廃嫡皇子の帝国再建 (あじたまんぼー)
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序章 それは、ただの気まぐれである
魔女集会で会いましょう?


 寒さに震えながら、目が覚めると雪国だった

 

「…うん?」

 

 目が覚めると雪国だった。

 目が覚めると雪国だった!!

 

「何処?」

 

 目が覚めると雪国だった!!

 

「いやマジで…」

 

 途方に暮れる俺は、寒空の下2時間程呆然としていたらある女性が通りがかった。ウェーブのかかった長い黒髪に若干つり目の目にルビー色の瞳。黒と青を基調にした冬服を纏った妖艶な色香を漂わせるその人は、俺前で立ち止まり、しゃがんだ。

 

「お前…見ない顔だな…。」

 

そして、顔を覗き込むように俺を見る。そして、手に持っていた籠から水筒を出して渡してきた。

 

「ほれ、特性のショウガ茶だ。暖も無しで冬のラボンの外は一日ももたないぞ。親とはぐれたのか知らないが、私の家で良ければ暫く居ても構わんが…来るか?」

 

 女性は、優しく微笑んで俺に聞いた。寒さで凍えていた俺は迷わず顔を縦に振った。

 

 

 こうして俺は、北東の地ラボンで暮らす魔女、リリスの家に置いてもらうようになった。

 

 

 ラボンの凍て地でリリスに拾われてから3年の時間が過ぎた。預けられた当初、記憶が混濁していた俺は、自分の名前も分からず、何者かもわからずにリリスの世話になりながらも家事の手伝いをしていた。記憶喪失に近かったのだが、リリスは何も言わずに家に置いてくれた。その時、俺は彼女に「何故優しくしてくれるのか」と、聞いたこともあったが、彼女は多くを語ってくれなかった。

 そして、彼女に保護されてから混濁していた記憶も徐々に整理できるようになり、自分の記憶も鮮明になってきた。そこで厄介なことになったのが、自分の前世に当たる記憶と同時に、自分のものではない記憶も入ってくること。この問題も、前世の記憶を思い出していくうちに解決されることになる。

 

 俺は、前世で事故に巻き込まれて死んでしまったらしく、ある特典をもらって転生した。この世界に存在する毒素の浄化、英霊召喚に必要なスキルと、破格な魔術師の才能。毒素の浄化は試してみるととても使えるスキルで、蛇毒だけでなく、蜂や麻薬に至るまで、その毒性を中和できる。前世であれほど嫌っていた蜂や蛇、ムカデに至るまでの毒虫が全く怖くなくなった。よく見ると可愛いよね、スズメバチ。この浄化の力をそこそこ大きな町で使ったたところ、やばそうな宗教の人たちから「御使い」認定されてストーキングされたから、使いどころに少し注意が必要。というか、このスキルって絶対聖女様みたいな人が持つやつだよね。

 そして英霊召喚だが、これが考えるだけでも破格。前世で俺がハマっていたfateシリーズに存在するもので、伝説の勇者とかを一週間に一回とはいえ召喚が可能であり、転生の付属的に得た膨大な魔力と、並外れた魔力効率によって聖杯という魔力の疑似無限リソース無しで一騎、現状無理をすれば三騎まで使役が可能。神霊クラスならその分消費魔力は増える。これは、概要だけでも用途が無いとただの魔力の無駄遣いをになるため、しかるべき時に使ってみることにする。今使っても、リリスの仕事の手伝いくらいしかできないし。魔術の素質は言わずもがな、教わってすらない奴がどうこうできるものではない。

 

 俺が転生した方法は、神様転生。しかし、他とは違って多少の代償は払っている。というのも、俺が転生をする時に必要なエネルギーを前世いた世界から搾り取らなければならず、結局その世界の寿命とエネルギー100年分を燃料にして転生が出来たという流れ。俺が復活するのに、以前いた世界のの寿命と、使用するはずだったエネルギーを一世紀分くすねた挙句に違う世界に高飛びした形。まぁ、個人的には戻れない世界のことなので気にしていないが、あっちの世界は困ってるだろうなー。だって一世紀分のエネルギーが何かしらの形で判明するんだもん。俺が生きていた時代はまだ石油に頼り切りだから、失ったエネルギーが石油とか生活インフラに直接打撃を与えるものでないことを祈るだけだ。今更気にしてもあれだけど、あの世界も割と好きだったから申し訳ないとは思ってるんだよね。強く生きるんやで…。俺はもうそっちに戻れないからさ。

 

 そしてもう一つ、転生の形式である。憑依転生らしく、前世とは違う母親の腹の中からのスタートではなく、憑依して意識が混成されてからのスタート。憑依したということは、元々この体を使っていた人がいるわけで、その人と意識を統合する過程でおそらくは記憶が混濁していたと考えればつじつまが合う。神様に聞いたわけではないからこれが答えと100%断言できないが、今の俺の頭ではそうとしか考えられない。その前提で話を続けていくと、どうやらこの憑依先の少年、帝国の皇子らしい。先代皇帝の血を引く証として首筋に月の紋章が刻まれている。紋章には力は無い。ただの証、スティグマみたいなやつみたいだ。…まぁ、俺も最初信じられなかったし、整理した後にリリスに言っても鼻で笑われたよ。俺もそうするし信じない。でも、話を続けて、首筋の紋章を調べてもらったら、彼女も信じてくれたよ。

 さて、その皇族が何故帝都の遥か北東のラボンの地に置き去りになっていたのか。それは、何者かによって拉致されて、そのままここに捨てられたようである。少年、クルスの記憶も、急に襲撃をかけられたため顔も正体も分からない。ただ、彼の中に残っている記憶を辿ると、ようやく自分が転生した世界が判明した。栄華を極めた千年帝国、革命軍、悪逆非道の大臣、帝具。お分かりかな?

 そうだね。アカメが斬るだね。…人生ハードモード過ぎるよぉ…。内容は全く知らないけど、友人から聞いた話は、革命軍配属の暗殺集団がていこくを蝕む悪逆非道の大臣を殺す話だった気がする。原作には傀儡の皇帝に兄がいたかは不明だが、血縁的には負け戦に加担しなければ…?ダメだ、原作の流れが分からない。どうしよう。

 

 とまぁ、記憶を取り戻したわけだが。問題はこれからどうするか。一応捨てられているから帝国のしがらみは無い。魔術の素質、自前の浄化能力を利用できればこの地でも充分生活は可能。しかし、精神的には他人とは言え、いずれ傀儡になる弟がいると分かった以上、自分の気持ち的に放置するのは心苦しい。弟がいなかったら知らないふりが出来たのだが。そして、記憶の整理が完全に出来た後、一か月くらい悩んだ末、当面の目標を決めた。それは、

ー悪逆非道の大臣のオネスト大臣をリタイアさせて、帝国を再建する

 と、いう目標である。しかし、今の俺には人を従わせる権力も無ければ、屈服させるほどの力もない。所詮国に捨てられた元皇子。それが俺の現在地。そして、権力を得ることは極めて難しい。大陸の北東にある辺境だしね。しかし、力ならもう俺の中にある。問題はこの力をどう使うかだが、これもかなり近い所に答えがある。

 

 気温が上がり、積もっていた雪も解け始めたある日の夜。リリスと俺は、いつも通り夕食を終えて食器を洗っていた。普段から薬草や治療で忙しいリリスに代わって家事をすることが多いが、今日は余裕があるのか、リリスも食事の後片付けをしていた。俺は、一度作業を止めて、リリスの方向かう。彼女もそれに気づいたのか、「どうした?」と振り向かずに聞いてきた。俺は、それには答えずに、真剣に彼女に頼んだ。

 

「俺に、魔術を教えてくれないか?」

 

と。この時の彼女の驚いた表情を、俺はきっと一生覚えているだろう。そう思えるほど、彼女の表情は驚きに満ちていた。




キャラクター紹介:
クルス

憑依転生者で魔術師。元々は帝国の第一位皇位継承者だったが、何者かの陰謀により廃嫡。大陸の遥か北東の地「ラボン」に捨てられる。前世は大学三年生で軽い歴史オタク。特に少な所はピューリタン革命から第一世界大戦前までのイギリスと、プロイセン時代のドイツ。嫌いな統治者はスターリンとポルポト。
死にたくないし、生きるためなら何でもするが、精神的に他人とはいえ、この世界の唯一の血縁者である傀儡の皇帝は助けたいと思っている。
腐敗した組織に対する対応は、外部の反乱要因を利用して効率的に膿を出す考え。
拾ってくれたリリスに対しては言葉にできない程には感謝をしており、彼女の仕事を手伝ったり、家事も半分以上こなしている。

リリス

クルスを拾った魔女。薬草を売ったり、近隣集落に出向いて病気の治療を行うなどして生計を立てている。他の魔女と違い、人間の生贄等を好まず基本的に血を見るのが苦手。
主な魔術は原初ルーン魔術。昔は東方の王国に仕えて、帝国にも牙をむいた東方最強の魔術師だが、現在は引退をして、大陸北東のラボンで隠居生活をしている。半分自給自足の生活だが、概ね満足な暮らしをしている。普段は封印しているが世界を見渡す千里眼を持つ偉大な魔術師


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修行開始

 イルマ山脈。大陸北東部に位置するラボンにそびえる山脈で、標高8000メートル以上の山々が連なっている大陸随一の霊峰。この山脈には手つかずに自然が残っており、秘薬に必要な貴重な薬草の他、数多くの危険種の住処となっており、超級クラスの猛獣に縄張りになっている。

 そんな危険な場所で何をしているのかというと…

 

「動きが鈍い!!そんなのじゃ、変えられるものも変えられないぞ!!」

「クッソが!!」

 

イルマ山脈の中腹にて、俺の魔術の修行をしていた。

 

 

5年前・・・

 

「魔術を教えてくれ?」

「あぁ、俺は力が欲しい。帝国を変える力が。」

 

 五年前のあの日、リリスに初めて言ったわがまま。それは、彼女に弟子入りさせてほしいという頼み。これは、保護される前の廃嫡したクルスとしてでなく、前世の記憶を持つ憑依後のクルスとしての願い。これに対してリリスの返答は、

 

「嫌よ。」

 

 簡潔な拒否だった。リリスにしては珍しい明確な拒否に驚いて、俺は聞こうとするが彼女は言葉を続けた。

 

「魔術を会得することは悪ではない。神秘を探求するつもりなら大賛成。でも、戦闘で使う前提で魔術を覚える気なら断固反対。私、これ以上血を見たくないのさ。」

 

と、静かに言った。俺は、それに食い下がるように聞く

 

「死にたくないと思って、変えたいと思ってやるのは間違いだってのか?」

「あぁ。少なくとも、それだけなら代替えはいくらでもある。私も前々から、お前に教えても良いと思っていたが、その考えなら教えられないかなぁ。」

 

 リリスは、苦笑いしながら明確に答えた。俺はそれに続ける言葉が見つからずに口をつぐむ。俺の様子を見て、彼女は暫く見つめた後ため息をついて椅子に座った。

 

「クルス、全部を話せ。お前の記憶の全てを、そしてクルスでないクルスの事も。それを聞いて私が興味が湧いたり納得したら魔術を教えることも考慮しよう。」

 

 俺はその言葉を聞いて、驚いて彼女の方を向くと、いつも向けてくれる優しい笑顔になっていたが、その目は真剣そのものだった。俺は、彼女の真剣な眼差しに負けて自分についてすべて話した。廃嫡に至った経緯、自分には前世の記憶があることを、そして自分が持つ英霊召喚のシステムを。それまで聞き流していたことを、今回に限り彼女は真剣に聞いていた。俺が全てを話し終えると、リリスはいつの間にか用意していた紅茶を含んでため息をついた。

 

「なるほど、つまりはクルスじゃないクルスは平行世界からやってきたから記憶が二人分あるのか…そうかー英霊召喚システムねー。」

 

 彼女はそう言いながら天を仰ぐ。んーんー言いながら悩んでいる。少し可愛らしかった。それから五分ほど唸った後に、よしと呟いて俺に向き直した。

 

「なるほど。軍事転用を前提としていないことも、人を助けるための魔術を学びたいのか…その英霊召喚システムが気になって仕方がないわ。話を聞く限り魔術の心得が無いからそのシステムも使えないみたいだが。」

「いや、厳密に言えば使えなくはないけど。今の俺が召喚した時に相性が合わなかった時点で、その英霊に殺される可能性が高い。その対策も踏まえて、自分を守る程度の力が欲しい。それに、俺が一番学びたいのは、リリスが一番得意な浄化と治癒魔術だよ」

「だろうな。しかし…弟子にするのはなぁ…でも英霊とか見てみたいし、何より前世の記憶の話も面白そうだし…」

 

と、リリスは再び唸る。教えたくないのか、はたまた親心かは分からないが、その考えと魔術師としての興味と探究心で揺れ動いている。そしてひとしきり悩んだ後に、決断するように

よしと呟きながら向き直った。そして、若干目を輝かせながら言った。

 

「明日、朝一で起きろ。私の魔術を教えてやる。その代わり、英霊召喚をする時は私も帯同させること、そして前世の記憶とやらについてこれからじっくり教えてもらう。これが条件だ。」

 

そのリリスの言葉に、オレは驚いて、無意識に感謝の言葉が出ていた。しかし、どうやら魔術師としての好奇心に負けたようである。

 

………

 

時間を戻そう。そして、俺が悪態をつくまでの経緯も軽く話しておく。浄化と治癒の魔術は修行開始2年でコンプした。あとの3年は攻撃性の高い魔術で高山病と戦いながら実践演習に明け暮れている。以上。

まさか、浄化と治癒魔術が思ったより少なかったとは。彼女曰く「毒素や疫病、差異はあれど害をなすパターンは限られている」らしく、基本から応用編までコンプリートすれば時と場合に合わせて使い分ければ問題ないらしい。ただし、それには毒素や疫病の知識が必要なため、魔術の習得よりもこっちのがキツイ。医大生ってこんな感じなのかな?

魔術自体の演習が終わり、とうとう攻撃性の高い魔術での実践演習。この演習のモットーは「実戦の中で魔術を磨け」らしく、3年間、高山病と戦いながら彼女と魔術の撃ち合いをしている、といった流れ。

 

やってみてわかった。リリス強すぎる。俺の魔術をことごとく無効化してくるし、死角からの攻撃にも対応するし、彼女の攻撃がほぼオールレンジだから全方位から魔術飛んでくるし、魔術でずっと空飛んでるし、それに対抗しようと空に飛ぼうとすると魔弾で撃ち落とすし。とにかく隙がない上に容赦がない。現に、雪に足を取られて動きが止まった俺に容赦なく爆破魔術を打ち続けている。俺の周りで轟音をとどろかせて爆発する。無防備状態だった俺はあえなく吹き飛ばされる。

 

「どうした?元気がないぞ。」

「うるせーよ。まだまだこっからだ!!」

 

それでも、魔術の応酬が出来ている分修行開始当初よりはマシにはなっている。実践演習が始まって半年は何もさせてもらえずに魔術のサンドバッグにされてたし。今は魔術の撃ち合いでどうにかイーブンにまでもっていけるようになった。おそらく彼女は本気でもないし、当たるはずの魔術は無効化されているが。彼女は悠々と空から氷雪の地を眺めている。その顔には余裕の文字が浮かび上がる。

 

「あーくそ…あれどうやって撃ち落とす?」

 

俺はボヤきながらも必死に考える。しかし、魔術が無効化される以上…魔術の無効化…あ…

 

「いいこと思いついたわ。」

 

閃いた俺は、魔弾を数発放つ。しかし、魔弾はリリスに避けられる。まぁ、当てるのが目的じゃないし。魔弾は逸れて雪山に当たる。するとどうなる?

 

「おっとぉ?」

 

雪の層がズレて崩落、つまり雪雪崩が発生する。そしてそれをルーンで制御してリリスに向かうようにベクトル設定。咄嗟に思いついたとはいえ我ながら良い作戦…

 

「爆炎よ」

 

と思ったんだけどなぁ…なんで爆炎で溶かし切るのさ。涼しい顔で、

 

「今のは悪くなかったぞ。だが、崩すなら」

 

リリスは俺と同じように魔弾を放つ。魔弾は逸れてそれが岩肌に。

 

「岩にすべきだったな。」

 

彼女の言葉と共に岩肌が崩れて岩雪崩が発生した。岩肌から出してはいけない破裂音や崩れる音が響く。

 

「汚え!!プライドないのかこの魔女!?」

「口を動かすより、手と頭を動かせ馬鹿弟子!」

 

目前まで雪崩が迫っていて余裕が無いが、足下を爆発させて緊急離脱を行う。これが成功して一気に攻勢をかけようと顔を上げると、

 

「前よりは機転が利くようにはなったが、まだまだだな」

 

俺の師匠が、複数の魔術を展開して待ち構えていた。彼女からしてみればチェックメイトであり、俺に切れる手札も存在しない。俺は素直に両手を上げて降参の合図をする。師匠はそれを確認次第に術式も消して地上に降りた。魔術の応酬によって轟音が響いていた雪山も凪ぎ、静寂を取り戻した。

 

「だー!!また負けたー!!」

 

悔しさのあまり、俺は雪の上で転げ回ったが、それを師匠に蹴り上げられた。

 

「いってぇ!!」

「私に勝とうなど20年は速いんじゃないか?まぁ、魔術の修行から5年目にしてはいい線は行っていたぞ。後は実践を重ねるだけだ。」

「こんなボロボロにされたら強くなった実感湧くわけないんだよなぁ…」

「師の言葉は真摯に受け止めるものだぞ。」

「へいへい。」

 

そんな軽口を叩き合いながらも、俺は立ち上がる。俺がたったのを確認した師匠は帰り道の方に足を進めていた。そして、師匠が一度足を止めて、

 

「さて、今回も私が勝ったから、家事は頼んだぞ。」

「チッ…!忘れてなかった」

「なんか言ったか?」

「いや、何でも?でも、こんなことばっかしてたら魔術師よりも先に家政婦になっちまうよ。」

「家政婦クルス…ぷふっ」

「今笑ったな!?勝手に想像した挙句勝手に笑いやがったな!?」

「私は知らんなぁー」

 

俺たちはそう言い合いながらも山道を下りる。なんで、ここまで仲良し親子みたいになったのかを少し疑問に思いながらも、今ある日常を大切にしようと思った。

 

ーいずれ、ここから去らなければならないのだから。




土地の設定

ラボン
モデル:南米のアンデス山脈とそれに付随する国家。
概要:大陸の北東に存在するツンドラ地帯。8000メートル級の山々を抱えるイルマ山脈を抱える山岳地域。山脈特有の自然と、北東部特有の厳しい寒冷地帯が重なっている場所。芋系を主食にしている。


主人公のサーヴァントはいつ出てくるのでしょうか。今のままではアカメが斬る版コードギアス反逆のルルーシュ風味の話になってしまう。
誤字や意見があればどしどしお願いします!


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歯車は動き出す

今回から、前回のあらすじと次回予告をやってみようと思います


前回までの廃嫡皇子は…
前世と憑依元の記憶を取り戻したクルスは、魔女リリスの下で魔術の修行を始める。彼女の修行は苛烈なもので、何度も命を落としかける。それでも着実に成長を続けるクルスの心の内は、いずれやってくる別れの時を少しだけ寂しく思っていた。

今回もおたのしみにー


 師匠によるスパルタ式魔術修行が始まってから10年。俺もとうとう20歳になった。成人式というクソッタレな文化はこの地域には無いらしく、粛々と時間が流れている。前世で死んだ年齢にあと少しで追いつく。魔術の実戦演習は相も変わらず続けており、十年経っても二回くらいしか勝てていない。大人げなくない?という風に、実戦演習では負けに負けているが、治癒と浄化魔術に関しては、合格点をもらえるほど上達している。魔術の乱打戦以外にも、村に出向いて村人の治療を、リリスに代ってやることも多くなり、村人の人達とも親しくなった。離島地域の病院の訪問診療みたいだなと思ったよ。前世で見た医者もののドラマでそんな話あった気がする。一昨日は、リリスについて治療の手伝いをしに行った時にはウリボアの干し肉をもらった。おいしい。イノシシ肉みたい。そんなこんなで20歳になって、酒も飲めるようになったが。…そろそろ旅立つ時だよなぁ、と思い始めた。だって20歳だよ?10歳で〇〇モンマスターになるために旅立つんだよ?20歳で行動起こさなかったらいつ起こすんだ。

 

「とは言ってもなぁ…」

 

と、いつもの実戦演習の帰り道で考えながら少し息をついていた。

 

「どうした?」

「いや、なんでもないです。次ばどうやって攻めようかを考えてて…」

 

師匠に心配をされて、それに俺はお茶を濁す。ろくに演習で勝ててない上に、長い間居座り続けたために、実際どう言えばいいのかが分からない。作品のストーリーは知らないが、少なくとも速く帝国につかなければ帰った頃には帝国が無いなんてこともありえる。それでもここでの生活でこの地にも愛着はあるし、師匠のことも母親のように思っている。農耕民族の性なのかね…。

いつも通りの修行の帰り道。そう考える時間も少し多くなった最近だが、今日は昨日とは全く違う展開が用意されていた。師匠が立ち止まって前方に目を凝らしている。

 

「お師さん。どうしました?」

「いや、あれ人じゃないか?」

 

師匠に言われて前方に目を向けると、人間サイズの物体があった。…というか人が倒れていた。それも身体中傷だらけで…

 

「…って、ボロボロじゃん。大丈夫か?」

 

俺と師匠は、すぐに倒れている男の方に駆け寄り状態を確認する。俺がうつ伏せになっている男を仰向けにして、師匠が男の様子を見る。軽口を叩いていられる雰囲気ではない。

 

「外傷が多いな…刃物による切り傷が多数、鈍器による打撲も10と少し、凍傷も酷いな…だけど切除しないくて大丈夫そうだな。クルス。」

「わかってるって。…癒せ。」

 

俺は、師匠の指示の通りに癒しのルーンで治癒を図る。ついでに毒に侵されてる可能性を加味して毒素の浄化を行う。すると、男の体から傷が無くなっていき、それと同時に先程まで荒かった男の息も落ち着いてきた。一通り治療を終わらせてから師匠は立ち上がり、

 

「まぁ、これでこの男も大丈夫だろ。クルス、そいつを頼んだ。」

 

と、言って歩き出した。患者は?…俺が運ぶのか!

 

「いやいや、師匠も手伝ってくださいよ。見るからに重いですって。」

「おやぁ?10年目でまた忘れたのか?実戦演習の敗者は、勝者の言うことを1日聞くと。」

「やっぱりか!使うと思ったよチクショウ!」

 

実戦演習の敗者の俺は、勝者の師匠の言うことを聞く。ゲッシュみたいな誓でもないが、修行を始める上で師匠が面白がって勝手に作ったルール。強制力は無いが、日常的にやりすぎた事で判例みたいにルール化してしまった悪しきルール。しかし、面白がったのも俺も同じだし人のことが言えない。

そんなルールに従って、男を背負う。重い。やっぱり脂肪より筋肉のが密度が違うからね。そんな重い荷物を増やして、再び帰路に戻った。

思えば、この出来事が大きな岐路になったのは間違いないだろう。

 

男を運び込んでから3日間。男の容態を見るために、実戦演習は中止、訪問診療のみの活動をしていた。珍しい。彼女曰く「ラボン、ひいてはオイラト公国の人々はよそ者を好まない。だから適切な治療をしてくれるかが不明のため、とりあえず快調になるまでは家に置く」そうで、俺のベッドが男に占有された。そのため俺はソファで寝ることを余儀なくされた。なんでさ。というかよそ者なら、俺もよそ者だよね?師匠、村人達に何か流した?

