暁照らす常初花 (粗茶Returnees)
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1話 転入生

 拙作「朽ちぬ花」の後の話です。
 のんびりとしたペースで書いていきます。最低月一。あとは気分次第です!


 

 暁葉はいつも朝早く登校する生徒だ。日直よりも先に教室を開けることもしばしばある。教室の様子を見ては手早く掃除する姿も目撃されている。それを見た他の生徒も協力するため、教室はいつも綺麗な状態だ。

 そんな暁葉だが、最近は登校時間が遅い。始業時間の5分前に教室に入る。初めはクラスの誰もが驚き、事故でもあったのかと心配された程だ。暁葉は事情を説明し、これからしばらくは遅くなると伝えた。話を聞いたクラスメイトたちは全員納得し、同時に暁葉らしいと思った。真面目過ぎるほどの真面目さ。それが暁葉の特徴だ。

 そうして登校を続けていたある日、暁葉が教室に入るとクラスが静まり返った。あまりにも露骨な変化にさすがの暁葉も動揺したが、いつも通り阿田和が空気を変える。というか、今回は阿田和がクラスを代表して暁葉に詰め寄った。

 

「どういうことだ下田ァァァ!!」

「何がですか!?」

「お前……お前いつの間にあんな美少女と……!! お前だけは……お前だけは……裏切るような奴じゃないと思っていたのに!!」

「なんの話ですか……!」

 

 襟を掴まれ、ガクガクと激しく揺さぶられる。頭をくらくらさせながら暁葉は近くにいる男子に助けを求める。

 阿田和の気持ちに大いに共感している男子たちだったが、このまま放置するのも忍びないと判断し、暴れそうになっている阿田和を羽交い締めにする。4人で四肢を一つずつ抑えてやっとである。

 

「フシャァァァァ!!」

「人間をやめていらっしゃる」

「お前ノせいだァァ!!」

「やめろ下田! それ以上阿田和を刺激するな!」

「何なら大丈夫なのかも分からないのですが……」

 

 クラスメイトが説明しようとしたところで担任が教室に入り、阿田和をひと目見てから何事も無かったように教卓の前に立つ。

 

「お前ら席に着け~」

「スルーですか先生!?」

「いつものだろ? 席に着いてないのはお前たち4人だけだぞ」

「うそん!」

「どうやって抜けたんだよ阿田和!」

 

 着席していた阿田和は、肘を机に着くGENDOUポーズを取って立っている4人に目をやる。ちなみに暁葉も着席している。

 

「君たち。ホームルームが始まらないじゃないか」

「うぜぇぇ! お前は一生彼女できねぇよバァァカ!」

「ふっ、一足飛びに結婚か。ドラマティックでいいね」

「こいつ……!」

「乗るな! あいつの思う壺だぞ!」

 

 他の男子が4人を鎮め、全員が席に座ったところでホームルームが始まる。席替えをしているために、隣同士だった樹とは離れている。いったいどういう話だったのか気になるも、ホームルームや授業の最中に話すようなことはしない。授業終わりの休み時間で聞くことにする。

 

「下田ァァァァ!!」

「阿田和を抑えろぉ!!」

 

 そんなことはできなかった。

 阿田和が暁葉に迫ろうとし、それを男子たちが抑える。阿田和の席と暁葉の席が離れているのが幸いだった。距離の7割を縮められたところでようやく抑えられるほど、阿田和の勢いが凄まじかった。暁葉の側では、それを眺めている廣坂が苦笑いしている。暁葉はただただ困惑した。

 

「運動会とか勝てそうですね」

「アレに狙われてる下田がそう言ってることにビックリだわ。怖くねぇの?」

「慣れですかね」

「そんな慣れるほどの経験あったっけ? ……あー、あの時期か」

「そういうことです」

 

 暁葉はとある時期に殺されかけている。見逃してもらえたためにこうして学校に通えており、クラスメイトは心配していたものの、深くは聞かなかった。公にしないと乃木家とも決めていることもあるが、暁葉自身が話したいと思わなかったから。優しいクラスメイトに感謝したのも比較的最近の話だ。

 暁葉は手術を受けた後、無理を言って早く退院した。そのため学校を休んでいた時期は短いのだが、体育は見学だった。着替えの際に、包帯を巻いていた暁葉に男子一同顔を引き攣ったものだ。

 今もなお詮索する気がない友人に感謝しつつ、次の授業が始まると席に着く。そんな光景は昼休みまで続いた。

 

「給食の待ち時間が不安でしたけど、今日はついてますね」

「阿田和が今週の配膳係の一人だったからな。それに、あいつは給食で腹を満たせば午前中の嫌なことをすべて水に流す」

「なぁ聞いてくれよ~! 昨日結城先輩の手伝いしてさ~! ありがとうって言われたんだよ笑顔で! これって恋の始まりだよな!」

「お前の中ではそうなんじゃないか? 結城先輩は絶対にそうじゃないだろうけど」

「あぁぁ~。あの人マジ天使」

 

 このまま昇天するんじゃないかと思わせるぐらい、阿田和は幸せそうな顔で空を見上げている。窓から射し込む光で神秘的に思えたのなら、それは阿田和に毒された証である。女子の中でたまに頬を叩き合っているのも、それから目を覚ますためだ。

 

「こいつ容姿を整えて黙っていたらモテておかしくないのにな」

「そんなことをしたら阿田和さんらしくないですけどね」

「中身を知っちまってるから余計にな」

「はい。っと、それで朝のあれはなんだったんですか?」

「説明しよう!」

「あ、復活した」

 

 正気に戻った阿田和が無駄にポーズを取る。最近見たというアニメの影響のようだ。主人公よりも敵キャラを好きになるらしい。

 

「今日転入生が来たんだよ!」

「そうだったんですか。デジャヴですね」

「それはみんな思った! ちなみにその人が入ったクラスは、結城先輩と同じクラス! つまり東郷先輩や三好先輩とも同じクラスなのだ!」

「ここでもデジャヴですね。というか、転入生って連続で同じクラス入れるものでしたっけ?」

「クラスの人数は元々結城先輩のところが少なくて、三好先輩で他と並び、今回の転入生で一番多くなったらしい。問題らしい問題はないな!」

 

 クラスの人数はもちろんなのだが、それでも立て続けに同じクラスに所属するのはどうなんだ。という疑問点が消えない。先生が物好きなのだろうか。嘘か本当か、ジャンケンで決める場合もあるという。そういうパターンなら納得するしかない。つまり、考えても大した話にはならない。

 

「それで、阿田和さんがそれだけ騒いでいるということは、朝に言っていたように素敵な女性なんでしょうね」

「That's right.それはもう美少女中の美少女! 歩く天使とはこの人のこと! 脳が蕩けるような美声! 文句のつけようのないPERFECTなスタイル!」

「その評価って結城先輩超えてね? 阿田和の中で順位変わった?」

「は? 何言ってんだオメェ。結城先輩は不動の一位だぞ? 脳内ハッピーなのか? 常に花火でもしてるのか?」

「悪かったから変顔で詰め寄らないでくれ」

 

 触れてはいけないところを触れたようだ。阿田和の中で結城友奈という存在は、比較されること自体がおかしい特別な存在らしい。単純に言えば、意中の人のようだ。新たな転入生を大絶賛しておきながら揺らがないあたり、見た目で判断するような男ではないらしい。その性格も『黙っていればモテる』と言われる所以だ。

 

「その転入生の名前は?」

 

 詰め寄られている廣坂の救済を兼ね、暁葉は肝心の部分を質問する。阿田和も「そうだった」と廣坂から離れる。

 

「Perfect girlの名前は──」

「今日から讃州中学に通うことになった乃木園子で~す。よろしくね~」

「そう、乃木園子さ……ん? …………ほわっ!?」

 

 園子本人の登場に驚いた阿田和が飛び上がり、窓の外へと消えていく。廣坂が一応確認するも、阿田和は無事に走っているようだ。ものの数分で帰ってくるだろう。

 

「びっくりだね~。窓から落ちても平気なんだ。丈夫なんだね~」 

「あ、あの……乃木先輩はなぜこの教室へ?」

「え? 朝も言ったと思うけど、あっきーに会いに来たからだよ?」

「いえ、ですからこのクラスにあっきーというあだ名が付きそうな人はいませんて」

「そんなこと無いよ~。現にここにいるもん。ね、あっきー?」

「乃木先輩。そいつ下田凛ですよ」

「……あー、そっかー。忘れてたや」

 

 廣坂が園子に応対し、認識の齟齬をそこで思い出す。暁葉はこの讃州中学に入学するにあたって、『下田凛』という偽名を使うことになっていたのだ。

 誤解を解けたと安堵した廣坂も、それ自体が誤解である。園子の言う「あっきー」は上里暁葉のことであり、それは下田凛のことなのだから。

 

「ごめんねあっきー。りんりんの方がよかった?」

「乃木先輩!?」

「……いえ、あっきーでお願いします。それ以外の呼称をあなたにはされたくありませんので」

「……えっとー。下田説明求む」

「帰りのホームルームの時でいいですか? 一応みんなに聞いてもらった方がよさそうなので」

「りょーかい」

「ありがとうございます」

 

 飲み込みの早い友人で助かる。暁葉の友人である廣坂がそう判断したのもあって、教室に残っていたクラスメイトたちもそれに同調した。

 良い友人を持てている。それを目の前で見れた園子は頬を緩め、暁葉の手を引いた。暁葉もそれに従い、廣坂に一言断ってから園子と教室を出る。

 後者の最上階。副教科等でしか使われていない階は、休み時間に来る生徒がいない。それを知らなくとも、園子は持ち前の直感でそれを悟って暁葉と最上階に来た。

 

「朝にびっくりさせようと思ったのに。あっきーがいなくてびっくりさせられちゃったよ~」

「すみません。ここしばらくは家でピアノの練習をしているので」

「そうなんだ? それなら仕方ないね。でも、さっきもびっくりしなかったよね?」

「びっくりしましたけど、阿田和さんの反応が大きくて逆に落ち着いちゃいました」

「え~」

 

