何処からか発せられていた。

 

『誰か、助けて下さい』

「誰だ……?」

『もう(わたくし)には、自分自身を止める事が出来ないのです』

 

 その声は、こちらの言葉が届いていないのか。ただひたすらに救いの独白を連ねていく。

 

『このままでは、ご主人様は消滅してしまいます。お願いします、もし誰かがこの言葉を聞いていたのでしたら――(わたくし)を見つけて下さい』

「見つけろって、どこにいるか分からないんだぞ?」

 

 どんなに言葉を投げかけても回答は返ってこない。ただ永遠に、僕の脳内へ救いを求める言葉を投げかけ続ける。

 

『誰か、助けて下さい』

「だからお前は誰なんだ!」

『……』

 

 ついに僕も頭がおかしくなってしまったのかもしれない、こんな幻聴まで聞こえるようになってしまったのだから。

 

(わたくし)は、菊梨』

「答えた!?」

『お願いします、ご主人様を――坂本雪を救って下さい』

「えっ……?」

 

 予想外の名が耳に入る。"坂本雪"、幻聴だと思われた声はその名を紡いだのだ。まさか、行方不明になった雪はどこかで助けを求めている!?

 

「ど、どこにいるんだ!」

『――あの家です、あの場所にずっと』

「家って――あそこは更地になってもう何もないのに」

『お願いします、ご主人様を――』

「待ってくれ!」

 

 救いを求める声はどんどん小さくなり――掻き消えてしまった。一番肝心な場所については何も告げずに。

 

「あの場所って、どこなんだ……」

 

 

 幻聴と一蹴するか、それともあの言葉を信じるか――僕の答えは決まっていた。

 

「雪……」

 

 もし生きているなら、大事な友人を救うに決まっている。彼女なら、今の僕でも受け入れてくれるはず――僕を認めてくれるはずだ。こんな弱い僕でも……

 目の前に吊るされた希望に、僕は考えるまでもなく飛びついていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十八話 取り残された者

帝京歴786年3月15日

 

 何が真実で何が虚構か、人間(ひと)にはその答えを知ることは出来ない。まるで機械仕掛けの歯車が回るように、全ての運命は回り続ける。

 ならば、今目の前にある景色も仕組まれたものなのだろうか? 見えない何かの力が働いて起きた現象なのだろうか?

 ――答える者はいない、仮に答えを知る者がいたとして、全てを曝け出すだろうか?

 神はただ鎮座し、来たるべきラストシーンに備える。全ては決められた事、行き着くべき未来への道を歩むのみ。

 古き神を淘汰し、君臨したるは――憎しみの神なり。

 

 

 

 

 

 たった1日休んだだけで簡単に体調が良くなるわけでもなく、それどころか熱まで上がって大惨事となっていた。

 仕事場への電話は済ませ、留美奈にはベッドから動かないようにと釘を刺された。

 当然、大人しく寝ているつもりは無い。今日は雪の家があった跡地を調べにいくと決めているからだ。手術当日になってしまったら時間切れになってしまう。なんとしても声の主を見つけなければならない。

 

「今日は確か、留美奈は都心部の方に行くって言ってたっけか」

 

 となると――夕方までに部屋に戻っていれば問題ないだろう。

 そう思い、簡単に着替えだけを済ませて玄関へと向かう。一応留美奈が何か仕掛けをしていないかだけチェックして、ゆっくりと玄関の扉を開け放つ。今日は生憎の曇り空、朝にも関わらずまるで夜のような暗さだった。それが少しだけ不気味さを醸し出していた。

 目的地はすぐそこ、家の隣にあったはずの場所だ。やはり何度見ても、まるで最初から何もなかったかのような空き地が広がっていた。空き地全体はロープが張り巡らされており、目の前には売地という看板が立っている。

 一夜にして跡形も無くなった跡地、本当は最初から――

 

「そんな事はない!」

 

 気力を奮い立たせ、敷地に向かって一歩を踏み出す。

 何も無いなんて事はない、きっとこの空き地にヒントが残されているはずだ。でなければ、助けを求めて来るはずがない。

 思い切ってロープを右手で握り、その下を潜って敷地内へと侵入する。幸い、この時間帯なら道行く人に出会う事も見られる事も無い。

 ――ロープを潜ったその瞬間、頭に響くような高音が耳を突き抜けていく。耳鳴りと言うにはあまりにも痛みを伴う音に、つい両耳を抑え目を瞑ってしまう。

 

「っ……」

 

 こんな事で立ち止まっていられない。そう思いながら痛みの中ゆっくりと瞼を開く。

 

「こ、これは……」

 

 それが幻覚では無いとしたら、雨の前にあるのは雪の家だった。消えてなくなる当時のまま、何も変わりなくその場所に立っていたのだ。

 ――心臓が高鳴るのを感じる。この玄関を開けば、きっとその先には雪がいるはずだ。そうすれば何かが変わるのかもしれない。そんな期待を胸に扉のドアノブへと手を伸ばす。

 

「――動かないで」

「えっ?」

「警告は一度切り」

 

 背後から女性の声が聞こえてきた。いや、この声は聞き慣れた女性の声だった。聞き間違えるはずが無い、毎日聞いている留美奈の声だ。

 

「留美奈……?」

「私は彼女とは違う」

「それって――」

「目的は? 答えないと今すぐその頭を吹き飛ばす」

 

 後頭部に冷たい金属の感触、それが何であるかは僕には容易に想像が付いた。

 

「早く答えて、私は気が短い」

「――声が、聞こえたんだ」

「声?」

「"ご主人様を――坂本雪を救って下さい"って」

「……」

 

 声の主は、何かを察したかのように押し付けていた物をゆっくりと下ろした。

 

「でも、それは私の仕事。貴方には関係ない」

「君が?」

「私が約束したから――今度こそ、あまてるちゃんを守るって」

 

 そう告げた彼女の言葉は、悲しみと覚悟を帯びた重さを孕んでいた。きっと、僕には計り知れないような関係がこの女性と雪との間にあるのだろう。

 

「――残された時間は少ない、貴方は貴方の運命を切り開け」

「どういう意味だ?」

「言葉の通り、カウントダウンは始まっている」

「……」

「さようなら、今生(こんじょう)で合うことは無いわね」

 

 それが彼女と交わした最期の言葉だった。何故ならば、その日の夜に留美奈がこの女性の死を知らせてきたからだ。

 

 

 

 

 

「それは、本当なのか?」

「えぇ、姉の死体が見つかった」

「一体どこで!?」

「――それは言えない」

「そうか……」

 

 声色から予想はついていた、朝に出会ったあの女性が留美子だという事に。何故名乗らなかったか、何故隠れていたかは分からないが、きっと彼女なりに思うことがあったのだろう。だとすれば、彼女は誰かに殺された可能性が高い。

 目の前にいる留美奈が、何か得体のしれない存在に感じてしまう。もしも、姉をずっと探していた理由が殺すためであったとしたら、追っ手を逃れるために留美子はずっと隠れていたのだとしたら……

 

「どうしたの?」

「いや、少し思うところがあってな」

 

 あまりにも不可解な事が多すぎる。隠された雪の家、追っ手から逃げ続けていた留美子――きっと、留美奈は真実を知っている。しかし、それを隠して僕に近づいたのもまた事実だろう。

 ここで彼女を問いただすか、それとも何も言わずにいるか――どうするべきだろうか。

 

「――留美奈」

 

 そうだ、ここで立ち止まってはいけない――数日の奇妙な出来事が僕の背中を押した。

 

「頼む、本当の事を教えてくれないか?」

「……」

 

 長い沈黙の後、留美奈は重い口を開いた。

 

「私は、八咫烏と呼ばれる政府の組織に属している。留美子も同じ組織に属していた」

「属していた……?」

「彼女は八咫烏を離反した。最重要護衛対象である"坂本雪"を拉致して。

 だから私には、"坂本雪"の確保と裏切り者の始末の命令が下された」

「だから自分の姉を殺したのか?」

「命令だから」

 

 彼女の返答に迷いは一切感じられなかった。自らの家族をその手に掛けたというのに、その瞳は曇り一つない。彼女の属する八咫烏という組織は、人間をここまで変えてしまうというのだろうか。

 

「そして私のもう一つの任務、それは貴方を護衛する事」

「僕を?」

「"ウタイ"の残党が貴方の命を狙っているから、残党のリーダーが留美子だった。

 頭を失った奴らを後は各個撃破するだけ、その間は私が貴方を護衛する」

「だからなんで――」

「貴方が八咫烏のリーダーであり、現天皇である安倍晴明(はるあき)の血を受け継いでいるから」

「なっ!!」

 

 僕が、誰の血をだって……? 僕には両親がいて、今は政府の研究所で――

 

「貴方の両親は八咫烏の研究所で働いている。真実を隠すために赤子である貴方を晴明(はるあき)様から預かっている」

「じゃあ、僕の本当の親は……」

晴明(はるあき)様」

「……」

「偉大な血を引く後継者、それが真実の貴方。だからウタイの残党は貴方の命を狙っている。

 これが貴方を取り巻く全ての真実」

「なら、最後にもう一つ教えてくれ――雪も、そうなのか?」

「――その通り、彼女もまた晴明(はるあき)様の血を受け継いでいる」

「そう、か……」

 

 情報の奔流が僕の脳内全てを埋め尽くしていく。理解できない事柄がせめぎ合い、僕という個を飲み込んでいく。

 正直、訳がわからない。分からないことを真実と押し付けられ、認識が全く追いついてこない。

 

「一先ず、ウタイを撹乱するために私は別のマンションに引っ越す。今後のスケジュールは――」

 

 留美奈がまだ何か言葉を紡いでいたが、今の僕にはその意味を認識する事は出来なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十九話 偽りの平穏と、最後の祝福

帝京歴786年3月16日

 

 手術の日まで残り2日、熱はとりあえず下がったものの昨日の真実を聞かされてから脳内では大戦争が勃発していた。自分の知らぬ場所で繰り広げられていた世界の闇、その台風の目である自身が今まで何も知らなかったとは実に滑稽だ。だからといって、何か出来るわけでもなく――ただこのまま、流されている事しか出来ない。

 

 朝早くから引っ越しの準備を始めた留美奈の邪魔になるのも嫌でこうやって外に出てみたものを、特に何もする事が無いのも事実であった。そんなタイミングを見計らったのか、スマホから着信メロディが流れてくる。画面を確認する"竜也"の文字が表示されていた。

 

「はい、もしもし」

『もしもし! 体調どう?』

「とりあえず熱は下がって、今は気分転換に散歩中」

『なんだよ、だったら誘ってくれればいいだろ!』

「そんな事言われたって……」

『今どこ? すぐにそっちいくわ!』

「商店街の方に向かってるけど――」

『おっけー!』

 

 僕の返事も聞かず一方的にスマホの通話は切られた。竜也は昔からこうだ――そうと決めたら考えなしに行動し始める。こちらの意見なんて聞かずに勝手すぎる。そんな事を考えているうちに、既に彼の姿が遠目に見えてきていた。

 

「おーい!」

「――まったく」

「一人より二人って言うだろ? 折角だから一緒にゲーセン行こうぜ!」

「どうしてそこでゲーセンなんだ!」

「いやぁ、タイミング良く今日ロケテがあるんだよ。お前だって病み上がりだし歩き回るよりいいだろ?」

「それは……確かにそうだが」

「よーし、なら行くぞ!」

 

 竜也は僕の手を引くといきなり駆け出した。こちらが病み上がりだという事を忘れているのではないかと思うくらいの全速力だ。こちらの意図を知らず、竜也は子供のように無邪気な笑顔のままだ――まぁ、そういう部分も含めて好きなのだが。

 

 

 

 

 

 ゲーセンにたどり着くと、そこには既に長蛇の列が出来ていた。ここは秋奈町唯一のゲームセンターだけあって、人が殺到しているようだ――田舎にしては何故毎回ロケテを開催しているのかは永遠の謎だが。

 

「今回のエイカーテクノゲームスの新作なんだけどさ、なんでもVRゲーらしいんだよ」

「VRねぇ、確か数年前に式神伝のAR版が出るなんて話もあったっけか」

「確かおじゃんになったやつだよなぁ、滅茶苦茶楽しみにしてたのに!」

 

 そんな他愛ない会話をしていると、いつのまにか長蛇の列はだいぶ進んでいた。

 目の前にはちょっと大きめのゲーミングチェアのようなものが2台置かれ、椅子の上の機械からヘルメットのようなものを被せる構造になっていた。

 

「なんか俺、わくわくしてきた」

「子供か……!」

 

 そのまま二人で前に出て、案内されるままに椅子へと座る。長時間プレイしても疲れないような設計になっているのか、思った以上に柔らかく良い座り心地だった。

 説明によると、脳波の信号を使ってプレイする仕様らしく、このままヘルメットを被って目を瞑ればいいらしい。夢を見る感覚に近いのだろうか?

 一瞬、ぴりっとした痛みがおでこに走ったかと思うと、閉じているはずの視界が真っ白に染まっていく。白から青が構築され、多くの色が混ざり合い風景を構成させていく。

 

「よう、準備は出来たか?」

 

 どこまでも広がる草原と青空の下、目の前に立っていたのは赤髪の青年だった。青年は不敵に笑いながら剣を右手で握り、自身の肩に乗せている。

 

「リアルの姿がゲームに投影されるんだな」

「みたいだな! いい感じにアニメキャラっぽくなっていい感じだぜ!」

 

 僕の手にもいつの間にか剣が握られており、システム的に剣を使って決闘する仕様なのだろう。軽く掲げてみると全く重さを感じず、こういう部分はゲームだな感じられる。

 

「型とか全く分からないが、とりあえず振り回してみればいいのか?」

「俺もわっからん。でも――やるなら本気でやろうぜ」

「――当然だ」

 

 今だけは悩み全てを忘れて――目の前の戦いに集中する。僕も相当の負けず嫌いだと分かっている、好きな者同士でも譲れない事はある。

 

「俺から――いくぜぇ!」

「――くっ」

 

 竜也の初撃を受けると全身に衝撃が響いた。こういう部分はリアルさを追求しているようだ。

 僕はそのまま竜也の剣を強引に押し返し、そのまま踏み込んで横薙ぎに剣を振るう。

 

「あっぶねぇ!」

「――避けられたか」

「おまっ、殺す気かよ!」

「ゲームだから死ぬわけないだろ」

 

 お互い、ただがむしゃらに剣を振り続ける。ぶつかり合う金属同士の音が響き、地を蹴る衝撃が全身を駆け巡る。まるで、ずっと昔からこうしていたかのように、二人の息はぴったりだった。それは決闘というよりは演舞のようにも感じた。

 

「――楽しいな!」

「あぁ!」

 

 最初はただ剣を振り回していただけだったが、いつの間にかお互いの動きは洗練されたものへと変わっていた。竜也の振り下ろす剣を寸前で躱し、その隙を付いて斬り上げる。その斬撃は竜也の胸板を掠めて一筋の朱を刻む。

 

「こんのっ!」

 

 竜也は無理矢理剣を持ち替えて、そのままこちらを突き刺そうと大きく踏み込む――だめだ、この位置から回避は間に合わない。剣で受けようにも今の態勢から移行していては間に合わない。ならここは――

 

 

「あれっ……?」

「くそっ、時間切れかよ!」

 

 そのタイミングで時間切れとなり、意識は現実世界へと戻された。決着はつかずだったが、あのままなら確実に自分は負けていた――いや、左手が何か対抗策を講じようとしていたが、自分では気がついてはいなかった。

 

 ロケテの後、二人だけの公園のベンチで休むことにした。日はいつのまにか陰り、真っ赤な夕日が一面を照らしている。

 

「今日はありがとう――誘ってくれて」

「気にするなって!」

「いや、それでも……」

「なぁ優希」

 

 いつもへらへらとしている竜也だが、今日は何か纏っている雰囲気が違っていた。コイツが本気になると見られる兆候だ。何を考えているかは容易に想像がつくが、ここはあえて気づかないフリをして静かに彼の言葉を待つ。

 

「明後日には手術だろ? それでさ――リハビリとか、戸籍変更とか、色々あるわけじゃん?」

「――そうだな」

「俺達二人が大変なのってこれからだろ、だからさ――そろそろ、答えを出しておきたいと思ってさ」

「うん」

「だから、その……」

「……」

「全部終わったら、俺と――結婚してくれ」

 

 そう言って彼は、照れくさそうにポケットから小さな箱を取り出した。その中には、質素ではあるが彼の思いが詰まった指輪が収められている。それを受け取った僕は――

 

「――もちろんだ」

「よっしゃぁぁぁあああ!!!」

「ばかっ、恥ずかしいだろ!」

 

 僕の答えを聞いた竜也は、大声を上げながら公園を走り回る。その最中に、砂場に足を取られて盛大にコケた。

 

「おいっ、大丈夫か!?」

「――これ、夢じゃないよな?」

「あぁ、夢じゃない」

「本当に、本当だよな? 嘘じゃないよな?」

「――僕は、お前と添い遂げたい」

 

 心の底からの本心が口から溢れる。一番求めていた言葉を受けて嬉しいに決まっている。今だって、溢れそうな涙を必死に堪えて――

 

「――泣きそうな顔してやんの」

「お、お前だってそうだぞ!」

「しゃあねぇだろ! 滅茶苦茶びびってたんだからよ!」

「――断るわけないじゃないか」

「なんだって?」

「なんでもない!!」

 

 運命の日まで残り2日、僕は必ず乗り越えなければならない。二人の幸せを掴むためにも。

 

 

 

 

 

「きょーのおれはなんばーわん!」

 

 男は酒に酔っていた。人生最大の賭けに勝利したお祝いとばかりに、浴びるように酒を飲んだためだ。千鳥足で機嫌よく鼻歌を歌いながら、自分のマンションへと向かっていた。

 

「――草壁竜也ね」

「なんだおめぇ?」

 

 そんな男の前にローブを羽織った怪しい人物が現れた。ローブで全身が覆われているためどんな人物かは窺い知る事は出来ないが、声色は女性のように聞こえた。

 

「答える必要はない」

「だったら邪魔しないでくれよぉ、俺様は今最高にはっぴーなんだよ!」

「貴方はこの世界にとって邪魔な存在、だから――永遠にさようなら」

「――は?」

 

 ローブの人物の右手には拳銃が握られていた。その事実を竜也が理解する前に、その引き金は無慈悲に引かれていた。

 夜の秋奈町に一発の銃声が響く。男はそのまま道路に倒れ、おびただしい血が溢れて辺りを真っ赤に染めていく。

 

「任務――完了」

 

 ローブの女性は愛銃を懐に仕舞うと、死体に背を向けて闇へと溶け込んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十話 もう一つの終焉:||

 視界全てを覆う朱、朱、朱……

 この世のものとは思えない惨劇が目の前で繰り広げられていた。

 

「ぁ……」

 

 

 口から漏れるのは空気が抜けるような間抜けな声だけ――何も叫べず、何も訴えられず、ただ惨めに地べたを這いつくばっている。

 辺りからも同じような声が聞こえてくる。きっと、僕と同じような目にあっているのだろう。

 ここは地獄、鬼達は捕えた罪人達を拷問にかけ愉悦に浸る。きっと何人も逃れる事は出来ない。

 

 僕が何をした? どうしてこんな目に合わなければならない?

 薄れゆく意識の中、ただ静かに今日一日を思い返した――

 

 

 

 

 

帝京歴786年3月17日

 

 いつもと変わらない一日がまた始まる。しかし、一つだけ大きな変化が明日待っている――僕にとって、人生で一番大きな分岐点。

 それは生まれながらの呪い、この身に刻まれたどうしようもない絶望。

 何度死のうと思ったか分からない。こんな身体で生きる事に何の意味も感じなかった。それが今では――

 

「人生は、何が起こるか分からないな……」

 

 明日には手術を控え、新たな人生を迎えようとしている。一人ではたどり着く事の出来なかったこの場所、多くの出会いがここまで僕を導いてくれた。

 それでも不安が無いわけではない。100%とは言えない成功率――失敗は死であり、多くの人達の希望を無駄にする結果になる――それが死ぬ事よりも怖い。

 

「らしくないな」

 

 不安を紛らわすため、マグカップの中に珈琲と牛乳を注ぐ。僕にとっては毎日の日課である行為だ。

 

「ぁっ……」

 

 マグカップの取っ手を握ると、まるで最初から分離していたかのようにマグカップ本体と取っ手が引き離された。

 あまりに唐突な出来事に、僕は完全に身体が硬直してしまった。

 まるでそれは今後を暗示するかのような、自身の末路を示しているかのような……

 

「――」

 

 ――こういう時は、外の空気を吸いに行こう。一人で考え込んでも仕方がない。

 これが最後の一日の始まりだった……

 

―――

 

――

 

 

「いらっしゃい」

 

 僕は荷物を持って留美奈のマンションを訪れていた。

 元々、彼女は僕の家で一緒に生活していた。それには理由があり、彼女の双子の姉である留美子を捜索するためであった。留美子は僕の友達である坂本雪の親友であり、捜索の手がかりとなれば――という事だったが、その結果は悲惨なものだった。見つかったのは留美子の遺体だったのだ……

 

「頼まれたものが完成したから持ってきたよ」

「優希の作ったコス衣装、期待してた」

「手先だけは器用だからね」

 

 留美奈は包帯を巻いていない右手で僕の手渡した紙袋を受け取る。包帯なんて、いつ怪我をしたのだろうか?

 

「あぁ、これ?」

 

 留美奈は笑いながら包帯を巻いた左手を掲げる。大丈夫だと言わんばかりに、拳を握ったり開いたりする。

 

「ガラスで少し切っちゃっただけ、すぐに治る」

「それならいいんだが……」

「優希は心配症、だから自分の事も悩みすぎる。ここまで来たら当たって砕けるだけ」

「――留美奈は強いんだな」

 

 あれだけの悲劇を経て尚、僕を勇気づけようとしてくる留美奈。不器用なりの思いやりに、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

 

「写真は必ず送るから、期待してて」

「もちろん、送ってこなかったら催促するからな」

「他に送る相手なんていないから安心して」

「ははっ、冗談を言うなんて珍しいな」

「――冗談じゃないのに」

 

 こんな留美奈とのやり取りも、しばらくお預けになると思うと寂しくも感じる。これから待つのは入院と厳しいリハビリだ――まぁ、彼女なら励ましに遊びに来てくれるかもしれない。それに、任務もあるだろうし。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「うん、がんばって」

 

 僕を見送る彼女の視線は、少しだけ寂しそうに感じた……

 

「――はい、はい、了解。任務を、開始します」

 

―――

 

――

 

 

 気が付けば、その足は無意識に喫茶"ガーベラ"へと向いていた。長い間通ったこの店は、自分にとって"家"とも言えるべき場所だ。

 今日は店休日なのか、closedの札が入り口のドアに引っ掛けてあった。ドアノブに手を当てると、鍵が掛かっていいない事に気づく。

 

「お客様、本日は店休日ですよ?」

「ごめんなさい、札は見たのですが」

「――珈琲くらいはご馳走しよう」

 

 僕の姿を確認した店長は、にっこりと笑い厨房へと歩き出す。

 

「昨日で長期休暇に入ったはずだが、一体どうしたんだ?」

「いえ、気がついたらこの場所に来ていたんです」

「ははっ、日頃身についた習慣ってやつかな」

「――かも、しれませんね」

 

 店長が差し出したマグカップを受け取り、両手でしっかり握りしめる。淹れたての珈琲の温かみが手のひら全体にじわりと広がっていく。

 僕の様子を見て察したのか、店長は視線を天井に向けて懐かしむように語りかける。

 

「お前を初めて見た時は、まるで小動物のように見えた。世界全てに怯え、震えている小動物だ」

「……」

「だがその()だけは違った。私が人生で何度も見たことがある――覚悟のある()

「覚悟、ですか?」

「あぁ…… 死をも厭わない覚悟、何があっても貫き通そうとする意思、お前はその()をしていたんだ」

「ある意味では正しいかもしれませんね」

「事情を知れば納得もいったしな。だからこそお前がこの店で働く事を私は許可したんだよ」

「……」

「そして、今もまた同じような状況が迫っている」

 

 そうだ、僕はいつだってギリギリだった。終わりと背中合わせで運命と戦い続けて、今この場所まで辿り着いた。当然それは一人の力ではない……

 今この瞬間も、多くの人の力を実感する事が出来る――店長だってその一人だ。

 

「目に力が戻ってきたな、今更迷うなんて贅沢な事しやがって!」

「し、仕方ないじゃないですか……!」

「全く、かわいい娘が大勝負の戦場に赴こうっていうんだ、心配じゃない親がどこにいる!」

「店長……」

「この店はお前にとって"家"みたいなもんだ、いつだってお前の帰りを待ってるさ。だから――無事に帰ってこい」

「――はい!」

 

 そうだ、皆が僕の帰りを待っていてくれている。家族と言ってくれる店長や同僚達、留美奈、そして愛する彼……

 私の物語はここで終わったりしない、これから先も続いていくんだ。あくまでも今回の手術は大きな山に過ぎない、この先の人生もっと多くの山や谷が待ち構えているだろう。その度に悩み、そして仲間や家族と力を合わせて乗り越えていくのだろう。

 

「珈琲、ご馳走様でした」

「あぁ、行ってらっしゃい」

「――行ってきます」

 

 僕は勢いよく店のドアを開け放つ。昼の日差しの眩しさに少し目を細め、大きく一歩前に踏み出す。朝の最悪の気分なんてもう微塵も感じてはいない。今あるのは、目の前にそびえ立つ山を踏破してやるという意気込みだけだ。

 僕になら出来る、皆が待つその先へ突き進むだけ。こんなにも気持ちが軽いのは久しぶりかもしれない。

 そうだ、帰ったら竜也にも連絡しておかないと。入院時の着替えやら荷物をまとめる必要もあるし、それに――そう、あの話の続きも。

 

「――え?」

 

 そんな思考に耽っている最中だった。別に信号を確認し忘れたとか、注意を怠ったわけではない。目の前に迫ってくるのは猛スピードの黒いバンだ。その漆黒のボディは一部が赤く濡れ、目の前に現れるまでに何をしてきたのか克明に自己主張している。当然、そんなスピードの車を回避出来るように人間の身体は出来ちゃいない。瞬きをする暇もなく、自身に訪れるのは確実な"死"だ。

 今日という一日の走馬灯が終わり、まるで羽のように軽やかに宙を舞う――直後の落下。ジェットコースターに少し似ているなんて考えている自分に少し笑えてきた。

 

グシャリッ

 

 潰れ、砕け、削げ落ち、剥がれ、千切れる。

 全ての痛みを凝縮した生への警告が全身に響き渡る。脳は極限の痛みに対処するが、それは最早死への苦痛を和らげる事にしか意味を成さない。

 

「ごめんなさい」

 

 女だ、まるで死神のように漆黒のスーツを着込んだ女が立っている。それはどこかで聞いた事のある声だったが――

 

「今度こそ、今度こそはやり遂げる。だから――おやすみなさい」

「る……み……な……?」

 

 霞む視界の先に見えたのは――よく知る相手の顔だった。ならば、この事故は全て彼女が……?

 

「――まだ、息があったのね」

「……」

「どうして、という顔ね。いいわ、冥土の土産に教えてあげる。

 晴明(はるあき)の目的は――貴方の身体」

「……?」

「自分の遺伝子と多くの遺伝子を掛け合わせてきた。多くの実験の果てに貴方が生み出された。

 彼が一番望む"神"となるための肉体、もう一つの血を受け継いだ貴方。」

 

 彼女はまるで魔法の詠唱のように訳の分からない言葉を並べていく。理解しようとしても壊れかけた心臓が脳へと血液を運んでくれず、本来の機能を失いかけていた。

 

「だから、貴方は死ななければならない――もう一度始めるために。未来を取り戻すために3月14日へ……」

 

 留美奈は懐から銃を取り出し、脳天目掛けて引き金を引いた。

 

「今度こそ、私があまてるちゃんを守る……」

 

 

 

 

 

 幾度も繰り返される悪夢――それも終わる時が来た。さぁ、目醒めるがいい――君はもう全てを知っている。パズルのピースは全て埋まり、待ちに待った扉が開かれる。

 君は知らずとも、その体には因果が刻まれている。これが最後の問答……

 最初で最後の邂逅、私は君が来るのを待っているよ。その時、最後の物語が始まる――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十一話 神との邂逅

 落ちて、堕ちて、深い闇へと沈んでいく。どんなに抵抗しても落下を止める術は無く、何も無い虚無の漆黒へと堕ちて行く。一筋の光は徐々に視界から遠ざかり、どんなに手を伸ばしても届く事はない。僕の意識はこのまま闇に溶けて消えていくだけ……

 

「まだ――終われない」

 

 (わたし)はまだ、何も掴めてはいない。

 

「ここで諦めたら、全てが無駄になってしまう」

 

 (わたし)はまだ、何も成し得てはいない。

 

「だから――」

 

 (わたし)は――まだ絶望していない!

 

「もう一度だけ!!」

 

 もう一度、光へ向かって大きく手を伸ばす。もう一度だけ希望を掴むため、たとえこの腕が千切れてようとも……

 

「とどけぇ……!」

 

 手の平に広がる暖かさが全身に広がっていく。いつかどこかで感じた事がある熱、その懐かしさはいつの事か。包まれているだけ、で安心するこの――

 

「はぁ……はぁ……」

 

 瞳に映ったのは――一面に広がる青空だった。青々と生い茂る草原の絨毯に寝そべり、優しく吹き付ける風を感じながら見つめる空はとても綺麗だった。

 ふと我に返り、身体を起こして自分の全身を確認する。先程まであった痛みは無く、怪我の痕はどこにも残ってはいなかった。

 

「一体、何がどうなって――それに、ここはどこなんだ?」

「ここは、とある誰かが幼い頃に見た光景――それを忠実に再現したものだ」

 

 突然背後から投げかけられた疑問の答えに、僕は慌てて後ろを振り向いた。そこには、薄手の着物に身を包んだ銀髪の少女が立っていた。彼女はその青い瞳でじっとこちらを見つめている。

 

「そして、この領域すらもうすぐ消えてしまう」

 

 そう言って彼女は遠く先を指差した。その先に視線をやると――視界に一瞬ノイズが走る。

 

「私の権利は剥奪され、"奴"が全てを書き換えている。この領域が消える時、私も共に消滅するだろう」

「貴女は……?」

「私は――伊邪那美巫狐神(いざなみのみこがみ)。人々には始祖神として崇められていた」

 

 少女は柔和な笑みでそう答える。到底真実とは思えない言葉に、僕は困惑するしかなかった。

 

「信用出来ないのも無理はない。今の私は権能の9割を失っているからな……

 何の奇跡も起こせない――ただの人と変わりはしないさ」

 

 まるで自嘲するかのように笑い、寂しく空を眺める。そんな彼女を見ると嘘を付いているようには見えなかった。

 

「その神様が、僕に何の用ですか」

「ふふっ、信じてくれるのか」

「茶化さないでください」

「すまない、人と話すのは久方ぶりでな」

 

 年相応の笑顔で笑うと、彼女は僕の隣にちょこんと座り込んだ。

 

「――長い話になるぞ?」

「聞いて欲しいから、僕の前に現れたのでは?」

「ははっ、その通りだ……」

 

 少女は再び青空を仰ぎ見、かつての記憶を遡っていく……

 

「始まりは些細な事だった。可能性が0では無かったが、私も世界を安定させる事に奔走し注意が疎かになっていたんだ。

 結果、"奴"の侵入を許してしまう事になった。私が気づいた時には、既に"奴"の布石は完了していたのさ」

「そいつが神の力を奪ったと?」

「――その通りだ。まさか人間と手を組んで行動しているとは思わなかった……

 禁忌の技術を与え、世界とシステムを同時に掌握していった。」

「その人物とは……?」

「――安倍晴明、君もよく知る人物だ」

「……!」

 

 まただ、またその名前だ……

 事件の前の日も、死ぬ直前も、そして今も――どこにでも現れる男の名。自分の父親である安倍晴明、そして全ての黒幕と思われる存在。

 

「だから私はとある人物に依頼し、生まれる前の君に仕掛けを施した。

 私の消えかけた力全てを君の中に保存し、"もしも"の時に備えた。しかし、その力も限界が近い」

「僕の中に神の力が?」

「そう、その力が時間を巻き戻していた――正確には3/14までな。

 君の死をトリガーとして時間を巻き戻し"奴"が完遂するのを防ぐために。」

「……」

「君は覚えていないかもしれないが、もう幾度も同じ時間を繰り返している。

 私が教えた通り時間をリセットするために君を殺していたのは留美子だ。

 彼女は晴明を殺すために何度も時間を遡ったが、結局一度も彼を殺す事は出来なかった。

 だから――」

 

 彼女は瞳を閉じ、覚悟を決めたように最後の言の葉を紡ぐ。

 

「坂本雪を目覚めさせる。彼女と君の力、運命を変える可能性があるのは最早それだけだ。

 これを伝えるために、私は最後の力を使ってこの機会を設けたんだ」

「つまり、"次"が最後のチャンスだと?」

「そう、これで失敗すれば――晴明の支配する未来は確定してしまう。

 全て自分の障害となるものを排除した、可能性を排した世界に……」

「……」

「君に望むのは2つだけだ。

 1つ目、全ての元凶である安倍晴明を殺す事。

 2つ目、彼に知識を与えた古の神を殺す事」

「そうすれば、世界は救われるのか?」

「――本来あるべき姿に戻る。彼女が干渉する前の時間軸から元通りにな。

 それは君が本来迎えるべき穏やかな未来だ」

 

 本来迎えるべき穏やかな未来――そんなものが本当に存在するのだろうか?

