獣の国の悪夢 (天ノ川遥)
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1.はじまり

ふと目が覚めると私、アルマスは暗い部屋にいた。

……確か昨日はカシウスに呼ばれてトレイセーマに来て、そのままカシウスが寝泊まりしている洋館に泊まることになった。でもあの部屋とは違って窓がない。ベッドの側のランプをつけて辺りを見回すが、扉が一つある以外は外に通じていそうな箇所はなかった。

「なんなのよ……絶・気味悪い」

とにかく部屋から出て、カシウスを探そう。幸い普段使っている装備一式は部屋にあった。……もっとも、最低限の物しか持ってきていなかったが。

 

部屋から出ると、途端に周囲の音がはっきり聴こえるようになる。床の軋む音、外の風の音、そして――獣の唸り声。

(獣?)

確かにここはトレイセーマだが、そこに暮らすのはあくまで獣人。唸り吠える獣ではない。

廊下を真っ直ぐ行くと、玄関ホールらしき場所に出た。昨日泊まることになった建物にも、こんな場所があった。構造こそ違えど似たような建物らしい。

ここまで他に扉は見当たらなかったし、ホールには外に出る扉以外に通路などはなく、ソファや暖炉があるばかり。何処にもカシウスはいなかった。

ここでじっとしているのは性に合わない。外に出てここが何処なのか、誰かいないのか、確かめないと。

 

妙に重い扉を開き、外に出る。外は月明かりで照らされ、じゅうぶん視界が確保できた。この洋館の周りには塀があり、正面には小さな門がある。その門の先に。

「ウゥゥゥ……」

「グルルル……」

あるものは二足、あるものは四足で。ギラギラとあたりを見回す獣たちがいた。

(なに……あれ)

幸いこちらにはまだ気づいていないらしく、ウロウロと周囲を徘徊している。

(見つかると面倒ね……)

とはいえ門から出れば遮蔽物のほとんどない道だ。剣を抜き、そっと門から出る。見つからないように、慎重に……

「グルルァァ!」

「ぐっ!?」

門を出た途端に獣に横から襲われる。しまった、門の左右を確認していなかった。不意のことで対応できず、まともに食らってしまう。

「この……っ!」

すぐに反撃するが、周りの獣にも気付かれてしまう。あっという間に囲まれ、対応しきれない。

「ガァァァア!」

「ゥアアアアアア!」

「ひっ……」

獣たちに噛みつかれ、掻き裂かれる。熱い痛みと骨の砕ける音で意識がぐらつく。

(カシ……ウ……ス……)

視界が徐々に赤くぼやけ、やがて暗転する。獣の唸りがやけにはっきり聴こえた。

 

「……っ!」

酷い夢から覚めたときのように飛び起きる。花畑に横たわっていたようだが、どうやらあの世ではなさそうだ。目の前の建物はどうやら先ほどの洋館らしく、しかし無かったはずの扉がついていた。

その扉をくぐると、玄関ホールに出た。洋館の裏手に庭があり、そこで目覚めたのだ。相変わらず外からは獣の唸り声が聴こえてくる。

「なによ……さっきの」

体には傷一つないが、先ほどの事が夢だとは思えない。獣の臭い、皮膚の裂ける鋭い痛み、脳裏に焼けつく獣の声――。

「うっ……ぁ……」

思い出すだけで怖気がするそれは、確かに感覚に刻まれていた。体が震え、外に出るのを拒絶する。

それでも。

「……しっかりしなさい、アルマス」

自分を励ます。ずっとここにいる訳にはいかない。もしカシウスが外にいるのなら、尚更放っておけない。このおかしな状況が何かは分からないが、とにかく動かなければ始まらない。再びドアを開ける。月明かりは相変わらず、夜を照らしていた。

 

夜はまだ、始まったばかりだ。




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【夜の始まり】
長い夜に踏み込んだ証

【目覚めの庭】
力尽き、庭で目覚めた証


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2.南区-前半

家屋が並ぶ住宅街。普通であれば家族の団らんで温かな光がもれるであろうその路地には、醜い獣が跋扈していた。

「はぁあっ!」

「グルルァ!」

襲いかかってくる獣を片っ端から斬っていく。

あれから随分と獣を狩った。始めこそ獣と血の臭いにえづいたが、もう慣れてしまった。

ここまでに幾つか分かったことがある。

ひとつ、ここはトレイセーマに似た場所であるということ。建物の造りがあの国のものと同じだ。

ひとつ、どれだけ時間が経過しても夜が明ける様子がないということ。度々休憩しながら進んできたが、星の位置も月の高さも変わっていない。

そして、少なくとも私が通ったところにはマトモな人は残っていないということ。ただ獣だけがここを支配していた。

 

「はぁ……はぁ……この辺は、終わりかしら」

いつの間にか静かになった路地の脇に座り込む。

カシウスは見つからない。ここがどこかも分からない。

とにかく前へ前へと進んできたが、あてがある訳でもない。

ただ、ただ―――

「……うるさい」

奥から聞こえるあの獣の唸り吠える声が、酷く、酷く。

身体が震えだし、早く狩りを再開しろと責め立てる。

再び立ち上がり、僅かな静けさを後にした。

(……なにか、忘れてる気がする)

 

 

道なりに進むと広場に出た。

中央に噴水があり、それを囲むようにベンチやらプランターやらが並べられている。

どういう訳か、そこには先ほどまでのような獣はいなかった。

その代わりに。

「グルル……」

山羊の胴。獅子の頭。尾は蛇。獣を継ぎ接ぎしたそれが立ち塞がっていた。

(キマイラ……?)