 分からなくはないが、それはそれとして面白くない。頬を膨らませる園子に、暁葉は困ったように笑う。それをいつまでも引きずる園子でもなく、けろっと切り替える。一歩下がり、鮮やかなターン。にこりと大人な笑みを溢され、暁葉があたふたする。

 

「ふふっ、どう? 似合ってる?」

「は、はい。もちろんです」

「やった~! 嬉しいなぁ~!」

「そ、園子さま!?」

「むー。さまは駄目だってばー」

「すみません。ついクセで……」

「あはは、あっきー可愛い」

「っ……!」

 

 園子に飛びつかれて動揺し、駄目だと言われた呼称をしてしまってさらに慌てる。トドメに可愛いと言われて暁葉は顔を真っ赤にし、もたれ掛かるように園子に腕を回し返す。

 

「園子さんの方が可愛いんですよ」

「そう言ってくれるの嬉しいな~。言ってくれた男の子いなかったもん」

「それならこれから僕が何度でも言います。園子さんが魅力的な女の子だって」

「うん。あっきーから言われるのが一番嬉しいんよ」

 

 回す腕に力が入る。そうやって認識する。目の前に園子がいることを。立ち歩くことが、体を動かすことができるようになり、友人と共に学校生活を送れるようになった園子がいることを。

 同じ学校に通える。小学校の時は一緒だった。それでも、その時には一切面識がなかった。園子が卒業し、暁葉が6年生になってから面識を持ち始めた。大赦のとある一室で、包帯に身を包んだ園子と出会った。

 全く体を動かせないと言っていた園子と、こうして学校で会える。胸の締め付けられるほどの喜びを感じた。 

 それは園子も同様だった。

 

「あっきー。これからもよろしくね?」

「もちろんです園子さん」

 

 見つめ合う距離は近く、その距離を保ったまま昼休みの時間を費やした。

 教室へと戻り、帰りのホームルームで暁葉は昼休みの件を説明した。自分の本名が「上里暁葉」であること、大赦の仕事の都合で別の名前を用意していたこと。園子とは面識があるということも。

 混乱は生じたものの、阿田和の「じゃあこれからは上里って呼ぶわ」でだいたい落ち着きを取り戻した。適応力が高いのか単なるバカなのか。どちらにせよ暁葉にとってそれほど心救われる発言もなく、呼称はどちらでもいいという形で纏まった。

 1週間後には全員が「上里』呼びになっていたことに、暁葉はひっそりと心温まる出来事だと感謝した。

 



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2話 新たな日々の始まり

 

 暁葉の起床時間は変わらない。季節が変わろうと、就寝時間が変わろうと、疲れがあろうと変わらない。「決まった時間に起きる」というルーティーンによって、毎日調子を整えている。

 そのルーティーンというものは、ちょっとした予期せぬ出来事が起きて崩されてしまうこともある。

 たとえば暁葉の場合。

 

「……んっ、ゅ……」

 

 目の前にはあどけない寝顔を晒している園子がいたりとか。

 

「なんで……」

 

 抱きつきグセがあるのか、園子の腕は暁葉の胴を回っており、そのせいで園子のほぼ全身と密着している状態になる。女性特有の柔らかな肢体。二次性徴によって大人の女性らしくなっている。

 昨日阿田和が大絶賛したように、園子は美少女だと暁葉も思っている。なおかつその園子は暁葉の想い人だ。あどけない寝顔に視線が釘付けになる。吐息がかかるほど顔が近く、少し動けばその唇に触れてしまいそうだ。

 

「朝ごはん作らなきゃ」

 

 大半の男子であれば理性が崩壊してそうな状況。それでも暁葉の理性が崩れることはなかった。しかし、密着している園子の体に意識が向かないわけがない。暁葉の心拍数は急上昇し、顔が熱くなっている。それでも保てているのは普段の行いのおかげ。ルーティーンを完全無視してしまうことが怖い。普段の調子を保ちたいのである。

 

「あっき~……」

「起こしてしま…………寝言ですか」

 

 甘い声で名前を呼ばれてドキッとする。まだ早朝であるこの時間に起こしてしまうのも忍びない。二重の意味で焦ったが、どうやら心配ないらしい。

 それはそうと園子の腕は依然として暁葉を抱きしめている。朝食を作るためにも、園子の拘束から逃れないといけない。暁葉は小さな声で園子に謝り、園子の手から離れる。ベッドから下り、園子に布団をかけ直す。まだ起きる様子はないのだが、園子の手が何かを探すように暁葉がいた場所をもぞもぞと動いている。

 部屋の中を見渡し、急いでリビングへ。ソファにはサンチョが置かれており、暁葉はそれを持って部屋へ。園子の腕の中にサンチョを入れ、園子が落ち着いたのを見届けてから台所へ。

 

「園子さんがいるし、少しいつもより……そんな事したら園子さんに何か言われる気がする」

 

 暁葉としても普段と変わらないような朝食にしたい。様子見も兼ね、今日は変えないでおく。朝食を取りながら、園子にも意見を聞けばいいだろう。

 暁葉は朝食を作り終える寸前に気づいた。

 

(園子さんいつ起きるんだろ)

 

 朝ごはんは出来たてで食べてもらいたい。それでもこの時間に起こすわけにもいかない。昨日のうちに時間を聞いておけばよかったと後悔。ひとまず皿への盛り付けを済ませ、食器をテーブルに運ぶ。園子を起こそうかと悩んでいると、冷たい手に目を覆われる。

 

「だ~れだ?」

「園子さんでしょ。他に人がいたら怖いですよ」

「あはは、それもそうだね~。おはよ~あっきー。早いね~?」

「おはようございます園子さん。毎朝この時間ですよ」

 

 園子が離れ、顔を向き合わせて言葉を交わす。園子はまだ眠そうにしており、目を半開きにしているのを可愛いと密かに思う。サンチョは置いてきたのか、園子は手ぶらだ。まだ寝ていても問題ない時間。

 

「ご飯作ってくれたの? ありがと~」

「これくらい当然ですよ」

「うーん、じゃあ晩御飯は一緒に作ろうね?」

「わかりました。今から朝ごはん食べますか?」

「うん。作ってくれてるんだもん」

 

 園子と向かい合って座り、朝食を取る。暁葉も名家の出身であるため、所作が綺麗なものなのだが、その暁葉でも園子の所作は綺麗だと思った。時を忘れて見続けられそうだ。暁葉の手が止まっていることに気づいた園子は、眉を下げて暁葉の体調を聞いた。

 

「大丈夫ですよ。園子さんの所作が綺麗だったので、見惚れてしまっていました」

「そっか~。綺麗なのは所作だけ?」

「ぇ……いえ、そんな事は……」

 

 照れてしどろもどろになる暁葉に、園子は嬉しそうに目を細めた。それが追撃となり、暁葉は誤魔化すように箸を動かしていく。

 完食し、少し落ち着いたところで、園子に聞こうと思っていたことを聞く。聞きたいことは二つ。まずは朝食の時間だ。

 

「んー。あっきーがこの時間に食べてるなら、私もそれに合わせるよ。ほら、私って何時に起きる~とかやってなかったから」

「……分かりました。頑張って起きてください」

「起こしてくれてもいいんだよ?」

「それは流石にちょっと」

 

 一瞬表情を曇らせた暁葉だったが、すぐに切り替えた。園子が「重く捉えない」といった調子で話しているのだから。

 暁葉のそれを読み取った園子は、表情を変えずに内心で謝罪と感謝をする。口にした方がいいのか。それともしない方がいいのか。判断しかねるも、暁葉に何か飲むかと聞かれてそれを遮られる。

 

「飲み物って何があるの?」

「冷蔵庫に入ってるものを除けば、コーヒーと紅茶もありますね」

「じゃあ~、あっきーとお揃いで~」

「初めからその気でしたね?」

「えへへ~」

 

 隠すつもりもなく微笑む園子に、暁葉も微笑で返した。園子にはソファで待ってもらい台所に立つ。眠気覚ましであればコーヒーなのだが、暁葉は園子のおかげもあって眠気が一切ない。園子も朝食を取った直後ということもあり、特に眠気もなさそうだ。……そうでもなさそうだ。朝日を浴びて船をこいでいる。

 

「園子さん。砂糖とミルクはご自分でお願いしますね」

「コーヒーにしたんだ~」

「二度寝で寝坊されそうだったので」

「ふっふっふ~。私の睡眠をコーヒーで防ぐことはできないんよ~」

「自慢することではないですよ」

 

 園子の隣に座り、コーヒーを口に含む。園子も自分で調整し、コーヒーを飲んでは暁葉を揶揄う。それに翻弄されるのは今後も変わりそうもない。それはそれでいいのかなと思いつつ、暁葉は残っている質問を園子にぶつけた。

 

「なんで僕の部屋で寝ていたんですか? 昨日の夜はちゃんとそれぞれの部屋に入ったはずなんですが」

「あっきーがびっくりするかなーって」

「それはまぁびっくりしましたよ。心音が煩く聞こえるくらいに」

「なら大成功だね~。私寝てたから見れてないけど」

 

 大きな理由は別にある。それを暁葉は感じ取るも、園子がはぐらかすために追及は避けた。迷惑に思っているわけでもないのだ。心臓に悪いから控えてほしいものだが、園子のことを受け止めるという決意の方が勝る。

 コーヒーを飲み終えると、暁葉は合唱コンクールに向けてピアノの練習へ。上里家が本気で防音加工をしているために、近所迷惑になることもない。園子もその部屋に入り、椅子に座って暁葉のピアノに耳を傾ける。課題曲も自由曲も既に弾けるようになっている。ただ、弾けるという段階だ。暁葉の求めるレベルにまでは達していない。

 

「あっきー。そろそろ時間じゃないかな」

「あ、そうですね。すみません園子さん。ギリギリまで待っていただいてしまって」

「いいのいいの。あっきーのピアノ好きだもん」

 

 部屋に戻って制服に着替え、忘れ物がないかを確認してから部屋を出る。電気やガスを確認し、先に靴を履いて園子を待つ。制服に身を包んだ園子が部屋から出てくる。園子と共に家を出て、鍵をかけたら駐輪場へ。二人分の鞄を籠に載せ、後ろに園子を乗せて学校を目指す。

