潜水直接教育艦ふゆしお (h.hokura)
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海洋実習編
1.6月5日・その1


冒頭のシーンは、有名な潜水艦映画の「Uボート」と円谷プロ制作のマイティジャック第一話「パリに消えた男」からです。



悪夢の様なRATtウィルス事件から一か月が立っていた。

晴風や武蔵等まだ復帰出来ないクラスが多い中、横須賀女子海洋学校では、海洋実習が再開していた。

これは少しでも早く横須賀女子を正常な状態に戻したいと言う横須賀女子海洋学校の校長である宗谷 真雪の決断だった。

これにより無事だったクラスは海洋実習に出始めていた、潜水直接教育艦ふゆしおのもその中の1艦だった。

 

そのふゆしおは硫黄島近海を浮上航行していた。

「硫黄島まで20キロです。」

「現在の速力は10ノット、機関に問題なし。」

航海員と機関員の報告の声が発令所内に流れる。

「了解しました、ふゆしおは現在の進路と速力を・・・」

記録員がそう指示を出そうとした瞬間、梯子を滑るように降りて来た艦長が指示を飛ばす。

「急速潜行、総員戦闘配置に付いて下さい。」

「機関停止、メインモーター切り替え。」

「注排水弁開きます。」

機関員と注排水管制員がそれぞれコンソールを操作し始める。

「総員戦闘配置、急いで!」

記録員の指示で艦内にアラームが鳴り響く。

艦長に続いて指令塔のハッチを閉めた航海管制員が降りて来る。

「全ハッチ閉鎖よし。」

発令所の表示を確認した記録員が報告する。

「ベント弁開け、潜航。」

「ベント弁開きます。」

「潜行。」

注排水管制員がベント弁は開く操作をし、操舵員がジョイ・スティック型の操舵装置を操りふゆしおを潜行させて行く。

「深度70まで潜行。」

「了解、深度70まで潜行します。」

深度計の表示を見ながら操舵装置を操る操舵員。

「・50・60・70。」

「艦を水平に、メインモーター出力全開。」

「艦を水平に戻します。」

「メインモーター出力全開。」

ふゆしおは深度70で水平になると速力を上げて行く。

「艦長、総員戦闘配置に着きました。」

「艦首魚雷発射に魚雷装填良し。」

続いて魚雷が艦首魚雷発射に装填、総員が戦闘配置に着いた事が報告されると、艦長の綾は頷き記録員の方を見る。

「記録員、時間は?」

タブレット端末を操作し記録員が答える。

「1分30秒、前回に比べ5秒短縮です艦長。」

その答えに綾は満足そうに微笑むと周りを見渡す。

「演習終了、戦闘配置を解除、浮上します。」

そうこれは演習だったのだ、但しスケジュールされたものでは無く、綾が予告も無く実行する、言わば不意打ちだった。

綾は時々こうゆう演習を行う、必要な時に必要な行動を行える様に皆を鍛える為に。

「了解です、戦闘配置を解除、通常の警戒態勢に戻せ。」

「浮上します。」

その甲斐もあってか、最初は混乱していた乗員達も今はきちんと動けるまでになっていた。

波を割ってふゆしおが再び浮上すると、綾と記録員は航海管制員に続いて指令塔上に出て来る。

「皆さん動きが良くなりましね。」

「艦長が鬼の様に皆を鍛えましたからね。」

悪戯っぽい表情を浮かべ記録員、澤田 亜紀が答える。

「鬼ですか?」

「くすくす冗談ですよ艦長。」

困った様な表情の綾に亜紀は微笑んで答える。

綾と亜紀は潜水艦乗員養成コースの入試で主席と次席と言う関係だった。

まあその差は僅かで、もしかすると亜紀が艦長になっていたかもしれないのだ。

そうなれば互いにライバル心みたいなものが芽生えそうだが、綾は元々人と競うと言う事は考えない性格だったし、亜紀は何が気に入ったのか最初から親しげに接して来たので、今では親友同士の間柄だ。

とは言えまだ実習中なのにそんな感じで良いのかと、某教育艦の副長が言いそうだが(笑)、綾はやるべき事をやるべき時に出来るなら、それ以外で細かくは言わないスタンスだった。

それがふゆしお艦内に独特の空気を生み、個性的な乗員達をまとめている事に繋がっているのだった。

「それで今後の予定ですが、この後硫黄島の訓練施設に向かい、そこで実習を行います。」

やるべき事をやるべき時に、澤田記録員はタブレット端末を操作し今後の予定を神城艦長に伝える。

硫黄島には潜水艦部隊の訓練施設が設けられており、ふゆしおはこれからそこに赴き実習する予定だった。

「分かりました、どんな訓練設備があるか楽しみですね。」

「そうですね・・・ただ男子海洋学校の生徒も居ますから、問題が起きないといいのですが。」

ずっと男の世界だったサブマリーナの世界に女子が入って来たのだ、最初の頃よりはましになったが、女子海洋学校への風当たりは強い。

綾と亜紀はその事を考え溜息を、顔を見合わせると付くのだった。

 

元来潜水艦に分類される艦艇は、全て男性のみで運用されていたのだが、海上だけではなく海底にも都市や資源採掘基地の建設が始まり、それに関連して民間の潜水商船が増加して来た事もあり、ブルーマーメイドもそれらに対応せざるを得ない状況になっていた。

その為まだ小規模ながらブルーマーメイドにも潜水艦部隊が組織されつつあり、それに合わせて女子海洋学校に潜水艦乗員養成コースが設けられた。

ふゆしおはその為に横須賀女子に配属された直接教育艦だった。

そして綾達はブルーマーメイドのサブマリーナを目指し実習に励んでいるのだ。

その前途は中々大変であるが。




はいふりの世界では潜水艦やそれに類するものは男性のみと言う設定でしたが、
それでは寂しいと思い、設定を捏造してしまいました。

恐れ多いですね(笑)、様ははいふりの世界でサブマリン707的な話をやりたかっただけす。

それでは。



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2.6月5日・その2

この作品の主人公である神城 綾の設定は『若宮』と同じになってます。
まあ『若宮』のパラレルワールドな作品と思って下さい。



それにしても・・・綾は周囲の海上を見渡しながら溜息を付いて思う。

自分が横須賀女子に入学し、女子生徒としてふゆしおに乗り込む事になるとは、1年前は想像していなかったと・・・

亜紀が今後の予定を乗員達に説明する為に発令所に降り、見張りに着く航海管制員と二人きりの司令塔上で綾はそうなった経緯を思い出していた。

 

実は綾は他のふゆしお乗員の娘達違い生粋の女性では無った、横須賀女子海洋学校に入学するまでは、神城 薫という名の男性だったのだ。

通っていた中学校で授業中に薫が貧血に似た症状で倒れて病院に行った事が全ての発端だった。

その病院で医者が薫に告げたのは余りにも驚愕すべき事だった。

「落ち着いて聞いて欲しい、君は本当は男性で無く女性だったのです。」

半陰陽、身体は男性だが、遺伝子的には女性だったのだ薫は・・・

本人は最初は理解できず茫然とし、やがてその意味する事を知りパニックに襲われた。

当然その場には薫の母親がいたのだが、医師の発言を聞いても至極冷静だったのが非常に腹立たしかったが。

そして問題は今後どうするかだったが、医師の助言と母の説得もあり、薫は手術を受け女性になる事を決めるのだった。

手術後薫は一年間をリハビリと女性としての最低限の教育、そして受験勉強に費やし、無事に横須賀女子海洋学校に入学する事が出来た。

本当なら薫は東舞鶴男子海洋学校の潜水艦乗員養成コースへ進学する積もりだったのだが、女性になってしまった為断念するしなかった。

せめてもの救いは横須賀女子にも潜水艦乗員養成コースあった事だが、女の園に放り込まれる事に喜ぶ気にならなかったのは言うまでもない。

ちなみに名前も神城 薫から神城 綾に変えた、薫としてはこのままでも良いと思ったのだが、母親が「晴れて女の子になれたのだから、名前もそれらしくしないと!」と言われ変えられてしまったのだ、まあ当人に言わせれば女の子になりたかった訳では無いのにと言う思いはあったが。

そして現在に至るのだが、正直言って綾に横須賀女子海洋学校での生活は、当然の如く女性しか居ない世界故、未だに男性の感性が残っている身としては辛いものがあったのだ。

まあ艦長として職務中であれば、責任と義務を果たそうと言う意志のお陰で何とかなったが、それ以外では狭いうえに密閉された潜水艦の環境のせいで日々の女生徒達との接触(物理的な意味を含めて)に綾は苦労させられていた。

まあ幸いな事にサブマリーナ目指している少女達はその感性も普通の女子と違い、綾にとっては非常に助かったが。

それでも、いやそれだからかもしれないが、彼女達は男としての感性の残った綾の前でかなり無防備な姿をよく晒してくる。

女子が乗艦すると言う事もあってふゆしおは空調設備が整っており、晴風に比べて快適さでは比べ物にならない、また風呂は無いが、立派なシャワールームが存在し、お湯も豊富に使える(もちろん無制限と言う訳では無いが)、しかも身体から髪まで洗える機能付きだったのだが、中型艦故に更衣室を設けられなかった為、乗員は自分の寝台で服を脱いで行かねばならず、タオル一丁で通路を歩き回るなど日常茶飯事なのだ。

始めてその光景を見た綾は、慌てて発令所に逃げ込んでしまったものだった、まあ今では多少慣れた(それでも心臓に悪いが)。

ちなみにその綾だが、狭いながらも個室(艦長室)が有ったので、そこで横須賀女子の体操服に着替え、替えの下着を袋に入れて持って行きシャワーを使った後着替えると言う事をやっている。

「艦長は恥ずかしがり屋ですね。」と乗員に言われるのだが、元男の自分がこんなに気を使って、生粋の女子が何故無防備なのかと理不尽さを感じていたりする。

あと余談だがふゆしおの乗員、潜水艦乗員養成コースの生徒は横須賀女子の制服(セーラー服とスカート)を通常身に着けていない。

理由は簡単だ、普通の艦船と違い潜水艦は艦内の出入りに梯子を使うからだ、そうその姿で昇り降りすればどうなるか、と言えば説明の必要は無いだろう。

だから綾達は青いつなぎ型の作業着で乗艦しているのだ、セーラー服の方は入学式当日に着た位で、その後は学校のロッカーに入れたままだ。

これは潜水艦乗員養成コースの生徒にとっては宿命的な事で、特別な行事でもなければ卒業式まで着る事が無かったりする。

 

兎も角潜水艦乗員と言うのは色々大変なものなのだが、綾はそれに加えて元男だったと言う事もありその苦労は並大抵では無かった。

司令塔上で綾はそんな事を思い出しながら、再び深い溜息を付くのだった。




潜水艦の生活はかなりハードで、お陰で女性の乗員は居なかったらしいですが、最近読んだ本によると、アメリカ海軍のオハイオ級原子力潜水艦で女性の乗員が誕生したと書かれていました。
既に海自では女性のイージス艦の艦長も生まれていますし、現実が小説やアニメの世界に追いついて来てしまったのかと思われてしかたがありませんね。
まあ男の世界が侵食されて来たと嘆く向きもありますが。
あと潜水艦の生活で匂いについての描写があり、それが女性に向かない理由の一つと言われる様ですが、それって密閉され風呂にも余り入れない為のものと言われてますが、私としては昔読んだ潜水艦漫画(沈黙の艦隊だと思いますが)で、海自潜水艦の艦長が言っていた「こんな重油臭い艦では無く、快適な艦で・・・」と言っていたセリフから、積まれている燃料の匂いが原因なのではと思うのですが、知っている方いらっしゃるでしょうか?


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3.6月5日・その3

浮上航行中のふゆしお前方に硫黄島の港が見えて来る。

「艦長、港まであと1キロです。」

航海委員(航海長)の真部 愛が、相変わらず直立不動の姿勢で報告して来る。

その姿に綾は最初常に緊張しているからなのかと思ったものだが、どうやら彼女は何時もそんな感じらしい。

まあ昔からの癖なんですと愛は言っていたので、綾はあえて気にしない様にしているのだが。

「了解です、電信員基地司令部に到着の報告を願います。」

続いて綾は電信員の遠藤 麻耶に指示を出す。

「了解っす、基地司令部に到着の報告を行うっす。」

独特な言葉尻の麻耶、女の子らしからぬ感じを受けていた綾だが今ではそれが彼女の個性だと思う様にしている。

まあ女の子なら常に丁寧な言葉使いだと思っていた、元男の綾にしてみれば新鮮だったが。

とは言えそれは言葉使いだけでは無かった、綾にとって女の子同士のコミュニケーション自体がそうなのだが。

「艦長、基地司令部より寄港の許可が下りったっす、4号桟橋に接岸せよとの指示っす。」

「航海長、接岸の指揮を執って下さい。」

麻耶の報告に頷き綾は航海長の愛に指揮を執る様指示する。

「了解です艦長、航海管制員誘導願います。」

『こちら航海管制、速力を2ノットに、進路ちょい左。』

愛の指示に指令塔上に居る航海管制員、立花 優香が誘導を開始する。

「機関出力を四分の一へ落とします。」

「進路ちょい左。」

操舵員の茂木 八重と機関長(機関委員)の加藤 舞が航海管制員の優香の誘導に従って操作を開始する。

『進路そのまま・・・停泊位置に到達!』

ふゆしおは4号桟橋に艦首の潜舵を折りたたみ接岸する。

「全員艦内で待機、では行ってきます、後をお願いします澤田記録員。」

「了解です艦長。」

綾は乗員達に待機を指示すると、指揮を亜紀に託し基地司令部へ向かう為艦長室に行き、準備を整えると梯子を上り甲板に出る。

そして桟橋から艦へ掛けられたタラップを降り司令部へ向かおうとして声を掛けられる・・・悪意ある声を。

「何だ横須賀女子の連中かよ。」

その声に視線を向けると数人の男子達が綾を苦々しそうに見ていた。

どうやらふゆしおの隣に停泊している東舞鶴男子海洋学校所属の潜水直接教育艦伊202の乗員達の様だった。

そんな東舞鶴男子達を見て綾は「またか・・・」と呟き溜息を付く。

前にも言った通り潜水艦に分類される艦艇は今までは男性のみで運用されてきた、その世界に女子が出て来たことに古いサブマリナー達は面白くないらしく、その影響か女子学校潜水艦乗員養成コースの生徒はこうやって男子海洋学校の生徒達に絡まれる事が多い。

綾は元男性だった事も有り何となく彼らの気持ちも分かる一方、女子となった今となっては理不尽だと言う思いもあり複雑な心境になる。

まあこの辺はかって男であり、現在は女である綾だからの心境かもしれない。

内心溜息を付きながら綾は絡んで来た連中に構わず司令部へ向かおうとしたのだが。

「おい!無視する気かよ。」

どうやらそのまま行かせてはくれない様で綾は3人の乗員達に前を塞がれてしまう。

「申し訳ありませんが、私は司令部へ行かなければならないんです、道を開けて貰えませんか?」

その行動に不愉快になりつつも綾は冷静に乗員達に言うのだが。

「知るか、それより無視しやがって何様のつもりだよ。」

それはこちらの台詞だと綾は思った、一人の女子に、まあこの辺で複雑な気持ちになったが、男がする事じゃないだろうと。

どうするかと綾が考えていると。

「何をしているんだお前達は?」

通りがかった教官に綾達は声を掛けられる。

「い、いやちょっと話を、なあ?」

「ああ、そうですよ教官。」

乗員達は慌てて言い訳を始める。

「そうか、伊202はもう出航準備は終わったのか?あと神城艦長は早く司令部へ行く様に。」

「「「了解です教官。」」」

「分かりました。」

綾達がそう返答すると教官は去って行き、乗員達はほっとした表情を浮かべる。

「まあ良いさ、せいぜい頑張るんだな、けっ・・・」

そう毒づくと乗員達も去って行く、それを見ながら綾は溜息を付くと自分もまた司令部へ向かうのだった。

 

「識別不明船の臨検ですか?」

司令部から戻った綾が、この後行われる演習について説明するのを指令塔上で聞いた亜紀がそう聞き返す。

「ええ、建設中の海底資源採掘プラントにテロを行う恐れがありとの設定です。」

まあ識別不明船の臨検はブルーマーメイドにとってはありふれた任務とは言えるのだが。

「リモートコントロールされた標的船が相手らしいですが。」

訓練基地のコントロールセンターから遠隔操作される無人船が今回のふゆしおの相手となるのだった。

「1時間後に開始らしいので準備を、あと伊202も参加するそうです。」

「?何かありましたか艦長。」

伊202と言ったところで何か表情に出たのか、亜紀が眉をひそめて聞いてくる。

綾は伊202の乗員に絡まれた事は話してはいなかった、余計な心配を掛けると思ったからだ。

「・・・いえ大丈夫ですよ澤田記録員。」

亜紀はじっと綾の顔を見ていたが、溜息を付くと姿勢を正して言う。

「了解です神城艦長、出航準備に入ります・・・後で聞かせてもらいますからね綾。」

そう言うと指令塔のハッチから艦内に亜紀は降りて行く。

「後でかなり絞られそうですねこれは・・・」

そんな亜紀の言葉に綾は苦笑しながら肩を竦めるのだった。



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4.6月5日・その4

硫黄島基地の港を出港したふゆしおは潜水航行で演習海域に向かっていた。

ちなみに東舞鶴男子の伊202も同時に出港しておりかなり離れた所を航行している。

まあ同じ課題を課されているので当然だが。

「艦長、もう間もなく演習海域です。」

航海長の愛が何時もの如く直立不動の姿勢で報告する。

「分かりました、総員戦闘配置に付いて下さい。」

綾は愛の報告に頷くとそう命じる。

「総員戦闘配置繰り返す総員戦闘配置。」

亜紀が艦内放送で綾の指示を伝えると共にスイッチを入れアラーム音を響きさせる。

「艦首発射管及び魚雷準備良し。」

「メインモーター及びバッテリー問題無し、何時でも最高速力発揮可能です艦長。」

水雷長(水雷委員)の加藤 万梨阿と機関長のが舞が報告して来る。

「水測・・・問題無し・・・現在付近には伊202以外感無し・・・」

相変わらずテンションの低い声で水測員の相沢 真奈美が万梨阿と舞に続いて報告する。

まあこれも何時もの事なので綾も他の乗員達も気にしない。

「澤田記録員、演習準備完了を報告。」

「了解演習準備完了を報告します艦長。」

綾の指示を亜紀が復唱するが先程から何時もに比べ事務的になっているのは彼女の機嫌が悪いからだ。

出港前に綾は亜紀を艦長室に呼び伊202の乗員達との間に有った事を話したのだが。

「なるほどそう言う事ですか、連中には困ったものですね・・・でも綾が黙っていたのは許せませんが。」

伊202の乗員達の行為に呆れ顔して呟いた後綾を睨みつける亜紀、様は何故その事を話してくれなかったのかと彼女は言いたいらしい。

「どうせ変な心配を掛けたくないと考えたのでしょうけど。」

本当に女の子は勘が鋭いなと綾は思わずにはいられない、中学生の頃(もちろん当時は男だったが)もそうだったなと。

まあ亜紀としては親友である綾が隠し事した事が許せなのだ、何でも話せる間柄だと思っていただけに。

先に書いた通り亜紀は初めて会った時から綾を気に入った様で、入学式後の顔合わせで会ってから数時間後には「私の事は亜紀と呼んでね綾。」と言われたのだ。

女の子の名前を呼ぶ事に綾は最初躊躇させられたのだが、実習時間以外で2人きりなる度に言われ続け、結局根負けして今は「亜紀」と呼ぶ様になった、まだ恥ずかしさは抜けないのだが。