キメラとも呼ばれるそれは、こちらを睨み付け唸る。

こちらも剣を構え、睨み合うこと数秒。

「――っ!」

先手必勝、キマイラに斬りかかる。だが蹄は軽やかに地面を蹴り、刃は宙を斬る。

二度、三度、剣を振るうがことごとく避けられてしまう。

「なによ、何で当たらな――」

突如、熱波が押し寄せてきた。反射的に体をひねるが、揺らぐ赤い炎は左腕に触れる。

「あっつ……!」

炎を吐いたその口がニヤリと歪む。キマイラはこちらが怯んだその一瞬で間合いを詰めてきた。そして。

「ゥルルルァァ!」

「かはっ……」

鳩尾に鋭く蹴りが食い込んだ。膝から崩れ落ち、痛みに悶える。

「おえっ、げほっ……がっ!」

容赦なく背中を思い切り踏みつけられ、地面に伏す。内臓が破れたのか、喉の奥から鉄の味が逆流してくる。

「ガルルルル……」

「あ……ああ……」

獅子が牙を剥き、こちらに顔を近づけてくる。

嫌、嫌、い……

ぐちゃり。

「―――――」

文字通り、喉が潰れる。呼吸なんて出来ない。悲鳴すらあげられない。

苦しい。ひどい。なんで。なんで。なんで。

獣の荒い息遣いと咀嚼音が妙に脳裏に焼き付いた。

 

 

庭の花畑で目が覚める。まるで先ほどまでの出来事が夢であったかのように。

「ふ……ふふ……ふふふふ……」

ゆらりと立ち上がり、鞘から剣を抜く。

「どうせ死んでも無駄なんでしょ……」

誰に語りかけるでもなく。

「ええ……それなら……」

しかし、確固たる決意を持って。

「殺してやるわ。何度死んだって」

 

 

 

「―――はぁ……はぁ……」

「ゥウ……クルルル……」

獅子の首筋に剣を突き刺すと、キマイラはぐったり動かなくなった。

疲れた。どさりとその場に座り込む。

動きを読めるようになるまでに体感3時間。死んだ回数は覚えていない。そこからはひたすらに攻撃を避け、弾き、隙を作って斬りつけた。

一つの読み間違いが死に繋がる。きっとこの先もそうなのだろう。

鉄と獣の臭いを吸い込み、吐き出す。刺さったままだった剣を引き抜き、血を振り払う。

奥からは、まだ獣の遠吠えが聞こえてくる。

「……行こう」

そうしてまた、私は獣狩りに繰り出す。

この悪夢から本当に目覚めるために。




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【合成獣】
キマイラを討伐した証

【YOU HUNTED】
はじめて大型の獣を討伐した証


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3.南区-後半

住宅街を奥へ、奥へと進む。

行く手を塞ぐ獣は片っ端から狩ってゆく。

キマイラとの戦いで分かったのだが、狩った獣は大小問わず復活しない。また獣たちにはテリトリーがあるようで、外から流れ込んでくることもないようだ。

獣を狩り終わった後の静けさは心地よく、故に獣の遠吠えがうるさくて堪らない。ひたすら声のする方へ向かい、静かになるまで狩り倒した。

 

そうしているうちに随分と奥まで来た。

どういう訳か、家屋の幾つかが倒壊している。ただ壊れた、あるいは崩れたのではなく、獣によって壊されたのだろう。

進むにつれて瓦礫は多くなり、まともな家屋は少なくなっていく。

「……あれは?」

先程までの光景が嘘のように家屋が立ち並ぶ区画、その手前に。

「ア…ぐッ……がアッ……」

頭を片手でおさえながらフラフラと歩くグリモワールの姿があった。

「ねぇ、あなた……」

「グっ……あ……アるマス……」

ゆらりとこちらを向く彼女は酷く顔色が悪かった。

「グリモワールよね、大丈夫?」

彼女を介抱すべく近寄る。だが、

「に……ゲ……ナ……」

「え……?」

先ほどまで冷たかった空気が異常なまでに熱を持ち始め、グリモワールの姿が陽炎のようにユラユラ揺れ始める。

「ア……グ……ガァァァアアア!」

少女の喉から発せられたとは思えない咆哮と同時に炎の壁が視界を遮る。熱波が押し寄せ、思わず顔を腕でかばう。

「―――ァァ……」

やがて炎が収まるとそこにグリモワールの姿はない。

代わりに、というにはあまりに巨大なドラゴンがこちらを見下ろしていた。

 

 