 二人乗りは推奨されていない。むしろ注意される。暁葉は失念していたのだ。園子は自転車に無縁な生活を送っていたことを。車で通学していたお嬢様が、自転車の練習をするわけもない。従って、遅刻しないようにするためにも二人乗りをするしかないのだ。園子の自転車がないことも関係あるが。

 園子であれば特に練習なく自転車に乗れるようになる。ということも暁葉は見落としていたが、明日からは家を出る時間を早めて徒歩にしようと考えていた。

 

「それでは園子さん。また放課後に」

「休み時間は~?」

「東郷先輩たちと過ごさなくていいんですか?」

「むむっ! それもそうですな!」

 

 下駄箱で履き替え、2年生の教室の階で園子と別れる。1年生は2年生の階より上なのだ。ちなみに3年生が2年生のひとつ下の階である。降りていく方式だ。

 暁葉自分のクラスのドアを開けようとし、急に開いたことに驚いている間に中に引き込まれた。外から見ていたら誘拐現場である。犯人は血涙を流す数人の男子たち。主犯は当然のことながら阿田和だった。

 

「羨ま死刑だ貴様ァァァ!!!!」

「いったいなんの話ですか……」

 

 教卓の前の席に座らされ、教卓には阿田和が。イネスで買ってきた木槌と円盤もある。ドラマでよく見る「実際には置いてすらいない裁判長の木槌」を用意したらしい。暁葉の両サイドには二人ずつ男子がいる。弁護役と検事役だ。

 阿田和が木槌を2回叩く。

 

「静粛に!」

「騒いでるの阿田和さんですよ」

「被告は極刑に処す!」

「えぇ……」 

「お待ちください裁判長。罪の説明をしなくては」

「ふんっ。任せよう」

「ハッ!」

 

 検事役の男子が、もう一人の男子から紙を受け取って読み上げていく。再現に全力だ。

 

「被告上里暁葉は、乃木園子様と共に登校。しかも自転車で二人乗りであります! 羨ましい! よって裁かれるのです!」

「私情が挟まり過ぎでは?」

「何言ってるんだ上里。二人乗りは駄目だぞ」

「それはそうでした」

「異議あり!」

「弁護人の異議を認めよう」

 

 暁葉の弁護役をする男子が立ち上がる。こちらもまた隣の弁護役の男子から紙を受け取っていた。資料を作る速さに暁葉は感心した。成人すれば自分の所属する部署にスカウトしたい。

 

「上里暁葉さんは、乃木園子様と同棲されております! 羨ましいので極刑を求めます!」

「弁護してくださいよ」

「お前たち。ホームルームの妨害と受け取っていいのか?」

 

 教室に入ってきた担任によって、形式上裁判が終了を告げた。暁葉以外の5人は反省文の提出を求められ、自分の気持ちに嘘をつかずにひたすら嫉妬の念を書き連ねたことに、担任も天晴だと天井を仰いだという。

 

 

 それから数日。園子は所属している勇者部の部室で過ごしていた。勇者部は基本的に依頼があればそれを遂行し、なければ川原や浜辺でのゴミ拾いを行う。その日どうするのか。部長である風が指示することがほとんどだ。

 今日もまたそうなるばずだったのだが、話の途中でアラームが流れ、園子を除く5人が姿を消した。代わりに一人の少女が現れた。園子は特に驚くことなく状況を分析し、少女と答え合わせをすることで現状を理解した。それが終わり、しばらく待つと勇者たちも戦闘を終えて部室に帰還する。そこで少女は改めて自己紹介した。

 

「上里ひなたと言います」

「上里!? 上里って言えば大赦でツートップの家じゃない!」

「あ、本当だ~。基本的なことを見落としてたよ~」

「あんたの家もそのツートップの一つでしょうが!」

「あれ? 上里ってもしかして……」

「どうしたのよ樹?」

 

 上里という名前。その特徴的とも言える程に綺麗な黒髪。

 樹はクラスメイトの一人の男子を思い出した。入学時は違う名前。大赦での仕事の都合らしかったのだが、最近になって本名を名乗るようになった少年のことを。

 

「お姉ちゃん下田くんいたでしょ?」

「そうね。たしか大赦の都合でそう名乗ってただけで、本当は上里暁葉って名前だったのよねあの子。樹から聞いたのを覚えてるわよ。……上里?」

「もしかして暁葉くんのご先祖様!?」

 

 ひなた自身にはピンとこない話。視線は自ずと暁葉と関係の深い園子へと集まる。どうなのだと夏凜が聞き、ぼーっとしていた園子の目に光が戻る。

 

「あっきーのとこはたしかに名家だし、かなりんと似てるから間違いないと思うんよ~。……あっきーのご先祖様なんだ……そっか~」

「分かってなかったんかい!」

「……あっきーのご先祖様……!!」

「驚くタイミングおかしいでしょ!!」

 

 




 


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3話 一族団欒

 新年ですね! あけましておめでとうございます!
 正月ガチャは大爆死でした!


 

 勇者部は、上里ひなたから事態の説明を受ける。今は神樹の中にいること。造反神が暴れていること。街は再現であること。住人たちは魂が召喚されているということを。

 その説明を終えると、今度はひなたに説明する番になった。ひなたの質問に、代表者として園子が答える。場合によっては誰かがフォローを入れるわけだが、そうなることはおそらくない。

 

「それでは。先程の園子さんの反応ですと、どうやら私の子孫がいるとのことですが」

「いるよ~。あっきーって言って、私のパートナーなんだ~」

「そうなのそのっち!? 私何も聞いてないのだけど!?」

「あははー、紹介してないもんねー。一緒にミノさんの所に行くときに、二人に報告しようと思ってたんだ~」

「そ、そうなのね……。そのっちが選んだ殿方なのだし、きっと立派な日本男児よね……」

「東郷さん。あっきーって下田くんのことだよ?」

 

 混乱が収まっていない東郷に友奈がフォローを入れる。素顔を知らない勇者部としては、一概に暁葉のことを「東郷が期待するような日本男児ではない」とは言えなかった。それなりに接点のある風と樹でも、ひとまずは苦笑で誤魔化した。

 

「あっきー……えっと、暁葉くんが私の子孫ということですが、彼は今どういったことを? 勇者の皆さんをサポートしている、というわけでもなさそうですし」

「今のあっきーは普通の中学生だからね~。大赦の一員ではあるけど、あっきーの仕事は去年から私の話し相手になってるんよ」

「……そうですか」

「あちゃー。機嫌悪くなっちゃった? でも、あっきーを責めないでね。その責任は私にあるから」

「いえいえ。何も思わないわけではないですが、暁葉くんを怒る気もないですよ」

 

 反応が悪かったひなたを心配したが、園子の懸念は当たらずに済んだ。その事に風と樹もホっとする。あれほど真面目に生きている少年が、役割一つで責められるのは見過ごせそうになかったから。

 

「彼には彼の考えがありますし、時代の流れもあるでしょう。男の子である以上、勇者にも巫女にもなれない。去年からということは、その前には別の役割を担っていたようですし」

「あっきーは優秀だからね~。私の側にいなかったら、大赦でいっぱい仕事してると思うんよ。何もできないことに引け目を感じちゃう子だから、余計にね」

「……そうですか」

 

 哀愁漂う園子の発言に、ひなたは暁葉の人物像を感じ取った。300年も時を経ているというのに、そんなところが似てしまったようだ。

 暁葉の気持ちが分からないわけじゃない。よく共感できる。巫女であるひなたは、勇者たちの側で可能な限りのサポートをしている。それでも、戦いが始まれば実に無力だ。巫女の持つ力は神託を聞くこと。バーテックスを倒す力は備えていない。だからいつも祈るしかない。

 だが、それ以上に暁葉は己の無力さを痛感している。勇者でも巫女でもなく、そもそも可能性すら持たされない。雑務しかできない。それがどれだけ暁葉の胸を締め付けたのか。それを見てきた園子はよく知っている。

 

「ところで、暁葉くんは勇者部員ではないのですか?」

「そうなの? ふーみん先輩」

「いや園子は知ってるでしょ。まず、アタシたちはあの子が大赦の人間だとは知らなかった。本人の本音がなんであれ、こちらから招くこともしなかったわね」

「上里くんは新聞部にいますよ」

「今にしてみれば、それも私たちを監視しやすかったから。そうでしょ? そのっち」

「正解だよ~」

 

 新聞部であれば、取材という名目で勇者部に接近することができる。この中学で一番話題になりやすい部活だ。新聞部のネタとしても扱いやすい。園子はそれを指示したわけでもなく、暁葉の考えでそうなった。

 

「あっきーは困っちゃうくらいに真面目だからね」

「とか言って、園子あんた嬉しそうね」

「えへへ~。あっきーに取材されるのも楽しそうだな~って」

「いいね! 私も園ちゃんと一緒に取材受けてみたい!」

「おっ、いいね~ゆーゆ! 一緒に受けようよ!」

「うん! さっそく暁葉くんのところに行く?」

「自分から取材受けに行くやつがいるか!」

 

 今にも飛び出して行きそうな二人を夏凜が止める。園子の加入により、さらに夏凜の忙しさが増したのだが、誰もそれを手伝わない。夏凜の手腕にはついていけないから。あとは、見ていて楽しいから。

 そうして賑やかに騒いでいると、部室のドアをノックされる。来客者だ。

 

「あっきーだ~」

「なんで分かるのよ……」

「はーい。今開けまーす!」

 

 友奈が素早くドアに近づき、覗くようにゆっくりとスライドさせる。来客者の顔を確認した途端、残りを一気に開けてはしゃぎ始める。

 

「園ちゃん凄いよ! 本当に暁葉くんだよ! なんで分かったの!?」

「あっきーのノックは聞き慣れてるからね~」

「えっと、失礼してもよろしいでしょうか?」

「あっ、ごめんね。どうぞどうぞ、中に入って~」

「それでは失礼します」

 

