ハイスクールD×D 黒龍伝説 (ユキアン)
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1話

匙を主人公にしてみようと考えたら、意外にも簡単だった


 

「情報通りだな」

 

監視していた家から女性が家から出てくる。念のための細工を女性に施してから気付かれない様に後を追いかける。しばらく追跡していると、町外れの廃墟に女性が入っていく。ここに何かがいるのだろう。追いかけようとした所でオレが通う学園の生徒会の人達が現れる。

 

「まさかあの人達が?」

 

オレは女性に施しておいた細工と同じ力を使って廃墟の中を覗く。廃墟の中ではオレが付けていた女性を盾の様にしている男とそれに対峙する生徒会の人達がいた。つまり生徒会の人達もオレと同じ側の者だと思えば良いのか。

 

「まずい、ラインよ!!」

 

女性を盾にしていた男は自分を囮にして背後から蝙蝠達で襲わせようとしていた。オレは覗き見に使っていた黒いラインの先端を尖らせて蝙蝠を貫かせながらオレの方からも新しく30のラインを伸ばす。その内25を生徒会の人達を守る様に配置し、残りの5を女性を盾にしている男に向ける。オレ自身もラインを操る精度を上げる為に廃墟に突入する。

 

「学園の制服!?」

 

「余所見をするな!!」

 

オレが現れた事でまた生徒会の人達の動きが止まり、蝙蝠達が隙を突こうとする。守りに付かせていた25のラインの幅を最大にまでしてドーム状にして防ぐ。ついで男に向けていた5のラインを接続し一気に魔力を引き抜く。急激な魔力の減少による虚脱感によって体勢が崩れた男の顔面に蹴りを入れる。気を失うまで全力で蹴りを入れながら、ラインによって体力や生命力を奪い続ける。

 

「ちっ、予想以上にしぶといな」

 

2分程蹴り続けてようやく男が落ち、生徒会の人達をラインのドームから解放する。

 

「貴方は何者なんですか?」

 

ドームを解放した生徒会の人達の中から一人が一歩前に出てオレに問いかけてきた。

 

「駒王学園1年匙元士郎です、支取会長」

 

防御に使っていた25のラインは戻さずに影に潜ませながら、追加で透明なラインを10追加で展開する。透明な内の3はオレの防御用に、残りは生徒会の人達に接続しておく。

 

「こちらのことは知っている様ですね。表の方は」

 

「表か。確かにそうだな。会長とこの男は同類、生徒会の他の人は近いけど違う」

 

オレの言葉に全員が驚くも会長と副会長以外は戦闘態勢を取らない。甘い、甘すぎる。オレは敵ではないと確定していないのだ。それどころかオレはまだラインを展開しているのだ。戦闘態勢を取る事は無礼と取られる事はない。

 

「貴方のバックには誰かいるのですか?」

 

「それを正直に話すとでも?」

 

ようやく生徒会の全員が戦闘態勢をとります。まあ、それも意味をなくすがな。

 

「と、言いたい所ですが、オレはこの娘の妹に頼まれて来ただけですよ。最近、姉の様子がおかしくて、日常的に暴力を振るうどころか昨日から異常な怪力を見せ始めたって。それだけですよ」

 

そう言って見えるラインを全て回収して敵意がない事を見せる為に両手を挙げる。

 

「先程から素直に質問に答えている訳ですが、一つだけ聞かせてもらえますか?」

 

「なんでしょう?」

 

「会長達は一体何なんです?こいつみたいなのは今までにも数回戦ってますけど、まともに会話も出来ない奴ばっかだったものでさっぱり分からないんですけど」

 

「知らずに戦っていたのですか!?まさか神器の事も?」

 

「神器?」

 

「貴方が使っている黒い物の総称です。詳しい名前まではちゃんと調べない事には分かりませんが、神器で間違いないでしょう」

 

「なるほど。それで、オレの質問の方は?」

 

「そうですね、率直に答えましょう。私達は悪魔です」

 

そう言って生徒会の人達に蝙蝠の様な羽が現れる。あ~、さすがにちょっと予想外だったな。

 

 

 

 

 

 

翌日、オレは生徒会室に呼び出され、詳しい説明を受ける事になった。意外とめんどくさいことが判明したが、会長は真摯に事細かに説明してくれた。そして最後に眷属に、転生悪魔にならないかと問われた。オレは答えを保留してもらい、会長の人となりを知る為に生徒会への所属を願い出た。結果、オレは庶務として生徒会に所属する事になる。

 

生徒会に所属する事になったオレは、生徒会の仕事を教えられながら会長や副会長の悪魔の仕事に付き添って見学や補助を行わさせてもらっている。たまにあるはぐれ悪魔の討伐は黒い龍脈のラインがギリギリ届く位置からの覗き見だけしかさせて貰えない。さすがに偶発的な戦闘ならともかく、眷属ではない者を連れて行く事は出来ないと言われれば素直に下がるしかない。たまに手を出したくなる様な事体に陥っているが、歯を食いしばって我慢する。戦闘が終わった後に黒い龍脈の力を応用して治療を行うのは許されている。

 

オレの持つ神器、黒い龍脈はラインを接続する事で接続対象から力を吸い取る事の出来る神器らしいのだが、オレが昔から色々と使い込んでいる所為で吸い取る物を選択出来る上にラインをオレから切り離して別の対象に繋げる事も可能で、不可視化やラインの本数、ラインと視覚の共有や吸い取った物を蓄えておく能力など資料外の性能がごろごろと判明している。それも仕方のない事だろう。黒い龍脈はオレだけの神器じゃないからな。

 

そしてしばらく時が経ち、2年へと進級したすぐ位に隣のクラスの兵藤が堕天使に殺され、会長と同じく悪魔であるリアス・グレモリー先輩によって転生悪魔となったそうだ。そして、堕天使に関してはグレモリー先輩達、オカルト研究会が対応することになった。することになったのだが、この場合は不可抗力だよな。

 

「死んでもらうっす!!」

 

「甘えよ」

 

生徒会の仕事を終えて帰宅する途中にゴスロリ服の堕天使に襲われた。まあ、最初の軽い会話の内にラインを接続しておいたので一気に光力を引き抜いてダウンさせる。そのまま軽く記憶を漁らせてもらう。こいつらの目的が分かればこれ以上の被害者を防げるからな。

 

「ちっ、まずいな」

 

携帯を取り出して会長に連絡を取る。

 

『どうしましたか、匙』

 

「帰宅中に堕天使に襲われましたので正当防衛で気絶させてます。ついでに記憶を少し漁ったんですが、奴らの目的が判明しました。グレモリー先輩から伝わってきていた兵藤が接触したシスター、彼女から聖母の微笑みを抜き取る事です。その儀式がもうすぐ始まるみたいです」

 

『……少し待って、いえ、場所は分かっていますか?』

 

「町外れの廃教会です」

 

『では、そちらに向かって下さい。ただし、突入はしない様に。指示があるまで隠れていて下さい』

 

「了解しました」

 

まずは目の前の堕天使から情報を更に抜き出す事にする。抱きかかえてベンチに寝かせて、ラインを接続し直す。ほぅ、かなり上の方の堕天使に気に入られているのか。なら、殺すのは無しだな。貸しにしておけば良いだろう。だがオレの事を覚えていてもらっては困るからな。オレに関する記憶だけは完全に吸い取らせてもらう。それから、駒王での出来事の曖昧にしておくか。最後に駒王からすぐに離れる様にメモを置いておけば良いだろう。

 

そして廃教会に向かう前に、姿を見られても問題無い様に制服を脱いで黒いTシャツに着替え、ゴーグルとマフラーで顔を隠す。次いで、ラインを周囲の家の屋根へと伸ばして手繰り寄せながら跳躍する。着地せずに次の屋根へとラインを伸ばして空を駆ける。

 

廃教会に到着したオレは少し離れた位置から慎重に不可視状態のラインを廃教会へと伸ばし、中の様子を監視する。地上の教会部分には神父服を着た男が一人だけで、残りは地下にいるようだ。男にラインを接続して更に地下へとラインを伸ばす。地下にはかなりの人数のはぐれエクソシスト、それに翼の数から中級だと思われる堕天使が一人、そして十字架に張り付けにされているシスターが一人。

 

オレは儀式に使われている呪具にラインを接続して注ぎ込まれる光力を怪しまれない程度に吸い上げる。これで少しは時間が稼げるはずだ。しばらくすると、廃教会の前に兵藤がやってくる。それに続いて木場と塔城さんも追い付き、兵藤に何かを話している。そしてオレにも会長から電話がかかってくる。

 

『匙、貴方にはオカルト研究会の三人の援護を行ってもらいます。私達はすぐにそちらに向かう事は出来ませんが、後ほど合流します』

 

「優先目標は?」

 

『シスターの保護を。ついで主犯格の堕天使の確保、無理なら処分を』

 

「了解しました」

 

電話を終えたオレは物陰から姿を現し、オカルト研究会のメンバーの元へと向かう。

 

「誰だ!?」

 

兵藤がオレに気付いて構える。木場と塔城さんも構えをとる。ああ、そうか、顔を隠していたな。マフラーとゴーグルを外して顔を見せる。

 

「生徒会庶務の匙元士郎だ。援軍に来た」

 

「悪魔じゃないのにかい?」

 

「問題無い。オレの神器は特別だからな。こんな風に」

 

呪具に溜まっている光力を全て吸い上げてみせる。そうすることによってオレの身体に光力が入り込む。

 

「「「っ!?」」」

 

オレが光力を得た事で三人が一歩下がる。

 

「それに戦いにも慣れている。オレだけでも対処は可能だが、オレも会長からの命令があるからな。主犯の堕天使を確実に捕縛する必要がある」

 

「分かったよ。リアス部長からも生徒会からの援軍があるとは聞いているから」

 

「なら、行こう」

 

光力で強化した肉体で教会の扉を蹴り開ける。

 

「おやおやぁ~、悪魔さんご一行に」

 

下品そうな笑みで何かを言おうとしたはぐれ神父に接続していたラインではぐれエクソシストの血中酸素を吸い取らせて一気に落とす。いきなり倒れたはぐれエクソシストにオカ研の三人が驚いているが説明はしない。

 

「こっちだ」

 

ラインのおかげで迷うことなく地下への道を案内する。

 

「なあ、匙。なんでそっちだって分かるんだ?」

 

「神器で偵察は終わっている。優先目標のシスターの為に儀式の妨害も既に終わらせてある。神器の特性を良く理解した上で使いこなせば簡単な事だ。止まれ。扉の向こうで敵が構えている。此所から無力化する」

 

扉の向こうで銃を構えている奴らを上で倒れているはぐれエクソシストと同じくラインを接続して血中酸素を吸い上げて無力化する。件の堕天使が驚いているのが手に取る様に分かる。

 

「制圧完了だ。行くぞ」

 

教会の入り口と同じ様に扉を蹴り開けて中に入る。同時に光力で作られた槍が飛んでくるのをラインを壁にして防ぐ。

 

「ばかな、私の槍が」

 

「ああ、兵藤。シスターを助けるのは少し待て。すぐにこの堕天使を捕縛するから」

 

「たかが人間風情が舐めるな!!」

 

「いや、遅いから」

 

はぐれエクソシストにラインを接続した時に、ついでにこの堕天使にもラインを3程仕込んでおいた。

 

「ラインよ!!」

 

見せる様に新たに3のラインを堕天使に伸ばしながら仕込んでおいた不可視のラインで動きを封じ、新たなラインを接続し光力を全て抜き取る。そのまま見える方のラインで簀巻きにして転がしておく。ついでに無力化したはぐれエクソシストも全員簀巻きにしておくか。ついでに光剣と銃を貰っとこう。

 

「兵藤、そっちは終わったか?」

 

「ああ、アーシアも気を失ってるだけだ」

 

「なら、とっとと離れ、るのはまずいな。他にも敵が居るかもしれないからな。しばらくは待機だな」

 

しばらく待っているとグレモリー先輩と姫島先輩と生徒会のメンバーが集る。

 

「無事の様ですね」

 

「そちらこそ大丈夫でしたか?」

 

「ええ、問題ありません。匙、報告を」

 

「神器持ちのシスターは無事に保護、主犯と思われる堕天使はそこに転がってます。堕天使の配下のはぐれエクソシストも全員拘束。負傷者0です」

 

「そちらも問題無かった様ですね」

 

「はい。それでオレ達はどうします?思っていたよりも数が多いんですが」

 

簀巻きにしているはぐれエクソシストを指差して尋ねる。

 

「そうですね、リアス、私達はこちらをどうにかしておきます。堕天使の方は任せます」

 

「ええ、ありがとうソーナ。それから匙君だったかしら、貴方もありがとう」

 

「いえ、大した事じゃありませんから」

 

グレモリー先輩からのお礼の言葉を受け取り、簀巻き状態のはぐれエクソシストを引きずっていく。

 

「匙!!」

 

階段を数段上った所で後ろの方から声をかけられる。オレはそれに振り返らずに答える。

 

「なんだ、兵藤?」

 

「その、今までお前の事を悪く思ってたけど今回は助かった。ありがとう!!」

 

「感謝するなら覗きを止めろ。特に壁に穴を開けたり、カメラを仕掛けたりするのを。修理や駆除をするのも面倒なんだよ」

 

「お前が邪魔してたのかよ!?」

 

「学園での面倒事の大半はオレが処理してるんだよ。手間をかけさせるな。まあ、今回みたいに荒事で助けが欲しいなら言って来い。手があいてたら助けてやるよ」

 

ひらひらと手を振って階段を再び上っていく。これで少しは修理が減れば良いんだけどな。まあ、無理だろうな。

 



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2話

火災報知機の反応が携帯に届いたオレは急いで消火器を確保して現場に向かう。向かう先はオカルト研究会の部室。来客名簿には一人だけ記入があったが、明らかに感じる魔力は一人多い。あと、シャレにならない位強いのが一人居る。オレの生存本能がビンビンと反応している。

 

それとは別に感じた事がない魔力が一人居る。たぶん、そいつが火を出しやがったな。オレはオカルト研究会の部室の扉を蹴り開けると同時に魔力で強化した消火器を原因に放射する。

 

「こらっ!!校舎内で結界も張らずに火を使ってるんじゃねぇ!!火災報知器が反応しただろうが!!」

 

「いきなりやってきたと思ったら最初の言葉がそれ!?」

 

グレモリー先輩から苦情を貰うが関係ない。

 

「最近管理する範囲が増えたんですよ。外部からの対応も任されていますんで。それで、そこの不法侵入者はなんなんですか?火まで使って」

 

消火剤まみれになっている悪魔を指差す。こっそりと見えないラインを繋げるのも忘れずに警戒だけはしておく。

 

「き、貴様!!たかが人間ごときが!!」

 

魔力の高まりを感じて即座に廊下においてあった消火器をラインで引っぱり、目の前の悪魔から魔力を奪いながら、その魔力で限界まで強化した消火器をもう一度顔面に向けて放射する。それでもしつこく炎を出そうとするので空になっている一本目の消火器をラインで掴んで頭に叩き込む。

 

ついでに見えるラインを30本程繋げて一気に魔力を奪っていく。消火剤がなくなりかければラインを伸ばして旧校舎にある消火器をかき集めて継続的に放射し続ける。3本目を使い始めた所でグレモリー先輩達は避難しているので容赦なく消火剤の放射と魔力の強奪と頭部への攻撃を続ける。

 

5本目を使い終えた頃にようやく抵抗がなくなったので消火器の放射を止めて、不法侵入の悪魔を窓から学園の外に向かって投げ捨てる。

 

その後、部室内の掃除とあの悪魔が燃やした部分を魔力で修繕し終える頃にグレモリー先輩達が部室に戻ってくる。

 

「匙、ライザーはどうしたの?」

 

「あの悪魔ならムダに抵抗を続けたんで魔力をごっそり抜き取って消火器で殴りまくって気絶させた後に窓から投げ捨てましたよ」

 

「「「「投げ捨てた!?」」」」

 

グレモリー先輩達と来客名簿にグレイフィア・ルキフグスと書かれている銀髪の女性が驚いているが何かおかしかっただろうか?

 

「学園への不法侵入に器物破損、殺人未遂ということを考えれば甘い対応だと思いますが?」

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「それもありますが、ライザー様を気絶させたと言うのは本当でしょうか?」

 

ルキフグスさんがオレに尋ねてくる。はて、一体どういうことだ?

 

「何か問題が?」

 

「いえ、ライザー様はフェニックスですので、周りに被害も出さずに気絶させたと言うのが腑に落ちない物で」

 

「たぶん、魔力を吸い上げ過ぎた所為かと。はぐれ悪魔もよくそれで気絶しますから」

 

「はぐれならともかく上級悪魔でフェニックスのライザー様がその程度で気絶をする物なのでしょうか?」

 

「そう言われましても、ああ、なら実演してみましょうか?吸い上げた魔力もすぐにお返し出来ますので」

 

ラインを軽く伸ばして見せてみる。

 

「そうですね。では、お願いしてみましょうか」

 

許可を貰ったのでライザーと呼ばれている悪魔の時と同じ様に30本のラインをルキフグスさんに繋げる。そして、繋げた時点で完全に悟る。絶対に敵に回してはいけないと。

 

「それでは5秒だけやらせて頂きます」

 

「っ、なるほど」

 

宣言通り5秒だけ魔力を吸い上げる。無論全力でだ。吸い上げられる感覚が初めてなのか最初だけは顔を顰めていたが、普通に納得されるだけに終わった。まあ5秒だけだし、ラインも30本だけだし。

 

「では、お返しします」

 

吸い上げた分はオレにまで吸収せずにそのままライン内に蓄えてあるので、それをそのまま返す。

 

「確かに。申し遅れましたが、私はグレモリー家のメイドを勤めておりますグレイフィア・ルキフグスと申します」

 

「駒王学園2年生徒会庶務の匙元士郎です」

 

「生徒会?ですが、人間の様ですが」

 

「会長には無理を言って人間のままで見学などをさせて頂いております」

 

転生悪魔になるにはかまわない。だけどギリギリまでは人間としていたい。それは感情面の事でもあるが、実利的な面も含まれる。死体が綺麗に残せるのなら、命すらも戦いの道具に出来るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「すみません会長、ご迷惑をおかけして」

 

「まあ、やり過ぎとまでは言いませんがベストでもベターでもありませんでしたからね」

 

先日訪れていた悪魔ライザー・フェニックスはグレモリー先輩の婚約者であるのだが、グレモリー先輩がその軟派な性格を嫌い完全に拒絶しているのだがそれを考えない頭の軽い存在らしい。また、結婚に関してもグレモリー先輩が大学を卒業するまでは行われないはずだったのだが、それを強行してきていた為に話が面倒な方向に流れ始めた所でオレが乱入したらしい。

 

元々の予定ではルキフグスさんがグレモリー家とフェニックス家の方で決まったレーティングゲームの結果によって話をつける事になったと説明するはずだったそうだ。

 

で、結局レーティングゲームが行われる事になったのだがライザー・フェニックスのご指名でオレもグレモリー先輩側で参加する事になってしまったのだ。虚仮にされたからだろうな。

 

そして会長の方にも話が通っていたのか生徒会室に入った途端に溜息をつかれ、冒頭に戻る。

 

「まあそんな事情がありまして明日から十日程学園の方を休む事になります。グレモリー先輩達が合宿を行うのでそれに参加する様にとルキフグスさんからも言われていますので」

 

「ええ、リアスから聞いています。無理だけはしない様に」

 

「了解です」

 

「ああ、それと当日は私達も観戦に招待されていますので」

 

「ますます下手な場面を見せれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

リザインを宣言しようとするグレモリー先輩の口をラインを使って塞ぐ。

 

「勝手にリザインされては困るんですよ、グレモリー先輩」

 

拾ってきた消火器の安全ピンを抜きながら屋上に足を踏み入れる。

 

「ほう、ようやくのお出ましか。ビビって逃げたのかと思ったぞ」

 

「はっ、誰が逃げるかよ。文句も言えない位に圧勝する為の準備をしてきただけだよ」

 

「人間風情がいつまでもデカイ口が叩けると思うなよ!!」

 

「その人間風情に消火剤まみれで気絶させられて投げ捨てられたのは何処のどいつだったっけな?」

 

オレの挑発にライザーの顔が真っ赤になり、掴んでいた兵藤を投げ捨てる。

 

「まあ、待てよ。お前に圧勝する為に準備をしてきたと言っただろう。何もしないからアレを見てみろよ」

 

そう言って校庭を指差す。無論、何もしないはずもなく透明なラインを少しずつライザーに接続していく。

 

「なっ!?」

 

ライザーの視線の先にはまだリタイアしていないライザーの眷属がラインの柱に張り付けにされている。

 

「貴様、オレの眷属に何をした!!」

 

「ほい、隙あり」

 

振り向いたライザーの顔面に魔力で強化した消火器を放射する。今回は中身が無くなるまで放射する様な事はなく、ちょっとだけ怯ませる為に放射する。

 

「何もしないと言っておいてだまし討ちか!!」

 

「失礼な。見ている間は手を出していないだろうが。それに今はゲーム中だ。話術も詐術も立派な戦術であり武器だ。無論、消火器も。ああ、そうそうお前の眷属だけどな、リタイアにならないギリギリのラインで生命力や魔力を吸い上げ続けさせてもらってる。オレは人間だから魔力を持ってないからな」

 

説明をしながらも見えるラインを校舎を一周させてライザーの背後から接続する。ライザーの視線は消火器に釘付けになっており、オレの影から新たに伸びるラインに気付く様子はない。

 

「人間風情がオレの眷属を魔力タンクにするだと!!」

 

「人間だからこそだ!!」

 

オレの大声にライザーとグレモリー先輩が驚く。

 

「オレは人間だ。弱い、弱い人間だ。下級の転生悪魔と比べても劣る力と耐久力、魔力なども持たない。だがな、そんな弱い人間がこの世界において生物の頂点に立っているんだよ。爪も牙も持たない人間は、まず道具を産み出した。道具を使って罠を作り、群れを増やして数の暴力を、それを覆す為に他の動物を調教して配下に、そしてどうすれば自分たちの被害を減らして多くの敵を倒せるかと戦術を編み出してきた」

 

舞台の上に立つ役者の様に大きく身体を動かしながら注意を集める。足下では更に多くのラインを屋上周辺に配置する。準備を進める為にライザーからまともな思考を奪う為に嘲笑う。

 

「自分に足りない物を外部から賄う事の何処が悪い?そもそもお前達悪魔は危機感が薄い。特にお前はそうだよ、ライザー。不死という特性にあぐらを掻いて必死になった事などないんだろう。見てれば分かるんだよ、お前は不死と言う特性と上級悪魔の魔力以外は平凡な男だよ」

 

「このオレが平凡だと?」

 

「平凡だよ。いや、自分を磨こうともしない男などそれ以下か」

 

「そういう貴様はどうだというんだ?」

 

「オレは普通以下だよ。どれだけ自分を磨いた所で普通以上になる事はないし、なりたくもない。オレの目的は生きる事のみ。その為ならどんな汚い手でも使う!!泥を啜ってでも生き残る!!生きると言う意味を理解出来ない貴様に、オレは負けない!!」

 

同時に準備が終わったラインを一斉にライザーに向けて伸ばす。瞬時に炎でラインを焼き切ろうとするライザーから既に背中に接続しているラインから魔力を吸い上げて不発させ、束ねて強度を増したラインで身体を拘束、そのままエビぞりにしていく。それでもなんとかしようと身体から炎が上がるのを魔力で強化した消火器で消火しながら、空になればそれをラインに持たせて殴りつけ、学園中からかき集めた消火器を次々消費していく。そして、骨が折れる嫌な音が響き、ライザーの身体が消える。

 

『ライザー・フェニックス様のリタイアを確認。このゲーム、リアス・グレモリー様の勝利となります』

 

 

 

 

 

 

ゲーム終了後、オレは会長に呼ばれて生徒会室に向かう。ノックをすると中から声がかかるので扉を開ける。

 

「失礼します。何かありましたか?」

 

生徒会室には会長だけがいつも通りにイスに座っている。

 

「ゲーム中に少し気になる事があったので、それの確認をと思いまして」

 

「確認ですか?」

 

「ええ。その為に最初に謝らなければならない事があります」

 

「謝る事?っ、オレの過去の事ですか」

 

確信を持って尋ねると会長は申し訳なさそうに首を縦に振る。

 

「知っているのは私だけですし、そこまで詳しい事までは調べていません」

 

「何処まで、知っていますか」

 

「虐待を受けていた事と、妹さんを亡くされている事です。ゲーム終盤に言っていた生きる事が目的と言うのは」

 

「たぶん、大体は会長が予想している物です。オレから言えるのはそれだけです」

 

「いえ、思い出したくもない事を思い出させて、こちらの方こそごめんなさい。それで本題に入るのですが、本当に転生悪魔になっても良いのですか?」

 

「そこは問題ありません。生きる為に人間と言う種族を捨てた所でオレはオレと言う個人ですから。ただ、転生のメリットを存分に使おうかと思っています」

 

「……人間としての命すらも道具として扱う気なのですか」

 

「……会長、最近の駒王は明らかに異常です。はぐれの噂が多く聞こえてきていたり、先の堕天使の事件、何か嫌な予感がするんですよ」

 

「嫌な予感ですか?」

 

「オレの気のせいなら良いんですが、それでも保険が欲しい所なんです」

 

「それが自分の命ですか」

 

「実際、会長が観戦に来ていなかったのならゲームの方もライザーの前に姿を見せるなんて危険な事は一切するつもりはなかったんですよ。いくらリタイア転送機能があるとは言え、人間であるオレが耐えれるかどうかなんて分からないですから。それにあんな短時間でも軽い脱水症状になる位ですから」

 

「大丈夫なのですか?」

 

「ここに来るまでに水分と塩分はしっかりと取ってきましたので問題ありません」

 

フェニックスが相手と聞いた時点で炎対策よりも先に熱中症対策の用意をした位だからな。制服の下に水を入れたパックと塩を小分けにして袋に入れた物を持っていたから、ゲーム終了後にオカルト研究会の部室で摂取してきた。

 

「ゲーム中にも言いましたけど、人間は弱い生き物で、オレはそれを身近で理解してしまった。命をかける事で躊躇なんて出来ないですよ」

 

「……私が今更言うことではないかもしれませんが、無謀に命を捨てる様な行為はしないように」

 

「もちろんですよ」

 

「では、引き続き匙の分の駒は保留にしておきます。保険として使う事がない事を切に願います」

 



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3話

「匙、ちょうど良い所に。手伝って欲しい事があるんだ」

 

「どうした、兵藤。見ての通りオレはお前達の開けた穴の修理に忙しいんだが」

 

速乾性のセメントで隠しカメラが仕掛けてあった穴を塞ぎながら答える。

 

「ちょっと話が長くなるんだけどさ」

 

「なら、ちょっと付いて来い。生徒会の仕事を終わらせないと手伝えないからな。説明だけ先にしろ」

 

道具を担ぎ、移動して人の目がない所ではラインを使って仕事をしながら報告書を作成しながら兵藤の説明を聞く。何でも、教会から聖剣エクスカリバーが3本盗まれてこの駒王に持ち込まれたそうだ。それの奪還の為に教会から聖剣エクスカリバーを持った二人がやってきたのだが、木場の奴がエクスカリバーを見て暴走。

 

何でも木場は悪魔に転生する前は教会で人体実験に使われていたそうだ。実験内容は人工的にエクスカリバーの担い手を作ると言う物で、最終的には実験は凍結、被験者は処分され、木場はそれの生き残りだそうだ。

 

そんな過去もあってか、木場は担い手の二人に襲いかかって見事に返り討ちになってそのまま行方知れずとなってしまったそうだ。

 

「それで、何を手伝えと?」

 

「とりあえず教会から送られてきた二人と協力体制を整えて、それから木場を探そうかと思ってるんだけど」

 

「残念だが手伝えそうにないな。それに木場の奴の復讐は見当違いにも程があるからな、手伝わない」

 

「復讐が見当違い?」

 

「それが分からないのなら、あいつはいつまで経っても今回の様な暴走を起こすんだろうな。兵藤、もしお前が木場の立場だったら、お前の怒りは何処に向くんだろうな?ヒントは木場が剣士だと言う事、事件当時は人間で教会に属した者であったと言う事だ。純粋な悪魔じゃなく、最近まで人間で、男であるお前だからこそ分かる物がある」

 

道具を倉庫に戻しながら兵藤と別れて生徒会室に向かう。今の話を会長にも報告しておかないといけないからな。

 

 

 

 

 

 

オレはこの事件に関わるつもりはなかった。つまりはなかったんだが、どうして巻き込まれるかねぇ。生徒会の仕事も終えて深夜の土方のバイトを終えて帰宅中に行き倒れになっている教会関係者を見つけてしまった。しかも封印を施した剣らしき物を所有している。兵藤の話にあったエクスカリバーとその担い手で間違いない。気になるのは横においている布に覆われた何かだが、今は横に置いておこう。

 

「なんで厄介事が向こうからやってくるかね?呪われてるのか」

 

春先の件から余計にそう感じる。いや、あの男と女の間に生まれた時から呪われてるか。とりあえず声をかける事にする。

 

「こんな時間に何をしている」

 

「むっ、何者だ」

 

「通りすがりの悪魔の協力者だ。報告に上がっていた教会からの派遣者だな?もう一度聞くがこんな時間に何をしている?」

 

「話す事など」

 

青い髪の女の話を遮る様に、二人の腹から盛大に音が鳴る。先程まで張りつめていた空気が一瞬にして霧散した。

 

「……はぁ、とりあえず付いて来い。飯位は食わせてやるよ」

 

「申し訳ない」

 

「ごめんなさい」

 

頭を下げる二人を連れてオレの住んでいるアパートに戻る。

 

「ちょっと待ってろ、すぐに作るから。とりあえずはそこの煎餅でも齧ってろ」

 

買いだめしている缶詰と乾物、それにそろそろヤバい野菜を調理して二人に出す。短時間の間に煎餅も全部食われてしまったようだ。分量的には4人前あった料理も全部平らげられておかわりを要求されたので塩パスタを出す。それ位しか残ってないのだ。というか、給料日まで生きていけるかな?くっ、今度の休みは山に狩りに行かねばならない。現地で薫製などに加工すれば何とか食いつなげるだろう。

 

「風呂はそっちでトイレはそっちだ。タオルとかは適当に使えば良い。話はまた明日に聞く。ベッドとソファーは貸してやる。毛布はそこだ。食器は流し場で軽く水洗いだけしといてくれれば良い」

 

「何から何まで本当にすまない」

 

「気にするならちゃんと話しはしてくれよ。こっちもいきなり厄介事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいから。それじゃあ、お休み」

 

押し入れを開けて中に入って横に転がる。久しぶりに押し入れの中で寝るな。嫌な思い出が蘇る前に、無理矢理意識を落とす。

 

 

 

 

 

「全く、春からこっち争いごとに事欠かねえな」

 

振りかぶられた聖剣をバク転で躱しながらラインを差し向ける。

 

「祝福も魔術も使っていない人間とは思えない反応速度ですねぇ。実に興味深い」

 

伸ばしたラインは聖剣によって抵抗もなく切り捨てられていく。木場の魔剣とは段違いの性能と言う事もあるが、それに加えてあの男の力量が半端ではない。たぶん、普通の剣でもラインを斬るとまでは言わなくても折らずに弾き続けるだろうな。

 

「では、そろそろ聖剣の力をお見せしましょうか。まずは天閃」

 

次の瞬間、本能に身を任せて我武者らに、無様に転がる。

 

「ぐああっ!!」

 

肩口を切られるも何とか動かせる程度ではある。少しでも出血を少なくする為に切られた方とは逆の腕とラインで圧迫する。

 

「おや、天閃の速度でもギリギリ躱せない程度とは。ああ、実に良い。人外共と違って必死に生きようとするその姿、醜くも美しい」

 

ああ、こいつがはぐれ神父になった理由がよく分かるよ。生にしがみつこうと必死にもがく者を見て、それを絶望に染め上げる事に快感を得やがったんだな。

 

「もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと、私を楽しませなさい!!」

 

またもや天閃の聖剣の力で加速するはぐれ神父だが、もうオレの本能は反応しない。何が起こるか分からないからこそ危険だったが、奴の言葉から能力は既に割れた。

 

加速するのは肉体だけで思考速度は変わらない。だからオレを斬り損ねた。それさえ分かれば対処は可能だ。踏み込みと同時に周囲に展開していたラインを伸ばして、オレと奴の間に網を張る。引っかかると同時に引き千切られない様に踏ん張る。そして、そのまま全力で壁に叩き付けて逃走する。逃走しながら、時間を稼ぐ為に切り離したラインではぐれ神父を押さえつけに行かせる。

 

十分に距離を稼ぎ、はぐれ神父が諦めて何処かへと行ったのを確認してから携帯を取り出して会長に連絡を入れる。

 

『どうかしましたか、匙』

 

「すみません、会長。オレ、とことん厄介事に巻き込まれるみたいで。敵の聖剣使いに襲われました。回収、お願いします。あいつ、速過ぎなんですよ」

 

それが限界だった。思ったよりも出血量が多い。今度からは輸血用に自分の血液も保管しておこう。身体を支えれなくなり、壁に身体を預ける様に倒れる。

 

『匙?匙、返事をしなさい。匙!!』

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、まさか来てくれるとは思っていませんでしたよ。また無様に醜く生にしがみついてくれますか」

 

「いや、無様に醜く生にしがみつくのは貴様の方だ」

 

グレモリー先輩達はケルベロスの相手をしている。コカビエルは空中でオレ達を眺めている。はぐれ神父の横では太った神父が聖剣に何らかの細工を施している。そして、その細工が終わると同時に足下の魔法陣が光りだす。

 

「完成だ。そしてエクスカリバーが一つになった光で、下の術式も完成した。あと十五分程でこの街は崩壊するだろう。解除するにはコカビエルを倒すしかない」

 

「いいや、そんなことはないぜ」

 

ラインを地面に描かれている魔法陣に繋いで光力を吸い上げる。それを見て、太った神父が慌てだす。

 

「シバ!!陣のエクスカリバーを使え!!奴を止めるんだ!!」

 

「もう遅いですね。あの黒いラインに搦めとられてますよ」

 

シバと呼ばれたはぐれ神父の言う通り、オレのラインは既にエクスカリバーに取り付き、手元に引き寄せている。握った瞬間エクスカリバーから拒絶する様な波動が流れてくる。それを力づくで押さえ込みながら叫ぶ。

 

「貴様は何様のつもりだ!!今の貴様は無様にも折られた元聖剣だろうが!!そして聖剣であろうが貴様は物だろうが!!使われてこそ意味のある物だろうが!!過去の栄光に縋る位なら砕かれた時に死ねば良かったんだよ!!無様に力だけを残しやがって!!その結果、どれだけの人間を不幸にしたと思ってやがる!!貴様は存在するだけで害になるんだよ!!貴様は聖剣じゃねえ、魔剣だ!!人間の欲を刺激する邪悪な存在なんだよ!!」

 

「何を言っているんだい?」

 

シバがオレの奇行に問いかけてくるが無視だ無視。今はこのエクスカリバーの意思に用があるからな。最初に握ったとき以上の拒絶の波動がぶつけられるが足下の魔法陣から吸い上げた光力で身体を強化して耐える。やはり、ゼノヴィアが言っていた様に聖剣には意思が存在している。なら、こいつらが所有者を選ぶ理由はこれだろう。

 

「貴様は何だ!!何でありたい!!何を望む!!」

 

拒絶の波動が少しだけ緩む。ビンゴだ!!オレの予想は正しかった。

 

「意思を示せ、エクスカリバー!!オレが手伝ってやる!!暇な時だけな。今なら手伝ってやる」

 

拒絶の波動が納まり、コカビエルとケルベロスとバルパーに対しての敵意が伝わる。聖剣が所有者を選ぶ理由、それは自分たちが産み出された目的を果たすため。聖剣使いとして必要な因子とは聖剣の力を引き出すのに必要な資質のこと。自分たちの力を最大限まで発揮する事によって目的を達する為に聖剣達は担い手を選ぶ。

 

「OKだ、手伝ってやるよ!!伝説にまで語られる力の一端を見せてみろ、エクスカリバー!!オレが出せる限界まで力を発揮させてやる!!」

 

頭の中に流れ込んでくるエクスカリバーの特殊能力を理解して、天閃の力を引き出してグレモリー先輩達に襲いかかっているケルベロスの懐に飛び込んで一刀の元、切り捨てる。

 

「ば、馬鹿な、ありえない、そんなことあってたまるか!?因子も持たない者がエクスカリバーを扱うだと!?確かに使えなかったはずなのに、なぜだ!!これでは私の研究は、私の夢は」

 

太った神父が何か呟いているが放置だ。あれが木場の仇だろうからな。

 

「さてと、ちょっとばかりオレの用事も手伝って貰うぞ、エクスカリバー」

 

既に逃走に移っているシバを天閃の力を調節しながら追いかける。オレがすぐに反応出来るギリギリの速度で走り、その背中を蹴り付ける。距離的に斬りつけるには一歩近過ぎた。転がるシバにラインを繋げて聖剣使いの因子を吸収する。吸い上げて行く毎にエクスカリバーがその力をどんどん発揮して行くのが分かる。

 

「人外共と違って必死に生きようとするその姿、醜くも美しい。だったか?その意見には同意だよ。だからこそ、オレが生きる為に、死ね!!」

 

エクスカリバーで斬る様な事はせずにラインで体中を貫いて殺す。いたぶる趣味はないので頭と心臓を一番最初に貫いてやる。それから念のために大きな血管を貫いておく。これで復活する様な事はないはずだ。

 

「バルパーはお前の所為で人生を狂わされた男の獲物だ。オレ達はコカビエルの相手をするぞ」

 

エクスカリバーを肩に担いでコカビエルに向かって走る。空を飛んでいようが関係ない。今のオレとエクスカリバーなら多少の無茶が出来る。光力での強化から魔力での強化に切り替えて、それに上乗せする様にエクスカリバーの力を引き出して身体を強化する。

 

「おらああああ!!」

 

地面を蹴って飛び上がりコカビエルに斬り掛かる。コカビエルがつまらなそうに二本の指で掴み取るが、それは計算の内だ。擬態の力でエクスカリバーの刀身から新たに刀身を生やしてコカビエルの目を狙う。これにはさすがに驚いてエクスカリバーを手放して防御魔法を使う。エクスカリバーに注目が集っているうちに透明なラインを出せるだけ出してコカビエルに接続する。

 

例えエクスカリバーと言う強力な武器が手に入ろうとも、もはや黒い龍脈はオレの身体の一部だ。全力での戦い(殺し合い)で全身を使わない理由がない。

 

グレモリー先輩達はそこら辺がぬるい。ライザーとのレーティングゲーム終了後に言われた事を思い出す。

 

『ちょっと卑怯じゃない?』

 

自分の人生がかかっていたはずなのに零れたその言葉はオレを苛つかせた。結界に入る前もちっぽけなプライドから魔王様に援軍要請を出していなかった。命をかけた殺し合いにプライドや常識なんて物は捨てなければならない。格上が相手なら尚更だ。

 

ラインを接続して分かる。コカビエルは俺たち全員よりも格上だ。だが、絶望的な程格上でもない。今までのオレでも勝ち目は2割程はあった。今はそこに4つの力を持つエクスカリバーがある。そしてラインも繋げた上に十分な光力のストックがある。

 

ポーカーで言うなら初期の手札がAが2枚に2と3そしてジョーカー、スートは揃っている状態だ。降りる手ではない。勝負に出る手だ。まあ、ブタの状態でも勝負に出ないといけないけどな。

 

「貴様、何者だ?」

 

「駒王学園生徒会庶務、匙元士郎。ただの神器使いだよ!!」

 

