蒼穹のファフナー 怒れる瞳 (望夢)
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蒼穹のファフナー 怒れる瞳

クロスレイズやってたらなんか電波受信したんで書きなぐってみました。そんな適当な理由の落書きみたいなもんだから色々と台無しかもしれないけど赦して。


 

「くっそぉ……っ」

 

 目の前のひび割れたディスプレイに映る金色に輝く美しい『敵』を睨み付ける。

 

「ぐあああああっ」

 

 機体が大きく揺さぶられる。死に体の此方に対して敵は容赦と言うものを知らない。

 

「っぐ、帰るんだよ…っ、俺たちの、島にっ」

 

 漸く帰れる。帰ったら先ずは「ただいま」を言ってやらないとアイツは寂しがってるだろうし。

 

「死んで、たまるか…っ」

 

 俺が死んだら、アイツはひとりぼっちになる。それだけはしちゃいけないだろう。

 

「必ず、帰るって約束したんだ…っ」

 

 身体から生えて来る緑色の結晶。それが生えて来る場所に激痛が走る。まるで身体の中から石の杭が突き破って来るかのような痛みだ。

 

『あなたは、そこにいますか?』

 

 そう敵が問い掛けてくる。

 

 どうしてそんなことを聞いてくるのかはわからない。だだその問いに答えてはならないと教わった。でも――。

 

「ああ、居るさ。俺はまだ、ここにいるっ」

 

 そう答えると身体中の痛みが引いていく。それと同時に身体の感覚が鈍くなっていく。心の感情さえ消えていく。死んで堪るかという、生きて島に帰るという気炎が喪われていく。

 

 それが敵の同化現象。そうして敵は俺たちから奪っていく。父さんも母さんも、俺が死んだら敵は島を襲うかもしれない。そうしたら島に居るアイツだって襲われるかもしれない。唯一の家族さえ奪っていく。

 

「そんな、好き勝手…、させるもんかああああ!!!!」

 

 消えかけた心に灯るのは激しい怒り。同化現象によって色が変わってしまった紅い瞳に宿る怒りの炎が失いかけた心を繋ぎ止める。

 

 Lボート自爆まで残り380秒――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 竜宮島――。

 

 日本のド田舎の小さな島に俺たちは住んでいる。

 

 人口は二千人程度の、小さな島にしては少し人が多いと感じるものの、やっぱり田舎の漁師町のあるそんな島で、俺は妹と二人暮らしで過ごしている。

 

Pi、PiPi、PiPiPiPi――!!

 

「ん……っ、んあ…?」

 

 目覚まし時計の音で目を覚ます。手探りで時計を探して身を捩ろうとするものの、なんでか身体が動かない。それでも煩い目覚まし時計を手で探して黙らせる事には成功する。

 

「んっ、ふぁああぁ……っ。……またか」

 

 身体が動かない原因は別に金縛りでもなんでもない。ただ妹が布団に入ってきて抱きついて居るからだった。

 

「おい、起きろって。マユ起きろ」

 

 名前を呼びながら妹の身体を揺すって起こす。

 

「んっ、んむぅ……。あと5分……」

 

「なにお約束みたいな寝言言ってんだよ毎回。今日は卒業式なんだから遅刻出来ないんだぞ?」

 

 布団に潜って抱きついていたのは妹のマユだ。ちなみに俺とマユは名字は漢字だけど名前はカタカナだ。外国人だった母さんがそう名付けたかったらしい。

 

 らしいと言うのは俺自身それを他人からの又聞きだからだ。そんな会話をする前に両親は事故で死んだ――という事になっている。

 

「ゃぁ…、まだ眠ぃ……」

 

 グッと妹の腕の力が強くなった。いや放せよ。朝ごはん作れないだろ。

 

「コラ、マユ放せよ。朝メシ抜きになるぞ」

 

 食事を作ってくれる両親が居ないのだから必然的に食事を作るのは俺の役目になった。

 

 普段からしてこんなだから何時も学校に行く時間は結構ギリギリだ。でも今日は卒業式があるから遅刻なんて出来ない。だからマユには早く起きて欲しい。でないとマジで朝メシ抜きで昼まで過ごさないとならなくなる。

 

 男の俺は我慢できるものの、妹のマユにはそんな事は出来ればさせたくない。

 

「ぅぅ、…いいじゃんちょっとくらいー」

 

「良し起きたな? 取り敢えず放せ。あと先シャワー浴びてこいよ。そしたら髪乾かして結んでやるから」

 

 中々起きない妹に、すぐに起きる魔法の言葉を使う。こう甘やかしてるから兄離れが出来ないんだよなぁ。

 

「ホント!? すぐ起きるっ、今起きた! おはよお兄ちゃん! んじゃシャワー行ってくるっ」

 

 魔法の言葉は効果覿面で、すくっと今までのグズがウソみたいに起き上がった妹はそのままパタパタと忙しなく風呂場に向かった。

 

「おう。おはよ。ったく、現金な妹だな…」

 

 俺は辛うじて両親の顔とか覚えてるものの、マユの場合は物心つく前に両親は死んでる。だからか、マユは両親に向ける筈だった甘えを全部俺に向けてくるからかなりの甘えん坊だ。

 

 それは唯一の肉親だから。子育てという意味で甘やかしすぎたからか。或いは俺自身目に入れても痛くないほどマユを溺愛してるからか。

 

 色々な事が重なってああなったんだろうが、男女七歳にして同衾せずって言う言葉もあるから中学入学と同時に就寝は別けたんだ。が、そんなこと関係ないと言わんばかりに毎日妹は俺の布団にいつの間にか潜り込んでいる。

 

 一回部屋のカギを閉めた事だってあるんだけど、朝起きたら泣き腫らしたマユが部屋の前に立っていて、身体はすっかり冷たくなってて目元に隈も作ってとてもじゃないけどマズい事があったんで、それ以来カギを閉める事はしてない。

 

 それから以前よりも甘えに遠慮というか加減が無くなった気もするものの仕方がない。遠見先生にも無理に突き放さないであげてとも言われてる。

 

 俺が唯一の家族で、マユの事を目に入れても痛くないって思ってる様に、マユも俺に対して色々と想いを抱えてるって事なんだろう。

 

 そんな妹でも髪の毛のセッティングとか、例えば添い寝とか耳掻きとか条件を出すとすぐに言うことを聞いてくれる。少し妹の将来が心配だ。

 

 俺だっていつまでもマユと一緒に居られるかはわからない。本当ならもう大人に混じって働く義務がある。でもせめてマユが「卒業」を迎えるまでは待って貰っていた。それまでは家庭に非日常を持ち込みたくない俺のわがままでもあった。

 

「お兄ちゃーん、シャンプー切れちゃったー!」

 

「はいはい。今持って行きますよっ」

 

 こんな平和がいつまでも続いて欲しい。

 

 せめて妹だけでも、こんな平和な日常の中に居て欲しいと願うからこそ、戦うための覚悟もすんなりと持つことが出来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 入り江の港、快晴の空の下。『卒業おめでとう』と書かれた垂れ幕が潮風に揺れていた。

 

 夏真っ盛りの時期にこの炎天下での屋外での卒業式は、普通の健康体の自分達でも辛いものがある。

 

 俺の視線は壇上生徒会長に向けられていた。ただでさえ身体が余り丈夫じゃない生徒会長が倒れやしないか内心肝が冷える。それは隣の副会長もそうだろう。

 

 在校生や教師陣の視線の先には旅行鞄や手荷物を持った五人程の卒業生が居る。

 

 彼らは今日から義務教育から卒業して世界の真実を知り、そして大人たちの仲間入りを果す。

 

 ある程度の纏まった人数が集まると卒業式が開かれる。メモリージングされた知識が認識された子供たちが「卒業」の対象になる。時期に個人差があるのはあくまでも島で「平和」を学んで欲しいという大人たちの願いがあるからだった。

 

