戦争はいりませんか?今ならお買い得ですよ。セットで人形もおつけしましょう! (畑渚)
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死の商人

始まりました、新連載


 僕は目の前にそびえたつビルを見上げる。その最先端のデザインのビルは、周りの古い造りを威圧してるようだった。

 

「緊張してるの?」

 

「もちろん。僕は小心者ですからね!」

 

 九美はやれやれと首を振った。僕も首をすくめて、軽く笑った。

 

「笑わせないでよ」

 

「笑ってないように見えますが?」

 

「仕方ないでしょう?表情制御のパーツは入手が難しいんだから」

 

 彼女の表情は動かない。まあそれもこれも、パーツ不足のせいなのだが。彼女に適合する規格が独特ということも相まって、唯一直せていない部分である。

 

「まあ、いずれ僕が買ってきてあげますよ」

 

「うん、期待してるね」

 

「さて、それではいきますか」

 

 正面玄関から中に入る。僕と九美と、そのあとに5人の美少女たちを連れて。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ナオ・ハルロフさんですね?お噂はかねがね」

 

「手厚い歓迎ありがとうございます、カルロワフさん」

 

 目の前の差し出された手を、力強く握り返す。その感触に、目の前の大男は少しのけぞった。

 

「ところで僕の噂とはいったい何をお聞きしたのですか?」

 

「えっああその……」

 

「冗談です。せいぜい、死の商人とかそのあたりでしょうし」

 

「そうです。いやあ武器を売っていらっしゃると心のない噂が――」

 

「ああいえ、否定するつもりはありませんよ」

 

 大男は固まる。この反応がたまらないなぁ。そして、この反応をしてくれる客はカモだ。

 

「なんたって利益のためだけに僕は商売をしますからね。たとえ相手が誰であろうと」

 

「誰であろうと……?」

 

 ああ、単純だ。単純で明快だ。きっとこの大男は人道とかテロリストどもにとか、そういった正義じみたことを言い出すのだろう。カルロワフ、元軍人、退役後も慈善事業に従事。しかしそんな裏では、僕なんかという死の商人に話かける腹の座った人物。実にいい相手だ。

 

「ちょっと……ナオ」

 

 九美から小突かれて意識を取り戻す。いけないいけない。つい面白い相手だと思考が暴走してしまう。

 

「ええコホン、前座はここまでにして本題に入りましょうか」

 

「そ、そうですな」

 

 今日は稼ぎに来たんだった。さすがの僕でも稼がないと死んでしまう。金はいくらあっても足りないんだ。

 

「それで、ご注文の品はこちらに」

 

 アタッシュケースを机の上に置き、相手に見えるように開く。

 

「ほう……。随分と良い状態ですな」

 

「ご存じとは思いますが、僕の製品はすべて一度オーバーホール済みです。こちらも中古品をメンテナンスしたもののため……こちらの価格で提供させていただきますね?」

 

 大男の目がきらりと光る。もうここまでくれば、押すまでもない。勝手に落ちていく。でも、だからこそ、背中を押す。

 

「それと、もう一つ頼まれていたものですが……なんとかご用意できましたよ」

 

「なんと!さすがはナオさんといったところでしょうか」

 

「いえいえ、今回は偶然、本当に運が良かったとしか言えませんね」

 

 九美に目配せすれば、コロコロとスーツケースを転がしてくる。

 

「流通量が限られた第2世代型の人形です。もちろん烙印済みです」

 

「そんな……さぞかしお高いんでしょう?」

 

「今回は銃の方もご注文いただきましたからね、まとめて……こちらの値段でいかがでしょうか?」

 

 答えは聞くまでもない。その数秒後には、僕とこの大男は握手をしている。

 

 

 ――手を離してくれない?

 

「これほどのものを仕入れる力量を見込んでのことです。ぜひ追加の注文をお願いしたいのですが」

 

 ありがたい話だ。といいたいところが今回は状況が悪い。僕はチラリと腕のスマートウォッチで時間を確認する。

 

「残念ですが持ち合わせが今乏しいもので。注文だけでも聞いておきましょうか?」

 

「是非!それでは」

 

 大男の言っていく内容を、メモ帳に書き込んでいく。

 

「このご時世にメモ帳ですか?」

 

「ええすみません。紙の感触がわすれないもので」

 

「いえいえ、その気持ちは理解できなくもないですよ。オールドタイプと言われることもありますがね」

 

 注文をかき終えたメモ帳を、胸ポケットにしまう。

 

「それでは本日はありがとうございました。またの機会を」

 

「ええ、よろしくおねがいしますよ」

 

 大男は満足そうにその顔に笑みを浮かべた。思わず僕の口角も上がってしまう。

 ビルから出れば、九美が脇腹をつついてきた。

 

「ナオ、変な笑顔」

 

「おっと、いけないいけない。ついつい高揚してしまったよ」

 

「性格悪い」

 

 九美の指摘に僕は苦笑いする。黒のSUVに乗り込む。鍵を差し込み回せば、体に響くエンジン音が心を震わせる。僕は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、さきほどのメモを破ってゴミ箱に捨てる。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

「うん」

 

 後ろに皆が乗り込んだのを確認して、僕はアクセルを踏んだ。

 

 突如、後方で爆発が起きる。これも計算どおりだ。先程僕がいたビルで、銃撃戦が起こっている。もちろんこれも計算どおり。

 

 しばらくして音が止み、街をサイレンの音が切り裂き始めたころ……僕の電話がなる。

 

「ナオ、君の武器は優秀だった。このカルロワフとかいうクソ野郎の脳天を見事にぶち抜いたよ」

 

「そうですか、そりゃなによりですね」

 

「ところで、このクソ野郎がいつのまにか戦術人形を護衛にしててな?俺の味方が何人も殺されたんだ」

 

「それはそれは……ご冥福をお祈りします」

 

「ははは!おまえはやっぱり頭のおかしいやつだ!」

 

 電話の向こうから、パトカーのサイレンと武装解除を呼びかける声が聞こえる。

 

「そんな褒められても次回の取引で割引をするくらいですよ」

 

「くそっ!いずれ地獄に引きずり下ろしてやる!」

 

 スピーカーから銃声が聞こえてくる。僕はため息をはいて電話を切る。

 

「終わった?」

 

「ああ、終わったさ」

 

「あの人形、かわいそうだね」

 

「かわいそう?まあ安心しなよ九美」

 

 九美――九美の手を握る。ほのかに温かいそれは、くすぐったそうに僕の手から逃げた。

 

「君は手放さないさ」

 

「やだな、ナオ。皆も手放さないでね?」

 

「もちろんさ」

 

 バックミラーで後部座席に座る皆の表情を見る。皆、やれやれと首を横にふっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 僕の生まれは、この時代にしては恵まれているほうだった。商家に生まれ、幼少期からしっかりと学校に通った。ひととおりやんちゃなこともして成長した僕は、父の後を継ぐために社会に出た。

 

「おまえは才能がある。それがまだ眠っているだけだ」

 

 父の口癖だった。というのも、僕はあまり良い成績ではなかった。というのも、この安定していない世界とはいえいつも最悪のタイミングで紛争に巻き込まれていたからだ。いつも命からがら逃げ出して、ほぼ無一文、商談もまともに行えず実家に転がり込んでは泥のように眠っていた。

 

「お兄ちゃん、今回はどんな話を聞かせてくれるの?」

 

 そんな僕にも妹がいた。好奇心旺盛で、いつも僕の土産話を楽しみに待ってくれている。思春期に突入したというのに、いまだ反抗期は見えない。それが怖くもあり、それ以上に愛らしかった。

 

「お願いだから、必ず生きて帰ってきなさい」

 

 母はいつもそう言って僕を送り出した。まあ安全区域のフライトでハイジャック犯に遭遇するレベルの不運な僕には、言っても言い足りなかっただろう。

 

 もちろん僕も命を守る手段には金を注ぎ込んだ。安全なルートを模索し、護衛をやとった。

 

 だけど僕の不運はそれすらも超える。

 

 安全なルートは突発的な事故やテロにより封鎖され、護衛は皆殺し。それでも、僕だけは生き延びた。

 

 次第に僕の身を守る手段はなくなった。どんなに金を支払っても、誰も僕には寄り付かなくなったのだ。

 そんな僕は、父親から任された一世一代の大きな仕事すらも、白紙に戻した。

 

 僕の家がどうなったか?言うまでもない。その取引をのがしたことで取りつぶしになった。父は病気を患い、母は日銭のために体を壊しかねないペースで働き始めた。妹は父親の看病をしつつ、また家を立て直すために良い学校に奨学金をもらって通い続けていた。

 

 

 そんな中、僕は少し焦げのついたスーツのまま、街をさまよっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 足が疲れてきたなとぼんやりと思い始めたころ、顔を上げるといつのまにかスクラップの山に囲まれていた。どうやら歩きすぎて、街のゴミ捨て場に来てしまったらしい。

 

 周りにはスクラップを漁る子どもたちと、それからヒトガタの何かが蠢いている。中には、ヒトガタのスクラップをバラしてバッグに詰め込むスカベンジャーもいる。

 

「どっこいしょ」

 

 僕はてきとうに座り込むと、ポケットから煙草を取り出す。ラスト一本だったため、箱を握りつぶして投げ捨てた。

 火をつけて紫煙を吸い込むと、意識がはっきりとしてくる。

 

 次第にあたりが鮮明になっていき、見えなかったものが見えはじえめてくる。

 

 ふと、右手にあたったものをみる。それはマガジンだった。銃弾をこめ、薬室へと運ぶ、マガジンだ。

 

 これを商売に活かせれば、などと考えた。僕にはもうなにもない。けれど金は必要だ。

 

 でも、ばからしいと投げ捨てた。

 

 投げ捨てたあたりで、物音がする。軋んだ金属が擦れ合う音だ。先程まで僕が座り込んでいた山から、一体のヒトガタが這い出てくる。それは、生体パーツのない、骨格がむき出しの自律人形だった。彼女は先程僕が捨てたマガジンを大事そうに握る。

 状態は、良い方だった。このスクラップの山の中にいたにしてはというい脚注はつくものの、骨格パーツはすべてそろっていそうだった。

 

 僕は無造作にその人形の手を引っ張る。ギシギシと金属がきしみながら、その全貌が明らかになる。

 

「これは良い、今夜は焼き肉にでもするか」

 

 人形はまるで抗議するかのように僕を殴ってくるが、モーターのトルクは死んでいるようだ。全く痛くない。

 

 僕は軽く笑いながら肩に担いだ。

 

 さて、帰ろうとしたところ。ボロボロの衣服を身にまとった少女がたまたま目に入る。ちょうど僕の妹と同じくらいの年だったからだろうか。それとも良い拾い物をして気分がよかったからか、ポケットに残っていたお金を全部渡した。

 

「……えっ?」

 

「とっておくことだ」

 

「そんな、受け取れない!えっと……」

 

 そんな少女が何かのパーツを渡してきた。

 

「これ、持っていって」

 

「君が売ればいいんじゃないか?」

 

「私じゃ……売りさばけないから」

 

 見たところなにかのモジュールのようだが、詳しくない僕はとりあえずスーツのポケットにしまっておいた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「うん、その感謝の言葉を忘れずにね」

 

 お金とそれから何かの紙を大事そうに胸に抱える少女は、見えなくなるまでずっと頭を下げたままだった。気分がよかった僕は、神に彼女の幸福を願ったりした。

 

 

 そういえば人形はどこで売ればいいのか、僕には知識がなかった。とりあえず人形を取り扱っているジャンク屋に持っていき、担いでいた人形とポケットの中のモジュールをカウンターの上に置く。

 

「これは……お客さん、お急ぎですかい?」

 

「ん?いや、そうでもないが」

 

「明日……まで待ってくだせえ。こいつはえらいもんを持ってきてくれたな」

 

「何?そんなにかい?」

 

 ジャンク屋の店主が驚いている表情を見て機嫌が良くなった僕は、説明も何も聞かずに店を出てしまった。

 

 

 

 

 だからこんなことになる。

 

「UMP9-4だよ、よろしく!」

 

 次の日、すごく馴れ馴れしい人形と得意げな店主を見た僕は、思い切り頭を抱える羽目になった。

 

 これが、僕とUMP9-4――つまりは九美との出会いだった。

 




次回は未定
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九美

連載頑張ろう習慣


「UMP9-4?」

 

 僕は店主の方へと視線を向けた。無言でサムズアップしてる。

 

「えっと……どういうことでしょうか?」

 

「いやー、久々にやりがいのある仕事でしたよお客さん」

 

「えっいやそうじゃなく」

 

「まさか戦術人形をいじくれる日がくるなんてな、思いもしなかったんでさ」

 

 店主はとてもいい笑顔でサムズアップしたままだ。そのとなりで、無表情でこちらを見つめてくる美少女もいる。

 

「た、たしかに骨格は無事だったけれども生体パーツなんてどこから」

 

「そりゃぁお客さん、あんたが持ち込んだモジュールでさ」

 

 どうやらそういうことらしかった。骨格だらけの人形と生体パーツ用のモジュールを持ち込んだ僕を見て、店主は直して欲しいと勘違いしたようだった。

 

「お代は、いらねえ。久々にやる気をもらったからな。またご贔屓に!」

 

 意気揚々と店に入った僕は、となりに無表情の人形を率いながら消沈して店を出る羽目になった。

 

「どうして……どうして……」

 

「あの……大丈夫?えっと何と呼べばいいのかな」

 

「僕?僕はナオ。ナオ・ハルロフと言います」

 

「そう!じゃあよろしくね、ナオ」

 

「……その、表情はどうにかならないのですか?」

 

 彼女は終始無表情だった。まるで感情が欠落しているかのように。

 

「表情のモジュールは適合する規格のパーツがなかったんだよ」

 

「そう……ですか」

 

 僕は頭を抱えながら近場のベンチに座る。UMP9-4……いや、呼びづらいな。

 

「何か別の名前はないのですか?UMP9-4というのはどうにも呼びづらくて」

 

「うーん、そもそも名前が必要にならない環境だったし……。そうだ、ナオがつけてよ」

 

「僕がですか?」

 

「うん。だって私を拾ってくれたのはナオだから」

 

「そうですね……」

 

 僕は端末で適当に名前を調べ始める。そうして見つけた名前が、九美だった。

 

「九美……?いい名前だね、ありがとう!」

 

「き、気に入ってもらってなによりです」

 

 はぁとついため息をついてしまう。だって多額のお金が入ると期待してきたのに、手に入れたのは不良品の人形である。戦術人形?必要ない。僕は武力を持ったところで何の意味も成さない。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「どうするもなにも、いったん家に帰らないと。今日は何も持ち合わせていないんですよ」

 

「そう!それじゃあ家族に挨拶しないとね!」

 

 僕は顔が固まるのを自覚する。果たして今の家族になんと言おうか。拾った人形を直しました?そんな維持費はうちにはない。

 

「そういえば九美さん」

 

「九美でいいよ!」

 

「いえ、これは癖ですので。九美さんは戦術人形なんですよね?」

 

「うん、そうだね」

 

「ということは高値がつきそうですね」

 