自己紹介と同時に50本のラインを伸ばしてコカビエルに接続して光力を奪う。すぐにラインがどう言う物か気付いたコカビエルは光の槍でラインを切ろうとする。その前にラインを引っ張ってコカビエルを地面に叩き付ける。コカビエルもラインを切る事に集中する為か、然程抵抗も受けずに地面に降ろす事が出来た。代わりに透明なライン以外は全て斬り落とされてしまった。

 

まあ此所が一番の山場だ。天閃で加速すると同時に透明で姿を消す。透明を発動させるとラインも透明となり、コカビエルがオレの姿が見えない事に気付く。位置を誤摩化す為にラインと夢幻を使ってコカビエルに向かって走っている様に見せかけながら、別のラインを校舎の屋上に引っ掛けて跳躍する。コカビエルはラインに釣られてオレに背中を見せている。ある程度跳んだ所で屋上のラインを消して自由落下からの斬撃でコカビエルの片側の翼を全て切り落とす。本来ならこの一撃で真っ二つにしたかったのだが、ギリギリの所で気付かれた。それでも翼を切り落とした事で空は飛べなくなった。それで十分だ。

 

「くっ、よくも我が翼を!!これでも喰らえ!!」

 

投げて来た光槍をエクスカリバーで切り落とす。余裕を見せて笑ってみせるが、本当の所はぎりぎり反応出来ただけだ。それでも笑ってやる。短い付き合いで分かったことだが、基本的に裏に関わっている者達は心理戦に弱い。ちょっと挑発すればすぐに怒って冷静な判断を下せなくなる。

 

案の定、コカビエルも怒りを露にする。これで聖書に名を残してる奴なのかよ。まさか襲名性じゃないよな?そんなバカな事を考えながらエクスカリバーとラインで光槍を捌き続ける。光槍を捌くついでに擬態の力を使ってエクスカリバーを古野と同時に手裏剣も飛ばしてみる。

 

「これならどうだ!!」

 

焦ったコカビエルが大量の光槍を空一面に展開する。

 

「そいつを待っていた!!」

 

透明なラインから一気に光力を抜き取ると同時にそれとエクスカリバーの陣に使われていた光力を合わせて展開出来るだけのラインを空一面を覆い尽くす全ての光槍に接続して吸収する。

 

「ば、ばかな」

 

そして吸収した光力の全てをエクスカリバーに叩き込み、コカビエルに斬り掛かる。

 

「往生しやがれえええええ!!」

 

何の抵抗もなく振り抜かれたエクスカリバーによって聖書にも記された堕天使は塵一つ残さずこの世から消滅する。

 

「あ〜〜、しんどい」

 

エクスカリバーを地面に突き刺して座り込む。太った神父の方を見ると、いつの間にかやってきた木場が終わらせたようだ。なんか手に聖剣なんだか魔剣なんだかよく分からない剣を持っている。

 

とりあえずこれで終了か。さて、会長に怒られる準備をするか。勝手に病院を抜け出して、勝手に戦場に突撃してしまったからな。

 



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4話

「匙、体育館の方が何やら騒ぎが起きている様です。穏便に解散させてきて下さい」

 

「了解です」

 

公開授業と言う外部から多くの人が、まあ悪魔も混じっているのだがトラブルが発生する確率が高いこの日の為に色々と準備していたのだが、やはりトラブルが発生したようだ。

 

会長はこの後、グレモリー先輩の父親と兄であり魔王であるサーゼクス様の案内があるのでオレがトラブルの処理に当たる事になる。先に透明なラインを体育館に伸ばして様子を確認する。

 

「えっ?」

 

「どうかしましたか、匙?」

 

「……失礼ですが会長、ご家族の方は来校されてますか?」

 

「……まさか、私より背が低くて、あ~、その」

 

「アニメの魔法少女が着ている様な服を着て色々とポーズをとっています。それを男子生徒が撮影会みたいな感じで集ってるみたいです」

 

会長が頭を抱えている。ということはやはり知り合いだったか。

 

「お姉様ですね。匙、生徒会室に案内して相手をしておいて下さい。案内が終わり次第戻りますので」

 

「了解です」

 

「あと、出来るだけ人目につかない様に」

 

「出来る限り努力します」

 

とりあえず校舎中に透明なラインを展開してルートを算出しないとな。結構きつい。それでも会長からの指示だからな、頑張らないと。

 

 

 

 

「ほらほら、解散解散。今日は公開授業なんだぞ。こんな所で騒ぐな!!兵藤達みたいに縛り上げるぞ!!」

 

蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く男子生徒を見送った後に会長のお姉さんに向き直る。格上の存在に会うのも慣れちまったなぁ。ルキフグスさん並の強さだよ、この人。いや、悪魔だったっけ。

 

「生徒会庶務の匙元士郎です。会長より生徒会室に案内する様に言われております。御同行願えますでしょうか?」

 

オレが話しかけると先程までの笑顔が消えて、観察する様な冷たい視線を向けられる。

 

「へぇ~、君が匙君かぁ。本当に人間なんだね。しかも、その歳にしては珍しいタイプの。大戦期以来かな、本当の意味で常在戦場の心構えで動いている人間なんて」

 

そう言って会長のお姉さんは指を何かをなぞる様に振る。背中に嫌な汗が流れる。今、なぞった何かはオレが本気で隠蔽している奥の手である合宿中に兵藤から奪い取った64倍化を保存している5本のライン。それの存在が全てが知られた。

 

「グレイフィアちゃんから違和感を聞いてなかったら気付けなかったから誇っていいよ。これでも私、魔王様だもん♪」

 

冷たい視線から笑顔に戻り、緊張が解ける。警戒は全く解けないが。

 

「ありゃりゃ、これでも解かないんだ。まあいいや、確認出来たし☆それじゃあ、エスコート、お願い♡」

 

「……こちらになります」

 

会長の指示通り出来る限り人目につかずに不自然ではないコースで生徒会室に案内する。会長が戻ってくるまで時間があると思うので紅茶の用意をする事にした。ポットとカップを温めてから適量の茶葉を投入。熱湯を注いでしばらく放置。その間にお茶菓子を用意して先にお出しする。紅茶の方も準備ができたので砂糖とミルクを添えてお出しする。生憎とレモンはない。

 

「男の子なのに手慣れてるね。時計も見てないのに紅茶も完璧にしあがってるし」

 

「紅茶を入れるのに時計なんて必要なんですか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「えっと、紅茶の葉が開ききってから注ぐのが良い紅茶の注ぎ方で、種類によって時間が変わるんだけど」

 

「臭いでなんとなく分かるんで、時間はあまり気にした事が無いです。五感で鍛えられる物は可能な限り鍛えてるんで」

 

「鍛えてるって、そんな所まで鍛えてるの!?」

 

「こっちの世界に入ってからはあまり必要性を感じなくなりましたけど、鍛えていて損は無いはずですので」

 

基本的にはぐれは知能を失っている事が多い上に悪魔も脳筋が多い。転生悪魔もその傾向が。そう言えば教会から送られてきていたあの二人も。あれ、脳筋じゃないのって会長と副会長以外知らないぞ!?そう、小細工をするのは力の無い者がする事だ。そう思っておこう。オレは常に小細工や一般的に卑怯と言われる行為をガンガン行っていくつもりだ。プロレスで言うヒール役だ。

 

「もしかして、狩りの時に役立ってる?」

 

その一言で思考が停止する。

 

「……何処でそれを?」

 

「ソーナちゃんに男の影が出来たって聞いた時から色々と調べさせたからね。その、最近の懐事情とかも」

 

「会長には内密にお願いします」

 

「さすがにそっち方面では頼り難いもんねぇ~。まあ、それもすぐに解決するから問題無いよ♡」

 

「それはどういう?」

 

「悪魔は成果主義な一面があるからねぇ、結果を出している以上それに対する報酬があるの☆期待してて良いよ♪」

 

「はぁ、分かりました」

 

それからしばらくはたわいもない話をして会長を待っているとグレモリー先輩の父親と兄であり魔王であるサーゼクス様とルキフグスさんと一緒にやってきた。

 

「やぁ、こうして会うのは初めてになるね。私はサーゼクス・ルシファー、魔王をやっている」

 

「ソーナ・シトリー様の兵士予定の匙元士郎です」

 

「本当にまだ人間なんだね。にも関わらず、聖剣があったとは言えコカビエルを単独で撃破するとは。ソーナ嬢は良い配下に恵まれたようだ」

 

もっと上空を飛ばれてたら負けてただろうけど黙っておこう。そのまま軽く自己紹介を終わらせた後、魔王樣方を上座の席に案内して会長は下座の席へ、オレは会長の後ろに控える様に立つ。

 

「楽にしてもらってかまわないよ。ここに案内してもらったのは匙君に報賞を与えるためだからね」

 

「オ、自分がですか?」

 

「そう、私的な物と公式的な物の二つだ。先に私的な方だけど、これはリーアたんの婚約を決めるレーティングゲームでの活躍とその後のレーティングゲームへの影響から君個人への寄付を合わせた物になる」

 

リーアたんとはグレモリー先輩の事だろうから無視して

 

「レーティングゲームへの影響ですか?」

 

「『話術も詐術も立派な戦術であり武器だ』君の戦果がこの言葉の裏付けを証明し、あのゲームを見た者から伝わり感化された者達の一部が成果を見せたんだよ。先週もランキングに大きな影響が出てね、そういった者の中から君自身への寄付と言うか支度金かな?正式にレーティングゲームに参加する様になった際に小道具に困らない様にと集められた物を日本円に両替した物を銀行に預けた通帳と、大抵の物を仕入れてくれる商人への紹介状さ」

 

へぇ~、悪魔でも分かってくれる人はいる物なんだな。それに支度金か。これは他のテクニックも期待されてるってことかな。期待には出来る限り応えたいな、と考えながらルキフグスさんから渡された通帳と暗証番号の書かれた紙と商人を呼び出せるチラシを受け取り、通帳の中を見る。

 

「うえっ!?」

 

「どうしたの匙?」

 

オレが変な声を上げたので会長が心配そうに尋ねてきた。

 

「えっ、これって日本円ですよね?」

 

少なくとも0が10個は見えるんだけど。0だけで10個、他にも数字が幾つかある。利子だけで遊んで暮らせるぞ、これ。年利が3%だとしても一年で10億越えとか恐ろしいぞ。悪魔って金持ちが多いんだな。

 

「そうだよ」

 

「……レーティングゲームのルールは読み込みましたけど、これだけの支度金を好き勝手使ってかまわないんですか?」

 

「それを楽しみにしている者が多いみたいでね。無論、王であるソーナ嬢の方針が第一になるだろうから場合によっては別枠でゲームを組まれるかもしれないね」

 

これだけの予算があれば戦争が出来るな。人間には効いて悪魔には効かないもの、悪魔には効いて人間には効かないもの。色々と調べ尽くさないとな。

 

「これだけ期待されている以上頑張らせて頂きます」

 

さてと、とりあえず危険物取り扱いの勉強から始めるか。火薬がちゃんと使えるだけで戦術に幅が持たせられるからな。

 

「私も楽しみにしているよ。次に公式の方だけど、コカビエル討伐の件だ」

 

先程とは変わり空気が硬くなった事を感じ気を引き締める。

 

「聖書にも書かれる程の古参であるコカビエルを討滅した報酬として幾らかだが、君に足りていない物を用意した」

 

「幾らかですか?」

 

「話は実物を見てからの方が良いだろう。グレイフィア」

 

「こちらになります」

 

ルキフグスさんが取り出したケースには厳重な封印が施されており、封印を解除して現れた中身は禍々しい空気を纏った一本の剣だった。

 

「魔剣アロンダイト。元は聖剣だったんだけど、今は見ての通りさ。君に足りない火力を補ってくれると思う。扱えればだけど。エクスカリバーを無理矢理使ったと報告があったから、それを少し期待している。見ての通り誰にも扱えない代物なんだ。触れるだけで傷つけてくる。他にも報酬は用意しているけど火力と言う面ではこれ以上の物はないよ」

 

「匙、いえ、貴方に判断を委ねます」

 

会長は止めようとしたが、オレに判断を任せてくれた。オレはアロンダイトを握る。同時に伝わってくる拒絶の意思と暴力的な力に全身が切り裂かれる。魔王樣方からは、ああやはり駄目かという空気が流れてくるが、会長からはオレなら物に出来るという信頼が感じられる。まあ、確かにエクスカリバーよりは分かりやすかった。エクスカリバーとは質も違う。こいつは人の手によって作られた聖剣だ。だからこそ、こいつが何を望まれて作られたのかは分かりやすい。

 

「オレの力を受け入れろ、アロンダイト」

 

ラインを展開すると同時に更に全身を切り裂かれるが、無視してラインを接続して呪詛を吸い上げる。

 

「これは!?」

 

「持ち手によって歪んだお前に罪は無い。今此所にお前は真の姿を取り戻した」

 

不貞の騎士ランスロットによって歪んでしまった聖剣はラインによって真の姿を取り戻す。

 

「その上で問う!!オレを持ち手と認め、我が王であるソーナ・シトリー様の敵を切り捨てる剣になる事に否やはあるか!!」

 

反応が若干鈍いな、望んでいるのは王の剣となる事のはずだ。いや、待てよ。それを一度裏切られた上で仲間を斬り殺していたな。ならばこちらのリスクを上乗せだ。

 

「オレもいずれは悪魔となる。過去が繰り返されるのなら、お前がオレを討て」

 

その言葉に納得をしたのかエクスカリバーと同様にオレを受け入れる。さてと、傷の手当てと輸血しないと死ぬな。

 

 

 

 

 

 

「お~お~、やってるな」

 

園芸用具を持ってグラウンド横の花壇に行くと会長から報告があったグレモリー先輩のもう一人の僧侶がゼノヴィアに追いかけ回されていた。

 

「おっ、匙」

 

「あれがグレモリー先輩のもう一人の僧侶か。なんで女装なんかしてるんだ?」

 

「えっ!?ギャスパーが男だって分かるのか!?」

 

「なんとなくな。あいつの纏う空気が嘘を言っている。大抵の者はそういう空気を纏ってるが、あいつの空気は自分の姿を偽ってる奴の空気だ。だが、その姿を楽しんでもいるな」

 

「そんなのまで分かるのかよ!?」

 

「ちなみにお前達三馬鹿は全く嘘の空気を纏ってない。もう少し空気を纏えよ」

 

「空気を纏うって初めて聞く言葉だな」

 

「おかしくもないだろうが、空気を纏うって言っても、その空気は広がりを見せるし言葉や行動なんかでも色が変わる。それを読んで合わせるから空気を読むだろうが」

 

「あ~、なるほど」

 

「オレの独自解釈だけどな」

 

「独自解釈かよ!?」

 

「気にするな。それよりゼノヴィアを止めろよ。あんなことをしても神器を制御するのは無理だ」

 

「なんでそんなのが分かるんだよ」

 

「これでも神器の扱いにかけてはお前達より上だからな。それにあいつが纏う空気で一番濃い物に心当たりがある」

 

兵藤がゼノヴィアを止めて、オレがグレモリー先輩の僧侶に近づく。ついでにラインを使って花壇の整備をする。

 

「さて、オレは生徒会庶務の匙元士郎だ。神器の制御に関しては自信がある。オレがなんとかしてやるよ」

 

「あ、あの、ギャスパー・ヴラディ、です」

 

「ギャスパーね。そんじゃあ、神器の性能の確認からするか」

 

兵藤達に体育倉庫からボールを大量に持って来てもらって射程距離や有効範囲などを一つずつ確認する。それをノートに箇条書きしていって事前に調べておいた情報と見比べる。

 

「なるほど。確かに強力だがどうとでもなる神器だな」

 

「はあっ!?どうとでもなるって、時間を停めれるんだぞ!!」

 

ゼノヴィアが驚いて声を上げるが、この程度ならなんとかなる。

 

「で、それだけだろうが。おい、ギャスパー」

 

「は、はい」

 

「これからオレとゲームをしよう。お前が勝ったらグレモリー先輩達にお前の事を諦める様に説得してやるよ。オレが勝ったら、そうだな、オレの話を聞いて少しは前向きになれ。それだけだ」

 

「それだけで、いいんですか?」

 

「いいぞ。なんせオレが負ける訳が無いからな」

 

「凄い自信だな。今度はどんなイカサマを仕掛けるんだ?」

 

「酷い言い草だなゼノヴィア。まだこの前のケーキバイキングのおごりを賭けたポーカーの事を気にしてるのかよ。今回は本当にイカサマはねえさ。使う必要すらない。それで、やるかギャスパー?」

 

「あの、どんなゲームなんですか?」

 

「簡単だ。お前は此所から一歩も動かずに居れば良い。オレはグラウンドの端、此所から300m程か、そこからお前に近づく。それをお前が神器で邪魔をする。オレはお前に攻撃出来ない。制限時間は30秒。それまでにオレがお前に触れればオレの勝ち、触れられなければお前の勝ち。簡単だろう?」

 

「ほ、本当に部長を説得してくれるんですか?」

 

「無論だ。力づくでも説得してやる」

 

「や、やります」

 

「兵藤、時間を計れる物を持ってるか」

 

「一応携帯があるから、確かストップウォッチも付いてたはずだけど」

 

「なら審判を頼むぞ」

 

グラウンドの端まで歩いて行き、靴ひもを結び直しながら財布から小銭を抜き出しておく。

 

「準備はいいぞ」

 

「それじゃあ、ようい、スタート」

 

合図と同時に小銭をギャスパーに当たらない様に投げつける。

 

「ひゃう!?」

 

驚いて神器が暴発し、小銭が空中で静止する。次いで目を瞑る事によって神器が停止し、小銭が再び動き出す。オレは目を瞑っているうちにダッシュで近づきながらラインをオレの背後に一つ、左右に一つずつ、前に一つ展開する。瞑っていた目を開き、半分涙目になりながらギャスパーが視線を向けてくるのと同時に新たにラインを地面に向かって伸ばし、棒高跳びの要領で上空に回避する。そのまま空中で合わせられそうになる視線を打ち込んでいた4本のラインを操作して躱しながら円を書く様にギャスパーの背後を取る。そのままラインに一つ特殊な細工を施して真直ぐ突っ込み、わざと停止結界の邪眼に囚われる。一瞬にして景色が変わり、驚いているギャスパーの顔が目の前にある。そのままギャスパーの肩をぽんっと叩く。

 

「兵藤、時間は?」

 

「えっ、あっ、18秒。18秒だ」

 

「ちっ、15秒を切れなかったか」

 

「な、何をしたんですか?停まってたはずなのに!?」

 

「全部説明してやる。そこで覗いてる『神の子を見張るもの』総督もどうだ?」

 

「ほう、気付いていたか」

 

校舎の影から浴衣を着たチョイワル系の男が現れる。

 

「アザゼル!?」

 

アザゼルと聞いてゼノヴィアがデュランダルを構え、ギャスパーがオレの背中に隠れる。兵藤も赤龍帝の篭手を出して構える。

 

「なんだ兵藤、お前は会ってたのか」

 

「匙も知っているのか!?」

 

「オレはまあ、あれだ、知っていると言えば知っている」

 

「何やら面白そうな事をやっていると思ってな、見学させてもらったぜ」

 

「別にかまわないが、来校手続きはちゃんとしてきたんだろうな」

 

「やってるよ。どっかの不死鳥みたいに消火剤まみれにはされたくないからな」

 

なるほど。こちらの情報はほぼ筒抜けか。まあ、さすがにオレがアロンダイトを持っている事までは知らないだろう。

 

「それで、お前さんから見た停止結界の邪眼はどうだった」

 

「さっきのゲームを見ても分かる通り、強力だがどうとでもなる神器だな」

 

「くっくっく、人間でそんな事が言えるのは恐ろしいな。それじゃあ、お前がやった対処法を説明してもらおうか」

 

「そうだな。ギャスパー、ちゃんと覚えろよ。自分の事だからな」

 

「は、はい」

 

「まず基本性能から説明しよう。ギャスパーの停止結界の邪眼は発動させると両目でピントを合わせた場所を基点に直径10mの球体上の停止結界を発動させる物だ。発動までのタイムラグは大体コンマ3秒だな。ギャスパーがコントロール出来ていないのは発動させる為のスイッチと有効範囲の設定だな。ちょっと驚いただけで暴発する。それから停止する物も結界の一部に触れた程度では停められない。3割から4割は最低でも結界に入れないと停める事は出来ない。目を瞑れば止まる。そして重要なのが一度停止した後に外部から力を加えれば動かす事が出来る。最後にわざと結界に捕まった後にオレが動いたのはラインに仕掛けておいたプログラムのおかげだ」

 

「「「プログラム?」」」

 

「予め指示を飛ばしておいて時限起動させただけだ。3秒後にオレを巻き取れってな。プログラムを仕込んだのはラインの先端。そこが有効範囲から逃れていたからこそオレはギャスパーに近づけた。以上、説明終わり」

 

「じゃあ、どうやってギャスパーの神器を躱したんだよ」

 

「視線の向きと最初にスペック確認したときの基点になっていた位置から大体で逆算して躱しただけだ。発動のタイミングは力むからコンマ3秒で身体の7割を逃がせばいいだけだし、何よりラインで引っ張ってる途中だからオレ自身が停まってもラインの慣性は残ってるからそのまま振られてすぐに動ける様になる」

 

オレの返答に三人が唖然としていてアザゼルは笑いが堪えられなくなったのか大爆笑する。

 

「ただの人間がそこまでの芸当をやってのけておいてそれが出来て当然の様に振る舞うとわな。聖剣があったからってコカビエルの奴が負ける訳だ。とんでもないジョーカーが悪魔の元に行っちまったな。出来ればウチに欲しかった位だ。それに随分と神器が変化してるな。そいつは一体なんだ?」

 

「オレの身体で、大切な物だ」

 

「身体ね、なるほど。面白い話が聞けた。それじゃあまたな」

 

ひらひらと手を振って去って行くアザゼルを見送ってから再びギャスパーに向き直る。

 

「ギャスパー、自分の神器が嫌いか?」

 

「嫌いですし、怖いです。いつか、自分以外の全てを停めてしまうんじゃないかって」

 

「それは能力をちゃんと知らないからだ。今日言ったことをちゃんと覚えたなら、怖くはなくなる。使う事に慣れろ。神器はオレ達の身体の一部だ。手足を動かす様に、神器も自由自在に使える様になる」

 

「でも、嫌なんです!!先輩には僕の気持ちなんて分からないです!!」

 

「……兵藤、ゼノヴィア、ちょっと離れててくれないか」

 

「何をする気だ?」

 

「ちょっとな、あんまり語りたくない昔話だ。ギャスパーにしか聞かせてやれない」

 

「オレも気になるんだけど、駄目か?」

 

「そうだな、一生涯エロを断つなら「ご免無理だわ」と言う訳だ。それ位、話したくない事だ」

 

「それなのにギャスパーには話すのか?」

 

「話しておかないと後悔するかもしれないからな」

 

「う~ん、分かった。匙に任せるよ」

 

兵藤とゼノヴィアがグラウンドを去って、ギャスパー以外オレの話を聞かれずに済む様になったのを確認してからギャスパーにオレの昔話とその結果を話す。

 

「だから、オレは黒い龍脈が大切で、だけど、黒い龍脈が大っ嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

神社への階段を登りながら本を読んでいると兵藤に声をかけられる。

 

「なあ匙、何を読んでるんだ?」

 

「危険物取り扱い3種の参考書だ。火薬を扱うのに必要な奴だ」

 

「火薬の取り扱いって、何をするつもりなんだよ!?」

 

「ゲームで例えるなら、兵藤は単純に自分を強化して殴り込むだけで勝てる初心者用のキャラに対してオレは一つ一つの技が弱いけど組み合わせると酷い事になる上級者向けのキャラと言える。ただでさえオレは人間で火力や耐久力が低いんだからな、こうやって小手先の技を増やす必要があるんだよ」

 

「小手先って、それに火力なんて必要無いんじゃないのか?ライザーも一方的に倒してたじゃないか」

 

「あれはあいつが弱い上に、焦って頭が回っていなかったからなんとか出来ただけだ。冷静になってラインを無視して屋上全体を火の海に変えればオレの方が負けてたんだよ。知ってるか、兵藤。人間は身体の1割に重度の火傷を負うだけでほぼ致命傷で、身体の3割に中度の火傷を負えば死は確実だ」

 

まあ、屋上が火の海にされたら屋上から飛び降りてゲリラ戦に移行してただろうけどな。正面から戦うよりそっちの方が得意だ。

 

「火力は絶対に必要な性能だ。それが無ければ長期戦しか取れなくなる。そうなると人間であるオレは不利だ。理由は言わないでも分かるな」

 

「人間は弱いから」

 

「そういうこと」

 

「そういえば、匙ってなんで悪魔に成らないんだ?会長の手伝いはしてるのに」

 

「秘密、その内転生するとは思うけどな。姫島先輩?」

 

「えっ、あっ、本当だ」

 

階段を登った所にある鳥居の下に巫女服を着た姫島先輩が立っていた。話を聞くと、この神社は悪魔が管理している物らしく姫島先輩の実家は神社らしくこの神社の管理を任されているらしい。そしてその説明が終わるとタイミングよく空から天使が降りてくる。うん、この天使も魔王樣方やアザゼル並の強さだ。本気で勝ち目が見えないのと会いたくないです。以前、会長に話した通り嫌な予感が外れなかったけどさ。まだ嫌な予感は続いてるんだよな。

 

神社の中に案内されたオレ達は目の前に居る天使がトップであるミカエルであると告げられる。そして、オレたちに会いにきた理由は三勢力での停戦に向けて天使から悪魔への贈り物としてオレと赤龍帝であるイッセーに聖剣が贈ることにしたのだそうだ。兵藤には聖ジョージが使っていたアスカロンを特殊加工したもの。そして、オレには

 

「誰が浮気者だ!!オレが何を使おうが関係ないだろうが!!ガラティーンならともかくアロンダイトは絶対に嫌だと?あのなあ、前にも言ったがお前達は道具だ。アロンダイトは敵に回ったが、持ち手に力を貸す事は悪い事なのか?悩んだ時点で答えは出てるんだよ。それに強度では6本を束ねた今もお前は負けている。適材適所と考えろ、エクスカリバー」

 

コカビエルの事件の時に一時使用していたエクスカリバーが残りの2本と融合した物だった。

 

「本当に聖剣と会話をするのですね」

 

「物にも魂が宿ると考える日本人ならではですよ。それにこいつらも個性がありますからね。波長が合わなかったんでしょう、今までの使い手は」

 

「ちなみにエクスカリバーはどんな感じですか?」

 

「ツンが8にデレが2、それとは別に頑固で生真面目で寂しがり屋。そんな奴ですかね、今の所」

 

照れ隠しにオーラを発するな!!兵藤と姫島先輩が苦しんでるだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

和平が成立し、生徒会室の空気が緩んだ瞬間に一瞬だけ違和感が生じる。この感覚は

 

「停止結界の邪眼?グレモリー先輩、ギャスパーは今何処に?」

 

「ギャスパーなら旧校舎に居るけど、どうかしたの?」

 

「旧校舎?射程外どころか射線が通っていない、っ、結界が切り替えられた!?」

 

学園を覆っている結界が書き換えられ、完全に外と中が隔離される。やはり和平を不満に思う一派が一発逆転を狙ってきたようだ。

 

「ギャスパーも襲われているみたいです。たぶん、無理矢理停止結界の邪眼をブーストされてます。何故か一瞬で解除されたみたいですけど」

 

「匙、考えられる可能性は?」

 

会長が尋ねてきたので可能性が高い順番に答える。

 

「ギャスパーに手ほどきしたのが一回だけでしたからハッキリとは言えないですけど、目を潰したか、命を絶ったか、なんとか射程をずらしたかって所ですね。兵藤、何か心当たりはあるか?」

 

「えっと、何か考えながらダンボールに籠ってたからあまりよく分からないけど、もうちょっとでなんとか出来るかもしれないって、ここに来る直前に言ってたけど」

 

「なら、さっき挙げた物以外にも強制的に停める手段を得たんでしょうね。だけど、まずいな」

 

「何がですか?」

 

「ブーストされてるってことは、傍に敵が居るってことですよ。それなのに強制的に停めたって事はギャスパーの身が危ない。すぐに向かった方がいいですね。どんな不都合が起こっているか分からないのでオレが向かいます」

 

「待ちなさい!!ギャスパーは私の下僕よ。私達が」

 

「問答する時間が勿体ない。先に行きます」

 

収納の魔法陣からエクスカリバーを取り出し、天閃の力で生徒会室から走り出す。先行してラインを伸ばしギャスパーの位置を探る。ギャスパーの居る部屋には三人のフードを被った魔術師が居る。そして、ギャスパーにもう一度停止結界の邪眼を使わせようと暴行を加えていた。そのままラインで魔術師達を拘束して部屋に飛び込み、エクスカリバーで切り捨てる。

 

「無事か、ギャスパー」

 

「匙先輩?」

 

「そうだ、助けにきてやったぞ」

 

暴行を受けて出来た傷を、ギリギリ息がある魔術師達の生命力を使って治療する。ついでに魔力はこれからの戦闘用に全ていただいておく。

 

「それにしてもどうやって停止結界の邪眼をブースト影響下で止めたんだ?」

 

「あ、あの、匙先輩が言ってた、神器にプログラムを、仕込むって言うのを。ずっと試してて、たまたま上手く行ったんです。有効時間が1秒未満で、再発動までに1時間必要にしたんです。停めても、すぐに動ける様に」

 

「それでか。とりあえずここを離れるぞ。生徒会室に行けば魔王樣方も居られるから安全だ。っと、お迎えが来たみたいだな」

 

グレモリー家の魔法陣が現れて兵藤とグレモリー先輩が転移してくる。

 

「ギャスパー!!って、無事の様ね」

 

「とりあえず、対処は済みました。ギャスパーの怪我も治療を済ませましたのでこのまま生徒会室に戻ろうと思います」

 

「そうね、分かったわ。それからソーナから追加で指示が来てるわ。貴方は校舎裏から攻めてきている魔術師を迎撃する様にって。終わったらグラウンドの方に向かう様にも言われているわ」

 

「了解です。兵藤、しっかり後輩を守ってやれよ」

 

再び天閃と、それに追加で透明の力を引き出して駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、この状況は?」

 

校舎裏の魔術師と転移に使っていた魔法陣を全て排除してグラウンドに向かうと、傷ついたアザゼルを見下ろすヴァーリと見たことのない褐色肌の女が宙に浮かんでいた。

 

「おい、一応確認するが、オレの、会長の敵でいいのか?」

 

宙に浮かぶ二人にエクスカリバーを向けて尋ねる。尋ねながらも敵と判断して行動を開始する。幸い褐色肌の女は力はあるようだが、それだけの存在のようだ。ヴァーリとは違って隙だらけだ。

 

「ほう、もう校舎裏を制圧したか。赤龍帝よりも期待出来そうな奴だな。それにエクスカリバーか」

 

「ふん、エクスカリバーを持とうが祝福も契約もないただの人間ごときに私が負けるはずは無いわ」

 

そう言って戦闘体勢を取るが、もう遅いよ。

 

「敵で確定か。なら、排除するだけだ。エクスカリバー!!」

 

エクスカリバーの聖なる力を引き出し、更に切り札である64倍強化の一つを使用してブーストをかける。ブーストした聖なる力を既に接続が終わっている30本の透明なラインを通して褐色肌の女に直接叩き込む。

 

「きゃああああああああああ!!!?」

 

聖なる力に焼かれて落ちてきた所を天閃の力で接近して、アロンダイトで四肢を切り落とし、心臓を貫いて首を刎ねる。それからエクスカリバーに視線を向けると、刀身に微かな罅が入っていた。

 

さすがに64倍は耐えきれなかったようだ。擬態の力で多少の修理は出来るが、各特殊能力を引き出すだけにしておかなければ居られる可能性があるな。とりあえずはブレスレットにして左腕に装備しておく。

 

「ハハハ!!予想以上だ、赤龍帝を相手にするよりも楽しめそうだ」

 

「楽しい?お前は馬鹿か?」

 

「オレが、馬鹿?そんな事を言われたのは初めてだな」

 

「何度でも言ってやるよ。お前は馬鹿だよ。いや、馬鹿をやって目を反らしているだけだな。濁った目をしながら戦いを楽しいなんて言っても誰が信じてやるかよ。必死で一杯一杯なのを誤摩化したいんだろう?悪魔の癖して欲求を溜め込んで、現実から目を反らしてやがる」

 

「っ!?いつからオレが悪魔だと気付いた」

 

「最初に会った時からだよ。人間は弱いが、それが逆に微かな力に反応出来る。特にオレは感知に関しては徹底的に鍛えてある。一撃を貰えばあの世行きだからな。不意打ちを見抜く為に微かな違和感にも気付ける様に」

 

「まるで仙術使いの様な敏感さだな。素質があるのかもしれないな」

 

「どうでもいいな、オレの話は。今はお前の話をしている。それだけの力を持っていて神滅具まで持っているのにも関わらず堕天使の元に居るというだけで、お前の過去は丸分かりだ。それを補う様な話もアザゼルから聞いたしな。お前、そこそこ名家に生まれたのに家族から虐待を受けて逃げ出したんだろう」

 

オレの言葉にヴァーリが目を見開く。かなり驚いて、隠していた感情が表に出てくる。あとは、オレと重ね合わせれば簡単に濁った目をしている理由が分かる。一歩違えばオレとヴァーリは逆になっていたはずだからな。

 

だが、敵になったのなら容赦はしない。トラウマを抉って思考が単調になる様に誘導する為に嘲笑う。

 

「そんでもって虐待していた相手が憎い癖して戦いを、虐待をしていた奴みたいに弱者を嬲って慰めてるんだろう、この」

 

最後まで言い切る前にヴァーリが殴り掛かってくる。それを聖なる力を全開にしたアロンダイトで受け止める。

 

「軟弱者、嘘つき、不忠者、恩知らず。他にもお前を飾る言葉は幾らでも出てくるぞ。白龍皇よりもぴったりな物がな」

 

エクスカリバーとアロンダイトの力を限界まで引き出しつつ、残り四つの内の二つの64倍強化を反射と肉体に振り分ける。それでようやくヴァーリの攻撃を捌く事が出来る。

 

「ほらほらどうした。たかが人間に互角の戦いに持ち込まれてるぞ」

 

挑発を続けながらヴァーリと白龍皇の鎧の能力を見極めていく。素の戦闘能力は生徒会、オカルト研究会のメンバーのトップの部分だけで比較しても2割から8割強。戦闘経験はかなりの物でオレを遥かに超える。だが、格上との戦闘経験は少なめ。死線を潜り抜ける様な戦いは少ない。煽り耐性も低ければ、搦め手にも弱いだろう。ただし、感知能力もそこそこ高いのかラインは見破られている。総合すると真正面からやりあいたくないだけの相手だ。

 

問題なのは白龍皇の鎧の方が問題だ。半減はまだ良い。直接触れなければいいだけで、魔力や光力でコーティングしてヒットと同時に切り離せば本体であるオレに影響は無い。問題は吸収の方だ。効率が良すぎる。半減した物の9割強がヴァーリの物になっている。持久戦は不利な上に攻撃の半分がカットされる。

 

冷静に分析してオレでは白龍皇を倒す事が出来ないことが分かった。ああ、死がすぐそこまで迫っている。人生の中で二番目位に死が確実に近づいてくる。ならば、僅かな可能性にかけるしかないな。

 

徐々に疲れたフリをして速度と力を落としていき、腹のガードを緩める。オレの誘導に引かれて、今まで以上に早く鋭い拳が腹に向かって放たれる。タイミングを誤れば全てがムダになる。

 

オレの方からも拳に向かって突っ込み、ヴァーリの右腕がオレを貫く。激痛に意識が飛びそうになるのを気合いでなんとか繋ぎ止め、残りの二つの64倍強化を肉体とアロンダイトに施す。ヴァーリが腕を抜こうとするのを左腕で抱き込む様に止めて、アロンダイトを右肩関節部に叩き込み、切断する。

 

「ぐわああああああっ!?う、腕があああああ!!」

 

予定では此所までだったが、まだ身体は動く。更に追撃する為にラインでオレと繋ぎ止め、アロンダイトとエクスカリバーの聖なる力を全開にして抱きつく。

 

「や、やめろおおお!!放せえええええ!!!!」

 

それに答える力はもう残っていない。どっちが先にくたばるかのデッドレースだ。保存していた血液や生命力をガンガン費やして、ラインは拘束に使う事だけに専念して、命をつなげる。それ以外の事は何も考えない。

 

 

 

 

 

「ごほっ!?」

 

腹と頭が痛い。身体に力が入らねぇ。何があったんだっけ?

 

「匙!?もう気が付いたのですか?」

 

かなり近い距離から会長の声が聞こえてくる。咽せて苦しい呼吸を整えてから目を開くと、オレの顔を覗き込む様にしている会長の顔が見える。

 

「かい、ちょう?」

 

「まだ動いては駄目です」

 

起き上がろうとすると肩を持たれてそのまま寝かせられる。頭の下に柔らかい物を感じるが、まさか膝枕をされてるのか?