 その切っ掛けはわからないが、俺の場合は両親の死を聞いた時だった。その時点でメモリージングされていた知識をまだ幼い自分が受け止めるには余りにも余裕が無さすぎて、軽いパニックになったもののお陰で妹を守って育てて行こうという確かな意志を持つことが出来た。

 

「えー、どうか、お元気で。この島での生活を忘れないでください…」

 

 そう生徒会長の僚が締め括って卒業式が終わる。

 

 そのまま送別式も始まるが、少しの休憩もある。というかでないとみんなこの炎天下じゃ干上がる。

 

「よう。お疲れさん、生徒会長」

 

「ああ。まぁ、俺は用意されたセリフくっちゃべるだけだから楽で良いけどな。てか今日はあっついなぁ…」

 

 緑茶の入ったボトルを渡しながら、腕で日差しから影を作って気だるげに燦々と輝く太陽を見上げる僚の隣に腰掛ける。

 

 僚とは家が近所で、もう十数年の付き合いの友達だ。

 

「身体、平気なのか?」

 

「まぁ、なんとかな。さすがに卒業式を休んじゃ生徒会長の名が泣くってね?」

 

 そうおどけて見せる僚。一応は大丈夫に見えてもいつ貧血で倒れるかわからない。僚は肝臓が悪い。母親も同じ病気で二年前に亡くなっている。僚の母さんには俺もマユもかなり世話になった。マユからして母親代わりみたいな人でもあったから、亡くなった時は一日中わんわん泣き通しだったのを覚えている。

 

「まぁ。ムリはするなよ?」

 

「ご心配どうも。でも大丈夫さ」

 

 自分が辛くてもそれを他人には見せない僚。でも十数年友達やってれば、今も無理しているのは見てわかる。

 

「お兄ちゃーーんっ」

 

「うおっ!? だああっ、なんだよマユ! 暑いんだからひっついて来んなよ!」

 

 座っている俺にのし掛かってくる様にマユが首に腕を回して引っ付いてきた。こんな炎天下で引っ付かれると暑いのが更に割り増しになるからやめて欲しい。

 

「えー? こんな美少女な妹が抱きついて来たらお兄ちゃんだって嬉しいクセにぃ」

 

「自分で美少女なんて言ってたら世話ないな。ったく」

 

「ははっ。相変わらず仲良いなふたりは」

 

「これ見て仲良いなで笑って済ませるなよ…」

 

 隙あらば抱き着いたりしてくる妹の過剰スキンシップはどうにかしたいものの、それは今すぐにはどうにもならないワケで好きにさせておくしかない。

 

 実際本人が言うように美少女な所為で男子からの嫉妬紛いの視線が飛んでくる。いやコイツ妹だからなお前ら。女なら妹でもOKとか、寧ろ妹だからとかバカな言葉も飛んでくる。

 

 取り敢えずお前たちみたいな邪な輩には妹はやらないから安心しろ。

 

 しかし身内贔屓なしにしてもマユが可愛いと言うのは事実だ。実際中学に上がってまだ3ヶ月しか経っていないのに10回以上告白されてるらしい。ラブレターも結構貰ってる。

 

 でもその尽くをアイツはバッサリと情け容赦なくフっている。

 

 そのフリ文句がまた困ったもんで、「お兄ちゃん以外に興味ないから」だそうだ。

 

 お陰で下級生の間じゃ俺はシスコン扱いで白い目で見られる事だって時としてあるんだ。……あまり間違っちゃいないのがなんとも言えねぇ。けどそれはマユが唯一の家族だからつい甘くなってるってだけで世間一般のシスコンとは違う。違うはずだ!

 

 因みにこれを僚に訊いてみたら「いや違わないんじゃないか?」って言われた。それでも違う! ただ俺は兄である前にも育ての親としてマユに甘いだけのこれは親心ってやつだ!

 

 だから普通に「今は恋愛とか考えてない」とか、興味がないとかそういった理由でフれば良いじゃないかとマユに言ってみたら「だってそんな断りかたしたら他の人だって期待して今より余計に呼び出されたりするかもしちゃうかもだし。それにマユはお兄ちゃんとケッコンするから他の人なんてどうでも良いもん」と宣った。

 

 何処で育て方を間違えたんだ俺は。イヤこれは女の子が1度はあると言われてる「わたし将来パパのお嫁さんになるの」っていうアレだ。これから二次成長を経てちゃんとした相手を見つけて普通に恋愛とか興味を持つに違いない。

 

 確かにマユが男と恋愛するのは心配というか寂しいというか。いやだからこれはシスコンじゃなくて親心だ!

 

 ともかくそんな将来が色々な意味で心配な妹に引っ付かれながら、僚と他愛のない会話をして残りの休憩時間を過ごす。こんな時間があと何回訪れてくれるのかと噛み締めながら。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 休憩も終わって送別式を経て、船が手を振る「卒業生」たちを船尾に乗せて港を離れていく。

 

 これから外の世界の真実を知った彼らは、島の子供たちとは違う「大人」の仲間として過ごすことになる。それは竜宮島ならではの光景だった。

 

 無事卒業式も終わって在校生は学校に戻る。放課後の生徒会室で書類整理をしていると僚は窓の外をぼんやりと眺めていた。サボりに見えるだろうが、アレは調子が悪くて青くなってる顔を他人に見せないようにしてるだけだ。つまりそれだけ今の僚は具合が悪い。

 

「あーあ、ダメだありゃ」

 

「……何がですか?」

 

 僚の呟きに声を振ったのは後輩の総士だった。

 

「剣司と一騎の決闘。剣司に賭けてんだよなぁ、俺。シンも剣司だったっけ?」

 

「まぁ、あの負けん気としつこさは素直に尊敬するよ」

 

 話を振られて書類から顔を上げて答える。すると窓の外を見る総士の姿が目に入る。その表情から感情は読み取れない。

 

「総士はどっちに賭ける? ちなみに剣司は13連敗」

 

「……興味ありません」

 

 そう答えた総士は窓から顔を話して生徒会室から出ていく。

 

「お先に失礼します」

 

 本当に興味がない訳じゃないだろう。そう思わせる間があった。

 

「……昔は仲良かったんだけどな」

 

「え?」

 

 僚の呟きに反応したのは今度は副会長の祐未だった。

 

「一騎と総士。小さい頃、良く一緒に遊んだろ?」

 

 確かにそんな時もあった。あの頃のふたりはいつも一緒で見てるこっちも微笑ましくなるくらい仲良しだった。あの二人は親も親交があるからほぼ兄弟みたいに育って来たって感じだった。

 

 それが疎遠になったのは、総士が左目を失明する大ケガをしてからで。そして一騎もその時辺りから今までの活発さがウソみたいに大人しくなってしまった。

 

「……遊べなくなる事情があるんでしょ。……お互いに」

 

 そう溢した祐未の言葉は果たして一騎と総士に向けたものか。

 

 それから少しして僚は肝臓の病が発覚して、祐未も父親の病気でその看病を始めたからめっきり遊ぶという事がなくなった。

 

 重い空気の中で足元を見やった僚は口を開いた。

 

「なあ……祐未。副会長のお前に、折り入って頼みがあるんだけど」

 

「なに?」

 

「俺が卒業したら、コイツを飼ってやってくれないか?」

 

 そう指したのはいつも僚と共にいる老犬のプクだ。小さい頃、学校に行けなくなった僚に友達だと僚の母さんが連れてきた犬だった。

 

 普通に「卒業」するだけならそんなことを言う必要はない。でも僚の卒業は他の「卒業生」とは異なるもので、俺もマユに同じようなことを、アイツからすればもっと酷な事を伝えないとならない。

 

「バカ! 一緒に連れてってあげなさいよ、可哀想でしょっ」 

 

 その僚の言葉に祐未は声を荒げた。僚がどれ程プクを大切にしてるかなんて僚との幼馴染みなら誰だって知ってる事だからだ。そんな愛犬を他人に任せて「卒業」する事に祐未は何かを感じて怒ったのかもしれない。

 

「あ、やっぱり……?」

 

 断れた僚はそう言って椅子から立ち上がった。それに倣ってプクも立ち上がる。

 

