やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 (黒霧Rose)
しおりを挟む

第1話 彼と彼女が交わるには道が広すぎる

 

 

「また明日」

 

目の前の少女がこちらに手を振ってくる。手を振る少女の名は雪ノ下雪乃。俺に手を振りながらその言葉を彼女の口から聞く日が来るとは思ってもみなかった。

 

今日、俺は文化祭スローガンを決める会議でサボりが横行していた文化祭実行委員に発破をかけてきた。あそこに居た奴らの目を見る限り、恐らく上手くいっているだろう。

 

「・・・ああ、じゃあな」

 

小さく呟いて、会議室を去る。

 

 

 

小さな微笑みと、戸惑いを胸にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっはろー」

 

この挨拶のフレーズと声は知っている。だが知らないふりをする。校門の所に居る美人なんか知らん、俺には関係ないし関係するつもりもない。

 

「無視はいけないよー。君も無視される辛さは知っているでしょ?」

 

隣を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。というか、捕まえられた。もちろん、無視をしようとしたので皮肉付きで、だ。

 

「お姉さんとちょーっとお話しようよ」

 

本当なら今すぐ断って家に帰って明日の覚悟を決めたい。だというのに何故この『魔王』とエンカウントしなければならないのだろうか。

 

「比企谷くん、お姉さんじゃ・・・ダメかな?」

 

上目遣いをしながら不安そうな声を出す魔王。俺はそれに騙されはしないが・・・それは『俺は』という話である。ここは校門で人の行き来がある、つまるところ俺以外がここには何人も居るのだ。この状況で圧倒的に不利なのはどちらか?

 

 

考えるまでもなく俺だ。

 

 

「・・・歩きながらでいいですか?」

 

こちらも精一杯の譲歩をした答えを出す。そもそも突然話しかけてきているのだから、相手である俺の都合を優先するべきだろう。

 

「いいよ。元々そのつもりだったしね」

 

譲歩したつもりが、想定内だったらしい。まぁ、この人相手にそんなことをしても無駄か。

 

 

 

 

雪ノ下陽乃。雪ノ下雪乃の姉にして、彼女を凌ぐ程の才能を持つ女性。またの名を魔王。

 

いや、訂正をしよう。別段、雪ノ下雪乃のよりも優れているというわけではない。才能で言うのなら二人は恐らく互角だろう。

 

しかし、彼女を魔王たらしめているのはその『在り方』にある。周囲を全て騙しきる程の『仮面』を持ち、TPOによって自らというものを変革させていく。それを誰にも悟られることなくこなし、違和感すらも抱かせない。その在り方が雪ノ下雪乃とのハッキリとした違いだ。

 

雪ノ下雪乃が嘘を嫌い、真っ直ぐに正しさを追い求め、世界を変えようとする『革命家』なら・・・雪ノ下陽乃は嘘を纏い、平行線のように交差することのない多数の真っ直ぐさで間違いを否定し、世界を騙そうとする『支配者』だろう。

 

生まれ持ったものが少し違うだけで、こうも二人は正反対の道を歩んでいるのだ。

 

 

「スローガンの時は笑わせてもらったよ。よく思いついたね」

 

さっきのスローガン決めのことを言ってくる。まぁ、今この状況において俺と彼女の間にある話題なんてそれしかないだろうからな。

 

「思いついた?俺は仕事押し付けられてストレスが溜まっていたんでその憂さ晴らしですよ」

 

俺が答えると、雪ノ下さんは目を細めて薄い笑みを浮かべた。背筋が凍るほどの恐怖を感じる。

 

「それも違くはないんだろうけど、本当の目的ではないよね」

 

よくそんな表情をしながら高くて明るい声が出るな。

 

「さぁどうでしょうね」

 

俺は適当に返事をして目を逸らす。いや、顔ごと逸らす。

 

「ダメだよ、比企谷くん。まだ逸らしちゃダメ」

 

すると、頬を持たれて顔が元の位置に戻る。目の前には雪ノ下さんの貼り付けた笑顔が現れる。

 

「お姉さんが答え合わせをしてあげる」

 

「模範解答が無い以上、それを答え合わせとは言いません」

 

「あるよ。君が隠しているだけ。それに、例え無かったとしても私は勝手に私の仮説を話すから」

 

このまま逃げてもいいのだが、生憎俺にはこの人から逃げ切れる手札が無い。現状、この人に踊らされてると言ってもいい。

 

「じゃあ始めよっか。君はまず、委員長の意見を否定した。それは彼女の案である『助け合う』というものに反感があったから。ではなく、彼女の意識に反感があったから。助け合うというものを履き違えている彼女そのものに君は反感のようなものを抱いた。そして、それを利用することにした。彼女の案を否定し、自らも案を出す。その案は自らを正当化させ、今までサボっていた人にも反感を抱かせた。そして案の定、君に反感を抱く生徒が増えた。この一連の流れが本当に偶然なのかな?」

 

 

つらつらと語る彼女。全くもって恐ろし過ぎる人だ。こちらの考えというものを隅々まで見通してくる。或いは、見透している。

 

「そうかもしれませんね」

 

「あくまでその態度なのね・・・ふーん。それが比企谷くんのやり方なんだ」

 

今まで浮かべていた笑みは消し飛び、鋭い目つきと冷たい声音が俺を襲った。本当にさっきまでの人と同一人物なのだろうか?それほどまでに彼女は一変していた。

 

「お姉さん、そのヒールっぷり好きだなー」

 

声音は高く、明るいものだったが・・・表情は何一つとして変わりはしてなかった。真剣そのもののようにも思えたが、それでもその言葉には引っかかるところがある。

 

『ヒールっぷり』その言葉が引っかかる。俺は別にヒールになったわけではない。少し考えて、自分の手札を切っただけに過ぎない。ヒールとして活躍したなどとは思っていない。

 

「雪乃ちゃんにはもったいない・・・ううん、違う」

 

すると、雪ノ下さんは俺の顎に手を添えた。

 

 

 

 

 

「私じゃなきゃ、君を引き出してあげられない。君を理解してあげられない」

 

 

 

 

その言葉を放った彼女は何も被っていないように思えた。彼女の本質だと、そう思えてしまった。

 

「・・・意味が分かりません」

 

「私は言ったよね?『逸らしちゃダメ』って。君は気付いているはず、今の私は私自身だということに」

 

どこまでも計算された発言に、計算された事運び。

 

雪ノ下雪乃とは違う、絶対的な格差。

 

 

 

「私と共に在るっていうのはどうかな?」

 

 

 

その瞳の奥にある暗く、ドロドロとした闇のような耀き。あらゆる人間を魅了し、惹きこみ、自らの絶対性を証明させるかのようなその強い瞳。

 

 

甘美にして、猛毒。

 

優美にして、劇物。

 

 

風光明媚であるが故に、魑魅魍魎。

 

 

 

時折見える瞬きでさえ、人を飲み込むのに十分なものがある。

 

「お断りします」

 

だからこそ、俺はその誘いには乗らない。乗ることができない、乗ることを許されない。

 

「理由は?」

 

理由と言われても、特に浮かびはしない。正確には、この人を納得させるだけの理由が浮かばない。

 

「あなたを信用することが、俺にはできないからです」

 

だから、俺は拒絶を示す。納得させることができないのならば、俺との間に明確な壁を、分厚い壁を作ればいい。

 

そもそも、話にならなければいい。

 

「・・・それもそうだね」

 

何も思っていないようにスっと彼女は呟いた。

 

「それだけなら、俺は帰ります」

 

これ以上、この人と居るのは危険だと判断した俺は即刻この場を去る。本当にマズイ、この人は本当に危険だ。

 

「最後に、一つだけ教えて」

 

後ろから声が聞こえてくる。その声は、どこか彼女の妹を感じさせるような・・・凛とした声だった。

 

 

 

 

「今回の君の行動・・・それは誰のため?」

 

 

 

誰のため・・・か。考えてみれば一体誰のためにあんなことをしたのだろうか。

 

俺のため?無いわけではないが、どこか納得できない。

 

相模のため?残念ながらそれはほとんどない。

 

なら、俺は一体誰の、いや何のためにやったのだろうか?

 

 

彼女の、ため?・・・それが、一番近いのかもしれない。

 

 

 

だが、俺にはその資格がない。彼女のために行動したという証明もなければ、理由もない。

 

 

 

「妹のためですよ。貴重な機会である文化祭を潰すわけにはいかないでしょ?俺は実行委員ですから」

 

 

 

彼女の方を振り返らず答えて、俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「『誰の』妹なのかは、言わないんだね」

 

 

 

 

 

 

実行委員会は再始動した。今の状況はそう言ってもいいだろう。前までは全体の三割ほどしか来ていなかったが、今ではほぼ全員がこの会議室に居る。

 

まぁ、俺に送られてくる視線はちょっとアレだけど。

 

 

「やぁやぁ比企谷くん、ちゃんと仕事しているかい?」

 

会議室にやって来た雪ノ下さんが俺に話しかけて来る。

 

実のところ、この人とのエンカウントは避けたかった。昨日のことがどうも頭から離れない。

 

「ちゃんとやっては・・・いないみたいだね」

 

俺の目の前にあるPCを覗き込んでそう言った。

 

なんでだよ、めっちゃやってんじゃん。

 

「だってここには、比企谷くんの功績が書かれてないじゃん」

 

俺の役職は記録雑務。この実行委員におけるあらゆる事柄や出来事をまとめなければならない。

 

俺の功績?そんなものは最初からない。だから俺はちゃんとやっている。

 

「ここで問題。集団を一致団結させるものといえば?」

 

いつもの笑顔でいきなり問題を出してくる。

 

「冷酷な指導者」

 

「またまたーホントは知ってるくせに。答えは敵の存在だよ」

 

集団をまとめあげるのに必要なのは『敵』だと彼女は言った。まぁ、実際に考えてみれば指導者は集団を一致団結させるのではなく、一致団結した集団を導く者だ。そもそもの前提を履き違えている答えはあまりにも適当が過ぎたか。

 

「・・・敵なんて必要なんすかね」

 

彼女には目もくれずに小さく呟く。本当に、敵なんて必要なのだろうか?彼女は集団を一致団結させるものを敵だと、そう言った。けれど、そこにあるのは敵に対しての感情であり烏合の衆であることに変わりはない。

 

だとするのならば、本当に必要なのは敵などではなく・・・

 

「『助けたいと思うほどの大切な存在』かな」

 

「・・・」

 

「比企谷くんが考えていたのはこんな感じでしょ?」

 

思考を読まれて、答えを出されてしまったようだ。

 

「敵に対して向く感情は一直線であれど一定のものではない。故に、それは同じ方向を向いただけの烏合の衆である。けれど、大切な存在のために向く感情は一直線であり一定、つまり一途であると言える。その想いなら烏合の衆ではなく、集団として機能する。そういうことでしょ?」

 

結論も、過程ですらも同じだった。

 

「いいねぇ、その考え。私の出した答えに対する絶対的アンチテーゼ・・・そういうのを待っていたんだよ」

 

恐ろしいほどの笑み、まるで猛禽類が標的を定めたような・・・そんな笑み。

 

「元々は雪乃ちゃんのつもりだったのに・・・でも、これは思わぬ収穫かな」

 

この人、まさかそのつもりで委員長である相模を煽っていたのか?最初から、そのつもりで?

 

「あなた、まさか雪ノ下に」

 

言葉を続けようとすると、雪ノ下さんの白く綺麗な人差し指が俺の口に当てられる。

 

「ふふっ。君も、私も、お互いを理解し始めているね・・・でも、それ以上はだめ」

 

口元は微笑みを浮かべ、妖艶な瞳で言葉を発する目の前の女性。

 

 

ドサッ

 

 

「雑務、仕事をしなさい。人の姉と戯れる時間があるのならここに溜まっている仕事を片付けたらどうなの?まだ有志数件、エンディングセレモニーの人員配置などの考慮をしなければならないのだけれど、あなたのその余裕ぶりを見ると、どうやら任せてもいいのかしら?」

 

 

俺の席に書類の束を置くのは我らが部長であり、実行委員会副委員長の雪ノ下雪乃である。

 

「あの、これはですね」

 

「どこかの誰かさんのせいでお開きとなってしまったスローガン決めの会議の議事録もまだあがってきていないのだけれど、それでも余裕なのよね」

 

ニッコリとした顔でこちらに畳み掛けてくる。うん、帰っていいかな?

 

「雪乃ちゃーん、私もやっていいかな?かな?」

 

雪ノ下さんも妹が来て嬉しいのか、手伝いを申し出た。俺の近くから居なくなるのならそれでいいです。

 

「姉さんは帰って」

 

「酷い、雪乃ちゃん酷い。まぁ、勝手に比企谷くんの仕事取ってやっちゃうんだけどね」

 

俺の仕事が減るのならそれでいいです、もう、それで・・・はい。

 

「はあ、勝手にしなさい」

 

呆れた雪ノ下は自分の席に戻って行った。

 

「じゃあ比企谷くんはこのお礼にお姉さんと文化祭中共に行動ね。決定」

 

それでよくなかったです。

 

「手遅れだから」

 

そう言って、いい笑顔を向けてくる魔王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ文化祭休んでいいですかね?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 魔王とは想定外にして埒外である

 

「ねぇ比企谷くん、どうして写真ばかり撮っているの?」

 

「そりゃ仕事だからですよ」

 

文化祭二日目、俺は雪ノ下さんと学校を歩いていた。何故か?それは準備期間中、雪ノ下さんが俺の仕事を手伝う代わりに交換条件として俺と文化祭を回ることを勝手に約束したからだ。そう、勝手に。ここがとても重要だ。

 

「じゃあお姉さんの写真を撮りなよ」

 

「あなたを撮っても使えませんからね」

 

俺が撮っている写真は学校のHPなどに掲載、三年生の卒業アルバムに載せる予定のものだ。これから受験を考えている中学生やその保護者のためにここがどのような高校なのかを示すためである。故に、OGであるこの人を撮っても仕方ないのだ。

 

「こんな美人のお姉さんが居るって知れたら入学希望者は増えるかもよ?」

 

否定できないのが辛い。しかし、ここは千葉でも有数の進学校。つまり、大学進学を考えている中学生はを第一にここを据えると考えてもいいので、定員以上は集まると思っていいだろう。

 

「必要ありませんね」

 

「ふーん」

 

そう言うと、雪ノ下さんは俺と腕を組み、自分の携帯で写真を撮った。

 

「あの」

 

「よく撮れてる」

 

携帯を確認して、笑顔で呟く。

 

 

が、その笑顔は嘘臭く、どこか狙っているかのようなそんな笑み。ただ、誰かに見せるための、誰かを魅せるための・・・それだけのための笑み。

 

 

「何してるんすか?」

 

「比企谷くんとのツーショットだよ。何かの時に手札になるかもしれないからね」

 

「それって消してもらうことは」

 

「うん無理」

 

デスヨネー。本当は知ってました。しかし、俺とのツーショットが手札になるかもしれないとはどういう意味なのだろうか?いや、この人の手札になること自体怖いことなんだけどさ。

 

「はぁ・・・まぁいいです」

 

「そうそう、その意気だよ」

 

放っておこう。

 

 

 

しっかし、この人と居るとこんなにも視線に晒されるのか。分かってはいた事だがどうも慣れない。女も、男も、それが誰であれこの人の事を一度は見て行く。そして、俺も見て行く。まぁ、こんな美人の隣が誰なのかが気になってしまうのは分かるが、残念ながらそんな綺麗な関係でもない・・・寧ろ、俺とこの人の間にはこれといって関係そのものがない。

 

 

 

「お兄ちゃん?誰と居るの?」

 

後ろから、よく知る声に話しかけられる。

 

「よう小町。この人は雪ノ下陽乃さん、雪ノ下の姉だ」

 

「ええ!?雪乃さんのお姉さん!?なんでお兄ちゃんと?」

 

そんな大声で言うなよ。ただでさえ多かった視線がさらに増えただろうが。

 

「それはね、私と比企谷くんはもう・・・きゃはっ」

 

「・・・・・・えええええええ!!!???」

 

「おいこら変な言い方しないでください。俺とあなたには関係と呼べるものはないでしょ。あるとしても同級生の姉くらいです」

 

変な言い方をしないでいただきたい。目の前小町を見てみろ、とても顔がグルグルと変わっているじゃないか。

 

「まぁ、そこんとこは後で詳しく聞かせてもらうからね!!」

 

そう言うと、小町は八重歯を覗かせながら笑った。

 

「詳しく聞かせちゃうよ!」

 

なんであなたがそれに答えてるんですかね。どう考えても俺に言ってたよね?

 

「はい!!ではでは」

 

ピシッと敬礼をすると、どこかへ行ってしまった。

 

「比企谷くんとは全然違うね」

 

「そっすね」

 

なんかもう色々と疲れてきたのでテキトーに返す。

 

 

 

「ちゃんと取り繕うところとか」

 

 

 

その言葉に、俺は堪らず振り返る。しかし、彼女の顔は『いつも』と同じ笑みを浮かべていた。

 

「・・・」

 

この人の前では、どんなものも平等に見えるのだろう。私情はなく、優劣もなく、そして先入観すらない。どんなものも『そういうもの』であり、どんな者も『そういう者』としか捉えない。捉えられないのではなく、捉えようとしない。淡々と、事実と客観的感想のみを述べる。

 

「おーい、比企谷くん?」

 

だからこそ、自身に対する主観的感想・・・それも客観という名の一般と大きく異なるものに興味を示す。客観視に重点を置く自分とは対照的となる者にこそ、その関心は揺れ動く。

 

「比企谷くん?」

 

しかし、現状それは妹の雪ノ下雪乃のみなのだろう。故に、彼女の興味と関心は

 

「比企谷くん!」

 

耳元でする声に驚き、考えが止まってしまった。

 

「やっとこっちを向いてくれたね。もう、お姉さんを悲しませるなんて・・・酷いぞ」

 

一体何を言っているんだろうかこの人は。

 

「まぁそれはいいとして、私はこれから有志の発表に行くから」

 

恐らく、ここでお別れと言うのだろう。そう予想できるほどには、俺も成長しているようだ。

 

「ついてきて」

 

「・・・は?」

 

「は?」

 

マジかよ。なーにが『俺も成長しているようだ』だよ。全くもって真逆のことを言ってるじゃねぇか。

 

「私と行動する、それが君に課したことだよ?」

 

当たり前の確認、当たり前を確認と言ったところだろうか。

 

「舞台の袖のとこに立ってればいいから。ほら、行くよ」

 

有無を言わせない絶対的微笑み。アブソリュートスマイル、なにそれカッコイイ。なんてことを考えてしまうほど、俺は疲れているようだ。

 

 

 

 

 

 

『圧巻』という言葉がある。滅茶苦茶噛み砕いて説明をすると、とてつもないほどの凄さという意味だ。元は最も優れている詩文を指す言葉だそうだが、その漢字はよく当てはまっていると感じさせられる。圧倒的という表現でもあり、舌を巻くとも表現ができる。人によっては巻くのは尻尾かもしれないが、それでもやはり通づるあたり読んで字のごとくと言えるだろう。

 

目の前で行われている、雪ノ下さんの指揮を見て俺は正に圧巻という表現が相応しいほどの心の揺れを感じていた。つまり、あまりにも圧倒的過ぎて舌を巻きながら尻尾を巻いて逃げ出したいのだ。

 

動きに無駄はなく、一つ一つが繊細で全体をより良く見せている。もしくは、魅せている。優美であることを活かすとは、このことをさすのだろう。

 

 

演奏も終盤にさしかかり、会場の緊張感も高まってゆく。しかし、それすらも雪ノ下さんにとっては演目の一部に過ぎないと、そう感じさせる。全てが雪ノ下陽乃にとってのステージ。

 

 

 

「どうだった?」

 

そのステージが終わると、俺は感想を求められた。こんな時、もっと言葉を知っていればと痛感する。

 

「・・・とても、凄かったです」

 

こんな拙い表現しかできない。感情が込み上げて来ると、言葉が出ないと聞く。そんなことはどうでもいい、さっきまでのステージに相応しい言葉を見つけられないことが重要なのだ。

 

「・・・そういう素直で簡潔な表現でいいんだよ」

 

そんなこちらの葛藤を見抜いているのか、彼女はそう言った。

 

 

 

 

不思議と、その顔は『あの人』と同じような気がした。

 

 

 

 

 

 

「相模さんがいない?」

 

有志の発表も全て終わり、エンディングセレモニー開始の少し前となった。だが、そこで聞こえてきたのはそんな言葉だった。

 

「雪ノ下、相模が居ないってマジか?」

 

「ええ、そのようね」

 

周りを見ながらそう呟く。

 

「ダメです、携帯も繋がりません」

 

実行委員の一人が雪ノ下に報告をする。

 

「マズイわね・・・これだと結果発表ができないわ」

 

この文化祭二日間の締めくくりとしてエンディングセレモニーは行われる。そこでの目玉と言えば、クラスの優秀賞および地域によるクラス優秀賞。故にこのエンディングセレモニーは多くの地域の人たちにとっても大きな意味を持つ。