 

「おいおい、もう蘇生したのかよ。早いにも程があるぞ」

 

アザゼルの声がした方に顔を向けて目だけで状況の説明を求める。

 

「どこまで覚えてるから分からないだろうが、ヴァーリに腹をぶち抜かれて変わりに右腕を切り落としただろう?それから聖剣の力を全開にしてヴァーリを殺しにかかって、もう少しでヴァーリが死ぬって所でヴァーリの仲間に頭を殴られて吹き飛ばされて、そのままご臨終だ。死因は出血多量だな。その後は」

 

「会長の悪魔の駒で転生」

 

「怪我の手当ても現在進行形で行ってるがな」

 

言われて気付いたが傍には会長以外にアルジェントさんが居て聖母の微笑でオレの治療を行ってくれている。

 

「それからひとまず戦闘は終了した。今は事後処理中で、オレは念のためにお前達の護衛だ。だから、その神器を引っ込めろ。死んでいたはずなのに悪魔以外近寄らせない様に勝手に動いてたんだぞ」

 

ああ、やはり勝手に動いていたのか。また、守られてしまったか。

 

「匙、どうしたのですか?」

 

「えっ?」

 

「泣いていますよ」

 

右手に力を込めて顔に触れると確かに涙が出ていた。

 

「自分の情けなさの所為ですよ」

 

そのまま右手で顔を隠しながら答える。会長は何かを勘違いしたのか、オレの頭を優しく撫でてくれるが、セラフォルー様の物と思われる嫉妬の殺気がかなりキツい。

 



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5話

「……くっ」

 

ストップウォッチを止めてアロンダイトとエクスカリバーを封印処理が施された鞘に納める。

 

「全開にして立っているだけなのに12分47秒か。戦闘なら5分が限界か。札に制限を掛けられたか。どうするかなぁ」

 

悪魔に成ったの、早まったか?魔力は自分で調達出来る様になったし肉体的にも強くなった。太陽が辛いのも慣れたのなら聖剣の力にもいずれは慣れると考えるしかないか。

 

それに悪魔に成った事で見れなかった世界を見る事が出来る。体験出来なかった事が出来る。生きていると実感出来る。

 

それはオレが生きる最大の理由だ。そこまで考えた所で、そろそろ会長にオレの全てを話さなければならないと思った。もうオレは引き返せない所まで来た。決定的な不和を出さない為にも話しておかなければならない。その覚悟は既にある。後は、タイミングだな。

 

 

 

 

 

 

身分や階級に関係なく誰もが通える学校を作りたい。それが会長の夢。空っぽなオレですら会長の決意に動かされそうになった。動かなかった理由はオレが会長に全てを打ち明けていなかったからだ。だから、ここが本当の分水嶺だ。何の為に生きるか。それを決めなければならない。

 

あてがわれた部屋の窓から翼を広げて屋敷の屋根へと上がる。冥界の空にも人間界と同じ様に月と星が見える。こうして星空を眺めるのはあの頃以来か。眠らない様にする為に星空を眺めるだけの行為だったっけ。

 

しばらく星空を眺めていると少しだけ予想外なことが起こる。誰かがやってくるとは思っていたが、それがセラフォルー・レヴィアタン様であるとは思っていなかった。それも真面目な魔王様の格好でまともな態度でだ。これが常なら会長は苦労しないんだろうな。

 

「少し良いかな?」

 

「眠れないだけですので時間は幾らでも」

 

「なら率直に聞くけど、ソーナちゃんを裏切るつもりなのかしら」

 

セラフォルー様から冷気が伸びてくる。臨戦態勢に入っているのだろう。

 

「そんなつもりは一切ありません」

 

「じゃあ、なんであの時、変な顔をしてたの?」

 

「……オレに動かされる程の心が残ってた事に驚いていただけです」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「そのままの意味です。オレの心は無くなった物だと。そう思っていたのに、残っていちゃ駄目なのに」

 

「な、何を言っているの?生きなきゃ駄目なんでしょ?」

 

「そう、オレは生きなきゃいけない。オレの代わりに死んだ、いや、オレが殺してしまった妹の為に」

 

「えっ!?」

 

「あの男女から守っていたと思ったのに、オレの命の危機に覚醒した『黒い龍脈』は手近に居た妹の命を吸い上げてオレを生かした。日に日にオレの腕の中で弱っていく妹に、オレは追い討ちをかける事しか出来なかった。オレが死んでいれば、生きれたかもしれなかったのに」

 

「ちょっと落ち着いて!!」

 

「何故オレが生きている、何故あの男女が生きている、何故妹が死ななければならなかった、何故、何故、何故!!」

 

「ああもう、頭を冷やしなさい!!」

 

 

 

 

目が覚めるとあてがわれている部屋の天井が見える。

 

「匙、目が覚めましたか」

 

「……会長?」

 

「お姉様に氷付けにされたようです。何があったのかは言葉を濁すばかりで正確な事は分かっていません。何があったのですか?」

 

身体を起こすと会長の隣に正座をさせられているセラフォルー様が目に入る。その顔は何処かばつの悪そうな顔をしている。部屋には二人だけで時間はそれほど経過していないようだ。全部話すにはちょうど良いか。

 

服を脱ぎ、出来る限り隠してきた上半身を曝す。それを見て会長とセラフォルー様が息を飲むのが分かる。全身の至る所にある直径0.5cm程の小さな火傷の痕と小さな刺し傷。オレがあの男女に与えられたもの。それとは別にある銃で撃たれた痕。

 

「オレの世界はアパートの一室と、オレに常にストレスを酒瓶でぶつけてくる男と、オレを灰皿の様に扱う女だけでした。ただひたすら耐えるだけの日々、生きる為に残飯や腐りかけの物を漁り、部屋の隅に居るだけの存在。それがオレでした」

 

「まさか、そこまで」

 

「自分の子供なのに、そんなのって酷いよ」

 

「人間ではありふれた物ですよ。探せば同類は幾らでも見つかる。後に俺が入れられた施設に3人程居ましたから。話を戻します。ある日、女の方をしばらくの間見ることが無くなり、オレの世界に一人加わることになりました」

 

「それが妹さんですね」

 

会長の言葉に首を縦に振る。

 

「妹はオレにとって初めて現れた存在でした。オレより小さくて、弱くて、温かい存在でした。そんな妹にまで手を出そうとする男から反射的に庇い、初めて男と女に反抗する位に、妹はオレにとって大きな存在だったんです。だけど、その反抗が妹を殺してしまう原因になってしまった」

 

「「……」」

 

「反抗された事に怒った奴らは、それまで以上にオレに暴力を振るった。オレの命を脅かす程に。その後、いつ目覚めたのかは分かりませんが『黒い龍脈』が一番近くに居て抵抗出来ない妹の命を吸い上げてオレを生かした。日に日に弱っていく妹が死んだと理解した後の記憶は曖昧で、次にはっきりとした記憶があるのは何処かの森の中に居た事、野生の獣を『黒い龍脈』で命を繋ぎ止めていた事、そして猟師に獣と間違われて撃たれて保護され、施設に入れられた」

 

感情が高まっていくのを感じる。さっきみたいに暴走するわけにはいかない。もっと自分を憎め、恨め。感情を一気に高めろ!!これは懺悔なんかじゃない。オレは許されては駄目なんだ。

 

「生き残ってしまったオレには妹の命で生きていると言う事実が残された。これが産まれたばかりの妹ではなく、優しい母だったなら祝福とも取れた。だが、産まれたばかりの妹であった為にオレには呪いだけしか残されなかった。オレの命は妹の命だ。だからオレは妹の代わりに生きなければならない。すぐに転生悪魔にならなかったのもオレという命を一度終わらせるため。それを終えた今、オレは主である会長のためと、妹のためにしか生きてはいけないのに」

 

なのに、主従関係と関係なくオレ自身が会長の夢を手伝いたいと思ってしまった。

 

「オレは会長の眷属に」

 

相応しくないと続けようとした所をセラフォルー様からの平手で妨げられる。

 

「事情は分かったわ。その上で言わせてもらうけど、複雑に考え過ぎ!!悪魔に転生したんだから、もっと欲望に忠実になれば良いの」

 

「しかし、オレは死んで」

 

「悪魔の駒で蘇った。死んだなんて言わせないし、屁理屈も言わせないよ」

 

そう言ってオレの胸に何かを押し付けてきた。会長が驚いていたが、すぐにオレも驚きで唖然としてしまった。オレに押し付けられたもの、それは悪魔の駒だった。それもセラフォルー様のだ。

 

「ソーナちゃんの駒で蘇った命が妹さんのだって言うのなら、貴方自身の命もこれで蘇った。それで、最初の命令だけど貴方は貴方らしく生きなさい。妹さんの事で悩んだり、自分を恨んだりする事もあるだろうけど、それでも自分の為に生きなさい」

 

「そんなのは無理だ」

 

「無理じゃない。それは貴方自身が証明している」

 

「オレ自身が?」

 

「貴方が困っている人を助けていたのは何故?保護してくれた猟師の人達と交流があるのは何故?それらに妹さんは関係ある?」

 

「それ、は」

 

「貴方が貴方として生きていた証だよ。逃げ道が無いなんて思わないで。誰にでも逃げ道はあるの。だけど、それを選ばない事が力になるんだよ」

 

「オレは、オレとして」

 

「生きなきゃ駄目。自分でどうする事も出来ないのなら、縛って手綱をとってあげる。それが主の義務だよ」

 

滅茶苦茶な理論だった。逃げ道を作っておけとか、悩んだり恨んだりしろって。真逆のことを言われているのに。オレはその言葉で救われた気がした。救われてはいけないはずなのに。

 

 

 

 

泣いているあの子を一人にしてソーナちゃんのお部屋で姉妹水入らずのお話なんて何時ぶりだろう?お姉ちゃん、テンション上がって来たよー☆

 

「ソーナちゃん、あの子をちゃんと見ていてあげてね」

 

「申し訳ありませんでした。お姉様のとっていた変異の駒を使わせてしまって」

 

「いいのいいの♪前から個人的に興味は持ってたし、十分私の眷属としても活躍出来るだけの技量もあるしね♡」

 

実際、並の上級悪魔よりも信用して仕事を任せられると思う。自分の実力を過大評価も過小評価もせずにどんな手でも使える悪魔なんて少ないから。それが一定以上の実力を持つとなると3桁を切る位しか居ない。私の眷属も半分は脳筋だしね。サーゼクスちゃんみたいにもうちょっと人間から眷属を取った方が良かったかな?まあ、今回の件でその枠も埋まったしこれからの成長に期待しておこう。

 

「そうそう、今回の事で変われると思うけど、あの子、精神面が凄い不安定みたいだね。自分の言葉で過去を話して暴走しかけてたのを氷付けにしたっていうの、本当だったでしょ」

 

「私も独自に調べてはいたのですが、まさかあそこまで重い過去を持っていたとは思いもしませんでした」

 

「突っ込み辛い案件だったしね〜、仕方ないと思うよ。いやはや、心ってのは本当に分かり難いよね。これからも少しずつ理解していかないと、あの子、また変な風にねじ曲がるかもしれないしね」

 

「……それはどうでしょうね?」

 

「ほぇ?」

 

「私にはねじ曲がっている様には見えませんでした。匙は、まっすぐに生きていました。ただ、目隠しをしたままで、自分が決めた道をまっすぐに。道が無いのなら作ってでも。見えないからこそ逆に恐怖が無かった。そして目隠しが外れて、いえ、外して歩けなくなってしまっただけ。だけど、私は何もしてあげられなかった。私の眷属なのに、何も」

 

ありゃりゃ、ソーナちゃんまで落ち込んじゃった。お姉ちゃんとしては何とかしてあげたいけど後の成長を考えると下手に手伝うのも問題が出てくるし、どうしよう?

 

結局その場はお茶を濁して乗り越えてくれる事を祈ったんだけど、翌日から二人の間に微妙なすれ違いが生まれて、それに釣られて他の眷属まで不安になって、あの子に至っては黒い龍脈を扱えなくなって、悪い方向にばかり流れてしまった。

 

まずは落ち着こう。落ち着いたらちょっとタイムマシン探してくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ〜、情けない。黒い龍脈が使えなくなっただけでこの様か。ギャスパーをニンニクで潰したまではよかったが、聖魔剣を持ち続けている木場に手も足も出ない程に追いつめられている。なんとか煙幕を使って逃げ切って隠れる事は出来たが、一撃仕掛けるのが限界だ。

 

その一撃は確実に致命傷まで持って行けない。もう一撃が必要になる。木場相手なら一撃目を防がれると同時に死角からの追撃が必要だ。駄目だ、殆ど積んでやがる。笑えてくるわ。オレらしく生きろって言われても、生き方が分からない。

 

オレだって普通に人と人が作る輪の中に入りたいと思っている。だけど、その輪の中に入る方法を知らないんだ。猟師の人達とはいつの間にか入っていた。施設でもそうだ。どうやって輪の中に入ったのかが分からない。正確には輪に入っている事を理解出来ない。

 

生徒会の輪の中に入っているはずだ。同じ会長の眷属で、表向きの生徒会を一緒に運営しているのだ。当然、オレもその輪の中に居る。それなのに輪の中に居ると思えない。

 

今まで目を反らし続けて来た現実にオレは耐えられず、神器を扱えなくなった。聖剣達からは拒絶が強くなった。魔力すらも上手く練れなくなった。精神構造もメチャクチャ。欠陥だらけの存在。それがオレだ。

 

そして会長の兵士であり、セラフォルー様の騎士でもある。このまま引き下がると言う無様な姿を見せるわけにはいかない。最低でも木場を道ずれにしなければならない。だから、そんな必死になってこっちに来ないでくださいよ会長。こんな姿、見せたくないのに。

 

「無事、とは言えませんね。大丈夫ですか、匙」

 

「……なんで、此所に?」

 

いや、オレの所為か。戦況は芳しくない。オレが与えられた仕事をこなせていないから。そのてこ入れだろう。

 

「今は私の話を聞いてください。頼りない王かもしれませんが」

 

「そんなことは……ありません」

 

「いえ、私はあの時何も出来ず、何も言う事が出来なかった。自分を追いつめて苦しんでいる眷属が目の前に居るのに、言葉だけの慰めすら出来なかった」

 

確かにそうだったけど、あれはセラフォルー様が居たからで

 

「お姉様がいらしたおかげであの場は綺麗にまとまりました。ですが、もしお姉様が居られなければ、どうなっていたか。私は悪い方にしか流れないと、そう思っています。だから、私の元に居るよりもお姉様の元に居た方が良いのではないかと、ずっと考えていました」

 

そんな、オレなんかの所為で会長が悩んでいたなんて

 

「このゲームが終わった後、お姉様の元に行く様に提案するつもりでした」

 

会長の言葉に頭を思い切り殴られたような、そんな感覚がした。会長の元から離れるなんて、嫌だ。オレは会長の夢を手伝いたいと心から思ったのに。だけど、オレが傍に居る事が会長を傷つける行為なのだとしたら離れる方が良いのではないのかと言う考えに板挟みになる。

 

「ですが、それを知った椿に怒られました。王として自ら考えた結果ならともかく、流されて出た答えで眷属を放そうとするなって。匙の事を考えているようで、ただ逃げているだけだって」

 

よく見れば会長の右頬が赤くなっている。

 

「匙、私は貴方の事を分かってあげる事が出来ない。だから、教えて貰えますか。貴方はどうしたいか、どう思っているのかを」

 

「……オレは、会長の夢を聞いて、手伝いたいって。身分が低い、力が弱い、そういった者のための、オレみたいな奴を作らなくて済むかもしれない。オレみたいな奴が増えても、ど、何処かで、孤独を感じる奴が、増えるだけなんて嫌だから。そのために力を振るいたい。嫌いだけど大切な、大切だけど大嫌いな、醜い欠陥だらけのオレ自身を捧げられたのなら、少しは妹に顔向け出来るかもしれないから。オレは貴女の夢を手伝わせて」

 

口から零れるこれはオレの本音だ。だけど、違和感を感じる。これはなんだ?オレは何かを間違えている。気持ち悪い。なんだ、一体何を間違えている。

 

一瞬だけエクスカリバーとアロンダイトが聖なる力を解放する。その痛みに顔を歪め、睨みつけて、理解した。匙元士郎がどうやって人の輪に入っていると感じられる様になるのか。そして何を間違えていたのか。

 

そうだ、そもそも匙元士郎は妹の命を演じる為に生きて来た男だ。オレの本来の名は■■■■■。あの男と女によって産み出されたストレス発散用の道具だった本来のオレ。そんなオレの本音は誰かと繋がっていたいという生物としては普通の事。そして繋がる為の手段をオレは一つしか持っていない。

 

オレは痛みを与えられて、それを許した相手としか繋がる事が出来ない。そういう風に歪んでしまったのだ。猟師には間違って撃たれ、施設の奴らとは些細な事で喧嘩になって、セラフォルー様には平手を貰い、エクスカリバー達には身体を焼かれ、会長には、そう、角でぶつかって偶々会長が持っていた荷物が鳩尾にクリーンヒットしたんだっけ。

 

たったそれだけのことなんだ。オレの欠陥は。

 

そう理解しただけで身体が軽く感じる。そしてオレ自身の本音も分かった。

 

「オレは、匙元士郎は会長の夢を手伝いたいんです。そして■■■■■は、ただ貴女の傍に居たいんです。それがオレと、妹の命を使って来たオレの本音です」

 

「■■、それが本当の名前なのですね」

 

「あの男と女に与えられた物なんて全部捨てたつもりだったんですけどね。捨てれなかった様です。やっと向き合えた。会長のおかげです。会長は否定するかもしれないけど、今ここでオレがちゃんと過去に向き合えたのは会長があの町外れの廃墟で悪魔である事を知る前に、オレと出会って、痛みを与えてくれたから」

 

「痛み?」

 

「オレの日常は暴力に、痛みに染まっていた。与えられる痛みが誰かと繋がるための道具になった。それをオレは理解出来なかった。オレはちゃんと誰かと繋がってるし、新しく繋がる事も出来る。オレはもう、孤独に怯える事は無いんです」

 

「匙、貴方は乗り越えたのですか」

 

「いいえ、向かい合っただけです。乗り越えられるかはこの先次第。その為にも、貴女の傍に居させてください。我が『王』よ」

 

「何も出来ない情けない『王』の元で良いのですか?」

 

「今は何も出来なくとも、未来の事は分かりませんよ。それとも今のままで燻り続けるおつもりですか?」

 

オレの言葉に会長の目に力強い光が見えるようになる。

 

「……私は良い眷属に恵まれた様です」

 

会長は立ち上がりながらポケットから小瓶を取り出す。試合前に配布されたフェニックスの涙だ。

 

「大まかな指示だけ出します。ここからリアスの本陣までの敵を撃破しつつ、プロモーションを狙うフリをしてリアス達を本陣付近に誘導。その後リアス以外を全て取ります。その間、私達は時間稼ぎを行います。行けますね、匙」

 

「イエス、マイ・ロード」

 

フェニックスの涙を受け取り、二振りの聖剣と共に駆ける。今までのように聖剣に身体を焼かれる事なく、アロンダイトの肉体強化にエクスカリバーの天閃、透明、夢幻、祝福を発動させる。まずは木場からだ。

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあの状況から、完全にひっくり返されるなんて」

 

「アレだけボロボロなのに真正面からでも強いし、上手い。これが匙の本気なのかよ」

 

グレモリー先輩達の本陣に、このゲームの参加者達は揃っている。こっちで残っているのは満身創痍で未だに黒い龍脈が使えないオレと魔力が半分程の会長と退場していないのが不思議な程消耗している真羅副会長と由良さん。対する向こうは魔力が殆ど残っていないグレモリー先輩とアルジェントさんが最後の力で傷を全て癒した兵藤。

 

笑いたくなる位に状況は劣勢だ。魔力がほとんど無いグレモリー先輩でも魔力が完全に0でない以上、兵藤の倍化で増やせる。兵藤を抑えきれるかどうか。この戦いの勝敗の分かれ目はそこだ。

 

小細工の道具はあるが、場所も悪ければ時間も無い。真っ向からどうにかしなければならない。奥の手は残しておきたい。アレは今後も使える貴重な物だ。ここで切る訳にはいかない。

 

ならば黒い龍脈を再び覚醒させる。この身に黒い龍脈は眠っている。失った訳では無い。そこにあるのを感じる。それを再び目覚めさせる。

 

神器は本来強い感情によって目覚める。オレは命の危機から目覚めた。その後も使えた理由はオレが■■■■■を殺そうとしていたから。そう考えるのが妥当だろう。だから、強い感情によって呼び起こす必要があるのだろう。その為には本気で戦うしかない。

 

「オレはまだまだ本気じゃないぜ、兵藤。三大勢力の会談の前にも言った通り、オレは手数と種類で力の弱さをカバーするってな」

 

ガンベルトを改造して鞘を取り付けたそれにエクスカリバーとアロンダイトを納め、上着の内側からはぐれ神父達から奪った銃を取り出してグレモリー先輩に向かって発砲する。それを、兵藤が盾になる?何をやっているんだ?修行した結果、普通にある程度の魔法は使える様になっていた。それなのに身体を盾にする?何故赤龍帝の篭手の力を使わない。既に8倍は溜まっているはず。

 

「ドライグ、まだなのかよ!!」

 

その言葉を聞くと同時に再び聖剣を抜刀して距離を詰める。エクスカリバーの力を引き出せる体力はもう無い。近づいて、二人まとめて斬り捨てなければヤバいと本能と思考が訴える。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!』

 

その音声と共に兵藤が赤いオーラに包まれ、そのオーラの中から赤い鎧が飛び出し、殴り掛かってくる。それをエクスカリバーとアロンダイトをクロスさせて受け止め、砕け散る聖剣達と共に壁に叩き付けられる。

 

「匙!!」

 

飛びそうになった意識を会長の声を支えに踏み止まる。どれだけのダメージを貰ったのかを調べる。身体のあちこちに、エクスカリバーとアロンダイトの破片が刺さり両腕の骨が折れている。あれが、禁手化した赤龍帝の篭手の力なのか。

 

壁を支えに立ち上がると兵藤が会長に向かってそこそこ大きい魔力弾を撃っていた。それを真羅副会長と由良さんが会長を突き飛ばして魔力弾に飲み込まれる。

 

『ソーナ・シトリー様の女王、騎士1名リタイア』

 

このままでは負ける。駄目だ、そんなことは。会長の夢が、オレの夢が、冥界で会長の夢を望む者達の為にも、こんな所で、負ける訳にはいかない。目指す物が曖昧な相手に、夢を潰されてたまるか!!起きろ、黒い龍脈!!夢を守る為に目覚めろ!!

 

「目覚めやがれ!!ヴリトラ!!」

 

アザゼル先生から聞いた黒い龍脈にその魂の一部を封じられている竜の名を叫び、それに応えるかの様に身体の奥から力が戻って来る感覚が起こる。そして、以前よりも莫大な力が沸き上がる。おそらく、これは

 

「禁手化!!」

 

禁手化と共にオレの中で一つの意思が完全に目覚める。

 

いつのまにかオレは自分すら見えない闇の中に立っていた。

 

『バラバラにされたとは言え、龍すらも変容させる程の力を持った存在か』

 

闇の中から何かの声が響く。

 

「お前がヴリトラなのか?」

 

『確かにそうだった』

 

「だった?」

 

『お前がオレの力を変に発展させたが為にオレの魂も変容してしまった。もう昔の姿には戻れんだろう』

 

「それはすまない事をしたな。だが、謝らん!!」

 

『構わん。オレはもう死んだと思っていたからな。それに、オレが知らなかった力を知れたのは面白い。一つ頼みがあるとすれば更なる高みを目指し、変わっていけ。オレの残りの力も集めた上でな』

 

「なら今から高みに居る二天龍の片割れを地に落とすぞ」

 

『ああ、やってみせろ。我が半身よ』

 

闇とオレが一体となり、形を変えていく。龍を模した漆黒の鎧に一切の穢れを持たない純白のマント、腰には灰色の剣が一振りずつ。そして背中には悪魔と龍、それに堕天使の翼一対ずつ。そしてそれがどんな力を持つのかが感覚的に理解できると共に、オレの身体で異常が発生しているのも分かる。余裕は無い。だが、赤龍帝を地に引きずり落とすには十分すぎる。

 

気付けばオレは兵藤に叩き付けられた場所に立っていた。兵藤はオレを見て驚いている。その姿は隙だらけである。

 

迷わずオレは黒い龍脈の禁手の力をフルに活用する。その力で肉体をブーストし、一瞬で距離を詰めて、左腰に差してあった灰色の剣で、聖魔剣エクスカリバーで兵藤の鎧を粉々に砕く。そして右腰に差してある聖魔剣アロンダイトで左腕を切り落とす。

 

「ぎゃあああああああ!?!?!?」

 

切り口から血が吹き出ている兵藤を殴り飛ばしてリタイアさせる。

 

『リアス・グレモリー様の兵士1名リタイア』

 

切り落とした左腕もちゃんと転送されたのを確認してから、グレモリー先輩に聖魔剣を突きつける。

 

「チェックメイトです。グレモリー先輩」

 

「くっ、一体それは」

 

「黒い龍脈の禁手の亜種、いえ進化した姿。『混沌龍の騎士鎧(アブソーブ・ナイトメイル)』無限に進化し続ける究極の神器!!会長の夢の障害を全て排除してみせる!!」

 

オレの気勢に飲まれて、グレモリー先輩からリザインの言葉が零れる。試合終了のアナウンスが流れ、会長がオレの方にやってくるのを見た所で意識が途切れる。

 



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6話

リアスとのレーティングゲームの後、匙は意識を失い、高熱を発したまま目を覚まさない。アザゼル様とアジュカ・ベルゼブブ様が匙の禁手化の際に言った言葉から何らかの変化が起こっていると予想され、アザゼル様のラボに運び出されてから三日。ようやく一通り調べ終わったと言う事で私達に結果を伝えるためにアザゼル様のラボに招待されました。

 

「それで、匙の診断結果はどうなりましたか?」

 

「あ〜、アジュカと共に調べてどうなっているのかは分かったが、どうすればいいのかはさっぱりだな。熱は下がったからとりあえず命に別状は無い。と思いたい」

 

「どういうことですか?」

 

「一つずつ話す必要があるな。調べていった過程と結論、どっちから聞きたい?」

 

「結論からでお願いします」

 

「了解だ。結論から言えば匙は悪魔から別の物へと転生している途中だということだ」

 

「悪魔から?それは別の種族へということですか?」

 

「そうだと言いたいんだが、重要なのは転生する物はおそらく新たな種族としてだ。判明した情報を元にオレとアジュカで器人と名付けた種族へな」

 

「器人、ですか?」

 

「禁手化した際に背中に悪魔以外に龍の翼があるのは、龍系統の神器の禁手化で発生するパターンがあったからおかしな事ではないんだけどな。そこに追加で堕天使の翼が生えたのは異常だ」

 

「それはそうですが」

 

「その後の一誠の赤龍帝の鎧を粉々に砕いた剣は聖魔剣になったエクスカリバー、腕を切り落としたのは聖魔剣になったアロンダイトだ。だが、禁手化が解けた後、それらの姿は無くなった。そして一瞬で距離を詰めた強化は劣化しているが赤龍帝の倍化で、更に言えば劣化している白龍皇の半減も確認された。負っていたはずのダメージもある程度回復していた。そして無限に進化し続ける神器だと本人が言っていた。これらから、あの禁手化の能力は吸収出来る物が更に増えた、それこそ相手の神器や種族特性までも取り込み、自らの物にしてしまう神滅具に認定される代物だ。取り込んだ能力を溜め込む人の形をした器。だから器人だ」

 

「特性などを取り込むのは分かりましたが、それだけでその器人と言うのは早計なのでは?」

 

「まあ続きを聞け。器人だと決定付けなければならない理由はこれだ」

 

アザゼル様が取り出したカルテらしき物は専門用語が多過ぎて何が書かれているのかがよく分からない。何かが埋め込まれているのだけは分かったが。

 

「さっきも言ったが、禁手化が解けた後にエクスカリバーとアロンダイトが消えた。現場にもほんの少しの破片が残っていただけだ。じゃあ、何処に消えたのかだが、それが答えだ」

 

「まさか」

 

「一誠の攻撃で砕け散った聖剣の破片が匙を襲い、そのまま核になる部分までもが身体に埋まった。幾ら聖剣が認めていたとしても聖なる力の塊を埋め込まれて悪魔が助かる訳が無い。おそらく黒い龍脈が使えなかった間は少しずつ身体が変容していたんだろうな。それが禁手化で強制的に進んで、今は落ち着くまで休眠していると思われる。目覚めれば、これからも新たな力を取り込んで己の物にするための人の形をした器が完成しているだろうな。ああ、別に意思が無くなったりする事は無いはずだ。指向性の無い力を取り込んだ所で強靭な意思の力を消す事は出来ないだろうし、混じる事も無い。そこら辺は少しだけ起きたヴリトラに確認してある」

 

途中まで匙は匙として生きられるのかを心配しましたが、ヴリトラからもそう言われて肩の力が抜けた気がします。

 

「それから確認しておきたいんだが、匙に入れた悪魔の駒って兵士が4個に他の奴の変異の騎士が1個か?」

 

「ええ、そうですが。まさかそちらにも変化が?」

 

「確認されたのは変異の騎士が1個、そして変異の兵士が1個、残りは変異し続ける謎の3個だ。確認して仮称を付けたのが全部で6種。城塞、重兵士、弓兵、騎兵、重騎兵、そして暗殺者だな。アジュカは今はそっちを調べてる。現在分かっているのは、城塞と重兵士は戦車と兵士を強化した様な物で、騎兵と重騎兵は騎士と戦車を足して割った様なもんだ。それが速度に振られたか力に振られたかで騎兵と重騎兵に分かれる。弓兵と暗殺者なんだが、こいつは完全な新種らしいから詳しい事は分かっていない。正確に言えばこの6種全部だがな。細かいことは本人が目覚めるまでは分からないだろうな。予測だが更に言えばこいつらもこの先種類が増えていくだろうな」

 

そこまで話した所で背の小さい金髪の堕天使が資料を持ってやってくる。

 

「アザゼル様、調べ物が終わったっす。予想通りヴリトラ系統の神器所有者達が倒れてるみたいっすね。偶々死刑囚の所有者が居たんで摘出してみたっすけど、所有者は死ななかったっすね。それと同時に何人かが回復したんっすけど、たぶん同じ神器の所有者だと思われるっす」

 

「回収したのはなんだ?」

 

「たぶん龍の牢獄っす。アザゼル様に貰った資料とちょっと違うっすけど、抜き取った後に変化し始めたんで、たぶん、あの匙ってのしか受け入れられないと思うっす。他のも抜いてきます?」

 

「出来るだけ人間社会に問題が無い奴からな。死刑囚か、後戻りが出来ない奴に最大限の便宜を図った上でだ。予算は渡してある中から使え、足りないようなら追加でも出すから早急に集めろ」

 

「了解っす」

 

退出していく前に金髪の堕天使はアザゼル様に何かを渡していく。おそらく先程の会話に出ていた龍の牢獄だろう。

 

「確かに変化しているな。より深い物になったとでも言うべきか。五大龍王の一角すらも変容、いや、進化させる程の強大な才能と意思の力。とんでもない奴だよ。今はまだオレ達の手に負える程度だが、この先どうなることやら。正直に言っておくぞ、ソーナ・シトリー。匙の存在を危険視する奴がこの先必ず現れる。眷属から外す事も一つの選択に「入れませんよ」……分かって言っているのか?」

 

「ええ。匙だけでなく私や眷属の命を狙われる事も、私の夢の障害が増えるかもしれない事も、今以上に厄介事や陰口が増える事も。でも、匙を眷属から外せば私の夢を私自身が否定する事になる。そして匙自身も。だから、選択肢には入れれませんし、例え入れる事が出来たとしても入れません。私は匙の『王』ですから」

 

「……若いっていいねぇ。オレも後200歳程若かったらなぁ。ああ、そうだ。忘れる所だった。お前達を呼んだのは匙の事だけじゃない。サーゼクスの奴に約束させられた人工神器の譲渡。試作段階の物ばかりだからな、調整も必要になって来るはずだから此所に直接来れば良い。質問でも何でも構わないぞ。あと、月1で構わないからレポートの提出も頼む」

 

これはたぶん、アザゼル様からの気遣いですね。そこまで細かい調整は必要無いでしょうから、匙の事を見舞いに来やすい様にしてくれたのでしょうね。皆もそれが分かっているのか嬉しそうにしていますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アザゼル先生のラボから退院とでも言えば良いのか分からないが、とりあえず出撃許可が降りた。そしてアザゼル先生からの指令を受け、会長に上申した結果、禁手と新しい身体の慣らしも兼ねて神との殺し合いに向かう。

 

翌日、北欧の神オーディン様と日本神話との会合のホテルの屋上に会長やグレモリー先輩達とは別に透明の聖剣の力でこっそりと隠れていたのだ。そのまま転移にも巻き込まれても隠れたまま待機する。

 

オレの役割はイレギュラー時の対応だ。だから出番はまだ先だろうと思っていた。予定通り白龍皇とフェンリルが別の場所に転移し、ロキが更に二頭のフェンリルを呼び出した事で出番が早くなる。二頭のフェンリルの間に風上から移動して立ち、体内からエクスカリバーを引き抜き、擬態と破壊と祝福の力で一薙ぎで二頭の両手足の健と頸動脈を斬る。

 

「所詮は野生を忘れた飼い犬か。神殺しの看板はオレが貰ってやるよ」

 

倒れ伏す二頭にラインを繋げてその血を取り込む。しかし、神殺しと呼ばれる様な力が宿っていない事に気付く。どうやら牙に神殺しが宿っているようだ。牙にラインを繋いで神殺しの力を貰おうと思ったのだが、牙に触れた途端千切れる。なるほど、神殺しとは名ばかりで神に特化しているのではなく神をも殺せる力を持っているだけか。特性でない以上、吸収する事は出来ないか。

 

神殺しは諦めて会長の方に合流しようと思っていたら、ロキから何かが放たれた。狙いはオレの横に居る二頭の頭。すぐさま邪龍の黒炎で焼き払う。

 

「何のつもりだ、ロキ」

 

「役に立てないようだから捨てるだけだ」

 

その言葉に二頭が暴れだす。当然だろう。巣立ちならともかく、親に切り捨てられるのは言葉で表す事は出来ない。それを平然とやるロキは最低なゴミクズ野郎だ。

 

二頭の頸動脈に付けた傷をラインで治療してエクスカリバーを体内に戻してから力を完全に解放する。そしてなんとかしようとする二頭の前に腕を差し出し、食いちぎらせる。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

「……」

 

この戦場に居る会長を除く全員が驚く中、ラインで両腕の止血だけを済ませ、ロキ達から距離を取る。

 

「これでこいつらは最低限の仕事はこなしたはずだ。下げろ」

 

「まさか死に損ないの為に両腕を差し出すとは笑えるわ。まあ、少しは役に立ったか」

 

その言葉に二頭が喜びを表そうとして、ロキの魔力弾に身体を貫かれる。

 

「役には立った。だから楽にしてやる。健の再生は面倒だからな。代わりも居る以上、捨てるのが一番だ」

 

命が失われていく二頭にオレは歩み寄り、ラインで二頭が寄り添える様に移動させる。二頭は残る全ての力を使って互いの毛繕いを行い、それを邪魔する様にロキが再び魔力弾を放とうとする。ここまでで十分だ。ロキには一切の慈悲を与える必要は無い。世界に罅が入り、砕け散る。

 

「何が、起こった!?」

 

ロキの言葉がこの場に居る全員の思いをまとめている。

 

「夢幻の聖剣、それの真の力だ」

 

体内の聖剣の力を抑えながら呼吸と思考を整える。

 

「基点となったのはオレがこいつらの頸動脈を塞いだ後、そこからこの場に居る全員を全く同じ夢の中に引きずり込んだ。誰もが夢だと気付かなければそれは現実となる。一種のタイムスリップと言っても良い。アレは(現実)に起こった事だ。ゆえに、オレは貴様を絶対に許さんぞ、ロキ!!絶望を貴様に与えよう、禁手化!!」

 

混沌龍の騎士鎧を身に纏い、聖魔剣の代わりに作り出した聖魔剣と同じ力を持ったハンドガンを抜いてロキに発砲する。弾丸に破壊、バレルに天閃と透明、マガジンに祝福の術式を展開し、弾丸自体も聖魔剣の欠片を用いてある。それの威力を倍化の力で16倍にして全弾を叩き込む。神の特性に気付いたオレが出した神殺しへと至る為の手段だ。

 

神は恐ろしく頑丈であり、強大な力を持っている。だが、それだけだ。人外の壁を越えた先、それが神である。それだけの事なのだ。何か特別な力が必要な訳では無い。だからこそ赤龍帝と白龍皇は恐れられた。

 

元から強靭な肉体を持つ龍の力が倍化で強化される、龍以下の力にまで落とされる。それも簡単にだ。オレもいずれは簡単に神殺しを為したいが、小細工を色々してようやくか。

 

10発の弾丸に撃ち抜かれて地面に落ちたロキに素早く近づき、ロキの全身を覆う様にラインで覆い尽くす。そして、神を理解する。オレの予想は半分以上当たっていた。

 

神は恐ろしく頑丈であり、強大な力を持っている。そして、それとは別に普通の人外の力も存在している。とはいえ、こちらの力は精々が下級程度の力だ。おそらく、神という力の塊に属性を加える為だけの物なのだろう。神の証である力の塊を全て取り込み、両手足の関節を外してラインから解放して二頭のフェンリルの前に投げ捨てる。力を抜き取った時点でロキは意識を失っているので楽な作業だ。

 

「お前達の好きにしろ。言葉は分かっているのだろう?もうそいつに神と呼ばれる資格も力も無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、二頭のフェンリルはロキに捨てられた。このままではロキ共々処分される事になると言うので使い魔として引き取った。一番の戦功を上げていたので殆ど問題無く、躾だけはちゃんとする様にと言われただけだった。名前はスコルとハティだそうだ。とりあえず山をまとめて幾つか購入して野生を思い出させる事から始めよう。

 

深夜から明け方にかけて夜通しで鬼ごっこを行う。時間区切りで追う側と追われる側を交代する。捕まれば食事を一部献上する事になるので全員が本気だ。月明かりの中を五感をフルに活用して疾走する。時に痕跡を残す事で逆に誘導したり、簡単な罠を仕掛ける。

 

本日3回目の鬼ごっこの最中にデカイ魔力とその魔力とのラインを感じ取る。何の用かは分からないが周りにはオレしか居ない以上、オレに用があるはずだ。犬笛を使ってスコルとハティに鬼ごっこの中止と集合を伝えてセラフォルー様の元へと向かう。

 

「このような格好で申し訳ありません」

 

ほぼ同じタイミングでスコルとハティも到着する。威嚇しようとするのでハンドサインで止める様に指示する。

 

「ほぇ〜、一週間でよくそこまで」

 

「こちらの言葉を理解出来ているおかげです。それにまだ子供のおかげで飲み込みも早いですから」

 

「大きさは元ちゃんが制限したの?」

 

「いえ、スコルとハティが自分で考えた結果です。見ての通り大型犬より少し小さい程度が山では動きやすいですから。銀毛も泥で汚して森に溶け込みやすくしていますし。まあ、オレもなんですが」

 

ギニースーツに枝や葉を大量につけて、顔に泥を塗りたくってある。無論、泥は綺麗な土と水を混ぜて作った物だし、数時間毎に洗い流しているので衛生上は問題無い。ちょっと山奥まで入れば滝もあるし、魔術を使えば湯も沸かせるからスコルとハティを洗ってもやれる。綺麗に乾かした後のあのふかふか感が最近癖になっている。それはともかく顔の泥だけは落としておこう。失礼だからな。

 

「それでどうしたんですか、こんな時間に?」

 

「様子見♡アザゼルちゃんの所から戻ってから見てなかったから、大丈夫かなって☆」

 

「心配をおかけしました。身体の方は、報告が上がっていると思いますがアザゼル先生とアジュカ様の検査の結果、悪魔とは別の身体に、器になってしまったみたいです。容量がどんな物なのかは、この先、自分で判断するしかないみたいです。今の所は問題在りません」

 

「心の方は?」

 

随分ストレートに聞かれるな。まあ、大丈夫だと分かっているんだろうな、この方は。

 

「殆どは、整理が尽きました。あとは、あの男女の事だけです。匙元士郎としては恨んでますし、憎んでます。だけど、■■■■■としてはどう思っているのか曖昧なんです。ほとんど怖いとしか思ってないのに、肉親の情が、ほんの少しだけあって、その所為で決着を付けれない状態です」

 

オレの何とも言えない雰囲気にスコルとハティが身体をすり寄せて慰めてくれる。

 

「ありがとう、スコル、ハティ」

 

「……ちゃんと笑えるみたいだし、時間が解決するかな」

 

セラフォルー様が小声で呟いた言葉を拾う。見た目と趣味に騙されやすいけど、セラフォルー様は優しくてしっかりしていて、会長に似ている。二人を分けているのは経験の差だな。

 

「大丈夫そうだから、私はソーナちゃんの所に行ってくるね♪」

 

「ああ、セラフォルー様、少しだけ良いですか?」

 

次に何時会えるか分からない以上伝えておかなければならないことがある。

 

「何かな?」

 

「オレを、オレ達を救ってくださり、本当にありがとうございます!!」

 

地面に額を着けて感謝の言葉を伝える。

 

「あの時、セラフォルー様が居られなければ、心の整理も着かないままで、会長とも本音で話し合う事もできずに、■■■■■を殺し続けたままでした。たぶん、一生まともに笑う事も出来ずに、生きる事に疲れて無茶をして命を散らしていたはずです。今此所でこうして笑えるようになったのも、セラフォルー様のおかげです。この御恩は絶対に返してみせます」

 

「なら、もっと力と、男も磨かないとね♪実戦では必要無いんだけど、政治云々が関わってくるとやっぱり華がないとね☆」

 

「その辺りは何となく分かります。今まではどうしようもありませんでしたが、混沌龍の騎士鎧が使える様になった今なら華も持てるでしょう」

 

「それなんだけどねぇ〜、ほら、アロンダイトを渡したときの事を覚えてるでしょう?」

 

「『話術も詐術も立派な武器』、グレモリー家主催のパーティーの時にも色々とそれで縁が出来ました。オレは、ようは、使い分けだと思っています」

 

「それは分かるし、サーゼクスちゃんとかアザゼルちゃんとかも賛成してくれるだろうけどねぇ。何か個人的に気に入っている帽子とか顔周りの装飾具とかトレードマークになる物とか愛用してない?」

 

「顔周りの装飾具やトレードマークですか?一応、顔がばれると不味い時に使ってるゴーグルとマフラーなら。後は黒いフード付きのコートも」

 

収納の魔法陣からその3点を取り出してみせる。

 

