クイーンズパペット (廓然大公)
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クイーンズパペット
舞台の幕が上がる
小さなステージの上、明るいライトが照らしている。舞台袖には自分と同じように役者たちが神妙にそして少しだけせわしなく動いていく。舞台劇のように多くの縁者たちがその幕を彩る。しかし、目の前にいるのは先達のファラオ、ニトクリスのみ。声を出すことなく彼女へと目配せをする。気づいたらしい彼女は小さく頷くと小さく笑い、膝立ちのまま頷く。少しだけ熱くなってきた右手を見ながらその時を待つ。
『あるところに一人の女の子がいました』
右手を掲げる。
『女の子は賢く、気高く、そして町で一番美しい女の子でした』
詠うように舞台の上に現れたのは小さな女の子の人形だった。
「私に手伝ってほしいということですか」
ファラオニトクリスから頼まれたのは二週間ほど前のことだった。彼女と懇意にしている語り部、シェヘラザード、彼女は週に一度ほカルデア内にいるkどものサーヴァントたちを対象に朗読会を行っていることは知っていた。そして今回、新たに彼女の語りをつけた人形劇を企画しているらしい。
「なぜ私なのか聞いてもよろしいですか」
私の問いに、少しだけぎこちなく彼女は答えた。
「一つはいくら人形劇とはいってもシェヘラザードは語り部として前に出なければなりませんし、さすがに私とは言え腕は二本ですから、マミーに任せてもいいのですがそれほど細かい作業は不得手なので人手が欲しいのです」
「マスターはどうですか、そういうのが好きなように思いますが」
「同盟者はその日は所長のチャーシューの作り方の講習会に行っているそうで」
「私に頼む理由はそれだけですか」
少し意地悪だっただろうか、その言葉に彼女は少しだけ観念したように耳を倒れさせながらいう。
「シェヘラザードが次の話のモデルをあなたにと思っているそうなのでいろいろと語って聞かせてくれないかということなのです」
語り部、シェヘラザード、狂気の王を諫めた王妃、絶体絶命の綱渡りを渡り切った語り部。未来の歴史であるカルデアのアーカイブで見れば自分が知っている事以上に事細かに記載されているだろう。それでもその話を聞こうとするその高潔さと気高さを知っている。マスターのその旅路をすべて知ろうとした彼女を私は知っている。
カルデアの中でもっとも古きファラオ、ニトクリス。
彼女のことだ、語り部が私をモデルにしたいといった時から自分にまかせてほしい、そんな風に気張った様子が目に見える。嘘のつけない人だ、そう思う。
そして、私にその依頼を頼む役をわざと負ったのも。
「その話、喜んでお受けいたしますわ」
国を滅ぼした女の手でよいのならば。
『女の子の家は貧しく、いつも地上げ屋が家を訪れます』
『古く、しかしおんぼろになってしまった家の扉を大きくたたき、男たちの大声が響きます』
『「いるのは分かっている」女の子たちのお父さんとお母さんは随分前に死んでしまいました。女の子は小さい弟たちとともに震えるしかありません』
『地上げ屋たちはいつも一時間ほど扉の前で怒鳴りつけそして帰っていきます』
あの風がよみがえる。
故郷の乾いた風が。
外界からの侵攻と、内部の分裂とすべてに縛られたあの故郷の風を思い出す。
右手の少女を震わせながら左手に小さな弟人形を抱きかかえさせる。
ライトが当たるのは自分ではなく、その震える人形たち。熱を持つ人形と、その伝わってくる熱を感じる。
その震えは演技なのかは自分でもわからない。
『しかし、その日はいつもと違いました』
『どぉん、という音とともに部屋の扉が開いてしまったのです』
『部屋に入ってきたのはいつも見る男たちと大きな大きな大男』
『大男はひょい、と上の弟をつまみ上げるとこういいました』
『「代わりにこいつを連れていく」女の子は大男に飛びついて弟を取り返そうとします』
『しかし、小さな女の子の力なんて大男には通用しません』
『大男の取り巻きたちは女の子を大男から引きはがし、去っていこうとしました』
『女の子は叫びました』
「連れて行かないで」
あの時言えなかった言葉を、言いたかった言葉を
『女の子の声を意にも介さず、大男たちが出ていこうとすると、扉の前に小柄な青年が立っていました』