「ふふん、それはどうかな」

 

 九美さんは腰に手を当てながらそう言った。おかしい、表情は1ミリも動いていないのにドヤ顔に見える。

 

「私は少し特殊だから、正確な値段をつけられる人はいないよ!」

 

「そうですか……ならばオークションですね」

 

 確か中央区にそう言った闇市があると聞きました。きっと九美さんは良い資金になるでしょう。

 

「待って待って。どうして私を売る前提なの!」

 

「だってそのために拾ったので」

 

「お願い!売らないで!仕事でもなんでも手伝うから!」

 

「とは言ってもですね……」

 

 残念ながら、僕は今失業中。アルバイトをさせればある程度は稼いでくれるかもしれないけれど、無表情の人形なんてどこが雇ってくれるのか。

 

「この通りだからさ!お願い!」

 

 九美さんは深々と頭を下げる。人の往来のある街中だ。無表情とはいえ見てくれの良い美少女が、青年期ギリギリの僕に頭を下げている。

 人目を引くのは考えるまでもない。

 

「わかった!わかりましたから顔を上げてください!」

 

「ほんと?私捨てられない?」

 

 無表情で顔を覗き込まれると、少し怖い。

 

「え、ええ。善処します」

 

「良かった。また捨てられたくはないからね」

 

「また?」

 

「ああ、まあポイってされたわけじゃないけどね」

 

 九美さんはあははと声に出して笑った。表情には出てなくとも、それが苦笑いであることくらいは僕にもわかった。

 

「それで、ナオは何の仕事をしてるの?」

 

「無職」

 

「えっ……」

 

「昔は商家の跡取りとして働いてたんですけどね。大きな取引を逃してそこからなし崩しに」

 

「そ、そうだったんだ……無職、無職かぁ」

 

 とりあえず近くの喫茶店に入った僕らは、コーヒーを2つ頼む。

 

「私も戦闘とそれに関する知識しかないし……商売……うーん」

 

「なにをそんなに悩んでるんですか?」

 

「どうにか活かせないかなって」

 

「いいですよ。またコツコツ資産を作っていきますし、数字の計算だけでも手伝ってくれれば——」

 

「そうだよ!」

 

 突然、九美さんは机を叩いて思いっきり立ち上がった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「売ればいいんだよ!私の知識を活かしてさ!」

 

「売る?一体なにを」

 

「これだよ」

 

 そう言って九美さんが机に置いたのは、昨日僕が投げ捨てたマガジンだった。

 

「マガジン……まさか武器を売れといいたいんですか?」

 

「うん。これなら私も力になれるよ」

 

 妙案ではあるが、その道を考えたときの結論は「殺される」だ。ただでさえ不運な僕がそんな危ない仕事をできるはずがない。

 

「でもさ、ものは試しって言うじゃない?」

 

「いいえ、無理ですね。そもそもそんな資金すら」

 

「資金か……わかった。一週間……いや、3日だけ頂戴?」

 

「3日?まあいいですが……」

 

「よし、それじゃあ待っててね、ナオ!」

 

 それだけ言うと、九美さんは店を飛び出していった。

 

「あっ会計……まあいいか」

 

 僕は2杯分のコーヒーの代金を支払って、家に帰った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 次の日も、その次の日も何も起こらなかった。僕はいつもどおり街をさまよい歩き、ずっと考え事をしていた。

 そして約束の3日目――

 

「ナオ、おまたせ」

 

 ふと歩いていたら、目の前に九美さんが立っていた。少し申し訳無さそうな声で、こちらにアタッシュケースを差し出してくる。

 

「ごめん、私じゃこれだけしか」

 

「……、中身を見ても?」

 

「もちろん。これはナオのものだよ」

 

 ごくりとツバをのみこみ、ベンチに置いてゆっくりと留め金を外す。その中身は――二丁の拳銃だった。

 

「これ、どうやって手に入れたのか聞いても?」

 

「出どころは……言いたくないかな。でもちゃんと取引で手に入れてるから安心していいよ?」

 

「そう……ですか」

 

 ベレッタM92F。数少ない僕が知っている銃の一つ。その信頼性は未だ市場に出回る程だ。

 

「しかしこれは……中古ですか」

 

「ごめんね、私じゃこれが限度だったから」

 

 申し訳無さそうにする九美さんに、僕は持ってきたコーヒーを渡す。

 

「いえ、ほぼゼロの状態からこれは素晴らしい戦果です。ありがとうございます」

 

「そんな!それに、ゼロっていうわけでもなかったから……」

 

「どういうことですか?」

 

「ううん!なんでもないよ。それよりさ、これをどう活かす?」

 

「……わかりました。ここから、始めましょう」

 

 武器を売るということには、不思議と忌避感はなかった。その時点で僕はすでに壊れていたのかもしれない。

 僕には、金が必要だった。父の治療費、母への仕送り、妹の学費。どうにか商売を軌道にのせてこのすべてを補ってあまりあるほどの金が、僕には必要だ。

 

「それじゃあ、私ともどもよろしくね?」

 

「ええ、九美さん。けれどこれだけは聞かせてください」

 

「ん?なに?」

 

「九美さんが僕に付き従うメリットは何ですか?」

 

「うーん、内緒……というわけにはいかないよね」

 

 迷っているようだった。しかし、これだけは聞いておかないといけない。メリットのない契約なんて、僕は信じることができない。

 

「恩返しだと……思って?私はあなたに恩を返したい。あのゴミの山から拾ってくれたこと。偶然とはいえモジュールと一緒に人形技師のところへ運び込んでくれたこと。そして手違いでも私を直して、そして受け入れてくれたこと」

 

「恩返し……ですか」

 

 それなら少しは大丈夫かもしれない。いまのところ彼女の存在はメリットしかない。一人でするには危険すぎる仕事だ。その分、彼女なら気にせずに巻き込めるということもある。そんな彼女が僕に恩を感じてくれているというのだから、しばらくはそれを利用してみようと思ったのだった。

 




評価及び感想批評、お待ちしてます。


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初めての商談

お気に入り、感想、評価、本当にありがとうございます!引き続きよろしくおねがいします。


 ホテルの一室にて、僕は入り口と窓際とを行ったりきたりしていた。

 

「少しは落ち着きなよ~」

 

「ええまあそれができれば苦労はしないんですがね」

 

「ほら深呼吸して?」

 

「ひ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

 

「それはラマーズ法だよ!」

 

 どうやら久しぶりの商談でアガりきっているらしい。

 

「すまない、一服してきますね」

 

「はいは~い。遅れないでね」

 

 僕はベランダに出ると、煙草に火を付ける。紫煙で少しむせ、雑念も一緒に吐き出す。少しは落ち着きを取り戻せた。

 

「少しは落ち着けた?」

 

「なんとかね。煙草くさいですか?」

 

「んー、まあ気になるほどではないかな」

 

「そりゃなによりです。さて、そろそろですかね……」

 

 すると、ベッド脇の電話がなる。フロントから来訪者の連絡だ。すでに話をとおしていたため、時間をかけずに扉がノックされた。

 

「ナオ、準備はオッケー?」

 

「ええ、それじゃあよろしくおねがいしますね」

 

 九美さんが覗き窓から外を見たあと、一度こちらに振り返る。どうやら招いた客のようだった。

 

 がちゃりという音とともに、扉が開く。姿を現したのは、いかつい髪型をしたスーツに身を包む男だった。

 

「おまえがナオか」

 

「ええ。始めましてシードルフさん」

 

「馴れ合いはいい。商品を見せてくれ」

 

「では早速」

 

 僕はソファに腰掛けてテーブルにアタッシュケースを置く。中には、一丁のベレッタがある。

 

「詳細の説明は?」

 

「いらん。それより状態を確認してもいいか?」

 

「ええ、どうぞ。発砲をしなければいくらでも」

 

 シードルフさんは慣れた手付きで通常分解をする。そして素早く組み上げ直し、サイトを覗き込む。

 

「中古で擦れているパーツもあるが整備はちゃんとされているみたいだ。及第点というところか」

 

「それは良かったです。弾はどうしますか?」

 

「いや、別の用意口がある。それより、これをもう一つ調達してくれと言われたら何日かかる?」

 

「もう一つですか……銃の調達から整備までとなると3日は」

 

 申し訳無さそうに手でろくろを回す。これは賭けにも近かった。

 

「遅すぎる。明日までに頼む」

 

「明日……ですか。無理ですね。整備にも時間がかかります」

 

「そうか……」

 

 シードルフさんは何処からともなく弾を取り出すと、マガジンに一発こめる。マガジンを装填するとスライドを後退させ、手を離し、引き金に指をかけた。その銃口は、僕の額に向いている。

 

「やるかここで死ぬかだ。どうする?」

 

 僕は動きだそうとしていた九美さんを目で制する。ここで暴力に出ては負け、商売人の名折れだ。それに、シードルフさんは撃たないという確信もあった。

 

「わかりました。全力を尽くしてみましょう。詳細の期限と受け渡し方法を教えてください」

 

「よし、明日の夕暮れまでに○番通りにいる黒いフードの男に渡せ」

 

「わかりました。善処します」

 

「銃自体は気に入った。期待している」

 

 そう言ってシードルフさんは銃をポケットに無造作に入れ、部屋を出ていった。

 

 

 正直なところ、僕はその扉が閉まりきるまで息をすることすら忘れていた。

 

「ぷはぁっ!はぁ、はぁ」

 

「大丈夫?」

 

「ええ、なんとか終えましたね」

 

「でも驚いたよ。まさか銃を向けられても笑顔を保っていられるなんて」

 

「あはは、難しいことじゃないですよ。それに足は若干震えてましたし」

 

「それでもすごいよ」

 

「ふふふ、そう言われるとなんだか、落ち着きますね。ちょっと一服してきますね」

 

 ベランダに出て震える手で煙草をとりだす。紫煙を肺に吸い込んで、やっと嫌な汗が止まった。

 

「ねえ、ナオ」

 

「えっ何ですか?」

 

 九美さんがベランダに出てくる。煙草を吸いに来たというわけではなさそうだった。

 

「やめない?煙草」

 

「しばらくは無理そうですね」

 

 震える手で煙草を口に持っていく。吐き出した煙は風に乗って、空に飛んでいった。

 

「まあ、無理だよね……」

 

 九美さんはそっと風上に移動して、僕に近づいてくる。僕は顔をそむけながら、紫煙を吐き出した。

 

「いつか、やめられるといいね」

 

「道のりは遠いですよ」

 

「じゃあ私はそれに付き添うだけだよ」

 

 どうしてそこまで、という言葉は飲み込んだ。彼女の顔を見て、それを言うのはやめた。

 

「まあ、その無愛想が直るまでは一緒にいますよ」

 

「また笑顔。ナオはいつも笑ってるよね」

 

「そうですか?自覚はないんですけどね」

 

 言われてみても、ピンとはこなかった。確かに商談中は笑顔を心がけてはいるけれども、普段の生活では気にしたことはない。

 

「素敵だよ?」

 

「ありがとうございます」

 

「もう、嘘じゃないのに」

 

 頬を膨らます九美さんを見て、軽く笑ってみる。

 

「よし、それじゃあ行きましょうか。今日は初取引のお祝いです」

 

「それじゃあビールで乾杯だね!」

 

 その日はパブで飲んでから、先程のホテルで一泊する羽目になった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 ガサゴソという音がして、目が覚める。確か昨日は九美さんの肩を貸し合いながら帰ってそのまま寝たはずだった。

 

 久々に飲む酒は止まらず、少し二日酔いの気もある。予め買っておいた水を取ろうとして、柔らかいものに遮られる。

 

「んん……んぅ」

 

 僕の隣には、ワイシャツ一枚の九美さんが寝息を立てていた。

 

 頭から血の気が引いていく。おかしい。確かに量は飲んだが、過ちを犯すほどではなかったはずである。現に僕の記憶では、部屋に入った瞬間に自分のベッドに飛び込んでいく九美さんが残っている。そんな姿を眺めながら僕もネクタイを外し、ベッドに倒れ込んだところまでは覚えている。だから決して彼女と一線を超えた仲だとかそんな――

 

「ん……あれ、おはよ」

 

「お、おはようございます」

 

 いろいろと考え事をしているうちに九美さんが起き上がる。まだ起動しきれていないのか、状況を把握しようとキョロキョロしていた。

 

「ぼ、僕シャワー浴びてきますね!」

 

 僕はバスルームに逃げ出すことにした。

 

 

 

 

シャワーを浴びていると、ノックが聞こえる。バスルームの扉を叩く音だ。

 

「ナオ、その言いたいことがあって」

 

「ん、何ですか?」

 

 僕はシャワーをとめて、声に耳をかたむけた。

 

「その……ごめん!昨夜のことは忘れて!」

 

「……、昨夜?」

 

 湯冷めしかけて少し冷えてきた身体から、サッと血の気が引きかけた。

 

「その……覚えてない?」

 

「い、いえ。覚えてますとも。いいですよ。水に流しましょう。はい、ええ」

 

「もしかしなくても覚えてない?」

 

「……、はい」

 

「良かった~」

 

「いや待ってください僕が良くないんですが!僕なにかしちゃったんですか?」

 

「えっ?いや私が一方的に、……あっ今のは無し」

 

「待ってくださいほんとに何があったんですか!」

 

 その後、九美さんが一方的に脱いで潜り込んできたという情報を手に入れるまで、明日の晩ご飯まで交渉に使い切ったのだった。情報は手に入れたけれど、何故か負けた気がするのは気の所為であってほしい。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 封筒を片手に、僕は街を歩く。耳につけたヘッドセットは、九美さんと常時連絡が取れるように繋がっている。

 

『つぎの角を右。指定された場所はそこだね』

 

「ありがとう九美さん。それじゃあ口座の確認もお願い」

 

 僕は路地に入ってまっすぐ歩いていく。すると建物から、黒いフードをかぶった男を視認する。

 

「約束のものです」

 

 僕が封筒を差し出すと、男はひったくるように受け取る。そして音もなく取り出したナイフで封筒を開き、中身を確認した。

 

「金額は」

 

「割増料金となっております。一括でお願いしますね」

 

「わかっている。口座を教えろ」

 

「こちらです」

 

 名刺の裏に書いた口座を渡す。男はその場で端末を開き手続きを完了させる。

 

『ナオ、振り込みが確認できたよ』

 

「よし、それではまたのご利用をお待ちしておりますね」

 

 深々と礼をして僕はその場をさる。

 

「まあ待ちなよ商人」

 

 男は何かを投げ渡してくる。それは煙草にそっくりのなにかだった。

 

「見たところ煙草はヤるんだろ?吸ってけよ」

 

『だめ!ナオ、それは絶対にだめ!』

 

 ヘッドセットからは悲鳴にも近い声が聞こえる。僕はヘッドセットを外した。

 

「それでは少し、お付き合いしておきましょうか」

 

 僕は受け取ったものを口に咥えて、ライターを胸ポケットから取り出す。そしてライターの火を点け――

 

 その瞬間、パトカーのサイレンが空気を切り裂いた。

 

「クソっ!」

 