 

しかし、その結果を知っているのは委員長のみ。そして、今はその委員長である相模が居ない。それがどのような影響を及ぼすのかは明白であろう。

 

「・・・優秀賞はでっち上げればいいんじゃないんですかね。どうせ票数は表に出ないんですから」

 

「比企谷くん・・・」

 

「それはちょっと・・・」

 

雪ノ下と城廻会長に呆れられてしまった。しかし、現状それしかやれることはないだろう。

 

「なら、どうするんですか?」

 

「・・・」

 

ここに居る全員が黙り込む。

 

「どうかしたのかい?」

 

何か異変を感じたのか、楽器を片付けていた葉山がこちらにやって来た。

 

「・・・それが、相模さんがいないのよ」

 

話すことにしたのか、雪ノ下がそう告げる。まぁ、コイツなら何かしらの協力はしてくれるだろうから正しい判断だな。

 

「・・・俺たちでとりあえず十五分は稼ぐ」

 

そう言い、先ほどまで持っていた楽器を指さす。なるほど連続演奏か・・・それなら確かに違和感をもたせることなく時間を稼げる。

 

「ありがとう」

 

雪ノ下も葉山の提案を受け入れる。

 

 

だが、十五分時間が伸びたところで大したことはない。仮に相模を探しに行くとしてもそれでは時間が足りなすぎる。

 

 

 

「もし、もしあと十分でも稼げたらあなたは相模さんを見つけられるかしら?」

 

 

 

雪ノ下は俺に向けて尋ねる。

 

 

「・・・分からん」

 

 

分からない。相模を見つけることができるか、そもそも探すつもりがあるのかどうかも・・・俺には分からない。

 

「不可能とは、言わないのね」

 

不可能かどうかも分からない、そういうこともあるだろう。

 

 

 

「へえ、それで雪乃ちゃんはどうやってその十分を稼ぐの?」

 

 

 

今まで沈黙を決め込んでいた雪ノ下さんが言葉を放つ。

 

「姉さんにも手伝ってもらえればその十分は確実に稼げる、と前置きしておくわ」

 

「私の手伝いがあれば・・・ねぇ」

 

その言葉に雪ノ下さんは口角を上げる。試すような、そんな怪しい・・・妖しい笑みを浮かべる。

 

「それを断った時に私にデメリットはあるの?私のステージは無事に終わり、尚且つ私は参加している側。それを踏まえた上でも私に対してのデメリットも罰もなさそうだけど。それとも、先生に言いつけちゃう?」

 

今度はからかうように笑う。

 

由比ヶ浜が何か言いたそうに前に出るが、それを俺が止める。ここで由比ヶ浜を出すわけにはいかない。今は雪ノ下が雪ノ下さんに話をつけなければならない場面だ。

 

「デメリットも罰ももちろんない・・・けれど、メリットはあるわ」

 

「メリット・・・どんなメリットがあるのかな?」

 

その笑みは変わらない。だが、その笑みがもつ意味は変わったと認識できる。からかいから、面白そうだという意味に変わった。

 

 

「私に貸しが作れるわ」

 

 

・・・なんつー覚悟だ。雪ノ下陽乃というある意味未曾有の姉相手に貸しを作る、だと?それがどんなに凶悪な事は想像にかたくない。

 

「・・・なるほど。成長したね、雪乃ちゃん」

 

笑みはなくなり、真剣といった表情になる。

 

「あら、私は元々こうよ?十年以上も一緒に居て分からなかったのかしら?」

 

まぁ、確かにそうかもしれない。

 

「へっ」

 

思わず笑いが出てしまう。

 

「なにか?」

 

「いやなんでも」

 

雪ノ下雪乃は、こういう奴だったかもしれない。ある意味、先入観や主観が勝りすぎていた。或いは、混ざりすぎていたのかもしれない。

 

「・・・そっか。じゃあ、雪乃ちゃんも十年以上も一緒に居たんだから、私がどう答えるかは分かるよね?」

 

雪ノ下に向けられた目は、今まで見てきたどの目よりもあらゆる感情を孕んでいた。黒く、どこまでも果てのない暗闇を映した瞳。あらゆるものを、飲み込むような・・・そんな瞳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「断るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 魔王とは魔物の王ではなく、魔の王である

『断る』そう口にした。雪ノ下陽乃は、雪ノ下雪乃の提案に対し、断ると言った。

 

「雪乃ちゃん、交渉の仕方っていうのはね・・・相手に魅力あるメリットを提示しなければいけないんだよ」

 

雪ノ下さんは眉間に少しの皺を寄せながら言葉を続ける。

 

「今の私の興味はちょっと別のところにあってね、だからそれを近くで見届けたいと思ってるんだ。だから私は断るよ」

 

「・・・そう。分かったわ」

 

雪ノ下も、もう何を言っても無駄だと悟ったのか納得した様子だった。

 

「けれど、魅力が全然ないわけじゃなかったから少しだけ力を貸してあげる」

 

雪ノ下さんはそこで言葉を止め、歩き始めた。

 

「人を頼るっていうその判断は、間違いじゃないよ。だからこそ、必要なのは『誰に』頼るか。その意味をちゃんと考えてね」

 

そう言い終えると、出口から外へ出て行った。

 

「・・・とりあえず、探しに行ってくる」

 

この空気の中に居るのは耐えられないので、俺も出て行く。

 

「・・・ええ、お願いするわ」

 

「ヒッキー、頑張って」

 

背中から、少しの声援を受けて。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ比企谷くん、さっきぶり」

 

出口を出ると、そこには雪ノ下さんが立っていた。なんとなくそんな気はしていたので驚きはなかった。

 

「・・・いいんですか?雪ノ下の提案を断って」

 

その質問が来る事もまた想定済みだったようで、少し笑みを浮かべると歩き始めた。

 

これは・・・歩きながら話すというわけか。

 

「いいんだよ、これで。もし私があれに頷いていたらあの子は間違いなく味を占める。君ならその意味が分かるでしょ?」

 

「また同じ手法を繰り返す、ですか?」

 

「正解。自分を交渉材料、つまり手札にするというやり方で慣れられると困っちゃうからね。そんなやり方を堂々とやる人は一人で十分だよ」

 

先ほどの笑みとは違い、目を細めて笑う。これはつまり俺への当てつけということだろう。

 

「けれど、魅力的なメリットであることに変わりはなかったはずですよね?」

 

そう言うと、彼女は目を見開いた。

 

「へぇ。流石だね」

 

そうだろうと思っていた。雪ノ下雪乃に貸しを作れる。このメリットを魅力的に思わないわけがない。特に雪ノ下さんにとってはまさに絶好というほどだろう。

 

「でも、別の方に興味があるのも本当だよ。だから、今度は私が比企谷くんに質問するね」

 

何故だか、その質問は聞きたくない。聞いてはならないと、そう心が告げる。

 

 

 

「比企谷くんは・・・どうして委員長ちゃんを探しに行くの?」

 

 

 

確信に変わった核心。或いは、確信して放ったであろう核心をつく質問。何故俺は行動をしているのか、何故探しに行くということを課しているのか?

 

「・・・」

 

考えれば考えるほどに分からなくなってゆく。今の俺が持ち、確実とも言える答え。

 

「君はあのスローガン決めの会議で、自らの行動理由を妹のためと言った。まぁそれが嘘か誠かは問わないけど、こうして文化祭は開催された。さっき君の妹が来ていた・・・これを踏まえれば君は目的を達成したと言えるよね。それなのに、どうして君はまだ行動をするの?」

 

いつかの帰り道と同じ、こちらを見通し見透す目で言葉を紡ぐ。一切の容赦など見せない、こちらの核心をつくばかりの質問。

 

「君の心の中に映っているのは誰?君の中の『助けたいと思うほどの大切な存在』って誰かな?」

 

あの日、俺の心の中には一人の少女が映っていた。自身の行動理由を探している最中、その少女は当たり前のように俺の心の中には居た。まるで初めからその答えが決まっていたかのように、必然の如くそこに、あった。

 

 

 

 

 

 

「・・・雪乃ちゃんじゃないの?」

 

 

 

 

 

だから、この人からその名を聞くこともまた必然だったのかもしれない。

 

「・・・」

 

「君のあらゆる行動は全部それで片付いちゃうんだよ。スローガン決めの会議、文化祭実行そのもの、そして今回の件・・・全部雪乃ちゃんのため。違う?」

 

映ってしまっていた。今の俺の瞳の中には彼女が映っていた。それは間違いなく、証明であった。比企谷八幡は、雪ノ下雪乃のために動いたと、動いているという証明だった。

 

「だんまり・・・か。往々にして図星をつかれた者は無言となる。無言は肯定の意、分かるよね?」

 

「・・・俺も、あなたに質問があります」

 

「自分はハッキリと答えを示していないのに・・・か。まぁいいよ、とりあえず言ってみな」

 

 

 

 

 

「相模がどこに居るのか、知ってますね?」

 

 

 

 

その質問をすると、その笑みは黒い何かを表しているかのようだった。

 

「さぁ、どうだろうね?」

 

その笑みのまま彼女は発言をする。

 

「・・・あなたは、意味の無いことをしない人です。歩きながら話すということにも当然意味がある。そして、あなたの足取りは確かなものだ。つまり、その歩みには意味がある・・・そう、相模が居ると。違いますか?」

 

雪ノ下陽乃という人は、俺の経験上意味の無いことをしない。あらゆる発言には意味があり、あらゆる行動には何かが隠されている。歩きながら話すというのはこの人の性格上、目的をもったものだ。ただ俺に質問をぶつけるだけならどこかで止まって話せばいい・・・なのにこの人は歩きながらを選んだ。それはつまり、彼女には行き先があるということだ。

 

「なるほど、いい思考力だ。じゃあ、その答えを確かめに行ってきな」

 

そう言うと、雪ノ下さんは管理棟の上を指さす。

 

そういうこと、か。

 

「見せてもらうよ、比企谷くん」

 

 

 

 

屋上のドアを開く。すると、そこには委員長の相模が居た。

 

ドアが開く音に気付いたのか、相模が振り返る。しかし、その顔は期待外れというものに変わった。

 

「エンディングセレモニーが始まる、体育館に戻れ」

 

そんなことには構わず俺は言う。

 

「・・・なんであんたなの」

 

小さい呟きだったがきちんと聞こえた。まぁそうなるのも無理はないか。

 

「いいから戻れ、お前は委員長だろ」

 

「もうとっくに始まってる時間でしょ?」

 

「本来なら、な。だが、今は雪ノ下たちが時間を稼いでいる」

 

雪ノ下さんからの協力は得られなかったがあの雪ノ下のことだ、恐らく時間は稼げているだろう。

 

「じゃあ雪ノ下さんがそのまま全部やればいいじゃん」

 

「お前のもってる集計結果とかあるだろ」

 

「ならこれだけ持ってきなよ!」

 

集計結果だけを持って行けば、俺は雪ノ下雪乃のやってきたことを否定することになる。彼女の受けた依頼はあくまで補佐。つまり、相模が委員長としての責務を全うしなければならない。

 

彼女を連れ戻すなら、彼女の聞きたいであろう言葉を聞かせればいい。

 

しかし、残念ながら俺にそれはできない。

 

 

ガチャ

 

 

再び、ドアの開く音がした。

 

 

「連絡とれなくて心配したよ。戻ろう、相模さん」

 

「・・・葉山」

 

現れたのは葉山だった。

 

「比企谷・・・そういうことか」

 

・・・なるほど、今の俺を見る顔で分かった。あの人の差し金か。

 

「さぁすぐに戻ろう、ね?」

 

まぁ確かに俺よりかは適任だろう。

 

「で、でも」

 

葉山は相模に近付き、宥めるように話をする。

 

 

 

このままグダグダと一進一退のやり取りをしていても無駄に時間が過ぎていくだけだ。最大でも約三十分、移動時間を差し引けばやはり事は急を要す。

 

 

 

雪ノ下は雪ノ下のやり方を貫いた。この一件があの魔王の手のひらの上であろうと、俺は俺のやり方を貫くだけだ。

 

 

「うち、本当に最低・・・」

 

 

 

「はぁぁ・・・お前は本当に最低だな」

 

 

 

俺のその一言に葉山と相模は黙り込む。

 

「相模、結局お前はチヤホヤされたいだけなんだよ。上に立って、周りを見下して、お前というブランド力を高めたかった・・・ただそれだけなんだよ」

 

「あ、あんた、何を言って」

 

「だから委員長になった。それが一番手っ取り早かったからな」

 

「比企谷、少し黙れ」

 

葉山がこちらを睨んでくる。だが、それでも俺は言葉を続ける。

 

「本当はお前だって分かってるんだろ?俺が一番先にここへ来た・・・それってつまり、お前のことなんて誰も本気でさが」

 

ドンッ!!

 

そこまで言ったところで、葉山に胸倉を掴まれ壁へ押し付けられた。

 

「・・・黙れと言ったんだ」

 

俺が黙ったことを確認すると、葉山は相模のもとへと行った。

 

「とりあえず体育館へ戻ろう」

 

そう言い、俺の横を通り過ぎ屋上のドアから出て行った。

 

「どうして・・・そんなやり方しかできないんだ」

 

そう、言い残して。

 

 

 

 

 

 

「どうしてそんなやり方しかできないんだ・・・か。隼人も分かってはいるんだね」

 

葉山たちが出て行くと、今度は雪ノ下さんが入って来た。

 

「なんで葉山まで呼んだんすか」

 

葉山が一人でここへ来た、それだけでおかしな話だ。『みんな』というものを主として考える葉山なら、相模捜索を単独では行わない。必ず彼女の取り巻きを連れてくる。更に、相模を特別扱いしているわけではないとも証明できる。

 

そして、俺を見て納得をした様子。これら全てを統合すれば答えは出る。

 

 

雪ノ下さんが葉山をここへ呼び出した。

 

「そうだね・・・隼人と比企谷くんの直接対決が見たかったからって理由じゃだめかな」

 

「・・・はぁ」

 

「まぁでも、予想の斜め下の展開が見れたから満足かな。あ、これ褒めてるから」

 

ケラケラと乾いた笑いをしながら彼女は呟く。

 

「さて、じゃあ体育館に戻ろっか」

 

「・・・ですね」

 

 

 

本当はまだここに居るつもりだったが、そうこの人に言われると、すぐにでも戻らなければいけないと思った。

 

 

 

 

 

文化祭は終了した。エンディングセレモニーは予定より遅れてしまったが、相模が担当するという本来の形で終えることができた。

 

体育館の片付けをしている時、平塚先生に『誰かを助けるということは、君が傷ついていい理由にはならないよ』と言われた。だが、俺は傷ついてなんていない・・・こんなもの傷にはならない、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

そして、俺は今

 

 

 

 

 

 

屋上のドアの前に居る。

 

 

 

 

 

 

 

部室へ行き、報告書を書こうと思ったのだが・・・足がここへ向いていた。

 

 

 

ここに、あの人が居る気がして。

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

ゆっくりドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ学校中の嫌われ者くん・・・何か用かな?」

 

 

 

そこには、夕日に照らされた美女が立っていた。自然に、当然のように、絵画の如く、悠然とそこに居た。

 

「・・・答え合わせを、しに来ました」

 

「そっか。なら、言ってみな」

 

どこか安心したような表情を浮べる。まるで期待していたことがそのまま起きたかのように。

 

 

 

 

 

「相模をここへ向かわせるように仕向けたのも、あなたですね・・・雪ノ下さん」

 

 

 

 

「詳しく聞かせてほしいな」

 

彼女は目を瞑り、俺の答えを待つ。

 

「まず一つ目、あなたは相模の居場所を知っていた。本来なら見つかるはずがない・・・けれど、あなたはあの短時間で見つけた。最初は相模の居場所を知っているだけだと思いました。どこかで見たのか、予想がついていたのかは分かりませんが、そうだと思っていました。だが、そうじゃない。ここは、この屋上という場所は、そもそもあなたが指定した場所だった。違いますか?」

 

自分の中にある考えを彼女に放った。

 

雪ノ下陽乃という人物は、確かに様々なことを知っている。だが、全てを知っているわけではない。そして、相模が言った言葉・・・『なんであんたなの』この言葉こそが最大の鍵だった。それは来るであろう人とは違った時にする言い方だ。全校生徒、教師含め何百人という人が居るこの中で来る人を最初から定めるなんてほぼ意味が無い。

 

 

つまり、そんなことは自発的には行わない。願望程度ならするだろうが、それでもだろう。

 

 

ならどういうことか・・・そう、誰かにある人を向かわせると前もって言われていた。最初からプログラムされていたのなら、それは望みではなく確定事項になる。

 

 

 

 

それをなんの違和感ももたせることなく実行できる人間はただ一人、雪ノ下陽乃さんしか居ないだろう。

 

 

 

 

「・・・正解、よくできました。そう、委員長ちゃんをここへ向かわせたのも私。『集計結果を持ってこの屋上に行けば君にとって素敵な人を向かわせる』そう言ったら笑顔でここへ向かってくれたよ。向かわせる人が比企谷くんだとも知らずに」

 

「どうして、どうしてそんなことを」

 

「どうして?決まってるじゃん・・・比企谷くんのやり方を確かめたかったからだよ。だからまず、この文化祭二日目の間は私と行動することにした。そうすれば比企谷くんを近くで見られるから。次に、私の有志を近くで見させた。私と君との差を知ってもらうために。そして、委員長ちゃんをここへ向かわせ、隼人も呼び出した。この二人を相手に比企谷くんはどうするのか、それを確かめたかったから。結果は、予想を遥かに超えていた。だから、比企谷くんは全部正解したんだよ、おめでとう」

 

全部、この文化祭全部がこの人にとっては自分の欲求を満たすためのものだった。それだけのものに過ぎなかった。

 

「・・・そこまでした目的って、なんなんすか?」

 

「それも決まってる、前にも言ったよ」

 

 

 

そう言うと、彼女は俺の頬に手を添えた。まるで、いつかの帰り道のように

 

 

 

 

 

 

 

「私と共に在るってのは、どうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

彼女から意識を逸らせなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 魔王の言葉

 

 

文化祭も終わり、季節は寒さへと舵を切った。そうなれば、段々と冷え込んでくるはずなのだがそうはいかない。

 

俺たちは2年生、つまり修学旅行を控えている。ともなれば、それは文化祭並或いはそれ以上の関心があるだろう。

 

だが、今の俺にあるものはそんなものではない。

 

 

『私と共に、在るってのはどうかな』

 

 

雪ノ下さんから言われた二度の言葉。俺はその言葉を忘れられずにいる。あの、光景を今でも覚えている。

 

 

 

『・・・できません』

 

俺はその提案を受け入れない。否、受け入れることができない。

 

『その答えがくることは分かっていたよ。だからもう一度尋ねるよ、それはどうして?』

 

『前にも言った通り、あなたを信用することができないからです』

 

同じことを繰り返す。お互いに、前と同じことを言う。まるで、諦めを知らないかの如く。

 

『それも分かってる。けれど、本当はそうじゃない。それも私は分かっている』

 

こちらを見透かしているであろう瞳は、更なる妖しさを見せる。

 

『あなたに、俺の何が分かるってんですか』

 

 

 

『分かるよ。君が信用できないのは私じゃなくて、私を信用しようとする自分自身でしょ?』

 

 

 

『・・・』

 

そんなはずはない。俺は自分を信用しているし、その上で受け入れている。信用できないのはこの人のはずだ。

 

『それだけじゃない。君が雪乃ちゃんに抱いている想いも私は知っている』

 

いや、ダメだ。これ以上この人の話を聞くのはダメだ。今すぐ、ここを出るべきだ。

 

ここに来たことを後悔し始めたが、それはもう遅かった。

 

 

 

『君は、自分の中にある雪ノ下雪乃っていう像を守ろうとしているんだよ。雪ノ下雪乃はこうで在るべき、そういう自分の偶像を』

 

 

 

思わず、目を瞑る。ああ、そうだ。その問いは何度も自分の中でしていた。雪ノ下雪乃は嘘をつかない、正しい、間違わない、そういうレッテルを貼り、そうでなければ失望をする。理想を押し付けてしまうという、自分勝手な期待。あらゆる勝手の、原点ともなる事実。

 

 

比企谷八幡は、偶像崇拝をしているということ。

 

 

 

『だから君は雪乃ちゃんを助けようとする。自分の中にある雪ノ下雪乃を傷付けないように、現実の雪ノ下雪乃をそう在らせるために』

 

彼女は笑っていた。軽蔑、侮蔑、そんな感情が混ざっている笑み。そう、あれは嘲笑だ。

 

『そのために、私は君を誘っているんだよ』

 

その笑みのまま、手を差し伸べてくる。

 

『君と私が、もっと現実を知るために。2人なら、それが分かるようになるよ』

 

『なんで、そこまでして、俺を』

 

その話を聞き、疑問が生まれた。何故、嘲笑の的である彼女は俺に手を差し伸べてくるのか。何故、俺とあなたの2人なのか。

 

 

『私と君は似ている。私たちはお互いに、自意識の化け物だからね』

 

『・・・』

 

その言葉は、不思議と胸に収まった。それが答えであると言わんばかりに。

 

 

『そうだねぇ・・・ゆっくり考えるといいよ。私は、君を理解してあげられる。君もまた、私を理解してくれる。私たちに必要なのは、その認識だけなんだから』

 

 

 

 

 

放課後、いつも通り部室に入る。そこには何も変わらない光景があった。

 

「もうすぐ修学旅行だよ!!」

 

「ええ。分かっているわ」

 

由比ヶ浜の発言で、2人はいつものように話をする。

 

 

俺は、どうして悩んでいる?最初から断るという答えは提示し、それは今も変わっていないはずだ。

 

だというのに、何故・・・何故俺はあの人の言葉を思い出している?