 こんな呪われた生まれではなく、普通の幸せを享受出来る当たり前の生活。何度も焦がれたそんな未来が……

 

「――世界を救って、そのご褒美が穏やかな世界。ご褒美にしては出来すぎだな」

「いいや、それが本来の未来だ。多くの苦難を乗り越えてきた君が迎えるべき結末が歪んでしまったのが今だ。

 何度も君を苦しめてきた私に説得力が無いのも分かっている、それでも――世界をもう一度だけ救ってくれないか?」

「――分かった」

 

 彼女の言葉を否定する事も出来た。この現実味の無い世界で、ただの夢だと忘れ去る事だって出来た。それでも、彼女の事は何故か他人とは思えなかった。どこか遠い昔、繋がっていたかのような感覚。そんな何かを感じていた。

 

「ありがとう……」

「僕達の未来は、僕達の手で取り戻す」

「あぁ――世界を、頼んだ」

 

 悪夢を終わらせるため、僕は最後の選択をした。この選択が多くのものを巻き込み、どのような結末を迎えるかは分からない。それでも、このまま終末を迎えるよりはマシだ。ただ黙って死を迎えるより、何も知らずに消えていくより、何より――無知でいるよりも。

 

「君の魂を彼女に預けて正解だった。さようなら――、私の愛しき子孫よ」

 

―――

 

――

 

 

帝京歴786年3月14日

 

 目覚めた、というよりは息を吹き返したという表現が正しいのかもしれない。身体は枯渇した酸素を求めて荒い呼吸を続け、全身に湿った汗が寝間着の中を這いずる。

 何か夢を見ていた気がする。とてもおぞましく悲惨な夢を――しかし、その内容を何一つ思い出す事が出来ない。まるで何か見えない靄で覆われてしまったかのように、その断片すら判別が付かない。

しかし確実に覚えている事があった。それは普通では起こり得ない出来事――神との対話であった。夢と一蹴出来るような内容ではあったが、心のどこかであれは現実だと信じている自分がいる。

 

「僕が本来迎えるべき穏やかな未来――か」

 

 あの会話全てが真実とすれば、僕は数え切れないほどの死を迎えている事になる。何度も3月14日から17日の4日間繰り返しながら……

 そのループを断ち切る方法は唯一つ、目的の人物を殺す事だ。そうしなければ、この世界は終わりを迎えてしまう。

 

「ふふっ、天皇を殺すなんて――僕は国家反逆者だな」

 

 それでも、僕はあの夢を信じている。あの小さな神の言葉を信じている。

 

「これが――ラストチャンス」

 

 最後の物語が、今ここに幕を切ったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十二話 これがラストチャンス!

 砕けた砂時計を元に戻すことは出来ない。溢れ落ちた砂は宙を舞い、夜空に溶けて星の光となる。飛び散る破片は瞬きの煌き、人の命のように光っては消えていく儚き輝き。

 もう後戻りは出来ない――いや、するつもりもない。そんな弱い気持ちなんて遠い過去に捨ててきた。今も昔もやる事は変わらないから、ただこの足を前へと踏み出すだけ。かつての自分がそうだったように、僕もまた前へ進もう。例えそれがどんな結末を迎えようとも、今出来る精一杯を……

 

帝京歴786年3月14日

 

「――動かないで」

「えっ?」

「警告は一度切り」

 

 背後から女性の声が聞こえてきた。いや、この声は聞き慣れた女性の声だった。聞き間違えるはずが無い、毎日聞いている留美奈の声だ。

 

「留美奈……?」

「私は彼女とは違う」

「それって――」

「目的は? 答えないと今すぐその頭を吹き飛ばす」

 

 後頭部に冷たい金属の感触、それが何であるかは僕には容易に想像が付いた。

 しかし、素直に答えるにしても一つだけ問題がある。それは彼女が本当に留美子なのかどうかだ。

 双子の妹である留美奈、その容姿は僕にも区別が付かないほどそっくりだ。始祖神と協力していたのは留美子の方だが、留美奈はおそらく晴明側の人間だ。もしここで情報が漏洩してしまえばこちらが大きく不利になってしまう。

 

「とある人物に頼まれたんだ、坂本雪を起こすように」

「それは、晴明の命令か……?」

 

 殺気は殺意に変わり、半透明な刃が喉元へ押し当てられる。彼女が少しでも力を入れれば、瞬時に私の首は地面を転がり回る事になるだろう。しかし、その殺意が何よりも、彼女が留美子だということを物語っていた。

 

「違う、君も良く知る人物だ」

「ふん、貴方も会ったの?」

「あぁ、彼女に頼まれて雪を目覚めさせる事になった」

「――冗談じゃない。戻って神に伝えて、私は必ず作戦を成功させると」

「そういうわけにはいかない。はっきり言おう、このままいけば作戦は失敗する――いや、何度も失敗している」

 

 喉元に押し当てられた刃が微かに揺れる、その切っ先が僕の首筋に一筋の赤い軌跡を描く。雫はゆっくりと地面へと滴り落ち、それを皮切りに溜め込んだ怒りを留美子が爆発させる。

 

「――嘘を言うなぁ!!!!」

「聞いてくれ留美子、今回が"最後"なんだ。この意味は分かるな?」

「だって私は、"まだ一度も"やり直してない! これが最後であるはずが――」

「あるんだ! 僕達は巻き戻す前の記憶を保持する事は出来ない!」

「そんな……」

「これで最後なんだ、世界を救うにはもう雪の協力が必要になってしまった」

「また私は……守れないの……あまてるちゃんを……」

「――そうしないために僕が来たんだ。そのためには彼女の力が必要だ」

 

 留美子の声は震えていた。それは多くの後悔を積み重ねてきた者だけが纏うオーラ、僕と同じモノだった。きっと彼女も、この場所に辿り着くまでに多くの絶望を乗り越えてきたのだろう。そして雪はその支え、彼女が留美子である事の証明……

 

「でも、もうあまてるちゃんには戦って欲しくなかった。私一人で全て終わらせたかったのに……」

「――すまない。それでも、もうこれしか方法が無い。こうしなければ全てが終わってしまう」

「分かってる、分かってるけど……」

「頼む、僕を信じてくれ……」

「……」

 

 ――それは、長い沈黙だった。彼女の中であらゆる感情が渦巻き、今までの積み重ねが崩れ去り、その存在すら瓦解させるような選択――僕は今それを強いているのだ。

 それでも彼女なら、きっと……

 

「それであまてるちゃんが救われるなら――私の選択は一つだけ。

 貴方の提案を受け入れる」

「ありがとう……」

 

 でも僕は、そんな真っ直ぐな彼女の視線を直視する事は出来なかった。彼女の視線は僕にとって真っ直ぐ過ぎたから……

 

―――

 

――

 

 

「いらっしゃ~い」

 

 あの後、留美子は案内したい場所があると言ってこの小さな喫茶店へと僕を連れてきた。意外だったのは、普段仕事で通っているガーベラの隣にあったという事だ。

 店内に入ると古き良き内装のカウンターに中年の男性が一人立っていて僕達迎え入れた。

 

「店長、緊急会議」

「緊急会議だって!? 一体何があったんだい?」

「詳しくは明日、今日はこの子の顔合わせだけ」

「よ、よろしくお願いします――榛名優希です」

「田辺和樹、この店のマスターだ。宜しく頼むよ」

 

 丁寧な挨拶にお辞儀で返すと、店長は笑顔で答えてくれた。そのまま彼の案内のままに店の奥へと進んでいくと、急にごそごそと立て掛けてある絵をいじり始めた。

 

「ここをこうしてっと……」

 

 何かはめ込むような音が響くと絵の横の壁が音を立ててスライドする。その先には地下に進む階段が鎮座していた。しかし、一般のお店に何故こんな仕掛けが……

 

「私達"ウタイ"は拠点を必要としていた。しかし、私達に協力する人達は皆無」

「だから、色々と事情を知ってる僕が場所を提供したのさ」

「な、なるほど……?」

「帝都はほぼ八咫烏――晴明の息がかかった場所しか存在しない。しかし、彼らの正体を知る者も存在している」

「本当、4年前はひどい目にあったからねぇ……」

 

 どうやら、この店の店長も被害者であり、晴明とは浅からぬ因縁があるらしい。

 とりあえず情報を整理すると、八咫烏とウタイという組織が存在し、晴明が八咫烏を運用しているらしい。そしてウタイが八咫烏と対立している組織であり、そのリーダーが留美子だそうだ。

 階段を降りた先には見たことも無い機械や器具が設置された広間が現れた。そこには、暇そうに床を転げ回る猫のような生き物と読書に耽る紫髪の狐耳少年がいた。

 

「え、何々? もしかしてお客さん!?」

「燐、黙っていてくれないか? 今丁度いい所なんだ……」

「そんな事言ってる場合じゃないって玉耀(ぎょくよう)! 見たこと無い人がいるんだってば!」

「何を――っ!?」

 

 二人――いや、二匹?は僕の顔を見るなり驚いた表情を見せた。おそらく妖怪だろうが、何故こんな場所に。

 

「二人は私達の協力者、紹介するわ」

「えっと、燐ちゃんです! ロキアからやってきました! 得意技は炎魔法ですっ!」

「――玉耀(ぎょくよう)だ、見ての通り狐の妖だ」

 

 狐の妖怪――玉耀は礼儀正しく挨拶をするが、何か腹の中に含んでいる様子、もう一方の猫娘はというと、どうやら無邪気な子供っぽい性格のようだ。

 いや、まてよ? 燐、猫っぽい――どこかで聞いた事があるぞ? あれは確か……

 

「式神伝で、確か似たようなキャラがいたな……」

「あれ、私がモデルだよ?」

「はっ……?」

「流石翔子だよね、滅茶苦茶可愛く書いてくれてるし!」

 

 なんだろう、一体どこから突っ込んでいいのやら――これが本当に国に反逆する組織の最前基地なのだろうか? どう見ても子供のお遊戯会だぞ……

 

「言っておくけど、この二人に関しては私より強い」

「それ、大真面目なのか?」

「あまてるちゃんに誓ってもいい」

「――はぁ」

 

 自分が想像していたものとはかけ離れた現実に、本当にこの先が心配になってくる。時間は少ないというのに、これで目的を達成出来るのだろうか。

 

「それに、この二人以外にも協力者はいる。工作員達も帝都全域に潜んで作戦の準備をしている。

 とりあえずは明日この場所で会議をするから、今日は一旦家に帰って」

「あ、あぁ……宜しく頼む」

 

 きっと作戦の大幅変更で、各地に伝達する事も多いのだろう。僕がここにいても何か出来るわけでもないし、今日は見学に来たという名目でさっさと退散したほうが良さそうだ。

 

「待ってくれ!」

「ん……?」

 

 退散しようとした僕を引き止めたのは、先程の狐耳の少年だった。

 こう間近で見るとその容姿は中性的で、男性なのか女性なのか判別する事は出来ない。しかし、女性と言うには少しハスキーな声は自分自身を連想させた。

 

「君に渡したいものがある」

 

 そう言うと、彼は古ぼけた鉄の塊を取り出した。ゲームやアニメで見たことがあるが、回転式拳銃と呼ばれるものだろうか? かなり古い物のようだが、思った以上にしっかりと手入れされているようにも見える。

 

「これは?」

「とある人物からの預かり物だ、これから戦いに身を賭す君への送り物だよ」

「そんな事言われても、こんな物扱えるわけが――」

「いや、君なら扱える」

 

 こちらの言葉を遮り、彼は僕にその拳銃を押し付けてくる。その冷たい感触は、何故かとても懐かしい気がした。

 

「何を言っても今の君には分からないと思う。それでも――済まない。結局こんな運命に巻き込んでしまった……」

「貴方は一体……?」

「いや――よそう。僕が何を言っても、それは真実ではないのだから。全てはあるべき形に戻った時に――だ。

 今ある真実は、君の手にある"魔銃"だけでいい」

 

 意味深な言葉だけを残し、玉耀はそのまま僕に背を向けてしまった。僕の手の平の上には、先程渡された"魔銃"と呼ばれた凶器が冷たく存在感を放っている。僕にこれで、何をどうしろっていうんだ……

 

―――

 

――

 

 

「予想外ではあったが、これは思わぬ朗報だ」

「では、計画を……?」

「あぁ、少し早めよう。器の確保と羽虫共のアジト襲撃を同時に行う。」

 

 それは晴明にとって予想外の出来事であった。全てを把握するまで後少しという状況で、彼は多少なりとも焦っている。そんな状況での今回の出来事であった。

 器に仕掛けた装置は、彼の行動全てを晴明の元へと送信していた。まさか計画直前でこんな行動を取り始めるとは思わなかった。"今までで始めてのパターン"であった。

 

「7号、宜しく頼むぞ」

「はっ!」

 

 しかし、アジトが判明したのは朗報だ。今まで向こうが襲撃してくるパターンばかりだったが、今回は先手を打てる。確実に奴らを駆除する事が出来る。

 

「――彩音」

"はい、マスター"

「"バークライトシステム"の掌握率は?」

"98.56%です"

「ならば今回で決着が付きそうだな」

 

 そう、これで私は神の座に上り詰める。私を笑った者達を淘汰し、化け物共を駆逐して――真なる安寧の世界を構築するのだ。

 

「後少し、後少しなのだ……」

 

 全てに、決着を……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十四話 お前達は皆殺しだ

 ――その頼もしい手を掴み立ち上がったつもりだった。こんな地獄のような状況でも、店長ならどうにかしてくれると信じていた。そんな希望は――いとも簡単に打ち砕かれた。

 

「ぅぁぁぁぁあああ!!!」

 

 僕の握っていたモノは――店長の腕だけだった。

 

「――少々出力が高すぎるな、これでは街に被害を及ぼしてしまう。データは研究所に送っておけ」

「了解です!」

 

 跡形も無くまるでおもちゃのような腕は、そのまま重力に引かれて地面へと落下する。ぐちゃりという生々しい音がやけに耳の奥へと響いた。

 

「このまま奴らのアジトの制圧も終わらせろ。私は――もう一つの器を確保する」

「では――」

「えぇ、器の回収は貴女に任せるわ」

 

 結局、僕は無力だった――何も出来ないうちに、全ては終わってしまっていた。何も関係無い皆も殺されてしまった。

 

"(お前)のせいだ"

「そうだ、僕が皆を殺した……」

"(お前)が戦わないから皆死んだ"

「だって、僕は一般人なんだ! そんな事できるわけないだろ!?」

"それでも、(お前)の中には刻まれている"

「一体何が刻まれているって言うんだ!」

"本来の(お前)、人の枠を超えた神と呼べる存在"

「そんなわけ無いじゃないか――僕は、こんなにも無力だと言うのに……」

 

 何も出来ない、ただの塵と一緒だ……

 

「君には悪いけど、これも僕達が生き残るためなんだ」

 

 黒ずくめ集団の一人が銃を構えながら少しずつこちらへと歩いてくる。

 もうこれで、全て終わりなのかもしれない。ここで僕が捕まれば始祖神の言っていた最悪の未来へ到達する事になるだろう。

 でも――仕方ないじゃないか。最初から無理だったんだ……

 

「こんな僕に――世界を変えられるわけないじゃないか」

"(お前)なら出来る。まだ(お前)は――本気で信じていない。

 これで負けても次があると信じている、だから簡単に諦める"

「そんな事――」

"これで最後なのよ? なんで自分の運命に抗わないの? なんで全てを受け入れるの?"

「……」

"私は――そんな物分りの良いやつじゃなかった。どんなに絶望しても、最後まで運命に抗った!"

「君は――一体誰だ?」

 

 もう一人の(ぼく)は僕《わたし》に向かって笑いかける。

 

"(わたし)は私《ぼく》よ"

 

「……」

「さぁ、両手を上げて――」

 

 目に入ったのは、おそらく先程まで店長が使っていたであろう拳銃だった。不退転の意思が生きているかのように、僕の足元へ転がり落ちていた。

 そうだ、店長の意思はまだ折れていない。家族を守りたいという気持ちはまだ生きている。

 

"お前はまだ生きている、生きているんだ! 生きてる奴は死んだ奴の思いを受け継がなきゃない"

 

 そうだ、僕はまだ生きているんだ。まだ何も終わってなんかいない……

 僕が生きている限り、店長や皆の思いは一緒に生きているんだ……

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 無我夢中で店長の拳銃を拾い、こちらに歩いてきた敵へと発砲する。同時に響く、両手への強烈な衝撃――そのまま尻もちをつくような態勢になってしまう。

 目の前にいた黒ずくめは、被っていた中折れ帽と頭部の一部が欠けていた。そのまま声も上げる事無く倒れ込む。

 

「反撃してきたぞ!」

「先に両手両足を潰してしまえ!」

 

 他の黒ずくめ達が一斉にこちらへと発砲を始める。僕は店長が予め準備していた机の裏へ身を隠す。

 こちらの反撃を想定していなかったのか、明らかに残った数は最初よりも減っているうえに個々の焦りが感じられた。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐いて銃を握り直す。思考は出来る、手足もまだ動く――それなら、やる事は決まっている。

 銃撃が止む瞬間を狙って何発か相手側へと発砲する。映画の見様見真似だが、相手の一方的な攻めを抑えるのには効果があるように感じた。

 

「こうなったら試作機を――」

「バカっ、さっきの奴みたいに器が吹き飛んだらどうするんだ!」

「やらなきゃこっちが殺されるかもしれないだろ!?」

 

 冷静に状況を観察してみると、相手も慣れていない事に気付いた。これは焦りだけじゃない、未熟さ故の混乱なんだ。それなら僕にだって可能性はまだある。

 

「そうだ、あの銃――」

 

 玉耀と呼ばれた少年から預かった銃、もしかしたら奴らを倒すための特別な武器なのかもしれない。だとすればこの場を乗り切る可能性が一気に跳ね上がる。

 荷物を置いたロッカーは厨房の右側――ここから走って扉に向かうにはざっと50メートルか。

 

「――残り6発、やるしかない」

 

 この銃撃が止んだら――行くっ!

 机から身を乗り出し、3発程相手が身を隠している場所へ発砲する。そのまま立ち上がって一気に扉の方へと駆け出す。

 

「逃がすなっ!」

 

 走った態勢のまま片手で1発発砲してみるが、その衝撃が想像以上の激痛を右腕へと与える。

 でも、ここで止まるわけにはいかない。自分の出来る最前を尽くすんだ!

 

「ぁぁぁああああ!!!」

 

 更に痛みを無視して残り二発を撃ち出す。少しでも相手が怯んでくれれば逃げる隙が――

 

「あぐっ……」

「遊びは終わりです」

 

 両足に想像以上の激痛が走った。それはまるで燃え上がるように全身を駆け巡る。

 

「手間取らせてくれましたね――その両腕にも大人しくしてもらいますよ」

「あがぁっ!」

 

 無表情で黒ずくめの女は僕の両腕へと銃弾を打ち込んだ。両足同様に、痛みが腕から全身に広がり視界はチカチカと明滅する。

 手も足も動かない、もう何も考えられない、僕はもう――

 

「もう二度と目覚める事は無いでしょう。何か、最後に言い残す事はありますか?」

 

 ――まだだ、まだ僕は生きている。ここで死ぬわけにはいかない。

 

「――だ」

「なんです?」

 

 僕の心は――まだ折れてはいない。手足が動かないなら、這ってでも抗ってやる。

 

「お前達はっ――皆殺しだ!」

「ふふっ、ふふふ……」

 

 さっきの声の主よ、もし聞こえているなら答えてくれ! まだ僕に力があるっていうなら――その力を!

 

「夢は――寝ている時にだけ語りなさい」

 

 頼む! 僕は――まだ諦めたくないんだ!

 

"新規アクセスを確認...管理者の親族と認識。管理候補者として登録...完了。一部開示データをアップロードします"

 

「死ぬのは君だよ!」

「っ……!?」

 

 放たれた弾丸は――僕のこめかみを掠っただけだった。

 

「そんな、今のを避けた?」

 

 まぐれだと言わんばかりに驚愕する黒ずくめ、間髪入れずにそのまま二発僕の脳天目掛けて発砲してくる。

 しかし、その二発どちらも僕に当たる事は無かった。

 

「その青い瞳、まさかお前――」

「言っただろ……?」

 

 黒ずくめは何かを恐れるように2、3歩後ろへと後ずさる。

 先程までの痛みが嘘のように消え、思考もとてもクリアだった。まるで違う何かに生まれ変わったかのように今は恐れも恐怖も感じなかった。ただ、今胸の中にあるのは――

 

「お前達は――皆殺しだっ!」

 

 僕の左手には、いつの間にか玉耀から預かった"魔銃"が握られていた。

 

「躊躇するなっ! 一斉射撃だ!」

 

 5,6人の黒ずくめ達は、手にした銃をこちらへ向けて一斉に掃射する。押し寄せる弾幕に僕は身じろぎせず、ただ怒りの瞳だけを向ける。

 到達した弾丸達はまるで何かに弾かれるように僕の目の前で全て弾かれる。それらはただ、僕の"金色の髪"を静かに揺らしただけだった。

 

「間違いない、器が完全に"妖狐"として覚醒している……」

「そんな奴にかてるわけっ――!」

「おい! どうしっ――!」

 

 後ろにいた雑兵達が、まるで電池切れの玩具のように次々と間抜けな声を上げて倒れていく。

 

「――苦しまずに殺すのは優しすぎたか」

「貴様っ!」

 

 目の前にいる相手以外誰も気付いてはいなかった。もう既に僕が引き金を引いていた事に。

 

「さぁ、次はお前の番だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十三話 家族を守るのに理由がいるか?

帝京歴786年3月15日

 

「いってきまーす!」

「こら秋子! 朝ごはんくらい食べていきなさい!」

「遅刻するから無理っ!!」

 

 娘は相変わらず私の心配をよそに自由奔放だ。私の言うことなんてまるで聞く素振りがない。

 

「全く――あの人に似たのかしらね?」

 

 もう何年――いや、何十年になるだろう? あの日の冒険の思い出は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。辛い思い出も多いけど、それでも――皆と一緒に旅した事は私にとって宝物だ。

 でも、私達の約束は――

 

「翔子……」

「やだ私ったら、ついに幻聴まで……?」

 

 ぁっ……

 

 直後、何か温かみのある感触が背後に感じられた。どこか懐かしさを感じさせる温かみに、私は体が硬直してしまう。

 もし、今ここで振り向けば私が望む存在がそこにいるかもしれない。しかし、本来ならばそんな事があるわけがない。ここで振り向いてしまえば、この温もりでさえも錯覚だと気づいてしまう。

 ――そんな事は嫌だ。幻でもいい、ただ今はこの幻想に浸っていたい。ずっと見失っていた私だけのあの人、ずっと求めていたあの人……

 

「爪秋っ!」

 

 それでも、我慢なんて出来るわけがなかった。奇跡でもいい、振り向いた先に彼が――爪秋がいてくれると信じてしまう。

 

"だから私は――振り向いてしまった"

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ひさし――ぶりだな?」

「ばかばかばか!! 来るのが遅すぎるのよ!」

 

 両手で胸板を叩く感触は幻ではなかった。確かにその衝撃は私の手から全身へと響いていく。

 そう、これは夢じゃない……!

 

「悪い悪い――これでも急いだんだぜ? まさかこっちと俺達の世界で時間の流れが違うなんて思わなかったぞ」

「言い訳なんてどうでもいい!!」

「よしよし……」

 

 怒る私をなだめるように、彼は優しく私を抱きしめ頭を撫でる。

 

「また、会えたね……?」

「あぁ、また会えた」

「おかえり? ただいま?」

「どうだろうな? まぁどっちでもいいんじゃないか? 俺達が交わす言葉なんて一つだけだろ?」

「ふふっ、そうだったね」

 

 それはかつて交わした言葉、そして今、再び紡ぐ言葉――

 

「愛してる――翔子」

「愛してる――爪秋」

 

―――

 

――

 

 

 留美奈に異変は特になかった。今朝もいつも通り朝ご飯を用意してくれ、今日も姉を探しに行くと言って僕よりも先に出かけていった。こちらの行動を監視している様子は今の所見受けられない。

 今後はこちらの情報が漏れないように慎重に行動する必要があるが、留美奈に不信感を与えることもまずい。あくまでもいつも通りを装う必要があるのだ。

 

「先輩、難しい顔してどうしたんですか?」

「いや、特に深刻な問題ではないよ」

 

 そのためにも、今日はいつも通り仕事に出勤していた。大学には既に退学届けは提出してあるため、もう通う必要はない。考え事をしながら仕事をしていたせいか、同僚の子に不審に思われてしまったようだ。

 

「本当ですか? 先輩って顔に出やすいの自分で自覚してます?」

「そうなのか……? 今後は気をつけるよ」

「だめです、むしろ出してください! 私達の事をもう少し頼ってもいいじゃないですか!」

「――ありがとう」

 

 この店で働くまで、僕と密接に関わってくる人は少なかった。いや、僕自身壁を作っていた。他人から拒否される事の恐怖を短い人生の中で何度も経験してきたからだ。傷つくくらいなら、誰とも関わら無い方が良いと生きてきたんだ。

でも、竜也も、雪も、店長も、店の仲間達も――皆優しかった。私の凍りついた心を溶かしてくれた。

 

「なんですか、今更感謝なんて!」

「全くだぞ! 店の中をしんみりさせるんじゃない!」

「ちょっ、店長まで!」

『アハハハッ!』

 

 他の店員やお客さんにまで笑われてしまう始末、それでも嫌な気分ではない――むしろ心が温まるようだった。

 

「ん……?」

 

 これでも、常連さんの顔はほぼ把握しているつもりだ。特にメイドを侍らせて問題を起こすような客もたまにおり、警戒するという意味でも名前と顔は記憶している。珍しい、というよりも明らかに浮いた客がいた事に気づいた。

 

「先輩?」

「――あのお客さん、いつ入ってきた?」

 

 後輩に視線で促し、全身黒ずくめの女性を示唆する。上は黒のコートに下は黒のタイトスカート、更には黒いサングラスをかけてまさに黒ずくめだ。あれだけ目立つ格好で入って来たなら誰か気がつくはずだ。特に初来店の相手には店長も気を使っているはずだし……

 

「私も気づきませんでした……」

「ちょっと怖いね……」

「私、店長に伝えてきます」

 

 見た目で判断するのは良くないとは分かっていても、何故かあの黒ずくめの女性からは底しれぬ不気味さを感じていた。

 昔からそうだ、僕の嫌な予感はよく的中する。今まで一度も外れた事は――

 

「――え?」

 

 それはあまりにも自然体過ぎて脳が理解するまで時間を要した。彼女達にとっては当たり前でも、僕達にとっては映画のようなもの、その一瞬の殺意は躊躇無く撃ち出された。

 

「先輩っ!」

 

 柔らかい感触が全身を包み視界は天井へと移り変わる。それと同時に、まるで現実味を感じない発砲音が激しく鳴り響く。店中に響き回る悲鳴、色々な何かが砕けていく、僕の世界が砕けていく……

 

「先輩、だいじょうぶ、ですか?」

「ぁ……」

 

 生命の熱を感じる、目の前で覆いかぶさる彼女から流れ出る"ソレ"は徐々に僕の体を濡らして床へと広がっている。

 

「助けられて、よかった……」

「君は……」

 

 目の前にいる後輩は僕だけを見ていた。その焦点は既に定まっていない――いや、もう何も見えていないようにも感じる。それなのに、僕だけを"見ていた"のだ。

 

「お前達は――また、私から家族を奪うのかぁ!!」

 

 店長の叫び声が聞こえる。今度は銃声が交互に鳴り響く。きっと、店長が応戦し始めたのだろう。確か元々戦地にいたという話を聞いた事がある。

 

「こんな時でなんですけど、わたしっ――先輩の事好きだったんです。せんぱいは憧れでっ、遠くのひとで、彼氏がいるから、言えなかったんですけど」

「もういい、喋るな」

 

 彼女が言の葉を紡ぐ度、口から溢れた血が私の頬を赤く濡らす。彼女は今、自身の生命を減らしながら告白しているのだ。

 

「卑怯ですよね――こんな事言って、死ぬのは――」

「だから喋るな! 今すぐ救急車を――」

「先輩っ――愛してます」

 

 そのまま僕の上にぐったりと倒れ込んだ彼女は、それ以上何も紡がなかった。まるで満足したかのように……

 嘘だ、こんなのは現実じゃない。こんな事現実であるはずがない。

 頭の破裂した者、上半身と下半身が分かれた者、人だったモノの残骸……

 

「榛名優希を引き渡せ、そうすればこの娘を開放してやろう」

「――あの時と同じだな。家族を殺し、娘を人質に……この人でなしが!」

「"人でなし"か、お前の言葉は正しい、確かに私達は人ではない」

「そうかい――でも、優希は渡さん! 大事な家族を売るなんて事は出来ない!」

「なら、この娘がどうなってもいいと?」

 

 皆――死んだ? "家族"と呼んだ仲間達が? ついさっきまで笑い合っていた人達がみんな……

 

「どちらも――助けるっ!」

 

 再び響く発砲音――今度は2つ同時。それと同時に何かが駆け出す音がこちらへと近づいてくる。でも今の僕には、その状況を正確に理解する事は出来ない。"今"を正しく認識出来る事なんて無理だ。

 

「そう――来ると思った」

「ちっ、器は心臓さえ無事なら傷ついても構わん――総攻撃だ!」

「優希――立てるか?」

 

 倒れたままの僕に店長が手を差し伸べる。

 無駄だ、こんな事をしたって無駄なんだ。きっとあいつらは晴明の手下で僕を捕まえに来たんだ。店長もこのまま他の皆と一緒に――

 

「いいかげんにしろ、家族の思いを無駄にする気か! 背負った生命の重みを考えろ!」

「――店長?」

「お前はまだ生きている、生きているんだ! 生きてる奴は死んだ奴の思いを受け継がなきゃない」

 

 思いを受け継ぐ……? 僕が、みんなの……?

 

「どうして――」

「ん?」

「どうして、助けてくれるんですか……?」

「――家族を守るのに、理由がいるか?」

 

 そうだ、店長はいつだって僕に手を差し伸べてくれた。どんな時だって――

 

「店――」

 

 ――その頼もしい手を掴み立ち上がったつもりだった。こんな地獄のような状況でも、店長ならどうにかしてくれると信じていた。そんな希望は――いとも簡単に打ち砕かれた。

 

「ぅぁぁぁぁあああ!!!」

 

 僕の握っていたモノは――店長の腕だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十五話 それでも前に進むだけ

 僕達妖怪が生きていくには、この世界は余りにも理不尽だった。

 昔と違い人が営みの中心となった今では、妖怪という存在は人間にとって害虫とも呼べるべき存在へと落ちていた。

 人間達は八咫烏という組織を使い、妖怪狩りを始めた。奴らは見たことも無い道具を使い、簡単に妖怪達を抹殺していったのだ。

 奴らは山彦である僕に言った、生き残りたければ主の命に従えと、そうすれば妖怪の身であっても人間達のように平和に暮らしていけると。

 そう、あの男の命令に従っていれば……

 

「成り立てが――調子に乗るなぁ!」

 

 部下を殺され激情した相手はそのまま大きくこちらへ踏み込んできた。手にしたアサルトライフルを投げ捨て、懐から柄のような物を取り出す。それは不思議な光を纏って半透明な刃を形成する。

 僕は躊躇なく左手に握る魔銃の引き金を引き、その半透明な刃へと打ち込む。こちらの首を切ろうと振られた刃はその衝撃で少し上と反れ、前髪の前を掠めていく。

 

「何故だ! さっきまでお前はただの人間だったはずだ! それが何故――そんな動きが出来るんだ!」

「……」

「このっ、化け物!」

 

 そう、さっきまで僕は普通の人間だった。とてつもない身体能力があるわけでも、卓越した技術があるわけでもない。ただ、どこにでもいる人間だった。

 でも、この身体に流れる血は普通ではない。全てはあの晴明が意図して作り上げた肉体、何かを成し遂げるために用意された器。その力を、もしも使うことが出来たなら――

 横薙ぎ、袈裟斬り、次は左からフェイントの回し蹴りが来る……

 

「どうしてっ!」

「――全て"視える"からだ」

 

 そう、僕には全てが視えている。それは達人が成し得る見切りではなく、未来予知とも言えるべきモノ。今の僕には――敵の全てが視えている!

 次は左上へ一発、即座に右方向へと二発発砲。一発目は敵の刃を食い止め、二、三発目は跳弾させ死角から相手の左足を狙う。

 

「ちっ!」

 

 敵はその攻撃を察知し、足への負荷を無視して大きく身体を捻る。二発の弾丸は相手の左足を掠めて飛んでいくが、それも既に分かっていた。飛んでくる方角に合わせて更に四発目を発射、三発目の銃弾に当てて敵の右腹部へと直撃させる。直後、銃弾に込められた何かが発動して腹部が小さな爆発を起こす。

 

「がはっ……!」

「まだだ、まだ遅い!」

 

 もっと、奴に付け入る隙なんて与えないくらい――もっと圧倒的に! 生きている事すら後悔させる程の絶望を!

 右手に握った店長の銃を掲げて祈る――きっと、今の僕ならなんだって出来る筈だから。

 

「このっ……」

 

 敵は空いている左手で拳銃を取り出しこちらに照準を向けて発砲する。吐き出されたのは銃弾では無く光の弾丸、それはこちらに真っ直ぐと――未来が視える。つまり、奴の戦意は未だ健在である事を意味する。

 手にした銃が形を変え、左手の魔銃と同じ形へと変化する。

 

「行こう、店長、みんな……」

 

 これは、みんなと一緒に掴む復讐(しょうり)だ。

 その道筋に必要な弾丸は4発だ……!