 男は悪態を付きながらどこかへと走り去っていった。僕はその様子を眺めながら、口に咥えているものを吐き出してミネラルウォーターでうがいをした。

 

『これも計算通り?』

 

 再びつけたヘッドセットからは、腑に落ちないと言わんばかりの声が聞こえる。

 

「まさか、これも僕の悪運というやつですよ」

 

 吐き出したゴミをゴミ箱の奥底にねじ込んでから、僕は表通りへと出る。そこでは、さきほどの男と警察の銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「まったく、僕は運が悪い」

 

 あらかじめ頭に叩き込んだ地図から、安全な道を探して歩いていく。

 

「ただいまです」

 

 そう言ってホテルに戻ってきた僕を迎え入れてくれたのは、暖かなコーヒーと無表情の九美さんだった。

 




感想、批評、お待ちしております。


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商人として生きる

 最初の商談後も、僕と九美さんはコツコツと商売を続けた。持ち金の一銭すら、僕にとっては大事な商売道具だった。

 

 ある日は街のチンピラに銃を売った。安いわりにはよく撃てたらしく、次の日の新聞に彼らは遺影が載った。

 ある日は富豪の息子に売った。隠蔽がしっかり指定されていて、その分金額もはずんだ。彼は有望な投資家として数年後に社会デビューすることになるだろう。

 ある日は明らかに軍事組織の関係者である何者かに頼まれ、小銃を仕入れた。さすがに組織相手は初めてで、その日の煙草の消費量はここ数年でも群を抜いていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい、ナオ」

 

 こうして僕たちはホテルを転々としながら、商売を続けた。最初は小さかった利益も次第に大きく膨れ上がり、そして仕入れた在庫もそれに比例して増えていった。

 

「さすがにここでも手狭になってきましたね」

 

「大口注文が重なっちゃったからねぇ」

 

 ホテルにこっそりと搬入した銃器類のせいで、二人で生活するには手狭になっていた。特に最近は、ベッドの片方を荷物置きに使い始めたためシングルベッドに二人で寝転がる羽目になっていた。

 

「そろそろ、倉庫代わりの何かを考えますか」

 

「家でも借りる?」

 

「流石にお金がないですね。それに床や壁を傷つけないように神経を尖らせる生活は終わりにしたいです」

 

 ホテルの部屋から撤収するときなどは、痕跡を残さぬよう3度は見直すようにしていた。しかし自分の倉庫があればその心配もなくなる。

 

「探しておきますか」

 

「じゃあフロントでパソコンを借りてくるね?」

 

「ええ、お願いします」

 

 九美さんは外へと出ていった。僕は扉が閉まったことを確認してから、プリペイド契約の携帯電話に手をのばす。打ち込む番号は、記憶しているなかで最も使ったものだ。

 

「ああ、僕。ナオだよ。母さんは元気?僕は大丈夫だよ」

 

 鏡に映る自分から目をそらして、夜空を見上げた。

 

「今?南の方かな。暑くて暑くて、たまらないよ」

 

 僕は冷たい夜風に震えながら、そう答えた。

 

「うん、そっちも冷えてきた頃でしょ?暖かくしてね。こんどまた入金しとく。父さんの容態は……そう、安定したの。そりゃよかった。それじゃあまたかけるね」

 

 つーつーという通話終了の音が聞こえる。僕はため息をつきながら携帯をベッドに放り投げた。

 

「家族に電話?」

 

「ええ、僕は家族思いですからね」

 

「南の方ってなに?」

 

「聞いてたんですか……」

 

 僕はあははと苦笑いをする。その反応が不満だったのか、九美さんはノートパソコンを片手に僕にずいっと迫ってきた。

 

「嘘ばっかりついてると家族からも見放されるよ?」

 

「バレなければいいんです」

 

「いつかバレるよ。それこそ妹さんとか有能そうだし」

 

「妹ですか……。まあ彼女なら気づくでしょうね。けれど、僕が何を思っているのかまで彼女ならわかってくれるはずです」

 

「そういうものなのかなぁ」

 

 九美さんはそっと僕の胸元に手を伸ばしてくる。僕は両手を上げて、降参のポーズをとった。

 胸元に伸びた手は、そのまま胸ポケットを探り始める。出てきたのは煙草の箱だ。

 

「ついでに私にも嘘はついてほしくないかな~」

 

「……煙草くらい許してくれませんか?」

 

「許したいのはやまやまなんだけどね……。早くに死んでほしくないし」

 

「何て言いましたか?最後がうまく聞き取れなかったのですが」

 

「なんでもないよ!それより明日も早いんだし今日はもう寝よ?」

 

「いえまずはコンテナを見繕って」

 

「寝よ」

 

「……はい」

 

 あまりにも無表情で怖かったので、今日のところは従うことにした。それに今日も商談で疲れもある。

 

「あれ?九美さんはまだ寝ないんですか?」

 

「うん、私はもう少ししてから寝るよ」

 

「それではお先に。おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ~」

 

 思った以上に疲れていたのか、僕はすぐに意識を手放した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 次の日、枕元の電話の音で跳ね起きる。急いで電話を取れば、フロントからのモーニングコールサービスだった。

 

「あれ、もうそんな時間?」

 

「九美さん、おはようございます」

 

「うん、おはよ」

 

 僕らは起き上がると身だしなみを整え始める。今日は午前も午後も、このホテル内で商談だ。僕らが請け負うのは搬入引渡しまで。搬出という厄介な作業には関わらなくてい。美味しい話だった。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 ビジネスバッグに書類をつめこみ、僕らは部屋を出る。途中いた従業員にベッドメイク不要と伝え、エレベーターに乗る。

 

「今回は煙草はいいの?」

 

「吸ってもいいのかい?」

 

「いいって言うわけないでしょ……」

 

「ですよね……」

 

 エレベーターの扉が閉まり、上昇を始めた。僕は肩をすくめて、ビジネスバッグを握り直した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「始めまして。私連絡差し上げましたナオ・ハルロフです」

 

「これはどうも。お世話になります」

 

 部屋にいたのは、依頼内容からは考えられないほど小綺麗な青年だった。金払いがいいのも頷ける。しかし、東側諸国の時代の装備を大量注文するのは少し疑問符を出さざるをえなかった。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたメイド服の少女は、机にコーヒーカップを置いた。匂いからしてそれが、代用ではなく本物のコーヒーだとわかる。そして、目の前を通り過ぎた少女からは独特な匂い――自律人形の匂いがした。

 

「これはこれは、ありがとうございます」

 

 僕は少女に笑顔を向けて礼を言う。少女は表情を動かさずに、会釈を返してきた。

 コーヒーカップをかたむけて、一息つく。これからが本題だ。

 

「それで、仕入れのほうはどうでしたか?」

 

「ええ、問題なく」

 

 ビジネスバッグから書類をとりだす。今回の品物リストだ。目の前の青年はパラパラとそれをめくり、大きくうなずく。

 

「よし、それじゃあ今回の代金です」

 

 青年はアタッシュケースを机の上に置いた。開かれたそれには、きれいな札束がギッシリと整列していた。明らかに年齢に見合わぬ額だ。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

 

 僕は営業スマイルを壊さないままアタッシュケースを閉じた。

 

「ええ、なんでしょうか」

 

 青年はなんだか複雑そうに笑う。どう考えても怪しかった。この条件も、この取引も、そしてこの無駄に綺麗な金も。

 

「この大量の武器を使って何をするおつもりですか?」

 

 僕はタブーに触れる。こういった好奇心は武器商人を殺しかねない。だが、僕はあえて聞いた。

 

「わかっているでしょう?私たちには力が必要だった。権力に抗う力が」

 

 青年は静かに語る。先程の爽やかさは鳴りを潜めている。

 

「そうですか。それだけ聞ければ満足です。ああそれと、今回はこれをサービスしておきましょう」

 

 僕は胸ポケットから封筒を差し出す。受け取った青年が中を開けると、追加の納品書が出てくる。

 

「コレは……閃光手榴弾ですか。でもこれだけの数、そうとう値が張るのでは?」

 

「初回特典とでもお考えください。それではまたのご利用をお待ちしています」

 

 僕は驚いた顔でこちらを見る青年と無理やり握手をしてから、部屋を出る。そしてまっすぐエレベーターでフロントに降り、外出してくると述べて泊まった部屋の鍵を預けた。

 

「こんなところで大丈夫かな」

 

「大丈夫ですよ。あっでももし銃弾が飛んでくるようでしたら九美さんが掴んで止めてください」

 

 数分後、僕は先程のホテルからほど近いカフェのテラス席にいた。照りつける太陽が眩しくも感じたが、ここが特等席であった。

 

「時間的には……そろそろですかね」

 

 そう呟いたところで、ホテルから大量の人が出てきて辺りが騒がしくなる。数分後には警察がバリケードをつくり、特殊部隊まで飛ぶようにやってきた。

 

「それでは行きますか」

 

「結末は見なくていいの?」

 

「ええ、興味ないですし」

 

 僕はカプチーノを飲み干すと、席から立ち上がる。手荷物は、先程のアタッシュケースのみだ。

 

「そう言えば九美さん、貸し倉庫はどうでしたか?」

 

「あんまり探せてないや。それよりどこかで休憩しようよ。ナオも少し疲れた顔してるよ?」

 

「おっと、見抜かれてしまうとは僕もまだまだですね」

 

 いつものように、僕は口角を上げて道をあるく。後ろの喧騒は、まったくと言っていい程、気にならなかった。




感想、評価、批評、お待ちしてます。お気軽にどうぞ。


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青年に仕えた彼女

魂を削る。投稿のために……


 目が覚めると、何の変哲もないホテルの天井が見える。先日泊まっていた武器だらけの部屋とは大違いだ。となりのベッドに寝ていた九美さんもちょうど起き上がる。

 

 軽く身だしなみを整え終わった頃、扉がノックされる。ルームサービスで頼んでおいた朝食が届いたらしい。ついでに頼んでおいた新聞を手に取り、僕はベッドの上に広げる。

 

 

”〇〇グループの御曹司、反乱により死亡”

 

 僕の目は、その書き出しで止まった。その死亡した御曹司とやらに見覚えがあったからだ。将来が有望そうなだけあって残念だった。

 記事によると、反乱グループは全員死亡。突入部隊は全員軽症だったとのこと。なのに御曹司は死亡。直接は書いてないが、つまりはそういうことなのだろう。

 

「何見てるの~?」

 

「ああ九美さん。いえ、先日の青年が亡くなったみたいで」

 

「ふ~ん。そういうの見たら人間って普通は動揺するんじゃないの?」

 

「動揺ですか……してますよこれでも」

 

「嘘だー」

 

 朝食をもぐもぐと食べながら九美さんは顔を覗き込んでくる。その瞳に映る僕の顔は、通常通りの営業スマイルだった。

 

「僕の場合、小さい頃から営業スマイルを叩き込まれましたからね。基本的に表情に出さないように」

 

「私だけのときは別にいいのに」

 

 頬をぷくっと膨らます九美さんを見ながら、僕はコーヒーを啜った。苦味が口に広がって目がすっきりと覚める。

 

「癖ですから」

 

 僕は軽くあははと苦笑いした。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ここですか」

 

「うん、964番。ここだね」

 

 僕は渡された鍵で南京錠を開く。鎖を取り外せば、コンテナが重々しい音を立てながら開く。中身はもちろん空だ。これから埋まることはほぼ確定はしているけれど。

 

「ようやく拠点ができるんだね」

 

「随分と嬉しそうですね」

 

 九美さんは表情こそ変わらないけれども、声が陽気を隠しきれていなかった。きっと彼女の荷物も増えることだろう。一角は彼女のためのスペースにしておこう。

 

「これでやっと商品に添い寝する生活は終わりだね!」

 

「前回は本当に堪えましたからね」

 

 流石に銃の入った箱と同衾する羽目にはもうあいたくないと僕自身も思う。寝返りをうつことすらままならないのは耐えられそうにない。

 

「そういえばさ」

 

「ん?何ですか?」

 

「どうして閃光手榴弾をあげたの?」

 

「彼の可能性に……賭けたんですよ」

 

「賭けには負けたんだ」

 

「まあ想定の範囲内ですかね。むしろ突入部隊に被害なしなら上出来ですかね」

 

 想定の中ではどちらかというと良い方だった。そう考えていると、じっと九美さんがこちらを見つめてくる。

 

「やっぱ変わってるよね、ナオって」

 

「そうですか?」

 

「今の話は私以外にはしないでね?」

 

「大丈夫ですよ。今の所話し相手になってくれるのは九美さんだけですし」

 

「それもそれでどうにかしないとね~」

 

 そういいながら九美さんはコンテナから外に出た。太陽を浴びているように腕を広げると、こちらに振り向く。

 

「それともう一つ聞きたいんだけど」

 

「何でしょう?」

 

「人形を取引しなかったのはなんで?」

 

 その言葉は、どう答えるのが正解か迷った。迷ってしまった。

 

 九美さんはゆっくりとこちらに近づいてくる。コンテナの中にいる僕は、入り口を封じる九美さんをどけない限りは出ることができない。逆光で九美さんの顔に影が差し、表情が見えなくなる。

 

「もしかしてだけど私に遠慮してる?」

 

「そんなことは……いえ、していますね」

 

「そう。じゃあさ、これからは私に遠慮なくしてよ」

 

「わかり……ました」

 

 一歩一歩、九美さんは近づいてくる。そして僕の手を取った。

 

「そろそろお腹が空いてこない?お昼を食べに行こうよ」

 

「そう……ですね。いきましょうか」

 

 何故か冷や汗で背中が濡れていた。僕の手をにぎる九美さんの手は柔らかい。まるで人間のように。しかし、何故か違和感を抱いてしまう。力のかかりかただとかそんな些細な問題なのだろう。それでも、違うという何かを感じてしまったのであった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 よく行くランチの店が閉じていたため、僕らはあまり行かない道を歩いていた。この先を行けば、ネットで調べた店があるはずだった。

 

 ふと、すれ違ったフードの少女に目が行く。その黒いパーカーで顔を隠した彼女は、随分と優しい匂いの香水をつけていた。

 

 少女は僕を路地裏へと引きずり込んだ。明らかに人の力ではない。人形だ。その細腕からは考えられぬ、万力のような力で僕の頸動脈を絞めてくる。

 

「ナオ!」

 

 一瞬遅れて九美さんが掴みかかる。げほげほと咳き込む僕を目にもくれず、襲撃者は逃走を図った。

 

「逃さないよ!」

 

「九美さん!いいんです」

 

 どうしてと言うかのように、九美さんは勢いよく振り返った。その隙を逃さず、襲撃者は走り出し――

 

 

――そして速度を落としてゆっくりと立ち止まった。

 

「どうして……」

 

 そしてゆっくりと振り返る。フードは脱げ、手入れのされていない髪が露わになった。その瞳は、涙を流していた。

 

「どうしてご主人様を殺した!」

 

「まあ待ってください。ここは話をするには暗すぎます」

 

 ふたたび近づいてきた襲撃者は、僕の胸ぐらを掴む。僕は懐からナイフを取り出している九美さんを目で制すると、襲撃者の瞳をじっくりと覗き込む。そこには、こんなときでも営業スマイルを崩さない僕が映りこんでいた。

