もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 (青空の下のワルツ)
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二人の天才を持った妹

リハビリがてら投稿してみます。
雑な描写を何とか丁寧にしたいと思って、その辺の練習もかねて書いております。


「だからさ、あたしは面倒な家庭に生まれたってわけ。ねぇ、聞いてんの〜? 質問してきたの沙織だよ?」

 

 休日のとある日、あたしこと“西住まみ”は同じクラスの友人たちとランチをしていた。

 友人の1人である武部沙織――茶髪でゆるふわ系の女の子が私の熊本の実家について質問してきたので、戦車道の家系だということを手短に話した。

 母が近々家元を襲名することや、2人の姉が居るってことを。

 

「え? あ〜聞いてる、聞いてるって。私、彼氏の話は一言一句聞き逃さない主義だから」

 

「彼氏が居たことありましたっけ?」

 

 沙織の彼氏って言葉に反応するのは、同じくクラスメイトの五十鈴華――黒髪で清楚な感じの長身の女の子。

 彼女は華道の家元の家系だということを前に聞いた。そのせいなのか物腰がとても柔らかで、それでいて芯の通った人である。

 

「あはは、そんなことあったら、新聞部に掛け合って一面記事にしてあげるわよ。“ついに武部沙織に悲願の彼氏が!”ってね」

 

 あたしは華のセリフに続けて冗談を言った。まぁ、本当に沙織に彼氏が出来たら黙ってるなんてことしないだろう。

 きっと、毎日のように惚気話を聞かされるはずだ。

 

「あっ! ひどーい。まみりん、生徒会の権力の無駄遣いだよ。それは」

 

 沙織は新聞部に権力を振りかざすことが生徒会の横暴だと訴える。

 私は大洗女子学園の生徒会の一員だ。書紀会計として、毎日先輩たちにこき使われている。

 

「しかし、戦車道の家元のご家庭でお生まれになられましたのに、なさらなくてもよろしかったのですか? 戦車道を……」

 

 華は自らの経験からなのだろうか、私が戦車道をしていない事に疑問を持ったみたいだ。

 

「ん? ああ、あたしには姉さんが2人いるから……。それで、この2人が超優秀なの。特に双子の姉のみほは凄いのよ〜。もう、天才って感じで。あたしには才能がなかったから……。中学最後の大会で辞めても文句言われなかったわ」

 

 私には2人の姉がいる。1つ年上の“まほ姉”と、双子の姉である“みほ姉”……。

 まほ姉は誰もが認める一流の戦車乗り。同世代には敵無し。西住流を背負って立つのは彼女だ。

 自分は西住流そのものだと自負しており、常に研磨を怠らず、ストイックにその道を進んでいる。

 

 みほ姉は私と瓜二つの双子の姉。あまりに見分け難いからあたしが中学時代に金髪にしたくらいだ。

 彼女は自己評価は低いけど、あたしから言わせるとまほ姉以上の天才。何というか、一緒にずっとやってきたから分かるけど、感覚の鋭敏さと発想力が半端じゃない。

 西住流とは合わないのが残念だけど、そのうち誰も彼女を無視出来なくなるって思っている。

 

「立派なお姉様がいらっしゃるのですね」

 

「そうそう。不良品の娘は外に出して無かったことにした方がいい。なんちって……」

 

 華の言葉に私はそう返す。もちろん、私も中学時代までは努力した。

 姉二人に追いつこうと頑張った。

 

 でも、ダメなんだ。あたしの才能は凡庸もいい所だった。みほ姉やまほ姉に遠く及ばない実力……。母も私にはまったく期待していないみたいで、戦車道を止めると言っても「そう……」と一言だけ言っておしまいだった。

 

「す、すみません。決してそのようなことを――」

 

 すると、華は自分が嫌味を言ったとあたしが感じたのではないかと思ったのか、慌ててそれを否定しようとした。

 

「ちょっと、まみ。捻くれ過ぎ……。あんまりそういうこと言うとモテないよ」

 

「あー、ごめんごめん。華がそんな風に思っているなんて思ってないわよ」

 

 沙織にも自虐し過ぎだと叱られて、あたしは華に謝罪する。

 彼女がそんなことを言わない人だってことくらいわかってる。

 

「はい。まみさんもご立派ですよ。生徒会の仕事もキチンとこなしておりますし」

 

「そうそう。なんせ、()()()()たちの下で働いてるんだもん」

 

 華も沙織もあたしが生徒会で仕事していることに触れてニコリと笑った。

 生徒会かぁ、最初は大変なところに入っちゃった、と思ったなぁ。

 

()()()()ねぇ。確かにクセが強いけど優しい人たちよ。ああ見えてね」

 

 あたしは一応先輩の擁護をする。行動力があり過ぎて強引なところがあるけど、学園のことを一番に考えているし、まだ数ヶ月の付き合いだけどそれなりに尊敬している。

 

「えー、嘘〜! いっつも横暴なことばかり言ってるじゃん!」

 

「あっ! そろそろ寮に帰るわ。さっき言ったでしょ、すぐ帰るって。ちょっとテレビ見なきゃいけないの」

 

 沙織が意外そうな顔をしたとき、テーブルに置いていた携帯の時間がちょうど目に入り、あたしは帰宅すると二人に告げた。

 今日はどうしても見なくてはならないテレビがあるのだ。

 

「この時間のテレビ……、ですか?」

 

「なになに? 恋愛ドラマはやってないはずだけど」

 

 すると、二人は不思議そうな表情であたしがみたいテレビの番組が何か質問してくる。

 多分、二人とも興味ないと思うけどな……。

 

「戦車道の――全国大会の決勝戦よ。さっき言ってた姉さんたちが出るんだ〜」

 

 そう、今日は“第62回戦車道全国高校生大会”の決勝戦――。

 あたしの二人の姉にとっての大一番だ。

 

「やっぱり、お姉ちゃんのことは気になるんだね」

 

「まあね〜。姉さんたちのことは大好きだし。試合を見るのも楽しいのよ。感想とかもメールしたりしてるわ」

 

 断っておくが、あたしは決して姉のことも戦車道のことも嫌いになったわけではない。

 ただ、西住の名を背負って凡庸な才能を晒すことが嫌になっただけなのである。

 

 不器用なあたしは姉二人が何も教わらなくても出来たことすら出来なくて――いつの間にかとんでもない差が生まれており――そして、戦車に乗ることが息苦しくなっていたのだ。

 

「そうですか。それならわたくしも、ご一緒させてもらってもよろしいですか? 戦車道ってとてもアクティブで面白そうです」

 

「確かに女としてそういう乙女の嗜みを知っておいて損はないかも。まみりん、私も一緒に観てもいい?」

 

 意外なことに華と沙織は戦車道の試合をテレビで観戦することに興味を示してきた。

 そんな二人の言葉があたしは単純に嬉しい。自分の趣味に付き合ってくれる友人なんて最高じゃないか。

 

「構わないわよ。あ、でも先に約束してた友達もいるけど良いかしら?」

 

 しかし、私には一緒に見る約束をしている先約が居たので、その人も一緒にと、ことわりを入れた。

 

「もちろんです」

「まみりんの友達なら大丈夫だよ〜」

 

 この二人はそんなことを気にするタイプでは無かったので、笑いながら構わないと言ってくれた。

 ということで、私は戦車道の試合を見る約束をした友人との待ち合わせ場所に沙織と華を連れて行った。

 

 

 

「ハロー、優花里〜! 待った〜?」

 

「あっ! まみ殿〜。私も今来たところです。あれ? 後ろのお二人は?」

 

 くせ毛が特徴的な女の子――秋山優花里は別のクラスだが、雑誌を買いに立ち寄った戦車ショップで知り合い仲良くなった。

 あたしが西住の家の生まれだと知るとテンションが凄かったのを覚えている。

 しかし、決して無神経な子ではなく、あたしが西住の名前で呼ばれることを嫌だと言うと、“まみ”と呼んでくれるようになった。

 

 戦車道のことを話せる人もなかなか同じ学校には居ないので彼女は貴重な友人だ。

 戦車道だけでなく戦車の知識が豊富で、あたしでも時々置いてきぼりになることがある。

 

「ああ、あたしのクラスの友達よ。背が高い子が五十鈴華、丸っこいのが武部沙織〜」

 

「ちょっと、まみりん! 丸っこいは酷いよ〜!」

 

 あたしが二人を優花里に紹介すると沙織は肩を揺らしながら抗議してきた。

 いいじゃん。丸くて可愛いんだから。

 

「普通科1年C組の秋山優花里です! ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

「よろしく!」

 

 優花里の方はビシッと敬礼しながら自己紹介して、二人もそれに対して返事をする。

 華はいい子だし、沙織はそれに加えてコミュニケーション能力が抜群だから直ぐに打ち解けてくれた。

 優花里はあたしと出会うまであまり友達が居ないようなことを言ってたから、この二人とも友人になれれば良いなー。

 

「じゃあ、あたしの家に行こっか? でも、その前にお菓子でも買ってく?」

 

「いいですね〜。素敵な提案です」

 

 あたしが菓子を買っていこうと口にすると華は両手を叩いて嬉しそうな顔をした。

 この子は見かけによらずによく食べる。本当にびっくりするくらいよく食べるのに、スタイルは良いから驚きだ。

 大洗女子学園の七不思議にあたしは密かに認定しているくらいである。

 

「華は相変わらずだなぁ。じゃあ、コンビニに寄っていこう!」

 

 あたしたちはコンビニで買い出しをしてから、あたしの寮に向かう。

 そして、買ったお菓子を広げて観戦の準備をした。

 

 

「戦車道の試合って初めて見る〜。ねぇ、まみりんのお姉ちゃんって、どっちのチームなの?」

 

 プラウダ高校と黒森峰女学園が試合の準備をしている映像が流れていたので、沙織はどちらがあたしの姉がいる学校なのか質問してきた。

 

「ああ、姉さんのチームは――」

 

「黒森峰女学園! 現在、戦車道の全国大会9連覇中の学校なんですよ!」

 

 あたしが質問の答えを返そうとする前に優花里が先に答えを言ってしまう。

 楽しそうに話すなぁ……。

 

「9連覇……、ってことは、今日勝てば10連覇ってことですよね?」

 

「そうなの。しかもまほ姉……、あっ上の姉さんは隊長をやってるからさ〜。これは、見逃せないってわけ」

 

 華が今回の大会が黒森峰にとって大きな意味がある大会だということを察したので、あたしはまほ姉が隊長をやっていることを彼女に伝えた。

 

「へぇ、上のお姉ちゃんって2年生なんでしょ? よくわからないけど、こういうのって、3年生がキャプテンとかになりそうじゃん」

 

「まぁ、そこは実力順かな。みほ姉も1年で副隊長だし」

 

 まほ姉は決して身内を贔屓したりしない。だからみほ姉の実力を完全に認めた上で彼女を副隊長にしている。

 

 その証拠に中等部のときもまほ姉が隊長をやってたけど、調子が悪いとあたしなんか普通にレギュラーから外されてた。

 そのあと死にものぐるいで努力して直ぐに復帰は出来たが……。

 

「黒森峰の西住姉妹って有名なんですよ〜! あっ……!」

 

 優花里はまほ姉とみほ姉が高校戦車道の世界で有名になりつつあることを語り、あたしの顔を見て少し気まずそうな顔をする。

 

「優花里、あたしのことは気にしなくていいわよ。中学までは三姉妹って一括りにされてたこともあったけど、あたしだけ明らかにダメダメだったもん」

 

 中等部時代は三人揃っていたし、そのうち二人は双子だったから、物珍しさで取材されたこともあった。

 ただ、天才二人とちょっと上手いくらいのプレイヤーなあたしの間にある格差は大きく、それがあたしにはとても辛かった。

 

「そんなことありませんよ。まみ殿だって――」

 

「おっ! そろそろ始まるじゃん! そんなことより、姉さんたちを応援してあげて!」

 

 優花里は何か言いたそうな顔をしていたけど、あたしは試合が始まると大きな声で告げる。

 さて、黒森峰が全国大会を10連覇するところを見させてもらおうっと。

 

「うん! ルールとかよく分からないけど応援するよ!」

 

「ええ、まみさんのお姉様たちの晴れ舞台ですから、わたくしも精一杯、応援させていただきます」

 

 沙織も華もルールは大雑把にしか説明していないから分からない部分も多いけど、本気で応援してくれるみたいだ。

 そして、黒森峰女学園とプラウダ高校の決勝戦が始まった――。

 

 

「へぇ、あの旗が付いてる戦車を動けなくさせたチームが勝つんだ〜」

 

「そゆこと。だから、自分のところのフラッグ車が撃破されるまではどんな状況でも逆転のチャンスがあるわ」

 

「うんうん。恋も戦車も最後までどう転ぶか分からないってことだね!」

 

 フラッグ戦について少しだけ理解した沙織が腕を組みながら納得したような声を出す。

 うーん。本当に理解できたのかな?

 

「やはりアクティブですね。まぁ! 凄い! あの戦車がまた当てました!」

 

「あちらの車両はプラウダ高校の車両です。黒森峰の敵側ですよ。五十鈴殿……」

 

 プラウダ高校のIS-2が黒森峰の車両を続けて撃破した様子を見て華は興奮していたので、優花里はあたしに気を遣ってなのか、コソッと華に高校名を伝えた。

 

「あははっ、別にあたしは気にしないわよ。確かに、優秀な砲手じゃない。プラウダのIS−2の砲手は……。この大会で一番かもしれないわ」

 

 あたしはプラウダの砲手の実力に惹きつけられる華の気持ちも十分に理解できた。

 それだけ、“美しい”とすら思える射撃精度だったからだ。

 

「今年のプラウダ高校は去年以上に強いですよね。何て言うか。戦術のバリエーションが豊富になっています」

 

 優花里は戦車道ファンとしてプラウダ高校の実力が上がっていると指摘する。

 戦車道をやったことないと言っていたけど、それが信じられないくらいよく見てる……。本当に感心するわ……。

 

「それはあたしも気になっていたの。戦略や戦術に長けた人材が居るんでしょうね。プラウダには――」

 

 黒森峰とプラウダは去年も決勝で戦っているので、プラウダ高校もまた強豪校の一角だ。

 しかし、今年のプラウダは去年までと違う……。さらに上のレベルに上がっている……。

 

「ええ〜〜っ! それなら、まみのお姉ちゃんたちヤバイんじゃ……!」

 

「大丈夫だよ。沙織……。あたしには想像が出来ない。まほ姉とみほ姉が同じチームで負けるところなんてね……」

 

 沙織はプラウダ高校が強いという話を聞いて黒森峰女学園が負けるかもしれないと心配していたが、あたしはまったくそんな心配をしていなかった。

 

「まみさんって、本当にお姉様のことが大好きなんですね〜」

 

「いや〜、分かっちゃう!? 姉バカなんだ、あたしってさー。まぁ、そういう身内びいきを抜きにしてもあの二人は強いから。見てなって」

 

 あたしは二人の姉が大好きだ。戦車道の才能があって格好いいといつも憧れていた。

 二人が同じチームで負けるなんてことはあり得ない。

 だから、あたしの興味は“どうやって二人がプラウダ高校に勝つのか?”――それだけだった。

 だから、まさかあんな試合結果になるなんて思いもしなかったんだ――。

 




とりあえず、こんな感じでスタートしましたが如何でしたでしょうか?
一言でも良いので感想なんか頂けると狂気乱舞します!


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姉の転校

今回、原作とかなり変わる要素が出てきます。


「まみ殿これは……」

 

「うーん。思った以上に強かったわね……、プラウダも。でも、これでかなり形勢は黒森峰に傾くわよ。そこを抜ければ――」

 

 プラウダ高校も相当頑張っていたが、黒森峰女学園に勝利への天秤が傾きかけていた。

 少なくともあたしはそう思っていた――が、しかし……!

 

「えっ? 戦車が川に落ちちゃったみたいだけど、大丈夫なの!?」

 

 みほ姉の車両の近くの車両がなんと崖から転落して川に落ちてしまう。

 あたしたちはあまりの出来事にあ然としてしまった。

 

「大丈夫なハズがありません。早く救助をしないと……」

 

「車両内が浸水したら大変だ。――っ!? み、みほ姉……!? な、何を!?」

 

 あたしは自分の目を疑った。何故ならみほ姉が戦車を降りて、崖を下り――川の中に飛び込んでしまったからである。

 バカな……。下手したらみほ姉まで死んでしまう。

 あたしの頭は真っ白になってしまった――。

 

 

 

『プラウダ高校の勝利!!』

 

 

「まみ殿……」

 

「あー! 良かった〜〜!」

 

 あたしは心底ホッとした……。はぁ……、まだ心臓がバクバクしてる。 

 

「「えっ?」」

 

「だって、みほ姉が無事だったのよ……! もちろん、あの車両の子たちのことは心配だけどさ……。姉さんが川に飛び込んだとき、あたしは心臓が止まりそうだったわ……。まったく、心配かけて……」

 

 あたしはみほ姉が無事に川から出てきた姿を見て、涙が止まらなかった。

 普段はほんわかしてるのに……、やっぱりみほ姉は強い人だ……。

 本当に無事で良かった……。

 

「確かにわたくしもびっくりしました。でも、素晴らしいですね。あの咄嗟にあんな風に人を助けようと動けるなんて……」

 

「うん! まみりんのお姉ちゃんって凄いじゃん! 私、感動しちゃった。お姉ちゃんはきっとモテると思うよ!」

 

「あの場面でチームの勝敗よりも人命を第一に考えて、すぐに動く姿勢……。私も感動しました」

 

 三人はみほ姉を称賛してくれた。あたしもみほ姉は正しいことをしたと思っている。

 尊敬もしている……。でも――。

 

「ありがとう。ただ、心配だなぁ。母さんは……、絶対に許されないと思うし……」

 

 あたしは頭の中には凍てついた視線を放つ鉄の女の顔を思い浮かべる。

 

「――絶対に許されない?」

 

「ん? ああ、ごめん。こっちの話……。気にしなくていいわよ」

 

 あたしは母の顔を思い浮かべながら、沙織の疑問を受け流した。

 勝利至上主義の彼女は決してみほ姉を許さないだろう。

 あたしは才能が無かったから母から咎められることと言えば技術面に関することだけだった。

 

 だから、みほ姉やまほ姉と比べると普通の母親として接してもらった部分が多かったかもしれない。

 皮肉な話だが戦車道の選手として期待されてない分、自由にさせてもらったし、こういう性格だから姉妹の中で一番母と話す時間が多かったりする。

 

 でも、双子で同い年である、みほ姉は違う。技術面が完璧な上に、王道を行く西住流をひっくり返すような新しい戦車道――柔軟な発想から成る既存の箱にとらわれない彼女のやり方を母は良しとしなかった。

 母には才能のあるみほ姉に対して彼女なりの期待もあったのだろう。みほ姉には特に厳しく西住流のあり方を教育していた。

 

 西住流の戦車道は何があっても勝ちへと進むことが鉄則。

 だから、仲間を助けて敗けたなど許されるはずがないのだ。

 

「それでは、まみ殿、私はこれで」

 

「戦車道って迫力があるんだね。本当にやったらモテるのかなー?」

 

「今日は知らない世界を知ることが出来ました。いつかお姉様にもお会いしたいです」

 

 試合が終わってしばらく雑談をしたあと、夜になってしまったので三人は自分の家に帰宅した。

 沙織と華は初めて戦車道の試合を見て興味を示したみたいだけど……。

 やることはないだろうなー。大洗女子学園には戦車道の科目はないし……。

 

 

 

 

 その日の深夜――多分起きているであろう、みほ姉に私は電話した。

 

「試合見たよ。みほ姉、最高に格好良かった! あたしは姉さんを誇りに思う……」

 

『まみちゃん、ありがとう。でも私も、もう戦車道できないかも……』

 

 やはり、みほ姉は意気消沈している様子だった。おそらく、母にこっ酷く叱られたのだろう。

 母は不器用な人だ。西住流という大きな物を背負っているからこそ、自分の意見は曲げられない。

 

 でも、みほ姉もまた自分の信念みたいなものがある人であり、心を壊さなくては西住流の戦車道を徹底するなんてこと到底出来ないであろう。

 

 あたしはみほ姉の戦車道が好きだったが、このまま彼女が壊れていく姿は見たくなかった。

 

 だから――。

 

「そっか。あたしはとっくに逃げちゃったから、頑張れって言えないや。もし辛かったらさ、みほ姉もこっちに逃げて来なよ。まほ姉もわかってくれると思うわ」

 

 あたしはみほ姉に大洗女子学園に転校することを勧めた。

 多分、このままだと彼女は重圧に押し潰されてしまう。

 

 戦車道の才能があるみほ姉がそれを止めてしまうのは大きな損失かもしれないけど……。

 今日の彼女の行動を見て、あたしはこれ以上彼女に西住流を強制すると逆にもう二度と戦車道をしなくなるのでは、と危惧してしまった。

 

 落ち着くまで戦車道から離れた方がみほ姉の心には良いのではと、あたしは思ったのだ。

 

『こっちにって、大洗に?』

 

「うん。大洗女子学園はいい所よ。それに戦車道もないし」

 

 大洗女子学園には戦車道の科目はない。昔は盛んだったみたいだけど、止めちゃったらしい。

 ただ、適当に学校を探索しただけで2台くらい戦車を確認したから名残はまだあるのかもしれない。

 

『転校なんて考えてなかったけど、今はそうしたいかも。勝たなきゃいけない戦車道に疲れちゃったし』

 

「あたし、みほ姉と一緒に学校に通いたいわ」

 

 みほ姉があっさりと本音を吐露したので、あたしも本音を言う。

 まほ姉には悪いけど、寮に一人暮らしでちょっと寂しかったんだよね……。

 

『私もまみちゃんに会いたい。2年生になったら本当に転校しようかな?』

 

「転校するって決めたら早い方が良いんじゃない? あたし生徒会に入ってるから、会長に頼めば手続きもサクッと出来るわよ。みほ姉さえ良かったら2学期からでも来られるようにするけど……」

 

 本当は学園艦から別の学園艦に新年度以外で転校するのはかなり面倒なのだが、権力の中枢である生徒会の力を以てすれば、そういう手続きも楽にスキップすることが出来る。

 だから、あたしは2年生からでなく、2学期からの転校をみほ姉に勧めた。

 

『2学期から? そんなに早く? えー、ちょっと考えてみるよ』

 

 思った以上にみほ姉の反応が良くて、最初よりも幾分明るい声になった。

 

「うん。ゆっくり考えてね。大好きだよ、みほ姉……」

 

『まみちゃんは相変わらずだね。少しだけ楽になったよ。おやすみなさい』

 

 彼女は穏やかな口調で寝る前の挨拶をして、あたしもそれに応えて電話を切った。

 みほ姉はどう判断するだろうか? こっちに来てくれたら嬉しいな。

 

 

 そこから、生徒会の仕事に追われながらあっという間に夏休みが過ぎ去り――。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「えっ、良いんですか? こんなに大きな部屋で……?」

 

「いいって、いいって! 二人部屋は余ってたからさー。まみ子も頑張ってくれてるし、出来るだけいい部屋に住んでもらおうって思ったんだよ」

  

 ツインテールで小柄な体格の大洗女子学園の生徒会長、角谷杏先輩は手をプラプラと振りながらみほ姉の言葉を流している。

 ちなみに“まみ子”は角谷先輩があたしに付けたあだ名である。全く浸透してないが……。

 

 双子の姉である、みほ姉は夏休みの最終日に大洗女子学園の学園艦に引っ越してきた。

 そして、こんな時期に転校してきて色々と不便もあるだろうと、角谷先輩はあたしとみほ姉に二人で暮らせる寮の一室を用意してくれた。

 

「会長、ありがと〜。転校の手続きだけじゃなくって、部屋の手配まで……」

 

 あたしは角谷先輩に抱きつきながら、お礼を言う。

 この人はいつもは割と無茶ぶりしてくるけど、面倒を見るとなると決して手を抜かない人だ。

 敏腕という言葉は彼女の為にあるのかもしれない。

 

「会長の心遣いに感謝しろ! あと、いい加減、会長に敬語を使え! まみ! そして、西住みほも大洗女子学園の生徒になったからには規律をキチンと守り、素行の面もだな――」

 

 モノクルという片眼鏡が特徴的な生徒会の広報である河嶋桃先輩はいつものようにあたしに向かって小言を言う。

 

「まぁまぁ、河嶋〜! 堅いこと言わないでさ、まみ子のお姉ちゃんを歓迎してあげようよ」

 

 角谷先輩はそんな河嶋先輩をなだめていた。

 これもいつもの光景だ。河嶋先輩はよく怒る……。

 

「す、すみません。まみちゃん、先輩には敬語を使わないとまずいよ〜」

 

 そして、先輩にタメ口を利いているあたしに対してオロオロしながらみほ姉は注意をしてくる。

 

「良いんだよ。ウチは先輩風とかあんま吹かせたくないからね〜」

 

 そんなみほ姉に角谷先輩はニカッと小気味よい笑顔を見せて、これがあたしたちの間では普通だと説明した。

 実はこんな風にあたしがフランクに先輩と接しているのには理由がある。

 角谷先輩と最初に出会ったとき同級生だと勘違いして、タメ口で接してしまった。彼女が何も言わなかったから……。

 

 それからしばらくして彼女が生徒会長であり、上級生だということを知った。

 謝って敬語で話そうとしたんだけど、彼女はあたしとは気軽に話したいと言ってきて生徒会に入ることを勧めて、彼女への敬語が禁止となってしまったのだ。

 

 だから、生徒会の中ではあたしは角谷先輩にだけ敬語を使ってない。未だに河嶋先輩だけはイラッとして小言を言うけど……。

 

「そうそう、みほ姉もそんな心配そうな顔しなくて大丈夫だから。河嶋先輩だって、本気で怒ってるわけじゃないのよ」

 

「何度も言ってるが私は本気で怒ってるぞ!」

 

 あたしが河嶋先輩も実は黙認していると説明すると、先輩はムッとした表情で反論する。

 

「でも、髪の色以外で本当に見分けがつかないわ。一卵性双生児ってことよね?」

 

 生徒会の副会長、ポニーテールが特徴的な小山柚子先輩は優しく微笑みながら、みほ姉に話しかける。

 

 彼女はおっとりした性格で誰にでも優しい人だ。しっかりした人で角谷先輩や河嶋先輩に振り回されるあたしをよくフォローしてくれた。

 

「えーっと、そ、そうです。小山先輩」

 

「そんなに緊張しないでいいから。途中から入っても今日から私たちの大事な後輩なんだよ? 何でも頼ってくれて良いからね」

 

 小山先輩はニコリと笑顔を見せて、みほ姉の手を握ってこれからは後輩だから、自分を頼るように言葉をかける。

 

「あ、ありがとうございます! 今日からよろしくお願いします!」

 

 みほ姉は優しい先輩たちの言葉が嬉しかったのか、アワアワしながらも大げさに頭を下げて改めて挨拶をした。

 大洗女子学園に早く馴染めるといいなぁ。

 

「そーいや、お姉ちゃんは必修選択科目どうする? 前の学校ではあれだっけ? 戦車道やってたんでしょう? ウチはそれやってないから適当に選んで欲しいんだけど」

 

 そして、角谷先輩は思い出したように一枚の書類をみほ姉に見せながら急いで必修選択科目を選ぶ必要があることを伝えた。

 必修選択科目は茶道や書道などの文化的作法を身に着けることを目的とした科目であり、必ず1年で1つ選択しなくてはならない。

 

「あたしは忍道を取ってるのよ。分身の術とか覚えられなくて残念だなって思ってるけど、結構楽しいわ」

 

「あ、じゃあ、まみちゃんと同じで」

 

 あたしが自分の選択した科目を話すと驚くほどあっさりとみほ姉は同じ科目を選択した。

 

 あたしもそうだったからわかるけど、彼女にとっても戦車道以外の科目というのはどれも未知であり、等しく興味深いものだろうから、どれを選ぶかよりも、誰とするかの方が大事だったのだろう。

 

「ん、わかった〜〜。すぐに手続きしとくわ。まっ、まみ子と同じクラスだからすぐに馴染むでしょ。慣れてきたら部活とかも探したりしてみても良いし、生徒会ならいつでもウェルカムだよ。入らなくても良いから、いつでも遊びに来な」

 

 角谷先輩は彼女らしい気さくな感じでみほ姉に声をかけて、河嶋先輩と小山先輩を引き連れてヒラヒラと手を振って部屋から出ていこうとした。

 

「はい! 何から何までありがとうございます!」

 

 みほ姉はそんな先輩たちにもう一度頭を下げてお礼を言う。

 ふぅ、彼女の大洗女子学園の生活は順調にスタート出来たな。明日は友達に彼女を紹介して、学園艦を案内したりしようっと……。

 




原作とは違って、まだ廃校の話が来る前の大洗女子学園にみほを転校させてみたのですが、如何でしたでしょうか?


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ようこそ大洗女子学園へ

今回からみほとの大洗での生活が始まります。


「じゃあ、改めて。大洗女子学園にようこそ。みほ姉……」

 

 先輩たちが帰って、部屋の片付けも一段落ついて、あたしはみほ姉に改めて彼女に歓迎の言葉をかけた。

 みほ姉は“ボコられグマのボコ”という一風変わった熊のキャラクターが大好きだったが、その趣味は未だに健在で彼女のベッドの周りは“ボコ”のぬいぐるみに囲まれていた。

 

「えへへ、来ちゃった。まみちゃんが色々とやってくれたから、助かったよ。でも、お姉ちゃん怒ってるだろうな」

 

 あたしの言葉を受けて、彼女は最初にまほ姉のことを気にかけた。

 まほ姉は優しい人だからきっと何も言わずにみほ姉を送り出したんだろうな……。あたしの時と同じで……。

 

「まほ姉だってわかってくれるわよ。でも今度、一緒に謝りに行きましょ。あたしも実は気まずいんだ、最初に逃げ出しちゃったし」

 

 あたし自身もまほ姉には二重の意味で後ろめたいと感じている。みほ姉に転校を勧めたせいで、西住流の重圧を全部彼女に押し付けたから……。

 

「まみちゃんが止めちゃったのは驚いた。中等部の最後の大会だって優勝したのに……」

 

 みほ姉はあたしが戦車道を止めたことに驚いていたらしい。

 

 確かに中等部最後の大会でみほ姉が隊長を務めていて、あたしも試合に参加して、大会で優勝した次の日に止めたから、突然だと感じられても仕方がない。

 

「優勝しちゃったからよ……。みほ姉……」

 

「えっ?」

 

 あたしは西住流を背負える実力がないことを理解して、その上で凡庸な自分が西住の名で試合することが恥ずかしくなり戦車道を止めた。

 その決定的な出来事が中等部最後の試合に起こったのだが、彼女はそれに気付いていない。

 そんな愚痴みたいな話を双子の姉にするわけにもいかないのであたしはずっと止めた理由を誤魔化し続けていた。

 

「ううん。なんでもないわ。あたしの場合はみほ姉よりももっと子供っぽい自分勝手な理由だから。――でも、わからないものね。どっちも戦車道をしなくなるなんて、昔は思わなかったわ」

 

 それにしても、運命というのは皮肉なものである。

 才能があっても無くても双子のあたしたちは二人共戦車道を止めることとなったのだから。

 

「昔は戦車に乗るのも楽しかったな」

 

 みほ姉はそんなあたしの言葉を聞いて昔は楽しかったと懐古した。

 

「そうね。てか、今だってあたしは戦車道は嫌いじゃないし、何のしがらみもなかったら戦車に乗っても楽しいと思うんだけど」

 

「ふえっ? そうなんだぁ。まみちゃんはてっきり戦車道が嫌いになったのかと思ってた」

 

 あたしが特に戦車道や戦車を嫌っていないと口にするとみほ姉は意外そうな顔をしてあたしを見た。

 

「考えてみてよ。絶対に勝たなきゃいけないのは西住流の戦車道でしょ? そうじゃなくてさ、もっと自由に気楽な感じで――戦車に乗れるんだったらみほ姉も楽しめるんじゃない?」

 

「勝たなきゃいけないのは西住流だから……? 勝たなくても良いなんて考えてもみなかった」

 

 勝たなくても良いという考え方は母の教えとは正反対だ。

 だから、あたしの言葉はみほ姉には結構衝撃的だったみたいである。

 

「まぁ、今は深く考えなくっていいと思うわ。どっちみち、あたしたちは当分の間は戦車道から離れて生活するから。あっ、でもね。この学園艦にも戦車はあるのよ。今度、友達と動かしてみようって計画を立ててるの。みほ姉も来る?」

 

 あたしはちょっと前に見つけたⅣ号戦車を優花里と一緒に洗車やメンテナンスをして動かそうと計画していることをみほ姉に話した。

 

「ええーっ! そ、そんなことを勝手にして怒られないの?」

 

「大丈夫、大丈夫。文化祭の出し物にしようと思ってるだけだから。あと生徒会として戦車で学園艦を回って文化祭の宣伝をするの。面白いでしょ?」

 

 みほ姉は驚いていたが大丈夫なのである。近々行われる文化祭の告知に戦車を使おうというアイデアは既に通っており、そのための準備はもう出来ているのだから。

 

「戦車で文化祭の宣伝!? ふふっ……、そんなの聞いたこともないよ。お姉ちゃんが聞いたら渋い顔をすると思う」

 

 確かに黒森峰では戦車をそんな風に使うなんて言語道断であろう。

 まほ姉は渋い顔もするかもしれないが、何だかんだで懐の深い人だから笑って許してくれるかもしれない。

 

「でもさ、あたしたちが楽しかった戦車ってさ。もっと自由だったじゃん。昔はまほ姉の操縦で釣りに行ったりしてたし」

 

 あたしは幼い日の想い出を話しながら戦車に乗ることが楽しかったと口にする。

 

「そうだったね。なんか、懐かしくなっちゃった。私も手伝おうかな。久しぶりにまみちゃんと一緒に戦車に乗ってみたいし」

 

 意外なほどあっさりとみほ姉は戦車に乗ると言った。

 ()()()という言葉があたしには飛び上がるくらい嬉しかった。

 

「やった! きっと楽しいわよ。戦車道から離れて戦車に触れるのって。じゃあ友達にも伝えておくわ。良かった〜〜。二人じゃ少しだけ不安だったの」

 

「まみちゃんがそんなに喜んでくれるなら、嬉しいよ。戦車道以外で戦車に乗るなんて久しぶり」

 

 こうしてあたしたちは久しぶりの再会で昔話やお互いの話に花を咲かせ――いつの間にか同じベッドで眠りに落ちていた――。

 

 

 

「――もう家じゃないんだった!」

 

「んん? み、みほ姉?」

 

 目覚しが鳴って素早く動き着替えを開始していたらしいみほ姉が妙に感激したような顔で家から出たことを声に出していた。

 

「だって、家だと起きたら早く準備しなきゃってなってたから、つい……」

 

「えっ? そうか……、みほ姉はそういうのにも、そんなに力を入れてたのね」

 

 あたしはみほ姉が実家にいるとき、かなり気張って生活していたことを忘れていた。

 戦車道は天才的なのだが、他のこととなると何故か要領が悪くなり、彼女もそれを自覚しているので、普段の生活では人の倍は気を使っているのだ。

 

「私はまみちゃんやお姉ちゃんみたいにテキパキ動けないんだもん。――って、いつの間に着替えて朝食を?」

 

 ゆっくりと着替えの残りを済ませたみほ姉はリビングに朝食が用意されているのを見て驚いた声を上げる。

 

「あたしは一人暮らししてそれなりに時間も経ってるから、こんなの普通じゃないかしら?」

 

「うーん。私がぼんやりしていたからかなぁ? まみちゃんって昔から器用だよね」

 

「朝食くらいで大袈裟すぎ。ほら、一緒に食べるわよ」

 

 昔からみほ姉はよくあたしを褒めてくれる。要するに彼女はあたしに甘い。

 朝ごはんくらいでここまでのリアクションをとってくれるのだから。

 

「「いただきます」」

 

 両手を合わせて、あたしたちは朝食を取り始めた。

 

「勉強の方はどうなの?」

 

「戦車道やらなくなったから成績だけは良くなったわよ。1学期の成績も学年で2番だったし」

 

 今日から登校するからなのか、彼女はあたしの勉学について尋ねてきたので、それに答える。

 

 生徒会の仕事は忙しかったけど、体力的にも精神的にも戦車道の練習の方がキツかった。

 なので、比較的に得意だった勉強に身が入るようになり、中等部時代よりも成績は良くなった。

 まぁ、学校が違うから一概には言えないけど……。

 

 ちなみに学年1位は沙織の幼馴染の冷泉麻子という子だ。彼女は小柄で低血圧のせいでいつも眠たそうな表情をしている。

 まぁ、彼女は勉強が出来るとかそういう次元じゃないけど……。

 だって、教科書をパラッと捲っただけで全部理解するんだもん。

 沙織の紹介で彼女と友人になったが、みほ姉以外に天才だと思ったのは彼女が初めてだった。

 

 遅刻の多さで風紀委員に目を付けられて早くも卒業が危ぶまれているけど、何とか頑張って単位を取得して欲しいものである。

 

「すっごーい。いいなぁ、まみちゃんは何でも出来て……」

 

「あたしはみほ姉が羨ましかったけど……」

 

 みほ姉はあたしのことが羨ましいと良く口にする。それは心底本音なんだろう。

 だけど、あたしはみほ姉に憧れていた。みほ姉の戦車道が好きだった――。

 

「えっ?」

 

「――これ、美味しいのよ。最近よく買ってて……」

 

 しまった。止めたあたしが何を言ってるんだ。みほ姉の人生だし、あたしが口出す権利なんてないのに……。

 あたしは慌てて、漬物を口に運び誤魔化そうとする。

 

「ほ、本当だ。美味しいね」

 

 みほ姉は不思議そうな顔で首を傾げて、漬物の味の感想を口にした。

 ごめんみほ姉……、その漬物は昨日初めて買ったものなんだよ……。

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 朝食を食べて、いろいろあって、今から昼食をとる。

 

 いや、いろいろというのはみほ姉が転校初日で自己紹介をして盛大に噛んだこととか、突然あたしとそっくりな双子が入ってきたので質問攻めにあって困った顔をしていたこととか、そんな感じ。

 

 授業は問題なさそうだったから、とりあえず安心だ。

 

 

「武部沙織さんと、五十鈴華さんだね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 あたしはみほ姉を連れて、沙織と華と一緒に食堂に行って、食事を取りながら雑談をする。

 

「よろしく〜〜。みほは、まみりんとそっくりだけど、全然タイプが違うんだね」

 

 沙織は興味深そうにみほ姉を見つめて、ニッコリ笑った。

 こういう距離感の詰め方が沙織は抜群に上手い。

 

「そ、そうかなぁ?」

 

「うんうん。なんか、アワアワしてて面白い感じ!」

 

「あはは……」

 

 沙織は何故か自信満々でみほ姉の印象を語り、みほ姉は困ったような顔で苦笑いする。

 

「みほさんと話してると、とても癒やされます。まみさんから聞いていたとおりです」

 

「そ、そんなことないよ〜。華さんこそ、おしとやかで女性らしくて羨ましい」

 

「まぁ! 堅苦しいとよく言われるのですが……。ありがとうございます」

 

 そして、華とみほ姉は互いに褒め合うというよく分からない状況になっていた。

 華は独特の話し方だけど、あたしは好きだなー。

 

 

 

「それはそうと、今度の文化祭の実行委員がどうしても集まらなくって困ってるのよ。沙織と華にお願いしたいんだけどダメかしら?」

 

 しばらくして、あたしは文化祭の実行委員が集まらない話を振った。

 

 本当は1学期の終わりには決めておかなくてはならなかったのだが、立候補者が少なくて夏休み中の登校日にも募集をかけたものの、それもダメに終わって困っていたのである。

 

「わたくしが文化祭の実行委員ですか? まみさんがお困りなら、わたくしは構いませんが」

 

「今度の文化祭って、今までと違って他の学園艦と合同でするんでしょ? 彼氏を作るチャンスかも! 私もやるやる!」

 

 華と沙織はすんなりオッケーしてくれた。ああ、この二人が友人で良かった〜。

 面倒を押し付けるから何となく気が引けてたけど、思い切って話してみて正解だ。

 

「そうそう。あたしが会長にそれを提案したら採用されちゃって。今、何校かに問い合わせて、返事を待ってるところなんだー。二人とも引き受けてくれて、ありがとう! 助かったわ!」

 

 今回の文化祭は今までにない大きなことをやりたいと角谷先輩が言い出したので、みんなで意見を出し合った。

 そして、あたしが考えたのが、学園艦同士の交流も兼ねた合同文化祭だ。

 

 まだ返事を待っているというのは本当だが、実際は現時点で予定を合わせてくれるという前向きな返事をしてくれた“アンツィオ高校”と“聖グロリアーナ女学院”と一緒に行う三校合同の文化祭になると思われる。

 

 もちろん、共学の高校にも打診をしたのだが、今の時点で返事がないので難しいだろう……。

 

 沙織……。もう少しだけ夢を見ていてくれ……。もしかしたらがあるかもしれない……。

 

「へぇ、文化祭の実行委員かぁ」

 

「よろしければ、みほさんも一緒にやりませんか?」

 

 みほ姉があたしの話に相槌を打ったところにすかさず華が彼女に共に実行委員にならないかと誘う。

 

「えっ? 私が実行委員? ふぇっ、そ、そんなの無理だよ〜〜」

 

 案の定、みほ姉は断りを入れる。彼女は人見知りだし、転校初日に実行委員になるのはハードルは高いかもしれない。

 

「大丈夫だって! 人間、習うより慣れろっていうし、きっと文化祭が終わる頃にはこの学園艦に馴染んでるよ」

 

「確かに良い考えかもしれないわね。あたしも生徒会としてフォローするから、みほ姉もやっちゃいなよ」

 

 しかし沙織の謎理論を聞くと、確かにみほ姉にとっていい影響があるかもしれないと思って、彼女に「やってみたら」と促してみる。

 

「うーん。――じゃあ、まみちゃんも頑張ってるし私も頑張ってみようかな?」

 

 みほ姉は少しだけ考え込む仕草をして、実行委員になることを承諾してくれた。

 

「本当に!? 人手不足だから、そうしてくれるとすっごく助かるわ。転校早々に無茶言ってごめんね」

 

「ううん。今まで戦車道ばっかりだったから、せっかくだし、こういう学校の行事を頑張ってみたい」

 

 あたしがみほ姉に無茶ぶりをしたことを詫びると、彼女は今までやってなかったことを頑張りたいと声を出した。

 

「でも嬉しいわ! 一緒に頑張りましょう!」

 

 あたしはそんな彼女の決心が嬉しくて、つい、いつものように彼女に抱きついてしまう。

 

「へっ? ま、まみちゃん。みんな見てるよ〜〜」

 

 するとみほ姉は顔を真っ赤にして、恥ずかしがっていた。

 しまった。久しぶりに会って興奮して人目を憚ることを忘れてしまった。

 

「あらあら、まみさんがみほさんを慕っていることは聞いておりましたが……」

 

「あんまり過剰だと、彼氏出来ないよ……」

 

 そんなあたしのことを華と沙織は若干呆れ顔で見ている。

 ううっ……、だって頑張ろうとするみほ姉が可愛すぎたんだもん……。

 

 こうして、あたしたちは文化祭の準備をみんなで協力して頑張ることとなった。

 

 しかし、あたしもみほ姉もまだ知らない……。

 この文化祭があたしたちを再び戦車道の世界に呼び戻す()()()()になることを――。

 




この合同文化祭がまみとみほが再び戦車道を始めるきっかけになります。
続きもぜひ見てください。


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再起への第一歩

今回からようやく戦車が出てきます。


「さて、昨日キレイにしたⅣ号戦車だけど……」

 

「正直言って私は本物の戦車の整備は初めてですので自信がありません……」

 

 あたしと優花里は昨日必死でⅣ号戦車をキレイに洗車して、今からこの車両が動くようにと整備をしようとしていた。

 しかし、あたしも正直言って長いこと動かしていない車両の整備には自信がない。

 

「と、思ってね。今日はもう一人助っ人を呼んでいるのよ」

 

「そ、そうなんですかぁ? しかし、この学園艦に他に戦車に詳しい人がいましたっけ? ああ、もしかして自動車部の方ですか?」

 

 あたしが助っ人がいると告げると優花里は首を傾げる。

 確かに自動車部の人たちなら何とかしてくれそうな感じはある。にっちもさっちも行かなくなったらお願いしてみようかな?