 

『私は、君を理解してあげられる』

 

そういう言葉は、俺が嫌っている言葉のはずだ。勝手に俺を理解した気になって、他人からレッテルを貼られる。同情、憐れみ、そんな感情を向けられることこそ、俺が気に入らないものだ。

 

けれど、けれど、俺は、その言葉に期待をしてしまっている。もしかしたら、雪ノ下さんなら、そうやって考えてしまっている自分が居る。

 

いや、違う。雪ノ下さんの言う『君もまた、私を理解してくれる』その言葉が引っかかっているんだ。俺があの人のことを理解できるわけがない。彼女は常勝無敗、天下無敵。そんなのに対し、俺なんかが理解できることなどありはしない。

 

 

 

『私たちはお互いに、自意識の化け物だからね』

 

 

 

・・・あの言葉は、まさか、まさか。

 

 

 

「ヒッキーはどう?」

 

「・・・え?」

 

由比ヶ浜に呼ばれ、ハッとする。ああ、また思考の渦に陥ってしまっていたのか。

 

「だから、修学旅行の楽しみとかある?」

 

「あ、ああ。戸塚と行動したり、戸塚と風呂に入ったり、戸塚と寝たりかな。むしろそれしか楽しみがないまである」

 

「結局彩ちゃんだけなんだ!?しかも所々キモイ発言がある!」

 

危ない。もう少しで色々と悟られてしまうところだった。

 

いつも通りのセリフで会話に参加をする。

 

「所々ではなく全てだった気がするのだけれど・・・いえ、彼そのものかしら?」

 

雪ノ下も雪ノ下でいつも通りの罵倒を放ってくる。肝心なとこを言わない辺り、俺への自覚を求めている。

 

「そんなこと言うなよ。昔のこと思い出しちゃうだろうが」

 

「どうしてそこまでトラウマの地雷が多いのかしら」

 

ホントだよ。

 

『うわ、比企谷に触れちゃった。キモーイ』

 

なんてことをよく言われたものだ。義務教育中なのに道徳心まるでねぇじゃねぇか。なに?心のノートとか書いてないの?

 

 

 

コンコンコン

 

 

部室の扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

「やぁ、失礼するよ」

 

その声で雪ノ下の目が厳しいものになる。

 

「あれ?隼人くんじゃん!」

 

葉山が入った来た。だが、その後にも誰か居るようで、入って来た扉を見ている。

 

「し、しつれいしまーす」

 

その口調は、戸部のものだった。なるほど珍しいこともあるようだ。

 

「ほら、戸部」

 

葉山が戸部に催促をする。どうやら相談があるのは戸部の方らしい。

 

「い、いや、でも、やっぱヒキタニくんに相談とかないわー」

 

ええーまさかの批判ですか。いや、うん、分かるよ。こんな目の腐った男に相談とか嫌だよね。

 

「かっちーん」

 

由比ヶ浜が効果音らしきものを口にする。それを口で言う奴とか存在してんのかよ。

 

「戸部っち、そういうの良くないよ!」

 

お、っと?話の流れが読めなくなってきたぞ。

 

「まぁ、全面的に悪いのは比企谷くんなのだから流石だわ。そういうことなので出て行ってもらえるかしら?」

 

超読めた。由比ヶ浜は読めなかったけど雪ノ下のは読めた。すげぇよ、マジですげぇよ。罵倒しながら褒めて出て行かせるとか変化球過ぎるでしょ。ジェットコースターかよ。俺の心持ちは登ってないけど。

 

「んじゃ、終わったら呼んでくれ」

 

紅茶の入ったコップを持ち、席を立つ。とりあえず、空いている教室にでも入って読書をしよう。それってこことあんまり変わってなくない?なるほど、どうやら俺も『固有結界』を持っていたらしい。

 

 

『無限の倦怠』(アンリミテッド・ダルネス・ワークス)

 

 

働く気がなくなるのではなく、働く気が起きない世界を作る。

 

うわぁ、なんだその結界。え?でもそれってもしかして労働という概念が存在しない世界ってこと?めっちゃいい能力じゃん。そうか、これが正義の味方ってやつだったのか。

 

 

「待ちなさい。どこへ行くのかしら?」

 

「は?出て行けって」

 

雪ノ下に止められる。出て行けって言ったのそっちだよね?

 

「出て行くのは彼らの方よ」

 

彼女は葉山たちの方を見て呟く。敵意、そういうものを向けている瞳だった。

 

「礼儀もない、礼節さえも弁えない。そのような人々の依頼を何故聞かなければならないのかしら?」

 

「ね。ほんとやな感じ」

 

 

時が、止まった。数秒、息することさえ忘れていた。今まででは考えられないような言葉に、俺はただ上げた腰をその場で落ち着かせることしかできなかった。

 

葉山たちの方を見ても固まっている様子だった。

 

「・・・まぁ、俺たちの方が悪かったな。戸部、出直そう」

 

落ち着きを取り戻したであろう葉山は戸部に声をかける。

 

「いや、もう引けないっしょ」

 

しかし、戸部はこの場に居続けることを選んだようだ。この空気でその判断ができるとかやっぱ戸部ぱねぇよ。尊敬とかしないけど、絶対しないけど。

 

「あの、実は」

 

 

 

 

夕暮れ、部室には俺しか居ない。雪ノ下と由比ヶ浜、そして今回の依頼人である彼らは数十分前に出て行った。

 

依頼・・・どうやら、修学旅行で戸部は海老名さんに告白するらしい。そのサポートを奉仕部でやってもらいたいとのことだった。

 

 

考える。

 

 

恐らく、この依頼は失敗する。由比ヶ浜から海老名さんが戸部をどう思っているかと聞いた時の反応で大体のことは察した。

 

 

考える。

 

 

2人が彼らに向けたあの反応。まるで、少なからず俺の味方をしていたであろうあの態度を。

 

 

 

『自意識の化け物』

 

 

 

彼女の言葉がまたしても反響する。

 

 

漸く、分かった。そして同時に、今俺の中にあるこの感情・・・やっと理解した。

 

 

 

 

 

俺はあの2人が、雪ノ下雪乃が俺の味方をしたという事実が、堪らなく気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 魔王とは、ルールの通用しない相手である

 

京都。その歴史は深く、かつての都であった場所。貴族が贅沢を貪り、同時に様々な文化が発達した土地。今となっては現代化が進み、景観には多少の変化があるものの厳かな雰囲気は群を抜いている。

 

「さて、久しぶりの京都だ。楽しんでいこうぜ、少年」

 

ここで問題、今発言をしたのは誰でしょうか?

 

 

答え

 

 

魔王こと、雪ノ下陽乃。

 

 

 

 

修学旅行の1日目は班行動だ。何故か葉山グループと同じ班に入れられ、少し憂鬱になっていた。新幹線を降り、早速行動を開始しようとしたところ俺は何者かに腕を引っ張られると、犯人はまさかの雪ノ下陽乃さん。最後尾を歩いていたので、誰にも気付かれなかったらしい。俺の影、薄すぎ?

 

「やぁ比企谷くん。こんな所で会うなんて、運命だね」

 

「あなたは運命なんて信じてないでしょう。それに・・・何故ここに?」

 

「一人旅だよ。私の趣味、言ってなかったっけ?」

 

「知らないですよそんなこと」

 

と言うが、バッタリ出会いました・・・なんてオチではあるまい。恐らく、この人の狙い通りというやつなのだろう。

 

「じゃあ、ガハマちゃんにメールしといて。トイレに行くとか言っておけば誤魔化せるでしょう?それとも、女子にそんなことを言うのは恥ずかしいかな?」

 

「・・・はぁ。女子にどう思われても今更なんで」

 

逃げ出したいが、この人をアイツらと会わせるのは正直望むところではない。であれば、俺1人で対応するべきだ。自惚れでないとするのなら、この人の目的は・・・俺だろうな。

 

メールに『ちょっと消えるが安心してくれ。少ししたら戻る』と打ち込み、由比ヶ浜に送信する。あの人の言う通りの言葉を打つのはなんだか気に入らないので使わなかった。違うよ?由比ヶ浜にトイレ報告するのが嫌だったとかそういうことじゃないよ?

 

「さて・・・京都散策を始めようか」

 

「絶対すぐには戻れないやつじゃないですか」

 

「すぐに返すなんて言ったかな?」

 

うわ面倒くさ。確かに、誤魔化せと言っただけであってそんなことは言ってなかった。俺の修学旅行、もしかしてハード過ぎ?

 

「まぁ、ゆっくり話しながら歩こうよ。今日は大した話なんてないしさ」

 

それならいい。俺としてはまだあの時の光景と言葉が忘れられていないのだ。理解し始めてはいるが、どうも整理がつかない。

 

そう、まだ納得ができていない。

 

 

 

お寺の周りを歩く。お互いに無言だったが、その方が楽なので是非ともこのままであってほしい。

 

「修学旅行ってさ、妙に色気立つよね」

 

「・・・えっと」

 

「つまり、はっちゃける人が多くなるよね。賢い人も、そうでない人も・・・みんな」

 

「まぁ、確かにそうですね」

 

いきなり話を振られたが、頭が追いついてきた。学校の行事において熱くなるのは2つ・・・文化祭と修学旅行。

 

戸部の件を鑑みれば、なるほど確かにそうだ。

 

「となると、その関連の相談が当日までは増えていく」

 

・・・そういうことか。この人がここに居る理由がなんとなくだが掴めてきた。

 

「それは奉仕部も例外じゃない。違う?」

 

「ノーコメントで」

 

「それは答えと同義だよ。やっぱりそうだったか・・・来た甲斐があったよ」

 

やはりそれが狙いだったか。彼女の頭脳をもってすれば、奉仕部が恋愛絡みの相談を受けていることも想像できたのだろう。

 

「ネタばらしといこう。私がここに来た目的は雪乃ちゃんがどう動くのか、ガハマちゃんがどう思うのか、そして君はどうするのか。この3つ」

 

「別に俺はどうも」

 

そうだ。俺にできることなんて1つもない。特に、今回は恋愛絡みだ。であれば、俺にとっては完全なる範囲外。振られ方とその後どうするかくらいしか分からない。

 

「ううん。君は動くよ・・・絶対」

 

だから、彼女のこの言葉はどこか確信めいていた。

 

 

 

 

「ヒッキー遅いよ!どこ行ってたの?」

 

それから数十分して、俺は元の班に合流した。彼女たちは色々とやりたいことを終えたらしく、休憩をしていた。いいな、俺も休憩したい。でも無理・・・だって、この地にあの人が居るんだもん!

 

「いやまぁ、ちょっとな」

 

ちょっとどころじゃないけど。

 

「もう!戸部っちの依頼もあるんだからなるべく一緒に居てよ」

 

「あ、ああ」

 

危ない危ない。由比ヶ浜さんよ、男子に『一緒に居てよ』なんて使っちゃダメですよ?相手が俺じゃなければ死んでいただろう。

 

「それで、どうなんだ?戸部の方は」

 

「・・・あんな感じ」

 

そう言って、彼女は目を少し遠くにやる。そこには、海老名さんと楽しそうに話している戸部の姿が。

 

「頑張ってるみたいだな」

 

「うん。戸部っち、結構アタックしてる」

 

なら、やることはなさそうだ。仕事しなくていい環境、最高だ。

 

 

だから、せめて今はこの感覚に溺れていたい。

 

 

 

『比企谷くんへ、ここに書いてある電話番号に電話してね。しなかったら・・・ねぇ?』

 

ああ、最悪だ。溺れていたのわずか数時間しかなかったよ。

 

1日目のスケジュールが終わり、宿泊先であるホテルに着いた。部屋は葉山グループと戸塚と一緒、戸塚と風呂入りたい。とか思っていたら魔王からのメール・・・ちょっと待て、なんで俺のアドレス知ってるの?

 

ホテルのロビーに出て、電話をかける。

 

『ひゃっはろー。ちゃんとかけて来てくれたね、褒めて遣わす』

 

「あの、切っていいですか?」

 

携帯から聞こえてくるハイテンションな声に辟易しつつ、通話終了を申し出る。電話はしたわけだし、怒られるいわれはない。

 

『は?』

 

こっわ。雪ノ下さんこっわ。俺のスマホが黒いオーラを纏って見えるよ。

 

「や、やだなぁ。ヒッキージョークですよ」

 

『だよね。もし本気だったらどうしてあげようかと思ったよ』

 

胃がキリキリする。夕食が出てきてしまいそうだ。こんなことなら少しにしておくべきだった・・・それは違うな、この人が悪い。俺は悪くない。

 

『よし、じゃあ夜の散歩だ。今から言うところに来てね・・・絶対だよ?』

 

もうやだこの修学旅行。略して修行になっている気がするよ。省略されたのは俺の心の安寧ってか・・・はぁ、帰りたい。

 

 

 

 

「さっきぶりだね!どう?修学旅行は楽しいかな?」

 

「誰かさんのおかげで全く」

 

「誰だろう・・・雪乃ちゃんかな?」

 

妹に責任転換するとか姉の風上にも置けないな。あなたですよあなた、あなたが原因で1日目からハードなんですよ。

 

「それはいいとして、来てくれて嬉しいよ」

 

それはいいとしてって・・・はぁ。

 

「あんまこの時間に外出るの嫌なんですよね・・・見つかったら怒られそうですし」

 

「ふふっ、怒られるのは悪いことじゃないよ。誰かが君を見てくれている証拠だ」

 

意外だった。この人がそんな前向きな事を言うとは・・・てっきり、そういうことは言わないでもっと核心を突いたことを言うものだとばかり思っていた。

 

「けど、心に響かなければ意味がない。でなきゃただのお節介になる」

 

低いトーン。彼女が時折発する、本質。何回か聞いているというのにも関わらず、背筋が凍りつき鳥肌が立つ。精神的に来る寒さというやつだろう。

 

「それで、依頼の方はどうなの?」

 

「クライアントの関係で部外者には話せません」

 

「あははは、それは道理だね。じゃあ聞き方を変えるよ・・・君から見て今回の件、雪乃ちゃんはどうにかできそう?」

 

思わず、黙ってしまった。雪ノ下雪乃は正しく在ろうとする側の人間だ、つまり、今回の依頼においては相性が悪い。人の感情がベースとなるもの、恋愛に関しては正しいも間違いもない・・・だとすれば、雪ノ下は恐らく。

 

「その通り、雪乃ちゃんには無理。そもそも恋愛経験がほとんどゼロだからね、知識としてあってもそれじゃあ意味がない」

 

彼女は、笑っていた。いつか見たような、あの試すような笑みを浮かべながら淡々と評価を下す。まるで、そこにはなんの希望もないかのようにただ事実のみを述べる。

 

「ホント、どうなるのかが楽しみで仕方ないよ」

 

 

 

 

思えば、この時から・・・いや、文化祭のスローガン決めの日から俺はこの人に少しずつ魅入られていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 魔王とは、常に先手を打つものである

 

修学旅行2日目。今日も今日とて班行動だ。連れられるがまま歩き、俺は思考の渦にハマる。

 

今回の依頼、戸部が海老名さんに告白をして成功させたい。チラリと彼の方を見ると、彼は楽しそうに話す。だが、問題は海老名さんの方だ。表情は笑みを浮かべているが、あれは取り繕ったものだ。つまり、その本心は・・・はぁ。

 

それだけじゃない・・・この地に居る、あの人。もしあの人がここに来ていることが雪ノ下と由比ヶ浜に知られれば、必ずと言っていいほど事態は面倒なことになる。少なくとも、ボロが出ないようにしなければ。

 

「で、なんでお化け屋敷なの?」

 

しかし、今は直面している問題・・・疑問を片付けてからにしよう。何故か京都だというのにお化け屋敷の列に並んでいた。

 

「まぁ、なんとなく?」

 

それに答えるのは由比ヶ浜。そうですか、なんとなくですか。

 

順番が来たので入ると、ひんやりとした空気に包まれる。うわぉ、本格的なお化け屋敷。

 

「ヒッキー、こういうの苦手?」

 

「ふっ。お化けなんかより人間の方が怖い・・・つまり、人間がお化けをやっているここが1番怖い」

 

「なんかもうダメダメだ!?」

 

ちなみに、その中でも怖いのが雪ノ下陽乃さんだったりする。いやほら、マジで怖いじゃんあの人。

 

 

ピロンッ

 

 

メールの着信音?俺の携帯にメールが来るとは、また珍しいこともあるもんだ。そういえば、昨日も久しぶりにメールが来たな。あ、待って、嫌な予感してきた。ああ、このメール開かなきゃ駄目かな。でも無視した方が怖いなぁ。

 

『突然なんだけどさ、怖い人って居るよね。君にとって、最も怖い人は誰なのかなぁ?』

 

もうやだ。なんで全部筒抜けなんですかね。もしかして見られてたりする?え?お化け屋敷でお化け役してる魔王とかそれなんて無理ゲー?雑魚だと思ったら魔王でしたーとか、笑えねぇだろそれ。

 

とりあえず、このメールは保留ということにしておこう。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「うぉっ!?」

 

隣からの叫び声に思わず驚いた声を出す。

 

「あはは、ちょっと驚いちゃった。ごめん」

 

「いや、まぁ、大丈夫だ」

 

特に問題もなくお化け屋敷が終わった。外に出ると、先に出ていた葉山たちと合流をする。

 

「ねぇねぇ、ヒッキー。向こうで戸部っちと姫菜が話してるよ」

 

「みたいだな」

 

戸部は木刀を持ち、海老名さんは新撰組の羽織りを広げている。なるほど海老名さんの趣味の話か、いい選択だ。

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

「ん。じゃああーし、海老名たち呼んで来る」

 

葉山の声で、行動再開となる。

 

 

昨日からの違和感・・・なんだ、このどこか噛み合わない感じ。何か、別の思惑が動いているかのような、この感覚。

 

 

 

 

龍安寺。読み方はりゅうではなく、りょうが正しい。数ある寺の中でどうしてこうも龍安寺に人が集まるのかと問われれば、答えはそこの石庭にあると言えるだろう。龍安寺の石庭は様々な形に見えるという石がある。それを実際に見て確かめようと人は集まるのだ。

 

俺たちの班はその龍安寺に着き、とりあえず俺は縁側に座る。

 

なるほど、確かに色々な形に見えるな。

 

「あら、奇遇ね」

 

横からの声に、そちらを向くと雪ノ下が居た。なるほど、龍安寺の石庭にある石の形は虎に見えると言われている・・・虎はネコ科の動物、彼女の守備範囲内ということか。

 

「あ、ゆきのーん!」

 

「・・・場所を変えましょうか」

 

賛成だ。雪ノ下の隣に居る女子達から訝しげな視線を浴びており、非常に居心地が悪かった。それに、奉仕部が揃った以上、話す内容はあれしかない。となれば、あまり人に聞かせるものでもないしな。

 

 

 

「あまり協力できなくてごめんなさい」

 

「気にすんな。俺だってあんまり協力できてないし」

 

「あなたは気にしなさい」

 

フォローのつもりだったんだが、思いっ切り批判されました。流石は雪ノ下だ。

 

「これ、私の方でおすすめの観光スポットを考えてみたから、明日の参考に」

 

「流石ゆきのん!戸部っちに渡してみるよ」

 

「それで、彼らはどうかしら?何か進展でもあればいいのだけれど」

 

「まぁ、今のところは可もなく不可もなくってところだ・・・ただ」

 

ただ、何か違和感がある。由比ヶ浜から、海老名さんが戸部のことを恋愛対象としてプラスに思っていないことは分かっている。だが、それを踏まえてもどこか引っかかる。

 

そう、例えるなら、躓きそうな石を前もって誰かが取り除いているかのような・・・そんな不自然なまとまりがある。

 

「ただ?」

 

「・・・いや、ただそれで海老名さんに気付かれなければいいと思っただけだ」

 

実際、それもあるのだろうか?彼女が戸部の気持ちに気付いてる、もしその前提があるのなら・・・ここまでにしよう。恋愛においてそれを考えるのはあまりに無駄なことだ。ましてや他人のもの、そんなこと分かるはずもない。

 

 

 

 

ホテルに戻った後は夕食を食べ、部屋で自由に過ごす。

 

prpr

 

「もしもし」

 

『こんばんは比企谷くん』

 

夜の9時を過ぎた辺りで、雪ノ下さんから電話がかかって来た。出たくはないが、出ないとこのまま鳴り続けそうなので、大人しく出ることにした。

 