「じゃ、俺、用事あるから」

 

「ちょっと、僚…!」

 

 祐未の言葉に立ち止まる様子もなく生徒会室を出ていく僚に視線を投げるもウィンクされた。心配ないって言ってるんだろうけど、それだと却って心配になってくるんだよ。

 

「あ、将陵先輩」

 

「よ、蔵前。あとよろしくー」

 

 生徒会室の出入り口で鉢合わせた蔵前に僚は手を振りながら去っていった。

 

 追い掛けた方が良いんだろうけど、そうなると余計な気をまわすなって少し不機嫌になるからなアイツは。自分の弱った姿を見られるの好きじゃないからな。いやそれは誰でもそうか。

 

「将陵先輩、先に帰っちゃうなんて。明日、終業式だってわかってるのかな?」

 

「……病院に行くって、言いたくないのよ。あいつ」

 

「え…?」

 

「今日だって…、来るだけで精一杯だったのよ、きっと。…その辺どうだったの? シン」

 

「一応迎えに行った時は元気だったけど、この暑さだったからな。まぁ、間が悪かったんだよ」

 

「そう。もう少し文章短くすれば良かったかしらね」

 

 話を振られて応えた俺の返答を聞いた祐未の表情がやや暗くなる。ホント間が悪い。

 

「アレ以上短くはならないし、それしたら文章おかしくなるからアレはアレで良かったんだぜ?」

 

「ありがと。少し気休めになったわ」

 

 フォローを入れちゃみたけど、祐未はそれでも少し暗かった。祐未を元気にするにはやっぱりアイツじゃないとダメらしい。

 

「でもま、あいつが怠け者なのは事実だからね。私たちがしっかりしましょ!」

 

「……はい!」

 

「ああ」

 

 まぁ、僚なら元気であっても怠け者気質は昔からだし。それを知ってるから暗い雰囲気を吹っ切る様に敢えて明るく頷きあう。

 

「じゃ、あと頼んでも良い?」

 

「俺が? 俺よりも祐未が行く方喜ぶんじゃないか?」

 

「どうせ途中でへばってるんだろうから、そんなあいつを女の私が担いで遠見先生の処まで行けるわけないでしょ」

 

「それも、確かにそっか。わかった。じゃ、あと任せた」

 

 祐未に僚のあとを追う様に託されたものの、俺よりも祐未が行った方が僚も喜ぶと思って気を使ったものの、確かに途中で動けなくなってるかもしれない僚を丘上の遠見先生の診療所に連れていくには男手が必要だ。まだ明日の終業式の準備もあるけど、そっちは女手でも出来る仕事だからと祐未はそうして俺に僚を追う側に回した。

 

 代わりに祐未にはマユに伝言を頼んで、教室に鞄を取りに戻ってから俺は僚のあとを追った。とは言うものの、僚がどのルートで遠見先生の所に向かったのかわからないから少し走り回るハメになった。

 

 そうしたら途中で誰かに肩を貸してもらって歩く僚の姿をようやく見つけた頃には俺も走り回ってくたびれかけだった。ホント今日の太陽は間が悪い。

 

「ハァ……、ハァ……、……僚! っと…」

 

「よう。シン、どうしたんだ?」

 

「飛鳥先輩…?」

 

 僚が肩を借りていた相手は一騎だった。

 

「どっかの誰かさんがへばってないかって思ったから追って来たんだよ。ま、その様子じゃ案の定ってやつか」

 

「ははっ。まぁ、親切なヤツのお陰で割と大丈夫だったよ。んな?」

 

「は、はぁ……」

 

 全然大丈夫じゃなかったんだろう。話を振られた一騎も微妙な顔してるぞ。

 

「そんで一騎、悪いんだけどこのまま僚を遠見先生の所まで頼めるか?」

 

「え、ええ。最初からそのつもりでしたから、良いですけど」

 

「おいおい。お前なにしに来たんだよ?」

 

「うっさい。誰かさんのお陰でこっちは町内2週したんだからな…!」

 

「はいはい。それはごくろうさまなこって」

 

「ふん。今夜はおかず1品減らしてやる」

 

「……仲、良いんですね。二人とも」

 

「まぁ、長い付き合いだしな。な、兄弟?」

 

「ハン! このお調子モン…!」

 

 別に本気で怒ってる訳じゃない。でもやっぱり僚の言葉に少しだけイラっとしたから突っ掛かったけどもこの程度いつもの事だ。

 

 そんなじゃれあいで俺たちが仲が良いと言える一騎は鋭いんだか天然なんだか。

 

 折角追い付いて情けないものの、後輩に僚を任せて俺も同伴して遠見先生の診療所に辿り着いた。ホントなにしに来たんだよ俺は。

 

「あー……、やっと着いた」

 

 診療所のドアを開けて、僚が一騎に肩を貸して貰いながら中に入った第一声がそれだった。

 

「か……一騎……くん…?」

 

「羽佐間……?」

 

 どうやら先客が居たらしい。翔子とは僚の診療所への同伴で顔馴染みになった後輩の一人だ。翔子も僚と同じ肝臓に病を抱えている。

 

 僚を翔子の傍に降ろした一騎が彼女に向ける視線は少し意外そうだった。確かに身体が弱くて学校は休み勝ちの翔子が、でも診療所に来るほどの病気だとは知らないんだろう。

 

「助かったよ。遠見先生にお茶でも貰おうか?」

 

「いえ……。あの、俺……これで……」

 

 そう言ってふと一騎がふと翔子を見ると、肩を跳ねさせて翔子は膝に置いていた麦わら帽子を胸に抱えて、そのつばで顔を隠した。

 

 なんだか見ていて微笑ましくてこそばったくなる反応だった。

 

「じゃ……」

 

「う、うん……」

 

 頬を赤くしてはにかむ翔子をよそに、一騎は診療所から去っていった。あんなに分かりやすくても気に止めない辺り、他人との距離を置くようになった一騎は相変わらずらしい。でも少しだけそれが変わった気がした。

 

「なんか言ったのか? 一騎に」

 

「まぁ、ちょっとしたお節介かな」

 

 そう答えた僚は隣の翔子に声を掛けた。

 

「羽佐間も検査?」

 

「夜、寝るまでは元気だったのに……。今日も、学校に行けなくて……」

 

 そう俯いて元気なく翔子は言った。

 

「俺もずっと、そんな調子だったよ」

 

「確かにな」

 

 それは翔子への気づかいでもあって、それでも今の僚みたいに学校に通える様になるっていうことも含んでいた。

 

「……遺伝、なんですよね。これ」

 

 そう言う翔子は右手で右の脇腹の少し上。肝臓の辺りに手を当てた。

 

「将陵先輩は、お母さんも……同じ、だったんですよね」

 

「うん」

 

「やっぱり……私とお母さん……血が繋がってないのかな…」

 

 病気のことでそんな事実に辿り着ける、察する翔子は悟い子なのかもしれない。ただ、そうであっても――。

 

「さあ…。でも俺は、羽佐間が羨ましいよ」

 

「え?」

 

「本当に羽佐間の事を心配してくれる、良いお母さんでさ」

 

 それはもう母を亡くしてしまった僚の羨望もあるのかもしれない。

 

「イテ。なにすんだよ」

 

 軽く足先で僚の脛を蹴る。

 

「さあ? 自分の胸に訊いてみな」

 

 だとしても、親には敵わないにしてもそんな僚を心配してるヤツくらいは居る、そんな恥ずかしいことを態々口に出しちゃやらないけど。

 

「ふふっ……。ちょっと、先輩たちが羨ましいな。そんな風に遠慮がない友達が居て」

 

 そんな軽いじゃれあいに暗かった翔子の雰囲気が少し明るくなった。

 

 先に翔子が呼ばれて診察を終えて、次は僚の番だ。都合二人分の診察の待ち時間は症状も症状だから長い。

 

 そんな待ち時間の手慰みにプクを撫でてやったり、翔子と少し話をして過ごした。

 

 そうして時間を潰すと僚が診察を終えて出てきた。

 

