【迷宮都市オラリオ】、それはこの世界の中心に存在する、地下迷宮を保有する巨大都市、いや、迷宮の上に作られた巨大都市という方が正しい。
街の中央に天高くそびえる塔、バベル。それは、迷宮に潜むモンスターを封じる蓋のような役目をしているという。
都市、ひいてはダンジョンを管理する『ギルド』を中核として栄えるこの都市でヒューマン、亜人と様々な種族が共存し生活している。
その中でダンジョンに潜った成果で生計を立てている者達も少なくない、彼らはその職業から冒険者と呼ばれている。
「なにか申し開きはあるかい?」
その迷宮都市オラリオに存在する、かなり大きめの酒場『豊穣の女主人』。その厨房で、二人の男女が向かい合っていた。
男性の名はベル・クラネル。身長は165cmと少年のような見た目をしており、従業員が他に女性しかいない『豊穣の女主人』で、唯一男性で雇われている。しかもその役職は料理長である。
そして、女性の名はリュー・リオン。店の制服である緑の服とエプロンを着ており、エルフの特徴である尖った耳と端正な顔つきの女性だ。『豊穣の女主人』でベルとともに働く同僚である。
しかし、両名共某スペースウォーズに出てくるベイダーさんみたいなマスクを被っている。これをつけている理由は言わずもがな。つけていなきゃ危険だからである。
その原因は今も紫の煙をあげる、見るからにやばい雰囲気を醸し出す料理鍋。
「リュー……君という奴は、あれだけ言ってるのに……!」
「まっ、待ってくださいベル。私はただ、オリジナリティを……」
「料理が下手な人のオリジナリティや個性ほど信用ならないものはないんだよ!」
「うっ……。」
このポンコツエルフは常日頃から家事その他諸々万能の才能チートのベル・クラネルから様々なことを習っている。要領がいいので割とあっさり何でもこなすのだが、料理だけは"おりじなりてぃ〜"とやらを加えていつも最後にダメにする。
今回も朝早くから夜の開店に向けての下準備をしようと厨房に訪れたら突然毒ガスを喰らい、ガスマスクを装着しなおして、発端であり一番鍋の近くにいたことにより自爆したリューを叱っているのが今の状況である。
(シア母さんの苦労が身にしみるよ……。)
家事関係の師であり似たような経験を持つウサミミの義母の苦労を想い、眉間を抑える少年料理長。
因みに彼は見た目はこんなだが、実は18である。
「取り敢えず、これは破棄だ。飲食店で出していい料理のボーダーを明らかに超えている」
「……は、はい」
自分が作ったものをさらっと毒物認定され、しょんぼりと落ち込むリュー。
彼女は普段、もっとクールだ。エルフらしい高潔で貞淑な精神を持つのだがベルともう一人にだけはどうしても頭が上がらない。
無事、危険物(リューの料理)を処理し終わり、厨房の換気を行いようやくガスマスクを外す。
ベルはいつもつけている眼鏡をかけ直す。
「空気が美味しい」
ベルは残臭がないことを確認して呼吸を遮るものがなくなった状態で大きく深呼吸をする。
「すみません、ベル。余計な手間を増やしてしまって……。」
見るからに凹んでいるリューを見て、ベルはちょっと言い過ぎたかなと頬をかく。
「また料理を教えてあげるから、今度はちゃんと手順を守ってくれよ」
「……はい」
肩に手を当てながらそう言うとリューは少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「ああっ!リュー様っ、また抜け駆けをしましたね!」
「なっ!リリ、私は別にそんなつもりは……!」
「リュー〜?どういうことか説明してもらえる?」
いつの間にかそれぞれの自室から出てきた、同僚、銀髪の少女シル・フローヴァと小人族らしい小柄な少女リリルカ・アーデ。通称リリである。
「ベルっ!二人に説明を……!」
