彼方のボーダーライン (丸米)
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閑話休題一覧
華の色は


このお話は本編「死に内在する色彩を」のお話とリンクした話となっております。
未読の方は、そちらを先にお読みいただければ。


「自立」を目指してきた。

 

 それが。

 染井華、という少女であった。

 

 何が正しいのか。

 何が間違っているのか。

 

 それは色々な見方が出来るし、色々な結論も出るのだろう。

 自分が正しいと思ったものが自分にとっての正義であり。

 それと相反するものをきっと悪と呼ぶのだろう。

 

 正しさの多面性。

 それを染井華は、幼い頃から何となしに理解できていたのだと思う。

 

 自分の親が言う正しい事は、何処まで行っても親にとっての正しさでしかない。

 その正しさはきっと、精一杯娘を思いやった上での正しさなのだと思う。

 この正しさが、娘を正しい道へと推し進めてくれる。

 そう信じていたんだと思う。

 

 厳格な人だった。

 だから、娘への愛し方も厳格だった。

 

 その事を否定はしない。

 それでも無条件に肯定もしない。

 

 親の為に私は勉強するんじゃない。

 私は私の為に、勉強するんだ。

 

 いつか。

 自分は一人で生きていくことになる。

 私は私の足で、人生を歩いていくんだ。

 

 その時に。

 親の言う正しさだけを妄信して生きていく事だけは、嫌だ。

 

 何が正しい。

 何が正しくない。

 難しい話だ。

 

 未熟なままの自分に解るわけがない。

 未熟だからこそ、成熟した親の正義を正しいと思いそうにもなる。

 

 でもダメだ。

 それではダメだ。

 自分は。

 自分が信じる正しさを、見つけるんだ──。

 

 

 私は私にとっての正しさを行使した。

 

 私にとっての正しさとは。

 秤だった。

 正しさの天秤を握った。

 

 眼前に選択肢がある。

 一つ。

 自分の両親。

 二つ。

 親友。

 

 崩壊した家屋。

 彼方からは火の手も見える。

 寒々とした周りの温度。

 

 理解している。

 放置した方が死ぬ。

 

 ──両親は重い瓦礫の下。

 ──親友は比較的軽い木造の瓦礫の下。

 

 自分の腕力。救わなければならない人数。現在息をしている可能性。

 正しさの秤を、一つずつ乗せて行って。

 心の中で。

 キッ、と傾いた。

 

 ああ。

 これが正しさか。

 そう思った。

 

 私が正しいと思ったこの選択は。

 誰が正しいと言って、誰が間違っていると言ってくれるのだろう。

 

 誰も言ってはくれない。

 私しか、その判断は下せないのだ。

 そうだろう。

 これが何者にも縛られない、自分自身の唯一無二の正しさだ。

 

 自分の価値基準。

 正しさの天秤。

 

 一度それを持ったならば。

 もう──逃れる事は出来ないのだ。

 

 

 私は私の正しさを信じなければいけない。

 でも。

 

 思ったのだ。

 

 ──家族が無事なら何の心配もないので、最後まで思い切り戦えると思います。

 

 やっぱり。

 自分とは違う価値基準を持っている人もいるんだ、って。

 

 あの時。

 自分の価値基準の中には。

 家族かどうか、という部分は秤の上になかった。

 

 でも。

 今、こうして──家族という共同体を一番重い秤として置いている人を見ると。

 

 正しさの多面性、というものが明瞭に見えてきた気がするのだ。

 自分が斬り捨てた正しさ。

 それを心の底にしっかりと自らの支えとして持っている人が、いた。

 

 その輝きだけで。

 目が潰れそうな気がした。

 

 

「──成程ね」

 うんうん、と。

 嵐山准は頷いた。

 

「マジですみませんでした。あの時東さんを呼び込んだのは、俺です。──余計な負担を、嵐山隊と迅さんにかけてしまった」

「何で謝るんだ? 加山君が正しいと思った事をやった結果だろう? 何も責められる謂れはない」

「いや、俺は──」

「遊真君の身の安全を考えて、はじめに上層部と掛け合ったんだろう? 何も間違えていない。その結果として東さんがあの場に来たからといって、その正しさが覆るわけじゃない」

「.....」

 

 加山は。

 黒トリガー争奪戦の際に事前に起こした行動によって東春秋を敵勢に加えてしまった。

 

 その原因となった自身の行動について。

 加山は、洗いざらい説明していた。

 自身の力を過信して起こした行動。その結果として東春秋という強敵をあの場に召喚させてしまった事。

 

「──しょうもないわね。こういう事は結果が全てよ、加山君」

「木虎....」

「貴方の行動の過程で東さんが出てきてしまったところで、結局は倒せた。計画の全てが上手く行く事なんてあるわけがない。失敗した行動のリカバリーを、弓場先輩を呼び出したことでちゃんと行った。その全部の結果として上手く行ったの。反省の必要はあるけど謝罪の必要性はないわ」

「.....」

 今回ばかりは、加山でも木虎の言葉に反論は出来ない。

 全て正しいから。

 

「いいか。加山君」

 嵐山は、がっしりと加山の両肩に手をかけ、言う。

 

「全部が全部、君の責任だと思って背負いこむのは間違いだぞ。──ボーダーは、君がいて、俺達がいて、そして皆がいる。あの時、俺達は君がいてとても助かった。それが全てだよ」

 

 そう。

 嵐山はにっかりと笑って──加山を見ていた。

 

 

「──あ」

「こんにちわ、染井さん」

 

 染井華が休憩室でコーヒーを飲んでいた時だった。

 その人が、現れた。

 

「嵐山さん」

 表情には現さずとも。

 染井は焦っていた。

 何を隠そう。染井華。

 ボーダーに星の数ほど存在する嵐山准ファンクラブの一人である。

 

「休憩かな?」

「は、はい」

「うんうん。いい事だ。オペレーターは本当にとんでもない仕事量を捌かなきゃいけないからね。休むのも大切だ」

 ニコニコと笑みながら、嵐山は優し気に染井に声をかける。

 何とも自然なその振る舞いに、思わず笑みが零れる。

 

「あの」

「うん?」

「さっき──加山君が嵐山隊のお部屋から出て行ったのを見ました」

「ああ、加山君か」

「何かあったんですか?」

「いや。──うーん。ちょっと詳細は話せないけど。簡単に言うと、加山君が謝る必要もない事を謝りに来た、って感じかな」

 謝る必要もない事を、謝った。

 どういう事だろう? 

 

「ちょっとしたミスをしたけど、ちゃんとミスを挽回して結果も出したんだ。そのミスだって、加山君が手を抜いたから起こったわけでもない。その上で結果もちゃんと成功させたんだ。──謝る必要なんてあると思う?」

「......重く捉える必要はないと、思いますね」

「だろう? ──責任感が凄く強いんだろうね」

 そう言って、嵐山は笑う。

 

 少しだけ。

 染井は思う所があった。

 

 

「......あの」

「うん?」

「加山君、色々と噂が立っているじゃないですか.....」

「うん。──そうだね」

 

 犯罪者の息子。

 そこを根っことして、様々な噂に、色々な尾ひれがついて。

 噂がずっと流れている。

 

「俺は。広報の人間だから。──加山君のバッグボーンはある程度上から伝えられているんだ」

「.....」

「その上で言うよ。──加山君は何も悪くない」

 

 そうだろう。

 加山雄吾は、ボーダーの仲間から見れば何も間違ってはいない人間だ。

 

 でも。

 彼の事を間違っていると言い続けている人たちもまた、いるのだ。

 

 正しさの多面性。

 その中で──加山は自分を「正しくない」と否定している側の人間なのだろう。

 

「嵐山さんは」

 染井は。

 自然と──声を出していた。

 

「──いつか、家族の身の安全が第一だって、言っていましたね」

「うん」

「仮に、です」

 

 聞いて。

 聞いて、いいのだろうか。

 

 解らない。

 でも。

 ずっとずっと。

 聞きたかったことがあるんだ。

 この人に。

 この人だからこそ、聞きたい事が。

 

「家族が、他の誰かを優先して助けてしまって──」

 ああ。

 口に出してしまった。

 

「嵐山さん自身が、命を落としてしまったら。──家族を、恨みますか?」

 

 家族が何よりも大事だと。

 そう言っていた嵐山。

 だが──家族がその秤を、逆にしてしまったら。

 どう思うだろうか? 

 そんな事を。

 思ってしまった。

 

「──思わない。というより、その時に立派だ、って言える人間でありたい」

 

 嵐山は。

 珍しく迷いがちな口調で紡がれた染井華の真摯な疑問に──迷うことなく答えた。

 

「家族が死ぬかもしれない。そんな場面に立って。苦しまない訳がない。俺は俺の家族を誰よりも知っている。本当に優しい子だ。──だから。そんな子たちが、苦しみながらも、それでも他の人を助けているんだ。そうなったら。本当に悲しいし、そんな場面に絶対に家族を立たせたくはない。でも──いざそうしたら。俺は笑って、頑張ったな、って言ってあげられる。そんな人でありたい」

 

 ──ああ。

 やっぱりだ。

 この人は、迷わない人なんだ。

 そう言える強さがあって。

 厭うことなく自分を捧げられる覚悟もあって。

 

 そういう、人なんだ。

 

「──染井さん」

「はい」

「加山君も、多分苦しんでいるんだ」

「.....」

「俺も、充も、賢も、綾辻も、木虎だって──。みんなみんな、加山君がどれだけ必死にやっているか解っている。それは多分、染井さんも同じことだと思う」

 

 そうだろう。

 加山に、嵐山はいなかった。

 家族を犠牲にして救われた自分の命を肯定してくれる人が。言葉が。

 彼は。

 彼を苦しめる正しさの中にいる。

 

 まだ──中学三年生なのに。

 

「何で染井さんが、今の質問をしたのか。俺には解らない。──でも、染井さんがどれだけ人の命とか、優しさとか、そういうものを真摯に考えているのか。その部分に関しては、凄く伝わった」

 

 だから。

 

「──君の言葉は、絶対に加山君に届く。だから、本当の所を伝えてほしい」

 

 

 その日。

 墓参りに来ていた。

 その時だ。

 偶然にも程がある出会いをしたのは。

 

「久しぶりです、染井先輩」

 

「ええ。久しぶり、加山君」

 

 さて。

 それでは──自分の思いを、彼に伝えよう。

 何が正しくて。

 何が間違っているか。

 その判断は人の勝手だ。

 押し付ける事は出来ない。

 でも。

 自分が出来る事は──精々、別の選択肢もちゃんとあるんだよ、と伝える事だ。

 貴方の周りにいる人は。

 こんな人もいるんだよ、と。

 こんな風に思っている人もいるんだよ、と。

 かつて。

 自分の思いを、親友に伝えたように。

 そういう風に、伝えよう。

 そう思い、染井華は柄杓を置いた。

 

 



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TS加山ちゃん編(仮)

要望があったので。
主人公TS

ただTSするだけじゃつまらないので色々過去を変えています。ふはは。


 これは。

 あったかもしれない物語。

 無限に並列する世界の、ほんの一つ。

 たったそれだけのお話である。

 

 

 少女が一人歩いている。

 まるで身だしなみという言葉の存在を忘れたかのような少女であった。

 ぼさついた髪。ギラギラした目。

 そして細く痩せた、小柄な姿。

 体躯だけ見ると小学生に見えない事もない。しかし、その顔面に刻まれた表情は長年にわたる苦労が刻み込まれ幼さが削ぎ落とされ、むしろ実年齢より少し上に見える。

 

「あたしはねー」

 

 疲れた顔の女が、まるでどこぞの残業帰りの女のような口調で、言う。

 

「男に生まれた方が幸せだったろうなーって」

 

「何を馬鹿なこと言ってるのよ」

 その隣で。

 熊谷友子が呆れた口調で、そんな事を言っていた。

 

「体力的にも今よりまともになってそうだし。顔色悪くしてても男だったらスルーしてくれそうだし。皆ぞんざいに扱えばいいのにー。本当に嫌になるわ」

「そもそも無茶をしないの」

「忍田本部長も血相変えて止めに入るし...」

「私だって止めるわよ」

「そもそも、鬼怒田のおじさんだって同じような事しているのに何であたしだけこんなガミガミ言われなくちゃいけないのよ本当に。生理なんて面倒な現象も起きるし何なのよ本当にキエー」

「文句言わないの。──アンタは女に生まれたの。諦めて受け入れろ」

「受け入れているわよぅ。──でも周りが受け入れてくれないの。あがー。女子にだって徹夜する権利だってあるしロビーで奇声あげる権利だってあるだろうが畜生」

「男にもないわ! ──あんた、いい加減にしなさいよ本当に。玲だって心配しているんだから」

「桃缶持っていくから許して」

「そんなんで機嫌が取れるほど玲はちょろくは.....あるんだよねぇ。困ったことに」

 

 加山雄吾。

 こんな名前だが──中学三年の女であった。

 

 

 今は亡き親父が昭和の俳優が好きだった。

 

 なのであたしの名前は加山雄吾。

 どこの誰だ女にこんな名前つけた馬鹿は。

 

 あたしの親父だ。

 殺してやろうか。

 あ、もう死んでら。

 

「──実はですね。あたし母さんの胎内にいるときは男の子だったんですよ」

「へぇ」

 眼前にいる女性──那須玲先輩は、一つ相槌。

 

「男の子が生まれる事前提に名前を付けることが決まっていて。その名前が雄吾だったらしいんですけど」

「へぇ。──でも名前変わっていないのね」

「どうもこの世界に生誕された瞬間に世界線がバグったみたいで。事前検査で全部男の子判定受けていたのに生まれてみたら女で。観測されるまで物事の事象って確定しないらしいですね。あたしは親の胎内というパンドラの箱からびっくり飛び出した新たな可能性だったわけですふざけんな」

「それで? ──何で名前そのままなの?」

「雄子、はそれはそれで字面がオスとメスじゃないですか。じゃあもう雄吾でいいじゃん、となったみたいですね」

「へぇー」

「へー、としか言えないですよね。いい加減にしてほしい」

 

 

 本当に。

 いい加減にしてほしい。

 ついているはずのものがついていなくて絶叫を上げて泡を吹いたのはきっと両親だけではないだろう。なあおいヤブ医者共。

 

 ──もし自分が男だったらどうなっていただろう。

 無分別に奇声を上げながらロビーを徘徊しぶつぶつ呟く奇人変人の一角となっていたのだろう。いや、女である自分もそういう人格であることには何一つ間違いはないのだけれども。それに対するアクションの違いによって止められ矯正されこうしておとなしくせざるをえないのだから。

 

 その手の事をしでかすたびに何故か止めに入る熊谷先輩。最終的に奇声を上げるなら普段使っていない那須隊の作戦室でしろと妥協案を出され。作戦室で奇声を上げている山猿女になったわけですキー(どうも病弱の那須隊長を気遣い、作戦室としての利用はもっぱら那須邸で行われている模様。大変だァ)

 

 そうして好意で那須隊作戦室を使わせてもらっている中。

 時々那須隊長が遊びにきていたりするのだ。

 

 

「──ねぇ。加山ちゃん」

「はい」

「健康は、大事にしてね」

「.....はい」

 

 那須さんのこの言葉は、重い。

 そりゃあそうだ。

 あたしがないがしろにしているものは──この人が必死になって掴もうとしているものなのだ。

 

 それは解っているが。

 それでも。

 ──やっぱり。あたしには、あたし自身を大事にしなきゃならない、という感覚を持つことが出来ないでいる。

 

 破滅的という訳ではないけど。

 でも。

 ──正直な所。自分の幸せなんてもうどうでもいい気がするのです。

 

 

 タン、タン、タン。

 

 鍵盤をたたく。

 叩き続ける。

 

 不思議だった。

 

 同じドの音でも。

 叩き方一つで色が微妙に変わっていく。

 

 タン──タンタン。

 

 リズムを変えて。

 ドレミファソ。

 

 色が虹のように重なって、別な景色が見える。

 視覚から見える光景ではなくて。

 脳内ににじみ出る音から感じる色として。

 

 同じ鍵盤を弾いても。

 違うリズムに乗せれば異なる音と色に昇華できる。

 

 私は。

 とてもそれが不思議で──とても素敵なものに思えた。

 

 買い与えられたピアノを、ずっと夢中になって弾いていた。

 

 もっと。

 もっともっと。

 綺麗な色が見えるんじゃないかって。

 

 キラキラに見える色をずっと探して。

 私はただただ弾き続けていたんだ。

 

 

 

 

 あたしは。

 音に色を感じる。

 

 

 それがあたしの副作用。

 この副作用はあたしの心を豊かにしてくれて。

 ──それと同じくらい、傷つけてもくれた。

 

 

 

 

 人とは違うという現実の前に。

 私はずっと一人だった。

 学校に行っても浮いていたし、同じクラスの女子には陰口をたたかれる。

 友達なんて誰もいなかった。

 

 

 

 それでもよかった気がしていたんだ。

 そこに私に寄り添ってくれる音が存在していて。

 その音の探求に私は夢中になっていて。

 

 

 

 でも。

 

 

 ──凄くピアノ上手だね! 

 

 その人は私よりずっと年上のお姉さんだった。

 

 父の知り合いの娘だというその人は、私がピアノを弾くと、そんな事を言ってくれた。

 明るくて、とても元気で。

 私とはとても対照的な人で。

 

 からりとした空気を持ったその人に褒められるたびに。

 私の中に暖かな色がにじみ出してくるような気がして。

 

 私は。

 その人が好きだった。

 日の光のように、好きだった。

 暖かな空気に吹き上がる洗濯物の匂いのように、好きだった。

 

 ──初めて。

 私の為じゃなくて。

 誰かの為にピアノを弾きたいと。

 

 そう心から思えた。

 

 

 そう。

 思えたんだ。

 

 

 

 

 ──嫌だ。

 

 何でだろう。

 何で。

 私の上に被さっている大好きな人がいて。

 

 

 その人が物言わぬ冷たい肉の塊になっているんだろう。

 

 

 周囲からは怖い音が響き渡っていて。

 私のお腹も凄く熱くて痛くて。

 何かが刺さっているんだと思うけど。

 でも次第にその熱さとか痛さとか全部無感覚を運ぶ冷たさの中に覆い隠れていって。

 

 

 化物が。

 化物が街を覆っていた。

 

 破砕音と悲鳴と断末魔とサイレンと火災と地響きを運んで。

 

 私達の街をひたすらに壊していった。

 

 

 その上に覆いかぶさったその人が。

 うめき声しか上げられないくらいの激痛の中にいて。

 そしてうめき声すらあげられなくなっていって。

 私と同じように、冷たくなっていって。

 その変化が真上から伝わってきて。

 何も感じないくらい冷たくなったこの身体でも、それでも熱くなる目頭の存在が感じられて。

 

 いつの間にか化物の音が残響と化していって。

 たっぷりと時間がたってからだろうか。

 瓦礫がどけられて。

 月の光と共に──必死な形相の父が姿を現す。

 

 

「──父さん.....父さん....。私はいい、私はいいから、お願い....お願いだよ、お願い...」

 

 うわごとの様に呟く私と。

 まだ何とか息があるその人。

 

 父さんはその両方を見た。

 両方ともに息がある。

 

「....」

 父さんも全身血で真っ赤で。

 ひゅうひゅうとした息遣いの中泣きそうな表情をしていて。

 

 ──私に、手をかけたんだ。

 

 やめて。

 やめて。

 私は嫌だ。

 この人を置き去りにするのが嫌だ。

 この人を置いて自分の命が助かるなんて嫌だ。

 この人を置き去りにした命がこの先のうのうと生きていく事が嫌だ。

 嫌だ。

 

「い....や....父さん...」

 

 救急道具をあてがって私の治療をする父さんにそんな言葉をかけていた。

 助けて。

 助けてよ。

 

 私じゃなくてこの人を助けてよ。

 お願いだよ。

 

 

 

 

 

 ──天秤が、違っていたんだ。

 

 私にとっての天秤と。

 父さんにとっての天秤と。

 そして──多分、その人にとっての天秤と。

 

 

 

 誰もが誰も。

 天秤をその手に持っている。

 

 

 私は。

 父さんにとっての天秤にとって何よりも重い存在で。

 

 

 ──その後。

 救急道具は、警察官の父さんがマーケットの略奪をして手に入れたものだと判明する。

 

 拳銃を市民に発砲して、手に入れたものらしい。

 

 

 父さんにとって。

 自分の人生だとか、矜持だとか、そういう諸々含めての天秤を私の反対側に乗せて。

 

 乗せた上で。

 私を選んだんだって。

 

 

 

 

 

 その後。

 その人に弟がいることが判明する。

 

 名前は。

 

 

 

 

 

 

 三輪秀次。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....あ」

「.....あ」

 

 ボーダー本部、訓練室。

 あたしはある人と、目が合う。

 

「....久しぶり、だな。加山..」

「はい。──お久しぶりです、三輪先輩」

 

 互いに。

 言葉が、途切れる。

 

 言いたい事がないから、じゃない。

 言いたいことが.....言っていい事か、互いに解らないから。

 

 少し沈黙と共に目を合わせて。

 あたしは少しはにかみ笑いを浮かべてそのまま過ぎ去っていく。

 

 

 なんて。

 なんて、情けない。

 

 

 ──本当は。

 あたしが一番向き合わなきゃいけない事なのに。

 

 何で。

 

 三輪先輩は.....あたしを憎んでくれないんだろう。

 

 迅さんは憎んで。

 あたしを憎んでくれないのだろう。

 

 答えなんて解り切っているのに。

 それでも。

 それでも、そんな風に思ってしまうんだ。

 

 

 




TS加山ちゃん
→TSにより元ピアノ大好き系人間となる。実際にピアニストとしての才能もあったがもうピアノ弾けなくなった。なんででしょうね。
目の前で三輪の姉ちゃん死ぬし親父に姉ちゃん見殺しにされるし三輪が迅に姉さん助けてと縋り付く様もしっかり見ている。



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TS加山ちゃん編(仮)②

女版加山編第二段。何かあった大規模侵攻。
こんな感じになっているかもしれない。




 記憶が入り混じる。

「……」

 

 砕かれていく人格から見える、砕かれた世界が。

 妄執の中に囚われた人間の、歪んだ視座が。

 ぐるぐるぐる

 ぐるぐるぐるぐるぐる。

 

「……上等、上等」

 

 覚悟の上だ。

 記憶が入り混じろうが、関係はない。

 

 それがアタシの力になるのなら。

 クソみたいな奴のクソみたいな記憶だって受け入れてやる。

 いいじゃないか別に。アタシの記憶なんてさ。本当、どうでもいい。

 ──アタシは、ただの器。

 ──大願を果たす為に、目的を詰め込まれただけの、器。

 

「……大丈夫? 加山ちゃん」

「うっす。那須先輩。大丈夫」

 

 この程度乗り越えられずして──己の大望が果たせるはずもなし。

 

 

 異様なまでに手触りのある記憶だった。

 人格が壊れ見るもの全てを壊さざるをえなくなる。

 衝動が理性を飲み込み、人格を溶かしていく。

 くっきり浮き上がる、憎悪の感情。

 

 混じる。

 

 あの時感じたものが。

 あの時失ったものが。

 浮かび上がって、混じっていく。

 

 ──あの人を殺した事象が憎い。

 ──俺を殺したアイツ等が憎い。

 

 混じり合い、だがその果てに残る結論は。

 

 ──殺してやる。

 

 同じ。

 

 

 暴風雨の最中、氾濫する河川を背後に。

 二人の女。

 

 鈴鳴第一の来馬は雨と共に降り落ちるハウンドを上空から受けると共に──その左右から、バイパーが挟み込まれる。

 

「これが──加山君が入った那須隊に加わった新しい連携ですね」

 

 ランク戦、ラウンド2

 解説席に座るは、嵐山准と米屋陽介。

 

「火力出にくい射手のポジションでエース張ってた那須さんの弱点を、加山がキッチリ埋めた感じだな」

「そう。ハウンドの面攻撃で、相手の意識とシールドを上に向けさせてそこから那須さんがバイパーの軌道を引く連携が非常に強力ですね。特に那須隊長はリアルタイムでのバイパーの軌道調整が可能な数少ない射手ですので。あの連携は中々対策が難しいでしょう」

 

 那須隊に新規加入した加山は、元々はエスクード・ダミービーコンを併用する特殊な戦い方をする隊員であったが──

 

「大規模侵攻の後、明らかに戦い方が変わっちまったなぁ、加山」

 

 米屋はそう呟いた。

 

 

 鈴鳴第一・玉狛第二・那須隊の三つ巴戦は、暴風雨の河川敷ステージより始まった。

 氾濫した河川により二分されスタートしたこの戦いは。橋が玉狛第二の狙撃手である雨取千佳のアイビスの放射により落とされた事で──完全にマップが分かたれる形となった。

 

 河川で分かたれた二つの居所。

 那須隊は加山と那須、そして熊谷と日浦がそれぞれ分かたれる形となった。

 

 その後の戦いの中──

 

「やるじゃないか、三雲くん」

 

 現在。玉狛第二が3点。鈴鳴第一が2点。那須隊が2点。

 残るは、遊真・加山・村上の三人となった。

 

 川向こうでは、空閑遊真が熊谷・日浦ペアを仕留め。

 そして鈴鳴の狙撃手、別役太一は雨取千佳の狙撃により潜伏していた建物を崩され三雲修のアステロイドに貫かれた。

 

 那須と加山は鈴鳴の来馬を討ち取り、雨取千佳を討ち取りに向かう。

 

 その道中。修は太一を仕留めた地点から村上の位置を経由するように千佳の位置にまで移動し──自身の命と引き換えに、村上と那須隊をぶつけた。

 

 その後那須と別れ加山は雨取を討ち取ったものの──村上の猛攻に耐えられず那須は緊急脱出。

 

 暴風雨の中の潰し合い。

 それぞれの部隊で、一人ずつが残る。

 

 ──暴風雨の環境の中好き勝手できる雨取ちゃんをさっさと仕留めようとしていたこちらの心理を読まれていたか。

 

 そして。

 村上鋼と、加山が対峙する。

 

「……」

 

 ──さてさて。

 ──これでアタシは一人になった。

 

「やあやあ村上先輩」

「随分と──動きが良くなったな。加山」

「色々経験しましたからねぇ」

「もう、本来の戦い方は捨てたのか?」

「はい。──もう、いいんです」

 

 ──今。自らの中に。

 ──蠢く者がいる。

 

「──来いよエネドラ。好きにしていいぞ」

 

 己の力量と性質に向き合い積み重ねてきたもの。

 その中に。

 呪いが、入り込んだ。

 

「おう。──好きにさせてもらうぜ、メス猿」

 

 塗り潰される。

 認識という認識が。

 今眼前にある村上という存在は、自分にとって頼りがいのある先輩などではなく。

 

 ──ただ、己の力で叩き潰すための生贄でしかない。

 

 そういう存在へと、認識が塗りつぶされていく。

 

「まあ、口数は減らしておいてやるよ。俺としても出来るだけ怪しまれたくはねぇからな。感謝しろよ」

 

 加山の表情に、著しい変化が現れる。

 嗜虐を好む歪んだ笑みが。

 加山には有り得ない、別人の如き何者かの表情が。

 

「……」

 

 別人のような誰かは、周囲にハウンドキューブを身に纏わせながら村上と向かい合う。

「あのチビがこっちに来る前に──片付けておくか」

 

 

 現在。

 川向こうから砕けた橋の支柱を迂回し遊真が向かってきている。

 

 現状──得点で負けている鈴鳴と那須隊は、不利状況に置かれている。

 このまま村上と加山が潰し合い、漁夫の利を遊真が取る。玉狛はそうして生存点まで稼いでこの勝負を勝つつもりなのだろう。

 

 男と、女の姿をした何者かが向かい合う。

 この場で勝利した者が──遊真と戦う事となる。

 

「……」

 

 笑みと共に。

 ハウンドが射出される。

 左右を軸とした速いハウンドと、上空に打ち上げた遅めの速度のハウンド。

 

 村上は打ち出されたハウンドの軌道を一瞥し、左方から来る弾丸に向けレイガストを正方へ構え、スラスターを起動。

 弾丸を打ち消しながら弾雨を逃れると共に。加山へ斬りかかる。

 

 だが。

 撃ち終わりと共にトリガーを即座に切り替えた加山は、その手にスコーピオンを持ち村上の斬撃へ身を躍らせる。

 

 一太刀を見切り、二太刀が来るよりも前にスコーピオンを肉体から切り離し村上へ投擲。

 レイガストにてスコーピオンが防がれるとともに。

 加山は背後に、ハウンドの弾帯を形成する。

 

 ──こんな原始的なトリガー。使いこなせない方が難しい。

 

 かつて。

 かつては。こんなものではなかった。

 流動するトリガーを時に固形化し。時に液状化させ。時に空気に溶け込ませ。己の肉体へ巡らせ供給器官を複製し。

 

 かつては、トリオンを形状変化させ戦う黒トリガーの使い手であった。

 それに比べれば。

 4×2のトリガーから二つを選び出す行為など、児戯に等しい。

 

 何ら負担にもなりはしない。

 

「く……!」

 

 ──トリガーの切り替えの速度が異常に速い。それに。

 

 己に降りかかるハウンドは。

 誘導率と速度・威力がバラバラに向かってくる。

 

 ──弾丸がそれぞれ緩急をつけながらこちらに向かってくる。

 

 緩く、威力のある弾丸を視界に収めさせるとともに。

 誘導率を弄った速度のある弾が死角から降り注いでいく。

 

「鋼君! 後ろから来ている!」

 

 オペレーターの支援があって、ようやく凌ぎ切れる。

 

 ──トリガーの切り替えの速さだけじゃない。射手トリガーの調整までも瞬時に行なっている。

 

 弧月とレイガストを基本線とする村上の戦闘においては、緩急をつけての射撃戦で仕掛ける方がいい、と。そう判断していた。

 

 対応力が高い駒ならば。

 対応力の限界まで、質量で押していく。

 

「近づけさせねぇぞ」

 

 多少削られる事を覚悟の上でレイガストでの急発進で間合いを詰めんとする村上。

 その足下から──スゴーピオンが生え出る。

 

 ──もぐら爪(モールクロー)

 

 スゴーピオンを地中に潜らせ、死角より攻撃を放つ技巧。

 それが村上の足下より急襲し、足先を削る。

 

「足が削れちまったなぁ」

 

 ただでさえ中距離戦にて不利を負ってしまっているというのに。

 ここで機動力すら削られてしまうとあらば──勝ちの目が一気に削られてしまう事となる。

 

「──とどめだぜ」

 もぐら爪の攻撃に一瞬足を止めた村上に。

 加山はハウンドを生成し、放つ。

 

 ──その瞬間。

 ──新しいトリオン反応が生まれると同時。村上の正面にシールドが挟まれる。

 

 背後より。

 空閑遊真が──村上の供給器官を貫いていた。

 

「……」

「チっ。邪魔が入ったか」

 

 見事──村上と加山との戦いの間に入り、漁夫の利を取った空閑遊真の姿があった。

 

「──カヤマ、でいいのかな?」

「あ〜? 見りゃわかんねぇのか? どっからどう見てもあのメス猿だろうよ」

 

 けけけ。

 悪意と邪気が篭った笑い声を、加山らしき人物が上げている。

 

 その口元。

 遊真の視点から──もくもくと煙が上がっている。

 

「お前は誰だ?」

「教える義理はねぇな。後からあのメス猿にでも聞けばいいだろ」

「成程ね」

 

 遊真は訝しみながらも──即座に気持ちを切り替え、向かい合う。

 

「なら。ここで仕留めさせてもらうよ」

「やってみろチビ猿」

 

 形成されたハウンドの弾雨の間を、白髪の少年が縫っていく。

 

 光刃が交差する中。──遊真は、加山のものではなくなった、得体のしれない何者かの笑みをジッと見ていた。

 

 

 ──捨てる。

 

 エネドラの記憶を己に内包した事を知り。

 加山は決意した。

 

 ──アタシの戦い方に拘るよりも、ここは新しく手に入れた力を有効利用する方が手っ取り早い。

 

「──それでいいでしょ?」

 

 己の脳内に居つく、別の記憶と。別の誰かに語り掛ける。

 

「役割分担ってやつよ。──アンタは一人で好きに暴れられる時に出て来ればいい。アタシは、前座に収まる」

 

 ──自分は、器でいい。

 ──目的を果たす為の、名前のついた肉袋でいい。

 ──その為ならば、この人格すらもどうでもいい。

 

「──アタシに力を貸せ。エネドラ」

 

 かつて聡明だった男。

 かつて黒トリガーを操り、軍事国家のエリートとしての道を歩んでいた男。

 

 その代償に脳が壊れ、人格が壊れ、理性が壊れ、そして──その命そのものを打ち棄てられた、男。その残骸。残骸からまた息を吹き返した人格もどき。

 

 いい。

 こんなものでも、いい。

 

 己などよりも、ずっと上等だ。ずっと役に立つ。

 

 ──精々。アタシが死ぬまで使い倒させてもらうわよ。エネドラ──

 

 

 

 

 ──殺す。絶対に殺す。テメェ等全員、一人残らずぶっ殺してやる。

 

 

 

 強烈な意思。

 果てのない憎悪。

 

 かつて持っていたような気もする、そんな代物。

 それをただただ──憧憬のような感慨と、冷めた感情で、見つめ続けた。

 

 ──利害は一致した。

 

 目的の為に滅ぼすか。

 憎悪の為に滅ぼすか。

 どちらでもいい。

 過程などどうでもいい。

 

 求める結果が一致しているならば、それだけで構わない。

 

 ──この道を、アタシは歩み続ける。



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原作開始前のあれこれ(ここから本編)
炒飯の色彩を応えよ


本作はオリジナル主人公を用いたワールドトリガーの二次作品となります。

オリ主は書かないと活動報告で言っていた身ですが、少し考え方が変わりました。
その部分に関しては、どうかお許しください。

※修正 高校生→中学生


色を感じる。

色というのは不思議なもんで。

自身が思っているイメージと同じものが想起される。

そして、

 

「加古さん。おい加古さん」

「何かしら加山君」

感じる。

これはいけない。

この色はいけない。

別にそこに色があるわけじゃない。

視覚から見えるその色とは違う。

 

『音』の中に『色』があるのだ。

 

眼前の厨房で繰り出される音の中に色がある。

ある。

 

それは。

燃え盛るような赤色と淀んだ青色が滲みだし、フライパンが振られる度にそれが混じり合い禍々しい紫色に代わっていく。

恐らくはごうごうと燃え盛るコンロの火の音色が『赤』で、その食材がフライパンの上下に合わせて浮かんで落ちる音が『青』だ。

 

当然、色にも感覚質がある。

 

まっさらな青空を見て憂鬱になる人間はいないだろう。逆に油が沈殿し淀み切った海の青色を見て喜ぶ人間もいないだろう。

 

副作用が叫んでいる。全力で叫んでいる。

怖いよ、痛そうだよ、あの色は『ヤバそう』だぞ、と。

 

「俺の副作用が言ってる。それは胃の中に入れていいものじゃねぇって。解ってるか加古さん。おい加古さん。聞こえてるなら応答せよ加古さんおい加古さん」

「何を言うの。すべて、人が普段食べているものじゃない。毒なんかないわ」

「何で洗濯剤に“他の洗濯剤を混ぜるな”って書いていると思う?単体で大丈夫でも組み合わせで有毒になるからだよ!」

「ええ、勿論知っているわよ。――それがどうしたの?」

「食材もなぁ、そうなんだよぉ!」

 

嫌だ。

ああ。

赤と青が混じって、紫が。紫が迫ってくる。

 

あの紫はアレだ。完全にイメージとしては忌避とか異端とかそういう『感じ』の色だ。

 

炒飯の色彩は完全に卵から出来た黄色なのに。

そこから発せられる音からは、完全なる『紫』なのだ。

その紫は着物によく見る鮮やかなものではなく、禍々しく、毒々しく、そこから想起される感覚質から発生した恐怖で脳味噌がキリキリ痛み出すアレだ。

 

「はっきり言っておく!貴女が今やろうとしている行為は、完全なる虐待だ!年齢の上下関係を逆手にとって逃げ場をなくさせ有毒物質を胃の中に放り込んで俺を殺そうとしている!解ってるのか俺はまだ中学生だぞこの先があるんだぞまだまだトリオンも成長するお年頃だぞ!このまま死なせていいのか成長株だぞおい!」

「あ、計測したら私のトリオン超えたみたいね。おめでとう」

「ありがとう!だから帰らせろ!」

「おめでたいじゃない。私の炒飯食べてすくすく育ってね」

「息の根止まるわ!!」

「失礼ね」

「うるさい!食材からすればアンタは失礼どころか冒涜者だ!」

「感謝しているわよきっと」

「呪われちまえ!」

「私、好奇心に呪われているの。ふふ」

 

ああ畜生。

この笑い声から発せられる色は綺麗だ。綺麗な純白だ。本当に純粋に楽しんでいるのだろうこの状況を。

この純然たる色の笑みを浮かばせられる感情を元手に、あの淀み切った紫を作ったのか?

 

善意。

完全なる善意。

きっと本気で美味いものを作ろうとしてくれている。理解できる。

でも理解する。

あの音から漏れ出す『色』で。

死ぬって。

何かの音に似ていると思ってたんだ。

あれ、

この音何かに似てるな。

何だろう。

ああ。

あれだ。

あの音だ。

明確には違うけど、それでもこの音には。

こう、スプラッター映画でベッドシーンに入った後に挿入されるBGMと同じだ。

昔、映画見ては怖い怖いと泣いていたなぁ。視覚的な怖さと聴覚的な怖さと、副次的にやってくる「音」の脅威を感じるから。

BGM一つにもそんな感じで色を感じるもんだから。

昔は結構な怖がりだったなぁ、とか。

 

ああ。

やめろ。

やめてくれ。

先があるんだ。

やらなきゃならないことがあるんだ。

どうか殺さないでまだ死にたくない。いや敵に殺されるならまあ別に死んでもいいけど仲間には殺されたくない解っているのか加古さんおい加古さん。

ああ。

ああああああ。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

警察官の親父が同姓の俳優が好きだった。

故に彼の名前は加山雄吾。

 

そんな名付け元となった俳優に似る事もなく、彼は小柄で、内向的な性格の人間として幼少期を過ごしてきた。

 

幼少のころから少しだけ人とは違う性質を持っていた。

 

彼は音楽が好きだった。

クラシックもロックもヒップホップも歌謡曲もポップスも。およそ音楽という名の付くもののほとんどを彼は聞き込んでいた。

 

――雄吾。お前は音楽が好きなんだな。

そう聞くと、彼はこう答えた。

――うん。音楽って凄く色が綺麗なんだ。

 

と。

 

それを最初は「音色」と解釈していたのだろう。特に何も考えずにその言葉を受け入れていた。

だが、次々と彼は音に色があると言葉にしていく。

 

母さんの足音は、淡い水色。父さんの足音は、力強い岩のような鼠色。

トラクターの音は濁流のような黒い音。

静寂の中で鳴く蛍は褪せた赤色。

 

そんな言葉を聞くと、両親は少しだけ実験してみた。

両親、祖父母、親戚数人。

全員の足音を目隠しした状態で聞き分けられるか。

 

聞き分けられた。

 

その後――彼は「共感覚」という性質を持っている事が判明する。

 

彼は、音を色別する。

 

本来視覚によって得られるであろう『色』という情報を、彼は音の中にも認識する。

 

黄色い歓声とか、七色の音色、というように。

音を色に表現する感覚を人間は持っている。

加山雄吾は、されど、本当に色を感じるのだ。喧しい女性の歓声を聞くと黄色く感じるし、幾つもの音が複合して響く様に七色以上の色を感じる。

 

共感覚を持つ人間というのは、少しばかり挙動が普通と違ってくる。

ちょっとした音に敏感になってしまうのだ。

なので彼は、背後から大きな音を鳴らされる嫌がらせをよく受けていた。

その結果として、他者からの排斥をごく自然と受けるようになっていったのだ。

 

「自分は他の人と違う」という事実と。

「人と違うと、排斥される」という現実と。

その二つを実感していくうちに――彼は次第に他人へ期待する事をやめ、そして本来の明るい性格から内向的な性格へと変わっていった。

 

その時、11歳。

彼は、本当の地獄を知ることになる。

 

・ ・ ・

 

騒音。

劈く悲鳴。

蠢く化け物ども。

 

サイレン。

叫び声。

女の悲鳴。

男の呻き声。

子供の泣き声。

 

声に

音に

全てが、全て。

 

その日、地獄に思えた。

 

「-------」

ごぼり、と血を吐く。

 

何となく理解した。

自分は、ここで死ぬんだと。

 

――ごめんなさい、母ちゃん。

 

その隣には。

自分を庇って死んだ母親の姿があった。

崩れていく家屋から息子を守らんと身を挺して庇った母親の、姿。

 

――庇ってくれたのに、僕は生きられそうにないや。

 

視界は暗くてぼやけて何も見えない。

聞こえてくるのは、音ばかり。

 

どす黒い色と腐った臓腑のような色と昆虫の複眼のようなぼつぼつとした青色。

もう色は常に脳内に駆け回っていた。

耳を塞ぎたい。

目を閉じても、色が見える。

死の色が。

死を表象する色が。

それは音が聞こえる限り、彼の脳内に映り込んでいく。

悲鳴が運ぶ色。建物が崩れていく音が。鳴り響くサイレンが。

視界は見えず、臭いもしない。そんな中、音が運び込む地獄の最中、彼は身動き一つとれずに自らの体温を感じ続けていた。もはや笑みすら浮かべていた。果てしのない地獄に、狂気に脳内が侵されそうになる。

 

音が、地獄を叩きつけてくる。

今まで感じたことのないほどに――不吉で、禍々しく、死へと直結する色が脳味噌に駆け巡る中。

ぼんやりと――せめて父さんだけでも生きてくれと願いを込めて目を閉じた。

 

 

後に――三門市を広く世に知らせることになる、近界民による大規模な侵攻。

 

結論として彼は死ななかった。

 

 

 

 

 

 

 

――父親が侵攻の最中で起きたマーケットの略奪行為に参加し、銃を発砲して市民を傷つけ、奪い取った医療道具で息子の応急処置をした事で。

 

 

 

 

加山雄吾が父、加山敏郎。

彼もまた死んだ。

 

 

 

略奪に参加し許可なく市民に発砲した忌むべき犯罪者として。

 

 

嫌な夢を見ていた気がする。

誰の所為だ。

「起きたかしら?」

ああ。

そうだこの人の所為だ。

 

「危うく地獄に落ちるところだった」

「大袈裟ねぇ」

「もっと言ってやろうか。死んだほうがましな程にひでぇ思いをした」

「おいしさも限度が過ぎると毒になるのね」

「純然たる意味で毒だよあれは!」

 

加古望。

数少ないA級隊長の一人だ。

 

必殺☆心臓潰し★炒飯の作り手だ。

他にも言うべきことは幾らでもあるが、残念ながら今まさに殺されかけた身からしてみればまず真っ先に挙げておかなければならない要素だろう。

 

入隊初期から親交のある隊員の一人で、何が気に入られたのやら。よくよくこうして炒飯が振舞われている。八割の確率で美味いタダ飯が食え、二割の確率で生死の境に吹っ飛ばされる阿弥陀クジ。開けてみるまで解らぬパンドラボックスなのだが、悲しいかな。彼は調理過程の音を聞くだけで自らの未来を知ることが出来るのだ。生きては死に、死んでは生き返りの繰り返しの中。彼にとっての加古望はちょっとだけの友愛と果てしない恐怖の権化となっていた。

嫌いではないのだ。

別に悪意はないから。

だが悪意がない事と恐怖を感じることは別々であるのだ。

 

「で。――どう?B級に上がって一カ月ちょっと。感想は?」

「安心しました。まともな人もいるんだって」

「あら?」

「だって。C級の時に知り合った人なんざ、加古さんでしょ。当真先輩でしょ。で、同期の木虎と別役先輩でしょ。――ああ、クソ。何であの人を先輩なんて言わなきゃいけねぇんだあんだけ尻拭いさせといてふざけんなよ。――まあ、ほら。木虎除くと割とこう、うん-----な人が、ね。木虎も木虎で、真っ当な常識は持ち合わせてますけど。それはそれとしてコミュニケーションに常に対抗心を持ち込まれるのが面倒くさい」

「何で私もその勘定に入っているのかしら?」

「ご自分の胸に手ぇ当ててしっかり考えて下さいよ。――でB級に上がって。柿崎先輩に来馬先輩に会ったわけですよ。いやもうボーダーにもこんな人がいるんだって。もう嬉しくて泣きそうだったんすよ解ります加古さん」

「貴方もたいがい変人じゃない」

「何ですと?」

「何でC級の初期武装、メテオラ選んじゃったのよ」

「広域の爆撃をお手軽にぶっ放せるとか絶対に強いじゃんとか思ったのが運の尽きでしたね。木虎に撃ち抜かれてメテオラ放つ前に死んじゃってましたもんね。まあいいさ。俺もアステロイド拳銃に変えて、アイツの昇格前に勝負仕掛けてポイントごっそりとって一足早くB級に上がりましたし。イッヒッヒ」

「恨まれているわね。間違いないわ」

「でしょうねぇ。――まあ取り敢えずB級上がんないと金も稼げないし。ここからここから。――今住んでいる所も、中学卒業したら出て行く事になりますしね」

「冷たいわね、貴方の叔父さん」

「しゃーない。犯罪者の息子いつまでも置いとく訳にもいかないでしょうし」

 

それに、と加山は続ける。

 

「中学卒業したら存分に働けますしね。防衛任務もかなり入れられますし。バイトも解禁されますし。出ていくタイミングとしては一番適当でしょ」

「-----高校は、いかないのね?」

「行きません。――俺は割とボーダーに命かける覚悟でここに入りましたからね。ボーダーが死ぬならまあ一緒に心中しても後悔はないです。ボーダーが必要なくなる状態になってなくなっても、それはそれで人生の目標を達成できたといえますし。放り出されてそのまま野垂れ死んでも本望です」

 

ケロリと、加山はそう言った。

言った。

変わらぬ表情で。

 

加古は――表情を変えない。

 

「――そういう会話、他ではやっていないでしょうね」

「口が裂けてもいいませんよ。特に柿崎先輩とか、来馬先輩には。絶対に余計な気を回す人ですし。加古さんみたいに、いい感じにテキトーな人だから言えるんですよ。口も意外に固いですし」

「失礼ね。――ねぇ、近界民は憎くないの?」

加古は、尋ねる。

彼と――彼女がかつて同じ隊に所属していた少年。その過去が、非常に似通っているから。

身内が、近界の侵攻によって喪われた辺りが、特に。

 

「うーん。――何というか」

加山は頭を捻らせる。

「憎いですよ。でも、何というか-----憎み方、ってのも、大事だと思うんですよ」

「憎み方?」

「身内殺したのは確かに近界民ですけど。じゃあ近界民全員復讐対象じゃ、って中々俺は出来なかったんです」

「どうして?」

「俺はこの副作用持ってて、排斥された側でしたからね。他人とは違う、ってレッテル貼られて生きてきたわけですよ。で、近界民の侵略後は、犯罪者の息子っていうレッテルも新たに追加されて」

「------」

「近界民、ってレッテル貼っていっしょくたにして憎む、ってのも同じことだと思うんですよね。多分、あっちには同じように生きている人間もいるんだろうし。だからそれは俺には出来なかったんです。――でも三輪先輩の事は、否定はしないし、出来ないです。あの人はあの人で、別の優しさがありますし。それで、近界民を憎むようになったんでしょうし」

「理性的なのね」

「なので、憎み方です。――俺は近界民じゃなくて、近界を憎む」

 

近界民、ではなく。

近界を憎む。

 

「いつか言っていたわね」

「ですね。――俺の最終目標は、近界からの侵略を完全になくす事です」

 

加山は。

口調を変えずとも――それでも、貫徹する意思を携えた力を込めた言葉を、放つ。

 

「その手段として――近界そのものを、滅ぼす。ここで生きている人間の為に、近界には死んでもらう。それが俺の憎み方で、復讐の方法です」

 

気負いも衒いもなく。

彼はそう自然な口調で――そう、言い切った。

 




ここ二カ月ばかり、色々な作者の方とお話をする中で、オリ主に挑戦してみたいと考えるようになり、初めて書く事に致しました。

至らぬ点もあるかも解らないですが、暖かい目で見てもらえれば。


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無情険悪の黒色、それが木虎藍との関係性

木虎とのお話。


「メテオラをメインでセットする射手がいねぇのって、シールドが便利すぎるのと対人向けの訓練が多すぎるのが理由だと思うのよねぇ」

 

男は何事かを喋っている。

ボーダー本部内の訓練ブース。眼前に立つ何者かに語り掛けている――にしては、彼女の目線に合わせることなく、地面に視線を向けながら何事かを呟いている。

 

「これが普通の戦争だったらさぁ。こっちも侵略する事もあるわけじゃん。侵略するとなるとさ、手っ取り早く効率的に多人数をぶっ殺せる方法がある方があればあるほど便利なのよ。敵の生産ライン爆撃したりして補給を止めたりさ。適当な都市の市民にダムダム弾撃ち込んで恐怖を煽ったりとかさ。ああ、そうだ。恐怖ってのもミソだな。トリオン体あるから皆ケガするのが怖くねーんだもん。皮膚が焼かれたりもしねーし痛みもねー。広範囲の爆撃食らわしたところで結局致命傷与えなきゃだめだもんなぁ。広く、浅く、拡散するタイプの攻撃ってトリオン体だとあんまり役に立たねぇ。かすり傷はゼロに等しいからねトリオン体。――まあ今のボーダーの評価基準でメインで使うような阿呆はいないわなぁ」

 

不満げな声だ。

 

「メテオラにはロマンがあるが、俺はロマンに全て突っ込めるほどに子供じゃなかったんだ。許せメテオラ。二枠使いたかったけど、俺は結局スコーピオンと拳銃に逃げてしまった-----」

 

「で」

「ん?」

 

ぶつぶつと何事かを呟くその男の眼前。

一人の女がいた。

その女は両腕を組み、男を見据え、蔑みの視線を浴びせかけていた。

 

「やあ木虎。何か用?」

木虎、と呼ばれたその女は――端正な顔を思い切り歪め、歪んだ分だけ視線を鋭くし男を見据える。

「何か用、ではないのだけれど」

「ないのか。俺は用なしという訳だな。ではそこで俺が喋る内容を聞いておくかそのまま過ぎ去ってくれ」

「------」

 

眼光の鋭さが増していく。

冷たい。

 

「何だよ。そんなに見つめないでくれないか恥ずかしい」

「何をぶつぶつ言ってるの加山君。気味が悪い。同期として恥ずかしいわ」

「ここでぶつぶつ言っているのはな。俺の声を分類しているんだ。暇な時間があったらさ、どういうイントネーションの言葉がどういう色をするのかを実際に独り言を喋って分析してんの。その声をピックアップしていって、他の人間の声に近付ければ声真似だって出来るんだぞ。そうだな。――”気味が悪いわね。帰って頂戴”。おお、似ている!どうだ木虎!俺の声帯模写も大したものだろう。がはははははは」

男――加山は変わらず木虎と視線を交えることなくジッと視線を地面に向けながら――確かに、確かに木虎と寸分変わらぬ声で最後のセリフを言い放ち、自画自賛し、笑っていた。

視線は変わらず下を向きながら。

 

木虎のこめかみに血管が浮かんでくる。

 

「――何故顔を合わせないのかしら?」

「因縁をつけられない為に顔を見ないってのは基本中の基本だぜ。俺のように気の弱い人間の基本スキルだ」

 

こめかみ。より青く。

 

「――丁度いいわね。喧嘩なら買うわよ。丁度そこにブースもあるわけだし」

「おうとも上等。胸を貸してやるぜ同期」

「胸を貸す?自惚れないで」

「ふふん。B級昇格から俺にまだ勝ち越してないだろう。自惚れちゃいないさ」

「C級時代散々負け越したじゃない」

「あの時の俺はメテオラに夢を見ていたロマンチストでガキだった。現実と理想の間に見事に着地した今の俺のスタイルでお前に負ける道理はない」

「その現実を突きつけたのが誰かお忘れかしら?」

「だから今度は俺が現実見せてやるよ」

 

両者の間に、冷たい火花が散る。

 

「10本でいいわね」

「おうとも」

 

両者は、冷たい空気のまま、ブースの中に吸い込まれていった。

 

 

木虎藍と加山雄吾は仲が悪い。

二人は、同期であった。

 

ボーダーには、三つの階級がある。

 

A級、B級、C級の三ランク。

ボーダーに入隊すると、皆Cランクからのスタートとなる。その後訓練と、C級隊員同士の個人戦を繰り返し、個人ポイントを4000稼げばB級に昇格できる。

 

通常であるならばC級隊員は1000ポイントからのスタートであるが、木虎藍はその圧倒的センスが認められ特例で3600のポイントを与えられていた。

加山雄吾も高いトリオン能力が認められ、同じく特例で3200からのスタートだった。

 

両者はその当時からポイントを奪っては奪い返しの繰り返しの中で、その仲を自然に険悪にさせていった。

高トリオンを活かしたメテオラによる爆破で着々とポイントを稼いでいた加山は木虎との個人戦でボロ負けを喫しごっそりとポイントを奪い取られ、その後メテオラからアステロイド拳銃に武器を変更。その後木虎との最後の個人戦で勝ちを重ね、彼女から奪ったポイントで一足早くB級昇格を果たしたという屈辱極まりない過去を塗り付けていったのであった。

 

そして。

「----え?お前銃手じゃなくなったの?」

「ええ」

 

眼前で構える木虎は――攻撃手用のトリガーである「スコーピオン」を手に取っていた。

 

「ええ。やめてくれよ。何で俺とお前、全く同じトリガーなのよ」

「うるさいわね」

 

現在。

両者は全く同じトリガーを手にしていた。

片手に拳銃。片手にスコーピオン。

 

「――以前と同じだと舐めてかかると、痛い目見るわよ」

「痛い目なんぞ散々みてきたわ。ついさっきだって食い物でだって死にかけたんじゃい。――お前こそ、新しいスタイルで痛い目見ねぇ事だな!」

 

両者ともに、同時に動き出した。

 

・   ・   ・   ・

 

同時に向けられ、撃鉄が落とされた銃弾は互いの身体を削る。

 

削面を見ると、木虎の方が大きい。

同じアステロイド銃を使用しているが、――加山の『トリオン』が木虎に大きく上回るために、木虎のそれよりも遥かに大きな威力を内包しているのだ。

木虎は即座にその場を離れると、側面の狭い路地に引く。

 

「いやいや、そりゃ悪手だろ木虎」

 

加山のトリガーは、スコーピオンと拳銃だけではない。

拳銃を下ろし、加山はトリガーを切り替える。

 

「――エスクード」

 

木虎が引っ込んだ路地の入口を、地面から生え出る『壁』――エスクードで塞ぐ。

そして、

「こいつも食らっとけ――ハウンド」

 

エスクードを飛び越えようとする木虎の動きに先んじて、ハウンドを上空に放つ。

封鎖された狭い路地の上。

降りかかる弾雨。

 

「――仕留められなかったか」

 

加山は今の状況で木虎が生き残る方法を考える。

恐らくは左右の路地を象る壁を飛び越えたかスコピで斬り裂いたか。左右どちらかの建造物に隠れているのだろう。

 

――まあでも、距離が生まれれば、それだけ俺の方が有利だ。

 

近接戦での手数・精度では加山は木虎に勝てない。

されど、加山は中距離での手札をかなり備えている隊員だ。

だからこそ、距離が生まれれば生まれる程やりやすい。

 

加山雄吾のトリガー構成は、銃手・攻撃手・射手トリガーが揃った構成となっている。

アステロイド・スコーピオン・ハウンド・メテオラとトリガーを組み込み、残る枠をシールド・エスクード・ダミービーコン・バッグワームで埋めている。

 

加山は路地の左右の建物の正面を更にエスクードで防ぐと、自身の周囲にもエスクードを張り巡らす。

 

「――さあ、どう来るかね」

エスクードで射線を切り、加山はアステロイド拳銃とハウンドを構える。

 

この状況を作れば。

木虎は遠方からの攻撃手段が拳銃しかない。

詳細なトリガー構成は解らないが――スコーピオン以外のトリガーを詰めるだけの余裕は無かったはずだ。

 

拳銃による射撃は通らない。

機動力を活かし壁を乗り越えこちらにやってくるならば、ハウンドで足を止めてアステロイドで仕留めればいい。

 

エスクードはトリオン消費量が多いという大いなる欠陥を抱えているが――その問題さえクリアできれば、非常に有用なトリガーへと早変わりする。

何より加山が気に入ったのは、一度壁を作る事さえできればトリガーの切り替えによって消えない事だ。

 

シールドは非常に利便性が高いトリガーであるが、使用している間は他のトリガーが使えない。

 

だが。エスクードは時間を稼ぎ壁を作る事さえできれば、後はトリガーを切り替えても消えない。破壊されない限り、そこに残り続ける。

故に。

エスクードの壁に隠れながら、トリガーを二つ装備し待ち構えるという手法がとれる。

 

じぃ、と。

加山は耳を澄ます。

 

「――建造物から逃げ出して、更に側面側に向かって行ったな」

耳から拾う微細な音の変化を感じ取り、加山はそう判断する。

 

レーダーから反応を消した木虎を

今木虎は恐らく、バッグワームを起動しながら側面側に回り出方を伺っているのだろう。

流石にあの状況で真正面から攻め込むような甘い隊員でないこと位、加山も理解できている。その判断力の高さも、新人時代から評価されていた部分だ。

 

「そうは問屋が卸さんぞ」

加山は自分が待ち構えている場所に゛ダミービーコン”を設置する。

球体状の物質で、ふわふわ浮かぶそれを現在地にセットし発動。同時に自らはバッグワームに紛れる。

 

そして、更に左右にエスクードを生やし、如何にも”側面からの攻撃に備えています”と言わんばかりの配置を行い、そうして生やしたエスクードの陰に隠れ、ついでにメテオラキューブをその背後に撒きながら、自らも建造物の中に紛れる。

 

そして。

 

「――かかったな、木虎」

 

ダミービーコンの反応を追い、側面を回り込みエスクードを踏み越えてきた木虎に、――バッグワームを解除すると同時に、ハウンドを放つ。

 

木虎はすぐさま反対側のエスクードを踏み越えハウンドの盾とする。

 

その、隣。

 

「あ」

木虎の隣には、大きなメテオラキューブが一つでん、と鎮座していた。

 

加山がその様をにっこり笑みながら見据えると――そこに弾丸を放つ。

 

キューブに埋め込まれる弾丸。

それと共に巻き上がる爆炎。

 

――木虎、緊急脱出。

 

トリオン体が瞬時に崩れ、木虎はそのままブースへと飛ばされていった。

 

 

「7-3か」

「------」

木虎は負け越した事実に、歯噛みする。

「――木虎。アンタ、グラスホッパー積む気はないのか?」

見た限り、木虎は拳銃とスコーピオン、バッグワームとシールドしか積んでいない。

今回、木虎が持ち込んだスコーピオンは正直厄介だった。

銃手としては火力が足りない分を、近接で補う。その方針は木虎に合っていたし、その練度も非常に高かった。

だが。その分だけ、――距離が開いたときにどう距離を詰めるのか、といった部分に問題が生まれてしまう。

木虎の身のこなしは、ボーダーでも屈指だ。

だからこそ、移動方法に何かしらの変化をもたらすものが一つでもあれば、更に強くなるであろう。あの身のこなしであれば、移動用トリガーも難なく扱えるであろう。

 

「人の心配なんてする余裕なんてあるの?」

「余裕がなくても、俺は必要だと思えばアドバイスをするぞ。例え、お前みたいに嫌いな奴だろうがな」

 

「----どういう事?」

「俺は別に自分が強かろうが弱かろうがどうでもいいのよ。何なら、俺以外全員俺より強くなって最弱になっているような状況になってくれるなら、それはそれで本気で喜ばしい。――それだけボーダーがクソ強くなってるんだから。まあ、お前に負けたくないってのは本音だ。だからC級でお前にあんだけ食い下がったからさ。でも、お前含め全員強くなって――ボーダーが強くなってくれ、って思ってるのも本音。――で、無理?グラスホッパーは?」

 

「-----無理よ。トリオンが足りない」

「-----そうか。うーむ。どうにか一つ、トリオン食わずに移動補助が出来る方法が無いものかね」

「いいのよそんなに必死に考えてくれなくても。――私は、今は個人よりも部隊での勝利を一先ず目指すから」

 

「へぇ。――何処の部隊に所属する事になったんだ?」

「嵐山隊よ。――あそこは、中・遠距離で移動のサポートが出来る人が揃ってるから。別に一人で無理に動く必要がない」

「成程。――へぇ。へぇぇ」

「何よ」

「いや。――何か、意外だったんだよ。お前が、そういう事言うの」

他人をあてにする、という行為を木虎は嫌っていた。

それは彼女の高い自尊心故だ。

 

だが――「部隊の力を借りる事」と「他人の力をあてにする」ことは別物であると判断できる冷静さは、ちゃんとあったのだな、と。

 

「当たり前よ。――私は無駄な努力に時間を費やしている人は、嫌いだから」

 

「------」

 

-----少し、見誤っていたと加山は思った。

木虎にアドバイスなんか必要ない。

木虎は、ちゃんと自分が「やるべきこと」を理解できている。

どの努力が適正で。

どの努力が無駄になるのか。

その線引きが、出来ている。

 

「----悪かった」

 

素直に一つ謝ると木虎は実に気味悪げにこちらを見た。

 

うん。

やっぱりこいつの事は嫌いだわ。



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混沌色の名付け親、その名は王子一彰

 ――え? 銃手になりたいって? いいね! いいよ! 確かにメテオラでタイマン勝つのは凄く難しいもんね! うんうん! でも、他の射手トリガーは試さないの? 君のトリオンだったらハウンドやアステロイド使っても凄く威力が出せると思うよ? あ、B級上がったらハウンドは使うつもりなんだね。でも何でここで銃手なのかな? まあいいや。銃手のスタイルは凄くいいよ! 訓練すればするだけ、身体に叩き込めば叩き込むだけ、はっきりと上達していくしね! そっか! 拳銃型の銃を使うんだね。よーし、じゃあ早速練習してみようか。――おお、凄く構えが綺麗だね! へー、お父さんが警察官なんだ。基本がかなり出来ているから後は練習あるのみだね! よし、やっていこう加山君! 

 

 何か。

 C級の時にやたらと親切にされた記憶を思い出した。

 名前も聞いていないけど。誰だったっけあの人。

 

 木虎との個人戦の後で、ふとそんな事を思い出した。

 

 C級時代。

 

 訓練を続けていくうちに、何となしに解っていった。

 自分には、さして才能は無い。

 

 

 トリオン、というエネルギーは自分は非常に恵まれていた。それを才能というなら、自分はその意味では才能があるのだと思う。

 それ故に様々な戦い方が選択でき、攻撃の一つ一つの威力を重くすることが出来る。

 

 だが、それでもボーダーは自身よりも大きくトリオンが劣る木虎の方を高く評価した。

 

 その意味は、彼女と個人戦をした瞬間に理解できた。

 

 人間離れした身のこなしから放たれる弾丸の雨あられ。障害物を蹴り上げ周囲を駆け回りながら常に視界から逃れる動作。

 最早その動きすら追う事も出来ず、生成したメテオラキューブを撃ち抜かれ仕留められること三回。

 

 C級は基本的に一つしか武装を持てない。

 動きに追いつけない人間に対してメテオラを使う事など、ただの自殺行為だったのだ。

 

 今は亡き警官の父から、動きを教わったことがある。

 だが――この場においてそんなもの、役にも立たない。

 あれは人間のフィジカルで、人間を相手にする時に有用なだけであり。

 トリオン体という化物じみたフィジカルで、化物を殺すための動きに掠りもしないのだ。むしろ、その動きをなまじ知っているために、そのフィジカルを全力で活かす発想力や身のこなしが身についていないのだ。

 

 その結果。

 彼は名前も知らないさすらいの銃手に声をかけると、唐突に指導を受けることとなった。

 

 訓練内容自体はシンプルかつ的確で、加山は指導通りの訓練を続けた。

 

 訓練を続けると共に、木虎の動きとその対策に取り掛かる。

 

 何が彼女の強みで。

 何が彼女の弱点か。

 

 その強みをどう潰せるか。

 弱点を活かすためにどう立ち回ればいいのか。

 泥臭く、ねちっこく。

 木虎に勝つための方策を常に考え続けた。

 

 その対策を続け、C級最後の一戦でギリギリ勝ち越す事が出来た。

 

 B級に上がり、木虎に勝ち越すことが出来るようになったが――それでも彼女を上回ったとは口が裂けても言えなかった。

 

 これから間違いなく木虎はA級に行くのだろう。

 戦いと訓練を続けていく中でトリオンも成長していくだろう。A級に上がって既存の武装を改造する事で問題を解決するのかもしれない。

 きっと、もっと強くなるのだろう。

 ならば。

 自身もまた、より――彼女とは違う方向で強くならねばならない。そう思えた。

 

 

 

 彼はそうしてB級に上がると同時に、正隊員用のトリガーを渡される。

 彼はC級時から、何をセットするかは決めていた。

 

 メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ エスクード ダミービーコン

 サブ:スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

 

 コンセプトは、一つ。

 現在のボーダーは、防衛を重視した武装を整え、そしてそれを評価基準としている。

 それ自体は何も否定しない。

 ボーダーの第一目的は、侵攻してくる近界民からの防衛だ。この三門市を守る事を第一とするべきであり、防衛に力を入れることは当然の事。

 

 だが。

 近い将来。

 ボーダーが力をつけ、人員も増え、組織が大きくなり、資金も潤沢になり、防衛にかかる負荷が小さくなっていけば。

 

 適時的な「防衛」ではなく。

 ――そもそも『門』から現れる敵に対しての、根本的根絶を行う時が来るのではないかと。

 

 侵攻され、防衛する。

 この図式から。

 ――こちらが侵攻し、防衛を掻い潜り近界そのものに攻撃を加える。

 

 そんな日が、来るのではないかと。

 

 実際に、その方向に舵取りがされているように感じている。

 近界への遠征も度々行われるようになり、

 その遠征艇も次第に大きくしていく方針でもあると。

 

 もし。

 こちら側から「侵攻」する側になるならば。

 メテオラのような範囲攻撃が出来るトリガーは重宝されるのではないか? 

 エスクードのように簡易に地形を変えられるトリガーは敵地の中で大いに役立つのではないか? 

 トリオンレーダーに負荷をかけ、相手の追跡を躱せる事が可能なダミービーコンは必需品に近いものなのではないか? 

 

 彼は。

 ある種のテロリスト的な思考の下に、トリガーを決定した。

 

 防衛ではなく。

 侵攻の為。

 

 彼の目的である――「近界を滅ぼす」為に考えられたトリガーセットであった。

 

 

 どうやら王子一彰には加山雄吾の何処かしらにフランスの歴史的作家の面影を感じるらしい。

 

「ユーゴー。今日の合同での防衛任務、よろしくね」

 

 スタイルのいい体躯に優雅な笑顔をその爽やかな顔面に貼り付け、王子は加山にそう声をかけた。

 かけた。

 ユーゴー、と。

 

 おう、知っているぞ。知っているとも。

 ヴィクトル・ユーゴー。

 現在もまだベストセラーの街道を突き進むロマン主義小説の金字塔「レ・ミゼラブル」の作者のフランス子爵、かつひげむじゃらのジジイだ。

 

 無論加山は髭も生やしていないし、作家でもないし、子爵でもない。

 ただ名前が雄吾なだけだ。

 

 ユーゴー。

 それが、王子にとっての加山の呼び名だった。

 

「どうしたんだい? ユーゴー。そんな訝し気な目で僕を見て」

「訝しむだけの要素が王子先輩にあるからですね」

「何だい? 僕の顔に何かついているかい?」

「いつも通りのイケメンですよ」

「ありがとう。嬉しいよ」

 

 実に自然な笑みと共に感謝の言葉を告げ、王子は加山に背を向け去っていく。

 

 加山はB級に上がってからというもの、何処の隊にも所属することなく日々を過ごしていた。

 なので防衛任務の時は、他の隊に入れてもらって行う事が多い。

 

 で。

 

 弓場隊、王子一彰は初対面から「ユーゴー」と呼び掛けてきたのであった。

 ん? 

 発音の問題だろうか? 何故語尾を伸ばすのだろう? それにしても最初から名前呼びとは。このレベルのイケメンがやると馴れ馴れしさも感じないのだから凄いものだ。

 

 で。

 

 彼は道行く人々に更に声をかけていく。

 やあ、みずかみんぐ。

 やあ、オッキー

 やあ、ジャクソン。

 

 で。

 

「うちのカンダタが実は急用で出られなくてね。来てくれてありがとう、ユーゴー」

 

 カンダタとはあれか。

 ドラクエに出てくる、ビキニパンツ一丁で覆面を着込んで斧を握って襲い掛かってくる、あのモンスターか。そうなのか? 

 

 で。

 知った。

 

 この人は初対面で名前呼びするどころか――滅茶苦茶テキトーなあだ名をつけて話しかけてくる変人なのだと。

 そうして。

 王子にとって加山雄吾は「ユーゴー」となったのであった。

 南無。

 

 

「――おゥ。時間通りだな加山ァ」

 そうして、連れて行かれた隊室には。

 

 メガネ・リーゼント・強面と三拍子そろったインテリヤクザが、そこに。

 

「俺の名前は弓場拓磨。この隊の隊長をさせてもらってる。今日は神田の穴埋めに来てもらってすまねえなァ」

「――あたしの名前は藤丸ののだ。新人だろうが何だろうが、来てもらったからにはビシバシ働いてもらうからなァ! 覚悟しておけ!」

 

 して。

 もうとにもかくにも何もかもでかい女性がそこに。

 反り返る体から主張する双丘は、グラビア雑誌でもめったにお目にかかれないほどの豪快さ。だがあまり嬉しくない。それ以上に「そこに目線をやったら殺される」という本能のアラートが伝える恐怖が上回る。引き攣った笑みのまま、加山は目線を一切下げることなく藤丸を見据えていた。自分の生存本能の高さに感心するばかり。

 

「よろしくお願いします、加山君」

 して、次いで王子とは別系統のイケメンの男が、一礼しながらこちらを見据える。

 

「じゃあ、今回僕らが担当する区画はこの地点だね。――それじゃあ、仕事に向かいますか」

 現在。

 加山雄吾は内向的な性格を無理矢理に矯正し、――陽気かどうかはともかく、とにかく多弁な性格にはなった。

 だが、この空間内では、完全に元通りになってしまった。

 死人の如く口を噤み、そのままじぃっとしていた。

 

 

「-------」

「-------」

 

 隣に

 

「------敵、出ねえなァ」

「------ですね」

 

 弓場拓磨が、いた。

 本日の防衛任務。

 特に門が開くこともなく、そのままただただ周囲を警邏しているばかりであった。

 

 会話は、ない。

 無論、空気は重い。

 

 冗談一つ飛ばせば殺されるのではないか――そんな気配すらするこの男に、引き攣った笑みをずっと浮かべるばかり。

 

「まあ、出ないに越したことはねぇんだけどよ。――にしても、加山ァ。お前中々見ないトリガーの構成してんじゃねぇか」

 防衛任務に出る前に、当然連携について話し合われ、その過程で加山は自らのトリガー編成を教えていた。

 皆がかなり驚いていたのが、印象に残っていた。

 

「エスクードにダミービーコン。一つ使ってても珍しいのに、二つとくりゃあはじめてかもしれねェ」

「そうなんですか?」

「おゥ。――もし、敵が現れたら、そいつで俺の援護をしてみな。中々隊で連携を取る事なんて機会もねぇだろ。――と、話してりゃあ、来やがったなァ」

 

 雷鳴のような闇色が、空に現れる。

 その音が、――かつての記憶を呼び起こす。

 同じだ。

 あの時に感じた、音と色。

 

「-------」

 意識が、切り替わる。

 

「――いい眼してんじゃねぇか。一緒に来い。連携してぶっ倒すぞ」

 

 ・   ・   ・

 

「南方にバンダー二体! モールモッド四体! 結構一気に来やがったな、とっとと片付けろォ!」

 藤丸の指示が飛ぶ中、各自が動き出す。

 

 眼前に、一体小型トラック程の大きさのトリオン兵――モールモッドが現れる。

 大きな胴体に、くっついた四足で動き回る中、格納された三本のブレードが開く。

 

 弓場が正面にアステロイドを撃つ間に、加山はそこから一歩引いてハウンドを側面に放つ。

 二方向の攻撃に足を止めると同時、加山はモールモッドの前脚の前にエスクードを生やす。

 前足の動きが制限されたモールモッドは、そのまま完全に足が止まる。

 

「――いい足止めだ、加山ァ!」

 そう言うと、弓場は銃口を向け、モールモッドの急所である眼を撃ち抜く。

 

「まずは一体! ――お」

 

 王子と蔵内はどうやら背後に佇む砲撃用トリオン兵のバンダーを仕留めに行ったらしい。

 空に駆けるハウンドがバンダーに叩き付けられると、そのまま爆発を起こす。

 その間に王子がバンダーの急所を突き、二体は仕留められた。

 

「――王子と蔵内がこっちに戻る前に、さっさと仕留めるぞ」

「了解っす」

 

 残り、モールモッド三体。

 正面から二体。側面から一体。

 

 側面からやってくる一体の通り道に加山は近づき、エスクードを生やす。一旦モールモッドを分断させ、正面の二体を見据える。

 

 加山はトリガーを切り替え、メテオラをセットし生成し、射出。前足を潰し、モールモッドの移動を鈍らせる。

 後は弓場と同時にアステロイドを浴びせ、二体を撃破。

 

 残るは、一体。

 

「――エスクード」

 残る一体の四方を、エスクードで囲む。

 

 そして。

 

 ――その頭上に、加山のトリオンを詰めたメテオラが叩き込まれた。

 

 

「――今日はありがとうユーゴー」

「ういっす、王子先輩。あと俺は雄吾ですんで」

「ん? ユーゴーだろう?」

「もういいや。-----じゃあ、これで上がりですね」

 防衛任務のシフトが終わり、報告書を上げ、弓場に何とも不器用なねぎらいの言葉を投げかけられ。

 加山はそのまま通り過ぎようとする。

 

「ねぇ。ユーゴー」

 その後ろから、王子が語り掛ける。

 

「はい?」

「僕はね。来期から自分のチームを持つんだ」

 え、と声が出る。

 

「で、だ。――もし君がよかったら、一緒に組まないかい? 今三人決まっていて、あと一人までなら入れるんだ」

 

 ――今自分は、隊に誘われているのか。

 ありえる、と想定していた可能性であった。

 いずれ自分も隊に誘われることもあるんじゃないかと。

 

 ――決めていた文句を、そこで言った。

 

「誘ってくれて、ありがとうございます。――でも」

 すみません、と。

 そう呟いた。

「この一年間は、隊に縛られずに動いてみたいんです。ちょっとだけ、自分の中で目標があって。色々な隊に顔を出しながら、学びたいって思っているんです」

「そっか」

「はい」

「なら、仕方ないね」

 ちょっとだけ困ったように首を傾げ、王子はそう呟いた。

 

「じゃあね、ユーゴー」

「はい。それじゃあ、王子先輩」

 

 その後。

 王子と蔵内が弓場隊を脱退し、新たに王子隊が出来たという。

 

「二人脱退かぁ-----」

 容赦ねぇな、とぼそりと呟いた。



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その心は、ただただ無色

どシリアス。しかも短い。すみません。


この手記は20XX年XX月時点におけるボーダーという組織体に対しての分析と加山雄吾自身の所感を記したものである。

本項における主題は、

 

 

①攻撃手、射手、銃手、狙撃手 の戦闘プロセスの中での役割と発展性

 

とする。ある程度の考えが纏まったので、ここに記す。

 

 

ボーダーの基本的なポジションは以上四種であり、それぞれが明確な役割をもっている。

ざっくりと分類するなら、

 

攻撃手は、『とどめ』担当

射手・銃手は、『質量』担当

狙撃手は、『遠隔』担当

 

と役割化されているように思う。

 

射手・銃手はその手数と制圧機能を持って敵勢の追い込みをかける。狙撃手はロングレンジからの射撃により相手を仕留め、もしくはその脅威を以て敵勢の動きに制限をかける。

 

攻撃手は、トリオン体という性質が無ければまず発生しないポジションであろう。

トリオン体は、四肢のどれかが千切れようが戦いを続行できる。痛覚もない(トリオンを血液と見るならば、出血死はあるが)。

生身で行われる戦争と比して、兵一人一人の戦闘継続要件が高い。

手足が千切れたり、腹部を撃たれたりしようものなら、通常は戦闘の続行は不可能だ。

だがトリオン体ならばそれができる。

「身体の何処かに当たれば兵が戦闘の続行が困難になる・戦線復帰の為の治療に負荷がかかる」戦場ではなく。

「心臓もしくは脳を撃たなければ兵が戦い続けられる」という特殊な戦場であるのだ。

 

更に言えば、弾丸を自身の身体と弾丸の間に自由に生成できるシールドの存在もあり、ますます射撃による戦闘継続要件の奪取が困難な状況となっている。

 

その為に生まれたポジションが、攻撃手であると考える。

 

これもトリオンを武器とする際の特徴であるのだが、トリオンは自己発電エネルギーである関係上「質量を増やせば増やすほど分散する」性質がある。

故に、質量で押すタイプの射手・銃手はその分一発にかけるトリオン量が分散していく。更に弾丸を「飛ばす」事にもトリオンを必要とするためその分威力も減る。それら全部を一点に収束させられるのが攻撃手であり、特に弧月を扱う攻撃手に関しては防御が非常に困難である。

 

それ故に、基本的に編隊上の基本戦術は「射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が近づく為の援護を行う」という形が主流であろう。

その主流戦術に狙撃手が入れば、「狙撃手が相手の動きを大きく制限した上で射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が近づく為の援護を行う」という形にも出来るし、「射手・銃手の質量で敵勢に対しレンジ上での優勢を取り、攻撃手が敵の防御を崩し、狙撃手が仕留めさせる」形にも出来る。

 

トリオンの出力が個々の兵員に依存している現在、その出力を一点に集めていく方向での進化を遂げてきたのだろう。より遠くから、より広範囲に及ぶように進化してきた通常兵器の進化の流れとはまた違った方向性だ。

 

その上で、各ポジションにおける発展性を記す。

 

攻撃手:基本的に「弾丸が飛び交う戦場で相手に近付き仕留める」というどだい無茶な役割を担わされている人間なので、発展性に関しては個人の技量・才覚による部分が大きいように思える。ただ、三輪・香取両隊長のような射撃も可能な万能手であったり、風間隊のように隠密主体のスタイルもあり、射撃との併用・オプショントリガーの充実によって発展の可能性は十分にあるポジションである。

 

射手・銃手:こちらは圧倒的にトリオンの出力に関して改善されればされる程に強力になるポジションであると感じる。特に銃手に関しては、弾丸一発を撃つ事に関するコストの改善が見込めればより強力なポジションになりうる。ここに関しては個人の技量の増進も重要であるが、技術の発展が進めば進むほどに強力になりうる存在であるように思える。

 

狙撃手:こちらに関しては、隠蔽技術・逃走技術による発展性が高い。現在でも威力・射程・射速それぞれ重視した狙撃銃トリガーが開発されており、攻撃そのものに関してはかなり現時点でも多様であるように思える。だが、現時点で狙撃手のほとんどがトリガーの枠を空けている状況があり、バッグワーム以外の隠蔽用トリガーの開発が望まれる。

 

 

また、以下はボーダー隊員に対する指導環境についての所感を軽く記す

 

C級からB級に上がってからの今までを振り返ると、あまり良好と言えないのが正直なところだ。

人員が足りてないのは重々に承知であるが、流石に自身が持っている武器の性能・特徴といった基本事項まで他者からの情報伝達によって知らねばならないのは酷であろう。

当然、自身で思考する必要性や重要性は言うまでもないことであるが、トリオン体という今までの規格と全く異なる体とトリガーというこれまた特殊な兵装を与えるにあたって基幹となる情報すら自身で抑えていかなければならないとなると、対人関係の有無によって選別されていく事すらありえる。

コミュニケーション能力が低くとも、確かな才能を持っている隊員もいるであろう。優秀な人員を効率よく拾い上げられる環境を整えることが出来れば、より効率的なボーダーの運営が可能となるであろうから。

 

 

 

まあ、要するに。

 

 

 

 

C級時代にメテオラが一番強いと俺に嘘を教えた奴。面貸せ。その舌の根ごとメテオラ口に詰め込んでぶっ飛ばしてやる。

 

 

俺は、器だ。

生きる目的だけを詰め込んだ、器。

 

近界を滅ぼす。

滅ぼさなければならない。

そうでなければ、俺があの時に生き残った意味がない。

 

 

親父は病院で寝たきりであった。

 

どうせ起きた所で裁判に引っ張り出されて犯罪者の烙印を押されるを待つだけの身。

息子を助ける為の代償に自身の全てを投げ出した哀れな男。

 

その哀れな男に、俺はずっと寄り添っていた。

だって。この哀れさの代償に生き永らえた命なのだから。

 

自身の信念を身内の為にドブに捨てた男と。

ドブに捨てられた命を糧に生き残った男と。

 

二人は誰もいない病室の中。

ただそこにいた。

 

静寂の中にも、音はある。

当然その音にも色が内在する。

 

静寂を縁取るような風の音。開け放たれた窓からカーテンがふわり舞い上がる音。

そして。

 

時々聞こえる、懺悔の声。

 

柔らかな色が、一瞬で黒色に塗りつぶされる。

そんな、色。

 

――ごめんな。ごめんな。俺は君を助けられない。

――俺は、俺は、あの子を――。

 

親父のうわごとの内容が、聞くごとに理解できる。

血まみれで倒れる女の人と、それを抱え泣きじゃくる少年がいて。

奪った医療道具を抱えたまま、親父はそれを見て見ぬふりをして走り去り、俺を助けたらしい。

 

俺の命は、親父にとって最も重い天秤だった。

 

俺は吊り上がった命の上に、ここに在る。

 

意味を。

意味を、見出さなくてはならない。

 

俺が生き残った意味は何なのか。

俺がここで生き残ったことで何を為さなければならないのか。

 

考えろ。

俺の為に積み上がった命に、どんな価値を提示すればいいのか。

考えろ。

 

お前は。

誰かを、何かを、憎むことなど許されない。

 

そんな我儘な感情は、のうのうと生き延びたお前には許されない。

 

そういう存在だ。

 

お前の父親は、お前の為に信念を曲げた。

ならば。

俺もまた信念を持たなければならない。

 

ならば。

俺は憎しみじゃなく。

信念で動かなければならない。

 

――近界民が憎くないの?

 

そう加古望に問われた時。

本当に、近界民そのものに憎しみなんて感じなかった。

そんなもの、どうでもよかった。

表面上綺麗ごとを言った。

自分は副作用で排斥されていたから、近界民というレッテルで憎むことが出来ないと。

まあ、そういう側面もある。

その事自体は嘘じゃない。

 

でも。

本質は違う。

 

俺は。

ただ、責任を取りたいんだ。

生き残った責任。

俺の為に死んでいった人に。

俺の為に死んでいった人の大切な人に。

 

俺は生き残って、こんな事が出来たんだと。

俺が生き残ったおかげで、貴方たちの死は無駄じゃなったんだと。

 

俺が生き残って――近界を滅ぼすことが出来て、皆が平和に暮らせる世の中になったんだよと。

 

親父のあんな、あんな。

惨めな最期。

警官としての信念も曲げ、目の前の命を見殺しにしてまで息子を優先した生き恥を塗りたくったような人生にも。

 

意味は、あったんだって。

そう俺が、俺自身が、信じていたいんだ。

 

あんな事件があっても、近界という脅威はそこにある。あり続ける。門を開いて化け物を送り込み、日常を破壊していく。人は死ぬ。悲劇は繰り返す。俺のような誰かが、俺の為に死んでいった人のような誰かが、無造作に生み出されていく。憎しみの中に囚われて息も出来ない人間の山が。ただ幸せに生きたかった人たちの残骸が。

 

だから。

だから。

俺は進み続ける。

どんな手段を用いたって構わない。

死んだって構いやしない。

俺が生きてきた証が、そっくりそのまま俺の為に死んでいった人の証になる。

だから小さくてもいい。少しでもいい。俺が生きた証を刻まなければならない。

 

だから。

俺は、近界を滅ぼす。

 

そこに生きる人間一人一人に特別な恨みはない。

そもそも俺に恨むような権利があるとも思えない。

きっと俺と同じように息をして生きている人たちもいるんだろう。

幸せな家庭を築いている人たちもいるんだろう。

そこですくすくと育っている子供だっているのかもしれないなぁ。

 

でも、関係ない。

死ね。

 

お前らの幸せが俺達の犠牲の上に成り立つというなら。

お前らが、死ね。

 

それが、俺の、俺なりの道理だ。

 

その為だったら――この命なんざ、要らない。

お前らの命が全部死に絶えて、お前らの脅威が全部無くなるのならば。

喜んで俺はお前らにとっての厄災になってやる。

 

それが。

それが、俺が――ここで生き残った理由だ。



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荒船哲次、その思考回路はきっと同じ色

いや、ダメだ。

訳解らない。

おかしい。これは、本当におかしい。

 

加山雄吾は頭を抱えていた。

 

ボーダー本部のロビーにあるソファの上、加山は端末を見ていた。

そこにはランク戦の様子が映っている。

 

そこにはB級ランク戦の様子が映っていた。

 

加山はこの試合について、幾度も見て幾度も思い返し、幾度も分析をしていた。

だが、理解できない。

理解できない動きをしている男が一人いる。

 

――東春秋。

ボーダーの文字通りの生き字引き。

ボーダーに「狙撃手」というポジションを生み出した元祖。

かつてのA級1位チームの隊長。

現在は、恐らくは後進の育成であろうか。奥寺・小荒井とチームを組み、率いている。

 

その実績を見るだけでも後光が眩しすぎて直視できないレベルなのだが、実際に戦う場を見てみるともうゲロ吐きそうな程の衝撃があった。

 

------いや、本当に訳解らない。

 

弓場隊・生駒隊・東隊でのランク戦。

場所は市街地B。

その試合において奥寺と小荒井は共に各隊のエースに早々に見つかり落とされる事となった。

 

序盤で味方二人を失い、一人となった東。

 

そこからの彼の動きを列挙すると、

 

・奥寺を仕留めた弓場が一瞬射線に入った隙にイーグレットで仕留める。

・射線を読んだ上で追跡してきた王子・神田のコンビを序盤に仕込んだダミービーコンに誘導された生駒とぶつけ、自らは逃走を成功させる。

・上記の状態で1対2の状況となった生駒を援護する為に移動してきた隠岐に神田を撃たせ、そのタイミングで隠岐を仕留める。

・接敵してきた生駒隊の南沢へと放った蔵内のサラマンダーの爆発の延長線上に予め移動。爆発で空いた射線から緊急脱出寸前の南沢を仕留める。

・これだけ好き放題動き回ってなお最後まで自身の隠蔽を成功させ生存する。

 

という。

信じられない立ち回りであった。

結果は敗れたものの、東一人で三ポイントを奪い二位に着地できた。

 

全員の配置を理解し、各々の動きを見て、試合を最後まで見終わり、逆算的に試合結果を見てようやく東の動きの意図が理解できる。

それ故に理解できない。

盤面全体が見えているわけではない。当然のことながら、全て見渡しているわけではない。

でも。

東の頭の中には、アレが全て見えていた。

弓場を狙撃で仕留めた瞬間から王子・神田がどう動くのか。

その動きに対して逃走の為にダミービーコンが必要であろう事。

それからの隠岐の動き。蔵内の動き。その全てを把握したうえで動かなければ、ああは出来ない。

 

――何を根拠に、東さんはあの行動を取ったのであろうか。

 

根拠が。

根拠が解らない。

 

そこに根拠を持てる意味が解らない。

東には何が見えているのか。

 

幾度もこのランク戦を見た。幾度も東の行動を辿った。何度もマップ図を作成しそれぞれの隊員の動きをトレースした。

だが、何処に根拠が拾えるのか、全く解らないのだ。

 

端末を置く。

考えすぎて頭が痛くなる。

 

「----戦術、かぁ」

ぼそりと呟く。

加山は、戦術についても現在進行形で学んでいる最中であった。

 

やるならば、徹底的にだ。

 

彼は昨期のランク戦を全て追っていった。

だが。

この試合だけは、全くと言っていいほど理解できない。

 

「-----あー」

やめたやめた。

ぽい、と端末をソファに投げる。

 

解らないと解り切っていることに時間を費やすなら、それは木虎の言う「無駄な努力」であろう。

加山は取り敢えず「解らない事を理解する」為の努力はした。これ以上はもう方向性が定まっていない努力になるだけだ。

 

端末にはランク戦の映像が流れている。

その映像を、

 

「-------」

「-------」

ジッと眺める男が、そこにいた。

黒いスーツを着ていた。

 

「-------」

「-------」

スーツの男は、映像を見て

加山は、その男を胡乱気に見ていた。

あの。

端末投げたの謝るので、回収してもいいでしょうか----。

 

男は端末を見て、そして加山を見た。

「-------」

「-------」

沈黙。

沈黙が回り続ける。

嫌です。

会話する努力を続けてきた加山雄吾であるが、やはり世の中どうしようもなく話しかけたくない人種というのはいる。

思考・感性・性格全てが噛み合いもせず理解できる自信もない。そんな人物と会話するという行為は、二つ並行した道を通り過ぎる事と同じなのだから。

 

二宮匡貴とは加山雄吾にとってそういう人間であった。

 

隊服にスーツを選ぶ理由が解らないし、ポッケに手を入れたまま戦う理由が解らないし、誰彼にも不遜にコミュニケーションを取る理由も解らない。

何も解らない。

解らないから、何をしても多分驚かないと思う。

ランク戦でいきなり遊び出しても多分驚かないと思う。例えば、雪だるまとか。

 

「-----お前」

「はい?」

うわ、声をかけられた。

 

「----何でこの試合を見ていた?」

しかも、何か詰問され始めた。

 

「えーと。自学自習の為です」

「そうか」

聞き、返答し、一言で終わる。

これこそ。

これこそ、二宮流コミュニケーション術。

ボールを投げ、相手のボールを受けたら後は脇にポイ、とボールを捨てる。そのコミュニケーションに一切の疑いを持っていない男。これこそが二宮。

 

「------ふん」

 

そう一言残し、二宮は歩き去っていった。

 

 

荒船哲次は加山雄吾にとって数少ない親友と言える間柄であった。

年齢も離れてはいるが、お互い妙にシンパシーを感じたというか。

とある日。

加山が狂ったようにランク戦を端末で見ては戦局図を書き記している様を荒船は見かけ、声をかけた。

 

実際狂っていたのだろう。

加山は声とは呼べない声で汚い虹色の唸り声を上げながら、エナジードリンクをがぶ飲みし、血走った目で何事かを書き続けていた。

その時、加山二徹目。

 

荒船はその様子を眺め、近寄りがたい、というか近寄りたくもない――そんな意図を込めてそっと離れようとしていたのだが。

彼が書いている戦局図に興味を持ったのか、その時声をかけたのであった。

 

それから、お互いにかなり打ち解け、何となしに仲が良くなった。

 

「ああ。そりゃあお前、その試合解説二宮さんだったからだよ」

ヴぇ、と加山は呟いた。

 

「え。あの人解説するんですか哲さん」

「そりゃするだろ。あの人東さんの直弟子だし」

「違う。違うんです哲さん。あの人の頭の中身が滅茶苦茶上等なのは理解できていますよそりゃ。でもね、あの人それを言葉にする時、容赦するとか希釈するとかそういう事をしないじゃないですか。何で呼ぶんですか。――ああ、でも相方次第で何とでもなるか」

「相方、小南だったな」

「リアクション芸人呼ぶんじゃねぇよ!」

「まあ、だからほとんど全部一人で解説していた」

「観覧席はどうでしたか-----?」

「通夜だったよ----。小南がいなければ多分極寒になってた」

「でしょうね-----」

「でも、解説は本当に全部正しかった。思わずこっちもすげぇってなる位には」

「へぇ」

そーなんだー。

見たいなー。通夜な雰囲気含めて。

でもなー。

 

「音声は記録で見れないのですよねー-----」

記録は映像だけで、実況・解説音声は残念ながらない。

諦めるほかない。

 

「いや。待て。実況と解説を聞ける方法はあるぞ」

「なに!?」

ウソだろ!

実況・解説があるだけで今自分が行っている作業はかなり捗る。そんなものまであったのか!?

 

「ど、何処にあるんですか哲さん――!」

「ああ、それはな」

 

荒船は答える。

お前と同い年の変態が、全部のランク戦の実況・解説録音して自室でニヤニヤしながら聞いているぞ、と。

 

 

その名は、武富桜子。

うん。

何一つ間違っちゃいなかった。

変態だこの女。

 

「ですよねですよね!凄くいいんですよ解説のシステムって!」

 

ぱぁ、とした笑顔を浮かべて武富は興奮気味にそう言っている。

とはいえ、この変態はただの変態ではない。

本当に――この女は間違いなくボーダーにとってシャレにならないくらいの功績を残した変態だ。

実際に上で戦っている人間が俯瞰的視点からの戦術の解説をさせながらランク戦をさせるというシステムの構築。その理論を上層部に交渉してごり押しし実現させたという脅威の行動力。多分組織全体の戦術理解に大きく貢献したのは間違いない。それは本当にすごい事であると思う。

 

――という部分を。

滅茶苦茶褒めた。

心の底から変態であろうなと思っていても、その変態性から滲み出る行動力によってもたらされた結果には確かな敬意をこめて、褒めた。

 

荒船の紹介でロビーで出会ったその女は適当に見たランク戦の話を一振ると十返ってきた。もう本当にヤバい。何だこの女。

とはいえ必死になって話を合わせるのだが。

 

で、話を合わせ――あの、東が大活躍したランク戦の話を振る。

 

「あの試合ですか!凄いですよね!――あれ、二宮隊長の解説がないと本当に意味が解らなかったと思います!」

 

という話の流れに持っていき。

加山はまんまと彼女の手からその試合の実況・解説音声を手に入れたのであった。

 

しかし。

ボーダーは広い。

そして、変態の世界もとにかく広い。

 

でも。

そんな変態が、きっと世界を助けることもあるのだと思う――。

 

さあて。

じゃあ。

解説を聞かせてもらいましょうかね

 

 

荒船哲次と仲が良くなったのは、お互いに共通点があったからだ。

それは「ボーダーを強化する」という目的と、

その手段に「理論のアウトプットを選んだ」事。

 

目的と手段の結びつきが、両者とも同じであった。

荒船は、自身の経験を流用しての「攻撃手・銃手・狙撃手」の育成理論を作り上げてのパーフェクト万能手の量産という野望を。

 

そして、

 

加山は「ボーダーの武装・戦術・戦略」に対する規格を作り上げての効率的な育成環境を作るという目的を。

 

互いに持っていた。

加山はその為、自身の訓練は無論の事、各トリガーの解説書・戦術運用の基礎に関して文書という形に残しながら、ボーダーのC級隊員にとっての規格を作りたい、と考えているのだ。

 

加山と荒船は、目的も手段の本質も同じ。

仲良くなったのは、その部分に対しての強いシンパシーがあったからだろう。

 

――そして加山自身もまた、荒船に強い敬意を抱いていた。

 

彼の理論が完成すれば間違いなくボーダーは強くなる。

それが実現したあかつきには――加山自身の目的もまた、ぐっと近づくことになる。

 

近界を滅ぼす。

その日まで。



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例えその身が青銅色であれど、磨かねばならぬ

ボーダーラウンジには頭のおかしな新人がいる。

そんな噂が巷に流れ出していた。

 

誰だろうなぁ?

基本的にこのラウンジに居座っている身分であるがそんな頭のおかしな人はいなかった気がする。

まあ、いいや。今日も日課をこなさねばならない。

 

そんな事を思いながらも、加山雄吾は今日も端末片手にボーダーラウンジのソファの上に居座る。

本日。

平日13時45分。

 

学校はどうしたのか。

知った事か。

 

皆さんご存じの通り、中学の卒業要件に出席日数はない。

 

なので、まあ。そういう事だ。

 

義務教育よりも果たすべき義務が自身にはあり、そしてその義務を果たすことで名もなき市民の犠牲がまた一人減るのかもしれない。素晴らしい循環だ。どうせ高校にだって行くつもりもない。ボーダーはこの素晴らしき人材に涙を流して感謝してほしい。粉骨砕身をもって自己鍛錬と分析に励む自身の執念を。わはははは。

 

「――何をしている?」

 

そんな時。

声をかけられた。

 

「あ、こんにちわ風間先輩。何してるかって?俺は今、ランク戦の映像を見ているんです」

声の主は、体躯の小さな少年といった具合の風貌の男であった。

だが侮るなかれ。

風間蒼也。

A級3位部隊、風間隊隊長でありかつ、個人ランクでも2位を付けるボーダー最強攻撃手の一角である。

化物じみた機動力を背景にしたカメレオンによる隠蔽・そしてその圧倒的な技量によって攻撃手トップ陣の一人としてその猛威を振るっている男だ。恐ろしや。

 

「成程。――では、加山。今何時か解っているか?」

「お昼のいい時間ですね。――ああ、ランチのお誘いですか?すみません、風間さん。俺は今このランク戦の戦略図を完成させるまで飯は食わないと心に決めているんです。先に行っててください」

「-----」

「-----?」

「お前は、中学生だろ?」

「うす」

「お前は本来、何処にいなきゃいけない?」

「何処なんでしょうか----?」

「-----」

「-----」

 

風間は、実に冷たい視線を加山に浴びせていた。

 

「まあ、いい」

「うっす」

「だがな。――お前はもう忍田本部長に目を付けられているからな。気を付けとけよ」

「げ。マジですか。――畜生。このソファの座り心地最高だったんだけどなぁ。しゃーない自室でやるしかないかねぇ」

「お前は――将来というものを考えた事はあるのか」

「未来の事は考えるだけでも煮詰まってしまって、話が長くなって、結局結論が出ないんです。別の事を考えましょう。例えばこのランク戦で孤立した照屋先輩をどうカバーすれば柿崎隊が全滅しなくて済んだか、とか。そういう事を考えるんです。そっちの方が生産的です。俺がいて、諏訪隊と荒船隊に囲まれた柿崎隊がいて、目の前に立ち向かうべき現在がある。この三角線上に人生というものの哲学が詰まっている。解りやすいでしょ?」

「-----」

「-----」

「気が変わった」

「へ?」

「――模擬戦をするぞ。その舐め腐った根性叩きなおしてやる」

 

 

「------」

「ふん。生意気な口を利いていた割に情けない」

「大人げないのは風間さんの方っすよー」

風間蒼也との模擬戦は、10本勝負で8本取られるという見事なボロ負けで終わった。

いや、二本取れただけでも大健闘だろう。

 

本来であれば。

゛機動力に富んだ攻撃手”は割と加山にとって相性のいい相手なのだ。

エスクードという機動力に大きく制限をかけられる武器を持ち、機動力で襲い掛かられようと副作用である程度判別できる。ハウンドという追跡機能を持つトリガーもある。

のだが。

風間のそれは、もう何もかもがおかしかった。

エスクードの発生地点に敢えて身を置きその上に予め乗る事で゛乗り越える”という動作を省く。

ハウンドは曲線に沿うような軌道で前進しながら避ける。常に軌道スレスレの回避行動なのに傷一つ付かない。

こちらが色を感じるよりも早い捌きで仕掛けられる。

 

何というか、無駄の省き方がとんでもない。

どんな攻撃も紙一重で避ける。そしてどんな攻撃も手早く的確に急所を抉ってくる。

身体の使い方、身のこなし含め――戦闘における一連の行動に一切の無駄がない。最適解を最速で無駄なく選べる洗練された強さがある。

 

ここまでの人間になると、機動力を殺す手段なんてない。

加山は、副作用によってカメレオンの使用中であろうとも風間の位置を把握できる。それでいて中距離から迎撃できる武器も多く持っている。

その強みをもってしても、二本取るのが精一杯。

切り取られた腕を餌にメテオラを仕込み、その爆風に乗じた射撃で仕留めたのと、カメレオン使用中に拳銃をつるべ撃ちし偶然に当たったものの二つ。

 

「気が済みましたでしょうか、風間さぁん」

「-----お前もな」

「へ?」

「いい気分転換になっただろう?」

 

-----ああ、確かに。

何だか爽やかな気分だ。

 

「一つの事に頭を悩ませているなら、気分転換ぐらいしろ。お前は頭がいいんだか悪いんだか時々解らなくなる」

「俺と同じ方向性のバカの話なら多分風間さんもそうでしょう――痛い痛い、頭を捻らないで下さいって」

「お前は段々俺に遠慮がなくなってきたな」

「二宮さんとかいう色んな意味で理不尽の権化を前にしたら、俺、風間さんも超いい人に見えてきたんです。というか実際超いい人で超熱い人です。いい人には馴れ馴れしくしとかなきゃ損ですから」

「もう一度痛い目見たいのか?」

 

加山雄吾はその後もまた十本勝負を仕掛けられ、一勝で終わる。

3勝17敗。

これが現在の風間との戦いにおける勝敗であった。

 

 

ボーダーラウンジには頭のおかしな新人がいるらしい。

そいつは小柄な体躯を更に縮こませ、猫背で一心不乱に端末を見てはその後にノートを取り出し何かを書きなぐっているという。

そうして書きなぐってはノートを破り捨て「違う、違う」とうわごとのようにぶつぶつ呟き、まるで汽笛のような叫び声を唐突に上げるのだという。

 

で。

 

香取隊隊員、若村麓郎(16)はその姿を遂に見てしまった。

 

小柄なその少年は、本当に何かうわごとをぶつぶつ呟きながら端末に繋いだ映像を眺めている。

そしてうんうん唸りながら頭を捻り、映像を停止させてまた戻ったり、そして唐突に笑顔になったり、また更に表情を曇らせたり。とにかく忙しそうな奴だった。

 

そして。

少年はソファに背を預けると――そのままピクリとも動かなくなった。

 

「------」

若村。

そっと、そっと近づく。

少年は、目を空け、口を半開きにし、涎を垂らしながら――気を失っていた。

「------」

そりゃこんな事繰り返していれば、噂もたつに決まっている――そう思いながら、若村は何となくその噂の少年に近付く。

 

そこには端末と、ノート。

端末には、

 

「-------」

 

映像が、流れていた。

つい先日行われていたランク戦の様子であった。

 

そこには――自らの姿も、あった。

 

「------」

 

そして。

悪いと思いながらも、ノートを覗き見る。

 

そこには、

こんな文章が書かれていた。

 

――狙撃手の警戒をしなければいけない場面で、何故機動力のない銃手である若村が射線を横切ったのか。あの場面において、香取は一瞬で横切れる機動力と何よりグラスホッパーがあるからこそ突っ込んだのであり、そこに追従するのは明らかな悪手。この場合での最善手は結果論的に述べるならば若村が通りを挟んだ敵勢に弾幕で動きに制限をかけた上で、エースの香取を迂回させての急襲だろうが、バッグワームで姿をくらませている敵の攻撃手の位置が判明していない状況であることを踏まえれば、香取が突っ込むのは一定の合理性が認められる。しかし――。

 

見たくない。

でも、見ざるを得なかった。

 

そこに書かれていたのは、ランク戦の盤面の動きを詳細に書き記し、場面場面での所感が常に書かれている。

その試合、香取隊は二位であった。

隊長である香取がポイントを稼ぎ、香取が落とされその試合は終わった。それだけの試合であった。若村と、もう一人の隊員である三浦はそれぞれ中途で仕留められ撃沈したのだから。

 

――チームワーク、という点で見るならば香取隊の二人は前に突っ込む香取と合わせる事も出来てない。だからといって周囲に牽制を入れて香取が暴れやすい環境を整える事も出来ていない。香取の暴走癖を放置するなら、せめてそれをカバーできる目配せをするべきであるが出来ていない。結局のところ香取がどれだけ稼げるかにチームの浮き沈みが決まってくるので、当然ポイントの取得が不安定になるのは仕方がない。

 

「-----」

解っている。

本当に、解っているんだ。

というか、解らなければおかしいんだ。

 

映像で見るだけでも、確かな目を持っている人間からすればこれだけ短所が浮き彫りになっている。当事者のこちらが、何も知らず存ぜずでしらを切れる訳がない。

 

「あ」

「あ」

 

ぱちり、と目を覚ました加山雄吾と、目が合う。

 

「----」

「----」

 

お互い。

こう思っている。

 

ヤバい、と。

 

――お――――――い!!!!俺丁度ピンポイントでこのメガネ先輩の事ボロクソに書いていたのに、何でその人が此処に通りかかって、しかもノート見ているの――――――!!!!いや―――――!!

 

――ヤベェ!ヤベェ!勝手に後輩の寝ている間にノート盗み見ているのバレた―――!

 

 

互い。

冷や汗を掻きながら、お互いの事を見ていた。

 

これが。

加山雄吾と、若村麓郎とのファーストコンタクトであった。

 

 

で。

 

「------ボロクソに書いてすみませんでした」

「------こっちこそ、のぞき見してすみませんでした」

 

お互い。ロビーで頭を下げていた。

 

「それと。――お前は謝る必要がない。俺も、自覚している所だしな」

あのノートを見た時。

怒りは覚えなかった。

ただただ――図星を突かれた悔しさとか、恥ずかしさとかが同居した感情が浮かび上がってきただけで。

 

「だから、素直に聞かせてほしい。――君の目から見て、香取隊はどう見えるんだ?」

「正直に言っていいですか?」

「ああ」

 

加山はそう許可が出ると――はっきりと、述べた。

 

「一言で言うなら。――B級で一番俺が入りたくない部隊っす」

 

脳内を殴られたような衝撃が、若村に走る。

 

「別にランク戦だったらいくら負けようが死のうが問題ないっすけど。一緒に防衛任務やる仲間で、背中を預けあう人間として見た時――まず隊長の香取先輩を誰よりも信頼できないんですよ。あの人にとっちゃ他の隊員なんて自分が活躍するための付属品でしかないでしょ多分。お山の大将は別にいいんですけど。周りを配慮しないし自分勝手に振舞うだけのお山の大将ははっきり言って嫌いです」

 

殴られた後は、今度は刺されるような痛みが。

 

「で、他の先輩二人がそれこそ香取先輩の付属品じゃないですか」

 

全身が、焼ける。

 

「その果てに、香取先輩が敵に突っ込んでー。突っ込む先に先輩二人がついていってー。そのまま香取先輩が生き残れば勝利。負ければ何もできず敗北。戦略性の欠片もないし、発展性も全くなし。これが香取先輩の天才的な戦闘センスがなければ下位でうろうろしている連中と同じです。で、香取先輩は香取先輩でその事を自覚しているから、余計に自分のやり方を変えないでしょ?嫌です。そんな部隊」

 

凄いなぁ、と若村は思う。

自分で正直に言え、と促したとはいえ。

ここまで何も取り繕わない、真っすぐな言葉を年上に吐けることが。

 

そして。

それは嫌味でも何でもなく――本当に真剣に言っている言葉であることが、ぞの眼からも伝わってくる。

 

「――ありがとう」

だから。

若村は――正直なその言葉を、彼の誠実さと解釈し、そう頭を下げた。

 

「――恥を忍んで、お前に頼む」

そして。

自身も。

この誠実な言葉を――できれば、無駄にしたくないと、思ったのだ。

 

「俺達が出たランク戦の分析を、俺達にもくれないか?」

そう。

言った。

 

「俺の分析は、多分普通にA級の人だったら誰でも解る事しか書いてないっすよ」

「それでも」

 

それでも。

こうして、剥き出しの言葉が目に見える形であって、それと向き合う事が大切なのだと。

 

若村もまた、悩んでいる。

自分の実力と、隊長の実力。

その差異から生まれる自身のもどかしさに。

 

「-----いや、別にいいんすけど。本当に、マジでこれは俺の思考を纏めるだけのものですからね。後で期待外れだとか言っても知らねぇっすからね」

 

そう言いながらも、加山は香取隊の昨期ランク戦の戦略図をコピーし、若村に手渡した。

 

ありがとう、と一言呟き――若村は歩き出した。



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戦いの色は、静謐な水色

加山雄吾 パラメーター
トリオン10
攻撃7
援護・防御10
射程4
機動5
技術7
指揮5
特殊戦術8

total 56

※ 暗視はオペの視覚支援によるものとの指摘がありましたので、修正。申し訳ございません。


いいか、巴――そう加山は言う。

 

「気を付けろ。本当に気を付けろ。――これからだな、お前は思春期に入る。そして俺は入っている」

「思春期-----ですか」

「そうだ。思春期だ。子供から大人へと思考形態が変わりだす大事な時期だ。その中で、俺達は今まで子供だった思考を、大人にしなければならなくなるんだ」

「成程------」

「だがな。その大人らしい思考の解釈を間違えると、残念な人間が出来上がってしまう」

「解釈------?」

「そう。解釈。――例えばだ、巴の眼から見て、二宮隊長はカッコいいと思う?」

そう問われると、巴ははにかみながら

「はい。思います」

と言った。

うんうんと加山は頷き、

「ああいう風になりたい、と思う?」

と更に畳みかける。

すると、

「---とは、思いませんね。というか、なれないというのが正直なところで-----」

と返ってきた。

加山は、

「------」

「------」

「巴」

「はい」

「お前は何の心配もいらない」

思わず心の中でガッツポーズを掲げていた。

 

心配いらなかった。

 

そう。

 

子供から大人へと、身体も思考も変わっていくこの日々の中。

しかも、ボーダーという特殊な兵器を使って異世界からの化物をなぎ倒しながら市民を守っているという正義感と満足感に悦に浸らせられる特殊環境下。

 

きっと。

きっと。

発症者がいるはずだ。

 

中二病。

 

その忌むべき病に発症する人間が。

子供が考える大人のカッコよさを拡大解釈し、その解釈のまま自身の人格に積み込もうと考える阿呆の極致の如き人間が。

 

別にいいんだ。その辺の塵芥が頭が可哀そうに見える病気に発症しようが。勝手に病気になって勝手に死んでくれ。そして大人になってからも黒歴史として永劫語り継がれ自身の身内の中で一生ネタにされてくたばっていけ。発症したのが悪い。トリガーによる攻撃時とかに独自の技名とか叫んでいる所をしっかり記録に残されて死んで行け。

 

でも。

でも。

 

巴だけは。

この可愛くて仕方がない後輩だけは、この病から守らねばならない。そう加山は心に誓っていた。

 

だが、何の心配もいらない。

二宮を見て「かっこいいと思う」と世辞を吐き、その上で「ああはなれない」と返答を返す。完璧。完璧だ。これはまさに大人としての完全なる模範解答。

いやもう。ボーダー女性オペのアイドルは伊達じゃない。

 

巴虎太郎。

加山にとっては目に入れても痛くないほどの可愛い後輩だった。

 

「で。何の用だったっけ?」

現在、二人は個人戦ブースの中に

「えーと-----僕も、米屋先輩に呼び出されてここに来ていて」

「げ」

マジかよ、と呟きながら加山は顔を顰める。

 

「おいーっす。巴、加山」

その声の方向を振り返ると、

 

A級三輪隊隊員米屋陽介がそこにいた。

 

「こんにちわ、米屋先輩」

「よぅ、巴。――さあて、加山。バトってもらうぜ」

米屋はニカリと加山に笑いかける。

「やですよ。米屋先輩。この前貴方俺の事散々ボコったばかりじゃないですか」

「まあまあ。今回はチーム戦だからさ」

 

そして、続々と人が集まってくる。

 

「お、チーム戦やるのか?いいじゃねぇか。虎太郎もいることだしな」

B級柿崎隊、柿崎国治。

「が、頑張るッス!」

B級弓場隊 帯島ユカリ

「面白そうじゃない。あたしも参加するよ」

B級那須隊 熊谷友子

 

続々と集まるこの人間を呼び出したのは誰か。

それは、眼前のカチューシャつけたこの男――米屋陽介の底なしのコミュ力のなせる技なのであろう。

 

「----どうチーム分けするんすか」

「うーん。俺とお前でやりあいたかったから、一人ずつ交互に選んでいく形にするか」

「了解っす。順番はじゃんけんで?」

「お前から交互でいいよ」

「お。それじゃあ、俺ザキさん」

「帯島」

「巴」

「自動的に熊谷ね。――それじゃあやっていこうかね。じゃあ、マップもお前が決めてもいいよ」

「いいっすか?」

「おう」

「市街地D。そんで夜ね」

「了解。それじゃあ、やっていこうかね」

「オペはいます?」

「二人ちゃんと呼んでいるぜ。――じゃあ、やろうか」

 

 

という訳で。

柿崎隊から照屋の代わりに加山が入った状態で、個人戦が始まった。

 

市街地Dは中央に巨大なショッピングモールが存在するマップである。

マップ自体は狭く、大通りで囲まれている。その為、狙撃を嫌い攻撃手は建物の中に逃げ込むことが多く、必然的に屋内での戦いが多くなる。

 

「――こちら加山。ショッピングモールの最下層に転送されました。お二方はー?」

「こちら柿崎。ショッピングモールのすぐ東。すぐに合流できると思う」

「こちら巴。西側です」

「了解です。――で、いいんですか。俺が指揮しても」

「ああ。いつもは俺が指揮する側だからな。こういうのも新鮮でいい。ばっちり頼む」

「ういっす。何か緊張しますね。――取り敢えず、ザキさんと巴は合流を優先してくださいな。出来れば上階に向かう形で」

「上階に向かう形?」

「うす。俺は下の階から上の階にかけて仕込んでいくので。ザキさんと巴は上階の索敵を頼みます。で、巴」

「はい」

「指定した場所にダミービーコン置いていって。後で仕掛けに使うから。まあ仕掛け言っても、そんな複雑なものじゃないけど」

「了解です」

「それじゃあ。やっていきましょうか。――米屋先輩。流石に舐めすぎっすよ」

加山雄吾の特性は。

閉鎖空間であればあるほど、その真価を発揮する。

 

加山は柿崎が取れた時点で、次に巴を選ぶことを決めていた。

理由は、単純に両者の練度。

同じ隊であり、隊を組んでの連携に定評のある柿崎隊。あの人選で選ぶならこの二人だと考えていた。

即興での連携に期待するよりも、この方がよっぽどいい。

 

「――お、あったあった」

二コリと笑みながら、加山は最下層にあるとあるブツの前に立つ。

電気管理用の機械であった。

 

「そいじゃあ。――派手にやっていきましょうかね」

 

加山はその前に、ポイと何かを投げ捨てた。

それは――メテオラキューブであった。

 

 

そして。

 

一方の米屋チーム。

 

「俺マップの南の結構遠い所に転送されちまったな」

「――自分はモールの上階に移送されたッス」

「あたしももうモールの中に入れた」

「了解。取り敢えず二人合流しといて」

「了解ッス。――あ」

その時。

レーダーにぽつりぽつりと反応が記されていく。

 

「――下の階と、上の階の両方にトリオン反応が出てるッス」

 

「――加山と、あと巴のダミービーコンかな」

 

ダミービーコン。

それは、偽のトリオン反応を作り出すオプショントリガーである。

 

基本的にレーダーは、敵の持つトリオン反応によってその位置を捕捉する。

そのトリオン反応を隠すトリガーがバッグワームで、偽のトリオン反応を作り出しレーダーを欺く道具がダミービーコン。

今、加山はそれを使ったのだろう。

 

「――まあ、市街地Dになった時点でこうなる事はある程度織り込み済みだけどねぇ」

「加山君だっけ?ダミービーコンセットしているなんて珍しいね」

「あいつは本当に色々な意味で珍しい奴だから気を付けろよ」

 

「――あ」

 

そして。

「-----上階へと続く階段が、全部エスクードで封鎖されているねこりゃ」

 

頭を掻きながら、熊谷がそう報告する。

「多分、加山君は1階にいるね。上に向かう動きを妨害しながら上階に向かっている。――どうしようか?弧月で斬ってく?」

「------熊谷先輩。その先、トリオン反応があるッス」

階段を挟んだ踊り場。

そこに、幾つも存在するトリオン反応のうち一つが、そこに点滅している。

「------厄介だね。こういう状況の時、本当に本人の反応なのかどうなのか解らないってのは」

そこに待ち伏せをされている可能性があるかもしれない――そう思考が働くにつれて動きが制限されていく。

ダミービーコンは、視界が制限されているという状況下――つまりは待ち伏せや罠を警戒しなければならない中において、相手の足を止めさせる機能もあるのだ。

 

「------吹き抜けからジャンプしていく方法もあるけど」

その方法を取ると、それはそれで居場所を知られるかもしれないリスクがある。

 

ダミービーコンの効果が切れるまでそのまま1階を索敵する方法もあるが、それはそれで合流を遅らせることに成功する事になり、相手の思惑に乗る事になる。

 

どの選択を取ろうとも、相手に確かな利がある。

 

「――ここは早く合流しなきゃね」

 

熊谷は待ち伏せに最大限の警戒を払いながら、エスクードを斬る。

斬った先にあった踊り場には、ダミービーコンと、

 

「え」

 

がしゃがしゃ。

斬ったエスクードのまたその手前で射出される音。

上階へ向かう場所にもまたエスクードで封鎖されている。

 

逃げ場はない。

そこにはダミービーコンと、

 

四方に散った大量のメテオラキューブがあった。

 

熊谷は背後を振り返り即座に逃げようとするが。

 

それよりも――メテオラが爆発するスピードの方が速かった。

 

――熊谷、緊急脱出。

 

 

メテオラが爆発した瞬間。

モール全体が暗闇に落とされる。

 

「-----嘘!」

即座にオペレーターに視覚支援を入れさせ、上階で熊谷を待っていた帯島は身構える。

 

「――帯島。無事?」

「米屋先輩!どうやってここまで」

「多分、熊谷を爆発でやったついでに、電源を爆発で飛ばしやがったな加山の野郎。――暗いから、多分吹き抜けを飛び越えてもそう簡単には気付かねぇだろ。だからジャンプしてきた」

「電源を落とした?そんな------視界が制限されたら、困るのはあっちも同じじゃ-----」

「柿崎・巴のコンビはともかく、加山はむしろ暗闇の方が活きる駒だ。特に、こういう閉鎖空間の中だと。多分、副作用でこっちの位置は完全に把握できてる」

「どういう----」

 

「――ほれ。来たぞ」

 

がしゃがしゃ。

がしゃがしゃ。

 

米屋と帯島の正面・背後からもエスクードが生え出ていく。

そして、

 

「来たな――巴!」

 

巴虎太郎がそのエスクードの間隙を縫うようにハウンドを放ち側面から米屋に斬りかかる。

米屋は突きで牽制を入れると、旋空でエスクードを斬り裂いていく。

 

巴は無理せず一撃だけ放つと、その場を離れる。

離れる動きと連動し、――生え出たエスクードの影から柿崎が弾幕を張り、巴の脱出を援護する。

 

「帯島、頼む」

「ッス」

 

帯島もまたエスクードの影に移動しながら、柿崎・巴にハウンドを放つ。

それを防いでいるうちに、米屋が動く。

 

巴・柿崎が隠れるエスクードを斬り裂き、

「まずはザキさん」

 

米屋は――この場において弾幕を放つ事の出来る柿崎に襲い掛かる。

「――虎太郎!この場を離れろ!」

柿崎もまた弾幕を張り、米屋を削りつつ――正確無比な突きでトリオン供給体を破壊されたことで緊急脱出。

 

その瞬間、巴は米屋の背後に向かって行く。

 

当然、狙うは帯島であろう。

 

その背後に更に突きを入れようと振り返ると。

 

更に、エスクードが生え出る。

 

「――成程、ねぇ」

エスクードにより移動の制限をかけることで帯島が援護→米屋が接近戦を仕掛けるという図式を作り両者を切り離したのち、その間にエスクードを更に生やす。

 

ここで帯島は巴と、

 

「――よーやく出番っすねぇ!」

柿崎・巴がいた反対側に身を潜めていた加山の二人を相手取る事になる。

 

「――く」

帯島はハウンドで巴の背後からの動きに牽制を入れつつ、加山に弧月で斬り込んでいく。

加山は拳銃を構えると、帯島に向け引金に指をかける。

 

弾丸は、速く、そして重い。

恐らく、射程を削り威力を上げているのだろう。自身の隊長である弓場と全く同じトリオンの振り方だ。

それを避けると、背後のエスクードすらも貫いていく。

 

加山は銃弾を散発的に放ちながら、腰を下ろし、膝を曲げ、姿勢を低くし、もう片手にスコーピオンを構えながら突っ込んでいく。

 

姿勢を下げた状態から拳銃を放ち、足を動かし――帯島の足先からスコーピオンを振っていく。

小柄な体躯を活かし、視界を下に制限させたうえで戦うのが加山の接近戦でのスタイルなのだろう。

そして、

視界が下に行くと言う事は、

 

「――あ」

背後から迫る巴が、上から急襲をかける。

その動きに対応すること叶わず――帯島もまた、緊急脱出した。

 

 

その瞬間に。

エスクードを斬り裂いた米屋陽介が更に巴の背後から斬りかかる。

 

加山は即座にトリガーを切り替え、エスクードを地面から生やし、米屋の身体にぶつける。

「おお!」

米屋が上へ吹っ飛ばされ、天井に叩き付けられると同時。

巴のハウンドと加山のハウンドが両側面から襲い掛かる。

米屋はそれをぶつけられた天井に即座に両足をかけ急加速で地面に着地する事で、何とか避ける。ただ、やはり幾つかは被弾し足が削れる。

 

「足が削れたな。一気に仕掛けまっせ」

「了解です」

 

加山が左側からハウンドを放ち、巴が右側から同じようにハウンドを放つ。

その上で巴が正面から斬り込む。

 

「ああ、こりゃ」

負けだな、と呟き。

巴の弧月が喉元を貫く感覚と共に――米屋陽介は、緊急脱出した。

 

 

「この前の個人戦でのリベンジは果たせましたぜ、米屋先輩」

「いやー負けた負けた。やっぱりお前、戦い方うざいなぁ。言っとくけど、褒めてるんだぜ」

「解ってますよぉ。ああいう場所こそが、俺の神髄ですから」

わはは、と米屋と加山が笑いあう中――。

 

「-----あれが、噂の頭のおかしな新人って奴か?」

「-----はい」

巴と柿崎は両者とも、じぃっと加山の姿を見ていた。

 

「――やるじゃない」

「あ、どもどもはじめまして熊谷先輩」

「私をあんな風に型に嵌め込むとはね。ところで、どうして私があのルートを通ると解ったの?上階に向かう階段は他にもあったでしょ?」

「副作用っす」

「へ?」

「まあまあ、そういうものです」

はぐらかしながら、加山はその視線の先に、

何やら困惑しているような帯島の姿を見かける。

 

「お、どうした帯島----ちゃん?君?わかんねーけど、よろしく」

「あ、自分は帯島ユカリッス。女です」

「おおう。了解。ありがとうこの場で教えてくれて。弓場さんにぶっ殺されるところだった」

「その----よろしければ、またこういう機会を設けてもらってもいいですか?」

「いいッスよ」

 

「――え?部隊に所属してないの、アイツ」

「はい」

「------何で?」

「さぁ---。何か、ランク戦の研究をしているとかなんとか」

「ううむ」

 

この試合の後から。

加山雄吾の噂は一つだけ更新されることになる。

 

ボーダー本部ラウンジには、割と腕のあるけど部隊にも所属せず奇声を発している加山雄吾という男がいる、と。



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その心、淡い色彩に塗りつぶす黒

「――成程」

「まあ、一理あるといえばあるのぅ」

 

その日。

加山雄吾は忍田本部長と鬼怒田室長にアポイントを取り、資料を用いてプレゼンを行っていた。

 

それは、C級隊員へのテキスト配布に関しての資料だ。

「ボーダーが十代くらいの中高生を対象に人を搔き集めている組織ってのは理解できてるんですよ。だから、現代の軍事組織のノリを持ち込む訳にはいかないってのも。キチキチの上下関係作って統一された訓練を繰り返すような組織にするわけにはいかないってのも。――でも、やっぱり軍事組織ですから。最低限の情報共有は行うべきであると思うんです」

 

だから、テキストです。

そう加山は言う。

 

「テキストで情報を知る、って行為は学生のノリに一番近いものがあると思うんです。教科書配布して、それぞれの科目に応じて座学で学べる機会を与える。この流れだったら、自然に情報の共有が出来ると思うんです」

 

攻撃手、射手、銃手、狙撃手。

それぞれのトリガーにどのような特性があり、どのような戦術的役割があり、どのような人間に適性があるのか。

テキストデータとしてそれらを共有し、C級に配布する。

 

「一番最初の段階で、C級はどうしようもなく能力で格差が付きます。こればかりはしょうがない。でも得られる情報さえも格差が生じるというなら、大きくモチベーションに関わると思うんですよ。情報さえ出来上がれば特段のコストもかからないでしょうし、テキストの配布ってのは一番効率よく情報の共有が出来る手法だと思うんです」

 

「とはいえ、座学が合わない者もいるだろう」

「合う人もいるんです。合わない人は別の方法を取ればいい。俺が提案したいのは選択肢の増加です。情報を知るための手段が人から入れるという従来の方法に、テキストを読み込む方法も加える。そりゃ人から教えてもらって指導してもらいながら身体の動きを覚える方が効率的ですよ。でもそんなありがたい立場になれるのなんてただの一握りでしょう。まずは情報を仕入れて、そこから動きを覚えるという選択肢があってもいいと思うんです」

「ふむん-------」

鬼怒田は、珍しく特段の反論を行わずジィっと加山の弁説を聞いていた。

 

「当然。所詮はまだ実戦経験も薄い中坊のガキの資料ですから。これ自体に価値があるとは自惚れちゃいないっすよ。でもこんなのでも有難がられる現状があるんです」

 

以前。名前は何だっけな、

メガネかけた同い年のレイガスト使いのC級隊員が、レイガストの盾モードすら知らないとのたまっていたもんだから。自分で纏めたレイガストに関する資料を与えたら、滅茶苦茶感謝された。特別な才能も人間関係もなければ、C級隊員なんてこんなもんだ。情報が入ってこない。

 

「自分で考える事の重要さも理解できていますよ。だから、本当に基本的事項だけでいいんです。通常共有されるべき情報を、知る方法を与える。俺が提案したいことはそれだけです。他の方法があるなら当然そっちで全然構わないっす。俺が考えた中で、最善がこれだったというだけで」

 

 

「――鬼怒田さん。どうですか?」

「どうもこうもないわい。B級隊員がボーダーを思って提案をしてきたんだ。理屈も別に間違ってはおらん。採用の可否は別問題として、当然上には話を上げる。――とはいえ、コスト面は大したことはないが、資料を作るとなるとやはり人の手が必要だからな。データを渡すだけなら簡単だが、今回の提案はあくまで”基本情報の共有”となっておる。何処まで情報を削り、何処までを与えていい情報とすべきか。その辺りの監修にかかる人の手をどうするかだな」

「ええ。その分には私も何も異論はないのですが。その、提案者のB級の子に関して」

「------加山雄吾か。奴は、確か両親が」

「ええ。亡くなっていますね。――C級時代は、色んな噂が立っていました」

「-----」

 

――警官の父親が、近界民の襲来のどさくさに紛れて発砲し、略奪し、息子を助けた。

 

その過去は、彼がボーダーに入隊してから徐々に徐々に広まっていった。

その噂によって彼は次第にC級で孤立していき、その中で交流と言える交流があったのは同期の木虎くらいのものだったという。

それでも彼は不断の努力を積み重ね、ここにやって来た。

そして、――こうして組織の改善提案までしてくれるほどに、この組織に尽くしてくれている。

これは、喜ばしい事だ。

 

「-----鬼怒田さん」

「ん?」

「あの子に------そこまで責任を負う必要がない、と言ってしまうのは軽率でしょうか?」

「------」

鬼怒田は、ジッと地面を見る。

一つ目を瞑り、そして言う。

「間違いなく――わしらが言える事ではないだろうな」

「------」

「わしらは-----本来抱える必要のない責任感を煽って、子供たちをここに集め、組織を運営しておる。その中で、あまりにも度が過ぎる程の責任を感じている人間がいたとしても――それを利用している側が、言っていい言葉ではない」

 

忍田は、確信している。

恐らく。

もし――門が閉じられ、平和な世界が訪れたら。

きっと彼は空っぽな人間になる。

 

将来も、自分が持っている可能性も、その全てをボーダーという組織にかけている。それが目に映る。

 

「大なり小なり、わしらは子供たちの時間を奪っておる。本来庇護されるべき年齢の子たちを集めて、責任なんて感じる必要もない子たちに市民を守る事を要請して。――そんな我々が、どうやってああいう子に偉そうに肩の荷を下ろせなんて言える」

 

「だが------」

 

きっと。

加山雄吾は、責任を感じているのだ。

自分が、生きていることに。

父親に、生かされたことに。

 

でも。それは元を辿れば――あの侵攻を食い止められなかった、大人たちの責任であるはずで。

 

あの侵攻が無ければ。きっと彼と彼の父親には別の人生があったはずで。

 

それを思うと――忍田はどうしても、言葉をかけたくなる。

君の責任ではない。

自分たちの責任だ、と。

 

「君と同類だよ。あの子は」

「------」

解っている。

自分に降りかかる事全てに、自分の中に抱えて、自分の責任として処理をしてしまう人間。

 

忍田をはじめとした旧ボーダーの人間も――そして加山雄吾も。

結局は同じ人種だったというだけの話だ。

 

「――この提案、城戸司令まで持っていく。わしから話は付けておこう」

「頼みます」

 

 

「疲れた------」

 

ボーダー本部の休憩室に、加山は座る。

ここ最近寝れていない。

ただでさえ普段からあんまり寝れない体質なのに、上層部の資料作りとプレゼンの緊張でロクに寝れてなかった。

 

「------」

 

どうだろうなぁ、今回の提案。

通ればいいけどなぁ。

まあ、通らなければ通らないで、別に資料の配布は自分でやればいいだけって話ではあるけど。

でも、ボーダーという組織が絵図を作って、それを配布する事にやはり意味があると思うのだ。

 

もっと。

もっと大きくなってもらわなければ困る。

そうでなければ、成し遂げられない。

 

「-------」

ヤバいな。

ぐるぐると、色が混ざり合う。

気分が悪くなると、こういう感じになる。音の聞こえが歪んでいって、色が混じり合って行く。

 

重たくなる瞼の動きに逆らう事叶わず、――加山は、目を閉じた。

 

・     ・     ・

 

「起きたか?」

「あ-----」

 

聞こえてきた声に、思わず耳を傾ける。

そこには、

 

「-------」

「三輪、先輩?」

 

三輪秀次。

A級部隊、三輪隊隊長。

 

身体を沈ませたソファの目の前のデスクには、湯気立つコーヒーがあった。

 

「------」

「このコーヒー、三輪先輩が?ありがとうございます」

「いや、いい」

 

三輪はかぶりを振りながら、そう声をかける。

 

------ゆっくりと彼は据わった目を少し緩め、こちらを見やる。

 

「加山。お前C級の育成環境に関して提案をしたらしいな」

「はい」

「何故そんな事を?」

「俺が、やるべきだと思ったからです」

 

やるべき。

加山にとって、あらゆる全てが、このべき論で片付けられる。

やるべき事が眼前にある。

それは「近界を滅ぼす」という最終目標に至るまでの、構築。

 

それを、しなければならない。

 

「そうか。――だが、無茶はするなよ」

「大丈夫ですよ、三輪先輩。――死ななきゃ、無茶じゃない」

 

死ななけりゃ、大丈夫。

これは、加山雄吾にとっての紛れもない本音であった。

 

加山は、一つ誓っていることがある。

三輪秀次に対しては、絶対に嘘をつかない――と。

 

 

偶然だろう。

きっと偶然なのだろう。

そうであろう。

そうであろうと、信じたい。

 

親父が死に目に言っていた言葉。

女の人を見殺しにした、と。

その傍には泣きじゃくる少年がいた、と。

 

 

三輪秀次は大規模侵攻で姉を亡くしたと聞いたとき、頭が凍り付いたかと思うほどに、思考が止まった。

 

ああ、と。

彼の姉が父が見殺しにした人物かなんて、解らないけど。

 

でも。

それでも、そういう事なのだと思う。

 

――今ここで自分が生き残っていると言う事は、そういう事なのだと。

 

誰かの命の上に、生かされている。

屍の山に埋もれ、生贄に捧げ、生き残った命。

三輪秀次のような誰かの幸せな日々を殺して、その命を吸って生き延びた存在。

 

それが、加山雄吾という人間だから。

 

「加山。――何度も言うが、無茶をするなよ」

三輪は、立ち上がる。

 

「俺は大した力になれないかもしれないが-----それでも、手伝える事なら手伝う」

 

言いたいことはそれだけだ、と呟き。

三輪は席を立ちあがり、去っていく。

 

「------」

三輪は優しい人間だ。

それは、間違いない。

でも。

情深い人間が故に、囚われる心もある。

 

「うめぇ----」

角砂糖が溶かされたコーヒーを口に付ける。

疲労した体に、実に心地よかった。

 

いつか。

三輪秀次に憎まれる時が来るかもしれない。

 

その時が来るならば、受け入れようと思う。

その覚悟ならば――出来ている。

それでも、進み続けよう。

あんな人間が出てこないように。

自分は、自分が出来ることを。ひたすらに。

 

そう――加山雄吾は、また一つ今日も心に誓う。



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その心、真っ赤に染まれ

「――で、俺を呼び出してどうしたんすか」

「頼みがある」

「何すか?」

 

加山雄吾は、上層部へのプレゼンを終え、久しぶりの睡眠を満喫し、当然のように中学をサボりボーダー本部で訓練を行っていると――若村麓郎から夕方に呼び出された。

 

「しかも三浦先輩に染井先輩まで-----」

「こんにちわ、加山君」

「こんにちわ。麓郎君がお世話になったみたいね。ありがとうございました」

 

呼び出されたその先には、同じ香取隊の三浦雄太や染井華まで来ていた。

場所は、個人ブース。

加山はじぃ、と――少し不満げに若村を見やる。

 

「渡したランク戦の記録。――まさかこの二人にも見せたんじゃないでしょうね---?」

「------すまん」

残り二人に目をやる。

三浦は少しばつが悪そうに目を逸らし、そして染井は素直に首肯した。

 

「まさかまさか、香取先輩にも?」

「それはないから安心してくれ」

 

割とあの記録には香取の事も辛辣に書いている自覚があった。香取の性格上、見られたらこちらに文句を言いに来るだろう。そうなると非常に面倒くさい。

その事も解っているのか、若村は真っ先に否定した。

 

「その-----俺もこれを見てさ、どうにか改善が出来れば、と思ったんだ」

「いい事じゃありませんか」

「でも、――根本的な原因として、俺は視野が浅い事もあると思うんだ」

でしょうね、と加山は呟く。

 

「そりゃ視野が広ければああはなりませんから」

「だから。雄太や華さんにも相談したんだ」

「はあ」

「それで――視野の広さは、単純な訓練ではどうにもならない、って結論が出て」

「出て?」

「――すまん。お前に協力してもらいたいんだ」

「協力って------何をですか」

「――索敵訓練。加山君には、その部分を協力してもらいたいの」

 

染井が、言葉を続ける。

 

「私と、麓郎君と雄太で、逃走をする貴方を追いかける。時間内まで逃げるか、どちらかを仕留めれば加山君の勝ち。二人とも生存した上で加山君を仕留めたら、こちらの勝ち。この勝負をしてもらいたいの」

「俺にはオペレーターの支援は無しですか」

「いえ。勿論この訓練をする時は、こちらがもう一人オペレーターを連れてくるわ。――貴方の時間が空いた時で大丈夫だから」

 

ふむん、と一つ加山は呟く。

――思ったよりも、悪くない話だ。

こちらとしても、訓練の相手が出来るのは喜ばしい事だ。それも、敵に追われながら逃走をするという――この先、自分がいくらでもぶち当たる局面での訓練。しかも、オペレーターも用意してくれると。

 

「いや、訓練自体は俺も凄く助かるのでいいんですけど」

「けど?」

「------いや、いいっす。訓練自体は付き合いますよ」

 

いや、いいんだけども。

そもそもの香取隊の一番の問題は、あの隊長ではないのだろうか。

そうは思ったが。

取り敢えず口を噤むことにした。

 

「じゃあ、早速やりましょうか」

「わかったわ。――待ってて。今オペレーターをもう一人連れてくるから」

 

 

「それじゃあ、ルールを説明します」

 

今回のルールは、以下の通り。

・若村・三浦ペアから三十メートル以内の地点から加山がバッグワームを付けレーダーから反応を消してからスタート。

・制限時間は、バッグワームの起動から十分。十分以内に加山を仕留めれば若村・三浦の勝利。十分間逃げ切るか、加山が若村・三浦のどちらかを仕留めれば加山の勝利。

・加山はブース入室後五分間、自由にマップを動き”仕込み”を行う時間が与えられる。

「了解です。――それじゃあ、さっさと仕込みを始めますか」

成程、と加山は思った。

中々に考えられている。

加山は若村と三浦がしっかりと連携を取って戦えば勝てる駒だ。だが、単独では勝てない。

だからこそ、若村と三浦の勝利は――逃走する加山を「二人で」相手取る必要がある。

加山は五分の仕込み時間でダミービーコン・エスクードを仕込む時間を与えられる。両者を分断する仕掛けを十分に設置できる。

故に。

加山がどのように二人を分断してくるかを読みながら若村・三浦は動き、仕留めねばならない。

若村・三浦の連携の練度を上げると同時に、互いに視野を広く持つ為の訓練としても成立する。

 

「よろしくっす、三上先輩」

「はい、よろしくお願いしますね、加山君」

染井が呼んできたオペレーターは、本日はA級風間隊のオペレーター、三上歌歩であった。

ショートカットの髪に小柄な体躯、そして何より優し気で母性的な表情が何より眩しい。――その上で、隠密主体の近接連携が肝の風間隊のオペレートをこなしている傑物でもあるのだが。

「しかし、よかったんですか。こんな訓練に付き合って」

「大丈夫。私としても、オペレーターの訓練として普通にありがたいから」

「ほうほう。――お、あの建物仕込みに使えそうですね。エスクードで出入口塞いで、ダミービーコン仕込んで、と」

「------面白いトリガー構成だね、加山君。エスクードにダミービーコンの両方をセットしている人はじめてかも」

「よく言われますね。わはは」

「隊に一人いればすごく助かりそう。隊にはまだ所属していないんだね」

「うす。――まあまだちょっと勉強中ですね。これもその一環と言う事で」

 

隊に所属するならば。

一番を目指したい。

 

何処かの隊に所属しなければ、遠征にも参加できないのだから。

だからこそ。――隊に所属する時には、自力である程度の力がついてからにしたい。

 

「よし、仕込みは終わり」

加山はそう言うと、若村と三浦のいる位置の五十メートル範囲にまで移動する。

 

「それじゃあ――始め」

 

加山はバッグワームを起動し、勝負が始まる。

 

場所は市街地B

加山がバッグワームを起動した場所は、狭い路地であった。

 

エスクードで次々と路地を封鎖していき、そこにダミービーコンを置いていく。

 

「三上先輩。これからビーコン起動しますので、仕込んだ分のコントロールをよろしくお願いします」

「了解」

 

ダミービーコンは使用者と、オペレーターの双方がコントロールをすることが出来る。今回は、事前に仕込んだダミービーコンを三上が、新たに追加したダミービーコンを加山がそれぞれコントロールしている事となる。

 

「さあて、どう動いてくるかな」

加山は周囲に耳を澄ます。

 

音は聞こえない。

 

「まだ近づいてきてはいないみたいっすね。――じゃあまだ仕込んでいこうか」

 

加山は周囲を走り回りながら、周囲にダミービーコンを撒いていく。

 

「とはいえ、エスクードが破壊されている様子もないし、ルートはもう決まっているようなもんですけど」

加山はビーコンを隠すようにエスクードを敷いていく。

音が、聞こえてくる。

これは――三浦の足音だ。

攻撃手の三浦の足音を聞いた瞬間、拳銃とハウンドをセット。

 

「はい、そこ」

 

新たに出現したビーコンの反応に釣られた三浦の姿を捕捉すると、加山はハウンドを放つと同時、拳銃を引き抜く。

上空からやってくるハウンドを避けんと路地に現れた三浦を拳銃で仕留め、三浦は緊急脱出する。

 

「――はい、一勝」

 

 

それから。

「このエスクードの先に反応が-----あ」

「ろっくん!そこは違う」

 

エスクードに隠されたダミービーコンに釣られ、ハウンドの射線に入り込み、それを食らう。緊急脱出。

二勝。

 

 

「このルートを通ったのは視認できた----ここからなら、隠れ場所はここしかねぇ!」

「------麓郎君!このルート、エスクードで分断された!」

「え-----がっ!」

追跡ルートを先回りした加山により三浦と若村を分断。その後若村にエスクードで射線を切りつつ接近戦を仕掛け、若村緊急脱出。

三勝。

 

「またエスクードで塞がれてる-----。この先反応があるけど」

「無暗に踏み込むわけにはいかないね。どうする?」

「仕方ない。このまま回り込んで――あ」

 

がしゃん、とエスクードが開かれ、ビーコンに紛れた加山のハウンドを背中から受ける。

四勝。

 

こんな繰り返しが、あと三度続いた。

本日の成果としては、若村・三浦コンビは一勝も出来ずに終わってしまう。

 

 

二日目。

 

同じく、五度やって五度とも同じ結果が出る。

 

「-----これ、どうすればいいんだ」

加山のダミービーコンとエスクードの組み合わせは、想像していたよりもずっと手強い。

加山は、若村と三浦の動きに対して全て解答を出している。

二手に分かれてビーコンの反応を追う→即座に片方の居場所を割り出し、エスクードで挟み込んで仕留める。

常に二人で合流したまま動く→動きが鈍くなる状況を利用し新しくビーコンを生成していき、自らを隠蔽させ、制限時間に焦る隙をつきエスクードで分断させ各個撃破。

 

二手に分かれても、合流しても、対応される。

ビーコンをエスクードで隠し、エスクードを破壊しなければそこに本人がいるかどうか解らない状況を作る。

しかし、エスクードを破壊すると、その音を聞き咎め、向かうルートを先回りされ仕留められる。

 

加山は拳銃とハウンド、そしてスコーピオンを持っている。

純銃手である若村に対してはエスクードで射線を切りながらの接近戦。攻撃手の三浦に対しては距離を取っての拳銃とハウンドの波状攻撃。両者に対してタイマンで確実に勝てる筋を持っている。

 

エスクード・ダミービーコンの組み合わせで二人を分断していく、そしてタイマンに持っていかれ片方が落とされる。

取れる手段全てに、負け筋が通っている。

途方に暮れそうになるが。それでも。

思考しなければならない。

ここで思考放棄をしてしまえば、以前の自分たちと全く変わらない。

しかし、いくら考えても打開策が見いだせない。

 

「――おお、頑張っているねろっくん」

そんな時。

ブースから離れ、いったん休憩している所に、何者かが現れる。

「犬飼先輩に、辻先輩」

 

二宮隊、犬飼澄晴と辻新之助がその場に現れた。

 

「随分熱心に訓練しているみたいじゃないか。何をしているんだい?」

「実は-----」

 

若村は、訓練の内容を伝えた。

 

「ふむ-----」

 

犬飼は、顎に手をやると――その内容に一つ頷く。

 

「連携と、視野を広くする訓練か」

犬飼はその話を聞き終えると、辻に目配せする。

 

それに、一つ辻は頷く。

 

「ねえ、ろっくん」

「はい」

「手本って訳じゃないけどさ。――その訓練、俺等二人でやってみるよ」

 

にこりと笑み――犬飼は、そう言った。



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血色の王冠を掲ぐ者達

「という訳で、よろしくねー」

「よろしく」

 

なんと。

次の一回のみ、二宮隊の二人が相手になるという。

 

犬飼澄晴。辻新之助。

 

二宮隊の両輪を担う、名サポーター二人。

ポジションも、銃手と攻撃手。奇しくも、若村と三浦と同じ。

成程。

手本を見せる、というのであればこれ程適任な人材はいないだろう。

 

「それじゃあ、次の一回だけオペよろしくね、染井ちゃん」

「------了解です」

「辻ちゃん、喋ったことのない女の子だからって固まらないでね」

「------だ、大丈夫です」

辻は顔を赤くしながら下を俯きながら、ぼそりとそう呟く。

 

「いやー、うちのろっくんを鍛えてくれているみたいでありがとうー」

「いえいえー」

「うちの隊長も、実は君の事結構気に入ってるんだよ?」

「え?」

 

えー。

嘘だ―。

 

「だとしたら二宮さん、ちょっと感情表現が苦手とかそういうレベルじゃないっすよねぇ。何で音声解説持っていったらあんな機嫌悪そうにしてたんですか」

「あの人にとって感情は表現するものじゃないんだ。出力がそもそもされないから仕方ない仕方ない」

「ナチュラルに面倒くさい-----!」

 

まあ、いいや。

 

「じゃあ、次の相手は二人って事でいいっすね。――こりゃ完全に逃げに徹しなきゃ無理っすね」

「まあ。そんなに甘くするつもりはないからね。――ね、辻ちゃん」

「うん」

 

相手は射手の王たる二宮匡貴を支えるマスタークラスのサポーター。

今度は、こちらが挑戦者だ。

 

「ルールは変わらないで。十分間逃げ回るか、どちらか倒せば君の勝ち。君を仕留めたら俺等の勝ち。これでいいかな?」

「うっす」

「それじゃあ、やっていこうか」

 

 

「二日続けて付き合わせてすみません、三上先輩」

「ううん、いいよ。大丈夫。――それよりも、気を付けてね。先輩二人とも、本当に強いから」

「解ってますよぅ。負けるつもりでやるつもりはないですけど、正直勝算は薄いっすね。まあでも頑張りますわ」

「うん、私も精一杯サポートするから。頑張ろう」

笑顔のまま、彼女は脳内に直接言葉をかけていく。

一つ一つの言葉に、何だかすさまじい安心感が。

 

いやぁ。

何というか。

――モテる。これは絶対にモテるはずだ。特に女子には絶対にモテる。何だこの人ありえねぇ。

本心からの気遣いの言葉を、何も偽らずに真っすぐに投げかけられる素直な人でかつ、何事も手を抜かない真面目な性格という完璧人間。ヤバい。この人ヤバい。たった二日間だけの付き合いだけど、心から不浄が消え去るような気さえしている。基本的に(たとえ変人であろうとも)しっかりしている人間が多いボーダーの中でも、この人の人間性の出来具合は間違いなく突出している。

 

「取り敢えず仕込みますので。――俺から離れたビーコンのコントロール頼みます。出来れば、ビーコンが切れそうな時は事前にアラートしてくれると凄く助かります」

「うん。了解。――配置についたね」

「うす。丁度仕込みの時間も終わりですしね。――バッグワーム、機動」

 

こうして。

追いかけっこ訓練が始まった。

 

・   ・    ・

 

「東南方向、ビーコンの反応アリ」

「了解。――辻ちゃん、頼むね」

「了解」

エスクードに囲まれた路地を辻が斬り裂くと同時、犬飼が辻の足元にしゃがみ込み、銃を構える。

左右と周囲の建造物を手早く辻と共にチェックし、ビーコンを見つけると同時にそれを破壊する。

 

「染井ちゃん。ビーコンの位置からアステロイドの射線が通っていない区画をデータで送って」

「了解です」

「こういう時は、横着しないことが大事なんだよね。ビーコンが設置されている場所は手早く調べておかないと」

 

エスクード。

ダミービーコン。

それを用いた、加山の奇襲行動。

 

その対策は実に簡単。

犬飼が奇襲ポイントに予め目配せをしつつ、辻がエスクードを処理していく。

まずはエスクードよりも上のポイントに目配せをし、エスクードを斬った後は、エスクードに視界が遮られていた区画を二人でクリアリングする。

それだけ。

――予めどのポイントに奇襲できる場所があるのかを知っているか、知っていないか。知った上で手早く目配せを行う。一連の行動が恐らく数秒もかかっていない。

やっていることは単純でも――それは、戦術的行動が身体に沁みつくほどに繰り返している犬飼・辻両者だからこそ出来る事なのだ。

 

二人は手早く路地を走り、ビーコンの場所を次々に明らかにしていく。

足並みを揃わせ、時々は射線に身を躍らせ「釣り」を仕掛けながらも。

淡々と、手早く、索敵を行っていく。

 

 

 

 

――いやぁ。すげぇわやっぱり。

 

加山は感嘆の息を吐く。

射線を正確に読み、その上でこちらがハウンドを撃つのを待っているかのように動いている。

常に両者がカバーできるギリギリの距離を保ちながらも、広く視野を持ちながらこちらを索敵し続けている。

ここで安易にハウンドを撃ってしまえば、片方がカバーに入りそれを防いだうえで、連携してこちらを炙り出し仕留めるのだろう。

 

若村・三浦のコンビはこのバランスを持っていなかった。

互いが互いをカバーできる範囲。

そして、クリアリングすべきポイントと、常に広げるべき視野が。

それが成立するだけでも、索敵のスピードは何倍にも上がる。

 

とはいえ。

それだけの能力を持っているのは十分に理解できている。

 

「三上先輩。東西のビル群に仕掛けた奴のコントロールを幾つか下さい」

「どうするの?」

「ちょいと揺さぶりをかけつつ、ビーコンの設置を増やしていきます。これは三上先輩の見込みでいいんですけど、既存のビーコンであとどれくらい時間が稼げると思いますか?」

「あと、3~4分だと思う」

「うす。あとそれにプラス1、2分は稼ぎたいんですよね。じゃなきゃ逃げ切れん」

 

三上から加山は、ビーコンのコントロールを受け継ぐと、両者のクリアリングが終了した区画から幾つかビーコンの反応を消し、そして時間差で仕掛けた新たなビーコンを起動させる。

 

「こうして、消えた反応の中に俺がいると思ってくれれば上々なんですけど、まあそこまで甘くないのは解ってます。それよりも、これからビーコンの反応が増えていくのは『予め仕込んだものを発動させた』って思わせたいんですよね」

 

新しいビーコンの反応が増える。

そうすると、その増えたビーコンの周囲に、加山がいると犬飼・辻は判断するだろう。

 

だが、予め仕込んだ場所に起動していないビーコンを混ぜることにより、新しくビーコンを増やしたのではなく、予め仕込んでいたものが起動したのだと。そう思ってくれれば上々。

 

加山は逃げ回りながら周囲にビーコンを撒いていく。

そして、起動していく。

 

起動しつつ、予め起動させたビーコンの反応を幾つか落とし、そして更に別のビーコンを起動させていく。

どの方向に加山がいるのか。これで幾らか混乱してくれるはずだ。

 

「最終的には――あの廃学校に二人を引き摺り込む」

 

加山が走る前に、今にも崩れそうな木造建築の学園がある。

 

「上手く行くかは五分五分かなぁ。まあでもやるしかない。――だから少しでも迷ってくれよぅ、お二方」

 

 

「ビーコンが消えたり増えたり忙しいね。予め起動させていないものも幾つかあの中に仕込んでいたっぽいね。――あと何分くらい残っている、染井ちゃん」

「残り5分弱ですね」

「まあ、でも大体居場所は解ったよ。辻ちゃん、行くよ」

 

犬飼と辻は、西に向かい走りながら、ある場所を目指す。

 

「加山君は、恐らく屋外戦よりも屋内戦が得意な駒だね」

「でしょうね」

「今西南のビル群と、逆側にある小学校の周辺でビーコンの反応が出たから、どっちかだと思うけど。――多分俺が加山君なら、待ち構える場所としてはこの学校を選ぶと思うんだよね。屋内戦の方が遥かに俺と辻ちゃんを分断させやすそうだし」

「――成程」

「学校に行くよ」

 

二人は、足早で学校に向かう。

 

「じゃあ――エスクードで分断される可能性が高いから、ここからはあんまり距離を離さずにね」

学校の正面から入ると同時、両者はビーコンの反応を無視し手早くクリアリングをしていく。

 

「上階に繋がる階段は――やっぱりエスクードか。辻ちゃん、メテオラ注意ね」

「はい」

辻は予めシールドを張りつつ、距離を取り旋空でエスクードを斬り裂く。

その背後には――大きなメテオラキューブがその刃先に当たり、爆発した。

 

「じゃあ二階に行こうか。――ビーコンの反応もそろそろ消えかけてきたし」

そうして、二階に踏む込み、周囲を見渡す。

 

「多分、こっちだな」

残り2分30秒。

 

犬飼は二階の大教室――エスクードで補強されたその場所を辻に斬らせ、踏み込む。

そこには、

 

「さあ追い込んだよ。加山君」

 

加山が、いた。

 

「いいや。――仕掛けられたのは、アンタらだぜ。お二方」

加山は、一言ぼそりと呟いた。

 

「メテオラ」

 

そう呟いた瞬間。

 

「――お」

 

床面の下から。

 

地響きのような音が響いていく。

 

「建物って、それを成り立たせるためのポイントってのがあるんですよ。それは床であっても同じ」

 

建物は爆破の衝撃が響くと同時――階層が、崩れていく。

 

「お、おお!マジか!」

 

床面がはがれるようにめきめきと崩れ、足元が崩れていく。

 

そうして下の階に落ちていく二人を――壁に生やしたエスクードの上に立ち、

 

ハウンドと拳銃を犬飼に浴びせていく。

犬飼は右手を削られながらも、何とか射線から逃れる。

そして――体制を整えた辻が、エスクードの根元を斬り裂く。

 

加山もまた、落ちる。

そしてそれを斬り裂かんと、辻が更に旋空を放つ。

 

しかし。

落ちながらも――加山はまた、エスクードを生やす。

壁際から生やしたそれを自分の身体にぶつけ、旋空の起動から自らを逃がす。

 

ぐぇ、と反対側の壁にぶつかり、落下。その瞬間――犬飼と辻の間にエスクードを、更に生やす。

 

――今この状況なら、タイマンで犬飼先輩に勝てる。

左腕が削れている。

距離も悪くない。

 

エスクードで射線を封じて行けば、犬飼を倒せる。

 

しかし。

 

「――ぐお」

ぶしゅ、と右腕からトリオンが噴出する。

 

生やしたエスクードのうち一つが、生やした瞬間にはもう斬り裂かれていた。

 

――読まれてたか。

 

それから辻は足元に旋空を放ち、そして削れた右腕側に移動をしていく。

辻の旋空で足止めされているうちに、犬飼が左側に移動し、突撃銃を構える。

 

――まだ。まだやれる。

犬飼側にエスクードを生やし、ハウンドを辻にぶつける――とみせかけ、背後を振り返りエスクード越しの犬飼に向かわせる。

 

袈裟で上半身が斬り裂かれると同時。

そのハウンドは――。

 

「うお」

犬飼は予想外ではあったが、準備だけはしていたのだろう。急ごしらえのシールドを生成し、一部を防ぐ。

左足と脇腹が抉れたものの――生き残った。

 

訓練は。

犬飼・辻コンビの勝利と終わった。



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沈殿した情熱の色を

「――という訳で、あそこまでの動きが出来れば二人ともこの訓練を乗り切ることが出来ます。頑張ろう」

 

「------」

「------」

 

犬飼がにっこりとそう言うと、――若村・三浦は両者とも呆気にとられたように口を閉ざしていた。

 

「まあ。具体的に出来そうな部分は、取り敢えずお互いがカバーできるギリギリの範囲を知る事かな。二人いるんだから、当然二人分の視野は出来る限り持っておいた方が索敵はやり易いでしょ?」

「-----はい」

「連携そのものの練度や、クリアリングの速さ・正確性に関しては数を重ねて行くしかない。――そして、一番重要なのはそもそも何をするべきかを判断するための知識を備える事かな」

 

若村と三浦は、頷くように項垂れる。

その通りであった。

犬飼と辻は、設定された状況下での動きに、両者とも解答を出していた。

 

・ダミービーコンが散りばめられた状況下において何をするべきか

→素早くビーコンの周囲を回り、使用者がいるかどうか横着せず一つずつ確認していく。

 

・奇襲対策はどうするのか

→常に互いにカバーに入れる位置を守り、むしろ奇襲させることで釣り出す。

 

・エスクードでの分断にはどのように対策を取るのか。

→エスクードの発生地点を予測し、即座に破壊できる準備をしておく。

 

常に自身が置かれている状況下での最適解を選び、それを実行できる能力を持っている。

それは犬飼・辻だけではなく、その相手をしていた加山もだ。

 

自身も相手も最適解を選びながら、その中でひり出される解答同士をぶつけ合わせ――その結果として、犬飼と辻が加山を上回った。

メテオラによる床面の崩壊という予想外の手も打ち、その上で犬飼と辻は即座にその対応を行った。

「最適解」を互いに理解しているが故に、実力同士での戦いという境地にまで行きつけたのだ。

実力で言えば、若村と三浦は連携すれば加山を倒せる。

だが、――そもそも自身が何をすれば、その実力同士で競い合う土俵に立てるのか。その部分が欠落しているのだ。

 

「まあ、これからだねろっくん。一応俺はろっくんの師匠だし。ろっくん自身が自身の弱点克服の為に方針を示して、足掻いているなら。俺もその方針に沿った教え方をするよ」

「犬飼先輩-------」

「頑張っていこうか」

「はい!」

「じゃあ。――こっちにおいで。三浦君も」

「え?」

 

犬飼は微笑みながら、若村・三浦のコンビに手招きをする。

 

「まあ、まずは戦術的行動を教えようかな」

「あの、何処に向かうんですか---」

若村が、若干不安げに犬飼に尋ねる。

 

犬飼は背中を向けたまま、言い放つ。

 

「ん?うちの隊室」

「え」

「うちには――元A級一位部隊のエースだった人がいるからさ」

 

背中が、凍る。

 

「頑張ろう?」

 

 

「――負けたァ」

加山は一つ溜息をつきながら、ブースを出た。

 

「負けるのは想定内だけど、あんまり刺さらなかったなぁあの作戦。――床がいきなり崩落してもきっちり旋空で足場を斬る判断できる辺り、やっぱりA級はとんでもねぇや」

 

加山は、現在――鬼怒田室長に頼み込み、建築関係の蔵書を持ってきてもらい、お勉強中である。

建物の基幹となる部分や。

どのようにして建物はバランスを保っているのか、とか。

――何処を爆破すれば、建物は崩壊してくれるのか、とか。

 

要するに。

加山は――メテオラを使用しての建物そのものの崩落を引き起こす手段を勉強しているのだ。

 

「奇襲としては、あの二人の反応見る限り上位には通用しないっぽいなぁ。やっぱり床面だけじゃなくて、天井部分まで崩壊させないと対応はされやすいか。――となると、メテオラキューブを二段階、三段階くらいで爆発させる位の手間をかけないとちと難しいかもねぇ。――予め小規模な爆撃で基幹部分の鉄骨をぶち抜いておいて、置きメテオラで一気に力を加える感じで。エスクードで衝撃逃がさないようにしたらもうちょい手間の省略も出来るかね?ちょっと色々試してみようかな」

 

別に建物の崩壊に巻き込まれようが、トリオン体ならば死にはしない。

だが、仮に狙撃手の味方などがいたら、敵を障害物のないまっさらな地平に敵を投げ出させる手段にもなるだろうし、邪魔な建物を破壊する事で狙撃手の射線を通す事も出来るかもしれないし、何より近界に攻め込んだ時に建築関係の知識を知っていれば色々便利そうだし――戦術の一つとして、加山は本気でメテオラによる建築物の破壊という手段を極めんと邁進していた。

 

「――まあ、これからこれから」

ふわぁ、と一つ欠伸をする。

ばっさばっさとぶった斬れる才能があるなら、こんなに悩む必要もなかったんだろうが。

無いものねだりしたって仕方あるまい。

 

「あれ?若村先輩と三浦先輩は?」

「犬飼先輩に連れていかれたわ」

 

そう、染井は言った。

あの動きを見た上で、まだ続けるつもりかどうか聞くつもりであったが、もう既に師匠に連れられどっかに行ったようだった。

 

「あ、そうすか。じゃあここまでっすね。三上先輩に礼を言わねーと」

「もう私が言っておいたから大丈夫よ。――それと、これ」

「ん?――お。ポカリ-----と」

そこには、メモ用紙も貼り付けられていた。

 

――お疲れ様です。A級二人相手によくあそこまで頑張りました。こんなのしか無かったけど、ごめんね。

 

と。

 

「-------」

ここ最近。――多分加古さんと比較しているからだろうけど。ここまで気遣われると逆に何だか恐縮してしまう。

それも、本心からやっているんだろうなと解る分、尚更。

 

「それと。――私からも。ありがとう、加山君」

「どういたしまして。――まあ、あの二人だけでも足りない所を自覚してくれたならまあ収穫でしょ」

「ええ」

「――でも、ぶっちゃけこれで香取隊がいい方向に行くと思いますか?」

 

「-------」

染井は、閉口する。

「ぶっちゃけ。――今の香取隊の強みって良くも悪くも皆が香取隊長についていくって形に最適化しているからこそでもあるんでしょうし。そこからあの二人が余計な頭を回すようになるなら、多分今度こそバラバラになってもおかしくねーと思いますよ」

「そうね」

染井は一つ、息を吐く。

「解っている。------その原因は、私にだってあるもの」

「ん?」

「私は諦めが早い人間だし、頑張らない人間に”頑張れ”って言うのも、無駄だと思うの」

「俺もその意見にはおおむね賛成です。――で、その頑張らない人間が、香取隊長って話でしょ」

「うん。――でも。最近、ちょっとだけ思い違いがあったんじゃないかなって考えるようになったの」

「思い違い、ですか?」

「あの子は-----頑張らないんじゃなくて。頑張り方を知らないだけなのかな、って」

 

染井華は、呟く。

 

「葉子は才能があるから。才能で能力を伸ばす以外の方法を知らないの。――加山君とは、真逆の人間ね」

「失礼な。俺には才能がないとでも」

「ごめんなさい。――でも戦っている時、自分が才能ある、って自信持ってる顔付きじゃないもの。加山君」

「どんな顔つきですか」

「常に追い詰められているような感じ」

「消費者金融業者から逃げているパチ狂いの多重債務者みたい?」

「多重債務者がどんな人なのか解らないけど、そんな感じ」

「あっさり肯定しますね----」

「ねえ、加山君」

染井は、常に一定の色の声で話している。

凪ぐ海のように、安定した青色の声。

ここで、少しだけ凪が揺らぐような感じがした。

 

「――加山君は、どうして頑張れるの?」

 

多分。

この人は多弁な方ではないのだろう。

 

それでも、ここまでこんな人間と会話しているのには、何か明確な意図があるのだ。

その意図は、恐らくこの会話の中にある。

 

頑張る理由。

頑張る理由、か。

 

「うーん。俺の場合、責任感かもしれないですね」

「責任感?」

「あの侵攻で、生き残っちゃったんで」

 

息を飲む、そんな音と色を感じた。

 

そうか。

この人も――あの侵攻の被害者だったんだ。

ならば。

嘘はつけない。

絶対に。

 

「-----生き残る事に、責任があると考えているのね」

「はい。――親父も、そのせいで死んじゃったし」

「------」

多分。

全てを言葉にせずとも、伝わったのだと思う。

加山はそれ以上を話すつもりもない、という事と。生き残った事の責任、という言葉の意味も。

 

「そう、ね」

染井は、ぼそりと呟いた。

 

「私にも――あの子を助けた、責任があるもの」

 

その声は。

ほんの少しだけ――震えていた。

 

 

「葉子」

「んー?どうしたの、華」

 

香取隊、隊室。

現在若村も三浦も、二宮隊の隊室に連れて行かれ誰もいなかった。

 

「少しだけ、お話をしていい?」

「どうしたの、改まって」

香取はソファに腰かけ、スマホを弄っていた。

何かゲームでもしているのだろうか。

 

「――葉子は、私と隊を組むことになった時、言っていた言葉を覚えている?」

「-------」

 

――アタシ等が組めば、楽勝よ――

 

そう言っていた時期もあった。

センス抜群の自分。

その自分にないものを全部備えた、華。

 

組めば無敵と思っていた。

思っていた、のに。

 

「ボーダーがそんなにあまいものじゃない事も、解っている。上には上がいるっていう事も」

でもね、と染井は続ける。

「私は。やっぱり自分の信じたことに、責任を持ちたい」

 

あの時。

確かに思ったのだ。

きっと。

きっと。

葉子と組めば、上に行ける。

そう、思っていた。

 

「どれだけ現実に打ちのめされても。――私はやっぱり、葉子と上に行きたい」

「------」

「何年かかってもいい。少しずつでもいい。――二人も、少しずつだけど、上に行きたいと思って頑張っている」

後輩に頭を下げて。自分たちにないものを必死に探して。

若村も三浦も、少しずつ。

 

「葉子。葉子の本音を聞かせて。今のままでいいと思う?」

攻撃手も、銃手も。

上級者の壁――そう香取自身が語る代物に打ちのめされてきた。

打ちのめされ、打ちのめされ。

飽きっぽい自分の性格を言い訳に、その壁を前にして膝を折った。

 

「――よく、ないわよ」

でも。

どうすればいいのだ。

やり方も解らないんだ。

どうすれば自分がこの上を行くのか。

だって。

工夫なんかしたことない。頭なんか使った事もない。

全部、全部全部苦手だもん。

 

「でも――どうすればいいか、解らないもん!」

それが、本音。

どうすればいいか、解らない。

どの方向に、自分が進めばいいのか。

 

「――ありがとう、葉子」

ここで――ようやく、染井は笑うことが出来た。

ちょっとぎこちない笑みだけど。

だって。

頑張り方が解らない、だったら。その方法を知ればいいんだ。

それだけだ。

それだけで、いいんだ。

 

「じゃあ。一緒に考えよう。麓郎君も、雄太も、一緒に。それでも解らなければ、他の人に頭を下げて聞こう。プライドが邪魔をするなら、私も一緒に頭を下げるから」

 

――責任。

いつの間にか。

自分も。そして香取葉子も。

忘れていた。

自分たちが放った言葉を。信じた事も。

現実と対面して。上には上がいることを知って。自分たち二人の世界から一つ足を踏み出した現実の広大さを思い知って。

 

でも。

それでも。

染井華には、香取葉子を助けた責任があって。

そして、香取葉子にも助けられた責任があった。

 

それだけだ。

 

「――これから、一緒にまた進んでいこう」

失敗したっていい。

行き詰ってもいい。

そのままでいなければ。

進み続ける意志さえ、もっていれば。

 

それさえ、あれば



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黒き双葉は未だ発芽を待ち。

「ふんふむ。――これならばどうだ」

 

 現在。

 加山雄吾は個人戦ブース内で様々な実験を行っていた。

 

 場所は、市街地B

 

「よし。――黒江! そろそろ見れるぞ!」

「いいですから、早く済ませてくれませんか」

「ちぇ。クールなことで。まあいいや。――メテオラ!」

 

 そう加山が呟くと。

 八階建てのビルディングが、複数の階層で爆破した。

 中階から小規模な爆破が同時に鳴り響き――そして、最下層から大きく、そして篭った音が響き渡る。

 

 がらがらと鳴り響く音。

 みしみしと建物全体が軋む音。

 

 そして。

 

「-------」

 

 ばきばきと、ビルディングが崩れていく音。

 

 中階の爆発と共に上階部分との接続が途絶え崩壊するとともに、最下層の地盤にメテオラを仕込み地下からの支えを同時に破壊する。

 すると。

 建物は上階の崩壊によるプレスと、地下から鳴り響く爆撃による揺れ、そして地盤の支えを失う事により――上下からの揺さぶりに耐えられず、建物は一瞬にして崩壊した。

 

 その様は、圧巻だった。

 爆破と共に上下が揺さぶられ、自重の支えが全て崩壊の為に使われ、一気に崩れていくその様。

 表面上は冷めた態度でそれを見ていた黒江も――目を離すことが出来なかった。

 

「実験完了。これで爆破による解体ができる建物の分別が出来るようになった。わははは」

「-----分別?」

「そう。――縦に広ければ広いほど、横に狭ければ狭いほど、爆破による解体は簡単だ。上からの圧力をかけやすく、地盤の支えも狭い。その分、地盤の奥深くまで支えがあるのだが、メテオラでその支えを切っちまえば意味なんかないからな。だから自然に、高層ビルとかが解体は簡単になる」

「------」

「本当はあの規模の爆発起こそうと思ったら入念な準備が必要になるんだけどな。まあこれもトリオン体とトリガーが為せる業だ。細かい鉄骨は予めアステロイドでぶっ壊せるし、地盤に爆破の衝撃を効率よく伝えるためにメテオラキューブの周囲をエスクードで囲めばいいし。――これで俺も一つ武器が増えた」

「------」

 

 加山雄吾は、実験を行っていた。

 メテオラその他トリガーを用いた、建築物の爆破解体の実験であった。

 加山は、上階と下階を結ぶ地点の鉄骨を拳銃で破壊していき、破壊した地点に細かいメテオラキューブを仕込んでいき、――そして、地盤にメテオラを仕込み、爆破させる事により建物を倒壊させた。

 

「あとミソはあれだな。上階層に一定量のエスクードを生やすことで上からのプレスを跳ね上げる事だな。地盤を揺らして、下からの支えをなくして、重い上階から下に向けて力を加えるんだ。そうすれば、建物は解体できる」

 

「あの」

「うん? どうした黒江」

「------もう一回、別の建物で見せてもらってもいいですか?」

「いいぜ黒江。俺の方も段々とコツが掴めてきた!」

 黒江双葉。

 まだまだ中学一年生に上がりたて。

 まだまだ――派手な爆発シーンが好きなお年頃。

 

 

「――よし」

 メテオラによる爆破解体を三回ほど行った後。

 加山は一息つく。

 

「どうする、黒江? 個人戦やるか?」

「やります」

「よし」

 

 黒江双葉。12歳

 現在、ボーダー最年少のA級隊員である。

 A級加古隊に所属し、攻撃手としてその辣腕を存分に発揮している。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。その分、今日は好きなだけ付き合ってやる」

「よろしくお願いします」

 

 互いに一礼すると、それぞれが動き出す。

 

 黒江は背中より刀を抜き、加山は地面に手を当てる。

 

 黒江が構えを取った瞬間には、幾つもの壁が眼前に現れる。

 

「-----」

 黒江の代名詞ともいえる言えるトリガーが、”韋駄天”だ。

 韋駄天は、瞬間的な高速移動を可能とするそのトリガーで、瞬時に攻撃手の間合いに入り込む。

 

 故に。

 加山はその直線上にエスクードを生やす。

 

 エスクードで視界と行動を制限させたうえで、

 

「ハウンド」

 ハウンドを、その隙間と上空から放っていく。

 

 黒江は張られていくエスクードを斬り裂きながら、前進していく。

 

 加山との勝負は、我慢を強いられる。

 高機動で瞬時に近付きたい黒江。

 エスクードで機動に制限をかけていく加山。

 黒江の得意戦法に対して、それを潰す手段を加山は持っている。

 

 ------ハウンドも、そう簡単に受けられる威力じゃない。

 加山はトリオンが高い。

 それ故にエスクードと共に放たれるハウンドも、易々とシールドでの防御の選択を取れない。トリオンが高い分、その威力も段違いだ。

 誘導半径内で移動しようにも、その中はエスクードで塞がれている。

 

「------」

 

 加山雄吾は、よく自らの隊長である加古の炒飯に殺されている人物だった。

 変人奇人が珍しくもないボーダー内。

 そのうちの一人なのは間違いないだろう。

 しかし――。

 

「ぐ-----!」

 移動するたびに生えてくる壁。

 間隙から放たれていくハウンド。

 迂回先に置かれるメテオラ。

 

 加山はとことんまで黒江双葉の手札を潰す手段を持っていた。

 機動力の高い攻撃手に対しての方策が出来上がっている。

 

 黒江にとって不可解なのが――高速移動のタイミングとベクトルが完全に見抜かれている事だ。

 どのタイミング、どの方向に韋駄天を使おうと加山はそれを見抜き、対策を打つ。

 

 ――音に色を感じるという加山雄吾は、相手の挙動から生まれる微妙な動作の違いから動きを読んでいる。

 彼は近接戦でのセンスは然程ない。それ故近づかれれば倒すのは容易であるが、近付くまでのプロセスを的確に潰してくる。

 

 そのプロセスを踏むためには、風間のようなエスクードの制限をものともしない技巧を持つか、木虎のように飛び道具が無ければならない。

 今のところ、黒江には両方ない。

 

「ぐ-----う------!」

 最終的に。

 ハウンドで削られていく。

 この四方から増えていくエスクード。

 ハウンドで足止めされる動き。

 時間が過ぎるにつれて、エスクードは増え、ハウンドによるダメージも蓄積され、――最終的に、削り殺される。

 

 ハウンドで完全に足が止まった瞬間を見透かされ、唐突に消えるエスクードの向こうから放たれるアステロイドによって、撃ち抜かれる。

 第一ラウンド。

 加山雄吾の勝利であった。

 

 

 ――ならば。

 エスクードの上へ、飛ぶ。

 飛びながら、エスクードの上から韋駄天を使用する。

 エスクードの制限のない空中から、加山に向かって行く。

 

「それはあんまり意味がないぜぇ、黒江」

 

 だが、いざ加山に近付くその間にエスクードが足元から生え出て、ぶつかる。

 ぶつかるその壁ごとアステロイドで撃ち抜かれ緊急脱出。

 

「空中から襲い掛かろうが、結局俺は地上にいるんだからな。軌道上にエスクード生やせば一発よ」

 

 二本、三本と繰り返す。

 しかし加山に近付く事も出来ない。

 

「------」

 

 ――双葉には、知ってもらいたかったの。

 最初。

 加山との個人戦を提案したのは、加古であった。

 

 ――自分の力が良くも悪くも尖っている、って事に。

 瞬間的な高機動能力で、相手との距離を詰め、戦う。

 

 それは弱点も多いが、非常に尖り、突出した強みがある。

 その強みがあるからこそ、ここまででマスターランクまで上り詰めた。

 

 だが。

 その強みを完全に潰せる人間がいると言う事に。

 

 加山雄吾。

 まだどのトリガーでもマスターランクにもいっていない。B級に昇格し半年ばかり。個人戦での戦績は良くも悪くもない。例えば、彼の同期の村上鋼との戦績など九割がた加山は敗北している。

 

 しかし、ビックリするほど黒江は勝てない。

 

 そのまま十本勝負は――加山が十勝で終わる。

 

 

「------」

「まあ、相性というものはどうしようもなくある」

「解っています」

 黒江は、負けず嫌いだ。

 それ故、やられっ放しというのは性に合わない。

 どうしようもなく相性が悪いことは自覚しつつも――どうしても、勝ちたい。

 

 加山は黒江に対して完璧な対策を打ってくる。

 その対策の対策を考えるものの、思いつかない。

 

 ――負けず嫌いが負け続ける程イライラする事はない。

 だが黒江は眼前の先輩である加山を無視する事が何故かできなかった。

 この理由だけで嫌ってしまうのはあまりにも子供っぽいと言う事もあるが、

 

 

「――お、木虎じゃないか」

 個人戦ブースを出ると、――そこにはしかめっ面した木虎の姿があった。

 

 そう。

 何よりも。

 ――加山との関係性を、木虎とダブらせたくないというのが大いなる理由なのかもしれない。

 木虎が嫌う人間を、黒江も嫌う。

 そこから生まれる共通項。

 それを作る事すらも嫌なのだ。黒江は。

 

「げ」

「げ、とは何だ、げ、とは。数少ない――訳じゃないが同期だろ。もう少し親愛を見せてくれ」

「ごめんなさい。無い袖は振れないの」

「だろうな。――ちなみに俺は割とない袖を振るってお前に挨拶をする程度の信愛を見せているのだが」

「要らないわそんなもの」

 

 そして、木虎はその隣に立つ黒江に気づき、声をかける。

 

「あ、こんにちわ黒江ちゃ――」

「------加山先輩。お昼ごはん早く食べましょう」

 

 無視。

 その存在も、その言葉も目にも耳にも入らないとばかりにぷぃ、と身体ごとその姿を背けると――黒江はスタスタと歩き去っていった。

 

「-----」

 

 木虎は、ただ茫然とそこに立っていた。

 加山はその左肩に手を乗せ、

 

「まあ。人徳の差だな。精進せぃ」

 と慰めにもならない台詞を呟き、思い切り睨みつけられた。

 

 

「木虎は割と後輩に弱いのな。――ふん。こればかりは俺の勝利だな」

 加山は黒江と食堂まで移動すると、ふんふんと弁当箱から昼飯を取り出し、口に運ぶ。

 ふん。舐めるな。

 加山の対人欲求は、

 

 年上→舐められてもいいからいつでも情報を得られるようにしておきたい 

 同い年→勝とうが負けようが仲良くしておきたい

 年下→とにかく皆可愛いので慕われたい

 

 と。

 恐らくは――年下への対人欲求に関しては木虎と大きく被っているものだと思う。

 ――ふん。

 ――だが、木虎よ。

 お前は足りない。

 

 年下から年上にコミュニケーションを取る事は大きなハードルがある。

 木虎は山よりも高いプライドがある。そしてそのプライドに負けない実力がある。

 そんな人間に、中々年下の人間は近づき難いのだ。

 

 それに比べて自分はどうか。

 プライドなんぞドブに捨てた。舐められんのも上等。奇人変人扱いされようが知った事ではない(最近本部ロビーにたむろする変人が自分の事だと知った)。

 対人関係のハードルを下げに下げて、この位置にいる。

 その努力をせずに、年下だけには慕われていたいと思うなど笑止千万。

 

「まあ、でも多分黒江は俺の事慕ってるわけじゃないわな」

「はい」

「ですねー」

 巴辺りは純粋に慕ってくれているのが解るが、黒江の場合対抗心がマシマシで積み重なっているのが見えている。

 いいんだけどね。それもそれで可愛いし。

 

「で」

「うん?」

「そのお昼ご飯、何ですか?」

 

 そこには。

 キャベツの千切りともやしの炒め物――だけが。

 だけが、敷き詰められていた。

 

「自作だぞ。俺は女子力高め男子だからな」

「見るからに低いんですけど-----」

「キャベツにもやし。ふっ。野菜だ!」

「野菜しかないじゃないですか------」

「うまいぞ?」

「要らないです」

 いや。

 本当。

 たいして美味しそうでもないし、それ以上に何だか貰うのさえも憚られる。あまりにも貧相な弁当箱の中身だった。

 

「俺は糖分が必要でな」

「はぁ」

「夜の修羅場を超える為には、エナドリとチョコが欠かせんのだ」

「------」

「その分、昼飯は貧相になる。致し方なし」

「馬鹿なんですか?」

 

 何というか。

 本当に。

 この人は真正のバカなんじゃないかな、と思った黒江でした。



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紅色に燃え上がる

――何故だ。何故その判断を行った。根拠を言え。

声が響く。

別に威圧するでもなく、いつもと変わらない口調で。

なのに。

恐ろしい

 

――言えないのか?