 暁葉が部室に入ると、すかさず園子が暁葉の側に寄る。暁葉も園子を見ると頬を緩め、普段の学校生活では見せないような雰囲気を出した。「そういう顔もできるんだ」と風と樹は思ったが、暁葉もそうなれることを知れた安堵が大きかった。気を緩められる時間を、その相手を、たしかに持っていると分かったのだから。

 

「今日はどうしたの?」

「部長から犬吠埼先輩へのお届け物ですね。今度の合同部活動での資料です。目を通していただいて、問題なければそれで進行していきます」

「いつまでに返事したらいいのかしら? 今?」

「いえ、今週末までだそうです。こちら側の誰かに返答をいただければ大丈夫です」

「うん。了解。明日には返事するわね」

「ありがとうございます」

 

 どことなくいつもより暁葉に柔らかさを感じる。いつもなら、もっと業務連絡としての硬さがあった。誇張して言えば、ロボットが話しているかのような。そんな硬さだ。声が平坦なのもそう思わせる原因だろう。しかし今日はそうじゃなかった。真面目な後輩との会話。風はそう感じた。その変化も、側にいる園子の存在が大きいのだろう。

 

「あっきー用事終わった?」

「そうですね。あとは部室に戻るだけです」

「ならもう少しここにいても大丈夫だね」

「そのっち。暁葉くんを困らせたら駄目じゃない」

「少しだけなら大丈夫ですよ、東郷先輩」

「そう? 暁葉くんもあまりそのっちを甘やかさないでね」

「親子か」

 

 まるで、久しぶりに顔を合わせた仲のいい親族の会話だ。我儘を聞く暁葉が年上に見える。とはいえ、ベタベタとくっつくわけでもない。側にいる。それだけで園子は嬉しかったし、暁葉も同じだ。何よりも、人前で園子に抱きつかれたら暁葉はキャパオーバーになる。手を繋ぐだけでも心拍数が上がるというのに。

 

「ところで園子さん。あちらの方はお客様ですか?」

「あっきーはどう思う?」

「えぇ……。…………まさか……」

「ふふっ、血の繋がりって不思議ですね。お互いなぜか分かってしまうだなんて」

「初めまして。上里暁葉です」

「はい、初めまして。上里ひなたです。あなたのご先祖様にあたるようですね」

 

 お互いにぺこりと頭を下げる。こうして二人が揃うと、上里家の風格というものが感じやすくなった。ひなたの品というものまで、脈々と受け継がれているらしい。

 ひなたは暁葉の頬に手を伸ばし、それから肩や胸へと下げていく。よく分からない行動に暁葉は恥ずかしくなり、戸惑いを顕にする。ひなたの手が不意にある場所で止まった。暁葉の横腹。少し前に負傷した箇所。

 

「怪我、したみたいですね」

「……分かるんですか」

「分かっちゃうみたいです。慣れかもしれないですね。この傷は、無用なことで?」

「いえ。僕が誇りに思うお役目のために」

「ふふっ、男の子ですね」

 

 不意打ちをくらった園子が頬を赤くする。それを見て、夏凜と友奈以外の全員は理解できた。暁葉の園子への想いも、園子の暁葉への想いも。ひなたもそれを嬉しそうに受け入れた。まるで自分の子を見守っているような、そんな眼差しを暁葉に向ける。

 

「ひなた様。暁葉に接し過ぎないでください」

「あらあら、これはごめんなさいね」

「え……かなた姉さん……? どうして」

「久しぶり暁葉。今回は私もこちらに来ることになったのよ」

 

 暁葉の姉である上里かなたは、通っている学校が違う。しかも、暁葉はかなたがこっちに来るとは聞いていなかった。突如現れたかなたに、暁葉だけでなく園子を含む勇者部員全員が驚いた。

 ひなたも、かなたの登場は聞いていなかったようで、暁葉から少し離れてから目を丸くした。全員が驚いている様子に、かなたはくすりと笑ってお辞儀する。

 

「初めまして勇者部の皆さん。上里暁葉の姉、上里かなたです。私も巫女でして、今回の件に合わせてこちらへと来させてもらいました」

「あらあら。私の子孫がもう一人! 嬉しいですね~」

「初めましてひなた様。お会い出来て光栄です」

「様付けはやめましょう。今じゃ年は変わりませんから」

 

 ニコニコと話すひなたにかなたも頷く。容姿の似た二人は、どうやらフィーリングも近いようだ。双子だと紹介されても、何も知らない人からすれば信じてしまいそうだ。

 

「えっと、ひなたさんでいいのでしょうか?」

「どうせなら、かなたちゃんに使っているように、ひなた姉さんと呼んでくれないでしょうか? 私はひとりっ子でしたし、お二人を見ていたら羨ましくなっちゃいまして」

「それくらいであれば、ひなた姉さんとお呼びしますね」

「まぁ~! ありがとうございます! 暁葉くん!」

「うぇぁっ!? えっ、あ……、あの……!」

 

 女性への耐性がない暁葉は、抱きしめられるだけでも激しく動揺する。思春期ということもあり、身内だろうと恥ずかしい。何よりも、ひなたは身内であるものの他人でもある。距離感が実に微妙なのだ。抱きしめられてしまうと、余計に意識してしまう。しかも、巫女であるひなたは勇者以上に体が柔らかい。暁葉が悩殺されるに十分な破壊力だった。

 

「姉さん。暁葉を困らせないでください」

「あっきー大丈夫?」

「……」

「ごめんなさい、嬉し過ぎてはしゃいでしまいました。今後は落ち着きを持った行動を心掛けますのでご安心を」

「かなたさん。さらっと姉妹設定を受け入れましたね」

「夏凜みたいなもんでしょ」

「なんでそこで私が出るのよ!」

 

 ひなたが離れると、暁葉はふらふらと倒れそうになる。園子がそれを支え、部室にある椅子に座らせて休ませる。そろそろ新聞部に戻させた方がいいのだが、回復を待つ必要が出てきた。その間に、ひなたとかなたは今後のことを勇者に説明する。園子はずっと暁葉のことを気にかけていたが、話はしっかり聞いているので問題ない。

 

「私は近くの空き家を利用させてもらうことになってますので」

「でしたら、私も姉さんに合わせますね」

「住居の問題はそれでよしとして、あとは神樹様の神託待ちとか、バーテックスの迎撃になるのかしら?」

「そうですね。土地を奪還できていけば、さらなる援軍も望めます。歴代の勇者たちを呼べますので、皆さん頑張ってください!」

 

 意識を戻した暁葉は一度新聞部へと戻り、部活が終わると再び勇者部へ。再会した姉と先祖であるひなたに呼ばれ、一晩泊まることになった。暁葉は園子も呼びたかったのだが、そこは園子が遠慮した。夏凜の部屋に泊まりに行くらしい。一度家に戻り、用意をしてから園子と家を出てマンション内で別れる。

 

「それじゃああっきー。明日また学校でね」

「はい、行ってきます園子さん。三好先輩に迷惑をかけないでくださいね」

「え~、大丈夫だよ~」

 

 そこはかとなく不安なのだが、夏凜なら対応できるだろうと信じた。エレベーターを呼び、そこに乗り込む前に園子に呼ばれる。振り返ろうとしたら頬に柔らかいものが当たって、ぎこちなく園子を見ると、唇に指を当てて微笑む姿が。

 

「行ってらっしゃい、あなた。なんちゃ──」

 

 聞き終わる前にその場に暁葉が倒れたのは言うまでもない。

 

 




 次々と勇者たちに来てもらいましょうかね。
 ひなたが軽く暴走しましたが、今回だけですね。(あの暴走の仕方は)


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4話 複雑なご家庭

 

 園子の転入によるひと騒動があり、その騒動もすぐに収束するだろうという予測を覆す自体があった。端的に言えば、暁葉の姉の存在である。彼女たちは讃州中学の人間ではない。それでも巫女という立場であり、造反神という非常事態が起きている以上、勇者部の部室に顔を出すことになる。当然目撃情報も出てきて、話題があっという間に広まっていく。集められた散り散りの情報が一つになり、纏まった情報を元に一人の人物に行き着く。

 

「これより上里暁葉を処す!!」

「裁判すら始まらずに刑を言われるとは」

「弁護人はいない!」

「そんな気はしてました」

 

 例の如く教室が裁判所へと様変わり。男子たちの嫉妬の念が暁葉へと集められ、今回は傍聴者として他クラスや他学年の男子まで入ってきている。

 

「刑の変更はないが、説明は必要だろう」

 

 委員長が眼鏡を拭きながら横から口を挟む。その席は検事の席になっていて、クールなキャラを演じているところを、隣の男子にハリセンで叩かれていた。わざと昔の芸を取り入れているらしい。

 

「では裁判長たるこの阿田和が説明しよう」

「お願いします」

「うむ。ここ最近、もっぱら話題になっていることについては知っているだろう」

「何か話題になってたんですか?」

「……上里。お前普段どう過ごしているんだ。小耳に挟むことくらいあるだろ」

「園子さんと話すことが多いので、他のことはあまり」

言い訳はやめたまえ(惚気けるんじゃねぇ)!!」

 

 ほとんどの男子が血涙を流して絶叫する。名実ともにお嬢様である園子は、男子たちにとって高嶺の花。近づき難いけども仲良くなれたらいいな、というアイドル的存在だ。そんな園子を好く男子たちがファンクラブを作るなど自然なこと。男子の中での秘密ではある。それを知る女子は本当にいない。そしてその勢力は大赦に拡大中だとかそうじゃないとか。

 

 『Don't touch 園子 Yes,fall in LOVE』が彼らの合言葉である。

 

「上里よ。俺たちは確認作業に入っているだけだ」

「確認作業ですか?」

「そう。まずはこちらのお二方についてだ」

 

 教室にあるスライドが下ろされ、プロジェクターが起動する。そのスライドに映し出されたのは二人の少女。"自称暁葉"の姉『上里ひなた』と"本当に暁葉の姉"『上里かなた』だ。パッと見では間違えそうになるほど、二人は似ていた。特に目元はそっくりだ。髪の長さはひなたの方が長い。

 

「このお二方は最近見かけるようになった。どうやら勇者部(花園)のお客人だそうな。それはいいとして。調査の結果、このお二方とお前の名字が同じであることが判明した! よって処す!」