そんな事もあったが、男がようやく意識を取り戻したため、一旦男の話を聞くことにした。熱々栄養満点のかぼちゃのポタージュを片手に。男はそれを見て拷問と思って怯えられて、師匠に蹴り飛ばされた。満点の善意でやったのに…。痛みで踞る俺をよそに、師匠は男と話を始めた。

 

「うちの弟子が失礼した。」

「いや、こちらこそ…せっかくだからそのスープをもらおうか。」

「いいのか?あのクレス(バカ)が作ったやつだ。笑い毒が仕込まれてるかもだぞ?」

「入れるか!!俺をなんだと思ってんだ!」

 

サラッと理不尽な事を言われて、俺は痛みも忘れて彼女に噛み付く。まだ蹴られた所が痛い。しかし、痛がっても何も始まらないため俺も立ってから近くの椅子に座り直す。

 

「コホン、じゃあお前のことを話してもらう。どこの人間だ?そしてできる限り所属とか教えて貰えたら助かる。」

 

師匠が気を取り直して男に質問を始めた。男はスープを一口含んで少し考えてから、彼女に向き直して質問に答え始める。

 

「名前はロニー・カリオストロ。帝国から逃亡してきた。元々は政務官をやっていたが、オネスト大臣に在らぬ疑いで罪を着せられてな。暗殺部隊に殺される前に国外逃亡をした。傷は逃げる時に帝国兵に受けたものだと思う。」

「そうか…帝国から…」

 

ロニーの言葉に、師匠が言葉を返しながら俺の方に顔を向けていた。言葉にしなくてもわかる。珍しく真剣な眼差しの彼女はきっとこう言っている。「彼から聞けるところまで聞いておけ」と。そして彼女はロニーに向き直して言葉を続けた。

 

「ロニー。命を助けたは良いが、ここはラボン。余所者を受け付けない閉ざされた地域だ。それでも、ここで暮らしたいなら最低限の協力はするが帝都程豊かじゃないのはわかるだろ?」

「あぁ。でも、多くは望まないさ。なんせ命を救ってくれたんだ。これ以上求めるものは無い。でも、これ以上迷惑をかけるの訳にはいかない。歩けるようになったらここから出ていくつもりだ。」

 

師匠の言葉にも、真摯に答えるロニー。それだけでも彼がいい人というのはわかる。だからこそ帝国の生贄に選ばれてしまったんだろう。ロニーの言葉に、師匠は表情を変えずに返す。

 

「まぁ、この地域に根を下ろすのも、ここから出ていくのはお前の勝手だ。だが、その前にこいつと話して欲しい。コイツも訳ありで帝都から来た奴だ。」

 

彼女はそう言って俺に指をさす。俺もその言葉に何も言わないが。顔を縦に振った。ロニーが俺の方を見る。リリスは、それを確認すると部屋の出口の方に向かった。

 

「薬品室?」

「あぁ、終わったら言ってくれ。」

「わかったよ師匠。」

 

リリスが扉を閉めて部屋から出ていった。ロニーはその様子を見て、俺に聞いてきた。

 

「仲が良いんだね。ちょっと羨ましいよ。」

「そうでもないっすよ。これでも毎日雪山で魔術で殺し合いしてますし。それよりも…」

「あぁ、君がワケありという話だったが。」

「えぇ、それにあたって、少し確認したいことがあります。」

「何だね。」

 

 俺は、服の襟をずらして左首筋を彼に見せる。決してふざけているわけでもなければ、血を吸ってもらおうと思っている訳では無い。無論、男色に性癖は持っていない。

 首筋に刻まれている紋章を、ロニーに見せるために行った。ロニーは最初怪訝な表情を見せたが、その紋章を見つめていくうちにその表情が、驚愕に変わっていく。

 

「これは…何かの冗談か?」

「その顔…知ってるみたいですね。」

 

 月の紋章。憑依元のクルスの記憶を使って説明をすると、皇帝の血族が引き継ぐ皇位の証であり呪い。皇帝たちの先祖、通称「月の一族」が月の周期で力を使い分けて、月の動きと共に生活をしていたという。

 

 曰く、満月になれば月神の如き力を得る。

 曰く、神月になればどんな獣よりも矮小な存在となる。

 

 多くの歴史書や古文書で、決まってこの二つの文が使われる。そんな月の一族が帝国を築き、幾分へいわなじだいを迎えると、一族としての力は必要ないと判断されて、世代を追うごとにその力を縮小させていった。そして、力を無くした今、紋章は皇帝の血を引く有力な証拠として使われ続けている。日本における天皇家の三種の神器のようなもので、それ本体に意味はなくとも、それを意味することに重要性を置く。元政務官レベルならば、おそらくはこの紋章の意味を知っている。そう踏んで見せてみたら、効果て覿面だった。

 

「これを見せたのなら、俺が何者で、どのようなワケありなのかは政務官を務めていた貴方にならわかるはずです。」

「あぁ…はっきりと理解しました…。あぁなんてことだ…まさか殿下が生きていたなんて…。先程までの無礼をお許しください…」

「殿下なんてやめてください。俺はもう皇位を持っていない、廃嫡された者に過ぎません。」

 

 ロニーは途端に、血相を変えて片膝をつこうとするが、何とか止めてベッドに戻す。その後、彼が落ち着くまで少しかかったが、再度気を取り直して、俺の方に向き直る。

 

「して、殿下が私に聞きたいことは何でしょう。先程の女性も私たちに気を使って出ていったのですね。」

「えぇ、まぁ。殿下はやめてね…ってそれはいいや。聞きたいことはいろいろあるけど、まず一つ目。俺が廃嫡になった13年前。どこに所属していましたか?」

「13年前…確かその時は、東方諸国の担当をしていた外交官の秘書をしておりました。」

「東方の外交官…オイラト公国とも付き合ってました?」

「えぇ。そのオイラト公国と連絡するときの機密文書などの管理も私が行っていましたので。」

 

 それが何か。とロニーは不思議な面持ちで俺を見ている。この男が、オイラトを担当していた外交官の秘書なら、俺が欲しいものがある場所を知っているかもしれない。

 

「すみません、話が見えないですよね。実はあるものを探していまして。オイラトとの外交を担っていた貴方ならわかるかもと思いまして。」

「何を探しているのです?」

 

 真剣な面持ちで聞き返すロニー。俺は、ある物について聞いてみることにした。

 

「13年前、おそらく貴方はオイラトに機密文書を送ったはずです。それも外交官より上の位の人から。そして、おそらく13年前からオネストは大臣だったでしょう?」

「ちょっと待ってください…確かに13年前、オネストは確かに大臣職でした。しかし、機密文書については…待てよ?いや、まさか…?」

 

彼は、頭を働かせて必死に思い出そうとしている。病み上がりにこんなことはさせたくはなかったが、帝国のことならば今すぐにでも情報は欲しい。やがて思い出したように、目を見開いて口を開いた。

 

「機密文書とは、また違いますが。オネストから秘密裏に頼まれて機密文書に混ぜたものがありました。先代皇帝直々の文書だとだけ言われただけでしたが…その文書を見つけて、何をなさるつもりですか?」

 

と、少し怪訝な表情で聞いてきた。俺の質問が悪かったとはいえ、表情筋働きすぎでは?俺は一息ついて、間を置いてから答えた。

 

「その文書に13年前の廃嫡に関する内容が記載されている可能性が高い。なので、その文書を入手して、帝都に乗り込みます。」

 

俺の答えに、ロニーは驚愕で顔を歪ませた。そして慌てるようにこう言う。

 

「殿下、お言葉ですが。今の帝国は昔とは大きく違います。先代皇帝もとうに亡くなり、今の皇帝もオネストによって傀儡になっています。帝国の全ての権力を奴が握っているのも同義です。そんな状況で殿下が帝都に乗り込んだら…殿下、いやクルス君はもうそんな皇位に縛られない生活ができている。君はここにいるべきだ。」

 

ロニーは、敢えて途中敬語をやめて、俺にここにとどまるほうが幸せだと言う。そしてそれは正解だし、痛い正論。頭のいい人間なら、ここで魔女の弟子として生活していた方が、絶対的に幸せだと思うだろう。ここには回せる経済はないが、それ以外は驚くほど揃っている。途中で敬語をやめたのも、俺が「殿下」の立場で無いならその方が良いと思った上だろう。しかし、俺にも引き下がれない事情がある。

 

「帝都には弟がいる。その弟がそのまま傀儡にされ続けてみろ。じきに革命戦争が起こる。そうなれば、その戦争の責任は誰が負う?」

「それは…」

「答えは皇帝だ。大臣がどれだけ酷かろうと、最初に矢面に立つのは国家元首。それが独裁者の腐敗であれ、国民社会主義の暴走であれ、結局はその全ての責を元首が負う。このままでは年端も行かない少年が、何もわからないまま巻き込まれて、何もわからないまま罪を背負って死ぬことになるんだぞ。俺は、年長者としても、皇族の血を引く者としても、現皇帝の兄としてもそれは看過できない。」

 

そう、この世界でたった1人の血の繋がった兄弟を見殺しにするのは、いくら精神的な他人とはいえ寝心地が悪すぎる。そして、

 

「それに、自分の実家に帰ることに、理由はいるか?」

 

これを言ってみたかった!厨二だけどさ、皇帝の兄なら許されるよね。でも、一度どこまで酷いことになっているかはこの目で見ておきたいじゃない。そもそも、力をつけて帝都には行くつもりだったから、これをきっかけに行くしかない。もうタメ口だが、気にせずに押し通そう。そんな俺に対して、真剣に考えるロニー。そして、重い口を開いた。

 

「私は君のことを思って忠告したつもりだったのだが。」

「生憎様。俺は、帝都に乗り込んで弟を助け出して、帝国を立て直すことを決めてるんだ。そう決めて10年間魔術の修行をしたのさ。誰を信じればいいのか分からない世界で、最後に自分自身が守れるように。」

 

俺は、そう言ってから出口の方に向かう。ドアを開けて出ようとした時に、ふと思い出したことを彼に言うことにした。

 

「さっき、師匠に歩けるようになったら出ていくって言ったけど。もし貴方が良ければ、俺の戦いに協力して欲しい。俺も貴方も同じオネストによって全てを失った者達だ。仲間がいれば心強い。」

「それって…」

「今決めなくても良い。帝国に裏切られたんだ。精神的にはまだキツいところでしょ。だから少し待つ。頭の片隅程度でもいいから考えて欲しい。」

 

じゃあ、と言ってドアを閉める。そして、師匠のいる薬品室の方に足を進めた。地下に降りて、薬品室の札が書かれている部屋の前に着くと、ノックせずにドアを開けた。そこには、治療薬の調合をしているリリスの姿がいた。

 

「話は終わったか。ノックしてから入れ。」

「あ、すみません。」

 

俺は注意されて謝りながら、彼女の方に向かう。俺が口を開く前に、彼女から話しかけられる。

 

「お前、まさかオイラトの官庁に忍び込もうとは思っていないだろうな。」

 

嘘だろ?俺がやろうとしていることバレてる。言葉につまる俺を差し置いて言葉を続ける。

 

「なんでわかったかって?さっきの会話は魔術で筒抜け。そして証拠品がある可能性が出てきた。となればお前は証拠品を手に入れて速攻で帝都に乗り込むつもりだったろ。全く、行動パターンが単純なところは変わらなんな。」

「はぁ…」

 

今からやろうとしていることを看破されるのみならず何故か詰めの甘さで怒られる。怒られに来たんじゃないけど。でも困った。これで許可なんてされるわけない。そう思っていた矢先に、師匠が口を開いた。

 

「今回は特別だ。好きにやれ。ただし、足跡は一切残すな。やるなら完璧にやれ。」

 

と。まさかの許可である。俺は驚いて彼女を見ると、普段見せる悪いことを思いついたような意地の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「あと、明日の朝までに帰ってこなかったら…殺す」

 

そして本気の殺意を垣間見せられた。

 

 そんな、師匠とのやり取りから二時間程経った夜。俺はとある建物の前にいた大陸の北東に位置する辺境においても比較的豪華な装飾が施されている建物。オイラト公国の治世の中枢である官庁だ。その官庁にあるかもしれない、13年前の文書。ひいては、クルス皇子が野盗に殺されたとされる事件の真相を握る機密文書。その文書は一般に公開されていないためかなり厳重に管理がされているはずで、情報漏洩を怖れて廃棄処分もできていないはずだ。存在した場合、国家ぐるみのスキャンダル。暴かれれば、国家の存亡にも関わる。一国のロイヤルファミリーに意図的に手をかけたなら、時代が時代なら大逆罪で即銃殺刑。いや、俺がいる世界はその時代だったわ。…というのに、警備が杜撰過ぎる。なんで、正門付近に衛兵いないの?平和ボケしすぎじゃない?世界一の平和ボケの日本人ですら最低限の警備はするよ。例えば、巡回とか。それならそれでとても都合がいいだけどさ。

 

「さてと?どこにあるかな宝物ー?」

 

 俺はそう呟きながら、魔術を体内に展開する。発動した魔術は、透視の魔術。館内の状態を数分監視をする。流石に目立つため官庁の近くの茂みに移動した。官庁の構造は一般の庁舎のようで、館内には複数の警備がいる。しかし少ない。マジに襲撃されなければ警備体制変えなさそうだな。…っとと。とにかく、重要そうな所は…地下に大きな空間と強固な扉。…こんな辺境にあんなごついのいる?まず一つ目。次は、最上階のおそらく政治を執り行う執務室。警備がついているからここにもありそうだけど、執務官が変われば保存場所を変えるだろうし、それなら破棄でもするか。でも前世と違って、シュレッダーとか機密文書を処分をローリスクで処理できる手段は限られるし、やはり保存していると思う。とすると、

 

「地下金庫の方に行きますか。」

 

 目的地を確定させた俺は、茂みから出て官庁の敷地に侵入する。」

 

「我、影を纏う者也」

 

 短く呪文を唱えて。自分の姿を周りから見えなくする。そうしながら、入れそうなところを探す。正面入り口は、衛兵が控えているからアウト。裏口にも衛兵が待機しているためこれもアウト。…隙があるのか無いのかわからんなぁ…。その気になれば突入もできるけど、師匠からは一切の足跡を残すなと言われてるしなぁ。完璧に奪うなら、荒事は一切無し、もし起きても人が顔を視認するよりも速く沈める必要がある。と、思いながら庭園を散策していると、ある扉を見つける。周りに廃棄された食料もあるため、おそらくは清掃出入口、もしくは厨房口になるか。念のため透視を継続させながらも、俺はその扉を開けた。その先には廊下が続いている。俺は、その道なりに進んだ。するとどうだろう。なんと階段の踊り場にたどり着いた。幸い人影もいないため、遠慮なく失礼させてもらおう。そのまま階段を降りた。地下にたどり着くと、俺は頭を抱えた。

 

「いやいや…いくらラボンに住む人たちが良い人達だからって…なにこの「好きに盗んでください」と言ってるような…」

 

 目の前には金庫。警備無し。自分日本人ですけど呆れていいすか?まぁ、とりあえず。

 

「人払いの結界よ。拡がれ」

 

 地下エリア全域を指定して人払いの結界を張ってから、金庫のダイヤルも魔術で高速で解読して開けた。やってよかったリリス塾、学んでよかった魔術。しかし、これで安心していられない。人払いの結界は足がつく可能性が高いため30分の制限をつけている。その時間内に文書を見つける必要がある。といっても、事前に構築してある魔術を使うだけで良いのだが。

 

 

「さて、時間がないから魔力の大盤振る舞いよ。」

 

 俺はそう言って魔術を展開する。術式は金庫を掌握して、金庫内にある物品の解析を行う。そして13年前、そして皇室、帝国、親展や機密文書に該当するものを収集できるようにした。金庫の各地で該当した文書が飛んでくる。俺は、飛んできた文書を読み込んで、使えるものは収納、使えないものを燃やして破棄をしていた。勿論煙と灰が出ないようにしている。そんな作業を始めて20分。ようやくそれらしい文書を見つけた。

 

「お…これか。どれどれ…うわぁ…文春とか新潮とかあったら今頃帝国大炎上しているわ…」

 

 その文書を一通り読んでから、一生借りておくことにした。必要なくなったら責任を持って処分するよ。さて、原状復帰をしよう。行きは少し難しいはずがが簡単だった。ならば、帰りはもっと簡単である。人に見つからないように、元にあるところに戻してとんずらすればいい。金庫内の文書も少し整理してから金庫から出て解除した時と逆のコードで再び金庫を閉じる。そして人払いの効力が切れる前に官庁から脱出して、家に帰った。時間は丑三つ時だった。

 

 

 翌日、夜遅くまで探索をしていたためかあまり寝付けず、睡眠不足の状態で目が覚めた。起きた途端に蹴られた。今日は珍しく、師匠が朝を作ったらしく、おいしそうな香りがした。少し遅めの朝ご飯をいただくとする。

 朝食を食べながら、いつもは今日の予定について話すことが多い。今日も例外無くその話だったが、予定は今日もロニーの看護と薬品調合である。

 

「そういえば、昨日はどうだった。成果はあったのか?」

「えぇ、まぁ。あまりにも警備が杜撰だったので」

 

 と、俺は師匠の質問に答えていく。必要な物は手に入った。結果としては大成功である。そこで、俺はその流れに乗って、師匠にあの話を切り出した。

 

「師匠。」

「なんだ?」

「俺に魔術を教えるときにした約束を覚えていますか?」

「あぁ、一言一句覚えているとも。そして現在進行形で片方の約束は守ってもらっている。」

 

 片方の約束というのは、自分の過去や前世の記憶について話すといったところ。もうひとつの英霊召喚に約束は果たせていない。だから、ここで試しってみるのはアリだろう。俺は意を決して、師匠に、もう一つに約束について話した。

 

「師匠」

「どうした」

「もう一個の約束。今月の15夜の日に果たせます。」

 

 短いが、二人の間でなら通じ合う話。自分が旅立つことを決めたという決意を彼女に向けて話した。




次回予告
弟を助け出して、帝国を再興させようと考えていたクルスは遂に、13年前の機密文書を手に入れる。帝国中枢の急所を握ることに成功したクルスは、かつてリリスを交わしていた約束、英霊召喚の約束を果たすことに。そして、この約束が二人の別れの合図だった

次回「旧き兵器」


次回でサーヴァントを出すために約三話分を飛ばして書きました。どんな英霊が出てくるのか。予想しながらお待ちください。


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旧き兵器

機密文書を盗みとった日から少し経った十五夜の夜。俺と師匠は。新雪が凍結した雪道を歩いていた。ロニーが担ぎ込まれてから実戦演習は休止しているし、こんな凍てつく夜に薬草なんてものも生えていない。なら何故雪道を歩いているのか。

 

「英霊召喚できる場所って、家じゃダメなのか?…寒い

「ただ召喚するだけならどこでも大丈夫です。しかし、帝都に乗り込むのであれば自分の身の回りは守らないといけない。より確実に召喚するならマナの濃度が多い場所でやるべきなんですよ。例えば、この山脈を巡る巨大な龍脈の直上とか。」

 

魔術の修行をするにあたっての少ない約束。その一つである英霊召喚のシステムを見せるといった約束。それは本来魔術師にとっては禁忌。しかし、俺はその本来の魔術師に当たらない。なんせ転生者だからね。というか、憑依転生そのものが掟破りだからね。許されなかったら、とっっくに天罰で殺されてるしなぁ。

 

 そう考えている間も、遂に解禁された異世界の技術に本気で考えている師匠。マジで根っからの魔術師なんだよなー。

 

「その龍脈についてだが、それは地下深くで流れる巨大な魔力流の事で良いんだな?」

「えぇ。ここでは自然エネルギー、龍間欠泉、地脈と呼ばれてて皆が立ち寄らない場所。魔術や儀式をするのに、なんで使おうとしないんだろうって」

 

 俺が不思議に思っていると、師匠がため息をつきながら、

 

「なら実際に確かめるか?ここから遠いから飛ぶぞ。あと、防火と気温制御を魔術で完璧に制御しておけ。下手したら死ぬからな。」

 

 と、いって颯爽と飛んでいく。…ん?防火、気温制御?まさか、その地脈って…

 

「…って!置いてかないで師匠ー!」

 

 俺は師匠を追って、空を飛んだ。

 

 自然界においてエネルギーというものは完成された効率を以て循環している。最初に土の無機物と太陽光によって有機物を生産する植物を筆頭にした生産者。そしてそれを食べてエネルギーをとる草食動物と、それを狙う肉食動物。そして、肉食動物の屍を、微生物達が無機物に分解する。そこからは植物からのループ。自然界という一つの生き物が作り出した最も効率に良いエネルギーの移動、伝達方法。人間も、心臓を使って再現している。このような有機物レベルでも可能ならば、星レベルになればもっと壮大になる。地球の場合、エネルギーの循環がマントルという形で対流を続けている。それが表面化するのがマグマであり、火山の噴火という現象である。魔術師的には、地上に露出している数少ない地脈。莫大な魔力リソースになり得る資源だ。何故、こんな話をしているのかというと、

 

「いやぁ…底が見えねぇ。魔術で護ってるけどこの規模の活火山は普通ビビる…」

 

師匠に連れられて、地脈が露出している部分。つまりは火山の火口付近で火山を眺めているためだ。リパル火山。ラボンが誇る最大最強の活火山であり、イルマ山脈の中でも随一の危険地帯。標高は4000メートルを越えていて富士山よりも高い。火山活動の苛烈さと、それによって蔓延する有毒物質。硫化水素や二酸化硫黄、一酸化炭素、等の見えない毒物であるが、それによって人を殺す。だからこの一帯は禁足地に指定されて、自殺志願者でない限りはここに立寄ることは無い。硫黄臭い。しかし、あたりを充満する魔力量は申し分無い。

というか、ファンタジーの世界なのか、中世の世界観でも魔力量はそこそこ多い。召喚した後の霊基の維持は可能だろう。聖杯はどうしたって?無くても、俺の憑依元の魔力量が膨大すぎるために、一騎くらいなら運用できるっぽい。大気中の魔力量も多いため、比較的難易度は低い。神代に近い英霊だと少しきつい程度。…この体、知れば知るほど、おおよそ人のものとは思えない。魔術、魔力においてはチート級。サーヴァント一騎分は稼働できる魔力量って、聖杯のバックアップ無しで小聖杯でも無理難題だろ…これも月の一族の血族?そんな馬鹿な。いくらなんでも神代から遠ざかった世界で、このスペックは頭おかしい。まあ、おかげで今戦力を呼べるのだから、この規格外に感謝しないといけない。

 

「さて、魔力の調子は最高。しかし、その世界で触媒を集めるのは無理。というか、この世界の英雄譚知らねーし…。的確に狙い撃ちするならせめて類似品を宮殿内の宝物庫からかっぱらうくらいか。ともあれ、現状やれるのは自身の縁と適性を篩にかけたギャンブル。現状、引けそうなのが魔女が多いキャスターか、皇帝の資格を持つ者達。大穴で月関連……何が出るかマジでわからん」

 

俺は、右手の甲に刻み込まれた三画の令呪を見ながら呟いた。普通に考えてるけど、異常だよね。聖杯戦争も起きてないのに。でも、令呪が刻まれたのなら、どこかにある聖杯が何かしらの異変を感じた証拠でもある。てことは、聖杯戦争の形式が違うのか?月の聖杯戦争?聖杯大戦?聖杯探索?俺の浅い知識の中ではどれも該当しなさそう…。まあいいや。とりあえず、この世界に聖杯が存在することは令呪の発現で確認できたから良し。後は、首筋の紋様だが…

 

満月になれば、月神の如き力を得る。

 

この言葉に間違いはないらしく、紋様から異様なほど魔力が溢れ出している…って、もういらねーよ魔力!供給過多だよ!白露型駆逐艦に大和型戦艦相当の資材つぎ込まれてる気分だよ!素体からも結構出てるのに飽き足らず、聖杯のバックアップも貰ってるみたいだし。…この魔力量なら割と強引に神霊クラス引っ張り出せるんじゃね?そう思いながらも溢れ出る魔力を制御して、召喚陣を描く。大体の魔術師って足りない魔力をどうにか増やす努力をするけど、俺の場合はこの魔力の多さにちょっとドン引きしてる。転生策が転生先なら真っ先に世界に殺されてるわ。ここでも世界に殺されそうなんだけど。良かった、魔術協会なるものがなくて。そう思っていると、召喚陣を描き終わった。

 

「さて、師匠。やりますよ。」

「あぁ、召喚の時は守ってやる。」

 

 そう言うと、師匠は魔術による防壁を展開、火山活動から自分たちから守るために覆う。俺はそれを確認してから詠唱を始めた。

 

 -素に銀と鉄。礎に石と契約の大公

 -降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 

 俺の詠唱に呼応するように召喚陣が光り始める。その光は、解放の時を待つように蠢いている。

 

 -閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 -繰り返すつどに五度

 -ただ、満たされる刻を破却する

 

 召喚陣を纏う魔力が有機的に動き始める。今、俺というマスターの素質を解析して、現世に降りる英霊を座から引き抜いている途中だろうか。しかし、これは聖杯戦争に非ず。聖杯大戦に非ず。聖杯探索に非ず。マスターが存在するかもわからない、本来意義を持たない英霊召喚。魔術師としても見ても、ましてや一般人から見ても途方もない無駄と言われるだろう。しかし、俺には仲間がいる。俺には力がいる。それは現状を捻じ曲げることが出来る程の力を。その程度の意義だが、聖杯が存在する以上、多少は英霊の願いを叶えられるかもしれない。それが、俺の都合に合わなければ戦わなければいけない可能性もある。俺が召喚しようとしているのは、そんな不確定要素の塊。敵か味方かもわからない存在である。しかし、もう後には引けない。俺は、この召喚を以て、師匠であるリリス・メーヴィンとの決別の儀にする。そう、最初に約束をしたはずである。最初から決まっていたことならば、迷わず進むだけだ。

 

 -Anfang(セット)

 

 迷いを打ち払うように、自身の魔力を更に解放していく。

 

 -告げる

 -告げる

 -汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

 -聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 -誓いを此処に

 -我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者

 

 詠唱が進むごとに召喚陣に滞留していた魔力が廻るように循環する。この世に存在しないはずのものが、この地に降臨する。俺の召喚によって地脈が反応し、火口からは轟轟と噴火の音が響く。それは音ではなく、地鳴りとして俺や師匠を襲う。

 

 「なっ…活火山とはいえ、今は休眠期だぞ!?」

 

 俺たちを守る防壁が噴煙、粉塵に煽られて揺れる。俺はそれには気にしてはいられない。最後の仕上げに取り掛かる。

 

 -汝三大の言霊を纏う七天

 -抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!