 

言えなかった。

言えるはずなんかなかった。

今まで、先行する香取を追いかけることが主目的になっていた自分にとって、戦況を正しく判断する目がなかった。

二宮は変わらない。

変わらない、が。

それでも、失望の様子はありありとこちらに伝わってきた。

 

――犬飼め。ぬるい指導しやがって。戦闘は判断の連続だ。お前は状況を把握せず、根拠となる情報も取得できず、半端な判断をしている。戦術をかじってすらいない。さりとてとりわけた才能もない。部隊員としては出来損ないもいい所だ。どの駒としても運用が効かない。

 

今更になって。

若村は、ボーダーの皆がどれだけ優しかったのかを思い知った。

今の自分の立ち位置を。自分の実力を。こうして言葉としてはっきりと言葉にして示されることはなかった。

ただ、試合の中でざまざまとその実力を示していっただけで。

 

――終わりだ。今のお前の実力で戦術が身に付く可能性はない。時間の無駄だ。

 

そして、投げ出された。

可能性がない。

そう、なのか。

今の自分には、何があるのか。

何もないのか。

B級隊員に上がって、香取隊の一員としてやってきた時間は。

何も、何も、自分に寄与を行ってなかったのだろうか。

二宮隊訓練ブースから、若村は一礼して出ていく。

 

-----どうすれば。

どうすれば、いいんだろう。

一つ。情報を集める。

二つ。それを基に判断を行う。

この一と二を繋ぐ行為が、戦術だ。

一が出来て、はじめて二へと繋がる戦術を学ぶことが出来る。

 

なら。

一すらできていない自分はどうすればいいのだろう。

 

――ああ。

――そうか。

 

同じだ。

同じなんだ。

葉子も。こんな風に壁にぶつかっていたのか。

 

いや。

今ようやく同じになったんだ。

 

葉子に偉そうに説教する資格なんて、なかったんだ。

そして。

今まさに壁にぶつかってしまった現状を目の当たりにして折れるならば。

自分は、何処までも惨めで、格好の悪い男として終わってしまうであろう。

 

考えろ。

思考を止めるな。

どうすればいいのか。

どうすれば――。

 

 

「――加山君。こんにちは」

ニンジンのスティックを齧るだけの飼育中の兎の如き食事をとっている加山の隣に、女性が座る。

染井華であった。

「うっす染井先輩もお昼ですか。どうしましたか?」

「最近、麓郎君が結構落ち込んでてて。何かあったのかなって」

「そりゃあ――多分二宮先輩とのご対面したんでしょ。そりゃあまともな隊員だったら心折れますよ」

二宮は、二宮にとっての正論しか言わない。

二宮の基準に適さない人物には、可能性の提示すら行わない。

相手のモチベーションの考慮なぞ一切なし。

それが二宮という人間だ。

 

「それに若村先輩真面目ですし」

「そうね。麓郎君は真面目よ」

「二宮先輩に真面目に向き合うのは馬鹿らしいのに、多分真面目に考えこんじゃってるんでしょうねぇ」

「----どうすればいいのかしら?」

そう染井が言葉を放った瞬間、加山は少しばかり眉を顰めた。

非常に珍しい台詞が、この先輩から聞こえてきた気がした。

「どうしたの?」

「いや。染井先輩がそんな事言うの珍しいな、って」

「解決法が解らないものを一人で考えても無駄だもの。でも放置はしたくない」

「――うーん」

どうするかなぁ。

あの手の真面目な人間って、思考のループに入ると多分止められない人間なんだと思う。

あ、そうだ。

思い浮かんだ。

「二宮さん以上にインパクトのある人が、褒めてやればいいんですよ」

「二宮さん以上-----」

「俺の見立てでは-----若村先輩には、染井先輩ですね」

そう呟いた瞬間、染井は首を傾げた。

 

------前途多難ですなぁ、若村先輩。

 

「まあ、俺から言える事は一つっす。染井先輩」

「何かしら」

「染井先輩、ぶっちゃけ若村先輩含めて、そんなに隊の人と積極的に会話はしないでしょう?」

「そうね」

「それはそれで、クールでカッコいいんすけど。――そういう人がふとした時にフォロー入れてくれると、嬉しいものなんですよ。ああ、この人普段黙ってるけどちゃんと見てくれてるんだ、って」

「そう、かしら」

「まあ一度試せばいいでしょ。トライ&エラーですよ。人間関係も」

「一度のエラーで壊れそうなものじゃない?人間関係なんて」

「そこは信頼関係ですよ。――これは俺の偏見ですけど、香取先輩がどれだけエラー吐きまくっても何とかなってたでしょ」

「-----」

「一度二度のエラーで壊れるものじゃないっすよ。特に染井先輩みたいな人だったら」

「-----そう、ね」

「フォロー入れられて惨めに思うような捩じくれた根性してなさそうですし、一度試してみて下さいな。絶対に、若村先輩泣いて喜ぶと思いますから」

 

 

その頃、香取は。

 

「――く」

自分がかつて追いつけないと折れた上位ランカーの一人と、個人戦を行っていた。

 

相手は、

 

「――踏み込みが、遅い。そして浅い」

 

風間蒼也。

振るわれる斬撃を、受ける。

一太刀で腕ごと払われ、さくりと首が斬り裂かれる。

 

――香取、緊急脱出。3-0

 

「――拳銃が選択肢にある事は悪くない。だが、その分だけスコーピオンで攻め込む際の踏み込みが浅くなっている。近接で削る気ならば、そのつもりで深く踏み込んで来い」

 

その技一つ一つ冴えが、香取を現実に叩き付けていく。

どうやれば。

どうやれば、こうなれるんだろう。

 

解らない。

だって、自分に出来ない事なんてなかったから。

 

いざ出来ない事を目の前に提示されて、じゃあそれを出来るようにするにはどうすればいいのか。

解らない。

だから、逃げたい。

自分の才能の枠を超える事象に対して。逃げたい、と。そう思ってしまう。

でも。

でも。

 

――葉子。葉子の本音を聞かせて。今のままでいいと思う?

 

いいわけないじゃん。

このまま終わりなんて、カッコ悪い。

上級者の壁。

それにぶち当たった。

ぶち当たって、それで終わった。

乗り越えようともしなかった。乗り越え方なんて解らなかった。壁がある事に、自分が成長しない言い訳の盾にした。

そう。

言い訳。

努力の仕方なんて知らないくせに。その壁を乗り越えようとしたけどダメだったと自分に言い聞かせた。そんな事、一度だってしたことないのに。

 

――どれだけ現実に打ちのめされても。私はやっぱり、葉子と上に行きたい。

 

自分もだ。

自分もそうだ。

上に行きたいよ。

行きたいに決まっている。

でも。現実は思ったよりも広くて。その現実に自分が追いつけなくて。

自分のやり方が通用しなくて。

でも、自分が無敵だと信じていたくて。

壁を作って、指をかけたふりして、その頂には至れないと自分に言い聞かせて。

 

あの日。

近界民の侵攻があった日。

華に助けられた。

華は、家族じゃなくて自分を助けた。

助けられる可能性を秤にして、自分の方が助けられる可能性が高いから。

爪は全部剥がれてて。でも痛みに弱音なんて一切漏らしてなくて。

 

忘れていたのか。

本当に忘れてしまっていたのか。

あの時に。

助けられたこと。

助けられた重みを。

 

あんな風に。

勝手に壁を作って、勝手に拗ねて、勝手な行動ばかりとって。

 

解ってないのは、自分の方。

あの時に救われた命は――あんな中途半端に消費されていいものじゃなかったんだ。

 

――上を目指す。

もう迷わない。

もう。

 

「-------」

四本目。

風間の凶刃が届くその瞬間。

香取は肘先からスコーピオンを生やし、それを受ける。

受けるその刃は川に流れる葉のように通り過ぎ、肘の後ろにある肩に突き刺さる。

それも、想定内。

彼女はスコーピオンに刺されたまま体勢を変え、下に潜り込むような体勢から、拳銃を放つ。

ここで初めて、彼女は風間にダメージを与えられた。

 

だが。

 

「――今の動きはよかった」

 

そう言葉を投げかけられながら、

背中から斬り裂かれ、香取はまた緊急脱出することとなった。

 

 

 

――風間もまた。

香取の眼の変化に気付いていた。

 

その眼は、本気の殺意が宿っている。

どれだけ叩きのめしても、這い上がる気概が。

 

――その気概が空回る場面もあった。だが、今の攻防の一瞬に、風間の動きを予測した上での一手を反射的に放っていた。

 

十本勝負が終わり。

十本負け。

それでも、その眼は変わらない。

 

まだ戦わせろ、と言っていた。

 

「まだやるか?」

その声に、香取は一つ頷いた。

 

気持ちの強さ。

それだけで実力が上がる事はない。

それは、あくまで燃料。

自分を強くするためにそれを燃やし続け、ずっとずっとそれで自らの行動を重ねてこそ――少しずつ、上がっていくのだ。

 

香取は。

一人で個人ブースにいた風間を捕まえ、頭を下げ、勝負を願い出た。

プライドが高く、飽き性のある香取がである。面識なんてほとんどない風間に、頭まで下げて。

 

それだけ。

彼女の気持ちは強くなった。

 

ならば。

そういう人間となったのであらば。

風間は――最後まで付き合うつもりで、戦い続ける。

かつての自分も、今の自分も。

燃え滾るものを、風間は普段の冷静さに隠しているからこそ。

 

 

「――ん?」

その日、4月16日。

若村の誕生日だった。

 

香取隊の、自分のロッカーの中。

一つの箱が。

 

「――お、雄太からかな」

本日、若村は誕生日。

その日にプレゼントを贈る人間を頭から数えて、まず一番目は三浦であった。

 

だが。

 

「え?――華さん」

染井華。

そうボックスを開けると書いてあった。

 

頭が一瞬冷え切り、そこから大慌てで中身を確認する。

そこには。

 

「――万年筆」

派手ではないが、それでも綺麗な意匠が入った、万年筆。

その中に、メッセージカードも。

 

――お誕生日おめでとう、麓郎君。最近、記録を確認しては情報を纏めている姿をよく見かけます。なので、これを差し上げます。実用重視で選びましたので、あまり華美ではありませんが、受け取ってください。

 

読む。

読む。

 

――今、葉子も雄太も皆頑張っています。頑張る中で、壁にぶつかっています。それは皆も同じです。私も、そうです。ようやく、壁にぶつかれたんです。

 

ようやく、壁にぶつかれた。

その言葉が――染井華から出てきたこと意味が解らない若村ではない。

 

――皆一緒に、乗り越えていきましょう。

 

若村麓郎。

今までの人生で、最も嬉しい誕生日であった。



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曇天に変わる空の色は

もうちょいで原作開始時点に入る予定です。


「------」

「------」

「なあ、加山君」

「はい」

「本当に――ボーダー提携校にすら行くつもりはないのか」

「ないっす」

 

加山雄吾は、現在忍田本部長と個室での面談を行っていた。

現在、加山は中学三年生。

進級に伴い、彼は進路調査票を学校に提出した。

 

白紙のまま。

 

「提携校言っても、いつでもどこでもサボれる訳じゃないでしょ。むしろ俺にとってはここからがスタート地点ですよ。好きに訓練して、好きにシフト組んで、好きに金を稼ぐことが出来る。いいことずくめだ」

「――君の将来は」

「高校行かなかったくらいで閉ざされる将来なんてないですよ。本部長」

「君の担任の先生も、心配されていた」

「俺の将来どうこうで迷惑かかる奴なんていないですって。両親ともどもくたばりましたし」

「-----」

「本部長」

「なん、だね」

「俺の従弟なんですけどね」

「------」

「---警察官に、なりたいらしいんですよ」

「-----」

「知ってますか。――警察官って身内に犯罪者が出たら、採用の可能性ってもう絶望的らしいんですよ。それが元警官の犯罪者なんて最悪だ」

「-----ああ」

「俺の親父が、閉ざしたんです。悲しいっすね」

「-----」

「なので、俺は中学を出たら家を出ます。流石に、もう働いてもいい年齢であの家に居座る図々しさを俺は持っていないっす。高校行きながら、援助なしで生活していくのは現実的じゃないっす」

 

滔々と、話す。

平坦な声で。

でも。

その言葉に、挟み込ませる言葉を忍田には持ち合わせていなかった。

 

「まあ、俺の生活の為に稼がせてください。頼みます」

そう言って、加山は忍田に頭を下げた。

 

 

多分だけど。

期待や責任に応えようとする人間ほど、幸せになれないのだと思う。

 

そういう意味では。

 

「よ、加山」

 

近場の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながらゆったりしていると。

眼前にいきなり現れるこの男も、

多分幸せになれない人間なのだと思う。

 

迅悠一。

未来視の副作用を持つ男。

 

「忍田さんと揉めていたらしいな」

「揉めちゃいないですよ」

「へぇ。――あ、ぼんち揚げいる?」

「いるいる。超いる。なんなら箱ごとくれ」

そして、ただで食料(ぼんち揚げ)をくれる人物でもある。超ありがたい。

 

「進学かぁ」

「気にするこたないと思いますけどねぇ」

「気にしなければならないの。――ボーダーで働いていて、その上で進学できないとなるとイメージが悪くなるからね」

「太刀川さんが大学行けている時点でその理屈は通りませんよ。太刀川さんでも潜れるハードルを敢えて俺は潜らないんです。そう、敢えて!」

「-------」

「-------」

「高校、行く気ない?」

「行かせたいんですか?」

「うん」

「何故?」

「青春は二度と返ってこないんだぜ、加山」

「失った時間も二度と返ってこないんですよ、迅さん。――別に隠し事しないから、遠回しに聞き出さなくてもいいんですよ。ストレートに聞いてくださいよ」

「いや。言ったとおりだぞ俺の言いたいことは。青春しろよ」

「青い春。いい言葉だ。そうか、迅さんはアレか。大学生として得られなかった青春を女のケツを触るという代償行為で満たしているのか」

「ふ。俺は純粋に美しい健康的なお尻に惹かれているだけさ」

「よく言うよ。未来視で合法的に触れるケツとそのタイミングを選別しているくせに」

「------そんな事はないぞ」

「弓場先輩の前で藤丸先輩のケツ触ってみてくれるならそのセリフを信じてやりますよ」

「ごめんなさい」

「大丈夫。俺は青春拗らせてケツ触ったりしないから」

迅悠一。

恐らく、死なれたらボーダーが崩壊してしまう人物のうち一人であろう。

 

この男が持つ副作用。

それは、未来視。

 

幾つも分岐する少し先の未来を人を介してみることが出来る。

その能力の有用性たるや。まだまだトリオン技術でいえば近界よりも遅れているボーダーがここまで近界の襲撃をギリギリで食い止められている理由の一つであろう。

多分、いなくなられたら防衛力がガタガタになること間違いなし。

 

「――俺は君の目的を知っている」

「まあ。でしょうね」

「まあ。その為にもさ。――青春くらいはしておけって」

「何でですかい」

「加山は、割と理性で動いている人間だと思うけど。――何か楽しい記憶がないと、いつか責任感で壊れちゃうよ」

「そいつは、経験談?」

「だね」

「そうですかぁ。――まあ壊れるなら壊れるで、それはそれで」

「壊れられたらこの実力派エリートが困るの」

「エリートだったらヒラの一人壊れたくらいで困るな。想定しろ」

「------お前も、三輪と同じで玉狛嫌いかな?」

「いいえ、好きですよ。レイジさん落ち着いている筋肉ですし、小南先輩の解説らしき行為大好きですし、移転しちゃった鳥丸先輩もイケメンで優しいですし、宇佐美先輩は----うーん、顔すら知らんけどまあいい人だろうし。あの支部のカピバラ可愛いし。迅さんは色々地獄だろうに壊れず頑張ってくれているし」

「------」

「ただ、目的が相いれないだけですよ。本当に」

「いやぁ、何というか」

 

 

加山という男は。

三輪と似ているようで、似ていない。

片や、姉を近界民に殺され。

片や、父親を近界民に殺された。

 

が。

加山はその過程で、父親の死を感情ではなく理性で処理せざるを得ない事態が起きていたから。

父親が銃を発砲しマーケットの略奪に参加した事。

見知らぬ一般人を見殺しにしたこと。

------そして、その行為によって自分が生き残ってしまった事。

 

彼を突き動かしているのは、憎いという感情ではなく、生き残ってしまった責任感なのだ。

 

「――俺はさ、加山。太刀川さんとバチバチにやりあっていた頃が一番楽しかった」

「へぇ」

「そういう記憶を、一つとも言わずにもっとお前に持ってもらいたいんだよ。そうすれば、別の視点も得られるかもしれない」

「ふぅん」

「まあ、でも。そんなに心配していない。――お前は高校に行くよ。そう俺の副作用が言っている」

「さいですか」

多分ないと思うけど。

まあでも、行く事になったとしてもその判断が最良だと自分が判断したと言う事だろうし。

それならそれでいいかな、と加山は思った。

 

 

そして。

時は5月2日に至る。

 

その日加山雄吾は。

――『門』の向こう側へ向かう人間を4人ばかり見かけた。

 

それは偶然であった。

彼は防衛任務を終えた帰り道。

聞き慣れない『色』をした足音を感じ取った。

警戒区域内で聞き慣れぬ足音を聞き咎めた加山は、市民が入り込んだのかしらんと訝しみ、即座にトリオン体に換装しその足音を辿っていった。

 

そこには。

 

「追っ手か。早いな」

 

『門』の真下に、男が一人。

 

「何をしているんですか!?早くその場から離れて下さい」

「断る」

そうぼそりと呟く男に、――アステロイドを向ける。

 

「------事情を聞かせてもらいます。ボーダー本部までご同行願います」

「断る」

そう言われた瞬間。

手先に、痺れが走る。

「な---!」

横合いから、弾丸が一つ。

アステロイド拳銃は砕け、丸腰となる。

 

「-----」

「アンタは-----」

そばかす顔の女が、一人。

『門』の真下まで歩いてくる。

その顔は見覚えがあった。

そうだ。確か二宮隊の狙撃手の鳩原未来だ。

「-----ごめんなさいね」

「-----まさか、この民間人にトリガーを流したのか?」

「-----」

「アンタ、解っているのか。それは----」

鳩原の手には、狙撃手用トリガーであるイーグレットが握られている。

これを持ち、――恐らく、この民間人と共に『門』の向こうへ行くのだろう。

民間人へのトリガーの横流し。

これは――最重要規律違反だ。

 

「――見回りご苦労」

「私達で最後ね」

 

二人はそう短くそう言うと、二人して『門』の中に飛び込んでいった。

 

「------」

 

その後。

本部に連絡を取ると、もう既に風間隊がこちらに向かっていると報告を受ける。

風間を待つ間、加山はその場を微動だにせず、留まっていた。

 

「風間隊、現着。――さあ、話を聞かせてもらおうか加山」

風間隊が到着すると同時に、加山は背後を振り返る。

「風間先輩。すみません。取り逃がしました」

「取り逃がした、か。――逃亡犯の顔は見たか」

「ボーダー隊員が一人いました」

「-----誰だ?」

「鳩原さんです。――あの人が周囲の警戒をしていたみたいで、得物を撃ち砕かれてこの様です」

「――他の連中は?」

「俺が見た限りは鳩原さんともう一人民間人がいました。ただ、会話を聞く限り先行した人間もいるっぽかったです」

「-----了解。すまないが、一度本部に戻ってもらう。詳しく話を聞きたい」

「はい。俺もそのつもりでした」

その後。

加山は詳しい経緯を話すとともに――この脱走事件に箝口令を敷くことを本部直々に伝えられ、他言無用を厳命された。

もう既に深夜を回っていたため本部施設で寝泊まりをし、朝を迎える。

 

「-----」

こちらから情報を話す分にはダメであるが。

調べる分には特段構いはしないだろう。

取り敢えず――鳩原未来について、少しばかり調べることに、加山は決めた。

 

 

その後。

二宮隊は鳩原脱走の責任を取り、B級に降格する事となった。

 

本部をそれとなく歩いていると、声が聞こえてくる。

 

――そんな、鳩原先輩が。

――だって、そんな。まさか、鳩原先輩、遠征部隊に――。

 

「------」

調べたところで、依然として謎のままだ。

ただ、加山も推測くらいは出来た。

 

――鳩原は、人を撃てない狙撃手だった。

だが。人を撃てずとも化物じみた狙撃の才覚と技術を用いて、武器破壊という離れ業を行う事で、味方の援護を行っていた。

 

――もしやすれば。

――これを理由に、遠征資格を得られなかったのではないか。

 

鳩原は、遠征部隊を目指していたらしい。

家族を近界に連れ去られたという話もある。

だから。

別のルートから近界に向かうために。

――協力者と共に、自力で近界に向かうというルートを選ばざるを得なかったのではないか。

 

「-------」

鳩原は、連れ去られた家族を取り返すことが第一の目的であろうが。

一緒に行ったあの民間人は、何を目的に近界に行こうとしているのだろう。

 

「――まあ」

叶う事なら。

ボーダーに少しでも利があるように動いてくれることを願う。

 

「でもなぁ。普通にこれから近界にこっちのトリガー情報が取られる可能性もあるわけだもんなぁ」

 

一つ溜息をつき、加山は立ち上がる。

そこに。

 

「――加山」

黒スーツの男。

 

「ついてこい。――話を聞かせてもらうぞ」

そう何の遠慮もない声で、

二宮匡貴が、そう言った。



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始まりの色彩を見よ/BBF風紹介

1部終了。次から原作時系列開始です。

文字数があまりにも少ないんでおまけもつけました。でも少ない。許して。


どうすればよかったんだろう、と加山は思う。

家族を連れて行かれて。

取り戻したくて。

でも、人を撃つことが出来なくて。

撃てないなりに方法を見つけて、取り戻す手段を求めて。でも無理で。

その果てに、協力者と共に近界への密航を行った。

 

二宮に取り調べを受けた後、焼肉を奢られた(他の隊員は不在。二宮とサシでの焼肉。空気は廃工場の中のように最悪でした)加山は、考え事をしながら帰路を辿る。

 

息子の為に命を賭けて他人を犠牲にした父と何が違うのか。

加山には解らない。

 

「ただいま」

 

加山は、冷え切った家の中を歩く。

 

「ああ-----おかえり」

 

リビングテーブルで晩酌をしていた叔父は、おずおずとした口調でそう加山に言った。

 

「ご飯は、食べてきたのかい?」

「はい」

「そうかい」

 

叔父はそれっきりこちらを見ることなく、ちびちびと芋焼酎を飲み始めた。

 

「-------」

こちらを見ると、顔を逸らす従弟。

そして、それとなく自室に引き籠り顔を見ないようにしている叔母。

 

申し訳ねぇなぁ。

 

こんな奴を受け入れてくれて、本当に感謝している。

 

だからこそ。

「高校は無理だわなぁ」

 

中学を卒業したら、自立しなければならない。

自身の目標を達成するためにも、自身の生活を維持する事は何よりも重要な要素だ。

 

――本当は。

あの侵攻の時に犯罪を犯した警官の息子なんて、ボーダーが取るはずもなかった。

ボーダーは民間組織。

市民からのイメージが悪化すれば、それだけで存続の危機となる。犯罪者の息子だなんて、本来ならば最も避けるべき人材であろう。

だが、加山自身の思いが届いたのか。はては優れたトリオン能力を持つ人材を逃したくなかったのか。入隊は出来たが。

 

その時、根付メディア対策室長から呼びだされ、ちょっとした”お願い”を受けた。

 

それは――何処かのタイミングで、自身の過去をメディア向けに使用する許可が欲しい、ということであった。

 

名前は無論出さない。詳しい状況なども出さない。ただ――父親が犯した罪を償うためにボーダーに入った息子、というお話を何処かのタイミングで利用したいとの事であった。

 

成程。

うまい策だ。

こうすれば、脛に傷を持ってる人間を匿っている、という悪い印象から――父の罪を受け入れ、必死に頑張っている子を暖かく支えるボーダーという図式が出来る。

加山としてもこれでボーダーに入れる。ボーダーとしてもメディア向けにいい印象を与えられる物語のストックが出来る。ウィンウィンの関係の出来上がり。加山は迷わず許可を出した。

こうまでしてまで入ったのがボーダーという組織だ。

中途半端にするわけにはいかない。

まずは自分の生活を維持せねば。

そう覚悟を決めた。決めていた。

 

だから。

自分は自分が出来ることを。

必死にやっていこうと――そう思った。

 

 

そして。

夏が過ぎ、秋が廻り――そして、季節は冬に。

 

そこで加山は、一人の少年と出会う。

 

「――あっぶねー!」

 

その少年は赤信号の最中、迫りくるトラックにも目をくれず、歩いていて――加山は必死にその襟を掴んで、道路脇に引っ張り込んだ。

眼をパチクリさせる白髪の少年。焦るメガネ姿の男。そして、加山雄吾。

 

物語は、この場面より始まる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

BBF風紹介(隊結成時は別に作ります)/裏表紙的紹介

 

――俺の副作用が言ってる。それは胃の中に入れていいものじゃねぇって。

 

【加山雄吾】

 

 

所属:ボーダー本部

 

(PROFILE)

ポジション:ガンナー

 

年齢:15歳

 

誕生日:4月11日

 

身長:158cm

 

血液型:A型

 

星座:はやぶさ座

 

職業:中学生

 

好きなもの:音楽全般 二宮匡貴の雪だるま作成風景を見る事 加古炒飯(当たり) 後輩 

 

(RELATION)

 

木虎藍-----うるさい・めんどい・鼻につく同期

加古望-----阿弥陀クジな先輩

二宮匡貴-----やべぇ先輩

東春秋-----化物

荒船哲次-----気の合う先輩

迅悠一------痴漢者な先輩

別役太一-----先輩扱いをしないと決めた先輩

巴虎太郎・黒江双葉-----可愛い後輩

 

(TRIGGERSET)

メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ エスクード ダミービーコン

サブ:スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

 

(PARAMETR)

トリオン:10

 

攻撃:7

 

防御・援護:10

 

機動:5

 

技術:7

 

射程:4

 

指揮:5

 

特殊戦術:8

 

TOTAL 56

 

(SIDE EFFECT)

共感覚:音に色を感じる能力。足音のような通常であれば見抜けないような僅かな音の差異も、聞き分けることが出来る。

 

 

【隠蔽・攪乱のスペシャリスト!!】

ダミービーコン・エスクード・メテオラを巧みに配置し、敵配置・地形を自在に変え隠蔽・攪乱を行う。真正面からの戦いは一歩劣るものの、エスクードを使用しての銃手・射手・攻撃手トリガーを自在に切り替えた連携能力は随一!

 

【ビルもマンションも何でもござれ!メテオラとエスクードを利用した”爆破解体”!!】

彼の代名詞と言える特殊技能。それはメテオラとエスクードを用いた高層建築物の爆破解体である。建築学を鬼怒田から学び建物の構造を理解した彼は、細かい鉄骨を事前に壊し、エスクードで建物の比重バランスを狂わせ、メテオラで地盤の支えを崩すことで自在にビルを倒壊させる術を得た。その様はまさにテロリスト。

 

【抱える野望は近界の滅亡!?その為に手段は択ばない!】

近界を滅ぼすという野望を抱く彼は、ボーダー組織の強化に手段は択ばない。その為に必要なことであれば、上層部であろうとも躊躇いなく交渉に向かう行動力がある。

 

 

 

ビルの解体。工事屋さんの中学生 加山雄吾。

 

かの大俳優と同じ苗字・血液型・誕生日で生まれたにもかかわらず何一つ似る事なく生まれた悲劇の中学生。地味な自分を変えんと最近ビルを解体する術を覚えた。

内気な自分を変えようと性格を変えた所、一人でもぶつぶつ喋っている変人と化した。これは副作用の色分けの訓練でもあるのだが、誰も理解してはくれない。頑張れ中学生。



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空閑遊真との出会いからのあれこれ
夜駆ける少年、世界を超えて


スピッツの夜を駆ける、いいですよね。
遊真のテーマソングと言う事で。


「――お、おい!大丈夫かおい!」

その日。

加山雄吾は珍しく登校をし、帰路についていた。

とはいえ、授業に出る目的ではなく。学校側に進路票を出すためであり、次の日からは学校をサボるつもりであった。

 

その途中。

 

赤信号を悠々と歩き出す白髪頭の少年を見たのは。

反射的に、加山はその少年の背後に回り込み、襟を掴んだ。

何とか道脇に引っ張り込み正面衝突は避けたものの、少年の足先がぶつかってしまったのだ。

 

「あー。大丈夫だよ」

少年がぶつかった足先は。

自然に――治っていた。

 

え、と。

思わず加山が呟く中――白髪頭が車の運転手と対応している姿を、見ていた。

 

 

「――アンタ、ボーダー隊員?日常生活までトリオン体でいるとは、ロックだねぇ」

「ち、違うんです!」

メガネの子――ああ、確か前レイガストの機能マニュアルを渡した奴だったな。覚えてる覚えてる。確か三雲修だったね。

三雲は、必死にこちらに弁明している。

「うんにゃ。違うよ」

「へ?」

「俺は、近界民だよ」

そう白髪頭の少年が口にした瞬間。

 

へ、と。

また加山は声を出していた。

 

 

 

「――成程なぁ」

その後。

加山は近くの喫茶店に引っ張り込み、二人に話を聞いた。

その内容は。

――白髪頭の少年、空閑遊真が近界出身の傭兵であり、父の遺言に従い日本に来たという内容であった。

 

「そうか。近界から----。何とも珍しい」

「あの。空閑は人に危害を与えるつもりはないんです」

「焦らんでいいって、三雲。俺も別に近界民だからってここで戦うつもりはないから。ただ、目的は何なのかね」

「俺の目的か?それは――」

そう言うと

彼は、指輪を見せる。

 

「黒トリガーとなった俺の親父を、戻す事だね」

そう、言った。

その一言で、納得した。

 

「――黒トリガー、ね」

うーむ、と加山は頭を捻る。

知っている。

黒トリガーとは――高いトリオンを持つ人間が、自らの命を代償に作るトリガーの事であると。

彼の父親が、そうなったのだろう。

 

加山は。

どうするべきかを悩んでいた。

単純な近界民であれば、ボーダーに連絡をして、匿う代わりに幾ばくかの近界の情報を提供してもらう事も可能であっただろう。別にボーダーは敵意のない近界民まで殺し尽くすような危険思想の組織ではない。実際、近界民の職員も幾らかいると迅から聞いた事もある。

 

だが。

空閑遊真は、黒トリガーを持っている。

 

個人で持っているにしてはあまりにも強大な力を。

確信している。

ボーダーは絶対にコレを無視しないと。

 

だが――父親の形見とあらば、きっと空閑は手放すことはしないだろう。

 

「空閑くん」

「ん?どうしたの?」

「多分だけどな。君の目的を知るために必要な情報を持っているのは、恐らくボーダーしかない」

「ああ、ボーダーか」

「そう。俺と、このメガネ君が所属している組織。――で、問題なのが、この組織は近界民を至上の敵として扱っている事なんだよね」

「------ふむ」

「多分。君の黒トリガーを狙って部隊を動かしてくると思う。――もしかしたら、殺されるかもしれない」

「------」

ジッと、少年はこちらを見る。

真偽を探っているかのような、そんな表情。

殺されるかもしれない、という言葉に――三雲が少しばかり動揺する。

 

「一つ聞きたい。空閑君は、黒トリガーに関する情報と引き換えに、ボーダーに近界に関する情報を提供する意思はある?」

「別に近界の情報なんていくらあげてもいいよ」

「了解。交渉の意思があるのなら――俺が、ちょっと、取り図ろう」

 

加山は。

この場における最適解を探していた。

 

このまま放置すれば、きっとボーダーとこの少年が争う事になる。

それは、得があまりない。

多分そうなれば、最終的に空閑は逃げてしまう。

 

出来るならば。空閑が持つ情報は欲しい。

つい最近まで近界にいた人間だ。その上、話を聞く限り戦場にいたという人間。――持っている情報の質は、きっと上等物だろう。

 

出来るならば、ウィンウィンに終わらせたい。

 

「解った」

空閑は、そう呟く。

「任せた」

 

 

「空閑。――こんなに簡単に信用してもよかったのか?」

「うん?大丈夫だよ。――だって」

 

空閑は、少しだけ笑う。

 

「あの人――俺に一つも嘘は言わなかったから」

 

 

二人に電話番号を教えた後、加山は喫茶店の外に出る。

とはいえ。

ここで直接本部に連絡を入れたなら――交渉ではなく、実力行使の憂き目に遭う可能性が重々ある。

 

なので。

どうにか空閑には、早めにバックを用意しておいた方がいいだろう。簡単には本部が手出しできないような、味方を。

 

「――おお、迅さん。久しぶりっすね。ちょっと頼みがあるんですけど、いいっすかね」

 

こういう時。

玉狛支部というのは便利だ。

近界民に対して偏見のない人間の集まりなのだから。

空閑の事も、しっかりと保護してくれるだろう。

玉狛支部という緩衝材を入れ、――空閑を保護してもらう形を一旦とる。

それが必要だろう、と。加山は判断した。

 

加山の目的は。

あくまで、近界を滅ぼす事。

その為であるならば――近界民すらも、彼にとっては利用すべきカードだ。

 

 

 

 

「――成程ね」

そして。

玉狛支部近くで加山は迅と待ち合わせ、支部内で話をすることとなった。

うんうんと、迅は頷く。

「――了解。それじゃあ早めに取り計らうから。連絡ありがとう」

「うっす。――本当、こういう時迅さんの権力は役に立つ」

「権力じゃなくて、俺は実力で人を動かしているの。実力派エリートが俺だから」

「ま、一つ借りと言う事で」

「ん。了解。――じゃあ、今度こっちもお願いをしちゃおうかな」

「へぇー。まあ、聞いてあげますよ。取り敢えず頼みましたからね」

「今ならタイミングもいい。――丁度、A級一位から三位までが遠征でいないからね。面倒な手続きはさっさと終わらせよう」

手続き、という言葉に。

へぇ、と加山は呟く。

「おお、彼をボーダーに迎えるつもりっすか」

「まあ、黒トリガーをこのまま放置するのは流石に容認できないだろうからね。――玉狛支部に所属させるさ」

「成程ねぇ。――とはいえ、支部に黒トリガー持ち二人って前代未聞でしょ」

「だね。多分パワーバランス関係の事であーだこーだ言われるんだろうなぁ」

「どうするんすか?空閑を本部に置いておくんですか?」

「まあ、そこはちゃんと考えがある。――とはいえ、一筋縄ではいかないだろうけどね」

「でしょうねぇ。――マジで頼みますよほんと。アンタ交渉失敗したって言ったら空閑を県外に逃がして身元くらませた後にさっさと近界に帰らせますからね」

「まあまあ。この実力派エリートに任せときなさいって」

こうして。

話が一区切りつくと共に、お茶が出される。

茶を差し出した人は、腰までかかりそうな黒髪をした、眼鏡の女性であった。

「はじめまして~。私はオペレーターの宇佐美です~」

「お、はじまして。俺は加山雄吾っす」

「おー。加山君!噂はかねがね聞いているよ。どんな噂かは聞かないで頂戴ね!」

「了解っす」

ロクな噂が立ってないんだろうなぁ。

 

「――ああ!あんた!」

 

して。

その背後から。

 

実に騒がしい声が、聞こえてきた。

 

「うっす。小南先輩」

「うっす――じゃないわよ!あんた、私の解説の時に観覧席で馬鹿みたいに大笑いしてた奴でしょ!」

「俺。楽しいって感情に嘘をつきたくないんです」

「むきー!!この、この!」

小南、と呼ばれた女性は加山の背後に近付くと、丁度真下にあった後頭部をポカポカ殴ってくる。地味に痛い。

 

「あの時凄く恥ずかしかったんだから!」

「俺もその後の周りからの冷たい視線が痛かったので。おあいこおあいこ」

「アンタ私が先輩だって解ってる!?」

 

ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す小南の声をバックグラウンドに、迅はまた口を開く。

 

「まあ、そういう事で。こっちの事は心配すんな。――ちゃんと空閑はこっちに引き込む」

「うっす。――あ、噛むな噛むな。禿げるだろ」

「うっさい!あんたなんて禿げればいいのよ!」

 

 

こうして。

加山は迅及び玉狛支部に「空閑の存在を伝える」というミッションを終えた。

 

「さあて」

 

近界を生き抜いてきた傭兵。

情報だけでなく、その戦力まであてに出来るとなれば、非常に大きい。

絶対にこのままボーダーにいてもらわねば。

 

「まあ、ああは言ってるけど。――こっちで出来る分の根回しはまあやっておこうかな」

 

その後加山は。

忍田本部長と鬼怒田開発室長にも連絡を入れ、次の日に面会を要請する。

あの時提案したテキストの配布は、最終的に受け入れられ、来年正式に配布されるという。その時の縁で、こうして時々話を聞いてもらえている。

 

「根付室長や唐沢部長は多分俺から言うよりも、東さん辺りから言った方が素直に話を聞くだろうし、そっちに話を持っていかないとね。――まあ、この辺りの人間に根回ししたところで、結局城戸司令がどう判断するかで全部決まるんだけどねぇ。無駄にならなきゃいいなぁ」

 

根回し、というのはとても便利だ。

やる分にはタダ。情報を与える、という行為は相手にとっても利がある。その情報を与えてどう相手が動くのかをある程度想定さえすれば、とても簡単な行為であるし。

多分。このまま空閑の存在を直接伝われば、上層部の人たちも幾ばくかの混乱が生じるだろうし。感謝はされど敵意は向けられまい。

 

「まあこれも将来に向けてのミッションと言う事で」

 

簡単だが、骨が折れる作業でもある。

意思決定力のない下っ端が何とか色々な人を情報を使って動かす行為でもあるから。

 

――いいか、加山。

 

迅は、あの後に言っていた。

 

――空閑君とメガネ君は、後々ボーダーにとって重要な存在となる。だから、守ってやってくれ。

 

加山は、迅を信用している。

あの男は、常に未来に向かってトロッコを走らせている。

あの三雲という隊員は――恐らくは空閑を縛るために必要な人材なのだろう。

それだけ、あの近界民の少年が必要なのだ。

 

「――多分、俺の動きも含めて読んでいるんだろうなぁ、迅さん」

仕方ない。

別に掌に踊らされる分には構わない。

ここは踊る方が正しい選択なのだろうから。

 

でも。

いつか。

 

予感もある。

多分――最終的な目標に関しては、迅は加山と相容れない関係であると。

 

何処まで踊らされ。

何処でその掌から零れ落ちなければならないのか。

 

そこも、冷静に判断していかないといけない。

 

「あー、やだやだ暗躍なんて。――まあ、これも勉強だねー」

ふわぁ、と一つ欠伸をして。

次の日に向けて、加山は帰路についた。




原作時点での変化。
・空閑の存在が迅及び本部の大人たちに早めにバレます。
・空閑が早めに玉狛支部に招かれます。

取り敢えず今のところはこんな感じで。


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淀む色彩、その最中で

展開がジェットコースター。
すみません----。


東春秋は、一つ頷いた。

「話は分かった。――要は、お前はその近界民をこちらに引き込みたいわけだ」

「そうですね」

 

味方は多いに限る。

それも、将来を嘱望されるような化物であるならば、尚更。

加山雄吾にとって、東春秋とはそういう存在であった。

 

「では整理しようか。その近界民を引き入れることにより、俺達にどのようなメリットがあるか」

そして東は、その力を駒として貸す際には必ずこちらを試す。

自分を駒として扱うにあたって、本当にその能力や機能を十全に引き出すように動かせるのか。

それは東隊として隊を率いる際に小荒井・奥寺に求める事でもあるし、こうして東が積み上げた人望や顔の広さを利用する際にも同様である。

 

「第一。彼が持っている近界の情報が得られます」

「その情報の価値はどれほどだと?」

「つい最近まで近界国家をめぐって傭兵やっていた近界民の情報です。それだけでもかなりの価値はあるかと」

「成程。他には?」

「単純に黒トリガーを使える隊員が一人増えます。玉狛が誘いに成功すれば、ですが」

「だな。――じゃあ、デメリットの方は俺から上げさせてもらおう」

 

東春秋は、言葉を続ける。

 

「第一。ボーダーの隊員の大半は近界民に対して敵愾心を持っている。よって、当然近界民を引き入れることによって、組織内部で混乱が生じる可能性がある」

「うす」

「そして第二。仮に玉狛がその近界民の子を引き入れた場合、支部に二つも黒トリガーが存在する事となる。そのバランスをどうするかだ。この二つのデメリットに、解答はあるか?」

「第一はどうしようもない。第二は別段どうにでもなるというのが俺の考えです」

「ふむん」

「それが気になるんだったら、空閑を玉狛から本部に移動させればいいだけですから」

 

そう。

今回はあくまでも、近界民である空閑を一時的に保護する為に、近界民に悪感情を持っていない玉狛に空閑を引き入れてもらっただけだ。

迅はこの件について任せろ、とはっきり言ってくれた。あの男はこの辺りの約束を破る人間ではない。

 

「――成程な。では、俺は今の一連のメリットと、デメリットに関するお前の対応策をそのまま上層部に伝えるとしよう。それが俺の役割と言う事でいいかな」

「うす。助かります」

「いやいや。こういうのも時々は楽しいものだ。――俺に戦術云々で頼る奴はいるが、こういう頼られ方するのは中々新鮮でな」

「うそだー」

「いや、本当だぞ。――まあ、でも気を付けろよ。ウチの上層部は本当に優秀だ」

「------はい」

「そして、その上層部を束ねる城戸司令は、良くも悪くも意志が強いし容赦がない。――他のメンバーを懐柔すると、その分だけ強硬に出る場合も勿論ある。その辺りのリスクをしっかり踏まえた上で、根回しはするようにな」

 

今回の根回しの最終的な目的は、

”城戸司令に空閑遊真の入隊を認めさせる”である。

その為に、まずは空閑を入隊させるメリットを伝え、そしてデメリットをなくせる手段がある事を伝える。

 

「今回空閑は、ボーダーに敵対する意思がある――と断定するにはあまりにも証拠がなさすぎる。リスク承知で、彼は黒トリガー使ってバムスターぶっ壊している訳ですし」

イレギュラーゲートによって市街地に発生したトリオン兵バムスター。

規格のトリガーとは違う破壊痕が残るそれを近界民の仕業と睨み、三輪隊が現在調査を続けているそれは、――空閑遊真により成したものであった。

ボーダーに対して敵対心があれば。もしくは彼に良心が無ければ。絶対に取らない行動のはずだ。

近界民であることを知られるメリットも、黒トリガーをわざわざ晒すメリットも、彼には無い。

「まあ、そうだな」

「その辺りも含めて、しっかりと伝えられればと」

 

東はそれを聞くと、笑った。

感情とか思考とか、そういうものをうっすらとしたベールに覆い隠したような、そんな笑みだった。

 

 

その後。

交渉を進めていくうちに、何故か空閑ではなく、その傍らにいた少年――三雲修の方が本部に呼び出される羽目になっていた。

何と、彼はイレギュラーゲートの発生により出てきたトリオン兵の対処の為に、C級でありながら単身立ち向かったという。

 

その後、彼が切っ掛けとなりここ最近頻発していたイレギュラーゲートの原因が判明し、その功績によりB級に昇格したという。

 

そして、空閑遊真は玉狛支部に預けられ、そして――三雲修は玉狛支部に転属となった。

 

「――うっす三雲。そっちの進展はどうだい?」

「ああ、加山か。――うん。何とか空閑が玉狛に入る事を了承してくれたよ」

「おお。そりゃよかった」

「オサムと一緒ならいいって。――このまま、多分空閑と隊を組むことになると思う」

「よし。ボーダーに入ってくれるなら、こっちのもんだ」

 

とはいえ。

この口ぶりだと、三雲が更に転属しない限りは、空閑もまた本部へ転属しないつもりなのか。

 

――まさかね。

 

もしかすれば、迅自身が本部へ行く事もあるのだろうか。

その可能性を少し考え、そして頭を振る。

 

――取り敢えず、俺は俺のできることをしよう。

 

されど。

その時――加山は気付いているようで、気付いていなかった。

 

情報を与える、という事のリスクを。

先んじて情報を与えることは、確かに事前に自身の意思を通す意味においては大きな優位点となりえる。

が。

――最初から意思が決まっている人間にとっては、情報を斟酌し準備期間を設けるだけの行為にしかならない、と言う事を。

それが解るのは。

12月18日。

――A級トップ3部隊が帰ってくる、その日。

 

 

上手く行くものだと、思っていた。

本当に。

 

東から根付と唐沢に空閑の存在を伝えてもらい、加山は忍田と鬼怒田に伝える。

上層部の人間に情報を伝え、そこからの経由で城戸司令に伝えてもらう。

 

こういう伝達の方が――いきなり下っ端の人間から直接報告に上がるよりも、混乱もせず、スムーズに状況が把握できるだろうと。

 

実際に、それはその通りだった。

伝えた分、忍田と鬼怒田には礼を言われたし、東からも好感触があったと伝えられた。

 

その後、城戸に呼び出され指令室に呼び戻され――玉狛と空閑は一次処分保留という方針で暫く続けると、加山に伝えられた。

何もしないままの、現状維持。

これは、空閑の行動を経過観察する事で、問題があるかどうかをチェックするものであると――そう加山は解釈していた。

 

が。

違った。

 

「加山」

迅に、呼び止められる。

 

「少しだけお前に手伝ってもらいたいことがある」

そう、言われる。

何だろう。

迅は、いつもと変わらぬ――笑みを浮かべたままの表情で、こう言った。

 

「何ですか?」

「実は――今度、遠征からA級部隊が帰ってくるでしょ?」

「おお、そうですね」

「――そいつらが、三輪隊と組んで玉狛支部の襲撃をかける」

 

上手く行くはずだ。

その意思が。

崩れていく。

 

「――今回、その中に、東さんも入る」

 

そして。

上手く行くはずと踏み、巻き込んだ人物――東春秋。

彼もまた、襲撃犯の一人として入る、と。

 

何故彼が入るのか。

簡単な話だ。

彼が加山によって空閑の存在を伝えられ、共有してしまったから。

共有したからには、城戸からすれば利用できる駒の一つとなる。

 

つまりは。

――自分の、所為。

 

「-------」

どんな表情をしていたのだろうか。

きっと、顔色はすこぶる悪かったであろう。

 

「――見た感じ、東さんが指揮する未来がなさそうなのが救いかな。そこはA級トップの太刀川さんに譲っている。でも、手強い敵だ」

「-----迅さん」

「気にするな。――お前は何も間違ってはいない」

「いや。------東さんが、そこに入ってしまったのは、完全な俺のミスだ」

 

吐きそうだ。

本当に。

自分の自惚れに。自分の滑稽さに。

 

根回し?交渉?

――お前は、何になったつもりだ。まだ中学生の分際で、大人たちをコントロールできるとでも、少しでも思っていたのか。

その結果がどうだ。

自分でやった事全てが全て、城戸に利用されているじゃないか。

 

東に情報を与えてしまった事で、城戸が利用できる駒を易々と用意してしまった。

スムーズに情報を与えたことで、かえって城戸が状況を纏められる時間を与えてしまった。

 

自分がやったことは。

何も意味を成さなかった。

いや。

むしろ――状況を悪化させていた。

 

「------」

「加山」

「-----何すか?」

「俺は――結果論で人を責めたくはない。そして結果論で自分を責めている奴も、見ていると苦しい」

「いや」

「いや、じゃない。――お前の行動はあの場面では、最善だったよ。空閑の存在を伝えるのは、早ければ早いほどいい。そして、上層部に根回しして空閑に対して予め偏見のない情報を与えることも重要だった。――ただ、それをもってしても、城戸さんの意思が固かった。それだけなんだ」

 

いや。

違う。

必要なのは、結果だ。

結果がダメなら、それまでの過程なんざ、ゴミ屑だ。

 

――俺は、一番ひいちゃいけない結果を引いてしまった。

 

「――なあ、加山。お前も、俺の可愛い後輩だ」

ニカリ、と迅は笑う。

「――お前のミスにもならんミスなんざ、この実力派エリートの力でどうにかしてやる。だから、お前は今から、やるべきだと思った事を、しっかりとやってくれ」

 

 

残り日数は、然程多くはない。

どうする。

どうする。

 

加山は足りない頭を必死に働かせ、考える。

 

自分は何をするべきか。

確定した情報は、幾日か後に玉狛支部に襲撃がかけられると言う事。

 

考えろ。

何をすれば、襲撃が止められるのか。

 

「――おゥ。加山。どうした、珍しく渋い顔しやがって」

そんな時。

声がかけられた。

 

「-----弓場隊長」

「よォ。丁度良かった。お前を探していたんだ。――顔色悪ぃな。何か変なもん食ったかァ?」

「まあ、そんなもんですね----」

「おいおい。加山ァ。受け答えまでお前らしくねぇなァ。しゃっきりしやがれ」

「いや、すみません----」

「-----ったく。悩み事なら聞くぞ。丁度隊室には藤丸もいる事だしな」

「いえ、そこまで手を煩わすもんじゃないですから」

「うるせぇ。――飲み物奢ってやるからよォ。コーヒーか紅茶かどっちがいい。取り敢えず来やがれ」

 

 

そうして。

弓場隊の隊室に無理やり連れて来られると――そこには。

「おお、帰ってきたか隊長。――お、久しぶりじゃねぇか加山ァ!」

藤丸ののだけが、そこにいた。

 

「顔色悪いなぁおい。――どうした」

「いや。大丈夫ですよ。――ところで要件って?」

そう言うと、弓場はおお、と呟く。

「いや。――お前、ウチから神田が抜けるの知っているか」

「え」

「大学受験でな。――大学は県外になるから、もうボーダーからは離れることになる」

そうなんだ。

神田、と言えば弓場隊がまだ王子・蔵内がいた頃からの弓場隊のメンバーだった人間だ。エースである弓場と、それに連携して指揮をする役割であったと記憶している。

抜けるのか。

何というか――出入りが本当に多い部隊だ。それだけ、自由な人間が集まっているという事かもしれない。

「で。この前王子から、神田が抜けるならうってつけの人材がいるって連絡があってな」

「はあ」

「その人材ってのが――お前って訳だ、加山」

へ?

「いやいや。俺なんてまだ部隊を組んだこともないのに」

「んな事言うなら、王子蔵内の代わりに入った帯島も外岡も最初はそうだった。気にすんな」

「お前については帯島からも聞いてんだよ。結構褒めてたぜ」

 

いや。

いきなりすぎて、色々と頭の処理が追い付いていない。

まだ自分が部隊を組むなんて、全く想定すらしていなかった。

 

「――さて。俺等はお前に要件を伝えた。じゃあ、お前も俺等に腹を割って話してみやがれ」

「え?」

「別に無理強いするつもりもねぇし、これを貸しにして部隊に入れっていうつもりもねェ。だがな、加山。――実は俺は迅から頼まれてんだ」

「迅さんから?」

「おう。――奴の後輩が死にそうな顔してたら、相談に乗ってやれってな」

迅から。

つまりは――弓場に対しては、あの襲撃に関して話しても大丈夫という事だろうか。

そう思った瞬間、自分でもびっくりするほどに――全てを話してしまった。

本来ならば、この手の情報に関しては加山はもっと慎重に扱う人間だ。

だが。

今は――なりふり構わず、他人に頼ってでも、とにかく解決策が欲しかった。

 

「-----襲撃、か」

弓場は目元のメガネを押し上げながら、そうぼそりと呟いた。

「ふん。――中々、面白そうなことやっているじゃねぇか」

 

弓場は。

笑った。

 

「別に俺は派閥争いなんざ興味はねぇ。玉狛と本部で勝手にバトってくれってのが本音だ。――だがまあ、それでもだ」

弓場は、どかりと壁に腰掛け、続ける。

 

「――お前が、東サンがそこにいるのはお前の所為だって思ってんだろ。お前の行動が原因で、東サンって厳ちい相手を追加しちまった。だったらよ」

弓場は加山に、指差す。

「――今度はお前の行動で、味方を追加しちまえ。別に難しい話じゃねぇ。お前という戦力とプラスして、まだ東さんに足りねぇっていうなら。まだ誰かを追加すればいい。さあ、どうする?」

 

笑む。

笑んで、弓場はこちらを見る。

 

そうだ。

自分の行動で敵を増やしてしまったのなら。

――その分だけ、味方を増やして損失を補填するしかない。

 

「弓場さん」

「おゥ」

「お願いします――俺に、力を貸してください」

 

そう言うと。

ニカリと笑んで――弓場は加山の肩を叩いた。

 

「その言葉が出たって事は、貸し一だぜ加山ァ。後からキッチリ返済してもらうぜェ」

「うす」

「藤丸。お前もオペしてもらうぜ。他のメンバーには伏せとけ。流石に奴等まで巻き込むのはな」

「おいおい。あたしは巻き込んでもいいのかよ」

「うるせぇ。この場にいたんだからな、巻き込まれてもらう」

「はん。心配しなくても、初めから逃げるつもりはねぇ。――上等だ。A級連中に目にもの見せてやろうじゃねぇか。奴等のド玉にぶちこんでやるぜ二人とも!気合いれっぞ!」

「それこそ心配すんな。――別段恨みはないが、ぶっ潰してやる」

 

笑う。

笑う。

 

「ランク戦でお目にかかれねぇ上モノメンバーばかり。胸を貸してもらうぜ、トップチームさんよぉ」

 



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夜色の狂乱闘争の始まり

悪くない、と東は思っていた。

加山の一連の根回しである。

 

自身が見知った顔ぶれに情報を渡し、空閑遊真という近界民をボーダーに引き込む為に上層部に情報を共有させる。

その行動自体に何も間違ってはいない。ミスもない。

何より、加山自身が空閑を引き込むために何の嘘もついていない所も非常に良かった。渡された情報の正しさも、間違いはなかった。根回しを「情報を共有する」という事とイコールであれば、これは正しい。

 

だが。

加山は、ボーダーの利益という価値基準だけを考え情報を渡していたと感じた。

空閑遊真という戦力の増強。

この一点を利用価値としてあると。そう

だが、違うのだ。

 

人によって、重視する基準は違う。

城戸司令は、当然ボーダーにとっての利益を斟酌している。

 

だが。

彼にとって、「近界民が敵である」という構図は何よりも武器なのだ。

その武器によって、人を集めた。組織を大きくした。金を集め技術を開発し――市民を守る力を手に入れた。

 

彼にとっての、その最大の武器。そしてスタンス。

それは――近界民一人を入れる事により発生する利益よりも余程大事なものだろう。

 

だから、衝突は避けられなかったのだ。

交渉をするならば――衝突を緩和させる事よりも、衝突した後の着地点を探すべきであったのだろう。

 

まあ。

それでも。

それもそれで、一つの経験という事だろう。

そもそも中学生で、自らの意見を通す為に下準備を行うという発想がある事そのものに着眼すべきであり、城戸の価値基準を見透かすことは東であったとしても難しい事だ。

加山は聡い。

この経験すらも自らの糧に出来る人間であると、東は信じている。

 

「――東さんも、それでいいですかね?」

「ああ。俺はお前らに一任する」

 

12月18日。

その日、近界への遠征へ向かっていたA級部隊が帰ってきた。

太刀川隊、冬島隊、風間隊。

彼等が――三輪隊と組んでの玉狛支部への襲撃をかける。

 

そのメンバーには、東春秋の姿がある。

 

ボーダーにとっての文字通りの生き字引。

始まりの狙撃手であり、指揮・戦術に精通する元A級部隊を率いた才人。

 

現在、後進の育成の為にB級部隊を率いているが、この中で彼より上であると思っている者は誰もいまい。

 

「本当にいいんですか?東さんを差し置いて俺が指揮っちゃって」

A級一位隊長、太刀川慶が笑いながらそう呟いた。

――きっと東がどう答えるかなんて解っているのだろうが。

「いいも悪いもない。これは城戸司令の指示だからな」

 

この作戦。

城戸司令はほぼ、自らの派閥に属する者を用いている。

彼は、近界民の廃絶を掲げる人間だ。

市民への防衛を重視する忍田本部長の派閥や、近界民に友好的な玉狛支部の派閥と一線を画す、タカ派の急先鋒。

 

東は、城戸司令の派閥には無い。

故に、関係のない派閥同士の戦いの指揮に東が気乗りはしないだろうし、そしてその部分も城戸は解っている。

それ故に、――この戦いにおいて東春秋はただの駒だ。

とびっきり優秀で、とびっきり厄介な駒であるが。

駒として動く分には、全力を尽くす。

 

 

こうして、駒が揃った。

太刀川隊、太刀川慶・出水公平

冬島隊、当真勇。

 

「-----冬島さんはどうした」

「船酔いでダウンですね」

 

あの人らしい、と東は笑う。

風間隊、風間蒼也、歌川遼、菊地原士郎

そして――三輪隊、三輪秀次、米屋陽介、奈良坂透、古寺章一。

 

およそA級部隊の半数を集めたこの部隊。

最強と名高い玉狛支部を戦うにも、遜色のない部隊であろう。

 

「じゃあ、行こうか」

その声に。

 

 

 

夜の警戒区域を、襲撃犯が走る。

玉狛支部を襲撃し、黒トリガーを奪取する為に。

 

「――太刀川」

「何ですか、東さん」

「この先、嫌な予感がする。――少しここから位置を離れ、支部へと向かいたいのだが、いいか?」

「了解。頼みます東さん。――ちなみに、嫌な予感ってのは?」

「この周辺区域、細々とした建造物が多く射線が通りずらい。――待ち伏せにはもってこいだと思わないか?」

「なーるほど。確かに。――じゃあ、ちと狙撃手は四方に散開して移動しようか」

 

して。

狙撃手が若干散った状態で、チームは走っていく。

 

「――止まれ!」

 

太刀川の声が、夜の静寂に響く。

 

そこには。

 

「やあ太刀川さん。こんばんわ」

「迅-----」

太刀川の表情に、喜色が浮かぶ。

 

太刀川が今回の襲撃における、最大の目的が、そこにいた。

迅悠一。

かつて――ランク戦で鎬を削り、S級となった今もう戦えなくなった相手だ。

 

「――まあ、もう目的は解っているって事かね。迅」

「ああ。――可愛い後輩は、やっぱり守んなきゃね」

その言葉に何よりも反応したのは――三輪であった。

「可愛い後輩-----ふざけるな!お前らが匿っているただの近界民だろうがっ!」

「近界民だろうがなんだろうが。入隊すれば、立派なボーダー隊員だ。それをあんた等は襲おうって言っているんだろう。どうするの?隊務規定違反ものじゃない?」

その言葉に、三輪の表情が歪む。

そうだ。

ボーダーに、近界民を隊員にしてはならないというルールはない。

そして、玉狛がそう

 

「――いいや。違うな、迅。正式な入隊が決まる1月8日までは。お前の所の新人は、ただの近界民だ」

太刀川は。

変わらぬ表情で、続ける。

「今の状況じゃ、ただの野良近界民だ。仕留めるのに問題はない」

 

へぇ、と迅は呟き。

そして――三輪は太刀川の発言にも、また信じがたい思いを抱いていた。

そして、理解する。

迅悠一。そして太刀川慶。

この両者は――同類である、と。

 

して。

迅は気付いていた。

 

この問答の中で、敵勢の狙撃手たちが続々と配置についていることを。

それを理解した上で――それでも敢えて、問答を続ける。

 

「邪魔をするな、迅。――お前ひとりで、このメンバーと相手が出来ると?」

「そうだねぇ。――遠征部隊は、黒トリガーに抵抗できると判断された隊だけが選ばれる。勿論、俺もこのメンバーと戦って確実に勝てるなんて思っちゃいない。――東さんもいるみたいだし」

そうして、――狙撃手の配置が済んだことを確認し、

迅は両手を軽く掲げ、ひらひらと回した。

「よく解っているじゃないか」

「まあでも、一人じゃないし」

そう迅が言った瞬間。

 

夜の静寂に、

爆音が響き渡った。

 

「なに------!」

その爆音は。

丁度、三輪隊の狙撃手である奈良坂が配置についていたビルから発せられていた。

 

 

足元が崩れ、爆音が聞こえる。

崩れ落ちる足場。そして建造物。

がしゃがしゃと崩壊する音が響く中――奈良坂は崩れ行くコンクリの瓦礫に埋もれ、身動きがとれずにいた。

 

そこに。

 

「-------」

小柄な男が。

銃口を構え、こちらをじぃ、っと見据えていた。

 

 

「――何だ!何が起こった!」

三輪が、叫ぶ。

その視線の先には――緊急脱出した奈良坂が配置されていたビルがあった。

 

ものの見事に、まるで砂の楼閣を破砕するような――見事な爆破解体が、そのビルで行われていた。

 

そして、

「嵐山隊、現着した!」

その一言と共に。

赤を基調とした、広報担当A級部隊――嵐山隊がそこにいた。

 

「迅――援護する!」

嵐山がそう言うと同時、隊員の時枝と嵐山は瞬時に奈良坂の狙撃ポイントであった区画へワープを行い、両者で敵勢を挟撃にかかる。

 

アサルトライフルを用いた弾幕が張られると同時、迅は背後へと退却をかける。

 

「――先手を見事に取られたな。レーダーもへんなもんがちらほら見えてやがるし」

 

そして、合同チームは弾幕の圧力に分が悪いと一旦散開する。

その最中、太刀川はレーダーを見据え一人ごちる。

そこには。

幾十というトリオン反応が、レーダー上にびっしりと埋まっていた。

 

「ダミービーコンか。多分方角的には奈良坂をやった奴と同じかな。――三輪、奈良坂から何か報告は受けていないか?」

「そんな-----まさか----」

三輪は、苦い表情を浮かべ、前髪に隠れた眉間に皺を寄せる。

 

「何故だ-----!何故そちら側に付いた、加山ァ!!」

 

 

「佐鳥せんぱーい。大丈夫っすか?」

「大丈夫だぜ加山君。しっかしビルが爆発するってのは夜だと本当に壮観だな。くぅ。派手だなぁ。気持ちよさそう」

「多分根付さんお冠だろうなぁ。でもいいや。知らん。俺の努力を全部無駄にしやがって」

加山は薄ら笑いを浮かべながら、愚痴るようにそう言った。

「それじゃあ――ビーコンの反応に食いついてきた人達の奇襲をよろしくお願いします、弓場さん」

「了解。――しかし、いい作戦じゃねぇか加山ァ」

「でしょ?」

「この夜の警戒区域――暗闇に乗じて支部を襲おうとしている連中は絶対に目立ちたくはない。メテオラだけでも嫌だってのに、ビルごと爆破するってなら奴等も無視はできない。――ビーコンが撒かれたこの区画に、人員を割かざるを得ねぇ。それだけでも、この状況だとデカい」

 

加山は、襲撃の日時が確定したと迅に伝えられた瞬間より、仕込みを開始した。

事前に狙撃ポイントとして使用されるであろう建造物をチェックしておき、鉄骨の裁断を行い、そしてビーコンを仕込む。

そして周辺のビルを爆破していき、佐鳥の射線を拡大させていく。

こちらになく、あちらにある一番大きな戦力は間違いなく狙撃手だ。A級でも指折りの狙撃手が全員揃っている。こちらは、現状佐鳥以外いない故に、出来るだけ彼を活用して人員を減らしていかなければならない。

 

故に。

狙撃ポイントを予め潰し、ビーコンで行方をくらませ、そして索敵してきた相手を佐鳥で仕留める。そして、佐鳥の射程外に逃げる相手を弓場が近づき更に仕留める。

 

この布陣で、A級部隊に立ち向かう。

「弓場さんがここにいることは絶対に相手は気付いていない。タネが割れてない一発目。頼みますね」

「解っているぜぇ、加山。ちゃんと仕事はこなしてやるさ――さあ。来やがれ」

 

 

「どうします?太刀川さん。あのビーコン合成弾でぶっ飛ばしましょうか?」

「合成弾つってもトマホークかサラマンダーだろう。出来るかそんな事。この状況で爆撃のやりあいなんかした日にゃ根付さんの胃が無くなっちまう」

太刀川・出水は散開した後合流し、迅と嵐山隊を追う。

「ビーコンは鬱陶しいが、俺達は迅を追うぞ。――お前が嵐山隊を散らした後、俺は迅の相手をする」

「太刀川さん一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃあねぇな。――風間さん、そっちはどうですか?」

太刀川がそう問いかけると、すぐに風間から応答が入る。

「迅のもとに向かっている。連携して仕留めるぞ」

「了解。ビーコンはどうします?」

「菊地原に向かわせた。――索敵に関してあいつ以上の手駒はいないからな」

「成程、それじゃあ期待しましょうか。――お」

 

そして。

更にレーダー上に、新たなビーコンの反応が増える。

 

「こちら東。――こちらもビーコンを敷き、残る狙撃手の逃走の援護を行う」

「了解です。頼みます」

 

東春秋も、また。

ビーコンを起動させ――加山の布陣を、視界に収めた。

 

 

そうして。

盤面は動き出す。

 

「――さあて。俺もそろそろ頑張らないとなぁ」

その全てを副作用で映し出し。

迅悠一は、動き出した。




ノリと勢い、何よりも重要。
この場における東さんと弓場ちゃんはその産物です。


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撃鉄の音色を聞け

スクエア読了。
お、帯島ちゃん-----!!


「――三輪から報告が入った。あのビーコン地帯を作ったのは加山だ」

「加山っていうとアレですか。前、C級にテキストを配布するよう上層部に掛け合った物好き」

「ああ――気を付けろよ。アイツは共感覚の副作用を持っている。近づくと足音で正体が看破される」

「大丈夫ですよ。――正体がバレようと、真正面からの戦いで負ける気はないです。逃げられても追いつけますから」

 

菊地原士郎。

彼もまた、副作用を持っていた。

 

強化聴覚。

聴力が抜群にいい、という極めてシンプルな副作用であるが――シンプル故に、非常に強力な副作用だ。

常人よりも多くの情報を耳で拾えるというだけでも強力であるのに、彼は更に音の種別・反響などを正確に聞き分ける事も出来る。

隠密戦が主体となる風間隊における戦術的キーパーソンであり、その役割は非常に大きい。

 

「絶対に仕留めてやりますよ」

 

かくして。

音に色彩を感じる男と、誰よりも広く音を拾える男との鬼ごっこが開始された。

 

 

「迅。どうする。このまま俺達と固まって動くか?」

嵐山は、そう迅に尋ねる。

現在、迅・嵐山・時枝の三名が開戦場所から離れた戸建て住宅の上で、状況を見ていた。

 

三輪隊は一旦東のダミービーコン地帯へと向かい、恐らくは狙撃班との合流を目指している。太刀川・出水・風間の三名は迅を追い、そして菊地原が加山を追い、歌川は狙撃手両名の東のビーコン地帯への避難の援護に向かった。

敵勢は東のビーコン地帯で部隊を編成しなおすという動きと、迅を狩りに向かうという二つの動きを行っている。

迅の行動如何によっては、敵を太刀川・出水・風間と引き離す事も、逆に加山のビーコン地帯に彼等を引き入れる事も出来る。

嵐山隊は、佐鳥を加山のビーコン地帯に派遣し、木虎を東のビーコン地帯の監視に向かわせている。

何か動きがあれば、このどちらかから報告が上がるはずだ。

 

「そうだな。――多分東さんのダミービーコン地帯に狙撃手が避難してきてるから、敵さんもあの地帯を中心にもう一度部隊を編成しなおすと思う。なら、こっちも加山のダミービーコンを有効活用しないとね」

「どうするんだ?」

「簡単簡単。――俺と風刃の機能を考えれば、ビーコンで居場所を紛れさせるメリットの大きさは計り知れない」

 

ああ、と嵐山は呟く。

迅が持っている風刃というトリガーは、黒トリガーだ。

単純な武器としての出力も段違いであるが、何より――物体を伝播さえすれば、どのような場所であっても斬撃を飛ばせるという特性もある。

その機能は非常に強力ではあるものの、その代わり通常のトリガーに存在する幾つかの機能が使えない。通常、誰もがトリガーセットに入れるであろうトリオン反応を打ち消すバッグワームの使用が出来ない為、居場所は常にレーダーで把握されることとなる。

 

それ故に。

迅がダミービーコン地帯に足を踏み入れることがどれ程の強化となるのか。

 

迅の位置が把握できない事すなわち、敵はいつ、いかなる場所から斬撃が飛んでくるのか全く解らない状況に陥る事となる。

その状況になれば――加山のビーコン地帯が侵入不可能の要塞となる。

 

「まあ、東さんもその位は解っているだろうから。俺を足止めしている間に加山を仕留めたいだろうね。恐らく、菊地原が加山の位置を索敵した後に、三輪隊で叩き潰すって作戦を取ると思う」

「成程」

「だから、手分けしよう。――嵐山と時枝は加山の援護に向かってくれ」

「解った。――じゃあ、生き残ってくれよ」

「解ってるって。この実力派エリートを信じろ」

二人は軽く手を合わせると、散開した。

 

 

「お。――迅と嵐山・時枝が分かれたな。なら、出水」

「はい」

「お前はあのビーコン地帯に向かえ。索敵が終われば三輪隊が動くだろうから、連動してあの鬱陶しいビーコン撒いている奴を仕留めちまえ」

「了解了解。――くっそー。合成弾使えれば索敵なんか一発なのに」

「爆撃での炙り出しが出来ない事も見越してのあのビーコンの山だろう。中々こ狡い手を使う奴だ。嫌いじゃない」

襲撃する側。

される側。

この構図すらもしっかりと戦術に落とし込めた上での、あのダミービーコン地帯であろう。

 

「ま。何にせよ迅を仕留めればそれで終わりだ。その前に、あの鬱陶しいビーコンの山を無くしておくぞ」

 

 

――本当に鬱陶しいなぁ。

菊地原は、ダミービーコンが起動していく様をレーダーで見ながら、辺りを索敵していく。

 

耳を澄ます。

それだけで菊地原は、目に見えない情報をいくらでも拾うことが出来る。

それは彼方で静かに鳴くカラスの声であったり、先程の爆発でまだパラパラと崩れているコンクリの破片であったり、

――近くのビルから聞こえてくる、足音であったり。

 

「見つけた」

 

菊地原は呟く。

目星をつけたそのビルの中から――更に新たなビーコンの反応がレーダー上に現れたのを、確認した。

 

菊地原は、その場へ向かう。

話を聞く限り、加山は正面きっての戦いは苦手らしい。

――このまま、さっくり仕留めるに限る。うざいし。

 

バッグワームを着込んだまま、ビルの中に入る。

「暗視入れて」

「了解」

はきはきとした三上の声を聞き、息をひそめ、耳を澄ます。

足音が大きくなっていく。

 

その方向に、菊地原も動き出す。

上階。奥の方。

菊地原の耳は、正確に足音の在りかを辿りながら近づいていっている。

 

「――小細工は意味ないよ」

通り道。

エスクードが敷かれる。

近くの壁を斬り裂きそこを通り過ぎる。

 

部屋の奥。

もう逃げ場はないぞ、と心中思いながら――バッグワームを解き、スコーピオン二刀を構え、急襲の態勢を整える。

 

そこには

 

「え」

傍らに、つい先ほど起動したダミービーコンを携え――メガネをかけ、拳銃を構えた男が、眼前に。

 

「よゥ、菊地原ァ。そして――あばよ」

 

必殺の弾丸が、回避動作よりも早く菊地原に突き刺さった。

 

 

「――さあて」

菊地原が緊急脱出したのを見届け。

別室でジッと動かず待機していた加山が、弓場の前に出ていく。

「流石のワザマエっす、弓場さん」

「おゥ。――ま、これで俺の存在が太刀川サン達にまで伝わっちまったが」

「いやあ、いいですよ。ここで菊地原先輩落とせたのは大きいですから」

加山は、恐らくこの場に菊地原が出てくるとは想定していた。

聴覚が鋭い菊地原は、加山への追っ手としては最適だ。加山以上の機動力があり、例え加山が足音を判別して逃げ出したところで、その音すらも拾って追う事も出来る。

その為。

加山はバッグワームで隠れ、弓場にダミービーコンを手渡し設置させた。

弓場が立てた足音の先からビーコンが発動すれば、当然菊地原はその足音を加山であると判断する。

弓場を加山と誤認させ、密閉空間内という極めて弓場が優位に立てる場に菊地原を追い込ませ、そして仕留める。

仮に、菊地原と別の誰かが組んで追ってきた場合、エスクードを多用し相手を分断した上で各個撃破する腹積もりであった。

「ここで弓場さんがいると相手に伝わってくれれば、ますますここに攻め入りにくくなりますし。――味方がこっちに来るまで、何とか持ちこたえましょう」

 

 

「――弓場、だと」

その後。

仕留められた菊地原の報告を聞き、――さすがの風間も、驚きを隠せずにいた。

 

「何故奴がここにいる----!」

弓場拓磨。

B級弓場隊の隊長であり、ボーダー屈指の拳銃使い。

――そして、ここにいる理由が一切ない男。

 

「迅が個人的に頼み込んだとは思えんが----まあ、今考えても仕方のない事か」

 

その報告は、各員に送られる。

 

 

「――弓場か。成程、それは予想していなかった。誰かあのビーコンの中にいるものだとは思っていたが」

東がそう呟くと、太刀川と通信を行う。

「太刀川。連絡は行っていると思うが、どうする?」

「弓場がいるんすよねぇ。――あのビーコン地帯が一気に危険地帯になりましたね」

 

ダミービーコンに紛れた弓場がいる。

この状況が、非常に恐ろしい。

――弓場は、近距離においてボーダーにおいて最強クラスの腕がある。

最速かつ、高威力。

急襲されればひとたまりもない。

その駒が、ビーコンに紛れて存在しているとなれば、加山の周辺区域の危険度が一気に跳ね上がる事となる。

 

ただでさえ、ビーコンで敵勢が解りにくい中。

恐らくは佐鳥という狙撃手があの中にいて、そして狙撃手の射線をカバーできる弓場がいて、そして自在に地形を変えられる加山がいる。

 

そして、現在迅と嵐山隊がそのビーコン地帯に向かっている。

 

「こちらは当真・古寺の避難が終わり、三輪隊と合流した。部隊の編成はすぐにとりかかれる」

「了解です。――取り敢えず佐鳥が消えてくれればある程度自由に動かせるので、まずはそっちを優先で行きましょう。加山を狙うと、それを餌に弓場が出てくるんでしょうし。佐鳥を炙り出す動きで、こちらから加山か弓場かを釣り出して、仕留めましょう」

「成程。なら、当真をビーコン外周に置いて狙ってもらいながら、歌川に炙り出しを任せよう」

「それがいいっすね。――こっちは風間さんと組んで迅を仕留めに行きますんで、こっちにも一人狙撃手が欲しいですね」

「解った。――そっちには、俺が行く」

「お、マジですか東さん」

「ああ。ダミービーコンの範囲内に迅を引き入れれば、確実に俺達の負けだ。こちらは全力を尽くすべきだろう。――国近」

「はいは~い」

「まだ起動していないビーコンのうち幾つかのコントロールを俺に渡してくれ」

「了解で~す。残り半分の起動は、今起動しているビーコンのトリオンが切れるごとにしていけばいいですか~?」

「ああ。それでいい。――さて」

 

東はさっと周囲を見渡す。

視線の先。

レーダーの反応。

それもまた見つめ、一つ頷く。

 

「――色々と予想外が続くな。やれやれ。だがまあ、こういうのも悪くない」

 

一つ、二つ。

自身が今いる位置上にまたビーコンを置き、東はその場を離れていった。

 

 

そうして。

部隊が集まっていく。

 

「嵐山隊、目的区画に現着」

 

「三輪隊、現着」

 

加山が敷く、ビーコン区画に。

 

「――これより、加山君の援護を開始する」

 

「――これより、区画内の敵の排除を行う」

 

戦いは、動く。

動き続ける。

 



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未来すら覆う、七色の狙撃手

だんだんサブタイトル思いつかなくなってきた。そろそろ色のレパートリーが・・・


迅悠一の眼前に、二人が立っていた。

 太刀川慶。

 風間蒼也。

 二人は迅を待ち伏せる形で、その場にいた。

 

「いやー。お前の後輩も中々やるじゃん、迅。ビルごと吹っ飛ばすなんて中々出来ることじゃない。まあ、後から根付さんに死ぬ程絞られるんだろうけど」

 太刀川がそう賞賛の言葉を放つと同時、

「どうやって加山と弓場を引き入れた、迅」

 風間はそう迅に尋ねる。

 

 加山雄吾。

 彼は特に何も宣言はしていないものの、城戸側の人間であると風間は想定していた。

 なぜならば、彼もまた近界民により甚大な被害を受けた者の一人だから。

 それ故に、意外だったのだ。

 この状況下において、玉狛の側に付くという事が。

 

「弓場ちゃんは加山が自分で頼み込んで引き入れた。そして、加山がここにいる事もアイツの意思だ。ーーアイツは本質的には本部長側の人間だよ。復讐よりも、三門市民の安全が優先だ。ただ……」

「ただ?」

「安全の為には、近界に滅んでもらわなければならないと考えているだけだよ、アイツは」

 

 ああ、成程ーーと風間は呟いた。

 合点がいった。

 

「アイツは感情では動かないよ。近界民であろうと、有用であれば仲間に引き入れる側の人間だよ」

「成程な」

「さて。ーーそろそろ時間稼ぎも飽きてきたでしょ、太刀川さん」

「ああ」

「じゃあ、ーー俺も早くあっちに行かなきゃいけないんでね。仕留めさせてもらうよ」

 風刃を起動すると同時。

 太刀川と風間もまた、トリガーを構える。

 三人の呼吸が丁度重なり合った瞬間ーー剣戟がけたたましく鳴り響いた。

 

 その様を。

 じぃ、と東春秋はスコープ上で見ていた。

 

 

「ーー加山君と弓場さんの位置は解ったから、はやく仕留めてね」

 不満気な菊地原の声が、通信を通して聞こえてくる。

 ーーまあ、あれは仕方がない。

 弓場という伏兵は恐らく東であっても予想外だったはずだ。あの状況であれば仕留められるのも無理はない。

 そう歌川は菊地原の声を解釈し、了解と呟いた。

「ーーさて」

 これからどうするべきか。

 現在、加山と弓場の位置は割れた。

 三輪隊がビーコン地帯の中に入り込み、そして嵐山隊の二人もまたそこに入り込んでいる。

 

「ーー加山君と弓場さんは、三輪隊の方に向かっているな」

 

 新たなビーコンを設置しながら、向かう動きがレーダー上に映し出されている。

 ならば。

 歌川は即座に、三輪隊の援護に向かう事を決めた。

 狙撃手の佐鳥の位置が割れていないのが気にかかるが、それでもこのビーコンの山の中探し出すのは骨が折れる。折角位置が判明した加山と弓場がまた紛れられると非常に厄介だ。

 

「ーー三輪先輩、すぐに援護に向かいます」

 そう通信を入れ、歌川は走り出した。

 

 

「ーー久しぶりです、三輪先輩」

 加山は。

 嵐山隊二人が到着する前に、三輪隊の元に辿り着いていた。

「……加山」

 三輪は、

 加山を前にして、怒りよりも当惑の表情を浮かべる。

 何故。

 何故ここにお前がいるのだ。

「お前も……近界民を庇うのか!」

「庇います。ーーそれが近界をぶっ潰す事に必要であれば」

 加山は、

 迷いなく、そう言った。

「隊員になる意思を固めて、そして迅さんが問題ないと判断している人物を、俺はボーダーの害になるとは思ってないです」

 だから。

「すみません」

 

 そう言うと。

 加山は地面に手を付け、エスクードを生やす。

 

 さあ。

 ここからは、乱戦だ。

 迅の報告では、あちら側には太刀川と風間。

 場所が割れていない狙撃手を除いてもーー出水・歌川が未だこの場に現れていない。

 いつかこちらに乱入してくるのだろう。

 だからこそ、この二人は早く倒す。

 

「ーーあの時のチーム戦以来だな加山。今度は負けねえぜ」

 そう勢い込んで米屋が向かえば、

「お前の相手はこっちだぜ米屋ァ!」

「おおっと!」

 エスクードを乗り越え襲いかかろうとする米屋を、弓場のアステロイドが制する。

 最速で到来する弾丸はエスクードすら貫き、米屋の脇腹を掠っていく。

 

 すかさず三輪が拳銃を弓場に向ける。

 三輪の拳銃は、A級特権を用いた特別製だ。

 そこから吐き出される弾丸は、黒く染まっている。

 

 鉛弾。

 その弾丸は、トリオン体に直接のダメージを与えることはできないが、当たればその部位にトリオンの重石を付けられる。

 それは、通常の弾丸と異なり、シールドをも透過する機能を持っている。

 

 だが。

 その弾道上に、エスクードが生える。

 

「……チッ」

 シールドではなくエスクードであるならば、鉛玉も防ぐことが出来る。

 鉛弾はエスクードと衝突すると、黒い重石か壁に突き刺さるようにして発生していく。

 

 そして。

 弓場を守るように次々と生え出るエスクードの背後にピタリと身を寄せ、弓場のアステロイドが三輪隊の二人に肉薄していく。

 エスクードの上を通れば、弓場の弾丸が襲いかかる。

 それを嫌って背後に向かうと、加山のハウンドが飛んでくる。

 

 ーー加山と弓場は、ここまで相性が良かったのか。

 弓場は、自身の適正距離の中であるならば、恐らく太刀川さえも超える能力がある。

 故に、その距離の外で仕留める必要がある駒なのだが。

 ーー弓場が戦える距離を、加山がコントロールしている。

 

 エスクードで相手の移動を制限していき、弓場が安全に距離を詰められるよう援護を行う。

 距離を取る動きをすればハウンドを放ち足止めをする。

 

「ーーそう簡単にはさせねえぞ」

 米屋は弓場の背後にあるエスクードを、旋空で切り裂く。

 その動きと連動し、三輪が米屋の背後に回り鉛弾を撃つ。

 その動きを見せると、弓場は付近に作られた別のエスクードに移動し、その動作をカバーするように加山がまたエスクードを生やす。

 

「ーーうめぇな」

 米屋が一連の動きに舌を巻くと同時、

 

「二人固まったなァ。ーー加山、行くぞ」

「アイアイサー、弓場さん」

 加山は、米屋と三輪が縦に固まった陣形から直線上にあるエスクードを、仕舞う。

 そして

 加山はーースコーピオンの代わりにセットしたアステロイド突撃銃を、二人に向ける。

「おいおいマジかよ」

 今まで見たことのない加山のトリガーに、思わず米屋がそう呟く。

「マジですよ。A級相手に俺の近接が通用するわけもないですし」

 そして。

 サイドに回り込んだ弓場。

 正面から加山。

 両者の弾幕が、三輪・米屋の両者に襲い掛かった。

 

 

 太刀川の二つの斬撃が迅の正面を襲うと同時。

 風間の鋭い一撃が、側面から襲いかかる。

 ーー風刃

 この黒トリガーは、迅との相性が凄まじい。

 斬撃を物体を通して伝播させる。

 この特性は、

「く……」

 迅の予知によって、敵が来る場所に斬撃を置くという選択肢を与える。

 これは、迅にしか出来ない芸当であろう。

 斬撃を仕込み、置き、その場に敵が来ればそれを執行する。

 風間が攻撃を行使し、近づいた壁から生え出る斬撃。

 それを風間は間一髪で避け、体勢を整える。

 その隙を、太刀川の旋空が塞ぐ。

 旋空で迅の足元を崩し、二刀で迅に斬りかかるーー踏み込みの先。斬撃が仕込まれている。

 

「ーーここだ」

 そう風間が合図を出すと同時。

 太刀川はその場を離れ、

 風間はカメレオンを発動し、迅の側面へ向かう。

 

「ーーむ」

 迅は。

 それとなく感じた。

 この行動によってーー太刀川、風間の両者は自身の視界から逃れた。

 

 ここでーー例えば、カメレオンで紛れた風間の方へ視線を移した瞬間に、何かが起こるのではないかと。

 そう、彼の副作用とは別の部分が言っている気がした。

 

 その瞬間、

 

「ーー成程、ね!」

 家屋を貫き。

 狙撃が走る。

「ーー東さんか!」

 

 東春秋のアイビスが、迅の眼前に迫る。

 迅の未来視。

 それは、眼前にある人間の未来を見る、という特性がある。

 それ故に。

 視界から逃れた人間の未来は見えなくなる。

 それまでの未来視で見た数々の分岐した、いわば未来のストックから判断を下すことは十分に可能である。だが、それでも、視界に誰もいなくなればその効力は幾分か弱まる。

 

 だから、このタイミングであった。

 視界に映る人間がいなくなる、その瞬間。

 東春秋は、更に建造物で射線が見切れる軌道上に、建造物ごと迅に向けアイビスでの狙撃を敢行する。

 当然、それを迅は避ける。

 破砕された建物と、アイビスによって砕かれたコンクリ面から巻き上がる粉塵。

 そこに紛れた太刀川の旋空。

 そして、カメレオンを壁裏で解除し、壁を切り裂き迅の死角側から迫る風間の刃。

 旋空を避け、風間の攻撃を風刃の斬撃で左手を斬り飛ばすことで押し留める。

 視界の外から繰り広げられる一連の攻撃にも、迅は完璧に対応する。恐らくーー初動で太刀川か風間に意識を持っていかれ、視線を追っていれば、東のアイビスへの反応が更に遅れ、この連携で仕留められていた可能性すらあった。

 だが。

 ここで。

 迅は足を止めてしまった。

 東のアイビスが、更に迅に向かっていく。

 これは、すぐに予知により回避動作に入るものの、

 止めた足を更に動かし。

 両サイドを太刀川の旋空と風間の視界外からの襲撃。

 ここで。

 迅は少しだけ、読み逃す。

 

「ーーお」

 風間の一閃が、迅の右足を削る。

 

 足の甲をざっくりと削ったその斬撃が行使された瞬間。

 風間の喉元に、斬撃が走る。

 

 恐らくはーーここで仕留められることが前提で、攻め込んだ一手だったのだろう。風間は特に動揺することもなく、緊急脱出した。

 

「それじゃあーー東さん。少しでいいので、迅の足止めを頼みます」

「ああ。了解」

 足が削れた迅の姿を確認すると、

「それじゃあ、迅! ーーあのビーコンの中の連中片付けてから、お前とはゆっくりやりあう事にする。じゃあな」

 足が削れた迅を一瞥し、太刀川は颯爽とグラスホッパーでの移動を開始する。

 ーー無論、太刀川としては迅と心ゆくままに戦いたいと思っている。

 だが。

 ここでーー足が削れた迅を孤立させ、ひとまず他の戦力を狩る方向にすぐに舵を取れることも、太刀川の強さだ。

 

「……」

 迅はダメ元で、東がいた方角を見る。

 視界に収めれば、もしくは位置が観測できれば、風刃で仕留めようと思ったのだ。

 だが。そこにはレーダーに映る、ビーコンの反応しか存在せず。

 

「やっぱり強敵だなぁ、東さん」

 そうボソリと呟き、それでもーー笑みは絶やさぬまま、一つ頷いた。



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予知と予測

キャラ描写するたび解釈違いが怖くて仕方ない。何かあったらすみません。


迅悠一は思考する。

先程の攻防の中、迅は太刀川を仕留めることが出来ず東と共に味方のもとへ向かわせてしまった。

 

だが焦りはしない。

最善の未来を取り逃がしただけだ。

ここで太刀川を仕留め、逃げる東を連携して仕留められればそれが最善であったが。ここで着実に太刀川を生かす行動をとれる東は、やはり怪物だ。

だからこそ。

ここで必ず落とさなければならない。

 

「――木虎」

 

迅は迷わず彼女に通信を入れる。

 

 

「――はい、迅さん。どうしたんですか?」

木虎は、その頃――東が迅を追いビーコン区画から逃れた瞬間を見計らい、周囲の索敵を行っていた。

これは隊長である嵐山の指示である。

現在、敵勢には東を含む三名の狙撃手が身を潜めている。

 

東を除き、生存している狙撃手は当真勇と小寺章平。

東は迅の相手に向かった太刀川と風間のち援護を行なった後、生き残った太刀川の後を追うように、その場から消えた。

 

「木虎。あと佐鳥。お前らに頼みたいことがある」

「何ですか?」

「おお迅さん。頼みですか。何ですかこのツインスナイプで出来ることがあれば何でも――」

「東さん倒して」

 

両者の間に。

沈黙が走る。

 

「...本気ですか?」

「ああ。マジ」

「ええ...」

 

さしもの二人も、困惑の声を上げる。

東は――その狙撃能力も脅威であるが、何よりも彼自身の隠蔽能力の高さが何よりも脅威となっている。

彼は部隊が入り乱れるランク戦においてもそのほとんどを生存しており、倒した例もそのほとんどが隊同士が連携しての炙り出しを行ってようやく仕留められる――という、あまりにも傑出した生存能力の高さがある。A級隊員である木虎・佐鳥であれ、この任はあまりにも荷が勝ちすぎる。

 

「まあまあ待て待て。俺だって何も考えなしにそんな無茶ぶりをしているわけじゃないんだよ。――ここに、足が削れて移動が遅れているせいで若干孤立している実力派エリートがいるだろう」

「はあ」

「今から――俺が太刀川さんや風間さんとやりあったときに得た未来の情報を全部お前らに伝える。その情報を駆使しつつ、東さんを倒してくれ」

 

して。

迅は滔々と木虎達に話し始めた。

 

 

「――東さんが残しているビーコンはその大半が起動していない。今木虎が入っているビーコン地帯はそろそろ時間が切れて全部機能が停止する。これ、全部囮」

「――囮!?」

「うん。俺が見た未来の中で、木虎はこのビーコン地帯から外側に向かって行って、狙撃で落とされる光景が何度もあった。――ビーコン地帯にお前が入る。そしてそのビーコンは機能が停止する。で」

木虎の周囲で点滅するダミービーコンが機能が停止する。

それと同時。

そのビーコン地帯の四方に、更にビーコンが発動する。

レーダー上にいくつも点在するトリオン反応が、ぽつぽつと現れる。

それは――まるで木虎を取り囲むように。

 

「――いいか木虎。今新たに現れたビーコンに吸い寄せられたら、死ぬからな。絶対に近づくな」

「...」

「東さんと、多分当真辺りがスタンバイしていると思う。ビーコン周辺を索敵しようとそこに近づけば一撃ズドン」

 

うへぇ、と佐鳥が声を上げる。

 

「ダミービーコンで相手を呼び寄せて、それと同時に罠にも使うわけですか。うわぁ...」

「最初に仕掛けたビーコンは態勢の立て直しのため。そしてその索敵をする人間をさらに誘い込むため。そんで――更にその外周部分に仕掛けたビーコンで敵を釣り出して仕留めるため。東さんが俺を相手しに離れることまで全部戦略。東さんがいなくなれば、この地帯に木虎が来ることも全部把握したうえで、この罠を置いていた」

 

恐らく。

迅の未來予知なしでは、仕留められていただろう。

その事実に歯噛みしながら、木虎は迅の言葉を聞く。

 

「で、このビーコンなんだけど。――それさえ解っていれば、逆に東さんと潜んでいる狙撃手の居場所がある程度掴める」

そう言葉が放たれると同時。

オペレーターの綾辻からデータが転送される。

それは、現在発動しているビーコン周辺に射線を引ける場所、そして逆にその区画から射線が引けないルートを提示する。

射線が通る場所は非常に多く、そして逆にそこから逃れられるルートはあまりにも少ない。

 

「このルート内が、お前が動ける範囲内」

 

ビーコンの位置自体も、非常によく考えられている。その意図が看破されたとしても、あまりにも射線が通り過ぎるしあまりにも行動できる範囲が狭すぎる。ビーコンの存在だけで、木虎をその場に釘付けにすることすら成功している。

これが。

これが東春秋という、敵。

 

「だから、ここからは我慢勝負。これから佐鳥が、更に指定されたルートを通って、今綾辻が示した区画を索敵していくから、そこから木虎の行動範囲も広くなっていく。木虎は木虎の行動範囲で、佐鳥と連携して相手の釣り出しを行ってくれ」

「...解りました」

「お。やけに素直だな」

「――この狙いを読めなかった、私の失態ですから。当然指示には従います」

「読める奴なんてボーダーにいないよ」

「それでも、です」

 

そう木虎が悔しさに歯噛みする傍ら。

迅もまた、東という存在の厄介さを実感していた。

 

――多分、徹底して俺の視界に入らないようにしていたな、あの人。

 

東は恐らく初動から――迅が待ち伏せをしていることを想定し、彼の眼前に姿を現さぬよう部隊から離れていた。

そして、ビーコンを地帯を敷いたうえで、太刀川・風間の援護を行う時も――家屋を貫いてのアイビスを撃つ、というパターンに拘っていた。

 

恐らくは自身の姿を見せることで、東自身を視点者とした未来を見せないためであろう。

 

他の襲撃者から見える未来。

その未来すら恐らく彼は想定し、それすらもブラフにしたうえで――彼は行動している。

 

未来予知。

彼は――彼自身の知略と行動によって培った「予測」によってそれを本気で乗り越えようとしているのだと。

そう思えてしまう。

思えてしまうのだ。

あり得ないと思っていても。

なぜならば。

東春秋という人物が持つ戦術レベルは、誰もが未だ底を見ていないから。

 

まだ上をいくのではないか。

――迅の予知すらも彼の戦術レベルの範疇に収まっているのではないか、と。

 

そう思えてしまうだけの底知れなさが、東にはあるから。

 

 

弓場と加山の一斉掃射が放たれると同時。

 

そこに、硬いシールドが展開される。

 

「な」

それは前に出た米屋のシールドと重なり、広範かつ強硬度のシールドが展開されていた。

 

「――そう簡単にはいかねぇぜ工事屋」

 

そこには。

弾幕の前に両防御を張る、出水の姿があった。

 

「遅かったじゃねぇか弾バカ」

「仕留められそうになってんじゃねーよ槍バカ」

 

互いに憎まれ口を叩きながらも、米屋・三輪は態勢を立て直す。

 

「――それじゃあ、ここから第二ラウンドだぜ」

 

そう出水が宣言すると同時、出水の両手にトリオンキューブが生成される。

 

片手にアステロイド。

もう片手にハウンド。

 

アステロイドで残るエスクードを破砕しながら、その間からハウンドを放っていく。

 

それと連動して、三輪・米屋も動き出す。

 

「く...」

 

狙いははっきりしていた。

加山だ。

 

「――ここまでよく掻き回してくれたなぁ、加山。そろそろ消えてもらうぜぇ!」

「嫌ですぅ!」

 

米屋の軽口に、同じようにふざけた調子で返すものの。

出水の援護でエスクードという逃げ場を封じられ。

そして正面からマスタークラスの攻撃主。

弓場は、三輪の鉛玉との撃ち合いを行っている。

 

加山はレーダーをちらりと見る。

そしてすぐさま行動を開始した。

 

アサルトライフルを片手で乱射しながら、エスクードを使用する。

「悪あがきもいいところだぜ」

 

いいや。

悪あがきではない。

もしも――もしもこれからの動作の意図を汲んでくれれば、事態を好転できるかもしれないあがきだ。

 

エスクードが米屋に切り裂かれる。

それでも加山はエスクードを生やし続ける。

 

米屋の正面。

そして出水の視線を遮れるように、彼の斜め前に二つ。

 

「――無駄だぜ」

当然。

出水にはエスクードによる視線妨害など意味を持たない。

視線を遮るエスクードなど無視し、加山にハウンドを叩きこむ。

 

音を。

音を聞け。

この一瞬でいい。生き残れ。

米屋の一撃と。

出水のハウンド。

致命傷だけでもいい。避けろ。生き残れ。

 

出水のアステロイドで崩れかけたエスクードに飛び込み米屋の突きを腹部を貫かせるに留め、出水のハウンドを右腕を削らせるに留めさせる。

まさにあがき。

米屋の追撃を受ければ、もう倒されるという、そういう場面。

 

その瞬間。

 

「あ?」

米屋は。

その背後から、弾丸を受ける。

 

思わず背後を振り返ると。

そこには――嵐山隊、時枝充の姿があった。

 

そして。

「おいおい――マジかよ」

 

たった今ハウンドを放った出水の前方には、嵐山の姿があった。

 

それは。

 

「――よく意図を汲んでくれたっす、二人共」

 

加山が、出水の視線を封じるように生やしたエスクード。

その背後で――テレポートで現れた二人が、米屋と出水の二人に、銃口を向けていた。

 

「――ナイスフォローだ、加山君!」

 

そうして。

時枝が背後の米屋を後ろから撃ち。

そして嵐山が、エスクードの陰から弾丸を撃ち終わった出水に撃つ。

 

米屋が緊急脱出し、残される眼前の敵勢は二人。

 

そして――こちらは、四人となった。

 

「形勢は――また逆転ですぜ」

加山は死に体のままニコリと微笑んだ。

 

 

「...」

東春秋は。

この戦いを様々な意味で捉えていた。

 

――どういう風に事態が転ぶにせよ、一度派閥同士の争いは起こさなければならなかったのだ。

 

そう東は判断していた。

派閥があれば、そこに争いが生じる。

特に玉狛のような特殊な考えを持った派閥があるならば、尚更。

近界民がボーダーに入るかどうか、というこの状況であれば。

派閥間の熱を冷ますために、必要な戦いというものもある。

東は、この戦いをそう捉えていた。

 

そして。

彼にとっての試行と挑戦も、そこにある。

 

自分が、迅の予知を超えることが出来るか――という挑戦。

そして

自分を戦いに巻き込んだ――加山雄吾の実力を推し量るという試行。

 

今のところ。

挑戦は少し分が悪く。試行はある程度想定通りの結果が出ている。

 

「――さあ」

思考しよう。

思考しよう。

論拠を積み重ね出来上がった自身の盤面が、如何ほど通用するのか。

こんな機会だ。

十分に。試させてもらおう。



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爆撃音、そして彼方の刃

「――さあて。俺も出来ることをやっていかないとね」

 

 迅はこれまでに見た未来を換算し、思考をする。

 未来は、あくまで可能性。

 それが現実化するかどうかは解らない。

 

「――加山も、木虎も、両方援護したいけど、残念だけど実力派エリートは一人しかいないんだ。という訳で」

 

 ふぅ、と息をしつつ。

 

「両方援護できる位置取りをしないとね」

 

 

「――迅から報告が来やがった。太刀川サンがこっちに向かっているらしい」

 

 そう弓場が声に出した瞬間――皆の肝が冷えた。

 太刀川慶が、こちらに向かう。

 ――迅が仕留めそこなったのか。

 

「奴がこちらに来る前に――さっさとこいつらノしとくぞゴラァ!!」

 弓場の拳銃が三輪に向けられ、そして三輪の拳銃もまた弓場を狙う。

 

「――ぐ」

 

 弓場の二丁拳銃は、三輪の接近を許さない。

 加えて、三輪がこの距離感の中で使える武器は一丁の拳銃のみ。

 

 米屋、もしくは出水の援護があって弓場を抑えきれていたが――米屋は緊急脱出し、出水は嵐山・時枝の双方を相手取り援護する余裕が消えてしまった。

 そして、弓場は。

 三輪が向ける射線の先。

 エスクードが生える。

 

 加山の援護が、弓場のタイマンを存分に活かす。

 三輪にとって、非常にやりにくい事この上なかった。

 

「――三輪! 相手を変えるぞ!」

 

 出水の声がそう響くと同時に、

 

「――メテオラ!」

 出水が、現在出水を取り囲んでいる嵐山・時枝に対し、メテオラを放つ。

 小さく分散したそれらは、恐らく両者に直撃させるつもりはなかったのだろう。周囲にばらまかれ、両者を囲むように爆撃が起こる。

 

 その攻撃の意図に、真っ先に気付いたのは周囲の警戒に意識を割いていた時枝充であった。

 

「――嵐山さん!」

 爆音と連動するように。

 レーダーの反応が一つ増える。

 

 加山・弓場に向かう小粒のアステロイド。

 そして。

 バッグワームを解き、襲い掛かる――風間隊、歌川の姿があった。

 

 嵐山目掛けて襲い来る、歌川のスコーピオン。

 メテオラの粉塵に紛れ嵐山の喉元に向かってきたそれを、時枝はその身を割り込ませ庇う。

 

 時枝の腹部に刺さるスコーピオンを即座に抜き、歌川はすぐさま時枝の側面を取る。

 心中目的の銃乱射を警戒したのだろう。

 側面を取った後、歌川は時枝の首を刎ね飛ばす。

「――充!」

 嵐山は相棒の首を刎ね飛ばした歌川の姿を一瞥し、突撃銃を向ける――が。

 その腕に、

「く...」

 三輪の鉛玉が、埋め込まれる。

 

 そうして。

 嵐山・弓場・加山全員が足止めを食らうその隙に、敵の配置が変化する。

 

「――申し訳ねぇけど、このメンツで現状太刀川さんに勝てそうなの弓場さんだけなんで、ここで何としても落ちてもらうっすよ」

「...チッ」

 

 三輪は嵐山と対峙し、そして出水と歌川は弓場と対峙する。

 

 ――クソッタレ。絶体絶命じゃないか。

 加山は一人ごちる。

 

 こちらが一人死に、そしてまた一人この場に追加された。

 そして、今太刀川がこちらに向かっているという現状。

 そして、何より――この状況をひっくり返せそうな木虎・佐鳥が東他敵勢の狙撃手によって足止めを食らっている事。

 

 恐らく――当真、古寺含む狙撃手全員が東の敷いたビーコン地帯内にいる木虎をその場で釘付けをしている。

 正しい判断だ。

 狙撃手はこの盤面において、迅という最大戦力に対して当てる事はまず不可能。そして、下手に撃ってしまい位置が観測されると風刃で斬り飛ばされる。

 ならば、撃たずして駒の動きに制限をかける、という事が出来れば、それだけで十分だろう。

 そして、太刀川・風間という最大戦力を惜しみなく迅に投入し、足止め。風間を犠牲にして迅の足を削り移動に制限まで掛け、迅を切り離した。

 さて。どうするべきか。

 

「...」

 

 加山は。

 こういう場合になった時の考えを、持ってはいた。

 

 出来れば、使いたくはなかったが。だって多分五割増くらいで怒られるだろうから。

 仕方ない。

 多分ここで自分は死ぬのだろう。

 まあそれも仕方がない。

 よし、と一つ息を吐き――加山は、薄ら笑った。

 こうする事を、迅が予知していることを願いつつ――加山は一つ息を吐いた。

 

 

 エスクードを解除し、――メテオラをセットする。

 そして。

 

「――メテオラ」

 起動する。

 

 ――加山の右手側にあった建物が、地盤から爆撃が行使され、けたたましい音と共に崩れていく。

 地響き。爆音。破砕音。

 それらが周囲に木霊した瞬間――ひゅう、と出水が口笛を吹く。

 

「おいおいマジか!」

 恐らくは、事前に仕込んでいたのだろう。背の高いビルディングが上階からのプレスと地盤の振動によって崩れ行く様を見て、思わず出水はそう叫んだ。

 

「――でも、何の意味があるんだそれ。嫌がらせか」

 

 一発目の解体の意味は分かる。

 敵をこちらに集めるためだ。

 だが、この解体には――なんの意味があるのだろう。

 

 背の高いビルが崩れ、その先の建物がよく見える。

 その先。

 高層マンションが、姿を現した。

 

 加山はメテオラを即座に解除し、エスクードを出水の横に生やす。

 ん、と出水が呟いた瞬間。

 

 ――エスクードから、斬撃が飛び出てきた。

 

 え、と言葉を放つ前に、出水の上半身が斬り飛ばされていった。

 

「――さあ、俺を追えるものなら追ってみやがれ」

 歌川と三輪、そしてその周囲に至るまで――許される限りのエスクードを周囲に生やし、――加山は崩れたビルディングに向けて走り出した。

 

 三輪と歌川は追おうと一瞬考えるが――それよりも、むしろ身を隠さねばならぬと瞬時に判断する。

 

「――風刃か!」

 

 加山は。

 背の高いビルを破壊する事で――風刃の射程範囲を無理矢理拡げさせたのだろう。

 そして、風刃が飛んできた方向に逃げ出す――という事は、それを追えばまた風刃の餌食になる事と同義である。

 

 身を隠さんと動き出した歌川と三輪の動きを、弓場と嵐山が追う。

 出水という、最大の援護役が消えた。

 そして、風刃の援護が新たにこちらに生まれた。

 

 そうなれば。

 

 加山が解体し作出した空間に向かいながら、弓場と嵐山は弾丸を二人に向ける。

 

「――三輪先輩」

「解っている。ここは退却だ」

「俺はこのまま、足止めされてる木虎を狩りに行きます。三輪先輩は?」

「太刀川さんと合流した上で、弓場さんと嵐山さんを叩く」

「了解です」

 

 そうして。

 皆が皆散開した後――加山のビーコンは、全ての機能を停止した。

 

 もう、特に意味もない。

 多分これから自分は死ぬのだから。

 

 逃げ出した加山はまた、ビルに向かい走り出す。

 

 ――木虎。最後に俺から援護をくれてやる。

 

 歌川は恐らく足止めを食らっている木虎を狩りに行くのだろう。

 割とあちらも切迫した状況だ。

 

「木虎。歌川先輩がそっちに向かっているから、東さんに対処するなら早くした方がいいぞ。――俺の尊い犠牲で、一人狙撃手始末しとくから」

 

 加山はビルに入る直前、頭が消し飛ばされる。

 

 その弾道の先には、古寺章平がいた。

 

 ――加山がまた爆撃をするとなると、流石に敵勢も黙ってはいられない。

 だが迅の援護がある中、接近して仕留める訳もいかない。

 だから、狙撃で仕留めるしかない。

 

 古寺が狙撃を敢行した瞬間、その首が風刃で刎ね飛ばされる。

 

 ――さあ。

 ――これで、残る敵は五人。こちらも五人。

 

 数の不利はもうなくなった。

 もう十分に仕事した満足感と共に――加山は緊急脱出した。

 

 

「――おう、よくやったじゃねぇか加山」

 緊急脱出した加山に、藤丸はそうねぎらいの言葉をかける。

 

「十分に粘って死んだ。よくやった」

「うっす。お褒めいただきありがてぇ――んすけど。何でここにいるの、帯島」

「自分は、藤丸先輩に呼び出されたッス」

「俺もー」

「外岡先輩まで-----」

 モニターの前には、既に先客がいた。

 帯島ユカリ、外岡一斗。

 弓場隊の新たな隊員である、その両者が。

 

「そりゃそうだ。巻き込まねぇとは言ったが、流石に何も知らせねぇままなのは筋が通らねぇからな。呼ばせてもらった」

「まあ、そうですよね...」

 今回。

 弓場は、加山の我儘に付き合ってもらっている立場だ。

 後から上層部に詰められた時には弓場隊だけは弁護できる理論武装を持ってきてはいるが、それでも相応のリスクを負って弓場はあそこにいる。

 加山の為に。

 

「――それに、お前には後から借りを返してもらう事になるから。今のうち、お前の戦い方を見てもらうのもまあ一興だろうってな。あたしの独断だ」

 そう藤丸が言うと、帯島は控えめに加山の姿を見ていた。

 

「か、加山先輩」

「ど、どした?」

「――流石の連携でした! お疲れさまッス!」

 そう言いながら、スポドリと――。

 

「みかん?」

 そこには、丁寧に剥かれたみかんを、帯島は差し出した。

「はい。自分の実家、みかん農家なんで」

「ああ、そっか。もう12月だもんなぁ」

 意外な実家の稼業を知り、少々驚きながら。

 欠片をむしり、一つ口に入れる。

 甘い。

「うまい」

 加山は実に素直にそう言うと、

「よかったッス」

 帯島は、変わらず控えめに言葉を放ちつつ、笑んだ。

「労いは終わったか? だったらお前らもさっさとモニター見やがれ」

 うす、と呟き加山は藤丸の後ろでモニターを眺める事にした。

 

 

「――迅さんが、あのマンションの上に陣取ったな」

 当真はそう呟きながら、自身の立ち位置を微妙に変える。

 

「で、古寺が死んだ」

「仕方ない。あれ以上爆撃させるわけにはいかなかった」

 

 加山は、明らかに浮いた駒であり、この状況であれば居所さえ掴めていれば別段放置しても大丈夫であったが――放置した結果何度も爆撃されてはたまらない。これは極秘任務なのだ。

 

「古寺が落ちた分、射線範囲が減ったが――その分、歌川がこちらにやってきている。追い込んで木虎を狩り、太刀川の援護に向かう」

「了解。――とはいえ、迅さんの目が届く範囲は動けねぇってことっすよね。中々やりにくい」

「だが、狙い通りだ。これである程度の勝機が出来た。――ビーコンに紛れながら風刃が飛んでくる状況は回避できた」

 

 加山が敷いたビーコン区画に、迅が足を踏み入れる。

 これが第一の敗北条件であった。

 そう東は想定し、その為に策を打った。

 

 迅に太刀川・風間をぶつけ、自身の狙撃の援護も加えた上で迅の足を削る。

 こちらもビーコン地帯を敷き、一度バレかけた狙撃手を再度隠蔽し、部隊の再編制を行う。

 嵐山隊と加山・弓場の部隊に速攻の圧力をかけ、迅が風刃の射程範囲を活かした援護役に回るように手を打った。

 

「太刀川を生かしつつ、他の連中を仕留めていく。――未来視でこちらの行動はある程度は把握されている。無駄弾は撃てないぞ」

「ったりめーっすよ東さん。――俺が無駄弾なんざ撃つ訳ねぇ」

 当真は、笑う。

「一発で仕留めてやりますよ」

 リーゼントが、風になびき、気流を感じ取る――気がしている。

 

 にやりと笑みながら、当真はジィっとスコープを覗き続けていた。



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紅に響く二丁の音色

決着~


「──で、さ」

 太刀川慶は、興味深げに眼前の男の前に立つ。

 もうほとんどのビーコンが機能が停止した地帯。そこには太刀川とその背後に立つ三輪がいて、そして対峙する弓場と嵐山の姿がいた。

「何でお前がここにいるんだ? ──弓場」

「それがアンタにとって重要な事かァ、太刀川サンよぉ」

 弓場拓磨は、一つ鼻を鳴らすと問いかけにそう応答する。

「ま、興味本位だ」

「大したこたねェ。単純に後輩に頼まれたからでもあるし、黒トリガー目的で処分保留中の襲撃っていう状況も気に食わなかったからでもある。──まあ、でも」

「でも?」

「──やっぱり、こういう場でアンタとやりあいたかったから、ってのもあるなァ。当然」

 

 弓場は、笑む。

 数多くこなした個人戦。積み重ね踏み越えてきた修羅の道の中──立ちはだかってきたのは、いつもこの男だった。

 太刀川慶。

 ボーダー個人総合No1の男。

 自他とも認める、現ボーダー隊員最強の刺客。

 弓場拓磨という一人の男にとって──これは果てのない挑戦だ。

 

「多分、お前処分されるだろうな」

「どう処分されるんだ? 個人ポイントの没収かァ? それともチームランクを取り上げかァ? ──その程度、痛くも痒くもねェ」

「へぇ。どうして?」

「──俺がタダでこんな事やるかってんだ。これで加山がチームに入るってんなら、その程度安い代償だ」

 

 へぇ、と太刀川は呟く。

「アイツをお前の隊にいれるつもりか」

「おう」

「そりゃまた何で?」

「──やっぱり、俺もアンタらと戦いたくなったからだよ。その為には、チームを強くしなければいけねぇ。なら、神田がいなくなっちまって、その穴をそのまま放置しとく訳にはいかねェ」

 

 太刀川は、周囲を見渡す。

 周囲は半壊したものも含めて様々に張り巡らされたエスクードと、破壊されたビルディングの残骸が周囲に散らばっている。

 あの破砕されたビルディングの先にある高層マンションに迅がおり、そこから風刃を飛ばせる区画を探し続けているのだろう。

 

 成程。

 張り巡らされたエスクード。

 そして迅。

 この二つの要素を足して、太刀川を超えるつもりなのだろう。

 

「──それじゃあ。ブチ抜かれてもらいますぜ、太刀川サンよォ」

「やってみやがれ」

 

 二丁が抜かれ

 二刀が抜かれ

 

 銃口と刀身が結び合い、──戦いの火蓋が落とされた。

 

 

「木虎。今から綾辻が送るルートに沿って走ってきてくれ」

 迅は、高層マンションの屋上から指示を出していく。

 

「古寺を今仕留めたから、あいつが担当していたルートが開いた」

 加山を餌にして空いたルートに、木虎は走り出す。

 

「今、歌川が北側から向かってきてる。バッグワームの解除と同時にカメレオン使ってくると思うから、気を付けてくれ」

「解ってます」

 木虎は建築物を盾に、走り出す。

 敵の残りは、五人。

 太刀川、歌川、三輪、当真、そして東。

 太刀川と三輪は現在弓場と嵐山が相手をしている。

 そして歌川は自分を追っている。

 

 場所が解っていないのは、東と当真だ。

 

 だが。ここで歌川を仕留めれば──いずれ釣り出すことが出来る。

 

 レーダーに反応。

 歌川だ。

 

「──そこ!」

 

 カメレオンで擬態しているであろう歌川の移動先に回り込む。

 そこは背が低い建物と高い建物の間に存在する、狭い路地。

 歌川が潜伏するにはまさしくもってこいの区画であろう。

 

 が。

 

「──あ」

 そこには。

 宙に浮かぶダミービーコンが。

 

 ──まさか、ここにも! 

 周囲を確認。

 射線は通っていない。綾辻が示したルートから外れてはいない。

 では。

 何故ここにビーコンがあるのか。

 

 瞬間。

 建物の上層部分が、爆破する。

 

「──まさか!」

 そうだ。

 歌川はメテオラを装備していた。

 ならば。

 

 ──加山雄吾と同じことが出来る。

 

 ビーコンで誘い出しての、メテオラ。

 今回は建物を爆破して、狙撃手の射線を通すつもりなのだろう。

 

 そうはさせるか。

 

 加山のアレは、エスクードによる退路を防ぐことまでがセットの運用だ。移動経路が封じられていないのならば幾らでもやりようがある。

 

 スコーピオンを装着し、木虎は建物の中に入る。

 恐らく。

 建物内に入ることまで想定の上で──歌川もまたここに潜んでいるのだろう。

 

 考える。

 

 今この場にて、自分は歌川に勝つことが出来るのか。

 

 歌川遼は、隠密戦主体の風間隊にてサポーターの役割を担っている隊員だ。

 スコーピオン、カメレオンの他にも射手トリガーを幾つかセットしている。

 

 レーダーを見る。

 新しい反応が断続的に増えていく。

 

 カメレオンの使用中は他のトリガーは使えない。それはバッグワームも同様。カメレオンの使用中は、当然レーダーにその姿が映る。

 故に、カメレオンの使用中は位置が把握されている上に反撃も出来ないという無防備な状態でもある。

 

 だが。

 ダミービーコンで偽のトリオン反応が断続的に発生しているこの状況下。

 

 その反応の中に歌川がいるのかもしれない。

 逆にまだバッグワームで隠れているのかもしれない。

 ──カメレオンの使用中は位置が把握されるという弱点を、ダミービーコンが埋めている。

 

 今の木虎は。

 位置も把握できない状況から、カメレオンからの急襲をされる可能性もあるのだ。

 

 木虎の背後。

 爆発音が聞こえる。

 

「──!」

 

 振り返る。

 振り返った先。

 また新たなトリオン反応が生まれる。

 

 ダミービーコンか。

 それとも歌川か。

 そう一瞬思考が働いた瞬間──。

 

 爆発に振り返った木虎の、また更に背後で発生したトリオン反応が、木虎にかなりの勢いで向かっているのを見た。

 

 ──さっきの爆発は、陽動か! 

 ダミービーコンの動きは一定。ここまで急激な移動はあり得ない。

 置きメテオラの音で木虎の視線を誘導し、その隙にその背後からまた襲い掛かるつもりなのだろう。

 

 そうはさせるか。

 

 木虎はすぐさまそちらを振り返る。

 

「え」

 だが。

 そこには、左右にぐわんぐわんと揺れるダミービーコン。

 

 どういうことだ──と目を見開くと同時。

 

 側面から歌川がカメレオンを解除し──襲撃をかける。

 

「ぐ──!」

 何とか反応を返した木虎は、何とかスコーピオンで受け太刀するものの、歌川の二刀の連撃により片手が斬り落とされる。

 

 どういうことだ。

 ダミービーコンが急加速し木虎に近付き、そしてそことは別方向から歌川が襲撃をかけてきた。

 

 ビーコンの動きは一定のはず。あんな急激な動きは出来ない

 なのに、何故。

 

「──解ったわ」

 歌川の連撃を何とか防ぎながら、木虎は結論に辿り着いた。

 単純な話だ。

 歌川はただ──起動していたビーコンを木虎に向かって()()()()()。それだけだ。

 

 バッグワームを起動しながら、ダミービーコンを手に取る。

 →置きメテオラを起動させ、木虎の視線がそちらに向かっている隙に、手に持ったダミービーコンを投げつける。

 →急激に移動したビーコン側に木虎の視線が向かった瞬間、バッグワームの解除&カメレオンの起動。側面から木虎を急襲。

 

 恐らくは、こんな所であろう。

 

 ギミックとしては非常に単純であるが、されど効果的だ。

 メテオラの爆発。ダミービーコンの投げつけ。二つの視線誘導でレーダーを確認する暇もなく、カメレオンを歌川が起動した事すら気付かなかった。

 

 結果。

 

「──!」

 追い込まれている。

 初動で片手を削られた木虎は、斬られた腕からスコーピオンを出し何とか歌川の連撃を防いでいたが──それでも着実に、木虎の身体はダメージが増えてきている。

 このままでは、死ぬ。

 それが木虎にも理解できる。

 

 この流れの中、歌川を独力で仕留めるのは不可能であろう。

 

 木虎は無事な片腕で拳銃を握り、歌川に幾らか撃つ。

 弾丸を冷静にステップで避けると同時、木虎は窓から建物の外に飛び出る。

 

 木虎の拳銃には、A級特権で改造し付属させた巻取り式のスパイダーがある。

 それを、建物の屋上へと放った。

 スパイダーがフェンスに巻き付き、木虎を引き上げていく。

 

 さあ。

 撃ってこい。

 加山と同じだ。

 せめて──狙撃手の位置を判明させたうえで、自分は死ぬ。

 

 さあ。当真か、東か。

 どちらが撃つ。

 

 歌川が、屋上に昇り木虎に追いつく。

 

 そして、襲い掛かる歌川とスコーピオンで斬り結び──木虎は足を止めた。

 その瞬間。

 瞬時に──木虎の身体は、弾丸に貫かれる。

 

 その先には──No1スナイパー、当真勇の姿があった。

 

「──後は、頼みましたよ。佐鳥先輩」

 

 そして。

 同時に。

 

 レーダーに新たな反応が生まれると同時に。

 

「了解了解。──くらえ」

 

 歌川。

 そして、当真。

「え」

「おおう、マジか」

 二人ともが、感嘆の一言を告げる。

 

 双方の身体に──木虎と同じような弾丸が、埋め込まれる。

 

「──これぞオレのツイン狙撃。位置取り含めて完璧だったっしょ?」

 

 佐鳥賢。

 彼はバッグワームを解除し、二丁のイーグレットを構え──歌川・当真の双方をその弾丸にて仕留めたのであった。

 

「見てくれたか木虎このオレの完璧な狙撃──ぶげ」

 

 と同時。

 狙撃終了と同時にすぐさまその場を離れんと背後に走り出した佐鳥の脳天もまた、弾丸が突き刺さる。

 

「.....」

 東春秋のイーグレットが、佐鳥を仕留めていた。

「終わりか」

 東はそっとそう呟き、目を閉じた。

 その身が風刃の刃に貫かれる事すら想定内と言わんばかりに、ただそこに佇んでいた。

 

 

 太刀川の斬撃と弓場の銃撃が交差する。

 

 二刀から発せられる旋空。

 その範囲からギリギリ逃れられる位置取りをしながら、弓場は銃弾を吐き出していく。

 

 太刀川は、斬撃にかかる感性が非常に鋭い。

 旋空は、その刃が先端に至るほどに威力が増す。

 

 太刀川は──その先端に旋空を当てる事が非常に上手いのだろう。

 

 ただでさえ、伸縮するブレードを振り回すという非常に難しい技量が求められる旋空で、なおかつ相手は移動し距離感も変わっていく中だ。移動標的に旋空を当てるだけでも高度な技術と言えるのに──太刀川はその中でも、威力が最大となる部分に標的をぶつける技術が際立っているのだろう。

 相手との距離。移動する先。

 その全てを瞬時に把握した上で、必殺の斬撃を放っている。

 

 弓場は考える。

 この場で、太刀川よりも上回っている要素は何なのか。

 本来であるならば、それは射程であろう。

 

 射程を切り詰め弾速と威力を増している弓場の拳銃だが、それでも旋空の有効射程よりも長い。

 

 だが。

 背後から援護を与える三輪の存在が、その強みすらも消していく。

 放たれる鉛弾。

 あれを一発でも受けてしまえば、太刀川に詰められて一瞬で死んでしまうだろう。

 

 エスクードの陰に隠れ三輪の鉛弾を防ぎながら。

 太刀川に銃撃を浴びせ距離を調整する。

 

 だが。

 

「邪魔だな」

 ぼそりとそう呟くと、太刀川は加山が残したエスクードを次々と斬り裂いていく。

 

 エスクードの盾にも、限りがある。

 どうにか。

 どうにか──太刀川を、仕留めねばならない。

 

 こちらも、一人ではない。

 

「.....」

 嵐山がいる。

 

 まずは。

 三輪を仕留める。

 

「──が」

 

 太刀川が踏み込み。

 斬り裂いたエスクード。

 その陰から──弓場は、三輪に向け弾丸を放つ。

 三輪が弓場のその動きに着眼し、意識が割かれた瞬間。

 

 嵐山は──エスクードの壁側からテレポーターを起動し、三輪の側面を取った。

 テレポーターの弱点──視線の動きからテレポート先を読まれやすいという欠陥をエスクードと弓場の射撃で補い、そして突撃銃を放つ。

 

「く.....何故......!」

 

 三輪はそう声に出した瞬間──緊急脱出する。

 

 そうして。

 太刀川は背後から援護をしていた三輪を失い──その位置には、嵐山がいる。

 

 前方に弓場。

 後方に嵐山。

 

 挟撃を受けている中でも──焦りは、ない。

 

「旋空弧月」

 彼はくるりと最小限の足捌きで自身の身体を翻しながら旋空を放つ。

 その旋空は弓場の足元を削り崩し、嵐山の左足を削る。

 

 向かい来る弓場と嵐山の弾丸に幾らか貫かれながらも、それでも急所と手足を守りつつ──グラスホッパーを起動し、嵐山側に移動する。

 

「──ごめん、弓場!」

 そして。

 そのすれ違いざまに──旋空の一撃を嵐山に浴びせ、その首を斬り裂く。

 

 嵐山が緊急脱出し、そして残されるは──弓場と、太刀川。

 

「.....」

 

 弓場は、トリガーを切り替える。

 片手にアステロイド。

 もう片手にバイパー。

 

 エスクードの背後から弾丸を曲げつつ太刀川に向かわせる。

 

 それと同時に。

 バイパーの対処に少しばかり足を止めた太刀川に向け、アステロイドの銃弾を放つ。

 

 それを足捌きで避けつつ、太刀川の旋空が弓場に襲い来る。

 

「......やっぱり」

 その旋空を、弓場は避けない。

 避けず、向かい合い、それが到達する刹那に──弾丸を放つ。

 

「強ぇな、太刀川サン」

 確かな敬意をその言葉に乗せ──弓場の上半身は無惨にも斬り裂かれる。

 

 同時に放たれた弾丸は──されどクロスカウンターのように太刀川の左手を吹っ飛ばした。

 

「......あー」

 

 残るは。

 

 太刀川と。

 迅。

 

 足が削れただけで黒トリガーを所持している迅悠一と。

 左腕を失い、そして全身傷がついてしまった自分。

 そして無限に近い射程を持つ風刃と、もうまともに近付く事すらできない自分。

 勝負は、ついた。

 

「よぉ、迅──お前が見た未来、幾らか覆せたか?」

 

 そう呟き、太刀川は笑った。

 彼はそれでも最後まで役割を全うせんと迅に近付いていき──そのまま風刃に沈められた。

 

 こうして。

 空閑遊真をめぐる黒トリガー争奪戦は──幕を閉じた。

 



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加山、入隊

サブタイの色のレパートリーもうない。
すみません。



「──チ。やはり、まだ太刀川サンまでは届かなかったか」

 弓場拓磨は舌打ちしながら、自らの隊室に戻っていった。

 

「お疲れ様ッス、隊長」

「お疲れ様です」

「おう」

 ふぅ、と一つ息を吐き──弓場と加山はお互いに目を合わせた。

 

「お疲れ様です。──さて、じゃあ行きましょうか」

「おう。──上層部の連中にカチコミだ」

 

 お互いに拳を突き合わせ、──実ににこやかな表情を浮かべ、二人は意気揚々と隊室から消えていった。

 

「......何だか」

「......うん。言いたい事は解るよ」

 

 物凄く。

 弓場と加山は、息が合っていた。

 

 

「呼び出される前に自ら来るとは.......随分と聞き分けがいいじゃないか。ええ?」

 鬼怒田本吉は、こめかみに血管を浮かせながらそう呟いた。

 されど加山はそんなもの何処吹く風。笑みすら浮かべながら上層部の面々と向かい合っていた。

 城戸は何も言わず加山と向かい合い。

 忍田は顔を顰め。

 根付は頭を抱え。

 鬼怒田は怒りに顔を紅潮させ。

 唐沢は笑みを浮かべていた。

 その全員を前にして。

 虚勢を完璧に張り付けた笑みを、そのまま。

 

 城戸司令主体で行われた、極秘任務。

 黒トリガーを持つ空閑遊真を目的に──玉狛支部へ襲撃をかける。

 そして。

 この二人──加山雄吾と弓場拓磨両名は特段の命令もなく、その任務の妨害を行ったのだ。

 

「そんな鬼怒田さん。我々はただ弁解しに来ただけです」

「弁解? 弁解だと!? 寝言は寝て言え!」

「いえいえ。まあ、まずは俺と弓場さんがどうしてああなったのか聞いて頂けませんか」

 加山は実ににこやかな笑みを浮かべながら、──言葉を紡いでいく。

 

「俺と弓場さんは──迅さんに。そう迅さんに! お話があるという事で本部から呼び出しを食らっていたんです。あんな深夜の時間帯にですよ。酷くないですか?」

「何をいけしゃあしゃあと.....」

 加山は実に演技がかった身振り手振りで、言葉を紡ぎ、隣にいる弓場はただ笑みを浮かべて成り行きを見守っていた。

「俺と弓場さんがお手々繋いで仲良く玉狛に向かっていた時に──あの事件が起きたんです!」

 A級部隊が連帯し玉狛支部に向かい、その道中で迅が向かい合い、会話をしていた。

 

「あの時俺と弓場さんは何があったのかと思いました。──そうしたら、狙撃手の面々が迅さんを囲うように四方を囲む動きをしていたではありませんか。俺は思ったんです。これはまずい。恐らくこれは、──A級部隊が独断で玉狛支部の襲撃を仕掛けに行っているんだって」

 

 は? 

 そう──鬼怒田の声が響く。

 

「そんな事する訳が無かろうが! 独断での襲撃だと? A級部隊がそんな事を──」

「だって。処分保留の通告をしてからまだ二週間もたっていない時期ですよ。空閑君が特段の問題行動もしていないそんな時期に、何で襲撃なんかかけるんですか。空閑君を追い出したいなら、その旨の通告を与えればいい。──まさか黒トリガー目的に、自ら通告した内容を握り潰して極秘で襲撃をかけるなんて俺には思えなかった。そんな強盗まがいの命令を、まさか城戸司令が行うなんて思ってもいなかったです」

 

 これは。

 半分加山の本音でもあった。

 そう思っていたからこそ、加山は上層部を信用して情報を与えたのだ。そして東を引っ張ってまで交渉までしたのだ。合理的な要素を与えておけば、上層部は認めてくれるだろうと。そう思っていたから──迅の予知を聞くまで。

 当然、その考えは本当にただただ甘いものだったが。

 危機を乗り越えた今ならば──危機を招いた自分が積み重ねてきた行動が、武器にもなる。この言葉に、ある程度の説得力が生まれる。

 

「これは処分に納得いっていないA級部隊が、事前に情報を握っていた東さんが主体となって独断で襲撃をかけているんだ──そう判断した俺はすぐさまトリガーの換装を行って、今にも迅さんを狙撃しようとしていた奈良坂先輩を爆破しました」

 後は流れです、と加山は言う。

「本部長命令で嵐山隊が来た瞬間、やっぱりと思ったんです。これはA級の独断で襲撃をかけていて、そして慌てた忍田本部長が急いで止めに入ったのだと。自分の判断は間違っていなかった。ここは何とか止めに入らなければならない──そう思って私はあの戦いで迅さんの味方をしました。そして、俺を庇うために一緒に来ていた弓場さんもあの場で戦いに参加しました。以上」

 

「成程。──で、そんな論理が通用するとでも?」

「えぇ、そんな。通用するもしないも、事実ですし......。なら、他にどんな可能性が考えられると?」

「迅はあの襲撃を未来で予知していた。その情報を君に与えたと考えるのが自然であろう」

「うーむ。確かにそう考えたら、そういう可能性もありますね。俺と迅さんは結構仲がいいですし。──お、丁度迅さんが来たみたいですし。聞いてみたらどうですか?」

 

「お。皆さんお揃いで」

 迅はドアを開き、部屋に入る。

 ──上層部の視線が、更に厳しいものとなる。

 

「迅....!」

「何をしに来た」

「何って......加山と同じ。事情を説明しに来たんですよ。俺がわざわざ弓場ちゃんと加山を騙してまで襲撃を阻止させてもらった理由をさ」

 迅は加山と目を合わせると、一つ頷く。

 

「──ごめんな二人とも。騙しちゃったみたいで。呼び出したのも、ここで戦ってもらうためだったんだ」

「そうだったんですね、迅さん......見損ないました......」

「──借りは返してもらうぜ」

「ごめんごめん。まさか俺の方も城戸さんがこんな強硬な手段を取るなんて予想外でさ。こっちも、手段を選ぶ余裕がなかった」

 

 にこやかなやり取り。

 完全なる茶番劇。

 だが──迅がそう言ってしまえば、加山の主張が間違っている証明は、出来ない。

 

「俺は提案しに来たんだよ、城戸さん」

「提案?」

「要は、本部と支部とのパワーバランスを危惧しているんだろ、城戸さんは。支部に黒トリガーを二つも置いておくわけにはいかないから」

「......どうするつもりだ」

 そう城戸が言葉を返すと、迅は──

 

「風刃、本部に返却するよ」

 

 と。

 そう、言った。

 

 

「丸く収まりましたね。──あの感じだと、首が飛ばされることはなさそうです。まあもう少しでマスターランクまで言ってたポイントが没収されたのは悲しいっすけど」

「ああ。それはなさそうだね。──でも、弓場ちゃん大丈夫?」

「はん。チームランクと幾らか個人ポイントの没収はされるだろうな。──まあ、その程度で済んだなら別にいい」

「すみません、弓場さん」

「気にするこたねぇ。──最下位スタートだろうが、幾らでも返り咲ける。という訳で、お前は明日から弓場隊の一員だ」

「うす」

 弓場に頼った時点で。

 これはもう覚悟していた事であった。

 

 加山雄吾は、決意した。

 

 弓場隊で──自分は、A級を目指すと。

 相当に険しい道であるが──それでも、自分が着実に成長していけば、不可能な道ではないと感じていた。

 

「それじゃあ、頼みます」

「アテにさせてもらうぜ。──お前には期待しているぜ、加山ァ」

「了解っす」

 

 こうして。

 加山雄吾(15)

 個性派揃いのボーダーの中でも、一際独特の空気感を持つ弓場隊所属の隊員となりました。まる。

 

 程なくして、処分が決定した。

 弓場拓磨。個人ポイント3000を没収。

 加山雄吾。個人ポイント3000を没収。

 

 弓場隊。チームランクを没収。次ランク戦より下位スタート決定。

 

 想定していた通りの結果となりました。

 

 

 して。

 黒トリガー争奪戦を終えた、次の日。

 

「──という訳で。来期から俺達のチームランクは下位スタートだ。すまねぇ。必ず、来期が終わる頃には上に行く。だから、少し我慢してくれ」

「下位スタートかぁ。それじゃあ中位のチームの研究もちょっとしておかなければいけないっすね」

「......ッス! 来期は気合入れて、点数を取りに行くッス!」

「そして、代わりと言っては何だが。──神田に代わる追加メンバーをここで紹介しておく」

 

「はじめまして......じゃないっすけど。加山雄吾です。よろしくお願いするっす。ポジションは一応銃手です」

「よろしく加山君。俺は外岡一斗です。ポジションは狙撃手」

「藤丸のの。オペレーターだ! 神田の代わりだなんて思わねぇからなこっちは。あいつ以上にびしばし動いてもらうからな! 覚悟しとけ!」

「──」

 帯島は、自身の番が来ると、すぅ、と息を吸い込む。

「帯島。あの挨拶はもう一度されたからいいからね」

「ッス。帯島ユカリッス。ポジションは万能手。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします!」

 

「──さあて、挨拶は済んだな。いいかお前ら。二月から俺達はまた再スタートだ。これから加山も交えて連携の訓練を行って行くからな。気合入れてやるぞ!」

 

 ッス! 

 

 一際気合の入った声が響き渡る。

 何とも独特な空気だなぁ、と加山は何となしに思った。

 

 

 その後。

 防衛任務も終わり、上がろうとしたその時。

 

 弓場に、止められた。

 

「加山」

「何すか、弓場さん」

 

 ちょいちょいと手招きを受け、弓場は加山を引き留める。

「忍田サンから聞いた。──お前、高校に行かねぇって?」

「えっと、まあ、.....はい」

「ふむん。──理由を聞いてもいいか?」

「理由は──」

 

 本当は色々あるんだけども。

 取り敢えずは、一番納得してくれるであろう理由を話す。

 

 家庭の事情。

 高校に行き、ボーダーの仕事もこなしながら、一人暮らしをする自信がない事。

 

 これらの事情を。

 

「成程なァ」

 弓場は。

 それを聞いて──じゃあ簡単な話だな、と呟く。

 

「A級上がって。固定給が入ればその問題は解決じゃねぇか」

 

 と。

 

「固定給入れば、高校で使う時間が多少あっても、安定して金が入る。出来高を無理に稼ぐ必要もねぇ。──お前はA級上がって、遠征に行くのが目的だったな」

「え。あ、はい」

「じゃあ問題ないな。俺もお前もA級上がるつもりはある。──なら、ボーダー提携校の入学申請書を出してきやがれ」

 

 その瞬間。

 どんな顔を、加山はしていたのだろうか。

 

 弓場はその表情を一瞥し──また、言葉をかける。

 

「いいか。加山ァ。──お前が俺の隊に入る以上は、お前がお前を勝手に追い込んでいく事だけは許さねェ。隊の全員が学校に行っている間、ひたすら仕事や訓練し続けるような事は絶対にさせねェ。俺が一番、隊についての負担は背負う」

 

 そう弓場は言って、

 

「ほれ。これが入学申請書だ。こいつに判を押して、忍田本部長の所に持っていけ」

 

 そう言うと──無理矢理判を押させ、そして忍田本部長の所までついてきて提出をさせた。

 何というか。

 本当に──強引な人だなぁ、と。加山は思った。




大規模侵攻まで、ちょい弓場隊+αコミュを進めていきます。
(私が大規模侵攻の構想纏まるまで)


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変色すれど、赤は赤

大規模侵攻?

まあ、その、何というか......


ふふ。


「さあて。──これから加山が入るからな。だいぶチーム戦略も異なる部分が出てくるだろうな」

 弓場は、ミーティングの開始直後、そう口に出した。

 

「帯島ァ」

「ッス」

「率直に。加山をどう運用したら隊が強くなれると思う?」

 

 加山は弓場と帯島の関係を見るに、恐らくは師弟なのだろうなと考えていた。

 弓場は、帯島を試すような言動が多い。

 

 何が最善で、どう動くか。その判断を帯島にさせ、弓場はそれに及第点かどうかを判断する。

 こういうミーティングの場であっても、帯島に献策を求めることも非常に多い。

 弓場は帯島の面倒を見て、帯島はそれを糧に成長せんと踏ん張っている。

 弓場の問いかけを予想していたのだろう。帯島は落ち着いて答える。

 

「はい。加山先輩は、他の人が持たない戦術を幾つか持っています」

「何だ?」

「一つに、ダミービーコンとエスクード、メテオラを組み合わせて即席のトラップを仕掛ける事。二つに、ビルのような高い建築物をメテオラとエスクードを利用して崩壊させる技術」

「だな」

「一つ目の戦術は、隊長との連携の時に効果が発揮するもので、二つ目の戦術は外岡先輩との連携で効果があるものです。ビーコンで敵を引き寄せて、それに紛れた隊長が奇襲をかける事も出来ますし、隊長が追い込みをかけてトラップ地帯に追い込むことも出来るッス。二つ目の戦術は、単純に外岡先輩の狙撃範囲を拡大させる事が出来るッス。射線を防ぐ建造物を解体して、そこに外岡先輩を先回りさせる。隊長と、外岡先輩の二人。どちらも連携が仕掛けられます」

「成程なァ。なら、どっちの連携を優先させた方がいいとお前は考える?」

「マップの地形と対戦相手によって、変えるのがいいと思うッス」

 その返答に、弓場は一つ頷いた。

 

「及第点だ」

 そう弓場が答えた瞬間、帯島はホッと一息ついた。

 

「これからランク戦をする中で──A級でもトップを張れるエース格とぶち当たるような場合、連携して戦うのが吉だ。村上、生駒、影浦辺り。特に二宮サンと当たるときは連携しなきゃ間違いなく勝ち筋が得られねェ。そういう時は、俺との連携を最優先させる。で、狙撃手が外岡一人だったときや、射線が多く妨害されるような地形だったときは、外岡との連携を優先する。俺達がマップ決めする時、基本的にビルが多い市街地Bを選ぶから、その分でもこの戦術は噛み合う。適時、戦術は変えていく。──それでだ」

 

 弓場は、加山を見る。

 

「お前は戦術の要だ。──どのチームもお前を真っ先に潰しにかかってくる」

「ですよねー」

 放置しておくとトラップを作っていく上に、正面からの戦いも然程強くない。他チームからすれば、さっさと潰すに限る相手であろう。

 

「まあでもかくれんぼは得意ですよ」

「隠れていたり逃げている時は、お前が仕込めねぇだろうが。転送位置が俺と近ければそれでいいが、お前が孤立したら寄ってたかって潰されて終わりだ」

 

 それでだ、と弓場は言う。

「俺とお前は、今の段階でもかなり連携の精度はいい」

「うす」

「なら。──後は帯島との連携がどれだけ上手く行くかだ」

 そう言葉が発せられると、帯島は一つ頷いた。

 

「次のランク戦までに、お前ら二人の連携レベルを上げる。それが課題だ。気張れよ」

 

 

「──という訳で。ブースに来ました」

「ッス」

「お手頃な相手を探して、連携の練習に付き合ってもらいましょう」

「了解ッス」

 

 ではでは。

 練習に付き合ってくれそうなお優しい人たちを探しに、レッツ・ゴー。

 

 

「──麓郎! そっちじゃない!」

 ブース内。

 女の怒号が響き渡っていた。

 響き渡ると同時、麓郎と呼ばれた男の首が落ちる。

 香取葉子と、若村麓郎であった。

 

「何度も言っているでしょ! 追い詰められるとすぐに視野が狭くなるんだから!」

「す、すまん」

「私みたいな機動型の万能手がわざわざ銃手の正面から攻める訳がないじゃん! もうちょっと頭働かせろー!」

 ぷんすかと怒る香取。ひたすらそれを受け入れる若村。

 実に実に実に実に珍しい光景が、そこにあった。

 その光景に目をぱちくりさせている三浦も、その鋭い眼光を浴びる。

「ア・ン・タも! こいつカバーしてさっさと落ちるんじゃない! 銃手のこいつ一人残して私に勝てるわけないじゃん! カバーするならタイミングを考えろっ!」

「ご、ごめんヨーコちゃん!」

「何度繰り返すわけ全く! はい、もう一回!」

 

 香取葉子。

 彼女はぷんすかと怒りながら──それでも男二人の連携訓練の相手をしていた。

 

 個人ブース内で、市街地を再現して。

 香取VS若村・三浦の構図で、連携訓練を行っていた。

 

 かねてからの若村の要望かつ希望。

 真面目になった香取葉子。

 その姿がまさかまさか眼前に現れた。

 

 真面目であるが、我儘。

 上を目指すことを決意した香取葉子は──我儘に、即座の両者の実力向上を求めた。

 その結果が。

 コレである。

 

 訓練内容は簡単。

 二人がかりで香取葉子から一本を取る。

 

 で。

 十五本連続で取れないという現状が。

 

……まあでも。

 以前よりも遥かにマシにはなっているとは香取も感じてはいた。

 

 欠点を治す所まではいっていないが。

 欠点に対して自覚的にはなっている。

 

 欠点を意識し、その意識に基づいた行動は出来ている。

 だが。追い詰められ、思考が回らなくなると無意識に根付いた悪癖が顔を出す。

 なら。

 反復して無意識から叩きなおさないといけない。

 根気がいる。

 ......反復って、こんなにも苛々するものだな、と。

 香取は一つ溜息をついてそう再認識した。

 

 ここ最近。

 発見と再認識の繰り返しだ。

 才能頼みの物事の解決に頼ってきた香取が、知った──限界からの這い上がり方。

 反復の繰り返し。

 学習の積み重ね。

 何度やっても覚えてくれない身体に叱咤を入れ、覚え込むまで体の芯まで反復動作として叩き込む。

 ぶつかった壁に爪を立て、よじ登る。

 爪先が剥がれようとも。

 それでも昇る。

 痛いけど。

 苦しいけど。

 苛々もするけど。

 それでもやっていくしかない。

 壁の乗り越え方は、泥の中で足掻き続けるようなものだ。

 足掻くのをやめるか、続けるか。

 今の自分は、続けることを選択した。選択し続ける義務を自身に、そして──親友という存在に誓って課した。

 彼女は風間や三輪といった年上はおろか、緑川や木虎のような年下まで頭を下げ、個人戦を行ってきた。

 彼等が当たり前のように行使している動きを反復し、実戦に落とし込む。

 そんな地味な作業を、続けてきていた。

 

 だから。

 苛々しても。

 やり続けるしかない。

 

「──とはいっても」

 

 だから。

 容赦も遠慮もない。

 特に若村。

 あれだけ香取に大口を叩いて努力しろと言っていたのだ。ここで弱音を吐く事など許しはしない。

 

 でも。

 

「このままアタシと戦わせるばかりになっても、結局対応力じゃなくてアタシの対策になりかねないじゃん」

 

 はぁ、と一つ息を吐いた。

 そう。

 この訓練はとにかくこの二人に応用の効く連携を叩き込むためのもので、香取の対策を叩き込むためのものじゃない。

 

 これじゃあダメだ。

 上のレベルに追い縋るためには、自分がどれだけ強くなっても──脇がしっかりしていなければ。

 

 

 暫し訓練をしたのち、香取隊の面々は休憩に入る為、ブースを出る。

「お。──久しぶり、加山」

 ブースを出ると、若村の目の前には加山雄吾の姿があった。

 

「チッス、若村先輩。どうですか調子の方は?」

「ん? いや......よくは、ないな。お前の方はどうだ。この前弓場隊に入隊したみたいじゃないか」

「そうなんですよー。後輩連れて連携訓練ですねー。若村先輩は、ここで何を?」

「ん。隊で連携の訓練だな。お前と同じだ」

「三浦先輩とですか?」

「ああ。それと、ヨーコも」

 そう伝えられた瞬間。

 加山は、首を傾げた。

 え、どういうことだ。

 

「え? 訓練ブースに香取先輩いるんですか。うそぉ」

「嘘じゃないぞ」

「うわ。マジか。──よし、帯島」

「ど、どうしたんですか」

「非常に顔を合わせたくない人間がここにいることが判明したので、逃げる!」

 だって気まずいじゃないか。

 かつて自分が若村の前で「一番入りたくない隊」「お山の大将」等々。割と先輩に対して酷い事を言っていた自覚があるのだ。ダメだ目を合わせたくねぇ。木虎は煽ったらいい感じに熱くなってくれるが、あの手の人間は多分急激に不機嫌になって冷めてくるタイプだ。苦手なタイプなのは間違いない。

 

「──なに逃げようとしているのよ」

 

 加山。

 逃げ遅れる。

 

「──アンタが華が言っていた加山雄吾ね」

「はい」

「......」

「......」

 無言。

 お互い、言う事などなにもないのだ。

 だって......好意も、悪意も、どっちもないんだもの。

 

 と、思っていたのだが。

 ジロリ、と香取は加山を睨みつける。

 

「......随分と、以前の私達を酷評してくれていたみたいじゃない」

「ヴェ」

 変な声が出た。

 おい。

 まさか。

 

 加山は若村を見る。

 若村は──何も知らないと、首を振るばかり。

 

「華から聞いた」

「あ、そうですか」

 

 よし、ならば仕方がない。

 

「ベ」

「緊急脱出しちゃダメッス! 加山先輩!」

 

 ベイルアウト、という言葉を放とうとしたものの帯島に止められる。

 

「──ふん。別にいいわ。アンタなんか興味ないもの」

「あ、そりゃよかった」

 

 加山。

 ここでレスポンスを致命的に間違える。

 

 香取独特のひねくれた感性から出てきたひねくれた言葉を、直球のまま受け、直球のまま返す致命的なミス。

 このミスにより、香取のこめかみの青筋が一本。

 

 突如発生した不機嫌オーラを感じた加山は、帯島に尋ねる。

 

「帯島」

「何ですか」

「俺は何かまずいことを言ったのか?」

「もうそのセリフの時点でやばいッス......」

「俺も興味ないし、相手も興味ない......という訳ではないのか。く、言語出力の系統が木虎と同じひねくれ型の人間か.......!」

 

 加山が口を開くたび。

 帯島はおろおろし、

 三浦はどうしようもない半笑いで両者を見やり、

 若村は頭を抱えていた。

 

「──上等じゃない」

 口を引きつらせ、トリオン体でなければ千切れていたであろう青筋を顔面に浮かばせ、香取は加山を指差した。

 

「ブースに入って。ボッコボコにしてやる」

 

 という訳で。

 唐突に、加山と香取が戦う事になったのでした。

 



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滲む血色、その意味と成果

 という訳で。

 加山は香取葉子より無理矢理にブース内に連れ込まれ、10本勝負を執り行う事となった。

 

 ──まあ。

 加山は割と、攻撃手相手との勝負は相性が分かれる。

 機動力主体で動いてくる攻撃手相手は、割と加山は得意とするタイプだ。

 

 加山は自身の機動力がない代わりに、相手の機動力を削る手法を割と多く持っている。

 風間のようなその手法が通用しない技量を持っている場合や、村上のような図抜けた防御力を持っている場合は、まあ大虐殺になるわけなのだが。

 

 加山にとって香取の評価は、「攻撃に寄った木虎」であった。

 恐らくは一個人としての香取の戦闘能力は木虎よりも上であろう。だが、即興での対応力や立ち回りの上手さに関しては、木虎程ではない。

 

 だからこそ。基本的な対策は対木虎と同じ。

 近づけさせない。

 エスクードで移動に制限をかけていき、ハウンドで削っていく。相手が距離を取ればダミービーコンを餌に逃げ回り罠に嵌める。

 

「それじゃあ──スタート」

 若村の号令と共に、両者は動き出す。

 加山はエスクードを仕掛け、香取の移動範囲を封じていく。

 

「──その手の内は知っている!」

 香取は生え出るエスクードの間を縫うように、その間を通っていく。

 その動きは知っている。

 

「ハウンド」

 

 上であろうと、横であろうと。

 ハウンドの誘導半径内に入れば、それは対応可能なのです。

 

 縫っていくその動きに合わせ、ハウンドを放つ。

 

 香取は一つ舌打ちをすると、弾丸から逃れるべくグラスホッパーを発動。横方向へ向かって高速移動による脱出を図る。

 するとハウンドの誘導半径内から逃れるギリギリの範囲。彼女は新たなグラスホッパーの陣を開く。

 え、と加山は内心呟き。

 香取は内心鼻で笑う。

 

 舐めるな。

 誰から教わったと思う。

 

 回避行動に、無駄な距離を取るな。

 最低限の動作。

 最低限の距離。

 それさえ出来れば、削った距離の分だけ、反撃の時間が稼げる。

 

 それが。

 風間蒼也の戦い方。

 グラスホッパーの使いどころも、最小限だ。

 

 加山はその動きのキレに内心驚きつつ、されど慌てず。

 突っ込んでくる軌道上にエスクードを配置し、自身は後ろに引きながらハウンドの準備をする。

 

 これもまた。

 加山が対黒江との戦いの中で身に着けた対応策だ。

 高速移動する相手に対し、エスクードでその進路を妨害する。

 

 香取は眼前に生えたエスクードに左腕を沿え、衝撃を殺しながら身体を壁にぶつけ、身を寄せ、加山の視界から一瞬逃れると同時。

 ハウンド拳銃を取り出し、加山に向け放つ。

 

 加山のハウンドと香取のハウンドが交差する。

 

 香取のハウンドを加山はシールドで防ぎ。

 加山のハウンドを香取は横へ飛び込むことで防ぐ。

 

 ──おいおい。

 

 加山は、内心舌を打つ。

 動きが、明らかに違う。

 何が違うといえば──対応力が段違いだ。

 

 香取はエスクードの影からハウンドを放ちながら加山を牽制し、その間にじわりじわりと距離を詰めていく。

 加山はそれに対抗するように、新たなエスクードを作成しつつ香取の壁となっているエスクードを消していく。

 

 ──香取は、木虎と違い選択肢が多い。

 彼女はスコーピオン、拳銃のフルアタックが可能だ。

 だからこそ、この局面。

 選択肢が多い。

 

 眼前にエスクードが生えてくる。

 それを避けようと迂回するか乗り越えるか動くと、そこからハウンドが襲い掛かってくる。

 そのハウンドへの対応策として、

 ①迂回路から来ればグラスホッパーでの回避

 ②上空から来れば横方向へ飛び込んでの回避。

 

 回避後の行動として、

 またそこから、

 ①中距離を保ってのアステロイド・ハウンドによるフルアタック。

 ②ハウンドで牽制をしてのスコーピオンによる近接狙い。

 

 ハウンドに対する回避、そこからの反撃。

 彼女はどれも二つ持っている。

 木虎はグラスホッパー・ハウンドを持っていないが故に、どちらも一択なのだ。だから加山と距離が離れるとハウンドで削り取られる。

 香取は、その選択肢が多い。

 その多さを認識しているし、彼女はそれを駆け引きの材料にしっかり利用出来ている。

 

 エスクードの壁に隠れ、ハウンドを撃つ。

 ここでエスクードを加山が消すと、その分だけ即座に距離を詰める。もしくは逆にその距離感を保ったまま拳銃によるフルアタックを浴びせる。

 その二択を常にアトランダムにこの戦いの中で、切り替えながら行っている。

 

 ならば。

 加山自身も新たな選択肢を提示しなければならない。

 

「メテオラ」

 加山はトリガーを切り替え、左手に分割なしのメテオラを発生させる。

 それを──エスクードの壁に隠れる香取葉子に向けて発射する。

 

 加山のトリオンが込められたメテオラが、エスクードの壁を圧し潰すように爆発し、香取にその衝撃を届かせる。

 

 加山の戦い方は、

 高トリオンを活かした物量作戦が基本だ。

 

 新たにエスクードを発生させるという手札を放棄する代わりに、エスクードごと相手をぶっ飛ばすという手札を追加する。

 相手にも二択を迫る。

 エスクードを作る・消すという手札と、

 メテオラによる爆殺という手札。

 

 ハウンドによってエスクードを壁にするという香取の基本戦術を簡単に取れないようにする。

 香取はとっさにシールドを張りつつその場を離れ致命傷は避けたものの、手足が大きく削れていた。

 

 よし。

 機動力は削った。

 

 ならば後は如何様にも出来る。

 

 加山はメテオラで面攻撃を行い香取の足を止めると同時、ハウンドを浴びせる。

 

 足が止まってしまった香取はそのまま削り切られ──緊急脱出する。

 

 第一戦は、加山の勝利であった。

 

 が。

 今の香取葉子は、これで終わらない。

 

 

 その後。

 二本を連続して香取は加山から勝利を奪取する。

 

 メテオラによる爆殺の手札を知った彼女は、メテオラに切り替えた瞬間にグラスホッパーで瞬時にスコーピオンで喉元を斬り裂く戦術に切り替えた。

 加山が提示した二択。

 香取はその天性のセンスで、どのタイミングでメテオラが放たれるかを一本取られたことで瞬時に判別できるようになっていった。

 

「──いやマジか。これは」

 

 香取葉子。

 彼女は正真正銘、トップクラスの万能手に成長を遂げていた。

 

 グラスホッパーの高機動力を活かし障害物を盾にしながらハウンドを放つ動作。

 それを嫌って距離を詰めれば、拳銃で牽制を入れながらのスコーピオンの急襲を行う。

 動きに無駄がなくなり。

 その上で選択肢を増やして、立ち回りが非常に上手くなっていた。

 

 これは。

 センスだけでどうにかなるものではない。

 

 相手を知ろうとする思考の深さと、思考を反映させる対応力の二つが身に備わってなければ出来ない芸当だ。

 

 その後。

 加山は結局──香取に7本を取られ敗北を喫する。

 

「......」

 強い。

 本当に、強い。

 

 かつてあった暴走癖は完全に消え去り、立ち回りの妙を備えつつ、ここぞというときの突撃力が強力な万能手がそこにいた。

 

 勝負が終わると、加山は、

「香取先輩」

「何よ」

「すみませんでした」

 

 素直に頭を下げ、謝る事を選択した。

 ここまでの成長を遂げるまでに、どれだけの努力を積み重ねてきたのか。

 解らない加山ではない。

 

 だからこそ。

 かつてその戦い方を見るだけで「隊に入りたくない」と思わせた彼女の変化に、確かな敬意を払い──それを謝罪という形で表明する。

 香取は、何だか毒気を抜かれたように目尻を下げ、「はぁ?」と呆れたように呟いた。

 

「確かに俺は香取先輩をお山の大将だ何だといってました」

「おい」

「でもマジですみませんでした。──香取先輩、滅茶苦茶強かったです」

 

 その強さと言うのは。

 変化していく、強さ。

 相手を見て、相手を学習して、対応して。

 発展性も欠片もないと思っていたが。彼女の今の変化を見るだけでその判断は多いに間違っていたと理解できた。

 染井先輩が言っていたことは正しかった。

 

 彼女は努力の仕方を知らないだけだったのだ。

 

「ふん。──別にいい」

「うっす」

「......アンタの言葉があって、麓郎が変わって、そこから全部の変化が始まったんだから」

 

 香取は。

 少しだけ神妙な顔をして、そう呟いた。

 

「噂で聞いたんだけど、アンタ四年前の侵攻の被害者なんだって?」

「はい」

「華も、そうだって知ってる?」

「はっきり聞いたわけじゃないですけど。まあそうなんだろうなとは」

「──アタシは華に命を助けられたから」

 

 え、と加山は呟く。

 

「だから──絶対に上に上がらなきゃいけないの」

 香取は強く、そう言葉にした。

 

「──その事を思い出させたきっかけがアンタだっていうなら、感謝する。ムカつくけど」

 そう香取は言うと、ぷい、と背後を向く。

 

 そうなのか。

 染井華は──あの侵攻の中、誰かの命を救っていたんだ。

 

「......」

 

 父は。

 加山を助けた。

 

 ふと思う。

 自分はその責任を果たせているのだろうか。

 

「......」

 

 その是非は、これからの行動と結果如何だ。

 

 自分が死ぬまで。

 近界を滅ぼすまで。

 ──自分は止まってはならないんだ。

 

 

「──さあて、じゃあ香取先輩の憂さ晴らしが済んだところで」

「おいこら」

「若村先輩たちは、連携訓練の為にここにいたんですよね」

 

 ああ、と若村は言う。

 

「......正直、見違えるほどにヨーコが上達したからな。こっちもちゃんと強くならないと」

「責任感強いですねぇ」

 若村は、香取に上級者の壁だ何だ言い訳並べず努力しろと言い続けてきた人間だ。

 それが言い訳せずに努力し、そして全く同じことをそっくりそのまま言い返してきたのだから。

 若村としては、逃れられない。

 

「どうしますか。ここで隊同士で模擬戦しますか」

「3対2ってこと? 嫌よ」

 即座に、香取はそう言った。

「あら」

「こっちは手の内全部を見せるのに、アンタらだけ二人分の手の内しか見せないっていうなら不公平」

 

 成程、と加山は呟く。

 正論だ。

 

「だから、2対2よ」

「ほう」

「え?」

 若村と三浦が戸惑いの声を上げる。

 条件が少々特殊だったとはいえ、以前行った訓練では、加山一人討つ事すら二人は出来ていないのだ。ここで帯島も追加されたとあらば、勝てる道理はない。

 

「何よ。──私一人にボコられるか、あの二人にボコられるかの違いしかないじゃん。さっさとボコられてこいっ」

 まあ、そうね──そう香取は呟くと、

 

「アンタたち二人は麓郎・雄太どっちも仕留めたら勝ち。こっち側はどっちか仕留めたら勝ち。このくらいのハンデはやった方がいいかもね」

 

 さ、と香取は呟く。

「アタシは審判をしてあげるから。──精々頑張りなさい」



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輝ける白銀色は、あまりにも眩しく

 いつだっただろうか。

 衝撃を受けた覚えがある。

 あれは確か。

 何かの記者会見だったと思う。

 あの時。

 嵐山准と柿崎国治が、二人してマスコミの前で何かしらの記者会見を行っていた。

 

 その時の嵐山とマスコミの問答が。

 

 その時。

 嵐山は第一に家族の安全を優先して確認し、その後市民の安全の為に戦うと。そう彼は言っていた。

 その時。

 市民よりも家族の安全を優先するのか──といった質問がマスコミ側から飛んできた。

 正直、なんて質問だと思った。

 ボーダーは民間組織だ。国からの援助を受けて成り立っている組織ではない。近界民を倒し、市民を守る事が目的の集団であるが、そこに公益性はない。隊員が命の順序を付けることをボーダーが容認しているならば、それを非難する資格が外部にあるわけがない。

 だが、そんな意地の悪い質問に、──嵐山は浮かべた笑顔を崩さぬまま、言い放った。

 

 ──家族が無事なら、後は思いっきり最後まで戦えると思います。

 

 最後とは? 

 最後とは何なのだ? 