「飛び過ぎでは!?」

「うるせぇ! 乃木さんというお方がいながらお前は他の女と入籍したんだ! こんな事が認められてたまるか! この国の法律の結婚可能年齢すら無視してしかも重婚しやがって! 大赦か!? 大赦の力か!? 許されねぇぞ!!」

「いや二人は私の姉ですよ」

「……」

「……」

『…………』

 

 教室内が静まりかえる。女子たちの白い目が男子たちに否応なく突き刺さる。裁判長阿田和が教卓に頭を打ち付け、不敵に笑いをこぼし始めた。

 

「こいつ、とうとうおかしくなりやがったか……!」

「元々酷いやつだとは思っていたが……!」

 

 男子たちもドン引きである。

 

「フフフフフッ! そんな事はどうでもいいのだ!」

「えぇ……」

「目下の問題は! 上里の周りに最近美少女増えすぎじゃね!? というこの一点である! 勇者部とも懇意にしているしな!」

「ハッ! そう言われたらそうだ! こいつやはり許されねぇ!」

 

 死んでいた男子たちの勢いが蘇る。あまりにも酷い復活劇なのだが、もう勢いだけで乗り切るつもりだ。玉砕覚悟を決めた者たちは強い。それに真っ向からぶつかるのは、荒波を一人で食い止めようとすることに等しい。

 

「皆さんも勇者部の方とお話してみたらどうでしょう? 恋の相談とか犬吠埼先輩が必ず聞いてくれますよ」

「マジで!?」

 

 だが、荒波を超えることはできる。止めなくていい。乗りこなすのだ。

 

「それはつまり上里……。結城先輩と仲良くなりたいという相談もできるということか……!」

「そうだと思いますよ」

「ヒャッホーーイ!!」

「あの裁判長(裏切者)を捕らえろ!!」

 

 これから授業だというのに教室を飛び出す阿田和。抜け駆けは許さないとして追いかけていく男子たち。教室内には半数の男子が残り、勇者部の面々に声をかけては玉砕する漢たちの断末魔がBGMと化した。

 

「裁判長が消えたので、ここからは俺が代行しよう」

「まさか廣坂さんが引き継ぐとは」

「なに。体裁を保つためだ」

「崩壊してますよ」

 

 暁葉のツッコミも虚しく、廣坂も教卓の前に立つと雰囲気が変わった。あの教卓は何か仕掛けでもあるのだろうか。変えた方がいいのかもしれないと、暁葉は真剣に検討を始めていた。廣坂の話を流す気満々だった。しかしその暁葉を話に引き込む発言が飛び出した。

 

「私に君のお姉さんをください」

「三回生まれ変わってから出直してきてください」

 

(あ、上里くんシスコンなんだ)

 

 暁葉の声やら表情やらがいつになく硬い。取り付く島など与えないほどの拒絶。上里姉妹に近づくにあたって、最大の障害が出現した瞬間だった。

 

 

 そんな出来事から早一週間。その間に勇者部に玉砕された男子の数は3桁に上り、相談ということにして交際を迫った男子が大量発生したことは、月に一回行われる全校集会で問題として注意されるに至った。まさかそんなやり方が横行するとは暁葉も思っておらず、責任を感じて勇者部に謝罪に行っていた。

 

「上里……俺、幻覚見たかもしれん」

「いつもの事じゃないですか」

「ドライですね!? いやほんと、反省してますんで! というか俺結城先輩に告白してないっすよ!? 犬吠埼先輩に相談してただけですよ!?」

「あー。あの人もそう言ってましたね」

 

 阿田和は思考や発言こそ全くセーブしないのだが、いざ行動になると真面目になる。冗談が成立すると分かっている時しかバカはしないのだ。男子特有のノリは男子相手にしかしない。女子には紳士である。それは勇者部から話を聞いても分かること。先日にも風から「そういや暁葉のクラスの男子から相談受けたわよ。あの子真剣なのね」とか言われている。樹と揃って苦笑するしかなかった。

 

「それで幻覚ってなんですか」

「これはもしかしたら上里にショックを与えるかもしれないんだがな」

「穏やかじゃないですね」

「小さい乃木先輩を見た」

「……何かの比喩ですか? もしかしてこれは怒る案件ですか?」

「違う違う! あれは本当に小さい乃木先輩だったんだ! 神樹館小学校の制服着てたし、あどけなさが残ってた!」

「神樹館小学校の?」

 

 『上里暁葉を怒らせてはいけない』──そんな共通認識が讃州中学の生徒間で生まれていた。勇者部告白騒動の際、どさくさに紛れて園子に告白した者も多数。ひなたやかなたにもそれが及び、暁葉の堪忍袋の緒が切れたのだ。暁葉が暴力に出ることはない。告白した者一人一人に接触し、じっくりとお話するだけだ。それが怖いと専らの噂である。だから阿田和も慌てて全て話す。勘違いによる起爆など踏んだり蹴ったりだ。

 神樹館小学校の制服と言われれば、暁葉にも思い当たる節がある。園子の母校であることは周知の事実。園子ならコスプレしても不思議じゃない、とかいう認識もあるのだが、暁葉はその可能性を否定した。

 

「他に神樹館小学校の制服を着た人は?」

「あー、そういや他にもいたって話も聞いたな。ロリ巨乳と火の玉ガールは聞いた」

「……そうですか。小さい園子さんの事は、中学生の園子さんにでも聞いてみますね」

「お、おう」

 

 阿田和と別れ、新聞部に行く前に勇者部へと足を運ぶ。多くの目撃情報があるというのなら、それが作り話というわけでもない。神樹館小学校の制服を着た三人の少女。状況からして確定だ。

 

「失礼します」

「あっきーだ! どうしたの~?」

「いえ、新たに勇者様が来たと聞いたので。一応挨拶をと思いまして」

「真面目だね~」

 

 暁葉が勇者部に入ると園子が駆け寄る。もうそれは名物になっていて、友奈たちも「いつもの事」として流し見してる。だがそれに慣れていない面々もいる。新たにこの世界に召喚された少女たちだ。三人は園子のその姿にポカンと口を開けて驚いていた。

 

「未来の園子は大胆だな……」

「そのっちらしい……のかしら……」

「ほぇ~」

 

 二年前の勇者たち。東郷美森の過去の姿である鷲尾須美。過去の乃木園子。そして、勇者という存在の体現者と言える三ノ輪銀。この三人が瀬戸大橋でお役目をしていた勇者である。

 

「あっきーに紹介……した方がいいのかな?」

「一応しましょうか。暁葉くん、彼女たちが今回神樹様に召喚された勇者です。右から鷲尾須美さん。三ノ輪銀さん。乃木園子さんです」

「W園子だぜ~」

「だぜ~」

「目眩がしそうです」

「「なんで~?」」

「そらするでしょ」

 

 首を傾げる園子たちに風が軽くツッコむ。頷いていたり苦笑したりする面々を見て、自分の感覚がおかしいわけじゃないのだと暁葉は安心した。そうして落ち着いたら落ち着いたで、暁葉の心を強く揺さぶる存在もいる。

 

「んー?」

「? どうしたの? 銀」

「いや……やっぱりそうだな。久しぶりだな暁葉」

「っ! ……覚えていてくださったんですね」

「へへっ、三ノ輪の銀さんは人の事すぐ覚えるし、全然忘れないのが売りだからな! それにしても大きくなったな~。男子って成長期くると結構伸びるのな」

「みたい、ですね」

「あっきー……」

「「?」」

 

 暁葉と銀が会ったのは一度だけだ。たったの数時間だけ。それでも、銀の真っ直ぐな姿は暁葉に強く焼き付いていた。その時に課された宿題を、自分はできているのか。その答えは銀に聞かないと分からない。そしてそれは、二度と分からないはずだった。永久に残り続ける宿題のはずが、この世界ができたことによって答え合わせが可能になる。

 園子はその話を聞いているから、暁葉の心境を察することができた。美森も、銀と何かしら関係があると察し、気遣いの目を向ける。それを知らない面々は、暁葉の様子に首を傾げた。須美と小さい園子も首を傾げる。

 

「なんか、あれだな。久しぶりに会えたと思ったら年上になってるし、何話したらいいか分かんないな」

「本当ですよ」

「あ、そういや。暁葉の方が年上だし、敬語の方がいいか」

「いえ。そのままでお願いします」

「んー。なんかムズムズするけど、じゃあ代わりにアタシのことは銀って呼んでよ」

「えっ」

「じゃないと敬語にする」

 

 ニヒッと八重歯を覗かせて笑う銀に、暁葉は混乱した。園子の方に視線を向けるも、園子は助け舟を出さない。頭の中が一瞬でかき混ぜられ、それを少し時間をかけて落ち着かせる。「やっぱりこの人には敵わないな」と笑みを溢し、その条件を飲んだ。

 

「分かりました。銀…………さん」

「呼び捨て」

「それはその……」

「あははっ、まぁそこは宿題だな」

「また増えちゃいましたね」

「宿題はちゃんとやれよ~」

「銀。あなたは人の事言えないでしょ。いっつもギリギリじゃない」

「うぐっ!」

 

 横から須美に指摘され、そこに小さな園子も加わって話が盛り上がっていく。これがこの三人の形なのだとすぐに分かり、暁葉は眩しそうにそれを見つめた。その暁葉の腕に園子が腕を絡ませて注意を引く。

 

「よかったね。あっきー」

「……はい。そうだ園子さん。小学生の園子さんについてはどう説明されるおつもりなんですか? クラスの男子に聞かれまして、とりあえず誤魔化しましたけど」

「名前とかは弄らなくていいよ。私の妹の園子って感じで~」

「それでいいんですか?」

「うん。複雑なご家庭とでも言えば何とかなるよ~」

「分かりました」

 

 銀たちから視線を外し、隣にいる園子と言葉を交えていく。園子も嬉しそうに目を細め、美森やかなたがそこに加わる。

 

 そうして話している姿を、小さな園子はじーっと見つめていた。





 次からは小さな園子を地の文では『そのっち』と表記していこうかと思ってます。


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5話 恋愛探偵そのっち?