 

「はぁはぁ……、まみちゃん、お待たせ……。ごめんね。実行委員の話し合いが長くなっちゃって……」

 

 そんなあたしたちの所に息を切らせながら、みほ姉が走ってやってくる。

 どうやら、文化祭の実行委員の仕事が思ったよりも長引いたようだ。しかし、最近みほ姉は楽しそうに実行委員の仕事をしている。

 沙織や華とも上手くやっているようだ。

 

「ま、まみ殿が二人!? じゃなくて、もしかして西住みほ殿ですか!?」

 

「は、はい! そうです! わ、私のことを知っているんですか?」

 

 そんなみほ姉を見て驚く優花里。優花里は戦車道のファンとしてみほ姉に憧れている。要するにあたしと一緒ってこと。

 

「それはもう、よく存じております。大洗女子学園の制服ということは――。こちらに転校されたのですか?」

 

「え、あー、はい」

 

「まぁ、色々とあって、みほ姉はこっちで生活することになったの」

 

 驚きながらも優花里はみほ姉が転校して来たことを知り、嬉しそうである。

 まぁ、その理由も察してくれるだろう。

 

「色々? そうでしたか……。では、助っ人というのは西住みほ殿のことだったんですね」

 

「そゆこと。じゃあさっそく始めましょう」

 

 案の定、優花里はみほ姉の転校理由を察して、深くは聞かなかった。

 そして、あたしたちはⅣ号戦車のメンテナンスを開始する。

 ええーっと、まずは――。

 

 

 

 それからしばらく経って、一通り作業が終わり、エンジンをかけてみたんだけど――。

 Ⅳ号はうんともすんとも言ってくれなかった。

 

「――とは言ったものの。さすがに長い間動かしてないから、簡単には動いてくれないか」

 

「一応、ネットでメンテナンス方法を調べてプリントアウトしたのですが……。そのとおりにやってみても上手く行きませんね」

 

「触った感じだと、これでちゃんと動くと思ったんだけどなぁ。何がダメだったんだろう?」

 

 あたしたちはⅣ号が動かない理由が分からずに途方にくれていた。

 あれ? 優花里がプリントアウトしてくれた資料はどこだっけ?

 

 キョロキョロと資料を探していると、聞き覚えのあるテンションの低い声が耳に届く。

 

「――そこの部品、反対に付けてるぞ……」

 

「あっ!? 本当です! よくわかりましたね! ――って、どなたですか!?」

 

 小柄なロングヘアスタイルの女の子が資料片手に指差しながら、あたしたちの整備の間違いを指摘してくれた。

 優花里は誰なのか知らないみたいだけど、あたしは彼女を知っている。

 

「あれ、麻子じゃない。どうしてここに?」

 

 指摘してくれたのは冷泉麻子。沙織の幼馴染にして学年首席の天才である。

 しかし、資料を一瞥して整備の不良箇所を一瞬で見つけるとは――。

 

「その倉庫の陰は絶好の昼寝スポットなんだ。まみこそ、戦車なんて直してどうするつもりだ?」

 

 どうやら、麻子は戦車が置かれていた倉庫の裏で昼寝をしていたらしい。

 そして、あたしたちの作業の音で目を覚ましたのだそうだ。

 

「今度の文化祭で使うのよ。さて、もう一回、エンジンをかけてみようかしら?」

 

 あたしは今度こそⅣ号が動いてくれることを願いつつ、車両に乗り込もうとした。

 

「ふーん。これが操縦方法か……。どれ……」

 

 すると、麻子はペラペラっと念の為に持ってきたⅣ号のマニュアルを読むと、眠たげな表情からは考えられないくらいの身軽さでⅣ号乗り込む。

 

「――えっ? 麻子、何を?」

 

「あっ、エンジンがかかった。まみちゃん、あの子って戦車道をしていたの?」

 

 何と麻子は一発でエンジンをかけた。初心者は大体失敗するのに――。

 そりゃ、みほ姉も麻子が戦車道経験者なのか疑うのも当然である。

 

「い、いや……。沙織の幼馴染なんだけど、そんな話は聞いてないよ」

 

 麻子は戦車道をやっていないはずだ。やっていたら幼馴染の沙織が戦車道の話題を出したとき何も言わないのはおかしい。

 

「しかし、動いてますよ。Ⅳ号……。とても戦車に乗ったことのない人の操縦ではないのですが……」

 

 優花里の言うとおりⅣ号は初心者とは思えないほどスムーズできれいな動きを見せていた。

 とても、ちょっとマニュアルを見ただけの操縦には見えない。

 

「参ったわね……。天才って知ってたけど、ここまでとは思ってもみなかったわ……」

 

 あたしは冷泉麻子という人物の規格外さ加減に驚いていた。

 何でもできる人って本当に居るんだなぁ。漫画やアニメの世界だけだと思ってた……。

 

 

「動かしたら、右側の履帯から少し異音が聞こえた……。事故には気をつけるんだな」

 

「それを調べるために試運転してくれたのね」

 

 戦車から降りた麻子は右側の履帯に違和感があるとアドバイスしてくれた。

 あとで調べたら、確かに右の履帯に少し修繕しなくてはいけない部分があったので、あたしは更に驚かされた。

 

「沙織が文化祭の実行委員を頑張ってるからな。このくらいは協力してやる……」

 

 麻子は実行委員となった沙織のために文化祭の協力をしてくれたようである。

 この子はクールだけど、友達想いの人なんだよね。

 

「冷泉さん! あ、ありがとう!」

 

「ん? まみの双子の姉か……。礼には及ばない」

 

 みほ姉は麻子にお礼を言うと、彼女は彼女らしくそれを流す。

 でも、きっとみほ姉の気持ちは通じてるはずだ。

 

「冷泉殿の操縦はお見事でした! 私は感動しました!」

 

「そうか……」

 

 そして、優花里の言葉を背中に受けて麻子はそのまま去っていく。

 彼女が戦車道をやったらとんでもない選手になるだろうなー。

 

 

「じゃあ、さっそく文化祭の宣伝に行ってみようか? あたしが操縦するわ」

 

 みほ姉はあまり操縦が得意ではないので、あたしがⅣ号の操縦をする。

 文化祭の告知用のスピーカーも設置したのでいつでも宣伝に行ける。

 

「それでは私が砲手と装填手を務めます。みほ殿は車長で」

 

「ええーっ!? 別に撃ち合いをする訳じゃないんだし、役割分担はしなくても良いんじゃないかな?」

 

 優花里がノリノリで役割分担の話をすると、みほ姉はごもっともなツッコミを入れる。

 宣伝に行くだけだから操縦手以外の役割なんて要らないからである。

 

「いえいえ、こういうのは雰囲気が大事ですから」

 

 優花里もそんなことは承知しているみたいだけど、初めて戦車に乗るのでそういう雰囲気を味わいたいだけみたいだ。

 

「まぁ、万が一にも事故れないし、みほ姉が見通しのいい場所から指示を出してもらえれば助かるわ」

 

 試合でもない普通の街道を走るだけなので、事故など起こさない自信はある。

 ただ、あたしはみほ姉に見て欲しいのだ。何のしがらみもなく乗った戦車から見える風景を――。

 そして、あたしはたまらなく好きなのである。キューポラから半身を出して辺りを確認するみほ姉の姿が――。

 

「そ、そう? まみちゃんがそう言うなら……」

 

「じゃあエンジンをかけるね」

 

 みほ姉が納得してくれたところであたしはエンジンをかける。

 

「ヒャッホー! 最っ高だぜぇい!!」

 

「「パ、パンツァーハイ?」」

 

 すると優花里が急にハイテンションになったので、あたしたちは声を揃えて同時にツッコミを入れてしまった。

 

 この日からしばらくあたしたちは戦車を走らせて学園艦を回った。

 そして、寄港日には大洗の町を一周して文化祭の宣伝をした。

 みほ姉は戦車道以外で戦車に乗ることは平気というか楽しいみたいで、笑顔を見せる日が増えていった。

 

 そして、寄港日の翌々日……。あたしとみほ姉は生徒会室に呼び出された。

 

「いやー、大好評だったよー。戦車での宣伝! 学園艦でも、大洗町でもさ〜」

 

「寄付金も前年度比で20パーセントほど上がっております」

 

「やっぱり、戦車ってインパクトがあるんだね。この前の寄港日以降の反響がすごいことになってるのよ」

 

 どうやら戦車での宣伝活動は概ね好評らしく、寄付金なんかも増えたみたいで先輩たちは喜んでくれたみたいだ。

 

「それはよかったです。頑張った甲斐がありました。ねー? みほ姉」

 

「う、うん。結構手を振ってくれる人とかもいたから、印象は悪くないと思っていたけど」

 

 戦車を走らせていると声をかけられることも少なくなかった。

 たまにあたしたちの学校が戦車道を復活させたと勘違いする人たちもいたけど……。

 

 そのせいなのかもしれないが、河嶋先輩からこんなことを告げられた。

 

「実は、大洗の商工会から提案があってな。我が校はその昔、戦車道が盛んだったのだが、それを止めてからというもの地元で戦車が戦っている姿が見られなくて寂しいという声が多かったのだそうだ」

 

「はぁ……」

 

 確かにこの大洗女子学園は20年ほど前までは戦車道の強豪として君臨していたらしい。

 それを覚えている地元の人は寂しく感じているのかもしれない。

 

「そこでだ、試合とまではいかなくても良いから、戦車同士が戦っている姿を見せてほしいという打診を受けた。出来るのなら、それなりの寄付金を出してくれるのだそうだ」

 

 河嶋先輩は戦車の戦いを地元で見たいという声が上がっているという話をする。

 だけど、それは――。

 

「それって、あたしたちに戦車道をしろということですか? あのう、あたしもみほ姉も……」

 

 あたしたちは戦車道を止めるためにこの大洗女子学園にやってきた。

 だから、戦車を使って戦うなんてことは出来ようはずもなかった。

 

「まぁまぁ、戦車道のことはよく分からないけど、演劇みたいなもんだと考えてよ。別に勝った負けたをはっきりさせようとかそういうんじゃなくて、それっぽい事をすればいいだけなんだから」

 

 そんなあたしたちの気持ちを察してか、角谷先輩はニコリと笑いながら真剣勝負をしなくても良いと言ってきた。

 あくまでも見せる用の芝居をしてくれれば、と……。

 

「演劇かぁ? みほ姉はどう思う?」

 

「うーん。それなら確かに角谷先輩の言うとおり戦車道とも違うとは思うけど……」

 

 あたしがみほ姉に意見を求めると彼女も迷ったような声を出す。

 

「長年、良くしてもらってるOGの人たちからもお願いされてるの。文化祭の出し物だと思って引き受けてくれてくれないかな?」

 

 更に小山先輩が援護射撃のようにOGことまで出して、お願いをしてきた。

 

「――まみちゃん、やってみようか?」

 

 すると、みほ姉はしばらく沈黙した後に意を決したように口を開く。

 

「えっ? い、いいの? だって、みほ姉は特に……」

 

 あたしはみほ姉の言葉が信じられなかった。戦車に乗ることはともかく、それで曲がりなりとも戦うということはまだ彼女には出来ないと思っていたからだ。

 なんせ、あたしだって戦車で戦うなんて抵抗があるのだから……。それもみほ姉の前で……。

 

「うん。私が転校してくるとき生徒会の皆さんにはお世話になったし……、それにまみちゃんの先輩の頼みだもん。勝ち負けにこだわらないなら、怖くないよ」

 

 みほ姉は生徒会に義理を返すために戦車で戦う見世物をすることを承諾したみたいである。

 

「み、みほ姉がそういうのなら、あたしは構わないけど……」

 

 そんなみほ姉のやる気を削ぐようなことをあたしは出来ない。

 もう一度、彼女が戦車で戦う姿が見られるならあたしだって頑張ってみせる。

 

 弱くて情けなくて戦車道を放り出してしまったあたしだけど、大好きなみほ姉がトラウマに打ち勝つために一歩進もうとしているなら、あたしは自分の抱えている下らない意地を捨てよう。

 あたしはそんな決心を密かに固めていた――。

 




ということで、文化祭の出し物という名目で戦車で戦うことになった二人です。まずはリハビリからって感じです。


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天才と凡人

今回はちょっと長いです。キリを良くするのって難しいですね。


「では、決まりだな。至急、自動車部に連絡して、お前が前に見つけたという三式中戦車とやらを動けるようにしてもらう」

 

 河嶋先輩はあたしが駐車場で見つけた“三式中戦車”の整備を自動車部にしてもらえるように手配すると言ってくれた。

 あーよかった。整備はちゃんとした人がやった方が良いに決まってるもの……。

 

「でも、二両動かすとなると、戦車に乗れる人を増やさなきゃ……」

 

 河嶋先輩の言葉を聞いたあたしは戦車に乗る人員を集めなくてはならないと口にする。

 あたしとみほ姉と優花里の3人だけじゃ戦車同士で戦うなんてことは出来ない。

 

「まみ子の友達の実行委員の子はどーよ? そっちをやるなら彼女たちの仕事を少なくするように手を回すよー」

 

 角谷先輩は沙織と華の名前を出して、彼女らにお願いできないか聞いてきた。

 

「沙織と華かー。興味がないことはなさそうね……。二人には後で話を聞いてみる」

 

 前に戦車道の話をしたとき、ちょっと戦車に乗ってみたいというようなことは二人とも口にしていた。

 なので、誘えばいい返事がもらえるかもしれない。しかし、面倒ごとを頼むのはやはり気が引けるな……。

 

「あと、お姉ちゃんの何だっけ、アレ? あの、体を車両から出して戦車に乗ってるヤツ。あれ、評判良いんだけど、まみ子は同じこと出来んの?」

 

「えっ? あれは一応はあたしもやるけど……」

 

 角谷先輩はあたしがみほ姉のようにキューポラから半身を乗り出して戦車に乗ることが出来るかどうか聞いてきたので、あたしはそれを肯定した。

 まぁ、師匠は同じく母親なのだから、まほ姉も含めて全員似たような感じで車長をしている。実力は全然違うけど……。

 

「じゃあさ、二人ともあんな感じで戦ってみてよ。お姉ちゃんが凛々しいって声もすごいもらっててさ。双子でアレやって戦うと盛り上がると思うんだよね〜」

 

 確かにみほ姉は戦車に乗ると人が変わったように凛々しくなる。そして、普段の様子からは考えられないくらいの戦上手っぷりを発揮する。

 その姿に密かに魅了されたのはあたしだけじゃないはずだ。

 

 しかし、あたしじゃ格好は真似は出来ても実力は真似できない。見栄えが良いと言うなら従うけど……。

 

「それだと、操縦が出来る人も二人いるわね……。麻子に頼んでオッケー貰っても、あと一人か……」

 

 戦ってる風を見せるだけなら装填手や砲手はある程度の誤魔化しが利く。

 しかし操縦手は別だ。拙い動きだと白けてしまうだろう。

 麻子は全く練習をしなくてもあの動きを見せてくれた。何とか協力をお願いできないだろうか……。

 

「小山ー。後輩だけにやらせるのも悪いからさ」

 

「まみ、私も戦車に乗るわ。操縦のやり方をあとで教えて」

 

 小山先輩は角谷先輩の一言であっさりと戦車の操縦をすると立候補する。

 責任感の強い彼女らしい……。

 

「小山先輩が入ってくれて……、三人が仮にやってくれるとして」

 

「あと一人は必要かも。砲手が装填手を兼任しても出来るけど……」

 

 あたしとみほ姉は顔を見合わさて必要な人員の数を計算した。

 通信手は一対一だから要らないとしても、各車両4人ずつくらいは欲しいな……。

 

 そんなことを考えていたときである。勢いよく生徒会室の扉が開きオカッパ頭の女の子が入ってきた。

 

「――会長! 最近、文化祭の宣伝なのか知りませんが、戦車がよく学校から飛び出しているのですが、それって風紀的にどうなのでしょうか!!」

 

 角谷先輩に意見をしているのは風紀委員の園みどり子先輩。2年生で次期風紀委員長になることが決まっている人である。

 真面目一辺倒で麻子の遅刻にはよく渋い顔をしていた。

 

「およっ、そど子じゃん」

 

「後輩たちの前で変なあだ名で呼ぶのは、やめてください! 次期風紀委員長としての威厳がなくなりますから!」

 

 “そど子”というあだ名で呼ばれて彼女は声を荒げる。

 うーん。威厳はあるかもしれないけど、あたしと違ってそのあだ名は定着しつつあるんだよなぁ……。

 

「んじゃ、あと一人はそど子でいっか!」

 

「だから“そど子”って呼ばないでください! ん? あと一人ってなんの話ですか!?」

 

 角谷先輩の一言でそど子先輩は今度の文化祭で戦車に乗ることが決まってしまう。

 

 彼女は戦車で風紀が乱されないかどうか監視する役割をお願いしたいみたいなことを言われて半ば強引に納得させられていた……。

 

 その後、生徒会が麻子に戦車に乗ってもらう代わりに遅刻見逃し10日間とかいう特典を与えたことがバレてあたしがそど子先輩にこっぴどく叱られてしまったのは別のお話……。

 

 ちなみに沙織と華は二つ返事で戦車に乗ることを了承してくれた。本当にありがたい……。今度、何かお礼に奢らなくては……。

 

 ということで、戦車に乗って文化祭で出し物をする八人が決まる。

 最初にあたしたちがやったことはチーム分けだ。

 まぁ、車長と操縦手以外は適当にクジで決めちゃったけど……。その結果……。

 

 Ⅳ号戦車は車長がみほ姉、操縦手は小山先輩、砲手が優花里で装填手が沙織だ。

 

 三式中戦車は車長があたし、操縦手は麻子、砲手が華で装填手がそど子先輩となった。

 

 

 そして、あたしとみほ姉の指導の元、戦車を動かす練習をしてみたんだけど……。

 

「たった数日でここまで動かせるなんて……」

 

 あたしはみんなの要領の良さにびっくりしていた。

 麻子は別として、小山先輩も十分すぎるくらいの飲み込みの早さで戦車を操縦出来るようになった。

 

 優花里は最初からシュトリヒ計算が出来ており、停止射撃で見事な狙撃技術を見せた。

 華も砲手が楽しいらしく、すぐにやり方を覚えて初心者とは思えない精度の狙撃をやってのけた。どうやら華道で培われた集中力が役に立ったらしい。

 

 沙織とそど子先輩は筋力の関係でさすがに装填には多少手間取っていたが、それでも普通に試合っぽいことをする分には十分な速度装填を行えるようになっていった。

 

 

「ねぇ、まみー。戦車で戦う練習はしなくていいの?」

 

「そうね。そろそろ台本を作ったほうが良いかもしれないわね」

 

 沙織の言葉にあたしは答える。

 車両の運用は思った以上に出来ているから、ちゃんとした台本があれば思いの外、面白い戦いが演出できるかもしれない。

 

「台本ですか? 戦車での試合になぜ台本が必要なのでしょうか?」

 

 華は台本という言葉が引っかかったらしい。

 何故そのようなものが必要なのかあたしに質問してきた。

 

「だって、普通にあたしとみほ姉が戦ったら、あっさりとあたしが負けちゃって盛り上がらなくなるもの」

 

 あたしとみほ姉が勝負した一瞬で終わる。

 もちろん、他の乗員の力量とかも関係するけど、初心者だけしか居ないので大差がない。

 

 それならば、車長の腕で大体決まる。あたしはみほ姉にもまほ姉にも()()()で戦って勝ったことは一度もない。

 

 その上、みほ姉はあたしを相手にしたとき一度も本気を出したことがなかった――。

 

「そ、そんなことないよ〜。まみちゃんは強いし……」

 

 みほ姉……、変なフォローは止めてほしい。あたしじゃあなたに本気を出させることすら出来ない。

 

「それを置いておいても、初心者ばかりで戦車に乗るんだから、打ち合わせ無しで戦ったらトラブルがあるかもしれないし」

 

 それについてどうこう言っても埒が空かないので、あたしは初心者同士の戦いで起こりうる危険性について口にした。

 

「でも、八百長は良くないと思うわ! 学園艦の風紀的にも!」

 

 それに噛み付いてきたのはそど子先輩だ。八百長は良くないと言ってくる。

 いや、プロレスとか台本はあるけど立派な興業だし……。相撲についてはノーコメントだけど……。

 

「八百長は風紀には関係ないだろ……。そど子……」

 

「麻子、ちゃんとそど子先輩って呼ばなきゃダメよ」

 

「冷泉さん! もう何回も言ってるけど、私の名前は園みどり子! 西住まみさん! 先輩を付ければ良いってもんじゃないの!」

 

 そど子先輩はあたしと麻子に口を尖らせて注意をする。

 しまった。あだ名が余りにもハマり過ぎて間違ってしまった……。

 

「わかった……。そど子」

 

「むきーっ!」

 

「麻子、その辺にしなって」

 

 それでも改めない麻子に対してそど子先輩は怒り心頭で、沙織が麻子を諌めていた。

 

「真剣勝負もいいけど、やっぱり文化祭の出し物だし、多くの人が見に来るから生徒会としては最低10分くらいの尺は欲しいかな」

 

 そして、文化祭の運営に大きく関わっている小山先輩はやはり直ぐに勝負が決してしまうことを危惧しているみたいで、10分は引き伸ばして欲しいと希望を述べる。

 

「じゃあさ、最初の10分だけはどうするか台本を決めておいて、その後は真剣勝負するというのはどうかな?」

 

「わたくしも、せっかく練習したのですからキチンと戦ってみたいです」

 

 沙織と華はそれでも戦車で勝負をするという部分にこだわっているみたいだ。

 戦車も楽しそうに乗っているし、やっぱり試合みたいなことがしたいのかな? うーん。彼女たちには助けてもらったし……。

 

「まぁ、それなら……。みほ姉はそれで大丈夫?」

 

 あたしは10分経ったら二両で真剣勝負をするという沙織の案を飲み込んだ。

 勝った負けたで何かある訳じゃないし、気楽にやればいいか……。

 

「私は大丈夫だけど、まみちゃんは……」

 

「ふふっ、あたしは久しぶりに間近でみほ姉が戦う姿が見られるんだから嬉しいだけよ。ブランク長いけど、楽しめるように頑張るわ」

 

 みほ姉が戦車で応戦する姿が見られて嬉しいというのは本音だ。

 すべてを見通すような鋭い感性に裏打ちされた超人的な戦車道はあたしの心をいつも揺さぶってくれた。

 

 問題はあたしがそんなみほ姉を何分見ていられるか……。なんせ撃破されたらそれでもう終わりなのだから……。

 

 これが戦車に乗って戦うみほ姉を見る最後の機会かもしれない――。

 それならば……、最後の最後にもう一度鍛え直してみよう。せめてブランクが埋まるように……。

 出来るなら、()()()()()本気のみほ姉の姿を引き出してみたいとあたしは思っていた――。

 

 その日から文化祭の準備をしつつ、あたしたち姉妹は久しぶりに戦車に明け暮れた。

 みほ姉もやる気になっている沙織や優花里を蔑ろに出来ないみたいで、色々と教えているみたいだった。

 

 あたしはあたしで、麻子や華の技術を分析して、どうやって戦おうか思案していた。

 同じ初心者たちが搭乗者だが、あたしの車両が有利な点は操縦が麻子ってことだ。

 信じられないが、既に麻子の操縦技術は強豪校のレギュラーレベル。あたしの操縦よりも上手いと思えるくらいである。

 

 小山先輩も十分初心者の領域を超えているのだが、麻子の成長速度との差が大きかった。

 それでもハンデとしては少な過ぎるくらいだけど……。もしかしたらいい勝負が出来るかもしれない。

 

 

 

 そして、秋の3連休を利用した三校合同の文化祭が始まった。

 初日は大洗女子学園の母港がある大洗、二日目はアンツィオ高校の母港がある清水、そして三日目は聖グロリアーナ女学院の母港がある横浜に学園艦が寄港して文化祭を行う。

 アンツィオは栃木県が本籍だが港がないので、静岡県が寄港先なんだって。だから、愛知県や静岡県の人が多く進学するのだとか……。

 

 

「うわぁ! 学園艦が3つも並ぶと壮観ですね! まみ殿!!」

 

「アンツィオもグロリアーナも学園艦に個性があって良いわね。イタリア風とイギリス風か……」

 

 港に並ぶと3つの学園艦を眺めながらあたしたちは口々に感想を漏らした。

 

「みほ殿たちは実行委員の仕事が忙しくて今日はあまり回れないみたいですね」

 

「今日は大洗女子学園がホストだから、実行委員の人たちは文化祭を回るどころじゃないわ。あたしは逆に明日と最終日の仕事が多いんだけどね。他の学園艦の実行委員さんと連携しなきゃいけないから」

 

 残念ながら実行委員のみほ姉たちと合流するのは戦車の出し物の際になるだろう。

 今日は本当に彼女たちは忙しいのだ。

 

「冷泉殿はお昼以降に来るみたいです。文化祭を見るよりも寝たいのだとか」

 

「はは、麻子らしいわね。じゃあ二人で見て回ろっか? どっちの学園艦に行こうかしら?」

 

 麻子もサボりモードになっているみたいなので、あたしと優花里は二人で他の学園艦に行ってみることにする。

 

「そうですね〜〜。やはり戦車道の強豪校である聖グロリアーナ女学院を見たいです」

 

「優花里ったら、本当に戦車が好きなのね。それなら、グロリアーナの学園艦に行ってみよう。今日は我が校の生徒手帳を見せれば入れるようになっているの」

 

「他の学園艦に入るなんて初めてですから緊張します」

 

 優花里の希望を聞いてあたしたちは聖グロリアーナ女学院の学園艦に行くことにした。

 

 

 聖グロリアーナ女学院は淑女たちの学園って感じでイギリスのイメージにピッタリだった。

 生徒たちはみんなどこか品があり優雅だった。

 

「戦車の格納庫とかありませんかね〜?」

 

「さすがに、文化祭で格納庫とか見せてくれないんじゃないかな? ウチはともかく、アンツィオ高校も戦車道をやってるみたいだし」

 

 あたしはアンツィオ高校が戦車道をしていると口にして情報はオープンにしていないのではと予測する。

 

「アンツィオといえば、知ってますか? 去年から戦車道を盛り上げようと愛知県から優秀な選手を引き抜いて、指導させているという噂ですよ」

 

 すると、優花里はアンツィオについての豆知識みたいなことを披露してきた。

 どうやってそんな情報を入手しているのだろう?

 

「へぇ、そうなんだ。去年というとまほ姉と同世代か……。優秀な選手なのに強豪には行かずに、敢えていばらの道を行くなんて凄いわね……」

 

 優秀な選手は大体強豪校である黒森峰やプラウダやサンダース大付属や聖グロリアーナに行ってしまう。

 だから、そういう人があまり強くない所に行って、戦車道を再興させようと努力しているという話はすごいと思った。

 

「あのう、よろしいかしら? 見たところ、大洗女子学園の方でいらっしゃいますわね?」

 

 そんな会話をしていると、あたしたちは後ろから聖グロリアーナ女学院の生徒に話しかけられる。

 金髪を後ろに束ねている女の子――うーん、どこかで見たことあるような無いような……。

 

「――は、はい。そうですが……。あたしたちに何か?」

 

「いえ、先ほどから戦車道のお話をされていましたので……。もしかしたら、このあと始まる大洗女子学園の方が行う戦車の試合についてご存知かと思いまして」

 

 彼女はあたしたちが行う戦車の出し物に興味があるみたいだ。

 見覚えがあるということは、多分、戦車道の選手なのだろう。

 

「え、ええ。あたしたちが一応、その試合を行う予定です」

 

「まぁ、貴女たちが……。――そうでしたの」

 

 あたしはこのあと試合のようなことをすると伝えると、彼女はあたしたちを興味深そうに観察してきた。

 この視線……。ただ者じゃなさそうだ。

 

「あのう。それで……」

 

「いえ、わたくしの先輩が戦車道の無い学園艦で行われるという試合に大層興味があるみたいでして……。どのようなものかと、わたくしも少しだけ気になっただけです。でも――」

 

「あっ――」

 

 彼女は先輩の付き合いでこのあとの試合を見せられるというようなことを言いながら、あたしの手を取り、撫でるように触る。

 な、何をしているのだろうか?

 

「良い手をしていますのね。かなり修練を積まなくてはこのような手にはなりませんわ。でも、不思議……。これだけの練度があれば戦車道の強豪校にだって入れたでしょうに……」

 

 ブランクはあるが、確かにその前まではオーバーワークだと怒られるくらい練習に明け暮れていて、あたしの手はかなりゴツい感じになっていた。

 この人は手を触っただけであたしの練習量を看破したみたいだ。

 

「ええーっと、まみ殿はですね」

 

「優花里! 初対面の方よ……!」

 

「す、すみません」

 

 優花里があたしのことを話そうとしたので、つい大声で彼女を止めてしまう。

 こっちこそ、大声出してごめん……。

 

「あら、わたくしとしたことがはしたない事をしてしまいましたわ。しかし――貴女の試合が見られるなら、先輩の気まぐれに付き合うのも悪くないかもしれませんわね……」

 

 聖グロリアーナの金髪の女の子はニコリと笑って手にしたティーカップに口をつけた。

 というか、ここの生徒さんよく紅茶飲むな……。

 そして、あとで先輩と共にあたしを見に行くと言って、颯爽と去っていってしまう。

 あの人は何者なのだろうか?

 

 そうこうしている内に、大洗町での戦車の出し物の時間が迫り、あたしと優花里は控え室に向かって行った。

 みほ姉と戦うのは久しぶりだなぁ――。

 




聖グロリアーナ女学院の謎の女性の正体とは!?


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双子の姉妹は対峙する

戦車の戦いの描写は何回書いても上手くならない……。
伝わればいいのですが……。


「うわぁ、いっぱい来てるね〜」

 

「あの、大きなスクリーンに試合の様子が映し出されるのですね。タイマンを張るなんて初めてです」

 

 和気あいあいとした雰囲気で戦車同士の戦いを見物しようと集まっている観客を見て、沙織と華は楽しそうに会話している。

 それにしても、意外に他校の生徒さんも見に来ているんだな。アンツィオ高校に至っては出店まで出しているし……。

 

「タイマンって……。じゃあ、この辺でこのあとの流れをおさらいするわよ。まずは戦車で市街地を回って、そのあとにゴルフ場を目指すわ。で、試合は6番ホールで行うの。最初の10分はこの台本どおりに撃ち合ってもらうからね」

 

 まずはⅣ号戦車と三式中戦車で町をグルッと回ってお披露目をして、その後対戦をする為にゴルフ場に入る予定だ。

 そして、10分間は打ち合わせどおりに動き、それから勝負を開始する。

 

「しかし、本格的ですね〜。まさか、戦車道の審判員まで派遣してもらえるとは……」

 

 優花里の言うとおりだ。お祭り好きな会長は戦車道連盟に直接交渉して審判を出してもらった。一対一だし正式な試合じゃないから、そこまでする必要はないのに……。

 

 

「あ! みんな揃ってるね〜。これ、角谷先輩からの差し入れ」

 

「みぽりん、お疲れ様。わぁ冷たい飲み物だ。会長、気が利く〜」

 

 みほ姉が角谷先輩からの飲み物の差し入れが入った袋を片手に控え室に入ってきた。

 

「実行委員の仕事はどうだった?」

 

「うん! とても大変だったけど、来てくれた人が楽しんでくれてたからそんなの吹き飛んじゃった」

 

 あたしが彼女に文化祭の実行委員としての仕事について聞いてみると、彼女は見違えるくらいの明るい笑顔でそう答える。

 みほ姉にとって良い影響になったのなら良かった。

 

「三校合同の文化祭というアイデアは大成功でしたね。明日は他の学園艦も見てみたいです」

 

 華は両手を合わせてこの企画が成功したと言ってくれた。

 あたしもこの提案をして正解だったと思っている。明日は角谷先輩から特別な仕事があるからって言われてるから今日みたいに回れないだろうな。

 

「文化祭の期間が長いと寝坊がし放題なのもいい」

 

「冷泉さん! あなた、だらけ過ぎよ! 文化祭だからって気を抜くから普段の生活も疎かになるのよ!!」

 

 麻子のサボり前提の一言はそど子先輩の逆鱗に触れる。

 彼女は麻子の耳元でシャンとしなさいと怒っていた。

 

「うるさいな……。そど子」

 

「だからぁ〜〜!」

 

 そして、いつもみたいに麻子とそど子先輩の小競り合いが始まった。もう、何回目だろう……。逆に仲が良いのかな?

