瀟洒なメイド長の弟 (銀髪のナイフ使い)
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プロローグ
隙間妖怪の悪戯


「見つけた!」

 

本や手帳が山のように積まれた部屋の中で、少年は叫んだ。やっと見つけた…これでもう一度姉さんに会えるかもしれない!

僕の名前は望月(もちづき)藤也(とうや)、15歳だ。僕はここ最近ずっと、日本各地に伝わる『神隠し』について調べている。

そして、ようやく見つけたんだ。何も無い所で、何の前触れもなく起きる神隠し、『隙間妖怪の悪戯』に関する記述を。

 

「…んあ?どれどれ…『何の前触れもなかった。私はいつものように仕事で疲れ果て、家に帰る最中だった。突然身体が落下するような感覚に包まれると、目の前に広がっているのは怪しい植物が生い茂る森の景色だった。』」

 

僕の後ろで同じように神隠しについて調べていた僕の親友、日野(ひの)紅蓮(ぐれん)がその本の内容を読み上げる。

 

「『私を保護してくれた巫女装束の少女の話によれば、私がここに迷い込んだのは()()()()()()()が原因だそうだ。その隙間妖怪とやらは私達が住む世界(『外の世界』と呼ばれていた)と私が迷い込んだ世界『()()()』を結界によって隔離している存在であり、その結界の小さな隙間から外の世界の人間が迷い込むことがあるという。』…か。へえ、中々面白そうじゃねえか。」

 

「うん、そして『その巫女装束の少女は幻想郷と外の世界を繋ぐ手段を持つ者であり、その少女の力を借りて私は外の世界に帰ることが出来た。そして、外の世界に帰ると私は古びた社に立っていた。石段を下だり、村で聞き込みをするとそこが長野県であること、そしてその古びた社では神隠しが頻繁に起きているということを知った。』…間違いない。姉さんは幻想郷に迷い込んだんだ。これを書いた人が迷い込んだ経緯と、姉さんが突然いなくなった経緯が一緒だもの。」

 

僕には姉がいる。僕と同じ銀色の髪に青色の瞳、家事がとても上手で、そして誰よりも美人な1つ上の姉がいた。

けれど、姉さんは1年前に突然姿を消した。なんでもない、いつもと同じ日常だった。夏も終わって段々と涼しくなってきた頃、姉さんと一緒に学校から帰る最中、突然姉さんの姿が消えてしまったのだ。本当に一瞬、僕が瞬きをしたその瞬間だった。

周りに怪しいものは何も無かった。車道に車は一切走っていなかったし、狭い路地に続くような場所もない。マンホールだって3mくらい離れていたんだ。警察も一生懸命姉さんを捜してくれたけど、それでも姉さんは見つからなかった。だけれど、僕は…姉さんが死んだとは思えない、思いたくない。根拠はないけれど、絶対にどこかで生きているはずなんだ。

 

「幻想郷とやらがどんな場所なのかは書いてないのか?」

 

「うーん…書いてないなあ。隙間妖怪なんてのがいるんだし、妖怪とかがいるのは予想がつくけど。」

 

妖怪なんて、所詮はおとぎ話の存在…でもない。神隠しについて調べる内に分かった。妖怪も神も確かに存在するという事が。神隠しというのは、大体それらの存在に縁がある場所で起きる現象だ。どれだけ調べても、姉さんが居なくなったあの地域は妖怪にも神にも縁なし。だからこそ『隙間妖怪の悪戯』だと断定出来るわけだ。

 

「妖怪ね…まあ、たとえお前が妖怪に襲われたとしても、お前のその()()があればなんとかなるだろ。」

 

「…だといいけどね。」

 

左の掌に刃渡り10cm程度の白く光るナイフを造り出して、すぐに掻き消す。姉さんが行方不明になってからしばらく経ったある日、突然使えるようになった力『光を操る程度の能力』。光を自在に操り、更に物質化することも可能な力だ。一寸先すら見えないような真っ暗闇でもない限り、どこでも使うことが出来る。なんなら懐中電灯や蠟燭を使うだけでもいい。ただ、日光や月光以外の光だと物質化させても脆くなってしまうのが欠点だ。

 

「とにかくだ。どれだけ調べたって、何もない場所で起きた神隠しっていうのはその『隙間妖怪の悪戯』1つだけだ。お前の姉さんが生きているとすれば、隙間妖怪の悪戯に遭ったと考えて間違いないだろうな。」

 

「うん!長野県の古びた神社…探すのには時間がかかりそうだね。」

 

長野県というだけじゃ広すぎる。スマホの地図アプリを有効活用しても、車を使えない僕だと短く見積もっても半月はかかるだろう。

 

「さすがの俺もそこまでは付き合えないぜ。俺はお前と違ってちゃんと高校にも通うつもりだからな。もう10月だぞ?いい加減そろそろ受験勉強を始めなきゃなんねえ。」

 

「大丈夫。ちゃんと中学校は卒業してから行くし、紅蓮にもそこまで迷惑をかけるつもりはないよ。」

 

僕だって義務教育を放棄してまで急ぐつもりはない。むしろ、姉さんに中学校をサボって捜していたと知られたら怒られてしまう。…それに、出来れば一緒にここに帰りたいけれど、もし姉さんが理由があって幻想郷に住んでいるのなら、僕も幻想郷に留まるつもりだ。こっち側に余計な問題を残して行く訳にはいかない。

 

「おやまあ、今日も日野君がいらっしゃってたのかい。」

 

「おばあさん、今日もお邪魔してます。あ、いえ、お茶は大丈夫です。今から帰るところだったので。じゃあ、また明日な。」

 

紅蓮が帰るタイミングで、僕の部屋におばあちゃんが入ってくる。

僕の両親はいない。父さんは僕が生まれる少し前に交通事故で亡くなって、母さんは父さんが死んで憔悴していた時に僕を産んで、力尽きてしまったと聞いている。

そして、生まれたばかりの僕と1歳だった姉さんはお父さんの両親に引き取られて育った。姉さんは小学生のころからおばあちゃん達の手伝いをしていて、それで家事がぐんぐんと上手になっていった。特に、おじいちゃんが昔洋食レストランの料理長だったから、洋食に関してはもはや店を開けるレベルになっていた。

そんなおじいちゃんも病気で亡くなって、今はおばあちゃん一人だけだ。たまに伯父さんや叔母さん、従兄が来るけれど最近は忙しいのか、お盆休みや年末にしか会えない。

 

「あの子への手掛かりが見つかったのかい?」

 

「うん、間違いないはずだよ。」

 

「そうか、そうか。それは良かったねえ。」

 

おばあちゃんは僕の頭を撫でてくれる。姉さんがいなくなったとき、僕は何をする気にもなれなくて暫く引きこもっていたから、おばあちゃんにはとても心配させてしまった。

 

「おばあちゃん、話が…」

 

もしかしたらもう帰ってこないかもしれない。そう話そうとしたら、おばあちゃんが人差し指を僕の口に当てて止める。

 

「…大丈夫だよ。あたしのことは気にしなくていい。」

 

「でも…」

 

「心配しなくたって、あたしゃこの先30年は元気でいるつもりさ。だから、藤也はやりたいことを、好きなようにやるといい。」

 

「おばあちゃん…うん、ありがとう。」

 

ごめん、おばあちゃん。実は知ってるんだ。おばあちゃんが僕の両親の結婚式のアルバムを寂しそうな目で見ていたのも、写真立ての姉さんと僕、おばあちゃんとおじいちゃんの写真を見て泣いていたのも。

僕が皆の分まできっと幸せになってみせるから。



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摩訶不思議な社

『卒業生、退場!』

 

中学校の教頭先生のアナウンスを聞いて、卒業生全員が立ち上がる。僕の中学校生活も今日で終わりだ。明日から長野県で例の社を探す旅に出る。

隣の同級生に続いて卒業式が行われた体育館から退場する。そして、そのままグラウンドに出て在校生達による花道を通っていく。在校生からの贈り物がある場合はここで受け取ることになるそうだ。

 

「望月せんぱいっ!」

 

在校生の群れの中から後輩が小走りで駆け寄ってくる。2年生で副部長の東風谷早苗ちゃん、緑色の長い髪の毛にカエルとヘビの髪飾りを着けた、快活な女の子だ。

 

「これ、部員の皆からです!」

 

「ありがとう。うんうん、半年で皆上手くなってるね。」

 

僕が中学3年間所属していた書道部の後輩達からのメッセージが書かれた色紙を受け取る。御守りの代わりに持っていこうかな。

 

「それと、良ければこれも貰ってください!」

 

「これは…御守り?」

 

『縁結び』と書かれた緑色の御守りだ。縁結びの御守りはなんか恋愛とかの御守りだと思うんだけど…どうしてこの御守りを選んだんだろうか。

 

「はい!私の家が神社なので、私個人からの贈り物です!」

 

「そうだったんだ、知らなかったよ。…でも、どうして縁結びなの?」

 

「あっ…そ、その…望月先輩が日野先輩と話しているのを聞いてしまって。高校に行かずに神隠しに遭ったお姉さんを探しに行くとか…だから、先輩が無事にお姉さんに会えるように、です!」

 

あー、聞かれてたのか。一度だけ、お互い部活動が忙しかった時に学校内で話したことがある。周りもうるさいし、もし聞かれても中学生特有の妄想だと思われるだろうから大丈夫だろうと考えてたんだけど…神社の家だと、実際にそういう逸話があるのかもしれない。

 

「早速明日から探しに行くつもりなんだ。ありがとう、早苗ちゃん。元気でね。」

 

「望月先輩もお元気で!」

 

最後に早苗ちゃんの頭をぽんぽんと軽く撫でてからその場を後にする。そのあとも書道部の在校生から何度か声を掛けられる。寄せ書き以外にも色々準備していたみたいだ。

 

「ふう、これで中学生も終わりか。」

 

姉さんがいなくなって暫くの間は空白だったけど、それを差し引いても充実した3年間だった。そうなったのはやっぱり紅蓮と…早苗ちゃんのお陰かな。早苗ちゃんはずっとうわの空だった僕に何度も悪戯を仕掛けてきたのだ。立ち直るきっかけになったのが、早苗ちゃんの悪戯に参って、姉さんがいなくなった時の喪失感が薄れたからだっていうのが中々情けない。

 

「よっ、藤也。明日出発なのにそんな調子でいいのか?」

 

「紅蓮…うん、大丈夫。もう準備は済ませてるよ。そっちこそ大丈夫?明日入試でしょ?」

 

「問題ねえっての。過去問はやれるだけやったし、全国模試の結果じゃ余裕でA判定で順位も県内2桁以内。出来る準備は全部済ませてるんだよ。」

 

紅蓮は見た目や言動から受けるイメージと違って、超が付く程の勉強家だ。実際、中間・期末テストの国数英社理の5科目合計では常に470点以上をキープしている。今年は僕のことも手伝いながらこの成績だから、本当に底が知れない。

 

「そんじゃ、頑張れよ!応援してっからな!」

 

「うん!そっちも頑張ってね!」

 

 

──────────

 

 

「神隠しの逸話?聞いたことないねえ、多分ここらへんじゃあないよ。」

 

「そうですか。すみません、ありがとうございます。」

 

地図や雑誌、インターネットの様々な情報を見ても、件の社を特定することは出来なかった。あの本の記述を頼りに、人口の少ない村の近くにある神社を調べ回っている。

そして今は4日目の12軒目な訳だけど…外れかな。とりあえず神社には来てみたけれど、どう見ても『古びた』様子はない。そろそろ日も暮れるし、今日はここで最後になるだろう。

しかし、年老いた眼鏡の神主さんに話を聞くとそうでもなかったようだ。

 

「実はね、奥の石段を上ると古びた小さい社があるんだ。滅多に行くことはないんだけれど、社はボロボロなのに、何故かお供え物は常に新鮮なものが置かれているんだ。誰かが置いていってるのかな?」

 

「なるほど…見に行ってもいいですか。」

 

石段の先の古びた社…本にあった記述と同じで、更に不思議な事も起こっている。これはもしかすると当たりかもしれない。

 

「勿論構わないよ。石段が湿って滑りやすい所もあるから気をつけてね。」

 

「ありがとうございます!」

 

改めて神社の名前を確認する。博麗神社…か。五円玉を賽銭箱に入れてから、ここが当たりであることを願って1つずつ石段を上っていく。

……………

……………………

………………………………

 

「長いな…これ。一体何段あるんだ?」

 

30分くらい止まらずに階段を上ったけど、件の社は未だに見えてこない。少し休憩しよう。石段に座り込んでリュックのポケットに挿したペットボトルに入っている水を飲む。

 

「よし、休憩終わり…ん?」

 

リュックを背負って、もう一度石段を上ろうとして振り返ると、すぐそこに古びた小さな社が建っていた。おかしいな。石段はまだまだ続いていた筈だけど。

古びた社の周りには明らかに手入れされた痕が残っている。雑草は刈り取られているし、お供え物も新しい。社自体も古びてはいるが、汚れは拭き取られている。

 

「これがあの本の筆者が帰ってきた場所なのか?…うわっ!?」

 

社に近づいて触れようとすると、目の前の景色がぐにゃりと曲がって、歪んでいく。さらに、それと同時に社の中に吸い込まれるような感覚が襲ってくる。

 

「なんだ…これ…!」

 

なんとか踏ん張って耐えたけど、目を開くとそこには全く違う光景が広がっていた。

見たこともないような植物が鬱蒼と生い茂る森だった。明らかに怪しい紫色の茸に、大きすぎる食虫植物。そして、森の雰囲気に似合わない薄い羽の生えた小人がふよふよと飛んでいる。

間違いない、あの本に書いてあった森だ。つまり、僕は幻想郷に入ることが出来たんだ。

 

「用心して進まないと。」

 

どう考えても危険な場所だ。何かあっても直ぐに対処できるように、右手に光のナイフを持って進む。

 

「あら、人間がこんな所で何をしているのかしら?」

 

「ッ!」

 

反射的に後ろを向いてナイフを構える。…良かった、人だ。金髪の女性がいつの間にか僕の背後に立っていた。

 

「…すみません。少し驚いただけなんです。」

 

「大丈夫よ、寧ろ、人間がこの魔力にあてられて正気を保っている方が凄いもの。」

 

光のナイフを掻き消してその女性の方に向き直る。背丈は僕と殆ど同じ。僕より1つか2つくらい年上だろうか。彼女の周りには数人の小人が浮いている。…うん?よく見ると人形だ。人形が彼女の周りを飛んでいる。

 

「あなた…外の世界から来たみたいね。ここは危険よ、とりあえず私について来て。」

 

言われた通りに女性の後について行く。『外の世界』ね、やはりここは幻想郷で間違いない。姉さんを探すためにも安全第一でいこう。

しばらく森の中を歩いていると、開けた場所に建つ家に辿り着いた。

 

「さ、入って。ここなら安全だから。」

 

「は、はい。お邪魔します…」

 

女性の家にお邪魔するという行為に若干の恥ずかしさも感じるけれど、背に腹は代えられない。案内されるがままに家の中に入る。

うおお、凄い人形の数だ。種類も様々だけれど、僕には日本人形以外の分類が分からない。あ、でもあの民族衣装を着ている人形はロシアのような気がする。

 

「お茶を用意するから座ってて。」

 

心の中で失礼しますと唱えながらソファに…いや、石段に座ったからズボンが汚れてる。リュックの中からまだ使っていない着替えを取り出して、ソファの上に敷いてから座る。そのまま待っていると、青色のメイドのような服を着た人形がティーポットを持ってきた。更に、赤色の同じ服を着た人形がティーカップを持ってきて、青色の方が紅茶を注ぐ。

赤色の人形の顔を覗いていると、人形は顔を赤くして恥ずかしそうにもじもじしながら、女性の方に逃げて行った。その動きに作り物っぽさは無かった、サイズさえ調整すれば人間だといわれても信じられるだろう。

 

「凄いな…」

 

「ありがとう、私の自慢の子たちなの。…どこから話せばいいのかしら。いえ、その前に自己紹介よね。私はアリス・マーガトロイド。信じられないかもしれないけど、魔法使いなの。」

 

「望月藤也です、えっと…外の世界から来ました。」

 

「やっぱり。その恰好、外の世界の…あれ?もしかしてあなた、幻想郷について知っているの?」

 

「あ、はい。少し事情がありまして…」

 

マーガトロイドさんに、姉さんのことから例の社のことまでを簡潔にまとめて伝える。博麗神社の話になった辺りから、マーガトロイドさんの表情が少し変わったような気がする。やっぱり幻想郷に縁のある神社だったのだろうか。

 

「マーガトロイドさんは何か知りませんか?僕と同じ髪と瞳の色の姉で、背も僕とそう変わらないと思います。」

 

姉さんがいなくなった時点では姉さんの方が少しだけ背が高かったけど、僕もそれなりに背が伸びた。姉さんの背が伸びてるか分からないけど、大きく離れてることはないと思う。

 

「そうね…銀色の髪に青色の瞳…1人だけ心当たりがあるけれど、苗字はあなたとは別のものだしどうなのかしら。」

 

「…お願いします、その人のことを教えてください。どれだけ小さな可能性だって潰したくはないんです。」

 

苗字が違うというのは気になるけど、偽名を使ったり、名前を変えたりしている可能性もある。理由は皆目見当もつかないけれど、なんにせよ髪と目の色が同じなら会ってみる価値はあるはずだ。

 

「ええ。彼女の名前は…十六夜咲夜だったかしら?去年の夏頃に赤い霧が幻想郷を覆う異変が起きたのだけれど、その異変を引き起こした首魁の吸血鬼の従者として仕えていたらしいわ。確かその時の新聞はとっておいたと思うんだけど…」

 

マーガトロイドさんは本棚に入っていたかごを取り出して、その中身を漁っている。あそこに新聞のバックナンバーを入れているようだ。

 

「あったわ、これよ。ほら、読んでみて。」

 

マーガトロイドさんが取り出した『文々。新聞』という変わった名前の新聞には、『紅い霧の異変が解決、首謀者の正体は吸血鬼』という見出しと共に、異変の首謀者、吸血鬼のレミリア・スカーレットと、その協力者についての大まかなプロフィールが載っている。

姉さんかもしれない十六夜咲夜という人のプロフィールを見てみる。身体的特徴は姉さんと殆ど一致、主な戦い方はナイフの投擲?やけに物騒だな。でも、思い出せば確かに姉さんが物を投げるのがやたらと上手だったな。あれは確か…伯父さんに貰ったダーツのおもちゃだっけ?姉さんが投げた矢は殆どど真ん中を射抜いていたし、お祭りの輪投げやストラックアウトなんかも上手だった記憶がある。

時間を止める能力っていうのは分からないけれど、僕の能力みたいに突然目覚めたのかもしれない。気にする必要はないかな。

 

「この十六夜咲夜って人、本当に姉さんかも。7割くらいはそんな気がします。」

 

「吸血鬼の館、『紅魔館』に行くにはこの森を抜けないといけないわ。妖怪が住んでいて危険だから、私が案内してあげてもいいんだけど…あなたが私と会った時に持っていたナイフ、あれって能力によるものよね?」

 

「能力…はい。僕の『光を操る程度の能力』です。光を物質にして操ることが出来ます。」

 

右手にナイフ、左手にボールを作って自分の能力の細かい概要を説明をする。

操ると言っても、実際に操作できるのは視界に捉えているものだけで、それも細かく操作できる訳じゃない。

重要なのは物質化する時の調整の自由度だ。鉄のような硬さでも、逆にゼリーのような柔らかさでも自由に調整出来る。他にも雪玉のように物に当たると粉々に砕けるようにしたり、花火のように爆発させ拡散させることも可能だ。

 

「なるほど…悪くない能力ね、弾幕への適正も高いでしょう。」

 

「弾幕?」

 

「幻想郷では人間と妖怪の差を最小限に抑えて争わせる為に、戦いのルールが設定されているの。」

 

マーガトロイドさん曰く、攻撃をする時には『スペルカード』という、所謂技名的なのを宣言する必要があり、その技は意味を持ち、美しさを伴った、回避可能なものである必要があり、相手の攻撃を受け続けて体力が切れるか、持ちうる全ての技を攻略されたら敗北。余力があっても戦闘を継続せずに負けを認めなければならないという。

この決まりは『スペルカードルール』と呼ばれ、スペルカードルールに則った戦いのことを『弾幕ごっこ』と呼ぶそうだ。

 

「物理攻撃禁止と明確には言われていないけれど、美しさを持たせる必要があるから弾幕を使って攻撃するのが一般的よ。」

 

「見た目重視の攻撃って事ですよね…一応、幾つかのイメージは出来ます。」

 

「そう?なら早速やりたいところだけれど…」

 

マーガトロイドさんが窓の外を見てそう言う。外で練習するのかな…うん?ソファから立ち上がろうとしたけど、バランスを崩して転んでしまった。起き上がろうとしても上手く力が入らない。

 

「あれ…?」

 

「あなた、ここ数日あまり眠れてないでしょ。自分で気付いてないみたいだけれど、会った時からずっとフラフラしてるわよ。」

 

確かに、社を探していた数日はまともに眠れていない。寝袋は買ってたけど、興奮してあまり眠れなかったのだ。

うむむ、まずいぞ。ここまでボロボロになっていたとは。自分で気付けなかったということは、かなり重症なのかもしれ……な………

 

「ちょっと、大丈夫!?…寝ちゃったみたいね。よく見るとこの子、中々可愛い顔してるわね。目の隈さえ取れたら完璧じゃない?ふむ…この子をモデルにしたらいい人形が作れるかも。男の子の人形も1つくらい作っておくべきよね。上海、スケッチブックと鉛筆持ってきて。蓬莱は…この子の服を洗っておいてくれる?」

 

まさか自分の身体が隅々まで調べられるとは夢にも思わず、望月藤也は安らかな寝息を立てるのだった。



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望月藤也編
スペルカードと弾幕ごっこ


「ん…ふあぁ……」

 

くぅ、よく寝た。驚くくらいに全身の疲れが取れたぞ。…あれ、昨日は何があったっけ。そうだ、確か当たりを引いて幻想郷に来れたんだ。それから…

 

「もしかしてこれマーガトロイドさんのベッドを借りてる状態なのではっ!?」

 

ベッドから飛び起きて横を見てみると、青い服の人形が驚いた表情で固まっていた。それから赤い服の方が僕が背負っていた登山用リュックを持ってきて、部屋に置くとすぐに出ていった。あの中には服も入ってるし、着替えろということだろ…うん?昨日着てたのとは違う服ということは…人形を使って着替えさせたんだろう。

服を着替えて部屋のドアを開けると、昨日マーガトロイドさんと話していた部屋に出た。

 

「おはよう、望月君。よく眠れた?」

 

「おはようございます、マーガトロイドさん。すみません、ベッドをお借りしてしまったようで。」

 

アリスさんは縫い針を持って何かを作っていた。人形だろうか?スケッチブックと睨めっこしながら丁寧に布を縫い合わせている。

 

「いいわよ別に。それと、マーガトロイドって呼びにくいでしょ?アリスで構わないわ。それじゃあ朝食を用意するから、座ってて。」

 

「あ、はい。ありがとうございます、アリスさん。」

 

うむむ、なんだかむず痒いぞ。早苗ちゃんは苗字を中々覚えられないまま定着したから名前呼びになったけど、早苗ちゃん以外の女性を名前で呼ぶなんて初めてだ。

アリスさんが座っていた場所の向かい側にある椅子に座って、青色の人形の動きを観察する。やっぱり浮いてるのと小さいのを除けばほぼ人間だ。

 

「お待たせ望月君。遠慮なく食べてちょうだいね。」

 

「はい!いただきます。」

 

トーストに目玉焼き、そして水差しの中の牛乳。典型的な洋食の朝ごはんだ。うん、このパン美味しい。バター要らないなこれ。お、マーマレードジャムあるんですか?ありがとうございます。

 

「ごちそうさまでした。」

 

最後のひと口を食べ切って、キッチンでお皿を洗おうと…うん?いつもの癖でやってしまったな。まあいいや、一晩泊めてもらった上に朝ごはんまで貰ってるんだし、これくらいはやらないと。

アリスさんにもう一度お礼を言ってからリュックの中身を整理する。

 

「アリスさん、昨日僕が着ていた服ってどうしました?」

 

「え?…ああ!服ね。外に干してあるわ。乾くのにはまだ時間がかかるかも。」

 

アリスさんが何故か目を逸らしてそう言った。出来るなら早く出発したかったんだけど…仕方ないか。

乾くまではどうしようか…えーっと…そうだ、弾幕だ。弾幕の練習をアリスさんに頼もう。

 

「…弾幕ごっこの練習?ええ、いいわよ。それじゃあ庭に出ましょうか。」

 

アリスさんの後に続いて家の庭に出る。…うお、昨日は気づかなかったけど、結構広い庭だな。かなり綺麗に整備されてる。

 

「まずは私が手本を見せるわ。避けるなり弾くなり、好きに攻略してみなさい。」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「操符『乙女文楽』!」

 

アリスさんが紙を持った手を翳して宣言する。そして、何体もの人形を操って、人形達から色とりどりのレーザーや光る弾を発射してきた。なるほど、これが弾幕か…!

とりあえず弾道を予測して隙を縫うように動き回るが、どう考えても走り回って避けるようなものじゃない。これを何回か繰り返すなんて絶対に体力が持たない。

 

「キントウン!」

 

光を物質化。柔らかさは座布団くらい、大きさは僕が脚を前後に広げても余裕があるくらい、そして雲のような形にして飛び乗る。物質化させた光に乗れば空を飛ぶくらいどうということはないのだ。

空を飛んで弾幕を掻い潜り、どうしても避けられそうになかった弾は生成した光の剣で弾く。

 

「余裕が出来たのなら反撃よ!あなたも宣言をしてから弾幕を展開するの!」

 

「はい!…光符『フラッシュショット』!」

 

光でカードを作って掲げた後、適当な1箇所に光の弾を作り、円状に拡散させる。これを数回繰り返せば、ある程度見れるものにはなるはずだ。

同じ攻撃を繰り返しつつアリスさんの様子を見ると…うん?随分と余裕を持って避けられている。よくあるタイプの弾幕なのかもしれない。

 

「いいわ、どんどん試しなさい!紅魔館に行くなら最低限戦える力を持つ必要があるわ!」

 

「明符『綺羅星サーカス』!」

 

野球ボールサイズの光の玉でジャグリングをした後、空高く放り投げる。そしてその玉を破裂させると、中から大量の小さな光の弾が出てきて、バラバラのスピードで落下していく。今度はナイフ(当たっても刺さらずに砕けるようにしている)を6本くらい作ってジャグリングして、アリスさんのいる方向を中心に扇状にして投げる。

この2つを交互に繰り返していく。アリスさんもかなり焦っているようだ。人形に盾を持たせて防いでいるのが見えた。

 

「斬光『光速剣舞』!」

 

光の剣を両手に持って、滅茶苦茶に振るいながら斬撃を飛ばしまくる。あ、駄目だこれ。目がまわる。

ちゃんと動きをイメージしてから再チャレンジ、前方180度を余すことなく切り裂いていく。飛んで行った斬撃は三日月のような形になってアリスさんに襲いかかる。

あ、アリスさんが対応し切れずに斬撃の1つに被弾して大きく弾き飛ばされた。

 

「くうっ…!」

 

「あっ、アリスさん!大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、こう見えて頑丈なの。…そのくらいの力があれば、魔法の森も問題なく抜けられると思うわ。」

 

「ありがとうございます!」

 

そうとなれば、早速出る準備をしないと。丁度服も乾いたのでそれを回収して、アリスさんの後に続いて家の中に戻ってリュックに詰め込む。

 

「アリスさん、色々とありがとうございました。」

 

「紅魔館は『霧の湖』の小島の畔にあるそうよ。霧の湖にはここから1番高い山が見える方角に飛んでいけば着くからね。それじゃあ、あなたがお姉さんに会えることを祈ってるわ。またね、望月君。」

 

「はい!また今度、お礼をさせてください。さようなら、アリスさん!…キントウン!」

 

最後に大きく頭を下げてから、光の雲を作り出して乗っかる。キントウンと叫ぶのは気分だ。そして、周りの木よりも高い場所まで浮き上がると…あれがその山か。圧倒的な高さだ。富士山よりも高いんじゃないだろうか?

とにかくあっちの方角に向かって飛べばいいんだ。高い山の方角にキントウンを進ませる。決して速いとは言えないスピードだけど、森の中を歩くよりは何倍もマシだろう。

 

 

──────────

 

 

ふむ、1時間くらい飛んだかな。時折妖精らしき小人がじゃれてくる以外はなんの問題もなく進んでいる。

 

「…うん?なんだありゃ?」

 

キントウンに座って進めていると、進行方向に…黒い…玉?みたいなのがふわふわと飛んでいるのが見えた。あ、森の中に落っこちた。気になる、ちょっと行ってみよう。

 

「えーっと、女の子?」

 

女の子だ。金髪のボブに赤いリボンをつけた女の子が地面とキスをしていた。

 

「ね、ねえ、大丈夫?どしたの?」

 

「うーん、お腹すいた。…あなたは食べられる系の人間?」

 

「………いや、食べられない系の人間だよ。あ、でもあんパンならあるよ。」

 

食べられる系の人間というのがどういう人間なのかは知らないけど、イエスと言ったら本当に食べられるかもしれない。多分この子妖怪だ。

リュックの中からあんパンを取り出す。昨日の朝にコンビニで買ったやつだ。袋を開けて女の子にあげる。

 

「そーなのか、食べられない系の人間だったのか。うお、なんだこれ、見たことないやつだ。食べていいのか?」

 

「うん、いいよ。僕は食べられない系の人間だからね。」

 

「ありがとお兄さん。それじゃあいただきまーす!はむっ…んぐんぐ…美味しいなこれ!でも足りないなあ。」

 

結構大きめのあんパンだったけど、女の子は一瞬で食べ切ってしまった。うーん…こうやって見てる限りじゃ普通の女の子なんだけどなあ。

 

「まあ、お腹すいて動けないってことはなくなったでしょ?それでまた食べ物を探したらいいよ。」

 

「…うん、そうする。えっとね、私、ルーミア。お兄さんは?」

 

「僕は望月藤也。またね、ルーミア。」

 

「んー…覚えた。またな、とうや。」

 

もう一度キントウンに乗ってルーミアに別れを告げる。そう言えばあの黒い球体、正体はルーミアだったけど、結局どういうものだったんだろう。…もしかしたら、ルーミアは僕の天敵だったのかもしれない。

 

 

──────────

 

 

「なるほど、ここが霧の湖か。」

 

ルーミアと別れてから30分くらい飛んだら、濃霧に包まれた湖に出た。霧の湖っていう名前のままだったわけだ。しかし上空から見下ろしても何も見えない。これは下に降りた方がいいかもしれないな。キントウンの高度を下げて飛び降りてから掻き消す。

 

「っ!」

 

後ろから何かが飛んでくる気配を感じたから前に跳んで躱し、ナイフを構えて後ろを向く。

 

「誰!」

 

「ちっくしょー!外した!カンペキにフイを突いたつもりだったんだけどな。」

 

「確かに今のは完全な不意打ちだったと思うけど…あれに反応できるのすごいな…うん、やめとこチルノちゃん。多分あの人強いよ?」

 

「大丈夫だ大ちゃん!今はまだ冬だから強くなってるし、それにあたいはサイキョーだしな!」

 

何かが飛んできた方向にいたのは、ルーミアより小さい青髪と明るい緑髪の女の子だった。背中に生えてる羽を見る限りじゃ妖精っぽい。

 

「えっと…君たちは?」

 

「あたいはチルノ、幻想郷サイキョーの妖精だ!」

 

「わ、私は大妖精です。皆は大ちゃんって呼んでます。」

 

ふむ、多分さっきの攻撃をしてきたのは青髪のチルノって子だろう。背中の羽がちょっと角張ってる。氷かクリスタルか、そんな感じだ。

 

「あたいが名乗ったんだからあんたも名乗りなさいよ!」

 

「え?ああ、うん。僕は望月藤也。紅魔館に用事があるんだけど…」

 

「コーマカン?ああ、あの真っ赤っかなとこね。いいわ、あたいに弾幕ごっこで勝ったら案内してやる!いくぞ!氷符『アイシクルフォール』!」

 

「えっ、ちょっといきなり!?」

 

まずい、とりあえずキントウンを出して乗って…あれ、弾幕が全然来ないぞ。チルノは確かに氷の弾幕を出してるんだけど…後ろから来るのか?…いや、普通に向こうに飛んでいってる、こっちに来る気配は一切ない。

 

「おりゃりゃりゃりゃ!なかなかやるな、もちづきとうや!」

 

チルノは攻撃することに夢中で目の前の大きな隙に気付いていない。

…もしかしてこの子、頭弱いのでは?

 

「光符『ライトニングスパーク』。」

 

試しに目の前でパワー偏重の攻撃を用意する…気付かない。まあいいや、このままぶっぱなそう。

 

「はあっ!」

 

「え、ちょっ…」

 

チルノが光のレーザーに飲み込まれて吹っ飛ばされる。液体をイメージしてぶっぱなせばこういうビーム擬きも出せる。本当に便利な能力だ。

レーザーを止めると…チルノは跡形もなくなってしまった。

 

「やばいやばいやばいやってしまったあああああ…」

 

なんで威力を調整しなかったんだ。性質を水っぽくしてるからといって、強くぶつけたら死ぬに決まってるだろどうするんだこれ…

 

「あ、あの…」

 

「な、何…?大妖精ちゃん。」

 

「大ちゃんでいいですよ。…そうじゃなくって、私たち妖精は自然現象みたいなものなので、チルノちゃんも数時間すれば復活するので大丈夫です。もちろん、記憶もそのままです。」

 

「はえ…そ、そうだったのか…ごめん、大ちゃん。」

 

はあ、滅茶苦茶焦った…復活か。自然現象のようなものね…幻想郷では外の常識は通用しないと考えるべきかもしれない。

 

「えー…一応は勝ったわけだけど、約束した当人が消えちゃったから…大ちゃん、案内お願いできる?」

 

「はい、紅魔館ですね。ついてきてください。ごめんなさい、望月さん。チルノちゃんに付き合わせてしまって。」

 

「大丈夫だよ。弾幕ごっこの練習はやっときたかったし。…技を試すだけになっちゃったけど。」

 

どっちかというと躱すほうを練習したかった。うーん、わざと後ろに下がって練習したほうがよかったかもしれない。

大ちゃんの後ろについていくと、深い霧の中にぼんやりと赤い影が見えてきた。

 

「あれが紅魔館です。正面入口は反対側だったと思います。」

 

「驚くほどに赤一色だね。ありがとう大ちゃん、またね。」

 

大ちゃんと別れてから紅魔館に近づく。ふむ、紅魔館の周りは霧が晴れているみたいだ。赤色…いや、紅色かな?紅一色であることを除けば、豪華な洋風のお屋敷といった感じだ。新聞に載っていた建物の外観とも一致している。

どうやら館への入り口とはほかに、敷地内への門があるようだ。不法侵入はいただけないし、大ちゃんが言ってたように正門の方に移動しよう。

 

「あの人が門番さんかな?」

 

正門の横に、赤い長髪の女性が立っているのが見えた。よし、十六夜咲夜さんに合わせてもらえるよう交渉しよう。

 

「あのー、すみません。…うん?」

 

「…ぐぅ。」

 

返事がない、ただのしかば…じゃなくて、寝ているようだ。…本当に門番だよね?この人。困ったな、起こそうにも女性の体に触れるのには抵抗がある。よし、光の玉を投げつけよう。硬さは軟らかめに、ぶつかったら砕けるようにして…これなら痛くても痕にはならないだろう。

 

「それじゃあ、そぉーれぇっ!?」

 

光の玉を投げつけようとしたその瞬間、どこからともなく銀のナイフが現れて門番さんに向かって飛んでいく。危うく門番さんの額に刺さるところだったけど、間一髪のところで門番さんが反応してナイフを指で掴んだ…指で!?