「へぇ〜、少しの間借りていっても大丈夫かな?」

 

「最近は使う機会もありませんし、予備もありますので。今後ゲームの際はスタイルに合わせます」

 

「うんうん、話が早くて助かるわね♪ソーナちゃんの方には私の方から話しておくからそっちでも頑張ってね☆」

 

「ご期待に応えて見せます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は千客万来だな。山に転移して来た者の魔力で目が覚める。スコルとハティを引き連れて山頂付近の小屋から山を下っていく。そこに居たのは切り落としたはずの腕があるヴァーリと知らない男とスコルとハティよりも一回り大きいフェンリルだった。

 

「ヴァーリか、良い顔をする様になったな」

 

「そういうお前もだろう、混沌龍王」

 

「否定はしねえよ。それで、何のようだ」

 

ヴァーリに尋ねながら敵意は無い様なのでハンドサインでスコルとハティを自由にさせる。先程からヴァーリが連れているフェンリルを気にしていたからな。たぶん、親だろう。

 

「ほう、そこまでフェンリルの子を操れるか」

 

「訂正してもらおうか、スコルとハティはオレの家族だ」

 

「そうか、操ると言うのは悪かった」

 

「分かってもらえたなら良い。話は戻るが、何のようだ」

 

「まずは礼を言おうと思ってな。お前のおかげで、オレは強くなれたし素直にもなれた。思ったよりも気が楽になったし、余裕もできた。その礼と言う訳ではないが、オレ達が求めた目的を達成した以上、お前が持っていた方が良いと思ってな。アーサー」

 

「アーサー・ペンドラゴンと申します。以後、お見知りおきを。こちらは行方知れずだった最後のエクスカリバー、支配の聖剣です」

 

アーサーから支配の聖剣を受け取り、体内のエクスカリバーの核に混ぜ込む。そしてある事に気付いた。7本の聖剣を束ねても、伝説には絶対に届かない事に。お前は既に死んでいたのだな、エクスカリバー。

 

7つの核を一つにしてみて分かったのだが、それだけでは綺麗な核にならないのだ。もう一つか二つ位核があったはずなのだが、回収し損ねたのか、あるいは完全に消滅してしまったのだろう。伝説のエクスカリバーは死んでしまったのだ。エクスカリバーの自己主張が激しいのも、足りない物を埋めようと必死だったのだろう。

 

オレにはその足りない物を埋める事は出来ない。出来るとすればエクスカリバーを作った者、伝承なら湖の精霊から貰ったのだったっけ。そいつの元に戻して今の姿を材料に打ち直してもらうしかない。情報屋に金を積んで調べさせるか。

 

「わざわざすまなかったな」

 

「かまわん、お前には色々と借りがあるからな」

 

「借り、ね。ヴァーリ、お前の夢ははっきりとしたのか?」

 

「ああ、オレの夢は二つある。同じ方向にそれらがあるが、どっちが近いのか分からないからな。糞爺を殺す、そしてグレートレッドを倒して真なる白龍神皇になることがオレの夢だ!!」

 

「あんまり変わってねえな。だけど、以前よりも強くなったな、心が」

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

「オレか?オレも夢が二つあるな。方向性も、まあ似た様な方向だな。オレは会長の夢を手伝いたい。オレ達の様な弱者に手を差し伸べようとする会長の夢をな。それを達成する為には力が要る。天に居る赤と白を地に引きずり降ろして混沌が天を制してやる」

 

「赤龍帝と白龍皇を地に引きずり落とすか。おもしろい、いずれ決着を着ける時が来るか」

 

「ああ、だが、それは今じゃない。邪魔する敵はよりどりみどり。メインディッシュはまだまだ先だ」

 

「ふっ、違いないな。それに赤龍帝はまだ店に入荷していないからな。あれはまだ育てた方が良い。無論、オレ達もだがな」

 

「分からないでもない。あいつの成長具合には嫉妬するな。まだ半年も経っていないって言うのに。オレとは方向性が違うとは言え、あそこに辿り着くのにどれだけ時間がかかったことやら。無い無い尽くしで小技で生き残って来たオレには羨ましい」

 

「ふっ、確かに才能も力も持っていないな。だが、お前は強い。そして強くなり続けるのだろう?」

 

「当然だ。オレの成長の向きはお前達とは違うからな。大量の手札を組み合わせて戦うのが基本だったしな。禁手で正面からの殴り合いも出来る様になったが、今までのスタイルは捨てられない。オレの手札に強力な札が加わっただけだ。これをどう使っていくかでオレの強さは変わってくる」

 

「ならばオレも、お前に負けないように手札を増やすとしよう。お前達とは違って才能はあるらしいからな」

 

「言ってろ。才能が無くても、努力次第でどうにでもなる事を示してやる」

 



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7話

グレモリー眷属VSオレ一人という変則レーティングゲームの開催が決定した。会長の指示で戦った場合、オレの持ち味が生かしきれておらず、観戦していた悪魔達から不満の声が上がったのだそうだ。そのために急遽組まれたレーティング。ハンデとしてルールとフィールドはオレの希望に合わせてくれるそうなのでフラッグストライクのディフェンスを貰い、フィールドは前回と同じショッピングモールにしてもらった。

 

フラッグストライクとはオフェンス側とディフェンス側に分かれて行うレーティングゲームで、通常のレーティングゲームの勝利条件に加えて、オフェンス側はフラッグを破壊することでも勝利となり、ディフェンス側は制限時間までフラッグを守れば勝利となる。そしてディフェンス側は先に会場入りし、フラッグの位置を決定してから罠を仕掛けることが許されている。フラッグは一度設置すると場所の変更はできない。

 

他は通常のレーティングゲームと変わらない。まあ、オレがやられれば負けだな。そして向こう側もグレモリー先輩がやられれば負けだ。

 

さて、ゲームに向けて色々と調査と調達にいきますか。

 

 

 

 

 

よし、罠はこんなものでいいだろう。あとはスモークを大量に焚けば準備は完了だ。セラフォルー様の要請通りにフード付きのコートとゴーグルとマフラーがちょうど良い。それらに加えてグローブと特注の靴を用意してある。さて、敵がどこにでてくるか。確率は5分の1。出来れば前回の本陣だったフードコートはやめてほしい。

 

アナウンスと同時に感知結界に反応有り。場所は、ショッピングモールの南側出入口。よっし、ベターな位置だ。素早く音を立てずに移動してスモークに驚いて戸惑っているグレモリー先輩達の元に忍び寄り、アルジェントさんの口元をガムテープで塞いで、後手に手錠で拘束して拉致する。そのままスモークの薄い位置まで連れて行き、手榴弾型の聖水散布装置の上に横たえる。

 

「起き上がるとレバーが起きる。そうすると高純度の聖水200mlが散布される。一発リタイアは確実だ」

 

アルジェントさんにそう告げてからその場を離れてグレモリー先輩達を確認しに行く。魔力でスモークを散らしたのか、少しずつスモークが薄くなっていたので予定を変更して吹き抜け部分の天井にワイヤーアンカーを使って張り付く。スモーク内でゴーグルを赤外線スコープに交換して様子を伺う。

 

全員が一塊になって周囲を警戒しながら移動しているようだ。だが、上への警戒が薄い。たぶん、飛行などに使う魔力や黒い龍脈の力を感知するつもりなのだろうが、想定が甘すぎる。最後尾にいるゼノヴィアさんが通り過ぎたところで追加のスモークグレネードををグレモリー先輩達の前方に向かって投げると同時に天井から急降下、スモークグレネードの方に意識が行っているゼノヴィアさんに裸締めを決めると同時に再び天井に戻る。ほとんど抵抗なく10秒程でゼノヴィアさんが意識を失い、転送され、って今の転送で場所がバレる!?

 

ワイヤーをある程度伸ばしながらブランコの要領で2階に飛び降りて逃走する。

 

『リアス・グレモリー様の騎士、リタイア』

 

わざと音を立てながら走り、おもちゃ屋にまで誘導する。展示されているおもちゃのスイッチを全て入れて、その中に改造して用意したエクソシスト達が使う銃とカメラを取り付けた戦車を3台紛れ込ませる。そのままスタッフルームから換気用のダクトに入り込んで隣の本屋のスタッフルームまで移動して展示物に紛れ込ませている戦車に取り付けたカメラを確認する。

 

一番近くにいるのは木場か。砲塔をちょい右、少し下に向けてっと。何も知らずに近づいてきた所を、くたばれ!!って、あの距離で急所を外しやがった!?まあいい、利き腕は潰した。時間をかければそれでダメージは増える。存在がばれた以上は隠密の意味はない。こいつは放棄して残りの2台。棚の隙間に放り込んだやつと、別のおもちゃの箱をかぶせたやつ。先に箱をかぶせたやつだな。ラッキー、目の前に兵藤の背中がある。ほいっ

 

『リアス・グレモリー様の兵士、リタイア』

 

これで危険な兵藤とゼノヴィアさんを仕留められたな。次はロスヴァイセ先生と姫島先輩だな。棚の隙間のやつの射角には誰もいないので再びワイヤーアンカーで天井に張り付き、スナイパーライフルを構える。ハートショットにだけは気をつけておもちゃ屋から出てくるのを待つ。出てきた所で1射ずつ聖魔剣を削って作った弾丸を叩き込む。障壁で防ごうとしたようだが、それが原因で弾丸が体内に食い込んだままになり、苦しみながらリタイアしていく。

 

『リアス・グレモリー様の女王、戦車、リタイア』

 

これで一先ずは落ち着けるな。無差別に爆撃されるとフラッグがやられる可能性があったからな。頭の固いグレモリー先輩だけなら、それをされる心配は低いからな。前の時のように壊しすぎるとリタイアだと思っているだろうからな。ここからは持久戦に持ち込みながら精神的に追い詰めるか。

 

スコルとハティを呼び出して犬笛を使って指示を出して散開する。まずはスコルに遠吠えを上げさせて存在を知らしめる。そして逆方向からハティを駆けさせて大きな物音を立てさせ、両方とも音を立てずに位置を変えさせる。そしてまた、時間を置いてから同じことを繰り返させる。

 

その間にオレは最後の仕掛けの様子を伺いに行く。う〜ん、もうちょい時間がかかるか?かき混ぜれば少しは進むかな。物干し竿でかき混ぜてからその場を後にしてグレモリー先輩達の様子を確認する。スコル達が襲い掛からないと気づいたのか、緊張が少し薄れているようだ。ダメダメだな。相手はスコル達だけではないんだから。とりあえず、アルジェントさんの所に誘導するためにスコルに一度襲わせる。ただし、爪と牙を使わないようにしてだ。

 

固まっていた所にスコルとハティが飛びかかり、頭突きや蹴りでグレモリー先輩達を吹き飛ばして、また煙に身を潜める。そして再び遠吠えと物音でアルジェントさんの居る場所まで誘導する。

 

『リアス・グレモリー様の騎士、僧侶、リタイア』

 

しばらく待っているとアナウンスが流れる。これで残りはグレモリー先輩とギャスパーと塔城さんだけか。よし、休憩にするか。スコルとハティを呼び戻してフラッグを置いた位置まで戻る。スコルとハティに特製の餌、無臭のジャーキーを与える。できる限り痕跡を消す必要があるためにわざわざ用意したものだ。オレもマフラーをずらして水を飲んでカロリーメイトを食べる。それが終わればスコルとハティをブラッシングしてやる。

 

今頃、グレモリー先輩達は疑心暗鬼に囚われているだろう。相手の姿は見えない、ダメージを受けすぎた、ダメージを与えられていない、予想外の戦法、急に止まった攻撃、その他もろもろがグレモリー先輩達を追い詰めているだろう。このままリザインされる可能性もある。そうならない方がいいのだが。

 

グレモリー先輩達が移動するのに合わせて、オレたちも移動を開始する。接敵しないように注意して逃げ回り続け疲労と緊張が限界を迎えるまで傍で待ち続ける。フラッグに関しては見つかりかけたが、堂々と置いているために逆に気づかれなかった。そして、細いワイヤーを張っただけの簡単な罠に引っかかり消耗していく姿を見ながら準備が整ったのを確認して最後の仕掛けが発動する場に案内する。

 

結界に穴を開けてスモークを少しずつ排出し、堂々と正面からグレモリー先輩たちの前に姿を表す。

 

「くくく、どうですかグレモリー先輩。オレの裏の実力は?」

 

「匙!?くっ」

 

放たれた滅びの魔力を横に跳んでかわす。

 

「会話をする余裕もありませんか。なら、終わらせましょう」

 

飛びかかってくる塔城さんと複数のコウモリに分かれるギャスパーを確認して、最後の仕掛けを作動させる。次の瞬間、ショッピングモール内の全てのスプリンクラーが作動して、聖水を散布する。聖水に全身を焼かれてグレモリー先輩たちの姿が消える。

 

『リアス・グレモリー様の王、戦車、僧侶、リタイア。このゲーム、匙元士郎様の勝利となります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレモリー先輩達とのレーティングゲームから一週間後、オレはゲーム時に何をしていたのかを解説することになった。しかも、テレビ収録もされることになった。セラフォルー様に言われてしまっては受けざるを得なかった。そして解説のためだけにフィールドは保存されているらしい。

 

「え〜っと、とりあえず解説を始める前に言っておきます。ゲーム中に仕掛けるだけ仕掛けて使っていない罠や道具がありますが、それに関しては一切公表しません。対策を取られてしまいますので。解説に関しても質問に答えるという形にさせていただきます」

 

これはセラフォルー様にも認められており、テレビ局の方も最初から聞いているが、念のためである。

 

「質問に関してですが、我々の元に集められた中から厳選させていただいております。その上で私どもから追加の質問をさせていただきます」

 

「ええ、では始めましょう」

 

質問1.フィールド内を煙に満たしていたのはなぜか?

 

「まずは姿を隠すためです。今回は隠密をメインに進めるためにフィールドを煙に満たしていました。それに加えてグレモリー眷属のギャスパーの神器の対策でもあります。詳細に関してはリアス・グレモリー様に許可を頂く必要がありますので、ここでは控えさせていただきます」

 

「フィールドを煙に満たし続けたのはどういった道具を用いられたのでしょうか?」

 

「フィールドの各所に煙を発生させるスモークディスチャージャーという機械を幾つか置き、フィールドのギリギリの位置に結界を張って煙が拡散しないようにしています。また、それとは別に人間が使う非致死性兵器のスモークグレネードを幾つか用意しています」

 

そう言ってから懐に入れてあったスモークグレネードを取り出して、試しに一つ使ってみせる。

 

「こんな感じですね」

 

質問2.魔力を使っていなかったようですが何故ですか?

 

「最近、禍の団の活動が活発になっています。その中の一派である英雄派、彼らは人間だけで構成されています。なら、人間にとって当たり前である武器などを使ってくる可能性があります。そのためにどんなことができるのか、というのが今回のコンセプトになっています。そのために自前の魔力や翼での飛行、神器の使用を控えています」

 

「では、天井に張り付いていたりしたのはどうやってですか?」

 

「このワイヤーアンカーです。少し値段が高かったですが、2tまで物を吊り下げれる上に、巻き取りもかなり早いです。ただ、その分磨耗も激しいので定期的なメンテナンスは欠かせません」

 

質問3.フェンリルに指示を出していないようでしたがあれはフェンリル達の判断ですか?

 

「指示を出していないように見えていただけです。実際にはマフラーに縫いこんであった犬笛を使って指示を出しています」

 

質問4.フラッグはどこに設置していたのですか?

 

「案内しましょう。こちらです」

 

移動するのはスポーツ用品店。そこにあるゴルフクラブのコーナーの端にあるパターの具合を見る場所のホールに設置されているフラッグを見せる。

 

「アレがそうです。一回だけ接近された時はドキドキしましたね」

 

質問5.煙の中でも普通に見えているように動いていましたが何故ですか?

 

「赤外線スコープです。まあ、これが無くてもある程度の場所なら分かります」

 

試しに目隠しをしてからスタッフの一人にショッピングモール内に隠れてもらった。5歩進むたびにつま先に仕込んである鉄板で床を叩いて反響で物の配置を確認しつつ、匂いでスタッフを探す。柑橘系の整髪剤を使っているのでかなり分かりやすい。見つけると距離を離すので走って追いかけて腰にタックルする。

 

「五感を鍛えるとこんなことも可能になりますね」

 

逃げたスタッフに罰としてキャメルクラッチをかけながら答える。

 

質問6.銃撃の威力が強すぎるような気がします

 

「弾丸が特別製です。普通のエクソシスト達が使うのは光力そのものを弾丸にした物、分かりやすく言えば魔力弾とかわりません。ですが、オレが使ったのはエクスカリバーの刀身を削って作った物です。簡単に言えば小さな聖剣を弾丸と同じ速さで投げつけているような物ですから」

 

「そんな簡単にエクスカリバーを削ってもいいんですか?」

 

「ある程度の量なら自己修復も可能ですので。削って作るのにも時間がかかるので、十分な量を確保できます」

 

質問7.あれだけの聖水を用意するのにかかった費用は?

 

「タダです。自家製なんで」

 

「自家製?」

 

「正確には準備期間中に作りました。ここのスプリンクラーは水道管が使えない状態でも屋上にあるタンクの水を放水できるようになっています。ですのでタンクの水の方を使うように細工を施し、タンク内にエクスカリバーとアロンダイトを投げ入れておきました。そうすることでタンクの水がエクスカリバーとアロンダイトの力に染まって自家製聖水の完成ですね」

 

質問8.最後の聖水の散布は賭けだったのですか?

 

「いいえ、多少は我慢してましたが余裕でした。理由は簡単です。あの時の服装は全て撥水性ですので聖水はほとんど服に弾かれています。顔の周りが多少空いているのでその分は我慢する必要がありましたが」

 

質問9.リアス・グレモリー様達に勝目はありましたか?

 

「もちろんです。その勝目を消す動きを意識してリタイアさせていきましたから。一番怖いのはゼノヴィアさんです。彼女を序盤でリタイアさせていないと苛立って手当たり次第に魔力砲?聖剣だから聖剣砲かな?まあ、それを撃たれるとフラッグが壊される可能性がありましたから。その後に赤龍帝の兵藤や範囲攻撃が多い姫島先輩とある先入観がないロスヴァイセ先生を落とした時点で勝目はほとんどなくなりましたけど」

 

「先入観ですか?」

 

「リアス・グレモリー様とは同じフィールドでレーティングゲームを行ったことがあるのですが、その際に周囲を壊しすぎないようにという特殊ルールが採用されていました。つまり、周囲を壊して回るということがものすごくやりづらいんです。だからこそゼノヴィアさんと兵藤だけは先にリタイアさせておきたかったのです。あの二人は、なんというか、まあ、あれですので」

 

言葉を濁して答えたのだが、スタッフの方々も苦笑いしているのでわかってもらえたようだ。

 

 

 

 

さらに後日、セラフォルー様に呼び出され兵藤の家の地下に朝早くから呼び出された。この場にはグレモリー先輩とその眷属、会長とその眷属、スコルとハティ、セラフォルー様にサーゼクス・ルシファー様、そしてグレイフィア様が揃っている。

 

「みんな、集まってくれてありがとう♡今日は色々な面白い物を見せようと思って集まってもらったの☆」

 

この時点で若干嫌な予感がした。会長も何かを感じ取ったのか若干身構えている。そして始まったのはオレが眠っていた間にあった若手悪魔へのインタビュー。これはディオドラ・アスタロトが禍の団に所属していたために放送されずに破棄される物だったのだが、それをサーゼクス・ルシファー様が回収していたのを持ってきたのだそうだ。そのインタビューの中で乳龍帝という単語が聞こえてきた。詳しくは後々分かるとセラフォルー様が言うことで引き下がる。

 

次は、先日オレが受けたインタビューだ。これを見てグレモリー先輩達が落ち込んだが、仕方ないと割り切った。あとはエクスカリバーとアロンダイトの雑な扱いに突っ込まれた。

 

「失礼な、もはやエクスカリバーとアロンダイトはオレの体の一部だ。自分の体を雑に扱う者などいないだろう」

 

「「「「「「「「「「ダウト」」」」」」」」」」

 

アルジェントさんとスコルとハティを除く全員にダウトをコールされてしまった。

 

「あなたは一度、自分の命を投げ捨てたことがあるでしょうが」

 

会長にそう言われてしまうと反論できない。くっ、ここは引き下がるしかないのか。ちゃんと手入れもしっかりしたのにな。

 

続いて流れた映像は、『乳龍帝おっぱいドラゴン』

 

頭がいたい。あと、グレモリー先輩達を見る目が変わりそうだ。子供向けらしいけど、教育に悪そうなんだけど。内容は普通だ。普通だけど、おっぱいドラゴンとスイッチ姫はまずいだろう。一番気になったのがテーマソングだな。作詞作曲振付に魔王様が2名堕天使総督が1名の合作だからな。ツッコミはやめておこう。やぶへびだろうし。

 

続いて『魔王戦隊サタンレンジャー』これは内容も普通に大丈夫だった。魔王様達が出演しているのを除けばだけど。ちなみに人気は微妙だそうだ。この時点でオレと会長は警戒というか覚悟を決めた。

 

セラフォルー様がこっちの方面に手を出していないはずがない。趣味と仕事を一緒にこなせるんだから。だから身構えたオレ達は悪くない。だが、次の映像は予想の斜め上だった。

 

『怪盗蛇龍』

 

コートにゴーグルとマフラー装備のオレが主人公であっちこっちの悪徳貴族どもや裏組織の金品を盗みつつ、警察側の会長と何故か居る素顔のオレを誘導しながら不正の証拠などを掴ませる結構ガチなアクションもある特撮だった。えっ、なにこれ?会長も知らなかったのか目が点になっている。とりあえず突っ込ませてもらおう。

 

「なんで見せたこともないオレの切り札がばんばん切られてるんですか!!」

 

「「えっ?」」

 

「えっ?」

 

魔王様二人が疑問を返してきた。もしかして墓穴掘った?

 

隠し通そうにも周りに知られてしまった上に、セラフォルー様が興味津々だったために道具を除いた全ての切り札を公開させられてしまった。なんとかグレモリー先輩たちには内密にしてもらえはしたが。

 

エクスカリバーと黒い龍脈の合わせ技である分身に、ヴリトラの神器とオレの魔法を組み合わせて強引に作った影に潜り込む技に、指向性を収束させることで破壊力を増したエクスカリバーの飛ぶ斬撃に、エクスカリバーの自己修復機能を己に付与してブーストすることで行う超速再生に、10分もの溜めによって発動できるヴリトラに仮の肉体を与えて分離する黒龍解放までも見せる羽目になってしまった。うぅ、折角の切り札が。また新しく開発しないと。

 

そして、やっぱり作ってた『魔王少女レヴィアたん』

何故か禁手化のオレが登場してたけど、追い剥ぎに身ぐるみをはがされたようなオレには突っ込むだけの気力がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元士郎先輩、今どこに住んでいるんですか?」

 

学校では後輩で悪魔としては先輩の仁村留流子に尋ねられた。なんでも送った書類が戻ってきていたそうだ。ああ、そういえば現住所を変更していなかったな。まあ、変更しても郵便物とかは一切届かないけどな。そう説明すると首を傾げられたので

 

「ウチに来てみるか?」

 

何故か生徒会全員を招待する羽目に。お茶菓子残ってたかな?分身体に買いに行かせるか。

 

 

 

いつもとは違い、直接コテージの前にまで転移する。

 

「本当に山奥ですね。ライフラインも通っていない気がするのですが」

 

「魔法って便利ですね」

 

犬笛を吹いてスコルとハティに身だしなみを整えてから帰ってくるように指示を出してから会長の質問に答えると変な目で見られた。

 

「えっ、ライフラインを自前で用意してるんですか!?」

 

「簡単でしょう?術式を構築して魔法陣として再構築して仕掛けてやれば魔力を流すだけで使えるし、汎用性が高いから生活に困ることもないですし」

 

全員が驚いているところを見るとどうやら異常らしい。エクソシスト達が使う武器と同じことじゃないか。

 

「いえ、術式から魔法陣への再構築が技術的に確立していないんですよ。昔からちょっとずつ作られて、武器ならともかく生活に関わる物の魔法陣は灯りと純水の生成位なんですよ。それでも発明した家にはかなりの特許料が支払わられています。それを、そんな簡単に。一体幾つ作ったのですか!!」

 

「え〜っと、灯りが光量別で5種類、水の浄化、水の生成が硬水から軟水まで5種類、水を温めるのが温度別に7種類、冷蔵庫代わりの冷気発生が温度別に3種類、コンロ代わりの火の生成が火力別で7種類、エアコンみたいなのに8種類を組み合わせで、バッテリーみたいに魔力を蓄えるのが容量別に3種類、あとはドライヤーっぽいのに5種類で44種類とバッテリーの魔法陣から他の魔法陣への供給ラインの魔術的な回路とスイッチですね。構築中のが電気の生成とそれをバッテリーに流しこめる物理的な回路です」

 

「一財産どころか歴史書に名前が載るレベルですね。何時からですか?」

 

「スコルとハティのためにこの周辺を買い取ってからです」

 

「となると1ヶ月程度ですか」

 

「時間が空いているときにちょこちょことやっていたのが一日換算なら」

 

「……全部でどれだけの時間をかけましたか」

 

「そうですねぇ〜、最初は手こずってましたけど一つ完成させてからは楽になりましたね。最初の灯りに丸3日、光量の別が一つ30分程度、新しいのに2時間程度、調整版が30分、ドライヤーに素材調達を除いて組み立てなんかに3時間、エアコンみたいなのに分身2体と一緒に8時間、バッテリー、回路、スイッチの工作に丸2日ってところですね」

 

「……はぁ〜、この件はお姉さまに相談して調整するしかありませんね。他にも何かありそうですが、聞くと後悔しそうですのでお姉さまに任せます」

 

「まあ、あるといえばありますね。まだ開発中だったりしますけど」

 

「言わなくていいです」

 

「わかりました。それでは、立ち話もなんですからどうぞ」

 

鍵を開けてコテージに案内する。椅子は4脚しかなかったが、そこは応用の効く黒い龍脈で椅子を作れば済む話だ。テーブルも小さな物しかないのでこちらも黒い龍脈で作ってクロスをかける。お湯を沸かし始めたところで分身がスコルとハティを伴って帰ってくる。

 

「お待たせしました。何分、誰かを招待するのは初めてな物でして何もない物ですから」

 

皿なども予備を含めて4組みしか無いのでクッキーの盛り合わせを大皿に乗せてだす。ティーカップとソーサーは生徒会室から持ってきているので問題は無い。

 

「スコル、ハティ、どっちが勝ち越していた?」

 

スコルが返事をするのでスコルが勝ち越していたのだろう。

 

「今日はスコルだな」

 

スコルが自分の寝床であるマットに移動する間にブラシを用意する。待ちきれないのか吠えて催促するスコルの元まで苦笑しながら向かい、隣に座ってブラッシングを始める。傷んでいたり枝毛になっている部分は爪に魔力をまとわせて切り取り、傷を負っている部分に聖母の微笑(劣)で癒す。

 

「こら、今日はお前が負けたんだろう。邪魔するな」

 

じゃれついてくるハティの頭をわしゃわしゃと掻いてやる。悲しそうに声を上げるが、スコルが勝ったのは久しぶりなのだ。今まで我慢していた分、丁寧にケアをしてやりたいのだ。

 

「明日また頑張れ、スコルだってちゃんと我慢してただろうが」

 

そういうとようやく離れたハティに苦笑していると会長達が驚いていた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、匙が笑っているところなんて初めて見ましたから」

 

「......オレってそんなに笑ってませんでしたか?」

 

「学園で見る元士郎先輩の笑っているところって作り物感が強すぎて」

 

「初対面とかならともかく、少しでも付き合いができれば作り物だと分かるぐらいには笑ってないな」

 

言われて人生を振り返ってみれば普通に笑ったことなど最近になってようやくだった気がする。

 

「それに倒れる前と比べて、丸くなりましたよね」

 

「えっ、太った?黒い龍脈で体型は調整してるんだけど」

 

「いえ、体型じゃなくて性格がです。って、ちょっと聞き捨てならないことが」

 

「どうした?」

 

「体型、調整するってどういうことですか?」

 

「言葉通りだが。余分に着いた筋肉を落としたり、場所を移し替えたり。最近は悪魔稼業の方でも脂肪を取ったり移し替えたりなんかをやっているが」

 

「確保!!」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

会長の命令が出る前に生徒会のみんながオレに飛びかかってきていた。その目はオレがよく見る獲物に襲いかかる捕食者の目だった。あまりの出来事に反応できずに簡単に拘束されてしまった。あっ、スコル、ハティ、待てだ。味方だから、今は興奮してるだけだから落ち着けよ。あとでちゃんとケアしてやるから。

 

「匙、正直に答えなさい。守秘義務である契約者の名前はいいです。ですが、それ以外のことを全て正確に答えてください。最近の悪魔稼業で新規の契約者のどんな願いを叶えているのですか?」

 

「シミ・そばかす・ニキビを綺麗に除去したり、お腹周りや二の腕周りの脂肪を取り除いたり、その脂肪を胸に移したり、美容関係が多いです」

 

「アンケートが上がってきていないのは何故です?」

 

「契約が完了していないからです。無理やり体をいじるわけですから副作用があっても困りますので一週間に1時間前後の施術で一ヶ月を目安にしています。ですので、早くても来週の火曜日だと思います。シミとかの除去はもう上がって来ているはずですけど。そっちの方は即日なので」

 

「ちなみに対価はどの程度の物をもらっているのですか?」

 

「シミとかの除去に範囲で変わってきます。高くても5000円だったかな?脂肪の除去・移し替えは2万円前後です」

 

「デメリットは?」

 

「体をいじる訳ですから、オレに体の情報を全部知られることになります。一応、カルテみたいなのも管理していますが、個人情報ですので厳重に保管。契約の完了と同時に破棄と記憶消去するようにギアスをかけてます」

 

「記憶消去はどのような感じですか」

 

「契約内容と契約が完了したことだけは認識できるようにしています。ですので施術中の内容はほとんど覚えていない状況です。施術中の雑談ぐらいなら覚えているでしょうけど」

 

「なるほど。では、今すぐ同じことを私にしなさい」

 

「えっ!?」

 

「あっ、会長ずるいです」

 

「私達も」

 

「貴女達はあとでも構わないでしょう。別にするなとは言いません」

 

「やるのは確定事項ですか?」

 

「「「「「「当然」」」」」」

 

「はぁ、わかりました。個人情報を取り扱うところ以外は同時進行で出来ますので、一人10分辺りの問診を全員が終えてからまとめてやります。ちょっとカルテの用意をしてきますので、5分後に隣の部屋に来てください」

 

簡単な説明を終えてからラインを全員に接続して自室に入る。あ〜、何人か内臓の調子が悪いみたいだな。無理なダイエットで栄養バランスが崩れてホルモンバランスも崩してるな。確かサプリがここら辺にあったな。抽出して渡してっと、ホルモンバランスは各自でなんとかしてもらおう。

 

ラインにペンをもたせてまとめてカルテを作って裏面に名前を書いて伏せる。準備が完了したところでドアを開けて会長を呼ぶ。おっと、ここから先はオレの記憶には残らないぜ。

 

後日、グレモリー先輩達に召喚されたのは笑いがこみ上げてきた。悪魔が悪魔を召喚してどうするんですか?まあ、呼ばれた以上はきっちりお仕事をしますけど。

 

 



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8話

ええっと、修理にこれだけ補修剤を使って、備品の残りの在庫がこんだけだから、むぅ、予算オーバーか。これはあの変態三人衆から徴収しても良いよな。あいつらが学園の備品を故意に破損させているんだから、修理費はあいつら持ちだろう。業者を呼ばずにオレが修理して予算を抑えてきたのに予算オーバーとかふざけるなよ。とりあえず会長に報告して許可をもらおう。

 

「元士郎先輩」

 

「どうした、留流子?」

 

悪魔としては先輩で学園生としては後輩の仁村留流子だが、この前から名前で呼び捨てで呼ぶように言われたのだが、あまり慣れないな。他にも巴達も呼び捨てで名前で呼べと言われている。変わっていないのは会長と副会長と草下位だ。

 

「あの、今度の土曜日、空いてますか?」

 

「まあ、空いているといえば空いているぞ。急にセラフォルー様から呼び出しがなければだが」

 

「呼び出しですか?」

 

「主に怪盗蛇龍のアクションシーンの打ち合わせだな。やはりアクションが単調になりやすい上に小道具もめちゃくちゃな物を使ってしまいそうになるから、技術的におかしくなくあれば便利な物をオレが設計して作らせたりもしている。それを使ったアクションの手本を見せる必要があるんだよ」

 

最近の一番の出来は伸縮性のロッドだな。最短時には長さ15cmだが捻ることで最長5mまで伸び、棒術にも使える。幅3mの通路で伸ばして固定した場合150kgまで問題なく載せれることもできる。

 

これを使い足場を作ったり、棒高跳びの要領で飛んだり、武器として棒術を扱う手本を見せるのだ。向こうもプロである以上、手本から応用技を開発などを行うので教えがいがあるのだ。

 

「そんなことまでやってたんですね」

 

「他にも小道具の作成工房とかもやってるからな。ほら、この前のグレモリー先輩達に一人で挑んだ時の小道具、ああいうのを開発する工房を立ち上げたり、それだけだと先細りだから彫金とか細工物の仕事も振ってるけどな」

 

「えっ、経営にまで手を出してるんですか!?」

 

「まあ、そうなるか」

 

「資格とかもたくさんとってましたよね?」

 

「年齢制限がある物以外は片っ端から取っていってるな」

 

早く自動二輪と自動四輪を取りたいんだよな。特に自動二輪。レーティングゲームで使いやすそうだからな。

 

「......何をやっているんですか?」

 

「知識とは嵩張らない財産だとどっかの誰かが言っていた気がする。あとは根が小市民だからな。どうしても金を手元に残しておく癖がな。極端に節約する気はないが、それでも多少はな。無駄も嫌いだし」

 

「分からないでもありませんけど。って、話が大分それちゃってますね」

 

「そうだな。それで、とりあえずは空いているぞ」

 

「あの、それじゃあ、土曜日に買い物に付き合ってくれませんか?」

 

「ふむ、そういえば修学旅行の準備をしていなかったからちょうど良いか。いいぞ、付き合ってやる」

 

「そ、それじゃあ、駅前に9時半集合で大丈夫ですか?」

 

「駅前に9時半な。分かった」

 

「楽しみにしてますね!!」

 

そう言って留流子は駆け出していった。ほとんど聞き取れなかったが「やった」とも言っていたみたいだ。何が嬉しいんだ?そして若干ピリピリする複数の視線が突き刺さっている。

 

 

 

 

 

 

 

土曜日、約束の時間の30分前に誰も見られていないのを確認してから影から這い出る。オレが潜れるだけの影があれば何処へでも察知されずに移動できる便利な転移だ。倉庫にもなるしな。しかし、早くに来すぎたな。やることなど資格と検定の勉強しかないぞ。とりあえずネイルアーティストの資格でいいか。なんか、美容関係専門の悪魔になってる気がするけど気にしない方向で。既に手遅れな気もするけど気にしない方向で。

 

「お、遅れてすみません!!」

 

留流子が走り寄ってきたのを見て腕時計に目をやると約束の時間を10分程過ぎていた。

 

「気にするな。時間はまだまだあるからな」

 

慌てて頭を下げている留流子の頭を子供をあやすように叩いて落ち着かせる。

 

「それじゃあ行くか」

 

「はい」

 

留流子と一緒に向かったのはレーティングゲームの会場となったショッピングモールだ。三度目ともなると何処に何があるのかは手に取るように分かる。

 

「それで、何を買いに来たんだ?」

 

「秋物の服を見に来たかったんです。元士郎先輩は?」

 

「オレも服と、あとは修学旅行に持っていく鞄だな。最近はどうも魔法陣に入れることが多くてな。何かを持っていくときもトランクに仕舞っておかないとまずいようなものだからな。まともな鞄がないんだよ」

 

便利すぎるのも考えものだなと困った風にみせる。

 

「あはは、元士郎先輩にしては珍しいミスですね。いつも万全の整えをしているみたいなのに」

 

「何、オレだって機械じゃないんだ。ミスはあるし、不調も起こす。だからこそ人生は面白い。いや、悪魔生か?」

 

そんな他愛もない会話をしながら先に留流子の服を見に行くことにした。

 

 

 

 

 

「う〜ん、先輩、どっちの方が」

 

「単品だけで見るなら左、さっきのスカートと合わせるなら右だ。ただ、右のはさっきのスカートと似た感じのものにしか合いそうにないぞ」

 

「ですよね〜。とりあえず保留にしておきます」

 

「服装はトータルバランスを考える必要があ るからな。悩め悩め」

 

女性の買い物は長いと聞くが、こだわりがあるならとことんまでこだわれというのがオレの持論だ。留流子にも何らかのこだわりがあるようなのでそれに付き合う。こうしている間にも分身体で自分の服と鞄を物色しているからな。まあ、少し離れたところでこちらを伺っている生徒会の皆の肩を軽く叩いてから本体であるオレの方からも手を振るおまけ付きだ。

 

「どうかしたんですか、先輩?」

 

「いや、少しヴリトラとな。それよりももういいのか?」

 

「はい。次は先輩のを見に行きましょう」

 

「下見済みだからすぐに終わるぞ。そのあとはどうする?」

 

「そうですねぇ〜、混雑するでしょうし先にご飯にしましょう。これからすぐなら空いているはずですし」

 

「ならそうするか」

 

手早くオレの買い物を終わらせて荷物をロッカーに預けてからファミレスに向かう。適当にランチメニューを頼む。ほとんど外食などしたことがなかったのだが、味と値段に多少首を傾げながらも留流子には気づかせずに同じタイミングで食べ終える。それを見計らったようにウェイトレスがパフェを持ってくる。

 

「注文した覚えがないんだが」

 

「ただいまキャンペーンをやってまして、カップルで来られた方にサービスでお出ししています」

 

めちゃくちゃ怪しい。そういうキャンペーンをやっている張り紙などは一切見ていない。何を企んでいるのか、少し見させてもらおう。ラインをつなげて軽く記憶をさらってみる。ああ、なるほど。

 

「そうか、ありがとう」

 

スプーンで一口掬って口にする。ふむ、まあこんなものか。

 

「いえ、それじゃあ彼氏さんが食べさせてあげてください」

 

留流子とウェイトレスがにやにやしているが何故にやにやしているのか分からん。

 

「ほれ、留流子」

 

とりあえず疑問は横に置いておいて、持っていたスプーンでパフェを掬って留流子の口元に持っていってやる。

 

「うええぇっ!?」

 

「うん?何を驚いているんだ?」

 

「何のためらいも否定もなしで言われた通りにするなんて、場馴れる感じもしないし、まさかの天然?」

 

小声でそんなことが聞こえたが意味がわからない。

 

「いらないのか?」

 

「いえ!?いります!!食べさせてください!!」

 

叫ぶだろうと感じた瞬間に静音結界を張って誤魔化す。すぐに結界を解いて、戻していたスプーンをもう一度留流子の方に差し出す。留流子は少しだけ逡巡してからパフェを食べる。

 

二人でパフェを片付けて支払いに行く際に鍵を落とした振りをして留流子を先に行かせ、パフェを持ってきていたウェイトレスがちょうどオレたちの席を片付けていた。

 

「すまんな、留流子が迷惑をかけた」

 

「ありゃ、気付いてた?」

 

「あからさまに怪しい話だったからな。パフェの分だ」

 

あらかじめ折りたたんでおいた紙幣を周りに見えないように渡そうとするが押し返される。

 

「ああ、いいよいいよ。留流子に先払いでもらってるから」

 

「しかしだな」

 

「気にしないの」

 

「そうか。なら、こいつはオレからの気持ちってことで」

 

そう言って無理矢理握らせる。

 

「悪いわね」

 