 

 詠唱の最後を唱えると、大規模な噴火が発生。そして召喚陣からも強烈な光を伴って強い衝撃波が生まれる。その衝撃波は、俺たちを守っていた防壁や、迫って来ていたマグマや火砕流すらも吹き飛ばした。当然俺や師匠も飛ばされた。吹き飛ばされた俺たちは、成功したかもわからないまま意識を手放してしまった。

 

 気を失ってからどれほどの時間が経っただろうか。意識が微かに取り戻そうとまどろんでいる。しかし、それを許さない者が一人。

 

「起きろ馬鹿弟子!!」

 

 魔力が込められた足で蹴り上げられた。

 

「痛すぎる!!魔力を込めなくてもいいだろうが!!」

「何度言っても起きないだろうが。そもそも師匠より先に起きるのが常識だろう。」

「理不尽だ!!そんな大人修正してやる!!」

 

 一気に目が覚めた俺は周りを見渡す。周囲の雪は吹き飛ばされ、召喚によって活性化したはずの火山の方も沈静化している。召喚陣を描いた所を中心に熱によって焼かれたように焦げ付いている。その中心地に一人の青年が立っていた。俺は、その青年を見て目を見開く。

 

「なっ…いやいや…何かの間違いか?触媒も無いのに何故だ?ありえないだろこんなの…」

 

 思わず俺は、そんな言葉をこぼしてしまう。足元にまで伸びているまっすぐで綺麗な若葉色の髪。吸い込まれるように澄んだ青緑色の瞳。上下をサイズが二回りも大きい白い衣服に身にまとう青年。見る人が違えば女性にも見える。…ありえない。俺には全くの縁が無いはずだ。縁は前世か?あるはずがない。ならば憑依先か?それも違う。それなら、月の一族の話で辻褄が合わなくなる。縁だけでの召喚ならば、魔女や皇帝の逸話を持つサーヴァントが呼ばれるはず。許されるイレギュラーはローマの神祖ロムルスくらいだろう。それでもとんでもない事なのだが…。。ダメだ。混乱しすぎて立ち上がることも億劫だ。

 青年は、俺の方を向いて顔を確認してから俺たちの方に歩いてきた。凍てつく大地の上を裸足で。やがて、俺たちの前までたどり着いて青年は立ち止まって、俺の方に顔を向けて言った。

 

「サーヴァント・ランサー、エルキドゥ。君の呼び声で機動した。どうか自在に、無慈悲に使ってほしいな。マスター」

 

 かくして、俺の英霊召喚は成功した。いや、()()()()()()。これは最初に約束した師匠との決別の儀。そして旅に必要な仲間を求めた召喚。そんな召喚であるが、俺にとってはとてもイレギュラーな形で、そんな感じで、俺はランサー、エルキドゥと邂逅した。




見事英霊召喚を成功させたクルス。しかし、召喚されたのは、クルスにもリリスにも縁が無い神が創りし兵器、エルキドゥ。あまりのイレギュラーに困惑する二人だが、そんな二人に巨大な脅威が襲い掛かる。驚く二人だが、そこでエルキドゥは二人にある提案を行う。

次回
『性能テスト』


なんでエルキドゥを引けたのか。それは主人公すらも知りえていない、憑依先の体の秘密に隠されています。つまりはとりあえず理由なく、縁なくエルキドゥが呼び出されたわけでないです。その秘密が判明するのは相当後になると思います。


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性能テスト

「oh......」

「超級のデスタグールをこんな簡単に」

 

東の大魔女リリス・メーヴィンと、その弟子のクルス。彼女達の目の前には巨大な恐竜型の超級危険種デスタグールが息絶えており、その上でクルスのサーヴァント、エルキドゥが涼しい顔をしていた。

うん、確かに力を試すって言ったけど、そうなんだけどそうじゃない。いや、強いことに越したことはないけどほぼワンパンで超級危険種狩るってもうそれ俺常に命の危険と隣り合わせじゃん。

と、クルスは冷や汗をかきながらそう思っていた。これは少し時間を遡る。

 

 

「サーヴァント・ランサー、エルキドゥ。キミの呼び声で起動した。どうか自在に無慈悲に使って欲しいな。マスター」

 

 火山の火口という極限地帯。そこに似つかわしくない姿をした青年が、クルスにそう言った。名はエルキドゥ。人類最古の英雄叙事詩「ギルガメッシュ叙事詩」に出てくる英雄王ギルガメッシュの友。最初は神から離反したギルガメッシュを殺すために、神が土から造り出した鎖の兵器であるが、大決闘の末にギルガメッシュと親友になり、数多くの冒険を共にしてきた。そんな彼の結末は、天の女神イシュタルの持つ神牛グラガンナとの戦闘の果てで死んでしまうというもの。そんな逸話を持つ彼だが、もちろん、クルスにもリリスにも縁は無い。無論、クルスの体にメソポタミア関連の縁も存在しない。もしかしたら皇帝の血筋がギルガメッシュの血筋の可能性はあるかもしれないが、それは考慮しなくてもいい。きっとそれは限りなく低い。

 

「クルス」

「何?」

「お前、まさかメソポタミアと縁があったのか?」

「んなわけないでしょ。そっちは?」

「私はただの魔女よ。それにルーツは北西の寒冷地よ。掠ってすらいないわ。」

 

クルスは取り敢えず確認をするが、ルーン魔術を基軸にしているリリスにとっては中東地域の伝説と関わりがあるわけが無い。クルスの前世は当然。日本人とメソポタミアに縁があるわけが無い。エルキドゥが2人の前で首をかしげながら口を開いた。

 

「キミと僕の縁か…それがなんであれ、マスターはキミだろ?」

 

と、端的にクルスに言った。その言葉にクルスは溜息をつきながら立ち上がる。

 

「まぁ…わからんことを考えてもわからんしなぁ…。クルスだ。今回は聖杯戦争ですらない可能性があるが、大丈夫か?」

「あぁ、多少のことは聖杯からの情報にあるよ。召喚された以上は、サーヴァントとして全力で君を守るよ。」

「オーケー。よろしくな、ランサー」

 

2人はそう言葉を交わして握手をした。

 

 

火山から少し離れたところで、帰路に着くべく3人は歩いていた。その間にも、ランサーについて聞けるところまで、聞いて、今後について話していた。

 

「というわけで、お前も召喚できたし準備が出来次第帝都に乗り込む」

「君、偶に行動が単純って言われない?」

「急に来た!そして、まさかのサーヴァントにも言われた!?」

「会って間もない使い魔に指摘されるとか…プフッ…!」

 

師匠と同じことを指摘されて、肩を落とすクルスに、リリスは笑いこらえながら弟子の肩を叩いていた。そんな二人を、懐かしいものを見るように、エルキドゥは眺めていた。そんな平和な時間が過ぎていたが、ここは大陸随一に危険な地域。安全な場所は存在しない。三人の足元が揺れ、一定のタイミングで地鳴りが響く。そしてその地鳴りの音源が近づくように大きくなっていく。やがて、三人の影が大きな影によって覆い隠される。足元を見て、次に三人は上を見上げた。そこには、堅牢な骨を纏った恐竜の如き生物。見た目は全身骨が露出しているティラノサウルス。

 

「師匠、冬ってデスタグールの活動期でしたっけ?」

「いや、奴は冬眠しているはずだが…」

 

 超級危険種、一個大隊レベル相当の危険度を有する恐竜。デスタグールである。そんな恐竜がじっと三人を見つめていた。師弟は術式を展開して臨戦態勢を整える。ランサーは二人の行動を見て、敵と認識しつつもデスタグールを見上げていた。

 

「ランサー!奴は地上で最も危険なカテゴリーのモンスターだ!」

「地上で最も…マスター。」

 

 主からそう聞いて、少し興味が湧いたランサーはマスターに問いかけた。

 

「キミがこれから戦おうとしている相手に、あれより上の戦力はいるのかい?」

 

 サーヴァントからの問いに、意図が分からなかったが、少し考えてから答えた。

 

「おそらくな。腐っても千年帝國だ。それがどうした。」

 

 術式を編みながら、標的から目を離さずに問い直した。ランサーは、緊迫した状況下で不敵な笑みを浮かべて、主に提案をする。

 

「マスター。僕なら、あれを斃せる。そしてキミたち無しでも、より早く処理できる。」

 

 その言葉に、リリスは驚いて言葉を返す。

 

「エルキドゥ、貴方が太古の神造兵器なのかどうかは知らないけど、私たちもそれなりにこの山で奴を駆逐している。その二人相手に手出しは無用って、よっぽど自身があるのね。」

「まぁまぁ、師匠。そこまでで…で?ランサー、お前なら何分で片付けられる?」

 

 師匠を宥めながら、冷静にランサーに問いかける。その質問に数瞬考えた後に口を開けた。

 

「三分あれば、あれは沈められる。」

 

 自信満々に放たれた言葉に、クルスは気圧されながらも、ある感情が芽生えた。実際に彼が、その力を示す所を。そう思ってから、クルスは師匠の方に目を向けて、アイコンタクトで魔術の展開を解除した。リリスは弟子の意図を察したのか、展開した術式を解除して、周りには魔術のために使われようとしていた魔力の残滓が滞留している。それを確認してクルスは、ランサーの方に顔を向けた。

 

「三分か…ちょうどいい。お前がどれくらい強いのかは確認していなかった。宣言通り三分で倒せ。好きだろう?性能テスト。」

 

 好奇心と少しの狂気が混じった笑みを浮かべて、ランサーに命令を下す。主の顔を見て、つられるように笑みを浮かべて、足元から無数の鎖を顕現させる。

 

「性能テスト…ね。キミとは仲良くできそうだよ、マスター」

 

 その不敵な笑みを浮かべながら、視線をマスターから標的に切り替えた。それまで、二人に向けて警戒していたデスタグールも、急激に危険性が増したエルキドゥの方に視点を変える。二人はその隙にその場所から離れて、大きな岩の裏に隠れた。岩の裏に隠れた後に、リリスが口を開く。

 

「なぁ、本当に良かったのか?」

「えぇ、いずれ実力は知らないといけませんでしたし。それにもしここでやられたら、それまでの話です。後、彼が本当にエルキドゥならば、超級とはいえ簡単に倒せるでしょうし。一石二鳥っすよ。現に俺たちは戦わずに済んでいるわけだし。」

「それはそうだが…」

 

 二人は、そう話しながら、ランサーの方に目を向ける。そこでは既に戦闘が始まっていた。咆哮を轟かせたデスタグールは、ブレスを放つ。ランサーはそれを軽やかに避ける。避けながらも、鎖で怪物に攻撃をする。しかし、デスタグールの外皮の厚さで攻撃は弾かれる。それを見て、彼は感心するように笑う。

 

「ふーん。確かに、マスター達が警戒するわけだ。しかし…」

 

 怪物の特徴を掴んだランサーは、更に魔力を大地に流し込み、より強力な鎖を練り上げる。そして練り上げた鎖を脚の裏の関節部分を狙って放った。放たれた鎖は、比較的脆弱な外殻を貫いて、直接間接を締め上げた。その痛みで、声帯が擦り切れんばかりに吠えるデスタグールをみて、少し哀れみを持った表情を浮かべる。

 

「性能テストとはいえ、申し訳ない。でも、キミは確かに意味はあったよ。」

 

 ランサーは、そう言って、締め上げていた鎖を体内から切り裂くように頭にまで伸ばしていき、脳を貫いて、頭部から鎖を貫通させた。先程まで、叫んでいたデスタグールが、糸が切れたかのように沈黙して、轟音を轟かせながら斃れた。既に息絶えていた。

 

 

 そして、冒頭の会話に戻る。所要時間はおおよそ二分弱。ランサーが指定した時間よりも早く超級危険種を討伐した。その実力、その力に、二人は驚くしかなかった。しかし、クルスの方は若干疲れが見える。英霊召喚で多大な魔力を消費したのち、使い魔であるランサーが魔力を消費して戦っていたために疲労が発生したのだ。若干立ち眩みながらもリリスの後に付いて死に絶えたデスタグールの所まで歩いた。

 

「マスター、約束通り…あぁ、すこし本気でやったから魔力の消費が?」

「気にするな、予想より減っただけだ。まだ動ける。」

 

 ふらついているマスターを少し心配するが、クルスは手で制しながらそう答えた。そんな二人をよそに、リリスはデスタグールの死体に近づいて観察をしていた。クルスとランサーも彼女についていく。

 

「にしても、冬眠してるやつが、なんでこんな真冬に…穴持たずか?」

「違うな。穴持たずならもっと気性が荒い。見るなり襲撃してもおかしくなかったが…。考えられるのは英霊召喚で地脈が急激に動いたから驚いて起きたんだろう…だから初回の反応も鈍かった。」

 

 二人はそう話しながら術式を展開。ルーンで浮遊を付与してデスタグールを宙に浮かせた。そして、クルスが縄に括り付けた。

 

「マスター、これは?」

「こいつを家まで運ぶ。食料としては最悪だけど、装備品や秘薬の素材としても使えるしな。秘薬の素材は師匠が、装備品の素材に関しては有名な技師にでも売ればしばらくは働かずに済む。」

 

 クルスはそう言うと、縄を引っ張って、リリスと共に帰路についていた。ランサーはそれを見て、マスターの方に歩み寄った。そして縄に手を取り、

 

「手伝うよ、マスター」

 

 と、主に言った。それにクルスは笑顔を浮かべて、

 

「助かるよ」

 

 と、言ってランサーに縄を渡した。

 

 

 そのまま、家までたどり着き、留守番をしていたロニーに、デスタグールの死骸を見て腰を抜かす等の、小さなハプニングはあったものの、英霊召喚によって仲間がもう一人増えた。そして、強力な仲間を得たクルスは、本格的に、帝都に乗り込む計画を立てようとしていた。




次回予告:
前回、ランサー、エルキドゥを召喚したクルス。その後、ラボンから出るために準備を進める。長年暮らしてきた土地に別れを告げる切なさを持ちながらも、弟を救うために決断を下す。そして、そして起きているかもわからない聖杯戦争と、帝国を壊すためにクルスは旅に出る。弟子は、師匠に一時の別れを告げる

次回『旅立つ弟子に花束を』
※更新は遅くなります


新作品:
 2030年、東京。見せかけの災害支援、超インフレ、超少子高齢社会、そして外交問題。あらゆる問題から日本政府が逃げ続けたことにより日本という国家機能が崩壊する。それによってもたらされたのは、地方では、政府に見切りをつけた地方自治体が離反して海外勢力と結託して本州内でもパスポートが必要な所に。そして東京では、差別、格差、貧困、テロリズムが蔓延るディストピアと化してしまった。そんな東京には一人の暗殺者がいる。

 彼は中立である
 彼はフリーランスである
 彼は平等である

 金さえ払えば善人であろうと悪人であろうと全てを等しく代行して裁く。そんな彼には正義は無く、悪も無い。しかし請けた仕事は期待以上の成果で応えるプロフェッショナルである。そんな有名な傭兵に依頼をしてきた少女がいた。その依頼は『拉致された妹を助けてほしい』というありきたりな依頼。傭兵は、その依頼を受けた。その依頼が、彼の運命を大きく変える出来事であったことも知らずに

最新作『天秤の弾丸』

春頃、ハーメルンと小説家になろうで配信予定。そして更新が停止している『機械少女は笑わない』も、三月ごろに再開予定。

https://ncode.syosetu.com/n3854fw/ ←なろう内の小説のURL

乞うご期待!!


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旅立つ弟子に花束を

いつの間に3500を越えたUA。本当にこんな作品を読んでくれてありがとうございます!いよいよさぼれなくなってきました…失踪しないように頑張りますの今後ともよろしくお願いいたします。


 ランサー、エルキドゥを召喚してから二週間と少し。デスタグールの死骸の取り分けや、旅に出る準備、そして、ロニーに実際にラボンでの生活を体験をさせていた。そしてその二週間で、やれるべきことは全て終わらせた。その準備期間の間で、ロニーから帝都の状況を教えてもらい、数少ない良心派の文官の詳細をまとめていた。自分が政権を掌握した時に使える人材を、ノータイムで使うためである。クルスとしては、ロニーには右腕として補佐してもらいたいところだが、

 

「流石に、襲撃された後に戻ってほしいってのは酷かなぁ…」

 

 無理強いが出来ない以上、これ以上の勧誘は効果的でないと判断してか、その手の話はしないようにしていた。全ての準備を終わらせて、それを伝えるため、彼は秘薬調合を行っている師匠の下に向かった。彼女は、基本的に薬品室で寝ているか仕事をしている。彼女自身、広い部屋よりも慣れた匂いのある狭い場所の方が落ち着くらしい。クルスはその部屋のドアをノックする。間もなく「いいぞ」と部屋から聞こえたためドアを開ける。そこには、調合台の前で本を読んでいるリリスがいた。クルスは、読書中の師匠に口を開いた。

 

「師匠、俺が魔術を教えてもらう時にした約束を覚えているでしょうか。」

 

 クルスの言葉に、読書をしている手を止めて、本を台の上に置いた。そして自分の弟子の方を見ながら答えた。

 

「英霊召喚を立ち会うこと、前世の記憶について話す事。確か、この二つだったか?」

「はい、その通りです。」

 

 クルスが魔術を教えてもらう時に行った約束。その二つは、英霊召喚の成功によってすべて完遂してしまった。リリスから見れば、約束を完遂した以上は弟子を引き留める権利はないと考えている。しかし、ここでためらっているのはクルスの方である。明日の命も分からぬ身を拾ってもらった挙句、魔術を会得したいというわがままにも応えてもらった。リリスにとってはなんのこともない事であるが、クルスにとっては、すぐに出ていくのを躊躇うに足る要因になっている。月の一族、廃嫡皇子と特殊な肩書を持っているが、彼の中身は所詮日本の二流大学で社会学を学んでいただけの青年である。そして、本来殺伐とした世界とは無縁の、平和ボケをした日本人の一人に過ぎない。そんな彼だからこそ、すぐに別れを告げることを躊躇う。彼からしてみれば、師匠である彼女に何も返せていない。親孝行ができていないうちに出ていくことに負い目を感じているのだ。しかし、時間は待ってくれない。こう迷っている間にも、物語は進行している可能性がある。この世界で生れ落ちた以上、行動を起こさなければいけない。放っておけば良いものを、見捨てることが出来ない彼は、傀儡に堕ちた弟を諦めることが出来ない。今や、前世の記憶は思い出せど、前世の名も忘れてしまったが、前世でどう死んだかははっきり覚えている。なんてことは無い。ただ車に轢かれそうになっていた少女を助けようとして、自分が轢かれた。今となっては助けた少女の顔も思い出せない。きっとグロテスクな死に方をした自分を見て、今頃トラウマになっているだろうが、彼には後悔はなかった。しかし、どういうわけか転生してしまった。

 そんな自分にとっては、リリスは親と同じくらい敬愛すべき存在である。

 クルスは、そう思い口を開いた。

 

「明日、帝都に向かいます。自分のために。」

 

 師匠は、クルスの言葉を聞いて、少し息を吐いてから質問をした。

 

「そうか、行ってどうする。自分が皇帝にでもなるのか?」

 

 弟子は、師の言葉にすぐさま返す

 

「いいえ、俺は既に廃嫡された身。皇位を継承する権限がないでしょう」

「ならばどうする。お前は、どうやって帝国を変える。どうやって弟を助ける。」

 

 重なられる質問に対して、クルスは試されていると感じた。自身の覚悟を図るためにやっていると。そう理解した上で、彼は答える。

 

「まず、国を腐らせている者を排除する。そして、政体そのものを根本から変える。」

「どう変える?」

「帝政を終わらせる。国の決定権を国民に委ねる。」

「民主主義か。」

「はい、中央集権化を排して、選挙による民主主義国家として作り変える。共和制か、立憲君主制かは変えてみないとわかりませんが。いずれにしろ、これで権力を持っていた弟が力を失い、皇帝の名を悪用する旨みを完全に無くす。」

「だが、権力も戦力も無いお前がどう立ち回る?」

「……」

 

 師匠の質問にクルスは黙る。そして少し考えてから口を開いた。

 

「文官として潜り込む。良識派の文官に交渉をして内部から浸食をする。それでだめなら、隠居している彼を擁して入る。第3勢力を作り出して実力差を分割させる手もある。そして、最終手段は革命軍と結託して帝国そのものを潰す。最終手段を使わないことを祈っています。」

 

 クルスがそう答えると、リリスは椅子に座って台に乗せていた本を差し出した。クルスは彼女に近づく。

 

「でたらめだが…無策ではないようだな。無策だったらデスタグールの巣にでも放り込んでいた。」

「うおう、マジかよ…サラッと命がけじゃないですか…。で、これは?…帝都の図面?」

「餞別だ。今の帝都は、約500年前に完成されたものと言われている。そしてこれは、30年前に掘り出した帝都の全体図面だ。流石に表層は変わっているだろうが、革命軍が魔改造していない限りは地下の坑道や水道はそのままのはずだ。」

 

 それを聞いて、弟子は師匠からその本を受け取る。

 

「あの、師しょ…」

「帰ってくるなよ。」

「はい?」

首を傾げる弟子に、師匠が言葉をかけた

 

「やるべきことを、やりきるまでは帰ってくるな。ここに帰ることがあれば、成功の土産話を持ってくることが条件だ。あと、お前の遺体の受け取り手にはならないからな。もし屍で来たらそのまま山に捨ててやる。」

 

リリスはそう言って、自らの弟子に笑いかけた。

 

 

そして夜が明け、陽は昇る。そしてクルスが旅立つ日が来た。

 

「装備と食糧は?」

「帝都に着くまでのは。」

「じゃあそっちは…」

 

クルスは、リリスと一緒に最後の確認を行っている。それをロニーは遠巻きで眺めていた。

 

「やっぱり行くんだな…その先はロクでもないのに。」

 

彼はそう言いながら、少量のぶどう酒をあおっていた。クルスに一緒に戦ってほしいと頼まれてから、一切勧誘の話をしない。良識派の文官の情報を求められたが、それ以降は何かを求めることはしなかった。これは、クルスの気遣いであることはロニーはすぐに感づいた。彼の気遣いで、ロニー自身は後悔にさいなまれていく。若者が全てを変えようと挑みに行くのに、自分は逃げたままなのか、と。そんな彼の隣に、長髪の青年が近づく。