「それについては謝りますよ亜紀、ただ隠すつもりは無かったのですが。」

「本当かしら。」

綾の謝罪にジト目で言う亜紀に綾は苦笑するしか無かった。

まあ出港時間が迫っていた為話はそこで打ち切らざるしかなく、綾は亜紀の機嫌を直す事が出来ず今の状況になっていたのだ。

流石に公私の区別は弁えているので亜紀は内心の思いとは別にきちんと職務をこなしてくれてはいるが。

今度上陸したら前から亜紀に誘われていたケーキバイキングに付き合わなければならないかなと綾は内心溜息を付く。

「艦長・・・推進機音有り・・・感3接近中・・・」

真奈美が報告して来る声に綾は気持ちを切り替える、兎に角今は実習の事を優先せねばならないと思って。

「潜望鏡深度へ浮上願います。」

水中航行中だったふゆしおは深度を上げて海面に近づいて行く。

「艦長、潜望鏡深度です。」

八重の声に頷くと綾はレバーを引き潜望鏡を上げると覗き込みながら旋回させ周囲を見渡す。

やがてこちらに向かって来る船影を見つける、どうやらあれが目標らしいと綾。

「接近中の船舶を確認、距離6千、方位右舷40。」

同時に電測員の八木 美沙が目標の情報を報告する。

「それでは始めますか、電信員通信を・・・」

「艦長救難信号っす!」

まず通信による確認を命じようとした綾の指示を遮って麻耶が振り向いて叫ぶ。

「救難信号ですか?」

予想外の状況に思わず綾と亜紀は困惑した表情で顔を見合わせる。

こうして実習は最初から反乱含みで始まったのだった。



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5.6月5日・その5

実習海域に到達し目標を発見しいよいよ行動に移ろうとしたふゆしおだったが。

突如入って来た救難信号に綾を始めとした乗員達は深い困惑に襲われる。

「艦長、救難信号なら直ちに救助活動に入りませんと。」

「・・・・・・」

亜紀の言葉に潜望鏡を覗き込みながら綾はこれも実習の一貫なのかと考えていた。

実習の目的は識別不明船の臨検だった筈だ、とは言え内容は臨機応変に変えられる事は珍しい話では無い。

だから臨検が救助活動に変わったとしても不思議では無いのだが、綾は素直に納得出来ないでいた。

「速度を落とし接近します、水測は目標の監視を強化して下さい。」

潜望鏡を降ろしながら綾がそう指示する。

「救助活動に入らないのですか艦長?」

綾の指示にそれまで事務的な対応だった亜紀が思わず素に戻って聞き返して来る。

他の乗員達も顔を見合わせて困惑したを浮かべる。

それはそうだろう、救難信号を受信して即座に救助活動に入らないなんて普通はありえない話だったからだ。

「皆さんの気持ちは分かります・・・ですがここは警戒すべきだと思います。」

目標はテロ目的の識別不明船と言う情報なのだから綾は慎重に行動すべきだと思ったのだ。

もちろん杞憂に過ぎず唯のシナリオ変更の可能性も否定出来ないのは綾も承知している。

「・・・了解です艦長、速力を落とせ、水測は目標の監視を強化。」

「了解、速力を4分の1へ落とします。」

「目標の・・・監視を強化・・・します。」

「進路はこのままですか艦長?」

だが短い付き合いだが綾が艦長として今まで的確な判断をしてきた事を知っている亜紀以下乗員達は、一瞬困惑したものの直ぐに動き始める。

「進路はこのままでお願いします、艦首発射管に対水上用魚雷を装填。」

自分を信じてくれる亜紀達に心の中で感謝しつつ指示をする綾。

「・・・伊202が目標に接近・・・して・・・行きます艦長。」

ヘッドホンをしながら聴音機を操作していた真奈美が報告して来る。

どうやら伊202の方も救難信号を受信したのだろう、何の疑いも無く目標に接近して行く。

本来なら伊202の行動の方が正しいのかもしれない、だが綾は自分の心中に芽生えた疑惑をどうしても拭う事が出来なかった。

「艦長、対水上用魚雷を装填完了です。」

ふゆしおの艦首に装備された3連装発射管に対水上用魚雷が装填された事を水雷長の万梨阿が報告してくる。

「全発射管開いて下さい、水測目標の進路は・・・」

その報告頷きつつ目標の進路を確認しようと綾が指示をだそうとした時だった。

「・・・目標より対潜用魚雷発射を確認・・・伊202に向かって・・・います。」

真奈美のテンションの低い、だがそれだけにより切迫感を感じさせる報告に綾以外の乗員達は再び顔を見合わせる。

もっともこの時に浮かんだのは困惑では無く、やはりそうだったのかと言う納得の表情だったが。

「伊202は回避出来そうですか?」

自分の懸念が当たった事に内心苦笑しつつ綾が真奈美に確認するが、彼女は黙って首を振るだけだった。

「伊202が撃沈判定されました。」

タブレット端末を見ていた亜紀が報告して来る、救助の為に近づいた伊202は不意を突かれ対潜用魚雷を回避出来なかった。

「対潜用魚雷・・・ふゆしおにも接近中・・・数は2・・・です艦長。」

そして目標は伊202だけでなくふゆしおに対しても同時に攻撃を仕掛けていた様だった。

「急速潜航、前進全速!!」

綾の指示により、急速潜航したふゆしおの指令塔上数メートルを対潜用魚雷が通過して行く。

「魚雷戦深度まで浮上します、水測は目標の再攻撃に注意を。」

「了解、魚雷戦深度まで浮上します艦長。」

「今のところ・・・再攻撃の・・・兆候は無し・・・です。」

急速潜航して対潜用魚雷を回避したふゆしおは、魚雷攻撃を行う為に再び深度を上げて行く。

「魚雷戦深度です艦長。」

その声に潜望鏡を再度海上に上げ綾は発射指示を出す。

「目標識別不明船、方位角左20、距離3,000、敵速12。」

「方位盤よし・・・進路010。」

綾の指示に亜紀がタブレット端末で発射データを計算しふゆしおは進路を変更する。

「艦長、発射位置に着きました。」

操舵員の八重が報告してくる。

「雷数2発射。」

「雷数2発射します。」

水雷長の万梨阿が綾の指示を復唱して発射ボタンを押すと、ふゆしおの発射管から2本の魚雷が放たれる。

「急速潜航、面舵一杯。」

発射後ふゆしおは回避の為深度と進路を変える、こちらの魚雷が命中する事を祈りながら・・・

 

結局ふゆしおの発射した魚雷は2本共命中しなかった、但しこの雷撃で識別不明船はプラント襲撃を断念し海域を離脱。

ここで演習シナリオは終了、ふゆしおと伊202に帰投命令が出た。

命令受信後浮上したふゆしおの司令塔上に綾と亜紀は出て来る。

「これで実習をクリア出来たと言う事でしょうか?」

「どうでしょうね・・・確かにプラント襲撃は阻止出来ましたが、テロリストを確保する事には失敗しましたから。」

亜紀の問いに綾は肩を竦めて答える、まあ良くて半分位の結果ではないかと考えて。

「なるほど・・・そうかもしれませんね、でも伊202の連中には勝てたので私は満足です。」

私達の事を馬鹿にしていたからいい気味ですと亜紀は言いたいらしい。

そんな亜紀に苦笑していると艦内通話機から麻耶の声が聞こえて来た。

『艦長、伊202から通信っす、ちんたら文句を付けて来やがるんですが、何て返せば良いっすか?』

「それは貴女に任せます。」

正直言って相手にする気になれない綾はその辺を麻耶に任せたのだが。

『了解っす、てめえらそれでも男か、金〇握りつぶすぞ。と言ってやります。』

「え?ちょっと待って下さい・・・あっ。」

過激な麻耶の言葉に綾は慌てて止めようとするが通話は切られてしまった。

「ははは、良いですね艦長、また絡んできたら〇玉潰してやりましょう。」

爽やかな笑いを浮かべながら綾が真っ青になる台詞を言う亜紀。

女性は、いやうちの乗員達が心底怒ると結構過激な事を平気言うんだなと思い知らさせれながら、無い筈なのに股間に寒気を感じてしまう綾だった。

 

「ふ~ん、日本の生徒にも鍛えがいのある奴がいるんだな・・・これは楽しみだ。」

基地のコントロールルームでモニター画面を見ていた、銀髪で碧眼の女性がそう言って凄みのある笑みを浮かべる。

「・・・やり過ぎない様にして欲しいわね、彼女達は私の大事な教え子なんだから。」

隣に立ち同じ様にモニター画面を見ていた女性が苦笑しながら言う。

「分かっているさ。」

「本当に分かっているのかしらね。」

相手の答えに女性は深い溜息を付いて見せるのだった。

 



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5.6月5日・その6

実習を終えふゆしおは硫黄島に帰港し接岸する。

そして実習の総評の為、艦長と記録員に来るように指示が出る。

「それじゃ後をお願いしますね。」

艦の指揮を綾と亜紀の2人が不在時に担当する事になっている美沙に指示する。

「いってらっしゃい艦長、澤田記録員。」

少々緊張気味に答える美沙、まあこう言った事は滅多に無い状況だから無理も無い話だが。

「何も無いだろうから緊張しないで良いわよ、もし何かあれば私のタブレット端末にね。」

「は、はい。」

そんな美沙に綾と亜紀は微笑むとふゆしおを降り集合場所の会議室がある建物に向かう。

 

総評が行われる会議室に入室すると壁際で入って来た綾と亜紀を見つめて来る見慣れない人物が居る事に気付く。

自分達より年上のしかもかなりの美人の外国人だが綾は見覚えが無かった。

一応ブルーマーメイドの制服を身に纏っているが、何時も見慣れているものとは色やデザインが少々違っている。

「彼女教官でしょうか?」

席に座ると小声で綾は隣に同じ様に座った亜紀に話し掛ける。

「・・・その様ですね、ただ外国人の教官が居ると言う話は聞いた事がないんですが。」

亜紀はタブレット端末を操作し関連情報を検索し始める。

「何だか見られている気がするのは気のせいですかね。」

先程から彼女の視線が自分を見ている気がして綾は落ち着けなかった。

「いえ確実に私達、いえ艦長を見てますね・・・ありました最近ドイツから来た・・・」

関連情報を亜紀が見つけ、綾に伝えようとしたところで、こちらは見慣れた教官服の女性が入室して来る。

「起立。」

綾が立ち上がり号令を掛けると亜紀も続く。

「礼。」

綾と亜紀が目の前の教壇に立つ大淀 涼子指導教官に頭を下げる。

そして頭を上げ大淀教官が頷くの確認すると綾が「着席。」と号令を掛け2人は座って姿勢を正す。

「ご苦労様でした、神城艦長、澤田記録員。」

そう言って微笑む大淀教官、彼女はブルーマーメイド潜水艦隊の初期時代を作り上げた優秀なサブマリーナであった。

装備も体制も今ほど万全で無かった中で、巻き起こる懸念の声を実績で跳ね除けた彼女は綾達にとっては憧れであり目標でもある。

だから綾と亜紀は緊張した面持ちで大淀教官の事を見つめ話に聞き入る。

「さて時間も惜しいので総評にはいりましょう。」

そんな2人を微笑みつつ大淀教官は持って来た自分のタブレット端末を見る。

「今回の演習の目的であった海底資源採掘プラントに対するテロの防止及びテロリストの確保でしたが。」

タブレット端末から顔を上げ厳しい表情で綾と亜紀を見ながら大淀教官は続ける。

「結果的にはテロは抑止出来ましたが捕縛には失敗となります・・・これについて神城艦長何かありますか?」

大淀教官の問い掛けに綾は起立すると緊張の面持ちのままで答える。

「言われる通りテロは抑止出来ましたが、捕縛に失敗した事は自分の不徳の致すところだと思ってます。」

綾の答えに大淀教官は頷くと亜紀の方に視線を向ける。

「澤田記録員の方はどうですか?」

戸惑ったが亜紀も立ち上がり答える。

「自分も艦長と同じですが・・・今回の様な想定がなされた理由はあるのですか?」

亜紀にしてみれば今回の様なシナリオになった理由が知りたかったのだ。

「それは実際にあった事例だからだ澤田記録員。」

だがそれに答えたのは大淀教官ではなく、先程から綾の事を見ていた外国人教官だった。

彼女の答えに綾と亜紀は顔を見合わせる。

「数年前の事だ、ドイツのブルーマーメイド艦が救難信号を受信し現場に向かい突如攻撃を受けた。」

壁に寄り掛かり腕を組みながら綾と亜紀を見ながら彼女は続ける。

「幸い沈没は免れたが、艦は航行不能、負傷者も多数出た。」

その話に綾と亜紀は言葉を発する事が出来ず唯彼女を見ていた。

「結局攻撃してきた船には逃げられ・・・我々にとっては今でも忌々しい話だ。」

そう言うと組んでいた腕を解き、大淀教官の傍に歩いて行く。

「つまり不意の状況変化にどう対処出来るか、それを見るのが今回の課題なわけだ、理解出来たか?」

歩きつつ綾を見ながらその教官は尋ねて来る。

「はい・・・えっと・・・」

頷きつつ答えた綾は彼女の名前をまだ知らなかった事に気付く。

「自己紹介が遅れたな・・・ドイツのブルーマーメイド潜水艦部隊から来たセリア・ガーランドだ。」

そんな綾に教壇に立つ大淀教官の傍に立った彼女は名乗る。

「・・・ガーランド教官は日本との教育交流の為に来日した教官の1人よ。」

大淀教官が捕捉する。

「まあそう言う訳でよろしく頼むぞ神城艦長・・・お前さん達は鍛えがいがありそうで楽しみだよ。」

喜色満面に言うガーランド教官に頭が痛いと言いたげの大淀教官に綾と亜紀は困惑した表情を浮かべるしかなかった。

 

それが大西洋の魔女と綾の初めての出会いだった。



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6.6月25日・その1

海面を割ってふゆしおが浮上すると、指令塔上に航海管制員の優香と共に艦長の綾と記録員の亜紀が出て来る。

「それにしてもかなり大きな振動でしたね。」

優香が双眼鏡で周りを見渡す横で亜紀が綾に話し掛けて来る。

「そうですね、あれはきっと・・・」

『艦長、艦に異常無しです。』

機関長の舞が艦内通話機を通して報告して来る。

「了解しました、あと電信員に、何か通信が入っていないか確認させて下さい。」

ひとまずふゆしおに異常が無い事に安心した綾は情報が来ていないか電信員の麻耶に確認する様に伝える。

そして間を入れず返答が帰って来た。

『艦長!ブルーマーメイドの緊急指令を受信したっす。』

綾は亜紀は顔を見合わせると頷く。

「行きましょう。」

2人はタラップを滑り降りて発令所に向かう。

 

『行動中の全ブルーマーメイドに緊急連絡、本日14:26に伊豆沖にM6.5、震度7の地震が発生。』

発令所内の乗員達は緊張した様子でその通信を聞いていた。

『発生した津波により一部の港湾施設に被害あり、なお陸上でも建物の一部崩壊及び崖崩れが発生した模様。』

思ったより被害が出てる事に綾は眉をひそめる。

『政府よりブルーマーメイド及びホワイトドルフィンに災害出動の要請あり、各艦艇は指示を待て。』

「我々はどうしますか艦長?」

緊急連絡を聞いた亜紀が艦長である綾を見つめながら聞いて来る。

「・・・このまま待機ですね、勝手に救助活動には入れませんから。」

綾達はまだ学生の身分だ、救助活動や警察権の行使は勝手には出来ないと校則で決まっているからだ。

「はい艦長。」

亜紀としては歯痒いところだが校則を破る訳にはいかない事は理解している。

「艦長横須賀女子より通信っす、現在位置と艦及び乗員の状況を知らせる様にとの指示っす。」

横須賀女子から各教育艦の状況を確認する通信が入って来た様だった。

「航海長ふゆしおの正確な座標は?」

「座標7-12です艦長。」

綾の問い掛けに何時も通りに直立不動の姿勢で即座に答える航海長の愛。

頷くと綾は麻耶に返信内容を伝える。

「現在位置は座標7-12、乗員及びふゆしおに異常無し。」

「了解っす、座標7-12、乗員及びふゆしおに異常無し、返信するっす。」

麻耶が復唱して横須賀女子へ通信を送るの横目に見ながら綾は指示を出す。

「総員警戒配置へ。」

その指示に亜紀が頷くと艦内通話機に向かいマイクを作動させる。

「総員警戒配置繰り返す総員警戒配置。」

アナウンスを受け乗員達が慌ただしく配置に着き艦内は緊張感に包まれる。

「艦長、横須賀女子からふゆしおは現在位置にて別命あるまでそのまま待機する様にとの指示が来たんっすけど・・・」

だが暫くして入って来た通信内容はふゆしお乗員達の誰もが予想しなかったものだった。

「待機ですか、でも何故?」

亜紀が困惑した表情で綾の顔も見ながら問い掛ける。

「私にも分かりませんね、他の教育艦にはどんな指示が出ていますか?」

通信機を操作しながら麻耶が答える。

「それが『各艦とも実習を中断して一旦帰港せよ。』と言う指示が出ているらしっす。」

他の教育艦に一旦帰港する様に指示が出たのに、何故ふゆしおだけ待機なのかと綾は首を捻る。

そしてその答えは1時間後に横須賀女子校長である宗谷 真雪から直接ふゆしおに入った通信で分かった。

「救援物資を孤立した村に届ける任務をふゆしおにお願いしたいのです。」

崖崩れで村への道が塞がり救援物資を届けられない為、海上より行う様ブルーマーメイドに依頼が入ったらしいのだが。

運が悪い事に伊豆近海に居たブルーマーメイドの艦艇は津波による港湾や船舶の救助で手一杯の状態だった。

そこで横須賀女子にブルーマーメイドから代わりに出来ないかと打診が来たのだと宗谷校長は説明してくれた。

「こちらで検討した結果、教育艦の中で一番村に近い位置に居て、中型艦であるふゆしおが適任だと判断しました。」

どうやら村に隣接する港は小規模なものらしく、駆逐艦クラスでも接近するのに困難が伴うと宗谷校長。

「了解しました宗谷校長先生、ですがふゆしおは十分な物資を積んでいないのですがどうすれば?」

自分達が選ばれた理由は分かった綾だが、ふゆしおに乗せられた物資はそんなに多くない。

だから綾はその点について宗谷校長に指示を仰ぐ。

「それについてはブルーマーメイドの補給艦が近くまで来てくれるそうなので受け取る様にして下さい。」

詳しい合流座標を教えられふゆしおは物資を受け取る為に補給艦との会合地点へ向かう。

「あと言うまでもありませんが、貴女方の任務は物資を届ける事だけです、それを忘れない様にして下さい。」

宗谷校長からそう注意を受けて・・・



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7.6月25日・その2

合流座標で補給艦と会合したふゆしおは水、食料、毛布、医薬品を受け取ると目的地の村にある港に向かう。

「艦長、予定の座標に到着しました。」

航海長の愛が報告するの聞いた綾は頷くと指示を出す。

「潜望鏡深度まで浮上して下さい。」

綾の指示を受け操舵員の八重と注排水管制員の三坂 由里が復唱して操作に入る。

「艦長、潜望鏡深度です。」

八重の報告に頷くと綾はレバーを操作して潜望鏡を上げると取り付く。

視界に小さな港が見える、綾は潜望鏡を回転させ周り危険な浮遊物が無いか確認する。

「艦長・・・付近に・障害物無し・・です。」

相変わらずテンションの低い真奈美の報告を聞き綾は潜望鏡を下げながら指示する。

「浮上します、メインタンクブロー。」

 