 戦いにおける最後、とは。

 死だ。

 死以外の何物でもない。

 この年端もいかない少年が。

 死すらもあっけらかんと受け入れ、そんな言葉を放ったのだから。

 

 その事が解ったのだろう。マスコミはおろか、隣に立つ柿崎の表情すら若干驚きを隠せずにいたと思う。

 嵐山のその声に、一切の色の変化はなかった。

 あれは。

 彼が心の底から放っている本心なのだろう。

 本心から言っていることが。

 恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。

 

 何故恐ろしかったのか。

 アレは。自分と、自分の父親が目を背けていた現実の全てを内包している人間だからだ。

 息子の為に信念を捻じ曲げ死んだ父親。

 自分の身を犠牲にしても近界を滅ぼしたいと思っている自分。

 

 家族を守る事。そして市民を守る事。この二つを信念として提示して、そしてそこに自分の命を懸けることに何一つ疑問に思っていないその在り方。

 色々と、考えてしまうのだ。

 嵐山は。市民を犠牲にせねば家族が助けられない状況になれば、父のように葛藤を覚えないのだろうか、とか。

 そうして嵐山が死んでしまえば、残された家族はどう思うのだろうか、とか。

 何一つ疑問に思わず、あの解答が出来た嵐山が──加山は心の底から恐ろしいと思った。

 

 そう考えれば。

 自分は幸せなのかもしれない。

 だって。

 守るものなんて何一つない。

 自分の命が犠牲になって、誰かの人生が大きく左右される事もない。

 だって。

 皆死んでしまったし。

 

 その時だったと思う。

 加山雄吾が、ボーダーに入ろうと決意したのは。

 かつては。

 単独で近界に向かえる方法がないかを模索していた時もあった。

 自暴自棄になって。

 周りの人間の目があまりにも怖くて。

 こんな状況にした近界の連中に、毒ガスでも致死性のウィルスでも散布して自分諸共死んでやろうかとか。

 そんな事を、考えたこともある。

 でもそれじゃあダメだ。

 そんなことして何の意味がある。

 そうじゃない。

 折角。

 折角、誰からも必要とされない命がここに在るのだから。

 その癖、あの地獄から生き残ってしまった命があるのだから。

 最大限生かし、最大限殺す生き方をしなければならない。

 この世界には、誰かから必要とされている人たちがいて。

 あの世界には、この世界の為に死んでもらわないといけない人間がいる。

 だから。

 だから。

 真っ先に犠牲にすべきは、──嵐山ではなく、自分なのだと。

 そう、強く自覚できた。

 

 

 さあどうする、と若村と三浦は相談する。

 

「──多分、加山がエスクードとハウンドで援護しつつ、帯島が俺達に斬りかかるって形になると思う」

「僕等の勝利条件は、──情けないけど、実質帯島さんを落とせるかどうかって所になるんだね」

 香取がハンデを与えたのも、それを期待しているからだろう。

 仮に弓場隊で対加山・帯島との戦闘になった時──せめて二人がかりで帯島だけは落とせるようになってくれ、と。

 加山の援護を受けた帯島を、二人がかりで仕留められるか。

 それが、今回の訓練の課題だ。

 

 

「帯島。今回俺は後方支援に徹するから、前衛よろしく」

「ッス!」

「俺は基本的にあの二人を分断するようにエスクードを配置していくから、好きな方を選んで仕留めて下さいな。残りを俺がハウンドで足止めしとくから。今回藤丸さんいないんで、配置を事前に伝えることはできないから、ある程度お前と距離を取ってエスクード配置する。まあ、自由に使ってくれ」

「了解!」

「今回、俺はお前の指示に従う。何かしてほしければいつでも言ってな」

「えっと......いいんですか?」

「いいのよ。後衛は前衛がやりたいようにやらせるためにあるから。これも、お前を理解する為に必要な工程だからさ」

 

 連携とは。

 結局のところ味方の思考をどれだけ理解できているかによってその練度が変わってくる。

 相手が望む行動をどれだけ素早く行使できるか。

 加山は、攻撃手がやりたい環境を作り、支援する役割の駒だ。

 ひとまず。帯島がどういう思考をして動いているのかを把握する必要がある。

 

「それじゃあ、はじめ」

 緩い感じに香取が宣言すると同時。

 先に動いたのは帯島であった。

 動くと同時、加山はエスクードを展開する。

 

 展開していくエスクードを前に、若村が三浦の斜め後ろに、そして三浦が若干体軸を正面ではなく、少々側面にずらした位置取りで陣形を引いている。

 恐らくは、エスクードを展開されると同時に、すぐに旋空を浴びせ、分断を防ぐためだろう。

 

「──加山先輩」

「どうした?」

「分断は考えなくていいッス。その分、自分の前にエスクードを多く展開してください」

 

 了解、と加山は呟き。

 帯島の前に三枚ばかりのエスクードを展開する。

 

 そしてその後ろ姿を見ながら。

 狙いが、理解できた。

 

 ──成程。

 帯島は。

 エスクードの後ろに、射手トリガーであるハウンドを生成・分割し──置く。

 

 すると帯島は──今にもエスクードを斬らんとする三浦に斬りかかる。

 

「麓郎君!」

「解ってる!」

 斬りかかり、斬り結び、剣戟が鳴り響くその時。若村は帯島に銃口を向ける。

 それを見越してか。若村に、加山からのハウンドが襲い掛かる。

 

「ぐ.....!」

 ハウンドをシールドで防ぐ、その瞬間。

 エスクードが一つ消滅する。

 その先には。

 

「な.......!」

 帯島が置いた、ハウンドがある。

 

「ハウンド」

 そう帯島が呟くと同時。

 

 それが、若村・三浦の双方に襲い掛かる。

 三浦はバックステップと共にハウンドをシールドで防ぎ、若村は加山のハウンドへの対処でシールドを使用していたため、まともに腹部に食らう。

 

 加山はその瞬間に帯島の左手側にエスクードを展開する。

 若村の銃弾がエスクードに防がれるのを視認すると、加山は帯島の斜め後ろに移動しつつトリガーを拳銃に切り替え、数発撃つ。

 弾丸への対処の為サイドにステップした三浦に旋空を浴びせ、緊急脱出させる。

 

 その後。

 

「く.......!」

 加山のハウンドと帯島のハウンドが、若村の頭上に降り注いだ。

 

 

 その後。

「なっさけない、二人とも」

 審判をしていた香取は一つ息を吐き、そう呟いた。

 

「まあでも、一本は取れたから許す」

 

 十本勝負し、崩せたのは一本のみ。

 帯島のハウンドが射出タイミングを誤った隙をつき若村が取った一本。

 それのみ。

 

「すみません。最後にミスしたッス」

「まあ、最初の連携訓練と考えれば上出来じゃないかね」

 

 帯島は。

 思った以上に強かだ。

 そう加山は思った。

 動きが軽快で防御が上手いのは勿論のことだが──射手トリガーの使い方が上手い。

 

 若村を牽制し援護を封じ込めた上で三浦との斬りあいを選択する。

 加山のハウンドで防御の隙が出来た相手に、追加でアステロイドを使用する。

 

 といったように。

 牽制や、相手の防御を崩す目的で積極的に使用しているように感じる。

 この使い方であるならば。

 エスクードの影に置き弾を隠すという使い方が非常に有効となる。

 

 ──恐らく、加山の加入が決まった瞬間からこの連携を帯島は考えていたのだろう。

 

 その辺りも含めて。

 強かだ、と考えた。

 

 割とこれは──例えば弓場と組み合わせて連携をしても面白そうだと加山は感じた。

 

「──今日は付き合ってもらってありがとう」

「ありがとうね。本当に助かったよ」

 そう若村と三浦は──背後から浴びせられる香取の不平不満を背中に受けながら、それでも礼を一つ言うと、彼女を宥めにかかっていた。

 

「──帯島。今回香取の戦いをどう見た?」

「──凄く強かったッス」

「いや。ほんと。アレは参った」

 今の香取は。

 A級でも十分に得点源となれるだけの実力を持っていた。

 動きに無駄が無くなり、周囲もよく見えている。周囲が見えている分だけ、立ち回りや駆け引きも以前とは比べられないほどに成長している。

 まだ粗がない事もない。だがその粗は、圧倒的攻撃力に転嫁できる粗さだ。

 

「まあチームとしては危惧すべきなんだろうけど。──最後にゃ味方だ。心強い味方が増えるのはいい事だ」

「......そう言えるのは、本当に尊敬するッス」

 そう帯島に声をかけられた瞬間、加山は──急激に腹が減ってきた。

「さて、昼めし食いに行くわ」

「あ、加山先輩もお昼ですか?」

「おう。これから食堂行くけど、どう?」

「お供するッス」

 

 で。

 

 加山は弁当片手に食堂の席に着き、帯島は食券を購入しゴボウ天ぷらそばを持ってくる。

 

 そして──加山の弁当箱には。

 

「......」

「.......どうした、帯島」

「あの、加山先輩。これ、なんですか.....?」

 

 本日の、加山☆メニュー

 

 ①へたれたレタス

 ②つくしの炒め物

 ③人参スティック

 

 以上。

 帯島の問いかけに、加山は憮然とした表情で答える。

 

「昼飯だ」

「あの。よければゴボウの天ぷら少し差し上げま」

「ありがたいが、後輩から恵んでもらうのはあまりにも気が引ける。気にするな。割とうまいんだ」

 全部の台詞を言い終える前に、加山は帯島にそう断りを入れた。

 ふふ。

 大丈夫だ。

 栄養バランスも何もかも知った事ではない。

 腹が満たされればそれでいいのだ。

 

「いいか帯島。──こんなのになっちゃダメだぞ」

「ダメだというなら、まず加山先輩に変わって欲しいッス.....!」

「勿体ない精神の化物だ。金も食い物も時間もすべて有限だぜ帯島」

 

 後に。

 この食生活を目の当たりにした弓場に無理やりに飯屋に連れて行かれるのは、また別の話。

 



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漆黒に染まる優しさ

「──あの時はすまなかったな、加山」

「いえいえ。優秀だと無茶振りされて大変ですね、東さん」

 

 加山は

 以前と同じように、東と隊室で話をしていた。

 

「ぶっちゃけ、東さん。あの時本気を出してました?」

「本気だったぞ。ただ、俺は俺の役割を果たしただけだ。俺が指揮官の太刀川から与えられた仕事は迅の足止めと部隊のかく乱だったからな。その役割に全力を尽くしただけだ」

「そこなんですよね。俺が疑問に思ったの」

「疑問?」

「何で、城戸司令は東さんを指揮官にしなかったのかなって」

 

 加山の失策により、東という手札を手に入れた城戸。

 しかし、何故に東を指揮官にしなかったのか。

 加山は、あの争奪戦の後にずっと考えていた。

 城戸が、迅の立ち位置・スタンスを理解した上で──あの任務を迅が妨害する事を想定していない訳がないと。

 

 ならば。

 黒トリガーを持った迅に最も対抗できるであろう太刀川に指揮権を与えた理由は何だろうか、と。

 

 太刀川が十分に指揮ができることは理解している。

 だが、あの争奪戦の太刀川の一連の動きを見てみると、やはり指揮官としての動きを最優先していたように思う。

 

 迅の足止め。そして迅と分断した他部隊へ向かった動き。

 私情を優先しないその動きに感心しながらも──やはり、思う事はある。

 もしも他の人間が指揮を執って。

 太刀川を迅の討伐の為だけに動かすことが出来たならば。

 もっと、太刀川はその力を発揮できたのではないかと。

 

「俺が城戸司令の派閥ではない、というのもあるのだろうが.....」

「が?」

「別段、あの時の城戸司令は絶対に任務を成功させなければならないとは考えていなかったのではないか──と俺は思っている」

 

 ふむん、と加山は呟く。

 

「よろしければ、根拠を教えてもらってもいいですか?」

「加山。お前は俺に相談し、上層部の根回しを依頼したことを悪手だと思っているようだが。別にそれは何も間違ってはいない。根回しは、顔の広い人間を利用する方が効率的だ」

「......」

「ただ──何をもって合理的とするかは、人によって異なるんだ。加山」

 

 東は微笑む。

 

「お前は純粋な功利を求めていったつもりだったんだろうがな。それもやっぱりお前の中の合理性の基準に基づいた行動なんだよ。『ボーダーの戦力向上と情報優位の確立』がお前の中の合理基準なら、城戸司令は『組織の継続運営』を基準としていた」

「.......成程」

 何となしに、東が言おうとしていることを加山は感づいた。

 

「城戸司令にとって、この争奪戦はどうあれ起こさなければならなかった......という事なんですね」

「そういう事だ。この争いが発生したことで、迅の譲歩を引き出し、支部間のパワーバランスの問題は解決できた。そして、城戸司令派の人間たちも、任務を失敗した手前空閑がボーダーに入隊する事に対して強くも言えない。この手続きを踏んだ上で、戦力も向上させ情報も手に入れる。これこそが、城戸司令の合理性を満たすには必要な事だった」

 

 だから、と東は続ける。

 

「城戸司令は迅の妨害も想定した上で、あの作戦を行ったんだと思っている。派閥の外にいる俺に指揮官をやらせて、俺の不興を買わせてまで何が何でも成功させなければならなかった作戦ではなかったんだろう」

 

 成程、と。

 加山は思った。

 

 組織運営をする上では、ただただ利益を追い求めて行けばいいという訳ではない。

 

 人を動かす以上。

 その人に対する感情もまた、考慮しなければならない。

 敵を引き入れる事。

 そこから発生する忌避感。それは敵意があるとかないとか、そういう次元で考えるべき事項ではなかった。

 

 城戸はそこを想定し、

 加山は想定できなかった。

 

 確かに、不正解ではないある意味では正しいのだろう。加山の中の合理性を満たすかどうか、という部分であるならば正解だった。

 だが──その中に、他人の価値基準を推し量るという行為が含まれなかった、という意味で。それは不正解だった。

 

「だが。今ここにおいて空閑をボーダーに引き入れるという、お前が望む結果を手に入れたじゃないか。それにお前はそれとはまた別の利益を手に入れた」

「利益?」

「ああ。──城戸司令という人間の思考を学ぶことが出来た。望む結果を手に入れて、その上で司令の考え方まで学べたんだ。次の交渉は、もっと上手くいくだろう」

 

 確かに。

 前向きに考えれば、そういう事かもしれない。

 望む結果を得ることが出来て、苦労した分だけの利益が手に入った。

 

 今回は、そういう風に捉えておいた方が、気持ちは楽かもしれない。

 

「さて、加山。──弓場隊に入ったらしいな」

「うす」

「理由は──まあ、何となく」

「義理と人情。取引における等価交換。どう捉えてもらっても結構っすよ」

「アイツはいい隊長だ。学ぶことが多いだろう。──それにお前の戦術とも相性がいいだろうしな」

「ですねぇ。──あの争奪戦における俺のダミービーコンの使い方に関して、戦評をお願いしてもいいですか?」

「よかったぞ。ちゃんとお前の意図通りになっていただろう。敵をあの区画に集めるという目的を達成していた。極秘任務中という環境を利用し、爆破を行って敵をおびき寄せる。その中で姿をくらまし、工作の時間を稼ぐためにダミービーコンを使う。使いどころもちゃんと解っていた」

「ありがとうございます」

「ダミービーコンは、結局『敵がどうしても足を踏み入れなければならない場所』の中で効果を発揮するものだ。今回はお前の爆破でその環境を作っていたようだが、ランク戦の中ではまた別の理由を作らなければならない」

「ですね.....」

 

 今回、弓場隊は最下位からのスタートだ。点数を積極的に取らなければ上位復帰は厳しく、その為待ち伏せの戦術が採用しにくい。

 ダミービーコンの威力が発揮しにくいのは確かだ。

 

「東さんはあの争奪戦の中で狙撃手を用いて『踏み入れなければならない区画』を使ったわけですからね」

 争奪戦の中、東は狙撃手の再編成にビーコンを使い、そして自身がその中に紛れることでビーコン区画に木虎を引き入れた。

 アレが、基本の使い方なのだろう。

 .......その上で東は引き入れた後に、狙撃手の射線上におびき寄せる餌としても利用していたわけだが。やはりこの人は心の底からおかしいと感じた一幕でした。

「ああ。だからこれからお前がランク戦の中でビーコンを活かすにあたってカギになるのは外岡だろうな」

「ですね」

「狙撃手に、万能手に、攻撃手として運用する銃手。全員が射程を持っている構成の弓場隊は、お前のエスクードもダミービーコンもきっと活かせるだろう」

「ありがたい話です。──東さん」

「ん?」

「東さんから見て、俺が加わった弓場隊の戦力をどう評価しますか?」

「B級上位レベルなのは間違いない。今の環境でA級になれるかどうかは──お前と帯島の成長にかかっているだろうな」

「現状じゃあ、やっぱり厳しいというのが東さんの見立てなんですね」

「というより、今の環境があまりにも厳しすぎるというのが正確な所だな。二宮隊も影浦隊も本来A級だ」

「早くA級に帰れよあの人たち」

 本当。

 あの二隊だよ本当に。

 勘弁してほしい。

 

「まあ愚痴を言っても仕方がない。──お互い、頑張ろうか」

「うす」

 

 ──帯島と、そして加山自身の成長。

 

 自分はどう成長していけばいいのだろうか。

 割と。自分が出来ることはやってきたつもりだったが。

 

 その部分含めて──部隊戦の中で掴んでいくしかないのか。

 何を成長させ。

 どう活かすか。

 自分の強みと弱み。

 ──見つめなおしていかないと。

 

 弓場隊で上がると決めたのだから。

 現状で足りないものは、自分が埋めて行くしかない。

 

 頑張っていこう

 

 

「......あ」

「......あ」

 

 ばったり。

 東隊の隊室から出て、ブースを抜けた廊下の途中で出会った人物。

 それは、

 

「お久しぶりです、三輪先輩」

「......加山か」

 

 あの時の争奪戦以来の。

 三輪秀次であった。

 

「.......加山」

「はい」

「あの時の事、別に恨んではいない。その上で、聞かせてくれ。──お前は、何故あの時近界民に味方した」

「先輩」

「......どうした」

「俺はですね。近界を全部ぶっ壊したいと思っているんです」

「.......ならば、何故」

「必要だからです。足りないからです。近界を全部壊すには、戦力も、技術も、情報も、資金も、何もかも。何もかも足りないんです。──現状のボーダーでは、まだ何もできない」

「......」

「近界民とはいえ、彼は必要な戦力で、そして情報源です。──あの時殺させるわけにはいかなかった」

「近界民を、信用するのか?」

「俺は。人を信用するかどうかは俺の目と耳だけで決めます。──日本人だろうと外国人だろうと近界民だろうと。善人もいれば悪人もいるんです。そこに違いはない」

 そして、と加山は続ける。

「その上で。──近界は全部ぶっ壊すことに決めたんです」

 

 あの時。

 侵攻の地獄の中。

 こちら側の人間だって、善人も悪人もいた。

 人を必死になって助けようとした人もいれば──息子を助けるために拳銃を向けるような人間だっていたんだ。

 そして。

 恐らくこちらに侵攻してきている人間だって、悪人であるとは限らない。

 やむを得ない理由があって侵攻してきているのかもしれない。自国の人間を守るために必死にやっている事なのかもしれない。

 

 その上で。

 その上でだ。

 

 善人も悪人も関係なく。

 この世界の為に。

 近界には死んでもらう。

 

 それが加山の覚悟であり、行動原理だ。

 

「だからあの時。俺はああいう行動をしました。空閑君は、引き入れなければならない人物だと、そう判断しました」

「.......そうか」

「すみません」

「いや。謝る事はない。──あの時のお前は、明確な意思があってああしたのだと、それが解っただけでも、十分だ」

 

 三輪は、優しい。

 本当に。

 

 そう加山は心の底から思う。

 

 だからなのだと思う。

 許せない。

 自分の大切な人を奪った理不尽を。

 優しさゆえの憎悪。

 それが三輪の根底であり、突き動かしている理由なのだと思う。

 

 自分は、そうじゃない。

 優しさが原理じゃない。

 

 だから。

 自分もまた自分で。

 明瞭な意思の下、歩いていかなければならないと。そう思う。



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死に内在する色彩を

全部シリアス。
すみません,,,,,,。




 墓参りって。

 何の意味があるんだろうか。

 

 よく解らないが──それでもやらなければいけない事なのだろう。

 

 墓石に水をかけ、花を取り換えて。線香をあげて両手を合わせる。

 ──この行為の意味を、加山はあまり理解できない。

 

 

 三門市郊外にある墓地は真新しい。

 理由はとかく簡単で、四年前の侵攻で大いに荒らされてしまったらだ。

 既存の墓もその大半が壊れてしまった上に、更に数千人分の墓が急遽用意せざるを得なくなってしまった。そのくせ市内の墓石業者は当時全滅してしまい、一時市外の墓石業者が三門市に多く来ていた。

 

 

 加山の両親が残した遺産は全て消え去った。

 家は壊れたし、残っていた資産は入っていた保険含めその全てが父が起こした事件の賠償の為消え去った。

 

 残ったなけなしの金も──眼前の墓石を買うために消えた。

 

 あの世なんてあるのだろうか。

 地獄や天国もあるのだろうか。

 

 あってたまるものか。

 そう加山は思う。

 

 もし。

 あの侵攻が無ければ親父は信念を持った警官のまま、一生を終わらせることが出来たのだろう。

 息子の命可愛さに事件なんて起こすこともなく。

 懺悔の念を呪詛のように吐いてこの世を去る事もなかった。

 

 今生きているこの世界の中で、特定の人間だけに押し付けられた理不尽。

 その中で取った行動の是非を、生きている間だけでなく、死んだ後も償わなければならないのか。

 何処かの世界では、理不尽なんて知らずに誰かを愛して、愛したまま一生を終えるような人間もいて。

 そして、何処かには理不尽に押し込まれてくたばる人間もいて。

 

 理不尽であろうと不運であろうと。この世の中で起こした行動についてはこの世においてその是非と責任を問われるべきだろう。

 死は平等に訪れる。

 ならば。

 死んだ後も、平等であってくれてもいいじゃないか。

 

 地獄なんて。

 この世だけで十分だ。

 そうじゃなければ、救いなんか何処にだって存在しない。

 

 ......なんて。

 思っている自分が両親に祈る事なんて何があるのだろうか。

 祈ることの意味があるのだろうか。

 解らないが、それでも祈る。

 

 

 静寂の中に響く音が以前は好きだった。

 鳥のさえずりや、ひゅうと時々訪れる風音。

 綺麗な色を運んでくれる音ばかりが、静かに響いていて。

 

 でも。

 こんな静寂の中で父は死んでいった。

 懺悔という名の呪詛だけを息子に吐き散らして。

 

 

 

 

 桶と柄杓を所定の場所に戻り、さて帰ろうかと背を向けた時。

 

「あ」

「.....」

 そこには。

 香取隊の、染井華がいた。

 

「久しぶりです、染井先輩」

「ええ。久しぶり、加山君」

 厚手のセーターの上に紺のシンプルな上着を着込んだ彼女の手には、同じように桶と柄杓があった。

 

「墓参りですか」

「ええ。丁度終わったところ」

 彼女も丁度同じ場所に桶と柄杓を置く。

「この前はありがとう。葉子の我儘に付き合ってもらったみたいで」

「こちらこそ。帯島と俺の連携の訓練でもありましたし。ありがたかったですよ」

「──それで」

「はい?」

「加山君の目から見て。──葉子は変わった?」

「いや、もうびっくりでしたよ」

 

 変わった、なんてものじゃない。

 以前に存在した香取葉子とは、全くの別物だった。

 

「ごめんなさい。──私は、貴方が書いてくれたノートの写しを、あの子に見せたの」

「だから怒ってたんすね、香取先輩」

「怒ってたんだ」

「はい」

 

 今にも血管がブチ切れそうな表情でしたとも。ええ。

 

「香取先輩言っていましたよ。──染井先輩に助けられたから、上に上がらなきゃいけないって」

「そう.....」

 その言葉を聞くと。

 染井華は、何やら複雑な表情を浮かべる。

 複雑、というのは。喜怒哀楽の中で、喜と哀の両側面がありそうな──優しい目元でありながら、渋面を作るという表情を浮かべていたから。

 

「──あの子は」

 彼女は桶と柄杓を所定の場所に戻し、身を翻し、そして墓地の出口へと歩きながら、言葉を紡ぐ。

 自然と、加山もまた彼女の歩調に合わせ、同じ方向へと歩き出す。

「はい?」

「私の、昔からの友達だったの。家が隣同士で」

「成程」

「侵攻の時に──瓦礫に埋もれていたあの子を、助けたの」

 

 そう言うと、彼女は少し沈黙して

 

「自分の親は、見捨てて」

 

 と。

 

 そう言って。

 

 彼女は歩く。

 歩き続ける。

 

「.....」

「ごめんなさい。こんな話をして。──でも。加山君に、一つだけ聞きたいことがあったから」

「聞きたい事、ですか」

「うん。加山君のお父さんについて。色々噂が流れているじゃない」

「ああ。──ほとんど正しいですよ。俺の親父は、俺を助けるために犯罪を犯しました」

 そう言うと。

 染井華は、表情を変えずに。

 いや。

 表情を変えないよう、強張らせて、更に加山に尋ねる。

 

「加山君は以前。生き残った責任があるって、そう言っていたと思う」

「はい」

「なら。教えて。──私はあの時。葉子を助けるために、助かる可能性の低い自分の両親を、見殺しにした」

「.....」

「葉子には。どんな責任がある?」

 

 きっと。

 彼女は──こう言いたいのだろう。

 

 加山の父親と。

 染井華。

 どちらも──誰かを助けるために、誰かを犠牲にした。

 

「──加山君が生き残った責任があるなら、あの子にも助けられた責任があると、そう思う?」

 

「それは.....」

「私は。自分の両親を忘れない事で、せめてもの責任を取るつもり。でもね。私が葉子を助けて、あの子に願う事は──幸せに生きてほしい。それだけしかないの。自分の両親の命を十字架代わりに背負ってほしいなんて、これっぽっちも思わない。これは推測でしかないけど──きっと、加山君のお父さんもそう願っていたと、思う」

「.....」

 その時に浮かべた表情を、彼女は後ろを歩く加山に振り返って少しだけ見る。

 

「──私が言いたかったのは。どんな人間でも、選択肢は幾つもあるって事なの」

「選択肢、ですか」

「うん。──君は。君を責め続ける人の願いの為に生きる事も、父親の最後の思いを叶えるために生きる事も、自分の幸せを願って生きる事も、出来る」

 何のために生きるのか。

 その選択肢。

 今まで──加山は考えたこともなかった。

「ボーダーには。君に幸せになってもらいたいって、思っている人もたくさんいる」

 歩き続ける中、墓地の出口が見えてくる。

 彼女は少し歩調を抑えながら、言葉を紡いでいく。

「私は。勿論あの時の事があってボーダーに入ったけど。友達は好きだし、心の底からカッコいいと思っている人もいて、充実した毎日を過ごしている。罪悪感もあるけど。それでも──日々を楽しいと思って、生きているの。それっていけない事?」

「いけない訳ないです」

「でもね。加山君を見ていると、いけないと思う事があるの」

 

 墓地の外に出ると、彼女は加山と反対側に身体を翻す。

 

「──加山君が誰かの為に何かをしているように。誰かもまた加山君の為に何かしてあげたい、って思う人もいるの。加山君を責め立てる人と同じくらい」

 だから、

「その声に──目を背けないであげて」

 

 

 それから。

 彼は染井華と離れ、居候先の家に帰る。

 

 小声でただいまを呟き、半分物置と化している自室へ向かう。

 

 染井先輩。

 俺は、目を背けちゃいないです。

 解っています。

 人の残酷さも。

 同じだけある、人の優しさも。

 この家にいれる事も、誰かの優しさがあったからだ。

 

 ボーダーの面々の優しさも、理解できている。

 三輪先輩は俺に気を遣ってか、本来柄にもないであろうに話しかけてくれる。

 迅さんや、忍田本部長、鬼怒田室長も俺の将来を心配してくれている。

 弓場隊長は俺の助けに応えて、そしてチームに引き入れてくれた。

 

 解る。

 解っているんだ。

 

 自分がどれだけの善意に囲まれているかが。

 

 でも。

 そこで感じるものは。

 一番に申し訳なさが来る。

 

 申し訳ない、としか。

 そう思えない人間になってしまったんだ。

 

 それが目を背けているというなら、そうなのかもしれない。

 だが。

 その感覚がつきまとっている自分の心の在り方を、じゃあどうすればいいのだ。

 

 選択肢があると、染井華は言っていた。

 違う。

 ないんだ。

 自分の前には、もう自分の幸せを願う心が、とうに無くなっている。

 あの日に。

 もう死んでしまったんだ。

 

 だから、染井先輩。

 貴方は、貴方のまま幸せになってください。

 何も気にせずに。

 自分が選択した道を信じて。

 好きな人の事を想って。

 自分の幸せも、香取先輩の幸せも願って。

 

 そうあって欲しい。

 そして。

 そして、自分は。

 自分の命が、誰かの幸せの糧になったと。

 そう思えながら死ぬことが出来れば。

 その時に──この感覚から、解放されると思うんです。

 

「.....」

 

 今。

 彼の眼前には様々に積まれたノートブックがある。

 C級時代から書き溜め、今やもう三桁の大台に乗ろうかという勢いだ。

 

 これから。

 自分は弓場隊に所属し、A級に上がらなければならない。

 そして。

 遠征部隊に選ばれなければならない。

 

 その為には。

 自分もまた成長していかなければならない。

 

「雄吾君」

 部屋の中、また机の上で作業をしている中。

 叔父の声が聞こえた。

 

「少しいいかな?」

「はい」

 叔父は、──紙切れを一つ、見せる。

 

「雄吾君は高校進学しないで、働くといっていたね」

「はい。──そのはずだったんですけど」

「ボーダー提携校の通知書が、来ていたから」

 叔父は、震える声で呟く。

 

「まだ......ここにいるつもりかね?」

「いえ。ボーダーが貸し出してくれる寮にいくつもりです。進学しようが、しまいが。中学卒業してからは、叔父さんに迷惑をかけるつもりはないです」

「そ、そうか」

 学生を続けるならば、もしかすればまだ加山が居座るつもりがあるかどうかを心配したのだろう。

 その返答に、明らかに叔父はホッと一息つく。

 

「......高校行くのかよ」

 思い切り顔を顰めた従弟が、ぼそりと叔父の背後から呟く。

「何だよ、働くってのは口だけかよ。いっちょ前に学校なんか行きやがって」

「おい」

 叔父が弱々しく従弟にそう声をかけると、一つ舌打ちをして自分の部屋に向かって行った。

 

 

 

 こういう事だ。

 こういう事、なんです。

 

 俺は。

 俺が生きてしまった事で不幸になってしまった人たちから目を背けることが出来ない。

 

 そういう人間なのだ。



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その身に内在する色は、もう

全部シリアス。
しかも加山の自分語り。
許してちょ


 俺は。

 いつからこうなったのだろう。

 

 最初の一人称は確か「僕」で。

 親父が死んでから「俺」となった。

 

「僕」という一人称からなる音の響きは、人を包むような柔らかな色合いで。

「俺」という一人称は、自分を押し出すような強く硬い色合いがある。

 

 

 自分はどんな子供だったっけ。

 思い出す。

 確か。

 音が聞こえるたびに、一々ビクついていた子供だったような気がする。

 柔らかくて優しい色合いを運んでくる音が好きで。

 突如として襲い掛かる激しい色合いを運ぶ音が苦手で。

 

 静寂が好きで。

 自然と一人が好きになっていって。

 人付き合いも好きだけど。

 悪意ある人間が放つ人の音が苦手で。

 自然と、内向的になっていった。

 

 音にびくびくする性質を逆手に取られて嫌がらせも受けた。

 それでも、それで何かをしようとは思えなかった。

 そこで自分が反撃して。

 相手が恐怖に身震いするような声が聞こえてきたら。

 その音が運ぶ、じめりとした昏い音が、何よりも怖かったから。

 

 人が怯える声。苦しむ声。

 そこから運ばれてくる色。

 嫌いだった。

 何よりも嫌いだった。

 

 それを優しさというかはわからない。

 単純に臆病だったのだと思う。

 

 嫌がらせを受けた所で。

 俺は特段、傷つくこともなかった。

 それよりも恐ろしいものを知っていたから。

 何よりも嫌なものを、知っていたから。

 

 調和されたメロディーを運んでくる音楽は。

 普段怖く感じる色合いすらしっかりと肉付けし、耳朶に運んでくる。

 普段自分が目を逸らしている、暗く激しい色も。

 向き合わせてくれる。

 

 人は好きだった。

 色んな色彩を見せてくれる人々が。とても好きだった。

 だが。

 自分はどうも、暗い色彩を多く見せられる人間だったようで。

 ならば仕方がない、と思った。

 愛する静寂の中に自分を置き。

 人付き合いを出来るだけ避けて。

 そういう風に、生きていくのが自分の人生なのだと。

 何処か達観──というよりかは、諦めていたのだと思う。

 

 諦めが早く。

 特段の情熱や、才能とか。

 そういうものもなく。

 自然に作られた殻の中に自分を置いて。

 生きているばかり。

 

 音に宿る色彩。

 特殊な感覚から生み出された感受性の中。

 ちょっとだけ、殻を作ってしまった人間。

 

 それがかつての俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて。

 かつて──そう。かつて。

 あの時。

 化物が行進し町を破壊したあの日から、何かが変わってしまった。

 

 

 家屋が壊れて。

 隣には自分を庇って死んだ母親の死体。

 身動きが取れない中。

 響く。

 響き続ける。

 自分が大嫌いだった音。

 恐怖に劈く音。

 死に怯える声。

 断末魔。

 破壊音。

 怒号。

 悲鳴。

 

 混じっていく。

 音が混じっていく。

 

 コンクリが砕かれ家屋が崩れ、化物が侵攻する音と共に。

 恐怖に泣き出す女子供の声。

 逃げ惑う男たちの叫び声とか。

 囂々と燃え盛る炎の音とか。

 

 混じる。

 混じっていく。

 嫌いな音と嫌いな音と嫌いな音と嫌いな音とが

 混じる。

 混じっていく。

 

 混じる中。

 見たこともない色が見えていく。

 

 あらゆる音が乱暴に叩き付けられ混じり合うその色は。

 どす黒い。

 あらゆる色が混じり合う先に存在する色は、黒と相場が決まっている。

 沼底を攫ったような、昏く恐ろし気な黒。

 

 そして。

 知った。

 

 ──ああ、これが「死」の色なのだろうな、って。

 

 

 

 

 

 

 

 正確に言えば。

 親父は間違いなく罪を犯した「罪人」ではあるが刑法上の「犯罪人」ではない。

 理由は簡単で。

 裁判にかけられる前に死んでしまったからだ。

 

 とはいえ。

 親父が発砲し怪我した市民やマーケットからの損害賠償は当然発生したし、その支払いの為に資産という資産が消えていった。

 

 まあ。

 民法上の責任はしっかりと追及されて裁判記録にしっかりと残る事になってしまった訳で。

 

 実質上、親父は犯罪者となった訳である。

 

 しかし。

 死んでしまったのだ。

 

 責任を取るべき人間が消え。

 その親族だけが残されれば。

 どうなるか。

 よく理解できた。

 

 親戚累々全てが敵に回った。

 犯罪者が身内から出てしまった。恥だ。近づくな。顔も見たくない。消えてくれ。

 全て直接に叩き付けられた言葉だった。

 ──怒りと失望。そんな言葉。

 

 周囲の目も変わっていった。

 あら。加山さんち半壊しているのにどうしたのかしら。ああアレは差し押さえられてるのよ。加山さんの所のお父さん、息子さん助けるために発砲しちゃったんだって。賠償金の支払いの為に土地も売却するんですって。あらあら可哀そうに。侵攻受けた所の土地なんて二束三文にしかならないでしょうに。まあ仕方ないわね。──あらあの子息子さんかしら。可哀そうにねぇ。

 ──憐れみと侮蔑。そんな言葉。

 

 叔父は。

 親父と仲が良かった。

 子供のころから仲がいい兄弟で、俺にも良くしてくれた人だった。

 だから引き取ってくれた。

 が。

 叔父は知らなかったのだろう。

 犯罪者の身内を引き入れれば、引き入れた一家すら犯罪者と同義のように扱われるという事を。

 

 あんな子供を押し付けられちゃって可哀想ねぇ。

 

 そう毎日のように近所の人間に言われ続けた叔母は精神を病んだ。

 

 従弟は俺の親父と同じで、警官になりたかった。

 だがその夢も断たれた。

 身内に犯罪者が出て警官になんかなれるわけがない。

 

 叔父もまた。

 職場で噂が立てられるようになった。

 犯罪者の身内を匿っている。何か弱みでも握られて脅されているんじゃないのか。

 そんな風に。次第に居場所を失って行って。

 

 さて。

 どうするべきだろう。

 俺の親父が俺を生かしたことで。

 不幸を撒き散らしている自分が。

 何をすればいい。

 何になればいい。

 

 死ねばいいのか? 

 いやダメだ。

 死ぬならあの時に死ななければならなかった。

 本当に。あの時に。

 さっさと死んでおけばよかったのだ。

 半端に生き残ってしまったから。

 親父があんなことをしでかすことになった。

 俺を生かす為に親父が何もかもをドブに捨てたのだ。

 そうして拾い上げた命を更にドブに捨ててしまったというならば。

 あまりにも。不誠実だ。

 

 自分が生きてしまった責任は、生きて履行しなければならない。

 では何を履行すればいい。

 

 何をすれば。

 何をすれば、自分は責任を果たしたことになるのだろうか。

 

 

 ずっと。

 ずっと。

 それを悩み続けていた。

 

 ──命を、価値として。

 ──自分が生き残るために積み立てられた価値に対して、俺は代償を払わなければならない。

 

 その思考の中。

 出した結論は。

 

 あの時に起きた悲劇の中。

 喪われた命と同等の命を救うために生きる事であった。

 

 悲劇を防ぐ。

 全ての悲劇の根源を破壊しなければならない。

 

 だから。

 俺はボーダーに入った。

 ここで。

 出来ることをすべて行う。そんな覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 その頃から。

 何もかもを変える事にした。

 

 内向的な性格のままではボーダーの中で情報が得られない。

 悪意を恐れるな。

 声を出せ。

 人と会話をしろ。

 そうしなければお前はこの環境の中で、何もできないままに終わってしまうぞ。

 

 戦いを恐れるな。

 眼前で怯えている人間の顔を怯えるな。

 お前はここでやっていく覚悟を決めたのだろう。

 戦いなんて嫌いだ。

 死ぬほど嫌いだ。

 人を傷つけることも。戦闘の中に鳴り響く激しい音も。射撃音も剣戟も爆発音も何もかも。嫌いだ。吐くほどに嫌いだ。実際に吐いた。沸き上がる嫌悪感を抑えられず吐いたこともあった。でも繰り返した。繰り返し繰り返し繰り返し戦った。嫌悪感を抑え込み、繰り返し繰り返し繰り返し。そのうちに慣れていった。見て見ぬ振りが出来るようになり、嫌悪を感じる感覚質が擦り切れていった。

 

 音を恐れるな。

 耳を澄ませ。

 お前の数少ない武器だ。耳を澄ませ。戦いの音を聞け。嫌いだろうが吐き気を催そうが怖かろうが聞け。聞かなければならない。そこから聞こえてくる音を分類しろ。分類すればするほど、お前は戦闘の中でその価値を積み上げることが出来る。

 

 逃げるな。

 かつての自分に逃げるな。

 好きだった音楽類はもう何も聴いていない。

 収集していたレコードは全部賠償金の為に消え去ったが。もうそれから音楽に触れるのはやめた。

 優しい音色に逃げるな。

 この恐ろしい音に慣れろ。

 

 変えろ。

 変えなければならない。

 何もかもが嫌いだ。

 何もかもが恐ろしい。

 でも仕方がない。

 そうしなければお前は何も責任を取れない。

 お前の命の価値なんてない。

 いいじゃないか臆病な心持ちは。

 お前の臆病さはある種の武器だ。

 臆病だから最悪を想定できるお前のその思考は美徳だ。

 恐怖に身を竦ませるな。

 恐怖を感じるその感覚の一芥まで活かせ。

 

 さあ。

 では。

 そうして作り上げていった自分はどうなっただろうか。

 

 へらへら笑って。

 人と会話してそれとなく情報を得ることが出来るようになって。

 変わっていった。

 全てを。

 変えていった。

 

「俺」という一人称は。

 自分を押し出すような、強い色合いをしている。

 押し出せ。

 内に引っ込むな。

 押し出せ。

 自分を押し出せ。

 

 そうしなければ。

 そうしなければ。

 

 俺は。

 何者にも成れないままだ。

 

 思い出せ。

 思い出すんだ。

 あの死を明確に思い浮かべたあの時の記憶を。

 思い出せ。

 あの色に比べれば。

 なにも恐ろしくはないだろう。

 

 お前が何もしなければ。

 あの地獄のような色をもう一度その耳で。その脳髄で。見ることになるかもしれない。

 また死ぬぞ。

 お前の所為で死ぬぞ。

 

 何も怖くない。

 大丈夫だ。

 何も怖くない。

 俺の命に何の価値もない。

 大丈夫だ。

 

 死ねばそれまでだ。

 そこが終着点だ。

 ならば生きている間は。

 この地獄の中。

 地獄を終わらせる為に。

 生きて行かないといけない。

 

 でも、

 時々思う。

 

 自分は

 ──いつからこうなったのだろうって。

 

 まあ。

 考える価値もない事だ。

 

 俺は。

 俺に課した俺のまま。

 目的だけを詰めた器のまま。

 生きていくのだ。

 

 

 

 

 

 そして。

 来たる。

 

「──何だ、あれは」

 

 それは。

 かつてと同じような光景であった。

 

 鳴り響くアラート。

 空が闇色に齧られたような、漆黒の山。それが埋まりに埋まり──まるで夜空のように。

 

 そして、響く──緊急呼び出しの音。

 

 大規模な『門』が発生。

 緊急事態発令を下す。

 全戦力をもって──迎撃に当たる。

 

 

 同じだ。

 あの時と。

 

「....」

 

 加山は、無言のまま──その光景に向けて走り出した。




次話から大規模侵攻編に突入です☆

今回ドラえもんクロスの反省を活かすべくしっかり準備した上で臨もうと思うので、ちょいと間隔が空くかもしれないです。

重ねて許して。


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大規模侵攻編
大規模侵攻①


 開かれていく、空を覆うほどに巨大な『門』。

 湧き出るトリオン兵。

 逃げ惑う市民。

 鳴り響く、戦いの音。

 

 この日。

 三門市にて。

 第二次大規模侵攻が始まった。

 

 

「──隊長。今何処にいますか?」

「加山か! 今警戒区域に駆り出されている! お前は何処だ!」

「今警戒区域内に向かっています。──やべぇっすね。市民の避難が間に合っていない」

「トリオン兵どもが散ってやがるせいで市民の避難誘導が間に合ってねぇ。C級が何とかやっちゃいるが、とにかく何処もいっぱいいっぱいだ」

「何が起きてるんすか、これ」

「知らねぇ。──大量の『門』が開いた。大量の敵がわんさか出てきやがった。それだけだ!」

「こりゃあ──最悪人型近界民の襲撃も覚悟しなきゃいけねぇっすね。単独行動は中々きつい状況ですけど.....」

 周囲を見渡せど。

 区域との境界線近くには他の隊の姿はない。

「合流できそうか?」

「今転送してもらった隊長たちの場所から、大分距離が空いていますね。──俺の事は気にせず、そっちでやってて下さい。藤丸先輩も隊長側の支援を優先してください。──俺は何とか、自分の役割見つけて頑張ります」

 流石の藤丸でも、この状況下。完全に別マップにいる加山の支援までオペレートを回す余裕は無いだろう。そこまでの時間と危険性を鑑みても、合流は非合理だ。

「俺はこっち側に来た増援部隊と連携してやっておきますので。後で余裕が出来れば合流しましょう」

「了解。──合流すんまでくたばんじゃねぇぞ」

「お互い死なんように頑張りましょ。──それじゃあ通信切ります」

 

 眼前には。

 突如として発生した大量の『門』の開放に伴う大量のトリオン兵。

 警戒区域周辺の市街では濁流のような非難する市民の集団があった。

 

「エスクード!」

 

 加山は。

 避難する市民の最後尾まで行くと、エスクードで路地を封鎖していく。

 空中を浮遊するタイプのトリオン兵も山ほどいるが。

 そういう連中よりも、建造物で射線が通らないトリオン兵の方が何倍も厄介だ。

 路地に進軍してくるトリオン兵はエスクードで路地を封鎖し足を止めさせ、空中に向かうトリオン兵の山はハウンドで叩き落としていく。

 

「──にしたって、数が多い!」

 

 兎にも角にも。

 トリオン兵の数が尋常ではない。加山一人で処理できる範囲を大きく超えている。

 

「よくやった加山。これで、まとめてこいつら薙ぎ払える」

 

 警戒区域内に移動しつつ空中のトリオン兵をハウンドで落としていると。

 そんな声が聞こえた。

 

 それと同時。

 エスクードによって進路を塞がれ、溜まったトリオン兵の群れが──地面から湧き出た機関砲と、剣山によって仕留められていく。

 

「冬島さん!?」

 通信で届いた声は、A級2位冬島隊隊長、冬島慎次のものであった。

「おう。今本部の方からトラップを発動させている。──そっち方面の敵はまあ、大分片付いたかな」

 

 後ろを振り返る。

 今の攻撃によって、トリオン兵の大部分が仕留められた為か、市民の避難はかなり進んでいるようだ。

 

「冬島さん。こっち側は割と避難がスムーズなんですね?」

「ん。まあ割と」

「了解です。──このまま警戒区域内に入り込んで、トリオン兵を集めます」

 

 とにかく。

 市街地から出来るだけ遠ざけなければなるまい。

 

 加山は進むごとにエスクードを作成していき、通路を封鎖していく。

 これだけでも、市外へ向かうトリオン兵の足を鈍らせる事は出来る。

 

 それと同時。

 警戒区域内に入ると同時、周囲を見渡し市民の避難誘導の様子を眺めつつ、着々とダミービーコンを置き、また周囲の建造物を巡りながらエスクードを張り巡らし──鉄骨を破壊していく。

 

 いつものやり方だ。

 この周辺のトリオン兵は──市街地に向かわせない。

 ビーコンのトリオン反応でトリオン兵を釣り出し、敵をこちらに集める。

 

 ──部隊を分断させるより、集中させた方が連携も取りやすい。

 本部から送られたレーダーを見るに。

 敵は四方に兵を散らせて、防衛するこちら側の勢力を分散させようとしているように感じる。

 

 本部側もそれを承知してか。

 A級部隊で区域内の敵を始末にかかり、B級部隊を集め順次区域を回らせ各個撃破する作戦を取っている。回る順番は避難が上手く行っていない順だ。

 ならば。

 避難が上手く行っているこの区画を中心に、出来る限り敵を一点に集め、部隊が防衛する時間を削り移動を早めていく。

 それが出来れば──他の区画の市民への避難も余裕をもって当たらせる事が出来るだろう。

 

「──さっさと来やがれ。そしてくたばれ!」

 

 加山は。

 ビーコンを発動させた。

 

 

「──ほほう。これはこれは」

 

 老人の声が、響く。

 それは、『門』の向こう側にある艦内の作戦室。

 暗い室内を、中央のマップ図から放たれるトリオン光に照らされる中。

 六人が顔を突き合わせ、戦局を眺めていた。

 

 皺の寄った、穏やかな顔つきの老人。

 鷹揚な顔つきの偉丈夫。

 舌打ち混じりに悪態をつく、不機嫌そうな顔つきの男。

 無表情のままマップを眺める、少年に近い年頃であろう男

 黒い球体を掌に浮かべ、佇む女性。

 彼ら全員を統べる様に落ち着いた表情で彼等を見渡す男。

 

 彼等は老人を除き──その全員が、頭部に角がついている。

 

「成程。偽のトリオン反応を作り出し、兵をそちらに集めている。──この区域内においては、分散した兵力が一つに集まっておりますな。いやはや、玄界も面白いトリガーを開発している」

 老人がそう言うと、

「市街への被害を抑える為であろうな。こちらが兵力を分散している意図に気付き、兵力を集める為だ。中々に鋭いじゃないか。──どうする、隊長?」

 と偉丈夫が続ける。

 その会話を耳に入れながら、

「未だ兵力そのものが集まっているわけではない。アレを動かしている兵を排除すればまた自然と兵力は分散する。放置しても構わん」

 と。

 隊長、と呼ばれた男は答えた。

 マップを眺める

 大量の偽のトリオン反応により、釣り出されたトリオン兵。それらがこちらの意図していない動きを見せている。

 突如として湧き出たトリオン反応に釣り出されて区画の兵隊が寄り集まってきている。

「とはいえ。あの状態が長続きするようならば手を打つ。一先ず」

 マップを見る。

 倒されたトリオン兵。

 消失したレーダー反応から──また、新たな反応が生まれる。

 

「ラービットの反応を見てからだ」

 

 

 そして。

 

「──おいおい。何だよコレ」

 ビーコンに釣り出されたトリオン兵をハウンドとメテオラのつるべ撃ちで撃破していく中。

 

 倒されたトリオン兵の外装を引っぺがし。

 

 何かが、現れた。

 

 それは。

 二足歩行形態の、トリオン兵だった。

 

 大きさは三メートルあるかどうか。太い両腕に如何にも硬そうな外装があり、垂れ下がった長い両耳がくっ付いている。

 サイズは然程でもない。

 だが、理解できる。

 

「──ありゃあ」

 加山は本能的にあの──今まで見たことのないトリオン兵は、やばいと感じた。

 すぐさま加山はバッグワームを着込み、隣の建造物のダミービーコンを発動させる。

 

「......これは単独で始末するのは無理だな」

 見ると。

 あの新型は五体ほどいる。

 

「増援が来るまでやり過ごすしかないな。とはいえ今ビーコンの管理は俺がやらなきゃいけないから、余計な交戦をしている余裕もない」

 

 自身が所属する弓場隊は、見事に分断されている──自分がやれることは出来る限りやっておかねばならない。

 

「──忍田本部長。新型のトリオン兵が出てきました。全部で五体。人型で二足歩行。まだ交戦はしていません」

「新型か。今各隊より報告が上がっている。アレは絶対に単独で戦うな。手強いぞ。──今データを送信する」

 忍田からそう伝えられると、データが視覚情報として送られてくる。

 

 弓場隊と新型との交戦記録であった。

 それは、弓場の射撃の援護の為に弧月で斬りかかった帯島と交戦している姿。

 帯島は新型の太い腕に叩き伏せられ、そのまま数メートル先の建造物まで吹き飛ばされていた。

 その光景だけで、──今の自分が単独でどうにか出来るものじゃない事は理解できた。

 

「了解です。増援が来るまでこそこそ隠れておきます」

「ああ。そうしておいてくれ。アレは基本的に接近戦主体のトリオン兵で、こちらの隊員を捕える動きをする。B級部隊員ももう何人かやられている。──いまそちらには二隊向かっている。それまで何とか耐えてくれ」

 成程。

 アレは──非戦闘員ではなく、こちら側の戦力を捕えることを目的にしているトリオン兵か。

「了解です。ちなみにどの隊ですか?」

「二宮隊と風間隊だ。──到着次第、彼等と連携を行いトリオン兵の殲滅の支援をしてくれ」

「了解です。そこまではつかず離れずで何とかやっていきます。──うわ近づいてきやがった」

 

 加山がいる建造物に、”新型”が近づいてくる音を捉えた加山は、その場を離れる。

 こちらから手を出さないうちは、位置がバレる心配はしていない。

 

 市街地に兵が流れないかは都度都度確認しつつ、応援が来るのを待つほかない。

 

 さて。

 ここで一つ疑問が走る。

 

「兵力を分散させているのは何でだろうな?」

 

 今回の侵攻。

 敵方は何を目的にしているのだろうか? 

 

 ──本部基地の陥落? 

 いや。

 仮に自分が敵の指揮官ならば、弱いトリオン兵を市街地付近に撒いてボーダーの戦力を外側に集めて、あの新型を集めて本部基地に突貫させる作戦を取ると思う。一番強い手駒まで分散させている意図が解らない。

 

 ならば市街地への侵攻だろうか? 

 それにしてはトリオン兵の外への圧力が弱い気がする。

 

 新型というボーダーにとっての未知の戦力をここで分散して撒く意図は何だろうか? 

 

「──戦力の炙り出し?」

 

 今までとは規格が違う戦力を出せば、当然それに伴い戦力を過重に出さなければならない。

 その分。

 新型の対応、という一要素が区画にあると、ボーダーにとっての最大戦力であるA級が分散して対応せざるを得ない状況となる。

 

 ならば。

 分散すれば当然市民の避難はその分均等にやり易くなる。

 手薄になるのは何処だろうか? 

 

「──どうすっかね」

 

 意図が解らなければ。

 トリオン兵を一ヵ所に集めている自身の行動が裏目に働く可能性すらある。

 眼前の情報から構築した想定を敵が裏切る事なんて幾らでもある。それで以前も痛い目を見たのだから。

 これから先の展開を、しっかりと見ていかねば。

 

 その時。

 爆音が鳴り響く。

「──おいおい」

 空飛ぶ巨大爆撃トリオン兵。

 イルガーが──本部へと向かう様を、見かけてしまった。

 

 

 突如として発生した大量の『門』の発生に対する、ボーダー本部の対策は以下のようなものであった。

 ①市街の防衛よりも前に戦力の結集を優先。A級部隊が警戒区域内の新型を排除しつつ、B級合同部隊を区画ごとに回らせトリオン兵の排除を行う。

 ②B級部隊が回る順番は、避難が出来ていない所を優先する。

 

 部隊を散らせるのではなく、集結させる事を優先。

 ある程度の市街への被害は飲み込む。下手に部隊を散らして戦力を削らせない。

 この方針を鑑みれば──加山の行動は最善と言えるものだった。

 市街へ散るリスクのあるトリオン兵を、一か所に集める。

 これによって、多少ではあるが──市街の防衛に余裕が持てるようになれた。

 

 そして。

 忍田もまた──敵兵が分散しているこの状況を訝しんでいた。

 敵の目的が見えない。

 本部を陥落させるには敵の動きが緩慢だ。

 

「──本部長! イルガーが接近中!」

 本部オペレーターの沢村が映し出す画面上。

 自爆機能を搭載したトリオン兵が襲来する。

 

「一発、来ます!」

 本部からの砲撃により一体を仕留めるものの。

 仕留めきれなかったイルガーが突っ込んでくる。

 

 地響きのような衝撃と爆音が、ボーダー本部に鳴り響く。

 

「鬼怒田さん! 外壁は未だ耐えられますか!?」

「あと一発しか保証できん! だが......!」

 襲い来るイルガーの数は、三体。

「一体に砲撃を集中させろ!」

「一体に!? 外壁は残り一体分しか保証できんぞ!」

「大丈夫だ。一体は」

 

 瞬間。

 見えた。

 黒のコートをたなびかせ、本部から射出される男の姿が。

 

「旋空弧月」

 二刀を伸ばし。

 その先端を、寸分違わず。

 パーツが零れるように──イルガーは斬り裂かれ、地面に落ちていく。

 

「──慶。よくやった。お前はこのまま新型の撃破にかかれ」

「了解」

 遥か空中。

 徐々に近づいていく地面をじぃ、と見ながら。

 太刀川は笑っていた。

 

「新型、新型、と──お」

 レーダーを確認。

「──新型がいい感じに集まっている場所があるじゃないか。あっちを取り敢えず回ってみようかな」

 太刀川慶。

 加山が配置したダミービーコンに引き寄せられる、新型の山。

 それを視認し、一つ笑った。



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大規模侵攻②

書き溜めを切り崩す。
もう次で預貯金ゼロです。
貯金は私には無理だった。


 そして。

「風間隊。現着」

「二宮隊。現着した」

 

 この両隊が、加山が作り出したトリオン兵の密集地帯へと、足を踏み入れる。

 

「新型の数は──五体か。しかしまた湧き出てくる可能性もあるな」

「どう対処していきますか、風間さん?」

「俺等で新型を一体ずつ狩っていく。二宮隊は他の敵が入らないよう援護を頼む。新たな新型が近づいてきたら、足止めを頼む。場合によってはそのまま撃破してもらっても構わん」

「了解」

 二宮は、風間の指示に一つ頷く。

 二宮は理解している。

 こと、この新型に対しては──遠方からの制圧力に長ける二宮隊よりも、機動力をもって近接で削り切る風間隊の方が相性がいいと。

 

 それに。

 風間率いるこの隊が、近接しか攻撃手段がない新型にやられる想像が出来ない。

 二宮は、加山に通信を入れる。

 

「こちら二宮。加山、聞こえているか」

「現着感謝しますよ、二宮さん」

 加山の疲れたような声が聞こえてくる。

 同情するそぶりすら見せず、二宮は変わらぬ声音で告げる。

「お前は一旦俺の指揮下に入れ」

「はい了解。──で、俺は今こそこそこの区画を逃げ回っているんですが、どうすればいいですか」

「風間隊が一体ずつ新型を破壊していくから、俺達はその援護をする。俺と後方支援を行え」

「了解。それじゃあそっちに合流しますね」

 

 そうして。

 加山は二宮と合流し、周囲のトリオン兵を片付けていき、風間隊を援護していく。

 風間隊は攻撃手同士が動き回って連携をする分、他の隊の援護を受けづらい特性がある。

 

 故に、役割分担。

 広域の面制圧が出来る二宮を中心とした二宮隊は、風間隊を邪魔させないという援護の仕方が出来る。

 風間隊が新型を削り殺している間、二宮隊がその邪魔立てをさせない。

 

 加山はその後、二宮と合流し後方支援に徹していた。

 風間隊は──三人が新型を取り囲み機動力で翻弄しつつ、装甲の薄い部分を削り、防御の隙が出来た所で急所を突く戦法を取っている。

 

「──やっぱり増えましたね、新型」

 大型捕獲用トリオン兵であるバムスターを倒すごとに、新型が高確率でそこから這い出てくる。

 

「今二体倒して、二体増えましたね。キリがない」

「ふん。一匹ずつ仕留めていけばいいだけだ。──こちらも新型一匹にてこずる部隊ではない」

 

 新型が、こちらに向かってくる。

「加山」

「はい」

 その足元に、加山がエスクードを生やす。

 

 新型はそれを見て、足元に力を籠め飛び上がる。

 

 その瞬間──二宮のハウンドが全方位から襲い掛かる。

 飛び上がり、逃げ場のない空中。何とか急所を守らんと硬い両腕で急所を防ぐ動きをするが、

 

「旋空弧月」

 

 新型の着地点付近に移動していた辻新之助が、削られた外装に旋空をねじ込み、斬り裂く。

 腹先から顎先にかけ縦に振られたその斬撃は新型の頭部の間にある眼球を割り、新型は動きを停止する。

 

「残りは四体か」

「ですね。また湧き出てくるかもしれないっすけど。──ってあれ。え?」

 

 え? 

 

 何だか不思議な光景がそこに。

 新型が次々と斬られていく。

 風間隊が緻密な連携の末に削り殺しているアレを、ただの一太刀で

 

 4体いた新型が。

 一体減り。二体同時に叩き斬られ。

 そしてまた一体、斬られる。

 

「よ、二宮に風間さん」

 

 そこには。

 にこやかにそう挨拶する──太刀川慶の姿があった。

 

「新型ぶった切ってこいって命令だったからさ。ここにいい感じに新型が集まってたから来た」

 

 何というか。

 本当に。

 ボーダートップっていうのはここまでの化物なんだなぁ、と。

 

 

 戦況が本部からリアルタイムで伝わってくる。

 飛び交う通信を聞きながら、加山は状況を整理していく。

 

 ①『門』の発生から、大量のトリオン兵が四方に散らばり出現した。

 ②撃破したトリオン兵から新型が出現。A級であろうとも単独での撃退は難しいレベルの戦力。これも同じく四散している。

 ③①、②の状況を受け本部は警戒区域内をA級部隊に対処させ、市街地の防衛をB級合同部隊に順繰りに回らせる策を取る。回らせる順番は、市民の避難誘導が上手く行っている順。

 

 現在。

 A級が新型の排除。B級が市街の防衛と役割付けをされている。

 

 さて。

 ここで次の動きをするに辺り──どう動くべきか。

 

「二宮さん」

「何だ」

「敵の狙いは何だと思います」

 

 風間隊・二宮隊──そして太刀川。

 彼等が揃ったこの地区は──新型抜きのトリオン兵などただの鏖殺対象だ。

 

 思考に余裕がもたらされた瞬間。この戦いが始まってからずっと続いている疑問を二宮に投げかけた。

 解らないのだ。

 敵方の狙いが。

 普段は口を利く事すら辟易するほどに何もかも理解が及ばない人物であるが、こと戦場に立たせればこの男は誰よりも理性的かつ合理的となる。加山にとっての合理と二宮にとっての合理ががっちり噛み合う。戦場だけが、二人にとっての共通の合理性を保たせる場所であった。

 

「一つ決まっていることは。──敵はまだこちらに全戦力を見せていないという事だろうな」

「第二波があると?」

「今度はただの戦力の投入ではないだろうな。──今の俺達は相手が出してきた駒に対処しているにすぎん。後手だ。後手に回っている状況下で、ボーダーの戦力を吐き出されている状況。敵は恐らく、ボーダー側の戦力を一度盤面に吐き出させたかったのではないかと、俺は想定している」

 

 成程。

 二宮の言葉に、加山は深く納得した。

 ボーダーの戦力を、全て盤面に吐き出させる。

 新型のトリオン兵までも四散させ、防衛にかかる戦力を分散させ負荷をかける。

 

 そうか。

 この状況での敵の狙いは。

 戦力を吐き出させ、負荷をかけ──不測の事態が起きた際にすぐさまに対処できる戦力を無くす事か。

 

 戦力の見極めが済めば。

 第二波の手駒の置き方が決まる。

 

「次の戦力の投入で、相手の狙いが解るだろう。後手に回っている以上、今の段階ではこれ位しか言えない。今は、第二波で飲まれる穴を出来る限り塞ぐ事しかできん」

 

 

 そう。

 戦力が散っている。

 そして。

 B級は固まっている。

 A級は警戒区域内にいる。

 

 この状況は。

 

 警戒区域と市街の、その間が。

 ぽっかりと空いていて。

 

 そこに。

 市民の避難誘導をしている、C級が、何者の庇護もなくぽっかりと空いている事と同義だ。

 

「さて。──出番は近いぞ」

 

 想定通りに形成されていく盤面に、男は微笑んだ。

 

 

 その頃。

 雨取千佳は。

 南西地区の警戒区域付近の市街地にて、懸命に避難誘導をしていた。

 

 巨大かつ大量の『門』が発生したその時。彼女の友人である三雲修に指示を受け他のC級隊員と混じり市民の避難誘導を行っていた。

 

 雨取千佳。

 ボーダー所属のC級隊員。

 そして──近界へと『門』を辿り向かった一団のメンバーの一人である雨取麟児の、妹。

 

 B級隊員である三雲と空閑は、敵の撃退の為に別区画へ向かっているという。

 

 そんな中。

 

「──いやー。やっぱり凄いねA級トップ陣は。あ、でも二宮さんは一応B級だったか」

 スタイルよし。顔面よし。佇まいも雰囲気も何処か高貴さが滲み出ている男が、そこにいた。

 その近くに

「ね? カトリーヌ」

「......王子先輩。そのふざけたあだ名呼び止めてくれません?」

 香取葉子が、実に不機嫌そうな表情で呟いていた。

 王子先輩、と呼ばれたその男は肩を竦ませ、言葉を続ける。

 

「ユーゴーも粋な計らいをしてくれたものだよ。B級の合同部隊に参加しなきゃいけないのに、その道中に新型がわんさか集めてくれたからね。危険でおちおちいけやしない。困ったもんだ」

 台詞の内容に反して、王子は困っているどころか非常に楽しそうだ

 そう。

 王子隊と香取隊は、B級は全隊合流命令が出た時。

 丁度加山が敷いたビーコン地帯の直線上にある区画にいた。

 その為合流地点に向かう地点上に大きな危険地帯がある事となり、王子隊・香取隊はならばとC級の避難誘導の手伝いと周囲のトリオン兵の排除を行っていたのだ。

 

「全く。面倒なことしてくれちゃって」

「いや。だがそのおかげで市街側のトリオン兵の多くがあっちに行った。こちらは防衛ラインを突破されずに済んでいる」

「ジャクソンの言う通り。ユーゴーが敵を集めて、集まった敵をトップ勢が叩き潰す。市民側に流れる敵を引き寄せることまで考えればベストな選択だったと僕も思うよ。──カシオ。避難状況はどうなっている?」

「市民の誘導はほとんど終了しています」

 王子隊隊員、樫尾が王子の問いかけにはきはきと答える。

 その報告に、うんうんと王子は頷き、そして顎先に手を当てる。

「そうか。──うーん」

「どうしました?」

「いや。──何となくだけどさ」

 王子は周囲を見渡し。

 そして本部から送られてきたデータと報告事項を確認し。

 うん、と一つ頷く。

 

「市民の避難が上手く行っている場所。──ここで何かが起こる気がしていたんだよね」

「何故ですか?」

「敵がもしこの盤面を見ていたら。──新たに戦力を投入するなら、ここだろうな、って」

 

 さらりと王子がそう呟く。

 

「どういうことだ、王子?」

 旧弓場隊時代からの戦友である蔵内が、その言葉に反応する。

 

「今のこの戦力の散り方で、明らかに穴になっている部分って。B級の合同部隊が回り切れていない所なんだよね。それは本部も承知しているはず。ある程度の市街地への被害は飲み込んで、部隊の結集と新型の排除を優先させているから」

 

 B級が回されていない、避難が上手く行っている所。

 

 ここが盤面上の穴だ、と王子は呟く。

 

「多分。敵は戦力を全部投入していない。あんな中途半端な戦力の投入の仕方をしているんだ。アレが全部の戦力だとは思えない。むしろ──こちらの盤面の穴を作為的に作っている」

 

 だからだ、と王子は言う。

「その穴となっている場所は。今の盤面から見ればここなんだよ。避難が上手く行っている。だからB級が回されていない。そして──ここから直線に向かった警戒区域内には手練れが結集しているユーゴーのダミービーコン区画もある。その戦力を分散させるにしろそのまま足止めさせるにしろ、ここに戦力を投入するのは効果的でもあるんだよ」

 

 だから、と王子は呟く。

 

「何かが起こると、僕は思っているんだ」

 

 

 その言葉が発せられた。

 その瞬間。

 

 ──複数の『門』が、頭上に現れた。



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大規模侵攻③

 警戒区域外『門』から現れるは。

 多数のトリオン兵を従えた──三体の、新型であった。

 三体のうち、一体を除き──全てが色違い。

 

「──皆。散開して」

 この事態を一番に想定していたのは、王子であった。

 彼は即座に隊員に指示を出す。

 

「カトリーヌ」

「何!?」

 不測の事態だったのだろう。香取は眼前の光景に大いに驚き、驚いたままの声音で王子に返答する。

 

「すぐに答えてほしい。──君の隊であの新型を倒せるかな?」

 

 その声はひどく落ち着いていて。

 香取の頭もそれに合わせてクールダウンしていく。

 

「僕は出来ると踏んでいる」

 

 そう王子はさらりと言った。

 

「君の成長を、鑑みればね」

 

 香取を乗せるための言葉だろう。そしてその言葉はこう言っているようにも聞こえる。

 香取隊が単独であの新型を倒せるのならば──この事態を好転させられる算段があるとも。

 

「──邪魔立てさえなければ、仕留められる」

「了解。──こちらが責任をもって援護しよう。頼んだよ」

 

 王子一彰は思考する。

 慌てる必要はない。

 彼我の戦力差は、思考を放棄する理由とはなりえない。

 

「狙いは、C級の子たちか。──全部守り切るのは難しいね。出来るだけ素早く仕留めないと被害が広まるばかりだ」

 

 

「あの音......!」

 

 その頃。

 三雲修と空閑遊真は警戒区域に向かい走っていた。

 

 大規模なトリオン兵の侵攻が行われたその瞬間、彼等はトリガーの換装を行い警戒区域内の敵勢の排除へと向かっていた。

 物々しく溢れるトリオン兵を掻き分け掻き分け。B級部隊の合流地点へと急ぎ向かっていたところであった。

 

 その時だ。

『門』が開かれ、派手な破砕音が聞こえてきたのは。

 

 その方向には。

 ──雨取千佳がいる、避難誘導区域。

 

「千佳がいる方向だ......!」

 

 ぐ、と修は思わず声を上げる。

「──多分アレ、ラービットの音だよね、レプリカ」

 遊真はそう尋ねる。

 レプリカ、と呼ばれた浮遊する物体はその言葉に肯定を示す

「恐らく。それも一体ではない」

 空中を浮遊する炊飯器──といった風情の機器生命体が、そう告げる。

 

「それに。──こちら側にも戦力が雪崩れ込んできている」

 

 開かれた『門』は一つではない。

 各避難区域に新たに追加された戦力が、あぶれるようにこちらに流れ込む。

「一旦退いた方がいい。数が多すぎる」

 レプリカの言葉の正しさは、修も解っている。

 だが、ここでこのトリオン兵を通した先には──千佳がいる。

「ここを通してしまえば......!」

 故に修も引くわけにはいかない。

 

 その様子を、ジッと遊真は見ていた。

 戦力差は現状埋められぬほどあって。

 だが眼前の敵は倒さなければならない。

 

 だから。

 遊真は即座に──黒トリガーを起動した。

 全身を、黒色のトリオンに身を包む。

 

「空閑!」

 遊真は現在、黒トリガーの使用許可は出ていない。

 咎めるような修の言葉に、涼しく遊真は返す。

 

「ここを通せば、チカがヤバいんだろ。だったら手段は選ぶべきじゃない」

 

 そう告げると。

 遊真は黒トリガーによる攻撃を開始する。

 

「『射』印、二重」

 

 告げたその言葉に呼応するように。

 陣が形成される。

 

 その陣から──直線に飛ぶ射撃攻撃が周囲のトリオン兵に降り注ぐ。

 

 雨あられの如く建造物とコンクリ床ごと破砕する射撃で、トリオン兵の半数が消え去った。

 舞い上がる粉塵と地面に放り出されるトリオン兵の亡骸。

 

 

「──よぅ。派手にやってくれているじゃねぇか」

 攻撃が止むと。

 そんな声が聞こえた。

 

「あ、ヨースケ先輩......に、ミドリカワ」

「よっす、遊真先輩」

 そこには。

 遊真が以前から多少の親交があった二人と、知らない一人がそこにいた。

 槍を持ち笑みを浮かべる青年、米屋。

 あどけなさが残る顔つきの小柄な少年、緑川。

 米屋は以前、三輪隊が遊真を調査していた関係で、本部に顔を出していた遊真に声をかけた時からの付き合いで。

 緑川は──ある事情で修にちょっかいをかけた際、遊真に懲らしめられた時からの付き合いだ。

 そして──その隣には、黒のロングコートを着込んだ男。

 こちらは、遊真には面識がなかった。

「それと.....」

「おーっす、黒トリガー君。俺は出水ってんだ。──あらあら随分派手にやっちゃって」

「非常事態ですから」

「ああ。非常事態ならしゃーねぇな。──で、いいですか本部長。はい。はい。──よかったね」

「何が?」

「本部長お墨付きだ。非常事態だから仕方がない」

 

 出水はそう言って笑うと。

 

「俺達はこれから警戒区域内の新型のお掃除に向かうが、お前らはどうすんだ?」

「──僕達は」

 

 命令は、B級合同部隊への合流。

 だが。

 警戒区域外の地点で新型含め新たなトリオン兵が投入され──千佳をはじめとしたC級隊員がピンチになっている。

 

「──南西地区の、避難誘導区画に行きます」

 

 修は決断した。

 千佳を救う。

 

「──忍田本部長。僕等はこれから南西区域の援護に向かいます」

 決めた瞬間、修は即座に忍田と連絡を取る。

「今新型が三体出た所か。ああ、今そちらに手が回っていないんだ。是非とも──」

「いや」

 

 修の言葉に、否の声を上げたのは。

 城戸司令であった。

 

「援護に向かうのは、三雲隊員だけだ。空閑隊員の同行は認めない」

「な.....何故ですか!」

「空閑隊員の黒トリガーの姿は、一般市民からすればあまりに異様だ。近界民に間違えられてもおかしくはない」

 

 空閑遊真の黒トリガーは。

 全身を黒色のトリオン装束に包まれており、その攻撃方法も陣を敷いてたような攻撃を行うという、通常のトリガーの規格から大きく外れている見た目と性質をしている。

 一般市民から見たその姿がどう映るか。

 安心を運ぶ、というよりも──不安を煽る姿をしているのは間違いないだろう。

 

 

 ──どうする? 

 自分一人で、あちらに行くか。

 

「どーする? あっちには王子先輩と香取がいるが」

 南西区画には、王子隊と香取隊がいる。

 あちらに着けば、十分な助けがある。

 だが。

 この道中にも、相当な数のトリオン兵がいたはずだ。

 自分一人で、やれるだろうか? 

 

「いけ。オサム」

 迷う中。

 相棒が、そう声をかけた。

「チカがピンチなんだ。──オサムが行くしかない」

 そうだ。

 自分がやるべき事。

 怖気づく、暇はない。

 

「──ヨネヤン先輩。出水先輩」

「あん?」

「俺、三雲先輩についていくよ」

 

 その時。

 緑川はそう言った。

 

「実は遊真先輩にも三雲先輩にも借りがあるからさ。ここいらでちょっと、返させてもらおうかと」

「いいのか、ミドリカワ?」

「いーのいーの。丁度俺の所の隊誰もいなくてさ。A級なのに暇だから」

 

 それじゃあ、と緑川は呟き。

 

「行こう、三雲先輩」

「......ありがとう緑川」

 

 何であれ。

 ここで、非常に心強い道連れが出来た。

 

「おっし。それじゃあこっからは手分けだな。遊真は、俺達と警戒区域の新型狩り」

「それで俺達は南西区域の援護だね。──よっし、がんばろー!」

 

 

 南西区域では。

 早くも──新型と、香取隊・王子隊との戦闘が始まっていた。

 

「.....トロい!!」

 香取は単騎新型に突っ込み、肉薄する。

 新型の太い両腕が、香取に襲い掛かる。

 

 ──何よ。

 それを、避ける。

 最小限の動き。体軸を足捌きでずらす、足運びのみで。

 

 ──そんなもの

 解る。

 今まで積み重ねて来たものが。

 どれだけ攻撃が早かろうが

 こんな大ぶりの攻撃が、自分に当たるわけがない。

 なぜなら。

 ──風間さんに比べれば! 

 

 足先でその腕を蹴り。

 側面へ飛ぶ。

 飛びながら拳銃弾を撃ち込み続ける。

 

「麓郎! アンタは頭部!」

 若村に頭部の間にある眼球を狙わせ。

 

「雄太は、腹を狙え!」

 

 眼球への若村の弾丸で両腕を動かし、

 三浦は比較的装甲が薄い腹部に旋空を放つ。

 頭部は腕に塞がれ。

 旋空は側面へ飛び込まれ回避される。

 

 だが。

 これで十分。

 

 腕も足も、これで動かせた。

 

 後は──懐に入り込んで、削るだけだ。

 足にスコーピオンを通し。

 腹に弾丸を叩き込む。

 焦るな。

 今自分が出来る最大限の動作を意識しろ。

 無駄のない所作と

 削り切れる箇所を。

「ありったけを──叩き込んでやる!」

 その瞬間。

 両腕の間に隠された、目玉から──エネルギーが収束する気配を感じる。

 

 それは。

 自分ではなく。

 

「──雄太! 避けろ!」

 弧月を構え、正面を取っていた三浦に向けられていた。

 

 放たれる。

 それはレーザーのように直線状のトリオンエネルギーの放射であった。

 完全に予想外──報告にすら上がってなかったその攻撃に。三浦は回避もシールドも間に合わない。

 

 ──三浦、緊急脱出。

 

「こ......のぉ!」

 だが。

 それを放ったという事は、

 急所の眼球の守りが無くなったという事であり。

 

 香取はすぐさま剥き出しの眼球に、スコーピオンを通す。

 

「──気を付けて! コイツ、普通の新型じゃない!」

 倒れ伏した新型の眼球に、更に三発程銃弾を叩き込むと、香取が

「眼球からの放射か。やっかいだね。──こっちはこっちで、別の機能が追加されているみたいだ」

 王子隊の眼前にいる新型は。

 両腕を液状化させ、地中にそれを潜り込ませ、足元から黒色のブレードを出現させるという機能を持っていた。

 王子隊は機動力を活かし、残る二体の新型に対し、前衛の樫尾が新型を誘導しつつ、蔵内が中距離で足先を鈍らせ、王子がC級護衛の為にカバーに入るという連携で場を保たせていたが──そのダメージの蓄積は、着実に樫尾のみに刻まれていっている。

 このギリギリの状況下。

 C級を本部までじりじりと後退する。

 

 

「──隊長!」

 樫尾から、更に報告が上がる。

 

「新型の反応がこちらに! 警戒区域から流れてきてます!」

「もう防衛ラインまで超えてきているのか。まずいね。──このままでは挟み撃ちにあう」

 

 イレギュラー『門』から発生した新型含むトリオン兵。

 そして、警戒区域から市街地に雪崩れ込んでくる新型。

 

 それは──C級を完全に挟み込む陣形をしていた。

 その瞬間。

 王子のカバーが遅れる。

 挟撃されている状況下、手が回らなくなった。

 ──まずい。

 王子の顔色に変化が訪れる。

 C級の一人が、新型の両腕に囚われてしまった。

 うわぁ、という純然たる恐怖の声。

 そうなるのも、当たり前だ。

 彼等には、緊急脱出装置がない。

 こういった状況下での命綱すらないのだ。

 王子は──この状況を覚悟はしていたが、それでも顔を顰める。

 

「──んにゃろー!! 離しやがれ!」

 

 そんな中。

 一人の女性C級隊員が、狙撃銃トリガーを手に──新型に銃弾を放つ。

 

 その銃弾に反応してか。

 新型は、C級を握り込む両手を、防御に使用した。

 

 そこに──わずかな隙が出来た。

「カトリーヌ」

「解っている!」

 王子のハウンドと、

 香取のスコーピオンが、

 両脇から飛び込むように新型に襲い掛かり──その眼球を破砕した。

 

「.....」

 さて。

 どうしたものか。

 狙撃銃トリガーを握る、C級隊員を見る。

 鋭い目をした、如何にも闊達そうな女性であった。

 

 C級隊員は、基地以外でのトリガーの使用が禁じられている。

 だから。彼女は今規則違反をしたことになる。

 だが。

 その違反のおかげで、助かった隊員がいることも確かだ。

 

 それを責めるのか? 

 それとも──

 王子の判断は早かった。

 

「──ありがとう。君のおかげで、あの子を助けられた」

 

 そう言った。

 その言葉しか、浮かんでこなかった。

 恐らく、規則云々を言われるのかと思っていたのだろう。眼前の少女は目をぱちくりさせ、呆けた表情をしていた。

 

 規律か。

 命か。

 当然かつ合理的な判断だ。

 

「──C級の皆」

 

 その時。

 王子は声をかけた。

 

「見ての通り。──僕等では、今の状況で君達を守る事が出来なかった。ごめんね」

 

 だから、と続ける。

 

「死にたくなければ──武器を抜くんだ。生き残ったなら、後で言い訳に僕──王子一彰の名前を使ってもらって構わない」

 

 王子は思考する。

 合理的に。

 ここで──C級をただの重荷として扱うのはよくない。

 

「皆で生き残ろう。──聞こえてましたね。忍田本部長に城戸司令。C級の皆に戦闘を指示したのは僕ですので。どうぞよろしく」

 

 王子は笑む。

 B級隊が二つ。

 そしてC級隊員。

 

 残る敵は、新型二体とトリオン兵。

 

「──そして皆、朗報だ」

 繋いだ通信から。

 援軍の情報が入る。

 

「ボーダー最強部隊が、あと数分もすれば到着する」

 

 南西地区に。

 ボーダー最強部隊と名高い──玉狛第一が向かっている、と。

 

「攻撃手トリガーを持っている子は、無茶をしなくていい。ただ身を守るためにトリガーを使ってくれ。射手・銃手・狙撃手トリガーの子は、一つだけ指示を出す。──近づいてきた敵に皆で一斉放射。それだけでいい。それだけをしながら、後退していくんだ。しんがりは僕等が務める」

 

 西南区域。

 現在C級隊員と共に、王子隊・香取隊と連携して本部に向かって撤退中。

 

 

「──おおー」

 壮観だった。

 何もない。

 地平線先まで、家屋も壁も床面も全てが全て破砕された光景だけが広がる空間が、そこに展開されていた。

 

「調子いいな、天羽」

「迅さん.....」

 白のパーカーを着込んだ少年が一人。

 手頃な瓦礫に腰掛け、その光景をジッと見ていた。

 

「全く。手加減しろよー」

「ヤダよ面倒くさい。どいつもこいつもつまらない色の雑魚ばっかでやる気が出ない」

 天羽月彦。

 黒トリガーを所有した、S級隊員。

 北西区画のトリオン兵の殲滅を命じられ、──そのありあまる黒トリガーの破壊力に任せ、光景ごと無に帰した。まる。

 

「──で、申し訳ないんだけど。俺の担当の所。お前に頼んでもいい?」

「えー。なんで....?」

「──丁度敵さんが、動き始める。俺も向かった方がよさそうだ」

 

 動き始める。

 そう迅が言うという事は。

 今まさに──未来の分岐が始まったという事なのだろう。

 その意味を理解してか、天羽もそれ以上に声をかけることはしなかった。

 

 北西・西側区域。

 迅が、移動中。

 

 

 そして。

「──私、も」

 C級の皆が。

 撃っている。

 眼前のトリオン兵に。

 生き残るために。

 もしかしたら、誰かを守るために。

 

 そして。

 懸命にB級の王子隊・香取隊が最前線で戦っている。

 王子が、その責を負ってまで。

 C級の皆を生き残らせようと腐心し、その結果として今武器を握れているのに。

 それなのに。

 自分は震えたまま、引金を引けないでいる。

 

 どうして? 

 どうして、撃てない。

 

 撃て。

 撃たなくちゃ。

 

 だって──だって。

 そうしなくちゃ。

 

「──危ない!」

 

 迫る、人型のトリオン兵。

 王子隊、樫尾がC級に襲い来るそれを身を庇い、防ぐ。

 もうずっと前線に立ち続けて、彼の戦闘体は全身どこもかしこも傷だらけで、多くのトリオンが漏れていた。

 

 その光景は。

 千佳の眼前で起きた。

 

 トリオン兵の胸部が開かれ、そこから二本の管が樫尾に突き刺さり──そして。

 食われた。

 戦闘体の姿があやふやになり、崩れ、──そして、胸の中に、閉じ込められた。

 

「──あ」

 

 あ。

 今。

 自分は何をしていたのだろう。

 

 カシオ! 

 そう叫ぶ声が聞こえてきて。

 今自分を庇った人への声が聞こえてきて。

 

 自分が撃てば。

 あの新型を倒せたんじゃ、ないだろうか。

 かつて自分は。

 訓練の時に──トリオンの多さゆえに、基地の防壁まで破壊していた。

 

 懸命に戦った人が。

 何も出来ずにいる、自分のような人間の為に──食われた。

 

「あ、ああ......」

 

 ああ。

 ああああああ。

 

「──う、あ」

 

 その現実を目の当たりにして。

 千佳は。

 狙撃銃を、向けた。

 

 そして。

 

 引いた。

 




なんか以前もおんなじ様なこと千佳ちゃんで書いてた気がする。
ま、いっか。
知らん。


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大規模侵攻④

 それは。

 一方的な破砕だった。

 

 ボーダー側のあらゆる武装をもってしても削るのが精一杯であった、新型の頭蓋。

 それを。

 一撃のもとに、粉砕した。

 

 その破砕は。

 

「......」

 青ざめた表情で、狙撃銃トリガー、アイビスを構える一人の少女の姿。

 

 その様を、王子は見た。

 

「──やるじゃないか」

 王子は。

 周囲に散ったトリオン兵を捌きながら、少女に向かいそう言った。

 

「さて」

 先程少女から放たれた膨大なトリオンに反応してか。

 周囲に散っていたモールモッドが、向かってくる。

 王子は少女の襟を掴み脇に抱えると、ハウンドをもってそれを砕く。

 

「君は確か、狙撃訓練でちょっとした噂になっていた子だね。──雨取千佳、だったかな?」

「はい.....」

「今初めて見たけど、凄い威力だ」

「あ、あの....」

 王子に抱えられ、そのまま千佳は運ばれるままの姿だ。

 そして。

 タン、タンとビルの屋上まで登ると、千佳を降ろした。

 

「では、アマトリチャーナ」

「あ、アマトリチャ......?」

「出来れば君の力を借りたい」

 

 王子は、ビルの上から二つ指差す。

 一つ。

 今香取隊が応戦している残り一体となった新型。

 そして。

 C級が後退しながら向かっている本部基地への連絡通路に繋がる道に群がる、トリオン兵の軍勢。

 

「あの二つ。僕がタイミングを指示するから、撃ってもらっても構わないかい?」

 

 王子は、すぐさまに理解した。

 この少女が放つアイビスの砲弾はちょっとした黒トリガーだ。

 数の上での不利。

 そしてC級を護衛しながら撤退戦をしなければならないという状況、

 

 それら全て──この砲弾を効果的に使う事で、解決できるかもしれない。

 

「本来C級の君にこんな事を言うのは道理ではないかもしれない。でも──この状況を変えられる力が君にある」

 王子は言う。

 理解している。

 この少女が、敵を前に身を竦ませている事実に。

 

「ウチのカシオを助けてくれてありがとう。──でも今彼はキューブになっている。僕等としてもここで緊急脱出してはならない理由が増えた。本部にキューブを持っていかなければ、カシオは助からない」

 

 この侵攻ではじめて現れた新型は。

 トリオンを持つ人間をキューブにし、保管し、そして持ち帰る機能を持っていると本部から連絡があった。

 そのキューブは、本部に持ち帰らなければ助けることはできない。

 

()()()()()()カシオを助けるには──僕等が本部に辿り着かなければならない」

「......」

 王子は気付いていた。

 彼女が、その顔を青ざめている理由に。

 彼女含むC級を庇い、樫尾が捕らえられたからだ。

 庇われた罪悪感。

 それ故だと。

 だから。

 

 これからの行動は、──先程引いた引金と同様の意味があると、王子は教える。

 庇われた罪悪感故に引金を引いたのならば。

 その罪悪感の解消する手段が、まだまだこの先にあるのだと。

 樫尾を助けることが出来るのだ、と。

 

「君があれを撃ってくれれば、必ずカシオを助ける。約束する」

 

 この状況を変えるべく。

 王子は何もかも使う覚悟であった。

 例え──眼前で怯える少女の罪悪感を利用しようとも。

 

 心の中でごめんと、呟く。

 あまりスマートなやり方とは言えない。しかも年下の少女に対して。

 だが。

 そうするほかない。王子とて、手段を選べる余裕は無かった。

 

「絶対に君の所に敵は来させない。──だから、頼む」

 そう言葉にした瞬間。

 その眼に怯えを宿しながらも。

 

 雨取千佳は──アイビスを構えた。

 

 

「......成程。金の雛鳥も混じっていたのか」

 ハイレインは。

 ラービットを二体破壊し、道中にあるトリオン兵が屠られていく様を眺めながらそう呟いた。

 凄まじい出力。凄まじい威力。

 小さな体から戦略兵器以上の理不尽な威力を撒き散らし、──雨取千佳がそこにいた。

 

「ヒュース、ヴィザ」

「はっ」

「出番ですかな」

 

 ハイレインの呼び声に、角が付いた青年と、杖を持つ老人が言葉を返す。

 

「お前らは金の雛鳥を捕らえてこい」

 

 さて、とハイレインは呟く。

 

「──では転送を開始する。皆、程よく玄界の戦士たちと遊んで来い」

 

 

「なあなあ」

「何すか、イコさん」

 その時。

 基地南東部の警戒区域内。

 ゴーグルをかけた男と、横方向に広がりを見せるもさもさとした髪をした男が実に手際よくトリオン兵を片付けながら、会話をしていた。

 イコさん、と呼ばれたゴーグルをかけた男は真顔のまま話を振っていく。

 

「この新型の姿なんやけど」

「はい」

「フォルムがごっついよな。何か怖いわ」

「まあ、トリオン兵ですからねぇ」

「なんかあの顔面の中央にぎょろ、っと出ている眼球があかんわ。あれホンマ怖いねん。しかも急所やからそこ積極的に狙わなあかんし」

「せやなぁ。どのトリオン兵もおんなじやと思いますけど」

「多分、視界外からいきなり現れたりしたらビビり散らすと思うねん。うわ、こわって」

「んなタマですかイコさんが」

「何とか。何とかあの眼球を怖がらん方法ってないやろうか」

 

 一つ承知しておいてほしいのだが。

 この男は、至って真面目である。

 ただ。

 マイペースなだけなのだ。

 

 生駒達人。

 B級3位、生駒隊隊長。

 攻撃手ランキングでは六位に位置する、トップクラスの弧月の使い手である。

 彼等は合同部隊の一つとして、他B級部隊と共にトリオン兵の排除を行っていた。

 

「──思いついたわ。あの眼球を誰か別の人間の顔やと思えばええんや」

「そっちの方がよっぽど怖いわ!」

「あの眼球とかも、誰かすんごい笑顔が特徴的な奴の顔が浮かんでいると思えば、すんごいほんわかするやん」

「生首だけ人間で笑顔浮かべながらこっちタコ殴りしてくるトリオン兵とかそっちのほうがよっぽど怖いわ! 目ぇ覚ませ!」

「誰が.....誰がいいだろう.....。ウチの隊で可愛い言えばマリオちゃんやけど。マリオちゃんの可愛い可愛いお顔を斬りたくない。だったら誰がいいやろ」

「その楳図かずおのマンガみたいなホラートリオン兵の妄想まだ続くんすか?」

「仕事せぇやこの阿呆」

 ついに、今まで黙っていたオペレーターのマリオこと──細井真織が声を上げる。

 生駒は、それでも続ける。

「決めた。次新型が出てきた時は──眼球部分を隠岐と思う事にする」

「何でですかい」

 およそ百メートル程東で狙撃銃を構える生駒隊狙撃手、隠岐孝二がまた声を上げる。

「イケメンやからや」

「えー」

 あまりにもあまりな理由を聞き、隠岐は実に力のない声を上げる。

 

「イコさんイコさん! 俺の顔も怖くないっすよ!」

 更に。

 少し離れた場所で索敵を行っている南沢海も、何故か生駒の妄想の顔に立候補しだした。

 

「海はあかん。単純に罪悪感凄いわ。顔つき幼いんやもん」

「まるで俺の顔だと罪悪感湧かんとでもいっているみたいっすね」

「イケメンやからな」

「いやいや。俺イケメンや無いですから。マジで」

「さあ、来い新型! 隠岐の顔面をインストールした俺は、もうお前らなんて怖くない!」

 

 瞬間。

「──『門』の反応が出とるで」

 細井の警告と同時。

 眼前で、『門』が開かれる。

 

「ほらアホな事言ってるから本当に増援来たやないすか」

 呆れたように生駒の隣にいる──水上敏志が、そう呟く。

 生駒は弧月を構え。

 ジッとその『門』を見る。

 まるでカメラを前にしているかの如く。

 鋭い目力をもって。

 さあ来い新型。

 しっかりとその眼球部分に隠岐を投影し、そのまま旋空弧月をもって断ち切ってやろう。

 

 そして。

 現れる。

 

 黒い外套を着込んだ、大柄な偉丈夫。

 

「──ふむ。二人か」

 

 その男は。

 頭部に角が生えていた。

 

「角付きか。これ、確か人型近界民の特徴ってことで東さんに教えられてたやつっすね」

「.....」

 予想外の出来事にか。

 生駒はジッと黙ってその人型を見て。

 

 ポツリ呟いた。

 

「ゴリラやん」

 

 と。

 

 折角インストールした隠岐の顔面が。

 唐突に表れたごつい顔つきの男に書き換わるその瞬間。

 生駒達人の胸に到来したその感情は、例えようのない切なさだった。

 

「隠岐──お前の仇、取ったるで」

「俺死んでないっすよ。イコさん」

 

 勝手に脳内で殺された隠岐の顔面に一つ黙祷を捧げ、生駒達人は弧月を構えた。

 

 

 そして。

 

「──よぉ、玄界の猿共」

 加山雄吾が敷いた、ダミービーコン地帯。

 そこには──黒い角を生やした、長髪の男が現れる。

 

「黒い角.....ってことは」

「当たりだな。──黒トリガーだ」

 

 廃棄されたビルの上。

 集まるトリオン兵を処理していた風間隊の眼前に、──黒い角付きの男、エネドラが現れる。

 

「二宮隊、太刀川、加山。こちらに黒トリガーが現れた。これより迎撃を開始する。至急、こちらに戻れ」

 

「ほぉ、黒トリガーか」

「二宮隊、了解」

「加山了解」

 

「──よーやく、あのクソせめー艦内から出られたんだ」

 エネドラは。

 笑う。

 嗜虐的、という表現が何よりも似合う。底意地の悪そうな、歪んだ笑みであった。

 

「だから、死ね」

 黒いトリオンエネルギーが溢れ出る。

 それが流動体のように身体に巻き付き──彼は更に笑みの皺を、上側に歪ませた。

 

 

 そして。

 丁度同じタイミングであった。

 

「──何よ。もう新型倒されちゃったの」

 

 車を走らせ、突貫で急ぎ向かったその先では。

 全ての新型が粉々に破砕され、そして他のトリオン兵もまたそのほとんどが倒されていた。

 その様を見て、増援に来た玉狛第一の小南桐絵は思わずそう呟いた。

 

「──増援感謝します木崎さん」

 そして。

 王子は玉狛第一の最年長──木崎レイジに、そう通信を入れる。

 レイジはその大柄な体を静かに揺らし、周囲を見渡す。

「報告は聞いていた。──C級を動員して何とか危機を乗り切ったと」

「危機を乗り切ったのは、彼女のおかげですね」

「.....雨取か」

 

 雨取千佳は。

 震える腕を叱咤しながら──懸命に銃を握り込んでいた。

 

「彼女のおかげでC級の子たちの避難経路を確保できました。木崎さんの弟子らしいですね。──正隊員でもないのに、勝手に戦わせて、すみません」

「いや。──この状況に陥らせた俺達側に責任がある」

 この場は。

 王子の柔軟な方針によって収まった。

 C級も使い、そして新型を一撃で葬れる千佳の砲撃を効果的に利用して。

 

「──千佳、大丈夫か」

「うん。大丈夫だよ修君」

 

 そして。

 玉狛第一が到着する少し前。

 修と緑川のコンビもまた、ここに到着していた。

 

「ひゃー、すっごいね。あれだけてこずった新型を一撃で....」

 緑川は、修の隣でそう呟いていた。

 

「千佳。もう大丈夫だ。これから僕達と一緒に避難するんだ」

「俺もそこまでは付き合うよ」

 

 その様を見ながら。

 王子は少しだけ申し訳ないと感じる。

 言ってしまえば。彼はそれとなく千佳の良心を利用し、彼女を戦わせたのだから。

 それでも、後悔はしていない。

 アレが思いつく限りにおいて、皆を助けるための最善策だったと。今でも思っているから。

 

 後は。

 C級を避難させ、この区画のトリオン兵を排除すればひとまず危機を脱したと言えるだろう。

 

 そう。

 思っていたが。

 

『門』が開かれる。

 

 

「──では、行きますか」

「はい」

「金の雛鳥を、捕らえましょう」

 

 ヴィザ。そしてヒュース。

 彼等の眼光は──雨取千佳を捉えていた。



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大規模侵攻⑤

 戦況は、二分される。

 警戒区域内と、その外。

 そのそれぞれに、二体ずつ人型近界民が現れたことにより。

 

 その情報が、加山にもリアルタイムに伝わってくる。

 

 何故だろう、と。

 加山は思考する。

 

 警戒区域内に現れた人型の意図は理解できる。

 本丸は外のC級だろう。

 もう今の段階で、かなりの数のC級が捕われてしまっている。今回は有象無象の市民ではなく、ある程度のトリオン量が担保されており、かつ緊急脱出機能がついていないC級隊員を狙ったのだろう。

 

 だが。

 外に現れた二体の人型近界民は南西区域に二体が固まって現れた。

 その意図が理解できない。

 

「──アレか」

 

 既に風間隊は黒トリガーと交戦を始めていた。

 ロン毛の如何にも性格の悪そうな男が何事かを叫び、それと同時に床が崩落した。

 ビルディングの屋上にいた風間隊は、黒トリガーの攻撃によってぶち破られた床面から中に入ったようだ。

 

「加山、指定の建物に現着」

「加山か。──他のメンバーはどうした」

「二宮隊は外でセットアップ中です。黒トリガーが外に出た瞬間を狙うとの事です。太刀川さんはもう少ししたら着きます。俺は建物の中に入ってダミービーコンの仕込みを行います」

「了解した」

 

 バッグワームを着込み、一旦反応を消しつつ建物に入り。

 風間隊と黒トリガーが戦っている場所周辺の壁の向こうに、幾つかのビーコンを仕込んでおく。

 多分この手の内はバレているから、引っかかりはしないだろう。

 だが、それはそれとして構いやしない。

 一番の目的は──ここでビーコンを仕込んでおくことで、太刀川を安全にこの建物内に侵入させ、偽のトリオン反応に紛れさせた彼を黒トリガーに急襲させるためにある。

 

 黒トリガーがいかなる性能であれ、風間隊の近接連携に意識を割かれた状態からの太刀川の急襲は完全な対応は難しいだろうから。

 

 敵に気付かれぬように、壁の向こう側の音を聞きながら慎重にビーコンを設置する。

 

「気を付けろ加山。──こいつは液体化できるブレードを放ちながら攻撃してくる」

 風間隊から、交戦データが送られてくる。

 そのデータには、壁や床面から突如として現れるブレード攻撃が映っていた。

 死角側から現れるその攻撃に、風間隊は当然のように対応している。恐らくは菊地原の強化聴覚の情報を共有する事によりそのからくりが解っていたのだろう。

 

 成程。

 敵の黒トリガーはどうやら、液状化したトリオンを壁や床に染み込ませるように仕込み、そしてそれを硬質化させる事によりブレードを飛ばしてくるという性能をしているようだ。

 

「──ちょこちょこと。鬱陶しいぞ、この猿共がァ!」

 罵声と共に、敵が攻撃を加えていく。

 自身に纏わせた液体をブレードとして飛ばすと同時。

 壁に仕込んでおいた液体からもブレードを顕現させる

「おっと」

 敵の黒トリガーの攻撃により、壁の一部が崩落する。

 危なかったが、これで自分にも交戦する際の音を聞くことが出来る。

 

 加山は耳を澄ます。

 が。加山は音の色分けをするという特殊な感覚こそあれ、特段聴力がいいわけではない。

 ブレードが顕現する際の瞬間の音は聞こえるが、それでも壁の中や床面の音までは中々聞こえない。

 だが、それでも。

 壁に耳をあて聞いてみると、微かに。ほんの微かに、液体が流動する感じの色合いが脳内に浮かんでくる。

 ブレードが顕現する際の音。

 壁の中を蠢く液体の音。

 まだ。

 まだ、何かある気がするのだ。

 

「風間先輩」

 加山は、風間に一つお願いする。

 

「俺にも、菊地原先輩の聴覚情報の共有をお願いしてもいいですか?」

 菊池原の聴覚共有。

 菊池原の強化された聴覚から得た情報を

「何故だ?」

「俺は共感覚の副作用を持っています。──音さえ拾えれば、アイツの攻撃のからくりが解るかもしれない」

「やめた方がいいよ」

 通信を聞いていたのであろう。

 菊池原は加山に、そう言ってきた。

「意図は解るけどさ。でもこれ、普通の人がやると情報量の多さに酔ってくるんだよね。僕たちは訓練でどうにか慣れたけど、君なんかがやったらその間使い物にならないよ」

「解ってます。だから、ほんの十秒位でいい。その間、ビーコンの反応に紛れてジッとしています」

 自分の能力に加え、菊地原から送られる膨大な情報を脳内に叩き込まれる。

 多分、今までに感じたことのないような膨大な色の奔流が送り込まれるのだろう。

 混乱もするだろうし、酩酊もするだろう。その間にまともに動けるとは、自分も想定していない。

 だが。

 嫌な予感がする。

 ちょくちょく。

 液体から固体に変わるその瞬間の色以外の音が、聞こえてくるのだ。

 

「三上」

 風間が、指示を出す。

「加山に、聴覚共有を繋いでやれ」

 

 そう、風間は決断した。

 

 一つ加山は頷き──そして目を閉じた。

 

 三上の、聴覚共有開始、の声と共に。

 加山の脳内に──膨大な音の奔流と、色が襲い掛かってきた。

 

 

 頭が。

 ガンガンと揺れる。

 

 与えられる聴覚情報の奔流が、同時に色彩の暴力を叩きつけてくる。

 今まで感じてきた色が。

 何重もの色彩となって、混じり合って、ぐちゃぐちゃになって、脳内を駆け巡っていく。

 これが。

 これが、菊地原の聴力をもって感じる、加山雄吾の世界。

 だが。

 やるべきことがある。

 

 選別だ。

 選別しろ。

 

 今まで感じた事のある色は全て無視。

 あの黒トリガーが発する音だけに集中しろ。

 

 今ならば解る。

 

 発せられる、音が。

 硬質化したブレードが飛び出る色。

 液体が、硬質化する色。

 

 そして。

 奴の身体の中もまた、その液体が流動する音が聞こえ。

 そして。

 もう一つ。

 別の音が、聞こえる。

 

「──風間、さん」

 息も絶え絶え。

 膨大な音と色がぐるぐる回る脳内で、それでも。

 伝える。

 

「──液体だけじゃない」

 その音は。

 聞いた事がある。

 日常の中。

 ゴポゴポと沸き立つ湯の上で漂う。

 あの、感じ。

 

 あの色は──。

 

「あのトリオンは──空気化も、している」

 

 

 その瞬間。

 聴覚共有が解かれる。

 

 

 

「──おうふ」

 

 その時。

 加山は歌川に肩を担ぎ込まれていた。

 

「ありゃ。ここは、何処ですか....」

「一旦外に出てもらった。──奴が黒トリガーで大技を使ったから、その隙に」

 気付けば。

 いつの間にやら景色は薄暗い廃ビルの中ではなく、煙が立ち込める外にいた。

 ビルを見れば、上階部分が完全に吹き飛んでいる。

 本当に──黒トリガーの出力はインチキにも程がある。

 

「──全く根性ないね」

 歌川に担がれたままの加山を見て、菊地原は実に乾いた口調でそう言葉を投げた。

「うす。根性なしですみません」

「これだけみっともない姿晒したんだから、少しでも情報を得たんだろうね」

「うす。風間さんにはもう伝えています」

「──成程な。ガスか」

 

 風間が、そう呟く。

 

「ガスですか?」

「ああ。奴のトリオンは液体、固体、そして──気体にも変化する」

 気を付けろ、と風間が言う。

「恐らく奴はフルパワーでの攻撃を行使する事で、わざと視界を狭めて俺の攻撃を誘ったのだろう。そこで近づいてしまっていれば、俺は奴が纏ったガスにやられていた。──お前の情報提供がギリギリ間に合った。助かった、加山」

「気体、ですか。目視は難しいですよね....」

「とはいえトリオンではあるだろう。三上、あの黒トリガー周辺のトリオン反応をこちらにも共有してくれ」

「了解」

 とはいえ。

 外に出て行きはしたが──あの黒トリガーは何処にいるのだろう、と疑問に思ったが。

 ビルの中から破砕音が聞こえてくる。

 

「お前のダミービーコンを壊しまわりながら、隠れている奴がいないかを探しているらしいな」

「そうっすか。──だったら丁度いいや。二宮さん」

「何だ」

「爆撃する準備OKですか?」

「ああ」

 了解、と加山は一つ呟くと。

 メテオラをセットし、

 

 発動した。

 

 その瞬間。

 

 地響きと共に──廃ビルが崩れ去る。

 

「上階部分を吹っ飛ばしたせいで、あんまり上からのプレスがかかんないですね。でもまあいいや。頼みます、二宮さん」

 

 崩壊したビル群の瓦礫が。

 黒い奔流に元気に吹っ飛ばされる。

 

 その上空に。

「サラマンダー」

 

 ハウンドとメテオラ。

 二つのトリオンキューブを合成し、出来上がった──追尾炸裂弾がその頭上に降り注いだ。

 

 

 ランバネインの両手が。

 マントの中で、構えられる。

 

「アステロイド」

 と呟きながら水上は──ハウンドをランバネインの周囲を囲むように放つ。

 

「ふむん」

 それら全て、幾重にも発生した円盤状のシールドで防ぎながら。

 ランバネインの両手は。

 水上と、生駒に向けられる。

 

 水上は、それをフルガードで防ごうとし。

 生駒は即座に横方向への回避動作に入る。

 

 して。

 

「げ」

 間の抜けた声と共に。

 水上のフルガードはいとも容易く砕け──その先にあるトリオン体までも、真っ二つに砕け散る。

 ──水上、緊急脱出。

 

「──うっそやん」

 

 間一髪でそれを避けた生駒は、思わず呟く。

 

「何やあのゴリラ。ゴリラの癖にとんでもない弾丸撃ってくるやん。ゴリラの癖に。砲撃ゴリラか。何や新しいやん」

「イコさん逃げて。超逃げて。あのアホみたいな弾丸防ぐの無理。アイビスなんか可愛いくらいの威力や何やあれ」

 通信を通じて水上が、珍しく焦った様子で捲し立てる。

「わかっとる。このまま何もいい所がないままゴリラに殺されるのだけは堪忍や」

「あの威力やから連射はないでしょ。隠岐が援護するから、その隙にとにかく他の部隊との合流しましょ」

「近くやと、どの部隊が近いん?」

「弓場隊やな。とにかくガン逃げやガン逃げ。他の仲間おらんとどうしようもない」

「弓場っち。弓場っちか。おっしゃ了解や。あのマグナムでゴリラ狩りやってもらうわ。──うわ何かまた光り出したわアイツの両手。はよう援護してやイケメン」

「イケメンや無いすけど、撃ちますよー」

 瞬間。

 ランバネインの頭蓋目掛け、弾丸が飛んでくる。

 

「──ふむ。遠くにまた一人」

 

 そう呟くと。

 両手から射出せんとした弾丸を収め。

 

「何やあれ?」

 背中に昆虫のような、四角いフォルムの一対の翼がある。

 それが、

 トリオン光で、眩しく光る。

 

 その光が次第に収束し、何重という弾丸の形になった瞬間。

 隠岐の判断は素早かった。

 

 イーグレットを解除しグラスホッパーを装着。

 

 そのまま這う這うの体で、背後へと飛んでいく。何とか事なきは得たが、爆撃に多少巻き込まれ、足が削れていた。

 

「ひぇー。イコさんイコさん。アレヤバいっす」

「ヤバいな。見ただけで分かるわ。何であの威力で連射できんねん。──おい海。お前何でそんな所に移動してんねん」

「へ? イコさんと合流しようと思って....」

 見ると。

 離れた場所で巡回を行っていた南沢海が、生駒の襲撃を受け合流せんと近づいてきていた。

 それ自体は問題ないのだが、問題はそのルートだ。

 たった今爆撃を受けた隠岐側から、生駒に向かっていた。

 水上が、叫ぶ。

 

「アホ! そこあの砲撃ゴリラの射程圏内や!」

 

 また一人か。

 そうランバネインが呟くと同時──今度は、大型のライフルのようなフォルムの銃を、腕と一体化させた形で出す。

 

 弾倉代わりのトリオン球を数珠つなぎに銃に送り込み、機関砲よろしくぶっ飛ばしていく。

 

 どどどどどど、という凄まじい銃声と共に、

 

「ひぇ~」

 と。

 何とも気の抜けた声を上げながら──南沢もまた、緊急脱出した。

 

「もう生きているの俺だけやん!」

「俺も生きてますよイコさん」

「そうや! まだ隠岐が生きとる! 隠岐がイケメンなだけのこの部隊が、まだ継続しとるんや......!」

「もうそれでいいですから早く逃げて下さいマジで」

 

 生駒は口では中々にふざけた会話をしながらも、オペレーターの細井が示す逃走ルートを着実に踏破していった。

 

「逃がさぬぞ」

 

 ランバネインは、──背の翼からトリオンを噴出させ、そのまま生駒に向かう。

 

「おい隠岐」

「はいイコさん。飛んでますね。あのゴリラ」

「飛んだ。ゴリラが、飛んだ」

 まるで木によじ登った豚でも見たかの如き呆けた反応を返しながら。

 上空を見かけていると。

 

 幾つもの光が、煌めいていて。

 

 まるで。

 ゴリラが流れ星になって、黒く染まった空の上から流星の雨を降り続けているんだ。

 

 そんな風に、生駒は思った。

 




生駒隊の描写は心からふざけました。
すみません。


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大規模侵攻⑥

 黒トリガーが爆撃に足を止める間に。

 加山はその周囲にエスクードを張る。

 

 張り方は。

 黒トリガーを中心に、四方均等に円を作るように。

 

 四枚。

 八枚。

 十二枚。

 十六枚。

 

 エスクードを、散らす。

 

 そして。

 

「──あァ?」

 黒トリガーの男が、首を傾げながらそんな声を出した。

 

 エスクードの後ろから、散発的にトリオン反応が増えていく。

 ダミービーコンだ。

 

 風間隊、そして二宮隊の攻撃手・銃手である辻新之助と犬飼澄晴に持たせ、バラまいたダミービーコン。

 偽装されたトリオン反応が、壁の後ろから生まれていく。

 

 さあ。

 どう出る黒トリガー。

 

 お前と、風間隊との交戦データを見た。

 

 そして、解った。

 お前は、兵士じゃない。

 ただの──快楽殺人者だ。

 

 

「──んな脆い壁幾つ作ったって、逃げられやしねぇんだぜ猿共!」

 

 黒トリガーという強大な武器の力に酔いしれ、

 敵対者を、ただの鏖殺対象としか見えていない。

 

 いわばこの男にとっての戦いとは。

 アリの巣穴を切り崩して遊ぶ、子供のお遊びの延長線上。

 

 だから。

 こちらの手札に対して、

 今眼前に示された、自分を囲う壁を見て。

 

 奴は間違いなく。

 破壊しにかかる。

 ダミービーコンごと潰しにかかるだろう。

 それ以外の方策を思いつかない、というよりかは。

 猿相手に、パワーを押し付ける以外の方策を取るまでもない、と言う所だろう。

 

「──壁に隠れてんだったら、壁ごとぶっ潰してやるぜ猿共ォ!」

 

 ありがたやありがたや。

 想定通りに動いてくれて、本当にありがたい

 

「氷見先輩。三上先輩。データ解析お願いします」

 

 ──エスクード相手に精々壁打ちしてろバーカ。

 

 濁流のようなトリオンブレードの波状攻撃により、次々と破壊されていくエスクード。

 それを見つつ。

 

「ああ?」

 加山の手元にある、メテオラキューブをそのブレードの中に投げ込む。

 ブレードに貫かれたキューブが爆撃によって爆発する。

 

 その上から。

 

「──またか、クソが!」

 

 二宮の合成弾が頭上に降りかかる。

 広域に散らばる爆撃に足を止めている間。

 またエスクードを生やす。

 

 そして。

 

 エスクードとダミービーコンの間を縫って、カメレオンでその身を隠した風間隊が黒トリガーを斬り裂く。

 

「外れか」

 

 風間・歌川・菊地原の連撃によって──その体内にあるトリオン供給機関のダミーを次々と叩き潰す。

 あの黒トリガーは、いわば。

 トリオンの変幻性を、究極に拡張させているモノなのだろう。

 

 気体・液体・個体それぞれに変化させる機能。

 そして。

 トリオンを用いて形成される物質を自在に作成できる機能を、あの黒トリガーは持っている。

 

 本来トリオン体という形を纏っているその身体を。流動化させて無限の再生性を得て。

 そのエネルギーの供給源である供給機関を、ダミーと流動するトリオン体を利用し巧みに隠す。

 

「あと本丸()()はどれくらいあります?」

「十個くらいだと思う」

 元々反応があったダミーに、オペレーターが分析をかける。

 新しく出来たダミーは無視をし、一つずつ潰しをかけていく。

 

 そして。

 エスクードにぶつけたトリオン反応も、また分析をかける。

 

 液体と気体。

 それぞれのトリオン反応を分けていきながら。

 

「──よぉーく解ったぜ猿共が」

 

 この状況。

 仕留めるべき者が誰なのか──エネドラも、ここで理解できた。

 

「そこのポッケに手ェ突っ込んでいる猿! テメェだァ!!」

 

 エスクードのその先にいる。

 合成弾を叩き込んでいる、その男。

 合成弾の弾道を辿り、その直線上にあるエスクードを砕きながら──二宮へ向け直進してくる。

 

「──はい。突っ込んできましたね。行くよ、辻ちゃん」

「了解」

 

 犬飼が加山に一つ合図を出すと同時。

 犬飼の背後にあったエスクードが消える。

 

 犬飼はまず、ハウンドを迂回させて全方位で叩いたのちにアステロイド突撃銃の弾雨をエネドラに叩き込む。

 

「そんな弾丸が効くと思うかこの猿が!」

「さっきから聞いているけど、語彙が貧困だねぇ。いけないよそれじゃあ。煽るんだったらもっと言葉数多くしなきゃ」

 

 せせら笑いながら、変わらず弾丸を引きながら撃つ。

 迫るブレードの山に手足が削られながらも、変わらず。

 

 犬飼に攻撃が向かう中。

 反対側にいた辻が、時間差でエネドラに斬りかかる。

 旋空でダミーを一つ斬り、そのまま連撃を加えようとして。

 

「ぐ.....!」

 

 気体化したトリオンを吸い込み、内側からブレードが発生する。

 

「はん馬鹿が」

 

 恐らくは挟撃をしながら足止めをするつもりだったのだろう。

 だが意味はない。

 黒トリガー、泥の王。

 このトリガーには、いくら囲もうとも対応できる能力がある。

 

「いい笑顔だねぇ」

 犬飼は。

 それでも笑みを浮かべて。

 

「置き土産」

 

 引きながら、向かった先に。

 

「メテオラ」

 

 千切れかけの足で、エスクードの影に仕込まれていたキューブを蹴り飛ばす。

 それがブレードに当たった瞬間、爆発する。

 その爆撃で犬飼は緊急脱出するが。

 

 煙が上がり。

 そして。

 爆発の余波で、──風下に向かって気体化したトリオンが、背後へと消えていく。

 

 空気化したならば。

 その分だけ、当然風の影響は受ける。

 

 そして。

 風上には。

 

「アステロイド」

 

 左手に、細かく何十も分割したキューブ。

 右手に、大きく四等分にしたキューブを持った二宮がいた。

 

 煙で相手の姿は見えず。

 そして風で気体化したトリオンが背後に流れていく中。

 

 二宮は──必殺のフルアタックを敢行する。

 

 抉るような大規模のアステロイドがその身を大きく削り。

 その後に発動される時間差の細かいアステロイド群がその身を細々と貫いていく。

 ダミーが、次々に割られる。

 

「があああ! テメェ!」

 

 弾雨が止むと同時。

 

 菊池原と歌川がカメレオンを解除しながら襲い掛かる。

 

「──何度も同じ手にかかるか!」

 

「く...」

 ブレードが両者を貫くと同時。

 

 その陰から。

 

「よう。──随分と斬りごたえがありそうじゃねぇか」

 

 太刀川慶が。

 貫かれた二人ごと、旋空を放つ。

 

 エネドラの身体を剣戟が幾重もなぞる。

 バキバキと砕かれていくダミーの音を聞きながら、エネドラは焦りの表情を浮かべながら太刀川にブレードを放っていく。

 

 が。

 

「──後は」

 また、その背後。

 そこには──風間蒼也が。

 

「すべて俺が、叩き斬る」

 スコーピオンを。

 エネドラの体内に、差し込む。

 

 

 生駒達人。

 彼は今までの出来事を、瞬時にまとめていた。

 

 ゴリラが襲来した。

 そのゴリラは、火力のあるゴリラであった。

 更に機動力と長射程すら兼ね備えたゴリラで、カタパルトの如き飽和射撃を可能とするゴリラであった。

 そして最終的に。

 ゴリラが空を飛んだ。

 

 まさか。

 近界にはあのようなゴリラが元気に軍備され、空を飛び跳ね爆撃を仕掛けているというのか。

 何なのだ。あれこそまさしく近界の黒いゴリラではないか。

 

「──何や、アレは」

 空も飛べて、射程も稼げて、火力で圧し潰す。

 更にゴリラだから近接攻撃もそれはそれは強いのだろう。

 

 まさに。

 まさにあれこそ

 

「あれこそ、完璧万能手ゴリラ.......!」

 完璧だ。

 完璧に戦いにシンクロナイズドされたゴリラだ。

「くだらない事言ってる暇があるならさっさと逃げろこのアホ!!」

 

 空飛ぶゴリラは天を駆け。

 宵闇に紛れ、低空を飛び回り、

 全てを焼き尽くす煉獄の弾丸を降り注いでいた。

 

「だが! それでも俺はゴリラに殺されたりせえへん! せやろ、隠岐──あれ。隠岐? おーい、隠岐?」

「すんませんイコさん」

 

 更に一つ流星のように。

 緊急脱出の光が、空を駆けていた。

 

「あの空からの砲撃でやられました」

 通信から無情にもそんな言葉が届けられる。

「そっか」

「はい」

「──生き残ってんの、俺だけかい」

 

 隠岐が緊急脱出すると。

 妙に冷静になれた。

 

 生駒は廃棄されたマンションの壁を斬り裂き中に入る。

 

「ふむん。中々にしぶとい。あの剣士」

 

 して。

 空飛ぶゴリラこと、ランバネインは──生駒の動きに一定の評価をしていた。

 あれだけの飽和射撃をされていたにもかかわらず、安易に建築物に逃げ込む選択をせず、自らの足で合流までの距離を稼ぐ。

 しっかり射線を切るルートを辿りつつも、味方の援護も計算に入れしっかりと逃走を行っていた。

 

 だが。

 もう後はあの男しか残っていない。

 

「──更に、二体」

 

 レーダーに映るトリオン反応に。

 ランバネインは更に射撃を加えていく。

 

「む」

 背中のカタパルトから面射撃を行使したが。

 

「──報告にあった、偽装トリオン反応か!」

 それに気づいた瞬間。

 ランバネインは即座にその意図に気付き──左手側にシールドを張る。

 

「ほう」

 

 想定通り。

 狙撃が飛んでくる。

 

「そこか」

 

 狙撃地点を割り出し、急降下。

 入り組んだ路地の中にあるビルディング内。そこから狙撃を敢行した男に狙いを定める。

 

「──ハウンドストーム!」

 

 路地に入り込んだ瞬間。

 三方向から、また更に現れる。

 

 それは──射手三人による、フルアタックハウンドの合わせ技であった。

 

 B級下位、間宮隊。

 彼等は隊員全員が射手という変わり種の隊であり──全員が連携してハウンドを放つ「ハウンドストーム」の火力に秀でたチームである。

 

「三人──更に、二人!」

 

 それらをシールドで防ぎつつも。

 更に両側面から拳銃を握った二人組がランバネインを撃つ。

 

「大量ではないか!」

 

 両腕。

 背中。

 

 その全ての砲撃を路地に向け、放つ。

 狭苦しい路地を、それを形成する建築物ごと破壊しつくす。

 爆撃の最中。

 間宮隊、茶野隊は等しくその身体を貫かれ──緊急脱出した。

 

「──成程。これは撒き餌か」

 撒き餌。

 先程の狙撃手が逃走する時間を稼ぐとともに、そしてこの場所に自らを誘い込むための。

 

「──いつの間にやら、兵に囲まれている」

 

 火力で破砕した路地で、開けたその地を囲むように。

 荒船隊をはじめとした狙撃手。

 

 そして。

 

「──弓場っち。気ぃつけぇや。あのゴリラ。ただのゴリラやあらへん。パーフェクトゴリラや」

「おい生駒ァ! さっきからゴリラゴリラうるせぇ!」

「空飛んで、砲撃上手くて、しかも機動力のあるゴリラや。気をつけるんやで」

「はん。近界の人型だろ。そりゃ厳ちい相手な訳だ。──おお。マジでゴリラじゃねぇか。帯島ァ」

「ッス」

「志願して捨て駒になってくれた間宮隊、茶野隊の仇を取るぞ。連携してあのゴリラ仕留める。お前と東隊が連携してあのゴリラを地上に抑え込んで」

 

 二丁が。

 両腕に、顕現する。

 

「──俺が、仕留める」

 

 さあ。

 ゴリラ狩りのお時間だ。




ウホ。
ウホホッホホッホホホッホ

深夜に見るゴリラの動画ってなんでこんなに心を癒してくれるんだろうね。


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大規模侵攻⑦

「──新手が、二人!」

 ランバネインはニッ、と笑むとその標的を視界に収める。

 その瞬間には。

「──おおう!」

 弾丸が、ランバネインの眼前まで迫っていた。

 二丁がくるりと指先で弾かれ、銃口を向け──間断なき射撃が行使される。

 

 幾つかはシールドで事なきを得るが、一発大きいのを肩口に貰った。

「速い!」

 男の射撃は、連射性も射程も然程もない。

 だが。

 その威力と、放たれるまでの速さが凄まじい。

 

「いい駒だ。──だがここで仕留めきれなかったのが運の尽きだ!」

 ランバネインの射撃が行使されるその瞬間。

 帯島が細かく刻んだハウンドを左右に散らせた後に、両者ともに二手に分かれ路地を形成する建造物を砕き、入っていく。

 

「──その程度の建造物。雷の羽の前には瓦礫同然よ」

 ランバネインが持つトリガー、雷の羽。

 様々な射撃機構が身体と一体化しているそのトリガーは──火力と制圧力だけを切り取れば並みの黒トリガーすらも超える性能を誇る。路地の狭苦しい建造物を瓦礫にすることなど、実に容易い。

 

 建物ごと破砕せんと銃を構える瞬間。

 

「──おおお!!!」

 

 周囲を取り囲む路地。

 そこにスゥー、と。

 幾重にも重なる線が、走っていく。

 それは。

 トリオンの軌道であった。

 

 それは。

 地面。

 そして。

 路地を形成する周囲の建物にも。

 

 走る。

 

 そして。

 それらが、一転──ランバネインに、収束する。

 地面、壁に引かれた、バイパー。

 まるで巣を張るような弾道で引かれたそれは、ランバネインを取り囲み、そして必殺の弾丸を叩き込まんと襲い掛かっていた。

 

「これは防げんな」

 ランバネインは即座にジェットを行使し、その場を離れる。

 バイパーに両足を削られながらも、上空へ。

 その様を見て、

「──空へ行ったわ」

 そう報告を行う、純白の肌をした女性がいた。

 

 その報告は。

 二人の下に届く。

 緊急アラートから真っ先に警戒区域に向かう中、緑川と別れて新型の排除に手をかけていた出水公平と、米屋陽介であった。

 

「──弾馬鹿。那須さんから報告。ゴリラが上へ向かって行ったぜ」

「OK槍馬鹿。愉快なゴリラ狩りの始まりだ──っぜ!」

 路地の傍ら。

 出水公平は片手にハウンド。そしてもう一つにアステロイドを構える。

 それを両者とも細かく刻み、そしてハウンドを先に放つ。

 迂回する弾丸で、追い込みをかけ。

 そして迂回先に──直進する弾丸を叩き込む。

 

「成程──やる!」

 ランバネインのジェットは、トリオンがある限り無限に飛べるわけではない。

 飛行時間に限界はあり、その時間を過ぎればクールダウンも必要となる。

 その飛行時間を、地上からの追尾弾への回避をさせる事で消費させていけば。

 引き摺り降ろすことが出来る。

 そして。

「──また、別の弾丸か」

 今度は、ある程度細い弾丸だ。

 だが──先程の追尾弾よりも、複雑な経路を辿りながら自らを追っていることに気付く。

 追尾する弾。

 迂回する先に置かれる弾。

 その間隙を突くような、細い弾。

 空中にいながらも、非常にバリエーションが豊かだ。

 

 ふむん、と呟き地上に火砲を撒き散らしながら。

 様々な場所に意識を巡らしていく。

 狙撃。

 地上からの弾丸の応酬。

 

 ──成程。

 いい指揮官がいる。

 そうランバネインは確信を覚える。

 とはいえ。──このままやられっ放しというのは性に合わない。

 

「──鬱陶しい狙撃手をまずは、適当に散らさせるか」

 そう言うと、彼はジェットを旋回させ、各狙撃ポイントに爆撃を放っていく。

 逃げきれなかった者、逃げられた者を判別する余裕はない。すぐさま、地上の連中への迎撃態勢に入る。

 

 まずは──浮いている駒から、一体ずつだ。

 急降下しながら、弾丸を浴びせる。

 見える。

 建物を飛び跳ねながら、こちらに弾丸を放っていく女が。

 ニッと笑むと。

 女が飛び跳ねる先にある建物を火砲で破壊する。

 表情を歪めるその女は足場を無くし、地上へ落ちていく。

 その地点に──意趣返し。

 先程やられたように、着地点に弾丸を置く。

 

「また、一人」

 ここでジェットの推進力をある程度保つべく、ランバネインは地上に降りる。

 その瞬間だ。

「──テメェ。よくもゴリラの分際で那須さんをやってくれたなァ」

 そう叫びながら視界内で槍による刺突を行使する米屋陽介と。

 そして。

 ──それを陽動に、上空から襲い掛かる刀使いの那須隊攻撃手熊谷友子。

 

 まずは。

 背中のカタパルトからの弾丸の射出により上空から襲い来る熊谷を撃破すると同時。

 ジェット噴射と共に背後への移動を行い、一気に背後に向かい米屋の射程外まで移動し、射撃を行使する。

 米屋はその攻撃に幾らか身体を削られながらも、路地の裏へ向かい致命傷を避ける。

 

 ここで。

「──むぅ!」

 ランバネインの背後に、爆撃が落とされる。

 細い路地が崩された建造物に埋められていく様を見つつ。

 

 脱出路は。

 上。

 そして前。

 

 上は。

 先程の射手の追尾弾が来るのだろう。

 

 では前には。

 

 満身創痍の米屋。

 その背後に、弓場と帯島がそれぞれ銃とハウンドを構えていた。

 

 ──槍使いでこちらの足を止め、背後の二人による波状攻撃か! 

 火砲を向け、シールドも展開する。

 その瞬間。

 思考が回る。

 この三人もまた。陽動であろうと。

 ならば、何処かでまた、こちらの意識外の攻撃が放たれるはずだ。

 

 そしてこの状況下ならば。

 背後を一瞬見る。

 そこには──ゴーグルをかけ、剣を構える男が。

 生駒達人だ。

 

 挟撃だ。

 だが。

 銃使いの距離の方が、あの剣士よりも近い。

 射程の関係上、銃手よりも剣士の攻撃が届くことはない。

 ならば。

 前方の連中を片付け──背後の剣士を、その後に倒す。

 そう思考を回し。

 前方にシールドと火砲を向ける。

「引っかかりやがったな、なァゴリラ。──やれ、生駒ァ!」

「俺の旋空は、地を割るゴリラすらも斬り裂く──!」

 

 そして。

 発動する。

 起動時間0.2秒。

 奇しくも。

 ゴリラを挟み込み相対する男を倒す為に練り上げ、作った──生駒達人の、生駒達人による、規格外の旋空。

 踏み込む足からしなだれた腕を振り上げて

 

「旋空──」

 

 トリオンに満たされた光が斬撃の光屑を作り上げ。

 

「弧月──!」

 それは放たれた。

 円弧を描き、伸ばされた刀身が描く斬撃。

 それは。

 あるべきブレードの射程を埋め尽くす、一瞬の軌跡であった──。

 天翔けるゴリラは地に落ち。

 そして──瞬間に発生した箒星に貫かれる。

 

「見事........! 玄界の戦士よ.....!」

「アンタも、見事やった.....! 俺ん所の隊員全員、アンタにやられた。だから」

 胸元斬り裂かれるゴリラの袈裟に、更なる踏み込み。

「──ここでおとなしく眠るんや、ゴリラ」

 

 トリオン体が崩れ行く。

 この瞬間。

 生駒の脳内に一瞬の走馬灯が走った。

 

 手甲から射撃を放ったゴリラ。

 羽から弾雨を降らしたゴリラ。

 でっかい銃を召喚したゴリラ。

 そして──空飛ぶジェットゴリラ。

 

 あまねくゴリラを統括した、ゴリラの中のゴリラ。王の中の王。

 皆々の力を結集し、それを仕留めた彼の胸の内には──。

 

「弓場ちゃん」

「あん?」

「俺もう一人やけど、これからどないすればええ?」

「知るか」

 もう何も残ってなかった。

 

 

 そして。

 南西区画の避難地域。

 ヒュース。

 そしてヴィザ。

 二人の人型近界民がこの場に現れ、

 ──王子は、この場に人型が現れた理由を即座に理解できた。

 

 ここまでの動き。

 C級隊員を搔き集める動きをしている中。

 ──トリオンを持つ者を狙う中で、一人規格外がいたからか。

 

 狙いは理解できた。

 雨取千佳だ。

 

「──これは、困ったね」

 

 王子はポツリと呟いた。

 

 今ここに在る戦力は

 

 王子、蔵内

 香取、若村。

 三雲、緑川。

 そして玉狛第一。

 

 この戦力を──雨取千佳含めC級を護衛する部隊と、そして今現れた人型の対処の為に分けなければならない。

 

「──王子」

「はい」

 思考する王子に。

 レイジの通信が入る。

 

「俺達であの人型の動きを止める。残りで、C級の護衛を行え」

「了解です」

 

 まあ、それが妥当だろう。

 王子は一つ頷くと、

「アマトリチャーナ」

「は、はい......」

「結論から言う。敵の狙いは君だ」

 

 え、と──千佳は思わず漏らす。

 その言葉に──隣に立つ修もまた、動揺が走る。

 

「どういうことですか!?」

「敵の狙いはトリオンを持つ人間。その中でC級隊員に目を付けた。市民を攫うよりも、ずっと効率的だからだ。そして──彼女が持つ膨大なトリオンは、敵としてはどうしても手に入れたい代物。──だからあそこに人型が二体もいるんだ」

 

 人型のうち一人が。

 雪片のような黒い欠片を結集させ銃を形作り──千佳に向けて撃つ。

 

 それを、王子は弧月を振り、弾く。

 

「カトリーヌ。僕たちは引くよ。──C級とアマトリチャーナを何としても逃がすんだ」

「──しょうがないわね。引くのは性分じゃないけど」

 

「ではレイジさん。後は頼みました」

「ああ」

 

 さて、と王子は呟く。

 

「──次々とよくもまあ色々な手を打てるものだ。まあ仕方ない。僕等は僕等で最善を尽くそう」

 

 

「おうゴリラ。お前はこっちに来てもらうぜ」

「ふ。──強かったな、玄界の戦士よ」

「まああれだけ囲んじまえばなぁ。お前にもう何人も倒されちまっているし」

「そうだ。それが──戦場というものであろう」

 

 そうランバネインが言った瞬間。

「おっと」

 左右から黒い亜空間が出現すると同時。

 黒い棘が左右から生え出る。

 

「──退却よ、ランバネイン」

「おお。すまぬ。やられてしまった」

 

 弓場はその女を視認するや否や。

 即座に拳銃を構え、弾丸を叩き込む。

 

「あら。随分と血の気が多い事」

 

 女はランバネインを回収すると、亜空間を閉じ弓場の弾丸を彼方へ通り過ぎさせる。

 

 チッ、と一つ舌打ちを放ち──弓場は報告をする。

 

「──人型のうち、砲撃を撒き散らしていた奴は撃退した。身柄は抑えきれなかった。敵の女が──恐らくワープ機能付きの黒トリガーを使って退却させた」

 取り逃がした苛立ちを少々表情に浮かべながら、弓場は忍田に状況の報告に入る。

 

 混迷を極める戦場の中。

 次にどう動くかを見定めながら──。

 

 

「しかし、強かったな。特にあの剣士。あれほどに伸びあがる剣技は、中々見れるものではない」

 ランバネインは。

 自身が撃墜され、艦に回収されたのちにそう満足げに言葉にした。

「楽しめたようね、ランバネイン」

「ああ。故に負けたことが中々に悔しい。ところで、ミラよ」

 ふむん、と一つ顎先に手をかけ。

 ランバネインは一つ疑問の声を上げる。

「どうしたのかしら?」

「玄界では、我等の事を”ゴリラ”と呼称するのだろうか?」

「知らないわよそんなの」



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大規模侵攻⑧

「こ......この......」

 斬られる。

 斬られる。

 中にあるダミーが。

 新たに生成するダミーは無視され。

 斬り裂かれていく。

 

「この.....猿が! 猿共がァァァァァァ!」

 

 そして。

 

 本丸の供給機関が、カバーごと──叩き割られる。

 

「終わりだな」

 

 風間がそう呟く。

 眼前の黒トリガーの男はトリオン体の換装が解け、私服姿の男になる。

 

 その瞬間。

 加山は──警戒区域内に現れたもう一人の人型近界民が撃破された旨を、弓場から報告を受けた。

 その時の映像が、送信される。

 生駒達人の一撃により撃破されたその大柄な男は、──空間上に現れた黒の穴倉から脱出をした。

 その光景を見て。

 加山の判断は早かった。

 

「──おい、近付くんじゃねぇ猿が....」

「......」

「おい、何をするつもりだ.....」

 

 速やかにやらねばならない。

 速やかに。

 

「.....加山、何を」

 そう風間が呟くその瞬間。

 

「──そいつは貰っとく」

 

 黒トリガーはどうやら左手にくっついているらしい。

 引っぺがせるだろうか? 

 いや。

 時間が惜しい。

 迷わず。

 加山はスコーピオンを取り出す。

 

「あ........がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 そして。

 エネドラの左手を斬り落とす。

 斬り落とした左手から紐状の黒トリガーをひっぺがし、

 

「.....」

「すみません。後から報告してもらっても別にいいっす」

 その行動を顔色一つ変えず見つめていた風間に、ばつが悪そうに加山がそう呟く。

「いや──お前の行動は」

 風間が構え。

 その後に加山もまた構える。

 

「正しかった」

 

 直後。

 黒い穴が開くと同時に──刃が周辺から生え出る。

 

 風間と加山はその攻撃から飛びのくと。

 そこに──角付きの女が現れる。

 

「──本当に無能ね。負けるだけならばいざ知らず、黒トリガーまで奪われるなんて」

「......うるせぇ! 早く回収しやがれ.....!」

「......本当に。今の自分の立ち位置を理解していないのね」

 女はそう言うと、黒トリガーを握る加山にブレードを放っていく。

 加山はそれを避けながら、背後にある穴倉と女の間に、一つエスクードを挟み込む。

「──悪知恵がよく回るわね」

 そう女が呟くと同時。

 加山と二宮が同時にハウンドを放つ。

 それと同時、別方向に穴倉を作り、その中に潜り込む。

 

「──成程。これが報告にあった、ワープ使いか」

 二宮がそう呟くと。

 加山が握る黒トリガーに視線が映る。

 

「──この黒トリガー、誰が持っています?」

 今ので理解できた。

 この黒トリガーを持っていれば、取り戻さんと敵が寄ってくる。

 敵戦力が分散している状況の中。

 これを中心に敵戦力が集まってくる可能性があるという事だ。

 上手く使えば分散し、後手後手に回っている現状を変えられるかもしれない。

 それだけ──この黒トリガーは重要な代物なのだろう。

 

「取り敢えず俺に渡せ。近界民ホイホイだってんなら大歓迎だ」

「了解です。それじゃあ頼みます」

「恐らく人型近界民がこちらにくるかもしれない。複数で固まって動くぞ。──それでいいですか、風間さん」

「ああ。──そして」

 

 視線は。

 黒トリガー使いに移る。

 

「どうします、こいつ?」

「こんなのでも、貴重な情報源だ。本部に持って帰るぞ」

「了解っす。連れて帰るのは俺がいいですかね」

「ああ。もし同伴が厳しいようなら途中で捨てても構わない。連中が持ち帰るだけだろうからな」

「うっす。了解。それじゃあここからは二手に分かれますか。俺がこいつを本部に持ち帰る。そんで他の皆さんは黒トリガーを餌に、人型近界民をおびき寄せる」

「ああ。──今王子隊と香取隊がC級を本部内に逃がそうとしているが.....」

「合流、したほうがいいですかね」

「こいつを同伴しながらの単独行動は危険だろう。それが望ましい」

「了解です」

 

 その人型近界民は。

 がたがたと震えながら、ぶつぶつと何事かを呟いていた。

 

「──あの野郎.....! 俺を、この俺を、見捨てやがった.....!」

 切断された左腕の痛みに悶えながら。

 それでも吐き散らすは──自らを回収しなかった仲間への呪詛の言葉。

 

 その様を見て。

 加山は、笑った。

 

 これは──上手く使えばいい情報源になるかもしれない。

 

 そう思って。

 

 

「ヒュース殿」

「はい」

「少々面倒な事になりました。──泥の王が回収されたと報告が上がりました」

「......それは、不味いですね」

 本国でも数えるほどにしかない、黒トリガー。

 それが奪われた。

 

 それは──遠征で得られるこの雛鳥共ではとても替えが効かない損失だ。

 

「恐らくランバネイン殿を脱出させた事がすぐさま伝わったのでしょう。エネドラ殿を仕留めた後、脱出される前に黒トリガーを回収したのでしょうな」

「どう致しますか」

「指示が出ました。──私が泥の王の回収に向かいます。ヒュース殿はこの場を頼みます」

「.....了解です。逃走する金の雛鳥の対処はどう致しますか」

「──ハイレイン殿が、出撃なさるとの事です」

「成程.....了解です」

「さて。それでは我々も我々の仕事を致しましょうか」

 

 

「さぁて。動けるか?」

「ざけんじゃねぇぞ猿! 汚い手で俺に触るんじゃねェ!」

「別にいいんだけどさ。──ここで放置されたら、お前は死ぬぞ」

 溢れる新型の山。

 そして──先程のワープ女。

 ここで一人残されて、生き残る術はないであろう。

 

 現在加山は二宮・風間・太刀川と離れ──逃走する王子隊・香取隊との合流を目指している。

 彼等の行く先も本部。こちらも本部。合流するのならば、ここがいいと判断をした結果であった。

 

「アンタの命はもう保障されてないんだぜ。味方は今の所俺だけだ。仲間に回収される自信があるならそこにいなよ」

「......」

 奥歯が派手になる音が、男から聞こえてくる。

 

「安心しな。アンタだって貴重な情報源だ。──きっちり本部に送ってやるよ。猿の国に置いてかれようが、死ぬよりゃマシだろう?」

「チッ......!」

「それじゃあ──走るから、さっさと行くぞ」

 

 ニコニコと笑んで。

 加山はそう言った。

 その笑みに──エネドラは何故か、うすら寒いものを感じた。

 

「何を、笑ってやがる....」

「そりゃあ笑っちまうぜ。──四年前、俺達はお前らに攻め込まれて何も出来なかった」

「......」

「だが今はどうだ。黒トリガーも手に入れ、お前という情報源も手に入れることが出来た。まあ、もしかしたらお前の切り捨ては想定通りだったかもしれないけど。黒トリガーを奪われることまでは流石に想定外だろう。──俺は、お前らの世界を滅ぼす為に、今まで必死に生きて来た」

「.....世界を、滅ぼすだぁ?」

「ああ」

 

 その答えに。

 迷いは微塵もなかった。

 それを聞き──

 

「く......あっはっはっはっは!」

 

 エネドラは。

 笑った。

 

「おい。チビ猿。──それは本気か」

「ああ」

「そうか。──だったらよ。俺を最後まで守り切ってみやがれ。そうすりゃよ。お前にとっておきの情報を教えてやる」

 

 へぇ、と加山が呟く。

 

「いいのか? 俺、お前の左手斬り落としたわけだけど」

「死ぬほどムカつくが──それよりも、あの連中の方がよっぽどムカつく。絶対にぶっ殺してやる。その為だったら、何でもしてやる」

 

 エネドラは。

 その眼に様々な感情が浮かんでいるように見えた。

 痛みに耐えるような様子も見えるし、憎悪に焼かれているようにも見えるし、血を吐くほどの悔恨を抱えているように燃える。

 

「よっしゃ。──だったら、さっさと行くぜ」

 

 加山はエネドラを肩に抱えると──その場から走り出した。

 

 

 アフトクラトル側の陣営は。

 現在複数のミッションが増える事となった。

 

 ①雛鳥&金の雛鳥の回収

 

 以外にも。

 ②泥の王の回収

 ③エネドラの口封じ。

 

 という三つのミッションが。

 

「......」

 

 優先順位は②→①→③だ。

 

 現在十分な雛鳥を確保できた。

 トリオンを持つ人間の確保、という意味では十分な戦果を挙げられた。

 

 それよりも重要なのは黒トリガーが奪われた、という事実だ。

 

 現在アフトクラトルに13本あるうちの一つ。

 この程度の任務で奪われてもいいものではない。

 

 

「──まずは、泥の王を回収する」

 そうハイレインは方針を出した。

 

 

「──いい未来に向かっているね。太刀川さん達が敵の黒トリガーを奪うことが出来たみたいだ」

 迅悠一はそう呟きながら、新型を一機片付けた。

 

「そうなの」

 と。

 空閑遊真は、迅と共に新型を破砕しながら尋ねる。

 

「これで──千佳ちゃんを攫うための敵さんのリソースが分散された。その分、最悪の未来の可能性は大分減ってくれた」

 

 空閑遊真は修と別れた後に、米屋・出水と別れ警戒区域内に来ていた迅悠一と合流し、共に東部地区で新型の排除を行っていた。

 その中。

 人型近界民と黒トリガーを一体ずつ倒したという報告。

 

「これから太刀川さん達がこの辺りに来るから、俺は待っていることにする。で、遊真」

「うん」

「修と千佳ちゃんを守ってやってくれ。──あっちにも、ヤバい黒トリガーが出るっぽいから」

「......了解」

「今の所──さっきまではメガネ君が死ぬ可能性があったけど」

「けど?」

「今はどちらかというと──加山が死ぬ可能性が、割とあるな」

 

 そう。

 迅は呟いた。

 

「──カヤマ、って....」

「お前を玉狛に入れるために骨を折ってくれた人の一人だな」

「.....オサムが無茶をする可能性があるのは、何となく理解できている。でも、そのカヤマって人が無茶をする理由って.....」

「ある。──アイツは多分、自分の命か他の命かで秤をかけたら、間違いなく他人を選ぶ。だから危うい」

 

「ちなみに。──それは最悪の未来?」

「実の所。──メガネ君が死んだり千佳ちゃんが攫われたり、市民が殺されたりする事態より幾分マシな未来だ」

「.....」

 

 だからだ、と迅は呟く。

 

「それをアイツも重々に承知している。自分一人死ぬことは、この先の未来に大して影響がないって事を理解している。だから自分の命を割と平気で捨てられる」

 

 という訳で、と迅は言うと。

 

「頼んだ」

「了解。──そのカヤマって人にも借りがあるからな。死なせないように頑張るよ」

 

 遊真はそれだけ言うと、黒トリガーの高機動をもってその場を離れていった。

 

「.....」

 迅はジッと──見えた未来を振り返る。

 

 その中で。

 

「──一番ヤバいのが、ここに来るみたいだね」

 

 どの未来にも自らの眼前に現れていた──老兵の姿を思い浮かべていた。




久々におじいちゃんを書ける。
幸せ。


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大規模侵攻⑨

「──成程な。敵さんの最大戦力がこっちに来ているのか」

「うん。そう。今太刀川さんが握っている黒トリガーを奪い返しにね」

 だから、と迅は言う。

 

「俺達の役割は、一秒でも長くその敵を引き付けておく事。その黒トリガーは奪い返されても構わない」

「いいのか?」

「それよりもよっぽど優先しなければいけない事があるからね。今回襲い掛かってくる爺さんを無理に撃破しようとしなくていい。それよりも、時間稼ぎが最優先。──その為に色々仕込みもしているから」

 

 さあて、と。

 迅は言う。

 

「ここから、どんどん未来の分岐が始まってくる。頑張っていかないとね」

 その為にも。

 これからまた幾つかお願いをしなければならない。

 

「──忍田さん」

「迅か。どうした?」

「ドライブ中の加古さんって、あとどれくらいでこっちに来る?」

「もう少しで警戒区域内に到着するとの事だ」

「了解。──加古さんがここに到着するタイミングで、ちょっと集めてほしい人がいる。冬島さんと協力して早急に──」

 可能な限りの、最良の未来。

 それを得る為ならば。

 

 

 戦況は。

 ボーダー側、アフトクラトル側双方とも戦力が分散している状態であった。

 

 アフトクラトル側のトリオン兵の分散に関しては、彼ら自身の戦略によるものだが──後に投入した人型近界民もまた分散していく形となっている。

 それは、それぞれの条件を満たすためだ。

 

 一つに、金の雛鳥の回収。

 二つに、泥の王の回収。

 

 それぞれの役割の為にヒュースとヴィザを使ってしまっている。

 更に言えば──ヒュース・ヴィザ共に玄界の最高戦力を相手にすることとなっている。

 

 ヴィザに関しては何一つ心配はしていないが、ヒュースに関しては非常に大きな問題を抱えていた。

 

 ヒュースは。

 金の雛鳥を回収できなければ置いていかなければならないのだ。

 彼は様々な事情により──金の雛鳥の回収が失敗した状態で国に戻すわけにはいかないのだ。

 

 ヒュースに関しては、全面的に信頼を置いて運用するわけにはいかない。

 

 優先順位は泥の王の回収。

 だから、そちらにヴィザを向かわせた。

 

 残された余剰戦力。

 ラービット複数と、そして──ハイレイン自身。

 

 この配置をどうするか。

 

 ──決まった。

 

「──ヒュースは、手練れにてこずっているようだ」

 ならば。

 

「私が出よう。──ミラ。転送を頼む」

 

 ここで自らが行わねばならないのは。

 金の雛鳥の回収。

 そして──エネドラの排除だ。

 

 

「──く!」

 その頃。

 王子隊と香取隊、そして修、緑川、千佳はC級を引き連れ本部の脱出路までの道をひた走っていた。

 その道中。

 

「──流石はユーゴーだね。地味にいい働きをしている」

 トリオン兵の足止めの為に作られた大量のエスクードが、未だ残っていた。

 これは市民の避難区域に兵をやらない為に設置されたもので、それは着実にトリオン兵の移動を鈍化させていた。

 その分、やりやすい。

 

「──千佳、やれるか」

 修が尋ねると、

「うん」

 そう応え。

 千佳はトリオン兵の集団に砲撃を叩き込む。

 それだけで非常に硬い装甲を持つ新型が破砕される。

 

「──お」

 王子は。

 進行方向から大きく西に外れた地点に大量のトリオン反応が浮かび上がったのを把握した。

 付近のトリオン兵の幾らかが、そのトリオン反応に引かれてそちらに向かって行く。

 

「こんちゃす、王子先輩に香取先輩」

 眼前に。

 小柄な男が現れた。

 加山雄吾であった。

「無事だったみたいだね。安心したよ」

「心配かけてすみません」

 

「──なに、それ」

 香取は。

 加山の肩に担がれたロン毛の男を睨んだ。

「──ああ。んだこのクソ女。雌猿は黙っとけ」

「──アンタ人型近界民? いい度胸じゃない......!」

 ただでさえ沸騰しやすい香取に、人型近界民という超ド級の油が叩き込まれればどうなるか。

 据わった目で睨みつける香取に、加山と王子がどうどうと止める。

 

「こんなクソ野郎でも貴重な情報源ッス。本部に連れて行きますよ」

「あらら手首が斬れちゃってるね」

 王子は担がれた男の左腕を見て、そう呟く。

 止血の為に雑に焼かれた切断面の上に巻かれた包帯に、どす黒い血の滲みが染み出ている。実に痛々しい

「うっす。俺が斬り落としたんで」

「.....やるじゃないか」

「でしょう?」

「テメェ! 何ふざけた事抜かしてんだこのクソが!」

 切断面を焼かれる地獄の激痛をつい先ほど体感したエネドラは、この軽口の応酬に真っ当な文句を吐く。

 

「まあうるせぇ羽虫一匹連れてますけど、気にせず行きましょう。壁だったら幾らでも作りますから」

「──そうか。ちょっとユーゴー」

「はい?」

 王子は何かを思いついたのだろう。

 千佳を加山の前に連れてくる。

 

「ユーゴー。さっきの砲撃は見たかい?」

「うっす。──アイビスですってね。ヤバいですね」

「うん。その砲撃撃ったのは、この子。アマトリチャーナだ」

「加山雄吾っす。お願いだから本名教えて?」

「......雨取千佳です」

 

 初対面の子の前で堂々とあだ名で紹介するなこの阿呆が。

 そんな事を加山は思った。

 

「よし。ユーゴーは手を出してー」

「はい」

「その手をアマトリチャーナは取ってー」

「はい」

 

「ああ、成程──」

 臨時接続、の音声が流れる。

 千佳のトリガーを通じて、膨大なトリオンが流れていく。

 臨時接続。

 トリガー同士を合わせ、自身のトリオンを対象の相手に送り込むという機能だ。

 それを。

 千佳が、加山に行った。

 その意図を、加山は即座に理解した。

 

「OK。やりたい事は理解しました。──エスクード」

 

 右手を千佳に預け。

 加山はエスクードを発生させる。

 

 その瞬間。

 

 眼前に広がる景色のあらゆる場所に──巨大な壁が次々と生え出てくる。

 厚みを増したその壁は、トリオン兵の進路を地平線ごと防ぎ、四方を囲み、そして膨大な通路を作り出す。

 

 そうして周辺に散っているトリオン兵を雑に仕分けすると、

 

「ハウンド」

 

 千佳と、加山のトリオンが乗った巨大なキューブが、頭上に現れる。

 

 それを細かく分割し、

 放った。

 

 流星の如く舞い散った細々としたハウンドは──隕石群の如き勢いをもって仕分けられたトリオン兵の頭上に降り注ぐ。

 鳴り響く破砕音。

 轟々と砕かれていく大地。

 それを。

 何度か繰り返した。

 ハウンドとメテオラ。

 そして破砕された大地に壁を作って。

 そんな事を。

 

「......」

「......」

 

 あっという間に。

 進路上に存在するトリオン兵の半数が破壊され、そのほとんどが何かしらの破損が生まれている状態となった。

 

「よし、行こう」

 王子は飄々と笑いながら開かれたエスクードの進路を歩んでいく。

 

 そして

 

「.....」

「.....」

「.....」

「.....」

 修も。

 緑川も。

 香取も。

 若村も。

 そして

「.....」

 エネドラさえも。

 

 呆然としていた。

 

 

「──あら。お爺さんに置いていかれたの。可哀想に」

 小南は、そう言って一人残された男に向かいそう言った。

 ヴィザが去った、南西区画の中。

 ヒュースと、玉狛第一の三人が向かい合っていた。

 

「ふん。──ヴィザ翁の手を煩わせるまでもない」

 

 ヒュースはそう呟くと、黒い塊を蠢かせる。

 それはまるで虫の群体のようだった。

 一つ一つの欠片が集まり、蠢き、宙に浮かんでいた。

 

「任された限りは、必ず成し遂げて見せる」

 

 蝶の楯が展開され、レール状のバレルを持つ銃砲を取り出す。

 

 塊が剥がれ落ちるように欠片が射出されていく。

「エスクード」

 鳥丸のエスクードでそれらを防ぐと同時。

 

 小南が動き出す。

 射出される黒い欠片の動きに注視しながら、

「接続」

 

 小ぶりの二つの斧の柄同士を合わせ──身の丈以上の大斧に変化する。

 

 軽い踏み込みから身を捩っての一撃。

 それを回避しながら──斧に欠片が纏わりついてくる。

 

 ──これは、

 

 小南は本能的にこれを受けてはまずいと判断し、バックステップで避け、

 鳥丸とレイジが、その動きに援護を入れる。

 共に突撃銃を構えヒュースに向けて弾幕を張り、背後へと向かう小南への追撃を防ぐ。

 

 ヒュースに張られたその弾幕に集るように、黒い塊は蠢く。

 蠢いたそれらは弾丸一つ一つをいなすようにそれらは斜め後ろに弾いていく。

 

「......く」

 黒い欠片が散発的に撒かれていく中で。

 ヒュースは銃砲を放つ。

 放たれるものは、欠片。

 しかし──塊から散発的に放たれるものとは段違いの速度をもって、放たれる。

 それが。

 烏丸の左腕に当たる。

 

「──とりまる!」

「ぐ.....」

 その時。

 烏丸は自らの背後にあるエスクード──先程あの欠片を受け止めたそれに向かって、腕が流れていく感覚を覚えた。

 自らに埋め込まれた欠片と、エスクードに埋め込まれた欠片の間で、微細な電磁波のようなものが流れ──その間で力が引き合っていた。

 

 すぐさま小南は烏丸の左手を斬り落とす。

 その手が、びたん、とエスクードにぶち当たり──エスクードに張り付き、トリオンの煙を吐き出していた。

 

「──磁力ですかね、こいつの黒い欠片」

「だろうな」

 

 欠片同士がそれぞれ引き合い、もしくは反発する力を有している。

 それらが集合化しヒュースの周りで形成され、盾として、また攻撃手段として成り立っている。

 

 ──動きに迷いがない。更に勘も鋭い。

 

 一連の動きを見据え。

 ヒュースはこの部隊の練度の評価を固める。

 

「──出し惜しみなしだ」

 

 黒い集合が線で引かれるように、別な形成をする。

 

 それは線路のレールのように等間隔に配置されていき、三人を取り囲むような形となっていく。

 そのレールの上に。

 彼は足をかける。

 

「──成程。こういう使い方も出来るのか」

 足をかけた瞬間。

 彼はそのレールの上を滑空していた。

 滑空しながらも彼は集合体を操り、欠片を変わらず飛ばしていく。

 全方位を高速移動しながらの、また全方位からの攻撃を──至極当然の如くヒュースは行使していた。

「うっざい戦い方ね!」

 レールに合わせ烏丸がエスクードを敷いていき、その間を飛び跳ねるように小南はその欠片を避けていく。

 レイジはレイガストを装着し欠片を防ぎながらハウンド突撃銃をヒュースに放つ。

 

 滑空するヒュース。

 それを追うハウンド。

 するとヒュースはレールの進行方向を自在に変え、滑空地点を操り──攻撃地点までも変更し、欠片を飛ばしていく。

 

「──すみません、これはもうエスクードでの防護が間に合わないです」

「了解。烏丸はアイツの迎撃に参加しろ。──何としてもあいつを地上に引き摺り降ろすぞ」

 

 そうレイジが指示を出すと同時。

 

「──スピード勝負だ。奴を追い込んだ先で一撃をくらわせる」

 レイジはそう言うと左手に突撃銃を構え。

 右腕に──透明化したレイガストを握り込んだ。

 

 

「ここで、いいんだな。迅」

「.....相手は、黒トリガーか」

「うん」

 

 東地区。

 そこには、四人がいた。

 迅悠一。

 太刀川慶。

 風間蒼也

 二宮匡貴。

 ボーダー総合ランクトップ3と、元S級の隊員が

 

「太刀川さん。例の物は持っている?」

「おおう、これだな」

 太刀川はポケットから、加山から渡された黒トリガ──―泥の王を取り出す。

「俺に渡してくれ」

 そう迅に言われた瞬間、えー、と太刀川は言う。

「これ持っていると積極的に狙われるんだろ?」

「うん。──でもマジで狙われる奴は回避に集中しないと死ぬから。マジで」

 

 そう迅に言われ、渋々と太刀川が渡す。

 

「──じゃあ皆。打合せ通りにおねがいします」

 

 そして。

 眼前に──老人が現れた。

 

「おお。先程エネドラ殿を仕留めた三名と、新手が一人ですか」

 

 彼は杖の先を一つ空中に置く。

 

「──これは楽しめそうです」

 

 ジッと。

 迅は老人の目を見る。

 

 そこから見える未来に。

 

「......まあ、やるしかないよね」

 少しばかり冷や汗を掻きながらも──構えた。



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大規模侵攻⑩

「......」

二宮匡貴は。

この侵攻が始まる数日前に――迅から依頼を受けていた。

 

「――この一週間くらいで、とんでもない敵が現れる」

二宮隊の隊室に突如現れた迅は、カナダ産のジンジャーエールとぼんち揚げというあまりにも取り合わせがアレな二つを手渡し、二宮にそう言った。

 

「多分――二宮さんはそのとんでもない敵と戦う事になると思う」

「黒トリガーか?」

「うん。使い手も黒トリガーの性能も、破格中の破格。ボーダーの全戦力をかけても、勝てるかどうかわからない位の使い手」

「.....それで。俺は何をすればいい」

「その時二宮さんは――バッグワームを外して、別のトリガーを入れてもらいたい」

「何だそれは?」

そう二宮に尋ねると。

迅はそのトリガーの名を答えた。

 

 

「成程。我々の事を、よく理解しているようだ」

 

杖を手に。

ヴィザは見やる。

 

見ればわかる。

――手練れだ。

 

意図も理解できる。

泥の王を釣り餌に、雛鳥から戦力を分散させるため。

 

「では。――いち早く、泥の王を取り返させていただきましょう」

 

そして。

呟く。

 

星の杖、と。

 

「――風間さん、下がれ」

 

迅の言葉が放たれ、即座に風間がバックステップをした瞬間。

それは放たれた。

 

空間が揺らぎ、風が裂かれるような一瞬の間に。

斬り裂かれるビル群が。

 

「――何だ、これは」

 

脇腹が、大きく抉れている。

――攻撃が、一切見えていなかった。

 

「――初見のアレを避けますか。非常に俊敏だ」

 

老人は杖を前に構えながら、風間の動きを追う。

「それと。エネドラ殿相手に使っていた隠密用のトリガー。意識の外から現れる敵の厄介さは存じております」

故に、

お前をまずもって先に狩ると、言外に伝えているようだった。

 

その眼前に

 

「ふむ」

 

壁がせり立つ。

 

「あの小柄な少年が使っていたトリガーですか。これも玄界規格のトリガーなのですね」

 

風間を追うヴィザ。

その前に立ちはだかる壁の左右から迂回する弾丸が襲い掛かる。

 

迂回するハウンドに合わせ。

左右から迅と太刀川が挟み込む。

 

――成程。狙いもすぐさま読まれる。

 

恐らく。

ここで左右のどちらかを狙えば、またその動きを読んで風間がカメレオンを使用し、急襲を仕掛けるのだろう。

目的はブラさず。視線は風間のまま。

その状態でも――どうにかできる手段は持っている。

 

立ち止まることなく壁を斬り裂き。

左右にまた――星の杖を展開する。

 

「うぉ!」

「おお!」

迅も太刀川も、双方とも――”見えない斬撃”に足を止める。

 

「見えねぇ」

「ですねぇ」

「どうすんだ?」

「ちゃんと対策は考えているよ――それでも多分勝てないだろうけど」

 

多分勝てない、という迅の言葉は。

――絶対に勝てないという言葉を幾分か希釈した言葉であった。

 

このメンバーであっても。

何百回も試行して一度勝ちを掴めるかどうか。

 

そういうレベルの相手なのだ。

 

「二宮さん――頼みます」

 

風間を追うその老人を。

二宮は――少し離れた廃ビルの上から見下ろしていた。

 

「ハウンド」

 

その弾丸は。

黒く、染まっていた。

 

 

「――何だ、ありゃあ」

 

そして。

南西区域から本部への避難路を目指す一行の前に。

 

黒い穴の中から。

男が現れた。

 

「――黒い角」

そう王子が呟くと同時。

またかよ、と加山がぼやく。

 

そして――

 

「ハイレイン......!」

 

エネドラは、奥歯を噛み締め、そう呟いた。

眼前の男は。

かつての自らの上官であり――そして、自らを切り捨てた張本人。

 

「おい」

「何だエネドラ」

「気を付けろ。アイツの黒トリガーは――」

 

男の手に、卵のような形をしたキューブがある。

その卵を出口として。

様々な形の生物を模したトリオンとなってそこにいた。

 

「捕獲能力に特化したトリガーだ。――あのクソ多い魚に触れたら、キューブにされちまうぞ」

 

「.....煩いぞエネドラ」

「は。よぉハイレイン。よくも俺を切り捨ててくれたもんだなぁ。俺がやられる前提で出しておいて泥の王を回収できなかった気分はどうだ?」

「よく回る舌だ。――お前はこの場で必ず処分する」

「やってみやがれクソ陰険野郎。テメェのお魚どもじゃ、生身の俺はやれねぇだろうが」

エネドラの口調には。

隠すつもりもない憎悪が込められていた。

 

「――さて。お喋りもここまでだ」

ぐるぐると。

川面を泳ぐように、魚たちが――こちらに泳ぎ出す。

「金の雛鳥を捕え、エネドラを始末する。――まずは、邪魔者を片付けさせてもらおう」

 

「気を付けろ!アレはトリオンで出来てるもの全部、キューブに変えちまう!お前らの雑魚シールドなんざ何も役に立たねぇぞ!」

 

殺到するその魚たちは、C級隊員に殺到する。

 

「う........うああああああああああああああああ!!」

鳴り響く恐怖と、末魔の声。

 

まるで蝗の大群の如きそれらと衝突すると同時――彼等は次々にキューブに変わっていく。

手が。足が。そして体全体が――水に溶ける片栗粉のようにどろりと変化し、そしてキューブと化していく。

それらを一瞥し、

 

「成程。了解した」

 

と。王子はエネドラの言葉を瞬時に頷くと、トリガーをハウンドに切り替える。

 

「ユーゴーはエスクードをあのお魚の進路に準じて生やして。僕とカトリーヌで――その間を抜けながらアイツを攻撃していくから」

「了解。――エスクード」

 

あの生物群の群れを分断するように、エスクードを生やす。

幾つかエスクードと衝突するものの――変化は起きない。

 

「成程。――トリオンにしかあれは反応しないのね」

 

エスクードはトリオンをもって物質を作成するトリガーだ。それ故、壁そのものはあの生物群のキューブ変化の影響は受けない。

 

壁が出来たことで生物群はそれらと衝突を避けるように迂回し、迫ってくる。

 

「――やはり迂回してくるか。なら」

やりやすい、と。

王子は呟き、ハウンドをその迂回路に向けて撃っていく。

ハウンドは生物群に当たると同時に小粒のキューブに変わっていく。

 

エスクードの射出をし、生物群を分断する。

その後に迂回する一方向に弾丸を集中させ生物群を撃ち落とし、――ハイレインへ至る経路を作っていく。

 

だが。

 

「――やっぱり厳しいか」

経路を辿り、ハイレインへ肉薄せんと踏み込んだ瞬間。

魚ではない、別の生物種が襲い来る。

蠅か、もしくは蜂か。飛行型の昆虫を模した生物群が横合いから襲い掛かり、王子はそれ以上踏み込むことは出来なかった。

 

が。

 

「っらああああああああ!!」

 

叫び声をあげながら。

 

「カトリーヌ!」

「こんな虫共なんて......!」

 

香取は、踏み込んだ。

昆虫型の大群が襲い掛かるその区画を。

 

踏み込んで、身を捩る。

多少身体を溶け出すが躊躇わず。

 

「何も怖くないのよ.......!」

――グラスホッパーを展開しハイレインの斜め側に位置取り――拳銃を構える。

 

 

「――いい位置取りだ、カトリーヌ」

「ナイスっす、香取先輩」

 

その意図を把握した王子と加山が、共にハウンドを撃ち放つ。

この位置関係ならば。

 

加山・王子・香取で三方向からの射撃が行使できる。

 

多方向からの物量攻撃。

これならば――何発かは当たってくれるだろう。

その動きに合わせ。

蔵内と若村もまた、射撃の準備。万一こちらでトリオン生命体を削り切れなかったときに追加の一撃を叩き込む要員だ。

 

そう思っていたのだが。

 

囲まれた瞬間には、ハイレインは黒い穴の中にまた入り込む。

 

「ワープ!逃げ――」

逃げやがった、と。

そう口にする前に――香取の背後に穴が現れる。

 

「香取先輩!緊急脱出してください!」

「くっそぉ......!」

 

穴倉から。

黒い角がついた男女二人と――生命群が、現れていく。

 

「いい動きだったな。――無駄だったが」

「.......ッ!」

 

そのセリフに。

憎悪と殺意が入り混じった視線を射殺さんばかりに浴びせて――香取は緊急脱出した。

 

「葉子!――あ、クソ!」

 

香取に向かっていた生物群の集団が割れて、その一部が若村へと向かい――全身がキューブに変化する前に、緊急脱出する。

 

――ここだ。

加山は。

分断し、千切れていく生物群の動きを観察しつつ、その合間合間にエスクードを挟んで、

 

「ちょいと失礼」

「ああん?――おお!」

 

エネドラの衣服の襟口を掴んで、

担いだ。

 

「――あの黒トリガーは」

そして。

生物種の間を、駆け抜けていく。

 

「おいテメェ!馬鹿か!突っ込んだら死ぬだろうが!」

「死なない!――なぜなら!」

 

握った襟口を。

引っ張り上げる。

 

「――お前がいるからだァ!」

 

そして。

殺到する生物種を――トリオン体の膂力を十分に活かし、エネドラを左右にぶん回し、払っていく。

 

「ぐぇあああああああああああああテメェ何やってんだぁぁああああああだあああだあああだ!」

「喋るな舌が噛み切れるぞおおおおおおおおおお!!」

 

自身よりも遥かに高い体躯を持つエネドラという生身の肉体は、加山にとって最高の肉楯であった。

エスクードで生物群を迂回させ、その中に身体を持っていき、エネドラの肉体を左右に振り回し、時に弓矢の雨に突っ込むように前に突き出し、加山は突っ走っていく。

ひどく、真面目な表情で。

捕虜とはいえ――生身の人間をトリオン攻撃の楯にするという所業を、躊躇いなく行使していた。

加山雄吾。

やると決めたらやる。迷いのない男であった。

「エネドラ!お前は凄い奴だ!役立たずかと思えば、ここまで有用な盾になってくれるとは!敵の人型近界民かつ捕虜であり生身のお前でなければ出来なかった!お前は凄い!」

「テミャああああああええええええええおえおえおえおえおえええええええ!」

「何せ一般人をこんな事に使う訳にはいかないからな!――さあさあエネドラ叫ぶのは自由だが舌を噛むなよおおおおおおお!」

左右確認よし上下確認よし。

姿勢を低くし的を小さくしたうえで、最大限エネドラシールドの防護範囲を狭め、――道を、切り開く。

それはまるで――草木を切り開く鎌の如き扱いであった。

 

「退路は開いた!早く来い雨取さん!」

三雲修の手に引かれた雨取千佳が、その中を走ってくる。

 

「――真っすぐに来い!大丈夫だ!なぜなら――」

 

加山は。

捉えていた。

 

その存在を。

 

「――『射』印」

 

千佳と修の周辺に群がる生物群が。

彼方から撃ち放たれた射撃により――撃ち落とされる。

 

「――空閑」

 

張り詰めていた修の表情に。

笑みが零れた。

 

「おー。かっけぇ」

それを見た緑川はそう呟き。

それと同時――。

 

「――嵐山隊、現着した」

警戒区域内で新型の排除を行っていた嵐山隊が到着する。

玉狛第一が離れ、黒トリガーを相手取るには絶望的だった戦力が、揃ってくる。

 

 

「――アマトリチャーナ」

 

そして。

王子は千佳に近寄り、こう耳打ちした。

 

「いいかい。君は――命を懸けて、オッサムを守るんだ」

「え......」

 

あまりにも。

あまりにも、意外な言葉であった。

 

「君が迷えば。君が捕らえられる可能性がある。そして――オッサムは多分、君の為なら簡単に自分の命を捨てられる人間だ」

「.......」

この言葉は。

王子の勘であった。

別に外れてても構わない言葉だ。

王子は修の人となりについてはまだはっきりと判別できていないが。

 

雨取については、もう理解していた。

 

「君が捕らえられる事イコール、オッサムの危機だ。君がどう思おうが、望まなくとも、君の為にオッサムは死ねる。――陳腐な言い回しだけど、君の命は本当に文字通り君だけのものじゃない。オッサムの運命まで付随していると思ってくれ」

 

自分を犠牲にしたところで。

修はその犠牲を許容せず、命を懸けて救おうとする。

 

だから。

自分の身を守る事――それが修を守るにあたって最重要事項だ、と。

 

そう。千佳に言った。

 

「後は僕達でどうにかするから。――君たちは逃げるんだ」

「――はい」

 

千佳は。

少し震えながらも――それでも真っすぐに、頷いた。

 

「ユーゴー。君も逃げろ。――その近界民を本部に連れて行くんだ」

「了解っす。――それじゃあ、ご無事で」

「ああ、君も。無事で」

 

 

「――ミラ」

「はい。如何なさいましたか?」

「大窓は、あと何度使用できる?」

「残り四回ほど。撤退する分も考えると、残り三回が現実的です」

「了解した。――では、俺はヴィザが到着するまで、ここで足止めを行う。お前は奴等の逃走経路を大窓で防ぎながら――」

「......」

「エネドラを始末しろ」

 

 

「――遅れて申し訳なかったわね。中々酷いことになっているじゃない」

「全くだ。――ゴリラ狩りが済んだと思えば、こんな所に連れ出しやがって」

「......成程。本部に置かれているからこそ、こういう風に.....」

「......」

「腹減った」

 

ボーダー本部屋上。

そこには五人の隊員が集まっていた。

加古望

弓場拓磨

村上鋼

三輪秀次

生駒達人。

 

その眼前には。

――風刃が、そこにある。

 

「作戦は簡単だ。一人が風刃を装着し、残りの者がその警護を行う。風刃の発生区画はこっちから指示出す。で、敵さんがいっぱい来ちまったらショートワープで別の所に飛ばす。トリオンが尽きそうになったらトリガーオフして通常のトリガーに換装。後にベイルアウト。これでいいか?」

「解りやすい説明ありがとう冬島さん。――私やりたいけど、ここで唯一の射手がやる訳にはいかないわね。迅君から使い方教えてもらった人他にいるかしら?」

「俺は副作用を見込まれて、迅さんから使い方を教えて頂きました」

「あら。偉いわね村上君。――それじゃあ、取り敢えずは村上君に任せましょうか」

 

一つ村上は頷くと。

 

「――風刃、起動」

村上は、風刃を起動した。

 

 

二宮が放った黒いハウンドは。

オプショントリガーである鉛弾を付属させた代物であった。

 

できうる限り細かく分割し放ったそれらは――ヴィザの周囲に撒かれていく。

 

「――成程」

 

その弾丸が。

ヴィザの黒トリガーの正体を顕わにする。

 

幾重もの刃が、線に繋がり。

ヴィザを中心に――衛星のように回転している。

 

「要は、滅茶苦茶速い扇風機、ってことか」

太刀川がそう呟く。

 

刃が、円上に回転する。

それだけのトリガーなのだが。

必殺かつ、最速。

 

防御も出来ず、そして目で追う事すらできない。

 

そして――

 

「.......」

 

使い手もまた。

達人中の達人と来ている。

 

「――これは驚きました」

 

現在。

二宮の鉛弾ハウンドにより――かろうじてその姿が見える程度には、回転は遅くなっている。

 

「ですが」

 

死角からカメレオンを解き襲い掛かる風間。

そして左方から襲い来る太刀川の旋空。

 

その双方を――星の杖による迎撃で防ぎながら。

 

「まずは、一人」

この場においてヴィザは。

何よりも優先すべきは――泥の王であり、そして速やかにこれを回収した後に――ハイレインと合流する事だ。

 

現在金の雛鳥が砦に向かい逃走しているとの報告も上がってきている。

遊んでいる暇はない。

 

杖に仕込んだ刃が、風間の首を飛ばす。

 

 

「そして、二人」

 

星の杖の一撃に左腕を斬り飛ばされながらもそれでも――旋空を伸ばす太刀川。

それを、束ねたブレードで防ぎながらも、またもや神速の抜刀にてその首を飛ばす。

 

二人が仕留められたその時。

 

フルアタックのハウンドが、二宮から放たれた。

 

「――三人」

 

ヴィザは自らに振り落ちてくる射撃を一目見て。

高低差の違う二つの弧を描く弾丸を見抜く。

 

ヴィザの現在地点に降り注ぐハウンド。

 

そして――それを避けつつ、突っ込んだタイミングで振り落ちる第二のハウンド。

 

「――素晴らしい弾の制御能力だ。しかし」

一つ目の弧を避け。

前に突っ込みながら――ブレードを束ね、二つ目の弧を防ぐ。

「一手、私の方が速かった」

 

「.......」

二宮がポッケから出した指から弾丸が放たれるその瞬間。

上半身が斬り裂かれていた。

 

「ほう」

斬られながら放たれたその弾丸は。

ヴィザの左右に散り――地面を抉り、爆発し、煙に埋まる。

 

その煙を封じ込めるように、老人の三方に――エスクードが生える。

 

そして。

 

一つだけ空いた右手側から――迅悠一が、斬りかかる。

ブレードを回転させ、迎撃する。

 

しかし、――身を捻り、それを避ける。

 

ほう、と。

ヴィザは――今の攻撃を避けたのか、と。内心少しだけ意外に思った。

 

「だが、惜しい」

 

そして。

煙に紛れながら、最後に残った男と斬り結び――そして、斬り裂いた。

 

「――いや、惜しくない」

 

そう。

迅が口に出した瞬間。

 

三方から生み出されたエスクード。

 

その全てから。

 

「――ほぅ」

 

迅ごと貫く。

――彼方からの刃が、生み出されていた。

 

 

 



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大規模侵攻⑪

 ──あまり、いい未来を選べなかった。

 

 迅悠一は一つ舌打つ。

 ここでヴィザに全員倒されるのは想定内。

 ──その中で、どれだけの手傷を負わせられるか。

 

 迅含め全員の動きは、完璧であった。

 風間も、太刀川も、二宮も、そして迅も。

 全てが──何も間違ってはいなかった。

 

 最初に、妨害用のエスクードを意識させ、

 全員で総攻撃をかけ、

 そして──妨害用だと意識させたエスクードを、風刃を通すための道具にする。

 

 風刃による攻撃は、この老人にとっても意外なものだったはずだ。

 そのはずだった──のに。

 

「素晴らしい連撃でした」

 

 老人は。

 風刃が到来するその瞬間には──瞬時の判断でエスクードを叩き切っていた。

 その為、刺さったのは足元から生え出た風刃のみ。

 ヴィザの右足と、脇腹を貫くのみで、終わった。

 

「恐らくは、黒トリガーでしょうか。物体を介して行使される斬撃。──壁を作るトリガーでの妨害を意識させ攻撃に用いる。いやはや、恐れ入ります」

 

 だが、

 

「しかし。透明化の機能を持つ少年の行動といい、そこからの黒い重石のついた弾丸といい。──私を足止めし、この場にはない道具で、仕留めるであろう気配は感じておりました。少しばかり作為を感じたものですから」

 ヴィザは。

 この四人部隊の初動から──外部攻撃の可能性を読み、それを意識した上で立ち回っていたのだ。

 最後の一人となった迅を仕留めるその瞬間も抜け目なく、突如生え出たエスクードを即座に斬り飛ばせるほどに。

「......恐ろしい爺さんだ」

「この身は伊達ではございませんので」

 

 ──迅悠一の緊急脱出を見届け。

 

「足がやられましたな。──仕方がありませんな。彼等は強かった」

 

 足元に転がった泥の王を拾い上げ

 誰もいなくなった地区から背を向ける。

 ヴィザは変わらぬ表情を浮かべていた。

 

「ハイレイン殿の援護に向かいましょう」

 

 

「──迅も、緊急脱出しました.....」

「.....」

 

 皆がその戦いを見て。

 言葉を失っていた。

 

 黒トリガー持ちと言えど。

 あの四人は、ボーダーが誇る最高戦力であった。

 それが、壊滅したのだ。

 

「──黒トリガーがこちらに向かっています!」

 

 沢村が、慌てた様子で声を上げる。

 

「......」

 忍田は。

 腕を組みながら──その姿を目に追う。

 

 先程の戦闘を見るだけでも。

 あの老人の脅威が理解できる。

 

「.....」

「ど、どうするのかね忍田本部長.....」

 

 震えた声で、根付が忍田に尋ねる。

 

「あの老人が本部に踏み込むようならば──私が出よう」

 

 忍田真史は。

 そう言った。

 

 ──『虎』

 

 彼の異名だ。

 

「......勝算はあるのか?」

 城戸は。

 虎に問う。

「......風刃と、狙撃手の協力の下、時間を稼ぐ算段ならばある」

「時間を稼いで──どうやってあの脅威を去らせる」

 

「──捕えた人型近界民を通じて、加山君から連絡があった。現在警戒区域内にもう一人いる黒トリガー持ちが、敵の首魁だと」

「迅を倒した黒トリガー相手に時間稼ぎをしながら、もう一体の黒トリガーを討つという事か」

「最悪の事態ならば──そうなります」

「だが.....」

「解っております。──あちらの黒トリガーも、非常に強力だ」

 

 脅威度で言えば。

 あの老人よりも遥かに上かもしれない。

 

 生物群を模したトリオンを常時発生させ、次々と戦闘員を戦闘不能に追い込んでいる黒トリガー。

 アレでキューブにされたC級隊員が、次々と回収されていっている。

 

「ですが。──敵の首魁が前線に出ているのならば、それはチャンスです」

 

 あの進行部隊は。

 あの男を倒すことが出来れば撤退する。

 それが解っただけでも、価値がある。

 

「しかし、その情報は信じていいものか。捕虜の者だろう」

「その捕虜は、敵勢力に命を狙われているとの事です」

 

「.....」

「故に。敵の情報と引き換えに本部まで連れて行く事を取引したとの事です。あの人型近界民にとって嘘を吐くメリットはない」

「成程....」

「綱渡りのようだが.....それでも、やるしかない」

 

 この侵攻も、終盤に差し掛かっている。

 手段を択んでいる暇は、ない。

 

「──報告です!」

「何だ?」

「人型近界民が、本部南区画の路上で立ち止まりました! 距離が近いです!」

 老人は。

 本部から南に近い位置の路上に立ち、そして立ち止まっていた。

 

 そして。

 ──周囲の建造物を、叩き切っていく。

 それも分断し破壊する、というようなものではなく──。

 幾度となき斬撃で粉々にする破壊活動であった。

 

「──風刃対策か」

 

 先程の戦いで、風刃の性質を理解したのだろう。

 自らの周囲に刃を伝播させる物体を無くしていた。

 その上で自らは黒トリガーの機能を使い、宙に浮く。

 

 ぐ、と忍田は歯ぎしりする。

 あの老人は──間違いない。歴戦の将なのだろう。

 黒トリガーの能力だけではない。

 あの使い手もまた、こちらとは比肩にならない実力の持ち主だ。

 

「──忍田さん」

 

 作戦室の扉が開けられ。

 

「迅」

「すみません。やられました」

「いや。──それで、どうだ。何か未来が見えたか?」

 忍田のその声に。

 迅は頷く。

「取り敢えず今の段階で、市民が殺される未来は回避できました。最悪の中の最悪は、もうないです。初期の目的は達成できました」

「......そうか。では、今存在している危機は何だ?」

「一つ。千佳ちゃんが攫われる事。で、二つ──」

 迅は。

 表情を変えず、言った。

「加山の死亡ですね」

 

 

「──クソッタレ」

 

 加山は一つ、そう吐き捨てた。

 

「あちゃあ。──あれはまずい。進路を塞がれちゃった」

 緑川が頭を掻きながら、どうしようかなー、と呟く。

 

「あの立ち位置.....畜生。本部への逃げ道が完全に塞がれてら」

「あのジジイめ.....!」

 エネドラもまた。

 彼方で佇むヴィザの姿に、苦々しく表情を歪める。

 

「迅さん太刀川さん二宮さん風間さんぶっ倒したやつだろ。──勝てる訳がねぇ」

「そんな......なら、引き返し──」

「引き返してどうする。あのお魚野郎がいるんだ。アイツが倒されない限り千佳ちゃんがキューブにされて終わりだ。──俺達は今挟まれている」

 

 前門のヴィザ。

 後門のハイレイン。

 

 今、逃げ場は完全に塞がれている形だ。

 

 そして──。

 

「......まあ、そう来るだろうな」

 

 空に黒い穴が開き。

 ──新型が、降り落ちてくる。

 

「雨取さん。三雲君。──アンタたちはこの地点に向かえ」

 

「東....ですか?」

「そっちには、東さん含むB級合同部隊がいる。もう本部までの道が塞がれているんだ。そっちと合流してくれ。──俺はこの新型を引き付けておくから」

「そんな.....加山君は」

「三雲君。──君の最優先目的は何だ?」

「.....」

「ブレるな。──いいか。他の部隊員は、死んでも緊急脱出がある。でも、雨取さんは死ねば終わりだ。解っているな?」

「......はい!」

 

 そう短く返事を返すと。

 三雲は雨取と緑川を引き連れ──東側へ向かった。

 

「それじゃあエネドラ。暫く付き合ってもらうぜ」

「ケッ。ざっけんじゃねーぞチビ猿が。いつになったら俺はお前らの巣に行けるんだよ」

「恨むならあの通せんぼしてる爺さんに行ってくれ。こっちもうんざりだ」

 

 そんな

 軽口の応酬をしていると。

 

「──貴方がこの世にいられる時間も、今日で終わりよ」

 

 空から。

 そんな声が聞こえてきた。

 

「──ミラ....!」

 そこには。

 黒い角を生やした、女の姿。

「醜いわね、エネドラ。貴方、何の為に逃げ回っているの?」

「ああ!? ──当たり前だ。戻ってテメェ等ぶっ殺す為だ.....」

「ああ。無理よ、そんなの」

 

 ミラは。

 ふっと微笑を浮かべ、告げる。

 

「どうせ貴方──ここで殺されなかろうが、近々死ぬんですもの」

 そんな言葉を。

「──は?」

「トリガー角が脳に侵食していって。目の色まで黒く変色していってる。その影響で人格にまで影響を及ぼしている。もう貴方、末期なのよ」

「.....」

「昔は聡明な子だったのに.....。本当に、哀れ。ここで終わらせてあげるわ」

 

「テ、テメェ......!」

 エネドラの表情が。

 あからさまに変わる。

 

 それは、

 その場で起きた事の不満を吸い上げ吐き出す短気故の怒りからのものではなく。

 

 これまで積み重ねてきた自らの在り方──それが崩された故の、募る感情が屹立し、爆発したが故の感情だった。

 

 涙すら滲ませ。

 怒りと絶望の狭間にその身を置いて。

 そんな、そんな、表情だった。

 

「エネドラ。落ち着け」

「俺を.....俺を騙しやがったなァァァァァァァァァァ!」

 

 それは。

 咆哮だった。

 

 エネドラという一個の人間の。

 

 かつて聡明だった男が。

 この国の施術で埋め込まれた道具によって人格まで捻じ曲げられ。

 使い物にならなくなり、打ち棄てられる。

 

 そんな。

 そんな、惨めな──他者に利用されるだけ利用されて使い棄てられるだけの人生。

 

 それが。

 自らが選ばされてきた道だと理解して。

 騙されたのは。

 自らの人生そのものの、価値だったのだと。

 そう自覚し、認識し、──絶望の谷に叩き落されたが故の、咆哮だった。

 

「俺は! 俺はァ! ──こんな事の、こんな事の為に──!!」

 

「エネドラ! ──畜生、ここを離れるぞ!」

 

 冷静さを失ったエネドラは、加山に担がれるや否や暴れ出す。

 

「暴れるな! ここから逃がしてやるから!」

「殺す! 殺してやる! テメェ等絶対に殺してやる! ミラもハイレインもヴィザも! 四大領主の糞野郎共も! アフトクラトルも! 何もかもぶっ殺してやる! 俺は、俺は──」

 

 呼び出された新型が襲い掛かる。

 暴れる身体を担ぎながら、エスクードで進路を塞いで、その場を離れようとして──。

 

「貴方も可哀想ね。そんな失敗作を守るように命令されて。──まあ、でも」

 

 暴れていたエネドラは。

 一つ電流が流れたように身体を反り返らせ──そして、

 

 担ぐ加山の身体に、血が降り注ぐ。

 

「これで、お終い」

 

 黒い釘のようなそれが、エネドラの腹部を貫いていた。

 

「もうこれ以上トリオンの無駄遣いも出来ないし──さようならエネドラ」

 

 そうして。

 ミラは消えていった。

 

「........畜生!」

 

 加山は。

 メテオラを新型の足元に叩き付け爆煙を発生させると、バッグワームを着込み──エネドラを抱えてその場を離れる。

 

 そして、手頃な建造物の中にエネドラを横たえさせ

 

「待ってろ! まだ救助用の医療道具が余っていたはずだ!」

 

「.....もう、いい....」

 

 エネドラは。

 そんな言葉を吐いた。

 

 先程まで、あれだけ生き残る意思を見せていた、エネドラが。

 

「エネドラ....」

「わ、笑える.....ぜ。何も、知ら....ねぇ.....まま、こんなもん、付けちまって....最後には、切り捨てられて、......終わり、か.....」

 だが。

 エネドラのその眼からは。

 

 生きる意思は潰えた。

 その代わりに。

 

 ──ひどく淀んだ情念が、そこに込められていた。

 

「おい.....チビ、猿」

「......何だ?」

「お前の言葉に、偽りは.....ねえ、...か。滅ぼすん....だろう...」

「.....ああ」

「なら......くれて、やる」

 

 そう言うと。

 

 エネドラは──笑みを浮かべた。

 その笑みは、形容できない。

 絶望の中。更なる絶望へ他者を引き摺り下ろすような.....そんな、笑みだった。

 

 エネドラの身体が。

 発光する。

 

「おい、まさかエネドラ、お前──!」

「.....いいか、チビ猿。マザートリガーだ」

「マザートリガー.......?」

「そうだ。そいつさえぶっ壊すことが出来れば......近界は、滅ぼせる.....!」

 

 だから。

 

「.....ぶっ殺せ。アイツらを。アイツらを取り巻く世界も。このクソみたいな人生.......絶対に、絶対に、報いを受けさせてやる.....!!」

 

 そう言うと。

 エネドラは風に舞う灰燼のように。塵となってその肉体は消え去った。

 

 そして。

 

 ──二対のトリガー角をチェーンで繋いだ形をした()()()()()()()()()()()()()()

 

 今この時をもって。

 エネドラという人型近界民は──その命を対価として、トリガーとなった。

 

「エネドラ....」

 

 酷く。

 酷く、哀れだ。

 

 騙され。

 利用され。

 使い棄てられた。

 

 そんな男の怨嗟が、形となっているように。

 

 そんな風に、思えた。

 

「──こいつは、絶対に本部に届ける」

 

 この男に、愛着なんぞ湧くわけもない。

 敵なのだから。

 

 でも。

 その哀れさだけは──痛烈に加山の胸中に、刻まれていた。

 

 残されたそれを手に取って。

 加山はその場を走り出した。




ノリと勢いの産物。

その名も黒トリガー。


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大規模侵攻⑫

 加山は。

 周囲を見る。

 

「──しかし」

 

 今のうちの選択肢としては、隠れる以外ないのかもしれない。

 

 今の加山が新型を相手に出来るのはせいぜい一体まで。それもエスクードで有利な地形を作った上での奇襲でしか撃破できない。

 本部に行こうにもトップチームを壊滅させた近界民がおり、そして元の道にはキューブ化してくる近界民がいる。

 

 一先ず、かく乱用のダミービーコンを使用しようとして、

 

「──マジか」

 

 ダミービーコンは、物質化が上手く行かず宙に浮かず零れ落ちた。

 試しにハウンドを生成してみる。

 半分ほどの弾丸がキューブ化に失敗し、崩れ落ちている。

 

「──おいおい、こりゃどういうことだ」

 

「──金の雛鳥の出力を下手にノーマルトリガーで使用した弊害ね」

 

 背後から。

 先程のワープ女が出現した。

 

「......無駄なトリオンを使えないんじゃなかったっけ。この陰険女がっ」

「感謝するわ。──廃棄予定の役立たずが、一転して宝石に変わったわ。それを回収させてもらうわね」

 

 ミラは、

 加山に向け──エネドラの脇腹を貫いた釘状のブレードを飛ばす。

 

 然程スピードはないため、避けるのに苦労はしないが。

 .....あからさまに、新型の方向に加山を誘導しているのが解る攻撃だ。

 

 反撃をしようにも。

 ロクにトリガーが実体化しない。

 

「──諦めなさい」

 

 現状じゃあ。

 詰みだ。

 

 加山は理解していた。

 このままならば──エネドラの意思も虚しく、敵にこの黒トリガーが取られて終わりだ。

 

「──いいや」

 

 だが。

 それは加山自身が拒否した。

 

 やる。

 ──俺は、やる。

 

 必ず、必ず。

 約束は果たす。

 

 ──その為に、全力を尽くす。

 ここにある自分の全力を。

 尽くす。絶対に。

 

 

 加山は走り出した。

 

「無駄よ」

 

 新型への道を走りながら、

 加山は右手側にある高層建築物に逃げ込む。

 

 バッグワームはまだ着込んだままだ。

 

 当然。

 ワープ女は追ってくる。

 

 逃げる場所を先回りしながら。

 ワープも使いながら。

 

 

 ──諦めるな。

 

 加山は昇る。

 昇り続ける。

 

 階段で。

 階段が塞がれたのならば、外壁から飛び跳ねて。

 

 上へ。

 上へ。

 

「──窮地で冷静さを失ったのかしら。上へ行けば行くほど、貴方の逃げ道はなくなっていく」

 

 ──はっ。

 

 鼻で笑う。

 

 逃げ場がない? 