 

 この世界に来てからというもの。小学生の乃木園子ことそのっちは悩み事があった。悩み事というよりかは、納得し難い不思議な事があると言った方がいいだろうか。

 そのっちが何か抱えていることは、親友である須美と銀も気づいていた。いつもは何を考えているのか分からないそのっちなのだが、今回は幾分か分かりやすかった。その視線が捉えていること、その時の表情がその事を物語っている。

 

「未来の園子のことで悩みごとか?」

「ほぇ? ミノさんどうしてわかったの~!」

「嬉しそうだな……」

「私も分かったわよ」

「わっしーも? 嬉しいなぁ~」

 

 悩み事もどこへやら。勘違いだったのではと思わせてしまう程に、そのっちは機嫌を良くしている。その姿に呆れ半分喜び半分。話が流れそうになったところで須美が慌てて軌道修正する。

 

「えっとねー。あっきー先輩がいるでしょ?」

「うん」

「なんで私はあっきー先輩が好きになったのかな~って」

「……うん」

「なんでミノさん照れてるの?」

「銀が好きな恋の話よ?」

「いやー、なんかむず痒い」

 

 笑って誤魔化す銀の様子に首を傾げつつ、須美と園子はそこを掘り下げることをしなかった。こういう追及は避けたがるのが銀だからだ。今はそのっちの話をしているから、という理由もある。

 銀が妙にむず痒い感覚を抱いているのは、身内のコイバナをされてる気分だからだ。弟の鉄男に好きな人ができたら、話を聞くし応援するだろう。だが、付き合ってからは見守る体勢に入る。暁葉の場合は後者であり、その相手が親友の2年後の姿ときた。弟分の馴れ初めを知るというのは照れくさいのだ。

 

「でもま、園子が気になるならあたしも付き合うさ」

「当然よ。二人の様子を見るに関係は良好なようだけど、家柄を考えるとそういう面も考えてしまいたくなるわね」

「あ~、ツートップだもんな」

「でも私そんな話来てないよ?」

 

 政略結婚であるならば、初めからそう決められていてもおかしくない。乃木園子が勇者に選ばれてから決まったのだとしても、お役目が始まってるのにその手の話は聞いてない。

 

「お役目に区切りがついた時に話が持ち上がったのかしら?」

「戦いの場も大橋からこっちに変わってるし、区切りはつくんだろうなぁ」

「うーん、家同士でそうする理由もない気がするんよ」

「そりゃそうだな」

「格式の高い家柄なら、婚姻相手もそれなりの人になってもおかしくないんじゃないかしら」

「でも私だよ? 気にしないよ?」

「自分で言うのね……」

 

 須美の考えは真っ当なものであった。『名家なのだから相手もそれなりの人物に』という考えは、現代でも残っていると聞く。しかしこの自由奔放な天才少女が、そういう固いことを気にするとは思えない。「自分の相手は自分で決める」と言うだろうし、「ビビーッて来たから」とか純粋な恋というか、ある意味駆け落ちな展開も辞さない気がする。

 

「駆け落ちもいいかもしれないね」

「いやお前の相手は暁葉だから」

「今の私はネタバレをされた読者の気分だよ~」

「暁葉先輩もいい殿方だと思うのだけど」

「それは私も思うんよ? けど、どこを好きになったのか分からないんよ」

「ならここはアレしかないわね」

「アレ?」

「須美に変なスイッチ入ったな」

 

 割り切った時の須美は暴走する。銀は暁葉と面識があるからともかくとして、須美は暁葉のことを知らない。そのっちの相手がどういう人物なのか、親友として知っておこうという気概もある。それがやる気スイッチを陥没させ、ブレーキという概念を取り払った。

 

「まずは形から入るわよ! これを着てちょうだい!」

「どこからそれ取り出したの?」

「捜査は足からよ!」

「探偵さんだ~!」

 

 上着だったり帽子だったり。それっぽいという理由だけで虫眼鏡まで用意される。ノリノリでそれを着ていくそのっちを横目に、銀は役回りを確認する。形からというのだから、配役は必要だ。

 

「園子が探偵として、須美は助手か?」

「いいえ。銀が助手よ」

「じゃあ須美は?」

「ふふん。私は──」

「国防仮面はなしだぞ」

「ガーーン!! どう、して……」

「先生に禁止されたろ」

 

 その場に崩れ落ちる須美に呆れつつ、何か代わりになる役はないかと考える。こういうのは閃きが得意なそのっちの出番だ。そう思って銀は変装したそのっちへと視線を向け……

 

「園子がいない!?」

「こく、ぼう……」

「それどころじゃないぞ須美! 園子がいなくなったぞ!」

「何言ってるのよ銀。そのっちはそこに……いない!?」

「そう言ってるだろ! 探すぞ!」

「私は右に行くから銀は右に行って」

「しっかりしろぉぉ!!」

 

 国防仮面禁止によるショックとそのっちの失踪という非常事態は、想定外に弱い須美を混乱の底へと落としていた。もはや使い物にならない須美と別行動するわけにもいかず、銀は須美と共にそのっちの捜索を始める。

 

「あら銀どうしたの? 何か慌ててるようだけど」

「東郷さん。園子を見ませんでした?」

「園子ちゃん? 見てないわね。友奈ちゃんは?」

「私も見てないよ。はぐれちゃったの?」

「はぐれたというか、目を離したらいなくなってたので」

「さすがねそのっち」

「東郷さん感心してる場合じゃないよ」

 

 一緒に探そうかと提案してくれる友奈にお礼を言いつつ、そこまで大したことではないからと銀は断った。電話には出ないが、行動範囲は決まっている。虱潰しでもなんとかなる。

 

「せめて候補を絞った方がいいわね。園子ちゃんが行きそうなところだと、お昼寝に向いている場所かしら」

「いそうですけど……。あ、園子さんの居場所はわかりますか?」

「そのっちの? どうして?」

「実は──」

 

 園子失踪までの経緯を話し、園子の居場所が分かればそのっちの居場所も分かるはずだと推測した。

 

「そういうことなんだ。園ちゃんなら今暁葉くんと一緒だよ。放課後デートを楽しんでるんじゃないかな」

「放課後デート。行きそうなところって分かりますか?」

「もちろんよ。そのっちが話してたもの」

 

 確定情報を手に入れ、回路が復活した須美と一緒にその場所へと向かっていく。その様子を温かい目で見守りながら、美森は今楽しんでいるであろう親友を思い浮かべながら、さすがだなと感服した。

 

「そういえば東郷さんは園ちゃんと暁葉くんの馴れ初めって聞いたの?」

「聞いてないよ。でも、そのっちがあれだけ嬉しそうにしてるんだもの。暁葉くんのことをあまり知らなくても信用できるわ」

「それもそうだね」

 

 

 

 

 

 園子が暁葉とデートしている様子を、そのっちは陰から見ていた。未来の自分が暁葉の何に惹かれたのか。二人でいる時の様子を見ていたら、それが見えてくるはずだと思ったから。

 二人が来ているのは、学校からそう遠くない琴弾公園。春には桜が咲き乱れる場所で、池にある噴水も相まって華やかな場所。そこにあるベンチに腰掛けている二人の顔が見える位置で、そのっちは茂みの陰から観察していた。

 

「春なら桜が綺麗なんですけどね」

「じゃあ春にも来ないとね~。蕾を見つけるのも楽しそう」

「そうですね。毎日こちらを通るのもいいかもしれません」

「だね~」

 

 二人の家から学校までの道は、終盤で二つに分かれる。片側はいつも通っている道で、こちらが最短距離。もう片側は、学校の近くにある山をぐるっと回る道で、その道中にこの公園がある。朝の登校時間を早めてこちらに来るもよし、帰り道を変えるのもよし。どちらにせよ楽しめるのは二人の中で確定していた。

 

「あっきーはそのっちをちょっと避け気味だよね~」

「そんなことはないです」

「そうかな?」

「……避けてるんじゃなくて、接し方が分からないだけです」

「似て非なるもの、か」

 

 気まずそうに視線を逸らす暁葉を、園子は何も責めることはなかった。彼氏が過去の自分相手に戸惑っていても、別段怒る気なんてない。園子と暁葉の出会いは、お役目が終わった後なのだ。人付き合いが決して得意ではない彼が戸惑うのも、おかしな話とも思えない。

 暁葉の手にそっと自分の手を乗せ、下がっている視界に映るように覗き込む。僅かに怯えを灯す瞳が、園子には愛らしく思えてふわりと微笑んだ。

 

「話して? いつもみたいに」

 

(いつも?)

 

 園子の柔らかい表情を見やりつつ、そのっちは聞こえてくる言葉を咀嚼していく。『いつも』それは二人の関係性に欠かせないもののはずだ。

 

「僕と園子さんがお会いしたのは去年です。僕が6年生になって、かなた姉さんから仕事を割り振られて。僕らは大赦で出会いました。だから、出会う前の園子さんとどう接したらいいか……」

「すぴー」

「……えぇ……」

「冗談だよ~。ふふっ、あっきーは真面目過ぎて不器用なだけなんよ」

「園子さんほど柔軟な人はいませんけどね」

「やった~。褒められちゃった~!」

 

 些細なことでも喜んでくれる。感情表現が豊かな園子に暁葉は惹かれている。好きな人の笑顔を見ていると、気持ちも楽になってくるものだ。大事なことではあるが、少しは肩の力を抜こうと息を吐く。

 

「あっきーのそういうとこ好きだよ」

「え? どういうことですか?」

「そこまでは教えな~い」

 

 『教えてほしい』という気持ちが暁葉とそのっちの中でシンクロした。暁葉は悟るのが苦手だし、そのっちは現在の目的がまさしくそれである。

 

「難しく考えなくていいんよ。出会う前の私でも、私は私だからね」

「それはそうですけど……いえ、わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして~」

 

 いったい何がわかったのか。暁葉は何を納得したのか。二人の中でのみ通じることには、園子の過去であるそのっちですら理解できない。

 その後は他愛のない会話が続いていくのだが、二人は楽しそうに話していた。園子が質問し、暁葉が答える。たまに共通の話題を出したり、逆に暁葉が聞いたり。そういうことはあれど、特別わかりやすいことは何一つなかった。