その時ふゆしおの目的地である港で数人の村人が沖を見ながら救援が到着するのを待っていた。

「まだ来ないのか?もう日が暮れるぞ。」

村人の1人がイライラした調子で問い掛ける、既に日は水平線に沈み掛けていたからだ。

数時間前にブルーマーメイドから物資を載せた艦が向かったと連絡を受けて村人達は港で待機していた。

「日が暮れたら接岸は難しいぞ、こっちは電気も止まっていて照明を点けられないのに。」

皆その事を気にしていたが、一向にそれらしい船が現れず不安に苛まれて行く。

結局来ないのかと諦めかけた時だった、突如海面を割って現れた潜水艦の姿に村人達は驚愕に襲われる。

「「「「・・・えっ??」」」」

まあそれも仕方の無い話かもしれない、他の船舶と違い隠密行動が主である潜水艦は基地以外では滅多に人の前に姿を現す事が無いからだ。

「せ、潜水艦が来てくれたのか?」

村人達がそんな状況に戸惑っている間に、潜水艦から降ろされたボートが港の中に入って来る。

しかし彼らの驚きはそれで終わらなかった、何しろボートに乗って居るのがまだ10代の少女達だったからだ。

「「「「・・・」」」」

驚き言葉を無くしている村人達の前で、到着した少女達は慣れた様子でボートを桟橋に固定すると近づいて来る。

「要請により救援物資をお届けにまいりました。」

「ああ・・・なあ君達はブルーマーメイドの人間か?」

その言葉に声を掛けて来た少女、綾はそう聞かれても仕方ないだろうなと内心苦笑しつつ答える。

「いえ、自分達は横須賀女子海洋学校所属の直接潜水教育艦ふゆしおに乗艦している学生です。」

まあブルーマーメイドの隊員が来ると思っていたのに、自分達の様な学生だったのだから。

「横須賀・・女子・・学生なのか、おっと失礼しました私は村長の飯田と申します。」

待っていた村人の中から初老の男性が出て来て答えてくれる。

「ふゆしお艦長の神城です、早速ですが物資の運搬を始めたいのですが。」

「ああ、お願いします。」

綾は頷くと一緒に来た乗員から無線機を受け取りふゆしおに連絡を取る。

「救援物資を甲板上に上げて下さい・・・ええ手の空いている人達全員を使って構いませんので。」

兎も角到着した綾達はブルーマーメイドから依頼された救援物資の運搬を開始する為動き始めるのだった。

艦内から物資をリレー式で上げると、ボートに積み桟橋まで輸送する事を繰り返すふゆしお乗員達。

最初は学生と言う事で心配そうだった村人達だったが、そのスムーズな動きに今は深く感心していた。

桟橋に到着した物資は若い村人達に手伝ってもらい村に運び込まれて行く。

そして日が完全に暮れる頃に救援物資の引き渡しは終了する事が出来たのだった。

「これで全て終了ですね、ご協力感謝します村長さん。」

引き渡した救援物資のリストを確認した綾が飯田村長に微笑み掛けながらそれを渡す。

「いえこちらこそ助かりましたよ神城艦長。」

受け取りながら飯田村長もそう言って微笑む、ちなみに後ろに居た運搬を手伝った若い連中が綾の笑みに見惚れていた。

まあ何時もの事だったが(笑)、もちろん綾がそれに気付いていないのも含めて。

「それでは我々はこれで・・・」

取り敢えず依頼を終え綾はふゆしおに戻ろうとしたのだが、そこから事態は急変して行く事になる。

「村長大変だ!清吉の奴が海に出たまま戻って来ていないってカミさんが・・・」

綾達にとっては最悪の方向へと。



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8.6月25日・その3

「戻っていないって・・・まさか地震の前に海に出ていたのか?」

駆け込んで来た村人の言葉に村長は顔を青くさせて呻く。

綾達は突然の展開に顔を見合わせてそれを聞いているしかなかった。

「何でそれを早く言わなかったんだ?もう日が沈んでいるんだぞ。」

村長と居た村人の1人が知らせに来た男に聞き返している。

「それが崖崩れで村が大騒ぎなっていて言い出せなかったって。」

その返答に村長を始め村人達は押し黙ってしまう。

「そうだ彼女達に頼めないのか?」

村人の1人が綾達を見てそんな事を言うと、周りの者達が期待の籠った目を向けて来る。

「待って下さい、私達は学生の身分なので特別な許可がなければ救助活動は出来ません。」

村人達に申し訳ないと思いつつ答える綾、出来るのであれば救助活動をしたいところだが、校則で決められている。

そのうえ事前に『物資を届ける事だけです、それを忘れない様にして下さい。』と宗谷校長から釘を刺されているのだ。

「至急ブルーマーメイド連絡を取って・・・」

「そんな時間は無いっす、何で救助活動出来ないんっすか!?」

妥協策を言おうとした綾を遮ったのは、村人達ではなく運搬を手伝いに来ていた麻耶だった。

「遠藤電信員?」

普段は見られない必死な表情で抗議して来る麻耶に綾は面食らってしまった。

「遠藤無茶言わないでよ、勝手に出来ない事あんただって知ってるでしょうが。」

乗員の1人がそう言って麻耶の肩を掴んで綾から引き離す。

「そうっすけど・・・そんな・・・悔しいじゃないっすか艦長。」

本当に悔しそうに身体を震わせる麻耶、村人達も息を飲んでそれを見守っている。

「・・・村長さん、帰ってこない方がどちらへ向かったか分かりますか?」

「えっ?・・・それは分らん事も無いが。」

「「艦長!?」」

暫く考えていた綾が村長にそう質問すると、聞かれた村長はもちろん乗員達も驚いた表情を浮かべてしまう。

だが綾はそれに構わず行き先を聞くと、全員ふゆしおに戻る様指示を出してボートに向かう。

乗員達は戸惑った様に顔を見合わせながらも綾に続く、自分で言い出したくせに突然の展開に茫然としてしまった麻耶も促されて。

「救助ですか?しかしそれは・・・」

戻って来た綾の指示に亜紀を始めとした発令所のメンバーは全員当惑した表情を浮かべる。

「校則については理解していますよ澤田記録員。」

亜紀の言葉に綾は頷いて見せる、校則により救助活動や警察権行使は海洋学校を通じてブルーマーメイドの許可が必要になる。

もちろん突発的な場合は別だが、その場合でも学校に確認が必要とされる。

「消息が経ってからの時間を考え私は緊急事態権限の発動を行いたいと思います。」

『緊急事態権限の発動。』

艦長が緊急事態と判断した場合に通常の手順を踏まずに行動出来ると規定されたものだ。

RATtウィルス事件で晴風がさるしまから攻撃を受けた時、明乃が緊急事態権限を発動し艦と乗員達を守る為反撃したのがそれに当たる。

だが一歩間違えば越権行為として最悪査問会議に掛けられる事になるだけに亜紀達の顔に不安が浮かぶ。

「・・・皆さん心配しないで下さい、責任は私が全て負いますから。」

そんな綾の言葉に亜紀達が顔を見合わせる、責任は自分が負い皆を処罰させる事はさせないと言っているからだ。

「まって下さいっす!責任は言い出した自分にあるっす、艦長が責任を負うなんて・・・」

そんな中麻耶が慌てて詰め寄って来る、彼女にしてみれば綾が責任を負う事になるのは承服出来ないからだ。

「いえ遠藤電信員、これは私が決断した・・・」

「艦長、それに遠藤電信員そこまです。」

綾と麻耶の会話に亜紀が割り込んで来る。

「艦長の決断を私達は支持します、ですので処罰は全員が負います・・・2人だけに押し付けると思われるのは心外ですね。」

良い笑顔を浮かべて亜紀は綾と麻耶を見ながら宣言してみせる。

「澤田記録員・・・」

亜紀の発言に発令所に居る他の乗員達も頷いて見せる。

「・・・感謝します皆さん。」

綾は皆の気持ちに心が温かくなるの感じながら答える。

「航海長、座標3-4へのコース設定して下さい。」

「了解です艦長。」

愛は返答すると発令所にある海図台に向かう。

「澤田記録員、コースの設定が終わり次第出発を、あと航海管制員に加えて見張りの人員を配置して下さい。」

亜紀に指示を出す綾、それが終わると先程から俯いてしまっている麻耶に声を掛ける。

「遠藤電信員は私に付いて来て下さい・・・暫く指揮をお願いします澤田記録員。」

「了解です艦長。」

麻耶を促し綾は発令所を出て艦長室へ向かうのだった。



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9.6月25日・その4

ふゆしおの艦長室は晴風に比べても中型艦故狭い、一応ベットと小さいながらも執務用の机が設置されてはいるが。

まあ個室など無くベットのみの乗員達よりはまだましかもしれない。

艦長室に入った綾は麻耶をベットに座らせ、来客用のソファなど無い為だが、自分は椅子に座る。

「・・・事情を話してくれますか遠藤電信員。」

ベットに座った麻耶は暫く俯いていたが顔を上げて綾を見ると話し始める。

「俺っちには漁師だった親父いったす、頑固だったけど頼りがいがあって、他の漁師連中に慕われていったす。」

そこまで話すとまた俯き暫し沈黙した後続ける。

「でもある日漁中に遭難して・・・ブルーマーメイドが捜索してくれたんっすけど天候が悪化してきた為打ち切られて。」

麻耶はまたそこで暫し沈黙した後辛そうに続ける。

「そして翌日に発見されたんすっけど、結局一緒に遭難した他の漁師達を含めて亡くなっていたっす。」

そんな麻耶を綾は何も言わずに見つめていた。

「もちろんブルーマーメイドの人達に恨みは無いっす、天候が悪化する中ぎりぎりまで捜索してくれたんですから。」

そこで顔を上げた麻耶は綾を悲しそうな表情を浮かべながら話す。

「それでも・・・あと少し捜索が続けられていたと思い出す度に・・・だから・・・」

「なるほどだから貴女はあそこで何故捜索に私達が出ないのかと言った訳ですね。」

過去父親を失った事を思い出し麻耶はその時の状況を重ねてしまったのだろうと綾は思った。

「艦長達に校則違反をさせてしまって申し訳ないっす・・・だから責任は自分が・・・」

そう言い掛けた麻耶を綾は両肩を掴んで止めさせると微笑みながら言う。

「例え貴女が言わなくても捜索を決めたでしょう・・・私だって救えるチャンスがあるのなら迷わず行動しますよ。」

「艦長・・・」

ほほ笑む綾を見ていた麻耶は涙眼になると抱き着いて来る。

「遠藤電信員!?」

突然の事に綾は固まる、女の子の身体になってから抱き着かれる事が多くなったのだが未だに慣れないからだ。

「嬉しいっす艦長。」

麻耶はそう言って涙を流しつつ抱き着いていた、恥ずかしかった綾だが結局は引き離す事が出来ないまま暫くそのままでいるのだった。

「艦長!発令所へ救助者を発見・・・一体何をしているんですか二人とも?」

ノックもせず艦長室へ入って来た亜紀は抱き合う綾と麻耶を見ると、報告を止めて冷たい視線と声を向けて来る。

「いやこれは別に深い意味は・・・澤田記録員誤解です!」

冷たい視線に浮気のばれた男の様に背筋が凍る思いをしながら綾は亜紀に弁解する。

「誤解ですか艦長・・・何がですか?」

益々冷たくなる視線と声に綾は背筋でけではなく前進が凍る思いを、麻耶が我に帰って離れてくれるまで味合う羽目になるのだった。

まあ別に恋人同士ではないので慌てる必要は無い筈の綾だったが、残っていた男の感性故にそんな反応を示してしまったのだが。

なおこの後綾は亜紀と今度の休暇時に一日中付き合う事を約束させられたのは言うまでもない。

 

修羅場(笑)を終えた綾は亜紀と麻耶と共に発令所に戻って来る。

そして麻耶は通信機に向かい、綾と亜紀はタラップを登って司令塔上に出る。

「それで救助者は?」

司令塔上で待機して居た優香に綾が確認する。

「前方500にボートらしきものが有ります艦長。」

探照灯で照らされた海上を双眼鏡で見ていた航海管制員の優香が答える。

綾もまた持って来た双眼鏡を構えて見て洋上を漂うボートを見つける。

どうやらボート上に誰かが乗って居る様だが意識を失っているのか動かない。

「機関反転、現在位置にふゆしおを停止させて下さい。」

艦内通話機を使い綾は発令所に指示を送る。

『機関反転、停止します。』

機関長の舞の復唱が帰ってくると綾は今度は亜紀に指示を出す。

「ボートを用意して救助者の収容を急がせて下さい。」

「了解です艦長。」

指示を受けた亜紀は甲板上で待機していた乗員達に声を掛ける。

「ボートを用意、救助者の収容を行って下さい、急いで!」

「「「はい。」」」

乗員達は既に艦内から持ち出していたボートを付属のボンベで膨らますと、洋上に浮かべると飛び乗って救助者へ向かう。

そして到着するとあちらのボートに素早く乗り移る。

『艦長要救助者を確認・・・意識はありませんが大きな外傷は無しです。』

その報告に綾は亜紀や優香と顔を見合わせて微笑合う。

「ご苦労様です、それでは収容して戻って下さい・・・あと澤田記録員は衛生長に連絡を。」

『了解、直ちに収容して戻ります。』

「はい艦長、衛生長に連絡をします。」

救助に向かった乗員と亜紀は綾の指示を復唱すると行動を開始する。

それを見ながら綾は深い溜息を付きつつ呟く。

「あとは・・・宗谷校長先生に報告ですね。」



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10.6月25日・その5

「経緯は分かりました神城艦長・・・」

救助した男性を港に連れ帰り、復旧した道路で村に到着していた医療班に引き渡すと綾は横須賀女子に経緯を連絡する。

そして1時間後宗谷校長から直接ふゆしおに通信が入る。

乗員全員に関わる事なので綾は会話を発令所だけでなく艦内に居る皆に聞かせていた。

「校則違反であることは十分認識している積もりです宗谷校長先生。」

麻耶は通信機に向かいながら緊張した表情で会話を聞いている。

もちろん亜紀を始めとした発令所要員や艦内で配置に着いている者達もだが。

『・・・そうですね、私は「物資を届ける事だけ。」と言った筈です。』

宗谷校長の言葉が普段と違って厳しいものになるのを綾達は感じる。

明確な校則違反である事は否定し様が無いと綾は十分認識している積もりだ。

だからそれなりの厳しい処分が下されるだろうと綾は覚悟を決める。

『校則や私の指示に違反した事は重大です・・・よってふゆしお乗員全員の今度の休暇を取り消します。』

その言葉に皆の緊張が高まる、処分が休暇の取り消しで終わる訳が無いと思って。

『代わりに学校自習室での反省文作成を命じます。』

「えっと宗谷校長先生、それは?」

綾は宗谷校長の言葉に思わず疑問の声を上げてしまう。

『作成完了まで学校に留まる事・・・そして終了後は各自自由にして構いません。』

綾は発令所に居る亜紀達と顔を見合わせてしまう、そうこれが校則違反の処分になるのかと思ってしまったからだ。

「宗谷校長先生、それが今回の私達への処分になるのですか?」

皆の疑問を代表する形で綾は宗谷校長に聞き返したのだが。

『その通りです神城艦長・・・以上で処分の言い渡しは終わりです、そのまま実習を続けるように。』

「はい宗谷校長先生。」

これで通信が終わったが、綾を含め皆茫然とした表情で暫く動く者は居なかった。

「艦長、これって本当に校則違反への罰則になるんでしょうか?」

亜紀が首を捻りつつ先程綾が言った疑問を聞いて来る。

「・・・私にもよく分かりませんね澤田記録員。」

同じ様に首を捻りながら綾は答える、大体次の休暇は2ヶ月も先の話だ。

しかも反省文の作成なら1日も掛からないだろうし、その後は自由にして良いと言うのはそのまま休暇に入っても構わないと言っている事になる。

即時実習中止で横須賀女子に帰還させられ停学処分、と言う事態を綾は想像していたからだ。

とは言えそう処分が下った以上それに従うしかない、綾はそう頭を切り替えると指示を出す。

「ふゆしおは実習に戻ります、各自配置について下さい。」

「「「「はい艦長。」」」」

綾の指示に亜紀達は頷くと皆は自分の配置に戻って行く。

「良かったっす、本当に・・・」

そんな中安堵の表情を浮かべ麻耶はそう呟くのだった。

 