 

「そうやってご主人様にあなたは!」

 

「落ち着いてください。僕は人間です。あなたの力には敵わない。だから少しでも対話をしたいのであればこの手を離してもらえないでしょうか?」

 

「私は……ご主人様は……」

 

 襲撃者はへなへなとその場に座り込む。僕の胸ぐらを掴みながら。僕はその重さに耐えきれずに、彼女と共に地面に膝をついた。

 

「どうして閃光手榴弾なんて渡したんですか。あれがなければご主人様は……」

 

「気づいてほしかったんですよ。あの数は撤退用にしかならないってことをね」

 

「撤退……?」

 

 襲撃者は、まるで意もしないことを言われたかのように、その大きな瞳で僕を見つめる。

 

「その様子ですと、本当にあれを交戦のために使ったんですね」

 

「ご主人様は……突入部隊にも呼びかけました。でもアイツラは……まるでそれを無視するかのように撃ってきました。鎮圧じゃなく、皆殺しでした。念入りに、死体に向かって何度も」

 

 目の前の少女はつらつらと語り始める。僕はそれを聞きながら、九美さんに目配せをする。どうやら理解してくれたようで、九美さんは路地から出ていった。

 

「なるほど。あなたはどうして生き延びれたのですか?」

 

「私は……ただの自律人形です。倒れたご主人様の下で、ただ何もできず……、息を潜めて彼らが去るのを待つだけでした」

 

「そうですか」

 

 僕は彼女の目を覗き込む。涙で瞳は濡れていても、強い意志をこめてこちらを睨みつけていた。

 

「残念ながら僕は神でもなければ、医者でもありません。だから彼に対してこれ以上にできることはありません」

 

 僕は懐から財布を取り出し、キャッシュカードを取り出す。そしてその少女の胸ポケットへと突っ込んだ。

 

「そして、あなた自身に対しても、やれることは多くはないです」

 

 もってきていたかばんから、タブレットを取り出す。そこには僕が抱える在庫のリストが載っている。

 

「もう一度だけ言います。僕があなたにしてあげられるのはこれだけです」

 

「私に戦えと言うのですか」

 

「いいえ、まさか」

 

「……あなたは、最悪な人です。そんなに争いを見るのが好きなのですか」

 

「とんでもない。僕は得た金を眺めているだけで、争いを見たことはないですよ」

 

「やはり最悪な人です」

 

「そう呼ばれても僕には否定のしようがありません。それでは、この街にいるのでしたらまた会う機会もあるでしょう。そのときに答えを聞かせてください」

 

 僕はタブレットのリストを外部記憶装置に移して、彼女の前に置く。

 そして僕は、路地を去った。

 

 

 

 

「良かったの?」

 

「おっと九美さん。まあこれも賭けですよ」

 

「彼女がお金を持って逃げたらどうするの?私たちほぼ素寒貧になっちゃうよ?」

 

「うーん、それは流石に困りますね」

 

 僕は顎に拳をつけていかにも悩んでいますとジェスチャーをとる。

 

「でも、そんなに分が悪いわけでもないんですよ」

 

 後ろ――先程僕が出てきた路地から足音が聞こえる。その音は、まるで意思を持っているかのように硬かった。

 

「私に戦う力を売ってください」

 

 その声に僕は笑顔で振り向く。自分でも100点満点をつけたくなるようなスマイルで。

 

「かしこまりました。それではこちらのG36なんてどうでしょうか、お客様?」

 

 少女はゆっくりとうなずいた。

 




感想評価批評、おまちしています


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人形売買

今年のクリスマスはソウルケズリマスでした


 金髪の彼女に武器を売ってからというもの、僕らは一週間ダラケて過ごした。初めての長期休暇というものを経験してみたものの、はっきり言って無意味な時間だった。九美さんも最初はどこかに行きたいとワクワクしていたのに、結局はホテルの部屋でダラダラとしてしまった。

 

 しかし、時間が止まった訳ではない。この一週間でも様々なことが起きた。

 

 まず父がリハビリを始めた。病気は回復の方向に向かっており、良い医者にも巡り合えたようだった。母にも余裕が出始め、働く時間も減らしたようだ。そして妹は無事に進学を決定させ、今はバイトを始めたようだ。

 

 扉がガチャリと開き、九美さんが帰ってくる。

 

「ねえナオ、これ見て~!」

 

 そして九美さんも少し変わった。最近よく外出するようになった。随分と軽装なわりに、護身用のハンドガンは忘れずに持っていっている。何をしているのかは聞いていないし、聞く予定もない。

 

「これは……随分と界隈が荒れそうですね」

 

 九美さんが持ってきてくれた新聞には、とある企業の闇がつらつらと書き連ねられていた。先日死んだ御曹司は、これに対抗するヒーローだったとして大々的に報道されている。

 

「ナオ、すごい顔してる」

 

「そうですか?」

 

 僕は自分の顔を部屋の鏡で確認する。そこには、いつもどおり営業スマイルを浮かべる自分がいた。

 

「いつも通りだと思いますが」

 

「そう?うーん、でもなんだか……楽しそうだったよ?」

 

「楽しいですか……まあ否定はできないですね。それにこれはチャンスです。これから忙しくなりますよ」

 

「休養はばっちりとったから準備万端だね!」

 

「よし、それでは動き始めましょうか」

 

 九美さんはうなずいたあと、自分の服の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「先にシャワー浴びてきてもいいかな?」

 

「ええ、構いませんよ。僕は自販機で飲み物を買ってきますね」

 

「は~い」

 

 九美さんは着替えを持つと逃げるようにシャワールームへと駆け込んでいった。僕はカードキーを持つと、フロントへと降りる。自販機を前にして、ふと入り口の方からコーヒーの香りが風にのって漂ってきた。

 

 そういえば向かいの店はコーヒーショップだったと思い返し、僕は自販機から金を取り戻した。車の流れが切れたタイミングで、僕は道路を渡り切る。コーヒーショップでコーヒーを2杯買って、僕は外に出る。一瞬の間だというのに、車通りがやけに多くなっていた。僕はコーヒーの片方を啜りながら、路地の壁に背中を預ける。

 

 

 

 

 カチャリ、という音がどこかから聞こえた。それは僕の足元からだった。目を向ければ、蒼い瞳がじっとこちらを見ていた。

 

「これはこれは、先日のお客様。その銃……G36の使い心地はいかがでしたか?」

 

 僕の言葉に対して、彼女はにらみつけるように目を細めた。

 

「ああ、あなたですか。ええっと……ナオ・ハルロフ様」

 

「名前まで覚えていてもらえたとは。それで、終わりましたか?」

 

「ええ、何もかも」

 

 少女は満足そうに空を見上げた。あいにくの曇天である。

 

「これは……お返しします」

 

 少女はそういってカードを僕に差し出す。それは先日彼女に手渡した僕のキャッシュカードで間違いない。

 

「ありがたく返してもらうことにするよ」

 

 少女は僕がカードを受け取ると、その手から力が抜けた。おそらくもう一歩も動けないのだろう。バッテリーだろうか、それとも生体パーツの限界か。専門家ではない僕には見当もつかないが、とりあえず動くのはつらそうだった。

 

「それじゃあ僕は行くよ」

 

「待ってください」

 

 呼び止められて僕は足を止める。ゆっくり振り返ると、少し困ったような表情を浮かべる少女がいた。

 

「ナオ様は商人なんですよね?」

 

「ええ、そうですね」

 

「その……では私を商品として買ってくれませんか。あなたから買ったコレがあれば、私でも戦力の足しくらいにはなります。容姿も少しは整っている方だと自負していますので、きっと買い手だってつくはずです」

 

 少女は傍らに落ちているG36を手繰り寄せる。そして縋るかのように銃を抱きしめた。

 

「人形を……商品としてですか。残念ながら僕は人形を取り扱ってないんです」

 

「そう……ですか」

 

 がっくりと肩を落とし、少女は僕の足元へと目線を落としてしまう。

 

「ですが……そうですね。僕も覚悟を決めなきゃいけないみたいです。いま、ここから、僕は人形の取り扱いを始めることにします」

 

「なっ……?」

 

 目を見開いて少女は僕の顔を見つめる。その瞳には、怪しく笑みを貼り付けた顔が映り込んでいた。

 

「さあ、いくらの値で自分を売りますか?自分にはどれだけの価値をつけられますか?」

 

「……それでは、ナオ様の言い値で買ってください。二束三文でも良いです」

 

「二束三文?とんでもない!」

 

 オーバーリアクションで口角を意識的に釣り上げる。

 

「そんな簡単にモノの価値は決まりませんよ。それでは商談に入りましょうか」

 

 僕は少女に手を差し伸べた。少女は一度はためらうも、僕の手を取ってその場に立ち上がった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あ、ナオ。おかえり……どうしてその子がとなりにいるの?」

 

 濡れた髪を乾かしていた九美さんは、すぐにテーブルの拳銃に手を伸ばした。しかし一歩早く、僕の後ろにいた少女がその手から銃を叩き落とし、分解。そして関節をきめて九美さんの動きを封じた。

 

「ナオ、これは何」

 

「まあまあ二人とも落ち着いてください。ほらコーヒーでも……いえ、片方は飲みかけでした」

 

 少女が拘束を解き、九美さんは不機嫌そうに肩を回した。

 

「いいからちょうだい?」

 

「はぁ、どうぞ」

 

 九美さんは僕の飲みかけのコーヒーを受け取ると一気に飲み干した。

 

「それで、どういうことなの?」

 

「実はこの子を買うことにしまして」

 

「とうとう人形商売に手を出すんだね」

 

「うーん、まあそうとも言えますかね」

 

「ん?どうして曖昧なの?」

 

「……、実は迷っていまして」

 

 僕はポリポリと頬を掻く。

 

「あの、ナオ様……私は外した方がよろしいですか?」

 

「申し訳ない。少し話し合わせてもらうよ」

 

 少女が廊下に出るのを確認して、僕は九美さんに向き合う。すでに九美さんはしっかりと身だしなみを整えていた。

 

「それで、何を迷ってるの?」

 

「彼女を買うことはいいんです。ですが……彼女を売るとなると話は別になりますよね」

 

「うん。人形の売買は、またいままでとは全然違うね」

 

「それに、彼女はすでに主人をもっていました。フォーマットも必要です」

 

「うーん。設備不足ですね……」

 

「じゃあさ」

 

 九美さんは何か思いついたように手を合わせる。

 

「雇っちゃえばいいんじゃない?」

 

「なるほど……。それもいい案ですが……いいんですか?」

 

「えっ?何が……?」

 

 九美さんはこてんと首をかしげた。それが本当に不思議がっているのか、それともわざとなのかは表情から読み取れなかった。

 

「いえ、忘れてください。それでは話してみますか……」

 

 僕は部屋の外を覗き込む。少女はすぐに気づき、部屋へと近づいてきた。

 

「さて、まとまった話をします」

 

「はい。私はいくらに――」

 

 その言葉を僕は遮る。

 

「いえ、買うのは止めます」

 

「そんな!私には価値がないと……?」

 

「いえ、その逆です。あなたは価値がある。その経験というものは消してしまうにはもったいない。だから……」

 

 一度言葉を区切って、つばを飲み込む。僕はなんだか少し、緊張していた。

 

「僕の下で働きませんか?条件はこれから交渉しましょう。僕は、あなたの能力を買いたい」

 

 少女は驚いたように目を見開き、そのあと一度目を閉じる。ぐっとこらえた表情をしたあと、僕をにらみつける。

 

「お願いします。ナオ様、どうかこの私めにご命令を」

 

 少女は深々と頭を下げ、僕の前に跪いた。



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大口注文

あけましておめでとうございます。
今年も忙しい年になるとは思いますが、頑張っていきたいと思います。


 G36——件の金髪の人形——が来てから、僕らの生活は少し変わった。

 

「おはようございます、ナオ様」

 

 まずモーニングコールが専属になった。彼女は僕が起きたことを確認すると、何も言わずにキッチンの方へと歩いて行く。

 そう、キッチンのあるホテルに入ったのも変化の一つだ。手狭だったホテルをやめ、少し値は張るもののキッチンのある部屋を借りた。

 結果的には金の節約になった。無駄に高いルームサービスをとらなくなったからだ。そのかわりに部屋の清掃や食事などは、G36が管理してくれるようになった。彼女の腕は、想定以上だった。

 

「いい拾いものをしたね」

 

「そうですね。すごく助かります、G36さん」

 

「いえ、お役に立てて何よりです」

 

 彼女は今までずっときていたメイド服をやめ、スーツに身を包むようになった。驚くことに、かわいささと美人さを兼ね持つ少女らしさはどこかへ消えてしまった。かわりに、どこか中性的で妖艶な雰囲気を感じる女性が、僕の側にたつようになった。

 

「それでは九美様……」

 

「うん、今日もよろしく」

 

 動きやすい格好に着替えた九美とG36が部屋を出ていく。つかの間の一人の時間だ。

 九美はG36に稽古をつけてもらっているらしい。最近は何種類かのナイフをねだられた。銃もいくつか準備しておいたほうがいいかもしれない。

 

「さて……」

 

 僕は携帯電話をとりだし、電話をかける。

 

「もしもし?はい、お世話になります、ナオです。そうです。その件でですね、今夜にお伺いしたいと思いまして。はい、ではその時間に埠頭(ふとう)でお待ちしてます。はい、失礼します」

 

 続けてもう一件だ。

 

「もしもし?はい、お世話になっております、ナオです。商談の日程なのですが……はい、今夜ですか……。できれば他の……はい、わかりました。なんとかしてみましょう。はい、それではその時間に埠頭近くのレストランですね。わかりました、では後ほど、はい失礼します」

 

 メモ帳にガリガリと書きながら、次々と電話をかけていく。

 

「はい、ナオです。入金を確認しましたので番号をいいますね。3329876、はい、そうです、3329876です。はい、では縁があれば次のご利用もお待ちしておりますね。はい、それでは」

 

「……もしもし。今夜に予約をお願いします。はい、その船で構いません。名前は……九美で、ええ、僕の名前ではないんですが。はい、よろしくおねがいします」

 

 他にも何件か電話をしたあと、携帯電話からSIMカードを抜き取る。

 

「これで今回はすべて終わり……か」

 

 利益としては莫大(ばくだい)といっていい。そして、これらの商談はさらなる利益を呼ぶ予定だ。

 

 僕はSIMカードを裁断して、窓を開ける。すぐ下には、側溝がある。僕は誰も見ていないことを確認して、SIMカードの残骸をそこに投げ捨てた。

 

「ただいま!」

 

「九美さん、おかえりなさい」

 

 汗をかいている九美とG36が部屋に戻ってくる。彼女らは着替えだけ取ると、そのままバスルームに直行していった。

 

「あれ?その下着かわいいね。どこで買ったの?」

 

「……関係のないことです」

 

「え~、おしえてよ~」

 

 薄い扉で中の声がこちらまで響いてくるので、僕はヘッドホンをして目を閉じることにした。ヘッドホンによってノイズキャンセルされた世界で、僕は一時のクラシックコンサートに耳を傾けていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「……オ、ねえナオ!」