「え、ええ、こんばんは」

 

思い出したことがある。今日の昼間、この人からメールが来ており、それを返すのを忘れていた。

 

『ふふっ。大丈夫だよ、メールの返信が来なかったことなんて気にしてないから』

 

「いや、まぁ、はい・・・」

 

お、怒っていらっしゃる。この人、意外に構ってちゃん気質なところあるからな・・・え、なにそれ怖い。魔王に絡まれ続けるとかどうやっても勝ち目ないじゃん。なんなら逃げ場もないまである。ていうか、この人の場合は構ってちゃんと言うより、こちらに相手をさせていると言うのが正しいか。

 

『明日で修学旅行終わりだけど、何か感慨深いことでもあった?』

 

「今のとこはないですね。このまま終わってほしいばかりです」

 

『そっか・・・じゃあ、明日の夜はお姉さんとお散歩しようよ』

 

「拒否権って」

 

『え?あるわけないじゃん』

 

なにその絶対王政と人権無視。姉妹揃って俺のことを人間扱いしてくれないんですね、ははは・・・あれ?目から水が溢れてきたぞ。

 

『まぁまぁいいじゃないの。こーんな美人なお姉さんと京都で夜のお散歩ができるんだよ?これで君の修学旅行に花が咲いたわけだ』

 

否定できるところがないのが悔しい。それに、小町からのお願いリストの中に『素敵な思い出』なんてよく分からんものを書かれた。仕方ない、この人との散歩をそこに当てるとしよう。全く素敵な思い出じゃないけど。

 

「分かりました」

 

『よろしい。じゃあ、嵐山の竹林に集合ね』

 

 

きっと、無理にでも断っておくべきだったのだろう。

 

 

 

 

修学旅行3日目、自由行動。由比ヶ浜主導の下、奉仕部で過ごすことになっていた。

 

「はい、これ」

 

そう言い、由比ヶ浜から渡されたのは肉まん。

 

「あ、ありがと」

 

うむ、熱いが美味い。働かずに食べる飯、最高だ。なるほど、最高のスパイスとは空腹ではなく無償であるということだったのか。

 

3人横に並んで京都の街を散策する、悪くない気分だ。今までの俺では考えられないような感情が湧き出て来た。

 

 

 

嵐山の竹林、か。竹によって日陰ができ、時折通り抜ける風も相まってとても居心地がいい。笹の揺れる音も心を落ち着かせてくれる。

 

「夜になると、ここはライトアップされるそうよ」

 

下を見れば、足元にライトがある。これで下から竹林を照らすのか。

 

「告白されるなら、ここがいいね」

 

何故に受動態。

 

「そうね」

 

瞬間、風が俺たちを吹き抜ける。告白・・・戸部も告白にはここを選ぶのだろうか。

 

 

 

夜、俺は雪ノ下さんと合流するために嵐山の竹林にまたしても赴いていていた。ライトアップされている竹林と、その間を通る小道はどこか幻想的で惹き込まれそうになる。

 

「いい場所だよね、ここ」

 

「・・・居たんですね」

 

横から登場した彼女に、少し心が冷えるのを感じる。

 

「まぁね。さて、じゃあ1周しよう。今日はちょっと面白い話もしてあげる」

 

「そっすか」

 

この人にとっての面白い話とは、一体なんなのだろうか?大学のことか、最近あったことか、それとも、雪ノ下の話だろうか?

 

「この時期は湿気も殆どないから、涼しくて落ち着くよ。君もそう思うでしょ?」

 

「ええ、まぁ」

 

同感だ。場合によっては寒くもなるだろうが、今日はどうやら丁度いい気温らしい。涼しくて、とても穏やかだ。

 

prpr

 

携帯が鳴った。相手を見てみると、そこには由比ヶ浜と書かれていた。

 

「はい、もしもし」

 

『ヒッキー、何してるの!?今、戸部っちが姫菜に告白するんだよ!』

 

「な、に?」

 

『場所は今日行った竹林ね。待ってるから』

 

マズイ、何かマズイことが起こる。このまま戸部が告白してもそれは失敗に終わる。それに、まだあの違和感が拭えていない。雪ノ下さんに気を取られ過ぎていた。まだここからなら遠くない、直ぐにでも行かなければ。

 

「やっぱり、今日のこの時間が告白のタイミングだったか」

 

彼女の方を見ると、その顔は妖しげで、されど美しい笑みを浮かべていた。

 

「修学旅行は3泊4日。告白するなら、もちろん3日目の夜がセオリーだ。そうすれば、例えダメだったとしても振替休日で期間が空くからね。心の整理ができるわけだ」

 

「じゃあ、俺をここに呼んだのは」

 

「そう、君を封じるため。もう自分でも気付いているんでしょ?奉仕部において、誰が1番直接手を下しているのか」

 

この人の言う面白い話、それはつまり、俺をここに呼んだ理由そのものであり、彼女がここに来た本当の目的。

 

「雪乃ちゃんが最も不得手とする恋愛絡みの依頼にどう動くのか、そしてそれをガハマちゃんはどう思うのか・・・言った通りでしょ?」

 

駄目だ。雪ノ下、由比ヶ浜、そのまま戸部に告白させちゃ駄目だ。何か、何かとても大きなものが壊れる。

 

「一昨日言ったあれは優先順位をそのまま表していてね、だから君がどうするのかはこの際どうでもいい。だって、私が何もさせないもの」

 

それでも、行かなければ。今すぐにでもあの場所に向かわなければいけない。まだ何かできるかもしれない。

 

 

 

「ねぇ比企谷くん。どうして君がそこに行こうとするの?君は、動かないんじゃなかったの?」

 

 

・・・?

 

 

そう、だ。なんで、こんなにも俺は必死になっているんだ?恋愛なんて俺には分からない。だから、できることなんて俺にはないはずだ。なのに、何故俺は『まだ何かできるかもしれない』と思っている?

 

 

「ほら、また雪乃ちゃんを助けようとする。嫌なんでしょ?依頼を失敗する雪ノ下雪乃を見るのが、知ってしまうのが・・・傷付けてしまうのが」

 

 

比企谷八幡において、雪ノ下雪乃とは憧れであり理想だ。だからそういう像を作り上げ、盲信的となる。

 

 

そういうことか。だから俺は焦っているんだ。戸部が振られれば、奉仕部としては失敗になる。そしてそれは、雪ノ下雪乃に傷を付けることになる・・・つまり、俺の中にある雪ノ下雪乃という像が壊れる。

 

 

prpr

 

 

またしても鳴り響いた携帯の着信音・・・まるで、審判が下ったかのような音に聞こえる。

 

「は、い」

 

『戸部っちが、戸部っちが・・・振られちゃっ、た』

 

「・・・そう、か」

 

そう言って、俺は電話を切る。

 

 

 

 

「比企谷くん、君はどうするのかな?」

 

 

 

 

 

彼女の目的は、またしても達成されてしまったらしい。

 

 

 

本当に、気分が悪い。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 魔王とは、異常である事を善しとする存在である

お待たせしました。
あと、pixivの方でも投稿始めたのでそっちの方もどうぞ見てやってください。皆様の高評価や感想が私の励みなのです!


 

修学旅行が終わった。

 

それでも何も変わらず、学校はいつものようにある。しかし、クラスに入ると、いつもの喧騒は無かった。

 

その原因は、葉山や三浦の居るグループが集まっていないからだ。いつもは教室の後ろに集まって会話をしているのに、今日はそれが無い。

 

 

『戸部が海老名に振られた』

 

 

それだけで、こうなるには十分な理由だった。由比ヶ浜の方を見ると、気まずそうに海老名さんと戸部を見ている。無理もない、奉仕部で請け負った依頼は失敗に終わったのだ。

 

 

そして、何故か俺の方を見ている葉山。

 

 

なるべく目を合わさないように、由比ヶ浜を見るついでの視界に入れる程度にしておく。何故アイツが俺を見る?

 

俺は文字通り何もしていない。否、何も出来なかった。

 

 

『だから君がどうするのかはこの際どうでもいい』

 

 

そう言って、彼女は・・・雪ノ下陽乃は、俺の行動を封じた。

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜との電話が終わった後、俺はその場に立ち尽くす。何か、大切なものが胸から消えたような感じがする。

 

「これで、漸く始められるね」

 

「何を、始めようって言うんですか」

 

目の前にいる彼女は、無表情のまま言葉を始める。

 

「・・・君と私の関係かな」

 

「・・・・・・は、はぁ?」

 

意味が分からない。何故、奉仕部での依頼失敗がそこに繋がる?俺はこの人が信用出来ないし、この人と共に在るつもりなんて無い。

 

「君は今、現実を知った。『雪ノ下雪乃は間違えない』・・・そんな理想は消えたんだよ。雪ノ下雪乃も間違えるし、正しくなんて無いし、強くもない。こんな当たり前の事に、君は気付けた」

 

止めろ。

 

止めてくれ。

 

それを、言わないでくれ。

 

あの日から、あの二学期が始まった日からそんなことは分かっていた。なのに、俺はそれを受け入れたくなかった。受け入れる事が、出来なかった。

 

だから、俺は雪ノ下が俺に『また明日』と言ってくる事が耐えられなかった。

 

だから、俺は雪ノ下が俺の味方をした事が気持ち悪く思えた。

 

 

 

比企谷八幡に肩入れする雪ノ下雪乃なんて、俺の中にある『雪ノ下雪乃』とは大きく違うものだったから。

 

 

 

この日、この時まで目を逸らし続けたのに・・・それを今、言わないでくれ。

 

 

「どこまで行っても、突き詰めれば私達は共に自意識の化け物なんだよ。理解を拒み、納得を拒絶し、共感を否定し、肯定を拒否する」

 

 

ずっと考えていた。

 

文化祭が終わった後、この人から言われた『自意識の化け物』という言葉の意味を。何故あんなにも、簡単に胸に落ちたのか。何故こんなにも、その呼称が馴染んでしまうのかを。

 

「その癖、悪意は受け入れ、敵意は受け取り、憎悪に頷いて、拒否に肯定をする」

 

簡単に胸に落ちたのか・・・そんなの、簡単な理由だったからに過ぎない。この人の言葉を聞いて、その答えがやっと分かってきた。元々、難しく考える必要も無いことだった。戸部が依頼に来たあの日に、もう答えは出ていた。この人の言葉の意味を考え始めた時点で、それが正解だったのだ。

 

 

「何故か・・・そんなの、負の感情こそが最も素直な評価だからだよ」

 

 

その答えの1つが、これだ。

 

彼女が今言った言葉、それが1つの証明だった。

 

 

「善は偽善で、優しさはまやかしで、真実は残酷で・・・負の感情はいつも正直」

 

 

真実が残酷だと言うのならば、優しさは嘘・・・それは他でもない、俺の言葉だった。あの日、俺が由比ヶ浜との関係をリセットしようとした理由。彼女の優しさという気遣いに、俺が耐えられなかった。俺は、そんなもの要らなかった。

 

「私達は押し付けられる事を嫌う、枠にはめられる事を嫌う。でも、自分は押し付け、枠にはめる・・・そうしなきゃ、他人を知る事が出来ないから」

 

雪ノ下に俺の理想と憧れを押し付けていたように、由比ヶ浜に俺の思いを押し付けていたように・・・俺は、1番嫌っていたレッテルを誰かに貼っている。

 

何故なら、俺はそうでもしなきゃ他人を理解する事が出来ないから。

 

「けど、仕方ないよ」

 

彼女は、諦めたように笑う。

 

 

ああ、そうか。だから、この人は俺を誘っているのか。

 

だから、雪ノ下陽乃は比企谷八幡と共に在る事を望んだのか。

 

 

 

 

「だって、私達は自分が分からないもの」

 

 

 

それが、全ての答えだ。

 

俺と同じ、簡単な正解だ。

 

 

「君は過去の経験から、私は家のしがらみから、過程は違えど本質は同じ・・・それは、自分自身の否定に他ならなかった。自分を否定され続け、気付けば自分が何者であるかを見失ってしまっていた」

 

 

俺のトラウマ、つまるところの過去のいじめ。自分の行動を否定され、自分の想いを拒絶され、嘲笑され、悪意に晒され、敵意を向けられ、そうやって自分が正しいのか、そもそも自分とは・・・比企谷八幡とは何かが分からなくなっていた。

 

だから、俺はそれら負の感情を信じた。それは正直で、素直で、嘘偽りの無い、自分に対する本物の感情だと知ったから。それらをベースにし、比企谷八幡という人間を俺は自分自身に押し付けた。

 

優しさだとか、そういう暖かい感情など、とうに信じる事なんて出来なくなっていたのだから。

 

 

「故に私達は自意識の化け物になった、否、ならざるを得なかった。自意識を高くしていなければ、直ぐに自分が霧散してしまうから」

 

 

ほらな、簡単な話だっただろ?

 

 

『自分が何者であるかを知らない』

 

 

本当に、ただこれだけの理由なんだ。

 

 

「そして、君の押し付けはここで終わってしまった。これで、漸く私と同じステージに来れたんだよ・・・だから」

 

 

 

もう、その顔に諦めは無い。

 

その笑みは、俺が今まで見てきたどの笑みよりも魅力的に思えた。ちぐはぐで、本当の笑みかどうかも分からない、彼女自身でさえ既に分からなくなっているような、そんな満面の笑みに俺の心は動いてしまった。

 

 

 

 

「比企谷くん・・・私と共に在りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、自分が思う最高の笑みでその首を横に振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、いつも通り奉仕部の部室に行く。扉の前に立つと、その部室からは何か重い空気のようなものを感じた。

 

とりあえず、ここで立ち止まっても仕方ないので意を決してその扉を開ける。

 

「・・・うっす」

 

「・・・こんにちは」

 

「あ・・・やっはろー、ヒッキー」

 

どこか暗い表情で、いつも通りの挨拶をする。そのまま、いつも通りの席に座りいつも通り本を開く。

 

 

 

俺の心は、笑えるくらいに落ち着いていた。

 

 

冷めて、冷え切って、凍えて、醒めてしまっていた。有り体に言えば、無。

 

「・・・修学旅行のあの日、あなたはどこに行っていたの」

 

「・・・散歩」

 

『あの日』・・・それは間違いなく戸部が海老名に振られた3日目の事だろう。嘘は言っていない、ただ真実でもない。雪ノ下さんと居たという所だけを切り取った、それだけの事実だ。

 

「・・・どうして、あなたは来なかったの?」

 

「いや、なんも伝えられてないし」

 

これは真実である。実際、あの日あの時に戸部があの場所で告るなんて知らなかった。だから俺は無罪だ。それでも誰が悪いのかを決めろと言われたら、俺は迷わず雪ノ下さんを選ぶ。あの人が京都に来ていたのが悪い。

 

「・・・そう」

 

「ああ」

 

それっきり、会話は無くなった。俺も雪ノ下も手に持っている本に目を向けて、口を開こうとはしなかった。

 

由比ヶ浜は、教室のように俺と雪ノ下を見てはその口を開こうとして閉ざす。それを、ただひたすら繰り返していた。そう言えば、由比ヶ浜は元来こういう奴だったな。空気を読み、気を遣い、感情の機微を掴もうとする。

 

本当に、優しい女の子だと押し付けてしまう。

 

 

コンコン

 

扉が叩かれると、平塚先生が入って来る。

 

「邪魔するぞ。少し頼みたい事がある」

 

彼女の後ろには、城廻先輩ともう1人亜麻色の髪をした少女が居た。その顔立ちは整っており、十分美少女と呼べるものだった。俺と目が合うと、困ったような顔をして笑う。

 

なるほど、俗に言うあざといというやつだ。

 

中学の頃によく居たよ、こういうの。そりゃもう学年中の男子を手玉に取っていた。お手玉感覚とか、何?君達は大道芸人でも目指してるんですか?いや、まぁ、うん・・・見た目が見た目なだけに男心が揺れない事は無いんですよ、そりゃあ。

 

 

しかし、脳裏にちらつくあの怖い魔王を思い浮かべれば可愛いものだ。

 

 

また面倒な事が起きそうな予感がある中、俺は再び読書に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 魔王とは、カリスマ無くしては成り立たない存在である

 

「あっはっはっはっ!」

 

駅前にあるドーナツ屋。映画を見ようとして、その時間潰しのために立ち寄ったのだが、そこで思わぬ人と出会ってしまった。いや、遭ってしまったと言った方が確実かもしれない。

 

「生徒会長に無理やり出馬させられて、選挙で落ちるようにしてほしいとか」

 

「何がそんなに面白いんですかね」

 

「いや〜こんなの笑っちゃうでしょ」

 

目の前で笑っていらっしゃるのは雪ノ下さん。何故か俺の座った席の隣に移動して来ては俺の話を聞いて大爆笑をしている。本当に笑えないよ。なんだよこの依頼。奉仕部にどうしろって言うのだ。

 

「それで、比企谷くんの案は駄目だって言われたんだっけ?」

 

「まぁ、はい」

 

そりゃもう滅茶苦茶に否定されましたね。応援演説で大失態を犯せば、一色にはほぼノーダメージで乗り切れると思ったんだけどな。

 

「うーん・・・なんか、比企谷くんじゃないみたい」

 

「何がっすか」

 

「え?だって、君のやり方に文句付けられたり駄目出しされるのっていつもの事じゃん」

 

「・・・」

 

考えてみればそうだった。あーだこーだ言われたり、文句を言われたり、皮肉を言われたり、ケチを付けられたり、そんな事はいつもされていたではないか。

 

何故、それを今更俺自身が気にしている。

 

本当に、今更だ。

 

「君の中にある『雪ノ下雪乃』が崩れ、君が自分に押し付けていた『比企谷八幡』まで壊しちゃったら・・・あと君には、何が残るの?」

 

口の中にあるドーナツの味が消える。甘味など、受け入れられないかのように、或いはその甘さを捨ててしまったかのように、無味となった。

 

「そんなの、ただの欺瞞でしょ?」

 

そうだ。誰かの言葉を気にして、誰かの態度を気にして、誰かを気にして自らの在り方を変えるなど欺瞞に過ぎない。それを、俺は肯定していた。無意識に、それが当然の如くとして当たり前のように受け入れてしまっていた。

 

「まぁ、それもそうっすね」

 

「そうそう。曲がりなりにも信念ってやつがあるんだから、正直になりなよ」

 

「信念・・・っすか」

 

誰かと共有していた信念が、きっと俺にはある。そう思い始めてきた。

 

 

「あれー?比企谷じゃーん」

 

 

後ろからかかった女性と思われる声に、俺は振り返る。

 

「おり、もと」

 

「やっほー、久し振り」

 

それは、もう記憶の奥底にしまったはずの同級生の名前と姿だった。俺の記憶に新しい、トラウマにして黒歴史の一つ。

 

俺が告白して、振られた相手。

 

 

それがこの女子、折本かおりだった。

 

 

 

 

「私は雪ノ下陽乃」

 

「あ、私は折本かおりでーす・・・それで、比企谷の・・・彼女さん?」

 

「違う」

 

「だよねー。だと思った」

 

あはは、と乾いた愛想笑いを浮かべる。気持ち悪いことこの上ない。何してんの俺。そういう似合わない事すると、周りの人達は離れていきますよ。元々人が居ないので大して変わりませんかそうですか。

 

「確かに。私って比企谷くんの何?」

 

「いや俺に訊かれても」

 

思い出すのは、何度もこの人から告げられているあのフレーズ。その誘いに、俺は一度たりとも乗っていない。ともすれば、やはりこの人と俺の間に関係と呼べるものはない。

 

「友達、は絶対違うし、お姉さんも変・・・うーん・・・あ、とりあえず彼女でいい?」

 

「それだけはないです。適当に先輩とかでいいんじゃないですか」

 

「つれないな〜。私は君をいっぱい誘ってるのに」

 

あはは、と先程もした愛想笑いで誤魔化す。いやだから本当に気持ち悪い。

 

「それで、比企谷くんは中学生の頃はどんなんだったのかな?お姉さん気になるな〜特に恋愛関係とかさ」

 

その言葉に、俺は目が見開いていくのを感じる。駄目だ。その発言は駄目だ。折本にその話を振ってしまったら、まず間違いなくあの話が来る。

 

「そういえば、私、比企谷に告られたことあるんですよ〜」

 

「えー!それ本当〜?」

 

「本当ですって!話した事もなかったんで驚いちゃってー」

 

「うそー」

 

折本の隣に居るなんとかさんと俺をネタに談笑する雪ノ下さん。ですよねーだよねーその話よねー。いやぁホント、過去ってのは消えねぇもんだな!