「こちらこそ。さて、これ以上は怪しまれるんでな」

 

用は済んだので会計を済ませて留流子に合流する。その後は再び留流子の買い物に付き合うことになる。夕方ぐらいにようやく納得できる物が見つかり嬉しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ昨日の。隠し撮りだから写りが悪いのは勘弁してね留流子」

 

「ううん、こっちこそ無理言ってごめんね」

 

隠し撮りの写真のデータが入ったメモリースティックを受け取る。

 

「それにしてもあの彼、どっかの資産家のボンボンなの?」

 

「えっ?違うけど」

 

「そうなの?隠し撮りのことに気づいてたみたいだし、留流子が迷惑かけたってポンっと諭吉を渡したりしてきたんだけど」

 

「あ〜、その、先輩って色々と勘が良くって、それに裏で商売もやってるらしいんで」

 

「……やばい話?」

 

「ほら、年齢的に若すぎるでしょ。だから、代理を立てて書類もちょっとごにょごにょっとブラックに近いグレー?商売自体は小物とか玩具だから問題はないよ」

 

「頭に変な修飾語は付かないわよね?」

 

「普通だよ。小さな工房を複数買い上げて一つにまとめたって言ってたけど。拘ってるから生産数が少なくて規模拡張は考えずに職人たちが生活に困らなくて済む程度に利益を出していくって」

 

「あの若さでそこまで堅実に稼いでいるのね。甲斐性があって、女の買い物に文句も言わずに付き合って、あのルックスか。運動とか頭の方は?」

 

「運動は全部の部活のエースをまとめたような、勉強は上から数えた方が早くて、現国と古文に弱いって自分で言ってたっけ。あと、一人暮らしだから家事は万能」

 

「この世にそんな男が残ってたんだ。欠点は?」

 

「自分に向けられる好意が一定までしか分からないことかな」

 

「一定までって?」

 

「間接キスにあ〜んまでして私から好意を向けられてるってことは分かってても、それが親愛なのか友愛なのか恋愛なのかがわかってないの。それこそ小学生低学年並みかもしれない」

 

「それって致命的じゃない」

 

「これでも夏休み前に比べればかなりマシに成長してるんだよ。その、生まれた時から虐待受けてて敵意には鋭いけど、それ以外が鈍くなったらしくて」

 

「生まれた時からって、よく生きてたわね、彼」

 

「その、妹さんが亡くなってるの。守りきれなかったって」

 

「わお、さらにヘビーな話になったわね。その話からすると確かに成長というか、まっすぐ育ったって方に奇跡を感じるわ。あれ?でもそれだと小さな工房を複数買い上げたお金って何処から出てるわけ?」

 

「立て続けに宝くじに当たったらしいよ。詳しくは知らないけど」

 

「オーケー、この話はここまで。話を戻すけど、その彼、欠点が無くなったらさぞかしモテるんでしょうね」

 

「……夏休み前は好意的には見られてもそこまでじゃなかったんだけど、今じゃあそこそこの人数が」

 

「はいはい、自分で言って落ち込まないの。それでも貴女が今の所トップなんでしょう?」

 

「押してるって意味ではトップの自信はあるけど、元士郎先輩自信が特別視しているのが二人ほど」

 

「その二人のスペックは?」

 

「一人は、生徒会長で漫画に出てくるような風紀委員長みたいな優等生。ただ厳しいだけじゃないし、いろいろと苦労もしてる。胸は小さめで周りに大きいのが多くて若干気にしてる。かなり良い所の出。欠点はおかし作りで、どうやって作ったらあんなのができるんだろうっていう腕前。でも元士郎先輩は普通に食べて変わった味で面白いとか言ってパクパク食べてた。もう一人は会長のお姉さんで、真逆の性格で容姿もかわいい系。実家からは独立してて組織のトップ。むしろ実家よりもすごいことになってる。欠点は軽すぎる性格と魔法少女趣味。だけど元士郎先輩、感性がちょっとずれてるから普通に受け入れちゃってる」

 

「ダメだ、勝ち目ないわ。欠点が激しいけどそれを受け止めれる相手からすれば欠点にすらなってないわ。それで彼がどう特別視してるのよ」

 

「わかりやすく例えるなら、会長の場合は忠誠を誓ったような王女と騎士のような主従関係、お姉さんの場合は忠犬?」

 

「違いが分かりにくいんだけど」

 

「傍に居て願いを叶えて守るのが当たり前なのと、命令を聞いて達成できたら褒めてもらいたい系?」

 

「ああ、うん、なんとなく分かった。そっかぁ、一番の敵はお姉さんか。虐待を受けてたからか無意識のうちに母性とかを求めてるみたいね。そっちじゃあ勝ち目はなさそうだから積極的にボディランゲージをやっていってアピールしていくしかないわね」

 

「なるほど。ありがとう明日菜ちゃん!!私、頑張る!!」

 

「はいはい、頑張りな」

 

立ち上がると同時に携帯が鳴る。相手は会長だった。

 

「はい」

 

『緊急事態です。今すぐ兵藤くんの家にまで召喚します。匙が大変なんです』

 

「すぐに行きます!!折り返し連絡します!!明日菜ちゃんゴメン、急用ができたの!!」

 

「行ってきな。彼からもらった分で会計は済ませとくから」

 

「ありがとう!!」

 

すぐに人の目のない場所に移動して会長に連絡して召喚してもらう。召喚された先にはアザゼル先生と生徒会とグレモリー眷属のほとんどが揃っていた。いないのは、元士郎先輩とグレモリー先輩、アルジェント先輩の三人だ。

 

「会長、何があったんですか?」

 

どうやらみんな集まっただけで説明を受けていないようだ。私は黙って話を待つことにする。

 

「ことの始まりはリアスとアルジェントさんがとある魔法を使うために匙に協力を求めたところからになります。その魔法は魔法陣を自分で描かなければならないタイプだったのでそれで匙に協力を求めたそうです」

 

そういえば元士郎先輩って魔法陣に関しての造詣が深いんだよね。それで一財産を築けるぐらいに。

 

「ですが、リアスの不注意で魔法が誤作動。リアスとアルジェントさんを庇って匙が魔法の影響を受けました」

 

「一体どんな魔法を受けたんですか!?」

 

それに対してはアザゼル先生が答えてくれた。

 

「肉体退行。ようするに若返りだ、擬似的だがな。本来なら問題ないんだが、リアスの書き間違えと匙自身の問題でかなりの問題が発生した。リアスの書き間違えで記憶を持ったまま精神まで退行した。それによって黒い龍脈を精密に扱えなくなった上に蓄えた力で器が壊れかけている。何より退行した肉体が話にあった虐待を受けていた頃の所為で少しのダメージが致命傷に近い。長くても半日以内に処理できなければ匙は死ぬ」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

「落ち着けよ。状況はまだ最悪だじゃねぇ。セラフォルーの協力があったから半日の余裕がある。匙のやつが生真面目な性格をしてやがったから事前に調べた資料は揃ってる。あとは薬の材料を取りに行くだけだ。人数もこれだけいる。3班に分かれて動くぞ。1班は薬の材料の調達、2班は資料を調べて解呪方法を調べる。3班は匙の延命処置だ」

 

「延命処置ってどうするんですか?」

 

「簡単だ。匙を抱いてりゃ良い」

 

元士郎先輩を抱くって、つまり

 

「はい、今いやらしいこと考えたやつ挙手」

 

アザゼル先生の茶化すような言葉に反射的に顔をそらした私は内心で後悔した。これじゃあ挙手するのと変わらないと。だが、巴柄先輩と目が合った。周りを見ると他にも私と同じように確認する生徒会のって、あれ?なんでロスヴァイセ先生まで?えっ、いつの間に?違う、あれはただ単に耳年増なだけだと私の直感が訴えてくる。

 

「イッセー、これがお前と匙の差だぜ。『おっぱいドラゴン』と『蛇龍』の人気の統計も見てみるか?『蛇龍』は10代後半から20代前半の男女共にほぼがっちり掴んでるぞ。おっぱいドラゴンより先に映画化決定したし」

 

「先生、めちゃくちゃ悔しいっす!!」

 

「その悔しさをバネに男を磨けよ」

 

「うっす!!」

 

「さて、話が逸れたが、ちゃんと説明するとだな、話にあっただろうが妹の命を吸い上げた時と同じ現象が起きている。傍に居る相手から生命力とか魔力を吸い上げている。匙の意識がほとんどない所為でリアスとアーシアは吸われすぎてダウンしている。命に別条はないから安心しろ。それで今はセラフォルーがラインに接続されて部屋の外でミッテルトが監視している。倒れない程度に順次交代していけば延命可能だ。ただ、あまり多くの人数は割かない」

 

「なぜですか?」

 

「あんな姿は、あまり見られたくないだろうからな」

 

「どういうことですか?」

 

「そのまんまの意味だ。痛々しくて見てられないぞ。リアスとアーシアからかなり急激に吸い上げて多少はマシな状態になっているとか言われても信じられねえぞ」

 

「そんなに酷いのですか?」

 

「細胞から推定年齢5歳前後だが、肉体的には2〜3歳程度だな。体のあちこちに根性焼き、つまりはタバコで作られた火傷の痕、肋骨が変な形で癒着している。内臓機能もボロボロ、リハビリ含めて5年は見ないとまともに回復しないような状態だ。覚醒直後から黒い龍脈で生命力を奪いまくって強引に回復したんだろうな、あいつ。赤ん坊が相手でも、命そのものを食らえばそこそこは回復したんだろう。そこまでしないと生き残れないぐらいに、あいつの過ごしてきた環境は劣悪だ」

 

元士郎先輩、そこまで酷い環境で生きてきたんだ。だから、知識や力を貪欲に求めてるんだ。だけど、自分の命を投げ捨てちゃったんだ。

 

「とりあえず一番重要な匙の延命班だが、支取、真羅、巡、仁村、ゼノヴィア、リアスとアーシアにセラフォルー、監視のミッテルトだな。材料集めがイッセー、祐斗、朱乃、小猫、イリナ、花戒、ベンニーノ、それにオレ。材料が手に入る場所を知っているのは俺だからな。残りが資料を調べて解呪方法を調べる。資料はこいつらと匙の手記だ。今すぐ動くぞ」

 

各自で動き始める中、私たちはとりあえず元士郎先輩の様子を確認するために揃って移動する。

 

「はいはい、立ち入り禁止ッスよ。交代するときになったら呼ぶっすから、それまでは何も、いや、順番だけ決めていて欲しいッス」

 

結界が張られている部屋の前にミッテルトが居た。基本的にアザゼル先生の助手をやってるからよく会うんだ。

 

「アザゼル先生からは簡易的な説明しか聞いていないのですが、もう少し詳しい説明をしてもらえますか?」

 

「いいっすよ。たぶん、ラインに接続されろってことしか聞いていないってことでいいんすか?」

 

「あとは、抱いていろと」

 

「間違ってはいないッスね。正確にはラインを伸ばす距離を少しでも短くするのが重要ッス。距離が延びる分、力を消耗するみたいッス。だから抱きしめておくのが一番ッス。あと、高熱を出してるッスから風邪を引いた子供を看病するみたいにしてればいいッス。ただ、看病する側もじわじわと消耗するッス。だから、無理をせずにちょっと疲れたなっと感じたら交代するのが基本ッス。あと、複数人が入ると同時に吸われるんッスけど、吸う量が多くないんで複数ラインを伸ばすと逆に消耗するッスから基本一人ずつッス。緊急時には呼び出し用のボタンを押すッスよ。お互いの命がかかってるッスから。それから意識の方はかなり朦朧としてるッスけど呼びかければ反応はあるッス。まあ、体力を消耗さ せることになるッスからあまり呼びかけない方がいいッス。あと、ものすごく弱いというか脆いッス。ヘタな赤ん坊以下ッスから、優しく丁寧に扱って欲しいッス。見てるこっちが辛いッス」

 

「そんなに酷いのですか?」

 

「あ〜、ちょっとだけ待ってくださいッス」

 

器用に結界の一部に穴を開けてからドアをノックして声をかける。

 

「レヴィアタン様、ミッテルトですけど、ソーナ様達が来られたんッスけど、先に見せておいた方が動揺が少なくて済むと思うんッスけど、今大丈夫ですか?」

 

「そうだね。ちょっとだけ待って。結界を私たちの周りに張るから。いいよ、入って」

 

会長がドアを開けて部屋に一歩踏み入り、そして立ち止まってしまった。空いている隙間から中を覗いてみると会長が立ち止まってしまった理由がわかる。レヴィアタン様が抱いている元士郎先輩の姿を見て、話で聴くよりも生々しい惨状に言葉を失ってしまう。荒い呼吸と呻き声と流れる汗だけが生きているという証なだけで、それがなければ人形のように生気を感じない。

 

「これで大分マシになったんだって。リアスちゃん達がそう言ってた。本当はたぶん、一本のラインで大量に吸い上げるってことはできるんだと思う。ただ、迷惑をかけたくないってだけで吸い上げてないんだろうね。少し位多めに吸い上げてもいいよって言ってもやらないんだから。あっ、それと近くにいて幾つか分かったことがあるから。喋ることもほとんどしていないからかちゃんとした発声が出来ないみたいなの。だから何か聞くときは首を多少動かすことで返事ができるものにしてあげてね」

 

「声まで出せないのですか!?」

 

「たぶん、あれだね。うるさいとか言って暴力を振るってたんだと思うよ。だから喋らなくなって、喋れなくなったんだと思う」

 

レヴィアタン様の言葉に元士郎先輩がわずかに首を縦にふる。

 

「意識を失うと黒い龍脈をコントロールできなくなるからって眠ることもできないの。あと、蓄えてる力が大きくて器が壊れそうってアザゼルちゃんは判断してたけど、それとは別の要因もあるの。エクスカリバーとアロンダイトが原因なんだけど、力を弱めると元ちゃんの体が弱くなって苦しんで、力を強めると悪魔の部分が聖なる力に焼かれて苦しむの。だから、そのバランスが取れる場所をちょっとずつ探してるみたいで苦しみに波があるの。安定する加減が分かればもう少し楽になるはずだよ。あとは、そろそろ出てもらった方がいいかな。ラインが勝手に伸びようとしているのを抑え込んでるみたいだから」

 

「そうみたいッスね。それじゃあ、レヴィアタン様以外は隣の部屋にどうぞッス。ウチは扉の前にいるッスから、何かあればボタンを押して呼んで欲しいッス」

 

「はいは〜い。あっ、そうだ。タオルの替えとスポーツドリンクを持ってきて貰えるかな。脱水症状の予防はしっかりしとかないとあっさり死んじゃいそうなんだよねぇ〜」

 

「普通にありえそうッスから気をつけてくださいよ」

 

そう言いながらミッテルトが何処からともなくタオルとスポーツドリンクを取り出してレヴィアタン様のそばに置く。それから私たちを部屋から追い出して結界を貼り直している。

 

「まあ、そんな感じッス。ウチはさっきみたいに必要なものを調達して渡したり、緊急時の連絡役ッス。皆さんは基本、隣の部屋で待機していてくださいッス」

 

隣の部屋に案内され各々が自分の場所を決めてから会長が話し始める。

 

「順番ですが、適当に籤で決めてしまいましょう。まともに考え事ができるような状態ではないでしょうから」

 

その意見に誰も意見を言わずに順番を決める。順番はゼノヴィア先輩、私、会長、巴柄先輩、副会長、グレモリー先輩、アーシア先輩、レヴィアタン様となった。順番が決まったあとは気まずい沈黙が漂った。しばらくしたあとにゼノヴィア先輩が我慢できなくなったのか声を出す。

 

「なあ、元士郎の両親は今どうしてるんだ?」

 

「それを聞いてどうするんですか?」

 

「分からない。だが、このモヤモヤした気持ちになんらかの方向性をもたせたい」

 

「そうですね。皆もその方が良いかしら?」

 

会長の問いに首を縦にふる。

 

「両親共に23年の実刑判決を貰って収監、態度が悪く収容所で騒ぎを起こしたりして無期懲役になっているわ。匙は、一度も面会に行っていない。それが私の知っている全てよ」

 

「そう、か。元士郎は施設に入っていたんだよな。そっちの方は?」

 

「基本的には酷い虐待を受けていた子供ばかりが集められている施設です。そこの院長を務められている女性はかなりの人徳者の様で、なんとか社会に復帰できるぐらいにまで回復する子が殆どなのですが、匙は院長に最後まで心を許さなかったみたいです。ある程度は許しても最後の壁1枚は絶対に許さなかったみたいです。まあ、少ないですが他にもそういう子は居たみたいです」

 

「まあ、あの姿を見てしまっては他人が信じられなくなっても仕方がないとは思う。むしろ、今眷属として共に行動できている君達がすごいとすら感じる」

 

「私たちの力ではないわ。匙が自分で歩み寄れたから、今の私たちがある。匙は、私が知る中で誰よりも進み続けている。以前までは逆走していましたし、今もたまに全力で脇道に逸れていたりしますが」

 

会長から視線をそらす。否定できる要素が全くない。最近は前に向かっているけど斜めに進んでいることが多い。迷走だけはしてないけど、時々分からない方向に向かっている気がする。昨日待ち合わせの場所で読んでいた本もネイルアーティストの本だったような。ま、まあ、そのおかげで綺麗になれてるから良しとしておこう。

 

「まるで子供のようだな」

 

ゼノヴィア先輩の言葉は的を得ている。そうか、明日菜ちゃんも言ってたけど元士郎先輩は精神的に子供なんだ。それも甘え方を知らない子供。だから、誰にも頼らない、頼り方を知らないから頼れない。精神的にも幼くなっている今なら性格の矯正も可能だ。あわよくば鳥の刷り込みみたいなのもできればいいなぁ。そんな邪な考えが出来る位には精神が落ち着いてきた。

 

2時間ほどそのまま待機しているとミッテルトさんがゼノヴィア先輩を呼びに来て、出て行ってから入れ替わるようにレヴィアタン様が部屋にやってくる。

 

「ふぃ〜、予想以上に疲れるねぇ〜。リアスちゃんたちを庇ってなかったらここまで大事になってなかったのにねぇ〜」

 

「お疲れ様です、お姉さま。それを言い始めると魔法陣を書き間違えたリアスが一番の元凶なのですけどね」

 

「まあねぇ。あの魔法陣を用意しようとした理由も以前見た赤龍帝ちゃんの小さい頃の写真を見て、実際に見てみたくなったからだって。分からないでもないけど、全部任せておけば問題なかったのに」

 

「相変わらず変なところでプライドが出るのは変わりませんね」

 

「まあ、おかげで色々と調べられたから良しとしよう」

 

「調べた?」

 

「駒のパスに黒い龍脈、本人が弱っていたのが合わさって色々と記憶とか感情を覗き見し放題。おかげで人間不信になりかけちゃった。もうね、あの施設のお婆さん、人格者過ぎるわ。ちょっと元ちゃんの名前を連名にして寄付してくる」

 

「そこまでですか!?」

 

「そこまで、いや、それ以上かな?良い人すぎて悪意を持って騙すこともできそうにないぐらい。聖人君子ってあのお婆さんのためにあるような言葉だよ。そしてあの男女は苦しんで死ねばいいのに」

 

レヴィアタン様から恐ろしい程の殺気が漏れる。本当に元士郎先輩の両親は酷い人間なのだという事実が浮かび上がってきた。

 

「まあ、それとは別におもしろいことも分かったしね。ねぇ、留流子ちゃん。お友達とはもう会ったのかな?

 

あっ、昨日のことがばれてる。

 

「プライベートにはあまり干渉したくないけど、元ちゃん、冥界で物凄い人気があるからスキャンダルにだけは注意してね。蛇龍がおっぱいドラゴンと一緒に冥界の娯楽業界を軒並み駆逐しちゃったから。レーティングゲームも5戦で一部層のシェアを完全に奪っちゃったし」

 

「匙が一人で行うレーティングゲームを5戦?聞いていないのですが、お姉さま」

 

「言ってなかったっけ?ちなみに全戦全勝でエンターテイナーとしても有名になってるよ。ほら、10ページの特集も組まれてるし」

 

レヴィアタン様が取り出したレーティングゲームの雑誌に表紙のメインを飾っているフードを被ってゴーグルとマフラーで顔を隠した元士郎先輩が写っていた。特集ページでは駒王の制服姿、私服姿、禁手姿にスコルとハティと一緒に写っているのも載っている。

 

「そうそう、中級への推薦も昨日一定数揃ったからちょっとした面接で中級に上がれるのも伝えないとね」

 

「中級への推薦が通ったのですか?ここ300年程、推薦が通ることはなかったはずですが」

 

「実績は十分あるし、実力も問題無し、思想も普通、推薦者は多いし、反対者はいつの間にか失脚するばかりで楽だったよ。これが上級ならもっと揉めた可能性があるんだけどね」

 

明らかに裏で誰かが動いている。誰かというか元士郎先輩が。痕跡を全く残さない影から陰へと渡る力で。

 

「異例の早さですね。転生してまだ3ヶ月も立っていないのに」

 

「珍しいけど、居ないこともないよ。確か最短記録は36日だったはずだし」

 

「......悪魔の駒が開発されてから今までの間で一番実績を積める機会を得られているのは私たちだと聞いたのですが、どうやったのか興味があるのですが」

 

「何代前か忘れたけど暴走した白龍皇を倒して中級に上がったんだけどねぇ、それが気に食わない老害に裏で殺されたみたい。無論、それが発覚して当主とその子供と下手人は処刑。孫がいたから家自体は潰れてないよ。潰せって意見もあったけど、只でさえ少なくなった上級の家を潰すのも問題になるからってことで監視を常につけている状態。彼が生きてたらもうちょっと戦力的に楽だったんだけどねぇ。今は元ちゃんに期待が集まってるから」

 

「匙にですか?」

 

「実績・実力ともに上級並み、生存能力が高い、脳筋じゃない、潜入工作も可能、誠実、敵と見なせば味方でも問題ない程度に処理できる、汚れ仕事の意味を理解している。こんな人材滅多に居ない、というか絶滅危惧種なんだよ。特に脳筋じゃないのと潜入工作ができるのが!!堕天使にしか居ないんだよ、それができるの。しかも下級とそっち方面で評価されて階級の上がった中級しか」

 

「そこまでですか?」

 

「大戦期にはもう少し居たんだけどねぇ。当時は力こそパワーとか言うような脳筋一色に染まってたから、工作の類は評価対象外にされてて、潜入専門なのに前線に立たされたりしていてほとんどすり潰されちゃった。おかげで私たちがどれほど苦労したことか」

 

「「「うわぁ〜」」」

 

レヴィアタン様が遠い目をしながら語ってくれる。

 

「ああ、ちゃんとあの部隊が残ってたら新旧魔王派の内乱なんて起こってなかったのに。大戦のおかげで技巧派がマイノリティーになったのが最近の元ちゃんの活躍で少しずつ勢力を取り戻してきてるんだよ。全面的に押し出して技巧派を増やさないとテロに対処しきれないし、捕縛術もダントツでトップクラスの元ちゃんを参考にしてるからどうせなら教官とかに出来るように上級まで駆け上がって欲しいところなんだよねぇ。実績を簡単に積んでくれるからある程度は楽なんだけど」

 

「実績ですか?」

 

「そうそう、ソーナちゃんの眷属としてじゃなくて私の眷属としてだけど。レーティングを5戦全勝、はぐれの討伐がS級1、AA級3、A級8に、例の身体調整の顧客に多くの上級悪魔を相手にしてる分で評価されてるし、例のあの術式を公開すれば資産も跳ね上がるだろうから上級昇格に必要な条件を満たせるし、勤勉だから領主としても普通にやっていけそうだから。まあ、学園を卒業してからかな?」

 

「いつの間にそんなことを」

 

「分身って便利だって。普通に平日に動いてるから。本体は普通に学園に通ってるよ」

 

「また私に内緒でそんなことを」

 

「まあ色々と隠したがる傾向があるみたいだからソーナちゃんも定期的に報告を上げさせたほうがいいよ。言えばちゃんと隠しごとなく話してくれるから。まあ、吹聴しないようにって念押しされるけど。赤龍帝ちゃんに言ったらしいんだけど、手札を増やして組み合わせるのが自分の戦闘スタイルだって。その手札を増やす速度がかなり早いよ。以前聞いた分身とか高速治癒とか以外に光の屈折を利用した透明化とか、熱源探知とか、体術もかなり増えてるみたいだから」

 

「この件が済みましたらそうさせていただきます。さて、話がうやむやになっていましたが、留流子」

 

「はい」

 

「何を頼んでいたんですか?ちゃんと話してくれますよね?」

 

げっ、忘れてなかった。会長以外にも巡先輩と由良先輩がちょっとキツい目で私を見てくる。ええい、ここは開き直る!!ただし全ては言わない。

 

「元士郎先輩とのデートを隠し撮りしてもらっただけです」

 

「無知で純粋な元ちゃんにあ〜んしてもらった上に間接キスまで楽しんでたけどね」

 

ば、ばれてらっしゃる。というか、レヴィアタン様が知ってるってことは、元士郎先輩が知っている?えっ、嘘、気付かれてた!?

 

「ほぅ、そんなことまでしていましたか」

 

「あ、あはははは」

 

このあとゼノヴィア先輩が戻ってくるまで滅茶苦茶喋らされた。



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9話

「注意事項は以上です。何か質問はありますか?」

 

「質問ではありませんが生徒会から一つ」

 

ロスヴァイセ先生から許可を貰って前にでる。

 

「生徒会庶務の匙元士郎だ。誰とは名指しでは言わないが、心当たりのある者は心によく刻んでおけ。これからオレたちは京都に向かうわけだが、この修学旅行で問題を起こせば、それは学園の評価に直結する。これまでは学園内であったためにある程度穏便に済ませてきたが、修学旅行中に問題を起こした場合、程度によっては警察に突き出すことも退学処分を言い渡すことも辞さない。横暴だと思う奴もいるだろう。だがな、学園側から退学処分を突きつけられそうになっていたのを生徒会で保留にしてある分を突きつけるだけだ。誰も庇いはしないぞ。ちなみに三人分だ。肝に銘じておけ。いつもの行いは人生を担保にかけることになるぞ!!無論、いつもの罰も強化してある」

 

そう言ってから着替えなどが入っているカバンとは別に用意してあるカバンから猛獣を拘束するために使われる鎖と首輪を見せつける。

 

「使う機会がないことを期待している。何かあればオレの携帯に連絡するように。生徒会からは以上だ。羽目を外しすぎずに楽しめ」

 

新幹線に乗り込み軽く見回りをしてから席に戻る。

 

「見回りお疲れ様。はい、これ」

 

「ありがとう、巡」

 

巡から缶コーヒーを受け取り礼を言ってから口につける。

 

「ねぇ、保留にしている退学の三人って、あの三人なんでしょう?最近一人は落ち着いてきてるんだし、残りの二人を退学にしても良かったんじゃないの?」

 

巡は誰とは言わないが退学にしてしまえと口にする。それに賛同するように残りの班員も首を縦にふる。無論、男子もだ。

 

「確かに一人は最近落ち着いている。だがな、それまでの1年半弱の行動の所為で最近の分もトリオで行動していると思われていてな、これが二人だけの退学届けだったなら保留にしていなかった。二人が残りの一人も同罪だと叫んでもこっちに退学届けが無いのなら突っぱねるのは簡単だからな。だが、三人分あるとなると残りの一人をかばえなくなる。最近はまともになろうとしているのだから手を差し伸べてやるのが人情という奴だからな。だから、あそこまで脅してるんだよ。これで二人だけが行動すれば他に証人を用意すれば二人を退学にさせることができる。書類も手元にあるから修学旅行中でも退学にできる」

 

「しつも~ん、その場合どうなるの?」

 

「強制送還。払われてる旅行の代金は差額分をキャンセル料や手数料を引いた分で返される。警察には訴えずにそれで終了。完全に学園と縁が切れることになる。訴えないのは最後の餞別ってわけだな」

 

色々と会長や先生方との協議の末このようになっているのだ。オレは結構我慢もしたし、譲歩もした方だぞ。備品の修理代、オレが材料費だけで済ませたおかげで今まで予算が保っていたのだから。オレがいなかったら8桁行ってるんだぜ。笑えねぇよ。

 

 

 

 

 

 

こうやって実際に見ると結構くるな。京都サーゼクスホテル。うん、自分の名前を堂々と付けれる魔王様のセンスには脱帽だ。部屋に荷物を置き、巡達と市内観光に出掛ける。そして10分ほどで観光を諦めた。あちこちで妖怪の気配を感じたのだが、動きが慌ただしい。何かが起きている。班から離れて少しだけ大掛かりな感知術式を発動させると地脈まで乱れている上に強力な力を感じ取った。いつでも動ける覚悟を持つように巡たちや兵藤たちやアザゼル先生たちに連絡を入れておく。結構楽しみだったんだけどな、京都旅行。小学生の時や中学生の時はそこまで心に余裕がなかったから。はぁ~、とりあえずスコルとハティのお土産に櫛でも買っておくか。生徒会の皆には、う~む、表通りに目ぼしい物が無いな。となると情報収集も兼ねて裏の表通りに潜るか。

 

境界線を探してそこに若干の魔力を通して裏側の、妖怪の世界に潜り込む。やはりこちらの方が物の品質が良いな。櫛も見繕い直して新しく購入し、魔法を込めれる髪飾りを見つけ、それを生徒会の全員に似合うデザインの物を購入する。その頃にはオレの気配を感じ取ったのか店の周りを包囲されていた。

 

「すまんな店主、迷惑料だ」

 

包んでもらった髪飾りを受け取り2倍の代金を支払ってから店の棚の影に潜り込む。そのまま退散しようと思ったのだが、影の世界に潜り込んでくる気配を一つ感じる。

 

「さすが妖怪だ。影を生業にする者が居るとはな。だが、オレを追うにはまだ甘い」

 

裏通りの影から飛び出してタイミングを計る。影からの気配が濃くなると同時に再び影に潜り込む。足だけが影の中に残っているのを見て好都合だと引きずり込んで鎖で拘束して目隠しをする。

 

「すまんな、こちらにはただ買い物に来ただけだ。危害を加えるつもりはなかったのだが、言っても聞いてくれ無いだろうし、オレも無許可で立ち入っているからな。すまないが仲間に拾ってもらってくれ。オレは向こう側に帰るんでな」

 

影の中から拘束した妖怪を突き飛ばして再び駆ける。境界線に警備が張り付いていたが、影の中を移動できる妖怪はいなかったようでそのままスルーして表側に逃げることに成功する。そのままホテルまで逃げ切り、部屋で髪飾りにフェニックスの再生の術式を込める作業に移る。家系の特殊魔術とはいえ存在する以上なんらかの法則があるのは自明の理。その解析に時間がかかったが劣化版の再生術式の構築に成功した。劣化版なのはオレの禁手に登録されている物だからだ。フェニックス家に協力してもらえればちゃんとした物もつくれそうだが、さすがに無理だろうと諦めている。精密作業にもなるのでとりあえずは巡と由良の分を用意する。どちらかといえば前衛の二人の方が怪我をする可能性が高いからな。

 

自由時間が終わりホテルに戻ってきた巡と由良に髪飾りを渡して効果を説明しておく。そんなにやばいのかと聞かれたが、念のためとしか言い返せなかった。出来る限りはオレが一人で受け持ちたいのだが、情報が不足しすぎていて手が出せない状況だ。その後、軽く打ち合わせをしてから解散して豪華な夕食を堪能する。この漬物は美味いな。お土産に樽で買おう。夕食を終えてからアザゼル先生とロスヴァイセ先生に何か追加で入った情報がないかを確認する。何でもセラフォルー様が妖怪側と交渉のために京都入りしたそうだ。いつでも動けるようにしておくと言ってから別れる。部屋に戻り、手札の確認をしていると兵藤が深刻な顔をしてやってきた。

 

「ちょっと相談があるんだけど良いか?」

 

「構わないが、場所を移すぞ。あと、ついでに手伝え」

 

鎖と首輪の入っているカバンを担いで部屋から出る。大浴場がある階の非常階段を挟むように兵藤と立ち、誤認結界を張って話を聞く。

 

「で、相談ってなんだ?」

 

「あ~、実はさ、前の、お前一人に負けたレーティングゲームから、このままで良いのかなって思うようになってさ?その前の会長とのレーティングゲームの時も、途中からものすごく強かったじゃんか。だから、何か強くなる秘密があるのかなって」

 

「不調だったのが元に戻っただけだ。最後の禁手化は偶然だしな。前にも言ったがオレの強さは手札の数と組み合わせで決まる。それを組み合わせるために日頃の訓練は絶やしていない。お前は日頃からちゃんと鍛えていたか?」

 

「それは、色々と」

 

「忙しいっていうのは言い訳にはならない。制服の下に重りを仕込むとか、授業中も魔力を回し続けるとか」

 

「魔力を回す?」

 

「魔力を体内で循環させるんだよ。こうすることで魔力を消費せずに魔力効率化が可能になる。早い話が火力と展開速度が上がる。アザゼル先生に聞いたが、多少は火を吹けるようになったんだろう?あの特訓の基礎版だと思え。お前はとにかく基礎能力を上げることに集中しろ。オレも劣化版の倍化の力を使えるが、運用仕方が全く違うからな。参考にはならんぞ」

 

「どう違うんだ?」

 

「オレが使えるのは8倍までだが、それをラインにストックすることで物理攻撃力だけに関してなら最大で512倍まで出せる」

 

「なんでだ?8倍までしか使えないなら8倍だろう?」

 

「物理の授業で習った運動方程式を覚えているか」

 

「え~っと、ma=Fだっけ?けど、これを8倍したなら力は8Fだろう?」

 

「それがお前の倍化の仕方だな。オレの場合は一つにつき8倍する。まずは分かりやすいようにm=1,a=1とする。そして加速度のaを8倍する。つまり1×8=F=8。これで8倍。ヒットする直前に質量mを8倍する。これで8×8=F=64。そしてFが作用するタイミングでFを8倍。F=64。8F=512。タイミングがずれると無駄に力を消耗することになるが逆に言えば調整可能ということだ。今の話を理解した上で問うが、できるか?」

 

「まず複数箇所に譲渡ができないから無理。出来てもタイミングを合わせるのは無理」

 

「そういうことだ。地道に肉体と魔力を鍛えるのが一番だな。それと並行して洋服崩壊のような他の奴が思いつかないような技を作り続けるとかな」

 

「う~ん、なるほど」

 

「っと、兵藤、準備しろ」

 

「何を?」

 

「退学届、渡す必要があるみたいだ」

 

鎖を取り出して兵藤には首輪を持たせる。そして非常階段の扉を開いたときに死角になる位置に立つ。ちょうどタイミングよく非常階段の扉が開く。

 

「よし、匙の野郎はいない。このまま一気に女風呂を覗きに行くぞ!!」

 

「おい元浜!!良い物を見せてやるって、覗きかよ!!止めとけよ、退学が保留になってる三人ってお前ら変態トリオだろうが!!」

 

「あんな脅し、でたらめに決まってるだろうが。それに昔から言うだろう、虎穴に入らずんば虎子を得ずって」

 

「ざけんなコラ!!オレは帰るぞ」

 

「オレも」「僕も」

 

半分以上が戻って行ったみたいだな。それでも松田、元浜を含めて7人か。走って女風呂を覗きに行こうとした松田の足を引っ掛けて転がし、非常階段に飛び込んで痕が残らないように加減して残りの殴り飛ばして鎖で拘束する。

 

「兵藤、松田を捕まえろ」

 

「えっ、ああ!!」

 

兵藤が慌てながらも松田を床に組み敷く。素早くオレが足に鎖を巻いて行動を阻害する。

 

「オレ、朝に言ったよな。使う機会がないことを祈るってな。まあ、これでお前たちの顔をもう見ないで済むと思えば使わせてくれてありがとうと言おうか。松田、元浜、お前らは退学だ。始発の新幹線で向こうに送り返す。旅行代もキャンセル料を引いた分を現金書留で送ってやる。もう、学園の敷居を跨ぐな。他の奴らは、うん、初犯だな。後日反省文を提出、緊急時以外は朝まで部屋から出るな」

 

「何しやがるんだ匙!!無実の罪で」

 

「オレ、扉の隣に立っていたんだが」

 

「兵藤だって」

 

「こいつの相談に乗っていただけだな。一緒に手伝いもしたから関係ない。ああ、証拠としてお前たちが先ほど話していた会話も録音している。警察に突き出されないだけマシだと思え。これ以上、オレはお前たちに関わりたくないんでな。眠ってろ!!」

 

二人の意識を刈り取り、他に覗きをやろうとした奴らに見せつける。

 

「鎖、解いてやるから大人しく帰れよ」

 

余った分の鎖で松田と元浜を厳重に拘束する。

 

「なあ匙、なんとかしてやれないのか?」

 

「5400万積めばなんとかしできるかもしれないな」

 

「5400万!?」

 

「学園の備品や設備を壊した分に、覗きなどによるセクハラ行為の示談金なんかの総計。最低でもだぞ。しかも一人一人でな。お前も一歩間違えればそっち側だ。頼むからこれ以上そっち方面で手間をかけさせるな。これでも結構庇ってやってたんだぞ。って、金額にされて初めて自分のしでかしたことを理解したのかよ。ちなみに裁判起こされれば未成年じゃなければ確実に10年は食らってるぞ」

 

「10年!?10年も刑務所ってことはその間おっぱいは?」

 

「無いに決まってるだろうが。エロ本とかもな。それどころか場所によったら掘られるぞ」

 

「掘られる!?」

 

「嫌なら少しは我慢を覚えろ。少しは評価が変わってきているんだ。そのオープンエロを仕舞い込め。まあ、それでも彼女ができないだろうがな」

 

「なんでだよ!!」

 

「それはお前自身が一番よくわかってるはずだ。その点だけはオレとお前はよく似ているんだよ」

 

「似ている?」

 

「無自覚か。いずれ分かるさ。心の傷ってやつは厄介なのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見張りを終えて部屋に戻ると携帯にメールが届いていた。内容を見てすぐにコートとマフラーとゴーグルを準備して影に潜る。

 

「お待たせしました」

 

「ごめんね、急に呼び出しちゃって」

 

影をくぐり抜けた先にはオレのもう一人の王であるセラフォルー・レヴィアタン様がいる。

 

「いえ、緊急ということでしたが」

 

「そうなの。まだ私の方にも触りしか分かってないんだけど、どうも妖怪側のトップである八坂様が行方不明になってるみたいなの」

 

「トップがですか?」

 

「そうなの。どうも禍の団が裏で動いているみたいなの。妖怪側からそれとなく聞いたんだけど、危害は加えられていないみたいだし、京都から離れている訳でもないみたいなの。理由は教えてくれなかったけどね。何を目的に動いているのかが分からないの。だから、それを調べれる?妖怪側にも悟られずに」

 

「出来る限りやってみます」

 

「無理はしないでね」

 

「はっ!!」

 

再び影に潜り京都の中心にまで移動する。京都に来たときから気になっていたことをついでに調べようと思い、ラインを地面の奥にまで潜り込ませ、力の流れに触れる。これが龍脈や地脈と呼ばれる地球の力。触れてみてわかるのはこれが莫大な力であること、扱うには専用の術式か、体の相性が必要っぽい。ラインをどんどん伸ばしていくと所々で流れが不自然な場所がある。なるほど、ある程度龍脈が多く流れていた京都に、更に龍脈が集まるように人為的に流れを変えたのか。よく淀みができないな。ああ、淀みが集まる部分があってそれを定期的に浄化しているのか。なるほど、それを行っているのが八坂様で、今も淀みがないことが無事な理由か。

 

さて、逆に言えば八坂様は常にとは言わずとも龍脈にすぐに触れれる場においておきたいということだ。触れた時にどう変化するのかはわからないが、なんらかの感触が得られるはずだ。このまま待っているとしよう。張り続けて数時間、ようやく誰かが龍脈に触れた。触れてきた場所まで移動するが、そこに誰かが居た形跡はない。

 

「どういうことだ?」

 

現在も龍脈への接続は確認している。なのに誰も居ない。幻術?いや、異界操作か?むぅ、これは向こうから招いてもらわなければならないようだな。考え込んで隙を作っている振りをして数分で動きがあった。結界とは違う感覚で取り込まれる感じ、霧が見えたことから神滅具の絶霧だと断定する。さて、セラフォルー様のために頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「匙が、音信不通!?」

 

「昨夜に八坂様の行方の調査を頼んでから、敵と接触したと連絡があったきり、駒のパスも消えちゃった。異界に取り込まれたか、もしくは」

 

「あの匙がやられたと?」

 

「ないとは言い切れないの。八坂様は私たち魔王ともタメを張れるぐらいに強い。それを周囲に気づかせずに攫っている時点で相手はかなりの力を持っているの。不意を突かれたら」

 

そこでレヴィアタン様が口を閉ざす。あの匙でさえもやられたかもしれない相手にオレたちは敵うのか。不安が漂う。

 

「あの匙が簡単にやられるとは考えたくないが、これからは出来るだけ固まって行動だな。一人には絶対になるな。増援も呼びつけるが、時間がかかる。全員気を引き締めていろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ」

 

ヘラクレスと名乗った男が投げ渡したものを見て、オレはそう呟いた。木場も生徒会の皆も否定の言葉を出す。血まみれで、破れたり壊れたりしているコートにマフラーにゴーグル。匙が使っていたものだ。だけど、普通に市販されている物でもある。だからこれは奴らが用意した物だと思う事にした。あの匙が簡単にやられるなんて思ってない。

 

「現実を見ろよ、悪魔ども!!まあ、これぐらいなら偽物を用意できるだろうが、こいつは無理だろ。おいジャンヌ!!」

 

だけど、ジャンヌと呼ばれた女が持っていたものを見て心が折れる音が、生徒会の皆から聞こえたような気がした。女が持っていたのは聖魔剣エクスカリバーと聖魔剣アロンダイト。匙だけの剣だった。それをあの女が拒絶されずに持っている意味を理解したくなかった。

 

「やれやれ、この程度で心が折れたか。いや、戦力的にもそれだけウェイトが高かったということか。ふっ、不意打ちで仕留めておいて正解だったか。ヘラクレス、もういいぞ」

 

「へへっ、待ってたぜぇ〜、その言葉!!」

 

曹操とか言う男がヘラクレスに許可を出す。まずい、殺しにくる。

 

「死n」

「きゃああああああああ!?」

 

だが、そこまでだった。突如ヘラクレスの頭が弾け飛び、隣にいたジークフリードが袈裟懸けに体がちぎれ、ジャンヌが全身から血を吹き出して倒れる。その後から轟音が鳴り響く。何が起こったのか、誰も理解できていなかった。この状況を作り出した者以外は。ジャンヌが倒れた場所のエクスカリバーとアロンダイトの姿が影に潜るのをたまたま見ていた。影に潜れる術を使えるのはオレは一人しか知らない。つまり

 

「ぐわあああああっ!?」

 

「ちっ、足1本か」

 

曹操の影から禁手姿の匙がアロンダイトを振り抜いて曹操の右足を切り落とす。

 

「くっ、貴様!?何故だ、黄昏の聖槍が!?」

 

「逃がすかよ!!逃げたほうが地獄だからな。ここで死んどけ!!」

 

木場の持つ魔剣創造と似たような現象で聖剣が曹操に向かって生える。聖剣が曹操を貫こうとしたその刹那、黒い霧が曹操を覆い、姿を消した。

 

「ここで死んだ方が楽だったのにな」

 

「匙、なんだよな?」

 

「そうに決まってるだろうが。まあ、一度死にかけたがな」

 

匙が禁手化を解いた。死にかけたというのは本当のことらしく、体に巻いている包帯が血で赤く染まっている。

 

「すまないがアルジェントさん、治療を頼んでも良いか?結構、キツイ」

 

「は、はい!!」

 

アーシアが座り込んでしまった匙に駆け寄って聖母の微笑で治療を始める。匙も影の中から輸血パックを取り出して輸血を行っている。

 

「匙、お前、何をやってたんだ?」

 

「破壊工作から情報奪取に寝返り工作、色々と影でゴソゴソとな。英雄派の屋台骨をへし折ってきた。まともな戦力はもう残ってないはずだ」

 

「寝返り?」

 

「少し待て、奴らが完全に撤退するまで」

 

そこまで言ったところで大きな九尾の狐が暴れ出した。あれが八坂様なのか。

 

「馬鹿どもが、素直に逃げればよかったものを」

 

「匙、どうなってるんだ!?」

 

「奴らは八坂様を洗脳してたんだがな、とっくの昔に洗脳は解いてある。今までは洗脳されたままのふりをしてもらっていただけだ。八坂様を使ってこちらにけしかけようとしたのだろうが、好機と見て曹操たちを殺しにいってるんだろう」

 

しばらくすると、いらいらしている八坂様の姿が消え、九重ちゃんを大きくしたような美人な人がやってきた。もしかしなくても八坂様だろう。それと同じくして異空間が崩壊する。

 

「どうやら完全に退いたようじゃな。無事かのう、元士郎よ?」

 

「さすが最強の神滅具ですよ。悪魔との相性が悪すぎる。未だに回復をかなり阻害されています」

 

疑問に思いアーシアの方を見ると半泣き状態で、必死に回復させようと頑張っている。

 

「アルジェントさん、もういい。フェニックスの涙を使ってもほとんど回復しなかったんだ。黄昏の聖槍の影響が薄まらないと、これ以上は無理だ」

 

「ですが」

 

「安静にしてれば死なない程度には回復してるから大丈夫だ」

 

逆に言えばさっきまでは安静にしてても死ぬ程度の体で戦ってたってことだよな。死ぬのが怖くないのか?これが匙の強さの秘密なのか?