ナイフが飛んできた方向に振り向くと……あ…………

 

「美鈴、貴女また居眠りして…お客様、ご用件は…!あな…たは…うっ、あた…ま……が…」

 

「っ!姉さん!」

 

そこに立っていた女性が気を失って倒れそうになったのを受け止める。銀色の髪に青い瞳、十六夜咲夜さん。

間違いない、この人は姉さんだ。



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紅の館

「あなたは、もしかして…私についてきてください、すみませんが、拒否権は与えられません。」

 

やっと姉さんに逢えたのに、一体何が…動揺しちゃダメだ。姉さんに逢えたんだ、しっかりしないと。姉さ…いや、まだ確定はしてない。十六夜咲夜さんをキントウンの上に慎重に寝かせてから門番さんについて行く。

十六夜咲夜さんをメイド服を着た妖精に預けた後に門番さんに連れていかれたのは、館の奥にある大きな扉の部屋だ。門番さんは扉をノックする。

 

「美鈴です。至急ご報告すべき事態が発生しました。」

 

「入って。」

 

門番さんの後に続いて部屋の中に入る。部屋の奥にある背の高い豪華な紅い椅子には、青みがかった銀髪の、蝙蝠のような翼が生えた小さな女の子が座っていた。しかし、その姿を目に入れただけで伝わる威圧感のようなものが、それがただの女の子ではないと知らしめてくる。

 

「その男は?」

 

「つい先ほどここを訪ねてきた少年です。…咲夜さんが彼を見た途端、頭の痛みを訴えた後に気を失ってしまいました。」

 

「…そう。貴方、名前は?」

 

翼の少女は少し考えた後、僕に質問を投げかけてきた。

 

「…望月藤也です。外の世界から来ました。」

 

「望月藤也、ね。どうして紅魔館に?」

 

「十六夜咲夜さんに用事がありました。」

 

「ふうん?…それはあの子が貴方のお姉さんだと思ったから、かしら?」

 

「っ!…はい。」

 

この女の子、一体何者なんだ?新聞に載っていた夏の異変とやらの黒幕、レミリア・スカーレットその人なのだろうが。そういう話ではない。

 

「まずは答え合わせ、ね。…正解よ、あの子は貴方のお姉さんで間違いないはずよ。」

 

「そうですか…やった…!」

 

やっぱり僕の勘は間違ってなかった。表には出さずに心の中でガッツポーズをしていると、翼の少女にくすくすと笑われてしまった。顔に全部出ていたみたいだ。

 

「ふふふ、貴方がお姉さん想いなのはよく伝わったわ。ただ…あの子は1年と半年ほど前、この幻想郷に迷い込んでしまってね。私の気まぐれで助けてあげたのはいいけれど、あの子は幻想郷に来る前の記憶を失ってしまっていたの。」

 

「そんな…」

 

「私はあの子に十六夜咲夜という名前を与えて、彼女の希望もあってメイドとして雇っていたのだけれど。…自分の名前すら思い出せない状態なのに、大切な弟がいたことだけは覚えていたのよ。」

 

「姉さん…!」

 

「ああ、もう!そんな泣きそうな顔しないの!男の子でしょうが!」

 

「は、はいっ!すみません…」

 

泣きそうになっていたところを翼の少女に怒られてしまった。見た目精々9歳か10歳の少女に怒られるのは我ながら恥ずかしい。

 

「そんな状態で貴方に会ったからあの子は倒れちゃったのでしょうね。多分、あの子の脳は、貴方のことを思い出そうと必死に記憶を掘り起こしているわ。だから、あの子が目覚めるまではここにいてあげて。…というわけで、知っているとは思うけれど自己紹介させてもらうわ。私はレミリア・スカーレット。紅魔館の主にして、偉大なるヴラド三世の末裔。名前で呼んでくれて結構よ。」

 

「私は紅美鈴、中国出身の妖怪です。ここの門番兼庭師ですね。私のことも美鈴とお呼びください。」

 

「はい、僕は望月藤也、人間です。よろしくお願いします、レミリアさん、美鈴さん。」

 

「ええ、よろしくね。貴方はあの子の記憶を取り戻す為の鍵よ。好きなだけ寛いでいってちょうだい。」

 

 

──────────

 

 

紅魔館に来てから5日が経った。姉さんは未だに目覚めない。地下にある図書館で、パチュリー・ノーレッジさんという魔女が記憶喪失を治す薬を調合しているけれど、手順が複雑過ぎて中々成功しないみたいだ。

僕も何もせずに居候するのは居心地が悪いので、微力ながら家事の手伝いをしている。

 

「しっかし、広いな!」

 

料理は苦手だから廊下をモップがけしてるけど、その廊下がとにかく長すぎるのだ。一度モップがけを中断して庭に出てみるけど…どう考えても外観に比べて中が広すぎる。どうなってるんだ…?某赤帽子髭男の無限階段じゃあるまいし。

 

「あれ?藤也さん、どうしたんですか?」

 

「美鈴さん、いや…広すぎませんか?紅魔館の中。」

 

「ああ、言ってませんでしたね。紅魔館の内部は咲夜さんの能力で空間を拡張してるんですよ。」

 

「姉さんの?えっと…新聞には姉さんの能力は時間を止めるものだって書いてたんですけど。」

 

「正確には『時間を操る程度の能力』ですね。私もよく分かんないんですけど、能力の応用で空間も弄れるらしいですよ。詳しくはパチュリー様に聞いてください。」

 

「遠慮しときます。」

 

パチュリーさんは苗字のノーレッジが示す通りに知識の塊だけど、代わりに必要な情報を簡潔に纏める能力が不足している。一昨日もちょっとした質問で1時間くらいの答えが返ってきたのだ。

とにかくパチュリーさんに質問するのはやめといた方がいい。大人しくモップがけに戻ろう。

 

「よっ…ほっ…っと。はあ、やっと終わった。」

 

その後数時間かけてようやく3階部分のモップがけを終わらせた。一応妖精メイドと協力はしたけど、彼女たちの大半は遊び気分で掃除をしているのか、あまり役に立たなかった。…姉さんは一体紅魔館全体のどれだけをカバーしていたんだろうか。そして、姉さんが来る前は…広くなってないのか。それでも妖精メイドだけで手が回るとは到底思えないけど。

 

「あ、藤也くん!お疲れ様です!こっちも終わりましたよ!」

 

「こあさん、お疲れ様です。大変だね、この館の掃除。」

 

パチュリーさんの使い魔、こあさんこと小悪魔さんが汗を垂らしながら雑巾片手にやってくる。普段はパチュリーさんの助手として図書館の整理とかをやっているらしいけど、姉さんが倒れてしまったので一時的に窓拭き係兼臨時料理長として働いている。

 

「本当ですよ…パチュリー様に扱き使われてる方がまだ楽です。これから晩ごはんも準備しなきゃなりませんし。そもそも藤也くんはゆっくりしてていいんですよ?」

 

「うん、知ってるけど…僕が自分からやってるからね。大丈夫だよ。」

 

元々、何かをしてないと落ち着かない性格で、客人として扱われてはいるけど、適当に館内をブラブラするよりはこうやって手伝いをしていた方が落ち着くのだ。

 

「でも、今日はこれで終わりかな。今から4階をやると終わるころには日付が変わっちゃうし。…そういえば、レミリアさんって吸血鬼なのに昼に起きてるんだね。」

 

「幻想郷でのイベントは大体日中に起こりますからね。意図的にずらしてるんじゃないですか?」

 

ふむ、なるほど。今日までレミリアさんと話してみた感じでは、レミリアさんはどっちかというとイベントは見かけたら傍観して楽しむ程度の人…吸血鬼だと思ったんだけど、意外と積極的に参加する人なのかもしれない。

そう話してみたら、こあさんは何も言わずに苦笑した。…うん?どういうことだ?レミリアさんは落ち着いた雰囲気のクールな吸血鬼じゃないの?

 

「レミリア様、藤也くんの前ではまだボロを出してないみたいですねー。まあ、あと一週間も経ったら気付くかな?」

 

「?」

 

「いやあ、なんでもないですよ。それじゃあ私は厨房の方に行ってきますね。」

 

こあさんが何か言ったような気がしたけど、よく聞こえなかった。…わざわざ小声で言うくらいだし、大したことじゃないだろう。

ふむ、微妙に時間も余るし図書館に…やめておこう。昨日なんとなく取った本が妖魔本とかいうやばい奴だったし。パチュリーさんがなんとかしてくれたからいいものの、昨日の今日でまた迷惑をかけるわけにもいかない。部屋でゆっくりしとこう。

 

「…あの子は?」

 

そういう事で貸してもらってる部屋に戻ったのはいいけど、部屋の入口の前にレミリアさんと同じくらいの背丈の女の子が立っていた。金髪のサイドテールに赤い瞳、何よりも背中に生えた、枯れ木に宝石をぶら下げたような翼が特徴的だ。

 

「…お兄さん、だあれ?」

 

「…望月藤也。十六夜咲夜の弟だよ。君は?」

 

「私はフランドール・スカーレット。レミリア・スカーレットの妹。」

 

レミリアさんの妹?妹がいたなんて話は聞いていないけれど。…しかし、この金髪の吸血鬼から感じる違和感はなんだ?容姿や立ち振る舞いを見る限りは儚げで神秘的だけど、それと同時に途轍もない危機感が…とにかく、『ヤバい』という感覚が背筋を伝う。

 

「フランドール…さん。その部屋に用事があったの?その部屋は僕がレミリアさんに貸してもらっている部屋なんだけれど。」

 

「やっぱり?そうだったんだ!私ね、紅魔館にお客さんが来てるのはわかったんだけど、お姉様に聞いたってなにも教えてくれなかったから、前まで使われてなかったのにベッドとかが置いてあったこの部屋で待ってたら会えると思ったの!あとね、フランでいいよ!」

 

さっきまでの雰囲気は何処へやら、今度は太陽のように明るく快活な表情でこっちにグイグイと迫ってくる。それと同時に『ヤバい』感覚が表に出てくる。

 

「そ、それじゃあフランは僕に用事があったんだね。どうしたの?」

 

「うん、ひとつお願いがあって来たの!」

 

「お願いか。僕にできることなら構わないけど…」

 

「やった!それじゃあ…一緒に遊びましょ?」

 

視界は赤い弾幕に覆われた。



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いきなりextra

「っち!」

 

飛んでくる弾幕を光の盾で防ぐ。まさかとは思ったけどやっぱりこれか!要するに、フランにとっての()()は弾幕ごっこ…というより、血みどろの戦いなのだろう。正に吸血鬼といったところだ。

盾はあっという間に砕け散った。…この能力は日光か月光が届いてる場所じゃないと十全の力を発揮できない。使えはするけど脆くなるのだ。

 

「アハハハハ!」

 

「光符『ライトニングスパーク』!」

 

多少被弾しながらもレーザーで反撃する。まあ、手応えはない。当たったとしても、大したダメージにはならないだろう。くそっ、どうすればいいんだ。

このまま勝つ?無理だ。アリスさんとの練習を除けば最初の弾幕ごっこなんだ。勝てるだけの力も経験もない。チルノ?あれは()()()の内には入らないだろう。

逃げる?それも無理だ。背中を見せられるような隙はないし、応戦しながら後退しても僕の体力が先に尽きる。

適当にやって負ける?命の保証がない。

 

「禁忌『クランベリートラップ』!」

 

「キントウン!」

 

とにかく、この場を乗り切る方法を考えないと。弾幕を小出しにして牽制しながら考える。図書館、厨房、正門、レミリアさんの部屋、何処もここからじゃ遠いし、偶然誰かが気付いて加勢っていうのは望みが薄い。唯一可能性があるのは『気を使う程度の能力』を持つ美鈴さん。七つの竜の珠を集める漫画みたいなことができる能力で、気配の察知とかもできるわけだけど、この時間帯はほぼ確実に正門前で寝ている。

つまり、僕にできるのはひたすら耐え凌ぐことだけだ。

 

「光符『フラッシュショット』!」

 

フランを囲むように四方八方から弾幕を展開するが、フランが捻じ曲がった杖みたいなものを振っただけで掻き消されてしまった。…紅魔館の特徴である窓の少なさと僕の能力の相性が悪すぎる。

 

「きゅっとして…」

 

うん?フランが天井に向かって手をかざした。ヤバい、絶対に何かが起こる。

 

「ドッカーン!」

 

フランがかざした手を握り潰すと、天井が突然崩壊した。フランの能力かな…滅茶苦茶だ。崩れ落ちてくる瓦礫を避けながら上の階に逃げる。どうしても避けられない瓦礫はハンマーを作ってぶっ壊す。一回叩いただけでハンマーは壊れてしまうけど、何度も作ればいいだけなので問題ない。

 

「まだまだ行くよっ!禁忌『レーヴァテイン』!」

 

同じく天井の穴から飛び出してきたフランが、赤く燃える巨大な剣を振り下ろす。身体を捻ってギリギリ回避したけど、剣が振り下ろされた床には大きな亀裂が走っていた。…これに当たったら死ぬ、間違いなく。

 

「くそったれ、陽符『クレイジーサンライト』!」

 

周囲の光を凝縮させて物質化。それをフランに向かって放り投げ、物質化を解除。凝縮されていた光が解放され、拡散したところを再び物質化する。弾速はもう銃弾のそれだから人間に当たると死ぬけど、フランは吸血鬼だから大丈夫であってほしい。

 

「アッハハハ!面白い面白い!もっと沢山遊びましょ!禁忌『フォーオブアカインド』!」

 

「…本当に、なんでもありだね。幻想郷。」

 

僕の弾幕を受けて血を流しながらも、狂ったように笑うフランが次のスペルカードを宣言する。すると、フランが4人に分身して別々の弾幕を放ってきた。傍にあった瓦礫に身を隠してやり過ごそうとしたけど、その瓦礫を『きゅっとしてドカーン』されて破片と弾幕の二重攻撃を食らう。

 

「…このやろっ!」

 

苦し紛れの弾幕を展開してフランを狙う。少しでも回避か防御に意識を持っていかせたい。攻撃に集中され続けると、時間を稼ぐことすら儘ならない。

 

「うわっと…あれ、とーや?どこいっちゃったの?」

 

光を操って屈折させることで姿が見えないようにする。…ふう、咄嗟の思い付きだったけど、なんとか成功した。凝視すれば見えるかも知れないけど、少なくとも4人のフラン達は僕を見失って弾幕を止めた。

このまま逃げたいけど、そうしてフランの機嫌を損ねたら、より悪い状況になりそうだ。今やるのは、呼吸を落ち着かせて、死なないための方法を考えるだけ。すぅ…はあ…よし、再開だ。

 

「斬光『光速剣舞』!」

 

フランを中心に、姿を消した時とは反対側に移動してからスペルカードを宣言、2本の剣で放つ光の斬撃で4人のフランを同時に狙い撃つ。流石のフランも一瞬だけ反応が遅れて、4人のフラン全員に斬撃が命中して、その内3人が煙になって消えた。不意打ちだけど許して欲しい、この戦い自体不意打ちで始まったんだから、おあいこだ。

 

「アハッ、凄いよとーや。マリサの時より楽しいかも!」

 

「こっちはもうヘトヘトなんだけど…まだやる?」

 

「もちろん!禁忌『カゴメカゴメ』!」

 

キントウンに乗ってフランの弾幕に備える。今度は黄緑色の弾幕が網目状に展開されて、まるで巨大なジャングルジムだ。

 

「それっ!」

 

フランは僕に向かって大きな弾を放ち、その弾に煽られるように網目状の弾幕が崩れていく。大型弾に当たらないようにしながら崩れていく弾幕にも対処する。フランは間髪入れずに格子状の弾幕を追加、大型弾も一度に3発撃ってきて、ジャングルジムがぐちゃぐちゃに崩れていく。

あっ、回避が間に合わない。出しっぱなしにしていた光の剣で、格子を形成していた黄緑色の弾は掻き消したけど、大型弾に正面から当たってしまった。被弾した衝撃で壁にぶつかるまで吹き飛ばされる。

 

「うぐ…げほっ、げほっ…」

 

「…はっ!私…?」

 

咳込むときに口元を押さえた手が血に塗れる。まずいな、もうボロボロだ。これ以上続けると死んでしまう。いや、このまま治療しないと、その内死にそうだ。

 

「こ、降参…僕の負けだ。これ以上やると僕が死んじゃう。」

 

「えっと……分かった。じゃあ、私の勝ちね。」

 

諸手を挙げて降参すると、フランは拍子抜けするほどにあっさり降参を受け入れてくれた。…パチュリーさんの所に行かなきゃ…死ぬ…死ぬ…うっ。

 

「と、とーや!?えっと…パチュリー!図書館に運ばなきゃ!」

 

 

──────────

 

 

「貴方、馬鹿なの?今生きてること自体奇跡なのよ。妹様と()()()四肢が無事だった人間なんて今まであの忌々しい白黒だけだったのに。はい、これ飲んで。」

 

医療用ベッドに寝かしつけられて、パチュリーさんの静かな説教を受けながら、治療薬らしい緑色の液体を口にする。みるみるうちに、それこそ恐ろしいほどまでに素早く全身の痛みが引いていく。めっちゃ不味いけど。

 

「パチェ!さっきフランが来て藤也と遊んだって聞いたんだけど…藤也!よかった、無事だったのね!」

 

レミリアさんが部屋の中に飛び込んでくる。ドアの向かい側の壁スレスレでブレーキをかけたあたり、全速力で飛んできたのだろう。フランと遊ぶことはそこまで危険だということだ。

 

「あはは、すみません。ご心配をかけてしまって。」

 

「…いいわよ、貴方が五体満足で生きているならそれだけで万々歳よ。貴方に何かあったら咲夜に申し訳が立たないもの。それに、フランのことを伝えてなかったのはこっちのミスだしね。」

 

「レミィ、素が出てるわよ。この子の前では威厳を見せるんじゃなかったの?」

 

「もういいわよ、家事は手伝ってもらってるし、フランの相手までさせちゃったしね。他所様に対する態度じゃ逆に失礼ってもんだわ。」

 

今のレミリアさんにこの前のような厳かなオーラはない。こっちが自然体のレミリアさんなのか。こあさんが苦笑していた理由はこれだったのか。

 

「フランは生まれながらに狂気を持っていたの。それに加えて『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。

フランの暴走による甚大な被害を危惧したお父様はあの子を地下に閉じ込めて、狂気を鎮める為に様々な実験を繰り返したわ。閉じ込められたストレスのせいで却って狂気が悪化しちゃったけど、狂気が治ればそれも全て解決するはずだった。

お父様が病死した後も私がその実験を受け継いで、パチェと一緒に実験を続けたのだけれど…結局狂気を鎮める方法は見つからなかったわ。」

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』…あの『きゅっとしてドカーン』の正体はそれか。ありとあらゆるもの…ということは、もしかして僕の肉体そのものが破壊されるかもしれなかった?

背筋が凍る僕を他所に、パチュリーさんが続けて説明する。

 

「ならどうするか。残された方法は、妹様が自ら狂気を制御するというものだけだった。だけれど、外の世界は妹様にとって脆すぎる。あっちで妹様を解放したら数万人の死者が出かねない。

そんな時、狙ったようなタイミングで幻想郷への移住を提案してきたスキマ妖怪の話に乗って、幻想郷に来たタイミングでレミィは地下室の封印を解いて妹様を解放した。最初は大変だったわ。怒り狂った妹様を止めるのに何度この建物が崩壊したかはわからないし。

今となっては随分と落ち着いたけれど、突発的に狂気に囚われることがあるわ。…今日のようにね。」

 

「ほんと、わからないのよね。この間フランにそれとなく聞いたんだけど、狂気に囚われるときも、元に戻るときも本当にいきなりらしいのよ。さっきも藤也が被弾して吹っ飛んだときに正気に戻ったって言ってたわ。」

 

「一応、自覚はあるみたいなんだけどね。狂気に囚われいるときの記憶も朧気ながら残ってるらしいわ。」

 

「…フランに悪気はないってことですよね。それなら大丈夫です。」

 

長い話は苦手だ。嫌われて殺されかけたんじゃないのなら、今はそれでいい。…生き延びて安心したせいか、疲れがどっと押し寄せてきて瞼が重くなってきた。

 

「ふあ…パチュリーさん、寝ちゃっていいですか。」

 

「まだ夕方5時だけど…まあ、妹様とやりあったのなら無理もないわね。おやすみなさい。」



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白黒の本泥棒

「……退屈だな。」

 

フランと()()()次の日、紅魔館の修復に美鈴さんが借り出されたので門番の代理を買って出たけど、まあ誰も来ない。美鈴さんがいつも寝てる理由が分かる。

それにしても、3月の中頃にしては随分と寒いな。まだまだ分厚い上着や手袋が必要だ。

パチュリーさんによると、数ヶ月前から図書館の本が目当ての泥棒が来るようになったらしい。外見と名前は聞いているから、その人が来たら門前払いするように言われている。

 

「うーん…ここで真っ直ぐ狙って…いや、違うな。」

 

あまりにもやることがないので、新しい弾幕について考える。手札は多い方がいいだろう。

…うん?魔法の森の方から何かが飛んでくる。あれは…人?かなりのスピードだ。進んでる方向からしてこっちに向かってるのは間違いなさそうだ。…門の前で止まりそうにない。

 

「止まってください。」

 

「痛ぁっ!」

 

とうとう門番を無視して侵入しようとしてきたので光の壁で門より上を塞ぐ。猛スピードで突進してきた侵入者は壁に正面からぶつかって落ちてきた。

 

「お客様、ご用件をどうぞ。」

 

金色の長髪にリボンを付けた三角帽、黒いスカートの上に白いエプロンを身に着けた、正に魔法使いといった感じの服装の少女が立ち上がる。おまけに箒に乗って飛んでいたらしい。

 

「んだよ、今日は居眠り門番じゃねえのか。あー…パチュリーと会う約束をしてるんだ。通してくれねえかな。」

 

そういえばこの少女、パチュリーさんから聞いた泥棒と同じような容姿をしている。

 

「パチュリーさんにですか。本人に確認を取りますのでお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」

 

「…魔理沙だ。霧雨魔理沙。」

 

ふむ、クロだ。容姿、名前、どちらも一致した。残念ながら帰ってもらう必要があるだろう。

 

「残念ですが、本泥棒を紅魔館に入れないように言われているので。申し訳ありませんがお引き取りいただけないでしょうか。」

 

「泥棒?い、言い掛かりはよしてくれよ。私は泥棒なんてしてないぜ。ただ少しの間本を借りてるだけだ。」

 

「本人の許可無しに勝手に借りていくのは泥棒と同じでは?お引き取りください、泥棒にくれてやる本など無いとのことです。」

 

「ちっ、真面目ぶりやがって!そこまで言うなら強行突破してやる。お前、門番任されるくらいだし弾幕できるんだろ?」

 

面倒くさいなあ、昨日の疲れがまだ残ってるのに。それに、泥棒が相手なら礼儀正しく接する必要もないか。疲れるだけの敬語はやめにしよう。

 

「…いいよ、受けて立とう。その代わり、こっちが勝ったら大人しく帰ってもらうからね。」

 

「やっと薄気味悪い仮面を外したな。やれるもんならやってみろ、恋符『マスタースパーク』!」

 

こっちは門番として体面を取り繕っていただけなのに、薄気味悪いとは失礼な泥棒だ。

 

「光符『ライトニングスパーク』!」

 

同時に放った極太のレーザーが激突する。こうなったら力の押し合いになるわけだけど…ふむ、これは勝てそうにないな。一旦攻撃を切って相手のレーザーを回避する。脚に少し掠ったけれど、大したダメージじゃない。

 

「へえ、分かってるなお前。やっぱり弾幕はパワーに限るぜ。」

 

「弾幕初心者だからはっきり言えないけど、弾幕はテクニックだと思うよ。光符『フラッシュショット』。」

 

少なくとも、アリスさんの人形を使った弾幕はテクニックの賜物だろう。フランは…パワー7のテクニック3くらいだろうか。まあ、人それぞれだ。

僕の放ったスペルカードはいとも簡単に攻略されてしまった。円状に拡散する弾を出す頻度を3倍くらいにした上に、広がるスピードもバラバラにしたんだけどな。

 

「前言撤回、分かってないなお前。弾幕ってのはこうやるんだよ。魔符『ミルキーウェイ』!」

 

「キントウン。」

 

霧雨魔理沙を中心に展開される中型弾に、左右から来る星型の弾幕。キントウンに乗り、中型弾の動きに合わせて霧雨魔理沙の周囲を飛び回りながら左右の星型の弾を避ける。

 

「明符『綺羅星サーカス』!」

 

星型の弾か。いいね、パクろう。あっちは五芒星だが、こっちは金平糖のような星型の弾を出してジャグリング。空高く放り投げて小さな星の雨を作り出す。そして間髪入れずにナイフをジャグリング、霧雨魔理沙に向かって投げつける。

 

「おいおい、本当に弾幕初心者か?普通に本来の門番よりも上手いぞ。」

 

「余裕の表情で避けながら言われたって説得力ないね。」

 

4度目のナイフを投げつけるが、霧雨魔理沙はものともしない。器用に箒を乗りこなして弾幕の隙間を縫っている。

 

「こっちは前の異変解決に貢献した1人なんでね。踏んだ場数で言えばトップクラスだぜ。魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

色とりどり星型の弾幕が渦巻状に広がっていく。…なるほど、弾幕の美しさというものがやっと正確に理解できた気がする。

前の異変解決に貢献した…か。もしかしたら紅魔館の他の皆とは戦ったことがあるのかもしれない。そう言えばフランも霧雨魔理沙の名前を口にしていた気がするし、パチュリーさんが言っていた、フランと遊んで四肢が無事だった忌々しい白黒というのも彼女なんだろう。

 

「いい加減、諦めて…帰って…くれないかな!」

 

「やだね、帰ってほしけりゃ勝てっての!」

 

そろそろ疲れてきた。体力的な問題じゃなくて、能力を使いすぎたせいか頭がクラクラしてきたのだ。視界もぐちゃぐちゃに曲がってるし、吐き気もする。仕方ない、次の一発で無理だったら降参しよう。

 

「陽符『クレイジーサンライト』!」

 

当たると砕けるようにしてから凝縮した光を解放する。これなら当たっても死ぬことはないはずだ。

 

「うわっ、こいつは…わっ!」

 

手練の霧雨魔理沙も、滅茶苦茶に散らばる弾幕は避けられなかったみたいだ。弾に打たれて落ちていく様子が辛うじて見えた。

 

「はあ…はあ…もう、終わりにしてくれない?」

 

「いや、私はまだ…おまっ、大丈夫か!?顔が滅茶苦茶青くなってるぞ!」

 

「も、戻って…休めば…もん…だ…い…な……」

 

「お前どんだけ無茶したんだ…仕方ないな。お前のクソ根性に免じて、今回は私の負けにしといてやるよ。」

 

 

──────────

 

 

「…本当に、馬鹿なの?妖怪本の件も含めると私は貴方を3日連続で介抱してるわけだけど。」

 

「面目ないです…」

 

どうやら僕はあの後、魔理沙に担がれてパチュリーさんの元に運ばれたみたいで、昨日に続いて2回目のパチュリーさんの説教を受けていた。

 

「持ってる能力を行使する力には限界があるの。自分の限界と現在の状態、両方を把握出来るようになっておきなさい。」

 

「あのね、パチェ。自分の能力の限界ってのを客観的に把握するのはほぼ不可能なのよ?」

 

一緒に診てくれていたらしいレミリアさんが紅茶を口にしながらパチュリーさんに文句を言う。疲れているという感覚は分かっても、あとどれくらい動いたら力尽きるのかは分からないということだろうか?

 

「別に正確に把握する必要はないわ。今回みたいに、限界ギリギリなのを分かっていながら能力を使ったりとか、そういうのをやめてって言ってるの。藤也君、分かった?」

 

「はい、以後気を付けます。」

 

日に日にパチュリーさんの半目に籠る威圧感が強くなっている。どうやら僕は自分で思っている以上に、無茶をしてしまう性格だったようだ。

 

「そこまで能力を酷使すると回復には時間がかかるわ。取り敢えず、今日と明日は能力を使わないこと。」

 

元々、弾幕と空を飛ぶとき以外では無くても困らないような能力だ。2日程度使わなくても不便はない。

 

「…それと、記憶を取り戻す薬も明日に完成するわ。咲夜にかける言葉を考えときなさい。」

 

「…!はい!」

 

パチュリーさんはそのまま部屋を出たが、扉を閉める前に顔だけこっちに出してそれだけ言い残した。

明日か、姉さんは僕のことを思い出してくれるだろうか?



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目覚めの時

「それじゃあ、飲ませるわよ。」

 

僕が本泥棒と戦った次の日、姉さんを寝かせている部屋にパチュリーさん、レミリアさん、僕の3人で集まって、パチュリーさんが姉さんの口に透明の液体をゆっくりと流し込む。あれが記憶を取り戻す為の薬なんだろう。

 

「…パチェ、大丈夫なの?目覚める様子がないけれど。」

 

「薬が作用するのに2分、そこから実際に記憶が戻って目が覚めるまで最短で5分、最長だと15分程度ね。記憶の復元に関してはまだ不明確な部分も多いから、時間差についての説明はできないわ。」

 

「そう、ちゃんと目覚めるのなら安心ね。…前の記憶が戻る代わりに、紅魔館での記憶が無くなったりしないわよね?」

 

「大丈夫よ、記憶を失った後に培った記憶が無くなることはないわ。…本人は混乱するでしょうけどね。自分の名前が2つあるんだから。」

 

…言われてみれば、姉さんは記憶が戻ると、『望月』と『十六夜』の2つの名前を持っていることになる。僕は姉さんがどっちを名乗っても『姉さん』って呼ぶからあまり関係ないかもしれないけど、姉さんがもし望月を選んだらレミリアさん達は大変だろう。

 

「咲夜が十六夜の方を選んだら、貴方も姓を十六夜に変える?」

 

「いえ、僕は姉さんがどっちを選んでも望月藤也のままですよ。苗字がちょっと違うくらい、どうってことないですからね。」

 

パチュリーさんが魔法で出した紅茶を飲みながら姉さんが目覚めるのを待つ。その間、僕が外の世界での姉さんについて話して、レミリアさんが紅魔館での姉さんのことを色々と教えてくれた。

 

「…つまり、姉さんの時間が周囲の時間のスピードよりも速くなっている時には瞳が赤くなるってことですか。目が充血してるわけじゃないんですよね?」

 

「それは無いと思うわ。充血するにしても、瞳だけが赤くなるなんてのはありえないでしょ?その辺どうなの、パチェ。」

 

「知らないわよ。…そろそろかしらね。」

 

レミリアさんを適当にあしらったパチュリーさんが継いだ言葉につられて姉さんの方を見る。今まで様子を見に来た時は魘されているような、苦しそうな顔だったけど、今は穏やかな顔になっている。

 

「ん…ふあ……お嬢様?」

 

姉さんが目を覚ました。控えめな欠伸をして身体を伸ばした姉さんの目に映ったのはレミリアさんの姿だったようだ。

 

「おはよう、咲夜。よく眠れた?」

 

「えっ…と…はい。」

 

レミリアさんが悪戯げな笑みで僕がいる方を指差す。姉さんがつられて僕の方を見ると、姉さんは一瞬だけ固まってしまった。

 

「…藤也?………どうして?」

 

「姉さんがいなくなってからずっと探してたんだ。…また会えて嬉しいよ、姉さん。」

 

 

──────────

 

 

「うん、それで美鈴さんが寝てたところに姉さんが突然現れて…覚えてる?」

 

姉さんが目覚めて、僕と姉さんでパチュリーさんにお礼を言った後、レミリアさんが幾つかの仕事に関する連絡をして2人は部屋を後にした。そして今は、パチュリーさんが入れたままの紅茶を飲みながら、僕が紅魔館に来るまでの経緯を姉さんに話している。

 

「ええ、覚えてるわ。…ありがとう、藤也。私を見つけてくれて。」

 

姉さんが僕を抱き寄せて頭を撫でてくる。僕がまだ小さかった頃、姉さんはよくこうやって頭を撫でてくれた。…もう子供じゃないんだけどな。それに、その………姉さんも成長してるから…えっと…か、顔に…当たってる。

 

「…もう少しだけこうさせて。」

 

「…ん。」

 

姉さんの腕から抜け出そうとしたけど、そう言われたら逆らえない。しばらく姉さんに身を預けて姉さんが満足するのを待つ。

2分くらい経って、ようやく姉さんの腕から解放された。自分でも分かるくらいに顔が熱い。途端に吹き出てきた汗を拭き取りながら本題に移る。

 

「姉さん、これからどうする?どっちを名乗って、どっちで暮らすのか。」

 

「十六夜咲夜を名乗って、紅魔館で暮らすわ。お婆ちゃんに会いたい気持ちもあるけれど…お嬢様に一生を捧げて仕えるのが今の私よ。ごめんなさい、藤也。これだけは何があっても曲げられないの。」

 

「…謝る必要なんてないよ、姉さん。姉さんが選んだ道について行くって最初から決めてたんだ。だから、僕も姉さんと一緒にここで働くよ。」

 

レミリアさんは気まぐれとはいえ姉さんを保護してもらったし、パチュリーさんのお陰でもう一度姉さんと話すことができた。受けた恩は返す。もし姉さんが外の世界に帰る方を選んでいたとしても、僕はしばらくここに残ることになっただろう。

そう話したら、姉さんはもう一度僕を抱き締めてきた。…姉さんにこんなに強く抱き締められたのは初めてかもしれない。

 

「姉さん?」

 

「藤也…ありがとう。」

 

僕も姉さんを抱き締め返す。姉さんが傍にいる。その安心感に今まで張り詰めていた何かが解れて、溜め込んでいたものが一気に溢れてきた。

 

「姉さん…怖かったんだ。眠って、目が覚めたら姉さんのことを忘れてしまうかもしれない。何年も経って、皆が姉さんのことを忘れてしまうんじゃないか。姉さんが生きていた証拠がなくなってしまうんじゃないかって。」

 

「大丈夫よ、藤也。私はここにいるから。」

 

「…うん。」

 

姉さんはここにいる。僕の傍にいる。だから、今だけはこうしていたい。また何かあっても姉さんのことを絶対に忘れないために…絶対に、絶対に。

 

 

──────────

 

 

姉さんはもう少し休む必要があるみたいなので部屋を後にして、レミリアさんの部屋で紅魔館で雇ってもらうように頼み込んだ。

 

「ええ、そういうことなら構わないわ。…望月藤也、貴方は今日から紅魔館に仕える使用人として…フラン?」

 

レミリアさんが突然扉の方に目線を向けたのでつられて僕もそっちを見る。どうやらフランが部屋にやってきたみたいだ。眠たそうに目をこすっている、ついさっき起きたところなのかな?