 

「へぇ」

 

俺に目線を戻した彼女の瞳は、引き込まれるような妖しさが宿っていた。このまま見ていたら、知らず知らずの内に飲み込まれてしまいそうな、そんな目だった。

 

「あ、そうだ。比企谷、葉山くんって知ってる?」

 

「・・・まぁ」

 

流石ですね葉山くん。イケメンは他の学校にさえもその名を轟かせることが出来るのか。スポットライトはいつも君を向いているよ。あ、スポットライトがなくてもお前は輝いていますねそうですね。

 

「ほら、紹介してもらいなよ」

 

「え〜私はそんな〜」

 

「いや、知り合いじゃないし」

 

「だよねー。接点なさそう」

 

またしても愛想笑い。あいつとは知り合いでもなんでもない。あいつの事なんて知らんし、あいつだって俺の事なんて知らん。そもそも、俺とあいつはステージが違う。

 

「・・・じゃあ、お姉さんが紹介してあげる」

 

雪ノ下さんは大きく手を挙げると、折本の隣に居る女子の方を向いて笑いかける。ああ、そう言えば雪ノ下さんと葉山には接点があったな。よくは知らんが、まぁそれなりに大きな接点なんだろう。知らんけど。

 

彼女はスマホを取り出して電話を始める。うわ、この人マジで葉山を呼ぶつもりだよ。どうしようかなー帰ろうかなー・・・駄目ですね。この後の映画まで時間があるのでどの道帰れませんね。

 

あと、この人から逃げるのも無理。

 

 

 

 

「葉山くんまたねー」

 

そう言って、折本とその友達は店から出て行った。分かってはいたけど俺にはなんもなしですか。これが格差ですね分かります。

 

「・・・どうしてこんな真似を?」

 

「だって面白そうだったし」

 

「またそれか」

 

「で、なんで彼まで?」

 

「あのパーマの子、前に比企谷くんが告った相手だからだよ」

 

そういうの大っぴらにしないでもらえませんかね。本人が自虐するならまだしも、人から言われると心に来るものなんですよ。知っててそうしてるんでしょうけど。

 

「じゃあ、私はもう行くね」

 

立ち上がった雪ノ下さんは俺の耳元に口を寄せてきた。

 

「比企谷くん。君がどうするのか、今度ちゃんと聞かせてね」

 

冷気が入り込んできたかと錯覚するほどに、その声は低く凍てついていた。

 

店から出て行った彼女の背を見て、俺も帰りの支度をする。こいつと2人でドーナツを食う理由もないしな。

 

「・・・俺達のこと、知ってるだろう?」

 

「・・・まぁ、大体は」

 

「結局、俺は何も出来なかった」

 

「・・・知らねぇよ。そっちのことはそっちでやってくれ。俺に言ったところで何も変わらんだろうが」

 

「そうかもしれない。ただ、もし君があの状況の中に居たら・・・どうしていた?」

 

そんな事、本当にどうでもいい。イフの話やたらればの話なんて考えたところで意味は無い。無意味で、無意義で、無価値なだけの妄想。そんなの、理想ですらない。

 

「どうでもいいだろ、そんな事」

 

「・・・奉仕部に頼ったことが、そもそもの間違いだったのかもしれないな」

 

動きが固まる。葉山が言ったとは思えないようなその言葉に、俺は全身が強ばるのを感じる。

 

「誰かに頼ろうとした結果がこの有様だ。なら、最初から君達を巻き込むべきではなかったのかもしれない」

 

「随分と勝手な言い分だな」

 

「後悔だってしたくもなる」

 

雪ノ下や由比ヶ浜を思い出す。俺は直接あの場に居なかった。あの時、彼女達がどんな感情でその光景を見ていたかなんて俺には分からない。依頼は失敗に終わり、その結果は現在進行形で様々な形で影響を及ぼしている。葉山グループ然り、クラス然り、奉仕部然り。

 

俺然り。

 

何かをするつもりもなかったはずなのに、俺だってその事を気にし続けている。何か出来たのではないか、何かすればよかったのか、そんな益体のない事ばかりが頭の中で反響する。

 

「本当は、守りたい関係だったんだけどな」

 

「・・・そうか」

 

 

 

なら、俺は今まで何をしていたのだろうか。

 

 

 

なら、俺の中にあるであろうこの信念は・・・いったい、何を守ろうとしていたのだろうか。

 

 

 

 

答えなど出やしない。

 

 

 

 

 

何故なら、それはきっと・・・もう壊れてしまっているのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 魔王とは、一つの英雄の在り方である

 

「応援演説での失態・・・俺はこの案で行く」

 

翌日の放課後、俺は部室に居る2人にそう宣言した。なんの脈絡もない言葉に、呆けた顔をしていた2人は段々とその表情を厳しいものにしていく。

 

「その案は昨日無しと言ったはずよ」

 

「そうだよ、ヒッキー。そういうの、無しにしよ」

 

「なら、他に何かあるのかよ」

 

「そのために代わりの人にお願いをするのよ。公約や演説の内容もある程度はこちらで立ててあるし、やってくれそうな人を」

 

「でも、そいつは傀儡だ。そいつが当選したとして、その後の生徒会活動はどうする。それに、やってくれそうな人ならもう選挙に出馬している・・・違うか?」

 

『やってくれそうな人』なんて、そんなもの簡単に見つかる筈がない。さっき言ったように、そんな奴は既に生徒会選挙に名前を出している筈だろう。だが、現状だけで言えば一色いろは以外に候補者は居ない。その事実が、今回の全てを物語っている。

 

「だから、今回は回避をするしかないだろ」

 

「・・・・・・そう。回避をすると、あなたはそう言うのね」

 

「・・・回避の何が悪い」

 

「そうやって、回避ばかりを選んで・・・それが何になるの」

 

「一色のためになる。一色にノーリスクで、尚且つ依頼解消をするならそれが最適だろ」

 

「・・・私は、認めない。逃げを、肯定したくない」

 

雪ノ下の言葉に、段々と溜め込んでいたものが溢れそうになってくる。頭にチラつくのは、昨日の葉山の表情。

 

『本当は、守りたい関係だったんだけどな』

 

アイツの事なんて知らんし、分かるつもりもないが・・・それでも、その言葉には僅かながらの納得が出来た。俺達奉仕部は、アイツのその想いを壊してしまった。人を頼ってまで守ろうとしたそれを、結局は守れなかった。

 

その事が、どうにも頭から離れようとしない。

 

「そんなんだから」

 

「ひ、ヒッキー?・・・それ以上は」

 

 

 

「そんなんだから、前回だって失敗したんだろうが」

 

 

雪ノ下の目が見開いていく。その隣に居る由比ヶ浜の瞳には悲しみのようなものが宿り、その表情は悲痛なものだ。俺だって驚いている。言うつもりは無かった。こんな事を言うなんて、自分でも思わなかった。自分から発せられたとは思えないような冷めた声に、俺の中の時が止まる。

 

「・・・」

 

黙ったままの雪ノ下を見て、俺は自分が何をしてしまったのかを今更ながらに悟った。あれは誰の責任でも無い。ただ、誰もが力不足で何も出来なかっただけの話だ。

 

その責任を、俺は雪ノ下雪乃に押し付けた。

 

その罪の自覚に、俺は吐き気がしてきた。

 

責任転嫁なんて、あまりにも傲慢が過ぎる。

 

 

「・・・・・・悪い、もう帰るわ」

 

 

そのまま、俺は部室を出た。

 

 

 

 

家に着いた俺は、真っ先にトイレに向かった。

 

出てくるのは胃液だけ。昼食は購買のパンを軽く食べる程度だ、何時間も過ぎた今なら当然のことだろう。

 

雪ノ下のあの表情、由比ヶ浜のあの表情、俺が言ってしまった事・・・それら全てがリフレインする度に、俺は堪えようのない吐き気に襲われる。

 

「・・・はぁ・・・はぁ」

 

浅い呼吸を何度か繰り返し、その吐き気が治まるのを待つ。

 

「お兄ちゃん、どしたの」

 

開けっ放しだったトイレのドアから、小町が顔を出してくる。俺の嘔吐する声を聞いてここまで来たのだろう。

 

「悪い・・・」

 

気持ち悪い。俺がこうなっているのも、何もかも俺が原因なのに・・・俺は、誰かに心配されている。

 

違う。心配されなきゃいけないのは俺ではない。俺だけは、誰かに心配されてはいけない。誰かを患わせてはいけない。今、誰かが傍に居なければいけないのはあいつらの方だ。俺には、そんな資格はない。

 

 

数分してから落ち着き、俺は制服から着替えるために自分の部屋に行った。スラックスを脱ぐためにポケットから携帯を取り出すと、通知が来ていることに気付く。

 

『これから会えない?場所は駅前のカフェ』

 

雪ノ下さんからだった。先程とは別の意味で背筋が凍る。うわ、なんでこの人からこんなメール来てんの。マジで行きたくないんだが。

 

・・・まぁ、断れる訳ないか。

 

 

 

 

呼び出された所に着き、とりあえずコーヒーを注文して一階を見て回る。

 

は?居ないんですけど。あ、これ小学生だか中学生の頃やられたやつだ。う〜わ、思い出しちゃったよ。トラウマを的確に突いてくる辺りホント嫌なんですけど。

 

店内を歩いていると、階段があるのに気付いた。なるほどそういうパターンか。まぁ、居なかったら居なかったでどうとでもなるか。

 

階段を登り、二階を見るとすぐ目の前にその人は居た。何故か帽子を被って、席に座っていた。

 

「あの、何してるんです」

 

「静かに。あれを見て」

 

雪ノ下さんの隣に座り、彼女が指をさした方向を見るとそこには、葉山と戸部、折本とその友人四人が席に座って談笑していた。

 

「・・・あれがなんなんすか」

 

「私の見立てだと、あれが本命じゃないと思うんだよね」

 

「・・・そうだとしても、俺を呼んだ理由とどう繋がるんですか」

 

「ま、見てれば分かると思うよ」

 

チラリともう一度彼らを見ると、折本達は帰る準備をしていた。辺りは暗くなっているし、妥当と言えば妥当か。

 

「昔好きだった子が誰かとデートしてるのを見るのは、複雑かな?」

 

「・・・まさか。もうそんなんじゃありませんよ。大体、あれを好きだったとは言いません」

 

「と言うと?」

 

「あれは、まぁ、一方的な願望の押し付けだったり、理想にはめ込んでただけです」

 

「・・・まさに、自意識の化け物だ」

 

自分が分からないからこそ、他人に押し付ける。他人に自分の願望を押し付けて、そこに反射した自分を見る。それが俺にとっての『比企谷八幡』だ。鏡写しのようにして輪郭を捉えなければ、俺は『俺』が分からない。

 

ならば、あれはきっと恋なんかじゃない。

 

ただの、自己嫌悪だ。

 

 

「・・・やっぱりね。ほら、見てご覧よ比企谷くん」

 

 

その光景に、俺は硬直をする。首は後ろを振り返ったまま止まり、そこから目が離せなくなる。

 

 

そこには、雪ノ下と由比ヶ浜が居た。

 

 

あの四人が、集まっている。

 

 

「あれがその結果。結局、ああするしかないもんね」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は戸部に頭を下げている。その内容は分かる。声など聞こえなくても、俺には分かってしまう。前回の依頼で、奉仕部は戸部に対して何もしてあげられなかった。それどころか、最悪の結果に終わったと言ってもいい。恐らくは、その謝罪。

 

 

雪ノ下に責任を押し付け、俺は何もしない。

 

由比ヶ浜にアフターケアを押し付け、俺は何もしない。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は謝罪をし、俺は何もしない。

 

 

俺は、何もしていない。

 

 

「君が何かをしなければ、誰かがやる。当たり前の事だよ。だって、人っていう漢字は片方が寄りかかってるんでしょ?」

 

文化祭のスローガン決めで言った事をここで蒸し返してくる。その通りだ。結局、人は誰かに寄りかかって生きている。それを許容し、それを無責任にも当然の事として飲み下している。

 

「・・・でも、あの子のあれは違う。だから、私はそれを認めない」

 

そう言って、雪ノ下さんは席を立った。

 

 

 

「ふーん・・・そうやって、雪乃ちゃんは誰かに理由を求めるんだ」

 

 

 

彼女は雪ノ下達の所へと歩いていくと、その帽子を外しながら言葉を放った。

 

「姉さん・・・」

 

「そうやって押し付けて、求めて、他人を自分のために利用しようとするところ・・・お母さんにそっくり」

 

「・・・」

 

「ねぇ?比企谷くん」

 

最悪だ。このタイミングで俺を指さしてきやがった。そこに居る人達は揃って俺を見る。

 

「・・・いや、雪ノ下さんのお母さんとか知りませんよ」

 

「そうだったねぇ。ま、そんな事はどうでもいいの」

 

こうなってしまった以上は仕方ないので、俺もそっちの席に向かう。本当に気分が悪い。さっきの事で、俺は絶賛気まずいのだ。

 

「頭を下げたのだって、誰かから理由を貰ったからでしょ?そんなの、雪乃ちゃんの謝罪とは言えないんじゃない?」

 

「それは・・・違う。私は、私の意思で謝罪をしたのよ。それをどうこう言われる筋合いはないわ」

 

「へぇ。じゃあ、雪乃ちゃんが誰かに押し付けるのはその結果かな?それとも・・・生徒会選挙の方かな?」

 

おいおい。そんな姉妹喧嘩をここで始めないでもらいたいんだが。なに?それを見せたいから俺をここに呼んだの?どんだけ傍迷惑なんだよこの人は。

 

「・・・話がそれだけなら私は帰るわ。もうこちらの用は済んだもの」

 

「待って、ゆきのん」

 

立ち上がろうとした雪ノ下を、由比ヶ浜が止める。

 

「ヒッキーは・・・本当に、あの案でいくの?」

 

「・・・そうだ」

 

「・・・そっ、か」

 

その表情は、さっき見たものと同じだった。悲痛で、何かを叫びたがっているような表情は容易に俺の心を抉る。あの吐き気がまた戻ってきたようだ。

 

 

 

葉山達が帰った後、雪ノ下さんは静かにその言葉を呟いた。確かに、ハッキリと、何かしらの感情を含んでその言葉は形となって彼女から発せられた。

 

 

 

 

「ホント、自意識の化け物だね。私達は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 魔王とは、自らを中心とした世界の礎である

 

「雪ノ下が、選挙に出る?」

 

「今朝、雪ノ下が報告に来たよ」

 

昼休み、平塚先生に呼び出されるとそんな話を聞かされた。

 

「それで、君はどうする?」

 

「・・・別に。一色の件に関して言うなら、俺は俺のやり方を貫くだけです」

 

「・・・変わらない、か」

 

「はい」

 

変える必要など無い。雪ノ下が立候補しようが、対立相手が出てこようが、俺がやる事は何一つとして変わらない。誰かの行動一つで自分のやり方を変えようなんて、そんなのはただの欺瞞だ。俺はそんなものに隷属するつもりはない。

 

「・・・そうか。ただ、比企谷」

 

「なんすか」

 

平塚先生は、煙草を灰皿に押し潰してその火を消すとゆっくり煙を吐いた。

 

「君のやり方じゃ、本当に助けたい誰かを助ける事は出来ないよ」

 

「・・・・・・うっす」

 

頷きで返し、俺は職員室を出た。

 

 

 

「立候補したんだってな」

 

「・・・え?」

 

「聞いてなかったのか」

 

そのまま部室に言った俺は、雪ノ下にその事を確認する。反応からして由比ヶ浜は聞いていなかったらしい。

 

「これから相談するつもりだったのよ」

 

「それは相談って言わねぇよ。事後報告って言うんだ」

 

「・・・私は、やっても構わないもの」

 

「雪ノ下さんがああ言ったからか」

 

昨日の彼女の言葉を思い出す。誰かに押し付けるのは、まるで自分の母のようだと雪ノ下を揶揄した彼女の言葉を。

 

「違う。これは私の意思よ」

 

「・・・お前がそうするのなら、俺は俺で勝手にやる」

 

「・・・好きにしなさい。私とあなたは違う」

 

決別だった。その言葉は、俺達にとっては決別を意味していた。

 

馴れ合いなんて、俺達が一番嫌っていたものだったのに。核心から目を逸らして、お互いに妥協して、なあなあの関係に当てはまって・・・それを、どこかで許容していた。悪くないと、そう思い始めてしまっていた。

 

 

そして、それを許容した比企谷八幡は、『比企谷八幡』ではなく。

 

それを許容した雪ノ下雪乃は、俺にとっての『雪ノ下雪乃』ではない。

 

 

 

ただそれが、明確になっただけの事。

 

 

 

 

「それで、どうしたんですか?」

 

「単刀直入に言えば、雪ノ下が立候補した」

 

放課後、俺は一色いろはを訪ねていた。下級生のクラスにお邪魔するなんて初めてのことだし、相手が女子ってのも初めて。緊張して呼び出す時に噛んじゃったよ。キョドりまくって根暗オーラ満載。ごめんね一色、こんな先輩で。

 

そのまま図書室に行き、小さいボリュームで会話をする。ここくらいしか思い付かなかったんです。ベストプレイスを知られるのも嫌だし。

 

「そう、ですか・・・ま、まぁ?それなら、私も生徒会長やらなくて済むって言うか」

 

「ただ、その話は平塚先生のところで止まってる」

 

「・・・じゃあまだ、公にはされてないって事ですか?」

 

「そうなるな。それと、お前が生徒会長に選ばれないってのは少し確実性に欠けるところがある」

 

「・・・は?だって雪ノ下先輩が相手なんですよね?私に勝ち目無いですよ」

 

「まぁ聞け」

 

怪訝そうな顔をして、そのあざとさが外れかかっている一色をとりあえず落ち着かせる。なんなのその目。絶対俺の事敬ってないでしょ。いや、いいんだよ?そもそも敬われるような奴じゃないし。

 

「お前はサッカー部のマネージャーをしているな?」

 

「・・・そうですけど、それがなんか関係ありますか?」

 

「ある。大いにある。さて、そのサッカー部には学校の人気者が所属していますね?誰のことか」

 

「葉山先輩ですね!」

 

「お、おう」

 

食い気味の回答に若干引く。流石ですね葉山くん。この感想、最近も抱いた気がする。

 

「まぁつまりは、だ。同じサッカー部のよしみみで葉山がお前を応援すると公言したらどうなると思う?」

 

「・・・なるほど」

 

集団を一致団結させるものが明確な敵の存在だと言うのなら、一致団結した集団を扇動するのは明確な人気者だ。またの名をインフルエンサー。つまるところ、集団に対して影響力のある者。

 

それと、実際問題として葉山が一色を応援すると公言する可能性は限りなく低い。アイツは、誰かを選ぶ事をせず、『みんな』という集団をその念頭に置いている。とするのなら、自分の立ち位置もアイツにとっては計算内。よって、本当は考える必要も無い。

 

そもそも、雪ノ下が勝つ。これは覆しようのない事実だ。

 

「そういう訳だ。だから、ここで確実にお前を落とす一手を加えることにした」

 

「前に先輩が言っていたやつ、ですか?」

 

「そうだ」

 

「その出来る奴っていうのが」

 

「順当に言って俺だな。て言うか、そんなの誰もやりたがらないだろ」

 

ただ、リスクは無論ある。一色いろはが俺みたいなやつを応援演説に選んだ。その事実は周知の事となる。それは、後々になって一色に響いてくるかもしれない。

 

「それに、お前にノーリスクでこれを実行する案もある」

 

「・・・どうするつもりなんですか」

 

「文化祭で委員長を泣かした酷い奴、ヒキタニくん。知ってるか?」

 

「ええ、まぁ・・・って、もしかして」

 

「そりゃ俺だ。だから、この噂を蒸し返してこちらの手札にする」

 

簡単な話だ。そのヒキタニくんの噂を使えばいい。事実を切り取れば、それは女子に酷いことをするただの出しゃばりクズ野郎だ。そんな男が生徒会選挙という行事にまたしても首を突っ込む。そうすれば、一色は問題外。周囲は俺のみに標的を絞ってくるだろう。

 

『また出しゃばりクズ野郎のヒキタニが、生徒会選挙に首を突っ込んで来た』

 

全部、俺が自発的にやったことにすればいい。一色は俺に巻き込まれただけの被害者。断り切れなくて、渋々折れただけの可哀想なヒロインに昇格。リスクはあれど、ダメージはほぼ無し。更に、周囲の同情まで引いて味方がわんさか集まる。

 

 

ほら、簡単だろ?誰も傷つかない世界の完成だ。

 

 

「という訳で、お前は安心してこれからの学校生活を過ごせる。なんなら、ヒキタニに狙われてるって言えば、葉山辺りも釣れるだろ」

 

「・・・先輩って、頭良いですね」

 

「まぁな」

 

さて、じゃあ俺はその酷い演説内容を考えるとしましょうか。

 

「でも、どうしてそこまでするんですか?」

 

「・・・そりゃ、お前が依頼して来たからで」

 

「そんな事しなくても、雪ノ下先輩には勝てませんよ。それに、葉山先輩が私を表立って応援する事も無いです」

 

・・・嘗めていた。一色いろはという女子を、俺は相当見くびっていた。

 

「だから、先輩がそんな事をする必要はありません。なのに、どうして?」

 

言葉が出ない。目の前にいるこの女子に、自分よりも年下なこの少女に、なんと言えばいいのかが分からない。

 

 

本当は、分かっている。その答えを、俺は知っている。

 

 