詰め寄ってくる二人の乙女から逃れようとベルに助けを求めるリューだったが、振り返った先に既にベルはおらずひらひらと舞う紙切れが頭上から降ってきた。
『ちょっと、商会の方の仕事に行ってきます。あとはよろしく♡』
「ベル〜!!!」
リューの叫びがオラリオ中に響いた。
オラリオの街中を一人の
スラッとした長い足に白くて長い髪を後ろに纏めて、黒のズボンにインナー、ブーツ、コート。キリッとした目元に光る銀縁の眼鏡。見るからに上等な服装の彼の姿は何処ぞの貴族青年と見られてもおかしくはない姿だ。
その青年の足は一つの建物の前で止まった。
「ベル、遅かったですね」
「すまない、アスフィ。ちょっと、色々あってね」
建物の前に立っていた空色の髪の女性、オラリオ最大の商業系ファミリア《ヘルメス・ファミリア》の団長。アスフィ・アル・アンドロメダ。
この建物、『旅人の宿』は《ヘルメス・ファミリア》の拠点、ホームだ。
「前から思ってたのですが、なぜここに訪れるたびにその姿になるんですか?」
「どっかの誰かさんのせいで四年前から妙に目立ってるからね。僕はあまり目立つのが好きじゃないんだよ、ただの酒場の料理長くらいが身の丈あってる」
「どの口で言ってるんですか貴方は……というより、明らかに逆効果だと思うのですが」
既に気づいているだろうが、この青年は先程まで『豊穣の女主人』にいたベル・クラネル本人である。
この姿は彼の母が使っていた魔法をアレンジしたものだ。
今のベルの姿はハッキリ言って街中を歩けば、百人が百人振り返る容姿をしている。だが、ベル自身は急に老け込んだようであまり好ましく思っていない。
ベルはアスフィに連れられホームの客間に通された。
来客用のソファと足の短いテーブル。そして、ドアから離れた椅子に座る帽子をかぶった男がベル見て面白そうに口元に笑みを浮かべた。
「やあ、待っていたよ。サウスクラウド商会会長殿」
「やめてくださいよ、なんか腹が立つので」
「では、未来の英雄殿と呼ぼうか?」
『サウスクラウド商会』。オラリオ最大の商会として名を馳せている。扱っている品はどれも珍しくかつ実用的なアイテムばかりだ。
しかし、その商会の会長が何者なのか部下はいるのかという情報すら一部の者を覗いて不明なのだが……話の流れから分かるとおりベルがその正体不明の会長なのである。
「もっとやめてください。何度も言ってるでしょう、神の掌で遊ばれるつもりはないと」
ベルの不機嫌な表情を作るが、ヘルメスは嫌な顔一つ見せず寧ろニヤリと口元を歪めた。
「
「ええ。そういう意味では、僕は貴方がオラリオで一番嫌いです」
「酷いな〜、俺はこんなに君のことが好きなのに」
「キモイ」
「キモいです、ヘルメス様」
「うっわ、ストレート!アスフィまで!」
二人共、傍から見たらとてもいい笑顔を浮かべているのだがその瞳の奥は全く笑っていない。
商人として互いに互いの弱みを見せることは即ち、経済的死を意味する。信用は一番の財産という言葉はあるが、目の前の男にそんなものを抱けばどうなるか……わからないベルではなかった。
「取り敢えず、頼まれてた分の商品です」
手に持っていた指輪を弾いて、ヘルメスに投げ渡す。
「相変わらず、君の"宝物庫"は便利だねぇ。これだけで城くらいは買えるんじゃないか?」
「興味ないし、欲しくなったら自分で作る」
「ハハハッ!そりゃそうだ、その気になれば国を落とせる兵器を作りまくれる君には愚問だったかな」
ヘルメスの言葉にベルはピクリとも眉を動かさない。それはまごうことなき事実だからだ。その気になれば、国くらい一人で落とせる兵器を作る力を彼は個人で所有している。
「それと、貴方のところで取引している条件忘れてないでしょうね?」
「勿論。商会長の君の正体を明かさないことと、ラキア王国への一切の取引をしない、だろう?
そんなにエルフの森を燃やした彼らが気に入らないのかい?余程入れ込んでるんだね疾ぷ……」
ドパンッ!