「グォォォオオオオ!」

巨竜の咆哮は空気を大きく揺らし、窓ガラスが吹き飛ぶ。

足元には先ほどまで建物だったものが潰れており、尾を一振りすると周囲に瓦礫の山ができた。

「―――なに、あれ」

これまでの獣とは明らかに違う。大きさも、威圧感も。

こいつ相手にどう戦えば―――

「……考えてても始まらないわね」

地を蹴り、まず足に斬りかかる。だが硬い鱗は刃を通さない。

すぐさま飛び退く。動きはゆっくりとしているが、蹴飛ばされたらひとたまりもない。

どうやらこちらから攻撃が届く範囲で攻撃が通りそうな箇所はないようだ。

「ォォォオオオ」

「っ!やばっ!」

ドラゴンが首をもたげた。すぐさまドラゴンの側面に回り込む。

「オオオオォォォォ」

予想通り、ドラゴンの口から炎が吐き出される。炎は周囲の建物を焼き尽くす。

「はぁ……どうするのよこれ」

ここから攻撃が通らないなら上の方、背中や首に攻撃が通るか試すしかない。

「こんな時に、空を飛べれば……」

……実に馬鹿げた考えだ。羽がついている訳でもないし。

飛べないならば跳ぶまで。ドラゴンの死角、崩れた建物に登る。ドラゴンはこちらを見失っているのか、ギラギラと周囲を見回している。

「――はぁぁあっ!」

思いっきり跳躍し、ドラゴンの背中に剣を突き立てる。

元々攻撃が通りやすかったのか、或いは跳躍のエネルギーのおかげか、剣はドラゴンに突き刺さる。

「ガアアア!」

だがドラゴンが黙っているはずもなく、こちらを振り落とそうと尾で攻撃してくる。すぐさま剣を引き抜き首の方へ、尾の届かないところまで逃げる。

そして首の根元あたりにもう一度剣を突き立てる。

「ゴガァァア!」

やはり弱点らしく、苦しそうに身悶えている。

「これなら――っ!?」

いける、と思った直後。ドラゴンの体表が急激に熱くなる。

考えるより先に走り出す。

「グォォォオオオオ!」

背中から飛び降りると同時にドラゴンを炎が包み込む。あのまま背中にいたら燃やされていた。

炎を纏ったドラゴンは今一度こちらを視界に捉える。

「どうしろってのよ……これ」

既に周囲の建物はあらかた崩壊し潰れており、足場として利用できそうにない、飛び乗ろうにもあの炎の中に突っ込めばタタでは済まない。

勝ち誇ったように再び首をもたげる。数秒後にはブレスが襲い来るだろう。

「――!」

気づけば私は、思いっきり地面を蹴ってドラゴンに向かって跳躍していた。

ドラゴンの喉元は炎に覆われておらず、また鱗にも覆われていない。無防備に晒されたそこに向かって、無謀にも。

当然、届かない。重力に逆らえずに落ちるだけ。それでも。

「届けぇぇぇ!」

ふわり、と背中を押されるような感覚と共に、それまで重力に従っていた体が再びドラゴンの方へと進み始める。そのまま二度、三度と加速し、喉元に剣を思い切り突き立てた。

「グォァァァァァァァァ」

熱い血が吹き出し、ブレスが体内で暴発する。体表の炎が鎮まり、やがてその巨体が地面に倒れた。

 

「はぁ……やった……やったわ……」

すっかり静かになった元住宅街。座り込み、巨竜の亡骸を見つめる。グリモワールがこのドラゴンになったのだろうか……?確か彼女に獣刻されていたのは『ニーズヘッグ』だ。だとすると私は彼女を――?

そんなことを考えていると、ふと、チリンチリンと小さな鐘の音が聞こえてきた。その音の方を見ると、不自然に残っている一つの建物があった。周囲の建物が崩壊しているにも関わらず、そこだけ何もなかったかのように佇んでいた。

建物に入ってみると、テーブルと椅子、タンス、それからベッドがあるだけの粗末な場所だった。ベッドには誰か入っているのか、布団が盛り上がっている。そちらに近づくとすぐに気づいた。

「―――カシウスっ!」

そのベッドの上で瞼を閉じていたのは、カシウスだった。こちらの声に反応する様子がないあたり、深い眠りの中のようだ。

「よかった……無事で」

カシウスの手を握る。温かい。久しぶりに感じるそれに思わず涙が溢れる。手を握ったまま、目を閉じると、チリンチリン、と鐘の音が大きくなる。一瞬体が浮かぶ感覚。

目を開くと、洋館の庭にいた。花畑で眠るカシウスは綺麗で、どこか儚げで。守ってあげなくちゃ、と思う。

カシウスを寝室に運ぶ。相変わらずそこは静かで、外の音が一切聞こえなかった。

「ねぇ……カシウス」

話しかけても反応はない。文字通り眠り姫だ。

この状況が何なのかは未だに分からない。どうにかする手段も分からない。でも。

「……私、頑張るから。こんなおかしな状況、どうにかしてみせるから」

気のせいか、彼女が少し笑ったような気がした。




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【怒り燃える巨竜】
ニーズヘッグを討伐した証

【南区】
南区の攻略を終えた証

【眠り姫】
カシウスを洋館に連れ帰った証


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