 ハナから逃げようなんて思考は、加山にはない。

 ──俺は逃げない。死んでも。逃げやしない。

 

 俺は、可能性にかける。

 

 

 地面から。

 空中から。

 生え出る黒い刃を避けて。

 

 高層建築物の最上階。

 

 ここでミラは。

 ──先回りしワープする。

 

 そこは。

 階段だった。

 

 開けており、上から飛び降りが可能な屋上へ逃げ込もうとしていると判断したのだろう。

 

 そんな事はしない。

 

 やる事は。

 決まっていた。

 

「──トリガーオフ」

 

 加山は換装を解き、制服を着込んだ生身の肉体に戻る。

 そして。

 ──壁へよじ登り、そこから身を投げ出す。

 

「──何を」

 

 加山の行動を見とがめたミラが加山にブレードを放つ。

 右肩に突き刺さり、そこから大きく背中を袈裟に斬られる。

 結構深いが、しかし致命傷には至らない。

 

 ──よっしゃ。第一段階はクリア。

 

 加山はガッツポーズを掲げる。

 

 このタイミングでトリオン体の換装を解いたのか。

 

 トリオン体を大きく傷つける訳にはいかなかったからだ。

 今この場において。

 加山自身の肉体よりも、トリオン体の方が余程重要だった。

 大きくトリオン体を損傷をした上で、再換装できるかどうか。それが不明確だったから。

 

 加山は。

 血しぶきを上げながらも、そのまま──飛び降りた。

 

 高度は、ざっと四十メートル程。

 生身の肉体が飛び降りて助かる訳がない。

 

「──トリガー、オン」

 その手に持つのは。

 ボーダーのトリガーではなく。

 

 ──エネドラから受け継ぎし、黒トリガーだった。

 

 黒トリガーは。

 適応するかどうかは解らない。

 もし適応しなければ、──このまま加山は地面に叩き付けられて死ぬだけだ。

 

 だが。

 あの状況からミラを振り払って換装を解いて黒トリガーを再換装するには──この方法しか、加山には思いつかなかった。

 

「後はお前次第だぜ、エネドラ。しっかり、俺に合わせやがれ──!」

 窮地を脱するか。

 惨めに死に晒すか。

 

 ──その全てをベットしてやる。お前という存在にだ、エネドラ。

 

 それが。

 ──お前という黒トリガーを受け持った、俺の誠意だ。

 

 そして。

 

 地面に

 降り立った。

 

 ──アフトクラトルの軍服を着込み、黒い外套を纏った姿で。

 

「.......なんて」

 愚か、とミラは呟く。

 

 あの男は。

 敵国の人間によって作られた黒トリガーを、適合する事を前提に動いていた。

 そして。

 適合しなければ、自身は死に、そして黒トリガーも回収されていたのだろう。

 

 自分が黒トリガーに適合する。

 そんな僅かな可能性に──自らの命を、文字通り賭けていたのだ。

 

「そう言ってくれるなよ、()()

 

 加山は。

 そう言った。

 

「何にせよ。俺も、エネドラも──お前の想定を上回ったんだぜ」

 

 加山が換装したその姿は。

 ──エネドラと同じように、二対の黒い角が生え出ていた。

 

 そこから流れてくる。

 ──トリガー角に採取された、エネドラという人間の切れ端が。

 

「──こっから、反撃開始だぜ」

 

 加山は。

 笑みを浮かべながら──上空のミラを見据えていた。

 

 

 バチ、バチ。

 加山の中にあるトリオンが、火花を鳴らすような音が鳴り響いていた。

 

 ──成程。こういうタイプか。

 

 これは。

 ──電流か。

 

 加山にくっ付いた角トリガーを起点として。

 体内に巡るトリオンが、電流となって身体を駆け巡っていく。

 

 ──あの新型の頭部にくっ付いた、電撃能力のようなものか。

 

 巡るトリオンを電流に変え。

 放出先を指定。

 加山は右手を掲げ、──目に映るミラに向ける。

 

「──くっ」

 

 バチバチと火花が鳴りながら、電撃が走る。

 ミラはすぐさま窓の影によりワープ穴を作り逃げ込む。

 

 電撃は。

 ミラではなく、その穴倉に衝突する。

 

 すると。

 

「──っ」

 穴の奥から。

 ミラが歯噛みする。

 

 電撃がワープ穴に衝突した瞬間──その穴が拡張し、維持したからだ。

 

 ──加山が持つ黒トリガーから発生した電撃に、別なトリオンを用いた代物に衝突した瞬間。

 ──そのトリオンは、膨張する。

 

 本来ならば。

 トリガーという出力装置から発生されたトリオンは、出力装置により制御される。

 ミラの窓の影もまた。窓の影によりそれを発生できるし、そしてワープ先を繋ぐ亜空間の出し入れも窓の影により制御できる。

 

 だが。

 加山の黒トリガーによる電撃が出力物に衝突した瞬間。

 そこに内在するトリオンが膨張を起こし、一定期間制御が不可能となる。

 

 故に。

 亜空間が膨張を起こし、窓の影の制御を奪っている形となり──亜空間が開きっぱなしになっているのだ。

 

 その間。

 出力装置である窓の影はその膨張した亜空間の維持・制御にトリオンを注ぎ込むこととなり、それは転じてミラのトリオンが余計に消費される事に繋がる。

 

 加山は。

 左腕から、更に電撃を流す。

 今度は亜空間の中に入り込み──アフトクラトルの艦内に、電撃を流し込む。

 

「よくも...!」

 

 ミラは亜空間の制御を取り戻し、すぐさまそれを閉じる。

 

 

「──成程、ね」

 この黒トリガーは。

 トリオンに電流の性質を持たせる黒トリガーなのだろう。

 

 体内で電流型のトリオンを作り出し、場所を指定し、それを放つ。

 

 そして。電流の衝突先にトリオンが存在すれば、それを膨張させ一定期間制御不能とさせる。

 

 あくまで、電流型の「トリオン」であり、現実にある電流とはまた違うのだろうが。

 トリオンに干渉し、トリオンに膨張を引き起こすという性質は実に電力らしい挙動であった。

 

 恐らく、トリオンを消費すればするほど射程は伸ばせるのだろうが。

 しっかり当てられる現実的な距離としては五十メートル位が限界だろうか。

 

 恐らくは電流が作れるのならば、電磁波も発生できるのだろうが。

 そこまでの応用は今の段階で使いこなせるか解らない。

 電磁波でジャックをして本部に現状の説明を行いたいのだが、恐らくそこまではまだ出来ない。というより、下手すれば本部の通信機能が死ぬ可能性もあるのでできない。

 これは玄界製のトリガーが基となり作られた物ではない為、通信は使用できない。

 

「──多分、迅さんが見てくれてるだろう」

 

 さあて。

 .....さっさと片付けなければ肉体の方がやばいかもしれない。

 ミラにやられた傷は結構深い。致命傷ではないが、出血は結構激しかった。時間がたてばたつほど、不味い事になるのは目に見えている。

 

「──ハイレインをぶっ倒せば終わりだ」

 

 して。

 加山は──来た道を戻っていった。

 

「新型で色々と性能を試しながら、行ってみますか」

 

 

「──申し訳ありません、隊長。黒トリガーの奪取に失敗しました」

「......玄界の戦士と適合したか」

「はい」

「.....そして、その戦士はこちらに来ている」

 

 ハイレインは顔を顰める。

 

 ミラから報告を受けたエネドラの黒トリガー。

 それは玄界の戦士に受け継がれ、そして──今ハイレインの下に向かっている。

 

 現状、理解していることは。

 それは電流型の攻撃を放つトリガーであり、その電撃はトリオンに干渉し、膨張を引き起こさせるものだという事だ。

 

 まだまだ未知数な部分が多いが──話を聞く限りでも、トリオンで作られた特殊物質を生み出しているハイレインの卵の冠とは相性が悪いだろう。

 

 大穴で落とした新型が。

 次々と破砕されていく。

 頭部の電撃装置に電流を流し込み、トリオンを急激に膨張させ頭部を爆砕しているのだという。

 

 ──電流の性質を持っている、となると。恐らくはトリオン体そのものに衝突すれば、動きが止められるのだろう。

 

「ミラ。前線に出れるか?」

「撤退の為のトリオンを考慮すると、もう大穴は使えません。そして艦内に流された電流で、レーダーに異常が来しています」

「──了解だ。ならば後は、賭けに出るしかあるまい」

 

 ここで。

 ハイレインは最後の賭けに出る。

 

「ミラ。私を──ヴィザの下に送れ」

 

 

 嵐山隊・王子と空閑遊真VSハイレインの戦いは。

 膠着状態に陥っていた。

 遊真のトリガーは、学習型の黒トリガーだ。

 その内の大半が、近距離で攻撃する・もしくは近づく為のトリガーである。

 

 だがハイレインの卵の冠の防護の前に近付くわけにもいかず、飛び回りながら『射』印を撃ちだし攻撃する役割に固定化されていた。

 

 その攻撃に乗じて嵐山隊が攻撃を仕掛けるが、通らない。

 そして。

 

「......回復まで出来るの....?」

 

 攻撃が多少通っても、周囲に散らばったキューブから回復まで行える。

 既に木虎の両足には歪みが走り、機動力が著しく低下している。

 

 援護役の嵐山・時枝もあちこちに歪みが走っており、それ故に攻め込めず、そして──ハイレインもまた無理には攻め込まず、膠着状態に陥っていた。

 

 そして。

 

 黒い穴倉に取り込まれ──消えていった。

 

「.....く!」

 

 膠着状態は。

 恐らくこの場を移動する余裕を作り出す為に、意図的に作られたものだったのだろう。

 

「──空閑君。すまない。俺達は移動が厳しい。──恐らく雨取さんの所に行った。君だけでも向かってほしい」

「僕ももう、動けそうにない。――後は任せた、クーガー」

「解った」

 

 遊真は一つ頷く。

 

「それじゃあ、先に行ってるから」

 

 遊真はそう言うと──『弾』印を使い、大きく飛び跳ねる。

 その移動の最中千佳の居所を掴むと同時。

 

「ユーマ」

 すると──遊真に付き従う、自律型トリオン兵、レプリカが宙に浮きながら遊真に声をかける。

「うん?」

「下に降りよう。──下に、カヤマユウゴがいる」

 見れば。

 何故かアフトクラトルの軍服を着込み、角まで生やした加山がいた。

「カヤマ.....確か、迅さんが言っていた人か」

 

 レプリカの言に従い、遊真は下に降りる。

 

「──おお、空閑君。あの時以来だね」

「だね。あの時はどうもお世話になりました」

「なんのなんの。──今こうして戦力になってんだから、やっぱり俺の判断は間違っていなかったって事だ。感謝するのはこっちの方だ」

「で」

 その恰好は何だ、と問おうとして。

「この格好はさ.....いや、すまん。突っ込みたい気持ちは一旦飲み込んでくれ。敵方の人間が作った黒トリガーで換装したらこうなったんだ」

「ふむん。成程」

 遊真との意思疎通は実に簡単だ。

 嘘が理解できるので、例えどれだけ言い訳らしいことを弁解なしで言おうと、しっかりそれが事実だと判断してくれる。

「で、君が移動しているという事は。ハイレインがもう移動したか」

「ハイレイン?」

「ああ、あのお魚野郎だ」

「そうだね」

「おっしゃ。──それじゃあ俺も一緒に連れて行ってくれ」

 

 ふぅ、と一つ加山は息を吐き。

 

「──もうこれが最終局面だ。俺もキリキリ働きまっせ」

 

 残すところ。

 敵が千佳を攫えるのかどうかの戦いだ。

 

 恐らく。

 ハイレインはヴィザと組み、連携して千佳を攫おうとするのだろう。

 

「了解。それじゃあ、掴まって」

「うっす」

 

 遊真の身体にがっしりと掴まり。

 加山は──飛んでいった。

 

 さあ。

 最終局面だ。



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大規模侵攻⑬

「──ヴィザ」

「隊長殿。如何いたしましたか?」

「必要十分量の雛鳥の確保は行った。──後は、金の雛鳥を捕らえるのみ」

「ですな」

「──連携し、捕えるぞ」

「承知いたしました」

 

 雨取千佳は、東地区へ向かった。

 B級合同部隊が固まり、新型を排除している地帯。

 

 もう搦手は必要ない。

 

 この遠征における最大戦力二枚の力をぶつけ、──金の雛鳥を確保する。

 

 

「では、向かおう」

 

 ヴィザ。

 及び、ハイレイン。

 

 両者は互いに頷きあうと──東地区へとワープを行った。

 

 これでミラのトリオンは尽きる。

 撤退まで、窓の影は使えない。

 

 この両者にとっても、最終局面であった。

 

 

「──映像情報を頼む」

 東春秋は。

 ハイレインとヴィザの双方の姿を確認する。

 

 ──トリオンをキューブ化するトリガーと、あらゆる全てを高速で斬り裂くトリガーの取り合わせ。

 

 連携は容易に想定できるが、だが解決策が見つからない。

 だが。

 泣き言を言っていられない。

 

 こちらも。

 迅の未来視から、いくらかの情報を得ている。

 

「──では、皆。よろしく頼む」

 

 ここには。

 東が撒いたダミービーコンと。

 それに紛れ隠れるC級と。

 

 そして──各々のB級部隊+A級隊員がいる。

 

「──笑えねぇ連中がきやがったな」

 

 B級2位部隊、影浦隊。

 その隊長たる影浦雅人はそう呟いていた。

 

「なんだぁ、カゲ? ビビってんのか?」

「るっせぇ。テメェも送られてきたデータ見たのかよ。──甘くねぇぞ」

「解ってるっつーの。──いいかカゲ! 無茶するんじゃねーぞ! あのキューブ喰らったら緊急脱出できねぇんだからな!」

「ガキじゃあるめーし。んな無茶なんざするかっての」

「お前はガキだ!」

「お前だけには言われたくねーな!」

 

 彼はオペレーターの仁礼と何やら言い争いをしているようだった。

 

「......仲いいね」

「本当にね」

 

 そして。

 その様子を──部隊員の北添とユズルは見ていた。

 

「──んだよあのクソトリガー! ざけんじゃねぇぞ!」

「どうどう、諏訪さん落ち着いて落ち着いて」

「これが落ち着いてられっか! 黒トリガー一つでクソにも程があるのに、それが二枚だぞ! 死ね!」

「諏訪さんうるさ~い」

 

 B級諏訪隊はいつもの通りであった。

 

「──本当に逃げなくてもいいのか、千佳?」

「うん。──ここまで来たなら、私も戦う」

 

 そして。

 雨取千佳もまた──戦場に立っていた。

 

 逃げてはならない理由があったから。

 

 ──王子に言われた言葉が、千佳を突き動かしていた。

 

 この力で、修を守れ、と。

 その言葉が。

 今──千佳の中の迷いを払拭していた。

 

 狙撃班も定位置に付き。

 各員はそれぞれ構える。

 

 黒い穴が、空間上に浮かび上がる。

 

 

「──さあ、最後だ」

 

 黒い角の男。

 杖を構えた老人。

 

「──金の雛鳥を、ここで確保する」

 

 大量の群生生物を付き従え。

 老人はサークルを展開する。

 

「──各員! 戦闘開始──!」

 

 東春秋の掛け声とともに。

 戦闘が開始された──。

 

 

 ヴィザが展開するブレード。

 その合間に水槽を満たすように──ハイレインは魚を泳がせる。

 

「──クソッタレ。何だこれ」

 

 ヴィザの高速回転する刃。

 それを乗り越え、肉薄せんと歩を踏み出すと──卵の冠が襲い掛かる。

 

「攻撃手は必ず銃手・射手二人以上の援護を受けた上で間合いを詰めろ! あの生物がいなくなったスペースから、弧月使いならば旋空を浴びせろ! スコーピオン使いは攪乱に集中!」

 

 東の策はシンプル。

 銃手・射手の物量により卵の冠の生命群を削り、その合間に攻撃手による一撃を挟み込んでいく。

 援護する銃手・射手はバッグワームを使用し、ダミービーコンでその身を隠蔽した上で、各自指示されたルートを移動しながらハウンド・バイパーによる攻撃を徹底させる。

 この状況下。援護役の手数が圧倒的に足りない。

 その為の埋め合わせも当然に存在はしているが──。

 

「ハイレイン殿。足元にご注意を」

 

 風刃の援護が、間断なくヴィザ・ハイレインに襲い掛かる。

 その一本一本を身に纏う卵の冠によって撃ち落とすが、しかし間断なく襲い掛かってくる。

 

「──まずは、周囲に点在する銃の使い手から排除していきましょう」

 

 そう言うと。

 ヴィザが前に出ると同時に──周囲の建造物を斬り裂きながら突っ込んでいく。

 

 崩れた建物から斬り込む刃。

 その効果範囲から逃げ込んだ先には──卵の冠が存在する。

 

 卵の冠。

 そして、星の杖。

 

 円状に高速回転する刃。

 そして自在に動き回る生物群。

 

 刃で崩し。

 生物群で囲む。

 

 この連携によって──周囲を走り回る銃手・射手を排除していく。

 緊急脱出の光が、幾度となく繰り返される。

 

 しかし。

 そこまでも東は読んでいた。

 

「──狙撃兵。撃て」

 

 建物が崩されると同時に、開かれた建造物の間。

 そこから狙撃手の援護が入る。

 物量的には大したことはないが。

 別方向から同一箇所を集中的に狙ってくるので、卵の冠の防護が間に合わず、幾らかハイレインの身体に命中はする。

 しかし。

 そうすればハイレインは周囲に散らばったキューブを回収し、回復する。

 

「──らぁ!」

 

 影浦は。

 狙撃によって空いたスペースに身を寄せ、スコーピオンを”伸ばす”。

 二対のスコーピオンを連結させ、その射程を伸ばす──マンティスを行使する。

 

 しかし。

 

「成程。こういった技巧もあるのですね」

 

 伸びるスピードよりも。

 老人の剣速が幾倍も速い。

 

 マンティスの中央部分がすぐさま叩き斬られ、反撃の一撃を貰う。

 

「──ぐ!」

 

 腹部から右肩口まで。

 ざっくりと叩き斬られていた。

 

 ──速ぇ。

 そして。

 

 ──速ぇし、このジジイ.....東のオッサンと同類だ。全く、攻撃に感情が乗ってねぇ。

 

 影浦は。

 感情受信体質という副作用を持っている。

 

 それは──自身に向けられた感情を皮膚を通じて感じる特異体質だ。

 

 それが例えば戦闘の時ならば。

 自身を斬ろう、撃とう、倒そう、とする際に乗せられる感情と、その位置までも把握できる。

 

 だが。

 

 この老人にはそれがない。

 敵意も何も乗せることなく。

 攻撃を行使している。

 

「──カゲ先輩!」

 

 更なる追撃を受けようとしていた影浦に。

 緑川がグラスホッパーを投げ込み、それに触れさせることでその場を逃れさせる。

 

 その上で。

 緑川はヴィザが追撃したことで一時的に距離の離れたハイレインの周囲に分割したグラスホッパーをその周囲に撒く。

 

 ──乱反射。

 

 ハウンドの掃射で生物群が削られるタイミング。

 そこで──歩を踏み出す。

 

 グラスホッパーからグラスホッパーへ移動しながら攻撃を重ねる技巧。

 それを行使.....しようとして。

 

 出来なかった。

 

「──そうはいきませんよ、少年」

 

 星の杖のブレードにより。

 分割したグラスホッパーは全て破砕されていた。

 

 そのまま足の置き所を無くした緑川は彼方へと飛んでいき。

 それを生物群が追って行く。

 

「くっそぉ──!」

 

 生物群に群がられ、崩壊していくトリオン体を尻目に、緑川は緊急脱出した。

 

 

 ──凄まじい。

 

 何が厄介かと言えば。

 黒トリガーの性能ではない。

 

 あの両者の対応能力が、何よりも厄介。

 

 両者とも。

 攻撃役と援護役両方できる駒だからこそ。

 互いに役割を自然に切り替えながら、最も噛み合う形で連携を取ってくる。

 

 建造物を叩き斬り、生物群を通す。

 生物群で追い込みをかけ、高速ブレードで叩き斬る。

 

 まるで隙が無い。

 

 一級の使い手。

 そして──黒トリガー。

 

 軍事国家によって醸成された最高峰の戦士二人が行使する異能のトリガー。

 

「.....」

 千佳は。

 狙撃手が撃つタイミングで、アイビスを放つ。

 しかし──そのタイミングが読まれていたのか、殺到する虫型の群衆が大砲を打ち消していく。

 

「ヴィザ」

「御意」

 

 そのタイミングで。

 ヴィザは千佳の周囲に斬撃を走らせ回避先を無くさせ。

 その先に卵の冠を走らせる。

 

 ──ああ、失敗しちゃった。

 

 そんな思いが走ると同時。

 

 ──雷鳴のように、電流が空から降り落ちてきた。

 その電流は殺到する生物群に振り落ちる。

 電流を浴びた生物群は、深海から引き上げられたかの如く膨張し、破裂する。

 

「え──?」

 

 その発生源は。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 空から。

 墜落してきた。

 

 それは壁に叩き付けられ。

 その姿を現す。

 

「──加山か!」

 

 東は驚いた声を上げる。

 なぜなら。

 

「うっす、東さん。お久しぶりです。──ああ、こんなナリしてますけど、敵じゃねぇっす。周りの人にもそう伝えて下さいな」

 

 加山は。

 黒の角を頭にくっつけ、そして──今まさに眼前で戦っている二人と、全く同じ姿をしていた。

 

「──すみません。これ近界製の黒トリガーっす。なんで換装したらこんなナリに。通信機もなかったんで、いきなり現れてすみませんっす」

「.....そうか」

「.....あの陰険そうな顔した野郎は任せてください。このトリガーとは、多分相性がいい」

「.....ならば」

「はい。あの爺さんの対処は任せます」

 

 少し遅れて。

 遊真も落ちてくる。

 

「さあて。──勝負はこっからだぜ」

 

 加山は。

 両腕から──電流を放射していく。

 

 電流を流し、パルスを形成し。

 ──ハイレインと向かい合う。

 

「......貴様が、エネドラの黒トリガーの適応者か」

「......そうだけど」

「純粋に興味があるな。──何故、奴がわざわざ玄界に自らの命を差し出したのか」

「単純な理由だぜ。自分の人生全部踏みにじられて。踏みにじった奴をぶっ殺したい。その為だったら──猿の手でも借りるタイプの奴だったって事だ」

「それだけの信用を、お前が得た理由は?」

「そこに関しては理屈じゃないな。──まあお前には解らんだろうさ。お前は良くも悪くも常に踏みにじる側だろうからな。なあ、領主様」

「.....」

 

「始めようぜ。──ここで少しばかり。アイツの恨みを晴らしてやるさ」

 

 そう言い。

 電流が放たれた瞬間。

 

 ──回転するブレードが走る音が聞こえた。

 

 が。

 

「──ほう」

 

 加山にブレードを放った瞬間。

 一瞬──ヴィザの意識が加山に流れる、その一瞬。

 

 全てが、動き出した。

 

 北添の突撃銃の駆動音。

 影浦のマンティス。

 ユズルの狙撃。

 

 それら全て、老人に向かう。

 

 その全てを、老人は弾き出す。

 北添にはブレードを走らせ迎撃にて仕留め、影浦をマンティスごと斬り裂き、狙撃は身を屈め避ける。

 その一瞬の間。

 

「『鎖』印」

 

 遊真の黒トリガーから。

 鎖が生まれ、ヴィザに絡みつく。

 

 それを切り払おうとしたその瞬間。

 ──周囲から、風刃の刃が走る。

 

 足元からの斬撃に対応せんと──左足が削られた状態で、更に自らを宙に浮かす。

 

 その動きに合わせ──。

 

「『力』印+『弾』印、四重」

 

 遊真は──飛び出した。

 

 必殺の勢いをもって──その拳を老人に叩き付けんと。

 

 影浦隊二名の犠牲、そして風刃。

 その対処を鎖に縛られながらも行使したその老人は──その一撃すらも、星の杖にて防ぐ。

 

 ──それで、いい。

 

 ──この老人は倒す必要はない。

 

 ただ。

 防がせることで──ハイレインと距離が空けばいい。

 

 老人は吹っ飛ぶ。

 

 それと同時に──ハイレインが離れまいとそちらに移動しようとするが。

 

 その道の途上で。

 凄まじい大きさの弾丸が横切っていったため、歩を踏み出し損ねた。

 

 そこには。

 ──雨取千佳と臨時接続を行った三雲修が、アステロイドを放っていた。

 

 

 加山は。

 電流を直線状に流す。

 ハイレインの卵の冠は、電流に触れた瞬間に膨張し、破裂する。

 

 だが。

 ハイレインのそれは、直線の攻撃だけで全てを対処は出来ない。

 四方から自由な軌道をもって襲い掛かる生物群。

 その対処を行わなければならない。

 

 加山は。

 電流によって発生した力場を周囲に発生させ、そこに微弱なトリオンを流す。

 

 その力場に他のトリオンが侵入するごとに。

 放ったトリオンから、信号が送られる。

 

 どの方向から攻撃が来ているのかを。

 そして。

 加山は──受け取った信号をトリオンとトリオンが衝突し、干渉しあう「音」として処理をする。

 電気信号から拡張され伝えられる情報群を、加山は更に自らの副作用である「共感覚」とも組み合わせ処理を行う。

 

 エネドラと戦った際。

 菊池原の感覚を共有した時、あまりの情報の多さに脳がパンクしかけていた。

 

 だが。

 このトリガーは──電気信号処理に関する機能までも拡張するようだ。

 情報の処理が自然に。

 色分けすらも完全に出来るようになっていた。

 

 そこから攻撃が来るのか。

 その距離はどの程度か。

 理解できる。

 

 自身に近い順番に、電流を放射していく。

 電流が放射される生物群は、膨張して消えていく。

 

 自身の周囲が落ち着けば、ハイレインの周囲に存在する防護用の生物群。

 

 それらを引っぺがしハイレインの肉体に電撃を叩き込む。

 

「ぐ.....!」

 

 ハイレインの肉体に。

 加山の電力が入り込む。

 

 ──この黒トリガーは、トリオン体に対して直接の攻撃手段とならない。

 

 この電流はあくまでトリオン体に干渉する機能しかない。

 故に。

 トリオン体に直接流す場合の挙動としては──。

 

「く.....!」

 

 電流によりトリオンの膨張が起こり。

 トリオン体の形が崩れていく。

 特にトリオン供給体付近は、崩れ方が激しい。

 

 ハイレインの黒トリガーが、トリオン体の形を崩してキューブにするのならば。

 

 エネドラから作られたそれは、形を崩してショートさせる。

 

 崩れたトリオン体からトリオンが漏出する。

 

 膨張し肥大化したトリオンの流れに換装体が耐えきれず、緊急避難的にトリオンを外に出していくのだ。

 トリオンの量が多ければ多いほど膨張の度合いも大きく、漏出は激しくなる。

 黒トリガーによりトリオン量にブーストをかけているハイレインなどは、その分だけトリオン体の崩壊が著しい。

 

「──だが」

 

 ハイレインには。

 トリオンの回復手段がある。

 

 漏れ出て行くトリオンを埋め合わせるように周囲に散らばるキューブを吸収し賄おうとするが──。

 

「このタイミングです。──東さん」

 

 東のイーグレットが。

 ハイレインの頭部を貫いた。

 

 

 ハイレインの撃墜がされると同時。

 ミラは即座に撤退を行う。

 

「──左様でございますか。隊長が」

 

 ヴィザは。

 少々意外な表情を浮かべ、撤退の指示を受け入れる。

 

「──少年。貴方とはまた何処かで戦いたいものですな」

「.....もう勘弁だね」

 

 少年、と呼ばれた空閑遊真は。

 左腕と右腕が斬られ、袈裟に大きく傷がついていた。

 

「いやはや。──予想外が非常に多い戦場でした。素晴らしい」

 そうヴィザは呟き。

「──それでは少年。またお会いしましょう」

 ヴィザは表情を変えず、遊真に背を向け──黒い穴倉に自ら入っていった。

 

 ハイレインとヴィザは回収される。

 

「......終わったか」

 

 出来れば。

 ハイレインの黒トリガーも回収しておきたかったが。流石にそうは甘くはなかった。

 

「......やりましたね。東さん」

「ああ、よくやった....」

「それでなんですけど。東さん」

「.....どうした?」

「警戒区域付近で一番近い病院って何処ですかね?」

「......どういう意味だ?」

「あー。換装する時にあのワープ女に身体貫かれちまっていて.....多分出血量がまずい気がするんですよね....」

「──急いでボーダーの医務室に行け! そこで止血する!」

 

 東は血相を変えてそう指示する。

 

 ──さあて。

 ──俺の肉体は無事でいてくれてるかな。

 

 

 

 こうして。

 三門市を襲った二度目の大規模侵攻の幕が、降りた。

 

 

 




大規模侵攻編おーわり。

今回は前作よりかは満足でした。

MVPは間違いなく王子。
多分こいつのせいで玉狛第二の千佳ちゃん殺法が早めに解禁されます。


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ランク戦辺り編
色彩は、混じり合う


「──撤退.....!?」

 

 その頃。

 南西区画の警戒区域付近で戦いを続けていたヒュースは。

 

 門が閉じられ晴れ渡る空を見ながら、ヒュースは愕然とした声を上げていた。

 

「あら残念ね。置いてかれちゃって」

「今、本部の方から敵の撤退が確認された」

 

 ヒュースと玉狛第一の戦いは。

 敵の撤退により終わった。

 

「......何故だ」

 ヒュースは目を大きく開き、空を見上げていた。

 

 

 その後。

 

 加山は医務室にて換装を解いた瞬間、激痛と寒気に、気を失った。

 奇跡的と言うべきか。重要な神経や内臓は傷つかなかったが。しかしとにもかくにも出血量があまりにも多かった。

 

 ボーダー医務室で止血と傷口の縫合を終わらせると、即座にボーダー提携の病院に送られる。

 

 呼吸器から送られる空気を体内に巡らせて。

 加山は──夢とも、走馬灯ともとれる感覚の中にいた。

 

 

 ──貴方、何の為にそんなに苦しんでいるの? 

 

 いつだっただろうか。

 そんな声をかけられた気がする。

 

 ──個人戦やるごとにゲーゲー吐いてちゃそりゃ心配になるわよ。ねぇ、本当に戦闘員続けるつもりなの。

 

 

 ああ、そうだ。加古さんだ。思い出した。

 そうだった。

 

 知ってた。

 実際の戦争でも、最初から人に向けて発砲できる奴なんて半分もいないって。

 そして自分は、どうも撃てない側だったという事に。

 だが。

 それでもやらなければいけなかった。

 

 ここは実際の戦場ではない。

 いくら殺しても、実際に人は死なない。

 よくできたシステムだ。

 ならば。

 慣れるまで殺し続けよう。

 

 生理的に受け付けられない情けない脳味噌の作りをしているのならば。

 その生理的嫌悪感すら飲み込めるまでに繰り返せばいい。

 

 ダメなら、死ぬしかない。

 この先。

 俺は、俺は必ず──やらなければいけないのだから。

 

 

 ──はっきり言うと、貴方には致命的に才能がないわ。

 

 理解している。

 でもスタートラインには立てているんだ。

 隊員の中でも、かなり上の方のトリオンはある。

 これで、後は慣れさえすればいい。

 ゲロ吐くのは換装が解かれた後だ。

 それまでに何度も繰り返せばいい。

 繰り返しだ。

 繰り返し、繰り返し.......。

 

 

 今度の記憶は──。

 

 おお。

 俺の記憶じゃないな。

 

 何というか不思議な気分だ。

 誰かの記憶を、俺という視点から見ている。

 こいつ、誰だろう? 

 

 ──エネドラ。貴方は、泥の王に適合したわ。

 

 エネドラ。

 .....ああ、何だ。アイツの記憶か。

 そう言えばミラとかいう女が言っていたな。

 トリガー角が、脳に侵食していたと。

 あの角を起点としてトリガーが出来たから。

 

 

 ──候補は何人かいたのだけれどね。その中でも、貴方はとびっきり優秀だったから。貴方は黒トリガー用にカスタマイズされた角の施術を行うわ。これをすることで、トリオンの増加と、適合率の上昇が見込めるの。指定した日時に、こちらに来るように──。

 

 ああ。

 この時。こいつ、こんなに嬉しかったんだな。

 聡明故に感情をしっかり押し殺しながら。その分内心を、選ばれたことの喜びに満たしながら。

 

 そうか。

 そうなんだ。

 

 ──こいつにも、こんな時期があったんだ。

 

 そんな風に。

 思ってしまった。

 

 記憶が廻る。

 その中でこいつは。

 真面目に訓練をこなし。

 驚くほどの成果を上げて。

 周囲に認められて、取り上げられて。

 それを誇りとしながらも、

 自分の祖国を思う一人の少年で。

 

 そして。

 

 次第に。

 感情の制御が効かなくなって。

 声を荒げ。

 物に当たり

 些細な事に苛立ち

 命令される事に耐えられなくなり

 傲慢になり

 独断専行を繰り返し

 苛立ちを弱者への虐殺で発散するようになり

 

 そして。

 棄てられた。

 

 国の為に必死に学び。

 必死に耐え忍び。

 

 その果てに。

 国に棄てられた。

 

 エネドラの人生は。

 そういうものだった。

 

 

「──よう、チビ猿」

 その果て。

 対面する。

 

「ようエネドラ。──ここは夢の中かね?」

 

 記憶は巡り。

 エネドラの記憶にとっての最終地点へと至る。

 

「知らねぇな。俺はもう死んでんだ」

「何を言ってんだ。お前はいつまでも俺の中で生きているぞ」

「気持ち悪ィ。下らねぇ事言ってんじゃねぇぞ」

「死んでるなら、お前は地獄行きかね」

「はん。地獄行きなら大歓迎だ。連中を出迎えて、もう一度殺し尽くしてやる」

 

 それで、と。

 加山は尋ねる。

 

「──この記憶は、あのトリガーを解いても俺の脳に残ったまんま?」

「当たりめぇだろ。お前は換装体の時に覚えたことを生身に戻って忘れるかよ」

「それもそうか。──うえぇ。お前の記憶が俺の中に残ったまんまかよ。気持ち悪ぃ」

「はっ。だったらその気持ち悪さは一生もんだ。俺の黒トリガーなんぞ使っちまった事を後悔しながら生きやがれ」

「まあいいや。気持ち悪い事を気持ち悪いまま繰り返して慣れる事は、もう慣れっこよ。俺は」

 

 ケッ、とエネドラは吐き捨て。

 呟く。

 

「──人撃つだけでもゲロ吐くようなボンクラがこの先本当にやっていけるのかね。テメェは近界史上に残る大虐殺者になるんだろうが」

「さあねぇ。──まあでも、これは俺の生きる目的だからよ。あるだけの力を総動員して。お前の故郷を滅ぼしてやるさ」

 

 そうかぃ、と。

 そう呟き──エネドラは背を向けた。

 

「期待はしねぇが......ま、精々あがけよ」

「おうとも」

 

 回帰する記憶は幕を引き。

 意識は──暗澹たる水底に落ちていった。

 

 

 病院というのはあまり好きではない。

 まあでも、好きだと言える人間は随分と物好きだろうが。

 薬品の匂いがするし。

 あまり賑やかじゃないし。

 

「それに──炒飯の差し入れなんて出来ないものね~」

 

 流石に入院患者に炒飯を作ってきてやる事も出来ず、面白みの欠片もないフルーツの盛り合わせを一つ持って。

 加古望は、加山雄吾の見舞いに来ていた。

 

 この前。

 ようやく面会謝絶状態からは良くなったとの事。

 

「邪魔するわね」

 加山の表札が掛けられた部屋に入ると。

 呼吸器の音だけが響く室内であった。

 

 机を見る。

 そこには、加古と同じような見舞いの品に溢れていた。

 

「ほぅほぅ。──色々来ているみたいじゃない」

 

 その様を見て一つ微笑むと。

 加古は手頃な椅子を持ってきて、座る。

 

 ......あの時は。

 こんな風になるとは思わなかった。

 

 戦いに対して生理的な嫌悪感を持っている人間は珍しくない。

 加山雄吾は──それを乗り越えた。

 

 それは。

 彼のどうにもならない根性で。

 彼は自分を労わるという発想がない。

 だから自分に降りかかる嫌悪感も、それを飲み込めるまで、そして慣れるまで、ずっとずっと繰り返しながら乗り越えていったのだ。

 

 どうにかなる、と彼は言った。

 それは何も強がりではなかったのだ。

 どうにかなる、と心から確信して言い放った言葉だった。

 

 

 そんな事を思い。

 少しばかり椅子に座っている最中だった。

 

「──失礼します。あ、ご先客でしたか」

 

 扉が開かれ。

 二人の男が入ってくる。

 

 一人は、眼鏡をかけた中年の男。

 そしてもう一人は、年若い男の二人。

 

「はい。私はボーダーの同僚です。どうぞお構いなく」

「ああ、そうですか。雄吾君の為に、わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 

 中年の男は、世辞の張り付いた笑みを浮かべ。

 そしてもう一人はとても不機嫌そうな面立ちだった。

 

 ──ああ。

 これが。

 加山の家族か。

 

「.....」

 

 見れば見る程。

 ──虫唾が走ってくる。

 

 それは加山への同情というよりも。

 ──かつて一緒に隊を組んでいた、三輪とも重ね合わせてのものだった。

 

 どうしてあの男の顔が不機嫌なのか。

 加古には理解できていた。

 

「ねぇ、貴方」

 そして。

 加古望は──実に素直な人間だ。

 自らの虫唾は、吐き出さないと気が済まない人間だ。

 

「.....何ですか?」

「貴方。加山君に生き残って欲しいのかしら? それとも死んでくれなくて残念だったのかしら?」

「....」

 

 黙るな。

 答えろ。

 

「ちょ、ちょっと.....」

 中年の男が止めに入ろうとするが。

 

「う...」

 加古の目が。

 それを防いだ。

 

「少なくとも。ここは生き残って欲しいと願っている人間だけが足を踏み入れるべき場所よ。そうじゃないなら出て行きなさい」

「.....」

 

 男の目が。

 歪んでいく。

 

「......はん。ボーダーのお仲間かよ」

「そうよ」

「関係ねぇんだったら口出しするな」

「......」

 

 その言葉を聞いて。

 加古は笑みを浮かべた。

 

 よし決めた。

 言いたい事を全部言う決心だ。

 

「貴方、確か加山君の従弟よね」

「だからどうした?」

「警察官の夢が断たれたみたいねぇ」

 

 男の顔面が、歪む。

 

「で? それを加山君の所為だと思って、いまそんな表情をしているのね」

「.....」

「成程。つまり貴方はこう言いたいわけなのね。──”自分の夢の為に、加山君はあの侵攻の時に死ぬべきだった”って」

 

 その言葉に。

 従弟の表情が、更に歪んでいく。

 

「貴方の夢は、加山君一人の命よりも重かった。なのに自分の夢は潰えたのに、死ぬべきだった加山君がなぜか生きている。──そう恥ずかしげもなく思っている訳でしょう?」

 まだだ。

 まだ続ける。

 

「貴方の言う”ボーダーのお仲間”は。家族も夢もなくした人間で溢れかえっているわ。その上で、その憎悪を直接の原因である近界民に向けて、もう二度とあんなことが起きないようにという願いをもってボーダーに在籍しているの」

 思い浮かべるは。

 ──かつて同じ部隊にいた、一人の少年。

 

「近界民は恨みたくてもボーダーに入る気概もない。だから身近でそれとなく恨める相手を見つけられたから恨んでいる。そんな惨めな存在が貴方よ。──彼の父親と、近界民。夢を潰した原因に近いのはどう見ても近界民じゃない。そんな事も解らないのかしら?」

 

 ふん、と。

 鼻を鳴らす。

 心の中で思うのは、ただ一つ。

 ──この負け犬、と。

 

「貴方が誰を恨もうと別に勝手だけど。──そういう惨めな恨み方だって自覚した上で恨みなさい」

 

 そう最後に告げると。

 それでも尚、憎悪を隠さぬ目で加古と加山を睨みつけ、──そのまま走り去っていった。

 

「あ、──く....」

 

 加古の存在に言葉を無くし。

 叔父もまた、息子を言葉なく追っていく。

 

「.....」

 ようやく。

 不愉快な人間が出て行った。

 

「あんな空気を毎日吸ってたら。──死んでもいいか、って思うのもまあ仕方がないわね」

 加山は。

 死ぬ事を絶望と捉えていない。

 生きる事が地獄で。

 死んだ先で楽になれると思っている。

 

 ただ──地獄の中で生きる責任を勝手に背負って生きているだけだ。

 

 それは。

 自由を愛する加古望にとって、何一つ理解できない生き方だった。

 

「人生なんて──楽に生きようと思えば、いくらでも楽にできるものなのにねぇ」

 

 まあ。

 それも含めて──加山雄吾という人間なのだろう。

 

 そう、思った。




なんかファンタジーな話になってすみません......


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浮上する経験、沈殿する記憶

 沼底から浮き上がるように。

 意識が覚醒に向かって行く。

 

「起きたか」

 ぼやけた視界に映ったのは。

 白い天井だった。

 その中で──声が聞こえた。

 

「よぉ。加山。──随分長い間眠っていたじゃねぇか」

「...隊長」

「お前には色々聞かなきゃならんことがある」

 

 弓場の表情は、やけに静かだった。

 恐らく──感情の置き所に少しばかり迷っているのだろう。

 怒るべきか喜ぶべきか。

 どうするべきなのか。

 

「──お前の戦闘記録、見せてもらったぜ。あの黒トリガーを手にした経緯も、使った経緯も」

「....」

「俺が一番知りたいのは──何でお前は、あの黒トリガーをこんなになってまで拘ったのか、って所だ」

 

 加山は。

 大規模侵攻の中でエネドラが黒トリガーとなり、そしてそれを守る為に文字通り命を懸けた。

 黒トリガーは、当然重要な代物だ。

 それが一つあるかどうかで、大きくこの先の防衛力も違ってくるだろう。

 だが。

 弓場の価値観であっても。ボーダー全体の価値観であっても。

 ──人命以上の価値はない、と考えるのは至極当然であり。

 その価値観を大きく裏切った加山に対して、大きな怒りを持っているのだと思う。

 

 今は。

 弁明の時間だ。

 

「.....俺は」

 加山は。

 答える。

 

「.....あの近界民が、余りにも哀れに思ってしまったんです」

「....」

 弓場は。

 黙って聞いていた。

 その様を見ながら、加山もまた変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。

 

「理屈じゃなかった。──アイツが命を懸けて作って俺に託したものを。俺は、どうしても渡したくなかったんです」

 

 あの時のエネドラの絶望が、今でも加山は忘れられない

 あらゆる全てが利用され、そして棄てられた事を知ったエネドラ。

 

「託された.....か」

 

 その弁明を聞いた弓場は。

 ふぅ、と一つ息を吐いた。

 

「ボーダーの為だとか、そういう言葉を言ったなら本気で俺は怒っていた。そんな事誰も望んじゃいねェ」

「.....」

「まあ、でも──託されたものを、命を懸けてでも守りたいって思いは。俺にも理解できる」

 

 だから。

 もういい、と弓場は言った。

 

「だが。お前は弓場隊の隊員だ。俺にとっても、お前に託しているものがある」

「.....はい」

「それだけは、忘れんじゃねぇぞ」

 

 それで、と弓場は続ける。

 

「お前.....あの黒トリガー、使い続けるつもりか?」

 

 ああ、と加山は心中呟いた。

 そうだった。

 黒トリガーを使うなら──隊にはいられないのだった。

 

「その事なんですけどね、弓場さん」

「.....」

「俺は、弓場隊を抜けるつもりはありません」

 

 ほぉ、と弓場は言う。

 

「いいのか? あの黒トリガーの使い手になれば、多分無条件で遠征に行けるぞ」

「俺は、約束は守ります」

 

 そう。

 これははっきりと決めた事だ。

 

 弓場隊で、A級に上がると。

「退院したら、俺から上層部に説明します」

 

 

 そう言った三日後には。

 退院の許可が下りた。

 

 加山の怪我は重要な臓器が傷つけられたわけではなく、出血量が問題だったのであり。輸血が上手く行ったため、意識さえ戻れば長期の入院は必要ない、という見込みなのだそうで。

 そういう訳でボーダーに戻ると。

 加山は、上層部に呼び出された。

 

「退院してすぐに呼び出して申し訳ないな」

「いえいえ。長い間眠っちゃっててすみません」

 

 城戸からの言葉に、いつものように返す。

 

「君が持ってきた新たな黒トリガーなのだが」

「はい」

「他の隊員をあらかた調べて──合致するのは君しかいなかった」

「....」

「どうするかね?」

 

 このどうするかね、とは。

 S級隊員になるかどうかの選択だろう。

 

 答えは決まっていた。

 

「この黒トリガーは、本部預かりの状態のままにしておいた方がいいと、俺は思います」

「.....理由を聞こうか」

「一つ。この黒トリガーは、アフトクラトルの人型近界民、エネドラのトリガー角から作られています。そのトリガー角は、エネドラの脳から採取された情報が詰まっています。一旦技術部に預けて取れるだけの情報を取った方がいい、というのが一つ」

「成程....続けてくれ」

「もう一つ。単純にこの黒トリガーは個人で扱うには不便です」

「....不便、か」

「はい。第一に、これアフトクラトル製なので本部との通信が取れません。これがまずトリガーの管理上大きな問題点で、基本は通信ができる隊員とツーマンセルで行動させるのが望ましい。第二に、この黒トリガーはアフトクラトルにもう大きく伝わってしまいました。再度こちらの侵攻がされたと仮定すると、真っ先に狙ってくると思います」

 

 本部と通信が出来ず、

 敵勢が積極的に狙いに来るであろう、黒トリガー。

 

「性能としても、まだ未知数ですが......解っている限りでは、このトリガーは対人性能で言うならそこまで高くない。電撃を浴びせて、トリオンを膨張させて、敵のトリオンを尽きさせてようやく撃破できる」

 この黒トリガーは。

 恐らく対多人数での戦闘には向いていないタイプだ。

 トリオンへの干渉の仕方が破壊ではなく膨張の為、トリオンを特殊な方式で使ってくるトリガー相手には非常に強力であるが、純粋な物量戦を仕掛けられたら弱い。

 今回の大規模侵攻におけるハイレインの撃破も、東の一撃があってこその成果だ。

 

「なので。管理上の問題を考えても、実際の戦闘においても、基本的には誰かと組ませて戦うのが有効になるトリガーです。それならば、本部が主導となって運用する方が非常にいい。逆にこれは個人に持たせていたら非常に危険です」

 

 加山の弁舌に。

 忍田は大きく頷く。

 

「なので。俺は本部の要請があるたびにこいつを使うのがいいと思うんですよね。安易に使うと取られるリスクもありますし」

「....成程な」

 

 城戸もまた、頷いた。

 

「了解した。一旦はこの黒トリガーは本部技術部の預かりとする」

「ありがとうございます」

「しかし。申し訳ないが、この黒トリガーについては未知数な部分が多い。調査の過程で、適合者の君に協力を申し出ることも多々あると思う。その時は力を貸してほしい」

「それは、勿論」

「感謝する。──そして、もう一つの議題に移ろう」

 鬼怒田本吉が腕を組みながら加山を一瞥し、変わらぬ不機嫌そうな表情を浮かべ、言った。

 

「加山。お前はあの黒トリガーを使った時に、角が装着する形となったな。──その時に、あの角に保存されたデータを、受け取ったりはしているか」

「結論から言うと、しています」

 

 鬼怒田は、そうか、と呟く。

 

「我々が懸念しているのは。記憶が追加されたことでお前が混乱していないかどうかだ。記憶の消去はともかく、記憶の追加に関しては我々も未知数だ。今の所、何か異常があったりするか?」

「特に異常はないですね。俺の中の記憶と、エネドラの記憶は今の所完全に分離しています。混合していたり、自分の記憶があいまいになったりってのはないです」

「.....その部分でも少し気がかりなのでな。これから定期的に調査をさせてもらう」

「了解です」

「その、エネドラの記憶なのだが──こちらに話せることはあるか?」

「すみません。報告したいのは山々なんですけど。ちょっと情報の整理が追いついていないっす」

 

 エネドラの記憶は、昔の記憶であればあるほど曖昧になるし最新の記憶になればなるほど人格の影響が出ている。

 そしてエネドラが「常識」として捉えている事項に対して詳細な記憶が浮かび上がらない。

 

「そうか.....。解った。また何か思い出したら、忍田本部長か鬼怒田室長を通じて報告を頼む」

「了解です」

「それでは。今日の所はこれくらいでいい。ご苦労」

「ありがとうございます。──それでは」

 

 

「──あ、加山君」

 上層部への報告も終わり、隊室に戻っていると。

 見慣れた女が声をかけてきた。

「おや。木虎じゃないか。珍しい。お前から声をかけるなんて」

「死にかけたんですって?」

「死にかけたぜ」

「......何でそんな能天気な口調なのかしら。死んで迷惑がかかるのは広報部隊の私達だって解ってる?」

「なにおう。お前なんざ”同期が死んで悲しいですあーさめざめ”って市民の前で嘘泣きしとけば勝手に点数が上がる立場だろうが」

「......そのセリフ、隊長の前で言ってみなさい。きっと素敵な説教をくれると思うから」

「でしょうな」

「はあ......で、もう大丈夫なの?」

「この通り」

 

 はぁ、と。

 また一つ木虎が溜息を吐く。

 

「まあでもよかったじゃない。──貴方、特級戦功でしょ?」

「いきなり預金通帳が七桁になっててびっくらこいたわ」

 今回。

 エネドラの撃破に絡んだのと、敵の首魁に対して決定機を作った事を評価されて七桁のボーナスが振り込まれていた。

 棚から牡丹餅にも程がある金額だった。

 

「それだけお金貰ったんだから、ちゃんと栄養のあるもの食べなさいよ」

「そうするよ.....」

「あら。存外素直ね」

「医者にめっちゃ怒られた。栄養のあるもの食えって。じゃないと今度同じ出血したら死ぬぞ、って」

「.....」

 

 木虎は何だか微妙な表情を浮かべる。

 

「まあ金は取っとかねぇとなぁ。引っ越しの費用もあるし、後は一人暮らししねぇといかねぇし」

「......高校、行くのね」

「行かねぇと弓場さんに殺されるからなぁ」

 

 さて、と加山は声を上げ。

 

「そろそろ隊室に戻るわ。──じゃあな、木虎」

「はいはい。──気を付けなさいよ。余計な仕事を増やさないで」

「まあ、死んだときに何かするのはそれがお前の仕事だ。頑張れ~」

 

 けらけらと笑って、その場を後にした。

 

 その様を見ながら。

 

「──本当に。いい加減にしなさいっての」

 

 そう呟いて、彼女もまた去っていった。

 

 

「──お久しぶりでーす」

 弓場隊の作戦室を開くと。

 全員がいた。

「──加山君! 話には聞いていたけど、本当に無事だったんだね!」

「──おかえりッス! 無事で何よりです!」

 そう外岡と帯島が言うと、

 

「──おい加山!」

 ずんずんと藤丸が近づき。

 加山の髪を掴んだ。

 

「──よくもまぁ勝手に死にかけてくれたもんだなぁ、おい。心配していたんだからな? 解ってんのか? ああ!?」

「いや、もう、マジですみません....」

 向かい合うその存在の全てが怖い。声の圧も怖いし、何よりマジで少し浮かんでいる涙が本当に怖い。鬼の目にも涙どころの話じゃない。ひぇぇ。

 

「──まあ、その辺で許してやれ、藤丸」

 結局。

 弓場が間を取り持ち、その場は収まる。

 

「ま、これでようやく全員揃うことが出来た訳だ」

 弓場は一つ息を吐くと。

 加山に尋ねる。

 

「黒トリガーの件は、上層部に納得してもらったか?」

「はい」

「おし。──それで、加山。話があるって言ってたな」

「はい。──あの、弓場さん」

「おう」

「俺。──射手に転向しようと思っています」

 

 ほぅ、と。

 弓場は呟いた。

 

「何故?」

「ちょっと。俺の中で発見があったのと、──コツが掴めました」

 

 加山の中で得られたのはエネドラの「記憶」だけではなかった。

 エネドラの中で培われた経験や感覚も、その身にある程度入り込んでいた。

 

「──なので。ちょっと訓練室入って貰っていいですか。新しいトリガー構成での戦いを見てもらいたいんです」

「了解だ。──中々、面白いじゃねぇか」

 

 エネドラが操っていた”泥の王”。

 アレを操る感覚が加山の頭の中を巡った時──射手トリガーの使い方に応用できる、と確信を覚えたのだ。

 

 今の加山は。

 エネドラの経験もその身に眠っている。

 

 そして。

 加山は一刻も早く──その眠っている経験を叩き起こす所存であった。



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変色と進化との狭間には

 訓練ブース内を市街地Aに設定し。

 弓場と加山が向かい合う。

 

「それでは──この勝負! 自分が仕切らせてもらうッス!」

 

 それぞれ五十メートルほどの距離を取り。

 その間に帯島が立つ。

 

「それでは──スタート!」

 

 帯島の号令と共に。

 両者が動き出す。

 

 加山は地面に手を付けエスクードを一帯に敷き

 弓場は二丁拳銃を構え加山に狙いを定める。

 

 エスクードの壁の上側から弓場にハウンドを放つ加山の動きに合わせ、弓場はエスクードを破砕しながら加山に肉薄していく。

 加山はエスクードの壁側に身を隠し、更に幾つかエスクードを増産していく。

 

 ハウンドの雨を前へ前へと進むことで避けながら、──弓場は加山のレーダーの反応を追っていく。

 

 遂に──レーダーが反応する加山の位置まで、弓場は突き進んだ。

 

 そこには。

「ダミービーコン....!」

 

 宙に浮く、ダミービーコンが一つ。

 レーダーに反応があったのは、これ一つ。

 つまり──今加山はバッグワームを着込み、何処かに潜伏している。

 

 そして。

 左右を見る。

 

 そこには──

 

「アステロイド」

 

 ──幾つものキューブが、弓場の両脇を挟み込んでいた。

 

「ほぉ......!」

 

 置き弾。

 弓場の斜め後ろ側に増設したエスクードの影に潜伏していた加山がアステロイドを放つ。

 

 挟まれた弓場は、両足を削られる。

 その頭上から。

 

 ハウンドが降り落ちる。

 

「──やるじゃねぇか」

 そう呟くと同時。

 弓場は全身を貫かれ、緊急脱出した。

 

 

 次は。

 加山は敢えてエスクードを使わず、同じ条件で弓場と対面する。

 弓場の銃撃の有効範囲の外側から、ハウンドとアステロイドを切り替えつつ戦闘を行う。

 ハウンドで足を止め、アステロイドで削る。

 弓場の破壊力のある直線に対抗すべく。

 タン、タン、とステップを踏み、

 障害物を利用しながら。

 ──射手トリガーの良い所は、タイムラグがある事だ。

 例えば路地の入口で逃げ込む動作をしながら撃つとき。

 逃げ込む動作を終了させたと同時に撃つことが出来る。

 銃トリガーは撃つ動作と攻撃を放つタイミングがほぼ同じ故に、こういう場合相手の攻撃に当たるリスクを背負いながら、路地から身を出して撃たなければいけない。

 だが。射手は一度その空間にキューブを出したのならば、後は使い手が逃げの体勢に入っても勝手に射出してくれる。

 

 当然、タイムラグがある事は真正面からの撃ち合いにおいて先を取られる欠点でもあるのだが。

 それでも──加山の戦闘スタイルには、こちらの方が合っていた。

 

 そして。

「メテオラ」

 メテオラの路地の曲がり角に設置し

「スパイダー」

 足元の影となっている部分に、薄黒色のスパイダーをメテオラと連結し仕掛ける。

 そしてその曲がり角の前でエスクードを生やす。

 

 加山を追う弓場がその場を訪れた時。

 エスクードを撃ち壊し、角を曲がろうとした瞬間。

 

 線が布地に振れる感覚が走った瞬間──弓場は直感でバッグステップを行使する。

 爆裂音と、周囲の壁が破壊される音が響き渡り、そして──煙が巻き起こる。

 

 その煙に紛れて、

 頭上から降り注ぐハウンドと、正面から襲い来るアステロイドの二種類が弓場に襲い掛かる。

 

「──そう何度も負けてられっかよ」

 弓場は。

 逃げ道がないと判断するや否や、逃げ道を作る判断を行使。

 隣にある壁を拳銃で破壊し、建造物の中に無理やり身体を避難させる。

 その過程でいくらか身体は削れたが、加山の位置の真横まで建物内を移動し、壁越しに発砲する。

 

「──マジですか」

 加山は今の攻撃に対応した弓場の一連の動きにそう思わず口走りながらも、アステロイドを生み出す。

 

「この距離感で──俺に勝てる奴は、いねぇぞ加山ァ!」

 その言葉の通り。

 加山がキューブを生成するその瞬間には──加山は弓場の二丁に貫かれていた。

 

 

 

「今まで拳銃とスコーピオンを装着していたんですけど。これをアステロイドとスパイダーに変えました」

 10本を戦い終え。

 弓場に対し3本を取った。

 まあ、一定の成果を上げたと言ってもいいだろう。

 

「大きく分けて今の俺には二つの手札が追加されました。アステロイドによる広範囲の直線攻撃。そしてスパイダーとメテオラを使ったトラップですね」

 勝負を終え。

 加山は弓場隊の前で自身のトリガー構成の変更について説明を行う。

 

「エスクードで陣を敷いて、今まではメテオラの置き弾と上を通すハウンドばかり使ってきました。でも結局これだと、一定レベルに達した人達にはばかばかエスクード壊されるんですよね」

 

 エスクードの先にメテオラの置き弾。

 エスクードの上から通すハウンド。

 

 この二つが加山のエスクードを使用するうえでの柱だった。

 しかしこの構成であると上位の攻撃陣には爆発は見抜かれるし、ハウンドも問題なく防がれる。

 割と、連携する相手の力量やポジションによって左右される構造だった。

 

「例えば一本目なんですけど。俺はビーコンを設置した場所からハウンドを置き弾にして隊長に向けて撃っていました。ハウンドが撃たれている先でトリオンのレーダー反応があると、そこに向かって進んでくれるじゃないですか。でもここにあるのは、ハウンドの置き弾とダミービーコンなんです」

 

 加山が弓場から一本目を取った時。

 加山はハウンドの置き弾をセットすると同時に、ダミービーコンを置いていた。

 

 ビーコンの設置場所からハウンドが放たれる。

 →相手はビーコンの反応場所に加山がいるとそちらに向かう。

 →ハウンドの射出と同時に加山はバッグワームを着込んで別の隠れ場へ移動する。

 →ビーコンの場所に敵が辿り着いた瞬間に、バッグワームを解除し左右に仕込んだアステロイドの置き弾を放つ。

 

 こういった手順で、加山は一本目を取った。

 

「これで例えば弓場隊長と連携を取れば。ハウンドで焦って前に出る相手を出合い頭にぶっぱする事も出来ますし。帯島と連携をすれば、アステロイドの置き弾の代わりにバッグワーム着込ませた帯島を忍ばせるもいい。爆発だけじゃなく、直線的なトラップも作れるようになりたかったんですよね」

 

「成程なぁ。──それで、スパイダーはメテオラトラップ用か」

「うっす。完全に逃走用・攪乱用ですね。これからダミービーコンの地帯にスパイダーを張り巡らしながら、所々でああいう爆破トラップを仕掛けようかと」

「......ふむん」

「次から始まるランク戦。一先ずはこの構成で行こうと思っています」

「了解。そいつはいい。──そんで、加山」

「はい」

「──お前、どうした?」

 

 弓場は少しだけ訝し気にこちらを眺める。

 

「戦法の変化もそうだけどよ。──明らかに動きがよくなっている。身のこなしの部分もそうだし、何よりまだ触れ始めのアステロイドのコントロールの部分。初心者が出来る事じゃねぇ」

 

 トリオンで追跡をかけられるハウンドと違い。

 アステロイドは直線でしか飛ばない。

 身体の延長線上の武器として使える銃トリガーのアステロイドと、射手トリガーのアステロイドは、使い方の部分で大きく異なる。

 

「──ああ、そのことなんですけど」

 

 加山は。

 エネドラが黒トリガーになり、それを使用してからの一連の出来事を──隊の前で話した。

 

 

「.....記憶の継承!?」

 聞き終えて。

 真っ先に帯島が声を上げた。

 

「へぇー......そんな事もあるんだね」

「まあ.....ウチも、記憶を”消す”処置ならトリオンで出来るんだ。記憶を”継承する”事も、出来ないとは言い切れないんじゃねぇか?」

 

 外岡と藤丸は、少々混乱しつつもそれを受け入れ。

 弓場は──。

 

「加山」

「はい」

「──その記憶、消してもらおうとは思わねぇのか?」

 

 そう尋ねた。

 ああ、そういえばそうか。

 ボーダーは記憶を忘却させる技術を持っている。

 それをもってすれば、確かにエネドラから継承した記憶を消すことも可能かもしれない。

 これからあの黒トリガーを起動するごとに処置をしてもらえば、元の自分に戻れるやもしれない。

 

 だが、

「いえ。思いません」

 

 と。

 そう加山は言い切った。

 

「今は──使える手を何でも使いたいです」

 エネドラの記憶は。

 今の加山にとって──何物にも勝る武器だ。

 加山は、トリオン以外にとりたてた才能がないからこそ、このスタイルで戦い続けてきた。

 自分が積み上げてきたものは、割ともうこれ以上の上澄みはないと心のどこかに思っていた。

 

 その上で。

 エネドラという軍事国家のエリートとして積み上げてきた記憶が入った事により。

 加山の中で、確かな上澄みの余地がここに生まれたのだ。

 

「確かに、他人の記憶が入り込んでいるのは気持ち悪いですけど。それでも──こいつは確かな武器ですから」

 

 加山は。

 迷いなくそう言い切った。

 

 

 そうして。

 一通りの訓練を終えて。

 

 休憩室で水を飲んでいる時だった。

 

「──ああ、そっか。もうそんな時間か」

 備え付けのテレビから、ボーダーの記者会見が始まっていた。

 

 壇上には根付室長が立ち、メディアからの質問のその悉くを捌いていく。

 前回進行との被害比較を主題として、ボーダーの成果をはっきりと伝え──メディアの意地悪さを上手く引き立たせていた。

 ああいう会見において重要なのは。

 メディア側を悪く引き立たせる立ち回りをする事だ。

 こちらは誠実で。

 あちらは不誠実。

 そういう空気感を作り上げる事。

 

 根付室長は。

 正直な所、あまり部隊員の評判がいいとはいえない人物だ。

 

 だが。

 

 ──やっぱり、凄い人だ。

 加山が耳を澄ませると。

 少しずつ根付の声音が違う事が理解できる。色が、少しずつ違う。

 恐らく──即興で答えている質問と、事前にメディア側に仕込んでいる質問の両方があり、言葉を選びながら話している言葉と事前に完璧に用意している言葉の双方が根付室長にはある。

 

 ──あの手の仕込みもまた、上手いんだなぁ。

 

 そして質問内容が移り変わる。

 

 ──C級隊員の隊務規定違反について、という部分にメディア側が切り込んできた。

 

 これも仕込みだろうな、と。加山は思った。

 確か、一カ月前。三雲修が警戒区域外でトリガーを使った事件だ。

 C級が多数近界に攫われた話題から、C級側の体制についての話題転換。

 上手く大規模侵攻の話題から転換できるうえに、もう既に処理まで終わっている話だ。

 

 ──なんて、思っていたら。

 

「へ?」

 そこに。

 三雲修本人が現れた。

 そして。

 つかつかと壇上に上がり。

 

 ──僕が、隊務規定違反をした三雲修です。

 

 そう言葉を放ち。

 

 ──質問は全て受けます。

 

 と。

 そう答えたのだった。

 

 はぁ~、と一つ息を吐いて。

 

「いや.....すげぇな」

 と。

 感嘆の溜息をもう一つ吐いた。

 

 迅は。

 修はかなりの重要人物だと言っていた。

 

 ──遊真を繋ぎ止めるためのカギだとばかり思っていた。

 

 だが。

 そうではなかった。

 遊真は、本当に──彼だからこそ、繋ぎ止められているのだ。

 

 ──僕は、もう一度同じ状況になっても、同じ選択をすると思います。

 

 あの応答に。

 どれだけ彼が守った人たちは感謝を払うだろうか。

 

 違反したことに後悔はない。

 同じ状況に陥ってももう一度同じ選択をする。

 

 ──そう馬鹿正直に言いきれる男なのだ。

 

「.....俺も、頑張らないとなぁ」

 よし、と一つ気合を入れて。

 加山はまた訓練室へと向かって行った。




メイン:アステロイド(拳銃) メテオラ エスクード ダミービーコン

サブ:スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

                ↓

メイン:アステロイド メテオラ エスクード ダミービーコン

サブ: ハウンド シールド スパイダー バッグワーム


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幸せの青い花

「──雛鳥は集めることが出来たが」

 大規模侵攻を終えたハイレインの表情は。

 実に渋かった。

 

「玄界側の戦力をむざむざ与える事になってしまった、と。いやはや。エネドラも最後の最後に大きな爪痕を残してくれたものよ」

「──」

 

 それ以上に。

 窓の影の使用者であり、エネドラ抹殺の命を受けていたミラの顔は非常に渋かった。

 

「ミラよ。そうも表情を強張らせても仕方あるまい。過ぎた事よ」

「......アレがただの黒トリガーなら、まだよかったのだけれどね」

 

 エネドラから作られたあのトリガーは。

 トリオンに干渉し、膨張させる性質を持っている。

 

「仮に.....玄界が侵攻にあのトリガーを持ち込むことになったら、それだけで大損害を被る可能性があるわ」

 

 近界にとってトリオンは、基幹エネルギーそのものだ。

 産業から農業。果ては大地や日の光すら全てトリオンを中心に回っている。

 それを膨張させる性質の黒トリガーをもって玄界が攻めてきた場合。

 

 恐らくアフトクラトルが後れを取る事はないだろうが──致命的な被害を与える結果となりえるのだ。

 

「しかし。まさにエネドラ殿の思念や願いが反映されているかのようなトリガーですな」

 ヴィザは。

 そう呟いた。

 

「──やれやれ。やはり齢を重ねると、少々感傷的になっていけませんな」

 

 

 加山雄吾。

 

 現在、──引っ越し準備の真っ最中。

 

「とはいってもなぁ」

 

 加山に割り当てられた部屋はあまりにも殺風景であった。

 制服が二着。

 私服が四着。

 そして学習机と、書き連ねてきたノート類のみ。

 

 学習机はかさばるからいらない。

 となると──持っていくものなんて、本当に僅かだ。

 

 引っ越しの代金も生活必需品の買い出しも、特級戦功の臨時収入で十分賄える。

 そして本部の寮は家賃はかからない。

 

 三桁のお金があるのなら、ボーダー隊員としての収入があればまあ何とかなるだろう。

 

 さて。

 まだ二月に入ろうかどうかという時期に何故に引っ越し準備をしているのか。

 

 

 それは──。

 一言で言えば、従弟がヒステリーを起こしたからです。

 以上。

 

 加山が入院している間に、何か決定的な事件が起こったらしい。もはやその姿を目に映す事すら憤懣やるかたなきご様子で。ヒステリックに「出て行け」と連呼され今に至る。

 

 こちらは当然ながら住まわせてもらっている立場。叔父も遠回しながら「引っ越すならば許可は出す」と言っている為、急遽引っ越しする事となりました。

 

 幸い、持っていくものもダッフルバック一つあれば十分に持っていけるだけのものしかない。業者にうん万払って持っていってもらう必要もない。

 という訳で。

 事情をある程度知っていたボーダーは素早く許可を降ろし、寮の一室を貸し出してくれた。

 

 荷物を纏め。

 家を出る。

 

「......」

 ひどく。

 安心感を覚えた。

 

 

「あら」

「ヴァ?」

 

 さて。

 本部内に存在する寮の中。

 加山はダッフルバックを放り投げ、その日の飯くらい買ってこようかと外を出てスーパーに行くと。

 

 ......加古望が、いた。

 

「......」

「......」

 

 優雅に微笑む加古望が、いた。

 買い物かごを手に取って、”あらこの食材面白そうねうふふ”とか言ってそうな自由闊達な笑みを浮かべながらそこにいた。

 目が合う。

 緊張が、走る。

 この一瞬。

 いいだろうか。この緊張は断じて男女の間に普遍的に起こりうる緊張ではない。

 生きるか死ぬか。

 デッドorアライブの延長線上にある、代物だ。

 加山は目を見開きながら、声をかける。

 

「加古さん」

「なぁに?」

「俺は病み上がりだ」

「ご苦労様」

「退院したばかりだ」

「よかったじゃない」

「そして栄養のあるものを食えこのバカチンと医者に説教食らったばかりだ」

「あらそう」

「──頼むから再度病院送りにするような真似はよしてくれ。つまりだ今日も明日も明後日も、俺はアンタの炒飯は食わない! 俺の未来は、弓場隊の未来でもあるんだ......!」

「あら失礼ね」

 

 加古はニコリ微笑むと、

 

「貴方どうしたの?」

「へ?」

「貴方がいつも来ているのは、スーパーじゃなくて河原でしょ」

「至極真っ当な事を言われたぁ.....! まあ、ほら。流石に医者に怒られるくらいだから。まあ食事位ちゃんとしようかな、って....」

「ふむん.....叔父さんの家で?」

「いいやぁ。追い出されちまいましたよ」

 

 そう言葉を放った瞬間。

 少しだけ驚いたように、加古が目を見開く。

 

「へぇ....」

「従弟に出て行け言われましてね。そう言われちゃあ出て行くしかないので。──お、この肉やっす。今日はこれでいいや。油敷いて塩振って食べよ」

 

 がさ、と期限切れかけの肉を一つ籠に入れると、簡単な調理用品を幾つか買い、レジに向かう。

 

「それじゃあ、加古さん──」

「まあ、待ちなさい」

「へ?」

「住んでいる所、寮?」

「ええ、まあ、はい....」

 そう聞くと。

 加古は、笑った。

 

「じゃあ。私が料理してあげるわ」

「ヴぇ?」

 

 さあ。

 今この瞬間に走った感情の名前を、教えてくれ。

 

 女子大学生の手料理だぞおらもっと喜べやこの野郎。

 無理です。

 無理なんです。

 

 何故か? 

 

 この人は女子大生、なんて括りに入れてはいけない。

 炒飯妖怪、加古望だからだ。

 

 そうして加山は加古の運転する車に乗せられ、寮に直行させられた。

 

 

 8割の確率で生の喜びを感じ。

 2割の確率で地獄に真っ逆さま。

 

 さあ皆の衆。

 構えよ。

 

 ......どうやら、今日は8割が当たったらしい。

 

「はい、どうぞ」

 寮に備え付けられたちびたテーブルの前で正座し、待っていると。

 生姜ベースの中華スープと、野菜と肉がふんだんに盛り込まれた炒飯がやってきた。

 

 .....ん? 

 んー? 

 

 おかしい。

 この人にとって炒飯の作成というのはいわば科学実験に近い。

 調味料と具材の化学反応を炒飯という名のフラスコに叩き込む行為全般が、この人にとっての炒飯づくりであるはずで。

 にんにく醤油と鶏ガラベースの、オーソドックスかつ外れのない炒飯を作る事なんて、まず無かったはずなのに。

 

「ありゃ、加古さん」

「どうしたの?」

「そのセリフそのまま返します。どうしたんですか」

「時々は原点に戻りたくなるものよ」

「いつまでもそのままでいてください.....!」

 

 加山は。

 加古の炒飯は当たりなら好きだ。

 純粋に美味いのもあるし、この人は良くも悪くも手間を惜しまない人だから。

 

「どうかしら?」

「そりゃ、もう。うまいっす」

「そう」

 

 いや。

 もう本当に。

 美味い。

 美味すぎる。

 

「....これから、一人暮らしかぁ」

「何故に貴方が感慨深げに溜息ついているんですか」

「そりゃそうよ。貴方なんか──あんな家にいた方が、こっちの方は心配ですもの」

「.....」

 

 そうか。

 

「私だって別段特殊な家で育ったわけじゃないのよ。普通の家で、普通に愛情を受けて、普通に暮らしてきたの。普通があったから自由の楽しさを知ったし、だからこそ両親にも感謝しているの」

「.....」

「そんな家族、ってものに対して至極普通の私から言わせてもらえば。加山君の家はやっぱり普通じゃないわ」

「でしょうね」

「まあだから。こうしてあの家から出て来られて。──私からはおめでとう、とだけ伝えておくわ」

「.....ありがとうございます」

 

 何だろう。

 今日は、奇妙な程加古さんが優しい。

 

「C級の時。貴方ゲーゲー吐いてたじゃない」

「そんな時もありましたねぇ」

「私ね。根性って言葉あんまり好きじゃないの」

「そりゃ加古さんの好きなものは明らかに才能でしょうからね」

「そうよ。私は才能大好き。──根性って、才能というものから目を背けている言葉に思えない?」

「言いたい事は解りますね」

「根性があれば、才能が無くても凌駕出来るなんてありえないわ。まず──自分は何の才能があるか向き合って、己を知って、そこからようやく根性の出番だわ」

「厳しいお言葉だァ」

「でも.....加山君は、自分の才能のなさも己も全部知った上で縋るものが根性しか無くて。根性で本当に乗り切っちゃった。これに関しては大したものよ」

「ありがとうございます」

 

 この道しかない。

 それ以外にない。

 慣れたらどうにでもなる。

 

 ただそれだけを信じて、やってきていた。

 

「で。──加山君はいつまで、そんな貴方の頑張りを見ようともしない人の為に頑張るのかしら?」

「.....へ?」

「復讐も結構。自責の念もあるんでしょう。解るんだけど。──貴方に向けられる悪意に対して、一々溜め込む必要もないの」

「.....」

「貴方の頑張りを見て。貴方の心配をして。貴方の為に更に頑張っている人もいて。──そういう人たちから貴方は目を逸らしている」

「逸らしちゃいないですよ」

「いいえ。貴方は逸らしている。──そういう人たちがいる事を理解はしているんでしょう。理解した上で、無視している。それが貴方」

 

 加古は。

 表情は笑っていた。

 

 だが。

 眼は──笑ってなんかいなかった。

 

「貴方を心配している人たちに対して責任を取りたい、って思いが一芥でもあるなら。自分の将来なんてどうでもいいとも、別に死んでも構わないなんて思う訳がないもの」

「.....」

「貴方が死んで。第二、第三の貴方が生まれるとは考えたことがないの? 今の貴方の行動が、旧ボーダー時代から在籍している本部長や迅君を傷つけているかも解らないの? 貴方は自分が死んでも気にするな、って思っているんでしょうけど。知り合いが死んでも何も気にしないしどうでもいい、なんて思っている人たちがわざわざボーダーなんて組織にいると思うの? どう、その辺?」

「......」

 

 言葉は、出ない。

 

「ボーダーが無くなって落ちぶれて死んでいく貴方も。遠征で無茶して死ぬ貴方も。見せつけられていく人間にとってはたまったものじゃないわ。どうでもいいなんて思えないの。それが普通の人間なの。ボーダーの人間は貴方が思うような異常者じゃないの。──さ、どう? 貴方はどっちに誠実であるべきだと思う? 貴方を責める身内か、貴方を一人の人間として見ているボーダーか。どっち?」

 

「.....どう、なんでしょうね」

「いい? 貴方が幸せになって許せない人もいるように。貴方が幸せになってもらわなくちゃ許せない人もいるの。それを理解しないなら、貴方は人でなしよ。──大規模侵攻でも、案の定死にかけちゃって。馬鹿じゃないの」

 

 いい、と。

 加古は言う。

 

「誰かのせいにする人生はやめなさい。──折角、あんな家から出てこれたんだから」

「.....」

「貴方が頑張っても頑張っても、あの叔父さんや従弟君は幸せになんかならないわ。あの人にとっては、貴方のせいで人生が台無しになったって思ってなきゃ生きていけない人間ですもの。──私、無駄な努力って嫌いなの」

 

 無駄な努力。

 そう、なのだろうか。

 

「でも。貴方が頑張れば頑張るほど幸せになってくれる人もいるの。その人の為に、一度頑張ってみなさい。そうして、その感謝を受け取ってみなさい。それだけで──世界は一変するわ」

「そりゃあ、誰にですか?」

「ほら。──やっぱり貴方は解っていない。ここでそんな疑問が出てくること自体、目を背けている証拠ですもの」

「......」

「ま。人生なんてこれからよ。楽しいものだわ。苦しい事もあるけど。それはその先にある楽しみの為に存在するのであって。ただただずっと続く苦しみを味わう事は”生きる”事じゃないわ」

 

 加古はここで。

 食器を持っていき、洗い始めた。

 

「──頑張りなさい、加山君。貴方の為に。貴方の幸せを望んでいる人の為に。私が言いたいのは、それだけ」

 

 洗い物を済ませ、自分のバッグを手に持って、邪魔したわねと声をかけ──そのまま加古は出て行った。

 

「......」

 人でなし、か。

 そうなのだろうな。

 

 .......。




加古さんによる言葉責め回。


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ランク戦ROUND1 ①

よーやくランク戦。


「──ラウンド1の相手が決まった」

 

 作戦室の中。

 隊長の弓場から相手が伝えられる。

 

「茶野隊、玉狛第二、吉里隊との四つ巴戦だ」

 

 うえ、と加山は思わず声を上げる。

「玉狛第二ですか....」

「おゥ。──新興部隊だが、知っているのか加山」

「知っていますね。空閑は黒トリガー使いで、雨取さんは、ありゃあとんでもないトリオンモンスターでしたね。もう一人は.....うん、まあ....」

「ほぉ。どんな印象だ」

「空閑は、ノーマルトリガー使ってる所は見てないんですけど。──黒トリガー持っていたとはいえ、大規模侵攻で敵さんの最大戦力を足止めできていました。普通に脅威です。雨取さんは.....以前臨時接続でハウンドぶっ放したとき笑っちゃうほどのデカさだったんですよね。二宮さんと比べても笑えるくらい」

「隊長の三雲は?」

「だいぶ前の印象ですけど.....よくもまあB級上がれたな、って。C級の時、身体の動きがあんまりに悪いんでこれは無理だろうなって。ただ、今成長している可能性もありますね」

「ふむ....」

 

 弓場はジッとこのカードを見つめる。

 

「加山。今回のカード。どういう展開になると?」

「間違いなく言えるのは、茶野隊と吉里隊は早めに取っとかないと玉狛第二に食われる事ですね」

 

 今回の勝負。

 弓場隊と玉狛第二、どちらが残る二隊から点数を稼げるか──という構図の勝負になるのではないかと、加山は予想していた。

 

「戦略としては二つ考えられます。まず玉狛第二の戦力を削って、食われる心配がなくなってから残り二隊を片付けるのか。それとも玉狛第二を無視して狩れるだけ狩って、後で玉狛第二と対峙するのか」

「ふむ。お前はどちらがいいと思う?」

「正直。玉狛第二の実力がどの程度なのか未知数な部分があるので。序盤で勝負を仕掛けたくないとは思いますね。序盤で点を食われるかもしれないですけど、俺は他の隊がいなくなった後に戦う方を支持します」

「.....」

 

 弓場は、しばし思考する。

 隊が献策を行い、そして隊長が決定する。

 弓場隊の作戦会議の流れは、こういう流れで行われる。

 

「解った。お前の方針を採用する」

「了解です」

「外岡ァ」

「はい」

「お前は玉狛の空閑についておけ。撃てる場面があったらいつでも撃っていい」

「了解です」

「帯島と加山は合流を優先。加山は序盤でビーコンの設置に回らなくていい。点を取る事を優先しろ」

「了解ッス!」

「了解です」

「俺は──いつも通りだ。点をかっぱらってくる。いいか、お前ら。今回は点の取り合いだ。そして、これからも点を取り続けなくちゃいけねぇ。俺達は最下位だ」

 

 弓場はそこまで言うと。

 ニッと、笑んだ。

 

「だが──何の問題もねぇ。このメンバーで、上位に殴り込んでトップ2になるぞ。俺達だったら出来る。──という訳で、気合いれっぞ!」

 

 次から始まるランク戦。

 新メンバーを迎えて──上位への逆襲が始まるのだ。

 加山は一つ目を閉じ──先日加古に言われた言葉を思い返す。

 

 ──自分を見てくれる誰かの為に頑張ってみろ。

 

 将来的な展望とか。

 復讐とか。

 そういうものは一旦脇に置いて。

 

 今ここでランク戦をする時には──この隊の為だけにやってみよう、と。

 ひとまず、思う事にした。

 

 

「相手は......弓場隊が入っているか」

 玉狛支部。

 玉狛第一の木崎レイジは一つ頷いた。

 

「弓場隊.....あちゃあー弓場ちゃんが最初から相手になるのか―。下位から結構ハードね」

 対戦表を見ながら、小南もまたそう呟いた。

 

「ほうほう。そんなにお強いのですな」

「元々上位よ。非公表の隊務規定違反食らって下位に落っことされただけで」

「ふむふむ。──まあ、でも前向きに考えれば。初めから上位部隊の戦いが見れるわけだし。悪い事ばかりでもない。こなみ先輩、ここのチームの強みって、どういう所?」

「銃手の弓場ちゃんがとにかくタイマンで強いわね。割とボーダーの古株の一人で、とんでもない早撃ちが出来る人。攻撃手相手にすこぶる相性がいいから、遊真も油断できないわよ」

「ふむふむ。後でログを見ておこう」

 

「.....加山君、弓場隊に入隊したんだ」

 修はごくり、とつばを飲み込む。

 加山は、修にとっての大恩ある隊員の一人だ。

 C級時代にレイガストの使い方を指南してくれた人で、遊真をボーダーに入隊させる為に本部と連絡を取り合ってくれた人物でもある。

 

「あの黒トリガーを使っていた人か。ボーダーのトリガーを使った時、どんな戦い方をするんだ?」

 そう遊真が尋ねると。

 迅が答える。

「すんごい特殊な戦い方。高いトリオンを活かしてダミービーコンを撒いたりエスクードで有利な条件を作ったり。基本的に高いトリオン活かしての援護役をすることが多いね」

「援護役か.....」

「アイツと弓場ちゃんが連携している時は一人で突っ込んじゃダメだよ。マジで強いから」

 

「.....」

 

 ラウンド1から、かなり厳しい戦いが待っている。

 修は一つ息を吐いた。

 

 

「──B級ランク戦、第一戦昼の部。まもなくはじまります」

 B級ランク戦、実況・解説ブース。

 その席には──

 

「実況はB級香取隊オペレーター、染井華が務めさせて頂きます。解説には──」

 その隣の解説席には、二人の男。

 黒い隊服に帽子を被った男と。

 オールバックの髪をカチューシャでまとめ上げた男の二人が、いた。

「B級の荒船だ」

「A級三輪隊の米屋だぜ」

「──以上三名で実況・解説をしていきます。よろしくお願いします」

 

 さて、と染井が声を上げる。

 

「今回の試合.....最下位に落とされた弓場隊が含まれる部隊戦という事もあり、少々趣の異なる戦いとなりそうです」

「非公開の隊務規定違反で下位に落とされた、としか聞かされていないんだが。.....弓場さん、何をやらかしたんだ?」

「さあね~。なにをやったんだろうね~」

 荒船の言葉に。

 実に楽し気な米屋の声が響く。

 

「お前.....なんか知っているのか?」

「いや、知らねぇっす」

「知ってんだな.....まあ、いいや。今回選択されたマップは何処だっけ?」

「新興部隊の玉狛第二が選んだマップは──市街地Aですね」

 

 市街地A。

 背の低い一般住居が並ぶ区画が広がる中、ぽつぽつと背の高い高層建築物が広がる、オーソドックスなマップだ。

 

「新興部隊の玉狛第二ですが、この狙いをどう見ますか?」

「玉狛も、結構苦慮したんじゃないかなーって思うんだよな。今回の試合、対策するとしたら弓場隊だけど。弓場隊はあんまり地形が関係ねーから」

「....地形が関係ない、というと」

「新加入した、加山のせいだな」

 

 荒船もまた。

 そう言葉を放つ。

 

「アイツは今までチームに入ってなかったが。結構厄介な駒でな。エスクードで射線を切る事も出来るし、ダミービーコンでかく乱も出来る。極めつけに、メテオラとエスクードを活用してビルを爆破して倒壊させる技術も持っている」

「邪魔な建物があれば爆破するし、防御できる障害物が欲しけりゃエスクードを生やす。極めつけにトリオンも多いと来ているもんだから、中々トリオン切れにもならねぇ。弓場隊は全員が射撃トリガーを持っている構成の部隊だから、連携を取られると滅茶苦茶厄介だろうな」

「だから。特殊な環境を用意して逆に利用されるより、最初からオーソドックスなマップを選択して加山の動きを最小限にしよう、という判断だろうな」

 

「成程。──玉狛第二に関しては」

「まだデータが揃っていない状況だからあまり多くは言えないが......A級の緑川に勝ち越している空閑の動きには要注意だろうな」

「あの白チビ。動きがとにかくすばっしこい。弓場さんを相手にするにあたっては、機動力で攻めていくのも正答の一つだからな。──その動きに注意しつつ、他二名がどんな動きを見せてくるか。この辺りをしっかり見極めたうえで、他二名の動きも注目していく形になるかな」

 

「成程。──それでは、残り十秒で各隊マップに転送されます。試合を見ていきましょう──」

 

 

 マップに各部隊が転送される。

 

 弓場隊は──。

 

「俺と帯島が近いですね。合流に向かいます」

 加山の位置は、マップ西寄りの集合住宅地の中にぽかりとある空き地であった。

 帯島は、そこから少々南下した先にあるマンションの付近。

 

「隊長と外岡先輩は......逆側か」

 弓場と外岡は、東側の区域であった。

 加山たちと丁度反対の位置。

「丁度いい。外岡ァ。お前は最初に言った通り、空閑の見張りだ」

「了解っす。――捕捉しました。空閑君は南東の反応がある所ですね。すぐに配置に付きます」

 

 遊真の位置は、南東方向。やや弓場・外岡に近い。

 

 

「東側には反応が二つありますね。そっちは隊長にお任せします」

「おゥ」

「──あーあ。空閑がこっちに向かっていますね。多分、あっちは吉里隊ですかね?合流に向かっている反応が二つ」

 

 マップ中央の地点にある二つの反応が、西側に寄っていっている。

 恐らくは、西側でバッグワームを着込んで隠れている隊員側に、合流した二人組が寄っていっている構図だろう。孤立を避け、連携が取れる二人組が移動していっている。

 

「ほいじゃあ、帯島~」

「はいッス」

「空閑が来る前に──取り敢えずマップ中央から寄ってきているあの二人を足止めしとくぜ」

「──了解!」

「まあそれじゃあ。──ちょいとルートを変えてもらいましょうかね」

 

 加山はそう言うと。

 ダミービーコンを道中に幾つか仕込んでいく。

 

「空閑がいい感じに真っすぐ向かって行ってくれてるから、やりやすいや。──ダミービーコン、起動」

 

 撒いたそれらが。

 浮かんで、起動する。

 

「──点を取るぞ。前衛は頼むぜ帯島」

「はい!」

 

 合流地点を指定し。

 加山と帯島は走り出した。

 



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ランク戦ROUND1 ②

 ──奇しくも、玉狛第二の戦術もまた弓場隊と同じものだった。

 序盤に茶野隊・吉里隊の二隊から取れるだけ点を取り、その後に弓場隊と対面する。

 

 だからこそ、今は弓場隊ではなく他の二隊を追う。

 

 現在のこの戦いは。

 ──弓場隊と玉狛第二との点取り合戦だ。

 現在玉狛第二の各員の位置は。

 修が東北側、千佳が西側、遊真が西南から西へと駆け上がっている。

「──オサム。多分あのレーダーの反応二つは、残る一人と合流を目指していると思うんだけど。二人と一人。どっちを仕留める?」

「二人だ。──多分他の部隊も狩り出しに動いていると思うから、横槍に気を付けろ。──そして、千佳」

「うん」

「お前は加山君が有利地形を作り出したときに、それを崩す役割だ。──指示をするから、そこにアイビスを叩き込んでくれ」

「.....うん、解った」

「僕は──東側で、茶野隊の待ち伏せをする」

 修は東側で合流に向かっている茶野隊を認識しながらも。

 放置していた。

 なぜなら。

 

「....」

 合流に向かう、茶野の道すがら。

 弓場拓磨が先回りしている。

 きっと合流は叶わない。

 ならば。

 ──こちらも最大の準備を行い、待ち伏せを行う。

 三雲修は、

 一つ息を吐いた。

 

 

「──帯島」

「はい。どうしました加山先輩」

「俺達と空閑の狙いは同じだ。──多分、吉里隊かね。あの連中を狩ろうとしている」

 加山は。

 この部隊に入るうえで幾つか役割を振られている。

 その内の一つが、帯島の教導役だ。

 だからこそ、こうして余裕があるうちに帯島に尋ねる。

 

「どうする? 緑川相手に勝ち越せる攻撃手が同一方向に向かっている。このままただ同じ方向に向かうか?」

「.....そうしたら、点は取れるかもしれないですけど、空閑先輩と鉢合わせる事になるッス。そして、玉狛にも狙撃手がいる。交戦時に狙われる可能性もある」

「だな。──俺達の最終的な目標は、玉狛第二と最終局面でぶつかり合って勝つ事だ。今鉢合うのは得策じゃない。ならば、どうする?」

「......せめて、玉狛側の狙撃手の位置を明らかにしておきたいッス。それさえ出来ていれば、鉢合わせても加山先輩は逃げる事が出来る」

 成程、と加山は呟く。

 

「狙撃手の位置を把握する。これはいい。──だがな、帯島。もうちょい欲張ろう。今空閑は外岡先輩が張り付いている」

「はい」

「俺の事は心配せんでいい。外岡先輩と連携すれば足止めは出来る。──それよりも、帯島。お前は玉狛の狙撃手の位置が判明したら、真っ先に狩りに行け」

「....ッス」

「玉狛とぶつかり合いたくはないが、いざ終盤になってあのバケモンレベルのトリオンで攻撃されても厄介だ。トリガー構成次第で、最悪戦いにすらならないかもしれない。──どんなトリガー構成にしているか解らんが多分アイビスは持っているだろうし。俺の戦術を組み込むうえでも邪魔な事この上ない」

 

 この前までC級だった子だ。技量的に飛び抜けたものはないのだろう。

 だが、──あの砲撃でこちらがせっせと仕込んだ罠が焦土にされたらたまったものではない。

 

「という訳で。俺達が狙うのは今レーダーに反応があるあの二人。先回りして分断して足を止めておくぞ。そんで、空閑を釣る」

「了解!」

「俺は幾つかビーコンを仕込みながら行くから、先行してくれ」

 

 

 吉里隊、吉里雄一郎と北添秀高は合流地点までの道をひた走っていた。

 ──今回、弓場隊がいる。

 昨期まで上位をキープしていた彼等が、一名メンバーを交代して。

 その交代したメンバーも、大規模侵攻で特級戦功を挙げている人物だ。

 

 ──合流しなければ、勝負の土俵にも乗れない。

 

 それが解っているからこそ、急ぐ。

 だが。

 

「.....エスクード!」

 

 その道の途上。

 住宅街裏手の路地を

 進行方向には幾つものエスクードが道を塞ぎ、最短距離のルートが潰されていた。

 

 ──敵が先回りしているのか。

 

 そう吉里が思考を回した、その瞬間。

 現在地点より四十メートル程東側の地点で、レーダーに一つ反応が現れ。

 その地点から、

 

「──ハウンド!」

 

 頭上から、ハウンドが飛んでくる。

 

 すぐさまバッグワームを解除しシールドを展開するものの。

 ──重い。

 

 一撃防げばシールドが軋みだし、二つ目からヒビが割れ、三つ受けると破損が始まる。

 そのまま脇道へ避難し、弾雨が収まるを待つ。

 共に動いていた北添は、逆の路地に入り込み別の場所に避難をしているようだ。

 

 オペレーターから情報が送られてくる。

 ハウンドの発生地にある建造物は縦長三階建ての屋敷で、叩き割られた窓枠から放たれたものであるらしい。

 レーダー上には、今もまだトリオン反応が浮かび。

 そして──屋敷の周囲をエスクードで固めていた。

 

 ──あそこで籠城しながら、見つけ次第ハウンドをぶっぱなすつもりか。

 

 弓場隊の新規メンバーである加山雄吾。

 彼はエスクードを使用しての待ち伏せの戦術を個人ランク戦においても非常に多用していると。

 

 ──恐らく、あそこにいるのは加山だろう。

 

 次なるハウンドの放射を恐れ。

 吉里はその場を動けずにいた。

 それこそが──加山と帯島の狙いであるとも気付かず。

 

 

「......千佳。そのトリオン反応はダミービーコンだ。撃たなくていい」

 

 そして。

 玉狛第二もまた吉里隊を狙い、空閑を向かわせていたが。

 先に仕掛けた弓場隊の加山のハウンド。その発射地点である屋敷を見て、修は確信を覚えた。

 アレは違う。

 あそこに加山はいない。

 

「──あの中の反応、ダミービーコンって奴か。ふむん、だが周囲でエスクードも作っているみたいだけど」

「エスクードは、離れた場所からでも作れる。──多分千佳の砲撃を誘うための撒き餌だ。加山は一発ハウンドを撃って、別の区画に移動している。それでもあの屋敷に籠城していると見せかけるために、周囲にエスクードを移動先から作っている」

 

「.....成程ね。中々曲者だね、カヤマ」

 その戦術を、三雲修は知っている。

 大規模侵攻の最中において、彼は幾度となくダミービーコンを使用しトリオン兵の誘導を行っていた。

 今回もそうだ。

 籠城している相手に対しては、千佳の砲撃で炙り出したくなる。その心理を利用し、籠城のハリボテを即興で作り──千佳の砲撃を誘い出していた。

 

「空閑は変わらず吉里隊を狙ってくれ」

「了解」

 

 

「流石にあれじゃあ動かないか。──まあでもいいや。まだまだやり口はある」

 

 加山は。

 修の予想通り、一発ハウンドを撃った後にダミービーコン一つを置いて、屋敷から逃れていた。

 

「──こちら帯島。空閑先輩が見えました。吉里隊の北添先輩を狙っているようです」

「了解。それじゃあビーコンの発動と同時にハウンド降らすから。それまで距離を取っててな。俺もじきにそっちに着くから」

 

 戦術は。

 いくらでもつぎ込めばいい。

 仕掛ける側と仕掛けられる側。

 仕掛ける側にいるうちは、幾らでも手を打てる。次の手、次の手、と。順繰りに仕掛けていけばいい。

 

「藤丸さん。──ダミービーコンの起動、よろしくお願いします」

 

 加山は。

 現在、吉里隊が立ち往生している路地の隣地区の建物内に潜んでいた。

 

 その周囲を。

 

 ──大量のダミービーコンによるトリオン反応が発生し、そしてその周囲をエスクードで囲んでいく。

 

「さあて──」

 

 御膳立ては済んだ。

 撃ってこい──雨取千佳。

 

 

「──相変わらずだな。加山の戦い方」

 にこやかに笑みを浮かべて。

 そう米屋は呟いた。

 

「籠城していると見せかけて、ダミービーコン。あの動きで吉里隊の二人を釘付けにしている」

「その上で。あの雨取という隊員は出鱈目なトリオン出力を持ってる。多分アイビスを撃たせてさっさと居場所を割ろうとしていたんじゃないかな」

「その方針は今も変わっていないな。ビーコン地帯を作って、周囲にエスクードまで作って。──お」

 

 加山は。

 エスクードを路地に撒いていくと、その背後に──メテオラと、スパイダーまで手早く仕込んでいく。

 

「あの野郎。スパイダーまでセットしていたのか」

「エスクードで影を作って、黒色のスパイダーを......地味に嫌らしい」

「まあ、よく見りゃスパイダーの仕込みは解るけど。けど引っかかれば一発ドカンだ。意識せざるを得ないだろうな」

 路地を塞ぐエスクード。

 その間を張り巡らすスパイダーと、それに繋がれたメテオラキューブ。

 エスクードは邪魔だが。

 下手に破壊するとスパイダーが切れるか引っかかりつながれたキューブが爆発し相手にダメージを与える。

 破壊されようが、されまいが。敵に不利益を押し付ける地帯を着々と形成していく。

 

「──加山隊員。ここでダミービーコン地帯に入り込みながら、キューブを形成します」

 ダミービーコン地帯で自身の居所を隠しながら。

 加山は左手と右手の双方に、キューブを形成する。

 

 丁度。

 空閑が吉里隊に追いつき──北添に襲い掛かる瞬間であった。

 

 

 加山は。

 アステロイドとハウンドを同時展開する。

 

 そして。

 

 建造物の奥に位置する吉里に向け、ハウンドを降らす。

 

 頭上から降る弾雨で、路地から追い出し。

 ──アステロイドの射線に誘い込む。

 アステロイドは、六分割。

 非常に大きな、弾体であった。

 

 アステロイドが放たれ。

 吉里は咄嗟にシールドを張るものの。大きく分割されたアステロイドに圧し潰されるように緊急脱出をした。

 

「さあて」

 

 加山は自らの位置を晒した。

 そしてこの場所は。

 

 ──たった今、北添の首を刈り取っている空閑遊真も射程内だ。

 

「──千佳! 撃て!」

 

 そして。

 ──空閑遊真を守らんと、雨取千佳の砲撃が放たれる。

 

 加山が作成しているダミービーコン地帯に向け。

 

 その砲撃は。

 加山がエスクードと共に設置していたメテオラの置き弾をも巻き込み。

 ダムダム弾が叩き落されたかの如き大爆発を、引き起こした。

 

 路地をその衝撃で建物ごと吹き飛ばし、

 煙が大きく立ち昇る。

 

 

「──これは、マジで粉々になる所だった」

 加山は目を開き、その衝撃に戦慄を覚えていた。

 それでも──爆炎が来る直前にエスクードを配置し、自らは固定シールドを張りやり過ごした。

 そうして衝撃が去ると同時に──加山は即座に走り出した。

 

「──餌も撒いておかねぇとな」

 

 さあ。

 ここからは持久戦だ。

 これで雨取千佳の居場所は割れた。

 それを帯島が狩りに行く間──遊真の足止めをしなければならない。

 

 爆炎に紛れて、一つだけダミービーコンを配置し──バッグワームを着込み、加山は即座に走り出した。

 

 

 煙の中。

 トリオン反応のある地点に向かい、遊真が向かう。

 刃を構え、襲い掛かったその先には、

 

 ......壊れかけのエスクードの背後に設置されたダミービーコンだった。

 

「──釣りか」

 その頭上に。

 降り注ぐハウンド。

 

 遊真はグラスホッパーを起動し、爆発で完全に崩壊した地帯に向けて高速移動。ハウンドの追尾を振り切る。

 

「──遊真君! 千佳ちゃんの所に、帯島ちゃんが向かっている!」

 

 オペレーターの宇佐美栞からの報告。

 カバーしに行こうと──そう思った瞬間には。

 遊真の侵攻ルートを先回るように、エスクードが道を塞いでいく。

 

「──行かせねぇよ」

 

 そして。

 加山がハウンドを構え、少し離れた路上にいた。

 

 エスクードを嫌い空中から移動しようとすれば、ハウンドを差し向ける予定なのだろう。

 成程。

 ──最初から、この図式を作り出す為に行動していたのか。

 吉里隊の二人を足止めし。

 遊真をおびき寄せ。

 おびき寄せると同時に千佳の居場所を割らせ。

 ──そしてここで遊真を足止めし、千佳を孤立させる為。

 

 この絵図を──加山が作り出していた。

 

「.....」

 地上のルートは塞がれ。

 空中のルートは加山のハウンドが抑止力となる。

 足止めは──確かに成功していた。

 

「.....カヤマを倒さない限り、どうやら俺はここから動けないらしい」

 

 遊真もまた。

 構えた。

 

「──ちゃっちゃと片付けさせてもらうよ」



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ランク戦ROUND1 ③

 茶野隊、隊長茶野真は。

 

 弓場拓磨と対峙していた。

 

「──ご苦労さん」

 

 茶野は拳銃を構えんと、腕を振り上げる。

 その瞬間には──弓場の銃口は茶野に向けられていた。

 

 最早その動きを目に追う事すらできず。

 茶野は緊急脱出した。

 

 

「.....隊長! 畜生.....!」

 

 東側のレーダー反応は。

 弓場拓磨だった。

 ──二丁拳銃を扱う、トップガンナーの一人。

 

 藤沢樹は、すぐさまその場から逃れていた。

 勝てない。

 勝てるわけがない。

 

 同じ得物を持つ人間として──まさしく最高峰ともいえるボーダー隊員が。

 何故か下位にいる。

 

 最短ルートを引き。

 ひた走る。

 とにかく──逃げなければ。

 

「.....あ」

 

 逃げる地点から。

 襲撃が入る。

 レイガストを構え、スラスターを起動する。

 

 藤沢は発砲の隙すら与えられず。

 壁際に叩き付けられ、レイガストに抑え込まれ──。

 

「......く」

 そして。

 その足元に散らばる──アステロイドの弾丸。

 

 それが斜め上の軌道で藤沢の全身を貫く。

 

 そして、

 

「が....」

 

 第二射の、速度も射程もゼロのアステロイドが、修の掌に生成され。

 それを更に押し付けられる。

 脇腹に押し付けられたそれは、藤沢の上半身を千切り取るように爆裂し、──緊急脱出する。

 

 これで、二点──。

 

「──ほぉ。やるじゃねぇか」

 

 だが。

 その背後から迫る男が、修を視界に収めてしまった。

 

「.....」

「得物の横取りとは、頭がよーく回るじゃねぇか。悪くねぇ。──逃げ切れるものなら逃げ切ってみろ」

 

 拳銃から放たれるアステロイドを。

 修はレイガストを構え、防ぐ。

 

 が。

 

 ──三雲修のトリオンは、悲しいほどに脆弱であった。

 射程を削り威力と弾速に振った弓場のアステロイドを防げるだけの硬さを、生み出せなかった。

 レイガストは吹き飛び。

 構えた腕も共に吹き飛ぶ。

 

「.....」

 

 ガン、ガン、ガン。

 

 息も吐けぬほどの三連射。

 それをその身に受け──三雲修もまた、緊急脱出した。

 

 

「──遊真君。修君がやられた」

「そっか──了解」

 

 ここまでも、想定内だ。

 修はあの地点──茶野隊と弓場がいるあの区画に転送された時から、一点を取る事を最優先の行動を取る事となった。

 

 だが。

 

 放たれるハウンドの弾雨を避けながら。

 遊真は加山を追う。

 

 その動きに対して、加山は逃走を図る。

 

 ハウンドで誘導した区画をエスクードで塞ぎながら。

 その上でハウンドを頭上から降らしながら。

 

 逃げる。

 とにかく逃げる。

 

 逃げれば逃げる程。

 遊真が加山を追えば追うほど。

 

 遊真と千佳の相対距離が広がっていく。

 逃げれば逃げる程、加山は時間を稼ぐことが出来る。

 

 そして──

 

「.....逃げた先には、あの早撃ちの隊長がいるのか」

 

 加山が逃げるその先には。

 合流の為に突っ走っている弓場がいる。

 逃げ、時間を稼ぎ、最終的には弓場と連動して仕留める。

 

「仕方がない」

 ここは。

 多少のダメージは覚悟の上で──加山を叩くしかない。

 

 遊真は。

 エスクードを飛び越え、空中から加山を追っていく。

 

 防ぐ障害物のないハウンドをシールドで防ぎ、防ぎきれない分でダメージが加わる。

 それでも遊真は空中へ赴く。

 

「......外岡先輩。空閑が空中に出ました」

 

 そして。

 ハウンドが収まり、加山に肉薄せんとグラスホッパーを発動しそこに足をかけんとした。

 その瞬間。

 

 ──足が、グラスホッパーごと吹き飛んだ。

 その弾丸の先には。

 前髪を跳ね上げた少年が、イーグレットを構える姿がある。

 

「....!」

 

 遊真は即座に上方向にグラスホッパーを新たに生成し、空中から地面へと逃れる。

 

「──ナイスです、外岡先輩」

 

 外岡一斗は。

 隠密行動に長けた狙撃手だ。

 隊にとって最も障害となりえる人物に焦点を絞り、追跡させ──最も効果的な一発目を当てさせる。

 彼に与えられた役割は──空閑遊真の追跡であった。

 そして。

 ──障害物のない空中に身を乗り出した瞬間に、撃つように加山から指示を受けていた。

 

「──おし。これで十分に時間は稼げたでしょ。外岡先輩、どうします? 緊急脱出してもいいですよ。多分、すぐに空閑が来ると思うので」

「うーん。──初戦だし、今回は失点よりも経験を優先した方がいいと思う。空閑君相手に、出来るだけ逃走してみるよ。出来ればでいいんだけど、今からマーカーしている地点にエスクードを生やしておいてもらっていい?」

「了解です。──すみません、ビーコン撒いてりゃもうちょい逃走もしやすかっただろうに」

「ううん。大丈夫。──それじゃあ頑張ってね」

 

 さあて。

 残るは、吉里隊の月見と、玉狛の空閑と雨取が残されるのみ。

 空閑は弓場と組んで万全の体制で迎え撃つとして。

 

 ──雨取さんを追っている帯島の具合はどうかな? 

 そちらの方向を藤丸から転送してもらうと。

 見るも無残な瓦礫の残骸が吹き荒れる中。

 千佳に肉薄せんと走っていく帯島の姿があった。

 

 

 ──まさか、ハウンドなんてトリガーを積んでいるなんて。

 

 帯島は──現在直面している現状に、顔を顰めた。

 雨取千佳は、こちらに近付いてくる帯島を視認すると、すぐさまにトリガーをハウンドに切り替え、こちらに撃ち放ってきた。

 その威力は最早戦略兵器であった。

 通常よりも大きく上回るトリオンを持つ加山のハウンドすらも比肩にならないほどの威力と射程を内包したそれは、帯島が隠れる障害物を次々と破壊していく。

 

 だが。

 おかしい。

 

 あれほどの射程。あれほどの破壊力があるのに。

 

 何故まだ自分は生き残っているのか。

 

 ──障害物を盾にして生き残っているが。

 その障害物が無くなりいざ倒せるぞ、という段階になると彼女はその場を逃げ出しているのだ。

 

 何故? 

 何故だろう? 

 

 ──もしかすると。

 

 帯島は一つの結論を、頭の中に浮かべていた。

 

 ──雨取さんは、人を撃てないのか? 

 

「帯島。すんごい破壊音が聞こえてきているんだけど、大丈夫か?」

 加山の声が聞こえてくる。

「はい。大丈夫です」

「すまない。まさかハウンドを積んでいるとは.....。お前一人に向かわせたのは俺の判断ミスだ。ここから援護に向かう」

「加山先輩。──大丈夫ッス」

「強がりはいいんだぞ」

「強がりじゃないッス。──今解りました。雨取さんは、人を撃てない」

 

 ほぅ、と。

 加山は呟いた。

 

「そうなのか。──確か、あの子近界民に対しては割と容赦なく撃っていた気がするんだけどな」

 加山の脳裏には、大規模侵攻時の記憶が蘇る。

 あの時.....確か、ばこばこ大砲撃ってたし、加山と臨時接続を行いハウンドをぶっ放していた。

 

「まあ、いいや。了解した。お前の判断を信じる。雨取さんの対処は任せるわ。俺はこれから隊長と連携して空閑を仕留めにかかるんでよろしく」

 了解ッス、という一声と共に。

 また帯島は走り出した。

 

 

 その時だった。

 

「......な」

 

 雨取千佳が逃走した新たな地区。

 そこは大きなマンションが一棟ある住居区画であった。

 その中に帯島が入った瞬間だ。

 

 あまりにも巨大なキューブを、分割なしに彼女は放り投げた。

 

 地面に接地し、爆撃が鳴り響くと同時。

 

 細々とした住居と──マンションが、まとめて吹き飛ばされ、倒壊した。

 

「......!」

 

 倒れ込むマンションの下敷きにならぬように。

 必死に避けると同時。

 

 ──雨取千佳、緊急脱出。

 

 帯島から60メートル範囲外にまで逃走が出来たのだろう。

 そのまま自主的に緊急脱出した。

 

「.......」

 仕留めきれなかった悔しさに、帯島は奥歯を噛み締めていた。

 

 

「──雨取さん、自主的に緊急脱出したのね。いや、OK。これでもうあの鬱陶しい爆撃が無くなるわけだ」

 

 自主的に千佳が緊急脱出したことを受け。

 弓場隊の動きも、残された空閑の動きも大きく変わる。

 空閑は千佳を援護する必要がなくなり、即座に外岡の狩り出しに向かう。

 加山は路地を封鎖する

「あんだけ出鱈目な兵器を持ってりゃあ、帯島一人狩れたはずだ。なのに出来なかった。──帯島の推測は、正しかったんだな」

 

 まあ、いい。

 今の所弓場隊は、加山が1点。弓場が2点。総計3点。

 

「──もうちょい稼がねぇとな」

 

 エスクードを敷き。

 スパイダーとメテオラも仕込み。

 

 着々と、弓場を迎え入れ、遊真を迎え撃つ準備を進める。

 

「.....おかえり、隊長」

「おう」

 

 東側を片付けてきた弓場と、加山が合流する。

 

「おゥ、トノ。ふんばれよ。お前が粘った時間だけ、路地の封鎖が出来るからな」

「了解.....っと! はっや....!」

 そう声を残し。

 外岡は緊急脱出した。

 

「──これで玉狛も3点ですね」

 

「おう。──まあ、関係ねぇ。空閑を討って、ついでにバグワで隠れてる吉里隊の残りを炙り出して、生存点含めてこっちは7点だ」

「ですね。──ちゃちゃっと、点を稼いじゃいましょう」

 

 

 空閑遊真が外岡を狩った瞬間。

 その周囲にあった路地が一斉にエスクードで乱立していく。

 

 そして。

 天からは変わらずハウンドが降り注ぐ。

 

「......足が削れたのが、中々キツイ」

 

 遊真は。

 破壊された足を、スコーピオンで補強し歩行を行っている。

 

 変幻自在のスコーピオンの性質を利用し即興の義足を作っているものの──これを行っている間、遊真はシールドを張れない。

 いや、出来ないことはないのだろうが。

 もう加山と、早撃ちの名手である弓場が連携を組んでこちらにやってきているのだ。

 いつ弓場の攻撃が降ってくるか解らない現状。

 遊真も、スコーピオンが手放せない。

 

 じゃがじゃがとエスクードが作られていく中。

 ──遊真の背後にあるエスクードが、一つだけ、戻る。

 戻ったその先では。

 バッグワームを着込んだ弓場が既に構えていた。

 

 発砲音と共に。

 遊真の右手が吹き飛ぶ。

 

 構わず、遊真は吹き飛ばされた右腕からスコーピオンを装着し弓場に襲い掛かる。

 襲い掛かると同時弓場はバッグワームを解き銃口を向ける。

 

 弾丸が射出される瞬間。

 弓場の前にエスクードが、弓場と遊真の間を分かつ。

 

「.....」

 弓場の銃弾を。

 遊真は無視できない。

 それ故にどうしても、足を止めるか、方向転換をしての回避動作が入る。

 その間に。

 加山が離れた区画でエスクードを挟み、遊真と弓場の交戦の連続性を切る。

 

 そうして弓場はまた、遊真の射程圏外にあるエスクードまで移動し、また別の角度から遊真に射撃を浴びせる。

 遊真は現在。

 スコーピオンで足の補強を行っている為、シールドを張れない。

 

 故に。

 

 空からハウンド。

 そして、建造物の屋上から真っすぐにやってくるアステロイド。

 

 加山の攻撃に対してまでも、回避動作を挟まなければならない。

 足の補強を解いても、機動力が落ちているので囲まれて死ぬ。

 だが補強したままだと、回避に手いっぱいで──。

 

「──詰みだぜ、空閑ァ」

 

 回避先に銃口を構えた弓場の攻撃への対応が、不可能となる。

 

 遊真のどてっぱらに大穴が空く。

 

「......強かった、ね」

 

 遊真はそう一言呟き。

 緊急脱出する。

 

「あと、一人か」

「緊急脱出するんじゃないっすかね」

「そうはさせねぇさ。──藤丸が割り出した潜伏場所と思われる場所に帯島を派遣している。そのアテが違ってたらもう緊急脱出してるだろ。という訳で、炙り出すぞ」

「了解っす」

 

 その後。

 

 加山は周囲をエスクードで塗り固めた高層建築物の上側から、東地区の住居区画を順次メテオラとハウンドで爆撃していった。

 タイムアップ狙いで潜伏していた吉里隊の月見を無事炙り出し、それを帯島が狩り出し──試合が終わった。

 

 こうして。

 弓場隊の初戦は──生存点含め7ポイントを奪取し、勝者となった。



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アトミック・カラー

「ランク戦ラウンド1昼の部、決着。生存点含み7点を取り、弓場隊の勝利となりました。──それでは、解説の皆さん。総評をよろしくお願いします」

「この試合。──ぶっちゃけ勝負の土俵に上がれていたのは弓場隊と玉狛第二だけだったな」

「......まあ、だな」

 米屋がそう呟くと同時。

 荒船もその言葉に同意する。

 終わってみれば、吉里隊と茶野隊は一点も取ることが出来ず、

 弓場隊と玉狛第二のみが点を取る事となった。

 

「ま、なんで。どうして弓場隊が玉狛第二を上回れたか、って視点に立って話す事になるんだけど。──玉狛第二は良くも悪くも空閑のチームで、その空閑に対して常に弓場隊がマンマークできる体制が出来ていた事にあったと思う。その辺りは荒船先輩の方がしっかり説明できそうなんで、よろしくお願いするっす」

「......弓場隊は、危惧していたことが2つあった。第一に雨取の砲撃。第二に空閑の存在。この二つは弓場を打倒しうる存在として捉えていたんだと思う。よって、弓場以外の隊員がその二人を徹底してマークしていた」

 

 加山が空閑が向かう先をコントロールし、雨取の位置を炙り出し。

 帯島が炙り出した雨取を狩りに向かい。

 外岡が徹底して空閑の動きをマークしていた。

 

「加山が厄介ですね。部隊戦だと、自分で無理に倒さなくていい分攪乱に全力を注げますから。攪乱、というと高度に聞こえるかもしれないですけど。要は嫌がらせですから」

「嫌がらせ、というと。具体的にはどのような部分で?」

「合流をしたい部隊に対して路地を塞ぐ。そのルート上にある建物の中に籠城しているように見せる。これが吉里隊に見せた嫌がらせ。で、足止めした吉里隊を使って、空閑を路地に引き込んで雨取の砲撃を誘う。雨取のカバーに向かおうとする空閑を外岡と連携して阻止する。これが玉狛に見せた嫌がらせ。相手がやりたい事を事前に察知してその邪魔をする動きを徹底しているんですよね」

「地形をもって人を動かすってのが基本的な戦術になるんだが──加山はエスクードとメテオラを使って自在に地形を作る事も均す事も出来る。嫌がらせに自由度が増す。で、....だからこそ、雨取を一番に警戒していたんだろうな。どれだけ労力を割いて有利な地形を作っても、あの砲撃で一発でおしゃかになる可能性があるからな」

 

 加山は自在に有利な地形を作る能力があり、

 雨取千佳は自在に地形を破壊する能力がある。

 相性の悪さは明らかだ。

 

「だから、雨取の砲撃が入った瞬間、すぐに帯島を送り込んだ。──最後の空閑とのやり合いの時も、あの砲撃で場が荒らされてたらどう転ぶか解らなかった。危険視したからすぐに狩りに向かわせたんだ。だからこそ、帯島に追われて最後の最後で緊急脱出の判断をした雨取の判断が解せない。あれだけの破壊力があれば、ハウンドとメテオラを適当に散らしておけば帯島を狩ることが出来たはずだ」

「俺も、そこに関しては荒船さんと同意見かな。雨取が帯島を落として、空閑の援護が出来てたら勝負は解らなかった」

 

 最後の局面。

 加山と弓場が連携し遊真を追い詰め、そして落とした。

 

「弓場さんはとにかく攻撃手に対してマジで強い。その強さって言うのが、攻撃手にも劣らない射撃を、こっちが届かない射程内でぶっ放してくるから。タイマンだと一方的に撃たれてやられちまう」

「ただ、空閑は相当な機動力があるから、勝ち筋を望むならば機動力で一気に詰める事になるが──加山と外岡の連携で足が削れ、その分のリソースを回しながら戦う事になった。その上で、弓場さんの間合いをしっかり加山がコントロールしながら戦っていた分──撃破は、難しかっただろうな」

 

 加山がエスクードとハウンドで機動の上下の動きを制限し。

 弓場の攻撃を一方的に叩き付ける両者の連携。

 

「俺と秀次が一回弓場さんと加山の組み合わせでやりあった事があるんだけどな。マジで強くて、二人での攻略が出来なかった」

 

 遊真の黒トリガーを巡っての争いの際。

 米屋と三輪の二人組は加山と弓場の連携を目にしていた。

 

 エスクードで前への動きを制限し、ハウンドで上と後ろへの移動を制限しつつ。

 弓場の適正範囲内での戦いを強制させる立ち回り。

 

「司令塔だった神田さんが抜けた後の弓場隊は、弓場さんっていうタイマンが滅茶苦茶強い駒がいるけど、タイマンを仕掛けた後の横やりへのリカバリーが上手く行かなくて負ける事が多かったんだけど。──加山の地形操作に指揮が加わったことで、相手を弓場さんとのタイマンへ誘導して、他の隊員で邪魔をさせないようにするという前と近い戦い方ができている。加えて加山と連携を組んだら弓場さんはそうそう落ちないだろうな。部隊の安定感がグッと上がった気がしますね」

 

 現在の弓場隊は。

 かつての香取隊と良くも悪くも似ていた傾向のある部隊であった。

 弓場という単騎で大暴れできる駒がある分、その大暴れでどれだけポイントを取れるかで勝敗が決まる部隊であった。

 

 だが。加山の加入により──弓場が撃墜される危険性が非常に減った。

 それだけでも、大きな価値がある。

 

「......成程。新加入の加山隊員の存在が非常に大きな試合だったと言えるわけですね」

「とはいえ。初戦でこれだけやっちまったら対策はされるだろうな。マジで敵チーム同士が連携して”加山を殺せ”になりかねない」

「ほっといても有利な地形を着々と作っていくし、どの駒とも連携が出来る。長生きしてもらうと長生きするだけ面倒で厄介な駒だけに。最初から狙われる事になるだろうな....」

「でもさ。なんか妙に動きが軽くなったように思わないっすか、荒船さん?」

「そうだな。フリー隊員だったときよりも、明らかに動きがよくなっている。──前は二人以上で囲めばまあ倒せるだろう、って駒だったから。今回空閑に対してしっかり粘れていたのは好材料だろうな」

 

「.....お二人とも。解説ありがとうございました」

 

 程々の時間が過ぎ、染井はここで総評を打ち切った。

 

 ──加山君。

 

 大規模侵攻で病院に運ばれた、という報告を聞いて。

 染井はすぐさま病院に向かったのだが、面会謝絶状態であった。

 

 ──元気にやっているみたいね。

 

 心配で仕方がなかったが。

 ちゃんと弓場隊の一員として、やっていけているようだ。

 

「.....本当に、心配ばかりかけて」

 

 そう少しだけ恨めし気に呟き、染井は立ち上がった。

 

 

 そして。

 ところ変わって──玉狛支部。

 

 総評を聞いて、

 

「──何よあの解説! まるで千佳が悪者みたいじゃない!」

 憤慨している女が一人。

 小南桐絵であった。

 

 追い込まれてすぐに離脱した雨取千佳の行動に”解せない”と言った解説に対して。

 

「──仕方がないだろう。実際にあの場面、他の隊から見れば緊急脱出は不可解だ。あれだけの威力のハウンドが使えるなら、誰でもあの局面を乗り切れると判断するはずだからな」

「.....多分、千佳が人を撃てない事、弓場隊には伝わっているでしょうね」

 

 烏丸は、ぼそりと呟く。

 

 その傍では。

 

「....」

「....」

 

 修と千佳が、互いに頭を抱えていた。

 

 解っていた。

 解っては、いた。

 

 早々に上位部隊との戦いを経験し、その差を痛感した。

 

 ──弓場隊は、遊真の脅威を正しく理解し、狙撃手を常に付けた状態で対処していた。

 こちらで点を取れる手札は、遊真しかいない。

 それ故に遊真を足止めする事に全力を注ぎ、千佳と修を片付け、最終的には連携をして倒した。

 単純に地力が違う。

 地力の差が、そのまま戦術の柔軟性に繋がっていた。

 

 ──最終的には、あの部隊に勝てるようにならないとA級にはいけない。

 その事実に、修は──自分の目標との差異を、思い知らされた。

 

 そして千佳は。

 ──この敗北が誰のせいなのか、という部分を誰よりも理解していた。

 

 自分が人を撃てないせいだ。

 それを、重々に理解していた。

 

 居場所が割られた時に。

 自分が人を撃つことが出来たら幾らでもやりようがあった。

 加山に対して射撃を行使してあの場を乱して遊真が脱出できる隙を作る事が出来れば。

 そもそも帯島をあの場面で仕留めることが出来れば。

 

 状況は一気に変わっただろう。

 

「.....」

 

 その二人を見て。

 遊真もまた反省の弁を告げる。

 

「ちょっと、甘く見てたかもしれないな。ゆばさんも、カヤマも、強かった」

 

 エスクードと射手トリガーを組み合わせ行動の制限を仕掛けてくる加山と、早撃ちの速攻で抜群の破壊力を持つ弓場。

 とてつもない連携の妙手の前に──ほとんど何も出来なかった。

 

「──あれが、上位か」

 

 

「取り敢えずは、7点か。──まあ、上々だな」

「上々ですねぇ」

 

 一方、弓場隊作戦室は。

 粛々と試合後の振り返りを行っていた。

 

「今回、雨取さんに単独で帯島を向かわせたのは判断ミスでしたね。すみません。あのトリオンだ。居場所を割れば仕留められる他の狙撃手と一緒くたにするべきじゃなかった」

「まあ、しゃーねぇ。空閑をあそこで釘づける必要はあったからあの判断は間違っているとは言えねぇ。──とはいえ、撃てなかったみたいだったがな」

「超朗報っすね。あのトリオン量で爆撃されたらたまったもんじゃねぇ。俺の作戦全部死んじまう」

 

 間違いなく。

 雨取千佳は、加山雄吾にとって天敵の一人であろう。

 あの膨大なトリオン量に比べれば、自分なんて鼻くそ以下だ。

 豊富なトリオン量を活かした物量戦を仕掛ける加山にとって、アレはあまりにも卑怯すぎる。ちょこまかと動き回れる戦術兵器みたいなもので、どうしようもない。

 

「.....とはいえ」

 

 加山は。

 一つの疑念を持っていた。

 ──本当に、雨取千佳は人を撃てないのか? 

 

 彼女の存在を、王子から聞いてはいた。

 

 ──当初、戦う事も恐れてはいたが。最終的には戦えるようになった、と。

 自分の行動が、他者の救済に繋がる時。彼女は勇気を出すことが出来る。

 その心理を利用して、王子は様々な言葉を千佳にかけており、それで彼女は大規模侵攻で迷いなく戦うことが出来たのだという。

 

 ならば。

 いずれ──人を撃つ事を、部隊が必要としてしまったら。

 

 彼女は、撃てるようになるのではないだろうか。

 

 そうなってしまったら。

 

「おっそろしいねぇ......」

 

 加山は一つ息を吐き。

 大きく溜息を吐いた。



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無着色の心の内側には

 思えば。

 同じ空間を他人と長い時間共有する、という行為は加山にとって随分と久しい光景であった。

 

 学校にもロクに行かず、叔父一家には当然団欒の輪に入る事などできるはずもなく。

 何というか、妙に落ち着かない。

 

「おい、加山ァ」

「うっす。どうしましたか、隊長」

「何やってんだ.....って。ああ。前回のランク戦の振り返りか」

「そうっすね」

「そりゃあいいんだけどよ。加山ァ」

「はい」

「──お前、何でそんな端っこにいるんだよ」

 

 加山は。

 作戦室最奥の最西部のかどっこに椅子を置き、そして黙々とノートに何事かを書き込んでいた。

 

「そういうお年頃なんです」

 端っこが落ち着く性質の人は時々いる。

 加山もその一人だ。

 

「くっだらねぇ事言ってねぇでこっちに来やがれこのアホが」

 そう言われ加山は、弓場に引っ張り込まれ作戦室の中央に呼び戻される。

 そういうやり取りが何度かあった。

 

 加山雄吾は。

 思うに──ボーダー隊員ではない自分に対しての自己評価が非常に低いのだろう。

 そう弓場は判断していた。

 

 ボーダー隊員としての発言に関しては非常に積極的だ。作戦を立て、隊長である弓場に対してであってもはっきりと意見を言うべき時には言う。

 そこに関しては、加山自身が0から積み上げた自負があるからであろう。

 逆に言えば。

 ボーダーで積み上げたもの以外で、彼は彼を評価できないのだろう。

 というより。

 評価する必要性もなかったのだろう。

 それ故に、あまり自分のプライベートな話はしないし、作戦室内での雑談も基本的には聞き役に徹していることが多い。

 さて。

 どうしたものか。

 

「.....」

 

 面倒、とは思わない。

 加山のような人間もまた、あの侵攻の一側面であろうから。

 

 加山が弓場隊に入隊した時。

 迅がこんな事を言っていた。

 

 ──割と、可能性の低い部隊に入ったな、と。

 

 加山が入隊の可能性があった部隊として、一番可能性があったのは鈴鳴か玉狛第二だったのだという。

 弓場隊への入隊、というのはかなり意外だったらしい。

 

 とはいえ。

 新しい人間を受け入れるというのは、そういう事だ。

 キッチリ、面倒は見てやらないといけない。

 

「もう二月も終わるな。そういや、帯島」

「ッス。どうしましたか、隊長」

「親御さんがみかん農家やってたみたいだな。もう収穫終わったのか?」

「そうですね。12月から収穫が始まって、そろそろ締めの時期です」

 

 帯島の実家はみかん農家であるらしい。

 12月に実が熟し、3月までに卸すのだとか。

 

「今年、すっごく豊作で。それ自体は嬉しいんですけど、在庫が凄く余っちゃっているんですよね」

「そうなのか」

「はい。なので、時々余ったみかんをボーダーに持ってきているんです」

 

 へぇ。と加山は呟き。

 席に置いてあるみかんを一つむしって食べる。

 

 これも豊作ゆえに持ち込まれたものなのか。

 

「今夏に向けて冷凍みかんも作っているんです。冷凍庫に保管するだけですけど」

「.....在庫が余っているのか。そうだ」

 

 弓場は。

 一つ思いついたように、呟いた。

 

「今度よ。俺が車出すから余ったみかんまとめて買いに行ってもいいか?」

「え、いいんですか?」

「おう。買って、今度実家に持って帰るわ」

「それは凄く助かるんですけど....」

「直接買えば安く済むしな。──そうだ、加山」

 

 ん? 

 弓場隊長滅茶苦茶いい人だなー、とか思っていたら。

 何故か知らないが、唐突に声をかけられた。

 

「お前もついてこい」

「えーと。──何故ですか?」

「休みの間何やってんのお前」

「そりゃあもう、俺は真面目ですから。研究ですよ研究」

「はい決定。──ずっと部屋に引き籠ってそんな事やっててどうする。暇だったら可愛い後輩の家業の手伝い位してやれ」

「いえ、そんな無理してもらわなくても大丈夫ッスよ....」

「いいんだって。時々は生身の身体に日光当てろ。もやしみてぇに真っ白でどうすんだ」

「身体がもやしなら、中身は鶏ガラですからね俺。力仕事の戦力に数えられても困りますよ」

「だったら時々は身体動かせ。長生きできねぇぞ」

 

 という訳で。

 半ば強引に──加山は帯島のみかん農地に向かう事になりました。まる。

 

 

 後日。

 本当に車が来た。

 

「おゥ。乗れ」

「了解です」

 もうこうなってしまえば仕方がない。

 抵抗は無意味。

 そのまま連行されるのみ。

 

 どうやら帯島は一度本部で訓練をしてから、実家に戻るのだそうで。後部座席にちょこん、と座って窓から手を振っていた。

 そのまま助手席に乗り込もうとしたら、

 

「帯島を後ろに一人座らせんのも可哀想だろうが。お前も後ろに乗れ」

「えーと、助手席開けたままでいいんですか?」

「俺もまだ免許取って一年のペーペーだ。集中したいから後ろに乗っとけ」

 という訳で。

 加山と帯島は後部座席に座る事となりました。

 

 ──まあ、これは隊員同士で親睦を深めろ、って事だろうなぁ。

 

「あの、今日は手伝いに来ていただいてありがとうございます」

「いや。マジで戦力としては期待するなよ」

 見よ。

 子供のころから基本家に引き籠ってた男の見事に肉のついていない細腕を。

 真面目に、普段からしっかりと身体を動かしている帯島なら自分を絞め殺せるだろうと加山は思っている。

 

「いえ。いいんです。休日はいつも、家族で手伝いをしているんですけど。人出が多いと助かるのは勿論なんですけど──賑やかになるから、楽しいッス」

「賑やか、ね....」

 

 この鶏ガラ状のもやしとインテリヤンキー投入して賑やかになるのだろうか.....。むしろ凍り付かないだろうか。

 

「あ.....そう言えば、お昼も用意してる事伝え忘れてたッス」

「げ。そうなの? やっちまったな。俺もう弁当持ってきてしまった」

「あ.....そうなんですか。すみません....」

 

 この会話に耳を傾けていたのだろうか。

 弓場が声をかける。

 

「加山。お前、その弁当の中身なんだ?」

「ささみとキャベツの芯と人参をボイルして塩振った奴です」

 

「.....」

「.....」

 

 最低限の調味料と鶏肉と野菜。

 これこそ最強の栄養食であろう。

 

「帯島ァ。冷蔵庫あったけ?」

「はい。あるッス」

「腐らせちゃいけねぇから、その弁当ちょい冷やしといてくれ」

「了解ッス」

 

 という訳で。

 無事お昼も一緒になる事になりました。

 

 

 その後の話なのだが。

 

 帯島の実家の農地に着くと、親御さんに一つ挨拶。

 農地は日当たりを考慮してか、斜面を棚田式に切り開かれた場所にあった。結構高さと広さがあり、多分上り下りするだけでも結構足腰に来るのだろうなぁ、と身震いしながら農地を見ていた。

 その後、主目的である隊長のみかん購入のお手伝いを行う。大量に余っているみかんの冷蔵室から二箱分程度、隊長の車に持ち込む単純作業だ。

 段ボール一杯に満たされたみかん。もうそれを運び込むだけで膝が笑い始め腰がみしみしと軋みをあげはじめる。ひ弱を超えたクソカスの肉体に唾を吐き掛けたい気持ちを粛々と収め、加山は気を取り直して次なる作業を始める。

 次の仕事は、収穫作業だ。実が熟したみかんを一つ一つハサミで切って籠に入れていく。実に簡単な作業

 さあここでも加山の貧弱肉体クオリティが炸裂する。小柄かつ手先も不器用とあって中々裁断が上手く行かず、斜面を昇るたびに足を滑らし転げ落ち、転げた先で一人で笑っていた。

 収穫が終わった後、それを倉庫に持っていく。一度倉庫で細かい汚れなどを落として冷蔵室に入れて、発送まで保管するのだという。さあ持ち運ぶぞという段階になった時には腕が震えて使い物にならない。どうやらもやしのなかにある繊維がもう伸び切ってしまったらしい。肉体スペックがクソカスにも程がある。

 

 されど加山は奇妙な程に精神力の強い男であった。

 戦力にはならないと前もって言伝し、そして実際に戦力にならなかったこの惨めな在り方。先輩はおろか後輩にすら散々にフォローされる醜態を晒しながらも彼は実に涼しい顔をしていた。

 昼飯時までは。

 

「──加山先輩、お昼にしましょう」

 これらの作業が一段落したころには。

 既に昼が回り始めていた。

 え? 

 何で? 

 働かざるものが何故に飯にありつけられるのだ? 

 その理屈が全くもって解らない加山は、幽霊でも見るような目つきで、帯島を見ていた。

「帯島」

「えっと.....何ですか?」

「俺がこのままお前の所の飯の厄介になるって事がどれだけ惨めなのか、察してくれ.......!」

「あ、あはは....」

 

 散々足を引っ張って、最後に昼飯まで厄介になる。何だこれは。迷惑という言葉を擬人化させたような存在ではないか。

 やめてくれ。なんだこれは。手伝いに来た人間の姿か、これは......! 

 これ以上生き恥を晒さないでくれ.....! 

 

「──うるせぇ。生き恥晒したんなら最後まで晒しとおせ加山ァ」

 

 自分が作った弁当を食べると主張する加山の襟を弓場が掴み、そのまま強制連行。

 棚田の脇に炭火が用意され、そこでは野菜とウィンナー、そして醤油が塗られた握り飯が焼かれていた。

 

「......」

 取り分けられた焼きおにぎりを、一口食べてみた。

 

 ......ああ。

 

 ご飯って、こんなにも美味いものだったんだなぁと。

 そんな風に、思った。

 

 ──ふと、周りを見てみた。

 

 上を見上げれば青空があって。

 切り開かれた棚田に生えるみかんの樹があって。

 

 家族と笑いあっている帯島がいて。

 そして。

 

「──辛気臭い面してんなァ、加山」

 

 弓場がいた。

 

「いつもこんな面ですよ」

「だな。いつもお前は辛気くせーや」

 

 肩にポン、と手を置いて。

 

「だから──美味いもん食べてる時くらい、楽しそうにしやがれ」

 

 そう言って弓場は帯島の父親の所に足を運び、そして話し込んでいた。

 恐らく、ボーダーでの帯島の近況について話しているのだろう。

 

「お疲れ様ッス、加山先輩」

 そうして。

 帯島が、加山の隣に腰掛ける。

 

「皮肉か?」

「違うッス」

「.....すまなかったな。色々迷惑をかけて」

「大丈夫ッス。いっつもボーダーではフォローしてもらっているので。こういう時位は」

 屈託なく笑って。

 帯島はそう言った。

 

「はい」

「ん.....?」

「今日、先輩が収穫したみかんです。──どうぞ」

 

 汚れが落とされ、少しひんやりとしたみかんが手渡される。

 

「先輩。今日は本当にありがとうございます」

 帯島もまた。

 周りを見渡して。

 

「.....隊長が無理矢理連れてきた形みたいになっちゃいましたけど。本当は自分が、加山先輩とゆっくり話す機会が欲しかったんです」

「あ、そうなの。それだったら飯でも誘ってくれればよかったのに」

「それは、そうなんですけど。──何というか、加山先輩の素の部分が見れればな、ってちょっと思って....」

「よかったなぁ。──トリオン体なくなりゃ素の部分はこんなもんだ。よーく見れただろ」

「い、いや......。でも、ちょっと安心しました」

「何がよ」

「先輩も──ずっと気を張っている訳じゃないんだな、って」

 

「.....」

 

 加山は。

 一つ息を吐き──。

 

「そうだな」

 と。

 呟いた。

 

 

 その後。

 弓場に乗せられ寮に戻った加山は、幾つかみかんの袋を渡された。

 

 何となしにそれを剥いて、食ってみた。

 

 みかんを食って思い出すのは──今日食った昼飯の事だった。

 

 美味かった。

 そして──楽しかった。

 あれだけ醜態を晒してもなお。

 気を張らずに、自然体でいた証拠だったから。

 

「.....」

 

 楽しくも。

 このままでいいのか、という自問自答が自然と始まる。

 

 これこそ。加古が以前に言っていた自分が自分を不幸にしている現象なのだろう。

 

「......ありがと、帯島」

 答えの出ない問いかけを続けるのは不毛だ。きっと木虎辺りはそう切り捨てるのだろう。だから、加山も自問自答を打ち切った。

 だから。

 この時間をくれた可愛い後輩に──せめて一つ、感謝の言葉を天井に投げた。




こういう話をちょくちょく書こうと思います。


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嫌悪する色と、直視する感覚

 玉狛第二とのランク戦が終わった後の事だ。

 

 迅悠一から連絡を受け、現在玉狛支部へと向かっている。

 

 何だろうか。

 玉狛第一総勢で負かした腹いせに寄ってたかってボコるつもりなのだろうか。

 ......小南辺りはやりかねないので気を付けておこう、と思いながら加山は支部へやってきた。

 

「あ、どうもいらっしゃい~」

 

 支部の呼び鈴を鳴らすと、眼鏡の女性――宇佐美栞が現れる。

 

「あ、加山君ね。久しぶり~。いきなり呼び出してごめんね~」

 ボーダーでは珍しくない、ユルユル系女子らしさを醸し出しながら、眼鏡をくいっと指先で上げて。

 

「要件は迅さんから聞いているかな?」

「何も聞いちゃいないですね」

「あ、そうなんだ。──あのね、この前弓場隊と戦ったうちの子で、千佳ちゃんって子がいたの覚えている?」

「ああ。そりゃあまあ」

 

 忘れる訳もない。

 あんな化物。どれだけ必死に対策を組んでいたと思っている。

 

「ちょっとあの子が──加山君に相談があるらしいから。お話だけでも聞いてあげてもらっていいかな?」

「何で俺なんですか」

 

 いやいや。

 相談するならもっと適任がいるだろう。

 そう思いはしたものの。

 

「.....」

「うわ。何か睨まれている」

 

 こちらを睨みつけ今にも噛みつきそうな狂暴系女子高生が背後にいた。

 逃がさねぇぞ、と言外に伝えているようだ。

 

 そうして。

 支部の中に通され、キッチンに隣接したリビングのテーブルに腰掛けると。

 

「.....お久しぶりです」

 

 小柄な少女が、ピンと立った髪ごとぺこりと頭を下げて、現れた。

「あの。今回、足を運んでいただきありがとうございます」

「おお。来てくれたんだなカヤマ」

 

 その隣には、玉狛第二の隊長の三雲修と、その隊員である空閑遊真もいた。

 

「あ、加山君。これどうぞ~」

 宇佐美さんが茶と、どら焼きを出してくる。

「いえ、いいです」

「ありゃ? 甘いもの苦手?」

「以前、出されたものを素直に食べたらそこのその人に因縁つけられたことがありまして。ねえ?」

「......うっさい!」

 小南桐絵に目線をやると。

 実に解りやすい怒り顔をしながら睨み返してくる。

 

 そうこうしているうちに、

 そして。

 雨取千佳は、相談内容を切り出した。

 

 

「──成程。人が撃てない、か」

 ふーん、と加山は呟いて。茶を啜る。

 ......怖い。

 現状を説明します。

 加山の左右。宇佐美さんと小南。背後。レイジに遊真。正面。千佳に修、そして鳥丸。

 完全に取り囲まれている。逃げ場はない。

「まあ、あの試合見りゃそうなんだろうなーって。多分皆気付いているだろうね」

「それで.....迅さんが、人が撃てないんだったら、一度相談してみてはどうかって」

「.....ランク戦でぶち当たる相手だって解ってんのかね、あの人」

「す、すみません....」

「いや、いい。あの人には俺も借りがあるから。──まあ、まずは幾つか質問をしてもいい?」

「はい」

 

 加山は──あの試合で覚えた違和感があった。

 それを知るために。

 幾つか聞かなければいけない事があった。

 

「多分迅さんが俺を呼んだのは。──俺もまあ、人を撃つ事が生理的に無理な人間だったからだろうな」

「え。そうなんですか」

「そうなのよ。人を撃ったらさ、身体が拒絶反応起こしてゲロ吐くの。トリオン体だろうが関係なく。人を撃って破壊する事そのものが生理的に無理な人間だった」

 その言葉を聞いた瞬間。

 サッと、千佳の表情から顔色が失われていく。

 

「ど....どうして、撃てるようになったんですか....」

「慣れたから」

「慣れた....」

「うん。ゲロ吐かないようになるまで撃ちまくった。ゲロ吐いても、続けていけばいずれゲロ吐かんようになるよ。まあ、これは俺の経験でしかないから、あんまり参考にならないんだろうけど」

「.....」

 その話に、少し顔を顰めている人物がいた。

 宇佐美栞だ。

 恐らく──この話で千佳が「無茶をすれば解決できる」という発想にならないか心配しているのだろう。

 

「でも、雨取さんそのタイプじゃないよね?」

「え?」

「人撃つと、生理的嫌悪感で拒絶反応起こるタイプじゃないっすよね。大規模侵攻で、普通にばかすか撃ってましたし」

「.....」

「大別すると。人を撃てない奴と、人を撃ちたくない奴がこの世にいると思うんですけど。──雨取さんは、自分ではどっち側の人間だと思います?」

「撃てない、と撃たない....」

「例えば。──そこの三雲隊長が、人型近界民に攫われようとしています」

「え」

「撃てますか、撃てませんか。どっち?」

 

 そう聞くと。

 

「......撃てると、思います」

「雨取さん。撃てない人ってのは、この状況でも撃てません。三雲隊長だけじゃなくて。例えそれが親友でも恋人でも両親でも。どんな人間が危機に見舞われようと撃てません。そういう人がいるんです。──だから、雨取さんは分類で言えば人を撃ちたくない人になります」

「.....」

 戦場では。

 味方が危機に陥ろうとも、撃てない人間がいる。

 その中には、撃つふりをしてまで誤魔化そうとしている人間すらいる。

 そういう人にとって、自ら他者に撃つ事は毒物を飲み込むことと同じなのだ。

 飲もうとしても、身体が拒絶する。吐き出そうとする。自分の意思と肉体が、完全に分離しているような人間だ。

 

「その上で聞きます。──雨取さんはどうしてランク戦で撃てないんですか?」

 

 雨取さんは。

 大規模侵攻時や、味方がピンチになる時には撃つことが出来る。

 

 なら。

 このランク戦という環境において撃てない。その理由を追求する事こそがまずスタートだろう。

 

「ちょ、ちょっと待って! ストップ! ストップ加山君!」

 慌てて、宇佐美さんが止めに入る。

 

 ハッ、と気づいて──千佳の表情を見る。

 

 真っ青のまま、下を俯いていた。

 

「......すまん、加山。お前が真剣に考えてくれて話していることは十分に理解できる。言っていることも正しい」

 レイジは。

 本当に、心の底から申し訳なさげに頭を下げ、そして言う。

 

「何故撃てないのか、という部分は。恐らく千佳にとって一番心理的に深い所に踏み込むことになる。──これ以上は、すまない」

「いえ。こちらも無遠慮でした....」

 

 やってしまった、と思った。

 それはそうだ。

 C級であるにもかかわらず、あれだけ戦ってくれた人間だ。真面目で、責任感の強い人なのは理解できていた。

 そんな人が、それでも”撃てない”と言っているのだ。

 それ相応の理由があるはずで、その理由に──今ずけずけと足を踏み込もうとしていたのだ。

 

 それは。この段階でやってはいけない事だった。

 

「.....」

 遊真は。

 ジッとその話を聞いていた。

 

 その上で。

 

「チカ」

「.....」

 千佳が。

 遊真の目を見る。

 

「もう、いいか?」

「.....」

 

 恐らくは、

 この相談も、千佳の意思の下に行われていたのだろう。

 現状を変えたい、という思いで。

 彼女自身も理解できているのだろう。

 あの試合──帯島に逃げて、最終的に自発的緊急脱出を行った事。

 あれで遊真が孤立をしてしまい、結果負けたのだと。

 

「......私は」

 

 呟く。

 どんな形でもいい。

 どんな役割でもいい。

 

「皆の、役に立ちたいんです.....」

「.....」

 

 人は撃てなくとも。

 役に立てる方法。

 それは──加山雄吾が、最もよく知る手法であった。

 

 

「成程.....」

 

 その後。

 加山が提案したのは──千佳がエスクード、スパイダーを積み込む事であった。

 

「エスクードは、普通は二~三十メートル位の範囲でしか発生できないんですけど。多分雨取さんのトリオンなら普通に百メートル単位で壁が作れるんですよね。その上で、エスクードは生やすにあたって”軌道”が見えないので。それだけ長射程からエスクードを発生させれば、身隠れしていてもバレるリスクがあんまりないんですよね」

 エスクードは地面から壁を生やすトリガーだ。

 銃トリガーのように、使用者から対象へと向かう形のトリガーではなく。

 使用した時点で対象に力が発生するものなので、それを遠隔から使って位置がバレる事はない。

 

「それで。言い方悪いんですけど、雨取さんは自分が手にかけるのは嫌なだけで、相手が勝手に死んでくれたり仲間をサポートした結果で落とす分には大丈夫っぽいので。積んだメテオラとスパイダーでトラップ作って勝手に相手が死んでくれるようにする形で撃破する分には精神的ダメージはないんじゃないかな、って」

 

「ア・ン・タ・は──ちっとは言い方を考えろ!」

 背後の小南よりぽかりと頭が叩かれる。

 地味に痛い。

 

「エスクード、スパイダー.....」

「丁度この支部には鳥丸先輩もレイジさんもいますし。両方習うことが出来るでしょ。そういう部分も踏まえた上で、俺が出来る提案です」

 

 その提案に。

 千佳が、頷いた。

 

「.....私。練習します。エスクードと、スパイダー」

 

 そう。

 千佳は言った。

 

「その.....今日は、本当にありがとうございました」

「いや。....追い詰めてしまって、すみませんでした」

「いえ。──相談を持ち掛けた時から、これは覚悟しなければならない事だったんです。私の覚悟が足りなかったからなので。加山先輩は何も悪くないです。私の方こそ、ごめんなさい」

 千佳は、

 少しだけ晴れやかな表情をしていた。

 

 

「──こっわ。うわぁー。加山君本当に怖い~」

 

 加山が玉狛から帰った後。

 宇佐美栞はそう言って、ソファに倒れ込んでいた。

 

「だが。言っていることは正確だった。大規模侵攻とランク戦の一戦だけで、千佳の状況をああも把握しているとは....」

 レイジは顎先に手を置き、思考する。

 

 ──本質的に。玉狛の人間は良くも悪くも戦う事に完全に”慣れた”人間の集まりだ。

 玉狛第一は無論の事。第二の人間の三人のうち遊真は傭兵で、修の精神もある種常人離れしている。

 戦う事で相手を傷つける、という現象に対して鈍感な人間が多い。

 

 その点、加山は──その精神性を無理矢理に矯正して戦えるようになった人間故に、見えるところがあるのだろう。

 生理的嫌悪からくる拒絶反応か。

 それとも別な精神的な障害故なのか。

 

 人を撃てない、という現象に対しても、幾つもの回答があるのだと。彼は知っていたのだ。

 

 思考する中。

 玄関が開かれる。

 

「──お、皆お揃いで。丁度加山が帰った辺りかな」

「迅か。──お前、ここまで読んでいたんだな」

「当然。──別に千佳ちゃん苛めるために加山呼んだんじゃないぜ。絶対に、この先のプラスになるから呼んだんだ」

「....そうか」

 

 加山は。

 ボーダーの利益になるのならば、敵チームの人間であろうと手助けをする。

 そういう意味でも──千佳の現状を踏まえての現実的な提案までやってくれる。それを読めた上での人選だった。

 

「そう言えば。──さっき加山から聞かれたんだが」

 レイジが、思い出したように迅に伝える。

「何を?」

「──ヒュースの事」

 

 そう言葉を放つと。

 迅は頭を掻いた。

 

「──そうか。知っていたのか」

「王子経由で聞いたらしい。王子はヒュースの姿を見ているから。──玉狛で捕らえた人型近界民は、今どういう扱いなのかと。そう聞いてきた」

「.....そうか。アイツは、エネドラの記憶を持っているから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見捨てられ、残されているはずのヒュースの存在。

 それが本部にいないとなると──当然、それと戦っていた玉狛第一が捕らえた、と考えるのは必然であり。

 

「.....」

 少し──厄介な事になるかもしれない、と。

 迅は思った。

 



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くるりくるり、色は回る

「次の対戦相手は──那須隊と諏訪隊だ」

 

 次の対戦相手が決まった。

 那須隊、そして諏訪隊。

 

「.....諏訪隊と那須隊かぁ。面倒っすね。出来れば荒船隊か柿崎隊に来てほしかったっすけどね。このタイミングだったら」

「ほぉ。このタイミング、ってのはどういうことだ?」

「マップ選択権がこっちにある状況という意味ですね。荒船隊も柿崎隊も、マップでかなり力をそぎ落とせる部隊なので」

 弓場の言葉に、加山はそう答える。

 ふむん、と弓場は呟く。

 

「.....今まで、マップ選択がある場合は基本的に市街地Bにしていたんだが。お前は別マップも使っていった方がいいと考えているんだな」

「ですね。市街地Bもこっちの能力を活かせるマップではあるんですけどね。マップ選択権がある場面では、相手の想定外を突いて2~3ポイント取りたいんですよね。じゃないと、上位のポイントに追いつけない」

「それで。──どうして諏訪隊と那須隊が面倒だと思うんだ?」

「そうっすね。──帯島。この二隊を相手する時に気を付けないといけないとこって、どこ?」

「は、はい」

 

 話を振られた帯島は、少し咳ばらいをして、話し出す。

 

「那須先輩の”鳥籠”と、諏訪先輩、堤先輩が組んでの散弾銃の同時攻撃です」

「どういうところが気を付けないといけないんだ?」

「どちらも──隊長の射程外から、シールドごと破壊できる手段だからッス」

 

 だな、と加山は呟く。

 

「特に那須さんが戦場に入ったら、その対策に時間をかけなければいけない。ポイントを取るための時間が削られていくんですよね。どうしても”点を取るため”の戦術よりも”落とされないため”の戦術を優先しなければいけない。弓場さんとタイマンを張られると、弾を曲げられるしぴょんぴょん飛び跳ねられる那須さんは単純に厄介」

 

 那須玲はボーダー屈指のバイパーの使い手だ。

 射手としては例外的なほどに高い機動力を利用し、障害物を盾代わりにフルアタックのバイパーを一方的に叩き込んでいくお人。

 こちらの射程外から一方的に弾丸を叩き込んでくる高機動能力を持つ人。

 基本的に高威力の直線攻撃しか持たない弓場とはあまりにも相性が悪い。

 

「その上で。諏訪隊は──単純に散弾銃の乱射がうざいですね。ただ、こちらは諏訪さんか堤さんのどちらかを速やかに始末すれば連携そのものは崩せますので。外岡先輩をつけるなり、色々対策は出来るんですけど....」

「成程なァ。......まあ、確かに那須は比較的俺と相性は悪ぃな」

「ですね。──この組み合わせなら、隊長は熊谷先輩と笹森先輩を積極的に仕留めてほしいですね」

 

 どちらも各々の隊で唯一の攻撃手であり、連携の肝だ。

 ここを崩せば、一気に相手の戦術に制限をかけられる。

 

「.....つまり。俺達の作戦は、”那須をどうするか”という部分に着眼して決まるわけだな」

「ですね」

「だったら簡単だ。加山」

「うす」

「──俺以外の駒。つまりお前と、帯島。お前らで那須を仕留められればそれでいいってわけだ」

「中々きっつい要求ですね」

 那須玲は、加山雄吾にとっても相性の悪い相手だ。何せ機動力がある。

 エネドラの記憶を継承したことで鈍足な部分はかなり改善されたとはいえ、それでも一般的な射手の範疇内だ。

 範囲外から一方的に撃ってくる相手に対して、エスクードは何の役にも──

 

「.....いや」

 

 いや。

 .....役に立たない訳では、ないのではないか。

 

「.....隊長。作戦を決定するのは、もうちょい後でいいですか?」

「そりゃ構わねぇが。──何か考えがあるのか?」

「まあ、考えというか。作戦決めるのも、ちょっと色々試してからでも遅くはないなー、と。──取り合えず、帯島借りていきまーす。あと、作戦室のみかんもちょっと賄賂に持っていきますね」

「え? え? ──あの、加山先輩。どちらに向かうんですか?」

 加山はそれだけ言うと、弓場隊作戦室を出ていき、その後ろを帯島が慌てて追いかけていく。

 

「.....」

 弓場は。

 ジッとその後姿を見守っていた。

 

 

「という訳で。こんちゃす──出水先輩」

「おお、加山か。久しぶりだな。どうした?」

「......」

 そして。

 現在加山雄吾は──太刀川隊作戦室の中にいた。

 

「すまねえなー。今俺以外が出払っていてさ」

「他の人どうしたんですか?」

「太刀川さんは......”た”から始まり”い”で終わる三文字のポイントの取得に苦慮してて、柚宇さんは新作のハード買いに行ってて、唯我はパシリ中」

「自由っすね」

「太刀川さんはある意味不自由だぞ」

「自由の代償っすよあの人の場合」

「難しい話だな」

「簡単な話ですよ」

 

 揚々と加山と出水が話をしている中。

 帯島は完全に固まりきっていた。

 

 何故、

 何故、

 

 ──今自分はA級1位の作戦室にいるのだろう。

 

「そんで。今日はどんな用件で?」

「ちょっと、出水先輩のワザマエを見込みまして。手を貸していただけないかと」

「ほぅ。──あ、次の相手に那須さんがいるからか」

「そういう事ですね」

「そりゃ別にいいんだけどな。訓練室の調整出来る柚宇さんが今いないからなぁ。ちょっと待ってもらうぜー」

「あ。それじゃあこいつをどうぞ。──後ろの子のお家のとれたてみかんです」

「お。こりゃあ柚宇さんが喜ぶやつだ。──あ、二人で勝手に話を進めてすまんな。確か帯島だったな」

「は、はい! 帯島ユカリっす! よろしくお願いします!」

「あー。確か実家がみかん農家だって確か聞いたことあるな。これ、ありがとうな」

「い、いえ....」

 

 帯島が少しばかりおろおろしながら周囲を見回していると、

 作戦室の扉が、また開かれる。

 そこには──

 

「い、出水先輩.....! 烏龍茶と、清涼飲料水その他お菓子もろもろ、買って参りまし......だ、誰だね! 君たちは!」

 前髪を両脇から顎先まで垂れ流す、三白眼の男がいた。

 所作だけがもっともらしく偉そうな男だ。

 二宮のように自然に醸し出された偉そう感ではなく、意識して所作だけを偉そうにしている男。

 そんな男が、小脇に飲み物とお菓子を抱えた姿で立ち尽くしていた。

「こんちゃす唯我先輩。──やだなぁ忘れたんですか? 俺ですよ俺。貴方の可愛い後輩の加山っすよ」

「か、加山君! 加山君か! おお、久しぶりじゃないか! どうしたんだね?」

「この前は奢っていただきましてありがとうございました。もう本当に助かりましたよマジで」

「そ、そうだろうそうだろう。ふはは! こ、後輩に奢ってあげるだけの度量が、A級1位には求められるからね! は....はは...」

「.....」

 出水は、「あー。こいつ財力で人望を買うまでになってしまったかー。もう落ちるところまで落ちたなーまあ予想はしてたけどなー」と。言葉にせずとも、ありありとその表情に浮かべ、唯我を見ていた。

 

「ち、違うんです! 出水先輩! 加山君があまりにも貧相な食事を僕の目の前にしていたものだから! ランチに誘って奢ってあげただけなんです! 本当なんです!」

「そうなんですよ出水先輩。唯我先輩は本当に優しい人で。この前なんか入隊祝いだ、って弓場隊の人数分のケーキまで買っていただきまして」

 そう加山が声をかけると、ますます出水は唯我への視線を強めていき、ますます唯我はその弁明を求められる。

 その合間に、加山は帯島に幾つかの耳打ちをする。

 その内容に一つ頷き、帯島は唯我にまた声をかける。

「あ、あのケーキ唯我先輩からだったんですね! ──あの、自分帯島ユカリといいます。この前のケーキ、本当に美味しかったッス!」

「あ、ああ.....。な、なにせこの僕はA級1位だからね.....。そんな畏まる必要はないのだよは、はは.....」

 

 ひきつった笑みに、本当に喜色を浮かべながらも、されど出水からの疑惑の目を向けられている現状の板挟み。正と負の感情が入り乱れ、唯我尊の胃は捻転間近であった。

 

「──唯我」

「は、はひ」

「お前が言う、可愛い後輩が二人もいて、手ぶらじゃあ格好がつかないよなぁ」

「そ、そそ、そうです.....ね」

「買ってこい」

「了解です!」

 

 そうして。

 逃げるように唯我尊は走り出した。

 

「加山」

「うす」

「上手い唯我の利用法だ」

「光栄っす」

 

 加山は、対人関係の構築において一切のプライドがない。

 唯我が気持ちよくなる関係をひたすらに構築した結果、こうなっただけだ。

 それ以外の意図は何もない。本当に。信じてくれるかは解らないが。

 

「お~。さっき凄い勢いで唯我君が走って行っていたが。何があったのかね~?」

 

 入れ替わりに。

 太刀川隊オペレーター国近柚宇が作戦室の中に入る。

 彼女は大きなビニール袋に入ったゲームハードをよいしょ、と降ろし、とてとてとこちらに近づいてくる。

 

「来客が入ったからな。また茶請けを買いに行かせた」

「ほうほう。お~。君は加山君で、そして.....この可愛らしい子は確か帯島ちゃんだったね~。はじめまして~」

「は、はじめまして! 帯島ユカリッス」

「お、おお.....! 今時珍しい礼儀正しい子だ....! 弓場さん、凄いしっかりしているんだね~。可愛い~」

 

 ユルい。

 実に、ユルい。

 

 国近は一目見て帯島を気に入ったのか。そのままゆらゆらと帯島に近づき、隣に座り固まる帯島をぺたぺたと触れていた。主にほっぺたを。

 

「あ、柚宇さん。帰ってきて早々悪いんですけど。作戦室調整してもらっていい? これから二人とちょっと使うんで」

「了解~。市街地Aの設定でいいかね~」

「.....頼んでいる身で恐縮ですけど、市街地Bの方でお願いできますか?」

「はいはい~」

 

 という訳で。

 国近が帰ってきたことで、早速出水と共に訓練室に入ることとなった。

 

 

「今回出水先輩に付き合っていただきたいのは......鳥籠対策ですね」

「あー。あれか。確かにありゃあきっつい。機動力かトリオンで上を行かなきゃ難しいわな―」

「という訳で──今回訓練したいのは。鳥籠を防ぐ方法なんですよね。ほら、俺トリガー構成上フルガード出来ないんで」

「ほう」

 

 加山が考えた鳥籠の対策としては。

 那須が放つバイパーの軌道を推測し、先回りしてエスクードを敷いていく方法である。

 

 加山はメイントリガーにシールドを入れていない関係上、フルガードが不可能である。

 那須と鉢合わせた瞬間、何もできず死ぬ可能性が非常に高い。

 

「まあ。一対一になったらエスクードとハウンドバラまきながら那須さんにシールド張らせてひたすらガン逃げするつもりですけど。今回は帯島と連携をとって那須さんと相手する時の訓練をしたいんです」

 

 弓場が言った通り。

 帯島と二人で那須を仕留めることができたならば。

 それだけで一気に弓場隊が有利をとれる。

 だからこそ──しっかりと対策を打っておきたいのだ。

 

「なので出水先輩には那須さんよりちょい上くらいのトリオンに設定してもらって。障害物の陰からガンガンバイパーを撃ってもらいたいんです」

「了解。──こりゃあ、俺の方としても楽しい訓練になりそうだ」

 出水公平。

 好きなもの、フルアタック。

 防御をする相手に対して一方的にフルアタックが出来るこの訓練が、楽しくない訳がなかった。

「那須さんの手札にはメテオラや合成弾もあるので。そっちも随時使用しながら」

「あいよ。──合成弾は、まあちょい意識して射出を遅らせてやるよ。あくまで那須さんの対策だからな」

「助かります」

 出水公平は天才だ。

 平均して十秒程度はかかると言われている合成弾を、彼はものの数秒で形成し放つことができる。

 その分だけ、──那須の作成時間に合わせ、合成弾を放ってくれるという。

 

「それじゃあ──早速やっていこうか」

 

 出水がビル群の中に身を潜め、バイパーをその両手に発生させる。

 

 加山と帯島は互いに頷き合い。

 放たれる弾丸に向き合った。

 

 



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同色は混じらず、鎮座するのみ

バイパーが襲い掛かってくる。

 障害物の陰に隠れた出水が放ってくるそれらから、加山は逃れていく。

 

 今回の訓練は。

 帯島と百メートルほど離れた路地の中で、加山がバイパーから逃げ回ることからスタートする。

 まずは、加山単品でバイパーのフルアタックを逃げ切り、帯島と合流できるかが第一の勝負となる。

 

 その後帯島と合流をしたのちに、反撃に転じて出水を狩る。

 この2セットの連携を行う。

 

「──ぐぇ」

 

 ここで。

 加山は──フルガードを持たない自身の防御面での欠陥が浮き彫りとなる。

 鳥籠の二択に対して、対応できない。

 那須玲の得意技。

 バイパーを全方位から襲い掛からせるか、一点に集中させてシールドを割りにかかるか。

 ただ。

 加山は全方位にガードをした時点で幾分かシールドにガタが来てしまうのだ。

 トップクラスのトリオンを持ってしても、フルガードが出来ないという弱点はリアルタイムで自由な軌道で襲いかかるバイパーのフルアタックに対してかなり致命的。

 一点集中するバイパー弾に対して、かなりシールドを狭めなければならなず、全てを防ぎ切れず体が削れていく。

 

 特に足元に対しての防護が間に合わなかったら悲惨で、機動力が落ちて更に鳥籠の圧力が強まる。そのまま削り切られ仕留められる。

 

「いや、厳しい」

 

 このレベルになるとエスクードは防御の役に立たない。

 

「加山はもうエスクードの手札がバレているからな。それ込みで設定して軌道を決めるから防ぐのは難しいぜ〜」

 

 いやもう本当にその通り。

 ある程度軌道を予測してエスクードで道を塞いでも、それすらも予測され曲がってくる。

 

「そもそも追い込みをかけるのがバイパーの真髄だからな。エスクードで多少壁を作っても、防げないところまで追い込みかけて後は一点集中で削ればいい」

 

 そもそも追い込みをかける発想力の時点で、加山と那須の間では格差がある。二度、三度とフルアタックに襲い掛かられるたびに手札が無くなっていく。

 

「那須さんはこれに加えて自在に発射点まで変えられるからな。機動力があるってのはそれだけで怖いぜ」

 

 そう。

 そもそも加山と那須との間には機動力から差がある。

 エスクードで道を塞いでいったら、先回りされて逆に逃げ道がなくなる可能性すらあるのだ。

 

「エスクード利用して、って発想からして個人的にはちとマズイ気がするな。特に那須さんはそこまで甘くない」

「ですねぇ」

 

 そもそもエスクードとバイパーの相性が悪い。

 その現実に、加山はううむと唸る。

 

「エスクード抜いてシールドいれてフルガード解禁する?」

「エスクードは隊長との連携の肝なので外せないですね.....」

「だよなぁ」

 

 加山の大きな役割の一つは、弓場との連携だ。

 那須の対策の為にこのカードを捨てるのは、流石に見合わない。

 

「とはいえ、このままじゃあ帯島との連携まで行きそうにないな」

「ですねぇ.....」

 この訓練中、帯島と合流できた回数ゼロです。

 あまりにも惨め。

 

「──そうだ」

「はい?」

「シールドの使い方が上手い奴も呼ぼう」

 

 

「と、いう訳で──三輪にも来てもらったぜ」

「ついでに俺も来ちゃったぜ」

「.....」

 

 防衛任務を終えた直後。

 何故か出水に捕まえられ太刀川隊作戦室に連れ込まれた三輪秀次。ついでとばかりに米屋まで着いてきた。

 

「──加山」

「お久しぶりです三輪先輩」

 

 加山・三輪両者は顔合わせをするのも随分と久しぶりであった。

 何となく、ぎこちない。

 

「──まあ三輪はご存じの通り。銃手として見るなら近距離・中距離でバカスカ撃ち合う那須さんと同じタイプだし。対策の一環として学べることも多いだろ。特に、シールド」

「那須か....」

 

 状況が飲み込めたのか。

 三輪はふむん、と一つ頷く。

 

「那須はバイパーの精度が高く、機動力が高い。それが強みだろう。──だが、その強みばかり追っていても仕方がない」

「だな」

 

 三輪の言葉に米屋が一つ頷く。

 

「特に、同じバイパー使いの出水と比較して大きく異なるのはトリオン量だ。射手としては平均的な量で、バイパーの威力もその分落ちる。その埋め合わせとしてフルアタックでの鳥籠の二択を迫る戦法を取っているのだろうが」

「逆に言えば、那須はフルアタックの選択さえ奪えれば大きく武器を制限することにも繋げられるってこった。最悪を想定することも重要だが、次善を用意することも同じだけ重要だぜ」

「成程....」

 

 フルアタックを防ぐ、という選択と同じだけ。

 フルアタックの選択肢を奪う事もまた重要。

 加山はその言葉に、大きく頷く。

 

「そして鳥籠は確かに強力な武器ではあるが、言っちゃ悪いが足りない威力をカバーする技巧であって、必殺の武器ってわけでもない。比較するのもあれだが、二宮さんの変則フルアタックよりもやっぱり絶望感は薄い」

「まあ、アレはそうですね.....」

 

 B級トップの座に君臨する隊長である二宮隊隊長による必殺技である、二宮型フルアタックを説明しよう。

 細かいアステロイドでシールドを拡げて~

 どでかいアステロイドでシールドを打ち砕く~

 

 もしくは

 

 どでかいアステロイドでフルガードの拡縮を強制して~

 細かいアステロイドで削り殺す~

 

 タイマンで向かい合ったら? 

 死にます。

 タイマンで向かい合えば誰であろうと。死にます。

 何でB級いるんだろうあの人......。

 

「要は細かい弾丸を散らすか収束させるかの二択なわけだ。──その二択が発生する前に弾丸を潰せれば、被害は抑えられる」

「どうやってするんですか?」

「こうだ。──見てろ」

 

 三輪は右手に拳銃を握り、所定の場所につく。

 先程繰り返していた訓練と同じ状況。

 

 出水のフルアタックが三輪に襲い掛かる。

 その瞬間──三輪は、後ろではなく前に突っ込んでいく。

 

 ──前? 

 

 放たれ、襲い来るバイパー群。

 その前に走り出し、己が体を弾丸にぶつけに行く。

 

 そして。

 細かく分割されたバイパーに対して、三輪もまた──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あ、と。

 加山は思った。

 

 そうだ。

 三輪には、これがあった。

 

 通常、空間上に円盤のように広域に拡げて使用するシールドを。

 三輪は細分化したそれを幾つも散りばめ使用する方法をとっている。

 

 ──そうか。

 那須の弾丸は一発一発の威力はさほどない。

 厄介なのは収束と包囲の二択を常に迫る挙動を取ること。

 この二択を、前に突っ込み弾丸を事前にシールドで打ち消す事で無効にする。

 

 そうすれば──。

 

 三輪はそのまま出水に向かい細分化したシールドを盾に肉薄し、周囲を飛び回りながら弾丸を叩き込んでいく。

 

「──と、いうように。前に出て初撃を防ぐ事さえ出来れば、前に出た分だけ反撃の好機も出来る。別に反撃で相手に当てることは考えなくていい。ただ──那須を防がせる。それさえ出来れば相手の攻撃手段を奪うことが出来る」

「加山は、シールドとは別のトリガーには何のトリガー入れてたっけ?」

「アステロイドとメテオラですね」

「......次の試合だけ、アステロイドとハウンドの位置を変更することを勧めておく。バイパー使いの那須に対抗するには、追尾性能のあるハウンドの方がやりやすいだろう」

 

 後は。

 那須から逃れながら、加山から帯島に向かって合流するのではなく。

 加山が那須を足止めしながら、帯島が加山に合流させる形にすればいい。

 

 そうすれば──そこからの道が開ける。

 

「了解です。──それじゃあ、その方針で一度訓練してみますか」

 

 

 その後。

 繰り返しの訓練の果て、三輪ほどの精度には至っていないがある程度のシールドの分割が出来るようになった加山は。その後の出水との訓練で三度連続で帯島との連携までもっていくことができた。

 

「みんな、お疲れ~」

 キリのいいところまで訓練をすると、国近が皆を出迎えていた。

 

「ごめんなー、柚宇さん。せっかく新しいゲーム手に入ったのに手伝わせちまって」

「ふっふっふ。いいのですよ公平君。なぜなら──ここで、珍しい面子が手に入りましたからね」

 

 国近は訓練が終えた皆を一瞥し、ニッとほほ笑む。

 

「じゃーん。これです」

「へ?」

 

 国近はその後。

 懐から取り出したゲームソフトを見せる。

 

「四人で楽しく大乱闘! ぶっ飛ばせ! ──という事で」

 ニコニコと微笑みながら。

 

 言った。

 

「明日は休日だし。──はい、皆。この中で用事ある子はいないかな~」

 

 で。

 皆でゲームをする事となりました。

 

 

 その後の顛末。

 四人増えた分のお茶菓子を更に唯我が自発的に(はい。あくまで自発的に)買いに行き、皆でゲームをすることとなった。

 全員が全員(意外にも国近も含めて)初心者だったこともあり、非常に公平なゲーム展開となった。

 操作感覚をいち早く掴めた帯島と、副作用を利用しカウンターのタイミングを読みまくる加山がトップをひた走り、ぼろ負けした国近は帯島の代わりに加山の首を絞めた。ぐぇぇ。

 唯我はプレイした瞬間、コントローラーの溝に爪先が引っ掛かり激痛に悶える事となりリタイア。

 その後射撃キャラを主に使う出水も次第に頭角を現していき、そしてゲーム経験が深い国近が徐々に上がっていく展開となり。

 

 ──深夜一時。解放された太刀川が目にした光景は皆で徹ゲーしている面々の姿であった。

 

「──お前ら何やってんの?」

「あ、解放されましたか太刀川さん」

「どうにかなー。──くそう、お前らだけ楽しそうなことやりやがって。おい、俺もやらせろ」

「ぐぇぇ!」

「お、すまん。唯我か。踏んづけちまった」

「何でですか!? ちゃんと足元見てくださいよ!」

「この面子で一人体うずめて転がっているのも悪い。芋虫か」

「ひどい!」

 

「......賑やかっすね」

「そうだな」

 

 交代し、共にゲームを見る三輪と加山はポツリそう呟いた。

 

「──太刀川さんよわーい!」

「ふん。やり始めはこんなもんだ。すぐに追いついてやるさこんなもん。──あ、あー.....」

 場外にぶっ飛ばされていく二刀流のキャラを見やり、太刀川は力のない声を上げていた。

 

「......加山」

「うっす」

「大丈夫か? 大規模侵攻の時の怪我は」

「大丈夫っすよ。ほら、ピンピンしてるっしょ?」

「.....加山。多分加古さん辺りからもうかなり言われたんだろうがな。無茶をするなよ」

「言われましたねぇ。人でなしとまで言われました」

「.....あの人が怒るのは、本当に珍しい事だからな」

「....」

 

 ああ。

 やっぱり怒ってたんだな、と。加山はそう思った。

 

「黒トリガーと他人の人命。優先すべきは何だ加山?」

「人命ですね。間違いない」

「それは。他のボーダー隊員にとっても同じ事だ。──言いたいことは解るな?」

「うす。──でも、すみません。俺はあの時の選択を後悔してはいないです」

「そうか」

「はい」

 

 三輪は一つ目を閉じて。

 それ以上の言葉を告げられずにいた。

 

「──しかし、賑やかですね」

「そうだな」

 

 喉奥につっかかる言葉を。

 三輪は吐こうとして、吐けなかった。

 

 言えるわけもなかった。

 こんな時に。

 こんな人間に。

 言葉をかける権利を、三輪は持っていない。

 そういう、人間であった。

 



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混線と混濁

「それで──成果はあった?」

「うす。那須さんを足止めする算段は立てられましたね」

 

 徹夜ゲーを終えた加山は、寝入っていた帯島を背負い作戦室のソファに寝かせて自身は寮の自室に戻り一眠り。

 ぐっすりと眠ったのちに、またその足で弓場隊作戦室へ向かう。

 

 そこには。未だ眠ったままの帯島と、壁に椅子を引いて静かに小説を読んでいた外岡がいた。

 

 加山が入ってくると、外岡は「お疲れ様」と静かに言って、自然と太刀川隊での訓練の話になった。

 

「──成程ね。三輪先輩のシールド展開かー。あれが出来れば、確かに那須さんの対策になるね」

「まだあれだけの細分化は出来ないですけどね」

「三輪先輩のあれも、十分に変態技巧だからなー」

 

 本音を言うと。

 加山は実のところ、未だ外岡との距離を微妙に測り損ねていた。

 

 外岡は何というか、非常に掴みどころのない人物なのだ。

 何だかんだ言いながら世話焼きな気質であろう弓場や藤丸や非常に素直で解りやすい帯島と比べて。

 新しく入ってきた加山に対してどういった感情を抱いているのか、掴み切れていない。

 

 とてもよくしてくれているし、優しいのも理解できるが。

 基本的に聞き上手な性格であることも加えて、本心が解らない。

 まあ、本心では実のところ......というようなキャラではないのは理解できているが。それでも少々躊躇してしまう。

 加山としては他の隊員よりも、少しだけ距離がある。

 

「......」

 

 加山はノートを開き、昨日の訓練のおさらいを行う。

 恐らく。これからもこの構成で戦い続けるのならば、シールドの細分化はかなり重要な技術になるだろう。

 次回のラウンドが終わった後もまた、訓練を続けねばならない。

 

 そうしてうんうん悩みながらノートに諸々を書きなぐっていると。

 コトリ、と。茶が置かれた。

 

「はい。どうぞ」

「あ、すみません」

 

 いつの間にか外岡が二人分の茶をカップに入れ、加山の前に置いていた。

 

「ほうじ茶でよかった?」

「ありがとうございます。──ああ、落ち着きますね」

 

 香ばしく、舌触りもいい。

 気分が、何だか落ち着いてくる。

 

「落ち着くよねー」

「ですねー」

 

 何だろうなぁ。

 無理に会話を続けなくとも気まずくならない独自の空気が、外岡にはある。

 ......自然体だ。

 外岡はあ、と一つ呟くと、加山に声をかける。

 

「そうだ加山君。一つ気になってたんだけど」

「はいっす」

「戦闘スタイル、ガラリと変えたけど。今のところ困ってたりはしない?」

「そこら辺は、今のところ大丈夫ですね。──むしろ、今の方がしっくりくるくらいです」

「......人型近界民の記憶の継承、だっけ」

「ですねぇ。──記憶を継いだ奴。最終的に頭がおかしくなりましたけど、元はとんでもない軍事エリートだったので。俺よりもこっちの記憶に合わせて戦った方がとにかくやりやすい」

 

 エネドラの記憶は、加山にとってまさしく死した教材であった。

 トリオンコントロールと空間把握能力。そしてトリオン体の動かし方。

 この辺りに関して、著しい経験をエネドラという記憶媒体から得られる事となった。

 

「へえ~。俺だったら多分混乱しているだろうなぁ。人の戦い方の感覚が入ってきたら」

「...何ででしょうね」

 

 加山自身も、もう少し混乱するものと思っていたのだ。

 他者の記憶が入り込んで、自分の記憶とすり合わせる過程の中で。

 

 だが。

 今のところ。エネドラの記憶と加山自身の記憶は完全に分離され、整理されている。

 

 加山は。

 あの黒トリガーの効果であると考えている。

 

 エネドラの黒トリガーは、使用者の脳機能まで拡張していた。

 拡張を支援した電気信号はないが、拡張された脳味噌そのものが解除と同時に拡縮することは無いのではないのだろうか──と加山は推測している。

 まあ、推測の範囲は超えない訳だが。

 

「多分。それに関する事かな。──昨日鬼怒田さんが加山君を探していたんだよ」

「あ、そうなんですか」

「訓練で外出しています、って言ったら。また後日来るって言って帰った」

「へぇ。──あの黒トリガーで何か進展があったのかな」

 

 ふんふむ。

 防衛任務までまだ時間があるし、鬼怒田さんに連絡して後から技術室に行ってみようかな。

 

「じゃあ、俺技術室の方へ行ってきますね」

「うん。行ってらっしゃい~」

 

 ノートを閉じ、お茶を飲み干し、カップを洗って片付けて、加山は作戦室を出る。

 .....はい。

 先程の会話で理解した。普通にいい人でした、外岡先輩。

 

 

「おお。わざわざ来てもらってすまんな、加山」

 本部技術室内。

 鬼怒田は実に不健康そうな顔色で、加山を出迎えた。

「いえいえ。昨日はいなくてすみませんでした」

「いや。この要件は別に急ぎのものではないからな。──取り敢えず、お前に試してもらいたいことが幾つかあってな」

「黒トリガーですか?」

「ああ。──取り敢えず、一度仮想空間内で起動してくれ」

「了解です」

 

 加山は仮想空間内に入り、その中で黒トリガーを起動させる。

 

「今回、お前に試してもらいたいのは。お前が生み出しているトリオン製の”電流”は、こちらのトリオン機材に対応できるか、という事だ」

「と、いいますと?」

「こちらも、トリオンエネルギーを”電気”の性質に転換して運用しているものが幾つもある。レーダーもそうだし、各種設置されている罠も通信設備も。全てトリオンを電波・電流型に転嫁し使用しておる。──お前から生み出せるその電流も、それと同じ性質に転嫁できるのか。それを試してもらいたい」

「了解です。──俺もその辺りすんごく気にかかっていたので。試せるなら嬉しいっすね」

「それじゃあ。──まずは、この通信機の電波をキャッチできるかを試してみろ」

「了解」

 

 その後。

 加山は電磁波を展開し、技術室から飛ばされる電波を拾う。

 

「──ぬぅ。波長が合わんか。違う電波同士が干渉しあって、ジャックが起きておる」

「干渉しあえるんですね? なら──出力を調整出来れば、キャッチできるはずです」

 

 その後。

 電磁波の出力の上げ下げを繰り返していき──ボーダー側の電波の波数を合わせていけば──。

 

「......聞こえるか、加山」

「聞こえていますよ鬼怒田さん」

 

 聞こえた。

 

「──とはいえ、そっちの指示は聞けますけど。マイク機能がないのでこちらから本部への報告は出来ませんね。やっぱり、単独での使用はやりにくいっすね」

「だな。──だが、一歩前進だ」

 

 基となった素材が近界民故に、通常玄界のトリガーに備えられている機能がこの黒トリガーにはない。

 その最も重大な部分が通信機能がない事であり、基本的に本部が一括でそれぞれの部隊の情報を吸いながら管理し防衛するボーダーの基本思想と全く合わない。

 

 要は不便な黒トリガーであり、この部分をどうするかで大きく運用が変わってくるのだ。

 

「後は。──これだな」

 鬼怒田は、また別の機材を取り出す。

 

「何ですかこれ?」

「管制システムの一部。アンテナを張って位置情報を送受信する遠征艦の機材の一つだな」

「それで。何をすればいいんですか?」

「こいつに──出来るだけ強度を高めた電波を送ってみてくれ」

 

 ふむん、と一つ加山は頷くと。

 指示通り。出力をマックスに上げた電磁波をその機材に流し込む。

 

「──成程。やはりか。この機材の破損までは無理だが、十分にジャミングすることは出来るようだの」

 鬼怒田は機材の中と、それに繋がっているのであろう小型のモニターの数値を何度か見返し、そう呟いた。

「あー。敵の遠征艇への妨害装置として使えるかどうか、ってことですか」

「うむ。前回のアフトクラトルの侵攻においても、基本的に彼奴ら遠征艇を忍ばせてそこから軍勢を差し向けておった。艦そのものにダメージを与えられる方法があるならば、早期に撤退させることも可能であろう」

「あー。確かにそうですね」

 前回。アフトクラトルは窓の影というワープ機能を持つ反則ものの黒トリガーを持ち込んだからこそ、艦を隠しながら進行が行えたが。

 別の国家が襲うとなると......敵の艦そのものも把握できる状況での防衛戦になるかもしれない。

「やはり。この黒トリガーは防衛において非常に秀でた力を秘めておる。このまま少しずつ研究を進めていかねばな」

 ふむん、と加山は呟き。

「いえ。鬼怒田さん。俺は──これは、遠征でこそ使える機能だと思います」

「ほう」

「こいつは、攪乱と索敵に秀でた黒トリガーです。電磁波によるジャミングと索敵。トリオンに対しての干渉機能を使用した破壊工作。──基本的にこの二つの機能が活きるのって、敵地だと思うんですよね」

「だが、十全な機材があればあるほど活きるトリガーであろう」

「勿論。電流を用いた防衛サポート機能も滅茶苦茶高いと思います。──けど、鬼怒田さん。敵地は基本的に全部トリオンで賄われている場所なんですよ」

「.....」

「これは電流・電磁波による干渉機能がメインの黒トリガーです。──敵地であれば、すべからくこの黒トリガーの干渉物まみれという事になるんですよ。これは、遠征でこそ十全に使える代物だと、個人的には思います」

 

 鬼怒田は。

 ああ、と一つ納得した。

 

 ──加山は。近界を完全なる敵対勢力としか見ていない。

 だから。

 この黒トリガーの最大効率を、「敵地への被害」という観点で見出しているのだろう。

 

 そもそもの認識の時点で、かなりの差異がある。

 指摘するべきか、と少し思ったが。

 

 ......加山の過去と、これまでの経緯を思い出し。そして──自らがやっている事も、同時に思い出す。

 

「近界は敵である」という看板で集めた人材。

 それが今のボーダーだ。

 その看板に──乗っかった人物の代表が、眼前の男だ。

 

 だから。

 否定できなかった。

 

「そう.....だな」

 

 と。

 そう力ない言葉を、鬼怒田は発していた。

 

 

 その後。

 加山が技術室を出て作戦室に戻ると──フルメンバーがそろっていた。

 

「加山先輩、申し訳ないッス! 先に寝てしまって、あまつさえ作戦室に運んでもらうなんて......!」

「ああ。別にいいよー。......中学生に徹ゲーさせる女子高生の方がよっぽどおかしい」

 そう帯島が頭を下げる横に。

 

「──で。どうだ加山。何か掴めてきたか」

「うっす隊長。──もうばっちりです」

 

 そう加山は一つ頷いた。

 よし、と弓場は一つ声を上げて。

 

「それじゃあ──。次のランク戦。作戦を決めっぞ」

 

 弓場がそう言うと同時。

 皆は一つ声を上げ──作戦会議が始まった。



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色彩の価値は、きっと等価

「次の相手は.....弓場隊と、諏訪隊ね」

 

 三門市にあるとある住宅の中。

 作戦会議が粛々と行われていた。

 

 ベッドに上半身を起こした女性と、床に座る女性が二人。そして端末から見える塩昆布咥えた女。

 

 那須玲の家であった。

 

「.....諏訪隊とは戦い慣れていますけど、弓場隊は初めてですね」

 端末から、オペレーターの小夜子の声が聞こえてくる。

 遅い昼飯を食べているのだろうか。ポリポリと塩昆布を齧る音が聞こえてくる。

「ずっと上位部隊だったもの。むしろ、何が原因で下位に落とされたのか不思議なくらいよ」

 

 弓場隊は昨期にボーダーを脱退した神田の代わりに、新たに加山を引き入れた。

 その代わりとでも言うように部隊ランクを剥奪され、最下位からのスタートとなり──下位部隊相手に対して虐殺の如き試合を展開していた訳であるが。

 

「あの試合でとても参考になるのが。──玉狛第二との戦いだね」

 

 弓場隊はあの試合の中。エースの空閑遊真を唯一の脅威と捉え、徹底して潰しにかかってきた。

 下位の部隊を足止めし、それを狩りに来た遊真に狙撃手と加山が連携して仕留めにかかり、弓場と連動して狩っていた。

 

「元々上位だけあって、徹底して対策を講じてきてる。中位相手でも油断はしないだろうね。──今回、対策されているのは玲だと思う」

 置かれたテーブルの上で茶を啜りながら、那須隊攻撃手熊谷はそう呟き、那須もまたその声に頷く。

「でしょうね....」

「多分、玲には外岡君が高確率で張り付くと思う。狙撃に警戒して」

「解ったわ」

 

 あの試合で弓場隊の基本戦術が理解できたように思う。

 対戦相手の中で一番の脅威に、隠蔽・狙撃技術共に高水準な外岡を張り付け監視させ、加山が盤面を動かしつつ連携して相手に圧力をかける。

 弓場か帯島のどちらかが加山と合流し、残った一人が浮いた駒を狩りに行く。

 

「真っ先に狩りに行かないといけないのは──加山君でしょうね」

「.....部隊に所属したら恐ろしいことになると思ってはいたけど、これほどまでとはね」

 

 加山雄吾は、熊谷と一度だけチーム戦で戦ったことがある。

 エスクード・ダミービーコン・メテオラを組み合わせた戦術にまんまと引っ掛かり、メテオラの爆撃によって戦線離脱を余儀なくされた。

 

「いつの間にか射手に転向しちゃっているし。──玲は、射手の目から見て加山君の動きはどう見える」

「.....動きがいいわ。不慣れな感じは全くない。とても堅実」

「.....何というか。加山君は以前戦った時は、迷いはないけど動きそのものは鈍い印象があったけど。その辺りも凄く成長している」

 

 部隊に所属してからの加山は。

 純粋に、動きがより良くなった。

 身のこなしの部分もそうであるし、射手トリガーの生成から射出までの速度も大きく向上している。

 元々、その辺りの動きの鈍さをカバーする為に作り上げたスタイルなのだろうが。その弱点すらも克服している。

 段々と、隙のない隊員になってきている。

 

「とはいえ。撃ち合いで私が負けるつもりもないわ。──加山君は、私が狩りに行く」

「.....マップ選択権があっちにある分、難しいだろうけど。速攻で仕留めなきゃね」

 

 作戦会議が続く中。

 珍しく──口数の少ない者が、いた。

 

「大丈夫? 茜」

 そう熊谷から声を掛けられ、は、と声を上げて

「す、すみません! ちょっと考え事をしていて....」

 

 その謝罪の言葉に。

 皆が、皆。沈痛な表情を浮かべていた。

 

 日浦茜。

 

 ──このシーズンを終え、中学を卒業すると同時に、家を引っ越す。そう両親に告げられていた中学三年生であった。

 

 

 ──また、心配かけちゃった。

 

 日浦茜は。

 とぼとぼとボーダーの食堂に向かっていた。

 

 彼女はとにもかくにも感情表現が豊かな少女で、その裏返しの側面として──感情をすぐに表情に出してしまう。

 隊の皆にも、ともに訓練する狙撃手の仲間にも、とても心配をかけられている。

 訓練を終えて。後は特に用もなく食事をして家に帰るだけ。

 換装を解いて生身の肉体に戻って、食堂に向かっているのだが。

 表情は、晴れない。

 家に、帰りたくない。

 

 ──大規模侵攻後、ボーダーを脱退する人間の数はとても多い。

 

 何せ、実際に隊員が攫われているのだ。

 市民の死者がゼロだったのは大いなる進歩だろう。

 だが。それ故に──ボーダーのC級隊員が攫われた事実が大きくクローズアップされる事となる。

 

 ボーダーにいることが、危険とイコール関係になる。そう考える人間がとても多くなったのだと思う。

 日浦茜の両親も、そういう人間の一人だ。

 

 ボーダーが必要な組織であることも。トリオン兵の駆除も誰かがやらなければいけないことだと解っている。

 でも。

 その役割を──自分の愛娘に負わせたくない。

 

 そう思う気持ちも、重々に理解できる。

 だからこそ、納得できない。

 

 自分は。

 誇りをもってこの仕事をしている。

 仲間もいて。

 大事な、かけがえのない友達もいて。

 

 ──それを、全部奪われなければいけないのか。

 

 嫌だ。

 それだけは、嫌だ。

 

 でも、嫌だと思っても。

 どうすればいいんだろう? 