 

「あのう。車両の点検が終わった、と自動車部の方が〜」

 

「みんな、忘れ物がないように注意して出発するよ」

 

 優花里が自動車部からの連絡を受けて、小山先輩が出発しようとあたしたちに声をかける。

 

 さて、戦車に乗る前に……。

 

「あのさ、みほ姉……、お願いがあるんだけど……」

 

「どうしたの? まみちゃん、お腹でも痛いの?」

 

 あたしが神妙そうな顔をして声をかけたからなのか、みほ姉はあたしの体調が悪いのかと心配そうな顔を向けた。

 

「いや、そうじゃなくて。みほ姉と戦えるのが、今日で最後かもしれないから……。――だから、その、本気で戦ってほしいの。いつもみたいに……、手を抜かないでくれると嬉しいわ」

 

 あたしは思い切ってみほ姉に本気を出して欲しいと頼んだ。

 あたしはあのとき見た本気のみほ姉と戦いたい。そして、その姿を目に焼き付けたい。

 

「手を抜かないで? うーん。私はまみちゃんと練習するとき手を抜いたことないんだけどな。出来るだけ負けないようにって頑張っていたんだけど」

 

「えっ?」

 

 しかし、みほ姉の返事は思いもよらないものだったのであたしは耳を疑った。

 彼女はあたしには特に手を抜かないように努力していたと言うのだ。

 彼女はこんなことであたしに嘘はつかない。

 

「私が手なんて抜いたらすぐに負けちゃうよ〜。だってまみちゃんは毎回強くなってたんだもん」

 

「そ、そうなの? でも……。まぁいいわ……。ごめんね。みほ姉……、変なことを言っちゃって」

 

 みほ姉はあたしが少しでも上手くなったら戦ったあとに必ずそこを褒めてくれた。

 どんな些細なことでも、絶対に見逃さなかった。

 だから、あたしは一度も勝てなくてもみほ姉と戦車に乗ることが楽しかった――。

 

「ううん。私がお姉ちゃんらしく出来るのは戦車(これ)だけだから。今日もまみちゃんに負けないようにしなきゃ」

 

「みほ姉……。ありがと……」

 

 みほ姉は最初から手加減なんてしてなかったんだ。あたしが勝手にそう思い込んでいただけ……。

 彼女は姉としてあたしの戦車道を見守っており、常に高みにいてくれようと頑張ってくれていた。

 あたしはそんなみほ姉の心も知らないで勝手に捻くれていたのか……。ホントにバカみたい……。やっぱり、敵わないなぁ……。

 

 でも、明らかに()()()の彼女は……。

 

 まぁ、そんなことは最早どうでもいい。だったら、今日は大好きなみほ姉の戦車道を精一杯堪能しよう。

 

 

「麻子、準備はいい? 華、調子はどうかしら? 園先輩、ウチの会長のせいですみません。今日まで本当に助かりました」

 

 あたしは一人ひとりに声をかけて、調子を確認する。

 練習はしたが、人前で戦車での戦いは初めてだし、撃ち合いの経験も少ない。普通ならガチガチに緊張するところだ。

 

「いつでもいい……」

「お昼ご飯が美味しかったので、健やかな気持ちです」

「重たい砲弾を持ったおかげでパワーアップしたわ。これで、私はスーパー風紀委員になるのよ」

 

 驚いたことに三人は全員自然体だった。いつもどおり感じで普通に返事をしたのだ。

 これは誰にでも出来ることじゃない。なんせ、この戦車という閉鎖空間は居るだけでかなりのストレスとなり、精神状態を通常どおりに保つだけでも大変だからだ。

 

 優花里は戦車大好き人間なので逆にハイテンションになっちゃうけど……。

 

「みんな緊張してなさそうね。頼もしいわ……。それじゃあ、“パンツァー・フォー”!」

 

 あたしは三人のチームメイトの頼もしさに感心しながら、“戦車前進”の指示を出す。

 

 大洗女子学園の学園艦から戦車が二両、町へと乗り出した。

 

「おおーっ! 戦車が出てきたぞ!」

「こういう光景も久しぶりねぇ」

「乗ってる二人、同じ顔してる。双子かな?」

「双子が戦車で対決か! こりゃあ面白そうだ!」

 

 町の人たちは笑顔であたしたちを見送ってくれた。

 なんか、すっごく期待されてるみたいだからプレッシャーだなぁ。

 

 

「さすが、麻子の操縦。安定感があるわ。これなら、みほ姉と()()()()ができるかも」

 

 ゴルフ場に入り、あたしは一度戦車の中に戻って麻子に話しかける。

 うん、これなら何とか瞬殺は避けられそうだ……。

 

「まみさんは、みほさんに()()って決して言わないのですね」

 

 あたしの言葉を聞いた華は少しだけ低い声で“勝つ”というワードを使わないことに違和感があると言ってきた。

 そうか。意識してなかったけど、あたしの卑屈な感じが出てしまっていたか……。

 

「みほ姉に勝つ……? そうね……、物心ついた時から戦車に乗ってたけど、一度も勝ったことないから、いつの間にか勝ちたいとも思わなくなっていたわ」

 

 あたしが戦車に乗ってみほ姉と一対一で対戦した回数は100回を軽く超える。

 そのすべての勝負で全力で戦った上で敗けているのだ。

 だから、あたしは同い年の姉のことを絶対に勝てない人だと決めつけていた――。

 

「勝ちたいと思わない!? ダメよそんなの! やるからには勝ちを目指さないと!」

 

 あたしが華の言葉に返事をすると今度はそど子先輩が勝ちを目指さなくてはならないと主張する。

 勝ちを目指す、か……。

 

「わたくしも先輩と同意見です。もちろん、勝ち負けが全てではありませんが、真剣に立ち合うなら、勝ちへの気持ちを一片も持たないというのは相手に対して礼節が欠けるのではありませんか?」

 

 華もそど子先輩の意見に同調して、“勝とうと思わない”ということは、相手に無礼だと口にした。

 確かにそうかもしれない。あたしはみほ姉に全力でぶつかるつもりだったが、勝てるとはこれっぽっちも思ってなかった。

 それはある意味、真剣に相手をしてくれている姉に対して失礼な態度だったのかもしれない。

 

「私はみほさんの車両に負けるつもりはないぞ。操縦では小山先輩に勝ってると思っているからな……」

 

 そして、麻子は負ける気がないと自分の心情を明かす。

 彼女は思ったよりもずっと負けず嫌いらしい……。

 

「そっか……。そうだよね。昨日まで勝てないからって、今日も負けるとは限らない……。あたしはそんなことも忘れていたんだ……」

 

 この世界に絶対というものはない。今までダメだったからと言って今回もダメと決まっている訳ではないんだ。

 

「うん。1回くらいは勝てるように頑張ってみようかな?」

 

 あたしは心を入れ替えることにした。負ける可能性が限りなく100に近いとしても、何とか小さな可能性に懸けてみようと思ったのだ。

 

「ええ、きっとみほさんもその方がきっと楽しんでくれると思います」

 

 そんなあたしの声を聞いた華は、今度は明るい声で頷きながらその方が良いと言ってくれた。

 あたしはここに来て友人に恵まれた。自分の心の弱いところを指摘して正してくれる人に出会えたのだから……。

 

「よし! 台本の時間が終わった瞬間に奇襲を仕掛けよう! 小山先輩には悪いけど、すぐに終わらせる!」

 

 本来のあたしはミスを限りなく少なくして、堅実に戦うというスタイルだ。

 今日もなるべくミスを犯さないようにしてみほ姉と出来るだけ長く戦えるように努力するつもりだった。

 しかし、あたしはその戦略を捨てた。()()()()ように戦うのではなく()()()()()()()戦い方をしようと考えたのだ。

 一発限りの賭けみたいな戦い方だけど――もしかしたらがあるかもしれない。

 

「その意気だ。みほさんはともかく、沙織のいるチームに負けるのは癪に触る……」

 

 麻子は負けたくない理由をポロッと漏らした。あー、沙織にドヤ顔をされたくないからか……。

 

「――ん? ちょっと待ちなさい。さっき、冷泉さん。小山さんのことは“先輩”って言ってたわよね? なんで、私は“そど子”なのよ!」

 

 そして、そど子先輩はだいぶ前の麻子の言葉を思い出して、彼女の同じ先輩に対する口の利き方の違いに対して疑問を呈す。

 多分、そど子先輩は麻子から慕われているんだと思う。でも、素直じゃない子だから……。

 

「そんなこと、どうでもいいだろう。そど子……」

 

「どうでも良くな〜〜い!!」

 

 戦車中にそど子先輩の声が響いたとき、あたしたちは目的地である6番ホールに辿り着いた――。

 

 

『これより、大洗女子学園の生徒有志が戦車に乗り込み試合を行います。かつて大洗女子学園は戦車道が盛んであり――』

 

 大きなアナウンスが町中に流れて、あたしとみほ姉は戦車から身を乗り出して対峙する。

 

 ふふっ、この感覚――久しぶり……。まるで全てを見透かされてるようなみほ姉の視線を受けるのは――。

 

『それでは、Ⅳ号戦車チーム対三式中戦車チームの試合を開始します!!』

 

 試合開始のアナウンスを受けてあたしたちは打ち合わせどおりに動く。

 決まった場所に砲撃をして、車両を動かすという傍目には戦車同士が勇ましく戦っているように見えるように工夫しながら、あたしとみほ姉は一生懸命演技した。

 

「麻子! そろそろ10分だ。違和感がないようにバンカーを回り込むように動いてくれ! 園先輩! ここからは装填早めで! 華! 合図とともに打ち合わせどおりに砲撃を!」

 

 あたしは矢継ぎ早に指示を出す。実は演技をしている間も麻子に頼んで少しずつバンカーの方に近付いていたのだ。

 

「10分経ったな……」

 

「華! 頼んだ!」

 

 麻子が真剣勝負の時間の到来を告げ、あたしはその瞬間に華に指示を出す。

 

「――承知しました」

 

 華はバンカーに向かって砲撃をする。

 彼女の砲撃はあたしの注文どおりの角度でバンカーに直撃。上手く砂埃を巻き上げて目くらましを作った。

 

「このまま、バンカーを直進してⅣ号に突撃する。次の合図で側面に回り込んでちょうだい!」

 

 あたしは砂埃を隠れ蓑にして、Ⅳ号との距離を詰めて奇襲する戦法をとった。

 もちろん、みほ姉はこのくらいで動じない。しかし、あたしが勝負開始早々に素直に突っ込むとも思わないだろう。

 ――その心の隙を狙って、Ⅳ号と短期決戦で勝負する。

 

 バンカーを直進してⅣ号に肉薄する。そろそろ砂埃も晴れる――頃合いだな。

 

「麻子! 左から回り込む――と見せかけて、右から回り込んでくれ」

 

「わかった……」

 

 これで、完全に虚を突いた。みほ姉だってブランク明けだし、反応は多少遅れるはず――なんてことはなかった――。

 

 見事にあたしの目論見はバレバレでⅣ号の砲口は正確にこちらを捉えていた。

 

「なんで、ここでみほ姉と目が合うんだ――!? 華! 当てなくていいから砲撃を! 麻子! 出来るだけジグザグに動きつつ的を絞らせないようにして、ここから離れて! ぐっ――被弾したか……!」

 

 奇襲は失敗に終わった上に一発良いのを貰ってしまった……。

 このままじゃいつもどおり負ける――。

 

「うふふっ……、楽しくなってきましたね。さぁ、まみさんもみほさんにやり返して差し上げなくては! わたくしも当ててみたいです!」

 

「えっ? 華?」

 

 華が何時になく殺気を出しつつ物騒なことを言う。先ほどの被弾が彼女の何かに火をつけてしまったのか?

 

「このまま、負けるなんて許さないぞ……」

 

「ほら、装填終わったわ! シャキッとしなさい! 怠けるのは禁止よ!」

 

 そして、麻子もそど子先輩もこのまま終わることは許さないと覇気を放ちながらあたしに忠告する。

 

 そうだよね……。まだ、損傷は軽度だし、パフォーマンスは落ちてない。

 逆転の目が出るまで粘り続けて、勝機を見つけてみせる。

 あたしは再び姉の顔を確認しつつ出方を窺う。

 

 戦車に乗っている彼女はあたしと同じ顔なのに――別人のように美しく、そして凛々しい。

 その表情(かお)永遠に(ずっと)見ていたいと思えるほどに――。

 

 




ゴルフ場の6番ホールは劇場版の最初の場面のあの場所です。
まみがみほにタイマンで勝てるビジョンが浮かばないのは無理もないと書いてて思ってしまいました。


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姉妹対決の結末

駆け引きとか、作戦とか考えて試合を展開させるのって難しいですよね。
一対一でこれなんだから、10両以上の戦車が出てきたらもう大変……。


 いつからか、母から『姉のようになぜ出来ない』のか問われることは無くなった。

 みほ姉やまほ姉と同じ練習メニューをすることも無くなった。

 

 あたしに求められたのは西住流門下生としての平均点。基本的な動作をそれなりの精度で行えるということ。

 

 だけど、あの頃のあたしは自分の才能の無さに抗おうとしてもがき続けていた。

 

 黒森峰の中等部の時代、()()()()()は誰にも負けていなかったと自負している。ボロボロになるまで練習して倒れて怒られるなんてことは日常茶飯事だった。

 よく、世話焼きな同級生たちに助けてもらったっけ。

 

 みほ姉はあたしの目標だった。でも、“目標”が“憧れ”に変わるのに時間はそんなにかからなかった。

 

 それでも、追いつけないと理解していても、あたしは双子の姉(あなた)の背中を追い続けていた――。

 

「みほ姉――やっぱり、戦車は楽しいよ……。あたしにもっと力があれば――。あなたやまほ姉の妹として相応しいだけの力量があれば――」

 

 あたしは無いもの強請(ねだ)りをしながら、みほ姉の出方を窺う。

 Ⅳ号は無理な突撃はしてこない。小山先輩の操縦ではまだ近距離戦は難しいと判断しているのだろう。

 仲間の力量に合わせて無理は絶対にさせないというのもみほ姉の戦い方の特徴だ。

 

 Ⅳ号戦車と三式中戦車は何度か威嚇射撃をしつつ、一定の間合いを取り互いに牽制していた。

 

 

「装填速度もこちらが上か……。沙織よりも園先輩の方がパワーがあるから……」

 

 撃ち合いの結果、こちらの方が装填スピードがあることがわかった。

 距離を詰めて、早撃ち勝負になればこちらにも勝ち目があるかもしれない。

 

「間合いをもう少し縮められないかしら……」

 

「そうですね。あと少しだけ近付くことができれば、一撃で仕留められそうなのですが……」

 

 あたしの言葉に同調して華はサラリと凄いことを言ってのける。

 “一撃で仕留める”なんて言葉、初心者の口からはとても出ないけどなぁ。

 

「華って、結構自信家だよね。ここでそういうことが言えるなんて、砲手としての適性があるよ。絶対に」

 

 華がもしも戦車道を志していたらきっと優秀な砲手になっていただろう。例えば、以前見たプラウダ高校のあの砲手のように――。

 

「そうでしょうか? 出来ると思ったことだけを申し上げてるだけですよ?」

 

「それがみんな出来ないんだってば。華は肝が据わっているのよ」

 

 出来ると思ったことをこういった場ではっきりと言うという事も誰でもできることではない。

 華道とはそこまで精神力が鍛えられるものなのだろうか?

 

「で、五十鈴さんが決めてくれるって言ってるんだから、冷泉さんは何としてでもⅣ号との距離を詰めなさい!」

 

 その華の言葉を聞いたそど子先輩は麻子に檄を飛ばすというか、無茶ぶりをする。

 それが出来たら苦労は無いんだけど、みほ姉はそうさせないようにずっと空間の支配に力を注いでいる。

 出し抜く為にはかなりのリスクと覚悟がいるだろう。

 

「――無論、そのつもりだ。まみ、そろそろ決めるぞ。秋山さんは少しずつ急所を捉えてきている」

 

 しかし、麻子は冷静に今の状況を理解しており、優花里の砲撃が段々あたしたちの急所を突いて来ていることを指摘する。

 

「そうだね。みほ姉は当てやすいポジションの取り方が抜群に上手いんだ。この距離だと確実にあたしたちが詰んでしまう」

 

 みほ姉は牽制のし合いでも決して手は抜かず、短い時間でも良い位置できっちりと停止して射撃を行っている。

 あたしみたいな苦し紛れの行進間射撃みたいな雑な指示は決して出さない。

 無駄撃ちなど一切なく、一発、一発に意味を持たせて放っている。

 

「では、一か八かの突撃を?」

 

「そのつもり。タイミングは次の砲撃の瞬間。こちらも一発威嚇射撃して動きを限定しつつ、距離を詰めて装填の早さで勝つわ! ――でも、そのタイミングを読む為にはこちらから隙を作って砲撃を誘わなくてはならない。麻子、合図をしたらスピードを緩めてくれる?」

 

 華はあたしの頭にある作戦を先読みしてくれた。

 こうなったら、操縦技術と装填スピードの差で勝つしかない。

 

「わかった。確かに沙織の装填は遅い。まぁ、力仕事なんて縁がなかった奴だから仕方ないが……」

 

「弱点を突くしかあたしたちには方法がないから。スピードを緩めるとそれだけで撃破されるリスクはあるけど――これが本当に最後のチャンス。行くわよ!」

 

 あたしは最後の突撃のタイミングを計る……。

 

「麻子! お願い! 華! 園先輩! 準備して!」

 

 あたしの合図で麻子がスピードを緩めると、思ったとおりその瞬間に砲口がこちらをきれいに捉える。

 

「「撃て〜〜!!」」

 

 ほぼ同時に砲撃の指示を出すあたしとみほ姉。

 ――その刹那、麻子がこの日1番のドライビングテクニックでⅣ号からの砲弾をギリギリで躱し、フェイントを織り交ぜつつ、Ⅳ号の側面に肉薄する。

 

 やはり、麻子の才能は計り知れない……。

 

 さぁ、ここでⅣ号を撃破しないと勝ち目は完全になくなる。

 しかし、みほ姉だって装填速度の差に気付いていないはずがない。ならば、Ⅳ号は当然被弾を避けるように動くだろう。

 

 だけど、これだけ至近距離なら華は決して逃さないはず――。

 

 えっ? あたしがみほ姉に“勝てる”――? いやいや、そんな簡単なはず――。ん? 待てよ、何か単純な見落としが――。

 

 あたしの脳ミソが違和感を感じたのと同時にⅣ号戦車の砲塔がこちらを向く。

 バカな……。こっちの方が装填時間が短いんだぞ――。

 

 そう思ったのもつかの間、三式中戦車は砲弾を放つ前にⅣ号戦車から砲撃を受けて――白旗を上げていた――。

 

 どういうことだ? 沙織の方が装填速度が遅いはずなのに、なんでⅣ号の方が砲撃が早かったんだ? あたしは目の白旗を呆然と見つめる。

 

「まさか……、本当は沙織の方が装填スピードが早かったのか? いや、それならもっと早く決着がついてるはずだ。そもそも、遅いと見せかける理由なんて――」

 

 そう、沙織がそど子先輩より装填スピードが早いなら、最初からそのスピード差を活かして戦うはずなのだ。そして、それならもっと早くこちらが負けていた。

 だから、遅いと見せかけるなんて無意味だ。

 

「ごめんね。まみさん……、私が悪いわ。ちょっと疲れて装填が遅くなってしまったの」

 

「――っ!? いや、園先輩は悪くないです。これはあたしのミスですから……」

 

 そど子先輩の言葉を聞いてようやくあたしはみほ姉の仕掛けた戦術に気が付いた。

 

 沙織がそど子先輩よりも装填スピードが遅いのは確かだ。

 しかし、それは試合が開始された直後の話である。

 

 あたしがそど子先輩になるべく早い装填をお願いしたのとは逆に、なんとみほ姉は体力を消耗しないように沙織に“ゆっくり”と装填をするように指示を出していたのだ。

 

 そして、そど子先輩が疲れて装填速度が落ちてきたとき、みほ姉はそれに合わせて“更にゆっくりと”装填するように沙織に指示を出した。

 

 『装填を少しずつ遅めに』なんて指示は普通は出さない。

 しかしこれには意味があって、沙織とそど子先輩の装填速度の差が縮まっていないという目くらましのせいで、あたしはそど子先輩の装填速度が徐々に遅くなっていることに気が付かない。

 いや、そこに気が付いたとしても沙織が余力を残してる事までは想像できない。

 

 このように既存の常識を当たり前のように破ることが出来るのがみほ姉だ。

 

 西住流ではそんなやり方はあり得ないのだが……。

 

 しかし、その指示の結果――最後の突撃の瞬間では体力を消耗しきっていたそど子先輩と温存していた沙織とでは既にスピード勝負での逆転現象が起こっており、三式中戦車は白旗を上げることになったのだ。

 

 みほ姉は味方の弱点すらも武器としてあたしにぶつけてきて完勝した。

 何が恐ろしいって、あそこで突撃をしなかったらしなかったで普通にこちらが撃ち負けていたということである。

 つまり、そど子先輩が疲れた時点であたしたちの負けは決まっていたのだ。

 

 遥かなる高みから全てを見通し、誰と組んでも仲間の力を100パーセント以上に引き出し勝利へと踏み出す――これがみほ姉の戦車道だ――。

 

「やっぱり、カッコいいな。みほ姉は――」

 

 あたしは車長席で姿勢を崩してつぶやいた。

 ああ、ブランクなんて関係ない。あたしの見たかったみほ姉の姿がもう一度見られた――。

 なんて、幸せなことなんだろう。

 

「あらあら、負けたというのに、だらしない顔をしてますね。まみさん」

 

 華はそんなあたしの顔を見つめて、微笑ましいものを見るような顔をしている。

 

「あはは、勘弁してよ華……。久しぶりに実感してんのよ……。だから、みほ姉のこと好きなんだって……」

 

 あたしも自分の顔が緩みきっていることを知ってる。

 でも、抑えられない。彼女に敗けると決まってこうなるのだ……。

 

「姉バカだな……」

 

「まみさん! 今の発言は風紀的にちょっとまずいわよ!」

 

 すると、麻子とそど子先輩にもそんなあたしの特殊な性癖を突かれてしまった。

 良いじゃないか、それだけ戦車に乗っているみほ姉が魅力的なんだから。素直にそれを受け取っても……。

 

 でも、これでみほ姉は多分戦車に――。

 

 あたしが少しだけ寂しさを感じていたその時である。

 履帯の音と、スピーカー越しに誰かが話す音が聞こえた。

 

『おい! 角谷! 話が違うではないか! 戦車の初心者ばかりだと聞いていたぞ! これじゃあウチの子たちでは瞬殺――じゃなかった勝負にならないじゃないか!』

 

 CV33――イタリア製の豆戦車から顔を出して何やら叫んでいるのは薄緑色の縦巻きパーマが特徴的な女の子。

 誰だろう? 見たことあるような、無いような?

 彼女の車両はあたしとみほ姉の車両の近くに停止した。

 

 みほ姉もキューポラから顔を出して不思議そうな顔をしている。

 

「やあやあ、チョビ子。お疲れ〜〜」

 

「か、会長! いつの間に!?」

 

 さらに角谷先輩が河嶋先輩を引き連れて悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらに手を振っている。

 

「チョビ子ではない! アンチョビと呼べ! まったく……」

 

 そして、薄緑色の髪の女の子は角谷先輩に自分のあだ名らしきものを叫んでいた。

 元気のいい人だな……。しかし、他校の人がなんだろう?

 

「あのう、会長、これはどういう? こちらの方は見たところ、アンツィオ高校の生徒さんでは?」

 

 あたしたちは戦車から降りて、角谷先輩に状況を質問した。

 うーん。あの笑みの角谷先輩は何か隠し事をしてるときなんだよな。

 

「あー、チョビ子ってさ、アンツィオの戦車道チームの隊長なんだよねー。んでさ、アンツィオの戦車道が衰退してるからって、呼ばれて学校に入ったのは良いんだけど、人が集まらなくて困ってるんだって」

 

 角谷先輩によると、こちらのアンチョビさんはアンツィオ高校の戦車道の隊長らしい。

 立て直しにきたって話はさっき優花里が……。

 

「あーっ、もしかして愛知県からアンツィオ高校の戦車道チームを立て直すためにスカウトされた選手というのは、もしや!?」

 

「おっ! この私を知っているヤツがいるな! そのとおり、この私こそ偉大なるアンツィオ高校の戦車道の指導者! 総帥(ドゥーチェ)アンチョビだ!」

 

 優花里の言っていた噂話は本当だった。こちらのアンチョビさんが愛知県の優秀な戦車道の選手だった人らしい。

 しかし、凄いな一人で立て直しを計ろうとするなんて……。

 

「で、このチョビ子が今さっきやった戦車の試合に興味を持ってさ。自分のところの戦車道の宣伝をしたいからって、2対2の試合を申し込んで来たんだよ」

 

 角谷先輩はニヤニヤしながらとんでもない事を言い出した。

 

「えっ? 戦車道の試合を? そんな無茶な……」

 

「私たち、もう戦車道を止めたからその試合っていうのは……」

 

 あたしとみほ姉は顔を見合わせて、アンチョビさんの試合の申し込みを断ろうとする。

 他校の戦車道チームと試合なんて、さっきの余興とはワケが違う。

 

「はぁ? 何を言ってるんだ!? お前たち! 今の名勝負が戦車道の試合じゃないだと!? 謙遜するのは良くないぞ!」

 

 するとアンチョビさんが今の試合も立派な戦車道の試合だと主張する。

 いや、最初の10分は台本付きだったし、あたしとみほ姉以外は初心者だし……。

 それに――。

 

「名勝負? あたしが一方的にやられただけだけど……」

 

 そう、試合というにはあまりにもお粗末な内容だった。

 Ⅳ号に砲弾を掠らせることすら出来なかったという結果は、あたしたち姉妹の実力差を顕著に示している。

 

「そんなことはない! 実際、Ⅳ号もかなり追い詰められていた! 時間差のトリックは見事だったが、私からすれば最後まで何が起きてもおかしくないように見えたぞ!」

 

 アンチョビさんはみほ姉の使った戦術を観戦しただけで見抜いたみたいだ。この人は確かに実力者だな……。

 しかし、Ⅳ号が追い詰められたというのは――。

 

「そうだよ。まみちゃんがいつもより積極的だったから、驚いた。前よりも指示を出すスピードも早くなっていたし……。もう長い間、戦車に乗ってなかったのに強くなってるなんて凄いよ」

 

「みほ姉……」

 

 みほ姉はあたしの戦い方の変化を敏感に感じ取ってくれていた。

 いつもありがとう……。姉さん……。

 

「それに、お前たちほどの選手が戦車道やらないってどういうことだ? いや、嫌いになったとかなら分かるのだが、二人とも楽しそうに戦車に乗っていたじゃないか」

 

 アンチョビさんはあたしたちが楽しそうに戦車に乗っていたと指摘して、あたしたちが戦車道をやっていない事に疑問を呈する。

 

「――そりゃあ、あたしはみほ姉と戦車で戦えて……」

 

 あたしは戦車に乗ること自体は好きなので、楽しそうにしていたことは否定しないけど、まさか、みほ姉も……。

 

「うんうん。まみりんもみぽりんもすっごく楽しそうに戦車に乗って戦ってたよ」

 

「はい! わたくしたちも楽しみましたが、お二人はそれはもうイキイキとしていました」

 

「みほ殿の指示も途中から声が段々と大きくなってきて、試合を楽しんでいることが伝わってきました」

 

 沙織と華と優花里は口々にあたしたち二人が楽しそうに、戦車に乗っていたと口にする。

 傍から見てもわかるくらいだったんだ……。

 

「そういえば、まみちゃんの顔を見てたら頑張ろうって気になっていて、いつの間にか試合が楽しくなって夢中になっていたかも。こんなの久しぶり……」

 

 みほ姉は先ほどの戦いが楽しかったと振り返り、朗らかな笑顔を見せた。

 そう、彼女も本当は戦車に乗ることが大好きなのだ……。

 

 あたしたちは二人とも戦車が好きなのに戦車道を止めてしまっている。

 しかし、この文化祭がそんなあたしたちを大きく変えていくことになる。

 このあとの、角谷先輩の発言によって――。

 

 




みほの戦術やまみとみほの実力差は伝わりましたでしょうか?
この部分はイマイチ不安になりながら書いてました。
アンチョビが登場して、さらに次回はグロリアーナのあの人も登場します。


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アンツィオ高校と聖グロリアーナ女学院

三校合同文化祭ならではのイベントの開催が決定します。


「まぁ、お前たちにも色々と事情はあるのかもしれんが……。しかし、参ったな。試合を申し込むにもあれだけ強いとなるとウチの子たちでは……。うーむ。私が出たとしても、二人相手じゃあなぁ」

 

 アンチョビさん曰くアンツィオ高校の戦車道履修者たちは戦車道の試合経験が少ない子ばかりなので、その子たちとあたしたちを戦わせたかったらしい。

 

 しかし、実力差が大きいから自分が出てそれを埋めようと考えたが、自分でもあたしとみほ姉の二人を止める自信がないと口にしていた。

 

「そっかー。じゃあ、丁度いいタイミングだから話すけど、実は試合をしたいって申し込んで来たのはチョビ子だけじゃないんだよ。――おーい!」

 

 アンチョビさんの話を聞いていた角谷先輩は試合の申し込みがもう一つあると口にして、手を振りながら大声を出した。

 

「何!? どういうことだ? 角谷!」

 

 角谷先輩のセリフを聞いてアンチョビさんは訝しげな顔をする。

 そして、それと同時に妙な音楽と履帯の音が聞こえて来た。この音楽って確か“007”の“ジェームス・ボンドのテーマ”だっけ?

 

「――“ENGAGE(前進)”! 進め! 全速力で! もっと速く! さらに早くだ!!」

 

 女性の声と共に森の中からこちらに向かって戦車が飛び出してきた。

 あの車両は確か――。

 

「あ、あれは! クロムウェル巡航戦車ですよ! 凄い速度でこっちに来ます!? それに……!?」

 

 優花里は口早に戦車の名前を口にする。

 クロムウェルにはキューポラから半身を乗り出して仁王立ちしているタキシードを着た金髪のロングヘアの女の子がいた。

 

「あ、あの女性(ひと)は疾風アールグレイ――!? 聖グロリアーナ女学院、戦車道チームの隊長がなんでここにいるの!? ていうか、なんでタキシードを着てるの!?」

 

 あたしはいきなり大物が登場してきたので何が起こったのか分からなかった。

 

 クロムウェルはCV33の隣に停車して、アールグレイさんは颯爽と車両から飛び降りる。

 

「クリスマスは年に一度だと思っていたのだが……! うむ、なかなか唆るじゃないか君は――」

 

 アールグレイさんはみほ姉の顎をクイッと触りながら、不敵な笑みを浮かべて顔を近づけて興味深そうに観察していた。

 

「ふぇ? あ、あのう……? 何のご用件でしょうか?」

 

 みほ姉はいきなりアールグレイさんに変な絡まれ方をされて、いつも以上に人見知りを発動させて顔を真っ赤にしている。

 雑誌で見たアールグレイさんはお嬢様学校の生徒らしくお淑やかな、いかにも淑女って感じの人だったんだけど……。

 

「申し訳ありません。誠に恥ずかしいのですが、わたくしたちの隊長は時々こうなってしまうのです。きっと昨日見た映画に影響されてしまったのでしょう」

 

 するとクロムウェルから、さっき聖グロリアーナ女学院の学園艦で話しかけてきた女の子が降りてきた。

 なるほど、聖グロリアーナ女学院の戦車道チームの人だったか……。

 

「あっ! あなたはさっきの……」

 

「また、お会いできましたわね。先程は楽しい試合を拝見させていただきましたわ。まみさんでしたっけ? わたくしは聖グロリアーナ女学院2年、戦車道チームの一員、ダージリンと申します」

 

 彼女はニコリと微笑みながら、あたしに近付いてきて、ダージリンと名乗る。

 そうそう、アールグレイさんもそうだけど、聖グロリアーナ女学院は幹部やその候補生の人たちに代々紅茶の名前がニックネームとして与えられるんだよな。

 つまりダージリンさんは聖グロリアーナ女学院の幹部クラスってことだ。

 

「ただのアールグレイだ。肩書きは特にない」

「もう一度申し上げますが、この方は我が聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長です」

 

 アールグレイさんが自己紹介すると、それに被せるようにダージリンさんが自分たちの隊長だと告げる。

 

 この人は高校戦車道の世界では有名人だし知らないはずがない。アールグレイといえば、“疾風”と例えられるほどの華麗な速攻を得意とする名将である。

 

「はぁ……、もちろんそれは存じてますが。聖グロリアーナ女学院の戦車道チームの隊長があたしたちに何の用件なのでしょうか……?」

 

 あたしはアールグレイさんがわざわざここにやった来た理由を尋ねた。

 聖グロリアーナ女学院の隊長ともあろう人がこんな余興に興味を持つなんてあり得ないと思ったからだ。

 

「簡単だ。私は、君たちを殺すために来た――」

 

「「えっ?」」

 

 真顔で懐からモデルガンを出しているアールグレイさんを見て、あたしたちはポカンと口を開いてしまった。

 

 面白い感じの人なのかな……?

 

「アールグレイ様、物騒なことを仰らないでください。変な映画に毒されすぎですわ。わたくしたちは大洗女子学園に試合を申し込みに来たのです。明日の文化祭の余興として」

 

 ダージリンさんが呆れ顔をしながら、あたしたちに目的を話す。

 まさか、アンツィオだけじゃなくて聖グロリアーナまで試合を……。

 

「せ、聖グロリアーナ女学院が試合を!? す、凄いです!」

 

 優香里は驚きながらも興奮気味の声を出す。

 いやいや、凄いかもしれないけどさ……。

 

「優花里、落ち着いて。試合になんてなるわけないでしょう。聖グロリアーナ女学院は準優勝経験もある強豪校。こっちはあたしとみほ姉以外は初心者なのよ」

 

 あたしは聖グロリアーナ女学院と試合なんて無茶だと口にした。

 まぁ、みほ姉なら対応出来るかもしれないが……。

 

「そんなことはないさ。君たち二人はぜひ我が校に欲しいくらいの逸材だ。いやむしろ、我が校に入れ」

 

 するとアールグレイさんは唐突にあたしたちを自分たちの所に来ないかと勧誘をしてくる。

 

「ちょっと、何を急に勧誘されていますの? そういった事はもっと形式に則って行わないと」

 

 ダージリンさんは自由なアールグレイさんを諌めるような感じの声を出していた。

 会ってすぐに自分のところに勧誘するって、なんというか感覚が凄い……。

 

「聖グロリアーナ女学院に来れば、ほら、あれだ。新しい名前が貰えたりするから、西住だって簡単にはバレないぞ。君ら姉妹が戦車道をする上で気にしている部分はズバリそこだろ?」

 

 しかし、感覚が鋭いというか、よく観察していたというか、彼女は一見しただけであたしとみほ姉……、特にみほ姉の抱えている問題の核心をついてくる。

 なるほど、紅茶の名前が貰えるから西住の名前が消える、か……。

 

「に、西住!? お、お前たち、まさか、西住流の――!?」

 

「西住流……。道理で……。随分とお姉様とは違いますのね……」

 

 アンチョビさんとダージリンさんはあたしたちがどんな人間なのか大体わかったみたいだ。

 ダージリンさんはまほ姉のこと知っているのか。

 まぁ、同期の戦車乗りでまほ姉を知らないはずがないか……。有名人だし……。

 

「今ならもれなく、“午後ティー”と“リプトン”の名を授けよう」

 

「そ、そんな名前の方は今までいらっしゃいません! もっとちゃんとした優雅で毅然とした名前をプレゼントして差し上げます!」

 

 更に続けて真顔でジョークを飛ばすアールグレイさんに慌ててダージリンさんがツッコミを入れる。

 ダージリンさんはかなり先輩に振り回されているみたいだ。

 ああ、良かった。午後ティー先輩やリプトン先輩はいないらしい。

 

「ちょい待ち。困るんだよねー。勝手に生徒を勧誘するのは」

 

 そんな中、角谷先輩はアールグレイさんの勧誘に待ったをかけた。

 彼女は勝手な勧誘を許さないと言う。

 

「ふむ。しかしだな、角谷生徒会長。彼女らほどの戦車乗りを戦車道のない学校に留めて置くのは、私としては看過出来ないのだよ」

 

 しかし、アールグレイさんは引き下がらない。

 彼女はあたしたちが戦車道をしないことが見逃せないのだと主張する。

 

「ちょっと待て! それなら西住の妹たちはウチに来い! お前らが居ればアンツィオの戦車道の未来は明るい! ウチもあだ名を与えてやるぞ、ニジェッラとかニードとか!」

 

 すると、アンチョビさんまでも勧誘を開始した。

 彼女も同じ年のまほ姉のことを知ってるみたいだ。

 ていうか、いつの間にかあたしたちがあだ名を欲しがっている前提になってるな。

 

「むっ……、君は横取りをするつもりかい?」

 

「横取りはお互い様だろ?」

 

 そして、アールグレイさんとアンチョビさんはバチバチと火花を散らして睨み合っている。

 この二人は我が強そう。まぁ、戦車道をやってる人は少なからずそういう所があるけど……。

 

「だから、待ちなって。まみ子もお姉ちゃんも大事な後輩だ。そんな物みたいにホイホイ他所に簡単にはやれないんだよね。生徒会長としては……」

 

「角谷先輩……」

「会長……」

 

 角谷先輩があたしたちを大事にしていると言ってくれたので、あたしもみほ姉も彼女に尊敬の眼差しを送る。

 ちょっと強引なところもあるけど、やはり角谷先輩は優しい先輩だ……。

 

「それに、ウチも戦車道復活させっから」

 

「「……っ!?」」

 

 だけど、そのあとに角谷先輩の口からとんでもない発言が飛び出したので、あたしもみほ姉も絶句してしまう。

 ええーっと、戦車道がないからあたしたちは大洗女子学園に来たんだけど……。

 

「か、会長! それ、本気ですか!?」

 

 さらに河嶋先輩も初耳だったらしく、びっくりしたような声を出していた。

 

「うん! まみ子とお姉ちゃんが入ってきてさ。興味本位で戦車道のこと調べたら、文科省が来年から戦車道のある学園艦に優先して予算を回す方針ってことがわかったんだ。何でも戦車道の世界大会誘致をするためにプロリーグを設置したいという背景からきているらしい」

 

 角谷先輩の話によれば、どうやら国が戦車道の教育に力を入れるという方針らしく、この学園艦の将来を考えてのことらしい。

 なるほど、学園艦のことを誰よりも想っている角谷先輩らしい。

 

 でも――。

 

「会長、あたしもみほ姉も戦車道は……」

 

「二人が履修するかどうかは自由だよ。もちろん戦車に関しては色々聞きたいし、手伝って欲しいとは思ってるけどね〜。まぁ、そこは気楽に考えてよ」

 

 角谷先輩はあたしたちに戦車道を強制するつもりはないらしい。

 それにしても、まさか戦車道をいきなり始めるって言い出すとは……。

 

「――ふむ。そうか、じゃあ二人の勧誘は諦める」

 

「あ、アールグレイ様、そんなにあっさりと諦めてよろしいんですの? 珍しいですわね」

 

 角谷先輩の言葉を聞いてあっさりと諦めたアールグレイさんを、意外そうな表情でダージリンさんは見つめていた。

 

「戦車道を始めようとする学園艦に横槍を入れて邪魔をするなど、無粋ではないか。それに――本来の目的は勧誘ではなく挑戦。角谷生徒会長、こちらの方は受けてくれるかな?」

 

 アールグレイさんは新しく戦車道を始めようとしている学園艦の邪魔はしたくないと考えてるみたいだ。

 そして、話を本題に戻す。自分たちの試合の申し込みを受けて欲しいと。

 

「ん? いいよー。じゃあ、チョビ子たちはこっちチームで3対3で戦うっていうのはどう?」

 

 角谷先輩はあっさりとアールグレイさんの試合の申し込みを受けた。

 さらにあたしたちとアンチョビさんたちが組んで3対3という形での試合することを提案する。

 

「角谷! 何を勝手に!?」

 

「チョビ子、アンツィオ高校にとってはチャンスだよ。ここで聖グロリアーナ女学院といい勝負をすれば、いい宣伝になる」

 

「うっ……、それはそうだが……」

 

 角谷先輩が勝手に話を進めようとしたことに反発したアンチョビさんだったが、彼女の意見を聞くと、納得したような顔を見せた。

 

「まみ子、お姉ちゃん、悪いんだけどさ。チョビ子のヤツ、本当に困ってるみたいなんだ。助けてやれないかな?」

 

 角谷先輩はアンチョビさんを助けようとしているみたいだ。

 もちろん文化祭を盛り上げたいという目論見もあるんだろうけど……。

 

「――みほ姉、アンチョビさんは凄いことをやろうとしてる。あたしは、助けたい。だから……」

 

 あたしは素直にアンチョビさんが凄いと思った。

 彼女は戦車道が好きだから――自分が活躍することより、その楽しさを広げていくことに力を尽くそうとしている。

 

 そんな彼女が困っているのならそれを助けたい。自分のことだけで精一杯のあたしには真似できないから……。

 

「うん。いいよ。私も、もう一回戦車に乗ってみたい。何かが変わってきたような気がしているの」

 

 みほ姉もアンチョビさんの言葉から何かを感じ取ったみたいで、もう一度戦車に乗ってそれを確かめてみたいと言った。

 

「じゃ、決まりだ。明日は大洗女子学園とアンツィオ高校が聖グロリアーナ女学院に挑むみたいな形で宣伝するから。よろしく〜」

 

 角谷先輩は自分の目論見どおりに事が進んだときに見せる満足そうな笑みを浮かべながら、明日の試合を宣伝すると、あたしたちに伝える。

 

「ところで、聖グロリアーナ女学院はなんで試合の申し込みを?」

 

「それはあたしも気になる」

 

 そして、優花里が強豪校である聖グロリアーナ女学院が戦車道の無い大洗女子学園に対して試合を申し込んだ理由を尋ねた。

 いや、本当にそれがわからない。聖グロリアーナ女学院には何のメリットもないし……。

 

「なあに、大したことじゃない。こちらのダージリンは我が校の戦車道チームの次期隊長に内定しているのだが……」

 

 アールグレイさんはダージリンさんが次期隊長に内定していることをあたしたちに話した。

 

「へぇ、ダージリンさんって凄い人なんですね」

 

「そ、そんな。大したことありませんわ」

 

 あたしが素直な感想を口にすると、ダージリンさんは口では謙遜しながらも、少しだけ得意そうな表情を見せる。

 後輩のあたしが言うのもなんだけど――可愛らしい人だな……。

 

「いや、大した子なんだ。ダージリンは。一見、ツッコミ担当に見えるが、案外浮世離れしたところや面白いところもあってな。奥深い子なんだよ。私は将来的には立っているだけで面白い子になると睨んでいる」

 

 そして、アールグレイさんはそんなダージリンさんは面白い人だとあたしたちに力説する。

 あたしはアールグレイさんの方が面白いと思うけど……。

 

「そういう所で持ち上げられても嬉しくありません! わたくしは突然変な言動をして後輩を困らせたりはしませんわ!」

 

 そして、ダージリンさんは機嫌が悪そうな声を出して、自分は後輩を困らせないと主張した。

 この人は随分とアールグレイさんに振り回されているみたいだ。

 

「まぁ、それはいいとして」

 

「本当にどうでもいいぞ」

 

「まぁまぁ、河嶋……」

 

 思いの外、長い話になったので河嶋先輩がイラッとしたような口調になり、角谷先輩はそれを宥めていた。

 

「ダージリンの隊長就任をそろそろ正式に行おうと思っていたのだが……。この私の引き継ぎをただの練習試合の後にしてもツマラン。そこで、文化祭を利用して全校生徒の見ている前で勝利し、新しい隊長のお披露目をするということを思いついたワケだ」

 

 簡単に言えば、アールグレイさんは新しい隊長の任命を目立った形で行いたいのだそうだ。

 

「まぁ、それは素敵ですね」

 

「でもでも、それって負けちゃったらどうなるの?」

 

 華は素直にその趣向を褒めるが、沙織はその逆に聖グロリアーナ女学院が負けたら台無しになるのでは、と危惧する。

 いやいや、何を言っているの?