通信を終えた宗谷校長の表情は何故かにこやかだった。

「校長、ふゆしお乗員への処分はあれで良かったのですか?」

傍らに立ちその会話を聞いて居た副校長が聞いて来る。

「ええこれで良いと思いますよ、まあ確かに校則と私の指示に違反した事は確かです。」

表情を引き締めると宗谷校長はそう言ったが、また直ぐに先程の様ににこやかに戻る。

「規則を遵守する事はブルーマーメイドとして大事な事でしょう、でも時には柔軟に対処する必要もあります。」

そんな宗谷校長の言葉を副校長は聞いている、同じようににこやかな表情を浮かべて。

「立場上彼女達を褒める訳にはいきませんが、私はそうした決断をした事を誇りに思います。」

席から立ち上がり校長室の窓から海を見つめながら宗谷校長は続ける。

「神城艦長を始めふゆしお乗員の娘達はきっと良いブルーマーメイドになってくれるでしょうね。」



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11.7月2日・その1

海面を割ってふゆしおが浮上して来る。

それをテレビカメラが映していた、潜水母艦教育艦大鯨の甲板に居る取材チームによって。

ハッチを開けて司令塔上に亜紀と綾が航海管制員の優香と共に出て来ると甲板上からこちらを撮影しているカメラを見る。

『艦長大鯨より通信、そのまま状態で待機願いますとの事っす。』

電信員の麻耶から艦内通話機を通じて連絡が入る。

「メインモーター停止・・・ふゆしおは待機に入りますと大鯨に返信して下さい。」

『メインモーター停止します。』

『了解っす艦長。』

大鯨の近くで停止し待機するふゆしお。

そのふゆしおを何故テレビ局の取材チームが撮っているのか。

「テレビ局の取材ですか?」

海洋実習中のふゆしおに横須賀女子の宗谷校長からそんな要請が入って来たのは半日前の事だった。

『ええ、ただ報道番組では無くバラエティーになるみたいですが。』

「バラエティーですか?」

お堅い報道番組だと思っていた綾は戸惑った声を上げる、何故バラエティーなのかと思って。

「校長先生、そのバラエティーの番組名は何というのですか?」

戸惑って一瞬沈黙してしまった綾の代わりに亜紀が宗谷校長に質問する。

『何でも最前線・・・だったと思うのだけど。』

何時も正確な物言いをする宗谷校長の珍しくはっきりしない声に綾は更に戸惑ってしまうのだったが。

「えええ!!あの何でも最前線ですか、それは凄いです。」

答えを聞いた亜紀がタブレット端末を抱きしめながら感激の声を上げる。

「えっと澤田記録員?」

実習中は常に真面目な亜紀が見せた唐突な姿に目を丸くする綾だったがそれだけでは終わらなかった。

「ま、まじっすか?あの最前線がうちらの取材に・・・」

「それは一大事です、艦長ちょっと自分のベットに戻って確認させて下さい。」

「凄いこれは皆に知らせないといけません。」

「最前線の・・・取材・これは・・・これは・・・」

そう亜紀だけでは無く他の乗員(あのテンション常時低めの真奈美まで)騒ぎ出し綾は完全に蚊帳の外置かれてしまっていた。

「艦長は知らないのですか?女の子達の間では結構有名なんですが・・・」

盛り上がる発令所内で唯一人熱気に付いて行けずいた綾に亜紀が驚いた表情を浮かべて聞いて来る。

「いやそのテレビ余り見ないので・・・えっと・・・」

いや見ない訳では無いが正直バラエティー番組に綾は興味が無かったのだ。

「へっ艦長見た事が無かったすか?澤田記録員が言ってた通り今女の子で知らない娘って聞いた事ないっすけど。」

奇異な目で皆から見られ綾はどう答えれば良いのか困ってしまっていた。

『その・・・申し訳なのだけど私も見た事が無いのだけど。』

無線を通して綾の様に戸惑った様子で宗谷校長が言ってくる。

まあ宗谷校長は女の子と言う年齢では無い(笑)ので知らないのは失礼ながら不思議でないのかも知れない。

確かに艦長(綾)って普通の女の子と違う所が結構あるなと亜紀達も日頃から感じていたのだが。

その辺は綾が横須賀女子に入学するまで男性だった事と大いに関係しているのだが、亜紀達が現時点で知る由も無い。

『海上安全整備局としては未来のブルーマーメイドの確保の為、若い女性達に色々と知って貰いたい意図が有るのでしょう。』

その為に若い女性に人気の高いこの番組の取材を受けたのだと背景を察した宗谷校長は説明してくれる。

「それは責任重大ですね・・・それにしてもどうしてふゆしおが選ばれたのですか?」

水上艦艇勤務の方が華やかで地味な潜水艦より良い宣伝になる様な気がして綾が聞き返す。

『そちらはブルーマーメイドの方の思惑が有るのでしょうね、これで潜水艦勤務に人気が出れば幸いだと。』

ブルーマーメイド潜水艦隊はまだ発足して日が浅い為予算や人員の確保に苦労しているからと宗谷校長。

言わば政治的な思惑と言う訳かと綾、大きな組織な故に色んなものが絡んでいるらしい。

一方深刻な雰囲気でいる宗谷校長と綾を他所に亜紀達は取材時にどうするかで盛り上がっていた。

『神城艦長、乗員達の手綱をお願いね。』

乗員達の盛り上がりに宗谷校長が溜息を付きつつ言って来るのを綾は苦笑しながら了承するのだった。

そして話は冒頭に戻る。

暫くして小型艇が大鯨から降ろされふゆしおに向かって来るのが見えると亜紀と優香のテンションが更に上がってゆく。

一方綾は小型艇に乗っている取材チームを冷静に見つめる。

カメラを構えこちらを撮っているスタッフとその後ろに立ちドヤ顔の小太りの中年男性、そしてその隣に立つ女性いや少女。

どうやら彼女が亜紀が言っていたMCらしいと綾、自分達同じ年頃でテレビに出ているのかと感心する。

小谷 圭子、番組が人気なのは彼女のお陰だと亜紀が言っていた通りかなりの美少女だったのだが。

その表情は何故か暗く亜紀が言っていた明るくポジティブな印象を感じられず綾はその事が気になった。

緊張でもしているのかと綾が考えているうちに小型艇はふゆしおに到着し接舷する。

甲板で待機して居た乗員が手を貸し取材チームを移乗させて行く。

全員の移乗が終わるのを確認した乗員が手を上がて合図するのを見た綾は頷き傍らで未だにテンション高い2人に苦笑しつつ言う。

「それでは挨拶に行きましょうか澤田記録員、立花さん後をよろしくね。」

「は、はい艦長。」

「りょ、了解です艦長。」

慌てて返答する2人更に苦笑しつつ綾は亜紀を連れ取材チームが待機して居る甲板に向かう。

一旦発令所へ降りて艦内を通り梯子を上り綾と亜紀は甲板上出ると乗員達と居る取材チームへ所に向かう。

「皆さんふゆしおにようこそ歓迎します、艦長の神城 綾です。」

綾の声に取材チームの面々が一斉にこちらを見る。

「これはこれは・・・番組プロデューサーの三木です。」

そう言って前面に出て来たのはあのドヤ顔をしていた小太りの中年男性だった。

その笑みに綾は何だか悪寒を感じて表情が強張ってしまう、何だか身体を舐め廻されている様な気がしたからだ。

綾は自意識過剰かと思っている様だが実際間違っていない、その辺はまだ女性なって間の無い彼女だから仕方が無い話だが。

「それでは乗艦に関しての注意を今から申し上げますね。」

一方亜紀は表情には出さないが嫌悪感を抱きながら応対する、綾より女性歴の長い彼女は男性のそんな目に敏感だ。

その胸中を一言で言えば「嫌らしい目でこっちを見るな。」だ。

スタッフの中にはカメラマンなど男性も居るが流石に連中は弁えて(怖がって?)いるのか視線は控えめだ。

一方圭子を始めとした女性陣は女生徒しか載っていない潜水艦と言う事も有って物珍しそうに綾達を見ている。

ただ綾が感じた通り圭子の様子がおかしい事を亜紀も彼女を見て思ったが取り敢えず注意事項を伝える。

「ふゆしおは客船では無くれっきとした教育艦ですので、むやみに機器に触ったり許可なく入室をしない様にお願いします。」

取材チームを見渡しながら亜紀が話す、ニヤニヤした表情を浮かべて見ているプロデューサーはもちろん無視して。

「あと言わなくてもお分かりだと思いますが乗員は全員女生徒です、特に男性の方は対応にお気を付けて下さい。」

まあ亜紀の言いたい事は、「艦内をウロウロするな。」、「全員女の子なのだから特に男は浮かれるな。」である。

「ええもちろんですとも。」

プロデューサーはそう言って笑顔を浮かべて答える、亜紀は一番お前が危険だと言いたいのを堪えて頷くと綾を見る。

「取材には協力しますが、今澤田記録員が言った注意を守れない場合は即刻退去して頂きますの協力をお願います。」

凛とした表情で亜紀の注意を補完する綾に男性陣だけで無く女性陣は目を輝かせて見ている(プロデューサーは別の意味で)。

もちろん綾がそれに気付いていないの言うまでも無く亜紀は要注意だなと思った。

「今回の何でも最前線は横須賀女子海洋学校の直接潜水教育艦ふゆしおよりお送りします。」

MCの圭子がカメラの前で番組開始の台詞を微笑みながら言う。

発令所の乗員達は表面上は通常通り作業しているがやはり気になるのかちらちらと見ていた。

カメラが発令所の真ん中で指示を出している綾に向けられると圭子が続ける。

「彼女がふゆしお艦長の神城 綾さんです。」

そう紹介すると圭子が綾に話し掛ける。

「神城艦長、MCの小谷 圭子です、今回よろしくお願いします。」

話し掛けて来た圭子に綾は微笑みながら答える。

「はいこちらこそよろしくお願いします。」

その笑みに圭子の顔が朱に染まる、まあ綾は相変わらずそれには気付いていない様だが。

「「・・・・・」」

そんな2人を見て機嫌が悪くなっている記録員と電信員が居たが(笑)。

「それでは・・・ここが発令所ですね神城艦長。」

「はい航行中艦の指揮号令を艦長である私が執る場所になります。」

そんな3人に気付かないまま綾は発令所内の説明する。

「艦の操舵や通信、監視等の為の機器とそれを操作する人員が配置されており艦の中では最も重要な部屋です。」

一通り操舵コンソールや魚雷管制コンソール等をその操作員と共に紹介して行く綾。

ちなみに機嫌の悪い亜紀と麻耶を覗いた発令所要員達は緊張の所為で引きつった笑みを浮かべいた。

「それでは行きましょうか・・・」

発令所内の説明を終えた綾は圭子達を先導して他の案内をする為発令所を出ると、艦首側にある乗員居住区に向かう。

そこでまず最初に紹介されたのは艦長室だった、狭いが執務机やベットが完備された部屋だ。

「神城艦長の部屋は発令所の直ぐ近くにあるんですね。」

「ええ何かあれば即駆け込める為にです。」

続いて通路の両側に3段ベットが並ぶ場所に来る一行。

「乗員の皆さんは実習中ここで寝泊まりされる訳ですね?」

並ぶベットを見ながら圭子は質問して来る。

「その通りです、ベットとロッカーがあるこの空間が実習中生徒にとって唯一のプライベート空間になります。」

とは言え仕切りはカーテンだけなので音は漏れ放題でプライベートなど無いに等しいのだが。

そして綾にとっては鬼門であるシャワールーム、一度に2人まで使え設備も良いが広さは普通のものに比べれば狭い。

「ここが食堂です。」

他に比べれば多少は広めの部屋に二つのテーブルとベンチが置かれた場所で、壁際に電磁調理器が設置されている。

「航海中の食事はどんな物のなのでしょうか?」

圭子の質問に綾は壁にある扉を開け中にある積み上げられた物を見せる。

「航海中の食事は全てレトルト食品になります。」

中型艦のふゆしおに晴風の様な厨房設備や食材貯蔵庫などを設置出来るスペースは無い。

だからお湯で温めるだけで済み、常温で多量に積み上げて置いても問題無いレトルト食品がふゆしおではメインなってしまう。

なおふゆしおには炊事委員はおらず他の科員が交代で食事の準備をする事になっている。

「ここは医療室になります。」

広さは艦長室くらいあり衛生長と衛生員の娘達が居る所だ。

「航海中に怪我や病気になった場合に使われます、まあそんな事無いのが理想ですが。」

居住区を出ると艦の最前部にある艦首魚雷発射管室に入る。

「ここが発射管室、搭載された魚雷を発射管に装填し発射する所です、ちなみに装填や発射は遠隔操作で行われます。」

スタッフ達は搭載されている魚雷や発射管室内の様子を興味深く見ている。

まあ訓練用の魚雷で本物では無いのだが、見慣れたない圭子達にすればどっちでも変わりが無いだろう。

発射管室出た後綾と圭子達はもう一度居住区や発令所を通り過ぎて艦尾側へ移動する。

観察窓付きの金属カバーがシリンダーヘッドに掛けられているディーゼル機関とメインモーターが設置された機関室に一行は到着する。

「こちらがふゆしおの機関室、水上及び水中航行時に使用されるディーゼル機関とメインモーター及び管制コンソールが有ります。」

綾は管制コンソールの前で圭子達に説明する、機関員達も発令所班員達同様緊張しながらそれを見ている。

「以上でふゆしおの艦内説明は終わりです、何か質問がありますか?」

「えっとそれでは・・・壁にあるあの赤い箱は何のですか?」

聞かれた圭子は暫し考えた後、壁に設置された赤い箱を見ながら質問して来る。

「あれは緊急時に使用するものが入ってます、ライトとか信号拳銃などですね。」

「拳銃・・・」

それを聞いた圭子がそう呟いて俯く、その目に何かが浮かび上がったのだが綾は気付かなかった。

「ありがとうございました神城艦長。」

次の瞬間には何時も通りの表情を浮かべて圭子が答えたからだ。

後に綾はこの時に気付いていればと後悔する事になる。

一通り艦内の設備や乗員の撮影が終わり後は潜航中の艦内の様子を撮影するだけになった。

その為綾は潜航を完了するまで撮影チームに食堂で休憩しながら待ってもらう事にする。

「あの・・・行く前にトイレに行ってもよろしいでしょうか?」

そんな中案内しようとする乗員に圭子が聞いて来る。

「はいどうぞ、機関室手前にありますよ。」

会釈して圭子は1人機関室のある区画へ向かう、誰か付いて行くべきかかとその乗員は思ったが。

幾ら同性と言えそれは恥ずかしいだろうと考え乗員は撮影チームを案内する事にした。

なおそう言った一連のやり取りを綾は亜紀と今後の予定を打ち合わせ中だった為気付かなかった。

圭子が何か思い詰めた表情で戻って来た事も・・・

「潜航します。」

打ち合わせを終え綾が指示を出す。

「機関停止、メインモーター切り替え。」

「注排水弁開きます。」

舞と由里がそれぞれコンソールを操作しながら報告する。

「指令塔ハッチ閉鎖完了。」

指令塔のハッチを閉めた優香がタラップを降りて来ると報告する。

「全ハッチ閉鎖よし。」

発令所の表示を確認した亜紀が報告する。

「ベント弁開け、潜航。」

「ベント弁開きます。」

「潜舵展開、潜行します。」

綾の指示に由里と八重が復唱しながら、ベント弁を開き、操舵装置を操りふゆしおを潜行させて行く。

「深度70まで潜行。」

「了解、深度70まで潜行します。」

復唱し深度計の表示を見ながらふゆしおを操舵する八重。

「・50・60・70。」

「艦を水平に戻せ、メインモーター出力1/4へ。」

「艦を水平に戻します。」

「メインモーター出力1/4へ。」

ふゆしおは深度70で水平になって航行して行く。

「澤田記録員、撮影チームを発令所に連れて・・・」

そう綾が指示を出そうとした時だった。

「か、艦長!食堂で小谷 圭子が・・・」

撮影チームを案内した乗員が大慌てで発令所に飛び込んで来て報告して来たのは。

 



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12.7月2日・その2

飛び込んで来た乗員と共に食堂に来た綾と亜紀はその光景に固まってしまう。

「た、助けて、くれ・・・」

壁際に追い詰められたプロデューサーに信号拳銃を向けている圭子の姿に。

「・・・一体彼女何処から信号拳銃を?」

我に帰った亜紀が圭子が握っている信号拳銃を見て呟く。

同じく我に帰った綾が何か言おうとしたが背後から走って来て叫ぶ乗員の声に止められてしまう。

「艦長、機関室の緊急時用ボックスから信号拳銃を勝手に持ち出した奴がいます!」

その叫びに綾と亜紀は顔を見合わせると食堂内に視線を戻して溜息を付くのだった。

「つまりトイレに行くと言いながら機関室に来た彼女が機関員の隙をついて緊急時用ボックスから信号拳銃を持ち出した・・・」

「その様です・・・すいません私の管理ミスです。」

機関長の舞と撮影チームを案内した乗員の報告を聞き綾は状況を把握する。

最も把握出来たとしても状況が好転する訳でも無かったが。

非常時に直ぐ使える様に緊急時用ボックスは簡単に開けられる様になっているから信号拳銃を持ち出すのは楽に出来る。

これが訓練の為積まれているM60ニューナンブや64式小銃になるとそうはいかない。

銃と弾薬は別々の鍵付きロッカーに入れられ、その鍵も艦長の綾と記録員(副艦長)の亜紀が別々に管理すると言った具合だからだ。

「セフティー・・・外されていますね。」

亜紀が信号拳銃を見て指摘する、その用途故セフティーもM60や64式に比べ簡単に外せる。

それこそ消火器と同じでピン1本抜くだけで発射出来る様になっている、今回はそれが災いとなってしまったなと綾。

「厄介ですね、あんな近距離だと外し様が無いし、当たれば痣位じゃ済みませんよ。」

圭子とプロデューサーの間は1メートルも無い、信号拳銃を始めて使う彼女でも外すのは難しいだろう。

「でしょうね・・・ですが問題はこんな所で使われたら火災を起こしかねない事ですね。」

非殺傷の信号弾でも近距離で当たれば打撲では済まない、下手をすれば骨折は免れない。

だが問題はそれだけでは無かった、不味い事に食堂に置いて有った雑誌がプロデューサーの周りに散乱している。

もしそれに引火でもすればたちまち火災が発生するのは確実だった、そしてそれは潜水艦にとっては致命的な状況になる。

それでなくてもふゆしおは今潜航中なのだ、綾達に逃げ場は無い。

「浮上しますか?」

亜紀が尋ねるが綾は首を振って答える。

「浮上する際の振動で彼女が引き金を引いてしまう恐れがあります・・・それでなくても限界の様ですし。」

綾が身振りで亜紀と舞に圭子の様子を見る様に促す。

信号拳銃を持つ圭子の手は震えておりちょっとした事で引き金を引いてしまいそうだと亜紀と舞も気づく。

確かに亜紀の言う通り浮上して他の乗員を退避させるべきかもしれないが、浮上の際艦が揺れるのは防ぎようが無い。

「最悪火災になったらこの区画を閉鎖し、消火システムを作動させなければならなくなります・・・でもそれでは。」

ふゆしお乗員と違い今食堂に居る撮影チームがパニックを起こさず退避出来るか亜紀には確証が持てない。

なお消火システムと言うのは水では無く酸素を奪い火災を鎮火させるガスを使うもので、言うまでも無くそこに人が居れば窒息する。

「だとすれば残された方法は一つだけですね。」

そう言って綾は食堂に入って行く。

「「艦長・・・お願いしますね。」」

残された方法、それは圭子を説得するしか無い、亜紀と舞は綾がやろうとする察して言う。

それに対して微笑み返すと綾は圭子とプロデューサーの傍に向かって行く。

「近寄らないで!」

近づいて来た綾に気付いた圭子がプロデューサーから目を離さないままで叫ぶ。

綾は言われた通りにその場に立ち止ると話し掛ける。

「分かりましたこれ以上近づきません・・・その代わり何でこんな事をするのか聞かせて下さい。」

説得するにも何故圭子がこんな事を起こしたのか知る必要があり綾は聞く。

「・・・この男の所為で・・・姉さんは・・・死んだ、いえ殺されたのよ!」

「お、お前に姉なんかいないじゃないか!?」

プロデューサーは震えながらそう叫ぶと圭子は睨みつけながら答える。

「武藤 文・・・貴方がかって担当していた人よ、彼女は私にとっては従姉であり姉でもあったのよ。」

「な・・・文の、まて俺は何もしていない。」

圭子の言った武藤 文の名前にプロデューサーは顔を真っ青にして更に震えだす。

「嘘つかないで、仕事を回して欲しかったら自分の言う事を聞けっていって散々セクハラをしたくせに。」

このプロデューサーは担当した文に事有る毎にセクハラを働き、反抗すれば仕事させないと脅かしていた圭子。

「文姉さん、それでボロボロになって行って最後には絶望して自殺したのよ!」

涙を流しながら憤怒の表情で圭子は叫ぶ。

「だから私は貴方に近づいてチャンスを待ったわ、セクハラされてもね、そしてようやくこの時が来たわ。」

震える手で信号拳銃を構えながら圭子はそう言うと憤怒の表情を歓喜に変える。

「そうね確かにこの男のやった事は許されない・・・でも此処で復讐をしたとして貴女は救われるの?」

正直言って綾もプロデューサーのやった事は許しがたい行為だと怒りが沸いて来る。

「こんな事してもお姉さんは戻って来ない・・・貴女にも分かるでしょう。」

「分かって・・・いるわよ・・・でも・・・でも・・・」

激しい葛藤に圭子は震えながら答える、その事は彼女にも分かっているのだろうと綾は思った。

「第一お姉さんが喜ぶかしら、こんな男の為に一生を棒に振る事を・・・」

綾は圭子に近づき信号拳銃を握りしめる手を両手で包み込みながら言う。

「貴女にそんな事を私もして欲しくない・・・何も知らない他人なのにと言われるかもしれないけど。」

「・・・」

涙に濡れた瞳を向けながら圭子は綾を見詰める。

「自分を大切にして下さい、そうじゃ無かったら悲しいです。」

悲しそうな表情を浮かべて語りかけて来る綾に圭子は自分にとって大切だった文姉さんの姿が重なって見えた。

『圭ちゃん貴女の気持ちは嬉しい、でも私の所為で人生が駄目になるのは悲しいわ、自分を大切にして。』

そんな文姉さんの声が聞こえ来て圭子は信号拳銃を床に落とすと綾に抱き着き声を上げて泣き始める。

そう言えばこの人も『あや』さんだったなと思いながら・・・

一方綾は女の子に抱き着かれ恥ずかしくなったが、声を上げて泣く圭子を引き離す事が出来ず固まっていた。

その辺は綾らしいと言えるがお陰でプロデューサーがその場から逃げ出した事に気付けなかった。

もっともプロデューサーが逃げられる訳も無かったが。

這いつくばって食堂から出たプロデューサーの前に2人の足が立ち塞がる。

顔を上げたプロデューサーを目の笑っていない笑顔で見つめる舞と亜紀。

「あらプロデューサーさん何処へ行かれるのですか?」

「い、いや俺は・・・」

慌てて戻ろうするがその後ろにも乗員達がやはり同じ様な笑顔で立っており無理だった。

「さてプロデューサーさん、貴方には色々聞きたい事がありますのでご協力をお願いします。」

「待て何の権限があってそんな事を?たかが海洋学校の生徒が!」

プロデューサーは引きつった表情を浮かべ反論しようとするが。

「艦内で問題があった場合艦長にはそれを調査する権限があり、乗艦して居る人間にはそれに協力しなければなりません。」

これは例え教育艦の艦長であっても公に認められている権限であり、指揮を執ってるいる艦内では絶対的なものだった。

「ですので協力願いますね・・・まあ拒否はしない方が賢明です、艦を降りた後で後悔しますから。」

艦長の調査結果によっては重い処罰になる事もありますからと亜紀が言うとプロデューサーは項垂れるのだった。

その後プロデューサーは武藤 文の事だけでなく圭子や他のスタッフ達へのセクハラとパワハラを洗いざらい話させられた。

もちろん圭子も事情聴取を受ける事になった、何しろ勝手に信号弾拳銃を持ち出しふゆしおを危険な状況にさせる寸前だったのだから。

それらが終了後綾は横須賀女子に連絡を取り、状況の報告を行った。

『状況は分かりました・・・そちらに行く様にブルーマーメイドに連絡を取りますので到着後引き継いで下さい。』

報告にそう答えた後宗谷校長は慰める様に言う。

『事情が事情です、私の方からも寛大な処置を取る様に言っておきます神城艦長。』

「ご配慮いただき感謝します宗谷校長先生。」

撮影を中止したふゆしおは浮上し撮影チームを引き取りに来るブルーマーメイド艦を待っていた。

「とんでもない取材になりましたね・・・」

司令塔上に出て来て綾と共にブルーマーメイド艦の到着を待っていた亜紀が言う。

「・・・そうですね。」

綾は言葉少なく答えながら甲板上で他のスタッフと共に待機している圭子を見ながら彼女と話した事を思い出していた。

「ご迷惑をお掛けしました神城艦長。」

深く頭を下げ圭子が謝罪する。

「あと私を・・・救って頂いてありがとうございました。」

頭を上げ圭子は微笑んでお礼を伝えて来た。

「いえ私はそこまでしていませんよ・・・」

結局何も出来なかったと綾は思い自分の不甲斐なさを恥じていたのだが。

「そんな事ありません、神城艦長が止めてくれなかったら私は取り返しのつかない事をしてしまうところでした。」

そう言ってくれるなら多少は報われた気持ちなる綾だった。

「それで・・・1回だけで構いません、綾姉さんと呼ばさせてもらっても良いでしょうか?」

ふと真剣な表情を浮かべ圭子はそう言って綾の手を握りしめ懇願して来る。

「えっと・・・分かりました。」

それに困惑した綾だったが圭子の真剣な表情に押され頷く。

「はい綾姉さん、本当にありがとう。」

「艦長、みくらが到着します。」

航海管制員の優香の報告で綾は回想から戻ると双眼鏡を目に当て接近して来る改インディペンデンス級沿海域戦闘艦のみくらを見る。

『みくらから通信っす艦長。』

「繋いで下さい。」

艦内通話機から麻耶の報告に綾が頷いて答える。

『福内です、お久しぶりですね神城艦長。』

綾と福内はRATt事件の時に明石で出会っており、それ以来の再会になる。

「はいお久しぶりです、お手数をおかけします。」

『気にしなくても良いですよ、これも任務ですから。』

みくらはふゆしおの傍に来ると停船し中型の連絡艇を降ろす。

降ろされた連絡艇にブルーマーメイド隊員が乗り込むとふゆしおに接近して来る。

連絡艇の隊員がロープを投げふゆしおの乗員が受け取り連絡艇が接舷される。

甲板上のふゆしお乗員は圭子とスタッフ達を接舷された連絡艇に乗せて行く。

その途中で圭子が振り向いて司令塔上の綾に頭を下げてから乗り込む。

出来れば圭子の前途が明るい事を綾はその姿を見ながら願うのだった。

こうしてふゆしおの取材は綾や乗員を含めた人々にとって後味の悪いまま終わった。

その後の事だが・・・圭子はその危険行為により起訴されそうになったらしいが最終的には不起訴になった。

もちろんそれには綾が提出した調査記録(例のプロデューサーの数々の悪事を記述した)や宗谷校長の働き掛けがあったからだ。

あと番組の方だが一時は打ち切りの話もあったらしいがファン達の運動のお陰で存続する事が決まった。

ただ圭子とプロデューサーは当然だが番組から降ろされたうえTV界から追放される事になった。

まあ圭子は従姉の仇を取る為居たので後悔は無く、これからは普通の学生として生きて行くと綾宛ての手紙に書いて送って来た。

プロデューサーの方は数々の悪事(パワハラとセクハラ)により悲惨な状態らしいが綾にすればどうでもいい事だったので関心は無かった。

なおその手紙には綾の事を従姉の様に慕いたいと書かれていたのだが、それを知って機嫌の悪くなった記録員と電信員が居たのは何時もの事だった。



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13.7月25日・その1

青い海、広がる砂浜、真夏の日差し。

正に夏の海と呼べる光景だがそれを見つめる綾の心情は真冬の様だった。

「何景気の悪い顔をしているのかしら綾は。」

絶対面白がっているだろうと綾は声を掛けて来た親友でありふゆしお記録員の亜紀を睨むのだが・・・

「良いわね綾のその水着。」

途端に真っ赤になりあたふたと自分の水着姿、青のビキニに白のパレオ姿を何とか隠そうとする綾に亜紀は微笑む。

いや亜紀だけで無く一緒に来ていたふゆしおの発令所メンバー達も同様にそんな綾を見て微笑でいるのだった。

「はあ・・・だから来たくなかったのに。」

真っ赤になって俯く綾はこうなった経緯を思い出していた。

事の始まりは長期休暇に入る直前に交わしたふゆしお食堂での亜紀との会話だった。

「そうそう休みに入ったら発令所メンバーで海に行くから綾も準備を忘れずにね。」

食後のコーヒーを飲んでいた綾は亜紀の言葉に危うくそれを吹き出しそうになってしまった。

「ちょ、ちょと待って下さいいつの間にそんな話が・・・」

自分の知らない所で決まっていた予定に綾が慌てて聞き返す。

「だって綾言ったら行かないって言うでしょ。」

だからこちらで決めておいたからと言う亜紀に綾は頭を抱えてしまう。

確かに亜紀から休みに入ったら海かプールに行こうと誘われていたのだが綾は断っていたのだ。

海に行くとすれば水着姿になるいやさせられるのは明白だったからだ、それは女子になって間もない綾には恥ずかしい展開だ。

それでなくても授業で学校指定のスクール水着(例の青と白のやつ)を着るのに苦労している有り様なのに。

「それそうですが・・・だからと言って。」

「私は綾と海に行きたいと思っているのに・・・」

抗議しようとする綾に対し目を伏せ悲しそうな表情と声(もちろん演技だ)をして見せる亜紀。

「はあ・・・もう良いです。」

そんな亜紀の演技に綾は自分が悪いのかと理不尽に思いながらも受け入れるしかなかった。

「ありがとう綾、貴女のそう言うとこ好きよ。」

嬉しそうに微笑みながら言う亜紀の台詞に当然真っ赤な顔になる綾だった。

「綾も参加してくれる事になったし休みに入ったら直ぐに水着を買いに行きましょう。」

だが次に亜紀が言った台詞に綾は今度は顔を真っ青にして聞き返す。

「そ、それって私もですか!?」

「当り前よ綾、年頃の女子だったら学校外でスクール水着なんか着ないわよ。」

綾が海でスクール水着を着るだろうと思っていた亜紀は人差し指を突き付けながら断言する。

「まそう言う訳で綾、横須賀女子に戻った翌日に行くから宜しくね。」

死刑判決に等しい亜紀からの宣言に綾は項垂れるしかなかった。

そして亜紀の宣言通りふゆしおが横須賀女子に帰港した翌日に綾は亜紀によって水着ショップ連行され散々着せ替え人形にされた。

その結果選ばれたのが今綾が着ている水着(青のビキニに白のパレオ)である。

なおかなり過激な水着も候補に上がって綾が卒倒しかけた場面が有ったのは言うまでも無い。

「艦長、まるで女神みたいっす。」

某電信員が顔を真っ赤にして目を潤ませながら言って来るが綾には恥ずかしくてたまらないだけだった。

「そ、そんな事無いと・・・って写真撮らないで下さい亜紀、皆さんもです!」

何時の間に亜紀達が綾を取り囲みスマホやタブレットでの撮影会が始まってしまい綾が顔だけで無く全身を真っ赤にしながら叫んだが。

余計亜紀達を煽る結果になっただけだった・・・(笑)