『青年は男たちを腫れぼったい目で観ながら何やら語り掛けます』
『「見たところ既に午後九時を回っているのだが、どう考えるかね」』
『「部外者は引っ込んでろ」すごむ大男を意に介しいた様子もなく青年は語り掛けます』
『「そうはいかない。私の家はこのすぐ隣でね。毎晩毎晩こんな騒ぎになったんじゃおちおち眠れもしないのだ」』
『大男はさらに青年に詰め寄るとさらににらみつけます「どうなっても知らないぞ」』
『青年は少し笑うと男の耳元で何やら小さく語り掛けます。漏れ聞こえたのは賃金業規制法や騒音規制法といった女の子の知らない言葉です』
『大男は青年の言葉を聞くと見る見るうちに青ざめていきます』
『最後に青年は襟元につけられた白と赤色の花のようなバッチを見せました』
『今度は大男だけでなく取り巻きもみんな青ざめると弟を離しそそくさと帰っていきました』
『女の子がお礼を言うと青年はそのまま隣の家へ帰っていきました』
『それから隣に青年がいるときには女の子の家には借金取りが姿を見せ無くなりました』
『青年がいれば地上げ屋が来ないことを知った女の子はずっと隣にいてもらおうと両親が残してくれた綺麗なじゅうたんを手に青年を訪ねると青年は喜んでもてなしてくれます』
『「綺麗なお嬢さん、綺麗なじゅうたんをありがとう、私にできることならなんでもかなえよう」』
雷に打たれたようだ、とはいかなかった。
初恋のようだ、とは言えなかった。
打算があった
思惑があった
ただ衝動に任せられたのならどれだけよかったかわからない。
ただ情動に流されられたのならばどれだけ楽だったかなどわからない
けれど私は確かにそれを愛と呼びたい、そう思った。
『心優しい青年と仲良くなった女の子は次第にひかれあっていきます』
『半年ほどたったある日、青年の親友から女の子に連絡がありました』
『どうやら青年は悪の地上げ屋にとらわれてしまったと』
『少女は泣きました。大きく泣きました』
『自分のせいで青年が捕まってしまったと』
『泣き崩れる女の子に親友は言いました』
『泣いていては彼には会えない、まだ彼が死んだわけじゃない』
もう終わったことだ
もう済んだことだ
国を滅ぼし、侵略され、新たな国となった。
守りたいと思った物を守ることはできず。
愛したいと思った人を愛することすらままならない。
恨みもする。
変えられたらいいと願わないことはない。
けれどそれは違うのだろう。
違うと知っている。
「私たちは亡霊なのです。どれだけ悔もうともそれはもう終わったこと。確かに最後は悲惨なものだったかもしれない、納得がいくものではなかったかもしれない」
でも
『その言葉に女の子は顔を上げると弟二人と青年の親友を引き連れて地上げ屋の事務所へと向かいます』
『弟たちとともに事務所へとカチコミをかけるとそこには無数の組員たちがたむろしています』
『襲い来るチンピラを千切っては投げ、千切っては投げ。昔習っていたファラオ神拳チャンピオンの腕はなまっていません』
『大男も本気を出した女の子の前しては手も足も出ずに床へと倒されてしまいました』
『こうして女の子はとらわれていた青年と、事務所に残されていた過払い金とその他もろもろの余罪の証拠を手にうちへと帰り、みんなで幸せに暮らしましたとさ』
「最期を呪い、すべてを呪ってしまったなら、私たちが成したことも、成そうとしたことも、守ろうとしたものも、そして愛そうとしたものをも呪ってしまいます」
全てを焼き尽くす怨嗟を身に宿しても、全てを失うような絶望だったとしても、知れは幸ある生を否定するものではなく。
「私は同盟者を、そしてカルデアのみんなを守ろうと決めました」
だから
「あなたも、また人理を守る一人のファラオとなりなさい、ファラオ・クレオパトラ・フィロパトル」
まぁ、未熟なファラオである私が言えたことではありませんがとも言っていたが。
「そういえば途中から明らかにアクションが多くなった気がするのですが」
「それがそっちのほうが受けがよくグッズも展開しやすいからとスポンサーの意向があったのです」
「スポンサーとはいったい」
遠くから聞き馴染みのある高笑いが聞こえてきた
「カエサルさまぁっ」
そんなある日の午後の話だった。
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