「羽佐間、家に帰らないのか?」

 

「もうすぐ、真矢が帰ってくるから……」

 

「そっか。仲の良い友達が居て、良いな。俺のは半分以上、卒業しちまったし。こいつはケンカっぱやくてコワいし」

 

「上等だ僚。ケンカ売ってんなら、今なら格安で買うぞ?」

 

「んな?」

 

「ふふ…。……でも、将陵先輩は、すごいです。ちゃんと学校に行けて……生徒会長までやって……」

 

「違うよ。俺が休んでる間に、みんなが勝手に決めたの。学校に行ってるのもこいつが無理やり連れてくんだよ」

 

「でなきゃ仮病使って休むからな、お前」

 

 そういう辺りが祐未にも怠け者って言われる理由だ。とは言っても俺だってちゃんと僚が学校に行けるか行けないかくらいの判断はちゃんとしてる。元気なのに休むコイツが悪い。

 

 ちなみに学校に来る理由として僚を生徒会長に仕立てたのは祐未の仕込みだ。だとしてもそれくらいの人望が僚自身にあったって事だ。でなけりゃ休み勝ちの人間が生徒会長に就けるはずがない。

 

「え…、か、勝手に……決めた?」

 

「そ。学校に行ったら、いきなり肩書きがあってさ。びっくりしたよ」

 

「そんなの……嫌じゃ、なかったんですか? 押しつけられたみたい……」

 

 翔子の言うことも、そう捉えられるのも無理はない。でも生徒会長って言わば全校生徒の代表で成りたがるヤツなんてほっといても居るくらいの人気職だ。

 

 それでも僚を生徒会長にしようって時はみんな協力してくれた。なんだかんだ怠け者でも面倒見は良かったからな昔から。その面倒見の良さとか、人柄が少ない登校数でもみんな知ってたってのが大きい。プクも居るから学校に来るときは目立つし。

 

「みんなが、忘れずにいてくれて、嬉しかったよ。俺に居場所を作ってくれた奴らに、お返しがしたい……。ずっと、そう思ってた……」

 

 最後のは独白なのか。その言葉を聞いて内心は穏やかじゃない。だからって例の計画に参加を志願しなくたって。そんな事をさせるために俺たちはお前を生徒会長にしたんじゃないんだ。

 

「良いな……。私が学校に行っても、居場所なんかないかも」

 

 そう呟いた翔子の雰囲気はまた暗くなった。確証はないけれど僚の例からすれば来年か再来年くらいになれば翔子も症状が安定して、今よりは学校に通える様になれるかもしれない。そう考えても無責任な励ましは口に出来なかった。

 

「ほら」

 

 そう僚が診療所に続く道の方を見ながら翔子に声を掛けた。道の向こうからは翔子を見つけて手を振りながら歩いてくる真矢の姿があった。

 

「傍に居てくれる友達、大切にしないとな」

 

「うん……」

 

 そんな僚の言葉に微笑んで、翔子は頷いた。

 

「さて、俺たちも帰るか。王子まさ連れてきちゃったからお姫様ご機嫌ナナメだぞきっと」

 

「やめろ。敢えて考えないようにしてた現実突きつけるのホントやめろよ」

 

 僚に言われて少し憂鬱になる。祐未に伝言は頼んでおいたと言っても何処まで効果があるかなんて考えなくても判る。

 

「マユちゃん、飛鳥先輩のこと、大好きですからね。ちょっと羨ましいな……」

 

 好きな相手を前にして気恥ずかしさでマトモに会話が出来なくなる翔子からすると、我が妹のおっぴろげ加減が羨ましく映るらしい。俺は逆に翔子の爪を煎じて妹に飲ませてやりたいくらいだ。そうすればアイツも少しはお淑やかか穏やかか気恥ずかしさで大人しくなってくれないもんか。

 

 取り敢えず僚の歩調に合わせてゆっくりと家に帰った。なお僚は「馬に蹴られたかないから今日は晩メシ良いや」って言って自分だけ逃げやがった。あンの裏切り者がっ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ただいま」

 

 おそるおそる家に入るとドタドタと廊下を駆ける音が聞こえて来る。そしてかなり荒々しく階段を降り音が聞こえてきて。

 

「お兄ちゃーーーんっ!!」

 

「あ、うわあっ、バカッ」

 

 そのまま階段の中腹辺りからこっちに向かって飛び込んできた。

 

 いくらマユが年下の女の子で軽いからってそんな勢いのついた人間を受け止めるのは無理だ。

 

 取り敢えずマユがケガしないように受け止めるものの勢いに負けて尻餅着くどころかそのまま後頭部を床にぶつけて視界が一瞬暗転した。

 

「っぅ~~~!! ってえなあっ。バカかお前は! なに考えてンだよッ。大ケガしたらどうすんだよ!?」

 

「だって、だって……っ」

 

 俺の上に座って陣取って居る妹に怒声を浴びせる。流石にこれはいくら甘い俺でも怒る。俺はなんともないとしても、受け止めるのをミスったりしてたらマユが大ケガしてたかもしれないんだ。本気で危ないんだからキチンと言うときは言うさ。

 

 でもそんな俺に対して妹は詫びれた様子以前に俯いて泣きじゃくっていた。

 

「マユを置いていっちゃうなんてひどいよっ。呼びに来てくれれば部活だって切り上げるもん。なのになのになのに…っ」

 

「いやあのな、だから僚の付き添いだったし」

 

「だったらマユだっていつも一緒なんだから連れてってよっ」

 

 恨みがましくマユは泣き腫らした瞳で俺を睨んできた。こうなったらマユは梃子でも退かない。ホント、何処で育て方間違えたんだ俺は。

 

「……悪かったよ。次からはちゃんと連れてってやるからさ」

 

「……じゃあ、今日は一緒に寝て」

 

「いつも勝手に潜り込んでくるだろ?」

 

「ちがうの! 寝るまでお兄ちゃんと一緒が良いの!」

 

 梃子でも退かないマユに対しては俺が折れるくらいしか事態が進まなくなる。普段は言うこと聞いてくれるのにこういう時はホントにこうでもしないと先に進めない。だから甘やかしが過ぎちゃったんだろうな。

 

「わかった。わかったから退いてくれ。メシ作れないから」

 

「やだ…!」

 

「ヤダって、お前なぁ……」

 

 流石に絵面としてもあまりよろしくない体勢で玄関先に居るのもどうかと思ってと、走り回った所為で割とホントにお腹空いてるから夕飯を作りたい俺にマユは身体を覆い被せる様に抱き着いてきて駄々を捏ね始めた。

 

「風呂だって入れなきゃならないし。晩メシ遅くなるぞ?」

 

「や…っ!」

 

 これもホントに梃子でも動かなくなった妹の反応だ。別にこっちに関してはワガママ言ってるだけだから怒るワケにはいかないが、それでももう中学生にもなったんだから少しずつ兄離れだってさせなきゃならない。流石の俺でも色々とキツいのをマユも察して欲しいのが切実だったりする。まだ一緒に風呂に入ってと言われなくなっただけマシなんだろうけど。

 

「ったく。しょうがないなぁ…!」

 

「きゃっ!? お兄ちゃん力持ちぃ!」

 

 取り敢えず腹筋だけで上半身を起こす。マユは軽いから頑張ればこれくらいは出来る。妹の顔が目の前に広がるけれど、相手は妹だから別に恥ずかしくなったりとかしない。よし、俺はシスコンじゃない。

 

 逆になんでかマユの方が少し顔を赤くしはじめてそわそわしだした。

 

「なんだ? トイレ行きたいのか?」

 

「ち、ちがうもん! ……お兄ちゃんはなんともないの?」

 

 そう呟いた妹の額にデコピンをお見舞いしてやる。

 

「ひゃうっ!? …もぅ、お兄ちゃん…っ」

 

「バーカ。オマエは俺の妹だろ。ホラ、お兄ちゃんの方がトイレ行きたくなって来てるから素直に退けって」

 

「妹だって、女の子なんだよ?」

 