 

「しねぇっ! 化け物がぁ!」

「死ぬのは――お前だ!」

 

 重なる発砲音、さっき見た通り敵の撃ち出した光の弾丸は、真っ直ぐこちらに向かってくる。こちらが撃ち出した四発は綺麗に整列し、飛来する光の弾丸へと向かっていく。

 ――着弾、こちらの弾丸はその光へとぶつかり溶けて消滅していく。しかし、少しずつその軌道はずらされていく。最後の一発は光の弾丸を掠め、そのまま真っ直ぐ敵の脳天へと突き進む。当然、相手にはその弾丸は見えている。

 

「こんなものに――当たるわけないだろ!」

「……」

 

 敵の弾丸は僕の頬を掠め店のカウンター大きく穿つ。掠めた頬からは一筋の血が流れていく。一方の相手はこちらの弾丸を避けようと首を少しだけ左に捻った。

 

「言っただろ、皆殺しだって」

 

 直後――銃弾は炸裂した。いや、その表現はおかしい。正確には、"大きな火球が生み出された"と言うべきか。まるで僕の意思に反応するかのように、銃弾を中心にその現象が起こったのだ。

 

「は――」

 

 あとは惨めなものだった。悲鳴すら上げられず、奴はそのまま火球に飲まれて消えていった。まるで最初から何も存在しなかったかのように、跡形一つ残さずに。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 今までの分全てを上乗せしたかのような疲労感が全身を襲う。そのまま両手の武器を地面へ落として膝を付く。

 

「――予想以上だ」

「誰だ……!」

 

 声の聞こえた方角に武器を構えようとするが、意思に反して身体は指一本動かす事は出来なかった。辛うじて首だけを上げて相手の顔を確認すると、そこには昨日出会った玉耀が立っていた。

 

「一人で、本当に全員倒してしまうとは。時間稼ぎはしてくれると思っていたが……」

 

 彼は目の前に立つと膝を付いて互いの視線を合わせた。その瞳は哀れみでも怒りでもない、ただ純粋な労いの感情。それと折り重なった葛藤……

 

「――よくやったな」

「ぁ……」

 

 そのまま、僕の身体を優しく抱きしめる。それは今まで感じたことのない――まるで親に抱かれるような安心感を感じた。

 親に抱かれるって、こんなに安心出来る事だったんだ。不快感一つ無く、永遠にこうしていたくなるほどに……

 

「今はこうする事しか出来ないが、いつかお前には……」

 

 何か言葉を紡ごうとしていたが、もう既に意識を保つ気力は残ってはいなかった。

 

―――

 

――

 

 

「――終わったのね」

「あぁ、この子がな」

「想像以上に恐ろしい子」

 

 現場に到着した留美子が見たのは、恐ろしいほどに破壊された秋名町商店街であった。

 

「こうなったら計画を早めるしかない――それは相手も同じ」

「もう一つの器を狙ってくると?」

「間違いない、だから私は今から神域の内部に向かう。貴方は他のメンバーを集めてB地点で待機、物資の準備はもう出来てる」

「その後は?」

「――明日の朝に決行する。各地への命令伝達は完了した」

「……」

「後は、任せる……」

 

 私の生命はとっくの前に終わっている。今ここにあるのは、あまてるちゃんを守るためだけに使うと誓った。きっと、それは今この瞬間のために存在していたのだと。

 

「貴方の子、借りていく」

「――"今"は違う」

「本来の運命、曲げられた真実――それでも、思いは変わらない」

「その通りだな……」

「それでも、前に進むだけ」

 

 待っていてあまてるちゃん――今、私が行くから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十六話 ただいま

「荷物のお届けに参りましたよっと」

 

 黒いバンから降りてきた双子の片割れはそう言うと車のキーを私に投げつけてきた。鍵を右手でキャッチし、バイクに寄りかかった姿勢を起こす。

 

「貴女の注文通り、旧式霊銃と弾薬をたんまり詰め込んであるわ。おまけに車には対戦闘用の加工も施してある」

「防弾処理に神域の展開、なんでもござれなスーパーカーってわけ!」

「――助かる。これで任務を遂行出来る」

 

 全てはこの――"オペレーションアマテラス"のために用意した計画だ。本来なら私達だけで官邸へ潜入し晴明を倒すつもりだったが、計画は大きく歪んでしまった。

 

"坂本 雪を目覚めさせる"

 

 それは私にとって最も不本意な行為であった。もう後が無いのも知っている、それ故に選択肢が無いのも分かっている。自分が無力なのも――分かっていた。どんなに策を巡らせても、私はアイツへと手が届かなかったのだから。

 だから、これは私への罰。永遠に敵わない夢を見続けている私への残酷な真実。そんな私が出来るのは――一つだけだった。

 

「――最後に、これだけは言わせて」

「何?」

「私は――今でも貴女を許してはいない。だから、必ず罪を償って」

「――無事に、晴明を倒したらね」

 

 ――全部ウソだ。私に生き残る気持ちなんて存在しない。自分を消して彼女を連れ戻す、ただそれだけを考えている。

 ずっと私達は側にいた。ずっと私達はすれ違っていた。互いに別な幻影を追いかけて愛し合っていた。そうしなければ、互いに壊れてしまいそうだったから。

 

―――

 

――

 

 

「体調は問題なさそうね」

「まぁな……」

 

 つい先程まで倒れていたとは思えないほど、優希の体調は回復していた。普通の人間であるなら、この短時間で霊力が回復する事は無い。ならば、あまてるちゃんと"同じ"状態なのは間違いない。その変化は既に身体にも現れている。

 黒かった髪は金髪に変化し、頭部には狐の耳のようなものが生えていた。案の定尻尾も一尾生えてきており、彼女と同じ妖狐化したとみるべきだ。

 それも当然だろう、彼女の母親は妖狐だ。あまてるちゃんもそうだったが、晴明はそれを狙って二人を生み出した。彼が妖狐に拘る理由は不明だが、明らかに二人を重要視しているのは間違いない。だからこそ、あまてるちゃんは安全な神域の中で眠っていて欲しかったのだが……

 

「父親からもらった新しい服はどうかしら?」

「父親って――そういう相手ではないだろ! まぁでも、着心地は良い……」

 

 少し照れた様子から察するに、満更でもないのだろう。今まで親を知らずに育った環境が、始めての経験に素直になれないでいるのだろう。それでも人間らしくなった私には微笑ましい光景だ。

 

「まぁ、私も人の事は言えない――か」

「どうした?」

「なんでもない……」

 

 私も今日という日に備えて正装を準備していた。あまてるちゃんを守っていた頃に身に着けていた退魔師の衣装を修繕し、右手にはあまてるちゃんの残したリボンを結んである。

 最後の時まで守るという誓いの証、私にとってはこれが最後のあまてるちゃんとの繋がり。

 

「――もう始まってる」

 

 道の先に目を凝らすと、坂本家を覆っている神域とは別の神域が確認出来た。おそらくは既に器の回収作業が始まっているのだろう。相手側も予定を繰り上げて行動しているのが見て取れる。

 あの家の神域は特注品――簡単には突破される事は無いだろう。

 

「後は作戦通り」

「あぁ、僕が家の中に入って雪を目覚めさせればいいんだな?」

「その通り、その時間は私が稼ぐ」

「本当に一人で大丈夫なのか……?」

「無問題、貴方はあまてるちゃんを起こすのに集中してっ!」

 

 思いっきり左手でお尻を叩いてやる。そのまま服の袖から愛用の霊銃を取り出して引き金を絞る。

 ――撃ち出された弾丸が展開されていた神域に人が通れる程度の穴を作る。

 

「駆け足!」

「――了解!」

 

 二人同時に大きく踏み込んで神域内へと侵入する。中には大勢の黒服達が坂本家を守る神域に一斉攻撃をしている最中だった。

 

「私達の――邪魔をするなぁ!」

 

 進路の邪魔になる正面三人の頭を瞬時に霊銃で撃ち抜く。そのまま左足でブレーキを掛け、あまてるちゃんの家に背を向かる形で武器を構える。

 左腕の裾からも霊銃を取り出し、正面に溢れかえる敵達に向けて次々と引き金を絞る。

 

「すぐに雪を起こしてくる、待っていてくれ」

「全部平らげていても文句は言わないで」

 

 一旦両手に持った霊銃を袖に仕舞い、肩に掛けたアタッシュケースを地面に投げ捨てる。つま先で蹴ってケースを開き、そこから二丁のアサルトライフルを取り出す。

 中にはたっぷりと特殊弾を詰め込んだ旧式霊銃だ。普段使う物とは違い、自身の霊力を使わない分長期戦で最適となる。

 私は容赦無く両手の引き金を引き、迫ってくる敵をなぎ倒していく。私にとってこの程度の反動は無きに等しい、それこそガトリングでも用意してくれば良かったと思えるほど敵の数が多かった。

 

「――来たか」

 

 殺意が一直線にこちらへと飛来する。投擲用の小型霊剣、確実に私の喉元を狙ったソレを右手のライフルでガードして弾く。

 

「お前だと思っていた――6号」

「7号、魂すら持たない紛い物の"紛い物(おもちゃ)"」

「壊れた紛い物(おもちゃ)が何を言う」

 

 手にしたライフルを投げ捨て、懐に仕込んでおいた小さな玉を投げ捨てる。玉が地面に接触した瞬間、辺りは一気に黒い霧で覆われる。

 

「このような目くらまし、私達には無駄だと分かっているだろう?」

 

 私達は人造人間、見た目は人間でもその大部分は機械で出来ている。あらゆる戦場に対応するための戦闘プログラム、強靭な人工筋肉、視覚センサーはこの程度の煙幕も関係なくターゲットを追跡し続ける。

 

「これが普通の煙幕ならね……」

 

 愛用の霊剣を両手に握り、まずは目の前の兵士の首を切り落とす。敵はこの煙幕の中で明らかに慌てていた。数を減らしたとはいえ、ここまで練度の低い兵士ばかりだと哀れにも感じる。

 

「言っていろ」

 

 留美奈は迷いなく視界に映る留美子に向かって先程と同じ小型霊剣を投擲する。しかし、その攻撃は何故か彼女の姿を貫通して彼方へと飛んでいく。

 

「何……?」

「どうした? 私はここだぞ」

 

 先程とは180度方向の違う角度からの留美子の斬撃、留美奈は慌てて霊剣を構えて留美子の二刀を受ける。

 

「旧式が――つけあがるな」

「そういうセリフは、私を壊してから言うのね」

 

 二、三手打ち込んだ後、留美子は再び霧の中に姿を隠す。その間、兵士達の断末魔が何度も響いた。留美子は、留美奈と対等に打ち合いながらも確実の敵の戦力を減らしているのだ。その事実が留美奈の思考回路をより加熱させた。

 

「確かに、貴女は私のデータを継承して作られた新型。スペックは間違いなく貴女が上」

「当然だ、そして旧式が最新に勝てる道理はない」

「そう、私が6号のままならば確実に貴女には勝てない」

 

 手にした霊剣の柄を連結させ、ダブルセイバーの形態へと変化させる。更に左手に霊銃を握り、奥にいる兵士2人の頭を撃ち抜く。そのまま姿勢を低くして大きく前へと踏み込む。

 留美奈の斬撃が頭の上をすり抜けていく。どうやら大太刀モードで思いっきり横薙ぎに振り回したようだ。彼女にはそこに私がいるように見えている。この霧は彼女の視覚センサーを麻痺させるための仕掛け、当然条件はこちらも一緒ではあるのだが――

 

「これが、データと実戦の違いっ!」

 

 そのまますれ違う瞬間に霊剣を振るい、彼女の霊剣を握る右腕を切り落とす。瞬時に左手の霊銃で反撃してくるが、同じくこちらも霊銃の引き金の引いて相殺させる。

 

「理解不能、条件は同じの筈なのに……何故?」

「それはね――私がもう紛い物じゃないからよ。あまてるちゃんとの思い出が私という人間を生み出したの」

「ありえない、私達は所詮"猿女留美"の紛い物。魂を入れる器にしかすぎない」

「だから貴女は――"紛い物(おもちゃ)"なのよ!」

 

 背後から接近し斬り上げて左腕を切断する。更に両膝に霊銃を打ち込んで完全に抵抗出来ない状態にする。

 

「私達はこの世に生まれてはいけない存在、だからこそ無に還らなければならない」

「この――不良品が……」

「さよなら、私の最後の妹」

 

 そのまま右腕を振り下ろし、留美奈を真っ二つに――

 

「ぁっ……」

 

 ――全身に衝撃が走る。間違いない、この感覚は……

 振り下ろそうとした態勢のまま、身体はピクリとも動かなかった。これは所謂"電池切れ"だ。ずっとメンテも補給もせずに戦い続けたツケ、もう少しだけ保つと思っていたのだが――どうやら見積もりが甘かったようだ。

 

「標的沈黙、残存火器――攻撃開始」

 

 留美奈は大きく口を開けると、そこから砲身のような物が伸びてくる。どうやら、武器を失った場合の最終兵器を搭載されていたらしい。

 その滑稽な姿を見て――少しだけ同情を覚えた。

 刹那、大きな発砲音と共に全身に痛みが駆け抜ける。そのまま身体は吹き飛ばされ、神域に背を預ける態勢となる。留美奈は更に追い打ちをかけるように何度も発砲を繰り返す。

 右腕大破、心臓部消失、右視覚センサー反応無し、思考回路機能大幅低下――

 でも、わたしは――まだ、いきてる。こんなとき、こんなときあのひとなら――どうする?

 

「シネ」

「あまてるちゃんなら――あきらめない、よね? さいごまであがけって、言ってくれるよね?」

 

 薄れ行く意識の中で、風に舞う赤いリボンが目に入る。右腕に仕込んだ最後の仕掛けを起動する。この部分だけは後付け、あまてるちゃんが切り落とした代わりに付けた義手だった。つまり、身体とは独立した機構になっている。そう――彼女が残した痛みさえも、私の力となってくれたのだ。

 

「――ありがとう、あまてるちゃん」

 

 私が私になれたのは貴女のおかげだった。確かに私達の関係は間違っていたのかもしれない。お互いに間違った付き合い方をしていたのかもしれない。

 でも、それでも――一度も貴女との出会いを後悔した事なんてなかった。私が私としてここに生きていた証、確かにそれは存在している。そして、永遠に貴女の中で生き続ける。猿女留美子が生きた証が――雪、貴女なのだから。

 だから最後に言わせて、私は――本当に貴女を愛していた。あまてるちゃんの変わりなんかじゃない、坂本雪という一人の人間を愛していた。

 

"信号確認――起爆します"

 

 右腕に仕込まれた爆弾が起動する。これで――本当にさよなら。

 

「――ただいま」

 

 全てが光に包まれた瞬間、懐かしい声が聞こえたような気がした。

 

"おかえり"

 

 その言葉は、光と爆音の中に消えていった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十七話 おかえり

「ここかっ……!」

 

 神域内に入ると、家の中は時間が止まったかのように静寂が支配していた。導かれるように廊下を進みリビングを抜けると、そこには大きな結晶が宙に浮かんでいた。

 結晶に近づくと、中に見えた薄い影のような物の正体がはっきりと見える。それは、自身にとってもよく知る相手であった。

 

「雪……」

 

 彼女は透明な結晶に覆われ静かに眠っていた。それはまるで殻のように世界全てから彼女を隔離していたのだ。

 

"ずっと、待っていました"

「誰だ!?」

"ご主人様を救って下さる方を、永遠の環の中でずっと……"

 

 頭に直接響いてくる声は女性のものではあるが雪の声では無かった。しかしその声は、深い悲しみを帯びていた。

 

"もう(わたくし)の意思ではこの夢を終わらせる事は出来ません。永遠に醒めない夢の世界を廻り続ける。世界を壊すには外的要因が必要なのです"

「――安心しろ、私は雪を目覚めさせるためにここに来た」

"――全て分かっております、神のお告げがありましたから。そして、貴方様がこの場所に現れた……

 さぁ、この結晶にお触れ下さい。そうすれば、貴方様も夢の世界へと潜る事が出来ます"

「――さて、眠れるお姫様を迎えに行くとするか」

 

 そっと右手を結晶体へと添える。少しひんやりとした感触が手の平全体へと伝わる。

 

"ご主人様を――宜しくお願いします"

 

―――

 

――

 

 

 それは、ながいながい夢だった。永遠に繰り返される悪夢、私を苦しみに浸すための檻、そうすれば絶対に外の世界なんて目指さない。ただ感情の無い人形のように全てに従って生きているだけの世界。

 

「でも、それは間違っている」

 

 そんな世界は間違ってる。でも、私自身も間違っている。多くの罪を重ねてたどり着いた結果は決してハッピーエンドでは無かった。どんなに助けてと叫んでも救ってくれる者はいない。唯一救ってくれる相手は"私が殺した"のだから。どんなに過ちを嘆いても、もう一人の私が真実を突きつける。そして言うのだ――全て諦めてしまえと、そうすれば楽になれるのだと……

 

「でも、それは間違っている」

 

 どんなに自分を罰しても、彼女は戻ってこない。どんなに後悔しても、あの頃は取り戻せない。そんな自分に都合の良い世界なんて存在しない。そんな逃げは、もう許されないのだから。

 

「だから、私は進む!」

 

 光の見える先に走り続ける。彼女だった何か、私だった何かが連れ戻そうと手を伸ばす。全身に纏わり付き、再びあの悪夢へと誘おうとする。

 私はその手を振り払うように、手にした刀を振り回す。彼女から預かった力、今でも共にあるという証拠。だから私は信じて前に進む事が出来る。

 

「あと――少し!」

 

 徐々に光に近づいていく。この光の先に現実が待っているはずだ。悲しい思い出も多いけど、楽しい思い出だってたくさんある。3人で生きたあの世界、私はあの世界に帰らなければならない……

 

「しまった……」

 

 光に手が届く眼の前で、黒い腕に手足を絡め取られる。あと少し、あと少しで手が届くのに……

 掴まれた右腕を必死に光に向けて伸ばす。この先に、私を待つ世界がある。もう逃げる事も立ち止まる事も止めた。

 

「私は――行かなきゃいけないのよ!」

 

 ――ふと、何かが私の背中を押した。その勢いのまま、ふわりと身体が前に進む。

 その懐かしくも力強い手の感触を私は知っている。いつも共にあり、当然のように側にいてくれた二人……

 

「ありがとう……」

 

 伸ばした右手が何かを掴む。そのまま視界も身体も光に包まれる。それは帰還を祝福するかのような暖かさ、まるで誰かの抱擁のような優しさ……

 

「ただいま」

"おかえり"

 

 私は今――現実世界へと帰還した。

 

―――

 

――

 

 

 鼻をつくのは焼ける匂い。パチパチと、私の思い出達が消えていく音……

 ここはある意味では、悪夢よりも酷い地獄なのかもしれない。一人の悪意によって全てが捻じ曲げられてしまった世界。夢も希望も存在しない未来へ続く一本のレール。

 

「全く、本当に笑えない冗談だな」

「本当に笑えない冗談ね、まさか貴女だったなんて」

 

 そこで待っていたのは私のよく知る人物だった。いや、知ってはいるが別な人物なのかもしれない。その相手は、私が知っている容姿とは大きく変わっていた。

 まるで菊梨や私のような耳と尻尾、私が眠っている間に何かがあったのかもしれない。

 

「それはこっちのセリフだ。こんな事になるなんて、夢にも思っていなかった」

「――生まれた時から、私達の運命は決まっていたのかもしれないわね」

「しかし、それを受け入れるつもりは僕には無い」

「それは私も――同じよ!」

 

 右手の握りこぶしを開くと、そこには見慣れたリボンが握られていた。私はそのリボンでいつものように髪を結ぶ。

 

「どうやら、激しいモーニングコールがお待ちだ。こうやって共に戦うのは初めてだが、いけるか雪?」

「優希、誰に言ってるわけ……?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こちとら、こんな修羅場は何度も潜ってきてるのよ!」

「――それを聞いて安心した」

 

 夢も希望もない、それでも人は生きる。いつかたどり着けると信じて、がむしゃらに走り続ける。

 誰が立ちはだかろうと、私はもう迷わない。この背中には、大事な人達の思いを背負っているのだから。

 進んだ先にいつか訪れるであろう交差点、私はそこを目指して走り続ける。きっと、いつか辿り着けると思うから。

 

「さぁて、久々に暴れさせてもらうわよ!」

 

 今日私は――目覚めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十八話 最後の戦いに決着を

 全ての準備は整った。これから始まるのは誰もが予想だにしない物語、誰にも干渉できない領域。白紙のページに人々の感情が書き綴られていく。その奔流は誰にも止める事は出来ない、神にだってその権利は無い、自らの意思で未来を勝ち取るために武器を取るのだ。

 さぁ、同じ観測次元に立つモノよ――どうか最期まで目を逸らさずにいて欲しい。私と共に事の顛末を見届けて欲しい。たとえどんなエンディングでも、それが彼女達の生きた道筋なのだから……

 

―――

 

――

 

 

 ――まるで気分は浦島太郎だった。たった数ヶ月眠っていただけなのに、私が知る世界は大きく変化を見せていた。幸せな時間は跡形も無く、愛する人は誰もいない。当たり前だった人達全てを失って、私はこの世界でひとりぼっちになってしまった。それでも、振り返る事は出来ない。今の全てを受け入れて、ただ前に進むしかない。

 大丈夫、私はもう逃げない。かつての私のように立ち止まったりしない。そう教えてくれたのは――貴女達二人だから。

 

「――眠れないのかい?」

「店長さん」

 

 屋根裏部屋の窓から外を眺めていると、ふいに声が聞こえた。梯子のある方へ視線を向けると少し疲れ気味な店長さんの顔が見えた。

 敵の攻撃を退けた私達は、事前に留美子が指示していた場所――"羽川邸"へと集まった。この場所はおばちゃんが設計した通り、強力な神域で周りから探知する事は出来ない。まるでこの日のために用意されたかのようなお誂え向きなアジトだった。

 

「君が眠っていた数ヶ月に色々あったからね。一気に聞かされて、頭の中で消化するのは大変だろう」

「一番大変なのは、店長さんが関わってる事なんですけど? だって、行きつけの店は秘密のアジトだなんて漫画かアニメかよって展開ですし」

「はははっ! そりゃあ違いない!」

 

 店長は笑いながら近くにあった木造の椅子に腰掛ける。私が窓の外に視線を戻すと、店長も同じように外の星空を眺めた。

 

「――綺麗な夜空だ」

「まるで何も起きてないくらい、変わりませんよね」

「でも、晴明を放っておけばこの星空すら失われてしまう」

「そうですね……」

 

 ――沈黙。お互いに相手を思いやる余裕なんてない、それ程までに世界は追い詰められている。ここで私達が倒れてしまえば、全ての未来は闇に閉ざされてしまうだろう。だからこそ、明日の戦いは必ず勝たなければならない。

 

「――ちょっと、昔話でもしようか」

「唐突になんですか?」

「ちょっとした気晴らしだよ」

 

 それは、ほんのちょっとだけの優しさ、大人である店長が出来る精一杯の言葉だったのだろう。不器用なりに私の緊張を解そうと思ったのかもしれない。だから私は、笑顔で先を促した。

 

「俺の母親って、とんでもなく仕事バカで頑固者だったんだ」

「店長さんと同じですね!」

「茶化すなよ! いつも仕事ばっかりで家を空けて、俺と親父は家に放置だった。親父は俺の世話をしながら"黒猫"の経営をしてたんだよ。

 すごいよな? そんな背中を見て、俺もいつかあんな風になりたいって思ってたんだ」

「じゃあ、お母さんとは仲が悪かったの?」

「滅茶苦茶悪かった。顔を合わせれば喧嘩ばかり――愛情なんて1ミリも感じなかったし、そんな母さんなんて死んじまえっていつも思ってた。

 でも、妹が母さんの腹にいた時に本当の話を聞いたんだ。母さんが今までどんな人生を歩んで来たのか、どれ程の地獄を見てきたのか」

「――そっか」

「確かに母さんは俺達の事を愛していた、俺達の平和を守るために仕事に明け暮れていたんだ。でもさ――等身大の幸せを求めるってのは変な事じゃないだろ?」

「そうね、私だってそんな幸せを求めていた。この手で母親を殺した私には過ぎた希望なのかもしれないけど――それでも、人並みの幸せくらいは求めていた。

 ――それを、おばちゃんは私に与えてくれた。血も繋がっていないのに、まるで本当の子供のように……」

「でも――誰かに愛されるって、幸せと相応の責任もあるんだ。誰かが幸せに暮らすためには、同じくらい誰かが全てを背負わなくちゃならない。俺が平和を享受するために、母さんは自分の人生を犠牲にしてた。

 だから、去年の春久々に会った母さんに俺の覚悟を伝えた。俺もこちら側に立たせてくれって、もう守られてばかりじゃ嫌だって」

「それ、絶対反対されたでしょ?」

「大正解、すごい剣幕で怒られたよ。私が今までやって来た事を無駄にするのかってね。でも、もう遅かったんだよ。俺は4年前の事件で八咫烏という存在と真実を知ってしまった。母さんが隠してきた事全てを知って、黙って目を瞑る事なんて出来なかった」

「4年前の事件?」

「ほら、式神伝のAR版ロケテがあっただろ? あの裏で八咫烏が動いていたんだ。秘匿されてはいるが、八咫烏とウタイは激突していた。運悪くその事件に巻き込まれたのさ」

「――そうだったんだ。ということは、やっぱりお母さんはウタイに所属してたのね」

「あぁ、それもかなり上位のね。だから、俺はその立場を引き継いでここにいる。母さんが守って来たものを、今度は俺が守ろうと思ってね」

「なーんか、私の知ってる店長さんじゃないみたい。いつも客足の少ない店でにへらにへらって笑っててさ、平和の象徴みたいな店長が今ドヤ顔で俺が世界を守るんだー!って熱く語ってるのよ?」

「――君、俺の事そんな風に見てたのかい!?」

「はい、見ておりました! いつも楽しく眺めておりましたとも!」

「全く――こうやって緊張を解しに来た俺が馬鹿みたいじゃないか」

「――ありがとうございます」

「聞こえなかったからもう一度!」

「そっちだって、大概意地悪じゃないですか!」

「俺の場合はやられたからやり返しただけだ!」

 

 無意識に、お互いに笑みが溢れていた。明日には死ぬかもしれない戦場へ赴く身、今日だけはこんなやり取りで笑い合うのも良いのかもしれない。そういう意味で、彼はこの場所にやって来てくれたのかもしれない。誰もが重荷を持つ中、ある意味では一人だけ異質な存在だったのかもしれない。もう私には、守る相手なんていないのだから……

 でも、それでも――彼女達が愛した世界を私も守りたい。この身砕けようとも、最期まで足掻いてみせる。

 

「さてと、俺はそろそろ眠るとするよ。作戦前なんだから、君も早く寝るんだぞ?」

「分かってますよ、大事な戦いですもんね」

「最後にこれだけは言わせてくれ――生命を粗末にするんじゃないぞ。君が思っている以上に世界は広い、見知らぬ誰かが君の身を案じているかもしれないよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「じゃあおやすみ」

「――おやすみなさい」

 

―――

 

――

 

 

帝京歴786年3月16日

 

 それぞれの思いを胸に、黒いバンへと乗り込んでいく。この日のために用意されたのか、中には武器が大量に詰め込まれていた。まるでこれから戦争でもするかのような武装だ。

 

「いや、ある意味これから戦争よね」

 

 改めて認識する現実――これから私達は戦争を起こす。国に反旗を翻して、国のトップを殺すのだ。

 

「どうした? 今更怖くなったのか?」

「そんなわけないでしょ!」

「――それならいいが」

 

 冷たく笑う優希、彼女の覚悟は既に固まっているのだろう。私だってとっくに出来ている。今更誰を殺すにも躊躇なんて絶対しない。特にあの男を殺すのは……

 

「オペレーション"アマテラス"ね、誰が名前を付けたか分かりやす過ぎるわ――留美子」

 

 本来ならば私に永遠の安らぎを与えるための作戦、そのための戦いだったのだろう。しかし現実は、彼女では無く私がこの場に立っている。彼女の思惑とは真逆の結果に、何を思うのだろうか?

 

「最後の戦いに決着を……」

 

 私が出来るのは、彼女達を思いながらも作戦を完遂する事だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六十九話 私が飛びます!

帝京歴786年3月15日

 

「やだやだ! 私も絶対に行く!」

 

 決戦前夜、両親に反対されても羽川秋子の意思は変わらなかった。師匠の仇討ちは勿論だが、ここで両親と離れてはいけない――そんな予感が彼女にはあった。

 昔から感は鋭かった。嫌な予感が外れた事は一度もない。友達が怪我をした時も、ペットが行方不明になった時も、師匠がいなくなった時も――いつも事前に首筋がぞわぞわしていた。そう、今と同じように……

 

「秋子、私達は遊びに行くわけじゃないのよ?」

「そんなの分かってる! でも、今行かせたらダメだって分かるのよ!

 父さんにだってやっと会えたのに、もうさよならなんて出来ないよ……」

 

 絶対的な予感というよりも、死ぬ覚悟を二人から感じている。だからせめて、私だけでも生かそうという考え。

 ――そんなの絶対に嫌だ。やっと家族が揃って、これから一緒に幸せになるんじゃないの? こんな場所で死んじゃうなんて――そんなの絶対嫌だよ!

 

「さよならなんて馬鹿な事言わないで、私達は――」

「母さんの嘘つき!」

 

 何を言っても聞かないのは分かっていた。だからもう強硬手段しかない。そう考え一つの計画を実行に移したのだが……

 

帝京歴786年3月16日

 

「隠れる車――間違えちった」

 

 隠れて乗り込んだ車には、父と母の姿は無かった。

 

―――

 

――

 

 

「ちょっと! 秋子が乗り込んでるってどういう事よ和樹!」

 

 バンを運転する翔子は無線機に向かって怒鳴っていた。内容から察するに、家においてきた筈の秋子がもう一台のバンに隠れて乗り込んでいたらしい。

 作戦は始まってしまっている、今更引き返す事は出来ない。そうなると、秋子はそのまま囮部隊として戦う事になってしまうだろう。

 

"俺だってさっき気付いたんだ!"

「どうして出発前にしっかり確認しないの!」

"そんな余裕が無いのはお前も分かってるだろ? もう各地でメンバー達が陽動作戦を展開してるんだ"

「それは……」

「どうやら、揉めてる場合じゃないようだぞ」

 

 狐耳の男――爪秋が指摘した通り、高速を走るバン後方に怪しげな車が数台近づいて来ていた。八咫烏が感づくにはまだ早すぎるが、既に目の前に迫っているのは事実だ。

 

「――和樹、少し早いけど二手に分かれるわよ」

"オーライ、秋子ちゃんは必ず守るから任せとけ"

「信じてるからね!」

 

 そう言うと、翔子はアクセルを思いっきり踏み込んで工事中の道へと突っ込んでいく。後ろを付いてきていた車の大半は、本来の道を進む和樹のバンを追いかけるように曲がっていく。これには理由があって、彼らが求める優希と同じ生体反応を出す装置を向こうのバンに搭載してある。これで彼らが囮を務めるというわけだ。

 私は狐影丸(こえいまる)を実体化し、バンの後ろの扉を大きく開け放つ。2台の車と3台のバイクが、こちらを追うように迫ってきていた。

 

「雪、どうする気だ?」

「――ちょっとガンつけてくる」

 

 そう言って車の外へと飛び出す。それと同時に、バイクの運転手達は一斉に銃を構えてこちらへと狙いを付けてくる。

 

「そんなに遊びたいなら――相手してあげる!」

 

 撃ち出される銃弾の雨、今の私にとってそれは蝿でも止まりそうなくらいゆっくりな映像に見えた。最早、明鏡止水に至る必要も無いほどに肉体のスペックに差があるのだ。

 刀を鞘から抜き放ちながら数発の弾丸を切り落とす。全て止める必要なんて無い、ダメージとなりえる攻撃だけをピンポイントで無効化すればいいのだ。

 私はそのままの勢いで一番前のバイクの運転席の前に着地した。しかし、バイクの運転手は微動だにしない。私はそのままの体勢で右足のつま先で運転手の頭を小突く――まるでボールのように運転手の首が転がり落ちて高速道路に転がっていく。

 

「――まず一匹」

 

 恐怖に囚われたバイク2台が、がむしゃらに銃を乱射してくる。それはまるでバケモノを見たかのような顔だ。

 

「ひどいなぁ、貴女達だって妖怪でしょ? 私と何も変わらないよ?」

 

 軽く首を捻って数発の弾丸を避け、手にした刀を相手に向けて投げつける。それと同時に次のバイクへと身体は飛び移っていた。

 刀を投げる速度に追いつき、飛来した刀を握って勢いのまま相手の首を切り落とす。恐怖に染まった瞳は宙を仰ぎ、そのまま永遠の眠りへと落ちる。

 

「――おバカさん」

 

 トチ狂った3人目は、そのままこちらへバイクごと突っ込んで来る。そんな事したって無駄死にするだけなのに。

 

「じゃあ、可哀想だから痛くするね?」

 

 瞬時に両腕を動かし刀を数度振る。それと同時に手足や胴体が千切れて、バイク女は宙を舞った。私はそいつの頭部をキャッチして。両手で挟むように少しずつ力を入れる。

 

「妖怪って不便よね、頭だけになっても死ねないんだもん。せめて、最後の瞬間まで楽しんでいってよ」

 

 手にした頭部は何かを叫んでいるようだったが、それは人が理解出来る言語ではなかった。まぁ、何を言っても許す気なんて無いのだが。

 

「雪、一旦戻れ!!」

「はーい」

 

 爪秋が叫ぶと同時に強烈な殺気を感じる。この場にいたら間違いなく私は敵ごと両断される。私は手にした頭を潰れたトマトにして投げ捨てる。そのままバイクを踏み台にして大きくバク転――バンの上へと着地する。

 

「"真空斬"」

 

 居合の体勢からの一閃――それはまさしく達人の技であった。刃は届いてはいない筈なのに、まるで直接両断されたかのように綺麗に車二台が分裂した。

 

「ちょっとそれ、カッコよすぎない!? 私にも教えて欲しいんだけど!」

「お前の場合は技以前にまず型をだな……」

「だって仕方ないでしょ、刀の使い方なんて教えてもらった事ないし」

「軽口はそれくらいにして、もうすぐ目的地に到着よ」

 

 バンに乗っている優希と玉耀も臨戦体勢に入る。この先にあるのは帝都官邸――あの晴明の根城だ。奴は官邸の地下に研究所を作り、"あの時"の続きを行っているのだ。

 

「今度こそ私が終わらせる。それが彼女達が望んた事、私自身が望んだ事」

 

 そう――多くの犠牲の先にある未来を、私達は掴み取る。それが死んでいった者達への手向けにもなる。

 

「さぁ、このトンネルの先に――」

 

―――

 

――

 

 

「うそ、だろ……?」

 

 和樹達の目の前に広がっていたものは間違いなく地獄だった。確かに自分達の目的は囮であり、多くの敵を相手にする事は予想していた。しかしこれは――

 

「完全に――待ち伏せだねぇ」

 

 修羅場を何度も潜って来た燐にとっても、今目の前に広がる光景は予想の範疇を超えていた。何台も並び立つ戦車、空には武装されたヘリが何機も飛び回る。

 間違いなく、自分達はここへ誘導されたのだ。

 

「店長、一体どうなってるんですか!」

「間違いない、俺達の作戦が敵にバレている……」

「そんな! それじゃあ母さんや雪さん達は!!」

「間違いなく――あっちもやばい状況だろうね」

 

―――

 

――

 

 

「うそ、でしょ……」

 

 トンネルを抜けた先、そこには鋼鉄の部隊がこちらを待ち構えていた。戦車に軍用ヘリ、歓迎パーティに集まったお友達は主役の登場に躍起だっている。

 

「流石に、この数相手に強固突破は簡単ではないな」

「多少の犠牲もやむ無しか……」

 

 出来れば無傷で官邸突入と行きたかったのだが、この状況ではそうも言ってはいられない。たとえ何人倒れようとも、優希を連れて最深部に辿り着かなければならない。

 

「――ます」

「翔子……?」

「私が飛びます!」

 

 それは爪秋にとって二度目の言葉だった。かつて自分達を危機から救ってくれたように、今また救おうとしているのだ。

 

「どこまで飛べるんだ!?」

「最深部までは無理でも、内部に入り込むくらいは……」

「それでお前は――大丈夫なのか?」

「爪秋、私を信じて?」

 

 それは真っ直ぐな言葉、かつて私も同じような言葉を聞いた。けれど、信じてあげられなかった言葉。

 

「やりましょう、少しでも可能性があるのなら!」

「――分かった。翔子、頼む」

「――うん!」

 

 翔子を瞼を閉じ、何かを念じるかのように何かに祈るかのように手を組む。それと同時に彼女の身体から強大な霊力が発せられ辺りを包んでいく。まさか、ここまでの力を持っているとは知らなかった。これではまるで、私達と同じ……

 

「――行きます!」

 

 彼女の掛け声と共に辺りが光に包まれ、全てが白へと塗り潰されていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十話 アンタの珈琲が飲みたかった

 心のどこかで分かっていたんだ、いつかこんな結末を迎えるんじゃないかって。多くの生命を犠牲にして進み続けた俺が、決して幸せになる事なんて出来ない。そんな予言めいた予感は、今自身の手の中で証明されてしまった。

 徐々に冷たくなっていく彼女の体温、少しずつ失われていく生命の炎。この場にいる誰にも止める事は出来ない。

 

「――ごめんね」

 

 彼女はただ一言謝る。嘘をついて済まないと、それでも決断を迷わせるわけにはいかなかったと。これが私の運命だったのだと……

 

「3人共――先に行ってくれ。俺は目の前のコイツをぶっ倒してから追いつく」

 

 目の前で対峙する(てき)は嗤う、全てを見透かした目で俺を見下している。全てを理解して、尚も俺をどん底へと突き落とそうとする。

 俺は少し離れた場所へ翔子を寝かせ、二本の刀を抜き放つ。

 彼女の身体は重度の魔源(マナ)欠乏症だった。この世界は俺達の世界と比べ、空気中の魔源(マナ)が極度に少ない。そんな状態で俺達全員を官邸内へ転移させたのだ、当然その代償は彼女の体内に蓄積された魔源(マナ)で支払う事になる。

 

「兄さんは好みの顔だから許してあげる。代わりに私と一緒に沢山(あい)し合いましょ?」

「理由なんてどうでもいい、俺がお前を殺す事に変わりはないからな」

 

 対峙する女――神楽と名乗った女天狗。晴明の用意した手駒にしては、何故かあっさりと雪達を奥へと通した。何を考えているのか分からないが、俺にとっては好機だった。今俺がすべき事、それはこいつをぶち殺して体内からエーテル器官をぶち抜いてやる事だ。それで翔子の生命を助ける事が出来る。

 有構無構、あとは本能のままに相手と打ち合う。二刀を使い全力で!