 

 だから、それがある種の答えだとも言える。

 明確なものではなく、積み重ねによって築かれた関係。

 それが暁葉と園子の絆となっている。

 

「そろそろ買い物に行って帰ろっか」

「足りてない食材ってありましたっけ?」

「今日はお客さんを招こうかな~って。ねー、そのっち?」

「え……」

「あ、あはは~。バレちゃった~」

「ふふふ~。まだまだ甘いんよ~」

 

 いったいいつから聞かれてたのだろうか。園子はいつから気づいていてそれを放置していたのだろうか。問い詰めたいこともできたが、園子の判断理由が分からないわけじゃない。そのっちの頬をつつく園子を見ながら、敵わないなと笑みをこぼす。

 

「ちなみにそっちにはかなりんとひなたんね」

「えっ!?」

「園子ちゃんには敵わないわね~」

「さすが若葉ちゃんの子孫です」

「……かなた姉さん。そのカメラは何ですか?」

「大切な瞬間を逃さないためのカメラよ」

 

 それ以上は聞かないことにした。なんとなく何を撮っていたのか分かったし、それを改めて言われるのは嫌だった。あとで中身を確認して恥ずかしいものがあれば消そうと暁葉は心に決める。

 

「そのっちの後ろの茂みにはミノさんとリトルわっしーで~。そのまた後ろにはわっしーとゆーゆ。あっちには部長といっつんとにぼっしーだよ」

「全部気づいてたんですか?」

「ミノさんとリトルわっしーは隠れてる時から。それ以外はさっき気づいただけだよ~」

 

 大したことでもないといった調子で話す園子だったが、こればっかりは「園子だし」という感覚で納得するものはいなかった。美森を除いて。

 気づかれたのなら仕方ないとして、隠れていたメンバーがぞろぞろと出てくる。せっかくの放課後デートは、また今度に改めるしかない。今回はそのっちの様子にも気づいていて、観察させたら分かってくれるかなぁという狙いもあったりしたのだから。

 

「そのっち何か分かった?」

「それが全然分からないんよ~」

「もう本人に聞くしかないんじゃないか?」

「銀、それはいくらなんでも──」

「そうする~」

「そのっち!?」

 

 須美が止める暇もなく園子に直接聞き始めた。

 

「暁葉先輩のどこを好きになったんですか?」

 

 周りの空気がピシッと張り詰める。乃木園子が乃木園子に彼氏の良さを聞く。その異様な光景は、下手な修羅場より混沌と化していた。最も息苦しそうなのは言うまでもなく暁葉で、その隣にいる園子は一番気楽に微笑んでいる。

 

「あっきーがあっきーだから好きなんよ」

「? 答えになってないですよ~?」

「私があっきーのことを識るまでに1年くらいかかったし、好きだなって自覚したのはそこから少し先。どこをって質問に答えるなら~、あっきーの心かな」

「心ですか?」

「うん。そのっちがあっきーに出会うのはまだ先だし、あっきーと過ごす時間の積み重ねこそ大切にしてほしい。私はそうやってこの気持ちを知ったから、そのっちにも同じ体験をしてほしいかな」

 

 園子の言葉をそのっちは反芻し、それが答えなのだとひとまず受け入れる。理解はできないし、納得もできていない。だけど、いずれそれが分かるというのなら、園子(自分)がそれを大切にと言うのなら、その時を待とうと思った。

 そのっちは軽くなった足取りで、ほっと息をついてる暁葉の前へと躍り出る。その軽やかさは、たしかに園子と同じもの。知らない時の園子でも、当然同じ人だ。

 

「暁葉先輩~。私のこと名前で呼んでくださいな?」

「分かりました園子様」

 

 そのっちの頬が瞬間で膨らんだ。機嫌を損ねたのは明白で、暁葉は困ったようにオロオロする。

 

「えっと、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「園子って呼び捨てでお願いしま~す」

「駄目!!」

 

 暖かく見守っていた園子が咄嗟に声を張る。

 

「園子って呼び捨てはそのっちでも譲らないよ。私がそう呼んでもらうんだから」

「でもでも~。暁葉先輩は園子先輩を敬ってますし、年下の私のほうが園子って呼びやすいと思うんですよ~」

「……あっきー」

 

 痛いところを突かれ、不安をその瞳に灯して暁葉を見やる。

 そのっちが言う通り、暁葉の性格上園子を呼び捨てにするには抵抗感が強い。あだ名で人を呼ぶこともない。そんな暁葉が同姓同名の人間相手に呼び方を変えるとなると、名前の後ろに何かをつけるか呼び捨てるかだ。そして『さん』は今園子につけられている。『様』を否定されると、残りも減るというもの。

 暁葉は不安になっている園子を安心させるため、重ねられている手を優しく握った。

 

「呼び捨ては園子さんの先約があるんです。僕もいずれ園子さんをそう呼びたいと思っています。だから、その要望を受け入れることはできません」

「じゃあなんて呼んでくれるんですか?」

「少し気恥ずかしいですが、園子ちゃんでよろしいですか? 様が駄目ならこれ以外思いつかないので」

「…………」

「そのっち?」

 

 胸に手を当て、静かになったそのっちを須美と銀が気にかける。僅かに伏せられた表情を見て、須美と銀は顔を見合わせて笑った。

 

「男の子から園子ちゃんって呼ばれたの初めてですよ。あはは、暁葉先輩に言われるとポヤンってする~」

「ポヤン? ……喜んでもらえたのなら何よりです」

「ところでかなたセンパーイ」

「どうされました?」

 

 話題をころっと変えられ、かなたはそのっちに視線を向ける。カメラはひなたに託された。

 

「ひなた先輩はご結婚されてるわけじゃないですか」

「歴史的にはそうですね。私もどんな方が相手なのか知らないですけど。若葉ちゃんですかね」

「……えっと、暁葉先輩は園子先輩がお相手なわけですし、かなた先輩にもいたりするんですか?」

「そうなんですかかなた姉さん?」

 

 姉のこととなり凄い食いつきを暁葉が見せる。クラスでよく見る反応だなぁと樹は慣れた様子でそれを眺め、かなたの答えに耳を傾ける。女子として気になる話だ。

 

「私は相手いないですよ? まぁ、この人ならいいかなって人はいますけど」

「どこの人ですか? 名前は?」

「あっきーは落ち着こうね~」

 

 コロコロと笑うかなたは、結局それが誰なのか話さなかった。

 

 

 




 そのっち「真相は迷宮入りなんよ」

 次回は若葉たちに来てもらいましょう。


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6話 どっちでしょうクイズ

 

 上里暁葉という少年は、姉である上里かなたのことを慕っている。姉としてこの上なく好いている。

 心境の変化で距離を取っていた時期でも、その呼び方は変わらなかった。猛反対されたというのもあるが、心のどこかで呼び方を変えずに済んだことに安堵していた。「かなた姉さん」という呼び方が変わらないものの、暁葉の口調は変わった。

 そうしないと距離を離せないと思っていたから。心には「姉が好き」という気持ちがあり、意識しなければ距離が戻ってしまう。自分への戒めも込め、暁葉は口調を変えたのだ。

 

 とはいえそれは既に過去の話。口調こそ癖づいて直らないが、暁葉とかなたの距離感は戻っている。

 そんな暁葉だからこそ、知らぬ間に姉が意識している男ができたことは大きな衝撃となった。完全に上の空となり、側に園子がいない時はとんでもないポンコツと成り果てている。数学の授業で化学式を書き、体育の授業で念仏を唱える程にポンコツだ。

 

「きゃっ!」

 

 廊下で壁に激突することもあるのだが、今回はクラス全員のプリントを職員室へと運んでいる途中、曲がり角で人とぶつかった。

 ポンコツと化した暁葉を、それでも園子が干渉せずに見守っていたのには理由がある。一つは、園子が側にいると元通りになること。もう一つは、直接誰かに迷惑をかけたら暁葉が元通りになることだ。今回のは後者に当たる。

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 上の空になっていた意識を戻した暁葉は、散らばったプリントを踏まないように注意しつつぶつかった相手に声をかける。

 ぶつかった相手は女の子で、彼女は尻餅をついていた。暁葉は手元に残っているプリントを片手で抱え持ち、空いた手を彼女へと伸ばす。

 そうしながら気づいたのだが、彼女は讃州中学の制服を着ていなかった。違う学校の制服。紺を基調として落ち着いた印象を与えるデザイン。初対面かと思いきや、暁葉はそうでもないなと頭を働かせる。

 

「ううん。私こそごめんね」

「……結城先輩?」

「ん?」

 

 初めて見る制服なのだが、それを着ている少女のことは初めてではない。暁葉の一つ上の先輩。園子と同じクラス。暁葉のクラスメイトである阿田和が敬愛する少女。

 

「その制服……新しい制服の試着ですか?」

「へ? ううん。私の制服だよ?」

「え?」

 

 暁葉にお礼を言いながら手を取って立ち上がった彼女は暁葉の言葉を否定する。嘘などついてない。嘘が得意ではない性格だということも暁葉は知っている。だから混乱した。

 

「うーん? あ、プリントが散らばってるね! ごめんね!」

 

 忙しなくリアクションする彼女は、慌てた様子で落ちているプリントを集めていく。混乱していた暁葉も、それを見てプリント回収を始めた。元々そう多くない枚数が落ちていたことと、二人で協力したこともあってプリントはすぐに集まる。集めたプリントを彼女は柔らかな微笑みと共に渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

「ううん。私がぶつかっちゃったからだもん。……んー?」

「あの、どうかされました?」

「誰かに似てるような……」

 

 暁葉の瞳を覗き見るために距離を詰める。自分の瞳とは色素が違う赤い瞳に既視感を抱くも、なかなか答えに至ることができない。ハッキリしないモヤモヤを抱え、彼女は小首を傾げる。

 あまりにも近い距離。鼻が当たりそうなほどに近く、暁葉が一歩後退しても下がった分だけ詰められる。異性相手にここまで近い距離になるなど、身内を除けばそれこそ園子だけ。吐息が唇に触れるだけで暁葉は顔が赤くなっていく。