 

「…お姉様、おはよう。」

 

「ええ、おはようフラン。少し待っててくれる?今、藤也と大事な話をしてたところなの。」

 

「藤也…?藤也だ!」

 

うわっ…と、危ない。フランがかなりのスピードで飛びついて来た。フランにとってはじゃれてるだけなのかもしれないけど、威力で言えばラグビーのタックル以上だぞこれ。ギリギリで反応できたから転びはしなかったけど。

 

「あー…そう言えば霧雨魔理沙にも随分と懐いてたわね。フランと遊んで生き残って、その後も臆せずに接してるのなんて貴方と魔理沙くらいのものよ。だから懐いてるのかも。」

 

僕だけじゃなくて霧雨魔理沙もか。まあ、彼女も根は悪人じゃないというのは分かる。だからこそ()()する癖が玉に瑕なわけだけど。

 

「お姉様と藤也は何の話をしてたの?」

 

「僕を紅魔館で雇ってもらう話だよ。僕の姉さんが紅魔館に仕えることを選んだから、僕もその道を選ぶんだ。」

 

「姉さん?そっか、藤也は咲夜の弟なんだっけ。お姉様、藤也が働くことになったらどんなお仕事になるの?」

 

フランは僕におぶさる形になりながらレミリアさんに問いかける。…これから紅魔館で働くんだから『お嬢様』に呼び方を変えないといけないな。

 

「使用人として咲夜みたいに家事を一通りやらせるつもりだけど…それがどうかしたの?」

 

「別に、なんでもないよ。使用人か、それだとあんまり暴れすぎちゃうと藤也に迷惑かけちゃうね。…よし、これからはちゃんと自分をコントロール出来るように頑張るよ!」

 

フランが僕の肩をぺしぺしと叩きながらそう宣言した。あんまり痛くない。

例のヤバい感じもしないし、これが普段のフランということだろうか。落ち着いてる時とはしゃいでる時の差が激しいのは元々だったみたいだ。

 

「あまり私に手伝えることはないけれど…応援してるわ、フラン。貴女が狂気を制御できるようになれば、私も貴女をもっと自由にさせてあげられるから。」

 

「うん、頑張る!」

 

フランの言葉を聞いて深く頷いたレミリアさ…お嬢様は、もう一度僕の方に目線を向ける。そう言えば元々の話はフランによって中断されたままだった。

 

「望月藤也、本日から貴方を紅魔館に仕える使用人として迎え入れるわ。」

 

「はい、よろしくお願いします…お嬢様。」

 

お嬢様に向かって大きく頭を下げる。…お願いだから降りてくれないかな、フラン。これじゃ格好がつかない。ちょっ、僕が背中を傾けたからって乗っかる体勢を変えないで。

 

「…まあ、貴方の気持ちは確かに受け取ったわ。フラン、あんまり藤也に悪戯しないの。藤也はこの階の掃除をお願いするわ。夕食後にもう一度ここに来てちょうだい。」

 

「はーい。またね、藤也。」

 

「承知いたしました。バイバイ、フラン。」

 

お嬢様にもう一度頭を下げて、フランに別れを告げてからお嬢様の部屋を後にする。掃除なら姉さんが目覚めるまでの間もやってたし、単に集中して取り組めばいいだけだ。

 

「うーむ、藤也を使用人として雇ったからにはそれなりの格好をさせる必要があるわね…また美鈴に仕立てを頼まないと。部屋は今の部屋をそのまま使わせるとして…」



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妖々夢編
未だ春は来ず


「いやあ、ホント寒いですね。」

 

美鈴さんの発言に同意しながら、スコップで庭に積もった雪を退ける。姉さんが目覚めて暫く経った。4月に入ったにも関わらず外は寒いままで、今は僕と美鈴さんの2人で雪かきの真っ最中だ。

 

「一応聞きますけど、幻想郷の四季ってどうなってるんですか?日本じゃ4月は春の真っ只中なんですけど。」

 

「去年の今頃はちゃんと春でしたよ?一昨年の4月はまだ幻想郷に来てないので分かりませんけど。」

 

「もしかしたら、お嬢様が昔起こしたっていう紅い霧と同じ異変だったりするのかもしれませんね。春が来ない異変、みたいな。」

 

「結構困りそうですね、それ。作物が全く育ちませんよ。不作で人里の人間達が飢えたりしませんかね?」

 

人里…まだ行ったことないな。人里では妖怪が人間を襲ってはいけないという幻想郷のルールがあるから、戦う力のない人間は人里に固まって暮らすしかないみたいだ。

勿論例外もある。魔理沙は魔法の森の中に家があるようだし、博麗の巫女も人里から離れた、幻想郷側の博麗神社にいるらしい。そして、僕や姉さんは紅魔館で暮らしている。

 

「スキマ妖怪がなんとかするんじゃないですか?外から食糧を持ってきたり。」

 

「ま、知ったこっちゃないですけどね。こっちが受けてる被害は寒いのと、雪かきが面倒なことの2つだけですし。」

 

「パチュリー様は怒ってましたけどね。春にしか取れない魔法薬の素材があるみたいです。まあ、博麗の巫女が動くのを待つしかなさそうですね。」

 

…ふう、これで館に向かって左手側半分は終わったかな。右側の方では妖精メイド達が雪合戦をしている。あ、フランが乱入した。昼だけど、曇り空だし平気みたいだ。

 

「妹様、ちゃんとルール分かってるんですかね?飛んでくる玉を避けようともせずに投げ続けてますよ。…うわあ、人間に当たったら風穴空きますよ、あれ。」

 

「楽しければいいんじゃないですか。僕が流れ弾に気を付けたらいいだけです。妖精メイドだって1日経ったら復活しますし、そもそも妖精メイドが欠けたところで大して影響ないです。」

 

早速来た流れ弾を光の盾で受ける…痛っ!雪玉が光の盾を突き破って眉間辺りに当たって砕けた。それなりに分厚くして、最大限硬くしたんだけどな。

流石に勢いはある程度弱まっていたけど、それでも早苗ちゃんが全力で投げたくらいの威力はあった。確かあれは鼻に当たったんだっけ。

 

「あはは、早速当たっちゃいましたね。」

 

「うわっ、ごめんなさい!藤也、大丈夫?」

 

「うん、大じょ…ぬわっ!?近い、近いよフラン。」

 

フランが心配してくれるのはありがたいけど、視界の下から()()と現れたフランの顔は、鼻の先がぶつかりそうなくらいに近い。

 

「そうかな?仲良しの男の子と女の子はこんなものだって図書館の本に書いてあったけどなあ。」

 

「それは僕とフランよりも、もっと密接な関係での話だし、それにしたってかなり近いと思うよ。」

 

そもそもどんな本に男女の距離感に関する話が載ってるんだ。どんな小説にしたって、こんなことを細かく書くのは微妙すぎるぞ。

 

「?」

 

フランは口元に人差し指を当てながら首を傾げる。…もしかしたら、フランのパーソナルスペースが小さいだけなのかもしれない。つまり、フランからすればあれだけ顔が近くても何も思わないのだろう。

 

「藤也、お嬢様がお呼びよ。すぐに来て。」

 

姉さんが一瞬だけ現れて、それだけ伝えるとまたすぐに時を止めて姿を消した。

 

「すみません、美鈴さん。少し外れます。」

 

「大丈夫ですよ、後は私1人でやっときますので。」

 

「今度は一緒に雪合戦しようね!」

 

「ちゃんと手加減してくれるなら考えとくよ。」

 

雪かきを途中で切り上げてお嬢様の部屋に向かう。屋敷の中と外の温度差が凄いな。パチュリー様の魔法で常に快適な温度に保ってるらしい。

部屋の前で待っていた姉さんは、僕が来たのを確認してから扉をノックした。

 

「入りなさい。」

 

「「失礼します。」」

 

部屋の中には椅子の上で頬杖をついたお嬢様だけでなく、どこから取り出したのか分からないロッキングチェアに座って本を読んでいるパチュリー様も待っていた。

 

「2人を呼んだのは他でもないわ、この一向に終わらない冬のことについてよ。」

 

「火を見るより明らかなわけだけど…異変よ。『春』そのものが何者かによって奪われているわ。」

 

「春そのもの…ですか?」

 

春というのは1年で巡る四季の内の1つ、すなわち概念の存在であって、それを奪うっていうのは…どういうことだ?

 

「春に備わっている陽気というか…まあ、自然の力ね。詳しい説明をすると長くなるから割愛するわ。とにかく、春が奪われているせいで4月になっても冬が終わらないってこと。」

 

「異変と言えば博麗霊夢…巫女が解決するべき案件なんだけれど、正直言って動くのが遅すぎるわ。私達が勝手に動いて解決してやろうってわけ。」

 

「そこで私と藤也を呼んだわけですか?」

 

姉さんが首を傾げてそう言う。喘息を持っていて長時間の運動が難しいパチュリー様はともかく、お嬢様の方が僕や姉さんより遥かに強いはずだ。何故僕達を呼んだのだろうか。

 

「ええ、前の異変の時、ここに乗りこんできたのは博麗霊夢と霧雨魔理沙。どっちも人間よ。だったらこっちも人間を差し向けるのが道理ってものでしょ?というわけで、あなた達2人に命じるわ。春を奪った元凶を突き止めて、春を取り戻すのよ。」

 

「はい!」

 

「仰せのままに。」

 

自室に戻って外出の準備をする。ベルトに袋を着けて携帯食糧と水筒、パチュリー様の魔法薬が入った小瓶を詰め込む。後は…ナイフも持っていこう、能力が使えない状況になるかもしれないし。それと、いざという時の光源確保、メモ帳、カメラ用にスマホも。…これくらいかな。

 

「さ、行くわよ藤也。」

 

部屋の前で待っていてくれた姉さんと一緒に紅魔館を飛び立つ。姉さんの荷物は一見少ないように見えるけど、実はポケットやポーチの中の空間を弄ったりしていて本当はかなりの荷物を持っている。ナイフだって身体の至る所に隠されているはずだ。

 

「うん。…どこに行けばいいんだろう。」

 

いざ出発したはいいものの、まだ何も分かっていない状況だ。犯人を突き止めるためにも、情報を集める必要があるだろう。

 

「そうね、霊夢…巫女を叩き起こしに行くのもいいけれど…うん、怪しい奴を片っ端から問い詰めて行きましょう。」

 

「ええ…?」

 

「少なくとも今の巫女ならそうするはずよ。まずはチルノね。氷の妖精なんだから、冬が続いた方が都合がいいはずよ。」

 

「それだけは絶対にありえないよ。チルノにこんなことを起こす知能も力もないんだから。…無視しないでよ、姉さん。」

 

姉さんの当てずっぽうに過ぎる予想を即刻で否定したけど、それを言う前に姉さんは霧の奥に飛んでいってしまった。…そもそも姉さんはどうやって空を飛んでいるんだろう?

深い霧に阻まれて、姉さんの姿は見えない。キントウンに乗って姉さんを探す。出発して早々はぐれましたじゃ話にならない。

程なくして姉さんは見つかったけど、チルノは姉さんのナイフに貫かれて消滅したところだった。1歩遅かった。

 

「…違うの、藤也。私は話を聞こうとしただけ、チルノの方から吹っかけてきたのよ。」

 

「あ、うん。そうなんだね。」

 

「その目…疑ってるでしょ。()()()()()を誤魔化せると思わないで。」

 

ジト目になった姉さんが僕の頬をむにむにしたり引っ張ったりして抗議してくる。昔から、姉さんの一人称が『お姉ちゃん』になるのは、僕に悪戯したいだけという合図だ。しばらくされるがままでいよう。

…ここ数日一緒に働いてて気付いたけれど、姉さんは完璧なようでいて、実は所々で抜けている。お嬢様に出した紅茶が明らかにおかしい色をしていたりとか、美鈴さんが辛い料理を注文したら、チャレンジグルメ級の辛さのものを出したりとか…まあ、色々あった。記憶云々が関係したりしてないよね?

 

「ふう、すっきりした。…あら、これは?」

 

姉さんが満足してほっぺむにむにを止めたと思ったら、今度は僕の左肩に手を伸ばしてきた。ゴミでも付いてたかな?

 

「…桜の花びら?」

 

「そうみたいね。…この花びら、少し暖かいわ。ほら、触ってみて。」

 

「…ホントだ。カイロの代わりにはならないだろうけど。異変に関係あるのかな。」

 

春の代名詞とも言える桜の花びら、何故かほんのりと暖かい。数枚のそれが僕の肩に乗ってたみたいだ。…怪しすぎる。

 

「もしかしたら、これがパチュリー様の言ってた盗まれた『春』なのかもしれないわね。」

 

「なるほど、じゃあそれを集めながら元凶を探せばいいのか。それで、姉さん。怪しい奴を片っ端から問い詰めるんでしょ?」

 

「あー…やっぱりやめとくわ。多分、巫女の勘ありきの手法なのよ。足で稼ぎましょう。」

 

「はーい。」

 

悪戯を仕掛けてくる妖精を軽く蹴散らしながらゆっくり進む。時々、『春』らしき花びらを持っているのもいるから無駄にはならないはずだ。

 

「姉さんはどうやって飛んでるの?」

 

「美鈴に教えてもらったのよ。体内の気を操る、いわゆる気功術なら私達にも使えるそうなの。空を飛ぶだけじゃなくて、身体能力を上げたりとかもできるわ。」

 

なるほど、能力を節約できるのは便利そうだ、帰ったら美鈴さんに教えてもらおう。

 

「しかし、春は集まれど怪しい奴は一向に現れないわね…」

 

「それでも探すしかないよ。…博麗の巫女を叩き起こすって選択肢もあるけど。」

 

「少し遠いけど…急がば回れ、ね。まずは博麗神社に行きましょう。」

 

博麗神社は人里より更に東側だ。まずは魔法の森を抜ける必要がある。まあ、態々鬱蒼とした森の中を行く必要もないんだけど。

木々の上を飛んでいる最中、明らかに妖精が放つそれよりも派手な弾幕が飛び交っているのが見えてきた。星型の弾幕も見えるし、片方は魔理沙で間違いないだろう。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

魔理沙の言う『弾幕はパワー』を体現した極太のレーザーが対戦相手を吹き飛ばしたみたいだ。青い服を着た女性が肩で息をしている…お、降参した。魔理沙の勝ちだ。

 

「おーい、まーりさー!」

 

「うん?ああ、紅魔館の銀髪姉弟か。どうした?そっちも異変のことを探ってるのか?」

 

「うん、とりあえずこれを集めてるよ。」

 

『春』らしき花びらを魔理沙に見せると、やっぱりかといった具合にうんうんと頷いた。僕達の見立ては正解だったようだ。

 

「私もそれを集めてたところだ。さっきの奴もいくらか持ってたしな。…この辺の吹雪が強くなってたのはあいつの仕業らしいが、異変とは関係なかったみたいだ。まったく、雪女だって言うから戦ったのにとんだ骨折り損だぜ。」

 

「雪女…ね。ところで魔理沙、私達と一緒に行動する気はない?今から霊夢を叩き起こしに行こうとしてるんだけど。」

 

「ああ、霊夢はもう動いてるぜ。…ようやく動いた。あいつも今は『春』を集めてるはずだ。合流するか?」

 

魔理沙は何度も博麗の巫女を催促していたみたいだ。やれやれと溜息を吐いているのはそういうことだろう。

 

「ええ。異変の調査において、彼女の勘ほど頼りになるものはないでしょう?」

 

「ごもっとも。だったら早く行くか、あいつはこっちを待ってはくれないからな。飛ばすぜ、ついて来いよ!」

 

この『春』以外はまだ何の手がかりも見つかっていない。僕達はちゃんと異変を解決できるだろうか?



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博麗の巫女

「こっちに飛んでったはずなんだけどな…」

 

言われるがままに魔理沙について行ったはいいけど、魔理沙が別行動をしている相手の正確な位置を把握しているはずもなく、3人揃って完全に迷子になっている。強くなってきた吹雪のせいで今いる場所を確認することすらできない。

 

「魔理沙…大丈夫なんでしょうね?そもそも何を目印に霊夢の所に行こうとしてたの?」

 

「あいつが飛んでった方角から今はこの辺にいるだろうな…っていう想像に任せた。」

 

「そんな当てずっぽうな…」

 

GPSというものが存在しない幻想郷で、遠く離れた相手の居場所を正確に知る手段は限られている。パチュリー様によれば探査魔法というものがあるけど、かなり難易度が高い魔法で、パチュリー様でも術式を組むのはかなり面倒らしい。

長い年月で知識を蓄積してきたパチュリー様でもそうなんだから、僕達とそう変わらない年齢らしい魔理沙が案内してる間にぱぱっと組めるはずもない。

 

「それだと迷うのも無理ないわ、あんたは相変わらず変なところで抜けてるわね。」

 

吹雪の奥から女性の声が聞こえてきた。姉さんじゃないし、魔理沙の声でもない。

それと同時に吹雪も晴れた。空を飛んでいたはずなのに僕達はいつの間にか地面の上に降りていて、声がした方には紅白の巫女装束を着た黒髪の女性が呆れ顔で立っていた。年齢は僕達と同じくらいだろうか?

 

「そっちの男は初めまして、ね。私は博麗霊夢。ご存知の通り、今代の博麗の巫女よ。…自己紹介はいいわ、魔理沙から話は聞いてるから。………咲夜の弟でしょ?」

 

「あ…はい。望月藤也です。よろしくお願いします。」

 

名前を思い出せなかったみたいだから、名前だけは言っておく。

それにしても、巫女装束の服と袖が別々になっているせいで肩から二の腕辺りまでが露出しているけど寒くないんだろうか?

 

「敬語もいらないわ。…ところであなた達、ここがどこなのか分かってる?」

 

霊夢の背後にはいかにも日本的といった感じの家屋が建っている。さっきまで吹雪いていたというのに今は雪すら降っていないし、周りも少し地面が白くなっている程度で、雪が積もってはいない。…言われてみれば不思議な場所だ。

 

「あー…分からんぜ。吹雪が強くてどの辺にいるのか確認できなかったからな。」

 

「右に同じよ。そもそも3人で行動してたわけだしね。」

 

「だと思った。私もここに来るのは初めてなんだけどね。…ここは迷い家(マヨヒガ)よ。名前の通り、道に迷った挙句に迷い込む場所。」

 

「…つまり、4人揃って迷子になったってこと?」

 

「そうなるわね。」

 

僕達は迷子を迷子と知らずに探して、結果として自分達も迷子になったということか。…間抜けな話だ。

 

「まあ、折角だし少し休もうよ。そういう場所にある建物だし別に…なにこれ?」

 

「迷い家…?あ、おい藤也、やめといた方が…」

 

屋敷の中で少し休もうと障子を開けてみた。しかし、続いていた長い廊下はぐにゃりと歪んでいて、更に壁も廊下、天井も廊下になっている。見ているだけで頭がクラクラしてくる。まるでトリックアートのようだ。

これじゃ休めないなあ、仕方ない、寒いけど外で……出口がない。障子を開けて外から覗き込んでいただけなのに、いつの間にか屋敷の中に入り込んでしまったようだ。

 

「にゃあ。」

 

「…猫?」

 

帽子を被った黒猫が歪んだ廊下を走り回っている。あっちへ走っていったと思ったら、そっちの廊下からやって来たり、今度はこっちの廊下に出てきた。

うん?よく見たらあの猫、尻尾が2本ある。猫又っていうやつだろうか。ここから出る方法を知っているかもしれない。追いかけよう。

 

「よーい…ドン!」

 

クラウチングスタートの体勢になってから一気に加速して猫又を追いかける。…追いかける。……追いかけてる。………くそっ、速いな。………無限ループしてないか、この廊下。……待って、お願いだから…ぜえ、ぜえ。

 

「疲れた…」

 

もう限界だ。走るのをやめてゆっくりと歩く。仕方ない、少し乱暴になるけど、能力で捕獲する方針に変更しよう。

 

「まずは…壁かな。」

 

ここから見える全ての廊下に光の壁を貼る。少し硬めの、辞書くらいの分厚さ。これなら突破されることもないはず。…よし、猫又が止まったぞ。カリカリと壁を引っ掻いているけど、その程度じゃビクともしない。

光の鞭を作って、猫又の身体に巻き付けて引き寄せる。飛んできた猫又を腕に抱き留めて捕獲完了だ。

 

「ねえ君、ここから出る方法を知らない?」

 

「うにゃ…」

 

猫又は腕の中から素早く脱出して、こっちに向かって爪を剥き出しにしながら唸る。流石に嫌われたかな。

そしていきなりポンという音と共に猫又が姿を消したかと思いきや、今度はさっきの猫又と同じ色の耳や尻尾を持った少女が現れた。

 

「うにゃあ!いきなり抱っこしないでよ!びっくりするでしょうが!」

 

「あー、ごめんね。…それで、君はここから出る方法を知ってるのかな。」

 

「知ってるけど、教えない。」

 

機嫌が悪い猫又の少女はぷいと顔を背けてしまった。これは何を言っても駄目そうだ。…困ったな、外で姉さん達が待っているだろうからあまり時間をかけたくないんだけど。

 

「仕方ない、壊すか。」

 

最終手段だ。適当に光の塊をぶちかませば穴が空いてそこから出られるはず。形状は…軽い力で威力を出せる、モーニングスターにしよう。鉄球の部分をできる限り大きくして、硬さも最大限まで引き上げる。

 

「壊しちゃ駄目だよ!なんでそんな酷いことするの!」

 

いざ振り回そうとしたところで、猫又の少女がタックルで阻止してきた。…怒るのも当然か。でも、こっちだって下がるわけにはいかないんだ。

 

「外で姉さん達が待ってるんだ。すぐに外に出なくちゃいけない。一々外に出る方法を探すよりは、こっちの方が手っ取り早いでしょ。」

 

「出してあげるから!お願いだから壊さないで!」

 

最初からこの反応を待っていた。モーニングスターをすぐに消して猫又の少女に案内を促す。…涙目になってる。まあ、少し強引過ぎたかな。

 

「あはは、ごめんごめん。お願いするよ。」

 

「…お前、少し嫌い。ここから出られるから、さっさと帰って。」

 

猫又の少女が床に手をかけてスライドさせると、その奥には箒を弄っている魔理沙、退屈そうに欠伸をしている霊夢、そして屋敷の方を見たまま瞬きすらしない姉さんが見えた。戻ったらちゃんと謝ろう。

 

「ありがとう。…君、名前は?」

 

「…(ちぇん)。」

 

「橙、ね。覚えとくよ。僕は望月藤也。今度お詫びに今度マタタビでも持ってくるから、覚えててくれたら嬉しいね。」

 

「ホント?約束だよ!絶対持ってきてね!」

 

…現金な子だな。マタタビという単語を聞いた途端に表情がパッと明るくなったぞ。尻尾も千切れんばかりに振りまくってるし。猫にとってマタタビっていうのはなんなんだ?

橙が教えてくれた出口に飛び込むと、僕が開けた障子の目の前に出た。障子は既に閉められている。

 

「藤也っ!」

 

「ごめん、姉さん。心配かけて。霊夢と魔理沙も。」

 

脱出するや否や姉さんが走り寄ってきて、しきりに僕の身体を確認している。

 

「吹雪のせいで箒の調子がおかしくなってたみたいでな。寧ろ丁度いい休憩になったぜ。」

 

「…まあ、3人で情報の共有もしたし、あんたの体力がちょっと削れただけで、他に害はないわ。」

 

「ちょっと2人とも、少しは藤也の心配もしなさいよ。怪我は…ないわね。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。中で走ったから少し疲れたけど、それだけ。」

 

コートに少し猫の毛が付いているくらいで、大した怪我はしていないはずだ。

 

「…あら?あんたが降りてきたところにそれなりの量の『春』が落っこちてるけど。」

 

「え?…ホントだ。迷い家の中に落ちてたのかな。」

 

橙がついでに置いといてくれたのかもしれない。落ちていた『春』を雑にポケットにねじ込みながら橙へのお礼の追加を考える。霧の湖で食べられる魚って釣れるかな?

 

 

──────────

 

 

4人で魔法の森の上空に戻って、妖精や弱小妖怪を追い返しながら『春』を集め続ける。ここら辺だとアリスさんの家も結構近いかな?

 

「『春』だけは順調に集まってるわね。そろそろ元凶に迫る情報が欲しいんだけど。」

 

片手間で御札をばら蒔く霊夢がごちる。確かに、未だ犯人に迫る情報は何一つない。『春』だけが貯まり続けても荷物がかさばるだけだ。

 

「これを集めてたら向こうの方からやって来たりしないかな?理由は何にせよ、犯人はこれが必要なんでしょ?」

 

「確実性に欠けるわ。…けど、悪くないわね。異変の元凶は『春』を大量に所持しているはず。とてもじゃないけど1人で抱えきれる量じゃないはずよ。」

 

「そいつが零した『春』を辿るってわけか。」

 

「…どうやって見つけるのよ。」

 

「空よ。」

 

3人のものではない、聞き覚えのある声が会話に混ざる。魔理沙より短い金髪の、人形のような容姿をした女性だ。

 

「アリスさん!」

 

「久しぶりね、藤也君。お姉さんと再会できたようで何よりよ。」

 

アリスさんが8体の人形を侍らせていているけど、何故かその内1体だけ動きがぎこちない。他の人形が女の子の形なのに、その人形だけ男の子の形をしてるし。

前も見た青い服の人形が男の子の人形を指導していて、男の子の人形もそれに従って身体を動かそうとしている…おっ、滑らかに敬礼した。…本当に人形なのか?

 

「…アリス?どっかで聞いた名前だな。霊夢、何か覚えてないか?」

 

「私?…覚えてないわよ。」

 

魔理沙と霊夢が何か話しているのを見て、アリスさんは指を額に当てて項垂れながら大きく溜息を吐いた。

 

「…散々扱き使って、挙句に本まで奪っておいてよく忘れられるわね。」

 

「扱き使って…?ああ、思い出した。あのチビのアリスね。随分大きくなったじゃない。」

 

「本を…グリモワールのアリスか!」

 

「幻想郷の春は来なくても、あなた達の頭の中は相変わらず春真っ盛りみたいね…本当に、忌々しい…」

 

2人は昔会ったことがあるらしいアリスさんのことを思い出したみたいだけど、そのあんまりの言い様にアリスさんの顔が見たことも無いくらい怖くなっている。アリスさんの魔力が暴走して風を起こしているし、周りの人形も男の子の人形を除いて臨戦態勢に入った。

 

「…ちょ、ちょっとアリスさんのところに行ってくる。」

 

「藤也?危ないと思うけど…」

 

「でも、ここでアリスさんを止められるとすれば僕だけだと思うし、やってみる。」

 

トラブルは避けたい。何とかアリスさんを宥めようと近づくけど…どうすればいいんだ。男の子の人形もオロオロしてるし、何とかこの子と協力できないだろうか。

 

「…ねえ、君。聞こえる?」

 

恐る恐る聞いてみると、男の子の人形はこっちを向いてコクコクと頷いた。意思疎通はできるみたいだ。…この人形、僕と似てるような気がするのは気のせいだろうか。

 

「えっと、とりあえず君はアリスさんの意識を逸らしてくれる?そしたら僕が何とかするから。」

 

アリスさんが霊夢達を見ている限り、怒りのボルテージは上がり続ける一方だろう。人形はもう一度頷くとどこからともなくナイフを取り出して、アリスさんと他の人形の中間辺りに振り下ろした。

 

「糸が切れた?…あなたがやったの?」

 

アリスさんの怒気が少しだけ薄れた、今がチャンスだ。アリスさんの左肩を掴んで説得を試みる。

 

「アリスさん、落ち着いて。霊夢達と何があったのかは知りませんけど…とにかく今は抑えてください。」

 

「藤也君?…分かったわ。」

 

アリスさんは腕を下ろして、人形達も武器を仕舞った。ふう、良かった。…異変の件が終わったらアリスさんに事情を聞いて、場合によっては協力しよう。霊夢は知らないけど、魔理沙は絶対に何かやらかしてるだろうし。

 

「ありがとうございます、アリスさん。」

 

「…まあ、貴方とお姉さんの為よ。あなた達にまで迷惑をかけるわけにはいかないもの。」

 

「…空と仰っていましたね。どういうことでしょうか?」

 

アリスさんが怒りを引っ込めたのを見て姉さんも話に加わる。霊夢と魔理沙は2人で何かを話しているけど、こっちに来るとまたややこしくなるから放っておこう。

 

「あなた達は妖精達から取った分しか持ってないから知らないでしょうけど、ここ数日『春』が空から降ってきているの。つまり、あなた達が探している人物は空にいるんじゃないかしら?」

 

空…?某天空の城みたいな空に浮いてる建物でもあるんのだろうか。…違うか、そんなものがあったら目立つし、嫌でも気付くだろう。だけど、山とかでもないはず。山のてっぺんに『春』を集めているのなら、空から降ってくるはずがない。

 

「空…思い当たる物はありませんが…とにかく、貴重な情報をありがとうございます。それと、幻想郷に来た藤也を保護してくれたのも貴女だとか。」

 

「ええ、どういたしまして。自力で幻想郷の存在を突き止めるなんて、大した子よ。言うまでもないでしょうけど、大切にしてあげなさいね。」

 

「もちろんです、大事な弟ですから!」

 

…僕のことを良く言ってくれるのは嬉しいけど、目の前でそういう発言をするのは恥ずかしいからやめてほしいな。姉さんの腕を引っ張って無理矢理会話を終わらせる。

 

「姉さん、もう行こうよ。アリスさん、ありがとうございました。」

 

「頑張ってね、藤也君。応援してるわ。」

 

「はい!」

 

霊夢達の話に割り込んで、アリスさんが教えてくれた情報をそのまま伝える。そして、細かい情報にも気付けるように、4人で固まったまま空を探索することに決まった。よし、もう少しで元凶に辿り着けそうだ。



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死後の世界

「…アレね。」

 

日も沈みそうになった頃、霊夢が指さしたのは、遠くにある大きな穴だ。近づいてよく見てみると、そこからはらはらと『春』が漏れ出ていた。間違いなく、異変の元凶はこの先にいるだろう。

 

「あんな穴、今まであったか?どう見たって空間に穴が空いてるし、スキマ妖怪が黙っちゃいないだろ。」

 

「こんなの、アイツならすぐに気付くだろうし、知ってて放置してるなら問題ないってことでしょ。…薄いけど、結界が張ってあるわね。ふむ、これくらいなら。…そいっと。」

 

霊夢が複雑に指を動かした後に何かを突っつくと、穴の周りからガラスが割れるような音がした。結界を壊したのだろうか?

 

「はい、完了。さっさと行くわよ。」

 

霊夢達に続いて僕と姉さんも穴の中に突入する。暗い穴を抜けると、そこは仄暗い石畳の道で、左右には綺麗な桜並木が続いている。そしてその先には、てっぺんが見えないくらいに長い階段が見える。

 

「あの先に元凶がいるんだろうな。」

 

「…何か来るわね。」

 

姉さんが呟いたと同時に、宙に浮いた沢山の白い何かが、行く手を阻むように弾幕を放ってきた。幸い、弾幕自体は単純なものだから、全員が軽々と避けて白い何かに反撃する。

 

「おい霊夢、なんなんだこいつら!」

 

「知らないわよ…少なくとも人間でも、妖怪でもないのは確かよ!」

 

白い何かを相手しながら進み、階段の前まで辿り着く。しかし、このまま白い何かの相手をしながら進むと、元凶と戦う頃には息切れしてしまう。

 

「魔理沙!」

 

「おう、私も考えてたとこだ!恋符『マスタースパーク』!」

 

「光符『ライトニングスパーク』!」

 

僕と魔理沙のレーザーで白い何かを一掃して、その隙に一気に階段を上り始める。1度まっさらにしてしまえば、後の処理は簡単だ。湧いてくるところを潰せばいいだけなんだから。

 

「…長いわね。博麗神社の階段よりあるわよ。」

 

「飛んでるから関係ないけどね。無限に続くなんてことは有り得ないんだから、気長に行きましょ。」

 

姉さんに対して霊夢がそう返したけど、迷い家で無限ループに遭った僕からすれば無責任な発言に感じてしまう。…まあ、問題ない。てっぺんが少しずつ見えてきた。

 

「騒がしいと思って来てみたら…生者が揃って何の用ですか。」

 

てっぺんまであと少しになったところで、誰かが階段の奥から現れて僕達の前に立ち塞がる。白いボブショート髪に黒いリボンを付けた僕達とそう変わらなそうな年齢の少女で、今まで倒して来たものよりも少し大きい、白い何かを連れている。

 

「生者、ね。やっぱり、ここは生者のいるべき場所じゃなかったみたいね。」

 

「…まさか、あの世ってこと?」

 

「そういうことよ、人間。ここは冥界、死者の魂が集う場所。残念だけど、あなた達はまだまだお呼びじゃないの。お引き取り願いましょうか。」

 

幻想郷はなんでもありな場所だとは思ったけど、まさか死ぬ前にあの世に行くことすらできるとは思わなかった。三途の川とか、閻魔大王とかも実在するんだろうか。

というより、あの白い何かは幽霊ってこと?…大量に蹴散らしたけど、呪われたりしないよね?

 

「白々しいわね。幻想郷の『春』を奪ったのは貴女達でしょう?私たちの用事も、大人しく帰るかどうかも、分かりきっているはずよ。」

 

「…仕方ありません。力ずくで追い返すついでに、あなた達の持つなけなしの『春』もいただくとしましょう。餓鬼剣『餓鬼道草紙』!」

 

白髪の少女が背中の鞘から刀を抜いて、横一文字に空を切り裂く。そして、その断面から妖力が溢れて弾幕となって僕達の行く手をの阻む。

 

「斬光『光速剣舞』!」

 

そっちが刀ならこっちは剣だ。2本の剣を構えて斬撃を飛ばして弾幕を相殺、そのまま距離を詰める。相手も弾幕で僕を接近させまいとしてくるが、こっちもその度に斬撃を飛ばして僕が撃ち漏らした分は姉さんのナイフが貫く。

 

「ぜりゃあっ!」

 

剣が届く間合いまで迫り右の剣を振り下ろしたが、白髪の少女の持っていた剣で防御される。そのまま切り返す形で左の剣を振り上げるが、こちらも少女が腰に差していた短刀で防がれた。…やっぱり、付け焼き刃の技術では本物の剣士には敵わないか。

防御を誘うためにもう一度だけ右の剣を切り返してから、素早く距離を取る。今度は相手の方から距離を詰めてくるが、姉さんのナイフによる牽制で何とか間合いを離すことができた。

 

「大丈夫、藤也?」

 

「ありがとう、姉さん。…霊夢と魔理沙は先に行って!彼女は僕達が相手するから!」

 

「分かったわ。」

 

「おう!任せたぜ、咲夜、藤也!」

 

もう黒幕の在り処が分かりきっている以上、4人で固まって行動する必要はない。霊夢も魔理沙も異変解決のスペシャリストだし、2人を先に送るのが正しいはずだ。

 

「な…行かせはしません!」

 

「止めさせはしないわ。」

 

「君の相手は僕達だ!」

 

少女は奥へと進む霊夢達を止めようとするが、僕達はそれを許す程に弱くはない。僕は光の壁で霊夢達と少女を分断し、姉さんはナイフを投げて回避か防御を強制する。

 

「…まあいいでしょう、スペルカードルールという制限があるとはいえ、幽々子様が人間2人程度に負けるとは思えませんし。…そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私は魂魄妖夢。冥界の館、『白玉楼』の庭師兼白玉楼の主、西行寺幽々子様の剣術指南役です。」

 

「あら、ご丁寧にどうも。…十六夜咲夜よ。吸血鬼の住む館、紅魔館でメイド長をしているわ。」

 

「同じく紅魔館の使用人で、十六夜咲夜の弟の望月藤也だ。」

 

やはり剣士というのは、戦いにおいても礼儀を重んじるのだろう。互いに名乗りを終えたのを見て、魂魄妖夢は2本の刀を構える。

 

「…参る!獄炎剣『業風閃影陣』!」

 

魂魄妖夢は大型弾をばら撒き、更にその一部を2本の刀でバラバラに斬り裂いた。斬り裂かれた弾は大きさが不揃いな弾幕となって、大型弾と共に襲いかかってきた。

 

「これは…厄介な弾幕だな。」

 

規則性が無いから、僅かな隙間を見つけることすら難しい。何発もの弾を掠らせながら魂魄妖夢の隙を窺う。

 

「…幻世『ザ・ワールド』!」

 

姉さんが先に魂魄妖夢の弾幕を攻略して、反撃のスペルカードを宣言する。虚空から突然現れた大量のナイフが魂魄妖夢を包囲、一直線に魂魄妖夢を狙ったが瞬時に弾道を見切られて回避、もしくは刀でナイフを弾き落とされる。

 

「こんなものですか。」

 

「相性が悪いわね。元々、弱点の多いやり方ではあるんだけど。」

 

姉さんの弾幕は時を止めて大量のナイフを投げ、また時を止めて投げたナイフを回収、という動きの繰り返しが基本になっている。あらぬ方向からの奇襲はお手の物だけど、ナイフが真っ直ぐにしか飛ばないのが弱点だ。つまり、飛んでくる方向さえ分かれば弾道を予測して対処するのは容易いのだ。

姉さんも何度か弾幕の展開を続けたけど、魂魄妖夢にまるで通じていないのを理解して攻撃を中断した。

 

「……修羅剣『現世妄執』!」

 

しばらくスペルカード無しで互角の応酬を繰り返していたが、魂魄妖夢が次の一手を打った。魂魄妖夢の方に向かって右側から赤い弾幕が、左側から青い弾幕がゆっくりと流れてくる。

この程度ならなんてことはないんだけど。次はどう来る?