だが綾にとって地獄の撮影会が終わっても受難は続く。

「やあ皆どこから来たの?」

「ねえ一緒に遊ぼうよ。」

そうこう言った場では当たり前のナンパである、行く先々で出て来るそれに綾はいい加減困ってしまっていた。

「どこからでも良いでしょう。」

「残念ながら間に合っているっすよ。」

「貴方・・・死線が出てますよ・・・」

まあこのメンバー相手に対抗できる男達など居る訳も無く次々に撃沈されていくだけだったが。

何でもまあこんなに寄って来るのかと綾は内心深い溜息を付いていたが、その理由が自分に有るとは気付いていなかった。

黒髪で清楚、スタイルだって胸のボリュームは控え目だがそれを含めて美しい身体のライン。

加えて自分の水着姿に恥ずかしがっている姿が男性達どころか女性達にも受けているからだ。

まあ綾本人はその理由を知っても嬉しくも無いだろうが。

そんな些細な出来事(綾はもちろんそう思っていない)が有りつつも皆海を楽しむ発令所メンバー達。

メンバーによる遠泳大会では男どもが乱入したが彼女達の半分にも満たない距離で全員リタイヤし砂浜に屍が並ぶ結果になった。

まあ本当に亡くなった訳では無く体力を全て使い果たし足腰が立たなくなっただけだが。

大体ナンパなどやっている軟弱な連中が海洋学校の生徒として厳しい訓練を受けている綾達に敵う訳無いのだが。

そして昼食が賞味期限切れ寸前のレトルトを許可を得て持って来て携帯コンロで温めたものだったのはまあ彼女達らしいと言える。

その後は偶然にも浜辺で行われたビーチバレーに飛び入り参加したりもした。

ここでは綾&亜紀の艦長&記録員組と以外にも真奈美&麻耶の低テンション&高テンション組が決勝で戦う場面もあった。

ちなみに優勝したのは艦長&記録員組の綾&亜紀の方だった。

まあ優勝が決まった瞬間亜紀に抱き着かれた綾が真っ赤になって硬直していたのは何時もの事だったが。

そんな楽しい時間も終わりそろそろ帰ろうとしていた時に事件は起こったのだった。

持って来た荷物をまとめ着替えをする為海の家に来た綾達はそこに何人かの人々が集まり深刻そうに話している場面に遭遇する。

「まだ戻っていないって・・・どこへ行ったて言うんだ。」

「話じゃあそこからしいがはっきり分からん。」

「だがあそこだとしたら早くしないと・・・」

その深刻な様子に綾達は思わず顔を見合わせてしまう。

「あの・・・何かあったんですか?」

余計なお世話かと思ったが綾は傍に居た海の家の女性従業員に聞いてみる。

「え?ああ実は子供2人が海に出たまま戻って無くってね。」

「ブルーマーメイドに通報はされていないのですか?」

亜紀がそう尋ねる、海で事故になったと言うならブルーマーメイドかホワイトドルフィンに通報した方が良い筈だ。

「それが・・・子供達の行った場所がはっきりしないって言って、でもあそこだったら間に合わないかもしれないのに・・・」

その従業員はイライラした様子で議論している男達を見ている、いや彼女以外の女性達が同じ様な感じでいるみたいだった。

「あの皆さん、そんな事をしているより通報をされた方が良いのではないですか?」

綾がそう言うと議論していた男の1人が睨みつけながら答えて来る。

「何だお前は・・・子供は黙っていれば・・・」

「いい加減にしな!この娘の言っている通りだろうが。」

男の言い方にイライラしていた女性が綾を援護してくれる。

「そうですね、これでは助けられる人も助けられなくなります。」

「これだから男ども駄目っすね、議論している暇があれば動け良いじゃなっすか。」

女性に続いて亜紀と麻耶も援護に入り、他の発令所メンバーを口々に「何をやっているのか。」と言って男達を睨む。

これに周りに居た女性達が加わり男達は何も言えなくなってしまうのだった。

その光景に元男性の綾は女性は強いなと今更ながら思ったのだった。

「それじゃ子供達は海底洞窟に行ったかもしれないと?」

役に立たない男達(元同性の綾として情けなくなったが)の代わりに事情を知る女性が詳しい話を綾達にしてくれる。

「そうさ、しかもそこは時間が経てば水没してしまうんだよ。」

この海岸から1時間程行った小島にその海底洞窟への出入り口があるらしく子供達はそこから入ったかもしれないと女性は言う。

不味い事にその洞窟は潮の流れの関係で日が暮れる頃には内部が完全に水没してしまうらしい。

だとすれば事態は急を要する事になると綾は表情を曇らせ隣でタブレット端末を操作している亜紀に問い掛ける。

「ブルーマーメイドの方はどうですか?」

男達を黙らした後綾は亜紀にブルーマーメイドへ通報を入れる様に頼んだのだが。

「直ぐに救助チームを送るそうですが・・・到着にかなり時間が掛かるみたいです。」

近くの海域で漁船の遭難が有ったらしく時間が掛かるらしいと亜紀は深刻な表情を浮かべ答える。

ちなみにホワイトドルフィンの方も同様に駆り出されている為ブルーマーメイドより時間が掛かってしまう。

「確か19時には完全に水没してしまうと言ってましたから・・・」

綾は自分のスマホの時刻表示を見ながら考え込む、現在17時を過ぎており猶予はほとんど無いと。

「・・・澤田記録員、横須賀女子に救助作業の許可を至急要請して下さい。」 

「綾、艦長?」

「あんた何を?」

何かを決意した綾が出した指示に亜紀が思わず艦長と呼んでしまう、説明していた女性もその雰囲気に聞き返して来る。

「私達ならギリギリですが辿り着いて救助作業出来ます。」

「分かりました艦長、皆さん。」

「スキッパーなら確かそこの港に係留されていたっす。」

「スキューバの・・・器材なら・・・貸し出している・・店がありました。」

「よし愛先ずはスキッパーを確保しに行くぞ。」

「はい!」

「八重さんと美沙さんは器材の方をお願いします。」

綾の言葉を受け亜紀達は即座に役割を決め動き始める、この辺は常にふゆしおで培ってきたチームワークがものを言った。

「あ、あんた達が行くのかい?」

茫然としていた女性が我に帰って聞いて来る、一応綾達が横須賀女子の学生で有る事は説明されていたものの驚きは隠せなかった様だった。

「その為の訓練を私達はやってきました・・・出来るのにやらないなんて選択はありません。」

そう言って綾は微笑む、ちなみにそれを見て男性陣だけで無く女性陣まで見惚れてしまっていたが。

「艦長、スキッパーを確保しました。」

「器材借りて来たっす。」

「艦長、横須賀女子より救助任務の許可が下りました・・・何を優先すべきか常に考えて行動する様にと宗谷校長先生から伝言です。」

全てが揃い綾は亜紀達の顔を見渡しながら命じる。

「それでは救助活動開始です皆さん。」



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14.7月25日・その2

暗くなっていく海上を明かりで前方を照らしながら2隻のスキッパーが航行していた。

搭乗して居るのはウェットスーツを着込んだ綾と亜紀、2人がスキッパーとスキューバのライセンスを両方とも持っていたからだ。

残りのメンバーは横須賀女子やブルーマーメイドへの連絡の為待機している。

やがて前方に子供達が探検と称して入り込んだ海底洞窟の入り口がある岩礁が見えて来る。

綾が手で合図を亜紀に送るとスキッパーは速度を落としつつ岩礁に接近して行く。

そして岩礁の周囲を回り止められているボートに気付くと綾は更に速度を落とし亜紀と共に近くまで寄ると停止させる。

「まだ洞窟内に居るみたいですね。」

停止したスキッパー上から大型のライトでボートを照らしながら亜紀が溜息を付きながら言う。

「ええ、残念ですが・・・」

綾と亜紀にすれば岩礁の上か洋上に居てくれる事を願っていたのだがそうは行かなかった。

気を取り直し綾と亜紀は岩礁に上陸すると海水で満たされている洞窟の入り口を覗き込む。

この洞窟は住民の言によればU字型の洞窟らしく海水で満たされなければ一旦下方に降り暫し水平に歩いて再び登れば奥に到達するらしい。

子供達が居るとすればその洞窟奥だろう、そしてそこが海水で満たされるまで後1時間も無い。

「急ぎましょう。」

「はい艦長。」

綾と亜紀はスキッパーから装備を降ろし身に着け始める、普段の訓練もあって2人は素早く支度を終える。

互いに相手の装備を確認した綾と亜紀はレギュレーターを加えマスクを降ろすと洞窟の入れ口から海中に潜って行く。

海中と違い洞窟の中は暗く水中ライトで前方を照らしながら綾と亜紀は進む。

やがて水平だった底が上方へ向かう場所に着いた綾と亜紀は顔を見合わせて頷きあうと上方へ向かって行く。

「わーんお母さん・・・」

「泣くなって、うう・・・」

2人の子供達は迫って来る水面に怯え泣きながらも洞窟の上方に逃げていたが最早それも限界に近づいていた。

今自分達の居る場所まで海水が満たされたらどうなるかは子供達でも分かっているだけに恐怖と後悔に押しつぶされそうになっていた。

彼らもこの洞窟の事は知っており海水が入って来る前に出る積もりだったのだが、珍しい石を見付け夢中で収集していて時間を忘れてしまったのだ。

ただ泣きじゃくるしかなかった子供達は突然目の前の海面が割れ何かが出て来た瞬間抱き合うと大きな悲鳴を上げる。

「・・・もう大丈夫ですよ。」

「「えっ?」」

だがそんな子供達は掛けられた優しい声に視線を戻しそこにマスクを上げレギュレーターを外した2人に気付く。

「「うわぁぁん!!」」

「よく頑張りましたね、さあ帰りましょう。」

その声に一瞬茫然とした子供達は次の瞬間泣きながら抱きついて来る、それを受け止めながら綾が言う。

「で、でも僕達お姉ちゃん達みたいに潜れないけど・・・」

まだ幼い彼らにスキューバダイビングの経験どころか知識も無いのは仕方ない話だ。

実は救助の際に一番問題なると思われたのはこの事だったのだが、もちろんその辺は考慮済みの綾達だった。

「心配しなくても良いから、貴方達はこれを使って貰うから。」

そう言って亜紀が子供達に見せたのはフリーフローヘルメット、水中で逆さまにしたバケツには水が入らないことを応用した潜水具だ。

これは首下あたりまでを覆うヘルメット状のもので、水上の空気供給装置からホースで空気を供給して使用する。

よく海底観光に使われているもので、これも八重と美沙がショップから借りて来たものだった。

このヘルメットは非常時を想定して、オクトパスと呼ばれる予備のレギュレーターと接続出来る様になっていた。

今回綾達はその機能を使って子供達を救助しようと考えたのだった、これなら彼らもパニックにならずに海中を移動できると。

子供達も安心した様子でどうやら問題無いと綾と亜紀はほっとした表情を浮かべる。

とは言えこのヘルメットは救助作業を想定した潜水具ではないので最後まで気が抜けないのだが。

綾と亜紀は子供達にヘルメットを被せ、各々のオクトパスを接続し空気の供給を確認すると一組づづ海中に入って行く。

底に着いた綾と亜紀は子供達を抱きしめながら慎重に進み、上に向かう場所に到着するゆっくり浮き上がって行く。

洞窟入り口の海面に浮き上がった綾と亜紀は子供達のヘルメット外すと先に上がらせた後自分達も続く。

抱き合って喜び合う子供達を見て微笑み合う綾と亜紀は突然こちらを照らす光に目をそちらに向ける。

その洋上には改インディペンデンス級沿海域戦闘艦が停泊しており、光は発進して来た3台のスキッパーからのものだった。

やがて3台のスキッパーは岩礁に到着するとブルーマーメイド制式のダイバースーツを着た隊員達が降りて来る。

「横須賀女子の生徒さんね、私達はあけぼの所属の救助隊の島村です。」

3人の先頭に居た女性が綾と亜紀を見て声を掛けて来る。

「はい、横須賀女子所属のふゆしお艦長神城 綾です。」

「同じくふゆしお記録員澤田 亜紀です。」

現れたブルーマーメイド隊員達に綾と亜紀は姿勢を正し答える。

「救助ご苦労様でした、流石は横須賀女子と言う事かしら・・・そんな後輩達にOGとしては鼻が高いわね。」

微笑んで島村隊員がそう言って来る、どうやら彼女は横須賀女子の卒業生の様だった。

そんな先輩の言葉に綾と亜紀は恥ずかしげになりながらも「「はいありがとうございます。」」と答える。

その後綾と亜紀は子供達と共にあけぼのに乗って来たスキッパーと一緒にに収容され港に戻って行った。

「「「艦長、澤田記録員お疲れ様です。」」」

港に到着したあけぼのから降りて来た綾と亜紀は留守番役の発令所メンバー達に迎えられる。

「ありがと皆、救助は完了、子供達も無事です。」

綾と亜紀と共に降りて来た子供達は、あけぼのからの連絡を受け待ち構えていた親達に抱きしめられ再び泣き出していた。

それを見ていた数名の住民達が綾と亜紀の元に来て深々と頭を下げてお礼をして来る。

「ありがとう、あの子達が助かったのは君達のお陰だ。」

「本当にありがとうございました皆さん。」

「ありがとうお姉ちゃん達。」

子供達とその親達もやって来てまるで拝むように礼を言って来る、お陰で綾と亜紀は恥ずかしさに何て答えて良いか分からず固まってしまう。

そんな綾の肩に手を置いて島村隊員が微笑みながらアドバイスをしてくれる。

「貴女達は感謝されるだけの事をしたのだから堂々としなさい。」

そのアドバイスで落ち着けた綾は囲んで居る住人達に堂々とした態度で答える。

「いえ私達は当然の事をしたまでです、ブルーマーメイドを目指す者として。」

こうして綾達の海水浴は大波乱の中に終わったのだった。

なおこの救助の為帰りの電車に乗れなくなってしまった綾達だったが、あけぼの艦長の好意で横須賀まで帰る事が出来た。

「皆さん横須賀女子生徒としてとても立派でした。」

ただ宗谷校長がそう言って直々に出迎えてくれるとは思っていなかった綾達が大いに慌てたのはまあ余談である。

 