 

「あれ、大丈夫? 顔が赤いよ? 熱かな」

 

 少しひんやりした手が額に当てられる。風邪じゃなさそうだけど、と呟く彼女に暁葉はなんとか言葉を返した。

 

「あの、近いです」

「え? …………わ。ご、ごめんね!」

 

 彼女は決して異性に慣れているわけじゃない。心配やら興味が先行すると他の事が抜け落ちてしまうだけだ。

 暁葉に指摘され、自分の視界いっぱいに異性の顔が映っていることをようやく認識する。背中を軽く押されるだけでキスしてしまいそうな距離。思い出したように恥ずかしさがこみ上げ、自分の髪や瞳に負けぬほど顔を赤くして暁葉から慌てて距離を取った。勢いが良すぎて廊下の壁に後頭部をぶつける。鈍く重い音が暁葉にもはっきり聞こえた。

 

「いったぁぁ~」

「大丈夫ですか?」

「なんとか……」

 

 痛みに耐えて息を吐く彼女を心配していると、廊下をパタパタ走ってくる音が聞こえてきた。誰が走ってきているのだろうとそちらに目を向け、暁葉はガチリと動きと思考が同時に停止した。

 

「ここにいたんだ~。見つかって良かったよ~! あ、上里くんだ。こんにちは!」

「…………」

「あれ? どうしたの? おーい!」

「え、あっ! すみません」

 

 目の前で手をブンブン振られて意識を戻す。どうかしたの、と首を傾げるのは赤い髪で赤い瞳をした天真爛漫な少女結城友奈。彼女の笑顔は老若男女問わず人気があり、見たものは皆元気が貰えると口にする。

 

 暁葉は大いに混乱した。今走ってきたのは結城友奈だ。讃州中学の制服を着ている。暁葉がさっきまで話していた少女は、結城友奈とそっくりだ。うり二つ。双子と言われれば全員が信じるレベルで似てる。身長や顔立ちといった容姿だけでなく声もそっくりで話し方も同じ。制服が違うから別人、という判断の仕方しか暁葉はできていない。

 

「あの……なぜ結城先輩がお二人?」

「あはは、違うよ~。私もびっくりしちゃったけど、この人は高嶋友奈ちゃん! ひなちゃんと同じ時代の勇者さんだよ!」

「初めまして高嶋友奈です! 私も来たときは結城ちゃんを見てびっくりしたよ~。あれ!? 私がいる!! ってなっちゃった。今はもう仲良しさんだよ」 

「ね~!」

 

 二人で手を取り合って盛り上がる友奈ズ。それを暁葉はポカンと口を開けて眺めていた。

 こんな事があるのだろうか。現実のものとなっているからあるわけだが、ここまでそっくりとか生まれ変われ説を信じたくなる。世界には自分と似た人が三人いるという話も昔はあったらしいのだが、四国内だけでそれが起きるとか誰が予想しただろう。

 

「えーっと、また新たな勇者様が来てくださったということでいいんですよね?」

「そうだね。私とぐんちゃんと若葉ちゃんとタマちゃんとアンちゃん! みんな凄いんだよ! グァーだよ!」

「なるほど。心強い方々が来てくださったんですね」

「通じた!」

 

 園子の独創的な感覚についていけるようになった暁葉にとって、説明中の効果音で察することなど造作もないのだ。

 

「あ、そうだ」

 

 何かを思いついた高嶋が結城に耳打ちする。少しくすぐったそうにしながら耳を傾けた結城は、うんうんと頷いてにっこり笑う。何か企んでるのかなって眺めていると、二人は手を重ねてその場でグルグル回り始める。後ろに短く纏められた髪も楽しそうに踊る。それが二房。

 赤子をあやすのに役立ちそうとか思っていたら動きが止まった。失礼なことを考えてしまったことに気づかれたのかと緊張するも、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 

「「どっちがどっちでしょう!」」

「……えぇ……」

 

 にこにこと屈託のない笑みと赤い双眸が二つ。それを一身に受ける暁葉は困惑した。何か期待してるようなキラキラとした瞳。自作のなぞなぞを問いかける幼子のようだ。

 それが余計に暁葉を悩ませる。答えを当てるのか。それともわざと間違えたほうがいいのか。

 ひとまず悩むフリをして二人の様子を窺う。動きを止めた姿勢のまま暁葉の回答を待機している。その純粋さに応えることにした。

 

「私から見て左側が結城先輩。右が高嶋先輩です」

「すごーい! 正解だよ!」

「まだまだ回りたりなかったかなー?」

 

 わざと間違えるほうが失礼な気がした。

 その選択は間違っていなかったようで、二人は当てられても大はしゃぎ。それを見て暁葉はほっと一安心した。

 

「なんで分かったの?」

「いえ、制服が変わってませんし」

「……それもそうだね!」

「じゃあ制服を入れ替えたら分からなくなるのかな!」

「ちょっと待っててね」

「え?」

 

 友奈ズが近くの空き教室の中に入る。廊下に残されること数分。中から聞こえてくる会話を聞き流しながら窓の外を眺める。

 

『制服どうかな? 似合ってる?』

『バッチリだよ! そうだ! 写真撮ろうよ!』

『いいね!』

 

 なぜ待たされてるのだろうと思わなくもないが、これが嫌なわけでもない。友奈たちの人柄がそう思わせる。

 

「お待たせ~!」

「ごめんね。盛り上がっちゃった」

 

 弾んだ声と共に二人が廊下へと出てくる。制服を交換したのか、それとも一度着替えてから元に戻したのか。どっちだろうかと一回悩み、制服交換したままだなと髪留めで判断する。

 

「プリントを持って行ってる途中だったよね。邪魔しちゃってごめんね」

「いえ。急ぎというわけでもないので」

「優しいね。結城ちゃん。職員室までついて行っていいかな?」

「いいよ。私もそうしようと思ってたし。遅くなっちゃったのは私のせいだから、先生にも謝ろうと思ってたんだ!」

「結城ちゃんのせいじゃないよ」

「お二人のせいでもないですよ。私がぼうっとしていたのが原因ですから」

「「いやいや」」

 

 君は悪くない、というやり取りが10分近くループし続ける。現場に遭遇した夏凜が「長いわ!」とツッコミを入れてループが終わり、職員室へと送り出される。

 

「そういえば名前を聞いてなかったね」

「そうでした。遅くなってしまいましたが、1年生の上里暁葉です。上里かなたの弟で、上里ひなたの子孫に当たります」

「やっぱりそうなんだ! 似てるな~って思ってて、さっき結城ちゃんが上里くんって呼んでたからもしかしてって思ってたんだよね~。ひなちゃんも弟ができたって言ってたし、暁葉くんのことだよね?」

 

 この世界に呼ばれ、先に来ていたひなたから情報を提供してもらった高嶋たちは、その情報の中の「弟ができた」というよくわからないものまで聞かされていた。勇者部たちは苦笑し、ひなたの幼馴染である若葉は誰よりも動揺した。二人の園子は目を輝かせてメモを取った。

 高嶋のその話を肯定し、暁葉もひなたのことを「ひなた姉さん」と呼んでいるという話をする。ひとりっ子である高嶋は、それを聞いて羨ましがった。

 

「うーん、私の子孫とかもいるのかな? いるなら私は結婚したってわけだよね」

「そうなりますね」

 

 暁葉はその辺りの話を具体的にはしたくなかった。おそらくかなたも同じ思いだろう。上里家と乃木家は明確にひなたと若葉の血筋である。だからこそ大赦の中でも最も発言力が大きい。そして、家が持つ資料もまた多い。

 初代勇者たちの家名は今も残っている。後の時代に功績を残した家を含め、名家として知られている。だが、直接その血が残っているのは、初代勇者の中では上里と乃木だけだと暁葉は記憶している。そういう暗い話はしたくない。

 

「ひなちゃんと若葉ちゃんはどんな人が相手だったんだろ」

「高嶋先輩はどんな人が二人に合うと思いますか?」 

「そうだなー。若葉ちゃんはキリリッて感じだし、時々抜けてるからひなちゃんみたいな人がいいかも」

「ではひなた姉さんは?」

「ひなちゃんはお母さんって感じ強いから~、若葉ちゃんみたいに引っ張ってくれる人がいいんじゃないかな!」

「ベストパートナーが既にいた」

「あはは、でも全然知らない私から見てもそんな感じだったよ。園ちゃんと上里くんみたいにね!」

 

 園子の隣りに立つにはまだまだですよと話す暁葉に、だから園子は好きになったのかなぁとなんとなく結城は感じ取る。

 

 園子は親友が認める天才で、弱点らしい弱点が見当たらない。初めてやることでも、少し練習すれば一級品。勉学も難なくこなし、その豊かな想像力と発想力は創作活動に存分に活かされている。そこに勘の鋭さまであって、本気を出した園子には誰も敵わないのだろうと思わされる。

 それでも愛嬌はあるし、ズレてるところも園子らしさだ。勇者部は皆そう思って受け入れているし、暁葉も正面から受け止めている。

 

「失礼します──」

 

 職員室へと入り、プリントを担任に提出する。友奈ズがついて来ていることを聞かれ、それを高嶋が答える。そのやり取りも手短に終わり、三人は職員室を後にした。

 

「暁葉くんはこの後どうするの?」

「部活に行きますよ」

「そうなんだ。うーん……明日でもいいのかな」

「何がですか?」

「勇者部じゃないっていうのは聞いてるけど、関係者でもあるわけでしょ? 他のみんなと一度顔合わせしてもいいんじゃないかなって。若葉ちゃんとか」

 

 それはたしかにそうだ。暁葉は別段この世界での勇者たちの活動に関わるわけではない。しかしそれはあくまで現状の話。大赦の一員であることに変わりはなく、状況が変われば役割ができる可能性もある。勇者が増えたのなら、その勇者たちの顔と名前を覚えておく必要がある。

 

 それとは別として、特に若葉とは会うべきだと暁葉は考えている。

 園子の先祖なのだから。

 





 次回「お父さん園子さんを僕にください!」(嘘)


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