 

「ふっ!」

 

魂魄妖夢は短刀を大きく振りかぶってから振り下ろす。すると、短刀の剣先の直線上付近にある弾幕は動きを止め、赤色の弾は姉さんを、青色の弾は僕を狙って真っ直ぐに飛んできた。

なるほど、左右から来る弾幕、そして僕達を狙う弾。2つを同時に対処しないといけないわけだ。更に、魂魄妖夢が刀を振り下ろした時に止まる弾幕にも留意する必要がある。

複数の弾幕を相手するのは、フランの禁忌『フォーオブアカインド』で経験済みだ。弾の速度も大したことはないし、落ち着いて冷静に対処すれば問題なく攻略できた。

 

「月符『霧中の名月』!」

 

粉のような光を大量に撒き散らすと、霧のようになって周囲が見えにくくなる。その状態で直径が僕の身長の倍以上ある、巨大な光の弾を造りあげて、魂魄妖夢がいた方向に差し向ける。

 

「なっ…こんなもの!」

 

魂魄妖夢が反応した頃にはもう回避が間に合わないくらいに接近していたみたいだけど、妖力を込めた長刀による一閃で超大型の弾を破壊されてしまった。下手な合金よりもずっと硬いと思うんだけどな。

 

「妖怪が鍛えたこの『楼観剣』に斬れぬものなど、少ししかない!」

 

「一応はあるんだ…」

 

やや締まりのない決め台詞だったけど、なんにせよ厄介なのは変わらない。だけど、弾を斬った時に溢れた力のせいか魂魄妖夢もある程度のダメージは受けたみたいだ。着実に攻めていけば勝てる。

霧が残り続ける限り、四方八方に回り込んで何度も超大型弾を投げ続ける。魂魄妖夢も同じように対処を繰り返すが、姉さんが時々ナイフで牽制することで段々と動きに余裕がなくなってくる。

そして、疲れが限界までやってきたのか少しだけ魂魄妖夢の動きが止まる。

 

「しまっ…!」

 

超大型弾が魂魄妖夢に炸裂する。咄嗟に2本の刀で防御しようとしたみたいだけど、超大型弾の威力に対してその防御は意味を成さない。

 

「はあっ、はあっ…人界剣『悟入幻想』!」

 

既にボロボロなのに、魂魄妖夢は負けじと次なるスペルカードを宣言した…が、明らかに弾幕の勢いが弱い。特に考えなくても、迫ってくる弾を避けるだけで終わってしまった。

 

「貴女、もう限界なんでしょう。大人しく降参したら?」

 

姉さんが牽制に放ったナイフに、魂魄妖夢は反応すらできずに被弾してしまう。さっきまでは完璧に見切っていたのに。

 

「わた、私は、まだ、ま、負けては、いない!」

 

「フラフラになってるよ、君。別に負けたら殺すってわけじゃないんだ。君自身の為にも、無茶はやめといたほうがいい。」

 

魔理沙と戦った時の僕と同じだ。もしかしたら、気分が高揚して自分が限界であることにすら気付いていないかもしれない。

 

「な、何を、言って…っ!身体が…動かない…?」

 

ほら、言わんこっちゃない。再び刀を構えようとした魂魄妖夢は、握力が足りなかったのか刀を取り落としてしまう。それだけでなく、四つん這いになって身体がガクガクと震わせていた。

 

「ほら、言った通りでしょ。貴女はとっくに限界なの。死にたくないのなら、大人しく休むことね。」

 

「…どうやら、そのようです。やはり、私はいつまで経っても半人前…ですか。はは。」

 

「2対1だったんだ。そう落ち込むこともないよ。」

 

刀を拾って回収している姉さんを横目に、魂魄妖夢に肩を貸して立ち上がらせる。休むにしたって、硬い石畳よりましな場所があるはずだ。

 

「そう、でしょうか。…弾幕の練習が足りませんでした。主である幽々子様のお手を煩わせるわけにもいきませんでしたから、幽霊達を相手にしていたのですが。」

 

「どういう人なの?君の主さんは。」

 

「…まあ、いいか。西行寺幽々子様は、この先にある白玉楼という名な屋敷の主で、冥界の管理者でもあります。そして、『春』を集めるように私に命じたのも幽々子様です。理由に関しては…私が説明するよりも、()()を見た方が早いですね。」

 

魂魄妖夢の目線を追ってみると…なんだ、あれ。常軌を逸した大きさの桜の木が咲き誇っていた。満開ではないみたいだけど。8分咲きくらいだろうか?

 

「幽々子様の目的は、あの妖怪桜、『西行妖』を満開にすること。そうすることで、西行妖にかけられた封印が解けるそうです。」

 

「危険だからこそ封印されているんでしょうに。わざわざ封印を解こうとしているなんて。」

 

「何故、幽々子様が西行妖の封印を解こうとしているのかは分かりませんが…何か、確たる理由があるのは明らかです。」

 

…あの桜の木を見ていると、背中から冷たい感覚がせり上がってくる。明らかに()()()存在だ。もしかすると、フラン以上に。

 

「…どこまで送ればいい?」

 

「できるのであれば、白玉楼まで。大した距離ではないのですが…」

 

「分かった。姉さん、急ごう。霊夢達なら心配ないと思うけど、あの妖怪桜が何を仕出かすか分からない。この子は僕が運ぶから、姉さんはまた幽霊が来たら追っ払って。」

 

キントウンを2つ出して、その片方に魂魄妖夢を乗せ、ついでに姉さんから受け取った刀も返しておく。そして僕はもう片方に乗って、魂魄妖夢のキントウンを慎重に動かしながら先へと進む。

霊夢と魔理沙に何事もないことを祈りながら、姉さんの後に続いた。




プリズムリバー三姉妹は、異変解決後の閑話で登場予定です。


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最凶の妖怪桜

「うん?あそこかな。」

 

石畳の道を進んだ先に、平安時代くらいの貴族が住んでいそうな感じの屋敷が見えた。…霊夢達も近いな。時々流れ弾が飛んでくる。

 

「姉さんはどうする?」

 

「…先に霊夢達に合流しておくわ。」

 

「分かった、すぐ追いかけるから。」

 

姉さんは先に霊夢達の方へと飛んで行った。…どう見たってあの桜はヤバいし、魂魄妖夢の手当ても僕1人で十分だ。戦力は1人でも多い方がいいはずだ。

靴を脱いでから屋敷の中に入って、中の様子を見る。畳の床に炬燵と幾つかの座布団が敷いてある、ごく普通の和室だ。押入れの中には布団が入っているけど…やめておこう。服も汚れてるだろうし。

障子を大きく開けてから、魂魄妖夢を乗せたキントウンも部屋の中に入れる。まだ起き上がるのは辛いみたいだ。

 

「刀、寝る時に邪魔でしょ。掛ける場所とかないの?」

 

「あるにはありますが…」

 

「ここからじゃ遠いのかな?それじゃあ壁際に置いとこうか。貸して。」

 

受け取った刀を部屋の端に置いてから、キントウンに載せている魂魄妖夢を抱き上げてゆっくりと床に寝かせて、座布団を持ってきて枕の代わりにする。

うーん、あと必要なのは…水分かな。炬燵の上に逆さにして置いてあった湯呑みに、僕の水筒の中身を半分だけ入れる。

 

「はい、とりあえずこれ飲んだら休んでね。」

 

「…何故、敵である私をわざわざ介抱するのですか。」

 

そう言いながらも、魂魄妖夢は素直に湯呑みを受け取って、中の水を一気に飲み干す。相当喉が乾いていたみたいだ。

 

「え?そりゃあ、君はもう動けないし、『春』を取り返すまででしょ、敵対関係なのも。だったらまあ…助けないっていうのは流石に薄情なんじゃないかな。」

 

異変を起こした時に霊夢達と戦ったのに、姉さんは結構と仲がいいし、お嬢様も2人の実力を認めている。本の盗難被害に遭っているパチュリー様も、なんだかんだで魔理沙とかなり気安い関係ではあるみたいだ。

異変さえ解決すれば、そのことで目くじら立てる必要はない。普通に仲良くなりたいし、良かったら剣術も教えてもらえないかなと思ってる。

 

「…ありがとうございます。」

 

「どういたしまして。じゃあ、またね。」

 

屋敷から出て、キントウンで姉さん達の所に向かう。

姉さん達は、桃色の髪の女性を相手に3対1で戦っていた。彼女が魂魄妖夢の言っていた西行寺幽々子だろう。状況を見る限りでは圧倒的に優勢、このまま行けば勝利は間違いないはずなのに、何故か3人の表情には余裕がない。

 

「霊夢、今どうなってる?」

 

「藤也、あんたも来たのね。…まず、あいつがこの異変の元凶。押してるっちゃ押してるけど、あの桜にどんどん『春』が集まってる。あれが満開になったら、もう異変どころじゃなくなるわ。だから決着を急ぐ、あんたもすぐ加勢して。」

 

「まだ仲間がいたのね。でも、関係ないわ。…何人(なんびと)たりとも、西行妖の邪魔はさせない。幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ -幻霊-』!」

 

「ちっ、藤也!恋符『マスタースパーク』!」

 

「分かった!光符『ライトニングスパーク』!」

 

蝶の形をした弾幕を、2人の同時攻撃で強引に突破する。魔理沙が弾幕ごっこの流儀に従わないということは、それ程までにあの妖怪桜がヤバいということだろう。

 

「霊符『夢想封印 集』!」

 

「幻符『殺人ドール』!」

 

霊夢と姉さんもスペルカードで西行寺幽々子を狙って確実に当てにいく。咲いている花はさっきからあまり増えていないけれど、それでも8分咲きだ。残された時間は少ない。

4人による集中放火を受けたにも関わらず無傷の西行寺幽々子は、大型弾をばら撒きつつ蝶型の弾幕を飛ばしてくる。

 

「必ず、封印を解いてみせる!桜符『完全なる墨染の桜 -開花-』っ!」

 

大型弾のギリギリ人ひとり分だけの隙間を抜けて、方々から飛んでくる蝶の群れや、その弾の残滓を避けながら攻撃を続ける。

 

「ああ、くそっ!時間が足りねえ!咲夜、何とかならないか!」

 

魔理沙が弾幕を潜り抜けながらそう愚痴を言う。もちろん、攻撃を続けながら。手に持っているミニ八卦炉が物凄い速度で回転している。

 

「文句を言う暇があるなら攻めなさい!あの女から『降参』の2文字を叩き出すまで!」

 

姉さんは常にナイフを投げ続けている。瞳が紅く染まっているし、自分の時を加速させながら、逐一世界の時も止めているのだろう。かかる負担も並じゃないだろう。

 

「……ッ!」

 

霊夢も鬼気迫る顔で、御札や陰陽玉を飛ばして全力で攻めている。必死になりすぎて、呼吸をしていないように見える。

時間がない、次で決める。パチュリー様の魔法薬…能力回復薬を呷って、今日1日で消費した出力を取り戻す。

ありったけの光を集めて、大きな弓を作り出す。弓矢の代わりに物質化させていない純粋な光を番え、弓の弦を思いっ切り引く。そして、西行寺幽々子に狙いを定めて撃ち出した。

 

「神弓『オーティヌス・ボウ』!」

 

フランの禁忌『レーヴァテイン』級の威力を目標に考えたスペルカードだ。撃ち出した光は10発に分かれ、螺旋を描きながら西行寺幽々子を襲う。

そして、10発の内、4発の光が西行寺幽々子の身体を貫く。流石に全弾命中とはいかなかったけど、それでも十分なダメージを与えられるはずだ。

 

「あぐっ…仕方がない、まだ不完全だけど…!」

 

4人の間髪入れぬ猛攻に、限界が近づいた西行寺幽々子は1匹の蝶を西行妖に飛ばす。弾幕に使われた蝶とは違う、神秘的であると同時に怖気がする蝶だ。

 

「っ!いけない!」

 

咄嗟に反応した霊夢が蝶に向かって御札を飛ばしたが、蝶は器用に飛び回って追尾性のある御札を回避する。そして、蝶が西行妖に触れると、西行妖から物凄い力が吹き荒れだす。

 

「なによ…あれ。」

 

「…まだ不完全だってのに、とんでもない力ね。」

 

凍てつくような悪寒が全身を伝う。フランでさえ比較にならないほどの()()()存在を目の前にして、正気を失いそうになる。

それでも、身体が震えるのを意志の力で押さえつけて、弾幕の準備をする。桜は満開じゃない、まだ間に合うはずだ。

 

「おい、何か来るぞ!」

 

西行妖は、西行寺幽々子と同じ姿の黒い影を生み出し、その影がスペルカードを宣言した。

 

───『反魂蝶 -八分咲-』

 

途端に、視界が夥しい量の弾幕で覆い尽くされる。光の盾で防御を固めるが、蝶型の弾が盾に触れた瞬間に穴が空いて、盾はすぐに消えてなくなった。

すんでのところで回避はできたけど、今の現象がなんなのか説明が付かない。物質化した光は砕けることはあっても、溶けることはないはずだ。

 

「当たれっ!」

 

野球ボールくらいの大きさの光の玉を影に向かって投げつける。さっきのスペルカードで能力の出力をほとんど使ってしまった。キントウンのことも考慮するとこれが限界だ。光の玉はさっきと同じように、蝶型の弾に触れて消されてしまう。

 

「あれは…西行寺幽々子!何が起きているんだ!」

 

「あ、あれは…反魂蝶よ。魂をひっくり返す蝶…死者を蘇らせると同時に、生者を死へ導く…分かるかしら?あなた達生者があれに立ち向かうのは、自殺となんら変わりないの。」

 

つまり、物質化した光が溶けるように消えているのは、能力が死んだということか?あの蝶の招待を語る亡霊姫どのの表情は読み取れないが、声音から読み取る限りでは、この状況は彼女にとっても想定外のようだ。

間もない内に姉さんの能力が限界を迎えて、大型弾を無防備に食らって吹き飛ばされる。更に、魔理沙のミニ八卦炉がボンという音と共に煙を吹き上げて動きが止まり、更に魔力も限界なのか絞りカスのような魔法しか繰り出せなくなって、箒も段々と下降している。

 

「姉さんっ!」

 

「くそっ、もう無理だ。どうしようもない。」

 

吹き飛ぶ姉さんの身体を全速力で追いかけて受け止める。しかし、キントウンを飛ばしたことで能力が限界を迎え、落下して地面に全身を打ちつけた。

僕に残された最後の攻撃手段であるナイフを投げつける。だが、やはり弾幕によって阻まれ、ナイフは塵一つ残らなかった。

 

「…魔理沙、一旦引こう。ここにいると霊夢の邪魔になる。霊夢、ごめん!」

 

「情けないが、お前の言う通りだな。霊夢、あとは任せたぞ!」

 

「気にしないで。異変解決は私の仕事だから。」

 

もう戦えるのは霊夢だけだ。霊夢に全てを託して気を失っている姉さんを庇いながら来た方向へと走り出す。屋敷の中でも西行妖から遠い場所なら幽霊も少ないし、流れ弾もほとんど来ないはずだ。

 

「っ!藤也、後ろだ!」

 

「へっ?」

 

魔理沙に言われて背後を振り返る。もう反魂蝶が目の前まで迫っていた。咄嗟に頭を動かして避けようとするけど、間に合わない。

もう終わりか。そう思って目を瞑ったが、いつまで経っても意識ははっきりしたままだ。

 

「間に合ったか。」

 

聞き覚えのない、大人びた女性の声が聞こえる。意を決して目を開くと、映った景色は冥界のそれではなく虚空の上に無数の目玉が浮いているような、不気味な空間だった。抱えていたはずの姉さんもいなくなっている。

 

「間一髪だったよ。…紫様も困ったものだ。もう少し早く決断してくれたら、余裕を持って助けられたというのに。」

 

「…あなたは?」

 

この空間の中で声を発したのは、狐の尻尾が生えた金髪の背が高い女性だ。女性が被っている帽子の左右に大きなとんがりがある。狐の耳もあるんだろうか。

 

「ああ、すまない。私は八雲藍、紫様の…スキマ妖怪の式だ。」

 

「隙間妖怪の?」

 

隙間妖怪…神隠し『隙間妖怪の悪戯』の主犯。偶然とはいえ、姉さんを攫った本人だ。まあ、結果として僕は姉さんと再会できたし、他にも色々といい出会いがあったから、今更恨むつもりは毛頭ないんだけど。

 

「聞きたいことがある、という顔だな。まず、君は死んでいない。反魂蝶が君に触れる寸前に、私が君をこの空間へと移動させた。そして、この空間は紫様の『境界を操る程度の能力』によって生み出された仮初の空間だ。ここまでの内容で質問はあるか?」

 

「あ…いえ、大丈夫です。助けていただき、ありがとうございます。」

 

「気にするな。…それと、霊夢のことも心配する必要はない。西行妖は紫様が直々に対処しに向かわれた。あれは異変という規模を逸しているが、紫様が向かわれた以上、すぐに解決するだろう。」

 

それなら安心だ。幻想郷を創るくらいに並外れた存在なら、西行妖をどうこうするのも容易いだろう。

 

「姉さんは?」

 

「十六夜咲夜か。彼女は回収していない。今は霧雨魔理沙が…いや、既に目覚めているな。戻るか?」

 

「うん、姉さん達が心配してるだろうから。」

 

「そうか。戻ったらそのまま白玉楼で待っているといい。事が終われば、紫様がこの空間を介してお前達を帰してくれるだろう。それと、橙の相手をしてくれたそうだな。あの子へのご褒美は私が渡しておくから、君からのお礼は不要だ。」

 

藍さんが言うことだけ言い切ると、一瞬だけ落下するような感覚がして、目の前の景色が白玉楼に戻る。…藍さんは橙の知り合いだったのか。うむむ、ちゃんと橙に謝っておいてよかった。もし橙に嫌な思いをさせたまま別れてたら、藍さんにボコボコにされてたかもしれない。

周りの状況を確認する前に、何かにぶつかって仰向けに押し倒される。姉さんだ。

 

「藤也っ!ああ、藤也…無事だったのね。良かった…」

 

「藍さんっていう、隙間妖怪の…えっと、式?に助けてもらったんだ。うん、無事だから、無事だからちょっとどいて、姉さん。起きられない。」

 

「ダメ。藤也はお姉ちゃんに心配かけたんだから、大人しく…」

 

「でも今じゃないよ、姉さん。魔理沙だって見てるし。やるならせめて帰ってからにして。」

 

姉さんが『お姉ちゃんモード』に入った。他に誰もいなかった霧の湖ならともかく、ここじゃ恥ずかしすぎる。魔理沙の視線が痛い。

 

「むう…その代わり、帰ったら藤也はお姉ちゃんの抱き枕だからね。」

 

「…分かったよ、姉さん。」

 

なんとか説得できたけど、帰った後の徹夜が確定してしまった。そんな状況で眠れるわけがない。

姉さんがどいてくれたので立ち上がるが、姉さんは僕の腕を掴んだまま離さない。…まあ、それくらいなら別にいいんだけどさ。

 

「あー…なんだ。随分と仲がいいな、お前ら。」

 

「あはは、まあね。藍さんは白玉楼で待っていろって言ってた。隙間妖怪が帰してくれるんだってさ。」

 

「紫が来てるのか。アイツが異変に介入したってことは、あの妖怪桜は相当ヤバいやつみたいだな。」

 

魔理沙が微妙な表情で言うのを僕も曖昧な表情で肯定する。少なくとも、幻想郷に来る前の『お姉ちゃんモード』はここまで極端じゃなかったんだけどな。

白玉楼の中を物色しようとする魔理沙を引き止めながら待っていると、どこからともなく紫色のワンピースを着た、長い金髪の女性が現れた。

 

「初めまして、望月藤也くん、十六夜咲夜ちゃん。私は八雲紫。ご存知の通りスキマ妖怪よ。」

 

「あ、西行妖への対処はもう終わったんですか?」

 

紫さんが纏っている貫禄すら感じるオーラとは違って、本人はかなりフランクな性格みたいだ。興味津々といった様子で、僕と姉さんの顔を交互に見ている。

…しかし、幻想郷の有力者というのは、何故こうも女性ばかりなんだろう。それも、全員が()の1文字を修飾に使うような。

 

「西行妖が中途半端な力しか出せてなかったおかげでなんとかなったわ。…満開になってたら、私でも厳しかったかも。3人ともお疲れ様。今すぐにでも帰れるけど、どうする?」

 

「私は帰るぜ。送ってくれるんだろ?早くしてくれ。」

 

「はいはい、またね魔理沙。」

 

疲れ果てた声で魔理沙が言うと、魔理沙の身体はなんの前触れもなく消え失せた。床に置きっぱなしだった箒も一緒に消えている。

 

「僕達も帰ろうか、姉さん。」

 

「ええ。お願いします、八雲紫さん。」

 

「お易い御用よ。それと、遠くない内に宴会の案内が届くと思うから、来てくれると嬉しいわ。」

 

微笑みながら手を振る紫さんを見ていると、急に目の前の景色が紅魔館の正門前に変わる。…変な感覚だ。少し酔ったかもしれない。

 

「宴会?」

 

「異変解決後には宴会をやるのが伝統らしいのよ。前の異変の時も開かれたしね。異変を起こした側も参加するのよ。」

 

なるほど。もちろんお祝い的なところもあるんだろうけど、異変による禍根を残さないように、犯人側も含めて大円団に持っていくという意味もあるんだろう。

 

「さ、早くお嬢様に報告しましょう。眠たくなってきたわ。まあ、美鈴は起こさないとだけど。」

 

相変わらず立ったまま眠っている美鈴さんの額にナイフを投げつけてから、姉さんは正門を開けた。最早何も言うまい、どうせ明日には治ってるだろうし。



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新聞屋と妖精、そして幽霊

「一気に春になったなあ。」

 

昨日までの寒さが嘘のようになくなって、防寒着達はこれから半年くらいはお役御免だ。山の方には桃色の花を咲かせた木がちらほらと見える。

異変が解決した翌日、お嬢様から1日の休暇を貰ったから紅魔館の庭でのんびりしている。姉さんは自分からその休暇を断っていたけど、過労で倒れたりしないだろうか。心配だけど、僕もまだ疲れが残っているから進んで手伝う気にはなれない。一晩中抱き枕になったことで少しでも姉さんの疲労回復に貢献できていたらいいんだけど。

 

「ふぁあ…眠い…」

 

ちょっと早いけど昼寝でもしようかな。昨晩は抱き枕の刑のせいで、異変で疲れ果てていたというのにほとんど眠れなかったのだ。…どうして姉さんはあんなになっちゃったんだろう。『十六夜』と『望月』の人格が統合された弊害だろうか。

 

「おやおや、噂の弾幕少年は寝不足ですか?」

 

「…うん?」

 

仰向けになって目を閉じようとしたところで、不意に聞こえた声に目が覚める。サイズの小さい赤い帽子を被った、黒髪の少女が僕の顔を覗き込んでいる。顔がぶつからないようにゆっくりを身体を起こしてその少女の方を見る。

白いフォーマルなシャツに、黒いミニスカート。背中には黒い羽毛の翼が生えている。そして、右手にカメラを持っていて、シャツの胸ポケットにはメモ帳が差し込まれている。まるでジャーナリストのようだ。

 

「あーっと…ここ、紅魔館の敷地内ですけど。」

 

「おっと、それは失礼いたしました。アポイントメントを取ろうとはしたのですが、門番さんが寝ていらっしゃるので仕方なく。」

 

「ああ、そう、それはすみません。僕に何か用事でしょうか。」

 

正門の方に一瞬だけ姉さんの気配がしたし、美鈴さんに関しては大丈夫だろう。…かと思いきや、今度は僕の隣に姉さんが現れた。

 

「いつぞやのブン屋じゃない。私の弟に何か?」

 

「これはどうも、十六夜咲夜さん。前回の異変後以来ですね。今回も取材に来たんですよ。異変解決に協力した弾幕少年がいると聞きまして。」

 

「好きにしなさい。ただし、館の中には入らないことと、本人が嫌がる質問はしないことね。どっちか1つでも破ったら今晩のメニューに焼き鳥が追加されるから。」

 

「おお、怖い怖い。お姉さんが過保護なのも噂どおりです。」

 

ブン屋…新聞屋のことか。姉さんは最後に大量のナイフで新聞屋の少女を包囲してから姿を消したが、少女の周りに突風が吹き荒れてナイフはあらぬ方向へ飛んでいった。

 

「それじゃ、まずは自己紹介からですね。私は射命丸文と申します。『文々。新聞』という名前の新聞を発行している鴉天狗です。」

 

アリスさんの家に置いてあった新聞もそんな名前だったかな。変わった名前だったからよく覚えている。

 

「発行…記事を書くだけじゃないってことですか?姉さんは文さんのことを新聞記者じゃなくて新聞屋って呼んでましたし。」

 

「その通りです。取材して記事を書き、印刷して営業に回って、配達するまで。全部私一人でやってるんです。不定期ではあるんですけどね。」

 

全部1人でやってるのか…むしろ、不定期でもしっかりと継続して発行しているのは凄いんじゃないだろうか。

幻想郷の印刷技術がどうなっているのかも気になるけど…今はその時じゃないな。

 

「それじゃあ、まずは…」

 

 

──────────

 

 

「ふむ…それじゃあ次で最後にしましょうか。家族…というより、紅魔館の面々以外で最も尊敬している人は?」

 

「…アリスさんかな。幻想郷に来た僕を助けてくれたり、色々と恩人だからね。」

 

幻想郷に来た経緯や紅魔館での出来事、今回の異変での行動の他に個人的なことも幾つか話して、50分くらいで文さんの取材は終了した。メモ帳にペンを走らせている文さんは満足げな表情をしている。

 

「いやあ、ありがとうございます。お陰でいい記事が書けそうですよ。まあ、今の質問は趣味みたいなものなので、記事には載せないんですけどね。」

 

「文さんの新聞って結構人気なんですか?」

 

「ええ、そうですよ。人里向けと妖怪向けの2つを出してるんですけど、人里向けのは大量に売れてますし妖怪向けのもそれなりの購読者がいますね。どうです?あなたも『文々。新聞』、購読してみませんか?1年間契約すれば最初の1ヶ月は無料、そこから更に2ヶ月は半額ですよ?」

 

「あー…お嬢様と相談してから考えます。」

 

いわゆる給料というものはないけど、お嬢様は必要に応じてお金を出してくれるそうだ。紅魔館の収入源が何なのかは知らないけどかなりの貯蓄があるらしい。

 

「おや、それは残念ですね。あ、それとは別であなたの記事を載せた新聞はプレゼントしますので。では、私はこれで!」

 

最後に1枚だけシャッターを切ると、文さんは黒い翼を羽ばたかせて飛び去った。…速いな、風を切る音がここまで聞こえてくる。

昼寝するつもりだったのに、すっかり目が覚めてしまった。折角だし、湖の畔を散歩しよう。釣りも試したいけど…釣竿が無いからね、仕方ない。額から血を流している美鈴さんに一声かけてから霧の中を進む。

少し歩いていると、見覚えのある緑色のサイドテールの妖精が他の妖精達と遊んでいるのが見えた。

 

「やあ、大ちゃん。」

 

「あ、藤也さん!こんにちは。散歩ですか?」

 

「うん。えーっと、そっちの妖精は?」

 

他の妖精よりもサイズが一回り大きい、白い服に身を包んだ明るい茶髪の妖精が手足をバタバタさせながら弾幕をばらまいている。

 

「あの子はリリーホワイトちゃんです。春を告げる妖精なんですけど、中々来なかった春がようやく来たからちょっとテンションが上がってるみたいですね。」

 

「春!春!はる、が、きた!はるううううう!」

 

「ちょっと?」

 

リリーホワイトとかいう妖精の様子は、どう考えても()()()()テンションが上がっているなんてレベルじゃない。自分がばらまいている弾幕が他の妖精達を巻き込んでいるのにも気付いていないし、テンション上がりすぎてトリップ状態に陥っている。

 

「あはは、他の子を巻き込んじゃうのは困るなあ。…面倒くさいし、さっき復活したっぽいチルノちゃんに全部投げちゃお。藤也さん、少し一緒に歩きませんか?」

 

大ちゃんはリリーホワイトやその被害を受ける妖精達から目を逸らして僕の隣に立った。この子、意外とドライな一面もあるな。

 

「…まあ、いいけど。」

 

基本的には思慮深い大ちゃんが言うのなら、実際にチルノで何とかできるんだろう。あの時も、弾幕の構成に致命的な欠陥があっただけで氷の弾丸は当たればかなりの脅威になる。

 

「やった!それじゃあ、どこ行きます?」

 

「うーん、特に考えてはいないけど。…そうだ、確か向こう側に古びた洋館があったよね。そこに行ってみようかな。」

 

紅魔館から霧の湖を挟んだ反対側辺りにかなり古い洋館が建っていた気がする。目的地に定めるなら丁度いい距離だろう。

 

「えーっと…あそこですか。いいですね、行ってみましょう!」

 

結局リリーホワイトのことは完全に無視して畔を2人で歩く。それにしても、大ちゃんは妖精なのにしっかりしてるな。妖精メイド達はあまり役に立たないし、そこら辺の木っ端妖精も何かを考えているようには思えない。チルノは…あれでも妖精の中では頭がいい方なのかもしれない。

 

「…どうしたの、大ちゃん。」

 

大ちゃんは僕の周りをくるくると周りながら、僕のことを見つめている。…気になるものを見つけた猫みたいで可愛いな。

 

「あ、いえ。よく考えたら、私達のことを怖がらない男性の方って凄く珍しいので。」

 

珍しいからってそんなにまじまじと観察するようなことがあるのだろうか。同じ男性でも、筋肉ムキムキのプロレスラーみたいな人だったら気になるのも分かるけど。

 

「ああ、うん。幻想郷の有力者って殆どが女性だからね。…妖怪にも男性ってちゃんといるよね?」

 

幻想郷に来てから、人里以外で男性に会った記憶はない。でも、そんな状態に強い違和感を感じる事もあまりない。性別は画一的でも性格は千差万別だ。

 

「妖怪の山にいる天狗や河童には男性もいるんですけど…河童は滅多に山から下りませんし、天狗が相手だと逆に私達が逃げる側なんですよね。それと、魔法の森のどこかで妖怪と人間のハーフの男性が古道具屋さんを開いてるって聞いたことがあります。」

 

妖怪の山は危険らしいから天狗と河童は無理だけど、ハーフの古道具屋の方は大丈夫そうだ。また暇ができたら行ってみようかな。

 

「お、見えてきたね。」

 

段々と霧が晴れてきて目的の廃洋館が見えるようになった。結構立派な屋敷なんだろうけど、紅魔館を知っているせいで相対的に小さく見えてしまう。

 

「改めて見てみると結構綺麗ですね。誰か住んでいるんでしょうか?」

 

「さあ…どうだろう?」

 

扉に使われている木材の塗装が剥げていたりと、建物自体は随分と古いけど、窓は綺麗に拭かれていて蜘蛛の巣もある程度取り除かれている。誰かが住んでいそうな雰囲気はするけど…

 

「…ちょっと中を探索してみようか。」

 

「それって大丈夫なんですか?もし人が住んでいたら…」

 

「もちろん、まずは人がいないか確かめるよ。さあ、行こうか。」

 

扉をゆっくり押すと、ギギギと大きい音が鳴る。重いな、蝶番が錆びているのかもしれない。

ロビーフロアに入る。天井に吊るされた豪奢なシャンデリアや壁にかけられた燭台には明かりが一切灯っていない。溶けきった蝋燭がそのまま放置されている。

 

「ごめんくださーい!」

 

「ど、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

2人で声をあげても、人が来る気配はしない。普通なら、来客があってもすぐに対応できるように誰かが控えているはずなんだけど。

 

「誰も来ない…ってことは、妖怪か何かが住処にしているんだろうね。…ねえ、大ちゃん。怖いなら帰ってもいいよ。もし僕が襲われても、吸血鬼級の大妖怪でもない限りは逃げ切れるから。」

 

大ちゃんの方を見ると、ぷるぷると震えながら両腕を寄せて拳を握り締めている。明らかに怖がって…うん?ちょっと待って、そのポーズはまずい。…目のやり場に困るな。今気づいたけどこの子、背丈の割に胸のサイズが大きい。

 

「いえ、その、怖いんですけど…気になります。…でも、怖いです。」

 

…何を考えているんだ、僕は。とにかく、大ちゃんは怖いけど洋館の中への興味の方が勝ったみたいだ。

 

「それじゃ、お互い離れないようにしよう。どうしてもって言うなら僕の服でも掴んでおけばいいから。」

 

左手で大ちゃんの手を掴んで、右の手元に能力で光を発しながら洋館の中を歩く。家具や照明は一切手入れされていないけれど、屋敷の中は綺麗に掃除されていて窓には水垢すら付いていない。

 

「うん?ここは…」

 

1箇所だけ中途半端に空いている扉があって、その中を覗くと、バイオリンやトランペット、キーボードなどの様々な楽器が散乱していた。何百万円もしそうなピアノまで置いてある。

 

「…あれ、結構手入れされてる。普通に使えるよ。」

 

アコーディオンを手に取ってドレミファソラシドと鳴らしてから、軽く『かえるのうた』や『チューリップ』を弾いてみる。…懐かしいな、小学校の音楽会を思い出す。姉さんは何を弾いてたっけな。

 

「楽器…もしかして。」

 

「大ちゃん、何か知ってるの?」

 

「…あら、誰かいるの?」

 

扉の方から声がしたのでそっちを見ると、3人の少女達が興味深そうな様子でこっちを見ていた。

 

「…君達がこの屋敷に住んでる子か。ごめんね、この廃洋館が気になってさ、少し探検させてもらってたんだ。」

 

「んーん、大丈夫だよー。」

 

3人の中で1番背の高い薄桃色の服を着た子がぐっと近寄ってくる。話を聞くと、彼女達は昔からここに住んでいる幽霊の三姉妹らしい。姓はプリズムリバー、黒い服に金髪の子が長女のルナサ、薄桃色の服に白い髪の子が次女のメルラン、赤い服に茶髪の子が三女のリリカ。大ちゃん曰く、幻想郷で有名な演奏家姉妹だそうだ。

 

「昨日は冥界のお嬢様に演奏を頼まれたんだけど、急にキャンセルされて、代わりに数日後に開かれる異変解決祝いの宴会で演奏することになったんです。」

 

「そうそう、なんでも博麗の巫女以外に男の子が異変解決に協力してたんだってさ!弾幕やってる男の子なんて見たことないよ!」

 

「紅魔館のメイドさんの弟らしいから、多分同じ銀髪の…あれ?」

 

真っ先に気付いたリリカに続いて、メルランとルナサも僕の方を見る。…文さんといい、一体どこから噂が広まったんだろう。

 

「もしかして、あなたが噂の?」

 

「そうだよ、僕は望月藤也。紅魔館のメイド長の弟で、異変解決に協力した1人だ。」

 

「そうでしたか。それで、手元の光があなたの能力ですね。『光を操る程度の能力』だと聞いています。」

 

「本物だ!こんなに早く会えるなんて、すっごくラッキーだよ!」

 

「ねえねえ、さっきアコーディオン弾いてたでしょ?聴いた感じだと、多分もっと難しい曲でもいけるんじゃない?」

 

有名人らしい僕に会ったことで、三姉妹が三者三様の反応を返す。…性格がまるっきり出てるな。ルナサは真面目で落ち着き払っていて、メルランは元気はつらつで天真爛漫、リリカは人懐っこくて観察眼が鋭い。

 

「えっと…うん、これが僕の能力。他にも光を物質化させたりとか色々できるんだ。…アコーディオンは外の世界で少し練習したことがあってね。まあ、人並みには弾けるかなって程度だよ。」

 

「そうだ、いいこと思いついた!宴会での演奏さ、5人でやろうよ!私達と、藤也さんと、そこの子で!」

 

「ふぇっ!?…む、無理ですよ。私、楽器なんて触ったこともないのに…」

 

大ちゃんは肩をびくりと震わせて、凄いスピードで首を横に振っている。そりゃあ、蚊帳の外に追いやられていたのにいきなりそんな突拍子もない提案をされたら驚くよ。

 

「メルラン、無理言わないの。5人で演奏するとなると、2人は私達の近くにいなきゃならないのよ。私とあなたの音がリリカの音で中和される前に2人の耳に入ってしまうわ。」

 

「ルナサ姉さんの言う通りだよ、メルラン姉さん。私達は3人だからこそ最高のバランスを保って最高の演奏ができるんだよ。望月さんとそこの妖精の音が入ったら、いくら私でもバランスとれないよ。」

 

「んー、それならしょうがないなあ。楽しそうだと思ったのに。」

 

2人の説得でメルランも諦める。話を聞く限りだと、僕達の技術以外に何か事情がありそうだ。

 

「えっと…なにかまずいのかな。ルナサとメルランの能力だったり?」

 