「まったく。俺なんかより良い男はいっぱい居るぞ?」

 

 自慢じゃないが、やっぱり僚が言うように俺は少しケンカっぱやいところがあるのは自覚してる。こんな粗暴な兄なんかより優しい男なんてこの島にはたくさん居る。

 

 ……そうなったら取り敢えず俺のことを張り倒せる男じゃなかったらマユはやらんけど。やっぱり俺より強くてマユを守ってくれる男じゃないとな。

 

「お兄ちゃんだって、男の子なんだよ?」

 

「それ以前に俺はオマエのお兄ちゃんだ。マンガの読みすぎだ」

 

 マユを抱えながら立ち上がって、身体を離して、マユの頭を軽くくしゃりと撫でてトイレに向かう。といっても別にこれはマユを離れさせる口実だからトイレに入ってもすることはなにもない。けどマユを落ち着かせるのに10分程度トイレに籠った。

 

 そこあとはいつも通り夕飯を作って風呂に入って、寝るのはなんでかマユの部屋になった。

 

「途中で戻ったらやだからね…?」

 

「はいはい」

 

 そう言われながら妹を寝かしつける為に俺は一定のリズムで肩を軽く叩き続ける。

 

「おやすみ……お兄ちゃん…」

 

「おやすみ、マユ…」

 

 瞳を閉じた妹を見ながら、これからを考えるとどうしてやる事が妹を傷つけずに済むのかとない頭を捻って考える。

 

 戦わないでこのまま島に居ることが一番妹を傷つけない方法なんだろう。

 

 でもそれは出来ない。守るためには戦わないとならない。敵が来るなら戦わないと。

 

 

 

 

to be continued…

 



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変わる日常

いやなんでだろう。僚のヒロインは祐未のハズなのに、シンだってシスコンのハズなのに。気づいたら僚とシンがイチャコラしだす始末。

うん、ファフナーだから大丈夫だな!


 

「おはよ、お兄ちゃん!」

 

「ん……あぁ、おはよ…」

 

 目が覚めたら妹の顔が目の前にあった。そういえば昨日はマユの隣で寝たんだっけか。

 

「珍しいな、オマエが早起きなんて。明日は雨かなぁ」

 

「んもぉ、マユだってたまには早起きするもんっ」

 

「ほんの年に何回かな…」

 

 まだ寝ぼけ眼のまま時計を探して、マユの部屋なんだから何時もの場所に時計がないのを思い出す。

 

「マユ、今何時だ?」

 

「え? 7時半だけど?」

 

 それを聞いて頭で理解するよりも先に身体が起き上がった。

 

「寝坊じゃねぇかよ! なんで起こしてくれなかったんだよっ」

 

 いやそもそも時計をちゃんとセットしておかなかった俺が悪いんだけど。

 

「えー、だってお兄ちゃんの寝顔見てたかったし」

 

「だからって限度があるだろ! どうすんだよ、朝メシ抜きだぞ?」

 

 流石に今から作って食べる暇なんてない。軽くシャワーを浴びてすぐ家を出る様な時間だ。

 

「1日くらい平気だよ? 今日は半日で学校終わりだし」

 

「自分で作って先に食べたって言われた方がマシだ…」

 

 別にマユは生活能力皆無ってワケじゃない。家の事は一通り出来るし、出来るように手伝わせたりもしたし、覚えさせもした。

 

 どうしてもアルヴィスの関係で帰りが遅くなる事もあるから、一人で食事を作るくらいは一番最初に覚えさせた事だ。

 

 「卒業」してないとはいっても、メモリージングされた知識の解放が余りに速すぎて、経過観察とか診察でアルヴィスに行くことはあるし、ファフナーの開発にも少しだけ携わっている。

 

 計画中は家を留守にする事を、俺は、マユにどうやって話せば良いのかと考えが纏まらずに終業式を迎えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 終業式を終えて、明日からは夏休みになる。半日で終わった学校の校舎は遠くに校庭で遊んでいる子供たちの声が響いてくる。

 

「元気ないな、シン」

 

「ん? ああ。まぁな…」

 

 書類を整理したファイルを書類棚に片付けていると、僚に声を掛けられた。

 

 それでも返事を濁したのは今はまだ事情を知らない祐未が居るからだった。

 

 生徒会のメンバーでアルヴィスの事を知らないのは祐未だけだ。

 

 なんだか仲間外れにしてる様で可哀想な気もするけど、メモリージングされた知識が解放される条件は個人差があるし、それだって無理やり解放させることは出来てもそれは大人たちがしたいことじゃない。

 

 誰かの平和の為に誰かが戦う。この島はそうして今の平和を守って来た。

 

「マユのことで、ちょっとな…」

 

「そっか。難しいよな、妹って」

 

 マユのことで悩んでいる事を口にすれば、事情を知っている僚も納得して、難しい顔を浮かべた。

 

 俺と僚が幼馴染みで仲が良いと言うか、両親を亡くした俺たちの面倒を僚の母さんなんかが見てくれた様に近所付き合いが深い島だから、僚にとってもマユは妹みたいな感覚だ。

 

 僚が島に残ってくれるならマユを任せられるけど、僚も例の計画に参加する気でいる。

 

 次の計画にファフナーが使われる公算が高い。大人たちは計画にファフナーを使うかどうかの採決を取っている最中だ。

 

 もしファフナーの運用が決まれば俺も覚悟を決めるつもりだ。

 

 これから訓練を始める連中よりは動ける自信はある。

 

 今まで同じ様な、島の存在を秘匿する為に、敵からの発見を防ぐ為に同じ様な計画が行われてきた。そして誰も帰ってこなかった。

 

 帰れるかわからない計画に参加するのは、妹の過ごす平和を守りたいという強い想いがあるからだ。

 

 それに、戦わないと奪われてしまうのなら、俺はどんな敵とだって戦ってやるさ。どんなヤツが相手でも。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夏休み2日目。葬儀が行われた。祐未の父さんの葬儀だ。

 

 病気で身体が弱ってた人だからこういう事だってある。でもそれが例の計画の立案者であるという事実が加わると一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 

「どうかしたの? お兄ちゃん」

 

「いや……。悪い、ちょっと寄るところがあるから、先に帰っててくれ。少し遅くなるかもしれないから、腹減ったら適当に済ませてくれ」

 

「う、うん…。わかった……」

 

 計画の立案者の死亡。でも既に計画にファフナーを投入する事は決まった。

 

 今夜はそれも含めてこれからファフナーの調整が始まる。となれば、帰りも何時になるかわからない。

 

 すべてを話せないもどかしさと、既に余暇は残されていないという現実を突きつけられた様に今日の出来事が感じられていつも通りにマユに留守番を言えなかった。だから何処かマユも不安げにさせてしまった。

 

「マユ…?」

 

 アルヴィスに向かおうとすると、服の裾をマユに掴まれた。

 

「ご、ごめん、…でも、なんでかな。お兄ちゃんが、何処かに行っちゃいそうで、なんか不安で……。ダメだよね? そんなことないのに…、お兄ちゃん困らせちゃ」

 

 女の子は男よりも鋭いとは言われているけれど、兄妹だからか、それともいつも一緒にいるからか、核心に近い事を言い当てられて……、俺の、もうひとつの覚悟が決まった。

 

「……今日、帰ったら、大事な話があるんだ。なるべく早く帰るから、待っててくれるか?」

 

「……うん。わかった、いってらっしゃい、お兄ちゃん」

 

「ああ」

 

 聞き分けの良い妹に感謝を込めて、頭を一撫でして俺はアルヴィスに向かった。

 

 祐未の父さんが立てたL計画に使われるファフナーはティターン・モデル、ジークフリード・システムを内蔵して機体間でパイロット同士がクロッシングすることで思考防壁を形成して、敵の読心能力に対抗する機体だった。

 

 ただ機体とジークフリード・システムの二重負荷でパイロットに強い同化現象が襲ってくるという、諸刃の剣だった。

 

 システムチェックに実戦に向けての各種調整とテスト起動。

 

