頑固親父と馬鹿息子 (太陽隊長)
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頑固親父と馬鹿息子

ジン爺さんとアスラが生きていた場合の日常の一コマ。
シルヴァリオヴェンデッタクリア後に読んでね。


金属を削る音が狭い空間に響く。

鉄と錆、それと火花の跡がもたらす独特の臭気がする工房の中、二人の技師は黙々と作業を続けていた。

ジン・ヘイゼルとミリアルテ・ブランシェ、頑固な師匠と素直な弟子の保つ静寂は、ドアを勢いよく開け放った一人の侵入者によって崩された。

 

「来たぜ親父、早速()ろうや!」

 

「仕事をしているのが見えんのか糞餓鬼、空気も読むことも出来んのか貴様は」

 

アスラ・ザ・デッドエンド、闘気を隠すこともせず満面の笑みで現れた馬鹿にジンは普段以上に不機嫌な顔でまず罵声を浴びせた。

 

「おいおい、これでも前よりはタイミングを考えて来てるんだぜ?」

 

「あれはそもそも論外だ。何処の世界にまだ陽の昇らぬ時間に組手をしに来る馬鹿がおる、流石に儂でも寝ておるわ!」

 

ジンは先日午前二時頃に叩き起こされ余りの常識のなさにキレて学ぶ暇を与えずにアスラをボコボコに叩きのめした。

尚その時アスラはまだ届かぬ高みを見て笑っていた、深夜なので勿論近所迷惑である。

 

「スラムなんぞに居るから餓鬼っぽさに磨きがかかるのだ。たまには街で常識というものをその空っぽの頭に叩き込んで来い」

 

「カカカッ、そんな暇あったら俺は大人しく鍛練でも積んでるさ」

 

「全く……この馬鹿は融通が利かん、親の顔が見てみたいわ。………いや、そもこれを造ったのは儂だったか」

 

その事実に内心苦笑しながら、指をコキコキと鳴らしている馬鹿を見据えてため息を吐く。

 

「とにかく今は去ね、仕事を投げ出すなど大和(カミ)が許しても儂自身が許さんわ」

 

「そりゃあねえだろ親父、こちとら速攻ヤル気で来てるんだぜ?それを今は忙しいからで追い返されちゃあ俺もたまったもんじゃない」

 

とんでもない言い草だ。

勝手に来て勝手にヤル気になって闘気を撒き散らす男の言葉ではない。

自分の造り出したモノとはいえ子供よりも子供な身勝手さにジンは頭を抱えた。

 

このまま断り続ければアスラは痺れを切らしてあの時のように工房で戦いを始めるだろう。

工房が荒れるのは遠慮したいし、修理中の物が壊されるのも駄目だ。

何よりこの場には弟子がいる。

前回同様庇いながら戦えばその隙をアスラは突いてくる。

この先の展開を予測しながらジンは自らのプライドと戦っていた。

ジンは悩み、アスラはその間苛立ちを募らせる。

何処までも不器用な二人は、いい感じの解決策を出せずにいた。

しかしその時、その場にいたもう一人が口を開いた。

 

「あの、じゃあ師匠の仕事が終わるまでアスラさんがここで待ってればいいんじゃないでしょうか」

 

「「………」」

 

ミリアルテ・ブランシェがその場を収める方法を二人に提示した。

そう、ジンは仕事中で邪魔だからアスラを追い返そうとしている。

そしてアスラは帰る気なんてサラサラなく、今すぐにでもジンと組手を始めたい。

両者の望みは見事にすれ違っており、このままでは話は平行線だろう。

 

だからミリィはこの場で最善の策を出した。

別にジンはアスラが此処にいても作業の手が遅れる訳では無い、邪魔だと追い返そうとしているのはジンがそういう人間だからとしか言い様がない。

アスラもうずうずしているのは確かだが、それは我慢出来ない程でも無い。

つまりお互い少し妥協すればこの状況は解決するのだ。

ミリィの提案を聞きジンは少し目を瞑り、アスラの方を見る。

 

「……十分だ、十分で仕事を終わらせる。それまでそこで大人しくしておけ」

 

そう言うとジンは作業に取り掛かる。

アスラも納得はしたのか、工房の壁に寄りかかった。

ミリィも二人の姿に安心し、自分の仕事を再び始めた。

 

アスラはジンを見つめる。

正確には、ジンの手元を見つめていた。

極め研ぎ澄まされた技術は、アスラの素人目からしても凄まじいモノだった。

一切の無駄なく、完成されたその手際にアスラは純粋に感服した。

どれだけの時間をかけたらその領域にまで行けたのか。

そして自分が同じ時間を拳の鍛練に使えばどれほどの高みに行けるのか。

アスラはそれが楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

それからジンの仕事が終わり、二人はスラムの一角にいた。

気兼ねなく拳を振るう場所ならここがちょうどいい。

無論人っ子一人近付かない、スラムの人間はアスラ・ザ・デッドエンドの恐ろしさを知っている。

 