「はい。私の能力は『鬱の音を演奏する程度の能力』。私の奏でる音を聴いた者は気分が沈み、少しであれば冷静になって落ち着く程度なのですが、それを過ぎるとその名の通り、鬱状態へと陥ってしまいます。」

 

「私のは『躁の音を演奏する程度の能力』って言ってね。姉さんとは逆に、聴いてるとどんどん気分が明るくなっていくの!…まあ、聴きすぎると興奮しすぎてまともに会話できなくなったりしちゃうんだけどね。」

 

そりゃあ確かにまずい。鬱が進んでしまうと最悪自殺までいってしまうし、躁が進みすぎると…正気を失ってしまうんじゃないだろうか。フランのような発狂とは違って、自我のない獣のようになるかもしれない。

 

「ふっふーん、それを私の『幻想の音を演奏する程度の能力』で中和して、他の誰かが聴いても平気なようにしてるの。だから姉さん達の演奏を安全に聴くなら、私の音を介さなきゃいけないってこと。」

 

リリカが両手を腰に当てて、自慢げに鼻を鳴らした。よく見るとかかとも上げている。宙に浮いてるから意味ないんだけど。

 

「それは残念。なら、せめてここでしばらく楽器を触らせてもらってもいいかな?」

 

「それくらいなら構いません。宴会の時は冥界で演奏する予定だった曲をそのまま使いますので、私達の練習も必要ありませんし。」

 

「なんなら私が教えてあげてもいいよ。なんたって私、全部の楽器が得意だからね!」

 

「金管楽器なら私に任せて!ほら、妖精さんも何かやってみようよ!」

 

「ええっ!?あの…その…遠慮します!」

 

おっと、大ちゃんが僕の後ろに隠れてしまった。グイグイくるメルランのことが苦手みたいだ。…チルノと大ちゃんの相性がいいのはわりと奇跡なのかもしれない。

それからリリカに彼女達の十八番だという曲を教わって、日が沈む少し前までアコーディオンの練習を続けた。メロディの部分は問題なく弾けるようになった。リリカの太鼓判付きだ。

僕と大ちゃんは三姉妹に別れを告げてから、廃洋館を後にした。

 

「でも、本当によかったんでしょうか?アコーディオンを藤也さんが貰ってしまっても。」

 

そして、三姉妹から友好の証としてアコーディオンを貰った。赤地に白と黒の模様が入っていて、三姉妹のことを表しているかのようなデザインだ。

 

「本人達が大丈夫だって言ってたからね。…まあ、もしこのアコーディオンがまた彼女達に必要になったら普通に返すから問題ないよ。」

 

アコーディオンを弾けるのはリリカだけらしいし、アコーディオンをくれたのもリリカの提案からだった。だから大丈夫だろう。…どうも僕はあの子に気に入られたみたいだ。大ちゃんに、フランに、リリカ。子供に好かれる才能でもあるんだろうか。

 

「あの廃洋館に行ったのは正解でしたね。私もルナサちゃんと友達になれましたし。」

 

そういえば、大ちゃんも途中からルナサにバイオリンを教えてもらっていた。曲を演奏するまでは行けなかったけど、音を出せるようになって本人は楽しかったみたいだ。

大ちゃんとも紅魔館の前で別れて、ちゃんと起きていた美鈴さんに声をかけてから部屋に戻った。これからもアコーディオンの練習は続けよう。フランはもちろん、お嬢様も興味を持つかもしれないし、紅魔館にとってもプラスになるはずだ。



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異変解決を祝して

「藤也、早くしなさーい!」

 

おっと、妖精メイド達に指示を出していたら思った以上に時間を食ってしまった。…まあ、指示を出したところで結局無駄なんだろうけど。美鈴さんにも頼んであるし、期待しておこう。

荷物を持って大急ぎで玄関へと向かう、今日の夕暮れから異変解決祝いの宴会が始まるのだ。紅魔館から参加するのはお嬢様にフラン、姉さん、僕の4人。姉さんは先に宴会の準備を手伝いに行っている。

風の噂でプリズムリバー三姉妹の演奏会の他にもアリスさんが人形劇をやったり、他にも色々とイベントがあると聞いた。お花見も兼ねてるし、楽しみだなあ。

 

「申し訳ありません、お嬢様!」

 

「おっそい!早く行くわよ!」

 

「さ、行こ行こっ!」

 

日傘を持ったお嬢様達の後ろをキントウンで追いかける。本来なら使用人である僕が傘を持つべきなんだけど、2人分持つのは難しいし、キントウンに乗りながらだと余計厳しいからとお嬢様達に気を遣われてしまった。

よし、明日から美鈴さんにキントウン無しで空を飛ぶ方法を教わろう。後は…能力で分身を作れたらいいんだけど、その場合物質化させた光がお嬢様達に刺激を与えないように…うむむ、どんどん課題が増えていく。

 

「…藤也、どうしたの?難しい顔してるよ?」

 

「あっ…いや、なんでもないよフラン。そういえば、狂気の制御は進んでるの?」

 

あの後も、フランは時々狂気に囚われて暴れているらしい。紅魔館の地下室は特別製で、どれだけ暴れても外に衝撃が届かず、更に壊れても自動で修復されるというから、気付かないのも無理はない。

その地下室の仕掛けを作ったのはお嬢様達の御父上だという。パチュリー様から見ても見事な術式が使われているそうだ。

 

「うん。パチュリーにも手伝ってもらって、何もない時にいきなり狂気に囚われることはなくなったよ。まあ、物凄く怒ったりしたら暴走しちゃうかもしれないけど。」

 

「それならよかった。」

 

よっぽどのことがない限り、フランが神社で暴れるようなことにはならないだろう。

1時間くらい飛び続けて、博麗神社へと到着する。既にそれなりの人数が集まっていて、敷地内にはレジャーシートが沢山敷かれている。

 

「あら、何かしら?前とは様子が違うわ。」

 

「お花見も兼ねてるんですよ。桜も綺麗に咲いてますからね。」

 

鳥居の前に着地して、歩いて神社の境内に入る。そうすると、集まっていた全員の視線がこっちに向いた。…どうしたんだろう?

 

「お、ようやく来たか。悪いなお嬢様方、少し借りてくぜ。」

 

魔理沙にいきなり腕を引っ張られて、危うく転びかける。そして霊夢と姉さんが待っている場所まで連れて行かれて、日本酒の入った盃を持たされる。遠くに見えるお嬢様達もいつの間にかお酒を持っていた。

 

「…どうしろって言うの?」

 

「異変解決に向かった面子で音頭を取るんだよ。掛け声と一緒に酒を飲む。簡単だろ?」

 

「…僕は飲まないからね、お酒。」

 

お酒は二十歳になってからだ。

僕はまだ中学を卒業したばっかりだぞ。そもそもなんで霊夢達は普通に飲む気なんだ。

 

「ちょっと、主役がお酒飲まないでどうするのよ。ほら、皆待ちわびてるわよ。」

 

「…藤也、気持ちは分かるわ。けど、必要なことなの。1杯だけでいいから。」

 

「………分かったよ、ひと口だけ。それ以上は絶対に飲まない。」

 

百歩譲ってもそれが限界だ。郷に入っては郷に従えとは言うけど、それでも無理なものはある。

 

「ま、いっか。それじゃあ…待たせたな!」

 

「異変解決を祝して、乾杯!」

 

霊夢達に合わせて、ほんの少しだけお酒に口をつける。…変な味だ、好きになれそうにない。

 

「藤也、付き合ってくれてありがとう。それじゃあ早速…」

 

姉さんが何か言っているけど、なんだかよく聞こえない。頭もクラクラするし、視界も滲んで上手く歩けない。

 

「あ…れ……?」

 

「藤也、どうしたの?…藤也っ!しっかりして!霊夢、魔理沙!藤也が、藤也が!」

 

「はあ!?たったひと口で倒れたの!?…ったく、布団用意するから少し待ってなさい!」

 

「…酒に弱すぎるのもあるけど、酒が回るのも早すぎるだろ!咲夜、落ち着けって!」

 

 

──────────

 

 

「うーん…」

 

気が付いたら見慣れない天井を見上げながら横になっていた。…何があったんだっけ?宴会だから博麗神社に来て、魔理沙に引っ張られて…

 

「ようやくお目覚めね。大丈夫?」

 

「霊夢…うん。なんか少し頭がふわふわするけど、問題ないかな。」

 

「それは問題ないとは言わないの。…たったのひと口で倒れる人間が存在するなんて思ってもみなかったわ。お陰で大変よ。咲夜はパニックになるし、アリスは物凄い剣幕で詰め寄ってくるし。おまけに吸血鬼の妹までブチギレて、危うく宴会自体が滅茶苦茶になるところだったわ。」

 

霊夢から渡された氷水を飲むと、頭の中の違和感が少しずつ薄れていく。…思い出した。皆に説得されて、仕方なくお酒をひと口だけ飲んだら、それで倒れたんだ。どうやら僕はお酒に極端に弱い体質みたいだ。お酒で味付けされた料理とかは大丈夫なんだけどな。

 

「どのくらい経ってる?」

 

「1時間と少しよ。宴会は普通に始まってるけど…あんたのことが心配で、他のことに手が付かないのもいるわ。さ、早く行くわよ。」

 

霊夢に付き添ってもらいながら外に出る。日は沈んだけれど、皆が桜の木の下で思い思いに騒いでいる。だけれど、姉さんは落ち着かない様子で縁側に座っていた。

 

「藤也…よかった。大丈夫?」

 

「心配かけてごめん、姉さん。もう大丈夫だよ。」

 

…ずっと姉さんに心配かけっぱなしじゃないか。しっかりしろよ、望月藤也。

 

「ありがとう、霊夢。」

 

「ええ。存分に騒いでってちょうだい。…さて、私も呑むか!」

 

霊夢は縁側から飛び出して、魔理沙から酒瓶を受け取っている。…未成年があんなにお酒を飲んで大丈夫なのかな?

アリスさんの人形劇が凄く気になるけど…まずはお嬢様のところに行かないと。お嬢様は境内の隅で折り畳みの椅子に座って料理を口にしながらお酒を飲んでいた。…すこし服装が乱れている。そう言えばフランがキレたって霊夢が言ってたっけ。お嬢様が止めたんだろうか。

 

「お嬢様、申し訳ありません。ご心配をおかけしました。僕のせいでフランも…」

 

「藤也、貴方のせいじゃないわ。だから私のことは気にしないで。…ただ、フランが責任を感じちゃってるみたいでね。あの子と一緒にいてあげてくれないかしら。」

 

「…分かりました、行ってきます。」

 

お嬢様に頭を下げてから、姉さんとも別れて1人でフランを探す。…見つからないな。どこかに隠れているんだろうか?

 

「あ、望月さん。何か探しているんですか?」

 

宴会だというのに刀を提げたままの妖夢さんが話しかけてきた。僕もいつでも能力を使えるように心構えているから、あまり他人のことは言えないけど。

 

「妖夢さん。フラン…宝石のような羽をした女の子を見なかった?金髪で、赤い服を着てるんだけど。」

 

「ああ、あの暴れちゃった子ですね。向こうの蔵の陰にいましたよ。」

 

「蔵…あそこか。妖夢さん、ありがとう!」

 

人の間を縫って、妖夢さんが指さしていた蔵に向かうと…いたいた。蔵の裏で、フランが三角座りで俯いていた。

 

「ふーらんっ。」

 

「あ…藤也…」

 

「話は聞いたよ。大丈夫、皆フランのこと怒ってないから。ほら、行こ?楽しまなきゃ損だよ。」

 

フランの前にしゃがんで、帽子を取ってからフランの頭を優しく撫でる。…元気のないフランを見てると、こっちまで落ち込んじゃいそうだ。

 

「…違うの、皆が怒ってなくても関係ない。私がフランを許せないの。暴れちゃダメって分かってても止められなかった。」

 

「…そっかそっか。」

 

フランがフランを許せない、か。自分の不甲斐なさを腹立たしく感じる気持ちは分かる。僕だって、外の世界で何度その気持ちに苛まれたか。でも、それでも前を向かなきゃ何も解決しないんだ。

 

「今回は無理だったかもしれないけどさ、次は失敗しないように頑張ればいいじゃない。こんなとこでうじうじしてたって何にもならないよ?」

 

「むぅ…」

 

…難しいなあ。正論ぶつけたって響かないのは身をもって知ってるはずなのに、いざ慰める側になるとどう言えばいいのか全然分からない。

僕が立ち直ったきっかけは…悪戯か、悪戯ね…うーん、フランを無理矢理にでも笑わせたら元気になってくれるかな、試しにフランの頬をむにむにしてみる。相変わらずフランの頬は柔らかくてもちもちしてる。

 

「ふにゅっ、にゃにするの。」

 

「ふふふ。」

 

フランのことを無視して、今度フランの頭をわしゃわしゃと撫でる。…悪戯と言っても何すればいいのか分からないな、フランが本気で嫌がることはできないし。

 

「フラン、後ろ向いてー。」

 

「…ん。」

 

今度はフランの髪を解いていく。へえ、フランの髪もこあさん位の長さはあるんだ。面白そう、色々やってみよっと。

 

「…藤也、髪の毛触るの上手だね。」

 

「姉さんの髪をよく弄ってたからね。髪を編むのは得意なんだ。」

 

いい感じだ、フランも段々と元気を取り戻してきてる。…よしよし、こんなものかな。シンプルな三つ編みのカチューシャだ。長めの髪と合わさって落ち着いた雰囲気だけど、フランは控えめに言っても美人だからどんな髪型でもよく似合う。

 

「はい、完成!こんな感じだけど、どう?」

 

サイドテールを留めていたリボンをフランに返してから、スマホの内側カメラでフランに出来上がった髪型を見せる。…吸血鬼は鏡に映らないらしいけど、カメラならしっかり写すことができるみたいだ。

 

「…いいね、素敵!凄いよ藤也!皆にお披露目してくるね!」

 

「待って、僕も行くから。」

 

すっかり元気になったフランは、小走りで宴会の輪の中に入っていく。楽しかったな、また今度姉さんの髪も触らせてもらおう。

 

「じゃじゃーん!見て見て、藤也にやってもらったの!」

 

「お、フランか?いーじゃん、似合ってるぞ!」

 

フランが皆に自慢して、騒ぎの中心にいた魔理沙が反応したことでフランが注目の的になる。

 

「懐かしいわ、私が幻想郷に来る前は毎日藤也が髪をセットしてくれたわよね。」

 

「姉さんが中学に上がってからは3日に1回くらいになったけどね。」

 

フランの髪を躊躇なく触れたのも、幻想郷に来る前に姉さんの髪をずっと触っていたからだ。幻想郷に来てからの姉さんがいつもやっている、もみあげの辺りから三つ編みを結って、その先にリボンを付けるのもよくやっていた髪型のひとつ。まあ、幻想郷に来る前の姉さんはもっと髪が長かったんだけど。

姉さんが持っていた焼き鳥を1本貰って、それを食べながら揉みくちゃにされているフランを眺める。うーん、皆酔っ払ってるなあ。

 

「料理はどこに置いてあるの?」

 

「向こうに見えるでしょ?今回はバイキング形式にしてるから、自由に取ってくるといいわ。」

 

「ほんとだ、それじゃあ行ってくるね。」

 

腹ぺこだしまずは食べなきゃ、騒ぐのはそれからでも遅くない。

 

 

──────────

 

 

「あー、間に合わなかったなあ…分かってたけど。」

 

フランのことが最優先だから仕方のないことだけど、結局アリスさんの人形劇を見ることは叶わなかった。プリズムリバー三姉妹の演奏と同じくらい楽しみにしてたのに。

 

「あら藤也君。ごめんね、人形劇はもう終わっちゃったのよ。」

 

「あはは、残念と言えば残念ですけど、宴会はまだまだこれからですし、めいっぱい楽しみますよ。」

 

紙皿にサラダを盛っているアリスさんが申し訳なさそうに謝ってきた。相変わらず人形達は自由気ままに振舞っているみたいだ。

 

「そう言えば、霊夢と魔理沙とは昔から知り合いだったんですか?この前、霊夢達に対して凄く怒ってましたけど。」

 

「ええ、まあね。話すと少し長くなるんだけど…」

 

アリスさんの話を要約すると、博麗神社の裏山に魔界に通じる洞窟があって、そこから来ていた魔物にうんざりしていた霊夢が魔界に乗り込んで、魔理沙も魔法の研究の為にこっそりそれについて行ったらしい。

そして、当時魔界で生活していたアリスさんが必要以上に暴れる2人を懲らしめようとしたら返り討ちに遭って、2人を邪魔した罰として霊夢にはしばらくこき使われ、魔理沙には大事な魔道書を奪われたらしい。

 

「…っていう話なのよ。同じ時間に他にも2人幻想郷から来てたらしいし、あの時ほど魔界が騒がしかったことはないわ。」

 

「はあ…」

 

魔界…魔界かあ。思ってた以上に斜め上の答えが返ってきて考えが上手くまとまらないんだけど。…とにかく、霊夢には魔物が迷惑だっていう大義名分があるけど、魔理沙は…まあ、うん。図書館と同じようなものか。いや、だからってアリスさんにそんな仕打ちをしていい理由にはならないけど。

 

「当時の私が未熟だったのは認めるけど…グリモワールはそろそろ返してほしいわね。神綺様にアドバイスを貰った魔法の原案だって記してあるのに。」

 

パチュリー様が魔理沙に盗られた本を奪い返す計画を立ててるし、どうせ実行役は僕になるからついでにアリスさんの魔道書も探してみようかな。

 

「あら、向こうで霊夢が何かやるみたいね。行ってみましょ。」

 

「あ、はい!」

 

…やっぱりやめとこう。なんだかんだで2人と仲は良いみたいだし、僕がむやみに首を突っ込むことじゃないか。

 

 

──────────

 

 

「それでは、始めさせていただきます。まずは一曲目…」

 

縁側に座って、遠くからプリズムリバー三姉妹の演奏を眺める。少し休憩だ、悪酔いした雪女のレティさんに絡まれて随分と疲れてしまった。

 

「望月さん、こんな所でどうしたんですか?」

 

色白の肌が少し赤くなっている妖夢さんが隣に座る。妖夢さんの持つお皿には和菓子が沢山乗っている。甘党なんだろうか?

 

「少し休憩。妖夢さんは彼女達の演奏を見なくていいの?元々は白玉楼に呼ばれてたって話だし、妖夢さんも楽しみにしてたんじゃない?」

 

「観るだけならここからでも十分ですからね。…それに、人が多い所は苦手なんです。」

 

意外だな、なんとなくお祭りが好きそうな雰囲気だと思ったんだけど。剣士だから1対1の方がやりやすいのかな?

妖夢さんは僕の右隣に座ってよもぎ団子を口にした。

 

「あれ、幽霊も来てるんだ。…というより、その幽霊も妖夢さんの一部なのかな?」

 

「そういえば言ってませんでしたっけ。魂魄家は半人半霊の家系なんですよ。まあ、両親は亡くなって完全な幽霊になっちゃったんですけどね。生きている家族は音信不通の祖父だけなんです。」

 

なるほど、半人半霊の家系…うん?半人半霊ってのはどのタイミングで人と霊に分かれるんだろう。胎児の時点で母親のお腹の中に人と霊がいるのか、成長の過程で分離するのか、はたまた母親の人部分と霊部分が別々に出産するのか…

うむむ、考えたところで無駄なのは分かってるけど、こんなことを聞くのは失礼どころの話じゃないし、でもやっぱり気になる。帰ったら図書館で調べてみよう。

 

 

──────────

 

 

「フラン、咲夜、藤也!そろそろ帰るわよ!」

 

おっと、もうおしまいか。プリズムリバー三姉妹の演奏会も終わって段々と人が少なくなってきたし、帰るにはいい頃合いだろう。

 

「はーい!楽しかったね、咲夜!」

 

「ええ、彼女達の演奏も素晴らしいものだったわ。」

 

姉さんはお酒が入っているからか、フランが相手でも敬語が抜けて少し明るい性格になっている。フランはちっとも気にしてないんだけど。

 

「あら、あなた達も帰るのね。少し待ってくれない?」

 

キントウンを作ろうとしたところ、紫さんが待ったをかけた。僕達が帰ったら、残るのは紫さんに藍さんと橙、そして霊夢と魔理沙、幽々子さんに妖夢さんだけだ。…幽々子さんまだ食べてるな…大食いタレント顔負けだ。

 

「あら、どうしたの?スキマ妖怪。」

 

「異変解決に協力してくれた2人にお礼を渡したくてね。知り合いに頼んで、ピッタリなプレゼントを見つけてもらったのよ。」

 

「…開けてもいいですか?」

 

「もちろんよ。」

 

紫さんが空間の裂け目の中から取り出した箱を受け取る。箱を開けて中身を見てみると…指輪だ。とても小さな青い宝石が嵌められている。姉さんの方は宝石が赤いけど同じ指輪みたいだ。

 

「知り合いの魔女お手製のマジックアイテムでね、その指輪を付けている者同士が固い絆で結ばれていると、お互いの能力の干渉を受けにくくなるの。」

 

「なるほど…つまり、私が時を止めても藤也は止まった時の中で動けるってことね。ありがとうございます、紫さん。」

 

なるほど、それなら僕が能力で目眩しをしても、姉さんは問題なく動けそうだ。僕は右手の中指に、姉さんは左手の薬指に指輪を嵌めた。…そこに指輪付けるのはちょっと違う気がするんだけど。

 

「それじゃあ2人とも、それに吸血鬼の姉妹も元気でね。霊夢とも仲良くしてくれると嬉しいわ。」

 

「はい、さようなら紫さん。」

 

お辞儀して、目線を戻すと一瞬だけ身体が落下する感覚と共に、目の前の景色が紅魔館の正門に変わる。紫さんがついでに送ってくれたみたいだ。ふう、楽しかった。明日からはまた館の仕事を頑張らないと。



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閑話
パチュリー様の奪還計画


「…藤也、今日こそあの忌々しい白黒から本を取り返すのよ。」

 

終わらない冬の異変が終わってから、1ヶ月くらいの時が過ぎた。今日は魔理沙に取られた本を取り返す為に、パチュリー様に1日駆り出されることになっている。フランも近くの椅子に背もたれを前にして座っているし、フランも作戦に加わるんだろう。

 

「サイクル的に考えると、今日、魔理沙が来る確率は9割以上。私とこあ、それに妹様も加わって魔理沙の足止めをするから、その間に貴方は地図に記してある霧雨魔法店へと侵入、図書館の本をとにかくこの布袋に放り込んで。」

 

パチュリー様から、拡大魔法がかかっているという布袋を受け取る。ふと気になって中を覗いてみると…ロンドンバスが1台丸々入りそうだ。…流石に広げすぎじゃないかなあ?

 

「了解です。図書館以外の本との見分け方は?」

 

「この付箋を本に貼り付けなさい。付箋が紫色に変色すれば、それは図書館の本よ。」

 

なるほど、図書館の本には破損を防ぐための様々な魔法がかけられている。この付箋は、その保護魔法に反応するようになっているんだろう。

 

「…パチュリー様、外から魔力反応です!美鈴さんが魔理沙さんと交戦を始めた模様!」

 

「あら、噂をすれば早速ね。それじゃあ藤也、姿を消して出発しなさい。妹様も準備を。」

 

「はい!行ってきます!」

 

「藤也、頑張ってね!」

 

それじゃあ、行ってくるか。地上階に移動して、光を屈折させて荷物ごと姿を消す。扉を開けるとバレるかもしれないから、予め開けておいた窓から出発する。

姿を消したと言っても完璧じゃないから、目を凝らせば陽炎のような揺らぎが見えてしまうけれど、弾幕ごっこに集中している魔理沙に見つかることはないだろう。

 

「…そろそろ大丈夫かな。」

 

魔法の森に入って、一度透明化を解く。ここからはキントウンに乗って霧雨魔法店を目指す。…キントウン無しで飛ぶやり方も美鈴さんに教わっているけど、まだ碌に飛べないしこっちの方が安全だ。

霧雨魔法店は魔理沙が自宅で開いている便利屋なんだけど、客が来ない上に珍しく来たとしても店主不在の場合がほとんどらしい。まあ、その分依頼された仕事はしっかりこなすみたいだけど。

えっと…今が多分この辺りだからもう少し南かな?あれ、ここはアリスさんの家じゃないか。

 

「…どうしたの満月?あら、藤也君じゃない。」

 

こっそりと立ち去ろうとしたけど、例の男の子人形にバレてしまった。満月っていう名前なのか。青いメイド服の上海みたいに、アリスさんの人形には国や都市の名前が付いてるのがほとんどだけど、満月という都市は…ないよね。何か元ネタがあるんだろうか?

 

「すみません、アリスさん。急いでるので。」

 

「…まあ、どこに向かってるのかは大体分かるわ。魔理沙の家はあっちよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

アリスさんが指さした方向に再発進して5分くらいすると、比較的小さい、西洋風の家が見えてきた。あれが霧雨魔法店か。店名が書かれた立て看板も置いてある。

再び姿を消して、パチュリー様から受け取った鍵で魔法店に忍び込む。鍵穴に合わせて形を変える魔法の鍵だ。さて、ここからが本番だ。魔理沙が帰ってくる前に図書館の本を回収しないと。

 

 

──────────

 

 

「月符『サイレントセレナ』!」

 

「っち!」

 

藤也が霧雨魔法店に侵入した同時刻、紅魔館の地下図書館でパチュリーの弾幕を相手する魔理沙は舌打ちをした。今日はパチュリーがやたらとしつこく食い下がってくるのだ。小悪魔が図書館の扉を封印してしまったので、逃げることすらできない。

 

「ああ、くそっ。しつこいな!光符『アースライトレイ』!」

 

「今日という今日は許さないわ。ひっ捕らえて魔法薬の()()の提供でもしてもらおうかしら。」

 

「…そいつだけは勘弁願いたいな。」

 

このままでは埒が明かない。そう判断した魔理沙は巾着袋の中から水筒のようなものを幾つか取り出し、放り投げて弾幕で穴を開けた。

 

「っ!これは…ごほっ、ごほっ…」

 

穴が空いた容器の中から色とりどりの煙幕が上がり、パチュリー達の視界を埋め尽くす。喘息持ちのパチュリーは煙を吸い込んでしまい、思わず咳き込んでしまう。

 

「パチュリー様!…風よ!」

 

「遅いぜ、彗星『ブレイジングスター』!」

 

小悪魔が風を起こして煙幕を払ったが、時すでに遅し。魔理沙は箒にミニ八卦炉をセットし、そこから放たれるマスタースパークの推進力で図書館の扉を封印ごと突き破った。

 

「あわわっ、逃げられちゃいました!」

 

「大丈夫よ。扉を妹様の部屋に繋ぐ術もとっくに組んであるんだから。」

 

「そういえばそうでしたね。…藤也さんも上手くやれているといいんですが。」

 

パチュリーは扉にかけたその魔法を解き、地下室でフランの相手をしているであろう魔理沙に向けて、ざまあみろと鼻を鳴らした。

 

 

──────────

 

 

「…さて、これで全部かな。」

 

後は付箋を貼っても反応がない本だけだ。…しかし、思った以上に散らかってるなあ。大体の置き場所が決まっているし、ちゃんと本が傷まないようにしてるのは分かるけど…床なんか歩ける場所の方が少ないぞ。

 

「おっと。」

 

言ったそばから何かに躓いて転びかける。これは…まだ確認してない本が残ってた。付箋を貼り付けて…変化なしか。これは図書館の本じゃ…うん?

 

「『Grimoire of Alice』か…うん、僕が触れるべき問題じゃないな。」

 

アリスさんに返してあげたいのは山々だけど…もしも、それが原因で魔理沙とアリスさんの関係が崩れてしまったら目も当てられない。今は無視だ、帰ろう。

 

「ったく、酷い目にあったぜ。フランは明らかに手を抜いてたから助かったけど…」

 

まずい、魔理沙が帰ってきた。透明化しているから見つかることはない。魔理沙とぶつからないように隅っこで縮こまる。

 

「ん?鍵が開いてるな。本が減ってるぞ!?まさか…」

 

ゆっくり、ゆっくりとキントウンを出さずに浮遊して、物に当たらないように気をつけながら開けておいた窓から脱出する。

 

「逃がすかよ!」

 

「ちっ!」

 

流石にバレたか。魔理沙が開けていた窓から放った弾幕に当たって透明化が解けてしまった。魔理沙も窓から飛び出してきて、臨戦態勢に入っている。

 

「美鈴とかパチュリーもやる気満々なのに、お前が来ないのは怪しいと思ってたんだよ!」

 

「…まあいいよ。図書館の本は全部回収させてもらったからね。『フラッシュバン』!」

 

「のわっ!目がっ…目があっ!」

 

手元から激しい光を放って魔理沙の目を眩ませてから全速力で逃げる。現実のスタングレネードよりも弱い光だから失明する心配はない。

 

「こんにゃろ…待てえっ!」

 

「もう復活したの!?」

 

さっきから10秒も経ってないのに、魔理沙はもう視力を復活させて箒で猛追してくる。魔理沙を撒くために森の中に入り込んで、キントウンを消しつつまたまた透明化する。…疲れるんだけどな、これ。

 

「足音…こっちか!恋符『マスタースパーク』!」

 

「光符『ライトニングスパーク』!」

 

極太のレーザーを咄嗟に迎撃したけど、暗い森の中であることも相まって一瞬で押し切られる。すんでのところで躱し、光のナイフで牽制する。

 

「そん中にはまだ読み切ってない本もあるんだ。言ってる通り死んだら返すからさ、もうちょい貸してくれよ。」

 

「僕に聞いたって、図書館の本はパチュリー様の物なんだから答えられないよ。…大体、図書館の中で読めばいいじゃないか。それならパチュリー様だってとやかく言わないよ。」

 

「読みながら実践できないんじゃ意味無いぜ。」

 

弾幕の応酬を繰り返しながら後ずさる。何か魔理沙の気を引けるものがあればいいんだけど。

 

「あ、とうやだ。まりさもいるな。弾幕やってるのか?」

 

「る、ルーミアか。…久しぶり。危ないから僕の背中に隠れてて。」

 

森の中がまた一段と暗くなったと思ったら、足元からふわふわの金髪と赤いリボンがひょっこりと現れた。ルーミアは確か『闇を操る程度の能力』だっけ…最悪だ、能力の出力がまた弱まってしまった。いや、むしろチャンスか?

 

「ルーミア、少しの間でいいからこの場所を最大まで暗くしてくれないかな?」

 

「おっけー。」

 

ルーミアが能力で周囲を更に暗くして、最早何も見えなくなる。そして、警戒してるであろう魔理沙を余所にキントウン無しで上昇、明るい場所に出たところでキントウンに乗ってさっさととんずらする。…よく考えたら、一度取り返しても魔理沙はまた盗みに来るだろうし、何度も取り返しに行く羽目になるのでは?

 

 

──────────

 

 

「…お疲れ様、藤也。盗まれた本はこれで全部だし、中身の本も全て無事よ。アイツ、なんだかんだ丁寧に扱ってたみたいね。」

 

「紅茶淹れましたよ!藤也さんも良かったらどうぞ。」

 

ルーミアのお陰で無事に逃げ切って、こあさんの紅茶を飲みながら本のチェックに付き合う。確かに、魔法店の中は散らかってこそいたけど、本や魔道具は一つ一つ綺麗にされていた。整理整頓が苦手なだけで、かなり几帳面なんだろう。

 

「しかし、魔理沙のことだから魔導書の類ばっかり盗んでるのかと思ったんですけど、哲学書とか小説とか漫画とか、これは…化粧品のハウツー本か。見境なく盗んでるんですね。」

 

「そもそも選別できるような時間は与えてないからね。この漫画は…?」

 

「それは…ああ、この作品か。特殊能力が普通の世界で、能力を持たない少年がヒーローを目指して、ヒーロー養成学校で頑張っていく漫画ですね。一時期、かなり流行りましたよ。」

 

僕も好きな作品だ。同じ週刊誌で連載されてる中でも5本指に入るくらいには。

 

「幻想郷で言えば、能力持ちにただの人間が素手で挑むようなものよね。無謀じゃない?」

 

「それがですね…」

 

「やい藤也、私と弾幕で勝負しろ!本はもういいから、せめて決着を付けさせろ!」

 

おおっと、魔理沙が図書館の扉をぶち破って僕の目の前まで超速で接近してきた。パチュリー様も反射的に魔法を発動しかけたけど、本はもういいという発言を聞いた途端、上げていた腕を読んでいた本に戻した。

 

「分かった、それじゃあ外に行こう。…あーあ、派手にやられちゃってるよ。もうちょっと穏便に済まそうって考えないの?」

 

「パチュリーならこんくらい片手間で直せるだろ。さっさと行くぞ。」

 

パチュリー様の能力を的確に把握している辺り、本当に仲がいいな。この間パチュリー様にそれとなく言ってみたら憮然としてたけど。

紅魔館の敷地から離れて、霧の湖の上空に出る。ここなら、墜落の判定も簡単だ。

 

「正直、明るすぎるのと暗すぎるのが短い間に来たせいで頭がクラクラしてるんだけどな。本気で来いよ。」

 

「おっけー、それじゃあ…いくよっ!」

 

まずは直線的な通常弾幕で牽制しつつ、魔理沙の隙を窺う。そして、魔理沙は星型弾での渦状の弾幕。なんだかんだで弾幕ごっこは魔理沙相手が一番多いし、この辺の手の内はお互い分かりきってる。調子が悪いのも本当だろう。まあ、あれは流石に目に悪かったかな。

 

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

魔理沙が色とりどりのレーザーと共に星型弾をばら撒く。…この間、パチュリー様との弾幕ごっこに付き合った時、パチュリー様は開幕にこれとよく似た弾幕を放ってきた。魔理沙は自分の気に入った弾幕をオマージュするのが好きで、十八番の恋符『マスタースパーク』も誰かが使っていたもののオマージュらしい。

何度も受けた弾幕だ。いつも通りにその場からあまり動かず、最低限の動きで避け続ける。

 

「輝術『光る幻惑ミスディレクション』!」

 

姉さんのスペルカードを真似て、幾千もの光のナイフを方々に投げ飛ばす。姉さんと違って時間を止められないから、完全再現には程遠い。だけど、自分なりのアレンジも組み込めばそれなりの形にはなる。

 

「なるほど、咲夜の弾幕か。…お前、本当に咲夜のことが好きだな。」

 

「もちろん、世界で1番大好きだよ。幻想郷に来たのだって姉さんを探すためなんだから。」

 

「アリスから話は聞いてたが、本当に自分で幻想郷を見つけてやって来たんだな。まったく恐ろしい執念だぜ。」

 

執念か。睡眠時間を削ってまで神隠しについて調べ尽くしたから、あながち間違ってないかな。だけど、姉さんの為なんだから、それくらい当然だ。

姉さんの相手もしたことがあるんだろうか。魔理沙は光のナイフの雨を見事に避けて、通常の弾幕を展開してきた。

 

「こいつはどうだ?儀符『オーレリーズサン』!」

 

魔理沙が袋から取り出したいくつかの球が、魔理沙の周りを飛びながら弾幕を展開してくる。密度が高い上に弾速も速くて、とても避けづらい。どうしても避けられない弾は光の剣で相殺する。

 

「へへっ。流石だな、藤也。弾幕ごっこを繰り返す度に上手くなってるぜ。」

 

「そっちこそ、いつもより調子いいじゃん。頭、痛いんじゃなかったの?」

 

「不利な状況でこそ燃えるタイプでな。次、来いよ!」

 

「陽符『クレイジーサンライト』!」

 

決着を付ける為、切り札級のスペルカードを宣言するが、魔理沙は凝縮した光から距離を取って放射状に拡散する光線に対処する。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

凝縮させた光を何度も投げていると、魔理沙はマスタースパークで真っ白に染まった弾幕を一気にかき消した。いわゆる『ボム』としてのスペルカードの使い方で、スペルカードを使える回数とは別で、ボムとして使える回数を予め決めておくこともある。僕がいつもやっている、光の剣で弾幕を弾くのもボムに含まれている。

 

「ふう、なんとかなったぜ。このまま続けたいところだが…藤也、今何時だ?」

 

「えっと…12時半だね。」

 

「もうそんな時間か。13時から知り合いと約束してるんだ。私から始めといてなんだけど、ここまでにしてくれないか?」

 

魔理沙が申し訳なさそうな顔で言ってきたけど、むしろ丁度いい。お昼も食べなきゃだし、そろそろ仕事に戻りたい。

 

「ううん、大丈夫だよ。結果は引き分けかな?」

 

「まあ、そうなるな。私とお前の戦績ってどうなってたっけ?」

 

「えっと…今日含めて戦ったのが7回で、その内魔理沙が勝ったのが4回、僕が勝ったのは1回だけで残りが引き分けだったかな。」

 

「あれ?2分けなのはともかく、私が3勝で藤也は2勝じゃなかったか?」

 

そうだったかな?姉さんが目覚めてからは毎日手帳に記録を付けてるし、それを見れば分かるんだけど…

 

「ええ?でも1回目は僕が倒れて…」

 

「…あ、そっか。あの時はお前のクソ根性を認めて私が負けってことにしたんだよ。まあでも、あんな無茶をするのはもうやめとけよ?下手をすれば二度と能力が使えなくなったり、最悪死ぬからな。」

 

「分かってるよ。パチュリー様からもキツく言われてるから。約束があるんでしょ、早く行きなよ。」

 

「おっと、そうだった。それじゃあまたな!しばらく図書館に寄るのは遠慮しとくぜ!」

 

魔理沙はミニ八卦炉を箒にくっ付けて、少しスピードを上げながら魔法の森の方角に去っていった。そう言えば魔理沙はフランとも戦った後か。まあ、それならしばらくは遠慮したくなるかな…

 

「藤也。」

 

「姉さん?どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないわよ。早くしないとお昼ご飯が冷めちゃうわ。」

 

「そりゃあ大変だ、すぐ戻るよ。」

 

今日のお昼はなんだろう?戻って食べて、その後また仕事だ。忙しいけど、毎日が充実している。人里にも知り合いができたし、これからも頑張っていこう。



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藤也の親友

「ごめんね、こあさん。付き合わせちゃって。」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。いい気分転換になりますし。」

 

今日はこあさんと一緒に、人里で食料や日用品の買い出しをしている。姉さんと違って、空間を弄った大容量のバッグを使えないから、手の空いていたこあさんに手伝ってもらっているのだ。もちろんパチュリー様の許可も得ている。

人里は幻想郷唯一の人間のテリトリーだけど、人間を襲いさえしなければ妖怪が入っても特に問題ない。文さんも取材や新聞配達にかなりの頻度で来ているらしい。

生モノは最後に買うとして、後は…

 

「勉強セット?」

 

「フラン様が使うものですね。能力の制御とは別に、お勉強もこれから頑張るみたいなんです。話は通してあるので、寺子屋にいる先生に頼めばくれるらしいですよ。」

 

へえ、寺子屋か。日本史の授業に出てくる昔の勉強所だ。幻想郷には義務教育というシステムは無さそうだし、そこが人里の子供達の教育を担っているのかもしれない。

里の人に場所を聞いて寺子屋に向かう。人里と外の境界線に位置しているみたいだ。このまま歩けば竹林があるんだとか。

 

「ごめんくださーい!」

 

「君は…ああ、紅魔館の。少し待っていてくれ。」

 

庭で遊んでいる子供達を門の近くから見守っていた長い銀髪の女性が建物の中に入り、少しするとノートや鉛筆などの文房具を一式持ってきた。教科書のような冊子が無いのは図書館にあるものを使うからだろう。

 

「教材はあると聞いているからね。これで全部…いや、消しゴムを忘れていたよ。すまない!私の机の上にある、新しい消しゴムを持ってきてくれ!」

 

「へいへい。ったく、鉛筆と消しゴムはセットなんだから忘れるなよな…」

 

女性が建物の方に声をかけると、気だるげな男性の声がして足音が遠ざかっていく。寺子屋の生徒は小学生くらいの子供ばかりだし、他の先生だろうか。

 

「…?寺子屋の先生は一人だけって聞いたんですけど。」

 

「ああ、元々は私一人だったよ。彼は数日前に迷い込んだ外来人でね。しばらくここで暮らすことになったから、仕事を手伝ってもらってるんだ。」

 

僕や姉さんは特別な事情があるから、自ら望んで幻想郷で暮らしているけど、それ以外にも外の世界に帰ることなく、幻想郷に残って暮らす人がいるのか。

 

「ほら、持ってきたぞ。確か紅魔館のフランドール…だったか?普通に生徒の中に妖精や妖怪もいるし、その子も受け入れりゃいいのに。」

 

「私もそうしたいのは山々なんだが、レミリア・スカーレットが言うには彼女の能力は非常に危険なものである上、制御は今も訓練中らしい。制御が完璧になればここに通わせることも検討しているらしいが…」

 

消しゴムを持ってきた赤髪の男性は、寺子屋の先生と親しげな口調で話して…え?