 

「.....」

 

 悩めば、悩むだけ。

 表情に出る。

 

「──ありゃ。日浦さん。どうしたの?」

 

 食堂につき定食を頼み席について。

 でも一口も食べる気がしなかった。

 食事を前に沈痛な表情をして一口も口に運ばないその姿を見て──対面の席に座った同級生が、声をかけた。

 

「あ.....加山君」

「奇遇っすね。訓練終わり?」

「うん」

 正直な所。

 加山と日浦はさほどの面識はない。

 

 年齢が同じなだけで、ポジションも違うし入隊時期も違う。

 そんな特に面識もない人が心配するくらい──今の自分はひどい顔をしているのだろう。

 

「飯、食えない? 体調悪いなら医務室に連れて行こうか?」

「あ、ううん! 大丈夫!」

 

 いけないいけない。

 全く、人に余計な心配させてどうするんだ全く。

 自分でご飯を頼んで食べずにじっとしていたら心配をかけるに決まっている。

 そう思って急いで汁物だけでも手にかけようとして。

 

「あ」

 

 器がすべる。

 床に落ちたそれがからん、と音がすると同時──日浦茜の制服にべちゃりと、汁が零れた。

 

「.....」

「.....」

「今、那須隊の作戦室、誰かいる?」

「.....」

 基本、那須隊は作戦室を使用しない。

 ぶんぶんと、茜は首を横に振る。

 

 加山は。

 無言のまま、──作戦室に連絡を入れる。

 

「帯島? 今作戦室にいる? この後用事はある? ──オッケー。ちょっと一人お客さん連れてくるから、何か着替えがあれば用意してて。ジャージとかスウェットとかでいいから。うん、すまん。ちょっと待ってて。すぐに連れてくるから」

 

 と、いう訳で。

 加山は日浦茜を作戦室まで連れていくこととなった。

 

 

「....ずびば、ずびばぜぇん.....! どわぁぁぁぁ」

「いや、いいんだけどさ...」

 

 その後。

 作戦室で帯島のジャージに身を包んだ茜は、もう辛抱できなくなったのか涙を流して謝罪の言葉を繰り返していた。

 その様子に帯島が必死になってなだめる構図が暫く続き、加山は何をすればいいかわからず遠目で目を泳がせていた。

 

 現在。

 弓場隊は幸か不幸か帯島と加山以外の隊員は出払っていた。人数が少なく茜が人目を気にせずに済むという点ではいい事なのだろうが、こういう時に大いに頼りになるであろう藤丸がいないのは非常にマイナス。

 

「それで.....その、何があったの? 日浦さん」

「.....」

「いや。無理に言う必要はないんだけど。──まあ、ほら。一応人並みに心配はしているんだよ。こう見えても」

「先輩。色々言葉に予防線張る必要もないッスよ.....」

 

 うん。

 自分でも予防線張りまくりの酷い台詞であることは重々に理解できているけど。

 されど仕方なし。

 これまでの人生、本当に初めての経験なのだから。

 とはいえ、言っていることに偽りはない。

 心配しているのだ。本当に。

 

「その....」

 

 それは、十分に伝わったのだろう。そして、色々と限界でもあったのだろう。

 

 茜は──二人に全てを打ち明けた。

 

 

「.....」

「.....」

 

 両親が、引っ越しを決めた。

 

 だから──ボーダーをやめなければいけない。

 ああ。

 そうか。

 

 ──そりゃ、そうだ。

 加山は、思う。

 ──当然の思いだ。あんな侵攻があったんだ。

 

 心配するのも当然だ。

 娘の命を守りたいと思うのも、また。

 

 帯島もまた──その話に、真剣な表情をしていた。

 同じだ。

 彼女も──そう両親に言われても、おかしくない状況なのだ。

 

 

 生半可な言葉を言う訳にはいかない。

 せめて。

 自分が言える本気の言葉を──茜に告げよう。

 そう加山は決めた。

 

「日浦さん」

「....」

「俺は──日浦さんの親御さんのいう事を、否定することはできない。多分、那須隊の皆も同じだと思う」

「....はい」

 言えるわけがない。

 ここにいる誰もが、三門市に住む人たちを守りたいと思うように。

 親は、子を守りたいのだ。

 加山もまた。

 そんな親の思いで生かされた命なのだから。

 

「でも」

 

 でも。

 それでも。

 加山は──その先の言葉も、また言ってやりたかった。

 

「──その親の思いを突っぱねる権利が、日浦さんだけにはあるんだ」

「あ....」

 

 日浦がボーダーにいたいという思い。

 親が、そんな意思を挫かせてまで子を守りたいという思い。

 

 どちらも等価だ。

 他者がその価値の大小を決められるわけもない。

 ただ。

 ──自分の思いが、誰よりも大きいと信じる権利は、誰にでもあるんだ。

 

「多分だけど。うちの隊長ならこういうと思う。──悩む余地のないくらい、全力で戦ってこいって。どんな手段を使ってでも。自分の意思を通す為に手を尽くせって。全力に全力を尽くして、それでもダメなら──多分、後悔は生まれないだろうから」

 

 悩み、後悔するのは。

 その余地がまだあるからだ。

 これ以上はもう駄目だ、という所まで。

 全力で戦う。

 

「でも、そんな我儘....」

「これは親が共々死んでしまった人間だから言えるけど。──今のうちに我儘言っておかないと、いつか親を後悔させることになると思う」

「後悔....」

「自分のエゴで、子どもに大きな後悔を残してしまったって。そのわだかまりが解消されるまでに──親が生きている保証はないんだ」

「......!」

 

 帯島もまた。

 とても、とても意外そうな表情で加山を見ていた。

 らしくない台詞であると、加山自身も理解している。

 

 でも。

 愛を持って育てている両親がいる彼女だからこそ。

 本気の言葉を、言ってあげたかった。

 

「全力で、戦ってみるんだ。家出も籠城も上等。本気で喧嘩して、自分の意思を通してみるんだ。──その先に、多分見えるものもあるだろうから」

 

 その言葉に。

 ──茜の表情に、喜色が徐々に戻り始めた。

 

「──はい!」

 そして。

 

「日浦茜! ──全力で戦ってきます!!」

 

 そう宣言した。

 

 

 その後。

「ありがとうございました────! 今度のランク戦、お互いに健闘しましょ──────ー!」

 茜は帯島と話しているうちにとても意気投合したようで。制服が乾くまでの間ずっと喋り続け、連絡先も交換して、ぶんぶんと両手を広げて威勢よく帰っていった。

 

「上手くいけばいいなぁ」

「そうッスね。──はい、先輩」

「ん?」

 

 ピロリン、と携帯が鳴ると同時。

 加山にもまた──日浦の連絡先が送られてきていた。

 

「見直したッス。先輩」

「そりゃどーも」

 

 一つ息をついて、加山はソファに沈み込んだ。

 慣れないことするもんじゃねーや、と呟きながら。



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ランク戦ROUND2 ①

ランク戦中位第2ラウンド、昼の部。まもなくはじまりまーす」

 

 陽気な声が、実況・解説室に響き渡る。

「実況はこの私、宇佐美栞。解説には──」

 

「風間隊、風間だ」

「....香取隊、香取デス」

 

「以上三名でお送りさせていただきまーす!」

 

 人物が紹介されると。

 少しだけ場内がざわついた。

 

 ──香取葉子。

 

 何故。

 この女が解説席に座っているのか──。

 

 彼女の性格はボーダーに広く知れ渡っている。実力に微妙に裏付けされていない高慢かつ俗な性格で、──このような場所にわざわざ出てくるような人物ではなかったはずだ。

 

「....うーん。やっぱりムカつくわこの反応。予想はしていたけど.....!」

「今までの行動の積み重ねだな。大いに反省しろ」

「....はい」

 

 現在。

 香取は風間に師事している。

 その中で──他部隊の戦闘を俯瞰から眺めることもまた勉強になるだろう。そう判断した風間が彼女を引っ張り出し、解説席に座らせたのであった。

 

「いやー! 珍しい方が解説席に来ましたねー! ──さて、今回のラウンドは弓場隊・那須隊・諏訪隊の三つ巴戦ですが、マップ選択権のある弓場隊が選んだのは──」

 

 画面に、マップが選択される。

 

「──市街地Cです」

 

 市街地C。

 急勾配の住宅地地帯で、高低差のある構造となっているマップだ。

 

「弓場隊はどのような狙いでこのマップを選択したと思いますか?」

「...」

 風間は軽く香取に視線を向け、それを実に嫌そうに見返しながらも、一つため息をついて話し始める。

 

「多分だけど。急勾配の立地を利用して移動に制限をかけていくつもりじゃないの?」

「ほほう。移動の制限」

「弓場隊の大きな強みの一つが、自由に壁を作って道を塞げること。加山がマップの上を取ることが出来れば、それだけで大きな有利を取ることが出来る。壁作って上からハウンドを降らせておけば、特に狙撃もできないし中距離も散弾しかない諏訪隊なんか一気に死ぬ」

 

 その解説に、一つ風間も頷く。

 

「弓場隊は四人の隊員のうち三人が中距離で戦える隊員だ。その上で狙撃手もいる。上を真っ先に取ることが出来れば、一方的に中距離戦を仕掛けることが出来る。その分では、大きく有利を取ることが出来るマップと言える」

 しかし、と風間は言う。

 

「これは諏訪隊に対しては非常に大きな効果を持つが──射手のマスターランクである那須と、狙撃手の日浦が部隊にいる那須隊の対策になっているとは言い難い。もう一つ──気候の部分で手を打ってくる可能性が高い」

 

 先程の有利は、弓場隊が”先に”高所を取れた場合、という付帯条件が付いている。

 中距離に秀で、高い機動力を誇る那須がそのまま高所を取った場合、その条件が崩れることとなる。

 

「成程。──では、気候部分でどのように仕掛けてくるかも見所ですね」

 

 そうして。

 事前説明が終わると共に、カウントが表示される。

 

「さて、残り僅かでランク戦がスタートします。目を見開いて、見にくい方は是非とも眼鏡を着用して、しっかり見ていきましょう~」

 

 

「市街地C! ざっけんな! クソマップじゃねーか!」

 

 さて。

 諏訪隊作戦室。隊長の諏訪は通告されたマップを見て荒れに荒れていた。

 

 中距離・遠距離での戦闘手段を持たない諏訪隊にとって、まさしく鬼門と言えるマップであった。

 

「油断してましたね.....弓場隊は昨年までずっと市街地Bを選んでいた部隊だったのに」

「あー! これで考えていた対策全部パーだざっけんな!」

「諏訪さんうるさーい」

 

 はぁ~っと一つ溜息をついて。

 諏訪はそれでも方針を伝える。

 

「こうなったらしゃーねぇ。せめて合流して固まって動くぞ。出来れば那須隊と弓場隊カチ合わせてその隙に上に行きてぇな」

「....事前で立てていた、加山君を真っ先に狙いつけるのは変更なしですか?」

「おう。──あいつが本当に目障りだからよ。さっさと始末するに限る」

「了解です」

 

 こうして。

 諏訪隊の方針は、パッと定まり──細かい話し合いが続けられていた。

 

 

「.....市街地Cね」

「特段、こちらが不利になる要素はなさそうね」

「ええ。──でも何か仕掛けられてくるかもしれないから、油断だけはしないようにね」

「はい!」

 

 那須隊は。

 事前の方針がもう定まっているのか。意外なマップ選択にも慌てず騒がず。そのまま時が来るのを待っていた。

 

 

「ほいじゃあ──。そろそろ始まりますので。皆さん、メテオラは持ちましたかー」

「おう」

「はい!」

「それじゃあ。──いっちょ、やってやりますか」

 

 そうして。

 ──各部隊、転送が始まる。

 

 

「さあ、転送が始まりました。──マップは、市街地C」

 

 そして。

 

「これは──!」

 

 鳴り響く水の音。

 ごうごうと響き渡る風切り音と、ざあざあと打ち付ける雨の音。

 

「──えぇ...」

「.....暴風雨、か」

 

 弓場隊は。

 気候条件を、暴風雨に設定していた。

 

「さあ。それぞれの部隊の配置は、以上のようになります」

 

 東側の高所に加山、熊谷。

 

 西側の高所に那須と笹森。

 

 下層部分に弓場、帯島、外岡、日浦、諏訪、堤がそれぞれ散らばる形。

 

「──マップ選択した分、弓場隊の動き出しが速い」

 

 加山は即座に住宅地を西南方向に走り出し、帯島と外岡が合流に向かう。そして弓場は単独、西側へ向かっていく。

 

「マップ上層に、狙撃手が誰もいない」

「という事は──上で生き残った奴の部隊が、一気に有利を取ることになるわね」

 

 住宅街の中、ごうごうと打ち付ける暴風雨は。

 叩きつけられる雨量がそのまま、上から下に流れていく。

 その勢いは尋常ではなく、マップ全体が軽い浸水状態となっている。

 

 下から上へ向かう動きが、大きく制限されることとなる。

 故に。

 上に向かうのが難しい分──下から上げるための援護が重要になってくる。

 

「さあ。開幕から実に波乱な滑り出しとなりましたが──これがどうなってくるのか。見ていきましょう」

 

 

「──クソッタレ。マジで俺たちを殺しにかかってんな」

 

 市街地C。

 そして暴風雨。

 

「──まあ、お前とさっさと合流できたのが不幸中の幸いか」

「ですね」

 

 諏訪と堤はマップ下層部分で互いに合流し、共に東側の道へと向かって行っている。

 

「弓場のヤローはバッグワームつけてねぇな。あいつが西側に向かって行ってるってことは。そっちに敵がいるってこった」

「ですね」

「よし。だったら俺たちは東側からシールド張りつつ上へ向かって──そのまま加山を見つけるぞ」

 

 そして。

 

「ケッ。出たようざってぇ」

 撒かれていくダミービーコンが次々と起動していく。

 

「とはいえ、ここではあんまり意味がないでしょうね。高所にいれば、位置はバレバレだ。──なぁ、笹森」

「はい」

 

 笹森は、西側の台地から加山を補足していた。

 

 加山は東側の住居区画から西南へ向かい、高所の中央地点へ向かって行っていた。その様を、笹森はしっかり視認していた。

 

「笹森。このまま加山の位置を監視し続けろ。俺達が東側から回り込んだ段階でアイツの足止めをして──連携して仕留めるぞ」

「了解です」

 

 加山はとにかく移動速度を重視しているのか、ダミービーコンを撒くのもそこそこに、住居から住居に身を隠しながら向かうでもなく、一直線に西南へと向かっていた。

 

「アイツ何をするつもり──って、ええ!?」

「どうした笹森!」

「加山が立ち止まって、メテオラを置いて.....そのまままた東側に戻って行って」

 

 加山は住居の細々とした路地の中心にメテオラを置き、そのまま幾つかの地点に細々としたそれらを置いていく。

 

 上層の中心から東側に向かって。

 大きなキューブを一つ置き、残りは細々としたそれを撒きながら──加山は向かって行く。

 

 そして。

 加山が十分な距離を稼いだ瞬間。

 

 それが、炸裂する。

 

 炸裂音と爆撃音が鳴る──その瞬間。

 ぶしゅ、という音も同時に響く。

 

「あいつ、まさか.....」

 

 メテオラが破裂したその場所から。

 水が湧き出てくる。

 

「──諏訪さん! 下がって!」

 

 湧き出た水は爆撃と共に噴水のように湧き上がる。

 

「──加山が下水管を壊した! 一気に水が来ます!」

 

 雨水を処理する為に設置された、雨水管。

 それを加山は破壊した。

 

 急勾配の市街地の雨水を下層に向けて流し込むための、設備。

 それが爆破によって破壊され、行き先を見失った雨水が地下から溢れ出ていく。

 

 溢れ出る水の更に上へと向かって行く加山。

 嵩増しされた水が上層の住宅までも浸水の枠を広げていく中。

 加山は上層の地盤の幾つかを、アステロイドで貫いていき、そして大型のメテオラを住居と、上層と下層を分ける中間にある道路に叩きつける。

 それを幾度か繰り返し──流れゆく雨水に、住宅の瓦礫や砕かれた地盤も混じり、軽い地滑りのような状態となった。

 

「.....」

 

 結果。

 

 諏訪たちが向かおうとしたルートは、丸々潰れる事となった。

 

 瓦礫に埋もれたそのルートは雨足があまりにも強く、そして粉々に砕かれた区画が穴となり視認が容易い。

 故に。

 

「うおおお!」

 

 加山は自身の前方と西側に幾つかエスクードを設置し。

 そして──諏訪と堤に対してハウンドを放っていく。

 

 前方の障害物を一気に叩き壊したことで、両者の位置が丸見えとなったのだろう。加山はすぐさま位置を補足し、両者に弾丸を降らせていく。

 

「ああ、畜生!」

 

 諏訪はそう呟くと、たたらを踏んで西側へ逃げていく。

 

「堤! 無事か!」

「なんとか......!」

 

 幸い、距離があったためそこまでの威力はなかったが。

 序盤、不利なマップで弓場隊に位置を把握された、という事実が何よりも重い。

 

「クソッタレ.....マジで一筋縄じゃいかねぇなあの野郎共.....!」

 

 瓦礫に埋もれる高台を見て、憎々しげにそう諏訪は呟いた。

 

 

 弓場隊の作戦は。

 

 ①上層の雨水管を破壊し、上層から下層に繋ぐラインを浸水させ、潰すこと。

 ②加山がいる反対方向から隊が上層へ向かう事。

 

 この2点だ。

 今回加山はこの作戦をとるにあたって、市街地Cのマップをじっくりと実地にて訓練を幾度も行った。

 雨水管の位置。地盤の崩し方。住居の位置関係。雨水の通り道。

 これら全て頭に入れた上で──状況を整理した。

 

 恐らく二隊とも自身をまず潰しにかかるであろうこと。

 そして潰すために最短経路で向かうことが予測されること。

 

 故に。

 加山はマップのどちらか──東側か西側、どちらかに寄る形で動くことを決めていた。

 

 加山の初期配置が、上層でも下層でも同じこと。

 

 初期配置が下層なら、他の仲間たちのメテオラで雨水管を破砕すればいい。

 

 そして──加山を狩り出すために、有利な上層からわざわざ人員を送り込んでくれるならよし。放置するならば下層からエスクードとメテオラを組み合わせて狙撃対策を行ったうえで圧力をかけていけばよし。

 

 そして、今。

 加山が、加山の正面のルートを潰したことで。

 弓場が向かっている西側のルートを、下層の人間は向かわざるを得ない。

 

 弓場と対面するリスクを負いながら、ただでさえ危険な上方向への移動を敢行しなければならない。

 

 どう転んでも、隊に利益がある作戦だ。

 

「さあて」

 

 後の加山の役割は。

 一秒でも長く──この高層地帯で生き残ること。

 

 生き残れば生き残るだけ。自分を狙う人間が寄り集まり、そして食い合って死んでいく。

 弓場か帯島・外岡が上層に来るまで時間を稼げれば、自分の役割は終わりだ。

 

「西側からの狙撃はない。という事は、日浦さんは下層にいるのか。──後は」

 

 見える。

 西側から笹森が向かってきているのと。

 下から熊谷が様子を伺っている事と。

 

 そして。

 

 ──弓場以上のスピードをもって、こちらに向かってくる那須玲の姿が。

 

「ここからが俺の真骨頂。──しぶとく、ゴキブリのように逃げ回ってやりますわ」

 



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ランク戦ROUND2 ②

加山により雨水管が破られ、浸水と地滑りが巻き起こった直後。

 実況の宇佐美はうひゃー、と驚きながらも、解説の二人に話題を振る。

 

「いや、本当に驚きましたね。急勾配の地形をこのような形で使うとは。お二方は今の加山隊員の戦術についてどう思われますか?」

「うざったいことこの上ないわね」

 香取は、憎々しげにそう呟く。

 

「弓場隊は全員射程のある武器を持っているから、敵の足が止まってくれれば止まってくれるだけ得をする。その上で東側のルートが完全に潰されたから.....弓場さんのいるルートの付近を自然と通らざるを得ない。やられた側からすればたまったものじゃない」

「.....自分が真っ先に狙われることが解っていたんだろうな。だから人を集めて、一気に被害をもたらす方針で作戦を立てたのだろう」

 この作戦は。

 何よりもまず──実行者である加山の居所がすぐに判明してしまうという大いなる戦術上の弱点がある。

 しかし、初めから相手をする両隊に狙われている事を理解していれば──その弱点を活かすことが出来る。

 

 自身という的に向けて向かってくる相手に、一方的な不利益を与える。

 

「最初から狙われることが解っているならば──狙ってきた相手に徹底して不利益を与えるように立ち回れる。──香取のうざい、という表現は正しい。加山を真っ先に狙ってきた人間から、被害を受けている」

 

 とはいえ、と風間は続ける。

 

「西側の建造物はそのままだ。あの間を抜けて──那須が来ている」

 浸水している地上ではなく、周囲に点在する建造物の間を飛び跳ねながら──那須玲は、加山のいる地点へと向かって行く。

 最初に加山の位置を補足し動向を見守っていた笹森と異なり、那須は西側から迂回してきた弓場隊に近く、そちらに意識が向いていたのだろう。幾らか遅れて、加山に向かう。

 

「那須に足止めは効かない。──逃げるにせよ、相手をするにせよ、加山の周囲にいる笹森と熊谷を速やかに処理しなければ加山の命もここまでとなる」

 

 

 西側から笹森がカメレオンを起動し加山に向かい。

 眼下から熊谷が向かう。

 

 ──この状況下での弧月を使う攻撃手はあまり怖くない。

 攻撃手が射撃を掻い潜れるだけの地形条件が死んでいる。足は動かないし射程でもこちらに分がある。──遊真や香取のような機動力を持つ攻撃手でもなければ、2対1でも特に怖くはない。

 

 その上で。

 自分にはエスクードがある。

 

 浸水と爆撃によりまっさらになった地面の上。

 加山はエスクードを作成し、その上に飛び乗る。

 

 飛び乗ったエスクードの上からも──自身の四方をエスクードで固めていく。

 

 自身の周囲が、降りしきる雨水が溜まり水嵩が増していく。およそ、膝が埋まる程度の水量であろうか。──攻撃手、特に弧月使いともあれば戦いにくいことこの上ないだろう。

 壁で水を貯め相手の機動力を殺し、こちらは一方的に高所を取る。

 それが──ここにおける最適解であろうと、加山は判断する。

 位置を確認。

 笹森は物陰でカメレオンを解除しバッグワームを着込んで右手側に迂回中。

 熊谷は下側の住居の影からこちらの動向を探っている。

 よし。

 これならば大丈夫であろう。

 

 そう判断した加山は──笹森と熊谷にハウンドを浴びせていく。

 

「ぐ.....!」

 

 笹森も熊谷も、隊の仲間と連携して加山を仕留めんと狙っていた。それ故に、最初の段階で手出しができずにいた。

 しかし──予想外の戦術により諏訪・堤は迂回を余儀なくされ、那須は西側の警戒に意識を割いていた分だけ遅れて向かっている真っ最中。

 両隊とも加山を仕留めるために合流が出来ない中、二人の位置が加山の戦術で炙り出される形となった。

 

「こんなもの.....!」

 熊谷は旋空をもってエスクードの壁を斬り裂く。

 壁がこちらの動きを阻害するならば、斬り裂いていけばいい。

 しかし、──その動きも当然想定済み。

 

 斬り裂かれたと同時に加山は周囲に散らしたアステロイド弾を即座に熊谷に放つ。

 壁が壊されれば。

 高威力のアステロイドの射線が通る。

 

 そして、放ったアステロイドに回避動作を余儀なくされる間に、新たなエスクードを生成し、修復する。

 ぬかるみ、雨水が流れ込む急勾配の地面。どうしても回避が遅れ、散らされた弾丸の幾つかが熊谷を貫いていく。

 

 ──足場がぬかるんで、力が籠められない。なのに、敵が上にいる。

 

 ぬかるむ地面を、水の流れに逆らいつつ、そして加山が作り出す壁と射撃を掻い潜り、向かう。最初のうちに加山を仕留められなかったことで──この高低差が一方的に不利を押し付けられる最悪の条件として顕現している。

 

 自らの不利な状況を理解し──熊谷は笹森の動向に目を光らせる。

 笹森とて、この状況の元凶である加山は仕留めたいはずだ。下方にいる熊谷が足が止まっているならば、笹森側からもアプローチをかけねばならないはずだ。

 その意図に──笹森は乗ってくれた。

 

「──この!」

 

 笹森はカメレオンをもって加山の弾丸を掻い潜り、──彼もまたエスクードの足場の上に立つ。

 同じような足場を二つ挟んで、加山と笹森は向かい合う。

 距離は四メートルもない。

 これならば──いける! 

 

「──くらえ!」

 そのまま旋空を加山に叩き込もうとして。

 

 壁が、地面から消える。

 

「──あ」

 

 エスクードは出すことも、仕舞う事も出来る。

 単純であるが、その仕様を笹森はこの瞬間頭から抜けていた。

 

 再度加山の眼下に叩き落された笹森は、尻もちをついて地面に落ちる。

 

「うわ、わっぷ」

 

 仕舞ったエスクードが貯め込んだ雨水の本流を全身で受けながら──笹森の背後から更にエスクードが生える。

 エスクードは、発生するスピードそのものも凄まじい。

 背中側から這い出てきたエスクードで背中を叩きつけられ──笹森はジェットが打ち出されたように空中に吹き飛ばされる。

 

「ハウンド」

 

 加山はその瞬間、ハウンドを放つ。

 そのハウンドは空中で回避手段のない笹森に向かう軌道を描きながら──

 

「.....読まれていたか」

 

 笹森の対処をしている間に近づいてきていた熊谷に向け軌道を変える。

 熊谷はシールドを張りそれを防ぐものの。

 次弾に放たれたアステロイドの弾丸まで防ぐ事叶わず──緊急脱出。

 

 こうして。

 熊谷は始末し、笹森は下の道路まで吹き飛ばした。

 

 ....よし。

 ここで加山は那須を迎え撃つ前に──熊谷と笹森を戦線離脱させることに成功した。

 

「さあて。──後は那須先輩の対処をするだけだな」

 邪魔者を片付け。

 迎え撃つは──高機動型弾馬鹿姉ちゃん、那須玲。

 

「.....エスクードの用意ヨシ。シールドの装着もヨシ。足も削れていない。──さあ」

 加山は周囲にエスクードを次々と撒きながら。

 呟く。

 

「逃げるか」

 

 撒いたエスクードの下に掻い潜り。

 加山雄吾は那須の反応をレーダーで捉えながら──逃走を開始した。

 そう。

 あくまで加山雄吾の役割は時間稼ぎ。

 まともに真正面から戦う気など毛頭なく──彼はそのまま走り去っていった。

 

 

「く...」

 位置を晒した加山を狙い向かって行ったものの。

 笹森は──周到に用意された加山の罠に引っ掛かり、下まで叩き落されてしまった。

 

 叩き落された場所は。

 道路。

 下層と上層を繋ぐ、中間地点。

 

 現在笹森は空からここに降ってきた。

 周囲に障害物もないまっさらな場所に。思い切り自らの位置を晒しながら。

 その意味は。

 ──他部隊の狙撃手から、自分の位置は丸見えで。狙撃の射線は全方位何処も通っている事を意味する。

 

「やば.....!」

 そう思い下層へ飛び込んだ瞬間──頭が吹き飛ぶ。

 

 下層の高層建築物から、──那須隊、日浦茜が狙撃を敢行していた。

 

「.....くそ!」

 

 暴風雨の中といえど、障害物もない場所に打ち上げられた状態では狙撃手のいい餌だ。

 

「.....」

 撃った茜は、一つ息をつくと。

 すぐさまその場から動き出した。

 

 

「──日浦の位置が補足出来たな。帯島ァ、外岡ァ」

「ッス」

「はい」

「今上層の連中は加山に向かって行っている。外岡はそのまま高所を取って狙撃地点につけ。俺と帯島で──西側に向かってきてる諏訪隊の二人をぶっ潰す」

 

 現在。

 上層にいた熊谷と笹森は既に緊急脱出し、残すところ加山と那須のみ。

 東側のルートを潰され迂回してきている諏訪と堤。

 そして笹森を仕留めた日浦。

 

 日浦は下層にいて、その上で位置も補足出来ている。今のところさほどの脅威はない。

 

「──ここで陣取る。諏訪サンと堤サンの二人は必ずこの近辺に来る。後はぶっ潰すだけだ」

 

 

「──弓場隊が1ポイント、そして那須隊が1ポイント。加山隊員のエスクードと射手トリガーを巧みに組み合わせた戦術により弓場隊が先取。その後、上層よりエスクードで吹き飛ばされた笹森隊員を日浦隊員が狙撃によりポイントを稼ぎました。一方下層では西側で弓場隊長、帯島隊員が待ち構える中、外岡隊員が道路を渡り上層へ向かいます。諏訪隊の両名は西側に待つ弓場隊の両名を監視しつつ徐々に間合いを詰めていっています」

 

「.....地形での利を生かしたな」

 風間は一連の流れを観察しつつ、そう呟いた。

 

「エスクードで足場を作り、そして足元に水を貯める。攻撃手で、かつ射撃トリガーを持たない二人が取れる選択肢を潰していた。周到な奴だ」

「選択肢、とは何でしょうか風間隊長」

「エスクードを崩すか、同じ高度を持つ足場に立つかの二つだな。熊谷はエスクードを崩そうとして射撃が叩き込まれ、笹森はエスクードの足場に誘い込まれ罠にかかった。──メテオラで空いた地形上にエスクードを作ったからこそ出来た戦術だ。他に足場がないから、加山がコントロールできるエスクードに行くしかない」

 下はぬかるみ、水がたまった地形。

 ここで高所を取られているのならば、高所から加山を引きずり落とすか、自身が同じ高所に行くしか選択肢がない。

 加山は周囲の障害物もまっさらにしたうえで──その選択肢に対する解答を用意していた。

 壁を斬れば、そこに射線を通し再度壁を作る。

 壁を登れば、壁を引っ込めて下に引きずり降ろす。

 

「あの場合、足場がなくなる前にすぐあのチビに突っ込まないといけなかったわね。まあ、暴風雨の中で一瞬で踏ん張りきかせて飛び掛かれ、ってのも難しい話だろうけど」

「恐らく。相手が空閑のようなタイプだったなら別の仕込みをしていただろう。──戦術の引き出しの多さ、という部分が加山は抜きんでている」

「とはいえ、那須さんが来たらもうお終いでしょ。──並みの射手じゃ太刀打ちできないわ」

「あそこまで仕込みに仕込んでおいて那須の対策だけはしていません、はあまり考えたくないな。──何かしらしてくれるだろう」

 

「話をすれば。那須隊長が加山隊員に向け、フルアタックのバイパー攻撃を放ちました」

 

 加山に向かっていた那須玲の両腕から、バイパー弾が浮かび上がり、放たれる。

 飛び立つような左右の軌道から弾丸が向かい来る。

 その姿を見て──画面上の加山が憎々しげに目を細めながらも──口元は、笑っていた。

 

「──どう乗り切るのか。見せてみろ」

 

 風間はその弾丸の行く先を──ジッと、見ていた。



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ランク戦ROUND2 ③

「.....くまちゃん」

 

 周到に仕掛けられた戦術により、──熊谷は落とされた。

 西側の地点。

 雨水管を破壊し濁流が流れゆく中。

 

 ──自ら作り上げた壁の上に立ち、加山雄吾が那須の視界の中に現れた。

 

「仇は討つわ」

 

 ランク戦の最中で親友が討たれたとて、それを根に持つような人間ではない。

 とはいえ──ランク戦でできた借りは、その中で返してやる。

 そう思考しているだけだ。

 

 

「──でも。もうあらかた弓場隊の勝利で決まりじゃない?」

 

 香取は動いていく盤面を見つつ、ポツリそう呟いた。

 

「ほほう。香取隊長。その心は」

「単純に──弓場隊だけがフルメンバーで生き残ってて。その上でもう狙撃手の外岡が上を取っているから」

 そもそも、と前置きをしつつ──香取は言う。

 

「このマップは加山がしっちゃかめっちゃかにしたから忘れられてるけど。基本的に一番射程長い奴が上に立ったらもう勝ちなの。その条件をもう弓場隊は満たした」

 

 高低差の激しいマップ条件の中。基本的な戦術は──上を取ること。

 加山が諏訪隊を押し流し、熊谷と笹森をやり過ごしている間に──那須隊の日浦よりも早く外岡が上を取った。

 

「ここで那須さんが加山を仕留めた所で。結局那須隊は弓場隊の残りを片付けなければトップには立てない。そして、その通り道には外岡がいる。それは那須さんも解っているだろうから──フルアタックが封印されている状態で弓場隊長と戦う事となる。かなり無茶な条件よ」

「ふんふむ。──風間隊長はこの意見に異論は?」

「ない」

 

 風間も、香取の発言に対して特段の異論は挟まない。

 

「そもそも弓場隊は元々上位部隊だ。その部隊がマップ条件すら決めて中位部隊と戦っているんだ。勝ってもらわなければ困る。──この場面。加山が落ちようが落ちまいが弓場隊が十中八九勝利する」

 とはいえ、と風間は続ける。

「ここで那須相手に生き残れるかどうかが──弓場隊が上位で躍進できるかどうかの分水嶺だと思っている」

「ほうほう。──そこまでしなければ、神田さんの代わりは務められないと」

「単純に。加山が神田以上の駒にならなければ、現在のランク戦でA級に上がるなど無理だろうからな」

 

 風間は知っている。

 ──弓場隊が何故に加山を引き入れたのかを。

 隊を下位に沈めてでも。隊長自らがポイントを没収されてでも。引き入れたその意味。

 

 だからこそ。

 ──加山が背負う責任は、意外と重いのだ。

 

 

 シールドをセットし。

 ──軌道を、見る。

 

 よし。

 距離が離れている分だけ。バイパー弾の威力も速度も低い。

 すぐに起動するな。

 ギリギリまで視認し、軌道を頭に叩き込んだ上でシールドを張れ。

 そうすれば──これが出来る。

 

 バイパーが曲がる通り道に。

 小さなシールドを置く。

 

 最小限に分割したシールドを細かく散らす。

 

 弾丸がシールドと衝突し、消滅していく。

 散った弾丸の全てを消そうだなんて思わなくていい。

 ただ。

 自分の回避先を担保できれば、それでいいのだ。

 

「......おぉ!」

 

 出来た。

 出来た! 

 

 回避、出来た。

 

「.....三輪君の分割シールド。トリガー構成的にフルガードは出来ないとは思っていたけど...」

 

 那須はそう呟きつつ、更なる弾丸を用意していく。

 が。

 

「──そうはさせねぇっすよ那須さん」

 

 加山はハウンドを手に、那須に放つ。

 

「....」

 那須は顔をしかめつつシールドで幾つかの弾丸を防ぎ、機動力を以てその弾丸を回避していく。

 とはいえ。

 地面は激流の最中で、足元には加山が作り出したエスクードの足場でいっぱい。

 この足場は加山が自由に出し入れできるものであり信用は出来ない。梯子として使う訳にもいかないが、地面に降りては機動力を封じられ逆にこちらがピンチになる。

 

 那須は。

 このエスクードの足場の利用は最小限にとどめ最速で離れねばならない地点であり。

 そして地面に足をつけるわけにはいかない。

 

 足元の障害物が非常に頼りない。

 その分だけ機動力が非常に怪しくなる。

 

 

 そして──。

 

 加山が逃げながら撃つ弾丸の中、幾つかのタイミングでメテオラを紛れ込ませている。

 那須の足場となる建造物を爆撃で破壊し、横の足場も削っていく。

 

 ──ちゃんと対策が出来ている。

 

 地面という下の足場。建造物という横の足場。

 障害物を盾に機動力を以て追い詰める那須玲のスタイルに対し──機動力を制限し障害物を破壊するという解答を、加山はぶつけてきたのだ。

 

「......このままじゃ」

 

 逃げ切られる。

 解っている。

 加山がここから逃げ出した先に──外岡か弓場が待ち構えているのだろう。

 そうなれば、勝ち筋はもうなくなる。

 ここで、加山を仕留めねばならない。

 

 那須は。

 上と連動させ、水面にバイパー弾を潜らせる。

 

「.....おおう! マジですかい!」

 

 エスクードの足場を這うように現れたバイパー弾に、加山はすぐさまその場から飛びのき、別の足場へとジャンプする。

 

「.....ここよ、茜ちゃん」

 

 足場から現れる弾丸に分割のシールドを張っている事も確認しつつ──那須はそう呟いた。

 その返答に。

 

「げ.....!」

 今にも着地せんとする加山の右足に──ライトニングの弾丸が叩き込まれる。

 

 ──狙撃! 

 

 右足が削られ、着地に失敗。

 加山は足場から転げ落ち──濁流の中へ落ちていく。

 

 追撃のバイパー弾を用意する那須に対し。

 加山は即座にシールドを解除しアステロイドをセット(三輪の忠告通り、メインとサブにそれぞれセットしていたアステロイドとハウンドは入れ替えた)し、那須に放つ。

 放たれる弾丸をよけつつ、那須もまたバイパー弾を放つ。

 

 加山は濁流の中、横になり水面に沈みながら──左手側の建造物側からエスクードを生成。バイパー弾を直前で何とか防ぐ。

 現在──加山はエスクードの下、濁流の下に沈む形となる。

 

 ──下側からの茜のアシストにより、ここで加山は自分が作り上げたアドバンテージの全てを失った。

 

 足場から転げ落ち。濁流にのまれ。高所を那須にとられる形となって。

 

 那須は──エスクードの両脇から弾丸を叩き込むよう軌道を設定。

 加山に向けて撃ち放った。

 

「──かかったなぁ!」

 

 瞬間。

 

 片脇からシールドを張りながら──水面からのっそりと加山が現れる。

 守り切れず、手足と腹部に弾丸を叩き込まれながらも──楽し気に、顔面を歪めながら。

 

 その瞬間であった。

 

 エスクードと、水面。

 その下に設置されていた──ハウンドの置き弾。

 

 丁度。

 上にいる那須の死角となるその場所より──放つ。

 

 虚を突かれながらも、那須は何とか自らの正面へ向かうそれをシールドで防ぐ。

 が。

 

 加山は即座にサブのシールドを解除し──アステロイドをセット。

 那須の側面まで向かい──大きく分割したそれを、放つ。

 

「──う、く」

 

 追撃用のバイパーをセットしていた那須はフルガードしようにも間に合わず。

 加山の弾丸に、その身を貫かせていた。

 

 ──そうか。

 

 加山は。

 自らが足場を崩され下に落とされる状況も、想定したのだ。

 

 足場が崩され下に落ちれば。

 水面に潜り、エスクードで身を隠し──その下に置き弾をセットする。

 

 エスクードの下にいる自身に追撃をかけようとした者を──水面下に隠した置き弾で反撃を食らわせる。

 

「──悔しいわ」

 

 下方からの狙撃、という不測の事態であっても。

 冷静さを失わずに事前に考えた策を実行できる機転のよさと、勝負度胸に敬服しつつ──それでも隠し切れぬ悔しさをにじませて。

 

 那須玲は、緊急脱出した。

 

 

「──加山が那須を仕留めたか。よくやった」

 

 弓場は、ニッと笑みを浮かべ。

 

「これで──上の事は気にせず、下の連中をぶっ殺せばいいってだけだな」

 

 弓場は二丁を構え。

 帯島は弧月を構え。

 

「行くぞォ! 帯島ァ! ──もう待ち伏せは要らねェ!」

「ッス!」

「残り三人──ぶっ潰す!」

 

 待ち伏せ場所から、歩き出した。

 

 

 日浦は、二撃目の弾丸を撃ち放った後。

 その場を離れようとしていたが──。

 

 .....諏訪隊の二人が、来ている。

 

 自身を挟み込むような軌道で。

 諏訪・堤の両隊員がこちらに来ている。

 

「......」

 一つ。

 息を吐いて。

 

 ライトニングを構える。

 

 ──もう緊急脱出も出来ない。

 自主緊急脱出が可能なのは、半径六十メートルに敵がいないことが条件だ。

 その範囲に、もう敵がいる。

 

 ならば。

 

「せめて.....あと一点......!」

 

 日浦は。

 諏訪に照準を合わせる。

 

 ライトニングで頭を狙って──撃つ。

 

「──もう解っているっつーの」

 

 諏訪は当然のようにそれをシールドで防ぐ。

 .....位置が解っている狙撃なんて、防いで当然だ。

 

「あぁ.....ああ!?」

 

 しかし。

 防いだ瞬間にしっかりと息を合わせるような一発が──上から飛んでくる。

 

「──あ、くそ! 外岡、テメェ!」

 

 高所から、しっかりと諏訪に狙いを定めていた外岡。

 諏訪が日浦の狙撃にシールドを張ることは織り込んだうえで──その横から、着実に諏訪の頭蓋を吹き飛ばしていた。

 

「──く」

 

 そして。

 その場面を目撃してしまった日浦は──逆側から向かってきた堤の散弾銃に貫かれる。

 

「ごめんなさい......先輩....!」

 

 全滅が決まった瞬間──そう痛ましげな声を上げながら、日浦茜は緊急脱出した。

 

「.....一点。取ったけどなぁ」

 

 そうして。

 日浦を撃ちぬいた堤の背後から。

 

 .....弓場と帯島のコンビが現れる。

 

「やあ、弓場君。──今回互いにあんまり見せ場が無かったね」

「ああ。──次に期待だ」

 

 堤が散弾銃を向けるより早く。

 弓場の銃口が堤のトリオン体に風穴を通す。

 

「......ったく。那須とは連携してやるって話だったのに。一人でやっちまったから、やることなくなっちまったじゃねーか」

 

 まあ、いい──そう弓場が呟く。

 

「大金星だ加山。──後から誉めてやろうじゃねーか」

 

 嫌味の後に称賛も交え。

 弓場隊は──勝利のアナウンスを聞いていた。



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ランク戦ROUND2 ④ ~総評を添えて~

「試合終了! ──最終結果は弓場隊が生存点込みで6点を奪い、那須隊・諏訪隊を下しました。それでは解説のお二方、総評をお願いします」

「えっと......どっちからデスカ」

「お前から先にやれ」

「はい...」

 

 如実に力関係を叩きつけるかの如きやり取りを香取と風間は繰り出し、香取はしぶしぶと話し始めた。

 

「まあ、結果は順当じゃない? 弓場隊は元々上位だし、そこでちゃんと噛み合う新入りの駒が手に入ったわけだし。勝たなきゃいけないでしょ」

「香取隊長は、この試合のポイントをどう見ますか」

「初動。もうここである程度の趨勢は決まっていたと思う」

 

 今回のランク戦の初動は。

 上下に分かれた部隊員の全員が──まず加山を落とさんと向かい始めた。

 

「それが解っていたから。弓場隊は暴風雨の設定にして、雨水管を壊して水責めする作戦に出たわけで。足が止まるし加山にとって有利な条件がどんどん整えられていく。──これは結果論だけど。諏訪隊が濁流に押し流された時、加山は無視しておく判断を下すべきだったと思う」

 

「成程...とはいえ、加山隊員があの場面で放置されていれば一方的に射手トリガーで下のマップが撃たれていたのではないですか?」

「そう。だから理想としては──単独で加山を抑えられる那須先輩だけが迎撃に向かいに行くのが理想的だった」

 香取は言う。

 あの場面。弓場隊の初動は──加山がそれぞれの部隊を引き付けている間に、弓場隊のその他のメンバーが合流し道を塞いでいたことが何よりの問題であったと。

 

「でも。そもそも初動の時点で加山の戦術が見抜けなかった時点で、諏訪隊側が加山を放置することはできない。だから那須さんの単騎速攻は実質不可能。那須隊と諏訪隊が示し合わせて両方とも引き下がる事なんかできないんだから。だから、あの場面──笹森と熊谷先輩は当初の作戦を守るように動くしかない。でも、その結果──弓場隊の合流を許して、狙撃手の外岡を上に上げることに成功してしまった。もうこの時点で弓場隊にポイントで勝つことは無理だと思う」

 

 香取の総評は、こういったものであった。

 そもそもの戦力差から見て、初動が理想的に進んでしまった弓場隊を止めるのはほぼ不可能であり、序盤で戦いの大枠は決まっていた。

 

「成程。初動が決まった時点で趨勢は決まっていたという訳ですね。では、風間さんは如何でしょう」

「香取の意見に特に異論はない。暴風雨という特殊環境下において狙いが決まった弓場隊が終盤までしっかり戦い抜き、勝利した。試合の流れとしてはこういう形になるだろうな。──しかし、この勝利は弓場隊にとって大きい」

「ほほう。どのような部分で?」

「新加入の加山が戦術の仕掛け人となる。だから一番最初に潰そう──という対策を敵部隊が行ったのが今回の試合だ」

 

 前回の試合で、終始仕掛けに奔走していた加山の動きを見て。

 仕掛けをする分、駒として浮きやすい加山を最初に潰す作戦を今回のラウンドで実行した。

 

 その結果として──。

 

「加山はそれを予想したうえで。自分を潰しにかかる人間が最大限の被害を受けるように立ち回っていた」

 

 雨水管を破壊し濁流を発生させてルートを潰し、自分を狙う相手に対し大きく不利な条件を押し付けつつ立ち回る。

 

「その結果。諏訪隊は上に向かうルートを潰され弓場隊に待ち構えられる事となって、那須隊は加山に熊谷を仕留められた。──放置しても仕掛けてくるし、戦力を集めてもそれはそれで敵部隊に大きな被害をもたらす。加山はそういう駒として大きく機能している」

「成程.....加山隊員を狙っても、狙わなくても、どちらでも敵に被害が出る戦術を用意しているという訳ですね。.....以前在籍していた神田さんがいたころと比べて、弓場隊はどう変わりましたか?」

「神田は、基本的に状況に合わせるタイプの隊員だった。対して加山は戦術で状況を作り出すタイプ。ここに大きな違いがある」

 

 風間曰く。

 以前までの弓場隊は、エースの弓場が効果的に暴れられる状況を神田の指揮と帯島のサポートによって作り出すのが基本的な戦術であった。

 神田から加山に代わり、ここから弓場隊の戦術は仕掛け人が弓場から加山に代わった。

 状況を大きく一変させる戦術を以て、隊にとって有利な状況を作り出す仕掛けを加山が中心となって仕掛ける。

 そういう方針に、切り替わった。

 

「加山の働きは今のところ指揮官ではなく戦術家の趣が強い。──神田が担っていた”指揮”の部分についての穴まで埋められるのかは、まだ現時点では何とも言えない」

 

 今のところ。

 加山の仕掛けが大きく機能しているからこそ上手くいっているが。

 仕掛けた戦術に相手が対応してきた段階から──盤上をしっかりコントロールできる指揮に関する課題が湧いてくる。

 

 その部分まで加山が埋め合わせられるかどうかで、新弓場隊の評価は変わってくるだろうと、風間は言った。

 

「成程成程。それでは今後の弓場隊の戦いに大いに期待を膨らませつつ......おっと。そろそろ時間ですね~。観覧の皆様お疲れさまでした~。足元にお気をつけて~」

 

 宇佐美栞がそう宣言すると同時。

 ランク戦、昼の部が終わった。

 

 

「──ってな感じだったね。弓場隊」

「成程....」

 

 実況を担当した宇佐美栞は支部に戻ると、すぐさま玉狛第二にその情報を共有していた。

 弓場隊、諏訪隊、那須隊の三隊に対してそれぞれの動きと、香取・風間の解説情報もかいつまんで説明して。

 一つはぁ~と溜息を吐く。

 

「弓場隊は多分次の次には上位に行っているだろうね。....解ってはいたけど、本当に強いねー。それと状況がめまぐるしすぎて実況が追い付かないよー」

 やれやれー、と宇佐美は呟き、上着を脱いでソファに座り込む。

 

「.....うちには千佳がいるので。その分はまだ幸いですね」

「だね。──やっぱり弓場隊にとっては千佳ちゃんがジョーカーになりうるだろうなって。今日の試合見ていても思った」

 

 今回の加山の戦術。

 例えば千佳がいるなら──濁流の逃げ道を大砲で破壊し無効化する事も可能であった。

 無論、加山は千佳がいるならば別の戦術を打って出てきたであろうが──それでも地形を作り替える戦術を好む加山と、千佳との相性はいい気がしている。

 

「中位に上がったら。新しい戦術を使っていくんだよね」

「はい。──なので、すみません。ちょっと訓練室の設定をお願いします」

「うんうん。了解~」

 

 宇佐美はそう何事もなく返事をすると、端末へ向かう。

 .....二部隊のオペレーター業務。そして実況。

 割と忙しない日々を宇佐美は送っている。

 

 今回の実況も、宇佐美きっての希望で行ったものであった。

 

 何故かと問われれば。

 前回玉狛第二が敗北した弓場隊の戦いを、最高の環境で見ることが出来る好機であったからだ。

 

 ──出来ることは、やらなくちゃ。

 

 宇佐美の現在の役割は。

 こちらの事の一切を預かり、玉狛第二のサポートをする事だ。

 忙しないのならば、それはそれで結構。

 余計なことは気にせず彼等が全力を出せるよう──こちらも全力でサポートする。

 

 それだけの話だ。

 

 

「──玉狛第二め。中々こすい手を使ってくるじゃねぇか」

 

 今回の試合の実況を宇佐美栞が行ったことを知るや否や。

 弓場は笑みを浮かべながらそう呟いた。

 

「前回負けた部隊のランク戦の実況に自分のところのオペレーター送り込むとは。中々に手段を択ばねぇ奴等だ。いいじゃねぇか」

「.....油断も何もあったもんじゃねぇっすねマジで」

 

 まあ別にいいのだが。

 どうせ記録は別にみられることになるのだろうし。

 

 試合を終え作戦室に戻ると、弓場隊はいつもと変わらず反省会を行っていた。

 

「さっき風間さんの解説があったみたいですけど。──指揮かぁ」

 正直。

 加山自身──風間の指摘は本当に正鵠を得ている気がする。

 

 指揮官の代わりに戦術家が入った。

 まさしくその通りで──今のところ加山は戦術の押し付けで勝っているに過ぎない。

 

 指揮と盤面整理を行える神田の代わりに入ったのだから、当然指揮の分でも弓場は期待しているのだろう。

 これまでかなり独学で学んできたつもりではあるが......いざ上位と戦う際にどこまで通用するものか。未知数な部分が多い。

 

「まあそこは追い追いだ。焦っても仕方がねぇ。──まあ、今のところ盤面を見る力そのものは養われているとは思うぜ、加山ァ」

「うっす」

「後は実践あるのみだ」

 

 とはいえ。

 ここまでかなり順調に来ていたわけだが──やはり、序盤の戦術が想定通り機能しているから、という部分が非常に大きい。

 

 そのケアまで含めた動きを想定する事も、やはり重要になっていくのだろうなぁ、とか。そういう風にまた一人でジッと思考していると。

 

「せっかく勝ったってのにしけた面すんじゃねぇぞ加山!」

 うんうんと悩んでいる表情が気に食わないのか。

 そんな檄が飛んできた。

「そりゃあすみません藤丸さん。この顔は生まれつきですわ」

「生まれつきの顔はどうにもならんが、勝った日くらい笑えってんだ」

「ま、まあまあ藤丸先輩。これが加山先輩っすから...」

 帯島がそう戸惑いながらもフォローを入れる。

 ふむ。

 帯島よ。その気概は非常にありがたいんだけど。フォローとしては実に微妙だ。

 その様を一瞥し。

 外岡が席を立つ。

「でも、今日くらい試合の事に悩まなくても別に罰は当たらないと思うよ、加山君。あ、お茶飲む?」

「お。ありがとうございます外岡先輩」

「いやいや。別にいいんだよ。.....悩んでいるなら俺が話を聞くから、あっちに行こうか」

「あ、そこまで気になさらずとも大丈夫ですよ」

「いやいや。何か引っかかっているなら吐き出した方が楽になるだろうし」

 

 外岡一斗。

 この男もまた、一隊に一人。対人関係をぬるぬる回す潤滑油、フォロー属の人間である。

 

 ──こうして。隊の一日は過ぎていく。

 

 その後。

 弓場隊は防衛任務を終え、一日を終え、そして──メールで次なる相手が通知されてきた。

 

 相手は。

 

「荒船隊と、鈴鳴第一か....」

 

 まだギリギリ中位に残留することとなり。

 今度は──隊員が全員狙撃手で構成されている異色の部隊である荒船隊と、エース村上を擁する鈴鳴第一であった。

 

「.....あー。これは面倒な組み合わせだなぁ」

 

 荒船隊は全員が狙撃手であるが、隊長の荒船は元攻撃手でマスターまで行っている。近づいた上でもかなりケアが必要な厄介な駒だ。

 その上鈴鳴第一の村上。

 恐らく──彼には今までの戦術の使いまわしは一切効かないであろう。そういう副作用を村上は持っている。

 

「両方とも厄介だなぁ。しかし荒船さん、もう狙撃手に取り掛かっているのか凄いっすねぇ」

 加山と荒船は年は離れているが気心を知れた友人同士だ。

 かつて──彼が話していた完璧万能手理論。彼が狙撃手になったという事は、その完成にまた一歩進むことが出来たのであろう。その事実に、惜しみない拍手を送りたい。

 

「まあ、でも」

 

 両隊とも素晴らしい隊だ。

 隊長の荒船も、来馬も。加山は心から尊敬している。

 

 それでも。

 加山は一つ心に決めていたことがあった。

 

「.....よぉ、別役先輩。ランク戦絶対にアンタぶっ潰してやるからな」

 

 同期の先輩。

 かつ──C級時代に文字通り煮え湯を飲まされた過去がある別役太一狙撃手(16)

 

 アイツだけは許さない、と心に決め──両隊の対策に腐心することとした。した。



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混沌色の申し子、それは別役太一 

 煮え湯を飲まされた。

 これは慣用句としてよく使用される言葉であるが。

 こと加山雄吾から別役太一へとの言葉としては、慣用句ではなくそのまま文字通りの意味である。

 

 煮え湯を飲まされ加山の口腔内に多少の炎症を引き起こした。

 より具体的に言うと──食堂内で加山が一つあくびをして歩いているところに、太一がうどんを乗せた盆を持ったまま突撃してきたのである。

 訓練の時間が差し迫っていたため慌てていたのであろう。かなりの勢いを以てタックルをくらわされた加山は、あくびで吸い上げた酸素をそのまま思い切り吐き出しながら地面に倒れる羽目になり──そして。

 空気を吐き出したその口の中に──宙に舞ったうどんが顔面に叩き込まれ、熱を伴った出汁が大量に加山の口と喉を通り過ぎていったのであった。まる。

 

 加山が口と喉と胃が灼熱に暴れだすままにぎゃああああああああああああ、と喚き散らしていたその時。太一は数秒の間自らのしでかしたことを認識していなかった。

 

 あれ、俺また何かしたんすかね──そんな言葉を呆けた表情にしっかり刻み付けながら、地面に倒れ伏す加山を見つめていた。

 

 これが。

 加山雄吾と別役太一とのファーストコンタクトでありワーストコンタクトであった。

 

 

「げ....」

 

 鈴鳴第一支部のソファで寝転がりながら次なる対戦相手の通知を見た太一は、愕然とその表情を歪めていた。

 

「次弓場隊かぁ~。はぁ~」

 

 彼の脳裏によぎるのは、恐ろしい顔ぶれの二人。

 メガネをかけたハイセンスオールドヤンキー風味のある弓場拓磨。

 そして──以前、後輩でありながら鬼の如き形相で太一にありとあらゆる罵詈雑言をぶつけた加山雄吾。

 

「──なに溜息ついているの」

 鈴鳴第一オペレーター、今結花がその太一の様に思わず声をかける。

「だって今先輩~。怖い面子が二人もいるんですよ~」

 今は知っている。

 太一が”怖い”と他者を評価する場合、大抵はこの男が原因となって発生している事象であると。

「......隊長。何かあったんですか?」

「あ、うん。実は太一と加山君が同期なんだ」

「あ、そうみたいですね。それがどうしたんですか?」

「その....。C級で一緒になると、物凄く間が悪い事が起きていたんだ」

 

 来馬は、少しばかり顔を引きつらせながら、必死になって言葉を選ぶ。

 その姿に一をもって百を知った今は、太一に睨みを利かす。

 その視線に気づいてか気づかずか。太一は来馬に言葉を重ねていく。

 

「本当ですよ~。あの時来馬先輩が間に入ってくれなければ何をされていたかって話ですよ~」

「まあまあ。加山君もあの時は虫の居所が悪かったんだよ。本当は凄く優しい子だよ」

「....何をしたの?」

「....うどんを顔面にぶっかけて。その後何回かドジをやらかしました」

「怒るに決まっているでしょそんなの」

 

 呆れながら、今は太一の頭に拳を軽く落とす。

 うべ、と叫ぶ太一をよそに、彼女は来馬を経由してキッチンに向かう。

 

「隊長、お茶がなくなっていますね。淹れ直します」

「あ、ごめんね今ちゃん」

「いえいえ」

「あ、俺が淹れますよ!」

「うるさい。座ってなさい全く。──今は騒がしくしないの。鋼君、眠っているんだから」

 

 現在。

 村上鋼は別室にて睡眠をしている。

 

「.....新加入の加山君。集められるだけのデータは全部集めたけど.....。多分、別の対策を打ってくるでしょうね」

「うん。.....でも鋼なら乗り越えられるさ」

 

 村上鋼。

 彼が持つ副作用は──『強化睡眠記憶』

 眠っている際に、経験・学習した事象の再整理を行い、記憶する脳機能。

 それが──村上は副作用によって大いに発達しているのだ。

 

 その結果として彼は、──覚醒している間に学習・経験した事象を眠ることで記憶することが出来る。

 

「.....鋼が起きたら、一回作戦会議をしようか。鋼の報告も聞きたいしね」

 

 

 学習した内容が、記憶を巡る。

 

 弓場隊。

 新加入した加山雄吾。

 

 隊全体の動きの変化として、戦術の仕掛け人である加山が出来たことで地形戦で大きく有利を取ることが出来るようになったこと。

 基本はエスクードでの地形変更を基軸として、隊全体で連携を取りながら各個撃破する戦略を使用する。

 

 加山は基本はエスクードでの援護を行いながら、射手として戦闘を行う。

 射手としての動きも及第点レベル。その上で非常にトリオン量が高く、一発一発の威力が重い。

 弓場の瞬間火力に加山が連携を取った場合、かなりまずい。玉狛第二の空閑遊真であっても、成す術もなくやられていた。こちらの防御も崩れてしまう。よって弓場と加山の分断は、勝利するにおいて必須条件と言える。

 

 第2ラウンドではその狙いが看破されていたのか、自身に敵を集めて被害をもたらす戦術を行使していた。あれは弓場隊にマップ選択権があったが故にできた事であったが。基本的に加山は攪乱と逃走に秀でた駒である。加山自身に敵を引き付けておいて、他のメンバーが有利を取っていく可能性は十分にあり得る。

 

 弓場隊の構成は、銃手、射手、万能手、狙撃手の四人構成。銃手の弓場は中距離で優位を取れるエースで、攻撃手に非常に強い。外岡を除いたその他のメンバーも全員が中距離での戦闘手段を持っており、合流し連携を取られるとこちらも非常に厳しくなる。元々、弓場隊は上位部隊だ。戦力差はかなりあるが、それでも乗り越えなけれならない。

 

 .....巡る記憶は、村上自身の経験を基軸として自然とその対応策まで構築されていく。

 

 そして。

 村上は更にまどろみの中──同じ時期に入隊した加山自身の記憶もまた、再生されていく。

 

 犯罪者の息子と噂を立てられて。

 それでも意に介さずに日々を過ごしていた、加山の姿を。

 

 一度。

 村上は自らに張られたレッテルに、心が折れかけた時があった。

 その時に、色んな人に救われた事もしっかり自らの記憶に根付いている。

 

 ──ついに、ここまで来たんだな。加山。

 

 面識も特にはない。

 それでも──張られたレッテルを意に介することなく進み続けている事は知っている。

 

 その事に、一つの敬意を払うと共に。

 敬意の証明として──自身が持つ全力を、叩き込む。

 

 

 

「....」

 まどろみから、意識が覚醒していく。

 

「おはよう、鋼君。──おさらいはばっちり?」

「ああ」

 

 目を覚ませば。

 全てが身体に定着していた。

 

「──それじゃあ、作戦会議に入ろう」

 

 村上鋼。

 数ある攻撃手の中で№4の地位を築いたこの男の中に──慢心はない。

 

 

「おいおい、こりゃなんだ帯島」

 

 その日。

 とても強い雨が降っていた。

 

「え? マジでこれ貰っていいの? そりゃ嬉しいけどさ。──心配せんでも、俺はもう栄養失調で死ぬこたないって。あんまり気を遣わなくてもいいんだぜ~」

 

 加山は電話先の声を聴きながら──つい先ほど送られてきた諸々を見やる。

 冷凍ミカンと、ポンカンジュース。そして、農協関連の商品。肉とか野菜とかその他諸々。

 

「へぇ。付き合いで買わなきゃいけないのね。農家も大変だねぇ──あ? 大変だからまた手伝えってか? 馬鹿言うな。あの時俺がどれだけ惨めだったか知っているかこの野郎。次行くときはもっと今度の対戦相手の別役先輩連れてくるぞ。──あ。駄目だ。あの野郎連れて行ったらバーベキューで農園全焼させかねん。すまん。俺の発言は思い切り馬鹿だった。謝る。──ん?」

 

 お礼の電話から、自然に雑談へと移っていった中。

 玄関口から、チャイムの音が響いた。

 

「あれ? 今送ったもの以外で何か送った? ──送ってない? だったら珍しい。今度は誰から送られてきたかなっと。あ、すまん帯島。宅配がまた来たから、一回切るな」

 断りを入れ電話を切って、玄関口へ向かう。

 

「わざわざ雨の中ご苦労様ですー」

 ノブを回し、玄関を開く。

 そこには

 

「.....へ?」

 

「こ、こんばんわ...」

 

 骨の折れた傘を片手に、非常に申し訳なさそうな表情を浮かべた──雨に濡れた帽子が見えた。

 

「....日浦さん?」

「あの、本当に、すみません....」

 

 くしゅん、と。くしゃみを一つ。

 .....帽子だけではなく、全身がずぶぬれとなっていた。

 

「──事情は聴くし着替えも用意するし俺は一旦部屋を出とくから。まずはシャワー浴びてこいっ」

「どぅわああああ~~~~~~! すみませんすみません!」

 

 ちびたタンスからバスタオル、ジャージ一式を投げ、浴室の方向を指差す。

 日浦は実に泣きそうな表情で、浴室まで向かって行った。

 

 

「あの~。加山君、上がりました....」

 

 雨が降る中。

 加山は部屋の外で日浦が浴室から出てくるのを待っていた。

 

 .....実は。

 加山と日浦の身長に大きな差はない。

 その上体重に関していえば、加山の方が軽いまであるという始末。

 

 その為男物のジャージが日浦茜が着れるのか、という心配は一切しなくて済んだ。この貧相なもやし体型が、はじめて役に立った瞬間であった。

 

「ほいじゃあ、事情を聴こうか」

「はいぃ...」

 

 結論を言うと。

 日浦茜は家出してきたのだという。

 

 ランク戦ラウンド2が終わった後。

 家族会議が行われた。

 

 会議、といっても形だけで。

 両親の決定を最後通牒として通告されるだけのものであったわけだが。

 

 必死に説得を試みた。

 ボーダーという組織で、誇りをもって隊員をやっている事。

 とても大切な友達ができた事。

 今の時間が、とっても楽しい事。

 

 .....だが。

 その全ての言葉が、申し訳なさげな両親の言葉に斬って捨てられた。

 

 ──ボーダーが必要な組織だという事は理解しているが、それでも娘を危険な目に遭わせたくない。

 

 両親は。

 娘を傷つける覚悟で──この通告を行ったのだ。

 全部織り込み済みで。

 

「その時に....反射的に家出してきたんだ....」

 

 雨の中。

 ビニール傘一つ手に取って。

 

 出ていく先で雨足が強くなり。風も強くなり。錆びたビニール傘の骨も折れて全身びしょぬれになって。

 .....行きついた先はボーダーの寮で。

 そして加山の表札を見て、思わずチャイムを押してしまった。

 

 と、いう事らしい。

 

「.....」

 さあ。

 加山雄吾。

 発言を振り返ってみよう。

 

 お前は何と言ったか。

 家出覚悟で全力で抗えと。

 

 はい。

 言ってしまいましたね....。

 言ってしまったのですね....。

 

 重くのしかかった責任を両肩に大きく感じながら、あー、と加山は呟いた。

 

「うん」

 

 だからこそ。

 この行動を咎めるわけにはいかない。

 

「....ご両親には、報告した?」

 

 ぶんぶん。

 日浦は横に顔を振る。

 

「.....」

 

 加山は。

 自身の携帯を手に取る。

 

「すまんな日浦さん。流石にねー。男の部屋に泊めてしまう訳にはいかなんだわ」

 

 そんなことやらかしたら多分ボーダー上層部に首を斬られる前に那須隊に殺される。

 日浦の表情が、申し訳なさげに曇る。

 

「──こんにちわ。華さん。今部屋にいます?」

 

 そして。

 加山は──同じ寮生に電話をかける。

 

「申し訳ないんですけど。今から連れていきますので──ちょっと俺の同級生を置いてくれません?」

 

 通話先の染井は、予想外の言葉に閉口し。

 そして──日浦は戸惑いを隠せず、その顔面を右往左往させていた。

 



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白黒の決断

そうして。

 染井からの許諾を受け、日浦を伴い部屋へと赴く。

 

 玄関先に足を運び、チャイムを鳴らし、日浦を届ける。

 

「ではこれにて失礼します」

「待ちなさい」

 

 日浦を送り届け、すわ退散──とはならなかった。

 

「事情を聞かせてもらうから、ひとまず加山君も入って」

 

 はい、と有無もいわず返事をし、すごすごと染井の部屋に入っていった.....。

 

 

「成程.....家出ね」

 

 染井華は茶を啜りながら、一つ息を吐いた。

 ....その部屋の中は、あまり生活感のない、質素なものに見えた。

 テーブルにベッドのほかに、小さなソファがあって。それ以外のものはちょちょく小物があるばかり。

 三人は茶が置かれた小さなテーブルに腰かけ、それぞれ向かい合っていた。

 

 彼女は一通りの事情を聴くと、一つ溜息。

 

「それで.....どうするのよ。明日も学校があるでしょう?」

「.....はい」

「今日ここに泊めることは別に構わないけど。それだと根本的な解決にはならないでしょう?」

「...」

 黙って茶を啜っていた加山は、二人の会話を聞いていた。

 

 .....おや? 

 意外だな、と加山は思う。

 

 染井は、この日浦の行動に肯定的であると思っていた。

 彼女は、自分の意思をはっきり持っているし、その意思を持たず周りに流されることを好まない人物であろうと。

 

「まあ、すぐに根本的な解決を持って来いってのも無理な話じゃないですか、染井先輩」

「いいえ。この事態を想定していたのなら準備をする必要があったと私は思う。──感情に訴えれば両親が折れてくれる、なんて甘い見通しに過ぎない」

 

 う、と日浦は思わず呟いた。

 しかし。これには──日浦にアドバイスした加山も少しばかり反論を行いたくなる。

 

「感情の部分を全力でぶつけることも必要でしょうよ。家出でもなんでも。意思表示しなきゃどれだけ全力か、って部分が伝わらないじゃないですか」

「一日家出しただけで後はまた家に帰るっていうなら、それは駄々っ子と変わらないじゃない。駄々っ子の襟首掴まえて引き摺って行く力も権利も親にはあるのよ」

 

 そういうものよ、と染井は言う。

 .....あー。確か以前に本人から聞いたなぁ。

 彼女の、今は亡き両親はひどく厳格な両親だったと。

 そこを基準として、彼女は語っているのだ。

 

 厳格故に、感情に訴えても意味はなかった両親を基準に。

 

 だからこそ。家出という、一種の我儘な意思表示を行う事に意味を見出せないのだろう。

 

「あの....ごめんなさい...」

 

 加山と染井が軽い言い争いをしていたら。

 日浦の方が、少しばかりべそをかき始めた。

 

「....」

「....」

 

 ひとまず。

 落ち着くことにした。

 

 

 

「その....日浦さん。ごめんなさい。言い過ぎたわ」

「俺は染井先輩に。すみません。駆け付けた分際で勝手言っちゃって」

「あ、謝らないでください染井先輩!」

 

 そうして。

 ひとまず、今夜だけは染井華の部屋にて日浦は泊まる事となった。

 明日の早朝にここを出て、家に帰り、学校は行く。

 そこはしっかり確認し、そして携帯から両親に連絡して、事なきを得た。

 

「明日.....また家族会議をすると。お父さんが....」

「....」

 

 染井華は。

 顎に手を当て、ゆっくり何事かを考えていた。

 

「中学卒業と同時に、日浦さんは市外に引っ越すのよね」

「はい...」

「....これはね。私からの提案」

 

 染井華は。

 日浦に一つ提案する。

 

「明日の家族会議で......ボーダーの寮から高校に通う提案をするのはどうかしら?」

「.....」

「貴方は、高校生になれば親元から離れる選択ができる。──ボーダーで働いてお金を稼いで、生活する。その選択を普通に取ることが出来るの」

 

 親元から離れ、生活する。

 .....それも恐らくは経済的援助のないまま。

 

 ボーダーの寮は無料で住める。その上防衛任務を入れればお金も稼ぐことが出来る。バイトだって可能だ。

 

 .....一人で何もかもをこなしていく覚悟さえあれば、十分に可能な選択肢である。

 

「これなら。──覚悟さえ決まっていれば、両親を説得できる。いや、説得というより強行突破ね。.....私が考えるのは、こういう所かしら」

 

 この提案は。

 ──自立を重んじる染井華故のものであろう。

 

 自身のやりたいこと。親とは違う意思を突き通すには──それに伴うリスクや覚悟を背負わねばならないのだと。

 そういう考え方が根底にある。

 

「...」

 日浦は。

 実に真剣な表情で、その提案を聞いていた。

 

 .....何というか。

 本当に、大人なのだ。染井華という人間は。

 

「ここに泊まっている間に、明日の家族会議で何を言うかをしっかり考えた方がいいと思う」

「はい.....!」

 

 そして。

 落ち込み気味だった日浦の表情に──また光が差したように思えた。

 

 

 その後の話。

 日浦を連れてきた加山は当然のごとくその場を後にし──染井の部屋には日浦だけが残された。

 

 日浦は加山の予備の寝袋を渡され、部屋の隅っこにせっせと準備を行っている。

 

「日浦さん。ベッド使ってもいいよ」

 染井はそう提案するが──。

 

「おお、これが寝袋....! どうわぁ、何だかト■ロみたい!」

 

 はじめて寝袋というものを使用したのだろうか。目をキラキラさせながらその中に身体を収めころころと転がって遊んでいた。

 

「....」

 特に心配する事もなかったな、と。そう安心して染井華は歯磨きをはじめ、寝る準備をした。

 

「....あの」

「ん?」

 歯磨きを終え、水で洗い流し、口元が空いた時。

 日浦から話しかけられる。

 

「ありがとうございます! ──いきなり来て、ここに泊めていただきまして」

「気にしないで」

 

 別段気にする事もない。一晩、ちょっとスペースを貸すだけの事だ。

 その返答を聞き、日浦は生来の調子が戻ってきた。

 

「その.....染井先輩は、加山君と仲がいいんですか?」

 日浦は。

 基本的に聞きたがりで話したがりな、人懐っこい女の子だ。

 それ故に。どんなことでもいいから、共通の話題を出して会話の花を咲かせたいと──そう思うのだろう。

「ん? .....まあ、友人の範疇には入るでしょうね」

 

 その返答を聞くと、へー、と。日浦は呟く。

 

「何というか、凄く意外です」

「意外?」

「その.....加山君。凄く変わった人じゃないですか」

「変わっている..」

「学校よくサボってましたし」

「あ、そうなのね」

 そうなんだ。

「ボーダーのラウンジで奇声あげていましたし」

「そうね....」

 むしろ。

 その奇声を上げながら作っていたノートが、仲良くなったきっかけと言ってもいい。

 

「....何というか。凄く真面目な染井さんと仲がいい、っていうのが。凄く意外で」

「そうかな。──でも、日浦さん」

「はい」

「私、香取隊だよ。.....あの隊長と同じ隊よ?」

 

 あ、と日浦は思わず呟いた。

 

「あの子、人気取りたくて那須隊の制服をモデルに隊服作っていたの。そんな隊長と同じ隊のオペレーター。──葉子とは子供のころから仲が良かったのよ」

「そ、そうなんですか!?」

「うん。だから、別に真面目かどうかで人付き合いしているわけじゃない」

 

 別に、染井華は友人を選ぶことは無い。

 ただ、.....自分があまりにも面白味のない人間だから、他人の選択肢から外れているし、そこを改善して友達を得たいと思えるほどに飢えてもいなかった。それだけだ。

 

「.....あの」

「うん?」

「.....私。ちょっと怖かったんです。加山君と、染井先輩」

 

「....」

 怖い。

 自分がそう評されるのは何となく理解できる。

 加山は....どうだろう。

 アレは怖い人間なのだろうか。

 

「その....加山君。私と同じ時期位に入ってきているんですけど」

「うん」

「その時、本当に余裕がない感じで。すっごく表情が怖かった時があったんです」

 

 ああ、と染井は頷く。

 きっと.....正隊員ではなかった頃は、今とは比較にならないくらい余裕がなかったのだろう。それは実に想像しやすい。

 

「あの時の印象と....加山君の噂とかも含めて。近寄りにくい人なんだと、勝手に思っていたんです」

 

 加山の噂。

 もとい事実。

 犯罪者の息子という、レッテルであろう。

 

「だから....その、怖いと思っていた人に凄く親切にされて。本当に申し訳ないな、って」

 

 日浦茜は、とてもいい子だ。

 明るく、分け隔てもなく、空気も読める、可愛い子だ。

 

 そういう子だからこそ。

 加山と染井は、空気を読んで話しかけてはいけない人間だという評価になってしまうのだろう。

 

 それを、きっと彼女は怖かったから、という解釈をしている。

 そう染井華は思った。

 

「.....その」

「は、はい」

 何というか。

 自分も──随分と口が軽くなっているなぁ、と思う。

 

「私も、加山君も──両親が亡くなっているの」

「.....」

 

 その台詞が聞こえてきた瞬間。

 日浦は真一文字に口を閉じ、しっかりと染井の言葉に耳を傾ける。

 

「だから。──加山君も私も、両親がどれだけありがたい存在なのかっていうのもしっているつもり。私たちは、否応なく両親のいない状況になった人間だから」

「.....はい」

「だから。──両親がいるけど、両親という存在が枷になって、それを振り払おうとしている日浦さんの姿が。凄く新鮮だったの」

 

 え、と。

 日浦は呟く。

 

「──私はね、日浦さん。子供だから両親のいう事を全部従うべきだ、なんてちっとも思わない。むしろ、親のいう事が正しくなかったときにリカバリできるように備えなくちゃ、って思っている」

「...」

「だから。──親のいう事よりも、自分がやりたいことをしたい、って。足掻いている日浦さんの事を凄く眩しく思うし、応援したいとも思えるの」

 

 ──幼いころから。

 染井華は、勉強をし続けてきた。

 

 ずっと。ずっと。

 厳格な親の影響──ではなく。完全なる自分の意思で。

 

 それは。

 自分の意思で。自分が判断した道を──進みたいと、そう思ったから。

 

 今。

 日浦茜はその岐路に立っている。

 

 親のいう事。

 自分のやりたいこと。

 

 その分岐点に。

 

 だから──中途半端ではなく、感情に訴えるんじゃなく、現実に即したきちんとした手法をとってほしくて、最初に厳しい事を言ったのであって。

 日浦茜自身の意思は──とても、素晴らしいものだと思っている。

 それは染井だけでなく、加山もだ。

 

 彼はリスクを背負って両親から分離するリスクを負うよりもまず、感情に訴えればいいと言った。

 そこは彼の優しさであり、甘さでもあると思う。

 両親を失ったからこそ、出来るならば「両親と共に暮らしながら」「日浦茜がボーダーに通える」方法を諦めきれなったのだ。

 

 でも。

 染井華は違う。

 

 自分の意思を押し通すのならば──それは一種の自立であると。そう思うのだ。

 

「どんな決断をしても....私も加山君も、日浦さんの事は応援する」

 

 そう染井華は言う。

 こんな事言うキャラじゃない、というのも理解している。

 でも、決めたのだ。

 言うべきことは、言うと。

 

 ──それは染井華が決めたことだから。

 

「....ありがとうございます!」

 

 その言葉に。

 日浦茜も──大きく頷いた。

 

「不肖、日浦茜! ──明日もまた、頑張ってきます!」

 




その後普通にお喋りして仲良くなった


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雨水の中に手を伸ばして

 日浦茜を染井華の部屋に送り届け。

 加山は変わらずランク戦の振り返りを行っていた。

 

 ──まだまだ齟齬がある。

 

 リアルタイムで想定していた各隊の動きと。

 実際にどう動いていたのか。

 

 見比べて、やはり差異がある。

 

 ──今、弓場隊は指揮官が不在だ。

 

 それは今回の解説員であった風間が指摘していた。

 指摘された部分に関して、加山は自覚している。

 自分は指揮官ではなく戦術家。

 

 策を用意することはできるが、陣頭指揮ができているかと言えばまだまだ。

 戦術の起点として動く事が多いゆえに、割と自分のことでアップアップになる。

 

「指揮、かぁ」

 

 以前なら東さんに指導を頼むこともできただろうが。

 流石にランク戦で争う相手に頼み込む訳にはいかない。

 

 ──どうしたものかなぁ。

 

「.....」

 

 Q:嵐山さんに頼むのはどうだろう? 

 A:木虎がうるさい。絶対にうるさい。余計なストレスがかかりそうだし何より嵐山さん自身が死ぬほど激務なのでパス。

 

 Q:太刀川さんはどうよ? 

 A:面識がそこまでないからどうとはいえないが、あの人に貸しを作ったらまずいことになる気がする。これは本能的直観である。

 

 Q:風間さんは? 

 A:最有力候補。死ぬ覚悟で行くべし。

 

 よし、と一つ頭の中を整理し。取り敢えず失礼に当たらず頭を下げる練習とスムーズに土下座に移れるイメージトレーニングを素早く行う。

 深夜0時。

 ここからが本番だ。

 机に向かい、再度ノートに向かい合おうとして。

 

 電話が、鳴る。

 

「ん?」

 

 着信ボタンを押し、スピーカーモードをオン。

 

「──染井です。こんばんわ」

「あら。染井先輩、こんばんわ。どうしました?」

「どうもないけど。──せっかくの機会だし、ちょっと話しておこうかと。さっき、日浦さんが眠ったところだったから」

 

 珍しい、と。

 そう思いながらも──。

 

 加山は幾つか思い当たる節もあった。

 彼女のスタンスの変化というか。その予兆みたいなものを。

 それも、そのうちの一つなのかな、と。そう思いながら、言葉を続ける。

 

「今、外ですか」

「ええ。──丁度雨が上がったみたいよ」

「そうみたいですね」

 

 加山は流れてくる音の色彩の変化で、既に雨が上がっていることは気が付いていた。

「じゃあ、ちょっと待っていてください。俺も外に出るので」

 

 

 夜風が吹き荒ぶ。

 びゅお、とふぶく風。されど、そこまでの冷たさは感じられない。

 

 ボーダー近くに建てられた寮。その近辺からは人の気配はしない。警戒区域ゆえに当然であるが、雨風の喧騒が過ぎた後だと、その乾いた空気がひどく際立っているように感じた。

 

 今日は、満月だ。

 

「──世間話をしようとして、月の話題を出そうとしたんですよ。たった今」

「へぇ」

「どっかの文豪のおかげで、月が綺麗に見えるかどうかは口には出せないと解って、口をつぐみました。──今日は満月ですね」

「そうね」

 

 寒々とした空気の中にも、月はそこにある。

 綺麗だなぁ、と純粋に思う。

 .....そんなもん易々と口にすんじゃねぇ、という漱石からのありがたい言葉であろうか。

 

「それで。どうしたんですか。わざわざ外まで俺を呼び出して」

「ん。──まず。一人暮らしおめでとう、って言おうかなって」

「ありがとうございます」

「気分はどう?」

「.....楽ですね。正直」

 

 気を遣う必要もなく。

 罪悪感を思い起こされることもなく。

 日々を過ごしている。

 

「.....そう」

「こんなに楽でいいのかな、と。時々思います」

「いいのよ」

 

 あの日。

 染井華は隠すことなく、自らの本心を加山に伝えた。

 

 加山は。

 善意に悪意を返すことはできない。

 誠意には誠意で返すことしかできない。

 

 だから。

 加山もまた、本音で話さなければいけない。染井華の前においては。

 

「他人に楽であってほしいと願って。自分は楽でいいのかって自問自答するのはおかしいことだと、私は思う」

「.....ですよね」

「さっきの日浦さんの事もそう。日浦さんのやりたいこととか。意思とか。それと家族の諸々。加山君は全部日浦さんに残せる選択肢を推していたじゃない」

「まあ、そうですね」

「他人はやってよくて。自分はやっちゃダメな事なんてそうそうないよ。他人に望んでいることは、自分だってやっていいの」

「....」

 

 染井華は。

 本当に、しっかりした人だ。

 生まれながらのしっかり者が、状況の変動によってその性質を遺憾なく発揮していて。

 思考も、行動も、──全て自分の中の明瞭な意思が存在していて。ふわふわした部分が全くない。

 

 でも。

 その意思の対象が、少しだけ広くなった。

 そう加山は思った。

 

 他人がどうであるか、というより。

 自分がどうあるかが重要だと。恐らく染井華はそう思っているのだと思う。

 だから他人に過剰な期待をすることは、自分の在り方と矛盾すると。

 そう、考えていたのかもしれない。

 自分は自分で、他人は他人。

 それは親友であろうと同じ事。

 自分は自分のやりたいようにやっておいて、他者には他者にありたいようにあるなと言う権利がどこにあるのか。そういう風に。

 

 でも

 その思考を変えぬまま。

 ──それでも。自分の意思を他者に伝えることは決して悪い事ではないのだと。自分の為ではなく、他者の為に、他者が変わってほしいと願い伝えることは。それは何も悪くないのだと。

 きっと彼女は知ったのだ。

 ──人間。誰も自分がありたいように生きている人間ばかりではないのだと。

 だから。

 その他者が本当はどうありたいのか、という部分に目を向けるようになった。

 

 そう考え方が変わった。

 だから今彼女はここにいる。

 

 ──問いかけは一つ。

 ──加山雄吾は、ありたいように生きているのか。

 

「この前、加古さんに」

「うん」

「誰かのせいにする人生はやめろ、と言われたんです」

「....」

「どういうことなんだろう、って。ずっと考えていたんです。──俺は誰かのせいにして生きてきたのかな、って」

 

 この地獄も。

 自分で選んだことだと。

 

 ゲロ吐きながらC級を乗り越えて。

 近界を滅ぼさんと覚悟を決めたのも。

 

 これは自分の意思だ、と。

 そう信じてきた。

 だが。──自分はどうやらそうではないらしい。

 

「ねぇ。加山君」

「はい」

「君の好きなものって、なに?」

 

 好きなもの。

 .....好きなもの、か。

 

「子供のころ。あの侵攻が始まる前でいい。好きだったもの」

「.....音楽が好きでしたね。多分俺は重度の音楽マニアでした」

 

 ずっとレコードを聴いていた。

 暇さえあれば、CDショップの視聴コーナーに何時間もいた気がする。

 

「今、音楽聞いてる?」

「聞いていないですね」

「なんで?」

「....何ででしょうね」

 

 何でだろう。

 多分。好きじゃなくなったからだろうか。

 

 ....前まで好きだった色が。

 途端に恐怖も伴うようになったから、かもしれない。

 

 かつて。

 親父が死んだときに。

 好きだった静寂の音の中に。親父の懺悔の声が思い出されて。

 

 そもそも何かを好きになる──という感覚が、壊されたからか。

 

「自分が好きなものとか。自分が本当はこうありたい、とか。そういう気持ちに、正直になれてる?」

「.....なれて、いないでしょうね」

「私もそう思う。──それって、誰の所為?」

 

 誰。

 誰と言われれば。

 自分、と答えたくなる。

 

 ──ああ、と思った。

 

 でも。

 自分が今までしてきた選択のすべてが。

 自分の本心とは異なる外側の部分から発生しているものだ。

 

 父親が死んだから。父親が死ぬときに犯罪を犯したから。自分の所為で誰かが不幸になったから。自分が生き残るために誰かが犠牲になったから。

 

 ──自分の本当の気持ちから離れている行為が、自分以外の別の事象が原因となって発生している。

 それは言い換えると。

 自分以外の別の事柄の所為で。

 ありたい自分を裏切っているともいえる。

 

「....」

 

 でも。

 それでも。

 どうすればいいのだろう。

 

 本当にありたい自分を取り戻せ、という事だろうか。

 それは。

 無理だと、やはり思う。

 

 それをするにはもう手遅れだ。

 自分が幸せになろうとするたびに、──自分が不幸にした人間の姿を思い浮かべてしまうのだろう。

 そうだ。

 確かに──自分は誰かのせいにしている。

 自分が不幸にしてきた人々を──言い訳にしている。

 

「加山君」

「....何ですか?」

「今度。私、最新の音楽プレイヤーを買おうと思っているの」

「....」

「プレーヤーだけ買っても仕方ないし。一緒にCDも借りようと思っている」

 

 染井華は。

 無駄を嫌う人間だ。

 特に好きという訳でもないものにわざわざお金をかける人間ではない。

 

「──音楽、詳しいんでしょう。一緒に来てくれないかしら?」

「......何でですか?」

「以前は好きで、今は好きじゃない。それが、加山君にとっての音楽なのよね。──じゃあ。特段音楽のことが好きでもない私が音楽を好きになれるのか、一度試してみる」

「何の為に...」

「私がこれを好きになれたら──もう一回、加山君が音楽を好きになれる余地が生まれるから」

 私はね、と。

 染井華は言う。

 

「自分が出来ないことを他人に押し付けたくないの」

 言う。

「もう一度好きになれる、なんて。無責任なことを私は言えない」

 ....言う。

「だから──試す」

 

 染井華は無駄を嫌う人間だ。

 ──そんな彼女にとって。

 ──加山雄吾がもう一度、音楽が好きだという気持ちを取り戻すことは。貴重なお金を削るだけの価値があると。そう判断をしたのだと。

 

「....何で、そこまでするんですか?」

「そうするようになった原因が、加山君だから」

 

 香取隊が変わり始めたのは、若村の変心から。

 その変心の原因は、加山だった。

 

「私が変わり始めたきっかけになったのが加山君なら。加山君が変わり始めるきっかけも私でありたい。そう、思ったから」

 

 因果は、巡る。

 自分が不幸にした誰かの思いが、自分に巡るように。

 自分が変えた人の思いが、自分に巡る事もある。

 

 ──目を背ける訳にはいかなかった。

 

 知ってはいても。

 目は背けていた。

 こういう、思いに。

 きっと。迅も。忍田も。弓場も帯島も外岡も藤丸も。誰もがこういう思いを持っていたのかもしれない。

 変わってほしい、と。

 そう願っていたはずなのだ。

 それを理解していたはずだった。

 でも見て見ぬふりをした。

 

 ──でも。

 こうして目を背けられない形で突きつけられて。

 やはり、困惑するのだ。

 

「....いつですか?」

「第3ラウンドが終わった次の日の日曜を予定している。空いている?」

「.....はい」

「ありがとう。――よろしくお願いします」

 

 

 染井華は。

 暗い部屋に戻り、すぅすぅと寝息を立てる日浦茜の声を聞きながら。ベッドの中に入る。

 

 ──自分は変わったのだろうか。

 

 最近。

 自分がやけに、他者を気に掛けるようになった気がする。

 その変化に、自分もまた戸惑っている。

 

 ──いや。

 

 きっと。

 根本の部分は変わっていないはずだ。

 自分の中にある意思と。

 生来の真面目さも。

 

 ただ。

 自分だけではなくて他者に自分の思いを知ってもらう覚悟が出来ただけだ。

 

 きっと。

 それだけなんだ。

 

 だから──借りは、返さないと気が済まない。

 そう。

 それだけだ。

 

 不思議と。

 面倒くさいと思えない。

 ──悪くはないな、と。少しだけ微笑んで。そっと意識を閉ざし、眠りについた。



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行く末の岐路

その後の顛末であるが。

 

「.....茜ちゃん、大丈夫かしら」

「うん...」

 

 那須隊作戦室内(那須邸)では、沈黙が続いていた。

 この日──日浦茜とその家族との二度目の家族会議であった。

 

 茜は一度家出を行い、その際に自分なりの結論をまとめたという。

 

「──茜ちゃんからだ」

 

 響く携帯の着信音に、那須玲は急ぎ手に取る。

 

「うん。うん──うん!」

 

 声からは。

 明らかな喜色の兆しが垣間見える。

 

「皆!」

 

 そして。

 

「茜ちゃん──来年以降も、ボーダーに残るって!」

 

 きゃー、と両手を上げて喜ぶ那須の身体にガッツポーズを上げた熊谷が抱き着いていた。

 

 

 日浦は「残る」ことを決めた。

 両親は引っ越し。

 日浦は寮に行く。

 

 現在住んでいる家は引き払い、家族とは一旦別れる形となった。

 月々の学費と生活費は仕送りすることが決められ、日浦は急遽ボーダー提携校に入学することとなるという。

 

「条件は、学業との両立。日々の生活をしっかりこなすこと。そして──」

 

 Vサインをニコニコと突き出しながら、日浦茜は言う。

 

「──ちゃんと、生きる事」

 

 ニコニコと。

 そう日浦茜は言った。

 

「うん....」

「そして。──それだけボーダーにこだわりがあるなら、上にも行けって。そうも言われました」

 

 その最後の言葉に。

 一つ、那須隊は頷いた。

 

「うん。──なら」

「目指そう。──ここの皆で。上位入りを」

 

 

「....そっか。そりゃよかったっす。ボーダー残れるんすね」

 日浦茜の報告は加山の耳にも届いていた。

 はぁー、と一つ息を吐きだしていた。

 

「そりゃよかった。──おう。また相手する時があれば、変わらず全力で叩き潰したります。だから、はやく那須隊の皆に早く伝えましょうぜ」

 

 ボーダーの休憩室。

 その中で加山は通話をしていた。

 

「──はい。それじゃあ」

 

 通話を切り。

 加山は──今度は送られてきたメールに頭を抱えていた。

 

「いや....マジで...」

 

 加山雄吾。

 今週の日曜。意図せず出かけることになったわけであるが。

 

 外行の服装が何一つない男であった.....。

 

 ──加山雄吾。

 これまでの人生、女友達どころか男友達と出かけたことがない男であった.....。

 

 

 さあ。

 この場で、即座に人に頼ろうとするのは悪い癖であろう。

 そもそも誰に頼るのだ。

 自分のキャラクターは誰もが知るところ。

 そんな自分が私服を買おうとしているとすれば、勘ぐられるに違いない。

 自分が勘繰られる分には別にどうでもいい事であるが、今回は相手もある事だ。

 

「まあ、ここで意地を張るのも馬鹿らしいか」

 

 今週は土曜の夜がランク戦だ。

 作戦会議も含めて、昼までは余裕がある。

 

 午前中に、ファッション誌に載っている服装の一式を揃えて、後はコートでも羽織っておけば別段文句を言われることもなかろう。相手はあの染井だ。服装どうこうでうるさく言うタイプではない事は重々理解できている。

 

 と、いう訳で。

 防衛任務を終え、寮に帰る前に一度警戒区域から出てコンビニに向かい、ファッション誌を一つ手に取る。

 それをかごに入れた、その瞬間──。

 

 がし、と。

 両肩が掴まれていた。

 

 振り返る。

 

「や、加山」

「....」

 

 背後に。

 迅悠一がいた。

 

「何故ここに?」

「いい未来が見えたから」

 

 きらーん、と擬音でもつけたいほどにむかつく爽やかな笑みを浮かべて。

 自称実力派エリートはそこにいた。

 

 

 雑誌を加山の手から奪い迅が購入し、そしてにやけ面と共に戻ってくる。

 

 何でだろう。

 とても殴りたい。

 

 

 その後。

 丁度近くにあった定食屋にて迅と加山は食事をする事となった。

 

「....で。どこまで未来を知っているんですか」

「いやぁ。染井ちゃんとすれ違ったのよ」

「はぁ。で?」

「いつかはっきりとは解らないけど、お出かけするんだろう?」

「そうみたいですねぇ」

「みたいですね、って....」

「実感湧かないんですわ。唐突も唐突」

「で。ロクな私服がないからとりあえずファッション誌に手を出しましたー。デートの前日にそのまんま揃えていくつもりだ、と」

「イエス。餅は餅屋。ファッションはファッション誌」

「その割り切りは流石だが、お前その調子だと一生モテないぞ」

「でしょうねぇ。これまで俺がモテる努力をしてきた瞬間を見たことがありますか」

「ないな」

「それが答えですわな。──あ、俺この納豆定食のごはん少な目で」

「そっちはモーニング用のメニューだ、加山。もっと欲張れ」

「だって。迅さんに奢られるとか後々怖いですし」

「あっはっは。この実力派エリートがその程度で貸しなんていわないさ。すきに頼め」

「それじゃあこの煮魚定食で....」

 

 普段魚は高いし手間だし。こういう機会でもなければ食べれそうにないので、このチョイス。

 

「いいじゃん。加山。青春してるじゃん」

「青春.....。青春かなぁ、これ」

「男女のお出かけの為に服をどうするのかを悩むなんて、青春と言わずに何という。季節も、もうじき春だ」

「春ですねぇ」

「.....高校、行くことになっただろ」

「なりましたねぇ」

 

 人生、中々思うようにいかないようだ。

 他者の掌の上でころころ転がされている。

 

「結局の所さ、お前は甘いんだよ」

「うぐ....」

「自分の事は心の底からどうでもいいんだろうけど。自分を気にかけてくれる他人に関してはどうでもいいとは思えない。そりゃそうだ。そこをどうでもいい、って思う人間はお前みたいな生き方はしない。お前は他人に甘い」

「.....迅さんに言われると腹が立ちますね。加古さんにも同じようなこと言われましたけど」

「まあでもその甘さは生きていくために重要だぞ。他人を受け入れられない奴は、間違えた時に誰も手を貸してくれない」

「....」

 

 他人に甘い。

 それは、この前染井華にも言われた。

 

「まあ、お前の人生が中々上手くいっているようで嬉しいという事を伝えてだな。──さて。ここからが本題だ」

「早く本題を伝えてくださいよ全く。嫌味だけ言うために金まで払うくらいに迅さんが性格が悪かったのかと思ってしまいそうになっちまいそうだった」

「──第3ラウンドが終わった後。お前にはちょっと上層部の所まで来てもらいたい」

「そりゃ、何でですか?」

「──うちで保護している捕虜に関して、今度聞き取りを行う」

「....」

 

 成程、と加山は呟いた。

 

「エネドラから受け継いだ情報と照らし合わせを行うってことですかね」

「多分。あいつは何も喋らない。──捕虜の名前はヒュース。エネドラの知識の中にあるか?」

「ヒュース、ね。──ありますね」

「お前には、その知識を使っての交渉を頼みたいって事らしい。──何とか情報を引き出すためにな」

 

 ふぅん、と加山は呟く。

 ヒュース。

 エネドラの記憶の中に、結構な頻度で出てくる人間だ。

 

 曰く「エリン家の犬っころ」「黒トリガーも使っていないくせに偉そうに指図するクソ野郎」

 

 ──「見捨てられることも理解していない愚かな奴」

 

 

「──成程」

 

 エリン家、というキーワードから。

 ヒュースという男の置かれた状況が如実に理解できた。

 

「──飼い主の、ピンチね」

「どうした、加山」

「いえ。──あ、煮魚来ましたね」

 

 なんとまあ哀れな男だ。

 飼い主を犠牲にする計画が国家ぐるみで行われて。

 その為忠犬をまず外に捨てた。

 

 ──まだまだ記憶の深堀が足りていないな。少し整理をしていこう。

 

「.....なあ、加山」

「うん?」

「一応聞いておきたいんだが.....どうやってヒュースから情報を聞き出すつもりなのかな?」

 

 その質問を投げかけたその瞬間。

 じぃっと、加山は迅の目を直視した。

 

 見つめる事、数秒。

 

 ──少しだけ、迅の表情が苦し気に歪んだのを、加山は見た。

 

「.....やっぱり、ですね。迅さんはどうも、ヒュースに肩入れをしているらしい」

 加山は。

 あえて、可能性を見せた。

 自分が交渉の際にやろうとしている事の中での、最悪の一部を。

 

「いや。俺個人の感覚としてはですね。エネドラなんかよりもよっぽど理解できるし好感の持てる奴ですよヒュースは。記憶をちょっと覗くだけでもそう思えますよ。実直真面目で優秀。非の打ちどころのない人間だ──でも」

 

 加山は煮魚を一つ口に運ぶ。

 

「あれだけのことをしでかして──何のリターンもなしにおとなしく祖国に帰す事なんて、俺は許さない。祖国への忠誠心も捨てず、されど罰が与えられることもなく、情報の一つも渡さずに、のうのうと生きているそいつに、俺はあまりにも虫唾が走る」

 

「....だろうな。お前は、そういうやつだ」

「俺は近界民は嫌いじゃないっすよ。──でも近界に与する奴は敵です。だから、なんとしても奴を”協力者”にする」

 

 空閑遊真と、ヒュースは違う。

 遊真は最初からこちらに敵意なんてなかった。ただ交渉をしたかっただけだ。協力の意思も初期から持っていた。

 

 だが、ヒュースは違う。

 奴は近界に故郷を持ち、その忠誠心を持ち続けている。奴は今でもアフトクラトルの軍人なのだ。

 

「.....迅さんは、ヒュースをどう利用するつもりなんですか?」

「.....ヒュースは、後々必ず必要になる」

「なら。何がどうなって、どういう風に必要になるのか。俺にその全てを話すことが出来ますか? それなら、俺は迅さんのいう事に従います」

「....」

 

 困ったように笑って。

 迅は沈黙を続けていた。

 

 ──ああ。

 ──ここだ、と加山は思った。

 

 迅の最終目標と。

 加山の最終目標は違う。

 

 ヒュースは──迅の目的には必要なのだろう。その為に、今の扱いが妥当として判断している。

 だが。加山の目的とは、相いれない。

 だから。

 迅は加山の問いに答えられない。

 

「なら。──俺はやりたいようにやります」

 

 ──迅は敵ではない。

 ──だがここに至っては、迅のいう事に従う訳にはいかない。

 

 そう加山は判断した。

 

「....煮魚、冷めるぞ」

「はい。はやく食べます。──しかし。お魚は美味しいですね」

 

 あらゆる手段を用いて。

 ──俺は、俺の役割を全うしよう。

 

 

「──明日、鈴鳴第一と荒船隊の三つ巴戦だが。全員、記録は見てきたな?」

「ッス!」

「よろしい。今回、荒船隊がマップ選択権を持つが。──何処を選ぶと思う」

「普通に考えれば市街地Cなんでしょうけどね....」

 前回のランク戦で弓場隊も選んだこのマップ。

 マップ上方から下方にかけての急勾配が非常に特徴的なマップで、総じて狙撃手にとって非常に有利なマップとして機能している。それ故に、荒船隊もここを選んでくる可能性が高い。

 

 ただ。

 前回弓場隊は市街地Cでの戦いをある程度見せている。

 

「正直、俺達は市街地Cは特段怖くない。──障害物のない中央の通路にエスクード張って、そこから上に向かって行けばいいだけだから」

 

 市街地Cでの戦い方の解答を、弓場隊は持っている。

 

「荒船隊は、荒船さん除いて狙撃手しかいませんからね。固まって動けば特段怖くない」

 

 エスクードでの射線切り。

 ビーコンを使っての攪乱。

 これらを混ぜ合わせていけば、加山を起点に荒船隊の攻略は可能であると。

 

「....と、なれば荒船隊は別の手段を講じてくる可能性もあるってことだな」

「それか。市街地Cで確実に俺を仕留める策を持ってくるかですね」

 

 提示された戦術を打倒できる方策をとるか。

 別のマップを選択するか。

 それとも──気候条件を思い切り変えてくるか。

 

「他にも、狙撃手が好みそうなマップも視野に入れておきましょう」

「.....荒船隊かぁ。単純にカウンタースナイプが即座にやってくるから、狙撃手としてはやりにくいんだよなぁ」

「ですねぇ」

 外岡のボヤキに、加山は一つ頷く。

 狙撃手の強みは、相手から届かない射程から一方的に撃てる事だ。

 ただ──その範囲に届く駒が三人もいるとなれば、一人撃ったら即座にその位置が共有され、他の狙撃手から撃たれてしまう。

 

 一人分の狙撃ならば、カバーが利きやすいが。それが二人、三人となると射線を切るだけでも相当な労力が強いられる。

 

「荒船隊は、最初に鈴鳴にちょっかい出してもらうのが理想ですね。別役とかいう先輩が脳死で手ぇ出してくれないかなー」

「は、はは...」

 加山の発言に帯島が愛想笑いを浮かべる。

 少なからず感情がにじみ出てしまった。いけないいけない。

 

「鈴鳴の対策なんですが──」

 

 こうして。

 作戦会議は進んでいく。



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巨獣、檻と共に

「はいもしもし。──あ、弓場さん。どうしました?」

 加山雄吾はファッション誌片手に三門市内のショッピングモールを歩いていた。

 無地のTシャツと補修されたジーンズ。そして色あせたジャケット。

 あまりにもあまりな格好でモール中で目当ての服装を探していた加山雄吾は、その途中にて弓場琢磨から電話がかかってくる。

 

「おう、加山。お前今何やってる?」

「市街でお買い物ですー」

「お、そうか。そりゃ邪魔しちまったな。すまん」

「いえいえ。ちょい入り用のもの買ってるだけですから。それで、用件は何ですか?」

「ん。実は昼の部の解説に俺が呼ばれていてな。──お前もどうかと思ってな」

「へ? 俺が解説ですかい」

 

 おう、と弓場は言う。

 

「まだ部隊所属から二か月もたっていないのに。やっていいんですか?」

「ああ。──実はよ」

 

 弓場は少しだけ笑い声を通話口越しに上げて。

 

「解説するのは、玉狛第二、那須隊、柿崎隊、諏訪隊との四つ巴戦だ」

「.....へぇ」

 

 何と。

 色々噂の玉狛第二との試合をこちらが解説するという。

 

「──この前、こちらに宇佐美を送っていたみたいだから。こちらも意趣返しだ」

「成程...」

 随分と根に持っていたらしい。

 

「了解です。それじゃあ買い物が終わり次第急いでそっちに向かいますね」

「お前、今モールか? 突然の呼び出しに急がせるのは忍びねぇ。俺が車出してやる」

「いえいえ。そこまでしなくてもいいですよ」

「いいんだよ。こういう時は素直によろしく頼む、で」

 

 ──その後。

 最終的にはファッション誌のコーディネートを自力でそろえることを諦め、店員に「これに近いものをお願いします」ムーブで丸投げして購入した服装一式を紙袋に詰め、モールの駐車場へ行く。

 弓場が顔を出しながら、入り口付近に車を止め、加山を拾う。

 

「いきなりの呼び出しで済まねぇな、加山」

「いえいえ。迎えに来てもらって申し訳ないっす」

「しかしお前がモールに買い物とは珍しい。何を買っていたんだ?」

「服ですねー」

「服か。.....おいおい。見た所結構なブランドじゃねぇか」

 弓場は、加山が膝の上に置いている紙袋を一瞥し、そういった。

 中には包装された服と、丸まったファッション誌が

「へ? そうなんですか。──どの店もふざけた値段してやがりますね。たかが布切れに」

「たかが布切れにとんでもない人件費かかってるから仕方ねぇの。──で、何でお前がこんなもん買ってるんだ?」

「....黙秘で」

 

 モールに併設された駐車場を出る寸前。

 弓場は──唐突にUターンを行う。

 

「まだ時間はあるな」

「あのー。どうしたんですかい、弓場さん」

「.....ファッション誌丸投げのコーデは、お前なんかが着たら野暮ったい事この上ねぇし、女からもすぐに無知がバレるぜェ、加山ァ」

「.....あのー。何を考えていらっしゃるんですか弓場さんいいですからさっさと本部に向かいましょうよせっかく大枚叩いて買ったんですからー」

「うるせぇ。俺が奢ってやるから、きっちりお前に合う服装用意しやがれ。これはお前の為じゃねぇ。お前と出かける女の為だ」

「目的は黙秘と言っているのに何で決めつけるんですかー」

 

 という訳で。

 結局弓場と共に一時間ばかりかけて服装を揃えたのであった。

 モールのブランドをあらかた回り、店員とも綿密に話し込み、幾度となき試着の果て、宣言通り弓場の奢りによって。

 

 何というか。

 もう服はユ〇クロでいいや.....。

 

 

「皆さんこんにちわ。ランク戦第3ラウンド中位、昼の部。本日の解説を務めさせていただきます今結花です。そして解説席には──」

「弓場拓磨だ」

「加山雄吾でーす」

「.....小南桐絵よ」

 

「.....この三人でお送りいたしますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 何故だろう。

 何故この人がいるんだろう。

 

「あ。賑やかし要員の小南先輩だ。何でここに来たんですか」

「誰が賑やかし要員よ!」

 

 玉狛第一、攻撃手。小南桐絵。

 普段二人しかいない解説員に、何故か我が物顔で座っていた。

 

「ただでさえアレなのに、身内贔屓までやられたらたまったもんじゃねぇっす。誰ですかこの人呼んだの」

「しないわよ! .....多分!」

 あ、こりゃ絶対するな──。

 そう思い弓場の方を見ると、ばつが悪そうにつぶやく。

「.....本当は、俺と小南の二人でやる予定だったんだ」

「.....あー。だから俺を呼んだんですね」

 

 弓場もボーダーの中では古参の部類の人間で、解説するにあたって不足はないのであろうが。流石に実質二人分の解説を行わなければならない負担を強いられるのは御免と言ったところであろうか。

 

「ふん! ──アンタが来たからにはしっかりこのアタシが監視させてもらうから! しんせんじゅ.....もが、もがが」

 加山は隣に座る小南の口を摘まむ。アホかこの女は。

「アンタがネタばらししようとしてどーする!!」

 うん。

 ダメだこいつは。

 

「ったく。うるせー奴等だ。──すまねぇな。進行続けてくれ」

 隣でぎゃーすか騒いでいる小南と加山をひとまず置いておき、弓場は今にそう促した。

「はい。今回、マップ選択権のある諏訪隊が選んだのは工業地帯。この意図をどう判断しますか?」

「狙撃対策と、単純に撃ち合いに持ち込みたいからでしょうね」

 

 加山は小南との言い争いを止めると、即座に口を出す。

 

「マップが狭くて長い射程活かせないし高い建物が多いしで、このマップだと狙撃手死ぬんですよね。そんでもって合流しやすいスペースも割と広いしで合流しての制圧射撃がやりやすい。銃手二人揃えている諏訪隊にはとても有利なマップですねー。ついでに柿崎隊もこのマップは大好物です」

「強力な射手の那須がいる那須隊も若干有利なマップだな。.....攻撃手が主体の玉狛が、マップ条件的には一番不利な気がするなこいつァ」

「狙いは、明らかに玉狛の封じ込めですね」

「ふん! こんなもんハンデよハンデ!」

「....」

 ほんと、誰だよ身内の試合にこれを呼んだの──。

 そう思いながらも、話を続けていく。

 

「ラウンド2では、まさしく攻撃手の空閑隊員の鬼神の如き活躍で、一挙7得点を取り中位に上がった玉狛第二。はじめての中位戦という事になりますね」

「ですねー。こっちも一度当たりましたが。まあ強かった強かった」

「でしょ!?」

「特に空閑隊員は実質三人がかりで仕留めたようなものでしたし。連携していかなきゃヤバい相手でした。普通にA級でもエース張れる人間だと思います」

 ほらほら。

 褒めれば褒めるほど笑顔が増えていく。

 何しに来たんだほんとに.....。

 

「とはいえ。今までの得点も実質空閑一人でとっている部分は結構な問題だな」

「うぐ...」

「エースを中心に据えて点を取っていくのは普通ではあるんだがな。にしても、得点分布が歪だ」

「その辺りも含めて、中位戦で何か変化をさせてくるのか。期待しながら見たいですね」

 

 この前、加山は玉狛第二にて雨取千佳への指導を行った。

 あのアドバイスを全て実行しているかどうかは解らないが──このタイミングで戦い方を変えてくる可能性は十分にある。

 

「成程。──それでは試合開始まであと僅かです。転送を待ちましょう」

 

 

 そうして。

 試合が開始される。

 

「....お」

 

 玉狛第二は。

 転送するとともに空閑と三雲が合流し、空閑がバッグワームをつけて周囲を警戒しながら。

 

 スパイダーを張っていっていた。

 

「玉狛第二、ここで三雲隊長がスパイダーを張っていきます」

「成程....。三雲隊長をそういう形に使いますか」

 

 加山はへぇ、と息を付き、そう呟いた。

 

 マップを見る。

 諏訪隊・那須隊・柿崎隊の三隊ともに合流が完了し、それぞれが玉狛第二から東西、北西、南東から向かってきている。

 

 その通路を埋めるように、スパイダーを張っていく。

 

「三雲隊長がスパイダーを張り終わり、空閑隊員は物陰に潜み奇襲の準備。そして、雨取隊員は、西側80メートル程の距離で.....ん? 狙撃トリガーを構えていませんね」

「....」

 

 ──やはり、変えてきたか。

 ビルの上。屋上の上にいながら武装トリガーを構えていない雨取の姿を見て、ついでに隣で「早くあの手を使わないかなー」と小声でぶつくさ口走っている小南の姿を見て、確信を覚える。加山は確信を覚える。

 

 きっと、あの手を使ってくると。

 

「さあ。先に玉狛第二のスパイダーエリアに入り込んできたのは那須隊です」

 そして。

 映像を見ると──熊谷がスパイダーに引っ掛かり転げると共に、空閑が襲い掛かる。

 

 その襲撃の中、熊谷の左手を斬り取った空閑は、追撃をかけずスパイダー陣の裏手に回る。

 

「とはいえ.....那須隊にはメテオラ使える那須隊長がいますから」

 

 スパイダー陣が、メテオラと共に崩されていく。

 背後に控えていた那須玲によって。

 

「まあこれはこれでOKだろうな。那須と障害物っていう、極悪の組み合わせを相手側から放棄してくれるからな」

「ですね。それに煙のおかげで空閑隊員が姿をくらましやすい」

 

 周囲に舞う煙に紛れ、空閑はバッグワームを再度装着し、周囲の建造物に潜む。

 

「そして──」

 

 煙からの襲撃を危惧し、後退した那須隊の──背後の路地。

 

 そこに。

 

「....やっぱりかぁ」

 マイクに乗らない程の小声で、そう加山は呟く。

 

 壁が、這い出る。

 

「え....」

 後退する背中に、一つ。

 壁が生えた。

 

「──マズい! 逃げろ、玲!」

 

 壁は。

 背後だけでなく──周囲四方全てから生え出る。

 その気配を察知した熊谷が那須を押しのける。

 

「──くまちゃん!」

 

 四方の壁の上空。

 空閑遊真が熊谷の首を刈り取る。

 

「こ.....の!」

 

 那須はバイパーを使用し、エスクードに囲まれた空間に雨のごとく弾丸を降らせていく。

 しかし──その瞬間に、那須と反対側にあるエスクードが瞬時に消え去り、空閑の脱出路を確保。バイパーの弾雨から逃れる。

 

「これは.....エスクード!」

 実況の今が驚いた声を上げると同時、ひええと加山が呟く。

「やっべぇすねやっぱり。──雨取隊員のトリオン」

「....加山隊員は、雨取隊員のこの隠し玉をご存じだったのですか?」

「いやー。どうですかねー」

「.....よく言うわ。アンタが教えたくせに」

 小南の一言に、へぇと弓場が呟く。

「そうだったのか」

「うす。すみません隊長」

「ああ。別に責めてるわけじゃねぇ。気にすんな」

「──しかし、やべーな。あそこまでの距離、ザっと百メートルはあるだろう」

 千佳と、那須がいる地点まで、およそ百メートル。

 通常であれば25メートル程が射出の限界値と言われているが、──雨取千佳の莫大なトリオンによって優に百メートル近くまでその限界値を伸ばしている。

「それでいて、壁をひり出す時に、特に射撃みたいな軌道もありませんので。放って位置がバレる事もない。──このまま雨取隊員の位置が割れるまで、一方的に壁を量産できる」

 エスクードは生やすもの。

 それ故に、その使用者の位置がエスクードの使用によって判明されないのだ。

 

 

 逃げる空閑の背後を追撃せんと、那須が弾を出しながら走り出そうとして。

 

「──那須さんだ! 撃つぞ!」

 

 柿崎・照屋両隊員によるアステロイド突撃銃による一斉放射が放たれる。

 流石に二人による射撃はたまらじと、那須はその場から引く。

 

「この動きも」

 

 加山が──柿崎隊の動きを見ながら、解説を行う。

 

「スパイダー地点を嫌がり、そして同時に発生させたエスクードで細かい路地を塞いだことで──柿崎隊と那須さんをここでバッティングさせています」

 

 柿崎隊はスパイダー地帯を踏み越えていくことを嫌がり、そしてエスクードで封鎖された路地も嫌がり、迂回した先。

 そこに那須がいた。

 ──それも含めて、玉狛第二の作戦だった。

 

「これは....予想以上に強力になったかもしれませんね。玉狛第二...」



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一夜城、現る

「成程.....思った以上に、千佳とエスクードは合う」

 

 玉狛支部の訓練室。

 加山のアドバイスの後、千佳にエスクード・スパイダーを組み込み訓練を開始してみた。

 

「だが。スパイダーはちょっと駄目だ。使えない」

 

 眼前には。

 路地の間をびっしりと埋め尽くすスパイダー陣と、それに巻き込まれ身動きが取れずにいる千佳と修の姿があった。

 

 ──スパイダーは、射手トリガーと同じくキューブを生成し、そこからワイヤーを作出する。

 

 膨大なトリオンを持つ千佳がそれをひとたび使えば。

 巨大なキューブと、その巨大なキューブに込められた大量の糸が周囲一帯に張り巡らされ──最早スパイダーの用途である「罠」としての機能は果たされない。

 

 当然射手トリガーのように、小さく分割して一部だけを使用することも可能だろう。

 しかし、スパイダーは罠だ。

 罠を作成する為に敵に見つかりやすい巨大なキューブを作成し、そこから小さく分割しながらチマチマ張っていくとなるとあまりにも不便だ。

 

「──それに。スパイダーは消費トリオンが低い。千佳に持たせて枠を埋めるには少々もったいない気もする」

 訓練の監督を行っていた木崎レイジは頷きながらそう呟いた。

 

 その呟きは。

 修の耳に届いていた。

 

「スパイダーって、枠を埋めるのにトリオンかからないんですか?」

「微々たるものだな。ほとんどない」

 

 その言葉を聞き。

 修は──ならば、と呟いた。

 

「そうか.....それなら、僕のトリオンでも、スパイダーなら」

「....そうだな」

 

 三雲修は、トリオンが少ない。

 正隊員の平均よりも少ない、ではない。

 恐らくボーダー全体で、彼と同値のトリオンの隊員は片手で数えるほどしかいまい。

 トリガーを切り詰め、思索をめぐらし、工夫を重ねながらやっていくしかない。

 

 そんな彼にとって。

 埋めても特にトリオンの消費にもつながらないスパイダーは、非常に魅力的なトリガーに思えた。

 

「よし。なら千佳はエスクード。修はスパイダー。それぞれ訓練をするぞ」

 

 加山の案は、修と千佳の両者へと分けられて実行されるのであった──。

 

 

「これは。エスクードによる地形破壊ですね」

 玉狛の新戦術を見ながら、──同じエスクード使いである加山が解説をしていく。

 

「工業地帯って。でっかい工場プラントがあって。そこに繋がる細々とした路地があるんですよ。で、細々とした路地の向こうに射撃戦で優位を取れる開けた空間がある訳です。このプラント内にある開けた地形内が、諏訪隊と柿崎隊が優位を取れる場所なんですね。中は障害物がなくて、射線が通る。でもその外側にはでかい建物が多くて、狙撃の射線が切れる。狙撃手がいないけど銃手が二枚ある二隊はここを起点に戦いをする予定だったと思います。で、那須隊はその動きを予想して路地で二隊を待ち構えていたと思うんですよ。細い路地は那須さんが一方的に攻撃できるから」

 

 だから。

 その地形を、破壊した。

 

「細い路地は三雲隊長がスパイダーで埋める。そんで──中の開けた空間を見てください。エスクードでもう滅茶苦茶に分断されてる。これでもう柿崎隊と諏訪隊の基本戦術が崩壊するわけですね」

 柿崎隊・諏訪隊の制圧射撃が活きる、開けた空間。

 そこは、夥しいほどのエスクードの山々に埋め尽くされていた。

 もう、射線が通る開けた空間など、そこにはない。

 

「な、成程...」

「ふふーん。さすがはウチの子たちだわ!」

 

 その後マップの動きを見ていく。

 外周部分はスパイダーで埋められ、路地のあちこちをエスクードで埋められていく。

 ある種、玉狛以外の部隊が全員、工業プラント内から閉め出されているような感じだ。

 

「──とはいえ。柿崎隊も諏訪隊も当然、プラント内の様子など知りようもないでしょうから。なんとか中に行きたいはずです。諏訪隊は攻撃手の笹森隊員が弧月でスパイダーを斬りつつ中に侵入していきます。ですが」

「──そうなると、空閑がやってくるという訳か」

 

 スパイダーに意識を割きながら進む。

 その恐る恐る進んでいく足取りの中で生まれる隙を──空閑遊真が突く。

 

 諏訪隊の横側から、空閑が斬り込む。

 

 斬り結ぶ二人を諏訪・堤が散弾銃で援護しようとするその瞬間──両者の前には、また新たな壁が出来上がる。

 

「.....諏訪サンがふざけんな、って叫んでいる姿が目に浮かぶなァ。なあ、加山」

「ですね。──ぶっちゃけこの状況に陥ったら俺も発狂しますよ」

 

 援護が分断された笹森は、周囲のスパイダーまで利用した空閑の空間殺法に耐えられず、緊急脱出。

 

「ここで空閑が笹森と交戦する中、柿崎隊はスパイダーを柿崎隊長・照屋隊員が断ち切って、巴隊員が中へぐんぐん進んでいきます。──ですが」

 

 路地を超え、たどり着いたプラント内。

 その中には──幾つものエスクードでしっちゃかめっちゃかになった空間が。

 

 事態を理解した柿崎隊がすぐさま戻ろうとすると。

 がしゃん、と道が塞がれる。

 

 そして。

 その空間内にあるエスクードの一つが、収納される。

 

 その裏には。

 アステロイドを構える、三雲修の姿があった。

 

 小さな弾丸を柿崎隊に撒く。

 当然のごとく防がれ、反撃の射撃が行使される──が。

 修は別のエスクードまで移動し、そして同時に収納されたエスクードがまた発生する。

 

「うざいですね。これはうざい」

「うざいなんて言わないの。これも戦術でしょ」

「俺が言ううざいは誉め言葉ですよ小南先輩。──しかし、これは」

 

 そしてこれを繰り返す。

 三人で固まっているその間の空間に壁を作りときたま分断させ。

 分断された一人を同じ手口で修が嫌がらせをする。

 

 柿崎隊を、そこに足止めする。

 足止めしながら──抜け目なくスパイダーを張っていく。

 

「着々と出来上がる柿崎隊の包囲網。壁を斬り裂きながらいかなければいけないけど足元にはスパイダー。遅々として進行が遅れて、いつ来るかもわからないエスクードの出現と空閑隊員の襲撃に怯えなければいけない。──割ともう柿崎隊詰みな気がしますね」

 

 自身が優位を取れるはずだった空間。

 そこは──隊を押し込める為の檻だった。

 

「しかし──流石にここまでくれば雨取隊員の位置も割れる」

 

 柿崎隊の襲撃を受けその場を引いていた那須玲は。

 その足で工業プラントの周囲一帯をぐるり回りながら千佳の位置を索敵しまわり、遂に発見する。

 

「──那須隊長、ここで雨取隊員へ攻撃を開始します」

 

 バイパーを周囲に展開させ、プラント東部の製鉄所の鉄塔にいた千佳へ攻撃を開始。

 周囲を取り囲むようなバイパーの軌道。──そこから一点に集中させる軌道へ修正し弾丸を集める技法。

 全方位からの攻撃を警戒しシールドを拡張させての一撃は、数々の防御を貫いてきた那須玲の伝家の宝刀。

 

 だが。

 ──千佳は、拡張させたままその攻撃を防いだ。

 

「....」

「....」

 

 最早無言のまま加山と弓場はその光景を見ていた。

 あの攻撃を防ぐために、加山は訓練を重ねシールドの極細分割術を学んだというのに。

 フルガードすら使わぬまま、彼女はそれを防いだ。

 

 千佳は鉄塔から飛び降り、逃げ去っていく。

 その方向には、空閑遊真の姿。

 

 彼女は自ら作り上げたエスクードを引っ込め、逃げ込み、また塞ぎ。

 逃げていく。

 

「恐らく那須隊長は雨取隊員を日浦隊員で落としたいんでしょうけど。──でもそっちには」

 

 工業地帯は、非常にマップが狭い。

 狭いうえに、狙撃地点も少ない。

 

 ──那須の追い込み方から、日浦の狙撃地点をおおまかに特定した玉狛第二が、空閑を派遣し日浦の首を刎ねていた。

 

「これで玉狛は三点。そして、柿崎隊が足止めされている空間に──諏訪隊長と堤隊員が出てきました」

 

 空閑が日浦を狩りに行っている隙を見計らい、スパイダーを超えて諏訪隊が訪れる。

 その中には──エスクード空間が広がっている。

 

 そこからはもう流れるようだった。

 

 分断された空間の中、柿崎隊と諏訪隊が食いつぶし合う。

 その上を通る那須が横槍を入れつつ乱戦状態を作り。

 その争いの中修は牽制を入れつつ足止めを計るも銃撃にさらされ緊急脱出。

 

 .....雨取千佳のアイビスで空間そのものに大穴が開けられ。

 乱戦に乱入した空閑が乱戦の生き残りを一人ずつ狩っていった。

 

 こうして──ランク戦ラウンド3は。

 生存点含み8ポイントを奪取した玉狛第二の圧勝で終わった。

 

 

「.....総評。総評ですか。うーん」

 

 正直。

 何を語れというのだろう。

 

「とにかく。雨取隊員こえー、が一番最初に来ますね」

 この試合。

 他の隊にとっては試合を一方的に破壊されたに近い状況である。

 

「.....ただ。今回は部隊とマップ条件があまりにも重なりすぎたからこの大惨事になったという解釈もできるので。まだ救いようがありますね」

「部隊とマップ条件の重なり、ですか」

「はい。部隊の重なりというのは、主に諏訪隊と柿崎隊ですね。この二隊が、とにかく開けた場所で撃ち合いをしたがっていたという事。そしてマップが工業地帯というトップクラスに狭くて戦闘区画が限られている場所であったこと。この二つの要素の重なりで──ちょっと雨取隊員が大暴れできる環境が整いすぎていた」

「どのように重なっていたのでしょうか?」

「諏訪隊と柿崎隊が、”開けた場所で撃ち合いたい”って思うじゃないですか。そうすると、その条件がそろっている工業プラント内に行きたがるじゃないですか。その二隊を狙って那須隊も横槍を入れようと動くじゃないですか。──玉狛以外の三隊が、全部工業プラントに全部集まる事になりました」

「.....全部の隊が集まったからこそ、雨取は全部の部隊に妨害を入れられた、ということだな」

「そういうことですね。四部隊のうち二つが同じ場所を目指していた、という要素と。狭くて合流がしやすくて部隊が集まりやすいマップの要素。この二つが組み合わさったことによる悪夢ですね。仮にこれが市街地Bみたいなただ広い空間だったら、ここまで上手くはいっていなかったと思います」

「....成程」

「しかし.....隠れながら一方的に壁を量産できるのは、本当に恐ろしい。機動力が高くて立体的な戦い方が出来る空閑隊員との組み合わせがあまりにも強力すぎる。──これはちょっと、個人的に結構衝撃でした」

 

 言うなれば。

 千佳の居場所が割れない限り、永遠に待ち伏せの戦術が可能となる訳で。

 

 壁を作り、その周囲をスパイダーで固めて敵の足を止め、一方的に空閑が戦闘できる空間を作り上げる。

 その空間内に引きずり込めれば──恐らくは、射手の王、二宮すらも打倒できる戦術であろう。そこまでの脅威を、玉狛から加山は感じていた。

 はぁ、と。一つ溜息をまたついた。

 

 

「お疲れ様ッス」

「疲れたよー」

 

 もう本当に。

 疲れた。

 

 弓場隊作戦室では。観客席から試合をみていたのであろう帯島と外岡が、加山と弓場を出迎えていた。

 

「.....とんでもなかったね。玉狛第二」

「今後、玉狛との試合では狭いマップは厳禁ですね。ありゃあちょっとひどい」

 

 対策を練らなければならない部隊がまた一つ。

 いい加減にしてほしい。

 

「....おう。今回の試合が衝撃だったのは同感だが。切り替えろ。次は俺達も試合だぞ。作戦会議、しっかりやるぞコラ!」

「うっす」

 

 弓場の一声で、皆が一旦あの試合を頭から外す。

 次の試合は、こちらなのだ。

 

「それじゃあ。作戦会議に入りましょうか。──まあ、大体の方針はもう決まっているんで。打合せみたいなものですけど」

 

 玉狛という新たな脅威が出現した以上。

 こちらも点を取れる時にとらなければいけない。

 ──中位でコケている場合ではないのだ。

 




千佳ちゃん本当にどうしようこれ


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ランク戦ROUND3 ①

「みなさんこんにちは。B級ランク戦、中位夜の部。実況はこの私、三上歌歩が務めさせていただきます。本日の解説は──」

 ショートカットの女性が、一つ挨拶すると同時。

 実況席の右手側二人もまた、声を上げる。

「A級冬島隊、当真だ」

「どうもこんにちは。B級玉狛第二の空閑遊真です。よろしく」

「以上三名で実況・解説を行います。よろしくお願いします」

 

 ざわ、と。

 観客席が──解説の紹介と共に慌ただしくなった。

 

「ざわめきが起こってるな。流石は玉狛じゃねーか」

「ん? おれ、何かやったっけ?」

「そりゃお前、あれだけ暴れまわったその日のうちに解説にくるもんだから。驚かれるにきまってるだろ。どうして来たんだ」

「おれの師匠から命令を受けた。泣きながら」

「ああ、小南か。──そうか。あいつ散々加山に弄られてたもんな」

「そうそう。あとはまあ、おれも一度こういう場で弓場隊を見てみたいと思ってたから。いい機会だ」

 

 玉狛第二。

 本日昼の部のランク戦において一挙8得点を稼ぎ、上位進出をほぼ決めた部隊である。

 マップ全体にエスクードを行き渡らせた上での、解説席に座るこの空閑遊真による暗殺戦術で中位戦を蹂躙したその様は、観覧するC級隊員に大きな印象を残したであろう。

 

「──今回、マップ選択権のある荒船隊が選んだのは市街地C。こちらの選択について、狙撃手の観点からどうでしょう、当真さん」

 荒船隊が選んだのは、前回のラウンドで弓場隊が選択していたのと同じ、市街地Cだ。

「普通にいいと思うぜ。荒船隊は狙撃手しかいねぇ部隊だ。急勾配のマップはやりやすいだろ。──とはいえ、これだけだと弓場隊の対策になっているかと言えばノーだ」

「うん。おれもそう思う。このマップは、弓場隊にとっても得意なフィールドだ」

 

 前回、天候を「暴風雨」にし、急勾配を生かした水責めを敢行した弓場隊。

 遠距離戦で優位を取れる荒船隊と、中距離戦で優位を取れる弓場隊。

 

 今回のマップ選択では──自分の部隊の強化には大いに役立つであろうが、弓場隊の弱体化は出来ていない。

 結局弓場隊の誰かが上を取れば、一気に荒船隊は不利になる。

 

「まあその辺りはおいおい見ていくとして。──逆境に立っているのは鈴鳴だろうな、やっぱり」

「鈴鳴の構成は、ほぼほぼウチと同じだね」

「だな。攻撃手でエースの村上。銃手の来馬先輩。狙撃手の太一。──まあ厳しい事を言わせてもらえば、狙撃手の太一に関しては他の狙撃手の駒より数段落ちる。あいつが真っ先に上を取れたとしても、ちょい頼りない」

 

 当真勇。

 彼は──現ボーダーにおいてトップのポイントを持つ狙撃手である。

 感覚派であり実に適当なスタンスの彼であるが──それでも彼の狙撃手を見る「目」は確かなものがある。

 

「とはいえ。おれ、むらかみ先輩の記録見たけど。あの人も割と狙撃手にとっていやな攻撃手だと思うな」

「だねぇ。経験則で狙撃は看破されるし防御能力も高い。とはいえ、この急勾配のマップは、攻撃手にとって鬼門だ。鈴鳴がどう対処するかも見物だな」

「成程。──それでは、あと僅かで転送が開始されます。試合の様子を見ていきましょう」

 

 

「市街地Cですって」

「まあ、妥当と言えば妥当だな。──妥当故に、何かありそうだ」

 

 市街地Cは前回のランク戦で弓場隊も選択しているマップである。

 特殊環境を整えた上での戦いとはいえ。このマップに関してはかなり研究を行った。特に不利になる要素は無いように思える。

 

「.....あ」

 

 わかった、と加山は呟いた。

 

「ヘイ、皆」

 加山はパンパンと手をたたく。

「あん? どうした」

 それにいの一番に反応したのは、弓場であった。

「これ、俺の予想なんですけど」

 

 加山は、はっきりと、こう言った。

 

「荒船隊。絶対に天候を”雪”に設定します。賭けてもいい」

 

 

「さあ、これより転送が開始されます」

 

 各部隊が、それぞれの作戦室より転送される。

 そこには──。

 

「これは──気候条件を雪にしてきました」

 

 三上は、冷静にそのマップ状況を見ていた。

 

「成程な。──単純に雪マップで相手の移動力に弱体化を入れる感じか」

 当真は、そう呟いた。

 

「中距離に秀でた部隊を相手にするから。荒船隊としては相手が射程外にいる間に仕留めたい。なら、足を止める要因増やして相手が射程外にいる時間を長引かせよう、って寸法だ」

「マップを見ると.....ほうほう。荒船隊のはんざき先輩が上を取っていますな」

「半崎かー。──この盤面の中じゃあ、狙撃技術自体は一番高い奴が上を取ったな。他のメンバーを見てみるか」

 

 上層に転送されたのは。

 半崎、弓場、村上、別役。

 

 下層に転送されたのは。

 加山、帯島、外岡、来馬、荒船、穂刈。

 

「マップ転送地点だけで言うなら、鈴鳴が有利かな。狙撃手とエースが一緒に上にいる。銃手の隊長を援護しながら上に引き上げる動きが出来る。──お、でも弓場隊動き出しが速いね。予想してたのかな?」

「そして、下に弓場隊が固まってら。──弓場さんは滅茶苦茶強力な駒だけど、この状況で下の奴を上に押し上げる動きは出来ないからなー。結構この先の動きが楽しみだ」

 

 

「大当たり、と。──どうせ移動を封じてくると思ってたんですよ。弓場さーん」

 加山雄吾はこの状況が一瞬で浮かび上がった。

 荒船隊は、雪を選択して来ると。

 単純に相手の動きに制限をかけ、狙撃が一方的に通る状況を整えてくるだろう、と。

 狙いは当たった。

 当たったが故に、相手がやろうとしていることは大まかには理解できていた。

「おう」

「すみませんが暫くは隠れといてください。──大まかな動きとしては、下で揺さぶって上の駒の居所と正体を炙り出しをするんで、炙られた所にタマぶち込んでください」

「炙り出し?」

「うっす。──取り敢えずさっさと上にいる狙撃手ぶっ殺しとかないと」

 

 加山はダミービーコンをセットしながら、一つ息を吐く。

 

「上にいるからって、そうそう簡単に狩らせてたまるか。──こちとら嫌がらせのプロじゃ」

 

 

「俺だけが上ですか。ダルっ」

 マップ選択をした荒船隊は。

 上層に転送されたのは、半崎一人。

 

「──半崎。周囲で誰か見えるか?」

 隊長の荒船の通信が聞こえる。

 

「反応がある中ではっきり見えるのは、西側二百メートル先の村上先輩だけっすね。バリバリこっち側の狙撃警戒しているので狙えないっす」

 

 村上は転送された瞬間より、バッグワームをつけることなく周囲を見渡し索敵を行っていた。

 狙撃は喰らわないという確固たる自信があるのだろう。

 

「──げ」

「来たな」

 

 レーダー上。

 下層マップの東側から。

 

 夥しいほどのダミー反応が、波打つように増えていく。

 上層から下層へ繋がる射線をエスクードが塞いでいく。

 特に上層と下層を結ぶ二車線の道路に関してはかなり念入りにエスクードを並び立て、上層からの視界の妨害を仕掛けていく。

 

「まあ、これが加山の戦い方だ。落ち着いて対処していくぞ。──恐らくアイツはこちらの位置を探ってきている。釣りに引っ掛かるなよ」

 

 荒船と加山は、年は離れているものの親友同士だ。

 それ故に、互いが考えていることはよく理解できている。

 

 荒船は上層への迎えるルートを探りながら、ビーコンの増え方をチェックしていく。

 こういう場面において、ある程度動きを止めて他の事に意識を向けられるのも、狙撃手の強みだ。

 

 ビーコンは撒く作業と、それにスイッチを入れる作業が別である。

 それ故にある程度ビーコンを広範囲に撒いてから、時間差でスイッチを入れるのが基本となる。ビーコンの位置から、使用者が割り出されないように。

 

 だが。

 

「....加賀美。ここのビーコン反応にマーキングを頼む」

 

 その中で荒船は。

 あくまで、上層へと至るルートに目星をつけ、そのルート上で狙撃が通る射線上にマーカーをつけていく。

 

「東地区にエスクードを張っているってことは。ありゃブラフだな。あの壁を隠れ蓑に、西側に向かって行ってる」

 

 加山の一連の行動を見てみると。

 ①東区画の射線をエスクードで丁寧に封じ、

 ②東も西もその双方にダミービーコンを発動させている

 

 東西両方に移動しながら、エスクードを敷いたのは東側。

 西側はダミービーコンを撒いているだけで終わっている。

 東区画から西へ向かい、そこから上層へと向かうつもりだろうか──と。そう思考が向かいやすくなる

 

 エスクードが張られておらず、だがビーコン反応で意識が持っていかれる西側の区画。

 ここで更なる仕掛けを行うのだろうと、荒船は考えていた。

 

「──半崎。ここから加山の姿が見えても、絶対に撃つな。絶対にだ」

 荒船は加山の意図をある程度看破し、

 半崎にそう伝えていた。

 

 

「──うひゃあ。反応がいっぱいだ」

 

 別役太一はチカチカするレーダーに目を回しながら、周囲を索敵する。

 

「お」

 

 太一は上層マップの西側の建築物内から、イーグレットを構えていた。

 東区画は射線が切れている。

 ならばと、自らの正面に位置する西側の下層を見る。

 

 新たに。

 二つばかりダミー反応が増える。

 下層にある家屋の物陰と、その隣家の中。

 

 そちらに思わず索敵をかけると。

 

 ──お。

 

 思わず、いるじゃん、と呟いた。

 

「──見つけた、加山を見つけたっす」

 

 加山は、その反応から二十メートルほど離れた地点。ダミービーコン地帯に紛れ、太一の視界の中にいた。

 

「──って。あの位置やべぇじゃん!」

 

 加山の位置は。

 鈴鳴で唯一下層に転送された来馬の位置と重なっていた。

 

 このままだと、加山と隊長が交戦する可能性がある。

 

「──撃ちます!」

 イーグレットを構え、加山に照準を向ける。

 

 ビーコン地帯の中で、更にビーコンを撒いている作業をしている加山に──イーグレットを放つ。

 

 その弾丸は。

 

「ヘ」

 

 至極当然のように。

 シールドで防がれていた。

 

 

「──やっぱりなぁ、別役!」

 

 バーカ。

 バカバカバカバーカ! 

 

 引っ掛かったなぁ! 

 加山は煮え湯の記憶を腹の底に落とし込み、ゲラゲラ腹の底から笑っていた。

 

「こんな見え見えの射線上で! 俺が! ビーコンを撒くような愚か者だと! 思っていたのか別役ゥ!」

 

 これは。

 まんま、対太一用の罠であった。

 

 ①東側の射線を切る。

 ②東西にビーコンを撒く。

 

 この行動の裏には、当然。

 

 西側の射線を埋めていない。何故? 

 という疑問があって当然なのだ。

 

 加山は、上層で索敵を行っている弓場の報告から、村上の位置情報を握っていた。

 その動きに着眼していると、西側に向かっていた。

 

 この動きの意図を、加山はこう捉えていた。

 

 ①上層にいる狙撃手の炙り出し

 ②西側の下層からやってくる味方の合流、もしくは援護。

 

 この時点で、加山の作戦は決まっていた。

 西側にいる仲間が気にかかる故に、鈴鳴は必ず西の下層に意識を向けるはずだ、と。

 東側の射線を塞いで、西側を空けていれば、当然そちらに意識を割かざるを得ない。更にダミービーコンもうじゃうじゃ発生している状況なら猶更。ビーコン地帯から下の仲間が急襲される可能性が存分にあるから。

 

 そこに、ビーコンを撒いている加山の姿があれば。

 当然──鈴鳴の狙撃手であるならば撃ってくるであろう、という確信があった。

 それが上層であろうと下層であろうと。

 上層の「西」で援護の準備をしているか。

 もし太一が下層にいるなら、合流する為に村上と同じ進行方向に向かうはずだ。──なぜなら「東」は封じていて、鈴鳴は隊長との合流を最優先にする部隊だから。西に向かって合流する形をとるしかない。西に向かっているなら、下層であれ加山の姿は視認しているはずだ。

 

 その双方にわざと射線を空け。

 加山はシールドを張る準備をしていた。

 

 結果。西の上から、弾丸が降ってきた。

 ──まず一人目の位置の炙り出しに成功。

 

「荒船隊も引っ掛かってくんねーかな、って期待はしてたんすけどねぇ。さすがに荒船さんはそこまで甘くはねぇか。まあ、いいや。──弓場さん待たせましたね。上と下で連携して別役先輩やっちゃいましょう」

 

 まだまだ。

 試合は始まったばかりだ。

 ──仕掛けは、まだまだ続いていく。



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ランク戦ROUND3 ②

 加山雄吾は別役太一の位置を確認すると同時。

 周囲にエスクードを展開し射線を塞ぎ、ハウンドを放つ。

 

「──うひゃあああ」

 

 ビル群に容赦なく突っ込んでくるハウンドを視認し、即座に狙撃地点より飛び降り、逃亡を開始する。

 

 ──よしよし。

 

 太一の位置が炙り出されたことにより。

 村上が太一のカバーに向かう動きを見せることになるだろう。

 

 この状況下においては、村上がバッグワームを使わずにうろうろしていた事が結構な悪手になる。

 なぜなら──ただでさえ表に出にくい狙撃手部隊である荒船隊総員に位置が共有されているのに、自身の部隊の狙撃手だけが位置が晒されてしまっている現状。

 これがかなり痛い。更に言えば雪で移動力も大きく減衰しているからこそ、猶更。

 

 別役先輩、解る? あんな仕掛けに引っ掛かったこの罪の重さ。

 

 西側から上層に移動する際に著しく邪魔になりそうな村上が、太一側に寄ったことで。

 加山は上層へ移動できる好機を得た。

 

 ──が。

 加山が西側から回り込む動きをする際。

 その軌道上の周辺区画もまた、エスクードで埋め、そしてバッグワームを着込むことなく進んでいく。

 

「.....」

 その動きに。

 舌打ちをする男がいた。

 

 荒船だ。

 ──荒船が加山の意図を読んでいたように、加山もまた荒船の思考を読んでいた。

 

 荒船は加山の釣りを看破し手を出さず。

 加山は看破した事実から逆算し、荒船隊の狙撃ポイントを読んでいた。

 荒船がマークしていたのは、西側上層に繋がる複数のポイント。

 加山が上層に向かう際に使うであろう進路上の射線に集中し、狙いをつけていた。

 加山もまたそのポイントの危険性は理解できていた。

 それ故に、外周をエスクードで覆い射線を制限し、念入りにバッグワームを装着せずシールドをつけたままそのルートを踏破していた。

「──互いの手の内がバレているな、畜生」

 構えていたイーグレットを下げ、荒船は苦笑いと共に別区画へ移動していった。

 

 

「さてさて」

 

 上層に無傷で上がることが出来たが、ここはまだスタート地点。

 やるべきことはまだまだある。

 

 ①上にいる狙撃手の炙り出し

 ②下にいる帯島・外岡の援護

 

 これらを実行する為にも、──下層の方も大まかなお掃除をしなければいけない。

 

 

 ──よし。

 

 現在。

 加山は西側から上層マップへ上った。

 

「外岡先輩・スタンバイできてますかー?」

「大丈夫だよー」

 

 加山は棚田状に広がる住宅区画の一角をエスクードで埋め、

 その周囲をスパイダーを張っていく。

「弓場さん。上の警戒は頼みます」

「おう、任された」

 区画の外側。

 弓場は拳銃を構えながら、周囲の警戒に当たる。

 その中心地にある、鉄筋製の背の低い住居の中自らを引っ込ませる。

 

 これで。

 気にせず好きなだけ下層に弾丸を撃てる環境をお手軽に作れました。

 

「藤丸さん。今起動中の下層のビーコンを落として下さいな」

「あいよ。──しっかりやれよ」

「そりゃあもう」

 

 加山が撒いたビーコンが落ちる。

 

 

「──これより。全員の位置を晒し上げる」

 

 新たなビーコンが発生し、十数秒の時間を待ち。

 加山の両腕には。

 メテオラとハウンドがそれぞれ展開されていた。

 

「ぶっ飛べ」

 

 メテオラを下層に。

 ハウンドを上層に。

 

 それぞれ、放った。

 

 

 それから。

 

「お、おおおおおお!」

 

 下層には、メテオラが襲来していた。

 ダミービーコンが落ちると同時。

 西区画を中心に、特に背の高い建造物が中心となって。

 

「──隊長! 読まれているぞ、位置が!」

「──みたいだな!」

 

 荒船・穂刈のコンビが潜伏している区画内。

 その付近の建造物が、次々と爆撃で吹き飛ばされていく。

 ──加山が上を取り。

 ──そして、まだ下にいる隊員もいる。

 二つ分の視界をもってしても見つからない場所を、順次爆撃し、炙り出しを行う。単純であるが、トリオンの多い加山だからこそ行える物量戦だ

 

 

「──ぐ」

 この爆撃と共に何がやってくるのか。

 解らぬ二人ではなかった。

 

 両者は、それぞれシールドを張る。

 が。

 

「死んだな」

 

 ぼそりと、穂刈が呟くと同時。

 彼の眼前には、──シールドすらも貫く光迅があった。

 

 ──穂刈、緊急脱出。

 

「アイビスか.....!」

 

 穂刈を貫いたのは、トリオンに比例しその威力を増す”アイビス”の弾丸であった。

 

 崩れ行く建物から飛び降りた荒船の前。

 そこにも──更なる弾丸が向かい来る。

 

「おっと!」

 それを避けつつ。

 荒船は──狙撃トリガーのイーグレットも、バッグワームも仕舞って。

 かつての得物であった弧月を手にし、眼前に現れた人間と向かい合う。

 

「荒船先輩。──胸を貸してもらうッス」

 

 そこには。

 同じように、弧月を構える少女の姿があった。

 

「.....帯島か」

 

 荒船もまた。

 逆境に置かれながらも、笑みを浮かべる。

 

「....」

 

 外岡の援護を受けられる状態での、万能手である帯島と向かい合う。

 攻撃手としてマスターランクまで行った荒船としても、この状況は不利に思えるが──。

 

 ──いや。この状況は切り抜けられる。

 

 なぜなら。

 まだ位置が割れていない半崎という駒がいるから。

 

「──いいぜ。ぶった斬ってやる」

 

 

 そして。

 メテオラと同時に放たれたハウンドは天高く浮かび──太一の頭上に降り注ぐ。

 

「げぇ!」

 降り注ぐハウンドをシールドで防いでいく。

 ハウンドは細かく散り、広く雨のように降り注ぐ。

 太一を仕留める、というより足止めしておくためのものであろう。

 

 その意図を、村上は理解していた。

 

 ──未だ下にいる来馬隊長との距離を離したままにしておきたいのだろう。

 

 

 ──鈴鳴第一は、割と盤上の動きがコントロールしやすい。

 

 彼等はある法則によって動いている。

 彼等は合流を目指す。

 何故か? 

 

 隊長を守る動きを徹底しているからだ。

 

 鈴鳴第一は、そう言う部隊なのだ。

 そこにロジックはない。

 来馬隊長はいわば隊におけるメインシステムであり、どれだけ強かろうと村上はそのサブシステム。メインシステムを庇うために、自らの献身も犠牲も厭わない。

 

 それ故に。

 距離を離せば離すほど、鈴鳴の動きに大きく制限が掛けられていくこととなる。

 現在。

 マップは雪だ。

 

 下から上に上がるのにも、相当な労力がかかる。

 そして、爆撃まで

 

 それでも。

 ──やるしかない。

 

 

「──隊長。村上先輩動き出しました。どうしますか?」

「どうする、とは?」

「選択肢は二つ。村上先輩の動きを放置するか、狙うか。前者を取るなら隊長が北側に向かって回り込んで別役先輩ぶっ殺して、俺は下の帯島と外岡先輩の援護に入ります。後者なら隊長と連携しながら村上先輩とやります」

「前者だな。孤立してても、村上は防御能力が高い。仕留めるにしろ時間がかかるし、その間に来馬サンと挟撃されたらたまったもんじゃねぇ。取れる駒を着実に取るぞ」

「アイアイサー。それじゃあ隊長はあのバ.....別役先輩を仕留めに行って下さい。俺はここでまた適当にハウンド散らしています」

「あいよ了解」

 

 そう通信を行い、加山と弓場は別行動をとる。

 

 よし、と一声上げ。

 加山は荒船と帯島の戦闘区画を見つつ、ハウンドを放つ準備を行う。

 

 その時。

 

「お.....おお!」

 

 エスクードで周囲をガチガチに固めた、加山の居所。

 しかし。

 加山が視野を確保せんと少々身体を乗り出した瞬間に──切った射線の、そのほんの少しの間隙から弾丸を通してきた。

 

 それは加山がいる住居の窓を貫き、脇腹へと叩き込まれた。

 

「うっそだろ!」

 

 加山は援護をしようとしたその動きを取りやめる羽目となり、そのまま背後へ下がる。

 

 しゅうしゅうと漏れるトリオン煙を見つつ、ひぇーと呟く。

 

「いや、マジかよ。あんなの想定しようがないでしょ」

 

 そして。

 更に報告が入る。

 

 ──外岡もまた狙撃された、と。

 

 

「ヒットしました。──すみませんけど、両方仕留めるまではいかなかったです」

 半崎は、

 およそ狙撃技術、という一点のみを鑑みれば、ボーダー全体でも五指に入る力を持つ男である。

 ダルイダルイと口にする男はその反面、技術を磨くことには非常に真摯な男であった。

 

 

 加山までの距離。およそ四百メートル。

 そして──外岡までの距離、およそ六百メートル。

 

 加山に関しては、エスクードと障害物の狭間から加山の肉体が出てきた瞬間に、窓枠をぶち抜き狙撃をするというあまりにも高度な狙撃であった。

 それを行使した後、シームレスに六百メートルの長距離狙撃を敢行するという、荒業。

 

 その結果。

 加山は腹部を貫かれ、外岡は左腕が吹き飛ばされた。

 

 このサポートにより。

 

 ──帯島と荒船の間において、弓場隊のサポートを一次封殺する効果が発生する事となった。

 

「──ナイスだ、半崎!」

 

 荒船は確かな賛辞を半崎に送り。

 その足を、更に下の区画へと向けた。

 

 ──障害物に囲まれた、雑居ビルに入っていった。

 荒船はビルの上階に飛び乗り、帯島を待つ。

 

 これで。

 加山のハウンドも、外岡の狙撃も、易々と入れない。

 

「──互いにもう邪魔が入らねぇタイマンだ」

「ッス」

 

 互いに向かい合う場所は、ビルの通路。

 通路そのものが狭く、両端に通り道と階段がある。

 

 帯島は自らの背後にハウンドの弾体を置き、弧月を構え斬りかかると。

 荒船と斬り結ぶと同時、ビルの側面を通りハウンドが荒船へと向かい来る。

 

 シールドで弾丸を防ぐ。

 同時に、斬り結んだ刀身をいなし、帯島の体勢を崩させながら雑居ビルの壁に押し付ける。

 

 ──駄目だ。斬り合いでは、まだ全然。

 

 返す刃で肩口を斬り裂かれながらも、帯島は狭い通路の中身を屈め、足元を狙う。

 それを、荒船はステップと共に避け、更に剣を振るう。

 ステップで空中に浮く一瞬を見計らい、帯島はアステロイドを射出する。

 

 振るう剣は、旋空。

 狭い通路を壁とバルコニーごと斬り裂く。

 

 放たれる弾丸は、急所を守り切りつつも幾つかは当たる。

 

 身を屈めながらも、即座に軸足を起点に回避動作。

 びゅお、と雪に混じる風を感じる。

 バルコニーが斬れたからだろうか。

 

 更に荒船は踏み込みを行い、斬りかかる。

 弾トリガー対策にシールドを設置しながら。

 

 斬り結び。

「ぐ.....う」

 荒船は横に飛びのく帯島を──斬り裂かれたバルコニーから蹴り飛ばす。

 

 雑居ビルから蹴り飛ばされながらも。

 帯島はハウンドで荒船に迎撃をかけようとする──が。

 

「すまねぇな」

 

 ──帯島の頭部が、銃声と共に消し飛ばされる。

 

 瞬間。

 あ、と帯島は思った。

 

 ──互いに、もう邪魔が入らねぇタイマンだ。

 

 その荒船の台詞。

 それが、帯島の頭のどこかにあった。

 

 そうか。

 ──最初からこうするつもりで、荒船は──。

 

「これが──狙撃手部隊の戦い方だ」

 

 半崎の、更なる長距離狙撃により。

 帯島は緊急脱出。

 

 

「──あーダル。すみません、隊長。後は頼みます」

 

 そう言って。

 半崎もまた、外岡に捕捉され緊急脱出。

 

 

「.....後は俺一人か。何とかやってみるか」

 ようやく一ポイントを取れたものの。

 依然として状況は変わりなく不利なまま。

 

「しゃーねぇ。──やるだけやらねぇと」



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ランク戦ROUND3 ③

今回はちょい短め


「──申し訳ないッス。落とされました」

「大丈夫大丈夫。今回に関しちゃサポート入れられなかった俺が悪い。半崎先輩がヤバすぎた」

 

 帯島が落ちたが、外岡が半崎を落とした。

 

 これで、隊長の荒船だけが下層に残されたことになった。

 

「これで、上の狙撃手は全員片付けられたな。──外岡先輩。東側のエスクードどかしますんで、昇ってきてください」

 

 加山は住居の屋根伝いに東側まで向かい、東側の通路を塞いでいたエスクードを仕舞う。

 下層の東側で狙撃位置を確保していた外岡は、そこから上に登っていく。

 

「さあ。あと下にいるのは貴方だけですよ、荒船先輩」

 

 仕舞った後。

 再び姿を消した荒船。

 

 その周辺区画に。

 加山は変わらずメテオラを展開し、波状攻撃を開始していた。

 

「とはいえ。後から隊長と合流して村上先輩とやり合わなきゃいけないですし。あんまり時間はかけられないっすね。ほらほら、吹き飛べ」

 

 上層からの空爆を行使しつつ、加山は弓場との合流を目指し動いていく。

 残る敵は、荒船、村上、来馬。

 

 あ、あと別役もいたな。そういえば。まあ、アレももう風前の灯だろう。

 

「村上先輩と来馬先輩の組み合わせは、ある程度対策は出来ている。──ちゃちゃっと片付けましょうか」

 

 

 ────────────余談のようなもの──────────────―

 

 

 

「ひぇぇ。ハウンドこええ」

 

 別役太一は。

 逃げていた。

 彼独自の逃げ方で。

 

 四足を地面に這わせて、指先の力でしゃかしゃか逃げる方法で。

 

 それはまさしく四足千切れたクモのような移動法にも見せるし、二足千切れたゴキブリのようにも見える。

 人の視界というのは、自らの足元を見るに辺り角度を変える必要があり、ましてやランク戦の最中とあれば建物の上や彼方からの狙撃、曲がり角からの急襲など意識の配分は上に向かいやすい。

 視界を欺き逃走をするという一点において、彼のその逃げ方はあまりにも合理的かつ適切である。ましてや彼は狙撃手。近づかれる事=死であり、見つからぬよう可能な限り敵の視野を欺かんとする行動をとることは基本中の基本であり、視界の外に逃れることは至極当然の行いともいえる。

 かの、最初の狙撃手、東春秋とて、自らが逃亡を行う際には障害物を利用して自らの姿を隠すという基本行動の積み重ねを行使している。ならば人の視界に映りにくい場所=足元に自らの身体を這わせるという行為は、まさしく逃走において基本的な動作であろう。世の中には匍匐前進という技巧もある。彼はそれを木々も草むらもない場所で行使しているにすぎない。非常に鮮やかかつ斬新で誰も試したことのない動きであろう。

 

 更に彼は二本の腕と足を動かすに辺り更に高度な行動を積み重ねている。彼はその動作を行う際に蛇行さえも行えるのだ。右に。左に。ただでさえ指先という力を籠めるにはあまりにも頼りない力を駆使して尚彼は蛇行を行う。

 ここはランク戦の現場。いわば戦場である。いついかなる状況が舞い降りてくるかもわからない。狙撃手の弾丸が自らに向かってくるかもしれない。流れ弾が降り落ちてくるかもしれない。メテオラで吹っ飛ばされた建造物が自分の頭上に落ちてくるかもしれない。直進の動きだけでなく左右の動きも混ぜ合わせることによりそう言った諸々の不幸が自分に降りかかる確率を少しでも下げることが可能だ。更に気候は雪。自らの姿も、降り積もる雪が覆い隠してくれる。何と素晴らしい事か。

 

 その、あまりにも間抜け、奇怪、──他人から見たら馬鹿にしているのかと激高すら覚えそうなその行動にも、別役太一なりの思惑と、合理性と、正しさが同居している。一刻も早く逃げねばならない狙撃手という身分で移動スピードが極端に落ちるという欠点にさえ目を瞑れば、誰よりも何よりも合理的な論理が、別役太一式移動法(仮)には通る。

 

 それを行使していた。

 ハウンドの雨が降り落ち、自身の居所が把握されているという状況。いつ刺客が襲い掛かってくるとも解らない現状。

 

 その中。

 彼は必死にしゃかしゃか逃げる。

 逃げる。

 

 しゃかしゃかと。

 しゃかしゃかと。

 

 狭い路地の中。

 

「へ」

 

 靴が見えた。

 曲がり角から。

 

 その靴は自分の眼前で爪先に変わる。

 

 見上げる。

 

「.....」

 

 そこにはメガネが光に反射し瞳が覆い隠され、何処か殺し屋めいた剣呑な姿に見えなくもない、弓場拓磨の姿。

 

「.....」

「.....」

 

 リボルバーをホルスターから取り出し、

 脳天に向ける。

 

「ぷぎゅう!!」

 

 銃声と共に。

 そんな声が、路地に響き渡っていた──。

 

 

「──別役隊員がここで弓場隊長に撃破され、弓場隊が3ポイントを獲得となりました」

「おもしれー戦いだな」

「だね」

 

 両解説員共に、にやにやと笑みを浮かべてその様子を見ていた。

 

「この勝負、加山と弓場さんの転送位置が逆だったら、弓場隊はもっと楽だっただろうな」

「だね」

 

 当真のその言葉に、遊真もまた頷く。

 

「とうま先輩に聞きたいんだけど、ああいう、エスクードで射線を切る行動を取られたら、狙撃手はどうするの?」

「仮に俺が荒船隊なら、二方向で挟み込むか、一人が狙撃で居所を縛らせてから移動してズドン、かね。──とはいえ荒船隊はちと加山と相性が悪い」

「なんで?」

「誰もアイビスを持っていねーから。エスクードを破壊する手段がない。さりとて加山が作ったバリケード地帯から追い出すための中距離手段もない。──今回、図抜けた技術を持つ半崎が上を取っていたから狙撃が通った、てだけで。普通ならあれで狙撃はもうどうしようもない。加山自身の警戒力がめちゃ高いだけにな」

 

 加山自身が、

 自分の居所を通る射線と、それを塞ぐための手段も、自分を隠蔽できる技術も知っている故に。

 

 狙撃を通すに辺り、射線が通る場所に加山が来るのを待つ、という戦法ではなく。

 射線が通る場所に加山を追い込む、というアプローチが必要だった。

 

 だが──それが出来る駒が荒船隊にはなかった。

 

「その手段の一つとして気候を雪にしたんだろうがな。──まあでも、最初の釣りに引っ掛からなかったのは流石だなとは思ったな。逆に太一が引っ掛かったおかげで鈴鳴は攻撃の機会を実質奪われた感じになっちまったな」

「でも、あの位置関係だと鈴鳴の隊長が撃たれるかも、って思うのも仕方がないとは思う。俺も近くにいるならカヤマの襲撃に向かう」

「そう。攻撃手が襲撃をかけるなら特に問題なかったんだよあの状況。あの時、加山が位置を晒した時に襲撃をかけるべきは西に移動していた村上だった。でも、それだと時間がかかりすぎる」

 

 気候は”雪”

 そして荒船隊の居所がまだ割れていない状況下。

 

 村上の移動速度は落ちているし、レイガストの軌道を用いれば狙撃のいい餌となる。

 

 恐らく加山はそこまで読んだ上で、自分の位置を晒したのだ。

 村上は襲い掛からない。

 この状況を止めようとするのは、狙撃手。

 それも、来馬の安全確保を最優先に動く──鈴鳴の狙撃手であろう、と。

 

「上にいる半崎の居場所は、割れると最優先に狩られるから序盤は釣りを警戒して中々使えない。半崎はめちゃスキルが高い分、釣りに乗せられやすい。そうこうしているうちに下の狙撃手は加山の動きに対応する中で上に行く機会が奪われた。──で、上にいった加山の爆撃で位置を炙り出されて穂刈が緊急脱出。襲撃に来た帯島は返り討ちにできたが、まだ下にいるまま。結構追い詰められている」

 

「でも粘ってる」

 

 荒船は。

 爆撃が来ることを予見していたのか。住居の壁を背に、時に匍匐でその位置を徹底して秘匿しながら爆撃をジッと耐え忍んでいる。

 

「加山は何処かのタイミングで弓場さんと組んで、村上と来馬さんと連携して戦わなきゃならんからな。そこを荒船も解っている。何処かでこの空爆が止むことは解り切ってる。だから我慢の時だ」

「なるほど....」

 

 当真の言葉に、遊真は頷く。

 

「さて。──そろそろ弓場さんと加山が合流するな。どういう決着になるのか、見ていこうかね」

 

 

「──来馬先輩。無事でしたか」

「な、何とかね....」

 

 来馬は、上にいた村上の忠告を聞き、暫く身を潜めていた。

 下から加山が突き上げに来ている状況と、荒船隊の位置が解らない状況。

 それ故に、せめて加山か、荒船隊か。どちらかの所在が割れるまでは孤立状態は避けるべきであろうと。

 

 その間に村上と太一が西側に向かい、迎えに行き、援護しながら来馬を迎える──という作戦内容であった。

 

 しかし。

 その動きは加山に看破され、逆に利用され太一の居所を割られた。

 

「こっちはまだ得点は無し。──ここから、点を取っていこう」

「了解です」

 

 村上は、隊長の言葉に一つ頷く。

 

 ──ずびばぜ~ん

 

 そんな通信と共に。

 空を飛ぶ一陣の光が見えた。

 

「.....太一の犠牲も無駄には出来ません。やりましょう」

「.....だね」

 

 両者は合流し、そのまま上へと向かって行った。

 

 

「流石に無得点のまま我慢大会することは無いでしょうから。ここで待ちましょう」

「おう、了解」

 

 加山と弓場は。

 

 外岡の狙撃ポイントが確定した後、周囲をエスクードで塗り固めた路地で”待ち”の構えを取っていた。

 現在鈴鳴第一は無得点。

 結局下の爆撃で荒船を仕留め損ねた事もあり、横槍が来る可能性も考慮し。こちらから急襲するのではなく、周囲をエスクードのバリケードで塗り固めた狭い路地で戦う事を決めた。

 

 住居に囲まれ。

 上を見上げても住居。下を向けても崖下に螺旋状の道路と住居。

 崖の幾つかにエスクードを生やし、足場を確保。その下にある道路はエスクードで封鎖。突撃銃が通りにくいように路地もエスクードで幾つか分断。その他諸々仕掛けもゴロゴロ。

 対村上用に考案した加山スペシャル。

 全霊を以て、村上・来馬にぶつける。

 

 下からの狙撃を排除し。

 こちらがコントロール可能なバリケードで塗り固めた区画。

 

「先手先手でやっていかないと。──ランク戦ってのは点取り合戦だ」

 

 両者とも笑みを浮かべつつ。

 加山と弓場はエスクードの裏でレーダーの様子を見ていた。

 

 

 



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ランク戦ROUND3 ④

「──隊長、鋼君。気を付けて。弓場さんと加山君がいる場所、どんどんエスクードが張られていっている」

「これ、絶対罠張ってますよね.....。なんて卑怯な作戦だ」

 

 加山の工作は、鈴鳴の目からも見えていた。

 切り立った崖の上にある道路上。

 上下の崖からエスクードを生やし、その間をスパイダーで埋めている。

 

 恐らくこれらの仕掛けは、崖からの襲撃予防の為であろう。

 側面のルートを潰し。

 眼前の正面のルートもエスクードで分断。

 

 とかく、エスクード、エスクード。

 こちらを封殺する準備を着々と進めている。

 

 ──現在、鈴鳴のポイントはゼロ。

 

 弓場隊の待ちの戦術に付き合いたくないのは実に山々なのだが。

 ここで勝負をかけないと勝ちの目どころか得点すら奪えずじまいとなる。

 

「──行くしか、ないね.....!」

「──はい」

 

 来馬と鋼は互いに目線を合わせ、一つ頷く。

 全てが後手後手となってしまった今回の試合。

 ここで取り戻さねば、もう勝負は終わりだ。

 

 

 ──村上先輩に、個人技で勝負をかけようとするのは不毛だ。

 

 そう加山は分析した。

 

 ──多分、二宮さん以上に不毛だ。二宮さんと言えど、「フルアタック時にガードが解かれる」という防御上の隙がある。その隙を作り出すのがあまりにも難解であるが、それでもまだ解決策がある。

 

 村上は、はっきり言えば防御上の隙があまりにもなさすぎる。

 レイガストというノーマルトリガー最強の頑丈さを誇る盾を持ち。

 その崩しのための方策をすべて学習して対応してしまっている。

 きっと今まで村上に立ち向かってきた人間すべてが、死に物狂いで何とかその防護を崩さんとあの手この手で仕掛けてきたのだろう。

 そうしたあの手この手全てを記憶し学習し対応するのが村上鋼だ。

 自分一人で考え出した手法が、今まで幾度となく戦い続けてきた村上の膨大な蓄積の前で超えられるか──と。出来る訳がない。

 

 最強の防御力。

 そして最強の対応力。

 

 この二つを兼ね備えた堅牢さを誇る村上相手に、技量で勝ろうなどとは思わない。

 

 ──物量で、押しつぶす。

 

「来たな」

 

 弓場が言う。

 真正面のエスクードが、旋空をもって叩き斬られる。

 

 それが、スタートの合図であった。

 

「──メテオラ!」

 

 加山から見て左手側。

 切り立った崖の上にある住宅地。

 

 そこには、地盤の上に作られた六重のエスクードの群れがある。

 急勾配の地面に直立するように建てられたそのエスクード群は、棚田状に作られている地盤に、大きな負荷をかけている。

 その負荷となるエスクードの上。

 メテオラの置き弾が一つある。

 

 ビルの解体と理論は同じだ。

 斜めに立つ地盤という硬いものを。

 

 負荷と爆撃で支えを砕き──破壊する。

 

「前は洪水のおかげでもっと簡単にやれたけど──地盤さえ崩せれば、こういう事も出来る訳ですよ」

 

 地盤が崩れ。

 切り立った住宅一棟がご、ご、ごと音を立て──来馬と村上に襲い掛かる。

 

「隊長! 捕まってください!」

 

 村上がスラスターを起動し、来馬に自身の襟を掴ませる。

 地滑りを前に移動したことで防ぐその前に。

 

 エスクードが二つ。三つ。

 

 斬り裂く。

 

 ──エスクードの出し入れに合わせた弓場さんとの連携。

 それはもう嫌というほどに頭に叩き込んでいる。

 加山と弓場の連携の肝だ。

 

 ──横着しない。眼前に出てきたエスクードは全部旋空で潰す。

 

 旋空で潰し視界を早めに確保。

 飛んでくるハウンドも弾丸も全て盾で叩き落す。

 

 エスクードを斬り裂き、視界を確保すると。

 

 そこにはもう、加山も弓場もいなかった。

 

「──そこか!」

 

 弓場は、崖下。

 加山は、崖上。

 

 それぞれ、生やしたエスクードの上に立ち──村上と来馬を挟み込んでいた。

 

「──挟まれたぜ。どうする村上ィ?」

 弓場が崖下から、銃を構え。

 加山がキューブを生成し、──恐らくはハウンドの射出準備に入っている。

「──隊長。弓場さんの弾丸は俺が防ぎますから、加山への迎撃をお願いします」

「了解!」

 

 来馬は崖上の加山へ向け突撃銃を撃つ。

 加山は非常に細かく分割したアステロイドを、一斉に放つ。

 

「.....く!」

 

 来馬・村上全員を撒き込めるほどの弾丸の雨が降り注ぎ、来馬が加山側にガードを固めたその時。

 弓場の弾丸が放たれる。

 

「──させるか」

 

 村上はその弾丸の軌道上にレイガストを挟み込む。

 

 そして。

 弾丸の軌道が──直角に変わる。

 

 ──バイパー! 