 

「沙織! 聖グロリアーナ女学院があたしたちに負けるはずないでしょ」

 

 あたしは強豪校に対する無礼な発言をした沙織の言動を慌てて訂正した。

 

「負けた場合……? うーむ、それは考えてなかった……。負けた場合はそうだな。明日の隊長就任はなしで」

 

 するとアールグレイさんは沙織の言葉を真に受けて、とんでもない事を口にする。

 

「アールグレイ様!?」

 

「なんだ? 自信が無いのか、ダージリン。明日の戦いは君が指揮を取れ。無論、私は全力を尽くすよ。可愛い後輩が無事に隊長に就任出来るようにね」

 

 驚いた顔をしたダージリンを挑発するような口ぶりで指揮を任せると言い放つアールグレイさん。

 彼女は本気で戦うつもりではあるみたいだ。

 疾風アールグレイの実力を間近で見られるのは楽しみだな……。

 

「――はぁ、わかりました。騎士道精神に懸けて、必ず勝利した後に隊長の座を貴女から頂戴致しましょう」

 

 ダージリンさんはこれ以上何かを言うことは無駄だと悟って、明日の試合に尽力することを誓う。

 どうやら聖グロリアーナ女学院は本気で戦いに挑むみたいだ。

 

「なんか、凄いことになったね」

 

「むぅ〜、ダージリンには悪いが、私は勝つつもりでやるからな。聖グロリアーナ女学院に勝てたら更に宣伝になる! みほもまみもそのつもりで戦うんだぞ!」

 

 沙織は他人事のような声を出し、アンチョビさんは勝つ気満々でアンツィオ高校の戦車道を大いに宣伝すると胸を張った。

 

「ああ、そっか。アンチョビさんはこっちの味方なんだっけ」

 

「それでは、作戦や指揮はアンチョビさんに任せます」

 

 あたしとみほ姉は助っ人という形を取りアンチョビさんの指揮の元で戦うと約束する。

 この人も実力者であることは間違いないから、戦車道のファンとして手腕は是非見てみたい。

 

「任せろ! この総統(ドゥーチェ)が西住の妹たちにアンツィオのノリと勢いを叩き込んでやる!」

 

 アンチョビは気を良くして、あたしたちにアンツィオの流儀を教えると宣言した。

 

 こうして、“大洗女子学園とアンツィオ高校の連合軍VS聖グロリアーナ女学院”という対戦カードが文化祭の2日目に決まり、角谷先輩は生徒会の権限をフル活用して宣伝を開始した。

 

 それにしても――大洗女子学園の戦車道が復活か……。

 戦車に乗ることは確かに楽しい……。だけど――。

 あたしにはどうしても自分がもう一度戦車道を始めるというイメージが湧かなかった。

 ()()()()自分の限界を知ってしまったから――。

 




アールグレイ先輩は“プラウダ戦記”を参考にして半分くらいは妄想で人物を形成しました。
“プラウダ戦記”の先輩に振り回されているダージリンが可愛すぎたので、今回はついつい無駄な会話が増えて長くなってしまいました。

少しでも面白いと感じましたらぜひお気に入り登録を!
あと、一言でも構いませんので、感想をお待ちしております!


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三校合同文化祭エキシビションマッチ

今さら気付いたことは、戦車道の試合を書くなら一人称視点より三人称支店の方が書きやすいのではということ。
でも、主人公の心理とかそのへんは一人称の方が書きやすいのでこのままでいきます……。


「うわ〜! 富士山があんなにキレイに見える!」

 

「絶景とはこのことね。夜景も評判良いみたいなんだけど、時間的に見られないのは残念だわ」

 

 みほ姉の歓声に合わせてあたしも隣で景色を見ながら声を出す。

 富士山がよく見える県立の自然公園――今日はここで聖グロリアーナ女学院と試合を行う。

 ふむ、細い山道で挟み撃ちとかされたら一巻の終わりだな。気を付けないと……。

 

「うんうん。彼氏と二人きりで夜景を見るって最高のシチュエーションだよね」

 

 沙織も高いところからの景色を堪能しながら、理想のシチュエーションの1つを語る。

 

「彼氏と夜景をみたことあるのですか?」

 

 すると、華がお決まりの質問を沙織に投げかける。そろそろ、やめて差し上げてもいいんじゃない?

 

「沙織の脳内彼氏だ。名前はマサツグ……」

 

「ええ〜っ! 武部殿の脳の中には彼氏さんがいらっしゃるのですか〜!?」

 

 さらに麻子が追い打ちをかけると、このやり取りになれてない優花里が驚いた声を出していた。

 

「ゆかりん、麻子の言葉を真に受けなくて良いから。てか、マサツグって誰!?」

 

 そして、沙織がいつもの様に足をジタバタさせてツッコミを入れる。

 まぁ、こんな沙織が可愛いから意地悪を言いたくなるのだろう。

 

「あなたたち学園艦の外に来たからってあまりはしゃいじゃダメよ。風紀の乱れに繋がるんだから、大洗女子学園の生徒だということを常に意識しなさい」

 

「今日はアンツィオ高校や聖グロリアーナ女学院の方たちとも交流するから、大丈夫だと思うけど失礼のないようにしてね」

 

 あたしたち1年生組がはしゃいでいると、先輩たちは外からの目も気にするようにと忠告した。

 そど子先輩も小山先輩も真面目な人だから、こういう時は引率の先生みたいになっている。

 

「あっ! アンチョビさんだ」

 

 そんな中、一緒に戦うアンツィオ高校のアンチョビさんが後ろに二人の女の子を引き連れてこちらにやってきた。

 

「今日はよろしく頼む! 一緒に戦車に乗る後輩を連れてきたぞ。私が卒業するまでにこいつらを一人前にするつもりなんだ」

 

 アンチョビさんは、連れてきた二人を自分の後輩だと紹介する。

 ということはあたしたちと同じ1年生ということか……。

 

「あたしはペパロニ。よろしくっす。姐さん。今日はマジで気合い入ってるんすね!」

 

「カルパッチョです。今日はよろしくお願いします」

 

 黒髪を三つ編みにしたボーイッシュな感じのペパロニと長い金髪で上品な感じのカルパッチョがそれぞれ挨拶した。

 アンツィオ高校はイタリアの食べ物的な感じのあだ名なのか?

 

「「よろしくお願いします」」

 

 あたしたちは声を揃えて挨拶を返した。こちらは殆どが1年生になるみたいだ。

 

「いいか、お前たち! 聖グロリアーナ女学院だろうが、疾風アールグレイだろうが関係ない! 私の作戦にノリと勢いが加われば、恐れる物は何もないんだ!」

 

「「おおーっ!」」

 

 アンチョビさんは隊長らしく威風堂々とした感じで士気を高めるような話し方をしている。

 この人は人の上に立つ器みたいなものある。これは、来年あたりアンツィオ高校の躍進もあり得るかもしれない。

 

「戦車道ってノリと勢いが大事なんだ。なんだか恋愛と似てるかも」

 

「何を大事にしてるかは校風によって違うかな」

 

 沙織が恋愛と戦車道を絡めて話していると、みほ姉は校風によって大事にしている事は違うと話す。

 戦車道は本当にそこのところは顕著に現れるかもしれない。聖グロリアーナ女学院は騎士道精神を重んじているんだっけ?

 

「こういうタイプのチームは調子に乗せると手強いわ。チームの士気がそのまま強さになるって感じでね」

 

「わかってるじゃないか。まみ。今日はお前やみほにも存分に調子に乗ってもらうぞ」

 

 アンチョビさんは満足そうに笑ってあたしの言っていることを肯定する。

 

「あのう。アンツィオ高校はどんな車両で挑むのでしょうか?」

 

 そんな話をしていると、優花里が遠慮がちに手を上げて、アンツィオ高校の車両について質問した。

 さすがに3対3の殲滅戦で火力がほとんど皆無なCV33はないだろうけど……。何にするんだろう?

 

「セモヴェンテM41だ。ウチの車両で最も火力のある戦車だからな。もっと強い秘密兵器を買おうと貯金はしているのだが……」

 

 アンツィオ高校は資金不足らしく、アンチョビさんはバツの悪そうな顔をして、セモヴェンテM41を使うと話す。

 うーむ。砲塔が回転しないタイプか……。

 

「戦車道ってお金がかかりますからね〜。そりゃあ国が推進しなきゃ衰退するか……」

 

 戦車1台の値段とかその他設備や部品の金を考えると気が遠くなる。

 書記会計をやって、学園艦の予算について知ることも多くなったが、黒森峰女学園ってとんでもない費用を戦車道に回していたんだなぁ。

 

「わたくしは、どういった作戦を立てて頂いたのか気になります。作戦会議なんてしたことありませんから」

 

 華はアンチョビさんが立てると言っていた作戦について興味があるみたいだ。

 

「あー、私も気になる。男を落とすのも作戦次第だし」

 

「落としたこともないのによく言う……」

 

 さらに沙織が彼女らしいことを口にして、麻子がローテンションでツッコミを入れる。

 恋愛云々は置いておいて、戦力差が明らかに下回るこちら側に勝機があるとすれば、アンチョビさんの作戦がキッチリと決まるかどうかである。

 

 もちろん、あたしもそれには注目したいと思っていた。

 

「良いだろう! さっそく、作戦を教えてやる! よーく聞くんだぞ! お前たちにもやってもらいたいことがあるからな! まず、今回のルールは殲滅戦だ!」

 

 そしてアンチョビさんは作戦の説明を開始しだした。

 そう、今回はもちろん殲滅戦ルールだ。理由はフラッグ戦だとすぐに終わる恐れがあるからである……。

 

「姐さん、殲滅戦ってなんすか?」

 

「ペパロニ! お前たちにはこの前説明しただろうが」

 

 アンチョビさんが説明を開始して早々に、ペパロニは殲滅戦とは何なのか質問をしたので、彼女は呆れながら忘れていることを咎める。

 

「沙織は覚えてる? 前に試合を見たときに話したけど」

 

「もっちろん! ……って、何だったけ?」

 

 沙織は胸を張って答えようとしたが、途中で首を傾げて忘れたと素直に告白した。

 

「殲滅戦とは全ての車両を撃破したチームが勝ちとなる試合形式のことですよ。武部殿」

 

「あー、そうだった、そうだった」

 

 優花里がそんな沙織に殲滅戦の説明をして、彼女はポンと手を叩いて思い出したという顔をする。

 

「つまり、あたしたち側の3両がやられちゃう前に、聖グロリアーナ女学院の3両を倒しちゃえばいいってわけ」

 

 あたしは優花里の説明に付け加えるようにそう話した。

 まぁ、それが難しいんだけど……。特にアールグレイさんは相当な実力者……。

 いくらみほ姉が強くても、他の搭乗者が初心者の集まりなので、まともに戦って勝つのは難しいだろう。

 

「話が脱線したから戻すぞ。3両同士の少数で行う殲滅戦だ。だから、最初に1両撃破した方が劇的に有利になるのは間違いない」

 

「その瞬間に3対2になるからですね」

 

 アンチョビさんの言葉にカルパッチョが相槌を打つ。

 後で話したときに知ったが、カルパッチョは大洗女子学園に友人がいるらしい。

 鈴木貴子という名前で覚えがないかと言われ、あたしが言葉を窮していると、みほ姉が『カエサルさん』のことだという。

 

 あたしたちは忍道を必修選択科目で履修しているのだが、同じ忍道の履修者で歴史が好きな子の集まりみたいな4人組のグループがいる。

 その子たちはソウルネームという歴史上の人物にちなんだ名前でお互いのことを呼んでいて、その中の一人が『カエサル』だった。

 みほ姉によれば、『カエサル』の本名は『鈴木貴子』なのだそうだ。

 

 彼女は転校初日に同学年の名前と生年月日を覚えているからまず間違いないだろう。

 時々、みほ姉はサラリと凄いことをしているからびっくりする。

 

「そうだ! 恐らくそこから一気に形勢は撃破を成し遂げたチームの方に傾くだろう」

 

「ということは、アンチョビさんの作戦というのは――」

 

「確実にこちらが先に1両目を葬る作戦だ」

 

 話を作戦の方に戻そう。アンチョビさんは確実に1両を先に倒す作戦を考えたと豪語する。

 本当にそれが成功したらかなり有利にはなる。

 果たしてどのような作戦なのだろうか? あたしたちはアンチョビさんの作戦に耳を傾けた。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「私たちの挑戦をよく受けてくれた! 今日はいい試合をしようではないか!」

 

「聖グロリアーナ女学院を踏み台にして、我々の躍進が始まるのだ! 覚悟しろ!」

 

 各チームの代表者として、アールグレイさんとアンチョビさんが互いに挨拶をして、握手をする。

 さあ、いよいよ試合開始だ。こういうのは本当に久しぶりだな。精々、みんなの足を引っ張らないようにしないと……。

 

『これより、三校合同文化祭エキシビションマッチを開始します。一同、礼!』

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 昨日の審判団の人が引き続き試合開始を宣言して、あたしたちは互いに頭を下げた。

 聖グロリアーナ女学院の車両はアールグレイさんの乗るクロムウェル巡航戦車の他には、チャーチルとマチルダがそれぞれ1両ずつだった。

 ダージリンさんはチャーチルの車長で、指揮は彼女が取るみたいだ。

 

『作戦どおり動いてもらうぞ! まみ! ()()は車両に乗せたか?』

 

 アンチョビさんはあたしが例の物を車両に乗せたかどうか最後の確認をしてきた。

 まさか、こういう作戦を立てるなんて思ってもみなかった。アンチョビさんはみほ姉とどこか似てるところがあるかもしれない。

 

「はい。大丈夫です。何かあったら予備の方を使わせてもらいます」

 

「まさかこのような物を準備しているとは……。戦車道って面白いのですね」

 

 あたしがアンチョビさんからの通信に返事をすると、華が興味深そうな顔をして、車両に乗せた“ある物”を眺めていた。

 

「うん。私も()()を実際に使うのは初めてだ。西住流はこういった作戦は弱者のすることだと切り捨てるからね」

 

 母はこのような手段は小細工だと言って決して認めないだろう。

 しかし、あたしはこういった創意工夫も戦車道の醍醐味だと思っている。

 みほ姉が思いもよらない作戦を取ると、あたしの胸はいつだって高鳴り、楽しい気持ちにさせてくれた。

 だからあたしはこの作戦も気に入っていた。

 

「しかし、有効ではあるな。少しでも足止め出来れば、回り込んで挟撃することも可能だ」

 

「そのとおり、バレない角度に設置しなきゃいけないけど……」

 

 この作戦というのは聖グロリアーナ陣営とあたしたちの陣営の最短距離を繋ぐ道のど真ん中に、“デコイ”を置いて撹乱する作戦である。

 

 しかし、よく出来てるなぁ。しかも一晩でⅣ号のデコイまで……。

 

 セモヴェンテM41のデコイとⅣ号のデコイを置いて、その前にあたしたちの三式中戦車が停止して相手を待ち構えることにより、3両がこの場にいると相手に誤認させる。

 

 あたしたちだけがここに留まっているのは、1両だけ本物を混ぜて威嚇射撃でもすれば、信憑性がずっと高まるからだ。

 

 恐らく、こちらにもっとも早く辿り着くのは、アールグレイさんのクロムウェルだろう。

 彼女はあたしたちがここに全車両で待ち構えていると分かれば必ずや引き返し、仲間と合流するはずだ。

 

 しかし、その頃には本物のⅣ号とセモヴェンテM41は山道を大きく迂回しておりクロムウェルを挟撃する準備を整えている。

 

 クロムウェルが引き返したが最後、そこを3両で一網打尽に出来るという寸法だ。

 

 もちろん、3両が足並みを揃えて来る可能性もあるが、その場合もあたしが少しでも3両の足を止めることが出来れば、背後から不意討ち出来るので優位に立てるはずだ。

 

「デコイは設置は私に任せなさい。得意分野よ!」

 

「では、園先輩におまかせします」

 

 園先輩は彼女らしい几帳面さを出しながらデコイの設置をして車両に戻ってきた。

 さて、みほ姉たちも大きく迂回しているところだから、少なくともあと5分はデコイがバレないようにしなくてはならないけど……。

 

 そう思ったときである。想定していたよりも早くに履帯の音があたしたちの元に届いてきた。クロムウェル巡航戦車だ……。

 

 よし! 確かに早い到着には驚いたけど、どうやら1両だけだ。

 これなら間違いなく引き返すはず――。

 

「よし、今だ! 撃て!」

 

 あたしの号令と共に、華は上手くクロムウェルの車体付近に砲弾を放つ。

 彼女は当てられなかったことを気にしていたが、こちらが待ち構えていることに気付いて貰えれば十分だ。

 

 クロムウェルは、急いで方向転換するだろう――。

 

 え!? どうしてこちらに突っ込んでくる?

 

「嘘でしょ!?」

 

「――さて、お手並み拝見と行こうか!」

 

 あたしが動揺していると、クロムウェルからの砲撃で後方のⅣ号のデコイが粉々になる。

 なぜ、一瞬でバレた? 確かにエンジン音もないし、完全に停止しているから、近くで観察すれば分かるとは思うけど……。

 

「なるほど、デコイを使った作戦だったのか! 面白いことをするな!」

 

「――この人は最初から3両を相手取るつもりで……!? 裏目に出てしまったみたいね……」

 

 あたしたちは見誤っていた。

 聖グロリアーナ女学院の隊長は高々3両くらいで立ち止まりはしない。

 この人は3両で待ち伏せしていても、お構いなしに真正面から戦いを挑んできたのだ。

 

「しかし、この三式中戦車は本物なのは間違いない!」

 

「しまった! 動きが速すぎて――」

 

 そして、あたしの車両はあっという間に側面に回り込まれて、至近距離から砲撃を――。

 

「舌噛まないように気を付けろ……」

 

 あたしが動揺して指示を疎かにしていると、麻子が車両を急発進させて、砲撃を回避する。

 

「麻子、助かったわ! アンチョビさん、作戦に失敗しました。そちらと合流します」

 

『そうか。悪かったな、まみ。危険な役割にも関わらずよく生き残ってくれた。MO1043地点で合流しよう。逃げ切るのは難しいかもしれんが頑張ってくれ』

 

 作戦は失敗して、後ろから追いかけられることとなってしまったあたしたちの車両……。

 やはり聖グロリアーナ女学院は強い……。試合開始早々にあたしたちは既に窮地に追い詰められつつあった――。

 




エキシビションマッチは次回くらいで終わらせられればと思ってます。
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真の実力


今回でエキシビションマッチは終了です。


 

「やっぱり、想定よりも速いわね……。このままだと合流する前に追いつかれる」

 

 クロムウェル巡航戦車の快速ぶりにあたしは背筋が凍っていた。

 スピード特化型とはいえ、あそこまで速い車両をあたしは見たことがない。

 疾風アールグレイとはよく言ったものだ。この車両は1両で戦況を変えることができる力がある。

 

「どうします? Uターンして、タイマン勝負されますか?」

 

 華はこの状況を打破するために一対一の勝負でクロムウェルを撃破することを提案する。

 どうでもいいけど、華は“タイマン”って言葉が好きだな……。

 

「いや、負けた言い訳じゃないんだけど、この車両は1対1に向いてないわ。チーム戦だし、分が悪い戦闘は避けるべきよ」

 

 三式中戦車は本来待ち伏せをして運用することに適した車両である。

 もちろんみほ姉に負けたのは車両のスペックのせいではないが、この場で踏みとどまって戦うのは上手くない。

 

「しかし、このままだとどのみちやられるぞ……」

 

 麻子はクロムウェルのスピードを感じて、この車両がそう遠くない未来に撃破されることを予感した。

 彼女の言うことは事実だ。このままだと確実にやられてしまう。

 

「わかってる。何か手はないかしら……。こういうとき……、みほ姉ならば……」

 

 こういう窮地のときは必ずあたしはみほ姉ならどうするかと考える。

 もちろん、そんなことくらいでみほ姉のマネが出来るわけではないのだが、それでも何回かに1回くらいは不格好ながらも何とかしたことがある。

 

「こっちとのスピード差どれだけあるのよ!? あんなの風紀違反よ!」

 

 あたしが脳みそをフル回転させていると、そど子先輩がクロムウェルと三式中戦車のスピード差について文句を言った。

 風紀違反って……。彼女らしいツッコミだなぁ。

 ――んっ? いや、待てよ……。

 

「スピード差っ……!? そうね……、向こうの方が速いのならいっそのこと……! 麻子! 次のカーブで曲がり切ったら急停車して!」

 

「わかった……」

 

 あたしがカーブを曲がってすぐに急停車するように指示を出し、麻子がそれに従う。

 すると、クロムウェル猛スピードで停止した三式中戦車を横切って追い抜いて行った。

 ふぅ、何とか思ったとおりになってくれた――。

 

「よし! 上手くやり過ごせたわ! あのスピードじゃ、そう簡単には止まれない。ならば、それを利用しない手はない」

 

 あたしは駆け抜けて行ったクロムウェルを確認しながらそう呟いた。

 さすがに開始早々に撃破されるのは格好悪いからなー。窮地を脱出することが出来て良かった。

 

「しかし、これでは結局あの車両と一対一になるのでは?」

 

 そんなあたしの言葉を聞いて華はクロムウェルがUターンしてこちらに戻って来ないかどうかを心配する。

 

「大丈夫よ。このまま前進しましょう。向こうはあたしたちの作戦がどんなものなのか気付いている。だからこそ()()()こっちに向かって来ないわ」

 

 あたしには確信があった。アールグレイさんは戻ってこないという……。

 

「――っ!? 確かにあのまま全速力で走って行ったわ! どうして?」

 

 そど子先輩はクロムウェルが全速力であたしたちから遠ざかることを確認して、不思議そうな声を出した。

 

「簡単な話だ。さっきの時点で既にデコイを使って挟撃する作戦はバレている。あの人も自信家みたいだが、わざわざこっちに向かってきて、迫ってくると分かっている他の2両に背中を向けるなんてことはしないだろう」

 

 麻子はアールグレイさんが全速力でこの場を離れた理由を説明する。

 彼女はこちらの作戦を知っている。あたしたちの車両にこのまま絡んでいると挟み撃ちにされてしまうことも……。

 

 だから、彼女に残された選択はみほ姉とアンチョビさんがやって来る前にこの場から一刻も早く立ち去ることだったのだ。

 

「そういうこと。アールグレイさんは派手な戦い方はするけど、冷静さは失ってない。実際、少しでもあそこで躊躇していたら……、ほら」

 

「みほさんと、アンチョビさんが既に合流地点に……」

 

 あたしが声を発するのと、ほぼ同時にみほ姉とアンチョビさんの車両があたしたちの目の前に姿を現した。

 あたしたちは予定通り広い自然公園の駐車場で合流を果たすことが出来た。

 

「あともう少し時間が早ければ作戦は完璧と言えないまでもある程度は決まっていたか……」

 

「ええ。それを寸前で回避するんだから、強豪校の隊長は伊達じゃないってことよ。これで、勝負は振り出し……。いや、作戦が破られたあたしたちがやや不利か……」

 

 麻子の言うとおり、あと30秒……、いや、あと20秒でも時間が稼げればアールグレイさんのクロムウェルを撃破できたかもしれない。

 しかし、それを()()()()のが強豪と呼ばれるチームの隊長の実力なのだ。

 彼女は引き際を弁えている……。

 

「まみちゃん、無事で良かった〜」

 

「実際、危なかったわ。もうちょっとで撃破されるところだった」

 

 みほ姉はあたしたちが無事で嬉しそうな顔をしていたが、あたしはギリギリまで追い詰められてしまっていたので、上手く笑うことが出来なかった。

 

 

「すまないな、まみ。まさか、簡単にマカロニ作戦が突破されるとは……。結構自信があったんだけどなぁ」

 

「いえ、もっと用心深い人間が相手ならば、かなり有効な手段です。あたしこそ、申し訳ありません。あと少し引きつけることに成功していれば……」

 

 あたしはマカロニ作戦自体はとても良い作戦だと思った。

 今回は失敗に終わったが、決まれば戦況を一気に傾ける可能性を秘めている。

 そんなことより、あたしは自分がもっと機転を利かせて時間を稼ぐことが出来れば、と悔やんでいた。

 

「何を言っている。私は8割くらい撃破されていると思っていた。やはり、西住流で鍛えられただけはある。大したやつだよお前は」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 しかし、アンチョビさんは撃破されなかっただけで十分だと言ってくれた。

 確かに今のあたしの実力的にはそれが限界か……。

 

「こうやって、まだみんなで戦えるのはまみちゃんが粘ってくれたおかげだよ? ここからもう一回頑張ろう」

 

「みほ姉……。うん。せっかく拾った命だし思う存分暴れてみせるよ!」

 

 みほ姉もあたしに力強い言葉を送ってくれた。

 そうだね。ウジウジしても仕方ない。まだ動けることをプラスに捉えて頑張ろう。

 

「その意気だ! なあに、向こうだって撃破し損ねたと悔しがってるさ! さて、次の作戦だが……」

 

「アンチョビさん! クロムウェルが戻ってきました。それにチャーチルとマチルダも……」

 

 アンチョビさんが次の作戦を口にしようとしたとき、聖グロリアーナ女学院の全ての車両がこちらに向かって来る姿をあたしは確認した。

 

「何っ!? 動きが早いな……。ダージリンのやつ、真正面からの力押しなら絶対に負けないと踏んで、偵察を送りつつ進軍していたか……!」

 

 ダージリンさんはクロムウェル巡航戦車を先行させて、なおかつ自分たちの車両もそれに続けて接近させていたみたいだ。

 

「このまま、無傷で逃げ切るのは難しいと思います。どうしますか?」

 

「ええーいっ! まずは厄介なクロムウェルを最優先で叩くぞ。あれさえ何とかすればスピードで負けはしない! なるべく、多方向から砲撃をして動きを鈍らせて仕留める!」

 

 みほ姉の言葉を受けてアンチョビさんはこの広い駐車場で一戦交えることを決断する。

 確かに下手に背中を見せるよりは良さそうだ。

 しかし、結局、真正面からやり合うことになったか……。ダージリンさんの手腕は実に鮮やかだ……。

 

 あたしたちは駐車場で戦闘を開始する――。

 

 

 

「動きを鈍らせる……。なんて……、大変な作業なの……!」

 

「三両からの同時攻撃もあまり効果が無いように思えます……。まるで本当に風を相手にしてるみたいです」

 

 あたしたちはとにかくクロムウェル巡航戦車を撃破しようと奮闘したが、撃破するどころか砲弾が掠りもしない。

 華が風を相手にしていると感じるほどクロムウェルの動きは洗練されていた。

 

「それだけじゃない。こちらが上手く攻撃に移れるというタイミングに合わせて、チャーチルとマチルダが上手くそれを邪魔している……。それも段々とシビアなタイミングで……」

 

 麻子の言うとおり、あたしたちが砲撃を仕掛けようとするタイミングで必ずと言って良いほど邪魔が入る。

 しかも、敵の砲撃は徐々にこちらを捕らえ始めていて、逆に撃破されるのではと思わされるほどの精度まで上がっていた。

 

「どうやら、あたしたちの動きを観察しているみたいね。この速さでクセまで把握されかけている。データを集めることが得意な人がいるのかもしれないわ」

 

 そう、聖グロリアーナ女学院はあたしたちみたいな相手でも決して手を抜いていない。

 こちらの細かいクセまで把握して確実な撃破を狙おうとしている。

 まぁ、ダージリンさんは隊長就任がかかっているので本気になるのは当然か……。

 

「つまり、このまま試合が進むと……」

 

『うわぁあああっ! す、すまない! 撃破されてしまった! みほっ! お前がこの後は指示を出せ!』

 

 華がある予感を口にしようとしたその時、アンチョビさんが撃破されてしまう。

 アンチョビさんの車両は司令塔なので、特に集中的に狙われていた。

 やはり、容赦はないみたいだ……。

 

『わ、わかりました。アンチョビさん、怪我はありませんか』

 

『大丈夫だ。申し訳ないがせめて一矢報いてくれ……』

 

 アンチョビさんは指揮権をみほ姉に託して一矢報いて欲しいとあたしたちに告げる。

 

「アンチョビさんがやられてしまった……。やはり、聖グロリアーナ女学院は強いわね……。でも……、このまま終わるのは……。みほ姉、どうしよう?」

 

『まみちゃん。ここから先はクロムウェル巡航戦車を狙うのは止めたほうが良いかも』

 

 あたしがみほ姉にここから先の戦略を質問すると、彼女はクロムウェルを狙うのは止めようと提案した。

 

「えっ?」

 

『三両で狙っても当たらなかったのなら、二両ならもっと難しいよ。まずは相手の数を減らすことから始めなくちゃ』

 

 あたしは今までの方針を捨てるような提案をしたみほ姉の言葉に驚いていると、彼女は敵を減らすことが先決だとあたしに告げた。

 

「な、なるほど。確かに、司令塔はダージリンさんだし。他の二両に阻まれてこちらの攻撃が上手く行かなかった部分が大きいわね。クロムウェルは撒き餌だったってことか」

 

 みほ姉の言葉であたしはようやく気付いた。あたしたちは派手な立ち振る舞いをするアールグレイさんにまんまと嵌められていたということに。

 

『うん。アールグレイさんに気を取られて、私たちは知らない間に撹乱されていたの。最初からあれだけ派手に動いていたから無理ないけど……。だから、今度はクロムウェル巡航戦車を狙うフリをして』

 

「ダージリンさんを討つ……。わかったわ……」

 

 そして、みほ姉は提案する。ならば、この状況に乗ったふりをしてダージリンさんを倒そうと……。

 

 

 あたしとみほ姉は先ほどまでと同じようにクロムウェルを狙おうと、途中まで動く。

 当然、チャーチルとマチルダはその瞬間を突いて攻撃を仕掛けようとする。

 

 しかし、あたしたちが放ったのは共に“空砲”――つまりフェイクである。

 

 そして、次の瞬間にチャーチルに二人の車両は肉薄する。

 不意をつかれたチャーチルは動きが一瞬遅れた。

 

 まずはみほ姉がチャーチルに向かって一撃を放つ。

 これは見事にヒットしたが、装甲の硬い部分に当たり、撃破には至らなかった。

 だが、車体はグラついており更に動きが鈍った。

 

「華――頼むぞ!」

 

「――行きます! ――きゃあっ!」

 

 華が砲弾を放とうとした刹那――轟音と共にあたしたちの車両は大きく揺れる――。

 そう、回避行動を取ったと思われていたクロムウェル巡航戦車は、あたしの方に向かってきており、砲弾を命中させたのだ。

 

「まだ甘いな……。君からは殺気を感じなかったよ。お姉さんと違ってね……。君から()()()()()を感じていたら……、危なかったかもしれないな」

 

「――殺気? 何それ? そんなことで“空砲”のフェイクが――」

 

 あたしが愕然としていると、クロムウェル巡航戦車の追撃により、あえなく三式中戦車は撃破されてしまった――。

 

 くっ……、()()()と同じだ。あたしのミスでチームが絶体絶命のピンチに……。

 中等部最後の試合……。あたしは今日のように大きなミスをして、チームを壊滅寸前に晒したことがあった――。

 あたしはやはりみほ姉やまほ姉のお荷物だ……。

 

『大丈夫、みんな! 怪我はない?』

 

「全員無事だよ。みほ姉……。ごめん、またあたしのせいで――」

 

 みほ姉はどんな時でも必ず最初は搭乗員の無事を確認する。

 そんな彼女の優しさはいつもあたしを癒やしてくれた。でも今日は――。

 

『まみちゃん、まだ終わってないよ。大丈夫。お姉ちゃんが、まみちゃんを負けさせたりしないから――』

 

 みほ姉はハッキリとあたしを負けさせないと断言した。

 その声は優しかったが、いつもよりもトーンが低い……。

 

「姉さん……?」

 

「これはどういうことでしょうか? いつもの穏やかなみほさんとは、どこか雰囲気が違うような……」

 

 華もみほ姉の言葉から放たれる違和感に気付いたみたいだ。

 この雰囲気のみほ姉はあたしも数度しか見たことはない。

 

「でも、これで3対1……。みほさんがどれだけ強くても……」

 

「いや、そうでもないらしい……」

 

 そど子先輩が悲観論を述べたとき、麻子が呟いたような声を出した。

 それと同時に――。

 

『聖グロリアーナ女学院、マチルダ走行不能!!』

 

 三両の攻撃を掻い潜ってみほ姉はこの試合での初撃破を達成する。

 その動きはアールグレイさんの風のように洗練された戦車運用を見事に真似ているようにも見えた。

 

「あ、あの時と一緒だ……。みほ姉はやっぱりもう一段階強くなれるんだ……」

 

 中等部最後の大会――あたしのミスから状況が一変して一気に攻め込まれた。

 黒森峰はフラッグ車であるみほ姉の車両とその周りの2両のみという絶体絶命の状況に追い込まれる。相手の車両は13両も残っているにも関わらず……。

 

 みほ姉はそこから単騎でフラッグ車を含めて10両を撃破して優勝を勝ち取った。

 あたしはそれを見て確信したのである。みほ姉はあたしとの戦いでは一度も本気を出していないと――。

 

 さて、試合の方に話を戻そう。

 

 みほ姉のⅣ号はその後もクロムウェルとチャーチルを同時に相手取り圧倒していた。

 自らは一切被弾せずに、何度か両方の車両に砲弾を当てるその動きはまるで未来が読めているようにも見えた――。

 

「お、おい! まみ! アレは何だ! あれじゃあお前たちの姉よりも……」

 

「ご覧のとおりです。みほ姉はまほ姉よりも強い……」

 

「マジか!? 全国大会のMVPだぞ!?」

 

 車両の回収を終えてスクリーンで激戦を繰り広げるみほ姉を見て驚くアンチョビさんに、あたしはハッキリと伝えた。

 あの状態のみほ姉はまほ姉をも凌駕すると……。

 

 このまま、みほ姉が二両を撃破するのも時間の問題だと思えた――。

 

 だが、しかし――。

 

「小山先輩が接近戦に弱いことが露呈してしまったか……」

 

 あたしは猛スピードでⅣ号に接近して、撃破されることもお構いなしでⅣ号を止めるクロムウェル巡航戦車の様子を見て、そう呟いた。

 

『聖グロリアーナ女学院、クロムウェル巡航戦車走行不能!!』

 

『大洗女子学園、Ⅳ号戦車走行不能!! 残存車両、大洗女子学園、アンツィオ高校、0両! 聖グロリアーナ女学院、1両! よって聖グロリアーナ女学院の勝利!!』

 

 クロムウェル巡航戦車が体を張って稼いだ数秒間が致命的だった――。

 ダージリンさんは素早くⅣ号の急所に一撃を加えてこれを撃破し、勝利を掴んだのだ。

 どうやら、チャーチルに相当有能な砲手がいるみたいである。

 

 何はともあれ、三校合同文化祭エキシビションマッチは大方の予想通り聖グロリアーナ女学院が勝利した。

 

 だが、その試合内容は予想を裏切る内容だったらしい。

 

 あたしたちが善戦したという反響は大きく、それに加えてアンツィオ高校の母港で行ったことが影響して、翌年の戦車道の全国大会でアンツィオ高校が大きく躍進することとなるのは別のお話……。

 

 何はともあれ、文化祭のこのイベントは大成功に終わり、大洗女子学園の戦車道復活の1ページとまで呼ばれることとなった――。

 




みほは、まみが撃破されたりするとパワーアップします。
次回は文化祭の後日談のあと、少しだけ時が進んでクリスマスのエピソードでも書こうかなと思ってます。
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クリスマスが今年もやって来る

今回は個人的には大人気だと思っているキャラクターが出てきます。


 三校合同文化祭エキシビションマッチの後、あたしたちはアールグレイさんからティーセットを貰った。戦車道のない学校に贈るのは初めてという言葉と共に……。

 優花里曰く、聖グロリアーナ女学院は好敵手と認めた相手に紅茶を贈る風習があるらしい。

 

 アンチョビさんからも後日お礼の手紙を貰った。戦車道の履修に鞍替えを希望する生徒が多く出て、その上、多額の寄付金も入って新しい戦車が購入出来るみたいなことが書いてあった。

 彼女たちの役に立てたなら何よりだ。

 

 来年度から戦車道を大洗女子学園で開始する準備も着々と進んでおり、戦車の捜索も急ピッチで進められた。

 探せば何とかなるもので、既に数両の戦車が見つかり、自動車部に整備をお願いしている。

 

 そして、時は流れて師走の季節。12月になった。

 12月といえば、毎年あたしはやらなきゃならない事がある。

 でも、今年は事情が違うしなぁ……。

 とか、考えていたら、携帯の着信が鳴り響いた。

 ちなみに今日は土曜日で学校は休みである。

 あたしは生徒会の仕事で学校に居て、みほ姉は寮にいる。

 

 そして、着信先の表示は――。

 

 《母さん》

 

 あたしの母親、西住流の次期家元――西住しほである。

 はぁ、憂鬱だなぁ。でも、出ないと怒られるだろうし……。

 あたしは電話に出た――。

 

「母さん、久しぶり。風邪とか引いてない?」

 

『もちろんです。日々規則正しい生活を送り、心身を鍛えていれば、病に冒される道理はありません』

 

 母は相変わらずの様子で淡々とあたしの質問に答えていた。

 そういえば、この人が病気になったのをあたしは見たことない……。

 

「はいはい。わかりました。あと、父さんは元気?」

 

 あたしはついでに父の様子を尋ねる。父は整備士をやっていて、穏やかな人だ。母と違って……。

 

『あなたに心配される必要はありません。あの人とは週に一度はキチンと夜の営みを――』

 

「わぁーっ! 何を急に言ってるの!? あたしは父さんの()()()が元気かどうか聞いてるんじゃないわ! どこの娘が両親の夜の営みの頻度を聞きたがるって言うのよ!?」

 

 母がいきなりとんでもない事を口にしたので、あたしは彼女の話を慌てて遮る。

 時々、母は浮世離れしたことを言う。そう、あたしの母である西住しほは天然で口下手な女だ……。

 そして、天然で口下手の遺伝子はまほ姉とみほ姉にもきっちりと受け継がれているのだ。

 

 ちなみにあたしの雰囲気は父親に似ているとよく言われる。

 

『まみ……』

 

「はい……?」

 

『弟と妹はどっちが欲しいですか?』

 

「…………妹かな」

 

『そう……』

 

 何なんだ、この会話は! 出来たのか? おめでたなのか! なんで、2文字で会話を終わらせるんだよ!

 

「あ、あのさ。それで、用件っていうのは?」

 

 この話を深く突っ込むと頭痛がしそうだったので、あたしは母からの用件に話を戻す。

 

『そうでした。毎年のことですから、察しが付いているでしょうが、クリスマスのことです』

 

 母からの用件は思っていたとおりクリスマスの話だった。

 もう、何年くらいこの会話を続けているだろう……。

 

「やっぱり……。みほ姉は相変わらずボコグッズだったよ。特にボコパジャマがほしいみたい」

 

 あたしは事前にリサーチしたみほ姉が欲しがっている物を答える。

 意外かもしれないが、ウチの母親は毎年クリスマスになると必ずプレゼントをくれる。

 そして、もっと意外かもしれないが、みほ姉とまほ姉は()()()()()()()()()()()()()

 

 あたしは幼少期にトイレに起きたタイミングでサンタの衣装を着て鈴を鳴らしている母と鉢合わせしたので、結構早めにサンタの正体を知ってしまった口だが……。

 

 そんな経緯もあって、みほ姉とまほ姉には絶対にバレないように徹底されて、あたしは何気ないそぶりで二人の欲しいものをリサーチして母に伝えるという役割を与えられたのだった。

 

『わかりました。それでは、まほの方ですが……』

 

 そして、話は当然まほ姉の方に移る。まほ姉とは最近全然連絡取ってないんだよねー。

 なぜなら――。

 

「いやー、まほ姉なんだけどさ。なんか、最近携帯の設定をイジったみたいでメールが送れないのよ〜。母さんに言っても無駄だろうし、今度、父さんにでも――」

 

 実は、まほ姉は携帯を触るのが苦手だ。戦車は得意なのに……。

 メールよりも文通の方が良いと大真面目に言っている。ちなみに字はめちゃめちゃ上手い。

 だから、あたしは先ずは父に事情を説明して、まほ姉の携帯の設定を直してもらうことを考えた。

 

『それなら、明日黒森峰の学園艦にいらっしゃい。直接、まほに話をしてクリスマスに欲しいものを聞き出してください。彼女も寂しがっていましたから』

 

 すると母は驚いた事にたかがクリスマスプレゼントを何にするか聞き出す為に黒森峰に来いと言ってきた。

 いや、母にとってはクリスマスは重要なイベントなのかもしれない。

 

 あたしたちが幼かった頃は次期家元っていうプレッシャーも今ほど無かったから、和気あいあいとクリスマスケーキを食べたりしていた。

 だからこそ、そのときの事を一瞬でも思い出せるから、母はサンタクロースになりたいのかもしれない……。

 

 ふぅ、仕方ない。少しは親孝行しておくか……。

 あたしの心の中で黒森峰に行くことを決心する。

 

「そっか。てか、母さんはあたしが黒森峰に行くの気まずいとか考えてないの?」

 

『みほならともかく図太いあなたの事です。そんな繊細な感覚は持ち合わせていないでしょう』

 

 黒森峰を中等部までで出ていったあたしが気まずくなるとか、母は微塵も考えてない。

 戦車道やってるところにお邪魔するだろうから、元チームメイトとかにも普通に会うんだけどなー。

 

「あはは……。まぁ、合ってるからいいわよ……。今日の夕方に出て、明日の朝イチで黒森峰に行ってみる」

 

 あたしは手早く準備を済ませて、黒森峰女学園の学園艦を目指した。

 

 

 黒森峰の学園艦には母の顔が効くので、学校とまほ姉にはあたしが向かうことを事前に伝えてもらっている。だから、特に面倒な手続きもなく学園艦内に入ることが出来た。

 しかし、久しぶりに来たことだし、ちょっとは楽しもうかな……。

 

 あたしは手早く凛々しい顔つきになるようなメイクをして、胸に少々詰め物をして黒髪のウイッグを被った。

 そして、黒森峰の制服を着る……。これで……。

 

「隊長、おはようございます!」

 

 きれいな銀髪をした美少女があたしに元気良く挨拶をする。

 彼女は逸見エリカ。中等部時代からの友人である。とても負けん気が強く努力家で、よくみほ姉と張り合っていた。

 ちなみにあたしよりも戦車道の実力があり、将来有望な選手だと言われていた。

 

 そんな彼女が何故あたしを隊長と呼んだのか? それは変装したあたしがまほ姉にそっくりだからである。

 

「ああ、おはよう。今日は冷えるな……」

 

 あたしは出来るだけまほ姉の声色を真似て話してみた。まだ行けるか?