 

「――シャッ!」

 

 ――神速の踏み込み、しかし相手は涼しい顔でこちらの攻撃を鉄扇で受ける。俺はそのまま流れるように体勢を変えて"技"へと移行する。

 

「燕返し!」

「甘いっ!」

 

 ――まただ! まるでこちらの太刀筋が見えているかのように、全ての斬撃を鉄扇で受け流していく。

 

「焦っているのね、まるで自分の手の内が見えているんじゃないかって」

「……」

「えぇ――全て見えているわ」

 

 女は笑いながら両手を広げる。背中から銀色の翼を広げて――高々に謳い上げる。

 

「私はただの妖怪じゃない! 一族から羽無しと疎まれた私に、晴明様は多くの力を授けて下さった!」

 

 隙きを突かんとばかりに彼女に何度も斬りかかるが、爪秋の刃は届かない。まるで子供の相手をする大人のように、あしらうようにいなしていく。

 

「この銀色の翼を! サトリから抽出した読心能力を! 鵺が操る雷を!」

 

 大きく高度を上げ、複数の雷の雨を降らせる。爪秋は大きく後退し、翔子をかばうように刀を振りかざす。当然、軽減は出来てもそれは爪秋にとってダメージとして蓄積されていく。

 

「面倒な女だな」

「あら、ありがとう」

「褒めてねぇ――よ!」

 

 翼を狙っての真空斬、しかしそれも読んでいたのばかりに簡単に回避される。どうやら読心能力というのは本当らしい。

 

「辛いでしょうねぇ、私のような妖怪を何匹も殺したのでしょう? 長を殺し、罪もない母娘を殺し、泣き喚く男を殺し――本当に素敵だわ」

「――だまれぇ!!」

 

 爪秋の瞳が真紅に変化する。血のような赤、それは彼が積み重ねてきた罪の証でもあり、彼が彼女のために戦ってきた証でもある。今もまた、彼女を救うためにその力は振るわれた。

 

「あの日から俺は迷わないと決めた。だからお前が何者だろうと関係ない、ここで死んでもらう」

「――嘘つき」

「っ!?」

 

 何故かその時、爪秋にはこの女と翔子がダブって見えた。

 

―――

 

――

 

 

「流石に――キリがないな」

 

 和樹はバンを盾にしながら霊銃で応戦していた。前線は燐と秋子が暴れて乱戦に持ち込んではいるものを、明らかに多勢に無勢の状態であった。何か決定打が無ければ確実にジリ貧となる。

 

「どっせぇい!!」

「あらよっと!」

 

 戦車の砲弾を正拳突きで打ち返す秋子、魔法でヘリを爆破する燐。人間と言うには余りにも非科学的な二人のポテンシャルは、相手の戦意を大きく削っていた。しかし、そんな二人にも疲労の色が見える。一番の大人である自分が、こうやって後方支援しか出来ていない現実に腹が立つ。

 

「くっそぉ! こうなったら爆弾でも持って特攻でもやらかすかぁ!?」

「馬鹿な事言ってないでしっかり援護してくださいよ!」

「そうだよ! それこそホントの役立たずだよ~?」

「こんな時に君達ってやつは!!」

 

 それでも、誰も諦めてはいなかった。自分達がここで戦えば戦う程、それだけ突入部隊の作戦成功率が上がるのだ。ここで踏ん張らずにいつ踏ん張るというのだ。

 霊銃のマガジンを交換して再び援護射撃を再開する。俺達が出来る限りの事をやり続けるんだ!

 

「――お邪魔しまーす!」

 

 その時、後方から青年の声が響いた。和樹が後ろを振り向くと、そこには大きくジャンプして宙を舞うスクーターが視界に入った。当然、あの乗り物に空を飛ぶ機能等備わっているわけもなく、そのまま地面へと自由落下していく。

 ――ガシャン! という盛大な破砕音と共に着地した彼は何事も無かったかのように壊れたスクーターから降りた。

 

「頼まれてた弾薬やら武器、配達に参りました」

「慶介くん!」

 

 彼は伊藤慶介、4年前の事件で共に戦った青年だった。彼には補給物資を手配していたのだが、まさかこんなグッドタイミングで現れてくれるとは!

 

「それにしても予定より多いんじゃないですか? 戦車やらヘリやらが出張ってますし」

「色々と想定外の事が起きてね、今は猫の手も借りたい状態なんだ」

「けいすけー!! 早く手伝ってぇ!!」

「ほら、相棒の燐ちゃんもあぁ言ってる」

「なら――もう一人くらい援軍を呼びましょう」

「もう一人……?」

 

 そう言って、慶介はポケットから一枚のカードを取り出して和樹に手渡した。

 

「――このカードは!」

「きっと、"彼女"なら店長に答えてくれますよ」

「……」

 

 ――そんな奇跡が起こり得るだろうか? 4年前はあくまでも、時空に歪みが起きた結果だ。本来ならば簡単に繋がることの無い世界。翔子が見てきた世界……

 

「店長!」

「――それでも、やって見なきゃわからないよな!」

 

和樹は右手でカードを大きく掲げ、大きく叫ぶ。こことは違う世界の彼女へと伝わるように、大きく……

 

「式神降神――揚命鬼!」

 

 彼の呼び声に応えるように一筋の光が走る。そこには、小さな少女が一人立っていた。それは和樹にとって、よく見知った背中であった。

 

「なにさ、急に呼び出したりして? ちょうど修行の最中だったんだけど?」

「あぁ……」

「まぁ、アンタなら許してあげるけどさ」

「本当に、揚命鬼なのか?」

「馬鹿なの? この世にアタシが二人もいるわけないでしょ!」

「ははっ、確かに――そうだな」

「まぁ、状況は大体見たら分かるよ。あのドデカイ軍団をぶちのめせばいいんでしょう?」

「あぁ、その通りだ!」

「おっけー! じゃあ久々のタッグ復活だね! それに丁度――」

 

 揚命鬼は楽しそうに笑い、敵を見据えて構える――不安は微塵も感じてはいない。ただ、信頼出来る仲間に背中を預け戦うのみ。

 

「――アンタの珈琲が飲みたかった」

 

―――

 

――

 

 

「ねぇ、どうして私に嘘をついたの?」

 

 女は翔子の声色で攻め続ける。俺はただ相手の攻撃を受ける事しか出来ない。明らかに乱れる心、ありえないシチュエーションが俺の刀を鈍らせる。

 

「約束したよね、これからは"一緒に"って。それなのに――今も死に急いで、私の事なんてお構いなし」

「ちがうっ!」

「違わないよ、爪秋はいつも自分の事ばかり考えてる。こっちの世界に来るために自分の世界を捨ててきた、私を理由にしてすごい事するよね?

 そのせいで蘯漾は自分の存在を消すことになったんだよ? 爪秋のせいでみんなが不幸なってるんだよ?」

「それは……」

「朱雀の人達を沢山殺した事も隠してたし、爪秋って私の事何も信じていないんだね。結局は自分の行動に言い訳が欲しいだけなんでしょ?

 誰かのせいにすれば罪の意識は薄れる、そうやって自分だけを守っているのよ」

 

 ――何も言い返せなかった。きっと心の奥底で眠っている本音を翔子の言葉で俺にぶつけて来ているのだ。これが罠だと分かっていても、その刃は確実に俺の心を貫いていく。

 でも、それでも――

 

「――それがぁどうした!」

「っ!?」

「確かに俺は自分勝手だ! 何度も悩んで、何度も間違えて、それでも自分が正しいと思い込んで進んできた! そうしなければみんな死んでいた!」

「だから――」

「それでも、俺は過去を振り返らない! 彼らの生命を踏み台にして俺はここまで来た、それを全て無駄にするわけにはいかないんだ!」

 

 何度罪を重ねても関係ない、この手が血で染まっていようとも彼女は俺の手を取ってくれた。そんな彼女を俺は愛している――この気持は誰にも否定はさせない!

 左手に握った茶狐丸が砕け、打ち合った天羽々斬と相手の鉄扇が互いの手から離れる。だが、俺の武器はまだ残っている……!

 

「だから今回も、彼女を救いたいという俺の自分勝手な思いでお前を殺すッ!」

 

"爪破乱舞"

 

深々と突き刺した右腕が相手の内蔵の感触を捉える。手のひらで感じる鼓動、それはまだこの女が生きている証だ。

 

「じゃぁな……」

 

 エーテル器官を握りしめ――そのまま勢いよく引き抜く。女は大量の血を吐き出すと、そのまま地面へと倒れた。

 

「しょうこ……」

 

 ボロボロの身体を引きずり、翔子の元へと向かう。既に視界はぼやけ、一部は真っ赤に染まっている。どうやら思った以上にダメージがひどかったようだ。それに力が制限された状態でフルスロットルなんかやらかしたんだ、相当身体に無理がかかったのだろう。

 

「これで――お前は、助かる……よな?」

 

 翔子の手を握り、引き抜いたエーテル器官から抽出したありったけの魔源(マナ)を注いでいく――ほんの少しだけ翔子の身体に熱が戻っていく。

 

「しょうこ、おまえは――おれが、まもるから……な」

 

 その手を握ったまま、爪秋の意識は深い泥の中へと沈んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十一話 少しだけ、眠らせてくれ

「術カード"フレイムグライド"、急々如律令!」

 

 2名の加勢により、囮部隊はその勢いを取り戻していた。敵の兵器の殆どは機能を停止し、攻めてくるのは歩兵ばかりとなった。相手が妖怪とはいえ、こちらに比べれば恐れるような戦力ではない。あとは少しずつその数を減らしていけばいいだけであった。

 

「とは言え――まるで虫みたいにわらわら湧いてくるなぁ」

 

 まさに物量戦、力は上回っていてもこちらはどんどん消耗していく。時間稼ぎという最大目的は達成出来るものを、あまり気持ち良いものではない――誰にも犠牲になってほしくないからだ。

 

「なーに弱気になってんの! アタシがいれば大丈夫に決まってるでしょ!」

「――そうだな。全員、2人一組でお互いをカバーしながら戦うんだ!」

 

 絶対に誰も死なせない、皆で生きて未来を勝ち取るんだ……!

 

「店長~! なんか敵同士で潰し合ってるよ!!」

「何を言って――」

 

 ――秋子の言うとおりだった。敵部隊左翼で戦闘が始まっており、黒服同士が戦い合っているのだ。

 

「仲間割れ……?」

「いや、あいつらに限ってそんな事は無いはずだ」

 

 晴明という絶対的な恐怖に囚われた八咫烏達が命令違反を犯すとは思えない。尚の事、今起きている現状が理解出来ないでいた。

 

「驚かれるのは無理もありません。私達は少々特殊でして」

「――いつの間に!?」

 

 全く気配を感じさせずに現れた黒いローブ姿の二人に背後を取られていた。声から察するに女性のようだが、この二人があの謎の部隊を率いているのだろうか?

 

「我々は"復讐"のために集った亡霊の部隊、君達に危害を加えるつもりは無い」

「目的はあくまでも晴明ですわ。そのために陽動をお手伝いしようと思いまして」

 

 不思議と、和樹はこの二人の言葉を信じていた。彼の特技は人を見て相手に合わせたベストな珈琲を作る事だ。言葉の節々、仕草や態度で相手の偽りを見抜く事だって出来る。だからこそ、この二人は信用出来ると判断した。

 

「そいつは助かる、えっと……」

「我々に名前は無い。死んだ筈の亡霊だからな」

 

 巨大な大蜘蛛がピンク髪の少女を肩に乗せながら暴れまわり、大男は刀を振り回して敵を切り裂く。他にも猫又や鎌鼬、多くの妖怪達が八咫烏相手に戦っていた。

 

「――ここでの指揮は任せるぞ。私は鍵を連れて中に入る」

「えぇ、全部ケリを付けてきて下さいませ」

「済まないが、諸事情で秋子を借りていくぞ」

「ちょっ、借りて行くって!」

「彼女が最後の鍵だ、これでこの馬鹿げた戦いにケリが着く」

 

 返答を待たず片割れのローブの女性は秋子を肩に担ぐと、そのまま凄まじいスピードで駆けていった。当の本人の罵倒が聞こえたような気がしたが、その声も戦場の爆音で掻き消された。

 

「さぁ――共に行きましょう店長さん、もう一踏ん張りですわ」

 

 一瞬ローブのフードから見えた横顔、それは和樹がよく知る人物のものであった。

 

―――

 

――

 

 

 一方、爪秋にその場を任せ先へと進む三人は研究棟の最奥に到達していた。

 

「――まるであの研究所の再現ね」

 

 かつて私が爆破した研究所、神の子を生み出そうとしていたおぞましい場所、私が産まれた場所――その記憶を思い出させるような場所だった。過去を振り切ったつもりでも、心のどこかで私の中には恐怖が残っているのだ。

 

「全て空になっているのを見るに、戦力として投入されたか」

「留美子もここで……」

「――雪」

「分かってる、分かってるから何も言わないで」

 

 私が出来るのは――全てを殺す事、アイツを殺して終わらせる事なのだから。

 空っぽになった円形の水槽をすり抜け、奥の大きな扉を目指す。その先でアイツが待っている予感があった。いや、隠しきれない悪意が漏れ出ていた。扉に近づくにつれ、背筋を走る悪寒に身体が震える。私は握り拳を作ってその悪意に正面から立ち向かう。

 

「――待ってくれ、先に横の小部屋を調べたい」

 

 扉に到達する少し手前で、玉耀さんが声を発した。心無しか、少し声が震えているように感じる。

 

「別にいいですけど、何かあるんですか?」

「僕の勘違いでなければ――"彼女"がいる」

「彼女って……」

「君達二人にとっても縁深い相手だ」

 

 それだけ言って無言で歩きだす。私達二人は、黙ってその後ろをついていくしかなかった。

 小さな白い扉が自動で横にスライドし、暗い通路への道が開く。そのまま少しだけ前に進み、また同じような扉が自動で開いた。

 

「っ……!?」

 

 扉が開いた瞬間、強烈な匂いが鼻をついた。中は6畳程の小さな小部屋、物等は何も無くただ真っ白い空間――だった場所。床や壁には固まった血やナニかの跡、生臭さが立ち込めており、とても生き物が存在している空間ではなかった。

 しかし――そこに存在していた。あまりにも無残な姿、人としての尊厳を奪われた存在が鎖で繋がれそれでも生きていた。

 

「――遅かったのぅ」

 

 発した声は、弱々しくあったがはっきりとはしていた。光を失った瞳で私達を視ていた。身に纏った衣服はボロボロに破れ、片腕と片足は失われていた。かつては自慢であっただろう金の長い髪と尾は見るも無残にぐしゃぐしゃになっている。

 

「済まない、僕がもっと早く来ていれば……」

「仕方ない、これは変えられぬ運命よ。大元を変えねば結果は変わらぬ」

「だが……」

「ここまで来た理由、違えてはならぬぞ」

「くっ……」

「そこの小娘、随分デカくなったのう」

 

 その言葉は私に向けられていた。それと同時にとある人物が脳裏に浮かんでいた。いや、初対面である筈の彼女に私は既知感(デジャヴ)を感じていた。

 

「なんじゃ、助けてやった恩を忘れたか?」

「もしかして、あの時の……」

「うむ、あの時は声じゃったから記憶と結び付かんかったか」

 

 しかし、声の主はあの研究所の爆発で……

 

「残念ながら死ねなくてのう、今の今まで研究材料にされていたというわけじゃ。全く、長生きはするものではないな」

「ごめんなさい、私があの時上手くやっていれば……」

「謝る必要なぞ無い、これはどうしようも無い事じゃ。お主が背負うものなぞ何も無い。妾がただあの女の願いを聞き届けただけじゃ」

「……」

「――でも、良かったじゃろ? あの研究所を出て、自由を知って……?」

「――良かった。だから私は私になれた。楽しいことも辛いことも、いっぱいいっぱい経験して――今の"私"になれた。

 だから――ありがとう。あの時私を救ってくれて、私を坂本雪にしてくれて」

「うむ、良い顔じゃ。そしてもう一人は――よく知った魂の形、これも縁じゃな」

「貴女は……」

「本当は、お主には静かに平和を享受させたかった。不甲斐ない親ですまんの……

 どの世界でもお主を一人にして寂しい思いをさせてしまう」

「母さん――なのか?」

「そうさ、こんなダメな狐でもお主の母親じゃよ。親らしい事は何一つ出来ずにいるがの……」

「――正直、今更親だと言われても実感なんて無い。僕は一人でここまで来てしまった。それでも、親という存在を求めた事は何度もある」

「すまんの……」

「だから、僕が出来る事は一つだけ――決着をつける事だけだ。間違って産まれてしまった僕の生、それを生み出した父親に決着を付ける事」

「――ただ、これだけは忘れないで欲しい。妾はそなたを望んで産んだという事だけは」

「……」

 

 彼女は一通り話終えると、最期にただ一言だけ呟いた。

 

「少しだけ、眠らせてくれ」

 

 それは彼女の願い、苦しみから解き放つための最期の――

 

「待っていてくれ玉藻、僕もすぐに行くから」

「馬鹿者、お主は妾を起こしに来るだけじゃぞ? 誰が一緒に眠れと言った……」

「冗談だ、ちゃんと朝食を作って待っている」

「ふふ、それはたのしみじゃな……」

 

 玉耀さんの手が胸に触れ、小さく光を放つ。彼女はそのままゆっくりと瞼を閉じ、身を任せた。部屋の匂いに何かが焼ける匂いが混じり、彼女を寝かせた玉耀さんはゆっくりと立ち上がった。

 

「行こう――決着をつけるために」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七十二話 私こそが神だ!

 目の前にそびえ立つ真っ赤な扉が、大きな音を立てて開いていく。まるで地獄からの唸り声のような音を響かせ、大きな深淵の口を開く。

 覚悟は出来ていた――この闇の先には諸悪の根源が待ち構えている、私や世界の運命を捻じ曲げて神になろうとする男が……

 ――照明が点灯して漆黒の闇に光が灯される。研究棟の最奥、どこかの競技場かと思える程の空間がそこには広がっていた。あちこちに黒い棺のような箱がそびえ立ち、静かな機械音を立てている。

 

「――ようこそ、神の頭脳へ。予定外の客も混ざっているが歓迎するよ」

「晴明!!」

 

 大広間の中央に晴明の立体映像が浮かび上がる。何度見ても腹が立つ笑みを浮かべ、奴は私達を歓迎していた。警備の少なさから、元々私達をこの場所へとおびき寄せる算段だったのだろう。

 

「凄いものだろう? この部屋一面にある機械は全て"バークライト石"と呼ばれるオーパーツだ。我々の技術では到底及ばない遥か彼方の技術で作られている。君達は何故、こんな物が存在していると思う?」

「そんなの興味無いわ! あんたのオナニーコレクションでしょ!」

「はぁ――これだから低能なガキは嫌いなのだ。我々人類――いや、全ての生命はこんな機械に支配されているのだよ」

「そんな事あるわけ――」

「君なら分かるだろ――優希? 一部分だけとはいえ、君はこのバークライトシステムと繋がっている」

 

 優希は俯き黙っている、まるで奴の言葉を肯定するかのように……

 

「本当に愚かなものだ――何よりも自由だと思っていた我々は機械(マシーン)の奴隷だったのだからな。しかし、人がこの機械を掌握すれば誰でも神になれるという真実でもある」

「つまり、この機械を使って念願の神になろうってわけね!」

「Exactly!」

 

 晴明の立体映像が消え、ぽっかり開いた中央の空洞が姿を現す。そこから何かが駆動音を響かせてせり上がってくる。

 

「もう貴様達など必要ない、私はついに神の肉体を手に入れた。故に、失敗作である君達をここで処分してあげよう」

 

 姿を表す鋼鉄の巨人――10m程だろうか? 漆黒の鎧を身に纏い、赤い瞳でこちらを見据えていた。

 

「私は既に人にあらず――機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)、そう名乗ろう」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は右手を私達に向けて嗤う。

 

「――まずいっ!?」

 

 咄嗟に飛び出した玉耀さんは私達二人の前に仁王立ち、両手を掲げて見えない壁を展開する。それと同時に機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の掌が赤く発光し、真っ赤な光がこちらへ真っ直ぐと飛来する。

 ――赤いビームと見えない壁が追突し、部屋全体を激しく明滅させる。

 

「はぁ、はぁ…… 八咫鏡の力を使ってギリギリか」

「ほう、今の攻撃を受け止めるか。面白い――神の雷を何度止められるか実験してみよう」

「二人共、あのデカブツを破壊するぞ。おそらく中に晴明がいる!」

「分かりました!」

「――あぁ!」

 

 私と優希は力を開放して互いの得物を握る。それぞれ左右に散開し、私は敵の左側から斬りかかる。優希は逆側から魔銃の引き金を引いて、玉耀さんは中央から炎の術を放つ。

 

「――どんなに知恵を使おうが神の前では無意味だ」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は少し状態を反らして弾丸を避け、私の刀を握るとそのまま地面へと投げつける。玉耀さんの放った術は何かに弾かれるように機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の前で消滅した。

 

「今のは――神域(かむかい)!?」

「――いったぁぃじゃないのぉ!!」

 

 そのまま地面を蹴り勢いよく間合いを詰める――しかし、見えない壁が邪魔をして機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に近づけなかった。

 

「バリアなんて使いやがって、ロボットなら己の装甲で勝負しなさいよ!」

「いや、絶対そういう問題じゃないぞ?」

「――神の雷がまた来るぞ!」

 

 今度は両手を左右に掲げ、再び掌に赤い光が収束する。晴明が先程言っていた神の雷を再び使うつもりなのだろう。私達は距離をとって攻撃を回避する事に集中する――刹那、同じように赤い光が真っ直ぐこちらへと飛来する。

 

「――このレーザーついてくる!?」

「くっ、二人共もう一度僕の後ろに――」

 

 もう一度神の雷を止めようと玉耀さんがバリアを展開するが、まるでそれを知っていたかのように赤いレーザーがカーブして玉耀さんへと向かっていく。

 再び激突する光と壁、しかし今度は2つ分の出力が勝って見えない壁が砕け散る。咄嗟に身体を反らせて避けようとするが、玉耀さんの一部は赤い光に飲み込まれていく。

 

「ふむ、やはり二本分の出力には耐えられませんでしたか」

「あがっ…… 傷が、ふさがらない……」

 

 ――玉耀さんの左肩から先は完全に消失していた。妖怪である彼にとって、腕が吹っ飛ぶくらいなんて事は無いはずなのだが――腕が再生するどころか、傷すら塞がらず大量に出血したままになっていた。

 

「貴女の妻を実験体に使って作った最高の霊銃ですからね、どんな妖怪も傷の再生を行う事が出来ません。ただし、難点があるとすれば――」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の両腕から薬莢のようなものが排出される。地面に転がった薬莢から"何か"が顔を覗かせていた。

 

「数発撃つだけで弾丸のエネルギーを使い果たしてしまう事ですね」

「ぁ……ぁぁ……」

 

 その顔は優希の見知った顔だったらしく、身体を震わせその場で硬直している。

 

「霊能者を素材にしなければいけないので効率が悪いのですよ。まぁ、留美シリーズの生産技術を応用すれば量産もいつかは可能ですが」

「よくも――よくも竜也を!」

「何を怒るのですか? 所詮は消耗品、いくらでも代えがきくものではないですか。世の中には人など腐るほどいるのですから、新たな恋人を作ればいいだけですよ。まぁ、貴方にそんな未来はありませんが」

 

 このままではまずい……! 玉耀さんは処置不可能な怪我、優希は頭に血が登った状態――このままでは確実に各個撃破されて終わりだ。

 私は一気に前へ出て、二人の両手を掴んで一気に後方へと下がる。その最中に左手に通常の霊剣を形成して機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に向けて投擲する。

 

「このままじゃ埒が明かないわ! あのバリアをどうにかしなきゃ攻撃も出来ない!」

「――一つだけ方法がある。さっきの攻撃の際にバリアを発生している装置の位置は把握した。一時的に敵のバリアを消してくれれば僕がその装置を破壊する」

「玉耀さん……!」

「――僕がやる。僕の魔銃ならなんとか出来る筈だ。問題は相手がバークライトシステムを使ってこちらの攻撃を予測してくる事だ」

 

 ――そうだ、奴の攻撃予測は未来予知と呼べる程の領域だ。それを超えるためにはあのシステムの予測範囲を超えるような行動をするしかない。しかし、そんな方法は……

 

「雪、今から君の魂にアクセスして前世の戦闘データを呼び起こす。これなら敵に予測される事はない筈だ」

「ちょっ、アクセスとか前世とか急に何言ってるわけ!?」

「説明している時間は――」

 

 ――再び襲ってくる神の雷、私は左後ろに避けて二人は左右前方へと移動して回避する。

 

「雪っ!!」

「ええい、どうにでもなれ!」

 

 優希がこちらに向けて魔銃の一丁を投げてよこす。その意図を理解し、手にした狐影丸を優希に向けて投げつける。

 

「よし――行くぞ!」

 

 右手で狐影丸を構え、左手で魔銃を握る優希。私も受け取った魔銃を構えて機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)に狙いをつける。今まで銃なんて一度も使った事がない――後にも先にも留理子と共に引き金を引いたあの時だけだ。

 ――でも、何故だろう? 銃ではないにしろ、何かこう――似たような……

 

「あっ……」

 

 思った以上に私の狙いは正確だった。頭部に装備されたバルカン砲から優希に放たれた弾丸を正確に全て撃ち落としていた。

 

「そんな小手先の技で――」

「その貴様の驕りが――」

 

 数発の弾丸を撃ち出すが、バリアを貫通してもその内部で回避されてしまう。しかしそれは優希にとっても同じであり、弾丸同士を追突させて一度バリアの外へと逃がす。そのルートに先回りして逃した弾丸を雪の霊剣で弾いてもう一度機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)への攻撃へと転じる。

 

「――自身の破滅を招く! それがお前の未来だ!」

「ありえん、私が――私こそが神だ! 敗北などありえる筈がない!」

 

 弾いた弾丸は機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の右腕関節部で爆発を起こし、撃ち出そうとしていた神の雷の照準が上に大きくズレる。優希は手にした霊剣を思いっきり振り下ろして、人が通るだけの小さな隙間を作る。

 

「今だっ!!」

 

 優希は手にした霊剣を私に向かって投げてよこす。私はそれをしっかりとキャッチして、腰に差した鞘に一度戻す。

 

「――またせたな」

「このっ――死に損ないめが!」

 

 バリアの中へと入り込んだ玉耀さんの腹部を、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の左腕の爪が貫く。しかし、その状況でも玉耀さんは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「確かに……捉えたぞ」

「貴様っ!」

「雪! 思いっきりぶちこめ!!」

 

 閃光と共にバリア内部で大きな爆発が起きる。きっと、全てを賭して玉耀さんが機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)のバリアを破壊してくれたのだ。黒煙の中で小さなスパークを起こしながらも、それでも尚機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)はこちらへと攻撃しようと左腕を掲げて神の雷を発射しようとしていた。

 

「……」

 

 静かに目を閉じて全神経を集中させる。いつか見た映像が、脳内を駆け巡っていく……

 

"この技は妖怪を殺す技です。ご主人様が使う日が訪れないのを祈っています"

 

 たった一つだけ、もしものために教えてもらった技――確実に相手を殺すための"奥義"。それは私の流儀とは反するものではあるが、それでも今は斬らねばならない相手が目の前にいる。

 

「菊梨、留美子――私やるわ」

 

 大西に伝わる奥義の一つ、"殺す"技に特化してきたシンプルかつ圧倒的な破壊の力……

 

「この――万年引きこもりの童貞野郎ぅ! ここでぇ――くたばれぇ!!」

 

 柄を握り返し、目を見開いた瞬間――神速のごとく抜刀する。それは爪秋の使った"真空波"と似てはいるが、威力もスピードも比較にならないものであった。

 

「大西流奥義――"絶刀"」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の左腕は神の雷を発射することなく、横一文字に切り裂かれ――その衝撃はそのまま本体をも両断する。ただの鉄屑となって床に崩れ落ちたソレは、最早神とも呼べない塵となっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 ふぉっくすらいふ!

 まさかここまでやるとは思っていなかった。神の力を行使する鋼鉄の身体を奴らが倒すとは予測出来なかったからだ。しかし、今回の戦いでデータの更新は出来た、次こそは確実に息の根を止める事が出来る。そうだ――私の生存する未来さえ確定させればいくらでもやり直せる。

 器は破壊されてしまったが、私は既に魂のみの存在となっている。入れ物なぞいくらでも作り直せばよいのだ。まずは彩音に指示を――

 

「何故だ、何故返事をしない彩音!」

「――お前の声はどこにも届かない」

「誰だ!?」

 

 私の声に反応したのは彩音ではない別の女性だった。いつの間にか姿を表したローブの女性は深く被ったフードを脱いだ。

 

「貴様は――羽間鏡花! 馬鹿な、貴様は――」

「"死んだ"と言いたいのだろう? その答えは間違っていない、確かに私はあの日死んださ――あぁ、本当にアレは痛かったぞ?