 

「ランサー君か。笑いたければ笑えばいいさ」

「笑う?まさか、一般的な反応だし恥ずべき事じゃないって、マスターが言っていたよ。」

 

 自嘲気味に後ろにいる青年、ランサーに言う。しかし、彼は笑わずに返してからロニーの隣に座った。そして、視線の先にある自分のマスターを観ながら、

 

「むしろ、僕のマスターの方が無謀だよ。僕がいたとしても、茨の道であることには変わらないのに。」

 

 と、言った。ロニーはそれにため息をつきながら返す。

 

「全くだ…もう、帝国は終わるというのに。何であそこまで必死になれる?皇位が無いなら関わらなくても誰も彼を咎めないのに…」

「そりゃあ、ちがうな。間違っているぞ。」

 

 ロニーの言葉は、いつの間にか目の前まで近づいたクルスによって遮られる。

 

「俺が一番嫌なのは、何かをすることが出来る力を持っているのに、それをやらずに後悔することだ。弟を無視できないこともあるが、それ以上に、そんなタイプの後悔を二度としたくない。だから無茶でも進むし、そのためにランサーを召喚した。まさか、天の鎖が来るとは思わなかったが。」

 

 クルスは笑顔で、そう言った。そしてランサーの方を向いて続けた。

 

「支度が出来た。ランサー、霊体化と実体化、どっちが好みだ?」

「どっちでも変わらないよ。マスターの好きな方にする。」

「じゃあ、有事以外は霊体化で頼む。なるべく目立たずに移動したい」

「了解した。」

 

 ランサーがそう言うと、霊体化して消えた。そんなランサーを見た後に、ロニーの方に向き直った。ロニーは、クルスを見ながら聞いた、

 

「今の君でどうできる?犬死の可能性が高いぞ」

「だろうな。それは真正面からやった場合だ。オネストを失脚させれば不可能ではない」

「その策はあるのか?言っておくが、奴の外堀を埋めようものなら容赦なく暗殺者を送り込むぞ。」

「まじで?」

「だろうと思った!」

 

 クルスの意見を聞いて、大きくため息をついて言い放った。

 

「いいか?今の帝都はもう、正論や証拠が勝てる場所ではない!君がいくら強力なスキャンダルを握ったとしても、それを握りつぶせるのが今のオネストだ。そんな奴を相手に一人で挑むのは自殺行為だ。」

「とはいえ、帝都に着かない限りでは策の練りようがないだろ。それよりももっとひどいことになっているだろうし。で?ロニー、お前は俺に行ってほしくないのか?」

 

 そう聞き返すクルスに、ロニーは自嘲的に笑いながら返す。

 

「言っても聞かないだろ、君は。」

「そうだな。手段ならいくらでもあるし。」

「だよな…ならば、私も行こう。」

「…マジ?」

 

 クルスにとっては思いもよらない言葉に耳を疑う。ロニーはそれを無視して続ける。

 

「戦闘力は無いにしろ、私なら良識派の人間に顔が利く。役人時代に使っていた隠れ家も使えるだろうしな…。大体、君が帝都に着いたところでどうやって協力者を増やすんだ?監視の多い帝都内でドアをノックして入れてもらうか?」

「おう…返す言葉もねぇ…」

「交渉や口利きくらいしか役に立てない。しかし、私も命がけで付いて行くんだ。私にも君と同じような使い魔を使わせる。これが俺の譲歩だ。」

 

 ロニーはそう言い切ると、右手を出してきた。クルスはそれを見てから、右手で握手をした。

 

「オーケー。それでいいよ。改めてよろしく」

 

 クルスは、そう笑顔で言った。

 

 

 クルスとロニーの会話が終わり、いよいよ出発の時となった。荷物を詰めたリュックを背負って、クルスはリリスの方に向く。

 

「では、いってきます」

「お土産は高級茶葉をお願いするよ」

「国難中の国に贅沢品をたからないでくださいよ。」

「冗談。気をつけろよ。」

 

 そう会話をかわして、クルスとロニーは帝都の方に向かって歩き出した。

 

 

 旅が始まってから三日。二人は、ようやくラボンと帝国の境界まで来た。寒冷地から抜け出した先は、鬱蒼とした広葉樹林。右も左も分からなくなりそうになりながらも、二人は、魔術によるナビに従って進んでいた。ロニーはそのナビを見ながら、クルスに聞いた。

 

「魔術を使えばすぐに帝都に行けたので…」

「サーヴァント抱えた状態で超距離航行しろって?ガス欠でぶった倒れるわ。」

 

 ナビを見ながらクルスは、ロニーの質問に答える。そして逆に、ロニーに聞き返す。

 

「そういえば、サーヴァントを護衛にするって言ったけど、適正あるの?」

「リリスさんに診てもらったんだが、魔術適正は無いけど魔力量は二倍くらいだって。」

「なるほど…まあ、知ってなかったらそんな要求しないもんなー…お、そろそろかな?」

 

 ナビに従って動いているクルス達は、ナビの挙動の変化を見て先を急ぐ。進むごとに鬱蒼とした森林は開けていき、ナビが消えた時には、大きな街道に出た。二人は人が行き交う街道を見て、クルスは初めて見る光景に、ロニーは、今まで味わった疲れを思い出して涙ぐんだ。

 

「ロニー…」

「あぁ…ここまでくれば…」

 

 この帝都に続く街道を進めば、考えなくてもたどり着く。二人は、隠しきれない感動を飲み込みながら、静かに拳を突き合わせながら、その街道を、帝都の方面に向かって歩き始めた。

 

ラボン編-完-




次回予告
厳しい旅の果てにようやく帝都にたどり着いた二人。初めての首都に興奮をするクルスであったが、帝都を取り巻く闇を垣間見る。これまで考えてきた策が通じないと思わせる程に腐りきった帝国を目の当たりにして進路変更を余儀なくされる一行。そんな中で彼らに手を差し伸べたのは、アリアと名乗る少女だった

次回『帝都にて』


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一章 帝都にて
帝都にて


4500超えてるっ!?マジですか!ありがてぇ!第一部「帝国を斬る」が始まりました。

出来は…ツッコミどころは多いですはい。この後から色々と動くのでその布石と思ってもらえればと思います。


 オーナ帝国。千年前に月の一族の生き残りたちがこの地を平定して築き上げた帝国である。神に与えられし力をもって平和を繁栄を手に入れた初代皇帝は、これ以上の流血を好まなかったため、帝国に反旗を翻さないように48の帝具を製造して抑止力とした。その後、大きな戦争は起きず、帝都を中心に帝国は千年という長い刻を生きながらえた。

 

「ここが帝都…ロニー、息してるか?」

「無理…もう動けん…」

 

 二人の男がいた。一人は、涼しい顔で外観を眺める若い男。一人は周りを見る余裕もなくぐったりしている男である。クルスは、ロニーの肩を持ちながら周りの様子を伺う。壁に貼られている手配書にロニーのものがある可能性があるためである。彼は、自分のサーヴァントに一つ頼みごとをした。

 

「ランサー。」

『なんだい、マスター。』

「帝都の中を軽く見ておいてほしい。本来ならアサシンの役割だが…」

『構わないよ。どのみち休まないと、マスターはともかく彼は死にそうだしね。』

「あぁ、頼む」

 

 クルスがそう言うと、彼の周りに存在していた微弱な気配が離れた。そして、手配書にロニーの名前が無いことを確認して、本人に声をかけた

 

「とりあえず入ろう。お前は手配されてないから問題ないだろ。」

「そりゃあよかった。とりあえず喉が渇いた…腹減った…」

「わかったよ。まずは腹ごしらえだな。」

 

 クルスは、そう答えて門をくぐった。

 

 

 帝都に着いてから二時間、帝都内で評判の喫茶店に二人はいた。聞いたところによると、その店は紅茶がとケーキが有名らしく、二人はゆっくり嗜んでいた。

 

「クルス君…。」

「なんだいロニー」

 

 紅茶を嗜みながら、ロニーはクルスに話しかけ、それにクルスが応じる。

 

「うん、確かに俺は腹減ったし、喉も乾いていたよ?だから、危険種を狩って得た報酬の一部でごちそうしてもらうのはありがたいんだけどさ。」

「で?」

「で?じゃないんだが?」

 

 紅茶を嗜みながら落ち着いているクルスに、怪訝な表彰を向ける。そして、小声でロニーは言う

 

「帝国の内情を見たろ。君が想像しているものよりも更にひどい有様だ。各地でスラム街が出来て、明日を迎えられるのかもわからない。」

「仕事を探そうにも、そもそもありつけられる仕事は少なくて、汚れ仕事ばかり。仕事にありつけたとしても、危険な仕事で命を落とすか、性病に罹患して苦しみながら死ぬ…か。確かに想像よりもひどいな…。」

 

 クルスはそう言いながら空になったカップを置いた。そして、ロニーを見て続けた。

 

「俺がただ紅茶で油を売っていたと思っていたのか?まぁ、見た目はさぼっているように見えるが…。よし、出るか。」

「出るって…どこに。」

 

 席から立ち、代金を払って出ていこうとするクルスに、ロニーは聞く。それに、クルスは振り返ることもなく、

 

「範囲外の所。」

 

 とだけ言って、店を後にした。

 

 

帝都の西端にある墓地。そこは、帝国のために命を尽くした兵士たちや、程度に住まう市民たちを弔う場所である。そんな場所に、弔う人が居ない二人の男がいた。一人はクルス・メーヴィン。廃嫡された元第一位皇位継承者。一人はロニー・マクスウェル。帝国に裏切られた良識派の元文官。そこで二人は何をしているかというと、クルスが人払いの結界を張り、ロニーはそれを待っているところである。

 

「なぁ、墓地に来て何をするんだ?」

 

何も知らされてないロニーは、結界を張っているクルスに聞く。クルスはその質問に振り向かずに答える。

 

「何って、情報収集。さっきの喫茶店で、魔術で広範囲の探知をやっててね。それでも範囲的に西側が探知しきれていないんだ。」

「探知って…紅茶を飲みながそんなことを。」

「俺たちのことを知られていないとはいえ、ここは敵の居城であることに変わりない。」

「…あぁ、なるほど。怪しまれないようにただの旅人の振りをしていたわけか」

「そゆこと。」

 

検問も無く、歓迎されて入った帝都であるが、本来は敵対関係になり得る存在。ただでさえ革命軍やナイトレイドと呼ばれる暗殺者達が暗躍をしているために帝都内の警備はかなり厳重である。そんな中で自分たちが探索に行った場合、場所が悪ければ革命軍か何かと間違われて冤罪でも殺すだろう。故にクルスは動かずに情報を集める策に変えた。結果として情報も集まり、ロニーの体力も回復させることも出来たため、この試みは成功であった。

 

「で、ここに来たということは。ここで探知を行う…」

「いや?もう探知はやらないよ。宮殿内の情報も少し手に入ったし。」

 

平然と、クルスは答えるが、その言葉にロニーは驚く。驚いて、ロニーはそのまま聞いた

 

「じゃあ、どうしてここに?」

「ちょっと呼び戻す…ランサー」

 

ロニーの質問に答えた後、短く彼の使い魔を呼んだ。すると、彼らの目の前に突如としてランサーが現れた。クルスはそのランサーに早速質問をする。

 

「何か変わった点はあった?」

 

ランサーはその質問に対して、若干苦笑いしながら答える。

 

「いや、変わった点も何も。僕はこの地に初めて来た…いや、マスター。特殊なものなら一個だけ。」

 

と、彼の気配探知に引っかかったものを思い出して続ける。

 

「宮殿の中から自然ではありえない量の魔力が溢れているのは感じたね。見立てが外れてなかったら聖杯の可能性が高い。」

「なるほど…やっぱりここにあったか聖杯。それは後回しでいいか。他には何かあった?」

 

ランサーからの報告で、探しものの一つが見つかったことに少し手応えを感じつつもさらに質問を出した。ランサーはそれに対して少し考えながら、思い出したかのように、

 

「うーん…都市部の常識化は分からないけど、病気の人が多い気がしたね。」

「うん、やっぱそんなもんか…ありがとう。」

 

ランサーからの報告を受けて、お礼を言うクルス。ランサーはそれを聞き終えてから霊体化して元の主を守る仕事に戻った。クルスもすぐに結界を解除をする。そしてロニーの方に向いて質問をした。

 

「さて、大体の概要はわかってきた…。今のロニーで、現役の文官とどこまでコンタクトがとれる?」

 

それに、ロニーは深く考えながらも答える。

 

「コンタクトを取ることは可能だが…取り合ってくれるかは分からんぞ。」

 

その言葉に、クルスは歩きながらも、

 

「コンタクトが出来るならやってみる価値はあるだろう。良識派を片っ端からいくぞ。」

 

と、言って移動した。

 

 

 良識派の文官を尋ねに、帝都中を回った二人。しかし、ロニーがコンタクトできる文官の多くが、ロニーが襲撃された日から二か月の範囲内で不審な死を遂げたり、脱税で勾留されていたり、急な任務で辺境に赴任していたりと、二人の予想よりも速いスピードで排除されていた。その中でも魔の手から逃れた者とも話せたが

 

「悪いが、協力できない」

「君たちに関わったら確実に私が殺される」

「せめてチョウリ様の協力が取り付けられてたら協力できたのだが…」

 

 と言って、協力を拒否する。一気に、同胞が粛清されたのなら、戦意が消失するのは仕方のない事。ここまでの大粛清で良識派が生き残っていることの方が奇跡というべきか。おそらく残った者達に反抗する意思も力が無いから放逐されているだけに過ぎない。いずれは、この圧政に抗った罪で明日の生すらも危うい。

 予想以上の行動の速さに、二人はため息をつきながら繁華街を歩く。気づけば、既に日が下りていた。

 

「はぁ…ロニーのこともあるから多少粛清が入っているとは思ったけど。ここまで速くやるのは聞いてねーよ。大臣はスターリンかなんかかよ…いや、鬼畜具合ならポルポトか?」

「スター…?ポル…?何かはわからんが、あまり言葉に出さない方が…」

「あー…すまん。まさか成果なしで終わるとは思ってなくて。」

 

 繁華街の水商売の勧誘を無視しながら、二人は繁華街から出て、探索の中で身を隠せそうな宿の方に向かう。取れる手段が限りなく少ない今、彼らにとっては良識派の協力が必須であった。良識派の中ででも、大臣職を経験しているチョウリに最初から協力してもらうことは考えたが、ロニーをはじめとした良識派の粛清を見て、元大臣の所に向かわなくてよかったと感じている。

 

「チョウリさんの協力を取り付ければ、賛同してくれる人も多そうだったな。」

「だが、オネスト大臣がそれに警戒しないわけがない。チョウリ様は良識派の中で唯一今の情勢に風穴を開けられる可能性のあるお方だ。おそらく監視の目は。」

「だろうなー。下手に動けばそれこそ全部台無しだもんなー…」

 

 帝都に入ってから一日目。早くも、彼らは予想以上に難しいことをやろうとしていることに気づく。自分が持っている、オネストに関するスキャンダルの文書も、皇帝をはじめとした有力な政界の者がいる場所でないと意味が無い。タイミングを誤れば逆に自分の身に危険が迫る。機密文書を盗んだ罪に加えて、皇帝を騙そうとしたとして、大逆罪が適応される可能性である。大逆罪とは最高権力者に与えられる封建国家において最大の罪。故にその罪に対しては死刑しか適用できない。

 

「もう少し作戦を練ってからでもよかったんじゃないか?」

「言うな…俺も少し後悔してる。」

 

 ロニーの言葉に、クルスはうなだれるように肩を落とす。彼が迅速に動こうとしたのには理由がある。一つは、彼がこの世界の物語を知らないこと。転生すれば物語の知識面で優位性が持てるが、クルスにはこの世界の物語の記憶は無い。前世の記憶のアドバンテージの無い彼が出来ることは、情報の集まる場所に早くたどり着くことだった。結果として、この迅速な行動のおかげで最終目的である弟の安否の確認がとれた。もう一つは、時間経過で減っていく良識派の文官達を仲間に引き入れ、オネスト派の文官も利用しながら皇帝と謁見が出来ると踏んでいたこと。しかし、この目論見は一日目で潰える。

 

「あぁくそ…思った通りにいかないか…」

「とりあえず、作戦を練り直さないと。」

「それもそうか…」

 

 初手から躓いて意気消沈してるクルスを、ロニーは励ましながらも、目的地に向かう。そこは大通りのはずれにある古い宿。帝都を回りながら聞いた情報によれば、安いが、警備隊が見回りに行く頻度が低いためか治安が悪いとのこと。警備隊等に目を付けられたくないクルス達にとっては最良な場所と言える。帝都に行きながらも危険種討伐の手伝いを行っていたため、最悪一か月はここで潜伏が出来る。

 

「すみませんがお客様。只今、部屋が空いてません」

 

潜伏が出来ればの話であるが。

 

 

「クソッタレ!今日は厄日か!?」

「気持ちはわかるけど落ち着いて!何にもならないから!!」

 

 最初に店に断られてから、立て続けに宿を断られ続ける。帝国主導で始めた公共事業で大規模なライフライン。つまりは水道整備のために各地から労働者が集まっているらしく、格安宿群、つまりはドヤ街では連日労働者で持ち切りだそう。一方、高めの所はどうかといえば、公共事業を指揮する者達が数日にかけて泊まり込んでいるためにそこにも行けない。

 

「ったく…確かに経済を回すために公共事業を展開して雇用を増やそうという考えはわかる。ルーズベルトもヒトラーだってやってることだ…しかし、どうも違和感があるな。」

「前半の所はわからないが、後半の方については同意見だ。あの大臣が人のために公共事業をやるとは思えない。しかし…」

「わかってる。そして悪いと思ってる。」

 

 二人は、話しながらも人気の少ない通りを歩いていた。結局宿は全て空室が無く、二人は野宿を余儀なくされていた。途方に暮れながら、歩いていると、大きな橋にたどり着いた。

 

「仕方ない。一日我慢だ。明日のことは明日考えよう」

 

 クルスはそう言って気持ちを切り替えると、自分の荷物から毛布を取り出した。彼の切り替えに驚きつつもロニーも毛布を出しながら。

 

「それもそうだな…明日朝食でも食べながら考えよう。お金はまだあるんだろ?」

「高級ホテル一週間分宿泊できるくらいには。」

 

 ロニーの質問に、クルスは自分の鞄に指を指して答えた。そして、虚空の方に向いて、

 

「ランサー。というわけだ。見張りを頼めるか?」

 

 自らの使い魔に、見張りを頼んだ。ランサーは霊体化した状態で、

 

『了解だよ。全く、マスターはついてないね。』

「うるせー」

 

 ランサーの軽口に、クルスはいじけるように答えた。そんな話をしながら野宿の準備をしていた二人の前に馬車が通りかかる。二人のを通り過ぎて少し進んだところで馬車は止まる。扉が開き、一人の少女が降りる。そして二人の所まで進んでくる。二人からしてみれば不自然な行動に、警戒を行う。そんなことを知らずか、少女は二人の前に立ち止まって、二人の方に向いた。クルスは警戒感を露にして口を開いた。

 

「生憎だがお嬢ちゃん。俺たちは恵んでもらう程困窮はしていない。ただ、泊まる場所が全部埋まっていただけだ。」

 

 クルスの言葉に、少女が微笑みながら、

 

「それは、帝国主導の大規模工事で働きに来た人たちね。でも、夜は冷えるよ。」

「だろうな、今も寒い。で?君は俺たちに何をしたい?」

 

 クルスは、警戒を緩めることなく質問を続ける。すると、少女の後ろから衛兵た思しき男が現れる。

 

「お前、アリア様に失礼だぞ。アリア様は、お前たちを泊めても良いと言っているんだ。」

 

 衛兵の言葉に、クルスは何か引っかかったかのように考える。

 

(アリア…どこかで…?)

「あぁ、そういうことでしたか。いくらか支払えますけど…」

「あ、おい…」

 

 少し考えている間に交渉を始めたロニーに、クルスは慌てて止めようとするが、

 

「お金の話?私が助けたいんだからお金はいらないわ。それに、外は危険よ。屋内にいた方が良いわ。」

 

 と、アリアが言った。二人は、小声で相談を始める。

 

「いやいやいや…絶対怪しいって。」

「だけど泊まる場所が無いと困るだろ?」

「まぁそうだけどさー」

「ここは信じてみようよ、な。」

「…わかったよ。お前に任せる。」

 

 クルスは、ロニーの熱意に負けて彼に任せることにした。ロニーはありがとう、と感謝をしてから、アリアの方を向いて

 

「わかったよ。その厚意、ありがたく受け取るよ。」

 

 と、感謝の言葉を言った




次回予告:
アリアの厚意で、貴族の家で泊まらせてもらうことになった二人は。完全に信じ切れていない二人は、アリアの家族の世話になりながら調査を始める。その調査が、二人に帝国のさらなる闇を見せることになる。

次回『闇を斬る』




新作予告(書くかどうかは未定)
天才と秀才は似て非なる者である。大和麻弥は二人の男の子を見てそう感じた。一人は小学校に行く前に海外に、一人は、麻弥の近くで日ごとに成長をして行く。少年はいつか交わした約束を、「必ず最強のレジスタになる」という約束のために自分の持てる以上の力をつけていった。そんな彼らにある情報が舞い込む。海外で花開いた天才、加賀修哉の帰還を。これは作者のありったけの妄想をつぎ込んだ、恋愛とサッカーの話。そして、
新しく切り開く日本サッカーの転換期
『BLUE STRIKE』
※気分が乗ったらやります

新作予告(書くかどうかは略)
超常が個性として普及した世界。ヒーローという職業は花形となり、子供のあこがれとなった。そんな世界で熱い魂と、煉獄の龍の力を持つ少年が、最強のヒーローに、最善のヒーローになるために頑張る話
『SCARLET NOVA』
※多分書きます、たぶん


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闇を斬る

フェイトの設定を使っているはずなのに、一向にサーヴァントが一騎しか出ない小説ってあるんですか?
そしてそんな作品に50人もお気に入りにして頂いている事を本当に感謝をしております。そして総UA5500越え。やったぜ。これからも頑張って書き続けるのでどうかよろしくお願いします。書く予定の作品についても楽しみに待っていただけたらと思います。


 帝都に訪れて初日。今まで考えてきた策が通用しないことに気づき、早急に代案を考える必要が出てきた、クルスとロニーの二人。困り果てた二人は、現在アリアと名乗る少女の馬車の中にいた。

 

「にしても、国の情勢が危ない中で、人助けとは…とんだ変わり者だな。」

「よく言われる。でも、困っている人はほっておけないのよ…」

 

 馬車に乗せられても尚、警戒を緩めないクルスに、変わらず微笑みながら返す。それにクルスは、内心警戒度をさらに上げる。そして、今度はロニーの方に顔を向けながら、

 

「そうだ、自己紹介がまだだった。私はアリア。貴方たちは?」

 

 と、名前を聞いてきた。ロニーは失念したように、名前を言おうとしたときに、現在の自分の立場を思い出して口を噤む。それを察してか、クルスが口を開いた。

 

「俺はゼウベルト。辺境の地主の息子だ。そしてコイツがカルロス。ちょっと年の離れた友人で親父の秘書だ。父上から休暇を頂いてな。帝都に観光に行こうと思って来たわけ。」

 

 と、真っ赤な嘘をさも本当のように言ってのけた。彼の言葉を聞いて、アリアが少し驚いたように、

 

「帝都が危険だと知っていて来たの?」

「いや、多少治安が悪くなっていることまでは知っていたが、まさかここまでひどいことになっているとは知らなくてな。それで警備の行き届いている宿に泊まろうとしたらどこも満席。野宿するしかないと思っていたところさ。」

 

 アリアの質問に、クルスは半分嘘で半分本当のことを言った。その隣で、冷や汗をかいているロニーを気づいて、魔力共振で脳の信号を繋げた。

 

(どうだ?辺境の金持ちみたいだったろ。)

(ちょっ…急に脳内で語り掛けるな!びっくりするだろ!)