もっともこれで終わった訳では無く、綾達の救助の事はマスコミで大々的に報道される事になった。

また綾達は救助された子供達の住んで居る街とブルーマーメイドから表彰され、それもまた大々的に報道されたのだ。

発令所メンバー達は大いに喜んでいたのだが、綾は『横須賀女子の美少女艦長が子供達を救助。』と言う見出しの記事に真っ赤になっていた。

「何ですか美少女艦長って言うのは・・・」

そんな事当然だと言う顔をして頷いている発令所メンバー達を綾は恨めしそうに見つめるのだった。



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15.8月4日・その1

洋上を1隻の漁船が漂流していた。

『第一大東丸』

船尾にそう船名が書かれている漁船上で漁師達は疲れた表情で居た。

「エンジンはやはり駄目か?」

年季の入った漁師と言う風防の男性が尋ねる。

「駄目ですね・・・まったく動かねえ。」

第一大東丸は漁場へ向かう途中でエンジン故障を起こし、現在漂流中だった。

「まったくついていないな・・・お前さんも。」

漁師が1人が苦笑しつつ若者の肩を叩きながら言って来る。

だが肩を叩かれたまだ10代の少年は何でもない様に答える。

「いえこれも良い経験になります!」

そんな返事を聞いて話し掛けた漁師は苦笑する。

「お前らしいな、まったく。」

今回が初めての漁なのだがこの少年、大山 大輔は最初からこんな感じだった。

「まあ漁師をやるならこれくらいで良いさ・・・でブルーマーメイドから通信はあれから入ったのか?」

そのやりとりを見ていた船長も苦笑しつつ通信員に尋ねる。

「さっき船を向かわせるって言って来た後入ってこないです。」

通信機に向かっている漁師がダイヤルを回しながら返答する。

「そうか・・・」

船長はそう言って溜息を付く、エンジン故障が起き、自力で回復できないと分かった時点で救難要請をだしたのだが。

運悪く近くにブルーマーメイドの艦艇がおらず暫く待つよう指示があった。

その後救助の船を向かわせると連絡があったが未だに現れなかった。

「こんなちんけな漁船なんか忘れたんじゃないんですか?」

漁師の1人が皮肉っぽい表情を浮かべて言うと他の漁師達が笑いながら相槌を打つ。

「だな・・・こっちが男だから見捨てられたんじゃないのか。」

「だとしたらお前の所為だな、俺はイケメンなのにな。」

「馬鹿野郎、鏡をよく見ろ。」

漁船上で漁師達はそう言って笑い合う、まあこうでもしていないと不安だったからだが。

だからそんな彼らを海の中ら見てる者が居る事に気付いてかった。

「・・・薫の奴元気かな。」

大輔はそんな漁師達の声を聞きながら遠くの水平線を見つめて呟く、だから彼が一番先に気付く事になった。

「あれって・・・うぉ!?」

海面上に何か棒の様な物が見え大輔は目凝らす、すると突然海面が盛り上がり何かが現れ彼は思わず叫んでしまう。

「どうしたっておいあれ!」

大輔の声に漁師の1人が振り向きそれを見て彼も叫んでしまう。

「何んだどうし・・・」

他の漁師達も気づき言葉を途切れさせてしまう、がそれはしょうがないかもしれない。

眼前に現れたのが潜水艦だったのだから・・・

司令塔上に出て来た綾は漁船上でふゆしおを見て固まっている漁師達を見て苦笑する。

「まあ仕方ないですね、目の前に潜水艦が現れたらそうなりますよ。」

隣に立ち同じ様にその光景に苦笑していた亜紀が言う。

硫黄島の訓練基地へ向かう途中のふゆしおに横須賀女子を通し、ブルーマーメイドから第一大東丸への救助要請があったのは数時間前の事だ。

どうやら近くにブルーマーメイドの艦艇が居なかったらしく、現状で一番早く救援に行けるのがふゆしおだったからだ。

第一大東丸がエンジン故障で最寄りの港まで曳航するだけで良かった事もあって横須賀女子の許可も直ぐに下りのだった。

まあ故障した船を曳航するのは訓練にもなるので綾達もそれ程気負っていなかった。

「ボートの準備を記録員。」

「はい艦長。」

状況の確認と救助の説明に第一大東丸へ向かう為綾はボートの準備を指示する。

亜紀の指示で乗員達がボートを引き出し膨らませるとふゆしおの舷側の海上に浮かべる。

「それじゃ行ってきますので艦をお願いします。」

「・・・まあ問題無いとは思いますが慎重にやって下さいね艦長。」

数人の乗員と乗り込みながら綾がそう指示すると亜紀が心配そうに答える。

「心配過ぎですよ。」

苦笑しながら綾が言う、確認と説明だけし1人と言う訳でも無いのオーバーだと思って。

もっとも亜紀が心配しているのはそんな事では無かった、綾の男性に対する無防備な姿勢についてだった。

亜紀や他のふゆしお乗員からすると綾は年頃の少女だという自覚に欠けて見えるのだ。

加えて自分がレベルの高い美少女だと言う事もだ、同性さえも魅了してしまう綾を男性がほって置く訳が無い。

「・・・」

だから同行する乗員達に亜紀は目で綾を頼むと伝える。

「・・・」

乗員達も亜紀の目での指示に深く頷いて見せるのだった。

発進したボートが第一大東丸に接近すると乗員がロープを投げ漁師の1人が受け取り固定してくれる。

綾はそれを確認すると漁船に慣れた感じで乗船する。

「お待たせしました横須賀女子所属のふゆしお艦長神城 綾です。」

漁船の甲板で待っていた漁師達の前に立ち綾が話し掛けるのだが・・・

「「・・・」」

1人を除いて漁師達は綾を見て茫然として答えられなかった、その美少女ぶりに当てられて。

「どうかしんですか船長?」

唯一それに当てられなかった若い漁師がそう聞いてくる。

「あ・・いやすまん船長の・・・」

慌てて自己紹介する船長、良い大人が自分の娘位の少女に見とれてしまった恥ずかしさに襲われながら。

「き、機関長の・・・」

良い年した男どもが焦った様子で返答する姿に綾以外の乗員達は苦笑していた。

「俺は漁業学校から実習で乗船中の大山 大輔です。」

「!?」

そんな自己紹介をした彼を見て綾は驚きに襲われていた、何しろ大輔は綾が薫だった頃の親友だったからだ。

こうして綾は意図せず自分の過去と対面する羽目に陥ったのである。



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16.8月4日・その2

大輔と綾(その頃は薫だったが)は何故か仲が良かったのだ、性格も身体つきも両極端にも関わらずだ。

当時の同級生達も不思議がっていた。まあそれはそうだろう、男臭さの象徴の大輔と、容姿は女の子っぽい薫の組み合わせなのだから。

そのお陰か、二人は同級生の間では凸凹コンビとして有名な存在だった。そしてその腐れ縁は中学時代まで続いた。

だが中学在学中に薫が病気療養と言う名目(実際は半陰陽の為だが)で別れる事になった以後は連絡を取ろうとはしなかった。

それがまさかこんな所で再会する事になるとは綾は思ってもみなかった。

「艦長?」

動揺する綾を見て乗員の1人が声を掛けて来る。

「あ、いえ何でもありませんよ、で、ではこれから曳航について説明を行います。」

我に帰った綾は顔を真っ赤にしつつふゆしおによる大東丸の曳航について説明を始める。

言って置くが綾が動揺し顔を真っ赤にしたのは自分の過去と唐突に対面した所為で、決して大輔に再開出来たからでは無い。

だが乗員達は挙動不審になった原因が大輔だと気づき、綾との関係を誤解してしまったのだ。

「「「まさか艦長と彼って!?」」」

綾にしてみれば完全に勘違いなのだが、恋愛に関心の強い年代の少女達であった事が事態を余計ややこしくしていた。

ちなみにこの時点で亜紀の綾を守ってくれとの願いを彼女達は忘却の彼方に捨てていた(笑)。

「説明は以上です、では作業に入りますね。」

流石艦長に選ばれるだけあり綾は説明している中に何時もの冷静さを取り戻していた。

「ええお願いします。」

「了解です、それでは皆さん作業に入って・・・どうしましたか?」

説明を終え乗員に指示を出そうとした綾は何故か浮足立っている皆を見て困惑してしまう。

「いえ何でもありません艦長、それでは頑張ってくださいね、皆行くわよ。」

「「了解!」」

今までに見た事の無いテンションに目を丸くして綾は乗員達を見送るのだった。

「「むっ綾(艦長)に何か!?」」

その時記録員と電信員が何かを感じたのは言うまでも無い(笑)。

「ワイヤーを・・・そういいわよ。」

ふゆしおからワイヤーが第一大東丸渡され乗員達が固定して行く。

「第一大東丸側固定良しです艦長。」

「了解です、ふゆしおへ前進微速。」

『こちらふゆしお、前進微速。』

ふゆしおが微速で前進を始めるとワイヤーがピンと伸びて大東丸を引っ張って行く。

「ワイヤー問題ありませんか?」

綾がワイヤーを監視している乗員に確認する。

「今の所問題なしです艦長。」

「了解です、それでは慎重に行きましょうか。」

ふゆしおと大東丸双方を注意深く監視しつつ綾が曳航を見守る。

「今の所問題なしですね。」

そう綾がほっと一息ついた時だった。

「いやご苦労さんだね。」

そう言って大輔が話し掛けて聞きたのだ、思わず綾が硬直してしまったは言うまでも無い。

「い、いえどうも・・・ありがとうございます・・・」

傍から見ると挙動不審の綾だが、大雑把な性格の大輔は気づかない。

一方傍にいた乗員の少女達は顔を寄せ合って「やっぱり。」とか「艦長頑張って。」と勝手に盛り上がっていた。

まあ綾は動揺した状態で大輔は周りを気にしないタイプだったので、2人ともそんな周囲の様子に気づいていなかったが。

「それにしても同じ年で艦長か・・・たいしたもんだぜ、俺なんか未だに見習いだぜ。」

「わ、私も似たようなもので・・・艦長なんてやってますが、それも入学時の成績が良かったからで・・・」

全身に冷や汗が出る思いで綾は会話を続ける、正直言ってこの場から今すぐ逃げ出したい思いだった。

過去の薫の事を知っている大輔相手ではそうなってしまってうのは綾しては当然だろう。

とはいえ艦長として作業の監視をしなければならず今の持ち場を離れる訳にいかず綾は進退窮まっていた。

「そうだ俺の中学の時の親友が東舞鶴男子海洋学校に進学したいと言っていたな・・・薫のやつ入学出来たのかな・・・」

懐かしそうに話す大輔を見て綾は罪悪感捕らわれる、本人が目の前に居るの薫だと言えない事に対して。

だが今は少女になってしまった事を告白する勇気を出せず、綾は自分の心の弱さを悔いていた。

「まああいつなら俺より出来がいいから大丈夫だろうな、っと悪いな俺の思い出話してしまって。」

「いえお気になさらいで下さい・・・彼もきっと頑張っていると思いますよ。」

東舞鶴でなく横須賀の方で・・・

「おい大輔!サボってないでこっちを手伝え。」

「おっといけね!それじゃな艦長さん。」

先輩漁師に怒鳴られた大輔はそう言って離れて行く、綾はようやく緊張を解く事が出来て座り込みそうになってしまった。

何とか気を取り直して監視に戻ろうとした綾は周りに居た乗員達の生暖かい視線にようやく気付く。

「えっと何か?」

「「「いえ何でもないです艦長。」

彼女達してみれば何とももどかしい綾と大輔の会話にヤキモキしてしまったからだが。

もっとも綾と大輔の2人の間にロマンスが芽生える事は無いだろう。

今は少女になったとはいえ綾にとっては大輔は男時代の友人であり、異性としての認識は無いのだ。

「そうですか・・・では引き続き監視を。」

「「「はい艦長。」」」

そんあ皆の心情に気づく事も無く綾は指示するのだった。

「「大東丸に行かなければ!!」」

「ちょっと2人共落ち着いて下さい・・・誰か止めるのを手伝って!」

その頃記録員と電信員がふゆしおで暴走していた(笑)。

まあその後は何事も無く、綾は監視に忙殺され、大輔は先輩漁師に叱咤(嫉妬?)されこき使われていただからだが、目的地に到着した。

「ワイヤーを外して下さい、注意を払うのを忘れすにお願いしますね。」

近傍の漁港の沖合に到着したふゆしおと大東丸は曳航を引きついてくれる漁船と合流した。

『こちらふゆしお、ワイヤーの回収完了です。』

「ご苦労様でした、それでは戻りますね。」

通信を終えた綾の元に船長と大輔を含む漁師達がやって来る。

「世話になったな嬢ちゃん、感謝するぜ。」

少々顔を赤らめながら船長が礼を述べる。

「いえこれも私達の務めですからお気になさらずに。」

そう答えて綾がほほ笑むと、大輔を除く船長と漁師達が顔を更に赤くして固まる。

まあ綾はそれを見ても皆体調が悪くなったのかと見当外れの思考にしていたが、相変わらず自分の容姿が与えるインパクトに疎いのだった。

「それじゃ元気でな、頑張れよ。」

「はい貴方も。」

結局最後まで自分が綾だと気づかなかった大輔に内心苦笑しながら答えると他の乗員達と共にふゆしおに戻って行くのだった。

ふゆしおの司令塔上から他の漁船に曳航されて港に入港して行く大東丸を見つめる綾。

自分が薫だったとばれなかった安堵感と最後まで隠してしまった罪悪感に胸中複雑な思いを綾を抱いていた。

「何時か話せる時が来ればいいんですが。」

だが今の自分の姿を改めて見てそんな日が一体いつ来るのだろうかと自嘲気味に思う綾だった。

「・・・それでは実習に戻りましょう・・・って澤田記録員に遠藤電信員どうかしましたか?」

背後に何時の間にか立っていた亜紀と麻耶に綾は問い掛ける、何故か2人とほほ笑んでいるのに目が笑っていなかったからだ。

「「艦長、お話があります(あるっす)。」」

そう言うと亜紀と麻耶は綾の左右の腕を掴み艦内へ引っ張っていこうとする。

「ちょっと待ってください、2人共どうしたんですか?」

有無を言わさない亜紀と麻耶の行動に綾は戸惑った声を上がる。

「大東丸で何があったか・・・」

「・・・教えてもらうっす。」

「ひっ!」

綾は瞳にハイライトが無い亜紀と麻耶の2人に恐怖を感じて悲鳴を上げかける。

亜紀と麻耶は大東丸に行った乗員から綾と大輔との話を聞いていたのだ。

その結果・・・

「た、助けて下さい。」

綾は司令塔上で見張りに就いていた航海管制員の優香に助けを求めるが。

「すいません艦長・・・私には2人逆らう勇気はありません。」

と言われ視線を逸らされた、要は見捨てられたのだった、まあ今の亜紀と麻耶を見れば当然だろう。

「そんな!!」

悲痛な声を上げながら綾は亜紀と麻耶に艦内に引き込まれるのだった。

「艦長、ご武運を。」

そう言って姿勢を正して綾を見送る優香だった。

その後艦長室に亜紀と麻耶によって軟禁された綾が大東丸上であった事を洗いざらい白状させられたのは言うまでも無い。



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17.8月11日・その1

『ただいま到着した王室専用船からエルグランド王国のエミリー王女殿下が降りていらっしゃいました。』

ふゆしおの食堂で自分達が用意した昼食を取取りながら愛、美沙、真奈美はそのニュースを聞いていた。

『エミリー王女殿下の今回の来日理由はブルーマーメイドの視察と言われており明日横須賀基地を訪問する予定であり・・・」

「明日来るんだ・・・見てみたいけど駄目なんだろうな。」

愛が残念そうに言う、ふゆしおはちょうど明日横須賀基地に寄る予定でありその時に会えたらなんて考えたからだ。

「それは仕方ないでしょう、相手は超VIPなんだから。」

自分達の様な学生では歓迎式典が行われる場所に近づく事さえ出来ないと、こちらも残念そうに美沙が言う。

「まあ・・・ブルーマーメイドの視察が目的なんだから・・・元々私達との接点なんか無い・・・」

自分達とは関りなど最初から無いと何時も通りテンションの低い声で真奈美は呟く。

「おっと2人とも時間が無くなっちゃう、早く食べないと。」

昼食時間が押している事に気付いた美沙が言うと愛と真奈美は急いで食べ始める。

その間ニュースは王女の事を伝え続けていたが3人は聞いていなかった、自分達には関係ない話だと思って。

・・・だがそれが間違いで会った事を3人はやがて知る事になる。

訓練海域に向かって航行していたふゆしおに緊急通信が入って来たのはエミリー王女の歓迎式典から2日後の事だった。

「横須賀女子の宗谷校長先生から『至急指示された座標へ行く様に。』という指示っす・・・」

通信の内容に綾は亜紀と顔を見合わせると質問する。

「理由は言ってきましたか?」

「いえ、ただ向かう様にだけっす艦長。」

その答えに眉を顰める綾に亜紀は問う。

「どういう事でしょうか艦長?」

宗谷校長から指示が来る場合には必ず理由を説明してくれるのだが、それが無い事に亜紀は不安を感じたからだ。

「座標は?」

「こっれす。」

麻耶が書いたメモを綾に渡す。

「航海長。」

受け取ったメモも一瞥した綾はそれを航海長の愛に渡す。

「すぐ近くでね、ふゆしおの速力なら1時間くらいで到着できますが・・・」

座標を確認した愛が何時も通り直立不動の姿勢を取りながら答える。

「指示であるならばそこへ行くしかないでしょう澤田記録員。」

「それはそうですが・・・」

もちろん亜紀だってそれは理解しているのだが。

「実際何かあったら心配しましょう。」

綾の言葉に亜紀は彼女らしいなと思い苦笑しつつ頷いて答える。

「了解です艦長、航海長指示された座標へ進路を取って下さい。」

「了解です。」

1時間後、ふゆしおは指定された座標に到達した。

「潜望鏡深度へ浮上。」

「潜望鏡深度へ浮上します。」

ふゆしおは深度を上げ海上に潜望鏡と共に電測用及び通信用アンテナを上げる。

「艦長潜望鏡深度です。」

その報告を聞いた綾はレバーを引き潜望鏡を上げると覗き込む。

「艦長、海上3時の方向に3隻の船舶の反応があります。」

電測員の美沙の報告に綾はそちらに潜望鏡を向ける。

「・・・ブルーマーメイドの改インディペンデンス級沿海域戦闘艦が2隻、後1隻居ますがこれは一体?」

困惑しているらしい綾の様子に発令所のメンバー達は不安そうに顔を見合わせる。

綾が困惑するのも無理は無いだろう、海上に見えるブルーマーメイド艦の中1隻は傷ついた船体を左舷側に傾けて停船している。

更にその戦闘艦の近くに居る1隻は貨物船の様だがこちらも傾いているうえにあちこちから煙を上げている状態なのだ。

状況から見て3隻が交戦したのは間違い無い様だがまさかそれでふゆしおが呼ばれた訳では無いだろうと綾。

応援を呼ぶなら学生艦ではなくちゃんとしたブルーマーメイド艦を呼ぶだろうからだ。

「識別信号を確認・・・ブルーマーメイド所属のみくらとみやけです。」

船舶識別システムからのデータをタブレット上で確認した亜紀が報告する。

「艦長、みくらから通信っす『浮上して停船し待機せよ。』と。」

「・・・メインタンクブロー、浮上して下さい。」

みくらからの通信に暫し考え込んだ後綾は浮上を指示する。

「メインタンクブロー。」

「浮上します。」

操舵員の八重と注排水管制員の由里が復唱しふゆしおは浮上する。

綾は亜紀や航海管制員の優香と共に司令塔上に上がってみくらとみやけを見る。

改めて見ると損傷しているのはみやけの方でみくらは無事の様だった、あと貨物船の方は船名も識別番号も付けていない。

「まっとうな船では無いようですね・・・みやけの状態はどうですか?」」

双眼鏡でその貨物船を見ながら綾は隣で同じ様に双眼鏡でみやけを見ている亜紀に聞く。

「沈み心配は無い様ですが、あれでは自力航行は無理みたいですね。」

亜紀は双眼鏡を降ろすと溜息を付きながら答える。

『艦長!みくらの福内艦長から通信っす、迎いを寄こすのでこちらに来て欲しいとの事っす。』

「了解したと伝えて下さい、澤田記録員あとの指揮をお願いします。」

教育艦行方不明の時みたいだなと綾は苦笑しつつ指示を出す。

「はい艦長。」

それに心配そうな表情を浮かべつつ亜紀は答えるのだった。

迎えに来たスキッパーに乗せられみくらに到着した綾は直ぐに艦長室へ連れて行かれる。

そして入室した綾はそこに居た高貴な雰囲気を身にまとった女性を見て固まる事になる。

「エ、エミリー王女?」

みくらの艦長室にメイドや従者と共に居たのはニュースで見た王女殿下だったからだ。

「ご苦労様神城艦長。」

艦長室のデスク前に座って居た福内艦長が話し掛けて来る。

「はい福内艦長お疲れ様です。」

敬礼をしつつ綾が答える。

「さて突然呼び出して御免なさいね神城艦長。」

福内艦長は席から立つと綾を見ながら言う。

「・・・エミリー王女殿下、彼女が横須賀女子所属ふゆしお艦長の神城 綾です。」

「エミリーと申します、以後よろしくお願いしますね神城艦長。」

ほほ笑みつつ挨拶する王女に綾は緊張を隠せない、そもそも何で自分がこんな場面にいるのだろうかと疑問が尽きない。

「以後・・・?」

そして王女の言葉に気になる点を見つけ綾は不吉な予感を感じてしまう。

「神城艦長、ここに来て貰ったのは王女の事でお願いがあるからです、これは宗谷校長も承認されています。」

そう言って福内艦長が綾を見つめながら話し始める。

「ふゆしおで王女を横須賀基地までお送りして欲しいのです。」

「・・・はい!?」

綾は福内艦長の要請に驚きの声を上げるのだった。

「王女をふゆしおに?本気ですかブルーマーメイドは・・・」

ふゆしおに戻って来た綾の説明にそれを聞いた亜紀は思わずそう聞き返してしまったのは当然だろう。

「私も最初聞いた時はそう思いましたよ。」

深い溜息を付きながら綾は答える。

「ですが事実です、受け入れの準備を行わなければならないのですが・・・」

「受け入れってそんなVIPを一体どこに乗せろって言いうんですか?」

中型艦であるふゆしおに乗員以外の人間を乗せるスペースなど元々無い。

ましてや王女様なんて高貴な人間を狭い潜水艦内の何処に居させろと言うのかと綾と亜紀は頭を抱える。

「仕方ありません、取り合えず乗艦中は艦長室に居てもらうしかありませんね。」

「その間艦長はどうなさるお積りなんですか?」

溜息を付きつつ綾が結論を出すと亜紀が心配そうに問い掛けて来る。

「予備のベットで過ごすしかないでしょうね。」

「「「・・・・!?」」」

綾がそう言った瞬間、何故か発令所内に緊張が走った事に綾は気づけなかった。

そして亜紀と麻耶の2人が目を輝かせ綾を見つめていた事に。

ちなみに予備のベットは艦首発射管室内にあり、非常時に使用されるものだった。

一連の発令所内の様子に気づく事なく綾は部屋を整理すると言って出て行った。

「ああ艦長手伝います。」

「私も手伝うっす。」

綾の後を追いかけて亜紀と麻耶が発令所出て行くと、残された一同は顔を見合わせて溜息を付く。

「・・・修羅場に・・なりそう・・ですね。」

真奈美の呟きが全員の今の心情を表していたのだった。

案の定亜紀と麻耶どちらが艦長と発射管室で休むか熱い議論が起こって大騒ぎになった。

もっとも王女を乗せた事で起こる騒動に比べればこの時がまだ平和だった事を乗員達はまだ知らなかった。



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IF編
「ブルーマーメイドのサブマリン707」その1


海中戦力として潜水艦の存在感がますなか創設されたブルーマーメイド潜水艦隊。
くろしおは横須賀に作られた第2潜水艦隊所属の潜水艦だ。
艦長は神城 綾二等保安監督官。
艦番号は707。
ブルーマーメイドのサブマリン707が今出撃する。