俺は、『ヒキタニ』を『比企谷八幡』として自分に押し付けたいだけなのだ。そうやって周囲の悪意によって出来た俺の人物像を、そのまま『俺』として生かしたいだけに過ぎない。その踏み台として、この依頼を利用しようとしている。

 

それだけじゃない。

 

俺は意地になっている。雪ノ下に否定された俺の案を、意地になってもやろうとしている。そうしなければ、そうでもしなければ、『比企谷八幡』が保てないから。

 

 

これ以上、俺の中にある『比企谷八幡』を壊したくはない。そうなってしまったら、いよいよ俺は、俺を見失う。

 

 

「・・・それは」

 

 

突然、俺の携帯が鳴った。マナーモードにするのを忘れていたため、かなり大きな音が図書室中に響き渡る。外に出て、相手を見ると『雪ノ下陽乃』と表示されていた。

 

今だけは、この電話に感謝しておこう。

 

「・・・もしもし」

 

『ひゃっはろー比企谷くん。ちょっとお願いがあるんだよね』

 

「・・・一応、用件だけ」

 

面倒なことになりそうなので直ぐにでも切りたいところなのだが、この電話には助けられたので話を聞く事にする。

 

『生徒会長に立候補されちゃった・・・なんとかちゃん?その子を連れて来て。私も話がしたいんだよね』

 

あざとい女子と魔王な女性が組み合わさるとか、それなんて地獄?絶対ロクな事にならないじゃないですかー。

 

「・・・本人に確認してみます」

 

『うんうん。善は急げだよ』

 

全くもって善な気がしない。

 

一色に確認してみると、これがまさかのオッケー。雪ノ下陽乃さんの噂は聞いていたんですかそうですか。断ってくれれば楽なのに。

 

「オーケーだそうです」

 

『僥倖僥倖。じゃ、昨日と同じ所に連れて来てね』

 

そう言うと、電話は切られてしまった。本当に言いたい事だけ言って切りやがったよこの人。

 

 

どうやら、地獄が始まるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 魔王とは、世界の本質を識るものである

 

「私は雪ノ下陽乃。雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ」

 

「わ、私は一色いろはです」

 

取り繕った者同士が向かい合って自己紹介を交わしている。なんだろうか、この異様な光景。猫がとりあえず相手の頭に軽いパンチをしているような、そんな感覚だ。

 

「比企谷くんから話は聞いてるよ。生徒会長に立候補させられちゃったんだっけ?」

 

「・・・はい」

 

「いやぁ〜酷いことする人達も居るもんだ」

 

いやあんた大爆笑してたじゃん。めっちゃ面白がってたよね?そんな事を考えていると、雪ノ下さんが俺を見てニッコリと微笑む。あ、はい。黙ってるんでその笑顔やめてくださいとても怖いです。

 

「で、ですよね〜」

 

一色の方もタジタジになりながら雪ノ下さんに合わせる。おい、その先は地獄だぞ。

 

「・・・で、比企谷くんが応援演説で一色ちゃんを落としてやろうと」

 

「まぁ、現状それが最適かと」

 

「ふーん」

 

事実、問題は生徒会長になるかならないかではない。なった後、ならなかった後の話の方にある。なったとしても、一色いろはの時間を奪う事が出来、目的は達成される。ならなかったとしても、選挙に落ちた一色いろはをざまぁみろと嘲笑う事が出来る。つまり、要はどっちでも構わないのだ。

 

故に、問題の焦点を変える事で一色いろはへのダメージを別の方向に逸らす必要がある。その為に応援演説を利用する。

 

「・・・それで、一色ちゃんはその後を平和に過ごす事が出来るのかな」

 

「上手くいけば一色へのダメージはその応援演説をした者へと逸れるかとおも」

 

「馬鹿だね。君如きの活躍でそんな事になる訳ないじゃん。そういうの、自意識過剰って言うんだよ」

 

「・・・だったら、その上でやり方を考えるだけです」

 

向かいに居る雪ノ下さんを見据える。彼女の顔には笑みなどなく、ただ淡々と客観的感想を述べるだけ。

 

「無理。どうやっても無理。比企谷くん、君にそんな力や人望は無い。そんなの、君が一番よく知ってるでしょ?」

 

押し黙るしかない。彼女の言うことは最もだ。

 

だが、疑問が残る。

 

何故それをあなたが言う?

 

何故あなたがこれを否定する?

 

あの時、俺の背中を押したのは紛れもなくあなたではないか。

 

「だからね、一色ちゃん。私がもっといい案をあげる」

 

「・・・」

 

一色は既に雪ノ下さんしか映していない。その瞳の中に俺や周囲の人は居なく、雪ノ下陽乃ただ一人がそこに鎮座していた。

 

「一色ちゃんさ・・・生徒会長にならない?」

 

「・・・は、はい?」

 

「生徒会長、やっちゃいなよ」

 

「で、でも、私はそもそも生徒会長がやりたくないから奉仕部に相談をしたのであって」

 

「あーそれね。多分、生徒会長という定義づけの方を間違えてるよ」

 

一色いろはに生徒会長を勧める。意味の分からない発言に、俺も耳を傾ける。話聞いてなかったのか?いや、この人がそんな事をする訳がない。なら、一体何のつもりでそんな事を?

 

「一色ちゃんさ、生徒会長になれなかったらどうなると思う?」

 

「・・・それは、まぁ、私に不都合な事も、あると思います」

 

「そ。ざまぁみろって思われるだろうね。いつもそんなあざとい態度をして、結局は人望を集められない可哀想な女子。周囲からの評価なんてそんなものになる」

 

本質を見抜いている。間違いなく、雪ノ下さんはこの依頼の本質を見抜いている。だが、生徒会長になった所でそれらを覆い潰す程のメリットがあるのだろうか?

 

「でも、生徒会長になったら・・・どうなると思う?」

 

「当初の目的は達成されますし、私が生徒会長になってざまぁみろと思うんじゃないですか」

 

「そこ、そこだよ。どうして生徒会長になるメリットを考えないのか、私にはそれが分からない」

 

「メリット、ですか」

 

「そう。生徒会長っていうのはね、生徒の中では最高権力者を表す言葉そのものなんだよ。そして、一色ちゃんはそれを掴む資格を周りから与えられた。ここまでは分かる?」

 

「まぁ、はい」

 

人心掌握。人の心を把握し、思いのままに操る事ができる術、その基本。一色はもうそれに飲み込まれつつある。自らにとって有益となる情報や事実を提示する雪ノ下さんに、少しずつだが魅入られている。

 

「権力は使う事の出来る武器。即ち、それは一色いろはという人間のブランドになる。権力を得た者っていうのは往々にして強い」

 

「・・・」

 

 

 

「よく覚えておいてね。権力があるから強いんじゃない・・・強いから権力を与えられるんだよ」

 

 

 

県議会議員の娘としての言葉だった。あまりにも重く、あまりにも説得力のある言葉。

 

「やり返す事も、見返す事も、なんだって出来る。一色ちゃんにはその権利を得るチャンスが与えられた」

 

 

目の前で行われているこの光景に、俺は何かを言うことすら出来なかった。初めて、人が人を操る瞬間を見た。こんなにもあっさり、こんなにも簡単に、人は人に飲み込まれる。その事実に、俺は寒気すら覚えた。

 

 

「さぁどうする?選挙に落ちてみっともなく嘲笑われるか、生徒会長になって権力を得るか、それは一色ちゃん次第だよ」

 

 

終わりを悟った。もう、一色いろはには何も届かない。雪ノ下さんの言葉こそが全てであり、雪ノ下さんが強い者になってしまった。

 

 

「・・・やります。雪ノ下さんに、乗せられます」

 

 

 

こんな、呆気ない結末を迎えた。

 

 

 

 

 

生徒会選挙に向けての準備を始めるらしく、一色は家に帰った。ここに残っているのは俺と雪ノ下さんの二人。

 

「なんであんな余計な事したんですか」

 

「余計?その言い方は気に食わないな」

 

「どう考えても余計な事でしょ。あれは奉仕部への依頼であって、あなたが」

 

「余計っていうのは、あくまで比企谷くんからしての話だよね。どうして君の枠に私を当てはめようとしてるの?」

 

何かに気付いた。今まで目を逸らし、気付かないようにしていたものに直面したような気がする。とても大切で、とても重要な事を、この人から言われた。

 

 

「比企谷くんさ・・・私に依存してるよね」

 

 

容易に、『比企谷八幡』は壊れた。否、壊された。壊れるべくして壊された。目の前に居る、雪ノ下陽乃によって。

 

「もっと正確に言えば、私に押し付けてる『雪ノ下陽乃』に依存してる」

 

止めてくれ。

 

「もう辞めようよ、目を逸らすのは。だから、私が教えてあげる」

 

耳を塞ぐ事すら忘れ、俺はただ固まっていた。

 

 

 

「『比企谷八幡を理解してくれるのが雪ノ下陽乃』それを、君は私に押し付けてる」

 

 

 

雪ノ下陽乃という人間は俺のやり方を知り、雪ノ下陽乃という人間は俺のやり方を否定しない。その事に、俺は依存していた。いや、今も依存している。

 

そして、それが『雪ノ下陽乃』であると俺は彼女に押し付けていた。

 

 

「言ったよね。私達は押し付けられる事を嫌うって」

 

「・・・」

 

「だからさ・・・それを私に押し付けるの、辞めてよ」

 

酷い有様だ。事実を、真実を突き付けられ、まるで空っぽになったかのように俺は呆然とそこに居る。既に『比企谷八幡』は無くなった。誰かに依存し、誰かに自らを肯定されようとした時点で『俺』はもう俺でない。

 

「まぁでも、これでやっと目的達成かな」

 

「目的?」

 

「『私と共に在る』何回もそう言ってるじゃん」

 

「それとどう関係あるって言うんですか」

 

「覚えてないの?私達は押し付けられる事を嫌う・・・でも、他人には押し付けるって」

 

「・・・じゃあ、雪ノ下さんも」

 

あの日見た笑みが、再び目の前に現れる。ちぐはぐで、本当かどうかも分からないような笑み。

 

「そう。私も君に押し付けて、依存してるの」

 

意外だった。雪ノ下さんが誰かに依存したり、それを誰かに明かす事があるなんて。

 

「私が君に押し付け、依存してるのは」

 

 

不思議と、もうこの人への不信感は無くなっていた。

 

 

この人となら共に在る事も有りかと思ってしまう程、この立ち位置に或いは関係に納得してしまった。

 

 

 

 

「『雪ノ下陽乃の主観になってくれる比企谷八幡』だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

人はこの関係を、『共依存』と言う。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 魔王とは、異なる正義の体現者である

 

主観が無かった。

 

否、正確に言うのなら『主観を否定されて来た』という所だろう。

 

一個人としての雪ノ下陽乃ではなく、『雪ノ下』の陽乃という『私』が私にとって求められて来た主観だった。

 

だから私には主観が無い。誰かというフィルターを通してでしか、主観を得ることが出来なかった。

 

そのフィルターが今までは妹である雪ノ下雪乃だった。私に血縁的に最も近く、『雪ノ下』という事で価値観のそれも似通っていたから、或いは最も私に近い存在だったから。

 

でも、そうでは無かった。そうでは、無くなってしまっていた。

 

雪乃ちゃんは、何時からか『雪ノ下陽乃』という存在の後を追っかけて、『私』を模倣するようになっていた。その事に気付いた時、私は何もかもが分からなくなってしまった。

 

かろうじてあった私は、『私』を真似る妹によって否定され、主観は消え去った。

 

 

そこに、一人の少年が現れた。

 

 

私と同じで、自分が何者かを知らない人。私と同じで、自分の妹を支えにするしかない人。

 

なのに、その少年は主観を持っていた。

 

捻くれていて、擦れていて、曲がっていて、斜めに見て、卑屈で、陰湿で、最低で、そんな見方でも主観と呼べるものをちゃんと維持していた。

 

 

気に入らない。

 

本当に、気に入らない。

 

私と同じくせに。私と変わらない存在のくせに、どうしてお前は『それ』を持ち続けている。

 

 

故に私は、彼をフィルターに据えた。雪乃ちゃんよりも、私に近い人。私と同じ人。

 

比企谷八幡を『雪ノ下陽乃』の主観にすれば、私は私であることを肯定出来る気がしたから。

 

 

そして彼は、私に理解されているであろうことを私に、自分に押し付けるようになった。

 

堪らなく気に入らなくて、この上ない程に好都合。

 

 

 

 

だから私は、君と共に在る事を望む。

 

 

 

『私』が私になる為に。

 

 

 

 

 

「私にはね、主観が無いの。どれも客観的に見て、俯瞰して、いつも後ろから引いて見てる・・・知ってるでしょ?」

 

淡々と事実を、真実を告げる彼女は主観を持っていなかった。あの文化祭の日に抱いた彼女への印象は、半分が間違っていて、半分が正解だった。

 

『捉えようとしない』のでは無く、『捉える事が出来ない』のだった。

 

主観的に何かを見ようとしても、彼女にはその主観というものが欠如していた。だから、多数のナニカによって定義付けされた客観に縋り、従う。そうする事でしか、万物を推し量る事が不可能だったから。

 

「でもね、そんな時に私は君を知った。自分が何者であるかを知らない・・・なのに、主観を持って生きている君を」

 

下の方へと流されていった彼女の瞳は、小さく震えていた。何かを懺悔するように、罪の告白をしているかのように、切なくも咎を物語るような哀しい瞳をしていた。

 

「君と私の本質は『自己の喪失』であり、君を私のフィルターに据えるということは逆説的に雪ノ下陽乃は主観を得ることが出来る。そう証明できた途端、私の行動は全て決まった」

 

「・・・どこからが、そうなんですか?」

 

「文化祭実行委員会でのあの会議の後から全部だよ。文化祭も、修学旅行も、今回のことも・・・何もかもそう」

 

「その為に、俺があなたに依存するようにことを運ばせた・・・そういう事なんですね」

 

「正解」

 

眉間に皺が出来上がっていくのを感じる。あの日抱いた負の自覚も、あの日蝕まれた失望も、今日抱いた虚無感も、全て・・・全てが彼女が仕組んだことに過ぎなかった。

 

 

なら、俺はなんだ。

 

『雪ノ下雪乃』という偶像を失った俺はなんだ。

 

『比企谷八幡』という虚像を壊した俺はなんだ。

 

『雪ノ下陽乃』という実像を拒んだ俺はなんだ。

 

 

「分かるよ・・・今の比企谷くんの気持ち。私はもう、それを何度も自分に問い掛けて来たから」

 

「・・・同情なんて、求めてませんよ」

 

「同情・・・か。そう取られても仕方ないね。でも、その問いから私は目を逸らしたことはないよ。だから、今の私はここに居る」

 

彼女の目は、先程のものとは違っていた。自信、或いは傲慢に満ちた瞳。それ以外の一切を否定し、自らのみこそが正義であると信じて疑わない者のする瞳。見ているだけで、圧倒と焦りに飲み込まれそうになる。

 

「自分がそうして来たから・・・それが、それが何なんですか。だからって、俺をあなたの都合に巻き込んでいい理由にはならないでしょ」

 

「けど、私が君を巻き込まなきゃ君はいつまで経っても君は自分で押し付けた『比企谷八幡』でいるしか無かった。その事を、自覚することも無かった」

 

 

『そんなの、欺瞞でしょ』

 

その言葉に、俺は酷い頭痛を感じた。この人のせいで、俺は俺が何者であるかを見失った。しかしこの人お陰で、俺は俺が何者であるかを知るきっかけを得た。

 

なんて・・・なんてこの上ない最悪なパラドックスだろう。思わず頭を抱えてしまう。

 

この人が俺を巻き込まなければ、俺はきっとどこかで妥協する事が出来たのだろう。雪ノ下雪乃を見限りつつも、彼女を助けたいという想いを至上のものと信じて。由比ヶ浜結衣に停滞を感じながらも、彼女の優しさが奉仕部にとっての薬であると信じて。

 

ふと、諦めに似た感情と共に小さな笑みを覚えた。

 

 

ならきっと、雪ノ下雪乃にとっても、由比ヶ浜結衣にとっても・・・比企谷八幡という存在は毒なのだろう。どこまで行ってもそれは変わらない。

 

 

甘美にして、猛毒。

 

優美にして、劇物。

 

 

以前、雪ノ下さんに対して抱いた感情を思い出した。なるほど、通りで彼女に俺と自分が同じであると言われる訳だ。

 

 

「おや、君のそんな笑みを見るなんて初めてだ」

 

驚いたような顔をして、直ぐに笑って見せる彼女は本当に楽しそうだ。人をおもちゃにして、人を娯楽にして、人を弄んで・・・全く、本当にその名が相応しい。

 

「こんなの、まぁ・・・ちょっとした心機一転ですよ」

 

「へぇ。その心は?」

 

「あなたと共に在ることを了承したいですけど、そうやって手に入ったものが本当にあなたが求めるものと合致しているのか・・・それを問いたいかな、と」

 

「・・・鋭いね」

 

「ま、伊達に人間観察を趣味にしてませんから」

 

「・・・その通り。君が了承したらきっと、私は虚しいだけの何かを得ることになる。私の思い通りに手に入るものなんて、私はいらない」

 

そう、ここに雪ノ下陽乃の歪みがある。

 

彼女が求めているものは『手に入らないもの』であり、思い通りに手に入るものは与えられたものと考えてしまうという矛盾。『手に入らないもの』を求めるが故に、追いかける時は徹底的に遂行する。しかし手に入ってしまえば途端に興味を無くし、簡単に切り捨ててしまう。

 

何より、彼女の持っているもの故、『手に入らないもの』など殆ど無いという不条理。

 

 

なら、俺が言うことは決まっている。

 

 

何度も、そう言ってきたではないか。

 

 

 

「だから、俺はあなたと共に在ることは出来ません」

 

 

 

雪ノ下さんは、きょとんとした顔をした後、少しばかりの優しさを携えた笑みで俺を見ていた。

 

「そっか・・・これまでの無関心でもない、今までの敵対でもない、さっきまでの依存でもない・・・多分、これを『信頼』って言うんだろうね」

 

「さぁ?生憎、信頼とかからはかけ離れた人生を歩んできたもんで」

 

「・・・ふふっ。そういうとこ、私は好きだよ」

 

 

何か、大事なものを失った。

 

何か、大事なものを壊した。

 

何か、大事なものを拒んだ。

 

そうやって歩み続け、否、歩まされ・・・それでも、こうして何かを掴んだ。

 

初めから敷かれたレールの上であったとしても、確かに・・・そこに居た。自分の元に導いていたはずなのに、最後の最後で拒絶され、それでもその何かは諦めることをしなかった。

 

 

初めて、比企谷八幡を視界に入れることが出来た。

 

 

 

これはきっと、『俺』と『彼女』が俺と彼女を取り戻すための戦いなのだろう。

 

 

 

「ああ、でも・・・さっきのセリフは告白って事でいいのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

後日、学校に今季の生徒会メンバーが正式に決定したとの紙が掲示された。

 

生徒会長・・・一色いろは

生徒会副会長・・・本牧牧人

生徒会書記・・・藤沢沙和子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庶務・・・比企谷八幡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 魔王とは、絶望に屈する事なき者である

 

「・・・そうか。そういう決断をしたんだな」

 

「・・・はい」

 

職員室の応接間で、俺は平塚先生と話をしていた。生徒会に入る旨を、その理由を全て話した。

 

話を聞き終えた先生は、煙草の煙をゆっくりと吐きながら真っ直ぐに俺を見ていた。

 

「・・・正直、驚いているよ。何かが、大きく変わった・・・いや、何かを受け入れることが出来た、或いは諦めた、か」

 

「まぁ、そんな感じなんですかね」

 

相変わらず聡い人だと思う。人を見る目に関して、この人の右に出る者は居ないのではないか・・・そう思ってしまう程だった。

 

「君を見ていると、なんだか陽乃を思い出す・・・あの、何かを諦めてしまったかのようなアイツの顔を」

 

煙を追うように、彼女は上を見ていた。

 

「いつの日か、そうやって君も大人になるんだろうな」

 

「いきなりどうしたんですか」

 

「なに、ただの経験談だよ。何かを諦めて、受け入れて、そうやって人は大人に近付いていく」

 

ならば、あなたは何を諦めたのか・・・それを口にすることは出来なかった。聞いてはいけないような気がして、聞いてしまえば、彼女を困らせそうで。

 

「けれど、それだけでは大人にはなれない。諦めて、受け入れて・・・また何かを求めて・・・そこが一番肝心だったりするんだよ」

 

「・・・また、求める・・・ですか」

 

「ああ。欲しい物があるから、人は諦める。欲しい物があるから、人は追いかける」

 

懐かしむようにゆっくりと言葉を紡ぐ彼女は、穏やかな微笑みで俺に話をしてくれた。

 

「欲しい物があるから、理由を見つけようとする・・・そしてその理由が、人を大人にするんだよ」

 

欲しい物。漠然と、抽象的なその言葉は酷く俺の頭に反響した。

 

「きっと、その理由を探す旅を『人生』と呼ぶのではないか・・・私はそう思うよ」

 