 

「そうですね。しかし、これくらいの寒さ何でもありません」

 

「それは頼もしい。ところでエリカ、君に頼みがあるのだが……、聞いてくれるか?」

 

 エリカが一向に気が付かないので、楽しくなったあたしはもう少し楽しむことにした。

 あたしはエリカの目をジッと見つめて、頼みごとがあると話す。

 

「も、もちろんです! 隊長がお困りなら私は何でもやります」

 

 エリカはパァーっと明るい笑顔を見せて、何でもすると言ってきた。

 この子も変わらないわね……。相変わらずまほ姉のことを崇拝してる……。

 

「大袈裟だな……。大したことではない、私はこれから重大なことを話し合う為に隊長室に行く。君にはこれを着て共に参加してほしい」

 

「――っ!? こ、これをですか?」

 

 あたしはカバンからミニスカートの可愛らしいサンタクロースの衣装を取り出して、これを着るようにエリカに頼んだ。

 彼女はそれを見て、びっくりした顔をしてあたしを見る。やはり、これは無茶振りかなぁ?

 

「可愛らしいエリカなら、似合うと思うんだ」

 

「すぐに着替えて来ます!」

 

 しかし、あたしが一言だけ付け加えるとエリカはすぐにあたしからサンタの衣装を受け取って走って着替えに行ってしまった。

 やはり、彼女は可愛らしい人だ……。

 

「あらあら、簡単にあたしをまほ姉だと、信じちゃったよ。観察力が足りないなぁ」

 

「――まみさん?」

 

 独り言をボソリとつぶやいていたら、茶髪のウェーブがかったショートカットが特徴的な女の子があたしの名前を呼ぶ。

 うわっ、すぐにバレた……。彼女の名前は――。

 

「――あれ? ああ、小梅じゃない。よくあたしってすぐに分かったわね」

 

 声の正体は赤星小梅。エリカと同じく中等部時代からの友人だ。

 

「毎日隊長とは顔を合わせてるから見間違いなんてしないよ。あと、みほさんはこんなことしないし、ここに来るはずないから……」

 

「そっかぁ。結構、上手い変装だと思ったんだけどな」

 

 小梅はあたしの変装をあっさりと見破り、高い観察力を窺わせた。というより、エリカが鈍いのか……?

 

「隊長が昨日言っていた客ってまみさんだったんだ」

 

「ええ、そうよ。何はともあれ、あなたが元気そうで良かったわ。それに、戦車道続けてたのね……」

 

 あたしは何より小梅が戦車道を続けていたことに驚いていた。

 何故ならみほ姉からの話によると小梅はあの事故に遭った車両に居たからだ。あんなに怖い目に遭って戦車道が続けられるなんて……。

 

「私が止めちゃうわけにはいかないよ。みほさんがしたことを否定するわけには行かないもの……」

 

「――小梅……、あなたは強いのね……」

 

 あたしは彼女の言葉を聞いて、彼女の心の強さを感じた。

 そして、彼女もまたみほ姉に対して強い思いやりの心を持っているということも……。

 

「まみ! 早かったな……。遠いところから、よく来てくれた」

 

 あたしが小梅と世間話をしていると、いつも聞いていた優しい声が聞こえた。

 誰の声か確認するまでもない。

 

「まほ姉! 久しぶり! 会いたかったわ!」

 

「――おいおい。相変わらずだな……」

 

 あたしはまほ姉に抱きつくと、彼女は優しく受け止めてくれて、いつもみたいに頭を撫でてくれた。この温もり――大好きだ……。

 

「ご、ごめん。まほ姉に会えたのが嬉しすぎて」

 

「ふっ……、私も会えて嬉しいよ。元気そうで何よりだ」

 

 まほ姉は微笑みながら、あたしの顔が見られて良かったと微笑んだ。

 そして、小梅とは後で話す約束をして別れ、まほ姉と共に隊長室に向かった。

 

 

「――そうか。みほも上手くやれているか……」

 

「うん。きっちりと文化祭の仕事もやってたし。馴染んでるみたい」

 

 あたしは一通り近況をまほ姉に報告する。さすがに文化祭で戦車に乗ったことは伏せたけど……。

 母の耳に入ると面倒なことになるし……。まほ姉は告げ口しないとは思うけど念の為……。

 

「しかし、驚いたよ。まさか、お母様の方からまみをこっちに寄越すなんて」

 

「――え、ええ。それもそうね。母さんはまほ姉に何か言ってたかしら?」

 

 まほ姉はあの母があたしを黒森峰に来るように指示を出すとは思わなかったらしい。

 そして、もちろんその目的がまほ姉のクリスマスプレゼントの為のリサーチだなんて夢にも思ってないだろう。

 

 あたしは母が何と言っているのか気になったので、それをまほ姉に尋ねた。

 

「規則正しい生活習慣の作り方を指導するように言われているが……。お前たち……、そんなに乱れているのか?」

 

 母はあたしたちの普段の生活を正すようにまほ姉に頼んだらしい。

 思ったより普通のことを言っていてくれて良かったわ……。

 

「え? いやー、深夜のコンビニに行ったりはするけど、特には……」

 

「深夜のコンビニ?」

 

「あー! 何でもない、何でもない! えへへ!」

 

 あたしはそんなまほ姉の質問についポロッと余計なことを口走ってしまったので、慌てて誤魔化す。

 

「お前はすぐにそうやって笑って誤魔化そうとする……」

 

 そんなあたしを彼女は呆れ顔で見つめて苦笑いした。

 

 そのとき、勢いよく隊長室のドアが開く――。

 

「――隊長! 着替え終わりました!! 如何でしょうか!?」

 

「「…………」」

 

 サンタクロースのコスプレをしたエリカが息を切らせながら、まほ姉に感想を求め、少しの間、沈黙が流れた――。

 

「え、エリカ……? すまない。お前にそこまで心労をかけているつもりはなかったんだ……。クリスマスが楽しみなのも分かるが、その……」

 

「やっぱ、エリカちゃんが着るといい感じね。持ってきた甲斐があったわ」

 

 まほ姉はエリカが疲れていると勘違いをし、あたしはエリカの衣装を褒める。

 そして、エリカはあたしの顔に気が付いてこちらに詰め寄ってきた。

 

「…………まみぃぃぃ!! あなたがぁっ……!!」

 

 エリカはあたしがまほ姉に扮装していたことに気付きあたしの襟を掴んでグラグラ揺らしてくる。

 

「あはは、エリカちゃん。久しぶり。元気かどうかは聞かなくても良さそうね」

 

「あなた、よくウチに顔出せるわね。早々に戦車道から尻尾巻いて逃げたのに」

 

 そして、彼女は彼女らしい容赦のない一言をあたしに言い放った。

 相変わらず痛いところをつくなぁ。

 

「もう、エリカちゃんったら。怖い顔しないの。親友でしょ?」

 

「誰が親友よ! ヘラヘラして……、それに私にこんな格好をさせて!」

 

 あたしはエリカを親友だと思っているが、彼女は違うらしい。

 ムッとした顔をして、まだ文句を言っている。

 似合っているからいいじゃないか。

 

「よく似合ってると思うぞ、エリカ。昔のクリスマスパーティーを思い出す」

 

 あたしとエリカのやり取りを見ていたまほ姉は懐かしそうな顔をしてエリカのサンタクロースの衣装を褒めた。

 

「た、隊長……。じゃあ、この格好のことはいいわ。とにかく、何をしに来たのよ!?」

 

 そんなまほ姉の言葉を聞いたエリカは頬を赤らめて衣装の話は不問にすると言って、あたしの目的を尋ねる。

 実はエリカにも協力してほしいことがあったので、この質問は丁度良かった。

 

「ちょっと、エリカ。耳を貸しなさい……。実はね――」

 

 あたしはエリカに頼みごとをひそひそ話で、まほ姉には聞こえないように話した。

 

「――それ、本当に? ま、まぁ……、ひ、久しぶりだし、ゆっくりしていけば良いじゃない」

 

 すると、彼女は急にしおらしくなり、あたしにゆっくりするように言った。

 やっぱりエリカは可愛い人だ……。

 クリスマスの季節が今年もやってきた――。

 




しほのキャラクターはまみと絡ませるとあんな感じになるのですが、どうでしたか?
クリスマスについてとか、その辺は妄想というか、和気あいあいとした西住家があってもいいじゃないかと思って書きました。
少しでも面白いと思ってくれましたら、お気に入り登録や感想をお願いします!


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サンタクロースへの願い事

もうすぐクリスマスってことで季節ネタが続きます。


 

「そういえば、エリカの着てきた衣装を見て思ったんだけど、もうすぐクリスマスだね。まほ姉」

 

 あたしはさりげなくまほ姉にクリスマスの話題を振ってみた。

 彼女の欲しいものを聞き出すまで帰ることは出来ない。

 エリカには()()()()()()を出すことで協力関係となった。

 

「ああ、そうだな。まみとエリカはサンタさんに何をお願いするのだ?」

 

 案の定、まほ姉はこの話題に乗ってくれた。

 良かった。この流れなら簡単に聞き出せそうだ。

 

「ええーっと、あたしはねー。“圧力鍋”かな。美味しいシチューとか作りたいし」

 

「主婦か!? もうちょっと可愛らしいこと言いなさいよ」

 

 あたしがガチで欲しいものを口にすると、エリカが切れ味抜群のツッコミを入れる。

 割とこの子のこういう所があたしは好きだ。

 

「では、エリカ。お前は可愛らしい物なのか?」

 

 そして、天然というか何というか、私の上のお姉ちゃんは無茶振りだとは意図せずに、エリカになかなか難しい大喜利みたいな質問をした。

 

「し、しまった……」

 

「自爆ね……」

 

 エリカは答えのハードルが上がったことに気付いて、困った顔をする。

 

「わ、私はですね……。チョコレートで出来たお家ですね……。甘い物が好きなので……」

 

 エリカは汗をダラダラ流しながら、頓珍漢な答えを出した。

 この子は墓穴を掘ることも多いのよね~。

 

「それって、可愛いのかしら? いや、エリカちゃんは可愛いんだけど、ていうかハンバーグの家じゃないのね」

 

「――うっさい」

 

 あたしはエリカをフォローしたつもりだったが、彼女はムッとした顔でピシャリとあたしを黙らせた。

 

「ところで、まほ姉は何にするの?」

 

 そして、まほ姉にこの流れでクリスマスのプレゼントは何が欲しいのか尋ねる。

 まほ姉って、いつも予想外な答えを言うからな~。

 

「私か? いや、私のところにはサンタさんは来ないさ。今年の私の行いはお世辞にも良いものじゃなかったからな」

 

 まほ姉の口から出たのは思いもよらない発言。

 彼女は自分の所にサンタクロースは来ないと自嘲しながら口にする。

 

「「えっ?」」

 

 あたしとエリカは不意打ちを食らって思わず絶句してしまった。

 

「だから、私には欲しいものなどないんだ」

 

「まほ姉……」

「隊長……」

 

 まほ姉の寂しそうな顔を見てあたしとエリカは何とも言えない気分になる。

 多分、優勝出来なかったり、みほ姉が居なくなったことを気に病んでいるんだろうけど……。

 

「ちょっと、聞いてないわよ。こんな展開……。話が違うじゃない」

 

「困ったわ……。まほ姉があそこまで気に病んでいるなんて思ってもいなかった……」

 

 エリカが言いたいことは分かる。あたしはまほ姉は強い人だと勝手に勘違いしていた。

 まさか、ここに来てまほ姉が自虐的になるなんて……。

 ここはあたしが何とかしなきゃ……。

 

「どーすんのよ。これじゃ、隊長にプレゼント渡せないじゃない……」

 

「そ、そうね……。あたしもこのまま帰ったら母さんに何言われるか……。何とかしましょう……」

 

 エリカとあたしは困った状況に直面してひそひそ話で作戦を練ろうとする。

 まほ姉の欲しいものをここから聞き出すにはどうすれば良いんだろう?

 

「どうした? 二人とも……。お前たちは仲が良かったし、久しぶりに会って嬉しいのは分かるが……」

 

「いえ、何でもありません!」

 

 まほ姉があたしたちの様子を見て変に感じてしまったらしく、何かあったのか尋ねてきたので、エリカはすぐにそれに対して答える。

 

 それにしても、昔からよく小競り合いをしていたあたしとエリカを仲が良いって見てくれてたんだ。あたしはともかくエリカはどう思っているのやら……。

 ここは合わせ技で行くか……。

 

「うん。何でもないよ。でも、まほ姉らしくないなぁ。サンタさんが来ないって勝手に決めつけるなんて。まだ決まった訳じゃないんだからさ、一応、何か欲しいものを考えた方が良いんじゃないかな? ねぇ? エリカ」

 

 あたしは勝手な決めつけは良くないと、エリカに同意を求める。

 もしサンタクロースが来たとしたら大変だと煽りながら。

 

「そ、そうですよ。万が一を想定して動けと教えてくれたのは隊長ではないですか」

 

 エリカもあたしに合わせて、以前まほ姉が言った言葉を使いながら欲しいものを考えるように促した。

 

「そうか……。しかしだな、私が欲しいものは西住流に伝わる免許皆伝の者だけが扱えるという奥義書なんだ。とても今の私が頂ける物ではない」

 

 まほ姉が口にしたのは“西住流の奥義書”。あれってクリスマスプレゼントにしても良いものだっけ?

 

「西住流の奥義書ですか……?」

 

「代々西住家に伝わってる秘伝書があるの。火の章、炎の章、焔の章、煉獄の章の四部構成になっていて、4冊とも母さんが持ってるはず……」

 

 ピンと来ないエリカにあたしがそれが何なのか伝える。

 

「それなら……」

「うん……」

 

 エリカは目でサインを送り、あたしはうなずく。取り敢えず、まほ姉が欲しいものは分かった。

 後はそれを彼女にプレゼントするだけだ。

 

 だが、しかし――。

 

「それに……、私は今年のクリスマスは寝るつもりはない。ずっと起きていて、サンタさんが来たらプレゼントを受け取ることを固辞するつもりだ……」

 

 何とまほ姉はクリスマスの日に徹夜することを宣言する。

 マジか……。まほ姉は生活習慣がしっかりとしてるから毎日早寝早起きなのに……。

 彼女が訓練以外で深夜に起きてるところをあたしは見たことない。

 

「ね、寝ないのですか? 隊長、それはダメですよ。日々の生活習慣をしっかりとしなくては心身に悪影響が出てしまいます」

 

 エリカはそんなまほ姉に徹夜は良くないと口にする。

 あたしもそう思う。美容にも良くないし……。

 何よりプレゼントを渡せないのは困る……。

 

「ふっ……、エリカは優しいな。そこまで気遣ってくれるなんて」

 

「ふわぁいっ! ありがとうございます!」

「ニヤけすぎ……」

 

 しかし、エリカはまほ姉に微笑みかけられただけで陥落して、ニヤけてそれ以上文句を言わなかった。

 

「だが、もうこれは決めたことなんだ……。この日だけは私は眠らない。大丈夫だ。1日くらい寝なくて壊れるようなヤワな鍛え方はしてない」

 

 まほ姉も意志が固いみたいで、絶対に寝ない気である。

 うーん。何かいい手は? そうだ、こういうのはどうだ?

 

「まほ姉は頑固だからなぁ……。――そ、そうだ! せっかく冬休みなんだし、今度はまほ姉が大洗女子学園に来ない? みんなでクリスマスパーティーをするのよ。一人で起きてるよりもみんなと居た方が楽しいわよ」

 

 あたしはまほ姉を大洗女子学園に誘ってみる。

 冬休みなら、こっちに来てもらうことも出来ると思ったからだ。そして、こっちのホームなら何とか色んな手を使ってまほ姉を眠らせることが可能かもしれない。

 

「ちょっと、まみ! 隊長が大洗に行くわけないでしょ」

 

 エリカはあたしにそんなツッコミを入れる。それは確かにそうなんだけど……。

 

「うむ。誘ってくれるのは嬉しいが……。お母様がそれは許さないだろう」

 

「はい。母さんからのメール」

 

 あたしはその辺はきちんと根回ししている。つまり、まほ姉が決して逆らえない人物にメールで既にお伺いを立てているということだ。

 

『まほへ。おおあらいにいきなさい』

 

「お母様がどうして……? 行けと言われれば行くことはやぶさかではない……。それでは、今度のクリスマスは世話になろう。みほにも会えるしな」

 

 まほ姉は母からのメールに困惑しながら、大洗女子学園の学園艦に来ることを了承する。

 あとは作戦を練って、まほ姉にプレゼントを渡すだけだ。

 

「よしっ!」

 

「良しじゃないわよ。どうするの? プレゼント……」

 

 小さくガッツポーズしていたあたしに対してエリカは小声でどうするつもりか聞いてくる。

 彼女はまほ姉の事を心から想ってくれているみたいだ。

 

「パーティーのドサクサに紛れて渡してみせるわ。受取拒否なんてさせない」

 

 あたしはパーティーを上手く利用してまほ姉にプレゼントを渡す計画を立てるつもりである。

 

「ふうん。で、私も一応は協力したんだから……」

 

「そうね。約束は守るわ。ほら、まほ姉の小さいときの写真」

 

 それを聞いたエリカはあたしに約束の報酬を要求してきたので、あたしは約束どおりまほ姉の幼少期の写真を彼女に渡す。

 まほ姉は用事があるからと言って、ちょうど部屋を出ていっていた。

 

「か、可愛い……。まるで、天使みたい」

 

 すると彼女は恍惚とした表情でうっとりしながら、あたしの姉の写真を眺めていた。

 うわぁ……。思った以上にだらしない表情……。

 

「あ、それみほ姉だったわ」

 

「くっ、目にゴミが入ってたみたい……。別に可愛くなんか……」

 

 あたしが実は写真に写っているのはみほ姉だと言うと、エリカはイラッとした表情に素早く変わる。やっぱりわかりやすい子……。

 

「嘘……、本当はまほ姉だったりして」

 

「――あなた、良い死に方しないわよ」

 

 あたしが本当はまほ姉だというとエリカはムッとした表情を見せたが、素早く写真をカバンに入れる。

 

「私が悪かった。許してくれ……。エリカ……」

 

「ちょ、ちょっと、それは反則よ」

 

 あたしは黒髪のウィッグを身に着けて、まほ姉のモノマネをしながらエリカの銀髪を撫でる。

 エリカはたじろいで文句を言うが抵抗はしない。

 

「どうした。その可愛い顔をもっと見せてくれ……」

 

「た、隊長……」

 

 エリカはあたしの目を見て頬を桃色に染めていた。

 あー、なんだろう。こう、抱きしめちゃいたくなるわー。

 

「なーにが、“た、隊長”よ。顔が真っ赤じゃない」

 

 あたしはエリカの鼻を抓んで、顔が赤いことを指摘する。

 

「あなた、今から戦車に乗りなさい! 叩き潰してやる!」

 

 するとエリカは昔みたいに直ぐにあたしに勝負を挑んできた。

 割と本気だったみたいだから、あたしはさっさと黒森峰女学園から逃げ出していった。

 よし、取り敢えず実家に戻って奥義書を手に入れておこうっと……。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「ふぇっ!? お、お姉ちゃんがこっちに来るって本当!?」

 

 綺麗に飾り付けをした、あたしたちの部屋のリビングで、みほ姉にまほ姉が大洗女子学園の学園艦に来ることを伝えると彼女は目を丸くして驚いた。

 そりゃ驚くわよね。母のクリスマスだけは特別って意識が無かったら実現不可能だったと思うわ。

 

「本当だって、だから会長に手伝ってもらって生徒会のみんなでやるクリスマスパーティーと一緒にすることにしたんだ」

 

「まみ子とお姉ちゃんのお姉さんが来るんだったら、挨拶しときたいしねー。戦車道を復活させるにあたって、聞きたいこともあるし」

 

 会長は黒森峰の隊長のまほ姉から戦車道について色々とアドバイスを貰いたいみたいなことを言っていた。

 まぁ、同学年で隊長をやってるアンチョビさんやダージリンにも助言して貰ったりしてるみたいだけど……。

 

「でも、あまりパーティーで夜遅くになり過ぎると、サンタさんからプレゼントもらえなくなるから注意しなきゃ」

 

「何を言っているんだ。みほ。サンタクロースなど――。――ぶほっ! んんーっ、んー!」

 

 みほ姉が真剣な顔をしてサンタクロースのことについて言及し、河嶋先輩がそれを否定しようと口を開く。

 あたしは彼女がさっき話したことを聞いていなかったことに驚きながらも、とっさに彼女の口をふさいだ。

 

「へ? 河嶋先輩?」

 

「小山ーっ!」

 

 みほ姉はキョトンという表情をして、会長はすべてを察して小山先輩の名前を叫ぶ。

 

「桃ちゃん。ちょっと、外に行こうか?」

 

「へっ? おい! 何がどうなってる? 桃ちゃん言うな! 離せ、柚子!」

 

 河嶋先輩は小山先輩にズルズルと引きずられて部屋の外に出ていった。

 ごめんなさい、河嶋先輩。でも、今日のイベントを成功させるにはみんなの力がいるんです……。

 

 そんな中、沙織と華と麻子と優花里がやって来る。みんなでプレゼント交換をしようと決めていたので、それぞれ自らが選んだプレゼントを手にしていた。

 

 そして――。

 

「まみはこの前に会ったばかりだが……。みほ、久しぶりだな。すっかり元気そうな顔になっているから、安心したよ」

 

 あたしはまほ姉が学園艦に着いたという連絡を受けて彼女を連れて寮まで来た。

 そして、みほ姉とまほ姉が対面する。

 

「お、お姉ちゃん……、あの、私……」

 

「気に病むことはない。お前たちは私が守ると決めたのだから。お前たちは自分の道を行け」

 

 まほ姉はあたしとみほ姉の肩に手を置いて、自分たちの好きに生きろと声をかける。

 まほ姉はあたしたちをいつも守ってくれた。あたしたちはいつもそんなまほ姉に甘えていた――。

 

「お姉ちゃん。でも、ごめんなさい。相談もせずに飛び出して……。きっと心配をかけたと思うから……」

 

「お前一人なら心配もしたが、まみも居るからな。きっと大丈夫だと信じていたさ」

 

 まほ姉はニコリと微笑みながら、みほ姉の謝罪を受け流す。

 こうして和やかな雰囲気のままクリスマスパーティーは開始された。

 

 しかし、あたしたちはまだ知らない。今日のパーティーにとんでもないゲストが呼ばれていたことを――。

 

 




まほは良いお姉さんなのは揺るがないですね。リトルアーミーのまほは本当にカッコ良かった。姉としての覚悟が凄い。


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聖夜の決戦


クリスマスパーティーが始まる。


 

「んじゃ、乾杯しよっか?」

 

「「乾杯!」」

 

 角谷先輩の軽い乾杯の音頭でクリスマスパーティーは開始した。

 あたしと沙織が作った料理がテーブルに置かれて、立食パーティーのスタイルでみんなに楽しんでもらう。

 

「ねぇねぇ、まみりんとみぽりんのお姉さんって、なんか雰囲気が大人だし絶対にモテそうだよね?」

 

 沙織はまほ姉がモテそうな雰囲気だと口にする。

 ふむ。さすがは沙織だ。こういうセンサーは誰よりも鋭い。

 

「まほ姉はめちゃめちゃモテるよ。もう、大変なんだから」

 

 あたしは即答で沙織の言葉を肯定した。まほ姉はとんでもなくモテる。

 いつ恋人が出来たと紹介されてもおかしくないと、あたしは思ってる。

 

「まみ、適当なことを言わないでくれ。すまないな。この子の言うことは流してもらえると、助かる」

 

 するとまほ姉ったら、あたしが適当なことを言っていると、そんなことを言う。

 本人は気付いていないから仕方ないんだけど――。

 

「――は、はい。か、かっこいい……」

 

 既に沙織はまほ姉のイケメンオーラにやられてポーっと赤い顔をしている。

 そう、まほ姉は女の子にモテる。バレンタインには毎年アホみたいな量のチョコレートを貰っていた。

 その辺は男子顔負けである。そして、あたしはお裾分けを毎年貰っていた……。

 さすがにエリカのは食べないでおいたけど……。一応、彼女は本気みたいだし……。

 

「あらあら、まみさんの言うことは決して適当ではなさそうですね」

 

「というか、沙織がチョロい。釣り竿に針を付けなくても釣れるくらいチョロい」

 

 華が沙織の顔を見て楽しそうに微笑むと、麻子が幼馴染だけに放つ辛辣なツッコミを入れる。

 沙織がチョロいのは否定しないけど……。

 

「何か、それだとザリガニみたいですね。武部殿が」

 

 そんな麻子の言葉に反応して優花里が独特の言い回しをする。

 いやいや、ザリガニって……。確かに糸にスルメでも巻き付けたら簡単に釣れるけども……。

 

「ちょっと、ゆかりん! ザリガニは酷いよ。可愛くないもん」

 

「そういう問題なんだ……」

 

 沙織はチョロいことは否定せずにザリガニが可愛くないことに眉をひそめる。

 何かいつも会話が噛み合っていない気がするけど、楽しいからいいか。

 

「ザリガニかー。昔はよく取りに行ったよね」

 

「まみりん。ザリガニの話を膨らませなくて良いから」

 

 あたしが昔よく姉妹でザリガニを取りに言った話をすると、沙織がその話は要らないみたいな顔をした。

 結構、楽しい思い出なんだけど。需要はないのか。

 

「まぁ! 皆さんで行かれていたのですか? 仲がよろしいのですね!」

 

 と、思っていたら華がこの話題に食い付いた。

 

「ああ、特にみほが一番上手かった」

 

「ふぇっ? そ、そうだったかな?」

 

 まほ姉はみほ姉がザリガニを取ることが上手かったと回想する。

 みほ姉はあまり覚えてないみたいだけど……。

 

「いや、みほ姉が考えた取り方、あれは業者のやり方だったみたいだよ? ズバッと芋づる式に捕まえるやつ」

 

 みほ姉が考案した釣り方は数十匹のザリガニを一気に捕まえるやり方で、あたしが気になって数年後調べてみたらザリガニを卸している業者がしている方法とほとんど同じだった。

 

 それを小学生にもなっていないみほ姉は自分で思い付いたのだから、彼女の発想力はその頃から非凡だったのかもしれない。

 

「あまり大量に捕まえて帰ったから、お母様が卒倒しそうになってな。後にも先にもお母様があんな顔をしたのはあの日だけかもしれん」

 

 そう、大量にピースサインを送るザリガニの大群を見て母は倒れそうになった。

 そして、アホみたいに叱られた。ザリガニを返しに行った菊代さんには迷惑をかけたっけ。

 

「へぇ、みぽりんって大人しいって感じだったけどわんぱくだったんだね」

 

「は、恥ずかしいな。よく覚えてるね。二人とも」

 

 沙織が興味深そうにみほ姉を見つめると彼女は本気で恥ずかしがって照れて俯く。

 なんか、小動物みたいだな……。こういう生き物っていたような……。

 

「みほ姉の話なら覚えてるわよ。他にも――」

 

「そうだな。みほの話なら――」

 

 あたしとまほ姉は幼少期のみほ姉のエピソードを次々と語り合う。

 思えば色んなことがあったなぁ。

 

 

「おい、止まらないぞ。まみと西住まほのみほトークが……」

 

「ふ、二人とも、途中からなんか競ってない?」

 

 あたしとまほ姉がみほ姉の話で盛り上がっていると河嶋先輩と小山先輩が呆れ顔であたしたちを見つめていた。ていうか、みほトークって何?

 

「てゆーか。ここまで来るとどっちが詳しいのか興味でるな!」

 

 角谷先輩は面白そうにあたしたちを見つめて、そんなことを言う。

 どっちが詳しいって、そんなのは決まっている。

 

「会長、それならあたしだよ。だって、双子だし。あたしよりみほ姉のこと知ってる人は居ないよ」

 

 あたしは自分こそが1番みほ姉のことを分かっていると主張する。

 生まれた時からずっと一緒だったんだから、当然でしょう。

 

「まみの冗談は聞き流したほうがいい。私はずっと二人を見守ってきた。私よりも詳しい者など居るはずがない」

 

 しかし、まほ姉はあたしの主張を否定する。自分が1番みほ姉のことを知っていると……。

 

「へぇ、びっくりしたわ。まほ姉が冗談なんて言うんだね」

 

「私は事実を言っただけだ。まみの戯言とは違う」

 

 あたしがまほ姉の言葉に反論すると、彼女もまったく譲らないという視線をあたしに送ってきた。

 むむ、まほ姉とはいえ譲れないよ。これは……。

 

「ちょっと、まみちゃんもお姉ちゃんも変なことで張り合わないでよ〜」

 

「みほ殿、無駄みたいです。お二人は互いに自らの主張を譲らないでしょう」

 

 みほ姉は困り顔をしていたが、あたしとまほ姉は優花里の言うとおりバチバチと闘志をぶつけ合っている。

 

「じゃあ、勝負してみたら。名付けてみぽりんクイズ10番勝負ー」

 

「おお、武部ちゃん。それ面白そーじゃん。やろう!」

 

 そして、沙織は“みぽりんクイズ10番勝負”という謎の企画を提案して、角谷先輩はそれに乗っかる。

 要するにみほ姉についてのクイズにどっちが多く答えられるってこと?

 

「お二人が姉として、妹として、タイマンを張るのですね。なんて素敵なのでしょう」

 

「あれが素敵なのか……? 五十鈴さんは面白い人だな……」

 

 楽しそうにあたしたちを見ている華を見て、麻子は不思議そうな顔している。

 華のツボはあたしも未だにわからない……。

 

 そして、沙織が出題者となり“みぽりんクイズ10番勝負”がスタートした――。

 

「第一問、みぽりんの誕生日と血液型は――」

 

「「10月23日、A型!」」

 

 あたしとまほ姉は間髪を入れずに答えを出す。

 これは簡単すぎる。

 

「すっごーい。同時だ」

 

「いや、今のは沙織の問題が悪い」

 

 沙織は素直に驚くが、麻子は冷静なツッコミを入れる。

 

「家族の誕生日とか血液型は忘れませんよね? まみ殿に至っては同じですし……」

 

 確かに家族のプロフィールを問題にされても……、とは思った。

 あたしは優花里の言うとおり自分の誕生日と血液型を答えただけだし……。

 

「むぅ〜。二人とも文句ばっかり! じゃあ、続いて第二問――」

 

 こうしてあたしとまほ姉の丁丁発止の攻防は続く。

 しかし、どんな問題もあたしたち二人は即答してしまうので、決着はつかない……。

 

 

「――はなんでしょう?」

 

「「マカロン!」」

 

 そして、9問目みほ姉の好きな食べ物をあたしたちは同時に答える。

 大丈夫、あたしはみほ姉の持っている1番値段の高い下着だって知っているんだ。

 

「これ、決着つくのか? というか、ついたところで何なんだ?」

 

「もう二人が1番で良いんじゃないかな?」

 

 河嶋先輩と小山先輩は一向に決着がつかない様子を見て、思いっきり飽きたという表情をしている。

 意味があるかと問われれば、プライドの問題としか答えられない。

 

「西住流に逃げるという道はない!」

 

「受けて立つわ……!」

 

 あたしとまほ姉は最後まで戦うことをお互いに誓いあった。

 戦車道での真剣勝負と同じくらいのプレッシャーを彼女から感じる――。

 

「なんか、凄い名言を聞いたような気がします……」

 

「この状況だと、どんな言葉も迷言になると思うが……」

 

 優花里は興奮し、麻子は眠たそうな顔をしつつ一応付き合ってくれている。

 さあ、そろそろまほ姉を倒すぞ――。

 

 そして、10問目で展開は大きく動く――。

 

「第10問、みぽりんが1番好きなのものはなーんだ!」

 

「「す、好きなもの?」」

 

 みほ姉の好きなものという出題であたしとまほ姉は一瞬迷う。そして――。

 

「あ、あたしよ」

「わ、私だ」

 

 何故か、あたしは自分がその答えだと口にしてしまった。

 確かに、みほ姉はまほ姉の方が好きかもしれない……。

 

 だが、答えは――。

 

「ブー! 正解はボコでしたー!」

 

「「ボコ?」」

 

 正解を聞いてあたしとまほ姉は顔を見合わせる。

 いや、確かにボコが好きなのは知っているけど――。

 

「あ、あの熊にあたしって負けたの?」

 

「――私もまだまだということか」

 

 あたしとまほ姉は二人とも膝をついて愕然とした表情を浮かべる。

 あのクマ……、あたしよりもみほ姉に好かれてるなんて――。

 

「なんか、二人ともがショックを受けてるみたいだから、この辺にしよっか」

 

 あたしたちが互いに戦意喪失したのを見て、角谷先輩はクイズ対決を終えようと告げた。

 もう、一気に勝負の熱が冷めちゃった。

 

「ええーっと、まみちゃんもお姉ちゃんも好きだから。そ、そんなに落ち込まないでよぉ。だって、好きな()って聞くから――」

 

 みほ姉は落ち込むあたしたちを慰めるような言葉をかける。

 しかし、あたしたちが元気を取り戻すまでは少しだけ時間がかかった。

 

 それからクリスマスプレゼントの交換会を始めた。

 

「むっ、私のは武部さんのプレゼントか。何だろうか?」

 

「どうせゼクシィだろ……」

「ゼクシィね」

「そんなに簡単に答えを言っては面白くありませんよ」

「とはいえ、それ以外の答えが思いつきませんから」

 

 まほ姉のプレゼントを沙織が用意したものだった。どう考えても答えが一つしか思いつかないので、あたしたちは普通に答えを言ってしまう。

 

「ちょっとぉ! いくら私でもプレゼントにゼクシィは選ばないよぉ」

 

「これはネックレスか……。ずいぶんと可愛らしいものを」

 

 しかし、意外にも沙織のプレゼントは普通のアクセサリーだった。へぇ、珍しいな……。

 

「えへへ。これって身に着けているだけで、勝手に揺れて男の人を催眠状態にして落とすっていう魔法のアイテムなの」

 

「絶対に騙されてるわね……」

「時々、沙織が詐欺に引っかからないか心配になる……」

 

「ちょっと……!」

 

 どう考えても胡散臭いアイテムの説明を自慢げに行う沙織を見て、あたしと麻子は少し心配になってしまった。

 悪い男に引っかかるのだけは止めてほしい。

 

 そのあとは、みほ姉は華から花瓶を受け取ったり、あたしは優花里から戦車のプラモデルを貰ったりして、まぁまぁ盛り上がった。

 

 そして、盛り上がったパーティーもそろそろお開きの時間が近付いてくる。

 

「いや、今日は大洗女子学園の皆さんには世話になった。来年度から戦車道を復活させるみたいだが……。分からないことがあったら何でも相談をしてくれ」

 

 まほ姉は後半は角谷先輩と話し込んでいた。角谷先輩は聡明で有能な人だから、まほ姉も彼女と話すのは楽しかったと後日あたしに言っていた。

 

 特に、後輩とのコミュニケーションの取り方なんかは彼女から色々と学ぶところがあると感じたらしくメル友になったらしい。

 

「みほ、まみ、お前たちがここで再び戦車道を始めるのかどうか分からないが、自分の信じた道を進むんだ。まわり道することは悪いことではない。逃げるということと、寄り道をすることは違う。納得出来るまで、自分の本心と話し合って偽りなく生きなさい」

 

 まほ姉はあたしたちにそんな言葉を与えてくれた。

 これは彼女からの何よりも素晴らしいクリスマスプレゼントだったかもしれない。

 

 では、あたしもこれからまほ姉とみほ姉にプレゼントを渡さなくては――。

 

 あたしは角谷先輩に目で合図を出すと、部屋の照明が全て消灯して真っ暗になる。

 

 この隙にプレゼントを渡さなくては――。

 あたしは押し入れに隠していたこの場の全員に用意したプレゼントを取り出そうとする。

 

 しかし、押し入れに用意したプレゼントが無くなっている。どういうことだ? これは――。

 

 どういうことか、あたしは混乱していると、照明が付いてしまった――。

 失敗? あたしの脳裏にその二文字が浮かんだとき、驚きの光景を目にしてしまう。

 

「メリークリスマス……」

 

 目の前にはサンタのコスプレをした母が立っていた――。

 




こういう、日常のエピソードを描くのが楽しすぎます。
まぁ、まったく展開は動いてないのですが……。
感想とかあれば、よろしくお願いします。


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サンタクロースとして


メリークリスマス!
クリスマスイヴにタイムリーにクリスマス編を終えることが出来て良かったです。


 

 

「母さん!」

「お母さん?」

「お、お母様……?」

 

 あたしたちは自分たちの母親が目の前にいることに驚きを隠せなかった。

 えっ、これはどういうこと? まさか、角谷先輩が……?