(元役人ならシャンとしろ。俺の一芝居で俺たちは金持ちの旅人になったわけだ。ウソがばれない限りは危害を加えようとはしないだろ。)

(なるほど…助かった。)

(お安いことだよ。)

 

 と、テレパシー間で言った後に、魔力交信を切った。クルスの猿芝居を聞いたアリアは、心配そうな顔ををして、

 

「そうだったの。大変だったね。でも大丈夫。私の家で良ければ何日でも泊っても大丈夫だから。」

 

 と、労うように言った。そう話している内に、馬車が止まり扉が開いた。そして馬車を操縦していた男がやってくる。

 

「アリア様。」

「ありがとう。案内は私がやるわ。」

「いえ…私が…」

「貴方は休みなさい。明日もあるでしょう?」

「はぁ…わかりました。」

 

 アリアの言葉で、男は先に屋敷の方に向かう。「行きましょ。」という言葉を聞いて、二人は馬車から降りる。屋敷の外観はクルスから見ればかなり大きな屋敷。三階建てのバロック様式に近い建物だった。

 

「立派な屋敷だな。」

「ふふっ、ありがと。こっちよ。そう言えば夜は食べたかしら。」

「あぁ、それは大丈夫。」

 

 三人は、そんな会話をしながら屋敷に入る。屋敷に入ると、複数の使用人に囲まれている清潔な装いの男女が迎えてくれた。

 

「ようこそ。私がそこのアリアの父だ。事情は護衛のジョージから聞いている。帝都から離れるまでここで休むといい。」

 

 と、アリアの父が物腰柔らかにそう言った。二人は、それに少し驚きながらも、

 

「そりゃどうも。でも迷惑じゃないですか?」

 

 と、クルスが返した。その返答を聞いて、男は声を出して笑いながら、

 

「心配ご無用。アリアのお節介癖はもう慣れているのでな。それに、治安が悪くなっている今、護衛も雇っているここはかなり安全だと思わないか?」

 

 と、言った。

 二人は、この広間で話した後に、使用人に連れられて寝室に案内された。それぞれの部屋に通されて、使用人が遠ざかったのを確認して魔力共振を使ってロニーとリンクさせた。

 

(聞こえるか?)

 

 繋いだパスを使って、通信を試みる。すると、暫くの間を置いてから返信が来る。

 

(あぁ…慣れないなこれは。)

(すまないが慣れてくれ。これからも使っていく。)

 

 と、交信を送ってから本題に移った。

 

(で、この家についてだが…)

(怪しいんだろ?俺だって信じ切っているわけじゃない。)

(それなら安心だ。ランサー)

『なんだい?』

 

 交信で話しながら、ベッドの裏や、クローゼットの影になる部分にルーンを刻んで結界を張る作業をしながら自分の使い魔に話しかける。主の呼びかけに応じてランサーも聞き返す。クルスは、結界を張る作業を止めずに、

 

「ロニーの護衛についてくれ。この家はどうも怪しい。」

 

 と、命じた。ランサーは少し考えるように間をおいてから、実体化していった。

 

「それがマスターの命令なら聞くけど。僕なら簡易的な探索も出来るよ。」

 

 その質問に、クルスは間を置かずに返す。

 

「それやった方が速いのは承知の上さ。それを考えるのが億劫なくらいには疲れてるんだよ。今は、寝床を提供してくれているんだ。このアドバンテージ利用しない手はないだろ?奴らが真っ黒ならその時にでも考えるさ。」

「つまりは、利用できるところは利用すると?」

「そゆこと。」

 

 マスターの言葉を聞いてから、実体化を解除して霊体化する。そして、

 

「それなら、了解した。なにかがあればまた言ってよ。」

「ありがとう、ランサー」

 

 と、会話をやめる。そして共振先のロニーの方に念話を送る。

 

(というわけだ、今晩は体力を回復させることに専念。俺も簡易結界を張ってから寝る。)

(わかった。ではまた明日。)

 

 と、ここで共振も切る。そして、結界を完成させてからベッドに飛び込む。その時にふと、自分の前世について考え始めた。思えば、自分がどう死んだのかを記憶ではあれど実体験としての体感が無いのである。それどころか、前世の自分がどうやって生きていたのかのかも断片的にしか思い出せない。よく聞く転生モノでは、前世の記憶で絶対的なアドバンテージを持っているものである。少なくとも彼が読んだことのある作品はそうだった。しかし、彼の記憶には自分がいる世界が、「アカメが斬る!」という作品らしいということだけである。それがどんな世界観でどのように物語が進行するのかもわからない。そして、今となっては、前世の時の名前も思い出せない。

 

「…こんな転生もあるんだなー」

 

 クルスは、そう感嘆してから眠りについた。

 

 

 その後、何も変化が無く朝日が昇り、朝になった。クルスが張った結界には大した変化はなく、エルキドゥからも大して変化はなかったらしい。朝食を食べに使用人に案内された先では、ロニーが何も変わらない様子で朝食を食べていた。そこには、アリアとその両親もいた。

 

「遅くなりました。」

「気にしなくていいよ。今から用意させるから。」

「何から何まで…申し訳ありません。」

 

 と、クルスは言って、ロニーの隣の席に座った。すると、料理が次々に運び込まれてきた。

 

「いただきます。」

 

 と、小さく呟いてからスープを口に入れた。野菜の優しい味のするコンソメスープである。

 

「あ、そうだ。ゼウベルトさん、カルロスさん。貴方たちが良ければ、私が帝都を案内できるけど…案内しようか?」

 

 スープに舌鼓を打っている時に、アリアがそんな提案を投げかけた。アリアの両親たちもそれに賛成のようで、

 

「あら、いいじゃない。」

「僕も賛成だ。ジョージ達に護衛を頼んでくれ。」

 

 母親が感心したように言い、父親が賛同して護衛の手配を使用人に頼んでいた。その様子を見て、ロニーとクルスが一瞬目を合わせた後にアリアの方を向いて。

 

「じゃあ、その厚意に甘えようかな」

 

 と、快く返事した。

 

 

 朝食を食べ終えてから少し時間が経ち、クルスとロニーはアリアとその護衛と共に帝都の中心部で買い物をしていた。

 

「昨日、帝都が危険だって言ってたけど。」

「そうね。確かに治安は悪くなったけど、その分警備隊も強化されてるから日中の観光でいうならそこまでじゃないわ。でも夜は危険よ。野盗も活発だし、何よりナイトレイドがいるから。」

「ナイトレイド?」

 

 アリアから出たナイトレイドというワードに疑問符を浮かばせる。それに、ロニーと護衛が少し驚く、

 

「おいおい、ナイトレイドも知らずに帝都に来たのか?」

「クル…ゼウベルト。流石に俺も知ってるぞ。」

 

 二人はそう言って少し呆れながらも、護衛が説明を行った。

 

「ナイトレイドは、主に貴族や役人を標的にして暗殺を行う集団だ。ご主人様の友人の何人かはナイトレイドの手によって殺されている。皮肉なことに、庶民からは一定の支持を受けているがな。」

 

 護衛の言葉に、ロニーが補足を入れる。

 

「役人といっても悪徳役人が多く殺されているらしいからな…。気の毒だが民衆の支持が集まるのは無理もない。…あぁ、君の主の友人を愚弄しているわけじゃない。ただ、そんな時代だったてだけだ。」

 

 ロニーがそう言った後に、壁に貼られている手配書の方に指を指す。そこには様々な手配書があり、一部の手配書にはナイトレイドの表記があった。クルスはそれを見て、

 

「ナイトレイドね…民衆から見れば義賊ってやつか…。」

 

 と言って、壁に貼ってある手配書をはがして鞄の中に入れた。その行動に護衛が、

 

「何をしている?」

 

 と、聞く。それにクルスが振り向いて。

 

「田舎じゃこんなの無かったからね。記念だよ、記念。」

 

 と言って、三人の下に戻った。護衛はそれに若干怪しみながらも、これ以上は何も言わなかった。その後、帝都に関する観光地を回りながら、アリアの買い物の手伝いをしていた。というよりも、後半はほぼアリアの荷物持ちだった。護衛に助けを求めたが、護衛も荷物持ちになっていたため助けを求めることもできず、結局帰るまで荷物持ちをやっていた。

 その晩、朝食と同じように夕食を食べて、風呂にも入れさせてもらってから部屋に戻った。ロニーには、買い物でこっそり買った帝国内の地図である場所に向かうための最短ルートを作ってもらいつつ、帝都内の地図と、リリスからもらった地下道の図面を暗記してもらっている。クルスは、使用人が離れたタイミングで、ランサーを呼び出した。

 

「どうしたんだい?」

 

 と、実体化して話しかける。クルスは、ランサーの方を向いて口を開く。

 

「今日、屋敷内の探索をする。気配探知で周りを見張ってほしい。」

「いいけど…目的は?」

「この家が抱えているかもしれない秘密を探る。」

「なるほど。…マスターは、この家に何かあると踏んでいるんだね。」

「あぁ。辺境から来た奴にあそこまで優しい対応が出来るか?こんな情勢の悪い時期にやってくる旅行客なんて、俺ならかなり疑うよ。」

「わかったよ。実は僕も気になっている所があったんだ。この際だから一緒に行こう。」

 

 話がわかったランサーは、霊体化する。それと同時にクルスは自身に透明化の魔術をかけて周りから見えないようにしてドアの前に立つ。すると、

 

『通行人無し。このフロアに来そうな人は居ないよ』

「オッケー。」

 

 ランサーのナビに従ってドアを開けた。そしてランサーが気になっているという場所に案内してもらった。案内された場所は、屋敷から少し離れた古びた倉庫。クルスはその倉庫の目の前にいた。

 

「ここか?」

『そう。ロニーの護衛ついでに敷地内を散策してこれを見つけたんだ。開けるかどうかは迷ったけど、マスターの意見も聞きたかったからね。』

 

 そう話しながら、クルスは倉庫の周りを歩いてみる。見た目は古びた倉庫だが、扉や鍵が新しいものに買い替えられている。それも屋敷の扉よりも厳重になっている。そしてそこまで厳重に鍵をかけているのに関わらず、護衛は一人もついていない。そして周りとはかなり違う空気。言ってしまえば心霊スポットみたいな感覚である。

 

「確かに、これは何かありますわ。あとなんか匂うよね。」

『近づいてみてはっきりしたよ。血の匂いだよ。』

「…マジ?」

 

 自分の使い魔の言葉に、クルスは顔を青ざめる。顔色を悪くした主を見て、ランサーが実体化する。

 

「ただの屠殺なら良いと思うけど。ここではそれも難しいのかな。」

 

 ランサーの言葉を聞いて顔色を悪くしながらも、右手を地面につけて術式を編む。人払いの結界を作り、その範囲を倉庫のを中心にギリギリ屋敷にかからない程度に広げる。そして倉庫の裏口に回り込んでから深呼吸をする。

 

「…よし。いくぞランサー。」

「あぁ。」

 

 短く会話をした後に、鍵に手をかけて魔力を流し込む。そして流し込んだ魔力を一気に内側から破裂させた。すると、鍵が軽い破裂音と共に壊れ、裏口の扉が開くようになった。少し間をおいて、扉を開ける。

 扉を開けた後に、倉庫から濃い臭いが流れ込む。その臭いは無機物から発せられたものではなく、有機物から出た腐敗臭。そしてそれに混ざって濃厚な血の臭いも。

 

「ヤバい!」

 

 クルスはその臭いを嗅いだ瞬間に反射的に臭いを除去する魔術を使用。これで漂っていた死臭は蔓延する前に霧散した。クルスは、中にあるものの重大さに気づき、ランサーに、

 

「ランサー。入口を守ってくれ。何かあれば呼ぶ。」

「わかった。気をつけて」

 

 と、頼んだ。ランサーはそれに応えて入り口付近で座る。クルスはそれを確認してから倉庫の中に足を踏み入れた。

 臭いを除去できたは良かったが、倉庫内の見た目まではどうしようもできない。辺りには、衣服と思しき布切れ、人の髪と思しき毛が散らばっていた。異様過ぎた光景に吐きそうになるところを、必死に抑えながらも入口の方まで進む。すると、倉庫の開けた場所にたどり着く。そこは光が一切差し込まないため暗闇である。

 

「…光よ」

 

 クルスはそう唱えて宙空に光を灯す。そして、光で見えるようになった倉庫内を見まわした。遅滞していた臭いは除去できても、常に発生する血と腐敗臭が漂う。そして、辺りには多くの死体が転がっていた。中には、死んでから相当期間が空いたのか、肉が解けている遺体もある。牢屋の中にも、吊るされていて見るも無残な姿になっている者もいたここでこらえていた吐き気も、喉元までせりあがるがそれも無理矢理抑え込む。口に手を当てながらも、先を歩く。音の無い空間で、彼の足音だけが響く。

 

「…ひどい……人のやることじゃねぇ…。」

 

 光を片手に、この常識はずれな状況に唖然となる。そして入口の方まで歩いた後に振り向いてこれをどうしようかを迷っていると、

 

「ねぇ……あなた…どこから…?」

 

 と、彼の頭上から声が聞こえた。クルスが顔を上げると、そこには吊るされた、体中を斬りつけられたと見える少女の姿があった。彼はそれを見た瞬間に、目をそらしそうになったが、必死に耐えて答える。

 

「裏口からだ。待ってろ、今助ける!」

 

 そう言って、ランサーを呼び出す。ランサーはそれに応じて、少女の頭上で実体化してから彼女を繋ぐ縄を切る。体重を支えるものが無くなって自然落下するが、ランサーの鎖に巻き取られて、ゆっくりと降ろされた。クルスは、すぐに彼女の傷の治療を行おうとしたが、少女がそれを止めるように腕を掴む。

 

「私は後でいいから…そこの彼を助けてくれる…?ルボラ病にかかっているの…」

 

 少女の言葉に、つられて後ろを振り向くと、全身に特徴的な斑点を浮かばせていた少年が見るからに衰弱していた。クルスは、少女をランサーに任せて少年の方に向かう。そして、魔術で彼を閉じ込めていた檻を解除して入った。

 

「おい!返事はできるか!?」

 

 クルスが声をかけても反応をしない少年に、彼は脈や呼吸を確かめる。

 

「息はかろうじて、脈は…少ないか。どっちも時間をかけられないし…ランサー!彼女をこっちへ!」

「わかった!」

 

 クルスはランサーの手を借りて、少女を自分の所に近づけさせる。少女は、意識が途切れかけており何を言っているかも判別が出来ない。

 

「大丈夫…治療なら何度もやってる…。ルボラ出血熱の知識もある…。よし」

 

 彼は、そう自分に言い聞かせて、彼らの上に術式を展開する。片方は毒素を抜き取り、内臓機能を修復させる術式。もう片方は傷を修復させて、その上で回復させる術式。種類の違う術式を同時展開。最大出力で展開しているため、魔力と精神力はその分削れる。倒れそうになるのを耐えながらも術式に魔力を送り込む。

 治療開始から30分。少女の方の容体が安定してくる。傷はふさがり、ダメージの回復をしていたが息が安定していき、峠は越えたようだった。クルスは彼女にかけていた術式を解除して、全精力を少年の治療に充てる。体内の毒素は全て浄化出来たが、この毒素によるダメージが大きく、回復に相応の時間がかかるようだった。だが、もう少し回復させてから療養をすれば何とかなりそうである。

 

「あと少し…あと少し…」

 

 クルスはそう呟いて、集中をする。そしてさらに30分の時間がかかる。ようやく自然治癒が出来る程度まで落ち着いたのを確認をした後に術式を解除して、その場に座り込んだ。二人は、寝息を立てている。

 

「はぁ…キッツ…」

 

 そう呟きながら、檻の外で転がっている死体に向けて魔術を展開した。

 

「マスター、何をするつもりだい?」

 

 ランサーの質問に、

 

「心が痛むが、二人とうり二つな偽物に作り替える。二人がいなくなったのを知った場合、まず疑われるのは俺たちだ。帝国の内政に入り込む前に悪目立ちするようなことはしたくない。」

 

 と、返して二人にそっくりなものを作り終える。そして、ぐったりとしながら、

 

「すまない、この少女のものを吊るしてくれ。」

 

 と、頼んだ。ランサーはマスターの意見に納得して少女に偽装した遺体を吊るす。そして、マスターの所に戻って、

 

「見捨てられないからってかなりクレイジーなやり方だね。嫌いじゃないよ。」

 

 と、笑いかけて手を差し伸べる。クルスはそれを掴んで立ち上がる。そして、自分の上着を、裸同然だった少女にかぶせる。そこで何かに気づいたようにランサーに話しかける。

 

「そういえば、まだ朝にはなってないよな。」

 

 それに、ランサーは少し考えてから、

 

「まだ夜だよ、マスター。」

「じゃあ、俺の部屋に運ぼう。行きと同じく探知よろしく」

 

 ランサーが答え、それにクルスは二人を担いでから檻を出て、透明化の魔術をかけた。もちろん檻の方も鍵をかけた。ランサーは、それをそれに答えずに霊体化した。

 クルスは、そのまま倉庫を出て、ランサーの探知を頼りに自室まで戻った。

 

 

 そんな夜が明け、朝が来た。少女をベッドに寝かせており、少年は、ソファに毛布をのせた簡易ベッドに寝かせている。クルスは床で雑魚寝である。そんな自室にノックオンが響く。

 

「ゼウベルト様、朝食の準備が出来ました。」

 

 ノックを聞いてクルスが目を覚ます。そして一気に意識が覚醒する。とにかく、今この家の関係者を部屋に入れるわけにはいかない。

 

「わかりました。今行きます。後、今日は部屋に入らないでくださいね。」

「何故でしょう。」

「…部屋に、大きな鳥が入ってきまして。その鳥が怪我してたんですよ。私の手で治療はできましたが他の人が入ると興奮して傷が広がる可能性があります。」

 

 と、答えた。その後少し間をおいて「わかりました」と言って部屋を離れた。使用人の足音が離れていくのを確認してから、寝ている少年と少女を見る。すると、少女の方が目を覚ましてまどろみ始める。そして、少しの間をおいてから、病み上がりとは思えないスピードで起き上がり、クルスに襲い掛かる。それにクルスは驚きながらも後ろに下がり、彼女の拳を受け止める。そのまま、腕を捻って関節技に持ち込んで彼女を動けなくした。そして、

 

「落ち着け…!俺は昨日の奴だ。」

 

 と、言った。それに彼女が正気に戻ったかのようにクルスの方を向いた。そんなことをしていると、ドアからまたノックが響いた。

 

「少し大きい音がしましたが、大丈夫ですか?」

 

 それに、クルスは冷や汗をかきながら少女の方に視線を向ける。少女は察したかのように力を抜いて黙りこくった。それを確認してから、

 

「はい、大丈夫です。少し暴れただけです。今落ち着きました。」

 

 と、返した。再び、離れる足音を確認してからクルスは大きくため息をついた。そして少女も力が抜けて彼の方に寄りかかる。

 

「おい…大丈夫か?」

「はい…。助けてくれてありがとうございます。」

 

 心配して彼が聞くと、少女は疲労感が残った顔で返した。クルスはその少女をベッドに連れて寝かせた。そして、

 

「話は後で聞く。今は怪しまれないようにしたい。少し待っていてくれ」

 

 と、彼はランサーに念話で彼らの監視と警護を頼んでから朝食に行った。

 朝食を手早く食べ終わってから、ロニーに自室に来るように言ってから部屋に戻った。理由をつけて色々な食事も持って行っている。

 

「…食べないのか?」

「えぇ、ここでもらった物ですよね?私たち、ここの料理を食べてひどい目に遭ったから。」

「そうか…それは配慮が足りなかったな。じゃあ…」

 

 と言ってから、クルスは自分の荷物の中を探る。そして目当てのものを見つけて、

 

「こんな保存食でよければ。」

 

 と、乾パンを差し出して言った。少女はそれを受け取って食べ始めた。食欲があることを確認が出来たクルスはそれに安心して、彼女に質問を始めた。

 

「さて、いきなりで悪いが。色々聞いてもいいか?」

「はい、何でも聞いてください。」

「わかった、食べながらでいいから聞いてくれ。」

 

 と、食べる手を止めた彼女に食べるように促してから質問を始めた。

 

「自己紹介が遅れたな。俺は、クルス・メーヴィン。ラボンから来た。君は?」

「サヨと言います。あそこで寝ているのがイエヤス。ここから北西の村からタツミと三人で、軍に入るために帝都に来ました。」

「なるほど……そのタツミ君はどこに。」

「はぐれました。アイツ、本当に方向音痴なんだから…。」

 

 と、サヨが心配そうな顔をして俯いた。クルスは、少し考えてから質問を続ける。

 

「帝国軍に入って何をしたい。西のブルターニュの征服か?革命軍の駆逐か?」

 

 その質問に、彼女は、

 

「そのどちらも違います。私たちが軍に入れば、村に給料の仕送りが出来るし、村の食い扶持も減らせるし…私達は戦争をしたいから来たわけじゃありません。イエヤスとタツミは自分がどこまでやれるかを試したいとか言っていますけど…。」

 

 と、答えた。クルスはなるほどと思いながら少し考え事をする。すると、ドアからノックが響く。

 

「何?」

「ロニーだ。」

「大丈夫だよな?」

「あぁ、平気だ。」

 

 と聞こえてから、ロニーが部屋に入ってきた。彼は、ベッドにいる少女と、ソファで寝ている少年を見て少し驚く。

 

「クルス君。これは?」

 

 ロニーの質問に、

 

「訳アリだ。」

 

 とだけ、返した。




次回予告:
なりゆきで田舎からやってきたサヨとイエヤスを助けたクルス。彼女の話を聞いた彼は、二人を仲間に引き入れようと考え、彼らを休ませるために屋敷から出ることを決意する。そしてちょうどその時に、ある男が戦場から帰還するのであった。

次回『狼の帰還』


偽名は私が敬愛するサッカー漫画「GIANT KILLING」に出てくるサッカー選手の名前を拝借しました。


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狼の帰還

すっっごくお待たせしました!!社会人って大変ですね!