 コンタクトレンズを外せば、そこにあるのはマユと同じ色の瞳から変わってしまった真紅の瞳がある。ファフナーに乗れば乗るほど、肉体の同化現象が進行して死に至る。

 

 目が紅いのも、その同化現象の初期症状だった。

 

 都合4機のティターンモデルの調整は、コイツに現状乗れるパイロットが俺だけだから時間が掛かる。

 

 調整が終わったのはもう夕方を過ぎた時間だった。

 

「お疲れさん」

 

「おう、サンキュ」

 

 僚から渡されたボトルを開ける。ちょうど喉乾いてた頃合いだった。

 

「ありがとな。おまえのお陰で、俺はこいつで戦えるんだな」

 

「おいおい、まだ気が早いぜ? 選抜に残れなきゃ島で留守番だ」

 

「ははっ。なら、残れるように頑張らなくちゃな」

 

 そう言っておどけて見せる僚。本当だったら俺はコイツに残って欲しかった。僚にならアイツを任せられる。

 

「なぁ、僚」

 

「そのセリフ、そっくりそのままお前に返すよ」

 

「え?」

 

「お前、島に残れよ。こいつを仕上げてくれたんだ。お前は充分やってくれたよ」

 

 僚はそう言って、佇むティターンモデルを見上げてから俺に言った。

 

「なっ、なに言ってんだよ。それこそオマエ…」

 

「マユちゃんが待ってるのは。妹を守れるのはお前だけだ、シン」

 

「それは……。だからって、俺は、俺には」

 

 肉体にまで影響が出始めている同化現象。まだ局所的な影響であっても、いつこれが全身に至るかわからない。

 

 程度としては次は意識の混濁か、或いは身体の一部の麻痺が控えてる。そして次は全身が麻痺して最後は結晶になって砕け散る。

 

 それが同化現象の経過で、最後の末期症状はなにも残さないでいなくなる。

 

 そんなことを妹に見せるくらいなら、俺は、俺に残された時間を使って戦うことで妹を、アイツを守ってやりたい。だからL計画に参加を決めたんだ。

 

「他人に妹を押しつけて、自分は妹から逃げる気か? マユちゃんも可哀想だな」

 

「っ、なんだと!!」

 

 思わず僚の胸ぐらを掴んでいた。わかってる、頭にキてるのは図星を突かれたからだ。

 

「お前にわかるかよ! たった一人の家族なんだぞ! アイツを置いていなくならなきゃなんない俺の気持ちがっ」

 

「わかるかよ。俺はお前じゃない。でも、だったらちゃんと向き合ってやれよ。マユちゃんだって聞き分けのない子供じゃないんだ。ちゃんと話せばわかってくれるさ。家族なんだからさ」

 

「……悪い。頭冷えた…」

 

 僚が冷静に話してくれたから、沸騰仕掛かった俺の頭も急激に冷えた。掴んでいた胸ぐらも離す。

 

「別に。何年友達……、兄弟みたいな関係だと思ってんだよ?」

 

「僚……」

 

「短気な弟の面倒も兄貴の勤めってな?」

 

「こンの、生意気言いやがって!」

 

「ちょ、いてて、いてて、俺病人!」

 

「知るかそんなこと!」

 

 良い話で纏まりそうだったのに、一言余計なことを言った僚の頭を締め上げる。

 

 それでもいつもの調子には戻れた気がする。

 

「あ、将陵先輩、……と、飛鳥先輩。なにやってるんですか?」

 

「お、ちょうど良い蔵前。この乱暴者止めてくれ。いたたた」

 

「だーれが乱暴者だって?」

 

 後輩に余計なことを宣うバカに締め上げる力を増す。

 

「それよりも大変ですよ! 祐未先輩がアルヴィスの中に」

 

「なんだって…!?」

 

「祐未が? なんでまた」

 

 蔵前からの知らせは祐未がアルヴィスの中に入ってきたという物だった。

 

 それに驚く僚と、俺は疑問を浮かべる。それこそ表からアルヴィスに入るためにはカードキーとか持ってないと入れないくらいに、子供たちにはアルヴィスの存在がわからないようにしてあるはずだ。「卒業」も決まってない祐未がアルヴィスの中に入ってこれるはずがない。

 

「まさか……」

 

「なにかわかるのか、シン」

 

「いや。たぶんだけど、遺品の整理中にアルヴィスに繋がる何かを見つけたんじゃないか? ほら、オマエだって同じだったろ?」

 

「…あぁ。そうだっけな…」

 

 僚がメモリージングされた知識を認識したのは2年前。僚の母さんの遺品を整理してた時だった。

 

 確かに子供には隠しているといっても、完全に家庭にアルヴィス関連の物を持ち込まないのは、仕事をしてる大人たちには無理がある。

 

 実際そうした物を偶然目にしてメモリージングされた知識を認識する例もある。

 

 今回もそうした事が関係してるんじゃないかと思っただけだ。

 

「それで、祐未は何処に向かってるんだ?」

 

 そう僚が蔵前に問い掛けた。まったく、そわそわし過ぎだ。

 

「バーンツヴェックに乗って、今こっちに」

 

「ブルクに向かってるのか」

 

 そうだとすればここに居れば自然と祐未はやって来る事になる。そうでなくてもメモリージングされた知識があるから迷子になるって事はないだろう。迷子になっても、アルヴィスの中に居るのなら見つけられる。

 

「祐未は俺たちで出迎えるから、シンは着替えてこいよ」

 

「…わかった」

 

 祐未を出迎えてもすぐにアルヴィスの中を見せるわけにもいかない。メモリージングされた知識の認識中は頭にいろんな事を一気に叩き込まれてる最中だ。そんな時にあらやこれや説明されても受け止めきれないから、一度落ち着く必要がある。

 

 だから祐未が来てもすぐに帰れる様にっていう僚の配慮なんだろう。

 

 今の俺はシナジェティック・スーツだから確かに着替えないと帰れない。

 

「じゃあ、あと任せた」

 

「ああ」

 

 一旦僚と別れて、シナジェティック・スーツから着替えて戻ってくれば、祐未がファフナーを見上げて佇んでいた。

 

「なに……これ……」

 

 50mあるティターンモデルを見て驚かない方が無理がある。

 

 祐未にはバレない様に気配を消していると、僚の声が響いた。

 

「ファフナーだよ」

 

「僚……」

 

 ハッとして僚の方を振り向く祐未に、俺も階段を上がっていく。

 

「TSX……ファフナー、ティターン・モデル。俺たちの唯一の希望……」

 

 計画が始まるまであと少し。それなのに今はまだ祐未には島の秘密を知らないで平和に過ごして欲しかった。

 

「卒業、おめでとう……祐未」

 

 どこか悲しげに微笑んだ僚の顔にはそう書いてあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 家に帰ったら電気が点いていた。ちょうど夕飯時。思ったより早く帰れたけれど、マユは先に夕飯食べてるかと思いながら玄関を開けた。

 

「ただいま」

 

 玄関に入るとリビングから慌ただしい音が聞こえてきた。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

 いつも通りの妹の出迎えに、なんでだかホッとした。

 

「ああ。ただいま」

 

 リビングに入ると、テーブルの上には二人分の食事が並んでいた。それも今完成したばかりで湯気が立っていて、食欲を刺激してくる。

 

「オマエ、これ」

 

「うふふ。スゴいでしょ? ちょっと頑張っちゃった」

 

 そう言うマユだけど、普段ひとりで料理させたりしなかったからだろう。指にいくつか絆創膏が巻いてあった。

 

「そうだな。次はケガしないように頑張んないとな」

 

「あ、ひっどーい! そこは見て見ぬフリするところだよ、お兄ちゃん」

 

「はは。悪かったって。でも、良く出来てるぞ」

 

 少なくとも見た目は完璧だった。いやそんな見た目完璧なのにマズいなんてそれこそマンガの中でしか起こらない。

 

 だから味も普通に美味しかった。

 

 そのまま風呂に入って寝支度もして。このままいつも通りに夜が過ぎればどんなに良かったかと思いながら、俺は部屋にマユを呼んだ。

 