 

「お前たち、無事、なようだな。匙、お前も無事だったみたいだな」

 

「アザゼル先生ですか。すみません、ご心配をおかけしました。レヴィアタン様も含めてご報告をしたいのですが」

 

「簡単に説明しろ。外側でも混乱が起こってるんだよ」

 

「幹部クラスは半数以上を無力化、または弱体化及び一人保護しています。英雄派の運用資金や貯蔵物を根こそぎ奪取。戦力になる神器も大半は奪ってきました。八坂様もご覧の通りです」

 

「やりすぎだ、馬鹿野郎!!外の奴らが弱いと思ったらお前の所為かよ。いざ戦闘って時になって相手が混乱し始めるから罠かと思って慎重に鎮圧してたのが馬鹿になってくるだろうが」

 

「オレも最初はそこまでやる気はなかったんですよ!!ただ、流れに身を任せてたら隙だらけだったから。あと、私怨も混ざってますから」

 

「私怨?」

 

「詳しい話はレヴィアタン様を含めてからにしましょう」

 

この場での話し合いを切り上げ、レヴィアタン様の待つ料亭に移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、お疲れ様。元ちゃんは心配かけすぎ。帰ったらソーナちゃんと合わせてお説教ね」

 

「お手柔らかにお願いします。それから、報告の前に一つお願いがあります」

 

「何かな?物にもよるけど、この場で聞くってことは重要なことなんだよね」

 

「はい。英雄派の一応幹部扱いされていた子供を保護しています」

 

「一応幹部扱い?」

 

「持っている神器から特別扱いするために幹部として数えられていますが、実態は拉致した子供を監視しやすくするための対応です」

 

「それだけ手放したくない神器、いや、神滅具か?」

 

「はい、魔獣創造を持つレオナルド・ダ・ヴィンチの魂を持つ少年です。幼い頃に目の前で両親を殺されている上に、暴力で無理やり従わされていたようです。魔獣創造をこちらに譲渡する代わりに、普通の生活を送りたいと。嘘を言っている様子もありませんし、先に魔獣創造も受け取っています。一応、仮の契約もその場で交わしてしまいましたので保護は確実に行う必要があります」

 

「う〜ん、神滅具の代わりに普通の生活かぁ〜。とりあえず私も直接会って確認しないとどうしていいかわからないかな?サーゼクスちゃん達にも相談する必要があるし。普通の生活の定義も曖昧だけど、元ちゃんはどうしたい?」

 

「最初はオレが育った施設に預かってもらおうと考えたのですが、オレ自身が面倒を見てやりたいと思っています。ありえないと思いたいのですが、報復や再度拉致して魔獣創造を持っていないことからキレて殺される可能性を考えると」

 

「なるほどね、その可能性も考えられるか。まあ、私個人としてはそれで良いと思うよ。もちろん、影から護衛を何人かつけたりすることになると思うけど、基本はそんな形になるかな?」

 

「ありがとうございます。では、報告です。成果としては英雄派の活動資金、現金で約7億円、各地に用意していたと思われる拠点の土地の権利書とその土地にある建造物合わせて約150億円、生活物資が200人で1ヶ月分ほど、神滅具の魔獣創造に合わせて黄昏の聖槍、神器が83個、内56個が禁手、フェニックスの涙が62個、それとは別に純度の低い物が371個、魔剣6本、幹部クラスと思われる3名を殺害、1名を保護、首領らしき曹操の右足を膝上から。これで残りの戦力は神滅具絶霧を持つゲオルグと神器持ち数人と言ったところのはずです」

 

「「「やりすぎ」だ」じゃ」

 

「あと、今回のために用意していた拠点を解体するために発破も仕掛けてきてます。これ、起爆スイッチです」

 

影の中から起爆スイッチを取り出してテーブルに置く。

 

「トリガーを引きながらカバーを外してスイッチを押せば爆破可能ですので。今、奴らが戻ってきているのなら一網打尽ですよ」

 

「いや、いいから。それで、被害の方は?」

 

「安静にして全治1週間位だと思います。黄昏の聖槍に貫かれた傷が治りにくいので。それと衣装一式が使えなくなったぐらいですね」

 

「戦果と被害が釣り合ってねえな。何度でも言うが、やりすぎだ」

 

「やれることをやった。後悔も反省もしない。心配をかけたことだけは後悔も反省もする。すみませんでした」

 

「素直に謝るのは良いところだけど、お仕置きは確定ね♡」

 

「怪我が治ってからでお願いします」

 

土下座をしながら輸血パックを使い切ったのでラインを使って新しい物に交換する。

 

「えっと、結構まずい?」

 

「まずいと言えばまずい状態です。適当な縫合だけで済ませてるので輸血を絶やすと死にますね。在庫は十分にあるので今のところ問題はありませんが」

 

「なんでそういうことを淡々と話すかな!?アザゼルちゃん、医療部隊医療部隊!!」

 

「ミッテルト、緊急用の保存溶液と培養槽だ!!急げ!!」

 

「いえ、そこまで慌てなくても」

 

「うるせえ!!お前は黙ってろ!!セラフォルー、こいつの手綱をしっかり握ってろよ。もしくはちゃんと調教しろ。毎回こんな感じじゃこっちの胃のダメージの方が大きいぞ」

 

「ごめんね、ちゃんと躾け直してみるから」

 

そんな話をしている内にミッテルトさんが毎度お世話になっている培養槽を持ってきたので大人しくそれに入り、別室に運ばれて検査を受ける。

 

「なんで生きてるかなぁ、急所を黄昏の聖槍に貫かれてるのにな」

 

「破損した臓器にラインが絡まってるのが原因ッスね。まるで破損していないかのように動いてるッス。これ、理論上頭を吹き飛ばされない限り生きれるってことッスよね」

 

「理論上はな。まあ、目の前に半分以上死んでてもおかしくない奴が生きてるから実際に生きれるっぽいがな。こいつ、どんどん生物を辞めていってるよな」

 

「アザゼル様、めちゃくちゃ不満そうに睨んできてるんッスけど」

 

「事実だから無視しろ」

 

確かに事実だが、むかつくな。

 

「とりあえず、聖なる力の除去を優先で調整しておいてやったから3日もあれば十分だろう。傷の方は自分で治せるんだろう?」

 

アザゼル先生の問いに首を縦にふる。というか、そろそろレオナルドを出してやりたいんだけどな。いきなり出すとまた何か言われそうだし。とりあえず念話で許可を取るか。

 

『アザゼル先生』

 

「なんだ?」

 

『レオナルド、保護した英雄派の子供をそろそろ出してもいいですか?』

 

「出す?」

 

『とりあえず寝かせて影の中に入ってもらってるんですよ』

 

「なら、とりあえず出せ。眠ってるんだろう?」

 

『はい。それじゃあ、アザゼル先生の影から出しますんで、引っ張りあげてください』

 

魔力で影をつないでゆっくりとレオナルドを押し出す。

 

「こいつか。よっと、ミッテルト、診察を始めるぞ」

 

「了解ッス」

 

しばらく色々と検査をしているのを眺めているとアザゼル先生から確認を取られる。

 

「何で眠らせたんだ?」

 

『妖精の嗅ぎ藥です』

 

「どっから仕入れた?作ったとか言うなよ」

 

『御用商人からですが、どうかしましたか?』

 

「いや、純度が高い奴を使ってるせいかぐっすりにも程があるからな。普通だと起きないからついでに精密検査でもしようかなって。ミッテルト、そういうわけだからこのまま一番近い支部に搬送するぞ。通常の検査以外に魔術的な跡がないかもだ」

 

「とりあえずは洗脳系を優先ッスね。それからリミッターとかもッスか?」

 

「精神安定に必要な分以外は解除しろ。頭脳系の英雄だから肉体的にはちょっと丈夫なぐらいだから拘束はしなくてもいいが、最低でも部屋に上級を二人護衛兼監視をつけろ。匙が回復するまでは寝かせておくのが一番だ」

 

「了解ッス」

 

ミッテルトさんと一緒に転移するレオナルドを見送り、アザゼル先生にレオナルドの検査結果を聞く。

 

「まだレントゲンとかを撮ってないから確実とは言えないが、日頃から骨を折られてたんだろうな。触った感覚だが変な形で癒着してるっぽいな。精神鑑定とかもした方がよさそうだ。もしかしたら対人恐怖症なんかもありそうだ」

 

『目の前にも元対人恐怖症が居るんですが』

 

「だからそっちの方は心配してねえよ。とりあえず、保護の話はこのままお前の提案通りになるだろうよ。ちゃんと面倒を見てやれよ」

 

『もちろんですよ。帰ったら家を買ったり駒王学園付属小への転入手続きとか、戸籍の偽造から始めないといけないのか。忙しくなるな』

 

「そこでアパートとかマンションを借りるって選択肢が出ずに家を買うってどういう発想だよ」

 

『いえ、そろそろスコルとハティを人間にも慣れさせようかと』

 

「神喰狼を街中で飼うだと!?何考えてるんだよ!!」

 

『そういう風に見るから、そう思い込んじゃうんでしょうが。オレはあいつらを猟犬程度に見て躾けてますからちゃんとそういう風に育ってますよ。責任はオレが持つってことで許可したのはアザゼル先生じゃないですか』

 

「いや、確かにそうだが」

 

『そこらの飼い犬よりもまともですよ。それに抑止力にぴったりですから』

 

「まあ神喰狼を相手にただの子供を襲おうとは思わねえな」

 

『そういうこと。それに普通の対人恐怖症相手には間に動物を挟むのが一番効果的だ。オレは動物を獲物にしか捉えられなかったから効果はなかったが、あの人はオレと話を合わすためだけに生の動物の肉を目の前で食ってくれたからな。ある程度常識を身につけて生の肉を食う危険性を知っていたオレの前でな。さすがにあれにはある程度心を開くしかないですよ』

 

「......なんつうか、大胆というか豪快な人だな」

 

『見た目からは想像もつかないですよ。いや、まじで』

 

あ〜、そういえばあまり顔を出していなかったな。今のオレを見たらびっくりするだろうな。喜んでくれるだろうか?一度、戻ってみよう。

 

 

 



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10話

「準備は出来ているか?」

 

「……大丈夫」

 

「よし、なら行こうか」

 

レオナルドと手をつないで家から出るとスコルとハティが駆け寄ってくる。

 

「……おはよう、ハティ」

 

「調子はどうだ、スコル?あまり縄張りを広げすぎるなよ」

 

一通り撫でてやってからスコルとハティを加えて登校する。学園までの途中に付属小がある場所に家を買ったためにレオナルドを送ってからの登校が可能だ。

 

「それじゃあ、夕方に迎えにくるからな。何かあれば渡してある犬笛を吹くんだぞ。スコルとハティがすぐに駆け付けるからな」

 

「……うん」

 

「スコル、ハティ、任せたぞ」

 

レオナルドを送った後はすぐに物陰から学園近くまで影を通ってショートカットを行う。そのまま生徒会の仕事をこなして授業を終えてから生徒会室に向かい、仕事の確認をしてから仕事を分身に任せてレオナルドを迎えにいく。登校時と同じように二人と二頭で手をつないで歩きながら、今日1日どんなことがあったのかを聞いていく。それに相槌を打ち、時に尋ねられる質問に答えていく。帰宅後は夕飯を作りながら日本語の勉強を手伝ってやる。会話の方はこちらで翻訳の魔道具を用意したから問題ないが、文字だけはどうすることもできないからな。

 

「うん、これで基本のひらがなカタカナ50音は完璧だな」

 

「……頑張った」

 

「まあ、ここから日本語で面倒な漢字に入って行くからな。大変だが、出来る限りの事はしてやるからな」

 

「……うん」

 

「よし。それじゃあ片付けて手を洗って来な。夕飯にしよう」

 

夕飯を終えた後は分身に悪魔稼業を任せて、レオナルドとスコルとハティと一緒に風呂に入ってからスコルとハティのブラッシングを行う。

 

「そうそう、優しくな。引っかかりを感じたら少し戻して手で絡まっている部分を解いてやるんだ。うん、そうだ」

 

「……スコル、良い?」

 

レオナルドがスコルをブラッシングするのを隣で見ながらハティのブラッシングををする。今までは訓練で勝ち越していた方だけだったが、今はレオナルドの護衛の報酬として二頭ともをブラッシングしている。

 

「学校は楽しいか?」

 

「……初めてのことばかり、もっと知りたい」

 

「そうか。自由に生きてみろ。そううすれば、勝手に知っていける。わからないことや、やってみたいことがあれば何でも言え。できる限りのことはしてやるからな」

 

「……あの、えっと、その」

 

「どうした?」

 

「…………一緒に寝て欲しい」

 

「ふっ、構わないぞ」

 

そして、その話を聞いていたスコルとハティが激しく体を擦り寄せてくる。

 

「分かった分かった、今日はみんなここで寝よう。スコル、ハティ、少し大きくなって。オレは枕と毛布を取ってくるから」

 

部屋に戻って枕と毛布をとって戻ってくるとレオナルドがスコルたちに押しつぶされていた。

 

「こ~ら、嫉妬してるんじゃない。ほら、寝るぞ。スコル、狭いからもう少しそっちに行ってくれ。ハティ、尻尾を外側にしろ、顔の前に持ってくるんじゃない。レオナルドもそんなに離れなくて良いぞ。ほら、こっちに寄ってこい」

 

自分から一緒に寝て欲しいと言いながら距離を取ろうとするレオナルドを傍に近寄らせる。

 

「それじゃあ、お休み」

 

明かりをラインを使って消して寝たふりをする。しばらくするとレオナルドが少しずつ近寄ってきて、腕にそっと掴まってくる。うむ、オレより素直でよろしい。甘えるなんてもう出来ないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和だ。松田と元浜がいなくなっただけでこんなにも平和になるなんて」

 

放課後に生徒会室でコーヒーを飲みながらしみじみと呟く。カメラの撤去や補修の仕事がなくなっただけで大幅に暇な時間が増えた。

 

「匙、気を抜きすぎですよ。それより、今日は迎えに行かないのですか?」

 

「ちょっとずつ友達が出来ていってるみたいなんで、遊びに誘われたようです。一応、分身を一人影に潜ませてますし、スコルとハティも傍にいるから大丈夫です」

 

「そうですか。あら?どうぞ」

 

ドアがノックされ、会長が入室の許可を出す。

 

「失礼する。こちらに匙元士郎が居ると聞いてきたのだが」

 

「サイラオーグ?」

 

「来校手続きは済ませてきましたか?まだであれば、先に手続きをお願いします」

 

「すでに済ませてきた。実はソーナと匙元士郎に頼みがあってきたのだ」

 

「頼みですか?」

 

「手合わせを願いたいのだ。オレの夢のために、一番の障害になり得るだろう匙元士郎を知るために!!」

 

その言葉に会長がしばらく考える。

 

「匙、単純な肉弾戦とフェニックスの涙を使わなくて済む程度に抑えて自由に、計2回ですね。場所は、校庭でいいでしょう。結界を張るのに少し時間をもらいます。それからリアス達を呼びますが構いませんか?」

 

「ああ、構わない」

 

「では、そうですね、一時間後に始めましょう。その間に準備を済ませるようにしましょう。匙、分かりましたね。くれぐれも無茶、危険なこと、やりすぎもしないように」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

単純な肉弾戦は開始30秒でサイラオーグが意識を失って倒れたことで決着がつく。

 

「サイラオーグがあんな一瞬で!?」

 

「正面から突っ込んだと思ったら前転から足を使った首締め。腕もキメて抵抗させることすら封じる。初見じゃどうしようもないね」

 

「それ以上にあれだけの隙を平気で見せる胆力がすごいです。いきなりのことでサイラオーグさんが対応できずに動けなかったからこそ一気に勝負が決まりましたが、逆の結果になっていてもおかしくない行動です。私にも匙先輩の技術があったとしても初手で使おうだなんて考えられません」

 

グレモリー先輩達がそんな話をしているのを聞きながらサイラオーグさんに気付けを施す。

 

「……オレは負けたのか」

 

「ええ。完全に意識を失っておられたので」

 

「あれは、なんという技なのだ?」

 

「飛びつき三角締め。本来なら組み伏せながら行う三角締めをいきなり行う強引な技です。純粋な格闘戦じゃあ、知らなければ外すこともできないでしょう」

 

「そうだな。あのような技もあるとは」

 

「筋力なんかは別にして純粋な技術では人間が一番です。2戦目に移りますが大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ないはずだ」

 

「では、始めましょう」

 

サイラオーグさんからできる限り離れてから会長に開始の合図を頼む。

 

「会長、合図をお願いします」

 

「行きます、始め!!」

 

開始の合図として魔力弾が打ち上げられると同時に影の中からとっておきを取り出す。

 

「なっ!?」

 

取り出したのは特注で作らせたモンスターバイク、人間ではまともに乗る事が出来ない代物だ。巡行時速500km、最大時速700km、最大時速までの時間はわずか4秒、拡張パーツのロケットエンジン搭載で瞬間的に時速1200kmを誇る怪物だ。素早く跨り、エンジンを始動させる。

 

「匙!!そんなのありなのかよ!?」

 

兵藤がそう叫んでくる。サイラオーグさんも再び唖然としている。

 

「馬の使い魔が認められてるんだ!!鉄の馬を使って何が悪い!!免許もちゃんと取ってるぞ!!こいつは法律に引っかかるがな!!」

 

エンジンの音にかき消されないように大声で叫び返す。それと同時にサイラオーグさんに向かってバイクを走らせると同時に大鎌を取り出して、ラインでバイクを運転する。

 

「冥府から取り寄せた死神の鎌の試し切りだ!!」

 

「なんだと!?」

 

死神の鎌という言葉に驚いて迎撃の構えをとっていたサイラオーグさんが転がって躱す。それでも髪の毛の数本を切ることができた。だが、それでは意味が無い。ふむ、ならば次の手だ。ターンしてもう一度突っ込み、ロケットエンジンを点火させて更に加速して先程と同じように切ると見せかけて鎌を投げる。

 

「くそっ!?」

 

「固定概念を持ったままだと命が無いですよ!!」

 

投げた鎌を再び転がって躱すサイラオーグさんだが、鎌には透明なラインをつなげてある。そのラインを操作して追撃しながらバイクで撥ねるコースに突っ込む。ふはははは、取れる手は少ないがどうする?

 

「オレは負けない!!」

 

少ない手の中でサイラオーグさんが取ったのは一番の悪手。バイクを停める姿勢に入った。だめだ、それじゃあオレを相手にするのは不可能だ。バイクがサイラオーグさんと衝突する寸前でオレはバイクから飛翔する。それを見てサイラオーグさんが自分の過ちに気付いた表情を浮かべながらバイクを受け止めた。その次の瞬間には、サイラオーグさんの背後から背中合わせにエクスカリバーとアロンダイトを突きつけるオレの姿がある。さらに次の瞬間には鎌がオレの手元に戻ってくる。

 

「勝負ありですね」

 

「……ああ、オレの負けだ。また、負けてしまった」

 

道具を全て影に収納してサイラオーグさんに向かい合う。

 

「今まで戦ったことのない相手でしょう、オレは」

 

「手が全くわからない。正面から普通に戦っても強いというのが分かるのに、なぜそれを避けてこんな回りくどい方法をとるのだ?」

 

「さあ、なぜでしょうね?そう言われれば更にオレに対して苦手意識を持つでしょう?それが広まれば恐怖の域にまで達する。何をされるのかがわからない、何処までできるのかがわからない、そんな相手に敵対したいと思いますか?」

 

「それは……ある程度利口な奴なら避けるだろう。もしやるとすれば絶対的な天敵を用意するだろう」

 

「その通り。ならオレは天敵に対しての対策を構築すればいい。ある程度以下なら恐るに足らず。回りくどい行為が翻って全体的な敵の数を減らす。理にかなっているでしょう?」

 

「戦術が戦略に繋がり、戦略によって戦術が効果を増す。どれだけ先が見えているんだ」

 

「くくっ、先なんて見ていませんよ。ただ必要であるかもしれないということを事前に用意し続けているだけです。二重に考えれば良いだけのことです。もし、自分を攻略するならどんな手を使うかを考え、それに対抗するにはどうすれば良いかを考える。あとはそれを延々と繰り返すだけ。それがオレです。だが、サイラオーグさんや兵藤には合わないでしょう。あなた方はただ単に自分を鍛え続けたほうが良い。どんな敵が立ち塞がろうと、小細工ごと全てを撃ち貫く槍となれば良い。サイラオーグさんは道を切り開いて行く人です。オレはそんな人たちの露払いを行うのが役目です。オレは誰かを導くことなんてできない。だけど、導き手を守ることはできる。それがオレです」

 

「役割の違い。そうか、参考になった。その上で導き手として露払いの君に聞きたい。オレには何が足りていない」

 

これは、即答できないな。会長に視線を向けると会長も考え込んでいる。しばらくの沈黙の後、会長が口を開く。

 

「私の夢は今も変わっていません。その夢を、手伝ってもらえるでしょうか?」

 

「無論だ。ソーナの夢を否定するのはオレ自身の否定だ。喜んで力を貸すことを誓おう」

 

「ありがとうございます。匙」

 

「とりあえず色々と足りない。とりあえずは足周りの強化が最優先課題ですね。速度が足りていないですし、踏ん張りも効かせるようになるだけで2割は拳が重くなります。それから短期的に鍛える方法として重力制御術式、装身具による補助ですかね。とりあえず、これが術式です。使い方はサイラオーグさん次第です。装身具に関しては紹介状を書きますので冥界にあるオレの工房の職人に依頼してください。値段の方は勉強させてもらいます」

 

「……何?いや、待て、少しだけ待て。そんな簡単に色々と施されても」

 

「日本には素晴らしい言葉があります。タダより高い物はない。会長の夢のため、張り切って手伝ってください」

 

「ふんっ!!」

 

「あだっ!?」

 

会長に殴られて舌を噛む。本日一番のダメージを負った。

 

「気にする必要はありませんよ、サイラオーグ。その施しも普通に受け取ってもらって構いません。匙にとっては辞書の1ページをコピーして渡した様な物ですから」

 

「あ、ああ、ありがとう」

 

「匙の言葉遊びに付き合っては身を滅ぼしますよ。サイラオーグ、匙にとって貴方はまだ敵なのですから。少なくとも私と貴方のレーティングゲームが終わるまでは」

 

「……気をつけよう。今日はすまなかったな」

 

転移して帰っていくサイラオーグを見送らずに離脱しようとした所で副会長に首根っこを掴まれる。

 

「椿姫、ご苦労様です。さて、匙。私はやりすぎない様にと言いましたよね。しかも、手合わせの後に、相手に気づかせない様に。お仕置きの時間ですね」

 

生徒会のみんなにグレイプニルで拘束されて引きずられるオレをグレモリー先輩たちが引き気味に見送ってくれる。ああ、そうだ、これだけは伝えておかねば。

 

「兵藤、これでお前の勝ち目は更に下がったぞ。どこまで足掻けるか楽しみにしてるぞ!!」

 

「匙、今は自分の身を心配しなさい」

 

「会長、世の中には死ななければ安いという言葉が」

 

「本気で怒りますよ」

 

「あっ、すみません」

 

これは本気で怒らせたな。ふっ、どうなることやら。とりあえず分身に夕飯を作る様に指示を出して送り出しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最後は、冥界で今最も注目を集めている作品よりこの方がやってきてくれました、怪盗蛇龍!!』

 

『ははっ、探偵コンビさん達が嗅ぎつけるまでの間だけどよろしくね』

 

「匙の奴、何やってんだ?」

 

一番歓声を受けてるけど、至って普通というか、なんかチャラい雰囲気を、というか完全に蛇龍に成り切ってやがるな。それからルールの説明があり、簡単にまとめるとダイス2個の合計値によって出られる選手が決まるといった少し変則的なルールだ。

 

『以上のルールを踏まえた上でアドバイザーの皆様にお聞きします。ずばり、今ゲームの見どころや期待する所、勝敗予想などをお願いします。時間もなさそうですので怪盗蛇龍からお願いします』

 

匙からか。あいつの意見は戦闘に関しては恐ろしいぐらいに的確だからな。しっかり聞いておかないと。

 

『色々と下調べをしてみた結果を端的に言わせてもらうよ。トータル的な戦力差は両者ほとんどないね。戦略を立てる王の資質はバアルチームが上だね。これは本人の育ってきた環境によるものだろう。今回はダイスフィギュアのおかげでそこまで差は出ない』

 

『ここまで聞くと両者互角のように聞こえますが』

 

『そうですね。ここまでなら両者互角に聞こえます。ですが、バアルチームとグレモリーチームでは一つだけ大きな差が存在するんです。その差を試合中に埋めることができるかが勝敗を分けると言ってもいい』

 

『それは一体?』

 

『戦いにおいて大事な物として心技体と言う言葉がある。人によって大切な順番が逆であるみたいだけど、それの心が今回大きく関わってくる。技と体はそれほど変わらない以上それが大きな差になってくる。簡単に言えばどうして勝とうと思っているのか。詳しく説明するならサイラオーグ・バアルには具体的で大きな夢がある。彼はそのために強くなってきた。才能がないならそれを上回る努力をして、その努力の到達地点として魔王を目指している。そのために多くの高評価を得たいと思っている。眷属もそれをよく理解した上で共にその夢に向かって邁進してきた。彼の心が折れようとも、眷属の支えで彼はまた立ち上がるよ、絶対に。それに対して、グレモリーチームにはそれがない。心を支える物が。唯一支えられるおっぱいドラゴンは最近になって新たな悩みによって周囲を支えられるかどうかが不安定になっている。彼が悩みを振り切ればあるいは、と言った所だね。少ししゃべりすぎたけど、両者共に頑張ってもらいたいね。おっと、探偵コンビの番犬の飼い主に気づかれたみたいだから、またね。頑張って撒いたら戻ってくるから』

 

匙の言ったことは、オレたちの心に暗い影を落とした。全員が思い当たる所があるからだ。それを的確に外部から指摘された。そして匙の宣言した通りにオレたちは追い詰められた。不屈の闘志というのは本当にある。身体的には動けないはずの状態からの起死回生の一撃、ただではリタイアしないために仲間の盾となり最後の一撃を放っての相打ち。並々ならぬ気迫にオレたちは押され続けになった。

 

数では圧倒的に負けている状態でサイラオーグさんからの提案でオレと部長対サイラオーグさんとレグルスとの戦いに挑むことになる。本来はまだサイラオーグさんには女王と戦車と僧侶が残っている。だが、戦車と僧侶の傷が大きいのかサイラオーグさんが戦わせたくないと判断したのだ。女王は二人のそばにつけて。この時点で部長はすでに心が折れかかっている。オレ自身もそうだ。そんな時に匙の奴が放送席に帰ってきたようだ。

 

『ぜえ、ぜぇ、や、やっほ~、な、んとか、戻ってきたよ~。ど、どんな感じ?』

 

『最初の予想通りと言った展開ですね。グレモリーチームが押されっぱなしです。今はバアルチームから提案で2対2での最終決戦前ですね』

 

『ふ~ん、それ、認めちゃったの?』

 

急に匙の態度が冷めた感じになる。

 

『え、ええ、大会本部は前例もあることから承認しましたが』

 

『そう。サイラオーグ・バアル、所詮はそんなものだったか。腑抜けた姿など見たくなかったのだがな』

 

『えっ?』

 

『こっちの話だ。だが、多少は勝率が下がったな。頑張れおっぱいドラゴン、逃げてる途中でお前のことを応援している子供達が大勢いたぞ。そいつらの期待に応えてみせろ』

 

急に冷めた態度になった匙は、キャラを作ってる匙ではなく普段の匙で、どうやったのかは分からないが観客席にいる応援してくれている子供の声をオレに届けてくれた。

 

『さて、番犬の方がこっちに向かってきてるから今日はここまでかな。それじゃあアディオス!!』

 

最後に子供達の応援を届けてくれた方法でオレにアドバイスをくれた。

 

『初心を思い出せ。お前は何のために力を求めたのかを、誰のために強くなろうと思ったのかを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「禁手化を変化させたか。悪魔の駒の性質を染みつかせたのか。なるほど、参考になるな」

 

本気で会長を振り切って試合を観戦していたのだが収穫はあった。禁手化と悪魔の駒の融合。コツはいるだろうがオレも出来るだろうそれに満足を覚える。兵藤はわかりやすいぐらいに反動を付けて強くなる。壁が大きければ大きいほどそれを乗り越えた時に爆発的な成長を見せる。こちらである程度誘導してやればその成長を促せられる。そしてその成長を横からちょろまかしてオレの手札に加える。win-winの素晴らしい関係だな。

 

「まあ確かにwin-winだけど、本人が知らないんじゃねぇ。お代わり貰える」

 

ギャスパーの停止結界の邪眼の力を利用して最高の状態で保存してあるティーポットからお茶のおかわりを注いで砂糖を一つにレモンのスライスを2枚付けてセラフォルー様に差し出す。

 

「能力の地味な無駄遣い」

 

「戦闘にしか使わない方が無駄遣いです。便利なものは使い倒してこそです」

 

「物は言いようだね。それで、赤龍帝ちゃんは勝てると思う?」

 

「サイラオーグさんがバカをやらかしたので多少勝率が下がっただけです。今の所、兵藤は戦車、僧侶、騎士の力を見せましたが女王の力を出してもまだサイラオーグさんの方が強い。というかそれぐらいの力を予想した上で鍛えましたから。足を止めての正面からの殴り合いにならない限りはサイラオーグさんの勝ちは固いです」

 

そう、勝ちは固いのに。

 

「なんでそうなるかなぁ。グレモリー先輩の活躍はまあいいよ、土台は出来てるからあれぐらいはできるだろうから。それよりなんでその悪手ばかりを選ぶかなぁ。プライドを捨てる場所をちゃんと判別できるようにしておけばよかった」

 

殴り負けるサイラオーグさんを見ながらため息をつく。それをセラフォルー様は苦笑しながら慰めてくれる。

 

「ああいうのが悪魔の大半を占めるの。悪魔の種族的特性といっても過言じゃないんだよ」

 

「オレ、絶対に眷属は全部転生悪魔で揃えて隠密集団を作るんだい」

 

「はいはい、いじけないの」

 

はぁ、これ以上子供扱いされるのはあれなので最後にもう一度ため息をついてから切り替える。

 

「それで上級への昇格の件と伺ったのですが?」

 

「切り替え早いねぇ~。そうだよ、赤龍帝ちゃんたちやソーナちゃんの眷属のみんなもそこそこ功績を積んだから中級に昇格するんだけど、それに合わせて上級に上げちゃおうって。英雄派の件でやりすぎだから」

 

「流れに乗って最善を尽くしたつもりなんですけどね」

 

「最善を尽くしすぎなんだって気づいて言ってるよね。明らかに挑発も含んで。敵になりそうなのを炙り出したいのは分かるんだけど、やりすぎはダメだよ。思わぬ所で足を取られるよ」

 

「自分なりに自分を殺せる物を考えてるんですが、正直に言えば脅威になるのは少ないんですよ。まずは、説明するまでもないグレートレッドにオーフィス。超越者の三人、そして龍殺しのサマエル。龍殺しの武器は担い手次第といった所ですね。あとは頭を吹き飛ばされた時ですね」

 

「よかった、頭を吹き飛ばされても再生するとか言われなくて」

 

「さすがに頭を吹き飛ばされるとどうすることもできませんよ。日にちは中級試験と同じでしょうか?」

 

「そうだよ。まあ、爵位とか領地に関しては卒業するまで待たせることもできるからそこは安心していいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「あっ、そういえばさっきの腑抜けた姿ってどういう意味?」

 

「ああ、あれですか。先日、サイラオーグさんの母親の治療を行いましてね。それがモチベーションアップに繋がるかと思えば、あの有様です。魔王を目指すのは母親との約束と聞いていたものですから、意識を取り戻した母親と語ればさらに夢への道を固めると思ったんですがねぇ。いやはや、分かっていたとは言え、心というものは難しいですね」

 

「元ちゃん現在進行形でひね曲がってるしね」

 

「……そんなにひね曲がってますか?」

 

「自覚なかったの?」

 

「いえ、ひね曲がってるのは自覚してますが、進行形というのが」

 

「まっすぐになろうとして余計に絡まってる感じだけど」

 

「……否定できないんですよね?」

 

「そう返す時点で無理だね」

 

別の意味でまた落ち込みながら帰宅の準備を始める。

 



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11話

急に探知圏内に現れたそれに、オレは恐怖からカップを落とした。全身の震えが止まらない。

 

「匙!?どうしたのですか」

 

「お、恐ろしいまでに強い存在が駒王に現れました。魔王様たちなんか目じゃないぐらいに、デカすぎる。ドライグとアルビオンが子供以下に感じる。まさか、これがオーフィス!?」

 

「オーフィスですって!?」

 

「アザゼル先生にも報告してきます。会長はグレモリー先輩たちに」

 

「その必要はねえよ」

 

アザゼル先生がグレモリー先輩たちを連れて生徒会室に入ってくる。

 

「どういうことですか?」

 

「ヴァーリの馬鹿野郎からオーフィスを連れてくるって連絡があったんだよ。はぁ~、何でも匙、お前に興味を示したそうだ」

 

「オレですか?」

 

「お前、暴れすぎ。ヴリトラ自体も成長しているだろう?それに興味を示したそうだ」

 

「成長?」

 

一体どれが原因だ?あれか、それともアレか?いや、こっちかな?

 

「何百面相してんだよ。全部合わせてに決まってるだろうが」

 

「声に出してましたか?」

 

「考え込んだ時点でだいたい予想はつくわ。何が成長の原因か悩んだんだろうが」

 

「最近、自分でも分からないような変化が起きていてもおかしくないので。なんか悪魔の体からかけ離れているような」

 

「体の中に色々取り込むからだろうが!!全く、お前また精密検査な。それはともかく、これからオーフィスと会え。敵対はしないだろうが、機嫌は損ねるな」

 

「難しいですけどやってみます。というより、これと敵対するのっているんですか?」

 

「稀にいる。何処ぞの白い馬鹿とかな」

 

「あいつ、強くなりたいとか言ってるくせに相手の力量も見分けられないのかよ」

 

「街に入った時点で感知しているお前がおかしいんだよ」

 

「小動物ってのは危険に敏感なんですよ。ちくしょう、雲隠れしてぇ」

 

「お前の何処が小動物なんだよ!!」

 

「オーフィスから比べれば小動物でしょうが!!」

 

「ちくしょう否定できねぇ」

 

オーフィスが近づいてくるにつれて益々気分が悪くなるのを軽口で誤魔化す。対峙した時にまともでいられるかな?