 クルスとロニーは、良識派の文官の協力を取り付けることが出来ずに途方に暮れていたところ、アリアの助けによって二人は安全な寝床にありついた。しかし、アリアとその家族は、サヨとイエヤス等の地方からやってくる若者を標的に拷問を趣味にしている、人格破綻者な連中であった。現在は、死にかけていた二人をクルスが助けて、自室に匿っている状態。

 クルスは、部屋に入ってきたロニーに、二人について手短に話した。ロニーは、少し驚いたが、納得するまでにそう時間はかからなかった。

 

「なるほど…昨日そんなことが…」

「そう。この二人以外はもう冷たかったよ。」

 

 ロニーの言葉に、クルスが遠い目をしながら返した。状況を把握したロニーは、サヨの方に顔を向ける。

 

「初めまして。俺はロニー・マクスウェル。元政務官だ。訳あってそこのクルスと共に行動をしている。」

「サヨです。よろしくお願いします。」

 

 そう、彼が名乗り、彼女もそれに応じる。そして、クルスの方に向いて、今後のことについて話し始めようとしてドアの方に目を向ける。その行動を見て、クルスは、

 

「ここでの会話は外には漏れない。結界で閉ざしている、それに、ランサーの気配感知で見張らせてる。」

 

 と、術式を掌で見せながら言った。それに安心をしながらロニーは口を開く。

 

「で、これからどうする。二人がそこまでなら俺たちも…」

「まぁ、いずれ同じことになってただろうね。金持ちに成りすましたとはいえ、俺たちは田舎からやってきた道楽者としか思っていないだろうし。何より、ナイトレイドにでも殺されたことにすれば罪逃れは簡単でしょ。」

 

 ロニーの言葉に、クルスも欠伸をしながら同意する。そして言葉を続けた。

 

「こうなった以上はここにいるのも危険だし、ここを離れておかないと…あ」

 

 と、言ってから閃いたかのように考え込む。2人は黙って彼が話始めるのを待つ。

 

「墓地ってのはどうか?」

「「はい??」」

 

クルスの言葉に、2人は首を傾げて聞き返した。

 

 

 その日の夜、クルス達四人は帝都の共同墓地に来ていた。イエヤスはまだ意識お取り戻していないためクルスが背負って運んでいる。

 

「屋敷から離れるのはわかるが、なんで墓地なんだ?」

 

 サヨを背負いながら、クルスに付いて行くロニーが聞いた。クルスは振り向いて返す。

 

「医者に見せようにも、二人は症状としては治っている。大きな宿を取ろうにも、帝都の大開発で部屋は取れそうにない。そもそもアリアから逃げている以上は余計に足は付けられない。じゃあ人目につかず、いくらか空気もいい場所は?」

「まさか…墓地か?」

「正解ー」

 

 イエヤスを背負いながら墓地の中を歩く続けるクルス。そして、少しの間をおいて口を開いた。

 

「あともう一つ、目的があってね。」

「目的?」

「右手を見てみ?」

 

 クルスの言葉に、ロニーが右手の甲を見ると、そこには呪印のような、痣のようなものが浮き出ていた。

 

「はあ!?なんじゃこりゃ?」

「ここに来る前に言ってたろ。自分の身を守れるサーヴァントが欲しいと。まぁ?それが出ない限りは無理な約束だったんだがな。」

 

 そう言って、クルスは右手の甲をロニーの方に向ける。

 

「令呪と呼ばれててね、三画の膨大な魔力を編まれた呪印みたいなもの。これがあればサーヴァントを呼び出せる。魔術師じゃない奴が聖杯に選ばれるのは珍しいんだよなー。レギュレーションが少し違うのか?」

「令呪…これがあれば俺も」

「おう、サーヴァントを呼び出せる。」

 

 クルスの言葉に、ロニーは驚き、サヨは会話の内容が理解できずに首を傾げる。

 

 

クルス達が墓地に潜伏をしたのとほぼ同じ時間帯。宮殿の謁見の間で青年がひざまついていた。青年の目の前には、年端もいかない少年と、肉を貪っている太った男。少年が、帝国のトップ。皇帝。男はそんな若すぎる皇帝の後見人のオネスト大臣。革命軍から、いの一番で的にかけられている男だ。

 

「シロン・ゼッケンドルフ。ただいま東方コルネウスより帰還しました」

「うむ、大儀である。詳細はオネストから聞いている。東方の反乱勢力を殲滅したそうだな。」

 

シロンと名乗る青年が、恐縮ですと言って頭を垂れる。

 

「しかし、ゼッケンドルフ将軍の手腕もさすがですなぁ…他の将軍で3年かかるコルネウス攻略を半月で完遂してしまうとは。」

「お褒めの言葉なら、私ではなく部下達にお願いします。私一人ではどうにもならなかったことですので。」

 

大臣の言葉にも、冷静に受け答えをするシロン。表情を表に出さず、あくまでも謙虚であり続ける若き将軍を見て、大臣は内心憎悪で煮えくり返っていた。大臣がいくら褒賞をチラつかせても釣られない者は多くはないが存在する。そして良識派の様にそれを腐敗と紛糾する者も存在する。ブドー大将軍の様に逆賊を殺した暁に首にかけると言う者もいる。しかし、シロン・ゼッケンドルフという男は釣られない上に良識派でもない。ただ皇帝の勅命には敬虔に従う者だ。それ故に彼にとって大臣の存在は、皇帝のオマケ程度にしか考えていない。

 

「相変わらず謙虚ですねぇ…東方の難攻不落の地を落としたのですからもう少し誇れば…」

「もう少し誇れば皇帝の隣にいる牛脂擬きはなくなるのでしょうか?私はただ陛下の命を忠実に全うしたに過ぎません。」

 

寧ろ、シロンから見ればオネスト大臣こそ邪魔だと考えている。そしてそのことを隠す気も無い。時折透明な殺意が顔を覗く。彼にとって従うべきは皇帝であり、大臣ではない。その態度を隠す気もない。当たり前のように上司に不敬を働く将軍に、オネストの張り付いた笑顔がひきつった。そんな2人の険悪な空気を察することなく、皇帝は満面の笑顔で、

 

「ともあれご苦労だった。褒美として金や食料を贈呈したいのだが。」

 

と、言った。シロンはそれにも表情を変えずに、

 

「ありがとうございます。きっと部下達も喜ぶでしょう。」

 

と、頭を垂れた。

 

 

謁見の間からシロンが部下を連れて去った後、大臣は皇帝に

 

「陛下、シロン・ゼッケンドルフという男は信用してはなりませんぞ。」

 

と、進言した。先程までは何とか保っていた笑顔も殴り捨てるように。それに皇帝は不思議そうな顔をしながら、

 

「どうしてだ?」

 

と、聞いた。大臣はもちろん皇帝にわかるように説明をしようと、先程まで謁見の間で堂々と罵った若き将軍を思い出してさらに腸が煮えくり返った。

 

「あの者は確かに実力は申し分ないですが、性格に難がございます。あんな真正面から不敬を働く者等…」

「あれに関してはシロンの方に一理あると思ったのだが。あやつはあの若さで帝国に貢献してくれている。何が気に入らないのだ?」

 

そう、皇帝が訊ねると大臣は咄嗟に返す言葉が見当たらなかった。皇帝のことは如何様にも可能な立場にいる大臣であるが、シロンと呼ばれる男に関してはそうはいかない。皇帝から絶大な信頼を得ていることもあって、彼の扱いに関してのみは純粋な皇帝の意思で動いている。その上頭もよく回るため、民のためにならない命令ならばやめた方がいいと進言をして諌めることも出来てしまう男だ。如何に大臣が皇帝を洗脳してその命令を通そうとしても、その洗脳は解こうと思えば溶けてしまうのである。

勿論、その事は皇帝本人には言えないため言葉選びに迷ってしまう。そうしているうちに皇帝が欠伸をしながら、

 

「まあ良い。オネストもシロンも国に貢献していることはよく知っている。喧嘩は程々にな。…余は遅くなったので寝るぞ。」

 

と言って、付き人を連れて謁見の間を後にした。大臣ひとりになった空間で、その手に持っていた骨を握り潰しながら、怒りと憎悪に満ちた顔で佇んでいた。

 

 

その頃、帝都の共同墓地の林の中では、

 

「サーヴァント、アサシン。聖杯の寄るべに従い馳せ参じた。見た所魔術師では無いようだが…」

「あぁ、そこにいるおっさんがあんたのマスターだ、アサシン。」

「オッサン!?」

 

クルスが描いた術式の上で、黒い外套を纏った仮面の男が、ロニーの方を見て確認をしていた。心無しか仮面には困惑の色が見える。召喚を目の当たりにしたサヨは何が何やらわからずに混乱。ロニーは目の前にいる少し奇怪な男を見て、額に汗が浮かぶ。クルスはサーヴァントの情報を持っていたため顔色変えずに眺めていた。念の為ランサーを傍に控えさせている。アサシンはロニーの方に向き直して跪く。そして、

 

「では、改めてよろしく頼もう。魔術師ではないマスターよ。我が力を、マスターのためだけに使うと誓おう。」

 

と、改めて誓いの言葉を述べたのだった。




帝国にオオカミが戻り、クルス達も新たな仲間を迎えることが出来た。サヨもイエヤスの容態が改善していく中。クルスは、ランサーとアサシンを連れてあるところに向かうのであった。口封じを行うために。

次回「邂逅」


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邂逅

自宅待機です。コロナよ無くなれ


コルネウス攻略の後、皇帝に報告をするために謁見の間に向かった後。シロンは帝国軍の軍寮にある部屋の前にいた。彼は扉に描かれている自分が率いる騎士団の象徴である白狼のレリーフを確認した後にドアを開けた。

 

「これは遅いお帰りだね〜お色な街に繰り出したのかな?」

 

すると、肩まで伸びた白髪に蒼の外套を着た男がふざけた態度で迎えた。シロンは、男の言葉を無視して奥にある自分の椅子に座った。男は表情を変えずに続ける。

 

「つまらないな〜。で、陛下の様子はどうだったんだい?」

 

男の質問に、シロンは白金の髪をたくし上げながら、

 

「お前の想像通りだよラフィ。少し見ないうちに大臣に毒されてやがる。多少の理性は残しているが時間の問題だろうな。」

 

と、溜息をつきながら答えて、手書きのメモを部下に渡した。

 

「カイエン外交官、ヒリュー文部官、ダリル内政官…まだまだいるけどこれ、半月で?」

「あぁ、大臣に従わなかった良識派やそれ以外の勢力だ。半分は原因不明の変死。残りは事故死とあるが…」

「なるほどねー。こりゃあ酷い。」

 

 そのメモには、シロン達が帝都を離れていた半月の内に死んだ文官や武官の名前である。一応死因も書いてはいるものの、変死に事故死と疑わしいものが多い。これを見たラフィは、若干引きながらそのメモを眺める。

 暫く沈黙が流れた後に、シロンがラフィに思い出したかのように

 

「そういえば、コルネウスの復旧の方は?」

 

 と、聞いた。騎士団の軍師は、それを聞いておもむろに紙を取り出して騎士団長に渡した。

 

「ついさっき報告が来たよ。コルネウスでの復旧は、滞りなく進んでいるみたい。現時点での性暴力事件やトラブルは無し。現地住民からも一定の信頼も獲得できているし、僕たちがすぐ戻る必要は無さそうだね。流石は帝国随一の規律を誇る白狼騎士団だね。」

「妙に他人事だな。お前もその一人だろうに。」

「やだなぁ団長。僕はただの軍師で三流魔術師だよ?」

「言ってろ、元宮廷魔術師が。あっちはうまくやれているなら暫くは問題ないだろう。明日、褒賞として頂いた物資の大半をコルネウスに送るように手配を頼む。今日は休め。」

 

 そう言って、シロンは席から立ちドアの方に向かう。ドアの前に立ち止まってから少し考えてから、

 

「物資の手配のついでに、ジュンとクリスティーナを呼び戻してくれ。今じゃ帝都の方が危険だ。人手が欲しい。あと、クリスティーナ(バトルジャンキー)がそろそろ疼き始めるだろうからな。」

 

 と、部下の魔術師に頼んだ。それに魔術師も緩い雰囲気を纏いながら、

 

「了解だよ団長。ついでにやっておく〜」

 

 緩い口調で承諾をした。シロンは、それを確認した後に部屋を後にした。部屋から出てしばらく歩いていると、廊下に仄かな光が差した。光源の方を見ると、ひとつも欠けていない満月が煌々と輝いていた。それを見て立ち止まり、数瞬の間はそれを見ていたが、すぐに視線を前に向けて歩みを進める。長い廊下を歩き、軍寮の外に出た所で、シロンはある男を見かけた。全身鎧に身にまとった筋骨隆々の大男。彼は、その男の方に向けて歩を進める。

 

「大将軍とあろうお方が遅くまで警備ですか?」

 

シロンの言葉に気がつき、振り向く。表情は変わっていない。

 

「貴様は…。そういえば、今日帰ってきたのだな。」

 

男は表情を変えずにシロンに返す。それに若干苦笑いをしつつも、

 

「お久しぶりです。ブドー大将軍。」

 

と切り返した。

 

軍寮前で会った後。二人は、警備ついでにシロンの部屋のあるところらまで歩いていた。

 

「聞いたぞ。また無茶を働いたそうだな。」

 

と、ブドーはシロンに向けて言った。彼の言う無茶は、謁見の間での挑発行為の事だろう。その言葉には少しの心配も含まれている。シロンはそれに笑いながら、

 

「大丈夫ですよ。陛下は傀儡にはなっていますが、良心の呵責もありますし、頭も回ります。それに、今私が帝国から消されれば、それこそ革命軍に致命的な隙を与えてしまいす。…あぁ、もちろん貴方の実力を低く見てる訳では無いんですよ大将軍。でも、革命軍に対応ができる将軍があまりにも少ないんです。」

 

そう言うシロンに、ブドーも納得をしながら返す

 

「確かにな。俺が率いる近衛兵、貴様が率いる白狼騎士団、そしてエスデスが率いる軍団を除けば。現実として、士気の高い革命軍を押し返す程の戦力があるかと問われれば不安だな。エスデスも北部の制圧、そして貴様の軍は東部の復興に力を割いていると聞いた。」

「ありゃりゃ…どこからそれを?」

「フッ…ただの風の噂さ。ただ、帝国最高の将軍の息子のお前ならそうすると思ったまでさ。」

 

そう笑いながら言う大将軍に、若き将軍は亡き父を思いながら小さくうなづいた。

 

「父が死ぬ間際に言ったんです。『家訓を守れ』と。そして、『自らが守る民と、これから相対する敵のための軍隊であれ』と。殺戮を尽くすことだけが戦争に勝つ方法じゃない。最後まで父は言っておりました。どうせ勝つなら、負けたものも助けた方が良い、と」

 

父親の言葉を思い出すように、シロンはそう言った。それにブドーも空を仰ぎながら、

 

「あぁ、実に貴様の父が言いそうな事だな」

 

と、小さく呟いた。足元に残る水たまりに移る彼の顔は、職務の時には一切見せない程の笑顔を見せていた。

 

 

ー二日後ー

 

 ところ変わって共同墓地。そこでは、クルス達一行が潜伏を続けていた。拠点を移してからは、クルスが偽造魔術で姿を偽って買い出しを行っていた。そのため物資の面での心配はなかった。そして、この子の期間に、イエヤスが目を覚まし、サヨも歩けるまでに回復していた。身動きが取れないロニーは変わらず、二人の看病である。ランサーとアサシンは、それぞれの主を守るために霊体化して傍に控えている。イエヤスが意識を取り戻した今、彼らには憂慮すべき案件が残されていた。それは、

 

「ここにいる四人は、共通の目撃者がいることだよな。」

「そう、それだよ。流石元政務官。」

 

 ロニーが答え、それにクルスが応えた。そもそもロニーが元政務官。上層部に近い程に身元が明かされる確率が高くなる。この問題に関しては、帝国の行政機関を壊滅させるか、ロニーの汚名を返上、最終手段としての皇帝陛下の恩赦を勝ち取ることが必要とされる。そしてそれを現段階ではどうしても不可能だ。国家元首の前に立つにはあまりにも手札が無い。そのため、ロニーの問題に関してはいま議論する意味がない。

 ならば、それ以外の所で、四人共通の目撃者は明白。アリアとその家族である。サヨとイエヤスは実際に拷問をされて死んでいると思われ、クルスとロニーは偽名を使っているが顔が割れている事は事実。そして、彼らは夜中の内に逃亡をしている。街中で鉢合わせをすればどうなるか分かったことではない。

 

「あの女か…クソッ!俺が元気だったらやり返せるのに…ウッ…!」

「こら!病み上がりは無理をしない。…でも、私も同じ気持ちです。出来ることなら一発殴ってやらないと気が済まない…」

 

 イエヤスが怒りを滲ませながら、サヨは沸々と静かに沸き立つような怒りを内包して口を開く。クルスは、落ち着け、と言いながら、

 

「お前らの気持ちは分からんでもないが、今は絶対安静。でも街中を動く以上はどうしてもアリア達の存在が邪魔になる。そこで…」

「この際だから口封じをしようってか?」

「察しが良いね。流石。」

 

 ロニーの言葉に、口角を少し歪めながら返す。そして続けた。

 

「ロニーの身元に関しては、逃亡したとはいえ顔まで知っている人は町中にいるとは考えられない。現にロニーを追っているような連中が一人も見かけてない。しかし、アリアに関しては違う。夜中に逃亡をした、そして倉庫に侵入の痕跡があるのを確認をすれば、血眼になって探すだろう。そりゃそうだ。何人もの人を残虐に殺しているのだから。それが少しでも世に出ればそれこそナイトレイドに餌食だ。もう既に手にかけられているかもしれないが。」

 

 と、話したところでクルス、ロニーの傍らから各々の影法師が現れた。クルスはそれを確認をして、

 

「ナイトレイドに手をかけられていればそれでいい。ただ、まだ生きていたのなら…。義賊の真似事は好かないが殺そう。これでせめてもの弔いになればいい。何よりアリア達がいなくなれば俺達も比較的自由に動けるんだ。いつまでも共同墓地で引きこもるわけにはいかない。」

 

 と、締めた。そして、三人の顔を見てから、

 

「つーわけだ。今から行ってくる。」

「今からですか!?」

「いや当ったり前だろ。時は金なり、善は急げだ。」

「いや、善ではないと思うぞ。まぁ、迅速に動くことは大事だ」

 

 と、襲撃の支度を始めるクルスに、サヨとイエヤスが驚き、ロニーは知っていたかのようにため息をついて賛成した。そして、ロニーはある質問を投げかける。

 

「口封じを行うとして、ナイトレイドの連中と鉢合わせたらどうする。そこで顔が割れても後々不便になりかねんぞ。」

 

 ロニーの質問に対して、クルスがにやけた顔をしながら、鞄からある物を出す。

 

「そういわれると思って、今日の買い出しの時に買ったんだよ。東洋から伝来した狐のお面。それに、魔術で如何様にも偽造が出来るし問題なし。問題はナイトレイドの戦闘力だけど、その問題についてもランサーがいるから平気。」

 

 そう言って、おもむろにお面を顔につけ始める。主の言葉に、サーヴァントは微笑みながら、

 

「問題ないよ。僕がいればマスターが脅かされることは無い。」

 

 と、自信満々に言い放った。クルスの突飛な言動に、驚いてはいるも、いつまでも足踏みをしている所ではないというのは理解しているためか、少し息をついてから、

 

「俺たちはどうする?」

 

 と、質問をした。クルスは支度をする手を止めずに、

 

「ここで待機をしてほしい。まだ二人は満足に動ける状態じゃない。」

「そうか。了解。だけど、気を付けろよ。」

 

 ロニーが、支度を終えて準備運動をしているクルスにそう言うと、クルスが全身の筋肉をほぐしながら、

 

「わかってる。」

 

 とだけ返して闇夜に紛れた。

 

 

ー帝都 邸宅ー

 

 夜が深まる刻限。クルスは、アリアが住んでいる邸宅の近く。その森林に姿を隠していた。彼は隠れながら、開けた所にある倉庫の方に目を向けていた。

 

「…日を改めるべきだったな。」

 

 と、後悔するようにこぼしながら。その倉庫の扉は蹴破られており、邸宅の住人ではない者達が囲んでいる形である。その中に、アリアも拘束されている。帝都で噂される知名度、そしてアリア達が日頃行っている悪行を加味すれば、その連中が何者かは検討がつく。

 

「まさか今日、襲撃とは…」

『このまま放置しても良さそうだけど。』

「まぁ、あの状態ならまず助からないだろうな。でも、ここで奴らと接触するのも悪くないと思っているんだよねぇ…」

『その心は?』

「いざという時は、ナイトレイドも手札になるかも。」

『やってみないとわからないけど。きっとマスターにとっても鬼札(ジョーカー)じゃないのかい?』

「それは思った。あいつら、立憲君主制とかを鼻で笑いそうだし。」

 

 と、サーヴァントと共に捕らぬ狸の皮算用を行うクルス。その眼前では今もアリアが叫んでいた。きっと、「仕事を探して無一文でやってきたのだから、私達が目をかけてあげたのを感謝すべきだ」と主張しているのだろうと予想して、出るとしてもいつ出ようかと考えていたら、おそらくナイトレイドでは無いであろう少年が背中にある剣を引き抜いてアリアを切り捨てた。彼女は糸が切れたように地面に斃れた。あまりの思い切りの良さに驚いたのか、茂みの中で音を鳴らしてしまった。

 

 ナイトレイドの仕事は、アリアの家族を暗殺をすること。ただ暗殺を行うだけならばそれで良かったのだが、今回は一人観客が出来てしまった。タツミと呼ばれる少年である。アリア達の本性を知らない彼は、必死にアリアを助けようとしたが、レオーネが倉庫の扉を殴り飛ばしたことでそれが全て暴かれた。残虐な拷問の成れの果てがそこには転がっていた。見るも無残に捨てられていた遺体の中に、彼の知人がいたらしい。サヨとイエヤスと呼んでいた。悲しんでいるタツミを見てから葬ろうと思ったが、それをタツミに止められる。友人を殺されて何故かばうのかと思った矢先に、彼は剣を振り抜き、迷いなく外道を切り払った。そこまでの一部始終を眺めていたアカメの隣で、獣の耳を生やした女性、レオーネが感心をするように口笛を吹いていた。アカメ自身も驚いたが、アリアにしてみれば当然の帰結である。彼を騙した挙句、彼の友人すらも奪ったのだから。私怨による殺人は関心できないが、この結末になってしまったことには納得がいってしまう。仕事を終えた一同がそう考えていると、近くの茂みから物音が聞こえた。

 

 

「誰だ!!」

 

 茂みに向かって放たれる男の声。ナイトレイドと思しき連中は、刀を持った黒髪の少女、銃を構えたピンク髪の少女、獣の耳を生やした金髪の女性。巨大な鋏を持っている紫髪の女性、ゴーグルをつけている緑髪の少年、そして屈強な鎧を纏った者。この中で太い男の声が出来そうなのは鎧の者しかいない。もしかすると声が非常に太い女性かもしれないが、現段階では男性と仮定。一斉に目線を向けられているこの状況に、クルスは冷や汗をかいていた。

 

「ランサー。」

『なんだい?』

「これって下手に逃げようとすれば…」

『間違いなく、明日の新聞の一面だね。まぁ、僕がいる以上はそうはならないし、意地でも阻止させてもらうけど。』

「そうかよ。頼りにするぜ相棒。」

 

 と、ため息をつきながら茂みから出ることにした。ゆっくり立ち上がり両手を頭につけながら、自分に敵意が無いことを示すかのようにゆっくりを歩みを進めた。

 

「いやはや、見事見事。即死とは恐れ入った。…あぁ、見ない顔だって?そりゃあ、会ったことないから当然だよね。」

 

 警戒を解すように語り掛けるように話すが、彼らの理解を得ているかは不明な所である。現に、彼らは武装解除をしていない。そんなことを考えながらも歩みを進めて、あと3mのところで立ち止まった。

 

「ところで、君たちが噂の「正義の味方」かい?」

「私たちは、そんなものじゃない。」

 

 クルスが、そう聞くと、黒髪の少女が吐き捨てるように答えた。それにクルスは肩をすくめるようにして次の言葉を待つ。すると、ピンク髪の少女が銃を構えながら、

 

「どうするのよ。あのへっぽこだけじゃなく、こんな変な奴にもみられてるなんて。それになんか、変な寒気がするわ。」

「そうですね。あれは生かすべきではないかもです。」

 

 ピンク髪の少女が警戒感を露わにし、紫髪の女性が完全に臨戦態勢で鋏を構えていた。クルスは身動きをせずに視線だけで観察しても、ナイトレイドの連中が、すぐにでも自分を殺せるように準備をしているのが理解できる。

 

「どうやら、君たちは誤解をしているらしい。私には戦闘の意思は無いのだが…。」

「意思が無いならその仮面をはずせ。やましいことが無ければ問題が無いはずだが。」

「それはノーだ。君たちは顔が割れても行動に支障が出る程度だろうが、私にとっては死活問題だ。理解を求める。」

 

 黒髪の少女に仮面を外すように言われ、クルスはそれを固辞する。彼にしてみても危ない橋を渡っているのだ。せめて信用に足るところまでいかなければ顔を晒すわけにはいかない。冷や汗で背中が冷えているのを無視しつつ、身動きをとらずにいた。

 

「処遇はともかく、とにかくこいつも連れていくか。レオーネ、そこの少年はどうだ?」

「合格!!きっと良い暗殺者になるよ!」

「うわぁ!!」

 

 鎧の男が、そう金髪の女性に聞いて、それに彼女は元気よく返事をして少年を担ぐ。クルスは、鎧の男の方に顔を向けて、

 

「私にも来いと?」

「そりゃあ、俺達を見たんだ。それなりの話はさせてもらうぜ。」

「もし断ったら?」

 

 と、鎧の男に言葉を投げかける。鎧の男が、二つの遺体を担ぎながら。

 

「断るのは自由だが、そしたら俺たちがどうするのかを理解した上でならいいぞ。」

 

 と、言い放つと、周りのメンバーから視線が集まった。その中には確かな殺意が込められており、付いて行かなければ間違いなく戦闘が起きることは理解できた。

 