「さあやろうぜ爺、今日こそあんたの技全部奪い取ってやらァ!」

 

「はっ、ほざけ餓鬼が。老いた身とはいえそう簡単に盗ませるものか」

 

構えを取り向き合う二人。

もはや日課となりつつある親子の組手が───

 

「シャァッ!」

 

「シィッ!」

 

同時に繰り出した拳から始まった。

互いの最高速度で放たれた最初の一撃は、どちらも躱し躱される。

それで終わるはずもなく、そこから拳撃の応酬が繰り返される。

顔面、胴体、左腕、右腕、左脚、右脚─────身体のあらゆる部分を狙った拳の雨をジンもアスラも打ち続ける。

その行為そのものにどちらも違いは無いが、唯一違うのは動きだった。

体の使い方が、拳の鋭さが、そして何よりも積み上げられた年月が違う。

それはジン・ヘイゼルという人間とアスラ・ザ・デッドエンドという人造惑星(プラネテス)の間にある巨大な壁。

始まりから人を越えていながらまだ日の浅いアスラと、人の身でありながら長い年月によって鍛え上げられたジンの絶対的な差だった。

 

「腕の振りが大きい、拳を引くのが遅い!それでは次に遅れるだろうが!踏み込みが足りん、体の全てを常に動かせ!この程度のことも出来んのか!」

 

「お、オォォォォッ!」

 

だがその壁をアスラは少しづつ登っている。

ジンの叱責、指摘を糧にして、その動きを矯正していく。

幾度となく振るう拳を、躱されいなされ叩き落とされる。

何度も、何度も何度も、何度も何度も何度でも。

学び、覚え、研ぎ澄ます。

 

アスラ・ザ・デッドエンドは間違いなく成長している、魔星から人へと堕ちながら。

その技の冴えも然ることながら、以前あった無鉄砲さも無くなっていた。

何処までも堅実、そして確実に相手の虚を突き未来を撃ち砕く。

 

アスラ・ザ・デッドエンドはもはや魔星ではない。

星の力を必要としない、常人より硬く強い人間で、そして未だ成長途中(ふかんぜん)の拳士であった。

 

「こうかッ!?」

 

「呵呵──戯けが、こうだ!」

 

アスラの右胸に拳撃が突き刺さる。

しかしそれでも怯むことなく、笑みを浮かべて構え直す。

 

「まだだぜ親父……俺はまだ立ってるぞ!」

 

「しぶといぞ馬鹿息子、少しは老体を労われ」

 

「カカッ、冗談ぬかせや!」

 

一度も俺の拳を受けずに何を言うかと、アスラは再び拳を振るう。

アスラは笑う、笑い続ける、どうしてこんなに楽しいのかと。

今までやったどの殺し合いよりも、この馴れ合いが楽しすぎる。

その理由も分からぬまま、彼は拳を振るい続ける。

 

「クッ、ハハハハハハハッ!!」

 

拳を交わす度アスラの拳撃は進化する。

ジンの技を学び盗んで、乾いたスポンジのように吸収していく。

覚えたことを実践し、技の練りを高めていく。

躱されることよりも、いなされることが多くなる。

自らの成長を確信し………

 

「未熟者が、隙が多いわ」

 

ジンの一撃が、アスラの顔面に直撃した。

何度も拳を受け、限界だったアスラの体が仰向けに地に倒れた。

 

「ぐ、ハァ………」

 

「阿呆が。相手の虚を突けとは言ったが、自分が虚を突かれてどうする。まずは自らを鍛え直せ、話はそれからだ。それにまだまだ動きの細部が甘い、効率良く素早く動かせ、無駄が多すぎるわ」

 

倒れ伏すアスラにジンは容赦なく問題点を幾つもぶつける。

 

「しかし前の貴様よりは大分マシになっている、及第点ぐらいはくれてやる」

 

「ハッ、中々厳しいこって……」

 

「ふん、馬鹿息子(しっぱいさく)にしてはよくやるということだ。今日はこれで終わりだ、明日は来るなよ」

 

ジンは足早にその場から去っていく。

一人残されたアスラは上半身を起こす。

 

「……ククク、カカカカ、ハハハハハハッ!」

 

嗚呼、まだまだその頂は遠く、道すら見えやしない。

だから面白い、俺はどれだけ高めればそこへと行けるのか。

楽しみだ、何時あの頑固親父(ロートル)の鼻を明かしてやれるのか。

拳の極みへ───否、それ以上を目指してやろう、鼻を明かすどころか驚きの余りあの爺をポックリ逝かせてやるぐらいの領域まで。

 

「滾ってきたぜ、燃えてきたぜ。あんたの予想を超えて越えて何処までも行ってやる。俺は、アスラ・ザ・デッドエンドだ!」

 

袋小路(デッドエンド)からは抜け出せない。

だがそれでもいいのだと、だから出来ることがあるのだと。

阿修羅は広い空へと自らを叫んだ。




初めてマトモな二次創作を書いた気がする。


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