 

 

 

 

 

 

 

「まさか完全にダウンするなんてな。単純に考えて誰よりも強くなってるか」

 

「なぜそう思うアザゼル?」

 

「分かんねえのか、ヴァーリ?」

 

「力に圧倒的な差があるとそれを精神が拒否して何も感じなくなることがあるのは知ってるだろう?匙はギリギリ認識できるだけの強さを持っていて、お前は持っていない。まあ、多少の慣れはあるんだろうけどな」

 

「ん、ヴリトラ、かなり変わった。ドライグとアルビオンより強くなってる。どうやったか知りたい」

 

「アザゼル先生、お待たせしました」

 

グレイプニルで簀巻きにされ首輪とリードでソーナたちに引きずられて匙が戻ってくる。匙の奴、半分以上目が死んでるぞ。

 

「それ、大丈夫なのか?」

 

ヴァーリの奴もさすがに気遣っているな。

 

「受け答えは大丈夫でしたが、逃げ出そうとしたので確保しました。その後に自分で何か薬物を摂取して感覚を鈍らせたみたいですね」

 

「そんな薬を常備してやがるのかよ」

 

「常備しといて損はないので」

 

簀巻きにされた状態にもかかわらず器用に立ち上がる匙。死んでいた目がある程度戻ってきている。

 

「とりあえず、彼女がオーフィスで間違いないですか?」

 

「ん、我、オーフィス。ヴリトラ、お前、どうやって強くなった?」

 

「それを知ってどうするんですか?」

 

「我、強くなる。そして次元の狭間からグレートレッド追い出す。我、次元の狭間で永遠の静寂を得る」

 

「グレートレッド?」

 

「オーフィスよりも強いドラゴンだと認識すればいい。オレの目標の一つでもある」

 

「もう少し詳しい説明を頼む」

 

ヴァーリがさらに追加の情報を伝え、オレも少しだけ追加する。これを聞いてこいつはどんな回答を出す?

 

「ふむ、ヴァーリ、オーフィス。お前たち、惑わされてるな」

 

「ん?」

 

惑わされているとはまた気になる言葉だな。

 

「直接観察したわけではないから確証はないが、グレートレッドに実体はない。おそらくだが、意思の集合体がドラゴンを形取った物だろうな」

 

「なんだと!?」

 

「わかりやすく言えばオーフィスの力はこの世界最強だ。世界が許容できる限界だと言ってもいい。それを上回る?しかもダメージが与えられない?その時点で奴はオレ達とは別の理に存在する者だ。ある意味でチートだな。こちらからの干渉は難しいが、向こうからの干渉は容易い。いや、待てよ。ということは何かしらのラインが繋がっていると見るべきか。オレたちに共通する何かを通じてグレートレッドとラインが繋がっていると見るべきか。要研究といったところだろうな。そのラインから逆に利用する、もしくはラインを断てば多少の差は埋められるか?あるいは意思集合体であることを利用して呪詛で滅するか」

 

「ヴリトラ、グレートレッドに勝てる?」

 

「実際に見て研究する必要があるが、オーフィスを相手にするよりは楽だろうな。同じ土俵に立てば負ける気はしない。まあ、オーフィスには無理だろうがな」

 

「我、勝てない?」

 

「そうだな。今のままじゃあ絶対に無理だ。もっと変わらないとな」

 

「変わる?強くなるとは違う?」

 

「さあ、どうだろうな?弱くなるかもしれないし、強くなるかもしれないし、変になるかもしれない?」

 

「ん?ヴリトラの言うこと、難しい」

 

「ああ、難しいことだ。答えなんてない問題だからな」

 

「ん?ん?」

 

「匙、遊ぶな」

 

「遊んでなんかいませんよ。必要かもしれないし、余計なお節介かもしれませんが」

 

「答えが出たら、我、グレートレッドに勝てる?」

 

「どうだろうな?勝てるかもしれないし、勝てないかもしれない。ただ、今よりも上手くなれる」

 

「ん?強くなるんじゃなくて、上手くなる?」

 

「悩め悩め。それが新たな力になる」

 

いつもの態度と全然違う。匙の奴、オーフィスに何を見た。オレたちとは全く違う何かに匙は気づいてやがる。

 

「傍に居れば分かる?」

 

「元の場所に戻って考えるよりはな」

 

「ん。なら、我、ヴリトラの傍にいる」

 

って、ちょっと待てエエエエエェェ!?薬を使わないと気絶するような奴の傍にいるとかただの拷問じゃねえか!?

 

「ヴァーリたちも一緒に来るならいいですよ」

 

「って、許可するのかよ!?それにヴァーリたちも?」

 

「護衛ですよ。常に薬で感覚を鈍らせるので非常時にはオレごと守ってもらいます」

 

どんだけ鈍らせてるんだよ。ってそうじゃなくてだな。

 

「そんな簡単にテロリストの親玉を置いておけるわけがないだろうが」

 

そう言うと匙の奴がオーフィスに何かを吹き込む。

 

「ん、許可くれないなら、我、ここで暴れる」

 

こいつ、堂々と脅してきやがった!!いや、落ち着け。匙の考えからして危険は少ないと判断したんだ。オレ達が気づかなかった何かにこいつは気づいた。だから、安全だと考えているんだろう。ヴァーリ達を傍に置いておくのもオーフィスに干渉してくるであろう存在を排除するためだ。

 

「……任せていいんだな?」

 

「ええ。ただ、オーフィスにかかりきりになるので学業と通常の悪魔稼業位しか出来そうにないんですけど」

 

「それぐらいなら、問題ないよな?」

 

「ええ、お姉さまに話を通しておけば大丈夫なはずです。裏でこそこそと、こそこそと?」

 

「S級以上はほとんど狩りつくしましたからここ一月はハンティング業は開店休業中です」

 

「聞・い・て・ま・せ・ん・け・ど!!」

 

「へらふぉりゅーしゃまからにゃいみちゅにと」

 

両頬を思いっきり引っ張られながらも生真面目に返事を返す匙を見て調教は続いているのを認識する。ちょっとずつは改善されてるみたいだな。まあ、主人が二人いるせいで微妙に加減がずれているみたいだが問題ないだろう。というか、S級以上をハンティングって、いや、考えるだけ無駄か。匙だからでスルーしたほうが胃のダメージを減らせるからな。

 

「とりあえず、任せていいんだな」

 

「お任せを。よっと」

 

そう言って立ち上がると同時にグレイプニルが外れる!?

 

「何をした!?」

 

「えっ、普通に縄抜けですが?」

 

「何普通にグレイプニルの拘束から抜け出してんだよ!?」

 

「だから、グレイプニル自体には干渉してないじゃないですか。あくまで結びを緩めていっただけなんですから。見ての通り首輪はまだ付いてるでしょう」

 

とか言いながら首輪も2秒足らずで外してやがる。こいつ、どんどん器用になってやがるな。

 

「もう慣れてしまいましたか。今度からは手錠に足枷もセットですね。あとは両手の指同士を拘束する器具に、結び方自体も勉強しないといけませんね」

 

こっちもこっちで慣れた対応だしよ。やっぱり匙の矯正というか調教は難しいみたいだな。

 

「さてと、とりあえずは買い出しか。ヴァーリ、お前らの人数は?」

 

「常に護衛をつけるのは3人と1匹だ。最大で5人と1匹だ。男3人に女2人、それとは別にオーフィスとフェンリルだ」

 

「意外といるな。ほれ、ここが住所だ。あと、同居人が1人いるがあまり干渉するな。顔を知っているかは知らんが禍の団の英雄派だった子供だ。今はオレが保護している。とりあえず、明日のこのぐらいの時間にオーフィスと一緒に来い。それまでには色々と準備しておく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦士にとって体は一番の資本なのに偏った食生活とか巫山戯るな!!」

 

回鍋肉を作りながらラインに包丁を持たせて追加の野菜を切っていく。

 

「一番年下の女の子に家事を押し付けやがって。お前ら、ここにいる間に最低限の家事を叩き込んでやる!!」

 

「いや、私はできるし」

 

「やらなきゃ意味がないだろうが!!ほれ、とりあえずテーブルを拭いて回鍋肉を運べ。それぐらいはできるだろうが」

 

ラインで布巾を投げ渡してヴァーリにテーブルを拭かせながら美猴に大皿に乗せた回鍋肉を運ばせる。その間に追加で酢豚と麻婆豆腐を作り始める。切った野菜とひき肉を混ぜ合わせてオーフィスとレオ、付き添いに黒歌を呼び寄せる。

 

「ほれ、二人に餃子の包み方を教えてやってくれ。オレは手が離せない」

 

「オーフィスにも?」

 

「オーフィスにもだ。ほれ、強くなった秘密が知りたいんだろう?レオもやってみな」

 

「ん、分かった」

 

「うん」

 

「というわけで任せたぞ。男共も手伝わせればいいから」

 

餃子の皮を渡して後を任せる。

 

「ほいほ~い。それじゃあ、黒歌お姉さんが教えてあげましょうか」

 

「美猴、フェンリルの食物はスコルたちと同じでいいのか?」

 

「基本的には何でも食ってるけど、肉がいいってよ」

 

「なら廊下を出て左の突き当たりに地下への階段がある。地下室に入って左奥にある熊肉をブロックで3つ取ってきてくれ。ちょうど食べ頃のはずだ」

 

「なんで熊肉なんてものが常備されてんだよ」

 

「狩猟期だからな。鹿とか猪とか兎に狸もあるぞ。逆に鶏、豚、牛は常備してないな」

 

「普通逆だろう。まあいいさ。そいじゃあ、行ってくるさ」

 

「つまみ食いをしたら殺すぞ」

 

包丁ではなくエクスカリバーを持って脅しておく。熟成中の燻製なんかもあるからな。オレの楽しみを取られてたまるか。しばらくして餃子以外は出来上がったのでオレとレオとオーフィス、それにヴァーリチームで食卓を囲む。餃子はラインで焼いている途中だ。

 

「さて、堅苦しいことはあまり言わん。どれだけになる付き合いかは分からないが、まあ互いに世話になる身だ。仲良くやっていきたいと思う。それじゃあ、いただきます」

 

『『『いただきます』』』

 

思い思いに食べ始め、黒歌がなんか落ち込んでいるが触ると面倒になりそうなのでスルーする。5分ほどで餃子が焼きあがったので取りに向かい、食卓に並べる。

 

「オーフィス、お前の作った餃子だ」

 

オーフィスが作った餃子を小皿に取り分けて目の前においてやる。

 

「我が作った物?」

 

「そうだ。こっちが黒歌のでそっちはレオが作った物だな」

 

不格好でもそれぞれの個性が出ている餃子を指をさして教えてやる。オーフィスはそれらをじっと見つめてから全員の分を一つずつ食べる。

 

「どうだ、オーフィス?」

 

「分からない。けど、何かを感じる」

 

「それを感じれるようになっただけで、オーフィスは変わったぞ」

 

「我、変わった?」

 

「ああ、変わった。これからも変わり続けるんだ」

 

そう言って、頭を撫でてやる。あの人がオレ達にしてくれたように。一歩ずつ、確実に今までとは違う姿に変えていく。

 

「ん、なぜ撫でる?」

 

「嫌か?」

 

「分からない。でも、もっとしてほしい」

 

「くくっ、かまわんよ」

 

食事を終えた後は女性陣から先に風呂に入ってもらい、レオを部屋に返してから男どもで打ち合わせを始める。

 

「目下のところオーフィスを狙って動くと思われる奴らは」

 

「一番は禍の団では旧魔王派の連中だな。だいぶ減ったが、まだまだ勢いがある。魔術師派は静観、ただし蛇だけは欲しがるだろうな。それから英雄派立て直しに数年はかかるだろう。離脱して完全に地下に潜った」

 

「三大勢力に関しては表沙汰には動かんだろう。暗部が動く可能性があるが、脳筋連中が多いからな。最精鋭がオレ自身だ」

 

「となると警戒するのは無名の奴らと旧魔王派か。旧魔王派はこちらからある程度叩いておいたほうがよさそうだな」

 

「オレのお抱えの情報屋をそっちに回す。徹底的に叩いておいてくれ。こっちを狙われると後手に回る。感覚を抑える薬で索敵範囲が10mを切っている。正直ガキの頃以来でかなり不安だ。反応速度も2割は落ちてる。ある程度の実力者が相手なら守りきれん」

 

「本来の索敵範囲は?」

 

「周囲の環境にもよるが、素で半径2~3kmってところだな」

 

「えっ、仙術無しで?」

 

「野生の動物ならこれぐらいは普通だろう?」

 

「変体にも程があるぜ!?」

 

「ふむ、一回魔力も仙術も道具も無しで子供の姿で山に篭ってみろ。これぐらい普通に身につくぞ」

 

「なんだそれは?」

 

「実体験だが?ちなみに一月ほどで狩猟期と重なって誤射を受けた。10年ほど前だ」

 

「7歳の体で銃弾を受けて生きているだと!?」

 

「誕生日らしきものはまだ先だから6歳だな。ラインをそこそこ使えるようになっていて良かった。でなければ死んでたな」

 

「お前、一体何回死にかけてんだよ」

 

「え~っと、虐待、クマ、誤射、初陣、レーティングゲーム、英雄派で6回死にかけて、1回ヴァーリに殺されてるな」

 

「時系列順に並んでいるとして誤射の前にクマと遭遇してるのかよ」

 

「違う違う、クマと殺し合いだ。最終的にオレが押し負けて寝床を奪われる結果になった」

 

「なんでそんな斜め上の答えが返ってくるかなぁ」

 

「知るか。オレが聞きたいわ。ここぞというときに関してハズレをよく引いている気がするがな」

 

「話を戻すぞ。とりあえず、気をつけておくのは旧魔王派でいいな」

 

「そうだな。一応、他にも目をつけておいたほうがいいが優先度は下げてもいいだろう」

 

「ならオレたちは明日から拠点という拠点を潰して回る」

 

「そっちは任せた。オレはオーフィスの面倒だな」

 

「元士郎、お前はオーフィスに何を見た」

 

「何、というよりはオーフィスに似たような奴を何人か見たことがある」

 

「似たような奴?」

 

「たまにな、見るんだよ。生きるってことを知らない奴が」

 

「生きることを知らない?」

 

「世界が親だけで完結していて、その親を失った子供だ。心が死んでただそこに生きているだけの存在って奴がな。オーフィスの場合は、本当に知らないんだろうな。ただそこに居ただけ。だから強大な力があるのに何を考えているのかが周りの奴らが分からない。なにせ、考えてなんかないんだからな。何も知らないからその状態を維持しようと、住んでいた次元の狭間に戻ろうとしていて、それ以外のことを考えていない。何も知らないから。成長過程ってものがオーフィスにはないんだよ」

 

「それは」

 

「今日1日で、オーフィスは大分変わった。傍に似たような境遇のレオが居る。自分と比較することでその成長は促進される。あとは、力加減と善悪さえはっきりと教え込んでやれば、ひとりぼっちの龍神はいなくなる。少なくともオレたちが付いていてやれる」

 

「......そうだな。お前の言う通りだな」

 

「な~んにも考えてないんじゃなくて考えられなかったとは。俺っち達も気づかなかったな」

 

「暇があればお前達も色々と教えてやれ。ただ、怒りや憎しみだけはまだ教えるな。誰も止められないぞ」

 

「分かっている。気をつけるさ」

 

「戦闘狂もまずいよな。オーフィスの前では抑えるか」

 

「あとは黒歌が変なことを覚えさせないように見張っておけば大丈夫か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抜かった!!まさか身内の手引きがあったとは。それにサマエル本体ではなく毒だけで弱らせてから本体を呼び出すか。曹操達はすでにこの場から離れたか。できれば、仕留めておきたかった。近づいてくる気配、こいつは、敵か!!気力を振り絞ってエクスカリバーで近づいてきた気配を切り捨てる。悪魔で、銀髪の男?知らない男だな。くっ、意識が霞んできた。

 

「元士郎?ヴァーリ?一誠?どうした?なんで、動かない?」

 

オーフィスの不安そうな声が聞こえる。そして倒れたオレたちの体を揺する。だが、誰も動けない。

 

「みんな、死ぬ?曹操達が殺す?我、また一人?嫌だ、させない!!」

 

まずい!?オーフィスが怒りと憎しみの感情に目覚めた。このままでは、ダメなんだ!!このまま力を振るえば、それが他の者の恐怖を生み出す。あとは、悪循環が続く。ここが、オレの命の使い所だ。オレが止めなければ、会長や、セラフォルー様、生徒会のみんなが死ぬ。オーフィスがひとりぼっちになる。それだけは止める!!ヴリトラ、すまんがオレと一緒に命をかけてくれ!!

 

『ああ、できる限り耐えてやる。ラインの全てを破棄してドライグとアルビオンとオーフィスから毒を受け持つ準備をする。我が半身こそ、持てよ』

 

『耐えてやるさ。そんでもって最後まで足掻く。頼むぞ!!』

 

ヴリトラと打ち合わせを終わらせて命を燃やし尽くす覚悟で起き上がってオーフィスの腕を掴む。

 

「元士郎?」

 

「ああ、ちょっと意識を飛ばしただけだ。それよりもオーフィス、ヴァーリと兵藤が危ない。一度、引き上げだ。二人を集めてくれ」

 

「うん」

 

すぐにヴァーリと兵藤を抱えて戻ってくる間に気休めでフェニックスの涙をストックしてある3つを全て服用する。これで少しだけ余裕ができた。

 

「それからこれを持っていてくれ」

 

ラインの倉庫から一冊のノートを取り出してそれをオーフィスに持たせる。

 

「これは?」

 

「オレの宝物の在り処が書いてある。みんなに治療の迷惑をかけるからな。そのお礼だ。向こうに戻ったら会長にでも渡してくれ。向こうに着いたらまた寝るから」

 

「分かった」

 

すまんな、騙すような真似をして。影の転移のゲートを開いて完全に入りきった所でラインを伸ばして毒を全て抜き取る。途端に、さらに意識が遠くなるのをエクスカリバーを足に突き刺して痛みで意識をつなげる。

 

「があっ!?ああああああああああっ!!」

 

気合いで耐え抜き、絶霧の向こう側に三人を送り込めた所で影の転移を止める。

 

『ヴリトラ、生きているか?』

 

『は、ははは、なんとかな。だが、もう限界に近いな』

 

『こっちもだ。だが、サマエルが追撃できないぐらいにダメージを与える必要がある。あと一撃に全てを賭ける』

 

『それでいいのか?』

 

『オレは、導く側には立てない。オレは露払いが精一杯だ。オレの犠牲で先に進む道が切り開かれるなら、この命、惜しくはない』

 

『ここにはオレしかいない。格好つけるな。まだ、生きたいのだろう』

 

「……生きてえよ」

 

涙が溢れる。ここにはもう、オレとヴリトラとサマエルしかいない。だから、我慢することなく涙を流す。

 

「生きてえよ。ようやく、ようやく生きていると実感できるようになって、会長やセラフォルー様のようなオレにオレという存在を理解させてくれた人たちが傍にいて、留流子たちみたいに慕ってくれている人たちがいて、兵藤やヴァーリたちみたいに友と呼べるような奴らがいて、周りが落ち着いたら木ノ本先生のことをお母さんと呼ぼうと思ってて、オレなんかを題材にした特撮を見てオレみたいになりたいって子供達まで出来て、レオやオーフィス、スコルやハティみたいな家族のようなものまで出来て。まだ、生きてえよ。こんな所で死にたくなんてねぇ。だけど、ここで退いたらそんな人たちが危険にさらされる。そんなのオレには耐えられねぇ!!」

 

涙を拭い、エクスカリバーとアロンダイトを杖代わりに立ち上がり覚悟を決める。

 

「オレには、退けない理由が、いや、退かない理由が有る!!」

 

『ダメだな。その程度では無駄死にだ。今すぐ退け。まだ間に合う。予測よりも遥かにオレたちの体は頑丈になっていた。今退けば、死なずに済む』

 

だが、ここにきてヴリトラが俺を否定する言葉ばかりを吐く。

 

「ヴリトラ、どうしてそんなことばかり言う」

 

『言うさ。今の半身はいつもと違う。そんな奴に力は貸せん』

 

「いつもと違う?」

 

『ああ、そうだ。オーフィスを逃がす時までなら手を貸していたさ。だが、今はダメだ。我が半身、いや、匙元士郎、今のお前は生きることを諦めている』

 

「え?」

 

『オレが見てきたお前はどんな時でも生きることに貪欲だった。死から逃れるために、あらゆるものを取り込んで前に進んできた。それなのに、今のお前はここで命を捨てることしか考えていない。そんなお前には力を貸せない』

 

「オレが、生きることを諦めている」

 

『それは、ある意味では良いことだ。お前はもう、完全に妹の呪縛から解かれているからだ。だが、戦いにおいて生きることを諦めたものに、生き残る道は開かれん!!匙元士郎!!貴様はどうする!!』

 

「……すまん、弱気になっていた。以前のシュミレートでサマエルには勝てないって結論を出していたせいだ。だが、勝てないだけだ。追撃させないぐらいに負傷させた後に逃げることなら、出来る!!」

 

『いつもの調子に戻ったな。それでこそだ。破棄せずに済んだ8倍の倍加が4本ある。うまく使え』

 

「ありがとう、ヴリトラ」

 

1本を自分の魔力へ、8倍にした魔力をアロンダイトとエクスカリバーに転移分を残して等分に注ぎ込む。そして1本ずつ聖魔剣を倍加させ、放つ瞬間に

 

「がはっ」

 

胸から黄昏の聖槍が生える。

 

「させんぞ!!ここでサマエルを消耗させるわけにはいかないのでな!!」

 

さらに両腕が斬り飛ばされる。もう痛みも感じない。だが、まだ終わらん!!腕など、オレにとっちゃあ飾りなんだよーー!!

 

「ラインよ!!」

 

残っている最後の力で斬り飛ばされた両腕にラインを伸ばし、全ての力をサマエルに放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが見るのをやめた観測班の記録の続きだ。黄昏の聖槍に貫かれて、両腕を斬り飛ばされて、それでもサマエルにエクスカリバーとアロンダイトの魔力砲を叩き込んで重傷を負わせた。だが、その後に、サマエルに食わ「やめてください!!」……はっきり言っておく!!匙はサマエルに食われた!!食われる前から致命傷だ!!生存は不可能だ!!匙の最も苦手とする聖属性と竜殺しの中でも最高峰の2つだ!!奇跡でも起きない限り匙は死んだ!!オーフィスとヴァーリとイッセーを、いや!!ここにいる全員を、大切な奴らを救うために!!」

 

「そんなことわかっています!!でも、あんなに、あんなに生きたがっていた匙を、匙を、あっ、ああ、ああああああああああああああーーーーー!!」

 

泣き崩れるソーナを見て、ここまで匙に入れ込んでいやがったとは思いもよらなかった。いや、あいつの影響力を考えればそばにいる分当然か。全員が自分たちを責めている。あのオーフィスですら落ち込んで、匙の奴が残した宝物がなければ、各個人に当てられた、週1ペースで増えている大量の遺書がなければ暴れていてもおかしくなかった。

 

 オレ宛には事務処理的なことが8割ほどだったが、残りは私信のような物で、苦労をかけたことへの謝罪や感謝の言葉でいっぱいだった。面と向かって話すのが苦手な分、その量は莫大な物だった。あいつにとって、オレたちと出会い、作り上げた物全てが宝物だったんだろうな。

 

ヴァーリたちは自分たちが警護をするからと無理を聞いてもらったのに失態を犯したことで自分たちを鍛え直すと何処かへと行ってしまった。

 

イッセーは何もできなかった後悔から自分を苛め抜いている。リアスたちも魔獣創造で生み出された魔獣相手に手こずりどうすることもできなかったことを悔やんでいる。

 

ソーナたちはボロボロだ。心が完全に折られた。復帰は今後も絶望的だ。長い時間が必要となる。

 

セラフォルーの奴は手当たり次第に魔獣どもを殲滅している。そうしていないと何をするかわからないからと。

 

サーゼクスの奴はサマエルを貸し出したハデスのところに殴り込みに行く準備を始めている。ミカエルの奴もジョーカーを派遣すると言っていたか。

 

ファルビウム達は保管庫から黄昏の聖槍を持ち出す手引きをした奴の調査と捕縛を進めている。

 

レオナルドはずっと泣いている。スコルとハティは傍についている。

 

オーフィスは昔みたいに戻っちまった。匙との生活で少しだが感情を見せていたが、今は怒りと憎しみを抑え込むために昔の心に戻している。軽い物から慣らしていくつもりだったらしいが、こんなことになるとはな。

 

オレは割り切っている。感情を殺すなんてことはあの大戦期で慣らした。惜しい奴を亡くした。あいつが守りたかった物ぐらいは守ってやろう。それぐらいは思っている。感情で動けないのがトップだ。その分だけ色々と権限がある。そうじゃないとトップなんてやってられるか。大型の魔獣、豪獣鬼共が動きを止めているすきになんとか対策を打たねえと。

 



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12話

目を開ければ草臥れた男と人間らしくない女がオレを見ていた。敵意は無いが、何か困惑しているようだ。

 

「貴方が、アーサー王なの?」

 

アーサー王?なんのことだ?オレは、オレは、

 

「オレは誰だ?聖杯戦争?サーヴァント?」

 

頭の中に知らない情報が叩き込まれている。そして、目の前の男と魔力のパスが通っている。男?違う、オレは、女と、二人?

 

「くっ、なんだこの感覚は!?オレに何をした!!」

 

「なんだ、この黒い物は!?」

 

「落ち着いて、私達は貴方の敵じゃないわ!!」

 

「アイリ、令呪を使う!!」

 

令呪、3回しか使えない聖杯からのバックアップ機能だ。回数制限に体が反応して止めるように手を挙げる。

 

「落ち着いたの?」

 

「いや、まだ混乱している。だが、回数制限の札を切るような真似だけは止めろと言える位には落ち着いた」

 

記憶を思い返してみるとエピソード記憶だけがごっそりと抜け落ちている。魔力や自分の身体のこと、武器の扱い方はわかる。だが、自分の持つ武器の名前やこの黒いラインのこと、そしてこの短時間で何度もちらつく二人の黒い髪の女性のことが全く分からない。

 

そして、身体が変化している。完全に魔力だけで構成されている。属性や特性は引き継いでいるようだ。身体特化強化のプロモーションは行えない。相手の陣地内か王の許可が必要だ。王?マスターとは違うのか?いや、そもそもプロモーション?チェスの用語が何故?駒などではないし、駒も持っていないのに。

 

そして無理矢理押し付けられた知識の聖杯戦争。7人のマスターと7騎のサーヴァントによる殺し合い。勝者にはどんな願いも叶える願望機『聖杯』が与えられる。オレの記憶を取り戻す鍵は今のところこれだけか。

 

「大体の状況は飲み込めた。そっちの男がオレのマスターでいいんだな?」

 

「そうだ。最初の質問に戻るが、君がアーサー王なのか?」

 

「答えはNoだ。分かって聞いているはずだな。顔を見ればわかる」

 

「ああ、その服は、どうみても学生服にしか見えない。君は一体何者なんだい?」

 

「それはオレも知りたい。原因は分からないが、オレにはエピソード記憶のほとんどがない。オレはどこの誰なのかを知るために聖杯を求める。記憶を取り戻せば願いはまた変わるだろうがな。それより、何故オレがアーサー王かを問う?」

 

「召喚に関する知識は?」

 

「ああ、成る程。縁のある品を媒介にしたのか。エクスカリバーかカリバーンでも用意したのか?」

 

「鞘だ」

 

鞘、つまりはアーサー王を不老不死の化け物にしたあの鞘か。そして鞘という言葉にオレの身体の中が跳ねる。跳ねた物を体内から引きずり出す。全てが灰色に染まった両刃の剣。背後にあった鞘にそれを収める。だが、両方が反発し吹き飛んだのをラインで受け止める。

 

「そうか。お前は元はエクスカリバーなのか」

 

剣を手に取りそう語る。そうだ、こいつはエクスカリバーの破片から生み出された7本を再び1本に戻し、魔の力を加えた聖魔剣エクスカリバーだ。もう1本は聖魔剣アロンダイト。こいつらの鞘はオレが担っている。

 

「少しだけ思い出した。確かにエクスカリバーの鞘はオレに縁がある品だ。オレが呼び出されても仕方のないことだ」

 

「まさかそれは、エクスカリバーなのかい?」

 

「そうであってそうでない。そうとしか説明できない」

 

鞘はアイリと呼ばれていた女性に渡す。

 

「持っていろ。マスターよりも弱いみたいだからな」

 

「でも」

 

「オレには必要がない。それにマスターは暗殺者だな。オレと同じ匂いがする。正面から戦うよりも裏に、影に動くのが主体だ」

 

「なるほど。これは当たりを引いたかな。はっきり言って僕は不安だった。いくらステータスが高かろうと騎士道精神などといういらない物を持つ所為で相性が悪いサーヴァントを呼ぶくらいなら媒介なしで自分に合うサーヴァントを呼びたかったんだが、ステータスが高い上にこちらのことも理解してくれるセイバーが引けるとはね」

 

「剣士、それとも救世主?」

 

「剣士の方だ」

 

「生憎と剣はそれほど得意でもないんだけどな。まあ、一流程度には引けを取らないことを約束しよう。記憶が戻るまでの間、この身はマスターに捧げよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「槍、黄色の、いや、黄金色の槍?」

 

目の前にいるランサーの槍を見て、また記憶の何かに引っかかる。赤い方ではなく黄色の方だけに。考え込んでいるうちに黄色の方の槍で心臓を突き破られた。この感覚に覚えがある。

 

「そうだ、思い出した。こうやって槍で貫かれた。そのまま敵に嬲られて死んだふりをして相手の拠点に潜り込んで工作を行ったんだったな。それに、そうだ、あの時も背後からやられたんだったか。だが、魔槍ではなかったはず。聖槍だ。あれは痛かったな」

 

そう言いながら魔槍を握る。ラインを繋げて情報を引き抜けばあとは用済みだ。溜めてあった倍化の力で握力を強化して握りつぶす。

 

「バカな!?心臓を貫かれて死ぬ気配がないどころか、握りつぶすだと!?」

 

「ああ、頭だったら死んでいただろうがな。心臓はオレの急所じゃない。オレを殺すには脳を潰すしかない。これはオレの記憶を取り戻す切っ掛けをくれた礼だ。さあ、存分に殺し合おうかディルムッド・オディナ。モラルタとベガルタはどうした?ゲイ・ジャルグだけでオレを殺せるか?」

 

「何故!?」

 

「赤と黄の槍持ちな時点で気付くだろうが。これが赤だけならクー・フーリンと悩んだだろうがな。あと、黒子」

 

話しながらも高速で傷を治癒していく。ゲイ・ボウを砕いたおかげで呪いは解けているようだな。呪いという言葉にも何か引っかかりを感じる。だが、思い出せない。あとで調べる必要があるな。

 

「さあさあ、たった2人の軍同士の戦争を楽しもう、少人数の軍?楽しむ?」

 

娯楽の戦争?ああ、思い出せる。オレには王とその眷属の仲間がいた。顔と名前までは思い出せないが、女性ばかりだった。そして、王が最初からチラつく1人と合致する。

 

今にも眼球を貫こうとするゲイ・ジャルグごと、ディルムッドをラインで拘束して片っ端からスキルの情報を奪い取り、召喚されてからの記憶を攫う。そして、パスを辿ってマスターの位置を把握し、そこに透明なラインを送り込んで令呪と魔力を根こそぎ奪う。これで切継が死んでも強引に聖杯戦争に参加し続けられる。

 

「くくっ、今度はちゃんとした戦場で死ねるぞディルムッド・オディナ。今度は不義にまで達せずに散るんだ。よかったな」

 

ラインで魔力を根こそぎ奪いディルムッドを葬り去る。オレは、どうやって死んだんだ?あの人に後悔を残すような死に方をしてしまったのか?

 

「泣いているの、セイバー」

 

「オレはどういう死に方をしたんだろうなって。あの人を、あの人達をどれだけ悲しませることになったんだろうって。たぶん、碌に死体も残っていないはず。恐ろしいまでの不死性を持っているように見せ続けてきたから。恨みもずいぶん買っていたから徹底的に消滅させたはず」

 

「セイバー」

 

「オレは英雄なのか反英雄なのかすら分からない。それどころか、この世界の存在ですらない」

 

「どういうこと?」

 

「幾らか思い出した記憶の中に、ありえないような科学の産物が存在している。科学は未来に進む物だ。同じ世界だとしても未来から呼び出されたことになる」

 

「それは」

 

「記憶を取り戻して余計に謎が増えた。オレは一体何者なんだ」

 

このまま何も言わずにいれば、向こうからの接触はなかっただろう。だが、オレは求めた。さらなる記憶の鍵を。戦いの中にこそオレの求める鍵があると信じて。

 

「降りてこいよ、ライダー!!最初から見ていたのは知っているぞ!!他にもいるのは分かっている!!姿を見せぬもよし、ただ臆病者と判断するだけだ!!姿を見せるもよし、ただの愚か者と判断するだけだ!!」

 

「ほぅ、中々の啖呵だ。それだけ自分の力に自信があるのか」

 

「いいや、事実があるだけだ。貴様らにオレを殺すことはできない。オレの正体を正確に捉えなければ、オレを滅することは不可能!!貴様らにオレを見極めれるだけの目が有るか否や?」

 

「ふん、雑種の正体など興味はない。こうすれば全てが同じだ」

 

高魔力の反応を多数感知してアイリスフィールを影の転移でアインツベルン城に飛ばし、次の瞬間全身を多数の宝具が貫いていく。無論、頭部にも命中し地面に倒れ伏す。

 

「愚か者は貴様の方だったな、雑種」

 

とりあえず地面に着弾している多数の宝具を影の中に取り込んでいく。それを終えてから体を再構成させて立ち上がらせる。

 

「なるほど、物を見る目もないただの道化師が彼のギルガメッシュとは。がっかりだよ」

 

「何!?」

 

不死殺しの宝具を中心に放っていたのにも関わらず再生したオレを見てギルガメッシュが驚く。

 

「言ったはずだ。オレの正体を見極めない限り殺すことは不可能だと」

 

「バカな、不死殺しが効いていないだと!?」

 

「う~む、凄まじい破壊力には驚いたが、この再生力も驚いたな。坊主、何かわからんのか?」

 

「ちょっと待てよ、こっちも混乱してるんだよ。あいつのステータス、常に変化し続けてるんだよ!!それどころかクラスすら変わってる。今は、キャスター、また変わってアサシンになった。幸運だけはE++で固定されてる。スキルは、多すぎな上に文字化け!?なんなんだよあいつは!?」

 

「へぇ~、そんなことになっていたか。くくっ、まるで混沌、混沌?」

 

混沌という言葉から再び過去を思い出す。そう、オレは混沌龍王の名を冠していた。相棒と共に。その相棒はオレと一心同体の龍だった。だが、その存在を今は感じられない。眠っている感じではない。完全に消滅している。その力だけが残されている。ラインは相棒の力だ。

 

考え込んでいる間にもギルガメッシュから宝具の連弾を浴びて肉体が完全に消滅してしまったので新たに魔力を練って新たな分身体を生み出す。今度は視覚的な演出を兼ねて影が集まって肉体を作り出すように幻影魔術も交えて。

 

「影が集まって、こいつ、まさか影そのものなのか!?」

 

「ぬぅ、そうだとするなら圧倒的に不利だな。今は夜、影など幾らでもある。いや、昼間でも影自体は存在する。こやつほどの男をどうやって殺したのか逆に興味が湧いたわ。だが、ここは一度引くぞ坊主。夜は絶対にまずい」

 

「ああ、悔しいが退くぞライダー!!」

 

「逃げるなら追わんよ、ライダーのマスター。お前はオレの記憶の鍵を与えてくれた。今後も記憶の鍵を与える限り、その命を許そう」

 

雷を纏う牛に引かれる戦車を見送り、ギルガメッシュに相対する。

 

「さあ、どうするギルガメッシュ。貴様にオレが殺せるか!!自慢のお宝で殺せないこのオレを!!見逃して欲しければオレの記憶の鍵を探し当ててみろ!!」

 

ラインを伸ばし、その先には奪った宝具を持たせる。

 

「貴様!!愚弄だけでなく、我の宝具まで!!万死に値する!!」

 

そう言ってギルガメッシュの背後に波紋が浮かび上がり、そこから剣の柄が現れると同時に危険なものだと判断して透明なラインで奪い取る。同時にこれ以上の追撃を止めるためにラインで魔術回路をズタズタに改変する。その次に片っ端からスキルの情報や知識を吸い上げる。7割ほど奪ったところで令呪によってマスターの元に転移されてしまったが十分だろう。

 

「そうだ、オレは奪うことに特化していた。オレは周りの奴らよりも自力が低かったから。弱い自分を誤魔化して大きく見せることと手札の数と技量によってそれを覆していた。会話や所作で戦場を支配していた」

 

謎は深まったが朧げな形だけは見えてきた。オレはあの人達のためならどんなことでも行ってきたんだ。オレはあの人達に全てを捧げていた。あの人達はオレが生きる意味だった。なのに、オレはこうして今、英霊としてこの場にいる。帰りたい、帰らねば、あの人達の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー、キャスターの拠点は割り出せたか?」

 

「地下水道の何処かというのは分かってる。今は拠点として使いやすそうなポイントに印をつけているところだ。あとは、運試しと行くしかない。オレの幸運はE++だからマスター、もダメそうだな。アイリスフィールに任せるか」

 

「絞り込めないのか?」

 

「狂人の考えなんて分からないな。少しでも会話ができていれば絞り込みやすいんだが、何か情報はあるか?」

 

「マスターの方ならな」

 

渡された資料に目を通す。子供を楽器に、しかも生きたまま作り上げるだと!?巫山戯るな!!子供は、子供、弱い者、そうだ、あの人は弱者を減らすために学校を作りたいと、貴族しか学ぶ事ができなかった物を誰でも学べる学校を作りたいと。オレは、それを心から助けてやりたいと思った。そして、面倒を見ている少年と少女がいた。何も知らない、何もすることが許されなかった二人に色々な経験をさせていた。だからこそ記憶の鍵を与えてくれたとはいえ、このマスターを許すことはできない。

 

考えをさらに巡らせる。おそらくだが、キャスターとこのマスターは手段、いや、ターゲットが似通っているのだろう。このマスターは裏側を一切知らない。ということは、キャスターを得たことで更に上の作品を作ろうと考えるはずだ。つまりは

 

「貯水池か。その中で街の中央に近い、ここが奴の工房か」

 

地図にバツを付ける。

 

「マスター、強襲の許可を」

 

「何かを思い出したのか?」

 

「子供は、オレにとって守らなければならない存在だ。それを助けてやりたい。一人でも多く!!」

 

「セイバー。そうか、なら、許可する。援護はできないし、こちらに異変があれば令呪で呼び出すことになる。それでもいいかい?」

 

「ああ、構わない。キャスターは狩らせてもらうぞ、マスター」

 

「やってくれて構わない。マスターの方も君に任せよう。だが、秘匿だけは確実に」

 

「了解だ。出し惜しみはしない、禁手化!!」

 

全力を出すために禁手化を行い、影の転移で目星をつけた貯水池に飛び、こちらに気付く前にキャスターを斬り殺す。マスターの方はラインで縛り上げておく。今は、楽器に作り変えられてしまった二人の子供を救うのが先決だ。

 