ヘルメスの言葉を遮り、轟くような
その音の発生源はベルが持つ銃口から白煙を上げる無骨な形のリボルバー型の拳銃。彼の父が名付けたその銃の名はドンナー。
自分の横顔を通過した弾丸(非殺傷用のゴム弾)を見て、ようやくヘルメスの顔が引きつり始めた。
銃口を今度は絶対に外れない場所に固定する。
「もう一発いっときます?」
「アハハ……調子に乗りましたすみません……。」
両手を上げて降参のポーズを決めるヘルメス。今度は当てるというベルの考えが殺気からよく伝わってきたのだろう。
「ったく、ラキアに僕のアーティファクトが渡って、オラリオに攻め込まれたら面倒だからと何度言ったらわかるんですか。
それに、四年前みたいな面倒事は勘弁してほしいですし」
「流石に俺ももうあんなことはしないよ、精神的に半殺しにされたのは今でも結構トラウマなんだ」
四年前、ヘルメスが意図的に流した噂によってとある神がベルを眷属に無理矢理引き入れようとし、中々強引な手を使ってきたりもした。その結果『豊穣の女主人』にも危害を加えそれにベルがブチギレ、"
取り敢えず、噂の根源であるヘルメスはベルに簀巻きにされ丸3日悪夢を見せられ続けるという拷問を受けた。
お陰で当初力を隠すつもりだったベルの力はオラリオ中に知れ渡り挙げ句の果に『
余談だが、それをきっかけにベルの力を利用しようとする神が何人も接触してきたが、後ろ暗い話をギルトに告発し殆ど解散に追い込んだ。中には天界に送還された神もいる。
用事が終わったベルは、椅子から立ち上がる。
「それじゃ、今度は酒場の方の客として来てください。失礼」
それだけ告げると、ベルは客室をあとにした。
「やれやれ、彼も頑固だね」
「それは同感ですが、ヘルメス様のいい加減さも大概でしょう」
アスフィのダメ出しに苦笑する主神。
「……
幼い頃、とある村で唯一の家族である祖父と暮らしていたベルはこことは違う世界に迷い込んだことがあった。
その世界の名はトータス。この世界とは違いたった一柱の神を崇拝する世界。
創造神エヒト。
世界を自身の盤上とし、人族、亜人族、魔人族の三種族を駒として戦わせる狂った神。
ベルはその世界に迷い込んでいきなり人身売買組織に捉えられた。灼熱の砂漠を超える馬車の中で自分以外の子供達が死んでいく姿は今のベルの心にも深い傷を残している。
しかし、まさに売られようとしたまさにその瞬間、ベルはある人物に助けられた。
『ハジメさん、その子は?』
『ああ、なんかミュウと一緒に捕まってたから助けたんだが、こいつの顔になんかついてるか? そんなに食いついて』
『いやだって、この子……。』
『……ハジメにそっくり』
『は? そんなわけ……』
『いやいや、瓜二つじゃろう? 白い髪に赤い瞳まで同じじゃ。名をなんと言う?』
『ベル、です……。』
『ベル君ですか〜、私シアって言います。ハジメさん、どうします、この子?』
『どうするって、お前……。こんなことがあったあとに何処かに預けるわけにはいかねぇしなぁ……。って、ユエなにしてんだ?』
『小さいハジメみたい……この子も可愛すぎる。……ちょっと並んでみて』
『ほほう、並んでみるとますます親子みたいじゃな』
『親子……お父さん?』
『おいおい、お前もか……。』
あの頃からベルはその人物とその恋人を親と呼ぶようになった。
自分を救い、優しく受けとてくれた彼らは親が既にいなかったベルにとって両親以外の何者でもなかったからだ。
彼は自分と同じ別の世界から呼ばれた者たちだった。彼の父"南雲ハジメ"は自身の世界へと帰る方法を探して旅をしていた。
そして、旅が危険さを増しベルは同じく人身売買組織から助け出された少女ミュウの故郷で彼の帰りを待つことになった。
その時、彼がベルとミュウに約束した。
『必ず迎えに来る、それで、俺の故郷、生まれたところをみせてやる。……ベル、お前が望むなら必ずお前を故郷の世界へ返してやる』
それからベルはハジメの故郷"地球"で二年間過ごし、五年前この世界に帰ってきた。
ーーー己の力のみで。
そして、このオラリオに来て様々な出会いをしてきた。
ーーー別世界での経験で確かにベルはかけがえのないものを得た。
ーーーその反面、失ったものも多かった。
これは、夢を諦めざるを得なくなった少年が夢を叶える物語だ。
この作品での人物紹介
ベル・クラネル……原作開始時14だが、この作品では18。夢は英雄になることだったが、その天才的な魔法適正と戦闘技術によって強くなりすぎたと考えており、ジュネー氷雪洞窟での試練の際自身の影に『化け物であるお前に英雄になる資格はない』と言われてしまう。
正体を知っている一部の神々や冒険者からは『無冠の魔王』の異名で呼ばれている。
シル・フローヴァ……ベルが『豊穣の女主人』で働くことになったきっかけを作った少女。オラリオを歩いていたベルが雨の日に傘を忘れた彼女と出会い送り届けた際料理の腕を見込まれ働くことになった。
リュー・リオン……《ルドラ・ファミリア》を壊滅させた後ベルとシルに拾われ、『豊穣の女主人』で働くことになった。原作とは違い《アストレア・ファミリア》のメンバーの最後の言葉をベルが【魂魄魔法】による降霊で聞かせ、原作より早く吹っ切れる。
リリルカ・アーデ……元《ソーマ・ファミリア》所属。原作では花屋で働いていたがベルに拾われてそこから働くことになる。《ソーマ・ファミリア》による営業妨害も度々ありそれにキレたベルが直談判した結果脱退、現在は神ミアハに恩恵を刻まれているが眷属ではない。
《ソーマ・ファミリア》はそれから反省したソーマによって改善されている。
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