 

「えっ、なになに? あのキレイな人、まみりんたちのお母さんなの?」

 

「いいえ、私はサンタクロースです」

 

「「はぁ?」」

 

 沙織の問いかけに真顔で“サンタクロース”だと答える母に対して、あたしたちは声を揃えて変な声が出てしまった。

 昔からよく分からないことをすることはあったけど、ここまではっちゃけた事はない。

 

「母さん、何をしてるの? ていうか、友達とか先輩も見てるんだけど……」

 

「ですから、私はあなたたちの母親ではありません。ただの通りすがりのサンタクロースです」

 

 あたしが母に友人や先輩たちの為に何をしているのか尋ねると、彼女はあくまでもサンタクロースキャラを貫こうとする。

 いや、無理だって。どんなにそう主張したって目の前にいるのは年甲斐もなくサンタのコスプレをしている痛い人だから。

 しかも、なんでそんなに胸元が空いてる衣装選んだし……。理由は何を言ってくるか怖いから聞かないけど……。

 

「いやー、たまたまサンタクロースと会っちゃってさ。サプライズゲストをお願いしたら快諾してくれて……。ラッキーだったよ」

 

 そんな中、ヘラヘラと笑いながら角谷先輩が母にサプライズゲストをお願いとか言ってきたので、この騒動を演出したのが誰なのかはっきりした。

 

「か、角谷……。お前はまさか……」

 

「やっぱり、会長が母さんに……」

 

 まほ姉はみたことないくらい動揺しながら、角谷先輩を睨み、あたしは予想通りだったと自分の中で納得する。

 

「だから、まみ子たちのお母さんじゃないって。ここに居るのはサンタクロースだ。西住流とか全然関係のない人だよ」

 

「こ、ここに居るのはサンタクロース? 西住流は関係ない……?」

 

 角谷先輩はサンタクロースは西住流と無関係な人だとか言ってくる。

 そんな彼女の言葉をみほ姉は首を傾げながら復唱していた。

 

「そうですね。サンタクロースは戦車道をしませんから。戦車には乗りません。ソリには乗りますが……」

 

「これは笑うとこなのか?」

「桃ちゃん。空気!」

 

 真顔でよく分からないことを呟く母に河嶋先輩が耐えきれずにいるみたいだが、小山先輩が静観の姿勢を貫けというような言葉を彼女にかける。

 

「で、サンタクロースなのは分かったけど……。何をしに来たのかしら?」

 

「愚問ですね。まみ。サンタクロースがすることと言えば1つだけでしょう。良い子にプレゼントを渡すのですよ」

 

 あたしがサンタクロースになった母に目的を尋ねると彼女はプレゼントを渡しに来たと普通の回答をした。

 手に持っている袋を開きながら。

 

「プレゼント……?」

 

「では、皆さんにお配りしますね」

 

 そして、母は事前にあたしが準備していたプレゼントを友人や先輩に配り始めた。

 

 確かに母からパーティーを開いてまほ姉にプレゼントを渡すなら参加者全員にプレゼントを用意するようにと指示されていた。

 だから、このプレゼントは母からみんなへのプレゼントと言っていい。

 

 

「うわぁっ! こ、この“やわらか戦車”の砲弾のレプリカ欲しかったヤツです」

 

「人をダメにしたあげく屍にする枕……」

 

「まぁ、伝説の白米、ゴールデン・コシヒカリですね! ありがとうございます!」

 

「プレミアム・ゼクシィだ。こんなのあったっけ?」

 

 友人たちが欲しがりそうな物をあたしは見繕っていたので、プレゼントは結構喜んでくれていた。

 

「わ、私たちのプレゼントまで。わざわざ申し訳ありません。ありがとうございます」

 

「サンタクロースさんには感謝だね」

 

 生徒会の先輩たちは揃って母に頭を下げて感謝を述べている。

 先輩たちには、あたしとみほ姉が二人とも世話になっているから母としても何かしたかったのだろう。

 

「あと、あなたたちにもプレゼントがあります」

 

「圧力鍋……。ありがとう。今度ビーフシチューでも作るよ」

 

 母はあたしに圧力鍋を渡す。自分で買ったけど、母から貰うとちょっと嬉しい。

 

「まみ、あなたが色々と努力していることは知っています。みほの体を気遣ってお料理を頑張っていることも」

 

「母さん……。いや、サンタクロースに言われると照れくさいな」

 

 あたしはみほ姉に健康でいてほしいから、彼女が転校してきて、より一層料理の勉強をした。

 コンビニが好きなみほ姉を少しだけ心配していたからだ。

 それにやっぱり好きな人に美味しいって言ってもらえると嬉しいし……。

 

「あなたは口下手な母親にも気負いせずに自然体でいつも接してくれます。あなたと話していると母親は女子高生に戻ったような気になると言っていました」

 

「絶対に錯覚だから」

 

 いい感じのことを言ったと思えば母は突然変なことを言う。

 どの口が女子高生気分になったとか言うんだ。

 

「みほの制服をもう少しで着るところでした」

 

「パッツンパッツンになるし。歳考えろ」

 

 なんか危ない発言をしている彼女にあたしは遠慮なく意見する。

 この人の怖いところは冗談を言わないところだ。

 つまり、今の発言はマジで言ってるし、もう少しでパツパツになったみほ姉の制服を着た母の写メとか見せられて感想を聞かれるところだったということだ。

 

「スタイルは女子高生の頃から変わってないとあの人が昨日の夜のい――むぐっ……」

 

「言わせねぇよ!」

 

 あたしはまた母が娘とその友人たちに聞かせられないようなことを言いそうだったので、急いでその口を塞いだ。

 まったく、油断も隙もあったもんじゃない。何を考えてるんだろう?

 

「どうして、まみはあのお母様とフランクに話せるんだ……?」

「お母さん、私の制服本当に着てないよね?」

 

 そんなあたしと母のやり取りを見ていた姉二人は感想を口にする。

 みほ姉の制服は無事だったと信じたい……。

 

「とにかく、あなたの良いところはお気楽者なところです。戦車道を止めた理由はよくわかりませんが、気楽に考えても良いんじゃないですか? と、サンタクロースは思います」

 

 母はあたしの長所はこの性格だと言ってくれた。

 そして、戦車道に関しても難しいことは考えないで気楽に考えろとも……。

 確かにそんなことは西住流の次期家元は言えないよな。サンタクロースなら言えるんだろうけど……。

 

 そっか、母がこの格好をしているのは――。

 

「あくまでもサンタクロースなんだね……。うん。少し考えてみるよ。こっちに来て価値観が変わってきたんだ」

 

「そうですか……」

 

 あたしは自分なりに考えてみて今後の身のフリ方を決めると口した。

 この前の三校合同文化祭でアンチョビさんと話してから、自分のやりたい事を考えるようになった。

 このまま停滞するよりも動いたほうが良いと思えるようにはなっていたのだ。

 

 

「まほ……、あなたにはこれを……」

 

「こ、これは火の章……!? に、西住流の奥義書を私に……!?」

 

 まほ姉はあたしが実家から持ち出した西住流奥義書の1つである火の章を受け取って、びっくりした声を上げる。

 彼女はこれを渡されるとは考えてもいなかったらしい。

 

「もっと早く渡しても良かったのですが……。と、あなたの母親は思っていたみたいです。それほど、あなたの戦車道のレベルは高いとも」

 

 母はまほ姉の実力を誰よりも認めている。だから、いつでもこの本を渡しても良いと思っていたそうだ。

 そして、この本が無くても十分強いとも思っていた。

 

「そ、そんな……。大事な試合で負けてしまう私など……」

 

「お姉ちゃん、あの試合で負けたのは私が――」

 

「いや、車長が居なくなったくらいで、その車両が棒立ちになってしまったのは、私の責任だ。アクシデントが起こったときの対応を指導していなかったのだからな。無能な隊長なんだ……、私は」

 

 まほ姉は黒森峰女学園の10連覇がかかったプラウダ高校との戦いに敗けたのは自分のせいだと主張する。

 いやいや、あれはアクシデントのせいであって、みほ姉のせいでもまほ姉のせいでもない。

 無能な隊長だなんて、言わないでくれ……。みんな、まほ姉に憧れているんだから……。

 

「自分に言い訳をしないのはあなたの美徳かもしれません。しかし、自虐してはいけません。今まであなたが積み上げた練度は素晴らしい。それを誇りなさい。そして自信を持ちなさい。と、サンタクロースは思うのです」

 

 母はまほ姉の言い訳しない姿勢を褒めるのと同時に自分の積み上げた力を誇るようにしなさいと声をかけた。

 まほ姉の努力とそれが生み出した結果は素晴らしいとも。

 そして、自虐することだけは止めるように諭した。

 

「サンタクロースがですか?」

 

「そうですよ。残念ながら、あなたの母親は戦車道においては軽々に弟子を持ち上げることは出来ませんから」

 

「そうですね。私は勝利することが当たり前だと教えられ……。“よくやりました”以外の言葉を頂けたことがありませんでしたから」

 

 母は必要以上の言葉を娘にかけない。戦車道の指導に関してあたしたちには一切の情を排除しているからだ。

 

 まほ姉とみほ姉は才能が豊かだからこそ、母は余計な情がその成長を阻害することを恐れて私生活でもあまり感情を見せなくなってしまった。

 

 不器用だから戦車道の師範としての自分と母親としての自分の切り替えが上手ではなかったのだ。

 

 だから、サンタクロースになるくらいはっちゃけないと母親としての本音を出せない……。

 

 いや、やっぱりサンタクロースはおかしいから……。不器用すぎだよ……、母さん……。

 

「火の章は……、今日からあなたの物です」

 

「ありがとうございます。これから精進して、この書に相応しい戦車乗りになってみせましょう」

 

 火の章を受け取ったまほ姉は清々しい顔をしていた。

 これは来年度の黒森峰は強くなるだろうな……。王者に必ず返り咲くだろうし、戦車道ファンとしてその姿を見たい。

 

「みほ……、あなたにはこれを」

 

「うわぁ! ボコパジャマだぁ! ありがとう! サンタさん!」

 

 みほ姉は母を前に緊張を隠せなかったが、ボコパジャマを見てテンションが急上昇する。

 本当にボコが好きなんだな……。目をキラキラさせてるし……。

 

「みほ、あなたの行いは西住流の師範の目からすると到底許せることが出来ないみたいです」

 

「――はい」

 

 そんなテンションが上がっているみほ姉は母のひと言でしょんぼりした顔を見せる。

 この前の敗戦のあとにも同じことを言われているのだろう。

 

「しかし、サンタクロースは思います。あなたが自身の心に素直に従った上での行動なら恥じることはないと」

 

「えっ?」

 

 だが、そのあとの母のセリフを聞いて彼女は信じられないという表情で顔を上げる。

 まさか、あの母がこんなことを言うなんて……。

 

「あなたは誰よりも才能が豊かですが、心が弱いところを心配していました。そのあなたが、強い意志を示して動いたのであれば、それは成長であり、母親としては喜ばしいことなのでは、とサンタクロースは思うのです」

 

「お、お母――じゃなかった。サンタクロースさん……」

 

 母は内気で大人しいみほ姉が迷いなく行動を移したことを称賛した。

 まぁ、サンタクロースとしてらしいけど……。

 でも、みほ姉は仮にもあの母が自分の行動を肯定するとは思わなかったみたいだ……。あたしも思わなかった――。

 

「あなたのは母親は立場からこれからもあなたには厳しい言葉もかけるでしょうし、場合によっては勘当すら言い渡すかもしれません。しかし、あなたは自分の心に従いなさい。そして、行動なさい」

 

 でも、西住流の次期家元としての母はやはりみほ姉にとっては厳しい存在であり、勘当すらしてしまうかもしれない、と口にする。

 それでも、みほ姉は自分の意志に従って動くようにすべきだと母は主張するのだ。

 めちゃめちゃ厳しい……。母にとってみほ姉はやっぱり特別なんだろう……。戦車道の才能が……。

 

「よくわからないよ。どうすれば良いのか……」

 

「悩みながら答えを探すことも人生です。サンタクロースはあなたを応援しています」

 

 そして、どうしたら良いのかわからないと言うみほ姉に母はサンタクロースとしてエールを送った。

 これがこの人の精一杯なんだろう。彼女はみほ姉が自分に逆らうことも良しとしている。

 それだけの可能性を秘めてることを知っているから――。

 

「それでは、生徒会長の角谷杏さん、そして皆さん。みほとまみをよろしくお願いします」

 

「母さん! そっちはベランダ!」

 

「ま、まみ殿! 上空にヘリコプターが!」

 

 母はみんなに挨拶をしてベランダから飛び出す。

 そして、上空のヘリコプターから下ろされたハシゴに捕まりながら母は去っていった――。

 

 

「いやいや、どこからツッコミを入れれば良いかわからないぞ……」

 

「なんかワイルドな人だね。まみりんたちのお母さんって……」

 

 河嶋先輩と沙織は呆然と母の立ち去ったベランダを眺めていた。

 

「戦車道の家元とはあのようにアクティブなのですね〜」

 

「いや、華……。あの人を戦車道の家元のスタンダードにしないでくれる?」

 

 あたしは感心したような顔をしている華に対してそう言った。

 母のピントがズレた行動を戦車道の家系だからだと思われたくない。

 

「私はいい母親だと思う……。少しだけ心配していたが……、大丈夫みたいだな」

 

「そっか、麻子は……」

 

「気にするな。私は良かったとしか思ってない」

 

 両親を早くに失った麻子はあたしたちの母娘関係を心配していたらしい。

 彼女はクールに見えるが、その心の内は温かくて優しい……。

 

 こうしてあたしたち姉妹にとっては波乱だったクリスマスの夜は終わった。

 

 ちなみにまほ姉は随分前からサンタクロースの正体を知ってて黙っていたんだそうだ。

 知っていることがバレると母との繋がりが無くなってしまうと怖かったらしい。

 

 みほ姉は単純にショックを受けていて、それ以上に自分だけが信じていたという事実をただひたすら恥ずかしがって、ボコパジャマを着てベッドの上でジタバタしていた――。

 

 正直言ってそんなみほ姉が死ぬほど可愛かったです!!

 




本編に関係ないんですけど、書きたかったエピソードなので入れてみました。
クリスマス編はいかがでしたでしょうか?
感想などがあれば嬉しいです!


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プラウダ高校

今回から新エピソードであるプラウダ高校編がスタートです。


「戦車道の短期転校研修制度ですか? いえ、聞いたことがないですね」

 

「今月できたばかりの制度だから知らなくて当然だろう。来年度から、新しく戦車道を開始する予定の学園艦の生徒が戦車道が盛んな学園艦に短期転校をして、ノウハウを学んでくるという制度だ」

 

 年明け早々に河嶋先輩から“短期転校研修制度”という聞き慣れないワードについて説明をしてもらったあたし。

 へぇ、国も本気で戦車道の普及に努めていく感じなんだ。確かに盛んな学園艦のノウハウさえ掴めれば、発展させる作業はより楽になるもんな。

 

「はぁ、なるほど。じゃ、河嶋先輩がそれに行って来るんですね」

 

「いや、私はまみ子に行ってもらおうと思ってるんだけどねー」

 

 あたしはてっきり河嶋先輩が短期転校をすると思っていたら、角谷先輩はあたしに行かせるつもりだと言ってくる。

 

「へっ? あ、あたしが行くの? でも、会長、あたしはまだ――」

 

「うん。まみ子が迷ってることは知ってるけど、私たちは全員初心者だ。お姉ちゃんは人見知りだし……。コミュニケーション能力が高いまみ子なら向こうの学校の子とも打ち解けられるでしょ? ウチらにはまみ子が学んで来たことを教えてくれれば良いからさ」

 

 角谷先輩曰く、戦車道の知識があり尚かつ人見知りしない性格のあたしがこの役割を担うのに適任とのことだ。

 そう言われれば、そうかもしれないけど、他校の戦車道のノウハウを教えてもらうのかー。

 

「うーん。確かにこの学校の戦車道を助けることは約束したしなぁ。わかったわ。行ってきて、その学園艦のノウハウをキッチリ教えてもらってくる。で、戦車道が盛んな学園艦ってどこなの? その感じだと黒森峰じゃなさそうね。グロリアーナ? それともサンダース?」

 

 あたしは角谷先輩の言うことを了承する。そして、行き先の学園艦を尋ねた。

 口ぶりから黒森峰ではないことは分かっていたが……。

 

「いんや。ウチらが制度を利用する最初の学園艦ってことで特別に全国大会の優勝校を手配して貰えたよ」

 

「えっ? て、ことは……」

 

「まみにはプラウダ高校に短期転校してもらおうと思っているわ」

 

 あたしは小山先輩から今年度の全国大会優勝校であるプラウダ高校に短期転校をして欲しいと言われる。

 まさか、プラウダ高校とは……。よく許可を貰えたな……。王者になった余裕というやつか……。

 

「へぇ、プラウダ高校ですか」

 

「やはり、姉二人が負けてしまった高校には行きたくないか?」

 

「いえ、プラウダ高校は1年で素晴らしい成長を遂げていました。その秘密は気になりますね」

 

 河嶋先輩にみほ姉とまほ姉が敗けてしまった高校に行きたくないか、と問われたが、あたしは逆にプラウダ高校には特に興味を持っていた。

 

 あの試合はアクシデントにばかり目が行くが、実際にみほ姉とまほ姉が居てあそこまで追い詰められたのは単純にプラウダ高校が強かったからだ。

 

 あたしの分析では去年度までのプラウダ高校ならアクシデントが起きる前に倒せていたのは間違いない。

 だから、強くなったプラウダ高校の秘密をあたしは知りたかった。

 

「まみ子ならそう言うと思ったよ。小さいことは気にしなさそうだもん」

 

「もう、あたしだって繊細なところくらいあるわよ。ほら、みかんの皮だってきれいに剥かなきゃ気が済まないし」

 

「それは繊細なのか?」

 

 あたしが繊細な女の子アピールをすると河嶋先輩が静かにツッコミを入れる。

 あら、あたしも母みたいにズレたことを言ってる?

 

「じゃあ、一週間くらいだけど、楽しんできなー」

 

 

 というわけで、あたしはプラウダ高校に短期転校することになり、プラウダのある学園艦に行った――。

 

 

「うわぁ、寒いわ……。冬の青森県なんだから当たり前か。夏に北海道に旅行したくらいで北の方って全然行ったことないもんなー」

 

「あなたが大洗女子学園から来た短期転校生ですか?」

 

 あたしがプラウダ高校の学園艦に到着して寒がっていると、長身のクールビューティって感じの女の子に話しかけられた。

 ここで、プラウダ高校の戦車道の関係者の方と待ち合わせする予定だったから、彼女はその関係者の方で間違いないだろう。

 

「あ、はい。大洗女子学園の生徒会から勉強をしに来ました。普通科1年の西住まみです! よろしくお願いします!」

 

「私はプラウダ高校、戦車道チームの副隊長をしております、2年生のノンナです。遠いところからようこそおいで下さいました」

 

 プラウダの副隊長であるノンナさんは丁寧な物腰であたしを歓迎してくれた。

 良かった。優しそうな人だな。

 

「どうも、ノンナさん。初めまして。優勝校で勉強をさせてもらえるなんて光栄です。今日からご指導よろしくお願いします!」

 

「――やっぱり似ていますね……。あの、すみません。名前を見てもしやと思っていたのですが、西住ということは、あの西住流の関係者でしょうか?」

 

 あたしがもう一度頭を下げると、ノンナさんはさっそく“西住”の名前について尋ねてくる。

 これについて聞かれるのは想定内だ。

 

「あはは、やっぱりバレますよね。仰るとおり私は西住流の次期家元の娘になります」

 

「やはり……。では、黒森峰の隊長の――」

 

「ええ、西住まほは私の姉です」

 

 あたしは戦車道関係者の中で有名になっているまほ姉の妹だということをノンナさんに告げた。

 この名前を背負ってプラウダ高校の練習に参加するのはちょっと覚悟がいるな……。

 

「気に食わないわね。だったら、お姉さんのところに行きなさいよ。それとも何かしら? 大好きなお姉さんを負かした学校にケチをつけるために来たの?」

 

「…………」

 

 西住の本家の娘だとノンナさんに伝えた直後、金髪の可愛らしい少女があたしに声をかけてきた。

 えっ? この子は……。

 

「カチューシャ、短期転校生なんて興味がないと仰ってませんでしたか?」

 

「気が変わったのよ。西住とかいう名前を見て。西住まほの妹を送ってくるなんて意味がわからないわ。あんたも黙ってるけど、何か言いたいことはないのかしら?」

 

 カチューシャと呼ばれた彼女はまほ姉の妹がここに来たことが気に食わないらしい。

 でも、あたしはその前に――。

 

「――可愛い」

 

「はぁ?」

 

「妖精さんみたい! こんなに可愛い女の子見たことがないわ! なんて愛くるしいのかしら!」

 

 この少女がとても愛らしくて、思わず抱きしめてしまう。

 わぁ、いい匂いがする……。

 

「ち、ちょっと! 離れなさいよ! 何考えてんの! バカ! ――ううっ、ノンナ!」

 

「まみさん、その方はプラウダ高校、戦車道チームの隊長です。気持ちはわかりますが、離してください」

 

 涙目になってあたしを引き剥がそうとするカチューシャさんを見てノンナさんは彼女がプラウダ高校の戦車道チームの隊長だということを告げた。しまった。なんてコトをしてしまったんだ……。

 ていうか、気持ちはわかってくれるんだ……。

 

「えっ? た、隊長ですか? す、すみません。こんなに可憐な方を見たのは初めてでして、つい」

 

「――ま、まぁいいわ。それより、あなたは何で黒森峰に居ないのよ」

 

 カチューシャさんはあたしが何故黒森峰に居ないのか質問する。

 これも当然の疑問よね……。

 

「それは戦車道を止めて、逃げ出したからです。お恥ずかしい話ですが」

 

 あたしがはっきりと大洗女子学園に居る理由をカチューシャさんに伝えた。

 この辺りは誤魔化しても仕方ないだろう。

 

「……あなたって、変な子ね」

 

「へ、変な子? ご、ごめんなさい。いきなり初対面の先輩を抱きしめるなんて――」

 

「そこじゃない。戦車道から逃げ出した奴なんて何人も見てきたわ。でも、逃げた奴はあなたみたいに清々しい顔をしていないのよ。もっと、卑屈でビクビクしてるわ」

 

 カチューシャさんに変な子だと言われて、さっきの無礼を再び謝ると、彼女はあたしが逃げ出したクセに清々しい顔をしているとか言ってくる。

 

「清々しい、ですか? いやいや、めちゃめちゃ卑屈になってますし、あたしは自分のこと根性なしだなぁって思ってますよ」

 

 いや、あたしは自分勝手に止めてるし、自分のことをダメダメだと思っているから、清々しいなんて評価されると思ってなかった。

 

「そんなふうに見える? ノンナ」

 

「いいえ。そもそも、彼女の立場でプラウダ高校に来ること自体がどうかしていると思います。どの面下げてというか、普通は別の人間を寄越そうとするでしょう」

 

「そ、そんなぁ。ノンナさんまで……」

 

 するとノンナさんまで普通はプラウダ高校に来ること自体がおかしいみたいな事を言われた。

 ここに来たことってそんなに変かな?

 

「大体、あなたはプラウダ高校のことどう思ってるのよ」

 

「プラウダ高校ですか? ずっと高校戦車道では2番手のイメージでした。あっ――」

 

「いいわよ。合ってるから……。続けて」

 

 カチューシャさんにプラウダ高校のイメージを問われたので、あたしはついつい万年2位のイメージとか言ってしまう。

 それでもカチューシャさんはそれを聞き流し、続けるように促した。

 

「戦力は黒森峰と大差ないはずなのに、去年度までは戦略や戦術面での粗さが目立って優勝には及ばないという印象でしたね。あと一歩のところまで追い詰めても、その甘さで勝ち切れない部分がありました」

 

「へぇ……」

 

「しかし、今年度は強かったです。戦略の幅が広がって戦術の面でも練度の高さが活かされるようになってました。それに、IS−2の砲手は素晴らしい。あの砲撃には思わず見惚れちゃいましたし、それを上手く使おうとする華麗な戦略には感服しました。去年度まであった甘さが完全に消えてましたので……」

 

「「…………」」

 

 あたしがプラウダ高校から感じたことを全て話し終えると、カチューシャさんもノンナさんも黙ってしまう。

 しまった、つい熱く語ってしまった。こういうのに付いてきてくれるのはやはり優花里しか居ないか……。

 

「す、すみません。他校の1年生のクセに生意気でしたよね」

 

「いえ、驚きました。従来のプラウダの問題点からカチューシャが改善した点までご指摘の通りです。……よく試合をご覧になっていたのですね」

 

 あたしが恐縮していると、ノンナさんがほとんど正解だったようなことを言ってくれた。

 やはり、このカチューシャさんがプラウダ高校の改革をしたんだ。

 この体格で隊長ってことはよほど頭が切れるのだろうということは予測できていた。

 

「まぁ、戦車道は好きですから。試合観戦は特に……」

 

「じゃあ、この前の決勝戦も見てたの?」

 

 あたしが試合観戦が好きだと言うとカチューシャさんは決勝戦を見たかどうか尋ねた。

 

「ええ、もちろんです。姉が二人出ていましたから。黒森峰の副隊長も私の双子の姉なんです。ほら、フラッグ車から降りて救助に行った」

 

「ああ、あの子ね。確かにあなたとよく似てた気がするわ。ちなみに、そのフラッグ車を撃つように指示したのはこのカチューシャよ――。カチューシャはその功績でプラウダの隊長になれたの。あなたのお姉さんには感謝しなきゃ」

 

「あ、そうなんですか」

 

 あたしは姉二人が決勝戦に出たと言うと、彼女がフラッグ車を撃つように指示をして、戦いに勝利したから隊長になれたと話をする。

 へぇ、やっぱり優勝に一役買ったから隊長になれたのか……。

 

「そうなんですかって、あなたは何も思わないの? アクシデントが起きて、お姉さんが出て行った隙を狙ったのよ」

 

「はぁ……、でも別に中止にはなってなかったですし、狙わない方が変ですよね?」

 

 カチューシャさんはあたしの反応が変だったのか、当たり前のことを問いただしてきた。

 フラッグ車に隙があったら撃たない方が不自然なんじゃないのかな? そんなのみほ姉だってわかってて救助に行ったと思うし……。

 カチューシャさんの言いたいことがよくわからない。

 

「――いや、そうなんだけど……。あーっ、あなたと話すとなんかペースが乱されるわね!」

 

「そんなことより、プラウダ高校の強さの秘密を教えてください。これから始まる大洗女子学園の戦車道を少しでも発展させたいので」

 

 イラッとしているカチューシャさんにあたしはプラウダの強さの秘密を教えて欲しいと懇願する。

 あたしはその為に来たのだから。

 

「――っ!? ふふ、()()()()()より? なかなか面白い子じゃない。合格よ。プラウダ流の地獄の訓練を教えてあげるわ!」

 

「改めて、よろしくお願いします! カチューシャさん、ノンナさん!」

 

 あたしがカチューシャさんに声をかけると彼女は少しだけ微笑んでプラウダの練習に参加させてくれると言ってくれた。

 一応、彼女の面談みたいな物は合格できたらしい。

 

「じゃ、とりあえずウチの子たちと混ざって走り込みからやってみる? 戦車道を途中で止めるような根性なしには付いてこられないかもしれないけど」

 

「あはは、確かにそうですね。やれるだけ頑張ってみますよ。戦車道の練習も久しぶりだなぁ」

 

 カチューシャさんに案内してもらった練習場で体力作りの走り込みを開始しようとしているプラウダ高校の戦車道チームのメンバーたちがいた。

 あたしはカチューシャさんの指示どおり彼女らに混ざって走り出した。何だかんだ言って体を動かすのは楽しい……。

 

「笑ってますね」

「笑ってるわね……。やっぱり、変な子……」

 

 あたしがニヤニヤしながら走っているとカチューシャさんはまたあたしのことを変だと言っていた――。

 

 なるほど、プラウダ高校の戦車道チームのみんなはこんなに走るのか……。こりゃ、黒森峰より練習してるかもしれないな……。

 

 

 

「ちょっと! 新参者に負けてるんじゃないわよ! 何のためにいつもの倍の距離を走らせたと思ってんの?」

 

「隊長、この人は誰なんです? ずっとニコニコして走っていたので怖かったんですけど……」

 

 いつの間にか先頭を走っていて、カチューシャさんはチームのメンバーに叱咤していた。

 あたしは練習量の甲斐あって体力だけはかなり付いていたから、走るだけなら結構頑張れる。

 

「誰って、そんなことも知らないの?」

 

「カチューシャがまだ紹介してないですからね」

 

 カチューシャさんはまだあたしのことをみんなには紹介していない。

 “西住”って言われたら、チームメイトも変な顔をするんだろうなー。

 

「――ふぅ、この子は“マミーシャ”よ。短い間だけど同志になるわ。負けたら承知しないから、そのつもりでいなさい」

 

 しかし、カチューシャさんはあたしのことを“マミーシャ”だと紹介して“西住”の名前は出さなかった。

 

「どうも、マミーシャです。よろしく」

 

 あたしはそんなカチューシャさんの気遣いが嬉しくて、ノリノリになって“マミーシャ”だと自己紹介する。

 優しい隊長で良かったなー。これなら、一週間頑張れそうだ。

 

「順応するのも早いのね……。ますます分からないわ。あなたが戦車道を止めた理由が……」

 

 そんなあたしを見て、カチューシャさんはあたしが戦車道を止めたことが信じられないみたいな顔をしていた。

 

 何はともあれ、あたしのプラウダ高校での生活が始まった。

 




プラウダ高校は3年生が引退した設定で行きます。
とりあえず、まみは体力だけは誰にも負けない感じです。
感想などお待ちしております!


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器用貧乏


プラウダ高校での訓練が開始します。


 

「あーあ、簡単に撃破されちゃいましたね……。ご指導ありがとうございます。カチューシャさん」

 

 練習で紅白戦をすることとなり、あたしはT-34の車長をさせてもらった。

 その前の練習では砲手、装填手、操縦手として一通り実力を見てもらい、一応、中等部時代は主に車長をしていたという経験があることを伝えて最後に車長としての実力を実戦形式で見てもらったのだ。

 

 序盤はこちらチームのリーダーであるノンナさんの指揮に従って何とか一両撃破出来たが、その後隊長車両であるカチューシャさんのT-34と一騎討ちとなり、あっさりとあたしの車両は撃破されてしまう。

 

 そして、こちら側のチームは負けてしまい、現在カチューシャさんにあたしの戦いの感想を伺っている。

 

「何ていうか……、思ったより普通ね……」

 

「えっ? あ、はい。そうですか。普通……」

 

 カチューシャさんの評価は“普通”というリアクションが取りにくい評価だった。

 なんか普通って貶されるよりも堪えるなぁ。

 

「とはいえ、車長にも関わらず、砲手、装填手、操縦手としても優秀な数値を出しています。それだけをとっても彼女は貴重な人材と言えるのでは?」

 

 ノンナさんはあたしが一通りの役割を平均水準以上にこなせる事を評価してくれる。

 車長を降ろされても別で使えるようにする為に、全部出来るようにずっと準備はしていた。

 なので、車長としての調子が悪いときはまほ姉やみほ姉の車両に乗っていた事もよくあった。

 

「あのね、器用貧乏っていうのはこの子みたいな子の事を言うのよ」

 

 しかしカチューシャさんはそんなあたしを器用貧乏だとバッサリ切り捨てる。

 薄々はそう思っていたけどはっきり言われたことは無かったなぁ。

 

「あはは、器用貧乏ですか。なるべく選手としての幅を広げようと頑張ったんですけど、確かにそうかも……」

 

 あたしはそれなりに努力はしていたが、言われてみればパッとしない原因がそこにあるような気もしてきた。

 

「練度が高いのは認めるわ。マミーシャはどこの高校でも即戦力になる。でも、全然怖くないのよ。だって、普通なんだもん」

 

 カチューシャさんはあたしの努力は認めつつ、まったく怖くないと口にする。

 なぜならあたしが“普通”だからだそうだ……。

 

「普通……。確かに姉二人とは違い、あたしには才能がありません。なので――」

 

「そういうのを言ってるんじゃないわよ。怖さっていうのは、つまり殺気よ。あなたが戦車道が好きなことは伝わるわ。でもね、あなたの戦車には獰猛さがない。噛み殺そうというより、(じゃ)れついてる感じ。見かけによらず上品なのね」

 

 カチューシャさんはあたしの才能がないという発言も切り捨てて、あたしから殺気を感じないと持論を展開する。

 殺気か……。アールグレイさんにも言われたけど、よくわからないな……。

 

「上品……、ですか?」

 

「マニュアル通り上手にやればいいって思ってる。あなたと比べたら氷河の上のアザラシの方がまだ怖いわ」

 

 あたしの戦車の使い方がマニュアルの域を脱してなく、カチューシャさんからすると怖さがまったく無いのだそうだ。そう、アザラシよりも……。

 

「まぁ、ヒョウアザラシとかってかなり凶暴ですもんね。300キロ以上の巨体は――」

 

「バカ! アザラシの話なんてどうでもいいのよ!」

 

「すみません……」

 

 あたしがアザラシの話題に食いつくとカチューシャさんに叱られた。つい、いつもみたいに無駄話しちゃうな……。

 

「マミーシャ、戦車道において一対一になる場面もよくあると思いますが、そういう時はどんな相手が1番怖いですか?」

 

 そんな問答をしていると、ノンナさんがあたしに一対一の場面でどんな敵が1番怖いか尋ねてきた。

 あたしは一対一に弱い。姉はもちろん、さっきのカチューシャさん、中等部時代はエリカにだって良いようにあしらわられていた。

 その代わり、集団で動くときはかなり精密に動けるので、その点は評価されていた。

 

「そうですね。怖いかどうか分からないですが、姉たちと戦うときはいつも戦う前から敗けているような錯覚に陥ることが多いです」

 

 あたしはよく戦う前から圧倒されることが多かった。

 そして実際に戦うと思った以上に翻弄されて負けてしまうことが多々あった。

 

「あなた、西住まほに勝ったことないんでしょ? 当たり前よ。あなたと彼女は確かに能力の差もあるし、才能も違うかもしれない。でも、勝てないのはそれが原因じゃない」

 

「能力や才能じゃない? では、何なのですか?」

 

 カチューシャさんはあたしがまほ姉に勝てない原因は練度や才能の差ではないと分析する。

 いやいや、まほ姉に勝てないのは完全にそれでしょ。

 彼女は努力家で才能もあって慢心もしない。戦車乗りとして必要なものをすべて兼ね揃えている。

 その差が原因じゃないなら、他に何があるというのだ?

 

「だから、言ってるでしょ。殺気よ。あなたの戦車道は上手いだけで怖さが全くない」

 

 カチューシャさんはあたしの戦車からは殺気が感じられずに怖くないから負けていると結論を出した。

 うーん。よくわからない……。

 

「私たち人間は危険から逃れようと本能的に考えてしまいます……。すべてを射殺す強烈な殺気……。私たちが西住まほさんから感じられたのは正にそれでした……。私自身も努力では到達できる領域ではないと思ったほどです」

 

 ノンナさんはカチューシャさんに続けてまほ姉の殺気が凄かったと説明する。

 誰もが恐れを抱いて逃げ出したくなるみたいなまほ姉の気配はノンナさんほどの人でも努力ではどうにもならないと思ったほどらしい。

 

 確かに実の姉だから、というか昔から戦車で戦うことに慣れすぎてまほ姉やみほ姉の独特の気配を殺気とまでは思っていなかったかもしれない。

 

 ただ、怖いと思わなくても彼女らの気配を感じて日和ってしまうのは本能に敗北した記憶が身体に染み付いているからだろう。

 

「へぇ、まほ姉の印象って、他の学校の人からはそんな感じなんですね〜。殺気なんて……、考えたこともなかったな」

 

 あたしは他校の人からまほ姉が予想以上に怖がられている事に驚いた。

 口下手で戦車道に関しては厳しいけど、根は優しい人なのに……。

 

()()()練習で身に付くものではありませんから」

 

「でも、身に付けられないものじゃない。あなたが望むならとっておきの訓練を受けさせてあげるわよ」

 

 そしてノンナさんの言葉に続けてカチューシャさんがその()()とやらを身につける訓練をつけてくれると話す。

 

「――ほ、本当ですか? でも、そんな敵に塩を送るなんてこと……」

 

「マミーシャはバカーシャなの? 新参チームがちょっと強くなるくらいで、私たちが困るわけないでしょ。カチューシャは寛大なんだから」

 

 あたしが他校の生徒にそこまでしても良いのかと尋ねると、王者であるプラウダ高校は新参チームに手ほどきしたくらいではビクともしないと胸を張った。

 よく考えたらそのとおりだ。あたしは黒森峰の人間でもないんだから……。

 しかし、あたしが慣れ親しんだ西住流ではない、プラウダ流の訓練には興味あるな……。

 

「カチューシャは誰にでも寛大なわけではありません。今日の練習を見て努力が報われていないあなたのことが、見過ごせなかったのでしょう」

 

「余計なことは言わなくていいの。明日から覚悟しなさい」

 

 ノンナさんがカチューシャさんはあたしの練習量を感じ取ってそれが成果として現れて無いことに同情して稽古をつけてくれると語り、カチューシャさんはそっぽを向いて明日から厳しいと口にする。

 

 いやはや、今日会ったばかりのあたしにここまで世話を焼いてくれるなんて……。

 

「ありがとうございます! カチューシャさん!」

 

「ちょ、ちょっと! 離しなさい! あなた、本当にあの人の妹なの!?」

 

 あたしは感極まってカチューシャさんに再び抱きつくと、彼女はあたしがまほ姉の妹なのかどうか疑ってきた。

 こうやって抱きつくのってそんなに変かしら?

 

「妹キャラとカチューシャも……、悪くないですね……」

 

 そんなあたしとカチューシャさんのやり取りをしばらくノンナさんは眺めていて、カチューシャさんは止めないノンナさんに後で文句を言っていた。

 

 その後、練習も終わってあたしはプラウダ高校の食堂でカチューシャさんとノンナさんと食事をとる。

 

 一緒に訓練をしていた子たちは「怖くないの?」とか「逃げてもいいんだよ」とか言ってたけど、すっごく二人とも優しいし何が怖いのかわからない。

 

 あたしは手作りのボルシチの鍋を持ってカチューシャさんの正面に座った。

 

「しかし、プラウダ高校の強さって個の力もそうですが……、戦術面の多彩さですよね。あたしもカチューシャさんみたいに上手い作戦を考えてみたいです」

 

「生意気言ってんじゃないの。カチューシャの戦術は誰にも真似なんてできないんだから」

 

 あたしがプラウダみたいな戦術を自分でも立ててみたいと口にすると、カチューシャさんはアレは自分にしか出来ないと答えた。

 なるほど、戦術においてはカチューシャさんはかなりのプライドを持っているみたいだ。

 

「戦力を活かすも殺すも戦術次第ですから。カチューシャの戦術によりプラウダには革命が起き、以前までの粗さや甘さが消えたのです」

 

 ノンナさんはプラウダが躍進したのはカチューシャさんの戦術によるところが大きいと誇らしげに語る。

 彼女は心の底からカチューシャさんを尊敬しているのだろう。

 

「そうよ。カチューシャは偉大なの。そんなカチューシャに指導してもらえるなんて、マミーシャはラッキーなんだから。ん? このボルシチ美味しいわね」

 

「あっ! それ、あたしが作ったんですよ。クリスマスに圧力鍋もらったんで、それを使って! 厨房をお借りしたんです!」

 

 あたしは自分が作ったボルシチをカチューシャさんが褒めてくれたので嬉しくて仕方が無かった。  

 いやー、母に貰った圧力鍋は本当に使い勝手がいいなぁ。

 

「鍋をわざわざ持ってきたのですか?」

 

 すると自分用の圧力鍋を持ってきたことに対してノンナさんが珍しく驚いた表情をする。

 

「料理好きなんですよ。姉に作ったりして、食べてもらったりするのが。カチューシャさんに気に入ってもらえて嬉しいです」

 

「まぁまぁね……。また、食べてあげてもいい

わ」

 

「付いてますよ」

 

 カチューシャさんは満足そうな顔をして、ノンナさんはそんなカチューシャさんの口元に付いているボルシチをナプキンで拭いてあげていた。

 この二人のこの感じ……、すっごく良いかも……。

 

「あー、いいなー。あたしもみほ姉の口を拭いたりしてみたいです」

 

「マミーシャ、あなたは確かにカチューシャの言うとおり変わった方なのかもしれません」

 

 あたしがボソリと自分の欲望を口にすると、ノンナさんはあたしの事を変な人扱いする。

 

「じゃあ、カチューシャさんの口を拭かせてください」

 

「何が、“じゃあ”なのよ。そんなにヘラヘラ出来るのも今日までなんだから。早く休むことね」

 

 そして、それが叶わないならカチューシャさんの口を拭きたいと言ったら、彼女は呆れた顔であたしをジト目で見ていた。

 これ以上は何も言わない方が良さそうだ……。

 

 

 そして、翌日――。

 

 

「あのう。カチューシャさん。その格好は……?」

 

「見てわからないの? ヒグマよ、ヒグマ! 怖いでしょ!?」

 

 あたしは翌日の訓練開始時にカチューシャさんがクマの着ぐるみを着ていたので、ついツッコミを入れてしまった。

 あたしの質問を聞いたカチューシャさんは当たり前のようにヒグマの格好をしていると口にしてドヤ顔をしている。

 

 これが“ボコ”の衣装だったら、みほ姉が悶えるだろうな……。

 

「カチューシャ、さすがです。恐ろしいヒグマに扮して恐怖と殺気の使い方を教えるのですね。用意しておいて良かったです」

 

 ノンナさんは上機嫌そうにカチューシャさんを褒める。

 これってノンナさんの趣味なんじゃ……。あっ!? 今、携帯で隠し撮りした……。

 

「この前みたいに本物を用意したかったけど、ケチ臭い学園艦が許可をくれなかったのよ。まったく、優勝したからって守りに入るんだから」

 

 そんなやり取りの中で、カチューシャさんがサラリと問題発言をしていた。

 

「ほ、本物を? 冗談ですよね? みなさん……。ていうか、カチューシャさんの格好に誰もツッコまないんですね……」

 

「「…………」」

 

 あたしはここまでの一連の流れで誰一人として口を開かないところに疑問が沸々と湧き上がる。

 今日のカチューシャさんやノンナさんはあんなにツッコミ所が満載なのに……。

 

「あれ? もしかして、カチューシャさんやノンナさんって本当に怖い人なのかしら?」

 

 そして、あたしは昨日のチームの人たちの言葉を思い出した。

 

「マミーシャが知ねのは無理ねばって、カチューシャ様はそれはおっかねぇ人だ。あの姿ば笑ったりすたっきゃ、一体どった罰ば受げるが」

 

 そんなあたしの言葉を聞いて、隣の子が小声で震えながら、カチューシャさんが恐ろしいと呟く。

 この怯え方は本物だ……。あたし、今日は何をさせられるんだろう……。

 あたしはいきなり不安になる……。

 

「で、マミーシャ、あなたは今日一日、これを付けて訓練するのよ」

 

「あ、アイマスク? あの、目が見えないと訓練なんか……」

 

「大丈夫です。さすがに大怪我はしないように配慮しますから」

 

 アイマスクを付けられて、あたしはノンナさんから全然大丈夫じゃないセリフを言われる。

 どうやら、あたしはアイマスクで視覚を封じながら本当に一日練習しなければならないみたいだ。

 

 そんなあたしはつい呟いてしまった――。

 

「これじゃ、クマさんになったカチューシャさんが見られないじゃない」

 

「マミーシャはやっぱりバカーシャかもしれないわ……」

 

 あたしの言葉を聞いて、カチューシャさんは心底呆れた声を出していた――。

 

 殺気を習得するという特殊な訓練が開始された――。

 

 




カチューシャとノンナの関係が実は1番好きだったりします。
オリジナル小説でこういう関係の二人の女主人公が活躍する話を書いちゃったくらい。


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地吹雪のカチューシャ

目隠し戦車道とかいう、よくわからない練習。


「うへぇ、怖い怖い! 怖いすぎるよ〜! 目が見えない状態で戦車に乗るってこんなに怖いものなの!?」

 

 あたしは目隠しをした状態で車長の席に座らされて、早速混乱していた。

 視覚が封じられるとこんなにも恐怖心が煽られるのか……。

 

『マミーシャ! 相手は三両よ! あなたの指示で全車両を撃破しなさい!』

 

 動揺しているあたしのところにカチューシャさんから通信が入る。

 目隠ししながら指示を出すってどうやって? こんな無茶ぶりまほ姉だってやらないわよ……。

 

「さ、三両も!? と、とにかくジグザグに動いて被弾を避けてください! 嘘っ! まだ被弾してないのに、いつもよりも揺れている気がする!」

 

 あたしは三両に追われている状況を想定して、逃げを選択する。

 ちなみに他の搭乗員はあたしに視覚的な情報を伝えないようにカチューシャさんに命令されている。

 砲弾が近くに着弾したときに感じられる揺れがいつもよりも格段に大きく感じるなぁ……。

 

『こらっ! あなたやる気があるの!? 逃げてないで、さっさと戦ってやられちゃいなさいよ!』

 

 逃げてばかりいるあたしに業を煮やしたカチューシャさんは、戦えと指示を出した。

 そんな無理ですって。見えないのにどうやって戦えばいいの?