 

「ん?ああ、九美さん。お風呂は終わりましたか」

 

「うん、さっぱりしたよ。それで今日の日程は?」

 

「何もないです」

 

「何も?」

 

「ええ、もう終わりました」

 

「もう!?まだお昼前だよ?」

 

「ナオ様、お昼ご飯はいかがなさいますか?」

 

「久しぶりに皆でどこかに食べに行きませんか?たまには良いでしょう?」

 

「わかりました。ではフロントに車の手配を……」

 

「いや、いい」

 

 僕はG36をとめて、ケースを渡す。

 

「これは?」

 

「今日は一般人の格好ででかけましょう。九美さんの分もこちらにはいってます」

 

「え?ほんと!?」

 

 武器との輸入と同時並行で、女性ものの服の入手にも手をだしてみた。それそのものを商材にするつもりは、いまのところ僕はない。

 

「僕はエントランスで新聞をとってきます。そのうちに着替えておいてくださいね」

 

 僕はそう言い残してから、部屋を出た。人形相手だとはいえ、服をプレゼントするという経験に、少し気まずさも感じていたのは否定できない。

 

 階段をくだっていく。その途中、僕とは逆に上っていく人とすれ違う。二人が同時に通れるほど、階段は広くなかった。

 

 踊り場で待って、その人に階段をゆずる。

 

「ありがとう、紳士」

 

「いえいえ。よい一日を」

 

 僕はとっさに営業スマイルで表情を隠す。もはや嗅ぎ慣れてしまった……硝煙の臭いで顔をしかめそうになってしまったからだ。

 

「ところで君は……」

 

 階段を登っていく途中で、その男は立ち止まった。

 

「このホテルに滞在中の武器商人を知っているかい?」

 

「武器商人……ですか?」

 

 背筋を汗が冷やす。気候にしては分厚いコート、手首まで覆う手袋。人相を隠す深めの帽子、目の前の彼がただものでないと、今更ながらに僕は気がつく。

 

「その武器商人とやら、名前はなんというんですか?」

 

「名前?たしか……ナオ・ハルロフだったかと」

 

 残念ながら、護身用の武器は持ち合わせていない。ついでに護衛は今、部屋でおめかし中だ。

 

「ナオ・ハルロフは僕ですよ」

 

「そうか、さがす手間が省けた」

 

 男は懐に手を差し込む。

 

 僕は、恐ろしく冷静だった。根拠もなく、彼は僕を殺害しにきたわけでないと確信していた。

 

「うちのボスからのメッセージだ」

 

 懐からでてきたのは、メッセージカードだった。かわいらしいカードからは予想もつかないような注文が、僕の目の中へと飛び込んでくる。

 

「わかりました。来週までとのことですが、ちょうど在庫があります。今夜にでも渡せますが?」

 

「待て、連絡をとる」

 

「ええ、どうぞ」

 

 脳内で算盤(そろばん)を弾く。奇跡的に、この偶発的な注文をさばききれそうだった。数日前に身を切る覚悟で大量入荷しておいた自分を褒めたい。

 

「ボスからの返答だ。今夜に頼む」

 

「わかりました。では今夜までに、埠頭のこの番号のコンテナ倉庫に用意しておきます」

 

「頼む。それでは」

 

 男が階段を登っていくのを眺めながら、僕は背中を壁に預ける。新たな収益に、顔のほころびを抑えきれなかった。

 

「ああもしもし、G36さん。ええ、黒猫(運び屋)に連絡を。詳細はいつものように送ると、はい」

 

 僕はプライベート用の携帯電話でそう伝えると、エントランスで新聞を一部握る。

 

 そこにはどうでも良いスキャンダルや、政治家の批評記事などが散乱していた。きっと、明日にはこの新聞の一面はでかでかとした文字で飾られるだろう。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 辺りがすっかり暗くなった頃、僕らは海の上に浮かんでいた。

 

「すごい!ナオ!このクルーザーどうしたの?」

 

「レンタルですよ。今は何でもレンタルで済ませられるのが良いですね」

 

 クルーザーのテーブルには、色とりどりの食事も並んでいる。どれも有名店のものをとりよせた。

 

「ナオ様、よろしいですか?」

 

「なんだい?」

 

 イブニングドレスに身を包んだG36が、僕の耳元でささやく。

 

「どうして今日はこんなことを?」

 

「ああ、そういえば説明をしてなかったですね」

 

 波に揺られる感覚を楽しみながら、ワイングラスを傾ける。芳醇(ほうじゅん)な香りが口内を満たした。

 

「これも依頼なんです。埠頭に人を集めてくれというね。さすがに大口な依頼だったので大変でした」

 

「へえ、じゃあ餌にした銃は不良品?」

 

「まさか。あそこに用意した武器はすべて本物ですよ」

 

 

 

 

 突如、埠頭の灯台が爆発する。それを皮切りに、あたりが騒がしくなってゆく。

 

 僕はその様子を見ながら、再びワイングラスを傾ける。

 

「本物じゃないと意味がないってどういうこと?」

 

「もともとの依頼は人を集めるだけでした。しかし、その後に『戦える人種であると好ましい』との追加依頼をいただきまして、なにやら新兵器の試験のようでしたが」

 

「それで本物の銃を与えたってこと?」

 

「そうですね」

 

 九美はしばらく腕を組んでうーんとうなっていた。

 

「それで、ナオは平気なの?」

 

「正直な話、あまりよくないですね」

 

「そうなんだ」

 

「ええ、さすがに食べすぎました」

 

「そっち!?」

 

 九美はあきれたかのようにため息をついてくる。

 

「ナオ様、クルーザーは汚さないでくださいね」

 

「大丈夫です。でも少しお手洗いに行ってきますね」

 

 僕はトイレの個室へと駆け込む。胃がひっくり返りそうだった。

 

 少しすっきりさせたあと、洗面台で顔を洗う。冷たい水が心地よかった。

 鏡に映る自分は、いつもの笑顔はどこへいったのか険しい目つきをしていた。

 

「まったく……僕もまだまだですね」

 

 無理やり手で口角をあげる。そうすれば、気味が悪いほどに嗤う男が映りこむ。

 その表情で固定したまま、僕はふたたびデッキのほうへと戻っていった。

 




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バイク乗りのアナグマ

途中に三人称パートが挟まっています。


 それはいつものように街道を歩いている時だった。

 

「ナオ様!」

 

 突然G36が僕を後ろへ引いた。思わず転びそうになるが、その細腕でしっかり僕の体重を支えてくれたので難を逃れた。

 

 敵かと聞くまでもなかった。転倒し目の前に滑り込んできたバイクが、先ほどまで僕の隣にあったポールにぶつかって止まった。

 

 バイクの持ち主は、倒れたまま動いていなかった。

 

「九美さん! 他の車に呼びかけて! G36さんは救急車呼んで!」

 

 2人の返事を聞かぬうちに、僕はフードをかぶったライダーに駆け寄る。

 

「動けますか!?」

 

「あっうう……」

 

 結構な勢いで転倒したというのに、僕よりも背丈の低いライダーはすぐに起き上がって見せた。声変わり前の少年のような声で、僕に大丈夫と告げてくる。

 

「あっ荷物!」

 

 そう言いながら、ライダーはバイクの方へと近寄っていく。僕は血の一滴もない転倒現場を横目に、その少年だか少女だかに近づく。

 

「ああ……やっちまった……」

 

「大丈夫かい?」

 

「ああ、心配してくれてありがとな」

 

 そう言ってフードを脱いだ。やはりと言っていいのか、中から現れたのは少女の姿をしたナニカだった。もっと詳しく言えば、彼女もまた、人形だった。

 

「警察も救急もいい、すまないが急いでるんでな」

 

 剥がれかかった人工皮膚を隠すように上着を着直し、少女はバイクへとまたがる。

 

「ありがとうな!」

 

 少女はそういうとエンジンを唸らせて去っていってしまった。僕は地面に散乱している物の中から、あるものを見つける。

 

「ナオ、それは?」

 

「ああ九美さん、交通整理ありがとうございました」

 

「ううんこのくらいどうってことないよ。それで?」

 

 僕は地面から縫いぐるみを拾う。キーホルダータイプの黒猫の縫いぐるみである。僕らがよく使う黒猫(運び屋)のシンボルだ。

 

「G36さん、今日の予定はもうなかったよね」

 

 救急車に断りの連絡を入れ終わったG36は、スケジュール帳を開き確認する。

 

「本日は……そうですね、予定はないです」

 

「よし、決まりだ」

 

「何をするの?」

 

 思い立った僕はパンと手を打ち鳴らし、立ち上がる。

 

「たまには僕自身も運び屋にもならないとね」

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 少女はクッキーのかけらを口に放り込み、口の中でしばらくもてあそぶ。

 

「おいおい、優雅なティータイムか?」

 

「……、何をしにきた」

 

 少女の座り込む路地に、数人の影が差し込む。柄の悪そうな男たちは、揃いも揃って黒猫の縫いぐるみを身につけていた。

 

「お前、今日の配達がどれだけ大切だったかわかってんのか?」

 

「……、わかってるさ。今日のは完全にワタシのミスだ」

 

「ならいい。今後は気をつけるようにな」

 

 リーダー格の男は、それだけ言うと踵を返した。

 

「俺はボスと今後の話し合いをしてくる。お前はそこで大人しくしてるんだな」

 

「それだけか?」

 

 少女はフードの奥から睨みつける。夕日が反射して、無機質な眼が光を反射する。

 

「……、俺からは以上だ。俺からは、な」

 

 そう言って男は去っていく。しかし、取り巻きたちはその場に残ったままだった。

 

「ちっ……、そういうことかよ」

 

 ニタニタと気色悪い笑みを浮かべる男たちは、少女の方へと歩いていく。そして——

 

「殴りたいなら殴ればいいさ! ……!?」

 

 ——少女の脇を通り過ぎた。

 

「お前たちいったい何を」

 

「なぁ〜に簡単なことだよ人形ちゃん」

 

「俺たちはか弱い人間様なんでね」

 

「鉄の塊なんて殴ってたらこっちが痛いんだよ」

 

 そういう男たちは、バイクの前で足を止める。少女が食費を削ってまで新品同様に修理したバイクの前に。

 

「まさか……」

 

「そのまさかだよ」

 

 誰かが鉄パイプで殴り始める。それを皮切りに、ハンマーや岩などで、バイクをボコボコにリンチする。

 

「やめ……ろ……、やめてくれ!」

 

「ばぁーか、体が無事なだけありがたく思うことだ」

 

 少女は目の前で壊れていく自分の相棒を、眺めることしかできなかった。人形である彼女には、目の前の男たちの息の根を止める力があった。しかし、そのあと黒猫から追い出された先の道がなかった。

 

 

 

 しかし、我慢の限界というものもあった。力の緩んでいた拳を固く握りしめ、標的たちをしっかり目で捉える。パワーユニットが異常を感知し、急冷却を始める。

 そして、一歩を踏み出し——

 

「待て!」

 

 新たな男が路地に現れる。男達も含め、全員の動きが固まる。

 

「はぁ……はぁ……すみません九美さん何か飲み物を」

 

「スポドリ用意しといたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 男はペットボトルの中身を一気に飲み込み、ゴミをバッグの中へと仕舞い込んだ。そして仕切り直すかのように、ネクタイを締め直した。

 

「なんだおまえ」

 

「なに、しがない一般市民ですよ。通りすがりのね」

 

「なに言って——」

 

「おっと、まずは僕の用事から」

 

 そういうと、男はポケットから猫の縫いぐるみを取り出す。それは、少女が事故現場で落としたものだった。

 

「これは君の物で間違い無いですか?」

 

「あっああ、たしかにワタシのだ」

 

「それは良かった」

 

 乱入者はにっこりと微笑み、少女に落とし物を届けた。

 

「僕の用事はこれだけです。続きをどうぞ?」

 

 男は、ニコニコとしながらそして少女の肩に手を乗せたまま、そう言った。まるでそれは、彼女を守るようにも、そして彼女を抑えるようにも見えた。

 

「ちっシケたぜ。行くぞ」

 

 男たちはツバを吐き捨てながら街へと消えて行く。

 

 少女は、男の手を気にせずにバイクへと駆け寄る。

 

「くそっ……こんなんじゃ治しようが無いじゃないか」

 

 バイクは、もうスクラップと化していた。修復するよりも、買い直したほうが安くつくまである。

 

「……、見世物じゃないぞ」

 

「これは失敬」

 

 少女に睨まれて、男は回れ右をするように踵を返した。

 

「それでは僕は行きますね」

 

「……ありがとう」

 

「はい?」

 

 男は足を止め、聞き返した。

 

「ワタシを止めてくれてありがとうと言ったんだ!」

 

「ああ、あれはそういう状況だったんですね」

 

 そうだ、と男は手を叩く。そしてバッグの中から何かを取り出す。

 

「わたくし、こういうものです」

 

「……!? ナオ・ヒロフミ! おまえが……?」

 

 差し出された名刺を受け取った手が震えている。少女が見せる表情は、恐怖でも好奇でもなかった。

 

「それでですね。私たちはいま運転手を探しているところでして、よかったらどうですか?」

 

「……、嬉しいんだが遠慮しておくよ。もう暫くは乗り物なんて乗りたくない」

 

 ひしゃげたボディを撫でながら、少女は目を伏せた。

 

「残念ですね……。せっかくこれからディーラーを巡ろうと思っていたのに」

 

 その言葉に、少女はピクリと反応してしまっていた。

 

「どうして……、どうしてワタシなんだ。運転手なんてもっといるだろうに」

 

「あなた、人形の、それも高性能モデルですよね?」

 

「結局は素体か」

 

「いえ、違います」

 

 男は少女に手を差し伸べる。

 

「人間でなくとも全身骨折しそうな転び方をして、それでも擦り傷程度のあなたの技量を見込んでのことです。どうかその技術を私たちに売ってくれませんか?」

 

「ははっ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

 少しだけ、少女の声に力が戻ったようだった。

 

「興味は持ってくれたようですね。それじゃあこれを置いていきますね」

 

 男は一枚の書類と、そして一枚のカードを取り出す。

 

「もし、興味があるようでしたらこの書類に記入して送ってください。送料はこのキャッシュカードから引き出しておいてください」

 

 そして次こそ、男は踵を返して去っていく。

 

「良い返事を期待してますよ」

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

「あの……九美さん、一服いいですか?」

 

「だめ。もう今日の分は吸い切ったでしょ?」

 

「ですよねぇ」

 

「……、どうされたんですかナオ様」

 

 辛そうに歩く僕を見て、G36はそう声をかけてくれる。まったく素晴らしいメイドである。

 

「聞いたことがあるんだ。運び屋黒猫の少女の」

 

「悪い噂でも?」

 

「いいや、彼女自身はむしろ良い方の噂を聞くんだけどね」

 

「けれど?」

 

「あの子、黒猫のボスのお気に入りなんだ」

 

「つまりはナオの明日の一番の予定に黒猫訪問が食い込んじゃったってわけ」

 