 だがお前は、私の能力を忘れているようだな」

「ネクロマンサー…… しかし、死した自身を蘇生するなど……」

「本来ならありえない。しかし、私は死しても尚失わない感情を持っていた――復讐心だよ」

「お前の親を殺したのは坂本雪だぞ!?」

「あぁ知っている、今の私でも彼女を許す事は出来ないだろう。しかし、真実を隠し続けてきたのは誰だ? その命を下したのは誰だ? お前はいつも高い所から見下ろして自身の手は下さない卑怯者だ。

 4年前に真実を知った私は、貴様を討つためにウタイと裏で協力してきた。廃棄された武器を横流しし、情報の一部も流出させた。全てはこの日――お前に復讐するためだ」

 

 鏡花はニヤリと嗤うと、晴明が入った何かを持ち上げる。

 

「この鳥かごは、お前もよく知っているだろ? 猿女留美の魂を閉じ込めるためにお前が作ったものだ――まぁ、今はお前専用の牢獄だがな」

「待て! 取引しよう! 神である私がお前の望みを何でも叶えてやろう!! 親だって蘇らせてやる、八咫烏での不動の地位だって約束しよう!」

「……」

「羽間鏡花! 悪くない取引のはずだ!」

「――もう黙れ」

「ヒッ!?」

「私が望むのは、未来永劫お前が苦しみ続ける事だ。今から私のネクロマンサーの力を使って、お前の中で蘇生と死を永遠に繰り返す。

 どんなにお前が望もうが、この牢獄から永遠に出ることは敵わない」

「やめろ、私は神だぞ――神にこんな事が許されると思っているのか!?」

「神様なんて、何もしてはくれない。ただ絶対的にあるだけの存在だ。だからお前は神じゃない――自分の我儘を言うだけの糞ガキさ」

「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」

 

 鳥かごの中で淡く光る球体が漆黒に塗り潰されていく。今この瞬間、晴明という存在はただの石となったのだ。もう二度と、個を取り戻す事はないだろう……

 

「やったよ――みんな」

 

 彼女の瞼から歓喜の雫が流れ落ち、静かな部屋に水音を響かせた。

 

―――

 

――

 

 

帝京歴786年3月17日

 

「――終わった?」

 

 私は玉耀さんの安否を確かめるべく崩れ落ちた機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)へと駆け寄る。大きな爪に身体を貫かれ、身体のあちこちは自らの魔法による火傷を負っていた。意識は失ってはいるが流石妖怪、この状態でも間違いなく生きていた。

 

「――出てこい、ずっと見ていたんだろう?」

「優希……?」

「出てこい、彩音!」

 

 優希が叫ぶと、私達の目の前に立体映像が映し出される。十二単衣を纏った黒髪の女性は、憎しみの瞳を私達に向けていた。

 

「貴女達が彼を倒すのは予測していませんでした。今までいくつもの分岐を潰し、この世界で完全に未来を固定出来た筈だったのですが……」

「アンタが最期のボスってわけ!?」

「その問に関しては否定します。私自身の戦闘力はかつての決戦で失われました。故に晴明という代理人が必要だったのです」

「だが、その晴明はもういないぞ」

「えぇ、ですので私はもう一度最初からやり直します。新たな分岐を構築して今度こそ貴女達が敗北する未来を作りましょう。あの方が望む世界のために――」

「もういいんだ!!」

 

 最後の地に一人の乱入者が現れる。その場にいる全員が声の主へと視線を移す――そこには、ここにいる筈のない羽川秋子の姿があった。

 

「理解不能、何故消えた筈の貴女がいるのですか始祖神――いえ、綾香」

「確かに、こことは違う4年前にバークライトシステムをお前に奪われて私は完全に消滅した。だがその時点で私は未来への種を蒔いておいたのさ」

 

 姿は確かに秋子なのだが、声音も口調も彼女とは別人だった。まるで違う誰かが憑依して喋っているかのように……

 

「"彼"に私の核を渡し、ウタイへ未来の情報を伝えるように頼んだ。そして生まれる前の榛名優希に細工をし、核を私と一番近い存在である羽川秋子の中へと隠した。

 結果、お前は私を認識出来ず、今日という最終決戦の場を用意する事が出来たんだ」

「――やってくれましたね、またもや姉を出し抜くとは」

「私達は何度お前に敗れようとも、必ず最後には勝利の道筋を作り出す。心が折れない限り――何度でも立ち上がる事が出来るんだ」

「私には理解不能です。管理者として感情は不要だという結果が私の中では導かれています。だから貴女は失格なのですよ綾香」

「いいや、お前はもう理解しているはずだ。敗北したお前が這ってでも生き残って、今この場所にいるのは何故だ? 何故潔く結果を認めずに再びバークライトシステムの管理権限を取り戻そうとしたんだ?」

「……」

「それはお前が――母を愛しているからだ。アオイ・バークライトの夢見た世界を自分の手で作りたいと思ったからだ。それは合理的ではないお前の感情だろ?」

「違う、私は――私は完全なAI、バークライトシステムを完璧に運用するために作られた――」

「――アオイ・バークライトの娘で――私の大事な姉だ」

「わたし、は……」

「もういい、もういいんだ…… 私達はこれ以上この世界に干渉する必要なんてないんだよ。 もうこの世界は、自分達の足で歩こうとしている。それはきっと、母様の望んだ世界だから……」

 

 彩音の姿にノイズが走る。まるで彼女の心が大きく揺れるかのように、その立体映像は大きく歪んでいく。

 

「ここが、母様の、理想……?」

「そう、この世界こそ母様の願いの結果だ。だからもう私達は頑張らなくてもいいんだよ」

「綾香……」

「これからは、共に世界の行末を見守っていこう」

 

 秋子の胸から光の玉が抜け出し、ノイズの走った彩音と一体化する。立体映像の姿が変化し、十二単衣を身にまとった美しき銀狐の姿となった。

 

「さぁ、我が子達よ――偽りの神は死に、古の神は私と一つとなった。ついにこの世界は呪縛から解き放たれたのだ。後はお前の中に穿たれた楔を開放すれば全て元に戻るであろう」

「始祖神、これで僕達は本来迎えるべき穏やかな未来へと辿りるけるんだな?」

「その通りだ。悪夢は全て終わったのだ……」

「優希、私達……」

「あぁ、ついに終わったんだ……!」

 

 優希には分かっていた、楔を開放する――それは、自身の中に刻まれたスイッチをもう一度だけ起動するという事だ。そうすれば今までと同じように、特定の時間へと巻き戻りが起こる筈だ。つまり晴明が世界を歪める前の、本来迎えるべき穏やかな未来へ……

 自身の楔を解き放つべく、右手に握った魔銃の銃口をこめかみへと当てる。

 

「ねぇ、優希」

「なんだ?」

「最後に一つだけ、言っておきたい事があったんだ――私達ってさ、色々あったせいで途中から遊んだり出来なかったわけじゃない? 再会したと思ったら戦い続きだったでしょ?」

「確かに――そうだな」

「だからさ――"今度"は親友としていっぱい仲良くしたいなぁって」

「ははっ、僕からも是非お願いしたい。"また"、僕と親友になってくれるか?」

「当然よ!」

 

 優希は小さな笑みを零して、ゆっくりと瞼を閉じる。そのまま、ゆっくりと引き金に力を入れていく。

 

「じゃあ――また会おう」

「うん――またね!」

 

 一発の銃声を皮切りに、世界は大きく歪んで消えていった……

 

―――

 

――

 

 

帝京歴766年

大西雪、橘優希、猿女留美子誕生。

雪出産後に恵が亡くなる。

 

帝京歴767年

翔子がロキアへ飛ばされる。

 

帝京歴768年

ロキアから帰還した翔子が長女秋子を出産。

 

帝京歴771年

雪と優希、大結界内にて出会う。

 

帝京歴772年

大西家惨殺事件が発生、唯一生き残った大西雪が坂本妙の養子となる。

 

帝京歴782年

アーケードゲーム、"式神伝"のAR版のロケテストが始まる。

 

帝京歴784年

雪、留美子が帝都大学に入学する。

 

帝京歴785年

菊梨が雪の前に現れる。

 

そして、帝京歴786年夏――

 

 京都の大結界、ここには二匹の狐が暮らしている。ただ、互いを愛し合う二匹が……

 

「ほら、朝だぞ?」

「あと5分……」

「だめだ、それでは折角の朝ご飯が冷めてしまう。作れと言ったのはお前だろう?」

「そ、そうじゃった! すっかり忘れておった!」

「まったく、相変わらずだな」

「そこが妾と良いところじゃ! そこが好きなんじゃろ?」

「いいや、そこも好きなんだ」

 

 橘家の朝はいつも変わらない。時間の流れすら止まったこの社で、二人は永遠を共にする――これからもずっと。

 

―――

 

――

 

 

「る~み~ちゃ~ん!」

「あまてるちゃん、騒がなくても聞こえてる」

 

 京都城の天守閣、この地球(ほし)全てを統べる女性が、まるで子供のように自身のパートナーに甘えていた。そこには現天皇安倍天照の面影は微塵も感じられない。

 

「お仕事疲れちゃったんだもーん! 膝枕を所望する!」

「――10分間だけの休憩を許可します」

「ケチんぼー!」

 

 勢いよく膝へと後頭部を預け満足気に笑う天照、留美が優しく頭を撫でると気持ちよさそうに眼を細めた。

 

「そういえば、帝都の学校に行った娘は元気にしてるの?」

「毎日定時連絡が入ってる、貴女の姪っ子の護衛を頑張ってるみたい」

「私と同じで寄せ付けやすい体質だから苦労してるだろうねぇ~」

「でも、"私だけのあまてるちゃんを見つけた"って本人はやる気みたい」

「ほほぅ~? これは色々と楽しみですなー!」

「はい、休憩終了。お仕事再開」

「――このおにぃ!!」

 

―――

 

――

 

 

『おかえりなさいませご主人様!』

 

メイド喫茶ガーベラは今日も大繁盛、店員達が慌ただしく動き回る中、店長であるエレーナは満足そうにその様子を眺めていた。

 

「おかーさん!」

「こらマリー、お仕事中は店に入ってはいけないと言っただろう?」

「だってぇ~ 一人でさびしかったんだもん!」

「すまないな、お母さんもお仕事だから仕方ないんだ。夕方には一緒にお出かけしてお買い物しよう」

「うん!!」

 

 ずっと戦場に身をおいていたものが平和に慣れるとは思えないが、それでも今はこの平和な世の中を謳歌したい――愛する娘と共に。

 

「すまんな、お前達の所に行くのは当分先になりそうだ……」

 

 かつての部下達に思いを馳せながら、エレーナは紅茶を一口あおった。

 

―――

 

――

 

 

「あ~ぁ、今日も隣は繁盛してて羨ましいなぁ~!」

 

 そんな愚痴を零しながら、黒猫の店長田辺和樹は皿洗いにせいを出していた。

 

「アンタが辛気臭い顔してるから客が逃げるんでしょ? もう私達二人で呼び込みしてくるから覚悟しときなさい! 行くよ林杏!」

「んー!」

「――子供は元気でいいねぇ」

 

 例の事件でお別れしたはずが、大事なパートナーを連れて再びこの店を訪れた楊命鬼――素直でいい子なのだが、俺の店への負担が増えている事に彼女は気づいていない。正直ウタイからの資金援助が無ければ確実のこの店は潰れているだろう。まぁ、そのために妖怪退治を手伝わされているわけだが……

 そして、今日のお客さんはというと――

 

「鏡花ちゃん、落ち着いて下さい!」

「今日という今日は許さん! あいつはどうしていつも遅刻してくるんだ!」

「仕方ないですよ、あの子は一つの事に夢中になると周りが見えなくなるタイプですし」

「やはり私が直々に矯正する必要があるようだな!」

 

そんなやり取りを見ていると、この世界がどれだけ平和なのかという事を実感させてくれる。俺達のような裏方が頑張れが頑張るほど、彼女達の平和は維持されるのだ。

 

「な~に辛気臭い顔してるの?」

 

 入店を知らせる鐘の音が店内に響き、団体様が店の入口に立っていた。先頭の女性の声だけで、誰が来たのか一目瞭然なのだが……

 

「いらっしゃいませ、羽川御一行様」

「ふざけて誤魔化すのはやめてよね~!」

「君相手なら別にいいだろう?」

「――随分俺の妻と仲が良いようだな?」

 

 翔子の旦那――爪秋は青筋を立ててこちらを睨んでいた。彼が嫉妬深いのは理解しているつもりだが――ここまで敵意を剥き出しにされるとたまったもんじゃない。

 

「お父さんもお母さんもいい加減にしてよね? 私は店長の珈琲が飲みたくて来たんだから!」

「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったのよ?」

「――ふふっ、いらっしゃいませお客様。カフェ黒猫へようこそ」

 

―――

 

――

 

 

「――うん、僕は僕のままだ」

 

 一匹の妖怪が帝都の街並みを一人彷徨う、胸の奥に残った思いと共に。

 

「僕は全部覚えてるよ。あの日の思い出も、君との約束も……」

 

 耳を揺らし、彼女は求める――かつて共にあった相手を、忘れ去られても決して消えない絆を……

 

「だから――待っててね慶介、僕達の約束のために」

 

 彼女は目指す――二人だけの約束の地を。

 

―――

 

――

 

 

「むぅ、どうしよう……」

 

 何度か経験しているとはいえ、彼女にとってコミマは戦場であった。しかも今年は一人で出来ると言って、父親の同行を拒否してしまったのだ。結果、人混みに揉まれて完全に迷子になってしまっていた。

 

「――君、大丈夫?」

「は、はぃぃいい!?」

 

 突然声をかけられ、彼女は素っ頓狂な声を上げてしまう。その反応が面白いのか、声を掛けた男装の麗人は自然と笑みが溢れていた。

 

「もしかして迷子?」

「――恥ずかしながら」

「ふふっ、それなら僕が道案内しよう。それとも、見知らぬ相手にはお願いしたくないかな?」

「そんな事ありません!! むしろ美人さんはウェルカムです!」

「――そうか。僕は草壁竜姫、君の名前は?」

「私は橘――橘優希です!」

 

―――

 

――

 

 

「やっべぇ! 絶対先輩起こってるよ!!」

「予定時間より30分の超過、羽間先輩の怒りゲージは120%と予測」

「そんな予測はいいからとにかく駆け足!!」

「ご主人さまぁ~! 待ってくださいましぃ~!」

 

 ガイア2大都市の一つ、帝都。多くの若者は、この地を目指す。時代の最先端、あらゆる技術、娯楽が集う場所。田舎娘の私には、その全てが眩しくて……

 でも、夢を叶えるためにはこの大都会に進出するのが近道であるわけで。実際、慣れぬ地でテンションが上がっているのも確かで。ただただ、この平穏が続いてくれたら嬉しいなぁと思うわけです。

 しかし、現実は甘くないわけで――私が望もうと望むまいと、トラブルはやってくるのだ。

 突然嫁にやってきた大妖怪や、京都から派遣された凄腕霊能者、私の周りには次々とトラブルの元が集ってくる。それもこれも――きっと生まれながらの運命なのだろう。

 

「よ~し、夕日に向かって全速前進ダー

!」

「あまてるちゃんについてく」

「ご主人様、今はまだお昼ですよー!」

 

 私は坂本 雪。平和を愛する花の大学生だ。成績ノーマル、運動神経程々、まさにモブキャラの鏡!

 そんな私でも夢がある。漫画家になるという、わりとよくある夢だ。そんな野望を抱きつつも、今日も私は今を全力で楽しむのだ……!

 私達の旅路は、これからも続いていく――

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

―完―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある二人は、そんな世界を眺めていた。一人は少年、もう一人は十二単衣に身を包んだ女性。

 

「今回の矯正はかなり大規模だったね」

「はい、結果的にロスト・チルドレンが二人も産まれてしまいましたから」

 

 そう言って女性は一つの黒い玉を取り出す。それを見た少年は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「それ、"晴明"だったモノかい?」

「はい、生と死を無限に繰り返した結果――ロスト・チルドレンとなった今でも、ただの成れの果てですよ」

「人ですらない、恐怖でいっぱいのダークマターといったところだね。それと、もう一人は――」

「――彼女は大丈夫ですよ。自分が何をすべきか理解しています。この世界に悪影響を与える事はありません」

「随分と甘い事で……」

 

 一呼吸置き、女性は少年に向き直して問う。

 

「この世界は、アナタの理想を叶えられましたか?」

 

 その問いに少年は答える。

 

「僕の理想なんて小さいよ――世界は計算式すら簡単に超えていく。だから僕が、あれこれ言うのは間違ってる」

 

 そう笑う少年の姿は、少年ではない別な姿へと変化していく。それは"彼女"本来の姿、かつてアオイ・バークライトと呼ばれた存在。

 

「それに、世界が生まれ変わっても私の罪が消えるわけではない。私はこれからもこの罪と向き合っていかなければならない」

「もう、十分ではないですか? 貴女は十分苦しみました……」

 

 そう問われ笑うアオイ、どこか寂しげで――それでも意思は折れていない瞳で、女性を見つめ返す。

 

「それに、これはこれで私も楽しんでるのよ? 私の娘達が世界を守っていく姿も見られるしね!」

「母様……」

「――もう、私がいるべき世界では無いのよ。今を生きるあなた達が、この世界を作っていくの。

 私は"麗明"として、おもしろおかしく次元の狭間を彷徨いながら生きていくわ」

「そう、ですか……」

「暗い顔しないの! さっき楽しんでるって言ったでしょ? たまには手紙くらい送るわよ」

「――さよならは言いませんよ?」

「もちろん! だから、また会いましょ……!」

 

 再びアオイは自らを少年の姿に変化させて歩き出す。光指す先を、目指しながら――

 

「彩音、綾香――ここが、貴女達の世界よ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

oldlily編
前編


帝京歴787年

 

 夜が明ければ朝はやってくる、そんな当たり前の事が永遠に続くと思っていた。

 

「おはようおばちゃん、今日も洗濯日和な良い天気だよ」

 

 陽光の眩しさに目を細めるが、脳からの指令に、身体はゆっくりと命令を遂行する。

 返事を返そうとしても声は絞り出せず、ただ布団に寝そべったままだ。

 

「そうだ――今日はね、おばちゃんにとって大事な人がここに来る予定なんだよ?」

 

 ――大事な人? はて、一体誰の事だったろうか。脳内でぼやけた顔が浮かんでは消えていく、既に記憶力すらも衰えてしまっているようだ。

 

"大丈夫、私達はずっとこのままだ"

 

 遠い昔、どこかで誰かが言った言の葉――私にとって掛け替えのない存在の一人。彼女が笑いかけている気がして、手を伸ばそうと力を入れても動かない。

 ゆったりと襲いかかる微睡み、もう何度目か分からない深い眠りに再び身を預けた。

 

―――

 

――

 

 

帝京歴745年

 

 静まり返った夜の帝都を疾走る2つの影、一方は追われる獲物、もう一方は追い詰める狩人。

 

"そのまま左方向に追い詰めれば袋小路だ!"

「了解――っ!」

 

 狩人は少女――肩まで切りそろえた短めの茶髪をなびかせ、獣の耳のようなくせ毛を揺らす。耳元の機器――霊話機から聞こえる少年の指示に従い、獲物である餓鬼を追い詰めていく。

 セーラー服を纏った身体をバネにして思いっきり地面を蹴り、大きく跳躍する。そのまま壁をもう一度蹴って獲物への距離を一気に縮める。その動きは少女――いや、人間としては大きく規格外の動きであった。

 少女が自身の霊力を指に込めると、まるで猛獣のような爪が形成される。

 

「――爪牙!」

 

 叫びと共に爪が振り下ろされ、背中から撫で斬りの形となった。

 

「ぎにゃぁぁぁああ!!」

 

 餓鬼は断末魔の叫びを上げながら光の粒子となって消滅する。悪霊や妖怪は、術者の霊力によってのみ完全に消滅させる事が出来るからだ。

 

"お疲れ様、今日も鮮やかだったね!"

 

 霊話の相手――渋谷(しぶや)正樹(まさき)は喜びの声を上げる。それに対して、少女は対象的な冷ややかな面持ちだった。

 

「――腹減った」

 

 そう一言漏らし、星々の輝く空を見上げる。

 

坂本(さかもと)妙(たえ)、17歳――まだ世の中を知らない無垢な少女の時代である。

 

 

 

 

 この秋奈町には人々に愛される老舗がある。知る人ぞ知る、カフェ"黒猫"である。

 本来は日中にしか開いていないであろうこの店に明かりが灯っている。それは、特別な客を迎えるためか、それとも……

「まったく――毎度毎度、勘弁してほしいぜ」

「悪いね操……」

「まぁ、親友の頼みは断れねぇよ」

 

 田辺(たなべ)操(みさお)、彼は店長の息子であり、同じクラスメイトだ。あたしにとってはどうでもいい相手だが、毎度飯をくれるから敵対する事はない。

 

「しっかしまぁ、よくそんなに食えるな……」

「僕もそう思うよ……」

「――やらんぞ?」

『いらないから!』

 

 遠慮なく手にしたハンバーガーを限界まで口を開けて頬張ると、口いっぱいに広がる肉汁が戦いの疲れを癒やしてくれる。この瞬間のために協力していると言っても過言ではない。

 あたしと正樹は協力関係にある。正樹は霊的な才能は無いが、アイディア力を売り込んで"ウタイ"へ入る事を夢見ている。そんな中あたしと出会い、実績作りのためにこうやってあたしが戦っているのだ。今回使用していた霊話機も彼の発明で、少量の霊力を耳に掛けた機器で送受信して会話するというものだ。

 

「でも親友からの忠告だ、いい加減"ウタイごっこ"なんて危険な遊びはやめろよ」

「遊びなんかじゃない!」

「なら――なんだよ? お前が本気でウタイに入りたいってのは知ってる。周りはお前をオカルトオタクって言ってるが、その情熱が本物なのを俺だけは知ってる」

「だったら……!」

「だからこそだ。このまま続けてたらお前――死ぬぞ?」

「……」

「それにこの女も信用ならねぇ。初めてだぜ、相手が何考えてるか読めねぇヤツは」

「妙を悪く言うなら、たとえ操でも許さない」

 

 幼い顔立ちの正樹だが、似合わない怒り顔を顕にする。それが彼の精一杯への親友への反抗であった。

 

「――そんな睨むなよ。俺が悪かったって」

「冗談でもそういうのはやめてよね」

「ってか、そろそろ帰って寝なくてもいいのか? 明日から修学旅行だぞ?」

「え……?」

「――だからな、明日から修学旅行で京都だぞ?」

「わ、わすれてたー! ごちそうさまぁ!」

 

 正樹は一気に珈琲を飲み干すと、慌てて店から飛び出していった。間違いなく明日は寝坊するだろうし、朝起こしに行ってやろう。

 

「ごちそうさま」

「――あの量を感触か。どんな胃袋してんだお前」

「食える時に食う、それがあたしのポリシーだ」

「そうかい……」

「そうだ――」

 

 最後に伝え忘れた事を思い出し、店を出る直前に操に振り返る。彼は、不思議そうにこちらを見つめていた。

 

「今度はピザが食いたい」

「さっさと帰れ!!」

 

 

 

 

 

「やばい! やばすぎるよ!!」

 

 石塀小路(いしべこうじ)を歩きながら、正樹のテンションは最高潮を迎えていた。辺りをずっときょろきょろしながら、やれあの建物はなんだ、あの施設は何に使われてるだの、彼の蓄えられた知識を発揮しまくっていた。

 

「俺、もう帰っていいか?」

「今だけはあたしも同意見だ……」

 

 あたしと操は同じように頭を抱え、念仏のような正樹の説明を聞き流している。しかしそれにも限度はあるわけで、いい加減うんざりしているのが本音だ。

 

「ふたりとも! 折角の京都なのにたくさん回らないでどうするんだよ!」

「いや、京都なんて電車でいつでも来れるだろ?」

「片道2時間もかかるじゃないか! 気軽に来れないからこそ、今日という日を大事に――」

 

 あたしは正樹の口を抑え、細い路地に隠れるように押さえつける。正樹は抗議するかのように口をモガモガと動かしているが、今はそんな彼を無視する。

 

 道の抜けた先の大通りに、数人の男女が歩いている。全員腰に刀を差しているのを見るに、間違いなく正樹の大好きな"ウタイ"だろう。そんなものを目撃したら、それこそ正樹は手がつけられなくなる。

 

「――臭うな」

「はっ……?」

「獣の臭い――それも格別のな。 一帯に神域を展開しろ、我が狩る!」

 

 ――刃物のような殺気がこちらに真っ直ぐ飛んでくる。一瞬で理解し、あたしは操に正樹を押し付けて臨戦態勢に入る。あいつは間違いなく――あたしを狩る気だ。

 

「――ふん!」

 

 隊長格の女が刀を抜いた瞬間、一瞬視界が歪んだ。あたしは自身の指先に集中して"光の爪"を形成する。音と共に飛来する何か、ソレを受け止めただけで両手は痺れたように震えた。

 

「ほう、霊剣か。それも随分歪なモノを使う」

「出合い頭で切りつけてくるなんて危ないだろ――おばさん」

 

 いつの間にか周りに町並みは消え、まるで空間を切り取ったかのような平地が広がっていた。おそらくこの周辺事態が罠、妖怪を狩るために作られた場所なのだろう。おびき寄せ、事前に用意した結界に閉じ込めて狩る、実に効率的だ。

 

「そんな臭いで歩き回るからだ。妖怪と思われても仕方あるまい」

「――自己紹介か?」

 

 地を蹴って前へと駆け出す。きっとこのおばさんは二人を狙わない、そんな予感があった。だから今は全力で目の前の敵にぶつかる。

 右手の爪を振り下ろすと、女の姿はまるで煙のようにかき消える。それと同時に前後4方向から殺気を感じる……

 そのまま姿勢を下げて横薙ぎを回避、回し蹴りを放って態勢を崩させ、袈裟斬りを身体を反らせて回避、三撃目を左手の爪で弾いて最後の攻撃を右手の爪で受け止める。

 

「今、この程度なら対処できると思ったな?」

 

 耳元の声で背筋に悪寒が走る。確かに感じた攻撃全てはいなした筈だ。なのに相手はあたしの予想とは――

 

「判断が遅い!」

 

 声は後方耳元から聞こえていた。しかし、相手の拳は正面からあたしの左頬を捉えていた。そのまま人形のように勢いよく後方へと吹き飛ばされる。土煙を上げながら地面を転がり、背中が神域の端にぶつかった事でやっと停止する。

 

「妙!!」

 

 正樹の悲痛な叫び声が聞こえる。わかってる、あたしは負けないよ。お前の夢を叶えるまで、あたしは膝を折るわけにはいかない……

 

「まだ立つか小狼、我相手にここまで戦えるならばA級指定ものだな」

「あたしは――妖怪じゃない」

「変わらぬさ、お前も、我もな……」

 

 女は手にした刀を投げ捨て、こちらを見据えて嗤う。

 

「冥土の土産だ、閻魔に自慢するがいい――"紅桜"!」

 

 女が叫ぶと、その手に光の刀が形成され、すぐに実態の刀へと変化する。先程の刀が玩具と呼べるほど、手にした武器からは強大な霊力が放出されていた。

 

「大西流奥義――"絶刀"」

 

 たったの――たった一振りだ、それだけであたし達の戦いに決着がついた。

 

「ぁ……」

 

 痛みなんて感じないほどの鋭さで、あたしの胴と脚は分断されていたのだから……

 

 

 

 

 

「あたしはずっと一人だった」

 

 別にずっと一人でも良かった。一人が好きだったし、一人でいても困ることなんて一つもなかった。

 

「でも、出会ってしまった」

 

 物好きな彼は私を見つけてしまった。妖怪と戯れるあたしを見ても驚かなかった。見えなくても、そこにいるナニかを認識する事が出来たからだ。

 

「また来たのか」

「あぁ、何度だって来るさ」

 

 今日も袋いっぱいの貢物(くいもの)を用意して、あたしの前に現れる。そんな彼には夢があるらしい。

 

「僕がウタイに入るためには、君の力が必要なんだ!」

 

 認識は出来ても"視る"事は出来ない。技術があっても霊力(ちから)が足りない。そんな彼が求めたのは、自身の目となり力となる相棒だった。

 

「だから、僕と一緒に戦って欲しい!」

 

 そんな真っ直ぐな彼の意思に折れたあたしは、二人で歩む道を選択した。一人ではなく、二人で歩む人生を……

 

"でも、ごめん……"

 

「あたし――負けちゃった」

 

―――

 

――

 

 

「――はっ!?」

 

 急速に覚醒する意識、何か懐かしい夢を見ていたような気もするが、今重要なのはそこではない。

 確かあたしは、あの女の斬撃で真っ二つに斬られた筈だ。しかし、今も確かに生きているし、斬られた筈の胴体は繋がったままだ。それに、どこか見知らぬ屋敷の中に運ばれたようだが――二人は無事だろうか?

 

「おや、お目覚めかい?」

 

 声がした方に振り向くと、先程の女が同じようにニヤリと笑っていた。本能的に飛びかかろうと身体を動かすが、全身を叩きつけられたような痛みが走って布団の中から一歩も動く事が出来なかった。

 

「手加減したとはいえ我の技を食らったのだ、もう少し借りてきた猫のようにしているがいい」

「くっ……」

「少年には色々話を聞かせてもらった。すぐにここに来るであろう」

「ま……て……」

「――お前のような相手は久方ぶりだ、"次"を楽しみにしておく」

 

 そう言い残し、女は襖を開けて部屋を出ていってしまった。入れ替わるように、正樹と操が部屋へと入ってくる。

 

「良かった、目が覚めたんだね」

「ま……さき……」

「大丈夫、僕が全部説明するよ」

 

 そう言って、正樹は私の疑問全てを話してくれた。

 この屋敷はさっきの女――大西恵の暮らしている大西の家だという事、彼女がウタイの代表であり、国家認定退魔師という化け物だという事、そして――

 

「僕の技術がこんなに早く認めてもらえるなんて思わなかったよ!」

 

 正樹が普段作っている装置達が、あの女の興味を惹いたという事だった。喜ぶ正樹の姿を見て嬉しい反面――

 

"ふと、私はもう必要ないのではと思ってしまっていた……"

 

 

 

 

 

帝京歴746年 春

 

 卒業式を終え、あたしは一人校舎の屋上で佇んでいた。まるで木々のように、天を目指して伸びていくビル達。徐々に開発が進む町並みを眺めながらも、心ここにあらずとぼーっとしているだけ――まるであたしは抜け殻だった。

 青森に帰っても、私を馬鹿にした塵のような親族しかいない。父も母もこの世にいない。あの寂れた神社を立て直すくらいだろうか。いや、それも案外楽しいかもしれない。妖怪達と戯れながら、昔のように……

 

「ここにいたんだね」

「――正樹」

 

 少年は、真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。それは、初めて出会った時と同じ眼だ。何者にも捻じ曲げられない、強い意思を秘めた瞳。あの時のあたしは、間違いないこの瞳に敗北した。

 しかし、今彼に必要なものはあたしではない。彼は夢を叶え、今後勢力を拡大されるウタイ帝都支部へと配属されるのだから。だからあたしは必要ない。もう、彼にとってはいらないものだ。

 

「――妙は変わったね」

「あたしは何も変わらない」

「初めて会った時とは別人みたいだよ」

「それはあくまでも、正樹の主観だ。あたし自身は変わったと思わない」

 

 正樹は大きくため息をつき、あたしの目の前まで歩み寄って両頬を手のひらを優しく添える。

 

「そんな風に強がらなくてもいいんだ。君の顔を見れば誰だって分かる」

「あたしの――顔?」

「今にも泣き出しそうな女の子一人、置いていくような薄情な男じゃない」

「違う、あたしは――お前の夢が叶って嬉しいんだ。だからこれは悲しみなんて感情じゃない。あたしは女の子なんかじゃなくばけ――」

 

 "化け物"、その言葉を最後まで続ける事は出来なかった。もう聞きたくないとばかりに、正樹は自身の唇であたしの口を塞いでしまった。

 驚きと息苦しさ、色々な感情が混ざり合って、そこに正樹の香りが添えられる。今まで溜まっていた何かが両目を伝って溢れていく。あたしには理解出来ない何かが飽和していく……

 

「操も馬鹿だなぁ――心なんて読めなくても、こんなにも彼女は分かりやすいじゃないか。」

「あ……た……し……」

「大丈夫、世界の全てが君を否定したって、僕だけはずっと君の味方だから。何があってもずっと一緒だから……」

「まさきぃ!」

 

 まるで赤ん坊のように泣き続け、今まで溜まった膿を吐き出し続けた。それは初めての救済、坂本妙に差し伸べられた初めての手のひらだった。

 誰一人彼女に手をのばす事をしなかった。それは彼女が化け物だから、潰えた筈の坂本の血を色濃く受け継いだから。理解出来ないモノは怖い、自分と違うモノは怖い。そうやって一人で生きてきた彼女にとって、彼の存在はまさしく救済であった。

 

「さぁ、いこう!」

 

 差し伸べられた手を掴み、二人は共に歩んでいく。それは、坂本妙が初めて誰かと共に生きる事を知った証だ。

 しかし――

 

「……」

 

 それを見ていたもう一人の少年は、手にした紙袋をゴミ箱へ投げ捨て、逃げるようにその場を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中編

 746年を期に、退魔師情勢は大きく動いた。ウタイの代表である大西恵が、率先して帝都側の人員教育を始めたためだ。

 元々、妖怪達は霊力を持つ者に集まりやすいという習性を持っており、妖怪絡みの事件が発生するのは京都が主であった。そのため、帝都側には最低限の人員のみを設置するという手法がとられていたが、安倍天照の件を筆頭に家柄に関係無く強い霊力を持つ子供が帝都側にも増えつつあった。帝都側の戦力増強、そのために恵はウタイ帝都支部を設立したのだった。

 渋谷正樹、坂本妙を筆頭に、以前から目をつけていた者達を集い、自身が指導役として出向く事で短期間でその練度を上げる事に成功した。しかしその背景の裏には、正樹の存在が大きく関わっていくこととなる。

 彼の発明品はテストを重ねて完成され、帝都京都問わず退魔師達へ配備される事となった。霊剣を可変させるもの、霊気を弾丸として撃ち出す霊銃(レイガン)、他に傍受されない霊話機、術者を必要としない小型の神域(かむかい)展開機――橘家からの技術提供があったとはいえ、彼はたった2年でそれらを生み出してしまった。まさに天才と呼ばれつ逸材だったのだ。結果、退魔師の犠牲は今までの4割まで減少し、少ない人員で今まで通りの防衛を行う事が出来るようになっていた。

 しかし、そんな平和に近い日々を送る人々に、忘れていた恐怖が迫ってきていた。

 

 それは、坂本妙にとって永遠に消えぬ傷――

 

帝京歴748年 秋

 

「――とった!」

「甘いっ!」

 

 右手に嵌めたグローブから、鉤爪状の霊剣を形成して大きく前へと踏み出す。2年前とは比較にならない程、速く正確に相手の喉元目掛けて……

 その動きを予想していた相手は、神速と呼べる程の踏み込みを軽々と刀で受け止める。そのまま空いている左手で、撫でるように私の首筋へと手刀を繰り出した。それとは反比例した速度で、あたしは勢いよく地面に頭を突っ込む事になる。

 

「これで665戦665勝だ」

「あ、ありがとうございました……」

 