「卒業、決まったんだ……」

 

「……そっか」

 

「……驚かないのか?」

 

 思ってたよりも反応が薄くて拍子抜けした。いや、駄々捏ねられても困るけど。

 

「話があるって言われた時ね、なんとなくそう思ったの。それに夏休み入る前からお兄ちゃんなんか様子ヘンだったし」

 

「オマエには敵わないなぁ……」

 

 つまり俺がひとりでウジウジ悩んでただけって事か。なんかカッコわりぃ。

 

「しばらくは家に居るけど。夏休みが終わったら、島を出て、大人たちと働く事になる」

 

「……ちゃんと、帰ってくるよね……?」

 

 寂しげに、手に力を込めてマユは絞り出す様にそう言った。

 

「……ああ、約束する。ちゃんと帰ってくるよ」

 

「あ……っ」

 

 マユの手を引いて、俺は妹の事を抱き締めていた。

 

「ごめん、……ごめんな」

 

「っ、お兄ちゃん……」

 

 甘えん坊だって、マユの事を言っていても、俺もマユに甘えてたんだ。いつも一緒で、いつまでも一緒で。

 

 でもマユはちゃんと、俺が居なくても大丈夫だって示してくれた。送り出そうとしてくれてる。

 

「……やだ、よ……。……行っちゃやだよ、お兄ちゃんっ」

 

「……ごめん」

 

 酷い兄貴だ。そんな気丈な妹の精一杯の強がりを見ていられないダメな兄貴だ。

 

 いつもは我が儘な妹なのに、今日は俺が我が儘を言った。僚の言う通りだ。俺、普通にシスコンだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルヴィス内のミーティングルームに僚や自分以外にも六人の子供たちが居る。

 

 現状、シナジェティック・コードの形成数値が高い最適格者たちが集められていた。

 

 そこへ最後にやって来たのは祐未だった。

 

「祐未……」

 

 祐未に声を掛けようとして、驚きの表情になる。無理もない。長かった祐未の髪の毛はバッサリと短くなっていたからだ。

 

 声に出さなかったけど、俺も驚いた。それに、今の祐未は何処か他人を近づけない硬さというか、なにかを決意するかのような表情をしていて、そしてそれをまるで僚に見せつけている様にも見えた。

 

 たった二日で祐未になにがあったのかわからないものの、たぶん僚柄みなのはわかった。

 

「なにかあったのか?」

 

「……いや。なんでも……」

 

 とは言っても、そんな沈んだ顔をされるとなにかありましたって言われてる様なものだ。

 

 この間は人に向き合えって言った奴が、今度は自分が同じ様な事をしてるのを見て、儘ならないと思った。とは言っても、こればかりは当人たちで解決して貰わないとならない。さすがに藪をつついて蛇と出会したくはない。

 

 祐未の父さんが立案した作戦――L計画は、敵に察知されつつある島の所在を誤魔化すための囮作戦だ。

 

 アルヴィスの左翼であるL区画を切り離して、Lボートは二ヶ月の間竜宮島の代わりに敵を迎撃し続ける。

 

 敵に情報が渡らないようにLボートは自動操縦で航行。自分たちが今何処に居るのかもわからない。

 

 過酷な戦いだ。それこそ二ヶ月の期限を過ぎても島に帰れるかどうかすらわからない。

 

 参加を取り消したい者は退出を許可された。

 

 島を守るために、アイツを守るために既に自分は覚悟が出来てる。

 

 他の選抜メンバーも誰もミーティングルームから出ていかなかった。

 

 訓練用のコックピット・ブロックの並ぶトレーニング・ルームにシナジェティック・スーツに着替えたパイロットが集められる。

 

 ファフナーの特徴は操縦する必要がないことだ。体感操縦――頭で考えた事がファフナーの動きに直結する。だからファフナーはロボットでも人に限り無く近い動きをする。それこそ話を聞いて頷いたりすれば機体も頷いたりする。

 

 パイロットは基本的に二人一組。全部で4組の計八人が選抜メンバーだ。俺はその補欠という事になっている。

 

 選抜メンバーが決まった時、俺はそのメンバーからはずされていた。

 

 嫌な言い方をすれば、パイロットはファフナーを動かす電池みたいなものだ。同化現象というリスクを背負って、その進行が電池の残量に当て嵌められる。電池が切れれば同化現象によって死に至る。

 

 だから既に肉体にまで同化現象の影響が出ている俺はいつ電池切れを起こすかわからない不良品だ。

 

 それでも、他の選抜メンバーにはないファフナーの搭乗期間と、シミュレーター経験もある。また同じ様に計画中にパイロットが何らかの理由で出撃出来ない状況をカバーするために、そんな理由を並べ立てて皆城司令に直談判して、補欠という形で席を置いて貰った。

 

 補欠だからと言って、ファフナーに乗らないわけじゃない。基本的に二人一組のパートナーではある。ただ適時サポート出来る様に、俺もシミュレーターに乗る。

 

 ファフナーに乗るのは、俺は割りと好きだった。

 

 なんの力もない俺でも、妹を守れるんだって思える強い力を感じるからだと思う。

 

 仮想現実の中で元気に動き回る僚の機体と、対照的に四つん這いで這いつくばっている祐未の機体。

 

「ほら、大丈夫か、祐未? 立てるか?」

 

『シン……? あなた、どうして……?』

 

 システムを通じて祐未とのクロッシングが始まる。

 

 内蔵されたジークフリード・システムによるパイロット同士のクロッシングによって思考防壁を形成して、敵の読心能力に対抗する。その説明がされると、祐未と僚のクロッシングも始まっていた。

 

『僚、どうして……。い、嫌です! 違う人にしてください!』

 

 クロッシングは相手の意識を共有する、つまり心を覗かれている様なものだ。

 

 なにがあったかわからないけれど、今の祐未からしたら僚に心を覗かれるのは堪ったもんじゃないんだろう。

 

 ただこのクロッシングする相手は、二人一組の組み合わせはバランスを取る為でもあるから変更は利かない。

 

『祐未、怖がってんのか?』

 

 システムを通じて僚の感情が流れ込む。思いっきりはしゃいでるなアイツ。

 

『これ……僚の感覚? あ……あなた、楽しんでるの?』

 

『はは。こいつでなら、俺だって泳げるぜ』

 

『……っ、ふざけないで!』

 

 無理もないな。普段とは違う自分を受け入れるのは難しいと言われてる。僚の場合は普段あんな風に動き回れないから、好き勝手に動き回っても息が苦しくならないし、早く走れるとなれば、そんな身体は受け入れたくて堪らないだろう。

 

 祐未の場合はそんなこともなくて普通の生活を送って来られた身体だから、まったく違う身体の感覚に慣れないんだろう。

 

 俺は力が欲しかったから、こんな力強い、妹を守れる力だから割りと素直にファフナーを受け入れられた。

 

 その後もパートナーが変わる度に手助けをするものの、初めての事で戸惑ったりはしゃいだりと、パートナーどころの話じゃなかった。ただ初めてなんだし、それはこれから訓練することだから今日は多目に見るしかない。

 

 訓練が終わって、みんな口々にファフナーに乗った感想を言い合っていた。

 

 こういう事に大抵テンションが上がるのは男連中と決まっていて、でも俺はそんな輪に加わるよりも心配事の方が先んじてそんな気分じゃなかった。

 

 黙ったままの祐未を横目で見る。結局シミュレーターで一歩も動けなかったのは祐未だけだった。

 

 壁際にあるベンチに僚が座ってるのが見えてくる。

 

 その横を祐未が無言で通り過ぎようとするのを、僚が声を掛けた。

 

「……参加、取り消せよ、祐未。お前には無理だ」

 

 それを聞いて祐未はキツい表情をして立ち止まった。

 

「父さんのために、計画を成功させる。絶対に」

 

 そう言いながら僚を睨む祐未は怒りの口調で言葉を続けた。

 