 肩を竦めながら、九美が横から口を挟む。

 

「……、今晩はお粥にしましょうか?」

 

「すまないが頼むよ」

 

 すでにキリキリと痛む胃を押さえながら、僕らは部屋までゆっくりと戻ったのだった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 顔に真っ赤な紅葉を咲かせながら僕はエントランスの階段を下る。まさしく黒猫なここのボスは、僕の頬にもみじ型をつけてようやく、矛を収めてくれたらしい。

 

「ナオ、すぐに氷で冷やさないと」

 

「九美さん、この程度大丈夫ですよ」

 

「だめだよ! 商談は顔からなんだから!」

 

「まったく、いい助手を持ったようですね僕は」

 

 通りに出ると、G36が道路へ出ようとした僕を止める。

 

「危ないです」

 

 なにがと聞くまでもなかった。爆走してきたセダンが、僕らの目の前で止まる。

 

「ご注文の車と運転手、届けに来たぜ」

 

「最初の仕事は完璧だね」

 

「そりゃなにより」

 

 僕らは、少女——バルソク——の運転する車へと乗り込んだ。

 




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フライングエスケープ

「ええ、わかりました。それではこの商談はなかったことに」

 

 僕は書類をしまいながら、そう語りかける。相手は、すこしまだ迷っているようだった。

 

「また次の機会に。そのときは良い取り引きができることを期待していますね」

 

「や、やっぱり待ってくれ!」

 

 背中にかかるその言葉に、僕は足を止める。

 

「はい?」

 

「そちらの言い値でもいい。お願いだから売ってくれ」

 

「はあ……。残念です。とても魅力的な言葉なのですが……」

 

 僕は客のほうへと振り向くと、ひさびさに冷たい顔を向ける。

 

「それは何ですか?その後ろに積まれた箱は」

 

「だからこれで支払いを!」

 

「そういうところが残念なんですよ」

 

 僕はため息をつく。本当に、話がわからない人たちだ。

 

「僕は金でしか取引しません。言葉がわかりますか?お金です。硬貨、紙幣、その他電子決済すべて、僕は対応することができます」

 

 正直に言ってしまえば、電子決済なぞ導入コストがかさむだけで、リスクも大きい。それでも導入したのは、どのような状況でも確実に取引を勝ち取るためだ。

 

「だというのに、あなたがたの支払い方法は何ですか?」

 

 口角が上がっていく。きっと今の僕は嘲笑を浮かべてるだろう。

 

「産地も純度も素晴らしいだろう!?これを売りさばけばより儲けることすらできるかもしれない!」

 

「そうですか……。これだからこの地域は嫌いなんですよ」

 

 金と同じように取引に使われる。いわゆる麻薬。そんなものが、この客の後ろには積み上がっている。

 

「僕は武器商人です。いいですか?麻薬はたしかに魅力的な商材かもしれません。この地域での価値も嫌というほどわかっています。だからあえていいます。僕はここの商品は扱わない」

 

「なにを」

 

「粗悪品を何割いれてますか?」

 

「だから純度は!」

 

「純度の話じゃないです。粗悪なものをつめたパッケージを、一箱辺りいくつの割合で入れているんですかと聞いているんです」

 

「なっ、あまりに侮辱がすぎるぞ!」

 

「なんとでも言ってください。しかしあまりやりすぎるとどうなっても知りませんよ」

 

 僕は再び出口へと足を向ける。

 

「それでは次があればまた会いましょう」

 

「……、ちくしょう、武器さえあれば再興できるってのに……ちくしょう!」

 

 机を叩く男を振り返らないようにしつつ、僕は扉を静かに閉めた。

 

「おかえり、ナオ」

 

「ただいまです、九美さん」

 

 タバコの箱を渡される。もはやタバコはすべて九美さんが管理していた。おそらくこれは、吸っていいというサインだろう。しかし——

 

「今はいいです。早くここを離れましょう」

 

「またなにか起こるの?」

 

「僕の身が危ないです。じきにここは抗争の中心地になるでしょう」

 

「わかった。それじゃあプランBで」

 

 九美がつぶやくと、インカムから2つの返事が返ってくる。

 

「準備できてるみたい」

 

「それじゃあ帰りましょうか」

 

 僕が一歩を踏み出そうとした瞬間、後方で大きな音をたてて扉が開く。

 

「危ない!」

 

 九美が僕をかばいながら、曲がり角へと引っ張り込む。

 

「ケホケホ、まったく。さっきの人ですか」

 

「みたいだね。G36、カバーにこれる?」

 

『もう向かっています』

 

 インカムの向こうからは、冷静な声が聞こえる。

 

「了解!G36、プランCの合流地点で迎え撃つよ!」

 

 あちらからの了承の返事を聞きながら、僕は後ろへと下がっていく。こっちの武装といえば九美のハンドガンくらいだが、あっちもハンドガンしかないらしい。

 

「ナオ、こっち!」

 

「わかりました」

 

 九美の指示どおりに、僕はまっすぐ走る。無駄なことは考えない。いままでがそうであったように、今回だってきっと九美の指示はただしい。

 

「九美さん!プランCって何ですか?」

 

「説明してる暇はないよ!ほら非常階段まで走って!」

 

 九美さんにカバーをしてもらいながら非常階段まで走る。扉まであと少しというところで、突然中から少女が出てくる。

 

「おまたせしました、ナオ様」

 

「G36さん!」

 

「伏せてください」

 

 むりやり地面に伏せさせられる。どうやら敵さんも増援が到着したらしい。

 

「バルソクさんも呼びますか?」

 

「いえ、そちらは別件がありますので」

 

「そうですか」

 

 名目上は僕の部下ということになっているのだが、その実僕は全員の行動を把握していない。僕の仕事は客相手の商売であって、部下の相手じゃない……などと言ってはみるが、つまりは全部九美任せにしているだけだった。

 

「それで、この後は?」

 

「ナオ様は私とともに来てください。援護します」

 

「九美さんは?」

 

「ナオ様が離脱できてから脱出です」

 

 危ないように思えるかもしれないが、九美の戦闘の師匠はG36がしている。そんな彼女の言葉を素人の僕があれこれ言うまでもないだろう。

 

「では階段を上へ」

 

「……上?下ではなく?」

 

「ええ、上です」

 

 首をかしげながらも、僕は上へと向かう。上に向かうにつれて、何かが空を切る音が聞こえてくる。

 

「ナオ様、屋上のクリアリングは済んでいます」

 

 すぐ側に寄ってきたG36の目を見て、確信する。僕は屋上へとつながる扉を開いた。

 

「ナオ!迎えに来たぜ!」

 

 そこには、あきらかに民間用ではないヘリコプターにのったバルソクが待機していた。

 

「さあ乗ってください」

 

「レーダーをごまかし続けるのもタイムリミットがあるんだ!いそいでくれ!」

 

「なるほど、別件とはこれのことですか」

 

 僕はヘリコプターに乗り込むとシートベルトをしっかりとつける。落ちたらかなわない。

 

「G36!」

 

「大丈夫です」

 

 G36は銃口を屋上へと向けながら扉近くに座り込む。落下防止用のストラップをつけて、バルソクへと合図を送った。

 

「それじゃあ飛ぶぜ!」

 

「バルソクさん!」

 

「どうしたんだナオ!」

 

「ヘリの操縦経験が!?」

 

「ないよそんなもん!でも大丈夫だ!」

 

 不安で仕方がなくなってきたが、僕はとりあえず神にでも祈ることにして目を閉じた。

 

 ふわりとした浮遊感を感じたあと、一気に加速度が身体を締め付ける。

 

 九美とG36がGOサインを出した時点で薄々気づいていたことだが、思った以上に操縦はスムーズだった。

 

「G36さん、九美さんはどうやって回収するんですか」

 

「まあ見ていればわかります」

 

 ヘリは高度を下げる。そしてビルの真横へとついてホバリングをし始める。

 

「いったいなにを——」

 

 パリーンと窓が割れる音が、ビルの方から聞こえる。急いで視線を向ければ、ヒト型のなにかがこちらに飛びかかってきていた。しかしさすがに距離が届いていない。

 

 人影は、何かをこちらに打ち出してくる。それはワイヤーだった。正確に打ち出されたそれは、ヘリの右足へと絡まる。

 

「ゆれるぜ」

 

 その忠告は僕には少し遅かった。その分の体重がかかった瞬間、ぐらりとヘリが傾く。しばらく右へ左とゆれてから、ようやく収まる。

 

「随分とアクティブな帰還方法ですね、九美さん」

 

「えへへ、かっこよかった?ただいま」

 

 ワイヤーをたどってよじ登ってきた九美は、僕の隣へと座り込む。

「あっ触らないで」

 

「ああ、すみません」

 

「ほら、血まみれだからさ」

 

 G36が手渡したタオルでぬぐいながら、九美はホルスターをはずして、空いている座席にそっとおく。もうマガジンは空のようだった。

 

「九美様、ナイフを」

 

「ああ、これ」

 

 腰に隠された鞘から、ナイフをとりだす。G36は睨みつけるようにナイフをみると、次は咎めるように九美の方へと視線を向ける。

 

「帰ったらやり直しですね。まだ全然ものにできていないようです」

 

「だよねぇ……。よろしくね、G36!」

 

 しょんぼりと肩を落としながらも、九美はそう明るく答えた。



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情報を制する者は——

 その日は記録的豪雨だった。喫茶店の軒先で雨宿りをしていると、同じように雨の中を女性が走ってくる。そして僕の隣に立つと、水気を払う。

 

「もう、最悪」

 

「大変ですね」

 

 ハンカチをさしだすと、ありがとうと言って濡れた箇所を拭き始める。

 

「お兄さんも雨宿り?」

 

「そんなところですね。この雨の中を帰りたくもないですし」

 

 今日は護衛を付けていなかった。比較的治安の良い地区にいるのもあったし、他のメンバーが仕事に追われているというのもあった。かくいう僕も商談の帰りであり、ゲリラ的に降ってきた豪雨にひいひいと悲鳴をあげながらこの場所にたどり着いたというわけである。

 

「災難でしたね。まったく運がないものです」

 

「そうだ、せっかくだし店でなにか奢らせて」

 

「奢りだなんてそんな。でもお茶のお誘いには乗ることにしますかね」

 

 喫茶店の扉を開くと、チリンチリンとベルがなる。席に案内され、適当にコーヒーを二杯頼んだ。

 

「そういえばお名前を伺っても?」

 

「あら、こういうのは普通そっちから名乗るものじゃないの?」

 

 クスクスと笑う彼女は、控えめに言っても美人な女性だった。

 

「これは失敬。僕はこういうものです」

 

 偽装用の名刺を女性に渡す。名前こそ本物だが、ダミー会社のいち社員ということになっている。

 

「ナオっていうのね。私は——」

 

「当てて見せましょうか?」

 

「聞こうじゃないの」

 

 というよりも、すぐに分かってしまっていた。人目彼女を見た時から、名前と職業を。

 

「Five-seveN、どこに所属かは知りませんが戦術人形ですね?」

 

「あら、随分と見る目があるじゃない。この名刺は嘘?」

 

「いえいえ、これは趣味の範疇ですよ。こう見えて銃など好きなもので。そしてそのように銃を携行するのは戦術人形という可能性が高いですからね」

 

「ふふふ、私、あなたのこと気に入ったわ」

 

「それは光栄ですね」

 

 コーヒーが運ばれてきて、一度会話が途切れる。

 

「そういえばなんだけど……」

 

 あらためて57(Five-seveN)がそう切り出す。

 

「あなた、武器商人でしょ」

 

「武器商人ですか?」

 

 目立った動きを見せたつもりはなかった。背筋に冷や汗が流れる。

 

「ええ、いやまあこれも簡単な推理なんだけどね」

 

 そういいながら57は、一枚のメモを机の上に置く。

 おそるおそるそのメモを手に取り、開く。

 

 そこには、僕の詳細プロフィールが羅列されていた。あきらかに一般人では知り得ない情報だ。やはり、警察か軍などの所属か……。

 

「まあ待って。どうやら誤解されてるみたいだから言うけれど、私は別に警察とか軍の人形じゃないわよ?」

 

「ではこの情報はどこで?」

 

「私の技術というところね。どう?」

 

「どうって……、これが個人のリサーチだと言うのなら素晴らしい能力だと思いますが」

 

「そう!それは良かった。ねえ、私と組まない?」

 

 そういいながら、57は僕の手をとる。

 

「組むですか?」

 

「そう、このリサーチ力を買わない?」

 

 こういったときに打算的に考えてしまうのが僕の悪いクセだ。

 

 もし57がどこかの所属だった場合、一緒に行動すれば僕の居場所は筒抜けとなる。そうなればいつ暗殺されても文句は言えない。

 

 逆に57が本当にフリーだった場合、こちらのほうが恐ろしい。僕と絡むメリットはないはずだ。僕は金払いが悪くはないと自負しているが、これだけの能力があればフリーのままの方が稼げるはずである。行動原理がわからないというのは、それだけで不安要素だ。

 

「ねえ、どう?」

 

 あざとく首をかしげる彼女に、僕はこほんと咳払いをする。

 

「考える時間はくれますか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「では後日、連絡させてもらいますね」

 

 手を離してもらうと、僕は伝票を持って立ち上がる。

 

「もう帰るの?まだ雨だけど」

 

「どうやら迎えが来たみたいなので」

 

 外には見覚えのあるセダンが停まっている。バルソクが運転席で暇そうにしているのが窓越しに見えた。

 

「私も乗せてってくれればいいのに」

 

「車に発信機でも付けられたら敵わないのでね」

 

「ケチ」

 

「おお、目線が痛いですね。では、失礼しますね」

 

 レジで二人分の会計を終わらせて店を出る。外に出ればバルソクがこちらに気づいて車を寄せてきた。

 

「ナオ、おかえり」

 

「ありがとうございますバルソクさん」

 

「ん?迎えにくるのがワタシの仕事だろ?」

 

「いえ、そうではないんですが。とにかく助かりましたよ」

 

「よくわかんないけど、どういたしましてだな」

 

 バルソクは軽快に車を発進させ、道を移動する。

 

「ああ、先に寄るところがあるんですが、次を右に曲がってもらえますか」

 

「りょーかい」

 

 その後もてきとうに指示をして、橋の上に停まってもらう。

 

「まったく、油断も隙もないですねあの人は」

 

 僕は袖口をまさぐり、そして小型の機械を取り外す。

 

「ナオ、それは?」

 

「かわいい子うさぎのいたずらです」

 

「なんだそりゃ」

 

「気にしなくていいですよ」

 

 僕は窓を開けると、川にその機械を投げ込んだ。

 

「まあいいか。じゃあ帰るぜ」

 

 そういって今度こそ、拠点への帰路についた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あの、九美さん」

 

「ん?なにかなナオ」

 

「その、これは違うんですよ」

 

「へ~。じゃあ何が違うのか聞いてもいいかな?」

 

 僕がホテルに戻ると、俵巻にされている57が僕のベッドの上に転がっていた。

 んーんーと唸る彼女は、必死に僕の方へ助けの手を求めている。

 