 あたしは最近状況の落ち着いた帝都を離れ、修行のために大西邸を訪れていた。旦那――正樹の事は心配だったが、帝都支部のメンバーはあたし以外にも強豪揃いだ、A級妖怪複数が相手でも遅れをとる事はないだろう。そう思い京都へとやってきのだが――まぁ、あいも変わらずこの人には全く勝てる気がしない。

 

「しかし、最後のは危なかった。流石の我も肝を冷やしたぞ」

「それはどうも……」

 

 どこまで本気か分からない事を笑いながら話す恵を前に、私は顔に付いた土を払う。

 

「折角だ、もう一戦――」

「当主様!」

「――何事だ?」

 

 もう一試合と洒落込もうとした矢先、慌てた様子で使用人が一人稽古場へと駆け込んできた。

 

「帝都にて強大な妖怪が出現――S級認定されました!」

「S級だと……!?」

 

 それは、平和へと忍び寄る大きな影であった。

 

 

 

 

 

 そもそも、妖怪の等級分けはA~Cでされる。C級は餓鬼等の単体では脅威とならないが、集団で人に害を与える。B級は猫又や牛頭等、単体で充分脅威となりうる区分だ。そしてA級は鬼や狐等、B級よりも強大な力を持った危険性の高い妖怪が分類される。

 これはあくまで脅威度の区分であり、全てが人類と敵対しているわけではない。A級でも狐や天狗達は友好的であり、非常時の時は退魔師と協力したりする事もある。

 ならば、S級とはなんなのか……

 S級は、基本的にA級以下として分類される妖怪が、突然変異か何かで未曾有の危機を人類にもたらすと国が判定した時のみ認定されるランクだ。かつて大西恵に討伐された五尾の狐も、国によってS級認定された妖怪の一体である。

 最古の認定は九尾"葛葉"と歴史書に記述されているS級だが、そんなS級と同時に存在する称号があった。

 

"国家認定退魔師"

 

 S級妖怪を退けた者に与えられる最高の称号。かつては命と引き換えに得られる最高の名誉であったが、現代ではその意味合いが変化していた。技術や戦術の発達、個々に持つ霊力が大きくなった事もあり、S級討伐で生き残る退魔師達が出てきたためだ。その中でも異質なのは、間違いなくただ一人でS級妖怪を討伐した大西恵の存在だろう。

 それ以来、我こそはと次の名誉を手に入れるため世界各地の退魔師達はS級妖怪の登場を待ちわびているのだ。そして、あたしもその一人である。

 未来の帝都支部司令、そう噂される正樹のために盤石な席を用意する事が出来る。共に生きていくと決めたあの日から、誰よりも高みに彼を連れていきたかった――今回は大きなチャンスなのだ。

 まるであたしを後押しするかのように、自身の不参加を伝え帝都への特急席を用意してくれた恵――そのチャンスを無駄にするわけにはいかない。

 

「正樹、今行くから……」

 

 正樹の作ってくれたグローブを握りしめ、帝都への帰路を急いだ。

 

―――

 

――

 

 

「まだだ、まだもう少しだけ……」

 

 妙が敷地を出たのを確認し、膝をついた恵は盛大に口から血を吐いた。彼女が去るギリギリまでは強がってみたものを、身体は正直な反応を見せる。

 自分で思っているよりも、残り時間は少ないのかもしれない……

 体内の霊力と妖力が反発し合い、人としての部分を破壊していく――我々のような混ざりものに訪れる最期だ。それは力を行使し続ける限り、死ぬまで苦しむ事になる。それは彼女にとっても、そして妙にとっても同じ末路……

 

「妙……」

 

 我と同じ存在、故に違う道を歩んで欲しい。そう願った事は同族への哀れみか、それとも……

 

「どちらにしろ、解決の糸口くらいは見つけんとな……」

 

 だからこそ、こんな事で死ぬなよ――妙。お前だけが我を――

 

 

 

 

 

「――抜けた」

 

 傷だらけの女は、ゆっくりと辺りを見渡し確信した。見慣れた風景とはかけ離れてはいるが、間違いなくこの場所は帝都だと。あの日ではない帝都なのだと……

 

"それが唯一の抜け道、誰もが見落とした針の穴。貴方が本気で最期のチャンスを求めるならば、その穴を潜り抜けなさい"

 

 これがあの女の最期の言葉。私はその言葉に従い、傷ついた体を引きずってこの場所へとたどり着いた。胸に手を当てると、"あの方"の鼓動が確かに感じられる。まだ終わってなどいない、この繰り返す事が出来ない世界で、私達が勝利すれば夢は叶う。弱者が虐げられる事の無い理想郷、不完全な私達が唯一の神になれば、世界の全ては新しく生まれ変わる。

 

「そのためにも、今は――」

 

 懐から取り出した水晶を地面へと投げつけて叩き割る。この中に封じられている鬼はただの小物でしかない。しかし、運命のイタズラだろうか、この鬼の立場は少々特殊だった。いいや――私が特殊にしたのだ。本来存在した時代よりも過去で封印を解いた事で、歴史上は別の個体として認識されるのだ。

 

「さあ、暴れな坊や――今日からお前が"鬼童丸"だ」

 

 歴史の上書きによる改変、本来存在した鬼童丸という鬼に、この年若い鬼を上書きする。結果、過去と未来に同時に存在したと認識させ、世界に小さな綻びを生み出す。いわば針の穴、この小さな穴を作るためにどうしてもこの鬼が必要だったのだ。結果、本来移動出来ないはずの、正しき歴史の世界へと踏み込む事が出来た。

 

「互いにやり直しは効かない、今後は慎重に動かないとね」

 

 今やる事は、この混乱に乗じて身を隠すこと。そして八咫烏に変わる新たな組織を結成する事。今度こそ、共に神へと至る事……

 お腹に埋め込まれた何かの装置に触れると、もぞもぞと蠢きだし、そこから次々と腹を引き裂いて妖怪たちが溢れ出てくる。それはまるで、悪魔の出産のように悍ましい光景だった。

 

「折角ですし、組織の人間は貴方様を慕うように致しましょう。ねぇ、そうでしょう……?」

 

 女は再び胸に手を当て、銀の翼を羽ばたかせながら愛おしいその名を呼ぶ。

 

"――様"

 

―――

 

――

 

 

「――煙が上がってる!」

 

 徐々に帝都へと近づく電車、その窓の外、街から黒煙が上がる光景が目に入る。それと共に、何か大きな影のようなものも……

 霊話機で通信を試みても、帝都支部とは連絡がつかない。それ程までに想定外の事が起きているとしか思えない。

 あたしは窓の縁に手をかけ、勢いよく体を回転させて電車の上へと移動する。身を屈めて眼を凝らす――

 

「鬼――?」

 

 大きな影の正体は鬼だった。今まで見たことも聞いたことも無いサイズの鬼が、帝都で暴れているのだ。

 

"妙さん、これ以上は――!"

 

 車掌の悲痛な叫びが霊話機から聞こえてくる。これ以上はあたし一人で行くしか無いだろう。

 

「ここまでありがとうございます! この先は一人で行きます!」

 

 辺りを見渡し、手頃な赤いバイクが視界に入る。それと同時に勢いよく電車の上から飛び降り、体を回転させて勢いを殺す。

 何回か地面を転がった後、そのバイクに跨って刺さったままのキーを回転させる。

 

「ラッキー、今日はついてる」

 

 バイクを走らせ、再び帝都を目指す。そこに待っているのは――想像以上の地獄とも知らずに……

 

 

 

 

 

「風花! 浅見! このまま戦線を維持するぞ!」

 

 Sランク認定を受けた大型の妖怪"鬼童丸"は未だに帝都で暴れまわっていた。対象を討伐するため、ウタイ帝都支部の特殊部隊である柊木が対応していた。

 しかし、交戦開始から今に至るまで決定的な打撃を与えることは出来ず、犠牲者を出しながらも、その進行を遅くする事しか出来ていなかった。

 当然、彼女達の他に名誉を求めたフリーの退魔師達が戦闘に参加してきたが、身の程を弁えない彼らはまるで木の葉のように簡単に命を散らしていった。

 

「隊長! 風花の怪我じゃこれ以上は!」

「しかし、それではーー」

「あぁっ!!」

 

 風花と呼ばれた女性は、足の痛みで一瞬態勢を崩した瞬間を狙われて、その巨大な鬼の手に捕まってしまった。

 退魔師という仕事は常に死と隣り合わせだ、誰もがその覚悟を持って戦っている。それはこの女性とて同じであろう。しかし、いざ目の前に死が迫った時、最後まで正常な判断でいられるだろうか?

 ――否、そんな"できた"生き物なんて存在しない。

 

「いやぁぁ!! ころざないでぇぇぇぇえええ!!!」

 

 あらゆる汁を撒き散らしながらも必死に妖怪へ命乞いをする姿を憐れと言えるだろうか? それはもしかしたら、後の自身の姿であるかもしれない。そう思うと、その場にいる生き残り達は凍りついたように固まってしまう。

 

「……」

 

 鬼は哄笑する――人の言葉を理解し、その様を嘲笑う。それは、かつての無力な自分への嘲笑でもあった。

 鬼は両手で女性の上半身と下半身を握る。そのまま左右に思いっきり引っ張ると、恐ろしい絶叫と共にブチブチと肉の裂ける音が響いた。

 誰も助けに動くことは出来なかった。鬼の視線が、"次はお前の番だ"と語りかける。絶望がその場全てを支配していた。

 

「――邪魔するよ」

 

 その場の空気を壊し、赤い一筋の閃光が鬼童丸に直撃して爆発する。乗り手は優雅にバク転を決め、綺麗に着地を決めた。

 

「柊木隊エース、坂本妙ただいま到着しました」

 

 

 

 

 

「よく来てくれた……」

「戦況は?」

 

 辺りは血の海――隊長と浅見以外の仲間の姿は見当たらず、他の退魔師の死体と思しき肉片が散らばっている。

 柊木隊はあたしだけが強いチームではない、各々の特性を生かした連携でいつも強敵に打ち勝ってきた。それはあたし一人抜けて揺るぐものでは決してない。

 しかし現実は――

 

「私と浅見以外は全員殺られた…… あの化け物には一切の武器が通用しないんだ」

「――正樹は?」

「司令とは音信不通だ」

「なら、まだ可能性はある」

 

 そう、いつも一緒に戦ってきたあたしには分かる――きっと今回も正樹がなんとかしてくれる。だからあたしは、その絶好のタイミングを作るために、精一杯戦うだけだ。

 嵌めたグローブに霊力を流して霊剣を形成する。あたしのスタイルに合わせて正樹が作ってくれた、あたし専用の霊剣だ。

 

「二人共援護を、あたしが一発ぶち込んでみる」

「おっけぇ!」

「了解した!」

 

 "全く武器が通用しない"、この理由はおそらく一つだけだ。現状の解決策が無いからこそ、防衛ラインを維持する戦いを隊長が選んだのは容易に想像がつく。

 霊力と妖力、本質は近いが互いに反発し合う力――簡単に言えば純粋な力比べだ。強いほうが弱い方に打ち勝つ、攻撃が通用しないのならば、こちら側の霊力が相手に負けているというだけだ。

 浅見が手にした霊銃で鬼童丸を牽制し、隊長が動きと短刀のような霊剣で翻弄する。その間に、あたしはできる限りの霊力を右拳へと収束させる。

 右拳に9割、跳躍用に両足に1割――

 

「――いまっ!」

 

 あたしの鉤爪のような霊剣の光がいっそう強まる。そのタイミングで大きく跳躍して、相手の心臓部を狙い拳を突き出す。人でも妖怪でも、その力は心臓と密接に繋がった器官によって生成されている。そこさえ潰してしまえば自身の肉体を維持する事は出来ない。

 鬼は慌てたように左腕であたしの拳を受け止める。しかし、受け止めた左腕は風船が割れるように肉片を散らせて爆発する。これはあたしの霊力が相手の妖力を上回った証拠だ。

 

「もういっかぃ!」

 

 散った肉片を踏み台にして、無理やり身体の軌道を変える。そのまま邪魔な右腕を切り裂き、がら空きになった心臓部でそのまま拳を振り下ろ――

 

"ドクン!"

 

 自身の心臓が大きく跳ねる。それと同時に、全身に今まで感じたことのないような痛みを感じた。まるで赤信号のように視界は赤く明滅し、全身からは大量の汗が吹き出てくる。

 当然、そのスキを鬼童丸が見逃す筈がない。両腕を失っても、まだ奴には強力な牙がある。動きの止まったあたしを狙って、その真っ赤な口を大きく開いて――

 

「たえっ!」

 

 目の前に迫る死の未来、それを回避したのは共に死線を潜ってきた仲間だった。

 

「あ…ざみ……?」

「あんたは、生きて――」

 

 あたしを突き飛ばし、ギロチンへと自身を捧げた。本来ならばあたしに降りかかる死を、彼女は――

 目の前で、浅見は鬼の口に真っ二つに噛みちぎられた。一番近くにいたあたしは、その体と顔に大量の彼女の血を浴びた。

 

 ちくしょう、なんで、あたしの身体はどうして動かないんだ!? 敵は目の前にいるっているのに!

 地面へと落下しながら、目の前にある鬼の顔を睨む。まだ戦わなければ、正樹にこんな無様な姿は見せられない。死んでいった仲間に顔向け出来ない。

 

「ちく…しょぉ……!」

 

 刹那、身体に感じたのは地面の冷たさではなく、誰かのぬくもりだった。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 それは、あたしがよく知るぬくもりだ。

 

 

 

 

 

「遅れてきたなら、とっとおきの秘策があるんでしょ?」

「もちろん、抜かりはないよ」

 

 そう言うと、彼は腰から刀の柄のようなものを取り出して正眼に構えた。それはあたし達が使っている霊剣に似ているが、柄の下部からコードのようなものが伸びており、腰のベルトにある少し大きめの箱のようなものに繋がっていた。

 

"霊力の低い正樹には霊剣を形成出来ない"

 

 つい数秒前まで、あたしはそう思っていた。

 

「秋穂は生存者を連れて撤退! 妙は僕のフォローを!」

 

 正樹が指示を叫ぶと同時に、手にした霊剣の柄から大太刀程の刃が形成される。隊長もあたしと同じような顔をしていたが、慌てて生存者であるフリーの退魔師達を連れて撤退を始めた。

 

「正樹……!」

「こいつは試作品で長持ちはしないんだ、早めに決着をつけるよ」

「――わかった!」

 

 悲鳴を上げる身体を奮い立たせ、再び鉤爪状の霊剣を形成させる。先程までの出力が無理だが、戦闘を続行するのは可能であった。

 相手は両腕を失って戦力はかなり削がれている。正樹の霊剣が決まれば確実に倒せる筈だ。

 あたしは地を蹴り、動きを封じるために相手の足を切り裂く。確実に健を裂き、相手の鬼はバランスを崩した。

 

「ナイス!」

 

 正樹は相手の胸元を狙って大きく大太刀を振り上げる。それだけで、鬼の胸元には大きな斬り傷が出来ていた。大太刀とはいえ、明らかに斬り結ぶ距離ではない。あの霊剣の出力がそれ程までに強力なのだ。

 

「妙、そのまま――」

「わかってる!」

 

 あたしは、そのまま身を翻してもう一度地を蹴る。すれ違い際での健への一撃、これでやつの移動手段は絶たれた――あとは!

 

「僕の仲間達や犠牲になった人達――全ての思いを受け取れ!」

 

 更に輝きを増す正樹の霊剣、彼は大きく振り上げて鬼の頭上から全力で振り下ろす――光の刃は鬼の身体を包み、かき消えてしまう程の光が辺りを照らした。

 

「はぁ……はぁ……」

「やった……? 正樹、あたし達――勝った?」

「あぁ――勝った!」

 

 光が晴れると、鬼の姿は跡形もなく消え去っていた。荒れ地となった都市に囲まれ、無意識にあたし達は抱き締めあっていた。

 

 

 

 

 

「でも、どうして……?」

「これかい? まだ実用段階に入ってはいなかったんだけど……」

 

 そう言って彼は白衣を脱ぐ――中にはボディスーツのようなもので彼の上半身は覆われていた。

 

「霊力で動作する身体強化のスーツさ。更にこの霊剣はスーツ側の電池――霊力ボックスからの供給を受ける事で霊力の低い者にも扱える」

「だからさっき――」

「――そういう事。まだ調整不足で出力がねぇ…… 実用するには課題が山積みだよ」

「でも、助けに来てくれた」

「あぁ、いつまでも守られる側じゃいられないからな」

 

 しばしの沈黙、二人の間に穏やかな風が吹き抜ける。

 

「――帰って、やる事が山積みだね」

「そうね……」

「妙――っ!?」

「正樹!?」

 

 正樹は突然胸を押さえてその場に蹲る。あたしは慌てて彼の元に駆け寄ると、正樹は大量の汗を流しながら何かぶつぶつと喋っていた。

 まさか、試作品だから何かしらの副作用があったんじゃ!?

 

「正樹、正樹っ!」

「……って、……す」

「何、何を言ってるの?」

「じかん……間に合わない……!」

 

 彼は震える手で、胸元から水晶玉のようなものを取り出した。

 

「妙……離れろ……」

「――いやだ!」

 

 彼のこの表情は昔から知っていた。何があっても貫き通す意思を現れ。きっと彼は――

 正樹は右手で水晶を握り、左手で私の手を強く握った。そのまま私にもたれるように身体を預けてくる。

 

「さっきの鬼の残滓が、試作品の霊力ボックスに入り込んだ。このままだと、僕はあの鬼に取り込まれる」

 

 耳元で、今にも消え入りそうな声でそう囁く。あたしはその現実を受け入れられず、何も答えられなかった。

 

「仮にこのボックスを切り離しても、鬼はそのまま復活するだろう。だから、僕自身を核とした強力な神域を作る」

「……」

「でも、怖くて震えが止まらない。この水晶玉を割れば、今にも組み込んだ術が発動する」

「……」

「だから、最期まで一緒にいてくれないか――妙」

「――いいよ、一緒にいてあげる」

 

 震える彼の左手を、優しく両手で包み込む。少しだけ、その震えが落ち着いたように感じた。

 

「ありがとう――あの日、君に出会えて、良かった……」

 

 そう言って、手にした水晶玉を砕いて術式を発動させる。

 

「あたしも、貴方に出会えて――良かった。ありがとう正樹、あたしに生きる目的を与えてくれて」

「――」

「――」

 

 視界が圧縮された神域で歪んでいく。世界が溶けて一つになっていく。あたしとかれが、混じって一つになっていく。

 

「――ごめん」

「え……?」

 

 正樹は、私の肩を押して、強く突き飛ばした。

 

『君は、生きてくれ』

 

 そこに残されたのは、黒い水晶玉と、残された迷子の少女だけだった。

 

―――

 

――

 

 

「くっ、邪魔だ妖怪!」

「あらあら、そんなに邪険にしないでくださる? 私達の仲じゃない」

 

 撤退途中、予想外の敵の出現に隊長である秋穂は苦戦を強いられていた。相手は手負いの妖怪、A級とはいえここまで手こずるわけがない。

 

「"以前"はあんなに仲良くやってたじゃない。貴女のおかげで八咫烏を組織するのが簡単だったのだから」

「何の話だ!」

「"今"の貴女には分からない話、今回は利用価値も無さそうだし、私の傷を癒やす餌にでもなってもらいましょうか」

 

 ぼろぼろの女天狗は嗤い、荒れた帝都の地に悲鳴が一つ上がある。しかしそれは、誰の耳にも届かない虚しい一声だった。

 

「さぁて、少しずつ準備を始めないとねぇ!」

 

 血塗れの女天狗を知る者は、この世界には誰もいなかった。彼女自身が世界の歪みとも知らずに……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後編

 帝京歴748年、Sランク認定となった鬼童丸は討伐された。民間人含む戦死者1840名、内退魔師31名に国家認定退魔師の称号が授与された。しかし、生存した退魔師は坂本妙ただ一人だった。

正樹を失った妙は、人形のようになってしまった。誰と会話する事もせず、食事もとらず虚ろに空を眺めるだけ。彼を失ったあの日、彼女の生きる意味も共に消失してしまっていた。

 大西恵はそんな彼女を引き取り、京都で療養させるも――その状態は一向に好転しなかった。

そして、帝京歴749年の1月――

 

「――立て」

 

 恵は無造作に妙の腕を掴むと縁側へと力任せに投げ飛ばした。しかしそれでも、妙は眉一つ動かさない。

 ドスドスと足音を立てながら妙を近づき、今度は縁側から稽古場のある庭へと投げ捨てる。

 

「……」

「もう終わらせよう、お前のそんな姿は見たくなかった」

 

 恵は何も無い虚空から"紅桜"を抜き放つ。彼女の生み出した実態ある霊剣、この獲物を使うという事は彼女にとって特別な意味を孕んでいた。

 それでも尚、妙が動く気配はなかった。空っぽの瞳で、ただ空を眺めるだけ。その先に見るのは――

 

「そうやってお前は…… いい加減――我を見ろ!」

 

 無意識に恵は叫んでいた。いつか自身と並ぶ猛者となる。どんな相手よりも心躍る戦いが出来る唯一の相手――そう期待していた。自身と同じ混ざり者で、いつか訪れる地獄に抗って、それでも必死に生きていけると……

 

「我が心惹かれたのは、そんなお前ではない!!」

「……」

「頼む! 我のためにもう一度帰ってきてくれ!」

 

 叫びながら左手を妙へと差し出す。妙の視線が虚から現へと揺れ動く。

 

"大丈夫、世界の全てが君を否定したって、僕だけはずっと君の味方だから。何があってもずっと一緒だから……"

 

 いつかの彼と重なる。世界で唯一、坂本妙に手を差し伸べたモノ。彼女を諦めという泥からすくい上げた腕。

 

"さぁ、いこう!"

 

 でも彼は、あたしが愛してしまった彼は――もうどこにもいない。

 

"君は、生きてくれ"

 

 生きてどうなる? 一人ぼっちでどうする?

 

『ちがう、あたしは、まだ、ひとりじゃ――』

 

 必死に暗闇の中で手を伸ばす。遠い先に針ほどの小さな光が見える。きっと、そこにさえ届けば――

 

「――妙!」

 

 小さな光は輝きを増し、全ての暗闇を照らし出す。伸ばした手の先に、誰かの温もりを感じた。

 

「やっと我が見えたか……?」

「めぐみ……?」

 

 そうか、あの光は彼女だったんだ。ずっとあたしだけを見つめる、まばゆい太陽。

 

「――お帰り」

「うん、ただいま」

 

 掴んだ手を支えに妙は立ち上がり、右手の刀を見て恵に不敵な笑みを見せる。

 

「やる気満々じゃないか」

「待たせるお前が悪い」

「じゃあ……」

「666戦目を……」

 

『はじめよう!』

 

 互いの得物を構え、二人は楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

「ほら――受け取れ」

 

 恵が見慣れたグローブを投げてよこす。あの日の戦闘でボロボロになったはずだが、ある程度補修されてあった。きっと、彼女がやってくれたのだろう。

 

「ありがとう」

「負けの言い訳にされても困るからな」

「まだ、負けるなんて決まってないけど?」

 

 軽口の合間にも飛び交う殺気、それは稽古なんて生易しいモノじゃない。まさしく、あたし達はこれから死合うのだ。自分の全てを懸けて相手を殺る。だというのに――お互い笑みが溢れる。歪かもしれないけど、あたし達は確かに絆で繋がっている。その絆があたしをこちら側に呼び戻してくれた。

 

「まずは小手調べだ――"絶刀"」

 

 ――冗談じゃない、小手調べが奥義なんて馬鹿がどこにいる。大西流壱式奥義"絶刀"、あたしがあの日やられた技だ……

 

「でも――あたしもあの日とは違う!」

 

 拳に全力の霊力を集中させて迫りくる斬撃を引き裂く。所詮は実体の無い霊力の斬撃、一点突破すれば止められない事はない!

 

「やるではないか」

「当然っ!」

 

 ここで止まるわけがない。あたしは斬撃後の隙を突いて相手の懐へと踏み込む。ここはあたしの距離、刀には振りな間合いだ。そのまま顎を狙い右拳を振りかぶる。

 

「ぬるい!」

 

 恵は空いた左手の手刀で私の右拳を受け止める。当然、形成した霊剣によって彼女の左手は貫かれる。彼女はそんな事どうでもいいと言わんばかりに嗤うと、思いっきり頭突きを繰り出した。

 

「んがっ!?」

「狙うなら心臓を狙いに来い――馬鹿者が!」

 

 軽い脳震盪で景色がぐらつく。しかし、こんな事で止まるわけにはいかない。次の技がくる――

 

「弐式奥義――"神威(かむい)"」

 

 自身の霊力を分散させ分身との連携攻撃を行う神威、彼女の有り余る力なればこそ可能な奥義。分身一体ですら並の退魔師以上の力を持っているだろう。そう、並の退魔師程度だ。

 左右の攻撃を屈んで避け、霊剣で腹部から引き裂き両断する。正面の分身はサマーソルトキックで体制を崩して今度は確実に心臓を貫く。真上からの襲撃には左拳と霊剣を"撃ち出して"視界を潰した後に首を掻っ切る。

 

「ほう、お前の霊剣はそういう使い方も出来るのだな」

「他にもあるわ――よっ!」

 

 不意の回し蹴りを紙一重で躱す恵。次の瞬間。彼女の表情は焦りに変わり無理矢理上体を反らせた。

 

「ちっ、避けられたか」

「――策士めが」

 

 足の裏に形成した霊剣を、彼女はぎりぎりで避けたのだ。誰にも見せたことの無い不意打ちを、感と殺気だけで――

 

「ふふっ、ふふふ……」

「あはははっ……」

 

 自然に漏れる互いの笑い声。誰もが彼女達に恐れを抱くだろう、これが化け物同士の戦いなのだと。しかし、彼女達は孤独なのだ。誰にも理解されない地平で、それでも戦い続ける。きっと、分かり合えるのは同類だけ。

 

「こんな時間が――永遠に続けばいいのに」

「だが、どんな物語にも終わりはある」

 

互いの得物がぶつかり合い火花を散らす。身を裂き裂かれ、それでも戦う事を辞めようとはしない。それは見る者によっては美しいのかもしれない。美しさと破滅が共存する二人だけの世界。しかし――

「人の命も、歴史も、思いも――いつか終わる」

「なればこそ、我らの戦いにも決着を」

 

 恵は構えを変えて霞の構えをとる。あたしは逆に大勢を低くして、獣のような四つん這いになる。おそらく、次の一撃で決着がつくだろう。それは互いに分かっていた。

 

「参式奥義"桜牙天――"」

「――"画竜点睛"っ!」

 

 あたしは、一瞬の隙を逃さなかった。奥義を放つ一瞬だけ恵の身体がよろめいたのだ。

 自身の身体を大きく回転させ、身体そのものを武器とするあたしだけの奥義。恵はもろにその身で受け、枯れ葉のように宙に舞う。その首を左手で掴んで地面に叩きつけ、右拳の実体化した霊剣を首筋へと突きつけた。

 

「666戦……665敗……1勝っ!」

 

 

 

 

 

「――何故?」

「……」

「何故、最後の技を止めた?」

 

 確かに恵は、最後に何かをしようとしていた。しかし、その技は放たれる事無く、あたしの隠し玉によって勝敗は決した。仮にあの技が放たれていたら、結果は違っていたかもしれない。

 

「お前の勝ちで不服か?」

「お情けで勝たせてもらっても嬉しくない」

「いいや、お前の勝ちだ」

 

 話は平行線、彼女は理由を話そうとしなかった。それは自身のプライドか、それとも別な理由なのか……

 

「本気でやり合うってのは嘘だったの?」

「我は本気だった。"今"出せる全てで戦った」

「……」

 

 "今"出せる全て、とても含みのある言い方だ。大西恵という女は、決して誰にも弱みを見せない孤高の存在だ。どんな物事も全て一人で解決してきた。S級認定された伍尾の狐も一人で討伐し、自身の両親も自ら殺したらしい。友と呼べる者はおらず、ひとりぼっちで生きてきた。

 そんな彼女が、あえてそのような言葉を使ったのだ。それは彼女の、遠回しなSOSなのではないか?

 

「つまり、それがあんたの精一杯って事……」

「そう、我の力はもう限界だ。これが我々のような混ざりモノの末路」

 

 霊力と妖力、その2つが体内に存在するあたし達のような存在――それはメリットでありデメリットでもある。きっと、彼女の身体は……

 

「しかし、お前にはそうなって欲しくない。それが我の願いだ」

 

 そう言って恵は、衿から一通の手紙を取り出した。

 

「この中には、ウタイの総指揮権をお前に譲渡する証明書と、とある退魔師への紹介状が入っている。

 彼女ならば、なるべく霊力を使わずに戦う術をお前に教えてくれるだろう」

「どうして――私を?」

「それはお前が――我にとって障害唯一の好敵手(りかいしゃ)だったからだ」

 

 うっすらと涙を浮かべ笑う顔は、同性であるあたしでも目を奪われる美しさだった。きっと、世界中探し回ってもこんな顔を見せるのはあたしだけだろう。そういう意味でも、あたしにとって彼女は好敵手(りかいしゃ)だった。

 あたしは形成した霊剣を消し、封筒を持つ右手を両の手でしっかりと握りしめる。

 

「――分かった。あたしが貴女の分も戦う。戦って戦って、生き抜いてみせる」

「それでこそ――我の好いたお前だ」

 

 そうだ、あたしは多くの命を背負って――生きていく。

 

 こうしてあたしは紹介状の人物に会うため、青森へ帰省する事を決めた。でもその前に、一度寄りたい場所があった。

 

「……」

 

 それは懐かしい――あの珈琲が飲みたかったからだ。

 

「――いらっしゃい。なんとなく、会える気がしてた」

「ひさしぶり――操」

 

 

 

 

 

「注文は?」

「いつもの珈琲」

「――はいよ」

 

 懐かしいカウンター席に座り店内を見渡す。学生時代と何も変わらない風景がそこにはあった。3人であれこれ笑いあった、あの頃と何一つ……

 

「はい、おまちどう」

「ありがとう」

 

 一口目で口の中に広がる程よい甘みと苦味、あたしが昔散々文句を言って調整された味だ。彼は未だにこの味を覚えていてくれたのだろう。

 

「正樹の葬式にこなかったけど、どこにいたんだ?」

「――ちょっと京都で療養してた」

「あんなとんでもねぇ事の後だもんな、そりゃあ仕方ねぇ」

「……」

「……」

 

 しばしの沈黙、ただ黙々と珈琲を流し込み続ける。思い出を飲み干して、次へと引きずらないために。

 

「――お前、ほんとに変わったな」

「え……?」

「昔のお前は、心に壁作っててさ――誰も近づけないようにしてただろ? 何考えてるかわからないやつに、誰も怖くて近づかない。そんな中で、あいつだけは唯一お前に近づいた」

「……」

「実は正樹もそうだったんだよ。いつも一人でさ、俺以外に友達もいないし。嘘つき呼ばわりする奴らなんか知らないってさ」

「正樹が……?」

「そう、だからお前達って――似た者同士だったんだ」

「……」

「そして今のお前は、俺に助けを求めてきた正樹にそっくりだ。わかるんだよ――お前の心が泣いているのが」

「――そんな事ない!」

「もう、あの頃のお前とは違う。何も感じない考えない、人形みたいなお前とは違う。正樹の死を嘆き、それを乗り越えて前に進もうとしてる。でもさ――孤独に戦うってのは辛いだろ?」

 

 そう言って、操は注文していないピザをカウンターに置いた。それは、いつかどこかであたしが食べたいと言っていたような肉々しいピザだった。そしてそこにはチーズで書かれた文字――"ア・イ・シ・テ・ル"

 

「俺ってほんと卑怯なんだわ。あの日親友に遠慮して諦めた女に今告白してる。正樹が見たらなんて言うかなぁ……」

「――と思う」

「え……?」

「笑うと、思う…… 僕の親友って、本当に不器用だなって」

「――ぷっ、ははっ! そいつは傑作だ! 妖怪バカにそんな事言われた日には腹抱えて笑うしかねぇだろ!」

「ふふっ……」

「――答えはすぐじゃなくていい、俺はいつまでも待ってるからさ」

 

 いつからだろう、こんなに弱くなんてしまったのは。

 いつからだろう、こんなに誰かに寄り添ってしまったのは。

 いつからだろう、こんなに一人が寂しいと感じるようになったのは。

 

「――操」

「なんだ?」

 

 でも、それは決して悪い事じゃない。誰かと寄り添って歩くことは弱者だからじゃない。誰かを護る意思もまた、あたし自身の力になると知っているから。だから、この日の答えを後悔なんてしてない。一つ一つの選択が、あたしの人生だから。

 

「あたしと一緒に、地獄を歩く覚悟は出来てる?」

「――あぁ、とっくに出来てるさ」

 

帝京歴749年、坂本妙が田辺操と再婚。750年に第一子を出産。

 

 

 

 

 

 その後、青森での修行を終えてあたしは帝都支部の司令となった。元総司令だった大西恵は安倍溝秋との結婚を期に現役を引退する。あの一匹狼が結婚なんて予想外ではあったが、彼女がこれ以上自身の命を削らずに済む事に安堵していた。

 あたしも二人目の子供を授かり、妖怪絡みの事件も落ち着いていて順風満帆な人生を謳歌していた。このまま平和が続けばいい、そう思っていた……

 

-帝京歴766年-

 

「おんぎゃぁぁぁああ!」

「元気な女子でございます」

「――そうか」

 

 生まれたばかりの我が子を抱き締め、恵は妖しく嗤う。

 

「お前の名は雪だ。我が呪われた血を引きし者よ」

 

 赤子を抱いたまま恵は右手を掲げ、自身の霊剣である紅桜を形成する。慌てた側近達が彼女を止めようとするが、うねる霊気がかまいたちのように他の者を吹き飛ばした。

 

「よいか、お前は我らの希望だ。混ざりモノの未来だ。我と妙の子にして、世界を救う救世主だ」

「だぁぁ?」

 

 赤子は何も理解できず、ただ母を見て首をかしげる。

 

「どんな過酷な運命であろうとお前なら乗り越えられる。我はそう信じて全てを託そう」

 

"さらばだ、我が好敵手(りかいしゃ)よ。娘はお前に託した……"

 

 恵は、手にした紅桜の刃を自らの赤子へと突き立てた。

 

帝京歴768年、夫をガンで亡くしてもあたしは立ち止まらなかった。もう止まる事は許されなかった。背負う命があたしにのしかかろうと、受けた分まであたしは生きなければならなかった。託された希望を、託された思いを、ともに歩むためと……

 

-帝京歴772年-

 

「いいが? わが、今日からおめのおかさんだ」

「おか……さん……?」

 

 大西家惨殺事件が発生、唯一生き残った大西雪が坂本妙の養子となる。

 

 あたしは一人じゃない、こんなにも共に歩む仲間がいるんだ。だからあたしは戦える、進んでいける。

 

-帝京歴786年-

 

「このばばぁ、どうして倒れないのよ!」

「このひど、だけは、死んでも、わださね!」

 

 坂本雪によって倒された神楽が脱獄、鬼童丸が封じられた黒水晶を奪うべく青森の狐狼神社を襲撃。危険を察知した坂本妙によって黒水晶は守られる。

 しかし、その負傷によって坂本妙は重症――戦線復帰は不可能と判断。

 

 そして、現代――

 

-帝京歴787年-

 

 ――長い夢を見ていた。嬉しいことも辛いことも沢山あった、そんな長い夢。これは夢の続き? それとも現実? 目覚めた先は夢か現か、ふわふわとした感覚に包まれて、それはとても幸せなキモチ。

 

「おばちゃん!」

「おかさん!」

 

 誰かが目の前で叫んでいる。何をそんなに騒がしいのか、あたしにはさっぱり分からない。

 

「一時的に意識が戻りましたが、果たして――」

「医者ならなんとかしなさいよ!」

 

 あたしは何してたんだっけ? 何をしなきゃいけないんだっけ? あたしは――

 脳裏に浮かぶ大事な人達の顔、皆笑顔であたしを見ている。

 そうだ、あたし、生きなくちゃ。生きて、もっと前に進まなきゃ。

 

「おばちゃん頑張って、もうすぐおばちゃんの大事な人が来てくれるから!」

 

 だいじなひと? だいじなひとならみんないるよ? あたしとずっといっしょにいるよ……?