 

「紅蓮?」

 

「お姉さんとは会えたみたいで何よりだ。…久しぶりだな、藤也。」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

〜5日前〜

 

「あっ、お久しぶりです日野先輩!」

 

「おう、大体3ヶ月ぶりか。調子はどうだ、東風谷。」

 

藤也の親友、日野紅蓮は中学校の南門前で藤也の後輩である東風谷早苗と待ち合わせていた。昨日、突然東風谷から『聞きたいことがある』とラインが来た時は驚いたぞ。

俺と東風谷は藤也という共通の繋がりで結構話したりしていたが、藤也以外での接点はまるでない。今回呼ばれたのも、十中八九藤也のことだろう。

…東風谷は小学生の頃に両親を喪ったようで、入学したての頃はかなり塞ぎ込んでいたらしい。しかし、同じ書道部の先輩で、更に両親を亡くしたという境遇も一致していた藤也が、東風谷のことを随分と気にかけていたようだ。そして、藤也のお陰でその年の夏の終わり頃には吹っ切れて今の明るい性格になった…と藤也から伝え聞いている。

 

「それで、聞きたいことってなんだ?」

 

「望月先輩のことなんですけど…お姉さんを探すために神隠しの正体を追っていて、卒業式の日には大体の目星が付いていると言ってたんです。それで私も色々調べてみたんですけど、そのほとんどが根も葉もない話ばかりで…望月先輩はどんな情報を手がかりに神隠しを追っていたんですか?」

 

…へえ、なるほどな。藤也の話を聞いてから気になって少し調べるくらいなら別におかしくない。ただ、ほとんどが根も葉もない話だと断定できる程の量を調べて、それで藤也のことが心配で俺に連絡してきたのか。

東風谷が入学してきた頃とは逆に、お姉さんが消えて通夜のようなテンションだった藤也にしつこく悪戯を仕掛けたりもしてたし…つまり、そういうことだろうか。間違いなく藤也は気付いてないだろうが。

 

「口で言うより見せた方が早いな。あいつ…というより俺達で手に入れた情報を色々持ってくるから、西公園で待っててくれ。」

 

神隠しに関する資料は、卒業式前の日曜日に全て俺の部屋に移してある。まあ、幻想郷に関係なさそうなのはとっくに処分したが。

一旦家に戻り、自室の本棚から幻想郷関連の資料を入れたファイルや例の手記をバッグに入れて西公園に向かい、東風谷に資料を見せていく。

 

「まずはこれ、藤也が神隠しの正体を断定した手記。付箋が貼ってあるページだ。」

 

「ふむふむ、隙間妖怪…妖怪?それに幻想郷、ですか。」

 

「そう、それが神隠しの正体だ。だから藤也はその手記にある長野県の社を探しに行ったんだ。…探し始めて4日目の午後以降、藤也からの連絡は一切ないから、多分幻想郷には行けたと思う。そこからお姉さんに会えたかは分からんが。」

 

藤也には能力があるとはいえ、妖怪相手に戦えるかと言われると分からない。まあ、戦わずとも目眩しからの逃げの一手で生き残れはするだろう。

むしろ、能力を持っていないであろうお姉さんが妖怪に襲われ、死んでいるということも考えられる。後になって考えてみれば、藤也がお姉さんに再会できる可能性は限りなくゼロに近い。

もしそう言っても藤也なら迷わず決行するだろうし、再会できていることを願うばかりだが…

 

「なるほど…ちゃんと日付も書いてありますね。確かにこれなら信じることができます。」

 

「他にも幻想郷に関係ありそうな資料が少しだけあるんだが、見るか?」

 

「いえ、もう大丈夫です。これなら望月先輩だってきっと無事ですから。」

 

これで幻想郷に興味を持つかと思いきや、藤也が得た情報の確実性を確認するや否やすぐに手記も返してきた。その安堵に満ちた表情を見ると、東風谷がどれだけ藤也のことを慕っているのかが分かる。

 

「ありがとうございました。これでちゃんと夜も寝られると思います。」

 

「おいおい、眠れないくらいに心配だったのかよ。…また何かあったら遠慮なく相談してくれよな。」

 

「はい!さようなら、日野先輩!」

 

東風谷は頭を下げてから、長い緑髪を揺らしながら公園を後にした。改めて東風谷の顔を見ると、凄い隈が出来ていた。だが、いつも通りの天真爛漫な笑顔は、それを感じさせないくらいに明るかった。

しかし、あれ程までに慕われているというのに、藤也はそれに全く気付かなかったわけか。…藤也が東風谷に向けている感情も特別なものではあるが、あれは弟や妹に向けるようなものだ。色恋とは程遠い。

もし2人が再会することがあれば、藤也も彼女の気持ちに気付くのだろうか?

 

「…折角だし少し走ってから帰るか。」

 

どうせ帰ってもやることないし、藤也や東風谷のことを思うと色々ともやもやする。公園の周りを少し走って、頭の中をスッキリさせよう。

軽く準備体操をしながら公園の景色を眺める。幼稚園児っぽい子供は親に見守られながら砂場や滑り台で遊び、奥の広いスペースでは、お父さんに手伝ってもらいながら自転車を練習している子供がいる。屋根付きのベンチでは小学生がゲーム機を持ち寄ってワイワイと騒ぎ、4人でサッカーをやっている子もいる。

 

「…あれは、危ないっ!」

 

砂場で遊んでいた幼稚園児が、通りがかった野良猫を追っかけて車道に飛び出した。そして、そこを通るトラックからはギリギリ見えないであろう位置。母親らしい人はママ友と談笑していて気付かない。猫は大丈夫だろうが、このままだと子供は無事じゃ済まない。

 

「間に合えっ…!」

 

全力ダッシュで子供の所へ向かい、段々とスローになっていく視界の中で、何とか子供を抱きかかえる。俺が飛び出したことでトラックの運転手もブレーキを掛けたが、もう遅い。子供を庇うようにトラックの方に背を向けて…

…………………

……………

………

 

 

──────────

 

 

「…んあ?」

 

いつの間にか眠っていたみたいだ。しかも、ベッドの上どころか屋内ですらなく、視界に日差しが入り込んで目が眩む。

 

「君、大丈夫か?」

 

近くに座っていた、青が混ざった銀髪の女性に話しかけられる。どうやら俺はしばらくの間ここで眠っていたらしい。

 

「大丈夫…ではないかもな。何故こんな所で寝てたのか分からないし、寝る前に何をしていたのかも思い出せない。」

 

「そうか…少しうちで休んでいくか?休めば何か思い出せるかもしれない。」

 

「いや、そこまで…………ここ、どこだ?」

 

身体を起こして街並みが目に入るが、その光景は俺が知るどの場所とも一致していなかった。道路は舗装されていない…というより、車道自体が存在しない。家屋も軒並み木造で、道行く人々は和服を身に付けている。まるで何十年も昔にタイムスリップしたかのようだ。

 

「この場所に見覚えがないと?」

 

「ああ。」

 

現代とは掛け離れた場所だというのに、この街は随分と栄えている。いや、街という表現さえ正しいとは言えない。村、或いは里と言うのが正解だろう。

 

「そうか、君は外から迷い込んだのか。来てくれ、ここが何処なのか説明すると長くなるからね。」

 

言われるまま女性について行くと、門に『寺子屋』と書かれた看板が立つ建物の中に入り、奥の和室へと案内される。寺子屋か…今じゃ日本史の授業でしか聞かない言葉だ。

 

「座ってくれ。」

 

女性が用意した座布団に腰掛け、女性も座卓を挟んだ反対側に座った。…わざわざ正座しなくたっていいだろうに。

 

「信じられないかもしれないが、単刀直入に言わせてもらおう。ここは、君があそこで目覚める前までいた場所とは別の世界なんだ。」

 

「やっぱり…か。ここは幻想郷で、俺は『隙間妖怪の悪戯』に巻き込まれたってわけだ。」

 

「…どうして知っているんだい?」

 

「神隠しについて調べる機会があってな。結果としてここの存在に辿り着いた。…上手くいってりゃあ、俺の親友がここに来てるはずだ。」

 

せっかく来たんだし、生きてたら藤也に挨拶でも…いや、いいか。あいつとの別れはもう済ませた。今俺がやるべきことはさっさと帰ることだ。

 

「それなら話が早い。早速神社に行きたい…ところだが、今から行くと日が沈んで危険だ。今日は泊まっていってくれ。」

 

…外の日差しは確実に昼のものだったはずだが。仮に15時だと仮定すると…最低3時間半は掛かるってことか。それで神社に参拝客が来るのか?

 

「…それなら仕方ないか、世話になる。俺は日野紅蓮、あなたは?」

 

「上白沢慧音だ。君のことは安全に外の世界に帰すと約束しよう。」

 

ああ、本当にそうしてもらいたい。俺は藤也と違って能力を持っていないし、妖怪にビビりながらの生活なんて真っ平御免だからな。

 

 

──────────

 

 

「…なんだって?」

 

「だから無理だって言ってるのよ。私だってこんなこと初めてだし、理由は分かんないけど…」

 

翌日、俺は慧音から紹介された、魔理沙という俺と同い年くらいの女子に連れられて神社に着いたわけだが、外に帰る手段を持つ霊夢という巫女の話によれば、俺を帰そうとしても、謎の力でそれが拒否されるらしい。

 

「うーん…困ったわね。アイツなら分かるんでしょうけど…紫、藍!橙でもいいから!聞こえてる?」

 

「もちろんよ。さっきから様子を見させてもらってたからね。」

 

「うおっ!?」

 

背後から声がしたかと思えば、振り返ってすぐ目の前に紫色のワンピースを着た金髪の女性が立っていた。

 

「ごきげんよう、紅蓮君。私は八雲紫、スキマ妖怪って言ったら分かるかしら。」

 

「ま、まあな。」

 

この女性が隙間妖怪か…どうやら、妖怪と言っても化け物のような見た目をしているとは限らないらしい。というか、人間と全く変わらない。モデルさんになれるくらいの美人だ。

 

「…で、分かるのか?俺が帰れない理由。」

 

「うーん、ちょっと待っててね。確認してくるわ。」

 

確認?何をだ?それを聞く前に紫は姿を消してしまった。まあ、待てば分かるのなら安心だ。

 

「しっかし、最近は男の外来人と関わる機会が多い気がするぜ。あんたといい、藤也といい。霊夢もそう思わないか?」

 

「私は外来人を外に帰すことはいつもやってるし、そうでもないわ。…ただ、男性の顔見知りと言えば霖之助さんくらいだったし、そういう意味じゃ増えたのかも。」

 

「…へえ、藤也?銀髪青目で『光を操る程度の能力』の望月藤也か?」

 

「おう、新聞でも見たのか?」

 

おいおい、藤也は新聞に載るくらいの有名人なのかよ。お姉さんに会いに来ただけだろうに、何やってんだか。

 

「藤也は俺の親友なんだよ。幻想郷について調べたのも藤也のお姉さんが神隠しに遭ったからだし。…元気にしてるのか?」

 

「親友?驚いたな。藤也なら紅魔館っていう吸血鬼の館で姉弟仲良く働いてるぜ。弾幕の腕も中々だし、搦手なら私や霊夢より上を行くぜ。」

 

「搦手なら、ね。本気でやり合えば私の方が上よ。魔理沙とは五分五分じゃない?」

 

「まあ…そうだな。戦績で言えば私がギリギリ勝ってるけど、『春』の異変を解決して以降は五分なんだよな。」

 

弾幕…魔理沙が道中話してくれた『弾幕ごっこ』のことか。藤也はかなりのやり手らしい。まあ、確かに藤也の能力ならできないこともないだろうが…

 

「…藤也のやつ、幻想郷に来てからはかなり活躍してるんだな。まあ、能力を持ってたし必然なのかもしれないが。」

 

「外での藤也はどんな奴だったんだ?」

 

「そうだな…お姉さんのことが大好きすぎるところはあったけど、それ以外は普通の中学生かな。普通に勉強して、そこそこの成績で、後輩に世話を焼いて…ってことを言っても伝わらないか?」

 

慧音によれば、あの寺子屋が幻想郷唯一の教育施設だという。そして、魔理沙も霊夢もあそこに通ったことはないらしい。それぞれ他の場所で勉強をしていたようだ。

 

「想像はできるぜ。あいつが誰かに世話を焼くってのはこっちでも同じだからな。フランに振り回されて困り顔になってるのはよく見るぜ。」

 

幻想郷での藤也ついて色々聞いていると、今度は霊夢の真後ろに紫が出現する。…一瞬だけ、空間に紫色の裂け目のようなものが見えた。あれが隙間妖怪としての力なんだろうか。

 

「紅蓮君、君の状態が分かったわ。」

 

「俺の状態?」

 

「貴方、魂だけがこっちに来ているのよ。外の世界の病院で貴方は植物状態になっていたわ。トラックに轢かれたらしいじゃない。」

 

「トラックに…?ああ、そうか。…じゃあこの身体は?」

 

曖昧になっていた記憶がようやく蘇る。俺はあの時子供を庇ってトラックに轢かれたのか。相当打ちどころが悪かったようだが、ギリギリ死んではいないらしい。

 

「魂に宿った記憶に基づいて、霊力に近い力でその肉体が構成されているの。つまり…実体を持った幽霊みたいなものかしら。」

 

「…?まあ、それは別にどうでもいいか。とりあえずどうやったら帰れるのか教えてくれ。」

 

「…難しいわ。私の能力でなんとかできないこともない。だけれど…その場合、針に糸を通すような繊細な作業を何度も繰り返さなきゃいけない。一度でも失敗したら貴方は死ぬよりも惨い目に遭ってしまうわ。」

 

「なら、どうすれば?」

 

「…分からない。解決できそうな人には当たってみるけど、しばらくはここで過ごしてもらうことになるかも。」

 

…マジかよ。まあ、人里の中なら安全だろうしそういう面じゃ問題ないが…ったく、仕方ない。しばらくは幻想郷での生活を受け入れるとするか。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「それで、今は寺子屋で慧音の手伝いをしながら居候させてもらってるってわけだ。」

 

「…へえ、そんなことがあったんだ。」

 

買い終えたお肉や野菜を背負いながら紅蓮の話に相槌をうつ。早苗ちゃんか…紅蓮の話を聞く限りじゃ元気そうだけど、久しぶりに会ってみたい気もするなあ。

 

「それとな、もう一つとっておきの話があるんだ。」

 

「とっておき?」

 

首を傾げていると、紅蓮が人差し指と中指を立てて目の前の空間をなぞる。すると、なぞった場所から火が発生した。

 

「…能力?」

 

「そう!一昨日、目が覚めたらいきなり使えるようになってたんだ。『火を使う程度の能力』、お前の能力みたいに派手なことはできないけど、自衛手段としては十分だぜ。…まあ、火事は気をつけなきゃいけないんだけどな。」

 

火か…僕の能力と比べると安全面に配慮するのが難しそうだけど、その分相手もごり押すことができないから紅蓮の言う通り自衛手段としてはかなり有効だ。

 

「それじゃあ僕達は紅魔館に帰るよ。またね、紅蓮。」

 

「おう。もし長期間残ることになったら紅魔館に行くかもしれないから、その時はよろしくな。」

 

紅魔館に来る時は事前に連絡してほしい旨を伝えてから、キントウンに乗って紅魔館へと戻る。結構重いなあ…こあさんに来てもらってよかった。

紅蓮も幻想郷にか…うーん、不思議な偶然だな。幻想郷のことを知っていると、幻想郷に迷い込みやすくなったりするんだろうか。紅蓮は人里で普通に過ごすつもりらしいし、お互い関わることも少なくなるかな?



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萃夢想編
霊夢との手合わせ


「…またお花見?」

 

知らない内に梅雨の季節も終わりを迎えて、今日はお嬢様の従者として博麗神社に来ている。姉さんが珍しく風邪を引いてしまったから、その代理だ。

しかし、神社ではお花見と称した集まりで妖怪達がお酒を酌み交わしていた。もちろん桜の花はとうの昔に散っていて、桜の木には緑色の葉っぱが付いている。

 

「まあね。これじゃあ参拝客も来ないし迷惑極まりないけど、余った食べ物やお酒をくれるし、ちょびっとだけお賽銭も入れてくれるから無下にもできないのよね…」

 

霊夢は評判よりも実利を優先して花見をする妖怪達を放置しているみたいだ。そんなんだから参拝客が来ないんじゃないかな?

 

「それで?あんたらは何の用?」

 

「最近、湖以外の場所でも局所的な濃霧が見られているんでしょう?害は少ないとはいえ、これも異変じゃないの?」

 

ちょっとした用事というのは、霊夢への異変調査の催促だ。春の終わり頃から、幻想郷の各所で濃霧が発生している。初めの頃はただの異常気象として片付けられていたけど、それがずっと続いている上に霧が現れるタイミングでは必ずその近辺で今みたいな妖怪による花見や宴会が行われている。偶然で片付けることはできないだろう。

 

「そう言えばそんな話もあったわね。霧…あんた達じゃないでしょうね?」

 

「まさか。それならこうして催促に来たりなんかしないわよ。」

 

「そうやって容疑者候補から外れたりとか、あんたらがやりそうなことじゃない。」

 

霊夢は犯人がお嬢様だと疑っているみたいだ。紅い霧の異変を起こしたという事実があるから、疑われるのも仕方がない。だけれどお嬢様はもちろん、フランやパチュリー様でもないのは事実だ。

 

「違うわよ。と言っても信じないんでしょうね。」

 

「当然よ。だから…弾幕で確かめさせてもらうわ。」

 

何故そうなる?霊夢がお祓い棒を構えたので、前に出てお嬢様を庇う位置に立つ。面倒事を引き受けるのも従者の役目…だったと思う。

 

「素晴らしいわ、藤也。貴方の実力、怠惰で傲慢な巫女に見せつけてやりなさい。」

 

「仰せのままに。霊夢、真剣勝負だよ。」

 

「ええ、本気でやらせてもらうわ。」

 

霊夢と同じように1本の光の剣を作り出して構える。近くにお嬢様や花見で騒ぐ妖怪達がいるから、あまり派手な攻撃はできない。近、中距離での小さな弾幕や剣によるほぼ直接攻撃がメインになるだろう。

 

「さあ、どっからでも来なさい。」

 

「甘く見ないでよねっ!」

 

光の弾を霊夢に向けて撃ちながら接近、光の剣を振り下ろす。しかし霊夢はその斬撃を結界で防いで、お返しの封魔針が飛んでくる。スレスレのところで横に跳んで躱し、後ろに回り込んで光のナイフをお見舞いするが、霊夢は咄嗟に上昇して回避した。

 

「宝符『陰陽宝玉』!」

 

「こんなもの、斬…ええっ!?」

 

霊夢は取り出した陰陽玉に霊力を込めて投げつける。光の剣で斬ろうとしたけど、陰陽玉にぶつかった剣は真ん中からポッキリと折れてしまった。薄い光の壁で防御しようとするが、一瞬で突き破られる。

 

「いっ…たあ。けど、身体も温まってきたかな。」

 

腕をクロスさせて陰陽玉を受け止める、前に出していた左腕が少し痺れたけど、大したダメージじゃない。緩い追尾性を持つ光弾で霊夢を牽制しつつ、もう一度光の剣を作って構える。

 

「次、行くよ!斬光『光速剣舞』!」

 

空中にいる霊夢の上半身向かって斬撃を飛ばして、下へと誘導する。そして霊夢が石畳に足をついたタイミングで空に逃げるのを塞ぐように展開した弾幕と同時に本命の斬撃を飛ばす。

 

「無駄ね!」

 

霊夢は斬撃にお祓い棒を叩きつけて斬撃を相殺する。ここまでされたら自分の手札がほとんど無効化されるだろうけど、だからといって攻撃の手は止めない。弾かれた斬撃の光を目眩しにして光の剣を投げつけて、更に追加の剣を作って僕自身も突撃する。

霊夢は投げられた剣を軽く横に跳んで躱して、僕の剣とお祓い棒がぶつかって鍔迫り合いになる。

 

「中々、畳み掛けてくれるじゃない…!」

 

「君が飛び抜けた実力を持ってるのは分かってるからね。遠慮なく行かせてもらうよ。」

 

徐々に剣を押す力を強くしていくと、霊夢もまたお祓い棒に同じだけ力を込める。ある程度の力が入ったタイミングで剣を元の光へと分解、霊夢は勢い余ってあらぬ方向へとお祓い棒を振り下ろす。そして隙だらけの霊夢の腕を掴んで、即座に作ったキントウンの上に背負い投げした。

美鈴さんから体術を、妖夢さんから剣術を教わった。弾幕ごっこならともかく、近接戦闘で遅れをとるつもりはないぞ。

 

「あら、優しいのね。…痛いのは変わらないんだけど。」

 

「でも怪我はないでしょ?」

 

硬い石畳に叩きつけて骨を折ったりしてしまったら大変だ。パチュリー様の魔法薬でなんとかなるとはいえ、それでも全治4日か5日くらいはかかるだろう。

 

「正直、あんたのこと舐めてた。でもこれなら思いっきりやれるわね。神霊『夢想封印』っ!」

 

僕のそれとは違う、神聖な力を纏った色とりどりの光が降り注ぐ。跳んで、跳んで、跳んで避け続けるが、着地する一瞬の隙に光が当たって炸裂する。

吹き飛ばされた先にキントウンを出して着地、神社の空を縦横無尽に飛び回って光を避け続ける。

 

「ちっ、狙いにくいわねっ!」

 

霊夢が御札と封魔針、霊力弾を散らしながら接近してくる。上空から見下ろしていると、花見をしていた妖怪達が安全な場所まで離れていくのが見えた。お嬢様の姿は見えない、神社の中に入ったんだろうか?

 

「余所見すんなっ!」

 

わっ、危なかった。レイピアの如く突き出されたお祓い棒をスレスレのところで避ける。…いや、少し掠ったな。頬にピリピリとした痛みが走る。

お互いに距離を取って霊夢は再び御札を飛ばして攻撃、僕も剣を分解してその残滓を弾幕として差し向ける。

 

「光符『ライトニングスパーク』!」

 

キントウンから飛び降りて、下から空を飛ぶ霊夢を狙ってレーザーを放つが…まあ、当たらない。お返しの霊力弾を光の盾で凌いでこっちも光のナイフを投げ返す。

まずいな、霊夢の的確な牽制で接近できずに弾幕戦を強いられている。このままじゃどう足掻いたって僕が不利だ。

 

「…よし、やってみるか。」

 

光の鎧を纏って、それを操ることで空を飛ぶ。やってる事自体はキントウンとそう変わらない。ただ、体勢によって制御する部分を細かく意識する必要があるだけだ。

この方法を使えば、そこに立っている必要があるキントウンと違って空中でも自在に身体を動かせる。

 

「聖弓『フェイルノート』!」

 

封魔針を避けて霊夢の頭上に回り込み、ゼロ距離から弓に番えた光を撃ち込む。神弓『オーティヌス・ボウ』と違って全身全霊の一撃ではないけれど、それでも決め手となるだけの力は込めている。

 

「っ…神技『八方鬼縛陣』!」

 

霊夢は光の矢をまともに受けても怯むことなく結界を張り、僕の動きを封じてきた。金縛りにあったかのように動けなくなって、能力も使えない。しかし、僕だけでなく霊夢も動けなくなっているようだ。

 

「…流石だね、霊夢。」

 

「『博麗』の姓は伊達や酔狂で名乗れはしないってことよ!」

 

霊夢が束縛を解いた瞬間、力が込められた御札に包囲される。そして逃げ場がなくなったところに霊夢がとびっきりの霊力弾を撃ち込んできた。直撃はなんとか避けたけどその力の余波だけで大きく吹き飛ばされた。

 

「おわあああっ!」

 

能力でクッションを作ろうとしても上手くいかず、桜の木の中に頭から突っ込んで落っこちる。大怪我は回避出来たけど、服はそこらじゅう解れて顔は擦り傷だらけだ。

 

「…もういいわ。あんたらが犯人じゃないのは今ので分かったから。」

 

霊夢は何かに納得したようで、御札を仕舞ってお祓い棒も腰に差して臨戦態勢を解除する。

 

「いてて…何を掴んだのさ、今の戦いで。」

 

「特に何かを掴んだってわけじゃないんだけど…まあ、そういうもんなんじゃない?弾幕を通して色々見えてくるのよ。」

 

なんだそりゃ。理屈のりの字もないけど、霊夢らしいっちゃらしいかな。霊夢の直感は大体当たるし、実際当たってるからね。

 

「短い勝負だったけど、中々見応えがあるものだったわね。武器を持ってる者同士の近接戦ってのも悪くないわ。」

 

短い勝負?…本当だ、2分も経ってない。思っていた以上にあっさり負けてしまったようだ。

お嬢様が日傘を差して座り込む僕の隣に並ぶ。顔の傷を診てくれてるみたいだ。

 

「申し訳ありませんお嬢様。勝てませんでした…」

 

「あのね、相手は霊夢だったのよ?貴方が勝ったら私の立つ瀬がなくなるでしょうが。あれ程までに戦えただけで大したものよ。」

 

言われてみれば確かにそうか。魔理沙とようやく互角になってきたくらいだし、普通に考えて霊夢にはまだまだ及ばないだろう。今回は霊夢の専門外である近距離での駆け引きがあったからこそ戦えたんだ。

 

「それで、霊夢。何か言うことはあるかしら?」

 

「なんで部下が負けたくせに上から目線なのよ。…まあ、濃霧の件は調べておくわ。それじゃ、早速始めましょうか。」

 

僕達が戦っていた時はそうでもなかったが、今の博麗神社境内は霧に包まれている。各所で起きていた霧よりは薄いものの、丁度すぐそこで妖怪達がお花見をしている。異変と同じものとみて間違いないだろう。

 

「…なんだ、この程度本腰入れて調べる必要もないじゃない。」

 

霧をぼーっと眺めていた霊夢がそう呟く。早速何か掴んだみたいだ。

 

「あんた達、悪いけどちょっと退いて。さもないと巻き添え食らうわよ。」

 

霊夢に言われた通り、僕とお嬢様は霧が出ている範囲が分かるくらいの距離まで離れる。霊夢の力を感じた妖怪達もお花見を切り上げて森の中へと消えた。

霊夢は弾幕ごっこで使っているのよりも強力な御札を数十枚取り出し、霧の中に張り巡らせる。そしてお祓い棒を掲げて、御札に宿った退魔の力を解き放った。

 

「あんなに思いっきりやったら霧を出してた妖怪が死ぬんじゃない?私ですら危ういんだけど。」

 

「流石にそれは無いと思いますけど…」

 

霊夢の力にやられているのか、霧がどんどん晴れ…いや、違う。霧が収縮している。1箇所吸い込まれるように渦巻きながら集まっている。

霧が集まっている場所から人影が姿を見せる。妖怪が霧に化けていたみたいだ。

 

「今代の巫女も中々やるねえ。上手いこと妖力も消せていたと思うんだが。」

 

霧は2本の角が生えたお嬢様よりも少しだけ背の高い少女へと姿を変える。

 

「私は伊吹萃香。かつて妖怪の山の四天王とも呼ばれた鬼の一人だよ。」

 

腰に手を当てて仁王立ちした少女は、見た目からは想像できない威圧感を放ちながらそう名乗った。



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山の四天王

「山の四天王?随分と古い話じゃない。昔、博麗大結界で幻想郷を隔離した辺りでいなくなったって聞いたけど。」

 

萃香と名乗った少女に霊夢が胡乱げな目を向ける。博麗大結界ができたのが何時なのかは知らないけど、少なくとも僕から見れば大昔の話だろう。

 

「そんな話はどうでもいいじゃないか。…スペルカードルールなんてものができたせいで面白い戦いもなくなって退屈してたんだけど…さっきのは良かったなあ。久しぶりに熱くなれたよ。」

 

「あっそう。それで、なんで霧なんかに化けてたのよ。花見妖怪達も関係あるの?」

 

萃香はガッツポーズをとって満足気な笑みを浮かべているが、霊夢は一切取り合わずに本題に入る。疲れてるんだろうか。

 

「そうさ、妖怪を集めていたのは私だよ。私は『密と疎を操る程度の能力』ってのを持っていてね。…今年は誰かさんが『春』を奪ってくれたおかげで花見の季節がすぐに終わっちゃっただろう?だから私はそれを使って妖怪達の密度を高くしたのさ。そうすれば自然と宴会なり花見なりが始まって、私も能力で霧になった状態でそれに混ざるって寸法さ。…皆、鬼を見るとビビっちゃうからね。」

 

萃香はつまらなそうに溜息を吐く。あんなに大きな角だと隠すことも難しいだろうし、強者には強者なりの苦労があるということだろうか。それにしても鬼…か。色々な昔話やことわざに出てくる、日本では最もメジャーな妖怪だ。幻想郷は妖怪のいる世界なんだからいつか会うことになるだろうとは思っていた。

 

「…つまり、宴会をやりたかったってだけ?」

 

「そうだよ。まあ、もう十分堪能できたしそろそろやめにしておくよ。…でも、それだとまた退屈になっちゃうね。まあいいや、適当にそこらの強そうな奴に喧嘩でも吹っ掛けてみるかな。じゃ、また来るよ。」

 

萃香のカチコミ宣言に霊夢は霊力弾を以て応えた。面倒事を避けようとしているのが透けて見えるぞ。しかし、萃香はそれを片手で弾き返した。

 

「ボロボロの状態のあんた達と戦っても面白くないからね。今日は金髪の魔女っ子辺りにでも喧嘩を売るとするよ。」

 

「ここに無傷の吸血鬼がいるのが見えないのかしら?」

 

「あんたもこんな天気じゃ全力を出せないだろうに。また場所を改めるよ。じゃあ、備えておくんだね。」

 

そう言い残して萃香は煙となって消えた。西洋の妖怪である吸血鬼の弱点も知ってるってことは、ちゃんと幻想郷の強者については調べているらしい。神出鬼没の戦闘狂…厄介なことに巻き込まれたな。

 

「まあ、これで用事は済んだわ。…代わりに余計面倒なのに絡まれたけど。帰るわよ、藤也。」

 

「了解です。じゃあね、霊夢。」

 

「次来る時はお賽銭を持ってくることね。」

 

霊夢の要求に曖昧に返事してからお嬢様の日傘を受け取る。…早く擦り傷の治療をしたい、姉さんに見つかる前に。まあ、風邪で寝込んでるから大丈夫だろうけど…

 

 

──────────

 

 

「…少なくとも1年はこっちに居なきゃならんってことか?」

 

「ええ。魂の専門家である死神や閻魔様に相談して、なんとか帰れるように承諾はしてもらえたんだけど…今の貴方の魂はとても不安定な状態らしいのよ。一旦幻想郷に魂を定着させてから改めて移動させる必要があるそうなの。」

 

寺子屋の裏手にある狭い路地で、日野紅蓮は紫の報告内容に堪らず天を仰いだ。あーあ…留年確定だな。もし帰れたとしても1年遅れた状態で再スタートか。

 

「…まあ、命には代えられないか。成功率が100パーセントになるまでいくらでも待ってやるさ。」

 

「ええ。…他に何か聞きたいことはある?」

 

「そうだな…事故で今のまま死んだらどうなる?俺の魂とか、外で眠っている身体とか。」

 

「魂はそのまま幻想郷の彼岸へと向かうわ。外の身体は…今は私が細工して植物人間のまま生き長らえるようにしているけど、もし貴方が逝ったらそれも外しておくわね。」

 

知らない内に俺の本体は紫に細工されていたらしい。まあ、植物状態の人間がいつまで生きられるかなんて分からないしその方が有難いか。

 

「分かった。質問はそれくらいかな。サンキュー、紫。」

 