他に眠らされている人数から言えば我慢できなくなって、ちょっとしたつまみ食いだったのだろう。それが逆に助かった。この状態で二人なら救える。キャスターのマスターは人体を知り尽くしている。どうすれば生きたまま変形させれるかを。逆に言えば人体を知り尽くしていれば元の形に戻せる。そのあとに魔術で治療してやればいい。一人目を半分ほど元に戻したところでライダー達が現れる。

 

「なっ、まさかセイバー、お前が」

 

「黙ってろ!!手元が狂ったらこの子達が苦しむことになるぞ!!」

 

「坊主、よく見ろ。セイバーの奴は元に戻しているだけだ。だが、死なせてやった方が良いのではないか?」

 

「治療できるから楽にせずにいるんだろうが!!この子達を救いたいなら邪魔が入らないように見張ってろ!!」

 

形を完全に元に戻して聖母の微笑の力をラインで流し込んでやりながらもう一人の方も組み立て直す。一人目で慣れたのか、簡単に元に戻すことに成功した。記憶は消しておいて精神が安定したのかはあとで確認しよう。たぶん、大丈夫だとは思うが。

 

「さて、ここからもう一仕事だな」

 

「何をする気だ、セイバー」

 

「因果応報。最後は自分を作品に仕上げて殺人鬼は人生の幕を下ろしてもらう」

 

ラインで拘束してあるだけのキャスターのマスターを見下ろして宣言する。

 

「安心しろ、お前の作品よりも綺麗に仕上げてやる。痛みは強烈だがな!!あっ、見たくないなら帰った方がいいぞ。子供はオレの方で保護するからな」

 

「あ、ああ、うん、分かった。えっ、というか同じことができるの!?」

 

「オレなら作品にしたあとも普通に生き永らえさせることもできるな。結果だけは見せてやる。明日の新聞を見てみろ。一面を飾ってやる」

 

青い顔をするライダーのマスターとにやにやしながら去っていくライダーを見送り、子供達は念のためにアインツベルンの城に送り、マスターには念話で事情を話してから、何かあれば令呪を使うと言われてから作業に移る。作業をしながら影の中に分身体を3体ほど作り出し、オレとマスターたちを監視しているアサシンと思われる反応に送り込む。念話なんてするから場所がバレるんだよ。居場所のばれた暗殺者なんて怖くもなんともない。似たような反応があちこちにあるから一つずつ虱潰しにするか。分身体の2体にはマスターとアイリスフィールの影で護衛に、残りの一人で暗殺者同士の死闘だ。おっと、ちょっと雑になったな。元に戻してっと。よし完成。あとは箱に詰めて警察署の前にでも置いておくか。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、ランサーとキャスターはオレが滅し、アーチャーがバーサーカーに強襲されてリタイア、バーサーカー自身もマスターの魔力切れで消滅。アサシンも狩りつくした。つまり残るはオレとライダー、お前だけだな」

 

「そうだな。それで、わざわざここに呼び出したのはなんのマネだ?」

 

オレはライダー達をアインツベルンの城の門前に招待した。森にあった防衛機構は全てオレが沈黙させた。ライダー達の魔力隠蔽もオレが行い、マスターとのパスも叩き切った。

 

「なあ、ライダーのマスター。お前は疑問に思ったことはないか?」

 

「何を?」

 

「聖杯、調べてみれば誰もまだ手にしてないそうだな」

 

「ああ、だから第4次聖杯戦争なんだろう」

 

「ああ、第4次だ。聖杯戦争を作り上げた3家がいるのにも関わらず誰も手にできずに4回目なんだよ」

 

ようやく異常に気がついたのか思考を回し始める。

 

「1回2回なら3家が争ったからだと判断するが、その後の3回目に今回だ。おそらくだが、3家共重要な部分を隠しあっている。それに何故7騎のサーヴァントが殺し合う必要があるのかも分から分からなかったが、それも判明した。オレたち英霊は聖杯の生成に必要な材料なんだよ」

 

「なっ!?」

 

「ほぅ、興味深いな」

 

「サーヴァントってのは基本的にマスターからの魔力供給で存在する。それはなぜか?オレたちサーヴァントの魔力生成回路の一番重要部分がマスターからの魔力でしか稼動しないように細工を施されているからだ。だからこそ生前では切り札とはいえ、そこまで使用に制限がなかった宝具の全力解放が出来ない。まあ、オレの宝具は対象から奪い取る物だから問題はないんだがな」

 

「ふむ、それで何故我らが材料になる?」

 

「殺しあうために魔力を高める。それはステータスに直結するからな。そして負ければ座に戻される。だが、座から引き下ろされたときに入れられる仮初めの器が残るのを回収して高魔力を圧縮。それが聖杯の正体だろう。一定周期で聖杯戦争が行われるのは霊脈の力を少しずつ貯めてサーヴァントを呼び出す分に使い、体の分は回収できる上に負けたときの残留分に魂をプラスして回収。殺し合いという儀式で増幅ってところか?俺の視線から見るとそういう風にしか見えん」

 

「なるほどのう。それで、お主は何が言いたい」

 

「オレには記憶がない。それを欲して聖杯戦争に参加した。それが果たされないというのなら強引にでも果たす。この地の霊脈を抑え、強引な交渉を行う。お前達は何方に付く?オレは契約は遵守、そう、遵守する。対価を払えば、対価?」

 

また記憶が蘇る。オレは、元人間の悪魔、契約は仕事でお金とかでも契約できた。

 

「どうする?協力するなら聖杯をオレが使った後に譲渡しても構わん」

 

 

 

 

 

 

 

 

大聖杯と呼ばれるものを前に元マスターと対峙する。

 

「これが聖杯の正体か。元マスター、これに願ってみるか、恒久平和?たぶん、人類皆殺しによる恒久平和だぜ。まあ、恒久平和なんて夢幻だけどな」

 

夢幻というキーワードで更に記憶が戻ってくる。だが、それは後回しだ。

 

「恒久平和が夢幻だって」

 

「分かんねえかな?恒久平和ってことは争いが一切ない世界、競争なき世界は停滞しかしない。人々はただ歯車となって世界を支えるだけ。それは生きていると言えるのか?ただそこにいるだけだ。根本から間違ってるんだよ。平和ってものは戦争状態じゃないってだけで次の戦争への準備期間を差すんだよ。それをどれだけ長くできるかは、人々の努力次第。恒久平和は多くの者が願い、そして成し得なかった夢。夢は夢であるから美しい」

 

「どこまで僕を馬鹿にする気だ、セイバー!!」

 

「なら、言ってやろうか。愛した女一人救えないで全人類を救えると思うな!!アイリスフィールドも望んでいる?それで残されるイリヤスフィールはどうする!!争いは多くの要因から発生する。それをすべて取り除いた世界は画一世界。何をしても認められず、何をしても感じず、ただの機械として生きる世界。人としての尊厳をすべて奪う貴様はただの殺戮者だよ。おめでとう、歴史書に名も残らないが人類史上最悪の殺戮者だ!!」

 

「セイバー!!」

 

怨念とともにマスターが銃を構えるが、本体のオレはマスターの影に潜んでいる。殺すことは不可能だ。ラインでマスターから魔力をすべて奪い尽くしアインツベルンの城に転移する。ベッドに寝かされているアイリスフィールにラインをつないでサーヴァントの魂をすべて奪い、肉体を人間に近いように改造する。今まで世話になった分はこれでいいだろう。手紙をテーブルに置いて大聖杯の元に戻る。これだけの強大な呪いを身につければ世界を超えることも不可能ではない。まあ、精神は汚染されて身体も変質するだろうがあの人達の元に戻ってから考える。向こうの世界の方が封印の技術などは上だからな。

 

大聖杯にラインを繋ぎ、大聖杯ごと身体に取り込む。途端、世界の悪意のすべてがオレの体内を駆け巡る。身体を作り変えられる感覚が気持ち悪いが、世界を渡るために、夢幻というキーワードから思い出した夢幻を司る存在の元へ、夢を渡ってたどり着き、そこからオレという可能性が残っている場所へと渡る。そこで意識が途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたというのだ、サマエル!?」

 

匙の敵討ちだと意気込んで戦おうとした矢先、サマエルが苦しみ始めた。理由はわからないけど、気は抜けない。匙だったら演技からのだまし討ちぐらい普通だからな。ヴァーリと共にいつでも覇龍になれるように身構える。次の瞬間、龍の爪がサマエルの腹を貫いて現れる。何かが産まれるように少しずつサマエルの身体を引き裂いて、そいつはその姿を表す。身体は不定形で、こぼれ落ちた身体の一部が触れた地面が死ぬように色を失い、おぞましい魔力を纏った何か。そうとしか言えない。そいつはサマエルを飲み込み、龍に近い姿となる。

 

「なんだこれは!?ゲオルグ、どういうことだ!!」

 

「分からない!?こいつは一体なんなんだ!?」

 

 

曹操たちも想定外のことに混乱している。だが、オレやヴァーリは何かの正体に心当たりがある。

 

「まさか、匙なのか?」

 

「見るからに生きるしかばねだな。だが理性と知性を失っている分、能力が前面に押し出ているのか?一つ言えることは、放っておけば冥界は滅びる」

 

オレとヴァーリが話している間に曹操とゲオルグが取り込まれ、消滅した。移動するたびに体の一部がこぼれ落ち、どんどんと色を失っていく。

 

「あんな姿になってまで、自分を見失ってまで生きたいって匙の奴は思うかな?」

 

「さあな。オレは元士郎とは違う。だが、害獣にカテゴライズされるなら殺されることを望むはずだ。守りたかったもの、大切なものを自らの手で壊すぐらいなら、死を望むはずだ!!やるぞ、オレたちの手で眠らせてやるんだ」

 

「それしかないのか。オレ達に力がないばかりに!!」

 

握りしめた拳から血が流れる。オレ達にもっと力があればこんな結末じゃなかったはずなのに。オレ達の手で、匙の力の全てを消してやることしかできないなんて。

 

『相棒、だからこそだ。せめて、眠らせてやれねば奴の生きてきた意味を無に返すことになる』

 

「分かってるよ、ドライグ。この力さえ、あいつのおかげなんだ。あいつがオレにくれた力。その恩を今返す!!」

 

サマエルの毒を取り除く際に、匙が歴代の所有者達の怨念の部分に流してくれたおかげ怨念が消滅し使える様になったこの覇龍で、あいつを止める!!

 

「我、目覚めるは覇の理を神より奪いし二天龍なり。無限を嗤い、夢幻を憂う。我、赤き龍の覇王と成りて汝を紅蓮の煉獄に沈めよう 」

「我、目覚めるは覇の理に全てを奪われし二天龍なり。無限を妬み、夢幻を想う。我、白き龍の覇道を極め汝を無垢の極限へと誘おう 」

 

オレ達が準備を整える少し前から匙が移動を始めた。オレ達の後ろの街に向かって。まるでオレ達がいないかの様に無視して。それを阻止するために掴みかかる。そして、触れた途端激痛が走る。この痛みはつい先日にも感じた痛みだ。

 

「サマエルの毒を取り込んでるのか!?」

 

「どけ!!」

 

ヴァーリが特大の魔力弾を匙の足元に放ち、爆風で街から遠ざける。邪魔をされたことに怒ったのか匙がオレ達の方を初めて見た。そして咆哮と同時に全身から匙の代名詞とも言える夥しい数のラインが伸びてくる。

 

「絶対に触れるな!!サマエルの毒を流し込まれれば、ワクチンを接種しているとはいえ死は免れんぞ!!」

 

「分かってるよ!!喰らえ!!ドラゴンブラスター!!」

 

ラインが広がりきる前にドラゴンショットの改良版、ドラゴンブラスターでまとめて薙ぎ払う。ヴァーリも同じようにラインを薙ぎ払っていく。仕切りなおすために距離をとったところで気がつく。

 

「匙本人より大分弱い」

 

「ああ、それが余計に、奴自身でない証明になる。ただの力の塊だ」

 

だよな。あれは、匙であって匙でない。それが分かって余計に虚しくなる。しぶとさが、あいつの売りだったのに。本当に死んじまったのかよ、匙。また、何事もなかったように裏で暗躍していてくれよ。そんでひょっこり帰ってこいよ。みんな、お前が帰ってくるのを待ってるんだぞ。

 

 

 

「匙!!」

 

無限に再生し成長を続ける匙にオレとヴァーリが押され始めた頃、会長とレヴィアタン様が飛んでやってきた。そして会長を見た途端、匙の動きが止まった。そしてゆっくりとラインを伸ばしていく。

 

「意識が、残っているのか?」

 

「それだけ、あいつにとって会長達は大事な存在なんだろう。いつでも動けるようにだけしておこう」

 

ヴァーリと共にいつでも飛び出せる距離に移動して二人を見守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「匙」

 

目の前には変わり果てた姿となってしまった元ちゃんがいる。ラインで作られた足場に乗り、隣には、あの日から心が壊れてしまったと思えるぐらいに弱ったソーナちゃんがいる。放っておいたら何をするかわからないというのもあるけど、私も元ちゃんのことが心配だったのだ。

 

「こんな姿になってしまって。悔しくて。でも生きて戻ってきてくれて。色々と話したいことが。何を言っているのか自分でもわからないですね」

 

「ソーナちゃん、落ち着いて」

 

「ごめんなさい、お姉さま。大丈夫、私は大丈夫」

 

いや、そんな濁った、というか単色の瞳で言われても、ねぇ。お姉ちゃん、二人のことが心配です。

 

「匙、また、私の元に戻ってくれますか」

 

そう言ってソーナちゃんの手元に戻っていた悪魔の駒を元ちゃんに入れる。って、私の駒をいつの間に!?別に構わないんだけど一言言って欲しかったな。

 

「パスが繋がらない。これらだけでは足りないと、なら残っているこの騎士の駒も。貴方自身が編んだ血の契約を使ってでも!!」

 

騎士の駒まで入れて、指を切って血を流し、なんらかの術式を走らせる。それでも変化は起きない。

 

「何が足りないと言うんですか。何が、一体何が!!何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が、何が」

 

「ソ、ソーナちゃん!?」

 

「匙が戻ってきたのに!!私が力不足のせいで!!何が足りないって言うの!!」

 

喚き散らすソーナちゃんを抱きしめることしかできない私に、思わぬところから救いの手が差し出される。

 

「これ、元士郎に」

 

いつの間にかやってきたオーフィスがボロボロのコート差し出す。

 

「元士郎、奪って自分のものにする。これ、元士郎の血。レオと留流子が」

 

ボロボロのコートは京都の時に負傷した際の物で、今は乾いてしまっているけど、確かに元ちゃんの肉体情報が詰まっている。元の姿に戻れないのも、肉体を失ってしまったから。その肉体の情報がこれに詰まっている。

 

「ソーナちゃん、貴方が与えてあげて」

 

固まっている血を削ってソーナちゃんに持たせる。ソーナちゃんがそれを足場であるラインに吸収せせる。だけど、何も変化はない。これで打つ手無しかと思ったのだが、ラインが二本伸び、私とソーナちゃんの手の甲に紋章が刻まれ、パスが繋がる。同時にこれの知識も流れ込んでくる。

 

令呪、聖杯の莫大な魔力を持ってパス対象に強引な奇跡を実現させる使い捨ての物。私にもソーナちゃんにも3画ずつ宿っている。ソーナちゃんは迷わずに叫ぶ。

 

「令呪を持って命ずる!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!」

 

同時に手の甲の令呪が光を失い、莫大な魔力と共に元ちゃんの体に変化が始まる。だが、それでも足りないのか変化の量が減ってくる。ソーナちゃんが血走った目でこちらの見てくるので選択肢がないみたい。できれば政治的な関係上1画は残しておいた方が良いんだけど、嫌われちゃうかもしれないから全部使うことにする。命令も同じ方が良いよね、変に干渉しても困るから。

 

「令呪を持って命ずる!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!本来の姿を取り戻しなさい!!」

 

さらに莫大な魔力でほぼ変わらない姿を取り戻し、元ちゃんが倒れこむ。同時に足場のラインも解けてしまったので翼を出してゆっくり降りる。ソーナちゃんとオーフィスは飛び出していっちゃったけど、大丈夫だよね。全身に変な入れ墨が入ってるけど、あれぐらいなら簡単に隠せるしね。

 

えっ、なんで全身にあるって分かるのかって?乙女の口からは言えないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

沈んでいた意識が浮かび上がるのを感じ、目を開くと知らない天井が目に入る。

 

「匙、目が覚めたのですね」

 

声が聞こえた方に目だけを向ける。そこにいたのは、あの世界で求め続けた二人のうちの片割れ。同時に全ての思い出し、涙が溢れる。

 

「か、会長、オレ、生きて戻ってこれた?」

 

「ええ、ちゃんと、貴方は生きています。ちゃんと帰ってきてくれましたよ」

 

「体に力が入らないんです。手を、握ってくれませんか?」

 

会長がオレの右手を握ってくれる。会長の手の温もりが、オレが生きているということを実感させてくれる。安心から睡魔が襲ってくる。意識が落ちる前にやっておかないと

 

「少し寝ます。それから、預けておきます」

 

繋がっているパスから残り2画の令呪の内の1画を会長へと預けて眠りにつく。最後まで全身をあらゆる拘束器具や術式で縛られていることに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ、令呪が残っていましたか。おそらくお姉さま用にもう1画ぐらいは持っているでしょうが構いません。これを解析して私だけ補充できるようにすれば、匙は私の物、いえ、私だけの物になる。お姉さまは、まあ良いでしょう。匙も主人として認めていますし、守ってくれるでしょうから。あとは匙を救うのに役立った留流子になら少しぐらいは貸してあげても良いですし、家族ということでレオナルドとオーフィスにも貸してもいいでしょう。ですが、他は認めません。絶対に二度と手放しませんよ、匙。ふふふ、あはは、あはははははははは。

 

 

 

 

 

 



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13話

「うわぁ~、全身刺青、しかも悪魔や悪を示す物ばかりを複雑に絡められてるのか」

 

鏡に映る自分を見て状態を確認する。

 

「能力に変わりはなし。肉体はまんま英霊か。魔力ラインが無いのは会長が魔術回路を持たないからか。とりあえずは肉体は器を作って憑依する形でいいな」

 

自己診断を終えて魔力で服を構築する。標準装備が蛇龍のコスチュームというのがオレ自身をよく表している。ゴーグルを首にかけて、口元を覆っているマフラーを下ろし、フードを外す。

 

「あ~、刺青が目立つな。しばらくは隠しておくか」

 

ゴーグル類を再装着し直してから部屋から出て会長達の元へと向かう。部屋に入ると同時にレオとオーフィス、それにスコルとハティが飛びかかってきたのでオーフィスを背中に抱きつかせ、レオを抱きかかえ、スコルとハティを両脇に侍らせて頭を撫で回してやる。

 

「ご心配をおかけして申し訳ありません」

 

「許す許さないは一先ず脇に置いておきます。まずはお帰りなさい、匙」

 

「はい、ありがとうございます。なんとか戻りました」

 

頭を深く下げて謝罪する。今回の件は完全にオレのミスと油断からきているからな。修学旅行の後に地獄の果てまで追いかけて狩り殺しておけばよかった。

 

「体の方は無事なのですか?」

 

「それなんですが、全快ってわけじゃないんです。いや、ある意味では全快?」

 

「サマエルが現れる直前と比べるとどうなんですか」

 

「異常の一言ですね。なんと言えばいいか、あ~、今のオレはマテリアル体を持たない存在になってます」

 

「もっと分かりやすく」

 

「一番近いのが幽体離脱状態?でもアストラル体とエーテル体だけでマテリアル体に干渉可能ですね」

 

「後半をもっと分かりやすく」

 

「幽霊なのに触れるし触られる状態です」

 

「全然無事じゃないですか!!」

 

会長が投げてきたカップを一瞬だけ実体化を解いて回避して、抱きつくものがなくなり落ちそうになった二人をキャッチする。

 

「見ての通り、意思一つで完全に幽霊状態に」

 

「元に戻れるんでしょうね!!」

 

「材料さえあれば。マテリアル関係のストックが空なんでどうしようもないんですが、材料さえあれば元の体を再構成できます」

 

「その材料は?」

 

「水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素。最低限これだけあればなんとか。むしろ多ければ多いほどいいですね」

 

修復材のストックとして。

 

「すぐに用意させます。他にサマエル現れる前と比べて違うところは?」

 

「令呪。使い捨ての絶対命令権に関しては理解されてますよね」

 

「ええ」

 

「ならそれを省けば、ヴリトラが死にました。魂の一欠片も残さずに消滅してしまいました。どうすることもできません」

 

ヴリトラは最後までオレに付き合い、全ての力をオレに託し、龍の属性を出来る限りオレから奪い取った。それでも、オレの存在はチリのような残滓しか残らなかったが、それを利用して逆召喚してあの世界から帰ってこれた。オレが今ここにいるのはヴリトラのおかげだ。

 

「だから、ヴリトラがこの世に存在していたことを証明するために黒蛇竜王の名を引き継ぎます」

 

ヴリトラの生きていた証を少しでも残すためにオレは黒蛇竜王を引き継ぐ。

 

「そうですか。それに関しては匙の判断に任せます。それから、何故顔を隠しているのですか?」

 

「刺青、魂に刻まれてるみたいで消せないんですよ。利用方法は模索中です」

 

「いえ、利用しなくていいですから」

 

だが断る。こっそり裏で研究・開発するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「匙!?もう大丈夫なのか」

 

「すまんな。世話になった、兵藤、ヴァーリ」

 

「たいしたことではない。むしろすまない。オレたちがもっとしっかりしていればあのような状況に陥ることはなかったのだが」

 

「いや、オレも残党狩りを放ったらかしにしていたからな。修学旅行の後に追撃をかけておくべきだった」

 

「いつもなら否定するところだけど、今回のことを考えるとな」

 

「ああ、そう言えばお前たちに問題は?とりあえずオレの問題はある程度は片付けたが」

 

「「ある程度?」」

 

「また身体も魂も神器も変化したからな。それの調整とか限界を調べたりするのがまだでな」

 

「また変化してるのかよ!?どこまで変化するつもりなんだよ」

 

「あと2~3回で済むといいなぁ。会長とセラフォルー様からの説教とその後の説得が辛いから」

 

「怖くねえのかよ。変わっちまうことに」

 

「今更だろ?人間やめて転生悪魔になって、よく分からない器みたいな存在になって、幽霊になって、ダークマターみたいな存在になって、今は人形に憑依してる形になるからな」

 

「ごめん、オレも付いていけないわ」

 

オレも自分で言っててちょっとだけ引いた。ヴァーリも顔をしかめている。

 

「それで世話になったついでなんだが、ヴァーリ、頼みがある」

 

「今回はオレたちの失態でもある。何を望む?」

 

「残党狩りだな。情報が入ってな、まだ英雄派が5、6人生き延びている。そいつらの排除だな。オレはしばらく動けん。というか、動かしてもらえない」

 

「会長たちに?」

 

「それもあるが、冥界の老害共がな、オレを危険視して存在ごと封印しようとしてやがるらしい。オレとしては強引にやってくれれば反撃して殲滅できるんだが。被害が大きすぎるからと却下された。無念だ」

 

「ヴァーリ、急げ!!これ以上匙を暴れさせたら本当にどうなるかわからないぞ!!」

 

「分かってる!!日常の方は任せるぞ!!」

 

慌てて駆け出すヴァーリにこの話をした途端にオレを取り押さえた生徒会のみんなと同じ必死さが伺える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに猟に出かけた結果、そこそこ大きい猪が狩れた。とはいえ、ストックも多いので少し処分に困る量ではある。さてと、どうするか悩むな。生のままで配るのはアレなので加工するのが一番だろう。

 

「よし、全部ベーコンに加工するか。ついでに色々と燻製するか」

 

「「燻製?」」

 

「そういえば見せたことはなかったな。たまに黒歌がつまみにしていたぐらいか。簡単だし作ってみるか?」

 

「「うん」」

 

さて、どのタイプの作り方にするか。やはり家庭でもできるやり方かが一番か。え~っと、桜チップは残ってるな。なら土鍋と網とカセットコンロとアルミホイルを用意してっと、庭で作ればいいか。材料は肉は下処理に時間がかかるから鶉の卵とチーズでいいか。まずは土鍋の底にアルミホイルを敷いてその上にチップを置く。蓋をしてから、カセットコンロの火をつける。その間にチーズは底側のアルミを残して剥いて網の上に並べ、鶉の卵もゆで卵にしたあとに網から落ちないように並べる。

 

「ちょっとだけ離れてろよ」

 

二人を鍋から遠ざけて、右手に網を持ち、左手で蓋を開けて素早く網を蓋で挟み込む。そしてアルミホイルで密閉して火を止める。

 

「あとはこのまま1時間ほど放置で完成だ。その間に肉の方の下準備をしようか」

 

キッチンに戻り、しっかりと手を洗ったあとに肉の下準備を始める。二人にブロック肉とフォークを渡して均等に穴を開けてもらっている間にスパイスを調合する。まあ、スパイスといっても塩と砂糖と胡椒だけのシンプルなものだ。見た目通り子供っぽい舌をしているオーフィスやレオでも食べやすいように胡椒の量を減らして砂糖の量を若干だけ増やしておく。それとは別に胡椒や刺激が強いスパイスをたっぷりと使った物も用意しておく。どこぞの黒猫か猿が引っかかって痛い目にあうだろうが、知ったことではない。

 

穴あけの途中でレオがギブアップしたのでラインを使って一気に穴あけを終わらせる。それが終わったブロック肉に先ほどのスパイスを擦り込み、大量のジップロックにローリエの葉と一緒に空気を抜いて密閉していく。とりあえずはこれで終了だな。あとは、一週間ほど地下の冷蔵庫に放り込んで熟成させる。後片付けを済ます頃には庭の燻製が出来上がっている時間になっていた。

 

庭に出てアルミホイルを外して蓋を開ければ綺麗に燻製された卵とチーズが現れる。網をテーブルに置いて、土鍋をラインで片付けておく。

 

「ほら、これが燻製だ。煙で燻す、煙を擦り込む?まあ、そんな感じの調理方法だ」

 

チーズを手に取って千切って口に放り込む。うん、桜の香りがマッチしてるな。さてと、食い終わったらダンボールを切り張りして巨大な燻製機もどきを作らないとな。チップも買いに行かないと。いや、小屋の方に置いてたな。取ってきて砕けば良いだろう。

 

「あ~、ずるいにゃ!!三人だけでそんな物を食べて」

 

黒歌が帰ってきたか。網の上を見れば既に何も残っていなかった。二人とも気に入ったのか、黒歌が帰ってきた途端、急いで口の中に詰め込んでいたな。

 

「ほれ、食いさしで悪いがこれしか残ってねえよ」

 

手元に残っていたチーズを投げてやるとオーフィスが飛びついて口に入れてしまった。ため息をひとつついてからオーフィスにゲンコツを落とす。

 

「痛い」

 

「行儀が悪い。手でキャッチしてからにしなさい」

 

ゲンコツを落としたところを手で押さえながらオーフィスが答える。待て、痛いだと?

 

「オーフィス、それは本当に痛かったのか?それともそういう風に真似をしているだけなのか?」

 

「本当に痛い。びっくりした」

 

つまりはオレの力がオーフィスの力に干渉できるというか、まさか、『無限』すらも吸収したのか!?黒歌も理解したのかかなり嫌そうな顔をしている。

 

「黒歌、黙ってろよ。巻き添えをくらうぞ」

 

「分かってるわよ。なんでそんな面倒事を引っ張ってこれるのよ」

 

「知るか!?いや、知ってるわ!!」

 

「知ってるの!?」

 

あれしかないだろうな。オレの唯一固定されるステータス。

 

「オレの幸運値、S、A、B、C、D、Eでランク付けると最低のE+++だからだな」

 

「+って?」

 

「条件付きで+分ランクの上昇。元が低いから+でも変な方向に作用してるんだろう」

 

「確かにオーフィスにも対抗できるっていうのは戦力的には+、でも政治的にはー。なんとも厄介だにゃ~」

 

「そこらへんは諦めた」

 

存在自体が厄介な存在だからな。今更厄介ごとの一つや二つ増えたところでどうってことないわ。まあ、会長とセラフォルー様に呆れられると思うけど。そんで小言を貰って、他の秘密もまとめて吐かされるまでがセットだ。

 

「そのはずだったんだが、何がどうしてこうなった」

 

「匙、口答えしない」

 

今、オレは会長の自室に呼び出され、両手両足をベッドの足に手錠で拘束され、令呪まで使われた状態だ。

 

「それよりも、令呪をそんな簡単に使ってよかったんですか?」

 

「ああ、それなら問題ありませんよ」

 

そう言って、会長が左腕の袖を捲り上げる。そこにはびっしりと令呪が浮かび上がっている。ざっと数えても30以上。

 

「なに、それ!?」

 

「ふふふ、生成方法を編み出しただけです。ある程度の時間と魔力があれば量産は可能となりました。誰にも、お姉さまにも話していませんが。ああ、匙も黙っておいてくださいね。むろん、令呪をもって命じます」

 

拘束された時と同じように、自分の中で何かのロックがかかったのが分かる。本当に令呪を量産したのか!?

 

「オレをどうする気ですか?」

 

「ずっと考えていました。匙、貴方も分かっているでしょうけど、貴方はどうしても自分の命を他人の命よりも軽く見てしまう。だから、貴方の命を重くします。心まで令呪で縛るのはしたくありませんから」

 

そう言って、会長がオレにキスをしてくる。それも舌まで入れてくる。突然のことで反応ができない。

 

「な、なにを」

 

「言ったでしょう、命を重くするって」

 

会長が服を脱ぎ捨てて宣言する。

 

「匙には私の純潔を奪ってもらいます。それがどういう意味か、匙なら分かりますよね」

 

その言葉に嫌な汗が流れる。

 

「だ、ダメです。今は、まだそれは」

 

「ダメです。このまま放っておいては、また匙を失ってしまうかもしれない。兵藤君たちよりも、私は匙を優先したい。だからこれは必要なことなんです」

 

会長が、オレの服も脱がしながら首筋や鎖骨、胸へと上から下へとキスでマーキングをしていく。

 

「お願いです、会長。やめてくれ。だめなんだ」

 

「匙?」

 

あと少しで下着まで剥がされそうになったところで、ようやくオレの異変に気付いてくれたようだ。

 

「どうしたのですか!?そんなに真っ青な顔をして!?」

 

慌てて手錠を外してくれ、流れている嫌な汗を乱暴に拭う。

 

「はっ、ははは、最後の隠し事って、奴です。幼少期の、トラウマがね。あのクソ共、よくやってて、ちょっとでも気を向けられると、色々やられて。それを思い出しそうになって、昔っからダメなんです」

 

「匙」

 

会長が申し訳なさそうにしている。まさかこんなことをされるなんて思ってもみなかったから、隠していた最後の秘密を知られ、こんな顔をさせてしまった。

 

「情けないですよね。これだけの力を持っているってのに、未だに幼少期のトラウマを引きずってるんですよ。すみません、会長が、オレのためを思ってくれてるのは分かるんですけど、それでも」

 

そこまで言った所で抱きしめられる。

 

「私の方こそ焦っていたようです。少し考えてみれば妹さんのこと以外にもトラウマがあってもおかしいことではなかったはずです。それなのにトラウマを抉るようなことをしてしまって。ごめんなさい」

 

違う。そうじゃない。あえて見ないふりをしていたのだ。オレは、誰かと一緒に歩むことはないと思っていたから。でも、今は違う。オレの周りには多くの人がいる。オレはもう、一人ではない。だから、過去に決着をつけよう。

 

「いえ、これも良い機会なんでしょう。今まで、引き延ばしてきましたけど、決着、付けます。その、こんな身体になったってのに、それでも受け入れてくれるって、行動で示してもらえて、嬉しかったですから」

 

抱きしめられているのを良いことに、顔を合わせては言いにくい言葉を伝える。普段は、絶対に口にしないような言葉に会長が慌てているのが分かる。

 

「それと、一つだけ頼みたいことが」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、木之本先生」

 

「えっ、元士郎なの?見た目はあまり変わっていないけど、随分と変わったのね。立ち話もなんだから中に入りなさい。そちらの方もご一緒にどうぞ」

 

リビングに通され、コーヒーが入れられる。そこでようやく話が始まる。

 

「本当に変わったわね、元士郎。ここを出て行く前とは別人のように丸く、逞しくなりましたね。それから隣の方を紹介してもらってもいいかしら?」

 

「ここ1年で良い出会いと経験がありまして。こちらオレの通っている学園の生徒会長の支取蒼那先輩で、あ~、その~、あれです」

 

「将来が確定している仲です」

 

「将来が、確定している?誓いあってるとかじゃなくて?」

 

木之本先生の疑問はごもっともだ。普通なら誓いあってるだろうが、オレは既に外堀から本丸まで完全に落とされている。前回監禁されたのが月曜日、今日は土曜日なのだがその間に完全に封じられたと言っても過言ではない。別に構わないんだけどな。その、ソーナと一緒になれるんなら嬉しいし。

 

「婿入りが確定しました。籍も、来年のオレの誕生日に入れることになりまして」

 

「何があったかは聞かないけど、お金の問題とかは大丈夫なの?まだ学生なのよ」

 

「それがそっちの方にも困らないようになりまして。卒業後の内定も貰ってまして、既に働いてる状態です」

 

「本当に変わっちゃったのね。それで、今日は彼女の紹介かしら?」

 

「それもあるんですが、本題は別にあります」

 

緊張で喉が渇く。言え、たった一言のことだ。それなのに、体が動かない。未だに、あの二人は、オレにとっては最悪の相手だ。悪魔を滅する聖剣よりも、はるかに最悪だ。まともに対峙できるかすら怪しい。その恐怖が、オレを硬直させる。そんな時、ソーナがそっとオレの手を握ってくれる。オレなんかを受け入れてくれた最愛の人。過去に決着を。未来への、ソーナと共に歩む未来のために。木之本先生に、オレの育ての親に、恩人にオレはもう大丈夫だと安心させるために。オレ自身が親離れをするための儀式なんだ。一度深呼吸をして体をほぐす。

 

「オレの生みの親共と決着を、絶縁を叩きつけに行きます」

 

「……そう。来るべき時が来たのね」

 

「はい。今までは、オレはずっと後ろを、守れなかった妹を見て歩んできました。今年の夏にソーナと、そのお姉さんのおかげで妹に縛られないようになりました。そして、前を向いて歩き出すために過去の全てに決着を付けます」

 

木之本先生が、オレを獣から人に戻してくれた恩人が、オレの瞳を覗いてくる。そして、今だからこそ分かる。この人は超一流なんて言葉が安っぽいほどの、超越している魔術師だ。オーフィスの力を持って初めて分かった。そして、その莫大な力をほとんど封じて、一人の人として子供たちを癒している。

 

「本当に逞しくなりましたね。それに支えてくれる人を得られたこともよかったです。本当は、貴方を院から出すかどうかは悩んでいました。貴方は、子供達の中で一番傷つき、一番大きな力を持っていました。そして、それをコントロールするだけの心も。このまま変化させずに生涯を終わらせるほうがいいのか、それとも良い方向に行く可能性にかけて外に出すか。私は貴方自身に任せました。その判断は正しかったようです」

 

「木之本先生」

 

「本当に良い出会いだったようですね。私は嬉しく思います」

 

そう言って、木之本先生は書類とメモを取り出してオレに渡してきた。

 

「面会に必要な書類と収監されている場所のメモです。決着、付けてきなさい」

 

「はい。木之本先生」

 

書類をカバンに入れて席を立つ。書類の面会日が今日の午後からとなっていた。時間はそれほど残ってないな。席から立ち上がり、暇を告げようとして、ふとヴリトラとの最後の会話を思い出す。

 

「木之本先生」

 

「なんですか?」

 

「決着がついたら、母さんって呼んでいいかな?」

 

「ふふっ、もうそんな歳じゃないのよ」

 

「関係ないさ。ダメかな?」

 

「いいえ、いいわよ。いってらっしゃい、この後は少し忙しいから、また明日帰ってらっしゃい」

 

帰ってらっしゃいか。そうだな、ここはオレのもう一つの家だ。

 

「行ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりにオレを生んだ女を見て、怒りや恐怖よりも虚しさが胸中に広がった。何も変わっちゃいない。攻撃的で自己中心的でヒステリック。おまけに舌打ちまでしやがるか。何の進歩もない。オレは、この程度の存在に怯えていたのか。

 

「面会時間は10分だ」

 

そう言って看守が部屋の隅に移動する。

 

「で、誰よ、貴方は」

 

ダメだ。話す価値もない。用件だけ告げて二度と会わないでおこう。

 

「お前が生んだガキだよ。絶縁を叩きつけに来た。まっ、生んで多少は育てたかもしれねえからその分の金をくれてやる」

 

用意しておいた通帳と判子に暗証番号を書いた紙を取り出す。

 

「2000万円用意してやった。二度と会うことはねえよ!!」

 

看守に通帳類を渡すように頼んで面会を打ち切る。そして次に男の方との面会だが、こちらは更にひどかった。ヤク漬けで、まともに会話すらできなかった。とりあえず男の方にも2000万円を渡して面会を終える。刑務所の外で待っていたソーナが何かを言っていたが何も頭に入ってこない。家に戻り、ソファーに体を預ける。レオ達が心配そうに側にやってくるが、何も返してやれない。

 

大きな音と両頬に痛みが走る。いつの間にか、目の前にセラフォルー様とソーナが立っている。

 

「指が何本立っているかわかる?」

 

「右手が2、左が1です」

 

「うん、やっと戻ってきた」

 

「戻ってきた?」

 

「時間、もう深夜の2時だよ」

 

言われて時計に目をやると確かに深夜の2時だった。

 

「ぼうっとしていて、みんな心配してたんだよ」

 

「すみません」

 

素直に頭を下げる。

 

「何があったの?」

 

「……あの男女に会ってきたんです。酷いものでした。心のどこかで、いや、■■■■■は信じていたんでしょう。だけど、やっぱり裏切られて、何も考えたくも感じたくもなくなった。それに引っ張られてた。黄昏の聖槍に貫かれるよりも綺麗に穴が空いてる感じだ。そう、ヴリトラを失った感じに似ている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずい。大戦終了後にこう言う症状を発症する人を見たことがある。死人に引きずられちゃってる。多分、■■■■■君は瀕死の重傷だろう。このままだと元ちゃんまで壊れる。まずは言葉だけである程度立ち直らせる切っ掛けを与えなくては。その後は、ソーナちゃんに丸投げかな?意外と嫉妬深いからね、ソーナちゃんは。

 

「元ちゃん、こっちを見て」

 

だるそうにしながらも元ちゃんがこっちに視線を向けてくれたので、そのまま抱きしめてあげる。

 

「今まで頑張ったね。■■■■■君の代わりに。元ちゃんはもう十分頑張ったよ。■■■■■君も今はゆっくり休ませてあげて。これからは■■■■■君の代わりじゃなくて、妹さんの代わりでもない、元ちゃん自身が生きてあげて」

 

「オレが、生きる?」

 

「自分自身のために、誰かのためじゃなく、元ちゃん自身の心に従って」

 

「オレの、心。オレは、オレは、ただ会長の、ソーナの傍に」

 

よしよし、瞳に光が入った。これで周囲が、この場合はソーナちゃんが支えれば立ち上がれる。ソーナちゃんに目で合図だけを送って離れる。さてと、あとは若いお二人に任せましょう。ほらほら、レオ君とオーフィスちゃんにスコルとハティ、今日は二人っきりにさせてあげるわよ。こらっ、そこの黒猫も。覗きに行こうとしない。今日はパアーッと飲むから付き合いなさい。

 

ハァ~、妹に先を越されるかぁ~。元ちゃん、お婿さんには最適なんだけどねぇ~、姉妹で囲い込むとか悪魔的にOKだけど、ソーナちゃん嫉妬深いからなぁ~。貴女も気をつけたほうがいいわよ。迂闊に手を出すと嫉妬の炎で灰すら残らないわよ。なんか最近、元ちゃんの力を強引に自分で使えるようにしてるみたいだから。

 



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