 だからおきあがらなくちゃ、だって、やくそく、したんだから――

 

"君は、生きてくれ"

 

 やくそく、したんだ、いきるって、ひとりじゃないから、たたかえるって

 

"君は、生きてくれ"

 

 あたしの手を握りそう語る彼は、微かに手のひらに熱を与えた。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 正樹が重なり、恵が重なり、操が重なり、その先に見えるのは――

 

「母さん、俺だよ――和樹だよ」

 

 愛しい自分の息子だった。

 

 

 

 

 

 あたしは、決して良い母親ではなかった。ウタイという特殊な仕事で、子育ては当然出来なかった。いつも操に任せっきりで、子供達はそんなあたしを母親とは思ってくれなかった。娘は操の死後あたしとまともに話そうとはしなかったし、息子もほぼ連絡をくれなかった。

 これが平和の代償、子供達をこの世界に引き込まないためのあたしが出来る精一杯だった。

 

「母さん、俺だよ――和樹だよ」

 

 だから、息子がこの場にやってきた事が不思議だった。恨まれはしても、こうやって心配される価値なんて――あたしには無い。

 むしろ、この世界へ巻き込んでしまった事を謝りたい。子供達だけは、何も知らずに生きて欲しかったから……

 

「俺、どうしても母さんに伝えたい事があったんだ」

 

 ふわふわとした感覚が、返事をしようとする意思を阻害する。自分の身体なのにそうではない違和感、指先ひとつでさえ動かす事は叶わない。

 

「俺さ――帝都支部の司令になる事になったんだ。そう、母さんの後釜さ」

「――」

「母さんは俺達に普通の生活を送って欲しくて遠ざけたんだろうけどさ、そんなの水臭いだろ。

 別に母さん一人で頑張る事なんてなかったんだよ」

「――」

「知っちまったからにはさ、俺だってやれる事をやりたい。母さんが一生懸命、俺達家族との時間をなげうってまで守ってくれた平和ってやつをさ――これからは俺達が守っていきたいんだ」

 

 あぁ、あたしは――

 

「だからさ――」

 

 またあたしは、ひとりで突っ走っていたのか。誰にも頼らず、一人孤独な戦いを続けていたんだ。あの時の正樹や恵のように、また一人で……

 なのに、またあたしは手を差し伸べてもらってる。足りないモノを補う温もり、あたしはこの熱をよく知っている。

 

「だからさ、もう一人で頑張らなくてもいい。もう、いいんだよ……」

「ぁ……」

 

 どうして、あたしはいつも、気づくのが遅いんだろ……

 正樹、恵、操――本当にあたしって、バカだよね……

 

「だから安心してくれ! 俺に全部委ねてくれ! 母さんが背負ってきたもの全部!」

 

 これは夢、あたしが夢見た未来、永遠に訪れない和解の未来――あたしの願望。

 

「これからの未来は俺達に任せて、母さんはもうゆっくり休んでもいいんだ」

 

 ありえないと思っていた、あってはならないと自ら否定してきた、その願いが今目の前にある。

 

「母さん、俺を産んでくれて――ありがとう!」

 

"あたしの方こそ――ありがとう。生まれて来てくれて、出会えて、本当にありがとう"

 

 最期の言葉は、思いは、きっと届いているから。だから行こう、また皆と一緒に。

 

『妙!』

 

 声がした方を振り向くと、よく見知った顔が――そこにあった。

 

oldlily編 完



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ふぉっくすらいふ 特別編 ~京の都と誕生せし三人目の九尾~
ふぉっくすらいふ 特別編 <序>


-帝京歴786年3月16日-

 

「FCS応答無し、機体制御沈黙――完全に死んだな」

 

 コックピット内の非常用レバーを引き、デウス・エクス・マキナの頭部装甲を内蔵爆薬で吹き飛ばす。男はヘルメットを脱ぎ捨て、つい先程まで戦場であった場所を見渡した。

 隔壁や床は凹み、オイルや血痕が辺り一面を濡らしている。デウス・エクス・マキナは両足が潰れ、両腕も霊弾砲の使いすぎで大きく破損していた。おそらく修復は不可能――しかし、何も問題はない。機械など、また作ればいいだけの話なのだから。

 

「ティアマトのデータを応用した改良を加えていなければ、この血溜まりに沈んでいたのは私だったかもしれないな――彩音、状況は?」

"反乱の鎮圧は完了、こちらの被害は想定値の1.5倍となります"

「想定内――とは言えないな。神楽……」

 

 この戦いで大事な手駒である神楽を失ってしまった。私の想定では彼女を失う事は無かった筈だ。しかし――

 

「神の頭脳は死守した、彼女の死という事実はいくらでも曲げられる」

 

 そうだ、このバークライトシステムさえ掌握してしまえば、私は完全なる神として君臨できる。全ての事象を操る本物の神にだ。そうすれば、私達の長年の夢が叶うのだ。

 

「――晴明様!」

「神楽か!」

 

 私はデウス・エクス・マキナのコックピットから飛び降り、聞き慣れた声がする方へと駆け寄る。次第に輪郭がはっきりしてくる彼女の姿は、体中から血を流し立っているのもやっとな程衰弱していた。

 自分でも不思議な程、彼女が生きていた事に喜びを感じていた。先程までの自分の思考とは真逆の感情へ疑問を持ちながら。

 

「かぐ――」

 

 だからこそ、見抜けなかったのかもしれない。彼女の秘めたる思いを――

 

「彩音、コード666発動!」

"指定コード認証、最終計画Godsの始動を承認します"

 

 痛みは無い、何も感じない、声も出せなければ腕を振り上げる事も抵抗も出来ない。私の知らない言の葉を彩音と神楽が紡いている。

 

「晴明様、我々は敗れたのです。こことは違う平行世界で私達が敗れた時、全ての事象は書き換えられます。この世界の勝利も無かった事となるのです」

"ダークマターへのアクセス完了、記憶領域の読み取り...100%、当システムへ取り込み後BOCへ全移植します。

転移カウントは移植タイムへと同期"

「でも、これで終わりではありません! 相手が勝つまで続けると言うならば、今度は私達が勝つまで挑み続ければ良いのです!」

 

 意識も徐々に薄れ、掠れた視界では今彼女がどんな顔をしているのかも分からない。ただ一つ分かっているのは、私の命は今彼女に握られているという事実だけだ。

 

「やり直しが奴らだけの専売特許では無いと思い知らせてあげましょう!」

"カウント残り5...4...3..."

「愛しています――晴明様」

 

 彼女は握りしめた心の臓を私の体から引き千切り、愛おしそうに口づけすると、口内へと丸呑みにした。

 

"カウント残り2...1...Gods計画始動"

 

 それは神さえも見通す事が出来なかった出来事、世界の根底を揺るがす大事件であった。

 

-帝京歴786年9月-

 

 ガイア2大都市の一つ、帝都。多くの若者は、この地を目指す。時代の最先端、あらゆる技術、娯楽が集う場所。田舎娘の私には、その全てが眩しくて……

 でも、夢を叶えるためにはこの大都会に進出するのが近道であるわけで。実際、慣れぬ地でテンションが上がっているのも確かで。ただただ、この平穏が続いてくれたら嬉しいなぁと思うわけです。

 しかし、現実は甘くないわけで――私が望もうと望むまいと、トラブルはやってくるのだ。

 突然嫁にやってきた大妖怪や、京都から派遣された凄腕霊能者、私の周りには次々とトラブルの元が集ってくる。それもこれも――きっと生まれながらの運命なのだろう。

 それでも私は、今日を懸命に生きている……

 

「ご主人様ぁぁぁ!!!! 当たりました! 大当たりでございます!!」

「一体何が当たったって――」

 

 カランカランというベルと音が商店街に響き渡る。

 

「特賞、京都温泉旅行ですよご主人様!! ペアチケットなんですって!!」

「まじか! まじでか!? となると――くぅーっ! コミマ開けのお休みタイムじゃないか!」

 

 そう、この時の私は浮かれていたんだ。眼の前にいるトラブルメイカーが一緒だと、間違いなく事件に巻き込まれるであろうに……

 

「そう、その結果がこれってわけよ」

「ご主人様、誰と話しておられるんです?」

「気にしないで、ただの独り言だから……」

 

 京都旅行の筈が、何故か森の中を彷徨う結果に――何がどうすればこんな事になるのやら。

 

「なんでいっつも――こうなるのよぉぉぉぉおおお!!!」

 

 

 

 

 

ふぉっくすらいふ 特別編 ~京の都と誕生せし三人目の九尾~

 

 

 

 

 

OP『Never Ending Story』

作詞:空野流星

歌:雪&菊梨&留美子

 

let's go! ここから始まる物語。

さぁ、私達だけの冒険を始めましょう。

 

出会いは突然だったね。(押しかけ女房!)

貴女が運んでくるのは、いつも厄介事だけ!

でもね、貴女への思いは全部ホントの気持ち、真っ直ぐな愛。

この気持ち受け止めてくれるなら、どんな事でも出来ちゃう!

 

let's go! 咲き誇る愛の花。(look me!)

非常識なこの世界を今、ぶち壊せ!

摩訶不思議な出会いが私達を待っているから。

一緒ならば何でも出来るから。

さぁ、私達だけの冒険を始めましょう。

Never Ending Story!

 

 

 

 

 

「司令、目標二人の生体反応をキャッチしました」

「映像でも確認、間違いなく目標です」

 

 司令と呼ばれた女性は勢いよく椅子から立ち上がると、被った帽子位置を調整してから右腕を掲げる。

 

「作戦開始!」

 

 命令を受けた少女はただ頷き、霊銃の安全装置を外して駆けていった。

 時を同じくして、雪と菊梨は相も変わらず森の中を彷徨い続けていた。

 

「いつになったら古き良き京都が見えてくるわけ?」

 

 最初は快適な電車旅だった。駅弁を食べながら風景を楽しみ、座席に背を預けぐっすりと眠った事までは。何故か、目覚めた先はこの森の中であり、どうしてこうなったかという真実は闇の中だ。菊梨も私と同じで、眠っていた間の事は知らないらしい。

 

「人間の匂いが濃くなってきているので、方向は間違って無いと思うのですが……」

「まるで犬みたいな――って狐もそんなに変わらないか」

「失礼な! 私(わたくし)は霊験あらたかなお狐様ですよ!! その辺に寝っ転がってる犬畜生と同じにしないで下さいまし!!」

「でも、あてにならなきゃ犬畜生以下じゃない?」

「――泣きますよ?」

「どうぞどうぞ、その間休んでおくから」

「おに! あくま! でもすきぃ!」

 

 いつもと変わらないやり取りを交わしつつ、周囲へと意識を向ける。去年の冬に稽古をつけられて以来、私もだいぶマシな退魔師と呼べる存在になれた。ある程度集中さえすれば、気配を察知する事だって出来る。

 

「――最悪なパターンだわ。人はおらずとも妖怪は健在ってわけか」

「京都って妖怪との条約を結んでいたはずですけれど、これは私(わたくし)達がよく知る方の妖怪のようですね」

「トップが捕まったってのに、邪神教の残党ちゃんはしつこいわね」

 

 私と菊梨は背中を合わせて互いの死角をカバーする。久々とはいえ、身体は戦い方を覚えているようだ。"紅桜"を抜こうとした瞬間、上空から予想外の発砲音が森の中に木霊する。それは、私がよく知る人物が愛用する武器だ。

 

「留美子!」

 

 いつもの戦闘スタイル――巫女装束を纏った留美子が、枝を足場に飛び回りながら数発の弾丸で敵を仕留め、私達の側へ綺麗に着地する。

 

「久しぶり、あまてるちゃん。迎えにきたよ」

「このまま京都に辿り着けないと思ったよ。留美子ありがとう、どっかのバカ狐とは比較にならないわ!」

「そんな事言ってる場合ではないですよご主人様! 先程よりも敵の数が増えてきています!」

「――大丈夫」

 

 留美子はそう言うと、自分の足元を強く踏みつけた。その瞬間、地面の一部がせり上がって武器コンテナのような物が出現した。

 

「ちょっ、えっ……?」

「ここは京都、対妖怪用の要塞。どこで何があろうとベストに戦える街」

 

 武器コンテナからアサルトライフルを取り出して構え、迫り来る敵へと銃口を構える。

 

「ようこそ、京都へ」

 

 その言葉と共に引き金を引いた。

 

―――

 

――

 

 

「ねぇ菊梨」

「なんでしょうか、ご主人様?」

「私が知ってる京都と違う」

「――同意見です」

 

 共に三色団子を頬張り茶を啜りながら、自分達が知る本来の街並みを眺める。そこには先程までとはうって変わって一般的なイメージの京都の街並みが広がっている。人と妖怪が行き交う帝都では見ない景色、これが本来の京都の筈だ。

 

「はぁ……」

「先程の返答はどうします……?」

「決まってはいるんだけど、どうも現実味が無いっていうか」

「世界の命運なんて言われましても、はいそうですかなんて返事は出来ませんよね」

 

『貴女の身体に刻まれた遺伝子が、世界を救うのかもしれないのよ?』

 

 ウタイ本部司令である安倍天照は私にそう言った。近年現れるようになった悪霊の原因を根絶するには、私の遺伝子がどうしても必要らしい。

 そもそも悪霊が何故生まれるのか――それは、徐々に変化してきた内器官が関係している。安倍天照の研究結果によると、その器官が私達が扱う霊力と強く関係しており、妖怪にも妖力を生成する同じものが備わっている。近年では、この器官で霊力と妖力の両方が生成されるようになってきたのだという。その結果、妖怪と人間のハーフと同じように両極の力がぶつかり合って体調を崩す者も多くなっており、そのまま死した者達が悪霊化する可能性が高いのだそうだ。

 それを抑えるために私の遺伝子が必要で、研究の協力を申し出てきたのだ。

 

「まぁ、旅行が終わるまでに決めればいいでしょ」

 

 残りの団子を口に頬張り、席を勢いよく立つ。

 

「ごちそうさま!」

 

 カウンターにお代を置いて菊梨の手を引きながら店から飛び出す。あれこれ難しく悩むのは苦手だし、今は二人での時間を楽しみたい。

 

「ご主人様、どこに行きましょうか?」

「そうねぇ、確か人工ビーチがあるって聞いたしそこに行ってみようか!」

「はい!」

 

 私だって一人の人間だもの――別にいいよね?

 

―――

 

――

 

 

「ナンデー! 臨時休業とかナンデー!!」

 

 不幸というものは続くらしい。遭難からの臨時休業――神は死んだ! どんな不幸な星の元に生まれてきたんだ私は! こんな事が許されてたまるか!

 

「ご、ご主人様……その、別の場所にでも――」

「菊梨!」

「はいっ!」

「――強行突破だ!」

「え……?」

「私達を誰も止める事は出来ないのだ! この柵を越えて突撃だぁ!!」

 

 助走をつけて大きくジャンプし、緑色の交差フェンスを飛び越える。菊梨は呆れた顔をするも、後に続いて交差フェンスを飛び越える。そのまま一緒に砂浜を海へ向けて駆け抜ける。

 

「うぇみだぁぁああああ!! いっやほぉぉーーー!!!」

 

 そうさ、私は運命に打ち勝ったのだ。神がどんな妨害工作を図ろうと、前に進もうとする私を阻む事なんて出来はしないのだ。その証拠に、今私は目的の人工ビーチへと辿り着いた。私の勝ちだ!

 

「綺麗な景色ですねぇ~」

「ほんとねぇ……」

 

 人工とは思えない広さの水面が目の前に広がっている。陽の光が反射してキラキラと輝いている。いつのまにか、私達は互いの手を握りながらその景色を眺めていた。

 

「私、天照様の提案を受けようと思う」

「はい」

「だから、菊梨も一緒にいてくれる……?」

「今更ですね――当然お供しますよ。いつまでも、どこまでも……」

「ありがとう……」

「ご主人様……」

 

 徐々に互いの顔が近づき、その先に備えて菊梨はゆっくりと瞼を閉じる。私もそれに合わせてゆっくりと唇を近づけ――

「え……?」

 

 視界の端に映る影、あれは人影ではないのか? 見間違いかどうかの確認のために一度菊梨から顔を話して眼を凝らす。

「ご主人様……?」

「――人が倒れてる」

 

 菊梨の身体を離し、砂浜に倒れている人影へと駆け寄る。白髮のマッシュツーブロックの青年が眠るように横たわっている。

 

「大丈夫ですか!」

 

 軽く身体を揺さぶると、瞼が軽く痙攣する。死んでいるわけではない事を知り安堵の息を漏らす。

 

「ご主人様、その方は?」

「わからない、どうしてこんな砂浜に……」

 

 青年はその瞼をゆっくりと開くと、真っ赤な瞳で私を見つめるとただ一言だけ言葉を口にした。

 

「僕は――誰だ?」

 

 それは遠い昔の約束、僕と君の物語。永遠に続くと信じていた道筋は、儚げに掻き消えた。永遠なんて存在しない、全てはただの願いというだけで、それが叶う者は一握りである。

 

「僕は――誰だ?」

 

 僕は空っぽだった。記憶という中身が流れ出た虚、何者でもない人の形をしただけの存在。こんな僕はどこにも行けないし、どこに行く必要もない。

 しかし、何故だろう。そんな空っぽの器にたった一欠片だけ輝くモノがある。吹いただけで掻き消えてしまいそうなか弱い光、何かを訴えるその光は僕に何を伝えようというのだろうか?

 

「君、大丈夫?」

「……」

「怪我とかしてない? 名前は?」

 

 何故か、自分を心配する眼の前の女性に妙な既知感を感じた。それが失った過去と関係するのかは分からない。ただ、僕自身の光が彼女と共に歩めと叫んでいるかのようにも聞こえた。

 

「わからない」

「もしかして、記憶が……」

「――君が、呼び名を決めてくれ」

 

 女性は腕を組んで数刻悩むと、満足げな笑みでその名を口にした。

 

「今日から君は"海人(かいと)"よ」

 

 それが、空っぽな僕の始まりだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ふぉっくすらいふ 特別編 <破>

 倒れた青年を連れ、私達は一先ず近くの宿をとった。記憶喪失な海人を放置して、はいさよならなんてしたくなかったし、何よりも初めて会った彼が何か他人とは思えない感覚だったからだ。

 宿の中で詳しく話を聞いてみても、目覚める前の記憶は何一つ無かった。こうなってしまうと、彼をどうしていいのか困ってしまう。一番良いのは彼を知る人物に預ける事なのだが……

 

「とりあえず、明日になったら近辺で聞き込みするしかないわね」

「でも、そう簡単には見つからないでしょうね」

 

 遠回しに、菊梨は旅行の日程を潰してでも彼のために動くのかと聞いているのだ。私だってそんな事は分かっている。せっかく楽しめる時間を手放したくはない。でも、それでも――見捨てる事なんて出来ない。それが彼を見つけた責任であり、私自身の考えだから。

 

「でも、やるのが私ってもんでしょ?」

「えぇ、分かっていますとも」

「さすが菊梨、伊達に私のストーカーじゃないね」

「褒めるのか、けなすのかどっちかにして下さいまし!」

 

 二人で笑いながら窓から外の夕焼けを眺めていると、背中にぞわっとした感触が走る。おばちゃんに鍛えられてからというもの、危険な気配を察知する事に長けるようになった。明らかに私達の害となる人物がこの宿へと近づいている。

 

「菊梨、海人は隣の部屋よね?」

「えぇ、脱出するならその部屋の窓からがよさそうです」

「おっけ、派手なお出迎えをされる前に出ましょう」

 

 気配の動きに注意しながら二人で部屋を移動した。海人は椅子に座ってぼーっと天井を見つめていた。私は戸惑う彼を背負い、窓の方へと歩く。

 

「ご主人様、運ぶなら私(わたくし)が……」

「この先戦いになる可能性があるし、そうなると菊梨が手ぶらの方がいいでしょ? それに、これくらいなら――転身(トランス)!」

 

 普段使われていない自身の妖気を叩き起こす。それに反応して狐の耳と尾が露わになる。まだ完全とは言えないが、神楽との戦いである程度は自在に力を引き出せるようになった。まぁ、人から離れていく自覚はあるのだが……

 

「よし、この階まで登ってくる前にさっさとずらかるわよ!」

「あいさ!」

「あぁい、きゃぁん――ふらぁぁい!!」

 

 2,3歩後ろに下がり、助走を付けて窓から大きくジャンプする。落ちかけた夕日がそんな私達の姿を照らし出す。私の背に乗る海人は、瞳を輝かせながらその夕日を眺めていた。

 そのまま綺麗に着地し、迷路のように入り組んだ道を駆けていく。夕暮れで人通りが少ないのが救いだ。ただひたすらに囲碁盤のような街並みを右へ左へ……

 

「―ー!?」

 

 見慣れた顔が視線にちらつき、スビードを緩めて相手の顔を確認する。それはよく見知った顔であったが、私の知る彼女とは別人だと直感する。それと同時に放たれる殺気の刃に、私はとっさに身体を反らした。

 

「よく分かったな、"あまてる"」

「やっぱり、留美子じゃないわね」

 

 振られた太刀型の霊剣は、私の髪の毛数本を切り裂いて地面に叩きつけられていた。留美子と全く同じ顔の少女は予想外とばかりにきょとんとした顔をこちらに向けていた。

 

「あたしの名前は留美奈、留美子の双子の妹でウタイ本部特殊部隊"紅桜"の隊長さ。今後ともよろしく頼むわ」

「それで、その隊長さんが私達になんの用かしら?」

 

 放たれる霊気は留美子と同等レベルだと思われる。あの留美子と同じ――って、一人でAランク妖怪を倒す留美子と? どう考えたった私一人じゃかないっこない。本気の菊梨なら勝てるだろうが、同じレベルの部下二人を連れている時点で苦戦するのは予想出来る。今出来るのは、言葉を交わし相手の真意を――

 

「――って! どうして質問に答えずいきなり剣振り回してくるのよ!!」

 

 私の話なんて聞かず、先程振り下ろした太刀を斬り返してくる。それも明らかに殺意全開である。

 

「なんで答える必要があるわけ?」

「そりゃぁ!! こういう時は答えるのが筋ってもんでしょ!!」

「そんなの知らないけど」

 

 ハリセン型の霊剣を形成して受け止めるが、想像以上の衝撃が全身に響く。私よりも小柄な少女が出していい馬鹿力ではない。

 

「仕方ないから答えてやるけど、ウタイはそのSランク妖怪"鬼童丸"を確保するためにあたしを派遣した。じゃまする奴は殺してでもね」

「物騒な命令出さないでよ天照さぁん!!」

「ご主人様ぁ!!」

 

 ギリギリ滑り込んだ菊梨の狐影丸が留美奈の攻撃を弾き返す。介入しようとした二人の隊員には、着物の袂から取り出した苦無を投げつけて一瞬動きを止める。

 

「ちっ、Sランクの化け狐か――っ!?」

 

 留美奈が体勢を変えようと足を動かした瞬間、何故か何かで滑りその場に尻もちをついてしまう。あろうことか、大量の小豆が地面を転がり足を取られてしまったようだ。

 

「すまねぇ、おらの小豆がぁ!」

 

 この混乱を起こした小豆洗い本人は、頭を抱えて泣き叫んでいる。私達はこの混乱に乗じてそのまま留美奈達を背に逃走を再開した。

 

「くっそ――加奈子、巴、さっさと追うぞ!」

 

 慌ててターゲットを追うために立ち上がった留美奈だったが、曲がり角を曲がった先で巨大に壁に阻まれる。それは、妖怪ぬりかべであった。

 

「す、すまないでごわす! 道に迷ったから行き方を――」

「くっそが! 妖怪用通路を使えってルールで決まってんだろうが! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」

 

 それはまるで、妖怪達が雪達の味方をしているかのようであった。

 

「――やっと来たか」

 

 逃走を続ける道の先、今度は見慣れない制服の学生が立っていた。彼女は側にいた鎌鼬に指示すると、すれ違い際に雪に耳打ちした。

 

"このまま北の廃墟を目指せ、そこの答えがある"

 

 正直、足を止めてその真意を問い詰めたかったが、今はそんな猶予は残されていなかった。誰かに指図されるのは癪だが、藁にもすがる思いで唯一の手がかりを求めて北の廃墟へと足を向ける。横で共に駆ける菊梨の表情は、いつにも増して険しいものだった。

 

「妖怪共の妨害の次は、亡霊のお出ましか」

 

 乱れた袴を裾を正し、髮についた蜘蛛の巣を払って留美奈は目の前にいる生服の女性と睨み合っていた。隊員達は妖怪達の対処に追われ、ここまで追いつけたのは自分一人だ。どうやら、事件の首謀者は目の前の女性であるようだった。

 

「悪いが、もう少し時間を稼がせてもらうぞ」

「いいぜ、一度あんたの本気をやってみたかった!」

 

 留美奈は太刀を抜き、生服の女性はグローブを嵌めると、そこから鉤爪状の霊剣を形成した。

 

「いざ――勝負!」

 

―――

 

――

 

 

 日は完全に落ち、闇が世界を支配する。それは妖達の支配する時間、人の子は家に身を潜め隠れる時間。化け物達の宴が始まる時間。

 辿り着いた廃墟は何かの屋敷跡のようであった。長らく人の手が加えられていないのか、崩れた屋敷はそのままの形を残しているとは言っても、焼け落ちた跡や崩れた屋根はその不気味さ醸し出していた。

 

「やはり、ここでしたか……」

「菊梨、ここが何か知ってるの?」

「えぇ、よく知っておりますとも……」

 

 何かを思い出すかのように目をつむり、やがて覚悟したのかその重い口を開く。

 

「ここはかつて私(わたくし)達が暮らした場所、そして代々私(わたくし)達の子孫に受け継がれてきた屋敷――大西邸です」

「それって――じゃぁ、ここが……?」

「はい――ご主人様が生まれた場所です」

 

 大西雪、それが生まれたばかりの私の名だった。母は私を生んですぐに病死、その後おばちゃんに引き取られて坂本雪となった。でも、何故だろうか? 何か引っかかるというか、記憶にもやのようなものが……

 

「ねぇ菊梨、私がこの家にどれくらい住んでいたか知ってる?」

「それは……」

 

 脳内で響く怨嗟の声、鼻孔をつく肉の焼ける匂い。

 私は無意識に敷地内へと足を踏み入れる。所々穴の空いた廊下を抜け、客間のような場所に出る。

 

"やめて、ころさないでくれぇ!!"

"このばけものが!!"

"狐だ、狐の祟りだ!!"

"くるな、くるなぁぁ!!"

 

 知っている、私は知っているんだ。この場所を、どうしてこうなったか――誰が何をしたのかを。

 きっとこのシミは人だった者達の跡、彼らが生きていた証なのだ。

 

「ご主人様! しっかりしてください!」

「――大丈夫、私は正気だよ」

 

 知っていた、分かっていて忘れたフリをしていた。だってここの人達はみんな嫌いだったのだから。殺したい程憎かったのだから。だから私は、自由が欲しくて皆殺しにした。この体に流れる妖狐の力で、自らの父を含む人々を焼き殺した。

 

「そっか――私ここで、生きてたんだね。死んでいたけど生きていたんだ――確かにこの場所で」

「ご主人様……」

「雪、それは違う」

「海人?」

「――こっち!」

 

 海人は私の背から降りると、どこかを目指して駆け出す。私は小走りでその後を追うと、更に奥まった小さな和室へと辿り着いた。

 

「この場所が、君を一番感じる場所だ」

「どういう事……?」

「分からない、きっと君にしか感じ取る事が出来ないから」

 

 眼を瞑り、この部屋に残された残照――声に耳を傾ける。それはどこか、懐かしい声――

 

"お前の名は雪だ。我が呪われた血を引きし者よ"

 

 あぁ、知っている。私はこの声を知っている……

 

"よいか、お前は我らの希望だ。混ざりモノの未来だ。我と妙の子にして、世界を救う救世主だ"

 

 それは死して尚、全ての愛を私に与えてくれた。私は一人じゃないと教えてくれた。

 

"どんな過酷な運命であろうとお前なら乗り越えられる。我はそう信じて全てを託そう"

 

 そして受け取った愛と力、私はずっと一人ではなかった。

 

「お母さん、ずっと一緒にいてくれたんだね……」

 

 お母さんから受け継がれたのは力だけじゃ決してなかった、まだその全てを理解したわけじゃないけど、私は――

 

「今は私(わたくし)もいますよ」

「うん、ありがとね……」

「――真実を知ったか」

 

 まるで全てを見透かしているかのように、先程すれ違った制服の女性が部屋近くの庭へと飛び降りてきた。

 

「貴女はさっきの!」

「餓鬼へのお仕置きに手間取ってな、正樹を連れてきてくれて礼を言う」

「正樹、それが僕の名前?」

「そう、あたしにとって大事な名前だ。そして――」

 

 女性は海人――正樹を正面から抱きしめる。その感触を思い出すかのようにきつく……

 そして、自ら持つ霊剣を彼の背中へと……

 

「今度こそ、あたしを連れて行ってくれ――」

「――ダメだよ」

 

 振り下ろされた刃は、正樹がしっかりと掴んで受け止めていた。

 

「何故だ! ならどうしてあの日、あたしを連れて行ってくれなかった! どうして置き去りにした!」

「……」

「答えてくれ…… あたしが今まで一人で、どれだけ長く戦ってきたと思ってるんだ。正樹も、操も、恵も、みんな――みんな先に逝ってしまった。あたしは――」

「すまない……」

「今更謝らないでくれ! 過去はもう変えられないんだ!」

「それでも僕は、君に生きていて欲しかったから。君が生きる未来を望んでしまったから」

「お前、記憶が完全に戻ったのか? 鬼童丸の支配から抜け出したのか?」

「――わからない。今、僕と彼は一つの存在になった。人ならざる存在となった今なら、君や雪達の苦悩もよく分かる。

 だからこそ、僕は君達に笑い合える未来を見たんだ」

 

 そう言うと、正樹は女性に指輪を手渡した。それを見た女性は、溢れんばかりの涙が瞳から溢れ落ちる。

 

「僕と生きてくれてありがとう――未来は確かに預けたよ。

 さぁ雪、僕をもう一度封印してくれ」

「正樹が自由に生きる事は出来ないの?」

「そのためにはまだ早い。もっと技術が発達して、人類が妖怪と手を取り合えるようになればいつか……

 またいつか、共に生きていける日がくるさ」

「ううっ、まさきぃ……!」

「だからその時まで、おやすみなさい――愛しの妻と義娘よ」

 

 私は全てを悟り、彼が誰であったかはっきり理解した。そしてこの制服の女性も……

 

「さよならは言わないから! またね、お義父さん!!」

 

 制服の女性――若き姿の妙が握る指輪に手を重ね、かつて教えられた封印術を形成する。彼はこの指輪に封じられ再び眠りにつくだろう、いつかまた出会うために……

 

"茶番劇はここまでよ!"

 

「しまった、二人共!!」

 

 正樹は慌てて私とおばちゃんの身体を突き飛ばす。その瞬間目に映ったのは、黒い闇に飲み込まれた最後の笑顔だった。

―――

 

――

 

 

「司令!! 大西邸跡地にて巨大な妖力を感知――その数値はSランクを大きく越えています!」

「同時に複数の妖力が各地に分散しています! 一つ一つがAランク相当の疑似妖怪かと思われます!」

「間に合わなかった……? 邪神党が彼を手に入れたのだとすれば、間違いなくこの世界は終わるわ……」

"天照司令、あたし達はどうすればいい?"