「お易い御用よ。それじゃあ、ちゃんと魂が安定して帰れるようになったら連絡するわ。それまでは死なない程度に幻想郷を満喫してちょうだいね。」

 

そう言い残して紫は姿を消した。幻想郷を満喫か…そうだな、折角だからポジティブに行こう。1年間の長期休暇だ。藤也やお姉さんがいる紅魔館には一度行ってみたいし、能力もある程度扱えるようになっておきたい。

そうとなれば早速やるか。人里から出て、竹林の近くで能力の火を出す。この辺りは人里に近いからなのか妖怪も少なく、集中して能力の開発ができる。時折竹林の方から妖怪兎がやって来るが、彼女達は少しイタズラする程度で人を食べたりはしない。

 

「はっ!」

 

指先から火を出して、星型になぞるとその通りに火も燃え広がる。指を離しても火は燃え続ける。今の俺にはこれ以上のことができない。俺の意思でこの火を消すことはできるが、魔理沙達の弾幕のようにこれを飛ばしたりとかはできないのだ。強く念じてみたり、デコピンで弾いたりしても無駄だった。藤也の能力のように物体化させることもできないし、追求すればするほど扱いづらさが目立ってくる。

 

「どうしたもんかな…」

 

「何を悩んでるんだい?坊主。」

 

うおっ、びっくりした。俺の隣にどこからともなく背の低い少女が現れる。尖った角が2本生えているということは…

 

「鬼?」

 

「その通り。私は鬼だよ。人里の外で人間が何やってるんだい?」

 

「…能力の使い方を探ってるんだよ。」

 

鬼は怪力でありながら頭も良かったはず。何かアドバイスを貰えるかもしれないし、俺の能力の問題点を鬼の少女に語る。

 

「なるほどね。まず聞くんだけどさ、弾幕に拘ることに意味はあるの?」

 

「特別拘ってるわけじゃないけどさ。親友がいるんだよ、紅魔館の望月藤也が。少しでもあいつに追いつきたいってのもあるし…それに、何よりカッコいいじゃんか。」

 

改めて理由を考えたが、結局はそこに行き着いた。高校生になったとはいえ、未だにゲームやアニメの必殺技に憧れを持っている。それを成す為の手段が自分にあるんだから尚更だ。

 

「へえ、望月藤也の友達ね。…簡単さ、とにかく能力を使い続ければいい。筋肉と同じで能力も使ってやれば強くなるんだよ。そうしたら新しいことができるようになるかもしれないし、君自身も何かコツを掴めるかもしれないだろう?頭で考えることも大事だが、時には考え無しにひたすら突き進むことも必要なのさ。」

 

…能力を鍛える、か。そりゃそうだ。熟練度を上げたら新しい技が手に入るかもしれないし、同じ技を使っていけば技が進化するかもしれない。この辺はゲームと同一視してもあながち間違ってないはずだ。

 

「なるほど、参考にするよ。…名前、聞いてもいいか?」

 

「…伊吹萃香だよ。君は?」

 

「日野紅蓮だ。ありがとな、萃香。」

 

「どういたしまして。…是非強くなってくれよ、強い奴が増えるのはいい事だからね。さて、今日は誰と戦おうか。」

 

そう言って萃香は霧となって消える。あれが萃香の能力か。回避に潜伏、色々できそうで便利そうだな。弾幕に使えるかは分からないが、鬼の怪力があればそんなの関係なさそうだ。

 

「燃えろ!」

 

とにかく今は能力開発だ。言われた通り、考えずにひたすらに能力を振り回してやる。見てろよ藤也、俺はこんな程度じゃ終わらんからな。

 

 

──────────

 

 

「…はあっ、はあっ。よっしゃ、ようやくだ…俺の必殺!」

 

結局、弾幕のような精密操作はできなかった。その代わり、ただひたすらに能力を使い続けたおかげで出力が格段に上がり、俺の身体よりも大きい炎も出せるようになった。だが、俺の能力の真価はそこじゃなかった。

 

「『オーバーヒーティング』ッ!」

 

俺の能力で出した火を食うことで、全身が熱くなって滅茶苦茶なスピードを出すことができるようになる。体温を急激に上げることで体内のエネルギーを一気に消費し、そのエネルギーで強引に身体を動かしているわけだ。

 

「紅蓮、紅蓮ー!どこにいるんだー!」

 

「…っ!慧音か。どうしたんだ?」

 

「…紅蓮、凄い汗だぞ。顔も真っ赤になってるし。何があったんだ?」

 

「…いや、なんでもない。能力を使いすぎて疲れただけだ。」

 

身体強化を解除して慧音に声をかける。当然、身体を強引に動かしている分、反動もそこそこ来る。強化した分だけ早く疲れるし、強化中に激しく動かした部位にはしばらく痛みが走る。つまり、七つの龍の球を集める漫画の主人公が使ってたアレだ。赤いオーラが出るやつ。

 

「使いすぎは禁物だと何度も言っただろう!全く…夕食の時間だ。帰るぞ。」

 

「がっ!いってえ…」

 

慧音の頭突きが当たった場所を擦りながら慧音について行く。慧音の頭突きはマジで痛い、木刀の稽古で寸止めミスられた時の痛み程度じゃ比較にもならない。

だというのに痛みは残らず、たんこぶが出来たりもしないし手加減はされているんだろう。

 

「ああ、そうだ慧音。」

 

「どうした?」

 

「今朝、紫が来てさ。俺が外に帰るには1年くらい待つ必要があるんらしいんだ。流石に1年も居候されると迷惑っていうなら出ていくけど、どうだ?」

 

今は寺子屋に隣接する住居スペースに居候させてもらっているわけだが、飽くまでもそれは短い期間であることを想定した処置だった。

 

「いや、構わないよ。心配しなくても、金銭面の余裕はある。」

 

「そうか?じゃあこれからも世話になろうかな。…改めてよろしくな、慧音。」

 

…そもそも今の俺は守られる側の人間だったな。であれば慧音の厚意に甘えても罰は当たらないだろう。幻想郷に来て最初に話したのが慧音でよかった。寺子屋の手伝いとかで少しでも恩を返していこう。

 

「ああ。よろしく頼むよ。…それにしても1年か。博麗の巫女の都合で1ヶ月程度居座ることになった外来人は偶にいるが、君ほど長期間幻想郷で過ごす羽目になるのは初めてだな。」

 

「…本来なら死んでいた身だからな。1年くらい軽いもんだ。」

 

全然軽くはないが、死ななかった分の代償と考えてみれば安く上がるだろう。1年犠牲にするだけで0になるはずだった残り人生が数十年増えることになるんだから。

 

「だが、改めて言わせてもらうぞ。人里の外は危険だ。能力持ちの君なら意思疎通すらできない下等妖怪くらい簡単に追い払えるだろうが、万が一ということもある。」

 

「はいはい、分かったよ。遠出したいと思ったらまずは魔理沙に頼んでみるさ。一人の時はこの辺までにしておくよ。」

 

「ああ。それがいい。寺子屋が休みの日なら私に声をかけてくれても構わないぞ。」

 

魔理沙はなんでも屋みたいなことをやってるらしいし、対価を払えば護衛も引き受けてくれるだろう。まあ、肝心の金が手元に無いんだけどな。寺子屋以外にもどこかで働くか?



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魔女と少年と鬼のお茶会

「…へえ、それは残念だったね。」

 

「ああ。大妖怪の恐ろしさってのを改めて実感したぜ。」

 

萃香と出会ってから数日経ったある日、姉さんの風邪が治って仕事に復帰し、それまで姉さんの分も働いていた僕は一日の休みを貰った。今はアリスさんの家で僕、アリスさん、魔理沙の3人でお茶会をしている。所謂アフタヌーンティーというやつだ。元々パチュリー様を呼んでいたみたいだけど、今日のパチュリー様は喘息の調子が悪いから、その代理として来ている。

 

「でも、得るものはあったんじゃない?そういう顔してるわよ、魔理沙。」

 

「勿論だ。相手は鬼だからな。圧倒的なパワー、参考にさせてもらうぜ。」

 

魔理沙は昨日、萃香との決闘を受けたらしい。この間霊夢とやったような、言うなれば『弾幕格闘』みたいな感じの戦いを。

結果、かなりの差をつけられて負けてしまったようだ。口調からほんの少しだけ落ち込んでいる様子が見て取れる。魔理沙は弾幕で負けたくらいで落ち込む性格でもないんだけど…得意分野のパワー勝負で負けたからかな?

 

「それで、萃香はどんな攻撃をしてきたの?その内僕も戦うことになるだろうし、知っておきたいんだけど。」

 

「そりゃあ鬼らしい戦い方だ。とんでもない怪力を持ってる上に戦いの技術も超一流。弾幕こそ単純だが、岩をぶん投げたり、衝撃波が飛んできたりするから距離を取っても油断ならないぜ。」

 

「岩を?よく無事でいられたわね。」

 

アリスさんの人形が淹れてくれた紅茶にミルクを入れてからケーキスタンドのサンドイッチに手を伸ばす。…魔理沙はいきなりケーキを取ったな。図書館の本で読んだマナーを守る必要はなさそうだ。…急いで読んできたのに。

 

「そりゃあ避けたからな。当然向こうも殺さないように加減してただろうし、当たっても大丈夫だったろうけどな。ぶっちゃけ、具体的な対策なんか分からんぜ。…そもそも近距離での戦い方なんざ知らないしな。」

 

うーん、弱点らしい弱点があるわけじゃないのか。なんとか自力で戦っていくしかなさそうだ。搦手がどこまで通じるかの勝負かな…多分。

 

「まあ、紅茶に合わない話題はここまでにしようぜ。…今日のケーキはいつもと味が違うな。」

 

「あらそう?…本当ね、控えめで丁度いい甘さだわ。今日ケーキを作ったのはどの子かしら。」

 

アリスさんがガーデニングしている青い服の人形(上海人形という名前らしい)に視線を向けると、上海人形は満月くんともう一人の人形を指さした。その2人がケーキ担当ということだろう。

 

「満月と和蘭(オランダ)?…ふむふむ、なるほど。満月の提案だって。この子、私達の健康に気を遣ってるみたい。魔女は虫歯にも病気にもならないんだけど…」

 

「意外そうですね。…人形達の自我って後から芽生えてくるものなんですか?」

 

「大まかな傾向は設定はしているけれど、そこからどうなって行くかは人形達次第よ。自主的に成長する訳じゃなくて、色々な人と触れ合って仕草や行動を学習していく感じね。」

 

ふむふむ、なるほど。やってる事はコンピュータの人工知能と同じだけど…学習する内容を自分で取捨選択して学んでるってことか。条件の設定も曖昧なものだし、これって凄いことなんじゃないかな?

他愛もない話をしながらケーキに手を伸ばしていると、森全体が濃い霧に覆われていく様子が見えた。萃香の次のターゲットは森の中にいるらしい。

 

「魔理沙はもう負けたってことは…ここ?」

 

「…まあ、ここだろ。ここじゃなかったらルーミアとかその辺りのレベルまで下がるぞ。」

 

ルーミアか…うん、強くはないな。チルノとほぼ同じレベルだ。ルーミアは力の一部を封印されているという噂を聞いたことがあるけど…出処も分からない噂だし、それだけじゃ萃香は動かないだろう。

霧は目の前の庭に萃まり、背の低い二本角の少女へと形を変える。

 

「…おっと、来るのが分かってたみたいだね。まあ、霧のカラクリがバレてるから当然っちゃ当然か。」

 

「ええ、そうね。悪いけど出直してくれない?今日は戦う気分じゃないし、ご覧の通りお茶会の真っ最中なのよ。」

 

「ふーん?まあ、いいけどね。…代わりと言っちゃなんだけど、お茶会に私も交ぜてくれないかい?西洋のお菓子はあまり食べたことないんだ。」

 

萃香は近くに置いてあった一脚の椅子をティーテーブル前に運んでくる。お茶会やってるのは霧に化けていた時から見えてただろうし、元からこっちが目当てだったのかもしれない。

 

「まあ、それくらいなら構わないわ。寧ろ歓迎よ。」

 

アリスさんは萃香が持ってきた椅子に手を翳し、萃香が座るのに丁度いい高さに変化させた。…そういう魔法も使えるんだ。

 

「いやあ、悪いね。…この茶色いやつはなんだい?」

 

「それはカヌレだな。外はカリカリ、中はしっとりとした食感のお菓子だ。」

 

「外に塗ってるのは蜜蝋だよ。生地は…作り方は別にどうでもいいか。紅魔館の小悪魔さんが作ったんだ。」

 

上海人形が淹れた紅茶を受け取りながら、萃香はカヌレに手を伸ばす。このカヌレはこあさんが作ったのを僕が預かってきたやつだ。こあさんはお菓子作りが大好きなのだ。

 

「じゃあ、いただきます。…美味しいね、気に入ったよ。」

 

「でしょ?」

 

「小悪魔の奴、こんな特技があったんだな。」

 

こあさんの作るお菓子はとっても美味しい。料理が得意な姉さんでも、お菓子作りではこあさんの足元にも及ばないのだ。因みに中華料理は姉さんよりも美鈴さんが上手で、姉さんが一番料理上手なのはその通りだけど断トツってわけでもなかったりする。僕は…味噌汁とか玉子焼きとか、学校の家庭科で習う料理が精々だ。

それと、紅蓮もああ見えて姉さんに匹敵するレベルで料理が上手い。…つまり、僕の周りには料理上手がとても多い。僕もクラスの男子の中では上手い方だったんだけどな。

 

「魔理沙は自分で料理してるの?」

 

「まあな。魔法薬の調合もやってるんだし、それより何倍も簡単な料理なんて出来て当然だぜ。…それよりアリスだ。いつも人形に任せっきりだけど、自分ではちゃんと作れるのかよ?」

 

「当然じゃない。人形達の料理は私のそれを学習させてるのよ?他人が調理してる様子を見る機会なんて、それこそ宴会の準備を手伝いに行った時くらいだからね。」

 

アリスさんは僕が迷い込んだ時も自分でキッチンに入ってたもんね。ただまあ…雑務は大体人形にやらせてるなあ。アリスさん、意外とずぼら?

 

「萃香は?」

 

「私かい?まあ、料理はしないかな。捕まえた猪や鹿を丸ごと焼いたり、大釜にぶち込んで茹でたりするのが精々だね。」

 

鬼という妖怪のイメージに違わず、かなり豪快な調理をしているみたいだ。そのまんま焼いたら臭いも酷いと思うんだけど、その辺が気にならないのも種族の違いなのかな。

 

「しかしまあ、変な奴だな。いきなり現れて勝負を挑んでくるのに断られたらあっさり引き下がるし、だからってお茶会にも強引に割り込んできたわけでもないし。」

 

「そりゃあそうさ。やる気のない相手と戦ったって面白くないだろう?私は強い奴と戦いたいんだ。」

 

萃香はフォークをケーキにぶっ刺してそのままかぶりついている。まあ、元々頑張れば一口で食べられるサイズだから変ではないんだけど。

 

「…そういえば、知っているかい?竹林の兎の話。」

 

「兎…?」

 

「まあ、竹林といえば兎の妖怪だが…それがどうしたんだ?」

 

竹林というのは人里の中央から寺子屋の方角にずっと行った先にある迷いの竹林のことだろうか。その名の通り、慣れない人間が入り込めば延々とその中を彷徨い続ける羽目になるという。姉さんやパチュリー様、他にもいろんな人達からあそこに近寄らないように警告されている。

 

「あそこにいる兎と言えば私と同じくらいの背丈か、もっと低いかってところだろう?だけど、あそこで背の高い兎を見た奴がいるらしいよ。耳を除けば霊夢らへんと同じくらいの身長らしいね。」

 

「兎の妖怪は隠れてイタズラするのが好きな種族よね?身体が大きいのは明らかなデメリットね。」

 

「私も気になったから霧のまま竹林を探ってみたんだけど、どうもあの場所と私の能力は相性が悪いらしい。背の高い兎を見つけはしたが、気付かれた上に撒かれてしまったよ。」

 

萃香はやれやれと首を振って紅茶のおかわりを注いだけど、その2杯目は一気に飲み干してしまった。霧になっての隠密行動を見破られたのが悔しいらしい。

 

「そう言えば僕も気になることがあるんだ。満月の夜のことなんだけど。」

 

「ああ、それなら私もだよ。最近、満月の夜でもあんまり力が沸いてこないんだよね。いつもよりは出るんだが、なんというか…以前が100のパワーアップだとしたら、今は90のパワーアップなんだ。微々たる差ではあるけど、確実に下がってはいるからね。」

 

「そうなんです。お嬢様もそんなことを言ってましたし、パチュリー様の月属性魔法も調子が悪いみたいで。」

 

こあさんも満月の夜にはムラムラするらしいけどそれがなくなったとか。逆に僕の月光の力はいつも通りで、フランも満月の夜にやや暴走気味なのは変わらず。姉さんや美鈴さんはそもそも満月に縁がない。紅魔館内での症状はちぐはぐだったが、パチュリー様が言うには月の魔力に何らかの異常があるのは確からしい。

フランは元々月の魔力の影響を受けやすいから今でも狂気の症状は変わらず、僕の場合は魔力じゃなくて光を利用するだけだから普段使いする分には影響がないらしい。

 

「まあ、数百年前にもこんなことがあった気がしなくもないからね。その内治るだろうさ。」

 

「うーん、私には分からんな。月光を養分にするキノコの育ちはいつも通りだったぜ?」

 

「…それってもしかしてツキミタケのこと?」

 

「ああ。魔法店の近くに1本だけ生えてるんだ。…やらないからな?」

 

ツキミタケというのは、魔法の森みたいに魔力や妖力の濃い場所にしか生えない魔法キノコで、傘の内側に月光を貯める特性を持っているのだ。僕の能力に縁の深いものだからずっと欲しいと思ってたんだけど…

 

「…仕方ないか。ツキミタケと同じ価値のものなんて持ってないからね。」

 

「まあ、いつかは見つけられるだろうさ。…というより、パチュリーも魔法キノコは栽培してたよな?」

 

「それはそうだけど…」

 

魔理沙の言う通り、パチュリー様も魔法薬の材料になるキノコを栽培しているけれど、ツキミタケは月光を必要とするから地下での栽培はほぼ不可能だ。

 

「…あれ、カヌレがもうないや。」

 

「本当だわ、大人気ね。」

 

「おっと、紅茶も切れたみたいだな。…そろそろ終わりにするか?」

 

「そうね。私が用意した分のお菓子が多すぎたわ。本来なら藤也君じゃなくてパチュリーだし、萃香だって来てないはずだったものね。」

 

パチュリー様は魔女になる儀式によって食事が必要ない身体になっているから、少食どころか数週間に渡って食事をしないことも珍しくない。彼女にとって食事とは楽しむ為のものなのだ。

 

「おっと、もう終わるのかい?それなら、残ったお菓子を貰ってもいいかな。」

 

「いいけど…今日中に食べなさいよ。ほら、これに詰めて帰りなさい。」

 

「分かってるさ。ご馳走様、紅茶も美味かったよ。」

 

萃香はアリスさんから受け取った袋に残ったお菓子を詰め込んでから歩いて帰っていった。霧にならないということはお菓子は霧にすることができないのかな?服や瓢箪は一緒に霧になってるはずなんだけど。

 

「それじゃ、またな!パチュリーにもよろしく言っといてくれ!」

 

魔理沙も箒に乗ってさっさと帰ってしまった。来る時も手ぶらだったし忘れ物の心配はないけど…

 

「片付け手伝いますよ、アリスさん。」

 

「それなら食器をキッチンまで運んでくれる?助かるわ、ありがとう。」

 

魔理沙にもこれくらいの気配りができるようになってほしいんだけど…悲しいかな、幻想郷だと魔理沙の方が多数派になりそうだ。



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難儀な能力

「これをこうやって…駄目か。」

 

1週間ほどひたすら自分の能力を使い続け、この能力の使い方がようやく理解できた。

この『火を使う程度の能力』、やはりと言うべきか火を食べて身体能力を上げる方が本体らしい。火を食べて体内に熱気を溜める能力というわけだ。

力を抜けば溜めた熱気は放出できるが、その場合は全身から熱が均等に抜けていくので単なるパワーダウンだ。この熱気の放出をどうにかして攻撃に使えないか色々試しているところだ。

 

「今のは…下級妖怪への牽制にすらならないだろうな。火を出していた方が強いと思うぞ。」

 

因みに人里の外に出る時は慧音に付き添いが必要になった。そうでないと煩いからな。とはいえ、いつもアドバイスしてくれるのでかなり助かっている。

 

「手の熱気だけを指先に集中させたんじゃこんなもんか。」

 

ポップコーンが弾けた程度の威力だ。落ち葉を飛ばすくらいが精々だろう。もう一度火を食べ、今度は右腕の熱を人差し指と中指に集める。そして、手を銃のように構えて熱気を放出した。

 

「おっ、今のは悪くなかったんじゃないか?」

 

「威力自体は悪くなかったが、リーチが短すぎるな。1本に集められないのか?」

 

「それやると多分、俺の肉体が耐えられないんだよな。昨日の二の舞になる。」

 

…確かにこれだと殴った方が早いし確実か。

昨日は全身の熱を掌に込めようとした結果、集めた部分が内側から火傷を負ったような状態になってしまったのだ。特殊な体質のお陰で一晩寝たら治ったが、2度目は勘弁願いたい。あれはクソ痛かった。

 

「リーチと威力の両立がどうにも難しいな。攻撃手段として考えない方がいいのか?」

 

「腕以外の箇所を試したらどうだ?」

 

「…そうだな。」

 

再び火を食って、両腕部分の熱を右脚の膝から下に集中させる。そして中段回し蹴りを繰り出すと同時に熱を解放した。…威力が足りない。今度は両腕に加えて腹部の熱を集めて、蹴りと同時に熱を放出する。

 

「…はあっ!」

 

放たれた熱は強烈な熱波となって扇状に広がる。これなら威力、リーチ共に申し分ない。蹴りや拳の衝撃波で攻撃する、格闘ゲームの必殺技のようなイメージだ。

 

「今のは良かったぞ、紅蓮。」

 

人間、当然腕よりも脚の方が筋肉量が多く頑丈だ。だからかなりの熱を集めても耐えられたんだろう。

中段蹴り以外にも色々な蹴り方で試してみる。オーバーヘッド、ローリングソバット、ドロップキック…身体能力が上がっているからどんな技でも自由自在だ。

 

「慧音、スペルカードルールってのは弾幕じゃなきゃ駄目なのか? 」

 

「原則として弾幕を使わなければならないというだけで、今の攻撃も直接蹴りを入れたりしない限りは大丈夫だが…弾幕を飛ばせず、空も飛べないとなると流石に無理じゃないか?」

 

「やってみなきゃ分かんないだろ。少し相手してくれよ。」

 

火を食った状態でかなり動いたが、まだ動ける。軽く試すぐらいなら問題ない。

 

「仕方ない。…手加減はするが、無茶をするなよ?」

 

「おう。いつでも来い!」

 

火を食って体温を40度くらいまで上昇させる。運動能力の上昇と体力消費の増加のバランスを考えるとこの辺りが最適だ。

俺の準備が完了したのを見て、慧音が宙に浮いて弾幕を放ってきた。スペルカードを宣言していないということは、様子見の通常弾幕ってことか。この程度なら避けるのは容易い。

 

「いくぜっ、『焔脚(ほむらあし)・旋風』!」

 

熱を下半身に集めて大ジャンプ、慧音の目の前で回し蹴りをしながら熱を放出する。慧音は後方に飛んで回避し、距離を取ってスペルカードを宣言した。

 

「悪くない、その調子だ!産霊『ファーストピラミッド』!」

 

さっきよりも密度の高い弾幕。カーブを描くように放たれる弾幕は回避の判断を狂わせる。

弾幕を見切るのに気を取られていると、正面から速い大きな弾が飛んで来た。再び火を食って放出した分の熱を取り戻し、大型弾を殴って打ち消す。

 

「慧音!今のって被弾判定になるか!?」

 

「…分からない!」

 

慧音の表情を見るに、多分アウトになりそうだ。まあそうなるよな。考える前に身体が動いてしまった。

もう一度蹴りに行ってもいいが…それだとまた避けられて終わりだ。能力で生み出す火を上手く利用する必要があるだろう。どうしたもんか。

俺の能力では遠隔で火をつけることができない。慧音の逃げ場を潰すには…

 

「『焔脚・翔撃』!」

 

慧音の真下近くでサマーソルトキックと同時に熱を放出する。熱気は勢いよく渦を巻いて上昇、大きな柱となって熱を撒き散らす。図らずもそれらしい弾幕になってしまったが、これは…

 

「ぐっ…!」

 

想像以上に熱風が強い。熱気の渦は炎の竜巻となり、自分の能力で出した熱に耐性があるのにも関わらず火傷しそうだ。

 

「うああっ!」

 

「慧音っ!」

 

熱風に耐えきれずに慧音が吹き飛ばされてしまった。前腕部を火傷していたし、服には焼け焦げた跡が残っていた。

 

「と、とにかく回収しねえと…!」

 

試したことはないが、俺が出した熱気ならもう一度取り込めるはず…

 

「あっつ!?」

 

無理だ。何故だか分からんがこの熱気、俺が放出した時よりも何倍も熱くなってる。無理に回収すれば全身火傷で死んでしまう。そうなると俺は…輪廻転生すらできなくなるらしい。

 

「おうおう、大変なことになってるねえ。」

 

「す、萃香!」

 

「私に任せなよ。ふんっ!」

 

萃香が拳を構えて巨大化、俺の3倍くらいの身長になって正拳突きを繰り出した。鋭く突き出された拳に押された空気の塊が炎の竜巻を吹き飛ばし、残った小さな火も萃香が踏みつけて鎮火した。

 

「ありがとう、本当に助かった。お前が来てくれなかったら死んでたかもしれん。」

 

「いいってことよ。…それにしても、とんでもない火力だったね。私も直接触れたら火傷してたかも。」

 

「制御できなきゃ意味ないけどな。思ったよりも難儀な能力らしい。…っと、話してる場合じゃない。慧音が怪我してるんだ。」

 

確かあっちの方に吹き飛んでいったはず。早く無事を確認しないと。

 

「…っ!慧音!」

 

少し離れた所で慧音が仰向けに倒れていた。…息はある。気絶しているだけだが…前腕の火傷が酷い。里の医者に連れて行くべきか。

 

「悪い、萃香!俺は先に帰る!」

 

「あっ、おい!里の医者じゃそんな大火傷…もう行っちゃったか。」

 

火を食ってもう一度身体能力を上昇させ、慧音を横抱きにして里に向かって走り出す。既に疲労で全身が酷く重いが、慧音が危ないのに我儘言ってられん。

幸い、里の診療所は寺子屋からそれほど遠くない。目立つだろうがこのまま突っ走ろう。

 

「急患だっ!慧音が大火傷したんだ!」

 

「君は…とりあえず奥に来なさい。」

 

医者の指示に従って慧音を運ぶ。あの人は確か俺と同じように、外側から来た医者…じゃなくて、元医大生だったか?とにかく、技術も知識も頼りになる人だろう。

 

「とにかく冷やそう。…浅達性第Ⅱ度熱傷だね。一体何があったんだ?」

 

医者と看護師がたらいに入った氷水を流して慧音の腕を冷やす。火傷の重症化を防ぐには何よりも冷やすことが大事だ。

 

「俺の能力を試していたら、意図しない形で大威力が出てしまって。」

 

「なるほど、能力か。応急処置はこれで大丈夫だけど、ここまで熱傷部が広いと治療は難しいな…」

 

常備している軟膏の量だと全然足りないみたいだ。医薬品は幻想郷に足りないものの一つらしい。そもそも外の世界で生産されているようなものが無いから仕方ないのだろう。

 

「慧音先生は半妖だから命に別状はないだろうけど、女性の腕に火傷痕を残すわけにもいかないからね。とりあえず今日は軟膏を最大限薄くして塗っておくけど、明日の朝にまた来てくれないかな。」

 

「明日の朝…?」

 

「こういう時は魔法の薬に頼らざるを得ないからね。魔理沙ちゃんかアリスさんに頼むことになるんだ。」

 

なるほど、時々里の中央広場に特に用事もない様子の魔理沙がいたり、アリスの人形劇が定期的に開かれたりするのにはそういう事情があるのか。

 

「足りていない科学の力を魔法で代用するのか。…何だか皮肉めいたものを感じるな。」

 

「一概にそうとは言いきれないよ。魔法の薬も怪我はともかく、病気を治せるものは少ないからね。」

 

魔法も万能でないらしい。…だが、その分外から新種のウイルス等が入ってくることはないわけだ。案外バランス取れてるな。この辺りも紫の計算の内か?

 

「とにかく、明日だな。ああ、そうだ。お金なんだが…」

 

「大丈夫だよ。慧音先生の寺子屋は収入が殆どゼロだから、稗田さんの家のお金で賄われるんだ。公費負担って事だね。」

 

それは…知らなかったな。確かに子供達の親から学費を貰っている様子じゃないし、収入源は謎だった訳だが。里で唯一の教育施設だから厚遇されてるわけか。…俺が居候しているのは大丈夫なのか?

 

「…はい、これで明日までなら大丈夫だろう。」

 

「ん…」

 

医者が軟膏を塗ったガーゼの上に包帯を巻き終えると、丁度そのタイミングで慧音の意識が戻る。

 

「慧音!大丈夫か?」

 

「紅蓮?ああ、そうか。私はあの炎で…」

 

医者が慧音に症状と処置を説明した後、2人で歩いて寺子屋へと戻る。慧音の服が一部焼けて肌が見えているが、危ない所は俺の服を巻いて上手く隠している。俺はインナーを着ているから問題ない。

 

「…済まねえ、俺のせいでお前に大火傷させちまった。」

 

「私も想定できなかった以上、あれは事故だ。だから気に病むな。」

 

「…いや、俺の注意不足だ。これからは慎重に使うことにする。」

 

あれは調子に乗った俺の失敗だ。牽制だからわざわざ全力で熱を放つ必要もなかった。放出する熱の量を半分程度にしていればあそこまで酷くならなかっただろう。

 

「まだお前が帰るまでの時間はまだまだある。少しずつ歩んでいこう。」

 

「ああ、そうする。…眠いな。」

 

「私を運ぶ為に限界を超えて能力を使ったんだろう?眠いで済むだけまだマシだ。帰ったらゆっくり休め。」

 

「分かった。」

 

体力の消耗が激しいのもこの能力の欠点だな。これに関しては俺自身が鍛えることで改善できる…はず。ダメだ、眠い。考えるのは明日にしよう。

ただ、この1年間が人生で最も波乱に満ちたものになるであろうことは、今更ながらも感じ取れた。




うちの主人公、某異世界転生ラノベの主人公と漢字一文字違うだけのほぼ同姓同名だった…だいぶ前に来てた感想コメント(消されてる)はそういう意味だったのか
少なくともこっちの藤也は「咲夜と同じ『満月の夜』を表す名前にしたい」と思って安直に付けた名前です


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パチュリー様の体質改善

「失礼します、パチュリー様。」

 

パチュリー様から呼び出された僕は、図書館の奥にある実験室に訪れる。パチュリー様は魔法薬の本を読みながら鍋をかき混ぜている。素材の採集でも頼まれるのかな?

 

「来たわね。…今作っている魔法薬に人間の男の血が必要なのよ。ほんの2、3滴でいいから分けてもらえないかしら。」

 

「分かりました。…傷薬下さいよ?」

 

「そこの試験管に入れて頂戴。」

 

小さな光の刃を握り締めて、掌から滴る血を3滴、試験管の中に入れる。もうこの程度の痛みは慣れたものだ。この程度の切り傷よりフランとの弾幕ごっこの方が何倍も痛い。

 

「…うん、大丈夫ね。こあ、藤也に傷薬。」

 

「はいはーい!」

 

こあさんが僕の掌に傷薬を塗るとみるみるうちに傷が塞がっていく。…人間の血を使う魔法薬ってなんだか物騒じゃない?

 

「何の薬なんですか?」

 

「…私の虚弱体質を改善する薬よ。これで喘息の症状も改善するはず。」

 

ああ、なるほど。パチュリー様は喘息の発作のせいで外に魔法薬の素材採集に行けなかったり、魔理沙との弾幕ごっこを中断せざるを得なくなったりすることもあったりと、かなり苦労している。外の世界でも普通の医薬品で治療出来る症状だし、魔法薬でさっさと治そうという訳か。

パチュリー様が鍋に僕の血と何かの尻尾を入れて、火の勢いを弱めて鍋をかき混ぜる。硬そうな尻尾だったけどちゃんと溶けるのかな?

 

「どれくらい掛かるんですか?」

 

「あと10分くらいね。…もうここら辺で複雑な部分は終わるわ。人間の血は採ってから1分以内に入れないといけないから、本当に助かったわ。」

 

「作り始めたのは昨日の昼ぐらいでしたから、ほとんど丸一日調合に使ってるんですよ。パチュリー様、他に必要な素材はございますか?」

 

「…後は火加減の調節と、決まったペース、方向、回数でかき混ぜるだけよ。あなたも本の整理に戻って。」

 

「はぁい。…いつ終わるんでしょうか、図書館の整理。」

 

こあさんが沈んだ顔で図書館の仕事に戻って行った。パチュリー様の図書館には外の世界で持ち主に忘れられた本やごみとして出された本、潰れた本屋の在庫といった無くなっても気付かれない本の一部が流れ着くようになっている。幻想郷の結界の性質を利用して、本だけを掠めとっているらしい。

つまり、常に何かしらの本が外から流れ着いて来るわけだ。外の世界における電子書籍化の流れである程度減ることはあっても、完全に無くなることはないんじゃないかな、多分。

 

「藤也、いる?」

 

「姉さん、どうしたの?」

 

20分くらい前に買い出しに行ったはずだけど、もう帰って来たのか。僕なら2時間掛かる買い出しも、姉さんの能力があればこんなにすぐなのか。…紫さんから貰った指輪で何度か時が止まった世界に入れてもらったことはあるけど…僕はあんまり好きじゃない。便利さよりも不気味さの方が勝っちゃうんだよね。

 

「妹様が呼んでるわよ。新しく考えた弾幕を見て欲しいって。」

 

「フランの新しい弾幕か。分かった、行ってくるよ。失礼します、パチュリー様。」

 

迷路のような地下を抜けて、フランの寝室の隣に増設された、フランが弾幕ごっこをする時用の部屋に入る。フランの部屋と同じように強固な結界や魔法が幾重にも重ねられていて、壊れても自動修復されるようになっている。広さは姉さんの能力込みで図書館の半分くらい、それでもめちゃくちゃ広いんだけど。

 

「藤也おっそい!どこにいたのよ!」

 

「ごめんねフラン。パチュリー様の実験室にいたんだ。」

 

待ちかねた様子のフランは怒っているように見えるけど、実はそんなに怒ってない。背中でシャラシャラと音を鳴らす羽を見ればすぐに分かる。あれは普通に嬉しい時の動きだ。

 

「どんな弾幕が出来たの?」

 

「えっとねー…こう!」

 

そう言うとフランは禁忌『レーヴァテイン』で出している炎の剣を2本作り出して構える。レーヴァテインの剣を少し短くする代わりに二刀流で攻め立てる弾幕みたいだ。斬撃自体は避けやすくなっているけど、その後の2方向から挟むように迫る弾幕はレーヴァテインより難しい。

 

「禁忌『ツインレーヴァ』!」

 

フランが剣を振るう度に炎は勢いを増していき、次第に視界が真っ赤な弾幕で埋め尽くされていく。弾が掠る程度に避けつつ、見えている情報から弾幕の全体図を想像する。

 

「よいしょっ!」

 

剣の振り方を変えたのか、弧状の弾幕が飛んでくる。通った跡には小さな弾が残り、回避スペースが狭くなっていく。

…よし、分かった。一番確実な避け方は、外側から背後に回り込むこと!