*潜水直接教育艦ふゆしおの登場人物を使い一部設定を変えて書いたものです。
*潜水艦隊及びくろしおについては独自設定です。


とある海域にある島の沖合を1隻の船が航行していた。

外形は普通の貨物船の様だったが識別の為の標識(船名やナンバー)を一切付けておらず普通の船ではないことは確かだった。

一体どこへ向けて航行しているのか・・・

そして同じ海域をこちらは潜航しながら航行している潜水艦が一隻あった。

指令塔に707と書かれた、ブルーマーメイド第2潜水艦隊所属のくろしおだった。

潜航中の発令所に居るのは当然女性ばかりの乗員達、その中で一人スキップシートに座って居る女性に乗員が報告して来る。

「艦長、予定海域の哨戒を完了しました。」

報告を受けたくろしお艦長の神城 綾二等保安監督官が頷きつつ答える。

「ご苦労様でした皆さん・・・結局何の収穫もありませんでしたね。」

と労いの言葉を乗員に掛けた後溜息を付いて綾はぼやく。

くろしおはこの海域で出没する識別不明船を安全監督室情報調査室の要請で捜索していたのだった。

「そうですね、まあ調査室の情報も時には外れる事もありますから。」

タブレット端末を持った副長の澤田 亜紀が苦笑しながら答える。

「そう言う事もありますか・・・取り敢えず横須賀基地へ連絡を・・・」

そう言って綾が報告を送る事を指示しようとした瞬間だった。

「ソーナーが水上航行中の船舶を捕捉、方位070、距離7千です。」

「進路変更070、メインモーター全開。」

「進路変更070了解。」

「メインモーター全開。」

綾が突然の報告にも動じる事も無く即座に指示を出す。

その指示を受けた操舵員の茂木 八重と機関長の加藤 舞が復唱するとくろしおは進路を変更し速力を上げてゆく。

「艦長、目標まで1キロです。」

「潜望鏡深度まで浮上。」

1時間後、くろしおは目標の近くまで接近すると綾の指示で潜望鏡深度まで浮上して行く。

「潜望鏡深度です艦長。」

報告を聞き綾はレーバーを引き下げ潜望鏡を上げて覗き込む。

「これほど怪しさ抜群の船もありませんね。」

その貨物船を潜望鏡越しに見て綾は呟くと水雷長の加藤 万梨阿に指示を出す。

「1番2番発射管に近接信管を装着した魚雷を装填。」

「魚雷管制室へ1番2番発射管に近接信管を装着した対水上用魚雷を装填せよ。」

万梨阿が艦内通話機で魚雷管制室へ艦首にある発射管に魚雷を装填する様に指示する。

『魚雷管制室より水雷長へ、魚雷装填完了しました。』

「装填完了です艦長。」

発射管に魚雷が装填された事を万梨阿が報告する。

「了解です、緊急チャンネルで停船を呼び掛けて下さい。」

潜望鏡で船を監視しながら綾が電信員に指示する。

「こちらブルーマーメイド潜水艦隊所属くろしお、直ちに停船し船名及び目的地を報告して下さい。」

電信員の遠藤 麻耶が緊急チャンネルを通して通信を送るが、不審船は停船するどころかスピードを増し逃亡を図ろうとする。

「目標更に増速、停船の意思は無い様ですね。」

潜望鏡に取り付いていた綾は溜息を付くと魚雷発射を指示する。

「発射管開け・・・1番発射。」

「1番発射。」

ふゆしおの艦首発射管から飛び出した1本の魚雷は不審船に接近して行き設定した距離に達して起爆し船を揺さぶる。

「再度伝えて下さい、停船しなければ次は必ず命中させると。」

指示を受けた麻耶が頷いて不審船に再度通信を送くると直ぐに停船すると通信が帰って来る。

通信通り不審船が停船したのを確認した綾はレバーを引き下げ潜望鏡を降ろすと次の指示を出す。

「浮上します、メインタンクブロー。」

海面を割ってくろしおが浮上する。

「機関停止、臨検班は甲板に集合、本艦はこのまま警戒態勢を維持します。」

ダイバースーツに防弾・防刃ベストを身に着け89式自動小銃を持った臨検班員達が甲板に出て来る。

臨検班は降ろされボートに乗り込み不審船に近づいて行く。

到着すると班員の1人が素早く甲板に上がりロープを固定し残りの者達が続く。

甲板に上がった班員達が慎重に船室のドアに近づき様子を探る。

「班長、鍵が掛かっています。」

「解除出来ますか?」

「少々お待ちください。」

鍵を確認した班員がベストから道具を出すと解除に掛かる。

この辺は慣れているので数分も掛からず鍵は解除される。

解除を終えた班員が顔を見て来たので班長が頷き返すとドアが開けられ突入する。

「こ、このおお!!」

その直後男2人がナイフを手に突っ込んで来るが先頭に居た班長は2本のナイフを小銃で受け止めると薙ぎ払う。

そしてバランスを崩した男を銃床で壁に叩きつける。

「く、くそう!」

残った男がナイフを再度突きつけてくるが、後に続いていた班員が同じ様に小銃で弾き廻し蹴りで突き飛ばす。

そして倒れ込んだ男2人を班員達が素早く拘束するとなお船内を進み抵抗する者達を同じ様に拘束して行く。

そしてブリッジへ踏み込む班員達。

「ブルーマーメイドです、そのまま動かないで!」

小銃をブリッジに居る者達に小銃を突きつけると全員手を上げる。

「これで全員ですか?」

船長らしい初老の男に班長が尋ねる。

「そ、そうだ・・・」

船長がそう答えると班長は指示をしてブリッジに居る船長達を一か所に集める。

「艦長不審船の制圧を完了したと臨検班より連絡っす。」

「了解です、副長応援は?」

麻耶の報告に返答した後、綾は亜紀に尋ねる。

「あと1時間程で到着するそうです。」

「ではそれまでくろしおは待機します、警戒を怠らない様お願いしますね。」

綾の指示を受け乗員達が動くのを見ながらふと自分の現状を思い出して感慨に耽る。

男性だった自分が横須賀女子海洋学校の潜水艦乗員養成課程を卒業しブルーマーメイドで潜水艦の指揮を執っているのだと。

中学時代に半陰陽だと判明し女性となった綾は横須賀女子を経てブルーマーメイド潜水艦隊のサブマリーナとなった。

そして数年の勤務の後にくろしおの艦長候補に選出され、1年の選考期間を経て正式な艦長に任命され今に至るのだった。

そんな自分の数奇な人生を思い出していた綾に亜紀がタブレット端末を見ながら声を掛ける。

「艦長、艦隊の人事部からの通達ですがくろしおに今度横須賀女子から卒業生3人が配属されるそうです。」

もうそんな時期かと聞いた綾は思い過去の記憶を頭の隅に追いやりながら問い掛ける。

「了解です、どんな娘達が来るのですか?」

「この3人です・・・楽しみですね艦長。」

楽しそうな表情を浮かべた亜紀から渡されたタブレット端末で新人3名のデータを見ながら綾も同じ様な表情を浮かべ答える。

「そうですね副長。」



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「ブルーマーメイドのサブマリン707」その2

横須賀女子海洋学校・指導教官室。

「水早 圭子、日下 美菜、海野 梢まいりました。」

教官室のドアがノックされ声が掛けられる。

「入室しなさい。」

許可を得て3人の女子生徒がドアを開けて入って来ると指導教官である大淀 涼子の前に整列して礼をする。

そして姿勢を戻し薫を見つめる。

「楽して、3人とも卒業おめでとう。」

この日は横須賀女子の卒業式があり、終了後各自教官から配属されるブルーマーメイドの艦船を知らされているのだった。

ちなみに彼女達3人は潜水艦乗員養成課程を無事終えたので、これからはブルーマーメイドのサブマリーナとなる訳だ。

既に他のクラスメイト達は配属先の辞令を受けっておりこの3人が最後となる。

「一緒に呼ばれた訳は説明の必要は無いわね、3人とも同じ艦に配属となります。」

圭子、美菜、梢の3人は緊張した面持ちで涼子の言葉を聞いている、何しろ今後の自分達にとって重要な場面だからだ。

配属される艦の艦長や乗員はどんな人達なのか、ブルーマーメイドとしてちゃんとやっていけるのか。

様々な思いが3人の胸中を駆け巡る様を涼子は微笑ましい表情を浮かべ見つめる。

もう何人も教え子達を送り出して来た涼子だったが生徒達のこの時の表情は変わらないなと思いながら。

「3人が乗艦するのは横須賀の第2潜水艦隊所属のくろしおに決まりました。」

「くろしお・・・おやしお級哨戒型潜水艦の7番艦ですか。」

圭子がブルーマーメイドの所属潜水艦に関するデータを頭の中に呼び出しながら質問する。

元来潜水艦に分類される艦艇は全て男性のみで運用されていた。

だが近年性能が向上し海中戦力として無視出来ない存在なった事でブルーマーメイドとしても対応せざるを得ない状況になっていた。

こうしてブルーマーメイド潜水艦艦隊は創設され、横須賀女子を含めた海洋学校に潜水艦乗員養成課程が設けられる事となった訳だ。

「そうです、貴女方が海洋実習に使っていたふゆしおとは比べものならないくらい最新の潜水艦ですよ。」

ふゆしおは横須賀女子で潜水直接教育艦と使用されている艦で装備が旧式だったので皆苦労させられたものだった。

まあ男子校で使われているイー201型よりはまだましだったが。

「艦長は神城 綾二等保安監督官、私の教え子だった娘だから貴女達の先輩になるわね。」

嬉しそうに紹介する教官の様子に圭子が興味を持ったのか質問して来る。

「あの・・・大淀教官は神城艦長の事をよくご存じなのですか?」

「今まで担当した教え子の中で優秀な者を上げろと言われたら必ず入れる生徒ね。」

ベテラン教官である涼子にそこまで言わせる程優秀な艦長が指揮する艦に自分達が配属される事に3人が不安になる。

「心配しなくても大丈夫よ、神城艦長は部下思いで新人を育てる事に関しては優秀な人間だから。」

「「「・・・・」」」

それでも不安の拭いきれない3人に涼子は微笑みを強くしながら言う。

「実際に接してみれば分かるわ、神城艦長やくろしおの乗員達の事がね。」

そう言うと表情を引き締め3人に涼子は告げる。

「以上です、横須賀女子卒業生としての誇りを忘れずそして努力を惜しまず優秀なブルーマーメイドを目指して下さい。」

「「「はい!」」」

涼子は不安な面持ちながらも姿勢を正し返事をする3人を優しく見つめるのだった。

翌日09:00ブルーマーメイド横須賀基地第2潜水艦隊専用埠頭

3人は支給されたブルーマーメイドの制服を着こみ、私物などを入れた荷物を持って訪れていた。

ここには実習の一環で何度か訪れた事のあるが、今日からは正式な隊員として通う事になる3人。

期待とそれ以上の不安に押しつぶされそうになりながらゲートでIDカードを警備員に提示しゲージで囲まれた埠頭内に入って行く。

埠頭には数隻潜水艦が係留されており、その中に3人が今日から乗艦する事になるくろしおもあった。

まるで油の切れたブリキ人形の様になった3人が近づいて行くと出航準備中なのか乗員達が忙しそうに動き回っているのが見えた。

「澤田副長魚雷の積み込み終了です。」

「了解、燃料の方はどうですか?」

「もう間もなく完了します。」

その中心でタブレット端末を持ち指示している女性に3人は恐る恐る近づいて話し掛ける。

「あ、あの本日よりくろしお乗艦を命じられた水早 圭子です。」

「お、同じく日下 美菜で、です。」

「海・野 梢で・す。」

緊張のあまり3人共噛んでしまい顔を真っ赤になってしまう。

そんな3人を見て澤田副長は笑みを浮かべながら答える。

「はいようこそくろしおへ、副長の澤田 亜紀です、以後宜しく。」

そう答えると澤田 亜紀はタブレット端末を脇に抱えると近くに居た乗員に声を掛ける。

「新人さん達を艦長の所に連れて行くから後をお願いね。」

「了解です副長、新人さん以後宜しくね。」

亜紀に後の事を頼まれた乗員は返答すると共に圭子達にウィンクしながら手を振って来る。

「「「はい今後ともよろしくお願いいたします。」」」

圭子達の見事な(?)揃い踏みにその乗員だけでは無く周りの者達も笑ってしまう。

その所為でなおさら油切れが酷くなった圭子達に更に笑みを深くしつつ亜紀はくろしおの甲板に連れて行く。

「さて・・・降りる前に一つ確認したいのだけど。」

甲板上のハッチ前に連れて来た圭子達に振り向いた亜紀は3人の制服いやタイトスカートに視線を向けると続ける。

「貴女達下は普通のものかしら?」

「えっ・・・下って?」

顔を見合わせる圭子達に亜紀は肩を竦めるともっとはっきりと聞く。

「ショーツのままかしらって事よ。」

「「「な、何でそんな事を?」」」

また見事に台詞が揃い真っ赤になる圭子達に亜紀は苦笑しつつ説明する。

「艦内に出入りする時に梯子を登り降りするんだけどそうすると必然的にスカートの中を覗いたり覗かれたりするのよね。」

「「「・・・・!?」」」

更に真っ赤になる3人を他所に亜紀は微かに見える横須賀女子の方を見てため息をつく。

「教官も長く乗艦していなからその事を結構忘れるの事が多くて・・・新人が来る度に同じやりとりするのよね。」

まあ通過儀礼みたいものよと笑う亜紀に圭子達は引きつった笑みを返すしか無かった。

ちなみに圭子達がふゆしおで実習中は横須賀女子の制服(セーラー服とスカート)ではなく体操服を着ていた。

だからスカートの場合亜紀の言った通りになると言う事を全く知らなかったのだ。

その後予備のアンダースコート(こういう状況に備えて常備してあるらしい)を持って来て貰った圭子達は甲板上で付ける様に指示される。

恥ずがしがる圭子達だったが、周りには女しか居ないのだからと言って亜紀は取り合わなかった。

亜紀達にしてみれば毎回の事であるし、女同士だけにそうなると情け容赦無かった。

なお艦長の綾が初めて乗艦時にこの為卒倒しかけ、未だに梯子を登り降りする度に羞恥心に襲われているのは乗員全員が知っている話である。

アンダースコートを装備させられた圭子達は出来るだけ上を見ずに降りて艦内に入る。

「早く慣れた方が良いわよ、上を見ないで降りていると絶対頭を蹴っ飛ばされるから・・・うちの艦長みたいに。」

それを聞いて鬱になる圭子達、なお亜紀の言った艦長に対しての言及は冗談だとその時点では思っていたらしいが。

後にそれが本当である事を綾の頭を実際に蹴っ飛ばす事で圭子達が知るのはそう遠くない話だった。

艦内に入った圭子達は亜紀に連れられ『艦長室』とプレートが掛けられた部屋の前に着く。

「艦長、新人3名を連れてまいりました。」

「ええどうぞ入って下さい。」

返答を聞き亜紀は扉を開き入る様に促すと圭子達は強張った顔のまま入室して行く。

「まあ緊張するなと言うのは無理よね。」

そんな圭子達を見て苦笑しながら亜紀は後に続いて入室する。

艦長室とは言え潜水艦である為水上艦艇に比べれば狭いが一応執務机やベットなど揃っている。

そこは何度か入った事の有るふゆしおの艦長室とは全然違うのだと圭子達は思った。

そんな事を考えながら部屋の中心に立って居る艦長に気付き敬礼をしようとした圭子達は次の瞬間固まってしまう。

何しろ綺麗な黒い髪を肩まで伸ばした清楚な美人が微笑みを浮かべて圭子達を見ていたからだ。

「くろしお艦長の神城 綾です、色々大変だと思いますが3人共頑張って下さい。」

「「「・・・・」」」

だが話し掛けられた圭子達は敬礼をしようとした状態で固まったまま動かなかった。

「?」

緊張しすぎているのだろうかと綾が首を捻っている姿を見て亜紀が何時もの事ながらと苦笑してしまう。

亜紀が先程言っていたくろしおに配属された新人が受ける通過儀礼には実は二つある。

一つ目がスカートで梯子を昇り降りがする際に中身を見られる事にその時になって気付かされる事。

二つ目が始めて見る綾の美しさに今の圭子達の様になってしまう事だ。

なお艦長である綾は一つ目については認識があるが、二つ目についてはまったく気づいておらず亜紀達乗員を毎回呆れさせている。

「ほら気持ちは分かるけど挨拶しなさい。」

このままにしておけず固まっている圭子達にそう声を掛ける亜紀。

「あ、すいません水早 圭子です、その宜しくお願います。」

「日下 美菜です、お願います。」

「海野 梢、頑張ります。」

その声に我に返った圭子達が名乗る。

「はい、それで貴女達の配置についてですが。」

そう綾が話た所で外から声が掛けられる。

「加藤水雷長以下2名まいりました。」

「はいどうぞ。」

綾が返事するとドアを開けて3人の乗員が入って来る。

「水早 圭子さんは航海科です、真部航海長お願いします。」

「はい艦長、水早さん宜しくね。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

真部航海長に挨拶され圭子は背筋を伸ばして敬礼する。

「日下 美菜さんは水雷科になります、加藤水雷長もお願いします。」

「よろしく日下さん。」

「はい、ご指導お願いします。」

美菜もまた背筋を伸ばし加藤水雷長に敬礼する。

「最後に海野 梢さんは主計科です、笹本主計長お願いします。」

「了解です艦長、まあそんなに緊張しなくても大丈夫。」

「え、はいお、お願いします笹本主計長。」

笹本主計長のいかに肝っ玉母さんな姿に緊張しつつ梢が答える。

それぞれの挨拶を終えた時点で綾は再び圭子達に話し掛ける。

「では以後はそれぞれの長の指示に従って下さい。」

「「「はい艦長。」」」

緊張しつつも今日から始まるサブマリーナとしての日々に高揚感を覚えながら圭子達が答えると上司に連れられ艦長室を辞する。

そんな圭子達を見送った後亜紀が微笑ましい表情を浮かべながら綾に話し掛けて来る。

「さてあの3人上手くやっていけるでしょうかね、まあ綾の下でなら問題は無いとは思うけど。」

艦長室に2人だけの所為か副長では無く親友の顔で亜紀はそう言って微笑んで来る。

2人は横須賀女子では同期で親友でもあった。

「亜紀がそう言うとプレッシャーを感じるから止めて下さい、それでなくても大淀教官にも同じように言われたんですから。」

圭子達の着任前に大淀教官から連絡があり「貴女なら大丈夫だと確信してますから。」と言われていたのだ。

「それだけ期待されていると言う事でしょう・・・それでは出航準備に戻ります艦長。」

親友の顔を副長のものに戻し敬礼をして艦長室で行く亜紀を苦笑しつつ見送った綾は机の上に置かれている写真を見る。

かってふゆしおに乗艦して居た頃の亜紀と自分の写っている写真を。

その頃の事を思い出し感慨に耽りつつ制帽被り出航準備の確認の為艦長室を綾は出て行くのだった。



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RATtウィルス事件編
1.4月5日


*頂いた感想に速力についてあったのですが、それを見て少々思い違いをしていた事に気づきまして「ゆしおは速力が遅かった為・・・」の部分を修正しました。
考えてみれば晴風だって常に戦闘速力を出している訳も無く、通常の速力で言えば潜水艦とさほど変わらないと思いまして。



西之島新島沖の海中を横須賀女子海洋学校所属の潜水直接教育艦ふゆしおが潜望鏡を上げて航行していた。

元来潜水艦に分類される艦艇は、全て男性のみで運用されていたのだが、近年進む海底開発の大幅な進展等により海中航路の重要性が増して来た事もあり、ブルーマーメイドもそれらに対応せざるを得ない状況になっていた。

その為まだ小規模ながらブルーマーメイドにも潜水艦部隊が組織されつつあり、それに合わせて横須賀女子に潜水艦乗員養成コースが設けられた。

ふゆしおはその為に横須賀女子に配属された直接教育艦だった。

そのふゆしおの発令所から潜望鏡で海上を見ていた艦長である神城 綾は激しい困惑に襲われていた。

「電探の反応は?」

「付近に艦影無しです艦長。」

綾の問いかけに電測員が答える。

「水測はどうですか?」

「・・・感・・・無し・・・です。」

テンションの低い返答を返す水測員。

「航海員、集合場所に間違いはありませんね?」

「はい!間違いありません艦長!」

姿勢を正し直立不動で答える航海員。

「時間も予定通りです艦長。」

記録員がタブレットを操作しながら報告してくる。

「だとすればこれは・・・どういう事なんでしょうね?」

潜望鏡から目を離し綾は深い溜息を付くのだった。

初の海洋実習に参加する為、ふゆしおは艦隊の集合地点である西之島新島沖へ到着したのだが・・・

その集合地点には一隻の教育艦の姿も確認出来なかったのだから、艦長の綾を始めふゆしおの乗員達が困惑したのは当然だった。

但し艦隊の正規な集合時間には大幅に遅れていた、理由は出発前にトラブルが起こった為だった。

ふゆしおに積み込む予定の訓練用魚雷の到着が手違いで大幅に遅れ、他の教育艦と一緒に出発出来なかったのだ。

お陰でふゆしおは集合時間より6時間遅れで艦隊に合流する事になってしまった。

幸先が悪いなと乗員達は噂しあったものだが、どうやらその予感が当たってしまった様だった。

「電信員、何か通信は入っていませんか?」

「共通チャンネルには何も入って無いっす、緊急チャンネルにも。」

ヘッドホンを付けた乗員が首を振りながら独特の言葉尻で答える。

「それにしても何でこう雑音が酷いんだが・・・この海域に着いてから特にっす。」

通信機を操作しながら電信員がぼやく。

「艦長、戦術ネットワークの方も駄目ですね、繋がらないか繋がっても通信エラーになってしまいます。」

自分のタブレットを操作しながら記録員の乗員が報告する。

「もしかして予定が変わったのでは?」

航海員が相変わらず直立不動な姿で聞いて来る。

「そんな通信入って無いっすよ。」

「お前もしかして聞き逃したじゃないのか?」

操舵員がジョイ・スティック型の操舵装置を操りながら聞いて来る。

「馬鹿言わないで欲しいっす、そんな重要な通信聞き逃す筈無いっすよ。」

操舵員の言葉に電信員がむきになって反論して来る。

「戦術ネットワークで入って来たのを見逃したん・・・」

「そんな事ありません!私は常にチェックを・・・」

「皆さんそこまで、貴女達が自分の職務で怠慢を行うとは私は思っていませんよ。」

言い争いになりかけた乗員達を止める綾。

「議論は構いませんが感情的にならないで下さいね。」

乗員達は綾の言葉にばつの悪い表情を浮かべ顔を見合わせると謝罪してくる。

「はい艦長すいませんでした。」

「言い過ぎでした艦長。」

「以後、気を付けます。」

乗員達の答えに満足そうに微笑むと再び潜望鏡を覗き込む綾。

そんな綾を見て「艦長に選ばれるだけに凄い人なんだなと。」と航海員は思った。

ある意味個性的な乗員達をここまでまとめてふゆしおを機能させているのだから。

「・・・連絡が無いとすれば・・・予定外の事態が起こったと言う事・・・ですか・・・艦長・・・?」

それまで黙って他の乗員達の話を聞いていた水測員が相変わらずテンションの低い声で聞いてくる。

「その可能性は高いですね・・・問題は何が艦隊に・・・!?」

潜望鏡を回転させ水上を見ながら水測員の問いにそう答えていた綾は何かに気付いた様に緊張した様子を見せる。

「艦長、何か?」

記録員がただならぬ気配を感じて聞いて来る。

「浮上します、メインタンクブロー。」

レバーを引き潜望鏡を降ろした綾は険しい表情で命令する。

「りょ、了解、浮上。」

「メインタンクブロー。」

慌ただしく命令を復唱する操舵員と注排水管制員、その姿を見ながら他の乗員は困惑した表情を浮かべる。

「・・・洋上に多数の漂流物があります、もしかすると・・・」

そんな乗員達に綾は険しい表情のまま説明する。

「それってまさか?」

顔を青くして記録員が聞き返してくる。

「考えたくはありませんが・・・」

そこで言葉を切る綾、乗員達は再び顔を見合わせる。

海面を割ってふゆしおが浮上して来る。

真っ先に指令塔のハッチを開けて双眼鏡を持って飛び出して来た航海管制員に綾と記録員が続く。

「これは・・・」

ふゆしおの周りに多数浮かぶ漂流物に記録員は絶句してしまう、何しろ浮かんでいるのは破損した機器や船体の一部らしき物。

どう見ても普通の漂流物には思えなかったからだ、それが見渡す限りふゆしおの周囲に浮かんでいる。

『艦長!』

指令塔上の艦内通話機から綾を呼ぶ声が響く。

「さるしまと連絡は取れましたか?」

『全然駄目っす、相変わらず通信状態は最悪っす。』

浮上と同時にさるしまと連絡を取る様に命令した電信員からの返答に綾は唇を噛む。

「艦長、漂流物以外には何も見えません。」

双眼鏡で周囲を見渡していた航海管制員が報告して来る。

「救命ボートも漂流者も無いって・・・まさか・・・?」

記録員の言葉に首を振って綾も持って来た双眼鏡で漂流物を確認する。

「漂流物の中に船名を確認出来る物が無いか探させて下さい。」

「はい艦長。」

綾の命令に記録員は頷くと、甲板に出ている乗員達に「船名を確認出来る物を探して下さい。」と指示する。

「さるしまとは戦術ネットワークの方も駄目ですか?」

指示を終えた記録員に綾が尋ねる。

「はい・・・やはり駄目ですね・・・さるしまも他の教育艦とも繋がりません・・・あの艦長・・・」

操作していたタブレット端末から顔を上げ、暗い表情とか細い声で記録員は続ける。

「ネットワークの接続状態も悪いのは確かですが・・・どうも一部の艦は・・・故意に接続を絶っている節が有ります。」

記録員の報告に綾は眉を顰めて言う。

「故意にですか?それは・・・」

記録員は綾の問いに首を振って俯く、ネットワークの接続を故意に絶つ事は完全な規定、この場合校則違反を意味する。

その意味する事は・・・綾は記録員同様に表情を暗くして考え込む。

「艦長!!これを・・・」

その時、持って来た棒切れで漂流物を幾つか引き上げていた乗員が大声で綾を呼ぶ、その手に救命用の筏を掲げながら。

「・・・・!?」

「う・・・うそ・・・」

綾と記録員はその筏に掛かれている船名を見て絶句する。

・・・『さるしま』と書かれた船名を見て。




潜水艦好きが高じて衝動的に書いてしまった作品です。
まあはいふりの世界でサブマリン707的な話をやりたかっただけですが。

それでは。


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2.4月11日・その1

「艦長、明石と間宮、護衛艦の計4隻を確認。」

電測員の報告に綾は頷くとレバーを引き、潜望鏡を上げると覗き込む。

潜望鏡の視界に工作支援教育艦である明石と補給支援教育艦の間宮、その護衛役の2隻が見える。

西之島新島沖でさるしまの沈没を確認したふゆしおだったが、通信状態の悪さからその事を横須賀女子に結局連絡出来なかった。

仕方なく綾は艦隊の次の集合場所である鳥島沖へ向かうと言う決断を下した。

その途中で晴風クラスに反乱の嫌疑が有り、抵抗した場合は撃沈を許可するとの海上安全委員会の通達を知る。

そしてふゆしおを含めた横須賀女子海洋学校所属の教育艦が各地への寄港を禁止されている事も。

綾とふゆしお乗員達が深い困惑に襲われる中、ようやく横須賀女子と連絡が取れた。

『どうやら貴女達は問題無かった様ですね。』

ふゆしおからの通信に横須賀女子の校長である宗谷 真雪は安堵の声でそう言った。

そしてこの一連の出来事は晴風を含めた教育艦の異常な行動が原因とされていると綾は宗谷校長に聞かされる。

「晴風クラスに反乱の嫌疑が掛けられいるのはさるしまの沈没が原因なのですか?」

西之島新島沖でのさるしまの沈没を報告し、綾がそう聞くと宗谷校長は苦渋に満ちた声で答える。

『ええ、さるしまの古庄指導教官から『晴風から攻撃を受けた。」と連絡があったらしくてね、公安管理局は反乱の意志ありと判断したの。』

綾は信じられなかった、晴風の艦長である岬 明乃とは海洋実習出発前に会ったが、そんな大それた事をする人間には見えなかったからだ。

古庄指導教官だって『潜水艦での実習は大変だろうけどがんばりなさい。』と激励してもらい、生徒思いの教官だと感動を覚えていたからだ。

そんな二人が何故?綾の困惑が更に深まったのは当然だった。

『残念ながら晴風とは未だに連絡が取れません、古庄指導教官の消息も依然として不明です、その為真偽は現時点で分かりません。』

更に海上安全整備局が教育艦の異常な行動を受けて強硬手段を準備しているらしいと宗谷校長、その様子からかなり苦慮している事が分かった。

事態は綾が想像していた以上に最悪であり、ふゆしおの乗員達も彼女と宗谷校長の会話を聞きながら動揺していた。

「それで宗谷校長先生、私達はこれからどすれば?」

海上安全委員会の通達で教育艦の各地への寄港が禁止されている事もあり、どうすべきか綾は聞く。

『ふゆしおには明石の部隊との合流を命じます、その後については追って通達します。』

宗谷校長によれば明石と間宮、護衛艦の2隻はふゆしお同様無事だったらしい。

「了解しました、ふゆしおは明石の部隊と合流、その後の指示を待ちます。」

通信後、明石との合流ポイントにふゆしおは向かい、合流を果たすのだった。

「電信員、明石に連絡を。」

既に護衛の2隻はふゆしおの接近に気づいているだろうが、余計な混乱を避ける為、綾は浮上前に連絡を入れる事にしたのだ。

「了解っす。」

電信員が通信機を操作して明石に連絡を取り始める。

「これから一体何が起こるんでしょうか?」

タブレット端末を抱えながら記録員が不安そうに聞いて来る。

「・・・私にも分かりませんね、まあこれ以上最悪な展開にならないと良いんですが。」

潜望鏡で周囲を警戒しながら綾は溜息を付きながら答える。

「艦長、連絡が付いたっす、それで明石の杉本艦長が話したいと言ってるっす。」

「杉本艦長が?・・・分かりました。」

レバーを操作し潜望鏡を下げると、綾は電信員の所に行く。

「どうぞっす。」

電信員からヘッドホンとマイクを渡された綾は話し始める。

「杉本艦長、ふゆしお艦長の神城です。」

『明石艦長の杉本です、お疲れ様です神城艦長、実は浮上後に明石に来て頂きたいのですが。』

「明石にですか?」

何か有るのだろうかと綾は困惑する、余ほどの事がなければ艦長の自分を呼びつけるなど無い筈だからだ。

「戸惑っているとは思いますが、必要な事なのでお願いします神城艦長。」

含んだ様な杉本艦長の言い方に綾は眉を顰める、とは言え断る理由も無い。

「分かりました浮上後そちらへ向かいます。」

『助かります、迎えのスキッパーを寄こしますのでそれで。』

通信を終えヘッドホンとマイクを返す綾に電信員が不安そうに言う。

「一体何が有るんっすかね?」

記録員を始め他の乗員達も不安そうに綾を見る。

「それは私にも分かりません・・・大丈夫ですよ皆さん。」

綾はそう言って微笑みながら乗員達を見渡す、ここで自分が不安な顔をする事は出来ないと思って。

「記録員、後の指揮を頼みます。」

ふゆしおに副長は居ない、代わりに綾に次いで次席である記録員がその任に当たる事になっていた。

「了解です艦長・・・そのお気を付けて。」

「心配は要らないでしょう、同じ横須賀女子の生徒ですし、取って食われる訳でもないでしょうから。」

努めて気楽そうに言って綾は浮上を命じる。

「メインタンクブロー。」

綾が身支度を整えて甲板に出てすぐに明石からのスキッパーが到着する。

「神城艦長ですね、どうぞお乗り下さい。」

明石の乗員が綾を見ると言って来る。

「はいお願いします。」

綾はそう言うと後ろの座席に座り、甲板まで見送りに来た記録員に声を掛ける。

「では行ってきますね。」

「はい艦長。」

記録員に見送られ綾は明石に向かった。

明石の傍に付いた綾は連れて来てくれた乗員に礼を言ってタラップを登り甲板に上がる。

その甲板上に小柄な体型にサイズの大きいフード付きのミリタリーコートを着用した生徒が踵を潰した靴で立っていた。

彼女が杉本艦長の様だった、綾は敬礼をする。

「ふゆしお艦長の神城です。」

それに対し相手の生徒も敬礼をしながら答える。

「明石艦長の杉本です、わざわざご足労いただきありがとうございます。」

挨拶を終え、敬礼を解くと綾は質問する。

「それで御用と言うのは?」

だがそれに答えてくれたのは杉本艦長では無かった。

「用が有るのは私達です神城艦長。」

その声に振り向いた綾が見たのは、ブルーマーメイドの制服を身に纏った二人の女性達だった。

「初めまして、安全監督室情報調査隊所属・平賀二等監察官と申します、でこちらが。」

「同じく安全監督室情報調査隊所属の福内です、宜しくお願いしますね。」

思ったより厄介な事になっていると綾は今更ながら思った。



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番外編
1.西住家の従姉妹達・その1


性懲りも無く(笑)他作品とのクロスです。
まあ、相変わらず設定を変えていますが。
そのへんはご了承願います。


目の前に有るのは立派な作りの家。

綾とっては幼い頃から馴染のある家ながら未だに慣れる事が出来なかった。

まあそれは仕方の無い話しかもしれない何しろここはある武道で名門と言われる家なのだから。

 