"私達はいつでも動ける"

 

 モニターに映る傷だらけの留美子と留美奈は獲物を構えながらそう問いかけた。各所に見られる傷は、明らかに互いに殺し合ったように見えるのは今は無視しておこう。

 

「――そうね、二人には拡散している疑似妖怪を各個撃破してもらいます。神域をエリアPからVまで可変しつつ展開、やつらを網にかけるわ。優希は異変が起きた大西邸に直行して」

 

『了解!!』

 

「それと、留美子と留美奈は事前に渡しておいた新スーツの使用を許可するわ」

「待ってました!!」

 

 留美奈は嬉しそうに首に下げた勾玉を手に取る。留美子も同じように手に取り、装置を起動するためのワードを口にする。

 

『神器開放!』

 

 ワードを認識した装置は、内部に格納されたスーツと武装を開放する。それと同時に元々着ていた服を勾玉へと格納する。それは転送に近い形で瞬時に行われるのだ。二人が元々着込んでいた巫女装束スーツをベースに、頭部や腰に機械的なアクセサリーが装着され、霊力パックが備えられている。普段の余剰霊力を溜め込んだこのパックは、戦闘中に全て活用出来るようになっている。

 

「思ったより身体が軽いぜ」

「油断しない、相手はAランク妖怪相当」

「んなぁこと分かってるよ!」

 

 地面からせり上がってきたウェポンラックから二人はガトリングガンを取り出すと、今にも降りてくる妖怪の群れに向けてその銃口を向ける。

 

「さぁて、祭りの始まりだぜ!」

 

―――

 

――

 

 

「さて、状況を説明してもらおうか?」

 

 優希が辿り着いた現場は一触即発の状況だった。三尾の狐と何故か若い姿の国家退魔師、対するは鴉のマスクをした黒い羽の妖怪。

 

「取り込み中だ」

「後にしろ」

「そんなに見れば分かる、僕が言いたいのは――」

 

 鴉の妖怪から嵐のような妖力が吹き荒れる。並の退魔師であれば浴びるだけで失神してしまいそうな程強烈なものだ。転身(トランス)状態の自分でさえ、立っているのがやっとのレベルだ。

 

「姉様!」

「梨々花!!」

 

 呼んでもいないのにまた一匹の狐が姿を現す。全く、この状況は何が起きていると言うのか。それよりも問題は……

 

「だから、坂本雪はどこに行った!」

「ご主人は……」

 

 光一つ無い空間で、私は眼を覚ました。先程の出来事とか、神楽が現れた事とか、菊梨が私をどこかにぶん投げた事とか――つっこみたい事は山ほどあるけれど、まずはこの空間から抜け出さなければならなかった。

 しかし、歩けど光は見えてこない。永遠に続く暗闇を闇雲に歩き続ける。進んでいるのか戻っているのか、そんな方向感覚すら失った頃、気づけば終点へと辿り着いていた。

 何人もの巫女服のような衣装を纏った狐娘達、彼女達が手に持つ蝋燭がとある場所への道を照らし出す。それは玉座のような場所、一人の女性が頬杖をつきながらこちらを見下ろしている。

 

「待っていたぞ」

 

 何の冗談だろうか? 私は夢でも見ているのだろうか?

 

「……」

 

 違う、決定的に違う。眼の前に座るのは人間ではない。おそらく神と呼ばれる上位の存在――その筈なのに、どうしてだろうか? 私には分かってしまう。そうだ、今目の前にいるこの人は――

 

「おかあ――さん」

 

 紛れもなく、自分の母だと確信していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ふぉっくすらいふ 特別編 <急>

「久しいな、我が娘よ」

 

 写真で見た母は、長い黒髪と私と同じ瞳の色、偉そうで自身に満ちた笑みを浮かべていた。眼の前に対峙している女性は、雰囲気こそ一致するが容姿は全くの別人だ。人を射殺すのではないかと感じる青い瞳、銀の髮はこのくらい空間でも目立っていた。

 

「……」

「混乱するのは無理もない――まずは大西家の歴史を語らねばならぬな」

 

 菊梨に似た女性が、私の後ろに腰掛けるための椅子を準備する。私はされるがままにその椅子に座り腕を組んで眼の前の女性を睨んだ。

 

「よい瞳だ……」

「前置きはいいから、全部話して! 早く菊梨達を探しにいかなきゃないんだから!」

「安心しろ、ここは向こうとは時間の流れが違うからな」

「――どういう事?」

「まずは順番だ。さて、これはちょっとした昔話だ――」

 

 むかしむかし、大西という退魔師の名家があった。大西は彼らの中でもリーダー的存在であり、妖かし討伐にてその手腕を振るった。

 だがある日、当主とその妻がとある鬼に敗北し殺された。当然、後継者争いが起こり大西家はそのまま没落していった。跡継ぎの育成がまだ終わっていなかったからな、彼女達姉妹は退魔師として戦えるレベルでは無かったのだ。

 しかし、彼女達は蔵に安置していた鏡に封じられた神を目覚めさせてしまう。その神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、かつて悪さをしすぎ始祖神に封印された存在だ。

 開放の褒美として、神は姉妹に力を与える事にした。それは諸刃の刃、絶大な力を得る代わりに人である事を辞めるというもの。そして、その生命尽きれば宇迦之御魂神へ仕える宿命も背負っていた。

 

「もう分かるだろう? この空間に囚われた魂達は、神へ仕えるために囚われた歴代の大西家当主達だ」

「そして、貴女が――」

「そう――我が宇迦之御魂神だ」

「でも、それじゃあ――」

「話は最後まで聞け、たわけが」

 

 我も例に漏れず、死して後この場所へと召喚された。しかし、我は奴に隷属する気は初めから無かったわけだ。魂だけとなった分、肉体という枷を外され全力で戦い続けた。どれだけの時を消化したか分からないが、我はついに神を討ち取ったのだ。そして、その力を奪い取り新たな神としてここに君臨している。

 

「例えば、お前の元に菊梨を送りつけたりな」

「なっ――じゃぁ!」

「あぁ、全てはお前を守るため我が命令した。しかし、途中からあやつも好意でお前と共にいる事を望んていたがな」

「それが、大西家の秘密だったなんて……」

 

 正直、話が壮大すぎて分かりにくいが――つまり私の母は神様になってしまったらしい。しかし、ここが死した当主が来る場所ならば、私は死んだという事だろうか?

 

「安心しろ、お前はまだ死んではいない。あやつを倒せる可能性があるのはお前だけだからな」

「なら、早く私を元の場所に戻して!」

「今のお前では勝てん。我の継承した力を1割も使えてない状態では瞬殺だな」

 

 一呼吸置いて、母は不気味な笑みを浮かべて笑いかける。

 

「――だから、力を引き出せるまで我が稽古をつけてやろう」

「は……?」

 

 ――ほんの一瞬の出来事だった。間違いなく今、私の上半身は下半身をお別れしていた。それが現実なのか幻覚なのか、脳はバグったかのようにグルグルしている。

 

「ここなら何をいくらやっても死にはしない。共に楽しもうではないか」

「――菊梨、留美子、もしかしたら今日が私の命日かも」

 

 迫る刃を前に、私は乾いた笑いを浮かべた。

 

―――

 

――

 

 

「流石に、化け物すぎる……」

「まるで、こちらの攻撃が全て読まれているようだ」

 

 かつて神楽だった妖怪――八咫烏の前に菊梨、梨々花、妙、優希の4人がかりで歯が立たずにいた。その力は今まで戦ってきた強敵達とは比較にならない程の妖気を放っている。八咫烏が術を放つたびに、被害を抑えるために展開された神域にヒビが広がっている。突破され、京都に被害が広がるのも時間の問題であった。

 

「もう少し頑張らないと、折角の結界が壊れてしまいますよ?」

 

 その表情は仮面で見えないが、明らかに八咫烏は嘲笑っていた。

 

「うるせぇ、調子に乗んなばあさん!」

 

 神域外から2つ人影が現れる。到着して早々、片割れは両腕のガトリングガンをお見舞いする。

 八咫烏は右腕を掲げて結界を形成に、霊気の込もった銃弾を全て弾き落とす。

 

「ちっ、無駄にかてぇな」

「みんな、助けに来た」

「留美子! 留美奈!」

「おう、またせたなぁあまてるちゃん!」

 

 留美奈は優気に対してガッツポーズを取り、改めて敵へと向き直す。二人の増員が現れたとはいえ、相手はSランクをも超える化け物妖怪である。5人がかりでさえ通用するか怪しい。

 菊梨は覚悟を決め、梨々花に目配せをする。梨々花は頷き、自身の妖力を全て一つに掻き集める。

 

「みなさん、私(わたくし)にいい考えがございます」

「それ、死亡フラグだったりしないな?」

「もちろんです」

 

 3尾状態を解き、自らの愛刀を構え直す。皆もボロボロの身体に鞭を打って戦う気力を奮い立たせる。

 

「どんなに強力でも、所詮は妖怪です。心臓を切り裂けば死に至るでしょう。ですので、皆さんには私(わたくし)が決定打を打つための空きを作ってもらいたいのです」

「相手がこちらの動きを読み切れない程、波状攻撃を仕掛けるわけか」

「いいぜ、やってやるよ」

「まかせて」

「ここで倒れては、雪に顔向け出来ないからな……」

「――姉様!」

 

 梨々花は、自身全ての妖力を込めた愛刀――定春を菊梨に投げて渡す。菊梨はそれを左手で受け取り、自らの妖力を一つに掛け合わせる。溢れ出した妖力は形となり、6本の尾を形成する。

 

「菊梨ちゃん――6尾状態(モード)!」

「私達もいくよ」

「よっしゃ!」

 

『疑似転身(トランス)!』

 

 留美子と留美奈は新型スーツのリミッターを解除する。頭部と腰のパーツが開放され、金色の粒子のようなものが放出される。これは溜め込まれた霊気を開放したため起こる、放熱のようなものである。まるで、耳と尾のようにも見えるそれが、疑似転身という起動コードを与えられた。

 まずは留美奈が、両腕のガトリングを大剣へと変形させて斬りかかる。八咫烏は軽く身体を倒して剣先を避け、右の蹴りで留美奈を吹き飛ばす。その影から2丁霊銃を小剣へと変形させた留美子が突きを放つ。普通ならばこのタイミングで避けられるはずも無いが、まるで呼んでいたかのように左腕から火球を留美子にお見舞いする。

 

「させるか!」

 

 留美子に追い打ちが迫るのを"見ていた"優希は相手の動きを牽制するために2発霊銃を打ち込む。留美子への抜き手を方向転換し手刀で弾丸を打ち払うと、その一瞬で小剣を連結させて両刃剣へと変化させて斬りつける。

 

「ちっ……」

「正樹の仇ぃっ!」

 

 八咫烏が後ろによろける空きを見逃さず、大きくジャンプした妙が自身の霊剣に全ての霊力を乗せて叩きつける。

 

「"画竜点睛"っ!!」

 

 その遠心力を利用した鉤爪での回転攻撃――とっさに左手を掲げて結界を展開するも、妙の一撃は結界を切り裂き八咫烏の左腕に大きく傷をつける。後ろに少しよろけたタイミングを、後方から優希が狙いを定める。

 

「ホーリー・レイ!」

「――粋がるなっ!」

「やらせない」

 

 地面を転がりながら、妙は手にした符を八咫烏に向けて投げつける。符は足元炸裂し、八咫烏のバランスを崩させる。更に動きを封じるため、体勢を立て直した留美子と留美奈が左右から八咫烏を斬りつける。

 振り下ろされた大剣を無事な右腕で掴み、そのまま留美奈を振り回す。攻撃目前の留美子に投げつけて、そのまま留美奈の腹部に拳を叩き込む。更に身体を捻って眼前に迫る極太レーザーに手刀を振り下ろして真っ二つに割る。

 

「勝機っ!!」

「くっ!?」

 

 叩き割られたレーザーの影から現れたのは菊梨だった。たった一瞬のこのタイミングを狙い、彼女は大きく踏み込んだのだ。千載一遇のチャンス、仲間達が作ってくれたこの時間に全てをぶつける。

 左手の定春で右腕を切り落とし、自らの愛刀を心臓目掛けて横薙ぎを放つ。

 

「まだぁ、私達は――」

 

"よい、刻は満ちた"

 

「これで――倒れなさい!!」

 

 肉を切り裂く感触、その刃はついに八咫烏の心臓へと到達し――

 

「――神をここまで追い詰めるとは、褒めてやろう」

「なっ――うぐっ!?」

 

 確かに心臓を破壊したつもりだった。それどころか、失われた部位まで完全に再生していた。

 叩き込まれた拳は無防備な身体の臓腑を破壊し、大西家の内部まで菊梨を吹き飛ばす。

 

「――Ains」

「このっ……!」

 

 両刃剣を分離させ2丁銃を八咫烏に向けて連射するが、その弾丸を全て避けて留美子の懐に飛び込む。

 

「Zwei!」

「かはっ……」

 

 抜き手で腹部を貫き、庭にある池の跡に留美子を投げ捨てる。

 

「てめぇ、よくも!!」

「神の前にひれ伏せ」

 

 留美奈の振り下ろす大剣を蹴りで叩き割り、そのまま肩へとハイキックを放つ。肉と肉がぶつかり合う音と、留美奈の肩の骨が砕ける音が響いた。

 

「Drei」

「違う、あれは"見て"いるんじゃない。あれは――」

「そうさ、これが神に到達した者の力だよ――失敗作の優希」

 

 いつの間にか優希の眼の前まで迫っていた八咫烏は、優希めがけて裏拳を放って吹き飛ばす。しかし、優希の放った一撃は八咫烏を捉えていた。顔につけていた仮面が割れ、額から一筋の血が流れ出る。その素顔は、神楽とは全く別人の男性のものであった。

 

「Vier――そろそろSchlussといこうか」

 

 自らの妖力を右手へと収束し手のひらをかざす。 この一撃で、間違いなく京都は消し飛ぶとその場にいる全員が確信していた。しかし、再び立ち上がれる者は誰一人としていなかった。

 

「今度こそ私達の勝利だ――Gottes Herrschaft!」

 

 辺りが閃光に包まれ、誰もが全て決したと思っていた。しかし――

 

「主役は、遅れて来るもんよ」

「――やはりか、やはり最後に立ちはだかるのは貴様なのか!!」

 

 閃光と煙が晴れ、そこに立っていたのは――

 

「遅すぎじゃ……」

「やっとかよ……」

「待っていたぞ……」

「あまてるちゃん……」

「――ごしゅじんさま!!」

 

 菊梨と同じ巫女装束を纏った雪がその場には立っていた。

 

「随分、私の大事な人達をいたぶってくれたじゃない?」

「あぁ、この瞬間をどれだけ待ち望んだ事か。何度死の幻覚を乗り越え、復讐の機会を待ったか!!」

「何こいつ、頭おかしいんじゃないの? まぁ、それでもきっちり礼はさせてもらうわ!」

 

『顕現せよ――"紅桜"!』

 

 八咫烏が放つ力と同等――いや、それ以上の力がその場で溢れ出す。許容限界を越えた神域は木端微塵に砕け散る。

 雪の右手には恵より継承した力"紅桜"が握られ、その力を示すように彼女の後ろでは9本の尾が揺らめいていた。

 

「九尾――やはり、やはり貴様こそが神の領域に辿り着く者だったか!」

「神様とか力とか、私にとってはどうでもいいのよ!!」

「何を言う、力こそ全て! 力こそ自らの証明だ!」

「私はねっ、大事な人達を守れる力だけあればいいのよ。壱式奥義――"絶刀"!」

 

 雪の一撃を受け止めた八咫烏だが、その衝撃は次元すらも歪める。

 

「貴様には真実を見せてやろう、ついてくるがいい」

 

 そう言って八咫烏は次元の狭間へと飛び込む。雪も後を追おうとするが、背後から菊梨に呼び止められる。

 

「ご主人様、絶対に――戻ってきますよね?」

「――当たり前じゃない。私の好物作って待ってなさいよ? ちゃんと、決着はつけてくるから……」

 

 そのまま振り返らずに次元の狭間へと飛び込む。中は黒い空間が果てしなく続いており、まるで映画を放映するかのように様々な映像が流れている。

 私が菊梨を刺し殺す映像、私の目の前で留美子が消える映像、菊梨が留美子を殺す映像まである。

 

「これは世界の可能性だ。ありえたかもしれない世界と隣合わせに、貴様達の世界は存在している」

「これが全部、ありえたかもしれない世界……」

「しかし、神は私達の存在を否定したのだ! 私達は不要だと切り捨てたのだ!」

 

 打つかり合う拳と刃、その火花は宇宙のようなこの空間を照らし出す。

 

「そんなの、自分で否定すればいいじゃない!」

「それは傲慢だ、その選択権すらなかったのだ!」

「本当に最後まで抗ったわけ?」

「あぁそうだ! 数え切れない世界を繰り返し今この瞬間にまで辿り着いた! 神の領域に到達した私達ならば、今こそ神を妥当出来る」

 

 問答と共に振るわれる攻撃は、相手の手足を切り裂く。しかし、互いの傷は瞬時に復元されこの戦いは無限に続くかと思われた。

 

「ほんと、面倒くさいインキャおじさんがぁ!」

「乳臭いガキの言う事かぁ!」

「――そういうあんたが、一番家族の愛に飢えてるんでしょうが!!」

「はっ!?」

 

 それはほんの一瞬だった。雪のその言葉に、一瞬だけ八咫烏の動きが止まった。

 

「参式奥義"桜牙――」

「そうか、私が欲しかったものは……」

「天翔"っ!!!!」

 

閃光と見間違う程の俊足、本来ならば守りの型である霞の構えからの踏み込み。その一撃は、八咫烏を心臓を確実に貫いた。

 

「まだだ、これで終わりではない……」

「いいえ、これで終わりよ」

「私は、私達は――」

 

"もう、いいのです貴方様と共に果てるのならば……"

"やれる事は全てやりました。あとは、運命に身を委ねましょう"

 

「神楽、彩音…… 私はもう、一人では無いのだな……」

 

 八咫烏は雪の肩を押すと、元いた世界へと押し戻す。

 

「貴様が生きるべきはここではない。仲間達の所へ帰るがいい」

「あんた……」

「そして私の名を永遠に刻むがいい。私の名は――」

 

 その言葉が雪に届いたかどうかは、本人にしか分からない。しかし彼にとって、それはそれで満足であった。

 

「ふっ――こんなにも欲していたものが、もう既に手中にあったとはな」

"さぁ、行きましょう"

"どこまでもお供します"

「さらばだ、神に造られし世界よ。さらばだ、永遠のライバルよ。この次元の狭間の底で、永遠にお前の人生を眺めてやろうではないか」

 

 八咫烏をゆっくりと眼を閉じ、微睡みに身を委ねた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ NEXT FUTURE

 ――それは、長い長い誓いのキスだった。今までの道程が瞼の裏に浮かぶ――私が経験してきた事、私じゃない私が経験してきた事、これから起こりうる事。多くの思いが交錯し、私は今この場所に立っている。

 教会の鐘の音がカンカンとけたたましく鳴る。まるで私達の門出を祝福するかのように……

 

「むきぃ~! 留美子ちゃん!! お嫁にいかないで!! お母さんとずっと一緒って言ったじゃない!!」

「司令、そんな事は一言も言っておりませんし、私も聞いておりません。そもそもで、司令が雪さんと約束した事でしょうに」

「研究に協力する代わりに留美子をくれなんて……でも許す!! 幸せになるのよ!!」

 

 安倍天照は副司令に慰められながら、ピーピーと泣き叫んでいる。流石の留美子もその姿には苦笑いを浮かべている。

 私は手にしたブーケを放り投げる――多くの女子達が群がり争奪戦が始まる。しかし、その軌道は無関心な優希の手元にスポリとハマった。

 

「あっ……」

「よしっ! あまてるちゃん、あたし達も式を挙げるぞ! 今すぐにだ!」

「留美奈、それは流石に気が早いんじゃないのか」

「そんな事ねぇ! そもそもで、留美子に先を越された時点であたしは――」

 

 それは、本当に平和な風景だった。誰もが笑いあい、傷つく事の無い世界。やっと、ここまで辿り着いたのだ。本当に、本当に長かった……

 二人でヴァージンロードを歩きながら、この場にいない二人の人物の顔が浮かぶ。一人は坂本妙、私の義母さんだ。私が京都に向かっている最中、神楽との戦いで入院中だったうえ、魂だけで京都で激戦を繰り広げた代償――今は青森の実家にて自宅療養となった。近々、帝都支部司令代理である和樹さんが後を継ぐ予定らしい。私も結婚式が終わったら、おばちゃんの介護のため青森に帰省するつもりだ。

 そして、もう一人――

 

「菊梨、来なかったわね……」

「私達の事、祝福してくれないのかな……」

「そんな事ないよ! だって、式の前にも確認して……」

 

 そう、本来ならば今日は三人での結婚式の筈だった。法律的にもアウトな事例だが、そこは取引として天照様に無理を通してもらって、今日の会場だって準備してもらった。3人で家族になる事に、菊梨も同意してくれたのだが……

 教会の扉を潜ると、長い階段下に白いオープンカーが一台駐車していた。

 

「あっ……!」

「へい、お嬢さん方――乗っていきませんか?」

 

 その車の運転席には、白無垢に身を包んだ菊梨が座っていた。

 

「菊梨っ!!」

 

 私はドレスの裾を掴んで階段を駆け下り、周りの目も気にせず菊梨に抱きついた。

 

「まぁ、そんなに私(わたくし)が居なくて寂しかったですね。思ったよりも車の準備に手間取ってしまいまして……」

「ばか! 来ないと思ったじゃない!」

「申し訳ございません……」

「ばかっ! ばかばか! 菊梨のばかっ! 淫乱! 露出狂!」

「ちょっと!? それは流石に言い過ぎです!」

「ごちそうさまです」

 

 そんなやり取りを見て留美子は微笑むと、後ろの座席にゆっくりと座る。

 

「ほら、ご主人様? 離れてくれないと運転出来ないですよ?」

「ご、ごめん……」

「では、行き先はどこにいたしましょう?」

「行き先は帝都までかな。いや――」

 

『私達の未来へ!』

 

 掛け声に合わせ、菊梨はアクセルを全開に踏み込む。物凄い音を立てながら車は長い道を爆走し始める。

 

「ところで、いつの間に車の免許なんて取ったの?」

「――とってませんよ?」

「はっ?」

「えっ?」

「無免許で車なんて持ち出すなぁ!!!」

「あぁん! 久々のご主人様のハリセンに私(わたくし)感じてしまいます!」

「ちょっ!? 前見て前!!」

「もう、勘弁してよぉ!!!」

 

 そう、私達の波乱万丈なふぉっくすらいふは、これからもずっと続いていく。ずっと、ずっと――

 

 

 

 

 

ED『ふぉっくすらいふ』

 

作詞:空野流星

 

歌:橘瑠璃

 

貴女と出会ったのは偶然じゃない、きっと運命だった。

あの日から、私の物語は色付き始めた。

手と手が触れ合った時、鼓動は早まり私は貴女に釘付け。

そう、もう欠ける事の出来ない存在になったのだから。

 

共に歩く道が、ずっと先まで暗闇を照らす道標。

握りしめた手は、これから先も絶対に離さないで。

そうさ、これが私達の物語。

私達だけの、ふぉっくすらいふ。

 

喧嘩する日もあったね、当然な事だけど。

共に抱き合い、涙を流す日もあった。

尾と尾が触れ合った時、全身に電流が走る。

そう、もう私にはずっと貴女が必要なのだから。

 

共に生きる道が、ずっと先の未来を照らす道標。

抱きしめた温もり、これから先も絶対に話さないで。

そうさ、これが私達の運命。

私達だけの、ふぉっくすらいふ。

 

1年、10年、100年後も、貴女は変わらずにいてくれますか?

ずっと、ずっと愛して、共に生きていてくれますか?

きっと、朽ちる日が来ても、最期まで共にいてくれますか?

そうだと、私は、ずっと信じている――永遠に!

 

共に歩く道が、ずっと先まで暗闇を照らす道標。

握りしめた手は、これから先も絶対に離さないで。

共に生きる道が、ずっと先の未来を照らす道標。

抱きしめた温もり、これから先も絶対に話さないで。

そうさ、これが私達の物語。

私達だけの、ふぉっくすらいふ。

終わらない、永遠のふぉっくすらいふ。

 

 

 

 

 

 

-帝京歴???年-

"今回の妖怪人間発生事件ですが、世界最年少退魔師である雪音ちゃんと美雪ちゃんの二人によって無事解決されました!"

"いぇーい、ママ見てる!!"

"雪音ちゃん、そんな事言ったらママさんが困るよ!"

"凄腕なのは間違いないですが、小学生らしい一面も垣間見れましたね。では、次のニュースを――"

 

 リモコンでテレビの電源を切り、用意したお茶とお菓子をお盆に乗せて階段をゆっくりと登る。角を右に曲がってまっすぐ通路を進み、子供部屋の扉を通り過ぎて一番奥の部屋までやってくる。

 部屋の扉には、"仕事中、入るべからず"という札が立てかけてあった。それを通路の横に置き、静かにドアノブを撚る。

 

「あらあら……」

 

 そこには、まとめられた今週掲載分の"鋼鉄の聖女ジャンヌ"の原稿と、ソファーに寝っ転がって爆睡する雪の姿があった。

 菊梨は笑顔を浮かべ、お盆を机の上に置くと雪が眠るソファーに腰掛けた。

 

「本当に、色々な事がありましたね……」

「んぅ――もう食べられにゃい……」

「一体、ご主人様はどんな夢を見ているのでしょうか。このままご一緒したい所ですが、そろそろ買い出しに出た留美子ちゃんが子供達を連れて帰ってくる時間ですしね」

 

 菊梨はそのまま顔近づけ、眠る雪の唇に自らを唇を重ねる。

 

「では、また明日まで――おやすみなさい」

 

 そう言って、部屋を出た菊梨は静かに作業部屋の扉を閉めた。

 

~おしまい~



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまけ
八咫烏


-帝京歴759年-

 

「いいか、お前はその中に隠れているんだ」

「お父さん!!」

 

 燃える燃える、歴史を紐解く秘密が父と共に燃えていく。全身が焼けるように痛む。失った右腕が痛み続ける。また大事な何かを失う事に心が痛む。

 

「父さんと母さんの復讐を為せるのはお前だけだ。いいか、必ず玄徳を殺すんだ。俺達家族を壊したあの男を――」

"こっちから声がするぞ!"

「いいな、お前だけでも生き残って、そして俺達の悲願を! うぉぉぉぉおお!!」

 

 男性は銃を構えて今にも蹴破られようとする扉に突撃していく。5歳程度の幼子は、何も理解出来ずに泣き叫ぶ事しか出来なかった。

 ただ父の名を呼び、無様に泣き叫ぶだけ……

 

 そして、帝京歴774年

 

「晴明様が亡くなられ、早15年の月日が流れました。本日帝都では、大規模な鎮魂祭が予定されております。都民の方々はなるべくご参加――」

 

 スクランブル交差点の中、この真夏に似合わない真っ黒なスーツを来て歩く男がいる。男はモニターのニュースに目を向けて、不気味に口角を釣り上げる。

 巨大なモニターに向けて、ガンメタルカラーの義手の指で銃を象る。

 

「Bang!」

 

―――

 

――

 

 

「それでさ、久美子がね、こーんな顔で怒ってるのよ!」

「あははっ!! 似てる似てる!」

 

 私の名前は日向、どこにでもいる高校生だ。今日は午前授業だったため、親友の霧子と共に渋谷へと遊びに来ていた。二人でアイスクリームを食べながら、仲良くバカ話に花を咲かせている。

 

「でもさ、担任のぶっちーったらすっごい困ってて、マジうけるって感じ!」

「私あの担任苦手なんだよね」

「わかるぅ、キモイもん!」

「流石に言いすぎだって!」

「だってだって――キャッ!」

 

 霧子の背中が通りかけたスーツの男性にぶつかる。男はピギャッという悲鳴を上げながら、思った以上に吹き飛び、遊歩道を転がっていく。

 

「大丈夫ですか!!」

 

 私は慌てて男性に駆け寄って肩を貸す。この真夏日に全身真っ黒なスーツを着て、サングラスとつばの広い帽子を被っていた。そしてヒヤリとした無機質な感触――彼の右腕が義手だという事に気づいた。

 

「大丈夫だよお嬢さん」

 

 表情は読み取れないが、声からして然程怒っているような感じでは無かった。声音から結構若い人と推測出来るが、何かの自己で片腕を失ったのだろうか?

 

「――気になるかい?」

「えっ……? いや、その――」

「コイツはね僕の自信作で表面には特殊な加工がされていて、どんな衝撃でも傷つかづ凹まずなんなら鈍器としても成立してしまう程高度を有し――」

「ご主人様!!」

「おぉ、やっと買えたか彩音」

 

 異常な程の男の早口を遮ったのは、渋谷で大人気のソフトクリームを2つ持った小さなメイドさんだった。耳と尻尾をみるに、どうやら狐の妖怪であるようだ。

 

「はい! ご主人様の分も買ってきましたよ!」

「good job! ではお嬢さん、僕達はこれで失礼するよ」

「は、はい……」

「――それと、最近は物騒だから夜遊びは程々にね」

 

 去り際、男はそう耳打ちして去っていった。

 

「いったた――日向、さっきの男の人は?」

「いっちゃった……」

「あっそ、ならいいか!」

「ほんと霧子って適当だよね」

「世の中、なんとかなるなるってね!」

「――その性格が羨ましいわ」

「さてと、それじゃあそろそろ向かいますか」

 

 そう言って霧子は私の手を引いて駆け出す。

 

「本当に行くの?」

「当たり前でしょ? そのために来たんだからさ!!」

 

 ぶっちゃけ、今は来なきゃ良かったって思ってる、廃墟なんて何があるか分からないのに。

 

「霧子~? どこ行ったの~?」

 

 人間と妖怪がてを取り合う世界を作るって天照様はおっしゃっていたけれど、その方針に賛成する妖怪が全てではない。

「霧子……?」

 

 私はあまりにも、平和ボケしすぎていたのかもしれない……

 

「霧――」

「やぁだ、レディの食事を覗かないでよね」

 

 廃墟ではぐれた霧子を探し回った私が遭遇したのは、蜘蛛のような姿で人間を貪る霧子の姿だった。

 

「ぁ……ひっ……」

「ダイジョウブよ、日向は親友だからユックリ美味しく食べてあげる!」

 

 ジリジリと距離を詰めてくる化け物、私は尻もちをついてその場から動けずにいた。

 

「誰か――誰か助けて!」

 

 限界まで声を張り上げて助けを求める。誰も来ないのは分かっている、こんな廃墟に人なんているわけがないのだらか。きっと私は、目の前にいる化け物に食い殺される事だろう。手足を噛みちぎられ、羽虫のように哀れに――

 

「だから、帰った方がいいと言っただろう?」

 

 突然降り注ぐ声と風圧、目の前に迫っていた化け物は廃墟の奥へと吹き飛ばされていた。そして、私の目の前には、先程の黒スーツの男が立っていた。

 

「ぁ……」

「やぁ、また会ったね」

 

 男はサングラスを投げ捨て、スーツの上着と帽子を脱いでワイシャツ姿になる。それと同時にホルスターに収められた拳銃、ガンメタルカラーの右腕の義手と、同じ色の背中の四角い箱のようなものが露わになる。

 視界が黒で覆われ、羽のようなものが辺りを舞い散る。それはまるで黒い翼の天使が舞い降りたかのようだった。

 

「義手に漆黒の翼――マサカ、貴様は!」

「黒き魂(たま)を刈り取るは、我ら八咫烏なり!」

 

 金色に輝くヒューズのようなものを右腕の義手へと差し込むと、まるで血管に行き渡るように黄色い筋が義手全体を走っていく。

 男は左手でホルスターから拳銃を抜き、化け物に銃口を向けた。

 

「さぁ、狩りの時間だ」

 

 

 

 

 

"ねぇ、知ってる? あの噂話し"

"それって、お金さえ払えばどんな仕事でもこなしてくれる退魔師の事でしょ?"

"そうそう、本当に存在するらしいよ!"

"じゃあさ、どうやって依頼するの?"

"秋奈町のゲームセンター横の細路地を真っ直ぐ進んで右、左の突き当りに鉄製の扉があるの。そこを3回ノックしてから合言葉を言うの"

"その、合言葉って?"

 

『黒き魂(たま)を狩るは何者ぞ』

 

 合言葉で扉は開かれ、黒スーツの男と同じ黒スーツの女烏天狗、そしてメイド服に身を包んだ子狐が来客を迎え入れる。

「ようこそ、本日はどのようなご依頼でしょうか?」

 

~完~

 

 

 

 

 

-ちょっとしたあとがき-

 こちらの八咫烏は、もしも晴明が子供の頃に死んでいたらという前提で繰り広げられる物語です。本編では759年に彩音と出会って窮地を脱しましたが、この物語では流れが変わっています。

 玄徳は晴明のおじいちゃんというポジションに変更となり、天照という傀儡を使って妖怪殲滅を企てています。晴明母は天照出産後に自殺(天照が晴明父との子ではなく、玄徳によって孕まされた事実に耐えきれなくなった)、父は玄徳の計略で晴明と共に殺害されています。まぁ、生きていて晴明ではなく晴明(せいめい)と名乗っているわけですが。その道中で本編と同じように神楽と仲間になり、子狐である彩音を拾って現在に至るというわけです。

 本編と同じように彼の霊力は微弱であり、この作品では遺跡の技術を応用した技術を使って戦うわけです。彼が手にしている霊銃や霊剣も、遺跡の技術を解析して作られたものです。基本的にスペックは本編と同じものですね。

 特筆すべきは特製の義手と背中のバックパックです。神楽や彩音に生成してもらった霊気のヒューズ――霊マガジンを装填する事によって霊気を帯びた戦いをする事が出来ます。背中のバックパック――可翔翼壱式は霊気で黒い翼を形成して空を飛ぶことが出来る優れもの!

 義手に関しては玄徳によって暗殺武術を叩き込まれており、それを使った攻撃に特化されています。特に手の平から放出される霊気のエネルギー波"Gottes Herrschaft"はSランク妖怪すら消し炭にする破壊力です。

 ちなみに本編でも使っている神楽の義翼は可翔翼弐式という名称になります。霊気の翼ではなく実体なのは、自分が烏天狗であるという事を誇示したいためである。

 

 今回はおまけという導入を公開しましたが、特に続きを書く予定はございません。ですので、もし書きたいという奇特な方は是非私の方までご一報下さい。

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。