 

 レイガストから逃れるようにくるり軌道を変更したバイパー弾は──加山側にシールドを展開していた来馬の背中を突き刺す。

 

「隊長.....くっ!」

 

 事前にその身体を跳ね飛ばし、何とか致命傷は避けたものの──跳ね飛ばした先に指先を構える、加山の姿を村上が捉えた。

 当然。

 この状況下でも、来馬を見捨てるという選択肢は村上にはない。

 

 村上は加山に旋空を放ち足場を崩した上で。

 スラスターを起動し来馬の下へと向かう。

 

「よし。──弓場さん。上がってきてください」

「オーケー」

 

 足場を崩された加山と。

 崖下からジャンプしてきた弓場も、また合流。

 

 村上は来馬に駆け付ける最中で、こちらに反撃する余裕はない。

 対してこちらは、全て想定通りだ。

 

 加山は。

 片手にハウンド。片手にアステロイド。

 共に、弾丸を多く分割して構える。

 

 そして──弓場は、変わらず二丁拳銃のまま。

 

「ダブルの、フルアタックだ」

 

 細やかなハウンドで両者の全体に攻撃を撒く。

 来馬隊長がフルガードを選択し、全体の守りに入る。

 

 そして加山のアステロイドが、今度は村上に集中して叩き込まれる。

 村上はレイガストを盾にこれを防ぐが、それでも全てを処理しきれず、脚や腕の幾つかが貫かれ、削られる。

 

 そして。

 来馬がフルガードし、村上が加山の弾丸の処理をする──その最中で。

 

 弓場の二丁拳銃が火を噴く。

 

 散々に拡張され、削られた来馬のガードを、粉々に砕きながら──そのどてっ腹に、大きな穴を二つ作る。

 

 ──来馬、緊急脱出。

 

「.....隊長!」

 

 そして。

 

 全身を削られた村上は、それでも迎撃に移る。

 

「──外岡先輩!」

 

 そのタイミング。

 こちらのフルアタックを防ぎ、完全に意識が狙撃から外れる、そのタイミング。

 

 ここで──外岡が引金を引く。

 

 

 が。

 

「.....え!」

 

 その瞬間だった。

 外岡の頭部が消し飛んだのは。

 

「──ベストタイミング」

 

 それは。

 荒船が、下側から行使した狙撃であった。

 

「げ」

 

 下側から聞こえた銃声を耳にして。

 加山は一瞬で状況を理解できた。

 

「──最後まで邪魔してくれますね、荒船先輩!」

 

 ──ここで村上と、弓場・加山をぶつけ合わせ戦力を消耗させ、残った人間と戦うつもりか。

 

 村上の旋空が弓場に襲い掛かる。

 弓場、これを射程圏外に引きつつ弾丸を放つ。

 

 斬撃は届かず、銃弾は防がれる。

 加山は村上の左斜めの位置を取り、エスクードで視界を塞ぎながらアステロイドを放つ。

 銃弾を防いだ盾を流れるようにアステロイドに向け、防ぎ、エスクードももれなく旋空にて破壊。

 

 弓場の銃撃はまだまだ続く。

 流れた盾の動きと連動し身を捩り弾道から回避。

 加山はまた村上の視界を塞ぐようにエスクードを射出──するふりをして、崖側から村上を背中から押し出す壁を射出。

 

「そのエスクードの使い方は知っている」

 

 村上の脳裏には、かつて──地面から這い出たエスクードに跳ね飛ばされた笹森の姿が脳裏に浮かぶ。

 それ故に対応が速い。旋空を以て崖を崩し、エスクードを根元から叩き斬る。

 

 ──おいおい。

 何をしても。

 何をやっても。

 対応される。防がれる。

 

「焦るなよ、加山。──集中してじっくり削れ」

「.....ッス」

 

 大丈夫。

 それでも村上はこちらの攻めに、攻撃をねじ込めていない。

 

 弓場に、旋空。

 弓場は当然それを避け、反撃の銃弾を叩き込もうとして──。

 

「──弓場さん!」

 

 加山がその瞬間に、シールドを弓場の前に展開する。

 

 そこに、荒船の銃弾が入る。

 

 ──荒船は村上と加山・弓場が交戦している間に、まんまと上を取り狙撃地点についていた。

 

 ここで弓場のサポートに入った分攻撃の手を緩めてしまった加山に、村上が斬りかかる。

 左腕が斬り飛ばされながらも、シールドからハウンドをセット。

 たたらを踏んだその先、崖が見える。

 

 ──崖に追い込まれた。なら。

 

 加山は崖にエスクードを出し、そこを足場に飛び移る。

 

 ──俺と弓場さんが、これで上下の角度もとれるようになった。

 

 崖下の加山に視線をやれば、弓場の早撃ちが来る。

 弓場に意識をやれば、加山のハウンドが来る。

 

 村上の選択は、

 

「──旋空弧月」

 

 旋空を足元に伸ばし、

 道路と、その下にある地盤ごと加山の足場を破壊するという荒業から、流れるような弓場への斬撃であった。

 

「──ったく。無茶苦茶なことをやりやがって」

 弓場は笑みを浮かべて、一連の村上の攻撃にそう呟いた。

 強い。

 これが、これこそが──村上鋼の強さだ。

 

 崖に刃を入れられた加山はその場を飛ぶ。

 

 ──来る。来るだろう。解ってんだよ来やがれこん畜生! 

 空中に飛んだ加山は、絶対に荒船の狙撃が来ると予感し、シールドを装着。

 意識を狙撃に向け、次なる足場に移る。

 足場に移り、着地。

 その瞬間飛んできた弾丸は──加山がシールドを張った頭部ではなく、足先であった。

 

 左足が削られる。

 

「......」

 

 ──やっべぇ。超ヤベェ。腹立たしくて仕方がない。あの時の爆撃で、何で死んでねぇのあの人。

 

 きっとあの爽やかなんだか粗野なんだかわからないほくそ笑みでこちらに狙撃銃向けてんだろうなぁ、という確信を覚えながら、加山は崩れそうになる体勢を何とか整える。

 

 左腕に左足が削られながらも、加山はそれでも村上にハウンドを向ける。

 

 村上のトリオン反応に追いかけるように設定し、射出。

 空高く打ち上げ、追尾機能を一番最後に強める。

 村上の防御は拡散させても大して意味がない。散らしたところでレイガストの防御機能は変わらない。

 ならば一点に集める。そこにレイガストを向けざるを得ないような、そんな弾丸を降らせる。

 

 加山はエスクードを階段のように作り、右足で崖から登りながら、村上と弓場の戦いの様子を見る。

 

 弓場が村上の旋空射程内に入り込みながらステップを踏み弾丸を放ち、村上の腹部を抉る。

 ここだ、と加山は思った。

 

 もう一度。

 フルアタック。

 

 時間差で落ちてくるハウンドに気を取られている村上に。

 側面からアステロイドを放つ。

 

「.....」

 スラスターを起動し背後に向かいアステロイドを何とか避ける。

 しかし追尾機能を強めたハウンドが村上の頭上を追いかける。

 

 同時に弓場の手に握られた、二丁拳銃。

 

 それでも。

 それでも村上の防御は見事であった。

 

 頭上のハウンドをレイガストを飛ばすことで押し返し。

 スラスターを飛ばし防護した分、出来た時間差で、弓場の銃撃を回避。

 

 ──いや。何でこれで死なねぇんだよ訳わからねぇはやくくたばれ。

 

「安心しろ加山。──勝負あり、だ」

 

 弓場がニ、と笑みを浮かべ。

 回避する村上を見る。

 

 直進する弾丸は──途中、回避する村上の方向に、曲がる。

 

「バイパーだ」

 

 村上はその心臓部に、銃弾を叩き込まれた。

 

 ──村上、緊急脱出。

 

「....」

「....」

 

 ガギン!! 

 

 勝負が決まった瞬間の、心理的な油断を突こうとしたのだろうか。

 荒船の弾丸が加山に向かう。

 

 当然──もう既に予測していた加山と、弓場のシールドによりそれは塞がれる。

 

「──ま、ここまでかき乱したし。もう無理だな」

 

 荒船は。

 その後自発的に緊急脱出を行った。

 

 こうして──。

 「終わった......ようやく、終わった」

 

 弓場隊は生存点含め7点を取り、勝利を収めた。

 これまでにないような、非常に疲労感のある終わりであった。



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嘘の声音

ヒュース★尋問編


「試合終了。弓場隊が生存点含め7点を獲得しトップで終わりました。それでは、解説のお二方、総評をお願いします」

「いやー。色々と面白い試合だったな。終盤、荒船が引っ掻き回したが、そこまでの弓場隊の動きは常に先手を打っていた。大したもんだ」

「面白かったー」

 

 ランク戦を終え、実況ブース。

 解説陣二人による総評の時間が、始まっていた。

 

「まあ全体的に。安定していたのが弓場隊。運がなかったのが荒船隊。色々翻弄されていたのが鈴鳴。こんな感じかな」

「ですねぇ」

「相槌打つのも飽きてきたろ? 好きに喋っていいぜ」

「了解」

 

 好きに喋ってもいい、という当真の言葉に遊真は一つ頷き、話し始めた。

 

「おれは攻撃手だから。どうしてもその目線で話しちゃうけど。──鈴鳴はもっと点を取れたかな、って思う。今回無得点で終わっちゃったけど」

「今回鈴鳴は、攻撃らしい攻撃が終盤までなかった印象があります」

「終盤。カヤマとゆばさんに囲まれながら、あれだけ粘れるのはむらかみ先輩だけだと思う。おれでも、連携した二人には反撃できずに終わった。──鈴鳴は何としても、合流する前にカヤマか、ゆばさんをむらかみ先輩にぶつける必要があって、そのチャンスは何度かあったと思う」

「チャンス、というのはどの辺りでしょう?」

「序盤。カヤマは東側の道を封鎖して西側に来ていた。必ずカヤマは西側から上に行く必要があったから、あの場面、カヤマはわざわざ自分の位置を晒して鈴鳴の狙撃手を炙り出していた。──むらかみ先輩が西側の通路で”待つ”方法を取れば、カヤマと戦う事が出来ていたと思う」

 

 東を封鎖し、西を空ける。

 この状況を作り出せば、下にいる戦力が上に上がるルートが削られ、上にいる人間が下から上がろうとする戦力を削ろうと西に寄っていく。

 あの時、狙撃手の半崎と弓場を除き上にいたのは鈴鳴の二人。

 よって、実質、この加山の動きは鈴鳴の戦力を西に動かすためのものだった。

 

 そして太一の居所を割らせ、その援護に村上は行かざるを得なくなり。

 加山が上に向かう隙を作り出してしまった。

 

「そう。あの時ヘマした太一を見捨てる作戦を鈴鳴が取れていれば、加山は村上に仕留められたかもしれねぇ。まあ、その動きを見せたら間違いなく加山は逃げ出すだろうが。それでも加山を上にやる、という事態は避けられた。──まあでも。その動きが出来ないってのを看破していたからあの動きを選択したんだと思うぜ」

「ふむん。──出来ない」

「そう。出来ない。鈴鳴第一ってのは、そういう部隊だからよ」

 

 太一の居所を釣りだし、村上に援護にいかせる。

 爆撃を開始し、来馬を援護にいかせる。

 

 仲間の危機を煽り、加山は鈴鳴の駒を動かし続けた。

 

 それが効果的で、その動きに逆らえないことを確信していたから。

 

「仮に鈴鳴がそういう部隊じゃなかったら、また別の戦術を使っただろうさ」

 

 村上鋼という男は。

 B級屈指に潰しがきく駒だ。

 

 攻撃手・銃手や射手・狙撃手、どの駒にぶつけても勝ち筋が期待できる。

 それ故に、部隊が後手後手に回ると、その後処理に奔走しなければならない駒でもある。

 

 それ故に、加山は村上を動かし続け、最終局面でしっかり準備が整った状態以外での村上との交戦を徹底して避ける立ち回りを続けていた。

 

「そして、荒船隊。こいつらは初期位置で荒船・穂刈が下にいたのが痛かったな。加山が東の出入り口を封鎖しちまったから、西側を回らざるを得なかった分、機動力の低い狙撃手部隊の二人は結局上に上ることが出来なかった。仮にもう一人上にいることが出来たら、また違った展開になっていただろうな。──そういう意味じゃあ、荒船は今回引っ掻き回し役としちゃあ満点だ」

 

 

 序盤で猛攻を受けながらも。

 帯島の襲撃を切り抜け、爆撃も生き残り、終盤の村上・来馬戦に狙撃で場をかき乱した荒船の動き。点に惜しくも繋がらなかったが、それでも執念を感じられるものであった。

 

「加山と荒船は、それぞれ互いに動きを読み合っていた感じだったな。加山は荒船隊の射線を先回りして潰し、荒船は加山の戦術を読み切ってしぶとく生き残ってた。──まああいつ等仲いいからな」

「仲いいんだ」

「おう」

 

 うーん、と遊真は呟く。

 

「今回、──やっぱりゆばさん強いな、っていうのが凄く印象に残ったね」

「まああの人はつええよ」

「むらかみ先輩の旋空の見切りが、本当に完璧だった。カヤマの援護があったにせよ、無傷であの猛攻を捌き切ったのは本当に凄い」

 

 弓場は、今回の試合で鈴鳴の三人全てを葬っている。

 対村上での立ち回りは実にシンプル。

 旋空の射程範囲外に常に自分の足場を置き、弾丸を放つ。

 

 シンプルなようだが──レイガストによる急発進とボーダー最高クラスの防御・対応能力を持つ村上相手にである。

 

「まあ。ここまで弓場隊は本当に順調に進んできたが。次からは上位戦だからな。どうなるのやら」

「そっか。もう順位が確定したのか」

「──弓場隊は6位にランク入りし、無事上位進出を決めました」

 

「まあ、ここからだな。──上位まで行けば、戦術だけじゃどうにもならない場面も出てくるだろう。その時にどう対応するかが鍵だろうな」

 

 

「──無事、上位進出が決まったッス!」

「はぁ~。ようやくか~」

 嬉し気に声を張り上げる帯島に反して。

 加山は作戦室のソファにもたれかかり、ぐたぁ~としていた。

 最終戦。めまぐるしい展開と、その展開を一つ読み違えれば確実な死がやってくる事実の前に。

 加山は大いに疲弊していた。

「ここで疲れてちゃどうにもならねぇぜ加山ァ。俺達にして見りゃ、ようやく上位に戻れたにすぎん。ま、ここからだな。──まあ、でもめでたい事は確かだ。何か皆で食いに行くか?」

「あー。すみません、隊長。俺本部に呼び出されているので。──皆でやっておいてください」

「おう、そうか。──じゃあ日を改めるか。ちなみに、何で呼び出されてんの?」

「うーん。一言でいうなら──」

 加山は疲れた表情を何も変えることなく。

 

「近界民の、尋問ですね」

 

 

「──本国に関するいかなる質問も、俺は回答しない」

 

 さて。

 上層部のお部屋の中──フードを被った端正な顔立ちの男、ヒュースが、そうキッパリとした態度で答えていた。

 

 上層部の面々に合わせ。

 部屋には玉狛の男二人(修・遊真)と風間隊の菊地原がそこにいた。

 

 ──三雲君がそこにいる理由は解らんけど。嘘つき判定機の空閑君と心音判定機の菊地原先輩がいるってことは、まあそういうことだろうな。

 

 加山はそそくさと空閑の隣に行く。

 

「や、空閑君」

「ん。久しぶりカヤマ」

 互いに、小声で話し合う。

 

「──お願いしてもいい?」

「何?」

「これから──あの近界民が言う言葉が嘘かどうか。俺に教えてほしい」

「ん。それ位なら別にいいよ」

 

 よし、と加山は心中呟く。

 まずは──エネドラの中にある人物像と実際の人物像が重なるかどうかのチェックだ。

 

 それから。

 鬼怒田が拷問を匂わせる発言をする。

 そんなもの覚悟の上だ、とヒュースが答える。

 

「──嘘じゃないね。本当に覚悟している」

「成程ね」

 

 さあて。

 鬼怒田の発言の後。

 本来ならば、──穏健派の忍田がここで何かしらのフォローをするのであろうが。

 そこは。

 ──事前に加山が止めていた。

 

 覚悟も決まっている。

 本国への忠誠心は消えていない。

 まだ。

 ヒュースは「アフトクラトルの優秀な軍人」だ。

 

 さて。

 ここからが──出番だ。

 

「──は。犬っころが大したもんだな。ここにきてまでまーだ奴等を庇うか」

 

 そして。

 加山は──ここ数日ずっと練習していた”声”を上げる。

 エネドラの声「色」に近い声を。

 

「......!」

 

 かつて。

 聞くたびに虫唾が走ったその声に──ヒュースの表情が、僅かに変わる。

 

「どう? 似てた? ──エネドラにさ」

 

 わざと、ケタケタ笑ってそう加山は言った。

 エネドラ、というワードに──ヒュースは眉をひそめた。

 

「....何故貴様らがエネドラを知っている!?」

「だって。お前らエネドラ捨てるつもりだったみたいじゃん。角のせいで使い物にならなくなったからこっちにポイする予定だったんでしょ? おいおい玄界は廃棄物処理場か。まあお望みの通り、エネドラをこっちでとっ捕まえた」

 

 できるだけ。

 嫌味な声色を演出する。

 この言葉の真実味を、出来るだけ持たせる。

 

「それで。──拷問されて情報を吐いてそんで死んだ」

 

 さあ。

 ここから──俺は嘘つきになる。

 

 

「......」

 そう。

 エネドラの扱いも、その末路も。知っている人間はごく一部だ。

 そして加山の中には、エネドラの記憶がある。

 このエネドラの情報は何処から出てきたか?

 エネドラ本人から聞き出した、というのが――一番真実味がある答えになるだろう。

 

 ──まず狙いとして。

 ──ボーダーは普通に拷問やるし人殺しも辞さない組織だという印象を、ヒュースに根付かせる事。

 

 覚悟もしているのだろうが。

 それでも。──危機感は頭の中に発生するはずだ。

 

「──それがどうした」

「そうだよねぇ。拷問しようが怖くないもんねー。まあ、後々全身を刺身にされるのを楽しみにしててよ。ま、苦しんで死ぬか情報吐いて楽に死ぬかのどっちかだろうけど」

「....」

「....」

 

 ニコニコ。

 笑む。

 笑みを、どうにか張り付ける。

 

 ──駄目だね。まだ心音は変わらない。

 

 菊地原からの通信が入る。

 大丈夫。

 こいつの忠誠心が折れない、という事はもう解り切っている。

 忠誠心を折るのではない。

 利用するのだ。

 

「で。──可哀そうにねぇ、ヒュース君。あ、君あれなんだってね」

 

 ここだ。

 恐らくここで──心音は飛躍的に変わるはずだ。

 

「エリン家、って所の出身だって?」

 

 菊地原の表情が。

 少しだけ驚きの色を見せる。

 

「とっても優しい人達みたいだね。君みたいなどこぞの骨かも解らない犬っころを家族みたいに大事に育てて。こんなエリートになるまで育てたんだから。あー。なんて素晴らしい人たちだ」

「....」

「でも可哀そうに。──お前は、本当のご主人のピンチの時に、もう向かう事は出来ない」

「.....なに?」

 

 よし。

 食いついてきた。

 

「──何で君が捨てられたか。俺は全部知っている。金の雛鳥──雨取千佳の奪取が失敗したら。マザートリガーの生贄は、じゃあ誰が代わりにやるのかな?」

「.....まさか」

「そう。そのまさか。──お前の飼い主だよ。ヒュース」

 

 笑う。

 笑え。

 

「お前のような犬っころが、()()()()()邪魔だったんだよ、ヒュース。可哀そうにねぇ」

 

 雨取千佳が確保できなかった場合。

 ──その代わりを、アフトクラトル内から探し出すことになる。

 

「お前はここからもう出られることは無く。そしてお前のご主人は死ぬ。お前の目の届かない所で。──無様な結末でこのお話は終わり。ちゃんちゃん」

 

 さて。

 ヒュースの心理を察するに。

 

 ──ここで。”自分は死んではならない”という意識が生まれるはずだ。

 自分の為だったならヒュースは拷問だろうが処刑だろうが静かに受け入れるだろう。

 だが。

 ここで自分が死ねば、それすなわち自らの家族であり、忠誠を誓う相手の死とほぼ同義。

 

 ”何としても死んではならない”

 

 ならば。

 

 拷問の果てに死ぬことも許されない。

 

 この心理状態に、今陥っているはずだ。

 

 死なせないでくれ、と思うだろう。

 その為の対価も、払うつもりになるだろう。

 拷問も死も。エネドラの存在が頭にちらついて真実味が出てくるはずだ。エネドラが知っている情報が今ここにあるのは、本当は黒トリガーのおかげであるが。その正答にヒュースが行き着くはずもない。

 

 ──さあ、どう出る。ヒュース。

 

 必死に笑みを取り繕いながら、加山はヒュースに迫る。

 

 その時、だった。

 

「──ヒュース」

 

 

 遊真の言葉が、

 響いた。

 

 

「──カヤマは、嘘つきだ」

 

 と。



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開かれる感情、戸惑い

加山雄吾がヒュースに言っている言葉は、どれもこれも嘘ばかりだ。

 

 エネドラが拷問の末殺された、というのも嘘。

 そしてこれからヒュースを拷問し、殺害する、というのも嘘。

 

 全てが嘘。

 空閑が言ったことは、つまりはそういう事。

 加山の言っていることは嘘であるという事実の喧伝。

 

 ──見誤ったか、と加山は思った。

 

 空閑遊真という人物のパーソナルを。

 

 彼は傭兵で、戦場を住処としていた人間だ。

 情報を得るために拷問することも。

 そう嘯きながら騙して情報を取ろうとすることも。

 

 それを特別に不愉快と感じる人間ではないだろうと。そう思っていた。

 

「....何を、言ってる」

「本当は。拷問する気も、殺す気もない。──嘘をついている」

 

 この遊真の横槍に驚いているのは、何も加山ばかりではない。忍田や鬼怒田、菊地原までも大きく表情を変えていた。変わらないのは城戸司令だけだ。

 

「.....」

 

 しかし。

 

 この場面において。

 上層部の人間が、この空閑の行動を非難できるか、といえば。できない。

 加山がやろうとしていたのは、要するにヒュースというこちらの常識を知らない人間に対して行った状況を誤認させた上での詐欺行為だ。

 ”ここでは拷問もやるぞ”

 ”お前を殺すつもりもあるぞ”

 

 出来もしないことを出来るように見せかけて、ヒュースの精神を追い詰め情報を引き出す。

 一般倫理から考えれば、最低な行為だ。

 

 ボーダーは少年兵を使用する民間組織だ。

 

 ヒュースに人権などありはしない。

 近界民だから。

 別にここでむごたらしく殺したところで、法に反するわけでもない。

 だが。

 そもそも市民の安全の為、という題目で集められた組織の中で人権があろうがなかろうが、殺人がおおっぴらに行われていいわけがない。そう言いつつ遠回しな脅迫を突きつける加山の行為を止める空閑の行動を咎めるわけにはいかない。──遊真は、今となってはボーダーの隊員だ。その横暴を止める権利が存在している。

 

 それでも。

 ヒュースの心を折り、協力者とするにはこの方法しかないと加山は思った。そして上層部に頼み込んだのだ。──自分が尋問を始めたら、口を挟まないでくれ、と。

 

 その結果が、こうなった。

 

「.....空閑君」

「なに?」

「一つ聞きたい。──空閑君は俺の嘘を止めるべきだと思ったから、そうした?」

「いいや。──拷問も脅しも騙すのも、おれは幾らでも見てきた。ヒュースを捕らえたのはアンタらだ。当然なにしたってアンタらの自由だと、そう思っている」

「じゃあ、何でだ?」

「でも。──おれは、ボーダー隊員であるよりも前に、玉狛第二の隊員で」

 

 若干。

 申し訳なさげな笑みを浮かべて──空閑は続ける。

 

「──オサムの部下なんだ」

 

 と。

 

 その言葉のまま。

 加山は──三雲修を見る。

 彼は冷や汗をかきながら。

 それでもはっきりと、言葉を紡ぐ。

 

「──空閑に指示を出したのは僕です」

 

 と。

 

 

 ──迅悠一にとって。

 

 ──加山雄吾は、自らの無力さの象徴だった。

 

 その上。

 三輪のように、近界民を、そして自分を──恨む事さえしてくれない。

 

 彼は他者を責めない。

 自分だけを責める。

 そういう在り方の人間なのだ。

 

 

 

 迅が尋問の手伝いを要請し、加山の目を見た瞬間。

 流れ込む可能性の数々。

 それは本当にすさまじい量の可能性の数だった。

 

 彼はあの時に、遠回しに迅を牽制していたのだ。

 あの会話の中。

 ヒュースという発言を聞いたその瞬間から。彼にとって尋問の絵図は決まっていたのだ。

 

 そして。

 ──迅が加山の尋問を妨害する未来の多くにおいて、彼はより苛烈な方法を取るという方法を取っていた。

 その中には、加山自身が上層部から何らかの処分を下される場面もあった。要は、本当に暴力行為まで含めた尋問を行おうとした可能性もあったのだ。ポイントの没収なんて軽いもので、最悪ボーダーを去る可能性すら垣間見えた。

 

 彼が敢えて、自らの視点を迅に見せたのは。

 迅が加山を止めようとする動きをするならば、より過激な方法を取る。だからすっこんでろ。──という。加山なりのメッセージだったのだ。

 

 そして何より恐ろしいのが。

 加山は本当にそれをやる覚悟があるという事だ。

 

 ──”迅が妨害すれば、より過激な方法を取るぞ”。

 

 そう思うだけでは、未来が見える迅にその思いの先まで見透かされる。

 実際にその手段を取ろうとして、結局我が身可愛さに手を引っ込めてしまう。そういう未来すらも見透かす可能性もあるから。

 

 だから。

 彼は──あの短いやり取りの中で、覚悟を決めていた。

 

 迅が妨害してきたら、必ずヒュースに害する行動を取る、と。たとえその結果としてボーダーから去る事となろうとも。──必ず覚悟した事を実行するのだと。その意思を纏め、加山は迅の目を見た。

 

 要するに、加山雄吾は。

 

 迅に牽制を入れる、というだけの目的の為に──自分の首を賭けたのだ。

 まさしく、命懸け。自らの全てを賭けた、全力の牽制球。お前が止めに入らば、自死するぞ──そういう牽制だった。

 

 仮に上層部に手を回して加山の策を潰せば。

 あの場に迅がいて、加山の動きを止めようとすれば。そういう迅の作為が加山に伝われば。──あの未来が実現する可能性があった。

 

 ある種の狂気だ。

 迅の未来視という、言ってしまえばまだ確定していない未来というあやふやな世界の中で──最悪の可能性を顕現させるだけの狂気的な意思と覚悟を提示したのだ。

 

 だから。

 迅悠一が直接動くわけにはいかなかった。

 加山の命懸けの牽制は、確かに迅悠一に届いた。それ故に、彼は動きが封じられたのだから。

 

 だから。

 

「──ヒュース、ですか」

「うん。──ウチで捕まえた、アフトクラトルの人型近界民」

 

 ──「迅は」動かない。

 迅は弓場隊のランク戦が終わったタイミングで、修に声をかけていた。

 

「今日遊真がヒュースの尋問に呼び出される。あいつの副作用を使うために。──そこに、ついていってもらいたい」

「.....僕が? あの、何でですか?」

「そして、出来る事なら。ヒュースを守ってもらいたい」

 

 迅は。

 未来を選別していた。

 

 何処まで加山が「迅の妨害」を察するのか。

 

 加山は聡い。

 そこに迅がいなくとも、周囲の人間の動きで彼の暗躍を察するだけの能力がある。

 

 そうなれば終わりだ。

 あくまで迅は動いてはならない。その動きが伝わってはいけない。

 

「何でですか」

「ごめんな。──色々と伝えたいことはあるんだけど、今は出来ない」

 

 未来の選別の中。

 上層部に加山の動きを先回りさせる動きをさせた場合。気づかれた。

 ヒュース自身に事前に情報を仕込む動きをした場合。気づかれた。

 菊地原への仕込みもまた、バレる。

 

 ──そして。仮に一日でも時間の猶予を与えた状態で修に話しても。これまた修の嘘をつけない真面目な性格が災いして気づかれる。真面目に対策をして、その対策に作為を察知し勘付かれる。

 

 だから。このタイミングだった。

 修が対策もしない。

 ただ、修が、純然たる修の意思で行動できる──ヒュースを送致する直前のタイミング。

 

 ここで迅は修に一つお願いをした。

 

「ただ。──ヒュースは、お前たちが遠征に行くにあたって必ず力になる。それは保証する」

 

 ここがギリギリの範囲だった。

 

「あくまで出来ればだ。──簡単なことだよ。お前がやるべきだと思ったことをやってくれ」

 

 後は賭けだ。

 修が──加山の行動を止める適切な方法が取れるかどうか。

 

 そこに賭けることにしたのだ。

 

 

 

 ──加山は止めなければいけない。

 

 その確信が迅にはある。

 それは近界を滅ぼす云々もそうであるが。

 

 何よりも。

 今加山が向かっている先には──彼自身への破滅の道しか広がっていない。その可能性しか存在しないことが迅の目にはっきり見えているからだ。

 

 

「.....」

 

 ああ、と加山は思った。

 

 違う。

 自分は、空閑遊真を見誤っていたわけではなかった。

 見誤っていたのは。

 この男だ。

 三雲修。

 

 そもそも。

 長年傭兵として日々を過ごしてきた空閑遊真が、何故三雲修を慕っているのか。

 思い出せ。

 空閑遊真と出会った時の、三雲修を。

 

 彼は常に──近界民である空閑遊真を庇っていた。

 あの時は、ただ一人の近界民でしかなかった彼を。

 加山雄吾は遊真の情報を手に入れる目的で、彼を保護するよう取り計らった。

 

 ならば。

 三雲修に、そんな意図が最初にあっただろうか。

 彼はその当時からボーダーで。そして彼の事を近界民だと理解していて。

 それでも。

 彼は純粋な善性から──遊真を庇っていた。

 

 遊真は嘘が解る。

 嘘が解る彼が、一番最初にコンタクトし、そしてずっと慕い続けている理由を考えたことがあるか? 

 あの記者会見で言い放った言葉にすら、きっと嘘はないのだ。

 

 やるべきだと思ったら。

 やる人間なのだ。

 

 三雲修という人間は。

 

 

「──今日はここまでにしよう」

 沈黙が続く室内で、城戸の声がしん、と響く。

 

 ヒュースの尋問は。

 結局──加山が何もかもが上手くいかず、何の成果もあげられず、終わっただけの結末に終わった。

 

 

「──おう、加山」

 

 帰り道。

 加山は荷物を取りに弓場隊の作戦室に赴いていた。

 

 そこには。

 弓場隊全員が勢ぞろいしていた。

 

「──あの、どうしたんですか?」

「飯。お前を待っていたんだよ」

「あの.....日を改めると」

「ランク戦の後に、尋問なんてただでさえ面倒くせぇ仕事したお前のお疲れ会でもある。──ほれ。さっさと荷物纏めてついてこい」

「お前、ちゃんと飯食っているのか怪しいからな。強制的に飯を詰める日を作ることにした。覚悟しろ」

「そうッス。──加山先輩が、一番頑張ってたんですから」

「今日くらい、羽を伸ばしてもバチは当たらないよ」

 

 理解している。

 この隊は本当に自分を気遣ってくれていて。

 心から労いの気持ちがあるのだと。

 

 でも。

 

「.....すみません」

 

 それでも。

 

「今日は.....ちょっと、洒落にならないくらい疲れてしまって....。今日だけ、一人にさせてください」

 

 それでも。

 そんな弱弱しい言葉を吐いてしまうほどに──加山は追い詰められていた。

 

 

「──今日はごめん。空閑」

 林道支部長が運転する車の中。

 修は空閑にそう謝意を示した。

 

「何を謝ってるんだオサム。──おれは隊長の指示に従っただけだ」

 

 修は、修なりに。

 迅が言っていたことを心に刻んでいた。

 

 尋問の為に呼び出された部屋の中。

 

 加山雄吾の姿を見かけた時──浮かんだのは、千佳が人を撃てない理由を問い質していた時の姿だった。

 あの時。

 加山は本気で千佳と向き合い、彼女の奥底にある理由を引き出すことに全力をかけていた。

 その全力さが千佳を追い詰めていく様を、間近で見ていた。

 

 ──あの全力を。近界民への尋問に向けられたらどうなるのか。

 

 想像もできない。

 

 だからこそ──修は事前に空閑に指示を出していた。

 

 加山の言動を注意して聞き、真偽を確かめてくれと。

 ヒュースの尋問に加山が嘘を用いるようなら。それを咎める形で加山を止めることが出来る。

 

 そして。

 実際に止めることに成功したのだ。

 

「....おれは、多分オサムが指示しなければ止めなかったと思う」

「うん。止める理由がないもんな」

「理由がないっていうのもそうだけど。──あの時のカヤマ、本当に必死だったから」

「....」

「嘘を吐くのに慣れている奴と、慣れていない奴っているんだ。加山から伝わる副作用の感じは慣れていない奴っぽかったのに。でも、完璧に演技をしていた。多分、本気で練習してきたんだろうな、っていうのが解った」

 

 遊真にとって。

 加山の嘘は、つまらないと断じれるものではなかった。

 

「....」

 

 ボーダーの為か。それとも自分の為か。嘘をつくことに慣れていない人間が、それでも執念で嘘を突き通す覚悟がある演技だった。

 

 その執念を。

 修は打ち壊した。

 

「....」

 同乗していたヒュースは。

 顔を背け、窓の外の光景をただ見ていた。

 

 

 ──加山は恩人だ。

 その恩人の執念を叩き壊したことに、やはり罪悪感は芽生える。

 

 ──それでも。

 ──遊真を助ける為。そして、失踪した千佳の兄、麟児を見つける為に。

 やるべき事ならば。

 やり通さなければいけないのだ。

 

 

 加山雄吾は。

 寮に帰り、一人床に転がった。

 

 

 ──何がいけなかったのか。

 

 策は成したように思えた。

 実際に、加山の捨て身の策によって迅の動きは止められていたように思えた。

 

 迅ではなく。

 別の人間──三雲修の手によって。

 加山の尋問は、叩き潰された。

 

「....」

 

 加山は。

 理性の人間だ。

 感情のまま動く、という行動を律し続けてきた人間で。

 それが続く中で、自分でさえもその感情の在処がふわふわと捉えきれなくなってきている。そんな人間だ。

 

 でも。

 それでも──加山の心の中に。自覚できる感情があった。

 

 憎悪。

 

 憎悪だった。

 

 かつて抱いたこともあったかもしれない。

 大規模侵攻の地獄に映した自分の感情。憎悪。

 それがいつしか。

 父によって哀れみに転嫁され。哀れみを向けられる対象が自分となって。そして代わりの家族から憎悪を向けられるようになって。

 

 いつしか、消えてしまった感情。

 それが。

 ここに来て、再浮上してきた。

 

「....」

 

 ボーダーに入って。

 人の温かさとか、優しさとか。

 成長して、変化していく人の尊さや素晴らしさとか。

 

 そういうものを感じるとき。

 自分の中にも、そういう色が入り込んでいく感じがしていて。

 

 自分を駆り立てていたものが。

 次第に色あせていくような感覚が、あったりもして。

 

 ──加古さん。

 ──貴方はこういっていましたね。俺が幸せになってもらわなければ許さない人がいるって。だから頑張れ、って。

 

 ──染井先輩。

 ──貴方は俺に変わってほしいと言っていましたね。だから頑張る、って。

 

 

 色々な人たちの素晴らしさを知って。

 少しずつその色も取り入れていって。

 

 ──憎悪なんて感情が湧き出るほどの、しみったれた人間性が浮かび上がってきて。

 

 何がショックだったと言えば。

 計画そのものが潰される事より。

 その瞬間に──ヒュースや、遊真や、修に、こんな感情を抱いてしまった自分という人間の浅ましさだ。

 

 何故。アフトクラトルの軍人であるヒュースを庇いたてるのか。

 軍人であることも捨てず。こちらの情報も渡さぬと断言し。されど罪に問われることもなく。そこに存在している、その男を。

 奴等は奴等の都合で、こちらに被害を出した。

 ならば──こちらもこちらの事情で奴等を利用するのも、また道理ではないのか。

 ふと、そんな感情が浮かび。

 そして今もくすぶり続けている。

 

 それらを見て見ぬふりをするには。

 加山は真面目過ぎた。

 

 ただただ、真面目過ぎた。それだけの話だ。

 

「.....」

 拳を振り上げ。

 床を叩いてみた。

 感情的に。八つ当たりに。子供のように。

 

「.....いて」

 

 ただ、痛いだけだった。




次話!!!!
デート編!!!
楽しみですね!!!


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痛みを悼む者たち①

「.....」

 

 目覚めた。

 午前四時。

 

 本日は日曜日。

 気分は何やらどんよりしている。

 これまで、良くも悪くも一定に保たれていた加山の精神が、少しだけ淀みが生まれていた。

 

 さて。約束の時間まで残り七時間ばかり。

 

 まあ何となく解っていた事であるが。

 昨日のショックを一日で内心で氷解させることは不可能であると加山は判断した。

 なので。

 仕方がないため、この淀みを内心に抱えたままでも普段通りの表情と態度を作れるかどうかに腐心し、この六時間を過ごすことに決めた。

 

「.....何でかなぁ」

 

 加山は。

 これまで一定の精神を保ちながら生活をしてきた。

 ここまでの人生──というより、第一次侵攻から数えて数年間であるが。

 何を言われようが情動の波が一定だったと思う。

 

 褒められて嬉しい、とか。

 貶されて悲しいとか、恨めしいとか。

 

 そういう感情を自覚しなくなっていた。

 

 でも「ああここでは怒るべきなんだろうなぁ」とか「嬉しそうにするべきなんだろうなぁ」とか。

 自分が他人に気にかけられている事実そのものは受け取っているから。

 感情を発信源にした行動ではなく。

 感情を模倣した論理を発信源に行動をしていた。

 

 当然自分の中に感情はある。そこが死んだわけではない。

 でも、あの日を境に発生した自身の中の義務感だとか、責任感だとか。そういうものが心のキャパシティと合理性を埋めていくようになって。

 感情から行動することがなくなっていった。

 ただただ。自分の中で作り上げた合理基準を因果にした行動を積み重ねてきた。

 

 発生した感情。そしてそこから何某の行動をする。

 感情と行動のリンクを切っていた。

 感情を見て見ぬふりする術を、覚えた。

 つもりだった。

 

 なのに今はなんだ。

 自分の中に発生した感情で、.....少なくとも表情とか、体の動作とか、そう言う部分に大きく影響を受けている。

 鏡見て自分で自分にムカつきましたわ何だこの拗ねたガキンチョの表情は。こんな顔面を晒して染井さんの前に出れるわけがない何とか矯正しろこの馬鹿野郎。

 

 ボールペンを手にして。

 まずは一回、ペン先を掌に叩きつける。

 流石にこれで怪我をするのはあまりにもアレなので、多少は手加減して。

 丸みを帯びた先端の痛みがじんわりと拡がり、表情が痛みに染まって、作り変わる。

 感情的になった表情を痛みで無理矢理崩し、いつもの素敵スマイルを顔に張り付ける。

 

 よしよし。

 これでOK。

 

 身体の動作とかも明らかに気分に乗ってないんです~みたいな思春期めんどくさ満点ムーブをかましているので、ここいらも矯正矯正。一秒間当たりの歩数を意識しろ。のろのろ動くな。しゃっきり動く事を意識せよ。

 よしよし。

 いつもの調子に振舞え。

 

 

 まあ。

 互いに寮生な訳でございまして。

 

「じゃ、行きましょう」

「ええ」

 

 待ち合わせ場所は寮の前。

 そのままお出かけ、という。

 あんまりロマンを感じない始まりであった。

 

 それもそのはず。

 この両者が、男女のお出かけに関する情緒なんてものを感じ取れる人間であるはずもなく。

 

 荒れ果てた警戒区域を、抜け、三門市内へと急いでいく。

 

 その間。

 互いに無言であった。

 

 その無言というのは。

 何というか。

 互いに話すことがない故の無言ではなくて。

 

「.....」

「.....」

 

 ──かつて地獄だった場所を、この二人が並んで歩く、という事象に対して。

 少し感じ入るところがあったが故なのかもしれない。

 

 

 三門市内に入りバスに揺られながら。

 市街へと向かう。

 その中で。

 

「お」

 

 加山は外の光景の中に、風に揺られるのぼり旗を見つける。

 

「嵐山さんだ」

 

 そこには。

 ボーダーの顔役たる嵐山准の姿が。

 

「.....流石ね」

「流石っすねー」

 

 普段の生活圏内ではあまり気づけないが。

 嵐山隊全員、三門市では知らぬものが(多分)いない有名人だ。

 

「加山君、この前嵐山隊の作戦室に入っていたよね? 仲がいいの?」

「うーん。そりゃあ、まあ。──仲がいい、って言っても。嵐山さんと仲が悪いのってよっぽどの人格破綻者じゃないと難しいでしょうし」

「それじゃあ言い方を変える。普段から関わりがあるの?」

「嵐山隊の異色分子かつ狂犬の木虎とかいう女がいるじゃないですか。あいつ、俺の同期なんですよね。その関わりの関わりで結構一緒になることが多いんですよ」

「.....貴方と木虎さんは、間違いなく互いに好きにはならないでしょうね」

「ですね」

 

 アレはもう。多分水と油というより着火剤とガソリンの例の方が正しい。木虎の神経を逆なでする形にピッタリと加山という人間が作られている。

 

「まあでも。俺は嵐山さんの事好きですよ。多分心の底から尊敬している」

「.....それは何というか。意外」

「意外ですか?」

「.....いや。意外でもないかな。うん」

「でしょ?」

 

 染井は、加山という人間のパーソナルな部分を見てきて、そして深い共感を覚えた。

 その共感部分というのが。

 恐らく染井と加山の共通項の過去から派生している部分での、共感なのだと思う。

 

 共に。

 両親がなくなった。

 

 その過程で。

 加山は親に救われ。

 染井は親を見捨てた。

 

 そういう両者から見ると。

 ──家族というものに心底から愛情を注ぎ、ボーダー隊員を全うしている嵐山というのは、曇りのないまっさらな光と同様の存在で。

 今となってはもうどうにもならないし、なる事も出来ない、純然たる理想の姿なのだ。

 

 加山という人間が持つ「犯罪者の子息」という情報の一面だけを切り取れば、加山と嵐山は水と油かもしれない。

 でも。

 そこから形成された人格部分と重なり合って、そうではないのだとやっぱり気付く。

 

 嵐山と加山は、同じ水だと思う。

 ただ。

 嵐山は濁らず。

 加山は濁った。

 結果──濁ることなく在り続ける嵐山という存在に、深い憧憬を覚えるのだろうと。

 

 そう染井は思った。

 理解できる。

 

 ──自分もまた、そうだから。

 

「次のバス停ですかね」

「そうね。──お腹すいたし、モールに行く前にご飯食べようか」

 

 

 その後。

 

「ランチ用のお店ってどういう所がいいんでしょうね....?」

「.....解らないわ」

「そもそもボーダーの食堂以外で寮の外で飯を食べましたか?」

「.....食べていないわね」

「あ、あそこのお店なんてどうですか。──ひぇ。見てくださいよ染井さん。パスタ一皿で1500円ですって」

「.....ここは、うん。別の所にした方がいいわね」

「ですね。ただでさえ染井さん、最新のプレーヤー買うんですから。食事にこんなに出させるわけにはいきません。──あ、俺払いましょうか。それなら万事解決」

「私は葉子じゃないの。当然個別会計よ」

「まあでも。こういう時男の方が払うのが定石なんでしょ?」

「そういう時に甲斐性を見せつけたいのなら、普段の生活をもっと見直して」

「ぐうの音も出ない.....!」

「とはいえあんまり高いのもあれだし」

 

 という。

 男女が食事を行う際の会話としておよそ相応しくないが、両者としては悉く自然な会話を繰り広げた後に結局値段設定優しめのファストフード店に入るという選択を行ったのでした。何の色気もない。

 

「....」

「....」

 

 加山の卓の前には。

 ちびたチキンナゲットとコールサラダ。

 

 染井の前には。

 ワンコインバーガーとコールサラダ。

 

 両者合わせて500円。

 ワンコインランチ。

 

「....」

「....」

 

 吝嗇家同士。

 言葉はいらない。言葉はなくとも両者は両者ともに互いを理解できる。

 

 二人は互いに互いを「もっと食えよ頼めよせめてドリンクぐらいつけても罰が当たらないだろう」と思いながらも「でも結局外食にお金出すのはそりゃあ勿体ないよな」という共感からなる発想の転換により、その有様を納得するという心理変化が起こった。それ故に何だか互いに「理解も納得も出来るけど何処か釈然としない」感覚を抱いて、食事を開始した。

 

 そういう流れでの沈黙である。

 

「....そういえば」

「ん?」

「染井さんは、どういうジャンルの音楽を聴くんですか?」

 

 そもそも加山は染井に音楽を勧めるためにここに来たのだ。

 好みのジャンルは知っておきたい。

 

「私が知っているのは。普段テレビとかお店とかで流れているような有名なものしかないわ」

「まあ、そうですよね」

 

 そもそも音楽にそこまで興味がない、というのが出発点な訳で。

 ジャンルとかもそもそもそこまで知らないのだろう。

 

 ──私がこれを好きになれたら。もう一回、加山君が音楽を好きになれる余地が生まれるから。

 

 あの時の言葉を思い出す。

 

 染井華は。

 本当に誠実な人なのだと思う。

 

 加山自身の心が、音楽から離れたから。

 そんな加山に、もう一度好きになれるよ、と。そう言葉を投げかけることを彼女は不誠実だと感じたのだ。

 だから。

 彼女はその言葉じゃなくて。

 

「私は好きになれたよ」

 

 と。

 そう言葉をかける事こそが誠実さであると。

 そう思って。彼女は加山に依頼をかけたのだ。

 

「音楽を好きになりたい」と思っている人間に、

「好きになってもらえる」音楽を選ぶ為に。

 

 真面目に選ばなきゃな、と。

 そんな事を、加山は思った。

 

 

 しみったれた食事を終え、二人はモールに向かう。

 CDレンタルショップに向かう、その最中

「実は」

「はい」

 

 染井は。

 変わらぬ無表情のまま、加山に言った。

 

「──もうプレーヤーは買っています」

「へ?」

 

 え? 

 

「ネットショップで割引があって安かったから」

「そうですか....」

 

 そうなのかー。

 

「その分──選ぶ時間があるから。よろしくお願いします」

 

 はい。

 

 

 ──という訳で。

 加山は必死になって過去の記憶を参照しながら広い店舗を歩いていく。

 

 何がいいだろうか。

 加山は考える。

 

 ──そもそも俺がかつて音楽が好きだったのは、共感覚があったからだ。

 

 音声に色を感じる副作用と、音楽という文化がフィットしたからだ。

 そもそも。

 加山自身の感覚を、押し付けるようなチョイスでいい訳がない。

 

 それよりも。

 もっと。

 もっと別の何かを伝えられるものにしなければならない、と感じた。

 

「あ....」

 

 その時だった。

 一つ。

 眼前に、アルバムが一つ。

 

 それは古書のようなデザインが目に付くジャケットのアルバムだ。

 

 色褪せた山が、色褪せた古紙の上に描かれている。

 その色褪せ方が、水滴が上に落とされて、それがそのまま古びていくような。そんな褪せ方をした山が一つだけ描かれていた。

 

 何となく気になって。

 その曲目をネットで調べ、動画サイトで視聴してみた。

 

 それは。

 時雨をテーマにした曲目だった。

 

 大切な人との別れ。その追憶。恐らくは、時雨と共に霧が降る中で思い出を振り返っているのだろうか。

 

 別れた誰かがあった記憶と。

 そこに内在する思い。

 

 それを淡々と、語り掛けるような調子で歌い上げていた。

 

 .....加山は。

 ただただ、そこに含有されるメッセージがいいな、と思った。

 

 眼前に大切な誰かがいなくても。

 その誰かは何処かで生きている。

 それが前提となって作られている曲だったから。

 

 それが、とても心に残った。

 

 そして。

 ──同じような思いを、染井さんは持ってくれるのではないかと。

 結局。

 自分の感覚の押し付けであった。

 

 

 その後。

 加山はそれぞれのジャンルでアルバムを一つずつ選定し、染井に渡した。

 

 一つ礼を言って染井はそれをレジに持っていった。

 

 さて。

 これで染井の用事は終わった。

 

 ──色々あったけど、楽しんでくれていたらいいなぁ。

 

 まあでも。共に寮で暮らしている同士。

 互いに用事もないのなら、帰路も同じになるだろう。

 

「今日はありがとう。加山君」

「いえいえ。こちらこそ」

 

 これは本当の意味で。

 いい気分転換となった気がする。

 

 昨日あれだけ吹き荒れた負の感情が。

 この時間だけなのかもしれないけど、忘れることが出来た。

 

「それで。──これで私の用事は終わり」

「はい?」

 

 染井は自らの財布を取り出し、

 紙切れを一つ、加山に提示する。

 

 それは──。

 

「チケット?」

 二枚のチケットだった。

「うん。今日、東京の楽団が三門に来ているの」

 

 チケットの文字を、ジッと見つめる。

 

 三門市のアマチュア聖歌隊と、東京のプロオーケストラがコラボしてコンサートを行うとの事。

 

 ──四年前の大規模侵攻の犠牲者を悼むためのチャリティコンサート。

 チャリティ故に値段も安く、当然収益も全て寄付に回されるという。

 

「一緒に行かない?」

 

 その時。

 いつも表情を変えない染井さんが、ほんの僅か。

 僅かだけ、声音が黒く染まった感覚を覚えた。

 

 この黒い色は、不安の色だ。

 

 加山は──その色に少しだけ動揺し、思わず首肯した。




本当は1話で終わるつもりだったのに.....。続く。

今回、加山が選んだCDは原曲がありますけど、ショップに置いているわけがないくらいドマイナーな曲なので、リアル感がないので曲名は伏せました(単に私の趣味が知られるのが恥ずかしいという訳ではないので悪しからず)


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痛みを悼む者たち②

 音に色を感じながら生きてきて。

 加山は自分の中で、どんな音と色の組み合わせが好きなのかを何となしに解っていた。

 

 整えられ、計算尽くされた音を聞くと。

 ある時は壮麗な山の頂から見たようなまっさらな青空のような青色が見えたり。

 夕焼けに反射した湖のような瑞々しい赤色が見えたり。

 

 静寂の中から生まれる音も。

 無から有が生み出される。大げさな表現を言えば、誕生の奇跡が垣間見えるような、そんな感動が胸を打って。

 

 音と。

 そこから感じられる色。

 

 この二つが連綿と続く感覚質の中。加山は確かな幸せを感じていた時期もあった。

 

 人と違う感覚を持ったことで彼は他者から排斥され続けてきたが。

 それでもこの感覚によって加山は人よりも多彩な情感の中で、音の美しさに魅了されてきた。

 

 この感覚があって不幸せなこともあったし、確かな幸せを感じた時もあった。

 あったのだ。

 そんな日が。ささやかな不幸とささやかな幸せが同居していた時期が。

 他者に否定されようとも。

 自分を肯定してくれる家族がいて。音楽があって。

 そんな日々の中、自分を包んでいた優しい殻があって。

 

 そんな日々が、確かにあって。

 

「.....」

 

 

 客席はまばらだ。

 一番前を小学校の団体が座り、その後ろには老人の団体が座る。あとは聖歌隊の大本のカトリック系の団体だったりよく解らない団体だったり。

 とにかく、団体客が非常に多い。

 ホールの真ん中あたりで二人して座っている人間などごく僅か。

 

「団体さん多いっすね」

「チャリティだもの。元々三門市の各団体の支援者が企画したイベントの一環としてプロのオーケストラ呼んだみたい。だから、その協賛に関わった人たちが優先でチケットを配られるし、協賛した手前行かざるを得ない」

「....成程」

 

 一時期三門市にはこの手のイベントが山ほど開かれていた。

 要はあの大規模侵攻。何千人が死んで何千という家々が破壊された大災害だから。災害があるところにはチャリティが開かれるし、チャリティはメッセージの伝達能力に長けた芸術が好まれる。

 このコンサートも、そういう流れの中の一つに違いない。

 

「.....このチケット。実は私が直接購入したわけじゃないの」

「あ、そうなんですね。誰かから譲ってもらったんですか?」

「うん」

「ちなみに、誰ですか?」

「ごめんなさい。教えないでほしい、って言われている」

「さいですか」

 

 加山はこの時点で、誰が渡したのか確信を持った。

 迅だろうな、と。

 

 しかし、意図が読めない。

 ここでコンサートを見せて、どんな未来が見えたのやら。

 ──多分、最初から迅の名前を出せば、加山は何かしらの作為を疑う。

 それ故の名前を出すな、という事だろう。

 

「....加山君」

「はい」

「....誘いを受けてくれてありがとう」

「いえいえ」

「多分。加山君は誰がこのチケットを渡したのか、多分解っているとは思う」

「ですね。そこまで解ってて名前を出さない当たり、凄く律儀ですよね。染井さん」

「──その人から。昨日、加山君が何をしていたのか大体聞いた」

「...」

 

 不意打ちだった。

 まさしく。

 

「詳細は話せない、って事だったけど。──ねぇ、加山君」

 

 そう染井が言葉をつづけようとして。

 

 拍手が響く。

 

「....あ」

 

 楽団が入り。

 聖歌隊が入り。

 

 それぞれの楽器の前に立ち、総員で一礼。そして黙祷。

 

 司会の挨拶が数分入り、指揮者がまた一礼。

 

 そして──始まった。

 

 レクイエム。

 

「....」

 

 静寂の間を一つ指揮者が取り、聖歌隊のソプラノから入ったその歌は。

 次第に様々な音程の声に肉付けされ、音を形成していく。

 

 とても高く、透き通るような声なのに。

 そこに張りあがるような、ずしりとした重さもまたその声に同時存在している。

 

 そこから派生していく色が。

 加山の脳内を駆け巡っていく。

 

 そして。

 急流のようなオーケストラの音がまた響いていく。

 

 重々しい低音と丘陵のようなソプラノが主役のその音は。

 まるで滝のようだった。

 ソプラノという水流が、オーケストラという岩場に叩きつけられる。

 高い所。低い所。

 その両方から音が響き、衝突し、しかしその全てが調和していく。

 

「....」

 

 地の底から。

 腹の底から。

 音が来る。

 そして。

 色が舞い上がる。

 

「....」

 

 ふと記憶が沸き上がる。

 何故かと言えば。

 この感覚には、覚えがあるから。

 

 ──同じ色だ。

 ──このレクイエムには、同じ色が感じられる。

 

 親父が死んだ時。

 あの時に吐いた呪詛の色。

 

 あの時剥き出しだった色を。

 整えて。

 拵えて。

 穏やかにオブラートに包んで。

 盛大な色々を混ぜこぜにして。

 

 加山の耳と、脳と、記憶に──入り込んでくる。

 

「...」

 

 頭をもたげる。

 あの時の記憶が。

 

 ──まさか。

 ──まさか。ここまであの男は理解したとでもいうのか。

 

 レクイエムとは、死した魂を鎮めるための曲だ。

 そこに浮かぶ色は、「死」を強く意識し、寄り添っている。

 

 覆い隠していた感情が。

 剥き出しにされていく感覚がある。

 この音の群れに。

 音楽を聴くのをやめたきっかけとなる音があって。

 

 その所為で。

 その所為で。

 

 鼓動が早まる。

 頭が熱くなる。

 足先が震えて、奥歯が噛み合わず、

 加山は──。

 

「あ....」

 

 小さく。

 ほんの。ほんの少しだけ。

 

 涙を流していた。

 

 

 ──きっと。

 昨日のあの事がなければ。

 覆い隠せていたのだと思う。この感覚質と、そこから発生する記憶と自己を切り離して。受け止めず受け流す事が出来ていたのだと思う。いつもの事だ。耐えられたはずだ。だって、嫌なことを嫌なことのまま受け止める術を加山は知っていたから。

 

 そして。

 ──きっと隣に染井華がいなければ。崩れ落ちて会場から逃げ出していたのだと思う。

 

 綺麗だ。

 綺麗な音なんだ。

 綺麗な音から、綺麗な色が見えてくるんだ。

 でも。

 でも──その色は。その色だけは。

 駄目なんだ。

 どれだけ綺麗でも、駄目なんだ。

 今の加山にとっては、本当に堪らなかった。

 ずっとずっと。目をそらしていた感情が溢れていて。それを自覚していて。

 そういう状態から更にこの音を聞かされて。

 無防備の心に、ダイレクトに何かを叩きつけられたような。

 そんな。

 そんな──。

 

 

 震える背中に。

 そっと、手がかかる。

 

 彼女もまた。

 ぎゅう、と目を瞑って。

 レクイエムを聞いていた。

 

 

 

 

「.....その」

「うん?」

「本当に、すみません...」

 

 コンサートが終わって。

 加山は暫しの間、動くことが出来なかった。

 

 あのレクイエムから感じ取った色に。

 かつての記憶が思い起こされて。

 その時の感情まで掘り起こされた。

 

 ──そうだ。こんなんだから。こんなんだから、俺は虐められていたんだ。

 

 ふとした音の中にも、かつて感じ取った音の色があるように聞こえて。

 ちょっとした音に過剰反応して。

 面白がられたり可哀想がられたり。

 

「謝らないで」

 

 染井華は変わらない。

 変わらないままの言葉を紡ぐ。

 

「だって──これが私が望んだことだから」

 

 会場から出て、警戒区域付近のバス停まで向かって。

 寮に向かうまでの通り道。

 

「望んだ?」

「うん。──昨日の事があって。それでも今日一日、加山君は変わらなかった」

「....」

「だから。本当の所で加山君がどう思っているのか。知りたかったの。だから──ああなると解ってて、私は加山君をあのコンサートに連れて行った」

 

 そうか。

 迅から渡されたという事は、その顛末もきっと解っていたはずだ。

 このコンサートに行けば──加山がひどい状態になるという事も。

 

「前にも言ったけど。私は加山君に変わってほしいと思っている」

「....」

「その切っ掛けが私でありたいとも、思う」

「.....そう、なんですね」

「でもね。──変わる事は、苦しむ事だから」

 

 染井華は。

 ばつが悪そうな。

 それでも──何処か覚悟を決めたような。

 そんな表情と共に、言う。

 

「──きっと私は、加山君を苦しめ続けると思う。私がそう思い続ける限り」

 

 ──それはね、

 

「──他の人も同じ。チケットをくれたあの人も、君の部隊にいる人たちも。ボーダーのみんなも。きっと君の為に、君を思って、苦しめ続けるんだと思う」

 

 変化とは苦しむ事。

 そうなのか。

 そうなのだろうか。

 

「悪意だって。善意だって。──人を楽にすることも、苦しめることも、どっちだってある。私が善意だと思ってやっていることも──巡り巡って、今日あんな風にさせてしまう結果になったりもする」

 

 ──それでも。

 ──それでも。

 

 染井華は、染井華の言葉として。決意として。言う。

 

「私は君を苦しめる。──だって、変わってもらいたいと本気でも思っているから。きっとあの人もそう思っているんだと思う」

 

 ──だからね、

 

 染井華は、続ける。

 

「──苦しい、って。私は今日言ってほしかった.....」

 

 

 苦しい事を苦しいままに抱え込んで今の加山雄吾が出来上がったなら。

 苦しい、を──表に出してほしい。

 

 本当は。

 苦しみは優しさで受け止めるべき事なのに。

 苦しみを苦しみで流すことを覚えた加山という一人の人間に。

 

「──何でもよかった。今日のお出かけを断ったって。暗い表情をしてたって。それでもよかった。よかったんだよ、加山君」

 

 ここまで来ても。

 あれだけ心を追い詰められても。

 それでも他者の前になるといつもの加山雄吾でいようとする誠実さをまだ優先させていた。

 だから。

 

「...」

 要は。

 染井華はこう言っているのだ。

 ボーダーの人間は加山を苦しめる。

 彼等の優しさだとか善意だとか誠実さだとかが。

 これまでの加山を変化させようとして、苦しめる。

 昨日の事も。

 今日の事も。

 

 変化する加山の内面から生まれた苦しみだ。

 

 この苦しみはずっとついて回る。

 だから──その苦しみを隠すことは無い、と。そういっているのだろう。

 

「すみません染井さん」

「....うん」

「....俺は、何も言えないです」

 

 何も言えない。

 言えるはずがない。

 お前らの善意が鬱陶しい。苦しい。

 そんな言葉を、加山は吐けない。

 

「それでもいい。──そう言えることは、また確かな変化だと。私は思うから」

 

 自分の誠実さゆえに、自分の内面を吐けません。

 いいえ苦しんでいません、大丈夫です、──とは言わなかった。

 以前の加山ならそう言っていただろう。

 

 だから。大丈夫だ。

 今もまだ。

 加山は少しずつでも、前に進んでいると。

 そう──染井華は思った。

 

 

「今日はありがとう。──そしてごめんね」

「はい。俺の方も、ありがとうございます」

 

 そうして。

 互いに寮につき、玄関前で別れる。

 

「──来週までに。この曲全部聞いてみる」

「.....はい」

 なんて声をかければいいのだろう。

 ありがとうございます、なのか。

 大変でしょうから無理するな、なのか。

 正常な判断が、今の加山には出来ない。

 

「──気に入った曲があったら、一緒に聞こう」

 

 少しはにかんで。

 染井華はそう言って──軽く手を振って自室に戻った。

 

「...」

 

 ここ最近。

 人と関わるたびに。

 自分の駄目なところが掘り出されているような気がする。

 

 多分だが。

 この感覚は、普通に人付き合いしていれば発生する類のもので。

 これまで──加山は気にもしていなかった事だったのだと。そう思う。

 受け入れるほか、なかった。



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盤外の出来事①

 染井華とのお出かけを終え。

 その夜。

 

「....よし」

 

 悩む。

 悩んでいる。

 何せ自分の感情の事だ。そしてあまりにも誠実な周囲の人たちの事だ。これまで加山が目を逸らし続けてきたものだ。悩みは尽きないし悩んでいるだけで解決できるものでもない。──それでも。

 

 一つ、気持ちを切り替える。

 ──受け入れろ。

 

 今までの自分ではない。

 自分は変わってきている。

 その事をまず受け止めろ。

 変わるにせよ、以前に戻るにせよ。

 変わってきているという事実をまず、受け止めなければいけない。

 

 

 否応もなく、自分は不都合と向き合い続けなければいけない。

 これまでも。

 これからも。

 それしかできない。

 

 .....そして。

 

「──本格的に調査をしないとな」

 

 加山は。

 玉狛がヒュースをどう利用するつもりなのかを探ろうと考えていた。

 

 あの時。

 加山のヒュースへの尋問を三雲修が止めたあの場面。

 感情ではなく、理屈として考えてみよう。

 何故あの時加山の行動を玉狛が止めたのか。

 

 ──あの尋問は、加山にとって非常に重要作業だった。

 

 エネドラの脳内にある情報の正確性の担保すると共に、エリン家というアフトクラトルの貴族一家についての情報を知るために。

 特にエリン家に関しては──当主が生贄にされかけている状況であると共に、その家の兵士が非常に強い帰属意識を持っている。条件さえ噛み合えば、交渉相手ともなりえる相手だ。

 特に。

 まだ実物すら定かではない「マザートリガー」に関しての情報も。

 

 近界という世界は。

 トリオンを基幹として動いている。

 豊穣なる土も、雨も、光も。

 営みも、産業も、国家形成に必要な諸々も。

 トリオンで形成されている。

 

 そんな近界にとって、マザートリガーとは。

 要は自家発熱作用を持たない太陽だ。

 

 トリオンを生み出し世界に満たすために必要なトリガー。

 されど自己でトリオンを生み出せず、その為薪が必要となる。

 その薪として目をつけられたのが、雨取千佳で。

 その回収に失敗した為に、目をつけられたのがエリン家。

 

 貴族で、当事者。

 ヒュースはその関係者。

 

 ヒュースからエリン家に関しての、取れるだけの情報を引き出し。

 その情報を更なる交渉の為のとっかかりとする。

 加山の狙いは、そういう部分にあった。エリン家内部の情報は、エネドラの頭の中に全くない故にこちらで取っておきたかった。

 

 さて。

 尋問によって得られるメリットがこれらだ。

 

 では。

 ヒュースの尋問に成功した場合のデメリットを考えよう。

 

 その場合。ヒュースから玄界への敵意を払拭することはできないだろう。

 ここが結構なデメリットである事を加山は理解していた。

 尋問が行われれば、ヒュースは情報源として非常に有用な人間にはなるが、ヒュースの協力はこの先得られなくなるだろう。

 

 そのデメリットを恐らく玉狛は重視したのだろう、と。

 

 しかし。

 同時に思う。

 ──玉狛側に、ヒュースを協力させる算段がついているのだろうか、と。

 

 玉狛は近界民融和派の人間の集まり。

 近界民に対して偏見の目を持っていない、ある種の希少価値を持った隊員が集まっている。

 

 それ故に、遊真を引き入れる際には大きな力になった。その部分において、加山は今も変わらず玉狛には感謝している。

 

 しかし。

 偏見の目を持たないからこそ、ヒュースの根底にある軍人の部分が本物であることが理解できるはずだ。

 

 あの心の根っこの部分を取り払い──この先でヒュースの不興を買わずに協力させる方法があるのか。

 

「──ただ。俺のあの手段は、近界民と仲良くしようぜ派閥の玉狛にとってそれだけで止める理由にもなる」

 

 あれは相手が敵であることが前提の策だ。

 加山は現在のヒュースを敵とみなし、──つまりは手段を択ばなくてもいい相手として選定した。

 

 あの反応を見る限り。

 玉狛にとってヒュースは敵ではないのだろう。

 

「.....解らないな」

 

 解らない。

 今の時点で、玉狛の情報が足りない。

 

「──ならば」

 

 ただ一つ言えることは。

 玉狛はヒュースを使い、何かをしようとしているのだろうという事。

 

 そこに関しては確定でいいだろう。

 不興を買わせない理由は、ヒュースに何かしら協力してほしい事があったからだ。

 

「──まずはヒュースの調査だ」

 

 現時点でのヒュースに関する情報。

 近界側の記憶ではなく。

 ──こちら側の情報収集だ。

 

「ヒュースはヴィザと共にC級への襲撃に参加している。──まずはC級の連中に聞き込みを行わないとな」

 

 ヒュースとヴィザが襲撃をかけた際。

 C級は王子隊、香取隊が壁となってひたすらに本部方向に逃げていた。

 

 あの時、C級は王子の指示でトリオン兵への対応に追われていた。

 そしてヴィザは早々にその場を離れ、そしてヒュースは玉狛第一の部隊と交戦。

 

 距離的にも、結構離れていた。

 ただ目視は可能であったとは思う。遠目で姿を見ている可能性はあるが。

 あの全身真っ黒の装束に更に角まで生やしているとあらば、あの顔面そのものを完璧に記憶に残っている可能性があるかと言うと──やはり低いというほかない。

 

「C級かぁ。──こういう時の為にテキスト配っててよかったよかった」

 

 犯罪者の息子としてもっぱら有名な加山であるが、同時にトリガー用のテキスト配布を掛け合ったのも加山である。

 何人か戦い方を指導した人間もおり、そこまで悪印象はないはずだ。

 

 取り敢えず。

 顔の覚えのいい人間から調査にあたり、加山に悪印象を持っている奴らにまで調査をしなければならないのなら、他の人間を立てよう。

 

「──別に玉狛に嫌がらせしたいわけじゃないんだけどな」

 

 ただ。

 ヒュースを玉狛がどう使うつもりかは解らないが。

 加山にとって不都合な目的を行使する可能性も、やはり存在はするのだ。

 

 その時に。

 何の手札もないままでは困る。

 ヒュースの情報を集め──来るかもしれない可能性に備えるのだ。

 

 

「──という訳で」

 

 加山は。

 ある男と共に食堂にいた。

 

「来てもらってありがとうございます」

「何やら楽し気な話が聞けると聞いてね。──久しぶりユーゴー。大規模侵攻以来かな?」

「ですねぇ。──お、先輩オムレツですか」

「そうだね。──おや。君は弁当か」

「うす」

「どれどれ。おお。具材だけはまともに揃えるようになったじゃないか。緑も白も茶色もある」

「そうなんですよ」

「でも全部茶色に染まっている」

 

 肉も野菜もついでに米も。全部ぶち込んで醤油をぶっかけそして焦がした──加山特性(特性である)弁当がそこにある。

 

「醤油って焦げやすいんですね」

「そうだよ」

「今まで家に塩コショウと味の素しか調味料がなかったんですけど....これ位はいいだろうと思って買ったんですよ」

「ユーゴー」

「はい」

「料理を甘く見ていないかい?」

「甘くは見ていません。妥協しているだけです」

「──オムレツはおいしいなぁ」

「焦がし醤油も悪くないですよ」

 

 さて、と王子が呟く。

 

「──人型近界民について知りたい、って事だったね」

「ですです。──あの時、王子先輩だけが大規模侵攻の最後まで生き残っていた」

 

 王子は大規模侵攻における一級戦功者だ。

 新型と人型近界民の襲撃の中、C級を指揮し、生き残らせた功績が認められてのことである。

 

「なので。──取り敢えず幾つか調査で挙がった部分をお話して。その上で王子先輩から話を聞いてみたかったんです」

 

 ふんふむ、と王子は頷く。

 

「これ。弓場さんには伝えているのかな?」

「いいや。伝えていません」

「何故?」

「単純に隊長が相手した人型近界民が別だから、情報を共有してもいいのか迷ったのもあるんですけど。──あの人をこの手の裏方の仕事をもうさせたくないんですよね。一度それで迷惑をかけているので」

「....その気持ちは解るけど、じゃあ僕はいいのかな?」

「好きでしょう? この手のお話は」

「ま。──控え目に言って大好きだね。じゃあ聞かせてくれないか?」

 

 了解です、と加山は呟き。

 C級での聞き込みの結果を教えた。

 

「王子先輩の所に現れた人型近界民。──あの磁力を伴ったトリガーを使った人型近界民です。あいつの姿を覚えているか、という質問をC級の皆に投げかけたんですよね」

 

 全員、とはいかないが。

 それでも丸一日かけてロビーにいるC級に聞き込みを行った。

 

 その結果。

 

「ほんっとうに少ないんですけど。──それでも僅かに、ヒュースを目撃している人がいるんですよね」

 

 人型の近界民が自身に襲い掛かる、というシチュエーションは。

 機械のような姿のトリオン兵ばかりを見てきたC級にはやはり衝撃だったのだと思う。

 

「特に、攻撃手の隊員に多かったですね。目撃していたの」

「あの時、銃手射手狙撃手は全員トリオン兵の迎撃にあたっていたからね。その分だけ、迎撃に参加できない攻撃手の子は周りを警戒していたからだろう」

「ああ、なるほど....」

 

 確かに。

 あの時迎撃にあたれない分、攻撃手はその分周囲を警戒していた事だろう。何せ対抗手段がなかったのだから。

 

「それで。ユーゴーは何のためにそんな調査を行って──僕にその情報をわざわざ伝えに来たのかな?」

「客観的な見方を知りたかったんです。──この状況の人型近界民を、玉狛はどう扱うのか、って部分を」

 

 加山は。

 どうしてもエネドラの記憶とあの時の尋問の記憶が邪魔して、色々と認識にフィルターがかかっている。そして、自分はそれほど視野が広い訳ではない。

 

「王子隊と香取隊は、人型近界民と交戦しています。そして、その一人を玉狛が捕えていることも知っています。──この捕虜を、仮に王子先輩が玉狛の立場に立つならばどう使うのかな、って」

 

 この手の相談が出来るのは。

 王子隊と香取隊。

 そしておそらくヒュースの情報を知りえているであろう風間隊や東さん。

 

 この中で。

 加山は王子を相談相手として選んだ。

 

「王子先輩は、とにかくいい意味で中立なんですよね。偏見がない。変人ですけど」

「ありがとう」

「東さんは、あの立場だともう言葉を選ばなきゃいけないし。風間さんは──恐らく俺が探っている事実に何かしらの意図を感じ取ってそこを突いてくる。香取隊は、──多分客観的に見ろってのがそもそも無理かと」

「成程。そこで僕に白羽の矢が立ったわけだね」

「そういう訳ですね」

 

 ふむん、と王子は呟く。

 

「さて。じゃあ....。ユーゴー。玉狛の中で、誰が一番近界民の捕虜を必要とすると思う? そこから考えようか」

「迅さんでしょうね」

 そう答えると、王子は静かに頷いた。

 

「だろうね。──でもここで迅さんは除外しよう。あの人の視点は、個人よりももっと高い視点からのものだ。僕等ではとても想定できない」

「ですね。──となると」

「玉狛のスタンスから考えて、ヒュースを利用するにあたって必ず交渉という手続きを踏むと思うんだよね。交渉するにあたっては、利害の一致が必要不可欠だ」

「ですね」

 

 利害の一致。

 ヒュースにとっては──今すぐにでも近界に帰る手段を得ることが、利だ。

 ならば玉狛はその利を叶えさせるために何をさせるだろうか? 

 

「①情報を得る ②戦力として運用する 多分、これが捕虜の近界民が玉狛に渡せるものかな」

「①はそうでしょうね」

 

 そして。

 ①の好機は玉狛に潰された。

 ここで玉狛が独自に①をヒュースから得ようとするとは考えにくい。

 

「②は.....いや、無理でしょう」

「無理かな?」

「無理だと思いますね...」

 

 本部が許すはずがない。

 戦力として防衛任務に駆り出す代わりに近界に帰すなんて、甘い事を上の海千山千共がするわけがない。それは確実だ。リターンが少ない。少なすぎる。

 

「②を必要としている部隊が、丁度玉狛にあるじゃないか」

「へ?」

 

 

 王子は。

 オムレツを一つ口に運んで。

 

 言った。

 

「玉狛第二だ。だって彼等は──遠征部隊を目指しているのだろう?戦力補充にはうってつけだ」

 

 一瞬。

 言っている意味が、あまり理解できなかった。

 

 



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盤外の出来事②

「あの....それって、ランク戦に、捕虜を運用するという事ですか?」

「そうだ」

 

 王子一彰はオムレツを食べ終えて、茶を啜っていた。

 普段と変わらぬ姿、口調のまま。

 彼は言った。

 

「その可能性は十分にあると思う」

「いやいや...」

 

 仮に。

 仮に、だ。

 

 ヒュースをランク戦に参加させると仮定しよう。

 その為にはどれだけのハードルを越えなければならない。

 まず第一にヒュースは入隊しなければならない。

 

 はい。

 もうこの時点で詰みだ。

 

「無理でしょう」

「だろうね」

 

 王子はにべもなく、そう言い切った。

 

「今の時点では、という話だね。その捕虜か、もしくは玉狛側が何か上層部への交換条件を用意できるなら、可能性はある」

「.....まだ迅さんが玉狛第二に入る方が可能性があるでしょう」

「そうだね。──でも迅さんが玉狛第二に入ると思う?」

「ないでしょうね...」

「じゃあ。どうして僕がそんな突飛なことを言い出したのかを教えてあげよう」

 

 理由はただ一つだよ、と。

 やっぱり変わらない口調で。

 

「玉狛第二は戦力を拡充しなければ上位二位以内に入れない。それだけは確実だからだ」

「....強くなりましたけどね、玉狛」

「そう。強い。でもまだ足りない。──あの戦術は当然待ちに入れば強いけど。彼等は点を取らなければならない状況だ。微妙に戦術が噛み合っていない」

「...」

 

 そうだろう。

 今の玉狛第二は、上位でも十分に戦えるだけの戦術性は持ち合わせている。それは確かだろう。

 では。

 影浦隊に対応できるか? 

 二宮隊に勝てるか? 

 

 そう言うならば。

 否、としか言えない。

 

 ──遊真が落とされれば終わる。その弱点はまだ残ったままだ。

 

「仮に僕がオッサムの立場で、そして玉狛をA級に引き上げなければならない状況だったとするなら。──戦力の拡充か、それかどうにかアマトリチャーナが人を撃てるようにする事を検討するだろうね。このどちらかが達成できれば玉狛第二はAに行ける」

「...」

「そして僕はアマトリチャーナに対してオッサムが人を撃て、と言えるようになるとは到底思わない。多分オッサムは部隊を遠征に行かせる事とアマトリチャーナを天秤にかけるならアマトリチャーナを取ると思うよ。少なくとも、大規模侵攻時ではそう感じた。個人的に、僕はアマトリチャーナは撃てる側の人間だと思うけどね」

「あ、やっぱり王子先輩もそう思います?」

「ああ。──覚悟さえ決まれば撃てるよ。あの時は覚悟が決まっていたから撃てた。つまりは覚悟が足りないんだね」

「決まってくれないことを祈るほかないですね....」

 

 うん。

 人が撃てるようになった雨取千佳。

 

 いやそれはもう。

 無理。

 

「さて。話を戻そうか。オッサムはアマトリチャーナへの働きかけは出来ない。そうなると他の隊員を探すしかない訳だけど。──本部から玉狛に引っ張ってこれる人。いると思う? それも二宮隊、影浦隊に勝てるだけの戦力を」

「無理でしょうね」

「じゃあ玉狛内部でやるしかない。とはいえ、そうなると引き入れられそうなのは──」

「迅さんしかいない訳ですね...」

「迅さんを誘うくらいはするかもね。──で、迅さんがだめってなって。その後は? どうするんだろうね?」

 

 ああ、と思った。

 王子先輩はヒュースの加入が可能か不可能かの話をしていない。

 玉狛第二が取る手段として、これしかない、と言っているのだ。

 現在においては、不可能であると。

 そして。

 その不可能をひっくり返すように、玉狛が動く可能性がある事も。

 

「....交渉、か」

「ありえなくもないね。捕虜は近界の軍人なんだろう? だったら情報の提供を交換条件にする可能性もある」

「──そうですね」

 

 だが。

 ヒュースは本国への忠誠心はまだ捨てていない。

 と、なれば。ヒュース側からの情報提供は不可能という事になる。

 

「....」

 

 今度は。

 遠征について、もう少し調べてみよう。

 

 

 その頃。

 玉狛支部内。

 

 ヒュースへの尋問の顛末を、支部一同に報告がなされていた。

 

「....そうか」

 

 報告を聞き、木崎レイジは一つ目を瞑り、言葉を選んでいた。

 何と言葉をかけるべきであろうか。

 

「──加山には悪い事をしてしまったな」

「....」

 

 こちらの事情と都合で加山の尋問を邪魔し、そして止めてしまった。

 そればかりはどうしようもない事実だ。

 

 その一言を受け。

 共にロビーにいたヒュースは憮然としていた。

 ソファの上に座り、その隣でお子ちゃま(陽太郎)が何事かを言っている中。

 思考する。

 

「──俺を尋問したあの男は、どこからエネドラの情報を仕入れたのだろうか」

 

 ふと。

 そんな疑問を提示した。

 

「エネドラ.....確か、加山君が大規模侵攻の時に背負っていた近界民だったよね。そういえば、あの人はどうしたんだ...」

「本部の報告では、敵近界民が寝返りを恐れて殺害した、とあるが...」

「....ねえ、レプリカ」

 

 遊真は。

 自身の首元についていたレプリカを呼び出す。

 黒い炊飯器のようなそれが「何か用かな、ユーマ」と呟きながら、現れる。

 遊真は──取り敢えず、ヒュースには聞こえない程度の小声で、レプリカに話しかける。

 

「あの時....カヤマは黒トリガーを使っていたよね。その時に....角が二つあっただろ?」

「ああ。私もそう記憶している」

「あれって....形状的には、アフトクラトルの角と同じ形をしていたよね」

「ほとんど相違なかったな」

 

 あの時の加山の風体は。

 アフトクラトルの黒い外套を身に包み、そして──黒いトリガー角が頭部から生え出ていた。

 

「...ねぇ、ボス」

「なんだ、遊真?」

 遊真はロビーの奥で茶を入れていた林道支部長に、声をかける。

「前回の大規模侵攻で。敵から鹵獲できた黒トリガーってある?」

「ないな。報告にゃ上がっていない」

「カヤマはおれと同じように、戦功貰ったよね。その理由は何だっけ?」

「あー。待てよ。ちょい端末出すから。えーと....”二宮隊・風間隊と太刀川隊員と合同で敵黒トリガーの撃破に貢献云々。また東隊・東隊長と合同で敵トリガーの撃破云々。これらの戦績に応じ云々。こんな感じだな」

「カヤマが黒トリガーを使ったって書いてる?」

「書いてねぇな」

 

 遊真は、修を見る。

 

「おれと修が合流した時──確か二本角が生えている奴を背負いながら戦っていたよな。カヤマ」

「うん。僕も覚えている」

「....ヒュース。エネドラ、って奴は。黒くて長い髪の、黒いトリガー角を持っている奴の事だよね?」

 

 ヒュースはその問いかけに、一つ頷く。

 

「ああ」

 

 ヒュースは呟いた。

 

「──と、なると」

 

 エネドラは。

 恐らく、加山の目の前で死んだこととなる。

 

「加山はヒュースに対する処遇に関しては嘘をついていたけど。──ヒュースを脅すために提示した情報は嘘じゃなかった」

 

「....」

 

 その宣言を聞き。

 ヒュースは一つ目元を歪めていた。

 

「エネドラから情報を知った、というのも本当。エネドラが死んだのも本当。拷問して殺したのは嘘。──自発的にエネドラが加山に情報を渡したんだ」

 

 加山は無理矢理に口を割らせるような方法でエネドラから情報を引き出したわけではない。

 とはいえ。

 

「──でも。大規模侵攻内で、ヒュースに話したような情報を引き出せる余裕があったとも思わない」

 修は、そう呟く。

 

 加山は、トリガーを解いた瞬間には出血多量で気を失っていた。

 それだけの大怪我を負うほどの熾烈な戦場の最中にいたのだ、加山は。

 

「──侵攻でエネドラは死んでいる。そして加山はエネドラが持っている情報は知っている。けど、侵攻の中で情報を聞き出す余裕なんてない。なら、どうやって加山君はあの情報を手に入れたんだ...」

 

 ううむ、と一つ皆がうなる。

 

「──あの尋問。加山側に大きな謎が残ったな。ふむん...」

 

 レイジもまた首を傾げてそう言った。

 

 

「──オサム、と言ったか。一つ聞きたい」

 そして。

 ヒュースが、──修に声をかける。

 

「えっと....何かな?」

「何故。お前はあの時に俺を庇った?」

 

 あの尋問より数日が経ち。

 ヒュースはどうしても──自分の中で納得理由が探せなかった。

 何故。

 何故──この男は、自分を庇ったのだろうか、と。

 

 情報を与えていないのは、本部も玉狛も一緒。

 加山は手段はどうであれ、ボーダーの利となる行動をとってはいたのだ。

 それをわざわざ邪魔したのは、どういう理由があってのものか。

 

「言っておく。同情しようが、こちらを守った気になろうが、俺はお前たちに情報は渡さない.....!」

 

 穏健に済ませておけば、自分が情報を渡すつもりになるとでも思っているのだろうか。

 そんな事はあり得ない。

 敵国からの捕虜など。加山のように情報を封鎖して脅迫する手段で情報をもぎ取ろうとする方がよっぽど正しいやり方だ。

 

 その言葉を聞いて。

 修は冷や汗を少々掻きながら、それでも言う。

 

「僕が止めた理由は、幾つかある。事前に迅さんに言われた言葉がきっかけでもある。ヒュースに同情した、というのもあるかもしれない。....でも一番大きい理由は」

 

 修は。

 表情は多少動揺しながらも。

 それでも──言葉だけは、はっきりと告げた。

 

「あの時──加山君を止めなければ、取り返しがつかなくなる気がしたんだ。加山君自身が」

 

 あの時。

 止めるべきだと思ったのは。

 ヒュース、というよりも。

 加山だった。

 

「あの時。加山君の様子が、──大規模侵攻の時の千佳と同じような気がした。必死になってて。それでいて無理しているような」

 

 だからだ、と。

 修は言った。

 

 ──たとえ、加山自身がその正しさを確信していて。その正しさの為に自分を捨ててもいいとさえ思っていても。

 ──修は、あの時に加山自身を捨てるべきではない、と判断したのだ。

 

 そう判断したのなら。

 動くしかなかった。

 そうするしか、なかった。

 

 それが──三雲修、という人間だから。

 

 ヒュースは。

 遊真の様子を見る。

 

 ──遊真はまた、その言葉に一つ頷き、微笑んでいた。

 

「....」

 

 言葉の行き先を失ったヒュースは。

 ただ表情を歪め、顔を反らした。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 支部のチャイムが鳴り響く。

 

「あ、僕が出ますね」

 

 いつものように丁度玄関側に突っ立っていた修は、そのままチャイムが鳴る玄関へと向かい。

 ガチャリ、と開く。

 

 そこには。

 

「やあ」

 

 小柄な男が、笑顔でそこにいた。

 

 それは──。

 

「加山君.....!?」

「やっほー。──丁度いい茶菓子がある。そしてみかんもある。全部人からのもらい物だ。という訳で」

 

 ニコリと微笑み。

 加山は呟く。

 

「お茶しようじゃないか」

 



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かくして、宣戦布告はなされる

 さあ。

 ここで加山がわざわざ玉狛にやってきた理由を答えよ。

 

 ──加山にとっては、完全に尋問を邪魔された形になったわけで。

 その直後に現れたとなれば、当然緊張も走る。

 

 しかし、とうの加山は笑みを張り付け、そこに立っていた。

 

「──茶を入れよう。茶請けは何がいい?」

「お、選択肢があるんですか? なら小南先輩の好物で」

「.....了解。ならいい所のどら焼きにしよう」

 

 支部のロビーで席に案内された加山は軽口をたたきながら、茶を飲んでいた。

 .....そして、その視線の先にあるヒュースを見て、また笑っていた。

 

「それで。──今日来たのは、先日の尋問の件で?」

 木崎がそう尋ねると

「察しがいいですね。そうです」

 と。

 変わらぬ笑みで、そう答えていた。

 

 ふふん、と加山は笑う。

 その姿を遊真はジッと見ていた。

 

「...」

 

 演技だ。

 この前のヒュースの前での振る舞いと同じ。加山は笑みを張り付け演技をしている。

 いや。

 演技というより、仮面。

 もう完全に自分の外面に付着し、一体化してしまった代物。

 加山は演技として、というより。最早仮面のように着脱が可能となるくらいには自然となった姿なのだろう。

 

「特に。今回は三雲修君に話を聞きたい」

 

「....はい」

 

「そして。──今回、互いに嘘は吐かない約束で話をしよう。という訳で、空閑君」

「ん」

「ここから始まるお話の中で──嘘があれば存分に指摘してくれ。出来る事なら、三雲君にも嘘があれば指摘してくれると嬉しい」

「解った」

 

 加山は。

 空閑遊真は──本質的に嘘が嫌いな人間なのだろう、という事を何となく理解できていた。

 それ故に。

 この場において彼が是とした事を、自ら翻すことはしない。

 その確信があった。

 

「別段。俺は何も隠し事をするつもりもない。気になっているであろう、エネドラの情報についても気になるならば話す。──その分。出来るなら俺の質問にも答えてほしい」

 

 ロビーの机を挟み。

 加山と修が向かい合う。

 

「....俺からいいかな?」

 加山は、一つ息を吐き、そう呟いた。

「....はい」

「これは純粋な疑問なんだけど──どうしてあの場面、俺を止めた?」

 

 そう言うと。

 加山はまだ言葉を続ける。

 

「そこの疑問が解けないと、俺は玉狛をどう思えばいいのか解らない。──ここだけは、真剣に話してほしい」

 

 そう加山が尋ねると。

 修は、答える。

 

「ヒュースの為、というのが一つ」

「お。まだ理由があるのか。是非とも聞かせてほしい」

「──加山君自身を止めなければいけない、と。そうするべきだと、僕が思ったから。それが、一番大きな理由だ」

 

 その返答を聞くと。

 加山はジッと遊真を見た。

 そして、遊真は首を横に振る。

 

 嘘は吐いていないらしい。

 

「俺を止めなきゃいけない、か。──なあ三雲君。だったら俺の方も。不可解だと思う事全部言わせてもらう」

「...」

「あの時に。君が俺を止めたことで俺に何の得があった? 俺はね、三雲君。あの尋問で──あの近界民が持っているであろう情報が欲しくて欲しくてたまらなかった。絶対に必要だと思った。リスクリターンも色々考えたけど、それでも。ヒュースを騙してでも絶対に会得しなければならない事だと、そう思っていた。俺がやりたいことを邪魔しておいて、それで──俺の為に動いた、と言うか。それは納得できない。俺は、俺の為にあの時動いたんだ。ヒュースの為だとか、玉狛の為、というなら。理解できるし納得も出来る。単にあの場面で、俺が勝負に惨めに敗北しただけだ。俺と玉狛の争いに、敗れた、ってだけで済む。──しかし、三雲君はそもそもこれは勝負ですらない、と思っているふしがある。そこだけが、どうも引っ掛かる。──空閑君。俺の言葉に嘘はないかな?」

 加山は遊真を見る。

 ここまでの発言──自分ですら認識していない嘘がないだろうか。その部分の確認のためだ。

「ないね。全部、本音だ」

「それはよかった。──という訳で。三雲君。答えてくれ」

 

 あの時、加山がヒュースを騙すことに罪悪感を覚えていなかったか、と問われれば。それは違うと答えるほかない。

 しかし。

 そうしてでも、尋問を成功させたいという思いがあったからこそ敢行したのだ。

 

 あの時の行動が加山の為になっていたか、と言えば。

 それはノーだ。

 

 だからこそ聞きたい。

 何のために。

 あんな事をしたのか。

 

「──僕は」

 

 修は。

 その問いかけに対して。やっぱり冷や汗をかきながらも。

 それでも迷うことなく、答える。

 

「やりたい事と、やらなければいけない事は、違うと思う」

 

 その言葉を。

 加山はひたすらに聞く。

 恐らくは──その声の色の変化までも感じられるように、目を閉じて、必死に聞いている。

 

「そして。──加山君自身がやらなければいけないと思っている事の為に、あの尋問をしたっていう事も、解っている」

 

 加山もまた──あの時やるべき事だと思ったから、やったのだ。

 ヒュースの尊厳を踏み躙ることになろうとも。

 それでも、やったのだ。

 

「でも──同時に、心の底からやりたくないんだろうなという事も、また解った」

「ストップ」

 

 加山は一つ修の話を止め。

 遊真を見る。

 

「さっき言ったはずだ。尋問は俺がしたくてしたのだと。そこに空閑君は嘘の判定はしていなかっただろう」

「....加山君は、それが必要だと思ったから、尋問をしたと。そう言っていた。僕が言っているのは。尋問そのものを加山君がやりたがっていたのかどうかだ」

「そりゃあそうだ。尋問大好きなんて奴はよっぽどのサディストか倒錯者だけだろ。俺はそうじゃない。尋問やりた~いって思いながらやってたら三雲君は止めなかったのか」

「──あの時。加山君は、多分ヒュースを尋問した事による責任を全部負うつもりでやっていたんだと思う」

「そうだ。その覚悟でやった。──そこに、何の問題があるというんだ!!」

 

 加山は叫んでいた。

 ここ数年で、初めてかもしれない。

 感情的になって、声をみっともなく荒げて叫んだのは。

 

「──ここで加山君が全部の責任を負う形になるのは。ヒュースの尊厳を壊して、その恨みも含めて全部加山君が背負うのは。その形があんまりだと思った。そう思ったから、止めたんだ」

「すまない。何が悪いのか俺には解らない。俺がやったことの責任を、俺が取るのは当たり前だ」

「これは。どちらが正しいか、正しくないかの話じゃない。──僕があの時に、加山君が全部を背負う形になることがおかしいと思ったから、やったんだ。僕のやり方が正しい、加山君のやり方が正しい、とかじゃない。──僕がやるべきだと思ったから、やったんだ」

 修の言葉を聞きながら。

 それでも納得がいかないのか。加山はジッと修を見つめ、返す。

「つまりは.....俺がやるべき事だと思っていることよりも。君自身のやるべき事を優先したわけだ」

「...」

「三雲君。君が言っている事はダブルスタンダードだ。俺が全部の責任を負うのを間違っている、と言っておいて。──三雲君も、三雲君自身で全部の責任を負おうとしている」

「解っています」

「....ならば、どうして」

「僕以外の人が責任を取るか、僕が責任を取るかの二択なら。──僕が責任を取るべきだと思う」

 

 ──ああ、と。

 加山は思った。

 

 遊真の副作用を借りるまでもない。

 三雲修という人間は、嘘が苦手なのだろう。

 全部が本音の言葉だと、理解できる。

 

 その上で思った。

 

 ──加山がヒュースに対する責任を全部取ろうとしたように。

 ──修もまた、加山に対しての行動の責任を、今全部取ろうとしているのだと。

 

 仮に。

 あの時──尋問していたのが弓場隊の皆だったら? 華さんだったら? ボーダーの誰かだったら? 

 

 その役を──きっと加山はどんな手を使ってでも奪っていただろう。そんな役目を、絶対にさせる訳にはいかないと。あらん限りの手を使ってでも、止めに入ったはずだ。それがたとえ、その人が自分で決断した事であっても。その人の意思を捻じ曲げることになってでも。それで恨みを買う事になっても。きっとした。

 

 それは──加山がやるべき事だと、自分で認識しているからだ。そんなひどい事を、仲間にさせたくないからだ。そういうやり口は、自分の領分だと思っているからだ。

 

 それと同じだ。

 あの時。

 

 三雲修もまた。

 思ったのだろう。

 

 加山雄吾を、止めるべきだと。

 加山自身の意思が固くても。

 その事を覚悟していても。

 それら全部織り込んだ上で──修は止めたのだ。

 

 

「...」

 

 そして。

 

「納得できた」

 

 理解も、納得もした。

 自分もそうやるだろう、という共感から。

 この会話の中で──加山雄吾は三雲修という人間を、深く理解した。

 

「じゃあ。そっちも質問をどうぞ」

 あちら側は納得できる返答を返した。

 ならばこちらも、しっかりと誠実に返答をしよう。

 

 エネドラに関しての質問であっても。

 加山は答えるつもりでいた。

 

「なら。──何で加山君は、ヒュースの尋問をしたんだ」

 

 どんな質問が飛んでくるのやら。

 そう思っていた加山は拍子抜けする。

 

「えっと....ボーダーの利益の為、じゃあ駄目かな。嘘は吐いていないよな、空閑君」

「うん」

 質問の意図が解らず、加山は遊真に判定を促し、それに遊真も頷いた。

 その返答を聞き、修はまた質問を重ねる。

「じゃあ....何でそこまでして、ボーダーの利益を追い求めるんだ?」

 

 あ、と加山は思った。

 これは。

 言ってもいいのだろうか。

 

 しかし。

 嘘は吐かないと自分で言い出した手前だ。

 

 ──誠実に答えよう。

 

「──近界を滅ぼすためだ」

 

 と。

 玉狛支部の中で。

 そう言った。

 

「それだけだよ。その為なら、俺は何でもやってやる。──ここに住む市民の為に。ここを餌場にしている人間を駆逐して、もう二度とここに来られないように。全員死んでもらうために。その為だけに俺は行動している」

 

 その言葉は。

 支部の中で、重く、重く、響き渡る。

 

 木崎レイジは目を強く瞑り。

 ヒュースは目を剥いて加山を見つめ。

 

 そして、

「....嘘は吐いていないね、オサム」

 

 そう遊真の呟くと共に。

 

 修は、ジッと加山を見ていた。

 

「何でじゃあ空閑君を助けたのか、って思っているかね? 空閑君が情報源としても、戦力としても魅力的だったからだよ。俺がやっている事ぜーんぶ──近界を滅ぼすためにある。あそこにある世界を全部ぶっ壊すか全部殺し尽くして。もう二度とここを餌場にさせないために俺はここにいるんです」

 

 なので、と加山は続ける。

 

「最終的な目的の部分で。──ここにいる皆さんは敵です。近界との交流なんてクソくらえ。こちらを養豚場としか見ていない連中共が誘拐した市民を精肉している様を見ながら、手を取り合って仲良くしましょう──なんて。俺には出来ない」

 

 でも、と。

 加山は続ける。

 

「でも。──あっちにいる人たちが、俺達と変わらない人間であることも理解しています。だから、俺がやろうとしている事は殺人だ。そこを正当化するつもりはないし、あちら側の人間を、同じ人間と認識して、手を取り合おうとしている皆さんの考えはきっと正しい在り方なんだと思います。そして。エネドラの情報で、こちら側の餌がなければあの世界が成り立たない事も解りました。俺がやろうとしている殺人。玉狛がやろうとしている相互理解。どっちが正しい在り方か、と問われれば。きっと玉狛が正しいんです」

 

 でも。

 どっちが正しいか、正しくないか、という話ではない。

 

「俺は。俺がやるべきだと思うからこそ。これはやります。正しさの尺度で争い合う事は出来ない。これは俺の意思だ。──だから意見は並行で、並行故に叩きのめし合うしかないんです。故に、──俺はアンタ達の敵だ」

 

 俺とお前は敵だ。

 そう加山が宣言し。

 

 かくして。

 

 ──宣戦布告は、成された。

 



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綴蓋の底の黒き淀みは

なんか最近人間ドラマっぽくなってきてあんまりワートリっぽくない気がする。
まあ、いいか.....。


「....」

 

 加山が支部から本部に戻り。

 玉狛支部は暫しの沈黙が続いていた。

 

「──近界を滅ぼす、か」

 

 木崎レイジは目を瞑り、鼻頭を抑える。

 

「そうするしかない、と思う奴が現れても仕方がない状況ではあるんだな...」

 

 元々ボーダーは。

 十数人レベルの、小さな組織だった。

 近界との交流を目的とした組織で。

 ただその中でメンバーが次々と死亡して。

 第一次侵攻で数千人が近界に連れ去られて。

 

 その流れの中。

 

 ボーダー創設時のメンバーである城戸正宗が、現在のボーダーを作り上げた。

 防衛を主目的とする組織に作り替えた。

 交流組織が防衛組織へと変わり。

 ボーダーは軍隊となった。

 

 そうして。

 近界から市民を防衛する意思を持った正義感の強い人間や。

 近界への憎悪を膨らまし、その復讐を願う人間や。

 

 近界を敵視するという部分を共通項とした人間をかき集め。

 今の組織が出来上がった。

 

 そうした人間の中の一人。

 そして──あの第一次侵攻によって出来上がった人間。

 

 それが加山雄吾であり、そこから生まれた近界を滅ぼすという意思なのであろう。

 

「...」

 

 遊真は。

 何も言わず、ただひたすらに考え込み──そして自室へと戻っていった。

 

 修は。

 

「...」

 

 あの宣言を受けた後でも。

 どうしても──加山を敵として認識することが出来なかった。

 

 

「なあ、レプリカ」

「どうした、ユーマ」

 

 自室に戻った遊真は。

 彼のお供であるレプリカに話しかけていた。

 

「カヤマみたいな思考は、普通にある事なのかな」

「幾らでもいる」

 

 遊真の疑問に。

 即座に答える。

 

「仮に。誰かが大事な人を殺され。その復讐をするとしたとしよう。だが復讐を完遂すれど、次の復讐がまた生まれるだろう」

「だから.....根も葉も全て叩き潰すのか」

「そういう事だ。──恐らくカヤマはそういう思想の人間だ。玄界の人間を攫う近界をどうすれば止められるのか。最終的な結論として全てを滅ぼす事を決めたのだろう」

「.....近界から人を攫わせないようにする、というだけなら。まだ他のやり方は無いのかな」

「あるかもしれない。でもそれを探している間にも人は攫われるかもしれない。ならば手っ取り早く全員消えてもらう....という考え方もある」

「ふむ...」

 

 仮にだ、と。

 レプリカは言う。

 

「カヤマは自分がやろうとしている行為が殺人であると理解している。──現状を滅ぼすことなく変えることが出来るのならば、その方法をとるだろう」

「.....まあでも。そんな方法があるならもうやっているよな」

「ああ」

 

 恐らく、加山も考えなかったわけではなかったのだろう。

 殺人以外の方法で現状を変える方法を。

 しかし見つかることは無く。

 彼はあの決意を持つに至った。

 

「それ故に、今は対立するしかないのだろう。──気になるか?」

「そりゃあね。──カヤマはおれに対して嘘をつくことはしなかったし、玉狛に掛け合ってくれたしね。仲良くできるものなら仲良くしたい」

 

 とはいえ、という。

 

「敵だ、って言っても。結局ランク戦で勝ち切らなければいけない相手なのは間違いない。....弓場隊は強い」

「そうだな。彼等は強い。──どうだ。前回負けた相手だが。攻略の糸口は見えているか?」

「千佳の援護があれば....と言いたいところだけど。同じエスクード使いのカヤマがいるから。多分誘いには乗ってこない。弓場隊の攻略は別のものを用意しないといけないとは思う」

 

 ──でも、と遊真は言う。

 

「俺には時間があるから。次に当たる時まで、どうにか攻略の糸口を見つけるとするよ」

 

 時間がある。

 ──遊真は生身の肉体を持っていない。

 生身の肉体は、黒トリガーの中に格納されている。

 普段の生活も、ボーダーの生活も。双方ともに睡眠を必要としないトリオン体で行っている。

 

「──A級にならなきゃいけないって目的は、今も変わらないから」

 

 

「──次の対戦相手は、香取隊と二宮隊だ」

 

 加山が玉狛を訪れた、その次の日

 弓場隊作戦室。

 次の対戦相手が公表された。

 

「二宮隊は勿論の事。──香取隊も相当強くなっている。今上位がウチと玉狛が上がって、代わりに落ちた部隊の中に東隊もいる。奴らが、東隊を蹴散らしたんだ」

「ですね...」

 

 帯島が一つ頷く。

 

「前回のランク戦。記録を見たんですけど....王子隊、香取隊、東隊の三つ巴戦。香取隊が4得点を挙げて勝利しているッス」

 

 その4得点。

 全て香取葉子がぶんどったものだという。

 

「隊としての連携の練度もあがってたけど....何より香取ちゃんの単騎での得点能力が本当に高くなった。A級でもエースを張れる動きをしている。本当に、今の香取隊は強い」

「.....えげつな」

 

 風間を師匠とし、ひたすらに鍛錬を重ね、実力者との戦いに身を投じてきた香取葉子。

 得点能力の向上もそうであるが。

 ──ランク戦での生存能力も飛躍的に上昇した。

 

 ここが非常に大きなポイントで、大暴れして敵を集めて囲まれて離脱する....というような今まで香取によくあった光景が今やほとんどない。

 暴れながらも周囲を見渡せる視野の広さが、今の香取にはある。暴れながらも、残り二枚の隊員を適切に指示を出し脱出路を確保するだけの思慮を手に入れた。

 

 チームコンセプトそのものは大して変わっていない。香取が暴れ、若村と三浦がその脇を支える。

 しかし。

 主柱となる香取が戦闘面・視野の広さに大きな成長が遂げられたことで、暴れられる時間が非常に長くなった。

 

 その分だけ得点能力が上がり、現在の順位は生駒隊に次ぐ4位。

 

「──二宮隊とかち合っているときに、横槍でしれっとポイントを取ってくることもあり得る。衝突している瞬間こそ、油断はするなよ」

「了解」

 

 ──さあて。

 次の試合が、弓場隊での初上位戦となる。

 その相手の中に二宮隊が入っている。

 

 これは前向きにとらえるべきだ、と加山は思った。

 

 二宮隊相手に考えていた策を提示し、通用するか否か。

 第四ラウンドというまだランク戦の折り返し地点にもいっていないタイミングでもある。そして、ここで叩きのめされて仮に中位に落ちれば、それはそれでまた大量得点の好機ととらえられる。

 

 自分たちの現在地点を知るには、一番いいタイミングだと。

 そう加山は感じていた。

 

「──加山。お前はこのランク戦、どう戦う?」

「本当はクソギミックの二宮隊長はほっときたい所なんですけど──積極的に戦いましょう。二宮隊長のキルを狙います」

 

 ほう、と弓場は呟く。

 

「こっちの戦術への対応をどうするのか。通用するかどうか。その辺り知っておかなければ後々に繋がらない気がするんですよね。中位戦は、言ってしまえば俺の戦術のごり押しで得点になってました。だから....俺としても戦術に対して相手が取る対応と、その更なる対応も含めて。知っておきたいんです」

 

 戦術を通す、という行為を今まで中位戦で行ってきた。

 

 だが。

 二宮隊相手に、そう易々と通るとは思えない。

 だからこそ。

 通らなかったときのリカバリや、その後の指揮。

 

 そう言った部分を出来るだけ知り、隊の現在地を知りたいのだ。

 

「──とはいえ。何の考えもなしに二宮サンを狩ろうとしている訳じゃねぇだろ。どうするんだ?」

「最終的には、俺と弓場さん。──二人で連携して倒しに行くことが大前提になりますね。その状況に持っていくことが第一のゴール。その為には──脇二人がどんな形であれ死んでもらわなくちゃいけない」

 

 脇を支える、犬飼。そして辻。

 

 この二人を始末したうえで、弓場と加山が生き残る事。

 ここまでまずもっていくことが、──二宮を仕留める最低限の条件だ。

 

「──そこまでの道筋に関しては、まだちょっと考えさせてください」

「了解。まだランク戦まで時間はある。しっかり考えてこい。──各自もそれぞれ、次の対戦相手の記録は追っとけよ。特に香取隊の直近の記録は全員が共有しとくように」

 

 

「──次の対戦相手は、弓場隊と二宮隊か」

 

 香取隊作戦室。

 若村麓郎はううむ、と喉を鳴らす。

 

「加山君、弓場隊に行ったんだね。──手強そうだ」

 

 三浦もまた、そう続ける。

 

「なあ、葉子。お前はどう──」

 

 ソファに座りながら端末を見ていた香取は、

 若村のその言葉に、眉を顰める。

 

「なに? どう思うって? ──強いに決まっているじゃない。馬鹿じゃないの」

 

 底冷えするような、そんな声だった。

 

「二宮隊に、弓場隊。二宮隊は勿論、弓場隊はエース以外も狙撃手も万能手も加山もいる。中距離でも遠距離でも劣るアンタたち二人で跳ね返せると思ってるの? ──くだらないこと言う前に少しは頭を働かせろ!」

 

 香取のその声は、本気だった。

 本気の声だった。

 

 ヒリつくような緊張感が、その言葉を起点に作戦室全体に行き渡る。

 

「アンタ達二人。暢気なこと言っている暇なんてないの、解ってる? 今まで二人とも加山一人抑えられないのに、部隊戦仕掛けられて跳ね返せるとでも思っているの? ──いい? ウチと二宮隊。戦力を考慮した時、弓場隊が何処からポイントを取ろうとすると思う? アンタたち二人よ。間違いなく。だって弱いんだもん」

 

 若村も。

 三浦も。

 双方とも、沈黙を続けていた。

 

「結局。二人とも何とか連携が形になってきたけど。結局戦況に合わせての陣形も作ることが出来なかったから、今までのやり方を通す事しか出来ていない。二宮隊も弓場隊も、もっと複雑な連携が出来ているわよ。でもウチ等は出来ていないの。だからアタシが点を取りに行く間アンタたちは見事に浮いた駒になる──その中で襲い掛かられる状況だって、解ってる? どうやって生き残るの? 一番死にやすい駒はアンタ達よ?」

 

 沈黙が続くのは。

 二人に香取の言葉に対する返答が用意されていないからだ。

 

「そんな状況なのに、次は手強そうだねー、なんてよく言えたものね。──もっと危機感を持て! せめて自分たちがどうやって生き残ればいいのか、必死に考えろ!」

 

 香取は苛立ちやすい。

 それは彼女が本気であればあるほど、そういう側面が浮き上がってくるから。

 

 ある側面から見れば、横暴に映るかもしれない。

 しかし──若村にはこの香取の態度を横暴と断ずることは決して許されない。

 

 それは。

 以前まで同じように自分も香取に同じことを言ってきたからだ。

 

 香取の煮え切らない様子に苛立って、その苛立ちをぶつけて。

 それも。

 自分よりも遥かな実力も才覚も持つ、香取葉子にだ。

 

 本気になれ。

 もっと努力しろ。

 

 ──自分が本気になっているのか。本気で努力しているのか。

 そういう部分からは、何処か目を背けて。

 

 そして。

 香取葉子は本気になった。

 本気になった彼女の言葉は、かつての自分が投げかけていた言葉よりも何倍も重く、鋭い。

 

 その重さや鋭さを感じるたびに。

 自分のかつての言葉の軽薄さを思い知るのだ。

 

「....」

 

 そして。

 作戦室の奥。

 カリカリと静かに課題をこなしていた染井華は──つい先日買ったという音楽プレイヤーから伸ばされたイヤホンを外し、全員を見た。

 

「葉子」

「.....なに? 華」

「葉子が言っている事は本当に正しい。──正しいからこそ、一緒に考えてあげよう」

「...」

 

 ピ、とプレイヤーを切って。

 ぎこちなく、笑いかける。

 

 このぎこちない笑みの、ぎこちなさが。

 ふ、と。作戦室の緊張が和らがせる。

 

「....取り敢えず。二宮隊、弓場隊それぞれどう点を取るか考えるわよ。こっち来て」

 

 染井華の言葉に毒気を抜かれ、落ち着きを取り戻した香取は、静かにそう言った。

 

 



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月光色の感情

「加山」

 防衛任務を終え、帰路につこうとしていた時。

 加山は弓場から呼びかけられる。

 

「どうしました、隊長」

「どうした、じゃねーんだよ。──もう大丈夫なのか? この前体調崩してただろうが」

「うっす。もう大丈夫っすよ」

「オーケー。それじゃあ食事会をしても問題ないってこったな。明日の夜、空けとけよ」

「ああ。この前はマジですみませんでした」

「別にいい。そういう時もある。──それで。お前。これから空いているか?」

「え? まあ、はい」

「──よし。それじゃあ今日は俺と嵐山に付き合え」

 

 え、という間もなく。

 弓場は作戦室から出ていく。

 

「ちょ。何処に行くんですか」

「ん? 別に大した店じゃねぇよ。焼き鳥屋」

「ん? 酒入れるんですか?」

 焼き鳥の店、イコール居酒屋のイメージがある。まあ、単なるイメージでしかないのだが。

「俺も嵐山も19だ馬鹿」

「.....そういえばそうでしたね」

 

 本当に。

 時々ボーダーの人たちの年齢は解らなくなる。

 弓場さんも嵐山さんも双方19歳。去年までは高校生だったというのだから驚きでしかない。

 

 それに比べて自分はどうだろう.....。

 どうなのだろう....このもやしは....。

 

「何がそういえばそうでした、だ。お前だってまだ中学生かよ、って思ってんだぞこっちは」

「中学生どころか小学生でも通用する大きさですぜこっちは」

「ガタイのでかさだけの問題じゃねぇ。──お前このまま年食っちまったら絶対老けるぞ。間違いない。もうその年で目元にしわ寄っててどうする。しかも白髪もちょくちょく見えているしよ」

「へ? ──あ、白髪マジですか」

「マジだ。──このままだとお前、高校生で白髪染めする羽目になるぞ。もうちょい生活習慣見直せ」

「へへぇ。気を付けます」

「ったく。....ほれ。ついてこい」

 

 弓場は荷物を手早くまとめ、作戦室から出て加山を先導する。

 加山はよく弓場に飯を奢られる。

 多分、普段の食生活がゴミカスもゴミカスだからだろうけど。

 気を遣われてる、とやっぱり思う。

 本当は気なんて遣われない人間になるべきなのだろうけど。

 ....ここまでの日々で。自分はどうしても善性を持つ人々にとっては一言二言口にせざるを得ない生き方をしているのだと。自覚も出来ていて。

 そのままでいいのか、という思いと。

 そのままでなければいけないのだぞ、という思いと。

 二律相反する二つが、自分の中に同居し始めたような──そんな、気がするのだ。

 

 

 基地の廊下を通り、警戒区域を抜けて、三門市に入り。

 明るい蛍光板が張り付けられた店に入る。

 

 ....やっぱり飲み屋じゃないっすか。

 

 店に入り、弓場と店員が一言二言話し、二人は座敷の個室に通される。

 

「──やあ弓場。お疲れ」

 

 そこには。

 ニコニコ笑顔でこちらを出迎える、嵐山准の姿があった。

 

「おう。そっちもお疲れ」

「うん。──いや、中々に骨の折れる仕事だった」

「消防署とのコラボだっけな。生身で訓練に参加したんだって?」

「そうそう。そのおかげで全身筋肉痛だ。──おお、加山君! 久しぶりだね」

「うっす嵐山さん。おひさですー」

「取り敢えず焼き鳥は適当に頼んでおいたから。何か追加するなら遠慮なくやってくれ」

 

 そうして。

 座敷の中に通され、ドリンクを頼み(全員ウーロン茶だった)、そしてそれぞれ思い思いの焼き鳥に手を伸ばしていく。

 

「──加山君は部隊戦初めてだよね? なのにあそこまで活躍できるとは、本当に凄い。弓場隊が出てるランク戦、観戦の倍率が結構高いみたいだぞ」

「お。マジですか」

「木虎も随分と君の事を買っているみたいでね」

「嘘だー」

「少なくとも、君が出ているランク戦の記録はしっかりチェックしているみたいだぞ」

「....絶対に次に会った時に毒づく為のネタ集めですね。間違いない」

「そんな事の為に、貴重な時間を使う人間じゃないさ、木虎は」

 

 まあ、気にはかけているのだろう。

 腐っても同期だ。

 

「とはいえ──二宮隊も影浦隊も強敵だ。本当に厳しい戦いになると思う。それでも──弓場と君なら、乗り越えられると信じている」

「あの二部隊、本当にどうするんですかマジで。あそこに放りっぱなしにしてたらA級上がれる部隊いなくなりますよ」

「愚痴るな加山ァ。──逆に言えばあの二部隊どかして二位以内に入れれば文句なしのA級だ。気張っていくぞ」

 

 元A級が二部隊ある中で、二位内に入れと言っているのだ現環境は。

 ねー。

 B級ってどういう意味だったっけー。

 

「──それで」

「はい?」

「先週、ランク戦終わった後。何があったんだ?」

 

「....」

 

 ですよねー。

 その話題になるとは思っていたんですよねー。

 

「話したいのは山々なんですけど。あれは割と極秘情報満載のやり取りで、中々話せない──」

「その事に関してだけど。事前に俺の方から上層部からの許可は得ている。存分に話してくれ」

「....」

 

 成程。

 

 この為に嵐山を呼んだのだな、と。

 そう加山は思った。

 

「お前は、近界の情報を握ってる。──上層部としては、結構処遇に困っている部分があるんだろうさ。あの黒トリガーから得てしまった情報って奴は、お前個人に抱え込ませるにはでかい情報だ。だからといって記憶を消したところで、今度は黒トリガーを使える奴がいなくなる。そういうジレンマの果てに──要は、上層部としちゃあ俺を監視役にしたいんだろう。万が一にもお前が単独渡航しないように」

「....」

「が。俺は別にお前を監視しようだなんて思っているわけでもねぇ。そうしたいなら、好きにしろ」

 

 え、と加山は呟いた。

 

「──お前は多分人に迷惑をかけることが何よりも嫌いなタチだろうな、っていうのは何となく理解は出来てんだよ。それでもこっちに迷惑をかけてでも──って位に追い詰められたというなら。それは紛うことなく俺の責任だ。だが、当然俺はお前をそうさせるつもりはねぇし、そうなる前に対処できるもんなら対処したいわけだ。だから、──話せることを話してもらいてェ。そんだけだ」

「そうだ。一人で抱え込む必要はない。君はあくまで、ボーダーの隊員だ。相談したいのに出来ない立場ではないし、そんな立場に置くわけにはいけない」

 

 加山は暫し考える。

 

 この状況を何となく予想もしていたし、どうはぐらかそうかとも考えてはいたけれども。

 二人の様子を見るに、そればかりは無駄だろうと観念し──。

 

 ヒュースの尋問について、洗いざらい話した。

 

「....」

「.....そうか」

 

 話を聞き。

 弓場は一つ目を瞑り──そして、言った。

 

「加山ァ」

「ッス」

「俺はよ。──三雲に感謝している。なぜなら。俺がその場にいたなら、殴り飛ばしてでも止めていたからだ。お前はどうだ、嵐山?」

「どうだ、というと。加山君を止めるかどうかって意味かな。──うん。多分俺も止めていると思う」

 

 なあ加山、と。

 弓場は呟く。

 

「──人の尊厳を踏み躙って、その恨みを買うってのはな。それはお前だけで抱え込めるほどに安くはねぇ」

 

 そうだろう、と。

 弓場は言う。

 

「それで例えば。お前に買った恨みを、お前じゃなくてこっち側の人間に拡大解釈されればどうなる? その近界民が尋問された恨みを──例えば帯島に向けたとして。帯島に同じことをし返したら。そうなった時にお前は耐えられるか?」

「あ...」

 

 耐えられねぇだろ、と。

 弓場は言う。

 

「三輪を知っているだろう。あいつは身内を殺された恨みを、近界民に向けている。──同じことはその近界民にも言えるぞ。お前から受けた恨みを、こっち側の人間全部に向けたらどうなる。お前はお前の事ならどうなろうが構わねぇと思っているんだろうが。他に目を向けられたらどうする。そしてお前の行為で、お前以外の誰かが死んでしまったらどうなる? そうなったらお前だって耐えられねぇはずだ」

 

「....」

 

 その通りだ、と。

 加山は思った。

 

 自分はもう──自分だけでなくなってしまった。

 自分が行った行為が、自分だけに帰ってくる存在でなくなってしまった。

 いつの間にか。

 自分はそんな事も忘れてしまっていたのか。

 

「──必死だったんだね、加山君。それは本当に理解できる。それでもね」

 

 嵐山は、更に言葉をかぶせていく。

 

「君自身が心の底からやりたくないことを、君に押し付けることで成立するような、そんな組織にしたくない。だから、──頼むから、何かあれば相談をしてほしい。そう本当に俺達は思っている」

 

 そうか。

 そういう、事か。

 

 もう今の自分は。

 一人ではいられないのだ。

 自分が行った行為が、巡り巡って誰かの因果として繋がってしまうのだ。

 

 ──加古さんが言っていたのは、こういう事だったのだろう。

 ──見て見ぬふりをしている、という言葉は。

 

 自分はもう、誰かに見られている。誰かと繋がっている。

 良くも悪くも、だ。

 自分はボーダーの一員で。その中で仲間とも呼べる人達も出来て。隊にも所属して。

 そういう人たちとのつながりの中で、助けたり助けられたりを繰り返す中で。

 

 自分の行為が、自分だけに帰ってくる段階はとうに過ぎた。

 過ぎたはずなのに。

 その事実から目をそらしていた。

 

「....」

 

 自分の思慮の浅さ。

 未熟さ。

 

 ──人と繋がるという事は。

 そういう部分を、どうしようもなく映し出す事になる。

 

 一人ならどうにでもなったことが。

 どうにもならなくなる。

 

 ──加山は瞠目し。心中で一つ自分の在り方に毒を吐いた。

 

 

 弓場と嵐山との食事を終え、加山は寮への道を辿る。

 

 何というか。

 本当に、ここ最近の自分は悩んでばかりな気がする。

 

 要らないことに気を回すから、思い悩む。

 雑念がそこにあるから、思い悩む。

 

 多分。

 以前まで要らないし、雑念だと思っていたものが──途端に大事になり始めたから、思い悩んでいるのだと。

 そういう風に、感じてしまう。

 

「....」

 

 それでも。

 自分の中にある決意は変わらない。

 変わらない、のだが。

 その決意を動かす原動力が、変わってきている。

 

 そんな、感じが。

 

 

 ──着信音が、響く。

 

「──はい。こちら加山です」

「こんばんは。染井です」

 

 帰路の中。

 音声変換された声が、耳朶を打つ。

 

「あ、染井さん。すみません。さっきまで隊長と嵐山さんと食事に行ってて。何か御用でしたか?」

「いいえ。──ただ、お互い次の相手だねって。そう言おうと思って」

 

 そうですね、と。

 加山は言う。

 

「葉子も凄くカリカリしてる。──二宮隊も、弓場隊も強いから」

「そいつは光栄ですね」

「麓郎君も、雄太も、とても必死になってる」

「そりゃあ、あの二人は必死にならなければいけないでしょうからね」

 

 電話越しの声を聞くたび。

 少しだけ安心感を覚える。

 こういう部分も、自分の変化なのだと如実に感じてしまって。

 少しだけ苦しく思う事も、ある。

 

「この前、曲を選んでくれてありがとう」

「気に入ってくれましたか」

「うん。──課題をするときとか、時間が空いているときに、聞くようにしているの。それで、今も聞いている」

 

 そうして。

 耳元で、──曲が聞こえてきた。

 

 それは。

 最初に加山が選んだ曲目だった。

 

 時雨をテーマした、寂寥の曲。

 

「──私は、これが一番のお気に入りかな」

 

 そんな声も一緒に響いて。

 

 何となく空を見てみた。

 

 ──雲間から抜けた三日月が、淡く光りながらそこにあった。



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殉教日の黒色は

※弓場ちゃんの発言の一部を修正。
前話での嵐山との会話が私の頭の中で綺麗に消失してました本当にすみません死にます。


 さて。

 困った。

 

「....」

 

 何に困ったかと言うと。

 

「....」

 

 帯島ユカリ。

 現在彼女は端末を前にして、動画を戻してー。進めてー。繰り返し繰り返し、スクロールしているのでありました。

 その動画に映っていたのは、空閑遊真が諏訪隊の笹森の首を刈り取っている場面。

 あらやだ。

 可愛い後輩が、哀れ笹森先輩が鮮やかに首狩りチョンパされいる場面を何度も見てしまうほどに心を荒ませてしまったのかしらん。これは由々しき問題だ。そんな風に思っていたのだが。

「....違う。この時、空閑先輩の視線は...」

 何やらぶつぶつ呟いております。

 首にスコーピオンを叩き込む瞬間の、空閑の体軸の動きと視線の方向に着眼して、また動画をスクロールします。斬り飛ばされた笹森の首がまた戻り、そしてまた跳ね飛ばされる。

 

 結論を言おう。

 

 ──どうやら、帯島ユカリは空閑遊真のフォロワーになったみたいです。かしこ。

 

 

「そういやよぉ、加山」

「はいはい。どうしましたか隊長」

「──今週、バレンタインだな」

「そうですねー」

 

 みたいですねー。

 

「なに他人事みたいな顔してやがる」

「だって正真正銘他人事ですもの....。藤丸先輩が野郎にわざわざチョコくれるタマですか」

「──お前も俺も外岡も、もらう側だからどうでもいいんだよこの馬鹿。こっちには一人やる側の人間がいるだろうが」

「ああ、帯島。確かに。すみません、全く配慮が足りなかったですね」

「全くだこの馬鹿」

「俺には気を遣わなくていいぜ、って言えばいいんですかね」

「この馬鹿、何もわかっていない.....!」

 

 この人生。

 バレンタインデーなるイベントで恩恵など受けたことなど無い。

 

 ......去年。カカオ80%式炒飯なる劇物をどっかの誰かに食わされた日以来、加山の記憶にはバレンタインデーがブラックボックス化している。

 

 解るはずがないのだ。

 

「それでどうしたんですか?」

「――玉狛に帯島を連れていけ。加山」

 

「.....」

「......?」

 

 あ。

 え? 

 

 何で? 

 

「あの....流石に今は気まずいんですけど....」

「そりゃあ気まずいのは解っているがな。いっぺん、玉狛にお前も顔を出してこい。もしかしたら、別の見方が出来るかもしれねぇだろ?」

「俺と彼等は方向性の違いが存在してしまっている.....!」

「喧嘩別れしたミュージシャンみたいなこと言うんじゃねぇ」

 

 だって。

 喧嘩別れしたんだもの。

 あれだけ啖呵切って喧嘩売っていったいどの面下げて! 

 もう一度仲良くしましょうぐへへって出来ますか出来ませんよ全く! 

 

「──帯島が空閑の戦闘にブルっちまった」

「ブルったんですね」

「おう。──奴等には貸しがある。バレンタインついで、空閑に手合わせをしてもらおうかと思ってな」

「な、成程....」

「だから──お前に渡りをつけてもらいたいわけだ」

「は....はは...」

「何だ? 何か言いたいことはあるか加山ァ?」

「ブルってきましたねこいつはァ....」

「舐めてんのか?」

 

 ブルってきたよ! 

 本当に! 

 もう嫌だ! 

 

 

 ──という訳で。

 

「帯島」

「はい!」

 

 バレンタイン、当日! 

 

 加山は逃げる予定だった! 

 だが残念! 

 訓練の為にボーダーに行かなければならなかった! 

 

 太刀川は餅にチョコレートを塗り唯我に食わせ! 

 風間はいっぱい貰ったチョコレートをいっぱい頬張り! 

 嵐山隊は送られてきたチョコの処理に奔走し! 

 堤は死んだ!! 

 

 そして! 

 これから加山も死ぬのだ........。

 

「ブルってきたな.....!」

「ッス.....!」

 

 加山はあまりの羞恥心に死にそうだった。

 

「帯島」

「ッス」

「俺は正門前で帰る」

「え?」

「俺と隊長の名前を出せば通してくれるはずだ。──俺はわけあってあの中に入れない」

「な....何でですか...」

「そうだな....一言でいえば、単純に俺が死ぬ」

「死ぬんですか!?」

「ああ....」

 

 死ぬ。

 死ぬんだ。

 

 いやだいやだ。

 まだ死にたくない。

 

「着いた」

「着いたッス」

「ではさらば」

 

 加山は。

 Uターンと共に玉狛支部から背を向ける。

 

「──はい。この未来は読んでたよ、加山」

 

 その背後。

 正門で待ち伏せていた迅悠一が、加山の襟を掴む。

 

「離せぇぇぇぇぇぇ! このセクハラ魔人! 尻野郎! 犯罪者! 人類の敵!」

「あっはっは。女の子から似たような罵声を浴び続けた俺だ。お前の言葉程度、屁でもない」

「いやだいやだ! お前らは敵だ! 俺は本部に帰って自分で買ったチロルチョコ食って自己満足感に浸るんだ! 隊長と一緒に!」

 

 離せぇぇぇぇぇ、という声は虚空と共に。

 

 川面と青空に消えていった.....。

 

 

「──自分は、弓場隊万能手の帯島ユカリッス!」

 

 支部に。

 必死に張り上げた声が響き渡る。

 

「空閑先輩の勝負強さ、判断力の高さと柔軟な発想を、尊敬しています!」

 

 見よ。

 これが弓場拓磨式敬意の表明である。

 加山は──割と本心から弓場隊入隊すれば自分もこうなるのではないかと心底ひやひやしたものだが、「お前がやると本気で気持ち悪い」というお褒めの言葉を直々に頂き無事封印となりました。やったね。

 

 そう。

 これは帯島がやるからいいのだ。

 そういうものなのだ。

 

 ほらほら。

 遊真の隣にいる騙されガールがドヤ散らかしておる。

 

「ふっふっふ。──威勢のいい、素直な挨拶ね。あたしは小南桐絵。遊真の、師匠よ」

 

 目元をキリリと尖らせ──ることはできず、思い切り目尻を上げて。

 口元も威厳たっぷりに一文字──になる訳もなく、笑みの形に歪ませて。

 

 小南はドヤっていた。

 見事なまでにドヤっていた。

 そのドヤりたるや。初めてお使いが出来た幼稚園児のようでもあったし、クラスで一人だけ逆上がり出来た小学生のようでもあった。

 何だこいつは。

 

 そして帯島は帯島でその挨拶に馬鹿正直に敬意の言葉を吐き出すものだからもう大変。

 小南は、自らの承認欲求を最適な形で満たした帯島を即座に気に入ったようであった。

 

「それでそれで! 師匠権限で遊真になんでもさせてあげるわよ! だってあたし師匠だもん!」

「あ、あの! よろしければお手合わせをお願いできないでしょうか....!」

「遊真! 師匠命令よ! 手合わせしてあげなさい!」

「ふむ。師匠のいう事ならば仕方がない。よろしくお願いします、おびしま少年...」

「あ...」

 少年、という言葉にそう帯島が反応した瞬間。

 

「こんの──馬鹿!」

 小南の軽い拳骨が遊真の頭に落ちた。

 

 どうやら遊真は帯島を男と認識していたようだ。

 あらあら。

 

 仕方あるまい。

 そういう事はよくあるよくある。

 

「さて──加山君や」

「どうしました宇佐美先輩」

 宇佐美先輩がメガネをくい、と上げながら。

 加山に声をかける。

「支部の壁の更なる端っこの角っこで──何をしているのかね?」

「呼吸をしていますね。すー。はー」

「空気はおいしいかい?」

「おいしい」

「それはよかった。──ところでメガネをかけないかい?」

「金がかかるのでいいっす」

 

 今の加山雄吾は呼吸する肉塊だ。

 空気を消し、存在感を消し、ただただ時間が過ぎゆくを待つ、呼吸する肉。

 

「──カエシテクダサイ」

「ふふー。逃がさない。暇ならここの人たちと会話するのじゃー」

「それが嫌だから言っていると解らないんですかね.....!」

 

 

 どうやら手合わせの了承を得たらしく。

 二人は訓練室の奥へと消えていく。

 それに合わせて、訓練室の設定をするためか、宇佐美もそちらに向かう。

 

 その様をジッと見て。

 加山は壁伝いにそそくさと。そそくさと。

 逃げようと画策して。

 

「やぁ」

 

 そこには。

 迅がいた。

 

「....」

「少し話そうか」

 

 逃げ出したい、と表情をもって全力で伝えるが、迅はこれまた全力でスルー。

 そのまま。

 共に支部の外に連れていかれる事となりました。

 

 

「──なあ、加山」

「なんすか?」

「──俺達は敵なんだな」

 

 支部の川面を、デッキで眺めながら。

 二人は会話をする。

 

「敵ですねー」

「そっかー」

 

 迅は。

 笑っていた。

 

「──まあ。敵対関係だろうが友好関係だろうが。別段何かが変わるかって言うと別に、って感じではありますね。防衛任務で一緒になれば協力しますし、遠征で一緒になるようならそれはそれです。心の持ちようですよ」

「そっかー。まあ、一つ言っておくと」

「はい」

「俺達からすれば、お前は敵じゃない」

 

 そっすか、と。

 加山は──割と冷たい声音で呟く。

 

「俺とお前の最終的な目的は、まあ違うだろうな」

「違うでしょうね」

「でも別に。──俺はお前を否定するつもりはないよ。その願いは」

「へぇ。──じゃあ、迅さんは何で俺を止めようとするんですか?」

「ん。簡単なことだぜ、加山」

 

 ビシ、と人差し指を立て。

 迅は加山に指差す。

 

「──青春しろよ、加山」

「....」

「望みは、そんだけ」

 

 そう言ってにっこり笑い。

 迅は支部に戻っていった。

 

「....青春ね」

 

 今。

 加山が──以前では考えられない程の悩みにいることも。

 彼にとっては、青春と解釈しているのだろうか。

 

 デッキから、川の流れを見つめる。

 ゆらゆら水面が揺れていた。

 

「....」

 

 中に入る気にもなれず。

 加山は──ただその動きを見ていた。

 

 

 帯島と遊真との手合わせは三十分ばかり続き。

 帯島の尊敬の念を勝ち取るべく、途中で小南まで参加。

 無事訓練は長時間続き──いつの間にか日が暮れていた。

 

「──今日は、ありがとうございました」

 

 帯島は支部の面々に丁寧に頭を下げ、丁寧に礼を払い。

 そして帰宅の途に着いた。

 

「あの....加山先輩」

「ん?」

「あ、あの....今日は、ありがとうございました」

「何で俺に感謝するのよ。任務放棄で逃げ出そうとしていたのに」

「は....あはは...」

 

 そうちょっと苦しげに笑うと、

 

「....無理はしないでくださいね」

 

 と。

 そんな言葉を、ちょっと早口に帯島は言った。

 

「....」

 

 無理、か。

 無理しているのか。

 

 無理の基準が加山にはやっぱり今になっても解らず。

 帯島の言葉に、ただ頷くほかなかった。

 

 

 帰宅。

 加山は玄関を開け、冷蔵庫へと向かう。

 

 その中からネギと安売り肉を取り出す。

 

 ねぎを刻み、肉に塩胡椒を振って、さあ調理だ──とフライパンを取り出したところで。

 

 チャイムの音が鳴る。

 

「はいはい宅配便ですか」

 

 加山はがちゃりと玄関を開けるが。

 誰もいなかった。

 

「....?」

 

 玄関口。

 そっと、何かが置いてあった。

 

「包装紙....?」

 

 何かのいたずらかしらん、などと思いながら。

 玄関口のそれを取り、家の中に。

 

 ラッピングをほどき、中を見てみると。

 

「....あ」

 

 その中には。

 チョコがあった。

 

 丁寧であるが、──所々欠けていたり、粗が少し見える形の。

 

 形は。

 頂点が楕円の形をした──雨粒の形。

 

「....」

 

 ──私は、これが一番のお気に入りかな。

 

 鳴り響いた時雨の曲と共に。

 加山はその言葉を、思い出していた。

 思い出してしまった。

 

「──不意打ちは本当にやめてほしい」

 

 あの人は。

 こういう形で、言葉ではない何かで、何かを伝えようとするような人だっただろうか。

 

 多分、そうではなかったんだと思う。

 

「....」

 

 それでも、今眼前にあるコレは。

 そういう──変化の証のような気がして。

 

「....飯食ったら、食べるか」

 

 そっと、冷蔵庫にしまった。



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ランク戦ROUND4 ①

「皆さんこんにちは。B級上位、昼の部ランク戦。実況を担当させていただきます。三輪隊オペレーターの月見です。続いて解説を務めて頂きますのは──」

 端正な顔に、流れるような黒髪を湛えた女性が、事務的かつ滑らかな声で、そう挨拶をかわし、

「B級影浦隊、北添で~す」

「A級玉狛第一、木崎だ」

 恰幅も切符もよさそうな熊のような男と、

 筋肉を煮詰めて鎧と化したゴリラのような男。

 二人が、解説席に座っていた。

 

「....以上、三人で進めさせていただきます。よろしくお願いします」

「よろしく~」

「....よろしく」

 

 

 美女の隣に。

 デカい男が二人。

 

 視覚的なインパクトをふんだんに詰め込んだ三人が一礼。

 

「昼の部は、二宮隊、香取隊、弓場隊の三つ巴戦。暫定6位の弓場隊が選んだマップは市街地Bです。この選択をどう捉えますか?」

「原点回帰、って感じがするな~。弓場隊、元々ずっと選択権がある時は市街地Bだったし」

「狭いマップだと、二宮隊に即座に合流されるからだろうな。単騎の駒を狩るのが上手い弓場と、合流を分断できる加山。そして機動力が高い香取の取り合わせも含めて、二宮隊が集まりにくいマップ設定をしているのだろう」

 

 成程、と月見は呟く。

 

「総合力が抜きんでている二宮隊が合流するのを嫌っている、という事ですね」

「総合力もそうだが、二宮という駒の特性も大いに関係しているだろうな。単独で相敵してしまえば確実に駒が一つ消される」

 

 二宮は、個人総合で太刀川に次ぐ2位につけている男である。

 それも、本来ならば個人でポイントが取りにくい射手というポジションで。

 

 そんな相手とタイマンで相敵して切り抜けるだけの実力を持つ人間がB級にそもそもいないのだ。

 

「弓場隊がマップ選択権を持ったのはラウンド2での一回のみだが。あの一回で暴風雨という気候変更の手を打っている。──加山という特異な駒がいる故に、何かしらの奇襲をかけてくる可能性がある。間違いなく、正攻法で二宮隊を超えようとはしないだろうからな」

「弓場隊はまだ当たったことがないけど、加山君が入隊してガラリと戦法が変わった感じがするね。エスクードどーん、からのダミービーコンでの退路を確保するの。すんごく厄介」

「今回、二宮という駒がいる関係上、地形戦での有利がかなり制限される。──どう動くのか、注目をしようと思っている」

 

「成程。それでは試合開始まであと僅かとなりました。──転送を待ちましょう」

 

 

「──市街地Bね。まあウチにとっては特に有利不利もないわね」

 香取隊作戦室内。

 隊長である香取葉子の弁舌が、飛ぶ。

 

「二宮さんは無視。単独で当たった場合は徹底的に逃げ回って時間稼ぎして死になさい。アタシと雄太、麓郎のどちらかが生きてて、連携を取れる状況でない限り二宮さんには手を出さない。──その分脇二人は積極的に仕留めていくわよ。──いい?」

 

 香取は念押しするように、再度呟く。

 

「注意するのは弓場隊の狙撃と二宮さん。弓場隊は多分──最後に二宮さんと直接対決する図式を欲しがるはず。だからその前に、邪魔な二宮隊のサポーター二人とアタシ達を排除にかかるはず。ここで応撃して点を稼いでいくわよ。だから狙撃で仕留められるのはNG。──華。狙撃地点の割り出しは可能な限り早くお願い」

 

「了解、葉子」

 

「いつもの通り。アタシは機動力活かして浮いた駒をかっぱらって行くから、アンタ達二人は最終局面まで生き残りなさい。──はい。これで基本方針終わり。後は転送を待つわよ」

 

 

「こっちの狙いは。とにもかくにも犬飼先輩の無力化っすね。二宮さん倒すにあたって、あの人が一番邪魔です」

 

 弓場隊作戦室。

 そこではいつもの通り──壁に腰かける弓場を中心に視線を向けて、全員が話し合いを行っていた。

 

「ただあの人の序盤の行動パターンは割と限られているので。陽動で香取隊の駒を集めておけば、盤上の調整をしにやってきます。ごちゃっとした場所を作って釣れれば最高ですね」

「簡単に言うが、香取隊を集められる算段はあるのか」

「香取隊集めるのはそこまで難しくない気がしますね。──あちらさんも、ウチから点を取りたいはずですし。ビーコン撒いて負荷をかければササっと来てくれる感じがします」

 

 そして、と加山は続ける。

 

「今回、狙撃手が外岡先輩だけなんで。射程の有利が活きているうちに得点を取っていきたいですね。──とはいえ、二宮さんに目をつけられたら即殺されるので、あんまり出し惜しみもなしで。今回はエスクードを中心に据えるより、ダミービーコン中心に使って行きます。二宮さんにあんまりエスクードは効果ないですし。──帯島」

「ッス!」

「今回の作戦。二宮さんとの対戦に行くまでに、どうしても俺と隊長は生き残らなければいけない。申し訳ないが、その分負担が行ってしまう。──死ぬのは恐れず、積極的に敵さんぶっ殺してくれ」

「了解!」

「隊長。──序盤は香取隊の駒を中心に仕留めていって下さい。どうにか俺と外岡先輩で敵の駒を浮かせていくので、浮いたところからバンバンと」

「あいよ」

 

「それじゃあ。──頑張って二宮さんぶっ殺しましょう」

「おゥ。──厳しい戦いになるとは思うが、今回は幾つか隠し弾も用意している。二宮サンは強敵だが、無敵じゃねェ。しっかりぶっ潰していくぞ」

 

 

 そうして。

 

「──転送が開始されました」

 

 市街地Bは、晴れ間が広がっている。

 燦燦とした日光が照り付け、市街地の建造物のガラス窓が反射する。

 

「....これは?」

「──気候の変化、というほどではありませんが。雲を完全に取り払った快晴状態にしているのだと思われます」

 

 カメラがとらえる空の様子には雲一つなく、容赦なく日差しを浴びせている。

 

「うーん。多分狙撃手のトノ君を活かすための手段かな。あそこまで晴れてたら影が見やすいし。狙撃手としてはとても敵を見つけやすい」

「....それが一つと。そして」

 

 転送直後。

 加山は自身の位置を確認した後、すぐさま周囲の建造物をチェックしていき、中に入りダミービーコンを設置していく。

 

 強い日差しがガラスに反射し、見にくくなっている地点。

 そこにビーコンを設置していく。

 

「ああやってガラスの反射光で見にくくなっている部分にビーコンを置くこともできる。地味だが、多少なりとも見つかりにくくなる」

「うわぁ。抜け目ない」

 

 そして。

 単純に日差しが強ければ影がより相対的に濃くもなる。そこにダミービーコンを仕込めば、通常よりも見つけにくくなる。

 ビーコンを見つけにくくすための手段でもあるのだろう。

 

「快晴だと、二宮隊の隊服は見つけやすいだろうしね」

「.....黒スーツだからな」

「黒スーツだもんね」

「....それでは、それぞれの部隊の転送位置を見ていきましょう」

 

 加山はマップ南西のビル群

 帯島はマップ南東の自然公園

 弓場はマップ東の住宅街

 外岡はマップ北西の路地

 

「弓場隊は、加山隊員と外岡隊員の距離が比較的近く、そして弓場隊長と帯島隊員がそれぞれ離れている形となっています。そして他の隊は──」

 

 香取隊は、隊長の香取がマップ中央に転送。若村と三浦は加山に近い西側。若村、三浦は近いが隊長の香取とはかなりの距離がある。

 そして──二宮隊。こちらは二宮がマップの東側に転送され、北に犬飼、南に辻。それぞれ微妙に離れている。

 

「転送位置としては、若干香取隊が有利でしょうか」

「若村と三浦の転送位置がいい。弓場・二宮から遠く、加山に近い。弓場隊は序盤に大掛かりな戦術を仕掛けてくることが多い分、合流して対処できるのは大きい」

 

 香取隊は若村と三浦が合流を行い、香取も南側に迂回しながら西側に移動する動き。

 二宮隊は辻が二宮側に移動し、犬飼は逆の西側に向かっている。

 

「──西側に戦力が集まってきているな」

 

 そして。

 

「合流した若村・三浦隊員に向け──加山隊員がハウンドを放ちました」

 

 西側に向かう若村・三浦に向けて。

 加山雄吾のハウンドが放たれた──。

 

 

 晴れ晴れとした空の上。

 ハウンドが降りかかる。

 

「──おっと!」

 

 若村・三浦はその弾丸を認識した瞬間、散開し避ける。

 瞬間。

 蘇る記憶。

 

 

 加山は二手に分かれた若村と三浦の間にエスクードを作り出す。

 ──弾丸を浴びせ、エスクードで分断する。

 二人が嫌というほどに味わわされた──いつもの加山のやり方であった。

 

 

「くそ! 分断された! ──雄太! 加山の位置は.....」

「駄目だ! 加山君はビーコンに紛れてる!」

 

 奇襲と同時に発生したビーコンの反応。

 それらが二人の周囲四方に発生し、自らの位置を誤魔化している。

 

「──二人とも落ち着いて」

 

 オペレーターの声が両者の通信に乗せられる。

 

「まずは合流を優先。ビーコンに紛れて撃つにせよ、バッグワームで紛れてからの奇襲をするにせよ、まだ距離がある。合流の余裕はあるはず」

「....了解」

「葉子もこちらに向かっている。それまで持ちこたえて」

 

 そう。

 加山からの襲撃を受け、香取がこちらに向かっている。

 

 エースが合流できるなら、少なくとも加山の奇襲は抑えられる。

 

「──雄太。合流したら一緒に防御を固めるぞ。葉子の到着まで、持ちこたえる」

「了解、ろっくん」

 

 ビーコンに囲まれた地帯の中。

 二人はその中心に向かい、合流に向かっていた。

 不気味なことに。

 加山からの追撃は、無かった。

 

 

「そうそう。それでいいんすよ。そのままここにいて下さい二人とも」

 

 加山は。

 作り上げたビーコン地帯の出入り口をエスクードで封鎖しながら、周囲を練り歩く。

 

「──隊長。初動は成功です。香取隊をこっちに引き寄せる事は出来ました」

「了解。なら作戦に変更はねぇな」

「うす。そのまま指定のルートを通ってこっちに来てください。──外岡先輩の狙撃援護可能区画っす。藤丸先輩、頼みます」

「あいよ」

「──こういう乱戦区画が出来たら、まず犬飼先輩が盤上の把握と整理に来るのが二宮隊の定石ですので。あの人をこっちに引き込みます」

 

 序盤の加山の動きは。

 その全てが──犬飼をこちらに引き込むための戦術だった。

 

 香取隊の全員が合流し、そして加山が確実に存在する区画。

 

 戦闘員を一気にかき集めるような行動をこちらが取れば。

 ──片方の部隊が一気に点を取るような事態を阻害する為に、必ず犬飼がやってくる。

 

「まずはあの人をぶっ殺さんことには二宮隊の攻略は無理ですし.....引き込んだ香取隊も適時使いながら、きっちり仕留めましょ」

 

 無論。

 易々と仕留められるとは思ってはいない。いない、が。

 

 それでも加山には、犬飼以上の引き出しがあるという自信はあった。

 

「一緒に二宮さんも来るようなら、あの人が場を荒らしているうちに取れる駒取って撤退します。──まあでも、ここは犬飼先輩が単独で来るような気がしますけどね」

 

 恐らく二宮は序盤は駒の配置を炙り出した上で動く。

 

 加山側に寄ってきたこの場所においても、まだ加山の位置も判然としていない。そして弓場隊においては未だ帯島・外岡も位置をくらましたまま。そして東側には弓場もいる。

 

 このまま二宮隊総員で加山がいる西側に来てしまえば、背後を取った弓場+αと加山の挟撃を受ける可能性もある。

 ならば。

 二宮側が東側を索敵しつつ、

 犬飼が西側に来るという行動の方がしっくり来る。

 

「犬飼先輩が来た時点で、一気に動くぜ。──帯島。準備は出来ましたかい」

「はい!」

「こっからはスピード勝負。香取先輩と犬飼先輩が来た瞬間からがスタート。やってやりますかね」

 



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ランク戦ROUND4 ②

「──西側に一番近いのは俺かー」

 

 西側で発生したダミービーコン。続々と集まってくる香取隊。

 

「多分加山君のこの行動は──釣った魚で更に俺達を釣り上げようとしているね」

 

 香取隊を釣り。

 釣った香取隊で、更に二宮隊を釣る。

 

 そういう意図の作戦であろう。

 

「どうするかなー」

 

 仮にこのまま放置したとすれば、弓場隊と香取隊が食い合う事となる。

 いい感じに食い合ってお互いがダメージを受けるような状態になれば二宮隊としては一番いい結果となる。思い切り漁夫の利が取れるからだ。

 とはいえ一番最悪なのが──どちらかの隊が一人勝ちする事である。

 

「正直、加山君に単独で勝負は仕掛けたくないんだけどね」

 

 この釣りは、犬飼に向けての釣りだろう。

 確かにこの状態においては、犬飼が盤上のコントロールしに向かうのが定石。

 

 脅威となる駒を削り、敵勢の隊に圧をかけつつ──二宮が暴れられる環境を整える。

 言葉にするほど簡単な仕事ではない。

 それをごくごく自然に行える能力こそが、犬飼という銃手の大いなる特異性である。

 

 ──恐らく。加山は同じ土俵で犬飼と戦おうとしている。

 

 その意図を重々に感じながらも、犬飼は考える。

 

「──どっちがいいかなー。このまま加山君と香取隊を挟んで撃ち合いをするか。二宮さんの到着を待つか。待った場合は、香取隊のポイントが食われる可能性があるうえに、もれなく弓場さんと加山の挟撃が待っているわけだもんなー」

 

 思うに──加山が立てる戦術というのは、読まれることが前提にある気がする。

 作戦を隠す、という意図がそこまで見えない。

 戦術を通す事で、どんな風に転んでも利益を生み出す強かさが見える。

 この釣りに乗るにしろ乗らないにしろ。

 二宮隊にとって不利益が生じる。

 

「──犬飼」

「はい」

「お前は西側に行って加山を削れ」

「──了解」

「辻を北側から迂回させる。香取隊に圧をかけ加山側に押し込みながら、加山を動かせ。動かしてビーコン区画から加山を追い出した後に辻に仕留めさせる」

「了解です。──二宮さんも西側に向かいますか?」

「東に弓場がいる。恐らく俺を西側に釣って外岡か加山と連携して挟み込むつもりだろう。その手には乗らん。弓場の対処をしつつ、西側に援護を行う」

 

 ふむん、と犬飼は呟いた。

 やる事は比較的単純ではある。

 二宮の援護を利用しつつ香取隊を加山と挟み込みを行い、香取隊を加山側に押し込み圧をかける。

 加山が動く時を見計らい、辻に加山の撃退をさせる。

 

「香取に接敵された場合、俺の方向に引き込め。単独で当たる必要はない」

 

 もう一度了解、と応答しつつ。

 犬飼は西側へ向かう。

 

 ──さあて。どう出てくるかな、加山君。

 

 

「二人とも気を付けて。後ろから反応がある。多分犬飼先輩だと思う」

「──犬飼先輩か」

 

 苦虫がぞわりと口の中を這い回る感じがる。

 加山に加えて犬飼が来たとあれば──ここから巻き返せるイメージが一切湧かない。

 その瞬間、

 

「──動きを止めるなこの馬鹿!」

 

 そんな声と共に。

 若村の側面方向に身体を割り込ませて、シールドを張る香取の姿があった。

 そのシールドには。

 ビーコンが張られたビルの背後を通ってこちらに来るハウンドがあった。

 

 それを全弾シールドで弾き返しながら、香取は──残る二人の隊員を睨みつける。

 

「ボーっとするなっ! ──また追撃が来るわよ!」

 

 香取のその言葉通り。

 両端からハウンドが更に振り落ちる。

 

「──加山はエスクードの裏側から、ビーコンの反応の裏側を通して弾丸を通している! 足を止めたら、ずっとアタシ達ここに釘付けにされるわよ!」

 

 加山雄吾は。

 自身の位置を視認されないエスクードの裏側からハウンドを生成し、ビーコン地帯の後ろを通る軌道を通している。

 

「──固まっちゃダメ! 散開するわよ!」

 

 そう香取が宣言すると同時、三人が散る。

 

 香取は左手側の建物までジャンプで引き、若村・三浦はカメレオンを発動すると同時に路地に引っ込む。

 

「──合流しちゃダメだったのか?」

「ダメ。──私たちは加山と犬飼先輩に挟まれてる。固まってたら好きに撃たれるでしょ。狙いを固定させるわけにはいかないの!」

 

 あ、と若村は呟く。

 そうか、と思った。

 

 ──加山は若村と三浦が徹底して連携の訓練を積んでいるという情報を持っていた。

 

 だからこそ。

 合流を優先させる動きを読んだ上で行動したのだろう。

 

「腹立たしいけど。加山に全部動きを読まれていたわね。──ほら」

 

 そして。

 頭上から──ハウンドの雨が降り落ちてくる。

 これは加山とは逆方向の位置から降り注いでいる。

 

 二宮のハウンドだ。

 

「こうやって二宮隊の攻撃の防波堤ついでに、どさくさで点を取ろうとして──アンタ達が集められたのよ」

 

 二宮のハウンドが頭上から降ると同時。

 

「やっほーろっくん」

 

 犬飼が姿を現す。

 ビル街にその身を隠しながら、アステロイド弾を浴びせていく。

 

「くそ....!」

 

 犬飼の出現と同時、若村もまた近場の建物の影に入り応射を行う。

 

「.....あ」

 

 陰に入った建物の頭上。

 今度は──建物の斜め上側から弾丸がこちらに向かってくる。

 

 いつもの通り、ビーコン地帯から向かってくる加山のハウンドだ。

 頭上を見上げシールドを大慌てで張ると同時。

 

「──隙を見せちゃだめだよろっくん」

 意識がハウンドに向けられた隙に建物の影から移動を行った犬飼が、横切るように撃った弾丸によって──若村の足を削っていた。

 ぞわり、と若村の背筋に寒気が走る。

 今自分は──加山と犬飼に命を握られているような感覚があった。

 

「──まずい。このままじゃあ.....!」

 

 綱引きだ。

 加山側に押し込みたい二宮隊と。

 その前に香取隊を仕留めたい加山側と。

 

 挟み込んでいる両者が、どちらも妥協せずに──香取隊を食い物にしようと躍起になっている。

 

 そんな状況にいつの間にか落とし込まれていた。

 

 

 ①現在香取隊は散開し、それぞれの隊員が散っている。

 ②犬飼は単独になった若村側に移動し圧力をかけている。

 ③犬飼の方向には二宮がいて、そして適度にハウンドを撃ち込んで援護を行っている。

 

 そして。

 香取隊には二択が迫られている。

 

 二宮の援護を受けた犬飼側からこの場を脱出しようとするか。

 加山を仕留めて西側に引きつつ、二宮隊を迎え撃つか。

 

 二宮隊は東側から犬飼が尖兵として向かい、圧力をかけながら西側に香取隊を追いやる動きをしている。

 その動きの中で加山が死ねば万事OK。西側に香取隊を釘付けにしつつ、外岡を炙り出し弓場・帯島を狩り出せばいい。

 

 現在加山は。

 香取隊と二宮隊双方からどでかい圧力をかけられている状況である。

 

 大ピンチ。

「──という訳でもないんすよね」

 

 その頃。

 加山は──いち早く西側から北側へ迂回しつつ──自身が作った陣から脱出を行っていた。

 犬飼の出現と二宮のハウンドが香取隊を襲ったその瞬間には、バッグワームを着込みスタコラと逃げていた。

 自身が逃走したルートの逆側のビーコンを起動させつつ、建物の裏側を通って。

 恐らく。

 二宮隊の想定では④香取隊の圧力から逃げ出した加山を討つ という項目があったはずだったのだろう。

 二宮か、もしくは辻か。どちらかを加山にけしかけて。

 なので。

 加山は①の時点でもう逃走を開始していた。

 

 エスクードの裏側から、ビーコン地帯を通して弾丸を撃っていたのは。

 香取隊を固まらせるという目的と同時に。

 ──逃走をしながら撃っても、不自然でないように偽装する為であった。

 

 犬飼と若村の交戦を”音”で読み取った加山は逃亡しながらハウンドを放ち、自身の存在を両者に意識させながら。

 北側へ逃走する。

 こうすれば。圧力をかけられて経路が制限され──待ち伏せされる危険もなく、現在北側にいる外岡の射線を通りながら逃走を行う。

 

「これで。──いい感じに香取隊が追いこまれてくれた。ここからがスタートですよ犬飼先輩」

 

 今のところ。

 まだいけている。

 少なくとも──二宮隊の戦術レベルは読み切れている。

 この段階で躓いていたら本当に成す術もなかったが。まだ希望はある。

 

「帯島、周囲の警戒よろしく。辻先輩がこっちを認識したら襲っちゃえ。あの人多分女の子斬れないから、堂々と」

「了解ッス」

 

「ああ....胃が痛い。本当にギリギリのギリだなこれは。まあ、仕方がないか...」

 

 ふぅ、と一つ息を吐き。

 

「それじゃあ外岡先輩。移動お願いします。俺も指定の場所で準備しときますんで」

「了解」

 

 そして。

 加山と入れ替わるようにして、外岡が西側へと移動していく。

 

 ──こういう時。隠密行動と単独行動が得意な狙撃手がとても頼りになる。

 

 

「──二宮さん。恐らく加山君はもう既に脱出しています」

「....そうか」

 

 辻からの報告に、二宮は一つ頷く。

 

「成程ね。──加山君はこの状況を意図的に作り出すことが目的であって、最初から自分で俺を落とすことじゃなかったんだね。──二宮さん、どうしますか? まだ香取隊を追い込みますか? 加山君、もういないですけど」

「加山がいないのなら押し込む意味がない。そのまま引いて香取隊を引き込め」

「了解──おっと!」

 

 高速移動する影が、犬飼の視界の端っこに移る。

 それと同時に射出された弾丸が、脳天に向かってくる。

 ──香取葉子の姿がある。

 

「ごきげんよう香取ちゃん」

「...」

 

 放たれる軽口に応答すら返さず、側頭部に続けて蹴撃。

 

 銃撃からの流れるような連撃に、犬飼は避けきれず胸元をざっくりと斬られ、トリオン煙が吹き上がる。

 

「....うおう。本当におっかなくなったね。こりゃ逃げないと」

「逃がすか....!」

 

 追撃の為に足を踏み出すと同時。

 ──頭上からハウンドが降り落ちてくる。

 

 こうして。

 二宮のハウンドで足を止めさせ、犬飼は逃げる。

 そうすればさしもの香取と言えども、追いつけないだろう。そう思っていたが。

 

 それでも。

 香取葉子は前進する。

 足を止めず。シールドを張りながらそれでも拳銃を手放さず。

 

 シールドで最小限の弾丸を撃ち消し、その隙間から身をねじ込むように──弾丸をすり抜け、犬飼に追撃を行う。

 

「おお!」

 

 弾丸が、犬飼の肩と脇腹に突き刺さる。

 

 ──解ってはいたけど。本当に身のこなしが段違いだ。

 

 犬飼は突撃銃を構えながら、香取に向け撃ち放つ。

 撃つ瞬間には既に拳銃から弾丸を射出し、犬飼の左腕が削れる。

 

「──マズいね。とはいえまだ逃げ切れるかな」

 

 しかし。

 二宮の援護を考えると下手に犬飼に近付くわけにもいかず、拳銃弾で追撃するほかない。やはり、威力が足りない。

 恐らく合流する頃には穴だらけになっているだろうが、それでも”香取隊を二宮側に引き込む”目的は達成できる。

 

 それが解っているのか。

 香取の表情にもイラつきが見える。

 

 二宮が、新たなハウンドを放った──その時であった。

 

 北側から。

 鳴り響くくぐもった爆撃音。

 

「.....え」

 

 その爆撃は、北側の高層ビルから鳴り響いた。

 一階部分が広範囲に爆撃が起こり、高層からのプレスでべしゃ、と崩れる。

 

 そうして崩れたビルの向こう側。

 そこから。

 

 一発の弾丸が、犬飼に飛来する。

 

 ほぼ反射でそれをシールドで阻むが。片側のみのシールドで阻むことは叶わず、腹部を大きく削られる。

 

 そして。

 今シールドを破られ、大きくダメージを受けている自分の眼前には。

 

 香取葉子が、いる。

 

「──くたばれ.....!」

 

 憎悪がこもってそうな物騒な言葉と共に。

 シールドを解き、前進した香取のスコーピオンが....犬飼の胸元を抉っていた。

 

「.....そっかー。加山君の狙いは」

 

 犬飼を引き込み。

 そして自らが逃亡する事で引き戻す。

 

 引き戻す中途で──射線を爆撃で切り開き、その上で犬飼を仕留める。

 

「めっちゃ手が込んでいるな....。やられたよ──」

 

 素直なコメントを吐き出し。

 犬飼澄晴は、緊急脱出した。



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ランク戦ROUND4 ③

「──香取隊、ここで犬飼隊員を撃破し1ポイントが加算されます」

 落ち着いた声音の実況と共に。

 周囲の観客席からはざわめきが響いていた。

 

 ビルが爆破すると同時に射線が開き、狙撃によって犬飼を削り──香取隊が1ポイントを取得。

 

「いやー。.....これは。何というか本当に執念を感じるなぁ」

「.....方針が見えてきたな。弓場隊は、二宮を落とす気でいる」

 

 解説員の北添と木崎は、それぞれそう呟く。

 

「流れとしては。香取隊を引き込み犬飼を釣りだしているのだが。そこまで単純な話ではない」

 

 加山はダミービーコンで香取隊の二人──三浦と若村を引き込み、その足止めを行った。

 エスクードで分断行為による各個撃破....は目指さず。

 分断は示威行為のみに終わり、両者を合流させ、後は追撃しない。

 

 二宮隊は貪欲にポイントの取得を目指す部隊だ。

 彼等には二宮というトップクラスに点が取れる駒があり、そしてその駒を活かすためのサポーターも強力。

 

 それ故に。

 防がなければいけないのは、自身以外の隊が大量得点を獲得するような状況だ。

 

 この場合は。

 弓場隊である。

 

「あの犬飼君を釣る動き、事実上餌にしていたのは──加山君自身だもんね」

 北添はうーん、と呟きながら。そう言った。

 

 その発言に、木崎は頷く。

 

「そう。二宮隊は香取隊を犬飼と二宮によって西側に押し込み、加山が動き出す時に仕留められるように辻を迂回させて派遣していた」

 

 加山は香取隊を押し留め。

 犬飼は香取隊を押し込む。

 

 この構図になれば二宮と犬飼の圧力に負け、いずれ加山も動かざるを得なくなる。

 その時に加山を辻に斬らせる──というのが二宮隊が描いていた絵図であった。

 

「その絵図を読み切った加山は、辻が到着する前に早々とその場を脱出していた。脱出がギリギリまで悟られぬように、エスクードとダミービーコンで発射地点を隠したハウンドを香取隊に撃ちながら」

 

 加山からの攻撃がなくなれば、香取隊も二宮隊も加山の脱出に勘付くかもしれない。

 それ故に加山は逃げながら、発射地点を隠しハウンドを撃ち込んでいた。

 

 相手にはハウンドを隠しての急襲をかけているのだろう、と想定を与え。

 実態は逃走を隠すための攪乱。

 

「かなりのリスクがある。逃走経路を一つでも間違えれば。事前に設置したビーコンの位置を間違えれば。逃走の判断も早くても遅くても加山は仕留められただろう。──それでも、二宮隊に対して加山は正答を選び取った。──加山は戦術を想定する事に関しては、かなり極まっている感じがある」

 

 その結果。

 北側に迂回しながら犬飼の動きを先回りし、ビル爆破の準備の時間も稼ぐことが出来た。

 

「犬飼君は本当に隙のない銃手だから。狙撃が通る道を滅多に通らないし、警戒心も強い。だから香取ちゃんを動かして犬飼君を追い込む必要があったし、狙撃地点を空ける必要があった」

「犬飼が引いていく動きを事前に察知して、攻撃に向かった香取の動きもいい。点を取る為の嗅覚がずば抜けている」

「香取ちゃん、以前からおっかなかったけど。昨シーズン辺りからかな。身のこなしの無駄がとんでもなくなくなっていったんだよね。一回、ウチのカゲもやられているし」

「....香取隊は香取隊で加山と犬飼に翻弄されつつも、結局は隊員を一人も落としていない。以前とは見違えるほどに強くなっている」

 

 様々な思惑が動き回った序盤であったが。

 ここにおいては、ひとまずは加山の想定が上回った──という結果であった。

 

「とはいえ。──外岡の位置も割れ、加山の位置は香取隊と二宮に挟まれている。犬飼は仕留められたが、加山はまだまだピンチだ」

 

 そう。

 加山は現在香取隊に一番近い位置にいる。

 

 犬飼を仕留める、という目的を達したが。

 ──結局ここで香取隊に仕留められれば、弓場と合流して二宮と対峙する目的は叶わない。

 

 まだまだ。

 加山の正念場は続く。

 

 

 香取は犬飼を仕留めると同時。

 

 すぐさま爆破があったビルの方向へと走り出していた。

 

 ──ここで加山は仕留める。

 ここまでいいように扱われた事で頭が沸騰したから──という訳ではなく。

 

 ここで仕留めておかねば、とにかく面倒なことになるという予感からだ。

 

 若村と三浦の位置を確認。

 ビルの爆撃地点を確認。

 

 そして──今しがた新たに反応が生み出されていくダミービーコンの位置も確認。

 

「麓郎! 雄太! ──合流して回り込んで! 華! 外岡の狙撃地点の割り出し! 急いで!」

 

 素早く仕留めなければいけない。

 

 自分から見て恐らく最短の距離に加山がいる。

 しかし、東側には変わらず二宮というジョーカーがおり、弓場隊の伏兵も紛れ込んでいる。

 

 加山は犬飼を仕留めたと同時、すぐにビーコンを発動させた。

 もう既に逃亡を開始しているはずだ。

 

 ──雲隠れされる前に、狩り出さなければならない。

 

 香取隊の勝利条件は、弓場隊を二宮隊に先んじて狩り、そして誰か一人でも生き残る事。

 その条件を考えれば──放置すればするだけロクなことをしない加山は第一に仕留めなければならない駒だ。

 

 

「香取隊は二手に別れて俺を追っている感じだね。二宮さんは、あの位置から動かずに──辻先輩と合流したか」

 

 香取隊の動きは解りやすい。

 俺を追ってくるのだろう。

 

「ただ──俺がいる位置も、十分に二宮さんの射程範囲内なんすよね」

 

 辻と合流した事で。

 二宮の手札が、大いに増える事となる。

 

 現在。

 加山はダミービーコンの群れの中、バッグワームで逃げ込んでいる。

 

 それを追い香取隊が接近中。

 そして、狙撃により外岡の位置も割り出されている。

 

 この状況で何を選択するか、と言うと。

 ビーコンを破砕し、強力な面攻撃を行使できる──サラマンダーだろう、と加山は思考していた。

 

 二宮の両腕からキューブが生み出され、そして混じり合う。

 混じり合ったそれらが──天に向かい射出される。

 

 そして。

 二宮はその名を告げる。

 

「──ホーネット」

 

 それは。

 ハウンド同士を掛け合わせることで生まれる、合成弾であった。

 

 ここで──加山は自らの想定を大きく外す。

 

「げ」

 

 着弾点から爆撃が訪れるのだろうと大きく道を迂回した加山を──更に追いかける弾丸がそこに。

 

「──予想は外れか!」

 

 サラマンダーを想定し、爆撃から身を守ると同時に自らの所在を隠すべく狭い路地に入り込んでいた加山。

 しかしその左右から、大きく迂回しながらハウンド弾が追い立てていく。

 ホーネット。

 ハウンドとハウンドを混ぜ合わせることで作られる、合成弾。

 威力は変わらず。変わるのは──ハウンドの追尾性能。

 このような狭い路地の中であっても、幾重もの軌道修正を繰り返し対象を追い続ける超高性能追尾弾。

 

「おおお!」

 

 加山は──バッグワームを解き、シールドを装着。かつて三輪から教わった細分化シールドを張り出しながら前に突っ込んでいく。狭い路地を抜け、通りに出る経路で。

 ──このまま突っ込むと死ぬ。

 

 そう加山の理性の部分が叫んでいた。

 通りに出ようとした瞬間、加山はその場から飛びあがり、路地を形成する壁の裏側に入る。

 同時に通りへの道をエスクードにて塞ぐ。

 背後から迫るホーネット弾を何とか防ぎつつも──左腕と脇腹に幾らかの弾丸が叩き込まれる。

 

「──ハウンド」

 

 そして。

 通りで待ち構えていた辻に向けハウンドを撃ちだす。

 

 それすらも想定していたのか。冷静にシールドでハウンド弾を防ぎながら、弧月を構えエスクードと壁を斬り裂き──加山を追い立てる。

「加山先輩!」

 加山と辻の間に割り込む影が一つ。

 弧月を構え、辻の斬撃を受け止める──帯島の姿。

 

「ナイスアシスト、帯島!」

 辻は帯島の顔面を鍔競りの中で直視した──その瞬間。う、と一声あげてその剣先を払って後退していく。

 

「オーケー帯島。追わなくていい。追ったら多分二宮さんの弾丸が降ってくる」

「了解」

 やはり辻は女子には何もできないらしい。多分あの様子だと、即座に二宮から退却命令が出たのだろう。

 

 さて。

 

 加山に残されている選択肢は、

 ①香取隊側に逃げる

 ②二宮側に逃げる

 

 の二択。

 

 ──ビルの爆破の後、加山は即座にビーコンによる攪乱と逃走を開始していたが。

 しかし、二宮側からは何らかの方法で加山の逃走経路が割り出されていたようであった。

 

 となれば。二宮側からすれば加山の位置を炙り出す必要もなく。

 ビーコンを吹き飛ばす必要もなかったため──加山をホーネットで釣りだし、辻に仕留めさせる作戦に出たのだろう。

 

 ①を選択すれば香取隊と戦う事になる。

 ②を選べば、当然二宮隊と。

 

 当然、事前に立てた戦術を考えるならば①を選択すべきだろうが──その場合、二宮の攻撃が一方的に降ってくることは間違いないのだ。こちらが香取隊が交戦する中、その両方に攻撃を加えることが出来る有利な立ち位置を二宮隊にみすみす明け渡す事になる。それも、正直痛いのだ。

 さあ、どうするか。

 そう思考が巡る瞬間──帯島の声。

 

「先輩。隊長がいま自分らとは逆側から迂回してこっちに向かっているッス」

「オーケー。となると、ここから合流するには南下していくことになるのね。その先には──」

 

 香取隊が二手に別れてこちらを追い立てている。

 

「帯島。ここから香取隊を切り抜けて隊長と合流するぜ。援護するから、しんがりを頼む」

「──了解!」

 

 加山は結局①を選択することにした。

 ──隊長と合流して、こちらもポイントを稼ぐ。二宮隊の横槍が入る間もなく、香取隊を撃退する。

 



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ランク戦ROUND4 ④

「──こっちに突っ込むのね、加山」

 

 ああ、と香取は思う。

 当たり前のことだが。

 自分たちは、まだ弱い。

 

 二宮隊と香取隊。

 どちらかに突っ込む必要性が出来て、加山は香取隊を選んだ。

 こちらの方が勝算があると踏んだからだろう。

 

 犬飼が落ちても。

 二宮隊はこの場における圧倒的強者だ。

 それ故に。

 弓場隊と香取隊が交戦する中で漁夫の利を取れるポジションに自然につける。

 

 強者は、強者故に有利を取れる。

 当たり前の論理。

 ズルい、と思う。

 それでも──

 

 

 いつからだろう。

 こういう事が目に入るようになったのは。

 

 自分が弱者であることを自覚して

 

 弱者としての視点を得て。

 

 その事をさも当然のように受け入れられるようになったのは。

 

「──麓郎。雄太。加山の背後を取って。挟み込むわよ」

 

 動きさえ止めれば。

 加山も帯島も怖くはない。

 

「来るなら──来い!」

 

 

 最近華が笑うようになった。

 

 でも。

 その笑いは、無意識のものじゃない。

 

 意識して、口元を無理やり動かした、少し歪な笑い。

 

 ──華は笑えないんだ。

 ──笑えないのに、笑おうとしている。変わろうとしているんだ。

 

 変わりたいという思いを香取隊で共有して。

 そして華自身も、心から変わりたいと願って。

 だから今、ああしているんだって。

 

 華は。

 誰かに何かを伝えるべきだと思ったら、伝える意思を持つようになった。

 それはただ何かを伝えるんじゃなくて。

 自分の感情も含めて。

 その出力を無意識にすることが出来ないから。

 だから、必死に、自分で意識して、表情を作って──笑おうとしているんだって。

 

 

 だから。

 変わらなきゃ、と思う。

 思うだけではなくて。

 それを伝えなきゃ、と。

 

 ──過去の自分と現在の自分。

 楽なのはどちらか、と問われれば。

 過去の方だろう。

 毎日毎日。イライラしっぱなしで。

 壁に指をかける毎日で。

 

 それでも。

 望むのは、今だ。

 

 楽な道の先に。

 自分の願いが叶うことは無い。

 

 

 華は。

 何をしたら笑ってくれるかな? 

 無意識の中で、自然と浮かべられた笑みを。

 どうやったら浮かべてくれるのだろう。

 

 華は音楽を聴くようになった。

 勉強とボーダーの活動以外に何の興味も示さなかった華が。

 その時。

 ──自然と浮かぶ笑みがそこにあったんだ。

 

 

 なぁんだ、と思った。

 笑えるじゃないか。

 

 その姿を見て、こちらもまた自然と笑っていた。

 

 

 ......そんな。

 そんな、ささやかなものでいいんだ。

 

 華が笑って。

 自分も笑える。

 

 そういう関係でありたい。

 

 ──葉子と一緒に、上に行きたい。

 

 上に行けたら。

 また違う景色も見れるのかな? 

 なら、その景色を見せてあげたい。

 そうしたら、笑ってくれるのだと。そう思うから。

 

 そんな事。

 きっと以前の自分も思っていたはずなのに。

 

 それでも。

 見て見ぬふりをした。

 

 その罪深さを思い知るからこそ。

 その感情を元手に、進むほかなかった。

 気持ちで強さが左右する事なんてない。

 でも気持ちがなければ進歩なんてないんだ。

 進み続ける意思。

 それは皆が皆、当たり前のように持っている。

 

 自分はもっていなかった。

 でも今は持った。持ってしまった。

 

 それだけなんだ。

 

 ただ。

 ──ただ。

 

 私は。華に笑ってもらいたい。

 そんな想いだけが──心に燻ぶり続けている。

 

 

 加山が香取隊側に突っ込んだ瞬間。

 変化が、二つ。

 

 加山が香取の通り道にエスクードを発動させ体の向きを背後にしたこと。

 そして──二宮のハウンドが放たれたこと。

 

 二宮のハウンドは加山と香取双方に降り注ぐ。

 

 加山は帯島のシールドでそれらを弾きながら、加山もまたハウンドを生成する。

 

 ──私を分断して先んじて背後の二人を倒すつもり? 

 

 そうはさせるか。

 香取は二宮のハウンドを防ぎつつ、エスクードで封鎖された路地──その側面にあった建造物の壁をスコーピオンで斬り裂き、侵入。

 建物内部から窓枠をぶち抜き、加山へと向かう。

 

 加山はハウンドをカメレオンで隠れた二人へ分割し向けながら、香取がぶち抜いた窓の前にエスクードを発動。

 ──甘いのよ。

 加山のエスクードの射出点に予め足をかけ、その上に乗る。

 

 こうすることで。

 乗り越える、というアクションを省く。

 

 加山はハウンドを生成し。

 エスクードを今セットしている。

 

 そして──今自分は加山に肉薄している。

 

 今なら狩れる。

 そう思った。

 

 しかし。

 そう本能が叫ぶと同時──香取の視線は加山の隣にいる帯島に向かう。

 

 帯島は。

 今、香取を認識した。

 こちらを見たと同時。

 それでも尚──加山ではなく、背後の若村と三浦に視線を向けている。

 

 何故だ? 