長期休暇で久々に実家へ戻った綾は母から「姉さんや姪達がアンタに会いたがってるから行って来い。」の一言で此処に居た。

「・・・此処でぼっとしていても仕方がありませんね。」

溜息を付くと綾はこれまた立派な門に近寄るとインターフォンを押す。

「はいどちらさまでしょうか?」

インターフォンから丁寧な言葉使いの女性の声が返ってくる。

「えっと神城 綾です。」

「綾お嬢様ですか?暫くお待ち下さいね。」

綾が名乗ると、真面目だった声を喜びを含んだものに変える。

そして門の先にある玄関を開けて和服姿の女性が出て来ると扉を開けてくれる。

「お久しぶりです綾お嬢様。」

そう言って頭を下げて挨拶して来る女性。

「ええ久しぶりですね菊代さん。」

彼女はこの家の使用人である菊代、綾の幼い頃(その時は薫だったが)からの顔見知りの女性だ。

「あと菊代さん、私はここのお嬢様では無いのですからその呼び方は・・・」

お嬢様と呼ばれ困った表情を浮かべ綾は菊代にそう言うのだが。

「いえ、かほ様のご息女なのですよ、私にとっては仕えるべき西住家のお嬢様の1人ですよ。」

菊代はそう言って微笑む。

そう綾は華道や茶道と並ぶ大和撫子の嗜みとして知られる戦車道の名門である西住家の血筋を引く人間だったのだ。

「さあどうぞお入りください、しほ様も綾お嬢様がいらっしゃるのを心待ちにされていますよ。」

菊代に先導され綾は西住家の屋敷に入って行く。

そしてこれまた豪華な玄関でショートブーツを脱ぐとスリッパに履き替え長い廊下を通って屋敷の奥まった所にある部屋の前に来る。

「しほ様、綾お嬢様がいらっしゃいました。」

ふすま越しに菊代が伝えると中から涼しげな声が返って来る。

「ご苦労様菊代、2人とも入室して構いませんよ。」

「はい失礼いたします、綾お嬢様どうぞお入り下さい。」

そう菊代は答えるとふすまを開けて綾に入室する様に促して来る。

「失礼します。」

綾はそう言って部屋に入って行き、その後に菊代が続く。

広い和室に置かれた机の前に座る女性、彼女こそ西住流戦車道の師範である西住 しほ。

綾の母親である神城(旧姓西住) かほの姉である。

「ご無沙汰しておりましたしほさん。」

しほの前に正座して座り深く頭を下げながら綾は挨拶をする、普通ならしほさんではなく叔母さんと呼ぶべきなのかもしれないのだが。

綾の事を微笑ましそうに見つめるしほは叔母さんと呼ぶには恐れ多いと思えてしまう美貌を持っているのだった。

綾の母親同様に高校生になる娘を持っている様にはとても見えないのだ、まあこれはかほにも言える事なのだが。

「ええまったく、中々来てくれないから忘れられたかもと思いましたよ綾さん。」

しほに意地悪っぽい笑みを浮かべながら言われ綾は困った表情を浮かべてしまう。

「クスクス・・・冗談ですよ綾さん、お元気そうで何よりです。」

自分の反応に一転口元に手を当て如何にも楽しそうに笑うしほに、薫の頃はこんなでは無かったのになと思う綾。

まだ薫だった頃のしほは子供相手でもそれは丁寧な言動で接してきたものだったからだ。

それが綾(つまり女性)になった途端、こんな風に茶目っ気たっぷりな対応に変わってしまったのだから最初は、いや今でもだが困惑している。

ちなみに何故そうなったか後に聞いてみたところこんな答えが返って来た。

「何しろ夫以外に身内に殿方が居なかったのでどう接して良いか分からなかったのです、だからつい丁寧な対応をしていたのですが、同性になったと知ったらもうそんな風に気を使う必要は無いと思いまして。」

どうやら女性同士になったので本来のしほらしい接し方になったと言う事らしい。

でもそれは仕方の無い話しかもしれない、何しろ西住家は創設されて時からずっと生まれる子供は皆女性ばかりの女系一族だったからだ。

しかも他家に嫁いだ者の子供もまた女性しか生まれないというから徹底している。

だから薫は西住家創設以来初めての男の子供だったのだ、だが結局は女性になってしまい、最早これは呪いではないかと言われる所以だった。

余談だがこの事が薫の父親の親族と疎遠になってしまう原因となってしまった。

まあかほは煩わしくなくなったのでせいせいしたと喜んで夫を困らしていたが。

綾(薫)にしてみれば幸い父方の親戚に同じ年代の従兄弟がいない代わりに、しほの娘達が同年代だったので寂しくは無かったが。

「はははすいません、何しろ海洋実習で殆ど海の上、いや中に居るので。」

長期の休みでもないと実家でさえめったに帰れないのが海洋学校の宿命だったりするのだ。

「確かに海洋学校はまほ達の通っている黒森峰女学園とは違いますから仕方が無いかも知れませんね。」

しほはそう言って微笑むとふと気付いた様に言う。

「そうそうまほとみほですが、今日帰って来ます、貴女が来ることは既に知らせてあります、2人も喜んでいましたよ。」

そうかまほとみほも帰省してくるんだなと綾、2人と会うのは横須賀女子海洋学校に入学の為此処を出て以来になる事を思い出す。

実は綾は横須賀女子に入学するまで、受験勉強と女性に必要な事を覚える為に西住家に下宿させてもらっていたのだ。

「それまで部屋で待って下さいね、あとは夕食の時にでももっとお話しましょうか。」

「はい、それじゃ後ほど。」

綾はしほの言葉に頷き立ち上がる。

「そうそう女の子として女子高に入学してどんな生活を送っているのか、聞くのが楽しみです綾さん。」

しほの意地の悪い言葉に綾は固まる、控えていた菊代も楽しそうに頷いている。

「勘弁して下さい・・・」

いかにも楽しみだと言う二人に綾は深い溜息を付くのだった。




この話は元々若宮の方で書く積もりだったのですが、あっちを完結させた事や
あまりクロスさせ過ぎかと思い断念したものです。

まあ、綾がもしも黒森峰女学園に進学したら、何て話も妄想しているのですが。

それでは。


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2.西住家の従姉妹達・その2

しほの執務室である和室を出た綾は菊代と共に屋敷の奥まった所にある客間に向かった。

「どうぞ綾お嬢様。」

その客間は綾が薫だった頃から使っていた部屋だ、もちろん西住家に下宿していた時も。

数ヶ月ぶりの部屋は相変わらず綺麗に整えられている。

「ありがとうございます菊代さん、何時も綺麗にしてもらって。」

自分が下宿している頃ならいざ知らず、出てからも綺麗にしてくれている事に綾は恐縮して礼を菊代言う。

「気になさらないで下さい綾お嬢様、何時帰られても大丈夫にしておくのは私の務めですから。」

その辺は使用人としての矜持だと菊代、如何にも彼女らしい答えに綾は苦笑する。

「それではお茶をお持ちしますので、暫くお待ちください。」

一礼して出て行く菊代を見送り、綾は持って来たカバンを部屋の隅に置く。

ちなみに持って来たそのカバンは暫く滞在する割には小さかった、と言うのも大概の物は用意されているからだ。

それこそ寝間着から下着(汗)までだ、それらは下宿中に揃えられた物だったが。

一応部屋のタンスを確認してみたが、季節に合わせて用意されていた、最後に下着を見てしまい真っ赤になって硬直してしまったが。

その後気を取り直しカバンから綾はタブレット端末を取り出し、まずメールを確認する。

まあ来ているのは広告を除けば亜紀からのメールだけだったが。

『休みだからって遊び惚けてばかりいちゃ駄目ですよ。」って貴女は私の母親ですかと綾は思わず突っ込んでしまった。

その後、菊代さんが持って来てくれたお茶を飲みながら、休み中に出された課題をやっていた綾はふと廊下から聞こえて来た声にふすまの方を見る。

どうやら誰かがこちらに向かっているらしい、綾は立ち上がってふすまに近づき耳をすませる。

「ほらお姉ちゃん、早く早くってば。」

「そんなに焦らなくても良いだろうに、綾は何処にも行ったりしないぞ。」

「久しぶりに会えるんだから嬉しんだもん、お姉ちゃんはそうじゃないの?」

「まったく・・・」

聞こえて来た如何にも2人らしい会話に綾は思わず微笑んでしまう。

「まほだ、入っても構わないか綾?」

暫くたってふすまの外からそう声を掛けられる、綾は微笑ながら答える。

「ええどうぞ2人とも入って下さい。」

するとふすまが開けられ早速飛び込んで来る影、狙いを外さずそれは綾に抱き着いて来る。

「綾ちゃん会いたかったよ!」

そう言って抱き着いて来きたのは一つ年下の従姉妹であるみほ。

とても嬉しそうに言ってくれる姿は可愛いのだが、当の本人は従姉妹とはいえ女の子抱き着かれ固まってしまっていた。

この姿になって1年、同性しか居ないふゆしおで過ごして来たとはいえ、綾は未だにこうしたスキンシップに慣れる事が出来ないでいた。

「みほそれくらいにしておかないと、綾が恥ずかしさで倒れてしまうぞ。」

そんな2人に後ろから声を掛けて来るのは同じ年(学年は一つ上になってしまったが)のまほだった。

「あ・・・ごめんなさい、大丈夫綾ちゃん?」

「ええ何とか・・・大丈夫ですよみほ、あと助かりましたまほ。」

ようやく離れてくれたみほにそう答えると、顔を助けてくれたまほに向け礼を言う綾。

「礼には及ばんが・・・まだそんな様子じゃ海洋学校でも苦労しているみたいだな。」

まはは肩を竦めると綾を見てて苦笑する。

「まあそうですね、と言うか慣れたら慣れたで怖いんですが。」

自分もみほみたいに他の女の子とスキンシップ取る様になったら・・・それを想像して再び真っ赤になる綾だった。

取り敢えず2人に座ってもらったところで、菊代さんがまほとみほの分のお茶と、綾のお替りや菓子を持って来てくれる。

「ありがとう菊代さん。」

何時もながらそのタイミングの妙に綾は感心する。

ちなみにまほとみほは慣れているので大した感慨も無く受け入れているのだが。

「いえいえ綾お嬢様お気になさらずに・・・まほお嬢様、みほお嬢様それでは失礼いたします。」

「うん、菊代さん。」

「ああ・・・」

お茶と菓子を綾達の前に置き菊代は一礼して部屋を出て行く。

それを見送り3人はお茶に口を付けると早速ガールズトークに入る、まあ綾は戸惑い気味にだが。

 

西住流戦車道の師範であるしほの娘であるまほとみほの2人は綾にとって幼い頃から親しい間柄だった。

先にもあったが父親方に同じ年の者が居なかった事もあり、結構頻繁に行き来をしていたものだった。

とは言え歳を重ねる中に男女の別もあってか距離が出てしまった時期もあったが、それも綾になった途端に消えてしまった。

特にみほなど幼い頃と同じ様にべったりになってしまい綾は困惑気味だ。

「それでね綾ちゃん今度・・・」

今も綾の腕に自分の腕を絡めて楽しそうに話し掛けている。

一方そんな2人を見ながら苦笑しつつも合いの手を入れるまほ。

薫の頃から一定の距離感で接してくれるまほは、女の子になっても変わらず綾としては助かっている。

ただ綾は気付いていないが、男の頃に比べればその距離感はかなり近いものになっていたのだが。

女の子なった綾だが、まだその辺の機微は理解出来ていなかった。



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3.西住家の従姉妹達・その3

それから3人は通っているそれぞれの学校での出来事などをお茶と菓子を楽しみながら話していた。

特にまほとみほ普通の学校とは違う海洋学校の様子に興味深げの様子だ。

そんな風にガールズトークを楽しんでいると廊下から菊代の声が掛けられる。

「お嬢様方よろしいいでしょうか?」

その声にまほが答える。

「ああ構わない菊代さん。」

「はいそれでは失礼しますね。」

まほの返事を受けて菊代がふすまを開けて入って来る。

「お話中に申し訳ございません、風呂が沸いたので皆さまどうぞ。」

菊代の言葉にみほが部屋に置かれている時計を見て言う。

「あっもうそんな時間なんだ・・・それじゃお姉ちゃん、綾ちゃん行こうよ!」

「えっ?」

みほが如何にも楽しそうに2人を誘ってくるのだが、綾は戸惑った声を上げる。

「久々だね3人で入るなんて。」

だがそんな戸惑いの声に気付く事無くみほは綾とまほの腕を取って立ち上がらそうとする。

「あ、あの待って下さいみほ、私は出来れば1人で・・・」

確かに西住家に滞在中によく3人で入ったものだったが、綾にとっては非常に恥ずかしい思い出だった。

だから今回は1人で入浴する積もりだったのだが。

「ええそんな事言わないで一緒に入ろうよ綾ちゃん!」

そんな綾の希望にみほは不満げな表情を顔に浮かべて言って来る。

まあそれも仕方の無い話だった、何しろ当時から3人で風呂に入るのを一番楽しみにしているのがみほだったからだ。

「いやもう私も一人で入れますし。」

滞在中に3人で入浴していたのは綾が女性の風呂での作法を学ぶ為だった。

「そうですよねまほ?」

だがもうその必要は無いと思い綾はまほに説得をしてもらおうと思ったのだが。

「確かにそうだが、だからと言って3人で入らない理由にはならないな綾。」

残念ながらまほも乗り気の様で、みほを説得してはくれそうも無かった。

「うんその通りだよ綾ちゃん、さあ行こうよ。」

結局綾はみほとまほに連行されて風呂場に連れて行かれるのだった。

ちなみにパジャマや替えの下着はきちんと菊代が3人分用意して脱衣所に置いてくれていたのは言うまでも無い。

湯煙が満ちる浴室、西住家のお風呂は綾達3人で入っても余裕が有った。

その洗い場でみほがまほの背中を楽しそうに洗っている横で、綾は風呂の中でタオルで纏めた髪の姿で真っ赤になって浸かっていた。

「ははは・・・やっぱり慣れませんね。」

散々3人で一緒に入浴させられたと言え綾は未だにこの状況で平静で居られるまでに達観していなかった。

「それじゃ次は綾ちゃんだね、さあさあ上がってここに座ってね。」

まほの背中を洗い終わったみほが洗い場からそれはもう楽しみですと言わんばかりの笑顔で綾を手招きする。

「!?いや良いですよみほ、私は・・・」

身近でみほの裸体を見るのも自分のを見られるのも綾は恥ずかしくて仕方が無いのだが。

「ほらほら早く!」

傍に来て綾を風呂の中から引っ張り出そうとするみほ。

「綾、早く出てくれないと私が風邪をひいてしまうんだが。」

まほもそう言って綾を促す、普段は余り綾達以外には見せない楽しそうな笑みを浮かべながら。

そうまで言われてしまうと綾も仕方が無いと諦めて風呂から出る、出来るだけまほとみほの裸体を見ない様にしながら。

「ふふふ・・・綾ちゃんの背中を洗うなんて久しぶりだな。」

嬉しそうにタオルにボディソープを付けみほは座った綾の背中を見ながら言う。

綾にしてみれば何がそんなに嬉しいのか理解出来ない。

まあみほにしてみれば別に綾の身体が好き(笑)と言う訳では無く、ただ触れ合う事が嬉しいだけなのだが。

嬉しそうなみほと恥ずかしそうに洗われている綾をまほは先程と同じ楽しそうな笑みを浮かべながら見ている。

「・・・明日は私が洗おう綾、いや洗って貰うのも悪くないな。」

楽しそうに言って来るまほ。

「そうだね私も綾ちゃんに洗って貰おうかな。」

それにみほも楽しそうに便乗して来る。

「勘弁してください二人とも。」

洗って貰うだけでも筈かしいのに二人を洗うなんて綾は考えるだけで卒倒しそうになる。

浴室内に楽しそうな少女達の声が響いていた。



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4.西住家の従姉妹達・その4

試練(笑)の入浴を終え綾はまほとみほと共に居間に移動し既に準備されているテーブルに着く。

少し遅れてしほがテーブルに着くと菊代が早速飲み物を各自の前に置いて行く。

まほ達にはウーロン茶、しほには水割りが置かれる。

「それではここに皆が元気で集まれた事を感謝して、乾杯。」

「「「乾杯。」」」

しほの音頭でまほ達は乾杯すると早速に料理に取り掛かる、何しろ菊代が作ってくれたものだ。

幼い頃からその美味しさを知っているまほ、みほ、綾してみれば待ちきれない思いがある。

「やっぱり寮で食べる食事とは比べられないねお姉ちゃん。」

「まああちらも菊代さん相手では分が悪いだろうさ。」

黒森峰女学園の寮の食事だって名門校だけに腕の良いコックを揃えているがまほとみほにしてみれば結果は明らかだ。

「そう言えば綾は何時も潜水艦の乗っているんだろう、食事とかはどうしているんだ?」

艦船での食事が気になったまほが綾に質問する。

「まあ海洋実習中は毎日レトルト食品です、だからちゃんと料理されたものなんて久しぶりですね。」

嬉しそうに食べながら綾が答えるとまほとみほは顔を見合わせ菊代の様子をうかがう、なおしほは気にせず興味深げに聞いている。

「毎日・・・レトルト食品・・・」

俯き小声で呟く菊代だったが綾は気付かなかった。

「綾お嬢様!!」

「ええ!?」

だから突然菊代に顔を至近距離に近づけられ綾は激しく動揺させられてしまった。

何しろ菊代もしほに劣らず年齢不詳の美人だったからだ、まだ男の時の意識が残っている綾としては驚くなと言う方が無理だった。

一方まほとみほはそんな菊代の言動に顔を見合わせて苦笑しつつ納得していた。

「菊代さんだからね。」

「ああ菊代さんだから仕方ないな。」

そんなまほとみほの言葉を聞いて綾は自分が失言した事を理解する、菊代が食について強いこだわりが有るのを思い出して。

・・・あれはまだ薫だった小学生の時、夕食前にポテトチップスを食べたところを菊代に見つかってしまった事があった。

「薫ぼちゃま・・・これは何なのでしょうか?」

普段は温厚で怒った所など見た事の無い菊代の般若の姿に薫は言い訳を言う事さえ出来ず説教を食らう羽目になった。

こう聞けばもう分かるだろう西住家ではインスタントやジャンクフードは絶対厳禁なのだった。

この点ではしほも菊代の方針を容認しており、西住家にはそれら(インスタントやジャンクフード)は一切置かれていない。

まほとみほも幼い頃から徹底的に食さない様教育されており、2人はその所為で家以外でも食べる事はまれである。

まあ綾は西住家に来た時にはそうなるが外では結構食べていた、それが小学生の時見つかり大目玉を食らった訳だ。

前に述べた通り綾となり海洋学校入学まで西住家で過ごしていた期間は菊代の方針でインスタントやジャンクフード無しで過ごしていた。

だが海洋学校入学後は潜水艦内の食事がレトルトだった事もありすっかりその事を忘れてしまっていたのだ。

「育ち盛りのしかも女性がそんな食事なんて絶対いけません綾お嬢様。」

菊代にとってインスタントやジャンクフードは天敵なのだ、ましてや自分の使えるお嬢様であるまほ、みほ、綾にそんなものを出すのは許せないのだ。

「そう言われても・・・潜水艦ではそういったものしか出せないんです菊代さん。」

艦内に余分なスペースが無く食材の長期保存や調理の為の設備が置けず、どうしてもレトルト等に頼らなければならない事を綾に説明する。

これが晴風くらいの艦船になればそういった設備や専任の調理員が置けるので、食事の質で言えばふゆしおより恵まれている。

なお余談だが横須賀女子においてエリート達が乗艦する超大型直接教育艦武蔵となると調理員も料理の素材も質が高らしい。

その為他の艦船の生徒からは武蔵の生徒だけずるいと言う声があったりする。

「そうなんですか・・・でも・・・だからと言っても私としては納得が・・・」

菊代としては出来ないのなら仕方が無いがやはりそれで納得できるものではないらしく俯いてブツブツ言っている。

そんな菊代を見ながらまほ、みほ、綾の3人は顔を見合わせて苦笑する。

「菊代、そう嘆かないで、綾さんが休みの時は我が家に来てもらってちゃんとした食事をさせてあげればいいじゃない。」

しほがいかにもいいアイデアを思いつたと言わんばかりに発言すると菊代のはっと顔を上げる。

「そうですねしほ様、綾お嬢様お休みの時は絶対お越しください、よろしいですね。」

菊代の圧に綾は承諾するしかなかった、そしてそれを聞いたまほとみほも喜びに顔を輝かせる。

そんな状況を満足そうに見ているしほ、娘達同様可愛い綾が頻繁に西住家に来訪してくれる事は彼女にとっても喜ばしかったからだ。

ただそれ以外にもしほには思惑があった、ずばり戦車道に関しての事だ、師範として綾の才能に彼女は目を付けていたのだ。

西住家に幼い頃から出入りしていた綾(その時は薫だったが)は非公式ながら西住流戦車道の弟子扱いだった。

しほその時からその才能に気づき、彼が女性だったらと何度も思ったものだ、一時期は女装させて黒森峰にと本気で考えたくらいだ。

だから薫が綾になった時はぜひ黒森峰に来て欲しいと思ったのだが、本人の希望をないがしろには出来ないので泣く泣く諦めた。

とは言え綾の才能をそのままにしておくのは勿体ない、だから彼女に西住家に来てもらいまほとみほ、その他の弟子と修行してもらえれば。

西住流戦車道の底上げにつながるし、それはやがて戦車道の発展にも寄与できるとしほは考えていたのだった。

もっともその大義名分の裏に綾を愛でたい(いじりたい)との思いがあったのは否定できない。

その点母親であるかほと同じでやはり2人は姉妹なのだと言えるだろう。

後にしほとまほの思惑が一致し、正式ではないものの綾が戦車道の競技会に関わって行く事になるのはそれほど遠い話ではなかった。



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