「初めから、帰れないと思ってる人こそ、参加を取り消したらどうなのっ」

 

 言いざま、僚から離れていく祐未。他のメンバーも気まずい空気から逃げる様に去っていく。残ったのは僚と、僚の足元に居るプクと、俺だけだった。

 

「素直じゃないな、オマエ」

 

「……なにがだよ」

 

「別に? 自分でわかってるんだろ?」

 

「……お前には敵わないよ」

 

 お手上げだとジェスチャーをする僚。

 

 互いに互いを想ってるのに、二人して不器用だから擦れ違いを起こしている二人を見てるともどかしい気分になる。

 

 なのに今回は本当に間が悪すぎる。祐未の父さんが亡くなったばかりで、そして帰って来れるかわからない計画に参加して。

 

 それだけじゃないのは二人を見てればわかる。

 

「なにがあったんだよ」

 

「あいつ、親父さんが死んだの自分の所為だって気負ってるのさ。……俺があいつを遊びに誘っちまったのが悪いんだ」

 

「……なるほどな」

 

 一回コイツ殴ってやろうかとも思ったけれど、マユとの借りもあるし、コイツもコイツで今少しめんどくさいから勘弁してやる。

 

「今日、ウチ寄ってけよ。そんな調子で包丁握らせたら落っことしてケガしそうだ」

 

「はは。そんなヒドイ顔してるか?」

 

「今にも死にそうな顔してるぞ」

 

 そんな軽口を叩きながら、俺は僚を連れて家に帰った。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 選抜メンバーは八人。みんな参加を取り消す事なく本格的な訓練が始まった。

 

 ファフナーは全部で四機。一つの機体を二人交代で乗る。

 

 一度の戦闘は一機につき15分、二人交代で各450秒を戦う。

 

 繰り返される戦闘訓練に疲れきっているパートナーの面倒もそのパートナーの仕事だ。

 

 そうすることで如何なる状況でもパートナーと互いに支えあう連帯感を養う。

 

 そして敵の確認も訓練の内だ。

 

 シリコン型生命体――宇宙の彼方からやって来た存在は理解しあえる隣人ではなく、人類を脅かす敵としてやって来た。

 

 統一された思考を持ち、読心能力で此方の思考を読む。だから人類はファフナーという諸刃の剣を使ってでも戦わなければ生き残れなかった。

 

 あらゆる環境に適応するものの、海の中で発見されたことはない。海中の結晶物と同化して不規則な塊になる所為だと言われている。

 

 それが俺たちの「卒業」の準備だった。

 

 訓練が終ったところで、訓練生や他の大人がプクに食べ物を与えようとしている。でも本人は首を背けてしまう。

 

 でもなんでか俺があげようとするやつだけは食べる。

 

 僚と俺だけが、現状プクに食べ物を食べさせられる人間だった。

 

 犬を連れていく事なんて出来ない。俺も僚も計画の参加を取り止めるつもりもない。

 

「良いのかよ、僚」

 

「ああ。これは、俺がやらなくちゃダメだから」

 

 だから僚は飼い主として、責任を取るように言われた。

 

 だからって、子供に愛犬を殺させる様なことをさせるなよとは思うものの、大人たちも忙しいし、俺や僚が与える食べ物以外を食べないのなら預かり手を探すという選択も出来ない。

 

「ほら、お前も早く帰れよ。マユちゃん心配してるぞ」

 

「あ、ああ……またな」

 

 むしろ突き放さす様に言われたら、俺にはどうしようもない。そんな僚の気持ちを汲んで、俺は帰路に就いた。

 

「あ、お帰り、お兄ちゃん」

 

「ただいま……」

 

 リビングでテレビを見ていたマユに声を掛けられて、俺もマユの隣に座った。

 

「お風呂出来てるよ?」

 

「ん、……少ししたら入るよ」

 

 訓練が進むに連れて、計画が目前に迫ってきて、俺も弱ってるらしい。

 

 少しでもマユの近くに居ようとする。妹離れ出来てなかったのは、どうやら俺の方だったらしい。

 

「……一緒に入る?」

 

「バーカ…」

 

 そんなことを言う妹にバカと言いつつ、肩を寄せてる俺の方がバカだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 次の日、何時もの様に僚を迎えに行ったら、何時もの様にプクを連れた僚を見てホッとした。

 

「………無理だった」

 

「いいんじゃないか? まだ時間もあるし、預かってくれる人、探してみようぜ?」

 

「……悪い」

 

「言いっこなしだって。俺だってプクには出来れば、な」

 

 僚にとって家族なら、俺にだってプクは家族みたいなもんだ。

 

 一緒に頭下げるくらいしてやるさ。

 

 その日の訓練にもプクを連れていって、困った顔をした訓練教官の日野さんに僚と揃って頭を下げた。

 

 その日の終わりに、総士が一つの朗報を持ってきた。

 

「今、ノートゥング・モデルの起動テスト中です」

 

「噂の新型ファフナーか?」

 

「はい。二ヶ月後の、計画の終了までには間に合わせます」

 

「俺たちが無事だったら、迎えに来てくれるってんだろ?」

 

「必ず」

 

 それを聞くだけで、帰るための希望を持つことも出来る。

 

 トレーニングルームのドアが開く。すると僚の足が止まって、後ろにいた俺はぶつかりそうになった。

 

「なにしてんだよ、僚。ぶつかり、そぅ、……だ、った……」

 

「あ、将陵先輩。この子、お腹空いてるみたいですよ?」

 

「食ってる……」

 

 僚が呆然とするのも仕方がない。俺も同じ気分だった。

 

 俺と僚以外の誰からも食べ物を受け付けないプクが、蔵前が差し出している食べ物を食べているのだから。ちなみにマユでもダメだった。

 

 地上に戻って僚の家に寄る。プクの餌や器を運ぶ為だ。

 

「ホントに、私で良いんですか?」

 

「うん……。こいつを、頼む」

 

 玄関先には紐を握る蔵前が居る。傍らにはその紐が繋がるプクが居る。

 

「は、はい! 先輩だと思って大事にします!」

 

「へ……?」

 

「ぷっ……」

 

 思わなかった蔵前の告白に危うく吹き出しそうになる。僚も突然の事で言葉を返せなかったらしい。

 

「あ……いえっ、仲良くします。……ねっ」

 

 プクに目配せする蔵前。プクも蔵前を見やる。夕方の所為だけじゃない赤みを携えて蔵前はプクを連れて去って行った。

 

「良かったな……」

 

「……ああ」

 

 プクを送り出した僚は何処か元気がなかった。

 

「ありがとな」

 

「別に。俺はなにもしちゃいないさ」

 

「頭、一緒に下げてくれたろ?」

 

「一応、家族だしな。アイツも」

 

「家族、か……」

 

 家族を送り出す。プクだって俺には家族みたいなもので、僚といつも一緒だったアイツが他人の手に渡っていくといよいよもって俺も寂しいと思うようになった。ただこれはプクが貰われて行ったよりも違う寂しさなんだろうという自覚があった。

 

「今、祐未の言葉を思い出してた。最初から帰れないと思ってるやつの方が、志願を取り消せってやつ。たぶん、正しいのは祐未の方なんだよな」

 

「僚……」

 

 何処か今にも消えそうな瞳を浮かべながら、僚は俺に視線を向けてきた。

 

「妹の為に帰る気まんまんのやつに言ったら殴られそうだけどな?」

 

「殴ってやろうか?」

 

「まさか……」

 

 冗談、そう表すように手をあげる僚。

 

 こうして、最後の準備が終わっていくなかで、俺の考える事は妹の事が割りを占めていた。

 

「やっぱりさ」

 

「ん?」

 

「俺、シスコンだったみたいだ」

 

「ぷっ……、今更だろ、それ」

 

「わ、笑うなよ…!」

 

「ちょ、イテ、殴んなよ…!」

 

 しんみりした空気を吹き飛ばす様に、俺はいつも通りに僚とじゃれあった。

 

 今ここにある平和な思い出を噛み締める様に。

 

 

 

 

to be continued… 

 



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