 今まさに、加山に危機が迫っているのに。何故加山をカバーする動きをしないのは。

 その目敏さが。

 加山に踏み込もうとする一歩に待ったをかけ──グラスホッパーをセットさせた。

 

 

 その時だった。

 若村と三浦に向け生成されたハウンドが──香取に向けて放たれたのは。

 

 

「──しゃらくさい!」

 

 香取はグラスホッパーを発動し、それを踏む。

 真っすぐこちらに飛んでくるハウンドを高速移動によって避ける。

 十分に引き付けられたハウンド弾は、その移動により追跡力が失われ、壁に衝突し消え去る

 

 しかし。

 ハウンドを避けられた代償に──加山との距離はこの瞬間に、かなり開いた。

 

 加山と帯島に、カメレオンを解いた若村の弾幕と三浦の突撃が行使される。

 自らの体の後ろに隠した置き弾で三浦の動きに牽制をかける帯島と、シールドで若村の射撃を防ぐ加山。

 

 そして。

 加山はその中でも──香取と開いた距離の間を、エスクードで潰していく。

 

 

 そして。

 

「──よぅ、香取」

 

 銃撃音と共に。

 そんな声が聞こえた。

 

 サ、と鳥肌じみた感覚が全身に走ると同時、その場から跳ねる。

 

 先程自分がいた地点の背後。

 壁が破砕される音が鳴り響いた。

 

 

「──弓場さん....!」

「いい動きで、いい反応だ。──こいつァ、楽しめそうじゃねぇか......!」

 

 バッグワームが解かれ。

 その両の手には、二丁拳銃が握られる。

 

「....」

「....」

 

 互いの視線が交じり、混じる。

 香取は一つ呼吸を整える。

 相手は、凄腕の銃手。

 ──それでも。打倒せねばならない。

 

 弓場の視線が香取の中心線に至り、香取の視線が弓場の両腕の動作に着眼された瞬間。

 

 互いの拳銃が、交差した。

 

 

 香取と弓場が交戦する中。

 加山と帯島が、若村と三浦と対峙する。

 

「──帯島。俺は多分二宮さんにちょっかいかけられる。あんまり援護は出来ないと思うが、対処を頼む」

「了解ッス!」

「外岡先輩もここから西の建物で構えている。仕留め損なったら、逃げるふりしてそこまであの二人を引き付けろ。──今あの二人は司令塔の香取先輩の手から離れてる。チャンスだぜ」

 

 加山は二宮の次弾が放たれる前に、帯島の前にエスクードを設置。

 帯島はその壁の背後に身を潜めて、三浦へ斬りかからんと腰を落とす。

 

「──麓郎君!」

「おう!」

 

 その瞬間、両者は帯島を挟み込む。

 

 ──丁度、二宮が次弾を放ったタイミングだ。

 二宮は建物の裏手側に移動しつつ、弾丸を放ったらしい。建物の陰から弾丸の軌跡がパッ、と浮かぶ。

 

 そして。

 加山の中で思考が巡る。

 

 わざわざ、建物の裏手側。

 それも、レーダーを見てみると──辻のカバー範囲内に入り込みながらそこに移動してきた。

 

 弓場の位置も割れたこのタイミング。

 

 ──ここからはバシバシフルアタックが飛んでくるわけか。

 

 弓場の急襲というリスクが排除できたこのタイミング。

 二宮はフルアタックを遠慮なしに放つことが出来る。

 

 弾丸は広く、分散するように空に広がっていく。

 加山側に向かう弾丸。

 そして帯島と若村・三浦が交戦する地帯。

 

 しかし。

 

 あ、と加山は思った。

 

 加山に向けられたハウンドは。

 途中で──軌道修正がかけられる。

 

 加山に向け真っすぐな軌道を飛ばしつつ。

 その軌道を描かせながら──その中途にかけて追尾性能を強化。

 時間差で──加山の直線軌道を中心として、円弧を描くように──別方向に流れていく。

 それは。

 最初に到来した上空からのハウンドとは、遅れて着弾するタイミングであった。

 

 流れる先には

 今にも三浦に斬りかからんとする帯島がいた。

 

「帯島──!」

 

 気づいた時には。

 もう遅かった。

 

 帯島は上空から現れたハウンドにシールドで対応しつつ三浦に斬りかかり、三浦もそれに対応し弧月で鍔競る。

 

 そうして互いに足を止めたタイミングで──加山に向かうはずのハウンド弾が、遅れて両者を横殴る。

 

「──あ」

「──え」

 

 ハウンドの暴雨を両者は叩きつけられ。

 互いに、穴だらけに。

 両者にとって――これは致命の一撃

 

 トリオンが急激になくなる中。

 

 それでも帯島は──冷静だった。

 

 緊急脱出直前。最後に──アステロイドを生成する。

 

 それを自らの背後にいる若村へと放つ。

 

 

 急転換したハウンドを、加山と同じように観測していた若村。

 それに合わせて上空にシールドを張っていた若村の足元。

 

 そこに、アステロイドを走らせた。

 

「──な」

 

 両足が削れた若村は、そんな声を上げていた。

 その意図を組んだ加山は建物の中から若村に向けハウンドを放つ。

 

 二宮のハウンド。

 帯島のアステロイド。

 この二つの対処に追われ、意識がテンパっている若村の──その背後を通す、加山のハウンドが若村を貫いた。

 

「──くっそ」

 

 一瞬の間に。

 自分以外の全員が消え去った戦場を見て、加山はそう舌打ちをしていた。

 

 

 弓場の拳銃が火を噴くと同時。

 香取は身体を捩る。

 

 捩って、弾丸を背後に流して、そして自らの拳銃も放った。

 

 弓場の弾丸は自らの左ほおを掠め耳を消し飛ばし。

 香取の弾丸は弓場の脇腹に埋め込まれる。

 

 その瞬間。

 香取の左足が、抉られる。

 

「──く」

 

 一丁を撃ち香取の足を動かし。

 止まったと同時にもう一丁で香取の足を削る。

 

 香取の拳銃弾の威力、そして向きを頭に入れた上での、弓場拓磨の確かな技巧であった。

 

「──機動力が死んだら、俺には勝てねぇぜ香取」

 

 解っている。

 この後──弓場がどう動くのかも。

 

 香取はグラスホッパーを生成。

 弓場は後ろに引きながら香取に拳銃を向けている。

 ──拳銃弾の軌道に引っ掛かる訳にはいかない。

 ──でも足が削れたからグラスホッパーを使わなきゃ肉薄できない。

 

 その思考の結果。

 香取の思考は──拳銃が向けられた瞬間に、その軌道から逃れる動作を否定する。

 

 今は。

 無駄な時間は致命となる。

 コンマ一秒も無駄には出来ない。

 弓場の指先の動きに集中する。

 あの指が動く。その瞬間だ。

 

 この身を──あの銃口から逃がすのは。

 

 拳銃が火を噴き。

 香取は──生成したグラスホッパーに、触れた。

 

 弾丸がグラスホッパーを砕き、香取の脇腹を貫き

 香取は横方向へ高速移動で逃れた。

 

 弓場はその瞬間。

 当然香取に向け視線を向け、視線の方向へ拳銃を向ける。

 この視線を向ける→拳銃を向けるという二動作よりも。

 新たなグラスホッパーを用いて、弓場に肉薄する香取の動作の方が速い。

 

 高速移動しながら。

 香取はありったけの弾丸を弓場に叩き込む。

 

 弓場は拳銃を一つ外し、シールドを装着。

 移動しながらの弾丸をそれで弾きつつ──香取に拳銃を向ける。

 

 まだだ。

 まだやれる。

 

 高速移動の中香取は、生き残った右足を必死に伸ばし、弓場の手を蹴り飛ばす。

 その動きを対応するように、弓場もまた香取の身体に前蹴りを叩き込む。

 蹴りに背後に飛ぶ、その瞬間。

 

 香取は──グラスホッパーを弓場の周囲に撒く。

 

「──チェックメイトよ」

 

 グラスホッパーの山に足をかけ。

 更なるグラスホッパーへと向かう。

 向かいながら──弓場に変わらず拳銃を向け、撃ち続ける。

 

 緑川から学んだ──グラスホッパーによる立体攻撃。乱反射。

 

 反射的に弓場は、グラスホッパー陣のうち一つに弾丸を叩き込み、割る。

 丁度香取の視線の先にあったものだ。

 しかし──割れた瞬間に足の向きを調整し、その隣のグラスホッパーへと移動する。

 

「──これも想定していたか。クソ」

 

 弓場は一つそう毒づいて。

 

「だが。チェックメイトはこっちだ。お前はもう、──詰んでんだよ」

 

 弾丸がいくらか弓場の背中を貫くと同時。

 ──弓場は、その場から消えた。

 

 え、と香取が呟くと共に。

 

 鳴り響く銃声。

 抉られる背中。

 

 背後に──弓場の姿。

 

 

「本当は.....二宮サン相手にするまで、隠しておきたかったんだがな。予想以上にお前にブルっちまったぜ、香取ィ」

 

 ああ、と。

 香取は一つ頷いた。

 

「テレポーター.....ね」

 

 自らの視線の先に、ワープを可能とするトリガー。

 テレポーター。

 それを──弓場は、今使ったのだ。

 

「──以前の俺のままなら、お前に仕留められていただろぉよ。掛け値なしに、お前は強くなった。本当に」

 

「──強くなった、なんて結果に意味なんてない!」

 

 グッと、唇を噛み締めて。

 トリオン体が消失するその瞬間。

 思いの丈を、ただ呟いた。

 

「──こんなんじゃ、まだ......!」

 

 ──香取葉子。緊急脱出。

 

「....」

 

 やっぱり。

 いい表情をするようになったじゃねぇか──。

 

 香取葉子の表情を脳裏に刻み。

 弓場拓磨はくるりと背中を向ける。

 

「──行くぜ。加山、外岡」

 

 帯島の緊急脱出の報告を藤丸から聞きながら。

 弓場は──加山と合流せんと走り出した。



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ランク戦ROUND4 ⑤

「──香取隊長、弓場隊長に敗れ緊急脱出」

 

 実況の声が響くと同時。

 うわぁ、解説員の北添が思わず声を上げていた。

 

「いやー。何というか。ちょっと整理したいね。今の動きに関して」

「.....まず。二宮隊長のあのハウンドに関してだな」

 

 ここ数分で、一気に試合が動いた。

 

 二宮のハウンドによって弓場隊と香取隊の戦力が一気に削れ、そして──弓場と香取によるエース対決は、弓場に軍配が上がった。

 

「.....あの二宮隊長のハウンドのフルアタック。最初、こう加山君のいる位置と、帯島ちゃん・三浦君が交戦している位置にそれぞれ二方向に放たれた感じがしていたけど。加山君に向かっていた弾丸が、途中で一気に方向転換して帯島ちゃんと三浦君の所に向かって行ったんだよね」

「そう。──二宮隊長は、フルアタックで生成したハウンド弾を、別々の追尾機能設定を用いて別軌道をなぞらせながら──その双方を加山ではなく、帯島と三浦にぶつけたのだろう」

「.....追尾機能の設定、ですか」

「そう。追尾機能の強弱により、ハウンドが曲がるタイミングに変化をつけることが出来る」

 

 ハウンドは。

 要は追尾ミサイルだ。

 

 決められた対象に向かい、曲がりながら追いかける弾。

 しかし。その曲がるタイミングは──使用者によって設定できる。

 

 例えば。

 追尾機能を弱めた状態で、弾丸を上に飛ばす。

 そうなると弾丸の追尾性は鳴りを潜め、そのまま上へと昇っていく。

 そして。

 ある程度弾丸が高度を持った瞬間に追尾機能を強める。

 

 そうすると、上に向かっていた弾丸が、対象のポイントに向かって急激に曲がる。

 打ち上げたミサイルが、途中で下方を向き設定されたポイントに向かうように。

 

 打ち上げたミサイルを、どのタイミングで「対象に向かって」「曲げる」のか。

 それが──ハウンドにおける、追尾機能というシステムである。

 

 上空三十メートルか? はたまた百メートルか? 

 追尾機能を強めるポイントが遅ければ遅いほど、ハウンドは直線を描いていく。

 

「二宮はハウンドでのフルアタックを行い。二つあるキューブ群のうち一つを加山に。もう一つを帯島・三浦の方向に放った。帯島・三浦方向に放ったハウンドはよくあるハウンドの軌道で放っていた。上空に上げて、途中で追尾機能を強めて曲げ、あとは直線で放つ。だから二人とも、そのハウンドに対して防御をしっかり取れていた。──しかし、加山の方向に向かっていたハウンドは。()()()()()追尾機能を強めた、帯島・三浦に向けられた弾丸だったという事だ」

 

 加山に向けられ放たれたハウンドは。

 加山に向け直線に向かう軌道を描きながら──最後の最後に、帯島か三浦に向けられた追尾機能を強化されたものだったのだ。

 

 加山の視点からすれば。

 別軌道で帯島に向かう弾丸が見えていて、そして自分に近い方向の弾丸がやって来ている。

 当然加山としては、

 

「二宮は帯島と自分の二つに分けて弾丸を放ってきたのだろう」

 と推測を行う。

 

 しかし。

 実際には──それは加山の方向に直線に向かっていただけであり、その軌道から帯島に向け曲がっていく弾丸だったのだ。

 

 こうすることで。

 加山はハウンドが追ってくるだろうという想定のもと足を止めるほかなく。

 帯島は──時間差で別方向からやってくるハウンドに対応できず、緊急脱出する事となった。

 

 そうして。

 まんまと二宮は時間差のハウンドで帯島・三浦を屠ったのだ。

 

「──恐らく、二宮隊長は加山に駆け引きの部分で勝とうとしているのだと思う」

 

 序盤で。

 加山は犬飼の動きをコントロールし、彼を落とした。

 

 それ故に。

 二宮もまた──駆け引きによる加山の撃破を目論んだ。

 

 サラマンダーに見せかけての、ホーネット。そこからの辻の襲撃。

 二つに分断したように見せかけて、実際は一方向に時間差で叩き込むハウンド。

 

 戦術で対抗してきている加山に対して──二宮もまた戦術で押しつぶそうとしている。

 

 

「.....成程。それでは、その駆け引きと同時並行で行われた弓場隊長と香取隊長の一騎打ちですが....」

「香取ちゃんもとんでもない化物だったけど。弓場さんの技あり、って感じだった印象だなぁ」

 

 北添はううん、と首をひねって、そう言った。

 

「何というか。技の応酬だったよね。香取ちゃんは機動力を生かして動き回って。弓場さんは早撃ちの精度で。それぞれ戦っていた。──その中で。技の精度も、立ち回りも。どっちもとてもハイレベルだったけど。──それでも、弓場さんは技の出しどころを一切間違えていなかった」

 

 弓場が香取に対して行使した手。

 二丁拳銃の利点を生かし、時間差での一撃で香取の片足を削り。

 そこから香取が切った乱反射のカードに対しても。

 

 グラスホッパーそのものの撃ちぬき、という手法を取り。それでも通用しないと理解し──テレポーターというカードを切った。

 

「何というか。常に香取ちゃんが仕掛けるタイミングで、それにしっかり対処できるカードを切っている感じがして.....。ひたすらにあの勝負は、経験の差かなって思う。本当におっかない」

 

 弓場は。

 経験から来る冷静さで──香取がはじめて切ったカードに対して適切な対処を行えた。

 

 香取にあって弓場にあったものは。

 ただひたすらに経験だったのだろう。

 

「.....しかし。香取の動きは目を見張るものがあった。結局の所弓場は、あのテレポーターが無ければ討たれていたのは間違いなかった。しっかり対策を打って相対したら、次は解らないだろうな」

 

「.....解説のお二方、ありがとうございます。さて、現在弓場隊が三人と、二宮隊が二人。恐らく次が──最終局面です」

 

 

 現在。

 弓場隊が2ポイント。

 二宮隊が2ポイント。

 

 残り二部隊で、かつ二宮隊も弓場隊も合流が完了している。

 

 後は──総力戦だ。

 

 

「──外岡先輩。配置に着きましたか?」

「うん。オーケー」

「それじゃあ──仕掛けに行きましょうか」

 

 弓場と加山が合流し。

 外岡が東方百三十メートル程離れたビルの上で二宮隊を狙う。

 

「──どうだ。加山。やれそうか?」

「外岡先輩が生き残ってくれたのはプラスですね。ある程度二宮さんのフルアタックを制限できる。とはいえサポーターの辻先輩がいる。ただでさえ火力馬鹿の二宮さん相手で攻撃手もいるとなっちゃあ、エスクードはあんまりアテになりませんね。──隊長の隠し玉も多分見られている」

「ならどうする? エスクード以外で対策を取るか?」

「いいや。──まずあの二人分断しましょう」

「どうやって?」

「辻先輩に相性いいのが隊長なので。辻先輩を隊長に。そんで二宮さんを俺と外岡先輩で。タイミングを見て、外岡先輩で二宮さん釣りましょう」

 

「なあ、加山」

「なんすか?」

「──お前、最近ランク戦で笑うようになってきたな」

「え」

 

 加山は。

 唐突にかけられたその言葉に、そんな返答をしてしまった。

 

 そうなのか。

 笑っていたのか。

 

「......ギリギリのスリルが楽しい感性は俺も同じだけどな。お前、そういうタイプだったっけ?」

「その手のバトルジャンキーじゃあないっすね。間違いなく」

 

 思い返すと。

 これまで──確かに、自分の戦術を通す事に、楽しみを覚えていた自分がいた。

 

 那須を仕留めた時も。

 太一を嵌めた時も。

 

 ──何処か。今まで思いもしなかった喜びが沸き上がっていたように思う。

 

「....」

 

 エネドラの影響を、知らず知らずのうちに受け始めているのか、と。

 そう思った。

 現在加山自身の記憶とエネドラの記憶は完全に切り分けることが出来ているが。

 切り分けられている、という意識の上での認識と。

 その記憶から引っ張り出され形成される人格部分は、異なる。

 加山は。

 泥の王を得てエネドラが味わってきた征服感や、嗜虐心。そう言った──奴の嗜好であったり、いわばクオリアの部分まで認識できている。

 つまりだ。

 

 

 ──エネドラの記憶を探っていくうちに、多少なりとも人格に影響が及んできているのだろうか? 

 

 

 そんな事を、思った。

 

「そろそろですね。──しっかり、戦いましょうか」

 

 以前ならば。

 いくら外岡の援護が存在するとはいえ──二宮と相対するような戦術を取る事もしなかっただろう。

 

 自分の確かな変化に戸惑いながらも。

 加山は──弓場と共に、走っていった。

 

 

「──来たか」

 

 二宮がそう呟くと同時。

 視界を一斉に塞いでいく壁が出現すると同時。

 

 その壁の左右を挟んで──加山と弓場が出現した。

 

 加山はハウンドを二宮に放ち。

 弓場は二丁拳銃を放つ。

 

 二宮の背中を通る軌道上のハウンドを──カバーに入った辻のシールドが防ぎ。

 

 二宮はアステロイドを弓場に放ちつつ、自らのシールドで弓場の拳銃弾を防ぐ。

 

「隊長!」

「オーケー! ──合わせろ、加山ァ!」

 

 エスクードの裏手に回る弓場を──二宮のアステロイド弾が襲い掛かる。

 木綿豆腐のごとく易々とエスクードを破砕した──その先。

 

 弓場は、いなかった。

 

「──辻。背後のカバーに入る。振り返れ」

 

 弓場は。

 エスクードの森に隠れながら──辻の死角側にテレポーターで移動していた。

 

 ──エスクードで視界を隠しながらの、テレポート移動。

 しかしその意図を看破した二宮によって、辻は即座に背後を振り返り──弓場の姿を視認した。

 

 放たれた弾丸はシールドで防ぎつつも、破砕され──左手が消し飛ぶ。

 

 そしてその背後から加山がハウンドを辻に放つ。

 弓場の弾丸にシールドが裂かれている中。

 別方向から来る加山のハウンドに単独で対処できるわけもない。

 

 そう。

 単独で、なら。

 

 しかし──割り込むは、二宮のシールド。

 背後を振り返る辻の、更なる背後から向かう弾丸を──二宮は難なくシールドを割り込ませ、防いだ。

 

 よし。

 ここだ、

 

 辻のサポートの為に二宮はシールドを使っている。

 

 ここだ、と思い。

 外岡に指示を出そうとして──。

 

 気付く。

 

 

 二宮は──加山に対する迎撃の弾丸を用意していないことに。

 

 

「──ありゃあ。気づかれたか」

 

 加山もまた。

 その有様にすぐに理解できた。

 

 二宮は──現在フルガードをしている事に。

 

 彼方からの狙撃への警戒心は、微塵も捨てていない。

 辻に対して二宮がシールドの割り込みでサポートしつつ、その上で加山への迎撃を行うタイミング。──そこで狙撃を行うつもりであったのに。

 その狙いは見事に看破。

 冷静に、二宮は独特のスウェー移動で辻側に寄る。

 

「──あくまで。隊長は二宮さんが潰すつもりか......!」

 

 攻撃手である辻と弓場の相性の悪さを理解しているのだろう。

 あくまで弓場は自らが相手をし、潰すという鉄の意思が感じられる。

 

 辻側に移動した二宮は、ハウンドを弓場の頭上に落とす。

 シールドを張りながら、弓場は弾雨から逃れるように左手側に逃げていく。

 

 逃げていく弓場を、辻が回り込む。

 回り込む辻の動きに、加山がエスクードで妨害する。

 

「ケッ。──結局、アンタとのタイマンか。二宮サン」

「....」

 

 二宮と弓場との間に。

 エスクードが三枚生まれ。

 弓場から見て左手側のエスクードが──仕舞われる。

 

 仕舞った部分から、弓場は一丁を撃ち放つ。

 放たれた弾丸をシールドで防ぎつつ、二宮はアステロイドにて迎撃。

 

 弓場は──弾雨が自らを横殴る前に、真っすぐに視線を見据えテレポーターを起動する。

 

 側面へ瞬間移動。

 そして──銃撃。

 

 三発放ったそれは。

 ──シールドで、やはり防がれる。

 

 

「──終わりだな」

 

 この一撃が通らねば。

 もうどうしようもない。タイマンの時間すらももう終わりだ。

 エスクードを迂回し、背後に回っていた辻の旋空の一閃。

 それに斬り裂かれ──弓場は緊急脱出した。

 

 

「──加山は?」

「もう反応もないですね。逃げ出しました」

「ふん。──せめて俺達に生存点を稼がせないつもりか」

 

 現在。

 二宮隊は三ポイント。弓場隊が二ポイント。

 

 上位に向かうのならば失点よりも得点の方が大事──というのはまさしく事実であるが。

 こと、二宮隊が稼ぐ点数は、そのまま上位への道を塞ぐ壁となる。

 

 

 弓場の援護を十分に終えた加山は、──そのまま逃走を開始。

 

 せめて二宮隊にポイントを稼がせないための方法であろう。

 

 現在加山も外岡も生きている。

 双方とも逃げに徹すれば、一ポイント差を維持できる。

 

「──追うぞ。まだ遠くには言っていないはずだ」

 

 そして。

 レーダーに映る──大量のダミービーコンの反応の山々。

 

「──そうか。あの時の残り物か」

 

 犬飼を仕留め、

 逃走の為に大量にばらまいていたダミービーコン。

 

 それは加山の想定の中──二宮の合成弾で破壊されるはずのものだった。

 しかし二宮が放った合成弾はホーネットであり、爆破されず、さりとて起動もされなかったビーコンが幾つか余っていたのだろう。

 

 それを加山は、今起動した。

 

「今度こそサラマンダーで吹き飛ばします?」

「いや。──外岡の位置もまだ割れていない。合成弾で隙を作る訳にはいかない。とはいえ、逃走経路は限られている。──そのまま追うぞ」

 

 

「.....上手くいかないなぁ」

 

 これが上位か、と。

 加山は思った。

 

 弓場がテレポーターを発動した瞬間。

 加山の役割は終わった。

 

 二宮と弓場をタイマンさせない....という事を念頭に置いた作戦だったのに。

 その狙いを悠々と看破され、まんまと覆され、負けた。

 

 ──しかし。ああ、駄目だ。どうにもイライラしてしまう。

 

 元々。

 負ける、という事象に対してイラつきを覚えるという現象が加山の感覚の中に無かったはずだったのに。

 それでも。

 今はどうしようもなく、そんな感覚が浮かび上がってしまう。

 

 逃げながら、逃走経路を作成し、道を塞ぎ、ビーコンを撒きながら。

 何故だろう。

 自分の頭とは別の所から、イラつきが発生している。

 

 

 

 

 

 

『それはな』

 

 

 

 

 

 

 声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

『お前が、俺の人格を浮かび上がらせるトリガーを引いてしまったからだよ』

 

 

 

 

 

 

 声が、

 声が、聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──お前ははっきりと、自分の中の憎悪を自覚しちまった。あのガキ同士のくっだらねぇ言い争いの中でなァ。俺とお前の中で、共通項が生まれた訳だ。ぎゃははははは』

 

 

 

 

 

 人格は。

 過去の積み重ねの中で浮かび上がる。

 混ざらず分けられ、それでも存在する”誰か”の記憶。

 その記憶の山積の中――自分とは違う何者かの人格が、ふとした瞬間に浮かび上がったのだ。

 

 声が。

 声が。

 声が――

 

 

 

 

『よぉ。チビ猿。──面白いことやっているじゃねぇか。俺も混ぜやがれ』

 

 

 

 声が、

 




またまたファンタジーな話になってすみません......


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ランク戦ROUND4 ⑥

決着~


加山は、ある種の狂人であった。

 あるいは、それが彼が持つ一番尖った才能なのかもしれない。

 

 彼は、自己の記憶と他者の記憶を明確に線引きし、自己を確立していた。

 

 加山雄吾、という一人の男と。

 エネドラ、という人間の記憶の集合体と。

 

 二人はあまりにも対照的な人間であった。

 

 片や根底に戦いが嫌いな感性を持つ男。

 片や虐殺を好む男。

 

 片や玄界に生まれた男。

 片や近界に生まれた男。

 

 あまりにも、自身とかけ離れた記憶を持つが故に、加山はその記憶を自らの記憶を明確に線引きし取り扱ってきた。

 

 しかし。

 エネドラから引き継いだ記憶は、ただの過去の集合体ではない。

 

 エネドラがその過去の事象を見聞きし、どう感じたのか。

 そういった、経験知、感覚質の部分まで──加山は記憶として受け取っている。

 

 加山の感覚は、戦いを嫌うが。

 エネドラの感覚上では、戦いが好きで好きで堪らない。いや、正確に言うならば雑魚の蹂躙であるが。

 

 加山は。

 誰かを倒した時に発生する、自らが感じる嫌悪感とは別に。エネドラとしての記憶の集合が提示する征服感、解放感、蹂躙感も共に感じ、理解するという──二つの感覚を同時発生しながら過ごしてきた。

 

 

 それでも。

 加山は自らの記憶とエネドラの記憶を明確に「違うもの」として。

 混同することなくこれまでやってきた。

 

 加山とエネドラの精神性があまりにも違いすぎて、混合することなどあり得なかったのだ。

 

 

 しかし。

 加山は──エネドラと同じ精神性を、獲得してしまった。

 

 眼前に巻き起こった、自身に不都合な出来事を「憎悪してしまう」という精神性を。

 

 

 こうなってしまうと。

 加山とエネドラの記憶が、線引きが崩れこの共通項から混合する事になる。

 

 

 例えば。

 立てた作戦が脆くも崩れ、強大な相手から追い立てられている──この状況下。

 

 これまでの加山ならば、加山の感覚としてこれを処理し、いつものように──理性でもってこれを処理できていたのだと思う。

 

 しかし。

 ひとたび何かを憎悪する精神性を加山が手に入れたが故に。

 ──エネドラが持つ記憶。経験。感覚が、溢れるように加山の中で浮かび上がる事となる。

 

 この状況で、記憶の中から色々なものが連想として浮かび上がる。

 加山が大規模侵攻の中、ミラから必死に逃げ回っている記憶だったり。

 

 ──エネドラが加山に担がれながら必死にハイレインから逃げ回っている記憶だったり。

 ──ミラから伝えられた真実に、灼熱のような憎悪を燃やした時だったり。

 

 

 自分の記憶からもエネドラの記憶からも。

 引き出されていく。

 

 そして。

 エネドラの感覚まで伝わってくる。

 不都合に対する理不尽感。理屈で処理をせずに感情的になるその感覚も。

 

 

『他人の記憶なんてものは。一つの人格で纏めきれるものじゃねぇんだよ』

 

 言葉が。

 言葉が、聞こえる。

 

『記憶の管理者を人格とするなら。その記憶を完全に混同させるか、二つの人格をもって二つともを制御するしかねぇ。役割分担だよ。解るかチビ猿。まあ──ここまでは上手くいっていたじゃねぇか。ここまでのお前の精神力は、本当に強固だった』

 

 笑い声。

 

『でももう終わりだ。──お前が人間性を獲得して、お前は弱くなった。自分に降りかかる理不尽をまっとうに憎んだり、理不尽に思う感覚を。お前は持ってしまった。以前のお前はただの化物だった。でも人間になっちまったから、もうお前だけで、俺の記憶とお前の記憶を住み分ける事が出来なくなる』

 

 けたけた笑う。

 笑う。

 

『──ハナからお前をエネドラは信用なんてしてなかったってことだ。あの黒トリガーはな......お前を依り代に、エネドラという人格をお前の中に宿す事を目的としたモノなんだよ。お前はただ、エネドラがエネドラとして復讐が出来るように用意された猿の器でしかなかった訳だ。傑作だぜ、こりゃあ』

 

 笑い声に。

 精神が押し潰されるような、そんな感覚が。

 

 

『これからお前は──戦いの中で理不尽を感じたり、追い詰められたりするごとに。俺という人格に頼らざるを得なくなる。精々、追い詰められないように頑張れ』

 

 

 さて、と。

 声が聞こえる。

 

『──ま、楽しもうじゃねぇか』

 

 

 

 

「──本当にちいせぇなこの身体。猿のくせに背丈もねぇのか」

 

 ──おい。どうした加山? 

 

 何か。

 数秒の間呆然と立ち尽くしていた加山の姿に──オペレーターの藤丸から声が聞こえる。

 何が違う、といえば。

 全てが違う。

 顔つきも。

 雰囲気も。

 ──その身に纏う、剣呑さまで。

 

「まあ、いいや。──あのスーツ野郎。この前俺に爆撃降らせていた猿か。成程成程。こいつはいい」

 

 異変に気付き。

 

 弓場もまた声をかける。

 

 ──加山! 加山ァ! どうしたァ! 

 

「うるせぇ....」

 

 ふ、と。

 立ち上がり。

 

「──まあいいや。取り敢えず、あの流し目の猿から頂こうかね」

 

 現在の加山は。

 エネドラの記憶を媒体とした人格を基に行動している。

 

 

 その記憶は、最後の最後まで存在している。

 自らが──猿と見下す者共に、傲慢かましてやられた記憶もしっかり刻まれている。

 

 

「こんな原始的な猿の道具なんざ使いたくねぇが。まあ仕方がねぇ。これでしっかりぶっ殺してやるさ」

 

 

 もはや。通信から聞こえる全ての声を雑音として認識し。

 ──普段の加山からしてはあり得ない程の身のこなしをもって、逃げ込んだ路地から飛び出していった。

 

 

 

「──隊長、これ」

「──あの黒トリガーの影響だろうな...」

 

 加山は言っていた。

 近界民から作った黒トリガーを使用して──その基となった人間の記憶が手に入ったのだと。

 

「──すまねぇ。俺は一応加山のベッドの前で備えとく。暴れ出すようなら俺が止める」

「馬鹿を言え隊長。お前も生身だろうが。他のトリオン体の奴とっ捕まえて止めた方が確実だろうが」

「.....この状態のアイツを外部に漏らすのか?」

 

 弓場はそう言うと。

 全員が沈黙した。

 

「──バレたら記憶処置が入るぞ。確実にな。何であれ一回は加山から話を聞かなきゃならねぇ」

 

「──藤丸。お前はこれまで通り加山のサポートしてやれ。もし奴が緊急脱出して暴れ出したら俺がぶん殴ってでも止める」

 

 よし、と一言呟いて。

 弓場はその場を去っていく。

 

 

 二宮隊は。

 攻撃手の辻を先行させ、加山の位置を探らせていた。

 

 辻はマスタークラスの攻撃手。

 単独で戦って、加山に後れを取る事もない。ましてや二宮の援護も十分に受けられる中でなら、猶更。

 

 その辻の頭上。

 ハウンドの軌跡が見えた。

 

 

 追い詰められ、斥候の辻をイチかバチかで倒そうとしたのだろうか。

 

 そう思い、シールドを張りながらその軌跡から逃れんと背後に走りゆくが──。

 

 

「え?」

 

 避けた、そのハウンドは。

 着弾点から──爆撃が巻き起こる。

 

 ──合成弾!? 

 

 

 周囲の路地ごと爆散する弾丸を垣間見て。

 一瞬の判断でシールドを拡張し身を守る。

 

 

 そして。

 眼前に加山雄吾が現れた。

 

 彼に似合わないはずなのに、妙に似合ってしまっている──笑みを浮かべて。

 

 

「発見したぜ」

 

 爆撃が済むと同時。

 吹き飛ばされた周辺区画にエスクードを張り、そこを足場に辻の側面へ向かう。

 

 走りながら──ハウンドキューブを細かく刻み、それを自らの足元に零すように設置しながら。

 

 細かいキューブが辻に向かい拡散しばら撒かれ。

 たたらを踏んで前進し──辻は加山に対し旋空を放つ。

 

「ああ。あの伸びる刃か」

 

 かつての記憶の引き出しからその正体を看破しつつ。斬撃から身を反らし、回避。回避動作と並行しハウンドキューブを生成し、辻に発射。

 

 その動作の滑らかさに一瞬驚愕の表情を見せながら──辻は防御を固める。

 

 その一瞬の間。

 シールドを拡張し、刃をこちらに向ける──その間に。

 

 素早く、滑らかに。

 加山の右腕に──拳銃が握られていた。

 

 

 これは。

 弓場と加山で連携することを想定し、アステロイドを外しセットしていた代物であった。

 

 

 それを、放った。

 

 

 拡張したシールドを、ぶち抜く三連発。

 

 動きのキレも。速さも。

 あらゆる全てが──以前の加山からは考えられない程の向上を果たして。

 辻新之助を──加山は単独で仕留めたのであった。

 

 

「....ち。もう時間か」

 

 

 人格の変質の時間が終わる。

 いわば──この人格は、加山自身が自らの記憶に関して混乱している中で、防御機能的に発生した解離人格である。

 自分の記憶か、エネドラの記憶か。

 その判別がつかずに混乱しているその最中で、混乱を鎮めるために作られた別人格。

 記憶の整理が済めば──また戻っていく。そういう運命だ。

 

 

「ただまあ.....エネドラの記憶を持つってことは、こういう事だ。覚悟しておけ」

 

 

「──加山。()()()()?」

「──はい。戻りました」

 

 加山は。

 懐かしい感覚に襲われていた。

 

 気持ち悪い。

 湧き上がる生理的嫌悪感が、全身をぬるりと滑っていくような。そんな、感覚。

 

 記憶はある。

 自分の記憶として、存在する。

 本来自分が取るはずのない。取る事が出来ないはずの行動を──自分の意識上で取っていたという事実が。記憶が。

 脳内に。

 こびりついている。

 

 

 ──同じだ。

 C級時代に吐いていた時と、全く同じ。

 恐らくこのまま生身に戻ったら、また吐いてしまうのだろう。それが理解できる。理解できてしまう。

 

「だったら──これは命令だ。撤退しろ。自発的に緊急脱出だ」

「.....あと十五分粘れば、二宮隊の得点を防げます」

「──そんなもん、この際どうでもいい。早く俺に話を聞かせろ。これは命令だ」

「....」

 

 最早。

 返す言葉もない。

 

 加山は自発的に緊急脱出し、外岡もそれに倣う。

 

 ──こうして。

 

 ランク戦は──二宮隊の勝利で終えた。

 

 

 

 だが。

 加山雄吾にとって──ここが一つの更なる中継地点でもあった。

 

 

 

 彼が味わう、生き地獄への。

 




この人格のメカニズムに関しては、次にもっとしっかり提示しようと思います。


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傑作のジョーク①

「....」

 

 試合が終わった瞬間。

 皆が皆、沈黙をしていた。

 

 観戦ブースも。実況席も。そして──相対していた部隊も。

 

 それはまさしく豹変であった。

 追い詰められた加山雄吾が見せた、神がかりのようなその動き。

 

「.....加山君、あんな動きが出来たんだ」

「.....いや」

 

 出来るはずがない。

 アレは。才能ある人間が、更に研鑽に研鑽を重ねてようやく達することが出来る動きだ。

 

 レイジは見ていた。

 加山が合成弾を作成するその瞬間。

 

 二秒とかかっていなかった。

 出水と同等の合成弾の作成技術を披露した後に、マスターランクの攻撃手である辻を瞬時に仕留めたあの動き。

 

 あの動きが出来るだけの技術があるのなら、これまでの加山の動きに説明がつかない。

 

 そして。

 北添もまたそれを理解してか。驚愕の表情を浮かべて絶句している。

 

 

 何が。

 何が起こったのか。

 

 

 

 

 頭が割れるように痛んで胃がキリキリ痛んで気分が悪くてゲロを吐き散らしたためそのまま医務室に運び込まれ、暫く眠りこけていた。

 最早緊急脱出した後に何があったのか。何をしていたのか。まるで記憶がない。

 あの人格が顔を出した時と、その後の顛末は何一つ違えず覚えているというのに。

 生身に戻った瞬間から、記憶があまりにも混乱し、錯乱していた。

 

 そうして。

 目が覚めた時──もう夜になっていた。

 

 隣を見る。

 そこには──弓場が目元をきつく絞り、そこにいた。

 

「──お目覚めか、加山?」

 

 弓場は加山を真っすぐに見つめ、そう聞いた。

 

「.....はい」

「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」

「はい。──あの、何か他の人から言われましたか?」

「二宮サンと、香取隊の染井がお前の事を聞きに来ていた。特に染井は血相変えてこっちに走り込んできていた」

「上層部の人は....?」

「まあ──。客観的に見れば、今回は最後にお前が神がかり的な動きをして、辻を仕留めたってだけだ。偶然と片付けることも、苦しいが出来る状況ではある。──直接対決した二宮隊側が黙っていれば、の話だがな」

「...」

 

 二宮隊は。

 加山の黒トリガーがエネドラ由来のものであることも知っているし、そしてエネドラと直接対峙もしている。

 

 その辺りの話を突っ込めば、上層部が動く可能性もある。

 

 ──二宮隊に事情説明する必要性が、どうしても出てくるだろう。

 そして。

 あの人にも。

 

 だが。

 まずは、この人だ。

 

「....弓場さん」

「おゥ」

「俺の中には、今エネドラの記憶があります」

「そう言っていたな」

「.....今までは。その記憶と、自分の記憶を分けることが出来ていました。でも、今回それが失敗してしまった感じです」

「....」

 

 知覚や、記憶は。

 本来的には一つの人格によって纏められるものである。

 

 しかし。

 例えばであるが──長きにわたる性的虐待や暴行を受けてきた人間や、過酷な戦場で長年戦い続けてきた兵士といった。

 慢性的な苦痛を味わい続けてきた人間は──その苦痛の記憶を防御本能的に遠ざけようとするという。

 

 その遠ざける方法として。

 ──苦痛を請け負う為の別の「人格」を作り上げ、負担をその人格に背負わせる、という方法が一つある。

 

 

「俺は....エネドラが経験してきた事に対して、ある種他人事のような感覚でいれました。俺と、エネドラは違う。俺の感覚はこうで、あいつの感覚はこうだ、っていう風に。分けられていたんです」

「....」

「そうすることで、何処かこう.....俯瞰的に、映画の観客のような感覚でエネドラの記憶を見ることが出来ていたんです。でも。....段々、その住み分けが、怪しくなってきたんです。多分、段々エネドラの記憶とか感覚とかが、自分の中に定着してきた気がするんです」

「....定着したら、ああなるのか」

「元々俺一人で管理出来ていた二人分の記憶が、次第に俺一人で管理が出来なくなって混同していく。でも俺の意識は、エネドラの記憶が混ざる事を拒絶するんです。恐らく防御本能みたいなもので」

「成程...」

「だから──俺一人の人格で管理できないと判定されて、俺の意識が、別人格にエネドラの記憶を管理させようとした。そうして出来たのが──あのエネドラ紛いの人格だと思うんです」

「.....その人格が出てくる条件は、解るか?」

「それに関しては、なんとなく解りました。第一の条件が、戦闘状態である事。第二の条件が、俺自身が心理的に追い詰められている事。この二点が、条件だと思います」

 

 加山とエネドラの心理的に一番似通い、混同するポイントは心理的に追い詰められた際に発生する「憎悪」の感情。

 それが発生し、かつ──エネドラの人格が一番好む状況である「戦闘状態」

 

 これを条件として、恐らくあのエネドラのような人格が浮かび上がる。

 

「──加山」

 

 話を聞き終わり。

 弓場は一つ、加山に提案する。

 

「──エネドラの記憶。記憶処置で消去することは考えないか?」

「──やりません」

 

 加山にとって。

 自分が積み上げてきた記憶こそが、今までボーダー隊員としてある上で一番のエナジーだった。

 

 一度考えたことがある。

 もし。

 自分があの時の記憶を消せたのならば。──もっと楽になれるんじゃないかと。

 

 だが。

 それは許せない。

 自分がやった事。父がやった事。それによって他者との関係に苦しんだことも。全て自分のものだ。

 その責任を果たさなければならない義務が自分にあり。その義務から逃れる事は、許されない。いや、逃げるにしろ──その記憶を受け入れた上で逃げなければいけない。

 

 それが、加山雄吾に残っている唯一の意思であるから。

 

 だからこそ。

 エネドラの黒トリガーを受け継いだ自分の意思を放棄することも、やりたくない。

 

「.....なら。その人格は放置するか? 俺は別に構いやしねぇが。お前もキツイし──何より、上層部が黙っちゃいないだろう」

 

 そう。

 敵性人格であるエネドラが加山の中に宿っているなど。上層部が聞いてしまえば黙ってはいないだろう。

 

「解っています。──次のランク戦までに、この問題はどうにかします」

「どうするんだ?」

「....」

 

 加山の中に。

 一つ解決策が浮かんでいた。

 

 その策を。

 弓場に話した。

 

「.....加山。お前」

「....」

「──そう、か」

 

 弓場は。

 一つ、項垂れるように下を向いて。

 

「.....なぁ」

「はい」

「.....俺はな。強くなったり、目的を果たすために手段を選ばねぇ奴は好きだ」

「....」

「でもな....それでも。選ぶべき手段と選ぶべきじゃねぇ手段には、一つ線を引かなきゃならねぇんだと思う。お前は、どうだ? お前は....その手段はとっていいものだと、そう思っているか?」

 

 その弓場の問いかけに。

 加山は、一つ微笑んで──言った。

 

「俺は弱くなりました」

 

 そんな言葉を。

 

「しみったれた人間性が俺の中にあるんですよ。ここにいる人たちと出会う中で。嬉しかったり、逆に嫌だったり。憎んだり好きになったり。──その人間性があったせいで、エネドラの記憶の制御に今回失敗したんです」

「.....そいつは、間違いじゃあないだろ」

「.....でも。この人間性があるからこそ──受け入れられるんじゃねぇかな、とも思うんです」

 

 加山は。

 ただただ、笑んだ。

 

「──俺はエネドラの記憶を受け入れます」

 

 これまで。

 自らの記憶と完全に切り離していた──その記憶を。

 加山は捨てるではなく。

 完全に合一させることを決意した。

 

「──それをやっちまえば以前の俺とは違う人格になっているかもしれないっすけど。というか、どういう風になるのかも全然解らないですし、はっきり言って怖いですけど。それでも、やるしかない」

「....」

「記憶の統合さえうまくいけば。──別人格に身体を乗っ取られる心配もいらないと思うんです。逆に、完璧にエネドラの人格に汚染された俺が出来上がる可能性もありますけど。もしそうなったら俺を記憶処置送りにしてくださいな。失敗したら、記憶をまっさらにボーダーを去ります」

 

 エネドラの記憶を。

 他者の記憶としてではなく。

 自己の記憶として受け入れる。

 

 それは。

 エネドラが──トリガー角を移植してから、彼自身の人格を破砕した苦しみすらも自らに受け入れる事と、同義である。

 

 その苦しみに屈して。

 彼と同じようになる可能性も否定できない。

 

「──自分の中に歪みがあるなら。それは正すか消すかしなければいけない。その二択なら、俺は正す方を選ぶ」

「.....そう、上手くいくもんなのか?」

「やってみるまで解らないです。解らないですし、時間もかかるかもしれないですけど。──それでも俺は、こいつを受け入れていこうと思います」

 

 

 医務室から出て。

 寮に帰る。

 

 今日は土曜日で、そして明日は日曜日。防衛任務のシフトも明日の夕方からだ。

 

 ならば。

 今日の夜から始めよう。

 

 

 どうやって統合を図るか? 

 自らの記憶とエネドラの記憶を分けていたのは、半ば無意識下で行っていた。

 無意識の部分を変えなければ、きっとこの中途半端なままだ。

 

 

 ──今まで。ただ情報を得るためにしか触れていなかったエネドラの記憶に、踏み込んでいく。

 

 エネドラらしきあの人格は、こういっていた。

 憎悪という共通項があったから、そこを起点に記憶の住みわけが出来ずに混乱し別人格が現れたのだと。

 

 ならば。

 エネドラの記憶。それも、奴の『憎悪』にかかる記憶に関して、探っていかなければならない。

 

 

 ──怖いな。

 

 何が怖いというのだろう。

 何も怖くはないだろう。

 

 きっと以前ならばそう思えた。

 この記憶の統合に関してのリスクなんて──まあ自己同一性が失われるかどうかという程度。

 

 自分の意思や意識なんてもの。正直どうだっていい。

 何なら、復讐さえできるのならば死んだっていい。

 

 そう、思っていたはずなのに。

 というより今も思っているのだろうけど。

 

 それでも。

 ──仮に、ここで自分が統合に失敗して廃人にでもなったら。

 どうなるのだろう。

 

 思い浮かぶのは。

 やっぱり、──弓場隊の面々であり、加古さんをはじめとしたこれまで気にかけてくれた人々の姿であって。

 

 そして。

 

「──染井さん。こんばんは」

 

 今、自らスマホから連絡を入れているこの人であって──。

 

「心配かけてすみません。あの、今ちょい時間もらえますか? ──全部、話します」

 

 きっとこれからも。

 こういう事態に直面するのだと思う。

 自分の行動で。自分の選択で。

 誰かを心配させてしまう事になるかもしれない。

 

 加古さんが言っていた事だ。

 自分の行動に対して──ボーダーの皆が気にしない訳がないのだ。

 皆誰もが善人で。

 善人故に、こんな人間にも気にかけなければいけないのだから。

 

 その事を思うたびに覚える罪悪感は。

 

 犯罪者の息子として抱えていた罪悪感とはまた気質が違う。

 

 どちらも苦しいが。

 どちらがより苦しいか、と問われれば。

 

 

 

 きっと──ボーダーの人たちへの罪悪感の方の方が、苦しいのだと。そう思えてしまう。



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暗雲立ち込め、雷鳴輝き

「こうしてここで話すのも、二度目だね。加山君」

「そうですね、染井さん」

 

 確か。

 最初は那須隊の日浦の家庭内のあれこれについて話し合いが行われた後だっただろうか。

 

 こんな月の夜に、同じように話した気がする。

 

「──心配かけてすみません。染井さん」

「何があったのか話してくれる?」

「了解です」

 

 加山は。

 何も隠すことなく、染井華に話す事にした。

 

 大規模侵攻から始める、エネドラという近界民の黒トリガー化に始まり。

 その黒トリガーの効果。それによるエネドラの記憶の承継。

 そして──受け継いだ記憶から別人格が形成される事故が起こったことも。

 

 何も言わずに、染井は聞いていた。

 

 無表情に見えて。──時折感情を押し殺したかのように目元を微かに歪ませて。

 

 ....どんな風に感じ取っているだろうか。

 彼女にとってしてみれば──今まで仲良くやってきた人間の頭に復讐対象が入り込んでいるような状況で。

 仲良くやってきた、というより。

 文字通りの仲間なのだと思う。

 

 だからこそ。

 

 伝えなくてはならないのだと思う。

 

「──加山君は....その記憶をどうするつもり?」

「利用するつもりです。徹底的に」

「...」

「例えば今ここでエネドラの記憶を消したとして。──あの黒トリガーを起動すればまた元通りです。そしてそれを嫌がればあの黒トリガーはもう二度と使えなくなる。──そして、何かの間違いで他の適合者が発見されたら。今度こそエネドラ人格に上書きされる奴が出てくるかもしれない」

 

 今回の事でよく理解できた。

 あの黒トリガーは自分以外が使用してはならない。

 あれは危険だ。

 

「その為にも、エネドラの記憶を合一させないとならないんです」

「.....そう」

「.....すみません」

「何で謝るの?」

「俺は、染井さんの誠意を裏切る事になります」

「そう、かな?」

「──染井さんは。俺が変わり始めるきっかけが自分でありたい、と。そう言ってくれました」

「そうだね」

「.....俺はこれから変わる事になると思います。多分、染井さんが望む方向とは別の方向に」

 

 恐らく。

 エネドラの記憶を統一して生まれ来る自分は、以前の自分とはどうしようもなく変わる事となるのだろう。

 

「それは裏切りじゃない」

 

 染井は変わらぬ表情のまま、そう言った。

 

「これは私の願望だから。──加山君は加山君がやりたいようにすればいい。それを止めるつもりはないし、止めたくもない」

 

 ああ。

 そうだった。

 

 染井華は、そういう人だった。

 

 明瞭な自分の意思を持つが故に、他者の生き方も尊重できる人で。

 だから。自分の意思をもって他者の意思を妨害する事が出来ない人で。

 

「──その上で。加山君が自分の意思を通して変わった先で、それでも変わるべきだと思ったら私の手で変えていこうとするだけ。私の意思は何があろうと変わらない。だから、加山君は加山君がやりたいようにやればいいだけ」

 

 そこまで言い切って。

 染井は──まだ言葉を続ける。

 

「でも。お願いできるなら──私が変えられる余地くらいは残しておいてほしいかな」

「余地、ですか」

「要は──死なないで、ってこと」

「....」

「医務室に運び込まれた、って聞いて。あの試合で明らかに動きが変わったのも見ていて。──心配、したのよ」

「....すみません」

「うん」

 

 だからね、

 

「──君のやりたいようにやればいい。だからこそ、本音を聞かせて」

「本音ですか?」

「うん。──その近界民の記憶が、怖い?」

 

 ──ああ。

 以前もこんな風に言われたかな。

 

 苦しいと言ってほしかったって。

 

「──怖いですよ」

「どうして?」

「.....以前なら。何も怖くなかったはずだったんですけどね。自分の人格なんざどうでもよかった。死ぬことすら受け入れられていたはずなのに...」

「.....うん」

「俺が俺でなくなることが、本当にどうしようもなく怖いんです」

 

 エネドラの記憶を受け入れて、自分の記憶と合一させた加山雄吾は。

 以前までの加山雄吾と言えるのだろうか。

 

 それは加山雄吾なのか。それともエネドラなのか。加山雄吾でもなくエネドラでもない別人なのか。

 これまで生きてきた自己の連続性が、エネドラというイレギュラーで壊れないだろうか。

 

 そんな事、どうでもよかったはずなのに。

 本当に、どうでもよかったはずなのに。

 

 自己が何者なのかなんて。

 本当は重荷にしか感じていなかったはずなのに。

 むしろ──何物にもなりたくなかったはずなのに。

 何物にもなりたくなかったから、一つの信念を基軸に生きてきたはずで。

 その信念さえ継続できるなら──加山雄吾なんていう人格そのものも要らなかった。

 

 今は。

 かつての加山雄吾にとっては代えがたい好機のはずだ。

 人格なんて曖昧なものを代償に──エネドラの能力が手に入るともなれば。

 

 加山雄吾に、戦闘センスと呼ばれるものはない。

 そこにエネドラの記憶を参考にして、どうにか向上を計れた程度。

 

 加山にしてみれば垂涎物の好機だった──はずだったのだ。

 

 それでも。

 今は恐怖心がある。

 

「エネドラの人格に変質した瞬間に──どうしようもないほどの嫌悪感と恐怖感を覚えてました。思い出すことすべてが気持ち悪くて、そのまま緊急脱出した後に、ゲロって」

 

 自分が自分でなくなることがどうしてこんなにも恐ろしいのか。

 それは──。

 

「うん。怖いはずよ。──だって」

 

 染井華は、染井華としての答えを言う。

 

「君が作り上げた過去で。現在の君がある。全てが繋がっていて、連続している。──それは私も、加山君も、そして他の人も変わらない。そして──君が君として作り上げてきたものに、君自身が確かな価値を感じているから。それが壊されるのがきっと怖いんだと思う」

 

 でもね。

 

「でも。──たとえ。加山君が、加山君でなくなったとしても。きっと君が作り上げてきたものが君自身を引き上げてくれる。少なくとも、私はそうするつもりだから」

 

 これから。

 あまり似合わない事を言うよ、と前置いて。

 

「自分が何者か、って考えた時に。──それは自分だけで確定できるものじゃないと思う。私はきっと、葉子がいなければ今の私じゃなかっただろうし、君がいなければあの時のままだったのだと思う。過去が君自身を作る、というのなら。──君が関わってきた全ての人もまた、君の一部だから。だから──」

 

 本当に。

 似合わない事を言っていると、思う。

 

 そして。

 その似合わない事を──ずっとこの人は、自分の前で言い放ち続けている。

 

「きっと。君が自分が何者かに迷ったその時は──君じゃない誰かが、きっと答えを見つけてくれる」

 

 そう。

 苦手な食べ物を咀嚼しているような、そんな苦しげな表情で。

 何とか、彼女は言い切った。

 

「....忘れてほしいけど、忘れないで。結構、頑張って話したから」

 

 ばつが悪そうに──そんな事を呟いていた。

 

「今日は風が気持ちいい。それに月も綺麗」

「....いい夜ですね」

「うん」

 

 繰り返している。

 こうして、誰かの言葉に勇気づけられたり。

 逆に憎くて仕方がなくなったり。

 

 この時に感じる情動を実感するたびに──自分はこの世界に全霊で生きているのだと、感じる。

 

 ──この感覚を覚えるような人間性が少しずつ芽吹きだして。

 ──芽吹きだしたそれに目を付けられ、今や茎も根も腐り落ちようとしている。

 

 そうはなりたくない、と。

 加山は──心の底から、自己の全てをかけてでも、思った。

 

 

「....」

 

 迅は──空を見据えていた。

 

「これで確定かな.....。しかし、ちょっと厄介だな」

 

 

「どうしたのよ、迅」

 玉狛支部の屋上。

 夜風にあたっていた迅の背中から、声が聞こえてくる。

 

「お、小南。──いや、今日本部を歩き回っていたんだけど」

「何かいけない未来があった?」

「うん。──近々もう一回襲撃がかけられると思う」

「.....この前の進行と同じくらいの規模?」

「いや。さすがにそこまではない。今回の相手は、トリオン持ちの人間を集める事を目的としていない。そもそも、この前の連中とは別口だ──けど」

「けど?」

「.....少し、厄介なことになりそうだ」

 

 

「──アフトクラトルからの、お前たちへの指令は一つ。足止めだ。要は、奴等が格納している艦を破壊すること」

 

 艦の中は、緊張感で蔓延していた。

 

 それは。

 本来ここにいるはずのない──異分子の存在。

 

「俺はそれを積極的に手助けはしない。だが外でラービットと暴れることにはなるだろうから、ある程度の兵力をこちらに割ける。十分に利用するといい」

 

「....」

 

 それは朗らかな口調で語られているものの。

 口答えを許さない静謐な圧力があった。

 

 ──ガロプラ。

 

 アフトクラトルに占領され、属国となっている近界国家である。

 

 その宗主たるアフトクラトルから派遣されてきた男が、ガロプラの艦内にいた。

 

 

「俺の目的は──あちらが所有する黒トリガーのうち一つを回収する事。もしくは、奴等が捕えた捕虜を抹殺する事。──この二点のうち一つだ」

 

 その男は。

 大柄な、偉丈夫であった。

 そして。

 その頭部には──特徴的な二つの角が、埋め込まれていた。

 

「それでは──ガロプラの精鋭諸君。俺の名前はランバネイン。すまないが、少しばかり同行させてもらおう」

 

 

「──前回の近界民と、あの新型がまた襲い掛かってくるってこと?」

「ああ。奴がぶんぶん飛び回って暴れまわっている未来が見えた。──そして、問題はそれだけじゃない」

 

「....他には? 何があるの」

 

 迅悠一は。

 一つ目を瞑り。

 

 告げた。

 

「最悪から二番目の可能性。──加山が死ぬ。もしくはヒュースが死ぬ」

「....あいつ等が死ぬの?」

「ああ。──敵さんの狙いは加山が適合した黒トリガーだ。多分前回の侵攻の出戻りは本気でアレを狙いに来ている。それが叶わなければ、ヒュースを殺しに来る。加山が死ぬ可能性はそこまでないけど、ヒュースは何もしなければ殺される可能性が高い」

「....色々聞きたいことがあるけど。今は置いておく。そして、一番最悪の可能性は?」

「一番最悪な可能性は──」

 

 いつもの通り。

 事もなげに。

 

 迅悠一は言った。

 

 

 

「加山が、ヒュースを殺す可能性だな」



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夢の中へ

 俺は誰だ、を。

 毎度のように繰り返している。

 

 そうだ。

 俺は加山雄吾だ。

 

 今より十五年前に生を受けた。父の名は加山敏郎。母の名は加山透子。母の旧姓は今岡だったはずだ。

 俺はチビで、どんくさくて、そのくせ変な感覚を持って生まれた人間だ。

 

 そして。

 四年前に第一次侵攻が──。

 

 

 その記憶を思い出そうとすると。

 別の記憶も同時に発生する。

 

 ──腹部への激痛。

 ──湧き上がる怒り。

 

 

 窓枠から黒い穴倉が見える気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 腹部から血が流れているような気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 どうしようもなく体が冷たくなって、感覚が消えていくような気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 どうしようもないほどのイラつきが腹の底から頭にかけて突き抜けていく気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 今まで殺してきた誰かが怨嗟を上げてこちらに掴みかかってきている気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 全員が俺を裏切ろうとしているのではないか、と疑っている気がする。

 気がするだけだ。気にするな。

 

 悲鳴が聞こえる気がする。

 断末魔が響く気がする。

 味方なんていない気がする。

 物に当たりたくなっている気がする。

 暴れたくて仕方がなくなっている気がする。

 

 そうだ。

 全部全部、気がするだけだ。

 

 気にするな。

 するんじゃない。

 

「....成程なぁ」

 

 加山雄吾は。

 毛布を身に纏い、倒れ伏して──呟く。

 

「これが、お前の世界か」

 

 トリガー角で変質した脳味噌から見える世界。

 それが、これか。

 これだったのか。

 

 

「──骨が折れそう、だな。は、はは、はは」

 

 これを受け入れると決めたのだ。

 ──脳が拒絶するはずだ。こんなものと同一化するなんて。

 

「──次の。次のランク戦までに。何とかしなければ....」

 

 

「どうもどうも。皆さんお集りのようで」

 

 ボーダー本部内にある、とある作戦室。

 そこには、少人数の人間のみで構成され何人かは、如何にも急遽集められたといった感じのメンバーがいて、そして実際に急遽集められていた。

 A級隊長の複数(太刀川・冬島・風間・嵐山・三輪)と、城戸司令に忍田本部長、そして東春秋。複数人は席に着き、そして複数人は座席が足りないのか立っている。

 

 その室内に最後に入ってきたのは──迅悠一であった。

 

「──敵の襲撃があるようだな」

「ですね。レプリカ先生からの情報で、近々アフトクラトル属国のうち二国がこっちに近付いてくるみたいですね」

 

 一国が、ガロプラ。

 二国が、ロドクルーン。

 

 この二国が、こちらに攻撃を仕掛けてくる可能性があるとの事であった。

 

「襲ってくるとしたら、トリオン目的か....」

「うーん。今日市街地を見に行ったんですけど。特段被害を受けている未来が見えなかったですね。C級ブースに行っても同じ。一般人とC級へ被害を受ける可能性は低いうえに、攫われるとなるとほぼ皆無」

「,,,ふむん。あくまで本部への攻撃に焦点を絞っているのか...」

「その可能性が高そうですね」

「....」

 

 その後の方針としては。

 基本的に迎撃は対外秘で行う事と、徹底した情報規制を行い──交戦を市民に悟らせないこと。

 

 大規模侵攻から間もなく、緊張状態にある市民に更に刺激する訳にもいかないため、戦闘に参加するのもA級とB級部隊の一部のみ。

 

 城戸が音頭を取り方針が決まり、緊急の会議は終わる。

 

 

 そして。

 

「残ってもらってすみません」

 

 会議室には。

 城戸、忍田、東が残る。

 

「──何かあったのか」

「多分、一回このメンバーで結論を出してから皆に話した方がいいのかな、と思いまして。──この襲撃。アフトクラトルの角つきが襲撃に参加する可能性があります」

「....そうか」

「参加するのは確定で一人。ワープ使いか砲撃野郎のどちらか。可能性としては十中八九砲撃野郎が来る。あの新型を何体か引き連れて」

 

 砲撃野郎、とは。

 先月の大規模侵攻において、縦横無尽にこちらに被害をくらわした大柄な男。

 

「....あいつか。しかしあの火力で襲い掛かられたら、流石に秘密裏に事を進めるのは出来ないだろう」

 あの男のトリガーは、空中を飛べるジェットと何十とある砲台であり、──空爆という、秘密裏に処理するにはあまりにも面倒な戦い方をする男だ。

 戦力としてもあの超火力は非常に厄介であるが──何より面倒なのが、そのド派手さ。

 秘密裏に処理をしなければならない状況下で、あの男の二度目の来訪は心底厄介この上ない。

 

「....何か手立てはあるのか。迅?」

「あります。──加山が適応しているあの黒トリガーです。アレの機能で、トリオンに干渉してジャミングを行えるじゃないですか。それ使って奴を空中から叩き落すことが出来る」

 大量のトリオンを噴出材として利用し、空中で制御をおこなっているあのトリガーは、加山が適応した黒トリガーにより干渉を行う事が可能であろう、と。

 

「恐らくですけど。アフトクラトルの人型の目的は加山の黒トリガーの奪取です。──なら加山があのトリガーを使えば勝手に寄ってくれる。──ただ」

「ただ?」

「今の加山は──ちょっと、危うい」

 

 

 日曜が過ぎ。

 月曜となった。

 

 土曜に眠れなかったため、市販の睡眠導入剤を飲んだ。

 一錠飲んだら耳鳴りが凄かったので、用法を超えて二錠飲んだ。

 そうしたら泥のような眠りに落ちていった。

 

 

 

 眠りの中でもそこは記憶の連続であった。

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 エネドラの記憶が飛び回っている。

 悪夢の中。起きることも許されずずっとエネドラの記憶の中で足掻いていた。

 

 自分はエネドラとなり、エネドラとして記憶の中に入り込んでいた。

 エネドラの視点から物事を見つめ、エネドラが好きなものを好きなものとして認識し、エネドラの嫌いなものを嫌いなものとして認識し、

 

 イラつき。

 暴れまわり。

 虐殺した。

 

 身が凍る程の恐怖を覚えたあの断末魔が、甘美なものとして受け入れている矛盾。

 その矛盾が矛盾として認識されなくなる時、それが自我が崩壊する時なのだろう。そう意識した瞬間、自分は何者であるのか。その在処を探す。

 

 俺は何が好きだったのか。

 俺は何が嫌いだったのか。

 俺はどんな人と出会ってどんな人生を送っていたのか。

 

 

 探す。探し続ける。俺が俺としてある証明を。俺がエネドラであることの反論材料を。

 

 巡る記憶はエネドラの記憶ばかり。当然だ。今俺はエネドラの記憶の中に入り込んでいるのだから。

 エネドラと自分の記憶を合一する事を覚悟してから。

 まるで枷が外れたかのように──その記憶が流れ込み、雪崩れ込んできた。

 

 自己の記憶と混ざる、というよりは。

 自己の記憶を押し潰す、という感触が正しい。

 

 

 それだけ。

 ──エネドラ、という記憶の中には。

 ──加山が押し殺してきた全ての感情があったから。

 

 

 

 激痛の中目覚める。

 

 

 

 布団が血に汚れている。

 自分の両腕を掻き毟っている跡が見える。

 時計を見る。

 もう午前9時を回っていた。

 

 学校に欠席の連絡を入れ、加山は立ち上がり──鏡を見る。

 

 よかった。

 俺は加山雄吾だ。

 エネドラじゃない。

 加山雄吾の顔をしている。肉体をしている。ひどい顔だけど。

 

 

 

 

 

 

『──バーカ』

 

 

 

 

 

 

 

 鏡に。

 何かが映っている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──今日の防衛任務、加山は欠席だ。理由は、まあ全員知っているだろう」

「....」

「ランク戦までには絶対に戻る、とアイツは言っているが。最悪、次の一戦はアイツ抜きで行う事も覚悟する」

「.....ッス」

「だがまあ、そこまで深刻にとらえるな。──あいつが大丈夫と言っているんだ。信じてやろう」

 

 そうは言うものの。

 やはり気になるのも事実で。

 

「──ったく。明日顔が出せねぇようなら、ちと見に行ってやるかね」

 

 がしがしと頭を掻いて、弓場はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒュース」

 

 玉狛支部にはお子様が一人いる。

 

 最近──ヒュースの周囲に付きまとっているお子様だ。

 名を、林藤陽太郎。

 支部長である林藤の息子──と噂されるお子様である。

 

「おれからのありがたいおくりものだ」

 

 なんだ、と一つ声を出し。

 その手に渡されたものは──。

 

 黒い棘状の欠片が集合した冠──といった風情の、トリガー。

 

 ヒュースが使用していた──蝶の楯だ。

 

「....何故、これを」

 

 捕虜に、武器を返却する理由が何処にあるというのか。

 

「.....迅がいっていた。これをわたさなければ、おまえがしんでしまうと」

「....」

「だから、わたす」

 

 そう言って陽太郎は、ヒュースに割り当てられた部屋から出ていった。

 

 

 

 

 加山はランク戦前日には復帰した。

 非常に顔色も悪く、まともに食事もとれないほどに酷い有様であったが。

 

 それでも──何とか次の日のランク戦昼の部に参加した。

 

 中位から上がってきた東隊と王子隊との三つ巴戦。

 

 加山は序盤に王子隊との交戦を行っている中、東隊長のスナイプによりあっさりと撃墜。

 その中で王子隊万能手の樫尾と東隊小荒井を仕留め二ポイントを奪取。戦闘の中での動きそのものは大きく向上を果たしているものの──東への警戒が薄く、以前よりも立ち回りの精彩を欠くと解説(二宮)を受けた。

 試合は最後まで生き残った弓場が奮闘し二ポイントを追加し、総計四ポイントを取得。

 至極当然のごとく最後まで生き残った東春秋相手に膠着状態となり、生存点を稼ぐ事叶わず。四ポイントでなんとか一位に着地した。

 

「....」

「ま、こういう日もある。次回までに修正すべきところは修正しろ」

 

 まだ。

 まだ思考がまとまらない。

 

 換装体に切り替えた所で、幻聴幻覚耳鳴りが止まない。

 

 統合しなかったら別人格が生まれ。

 統合を始めると記憶の混濁から現実認知にバグが生じる。

 

 ──エネドラの記憶は、今のところ加山を蝕む呪いとしてそこに存在していた。

 

「加山」

 

 ランク戦が終わった後。

 弓場から一つ手渡される。

 

 それは

 

「.....これ」

「お前の黒トリガーだ」

「そりゃ解るんですけど.....何で今?」

「さあな。──迅から受け取った。お前に渡せってよ」

「....」

 

 さあて。

 迅から、というのが非常に重要だ。これからこいつを使わなければならない状況が出てくるという事だろうが。

 これを使う状況が、何らかの未来の分水嶺になるという事だろう。

 

「....」

 

 仮に運命というものがあるのならば。

 このタイミングというのが、実にいやらしい。

 

「....仕方がない」

 

 絶対にロクでもない事が起きる──そう予感しながら。

 加山は黒トリガーを受け取った。

 

 

 そうして。

 

 敵勢が動き出す。

 

 

「──それでは皆々。それぞれの作戦を開始しようか」

 

 ランバネインがそう告げると共に。

 

 

 ──総勢六人の近界民が、『門』より玄界の地上へと降り立った。

 

 




貴重なランク戦...!
貴重、であるがっ...!
あえて...!あえて、”流す”....!

そういう、割り切り...!
そう、割り切りなのだっ...!



ランク戦→ガロプラ戦は心底めんどいのでクッソ雑にROUND5は流しました。ご理解頂ければ幸いです。


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かつての三人

※読者様のご指摘を受け、後半部分を修正しました。
阿呆な作者をどうかお許しください。
死にます。


「──アフトクラトルが、この作戦に随行すると報告を受けた」

 

 ガロプラ遠征部隊。

 隊長ガトリンは、そう重々しく口を開いた。

 こめかみの傷と、髭にまで繋がったもみあげが、険しく歪んだ表情に釣られぴくり動く。

 如何にも歴戦の雰囲気を漂わせた男が鼻上を掴み、一つ悩まし気に表情を歪めていた。

 

「アフトクラトルが領主、ハイレインの弟のランバネイン。これよりアフトクラトルの遠征艦の軌道上に入り、奴等の黒トリガーを通してこちらに送り込まれるようだ」

「....どういう事? 隊長の見立てでは、今回の足止めの任務は、玄界の目をこちら(ガロプラ)に向けさせることが目的だと言っていたのに。奴等も襲撃に入るんじゃあ意味がないじゃない」

 ウェン・ソーは、ガトリンの言葉に、そう返す。

「俺の見立てが間違っていた....というのは簡単だろうがな。恐らくはアフトクラトル側が遠征で何かしらのイレギュラーを発生させてしまったのだろう」

「...冗談じゃねーぜ。俺達の艦にアフトクラトルの野郎を乗せるなんて」

「まあ、文句を言ったところでしょうがない。別に作戦の邪魔をするつもりじゃないんでしょ?」

 艦の中で一番若手の男──レギンデッツは不満を隠さず苛立たし気に声を荒げ。

 猫背の男──副隊長のコスケロがそれを宥める。

 

「.....けど、任務の大まかな流れは変えるつもりはないんですよね」

 坊主頭の隊員、ラタが一連の報告を聞きガトリンに尋ねる。

「ああ。事前計画に変更はなし。アフトクラトルの軍勢が入ろうとも、やはり玄界の恨みを買う訳にはいかない。市街地への攻撃はなし。ただ、あちら側の艦を狙う」

「了解です。──ちなみにアフトクラトル側から兵の補充は?」

「あちらの新型とモールモッドを複数持っていくらしい。だがそれはあくまでランバネインが使用する。こちらの手勢は変わらない」

 

 もう一度確認するぞ、とガトリンは言う。

 

「敵勢はアフトクラトルの精鋭五人を追い返している。黒トリガーは確定で二つ。最高で四つ保持している可能性がある。かなりの戦力故に、恨みを買う事は避けたい。市民へ危害を加えることは避け、遠征艇の破壊を最優先。──いいな?」

 

 了解、と。

 静かに声が響き渡っていた。

 

 

『門』が発生し、

 基地正面から──未確認のトリオン兵が殺到してくる。

 

「...」

 

 加山は──自らの手の中にあるこのトリガーを恐ろしげに見ていた。

 これを発動すれば。

 何かが起こる気がする。

 

 しかし。

 

「──南方の『門』より、人型が出現!」

 

 本部の通信から報告があげられる。

 

 そこには──

 

「──アフトクラトルの、角付きです! 現在玉狛支部方面へ向かっています!」

 空飛ぶ巨漢がいた。

 

 一度たりともあったことがないのに。

 見るだけで憎悪が湧いて出てくる対象があった。

 殺してやりたい、と心から思う相手が。

 

「....くそ」

 

 最悪な気分のまま。

 加山は──トリオン体を解除し、黒トリガーを起動した。

 

 

 ガロプラ側の作戦はシンプルであった。

 精鋭三人を本部内に侵入させ。

 残る二人が兵隊を呼び出しながら外のボーダー隊員を引き付ける。

 

『門』に反応し、本部内の兵員が外に出ている。

 本部の天井部分に狙撃兵が配置され、

 トリオン兵の正面には銃手・射手の飽和射撃。

 攻撃手は、近寄ってきたトリオン兵の排除及び付近に『門』が発生した際のサポートを行う。

 

 屋上に、東春秋の姿がある。

 

「──隊長達中に侵入できたみたいだな。このまま外の連中を引き付ける」

「了解。──しかし、思った以上に玄界の動きは迅速だ」

「あの屋上の狙撃兵......。アフトクラトルの報告にあったね。かなり厄介な指揮官みたい」

「狙撃兵の手を止めさせたいが....あっちには既に近接専門の兵隊が配置されているね。ドグを何匹かやったところで瞬殺される」

「.....出来るだけ二人とも動きながら『門』の発生区画をばらけさせよう。多分、あの動きを見るに二人の居所を掴もうとしている」

 

 レギンデッツのコスケロはそれぞれ本部基地周辺を駆け回りつつ、別方向より『門』を発生させトリオン兵を送り込む。

 

 人型トリオン兵アイドラ及び犬型トリオン兵ドグ。

 

 アイドラはシールド機能を持った二足歩行型のトリオン兵であり、何体をかを集め連携を取る事でその真価を発揮するタイプのトリオン兵だ。

 張られていく弾幕に対し密集しシールドを張りつつ前進し──その間隙にフォルムが小さく、素早い犬型のドグをねじ込んでいく。

 

 現在数においてはガロプラ側が非常に有利を取っている。

 しかし、玄界側はとにかく情報の共有が速く、隊列が乱れる兆しすら見えない。

 

「まず隊列を崩さねぇと。あの連中の横っ腹から──。あれ。お、おい。おい。ヨミ。ヨミ!」

 

 

 突如。

 

 ガロプラは──通信が乱れる。

 それぞれの通信網からノイズが零れる。ノイズは次第に大きくなり──最終的に何も聞こえなくなった。

 こちらをオペレートしていたヨミの声が、ブツ、と音を立てて遮断された。

 

「.....ジャミング!」

 

 レーダーを見る。

 波打つようにレーダー表示も乱れ、トリオン反応の表示すらも多大なバグが発生している。

 

「....そんな!」

 

 間違いない。

 こちら側の通信網が、完全に遮断された。

 

 これでは──連携はおろか、状況の把握すらままならぬままだ。

 

 ──そして。

 その混乱の最中。

 レギンデッツは気付けなかった。

 

 ──自身が呼び出したトリオン兵、ドグの幾つかの反応がロストしている事に。

 

 

 

 

「──は」

 

 エネドラから作られた黒トリガーは。

 起動と同時に、彼自身の記憶を流し込む。

 

 

 現在。

 加山雄吾はエネドラの記憶を統合している最中で、非常に不安定な状況であった。

 

「──やっぱり猿は間抜けだなぁ、おい」

 

 その中に。

 混じり気のない、純粋なエネドラの記憶媒体が流れ込んできた。

 

 そこからは──速かった。

 エネドラの記憶が不安定極まりない加山の意識から肉体の主導権を奪い、──ここには、加山雄吾とは異なる別人格が顕現した。

 

「──せめて記憶の統合が済むまではアレを起動しちゃいけなかっただろうが。ハハハハハハハ!」

 

 ああ、と彼は思った。

 何と新鮮な心持ちだろう。

 

 脳内に巣くうどうしようもないイラつきもない。感情がすぐに乱れる事もない。

 空気を吸って、吐く。

 

「まあ安心しろ。俺は猿の味方だ。そして」

 

 笑う。

 笑う。

 

「──あの連中の、不倶戴天の敵だ。正しくぶち殺してやるよ」

 

 黒い角をその頭に纏い。

 アフトクラトルの外套に身を包んだその男は。

 

 ただただ笑っていた。

 

「やっぱり、黒トリガーはいい」

 

 天空に広範囲の妨害電波を敷き、ガロプラの通信をジャミングする。

 

 ジャミング用の電波発生地を指定し、そこに電池代わりのトリオンを流し込む。

 これで──あの戦場で五分はレーダーも通信も死んでくれるだろう。

 

「まあ動きの速い雑魚が今回は適任だろ。──おら、さっさと来やがれ」

 

 加山の背後には。

 ──レギンデッツが召喚したドグが数匹、そこに存在していた。

 

「──泥の王よか攻防の機能は低いが、それでもかなり応用範囲があるみたいだなコイツは。色々遊んでいこう」

 

 

 その頃ヒュースは。

 玉狛支部の一室にて身を潜めていた。

 

 ヒュースもまた、ガロプラとロドクルーンの襲撃を予期していたが──自身の状況を知った上でこの二国が自身を保護することはありえないだろう、と判断した。

 それが解っているからこそ。迅はこれを手渡したのだろう。

 

 ──なあ、ヒュース。

 

 あのうさん臭い男は、あの尋問を終えた後に、こんな事を言っていた。

 

 ──近々、お前を尋問した加山って奴が。ちょっと面倒なことに巻き込まれることになると思う。もしそれを止めてくれたら、俺はお前の望みを何でも一つ叶えてやるよ。

 

「....」

 

 恐らく。

 これから自分は何かしらにまきこまれる。

 

 

「──来たか」

 

 実に。

 実に聞きなれた破砕音が、響いていく。

 

 ヒュースは一つ目を閉じて──

 

「──蝶の楯」

 

 それを、起動した。

 

 

 黒の欠片の集合が周辺に寄り集まり、ヒュースの周囲を取り囲む。

 そして。

 

 支部の玄関口をぶち抜く砲撃を──欠片で作ったシールドで防いでいた。

 

「──はははは! 久しいな、ヒュース!」

 

「──ランバネインか」

 

 かつての仲間が、そこにいた。

 

「何故俺がここにいると?」

「別にお前を追ってきたわけではない。――レーダーが乱れ始め、一時こちら側に避難した瞬間にこの砦内から反応があった。追って来てみれば、蝶の楯を起動したお前がいたという事だ」

「....どういう事だ」

「さあな。だがまあ、いいじゃないか。お互いに手間が省けた。――こちらの事情が変わり、お前は生かしておくわけにはいかなくなった」

 

 故に。

 

「──抹殺だ。死んでもらう。ヒュース」

「....成程。理解できた。だが、俺はここで死ぬわけにはいかない」

 

 どうしようもなく。

 ──ランバネインはこちらを殺そうとしている。

 

 

「──お前とは一回戦ってみたかった」

「──それはよかったな」

 

 砲撃が叩きつけられ。

 黒の欠片が放たれ。

 

 ──戦いは開始された。

 

 

「....」

 

 ヒュースは玄関口から脱出すると。

 欠片のレールを作り空へと滑空する。

 

「──空中戦か! それもまたよし!」

 

 応じるように。

 ランバネインもまた──ジェットを噴射しヒュースを追う。

 

 背中のカタパルトから幾つもの弾雨をランバネインは放ち。

 それらを欠片のシールドで逸らしつつ──電磁力の斥力をもって回転させた刃をヒュースは放つ。

 

 円盤と砲撃が行使し、空中には花火のような火花が上がる。

 

 

 

 その時であった。

 

 

「な」

「むぅ」

 

 バチ、という音と閃光と共に。

 

 ヒュースの欠片から。

 ランバネインのジェットから。

 

 ──制御機能が失われる。

 

 空中高くから──突如としてそれらが失われたことにより、両者とも地に堕ちていく。

 

 

 それぞれ建物の天井部分にぶちあたり、そのまま路上へと転がる。

 その左右から。

 

 ──犬型が襲い掛かる。

 

 左右から三匹ずつ。

 それは──ヒュースに狙いを定めていた。

 

 即座に欠片を放ち、電磁力で地面に叩きつける。

 

 その瞬間。

 また──バチバチと発光する光をヒュースは視認した。

 

 

「....く!」

 壁にはりつけた電磁力で自らの背後に力をかけつつ、バッグステップ。

 かなりの勢いをもって避けたその先。

 

 ──ランバネインの砲撃が飛んでくる。

 

 急遽作成したシールドでは防ぎきれず。

 ヒュースは砲撃の勢いそのまま──壁に叩きつけられる。

 

 

「──楽しいことやってんじゃねぇか、おい」

 

 ヒュースと、ランバネインは。

 その姿を見た。

 

「──餌に釣られてくれたな、ランバネイン。まんまとここに来てくれたわけだ。あまりにも間抜けで涙が出てくる。」

 

 その姿は、加山雄吾であった。

 小柄な体躯に、白髪交じりの髪。

 

 しかし。

 

 その姿は──エネドラのトリガー角と、アフトクラトルの軍服を纏ったものであった。

 

 そうか、とランバネインは確信した。

 レーダーにジャミングし、ヒュースの居場所にトリオン反応を示したのは――この男か、と。

 

 加山は、笑う。

 笑って、言う。

 

 

「死ね」

 

 

 かくして。

 かつての三人が、集まった。

 

 かつて祖国を同じとし、同じ場所で戦っていた仲間が。

 立場を違え。または肉体すらも違えたまま。

 それぞれがそれぞれの敵として──また集まったのだ。

 

 

 

 ランバネイン

 ヒュース

 

 そして──エネドラ。

 

 

 かくして。

 アフトクラトルの軍人と元軍人が。

 雁首揃え、互いの首を捥ぎ取らんと──殺意を込めて、そこにいた。

 

 

 欠片を集め

 砲撃の火口を開き

 電撃を込めて

 

 三者は──戦いの火蓋を、落とした。



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踵鳴る

 エネドラを素体としたこの黒トリガーは。

 トリオンを電流化させる。

 

 電流を放電し、相手のトリオンを膨張させる。

 電流で力場を発生させ、敵の位置を把握する。

 妨害電波を発生させ、敵のレーダーを妨害・攪乱を起こさせる。

 

 ──こいつはただ電流を放電するだけじゃねぇ。

 

 襲い来る蝶の楯の欠片に、電流を流す。

 流された欠片は──電磁力の効力を失い、地に落ちていく。

 

「──蝶の楯ごときで、俺の黒トリガーが止められるとでも思ってんのか!」

 

 足元。

 そして直線。

 それぞれに電流を流しながら──ヒュースを追い詰める。

 

 ビ、と。

 背後より音が聞こえる。

 

 迫りくるランバネインの弾丸に、放電。

 弾丸に込められたトリオンを膨張させ、破壊する。

 

 ヒュースも、ランバネインも。

 気付く。

 

 ──この三者のうち。真っ先に打倒せねばならないのは、加山であると。

 

「──出し惜しみなしだ」

 

 ランバネインはそう言うと。

『門』を開き、ラービットを投入する。

 

 プレーン体が五匹。

 モッド体が三匹。

 

「懐かしいじゃねぇか」

 

 投入されたラービットを一瞥し、懐かし気に表情を歪める。

 

 真正面から殴りかかる三体のプレーン体ラービット。

 その側面へ移動しつつ、雷の羽を撃ち放つランバネイン。

 そして、回転刃を放つヒュース。

 

 ──この黒トリガーは、純粋な物量戦に弱い。

 

 電流によるトリオン膨張攻撃と、力場発生による攻撃の察知。

 非常に優れた機能を持っているが、されど泥の王や卵の冠のような黒トリガーと比べると、純粋な攻防の能力が低い。

 泥の王のような圧倒的な防御能力も、卵の冠のような回復能力も物量もない。

 

 故に。

 反撃を封じるほどの物量をそこに叩きつければ──瓦解する。

 

 砲撃と斬撃が浴びせられ。

 煙が舞い上がる。

 

 舞い上がった煙から見えたのは──

 

「な....!」

 

 先行し、殴りかかっていたラービットが──両腕を前に突き出し、加山を庇うようにそこに佇んでいた。

 両腕は破砕され、最早機能すら停止していた。

 

 

「よぉ」

 

 加山は。

 更に襲い掛かる──モッド体のうち一体に近付く。

 

 それは。

 かつてエネドラが使用していた──泥の王の性質を持ち合わせたラービットであった。

 

()()の使い方を俺はよく知ってるぜ。──貰うぞ」

 

 殴りかかる腕を取り。

 電流を一つ流す。

 

 その瞬間。

 

 モッド体が加山に付き従うようにその背後に回り、両腕を地面に突き刺す。

 

 そして──加山の周囲を黒々とした液状化トリオンが纏わりつく。

 それは。

 かつて──彼の所有物であった、黒トリガーと同様の光景であった。

 

「──それはトリオン兵の操作まで可能とするのか....!」

 

 襲い来る蝶の楯の欠片を液状化トリオンと電流により防ぎながら。

 加山はヒュースに肉薄する。

 

 バチ、と音が鳴る火花を纏い。

 加山の右拳がヒュースの顔面を打った。

 顎を貫くような、足元からのアッパーストレート。

 

 その殴打を受け──

 

「があああ!」

 

 ヒュースは、思わず()()に悶える。

 トリオン体ではありえない、その感覚に──全身に電流が走り、そして頭がカッと熱くなった。

 

 ──痛覚が、戻っている.....! 

 

 ヒュースは──自身の顎が打たれ、舌を巻き込み、そして頭を地面に叩きつけられる痛みを──確かに感じていた。

 

「痛いだろ? ──心配すんな。もっと地獄のような痛みを味わわせてやるからよ。なあヒュース。拷問も怖くねぇんだろ?」

 

 くく、と。

 加山は笑う。

 

「いい気分だ。──お前は混乱に乗じて脱走する最中にトリオン兵にぶっ殺された間抜け野郎としてここで死ぬんだよ」

 

 けたけたけた。

 笑いながら──加山はヒュース、ランバネイン二人を見た。

 

「──負ける気が一切しねぇ」

 

 晴れやかだ。

 記憶の中の自分は、もっと切迫感があったはずなのに。

 殺したい、というより。

 殺さなければ自分が保てない、という感覚だった。

 焼けつくような感情の波に理性が溺れ、衝動のままに殺さざるを得なかった。

 

 でも。

 今は違う。

 

 感情の波の上に、しっかりと理性という名の船を漂わすことが出来ている。

 

 ──ああ。

 ──今、俺は。

 

 殺したいから、殺そうとしている。

 殺さねぇとどうにもならねぇから、殺そうとしている訳じゃない。

 

 混じり気のない、純粋な殺意と自らの理性だけが。

 この身体を動かしている。

 つまりは、完全たる自らの意思で。

 クソみたいなトリオン角に汚染されていない、俺の、俺だけの意思で。

 

 なんて、

 ──気分が、いいのだろう。

 

 

「侵入完了。──それでは目標へ向かおう」

 

 アイドラに化けて壁をすり抜け、

 ガトリン、ラタリコフ、ウェンが──ボーダー本部の侵入を果たす。

 

「これより俺とラタが艦の破壊に向かう。──追手がかかればウェンが足止め。レギーとコスケロが外の敵の引き付け。ヨミは全体のサポート。頼むぞ」

 全員分の了解の声を聞き。

 

「敵は出来るだけ無視だ──最短で目標まで向かう。ヨミ。この砦内の内部データの更新を頼む」

 

 侵入を果たし、壁をすり抜け。

 最短の経路を進んでいく。

 

 その中で。

 

 視線の先に──サングラスを額に置く男が、現れる。

 

 男は、こちらを視認すると──手に持ったうねる刃で斬撃を行使した。

 決してこちらに届かぬ距離。

 しかし──その男を起点として、壁から、地面から、切れ込みのような軌跡が走っていく。

 

 ──アレは、アフトクラトルから報告を受けた黒トリガーか。

 

 そう隊員の全てが認識した瞬間。

 切れ込みから飛び出してくる斬撃を、シールドで囲い、防ぐ。

 

 そのまま彼等は──隣の壁をすり抜け、別経路へと消えていく。

 

「──ヨミ?」

 そのタイミングであった。

 ──加山のジャミングによって、外部との通信が遮断されたのは。

 

「通信のバグでしょうか。こんな時に限って...」

「....予想外だが、仕方ない。復旧を信じて、こちらはこちらで役割を果たそう」

「──隊長。後ろから追手がかかってる」

 

 弾丸が、背後より向かってくる。

 そこには。

 紫の隊服を着込んだ女と、白のジャケットを着込んだ女。

 ──香取葉子と、帯島ユカリだ。

 

「──敵を見つけたわ。これから迎撃に入る」

「同じく帯島。敵を視認。香取隊長と連携して迎撃します!」

 

 香取は拳銃。帯島は射手トリガー。

 それぞれを構えながらガロプラの三者の背後へと弾丸を叩き込んでいく。

 

「....撒けるか?」

 

 曲がり角に入り込み、二人から逃れる動きをする。

 しかし──彼女たちが放つ弾丸は、曲がり角も構わず、追尾をかけていく。

 

「....鬱陶しい。ここで足止めする」

「頼んだ」

 

 元より、追手がかかればウェン・ソーが迎撃する方針であった。

 その役割に、彼女は準じる。

 

「....二人取り逃がした。これから仕留めにかかるわ。協力お願い」

「了解ッス!」

 状況が動く。

 動き続ける。

 

「かかってきな、──お嬢ちゃんたち」

 

『門』と共にドグを召喚し。

 ウェン・ソーは──二人と対峙していた。

 

 

 

「どうにかジャミングの解除が出来たね。──とはいえ、もう戦列が崩されてきている」

「.....隊長達は目標まで来たか?」

「来たけど、目標地点に先回りされてるっぽい。かなりの腕利きと交戦している。外の戦力をまだ中に入れる訳にはいかない」

 

 一方ガロプラ部隊は。

 加山によって通信が途絶した影響を思い切り受けていた。

 

 戦況の把握が非常に遅れ、戦力の投入が遅れた分だけ戦列が崩れかかっている。

 ボーダー本部に侵入している三人はそれぞれ襲撃を受け、

 ジャミングで通信が途絶えている間に、戦力の投入が遅れた為、初期に投入した戦力が大きく削れ不利を押し付けられている。

 敵も戦列の乱れに気付いてか、どうやら途中から背後に近接用の兵士を回し脇の犬を潰しながらアイドラに射撃を集中させる策を取っていたようだ。列尾のドグも、正面のアイドラも、相当なダメージが淹れられている。

 

 

「アフトクラトルからの報告通りだ。とても優秀な指揮官がいるね。アフトからの増援があってよかった。これで一先ず戦列の穴が塞げる」

「ぼくもこれから援護に入ります。取り敢えずアフトの新型と操縦モードのアイドラを脇で固めて、あちらの戦列も崩しましょう」

「とはいえ.....まだジャミングが入る可能性があるんだろ?」

 そう。

 ジャミングの解除を行えた、といっても。

 ジャミングを行ったやつの排除は未だ行われていないのだ。

 

 まだまだ──脅威は続いている。

 

 

「.....アフトクラトルの軍人から報告が入った。ジャミングを入れた奴は今あちらで交戦しているらしい。アレが交戦している間ならこちらも安全だ」

 現在ランバネインは。

 この戦列から離れた場所で、戦いを続けている。

 いつも空爆を行っているあの男が、地面に降りて。

 あの男も──今ジャミングの影響を受けている真っ最中なのかもしれない。

「.....もしあのデカブツが倒されたらどうするんだ?」

「その時は....こちら側でジャミング対象を始末をつける必要があるだろうね」

「クソ....ならさっさとこっちはさっさと片付けねーと....!」

「解っているよ。──それじゃあ、散開している敵部隊から始末をつけるよ」

「こっちのドグを屋根の上にいる狙撃兵に向ける。あの調子じゃあすぐに対応されるだろうけど、操縦モードのアイドラを仕向けるくらいの時間は稼げる」

「そうなれば多分副隊長の居所を探りに来ますよね? 大丈夫ですか」

「そうなったら、こっちもあのアフトクラトルの新型と連携してやるよ。多分、俺のトリガーとは相性がいい」

 

 さあて、と呟き。

 

「ここから立て直そうか。──どうにかしないとね」

 

 

「──ここで待ってりゃ、敵さんが来るってこったな。しかし、豪勢なメンバーだこったなァ」

 

 そして。

 遠征艦の格納室の前。

 

 迅が襲撃犯の顔を認識し、見えた未来。

 そこで確定した。

 ──敵の狙いは、遠征艦であると。

 

 遠征艦は分厚いトリオン壁の向こうに安置され、周囲の機材も全て壁の向こう。

 カッチリと準備を行われた、格納室。

 

 そこには──四人の男女がそろっていた。

 

 

「呼べるもんなら鋼も呼びたかったがな....あいつは今ランク戦の最中だ」

 

 A級太刀川隊、太刀川慶。

 

「敵はエレベーターで降下中。そろそろ来るぞ」

 

 A級風間隊、風間蒼也

 

「ま、文句を言っても始まらないし。さっさと敵を片付けるわよ」

 

 A級玉狛第一、小南桐絵。

 

「おうとも。──こいつァ、楽しみだ」

 

 そして。

 B級弓場隊、弓場拓磨。

 

 

 総員四名。

 ──敵の襲撃を待つ。

 

 



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Fever Believer Feedback

「──柿崎隊、諏訪隊は左翼に移動。人型トリオン兵に包囲射撃を行いつつ犬を攻撃手で処理。右翼側に『門』の形成が集中している。攻撃手・万能手を集めトリオン兵の処理をしつつ、索敵。狙撃部隊はそのまま高所を維持」

 

 東の目には、あらゆるものが見据えられていた。

『門』の発生地から敵勢の動きと、そこから垣間見える──”引き付け”の戦術。

 そして──突如として現れた戦列の乱れ。

 

 これまでの動きとして、右翼、前方、左翼の布陣を敷き、こちらの飽和射撃で空いた穴を適時塞ぐ形で敵が対処してきたが。

 突如としてその対処が遅れる、または対処そのものが行われないタイミングがあった。

 

 東は目ざとくその隙を見つけ出し、戦列が崩れた区画へ狙撃を集め大きく数を削り、戦列を完全に崩しにかかった。

 

「──東さん。右翼側の戦列がもう大崩れしていますが、一気に押し込みますか?」

 

 射撃部隊の陣頭指揮を執る嵐山が、東に問う。

 戦列が大いに崩れかかっている右翼を一気に圧力をかけ崩しにかかるかを。

 

 そうした方がいい。

 指揮を執る東も、そう思える。

 

 しかし。

 それでも気にかかる部分がある。

 

 敵の戦力の投入が復活してきたのだが。

 その増加が、崩れかかっている右翼ではなくある程度安定していた左翼側から発生している事。

 右翼は見捨てた、とも判断できなくもない。

 

 しかし。

 左翼側の動きが不穏だ。

 

 右翼に戦力を押し込めば。

 射手・銃手を中心に展開し左右から包囲する陣形の中で、右翼側が突出し分断される事となる。

 

 ──これは釣りだろう、と。そう東は判断した。

 

「いや。嵐山。陣形を維持したままでいてくれ。その代わり半数の狙撃部隊を地上に下ろして別角度から右翼に援護を行う」

「──了解です」

 

 押し込む役割は銃手・射手ではなく。

 射程のある狙撃手に振る。

 

 陣形は崩さず。

 されど戦列は崩壊させる。

 

「恐らく。相手は左側から戦力を流してくる。狙いはこちら側の分断だ」

 

 東は、そう見込んでいた。

 右翼側に押し込んだ部隊が陣列から離れたタイミング。

 そこで、より強力な兵が送り込まれてくるのだろう、と。

 

 ならば、そうはさせない。

 

 こちらの陣形は崩させない。

 ──戦力を新たに流すのならば、好きにすればいい。

 

 

「駄目だ。右側の釣りに一切反応しない。狙撃手を下におろして対応してきた。──陣形は絶対に崩さないつもりだね」

「あの様子だと、左翼側から一気に分断をかける意図がバレているっぽいね。指揮官が手練れだとやりにくいなぁ」

「とはいえ、戦列を崩壊させたままじゃいけねえだろ。どのタイミングで投入する?」

「副隊長。残っている上の狙撃兵にドグを送って下さい。──その隙にアレを投入します」

「了解」

 

 相手の陣形を崩すための策略を練るも、対応される。

 ここから先は──力押しで行くしかない。

 

「──操縦モード、起動」

 

 人型トリオン兵──アイドラ。そのうちの二体。

 

 突っ張った頭頂部に、光が宿る。

 

「──レギー」

「解ってる」

 

『門』を発生させる、棘のような形のトリガー。

 

 それを足元に投げると同時──。

 

 

 それは、現れた。

 ──先月の大規模侵攻において大いにボーダーを苦しめに苦しめたトリオン兵、ラービット。

 

 重厚な腕を垂れ下げ、一つ目が戦場をぎょろり見渡し。

 トリオン反応目掛け、走り出した。

 

 

「──報告! 『門』より、ラービットが出現!」

「数は!?」

「四体! 左翼より新種の人型二体と固まって移動してきています!」

 

 ラービット四体と、アイドラ二体。

 それらが一つの集団を成して、猛スピードで右翼側へと向かっている。

 

 その映像をジッと見つめる少年が、一人。

 ぼさついた髪に白のジャケットを着込んだその少年は、言う。

 

「天羽? 何か見えるか?」

「あの二体.....他のと色が違う」

 

 天羽月彦。

 彼は──視覚を通して、別の”色”を見ていた。

 

 その色は、強さの秤。

 戦闘能力を、色分けする能力を有している。

 

 その目には。

 他のアイドラと、異なる色付けがされた二体が映っている。

 

 

「──東。今マーカーをつけた四体はラービットだ」

「全てプレーン体ですか?」

「ああ。──残る二体の人型トリオン兵も、他のものより強化されている。精鋭を送り、対処を頼む」

 

 了解、と東は一つ頷き。

 

「──緑川、三輪、米屋。今報告が上がったラービットの足止めを頼む」

「了解。付近に柿崎隊がいますが、下がらせますか?」

「いや。柿崎隊は中距離でお前たちの援護をさせる。無理に撃破を狙うな。あくまで足止めで構わない」

「──了解」

 

 さてさて。

 ここで──敵はアフトクラトルの最新型を投入してきた。

 

 後は。

 

 この『門』を出している連中の索敵に向かわなければならない。

 

「──木虎」

「はい」

 

 東は、嵐山隊・木虎に指示を出す。

 

「左翼側で敵を呼び出している奴がいる。今マーキングしているところを順繰りに索敵をしてくれ。恐らくその中に、近界民の敵がいる」

「了解しました」

 

 東から指示を受けた木虎は、即座に──現在トリオン兵を派遣しているコスケロの捜索へと向かう。

 

「──隊長。私も行きます」

 

 その時。

 加古と共にトリオン兵の迎撃を行っていた黒江も、同行を申し出た。

 

「あら、双葉。大丈夫?」

 

 この大丈夫、とは。

 ──木虎としっかり連携を取ることが出来るのか、と言外に聞いているのだ。

 

 黒江はまるで蛞蝓を飲み込むかの如き嗚咽の表情を浮かべながらも──それでも嚥下するように、頷いた。

 

「ならいってらっしゃい」

 ふ、と微笑み。

 加古望は黒江を送り出した。

 

 

 襲い来るは、ラービット。

 そしてまだ見ぬ人型近界民。

 

 外の様子も、次第に慌ただしくなっていく。

 

 

 して。

 

 内、では。

 

「.....やはり、先回りされていたか」

 

 侵入し、地下へ下り。

 やけに少ない警護の数に安堵感よりも不信感を覚えながら、行きついた先。

 そこには──三人の姿があった。

 

 髭。

 女。

 眼鏡。

 

 

 それぞれが──こちらの姿を視認して尚動揺することなく、佇んでいた。

 重厚な壁に覆われた広い部屋だ。

 上階の連絡通路へ降り立ったガトリンとラタリコフは、その三人の背後にある、より重厚な壁の先を見つめる。

 

 そこにあるのだろう。

 玄界の、遠征艇が。

 ──全員腕が立ちそうではある。しかし、全員を仕留める必要はない。

 艦さえ壊せれば、後は逃げればいいだけだ。

 

「──部屋の各所にトリオン反応。罠に気をつけろ」

「了解」

 

 三人の前に、ガトリンは降り立ち──そして、対峙する。

 

 正面に立つ髭が、笑みを浮かべ言う。

 

「アンタらのお目当ては、この中だ」

 

 その短い言葉に。

 凄まじいまでの疑念が──二人の心中で巻き起こっていく。

 

 何故、こちらの目的を知っている? 

 

 情報が漏れたか。

 漏れたのならば何処から? 

 もしくは──考えたくもないが、誰かから? 

 

 しかし──疑念に意識を割く余裕は、ない。

 

「──隊長!」

 

 ふ、と。

 亡霊の如く背後より現れた子供がガトリンの片腕を斬り裂く。

 

「──悪ィな。実は四人だ」

 眼鏡が、目元すら歪めた悪い笑顔で、そう言った。

 

 ──身を隠すトリガーか。

 

 成程、とガトリンは思った。

 周囲に散っているトリオン反応は、この若いのを隠すためのものだったか。

 

 成程。

 

 想定の通り、とはいかないようだ──。

 

 ガトリンの背中が、トリオンに光る。

 光るトリオンは物質化し、瘤のような隆起と──そこから生え出る、四つのブレード。

 

 ブレードは蟷螂の脚を蜘蛛の形状に拵えたかのように左右上下に展開されたもの。それは、今まさに獲物に組み付かんと威嚇する昆虫を思わせた。

「背中から武器が生えたぜ。──あのゴリラみてぇだな」

「ちょっと弓場ちゃん。そのゴリラってレイジさんの事じゃないでしょうね?」

「んな訳あるかバーカ。大規模侵攻の時に現れたゴリラだよ。背中から砲撃撃ち込んできた馬鹿がいたんだよ」

 

 そして。

 ガトリンは斬られた手に──トリガーをまた一つ、差し込む。

 

 その瞬間。

 大型の銃が、腕から生え出る。

 

「銃まで生えちまったな」

「今度から足を狙うようにしよう」

 

 軽口を叩く側。

 ガトリンは表情を崩さぬまま言った。

「悪いが──あまりおしゃべりもしていられないのでな」

 

 

 至極。

 彼は至極自然な動作をもって。

 

 四足を地面につけ。

 銃口を正面に向けた。

 

「戦闘開始だ」

 

 

 その時──。

 誰よりも速くその意図に気付いたのは弓場拓磨であった。

 

 

 ガトリンの視線と、銃口の位置。

 それらが向けられている方向が──太刀川でも、小南でも、風間でも、ましてや自分でもなく。

 

 その先。

 

 ──遠征艇の格納庫である、と。

 銃手としての本能が、それを察知させた。

 

 風間からの叫びが聞こえるよりも早く。

 弓場はホルスターから拳銃を抜き──引き金に指をかけていた。

 

 両者の銃声は、重なって聞こえた。

 しかし。

 

 ──ガトリンの銃が弾丸にて弾かれ、斜め方向の壁を破砕したその様から。僅かながら弓場の早撃ちが勝ったようであった。

 ──格納庫を十分に破壊できる威力が、あの砲撃にある。

 そう認識し、ぶわ、と弓場の全身に冷たいものと熱いものの双方が流れ込んできた気がした。

 

 銃口を向けた弓場の左右から、ドグが飛び掛かる。

 

 小南が身を割り込ませ、二斧にてそれらを斬り裂くと同時──倒しきれなかった分を前蹴りで跳ね飛ばし、銃撃を叩き込む。

 

「──ナイス弓場ちゃん!」

「あっぶねー。すぐに終わるところだった」

「──気ィつけろ! あの砲撃、余裕で格納庫(ハンガー)溶かせるぞ!」

 

 砲撃での遠征艇の破壊が失敗に終わったその瞬間。

 ガトリンとラタリコフの動きは迅速であった。

 

「──踊り手」

 

 デスピニス、とラタリコフが言葉にすると同時。

 チャクラムの如き円輪状のブレードが左右に展開され、直線と曲線を交えながら周囲に飛び交い、

 

 飛び交う空間を縫うように──ドグが発生し、飛び掛かっていく。

 

「ちっ」

 

 円輪が飛び交う中。

 風間は流石に防護を行うべく、カメレオンを解除。スコーピオンの二刀にて弾いていく。

 

 ──成程。透明になっている間は攻撃が出来ないのか。

 

 そうして。

 円輪の防御に意識が割かれている中。

 

 ガトリンの──処刑者のブレードが襲い掛かる。

 

 その狙いは──弓場拓磨。

 広大かつ、速度も十分に乗った斬撃は踊り手の円輪を避ける弓場がステップを踏んだ着地点目掛けて飛んでくる。

 

 その速度と、推測される威力に防御は不可能と察した弓場は、テレポーターを起動。

 

 テレポートによる空間移動により難を逃れた弓場は──眼前の光景を見る。

 

 左右から小南と太刀川が、ガトリンを囲んでいる。

 それぞれの攻撃を受け止める為に、二つのブレード。

 

 そして──その迎撃をせんと二つのブレードが頭上に振ってきている。

 

 弓場は即座に、処刑者のブレードを繋ぐ間接部位に銃弾を叩き込む。

 

「──簡単に弾かれるか」

 

 弓場の銃弾すらも、叩き込まれてもビクともしない。

 

 ──何という頑丈さ。

 

 

 一連の動きを経て。

 ガロプラ側、ボーダー側──双方で、今の交戦の中敵戦力の大まかな評価付けが終わる。

 

 その評価の中で。

 ボーダー側は──弱い方を狙うという基本意識に基づいた思考と連携を始める。

 

 円輪が動く中、弓場が銃撃でラタリコフを動かし。

 太刀川、もしくは小南がその動きを止め。

 

 死角側から風間が急襲をかける。

 

 この一連の動きの端緒を拾い上げ。

 ガトリンが処刑者のブレードにて連携を乱していく。

 

 あのブレードは広域かつ多方向に斬撃と防護が可能という特性を持ち、その特性を遺憾なく発揮し、ボーダー側の連携の中心点に割り込みをかけ、振り回し、連携を止める。

 

 

「──本当はあの坊主頭からシメてやりたいが」

「その意図にきっちり気付いてんな。あのデカブツがあの広くてデカいブレードで割り込みをかけて連携を途切れさせちまう。周りの犬も邪魔」

「あの犬も円輪も。重い方をサポートする動きをしている。各個撃破よりも分断を優先。──大砲のチャージがいつ終わるか解らない以上、可能な限り素早く重い方を沈める」

 

 円輪が飛び交い。

 犬が走り。

 そして──砲撃を構える男の姿。

 

「──俺が軽い方の相手をする。小南と太刀川が前線で重い方に組み付いて、弓場は位置取りしながら空いている方の援護。いいな?」

 

「──了解!」

 

 風間からの指示に、三人分の了解の言葉が重なる。

 

 ──戦いは、まだ始まったばかり。



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煙に巻く黒

 痛みが走る。

 トリオン体ではありえない──否。

 生身の肉体であってもあり得ないほどの痛みが。

 

 トリオン体であっても痛覚は存在しており、そして僅かながら痛覚の機能は働いている。

 痛覚を完全に排除したり、痛覚を完全にオフにする事もそれはそれで弊害がある。痛みを排することによる恐怖心の低減やそれに伴う反射行動の鈍化等々。それ故に、トリオン体は微弱な痛みを発生させる程度に痛覚を残しているのだ。

 

 加山はそこに干渉をしたのだ。

 

 本来は微弱な刺激だけを伝えるだけのトリオン体の痛覚。──その痛覚の機能を拡張し、生身の痛覚より鋭敏になってしまった。

 

「...ぐ!」

「どうした、随分と苦しそうだな!」

 

 例えば攻撃の余波で飛んでくる瓦礫と衝突したり。

 例えば高所から飛び降りた際に両足と地面が接地したり。

 

 こういう事象──トリオン体なら痛みすら走らないような些細な出来事にも、痛みが走る。

 

 ──まずいな。

 

 一つ言えることは。

 ヒュースはこの三つ巴の中で、真っ先に落脱する可能性が高いということだ。

 

 電磁力を打ち消せるエネドラの黒トリガーは、蝶の楯とあまりにも相性が悪い。欠片は電流に触れると動きが止まる。斥力による攻撃もほとんど通用しない。そして今の自分のトリオン体の状態。一番に不利に置かれている状況なのは、自分だ。

 

「.....」

 

 それでも。

 あくまで冷静に──この状況を切り抜ける方策をヒュースは練る。

 

 そして。

 眼前にいる加山雄吾と。

 かつて──自身を尋問し、修と対峙していた加山雄吾。

 

 その隔たりもまた、認識する。

 

 この男はヒュースを恨んでいるだろう。ガロプラ襲撃の混乱に乗じてこちらを殺しに来る意図も理解できる。

 ここで仮に自分が死んだとしても。

 捕虜が混乱に乗じて逃げようとし、それを止めようとして戦闘になったと言い訳もたつ。

 そしてこちらが生身になったところでトリオン兵かランバネインに殺されたとでもいえば死んでも理屈は通る。自分はここで死んだところで、特段問題はない。この男が言うように──愚かな捕虜が一人死ぬというだけだ。

 

 そう理解はできるが。

 かつて──この男が鬼気迫る形相を突き付けながら自らと向かい合ったとき。

 こんな表情であったか? 

 こんな風に、嬉しそうに人に殺意を向けられる人間だったか? 

 

 いや違う。

 この男は自身の中の良心や罪悪感を認識しながらも、そのうえで──近界を滅ぼすと言える男だったはずだ。

 こちらが苦しむ様を見て笑える人間ではなかったはずだ。

 

 ならば。

 

「.....お前は、誰だ?」

 

 ──こいつは、カヤマユウゴではない。

 

 ならば。

 これは何者だ。

 ヒュースは──その答えらしきものに辿り着いてはいた。

 しかし。

 辿り着いた答えの、どうしようもないありえなさも同時に理解していた。

 ありえない。

 ありえる訳がない。

 ──死者が蘇るなんて、そんな事が。

 

「──嫌でも思い知ることになるから安心しろ」

 

 そう言って。

 加山らしき誰かは口元を歪ませた。

 

 

 一方。

 ランバネイン側もまた、立ち回りをどうするべくか決めあぐねていた。

 

 ──あの黒トリガー使いはヒュースと連携せねば倒せないが、そのヒュースが随分と追い詰められている。

 それ故に。

 

 ──ヒュースが生きているうちにあの黒トリガー使いを倒さねばならない、と考えるべきか。

 ──それとも弱っているヒュースを確実に仕留め、最低限の目的を達成するべきか。

 

 今回ランバネインはミラの支援を受けられない。

 それ故に、倒されるまで戦うという選択肢を取れない。

 艦に帰還する為のトリオンも残しておかなければならない。

 

 自らが置かれている状況や、理性は、無理せずヒュースを仕留めろと判断をする。

 しかしランバネイン自身は、たまらなく黒トリガー使いと戦いたがっていた。

 それは、当然より苛烈な戦争を望む自身の本能の部分で求めている事でもあるが。

 ──それより、なにより。

 ──この男の様が、かつて共に戦った何者かに、どうしても重なってしまうのだ。

 

 ランバネインもまた、ヒュースと同じく。

 眼前の男の正体らしきものに辿り着いていた。

 

「──思い知って、死ぬんだよ。テメェ等はな」

 

 けひゃけひゃ笑うその声音は。

 間違いなく加山雄吾のものではなかった。

 

 

 手甲上の円輪のようなブレードを携え。

『門』を開きドグを呼び込み。

 

 ウェン・ソーは──香取と帯島に斬りかかる。

 本部内にある、倉庫の一角。

 ある程度の広さの開けた空間の中。

 彼等は交戦していた。

 

 現在。

 弓場隊は加山と弓場は別行動中。外岡は外の狙撃部隊と合流している。一人残された帯島が本部内の警護に当たっていた。

 香取隊は招集がかけられた際香取は風間と訓練を行っており、外に向かう途中で侵入者の報を聞く。本部の指示によりその撃退にあたる。

 

 要はこの二人。

 特段の連携の訓練を行っているわけではないのだ。

 

「──ハウンド」

 

 斬りかかるウェンに、受け太刀の体勢を取る前。

 帯島はハウンドキューブを背後に置く。

 

 ウェンの刃と帯島の弧月が交差する瞬間、──連携し、左右から襲い掛かるドグを破砕する。

 

 ──自分と香取先輩だと、細かい連携は出来ない。だから役割分担だ。自分が敵の足を止めて──

 

 動きが止まるウェンの側面より。

 香取の弾丸が叩き込まれる。

 

 ウェンはそれを視認し、シールドを展開。襲い来る弾丸を防ぎつつ、くるり体幹を回し帯島の側面を取る。

 

 この動きにより、香取と帯島とウェンの位置が丁度一直線となる。

 香取の射線上に帯島が入り込む形。

 一つ舌打ちし、香取はウェンに回り込む。

 

 ──各々の動きは悪くないみたいだが、連携の練度は低いね。

 

 あの状況。

 キッチリ両者が意思疎通ができる状態ならば、帯島が位置取りを変えて香取の射撃を継続させるのがベストの連携となる。そうすれば攻撃の手を止めさせることなく、帯島もまた攻撃に参加できたであろうから。

 しかし、そのベストを選びきれていない。

 帯島もそれに気付いてか──ハッとその事実に気づき、即座に位置取りを変えていた。

 

 しかし。

 攻撃の主が香取に変わった瞬間──攻撃の苛烈さが濁流の如く嵩増す。

 

 ──手強いのはこの拳銃女の方か。

 

 タン、タン、と流れるようなステップからこちらを囲うように弾丸を撒き、シールドの展開と同時に死角側から刃で突撃をかける。

 鋭く、速い。

 その動きの間隙を突くように、剣使いが追尾弾を側面に弾丸を飛ばしこちらの足を止めさせる。そしてドグを呼び出した際の露払いも素早く正確。──拳銃使いの女が気持ちよく暴れられるように防の構えに徹している。

 

 ──剣使いは、手強くはないが役割に準じている。徹底してこちらの足を止めさせる

 

 攻防の役割分担がこの短時間でなされ、それが一応の形になっている。

 

 ──なら、一度連携を崩せばいい。

 

 斬りかかる香取を蹴り飛ばし。

 ウェンは両者から距離を取り──地面に、背中から取り出した何かを叩きつける。

 また犬を呼び出すのかと足を止めた二人の前に。

 

 舞い上がる煙が視界を埋めていく。

 

「──煙幕」

「相手はこっちに侵入する時にトリオン兵に変装している。化けてこっちに来る可能性もあるから、奇襲に注意して」

「了解ッス」

 

 香取の指示に一つ頷き。

 煙幕の外で二人は一定の距離を取り襲撃に備える。

 

藁の兵(セルヴィトラ)

 

 そうウェンが口にするとともに。

 煙幕から飛び出てきたのは、まず複数のドグであった。

 そして。

 

 ──大量のウェン・ソーの群れであった。

 

「.....分身!」

 

「──なによこれ!」

 

 その群れは、まさしく分身であった。

 共に同じ動作を行使する、位置だけが異なるコピーの群れ。

 

「──落ち着いてください! これ、本物以外の攻撃は通りません!」

 同じ動作を行使するそれは、本物を除きただすり抜けるだけの虚像でしかない。

「よく解っているじゃないか──でも、どれが本物か見抜けるかい?」

 

 狙うは、香取。

 ここまで攻撃中心の組み立てを行ってきた彼女は、この手を使えばどうしても攻撃の手を緩めるほかない。

「華.....! 本物のトリオン反応にマーキングできる!?」

「駄目....! 分身にもトリオン反応がある。こっちからじゃ見分けがつかない」

 そして分身にもそれぞれトリオン反応があるようだ。

 ──虚像に仕込まれたダミービーコンのようなものか。そう帯島はこのトリガーを解釈した。

 

 ──あたしの役割はあくまでこの追手の足止め。ならば狙うのは落としやすい方ではなく、自分が落とされそうな方だ。

 

 虚像の群れから逃れんとグラスホッパーを使用。

 その瞬間、上向いた視界から──見える。

 

 八面体の形状の浮遊物体。

 それが天井付近に散らばっていることを。

 

「──上よ!」

 

 香取のその言葉に帯島もまた、それに気付く。

 

「あの年増の動きに注意して──上のやつを破壊していくわよ!」

「了解ッス!」

 

 香取は拳銃。

 帯島はハウンドキューブ。

 

 それぞれを天井に向け──浮遊体を破壊していく。

 

 櫛の歯が抜けるように、浮遊体が破壊されるごとにウェンの分身体が消えていく。

 

「──気付いたか。でも」

 

 ウェンは再度、煙幕を撒く。

 

「また同じ手! そんなのが通用するなんて.....!」

 

 煙幕の中。

 周囲に意識を向け視界を確保せんと交代する香取の──その横っ腹に。

 

 自身を押し潰すような、打撃の衝撃が叩き込まれる。

 

「香取せんぱ──」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる音を聞き咎め叫ぶ帯島の──その正面からも。

 

 それは行使された。

 巨大な、盾のような分厚い腕から行使される──打撃が。

 

 帯島は弧月にてそれを受け、それでも衝撃に背後へ押し込まれていく。

 

 その視界に見えたのは。

 

「....これ、この前の新型!」

「ラービット!」

 

 ラービットが、そこにいた。

 香取と、帯島の眼前に──それぞれ一体ずつ。

 

「.....アフトクラトル製なんて、出来れば使いたくなかったけど。背に腹は代えられない」

 

 煙に紛れ。

 分身に紛れ。

 

 向かうは──香取葉子の首元。

 

「強かったけど、まだまだ未熟だったねお嬢ちゃん。──ここで仕留めさせてもらうよ」

 

 壁に叩きつけられながらも。

 香取は迫りくる敵の気配を察知し、拳銃を向ける。

 

 しかし。

 

 ──どれが、本物よ。

 

 銃口を向けるべき先。

 それが、解らない。

 

 

「──右から二番目」

 

 声が聞こえた。

 何とも、平坦な声だった。

 

 それでも──進退窮まるその中で、香取は指示通りに引金を引いた。

 

「む」

 

 銃口が向けられた瞬間。

 

 ウェンは即座に背後に引き、弾丸を避ける。

 ──ラービットの背後に回り込み、盾代わりに使用することで。

 

 

「──随分と手こずっているみたいだね。あんなの、大したことないのに」

「助太刀に来ました」

 

 煙幕が晴れ、声の方向に視線をやる。

 

 そこには──風間隊の菊地原と歌川の姿があった。

 

「....チ。ここにきて新しい増援か」

 

 ──増援の方は、藁の兵のからくりを見抜いているみたいだね。

 

 こちらの手勢はあと精々ドグが数匹。

 そして──このアフトクラトルの新型が二体。

 

 ──まあ、これで四人を引き付けることが出来ているわけだ。仕事としては上出来だろう。

 

「──まだまだやれることはある。さあ、かかってきな」

 

 ラービット二体を従え。

 ウェンは一つ息を吐いた。

 

 



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ワンナイト・アルカホリック

 状況は悪化しているようには見えるが。

 

 然程でもない、と東は見ていた。

 

「──東さん。人型近界民を発見しました。黒江隊員と共に迎撃にあたります」

 新しい戦力の投入は、ラービット。

 あの大規模侵攻時。

 アフトクラトルはラービットをこちらの戦力の分散を目的に動かしてきた。

 

 今回の敵の動きを見るに。

 外側の戦力を、内側に入れないために動いている。

 

 本部内に侵入した敵の排除に、外側の部隊を向かわせないために。

 

 ──東春秋は、あの大規模侵攻で敵が仕掛けてきた策を思い返していた。

 

 こちらの戦力を一度盤面に吐き出させ、分散させ、追加戦力(人型近界民)をもって目的を成したあの戦術を。

 敵は恐らく──今現有戦力のほとんどを吐き出した状態であろう。

 とはいえ。

 こちらもまた追加の戦力などない。

 

 だが。

 底が解った事で──つぎ込めるものは戦力だけではない。

 

「狙撃班。全員地上に降りて、散開」

 

 狙撃手部隊に指示を出し。

 

「漆間、巴」

 

 そして。

 

「ダミービーコンを起動しろ」

 

 そう──各員に指示を飛ばした。

 

 

「目標を補足したわ黒江ちゃん」

「解ってます。──私が先行しますから、足を引っ張らないようにお願いします」

 

 住宅街の街路上。

 きのこ頭にもみあげにヒゲという、奈良坂と太刀川の要素をそれぞれツギハギした印象の男がそこにいた。

 

「見つかったか。──しかも手練れの方に」

 

 男は特に表情を変えずに、木虎と黒江を見ていた。

 

「──黒壁(ニコキラ)

 

 そう呟き。

 自らの周囲にスライムのような黒い液体を身に纏わせる。

 

 それは流線状にうねりを上げて男の周囲を包んでいく。

 

「ヨミ。アフトの新型、一体こっちに頂戴」

 

 男の背後に『門』が開き。

 プレーン型のラービットが一体、姿を現す。

 

 そして。

 男は身に纏わせた液体を──ラービットの両腕にもまた、纏わせた。

 

「.....あの液体の性質をまず解明するわ」

 

 木虎はジッと、その液体状のトリガーを見やる。

 一先ず。

 射撃を一つ、二つ。

 

 弾道に合わせ液体がうねるように動き、弾丸を包み、動きを止める。

 

 ──トリオンがアレに通ると、動きが止まる。恐らくは妨害系のトリガー。

 

「あの液体に触れちゃダメよ、双葉ちゃん」

「解ってます!」

 

 うねる液体が、両者に降りかかる。

 動きそのものはそこまで速くない。回避自体は難しくない──が。

 

「双葉ちゃん!」

「.....く!」

 

 回避動作に合わせ──ラービットが横っ面からの突撃をかけてくる。

 距離を瞬時に詰めての打撃。

 それが黒江に行使される。

 

 あの打撃は、衝撃としては非常に強力であるが、ダメージとしては皆無に近い。

 それ故に、受け身を取る事を優先し、黒江はそれを反射で腕でもって受け止めた。

 

「これ.....!」

 

 されど。

 衝撃は一切なかった。

 

 その代わり。

 ラービットの腕に付着した黒壁の液体が、黒江の左腕全体を包む。

 

 それは弾力のあるジェル、といった具合のものであった。

 

 包まれたそれは掌まで及び、指の可動域までぶよぶよしたジェルに覆われる。

 試しに両腕で刀を掴もうとしたが──黒壁のジェルに妨害され、握れない。

 

「──液状の鉛弾のようなものかしらね。付着すると動きに妨害が入る。双葉ちゃん、私の背後に入って」

「必要ありません」

 

 たかが片腕使えない程度で、下がらなければならない、という事はないだろう。

 

「──すぐに片づけます」

 

 韋駄天をセットし。

 彼女は一つ息を吐いた。

 

 

「──東さんは足止め、って言ってたけど。ラービットって撃破よりも足止めの方が難しくない? めちゃくちゃ速いじゃん」

 放たれた四体のラービットを撃破に向かう中。

 緑川はそう米屋に言った。

 

「普通だったらそうだが。──今回は秀次がいる。心配いらねぇ」

「基本は俺の鉛弾でラービットの動きを制限しつつ数を減らしていく。奴等に複雑な連携は出来ない。寄り集まったところで各個撃破していけばいいだけだ」

 

 ラービットの強さとは、他のトリオン兵と一線を画す速さと硬さにある。

 その硬さのせいで射撃は通らず。

 その速さのせいで近付く事すら容易ではない。

 

 そのラービットの強みに対抗できる武器を、三輪は持っている。

 

 鉛弾。

 

 硬い外装であれ鉛弾ならば通る。

 素早い動きも鉛弾で制限をかけ、自重で動けなくすることもできる。

 三輪の鉛弾は、ラービット対策の一つの正答に近い。

 

「見えてきたな」

 

 街路に一定の間隔を取りながら移動するラービットの集団が見えてくる。その中央にはガロプラの人型トリオン兵が二体並走している。

 

「──こちら米屋。ザキさん、生きてる~?」

「生きてるぞ。どうする? この位置から撃つか?」

 

 柿崎隊は東からの指示により、柿崎・照屋がラービットの背後を追いつつ、巴が隊から離れダミービーコンを撒きに向かっている。

 

「頼みます。俺と緑川で襲撃をかけるんで、同じ個体に弾丸をぶっこんでください」

「了解!」

 

 米屋と緑川は左右に別れると同時。

 左端のラービットに狙いを定めた。

 

「取り敢えず一体いっとくか」

 

 緑川がグラスホッパーで先行し、ラービットの懐に潜り込む。

 その対処の為、ラービットは左手の甲にて緑川を押しのける。

 

 左腕を動かし、空いた空間。

 そこに米屋は槍を突き出す。

 

 突き出した槍で腹部を貫き、刃先を横に動かし斬り裂かんと力を籠める。

 

 その動きは。

 右腕にて槍が掴まれる事で、妨害される。

 

 この瞬間。

 ラービットの左右の腕が、封じられる形となった。

 

「今だ」

 

 米屋の合図と共に。

 三輪の鉛弾がラービットに叩き込まれる。

 

 黒々とした弾丸が、黒々とした軌道と共にその全身にトリオンの重石を叩き込まれていく。

 

「──文香!」

「はい、隊長!」

 

 そして。

 ──三輪秀次に襲い掛かる、人型トリオン兵を見咎めた柿崎隊による掃射が行使される。

 

 人型トリオン兵──アイドラは、掃射方向と対象を見ると同時に、その場より飛びのく。

 その動作は、実に機敏であり──何より、鉛弾を使用する三輪を最大の脅威として認識して襲い掛かるだけの判断力を備えていた、という事でもある。

 

「やっぱり。あの人型だけがどうにも動きが違うな。──まあ、何にせよラービット一体無力化出来たな」

 

 全身に重石をつけられたラービットが、その重さに引きずり込まれるように地面に倒れ伏す。

 

「この調子でじゃんじゃん狩って行こうぜ。──秀次。次も頼むぜ」

「ああ」

 

 三輪は、次なる標的を定めるべく拳銃を構える。

 引金に指をかけんとするその瞬間。

 

 アイドラのうち一体が周囲の建造物の壁を叩き壊し、それを掴んで──その射線上に割り込んできた。

 

「む...」

 

 鉛弾は掴まれた壁の欠片に当たり、重石が発生する。

 恐らくは、ラービットへの射撃を妨害したのだろう。

 

 射撃を防ぐと同時、壁の欠片を三輪に投げ込む。

 左腕でそれを防ぐとともに、欠片が飛び散る。

 

 アイドラはその隙に三輪の側面を回り、ブレードにて斬りかかる。

 

「──三輪!」

 

 その動きに気付いた柿崎が、即座にアイドラに近付き弧月を振るう。

 が。

 

「ぐぉぉ....!」

 

 弧月を振りかぶる柿崎に、他のラービットの拳撃が叩き込まれ、吹き飛ばされる。

 五メートル程先にある建造物に叩き込まれ、距離が離される。

 

 されど。

 柿崎の呼びかけにより──側面に回ったアイドラの動きに、一拍早く三輪は対処することが出来た。

 

「──鬱陶しい.....!」

 

 斬りかかるブレードの内側に潜り込むと同時。

 三輪はアイドラの腕側から側面に回り込むと──鉛弾を叩き込む。

 ブレードを操る右腕と。

 その両足に向け。

 

 それぞれに重石を付けられたアイドラは、がくりとその重みに身体のバランスを崩し、倒れ込む。

 

「──三輪! 気を付けろ! また一体、こちらに来ている」

 

 瞬間。

 忍田本部長より、報告が上がる。

 

「──天羽から、色が移ったと報告があった! この一際手練れの新型トリオン兵は、倒されると次に移る!」

 

 成程、と三輪は呟いた。

 誰かが二人がかりで操縦をしているか。それとも同時起用が二体までという制限がかかっている強化トリガーか。

 

 どちらにせよ──動きの精度と判断力に富んだ人型トリオン兵が、常に二体発生することになる訳だ。

 

「こりゃ中々大変だな。細かい連携が効かないラービットの動きを、上手くあの人型トリオン兵がカバーしている」

「三輪先輩の鉛弾の特性がもうバレているね。一体が常に三輪先輩に張り付いている」

 

 ラービットが一体倒され。

 その経過から──あの二体の人型トリオン兵だけは、そこから学習を行った。

 

 トリオンを透過する性質から、物質を盾に使用して防御をするという対策も。

 そしてラービットの動作に合わせて各自の動きを妨害する動作も。

 

 ラービット程のスペックは無いにしろ。

 連携を軸に置いた行動と的確な判断力が備わっている。

 

 ラービットにとって最も強力な対抗策を持つ三輪の動向を常に監視し、妨害を入れつつ──。

 

「おおっと!」

 

 アイドラのうち一体が、緑川に口内からビームを放つ。

 その回避動作の為ステップを踏んでいる間に──ラービットの殴打が緑川の全身を強く打ち付ける。

 

「──ちょくちょくラービットとも連携してくるな。中々、うざい」

 

 ラービットという強力な駒三つに。

 バランサーが二つ。

 

 その脅威に瞠目しつつ、──それでも米屋陽介は、笑った。

 

「面白れぇ」

 

 笑って。

 柿崎と緑川を吹き飛ばしたラービットの前で──正眼に槍を構えた。

 

「やってやる」

 

 

「──メテオラ」

 

 歌川が天井付近に浮くトリガーを爆撃にて破砕すると同時。

 菊地原がウェンへ肉薄していく。

 

 天井の爆砕と共に浮遊する藁の兵のトリガーが消え去り、その分だけウェンの虚像が消えていく。

 

 虚像の中を、菊地原は真っすぐに進む。

 

 ──強化された聴覚が、本物のウェンを探し当てる。

 

「....」

 

 どういう理屈かは知らないが。

 この垂れ目の男は藁の兵のカラクリを見抜いているらしい。

 数ある分身に目もくれず、本物を探し当て斬りかかってくる。

 

 ──真っ先に倒さなければいけないのは、あの男だね。

 そうウェンが判断し。

 襲い来る菊地原に迎撃をかけ──足を止めた所でラービットに襲撃をかけさせる。

 

 

「させるか...!」

 

 ラービットが襲撃の為に踏み込んだ足先。

 そこに香取は──グラスホッパーを一つ設置する。

 

 それは──空閑遊真がランク戦で多用するグラスホッパーの利用法。

 自らを推進させる道具としてではなく、敵に踏ませ予期せぬ状況に落とし込むための。

 菊地原にその拳が届く前に、ラービットを斜め後方に吹き飛ばす。

 

 香取は、吹き飛ばされ倒れ伏したラービットの急所たる目玉に射撃を叩き込みながら肉薄していく。

 倒れながらもラービットは両腕をもって弾丸を防ぐが、その分脆い腹が剥き出しになる。

 

 

「何度も、何度も.....!」

 

 大規模侵攻の時。

 そして、今。

 

 香取隊は──幾度となくこのラービットに煮え湯を飲まされてきた。

 その記憶が、香取の中で回帰していく。

 

「邪魔を、しやがって....!」

 

 ぶっ殺す。

 

 その意識を根元に置き、香取は右手でスコーピオンを握り込み、ラービットの腹の上に乗る。

 

 そして、突き刺す。

 横薙ぎに斬ると、一撃ごとに時間がかかる。そうなるとラービットの迎撃に対応できないかもしれない。

 故に、香取は逆手にてスコーピオンを握り、最小限の動作で幾度となくグサグサと突き刺していく。

 

 たまらじとラービットの腕が、香取を振り払うように右腕を横に振る。

 

「当たんないわよ」

 

 振った腕の内側に潜り込み、その掌を蹴る。

 

 腕を振った勢いのままそれを蹴り上げた香取は、倒れるラービットの横側に飛んでいく。

 

 しかし飛びながらも香取は、グラスホッパーを空中に配置。

 

 自らを振り払うために腕を振り──急所である目玉を空けてしまったラービット目掛け、高速で飛び掛かる。

 

 ラービットの顔面を横切りながら──その勢いのまま、ラービットの目玉を斬り裂いた。

 

 

 一体、ここで香取はラービットを沈めた。

 

 

「──やるじゃん」

 

 その様をチラリ横目で垣間見てそんな言葉を吐いた菊地原は。

 ウェン・ソーと格闘戦を行っていた。

 

 分身のからくりが効かずとも、ウェンは熟達した戦士であった。

 帯島もハウンドとシールドにて菊地原を援護しつつ立ち回っている。

 二対一の状況下であるが、ウェンは一歩も引かない。

 

 ──防御重視の立ち回り。時間稼ぎが目的っぽいね。

 

 現在、自身の部隊の隊長含めた精鋭が遠征艇の格納庫前で戦闘を行っている。恐らく眼前の女は、こちらを全員仕留める気はサラサラ無く、この四人をこの場に押し留めておくのが目的なのだろう。

 

 ──このままこいつを足止めしとくのも別に構いやしないけど。でも相手の思い通りになるのは癪で仕方がない。

 

「──あのウザいおばさん沈めるよ」

 

 菊地原は、歌川にそう言った。

 

 ラービットの相手をしていた歌川は、その言葉に頷く。

 天井部にメテオラを叩き込む。

 

 爆撃と共に吹き上がる煙と音。消えていくウェンの分身。

 

 それに紛れるように菊地原はウェンの視界外へと逃れる。

 

 ──煙に紛れて、奇襲をかけるつもりか。

 

 そう判断を下し。

 菊地原が逃れた方向に身体ごと向ける。

 

 その動きに合わせるように。

 今度は──地面にメテオラを叩きつけ、更に煙が広がっていく。

 

 

 ──この状況。

 

 煙からの襲撃で自分を落とそうとしているのだろうが。

 逆に──あの垂れ目以外の連中に自らが襲撃をかける好機だ。

 

 

 あの男の視界に映らないのならば。

 この煙幕で分身を新たに生成し、手始めについ先ほどラービットを仕留めたあの拳銃使いを仕留める。

 

 藁の兵のトリガーを煙の中に全て撒いて分身を作り出す。

 レーダー上に更なるトリオン反応が生まれる。この反応で、更に相手も自身の位置が分かりにくくなるはずだ。

 香取に視線をやり──姿勢を落として走り出す。

 

 

「はい」

「──引っ掛かりましたね」

 

 

 その左右から。

 

 ──カメレオンを解いた菊地原・歌川に左右から斬りかかられる。

 

 瞠目しつつその動きに対処せんと回避動作に入るが。

 

 回避の為に捻った右足を刈られ。

 反撃の為の左手も斬り裂かれ。

 

 最後に──首を叩き落される。

 

 

 ──どういうことだ? 

 

 この一瞬の間で──唐突に現れた両者の襲撃のからくりを理解できぬまま。

 ウェン・ソーは『門』にて緊急脱出した。

 

 

 

「ナイス連携」

「まあ、この位はね」

 

 

 二人が取った戦術は。

 実にシンプル。

 

 メテオラの煙に身を紛れさせながら、バッグワームを起動。

 →相手が藁の兵かトリオン兵の召喚のどちらかを行使するのを待つ。

 →敵勢のトリオン反応が増えるタイミングでカメレオンを起動。分身のトリオン反応に、自身のトリオン反応を紛れ込ませる。

 →新たに発生したトリオン反応を自身の召喚物であると誤認する一瞬の隙にウェンに肉薄し、仕留める。

 

 ウェンがトリオン反応を内蔵した分身を使いこちらに攪乱をかけさせていたのを逆利用した形だ。

 

「それにしても。──敵も緊急脱出使ってくるみたいだね。ちぇ。とっ捕まえたかったんだけどな」

 

 ここまで大胆に敵が侵入してくるのも頷ける。

 敵は──こちら側の手すらも、もう模倣してきているのだ。

 

 

「──ウェンがやられたか...」

 

 木虎と黒江に対峙するコスケロは。

 上がってきた報告に、思わず呟く。

 

「やはり....玄界も一筋縄ではいかないみたいだね」

 

 刀を構え、銃を構える二人の少女。

 ──これだけの手練れが、決して少なくない数いる。

 

 玄界も、相当に手強い相手となってしまった。

 

 それを自覚して。

 垂れた目を、少しばかり鋭く細めた。



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黒い壁、黒き一閃

 眼前の男の脅威を。

 木虎は正確に捉えていた。

 

 ──間違いなく、強い。

 

 その脅威は、自身の武装と相手が持つ武装との相性の悪さを理解できたからこそ。

 

 攻防一体の妨害トリガーを持つ相手。

 手持ちの武装が拳銃とスコーピオン。そしてスパイダー。

 

 .....今の自分でスコーピオンは使えない。

 

 変幻自在かつ、恐らくは障害物の隙間に隠す事も可能なトリガー。

 近付けば物量で押し切られる。

 

「──鉛弾と同じような性質なのね...」

「....」

 

 そして。

 思った以上に黒江が冷静だ。

 

 左手が封じられた状態であるが、左手を前に突き出し右手を庇う体勢でじりじりと一定の距離を保ちながら敵と向かい合っている。

 

 ──私がやるべきことは一つ。

 

 木虎はこの勝負の勝ち筋を探していた。

 

 ──双葉ちゃんの韋駄天での斬撃。それでしかあの男にダメージを与える方法はない。

 

 射撃は防がれる。

 スコーピオンでの近接戦は役に立たない。

 

 ──考えろ。どうすれば、双葉ちゃんの韋駄天を叩き込める隙を相手から作れる。

 

 しかし。

 悠長に思考を回す隙は与えられない。

 

 両手に液状トリガーを纏わせたラービットがこちらに襲い掛かってくるから。

「く....」

 

 両腕による打撃を避け、

 木虎は拳銃から巻取り式のスパイダーをラービットの胴体に射出。

 

 地面を蹴り上げ、スパイダーを相手に巻きつけながら旋回しつつ、射撃を行使。

 

 ──しかし。

 スパイダーの糸を辿るように、黒壁の液体が木虎に迫ってくる。

 

 ──物体を通っての伝播も可能か。

 

 木虎は想定していたのか、即座にスコーピオンでスパイダーを断ち切り、再度ラービットと向かい合う。

 

 物体への伝播も可能。

 ならば。

 当然──通常の物質を叩きつければ、その質量分あの液体は無効化できるという事だ。

 

「──双葉ちゃん! 横の壁を旋空で斬って!」

 

 突如として放たれた指示に、黒江は疑問を浮かべつつも指示には従う。

 

 旋空によって裁断された壁。

 自らの身の丈ほどもあるソレに、木虎はスパイダーを巻きつける。

 

「──今よ!」

 

 その欠片を。

 ぐるり回して──ラービットの顔面に向かわせる。

 

 ラービットはそれに反応し、両腕でもってそれを防ぐ。

 これにより。

 壁の欠片で。

 両腕に付着した液状化トリガーが押し潰される。

 

 その隙を逃さず。

 黒江は──ラービットに向け韋駄天を発動する。

 

 防御手段のないラービットの懐に潜り込み、腹先から顎に向け弧月による一閃。

 

 急所である眼球を、その刃先が到達したその瞬間。

 

「──双葉ちゃん!」

 

 ──その背後より黒壁が吹き出され、それを木虎が左腕にて受け止める。

 

「.....く」

 吹きかかる液体は木虎の左腕に纏わりつき、その全体を覆う。

 その様を見て。

 コスケロは、一気に距離を詰めにかかる。

 

 

 

 

 ──あの拳銃使いの方の片腕を封じることが出来た。

 

 今が攻め時だ、と。そうコスケロは判断した。

 こちらを仕留める可能性が高いのは、刀使いの少女であったが。

 されど──相性の悪さを自覚し的確にこちらに立ち回る拳銃使いの女の方をコスケロは警戒していた。

 

 ──そして、あの拳銃使いには甘さがある。刀使いのカバーを優先して動くという甘さが。

 

 故に。

 刀使いを狙う動作で、拳銃使いを釣りだし仕留める。

 

 

 

 コスケロは黒壁を纏い、黒江に向かう。

 高速移動するトリガーのタネは解っている。

 

 恐らくは決められた軌道に沿った移動しかできないのだろう。

 だからこそ黒江は黒壁の液状化トリガーを前に様子見をしながらの立ち回りを行い。

 そして、木虎が使える隙を作り出すような立ち回りを行っていたのだから。

 故に。

 自身の通り道に、あらかじめ黒壁の液体を設置する。

 これだけで、黒江の韋駄天を封じ込めることが出来る。

 

 黒江がここで取る手段は何か。

 弧月で斬りかかろうとも黒壁に触れれば攻撃手段が失われる。

 ならば。

 

 ──あの伸びる斬撃で床か壁を斬ってこちらに飛ばす。間違いない。

 

 旋空にて床面を叩き斬り。

 叩き割られたコンクリをコスケロに放つ。

 

 ──読んでさえいれば、トリオンのない物質はただの無害な障害物に過ぎない。

 

 蹴り飛ばされたコンクリ面を避けるような軌道で黒壁を放ち。

 黒江の四方から飛ばす。

 

「──双葉ちゃん!」

 

 来た、と。

 コスケロは思い。

 

 ──やはりな、と木虎は思った。

 

「む...」

 

 先程の様に、割って入るのかと思いきや。

 

 木虎は黒江に向けて──拳銃を向けていた。

 

 そこから放たれるのは弾丸ではなく。

 巻取り式のスパイダー。

 

 黒江にスパイダーを巻き、自身の方向へ引く。

 そうして──自身の身体を割り込ませる事なく黒壁から、黒江を庇った。

 

 ──読まれてた。

 

 読まれたことへの悔しさよりも、相手の洞察力への感心が先立つ。

 それ故にコスケロは冷静であった。

 

 木虎が即座にスパイダーを切り離し、両者ともに向かう先を見る。

 二人は建物の上へと昇って行った。

 

 ──トリオン反応が、ここに来て色んな方位から増えている。

 

 マップの作戦区域のあらゆる方向を埋めつくような、相当量のトリオン。

 

 ──アフトからの報告であったな。偽造トリオン反応を作り出すトリガーが玄界にはあったと。

 

「──ヨミ。今玄界の狙撃兵の位置はどうなってる?」

「もうあの砦の上にはほとんど残っていないです。──多分、こっちの兵力の底に気付いたのかと。全員を下に下ろして、あの偽造反応の中に紛れ込んでいきました」

「あらら。追撃は出来なかったか」

「すみません。今玄界の射撃部隊が砦の反対側から一気に火力を増してきて。追撃の手勢を向けられなかったです」

 

 そうか、とコスケロは呟いた。

 

 今まで射程の長い狙撃手を本部から敵を追い払う手段として使っていたのに対し。

 戦力を限界までつぎ込んだタイミングを見計らい、全方位から殲滅をかける手段として一気に転換をかけたのだ。

 

「これは.....急がないと。手をこまねいていたら、一気にこっちが瓦解してしまうな」

 

 やはり。

 敵の指揮官は優秀だ。

 戦力を吐き出させて、限界を見極めて殲滅戦へと転化させる。このタイミングの見極めが非常に早い。防衛戦の指揮を執りながらも、その間にしっかり準備をしていたのだろう。

 

「なら。俺が上に行くわけにはいかない」

 

 相手の狙いは解っている。

 上に向かい、自身を釣りだしての狙撃で仕留めるつもりだろう。

 

 こちらの策を看破し、見事に対策を取った事で──コスケロが追撃の為に同調行動を取ることを期待したのだろう。

 そういう訳にはいかない。

 

 しかし。

 

「──な」

 

 そのコスケロの頭上。

 そこから──トリオンの軌跡が降り注いでくる。

 

「──成程」

 

 軌跡の方向を見ると。

 偽造反応に塗れた地点がある。そこから――追尾弾が放たれている。

 

「紛れたのは──狙撃兵だけではないのか」

 

 コスケロは、二つの選択肢を思い浮かべる。

 包囲されているこの状況でまだ街路に向かうのか。

 それとも、建物の中に向かうか。

 

 黒壁は、トリオンのない物質に弱い。

 だからこそ、タネが割れている現在、あまり建物の中に入り込みたくない。

 

 しかし。

 

「──背に腹は代えられないな」

 

 次々に放たれるハウンドの雨に、堪らずコスケロは建物に入り込む。

 こうなったからには、スピード勝負だ。

 

 建物をぶち抜きながら、黒江と木虎がいる建物の真下へと。

 天井部への急襲から一気に攻勢をかける。

 

 しかし。

 

 真下の建物に入り込んだ瞬間。

 出迎えたのは──崩落する天井であった。

 

 ──建物に入り込んだタイミングで、斬撃で崩壊させたのか。

 

 そして。

 崩落した天井を盾代わりに──黒江と木虎が襲い掛かる。

 

 

「──中々、やる」

 

 崩落する天井を蹴り飛ばし。

 左右から挟み込み襲撃をかける両者の動きを見る。

 壁に囲まれた密閉空間。

 互いの距離は狭い。

 決着は一瞬だろう。

 

 木虎は拳銃。

 そして黒江は刀。

 

 刀使いをまずは排除しなければならない。

 そうコスケロは判断を下す。

 

 崩落した天井の隙間に仕込んでいた黒壁が、斬りかかる黒江の右腕に噴出。

 

「....双葉ちゃん!」

「大丈夫です!」

 

 動揺する木虎に反して。

 両腕を塞がれ、もう刀が握れないはずの黒江の目は──まだ闘志が消えていなかった。

 

 黒江は。

 その口に──弧月の柄を咥え込んでいた。

 

 その様を見て。

 コスケロは驚愕の表情を浮かべ。

 木虎はただ、笑んだ。

 

 木虎は挟み込む体制から、コスケロの正面に身体を割り込ませる。

 そうして──手に持った木造の壁をコスケロの正面に押し付け、自身の肉体も合わせて正面からの黒壁の噴出を抑え込む。

 

いふぁふぇん(韋駄天)

 

 黒江の舌足らずな宣言と共に。

 密閉空間の中、韋駄天が発動された。

 

 刃先が敵に向くように、体軸を横にして。

 

 そして。

 

「.....成程、そう来るか....!」

 

 木虎の身体ごと。

 斜めに上向いた弧月の刃先で──コスケロのトリオン供給器官を貫いていた。

 

 ビキビキと崩壊していくトリオン体を見ながら。

 

「──これが玄界の戦い方か」

 

 脱出機能を前提とした、捨て身の戦術。

 それが彼等の中に当たり前のように根付いている。

 だからこそ出来た戦法で。

 そして自分はその戦法に打ち砕かれた。

 

 眼前で同じように崩壊していく少女を見て。

 一つ溜息を吐き──自身もまた脱出装置が起動する様を、他人事のように見ていた。

 



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リボルバー

 ビーコンの反応がレーダーで映し出されていく中。

 射手と狙撃手が、その反応の中に消えていく。

 

 ──挟撃のタイミングが、東の目には見えていた。

 

 相手は、戦列が崩れた右翼側にボーダー側の戦力を引き摺り出して、左翼から右翼に向けて注ぎ込んだ戦力を流す形で戦列の立て直しを図った。

 機動力と耐久力に秀でたラービットで戦列を乱し、後続の戦力を右翼側に向かわせる。

 

 ここで東は右翼側に射手・銃手の射撃部隊を向かわせるのではなく、本部屋上にいた狙撃手の半数を地上に下ろし向かわせることで敵戦力を壊滅させることに成功。

 

 そうして。

 右翼側に向かわせた狙撃手をそのまま残し。

 

 そして──敵が左翼から右翼に流れていく間。

 つまり。

 敵が左翼にも右翼にも存在しない──移動にかかっている時間内に。

 

 残る半数の狙撃手も地上に下ろし、左翼側に向かわせる。

 

 各員に指示を出し起動させたダミービーコンの反応内に紛れ込ませて。

 

 

 そうして。

 突撃に向かわせたラービット四体を三輪・米屋・緑川と柿崎隊が押さえている間に配置を完了。

 

 両翼を抑え込んだ狙撃手が。

 その間に横たわる敵兵の殲滅にかかる。

 

 

 

「──へっへ。ここから反撃開始だぜ」

 

 狙撃の音が鳴り響く中。

 米屋陽介はニヤリ笑った。

 

「──秀次。狙撃で足が止まった個体から俺と緑川で狩っていくから。ラービットの処理を頼むわ」

「了解」

 

 ヨミが操縦するアイドラ二体は、全方位から叩き込まれる狙撃に足が止まる。

 防御も間に合わず米屋・緑川の前に撃墜され。

 別個体の合流も間に合わない。

 

 そして。

 ラービットの攻撃を掻い潜りながら鉛弾が撃ち込まれていく。

 

「──これは」

 

 全方位から叩き込まれる射撃に、後方へと兵員を逃そうとするが。

 

 ──そこには。

 

「──ガイスト、射撃戦特化(ガンナーシフト)

「──全武装(フルアームズ)

 

 玉狛支部の短期決戦トリガーが後方から弾幕と共に詰められていく。

 

 

「──戦列がもう保てない....!」

 

 

 ヨミは悔し気に。

 ──本部内のガトリンとラタリコフに報告を行う。

 

 

 それと同時。

 

 

「相手の戦列の崩壊ももうじきだ」

 

 東もまた、格納庫の四人に伝えていた。

 

 

 

 

 旋空と、処刑者が交差する。

 金切り音と共に弧月の刀身と処刑者のフレームが衝突する。

 

 側面を取り、旋空を放った太刀川。

 その視線がガトリンと交わった瞬間。

 

 真っすぐに見据えていた視線が。

 僅かに上向いたのを、ガトリンは勘付く。

 

 上を見ると。

 上空を飛ぶ小南桐絵が、メテオラを射出していた。

 

 爆撃と共に、煙が吹き上がる。

 

 そして。

 その煙の中に紛れ込む影が一つある。

 

 ──弓場拓磨だ。

 

 煙で視界が遮られるその中に敢えて入り込み。

 向かうは──ショートワープ。

 

 煙で相手の視界から逃れ。

 別口の地点にワープを行い、淀みなく射撃を行う。

 

 

 ──成程。

 処刑者のフレームの間を抜くような軌道の弾丸を、鋏を閉じるようにフレームを合わせ防ぎつつ。

 ガトリンは一連の攻防にかかる連携を見定めていた。

 

 

 ──二刀流のヒゲの動きは、斬り込み役。処刑者の攻撃に柔軟に合わせつつ、距離が空けば伸びる斬撃を叩き込んでくる。

 ──斧使いの女はヒゲの動きに合わせて三択の連携を取る。手斧で懐に入り込むか、大斧で一撃を叩き込みにかかるか、射撃で爆撃を行うか。

 

 太刀川の旋空の存在がある故に。

 ガトリンは連携の起点である太刀川の存在を無視できない。

 斬り込んでくる彼の攻撃に、対応しなければならない。

 

 どうしても太刀川の攻撃に合わせて、こちらも足を動かさないといけない。

 

 足を動かした先に、小南の連携が待っている。

 

 こちらの連携も択が多い。

 手斧か、大斧か、それとも爆撃か。

 どの択に対しても、別々の対応を取らなければいけない。読み違えれば一発でアウトとなる。

 

 そして。

 連携の最中に飛んでくる、弓場拓磨の銃撃。

 

 常に太刀川よりも微妙に後方位置で立ち回りを行っているこの男もまた、厄介な連携を行使してきている。

 

 太刀川の旋空が行使され、処刑者のフレームが動いたタイミングでの同時射撃。

 もしくは

 小南のメテオラで視界が遮られた瞬間からのショートワープによる奇襲。

 

 ──連携の選択が多い。一つ一つの質もいい。

 

 近接攻撃を主とする者同士の連携は非常にシビアだ。それを当然のようにこなしている太刀川と小南のレベルの高さもそうであるが。

 その連携の間に挟み込まれる拳銃使いのワープと攻撃の組み合わせも厄介。

 

 そして。

 ──ラタリコフを単独でほぼ押さえているあの若いの。

 踊り手の円輪の軌道を見切り、透明化のトリガーでこちらの連携を乱しつつ単独でラタリコフを抑えている。

 互いが互いに、決定機を得られないまま時間だけが過ぎていく。

 

 ──これでいい。ここで全員倒す必要はない。

 

 大砲を、遠征艇に叩き込めば──それで終わりだ。

 

 そこまで時間を稼げれば──。

 

 

 その瞬間。

 ガトリン・ラタリコフ両名の耳に──戦列の崩壊の報が伝わる。

 

 

 そして。

 同じく、ボーダー側にも。

 

 

「──外の連中、頑張ってくれてるみたいだなァ」

 

 弓場は。

「全員、聞けェ!」

 

 この報告を聞いた上で──こう叫んだ。

 

「あと四分で──こっちに増援が来る! 気張っていくぞォ!」

 

 当然。

 その言葉はガトリン・ラタリコフの両名の耳にも届く。

 

 戦列が崩れかけているこの戦況。

 余裕が出来た外の兵が、こちらに増援を送ってくる。

 

 ──ブラフだ。

 

 敵の狙いは解っている。

 この大砲のチャージ時間が気にかかっているのだろう。

 初撃は弓場拓磨の銃撃により逸らす事が出来たが、次はそうはいかない。

 

 だから。この大砲のチャージ時間が残りどれくらいなのか。

 それを知りたがっているのだ。

 

 残り四分で増援が来る──この状況下。もし残り四分以上チャージに時間がかかるのならば、この四人のうち何人かは仕留めなければいけない。増援が来た後も戦えるように、これまでの防御的な立ち回りを捨て攻撃に転じなければいけない。

 ただ、四分もかからずチャージを終えられるのならば、何も問題はない。これまで通りの戦いを続ければいいだけだ。

 

 弓場は見定めている。

 大砲のチャージが、四分以上かかるのか、どうか。

 

 ──外の状況の変化で余裕が出来た故に増援が来る。それは解る。ならばそれを俺達に伝える意図はなんだ? 

 

 その意図をブラフだと、ガトリンは感じる。

 しかし。

 

「隊長。何人かの兵士が砦内に入っていったのを確認しました.....!」

 

 ヨミからの報告もまた、同時に上がっていく。

 ブラフと断ずるには──根拠が積みあがっていく。

 玄界にはワープが可能なトリガーも存在する。

 砦の最下層に位置する格納庫までの道にも、ワープできる地点があるかもしれない。

 四分は、増援が送られるには十分現実的な時間でもある。

 

 残りのチャージ時間は。

 ざっと、六分はかかる。

 

 ブラフでなければ──増援が来てから丸々二分間。戦わなければいけない状況だ。

 

「ラタ」

 

 苦渋の表情で。

 ガトリンは指示を出す。

 

「──四分で、こいつらを可能な限り仕留める。連携して一人ずつやるぞ」

 

 

 弓場の発言は。

 半分ブラフで、半分本当であった。

 

 

 外の戦力をわざわざこちらに入れたりはしない。

 外から本部に入れたのは、飽和射撃をする中でトリオンが切れかけた隊員だ。

 敵勢のオペレーターにその光景を見せ、弓場の発言の信憑性を増させるため。

 

 しかし。

 本部内には──十分すぎるほどの戦力が、一人いる。

 

 忍田真史。

 ボーダーにおいて、最強のノーマルトリガー使いの男が。

 

 現在。

 外は東の指揮により崩れ、内部の侵入者も格納庫の二人以外を仕留めることが出来ている状況。

 

 忍田の指揮がなくとも十分に戦況を回せる状態であり、彼を現場に出す事も特に問題はない。

 

 現在、忍田は作戦室内でスタンバイしている状態だ。

 

 

 いつでも、こちらに来れる。

 

 

 ──ここで四分もかからず大砲をチャージできる状況だというなら、もう忍田に来てもらうほかない。

 

 だが。

 ここで──敵の攻め方が変わるのならば。

 ここにいるメンバーで、十分に片づけることが出来る。

 忍田を投入すれば、この状況は即座に解決できるであろう。

 しかし──前回の大規模侵攻で結局戦わなかった忍田のデータを、属国相手にむざむざ見せたくもない。

 可能であれば、登場はしてもらいたくないのだ。

 

「──忍田さんの出番は別に要らなさそうだな」

 

 弓場は、笑う。

 

「──もう大丈夫だ」

 

 ここで初めて。

 ガトリン側から、攻撃を仕掛けてくる。

 

 攻撃を仕掛けるのは、

 一番弱い駒から。

 

 その法則に違わず──ガトリンとラタリコフは弓場を襲い掛かる。

 

 ──あの拳銃使いはワープさせるわけにはいかない。

 

 ラタリコフの踊り手がワープ地点までの経路を妨害し、その上で処刑者のアームが弓場の頭上に降りかかる。

 

 されど。

「まだまだ....!」

 

 弓場には──早撃ちがある。

 

 二丁を構え。

 一丁をガトリン。

 二丁をラタリコフ。

 

 それぞれに照準を構え、放つ。

 

「....」

「.....く」

 

 散々にその早撃ちからの連携を目にしていたガトリンはアームでの防御が間に合うが。

 ラタリコフは腹部を削られる。

 

 その隙に弓場は一丁を仕舞い、テレポーターをセット。

 ラタリコフ側に、大きくワープを行う。

 これは、銃撃のダメージを確認すべく一瞬ラタリコフが目線を弓場から逸らしたから。

 

 ──やっぱりな。急遽防御中心の立ち回りから攻撃中心の立ち回りに切り替えたから、まだあのデカブツの動きと坊主頭の動きに微妙なズレがある。

 

 外の戦列が崩されたのが、思ったよりも速かったのだろう。

 急遽切り替えられた戦法と連携にほんの少しのズレが見える。

 

 ──今なら。あの坊主頭をやれる。

 

 テレポート先から即座に拳銃を構え。

 ラタリコフの頭部に狙いを定めんと予備動作に入った瞬間。

 

 ──眼前に、踊り手の円輪が迫っていた。

 

「──おっと」

 

 そして。

 その円輪を旋空にて跳ね飛ばす太刀川の姿もあった。

 

「──すまねぇ、太刀川サン。助かった」

「テレポーターの使用は気を付けとけよ。多分あのでかいのが完全に移転先を見抜いている。さっきの坊主頭の反応も、でかい奴が指示を出したんだろう。──ま」

 

 そして。

 

 ──ラタリコフの背後から実像を取り戻す、風間の姿。

 

「──!」

 

 背後より現れた風間の斬撃に即座に避けるものの、右腕が斬り取られる。

 

「....ぐ」

 

 その直後。

 風間の側面に回ったガトリンの処刑者のブレードが風間の腹部を貫き、勢いのまま地面へと叩きつける。

 

 それと同時。

 太刀川の旋空と弓場の射撃が放たれ。

 ブレードを突き刺した瞬間からその攻撃を予期していたガトリンが後方へ回避行動を取る。

 

「──くらえ」

 

 そして。

 後方へ向かうガトリン以上の勢いをもって──大斧を振りかぶり肉薄する小南桐絵の姿。

 

 その一撃を。

 処刑者のフレームにて受ける──が。

 

「む」

 

 バキリ、と。

 相当の堅牢さを誇っていた処刑者のアームが──真ん中の間接より叩き壊される。

 

 ──あのヒゲの伸びる斬撃と、二重にダメージを入れられたか。

 

「──あのかってぇ足に穴が開いたな。小南ィ。カバーを頼む」

 

 そうして。

 弓場はテレポーターを使用し、フレームを叩き折った小南の背後に再度ワープを行う。

 

 ワープ先から即座に拳銃を構え──折れたフレームを通すように、銃撃を放つ。

 

「──狙いはいい」

 

 しかし。

 ガトリンもまたワープからの射撃は想定済み。

 

 引金に指がかかるその瞬間、

 彼は即座にバックステップでの回避を行う。

 

「だが──もうその手は知っている」

 

「──この手を使うのは、二度目だぜ。デカブツ」

 

 放たれた銃弾は。

 ガトリンが回避する方向に向けて──直角に曲がる。

 彼が持つ拳銃の弾丸は、アステロイドではなく──バイパーであった。

 

「.....!」

 

 されど。

 ガトリンもまた反射神経でもって自身の急所を三つのアームにて防ぎにかかる。

 頭部と、トリオン供給器官。

 この二つを防げるように。

 

 恐らくは、急所への弾丸は防がれる。

 そう弓場は想定していた。

 故に。急所に向かう設定の弾丸は選ばない。

 

 それ故に。

 狙いは──。

 

 

 

 曲がる弾丸が向かう先は。

 頭部でも、心臓部付近のトリオン供給器官でもなく。

 

 

 ──大砲が付着した右腕。

 その肘部分であった。

 

 

 ガトリンの大砲は肘から下の前腕部に括りつけられている。

 

 その根元を狙った。

 

 その結果──。

 

 右肘部分に弾丸が集約し、大砲が付着した右腕部分が削られていく。

「....ぐ」

 

 ──あちらが、大砲を格納庫にぶち込めば任務が完了なように。

 ──こちらもまた、敵の大砲さえ無力化すれば任務完了なのだ。

 

 右肘が削れ、最早付着した大砲がプラン、と垂れ下がっている。

 

「....」

「完敗、ですね」

 

 ガトリンとラタリコフは一つ溜息を吐いて。

 

 ──『門』と共に、その場から消えていった。

 

 

 

「──報告通り。敵も同じように緊急脱出っぽいもの使ってきたなー」

「.....全く。敵もどんどん厄介になって来てやがる」

「しっかし、驚いたな弓場。お前....ブラフ張って敵を誘導するような手を使う奴だったか?」

 

 敵に嘘情報を与えて、立ち回りの変化を促す。

 そういう戦いとは無縁の男が、弓場という男だったはずで。

 

 太刀川の言葉に、弓場は一つ頭を掻き、言う。

 

「.....俺も、自分の隊で学ぶ事は幾らでもあるって事っすよ」

 

 思い浮かぶは。

 つい最近、自分の部隊員になった少年の姿であった。

 

 

 そして。

 

「.....が、は」

 

 所変わって。

 

 加山・ヒュース・ランバネインの戦いは──決着が見えてきた。

 

 全身を覆う欠片の全てを無力化され、全身に走る激痛に身動きすら厳しくなってきたヒュースと。

 電流によるトリオンの膨張を食らい、豊富なトリオンを大きく削られてしまったランバネイン。

 

 そして。

 黒トリガーの性質を大いに利用し尽くし──無傷のまま佇む、加山雄吾。

 

「──もうお前は終わりだな、ヒュース」

 

 トリオンが切れ。

 ヒュースはトリオン体から生身に戻る。

 

「──それじゃあな。テメェはこいつがお似合いだぜ」

 

 加山は、配下に置いたラービットを呼び出す。

 その手には大きな瓦礫が掴まれている。

 

「トリオン兵がトリオン能力者を殺すのは不自然極まりねぇからな。──お前は瓦礫の下敷きになって死ぬ」

 

 家屋をぶち抜いた大きな瓦礫。

 それがラービットの腕に持ち上げられて、──そのまま、ヒュースの脳天に叩きつけられようとして。

 

「──やめろ!!」

 

 背後から、声が聞こえた。

 

「ヒュースを、いじめるな!」

 

 そこには。

 

 玉狛支部に住まうお子ちゃま、林道陽太郎の姿が、雷神丸と共にあった。

 彼は息を切らして。また膝を震えさせながら。目に少々の涙すらも浮かべて

 それでも──

 

「ヨータロー......何故ここに来た.....!」

 ここが危険区域であると、理解できていたはずなのに。

 このお子様は、砲撃と電流、そしてトリオン兵すらうよめいていたこの区画内で──それでも、来ていた。

 

「──ヒュースは、かわいそうなやつなんだ! こきょうにかえりたくても、かえれない。かわいそうなやつなんだ!」

 

 だから、いじめるな。

 

 そんな言葉が──加山の耳に届く。

 

「.....は」

 

 笑う。

 加山の中の、別の何かが。

 笑う。

 

 ならば。

 こちらは何だ? 

 

 騙され。

 利用され。

 打ち捨てられ。

 故郷に帰るどころか──命すらも叩き壊された、この記憶は。

 

「──くだらねぇ」

 

 そして。

 即座に決定した。

 

 このガキの目の前で、ヒュースを殺し。

 その後で同じように殺してやる。

 

 殺害方法は同じだ。

 危険区域の戦場にのこのこやってきた馬鹿なガキが瓦礫に巻き込まれて一匹死ぬだけ。何も問題はない。

 

 

 

 表情を歪めて。

 ラービットに指示を出す。

 

 

 

 が。

 

 

 ラービットの足元から──ブレードが生え出てくる。

 総数、四本。

 

 二本が両足を削り。

 一本がその腹に突き刺さり。

 一本がヒュースを庇うようにその前に突き出され。

 

 突如発生した攻撃に両足を斬り飛ばされたラービットは、そのまま背後へと倒れてゆく。

 

 

 

「──実力派エリート。ちょい遅れて見参」

 

 

 

 加山は視線を合わせず、黒トリガーが探知する情報でその位置を捉える。

 そこには──エネドラではなく、加山雄吾にとっての敵がいた。

 

 

 

「──それじゃあ。これから()()を取り戻させてもらう」

 

 

 笑顔のまま。

 

 ──迅悠一は、風刃を携え加山雄吾と対峙した。

 

 

 サングラスをかけた飄々とした男と。

 憎悪と歓喜に満ちた男が。

 

「....」

「....」

 

 言葉は要らなかった。

 それぞれがそれぞれ。

 命を対価として得た魂のトリガーを携え。

 

 枝分かれする無限の未来と。

 電磁波が運び込む音の色とを見定めて。

 

 これからの未来を読むように目を閉じる迅悠一と。

 迅悠一の副作用を発生させないために目を伏せる加山雄吾と

 

 

 何もかもが交わる事のない両者の戦いが、言葉もなく始まった──

 



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傑作のジョーク②

100話目ですって.....。
いいですね。

そしてガロプラ編は一応終わり


「俺はさ」

 

 迅悠一は、語り掛ける。

 届けるべき者に届くわけもない声を。

 

「お前には()()であってほしかったんだ」

 

 その言葉が届いた瞬間。

 加山の中にある、加山雄吾としての記憶が幾つも再起する。

 

 それは、かつて加古望からかけられた言葉であり、弓場拓磨が見せてくれた姿であり、眼前の迅悠一であり、そして──玉狛第二の姿であった。

 

「今。こうして別人格に乗っ取られている姿も──以前のお前に比べれば、随分と人間らしく思える」

 

 青春をしろ、という迅悠一の言葉は。

 人間であれ、という言葉と同義であった。

 

「この先。お前がどんな決断をしようとも──人間として、葛藤も苦しみも抱えながら、してほしい」

 

 逃げるな、という加古望の声が浮かび上がる。

 そうだ。

 逃げていた。

 目を背けていた。

 自分が他者に向けられた視線から。

 そして、何より──自分もまた、ちっぽけな一人の人間であるというどうしようもない事実に。

 

 蓋をして。

 目を背けて。

 その帰結として──今の姿がある。

 

「──そう願うからこそ。俺はお前がそうなる事を解ったうえで行動していた。そして、これからちゃんとお前を取り戻す」

 

 幾層にもゆらめく、マフラーのような帯を纏った刃。

 それを向ける。

 

「──OK。何であれお前はここで俺を見てしまったんだ」

 ああ。

 こいつが黒トリガーでよかった。

 

 緊急脱出装置なんてくだらねぇものはない。

 生身に戻して、瓦礫の下に埋めてやればお陀仏だ。

 

「──ぶっ殺してやる」

 

 両腕に電流を宿し。

 加山もまた──迅と対峙した。

 

 

 ガロプラ側は、もう手詰まりも手詰まりであった。

 戦術は見抜かれ、戦列は瓦解した。

 

 玄界の戦力に挟撃され、挟撃から包囲に変わり、一方的に戦力を削られ続けている。

 

「くそ....!」

 

 そして。

 コスケロを失い、外の指揮を一任されたレギンデッツは混乱の最中にいた。

 手を打とうにも、最早敵の布陣に穴がない。

 ならば無理やりにでも穴をあけなければいけないのに、その為の戦力もない。

 

「だったら....!」

 

 レギンデッツは、それでも諦めなかった。

 戦力でもって穴をあけられないのならば。

 ──奴等の急所をもって、穴を空けさせてやる。

 

「──レギー。何をしているの?」

「市街地に向かう! こうすれば、連中も戦力をこっちに向けざるをえなくなるはずだ!」

「市街地を攻撃するなって隊長がいっていただろう?」

「解ってる! 向かうフリをするだけだ。そうすれば──」

 

 ドグを引き連れ、市街地に向かうレギンデッツ。

 

 されど。

 悲しいくらいに、誰もその誘いに乗ってこなかった.....。

 

「何だよ....!」

 

 その静寂の中で。

 

「──俺なんかじゃ、怖くもねぇってのか!」

 

 自身が、何の脅威にもなっていない現実と、周囲のどうしようもない侘しさに。

 レギンデッツは、そんな風に叫んだ。

 

 

 その時であった。

 

「──がぁ!」

 

 上空より。

 電流が降り落ちる。

 

 

「──単騎で餌まで引き連れてウロウロしている馬鹿がいたと思ったら、何だこれは笑えるぜ。丁度いい。手勢が欲しかったところだ」

 近くの住宅から飛び上がり、地上に降りた加山。

 その隣に、レギンデッツがいた。

 

 振り落ちた電流がトリオン体の形を崩していく。

 トリガーを起動しようにも、出来ない。

 トリオンの流れが、乱れている。起動が上手くいかない。

 

 加山の足元に、一筋の線が浮かぶ。

 ニコリ笑って、その線の上に立ち止まっているレギンデッツの背後に回り、その線の上に電流を帯びた左足で蹴飛ばす。

 

「あがぁ!」

 

 ブレードが、自らの腹を貫く。

 その時。トリオン体ではありえない、身体を斬り裂かれる痛みを十全に味わわされながら。

 

 ぶしゅう、と膨張したトリオンが爆発するように煙を噴き上げて。

 

 とどめに──緊急脱出用の『門』が起動しない、という現実が襲い掛かる。

 

 トリオン体が崩壊し、生身の肉体が投げ出される先が──この玄界の地である事実に、表情が青ざめる。

「に、逃げねぇと....うおぉ!」

 

 足元に流れていくトリオンの電流。

 幾つもの筋を引きながら飛び出てくるブレード。

 

 そして──先程まで自らに従っていたドグたちが、当たり前のようにその戦いに参列している様を見て。

 

 ただでさえ混乱状態にいたレギンデッツは──更なる混迷の海に叩き落される事となった。

 

 

 ──自身の足元に。左右の壁に。

 それぞれ走るトリオンの筋から、ブレードが飛び出してくる。

 

 ──成程な。こいつは確かにうぜぇ。

 

 射程は無限と言ってもいい。トリオンが尽きるまで、この遠隔によるブレードは放たれ続ける。

 あのマフラーみたいな帯の数が、恐らくは弾数であろう。

 

 しかし。

 対応策はある。

 

 加山は周囲に力場を形成し、そこに微量のトリオンを流す。

 

 あの遠隔のブレードも、トリオンで作られている。

 ならば、力場でその場所を察知することは可能だ。

 

 迅と風刃の組み合わせは、未来視と合わさり強烈な武器となる。

 未来視でその相手が追い詰められるであろう場所に、あらかじめブレードを仕込む、という手法によって。

 

 しかし。

 加山の黒トリガーの索敵能力もまた、彼自身の副作用も合わさり強力なものとなっている。

 

 力場内に流している自らのトリオンと、その力場内にある他のトリオンが衝突した際の音を色分けする。

 それ故。

 加山は何処にブレードが仕込まれているのか、その全容を理解していた。

 

 ──俺に、負ける要素はない。

 

 

 そう思う加山の脳内に。

 

 せせら笑う声が、響く。

 

 

 

 ──自惚れんな。

 

 

 その声は、かつて塗り潰した、元々の人格からの声であった。

 

 

 ──未来視が化物ってわけじゃねぇんだよ。迅悠一が、化物なんだよ。

 

 

 そう。

 別の加山雄吾が、そう脳内で言っていた。

 

 

 戦いは。

 電流を広域に撒きながら迅との距離を取る加山と、

 ブレードで追撃をしつつ距離を取る迅という構図であった。

 

 加山は力場でブレードの位置を観測しながら、的確に立ち回りつつ迅を近づけさせず。

 迅は未来視でその攻撃を見切りつつ徐々に距離を詰めていく。

 

 ──電流の放射元は、加山の身体からでしかない。

 目に見える電流は両腕から放ち。

 そして──自身の足元から、地面を通じて相手に放射する技法も、この黒トリガーには存在する。

 

 それすらも、迅は避けていく。

 

 ──まあ、焦ることはねぇ。

 この程度で倒せるとは、こちらも思っていない。

 

 ──俺は今、奴の目を見ちゃいねぇ。つまり、俺からの情報で奴はこっちを攻撃してはいない。他の連中から集めた未来の情報で、奴は俺と戦っている。

 

 つまりは、過去に集めた未来のストックで奴は今戦っている。

 ならば、いずれ読み違える時が来るはずだ。

 

 それに。

 動かせるものは──動かせばいい。

 

「俺は──手段は選ばねぇ。そこの馬鹿みたいになぁ!」

 

 加山は。

 手勢に迎えたドグを──市街地へと走らせていく。

 

「成程ね....」

 加山は本気だ。

 レギンデッツと違い、本気でトリオン兵でもって市街地への襲撃をかけようとしている。

 

 どうせここで襲撃をかけた所で、ガロプラの責任になるだけだ。

 その目撃者である迅を殺せば問題はない。

 

「ここだろうな」

 迅はぽつりと呟き。

 

 市街地へ向かうドグ全員に風刃を走らせる。

 

 駆け抜けるドグよりも速く走らせたブレードがそれを貫いた瞬間。

 

 ──左右から、更にドグが襲い掛かる。

 

 迅はそれを身を屈め体幹を回した斬撃で斬り裂く。

 

 

 残る風刃の数は二。

 そして──遠隔斬撃を走らせた動作からの、ドグの急襲への対応に、足を止める。

 

 ここで。加山はフルパワーでの攻撃をそのまま迅に叩きつける。

 

 両腕からの広域電流放射と両足からの地面伝播による左右からのトリオン電流の叩きつけ。

 

 足を止めたタイミングで、行使した。

 

 

「──それは甘い」

 

 足を止めたとて。

 迅には──風刃がある。

 

 

 左の壁を、迅は風刃のブレードで斬り裂き電流の通り道を潰すと、

 そこに身を倒しつつ、斬り裂かれた壁の破片を正面の電流に叩きつける。

 

「トリオン干渉型のトリガーは、ただの物質に弱い。──お前のそれも、その例に違う事は無かったわけだ」

 

 その時。

 仕留めに入っていたため真っすぐに正面のビルの屋上から迅を見据えていた加山の目を、ここで迅は見る。

 

「──勝負あり」

 

 崩れていく壁の中に身を隠し、使い切った帯を再装填。

 

 力場の中に──加山の周囲を取り囲むように風刃を走らせる。

 

「こんなもん無駄だろうが....!」

 

 幾ら斬撃を走らせたところで。

 予見できるのだから意味がない。

 

 

「ところがどっこい」

 

 その時、加山は複数ある逃走経路の中で、右手側から飛び降りる、という選択肢を取った。

 

「──俺の副作用が、ここに来ると言っている」

 

 その場に。

 迅は真っすぐに向かっていた。

 

「クソが.....!」

「よう...」

 

 加山は黒トリガーの影響で強化された反射神経をもって、迅に殴りかかる。

 されど。

 

「畜生が....畜生がァァァ!」

 

 その腕ごと、風刃の刃で縦に斬り裂かれる。

 

「それじゃあ──」

 

 腕を斬り裂いた迅が加山の足元に身を潜らせ。

 腹先を斬り上げる。

 

「──加山を、返してもらうぞ」

 

 

 ──クソが! クソが! 

 

 叫ぶ。

 

 エネドラもどきの声が、脳内に響く。

 

 

 ──どうしてだ! どうして攻撃が届かねぇ! 

 

 

 そして。

 漁る。

 勝機を、漁る。

 

 自らの記憶にないものを。

 漁る。

 

 

 加山雄吾が迅悠一と共に過ごし

 共に戦った記憶の中から。

 

 奴を打倒できる記憶を、漁る。

 

 

 

「バーカ」

 

 

 

 声が聞こえた。

 

 

 

「──俺の記憶をアテにしようとした時点で、お前の負けだよ」

 

 

 

 記憶を深掘りする中で。

 

 

 彼の脳内に──存在しないはずの記憶が、流れ込んでくる。

 

 

 

「な....何だよ! 何だよ、これ!」

 

 

 それは。

 加山雄吾が積み上げた憎悪の記憶と

 エネドラが積み上げた憎悪の記憶と。

 

 そして──それが組み合わさり、二人分の記憶の結晶と化した膨大な記憶の本流であった。

 

 

「──お前は今、積極的に俺の記憶に触れようとしただろ? そうなったらこうなるに決まっている。本来の人格は俺で、お前はそこに横槍を入れただけに過ぎない」

 

 ざまあみろ、と。

 加山雄吾は、エネドラもどきに言う。

 

 

「お前はエネドラですらない。ただの()()()だ。エネドラの足跡を実際に味わったわけでもない。奴が狂っていく様を体験したわけでもない。その記憶から新しく生まれた赤子の様な人格に過ぎない。そして赤子にすら負けてしまうほどに俺が参っていたから、人格を横取りできたに過ぎない」

 

 笑う。

 加山は、笑う。

 

「だがもうそれも終わりだ。お前は俺の記憶の中に入り込んできた。──そのまま取り込まれてしまえ」

 

 記憶の本流の中。

 加山雄吾の姿がある。

 

「あ.....あああああ.....!」

 

 その加山はエネドラもどきの頭を掴み。

 その目を見る。

 

 流れ込む。

 

 

 ──加山が味わった、地獄の音色が更新していく様を。

 

 

「俺はもう、、エネドラの地獄を受け入れたぞ。──お前は俺の地獄を受け入れられるか?」

 

 死の色が。

 うねりを上げて音声と共に雪崩れ込んでいく。

 

 

 それはエネドラの外殻を纏った新しい人格を飲み込んでいき。

 そのうねりごと──加山雄吾はその中に、受け入れた。

 

 

 腹と両腕を斬り裂かれ、

 そのまま首を落とそうとした迅の腕が──止まる。

 

 

「戻ったか、加山」

 

 にこり微笑み

 迅は声をかけた。

 

 

「──えらく、迷惑をかけたみたいっすね」

「まあそうだな。でも気にするな。俺はこれを止めることも出来たけど──敢えてしなかったんだから。俺にも責任がある」

「すまねぇっすね」

「──そういう事もあるさ。何せ、俺達は人間なんだ。──ところで」

「....」

「お前の名前を聞いてもいいか?」

 

 迅悠一は、尋ねる。

 

 加山雄吾は──迷うことなく、答える。

 

「加山雄吾ですよ」

 と。

 

 その返答を聞き、一つ迅は頷く。

 

「エネドラじゃなくて?」

「あいつは死にました。それはどうしようもない事実で、それ故に──俺の身体を乗っ取った奴は、誰が何と言おうとエネドラなんかじゃない」

 

 だから。

 

「あいつの地獄を受け入れても尚──それでも、俺は加山雄吾です」

 

 加山は。

 再度叩き込まれたエネドラの記憶と、向き合っていた。

 向き合う中で、自身もまたその記憶を追憶していた。

 

 適合者として選ばれた喜びも。

 黒トリガーを使って祖国の繁栄を心から願っていたその在り方も。

 その思いが砕かれていく様も。

 コントロールできなくなる自我も。

 そして──最後の結末も。

 

 

 その全てを、目を逸らさずに受け入れた。

 

 受け入れて尚。

 

 それでも。

 

 加山雄吾は──あの地獄から出てきた記憶が、根幹にある。

 

「.....じゃあな」

 

 

 加山は。

 ただ、そう呟いていた。

 

 




レギーがどうなったのかは、次のお話で....。


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白黒混じり、灰色

「──処分なし、ですか」

 

 ガロプラ騒動の後。

 加山はその足で上層部へと現状の報告を行った。

 

 黒トリガーによる人格の上書き。それによる暴走と殺人未遂。

 余すところなく伝えた。

 

 最低でも記憶処置。最悪クビすらも覚悟していた。

 

「ああ。君を処分して、こちらにとってメリットがない」

 

 城戸司令は、いつものように滔々とした口調で加山に語り掛ける。

 

「そして君の行為を証言するものもいない。迅も、その玉狛の捕虜も、そして玉狛支部にいるあの子供も。君に関しての証言を拒否した」

「....」

 

 迅は解る。

 あのお子ちゃまも.....何となく解る。

 

 だが、ヒュースに関しては何故証言を拒否した? 