「・・・かっこいいっすね、それ」

 

「カッコつけたからな」

 

先生の言葉に、思わず俺も頬をがつり上がってしまう。この言葉を聞いたら、彼女はどんな顔をするのだろうか。無責任にも、俺はそんなことを考えてしまった。

 

「君は案外、教師に向いているかもな」

 

「どうですかね」

 

話は終わりだと言わんばかりに、平塚先生は煙草の火を消す。

 

「それと、奉仕部は生徒会との兼部でいいんだな?」

 

「・・・はい」

 

「何か考えている事があるのかね」

 

「今のところは。ただ、何かの時に役に立てばと思います」

 

「・・・分かった。さ、行きたまえ。これから行かなければならない所があるんだろう?」

 

先生にお辞儀をすると、俺はあの場所へと向かった。

 

 

 

 

重苦しい部室の雰囲気は紅茶の香りさえ消してしまうほどの冷たい空気を纏っていた。張り詰めた雰囲気は誰かの呼吸の音ですらハッキリと聞こえる程静かに、ただ静かに誰かの言葉を待っているようだった。

 

「・・・ヒッキー・・・さ、生徒会、入ったんだね」

 

「・・・ああ」

 

「・・・何も、言ってくれなかった、ね」

 

「いや、これからその相談を」

 

「それは事後報告と言うのよ。そうでしょう?」

 

雪ノ下の冷えきった言葉が俺の言葉を遮る。その言葉をつい先日言ったのは、他でもなく俺だった。

 

「一色さんが生徒会長になるという話まではあなたから確かに聞いた・・・けれど、あなたのことは何も聞いてないわ」

 

「・・・だが、好きにしろと言ったのはお前のはずだぞ、雪ノ下」

 

あの日、俺達は決別をした。少ない言葉のやり取りだったが、あれは確かに決別を意味していた。

 

「待って。ゆきのんがヒッキーに言ったのは、いろはちゃんの依頼についてのことでヒッキーのとはまた別の話のはずだよ」

 

「・・・」

 

それを言われると弱い。あの時、雪ノ下が言ったのはやり方云々についてであって俺の身の振り方についてではない。

 

「・・・そんなの、解釈の問題だろ」

 

苦し紛れに出た言葉は、あまりにもちっぽけな言い分だった。子供が大人に怒られたくないように言う、天邪鬼な屁理屈。

 

「・・・そう」

 

「ゆ、ゆきのん!」

 

「由比ヶ浜さん、もういいの」

 

「っ・・・」

 

雪ノ下に何かを言おうと彼女の名前を呼んだ由比ヶ浜は、雪ノ下のその冷たい声音で口を閉ざしてしまった。

 

その視線は俺を見据え、どこまでも・・・どこまでも、失意と失望を伝えて来る。

 

 

 

 

 

「あなたのその在り方・・・嫌いだわ」

 

 

 

 

 

 

ふと、考えることがある。

 

ここに居る俺と、過去の俺、果たしてどちらの方がより良い俺なのだろうか。

 

 

答えは簡単だ。

 

 

どちらも否である。

 

 

時間が経ったからといって、人は成長をしない。

 

過去を振り返ったからといって、かつての自分は輝かない。風化した時の中では、人を良く見せるものなんて存在しない。

 

 

なら、今まで俺は・・・何をしてきたのだろうか。

 

 

 

 

 

「で、何だこれは」

 

目の前にある書類に目を通しながら俺は呟く。

 

『海浜総合高校との合同クリスマスイベントについて』

 

その題から始まっている時点で嫌な予感しかしないし、なんなら中身を見ても嫌な感じしかしない。え、生徒会としての初仕事がこれってマジ?合同?しかもクリスマスイベント?普通に嫌だ寧ろ絶対に嫌だ何故なら面倒臭い。そもそも、コミュ障でぼっちな俺からしてみればクリスマスすら縁のない話であって、更にイベントとなるともはや違う生物の概念なのではないかという次元なのだ。

 

「というわけで、新生徒会の初仕事はこんな感じです」

 

会長の席に座る一色は人当たりのよさそうな笑みでそう言った。たはぁ〜やっぱ確定事項ですよねぇ〜。

 

「・・・えっ、と、それで、先日、会長同士で挨拶をしてきたんですが、その・・・」

 

やけに歯切れが悪い。一色がこういう態度をするのはなんだか新鮮だったりする。いつもはもっと『せんじつぅ〜かいちょーさんと挨拶してきたんですがぁ』って感じなんだがな。誇張し過ぎですかそうですか。

 

「・・・あんまり上手くコミュニケーションがとれませんでした。それだけは、皆さんに伝えておきます」

 

生徒会室の空気が一気に重くなる。ば、かな・・・一色はコミュ力が中々高いあざとい系小悪魔後輩生徒会長だぞ!?てか属性多すぎる。

 

「ま、まぁ気にすんなよ。俺も人とコミュニケーションとかとれないし」

 

「・・・あ、ありがとうございます」

 

引いた顔でお礼を述べられても全く嬉しくない。先輩としてフォローをしたつもりだったんだが、マジでドン引きされた。なるほど、自虐はある程度話すようになってからでないとマジ引きされると。二度と使わなそうな教訓ですね。

 

「明日から海浜総合高校の生徒会と打ち合わせがあるので、放課後はコミュニティセンター集合でお願いします」

 

そんな具合で、本日の生徒会は終わった。

 

 

 

 

下駄箱の前に来ると、そこには見知った顔が居た。

 

彼女は俺が来たことに気付くと、そのまま俺を見る。

 

「・・・それで、なんか用か」

 

靴を履き替え、自転車を取ってきた俺は彼女と帰路を歩く。

 

「昨日、全然話せなかったから」

 

「・・・そうか」

 

「ヒッキーはさ・・・どうして生徒会に入ったの?」

 

その質問が来ることは大いに予想出来ていた。由比ヶ浜が俺を待ってまで聞きたい事など、現状ではそれくらいのものだろう。

 

「・・・別に。なんとな」

 

「嘘」

 

「・・・」

 

「ヒッキーがなんとなくで生徒会に入る訳ないよ」

 

実際そうであるから返答に困る。こういう変に鋭い所は流石由比ヶ浜と言ったところなのだろうか。

 

「あたしには・・・あたし達には、言えないの?」

 

「・・・」

 

言えない。言いたくない。言える訳が、ない。

 

「・・・そっ、か。言えないん、だね」

 

その声音に違和感を抱き、俺は由比ヶ浜の顔を見た。

 

彼女の瞳には涙が溜まっており、口元はそれを我慢するかのように強く、固く結ばれていた。

 

「あたし、さ・・・この部活、好きなんだ」

 

「っ・・・」

 

立ち止まっていた足は震えを覚え、俺はただ黙るしかなかった。

 

「ゆきのんが居て、あたしが居て・・・ヒッキーが居て。依頼を待っていたり、皆で動いたり、そういう時間が、好き。好き、だった」

 

駄目だ。ここで挫けちゃ、駄目なんだ。俺は、ちゃんと考えてあの決断をした。だから、彼女に、彼女達に手を伸ばそうとしちゃ・・・駄目なんだ。

 

「俺、は・・・奉仕部、と、生徒会の兼部だから・・・問題、は」

 

駄目な、はずなのに。この口は止まらない。

 

「・・・それでも、もう・・・違うんだ。もう、あたしの好きな奉仕部は・・・戻って来ない」

 

一筋、彼女の瞳から涙が零れる。自分から終わらせようとしたのに、自分が、それを決めたのに。その雫は、容赦なく俺の心に落とされ、俺を打つ。

 

「ねぇ、ヒッキー・・・」

 

 

だから俺は、いつまでもずっと

 

 

 

「もっと、人の気持ち・・・考えてくれると・・・嬉しい、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

すれ違うこの距離に、気付かない。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 魔王とは、救世主の成れの果てである

 

「やぁ総武高校の生徒会のメンバー達。今日はこのディスカッションに来てくれて本当に感謝するよ。これから、より良いパートナーシップを生み出し、シナジー効果を生み出すことでお互いギブアンドテイクなリレーションを築き上げよう」

 

乗っけからいいパンチ撃ってくるなぁ〜。思いっきり右ストレート被弾したぞおい。

 

昨日、一色が言った通り、俺たち生徒会はコミュニティセンターにて海浜総合高校と打ち合わせをしていた。玉縄という向こう側の生徒会長、最早何を言っているのか分からんレベルの横文字率。

 

これあれだ、意識高い系というやつだ。

 

とりあえず、俺は庶務ということなので端っこの方に座りテーブルの上にある書類に目を通す。

 

・・・えぇ、こっちまで横文字ばっかなのかよ。

 

「さて、じゃあ始めようか」

 

玉縄の一言で始まった会議は・・・なんというか、まぁ・・・強烈なものだった。横文字のオンパレード、案は出るのでまぁそこはありがたいが・・・これ本当に大丈夫なの?具体的なこと何も決まってなくない?

 

と、いう感じのものだった。

 

「つ、疲れた・・・」

 

会議が終わると、座っていた椅子の背もたれに思いっきり寄りかかって天井を見上げる。何がやばいってマジでやばい。俺たちなんてほとんど何も言ってないしそもそも言えるような雰囲気じゃなかったんですけど。時折こっちに来るのは確認のための質問だけで、それに一色が笑顔で頷くだけとか・・・うっ、思い出しただけで頭が。

 

件の一色は玉縄と向こうで会話中。対するこっちは・・・。

 

「やばい・・・」

 

「終わる気がしない」

 

「なんで俺たちが」

 

書類と睨めっこ状態。なんなら、俺の目の前にも大量の書類がある。いやだよ〜働きたく無いよ〜とも言ってられない立場なのでとりあえずやるだけやっておく。文化祭実行委員で経験しておいてよかった・・・社畜根性ですよねこの発言は。

 

にしても、一回目でこれは少しマズイ。このまま行くと、議事録含めた諸々の書類担当がこちら側のみになる。そうなってきた場合、総武高は海浜総合の下っ端という明確な序列分けにも繋がる。

 

・・・しかし、俺がそれを指摘するとなると『一色いろは』が生徒会長であることを崩す結果にもなる。彼女のことや、今後の生徒会のことを考えるならば・・・俺は黙っておくべき、か。

 

隣を見ると、副会長の本牧が何かを言いたそうな顔で一色を見ている。新生徒会が発足してからあまり時間が経っていないこともそうだが、問題は一色が一年生で本牧が二年生であるという点だろう。それも相まって、生徒会間でのコミュニケーションがまだうまく取れていない。

 

この中で一番コミュニケーションに問題がある俺が考えるのも違うとは思いますけどねはい。

 

「では、僕たちは解散することにするよ」

 

「はい、お疲れ様です。外までお見送りしますね」

 

海浜総合の生徒会は帰った。なるほど、どうやら明確な役割分担と序列分けが済んでしまったようですね。

 

「・・・なぁ、比企谷」

 

「お、おう」

 

一色が見送るために会議室から出て行った後、隣の本牧から話しかけられていきなりキョどる俺。

 

「さっきの会議と会長・・・どう思った?こういう言い方はあまりしたく無いんだけど、その・・・」

 

「ま、まぁ、言おうとしてることは分かる。ただ、俺たちも俺たちだから、な・・・」

 

実際問題として、責任を一色に押し付けるのも違う話だ。あの会議の場で、明確な発言ができなかった、或いはしなかったのだって俺たちも同じだ。

 

「・・・そうだな」

 

そう言うと、彼は目の前にある書類とまた向き合った。

 

 

戻ってきた一色が小さくため息をついていた。

 

 

 

「ていうか〜ありえなくないですか〜?ほとんど何言ってるのか分かりませんでしたし、仕事押し付けられましたし〜、ちょっとキモ・・・想定外の相手ですよね〜」

 

いや最後の隠しきれてないし、むしろそれがほとんど全文なまであるから。

 

ていうか〜・・・なんで俺はお前とファミレスになんざ来なきゃならんのだ。俺は一刻も早く家に帰って今日のことを忘れるためにフレッシュな睡眠を・・・ああ、少しずつアレが混じってきた。

 

「ま、ああいう手合いは往々にしてめんどいもんだし仕方ないだろ」

 

「そうとは思いますけど〜」

 

お前飯食う時もそのあざとさはブレねぇのな。一周回って尊敬するまである。

 

「で、なんで俺ここに連行されたの?半ば強制的だったし」

 

「・・・先輩ならなんかそれっぽいこと言ってくれるのじゃないかな〜って。あの雪ノ下先輩のお姉さんみたいに」

 

「あの人みたいな発言とか無理だろ」

 

どう考えても不可能な話である。マジで無理。

 

「なんか言ってくださいよ〜」

 

なんか言わないと帰してくれそうもないこの空気、あれに似ている。飲み会とかで一発ギャグや面白いことを言えと強要された時のようなやつと同じだ。

 

「ま、あれだ」

 

何かを言おうとして、脳裏に二人の顔が浮かび上がる。何かを言って、彼女に毒を飲ませてしまうのではないか。また、俺は毒になることしかできないのではないかというこの懐疑心が・・・どうにも消えない。それが。俺の口を閉ざす。

 

俺はまたしても誰かにレッテルを貼って、その上でしか自身の言葉を紡ぐことが出来ないのか。

 

欺瞞がなければ成り立たないものなんて、必要無いのではないだろうか。

 

「もう少し、生徒会の奴らや、自分を信じてみても・・・いいんじゃねぇの・・・知らんけど」

 

だから少しだけでも、『俺』は俺を信じてみたい。

 

 

 

翌日、俺達はまたしてもあの横文字の羅列を聞いていた。

 

「・・・どうやら、小さくまとまり過ぎていたようだね」

 

え、嘘、まとまってた?全然まとまっていなかった気がするんですが違うんですか?

 

「そうだね。じゃあ他の高校を誘うとか?」

 

「いいね。それなら、更なるシナジー効果を生み出してwin-winな関係を築けるかもしれない」

 

「それある!」

 

いやどこがあるんだよ。ちょっとー?ていうかあなたそれしか言ってませんよね昨日から。これは本格的にマズイ。これ以上規模が大きくなったら、完全に時間と予算が足らない。

 

「待て。そうなると、時間と予算的にも問題が出てくるから」

 

「ノーノー。ブレインストーミングはね、相手の意見を否定してはならないんだ。時間と予算が足らないなら、それをどう解決出来るかを話し合っていこうよ。だから、君の提案はダメだよ」

 

その割には俺の提案即否定ですかそうですか。

 

「他の高校となると、どこがある?」

 

なるほど、単純な否定は即潰される。つまり、案を否定するには、新たなる提案をしなければならない。

 

郷に入っては郷に従え。向こうのルールに従うなら、『When in Rome,do as the Romans do.』

 

 

「これは俺達のパートナーシップを鑑みた結論なんだが、このまま二校でやった方がお互いのシナジー効果と若いインスピレーションへの刺激となり、より高いプロモーションが完成されると思うんだが・・・どうだろうか」

 

どうだろうか。

 

「・・・グッド。つまり、若いインスピレーションである、小学生の子達をリコメンドすると・・・そういうことだね」

 

ダメかぁ〜。

 

「確かに、小学生の子達と触れ合うことで俺達のアイデアやビジョンは予想外の方向にいくことがあるもんね」

 

「僕もいい案だと思うよ」

 

あ・・・もう誰かを巻き込むのは確定事項なんですね。なんでこうも意識高い系っていうのは誰かとやることに拘りを持っているのだろうか。

 

「じゃあ、アポイントとネゴシエーションをこちらでやるとして、その後の対応を任せてもいいかな」

 

「・・・そうですね」

 

相変わらず笑顔で答える一色。

 

会議が終わり、昨日と同じように書類作成に取り掛かる。

 

すると、俺の携帯が鳴り出した。

 

「・・・悪い」

 

外に出て、電話に出る。

 

『はぁい、比企谷くん』

 

「・・・どうも。こっちは今仕事中なんですけど」

 

相手は魔王。ちなみに、俺の連絡帳の登録名も魔王。

 

『あ、それはごめーん。次からは気を付けるねー』

 

それ絶対に気を付けないやつじゃないですかー。

 

「で、用はなんですか?」

 

『んー?何してるのかなーって』

 

「仕事です」

 

『似合わないなー・・・それで、何の仕事してるの?』

 

「他校とクリスマスイベントを生徒会主体でやるんですよ」

 

『へぇ』

 

なんでそっちから訊いておいて興味無さそうな反応するんですかね。

 

「あの、もう戻りたいんで切ってもいいですか?」

 

『・・・じゃあ、最後に一つだけ』

 

「・・・」

 

彼女の言葉を聞き漏らさないように、携帯のスピーカー部分を少しだけ強く耳に押し当てた。こういう時の彼女の言葉は、大概核心を突くものだからだ。

 

 

 

 

『ちゃんと、頼るんだぞ』

 

 

 

 

それは、俺と彼女が決めた・・・或いは始めたことだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 魔王とは、世の責任を背負う存在である

 

「いろはなら、さっき抜けたよ」

 

放課後、コミュニティセンターに来たところ一色の姿がなかったのでサッカー部を覗きに来た。なんでアイツはそういう連絡をしてくれないんですかね。これじゃ二度手間じゃねぇか。

 

一色はもう向かっていたらしく、こちらに来た葉山と会話する。入れ違いになっちまった。

 

「生徒会、色々やっているんだろ」

 

「まぁな」

 

「比企谷が生徒会か・・・なにか、理由があるんだろう?」

 

「あったとしてもお前に言う理由がない」

 

「・・・それもそうか」

 

苦笑しながら葉山は答える。

 

「・・・お前達は・・・その」

 

「・・・ああ。まぁ、男子達なら特に問題は無いよ。そうそう荒立てる事でも無いしね・・・」

 

修学旅行の日以来、葉山達のグループは男子と女子で別れているような気配がある。表にはあまり出さないが、それでも以前とは違ったぎこちなさがあった。

 

「・・・まぁ・・・あの件は、何も出来んくて・・・悪かったな」

 

「・・・いや、構わない。遅かれ早かれ、綻びはどこかで生じるものだったからね」

 

「・・・ドライだな」

 

「君が思っているほど、俺は情に厚い奴でもないからな」

 

時折、葉山はこうやって諦めたような笑みを見せる。それが酷く歪で、どこか・・・あの人を思い出させる。

 

「・・・君は、いろはにも頼られているんだな」

 

「同じ生徒会ってだけだろ」

 

もしくは都合のいいように使われているだけだ。『先輩ひとりなら、扱い易いですしぃ〜』とか思ってそうだなマジで。

 

「それに、アイツが頼るとしたら俺じゃなくてお前だろ。知ってんなら手伝ってやれよ」

 

「別に、俺は頼られた訳じゃない。ただ何かやっていると匂わせてくるだけだよ」

 

アイツは相変わらずだな。

 

「君がいろはを助ける理由は・・・生徒会ってだけかい?」

 

・・・いちいち調子を狂わせてくる奴だ。

 

「・・・そうだろうな」

 

「・・・そうか。じゃあ、そういうことにしておくよ」

 

練習に戻って行く葉山の背中を見て・・・俺はどこか安心感にも似た感情を覚えた。

 

 

 

そして、この日の会議も相変わらずだった。

 

 

 

「どう計算しても予算が足りないんだけど・・・」

 

「内容を削るか規模を縮小する他ないだろ。どの道、次の会議で決を取るしかないわな」

 

PCの画面を本牧と確認しながら、計算を進めていく。駄目だ、このままやれば赤字が続くだけ・・・そうなると、イベント丸ごと吹っ飛ぶ事になる。

 

相互確証破壊って手も無いことは無いが・・・結局の所、アレだって最後の切り札みたいなもんだ。加えて、その話をしたところで海浜総合からは話し合いを勧められてそれで話が終わる。そうなると、決定打にならない。

 

・・・詰みだ。

 

「せんぱーい。小学生の子達、どうしますか?もう飾り作るの終わっちゃったみたいで」

 

忘れていた。昨日から、小学生が合流していたんだった。

 

その中には・・・鶴見留美も居た。

 

「ツリーは?」

 

「パーツと飾り一式は届いてるんですが、今作ると邪魔になりません?」

 

「センターと交渉してエントランスに置かせてもらおう。一週間前なら丁度いいだろ。当日、または前日にホールに運び込めばいいし」

 

「・・・ですね」

 

このやり方は最早アウトだ。庶務の俺が仕事の指示を出してしまっては、一色が生徒会長であるという自覚を失うことに繋がる。いくら前に進まないからと言って、手を出し過ぎだ。

 

一旦席を離れ、休憩をする。休憩と言っても、頭はやる事でいっぱいだ。この現状、一色の問題・・・そして、脳裏にチラつく奉仕部。

 

ふと、その子が目に入った。

 

「・・・上手いな」

 

一人で椅子に座りながら、彼女は・・・鶴見留美は、星の飾りを作っていた。

 

「・・・・・・こんなの、誰でも出来るでしょ」

 

どんだけ時差があんだよ。宇宙との交信かなんかか。ま、ちょっと生意気なのは変わってない、か。

 

彼女の隣に座って、俺も飾りを作る。あのままPCや書類とにらめっこしていても意味が無い。それどころか、何も進まない事に苛立ちを覚えそうになる。そうなるのだったら、目に見えて進行が分かるこういう作業の方が気休めになるだろう。

 

「他にすることないの?」

 

「無いんだなーこれが。なんなら、何も決まって無いまである」

 

「なにそれ、バッカみたい」

 

「ああ、本当に・・・」

 

 

馬鹿みたいだよな。

 

この現状も、みんなも、馬鹿みたいだよな。

 

 

何より・・・お前をそんな状況にした俺は・・・『俺』は・・・大馬鹿者野郎だ。

 

 

 

夜、ソファに寝転がりながら考える。

 

現時点で最大の問題点は、合同クリスマスイベントにある。あの場を俺一人で打倒することはほぼ不可能に近い。加えて、こちら側の全生徒会を動かしても効果はない。決定打に欠ける。

 

次点で、一色いろはが生徒会長としての自覚を持たなければならない。

 

そして、鶴見留美の現状がここに絡んでくる。『比企谷八幡』が出した解消法のせいで問題が起きているのなら、そこに更に干渉しなければならない。それは当然の義務としてそこにある。

 

 

そもそもの原因は生徒会選挙だ。

 

あの時、俺が意地になってでも『比企谷八幡』を俺に押し付けようとしていた理由はなんだ。

 

あの時、雪ノ下が生徒会長に出馬するという解決策に頷かなかった理由はなんだ。

 

あの時、それを雪ノ下に直接尋ねた理由はなんだ。

 

あの時、由比ヶ浜の制止を聞かなかった理由はなんだ。

 

 

あの時、どうして俺は俺のやり方を貫くことを選んだのか。

 

 

 

 

あの時、修学旅行での失敗を持ち出してまで雪ノ下を否定したのは何故だ。

 

 

 

葉山に同情した?