「私、てっきりナオのお客さんかと思ったからあげたら突然要警戒名刺だされるし、個人情報完全に抜かれてるし、しかもナオの匂いがするし、てっきり敵かと思ったんだけど?」

 

「彼女は……そのなんというか、喫茶店で知り合った仲ではあるんですが」

 

「ふ~ん」

 

 いつもより目を細めている九美はすこし怒っているように見えた。

 

「とりあえず敵という認識は間違っているので離してやってくれませんか?」

 

「まあナオがいうなら……」

 

 縄をほどかれた57は、しゅんとしながらベッドの上で正座になる。ああでも僕の枕を抱いているのはどうにかしてほしい。

 

「それで、あなたは?」

 

「9、自己紹介は必要?」

 

「九美ってよんで」

 

「じゃあ九美、自己紹介をもう一度した方がいいの?」

 

「ねえナオ——」

 

「わかった!わかったからその手に持ってる縄をおいて!?」

 

「九美さん、まずは話を聞きましょう?」

 

「ナオがいうのなら」

 

 そういって九美は縄をベッドに放り投げた。

 

「それで、後日連絡をするつもりだったのにどうして今ここにいるんですか?」

 

「いやだって本人を落とせないのなら外堀からと思って」

 

「……、こちらの九美さん、何者かご存じですか?」

 

「UMP9のダミーモデル、ナオのチームの唯一の戦術人形で違法人形ってところ?」

 

「大正解です。そしてどうしてそれを知ってながら戦闘を仕掛けたんですか?」

 

「戦闘なんて仕掛けてないわよ!ただナオの知り合いだっていったら突然有無をいわさず——」

 

「九美さん?」

 

 真意を確かめるために九美の方へと視線を向けると、後ろめたいかのようにサッとそらされる。

 

「はあ……、こっちの不手際のようですので謝罪しましょう」

 

「でもナオ!」

 

「九美さん。早とちりは致命的ですよ」

 

「……、ごめんなさい」

 

 真顔で頭を下げるものだからとどうかと思ったが、どうにも57はそれで十分だったらしい。ムスッとしていた顔がにこやかになり、それじゃあと話を切り出す。

 

「私をこのチームに加えてよ」

 

「却下」

 

「無理です」

 

「どうしてよ……」

 

 ホテルの一室に、悲しいそうな声が響く。

 

「ナオ様」

 

「G36さん」

 

「一つよろしいでしょうか?」

 

「はい、なんですか?」

 

 それを見かねたのか、扉の前で待機していたG36が動いた。僕の横を通り過ぎて57のもとへ行くと、耳元に口を近づける。そして僕らには聞こえない声で、何かをささやき始めた。

 

 最初こそは普通に耳を傾けていた57だったが、次第に、顔から血の気が引いていく。思えばここまで表情豊かな人形は初めてかもしれないなどと感心していると、話がおわったらしい。

 

「ナオ様、こういったのは手綱を握っておくのも一手かと」

 

 なにやらブルブルと震える57を横目に、G36の言葉を検討してみる。

 いままで、そういった情報収集担当はG36の仕事だった。しかし、彼女自体は家事などもしてくれている。彼女の負担を減らしてあげたいとは前々から思っていたことの一つだ。

 

「そうですね。G36さん、君の下につかせるという形にはできませんか?」

 

「ナオ様がそう言うのであれば、一人前駒として扱ってみせましょう」

 

「よし。57さんもそれでいいですか?」

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

 57が深々とDOGEZAを決めているのを見て、僕は今後に不安を抱かずにはいられなかった。




お気に入り登録および評価、それに感想もありがとうございます。これからも引き続き、よろしくおねがいします。


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キャリーバッグ

「ねえナオ!どうしたの突然!」

 

「バルソクさん、早く車をだしてください」

 

「お、おう」

 

 珍しくは僕は焦っていた。ネクタイを締めながら廊下へと出る。

 

「落ち着いて?」

 

「……、車で移動中に説明します」

 

 僕は説明を放棄して、ロビーに出る。そこにはすでに、57とG36が準備を終えて待機をしていた。

 

「じゃあ車とってくるな」

 

 バルソクが走ってホテルを出ていく。僕は腕時計の時刻を確認して、それからバッグの中からタブレットを取り出す。

 

「ナオ?」

 

「待ってください……、もう少し」

 

 タブレットで地図を開き、最短経路を計算させる。

 

「ただの畑?」

 

「確かに畑の地帯ですが、少し違いますね」

 

 キキッと軽快なブレーキ音を聞いて、ロビーから外にでる。車に乗り込み地図をバルソクに見せると、一瞬で暗記してアクセルを踏み込む。本当に良いドライバーを手に入れた。

 

「見てください。これ、なんだかわかりますか?」

 

「倉庫?でも何の」

 

「軍事物資です」

 

「え?」

 

 九美が僕からタブレットをとりあげる。

 

「どう見たって普通の倉庫だけど」

 

「航空写真だとそうなるように建てられているんですよ。手口としてはよくある話です」

 

「でもここに急行してどうするの?」

 

「実はですね、中のものに気になる商品がありまして」

 

「強奪しにいくってこと?」

 

「まさか、ちゃんと取引しますよ。僕は商売人なのでね」

 

 それにこの倉庫は軍の息がかかっている可能性が高かった。そういう敵に回すリスクはなるべく避けておきたい。

 

「今回奇跡的に管理人に電話が通じたんで、現物を急いでとりに行くところですよ」

 

 住宅街を抜け、あたりに畑が多くなってくる。景色の変化を楽しみつつも、今回の商談で切れるカードを確認していた。

 

「九美さん。今回は僕一人で行きます」

 

「危険だよ?」

 

「しかし……」

 

「私も行くよ。ナオが言いよどむってことは相当危険なんでしょ?」

 

 僕は黙りこくってしまった。それはつまり肯定の意を表しているに等しい。

 

「それにバックアップは十分だよ。もう私とナオ以外に3人もいるんだから」

 

「そう……ですね。わかりました」

 

「もう、最初っから素直に守らせてよ」

 

 九美さんはブツブツとつぶやきながらケースを取り出し、中からUMP9を取り出している。ホロサイトの電源をいれ、調整を始める。

 

「そういえばナオ」

 

 運転中のバルソクが、ハンドルを握ったまま話しかけてくる。

 

「なんですか?」

 

「後ろに新しいケースがあったけど、あれは?」

 

「今回の商談のカードです……が」

 

「が?」

 

「最悪の場合は使ってください。バルソクさんには長物を渡してなかったので」

 

「おいおい私はついでか?」

 

「でも気にいると思いますよ?」

 

「まあナオが言うならそうなんだろうな。楽しみになってきた」

 

「使わないのが一番ですからね?」

 

「わかってるって~」

 

 急に機嫌を良くしたバルソクは、鼻歌まじりにハンドルを回転させた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ここですか……」

 

 倉庫の扉には、大きな錠前でロックがかかっていた。そしてなにより、サビだらけの扉はここにめったに人がこないことを伝えてくれていた。

 

『ナオ様、道路東側から一台接近』

 

「ありがとうございます。とりあえずは待機を」

 

 G36と57には少し離れたところで監視をしてもらっている。バルソクは運転手として、そして九美は僕の護衛として隣に待機している。

 

 目の前に停まった車から、サングラスをかけた人物が降りてくる。

 

「はじめまして。あなたが管理人ですか?」

 

「ああ、たしかナオとか言ったか。商談に入ろうじゃないか」

 

 男は鍵を取り出すと錠前に差し込む。随分と前時代的なセキュリティ

は、その鍵一本であっさりと僕たちを受け入れる。

 

「ようこそ、我らが武器庫へ」

 

 男はそう嗤い、慣れた足取りで奥へと向かう。

 

「おっと、これ以上先は一人で頼むよ。狭くなってるんでね」

 

「……、わかりました。九美さん」

 

 また何か言われるかと思ったが、九美はあっさりと了承して外に出ていった。

 

「今回は電話をどうも。ナオさん、最近話題の武器商人だとか」

 

「いえいえ、まだまだ若造です。勉強ばかりですよ」

 

 当たり障りなく会話を続けながら、倉庫内を見渡す。そこには、所狭しと前時代の兵器が詰め込まれている。小銃から爆発物、多少ながらに車両もだ。

 

「気になるか?」

 

「ええ、この量の武器を見るのは初めてでして」

 

「はは!なるほど。なあに、すぐにナオさんもこういった倉庫を持つようになるさ」

 

 先程から笑ってこそはいるものの、男の言葉にはなにか冷たいものを感じていた。

 

『ナオ、今度は西側から車両。それも複数よ』

 

「おっと失礼、電話をかけても?」

 

「ああ、どうぞ」

 

 57の通信を聞いて僕は電話をかけるフリをする。

 

「もしもし、はいナオです」

 

『えっと大きめのバンで数は3。運転席に一人。後ろはスモークガラスが入っててわからないわ』

 

「そうですか……、少し待ってください」

 

 僕は男のほうへと振り返り、嗤い返す。

 

「すみませんが今日は他に商談が?」

 

「いや、予定にはないが」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 僕は再び携帯を耳にあてる。

 

「とのことですので、プランどおりに」

 

『りょーかい!』

 

「いったいさっきから何だ?」

 

「いえ、こちらの都合ですので。それでは商談に戻りましょう」

 

 無性に笑いたくなるけれども、そんな場合ではない。

 

「……、これだ」

 

 机の上に置かれた大型のキャリーバッグを開く。そこには、身体を折りたたむようにして少女が入っていた。まるで眠っているようなそれは生命活動をしていない。つまりは人形だった。

 

「なるほど……」

 

 見たところ大きな傷もなく、手を加えられた様子もない。

 

「このような代物をどこで?」

 

「コネがあるんでな」

 

「これほどとは驚きましたよ。では、対価の方ですが——」

 

「いらねえよ」

 

 カチャリと音がしたと思うと、次の瞬間にはすでに銃を突きつけられていた。

 

「SIG SAUER P220、いい銃です」

 

「お前の頭をぶち抜く銃だ、覚えてな」

 

「しかしどうして僕なんですか?」

 

「なぁに簡単なことさ」

 

 男は大声で笑う。

 

「武器商人を殺すにはコレが手っ取り早いだろ?」

 

「そうですか……、まあ良い商品には目がないですからね」

 

「あれは手に入れるのは苦労したんだぜ?」

 

「ところで一つ、その引き金を引く前によろしいですか?」

 

「なんだ?お祈りなら後にしな」

 

「簡単なことです。あなたはミスを犯してますよ」

 

「ああ?」

 

「まさかこの程度のことに備えてないとでも?」

 

 パスっと気の抜けた音がしたかと思うと、男は膝から崩れ落ちる。

 

「九美さん、ありがとうございます」

 

「間に合ってよかった……、撃たれてたらどうするの」

 

「そのときはそのときですよ」

 

 呆れるたというジェスチャーをする九美を横目に、僕は男のポケットを漁る。

 

『ナオ様?』

 

「ああ、やっちゃってください」

 

 倉庫の外で、銃撃戦が始まる音がする。しかし5分ともたたずに、また静寂が戻ってくる。

 

「皆、お疲れ様です。それでは撤収!」

 

「……、ナオ。そのキャリーバッグは?」

 

「今回の目的の品です」

 

 僕は持ってきたバッグから金銭取引の契約書を取り出し、机の上に投げ捨てる。

 

「さて行きましょう。長居は無用です」

 

 ガラガラとキャリーバッグをひきながら出ると、もう全員が揃っていた。西側の道路には、3台のバンがまるで事故を起こしたかのように停まっていた。

 

「G36さん、中の人たちは?」

 

「全員自殺ということにしています」

 

「ならばよし。さて、次のホテルに向かいましょう。はやくシャワーを浴びたいです」

 

 正直に言うと、冷や汗で背中がベトベトだった。皆言わずともそれがわかったのか、少し口角を上げて車に乗り込んでいった。

 

「ナオ、たばこはいいの?」

 

「よくないですね。吸っても?」

 

「ホテルについてからなら」

 

 そう言って九美はタバコの箱を投げてくる。危なげなくキャッチすると、僕も車に乗り込む。扉横のポケットにとりあえず入れておき、僕は次の商談のためにタブレットを取り出した。

 

「ナオ、少し休んだら?」

 

「ホテルに着いてから休みますよ」

 

 半分は本当で、半分は嘘だった。そしてそのことよりも今は、トランクに積まれたキャリーバッグの中身のことのほうが大きな問題だった。




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I.O.P支社

お気に入りが100件を超えました。本当にありがとうございます!


「良い旅を。次」

 

 僕は肩にかけている荷物を持ち直して、先の通路へと進む。同じタイミングで通過した九美とバルソクに合流する。

 

「あの二人、大丈夫かな」

 

「不安ではありますがね。あの二人なら大丈夫でしょう」

 

 それぞれのブースで入国管理官の前に立っている二人を見る。

 

「国は……」

 

「珍しい国でしょ?いままで同じ国出身の人に会ったことがないの」

 

 女性審査官にフランクに話しかけているのは57だ。

 

「巡礼の旅ですか」

 

「はい、ここの一つに場所がありまして」

 

 敬虔な信徒のマネごとをしているのはG36である。手を合わせる姿が様になっている。

 

 今回の国は、とあるPMCが自治権を持っている国である。この国では人形の入国制限が厳しい。よって僕以外の皆は偽の身分で入国することにしたのだった。

 

 二人の審査官は、パスポートをしばらく眺め、それから印鑑を手に取り、そしてその手を止めた。そしてほぼ同時に口を開く。

 

「?!*&@%$?*&」

 

「洗礼名は何と言うんです?」

 

 それは、想定外の事態だった。片方は何語かもわからぬ言語であるし、もう片方に至っては僕の知識にはないものだった。パスポートは先程渡したばかりで、事前に準備できていたわけもない。

 

「九美さん、一応銃の準備を」

 

 最悪の場合、騒ぎをおこしてでも逃げる必要がある。バルソクも意図を理解したようで、先に車を確保しに行ってくれた。

 

 しばらく何も答えずに沈黙している二人を見て、審査官は無線に手をのばす。

 

「!*&&?&@%?!*@%$?*&」

 

 最初に口を開いたのは57だった。

 

「?!*&@%&!@%$*&」

 

「&@%$?*&?!*$?*&?*&$?*&」

 

 会話のようなものが終わると、なにやら審査官はうれしそうな表情を浮かべていた。そして無事に、Five-seveNはパスポートに印をつけて返される。

 

 G36も、意味ありげに目を瞑って答える。

 

「聖書36章2段。ここまで言えばわかりますよね?」

 

「なるほど!良い名前を授かりましたね」

 

 G36の方も無事に通過できたようだった。

 

「二人とも良かった」

 

「ご心配をおかけしました」

 

 頭を下げるG36に無事で何よりと告げつつ、57に尋ねる。

 

「57さん、あれは何語ですか?」

 

「知らない?〇〇語っていうんだけど」

 

 もちろんそんなマイナーな言語を僕が知るわけもない。57はそう答える僕をみて「じゃあ今度じっくり教えてあげる」と意味ありげに笑みを浮かべていた。

 