『マスター。僕なら問題なく返り討ちに出来るけど。』

『まぁな。でもここでこいつらを殺しても全く旨みが無い。むしろ悪徳連中が幅を利かせて廻り回って俺たちが不便被るだろうしな。』

『つまり?』

『そーゆーこと。』

 

 と、サーヴァントと念話での会話を済ませた後に顔を向けて、

 

「わかった。私も出来る限りの礼儀を尽くそう。」

 

 と、付いて行くことを伝えた。この形で巻き込まれた以上は、それを逆手にとってナイトレイドの縄張りに入って話を聞いてみればいい。例えば、この国を具体的にどう良くしていくのかを。自分の弟である現皇帝の処遇をどうするつもりなのかについて。彼らとどう付き合うか、どう利用するかをその時に考えれば良い。そんな思惑を持ってクルスは、ナイトレイドに連れられて移動をした。




次回予告:ナイトレイドのアジトで、ボスのナジェンダと、革命の後の国をどうするつもりなのかを話すクルス。どうやら、目的が一部同じであることを確認出来たクルスは、取引を行うことに。一方、帝都では、シロンの要請で二人の騎士が到着する。
次回「デモクラシーの行方」

あ、なんとなくで書き始めた西南聖杯合戦も是非読んでみてください


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デモクラシーの行方(前編)

自宅待機その二。火遁でウイルスが死滅するかを実験しました(大嘘)。思った以上に長くなりそうなので前編、後編に分けることにしました。


 ナイトレイドと望まぬ邂逅を果たしたクルスは、彼らに連れられる形でアジトに居た。一応信用のため拘束はされているが、クルス本人には危害は加えられていない。アジト内の一室で半ば軟禁されている状態でいるが、既に状況はロニー達にも伝えてある。アジトに移動する前に、即席で作った使い魔にあるメッセージを仕込んで放った。内容は、『ナイトレイドと接触する。明々後日の昼までには帰る』と記されている。その使い魔も、ロニー達が読み終わった後に、メッセージごと消失するため証拠も残らない。少なくとも当面の問題は解決しているが、肝心な「直近の問題」は未だ解決はできない。タツミと呼ばれる少年は歓迎されているが、少なくともクルスはそうではないようだ。

 

「まぁ、急に現れた仮面の男とか。俺でも疑うし歓迎はしないよな…。」

 

 仮面の裏では苦笑いを浮かべつつ、彼らがここから出してもらうのを待とうとも思ったのだが、

 

「流石にやられっぱなしなのは性に合わねーよなー。外すか」

 

 段々と怒りが湧いてきた彼は、脱出を選択。手始めに、彼を拘束していた手枷と足枷を、魔力を流して揚力が上がった手足で力ずくで引きちぎった。自由になった体を捻って血流を循環させながら辺りを見回す。最低限の家具が置かれている簡素な部屋である。そんな面白みのない部屋を眺めながら柔軟をして、現在の状況を整理をする。幸い、仮面は外されなかったため顔は割れていない。そんな最低限な安堵をもって、部屋を後にした。

 部屋を後にして、暫くは廊下を歩いていたが気づいたかのように使い魔に話しかけた。

 

「ランサー。いるんだろ?」

 

 主の声に、姿を見せずに気配が動く。

 

『もちろんさ。今度はどうしたんだい?』

「決まっているだろ。客人に対してマナーがなってないと一言文句を言いに行く。」

『殺し合いになるかもしれないよ。』

「そん時は加勢しろよランサー。」

 

 と、軽口を叩きながらもランサーの気配感知を辿って目的地に向かって歩く。そこには、ナイトレイドの一味が集まっていた。彼は一抹の怒りを滲ませながらも歩みを止めずに部屋に入る。大広間だろうそこにいる者達は、クルスの姿を見て驚愕した面持ちをしていた。

 

「ひどいなぁ…仮にでも俺は客人だぜ?訳ありとは思ったけど、数時間も軟禁をされるとは思わなかったよ。」

 

 クルスはそれに構うことなく不満を呈した。彼の言葉にリーゼントの男が我に返るように、

 

「あぁ…すまなかった実はこちらも立て込んでいてね。」

「領域内に侵入者だろ?それなら手も貸せたのだが。」

 

 彼は男の言葉に重ねるように言った。実は、クルスがこのような待遇を受ける理由も大体は理解している所で、ランサーに周囲の様子を見に行かせていたからわかったことである。彼はそれをあえて言わない。黙って放置されたのだからこれでフェアだと彼は認識している。リーゼントの男、ブラートは、内心焦りながらも、予期せぬ客人に対して言葉を続ける。

 

「そうか、どうしてだか分らんが、俺たちの行動は筒抜けらしい。ここは自己紹介をしよう。俺はブラート、元軍人だ。」

「シェーレです。」

「レオーネだよ。おねーさんと呼んでもいいよ?」

「マインよ」

「ラバック」

「アカメだ。もう一人、ナイトレイドを指揮するボスがいるが今は席を外している。」

 

 妙に素直に自己紹介を始めるナイトレイドに対して、クルスは仮面の裏で困惑していた。

 

「警戒をしていた割には身元を明かすんだな。俺がお前たちを殺すか、脱走した後に警備隊にでも告発をするとは思わなかったのか?」

 

 警戒を露にしつつも返答を待つクルスに、黒髪の少女、アカメが口を開いた。

 

「もしそのつもりならとっくに襲撃されていただろう。襲撃や脱走をする気ならそもそも私たちが集まっている所を襲うとは思えない。拘束を自力で突破できるんだ。私達を相手取って殺すことも可能なはずだ。」

「何を持ってそう確信をしている?たかが拘束を引きちぎっただけだろ?」

「その程度でお前一人なら問題は無かった。ただ、もう一人いるな(・・・・・・・)?」

「もう一人?」

「どんなカラクリかは聞かないが、お前からは二人分の気配がする。私達が誰なのかを理解した上で、駆け引きに持ち込むということは、相当な戦力であることは間違いない。」

 

 アカメの言葉に、関心するようにため息をついて頭を抱える。単身で巣に飛び込んだ時点で、ある程度の所までは看破されるのは覚悟をしていたが、まさかサーヴァントの存在を認識してしまう者がいるのには驚いた。見たところ魔術師ではないため、直感で感知出来たのかと考えるともう考えることを放棄したくなる。

 

「まいったな。多少の個人情報漏洩は覚悟していたが、まさかそれが最初とは。何?千里眼かなんか?」

「どうやら、お前にとっては痛手な情報だったようだな。私達もこうして名も明かしている。それに倣うのが礼儀じゃないのか?」

 

 アカメの言葉に、クルスは大きなため息をつく。確かに、このままアクションを起こさなければ、まず彼らの信用も信頼も勝ち取れない。偽名の可能性はあるが、間違いなく顔は偽造されていない。彼らは顔を明かして歩み寄ろうとしている。ボスは不在だそうだが、少なくとも指揮官が戻るまではここにいることが必須。でなければ、ここまでやってきた意味がない。そう感じたクルスは、頭の後ろに手を伸ばし、仮面を固定している紐を解いて、仮面を外した。

 

「ならば礼儀に応えようか。俺はクルス。ただの旅人だよ。」

 

 と、不敵に笑った。

 

 

ー同日 帝都ー

 

 軍寮の白狼騎士団の執務室に、団長のシロン・ゼッケンドルフと、騎士団付き魔術師のラフィ―ニャ・ジーナスの他に、二人の騎士が座っていた。一人は大きな黒の鎧を纏った黒に近い紫の髪色をした女性、ジュン。その右には、金の装飾を施した漆黒のドレスメイルを纏った金髪の女性、クリスティーナ。二人は、シロンの招集に応じて帰還をした部下であり、騎士団の中でもシロンの次点で戦闘力の高い。クリスティーナに至っては、常に最前線で敵戦線を壊滅させる戦闘狂(バトルジャンキー)である。ジュンに関しては副団長をしているのに殆どが門番という変わり者だ。さしずめ攻撃のクリスティーナ、防御のジュンと言ったところで、ジュンの防御力と防衛能力は帝国屈指の実力である。守る戦いであればエスデスやブドーを相手にも引けを取らない。そんな二人であるが、どうして東方でシロンの代わりに指揮を執っていた二人が、帝都に召集されているかであるが。

 シロンは、座っている三人に紅茶を振舞っている。料理は全くできないが、紅茶を淹れることに関しては騎士団の中でも随一である。東方を攻略をしていた時は、シロンにはティーポットしか触れない程である。三人は、紅茶を口にし落ち着いたような表情を浮かべている。それを見てシロンは、

 

「三人とも、ご苦労だった。特製のラベンダーティー、これで少しは落ち着くものだ。」

「流石団長。気が利くぅー」

「ふむ、味も変わりなく美味だな。」

「長旅のあとにこれは、確かに落ち着きますね。」

 

 と、三者三様の感想を述べる部下に、シロンは少し笑いながら自分のカップにも紅茶を注ぐ。そこから数瞬堪能した後に、ジュンが静かにカップを置いて団長に話しかけた、

 

「わざわざ私たちを呼び戻したのは、お茶を振舞うためではないでしょう。本題に入りませんか?」

 

 彼女の言葉に、シロンは同じようにカップを置いて、ラフィ―ニャに目配せをする。その意味を理解したラフィ―ニャは、術式を展開して執務室内に結界を形成した。

 

「盗聴対策は完璧」

「あぁ、ありがとう。さて…。」

 

 と、おもむろに立ち上がり、真剣な面持ちに切り替えて話を切り出す。

 

「お前たちに頼んだ…。あの件はどこまで進んでる?」

 

 白狼の長は、静かに、そして冷たく言葉を紡いだ




次回予告:ナイトレイドのアジトに滞在して数日。ナイトレイドのボス、ナジェンダが帰還する。クルスが待ち望んでいたその人物は、そしてナイトレイドは敵か味方か。革命軍との、ナイトレイドとの、正義を天秤にかけた話し合いが始まる。一方帝都では、皇帝の勅命を受けたシロン達がとある密造酒ビジネスを追っていた。そしてサヨも買い出しの最中で怪しい取引を偶然目撃してしまう。
次回「デモクラシーの行方(後編)」

結果として嘘予告になってしまったことをここで謝罪いたします。計画性のない投稿ってやっぱり駄目ですよね…でもやはり計画を立てるのが苦手な私でしたとさ。是非是非感想をお待ちしています。


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デモクラシーの行方(後編)

後編です。正直無いように自信はありません。ですがこれからも頑張って書きます!


ーナイトレイド アジトー 

 クルスが、ナイトレイドのアジトに滞在して数日。判明したことがある。一つは、アジト内での暮らしは他の場所と何も変わらないということ。一つは、毎日のように暗殺を行っていないということ。現在は、ブラートと共に鍛錬を終え、一人でアジトを散策している所である。

 

「にしても、ナイトレイドに入るつもりもないのに。なんでこんな自由にしてくれるんんだ?」

 

 と、思いながら、数日前のことを思い返していた。

 

 クルスがナイトレイドのアジトに入った日。彼は仮面を外して、クルスとだけ名乗った。そして同時にこう言った。「ナイトレイドに入る気は無い。ただ、この腐りきった帝国を具体的にどう糺す気でいるのか。お前たちが進む道の果てはどんなものなのか。それは知りたい。」と。ナイトレイドの面々はどう解釈をしたのかは不明であるが、少なくともボスと話すまでは保留という扱いらしく、時々勧誘はされるが基本的にはアジト内のルールに準じた自由を享受している。その点は問題が無いのだが、ロニー達に伝えた帰還の刻限は過ぎるのは明白であった。念のためランサーを中継してアサシンに報告は入れているため、比較的自由に行動が出来ているはずだ。

 

「帰ったら色々と言われそうだなー…お?」

 

 クルスは、そうため息をつきながら歩いていると、窓越しの空を見上げて上の空の少年がいた。

 

「随分と上の空だな、タツミ君。」

 

 そう、声をかけると、気が付いたようにタツミは振り向いた。

 

「クルスさん」

「あれだろ?ナイトレイドに入るのかを悩んでるんだろ?」

「クルスさんは…」

「呼び捨てで構わん。」

「…クルスは、決まってるのか?」

「俺か?入らねーよ。俺はやらなきゃいけないことがある。暗殺にかまける暇はない。」

「ならどうして…」

「俺はただ、ボスとやらに聞きたいだけさ。この国を具体的にどう直すのか。直す時に国をどう安定させるか。現皇帝の処遇をどうするのか、とか諸々。その回答次第では考えを改めるかもしれないがな。」

 

 クルスは、青空を見上げながら、そう自分に言い聞かせるように言った。そうして二人で空を眺めていると、後ろから金髪の女性、レオーネが飛びついて、

 

「お二人さーん!ボスが帰ってきたからついてきてー!」

 

 と、元気な声をかけた。

 

ー同日 帝国東方 コルネウスー

 

 つい二週間前までは東方の難攻不落の要塞都市コルネウスは、戦争の最前線であった。バーネット公国は、このコルネウスを拠点として屈強な要塞線による徹底防御によって、帝国の兵を何十年をも凌いで見せた。帝国は、何十年も決着をつけられなかった戦争に終止符を打つべく、白狼騎士団を派遣。他の帝国軍の部隊には無かった、卓越した規律と綿密に練られた戦略によってコルネウスでは兵站を断たれてしまい、それに帝国最強格のシロンの攻撃も重なったことで、わずか15日でコルネウスは陥落。同日にバーネットは降伏した。普通であれば、この後にバーネットの土地は帝国の物となり、現地住民も奴隷として売却される。この時代の戦後処理とはそんなものであるが、ここで話が終わらなかった。

 講和の際に中央政府から外交官が派遣されなかったのだ。シロン曰く、戦争の後始末は騎士団が請け負うことを条件に派遣されたようで、バーネットは帝国の領土にはなったが、帝都や他の都市から人が流入、流出は起きていない。それどころか、騎士団の兵士総出でコルネウスの復興に尽力をしている。その甲斐もあり、バーネット領内が不要に荒らされることはなったが、この善行に感謝をしつつも疑ってしまうことが多かった。

 

「城壁の改修は今週中に終わる、焦土作戦で寸断された物資ルートの整備も明日には完了をする。後は、あの件だけど…」

 

 コルネウスの執務室で書類に目を通しながら、欠伸をしている銀髪の青年、ディグリーは、帝都に出立をするジュンに頼まれていた仕事の手順を確認をしていた。

 

「…団長は一体何を考えてるんだ?コルネウスでの再軍備って。革命軍対策にしてはやりすぎだろうなー。騎士団と同じ『下級臣具』の標準装備って。クレ工廠で量産してるって話だけど…」

 

 団長、シロンが秘密裏に推進している、コルネウスでの再軍備計画。大仰な名前をしているが徴兵ではなく募兵という形式でコルネウスでの兵士を集めているのだ。そして装備も並の帝国兵よりも上質な物を提供をする。バーネット、ひいてはコルネウスの中継貿易拠点としての価値や、自然が生みだした要害ということもあり、防衛拠点として大事な所である。それ故に帝国はこの土地を欲して何十年も無駄な命の浪費をしていたのだ。そして、シロン率いる白狼騎士団が介入することでようやく手に入れた土地である。

 戦争が終わった矢先に水面下で始まった再軍備。これは、コルネウスの復興事業とセットで動いている。団長のシロンは「帝国を脅かす敵に備えて」と言っているが、現時点ではその敵の正体が分かっていない。正確には、シロン本人も確信を持てていないのである。その敵は革命軍よりも、帝国軍の総戦力よりも強大だそうだ。

 

「まぁ、この疑問は、時が解決してくれるっしょ。団長も何かと抱えている家系だし、秘密は今に始まったことじゃないし。」

 

 ディグリー含めて、騎士団の面々はシロンが頭領をしているゼッケンドルフの秘密については気にはなっているが、先代のセルマンから恩義を感じている者が多いこともあり、追及しようとはしない。何よりシロンもその秘密に振り回される節があるため追及しようにもできないのが現状である。そんな団長を信用できる所が、ゼッケンドルフが国に対して多くの貢献をしている事と、セルマンとシロンに人徳とカリスマ性によるところだろう。いずれにしろ、この再軍備は、考えうる最悪な事態に対する備えであることには変わりない。

 

「…さて、続きをしますか。」

 

 軽く息をついた後に、ディグリーは仕事を再開した。

 

ーナイトレイド アジトー

 

 タツミとクルスは、レオーネに連れられて広い部屋に入った。そこには他のメンバーも揃っており、彼らの前には黒ずくめの眼帯の女性が座っている。

 

「お前たちが、レオーネが言っていた新入りの…タツミとクルスだな?」

「いや!俺はまだ決めたわけじゃ…」

「右に同じだが、俺は入るつもりはない。入ってほしければ口説き落としてみろ。」

 

 タツミはいい淀みながらも返し、クルスは完全拒否の姿勢を見せた。女性はため息をつきながら口を開く。

 

「なるほどな。ナジェンダだ。ナイトレイドのボスをやっている。話は少し聞いているが、もう一度おさらいをしようか。」

 

 ナジェンダは、そうナイトレイドの面々に向けて確認を取った。

 

 おさらいと言っても、なんてことはない。タツミとクルス、両名の現在に至るまでの経緯をなぞるように確認したに過ぎない。タツミは、故郷の村を助けるためにサヨとイエヤスと共に、帝都で兵士になるべく上京したようだ。しかし、途中ではぐれてしまい、タツミは一人で帝都にたどり着く。寝床に困っていたところをアリアに声をかけられて泊まることになり、その後アリアの正体とサヨとイエヤスが拷問の末に殺されたことを知り、現在に至ると。

 ここでクルスは訂正したいところをなんとか堪えた。サヨとイエヤスは存命で、現在は快調に向かっている事を。しかし、本能的にそれはだめだと感じ取り言葉を飲み込んだ。クルスの来歴に関しては、目的のために帝都に来たが、アリアに騙されて殺されそうになったところで逃亡に成功。顔が割れているため、口封じのために殺しに行ったら、偶然ナイトレイドが処理していた、と答えた。

 

「そうか。まぁ、大体の事情は納得はした。それでどうだ?二人共、ナイトレイドに加入する気は無いか?」

 

 ナジェンダが、義手の掌を向けて二人に問うたが、クルスは目線で「先にタツミに聞け」と訴え、そのタツミはまだ決心がついていないのか言い淀む。

 

「でも断ったりしたらあの世行きって聞いたぞ。」

「そんなことはしないさ。しかし、アジトを見られた以上は故郷に帰してやるわけにはいかないな。革命軍の本部にある工房で働いてもらうことになる。別に断った所で命を奪うような真似はしない。それを踏まえた上でそうする?」

 

 ナジェンダの鋭い目線がタツミに向けられる。すると、彼は、拳を握りしめてポツリと語りだした。

 

「俺は、帝都で稼いで故郷を少しでも助けたかったんだ。でも、帝都にきてみれば国を治めるはずの都市や人が腐りきっていた。」

「あぁ、中央のお偉いさん方が腐っているから、地方はどんどん貧困に喘ぐことになるんだ。だから俺たちはその根幹を取っ払おうとしているわけだ。」

(なるほどな。まるで日本みたいだ。いや、国民が現状を打破しようと行動をしている分、遥かにこちらの方がマシなのか?)

 

 彼の言葉に、言葉を告げるブラートの言葉に、クルスはかつて暮らしていた所を回顧してみた。今思えば、日本も現世に堕ちたディストピアだったが、武士道という美徳と牙を引き抜かれたやせ細った野良犬に仕立てられた国民が、何かを変えようとする気力も失っていた。ブラートに続いて、ナジェンダがそこで補足を入れた。

 

「ブラートは、元々は帝国の有能な軍人だ。しかし、帝国の腐敗を知って革命軍に入ったんだ。」

「だが、この前みたいに軍にも政治にも関係ない小悪党を狩っても効果は薄いんじゃないか?それこそ中枢には皇帝を誑かす連中がわんさかいるってのに……まさか、ナイトレイドの目的って…」

「クルスは大体察しはついたようだな。そうだ、ナイトレイドは、革命軍に所属している。だが、何も帝国とやりあうわけではない。」

 

 ナジェンダは、クルスの言葉に続くように説明を始めた。

 

 帝都の遥か南に革命軍が存在している。最初は小さな集団だったが、総大将ベルサルクの元に、彼の思想に賛同する者達が次々と集まり、次第にその勢力を拡大させて、結果として帝国軍に負けない程の大規模な反乱分子となった。大規模になれば、自ずと諜報、暗殺に特化した暗部組織が必要になる。そこで設立されたのがナイトレイドだ。

 今は、帝都のダニ退治をしているが、革命軍の決起と共に、その混乱の乗じて腐敗の根源である大臣を

 

「この手で討つ!」

「………」

「大臣を…!」

 

 ナジェンダの言葉に、ある程度察しがついていたクルスは黙って話を聞き、タツミは驚愕したように言葉をこぼす。彼女はそれに構わず革命軍の話を続ける。

 

「それが、我々の目的だ。他にもあるが、今は話す必要は無いだろう。決起の情報は詳しくは言えんが…勝つための策は用意してある。その時が来れば、確実にこの国は変わる。」

「なるほどな。」

「……その国は、ちゃんと民にも優しいんだろうな?」

「無論だ。」

 

 クルスは、一定の理解を示すように頷き、ナジェンダは、タツミの質問に即答した。

 

「スゲェ…!」

 

 ナイトレイドの目的を聞いたタツミは、関心するように声を上げた。

 

「じゃあ、今までの殺しも、悪い奴を狙ってゴミ掃除をしているだけで…『正義の殺し屋』じゃねぇか!!」

 

 ナイトレイドが掲げる志に感動してタツミは感嘆するが、彼の言葉を聞いたナイトレイドのメンバーは誰もが笑う。クルスはタツミの言葉を聞いてあきれるように大きなため息をついた。

 

「それは違うぞタツミ。俺達がやっていることは確かに聞こえは良いが、結局のところ殺しは殺しだ。そこに正義なんてものはない。」

「口封じのために殺そうとした俺が言うのもあれだが、殺しと戦いの場では事の善悪なんてものは存在しない。そこにあるのは『殺しがあった』という結果だけだ。殺しがある以上は、それは違法行為。ルール違反だ。タツミ、夢を見る前にこいつらの眼を見ろ。」

 

 ブラートの言葉に続くように、クルスはタツミに言葉をかける。彼らは、タツミに殺し屋として履き違えてはならない一線を教える。ナジェンダを含めた、ナイトレイド全員の瞳には深淵の闇が落ちており、酷く冷たい眼をしてた。この瞳こそ、闇の世界に魂を売った者達の眼。

 タツミは、その眼を見て生唾を飲み込んだが、ナジェンダが最後の問いを投げかける。

 

「ブラートの言う通り。ここにいる全員が相応の覚悟を持っている。それでも、お前の意見は変わらないか?」

「……あぁ、変わらないさ。それに報酬がもらえるんだったら、それを故郷に送って少しでも豊かにしてやりたい!」

「殺しの稼業を始めたら、大手を振って故郷に帰れなくなるかもしれないわよ?」

 

 マインが意地悪げに笑みを浮かべて言うものの、タツミはそれに即答するように答える。

 

「構わないさ。オレの力で村の皆が少しでも幸せになるならな。」

「……決まりだな。修羅の道へようこそ、タツミ」

 

 ナジェンダがそう言いつつ、彼に手を差し伸べた瞬間、ラバックの帝具、クローステールが巻かれる音が部屋に響く。

 

「ナジェンダさん、敵襲だ!」

「何人だ?」

「結界の中だと…合計で9人…いや、11人だ!全員がアジトまで来てます!」

「ここを嗅ぎ付けたとなると、異民族の傭兵あたりか。仕方あるまい…」

 

 ボスとして、アジトの危険を耳にしたナジェンダは煙草にライターで火をつけると、皆に向かって冷徹な声で告げた。

 

「ー全員生かして帰すな」

 

 その瞬間、その場の空気が一気に重くなり、各々の殺気が鋭くなった。

 

「全員散開。行け!」

 

 ボスの言葉を聞いて、全員が一気に駆け出し外へ向かう。侵入者を絶やすために部屋から出る。

 ナジェンダとクルスを除いては。

 

「そういえば、お前の答えを聞いていなかったな。タツミは決断したぞ。」

「言っただろ。与する気は無いと。しかし、その前に確認をしておきたい。」

「確認だと?」

「あんた達が信用に足る存在か。それを確かめさせてもらう。」

 