 

否。

 

戸部に同情した?

 

否。

 

あのグループに同情した?

 

否。

 

 

 

 

『助けたいと思うほどの大切な存在』

 

 

それが、雪ノ下雪乃だったからだ。

 

だから、彼女を否定した。

 

だから、彼女に頷かなかった。

 

だから、俺は『俺』を必死に取り繕うことを選んだ。

 

 

なら何故、俺は彼女を大切だと思った?

 

なら何故、俺は由比ヶ浜でさえも大切だと思っていた?

 

なら何故、俺は奉仕部の毒になってまで『比企谷八幡』で在り続けようとした?

 

なら何故、俺は由比ヶ浜のあの日の涙に心を動かされた?

 

 

なら何故、俺は奉仕部を離れるという決断をした?

 

なら何故、その結果を望んだ?

 

 

 

何故、その理由を求め続ける?

 

 

『欲しい物があるから、人は諦める。欲しい物があるから、人は追いかける』

 

 

『欲しい物があるから、理由を見つけようとする・・・そしてその理由が、人を大人にするんだよ』

 

 

そんな言葉が、浮かび上がって来た。

 

 

 

 

ならきっと、今もこうして俺が考え続けているのは・・・『その理由』が、分からなかったから。

 

 

 

 

 

翌日、俺はあの部屋の前に立っていた。今にも足がすくんでここで崩れ落ちてしまいそうだった。

 

しかし、それは出来ない。

 

ちゃんと考えて、ちゃんと決断をして、こうすると決めたのだから。

 

それが今だと、漸く分かったから。

 

扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

中からはいつもと同じ、聞き慣れたあの声が聞こえて来る。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

扉を開けると、中に居た二人は俺を見て行動を止めた。

 

「ヒッ、キー」

 

扉を閉め、俺は椅子のある所に歩き出す。

 

いつも座っている椅子ではなく、依頼人が座る椅子へ。

 

「・・・」

 

雪ノ下は俺を見た後、すぐに目を逸らした。

 

深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 

「一つ、依頼がしたい」

 

俺の言葉に、雪ノ下と由比ヶ浜の目が見開く。

 

「今、生徒会でクリスマスイベントというのを海浜総合高校と合同でやっている。それが想像以上にやばくて・・・手伝ってもらいたい」

 

「・・・けれど」

 

「言いたいことは分かる。無論、由比ヶ浜が言いたいことも、なんとなく分かる」

 

由比ヶ浜はあの日、『奉仕部が好きだった』と言った。俺が自分で壊しておきながら、そこに依頼を持ち込むなんてあまりにも馬鹿げている。そんなの、分かりきっている。

 

「そこに、千葉村に居た鶴見留美も居て、相変わらずだ。俺の解消法でそうなったのなら、どうにかしたい。虫のいい話をしているのは分かっている。自分で『ここ』に亀裂を生み出した俺が依頼をするのもおかしいことだとも分かっている・・・だが、お願いしたい」

 

少しの沈黙が訪れる。鳴り響く時計の音は、刻々とこの沈黙の終わりを予兆させる。雪ノ下は顔を伏せ、由比ヶ浜は俺を見ている。

 

「あなたのせい、そう言いたいの?」

 

「奉仕部も含め、大体がそうだ。俺の責任だ」

 

「・・・そう。なら、そのクリスマスイベントも鶴見留美さんのことも、あなたがやるべき事よ・・・それに、奉仕部の事は・・・もういいわ」

 

あの日決別をした。

 

だから、こうなることは分かっていた。考えるまでもなく、こうなるだろうという事は知っていた。

 

 

「待って・・・そうじゃ、ない。そうじゃない、気がする」

 

 

再び訪れた沈黙を破ったのは、由比ヶ浜だった。彼女の声が、教室に響く。

 

「ヒッキーが奉仕部を離れて生徒会に入ったのだって何か理由があるんだって、本当は気付いていた・・・でも、あたしは・・・あたし達は、それに気付かない振りをして、ヒッキーを責めた」

 

その言葉に、再度雪ノ下の顔が俯く。

 

「あの修学旅行の日、あたし達は依頼を失敗した・・・心のどこかで、ヒッキーならどうにかしてくれるって・・・そう思ってた・・・そう押し付けてた・・・今までの依頼だってそう」

 

「いや、押し付けてたっていうのは違うだろ・・・」

 

そうだ。押し付けてたなんて、それは俺の方だ。俺が彼女達に、押し付け、そして自分自身にも押し付けていた。

 

 

『こういうやり方しか出来ないのが比企谷八幡』だという事を。

 

 

「違わないよ。だからきっと・・・ヒッキーが生徒会に入ったのだって、あたし達が理由なんでしょ?」

 

「それ、は・・・」

 

「・・・あたし、ずっと卑怯なんだ・・・それに・・・ゆきのんも、卑怯だよ」

 

「・・・今、それを言うのね」

 

伏せられていた雪ノ下の顔は由比ヶ浜に向けられている。

 

「待て、そういうことを」

 

「ゆきのん、全部ヒッキーのせいにして自分は被害者のままでいようとする所、ズルいと思う」

 

「・・・あなただってそうでしょう。私と比企谷くんに責任を押し付けて、自分だけは無関係でいようとする」

 

俺の声は由比ヶ浜と雪ノ下には届かず、二人は言葉を発する。

 

知らなかった。

 

俺が居ない所で、そんなことになっているなんて。

 

知らなかった。

 

俺が居たことで、こうなってしまっていたことを。

 

知らなかった。

 

 

二人に、こんな一面があるなんて。

 

 

「・・・いいんだ。奉仕部の事も、鶴見留美の事も・・・今までのことだって、責任は俺にある」

 

 

それを、今初めて見た。

 

 

二人の悪い所を、汚い所を、卑怯な所を、酷い所を、見た。

 

 

「違う・・・違うよ、ヒッキーだけの責任じゃ、ない、よ・・・」

 

 

なのに、なのに・・・なのにどうして・・・どうして俺は・・・失望していない。

 

 

 

どうして、お前達は・・・雪ノ下は、由比ヶ浜は・・・離れてくれなかったんだ。

 

 

俺の悪い所も、汚い所も、卑怯な所も、酷い所も、最低な所も、陰湿な所も・・・そういう負の部分を見せつけたのに・・・何故、離してくれない。

 

 

どうして、俺は・・・二人を諦めていないんだ。

 

 

「・・・雪ノ下」

 

「・・・」

 

雪ノ下の瞳は、少し濡れていて、様々な感情を伝えてくる。

 

「俺は、お前に・・・押し付けていた。雪ノ下なら間違わないって・・・雪ノ下は、正しいんだって・・・」

 

「・・・」

 

「・・・由比ヶ浜」

 

由比ヶ浜の目からは、涙が零れていて、あの日のように俺の心に落ちる。

 

「由比ヶ浜にも、押し付けてたんだ。由比ヶ浜は優しい奴だって・・・由比ヶ浜は、綺麗な子なんだって・・・」

 

すれ違っていたこの距離に、漸く気付いた気がする。

 

 

「・・・俺は、お前達をちゃんと見ようとも、してなかった・・・ただ勝手に押し付けて、それをお前達だって、思い込んでいたんだ」

 

 

気付けば、俺の目からも・・・涙が溢れていた。声だって変に上がり、嗚咽が漏れる。

 

 

 

「俺は・・・お前達をちゃんと知りたいと・・・思い上がっている。だから・・・雪ノ下を、由比ヶ浜を・・・知る理由が欲しい」

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜が、分からない。

 

本当はどういう人なのか、分からない。

 

他にどんな一面があるのか、分からない。

 

人が、分からない。

 

今までなら、こんな事は思わなかった。どうして、この二人を知りたいと思ったのか・・・結局の所、その理由は今も分からない。

 

 

だからこそ、俺はその理由が欲しかった。そうやって、納得したい。そうやって、理解したい。そうやって、受け止めたい。そうやって、受け入れたい。

 

 

『比企谷八幡』に・・・教えたい。

 

 

 

『これ』がその理由だって・・・そう言って、

きちんと終わらせたい。

 

 

 

「俺は・・・お前達と、向き合いたい・・・その機会を・・・くれないか」

 

 

 

言うつもりのなかった言葉は、全部出ていた。

 

比企谷八幡が思っていたことを全て、口にしていた。

 

「・・・あの日」

 

嗚咽混じりの雪ノ下の声が、俺の耳に届く。

 

「あの日、私はあなたに『あなたのその在り方、嫌いだわ』と、そう言ったわよね」

 

「ああ、覚えている」

 

忘れもしない。決して、忘れる事など出来ない言葉だ。

 

「全部、自分一人でやって・・・その責任を、その結果をあなた一人で背負って・・・それで、全てが丸く収まったと思っている・・・そういうあなたの在り方に、私は酷い嫌悪感を覚えた」

 

予想外の告白だった。雪ノ下が、そう思っていたことなんて・・・俺は全く予想していなかった。

 

「でも、知らず知らずの内にそれに甘えて、あなたに責任を、それが『比企谷八幡』だって、押し付けていたの・・・だから、本当に糾弾されるべきなのは、私の方、なのね」

 

「・・・違うよ、ゆきのん。あたしにも責任があるの。ヒッキーとゆきのんに全部押し付けて、あたしは、ずっと・・・何もして来なかった。一番卑怯なのは、あたしなの」

 

そう言って、由比ヶ浜は雪ノ下のことを抱き締めた。

 

 

誰しもが、責任を求めた。

 

誰しもが、責任は自分にあると言った。

 

 

分かっている。

 

 

責任というものが、そんな簡単なものじゃないということくらい。

 

そんな言葉一つで変わるものでもなければ、そんな言葉一つで所在がハッキリするものでもない。

 

 

「けれど、比企谷くん・・・私は・・・私達は、少なくとも、今のあなたを知った・・・知っている・・・・・・あなたの依頼を・・・受けるわ」

 

「あたしも、手伝う」

 

 

 

『自分に責任がある』なんて言葉・・・俺達みたいな子供では重くて、重くて・・・一人じゃ背負いきれない。

 

 

「・・・助かる」

 

 

でも・・・もし、もしも、その責任でさえも背負いたいと思えるような関係性があるのなら・・・俺は、それを求める理由をいつまでも探し続けたい。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 魔王とは、世界に挑戦するものである

 

『それで、どうしたの?』

 

学校から帰って来て、俺はソファに体を投げ込みそこで悶えていた。羞恥と哀愁と、多分憐憫のような何かに心を苛まれながらゴロゴロとしていた所、電話がかかってきた。

 

「まぁ・・・はい。端的に言うと、死にたいです」

 

それはもうシンプルな回答を言った。

 

そう、俺は今・・・絶賛死にたいのである。

 

どうして俺はあんなにも恥ずかしいことを言ったのだ。馬鹿か!?馬鹿じゃねぇの!?ばーかばーか・・・もう、死んじまえ。

 

『全く伝わらないから、ちゃんと説明しなさい』

 

「・・・はい」

 

スマホの向こう側から聞こえる魔王の声に、なんとか意識を保ち今日あったことを伝える。

 

無論、俺の恥ずかしい発言は切り取った上で顛末のみを伝える。この人にまで知られたら、完全なる黒歴史確定だ。ただでさえ限界だというのに。

 

『なるほどね・・・大体は分かった』

 

「そういうわけ、です」

 

『そうだねぇ・・・私の言葉の意図を読んで、奉仕部に頼ったのは偉い』

 

まぁ、そういう話でしたし。

 

『ただね、比企谷くん』

 

幾らか低いトーンがスピーカーから鳴り響く。冷えているその声音は、いつかの雪ノ下のそれよりも酷く俺の背中に、何か心地の悪いものを走らせる。

 

 

『頼れ、とは確かに言ったけど・・・繋ぎ止めろなんて、私は一言も言ってないよ』

 

 

「・・・」

 

『頼る時は相手を間違わないこと、そして魅力あるメリットを提示すること。それは前に聞いたよね?』

 

思い出すのは、文化祭での舞台袖であった雪ノ下と彼女の会話。あの日、彼女は雪ノ下の交渉に乗らなかった。

 

『相手は間違えてないし、もちろんそのメリットがこれから発揮されると思う・・・けどね、それをも凌駕するデメリットがあるのなら、それはもう失敗なんだよ』

 

何時だかの言葉を思い出す。その言葉は、確かこうだった。

 

『私があの文化祭の日に雪乃ちゃんの提案を断ったのはね、他に興味があったからだけじゃないよ。その興味も、メリットも、それら全てを殺す程のデメリットがあったから』

 

彼女のその言葉は、俺も理解していた所だった。否、その後になってそれが明確になっていた。

 

「・・・分かってます。そこの所は、ちゃんとするつもりです」

 

『当然だよ。その為に君は生徒会に入ったんでしょ?・・・全く、ギリギリのグレーゾーンを攻めてどうするの』

 

「・・・予想外の事態になってしまいまして」

 

本当だよ?本当に、あんな事を言うつもりは無かった。

 

思い出すのは、数時間前の光景。

 

ぐ、ぐおおぉぉぉぉ・・・死にたい。恥ずかしくて死にそうだ。頭を抱えて再びソファで蹲る。うう・・・また泣きそう。

 

『・・・まぁ、それは後々どうなるかって所かな』

 

「そう言って貰えると助かります」

 

『はぁ』

 

呆れたような溜息が聞こえてくる。止めて、そんな溜息を聞かせないで。色々限界だから。

 

 

 

『・・・そうまでして、予想外の事態になってでしか繋ぎ止められない・・・比企谷くんが欲したものは、そういうものなの?』

 

 

時間が、止まった。

 

もちろん比喩だ。時間は流れ続けており、部屋の時計はその秒針の音を鳴らし、時間の進みを教えてくれている。

 

だが、時間が止まったという比喩を用いなければならない程に、俺の思考は止まっていた。

 

彼女から発せられたその言葉は、そういう類いのものだった。

 

 

「・・・そうなります、ね」

 

 

辛うじて出た言葉、こんな陳腐なものだけだった。一切の弁明も無ければ、補正すらない。補完も、補填も、何も無い。ただの一言、肯定でしかなかった。

 

『・・・じゃあそれはきっと、すれ違いの中で初めて気付くものなんだろうね』

 

思い当たる節があった。奉仕部の二人とすれ違っていたあの距離。あの距離があったからこそ、俺はあんな事を言ったのだ。すれ違いがなければ、俺はその事にすら気付いていなかったのだろう。

 

『ま、これ以上その関係性が歪まないようにするんだぞ』

 

 

 

ならば、俺が欲した『その理由』とは一体、どれほど道を違えれば見つかるのだろうか。

 

 

 

「覚悟しとけよ」

 

雪ノ下と由比ヶ浜を連れ、俺達はコミュニティセンターに来ていた。

 

今日からは彼女達にも会議に参加してもらう。その事については一色にメールで確認を取ってもらっているので問題は無いのだが・・・問題が無いのは寧ろその点だけなのである。問題はあるのにそれ以外が無いとかマジで最悪だなこの状況。

 

扉を開けると、玉縄が挨拶をしてくる。

 

残念ながら、二人はそれを無視して用意した椅子に座る。

 

なんなら、今回の会議も特筆すべきものは無かった。

 

 

 

会議(?)が終わり、エントランスにあるベンチに座ると雪ノ下は溜息を吐いた。

 

「想像以上ね・・・聞いているだけで苛立ちとストレスを感じるわ」

 

同感です。俺達生徒会、本当によく耐えているもんだと思う。

 

「どうしよっか」

 

「・・・分からん」

 

由比ヶ浜の困ったような問いに、同じような意味を込めて返す。話にならない以上、どうすればいいのか分からん。

 

「とりあえず、出来ることをしよう」

 

頷きを返すと、俺は再び会議室に戻り書類作成に取り掛かった。

 

 

 

「・・・諦め切れなかった、か」

 

翌日、一色を含めた俺達四人は平塚先生の所に来ていた。何も進展がない以上、大人に相談してみるという結論に至ったからだ。

 

そんな言葉で迎えられた俺達・・・俺は、苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らすしか無かった。確かに、この様子を見ればそういう事になる。

 

「・・・元来、諦めは悪い質でして」

 

「・・・なら、仕方ないな。それで、相談とは何かね」

 

とりあえず、現状の問題点の中で一番大きなもの・・・即ち、予算についてを相談していた。

 

「なるほど・・・君達はクリスマスの何たるかを分かっていないな」

 

いやなんでそういう話になるんですかね。少しくらい知ってますよ?例えば、イエス・キリストの生誕を祝う日とか。因みに、誕生日ではなく、生誕を祝う日なのだ。これは同じように見えて実は大きく違っていたりする。

 

「じゃじゃーん!これだー!」

 

突飛なテンションで彼女から出されたのは、チケットのようなものが四枚。よく見ると、デスティニーランドと書かれている。デスティニーランドとは、千葉県にある最大のテーマパークだ。パンダのパンさんが居たりする。

 

「どうしたんですか?これ」

 

「結婚式の二次会で当ててな・・・二回。『一人で二回行けるね!』と言われたよ・・・それも二回」

 

ちょっと、なんてこと言うんですか。この人なら一人で四回行った挙句、楽しくなっちゃって五回目を自腹で行くに決まってるでしょ。下手すると、六回目辺りに陽乃さんがそれを聞きつけて俺も強制連行されちゃうまである。想像するだけでカオスな状態だ・・・。

 

「これをやるから少し勉強してきたまえ。息抜きにもなるだ」

 

「いいんですか!?ありがとうございまーす」

 

平塚先生が言葉を言い終える前に、一色は彼女の手からチケットを取った。一色さん、あなたそれ失礼ですよ、大丈夫ですか?

 

「なんでこんなクソ混んでる時期に」

 

クリスマスにデスティニーとか定番過ぎて激混みだろ。人混みとか苦手なんで勘弁して貰えませんかね。

 

「いいじゃーん。行こうよー」

 

ああ、これはもう雪ノ下さんったら由比ヶ浜に押し切られるパターンに入りましたね。

 

「比企谷」

 

小声で平塚先生に呼ばれる。

 

「なんですか」

 

彼女達に聞こえないように、少し離れる。

 

「君が彼女達を繋ぎ止めた理由、分かるか?」

 

「・・・・・・それは・・・今、見つけているところです」

 

「・・・そうか。じゃあ、もっと考えないといけないな。そうして色んなものを消していって、色んなものを手放して、色々なものが必要無かった事に気付く・・・そういう日が、きっと来る」

 

横暴だ、とは口にしなかった。そんな未来が、いつかは来るのかもしれない。そんな、ある種の希望的観測が本当に当たる日が来るのかもしれない。

 

この無数にあるであろうガラクタを、全て捨てる日が。

 

 

「だからそれまでは・・・諦めの悪いままの、子供で居てくれ」

 

 

彼女の願いのような吐露が、俺の胸に強く残った。

 

 

 

 

デスティニーランドに行く日、彼女はそこに居た。予想していなかった。予想など出来なかった。彼女が、この人がこの日、この集合場所に来るなんて考えもしなかった。来るはずがないと、完全に切り捨てていた。

 

この人なら、こういう時に必ずと言っていい程に現れていたのにも関わらず。

 

 

「ひゃっはろー。今日は、みんな楽しもうね」

 

 

 

 

 

魔王・・・雪ノ下陽乃が、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。