=*=*=*=*=

 

 

「ナオ、行き先は本当に間違っていないのか?」

 

「ええ、ここで間違いないです」

 

 不安そうにハンドルを握るバルソクに、僕はそう答える。確かに、バレてないとはいえ違法入国してきた僕らの行き先にしては、目的地は随分と危険なところだ。

 

「ナオ様、I.O.Pにはいったい何の目的で向かわれるのですか?」

 

「G36さんなら既にわかってそうですが、まあ僕の口から説明しましょう」

 

 僕はコーヒーをすすりながら、バックミラー越しに後部座席を見る。

 

「目的は一つ、人形に烙印を刻むことです」

 

「そんなことが違法人形にも可能なの?」

 

 九美の言う通りである。そもそも、一般人が戦術人形を持つことは基本的に禁止されている地域だ。

 

「ですが何事にも抜け穴は見つかるものです。I.O.Pもまっさらな企業ではないということです」

 

「じゃあその抜け穴を使って人形を戦術人形化するってこと?」

 

「57さんの言う通りです。そして今回つないだパイプは今後に大きく役立つでしょうから、すごく重要です」

 

 こんなチャンスは二度とやってこないだろう。この日のための下準備には相当な時間をかけた。この商売を初めてから最も手間がかかっているといってもいい。

 

「ねえナオ」

 

「なんでしょうか57さん」

 

「私は近くのどこかで降ろしてくれない?」

 

「なにか用事が?」

 

「いいえ、そういう訳ではないけれど。でも待ち時間が多いなら街の散策をしてみよっかなって」

 

 声色で本意は判断できなかった。顔を見ても、いつもどおりの表情で読めない。

 

「わかりました。ただし単独は危険なので……、G36さんと一緒でしたら」

 

「拒否するわけがないじゃない。喜んで美人とデートしておくわ」

 

 G36ならば、57の監視役としては適任だろう。それに、もしこちらでなにかあっても彼女なら臨機応変に対応がとってくれるだろう。

 

「ナオ様……?」

 

「頼みましたよ、G36さん」

 

「え、ええ……わかりました」

 

 微妙な顔をしているけれど許してほしい。バルソクには車の運転を任せたいし、九美にはI.O.Pで少ししてもらいたいことがある。

 

「幸いここは治安が良いので護衛もそこまで必要ではないでしょう」

 

「それに私がナオのことしっかり守るから!」

 

「九美様もそう言うんでしたら」

 

「あっここで降りましょ。アーケードになってるみたい」

 

 路肩へと車が停まるなり、57は颯爽と降りてG36へと手を差し伸べる。G36は、ため息をつきながらも、その手をとって車を降りた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 正門に車をつけ、警衛室へと向かう。

 

「すみません、先日連絡したナオ・ハルロフと申します」

 

「はい、ナオ様ですね。少々お待ちください」

 

 警備員が無線で通信し始めたのを見て、僕はタバコを一本取り出した。なにやら長話になりそうな気配がした。

 

 ちょうど一本吸いきったタイミングで、警備員から声がかかる。

 

「ナオ様、すみませんがそういった連絡は来てないようですが」

 

「あれ、おかしいですね……」

 

 不安そうに後ろに立っている九美をなだめつつ、僕は警備員に近づく。

 

「いろいろな部署に確認をとりましたが、そういった話はないと……」

 

 そうはいいながらも、警備員は媚びたような表情を浮かべてくる。

 

「ああ、そういうことですか」

 

 やたらと演技がかっているわけである。僕はポケットから札を数枚とりだし、こっそりと警備員に渡した。

 

「ああそう言えば、もう一つ部署がありました。連絡してみますね」

 

 警備員は白々しくそういうと、警衛室へと戻っていった。

 

「ナオ、これも計画のうち?」

 

「いえ、そういうわけではありませんよ。しかし、想定内ではありましたが」

 

 そもそも違法な改造依頼を受け付けるような連中だ。一癖二癖ある人間がいるのはなにもおかしいことではない。

 

 ゲートが開き、車が敷地内へと入っていく。目的の建物と駐車場とは離れているため、車をバルソクにまかせた。ガラガラとキャリーバッグを引いて建物に入れば、すぐに白衣を着た男が迎え入れてくれる。

 

「お待ちしてましたよ、ナオさん」

 

「お世話になります、博士」

 

「ささ、こちらへ」

 

 博士の案内で手術室のような場所へと案内される。部屋の真ん中にはカプセル状の大きな機械がおいてある。

 

「依頼の内容は事前に話した通りです。おねがいできますか?」

 

「ええ、しかし条件がありまして」

 

 博士は申し訳無さそうにペコペコと頭を下げる。

 

「いえ、無理は言えませんよ。それで条件とは?」

 

「施術は機密ですのでどうか外でお待ちいただきたく」

 

「その程度でしたら全然」

 

「そうですかありがたい。いえ、これで一定数拒否する人がいらっしゃるもので」

 

 確かに危険かもしれない。この博士が僕らを騙し、通報したり商品を窃盗したりする可能性もあるだろう。

 だからこれは賭けでもある。ハイリスク・ハイリターン。いわば僕らしからぬ取引だ。

 

「それではお願いします。近くのベンチにでも座ってまっていますので」

 

「はいはい、完了したら再パッケージしておきますので」

 

 僕は博士にキャリーバッグの鍵を渡して部屋を出る。あとから着いてきた九美は、やはりどこか不安そうにしていた。

 

「とりあえず座りましょうか」

 

「ナオ、本当に大丈夫なの?」

 

「正直言えばもう一服したいくらいに僕も不安ですよ」

 

「まったく……。でも残念、禁煙みたい」

 

 九美の指差す方向には、禁煙の注意書きが入念にされていた。非常に残念である。

 

「少し外に行ってきても?」

 

「ダーメ。それにあまりウロチョロしてると警備の人につかまっちゃうよ?」

 

「確かにそれは困りますねぇ」

 

 タバコは諦めることにして、僕は飲み物を求めて近くの自販機へと向かった。




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滴り落ちる雫

感想評価、励みになっています。いつもありがとうございます。


「ナオさん、終わりましたよ」

 

 施術室から男が出てきたのを見て、僕も立ち上がる。

 

「連れの秘書の方は?」

 

「ああ今、化粧直しに少し」

 

「そうですか。では商品の引き渡しを」

 

 そういって施術室へと案内される。

 

「施術は無事に成功。烙印の定着率も安定。申し分のない出来かと」

 

「ありがとうございます」

 

「しっかしこれほど状態の良い人形はどこで?」

 

 ポロっと言葉を漏らしたのだろう。無駄口は首を閉めることにしかならない。彼はしまったとすぐに顔色を変えた。

 

「知りたいですか?」

 

「いえ、結構。それよりお代の方は」

 

 冗談交じりにそう言えば、心底安心したかのように息をついた。

 

「ええ、今から口座に」

 

 僕はタブレットを取り出して振り込む。

 

「3種の口座に2:3:5の割合で、間違いなかったですよね」

 

「ええ、そのように」

 

 面倒な手順ではあるが、それだけの額が動く。この商売はこうでもしないとすぐに目についてしまうのだ。

 

「それと、これはほんのお気持ちです」

 

「まさか!おおありがたい」

 

 僕は懐から封筒を取り出した。ほんの1束であるが、これがあるのとないのとでは天地の差がある。

 

「まいど。今後もご贔屓に」

 

「ええ、お世話になります」

 

 気味悪く笑う彼と力強く握手をして、それではと部屋を出ていく。

 

「ナオ!終わった?」

 

 部屋の外では、頼み事を終えたであろう九美が待ってくれていた。

 

「ええ。九美さんのほうはどうでしたか?」

 

「バッチリ!報告を楽しみにしといて」

 

「そりゃなによりですね。では帰りましょうか」

 

 バルソクに連絡し、入り口まで車を持ってきてもらう。

 

「ふたりとも、おつかれさん」

 

「ただいまです。では、残り二人も拾ってから帰りましょうか」

 

 車は静かに発進し、スムーズに敷地内を走る。

 

「そういや九美は何をしてたんだ?」

 

「ん、私?」

 

「ああ、ナオからなにか頼まれてたんだろ?」

 

「えーっと、言って良いのかな」

 

 僕はどうぞと返す。わざわざ隠すまでのことでもない。

 

「I.O.Pで情報収集かな。主に人形のほうからね」

 

「なるほど、それで人形の九美をってことか」

 

 九美の言う通り、中で情報収集をしてもらっていた。特に人形の間での噂話の方だ。

 何かしら類似点があると、人は心を開きやすい。それは人形にも言えることであって、人間の僕では聞き出せないような話がないかを探ってもらっていた。

 

「すごかったよ。みんな着任前だからか口が軽かったし」

 

「そりゃなによりだ……、っと」

 

 入ってきた検問所の前で、いったん車が停止する。

 

 門がゆっくりと開いていく。入るときのようなゴタゴタはなかった。

 

「そうだ。二人はどこで拾えばいいんだ?」

 

「そうですね、連絡してみます」

 

 僕はG36のもつ携帯に電話をかける。数回のコール音の後、落ち着いた声が聞こえる。

 

「G36さん、いまこちらの用事が終わりまして、合流したいのですが」

 

『ナオ様、すみません。いますこし問題がおきてます』

 

「なんだって?大丈夫かい?」

 

『重大なものではないのですが、ナオ様に来てもらう必要がでてきまして』

 

「わかりました、そっちに向かいます。いまどこですか?」

 

 返ってきたのは街の中のカフェだった。

 

『私がいながら申し訳ありません』

 

「気にしなくていいですよ。ちょうどコーヒーでも飲みたかったところですし」

 

 携帯を切ると、バルソクにカフェの場所を伝える。バルソクが車線を急に変えて進路変更するのを見ながら、ふう、とため息をつく。

 

「まあ、ちょうどおやつ時ですし良いタイミングということにしましょう」

 

 そうでもしてないとキリキリ痛む胃に耐えられそうになかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「というわけで今からナオ様が来てくださるそうです」

 

 G36が席に戻ると、ピシッと背筋を伸ばした57がビクリと震える。

 

「はあ、もう怒ってないですからそんなに緊張しなくてもいいですよ」

 

「ほんとに?よかったぁ」

 

「ですが、わざわざナオ様を呼ぶはめになったのはあなたのせいであることは忘れないように」

 

「ハイ」

 

 再びピシリと姿勢を伸ばす57を見て、G36はため息が止まらなかった。

 

「わがままを言ってしまい申し訳ありません」

 

「いえいえ、これもすべてこちらの57が口を滑らしたのが発端ですから」

 

 57の対面に座る美女に、G36は慌てて謝った。

 

 

 

 

 話はG36たちがナオと別れたころに遡る。

 

 

 

 

「ねえG36、あの店に入ってみようよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

「もう。少しは楽しそうな顔したら?せっかくの綺麗な顔が台無しよ?」

 

「これがデフォルトですから」

 

「かっちこちねぇ。まあ、そういう堅いところも好きよ」

 

「それはありがとうございます」

 

「あっ今、照れたでしょ」

 

「照れてません」

 

「は~あ、かわいい。あっ、あそこのカフェなんて良さげじゃない?」

 

 57は有無を言わさずにG36を引っ張っていく。G36は諦めたかのように引きずられてカフェへと入っていった。

 

「ねえ、一口ちょうだい?」

 

「はぁ、どうぞ」

 

 G36がパフェを差し出すと、ノンノンと言わんばかりに57は指を振った。

 

「あーんして」

 

「いらないんでしたら初めからそう言ってください」

 

「いけず~」

 

 外は雨が降り出していた。今朝の新聞では予報されてなかったはずだとG36は思い出す。案の定、30分もせずに雨は止んだ。

 

 

 カランカラン

 

 

 止んで数分後、カフェの入り口のベルが鳴る。新しいお客であろうとG36は目すら向けなかったが、57はすばやく立ち上がった。

 

「ちょっとマスター、タオルかして!」

 

 マスターからタオルを借りると57は入り口でたたずんだままの美女にかけよった。さきほどの雨で濡れたらしく、雫が滴り落ちている。

 

「ほらもう、風邪をひくわよ」

 

 そこでG36は改めてその美女に目を向ける。

 真っ白な肌に髪。喪服のような黒い服の上からでもわかる整ったスタイル。そして大きな花の髪飾り。アンバランスなように見えて、そのすべてをトータルすれば美しいの一言に集約される。

 

「どうもありがとう」

 

「ほら、髪飾りも拭くから外して?」

 

「いえ、これは自分でします」

 

 キョロキョロと席を探す彼女を、57は自然にカウンター席へと誘った。

 

「それで、何があったのよ」

 

「いいえ、話すようなことは何もありませんわ」

 

「何もないなら雨に濡れながら泣くわけがないでしょう?」

 

 そういいながら、57は彼女の涙を拭った。その涙は、まるで花の蜜のような琥珀色であった。

 

「これは……涙ではありません。ただの目の故障ですから」

 

「まあ無理して言ってもらうのも違うか」

 

 57はコーヒーを二杯頼む。マスターは寡黙なまま、メーカーに豆をセットし始めた。

 

 G36の手元にあるコーヒーが、カウンターの上に置かれる。湯気を出してアロマを存分にだすコーヒーを、彼女は手にとった。

 

「実は……、大切な人を亡くしました」

 

「そう、それは悪いことを聞いたわね」

 

「いえ、お気になさらず。私も決心を付けなければいけないことですから」

 

「どんな人だったの?」

 

「まっすぐな人でしょうか。まるで父親のように、私たちを引っ張っていってくれる、そんな存在でしたわ」

 

 悲しい声は出ているが、涙はまるで枯れてしまったかのように乾いたままだ。

 

「でもある日、突然死んでしまいました。ただの事故でしたわ。すべてを残したまま、急に」

 

 ポツリポツリと呟くように、そして思い出すかのように彼女は語る。静かなカフェの中では、コトコトとなにかを煮込む音以外に彼女の声を遮るものはなかった。

 

「行く宛もなく、私たちは離ればなれに。そして故障が見つかった私は、廃棄へと話が纏まりました」

 

「廃棄?」

 

「ええ。けれど、私はまだ墓参りにすら行けてなかったものですから、こうやってみっともなく逃げて、そうしたらここにたどり着いたという訳ですの」

 

「ふ~ん」

 

 57はしばらく目を閉じて、なにか考えを巡らせる。そして、彼女の手をとる。

 

「じゃあ私がそのお墓まで連れて行ってあげる」

 

「ここからでは距離が」

 

「かまいやしないわ。うちには優秀な足がいるもの」

 

「私は追われる身ですわ」

 

「私たちも似たようなもんよ」

 

 じゃあ決まりと手をたたいて、57はにっこり笑顔でG36の方へと振り向く。

 

「というわけでナオに連絡をよろしく!」

 

 57はいい笑顔で、そうサムズアップした。

 しかし、その笑顔はだんだんと崩れ、そして青ざめていく。

 

 G36が怒った顔をしているからではない。むしろ笑顔だ。これまでにないほど、口角が上がっている。

 笑顔と言葉の圧で57が姿勢を正すまで、そう時間はかからなかった。

 



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