 クルスは、その場で座りながら、改めて話を始めた。

 

 

 ナイトレイドのメンバーが、侵入者の対処に向かっている中、クルスとナジェンダは鋭い目線を向け合っていた。

 

「ナイトレイドの目的はわかった。だが、肝心なところが抜けているな。」

「肝心なところだと?」

 

 クルスの問いかけに、ナジェンダは眉をひそめながら聞き返す。

 

「「民に優しい国」といったな。その目標は、大臣を殺すだけでどうにかなる事なのか?俺が知りたいのは革命を成し遂げた後に世界。具体的に、この国をどう立て直す気でいるんだ?その国を下支えをする行政の仕組みは?民主主義か?全体主義(ファシズム)か?共産主義(コミュニズム)か?いずれにしろ変わらない。帝政のままならそこまでの混乱は起きないが、どうもお前たちは帝政を壊したいらしい。それとも、帝政から変質してしまった摂政政治の仕組みを壊したいか?」

「なるほどな。先を見据えての確認か。それなら安心しろ。この国が変わる時が来れば、今の行政のシステムも再編する。革命が終われば、その国の行く末を決める強者はいらない。この国の権威に当たるものもだ。国のことは国民が決める。そうだ、お前の言った通りに民主主義だ。腐った役人共もこれで行政に口出しが出来なくなる。」

 

 ナジェンダは、クルスの問いに対してそう答えた。クルスはそこで止まらずに話を続ける。

 

「なら、皇室はどうする?」

「あれは帝国の象徴だ。廃止にする。」

「それはいただけないな。大きな改変を行う時に、この国の象徴を消そうとはな。民主主義は脆弱だ。よほどの強固な権力基盤が存在しなければ不安定な情勢が続く。その間に何度も戦争が起こるぞ。軍部のクーデター、民主主義から独裁政治に転換、もしかしたらまた革命がおこるかもな。象徴無しで運営を行いたいなら、大統領制を取るべきだ。まぁ、この大統領制も権力が集まりすぎて問題は発生するかもしれんがな。」

 

 クルスは、生前に学んだ内容を思い出しながらそう言った。フランスは革命を経て民主主義を勝ち取り、王家も断絶したが、その分招かれた混乱も大きかった。その混乱に乗じてナポレオンが行政を掌握して、皇帝となった。典型的な軍人政府の完成である。その後に起きたのがかの有名なナポレオン戦争。東奔西走しながらとめどなく進む侵略戦争だ。大統領制に関しては、独立戦争で独立を勝ち取ったアメリカ合衆国。戦争によって生まれたこの国は、最初から国民の支えとなる王も聖人もいなかった。アメリカとという広大な大地を統括するためには、どうしても強固な権力基盤が必要になった。そうして生まれたのが大統領制。国民によって支配者を決められるシステムである。こうしてアメリカは多種多様の人種を抱えながらも、世界の列強として名を馳せることになる。

 

「ならば、クルス。お前ならどうする?」

「決まっている。皇室は残す。その代わりに皇室が持っていた、国家を動かす力を民に返してもらう。以後、皇室はその国であると示す象徴として動いてもらう。象徴ならば、行政に介入することはできないし、行政から見れば、より効率的に国家の安定度を維持できる。」

 

 と、クルスは自分の考えを語った。ナジェンダはそれに少し考えてから口を開いた。

 

「なるほどな。確かに一理あるが、聞く限りだと「皇室に信頼がある」ことが前提の話だな。私としても安定が維持できればその方法でも良かったのだが、今回は難しいぞ。今の皇帝は、文字通り大臣の操り人形だ。罪を全て大臣に擦り付けて、無罪放免というのはできなくはないが、後々の火種になりかねん。ここまで考えを展開が出来るお前ならそれに気づかないわけが無いのだが。…お前、何か隠しているな?」

 

 ナジェンダが、そう問いかけるとクルスが初めて表情を変えた。顔にははっきりわかる程動揺の色が伺える。

 

「それが、私達に与しない理由か?話してみろ。幸い私は口が堅い。ここで話したところでどこかに広まる話ではない。」

 

 そう続ける、ナジェンダを他所にクルスは冷や汗を流しながら必死に考えを巡らせた。すべて話すのが最善か。しかし、彼女が約束通り黙ってもらえる確証は無い。ただ、彼女は元帝国の将軍である。自分の身に起きたことについて何か知っているかもしれない。そもそも、顔が割れた以上は、ナイトレイドとは何であれ付き合っていく必要がある。でなければ明日は我が身。殺される可能性だってある。そうなれば、ここで話しておいてある程度の信頼関係を築くのは一つの手かもしれない。もし帝都で失敗をした場合でも頼れる余地がある。

 

「…わかった。全てを話そう。ただし、ここでの話は全て無かったことにしろ。一切の口外は許さん。」

 

 散々悩んだ挙句、覚悟を決めたクルスは、これまでの事の顛末について話すことにした。自分が、東の大魔女の弟子であること。元々は事件に巻き込まれて死んだことにされた、第一皇位継承者であること。そして、自らの目的が弟の救済と大臣派を排した上での立憲君主制であること。立憲君主制はイギリスや日本が代表的な民主主義の形。国家元首である王室に行政における決定権は無く、象徴として国家を代表する民主主義。王室が象徴となることで、国家のアイデンティティを残しつつ、安定した国家の運営が望まれる。そして国民の心の拠り所として支えることも可能。しかし、それを達成するためには、まずは強固な成文憲法、そして清廉な王室のイメージを国民の殆どが抱いていることが前提である。そうでなければ、戦後の日本は焼け野原からの急速な復興もなしえなかっただろう。イギリスもまた王家の存在があるからこそ連邦共和国を維持することができるのだろう。

 そのような利益の面もあるが、立憲君主制をとれば実弟である皇帝を救うこともできる上に、腐りきった現状も打破できる。彼にしてみれば一石二鳥の手段である。ほかの民主主義の形を取れば、皇帝は処刑される。かつてのフランス王室のように、かつてのロシア皇室のようにだ。

 

「これが、俺の全てだ。信じ難いかもしれないが……それが俺が、お前たちの軍門に下れない理由だ。腐っても皇室の人間だ。闇を利用しても、闇に魂を売る真似は出来ない。それを行えば、皇室の血を穢すことになる。」

 

 クルスの言葉に、ナジェンダはただただ圧倒されていた。彼女が将軍であった頃に、確かにそんな事件があった。それによって名前を伏せられた皇子が殺されたことも。犯人は未だ見つからず、迷宮入りした挙句に霧散してしまった国家の一大騒動。思えば、その頃から国家の歯車が狂い始めたのかもしれない。文官は腐り、軍人が狗に堕ちた。そしてそんな騒動の中心人物が目の前にいる。彼女からすれば極上の手札である。

 しかし、クルスにとっても、ナジェンダ率いるナイトレイドが利用価値のある手札である。そしてそれはお互い察しはついている。

 

「…俺はナイトレイドに入らん。ましてや、革命後の世界をお前たちだけで築くことは…この俺が許さない。しかし、最終目的に関しては共通している。」

「私は、お前がの目的である皇帝の保護の約束はできない。しかし、目的は同じだ。」

「…ここはひとつ、協力者としてお前たちに協力をするところで手打ちにしないか?俺はお前たちを売るようなことはしない。その代わり、お前たちは俺や俺の仲間の情報を売らない。」

「口約束でどうにかなる話か?」

 

 ナジェンダの言葉に、クルスは被せるように答える。

 

「あぁ、じゃあ前払いに一つ。タツミが言っていたサヨとイエヤス。二人は生きている。」

「何?」

「アリアに拷問されて死にかけている所を助けた。今じゃ歩けるくらいにまで回復している。この情報を含めればどうだ?バラされて困るのは俺達だ。こちらには、帝国軍の追手から逃れた元政務官と、悪徳貴族に拷問されたナイトレイドのメンバーの知り合いがいる。この条件で明らかに不利な条件になっているのは俺達だ。身元が明かされれば、俺とロニーは殺され、サヨとイエヤスはナイトレイドとの関連を疑われて拷問されて殺される。それでもこの取引をしようとしているのは、お前たちに対する最低限の礼儀だ。」

 

 クルスは、そう言うとおもむろに頭を下げて続けた。

 

「もちろん、内政に介入できる策ならある。だから頼む、共闘という形で納得してくれないか?」

 

 クルスの静かな懇願に、ナジェンダはただ黙って見ることしかできなかった。

 

 

ー帝都ー

 

 ここは、帝都軍寮の白狼騎士団の執務室。若き将軍シロンは、帝都の地図を眺めて唸っていた。傍には、魔術師のラフィ―ニャ、騎士団の副団長のジュン、そして一番槍のクリスティーナがカップを片手に地図を眺めていた。

 

「謁見の間に呼び出されたと思ったら、違法薬物が蔓延しているから、その流入経路を見つけて潰せって…これって警備隊でも出来る仕事だろう…そもそも悪徳役人共が許諾したからこんなことになっているというのに。」

「まぁまぁ団長落ち着いて。勅命を出す程なんだし、きっと何か意図があってのことだと思うよー」

「ラフィ―ニャの言う通りです。もしかしたら、役人たちが意図している物ではないから私たちが駆り出されたのかも。」

「もしくは、麻薬をばら撒いている者に検討がついていて、それが帝具使いという線もな。」

 

 シロンの言葉に、ラフィ―ニャ、ジュン、クリスティーナと三者三様の意見を述べる。四人は、数か月間の内に、薬物による変死を遂げた遺体の場所が記されている地図を眺めながら、最新の地下道の地図と照らし合わせながら経路を算出していた。その隅には、透明な袋に入った錠剤がある。これが件の違法薬物「ジョイヤ」意味は悦楽だそうだ。南西の諸国原産だが、最近は帝都に流入して問題になっているという。

 

「ともあれ、勅命は勅命だ。明日は、西の青物市場を見て回ろう。地下道と並行して調べれば何か見えるはずだ。」

 

 と将軍は、明日に向けて行動を計画した。

 

 

ー帝都西方 青物市場付近ー

 

 シロン達が軍寮で話していた少し前。サヨが、買い出しで購入した食糧を抱えて歩いていた。拷問の時に負った傷はまだ痛むものの、こうして出歩けるようになるまでには回復をしていた。ロニーのサーヴァント、アサシンが集めた情報には、既にアリアが死んでいることが確認できたため、ロニーに無理言って買い出しに出たのだ。

 

「にしても賑やかだったな。帝国が大変な状態だけど…」

 

 彼女は、そう思いながら拠点にしている共同墓地に向かって歩みを進める。少し不安だが、ロニーの命令でアサシンが護衛についている。今は姿を見せていないが。彼女は、周囲の様子を見ながら来た道をたどるように変える。その道中で、彼女はある男を見かけた。普通の男ならば誰でも無視をするだろう。しかし、その男の様子が見るからにおかしかった。目は正気が失ったように虚ろで口は不自然なくらいに笑みで歪めている。口から涎が垂れ下がり、薄気味悪い笑い声が漏れる。彼女は、それに不快感を感じながらも男を避けるように道を通ろうとした矢先。

 

 男は、狂ったように笑いながら、懐に忍ばせていた拳銃を抜いて自身の頭を撃ち抜いた。




次回予告:危険薬物、ジョイヤの流入経路と生産元を探すシロン達は、拳銃自殺をした男が、その薬物に侵された者であることが判明する。一方、クルスが帰還し、安堵している所に、サヨから、不審な死を遂げた男について話す。拠点を共同墓地から、買い取った住居に移した一行は、成り行きでその事件を追うことに。それと同時期に、ナイトレイドでも、ある男に動きがあったという情報が入った。
次回「悦楽の侯爵」


最近、思ったんですよ。自分が推しているものをどうにか紹介できないかなと。そこで思ったんですよ。ハーメルンと小説家になろうでやればええやん、と
と言うことで不定期開催推し紹介「面白いもの雑貨」やっていこうと思います。西南聖杯合戦と今作もなるたけ急ピッチに書いていく予定です。

では、ご意見、感想どしどしお待ちしております!


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二章 毒蜘蛛の糸を辿って
悦楽の侯爵


間髪入れずに続きを書きました。正直疲れ申した。


 サヨが拳銃自殺事件を目撃をした翌朝。クルスは拠点に帰還した。傷一つ存在しないが、少し疲れた様子であった。その後、すぐに荷物をまとめて移動。彼らが向かった先は、一見普通の民家だった。

 

「いつまでも墓地で野宿もできんだろ。とりあえずアリア達が死んでくれたことで、自由に動けるようになった。この機会を使わない手は無いだろ。」

 

 と、クルスは笑いながら言った。その後、家の中を整理した後に、クルスがナイトレイドで起こったことを話すことになった。もちろん、その前に盗聴対策の結界は展開済みである。

 

「…で?ナイトレイドはどうだった?というか、よく帰してもらえたな。」

 

 と、ロニーは言った。クルスはそれに頷いて、

 

「それは、俺も感じていたところさ。奴らがお人よしで助かった。」

 

 と言いながら、数時間前のことを振り返っていた。

 

 

「頼む…これで手打ちにしてくれないか」

 

 頭を下げながら懇願をするクルスに、ナジェンダは困惑の表情を浮かべていた。目の前にいるのは、廃嫡になったとはいえ、かつての皇位継承第一位の皇子。そして、東の大魔女に育てられた、「正当なメーヴィン」。そんな男が、一介の殺し屋風情に頭を下げて願っている。もしそれが叶ったとしても、さして得するようなことは彼には無いはずなのに。ただ、「弟を助けたい」「故郷を助けたい」。それだけのために頭を下げている。そんな状況に、彼女は頭を抱えたくなるが、彼の願いは理解した。しかし、ナイトレイドにも事情がある。彼と手を組むことは大きな手札になりえるが、裏切られた時のダメージも計り知れない。アカメが実力者だと直感する程だ。敵に回せば厄介なことには間違いない。

 

「なるほどな…しかし、そのやり方は…よりお前を傷つけることになるぞ。それこそ私達よりもだ」

「覚悟の上だ。後世にわたって後ろ指を指されるよりは遥かにマシだ。」

 

 ナジェンダの忠告に、クルスはそれでもかまわないと決意を変えない。彼女は、彼の揺らがぬ決意を見てこう思った。これは、どう言っても止まらないタイプだと。

 

「わかった。お前がそこまで言うなら、私達もそれに応えよう。お前はナイトレイドにも革命軍にも入らない。ただし、必要に応じて協力してもらう。所謂同盟関係だ。これなら私達も、お前たちも動きやすいだろう。」

 

 彼女はそう言って、再び煙草に火をつけた。そして目線で、すぐに帰るように促す。クルスはそれに応えるように部屋を出た。その後は、ランサーの協力あって、一夜で帝都にたどり着いた。

 こうして、クルス・メーヴィンの、長いナイトレイド視察は幕を下ろした。

 

 

 そして現在に至る。クルスの話に、三人は唖然としながらも耳を傾けていた。

 

「つまり…ナイトレイドにも入らず、革命軍にも加入せず。ただ、奴らと協力関係を築いて帰ってきたってことか?」

「その通りだが…どうしたロニー?」

「どうした、じゃないよね?なんで内政に潜り込もうとしている時にそんな危ないカードを手に入れたわけ?接触がばれれば即刻処刑だぞ!?」

「俺たちはそう簡単にはやられんさ。サーヴァントがいるからな。それに、今のうちにナイトレイドとも関係を持っておけばいざという時に匿ってもらえるだろ?」

「それはそうだが…」

 

 ロニーは、クルスの言葉に納得しきれないのか、複雑な表情で食い下がる。一方、サヨとイエヤスは、それとは別の事に気を取られていた。

 

「クルスさん、タツミがナイトレイドに入ったのは本当ですか?」

「…あぁ。彼は、君らが死んでいると思っている。まぁ、他の遺体を偽装したんだ。多少怪しまれるとも思ったが、まさかこの形で誤解されるのは予想していなかった。」

「まじかよ…あのタツミが…」

 

 サヨの言葉に、クルスは申し訳ないような表情を浮かべて返した。イエヤスも、驚愕したように言葉をこぼしている。結果として、タツミを騙したまま、誤解を解くことなく立ち去ったのだ。もしこの事実が判明すれば、タツミはもちろん、ナイトレイドの面々にも殴られるだろう。二人は、非常に複雑な心境で考えていた。当然と言えば当然である。万が一でも帝都で遭遇すれば、ちょっとした騒ぎになる。正直、その手のトラブルには関わりたくないクルスは、先を憂いながらも言葉を告げる。

 

「と・に・か・く、だ。協力関係と言っても現時点ではお互い不干渉という形だ。現状は接触さえしなければ感知されることは無い。ロニーの心配事は、お前の冤罪を晴らして内政に潜り込めた時にでもすればいい。とにかく今はロニーの罪の解消。そのためには、どうしても介入が出来る糸口がいる…さて、ここからが難しいぞ。」

 

 クルスは、そう言って顎に手を当てて考える。大臣が如何に実権を握っていようと、この国の最終決定を下しているのは他でもなく皇帝である。つまり、一番早い方法は、謁見の間に客人として入り、皇帝の口から恩赦、または無罪の言葉を聞き、それに大臣がなし崩し的に納得させる。もしくは、大臣に気に入られて、それに乗じて恩赦を勝ち取るか。前者、後者問わず、必要になってくるのは、謁見の間に入りうるきっかけだ。それが無ければいつまでも話は進まない。

 

「クルスさん、ロニーさん」

「あぁ、呼び捨てで構わないよ。」

「え、えぇ。二人の考えとして、要は謁見の間に入りうる功績が必要ってこと?」

「まぁ、そうなる。」

 

 サヨの言葉に、二人は訝しげに答える。その返答に、サヨは考えるように黙り込んだ。

 

「お…おい、サヨ。どうしたんだよ?」

 

 そんなサヨの様子に、イエヤスが心配するように声をかける。それにサヨは大丈夫と答えながら、視線をクルスの方に戻した。

 

「もしかしたら、いけるかも」

「何?」

「功績についてよ。昨日買い出しの帰りに不審な拳銃自殺を目撃したことは聞いたよね。」

「あ、あぁ…それは昨日も聞いたけど…」

 

 サヨの言葉に、ロニーは歯切れ悪く答える。彼女の意図を聴くように、黙ってクルスは話を聞いていた。サヨは話を続ける。

 

「そう、明らかに正気じゃなかったわ。何かに操られているみたいだったし…まるで…」

「薬物をヤッたみたいだったって?残念だが、この腐りきった帝都じゃ当たり前のように転がっているぞ…」

「でも、調べたら何か大きな手掛かりがつかめるかも。」

「一理あるな。いずれにしろ、何もないよりはマシだな。よし、調べてみるか。」

 

 クルスは、そう答えると立ち上がり、

 

「とはいえ、明日からでも問題ないだろう。今日はしっかり食べて寝るぞ。久しぶりに料理してやる」

 

 と、にこやかにそうい続けた。

 

 

 皇帝の勅命を受けて、とある麻薬の流入経路を探す任務を行っているシロン達四人は、青物市場の付近で探索を行っていた。勿論、目立たないように、変装をした状態である。

 

「ここで自殺をしたんだな?」

「間違いないよ。目撃者もたくさんいる。正気には見えなかったそうだ。」

 

 シロンが、昨日に起こった自殺の現場の前で立ち止まり、ラフィ―ニャは周りを見ながら上司に補足をしていた。ジュンとクリスティーナは、また別の所を見てもらっている。探索範囲は青物市場全体。薬物販売の流通場所の疑いがある場所である。

 昨日、不審な自殺を遂げた者の死体を解剖したところ。彼らが追いかけている薬物の反応があったそうだ。「ジョイヤ」である。そして、これまでの変死を遂げた者達の特徴を踏まえると、彼も薬によって殺された被害者である。

 

「早いうちに見つけないとな。急がないと、また罪のない民達が薬で壊される」

「そうだね。早くしないと…そのためには、経路を判明させないと。」

「そうだな。試しに、あの裏路地に入ろうか。連中からアクションを起こしてくるかもしれん。」

「え、僕戦闘力皆無なんだけど。」

「いいから来い。」

「横暴だ…」

 

 シロンの命令に、ラフィ―ニャがげんなりしながら付いて行った。

 

 

 帝都で広まっている、この不審な薬物騒動。これは勿論ナイトレイドにも届いている。アジトの一室で、ナジェンダは、とある報告書を読んでいた。内容は、「ジョイヤ」を製造した麻薬の生みの親。ナイトレイドの標的にも入っている通称「悦楽の侯爵」こと、ビリー・ラズウェルが帝都で新型の薬物を試作しているというものだった。この通称は、元々は侯爵の官位をもつ貴族であったことから由来している。報告によれば、既に何人もの罪のない人たちが、この薬物によって命が断たれているそうだ。名前は「ジョイヤ」。嗜好性の薬物とは思えない強い毒性を持っているそれは、精神に大きなダメージを与え、積極的に自傷行為を行う。その後、自らの糸を切るように自殺をする。聞いただけでもおぞましい類である。しかも、この薬物は恐らく試作品。完成して量産でもされれば、それこそ、国民が息絶える。

 

「…私たちも動くべきか。」

 

 ナジェンダは、そう呟いた後に部屋を後にした。そしてメンバーを集めて、ビリーの行方を追うように指令を出した。

 

 

 帝都の地下に張り巡らせている地下道。下水や生活用水を運ぶ血液でありながら、革命軍等の帝国に従わない者達の隠れ家にもなっている。その地下道の一角で、調合台の前で薬品をあぶっている男がいる。短く整った黒髪、色白でやせ細った体を、一回り大きな白衣で覆っている。脂肪が少ない細い中指には長いペンデュラム付きの指輪が怪しく輝いている。

 名は、ビリー・ラズウェル。またの名を「悦楽の侯爵」。彼は、薬品を炙りながら鼻歌を歌っていた。そして彼の背後には、手足を結び付けられ、口も塞がれている女性が涙を流しながら唸っている。彼は、それを気にしないどころか嗜虐的に嗤いながら炙った薬品を、フラスコに入っている別の薬品と調合をする。

 

「ジョイヤの意味は悦楽。文字通りにこの薬を打てば誰でも極楽浄土。すぐ楽になれるってもんさ。でもこの薬って難しくてね?既に57人に投与してるんだけど、皆決まって自分から死を選ぶんだ。気持ち良すぎるのかな?」

 

 狂気が孕んだ声で、後ろにいる女性に声をかける。しかし彼女は唸るだけだ。口む塞がれているならば仕方ない。

 

「いずれにしろ、この薬はまだ発展途上。完成した暁には、この国で病んでいる者達を救うことが出来る。…おっと、さては人殺しと思っているね?違うね。僕はただ実験の手伝いをしてもらっているだけ。ほら、よく言うだろ?失敗は成功の母だって。僕はただ失敗しているだけさ。それに、死を望んだのは彼らだ。僕としては、一刻も長くこの悦楽を味わってほしいと思っているんだけどね。」

 

 そうして完成させた薬品を注射で吸い出してから、彼女の方に向いた。彼女は、恐怖のあまり声にならない悲鳴を上げるが、この男には単なる歓声にしか聞こえない。

 

「待たせたね、僕の愛しき58人目の助手君。今度こそ、極上の悦楽を味わってくれよ?」

 

 と、彼は言いながら近づく。彼女は、必死にもがきながら叫ぶが、誰も助けに来ない。彼女は、絶望をした目を彼に向けて叫び、

 刺されたような軽い痛みの後、意識がブラックアウトした。




次回予告:悦楽の侯爵が新たな薬物を作っている中、騎士団、ナイトレイド、クルス一行がそれぞれの思惑の下に彼を追う。クルスは締結したばかりの協力関係を使って、ナイトレイドと連携をして情報を集める中、ロニーは偶然にも、嘗ての友の息子である、シロンと遭遇する。この毒蜘蛛の糸を辿る程に、交わるはずが無かった者達をも繋ぐことになる。
次回「毒蜘蛛の糸」

いかがでしょうか。ナイトレイドの扱いとか扱いを考えるのがとても疲れますね。うまく書けていればこれ幸い。感想をどしどしお待ちしております。
では。


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