弾幕の端っこの方は弾速こそ速くなっているけど、弾道の関係で片側からしか弾が来ない。ここからなら弾幕の隙も見えるはず。

 

「…はい、僕の勝ち!」

 

そうして見つけた弾幕の薄い場所から一気にフランに近づいて、フランの頭に手を乗せる。こうするか、ボムで弾幕を打ち消したら終了の合図だ。

 

「えへへ、負けちゃった。結構いい弾幕だったでしょ?」

 

「うん、いい弾幕だったよ。僕が使ったルートも潰すのは難しくないだろうし、そのまま残しておくのもアリかもね。」

 

弾幕ごっこにおいて回避不能の弾幕はご法度だ。それさえ守れば、禁忌『恋の迷路』や禁弾『過去を刻む時計』のように決まったルートに誘導させるのもいいし、禁忌『フォーオブアカインド』や禁弾『スターボウブレイク』のように単純に難しい弾幕を仕掛けるのもいい。

そうしたらその弾幕に意味を持たせて、美しく見えるように調整すればスペルカードルールに則った弾幕の完成だ。

 

「美しさもフランらしさもある、完璧な弾幕だったよ。名前も含めて、このまま完成でいいんじゃない?」

 

禁忌『ツインレーヴァ』。安直すぎる気もするけど、深読みすればレーヴァテインの諸説ある正体を表しているとも言える。他にこれといった名前も思いつかないし、フランが良いなら問題ないかな。

 

「…よっし、じゃあこれで完成だよ!」

 

「これで3つ目だね。」

 

最後にフランが魔力で宣言用のカードを作り上げて完成だ。タロットカードのような縁取りの中に2本の赤く燃える剣が交差している。ひと目見ればすぐにこの弾幕だと分かる絵だ。

そして、僕が来てからフランが新しく作った弾幕はこれで3つ目。禁忌『フォービドゥンフルーツ』に禁忌『禁じられた遊び』、そして禁忌『ツインレーヴァ』。前2つを編み出してからかなり期間が空いていたし、暫く開発が行き詰まって、既に使っている弾幕を発展させる方針に転換したのかもしれない。

 

「えへへ、あとでお姉様にも見せてあげようっと。お姉様も新しいスペルカードを作ってるんでしょ?」

 

「うん。お嬢様も弾幕の開発を僕や姉さん相手によくやってるよ。」

 

お嬢様はフランよりも遥かに早いペースで新しいスペルカードを続々と編み出している。お嬢様は予め完成形をイメージしてから考えてるのに対して、フランは感覚で闇雲に作っているから没が多いっていうのもあるけど。

フランの禁忌『レーヴァテイン』と並ぶ威力を持つ神槍『スピア・ザ・グングニル』やその前身である必殺『ハートブレイク』。他にも紅符『不夜城レッド』といった、えーっと、なんというか……ださ…じゃなくて、独特なネーミングセンスのスペルカードもある。

 

「そっかー…じゃあ、私とお姉様で競争ね!どっちが強い弾幕を作れるか!」

 

「それは本人に言いなよ。」

 

掃除に戻ろうとすると、突然部屋がグラグラと揺れる。数秒で収まったけど、特殊な魔法がかけられたこの部屋はよっぽどの事がない限り揺れることはないはずだ。

 

「なんだろう?地震じゃないよね?」

 

「地震程度じゃこの部屋は揺れないよ。圧倒的な力か、魔法の不具合か。パチュリー様の所に行ってくるよ。」

 

「私も行く!」

 

廊下に出ると…なんだ、これ。威圧感というか、圧倒的な力が辺り一帯に充満している。初めて会った時のフランから出ていた『ヤバい感』に近いものを感じる。

 

「…うわ、すっごい魔力だね。これパチュリーだと思うな。お姉様や私の魔力は妖力混じりだし、こあが出してるならもう小悪魔じゃなくて大悪魔だよ。…あれ、でも藤也っぽい力も感じるな。どうしてだろう?」

 

パチュリー様の魔力に、僕の要素…薬か?僕の血が薬に変な影響を与えたのかもしれない。

 

「図書館に行って様子を見に行ってくるよ。」

 

「魔力が濃すぎて使い魔が勝手に発生してるかも。気をつけてね!」

 

キントウンに乗って最短ルートで図書館に向かう。フランの言った通り弾幕ごっこをする時の使い魔が湧いていた。だけど、放ってくる弾幕は単調なものだったから軽く避けて近づいて、光の剣で斬り捨てる。

 

「…着いたっ!パチュリー様、何事ですか!?」

 

「藤也、少し待ってて。もう少しで溢れる魔力も収まるなら。」

 

道中で気絶していたこあさんを避難させてから研究室に入ると、周囲に幾つかの賢者の石を浮かせたパチュリー様から凄まじい魔力の奔流が巻き起こっていた。やっぱり薬が原因だったのだろうか。

 

「これをこうして…はい、終わり。心配かけてごめんなさいね、藤也。」

 

パチュリー様が呪文の詠唱を終わらせると、充満していた魔力が段々と薄れてなくなっていった。賢者の石の中に魔力が吸われたみたいだ。魔力を吸った石がより鮮やかな色で光っている。

 

「薬の副作用ですか?」

 

「少し違うわ。虚弱体質が治ると同時に魔力量も正常な状態に戻ったわけ。つまり、こっちが本来の私の力よ。まさか魔力量まで元に戻るとは思ってなかったから、驚いてかなり溢れ出しちゃったわ。」

 

凄いな、これがパチュリー様本来の力…溢れる魔力が収まった今でも感じる威圧感。前のパチュリー様とは比べ物にならない。

 

「これだけの魔力を取り戻せたなら、あの白黒も1人で撃退…その前にこの魔力量での弾幕ごっこに慣れないといけないわね。」

 

「相手しましょうか?」

 

「力加減が掴めてないから貴方と咲夜は駄目よ。同じ理由で魔理沙、こあも除外。…レミィにでも頼もうかしら。」

 

弾幕ごっこの力加減を掴むためなら…うん、紅魔館の中ならお嬢様が一番良さそうだ。フランはまだ精神が不安定だし、妖精メイドは脆すぎる。美鈴さんは逆に頑丈すぎて人間相手を想定した調整が難しい。

 

「館を壊すわけにもいかないし、夜にでも頼んでみるわ。心配かけて悪かったわね。」

 

「まあ、一応僕も関わってましたし。様子を見に来るのは当然ですよ。」

 

漸く普段の業務に戻ろうとしたところで、今度はガラスの割れた音が響き渡る。

 

「最悪のタイミングで来たわね、あいつ。」

 

「魔理沙にしては音が大きいような…というより、何枚も割れてませんか?」

 

明らかにガラスの割れる音が多かった。コップを落としただけじゃなくて、コップが積まれた食器棚を丸ごと倒したような感じ。

 

「侵入者というよりは襲撃者ね。様子を見てみましょうか。」

 

パチュリー様は素材棚の中に置いてあった小さな鏡を引き出すと、それに魔法をかけて紅魔館の外の様子を映し出した。

 

「あー…外壁がボロボロになってますね。…また僕と美鈴さんで直すことになりそう。」

 

「美鈴も珍しく起きてるみたいじゃない。…美鈴と戦ってる奴、見える?」

 

鏡の映像が誰かと戦う美鈴さんの方に移り変わる。小柄な体格、揺れる茶色の髪、3つの重り、頭の二本角。

 

「あー…萃香ですね、伊吹萃香。この間姉さんが風邪を引いた日、お嬢様と博麗神社に行った時に出会った鬼です。」

 

「ああ、前にレミィから聞いた気がするわ。伊吹萃香ね、伊吹…まさかとは思うけど、酒呑童子だったりするのかしら。だとしたら相当なビッグネームな訳だけど。拳をぶつけた時の衝撃だけで窓が割れたのも納得ね。」

 

美鈴さんと戦っている萃香は飛んだり跳ねたり身軽なものの、攻撃のスピードはそこまで速くない。美鈴さんは全てが必殺級であろう攻撃を避けながら、細かく反撃を入れていく。

 

「美鈴さんの攻撃はほとんど効いてないですね。」

 

「へえ、いいわね。全力を試すには申し分ないわ。」

 

細かい反撃程度では萃香にダメージは通らない。かといって大きく動けば隙を突かれて一撃KOも有り得る。萃香の攻撃を利用したカウンターを狙えば勝てそうかな。完全に受け流すのは不可能だから諸刃の剣だろうけど…うん?鏡の映像が消えた?

 

「パチュリー様、魔法が…あれっ、パチュリー様?」

 

さっきまで一緒に見てたはず…そういえば全力を試すとかなんとか聞こえたような…

…まさか、萃香と戦うつもり?



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意外な大接戦

「あら、藤也も観戦しに来たの?」

 

慌ててパチュリー様を追いかけて、2人の戦いの様子が見られるテラスに出る。パチュリー様だけでなく、フランにお嬢様、姉さんまで集まって2人の勝負を観戦していた。

 

「パチュリー様、本当に萃香と戦うつもりですか?一回くらい相手無しの試運転をするべきだと思うんですけど。」

 

「問題ないわ。あの鬼ならレミィや妹様よりよっぽど頑丈そうだし、身内じゃないから心も痛まないでしょ。」

 

「えぇ…パチェ、あれとやるつもりなの?本来の力を取り戻したみたいだけど、どうせ物理攻撃でボコボコにされるだけなんだから止めときなさいよ。」

 

「あら、虚弱体質なら改善したから平気よ?ほら、ほらっ、こんなことも出来るわよ。」

 

パチュリー様は証拠と言わんばかりに宙返りを披露したり、側転してみせたりしている。…それで証拠になるのかなあ?

 

「仮に虚弱体質が治ってたとしても、それだけで自分が頑強になってるとでも?残念だけど、元々もやしっ子のあんたじゃ、雑魚妖怪に毛が生えた程度の耐久にしかならないわよ。どっかの宵闇妖怪といい勝負ね。」

 

「うるさいわね。ある程度は身体強化魔法で補えるし、飛行魔法で移動速度は十分、盾魔法や結界で攻撃は防げるし、そもそも、あっちも一撃で殺すような力加減で来ることはないでしょ。」

 

美鈴さんが放った気功弾は萃香の正拳突きで相殺される。そして萃香は戦闘スタイルを変えて、スピードと小柄な体格を活かして撹乱、死角からの攻撃を狙っている。

 

「…まあ、負け筋が減ってるのは理解したわ。それで、勝ち筋は?あれ相手に大規模魔法を詠唱してる暇はないでしょうし、ちまちました攻撃なんざ効きやしないわ。純粋な鬼ってのは攻守共に物理バカだけど、基礎能力がずば抜けてるもんだから魔法耐性も十分高いのよ。」

 

完全に美鈴さんの視界から外れた萃香はそのままアッパーカットを繰り出す。が、美鈴さんは背後の萃香の腕を正確に掴み、大きく振り下ろすように地面に叩きつけた。気を使う程度の能力を持つ美鈴さんに死角なんてない。萃香を目で追っていたのもブラフだったんだろう。

 

「殺し合うわけじゃないのよ。完全に相手の攻撃をシャットアウトしつつ、反撃として最低限のダメージを通していけば実質判定勝ち…というより、そもそも勝つ必要すらないのよ。私の目的は今の力を試すこと。相手は紛うことなき上級妖怪なんだから、負けたって文句ないわ。」

 

起き上がる勢いでバク宙しながら距離をとる萃香。美鈴さんはこの勢いを逃すまいと急接近、萃香も今度は少しだけ身体を大きくして、美鈴さんが得意な間合いでの格闘戦を受け入れる。萃香も、本当はあの間合いで戦うのが得意なんだろうか。

 

「ちょっと、私はどうなのよ。吸血鬼も立派な上級妖怪よ?」

 

「それはそうだけど、あなた達はまだ幼体じゃない。あの鬼はあなた達とそう変わらない背格好だけど、間違いなく成体よ。…というより、私の全盛期を知っておきながらよくそんなことが言えるわね。」

 

大きくなった分リーチも伸びた萃香。美鈴さんは相手の変化に動揺しているのか、対応に僅かな綻びが出ている。段々と攻撃よりも防御が多くなってくる美鈴さん。萃香は防御を崩す為にラッシュ攻撃を仕掛け、対応し切れない美鈴さんの防御が崩れた瞬間、大振りの一撃を叩き込んでノックアウトした。

…凄いな。格闘術においては美鈴さんの方が上だった。だけれど、単純な身体能力や、能力を駆使した搦手は萃香が何枚も上手だ。わざわざ不利な体格のまま挑んで一時的に優勢を譲ったのも、後から間合いのズレで動揺される為の作戦だった訳か。

 

「あら、美鈴が負けたみたいよ。…大したものだわ。5分の1秒にも満たない僅かな隙で、やや不利だった状況から一気に勝利まで押し切るだなんて。」

 

「美鈴も中々善戦してたみたいだけど、相手が悪かったわね。…じゃあ、私も行ってこようかしら。」

 

決着が付いたのを見て、パチュリー様が意気揚々と飛び出していく。問題は萃香が連戦を受け入れてくれるかどうかだけど…いい勝負だったし、萃香も疲れてるんじゃないかな。

 

「でも大丈夫なんでしょうか。いくら全盛期に戻ったパチュリー様でも、萃香に軽くワンパンされたり、その一撃で勢い余って死んだりとかしなきゃいいんですけど…元々頑丈な身体ってわけでもなさそうですし。」

 

「…貴方が私達の話をまるで聞いてないのは分かったわ。」

 

パチュリー様はノックアウトされた美鈴さんを軽めの治癒魔法で回復させて、美鈴さんの定位置である正門に追いやってから萃香に戦いを申し込んだ。

 

「近くで様子を見てきます。気絶してもすぐに回収できるように。」

 

「少し気絶したって問題ないけど…まあ、さっさと回収して窓も直して貰わなきゃいけないしね。」

 

僕が近くに寄る間に、萃香はパチュリー様との連戦を受け入れたみたいだ。お互いに距離を取って構えている。萃香はいつもの体型になって構え、パチュリー様は魔導書を開いていつでも詠唱できるようにしている。

 

「っと、君か。始まりの合図を頼めるかい?」

 

「うん、わかった。それじゃあ…始めっ!」

 

開始の合図と同時に、パチュリー様がまずは仕掛ける。土が蠢いて萃香の足に絡みつき、雑草が伸びて萃香の腕を縛る。そこにパチュリー様が生み出した氷塊が飛ばされ、パチュリー様の背後に展開された魔法陣から5本のレーザーが萃香を狙う。

 

「ふんっ!」

 

萃香は腕に巻き付く雑草を引きちぎり、膝まで上ってきた土を蹴り飛ばす。更に氷塊を正面から受け止め、それを盾にしてレーザーを防いだ。

 

「見事な不意打ちじゃないか。私じゃなけりゃ決まってたかも…ね!」

 

萃香は掴んだ氷塊をパチュリー様に投げ返す。パチュリー様は結界を張ってそれを防ぎ、暴風で粉々に砕いて萃香に向かって飛ばし。それに対して萃香は重りを繋いでいる鎖をプロペラのように振り回し、砕けた氷塊を弾いた。

…流れ弾がこっちに飛んできた。光の盾で防いだけど、当たってたら多分無事ではいられなかった。氷が光の盾に当たった時、銃弾が跳ねたような音がした。氷の礫から出していい音じゃない。

 

「こんな小手調べで負けられちゃあ困るわ。全力を試さなきゃ意味無いもの。日符『ロイヤルフレア』。」

 

パチュリー様の十八番である大規模魔法、太陽の力を込めた巨大火球だ。前は詠唱にかなりの時間を要していたはずだけど、今は片手間でそれを作り上げて見せた。大きさも一回り大きくなってる気がする。

パチュリー様は火球を発射、更に触手のようなものを召喚して、火球の上から萃香に叩きつける。

 

「符ノ弐『坤軸の大鬼』!」

 

萃香が巨大化し、元の倍くらいの背丈になった。巨大化した身体で腕を振ると突風が吹き、火球は線香花火のようにあっさりと消え、触手は掴んで引きちぎられた。触手の断面から血のような液体が噴き出している。一体、何の触手なんだろう。

 

「ふうっ…小手調べは終わりかい?それじゃあ、そろそろこっちから行こうかな!符ノ壱『投擲の天岩戸』!」

 

巨大化を解除した萃香がジャンプ、空中に留まって腕をぶんぶんと振り回すと、地面に転がっている石ころが振り回してる腕に萃まり固まって、大岩へと姿を変える。さっきの巨大火球よりも更に大きいそれをぶん投げられる。

僕も近い内に萃香と戦うことになる。僕ならどう戦うか、それを考えながら観戦に徹する。

 

「これなら掻き消す時間もないでしょ?」

 

パチュリー様は身体強化魔法と飛行魔法を同時に使用、大岩を避けながら萃香の目の前に現れ、至近距離で魔力弾を撃ち込んだ。萃香は反応出来ずに吹き飛ばされ、吹き飛んだ先に回り込んだパチュリー様が風魔法を放ち、萃香を地面に叩きつけた。

 

「パチュリー様が押してる…?」

 

パチュリー様は大規模魔法を得意としている代わりに、攻撃の溜めが長かったり、詠唱中はあまり動けなかったり…魔法の火力や、結界の防御力は一級品だけど、その分隙の多さや機動力の低さが犠牲になっていた。ゲーム風に言えば、重戦車タイプの戦い方だ。だから結界を物理で破れるパワーがあって、俊敏とは言えずともパチュリー様よりは速い萃香には負けると見てたんだけど…

虚弱体質が改善したパチュリー様は、その戦い方をまるっきり変えてきた。使う魔法は瞬発性の高い魔法、ある程度溜めがいるものの、致命的な隙にはならない中規模魔法の2つ。そしてパチュリー様自身も身体強化魔法と飛行魔法を重ねて、直線スピードは魔理沙に迫る勢いだ。

攻守に速さ、技術に頭脳…今のパチュリー様は戦いにおいて必要な要素が高水準に纏まっている。これは…もしかしたら萃香に勝てるかもしれない。

 

「なるほど、これは面白い。同じ魔法使いでも魔理沙とは全く違うね。」

 

「そうね。余すことなく本来の実力を発揮出来る…私も存分に楽しめているわ。」

 

パチュリー様は大量の水を召喚、間欠泉の如く勢い良く放ち、萃香を押し流そうとする。萃香は拳圧で水の勢いを弱めた上で流水を受け止め、ずぶ濡れになりながらも耐え切った。僕も濡れた。

 

「…ぶはあっ。全く、容赦ないね。そこの彼には絶対撃てない攻撃じゃないか。もう一度、符ノ壱『投擲の天岩戸』!」

 

萃香は大岩を投げると同時に飛び上がり、投げた岩に追い付いて殴りつける。大岩は加速し、防御のタイミングをずらされたパチュリー様は大岩に当たって吹き飛び、風に乗って受身を取る。

 

「ぐうっ…けほっ、けほっ。」

 

「息を整える時間なんて無いよ!」

 

咳き込むパチュリー様に向かって萃香が攻め立てる。咄嗟の防御で繰り出された氷の壁を貫いてパチュリー様の腕を掴み、大きく振り回して地面に叩きつけた。

 

「ッ!」

 

パチュリー様は叩きつけられる地面に向かって水を召喚、泥だらけになってしまったが叩きつけられた際のダメージは抑えられる。更にその泥を萃香の顔面に被せて視界を塞いだ隙に炎を噴射、攻撃しつつ反動で距離を離す。

 

「火金符『セントエルモピラー』!」

 

火属性の魔力に金属性の魔力を足して放電、電撃が地を這って萃香の足下から柱となって噴き出す。電撃は相殺出来ないのか、萃香は大きく下がって回避した。

 

「…符ノ参『追儺返しブラックホール』!」

 

パチュリー様が追撃の為に出した火や岩が突如パチュリー様に向かって襲いかかる。スペルカードの名前から察するに、能力を使って周囲の空間をパチュリー様の所に萃めたんだろう。パチュリー様は結界で防御をするも一部間に合わず、ローブに火が燃え移る。

パチュリー様は後ろから突風を吹かせ消火しつつ距離を詰め、萃香の顔に蹴りを入れるがダメージは浅い。あんな蹴り方じゃあ全然重さが乗らない。体術がからっきしなのはパチュリー様も自覚しているだろうに何故…?

 

「飛ばし過ぎて魔力が底を突いたかな?強化魔法も使いっ放しだったんだろう?」

 

「どうかしらね…!」

 

パチュリー様は回転する金属の刃を生成し、萃香に向かって発射。萃香は腕の重りを振り回して叩き落とす。

 

「『蹴り』ってのはこうやるんだよ!」

 

萃香は左ストレートで防御結界を壊し、左脚を軸にして後ろ回し蹴りを浴びせる。パチュリー様は両腕で防御するも受け止め切れず体勢が崩れ、腕を掴まれ組み伏せられる。

 

「調子に乗り過ぎたね。慣れないことをすると疲れるのさ、覚えときな。」

 

「そっちこそ、勝ち誇るのはまだ早いわよ?」

 

パチュリー様を中心に巨大な魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣の周囲には赤、青、緑、黄、紫の五色の賢者の石が漂い、それらの石と同色の小さい魔法陣が展開される。

 

「これは…」

 

「火水木金土符『賢者の石』。」

 

五曜の力を宿した石の魔力を余すことなく魔力弾へと変換し、弾幕となって萃香に放たれる。巨大な魔法陣には他の性質もあるのか、萃香の動きが鈍い。回避が間に合わず全ての魔力弾をまともに喰らってしまう。

 

「全弾命中。おしまいね。」

 

あの蹴りはブラフだったのか。魔力切れだと思わせて萃香の油断を誘い、そこを巨大な魔法陣で捕らえて最大級の弾幕を放ったわけだ。

 

「良い勝負だったわ。残念ながら、底を突いたのは魔力じゃなくて体力の方だったのよ。…目下の課題はそこね。」

 

ゆっくりと起き上がり、服や身体の汚れを魔法で綺麗にするパチュリー様。…の目の前に、大きく腕を振りかぶった萃香が迫る。

 

「ッ!」

 

パチュリー様は咄嗟に結界で防御するも、萃香はいとも容易くそれを打ち破って痛恨の一撃を叩き込んだ。

 

「ぐうっ…。」

 

「油断したね。私は『参った』なんて言ってないし、やられて気絶したわけでもない。まだ勝負は続いていたのさ。」

 

吹き飛んで紅魔館の外壁に叩きつけられたパチュリー様に萃香が歩み寄る。パチュリー様は悔しげな顔だ。敗因は騙し合いに負けたのと、体力不足か。奇しくもその2つは魔理沙の得意分野でもある。そっちの敗因も同じ理由だったのかもしれない。

 

「どうやって耐えたのよ。動きを縛ってたから防御すら出来なかったはずよ。」

 

「気合い入れて、踏ん張る。それ以外ないだろう?」

 

「…何よそれ。降参よ、降参。ここから勝てる算段なんて無いわ。」

 

溜息と共に降参したパチュリー様は今度こそ服と身体の汚れを落とす。あと、パチュリー様が叩きつけられた部分の外壁は完全に崩れている。ああ、仕事の量が増える…

 

「いやあ、楽しめたよ。さっきの戦いも良かったし、今日はツイてるね。」

 

「私としても上々よ。この状態ならあなたみたいな大妖怪にも通用すると分かったし、課題も見えたからね。久々の運動としても悪くなかったわ。」

 

「ただ、流石にこれ以上の連戦はきっついかな。最初はそこの彼や吸血鬼と戦うつもりで来たんだけどね。日を改めて来る事にするよ。」

 

おっと、萃香の本命は僕とお嬢様だったらしい。…そりゃそうか。その2人とは顔見知りな訳だし。

 

「それと、これは良い勝負の礼だよ。受け取りな。」

 

萃香は腰に提げている瓢箪の中身を別の小さい瓢箪に移してパチュリー様に渡す。パチュリー様はそれの匂いを嗅いで顔を顰めた。

 

「…お酒じゃない。しかも滅茶苦茶強い酒ね。藤也、近付かないように。あなたの場合、匂いだけで酔い倒れるわ。」

 

「ただの酒じゃないよ。酒虫の酒さ。大昔の知り合いから魔法薬の材料になるって聞いたもんでね。魔女のあんたなら呑む以外の使い道があるんじゃないか?」

 

「あら、それなら有難いわね。藤也の場合、これを入れた魔法薬の時点でアウトでしょうけど。」

 

「何回念押しするんですか…」

 

萃香は美鈴にもお酒を投げ渡して紅魔館に背を向ける。美鈴さんはお酒強いし、普通に呑む用として渡したのかもしれない。

 

「じゃあ、今日はこれでお暇しようかな。来週辺りにまた来るよ。今度こそ望月藤也とレミリア・スカーレットに挑ませてもらうからね。」

 

「おや、もうお帰りですか?悔しいので、また機会があれば手合わせお願いしますね、萃香さん。」

 

「ああ、一通り巡り終えたらまた相手するよ。また会おう、紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ。」

 

「私は再戦お断りよ。」

 

来週か…今の勝負を見た後だと自身湧いてこないけど、まあ、出来る備えはしておこう。



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烈火の拳

「やあ、坊主。首尾はどうだい?」

 

「お、萃香。半月ぶりくらいだな。」

 

慧音と一緒に格闘の訓練中、丁度休憩していた所に萃香が現れた。さっきから少し霧が出てると思っていたが、やはり萃香が様子を見ていたようだ。

 

「伊吹萃香…元、山の四天王か。その際は私達を助けてくれたそうだね。感謝の言葉もない。」

 

「あんたも無事だったみたいで何よりだよ、上白沢慧音。今日はこいつの様子を見に来たんだが…どうなんだい?あの時より制御は進んだのか?」

 

俺の様子?…まあ、少しだけだが萃香からアドバイスを貰ったわけだし、気にかけてくれているのかもしれない。

 

「あー…あの時みたいな熱波放出攻撃はもう控える。またあんな事態を起こしたら笑えないからな。今は肉弾戦や弾幕避けの練習をやってるよ。」

 

あの大事故を起こした『焔脚・翔撃』は封印、一度は成功している『焔脚・旋風』なども極力使わないようにした。それこそ凶暴な妖怪に食われそうにでもならない限り、使うつもりは無い。

 

「ふーん?望月藤也に追い付けそうかい?」

 

「さあな。戦い方もまるで違うし、どう比べりゃいいもんか。」

 

体術と身体能力を強化する方にシフトした俺と、弾幕の練度や回避を鍛えている藤也では強さの基準も変わってくる。直接対決でもしない限り優劣は付けられないだろう。

 

「暇なら、今の俺がどれくらい戦えるか見てくれよ。たまには慧音以外の相手とも手合わせしたいしな。…その方が早く上達するだろ、慧音?」

 

「ああ。確かに私とばかり稽古していては、私の癖に合わせて君の技にも偏りが出てしまうだろうが…彼女は些か強過ぎないか?もう少し段階を踏むべきだと、私は思うが。」

 

「つっても、こんな手合わせ頼める奴中々いないだろ。萃香、頼めないか?」

 

霊夢は不必要な戦いはやらないタイプだろうし、魔理沙や寺子屋に来る妖精や妖怪達は体術で戦えるタイプじゃない。紫は基本会えない。俺の知り合いに限れば、慧音以外なら萃香にしか頼めないだろう。

 

「いいよ、やろうか。このご時世、弾幕使いはごまんといるが、体術使いは中々いなくてね。私の手で育てるってのも悪くない。」

 

「いずれ外の世界に帰る立場ではあるけどな。じゃあ、早速始めるか。…よろしくお願いします。」

 

萃香に向かって一礼、間合いを取って構える。そして、直接口の中に火を生み出してそのまま飲み込む。手から火を出してそれにかぶりついて飲み込むという一連の動作に比べ、大幅な短縮になる。

いずれ能力の理解を深めたら、体内のどこかしらに直接火を付け、飲み込むという一瞬の手間すら省けるようにするつもりだ。

 

「さあ、来な!」

 

「行くぞッ!」

 

一歩跳んで萃香の真正面まで接近、側頭を狙って蹴りを入れるが、萃香は右腕で防御。反撃の脇腹狙いの左フックを右手背で弾いて打点をずらし、空振った萃香の腕を掴んで背負い投げを決める。

萃香は叩きつけられた反動を利用して距離を取る。先手こそ取れたものの、全力を出せた俺と違い、萃香は俺を殺さないように力加減を調節している。まだ萃香の実力は全然発揮されていないはず。

 

「…よし、加減は大体分かった。じゃ、今度は私から行くよ!」

 

「ぐっ…!?」

 

萃香が間合いを詰めたかと思えば、次の瞬間には身体に強い衝撃を受けた。そしてそれが胸に受けた一撃だと認識した頃には、萃香は俺の背後に回り込んでいた。

咄嗟に前転して萃香の追撃を回避、すぐ振り向くが萃香は既にいない。…気配は感じる。高速で移動しながら攻撃のタイミングを見計らっているのだろう。…来る!

 

「やるね…!」

 

4時方向から来た萃香の錘攻撃を受け止め、掴んだ錘をジャイアントスイングした上で投げ飛ばす。そして、萃香を投げ飛ばした方向に全力ダッシュ。萃香に追いつき、ジャンプしながらアッパーカットを叩き込む。

 

「いいね、面白い!」

 

萃香は勢いよく着地し、その衝撃で捲れた土に身を隠す。ダッシュ時にギリギリまで上げた体温を調節しながら様子を窺うが、萃香が飛び出してくる様子は無い。

 

「間合いを…ぐっ!?」

 

間合いを詰めようと構えた瞬間、右胸、左頬、脇腹と殴られたような衝撃を受ける。しかし、萃香はその場から動いていない。いや、拳をこっちに向けて突き出している。…まさか。

 

「そういう系かよ…!」

 

「まだまだ行くよっ!」

 

離れた場所で突きを放つ萃香の動きを見ながら、その場で回避行動を取る。萃香は拳で空気を押し出している。圧縮され放たれた空気の塊の威力は、直接殴られるそれと大差ない。戦いに生きる種族だけあって、随分と力加減が上手いな。

 

「今の俺なら、それくらいやってやらあ!」

 

不可視の拳を避けながら、右腕に限界ギリギリまで熱気を集中。腰を深く構え、萃香に向かって全力の正拳突きを放つ。俺の拳に押し出された空気は熱で膨張してより大きな塊となり、萃香の攻撃を掻き消しながら飛んでいく。

 

「うおおおっ!」

 

萃香は重心を低く構えてガードしたが受け止めきれず、地面を抉りながら大きく後ろに仰け反った。

熱を一箇所に集めた俺もすぐには動けない。追撃は間に合わないだろうが、萃香にも十分なダメージを与えられる技を得ただけでも良しとしよう。

 

「くっ…はははっ。今のは効いたよ。こんなに強烈な一撃、よもや人間に放てるとは。なんとも育て甲斐があるッ!鬼符『ミッシングパワー』!」

 

萃香は高く飛び上がって空中で巨大化、元の3倍くらいの大きさになる。

 

「ほらっ!」

 

萃香は大の字になって俺目掛けてダイブ。俺も両脚に全力を込めて横飛びするが、避けきれず押し潰される。…あまり重くないな。

脚に力を込めて動かすと、簡単に萃香の身体が持ち上がる。大きくなっても、体重はそこまで変化していないのだろうか。そのまま脚を振り上げ、萃香を吹き飛ばして下敷き状態から脱する。

 

「身体がデカすぎるってのも考えものだな!」

 

着地した萃香の背後に回り込んで膝裏に飛び蹴り。萃香が振り向く前に股下を潜って右脚に回し蹴りを入れ、足首に両腕でラッシュ攻撃。脚への執拗な攻撃で萃香はバランスを崩し、たたらを踏んだ。

この一連の攻撃を萃香は捉え切れていないはず。身体が大きくなると、その分死角も広くなる。足下でちょこまか動けば、巨体からその動きを捉えられないだろう。

 

「へえ、判断力も悪くない。これほどの才能、1年で帰ってしまうのが実に惜しいよ。」

 

「なんだ、知っていたのか。」

 

「あんたと接触した後、紫の式と会う機会があってね。世間話に聞いたのさ。」

 

萃香は少しずつ縮んでいき、俺と同程度の体格に変化。そして間合いを詰め、半歩詰めれば拳が届く位置で止まる。ここからが本番だ。

萃香が距離を詰めながら連撃を繰り出してくる。それに合わせて後退し、間合いを保ちながら攻撃を躱す。

動きを見切って一発を右手で流し、直後のもう一発に合わせて間合いを詰める。攻撃を受けつつも左正拳で反撃を狙うが、拳が萃香に届く前に萃香の右脚が俺の顎を捉える。

 

「ちっ…!」

 

俺の攻撃も命中はしたが、打点がずれて威力を殺され、全く効いていない。俺の顎を蹴り上げた萃香の右脚が振り下ろされるが、姿勢を低くして回避、低い姿勢のまま片手を地につけ足払い、萃香が跳んで回避した所を狙い、身体を捻りながら蹴り上げる。

蹴り飛ばされた萃香は勢いのまま回転しながら着地。俺もバック宙の要領で立ち上がり、応手の構えを取る。

 

「そこで攻めないのは悪手!」

 

萃香は独楽のように回転しながら連続蹴りを浴びせてくる。初撃、二発目は防いだが、続く三発目で防御を崩され、四発目を無防備に受ける。五発目への対応も間に合わず、下段から思い切り蹴り上げられた。

身体が宙に浮く。前後不覚のまま、熱気を前方に向けて放出。地面に急降下して立て直すつもりだったが、それとは逆に身体は更に上昇。追撃の為に跳んだ萃香を飛び越え、受け身も儘ならない状態で地面に落ちる。

 

「まだまだ…ぐっ。」

 

立ち上がろうとするが、力が入らず膝を突く。熱気を放出し、身体強化を解いた事で体力の消耗が全身に伝わっている。俺のスタミナはとっくに限界だったようだ。

 

「駄目か。降参だ、萃香。」

 

これ以上の戦闘継続は無理だ。降参の意を示し、脱力して座り込む。…剣道の一試合分ほどしか時間が経っていない気がする。3分…いや、4分程度か。

 

「なんだ、もう終わりか。随分と短い決着だったね。」

 

「能力の仕組みが仕組みだけに長期戦は難しいな。激しい戦いだと体温も更に上げなきゃいけないし、余計にな。」

 

火を食って体温を上げれば上げるほど身体能力が上がるが、体力の消耗も激しくなる。今回は初手こそ様子見程度の力だったが、それ以降はずっと全力。本来2分と経たず体力切れを起こす所を、ゾーン状態で疲れを感じずに4分戦えた…といった所だ。

 

「やれやれ、難儀な能力だね。弾幕ごっこの適性はゼロ、格闘なら強いが戦えるのは僅かな時間だけ。まあ、伸び代に期待してみるかな。」

 

「過度な期待はしないでくれよ。鍛えてるのも、死なない為ってのが理由だからな。」

 

藤也に追い付くという目標は飽くまでも二の次、十分な実力が身に付き、鍛錬が必須でなくなれば、否が応でもモチベーションは下がるものだ。

 

「ふん、構わないよ。そのつもりなら、定期的にこっちから喧嘩売ればいいだけだからね。」

 

「モチベーション維持に協力してくれるのは有難いけど…慧音はどう思う?」

 

「反対する理由は無い…と、言いたいのだがな。今回のように紅蓮が傷だらけになるのであれば、話は変わる。」

 

慧音は俺の左腕を指さして言う。俺が緊急脱出で熱を放出した後、地面に落ちた時に出来た傷だ。擦り傷程度で大した事は無いが、前腕部を全体的に擦りむいているので、傍から見れば大怪我に見えるかも知れない。

 

「それは流石に分かってる。大体、この怪我も萃香の攻撃によるものじゃないしな。」

 

「本気でやってこそ意味があると思うけどね。…まあ、2人がそう言うなら軽い稽古にしておくさ。」

 

魂に依存したこの肉体なら、怪我しても一晩眠れば治る。だが、それでも痛いものは痛いし、それが毎度の事になるとやる気が続かない。

 

「さて、私はここいらでお暇しようかな。紅蓮、ちゃんと鍛えときな。努力を怠らなきゃあ、弾幕なしでも弾幕ありの連中に勝てる。その素質はちゃんとあるから。」

 

「ああ。ありがとな、萃香。」

 

萃香は霧へと姿を変え立ち去る。…俺の力は萃香に通用した。今、ようやく強くなる為のスタートラインを切れた気がする。

 

「…っし。強くなってやる。この1年で、藤也に俺の全部をぶつけてやる!」

 

俺に与えられた1年間の延長戦。これが終われば、正真正銘あいつとの今生の別れ。唯一無二の親友との決着、絶対に悔いなんて残さねえ。



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