痛覚残響 (ナナナナナナシ)
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痛覚残響

一年振りぐらいの浮上です。
連載中の小説についても執筆は続けていますが、時間のなかなかとれない生活の中でモチベーション維持が難しいため、思いつき程度の短編を載せることで執筆への意欲を持ち直そうと、通勤途中に思いついたネタを2000字程度の短編ですが執筆してみました。
なんとなく設定は考えていますが連載予定はありません。

あと、誤字ではありませんので、念の為。


 

 

あゝーーーー私は人殺しなんて、したくないのに。

 

 

 

 

再びその路地裏へ足を踏み入れたのはいったいいかなる理由からだったのだろうか。

あの悪夢のような日々から解放された人間がもう一度そこへ向かうだなんて、どうかしてる。でも、悪夢のような日々、だなんて言ったけれど、それは世間一般の常識に照らし合わせてみればそう名前がつくだろうと思ってのことで、私自身がどう思っているのか、と問われたなら。

 

 別に、何も。

 だって、何も感じなかったのですから。

 

 

 

 

ヒーロー殺しステイン。既に多数のヒーローを殺害・再起不能にしたいま世間を最も騒がしている(ヴィラン)だ。その被害者名簿に彼、飯田天哉の兄の名が連ねられたのはつい先日の話だ。そんな彼がヒーロー殺しの新たなる犯行現場に居合わせたのはいったいいかなる幸運故か。

飯田天哉が現場に到着した時には既にプロヒーロー・ネイティブがステインの個性によって五体の動きを拘束されていた。

そしてそう時をおくこともなく、飯田天哉もまた同じように全身の動きを固められ、ヒーロー殺しによって殺されようとした、その瞬間のことだった。

ヒーロー殺しは飯田天哉に突き立てようとしていた日本刀を翻し、腰から取り出した投げナイフを目にも止まらぬ速さで後方の路地裏へと投げ込んだ。

 

「っ、まさか!」

 

憎しみのみが頭を占めていた飯田天哉はともかく、ネイティブにはいまのステインの行動が何を意味しているのか想像することができた。

 

「ハァ……失せるがいい。貴様らは仮染の平和を謳歌していろ。真のヒーローというものを理解する、その日までな」

 

ステインが投げつけたナイフは不幸にもこの路地裏を通りがかった通行人の半歩前の床に食い込んでいた。唐突に訪れた命の危機を前にして、そうした荒事に馴染みのない者がとる行動は二つ。泣き叫びながら逃げ出すか、うずくまって動けなくなるか。

沈黙を返す路地裏に、かの人間は後者であると判断したステインはその輩を追い払うため路地裏へ向け殺気を叩きつけた。

 

 

 

あゝーーーー私は人殺しなんて、したくないのに

殺そうとしてくるんですもの。殺さなくては、いけませんよね?

 

 

 

「ッ!?」

 

ヒーロー殺しが初めて見せる焦り。ステインが近場の粗大ごみを蹴り上げると、それはまるで巨人の手で弄ばれたかのように捻れ、歪み、奇怪なオブジェと成り果てて落下した。

 

「ーーーー何者だ、お前」

 

ヒーロー殺しの問い掛けに応えるかのように路地裏から姿を現したのは、ひどく美しい、病的なまでの真っ白な肌を持った、女学生であった。

 

「逃げなさい!早く!コイツは危険だ!」

 

ネイティブが叫ぶ。

ヒーロー殺しが目の前の人間を見極めるため、殺気を大きく込めた大振りを上段から放つ。その女学生は僅かに半歩下がることで躱した。

弧を描く口元を隠すこともなく、彼女が顔を上げる。

 

(まが)れ」

 

ヒーロー殺し、ステイン。彼が幾人ものヒーローを殺害せしめた主たる要因は、その個性に依るものでも、驚異的なまでに鍛え上げられた肉体に依るものでもない。積み上げた鍛錬と実戦によって培われた、戦闘センスである。確かな蓄積に裏打ちされた直感と言い換えることもできる。ヒーロー殺しの名を作り上げたその勘が、彼の身体を大きく後ろへ反らさせた。半ば頭が地面へ擦りつけられそうになりながら、彼はいままで彼の上半身のあった空間が捩れていくのを目撃した。

 

「なんッ……だ、いまのは!?」

 

飯田天哉には何が起こっているのか理解できなかった。

 

「……ッ!」

 

ヒーロー殺しは上半身を倒した勢いのまま後方へ身を投げると、空中で身を捻り、正確に3本のナイフを乱入者へ投擲した。不安定な体勢であったにも関わらず、ヒーロー殺しの常人を超えた体幹に支えられ、3本全てのナイフはその女学生の胴体へと一瞬のうちに到達する。

 

(まが)れ」

 

鋼鉄で鍛造されたはずのナイフが彼女に吸い込まれる直前に見るも無残な鉄屑となって落下する。

 

「ハァ……いるんだ、貴様のような犯罪者が。殺人を、暴力を愉しむ不適格者。ハァ………。正しき社会に貴様の場所は無い。粛清する」

 

ヒーロー殺しが刃こぼれが全体に渡った長刀を構える。

 

「……ふふ、うふふ、あはは、あははははは!」

 

生死のかかったこの場所で、心の底から愉悦をもって嗤う彼女の存在は、どこまでも不気味だった。

 

「あなた、思ってたよりずっと面白いひとなんですね。まさか、そんな動機で人殺しをするなんて、思ってもいませんでした」

 

彼がその言葉を理解すると同時、彼の発する殺気が一段と濃く、鋭くなったのを飯田天哉はヒーロー殺しの個性とは別の理由で動かなくなった身体で感じていた。

 

「わたし、浅神藤乃といいます。ヒーロー殺しさん、また会えるといいですね」

 

彼女はもう今日は満足なのだと語るように、美しい微笑みを湛えたまま、真っ暗な路地へと消えていった。

ステインが粛清対象を追いかけるその前に、飯田天哉の級友、緑谷出久が到着する。

その後、新たな増援との協力のもと、ヒーロー殺しステインは逮捕された。

重要参考人、浅神藤乃の行方は、知られていない。

 

 

 

 

あゝーーーー私は人殺しなんて、したくないのに

 




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