 ええーっと、とりあえず音から情報を整理して……。

 

「やられるの前提で話すのは止めてくださ〜い! 後方に二両いることは何となくわかる。装填速度を想定して……! 今です! 右後方の車両を!! キャッ! 被弾した!?」

 

 あたしが相手車両の装填時間を分析して、そのタイムラグを狙い、停止して砲撃を命じると、今まで息を潜めていた三両目からの砲撃を被弾してしまう。

 

『このバカーシャ! 目隠ししてるくせに、マニュアル通りに動いてるんじゃないわよ。ぎこちないから、動きがいつも以上に丸わかりよ!』

 

 カチューシャさんはあたしの指示がマニュアル通りだと言ってバレバレになっていると指摘する。

 確かに手探りで指示を出しているから、いつもよりも格段に精度が落ちている。

 

「そ、そんな〜! じゃあどうすれば――?」

 

『訓練弾じゃなかったら、今ので撃破されてたわよ! ほら、第二ラウンド開始!』

 

 あたしが頭を悩ませていると、カチューシャさんが今のは訓練弾だと告げて、第二ラウンド開始を宣言する。

 今のは確かにクリーンヒットだったから、実戦なら撃破判定だったよね。ふーん。なるほど。

 

「そっか、当然、訓練弾か……。そうだよね……。よし、思いきって突っ込むわよ! ――って、全力で右側に回避! ――こ、この音は実弾? そういえば、最初の砲撃も……」

 

 あたしは訓練弾なら当たったとしても撃破を狙って突っ込んだ方が良いと判断して、突撃を指示した。

 しかし、急激に嫌な予感がして突撃の指示を撤回し回避をさせる。

 

 や、やっぱりこの砲弾は実弾じゃない。カチューシャさんって恐ろしい人ね……、訓練弾だと思わせて安心したあたしの気の緩みを確実に狙ってきた。

 

 したたかというか、練習でも容赦がなさすぎるというか……。

 

『へぇ、思ったより勘は良いじゃない。ほら、さっきとの差が分かったなら、殺気の正体も掴めるんじゃない? 実弾と訓練弾を混ぜて攻撃させてんのよ』

 

 実弾と訓練弾を織り交ぜることにより、車両から感じる気迫の違いを感じろとカチューシャさんは指示を出す。

 確かに撃破判定が出ない訓練弾を使うときは多少は気が緩むんだろうけど……。

 

「確かに、今さっきは何か分からないけどゾワッとしたわ。そっか、これが前にアールグレイさんが感じ取った殺気――。確かにみほ姉やまほ姉からはこれの何十倍も強い気迫みたいなものを感じて、あたしは萎縮したりしていた――」

 

 あたしはカチューシャさんに言われて初めて、最初の砲撃とさっきの砲撃から感じ取った“怖い感じ”がいわゆる“殺気”だということに気が付いた。

 そして、みほ姉やまほ姉から感じられる気迫に押されていた事にも……。

 

 うん。今度は怖くない。次の砲撃は――訓練弾だ。

 

「このまま突っ込んで大丈夫! 撃て!」

 

 あたしは車両が訓練弾を被弾しても構わないと思い、思いっきり距離を詰めさせて砲撃を指示した。

 

『一両撃破――。まぁ、ここまでヒントを出したら当然よね。さぁ、あと二両よ……』

 

 カチューシャさんは一両目の撃破は当然というような口調であと二両を撃破するようにと、私を煽る。

 

「大きく右から回り込んで、突撃! ――っ!? ダメ! 回避して! 容赦なく実弾ばかり使ってくるわね……」

 

 しかし、ここから先はうまく行かなかった。なんせ相手は実弾しか使わなくなり、私はただ恐怖心から逃げ惑うしかなくなってしまったのだ。

 

『マミーシャ! 実弾か訓練弾か分かるようになったじゃない。だったら、ここから先は全部実弾よ。感覚をさらに研ぎ澄ませなさい……!』

 

 更にカチューシャさんが全部この先は実弾にすると宣言する。これは無理なんじゃ……。

 

「感覚を……? ダメ! 次も回避! くっ、マトモに近づけないじゃない……! 研ぎ澄ますって……、どういうこと?」

 

 あたしはカチューシャさんの言っている意味が分からず、混乱の中、砲弾を何とか躱す指示しか出せなくなっていた。

 

『逃げてるだけじゃ、何も分からないって言ってるでしょ! ほら、意地でももう一両は撃破なさい!』

 

「――っ!? 今の音……、もう少しで被弾するところだった……。あれ? さっきの砲撃とその前の砲撃……、何か違う気がする……」

 

 カチューシャさんの檄のあとに続いて砲弾が車体を掠めたことを感じ取る。

 いや、今の砲撃は何かが――。あたしの脳は被弾しそうになった砲撃から違和感を感じ取った。

 

「もしかして……! 大丈夫! 真っ直ぐに直進して至近距離から砲撃を!」

 

 あたしは次の砲撃は外れると読んで真っ直ぐに動き、そして距離に余裕をもって砲撃することを指示する。

 よし! 手応えあり。あたしの車両は二両目を撃破した。

 

『よく感じ取ったわね。停止していない状態では適当に狙って撃つように指示していたのよ。ほら、真剣に刈り取ろうとするときの気迫と、適当なときの気迫じゃ全然違うでしょ?』

 

「ええ……、見えなくなって初めてわかりました。でも、これが分かったところで……」

 

 カチューシャさんは狙いをつけてからの砲撃と、適当に砲撃するのとでは感じられる気配みたいなものが違うという事が伝えたかったらしい。

 これも考えたことがなかった。なぜなら、あまり意味がないからだ……。

 

『そうね。こんなのを注意して感じ取るより、実際に見たほうが判断は早いわ。でも、この練習には意味がある……。それは――』

 

 そう、カチューシャさんの言うとおり、結局視覚に頼って判断をしたほうが早い。

 だって、目隠しして戦うなんてことないんだもん。

 

 しかし、カチューシャさんの声が低くなった瞬間にあたしの背中はゾクリと冷たい氷を当てられたような感覚に支配された。

 この吹雪の中で心臓を鷲掴みにされたみたいな感覚は何……?

 

「――っ!? か、カチューシャさんなんですか? 最後の車両に乗っているのは……」

 

『あら、気付いた? そりゃあ気付くわよね……。感覚が鋭敏になってるのだから』

 

「どこに逃げても無駄だと思わせるくらいの、この心臓を掴まれたみたいな感覚……」

 

 そう、最後の車両にはカチューシャさんが乗っていた。

 戦いながらあたしに注文をしていたのだ。それにしても、こんなに空気を変えることが出来るのか……。

 

『そう。これが、本物の殺気というやつよ。あなたの車両をこの後――どんなことがあろうと、破壊するわ――』

 

 そして、カチューシャさんから感じられる気配が一段階強くなった瞬間にあたしの恐怖心はマックスになる。

 

「通信を切ります! 右側に全速力で――! ――っ!? 被弾した!? いや……、撃破された?」

 

 あたしは回避を指示したが、回避行動を起こした瞬間に、まるで車両が()()()動くことがわかっていたように、簡単に車体の急所に砲弾は捩じ込まれ、あっさりとあたしの車両は撃破されてしまった。

 

 なんてことだ。カチューシャさんを怖いと思った瞬間に勝負が終わっていた――。

 

 そして、ようやくあたしは目隠しから解放されて、車両から降りる。

 

 

 

「どうして私が右側に避けるとわかったのですか? そんな予知みたいなこと、みほ姉もまほ姉もできませんよ」

 

 その後、全体の練習が一段落してあたしはカチューシャさんにどうしてピンポイントに逃げる方向がわかったのか質問した。

 

「はぁ? 予知なんて出来るわけないでしょう。あなた、カチューシャの指示で2両の敵車両に右側逃げるクセを付けられてたのよ。そして、カチューシャが殺気を出せば、その瞬間にあなたは慌てて逃げる。狙い撃ちよ、そんなの」

 

 カチューシャさんはこともなげに、あたしにある方向に逃げるクセをつけるように砲撃を指示したということを告げる。

 マジか……。この人は何重に罠を張っているんだろうか……。周到すぎる……。

 

「まさか、今までも……」

 

「逃げる方向は何となく読まれてた可能性は高いわね。これって、あるレベル以上の選手は無意識にやってる技術だから」

 

 カチューシャさんはこういったテクニックは無意識に使っている選手がそれなりに居ると話す。

 姉二人は間違いないし、エリカとかこの前のアールグレイさんも似たようなことをしてたかも。

 

「先程のカチューシャさんの殺気……、あれは本能に語りかけられた感じがしました。どうしても、逃れられようがなかった……」

 

「それなら、良かったわ」

 

「えっ?」

 

「あなたが思った以上に鈍かったらどうしようかと思っていたけど、まぁ合格よ。それだけ感じ取れたなら」

 

 あたしは殺気を剥き出しにしたカチューシャさんになす術も無かったことを悔やんでいると、彼女はそれでいいと言ってくれた。

 彼女からすると、感じ取れただけで合格なのだそうだ。

 

「そ、そうなんですか? あっさりと撃破されましたけど……」

 

「当たり前でしょ。視覚が封じられた車長のいる車両なんて、ヒグマの赤ちゃんより弱っちいんだから。殺気だって、恐怖心が増幅されて敏感になっているから引っかかりやすくなっているだけだし」

 

「あー、なるほど」

 

 プラウダの隊長からすると、目隠しした後輩一人を撃破するなんて簡単なのだそうだ。

 しかも、目が見えない状況だからこそ、このような殺気から成る誘導には引っかかりやすくなると、種明かしする。

 

「大体、西住まほだって流石にあなたを瞬殺まではしないでしょ。さっきのアレは殺気の効果をより肌で感じ取りやすくしただけなの」

 

「確かに目が見えないだけで、とても怖くなって、敏感になっていた気がします」

 

「まぁ、使いこなせれば駆け引きの材料が1つ増えると思っておけばいいわ」

 

 カチューシャさんは、実戦ではこんなに上手く行かないから、出来るようになっても駆け引きの材料が増える程度に思うようにするようにと声をかけた。

 しかし、手札が増えるだけでかなり変わるような気がする。

 

「あっ、でもカチューシャさん。結局、あたしは全然その殺気とやらを修得出来なかったんですけど」

 

「やっぱり、バカーシャね。そんなに簡単に修得出来るなら、プラウダは黒森峰にもっと簡単に勝ってたわよ」

 

 あたしは殺気を感じ取ることは出来たけど、自分から発することは出来なかったと言うと、カチューシャさんはそんなに簡単に出来るようにはならないと説明する。

 あー、やっぱり特殊な技術なんだ。

 

「てことは、使える人って少ないんですか?」

 

「カチューシャの戦術に取り入れるレベルに達しているのはね。あなたは残りの日数で少しでもイメージ出来るようにしておきなさい。そして、姉と出来るだけ多く戦いなさい。今度は見方が変わっているはずよ」

 

「見方が変わって――。わかりました! 頑張ってみます!」

 

 カチューシャさんは今後の練習で、特にこれを理解してまほ姉やみほ姉との対戦経験を積むようにとあたしに告げた。

 多分、こういった技術があることを知っておき、それを体験して盗めと言っているんだと思う。よし、頑張って体得するぞ。

 

 この日から五日間、あたしはプラウダ高校での厳しい練習をこなしながら、何とか自分なりに気迫を発する方法を思案した。

 

 明日はいよいよ短期転校最終日。練習メニューは初日と同じく紅白戦だ。

 あたしはノンナさんの元でカチューシャさんのチームと10対10で戦う。

 

 

「あっ! ノンナさん! お疲れ様で――っわっと!」

 

 あたしは練習終わりに、タオルで汗を拭いていたノンナさんの元に駆け寄ろうとして盛大に転んでしまう。

 

「だ、大丈夫ですか。マミーシャ……。怪我は……」

 

「あははは、久しぶりに派手に転んじゃった……。地面が滑りやすくなっていますね」

 

 ノンナさんは呆気に取られながらも、あたしに近づいて手を貸してくれた。いやはや、お恥ずかしい……。

 

「おや? 手帳を落としていますよ。ん? みほ姉日記……?」

 

「ああっ! しまった! ホームシックになったときに読もうと思ってたみほ姉日記が……!」

 

 あたしが立ち上がると、ノンナさんはあたしが落とした手帳を拾う。それは、あたしがありとあらゆる“みほ姉との思い出”を記録した“みほ姉日記”だった。

 恥ずかしすぎて……、し、死ねる……。ここが大洗女子学園じゃなくて良かった……。

 

「双子のお姉さんのことを日記帳につけているのですか?」

 

「ち、違うんです! ノンナさん! あたしはみほ姉を尊敬しているんです! それなのにどうしようもなく彼女のことを愛らしく思うときもありまして――。だから、そんなみほ姉のすべてを記録したくて――」

 

 あたしはノンナさんが日記帳に対して特に引いたような顔もせずに真顔で日記について尋ねてきたので、この日記について情熱をもって語った。

 いや、本当にみほ姉のことを愛してるからこそなんだけど……。やっぱりまずいよね?

 

「わかります。あなたの気持ちは痛いくらいに……。同志マミーシャ。この日記にはいつか大きな意味が出てくるはずです」

 

 しかし、ノンナさんはあたしの感情が理解出来ると微笑みかけてくれた。

 なんか、ノンナさんが()()って言ってくれたのは初めてだな……。

 

「の、ノンナさん! ありがとうございます! いやー、ドン引きされると思いましたよ。だって、これって例えばノンナさんがカチューシャさん日記を付けてるみたいな――」

 

「どうしました? マミーシャ。なぜ、言葉を止めたのです?」

 

「いえ、分からないですが、これ以上は話さないほうがいいような気がしたんです」

 

 あたしはノンナさんがカチューシャさんの日記を付けてるとか変な冗談を言ったのはマズかったと思って慌てて話すのをやめた。

 それを言った瞬間にノンナさんの“殺気”のようなものが跳ね上がったような気がしたが、最近、神経質になったいるからだろう。

 

「そうですか。私は短い間でもあなたみたいな後輩が出来て良かったです」

 

「ど、どうしたんですか? 急に……」

 

 ノンナさんはあまり感情を表に出さないし、親切だけど馴れ合いとかも嫌いそうなタイプだと思っていたから、こういう事を言ってくるのはかなり意外だった。

 

「いえ、なんでもありません。明日は最終日……。紅白戦が楽しみですね。あなたが一週間で成長出来たのか? それとも……」

 

「成長出来てたら良いんですけど。明日はよろしくお願いします」

 

 明日のあたしは一週間前よりも少しは成長出来ただろうか? 

 

 そして、夜が明けてプラウダ高校への短期転校最終日となる。

 ここでの最後の練習メニュー――2度目の紅白戦が始まった――。

 




ノンナのカチューシャへの愛って重くて好き。
劇場版は特に格好良かった。
なんか、いつの間にかカチューシャがまみの師匠みたいになってるなぁ。
今年はあと一回くらい更新してプラウダ編を終わらせたい。
あと、感想なんてあれば嬉しいです!


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あたしの戦車道

遅ればせながら明けましておめでとうございます!
今回はプラウダ編の終わりと次への導入って感じです。



「なんていうか、やたらと逃げる判断が上手くなったわね。あなた……」

 

 プラウダ高校での最後の練習……、紅白戦を終えた私はカチューシャさんからそんな評価を頂いた。どうやら私は逃げ足が早くなったらしい。

 うーん。そう言われてもなぁ……。

 

「カチューシャさんが前回と全く戦い方を変えて、フラッグ車を囮にして包囲殲滅戦なんて仕掛けて来るからですよ。あたしの車両はフラッグ車なんですから、そりゃあ大慌てで逃げますって」

 

 カチューシャさんは大胆にもフラッグ車を囮にした作戦であたしたちのチームを迎え撃ってきた。

 あたしたちはまんまと策略にハマって突出してしまい、早々にやられそうになってしまう。あたしの車両はフラッグ車だったので全力で逃げに徹した。その結果、カチューシャさんの作った包囲網を何とか突破して瞬殺を免れたのだった。

 

「でも、まぁ。このカチューシャを手こずらせた事は褒めてあげても良いわ。逃げ足の速さだけは認めてあげる」

 

「ええーっと、あたしは褒められているのでしょうか?」

 

 カチューシャさんは手こずったとは口にしていたが“逃げる”ことが上手いと褒められても、何とも微妙な気分である。

 

「当然でしょ。ここに来たときは、ただの器用貧乏だったあなたとは大違いよ。逃げ足が速いヤツが敵だとイライラするの。ちょっと本気になっちゃったじゃない。ノンナがマミーシャをフラッグ車にしたのは当然ね」

 

 カチューシャさんの言うとおり、プラウダに来る前のあたしは取り立てた特徴もない選手だった。だから、1つでも特技が出来たことは大きな前身だったみたいだ。

 

「この数日でマミーシャの被弾率は大幅に減少しました。ならばそれを活かそうとするのは当然かと」

 

 確かに目隠しの特訓のあと、私は無駄に被弾しなくなった。視野が広くなったのか、安全な場所を早く探せるようになっていた。

 ノンナさんはそんな私を評価してフラッグ車に抜擢してくれたみたいだ。

 

「しかし、最後には逃げ道をワザと作られてやられちゃいましたから。ノンナさん、面目ないです。せっかく期待してもらえたのに」

 

 結局、善戦はしたんだけど、最終的に再び包囲された上に、カチューシャさんが敢えて作っていた包囲網の薄い所からあたしが脱出を計り、そこを狙い撃ちされて負けてしまった。

 みほ姉だったら罠に気付いたんだろうなぁ。悔しい負け方をした。

 

「いえ、あの場面は私が気付いて指示を出せば回避出来ました。マミーシャに責任はありません」

 

「ノンナもまだまだね。カチューシャが背中を預けているんだから、もっと頼れるように大きくなりなさい」

 

Понятно(パニャートナ)(承知しました)」

 

 カチューシャさんはノンナさんを誰よりも信頼しているからこそ、そんなダメ出しもするんだろうな。だってノンナさん、背中を預けているって言われたとき少しだけ嬉しそうにしてたもん。最近、彼女の機嫌の良いときの表情がわかってきた。

 

 ちなみにノンナさんはちょいちょいロシア語を会話に挟む。彼女はロシア語が堪能らしい。カッコいいなぁ……。

 

「カチューシャさん、ノンナさん。最後のご指導をありがとうございました! プラウダ高校で学べるのも今日が最後になるっていうのは――寂しいです」

 

 プラウダ高校での一週間は短かった。カチューシャさんにも、ノンナさんにも良くしてもらってもらったので、あたしは二人に感謝の気持ちを述べる。そして、別れはやっぱり寂しい……。

 

「マミーシャ……、あなたさえ良ければウチに来たっていいのよ。同志としてはまだまだ頼りないけど、あなたみたいな子は嫌いじゃないわ」

 

 そんなあたしにカチューシャさんはプラウダに来ないかと勧誘してくれた。素直にあたしは嬉しいと思った。でも――。

 

「ありがとうございます。でも、あたしには目標が出来たので」

 

「目標?」

 

「もう、才能が無いとか言い訳にしません。あたしはあたしのままで強くなります。そして、戦車道をまだやったことない人に……、戦車道は誰にだって“平等”に楽しいものなんだってことを多くの人に知ってもらいたい。だから、新しく戦車道を開設する大洗女子学園で頑張りたいんです」

 

 あたしはここに来てようやく自分のやりたいことが見つかった。それは戦車の楽しさを知らない人に知ってもらうこと――。

 自分が誰にも負けないことは“楽しむ”ってことだったことにようやくあたしは気付いたんだ。

 西住流と離れて、プラウダ高校で“マミーシャ”として戦車道をやってみてあたしは毎日が楽しくて仕方がなかった。カチューシャさんがあたしに足りないことを教えてくれたりするのを見て、自分もいつかこんな風になりたいと思うようになっていた。

 

「マミーシャのくせに言うじゃない。別にいいわよ。か、カチューシャは寂しくなんてないんだから」

 

 カチューシャさんは少しだけ声を震わせて、そっぽを向いた。もしかして、ちょっと寂しいって思ってくれてたりして……。

 

「あたしは本当に寂しいですよ。あー、カチューシャさんの天使みたいな顔が見られないなんて! 寂しすぎる〜〜!」

 

「こ、このバカーシャ! 離れなさいって! 何度言ったら分かるのよ! ノンナぁ! 見てないで助けなさい!」

 

 あたしが力いっぱい彼女を抱きしめると、カチューシャはノンナさんに助けを求める。

 最後だから良いかなって思ったんだけど……。ああ、でもやっぱり可愛い。

 

「ふふ、マミーシャが来てからカチューシャは随分と変わりましたね」

 

「はぁ? 何言ってるの? こんな小さな子なんかに偉大なるカチューシャが影響なんてされるはずがないでしょ」

 

「しかし、後輩に指導をされる時間がいつもよりも多くなりました。貴女を恐れているだけだった1年生たちも徐々に積極的になってカチューシャの教えを乞うようになっていますし」

 

 ノンナさん曰く、あたしが来てからカチューシャさんは後輩をよく指導するようになったという。面倒見のいい人だと思っていたけど、違ったのか……。

 

 そういえば、最初の頃はカチューシャさんと話していると「怖くなかった」とかよく同級生の子に聞かれてたなぁ。あたしは的確なアドバイスを貰えるってことを伝えたりしてたけど。

 

「外から来たマミーシャにばかり教えていたら、カチューシャがどこの隊長なのか分かんなくなるじゃない。この子がグイグイ来るのがいけないのよ」

 

「あ、あたしってそんなに遠慮なくいってましたっけ?」

 

 カチューシャさんはあたしがよく彼女に話しかけていたから、バランスを取るために後輩の指導をするようになったと説明する。大洗女子学園の生徒であるあたしにばかり構っていてはならないと考えたようだ。

 

「あなたはずーずうしいの。犬みたいに付きまとってきて鬱陶しいったらありゃしないわ」

 

「い、犬みたいに――ですか?」

 

 どうやらあたしはかなり図々しくカチューシャさんに付きまとっていたらしい。思い起こせばトイレの外で待っていたら悲鳴を上げられたりしたような……。

 

「次に会うときはもっと大きくなってなさい。そうね。全国大会でカチューシャとやり合えるくらいには。このカチューシャに教わったんだから、あなたは西住まほよりも強くなるのよ」

  

 最後にカチューシャさんは全国大会で戦えるくらい強くなれと激励した。そして、まほ姉よりも強くなるようにとも。

 

「まほ姉よりかぁ……。あはは、そりゃあ大変だ……。でも、もう後ろを振り返りません。真っ直ぐに背中を追い続けます!」

 

 あたしはそれを了承して、カチューシャさんに手を差し出した。戦車道を続けていく覚悟を持って……。

 

「待ってるわ。でも、カチューシャは気が短いから……、のんびりしてると置いてくわよ」

 

 カチューシャさんはニヤリと微笑んで小さな手であたしの手を握ってくれた。そんな彼女は誰よりも大きな人だとあたしは感じた。

 

「ノンナさんも、今日まで色んなことを教えてくれてありがとうございます」

 

「あなたと一選手同士として戦える日を私も楽しみにしています」

 

 ノンナさんとも固く握手をした後に、あたしは大洗女子学園の学園艦への帰路についた。

 さて、ここで学んだことをちゃんと活かさないといけないな……。あー、早くみほ姉に会いたいよー。

 

 

 

 学園艦の寮につく頃には夜になっていた。ふぅ、この部屋に戻るのも一週間ぶりだ。疲れたなぁ……。

 

「まみちゃん。おかえりなさい!」

 

 あたしが玄関のドアを開けるとみほ姉が笑顔で出迎えてくれた。この笑顔……、癒やされるわ……。

 

「ただいま。みほ姉。一人でもご飯ちゃんと食べられた? 何か困ったこととか……」

 

「もう、子供扱いしないでよ。大丈夫だったから」

 

 ご飯のこととか心配したら、彼女は少しだけ拗ねたような顔をした。ムッとしてる顔も可愛いんだけど。なんで、同じ顔なのにこんなにキュートな感じになるんだろう。

 

「あはは、ごめんごめん。プラウダは楽しかったよ。黒森峰とも大洗とも違ったけど」

 

「そうなんだ。まみちゃんってどこに行っても楽しそうな顔してる気がする。すぐにお友達作ってるし」

 

 あたしが楽しんできた事を話すとみほ姉はあたしが何処でも楽しくやってそうとか言ってきた。まぁ、順応性はある方かもしれないけど……。

 

「えっ? そうかしら? まぁいいや……」

 

 そんな会話をしているとどうにも我慢できなくなってあたしはみほ姉にもたれかかった。

 

「ど、どうしたの? 体の調子が悪いのかな?」

 

「あー、やっぱりみほ姉とこうしてると癒やされるわ。多分、マイナスイオン出てるよ」

 

 彼女は心配そうな声を出したが、あたしは単純にみほ姉に触れたかっただけである。

 あー、本当に生き返った気分がする〜。絶対に科学的に何かしらの成分が出てるって。

 

「出てないよ〜。――まみちゃん、ちょっと大人っぽくなってるね」

 

「うん。あたしはもう一回……、戦車道をやってみるって決めたんだ。前にアンチョビさんを見て凄いと思った。そして、カチューシャさんを見て、こんなふうに人に教えることが出来たらって思ったから……」

 

 あたしはアンチョビさんとカチューシャさんの背中を見て西住流以外の戦車道との向き合い方を学んだ。

 才能とか強さとかそういうのに拘るよりも、好きだって気持ちを、楽しいって気持ちを優先してやりたいようにする勇気が湧いてきたのだ。

 

「まみちゃんはいつかそう言うかなって思ってた。ごめんね。私はまだやふぇ――」

 

 みほ姉があたしの話を聞いて何か言おうとしたから、あたしは彼女のほっぺをつまんで伸ばした。うわぁ、柔らかいなぁ。

 

「みほ姉のほっぺ柔らか〜い。何とかこれ、商品化出来ない?」

 

「ふぁみちゃん、ひぃま真剣(ひんへん)な話を」

 

 彼女は手をバタバタさせながら面白い感じになっている。

 良いんだよ。みほ姉は無理しなくてもさ。あたしとみほ姉じゃ止めた理由は全然違うんだし……。

 

「何言ってるか分かりませーん。あははっ……」

 

 あたしはみほ姉の変顔を見ながら、彼女に笑いかけた。

 でも、いつかきっとみほ姉も……。戻ってきてくれるよね……。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「とりあえず、春休み中に1、2年生からアンケートを取った結果なんですけど……。戦車道履修者をする生徒はかなり少なくなりそうですね〜。当たり前っちゃ、当たり前なんですけど」

 

 今日は春休み最後の日。明日からあたしは2年生になる。

 あたしは、今年度の戦車道履修者がどれくらいになりそうなのか予測するためにアンケートを取った結果を生徒会のみんなに発表している。

 

「2年生で興味があるのは自動車部くらいか。1年生もお前らの友人連中を除いたら少ないな」

 

 自動車部のメンバーは戦車の整備をしているうちに戦車道に興味を持ってくれた。彼女らのスキルはとんでもなく高いので一緒に始めてくれるとありがたい。

 そして、1年生はというと沙織たちを除いたら、歴史好きの4人組くらいで確かに履修したいと思っている子たちは少なかった。

 

「そど子先輩はする人が少なかったら、風紀委員から何人か誘ってくれるみたいなことを言ってくれましたけど。まぁ、どのみち車両の数に限りがありますし、人が多すぎるよりは良いのではないでしょうか?」

 

 そど子先輩は無理やり参加してもらったにも関わらず、思ったよりも戦車道にハマってくれて、風紀委員の人間を人数が足りなかったら回しても良いとまで言ってくれた。

 学園艦を頑張って探した結果見つかった車両が全部で8両。逆に百人とか履修者が集まってもそれはそれで困るので、あたしは最初始めるにあたっては丁度いいと思っている。

 

「新入生も戦車道やりたきゃ、有名校に行くだろうしね〜。ま、気楽にやるにはいい人数なんじゃない?」

 

「全国大会で結果を残そうとか、そういう話じゃないもんね。私たちの代で少しでも地盤を作れれば成功じゃないかな?」

 

 角谷先輩も小山先輩もあたしの意見に同調してくれた。

 そう、あたしたちは何とか戦車道というものを大洗女子学園に定着させられれば大成功なのである。

 

「はい。黒森峰やプラウダみたいに常勝を義務付けるみたいなのじゃなくて、戦車道というゲーム性を楽しんでもらって、まずは好きになってもらえるようにしていきたいです」

 

「ほう。プラウダ高校に行ってから随分とやる気になったじゃないか」

 

 あたしがこの学校での戦車道の指導方針を語ると河嶋先輩があたしが気合を入れていると指摘した。そう、あたしはやる気に燃えている。みんなに戦車道が好きになってもらえるように頑張るんだ。

 

「それで、まみ子のお姉ちゃんはどんな感じ?」

 

「――みほ姉ですか? 彼女はあたしとまた事情が違うので……。まだ迷ってるみたいです」

 

 角谷先輩にみほ姉のことを尋ねられたので、あたしはそれに答える。みほ姉はあの事故のことを大きく引きずっているみたいで、未だに再開することを迷っていた。

 

「まぁ簡単にゃ、決められないよね。もちろん来てほしいし、教えてもらいたいと思ってるけど」

 

「基本的な戦車の運用方法なら私や優花里で何とか。あと、麻子ならすぐに何でも覚えられますので、問題ないかと。自動車部の皆さんもとんでもない人たちですし。まさか、あのポルシェティーガーを……」

  

 知識的な話ならあたしたちで教えられるし、みほ姉の力を借りるとしたら戦略や戦術的な指導についてになるだろうけど、それはまだ先の段階だから焦らなくても良いと思っていた。

 そして、あたしは自動車部の話題を口にする。

 

「最初にあの戦車見たとき、これは授業では使えないって思ったけど、よく乗りこなせているよね。自動車部……」

 

 ポルシェティーガーとかいう珍しい戦車を見つけて直してもらったのは良いけど、起動してすぐに壊れて動けなくなったので運用を諦めていた。

 しかし、自動車部の皆さんはそのポルシェティーガーを僅か数日で乗りこなせるようになってしまった。何かに火がついて色々と頑張ったらしい。

 さらに彼女たちは戦車道の授業にも参加してくれると言ってくれたので整備などの心配は皆無となる。

 

「まぁ、少なくとも5両くらいはまともに動かせないと練習試合も組んでもらえんだろうからな。既に来週に教官の指導と再来週にはサンダース大付属との練習試合の手配は済ますことが出来たが……」

 

 河嶋先輩の言うとおり新学期早々に戦車道の教官による特別演習、さらにその翌週にはあのサンダース大付属高校との練習試合が予定されている。サンダース大付属は三軍まであるらしいから、多分一軍とは戦えないだろうけど……。

 

「その時までには、お姉ちゃんの結論は聞きたいところだね〜」

 

「戦車道からの逃げ場所として、あたしがここを勧めたので――。どうしても強く誘えな――あれっ? 電話鳴ってますよ」

 

 角谷先輩としては、最初の演習までにはみほ姉の返事が聞きたいみたいだ。うーん。あたしから強引に誘うのもなぁ……。

 とか思っていると、生徒会室の内線電話が鳴り響いた。なんだろう?

 

「――文科省からですか? はい。わかりました。――なんだろう……? この時期に」

 

 小山先輩曰く、文部科学省の学園艦を取り仕切る部署の役人さんがあたしたち生徒会に用事があるとのことだ。

 うーん。年度の初めに何の用事かしら? あたしは文部科学省の人が来るって言われてもピンと来なかった。

 

 そう、あたしはまだ知らない。この先、楽しんでばかりいられなくなってしまうことを――。

 負けられない戦いに身を投じることになることを――。

 




ということで、ようやく原作開始の時系列に追いつきました。
次回から大洗女子学園の戦車道チームが始動します。


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大洗女子学園戦車道チーム始動

いよいよ、2年生編の開始です。原作とはかなり違った展開にしていきますので、その点にも注目してください。


「はぁ……、どうしよう。こんな状態で戦車道をしなきゃならないなんて……。全国大会で優勝って、みほ姉が仮に居たとしても……」

 

 文科省から来たという辻さんって名前の役人と我々生徒会の話し合いが終わり、あたしは肩を落として帰路に着こうとしていた。

 話し合いの結果、あたしたちは戦車道の全国大会で優勝しなくては学校が廃校になることになってしまったのだ。

 何としても、みほ姉の力を借りたいけど……。彼女に戦車道を強制するのは――。

 

「まみちゃん! 私がどうしたの?」

 

「――ひゃうっ!? み、み、み、みほ姉!?」

 

 考え事をしながら歩いていると、不意にみほ姉に話しかけられたあたしは、心臓が止まりそうなくらいびっくりした。

 

「驚きすぎじゃないかな? たまには外でご飯食べようって誘いに来たんだけど。メール見てないの?」

 

 みほ姉はあたしと外で食事をしようと誘いに学校まで来たらしい。あっ、確かにメール来てたわ。

 

「そ、そうだね。やったー、みほ姉とデートだ!」

 

「大きな声で変なこと言わないの。ねぇ、何かあったの? 顔色が悪いよ」

 

 あたしがテンションを上げて誤魔化そうとしたが、彼女はあたしの異変を見逃さない。顔色……、そんなに悪いかなぁ。

 

「あははっ、そうかな? 普通だよ」

 

「…………また誤魔化してるでしょ? 正直に話しなさい。お姉ちゃんじゃ、頼りない?」

 

 あたしは笑いながら大丈夫だと口にするが、みほ姉は下からあたしの顔を覗き込んで、悲しそうな顔をする。自分が頼りないから、あたしが本心を打ち明けないと思っているみたいだ。

 

「――ううん。頼りないなんてことないよ。むしろ、みほ姉にしか頼れない」

 

「まみちゃん……」

 

「ねぇ、みほ姉……。今年度から、大洗女子学園で戦車道を始めるでしょ」

 

「うん」

 

「例えば、さ。今年の戦車道の全国大会で何とか優勝って出来ないかな?」

 

 あたしはみほ姉の顔を見て観念してぽつりぽつりと話し出す。今年から戦車道を始める大洗女子学園が優勝することが可能かどうか質問をしながら。

 

「ゆ、優勝? 優勝は難しいんじゃないかな? お姉ちゃんやダージリンさんたちにも勝たなきゃいけないし……」

 

 彼女は常識的なセリフを口にした。しかし、意外だったのは“無理”とは言わなかったことだ。あたしだったら、最初に言っちゃうけど。

 “優勝は難しい”とは言っていたが、みほ姉としては不可能ではないことだと思っているのかもしれない。あたしは少しだけ希望が湧いた気がした。

 

「はぁ、やっぱそうだよね〜。あのさ、みほ姉。あたしたち、全国大会で優勝しなきゃいけなくなっちゃった」

 

「え〜っ!? なんで? 急に……」

 

「だから、そのう。ええーっとね。無くなっちゃうんだ。この学園艦……。戦車道の全国大会で優勝しないと……。来年の3月末に……」

 

 そして、あたしはさっき聞いた役人の話を始める。文科省は維持費のかかる学園艦の統廃合を進める計画を立てており、大洗女子学園は「学校としての活動実績に乏しく、生徒数も減少傾向にある」からその計画遂行のターゲットとなった。

 そのことを告げた役人が「昔は戦車道が盛んだった」と口にしたので、会長がある提案をした――。

 

「――で、会長が廃校を撤回する条件として、今度の戦車道の全国大会で優勝という条件を出したのよ……」

 

 そう、彼女は今年度から大洗女子学園が戦車道を始めることを彼に告げ、全国大会の優勝を条件に廃校の撤回を約束したのである。

 

「それで、優勝……」

 

「ごめん。でも、あたしどうしたら良いかわからなくて。この学校大好きだし……、無くなるなんて嫌だ。――でもこんな気持ちで戦車道するのが怖くて……」

 

 あたしは戦車道を再開することを楽しみにしていた。今度は勝ち負けには拘らずに楽しく自分の戦車道を模索しようと思っていた。

 だけど、これで負けるわけには行かなくなる。これまで以上に負けてはならないという重圧と戦わなくてはならないのは怖かった。

 そして、こんな泣き言を姉に話すことも辛かった――。

 

 そんなあたしを見て、みほ姉は優しくあたしを抱きしめる。

 

「じゃあ、一緒にやろうか? 戦車道――」

 

 その声は静かだったけど、今までに聞いたどの彼女の声よりも力強い意志の籠もった声だった。

 恐怖を吹き飛ばしてくれるみたいな安心感をあたしに与えてくれるような……。

 

「み、みほ姉?」

 

「まみちゃんが辛いなら、私も一緒に半分背負うよ。私だってこの学校が好きだし、無くなって欲しくないから。優勝しよう。次の全国大会で」

 

 あたしはみほ姉があっさりと戦車道を再開することを口にした事に驚いた。

 ずっと悩んでいたのに……。

 彼女は自分のためじゃなくてあたしの為にもう一度立ち上がってくれたのだ。みほ姉の優しさは嬉しかったけど、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

「でも、みほ姉は……」

 

「私は大丈夫だから。ねっ、一緒に頑張ろ」

 

「あ、ありがとう……。みほ姉……。ぐすっ……」

 

 でも、あたしは彼女の優しさに甘えてしまう。涙がとめどなく溢れてきてどうしようもなかった……。

 

「ほら、泣かないの。これで、涙を拭いて」

 

 涙でグシャグシャになった視界。みほ姉は酷い顔になったあたしにハンカチを渡してくれた。

 あたしがそれで顔を拭いたとき、あたしたちは声をかけられる。それは友人の声だった。

 

「まみさん、みほさん。話は聞かせてもらいました」

 

「華? そ、それにみんな……」

 

 校門の陰から出てきたのは華と沙織と優花里と麻子。戦車道の履修を決めていて、既にⅣ号戦車に乗って、チームとしての練習を開始しているグループだった。

 

 あたしの構想ではみほ姉が復帰した場合、現在通信手と車長をやっている沙織には通信手に専念してもらって、みほ姉にこのチームの車長をやってもらうつもりでいた。

 

 なんせ、このチームは上達の早さが異常だ。既に麻子の操縦は高校戦車道界でもトップクラスと言っていい実力で、沙織の車長としての腕を除くと他の乗員たちも強豪校のレギュラーと比べて遜色ない実力になっている。

 ここにみほ姉が入ってくれるとⅣ号戦車はおそらく戦況を単騎で変えてくれるような、そんな気がしてならなかったのである。

 

 ちなみにあたしは生徒会の他の三人と一緒に38tに乗っている。あたしの特技を活かすには装甲は弱くても機動力と小回りが利く車両が良い。だから、あたしたち生徒会はこの車両を選んだ。

 

「まみが何やら神妙な顔をしていたからな。立ち聞きしたのは悪いと思ったが……」

 

 麻子曰く、あたしがあまりにも酷い表情をしていたから心配であたしたちの会話を立ち聞きしていたのだそうだ。

 

 

「廃校ってマジなの? 優勝ってかなり難しいんでしょ?」

 

「難しいなんてものじゃないですよ。去年ようやくプラウダ高校が優勝して、その前までは黒森峰が9連覇していたのですから……」

 

 沙織の言葉に優花里が一般論を言う。そう、まほ姉の居る黒森峰女学園とカチューシャさんの居るプラウダ高校に勝つなんて並大抵じゃない。

 特にまほ姉は西住流の奥義書を手に入れている。絶対に去年より数段強くなっているはずだ。

 

 聖グロリアーナやサンダース大付属も強いし……。

 

「じゃあ諦めるか」

 

「嫌だよ! てゆか、勝とう! 絶対に! まみりんもみぽりんも居るんだし。頑張れば何とかなるよ!」

 

 麻子の諦めようという言葉に沙織は大きな声でみんなで頑張ろうと口にする。こういう切り替えの早さは彼女の美徳だと思う。

 沙織だって馬鹿じゃない。優勝することが、どれだけ難しいかくらい理解できている。

 それでも彼女はこの一瞬で死ぬほど努力することを心に決めてその言葉を声に出したのだと私は思った。

 

「わたくしも可能な限り努力します。ですから、皆さんで力を合わせて大洗女子学園を守りましょう!」

 

「そうですね。ここで引き下がるわけにはいきません。私も微力ながら全力を尽くします」

 

「面倒だが、それしか方法がないなら仕方がない」

 

 それに続いて、華も優花里も麻子も覚悟を決めた顔付きになり、優勝のために全力を尽くすことを誓いあった。

 

「みんな……」

 

 あたしは彼女たちの心意気に素直に感動した。みんなで頑張れば何とかなる、か……。不思議とそんな気がしてきたよ……。

 

 その後、メールで角谷先輩から今日のことを内緒にしろって言われたので、沙織たちに知られてしまったことを伝えた。

 彼女たちには口止めしとかなきゃなぁ。でも、いつ角谷先輩はみんなに話すつもりなんだろう? 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから、先輩たちの提案により戦車道を履修した生徒には単位や遅刻見逃しなどの特典を盛り込んだ上にプロパガンダ映像的なものを全校生徒に見せたりして履修者を募った。

 こうして集まった戦車道履修者はあたしを含めて33人。まぁ、風紀委員にはかなり無理をお願いしたし……。それに――。

 

「まみさん、バレー部復活の件、お願いしますよ」

 

「う、うん。戦車道の全国大会でいい成績が残せたら、あたしが必ず何とかするよ。典ちゃんは運動神経良いから、きっと戦車道も上手く出来るはず」

 

「よーしっ! 戦車道でアタック決めるぞー!」

 

 今年度、バレー部は廃部となった。理由は部員不足だから。先輩たちが卒業して、部員は今、あたしに話しかけてきた2年生の磯部典子だけになる。

 そこから新入生の部員が3人入ったが、4人ではバレー部として成立しないのでやむを得ず廃部ということになってしまったのだ。

 

 そして、生徒会は交換条件を出す。戦車道を履修していい成績を残せたらバレー部を復活させるという条件を……。

 

 結果としてバレー部の4人は戦車道を履修した。

 典子は前向きで運動神経抜群だから、戦車道をやらせるといい選手になると思うな。あと、他のバレー部の子たちも有望そうだし……。

 

 そんなバレー部チームは自分たちの戦車に89式中戦車を選んだ。この戦車は火力がないから偵察とか陽動向きかな。

 

 

 こんな感じで仲のいい人同士でグループで履修してくれたからチーム分けもスムーズだった。

 さらに何故か、どの戦車にするかという選択も被ったりしなくてあっさり決まった。

 

 カエサルさんたち、歴史好きの女子4人が集まった、いわゆる歴女チームはⅢ号突撃砲。彼女たちは去年度に何度か開催したプレ授業に参加してくれて戦車を動かせるようにはなっている。

 彼女らは戦車の知識や戦略戦術の知識が豊富なので、非常に飲み込みが早かった。

 

 1年生仲良し6人組が集まった、1年生チームはM3リー中戦車を選ぶ。彼女たちはノリで戦車道を選んだっぽい感じだから、ちょっとずつ、好きになってもらおう。

 

 そして、そど子先輩たち風紀委員3人組のチームはルノーB1bis、自動車部の4人はポルシェティーガーを選択した。

 

 そど子先輩は戦車道の経験者だから、後輩二人を引っ張ってほしい。

 

 自動車部はプレ授業に参加していて、ポルシェティーガーを自在に操ってみせた。ポルシェティーガーは大洗女子学園の戦車で最強の火力なので、それを何とか活かしてもらいたい。

 

 

 さらにあたしが最初に乗っていた三式中戦車は――。

 

「まみさん、戦車道にボクも誘ってくれて嬉しかったけど、大丈夫かな? ネトゲは得意なんだけど……」

 

 猫耳のカチューシャを付けたクラスメイトのメガネ女子である猫田さんこと、ねこにゃーがあたしに話しかけてきた。

 

 彼女が戦車のゲームが得意という話を聞きつけて、あたしは彼女を戦車道に勧誘した。すると、ねこにゃーは興味を持ってくれて、ネトゲ仲間二人を誘って戦車道を履修してくれたのだ。

 

 こうして大洗女子学園の戦車道チームは始動した――。

 

 初日である今日は、あたしの知り合いの特別教官を呼んでいる。教官の名前は蝶野亜美さん。陸上自衛隊の1等陸尉で戦車教導隊に所属している。

 彼女は昔、よく母の指導を受けていたのであたしやみほ姉と顔見知りで、大洗女子学園の戦車道チームの指導をお願いしたら二つ返事でオッケーしてくれた。

 

 さて、そろそろ亜美さんが来るはずなんだけど……。あー、来た来た、輸送機で来たんだ……。10式戦車が空から降ってきて――。

 

 あーあ、理事長のフェラーリがぺちゃんこだよ。相変わらず豪快な人だなぁ。

 

「特別講師の戦車教導隊。蝶野亜美教官だ」

 

「みんな〜、こんにちは〜」

 

 河嶋先輩の紹介で亜美さんは戦車から出てきて挨拶をする。

 

「戦車道は半分くらいの方が初めてだと聞いてますが、一緒に頑張っていきましょうね〜!」 

 

 亜美さんはそうみんなに声をかけてあたしとみほ姉の方に向かって歩いてきた。

 

「西住師範の娘さんから電話がかかってきた時は驚きました。師範にはお世話になっているので。お姉様はお元気?」

 

「姉は元気ですよ。ついでに母も。亜美さんもお元気そうで良かったです。また、母のところに遊びに行ってあげてください」

 

「ええ! そうさせてもらいますね!」

 

 亜美さんに改めて挨拶をするあたし。みほ姉は人見知りを発動してるみたいで黙ってるし……。

 

「西住師範?」

 

「それって、有名なの?」

 

 師範という言葉を聞いて、主に1年生たちがざわつきだした。

 戦車道の世界ではあたしの家って結構有名だけど、興味ない人からするとそんなこと知ってるはずないもんなー。

 

「西住流はね、戦車道でもっとも由緒ある流派なの」

 

 亜美さんは掻い摘んで西住流について説明する。

 日本の戦車道の二大流派は西住流と島田流と言われている。自分の家のことなのであまり大っぴらに言わないし、あたしの場合は次期家元の娘にしてはアレなんで余計に言いたくない。

 ただ、門下生の数は日本一多いし、実力のある選手も西住流を学んだ人間が多いことも事実である。

 亜美さんだって高校の全国大会で15両を単騎で撃破したとか、12時間ぶっ通しで戦い続けたとか、数々の伝説を残し、今は実業団チームで活躍している凄い戦車乗りなのだ。

 

「教官、本日はどのような練習を行うのでしょうか?」

 

 そんな話をしてる中で、今日を待ちわびていた優花里が挙手をして質問をする。そういえば、何をするって聞いてなかったな……。

 

「そうね、本格戦闘の練習試合、早速行いましょう。8両あるから、4両ずつに別れて紅白戦をしましょうか。ルールは殲滅戦で」

 

「えっ、あの、いきなりですか?」

 

 なんと、亜美さんはいきなり4対4の殲滅戦をしようと提案した。マジか……。確かに実戦に勝る練習はないけど……。

 

「大丈夫よ、何事も実戦、実戦! 戦車なんてガーッと動かして、バーっと操作して、ドーンと打てば良いのよ!」

 

 亜美さんはポジティブを全面に押し出して、実戦の大事さを説いた。

 しかし、このセリフは母が聞いたら何と言うだろうか? 

 

「それじゃ、西住みほさんとまみさんの二人が紅組と白組に別れてそれぞれ隊長として指示を出してね。あとのチーム分けはテキトーにやっちゃって、指定の地点にそれぞれが集まるように!」

 

 やっぱり、あたしとみほ姉が別れてそれぞれチームを率いることになったか。戦車を動かせるⅢ突チームとポルシェティーガーチームもバラけさせるとして、チーム編成は次のようになった。

 

 紅組は、Ⅳ号戦車、八九式中戦車、M3リー中戦車、Ⅲ号突撃砲の4両。

 

 白組は、38t戦車、ルノーB1bis、ポルシェティーガー、三式中戦車の4両。

 

 大洗女子学園の戦車道チームの初練習メニューである、紅白戦がスタートした――。

 

 




半分は戦車を動かせるところからスタートで、その上最初から8両あるので、いきなり殲滅戦にしてみました。
既にⅣ号チームは経験値を積んでるので、かなり強くなってます。


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紅白戦――再び双子の姉妹は相対する


ということで、紅白戦開始です。


「何とかみんな戦車を動かせるようになったみたい。で、これからいきなり試合をするわけだけど」

 

 紅チームも白チームも、無事に指定の地点に到着して、戦いがスタートしようとしていた。

 とりあえず、操縦は問題なさそうで良かった。むしろ、みんなそれなりに出来てるからびっくりしたくらいだ。

 

「まみ子が隊長なんだから、頑張ってね〜」

 

「それなんだけど、あたしって隊長とかやったこと殆どないのよ。一応、知識としては知ってるけど」

 

 そう、あたしは指揮とか任せてもらったことがほとんどない。だから、今のこの立場が不安すぎる。

 もちろん、西住流を学んでいるから知識はある。しかし、圧倒的に実戦経験が足りてない。

 

「お前も西住流だろ!?」

 

「だって上にはまほ姉が居ますし、同期にはみほ姉が居ますから。そもそも、あたしよりも上手い子が黒森峰には何人もいるんです。なので、こういう紅白戦のときも別の人がリーダーをしていて……」

 

 河嶋先輩はツッコミを入れるが、こういうときは、大抵姉二人かエリカとか有望な選手が指揮を出すポジションにいたから、あたしの出る幕はなかったのだ。

 

「そんな言い訳は知らん! 生徒会の威信を懸けて戦え! 西住みほに勝て!」

 

 でも、河嶋先輩はいつもみたいにあたしを叱咤して、勝てという。この人は割と無茶ぶりしてくるよなー。

 

「んな、めちゃくちゃな。当然、勝ちは目指しますけど……」

 

「およ、まみ子にしちゃ珍しいじゃん。大好きなお姉ちゃんには勝てっこないとか言いそうなのに」

 

「そのくらいの気合でやらないと、全国優勝は出来ないから……。あたしもみほ姉より強くなるくらいの気持ちでいないと」

 

 とはいえ、あたしだって負けるつもりはない。全国大会で勝ち抜くためには、あたしのレベルアップは必須。

 才能がないからって、腐っていたあの頃と違う。あたしはあたしのやり方で強くなるんだ。

 

「みほさんが居ないときから、Ⅳ号には押されっぱなしだったけど、あの戦車に彼女が加わるとどれだけ強くなるんだろう?」

 

「嫌なこと思い出させないでくださいよ。小山先輩。まぁ、あのⅣ号を単騎で落とせるのなんて、全国にもそうは居ないでしょう。なので、最初の作戦は――」

 

 そう、みほ姉が乗ってないⅣ号が相手でも、あたしたちは勝てなかったりした。

 もちろん、車両の性能の差も大きいのだが、麻子をはじめとする乗員のスペックが高い。

 だから、作戦を考えた。Ⅳ号を落とすのは最後にしようとする作戦を――。

 

 そして、あたしは各車両をあえて散開させて、まずは敵の位置を把握しようと指示を出す。

 交戦は極力避けて、どの車両がどこに居るのかを探ろうとしたのだ。

 

 

『隊長、Ⅳ号戦車を発見したわ。他に車両は居ないみたいだけど、どうする?』

『こちら、ポルシェティーガー。今ならルノーと挟み撃ち出来そうだよ〜』

 

 すると間もなく、そど子先輩とナカジマ先輩から通信が入ってきた。どうやら、Ⅳ号が単騎で居て挟み撃ち出来る状況らしい。

 うーん、普通なら撃破の指示を出す場面だけど……。

 

「園先輩、ナカジマ先輩、急いでこちらに戻ってきてください。決して交戦してはいけません」

 

 あたしは先輩たちに撤退の指示を出す。やはり、みほ姉のⅣ号に喧嘩を売るのはまだ早い。

 決して無理はせずに、機を窺わなくては……。慎重すぎるくらいで丁度いい。

 

「この場面でも戦わないのか!? ルノーとポルシェティーガーは、一応経験者チームだぞ」

 

「もちろん。たかだか2両でⅣ号は落ちません。風紀委員は園先輩以外は初心者ですし……」

 

 河嶋先輩は消極的なあたしに不満げだが、あたしはルノーとポルシェティーガーだけでは、Ⅳ号を落とすのは無理だと判断した。少なくとも、互角に渡り合うためには3両は必要だ。

 

『まみさん、八九式を見つけたよ。戦ってみてもいいかな? ああーっ! 被弾しちゃった! Ⅲ突が隠れていて……』

 

『白チーム、三式中戦車、行動不能!』

 

 そんな中、三式中戦車のねこにゃーから通信が入る。どうやら、八九式を囮にして待ち伏せしていたⅢ突にやられたみたいだ。

 まだ、始めて間もないのに、えげつない手を容赦なく使うなぁ。きっと、エルヴィンあたりが考えたんだろう。

 

「さすがにⅢ突の強みを活かして攻撃するなぁ。最初、変なのぼりを付けていた時はどうしようかと思ったけど……」

 

「経験者の方が当然一枚上手だな」

 

 去年度、彼女たちは車高の低いⅢ突に派手なカラーリングをして変なのぼりを付けていた。模擬戦でのぼりのせいで撃破されてから止めたけど……。彼女たちは、ちゃんと成長している。

 38tもピッカピカの金色にカラーリングしてたからあたしが塗り直した……。

 

「――っ!? 小山先輩、右に曲がって下さい!」

 

「おっ、M3リーじゃん。1年生の子たちのチームだね。どうする?」

 

 三式中戦車が撃破されて間もなくして、あたしはM3リーを発見した。

 さて、全国大会の優勝を目指すにあたって、メンタル面の強化が一番必要なのはこのチームだ。少しだけ厳しくいくか……。

 

「河嶋先輩、装填してください。会長、この距離じゃ落ちませんけど、一発当てておいてもらえるかな?」

 

「落ちないけど撃ち込む。無駄撃ちではないのか?」

 

「ふーん。なるほどねぇ。まみ子も心を鬼にしてるってことか。はいよっ!」

 

 あたしは河嶋先輩に装填を指示して、角谷先輩に砲撃を指示する。

 砲撃のセンスなら華に引けを取らない角谷先輩は上手くM3リーに砲弾を当てた。撃破はされてないけど、被弾の衝撃って結構強くて初心者は誰もがびっくりするものだ。

 

「もう一発いきますよ!」

 

「ほいさっ!」

 

 あたしはもう一度、角谷先輩に砲弾を撃つように指示を出すと、彼女は当たり前のように再びM3リーに命中させる。すごい精度だな……。

 

「すごーい、会長。桃ちゃんとは大違い」

 

「うるさいな! あと、桃ちゃん言うな!」

 

「必死に河嶋先輩に砲手を諦めるように説得して正解でした。人生諦めも大事ですから」

 

 あたしは最初に河嶋先輩が砲手をやりたがっていたことを思い出す。

 びっくりするほど下手で、上達も見込めなかった。あたしが目をつぶって撃ったほうがいいくらい……。

 しかも、河嶋先輩のほうが角谷先輩よりもどう考えても体格的に装填手に向いている。だから、砲手を河嶋先輩には諦めてもらったのだ。

 

「まさか、土下座までされるとは思わんかった。後輩にあんなことされてまで、砲手をやろうとは思わん」

 

「それだけ絶望的だったんだね。桃ちゃんの砲撃……」

 

 あたしは河嶋先輩に頼むから廃校にしないためにも砲手を諦めてくれと頼んだ。そして、角谷先輩に砲撃のトレーニングをしてみるようにお願いした。

 怠け者の先輩もこの時ばかりは本気でトレーニングに集中してくれ、短い間にメキメキと砲手としての才能を開花させる。そして、今の体制が出来上がったのだ。

 

「ありゃりゃ、あれは危ないなぁ。M3リーに乗ってた1年生たち戦車から出ていったよ」

 

「少しばかり脅して、戦車の怖さを先に知ってもらおうと思ったけど……。やりすぎちゃったかなぁ」

 

 とか何とか思ってると、何とM3リーの乗員たちが戦車の外に出て行ってしまう。

 被弾の衝撃に慣れさせようとしたんだけど、荒療治過ぎたか。悪いことをした……。

 

「おいっ! どーするんだ! あいつらが戦車道の履修を止めるとか言い出したら!?」

 

「ええーっと、どうしましょう? とりあえず、あとで謝りますけど……」

 

 あたしは河嶋先輩に怒鳴られて混乱してしまう。なんてこった、戦車道をまずは好きになってもらうのが先決なのに、焦ってあの子たちに酷いことをしてしまった。

 あとで謝らなきゃ……。止めるって言ったら本当にどうしよう……。

 

「とりあえず、試合が終わってからだ。M3リーは行動不能ということで」

 

 角谷先輩は優しくあたしの背中を叩いて、話は試合後にしようと言ってくれる。そうだ、まだ試合中……。こっちに集中しなきゃ……。

 

「これで、お互いに3両同士。どうするの? まみ」

 

「八九式とⅢ突を落とします。こちらの犠牲は出さずに……。これが勝利への最低条件です」

 

「Ⅳ号と3対1で挑むのが、最低条件なのか……」

 

「それだけ、戦力差があるんですよ」

 

 小山先輩の質問にあたしが答えると、河嶋先輩が3対1の状況を作らなきゃならないことに疑問を呈する。

 あたしは、みほ姉のⅣ号は別格でそれでやっと埋まるくらいの戦力差だということを彼女に伝えた。

 

「でも、みほさんも絶対にそれは阻止しようと動くよね?」

 

「間違いなく動きますね。2両が接近しても手を出さなかったこともバレてるでしょうから、こっちの作戦も知られていますし」

 

「だったら、作戦を変えるべきじゃないのか?」

 

 あたしがみほ姉の車両を単独にしてから打ち倒そうと考えていることは、絶対にバレている。

 ならば、作戦を変えれば良いかというと、そうじゃない。

 

「いいえ、勝つ方法がこれしかない以上、やるしかないです」

 

 勝つ可能性があるのが、3両で戦いを挑むことだけならば、バレていようと阻止できないように立ち振る舞うだけ。つまり、Ⅳ号は仲間と合流させてはならない。

 

「園先輩! ナカジマ先輩! Ⅲ突の待ち伏せに注意しつつ、まずは八九式を狙ってください。八九式の火力では多少近付いたところで装甲は抜かれません。大胆に攻めてもらって大丈夫です。あたしたちは、Ⅳ号を足止めします」

 

 あたしはⅣ号を足止めする間に、ポルシェティーガーとルノーで八九式とⅢ突を撃破する作戦を提案する。

 この2両なら、気を付けて戦えばきっと何とか勝ってくれる。

 

「おおーっ! まみ子やる気だねぇ。そういうのあたしも好きだよ〜」

 

「さっき、Ⅳ号には3両でかからなきゃ勝てないって、言ってなかったか? 足止めなど出来るのか?」

 

「それは撃破を目指した場合ですよ。河嶋先輩。逃げに徹すれば何とかならないこともありません。長時間は無理ですが……」

 

 河嶋先輩は足止めが出来るか不安そうだが、回避を優先すれば、Ⅳ号が相手でも何とか渡り合える。長くは保たないけど……。

 

 そして、あたしはⅣ号の進路を予測して、それと対峙する――。

 

「やっぱり、このルートを辿って進軍してきた。向こうも八九式とⅢ突との合流を目指してるみたいね」

 

 Ⅳ号は当然、他の2両と合流を目指している。だから、ちょっとやそっとではこちらの相手をしてくれやしないだろう。

 

「小山先輩、あたしが合図するまでⅣ号に近付いて行ってください。出来るだけジグザグに動いて、的を絞らせないように。至近距離まで近付かなくちゃ、足止めは出来ませんから」

 

 あたしは出来るだけⅣ号に近付くように指示を出した。回避に徹するつもりだが、相手にそれを悟らせてはいけない。

 故に、攻撃されたら不味いと思わせる位置まで近付くことは必須である。

 

「無茶だ! みほが居ないときですら、Ⅳ号には敵わなかったんだぞ!」

 

「それは撃破を目指した場合です。回避に集中すれば、そう簡単には当たりませんよ。――あっ!?」

 

「――っ!? 早速、当たってるぞ!」

 

 あたしはそうそう当たらないとか言ってる間に、Ⅳ号の砲弾は38tの車体を掠めて揺らす。

 ひぇ〜。なんてこった。いきなりヤバかったじゃないか。

 

「掠っただけです。しかし、華もやるなぁ……。小山先輩、怯まずに接近してください。優花里の装填はかなり早いので、すぐに第二撃目がくるでしょうが……」

 

 しかし、あたしは引く気はない。小山先輩にさらにⅣ号に近付くように指示を出す。

 

「まだ近づくの? これ以上はさすがに……」

 

「――今です! 大きく右に躱して!」

 

 あたしはタイミングを見計らって回避の指示を出した。砲弾はあたしの思ったとおりのタイミングで撃ち出され、38tは余裕をもって回避に成功する。

 

「おおっ! ドンピシャじゃん! まみ子、どうして分かったの?」

 

「こればっかりは何となく勘でとしか……。――さぁ、時間を稼ぎますよ。ねちっこく、へばりつくように近付いてください!」

 

 あたしはプラウダ高校から戻ってきて以来、殺気を読む訓練を続けてきた。そして、勘は研ぎ澄まされ、相手が攻勢に出るタイミングがいち早く察知出来るようになった。

 

「ええーっ!? また近づくの?」

 

「このくらいしないと、Ⅳ号は止まりませんから」

 

「死中に活を見出すしかないみたいだね〜。いいじゃん、今のあたしたちみたいで」

 

「洒落になりませんよ。会長〜」

 

 そして、あたしたちは何度も至近距離まで近付いては回避を連続して続ける。

 どう考えても、こんな無茶をこのまま続けるのは無理だよなー。

 

 

「うわっ! また掠ったぞ! こっちの動きが読まれてるんじゃないか?」

 

「読まれてますよ。だから、ギリギリのタイミングを計ってます」

 

「次に突っ込んだら、そろそろヤバそうだね」

 

「華も麻子もこっちの動きに慣れてきてるから、攻撃の精度が格段に上がってる。でも先輩たちを信じて、足止めを続けるわ」

 

 いつ撃破されてもおかしくない状況だということはわかっている。だけど、あたしはそど子先輩やナカジマ先輩がやられるよりも先に来てくれるって信じて戦い続ける覚悟をしていた。

 

 

『紅チーム、八九式、行動不能!』

『紅チーム、Ⅲ号突撃砲、行動不能!』

 

「よしっ! 機は熟したわ! ルノーとポルシェティーガーと合流します!」

 

 そんなあたしの願いが通じたのか、見事に先輩たちは八九式とⅢ突を撃破してくれた。

 よかった。これで、活路は見えた……。

 

「機は熟したときたか、確かにあのⅣ号が相手でも、3両で戦えば勝てるからな!」

「桃ちゃん、それフラグだから」

 

 河嶋先輩が不吉なことを言うけど気にしない。いや、「勝てる負ける気がしない」とか漫画やアニメだと死亡フラグだけど……。

 

 そして、あたしはルノーとポルシェティーガーと合流して、みほ姉のⅣ号と再び対峙する。

 威圧感すごいな……。でも、負けないよ。お姉ちゃん……。

 




桃ちゃんがフラグを立てたところで、今回は終了。
油断すると、まみがそど子のことをそど子先輩って呼びそうになる問題……。
何回も園先輩だと書き直しました……。
お気に入り登録や評価とかしてもらえると嬉しいです。


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紅白戦の結末――そして練習試合へ

お久しぶりです。
今回で紅白戦は終わりです。


 

「やっぱり、3両でもそう簡単に当たってくれないわね……。みほ姉は各個撃破してくるはずだから、狭いところに誘い込まれないようにしなきゃ」

 

「随分と消極的だな。もっと攻めないと、Ⅳ号は落ちんぞ」

 

 あたしは何度か一斉にⅣ号に対して砲撃の指示を出しているが、みほ姉の勘の良さは超能力の領域で簡単には当てられない。

 それどころか、攻めたくなるような隙をあえて演出して狭い場所に誘い込み各個撃破を狙ってくる周到さまで見せている。

 

 プラウダでの経験が無かったらとっくに撃破されていたかもしれない……。

 

「みほ姉は如何にも攻めたくなるような隙を作ってきますから、そう思うのも無理はありません。でも、それこそが罠なんです」

 

「焦って突出してきたところをズドーンってわけだね〜」

 

「だったら、倒せないじゃないか! 罠とわかってたら、突っ込めないだろ!?」

 

 そう、それもみほ姉の凄いところ。罠だと気付いたところで、こっちは後手に回ってしまう。

 つまり、3対1でもペースはみほ姉に握られているということになる。こちらが攻めあぐねているなら、向こうはゆっくりと自分のペースで攻めれば良いのだ。

 

 このままだと、確実にやられる。だから――。

 

「いいえ。作戦はあります。難易度はとても高いですが、敢えてⅣ号の仕掛ける罠に飛び込み、相討ち狙いで履帯を破壊して動きを封じるのです。動けなくなれば、こちらは2両残りますので確実に落とせます」

 

「まみがⅣ号に出来るだけくっつくような指示を出してるのって、それが狙いなの?」

 

「そうです。かなりタイミングがシビアですから……。小山先輩、集中してください」

 

「わ、わかった。やってみるね……」

 

 相討ち狙いで撃破は出来なくても、履帯にダメージを与えて一時的に動きを封じることが出来れば、残りの2両が確実に仕留めてくれるだろう。

 単純な作戦だがみほ姉を相手にするとなると、これがなかなか難しい。向こうだってこちらの数的な有利は承知しているのだから、その点は十分に警戒しているからだ。

 

 だからあたしは待ちに待った――Ⅳ号がこちらの制空権に僅かにでも踏み入れるその瞬間を――。

 

「今です! 急接近して、履帯を狙って一撃ッ!」

 

「Ⅳ号が急速に後退したよ!」

 

「まさか、ここで後退? そんなことをしたら……、追い込まれるだけなのに……。ポルシェティーガーとルノーも一斉に突撃! Ⅳ号を落とします!」

 

 こちらが踏み込むタイミングでⅣ号はまさかの後退を始めた。それじゃ、狙い撃ちにされるだけなんじゃ……。

 あたしは残りの2両にも突撃の指示を出す。

 

「おいっ! なんだ、あのⅣ号の動きは――」

 

「嘘でしょ!? 後退しながらドリフトして後ろにつかれるなんて考えられない……。麻子は背中に目でも付いてるって言うの?」

 

『白チーム、38t軽戦車、行動不能!』

 

 信じられないような麻子のドライビングテクニックにより、38tは撃破されてしまう。

 いや、反則だってそれは……。みほ姉はどんな指示を出したんだ? それに答える麻子はやっぱり天才にも程がある……。

 

 悔しがる場面かもしれないが、むしろ、ここまで追い詰めた自分を褒めるべきなのか……。

 

『白チーム、ルノーB1bis、行動不能!』

『白チーム、ポルシェティーガー、行動不能!』

 

『よって! 紅チームの勝利! やるわね……』

 

 残りの2両も奮闘してくれたが、Ⅳ号との練度の差は大きくて――瞬く間に白チームは敗北してしまった。

 みほ姉が加わったⅣ号は黒森峰やプラウダにもタイマンで勝てる車両はないかもしれないなぁ。

 奥義書を手に入れたまほ姉なら分からないけど――。

 

 

「みんな、グッジョブベリーナイス! 最初にこれだけ戦えるなんて素晴らしいわ! 全国大会だって目指せるんじゃないかしら!」

 

 蝶野さんも思った以上の練度だと感じたのだろう。とりあえず、全国大会に出場しても恥ずかしくないレベルだとは言ってくれた。

 

「それじゃあ、何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してね!」

 

 とりあえず、初回の練習はかなり意義があるものとなった。

 Ⅳ号の強さはもちろんだが、Ⅲ突やポルシェティーガーあたりも現時点で十分に戦力になる。

 1年生だけのM3リーチームを除けば、他の車両も十分に及第点だ。

 

 そう、問題はM3リーの彼女たちなんだけど、どうやって声をかけよう――。

 

 あたしがそんな思案をしていると、M3リーの車長を務めていた澤さんを中心に彼女らはみほ姉のところに駆け寄っていた。

 

 

「先輩! 怖くなって、戦車を放り出したりきてすみませんでした!」

 

「「すみませんでした!」」

 

 彼女らは声を揃えて車両を放棄したことをみほ姉に謝罪した。

 そっか、荒療治だと思ったけど自分から反省して戻ってきたか……。

 

「先輩、格好良かったです!」

「1両だけになってすぐ負けちゃうと思ってた」

「私たちも次は頑張ります!」

「絶対に頑張ります!」

「…………」

 

 どうやら、みほ姉の無双っぷりが彼女たちの心を打ったらしい。

 これなら、今後の彼女らの成長にも期待出来そうだ。

 

 

「大人気じゃん、みほ姉。いやー、ごめんね。怖がらせちゃったりして」

 

「あっ、まみちゃん。ダメだよ〜。あんまり脅かしたら」

 

「うん。やっぱりお姉ちゃんは強いね〜。じゃ、お姉ちゃんが隊長ってことでよろしく〜」

 

 あたしがみほ姉と会話をしていると、そこに角谷先輩がやってきてみほ姉を隊長に指名した。

 これはあたしが先輩に前から進言していたことだ。みほ姉は指揮官としても優れているから、優勝するには隊長をやってもらうしかない。

 

「ええっ! 会長、みほは2年生ですよ!?」

 

「いや、お姉ちゃんが隊長じゃなきゃ勝てないよ。まみ子もそう思ってるっしょ」

 

「そうだね。みほ姉、あたしからもお願い。隊長をやってくれないかな?」

 

「わ、私が隊長? ――うーん。わかりました。その代わり、副隊長はまみちゃんでお願い出来ますか?」

 

 案の定、河嶋先輩は文句を言うけど、みほ姉の隊長就任は優勝するための絶対条件で彼女もそれを知ってか知らずかそれを了承する。

 ちょっと待って、あたしを副隊長に指名するの?

 

「あたし?」

 

「もちろん構わないよ! じゃあ、まみ子が副隊長で」

 

「みほ姉、あたしはそんな役割とかやったこと……」

 

「そんなのみんな一緒だよ。もし、私に何かあっても、まみちゃんが引き継いでくれるなら、安心だし……」

 

「…………わかったよ。みほ姉。あたし、頑張ってみるわ」

 

 あたしは副隊長も未経験だ。理由は単純に実力不足だからである。

 黒森峰の中等部時代はみほ姉がエリカを副隊長に指名したのも彼女の方が優れた選手だからだ。

 でも、今は確かにあたしがこのチームの2番手だ。みほ姉の期待を裏切らないように頑張らなくっちゃ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「しかし、来週の練習試合。サンダース大附属……。どうにか一軍と試合したいわね。全国大会の強豪クラスとどれくらい戦えるのか知っておきたいし」

 

「やっぱり、二軍か三軍が相手になるのかな?」

 

「新設した戦車道チームだって伝えて試合を申し込んだとき、そんな風なことを言ってたわ。圧倒的な戦力で叩き潰すのはフェアじゃないし、二軍以下にも経験を積ませたいとか何とか」

 

 最初の練習が終わって、Ⅳ号チームの5人とあたしはファミレスで一緒に夕飯を取ることにした。

 そんな中、あたしは今後の戦いの参考にするためにサンダースの一軍と戦いたいと思っていることを口にした。

 

 練習試合のオファーを出したときは廃校問題もなかったから、先方の気遣いで二軍か三軍を出すという言葉はありがたいと思っていた。

 しかし、今は違う。黒森峰、プラウダ、サンダース、聖グロリアーナ……、どの高校と対戦しても勝てるようにならなきゃならない。

 

 だからこそ、あたしたちのチームには必要なのだ。全国の強豪校とのガチバトルという経験が――。

 

「まぁ、向こうも私たちに気を遣っているんだし、仕方ないんじゃないか?」

 

「でしたら、いっそのことカチコミに行きます? 挑戦状を片手に……」

 

「ちょっと、華! 言ってることが物騒だから!」

 

「いや、それはありね。挑戦状を持って直接サンダースに乗り込んで、向こうの隊長に直談判してみようかしら」

 

 華がサンダースに直接出向いて挑戦状を叩きつければ良いという案を口にしたので、あたしはそれを名案だとやる気を出す。

 そっか、サンダースの隊長さんに会って直接交渉すれば何とか熱意を伝えられるかもしれない。

 

「まみりん! 乗らなくて良いから」

 

「潜入ならお任せください! お手伝いします!」

 

「ゆかりんも!」

 

「じゃあ、みほ姉。ちょっと、あたし、優花里とサンダース大附属高校に行ってくるわ」

 

 潜入なら任せろという優花里とあたしはサンダースに行くことに決めた。

 よし、これで何とか一軍と戦えるように取り計らってもらうぞ。

 

「い、行ってくるってどうやって?」

 

「コンビニの定期船に乗り込むのはどうでしょう?」

「あっ、いいわね。それ。じゃあ、そんな感じで」

 

 優花里がコンビニの定期船からサンダース大付属の学園艦に乗り込むという案を出してくれたので、あたしはそれを採用した。

 みほ姉は思いきり不安そうな顔をしていたけど――。

 

 

 そんなこんなで、あたしたちは割とあっさりサンダース大付属の学園艦に潜入することに成功した。

 

「こんな事もあろうかと、各校の制服を取り揃えておいて良かったわ」

 

「はい! これでどこから見てもサンダース大附属高校の生徒です」

 

 あたしと優花里は用意しておいたサンダースの制服を着用している。

 試しに何気なくすれ違った人に手を振ったりしてみたけど、特に怪しまれることなく振り返してくれた。

 

 まぁ、大洗だといきなり手を振ってくる人とか絶対に不審者なんだけど、こっちはそれがスタンダードだ。

 

「サンダースの戦車道チームの隊長を探したいところだけど……」

 

「やはり、戦車があるところから見るのが良いんじゃないでしょうか?」

 

「とかなんとか言って、優花里が戦車見たいだけでしょ?」

 

「バレましたか? しかし、何らかの情報は掴めるはずです」

 

「そりゃそうね。行きましょ」

 

 そして、あたしたちはサンダースの隊長が居そうな場所について相談した結果、先ずは戦車の格納庫を目指すこととなった。

 そこで会えると良いんだけど……。

 

 

「さすがはリッチな高校……、黒森峰よりも設備が充実してるわ」

 

「これだけ戦車を保有していれば、それだけで有利でしょうからね。戦力を温存する必要もありませんし……」

 

「優勝は一筋縄じゃいかないってことか」

 

 サンダース大付属高校は戦車の保有台数が全国で一番というリッチな高校だ。

 シャーマンを始めとするアメリカ産の戦車群がズラッと並ぶ格納庫は壮観だった。

 優花里なんて、目をキラキラさせて恍惚の表情を浮かべている。

 

 

「あっ、隊長! お疲れ様です!」

 

「「お疲れ様です!」」

 

「ハーイ! 整備、お疲れ様! うん、最高の仕事をしてくれているわね!」

 

「サンダース大附属高校、戦車道チームの隊長のケイさんですよ。まみ殿」

 

 運の良いことにサンダース大付属高校の戦車道チームの隊長であるケイさんが、メンテナンスの様子を確認に来た。

 よし、ツイてるぞ。この機は逃せない。

 

「そ、そうね。よし、あたし行ってくる……」

 

「待ってください。私も行きます……」

 

 あたしたちはケイさんの元に向かった。何とか交渉して、いい返事をもらうぞ……。

 

「あの、ちょっとお時間いいでしょうか?」

 

「ん? あら、あなた……、見かけない子ね。新入生かしら?」

 

「いえ、その……、私は大洗女子学園戦車道チーム、副隊長の西住まみと申します。今度の練習試合の件で折り入ってお願いがあって来ました」

 

 ケイさんはニコリと気さくそうな笑顔をみせて、話を聞いてくれそうな雰囲気を見せてくれたので、あたしは自分の身分を明かした。

 アポなしで来てるから、ここで、強制送還になる可能性もあるけど……。

 

「大洗女子学園の副隊長? あっはっはっ! わざわざウチの生徒に紛れて入ってきたの? なかなかクールじゃない。それで、どんな用事?」

 

 意外にもケイさんはサンダースの生徒に扮装して潜入したことを笑って流してくれた。

 あっ、この人絶対にいい人だ――。

 

「次の練習試合なんですけど、サンダースの一軍と戦わせて貰えないでしょうか? 私たちには必要なんです。強いところと戦う経験が!」

 

「ウチの一軍と戦いたい? うーん。でも、大洗って今年から戦車道を復活させたばかりのところでしょ? だから、こちらが最大の戦力を使って戦うっていうのはちょっとフェアじゃない気がするのよね」

 

 ケイさんはあたしの希望に対して、電話口で言われたことと同じことを口にする。

 そりゃそうだ。強豪校のサンダースに新参のあたちたちが対等な条件で戦ったら一瞬で試合が終わる可能性すらある。

 そんな試合をわざわざするメリットなんてサンダースにはないのだ。

 

「そこを何とかお願いします! 全国大会の為にも強豪であるサンダースと本気で戦ってどこまでやれるのか試したいんです!」

 

「ホワイ? なぜなの? そこまでして、あなたが戦いを求める理由を知りたいわ」

 

「それは――優勝するためです」

 

 ケイさんは決してあたしたちを弱小校の生徒だからって嘲るようなことはしなかった。

 真剣にまっすぐにあたしの言葉を受け止めてくれている。

 だから、あたしも真剣に自分たちの目標を彼女に伝える。これがあたしなりの誠意だから……。

 

「優勝? ふざけているみたいには見えないけど、それがどんなにハードなゴールなのか、アンダースタンドしてる?」

 

「もちろんですよ。だって、あんなに強い姉さんが隊長でも無理だったんですから」

 

「姉? 西住……? あーっ、あなた、まほの妹!? そういえば似てるわね〜〜! まほの妹か……、ふーん」

 

 さらに、自分が西住まほの妹だということも彼女に伝えた。姉の名前を使うことは気が引けたけど、背に腹には変えられない。

 やはり、西住まほの名前は強力でケイさんは興味深そうにあたしを見つめていた。

 

「――何だか、ヘビィな事情があるんでしょうね。オッケー! まみ。あなたのホープを叶えてあげる。その代わり、楽しい試合をしましょ!」

 

「た、楽しい試合ですか?」

 

「ザッツライト! だって、これは戦車道だからね。エンジョイすることが何よりも大切でしょう?」

 

 ケイさんが出した条件は2つ。1つはエキサイティングな楽しい試合をすること。

 そして、もう1つは8対8の同数で戦うフラッグ戦というルールにすることだ。

 本当は向こうには10両使ってほしいところだったけど、それは流石にフェアプレー精神に反すると飲み込んでもらえなかった。

 

 でも、十分だ。これで、現時点で全国大会でどれだけ戦えるのか測ることができる。

 

 決戦は今度の日曜日。もちろん、あたしたちは勝つつもりでサンダース大付属高校に挑む――。

 




大洗の最初の練習試合は8対8のフラッグ戦となります。
こんな感じで全国大会とかも原作と対戦高校が変化したり強化されたりします。


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