 証言を言うだけで、自らの祖国を滅ぼそうとしている男をボーダーから追い出すことが出来るというのに。

 

「それに。我々も、遠からずこうなる事は迅の報告で理解していた。その上で放置していた。何故だか解るかね?」

「....」

「君を処分してしまったら、あの危険な黒トリガーにせっかく適応した者をわざわざ追い出す事になってしまう。これから先、あの黒トリガーに適応する者が現れても、おちおち使わせるわけにもいかない。──迅がいれば抑え込めることは解っていた。問題が発生することを予見し、それでも放置していた我々にも相応の責任がある。だからこそ、別段の被害もなかった今回の件で君を処分することは無い」

 

 成程、と加山は思った。

 全て、迅の掌の上だった訳だ。

 

 ──俺達からすれば、お前は敵じゃない。

 

 そうだろうな、と加山は思った。

 迅という男にとって、この世界にあるあらゆるものが盤上の駒だろう。

 

 自身が制御し、望む方向へ向かわせるための駒。

 

 敵意を持とうが何だろうが。

 あの男にとっては、駒の性質の一つでしかない。

 

「....ありがとう、ございました」

 

 処分なしの伝達を受け。

 ただ加山は頭を下げた。

 

 ──掌の上で踊らされた帰結だとしても。

 ──自分は今、弓場隊も、周りの人も、裏切らずに済んだ。

 

 それが全て、敵として見ている男のおかげであることも同時に理解してしまって。

 

 どうにも、加山は感情の置き所が解らなくなってしまった。

 

 

「....生きていたか、レギー」

「....」

 

 ガロプラ遠征艦の中。

 レギンデッツは、実に憔悴した状態で艦の中で項垂れていた。

 その左腕には、ぐるぐると巻かれた包帯に固定具がくっついていた。

 

「──いやはや。偶然拾えてよかった。やはりあの黒トリガーは一筋縄ではいかんな」

 

 わはは、と笑いながら──アフトクラトルの軍人であるランバネインはそう言った。

 

 トリオンの大半を消し飛ばされたランバネインは、最早任務の続行は不可能と脱出したその先──生身の姿のまま意識を失っていたレギンデッツを見かけ、そのまま拾って脱出したという経緯がある。

 レギンデッツはトリガー同士の戦いの余波で左腕が折れ、激痛と共に失神。そのままうつ伏せのまま倒れ伏していたのだという。

 

「俺も失敗し、お前たちも失敗した。上手くいかないものだな、本当に」

「....」

 

 この作戦。

 こちら側の狙いが全て読まれていた。

 

 こちらの狙いが遠征艦の破壊であることも。

 外の陽動の動きまで。

 

 ガトリンは目頭を押さえ、一つ息を吐いた。

 

「──何処からか情報が洩れているのかもしれないな」

「とはいえ、どうするの? もう戦力も大きく削れてしまっている訳だけど」

「.....少し考える」

 

 アフトクラトルの新型トリオン兵を投じてまで決行したこの作戦。

 結局の所──いたずらに兵力を削っただけで終わってしまった。

 

 それでもまだ、玄界の軌道から外れるまで時間はある。

 

「そうだな。──重々考えておいたほうがよいだろうな。俺はともかく、兄者は恐ろしい男だからな」

 

 ガハハと笑って。

 そんな事をランバネインは言っていた。

 

 

 

 

 ガロプラ騒動の後。

 加山は以前の調子を取り戻していた。

 

 あれだけ苦しんでいた人格障害の影響も消え、元の日常を送ることが出来ている。

 

 そうして。

 

「次の相手が決まった」

 

 ランク戦、ラウンド6。

 

「影浦隊、生駒隊、那須隊の四つ巴戦だ」

 

 弓場拓磨が、次なる対戦相手を告げる。

 

 へ、と加山が声を上げる。

 

「え。那須隊上位に入ったんですか?」

「おう。前回のラウンドで独り勝ちして一挙六得点で上位入りだ。──熊谷のメテオラ戦法がようやく板についてきて、その上で日浦の動きがちょい特殊になってきた。あとで記録見て確認しとけ」

「了解っす。──いやー。正直言ってくっそ意外でしたね」

 那須隊は、隊長の那須を中心として非常に纏まりを持った部隊だ。

 攻撃手、射手、狙撃手と遠中近のバランスが取れている。が、得点力の中心である那須が指揮も担っているという部隊の構成上、隊長の那須に非常に負荷がかかる状況が続いていた。

 ここにきて上位になったという事は。その部分に何かしらの解決が図れたのだろうか。

 

「.....何気に、影浦隊と当たるの始めてなんですよね」

「ですねぇ」

 外岡の声に、加山も頷く。

 

「真面目に初対戦ってのが嫌ですね、影浦隊。動きも狙いも読めないのに、影浦隊長っていう特大の爆弾がある」

 

 影浦隊はおよそその動きに戦略性はない。

 序盤の戦術はおおよそ決まっていて、銃手の北添の爆撃で敵を炙り出しての影浦の単騎特攻。

 

 大雑把にも程がある部隊戦術である。

 自らの位置を隠す気もなくただただ得点を奪いに来る影浦は、普通ならば狙撃手のいい餌だろう。

 

 されど。

 影浦には狙撃は、まずもって効かない。

 

 彼の副作用──『感情受信体質』によって。

 彼は自身に向けられる感情を、皮膚に突き刺す感覚として発生し、その位置まで読んでくるのだという。

 下手に狙撃を行うと、避けられた挙句にその狙撃手が狩られるという悪循環に陥る。

 

 

「実際──外岡先輩は、影浦隊長に一撃でも狙撃当てれたことがありますか?」

「ないね。アレは無理」

「無理すか.....。ちなみにB級の狙撃手であの人を当てた人って誰かいます?」

「覚えている限りでは、東隊長だけだね」

「何なのあの人...」

 

 本当に何なのだろうあの人。

 そろそろ同じ人間としてカテゴライズしてもいいのか真面目に考えなければいけない気がしてきた。

 

「まあ。──こちらとしても、特大の隠し玉が出来たわけだ。影浦隊にも引けを取らねぇ。──なぁ、加山」

「うす」

「それで。──もうトリガー構成は固まったのか?」

「固まりましたね。こんな感じですね」

 

 加山は、苦心しつつようやく固まったトリガー構成を見せる。

 

「メインがアステロイド拳銃、ハウンド、エスクード、ダミービーコン。サブがメテオラ、ハウンド、シールド、バッグワーム。色々悩みましたけど、こうなりました」

 

 加山は──現在、エネドラの記憶と経験を同一化させている。

 エネドラが積み上げてきた経験を、真の意味で取り込めた状態にある。

 

 その為、出来ることが単純に増え、トリガー構成を変える事を決断した。

 

「高速で合成弾作れる強みを手に入れたんで、そこも活かしつつ。いつもの通り攪乱をやりつつ、けどこっちも戦闘に参加できるように....と色々考えていたらこんな感じになりましたね」

 

 拳銃は、弓場と同じリボルバー型の威力弾速重視のもの。

 これで攻撃手に対しての対抗手段を持ちつつ、ハウンド二枚とメテオラを入れ合成弾も作りつつエスクードとダミービーコンで従来の攪乱の役割もこなす。

 

「次回からは、俺も積極的に攻撃に参加します。前回迷惑をかけた分、どうにか取り返します」

 

 現在。

 加山もまた──十二分にエースを張れるだけの実力を手に入れた。

 

「──実際に攻撃手相手と戦うってんなら、個人ランク戦で経験積んどけ。影浦は強いぞ」

「了解っす」

 

 弓場のありがたい忠告を素直に聞き入れ。

 早速加山は個人ランク戦ブースに向かった。

 

 

 何と言うか。

 あまりにも現金に映るかもしれない。

 

 エネドラの記憶を引き継いで。

 前線で堂々と戦える力を持ったから個人ランク戦に向かう、というのは。

 

 ──現在。エネドラの記憶と経験、そしてその感覚までも加山の中に渦巻いている。

 

 エネドラの──戦闘が大好きである感覚もまた、自らの中に根付いている。

 かつて戦う事そのものが嫌いでゲロを吐いていた男が。

 別の記憶を取り入れたとたんにこれだ。

 笑えてくる。

 

 しかしまあ。

 そういう部分も含めて受け入れると覚悟したからこその現状である。

 積極的な戦いを望む内心とどうにか折り合いをつけるべく。加山は時間があれば弓場と訓練室で戦いを重ね、そして──現在は個人ランク戦を時間があれば行っている。

 

 受け入れるしかない。

 

「さあて。誰かいるかな~?」

 

 周囲を見渡す。

 

 正面を見て~

 左右を見て~

 

 背後を見て.....

 

 

 

「やあ」

「うおあああああ!!」

 

 背後を振り返ると。

 もふもふとした白髪の少年がいた。

 

「びっくりしたわ!」

 その正体は──玉狛第二の空閑遊真であった。

「それは失礼、カヤマ。そして──別の人もいる」

「よぉ」

「....あ? なんだこのガキ」

 

「村上先輩に....影浦隊長ですか」

 

 同期の村上先輩に、次の対戦相手の影浦隊長も、その背後にいた。

 

「記録見てないのか、カゲ。弓場隊の新人だぞ」

「ああ? 弓場隊、新人入ったのか? .....何か見覚えある気がするな....?」

 

 ああ。

 そういえば大規模侵攻の時に、最後に共闘した記憶がぼんやりある。

 

「それで....トップランカーとポイント詐欺師二人が何しにこちらに?」

「誰がポイント詐欺師だとコラ」

「どうどう」

 

 だって.....片や新人からトップランカーとバチバチにやり合える化物と、一万ポイント没収という離れ業でランキングを転がり落ちた二人がそこにいる。

「4000ポイント台の人かー。手合わせには丁度いいかもなー」なんて軽い気持ちで挑んできた連中がどれほどの涙を流したのか。想像に難くない。

 

「そりゃ個人ランク戦してたわけだが。お前もそうだろ」

「うっす。隊長命令で。──攻撃手相手の経験積んで来いって」

 

 へぇ、と。

 

 三人が頷く。

 

「とはいえ。おれもかげうら先輩も、当たる可能性が高いからな。あんまり戦いたくないだろう?」

「ケ。こんなガキ、頼まれたって戦うのは御免だぜ。時間の無駄だ」

 

「──なら。俺とやるか?」

 

 村上が、そう声をかけた。

 

「いいんですか?」

「ああ。──だが。俺も今は中位だが、次に絶対上がる。その時に後悔しないというならば、やるといい」

 

 成程、と加山は呟く。

 いいなぁ。

 

 こういう挑発に、心が熱くなる感覚。

 今まで持ち合わせていなかった、こういう諸々が、何だか心地いい。

 

「十本でいいですか?」

「ああ」

 

 という訳で。

 

 急遽──村上鋼との個人ランク戦を行う事となった。




加山雄吾 パラメーター変化
トリオン10
攻撃7→8
援護・防御10
射程4
機動5→7
技術7→8
指揮5
特殊戦術8→9

total 56→61


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蒼き日々

はじめて特殊タグなるものを使いました。
モリモリ


 村上鋼が加山に個人戦を申し込んだのは、何も気まぐれからではない。

 

 村上もまた──加山の変化に関して相当に気にしていたからである。

 恐らく真面目に各隊の記録を見ている人間にしてみれば、誰でも気づくであろう。

 加山雄吾の極端な変化に。

 

 変化の兆しは、ラウンド4であったと思う。

 

 二宮隊に追い詰められた加山が、辻を打倒した場面。

 

 あの時の動きは、今までの加山の戦い方からあまりにも乖離しすぎていた。

 

 そして次のラウンドにおいては、無理に前線に出張って東に撃ち落されたものの──王子隊と東隊の二人を仕留める動きそのものは明らかに以前の加山のものではなかった。

 

 そして。

 今。

 

 こうして個人ランク戦に現れた加山と──どうしても戦ってみたかった。

 

「それじゃあ──五本終わったら十五分のインターバル時間を取る鋼さんルールで行いますかね」

「ああ。そうしてくれると嬉しい」

「了解っす。それじゃあ俺の方からも条件付けますね。勝負開始時点で必ず三十メートル以上の距離を空けておくこと。こうでもしねぇと、すぐ詰められて死にますから」

「ああ。それでいい」

「──ルールが決まったところで、始めましょうか」

 

 市街地Aに設定されたブースの中。

 加山と村上は住宅街に面した狭い道路の上。三十メートルの距離を空けて対峙する。

 

「それじゃあ。おれの合図で始まりという事で」

「よろしくお願いしますね~」

 

 何故か。

 空閑の隣に──A級草壁隊隊員の緑川の姿がある。

 白ジャージを着込んだ彼は、ニコニコと笑んだまま遊真の隣でぶんぶんと手を振っていた。

 

「....どうしてお前がここにいるんだ、緑川」

「気にしない気にしない。──まあぶっちゃけ遊真先輩と遊びに来たわけだけど。もっと面白そうな事があったから」

 

 要は野次馬に来たのである。

 

「興味ないふりで影浦先輩は外にいるけど、多分ばっちり見ているから。頑張ろう~」

「素直じゃないな、アイツも」

 

 ふ、と微笑み。

 眠たげな眼を少しだけ綻ばせ──きゅ、と鋭く締める。

 

「はじめ」

 

 空閑が振り上げた腕が、鋭く落とされた瞬間。

 

 二人は、動き出した。

 

 

 加山はエスクードで村上の視界を塞ぎながら、ハウンドを上空からばら撒くいつものやり方で。

 そして村上は、その弾雨をレイガストで防ぎつつ発生していくエスクードを旋空で斬り裂いていく。

 

 ──ここまでの戦い方は、特に変化はない。

 

 エスクードで相手の動きを制限し、ハウンドで攻撃。

 変わらない加山の戦法だ。

 

 その時。

 エスクードの群れの奥から──窓ガラスが割れる音が二つ。

 

 現在加山と村上がいる場所は、住宅街に面した一方通行の道路。

 

 左右は住宅と道路を仕切る壁があり。

 加山がいる方向に進んでいくとカーブミラーが立った交差点。

 

 加山は。

 

 エスクードとハウンドを放った後。

 何かを──壁越しに住宅の中に投げ込んだのだろう。

 

 何を投げ込んだのかは、すぐさま村上は気付く。

 

「──成程」

 

 加山の左右の住宅の奥。

 トリオン反応が生まれる。

 ダミービーコンだ。

 加山は──左右の住宅それぞれに生成したダミービーコンを投げ込んだのだ。

 

 それが発動した瞬間

 加山はバッグワームを纏い自らの反応を消し。

 拳銃を起動し、二発の弾丸を放った。

 

 放った弾丸は、共に銃声と破砕音を放ち、後に静寂を運んでいく。

 

 ──ビーコンを投げ込んだ住宅の壁を、拳銃弾で破壊したのか。

 

 そして。

 拳銃弾で足音もかき消し──左右の住宅のどちらに向かったのかの判断を付かなくした。

 

 

「──それで、何をするつもりだ?」

 

 十本勝負の一本目だ。

 ここで無理に前に出ることは無いだろう。

 

 そうして待ちの体勢を取った村上の頭上に。

 

 変わらぬハウンド弾が降り落ちてくる。

 

 それに向けてレイガストを構えるも。

 

「──な」

 

 それが村上の左右に振り落ちた瞬間──爆撃が降り落ちていく。

 

「──サラマンダーか!」

 

 そうか、と村上は思う。

 ダミービーコンは自身の位置を偽造できる。

 その偽造の効果にも二種類あり。

 

 偽の反応を作り出す事で索敵に負荷をかけるという効果と。

 偽の反応地点に入り込むことで自らのトリオン反応を消し去る効果。

 

 

 加山はエスクードでこちらの視界を制限し、住宅の左右にダミービーコンを投げ込み──村上が「待ち」の戦術を取るように仕向け、投げ込んだビーコンの反応に紛れ、合成弾を放ったのだ。

 

 ──そうだった。記録でも高速で合成弾を作っていたのに。

 

 村上は即座に弧月を手放し、シールドに切り替え全身を覆う。

 しかし全ては防ぎきれず、左腕が吹き飛ぶ。

 

「...」

 

 その様を見て。

 加山は住宅から飛び出す。

 

 村上の側面側からエスクードを生やし、吹き飛んだ左手側に回り込みながら──細切れたハウンドを走りながら放つ。

 

 片腕を失った村上はレイガストを諦めシールドでそれを反射で防ぐ。

 

 が。

 ──記憶が、蘇る。

 

 ハウンドを広範囲に撒き、そしてそれによって拡張されたシールド。

 

 加山は。

 拳銃を握っている。

 

 弓場と同じ、威力と弾速に多く振った、リボルバー型の拳銃が。

 

 銃声と共に。

 村上の腹部が大きく削れ──緊急脱出。

 

 

「まあ。いつもの通りでしたねぇ全く」

 

 結局。

 村上とは十本を戦い、5対5。

 

 全くのイーブンで終えた。

 

 前半は加山が四本を取り

 後半は村上が四本を取った。

 

 そして──次に村上と戦う時は、別な戦い方を持ってこなければ今度は四本も取れなくなるのだろう。

 

 全くもって、ズルい相手だ。

 

「しかし....元々勝率が三割も無かったころに比べると随分と進化したものだと思いません」

「...」

 

 村上は。

 やはり──この変化は、あまりにも異質であると感じている。

 

 加山の本領は、こういった正面きっての戦いではなく地形戦にある。

 

 しかし。

 合成弾という武器と、諸々の戦闘機能の向上も手伝ってか。

 正面からの戦闘ですら地形戦に持ち込み、勝ち筋を作るだけの能力を手に入れた。

 

 その能力は。

 本来は、生来のセンスを持っている、限られた才能を持つ者だけが持ち合わせているはずのもので。

 

 村上は「加山」と一つ呼んで。

 その理由を聞こうとして。

 

「何ですか?」

「いや....」

 

 そして。

 蘇った。

 

 ──アイツは、俺達の努力を盗んでやがるんだ。

 

 かつて──自分の中に巣くっていた、罪悪感が。

 

 自分の副作用が自分を磨くたびに。

 他者からかけられた言葉の数々を。

 他者が得たものを、すぐに学習し自らのものとする自身の在り方。それを陰でなじられる日々を。

 

「....強く、なったな」

 

 ──いつから俺はこんなにも傲慢になったのだ。

 ──加山がこんな風になる訳がないと。そう決めつけて。

 ──そこに特別な理由があったとして。俺はそこに何て言葉をかけるつもりだったのだ。

 ──その理由によっては、卑怯だとでも言いたかったのか。

 

 強さを得る過程に副作用という特別を挟み込むしかなかった村上は。

 加山が経たであろう特別に、口を挟み込む権利はない。

 

 その表情を見て。

 加山もまた、何かに勘付いた。

 

「──俺は。紛うことなく誰かの努力を盗みました」

「.....」

「普通は。人の動きを見て自分で学習して取り込むものでしょ? 村上先輩のは盗みじゃない。ただ学習して。ただ取り込んでいるだけですから。それを言うなら、この世の全員多かれ少なかれ盗んでいますよ」

「加山...」

「俺はそういうんじゃない。たった一人の誰かの努力を、学習という過程すら挟み込まずにただ取り込んで、今の俺がいます。──だから、村上先輩が今抱いた疑問は、きっと正しい」

 

 そう。

 事もなげに──加山は言った。

 

 あまり、力のない言葉であった。

 

 

 ブースから出ると。

 

「....」

 

 影浦が加山を睨んでいた。

 

「....おい」

「うっす。何すか影浦先輩」

「....次のランク戦。少しだけ楽しみになったわ。いいもん見せてくれた代わりに──俺が直々にぶっ潰してやる。そこまで、死ぬんじゃねぇぞ」

 

 そんだけだ、と影浦は呟いて。

 そのままブースを去っていった。

 

「....影浦先輩に目を付けられたか」

 

 いい事だ。

 無軌道で読めない影浦の動きに、一つの軸が出来た。

 それは──真っ先に加山を潰す動きをしてくる、という事。

 

 ならばこちらも、それを前提とした作戦を作成すればいいだけだ。

 

 

「カヤマ」

 

 そして。

 空閑遊真から、声をかけられる。

 

「おお、空閑君。どした?」

「ちょっとだけお願いを聞いてもらっていいか?」

「何かな」

 

 空閑は少しだけ言いにくそうに肩を竦めて。

 

 言った。

 

「──申し訳ないんだけど。あってもらいたい奴がいるんだ」

「誰?」

「──ヒュースだ」

「....」

 

 加山はその名前を聞いて。

 一つ目を瞑った。

 

 かつて。

 自らの手で情報を取得しようとして失敗し。

 そして──黒トリガーに汚染された自分が、殺しかけた人間。

 

 会いたくはない。

 されど──会わざるを得ない人間であった。

 

「解った」

 

 加山は、一つ頷いた。

 

 

 そして。

 加山は幾度目かの、玉狛支部への来訪を果たす。

 

「あ、加山君いらっしゃ~い」

 

 そこには。

 頭巾を被り、モップがけをしている宇佐美栞の姿があった。

 

「ごめんね~。この前の襲撃で正面玄関派手に壊されちゃって。今改装中なの~」

「...」

 

 そういえば。

 支部の玄関がランバネインに吹き飛ばされていたんだったっけ.....。

 玉狛は、その中でもラウンド5を行っていたのか....。

 

「よく爆撃されている中冷静に試合できましたね...」

「んー。まあ一応端末を事前に支部の奥に移動させていたし。こっちは集中してて本当に何も聞こえなかった上に、迅さんから”危険はない”のお墨付きをもらっていたから」

 

 さいですか。

 

「ところで。──ヒュースは何処に」

「あ、うん。ヒュース君の部屋に案内するね」

 

 そうして。

 宇佐美の誘導の下、ヒュースに割り当てられているという部屋の中に。

 

「それじゃあ.....ごゆっくり~」

 

 宇佐美は朗らかにそう言うと、また玄関の掃除に戻っていった。

 

「....入るぞ」

 

 加山はノックをし、そのまま部屋の中に入った。

 

 ベッドとデスクだけが置いてある殺風景な部屋の中──ヒュースが壁際に立っている。

 

「よぉ」

「.....カヤマユウゴか」

「そうだよ。──座らないの?」

「このままでいい」

「あっそ。だったらこのデスクの椅子に座らせてもらう」

 

 加山はデスクから椅子を引き、座る。

 壁際に立つヒュースの目を覗き込むように、対面する。

 

「で。──何で俺の事、上層部に報告しなかったの?」

「....言う必要などなかったからだ」

「嘘つき。──迅さんや他の玉狛の人間にとってはともかく。お前にとっちゃあ俺は完全なる敵だろ。お前にとっても、お前のご主人様にとっても、お前の故郷にとっても。そんなお前としては、俺は真っ先に排除しておきたい人間のはずだ。お前はお前に降りかかった出来事を話すだけでこの敵を除外できるチャンスだった訳だ。何故証言を拒否した?」

「.....取引をしたい」

「ようやく本音が出てきたな。──で? 何だ取引ってのは」

 

 よかった。

 こういう展開の方が、安心できる。

 

「俺は、これからタマコマに入るつもりだ」

「....」

 

 ──王子先輩。アンタの読み、完全に当たっていたな。

 

「それで?」

「俺がアフトクラトルの人間であることを知られるわけにはいかない。──俺はお前の事を黙る。その代わり、お前も俺の事は黙っておけ」

「──それで。お前は玉狛の一員としてこっちの遠征艇に乗り込んで、最終的には裏切ってアフトに帰還する腹積もりなわけだな」

「....」

「まあ。迅さんが大丈夫と判断しているんだ。お前の所為で船が落ちて死人が出るような事態には陥らないんだろう。そこは信用している。──まあ、いいや。その取引には乗った。俺もお前を不正に殺そうとしたのは確かだ。確かに正当で、足し引きキッチリ割り合っている取引だ」

「....」

「だが。──お前が遠征に行くというなら。俺も必ずそこにいる。お前が裏切った瞬間。絶対にお前をぶち殺す。今度は、完全なる俺の意思で」

「.....成程」

「それだけだ。じゃあな」

 

 加山は椅子をデスクの中に収め、そのまま部屋を去っていく。

 

 そこには。

 冷や汗をかきながら──扉の前にいた三雲修の姿があった。

 

「よう」

「....あの。ありがとうございます」

「いいよ。これはちゃんとした取引だ。──あ、あと」

 

 加山は手に持っていたバッグの中から、ノートを一つ取り出し、修に渡す。

 

「あの、これは....」

「ヒュースらしき姿を覚えていたと言っていたC級連中の名簿だ」

「.....!」

「一応、証言の内容も纏めてある。──もう俺にとっちゃ要らないものだ。好きに使ってくれ」

 

 また一つ溜息を吐いて。

 修の礼の言葉を背に受けて──加山は支部から出ていく。

 

 

 支部から本部までの道すがら。

 もう茜色は去り、夜が訪れる。

 

 

 誰もいない、荒れ果てた警戒区域。

 

 

 

 

 加山は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふざけんじゃねーぞ!! この野郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 ただ、叫んだ。

 

 

 

 それは。

 ヒュースが加入する、という現象に対するものでもあり。

 

 そして。

 

 そんな事態を許してしまった──自分の行いの甘さに対するものでもあった。

 解っている

 取引に応じた時点で、自分がそんな事を言う権利なんざない事も

 それでも

 それでも――誰もいないこの場所でくらい、ただ叫びたかった。

 

 

「.....いいだろう。だったら。絶対に、絶対に....」

 

 遠征に行かなければいけない。

 これは自分の壮大な目的とはまた別だ。

 

 ヒュースが遠征に向かうというのならば。

 自分もまた──何としてでも必ず遠征に帯同しなければいけない。

 

 

「──ぶっ殺す」

 

 

 かつての加山では、そう易々と言えるはずもなかった言葉。

 

 その言葉の裏側には──きっと変質した自己もあるのだろう。

 

 

 ──この為に、自分に戦う覚悟を持たせてくれたというのならば。俺はエネドラに感謝する。

 

 ただそう思い。

 加山は本部までの道を──両足を引き摺るように、歩いていった。



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目覚めの怪物

 玉狛第二は、第三ラウンドにおいて雨取千佳によるエスクード戦法により大勝利を挙げ、上位進出を果たした。

 されど。

 ここから続く第四、第五ラウンドではすぐさまに攻略をされる事となる。

 

 第四ラウンド。

 影浦隊の爆撃によりエスクード地帯が爆破されていく中で影浦が突貫。隊長の三雲が落とされると同時に千佳の位置が炙り出され生駒隊射手水上により仕留められる。

 その後空閑遊真が一人気を吐き影浦をはじめとする三人を仕留めることに成功するも、最終的には影浦隊が生存点含め六ポイントを奪取しトップに立ち、終わった。

 

 雨取千佳は人を撃てない。

 その弱点があるが故に、遠隔からのスナイプによる爆撃という対抗手段を持っているにもかかわらず何も出来ない。

 爆撃をする相手を狩るための手段が、現実として空閑遊真を派遣する事しかない訳であるが。そうしてしまうと雨取千佳は完全に孤立する羽目となる。

 千佳を見殺しにしてでも点を取りに行かせることが出来れば、もっと得点が奪えた可能性もある。

 しかし──玉狛第二にはその手段を取ることが出来なかった。

 

 その後の第五ラウンド。

 ここでは二宮隊、影浦隊の双方と相手をする事となる。

 

 既に攻略法が割れている上に、二宮すらマップにいるこの戦いは、まさしく凄惨を極める展開となった。

 北添の爆撃に乗じるように二宮も合成弾にて爆撃を行使。

 二部隊による爆撃が降り落ちた玉狛は最早陣地すら敷くことも叶わず空閑遊真・三雲修両名が落とされ──残るは雨取千佳ただ一人、という状況まで追い込まれた。

 

 

 雨取千佳は。

 追い詰められていた。

 

 状況に。

 そして──精神的に。

 

 前回のラウンドにおいて。

 千佳は爆撃を行う北添を撃つ事さえ出来ていれば、十分に勝利できる好機があった。

 しかしそれは出来なかった。

 出来なかった所為で、敗北した。

 

 気にするな、と言われた。

 玉狛の皆から。

 

 でも。

 誰が一番の原因かだなんて、自分が一番解っていた。

 

 解っていた、のに。

 

 

 

 そしてこのラウンドで。

 二ポイント以上取らなければ──部隊が中位に落ちる、というタイミングであった。

 

 

 

 同じことをした。

 

 

 同じことをしている間に。

 二人とも、倒された。

 

 

 私の所為だ、と。

 そうまた──頭の中で言葉がリフレインした。

 

 

 緊急脱出しろ、という修の指示が出される。

 しかし、もう遅い。

 追手はもう間近に迫っていて、自己緊急脱出できる距離ではなくなった。

 

 

 あと、二ポイント。

 

 その意識だった。

 

 

 彼女は、

 

 

「──ハウンド!」

 

 追い詰められた彼女は。

 ハウンドを──追い詰めにかかる二宮隊辻新之助に放った。

 

 半ば衝動のようなものであった。

 意識にもなかったその一撃が──辻の表情を大きく驚きの色に満ちさせ、仕留められた。

 

 続く犬飼に対しては広域のシールドを張りながら、メテオラにより周囲一帯を吹き飛ばすダムダム弾の如き爆撃を引き起こし、撃破。

 

 その後、爆撃に紛れて放たれた二宮の合成弾により仕留められ脱出するものの──中位落ちギリギリの境界線上で、何とか生き残った。

 

 半ば、衝動のような行動であった。

 

 雨取千佳は──緊急脱出し、支部のベッドに投げ出されて。

 自身が衝動的に行った行為を自認し──ただただ、呆然としていた。

 

 

 ──雨取さんは分類で言えば人を撃ちたくない人になります。

 

 ラウンド5の試合を終えた後。

 ずっと、千佳の頭の中にはかつて加山から投げかけられた言葉がリフレインしている。

 

 そうだった。

 自分は撃てた。

 撃ててしまった。

 

 あの時。

 自分は仲間を全員倒されてしまった。

 自分のせいで。

 

 ──何なのだろう。

 

 自分は。

 仲間を倒されて、そしてあと二点で中位に落ちるという場面になって──人を撃てるようになった。

 

 それはどうして? 

 

 点を取らないと中位に落ちる。

 中位に落ちたら、残りのラウンドでまた上位と点を離されることになるかもしれない。

 だから撃てたのか? 

 

 いや。

 そんな殊勝な心を持っているのなら、最初から点を取る為に動かなければいけなかった。

 

 どれだけ修が、遊真一人に負担がかかるチーム編成をどうにかしようと奔走していたのか。自分は知っていたはずだ。

 自分が撃てるようになれば、それは解決できることだった。

 

 

 ──自分は、甘えていたんだ。

 

 そもそも。

 修は自分の兄を探すためにボーダーに入って。

 その目的に乗っかるように、自分もまたボーダーに入隊して。

 

 そのくせ。

 まだ甘えているのか。

 

 次のラウンド。

 撃つことが出来るのか。

 

 ぐるぐると、疑問が沸き立って──。

 

 

「.....」

「......あの」

「それで。何があったんですかい」

「は、はい」

 

 

 個人ランク戦ブースにいた加山と、弓場隊作戦室で話す事となった。

 

 

 狙撃訓練を終え、ブースにいた遊真と玉狛支部に戻ろうとしていた時。

 ここ最近あまり本部でも見かけることのなかった加山がいた。

 

 .....千佳は、ヒュースとの『取引』について、修から聞かされている。

 

 加山も納得したうえで取引に応じたことは解っている。

 それでも──内心、快く思っていないだろうな、とも。簡単に推測できた。

 

 ──どうしよう。

 

 千佳は。

 加山と会った時に、どうしても話しておきたいことがあった。

 

 それでも──今までの事があって、どうしても声をかけられずにいる。

 

 そうして。

 何度か加山の方に向かおうとしては、二の足を踏む行為を続け──

 

「おぅ。玉狛の嬢ちゃん。ウチの加山に何か用か?」

 

 加山に同伴していた、弓場に声をかけられた。

 

「あ、いえ....」

 

 弓場拓磨。

 以前遊真と一緒に何度も記録で見かけた姿だ。

 最初のランク戦でこちらを敗北に追い込んだ相手であり、ここまで上位においても躍進を続けている相手。

 

 とはいえ。

 当然、こうして直接顔を合わせるのははじめてで。

 

「.....おい! 加山ァ!」

 

 ブースから出て茶を啜っていた加山に、弓場が声をかける。

 いきなり大声で声をかけられ、胡乱気に加山は顔を向ける。

 

 そこには

 

「.....雨取さん?」

「こ、こんにちわ...」

 

 おずおずと、そして深々と。

 頭を下げる雨取千佳の姿があった。

 

 

 その後。

 

「それで──俺に話ってのは?」

 

 割と深刻そうな様子だったので、今は誰もいない作戦室まで弓場と共に千佳を連れてきた。

 

「この前の話の続き? 撃てたじゃないの、前回のランク戦」

「あ...」

 

 加山の一言に。

 サッと、潮が引くように顔色が蒼白になる。

 

「....」

 加山は。

 表情に疑問符を浮かべながら弓場の方を見る。

 

「いて」

 小突かれた。

 

「ウチの馬鹿の考えなしの言葉は気にしなくていい。それで、何を聞きたいんだ?」

「は、はい...」

 

 雨取千佳は。

 ──加山雄吾の目を、真っすぐに見る。

 

「この前....加山先輩は、私を”人を撃ちたくない人間”だと言いました」

「言いましたね」

「──その通りでした。私は、結局撃ててしまいました....」

 

 撃ててしまった。

 この事実をもって。

 雨取千佳は、どうしようもなく”撃てない”人間なのではなくて。

 ただただ、撃ちたくなかったから撃たなかった人間なのだと──それが理解できて。

 

「加山先輩は、その上で.....どうしてランク戦で私が撃つことが出来ないのか。それを聞き出そうとしていたと思います」

「うん」

「もし....その理由が解ったら、私は、.....人を撃てるように、なるのでしょうか...」

 

 吐き出すように、雨取千佳は喋っていた。

 その目を。

 加山雄吾は──あの時と変わらぬ視線で、雨取千佳を見ていた。

 

「さあ。それは俺には解らない」

「....」

「そりゃ、撃ちたくない、と撃てない、は。改善の余地が多少でもあるかないかで大きな違いはあるけど。それでも撃ちたくない、を矯正するのはそれでも大変な事じゃないですか」

「.....そう、ですね」

「両足がない人にマラソンやれ、ってのはそりゃ出来ないってなるけど。やりたくないって言っている人ならやる事は出来るじゃないですか。俺は何で雨取さんがやりたがらないかの理由を聞き出そうとしただけです。足が遅くてやりたくないなら足が速くなるような走り方を提案するし、体力がなくてやりたくないなら心肺機能を上げるための提案をする。ただそれだけです」

「....」

 

 やりたくない、からやらない。

 これは──ただただ、怠惰なのだろう。

 

「....そして。理由が解ったというなら。相談するべき人間は俺じゃない」

 

 その言葉に。

 ──雨取千佳は、俯いた。

 

「....おい、加山」

 

 その様子に、弓場が加山を止めようとする。

 が

 それを──千佳自身が、手で制した。

 

 その様子に──加山と弓場は目を合わせ、一つ頷く。

 

「俺は諦めるって悪い事じゃないと思うんですよ。俺だって、まともな方法で強くなることは諦めて今の戦い方を学んだ訳ですし。諦めって言い方が嫌いなら割り切りでもいい」

「....」

「三雲君は──雨取さんの事ははっきり言って割り切っている。トリオンがあるけど人は撃てない。そして保護対象として見ている。今の部隊に足りない戦力の穴埋めを雨取さんの強化ではなくて──近界民のヒュースの追加という荒業で行おうとしている。見事な割り切りだと思う。正直、俺からすれば信じられないくらい邪悪な行為だけど。それでも理解はできるし共感も出来る。──目的達成の為に雨取さんではなくヒュースを選んだんだ。三雲君は」

 

 割り切りは、

 諦め。

 故に──三雲修は雨取千佳を諦めている。

 

 加山は──わざとそういう言葉選びをしていた。

 

 理解はしている。

 修は割り切っているのではなくて。

 修自身も雨取が無理に撃てるようになる事を「望んでいない」というのが正しい。

 

 王子が言うように。恐らく修が撃てと言ったら、撃つのだ。雨取千佳は。

 でもやらない。

 ある意味で──修の行動もまた、千佳の逃げ道を塞いでいる。

 

「修が命令したから撃った」と言い訳できる逃げ道を塞いでいる。

 

 今、彼女は。

 自らの意思で撃つ以外の方法が無いのだ。

 

 だからこそ。

 加山はその逃げ道があるように思わせない。

 

 恐らく。

 雨取千佳は欲しがっている。

 自分が──自分の意思をもってトリガーを引ける切っ掛けを。

 

 それを欲しがるならば。

 半端な逃げ道は提示しない。

 

「雨取さんはどうしたい? 諦めるのか。それとも──自分の意思で撃つのか」

「....」

「諦めることは悪い事じゃない。一番いけないのは──目標に目を背けて、その方向に向かって努力もしていないのに望む事だ」

 

 木虎辺りが言いそうな事を口に出している自覚がある。

 言われると腹が立つけど、言う側の立場になるともっともだと思うあたり。やっぱり奴は正しくはあるのだと思う。

 

「そして。雨取さんがまず最初にするべき努力は──自分がやりたい事と自分の本心を、部隊に打ち明ける事だと俺は思う。三雲君の諦めを、覆す努力をする事。──それがまずもって、必要な事だと思う」

 

 その言葉に。

 一つ彼女は頷いた。

 

 

 何度もお礼の言葉を述べた後に、雨取千佳は作戦室を去っていった。

 

「....なあ」

「どうしました、隊長」

「....どうして、あの子の背中を押すようなことをしたんだ?」

「すみませんね。ライバル強くするような事をして」

「俺はいいんだよ。俺じゃなくて、お前だ。....お前としては、玉狛には遠征部隊入りなんざしてもらいたくないんじゃねーの?」

「行きますよ。連中は」

 

 加山は。

 断言した。

 

「三雲修はどんな手段を用いても遠征に行きますよ。それはもう俺の中で確定事項です」

「....」

「そうなると、近界にとって金の卵である雨取さんが人を撃てないままで遠征に行くのは、俺としても困る。俺もまた──この遠征に行く。これもまた確定事項だ」

 

「....やれるか? お前の話を聞く限りじゃあっちの国のエリートまで玉狛に参加するんだろう。その上で、あの子まで人を撃てるようになって」

 

「.....隊長にとっちゃあ、望み通りじゃないですかね」

「.....む」

「元々。上のレベルに挑みたいのがモチベーションでA級目指しているんでしょう、隊長。よかったすね。A級に行く前に──とんでもない化物に挑めますよ」

 

 その言葉に。

 ──弓場拓磨もまた、一つ笑んだ。

 

「言うようになったじゃねぇか。──勝算はあるのか?」

「さあ、どうでしょうね。──ま、取り敢えず次のランク戦を見ましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 ──ランク戦、ラウンド6昼の部

 

 玉狛第二、二宮隊、香取隊の三つ巴戦。

 誰もが二宮隊の勝利を疑わないこの組み合わせにおいて。

 

 ──二宮隊は、今季初の敗北を喫する事となる。

 

 追加メンバーであるヒュースもまだ参加していない玉狛第二によって。




お気づきかも解らないですが、本作におけるランク戦編のラスボスは玉狛第二です。


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最後に笑うのは

「──成程。そういうやり取りがあったわけですね」

「全く。玉狛の面々にはいつも困らされる」

 

 加山雄吾は、雨取千佳との相談を終えた後──その足で根付室長の下へと向かっていた。

 要件としては──先日のヒュースとの「取引」の件。

 

「意外と言えば意外だったんですよね。根付室長辺りはヒュースの入隊は絶対に反対すると思っていたので」

「私は本音を言えば今でも反対だよ」

 

 狐目を閉じて嘆息するその様子に、内心加山も「だろうな」と呟いていた。

 

 根付メディア対策室長。

 

 この男は恐らく上層部の中で最も一般人に近い感覚・感性を持ち合わせている人間であろう。よく言えば注意深く慎重。悪く言えば疑り深い。

 というのも、文字通りメディア対策を行う部署のトップなのだから。この感性はもって然るべき代物であると言える。

 メディアを利用し、時に対決しつつ、ボーダーのイメージを常に向上させることを責務としている彼にとって──ボーダー内部の事情よりも外部の事情を優先して思考する。

 

 そういう人間にとって。

 ヒュースの入隊なぞ、頭痛と胃痛のタネ以外の何物でもない。

 

 彼の中ではぐるぐると「人型近界民の存在が市民にバレるかもしれない」「それを隠し立ててあろうことか部隊に編入している事実」「更に遠征まで着いてくる可能性がある」「そもそもヒュース大規模侵攻の襲撃犯だけどボーダー内部でその存在がバレたらどうするのか」等々。

 彼の存在によって増えていく自身の仕事とリスクにきっと頭を抱えているだろう。

 

 だから。

 彼の下へ訪れた。

 

 ヒュースを取り入れるリスクを誰よりも重く捉えている彼だからこそ。

 玉狛と上層部との間で交わされた取引について過大評価も過小評価もせずに聞かせてくれると思ったから。

 

「つまるところ。遠征艇の拡張の為に雨取さんのトリオンが必要で。玉狛が遠征に行くための条件を満たそうが満たすまいが彼女を遠征に借り受けさせる事を条件に、ヒュースを入隊させることを認めた訳ですね」

「そういう事になるね」

 

 遠征艦は、基本的に乗組員のトリオンを採取しながら運航を行う。

 最初に積んでいたトリオンがなくなると、乗組員のトリオンを少しずつ使用。それでも足りなくなれば近くの近界国家に停泊し補給。この繰り返しで遠征は行われる。

 

 しかし。

 雨取千佳の莫大なトリオンがあればこの補給の時間の縮小が可能で、そして艦のスペースを拡張させ遠征に向かわさせるメンバーを更に追加させることが可能となる。

 

「成程。今回は公開遠征の都合上、A級昇格試験が行われないという事情も相まって──猶更玉狛はB級2位以内を目指さざるを得なくなったわけですか」

「そういう事になるねぇ」

「そもそも雨取さんを貸し出さなければメンバーの拡張も行われずに、彼等は参加できないんですよね。それでもヒュースを追加する意図は?」

「近界の他の国家のガイドをヒュースは行える。その有用性も同時に三雲君が提示したからだね。そして、単純に彼等と揉めている余裕がこちら側にない」

「.....成程」

 

 エネドラの記憶で行えないか、と探りをかけるが。

 ──他国家の調査に関してはエネドラは行っていない。その役割を奪う事は不可能らしい。

 

「そして。ヒュースはアフトクラトルに辿り着くまでは絶対に裏切ることが出来ない。──着いた後に関してはどういう取り決めが?」

「何も取り決めちゃいないさ。──唐沢君曰く、アフトクラトルに着いてから始末すればいいとの事だったが....」

「恐らく。──ヒュースもそこは解っている。解ったうえで遠征に行くつもりなんです。アイツもアイツなりに何かしらの手は考えていると考えるべきでしょうね」

 

 アフトクラトルの星系に入り込んだ瞬間に拘禁させるか。薬物で眠らさせるか。それとも──艦から投げ捨てるか。

 それか直前の近界国家に置き去りにするという方法もある。

 アフトクラトルに辿り着くどころか──現状よりもより状態が悪くなることもある。

 それでも、行くと決断をしているのだ。

 きっと何かしらの手立てがあるはずだ。

 

「奴が逃げることで最悪の事態になるとは思っていませんけどね。──どうせこの件、迅さんが裏で手を引いてんでしょう? だったら安心感はある」

「まあねぇ。あまり彼に依存するのも駄目だとは思ってはいますけどねぇ」

「あんな便利な能力、使えるのならとことん使った方がいいんですよ。──ちなみに、ヒュースに俺と交渉させたのは、上層部の指示ですか?」

「まあ、そういう事になるねぇ。君が一番、ヒュースの事を知っている。他言されてはね、私が一番困る事になる」

「そりゃあまあいいんですけど。でも、割とアイツC級に外見見られていますよ。大丈夫ですかね?」

「そこは対策をすると言っていたよ。目の色。髪型と髪色。そして角の除去。後は眼鏡かなんかつけていればバレることは無いだろう。これらをトリオン体に反映させれば特に問題はないだろう」

「中々徹底していますね。.....まあ当然か」

 

 加山は会話の幾つかをメモに走り書きをして。

 根付の目を見る。

 

「割と──あの時に俺がヒュースを殺せていれば、と根付室長は思っていたりしますか?」

「.....馬鹿を言うんじゃない」

 

 細めた目に、少々の憤り。

 .....根付室長にしては、かなり珍しい表情。

 

「私は、私の仕事が楽になる為に人の死を願う人間じゃあない。それも、隊員が捕虜を殺してほしいなんぞ思ってはいない。そこは私の中で一つ引かれた一線だ」

 

 うっすらと。

 彼は加山を睨みつける。

 

「私とて....この組織が存在する意義や意味を見失っているわけではない。ただ、私の仕事は主にその外にあるというだけだ」

「.....失礼なことを言いました。本当にすみません」

 

 上層部の思惑というか、ヒュースに対する評価を探るために投げかけた言葉であったが。

 何と言うか、かなり意外な答えが返ってきて....自身の浅はかさを、また一つ思い知った。

 

 そうだ。

 この人だって──ボーダーの為に、近界の脅威から市民を守るためにここにいるんだ。

 その目的は同じなんだ。

 その手段が他者と大きな観点から導き出される代物であるというだけで。

 

「今日はありがとうございました。また相談があれば連絡します」

「.....これ以上私の頭痛の種を持ち込まないでくれよ?」

 

 加山は──次の予定を頭に浮かべながら部屋から出ていった。

 

 さあて。

 次は──

 

 

「....」

「....」

 

 

 加山は思う。

 自身はどうも一番悪い可能性を引くことに関して定評があるようだ。

 

 眼前には

 

「突っ立ってないで座れよ、加山」

 

 ほら。

 自分で作戦室に呼び出した人間に対して、この台詞選びをすることに一切の疑問を浮かべない男ですよどうなんですか本当に。

 

 加山は──二宮隊作戦室をノックをする際に様々な可能性を頭に浮かべた。

 

 作戦室の中に

 二宮以外の隊員がどれだけいるのか。

 

 二宮以外の隊員が多ければ多いほど非常に気が休まる。

 少なければ少ないほど胃が痛む。

 

 加山は顔を引き攣らせながら作戦室をノックしていた。

 

 その時──何の反応もなかった。

 

 その時。

「お、今二宮隊全員不在かー。そうかー。残念だなー」と言葉にしながらも、心中天に拳を大きく掲げていた。

 確かにその時加山は「根付さんとの用事を終わらせた後に来る」とだけ伝えていたので。

 正確な日時指定を行わなかった。実際に根付さんとの話し合いは予定よりも長く行われていて、二宮隊が他の用事や訓練に向かったとしても責めることはできない。むしろ仕方がない。こちらが悪い。にっこり笑って回れ右して作戦室に戻って帯島さんちのみかんでも食おうかと思ったら。

 

 にこにこ回れ右したその背後。

 

「.....」

 

 二宮が──ペットボトルのジンジャーエール片手にそこにいたのでした。まる。

 

 

「今日お前を呼んだのは──ランク戦ROUND4に関しての事だ」

「ああ! あの試合ですね! いやー、激戦でしたね!」

「....」

「....」

「とぼけるつもりか? 何故お前は辻を倒すことが出来た? そして、辻を倒した後に何故緊急脱出をした?」

「そりゃあまあ話してもいいですけど。言ったところで信じてもらえそうは無いんですよね」

「....」

「....」

 

 こうなる事は解っていた。

 会話のキャッチボールというのが、この場面において成立しない関係が、加山と二宮である。

 

 話せ、と要望を出し。

 今度は加山が投げかけられたボールをポイ、と捨てた。

 

 意趣返しだ。

 

 こうなった時。

 二宮は基本的に「そうか」と言って言葉が終わる。

 

 されど。

 今回ばかりは引くつもりもないのだろう。

 無言のまま、加山を見ている。

 

「──取引をしませんか?」

「取引だと....?」

「うす。──ただまあ、俺の話は信じられないものだと思いますし、その話が正しいのかどうかの証明も出来ません」

「正しいかどうかの判定は俺がやるだけの話だろが。何の問題もない」

「とはいえ──ただ話すとなるとこちらにメリットがないので。交換条件と行きましょう」

「なんだ?」

「──この前のランク戦。玉狛の雨取さんに犬飼先輩と辻先輩がやられたじゃないですか」

「....それがどうした?」

「アレ、二宮隊長的にはどういう判定をしているのか。知りたいんですよね」

「判定?」

「うす。──アレは人を撃てるようになったから出来た事だと捉えているのか。それとも偶然か事故のどちらかだと考えているのか。正直な感想をお聞かせいただければ」

「....そんなもの、知ってどうする?」

「それじゃあ二宮さんはあの時の俺の変化を知ってどうするつもりなんですか?」

「.....」

「.....」

 

 よしよし。

 入隊当初から恐怖の対象であった二宮に、取り敢えずここまでは渡り合えている。

 

「俺は玉狛第二が危険だと思っているんですよね」

「....あいつらがか? 所詮は空閑頼みの部隊だろ」

「そこに爆殺トリオンモンスターが入ってきたらどうします。空閑はエースもサポーターも出来る駒だし、三雲は初見殺しの戦術を多用してくる。──本当に、油断ならない。だから、実際に爆殺された二宮隊が雨取さんをどう見ているのか、聞いてみたいんですよ」

 

 加山の中にある雨取千佳と。

 実際に戦って「撃たれた」二宮隊。

 

 その認識に差異がないのか。

 加山は知りたがった。

 

 

「....それが取引という訳か」

 

 二宮は問い、

 加山は頷く。

 

「そうです。──是非とも教えて頂ければ」

 

 このランク戦。

 目指すはB級2位以内。

 

 その中に入り込むためには──加山は手段を選ばない。

 

 

 

 今期の遠征は是が非でも行かなければならない。

 何故ならば──あの男が遠征艇に乗り込む可能性があるから。

 

 上層部すらも説得し、公然と奴が乗り込むことが確定しているから。

 

 ──奴を監視し、必要とあらば始末する為に。

 

 何が何でも──勝たなければいけない。

 



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血濡れの王冠を沈めよ①

 二宮隊が、あの試合の後に振り返った内容として、

 

 ・雨取千佳は鳩原未来と異なり、根本的な生理的嫌悪感とは別の部分で撃てない理由がある。

 ・その理由の詳細は知り様がない。ただ、今のところ戦況が追い込まれる事で撃てなくなるのだと分析。

 ・ただ、一度撃てた事実から克服している可能性もある。その確認作業をまずもって行う必要がある。

 

 つまり。

 次の試合──二宮隊は確認をしてくれるという事だ。

 

 雨取千佳が人を撃てるようになったのか──という部分を。

 

「──観戦は必須だな」

 

 雨取千佳が人を撃てるのか。

 それとも撃てないのか。

 

 どちらにしても弓場隊としてはそれを利用するまでだ。

 

 玉狛と二宮隊....後に玉狛にヒュースまで追加されるとあらばこの二つが上位入りの壁となる可能性が高い。

 

 本来ならばヒュースが追加された状態の玉狛と二宮隊がぶつかってほしかったのが本音ではあるが。

 それでも──今回の戦いで玉狛の底をある程度知ることが出来るかもしれない。

 

 ──食い潰し合え。

 

「遠征に行くのは、弓場隊だ」

 

 加山はポツリ呟く。

 

 このまま二宮隊が玉狛を叩き潰すならば。

 ヒュースが追加されたとしても挽回不可能なほどの点差をこちらが取っておく。

 

 玉狛が二宮隊を叩くならば。

 こちらも二宮隊を引きずり降ろす準備を行う。

 

 ──出来るか? 

 

 随分と強くなりはしたが。

 それでも自分はヒュースに及ぶことが出来るか? 

 

 技量的にはヒュースに引けは取らない自信はある。

 しかし、奴は角で強化されたトリオンがある。恐らくは二宮以上の数値になっているはずだ。

 

「いや」

 

 違う。

 ──俺の戦い方は、そういう所にあるんじゃない。

 

 個人の技量で戦おうとするな。

 あくまで加山雄吾の戦い方を遵守しろ。

 自己の強さと他者を比較せんとする思考の流れを止め、──加山雄吾は自分に言い聞かせる。

 

 ──エネドラの技術を利用して、それでも加山雄吾としての戦い方を遵守しろ。

 

「別に俺が勝たなくてもいい。──部隊が勝てばいい」

 

 どうするにせよ。

 この二部隊の戦いから──底を見なければならない。

 

 

「やあ、ユーゴー」

 

 ランク戦昼の部が始まるまでの時間、個人戦をしようと立ち寄った個人ランク戦会場内。

 王子一彰がこちらに向け声をかけていた。

 

「うっす王子先輩。久しぶりですね」

「ああ。──こっちはもう中位落ちしてしまった。やれやれだね」

「見ましたよ順位表。那須隊と入れ替わっていましたね」

「まあ、中々この二戦の間点を取るチャンスが無くてね。中位でまた上位を狙って行くよ。──ところで」

「はい?」

「....僕には、君の豹変に関してネタバレはなしかな?」

 

 王子が、何処か悪戯っぽく加山に笑いかけた。

 この笑顔に騙され、何人もの女性隊員がこの男に惹かれては本性を知り波のように引いていくのだ。話してやりたいのは山々だが──。

 

「まあ、後々の楽しみという事で」

「ああ解った。──それじゃあ、ユーゴー」

「はい?」

「僕と個人戦をするくらいは許してくれるかな?」

「まあ。それ位なら喜んで...」

 

 ありがとう、と王子は呟いて。

 加山と共にブースに入っていった。

 

 

 その後。

 

 

「うーん。やっぱり強くなっているね」

 

 加山と王子の個人戦は、9本を加山が取り勝利する事となった。

 

「君が向上した能力は幾つかあるけど。その中でも顕著なのが、トリオンコントロール能力と身のこなしの二点かな。どうやったのかは想像すらつかないけど。──本当に強くなったね。個人戦では、あんまり勝ち筋が見えない」

「ありがとうございます」

「──本当に、勿体ないな。二宮隊、影浦隊、玉狛第二、そして弓場隊。このうち二つは二位以内から脱落してしまう。本来なら、四隊ともA級レベルであろうに」

「.....こう言っちゃなんですけど。その並びに俺達と玉狛が入っているんですね」

「ん? ──当り前じゃないか。玉狛はあの近界民が入る上に、アマトリチャーナがいよいよ撃てるようになったんだ。そして君たちは弓場さんというベテランのエースに、君までもいる。A級でも上位を狙えるだけの部隊に成長を遂げたのは、間違いない」

「....」

 

 あの一戦を見て。

 王子は──雨取千佳が「もう撃てる」と確信をしている。

 

「....もう撃てる、と王子先輩は思っているんですね」

「一度自分の意思で引金に指をかけられたなら、後は早い。それも追い詰められて──恐らくはオッサムの指示も撤退一択だったはずのあの状況下で撃てた、という事実が非常に強い。どうであれアマトリチャーナは、自分の意思で撃てたんだ。次も撃てるさ」

「....」

「”中位に落ちたくはない”という意思が”撃ちたくない”よりも勝ったんだ。”上に行きたい”が勝つのも時間の問題だ」

 

 王子は、聡い。

 合理的に、冷静に、何処か自然体で物事を見ている。

 

「次の試合を見れば解るさ。──どうだい? 一緒に見に行かないか?」

 

 

「──どうもこんにちは。ランク戦昼の部。実況を担当いたしますB級荒船隊、加賀美です」

 

 そうして。

 ──時間となった。

 

「解説はこの二人。鈴鳴第一の来馬隊長と、生駒隊の隠岐君です」

「よ、よろしくお願いします~」

「よろしゅう頼みますわ~」

 

 実況の加賀美に促され、解説の二人が挨拶を行う。何処か弱弱しい声と、瓢げた軽い声が実況ブースに響き渡った。

 

 

「....いよいよだね。そうだ、ユーゴー」

「何すか?」

 

 一方。

 観覧席後方に座る王子と加山は、実況の声を聞きながら会話をしていた。

 

「どこの部隊が勝つと思う? 二宮隊、香取隊、玉狛第二。──ちなみに僕は二宮隊だね」

「雨取さんが撃てたとしても?」

「ああ。撃てたとしても、だ。──あの怪物じみたトリオンは確かに脅威だけど。それでも捌き切れるだけの技量が二宮隊にはある。多分二宮隊も”撃てるようになっているかもしれない”とは思っているだろうから。前回ほど大胆には動かないだろうしね」

「成程....」

 

 あのインチキトリオンを最大限に生かす方法として。

 

 考えられるのは四つ。

 

 アイビスによる”砲撃”

 ライトニングによる”速射”

 射手トリガーによる”飽和攻撃”

 エスクードによる”地形変動”

 

 この四つに対して──二宮隊は正答を用意できているのか。

 

 二宮の強さは、どうしようもないほどの攻防の強固さだ。

 しかし──人を撃てる雨取千佳は、この「防」を崩す方法を備えている。

 

「──俺は、玉狛だと思います」

「へぇ」

「概ね、俺も王子先輩と同意見です。俺が二宮さんだったら、と考えると。割と手はある気がしています」

「ふむん」

「──ただ。それでも予想を超えてくる気がしている」

 

 こればかりは。

 加山も勘でしかない。

 こちらの想定を上回る何かを──きっと玉狛は提示してくるはずだ。

 

 そう信じていた。

 

「なら何か賭けようか。何がいい?」

「そうっすね。──俺、今日肉が食いたい気分です」

「....珍しいね。君は三大欲求が薄い人間だと思っていたよ」

「その辺りも変化が著しいですね。食事が結構楽しい」

 

 なにせ今の自分には──近界のまるで味のしない食事の記憶が同化している。

 こちら側の食事の素晴らしさが身に染みてしまった。

 

「解った。──予想が合った方に焼き肉を奢ろう。これで賭けは成立だ」

「いいですね」

 

 画面に大きくテンカウントが表示される。

 

 試合は、もうじきだ。

 

 

「ランク戦ラウンド6昼の部──」

 

 そして。

 

「開始です!」

 

 各部隊が、転送される。

 

 

 

 玉狛第二が選んだマップは、──市街地C。棚田状の地形が広がる市街地で、高低差が激しいマップだ。

 

 ここはセオリー通りというか。

 この戦場で唯一の狙撃手である雨取千佳を利用する為の選択であろう。

 

 しかし。

 当然これは──雨取千佳が人を撃てる事が前提となる作戦の様に思う。

 

 この選択だけでも──玉狛の本気度が伺えるような気がしていた。

 

 

 

「あ」

 

 

 そして。

 転送が開始され、映し出されたマップ。

 

 そこには──。

 

「──暴風雨!」

 

 吹き荒ぶ風と共に、大粒の雨が吹き荒れる。

 ──暴風雨が辺りを包んでいた。

 

 

 市街地Cと暴風雨の組み合わせ。

 これは──。

 

 

「玉狛は──君の戦い方を選ぶことにしたみたいだね」

 

 ランク戦、ラウンド2。

 加山がかつて、中位戦で行った戦術の一つ。

 急勾配の地形である市街地Cに暴風雨を降らし、上層から下層に向けて水を流す。

 

「ほら」

 

 加山雄吾は。

 エスクードとダミービーコンで自身の位置をかく乱しながら、水道管にメテオラを設置し濁流を引き起こした。

 

 雨取千佳は──。

 

 

 カメラが切り替わり、雨取千佳がアップされる。

 彼女はどうやら高所に転送されたようだ。暴雨風にバッグワームをたなびかせて、東側の狙撃地点まで動き出す。

 

 そして。

 

 ──彼女は、誰もいない地点へ、アイビスの銃身を向けていた。

 

 

 雨取千佳には、

 これがある。

 

「雨取隊員、東地区の住宅の上から──」

 

 引金が引かれ。

 

 レーザーの放射のような、慮外の砲撃が轟音と共に放たれる。

 

「上層の道路に向けて、アイビスを撃ち──!」

 

 放たれた砲撃は、誰に当たることも無く。

 ただ──地下に潜む、雨水を下水道に流す役割を持つ、雨水管に突き刺さる。

 

 その瞬間。

 

 上層の保水機能は破壊され尽くし──下層に向けて濁流が発生する。

 

 

「──やりやがったな」

 

 加山は。

 ポツリ、そう呟いていた。

 

 

 その後。

 雨取千佳は。

 砲撃でもって中央の道路に風穴を空け地盤を崩し。

 ハウンドで濁流下にある建造物を破砕し。

 

 ──下層と上層にある道を、いとも容易く分断した。

 

 

 

 転送位置を見る。

 

 

 上層には千佳、修、犬飼、若村

 下層には二宮、辻、空閑、香取、三浦。

 

 

 千佳の動きに連動して。

 修もまた千佳に至る経路をスパイダーで虱潰しに塞ぎながら、合流に向かう。

 

 

 

 ──────────────────────―

 

 

 

「さあて」

 

 襲い来る濁流を下層から眺めつつ。

 空閑遊真は笑った。

 

「これで、にのみや先輩とつじ先輩の二人と──いぬかい先輩が分断された」

 

 

 三雲修は。

 二宮隊の研究に明け暮れていた。

 

 攻防ともに隙のない彼等に対して──ヒュース抜きで、攻略の糸口を掴めぬものか、と。

 

 

 その果てに。

 攻略方法は──弓場隊との一戦にあるものだと、結論付けた。

 

 

「あの時加山がやったみたいに──まずはいぬかい先輩を倒す」

 

 一つ笑んで。

 空閑遊真は──上層へと向かって行った。

 



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血濡れの王冠を沈めよ②

 濁流の中。

 壁が作り上げられていく。

 

 

 雨取千佳は上層の住宅街の、やや東よりにいた。

 彼女は砲撃で地滑りを引き起こすと同時、エスクードにて壁を作り出していく。

 

「.....濁流で流れる水をエスクードでせき止めているね。君の戦術をよく研究しているじゃないか」

「.....成程なー」

 

 エスクードでせき止められている地点を見る。

 水嵩が増した通り道の足元。

 そこには──三雲修が巻いたスパイダーが隠れている。

 

 濁流は上層に向かう敵の移動経路を制限すると同時に。

 上層に到達した後の移動経路の制限でもある。

 

「スパイダーを濁流に隠しているのか....」

「土砂が混じった濁流は結構色があるからね。薄い色のスパイダーはまず間違いなく見えなくなるね」

 

 上層の地形を見る。

 

 雨取千佳の砲撃によって中央に近い家屋が濁流にのみ込まれ地滑りを起こし、大量の水が勢いよく流れる危険地帯。

 家屋が流れた中央から左右の通路は、雨取千佳のエスクードが壁となっている。

 

 エスクードで溜められた水は通路を浸水させ、中央の地滑り地帯へと流れていく。

 

 その通路上にせっせと三雲修が作成したスパイダー地帯。

 

「....釣りですね」

「だね」

 

 更に。

 下層から上層に至る為の経路までも、雨取千佳のエスクードが塞いでいっている。

 

 

 下層から上層。

 そして上層から雨取千佳に至る為の経路。

 

 その全てに、足を止める為の手段がある。

 

 この状況を──変える為の一手を、二宮隊は持っている。

 前回も、前々回も行使された方法。

 

 二宮による、爆撃である。

 

「爆撃さえ行えば、エスクードで塞がれている地点も破壊することが出来る。諸々の仕掛けも全部ご破算にできる。──そして、玉狛はよく釣りの戦術を使う」

「そう」

 

 あの仕掛け諸々が。

 二宮の爆撃を誘う為の釣りだとしたならば──。

 

「....そして爆撃を行えば、二宮さんとアマトリチャーナが上層と下層で撃ち合う事になる。仮にアマトリチャーナが撃てると仮定すれば──この勝負は射角も取れて威力も数段上のアマトリチャーナが有利だ」

 

 現在二宮と合流できているのは辻だ。

 仮に犬飼と合流できていたのならば、射撃戦でサポートも得られたのだろうが──犬飼は上層にいる。

 

「前回は撃てない、と確信していたから合成弾での爆撃が出来た。──なら、今回はどうだ」

 

 上層への道は濁流とエスクードで塞がれている。

 二宮隊が上で動かせる駒は犬飼しかいない。

 

「──さて。二宮さんはどう動くかな」

 

 

「──着々と上層が要塞化していますね。どうしましょうか」

 

 犬飼は何処か楽し気にその様子を見ていた。

 まさしくそれは──要塞であった。

 

 雨取千佳を中心にエスクードが乱立し、濁流の方向をコントロールしながら経路を塞いでいく。

 その範囲は、ひどく広大であった。

 

 棚田状の地形の上下を埋めるように。

 そして上層と下層を結ぶ中央の広い道路への道を塞ぐように。

 

 上層では濁流が溜まり、それは中央に空いた地滑りの地点から流れていく。

 

 

 そして。

 

「.....来たか」

 

 広域のシールドを張りつつ。

 大型のキューブが空に浮かび、細かく分割され散っていく。

 

 その弾丸は二宮のいる位置に向けて飛んでいく。

 

 

 距離はひどく離れている。

 本来の雨取千佳ならば、狙撃での攻撃が自然となる距離感。

 

 そこを。

 ハウンドが埋めに来る。

 

 降り注ぐハウンド弾が周囲の建造物を叩き壊しながら、二宮と辻の両者に降りかかる。

 

 ガ、ガ、ガと不協和音を奏でる破砕音と、シールドと弾丸が叩き込まれる音の双方が響く。

 

 四枚に分割した二宮のシールドはそれぞれ降りかかる五発分のそれを防ぎ切り、辻のシールドは砕けたたらを踏んで付近の建造物に逃げ込む。

 

 ──この距離で、この威力。

 

 この距離を届かせるために、威力を大きく削り射程分にトリオンを割いているはずだ。

 それでもこの威力である。

 辻のトリオン量では、防御すらままならない。

 

 

 雨取千佳の第二射が発射されるよりも速く。

 

「犬飼──合わせろ」

 

 通信先からの「了解」の声を聞き。

 第二射が放たれるよりも速く二宮のハウンドが千佳に向かい放たれる。

 

 二宮の弾丸が頭上に降りかかると同時。

 犬飼のハウンドもまた、側面から雨宮の背後に抜けて向かってくる。

 

「──千佳! 背後からも弾丸が来ている!」

「──!」

 

 修からの指示が飛び、即座にシールドを背後まで伸ばす。

 第二射を放とうとした動きが、止まる。

 

 その隙に二宮・辻は建物の裏手側に回る。

 二宮は建物の裏に回ったまま諸手にトリオンキューブを生成し。

 辻は天井に飛び視界を確保する。

 

 辻の視界には。

 新たに生成されるエスクードと、それに隠れるように上層へ向かい空中を駆ける──空閑遊真の姿が目に映る。

 

「──犬飼。下層から空閑がやって来ている。掃射の準備を行え」

 

 キイイン、というどこか機械的な音と共に。

 二宮は二つのキューブを合わせる。

 

 辻の目には。

 犬飼向けて真っすぐに向かいくる空閑遊真の姿と、背後へ引きつつ空閑に向け突撃銃とハウンドを放つ犬飼の姿。

 

 そして。

 空中からグラスホッパーを用いて掃射に対して回避を行った空閑に向けて時間差で放たれる、トリオンの軌跡。

 

「──ホーネット」

 

 ハウンドとハウンドを組み合わせ放つ──合成弾であった。

 

 

「....これは」

 

 マズイ、と遊真は思わず呟く。

 

 奇襲位置がバレて犬飼に迎撃され、

 その回避の為にグラスホッパーを使用したタイミングで放たれた、二宮のハウンド。

 

 ──気を付けて! アレ多分合成弾だから! 

 

 オペレーターの宇佐美から警告が入る。

 現在自分は、空中にいて。

 グラスホッパーを使用して方向転換が行われている。

 追尾軌道を描きながら自身に来ているあの弾丸は、ハウンドと組み合わされているものだろう。

 となれば、二択。

 ホーネットか、サラマンダーか。

 

 ──アレだ。カヤマを追い詰めるのに使っていたあの合成弾だ。

 

 追尾機能を強め、何処までも追いかけてくるあの弾丸。

 半端な追尾性能ならば、グラスホッパーで幾らでも回避ができる。空中にいる自分に面攻撃する意味もさほどない。

 

 

 あと数秒もすればあの弾丸がこちらに来る。

 即座の思考が、遊真の頭に巡っていく。

 

 ──フルガードでアレを防ごうとすれば、恐らくいぬかい先輩に撃たれる。下手すればそこで緊急脱出の可能性もある。

 ホーネットは以前、加山の足を動かし辻で仕留める運用で行使されていた。

 今回は、仕留め役が辻から犬飼に代わっているというだけだろう。

 

 

 と、なれば。

 やるべき事は空中からグラスホッパーでさらに距離を空け、犬飼を切り離してあの弾丸を防御する事か。

 

 ──いや。ここでおれが浮くのもマズい。もう場所は割れている。にのみや先輩といぬかい先輩がこっちに弾幕をぶつけてくる可能性もある。

 

 

 ここまでの判断を下し。

 遊真は、判断を下す。

 

 犬飼から離れる、ではなく。

 犬飼側に向けて、グラスホッパーを生成。

 それに足をかけ、高速移動を行う。

 

「いい判断だ」

 

 ポツリ犬飼は呟く。

 遊真は犬飼から逃れるのではなく、即座に対応が出来るよう、その位置を把握できる場所へと向かう事を判断したのだ。

 地を這う蛇のようにうねりを纏った曲線で、弾丸は遊真に向かう。

 

 遊真はグラスホッパーを器用に操り、千佳の大砲で崩され、開かれた地形に降り立つ。

 

 迫り来る弾丸が、遊真の正面から襲い来る。

 

「──頼むぜ、相棒」

 

 その地帯の裏手側。

 

「──スラスター!」

 

 身を潜めていた──三雲修が目前に迫る弾丸に向け、盾モードのレイガストを飛ばす。

 弾丸の半分ほどを受け止め、消し飛ぶレイガスト。

 そして──修と空閑のシールドを合わせ、残りの弾丸を防ぐ。

 

 

 防ぐと同時に、開かれた地形を嫌い二人は背後へと引いていく。

 

「──成程。メガネ君もそこにいたか」

 

 その動きに合わせ、犬飼も始動する。

 突撃銃の照準を、シールドを張れていない側面部に向け、射角を取るべく移動を行う。

 

 その為に、足を踏み出した──その瞬間だった。

 

 バシュ、という音と共に。

 自らの足先が削れたのは。

 

「お」

 

 最早反応すらも許されぬ程の速度を持ったそれは。

 犬飼の視線の、更に先に存在する高層建築物の中層から放たれたものだった。

 

「.....やるじゃないか」

 

 

 その先。

 ライトニングを構えた雨取千佳の姿が、そこにあった。

 

 

 ──頭を先に突っ込ませていたら死んでいたな。足ですんでよかった。

 

 狙撃の気配を感じ、防護を行うよりも速く到達したその弾丸は。

 トリオン体によって拡張された反射神経すらもすり抜け、犬飼の足を穿った。

 

 

 ──成程。こちら側に飛んできたのは、追撃に対処する為ではなく、雨取ちゃんの射線に俺を入り込ませる為か。

 

 最初からホーネットで追い込みをかけて犬飼が攻撃を仕掛ける作戦を読んで。

 犬飼が攻撃を仕掛けてくる地点に──千佳の狙撃が通るように。

 

 

 

「二宮さん」

 

 確定だ。

 玉狛第二は、明らかに

 

「──雨取ちゃんは撃てますね。間違いなく」

 

 ──雨取千佳が、”撃てる”事を前提に動いている。

 

 

「──ったく。ふざけた戦いをしているわね」

 

 香取葉子は、舌打ち混じりにそう呟いた。

 轟々と流れ込む濁流。

 高々とそびえたつ壁。

 そして──その間を交差しては破壊音を鳴り響かせていたハウンドの応酬。

 

 それら全てを隠れてやり過ごした末に、思わずそんな言葉が零れてしまった。

 あんな光景、ランク戦で見かけた事なんて無かった。

 二宮と真正面からの撃ち合いを仕掛けて、それでいてここまで拮抗している事自体が。

 

「──雄太。麓郎。次に撃ち合いが始まった時がスタートよ。解ったわね?」

 

「だ、大丈夫かな...」

 

 上下を挟んだ地帯から繰り広げられた戦いは、まさしく戦術兵器同士の砲撃対戦であった。

 その中に、──香取隊が殴り込みをかける。

 三浦雄太は、先程の光景に少しばかり不安げな声を漏らす。

 

 ふん、と鼻を鳴らして。

 香取は言う。

 

「今しかないの。二宮隊の下の二人は、意識が()の方に向いている。玉狛も一緒。二宮隊に意識が向いている。仕掛けるなら、二宮さんとあのインチキトリオン怪獣が生きている今しかない」

 互いが互いに、意識を割かざるを得ない状況。

 だからこそ──意識外からの殴り込みに勝機が生まれる。

 

 香取は諸手に拳銃を握り。

 

 二宮がいる地点を睨みつける。

 

「──その偉そうな横っ面。今度こそ吠え面かかせてやる」

 

 

 

 



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血濡れの王冠を沈めよ③

 自分が撃てない理由、というものは何なのか。

 

 ずっと、目を背けていたのかもしれない。

 撃てない、という事実だけをひたすらに信じて。

 そこにある原因に目を向けようともしなかった。

 

 ──雨取さんは人を撃ちたくない側の人間です。

 

 そう加山雄吾に言われて。

 自分の浅ましさを思い切り叩きつけられたかのような衝撃があった。

 

 撃てないと撃ちたくない。

 その間には夥しいほどの差がある。

 

 出来るのにしない、という浅ましさや怠惰。

 したくないからしない、という感情を優先する姿勢。

 

 .....諸々。

 .....すべからく、自らのエゴが優先されていたという事実。

 

 

 修がボーダーに入ったのも。

 遊真が協力してくれるのも。

 その全てが、全部自分が原因だというのに。

 

 修がどれだけ頑張っているのか。

 遊真がどんな状況に立たされているのか。

 自分が始めた物語に、彼ら自身が賛同して引っ張ってくれた。

 

 そんな想いを。

 自分は、自分のエゴよりも小さく捉えていたのだという──そんな、事実に。

 

 

 自分を、強く、強く、責めた。

 

 

 その果てに。

 加山雄吾の姿が、本当に恐ろしいものに見えた。

 

 そんなつもりなど一切ないと頭で理解できているのに。

 ──まるで加山雄吾が「撃たない」雨取千佳を責め立てていると。そんな風に思ってしまったから。

 

 

 雨取千佳は。

 自分の行為が他者に及ぼす影響をネガティブに捉えていく。

 

 人を撃てば、きっと怖がられるのだろう。狡いと思われるのだろう。

 

 ──きっと自分を責めるのだろう。

 

 

 かつて。

 雨取千佳には、親友がいた。

 

 莫大なトリオンを持つ雨取千佳は、ボーダーが出来る前からトリオン兵につけ狙われていた。

 誰に相談しようとも誰も信じてくれない。

 そんな中──その言葉を真摯に受け止めて、一緒に下校してくれた友達がいた。

 

 

 その友達が失踪して。

 

 

 自分が周囲に主張していたことが次第に信じられるようになった。

 

 信じられて。

 どうなるのか。

 

 ──もしかしたら。親友の失踪は雨取のせいだと、そんな風に思われないかばかり信じていた自分の心を自覚してしまった。

 

 自分は、青葉の失踪そのものよりも。

 自分が、青葉の失踪の原因だと責め立てられないかばかりを、恐れていた。

 

 

 誰かに責め立てられたくない。

 だからずっと──自分は一人だった。

 

 

 誰かに責め立てられたくない。

 だから、誰かが危機に陥った時は引金を引けた。責め立てられたくないから。

 

 

 誰かに責め立てられたくない。

 だから。

 撃てなかった。

 

 

 自分が責められるかどうか、という部分に対して。

 あまりにも雨取千佳は、想像力が働いた。

 

 

 その想像力が。

 雨取千佳を縛っていた。

 

 誰かに責め立てられたくないという思いが。

 常に自分に言い訳を用意させた。

 

 自分を知らない誰かに対して。

 そして修や遊真に対して。

 

 自分は頑張っているんです。

 弱いながらも、頑張っているんです。

 撃てないながらも、それでも部隊の為に頑張っているんです。

 

 こんな弱い自分なんです。だから──私を、責めないでください。

 

 そうやって、弱い自分を演じて誰にも責められないようにただただただただ。

 

 自分のエゴを隠しながら、通していた。

 

 

 

 なんて。

 なんて──浅ましい人間だったのだろう。

 

 

「私は.....結局は...」

 

 

 自分本位な人間なんだ、と。

 そう言った。

 

 

「....」

 

 眼前には。

 修も、遊真も、宇佐美栞もいた。

 

 

「自分の事しか、考えていなかった.....!」

 

 

 ああ。

 自分に足りなかったのは、こんな単純な事だったんだ。

 

 自分の浅ましさを。

 自分の弱さを。

 

 ──恐れながらも、誰かに伝える決意。

 

 それだけが、きっと。

 

 

 雨取千佳が、こちらを撃てるという前提ができた事により。

 

 犬飼の行動が一気に制限される事となる。

 先程までのハウンドによる面攻撃だけであるならば、二宮の援護があればどうとでも対処できる範囲内であった。

 しかし──対象を狙い撃つ狙撃までそこに加わるとなると、話が違ってくる。

 雨取千佳は少なくとも二種類。アイビスとライトニングの二種類の狙撃銃を持っている。

 

 障害物で隠れようともアイビスとハウンドで炙り出せる。

 それを恐れて下手に動き回れば──回避不能のライトニングが飛んでくる。

 二宮のサポートの為にその身を晒したことで、犬飼は一気に危機に陥った。

 

「.....上が一気に危険地帯になりましたね。一回退却した方がいいですかね?」

「.....仕方がない。こちらも東へ迂回しつつ上に行く。合流路を氷見から伝える。退却しろ」

「了解....お」

 

 その瞬間だった。

 

 ──彼方から、直線に飛んでくる何かを捉えた。

 

 それは雨取千佳の片腕から十六分割し、犬飼と二宮、双方向に飛ばされたものであった。

 

 ──ここで爆撃か。

 

 犬飼は瞬時の判断を求められる。

 フルガードによる固定シールドで爆撃をやり過ごすか。

 突撃銃とハウンドによる迎撃で爆撃を打ち落とすか。

 

 ──フルガードで処理しきれる保証がないし、脚が削れている今障害物まで真っ新にするわけにはいかない。

 犬飼は、迎撃による処理を選んだ。

 

 突撃銃を構えつつハウンドを生成。

 十六分割すれど、そのあまりにも巨大な弾体は狙い撃つには容易であった。

 

 銃声と共に──爆撃が空を覆い、爆音が周囲につんざく。

 

 

 

 その音に紛れて

 

「.....!」

 

 犬飼はレーダーに即座に生まれたトリオン反応に気付き、即座にその方向を振り返る。

 しかし──視界範囲内に誰もいない。

 

「やあ、ろっくん.....!」

 

 カメレオンによる透明化を解いた香取隊の若村の銃撃が、犬飼に襲い掛かる。

 軽快な音が響く弾丸の幾つかが──犬飼の腹部に突き刺さる。

 

「....」

 

 その様を見やり、歯を食いしばりながら、若村は一つ息を吐いて。

 自らの師匠たる犬飼を見据えた。

 

 

「いいタイミングだ。成長したね、ろっくん」

 

 犬飼は現在。

 玉狛の雨取の圧力により、撤退し合流を図ろうとしているタイミングである。

 

 その脱出路に──若村が立ち塞がっている。

 犬飼の行動を的確に阻害するポイント・タイミングでの見事な襲撃。雨取千佳の爆撃を迎撃し、シールドを解除した状態である為防御すらできない犬飼の背中側から放たれた、若村渾身の銃撃であった。

 

 その渾身すらも──犬飼は至極当然の如く対処した。

 ガードを解いていたのに。いや、解いていたからこそだろうか。爆音で足音も聞こえにくい中、周囲に気を配っていた。

 

「....このチャンスは、逃さねぇ!」

 

 壁際に寄り、頭部をシールドでカバーしながら。

 若村は犬飼に銃撃を浴びせていく。

 

 犬飼は若村の銃撃に対して。

 背後に逃れることはできない。

 何故なら、背後には玉狛がいる。

 

 

 ──香取隊も、かつてやられた事をやり返している。

 

 かつて。

 加山と二宮隊によって挟撃され逃げ場を遮断された。

 それと同じ。

 

 玉狛と若村に挟み込まれている事で──犬飼の逃げ場が塞がれている。

 

 とはいえ。

 この距離ならば──十分に二宮の援護が受けられる。

 

「──報告。隊長が香取隊の襲撃を受けている」

「....了解」

 

 氷見からの報告で、全てを察する。

 二宮からこちらへ援護を受けることも──今は叶わない。

 

「.....いいね。結構な修羅場だ」

 

 さあて。

 どうやって生き残ってやろうか──。

 

 

 ──流石。気づくのが速い。

 

 バッグワームを解き襲撃をかけた瞬間には、二宮も辻も行動を開始していた。

 

 二宮がこちらにハウンドを放ち。

 同時に辻が動き出す。

 

 ──二宮さんがこっちの足を止めて、雄太を辻先輩が迎撃する動きをしているのだろう。

 

 咄嗟の行動でここまでの連携が染みついているのは、憎たらしいが本当に部隊として格上の相手だと思い知らされる。

 だが、読めてさえいれば。

 

 二宮のハウンドの軌道を読み、辻が移動している経路を先回り。

 

 ハウンドを携えながら──辻の眼前まで移動を行う。

 左右に高い壁が反り立った、細い路地。

 直線の道しか存在せず、左右の回避が不可能なこの経路。距離があるのならば、縦に旋空を放てる弧月使いが有利な地形である。

 

「....う」

 

 でも知っている。

 辻は、女性隊員相手には何もできない。

 

 スコーピオンを手に、距離を詰める。

 既に迎撃ではなく防御態勢を取る辻の首目掛けて、跳躍。

 

 首元に向かう刃を弧月で防がせ、空いた片腕に生成したスコーピオンで腹部を突き刺す。

 

「ぐ....!」

 

 辻はなんとか弧月で香取を押し返し、弾き飛ばす。

 

 その動きに合わせ香取は背後へ向かいながらトリガーをスコーピオンから拳銃に切り替える。

 

 ──ここで仕留める。

 

 その引き金を絞ろうとした瞬間。

 自らの左側の壁が、爆ぜた。

 

 その数瞬前。

 香取は舌打ちしつつ、グラスホッパーを起動して上へ逃れる。

 

 爆ぜた壁から──ポッケを両手に佇む二宮の姿。

 

「.....本当に、想定通りにはいかないわね」

 

 上へ逃げ、住宅の天井部に着地した香取。

 

 狙撃を警戒し、雨取千佳がいる上層部に目をやった瞬間であった。

 

 直線に飛んでくる。

 白いキューブ。

 

 

「──雄太! 固定シールド! 急いで!」

 

 

 犬飼に投げかけられたものと同じ。

 雨取千佳によるメテオラが、振り落ちていく。

 

 それが叩き落された瞬間。

 

 周囲一帯を包み込む、炎のような爆撃が──香取の視界いっぱいに広がっていた。

 

 足元は崩れ落ち、周囲一帯に張った固定シールドも軋みを上げて限界を伝えていく。

 

 ──ギリギリを見極めて、脱出する。

 

 爆炎を恐れてこのまま二宮に捕捉されても、自分は死ぬ。

 ならば、可能な限り早くここから脱出を果たし──こちら側から二宮への襲撃をかけなければならない。

 

 白煙に塗れる中、シールドを解き。

 バッグワームを身に纏い、走る。

 

「....葉子ちゃん、ごめん!」

 

 バシュ、と隊員の三浦が緊急脱出。

 二宮隊に一ポイントが入ったという報告も同時に聞こえる。

 爆炎の外側にいた辻が、ガードを固めていた三浦に旋空で仕留めに入ったのだという。

 

 ──慌てるな。

 

 まだまだ。

 まだまだだ。

 

 仕留めに行ったのは辻で、更にこの爆撃範囲外にいたという事は。

 今──二宮は単独だ。

 

 玉狛からの攻撃に意識がある為、フルアタックは出来ない。

 煙で周囲が見えず、近くに寄る事も容易い。めぼしい障害物も、そのほとんどが爆撃で消えている。

 

 ──ここで、仕留める! 

 

 煙に紛れて。

 視認した二宮の姿目掛けて、突っ込む。

 

 二宮もまた香取を認識し、──ポッケから手を抜き、指差す。

 

 攻撃手に寄られた際に、二宮がアステロイドにて迎撃する為に行う仕草だ。

 

 香取は確認ついでに拳銃を一発二宮に放つ。

 シールドで防がれる。

 

 ──やっぱり。フルアタックは出来ない。

 

 ならば。

 あの指差しからの直線攻撃を避ける事さえ出来れば──二宮を、狩れる。

 

 出来るだろうか。

 自分に。

 

 ──いや、出来る。

 

 集中しろ。別に当たっちゃいけないわけじゃない。致命所にさえならなければ。腕でも足でもなんでもくれてやる。その代わり──二宮さんはここで仕留める。

 

 しかし。

 指差しからの攻撃は──いくら待てども行使されない。

 

 あと一歩で二宮の心臓に刃を突き立てられる場所にまで肉薄しているのに。

 まだ、放たれない。

 

 

「──終わりだ」

 

 二宮がそう呟くと同時。

 

 二宮の指先からではなく。

 

()()()()、弾丸が叩き込まれる。

 

「....あ、が」

 

「....」

 

 

 ──指差しは、ブラフ。

 

 視認した瞬間に、香取に向けて指差しをしたのは。

 二宮からの直線攻撃に意識を向けさせるため。

 

 その回避の為に意識を割かせ──白煙の中に隠した、アステロイドの置き弾の攻撃にて仕留めさせるため。

 

「....く、そぉ....!」

 

 見事にブラフにかかり、身体を穿たれた香取の斬撃は。

 微かに二宮の腹部を掠るだけで終わった。

 香取が緊急脱出し──二宮隊に2点目が入る。

 

「....」

 

 一つ息を吐き。

 二宮は──犬飼との合流に向け、走り出した。



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血濡れの王冠を沈めよ④

 三浦雄太と香取葉子が落ちたことにより。

 若村麓郎だけがこの場に残されることとなった。

 

「──こうなっては仕方がないわ。何とか一点、取りなさい」

 

 香取葉子の声が、若村に届く

 

「....」

 

 若村麓郎は。

 ぐ、と歯を食いしばった。

 

 

 ──以前の香取葉子が、この言葉を吐けたのだろうか。

 

 自分が落ちた後も「仕方がない」と冷静に口に出せていただろうか。

 

 

「いい機会だわ。──アタシ達も指示を出していくから。取れる駒を沈めていきなさい」

「.....取れる駒、って」

「いるじゃない。アンタと、玉狛に挟まれて突破口が見えていない癖ににやけ面してる──アンタの師匠が」

 

 ごくり、と。

 若村は喉を鳴らした。

 

「今、犬飼先輩は二宮さんと合流する為の経路を探している。そうなると──突破口はアンタの方角という事になる」

 

 いい、と香取は言う。

 

「アンタ一人で犬飼先輩殺すなんて出来るなんてこっちも思っていない。でも──この環境を利用すれば、アンタにだって犬飼先輩を倒せる」

「この....環境...」

「弟子のアンタなら解るでしょ? ──犬飼先輩は今何をやられたら困るの? 何の為にアンタは()()()()()()()を積んだのよ」

「.....」

 

 一つ息を吐く。

 息を吐いて尚──心臓は早鐘を打ち鳴らし続ける。

 

 ランク戦。

 他メンバーは倒され、一人残される。

 

 この状態から思い浮かぶ光景に──成功体験を想起させるものは最早皆無であった。

 

「....」

 

 でも。

 今はどうだろう。

 

 早期に落とされた香取葉子が──こうして自分の背中を押すような言葉をかけた事があったか? 

 

 まだ。

 ──葉子は、勝負を投げてねぇ。

 

「.....華さん」

 

 うん、と。

 頷きの声が聞こえる。

 

「──()()()()()()()の起動を、お願いします」

 

 

 偶然が、戦いを運んでいく。

 

 下層から上層へ向け雨取千佳を狩りに向かう二宮と辻も。

 その動向を見守りながら変わらず下層への爆撃を行う玉狛第二も。

 そして──二宮との合流を目指す犬飼も。

 

 香取隊唯一の生き残り──若村麓郎の新トリガーによって戦いの絵図が変わる事となる。

 

 

「.....ダミービーコン」

 

 観客席で試合を見ていた加山雄吾は、その光景を意外そうに見ていた。

 

「.....ジャクソンも、ここで珍妙な手を打ってきたね」

「珍妙言うな」

 

 加山は王子がポツリ呟いた言葉に、思わずツッコむ。

 珍妙だとぉ....。あんなにも便利で素敵なトリガーなのに....。

 

「とはいえ....この状況下だと、確かに効果的かもね。ジャクソンはカメレオンを持っている。偽のトリオン反応の中で身を潜めて、カメレオンでスミ君を待ち伏せして急襲すればいい」

「.....十中八九対応されるでしょうね」

「だろうね。──でも”襲撃されるかもしれない”という意識を根付かせることが出来る。それに」

「それに?」

「──スミ君を狙っているのは、何もジャクソンだけではない」

 

 

 レーダー上に現れたダミービーコンの反応を見て。

 

 犬飼は、少しばかり思考を巡らす。

 

 ──ろっくんが新しい()としてこれを採用したんだろうね。それは解る。使うタイミングとしてもまあ解る。

 

 恐らくは加山か、東辺りから影響を受けたのだろうか。

 現在犬飼は後方に行けば玉狛の陣があり、単独で向かうには相応の覚悟がいる。前方には若村がいて、ビーコン地帯の最中隠れている。

 

 当然、犬飼が取るべき行動としては──若村を片付けた上で二宮隊に向かう事。

 実力的にも負けることは無い。そして何より自分は若村の師匠でもある。

 彼の手の内のほとんどを知っている。

 

 だが。

 それでも彼と交戦するうえで犬飼はもう一つ考えなければならないことがある。

 

 それは──玉狛第二の、空閑遊真の存在。

 

 現在下層に向け二宮と撃ち合いを行っている雨取千佳と合流し、サポート兼盾役をしているかと思われる空閑遊真。

 されど。

 恐らく弓場隊とのランク戦を参考に戦術を組み立てたと思われる玉狛第二の、これからの行動として。

 犬飼澄晴を殺しにかかってくるだろう、と。

 

 ──奇しくも、あの時と犬飼は同じ状況に立たされている。

 

 二宮・辻と離れ単独行動中。その上で合流を目指しているという状況下。

 加山雄吾は、合流に向かう道すがらにビルの爆破からの狙撃という罠を仕掛け、自身を仕留めた。

 

 今もまた。

 目に見える罠地帯を、若村は敷いている。

 

 加山のそれとは違い、隠す気がない。

 なぜならば──犬飼がこの道を選ぶことを、若村は知っているから。

 

 犬飼にとって。

 若村の襲撃が問題ではなかった。

 

 ──若村の襲撃に対応する最中で、更に空閑遊真の襲撃によって自分が殺される事。

 

 犬飼と若村が交戦している中で吸収するのならば。

 玉狛は必ず自分を狙うはずだ。

 

 何しろ、ダミービーコンが周囲にある。

 このビーコンが若村によって設置されたものだろうと解っていれば──遊真にとってもここは絶好の潜伏場所になりうる。

 

 と、なれば。

 犬飼がこのビーコンが撒かれた地帯に足を運ぶ上でやるべきことは。

 

 若村との交戦は多少ダメージを負う事になろうとも、素早く仕留める。見つけ次第最小限の攻撃を捌き、フルアタックで殺す。空閑遊真がこちらに急襲をかける暇を与えない。

 

 ランク戦ラウンド4。

 あの時も犬飼澄晴は落とされている。

 油断はしていなかった。ただ、そこに潜めていた相手の戦術を知らなかった。だから落とされた。

 

 今日の犬飼澄晴は、もうその手を知っている。

 知っているならば、警戒も出来る。

 ──同じ手の焼き回しで落とされるほど、俺は甘くない。

 

 そう一つ思考を巡らせ。

 犬飼は──合流に向け、走り出した。

 

 

 加山雄吾は。

 犬飼と、そして若村の動きを見ていた。

 

 犬飼は直線を走っていく。二宮隊との合流路に向かって。

 細い路地を避け、周囲の様子がよく見える大型の道路の上を。

 

 観客席で見ている加山も、

 そして実際に現場で戦っている若村も、

 

 共に同じ光景を思い出す。

 

 

 ──加山と犬飼・辻コンビが訓練を行った際に使った手口。

 

 ビーコンで隠れているのならば、敢えて攻撃させてその位置を特定させようとしている。

 あの訓練の時の加山よりも、若村は条件が悪い。

 あの時の犬飼は加山の撃破が条件であった。

 されど、今回の犬飼は若村を撃破する必要はない。

 

 このビーコン地帯を抜け、二宮達と合流できればいい。

 つまり──若村は、ここで釣られるほかない。攻撃して足を止めなければ、もう得点の好機は無くなってしまう。

 

 だが。

 若村は用意していた。

 ここで──自らの姿をさらすことなく犬飼の足を止める手段を。

 

「.....お」

 

 犬飼の頭上から、弾丸が降り落ちる。

 下層の爆撃音のせいか。射撃音がかき消されて反応が遅れてしまったが──それでも十分に対応可能な範疇だ。

 

 その弾丸は。

 発射地点から離れた建物の裏手側から犬飼に向け誘導を開始する。

 

 若村の位置を隠しながら、──ハウンド弾が犬飼に向け降り注ぐ。

 

「──これも、加山君の手口だね。よく研究しているじゃないか」

 

 この手口を、犬飼は知っている。

 加山が逃走の為に行った手口だ。

 

 

「でも。それでも居場所は解るんだよ」

 

 加山は軌道を隠しつつ、置き弾という手段をもって時間差まで生み出してこの手法を行っていた。

 発射時の軌道を隠せたとしても、結局自身にやってくるハウンドの速度や追尾の仕方を観察すれば──隠された発射点も、読める。

 

 犬飼は即座に割り出した発射地点へ向かい、周囲のクリアリングを行う。

 そこに。

 若村はいなかった。

 

 

 代わりに

 

「.....へぇ!」

 

 周辺に撒かれた。

 

 ──()()()が、あった。

 

「──やるじゃない、ろっくん」

 

 置き弾が光り、犬飼に向け放たれる。

 射手トリガーを一度たりとも使ったことない、若村の罠。

 そこに足を踏み入れながらも、それでも犬飼は対応する。

 

 細々としたその弾丸は、大した威力は存在しない。犬飼のトリオンならば、十分にシールドで防御可能な範疇。

 

 

 

 

「若村先輩....」

 

 加山が、渋面を作りその様を見ていた。

 惜しかった。

 本当に、惜しかった。

 

 爆撃音が鳴り響いた時に合わせて置き弾のハウンドを射出させたのも。

 爆撃で発砲音が聞こえなかった、と犬飼を判断させ射手トリガーからの攻撃であると誤解させるため。

 

 そこから犬飼を偽の想定場所におびき寄せ、隠し弾の置き弾で攻撃する。

 

 犬飼でなければ。

 マスターランクの銃手である彼でなければ──きっと仕留められたはずだった。

 

「惜しかった、ね。ジャクソン...」

 

 王子もまた。

 そう呟いていた。

 

 若村の位置は、犬飼の視界の裏手にある建造物の影。

 

 犬飼の警戒心の高さから考えると、死角側に完全に意識が向いているはずだ。このタイミングで突撃銃トリガーに切り替えて攻撃を仕掛けても、間に合わない。

 

 

 されど。

 若村の表情は。

 未だ──敗北の苦渋の色に、染まってはいなかった。

 

 

 その時。

 

 

 犬飼の左手側から。

 

 

 ダミービーコンが一つ、起動した。

 

 

 あ、と。

 加山は呟いた。

 

 

 ──そうだ。

 ──今、犬飼先輩は防御の為に足を止めている。

 

 

 それは、ただダミービーコンが犬飼の視界の外から発動したというだけである。

 

 だが。

 犬飼の脳裏には──常に、”空閑遊真”の存在が、頭にちらついている。

 

 

 足を止め、

 シールドも展開している。

 

 例えば──あの場所からグラスホッパーで自身に向けて襲撃をかけようとしている空閑が、バッグワームを解いた瞬間だとすれば? 

 

 犬飼澄晴は、聡い。

 その聡さゆえに──反応してしまった。

 

 新しく生まれたそのビーコンの先に、空閑遊真の姿があるように思えてしまって。

 

 

 だから。

 その方向に──振り返ってしまった。

 

 

「.....おおおおおおおおおおお!!」

 

 

 犬飼の意識が、ダミービーコンに移った瞬間。

 それを逃すことなく──若村は、突撃銃を犬飼に向け、トリガーを引いた。

 

 

 タタタタタタ、という軽い銃声。爆撃の音にかき消されたその音は、腕から振動となって若村の脳にだけ届いていた。

 

 犬飼は。

 穴だらけの自分の肉体を──とても驚いたような表情で。

 そして。

 その視線の先に若村を捉えた瞬間に──とても嬉しそうに微笑んで。

 

「やるじゃん、ろっくん」

 

 

 と。

 それだけを言い残して──緊急脱出した。

 

 若村もまた。

 信じられぬ面持ちで――自らの師が消えていく様を、見守っていた。



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血濡れの王冠を沈めよ⑤

 その瞬間。

 完全な静寂が一瞬だけあった。

 

 息を呑む一瞬。

 勝負が決まるその瞬間を見届けんと前のめりになったその瞬間に。

 

 若村が──背後からの犬飼の襲撃に成功していた。

 固唾を溜め、飲み込む一瞬の時間すらも忘れ。

 呼吸音すらも聞こえない。

 

 そんな時間が確かに存在していた。

 

 その心境は。

 観客席に座っていた加山も、王子も、また同じ。

 

「やられたね」

「はい。──完全にしてやられましたね」

 

 新トリガー二つ。

 ダミービーコンとハウンド。

 

 この二つを──完全に撒き餌に使い、犬飼を見事若村は討ち果たした。

 

「空閑君の存在を匂わせての撃破.....手段としては理解できますけど、実際にあの場面にいて簡単に出来るのかというと」

 何せ、かなりのリスクだ。

 あれだけのビーコン地帯を敷けば、本当に空閑遊真があの地帯に入り込んで若村を倒しにかかる可能性もあるのだ。

「いや、ユーゴー。少なくとも──あの場面のジャクソンにとって、その可能性は限りなく排除しても大丈夫なはずだ」

「.....そうですかね? 今玉狛はなりふり構わず点が欲しい場面でしょう。犬飼先輩は絶対たる抹殺対象なのは間違いないすけど。まずは取りやすい若村先輩を仕留めた後に、犬飼先輩を取りに行く可能性もあり得なくないですか?」

「玉狛は点が欲しいと同時に、二宮隊の得点も防ぎたいんだ。──ジャクソンの点をスミ君にとられる事。これがまずもって一番嫌なはず。だからこそクーガーは.....ビーコン地帯を抜けた()で待ち構えていた」

 

 空閑遊真は、ビーコン地帯に入り込むことはせず。

 バッグワームで紛れながら──ビーコン地帯の先で犬飼を待ち構えていた。

 

「玉狛の思考としては、あの場面スミ君はアマトリチャーナの狙撃で足が削れているし、部隊との合流を最優先に動いているだろうからジャクソンに大きく近づいて仕留めることはしないと踏んでいたんだろうね。だから、真っすぐに合流路にスミ君が向かうならそのまま襲撃していたし。ジャクソンと距離を取っての撃ち合いをするならその隙にスミ君を取っていた」

「多分犬飼先輩は距離を取って撃ち合いをするなら空閑君が襲撃をかけてくることは読んでいましたよね。──だからこそリスク承知で若村先輩との距離を一気に詰めてスピード重視で仕留めにかかったわけですし」

「それとスミ君はジャクソンの手の内を知っているというのも大きい要素だろうね。だからこそそのリスクも回避できるものと読んでいたんだ」

 

 考えれば考えるほど。

 犬飼の立ち回りに間違いがないことが理解できる。

 ビーコンの意図も、空閑遊真の意図も、若村への対応も。その全てに完全な正当を選びきっている。

 

 ある意味で。

 若村も若村で、弟子として犬飼の意図を読み切っていたのだろう。

 絶対に正解を選びきると。

 だからこそ──正解の道を絶対に選びきる確信があって、最後の仕掛けが活きた。

 

「加えて、犬飼先輩は香取隊よりも玉狛第二に点を与えたくない意識があった。だから──最後のダミービーコンの仕掛けにも引っ掛かってしまった」

 

 あの──ダミービーコン起動の場面。

 ダミービーコンの反応を空閑として認識した瞬間。当然犬飼は若村への警戒も解いてはいないはずだ。

 

 それでも尚、突如として現れたトリオン反応へと振り向いたのは──その場面で若村に仕留められるよりも、空閑に仕留められる方が嫌だったから。

 既に二枚落ちの香取隊と、全員が健在の玉狛第二。

 自らが死ぬと仮定して──誰に殺されるべきかという計算も犬飼にはあったはずだ。

 

 だからこそ、自らの死角側にいると推測できる若村よりも。

 空閑遊真に化けたダミービーコンの方に反射的に反応してしまった。

 

「自分の戦術的価値の小ささ、そしてジャクソンがスミ君の弟子である事──それら全て戦術に嵌め込んだ奇跡の一点だよ。だからこそ、やられた」

 

 ──自身の戦術的価値の小ささ。

 

 そうか、と加山は思った。

 戦術レベルの高低を正確に測る事さえ出来れば。

 ──弱い事こそすらも、充分な武器になるのだと。

 

 加山は。

 再度──若村の姿を見据えた。

 

「....ありがとうございます」

 

 そして。

 あの時に若村に出会う事ができた事を、心から感謝した。

 よかった。

 本当に良かった。

 

 今、加山の中に。

 また新たな戦術のタネが生まれ始めていた。

 

 

「──なに一ポイント取って呆けているのよ。さっさと動け」

 

 犬飼澄晴を撃ち、緊急脱出へ追いやった若村に、隊長の声が響き渡る。

 

「あ、ああ.....。それで、次はどうする?」

「どうするもこうするもないわ。これからアンタは玉狛から離れて、緊急脱出するの」

「な....! ここでか!?」

「当たり前でしょ。アンタ、もうトリオンカッスカスじゃない。誰が来たって死ぬわよ。だったら自ら餌になる必要もないわ」

「だが...」

 若村は、諦めきれなかった。

 確かに、あと一度撃ち合いをすればもうトリオンが尽きるだろう。

 それでも、──微かでも、可能性はまだ残っている。

 上に行くには、失点よりも得点が重要だ。失点のリスクを嫌ってここで諦める訳にはいかない。

 そう、思考が巡りそうになるが。

 

「──麓郎君」

 

 落ち着いた声が響く。

 染井華が、静かに、諭すように。

 若村に言葉を紡ぐ。

 

「今の私たちがやる事は、何より自分の立ち位置を知る事だと思う。──ここで分が悪い勝負に手を出すのは上策じゃない」

 

 自分の立ち位置を知る事。

 

 ....ああ、と若村は思う。

 

 今犬飼澄晴を倒せたのは、はっきり言って自分だけの力ではない。

 ダミービーコンとハウンドを使う事を提案したのは確かに自分であるが。

 

 それを利用し犬飼を嵌める戦術を立案したのは染井華で。

 そして同じ高機動型の攻撃手という立場から空閑遊真の脅威を利用する方策を考えて、ダミービーコンの設置場所を指示したのは香取。

 

 自分は──部隊の力を借りて、ギリギリ師匠である犬飼を倒せたに過ぎない。

 

 その部隊が、これ以上はもう限界だと伝えているのだ。

 なら、自分がやるべきことは──自爆上等の特攻ではない。

 

「.....解り、ました」

 

 彼は悔し気に口元を噛み締めて──その場から離れ、自ら緊急脱出を行った。

 

 かくして。

 香取隊は全滅した。

 

 されど。

 この──二部隊にとって完全なる想定外であった「若村麓郎が犬飼澄晴を倒す」という結果が。

 それぞれの部隊の運命を変える事となる。

 

 

 香取隊に加え犬飼澄晴が消え。

 

 二宮隊は──自部隊の勝利の可能性が大きく低減した事を自覚した。

 

「....」

 

 仮に。

 犬飼澄晴を仕留めたのが空閑遊真ならば。

 

 幾らでも手があった。

 

 犬飼と交戦している中に援護を与える事が出来れば、足ぐらいは削ることが出来ただろう。そうなれば後は、合成弾を降らせてやれば──空閑遊真を仕留める事は出来たはずだ。

 

 そうなれば、近接戦においてジョーカーとなりうる空閑遊真を排除した状態で玉狛との戦いに望めた。

 

 ──二宮は心の底の部分で、認めていた。

 

 人を撃てる雨取千佳は、脅威だ。

 その脅威は爆撃の最中で十分に理解できた。

 

 周囲の建築物が次々と破壊され、爆撃を防げる場所が次々と失われていっている。

 

 放たれるメテオラ弾帯に関して、先程まで犬飼と合同で撃ち落していたものの──香取隊の襲撃により連携が分断され、犬飼は既に落ちてしまった。

 

 

 二宮隊の基本戦術は、リスクを徹底排除したうえで二宮という巨大兵器でもって地均しを行う事である。

 

 自身を排除できる駒や状況を犬飼・辻と合同で叩き潰し、後半にかけて圧殺する。

 

 

 しかし。

 ──眼前には、自分以上の破壊力を持つ巨大兵器がある。

 

 受け入れろ。

 ──この脅威を。

 

 

 だからこそ。

 二宮は──リスクを取る。

 

 

 メテオラの爆炎に紛れ。

 二宮は──辻のシールドを全身に纏いつつ。

 

「──サラマンダー」

 

 ハウンドとメテオラを掛け合わせ、──上層への爆撃を開始した。

 

 

 爆撃は、主にエスクードによって封鎖された地帯に向け放たれた。

 エスクードによって貯蔵された水溜まりが、一斉に流れていく。

 

 

 ──玉狛第二は今のところ無得点。そして二宮隊は二得点。玉狛の勝ち筋は、結局辻と二宮の双方を仕留めて生存点を勝ち取る以外に方法がない。

 

 爆撃で空いた穴から濁流が流れる。

 濁流を迂回し、雨取千佳に向かう道には──空閑遊真が待ち構えた上で、雨取千佳の射線が通る。

 

 それ故に。

 二宮はエスクードが張り巡らされた地帯とは別に──上層と下層を繋ぐ中央部の大通りに爆撃を行う。

 

 爆炎に隠れたその場所に置かれたメテオラは、射程も弾速も切り詰め威力に全振りした代物。

 

 二宮と辻が雨取千佳の爆炎を掻い潜り上層へと足かけした瞬間に、それはけたたましい爆音を上げながら上層の地形を崩す。

 

 崩された地形に濁流は拡がり跳ね落ちていき、その勢いは拡散し弱まる。

 そうして。

 

 二宮は。

 玉狛が作り上げた待ち伏せ地帯ではなく。

 濁流によって悪くなった足場を踏破する事を選んだ。

 

 爆煙に紛れ、視界の悪い中。

 

 それでも──雨取千佳の狙撃の射線を切ることが出来る場所を。

 

 その選択に対して。

 玉狛は──二宮隊の通り道の前後を砲撃にて崩すという選択を行う。

 

 二つ鳴り響いたアイビスの砲撃で。

 二宮は──この煙から晴れた時、もう自らと雨取千佳との間に遮るものがない事を確信する。

 

 つまり。

 この煙が晴れた時に──雨取千佳との撃ち合いが始まるのだ。

 

 煙の中。

 小さな弾丸が降り落ちていく。

 

「辻」

「はい」

 

 当然の如く辻がシールドでカバーすると同時、弾丸の方向に向けて辻が向かい来る。

 

 その先に──三雲修の姿がある。

 

 脆弱な威力の弾丸を掻い潜り──修へと肉薄する。

 

 掻い潜った弾丸のうち。

 そのいくつかが──辻の足元にばら撒かれていた。

 

「スパイダー...」

 

 自らの足と地面とが、スパイダーによって繋がれている。

 

 辻はあくまで冷静に、足先に弧月を振るいその拘束を解き。

 ──空中から襲い掛かる空閑の襲撃を受ける。

 

「....よ、っと」

 

 修は辻の左手側に移動しつつスパイダーを変わらず足元に撒く。

 辻は、今度は足先を動かしそれを避ける。

 

 避ける動きに連動するように、空閑が辻の足元を掻い潜り、スコーピオンを振るう。

 

「く...!」

 

 足元を動かされながら、空閑の攻撃に意識を取られていた辻は──同時に、足元に撒かれていたグラスホッパーを見落とす。

 それを踏み抜いたその先。

 無防備なまま──空へと打ちあがる。

 

 何も塞ぐもののない空の上。

 砲撃が自らの身体を貫いた。

 

 

「....」

 

 固唾をのみながらも。

 それでも雨取千佳の眼には、まだ戦意が消えていない。

 

 

 そして。

 

 晴れかかった煙から──二宮のアステロイドが空閑の横側から襲い掛かる。

 グラスホッパーを装着し、シールドの切り替えが間に合わなかった空閑は身のこなしのみでそれから逃れんとするも──避けきれず、体の節々が弾丸に貫かれる。

 

 

「空閑!!」

 

 三雲修はたまらじと、レイガストを構え空閑と二宮との間に自らの身を割り込ませる。

 

 されどそれすら意に介さず、二宮はレイガストごとアステロイドで三雲を撃ち砕く。

 

 三雲が緊急脱出する中──空閑遊真はグラスホッパーをもって、雨取千佳側に向かって逃走を開始。

 

「──逃がさん」

 

 二宮は。

 雨取の爆撃、ハウンド、または狙撃。

 その全てに警戒を割きながらも──空閑を仕留めんと向かって行く。

 

 

 空閑を追い。

 雨取千佳と二宮との相対距離が近づいていく。

 

 

 その時であった。

 

 

「エスクード」

 

 二宮の周囲一帯が。

 大量のエスクードによって取り囲まれる。

 

 空閑の逃走幇助か──そう思考した二宮は、雨取千佳の方向を見やる。

 

 

 そこで見た光景は。

 

 

 両手を左右に拡げて。

 あまりにも巨大なトリガーキューブを二つ掲げた──雨取千佳の姿。

 

 

 

 二宮匡貴のフルアタックは。

 

 相対した相手に対して、細かく分割したアステロイドと大きく分割したアステロイドを以て防御不能の攻撃を叩き込む。

 

 

 

 対して。

 雨取千佳のフルアタックは。

 

「.....!」

 

 無言のまま。

 二宮はそれを見た。

 

 相対距離は大きく離れている。

 それなのに。

 

 細かく分割したキューブが──ビルの上から二宮に降り注ぐ。

 

 それはエスクードで囲んだ地帯に雨の様に降り注ぐ。

 射程と弾速に大きく振ったのだと思われる。

 それでも──二宮のフルガードを、軋ませるほどの威力がそこにある。

 

 そうして。

 時間差で──もう片方のキューブが解放される。

 

 それは先程のアステロイドと比べ随分と速度が落ち、大きく分割されたハウンド。

 

 されど。

 速度が遅くとも──降り注ぐ高速アステロイドの雨によってその場より動くことは叶わない。

 

 大きな弾帯のまま叩きつけられたその弾丸は。

 シールドごと──二宮のトリオン体を粉々に砕いた。

 

 

 

 ──雨取千佳によるフルアタック。

 

 それは。

 細かく、速いアステロイドを敵に浴びせ足を止めシールドを削り。

 

 大きく、威力のあるハウンドで防御ごと相手を押し潰す。

 

 

 二宮のフルアタックが相対した相手に対する必殺技として機能するものだとするならば。

 雨取千佳のフルアタックは──こちらの攻撃が一方的に通る状況下において必殺となる。

 

 その距離感に二宮をおびき寄せるべく。

 三雲は自殺覚悟の特攻をかけ、空閑を逃がした。

 

 空閑を追う二宮に──このフルアタックを浴びせる為に。

 

 

「試合終了です.....」

 

 アナウンスが流れる。

 

「生存点込みで4ポイントを獲得し.....玉狛第二の勝利!」

 

 

 そうして。

 またもや──辺りは、静寂に包まれていた。

 

 




ラスボス千佳ちゃん爆誕。
倒し方?知らね~


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魔王

デンドロビウム千佳ちゃん(仮)

トリオン  38
攻撃    2→16    
防御・援護 5
機動 3
技術 6
射程 8
指揮 1
特殊戦術 1→3
トータル 64→80

追記

メイン:アイビス ハウンド ライトニング エスクード
サブ :バッグワーム アステロイド シールド メテオラ





「.....」

 

 最早。

 言葉もなかった。

 

「王子先輩?」

「うん?」

「どうします? あれ.....」

「どうしようかな.....」

 

 共に、半笑いでその光景を眺めていた。

 

「....二宮さんとアマトリチャーナとの距離は、およそ四十メートル程。クーガーがあそこに二宮さんを呼び寄せた、って事はあの距離がフルアタックを行使できる限界距離なんだろうね」

 

 四十メートル。

 つまり。

 

 ──雨取千佳より四十メートル以内で孤立している駒は、例外なくあのフルアタックが襲い掛かってくるわけだ。事実上、四十メートル圏内の開けた場所で一人残されれば死亡が決定する事と同義だ。

 

 あのフルアタックの何が厄介かと言えば。

 雨取千佳は真っ先に仕留めにかからなければならない駒でもある事。

 

 アイビスとエスクードによる地形破壊。メテオラによる広域爆撃。ライトニングによる超高速のスナイピング。

 

 放置すればトリオンの飽和攻撃によって雑に点が取られる。

 

 しかし下手に近付けば必殺のフルアタックが襲い掛かってくる。

 

 放置しても近づけど、あまりにも巨大な脅威となる。

 文字通り──雨取千佳は砲台と化した。

 爆撃と鉄雨を振りまく──戦術兵器に。

 

 

「──手は、無いことは無いけどね。二宮さんとスミ君くらいレベルの高い連携を常に行使出来れば爆撃を防ぐ事は出来る」

「無茶言うな」

「でも、それもスミ君が仕留められて一気に手詰まりになった感じだ。──アレに加えて、近界民の追加メンバーが入る訳だ」

「....」

 

 そうだ。

 アレに加えて、玉狛はヒュースという隠し弾も同時に持つ事となるのだ。

 

 空閑・ヒュースというエース級の駒が二枚。

 そして──雨取千佳という広域破壊兵器。

 

 割と相手にするには絶望的な戦力な気がする。

 恐らくA級でも上位につける戦力だとも思う。

 

「──考えなければならないことがどうしようもなく増えていくな....」

 

 はぁ、と。

 一つ溜息を吐いた。

 

「なら。今日の所は僕の負けだね。約束通り、焼き肉を奢ろうじゃないか」

「うっす」

「──まあ、お互い夜の部で勝ち切って美味しい夕ご飯にしようじゃないか」

 

 

「──ヤバいよヤバいよ。雨取ちゃんマジでヤバいよなにあれ?」

「....」

 

 影浦隊作戦室内。

 

 加山や王子と同じく──昼の部の観戦を行っていた北添が、その所感を述べていた。

 

 ずっと雨取ちゃんやばい、しか言っていないが。

 

「....二宮さんを倒しちゃったよ」

「ゾエ」

 

 北添の背後から──影浦隊オペレーター仁礼光が近づき。

 ポン、とその肩を叩く。

 

「お前の個性、消えちまったな!」

「え。酷くない?」

 

 ガハハと笑いながらボンボン肩を叩き、遂には背中にまでバシバシ叩き出す。

 

「....」

 

 その様を見つつ。

 絵馬ユズルもまた、観戦時に目に焼き付けた光景を思い出していた。

 

 思い出すのは....必死ながらも、辛さが滲み出た表情で狙撃爆撃を行う雨取千佳の姿。

 

「....」

 

 同じ狙撃手で、時折その姿を訓練で見かけていた。

 彼女はC級の出穂と仲が良く、そして出穂経由でA級の当真と話している様子も何度か見かけた。

 

 しかし。

 軽く挨拶をする事はあれど──あまり話したことは無い。

 

「....」

 

 絵馬ユズル。

 彼はとても純情であった。

 

 そして。

 

「....」

 

 影浦もまた。

 ソファの背もたれに全身を預けながら。

 端末で、記録を見ていた。

 

「....あぁ? 何だコイツ?」

 

 見ていたのは、弓場隊の記録。

 以前個人ランク戦で見かけ、興味が湧き──気まぐれに見ていた。

 

 そこに映る、弓場隊隊員加山雄吾は。

 

 ラウンド4の終盤からラウンド5にかけて──急激に動きが変わっていた。

 そこまでは、立ち回りの上手さと戦術の特異性が目立ち、特段に戦闘での強さがあるようには思えなかったが。

 

 ──その後からは、明らかに動きが変わった。

 

 トリオン体を入れ替えた別人だと言われても信じられる程に。

 

「....」

 

 色々と怪しいが、別段影浦は気にしてはいなかった。

 どうでもいい。

 

 ──腕が立つというなら、こっちで戦りあえばいいだけだ。

 

 

「弓場隊。ヤバいな」

 

 所変わって。

 生駒隊作戦室。

 

「え? ヤバない? マジでヤバない? 弓場ちゃん、ワープしとるんやけど」

「ワープしてますね」

「マジで? あんなんやられたら旋空避けられるやん。どないすればええねん」

「どないすればいいんでしょうね.....」

「く...! 弓場ちゃん、大規模侵攻の時のゴリラに触れて、機動力にも魅せられてしまったのか....!」

「ちゃうやろ」

 

 生駒達人(19)

 変わらぬペースを貫いていた。

 

「俺は....まだまだ強くならなあかん。俺には”宿敵”が出来てしもうたから」

「まだあのゴリラ取り逃がしたの引き摺ってるんですかい? いい加減目ぇ覚ませ」

「そんな....そんな冷たい事言わんといてくれやマリオちゃん。あれから俺....俺....」

「何や?」

「スマ〇ラでドンキーしか使わんようにしとるんや」

「....」

「....ツッコんでや」

「いっぺん本物のゴリラにぶん殴られればええんちゃう?」

 

 

「気を取りなおそか。──今回、那須隊が上がってきてマップもあっちが選択するんで。多分狙撃が通りやすくて那須さんが暴れやすい地形を選んでくると思うんすよね。ここ最近の戦い方の変化とかも見る限り」

「那須さん.....あ、」

「何や。何か気づいたことでもあったんか?」

 

 那須、の言葉を聞き。

 

 のそのそと生駒がソファから立ち上がり、自身の荷物を漁る。

 

「....昼飯食べんの忘れとった」

 

 そう言ってテーブルから取り出したのは。

 プラスチックの容器に乗せられたカレー。

 

 そのルーの中には。

 素揚げされた茄子が乗っかっている。

 

「....」

「いや。俺の好物は当然ナスカレーやからな。試合直前にこれを食べる....なんか勝負飯っぽいな。いい感じや。──痛い」

 

 至極当然の如く。

 オペレーター、細井真織は無言のまま生駒の頭上をシバいた。

 

 

「皆さんこんにちわ~。太刀川隊オペレーターの国近で~す。ランク戦夜の部の実況を担当させてもらいますね~」

 

 そうして。

 様々な爪痕を残したランク戦昼の部終了から時間が過ぎ。

 

 夜の部が始まろうとしていた。

 

「解説は二宮隊の犬飼君と──」

 

 実況の国近は、実ににこやかな顔で

 その名を告げた。

 

「玉狛第二の、雨取千佳ちゃんです~」

 

 ざわ、と。

 観客席から大きなどよめきが響き渡る。

 

 

「いや~ド派手な試合でしたなぁ、犬飼君や」

「ド派手でしたねぇ。いやぁ。雨取さん、よくぞあのおっかない隊長倒したね。ナイスキル」

「あ、はい。ありがとうございます.....」

 

 あたふたとしつつ。解説席にちょこんと座る雨取千佳はどことなく所在なさげだ。

 

 説明しよう。

 何故ここに千佳がいるのか。

 

「いきなり解説頼んじゃってごめんね~。本当はね、ここに私含めて18歳トリオの一角がここに座っているはずだったんだけどね~」

「真木ちゃんに捕まって引き摺られていっちゃった。いきなり頼み込んでごめんね」

「い、いえ....頑張ります....」

 

 色々と人生の相談が必要になった当真勇(18)が解説が出来なくなり、代わりに当真から駆り出されここに呼ばれたという経緯がある。終わり。

 

「さあてさてさて。色々とぶっ飛んだ試合が終わったと思いきや。──またもや色々と注目が集まっているカードだねぇ」

「ね~」

 

 弓場隊、影浦隊、生駒隊、那須隊の四つ巴戦。

 

 那須隊が選んだマップは──。

 

「市街地Bを那須隊は選びましたね~。さて。どのような意図があると思うかね、犬飼君や?」

「う~ん。多分那須さんを中心に据えて戦うための策だと思いますね。市街地B、建物が多いですし」

「ほうほう」

「今回のメンバーの中で、明確に那須さんよりも動ける駒が無いんですよね。障害物を盾にぴょんぴょん跳ねて敵を倒していく那須さんのスタイルに、広くてマップが建物でごちゃついている市街地Bはあっている。浮いた駒も狩りやすいしね。今のところ言えるのはこの程度かな」

「成程~。ただ広くてごちゃついているなら、ゾエ君のメテオラとか、加山君のエスクードなんかも特に刺さりそうだね~」

「だろうね~。多分そこも覚悟の上、って感じなのかもしれないね。エスクードと言えば、雨取ちゃんも使っていたね」

「あ、は、はい」

 突如話題を振られた千佳は、戸惑いながらもなんとか答える。

「実際。市街地でエスクードを使おうとするなら、どういう運用をするかな? 雨取ちゃんなら」

「えっと....」

 

 必死に考える。

 仮に、自分がこのマップで動く事があるなら。

 どう使うのだろうか。

 

「その....エスクードは、自分で好きな風に地形を変えることが出来るのが、一番便利なので」

 

 うんうん、と犬飼は頷く。

 

「だから.....狙撃するときの逃げ場をなくしたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そういう風に使うので。今回、とても広いマップなので、それぞれの部隊の通り道を塞いで合流を遅らせる目的で使うと思います」

 

 必死ゆえに。

 ....自身のトリオンを前提とした話をする事となったのである。まる。

 

 しっかりと場を凍らせ、自身の発言にハッと気づきあたふたとして、

 ニコニコと微笑みながら、国近は告げる。

 

「それでは──転送開始まであと僅か。試合を見ていきましょう~」

 

 

「市街地Bですね。──まあ特段こっちが不利になることは無いでしょ」

「大体、お前が入る前はこっちの主戦場だったんだ。何も問題はねェ」

 

 弓場隊作戦室内。

 最後の打ち合わせが行われていた。

 

「初動は同じだ。俺は浮いた攻撃手を、加山は浮いた射手・銃手を。それぞれ各個撃破していく。帯島は俺か加山か、近い方に合流。そして外岡は加山の援護。──今回も変わらねぇ。点を取るぞ」

「了解!」

「恐らくは那須隊も影浦隊も、浮いたところから狩っていく。だったら気にするこたねぇ。襲い掛かってくれば返り討ちにする。──加山」

「うす」

「お前のいう事を信じると──影浦はお前を狙ってくるらしいな」

「そうみたいっすね」

「よし。──なら、影浦は任せた。いいな?」

「了解っす。──任せておいてください」

 

 まだまだ。

 まだまだ点が足りない。

 

 影浦隊も生駒隊も知った事ではない。

 

 こちらはただ貪欲に──点を取りに行くだけだ。



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ランク戦ROUND6 ①

「各部隊、転送完了~」

 

 国近がユルイ感じでそう告げると。

 マップに転送データが映される。

 

「それぞれの転送はこんな感じか~」

 

 最大級の広さを誇る市街地Bのマップ上に、広く分布し転送される。

 

 マップの中央部には、加山、帯島、影浦、熊谷

 そこから東の位置には、那須、北添、隠岐

 西には、水上、弓場、南沢

 北には、生駒、日浦

 南には、外岡、絵馬

 

「どの隊も転送位置ではそんなに有利不利はない感じだね。弓場隊は加山君と帯島ちゃんが、生駒隊は海君と水上君が、那須隊は日浦ちゃんと熊谷ちゃんがそれぞれ近い。影浦隊はそれぞれ真逆の方向にいるけど、あの部隊は別に合流どうこうで弱くなる部隊じゃない」

「....ただ、あの位置だと熊谷先輩が..」

「うん。結構きついね」

 

 加山と帯島は位置が近い事もあり、早速合流に向かっている。

 そして、影浦は周囲を動き回り索敵を行っている。

 

「那須隊は中位で二回連続で勝って上位に進めたのは、日浦ちゃんを基軸にした狙撃戦術の確立が大きかった。──ただ、どうしても加山君とカゲには狙撃が通りにくい。でもあの位置に熊谷ちゃんがいるって事は、どうしても日浦ちゃんは援護せざるを得ない」

 

 加山は警戒心が強く、自在に射線を切れる手段も持ち合わせている駒であり。

 影浦は、そもそも狙撃が通らない。

 

 熊谷はどちらかに見つかれば即座に落とされる可能性が高い。加山に見つかればもれなく帯島との連携が叩き込まれる事となり、影浦は元々攻撃手ランキング上位の精鋭で歯が立たない。

 

「だから、熊谷ちゃんは即座に身を隠しつつ那須ちゃんの所に向かっている。このまま隠れ切れればいいけど──」

 

 中央に向かう那須の動きにつられ。

 各隊の狙撃手が中央を包囲するような位置取りに動き始める。

 

 しかし、ある程度の距離を取って。

 そして周囲にいる攻撃手、銃手、射手も──動かない。

 

 なぜならば。

 何が来るか、彼等は理解しているのだ。

 いや。中央に向かっている那須もまた理解している。理解しているが故に、向かっている。

 

「──来るね」

 

 那須の動きを見守るように背後に潜んでいた、影浦隊銃手北添。

 彼の手には──擲弾銃が握られている。

 

「ゾエの、適当メテオラが」

 

 ばしゅ、ばしゅ、という空気が押し出されるような音と共に。

 

 マップ中央部に、爆撃が降り落ちていく。

 

 

 北添尋。

 通称ゾエ。

 

 彼が持つメテオラグレネードによる爆撃は、これによって相手を倒す事や、ダメージを与える事は極めて稀である。

 だがグレネードによる間接射撃かつ面攻撃の雨が降り注ぐことによって──その爆撃を防ぐために多くの隊員がバッグワームを解き、その身を晒す必要性を生じさせることが一番の効用と言える。

 

「──さて。予想通り来ましたな。帯島、シールド頼む」

「了解っす」

 

 爆撃が降り注ぐ中。

 合流を果たした加山と帯島は、エスクードで舗装した建物の中に立て籠っていた。

 

「外岡先輩。このまま東側に上がって下さい。藤丸さんからマーカー来ていると思うので。そっちに移ってこっちの援護を頼みます」

 

 コンクリ製の建物の上階に二人して上がり。

 窓ガラスを肘鉄で叩き割っていく。

 

「──成程ね。爆撃で熊谷先輩の居所が割れた。那須さんはこの爆撃の中合流しに来たわけか」

 

 割った窓枠の背後より、両手にキューブを生み出す。

 

「爆撃されたら、やり返す。──倍返しっすゾエ先輩」

 

 それらが瞬時に合一化し。

 ──大空に放たれた。

 

 

 加山が放ったそれは、ハウンドとメテオラを組み合わせた合成弾──サラマンダーであった。

 

 その半分が、北添が爆撃を放っている地点へ向かい。

 もう半分が、那須と熊谷の合流地点へと向かう。

 

「──おーい、ヒカリちゃん。ゾエさんの所に何か恐ろしい弾が来ていない?」

 北添は上空に向かっているトリオンの軌跡を見つつ、そう呟く。

 影浦隊オペレーター、仁礼光は──そうだよ、と返す。

「おう、加山の合成弾だ」

「え? 普通にやばくね? ──ゾエさん、逃げます!」

「逃げてもいいし死んでもいいけどちゃんと爆撃は撃てよ~。死ぬなら粘って死ね」

「ゾエさんの扱い酷くない?」

 

 こちらに向かい曲がりくる弾丸を見て、北添は走り出す。

 

「ひええええ!」

 

 言動とは裏腹に、──北添は加山の豹変を解説席から見ている。高速で合成弾を作った瞬間も、しっかり記憶に刻まれている。

 想定はしていた。

 

 北添はすぐさま建物の裏手側にまわり、擲弾銃から突撃銃に装備を切り替える。弾丸で予め壁を破壊し脱出路を確保し──シールドと建物の壁で爆撃をやり過ごす。

 

 爆撃が止むと同時、また北添はトリガーを切り替え空中に向かいて撃つ。

 

「うわ。やっぱり早い」

 

 爆撃が止むと同時に、また新たな合成弾が放たれる。

 その速度は本当に凄まじい。爆撃が終わって恐らく数秒もたっていない。

 

 また爆撃を防ぐべく用意した脱出路から次なる防御地点へと向かおうとして。

 

 その合成弾の動きに──以前に見た二宮隊の記録を思い出す。

 あの弾の動きに、既視感があった。

 

「あ」

 

 北添は脱出路を渡るのではなく。

 その場に留まり、フルガードで身を守る事を選択。

 

 その合成弾は。

 

 ──建物の隙間を縫うような特殊な軌道で北添の周囲を取り囲み、殺到する。

 

「サラマンダーに見せかけての、ホーネット。──二宮さんがこの前やっていたやつだね」

 

 という事は。

 あの合成弾は自分を別の経路に導き、仕留めんとする為に放たれたものだろう。

 

「ヒカリちゃん。今のホーネットの弾道計測お願いしていい?」

「しゃーねーなー。全く。お前らはアタシがいねーと何も出来ないんだから...」

 

 弾道からして。

 この脱出路を渡った先に──何らかの罠があると考えるべきだ。

 

「よっと」

 

 攻撃手の待ち伏せか、狙撃手の伏兵の二つの可能性を思い浮かべ。

 北添は瞬時に狙撃手だろうな、と結論を下す。

 初手の爆撃であちこちに射線が空いた状態で、狙撃が非常にやりやすい環境になっている。

 

 その為。

 北添はその場より動かず──射線から逆算した位置への爆撃に切り替え、狙撃手の炙り出しを行う事とした。

 

 

「よし。──これで暫くはあの鬱陶しい爆撃は来ない」

 

 加山は一つ息を吐く。

 

「──ゾエ先輩。爆撃場所を変えたッスね」

「そ。爆撃で射線を空けて、ホーネットで追い込みかけるような軌道で仕掛けたら、当然狙撃手を警戒するっしょ? ゾエさんあれでクッソ警戒能力高いし。気づいてくれるものと信じてた」

 

 北添は、影浦周辺の地点に向かって爆撃を放っていた。

 これは影浦が狩りやすいように隠れている駒を暴くと同時に、爆撃で場を乱す事を目的としていた。

 

 その目的を切り替える。

 爆撃を行使している自分を狙っているかもしれない狙撃手を迎撃する、という目的に。

 

「今回、どの隊も狙撃手を抱えているのよ。そして影浦隊はその中で絵馬っていうとびっきり優秀な狙撃手を抱えているくせに、エースが狙撃が効かない。他部隊の狙撃手が生きていれば生きているほど、俺達が不利になっていく」

 

 このランク戦における狙撃手の思考として、

 

 ”影浦隊からは点を取れないから、他部隊の排除を最優先しよう”

 となっているはずだ。

 

 他部隊が影浦隊を避ける分、避けた分のリソースがこちらに向かってくる。

 この図式がある限り、大きな動きが中々出来ない。こちらの行動の制限にもつながってくる。

 

「だから。ゾエさんの爆撃っていうカードで狙撃手が潜んでそうな場所を順繰りに暴いてもらう。そうすると──ほら」

 

 加山が指差す先。

 そこには──グラスホッパーで空中から地上へ降り立った、生駒隊狙撃手隠岐の姿が見えた。

 

「──藤丸先輩、マーキング頼みます。外岡先輩。隠岐先輩について下さい。ゾエさん狙いになったら遠慮なく撃っちゃえ」

 

 よしよし。

 これで一人居場所を割れた。

 

「さ、帯島」

「ッス」

「気張れよ。──これから影浦パイセンが来るからな」

 

 そう加山が言うと。

 帯島は一つ頷いた。

 

「──訓練通りにやれば多分大丈夫だ。まあ、しっかり頑張ろうぜ」

 

 

 爆撃を仕掛けてきたら、加山の合成弾で撃ち返す。

 この作戦は、弓場隊で最初に決めた方針であった。

 

 爆撃が続いて外岡の居所が割れてしまうと、狙撃手が四人いるランク戦の中一気に不利になってしまう。

 

 その為爆撃の方向をこちら側でコントロールする手段として、爆撃の仕返しを行う。

 しかしこの作戦を行えば──加山を積極的に狙ってくるであろう影浦をむざむざ呼び込んでしまう事になる。

 

「──影浦先輩は”感情受信体質”っていう副作用を持っているんですよね」

「ああ」

 加山の疑問に、弓場は一つ頷く。

「それって、発動の条件はどういう感じなんでしょうね。視界の中に影浦先輩を収めて、影浦先輩に対して何らかの感情発信を行う。これで発動ですかね?」

「だな。俺で言えば、奴を視界に捉えて、さあ撃つぞって意識した瞬間に。奴はその撃つぞ、って感情を捉えるんだよ。”どこに撃ってくるか”まで含めてな。厄介極まりない」

「成程。──つまり、視界にさえ収めてなければ、発動しない訳ですね」

 

 ああ、と弓場は頷く。

 

「なら──俺のトリガーの中で有用になるのは、ハウンドとエスクードですね」

 

 エスクードは、影浦を視界に映すことなく発動できる。ハウンドも同様だ。トリオン反応に追うように設定し放てば影浦を視界に収める必要は無くなる。

 

「とはいえ。エスクード張って、ハウンド撃って、──って二段構えの攻撃が早々通用する手合いじゃねぇぞ。奴は素の戦闘力でも間違いなく上位だ」

「うっす。──だからこそ。俺はむしろあの人の副作用を利用して、勝ちたいんですよね」

 

 ほう、と弓場は呟く。

 

「例えばなんですけど。俺が実際には撃つ気なんてさらさらないのに影浦先輩に向けて”撃つぞ! ”って思ったとして。影浦先輩には撃つふりして撃たない感情が刺さるだけですぐにバレるんですよね。あの人は思考じゃなくて、感情を読むから」

「そういう事になるわな」

「だったら。──例えば影浦先輩が対象じゃない感情でも、あの人の視界に収まれば刺さるのかな、って。思ったんですよね」

「どういうこった?」

「例えば。めっちゃ不機嫌で、イライラの感情がいっぱいで八つ当たりしたくてしょうがない気分の人がいるとしましょう。その人は別に影浦先輩個人に対して恨みがある訳じゃないですけど、思わず視界に収めてしまった。影浦先輩個人のものではない、その人の内心に発生している対象のない感情も──あの人に刺さるのかな、と」

「.....恐らくは、刺さるんじゃないか」

「俺もそう思います」

 

 あくまで。

 影浦が受信しているものは、思考ではなく感情だ。感情が、他者の視線に乗ってあの人の肌を刺すという感覚なのだろう。

 

 思考が関係ないのなら、その感情が影浦由来のものであるかどうかは関係ない。

 

「なら。大丈夫です。──俺と影浦先輩の相性は、そこまで悪くない」

 

 うん、と一つ加山は頷いて。

 

「──影浦先輩は、俺が倒しますよ」

 

 加山の頭の中には。

 影浦の勝ち筋が──既に出来上がっていた。

 

 

「よぉ、壁張りチビ。──思う存分、遊ぼうじゃねぇか」

 

 コンクリのテナントの中。

 壁を斬り裂き影浦が入ってきた。

 

「それじゃあ──打合せ通りにな。帯島。頼むぜ」

「....了解!」

 

 大きく開かれたテナントの室内。

 

 そのエスクードの背後に忍びつつ。

 

 

 加山は呟く。

 

 

「メテオラ」

 

 

 その呟きと共に。

 

 

 影浦が入ってきた左右の置き弾が、けたたましい爆音と共に、爆ぜた。



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ランク戦ROUND6 ②

「おおー。派手に爆発が起きとるなー」

「いやいやイコさん。そんな能天気にしている場合じゃないっすよ」

「何や隠岐。今の爆発でお前のイケメンな顔が潰れてしもうたんか?」

「顔が潰れるくらいどうだっていいんですけど。──今の爆撃で多分、俺の位置が割れましたわ」

 

 一方、生駒隊。

 水上と海の位置が近くすんなりと合流できた二人は、北添の地点に近い隠岐と合流を図るべく移動を行っていた。

 

 隠岐はバッグワームを装着したまま合流路を辿り、周囲の索敵を行いつつ狙撃を敢行するつもりであった。

 移動し始めたタイミングとしては、北添の爆撃が開始されたと同時。

 

 爆撃によって周囲の意識が爆撃地点に向かう隙に、移動する魂胆であった。

 ──が。

 

 爆撃が開始すると同時、加山による合成弾の二段攻撃が行使された事で、北添の爆撃地点に変化が生じる。

 

 その余波として──各狙撃地点が爆撃される事なり、隠岐の居所も割れてしまう事となる。

 

「──このままゾエさん狙撃したらこっちも吹き飛びますわ」

「そりゃ一大事や。隠岐のイケメン顔が吹っ飛んだらこっちの特徴なんか何もなくなってしまう」

「なんでやねん」

「アカンで、隠岐。お前はあの砲撃ゴリラの爆撃で死んで、今度はゾエの爆撃で死ぬんか? ──何やお前二連続ゴリラに吹き飛ばされることになるやん。おもしろ」

「死んでもらいたいのかそうじゃないのかはっきりしてくださいよ──げ」

 

 グラスホッパーで爆撃から逃れている中。

 着地時の一瞬の硬直時間を狙われ──心臓部に、一撃叩き込まれる。

 

「あー、しくった。さいなら~」

 

 爆撃路を迂回し隠岐の動きを追っていた弓場隊狙撃手の外岡により、隠岐が撃破される。

 

 弓場隊に一点が加算され、──これで生駒隊に外岡の居所が露見される事となる。

 

「イコさん。今の場所から東側に迂回。そのまま外岡沈めましょ」

「東に迂回。外岡沈める。了解」

「外岡の逃げ道に弓場さんが襲撃することもあり得るんで、そっちも注意してな」

「弓場ちゃんの襲撃、注意。了解」

 

 このタイミングで隠岐を撃った、という事は。

 その後の襲撃から逃げ切れる算段が外岡にあるという事だ。

 

 その可能性として考えられるのは加山の合成弾による援護か、弓場との合流の二択。

 現在加山はマップ中央部で交戦を行っているとの細井から報告が上がっている。

 

 故に──考えられるのは弓場と外岡の合流であろう。

 

 東に迂回する生駒の視界に、外岡が映る。

 

 弧月を手に、フッと息を吐く。

 距離はおよそ三十メートル程。

 

 生駒旋空

 有効射程──およそ四十メートル。

 

 長射程の必殺が、踏み込みと共に行使される──直前。

 生駒は──視界の外から足音を捉え。

 そちらに、視線を送る。

「──よぉ。生駒」

 口元を笑みの形に象った弓場拓磨が、既に二丁を握りしめてそこにいた。

 

 銃声が、響く。

 

 

「──来ると思うてたわ、弓場ちゃん」

 踏み込んだ足を基軸に、膝を曲げ上体を後ろに反らす。

 

 側面から放たれた弾丸をシールドと合わせ回避した生駒達人は、反らした上体を、地面に刺した弧月を杖代わりに支えて正常に戻す。

 

 そして。

 地面に突き刺した弧月を解除し、フルガードにて急所を中心にシールドを複数に分割し自らの身を守る。

 襲い来るは必殺の早撃ちから放たれる、威力十分の弾丸。

 こちらの攻撃よりも前に仕掛けられた時点で、並の攻撃手ならばもう詰んでいる。

 

 しかし。

 彼は──生駒達人である。

 ボーダー攻撃手ランク6位の実力者であり、旋空の名手。

 

 弧月はトリガーを解除したところで、その実体は消えない。ただトリオンがなくなる事で、ブレードの切断力がなくなるだけだ。

 よって生駒は弾丸が襲い来る中、地面にささった弧月を上体を曲げ握りグッと前側に力を込めた。

 当然、切断力のない物質でしかない弧月はコンクリートの地面を斬る事は出来ず、ただ刀に力が籠められるだけ。

 

 これにて。

 ──旋空を使用するに必要なタメの時間を終わらせる。

 

 後は。

 シールドを解除し

 弧月と旋空をセットする。

 

 それだけで──込められた力がそのまま地面を斬り裂き、上方向に振り上げる。

 

 溜めにより行使された斬撃は高速の斬撃として行使され──0.2秒の行使時間の間で、自らの頭上までの振り上げまでを終わらせる。

 下から上へと行使されたその斬撃は──旋空を纏い、伸び上がる。

 その挙動に斬撃の気配を察知していた弓場は、サイドステップにより回避。

 

 しかし。

 この瞬間に──弓場は射撃を止めてしまう事となる。

 

 その隙を逃さず。

 下から上へ振り上げた斬撃を、踏み込みと共にそのまま振り下ろしの斬撃へと転化する。

 

 その斬撃は弓場の左肩を大きく斬り裂き。

 同時に放たれた弾丸が、生駒の腹部を吹き飛ばす。

 

「.....やってくれたなァ、生駒」

「.....流石は、ゴリラ討ちの同士や。この程度じゃ仕留められへんか」

 

 生駒達人。

 損傷は右肩、左足の腿、及び腹部。共に弾丸を叩き込まれ、大穴が開きトリオンが漏れている。

 

 大ダメージには違いないが──弓場拓磨の急襲から、脱出を果たした。

 

 弓場に視線を置き、再度構えようとした瞬間。

 

 自らの頭部に向かう銃弾を認識し、絞ったシールドにて防ぐ。

 

 

「──ち。これでは仕留められねぇか」

 

 弓場の襲撃によって近場の路地裏に隠れていた外岡のイーグレット。

 それを当然の如く弾き返し、生駒の視線は弓場から外れることなく正道に構えられている。

 

「──どちらが真のゴリラ狩りか、決めるんや」

「そんな称号いらねェ」

 

 弓場の手首が返り。

 生駒の両腕が振りかぶられ。

 

 ──生駒と弓場のタイマンが、開始された。

 

 

 ──マップ中央部は、非常に混沌としていた。

 

「──くまちゃん、大丈夫!」

「な、なんとか....」

 

 合流時に叩き込まれた合成弾を受けた二人は。

 二人分のフルガードによりその難を逃れてはいた。

 

 しかし。

 爆撃の間身動きが取れなかった間に、一気に状況が動き出した。

 

 加山・帯島と影浦が交戦をはじめ、またそれ以外の人間が中央を包囲するように動いている。

 

「....どうする、玲?」

「...」

 

 今、彼女らの選択は二つに一つ。

 

 影浦、加山の魔境の如き交戦地域に向かうか。

 それとも狙撃手が跋扈し、爆撃が飛び交う外側へ向かうか。

 

 前者を選べば、タイムラグなしに日浦の援護を受けられる。

 その代わり、攻撃手上位の影浦と出水と同格のトリオンコントロール能力を持つ加山の二人の相手をする羽目になる。

 

 後者を選べば。

 単純に爆撃と狙撃というこちらの認識外の脅威に晒されながらの戦いを余儀なくされる。

 

「....くまちゃん」

 

 那須玲は。

 隊長として、自らの決定を伝えた。

 

 その返答に──熊谷は、強く頷いた。

 

 

 置き弾の爆発と同時、加山と帯島は建造物の外へと飛び出す。

 

「──今影浦隊長はシールドを張ってる。マンティスの心配はない。思い切り撃て」

「了解ッス!」

 

 加山は外へ着地すると同時、周囲をエスクードで張り巡らせながら──帯島と共に爆炎の中の影浦へハウンドを浴びせていく。

 視線誘導ではなくトリオン誘導に切り替え、視界をエスクードで分断しながら。

 

 帯島もまた、同じくエスクードの横側からハウンドを放っている。

 

「....チッ」

 

 自動追尾するハウンド。そして視界を妨げるエスクード。

 これらは──対影浦との攻防において非常に有用なトリガーである。

 

 上から降り落ちるハウンドをシールドで防ぎ。

 更に──横側から大きく分割されたハウンドが影浦に襲い掛かる。

 

 ──上から来ているのと、横から来ているの。両方で微妙にスピードが違う。

 

 本来であるならば、同時に放って同時に弾丸を到来させた方がダメージが通りやすいであろう。

 それでも時間差で弾丸こちらに放っているのは──恐らくは時間稼ぎの為であろう。

 

 シールドで固め、足を止めている間。

 着々と加山はエスクードで影浦を囲んでいっている。

 

 少しでも──エスクードを作る時間を稼ぐために、こうしているのだろう。

 

「──おもしれぇ」

 

 しっかり対策を練っているのだろう。

 それでいい。

 

「──少しは、楽しめそうじゃねぇか」

 

 

 エスクードを乗り越え、影浦が踊り出る。

 

 影浦は右腕からスコーピオンを鞭状に変化させ、引き伸ばす。

 引き伸ばしたそれは、二つのスコーピオンを繋げたもの。

 

 影浦が操るそれは──ボーダー内でマンティス、と呼ばれている。

 

 それを、加山に放った。

 蛇のようにうねり、障害物を避けながら──加山の喉元へと。

 

 加山は分割シールドをマンティスの前に展開する。

 展開されたそれを避けようとマンティスが迂回する──その瞬間。

 

 アステロイド拳銃をその迂回路に向け、放った。

 

 シールドを迂回しようと曲がったマンティスの切っ先。シールドで軌道を限定させられたそれは、銃弾に阻まれ撃ち砕かれる。

 

 加山はマンティスが破砕されたのを確認すると同時。

 シールドを解除し、ハウンドをセット。キューブを生成・分割し──その場に留まらせる。

 

 ハウンドの置き弾をそのままに。

 加山は拳銃を両手に握り込み影浦の側面へと走りだす。

 

 

 走り出すと同時に、影浦に向かって放たれるハウンド。

 影浦はそれをシールドで防ぐ。

 

 そして。

 ──当然のように、自身の左半身に突き刺さる、加山の感情。

 

「甘ぇ」

 

 突き刺さった感情の方向から、加山は銃弾を放っていた。

 

 ハウンドをシールドで押し付け、加山の銃弾はステップによって避ける。

 

「──成程。こういう感じか」

 

 弓場の言う通り。

 影浦に撃つ、という害意。

 その害意を影浦は読み取っている。

 

 人間は基本的に①感情を発生させる→②行動するという順番で攻撃を行う。

 

 相手に害をなすために、必要な意思。覚悟。そういうものを纏めて害意とするならば。

 攻撃を放つまでの瞬間、害意の存在を抹消することは余程の人間でなければ出来ないだろう。

 

 こいつに攻撃するぞ、という意思そのものが相手に伝わる。

 それも、攻撃の方向や自分の肉体のどの部分に視線を向けているかも含めて。

 

 そして。

 ならばと撃つ気もないのに視線を向けた所で。

 影浦は「撃つ意思のない」感情を受信し、隙とみて襲い来る。

 

 意思を発生させなければ、人は撃つことが出来ないのに。

 その意思を読み取り、影浦は攻撃を仕掛けていく。

 

 成程。

 これは厄介だ。

 

 ──とはいえ。いつまでもエスクードの裏からチクチクハウンドを撃っているだけで倒せる手合いでもない。

 

 だからこそ。

 結局の所──加山は影浦を視界に収めつつ、攻撃を通さなければ勝ち筋はない。

 

 

 影浦は加山の銃弾を避けると同時。

 背後を振り返り、ぶんと左腕を横薙ぎに振るう。

 

「ぐ....!」

 

 加山の攻撃に合わせ背後より急襲をかけた帯島に、マンティスを叩き込む。

 帯島は何とか弧月にてそれを弾くが、弾いた際に指を巻き込んだようで、右手の中指と小指が斬り飛ばされていた。

 

 されど。

 帯島の身体に隠れたハウンドが──影浦に追撃をかける。

 

「同じ手は、通用しねぇ!」

 

 影浦は即座にシールドへ切り替えを行い、ハウンドの射出地点に先んじてシールドを張り、弾丸を防ぐ。

 

 

 

 加山のハウンドの置き弾からの銃撃。

 帯島の斬撃からのハウンドの置き弾。

 

 これら二つをしっかり処理しながら──影浦はぐるり周囲を回る。

 

 影浦の動きに合わせるように、マンティスの刃が左右に斬撃をまき散らす。

 

 地面を斬り裂き、上空より飛来し、死角から突如として現れる。

 曲線も直線も関係なく、変幻自在に振り回されるその斬撃は──加山と帯島の両者を、バックステップで背後へと退かせた。

 

 ──バケモン。

 

 斬り裂かれた肩口と、脇腹を見つつ加山は心中、そう呟いた。

 

 エスクードからのハウンド。置き弾からの拳銃弾。そして帯島との連携。

 それら全て完璧に対処され、人数差で有利を取っているはずのこちらが押されている。

 

 ──だが。十分に倒せる材料は揃っている。

 

 加山は一つ深呼吸し。瞼を閉じた。

 

 ──ここからが、奥の手の時間だ。



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ランク戦ROUND6 ③

 影浦の副作用は、感情を読み取る。

 

 それ故に彼は、彼を攻撃しようとする害意を正確に読み取り、攻撃を避ける。

 

 このメカニズムについて、加山は一つ仮説を立てた。

 これはある種、人間の精神的な防衛機能ではないかと。

 

 ランク戦で影浦と対峙する人間のほとんどは。

 影浦そのものに敵意を持っているわけではない。

 ただ、ランク戦という状況下──敵を倒してポイントを稼がなければならないという環境の中。

 敵意も持っていない人間に、攻撃を仕掛けなければならない。

 ランク戦という環境の中で、敵意のない人間に攻撃を仕掛ける覚悟を持つために、害意を抱くという流れで影浦を攻撃している。

 

 だから、その害意を影浦が読み取る事と、影浦に攻撃を仕掛ける事がセットになる。

 なぜならば攻撃をするために害意を心中で発生させるのだから。

 

 攻撃をする気がないのなら害意を発生させない。

 だからその害意が発生する事=影浦に確実に攻撃を仕掛ける事にも繋がる。

 

 だが。

 影浦は、影浦自身に向けられる悪感情も普段の生活の中で読み取っている。

 

 影浦自身の粗暴さや噂に対して悪感情を持つ者たち。

 彼等は別に影浦に害意を持っているわけではない。攻撃を仕掛けようとしている訳じゃない。ただ影浦の存在を不快な代物として認識して、その認識のまま彼に視線を向けているだけだ。

 それでも彼はそれを読み取る。

 

 

 ──つまりだ。

 ──影浦を攻撃する為に発生する害意を影浦に向けるのではなく。

 

 ──純粋な敵意や悪意。もしくは殺意。そういうものをただ影浦にぶつけることが出来るのならば、きっと影浦はそれに反応してしまう。

 

 その為には。

 加山が影浦の存在そのものに対して不快感を得なければならない。

 

 しかし加山には影浦に対して特段の悪感情を持ち合わせていない。

 ならば不可能なのだろうか? 

 

 それでも──加山の脳味噌の奥底に、それを発生させるための武器がある。

 

 目を閉じて。

 0.1秒で、今や自分の中で同一化した記憶を回帰させる。

 

 それは。

 誰かに利用された記憶であり。

 その果てに棄てられた記憶であり。

 そして──最後に自らを殺害した憎き女の記憶であり。

 

 影浦を視界に収め。

 その記憶を思い出し、感情を捻出し。

 

 影浦にミラの姿に投影して──視線を向ける。

 

「──!」

 

 影浦は。

 突如として発せられた、非常に強烈な殺意をその身に受け取り──思わずその場を飛び去った。

 

「な....!」

 

 しかし。

 攻撃は来ない。

 

 飛び去り、宙に浮く自らの身体。

 そこに銃口を向ける加山の姿。

 

 今度は、純粋な害意を感じる。

 しかし空中にいる自分に避ける術がない。

 

「ぐ....!」

 

 何とか心臓部にシールドを張り、その上で更にスコーピオンを纏わせた左手でもって銃撃の盾とする。

 拳銃弾は易々と影浦のシールドを撃ち砕き、その奥にある左手まで吹き飛ばす。

 

「テメェ.....! 何しやがった....!」

 

 ──影浦雅人は強い。なぜなら彼は人の感情を読み取れるから。

 

 それでも。

 エネドラの記憶を継いだ加山雄吾には。

 自身の中にどうしようもない記憶と殺意を持ち、それをいつでも思い出し殺意を思い浮かべられる人間であるならば。

 

 その副作用すら、戦術に利用できる材料である。

 

 

「──おお~。加山君がここでカゲ君にダメージを入れた~」

「へぇ...」

 

 犬飼は少し驚いたように、その光景を見ていた。

 

「今の、結構珍しいね」

「ほうほう。どういう部分が?」

「カゲ、撃たれる前に回避行動取ったじゃない。大抵あの動きをする時って、カゲに向かって攻撃が飛んでくるときなんだけど。特に何の攻撃もなかったんだよね」

 

 長くランク戦を続けている人間ほど。

 攻撃が何も発生しなかったにも関わらず影浦が回避行動を取ったという事態が、如何に異常なのかを理解している。

 

「今までも、東隊長の狙撃みたいに”避けられなかった”って事はあったよね」

「うん。避けられない、だったり、避けるのが遅れた、というなら解るんだけど。あれ、完全にフェイントに引っ掛かっている感じなんだよね。カゲがフェイントにかかるのって、本当に珍しい」

 

 影浦の副作用は、一つ一つの攻撃動作の真偽判定にも強い。

 敵意のない攻撃行動か、敵意のある攻撃行動か。

 その二つに一つを迷いなく判断できる能力が、影浦にはある。

 

 今回は。

 その判断に狂いが生じたという事でもある。

 

「....面白いね」

 

 犬飼はまた。

 ジッと試合の行方を見つめることにした。

 

 

 ──段々、からくりが解ってきた。

 

 加山、帯島と交戦して数分が経過したころ。

 影浦も先程通された攻撃のからくりが解ってきた。

 

 ──どういう理屈かは全然解らねぇが。あのチビは二種類の感情をこちらに向けている。

 

 こちらに攻撃をするために向ける感情。

 そして──それとは異なる、純粋な殺意。

 

 影浦自身を純粋に憎んでいるかのような、激しく、こちらの心の臓を掴みかかってくるかのような激しく鋭い殺意。

 

 そして。

 影浦にとって何より重要なのが。

 この後者の感情が向けられた瞬間──攻撃をする、しないの二択が発生している事だ。

 

 あの殺意を向けられて、回避行動を取る。その後、そこに追撃をかけるというフェイントに近い使い方と。

 フェイントを疑いそれを無視すると普通に銃弾が飛んでくる。

 

 現在影浦はステップによる回避行動が行えない。なぜならばフェイントに引っ掛かってしまうと追撃の隙を見せてしまう事になるから。

 その為──現在影浦は体軸を変更しての、最小限の動作による回避行動を行っている。

 

 これで追撃をされた場合においても回避が可能となったが──当然、回避する為の動きが小さくなるため、小さなダメージが積み重なる事になる。

 

 影浦の動きが小さくなると同時。

 加山と帯島は、転じてハウンドによる面攻撃を中心とした連携に切り替える。

 

 大きな動きを抑える事により足を止められた影浦は。

 ハウンドによる全方位からの攻撃が通りやすくなる。

 

「このまま削り殺すぞ、帯島」

「──了解!」

 

 このまま。

 影浦を仕留めんとするその瞬間。

 

「──加山! 左手側からバイパーが来ている!」

 

 オペレーターの藤丸の声。

 ハウンドをシールドに切り替え、シールドを張る。

 

「──那須さんか」

 

 視線の先には。

 ビルの上で弾を構える、那須玲の姿。

 

 

「──くまちゃん」

「.....うん。やろうか」

 

 結局彼女等は、

 この中央を取る為に──加山・帯島と影浦がいる区画へと急襲をかける事とした。

 

「....」

 

 影浦は、

 その様を──何処までも不愉快な視線を向けていた。

 

 

 ──まあ、随分時間をかけてしまったから横槍が入るのもまあ理解はできるが。

 

 それにしても、こちらにわざわざちょっかいをかけてきたという事は。

 こちらと影浦に対して何らかの対応策があるという事であろうか。

 

「帯島。一旦距離を取る」

「....いいんですか? 影浦先輩をここで仕留めなくて」

「むしろ他の部隊が割り込んで戦況がごちゃったら、影浦先輩が有利になる。ここは那須隊と影浦隊長をぶつけて、適当に横槍入れてポイントをかっぱらうぞ~」

 

 加山はメテオラで周囲を爆破すると同時、爆炎に隠すようにエスクードを作る。

 エスクードの裏手側から、視線に映った熊谷に向けてハウンドを放つ。

 

「──どうぞやってくだせぇ影浦先輩」

 

 加山のハウンドにシールドで防御を行う熊谷の姿は。

 当然影浦の視界にも映る。

 

 攻撃手としての本能か──影浦の眼には、熊谷が如何にも点を取りやすい駒として目に映っている事であろう。

 

 影浦が熊谷に肉薄すると同時。

 那須は影浦に対し、鳥籠を放つ。

 

 ビルから放たれるそれを視認し、影浦は即座に背後へのステップと同時にシールドを張りバイパー弾を弾く。

 弾き空白地帯となった空間にその身を投げ出し、鳥籠から悠々と脱出を果たす。

 

 そして。

 

「──そこよ、茜ちゃん」

 

 身を投げ出した影浦に。

 北側の高層ビルの一角で好機を伺っていた日浦茜が──構える。

 

 それは。

 普段彼女が愛用している速射性の高いライトニングではなく。

 

 威力に富んだ、アイビスであった。

 

 

 日浦と影浦との間には。

 その射線上に、木造の建物がある。

 

 それのおかげで──彼女の視線は、影浦には届かない。

 

 

 それを、放った。

 

 

 

「──なーるほど」

 

 その一連の動きを見た加山は。

 

「理解できた」

 

 影浦の三包囲に、エスクードを囲んだ。

 丁度──狙撃の通り道以外

 

 アイビスの射撃が影浦に向かう。

 しかし日浦の技量では、当然壁越しの狙撃で完璧に影浦の身に当てることはできない。

 

 だからこそ。当たらないことが前提。

 

 この狙撃に対して回避動作や防御動作を行ったと同時に──那須がその隙に叩き込むバイパーのフルアタックが本命。

 

 そして。

 回避動作を行使しようとしたその直後、──その逃げ道を塞ぐような加山のエスクードが目に映る。

 

 回避を諦め、防御のためフルガードで鳥籠から身を守るが。

 

 ──その、横側。

 

 エスクードを挟んだ、その側面から。

 

 ──壁越しの旋空が、影浦に叩き込まれた。

 

 

 それは。

 那須隊攻撃手、熊谷から叩き込まれたものであった。

 

 

「畜生が...!」

 

 建造物越しのアイビス。

 鳥籠。

 そして──加山のエスクード超しに放たれた熊谷の旋空。

 

 

 これらの合わせ技により──影浦の腹部が大きく斬られ、トリオンの漏出により緊急脱出した。

 

 

 その直後であった。

 

「──くまちゃん!」

「あ....ぐ!」

 

 

 熊谷の背後から飛来するハウンド。

 それに対応するようにシールドを張ると同時に、別方向から叩き込まれる──アステロイド弾。

 

 正確に熊谷の頭部と心臓部を貫いたその弾丸は──加山雄吾から放たれたもの。

 

 一連の那須隊の行動を予見していた加山は、エスクードを張り那須隊の援護をすると同時、決めの役割を担うであろう熊谷に目を付け奇襲の準備を行っていた。

 

「....」

「久々ですね、那須さん。ROUND3以来ですかね」

 

 悠々と熊谷を仕留めた加山は、堂々とした足取りで那須玲の前に立った。

 

「....色々、成長したのね。加山君」

「はい。おかげ様で」

 

 那須の眼から見ても。

 今の動きを見るだけでも──加山の成長は目を見張るものがあった。

 

 あの時。逃げ回りながらもこちらの隙をついて自身を撃破した時よりも。

 動きも、余裕も、段違いにある。

 

「──そうそう。今、帯島は日浦さんを仕留めに向かっています」

「....」

「さっさと俺を倒して向かわなきゃ──お仲間全滅ですよ」

 

 こうした挑発的な言動も。

 ここで那須を仕留める、仕留められる、という意思と自信の顕れなのだろう。

 

 ここで那須という強大な駒を前にしても──この駒を潰し貪欲にポイントを取得する腹積もりなのだ。

 

「いいわ。──すぐに倒してあげる」

「そうそう簡単に潰せるとは思わない事っすね。那須さん」

 

 バイパーとハウンドが、互いに煌めいて。

 

 加山と那須の戦いもまた、開始された。

 

 



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ランク戦ROUND6 ④

「.....ここでカゲが倒れるかー。カゲがポイントを取れずに死んじゃうの、割と久しぶりな気がするね」

 犬飼は──影浦が撃破されざわめく会場の中、そう呟いた。

 

「どう? 雨取ちゃん。今の攻防で印象に残っている部分は」

「えっと....那須隊が乱入してきた後の、弓場隊の二人の動きが、とても器用だなって」

「ほうほう~。器用、と来ましたか。その心は?」

「加山先輩と帯島ちゃんは、影浦先輩を押していたと思います。でも那須隊が乱入した事で、影浦先輩をその場で倒す事を諦めて、乱戦を避けるためにすぐに退いた。この辺りに切り替えというか、割り切りの早さと、それを即座に実行できる器用さが、凄いな、って」

 うんうん、と。

 犬飼は千佳の言葉に頷く。

 

「単純に加山君自身が前のラウンドあたりからすんごく強くなっているんだよね。以前からサポーターとして滅茶苦茶強かったんだけど、単騎での戦闘力が飛躍的に上がった。だから、今は立ち回りに余裕がある」

「帯島ちゃんと連携を取っているとはいえ、以前までの加山君なら速攻で影浦隊長から逃げているだろうからね~」

 

 これまでの加山の戦い方は。

 エースと戦う場面においては、必ず弓場との連携を行ったうえで対峙していた。

 

 ROUND1での遊真。ROUND3における村上。ROUND4における二宮。

 共に地形条件を整えた上で、エースである弓場と連携を取ったうえで対峙している。

 

 それは加山自身がエース格の人間と真正面から対峙できる地力がない事をしっかり認識できていたから。

 しかし、この試合においては──北添の爆撃に爆撃で返し、むしろ影浦をおびき寄せる形を取った。

 

「那須隊があそこに乱入するという事は、あの中で得点を取れる算段があったという事で。──転じてそれは、狙撃手の日浦ちゃんと連携が取れる状況だという事でもある。加山君はそれを理解して、那須隊の攻撃対象をカゲに押し付けた形になったわけだ」

 

 加山は自身と帯島をエスクードで分断を行い。

 そして熊谷に攻撃を仕掛け足を止めさせ──影浦に襲撃をかけさせた。

 

 その結果として那須隊は影浦の対処に連携を使わざるを得なくなり。

 加山に連携の手口と、日浦の居所の情報を与える事となり。

 そして──結果的には影浦というこのランク戦における最大の脅威をローコストで排除することに成功した。

 

 その後の展開としても。

 影浦を仕留めた矢先、真っ先に熊谷に襲撃を仕掛けポイントを奪い。

 そして居所が割れた日浦を帯島に狩りに向かわせることも出来た。

 

 そして──この場面で加山が那須を仕留める事さえ出来れば、那須隊をここで完全に仕留めることが出来る。

 

「乱戦になると、被害を相手に押し付けて安全に点を取る立ち回りを徹底する。自分で戦況をコントロールできるだけの実力を手に入れてから、よりエスクードの使い方が悪辣になってきたね~」

 

 笑みを浮かべながら。

 犬飼はそう呟いた。

 

 それは──加山の立ち回りに対する、深い理解と共感からのものであった。

 

 

 ──那須隊は鈴鳴に近い部隊思想をしている、と加山は分析していた。

 

 いい意味でも悪い意味でも、部隊員同士の絆が深い。

 それ故に基本的に合流中心の作戦を立てやすく、窮地に陥っている仲間を放っておけない。

 

 那須は今こう言った。

()()()倒してあげる、と。

 

 この一言からも加山は那須の思考をある程度読んでいた。

 

 日浦を追っている帯島の動きを放置するつもりはないという事。

 だからこそ加山を仕留めるに辺り時間をかけるつもりもないのだという事。

 

 ──なら。那須にとって一番やられたくないのは、時間を稼がれる事。

 

 那須のバイパーが放たれる前に、こちらもハウンドを放つ。

 

 ──結局の所、那須が加山を即時的に仕留められる方法は、一つしかない。

 ──ある程度近距離からのバイパーのフルアタックだ。

 

 距離を取られると威力が落ち、加山のシールドを貫通することが出来ない。

 那須の機動力をもってすれば、加山に近付く事そのものは難しくはない。

 しかし、フルアタックが難しい。

 

「....」

 

 那須はハウンド弾を幾つか避け、そして避けきれない部分をシールドで弾きつつ迎撃のバイパーを撃つ。

 

 加山もまた、迎撃に放たれたバイパーをシールドで防ぎつつ、ハウンドを撃ち返す。

 

 こうなる。

 加山のハウンドを処理する為に、シールドを手放すわけにはいかずフルアタックが行使できない。

 

 この攻防を行いつつ、加山は──日浦がいる位置と真逆の方向へ引いていく。

 退く動きに連動して、那須も無論追う。

 

 そして加山は時折──ハウンドを射出するふりをして、周囲の建造物をメテオラで崩しにかかる。

 

「.....く」

 

 那須は、障害物を盾に機動力でもって相手を追い詰めていくスタイルを取っている。

 射撃戦において、本来邪魔にしかならない障害物は、自在に弾を曲げられる那須にとっては心強い味方となる。自身の機動力でその背後に向かい、敵の攻撃を防ぎつつ自身の攻撃を通すという立ち回りが可能となるから。

 

 だから崩す。

 加山の通り道の中で──那須にとって都合がよさそうな建物を加山は爆撃で消していく。

 

 ──建物も崩されて、その上でトリオン量に差がある相手。本来ならば撤退して好機を狙った方がいい場面だ。

 

 着々と那須にとって不利な条件が整えられていく。

 その不利な状況から逃れ、自身が有利な条件で戦える機会を待った方がいい。

 

 しかし──ここで引く事は、すなわち日浦の死と同義。

 

 那須が撤退したならば、加山もまた日浦を狩りに向かうのだろう。

 合成弾で爆撃を降らせて居場所を炙り出し、帯島に狩らせる。そうなる事が目に見えている。

 

 だから逃げられない。

 不利な条件で戦わざるを得ない。

 

 加山は日浦とは真逆な方向に逃げていっている。

 これを追えば追うほど。

 日浦との距離が開き、より那須が救援に向かう為にかかる時間が長引いていく。

 

 ──那須にとって、貴重な時間が刻々と過ぎ去っていく。

 

「....」

 

 ──判断に迷っているんだろうなぁ。でも結局那須さんは一気にここで仕留めにかかるしかない。

 

 このまま逃げる加山に付き合い時間を過ごせば、日浦を助けられない。

 

 ──ほら。丁度爆破できずにそのまま残っている家屋が二つあるだろう。ここが攻撃を仕掛けるチャンスなんじゃないの? このタイミングで倒しておかないともう帯島に追いつくことは出来ないかもしれないぞ? 

 

 加山は敢えて、ある程度の高さを備えた木造の家屋を二つ残していた。

 

 

 ──来た。

 

 那須がシールドを解除しフルアタックを仕掛けてくる。

 加山から見て、家屋の裏側。

 上を確認し──弾丸は見えない。

 

 となると。

 

 ──家屋の両端から弾を曲げに来ている。

 

 加山がいる位置。

 その左右から弾丸が迫ってくる。

 

 加山は即座にハウンドを解除し、自らの左右にエスクードを発動する。

 

 ──ここから、反撃開始だ。

 

 

 弾丸の半数以上がエスクードにかき消されていく中。

 加山もまたシールドを解除する。

 

 分割したハウンドキューブを身体に纏わせ、拳銃を手にする。

 

「──ハウンド」

 

 加山は上空にハウンドを撃ちあげると同時に、家屋を蹴破り真っすぐに突貫していく。

 

 ここで──距離を詰める。

 

 

 那須は加山が打ち上げ、自身に向かってくるハウンドを一瞥し即座にシールドに切り替え、防ぐ。

 

 那須はエスクードに阻まれ届かなかった自身のバイパーと。

 上から飛んでくるハウンドに意識を向けた。

 

 その一瞬。

 

「──!」

 

 自身の眼前にある壁から。

 

 三連射の弾丸が──自らの身体に叩き込まれる。

 

 一撃で壁を破砕し。

 二撃、三撃を開いた壁から放つ。

 

 三発の弾丸は、共に那須の腹部と心臓部を大きく穿ち──トリオン供給体の破損により、那須は緊急脱出する事となった。

 

 

 ──攻め気を出した瞬間に、直線で那須を仕留める。

 

 これが加山の、那須との戦い方であった。

 

 家屋を挟み、自らと那須が相対する場合。

 

 当然その家屋を盾代わりに那須は加山を仕留めんとフルアタックを仕掛けるであろう。

 

 そうなった際の、那須の選択は二つ。

 

 上と横のバイパーの連携か。

 もしくは両端からのバイパーによる挟撃。

 

 

 家屋は那須にとっての盾でもあるが。

 同時にバイパーの軌道を制限する障害物でもある。

 

 よって。

 家屋を迂回する、という性質が容易に想像できるため──加山のエスクードによる防御が成り立つ。

 

 それ故に。

 加山が家屋をぶち抜いての直線行動が可能となった。

 

 木造の家屋であるならば、トリオン体の身体性能をもってその壁ごと蹴破る事は容易であり。

 アステロイドの弾丸によって壁越しに抜くことも可能であると、加山は認識していた。

 

 加山として見ても。

 勝利条件は那須と肉薄したうえでの、拳銃攻撃かハウンドのフルアタックであると踏んでいた。

 

 よって。

 那須が近寄らざるを得ない状況を設定し、そして自らの条件だけを通した。

 

「さて。──帯島」

「はい」

「那須さんを仕留めた。──日浦の潜伏位置を教えて。爆撃するから」

「了解ッス」

 

 その後。

 那須を仕留めた加山は、家屋の中で合成弾を形作り──帯島経由で藤丸から伝えられたマーキング部分に、爆撃を放つ。

 

 山なりの爆撃で建造物を砕く中、──日浦がバッグワームを解き、トリオン反応をレーダーに浮かび上がらせる。

 

 それに向け加山はハウンドのフルアタックを浴びせ足を止めさせ、帯島にその背後からバッサリと狩らせた。

 

「これで──那須隊は全滅か」

「ッス」

「ほいじゃあ。──隊長と外岡先輩の援護に向かおうかね」

「了解ッス」

 

 そうして。

 加山と帯島は合流し、──生駒隊と影浦隊の残存兵が残るマップの外側の区画へと向かって行った。



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ランク戦ROUND6 ⑤

 影浦及び那須隊を排除した加山は、周囲をエスクードで囲み、ダミービーコンを設置していく。

 今までは、この行為は敵が多くいる中で隠れながら行わなければならず、初動で大きく時間を割く必要が生じていた。

 

 しかし。

 現在は初動で敵を排除し、安全に素早く仕掛けることが出来ている。

 

 この手札が増えた事は非常にありがたい。

 

「──でも。今ここでダミービーコン撒いても、北添先輩からの爆撃で吹き飛ばされませんか?」

「爆撃は絶対にあり得ないぜ帯島。今ゾエさん達は影浦先輩を失っている。しかも現在得点なしだ。そうなると現状否応なしに残されたゾエさん、絵馬で得点を取らざるを得ない訳だろ?」

「.....成程。ダミービーコンを破壊する余裕がない訳ですね」

「そういう事。──ダミービーコンってさ。処理する役割って基本的に貧乏くじなんだよね」

 

 ダミービーコンそのものを処理することはそうそう難しい事ではない。

 メテオラで爆撃すれば消え去る。クリアリングしていけば判別も可能だ。でもその役割を担って、位置を晒したり時間を稼ぐ行為そのものが利敵行為となる。

 

 まだ生駒隊が生き残っている状況下。

 影浦というエースを失っている北添が、ポイントを取る事に直結しにくいビーコンの妨害をやる訳もない。

 

 

「だから。終盤互いに余裕がなくなってきたところで使うのがとてもいい。処理するのを皆嫌がる」

 

 ビーコンで偽の反応を作り出しておいて。

 バッグワームで紛れる。

 

 そこから──エスクードで射出地点を隠したうえでトリオン追跡機能を持つハウンドを放つ。

 

 これをするだけで、あらゆるリスクを排除したうえで一方的に相手に攻撃を浴びせられる。

 この攻撃を帯島と組んで何度か繰り返す。

 

「こっちに敵の意識をある程度向けさせたら。隊長の援護に向かおうかね」

 

 敵への牽制。

 そして現在交戦中の弓場の援護。

 

 それぞれに役割を持たせた弾丸を飛ばし──加山と帯島は中央地帯より離れていった。

 

 

 弾丸と刃が交差する。

 

 二丁拳銃を一丁に変え、ステップを踏みながら弾丸を放つ弓場拓磨。

 弾丸を掻い潜りつつ弓場に肉薄する生駒。

 

 ──弓場ちゃんの片手が空いてる。

 

 可能性としては二つ。

 シールドか。

 テレポーターか。

 

 シールドに関していえば、弧月相手にはほぼ無力と言って差し支えない。多少斬撃が鈍化する可能性はあるが、その程度で躱せるほど甘い斬撃を生駒は振っていない。

 ならば──テレポーターであろうか。

 

 弓場のアステロイドの有効射程は25メートル程度。

 こちらの旋空は40メートルはある。

 

 それ故に弓場はむしろ相対距離を大いに近づけ、生駒と対峙している。

 生駒旋空は放つのに一瞬のタメが必要となる。

 そのタメの時間を作らせない為に──弓場は肉薄し弾丸を放つ。

 

 ──弓場ちゃんはこっちの旋空が飛んできた瞬間に、テレポーターで避けて仕留めるつもりや。

 

 互いが肉薄しているこの状態。

 仮に生駒が弓場に対し生駒旋空を放てるタメを作り、放てたとしても──テレポーターによって生駒の死角側に回り撃破するつもりだろう。

 

 ──いや。

 ──弓場ちゃんの性格上、仮に旋空を放てたら、なんて保険をかけるような思考は好まへんやろ。そんな保険をかけるくらいなら二丁拳銃でガンガン攻めてくる。それよりも──こっちの旋空をジャストタイミングで誘って仕留めにかかる方がらしい。

 

 

 そのジャストタイミングとは何か。

 恐らくは──狙撃の射線が切れるタイミングだろうな、と生駒は推測した。

 

 ──今影浦隊のユズル君が生きてる。

 

 テレポーターの弱点は、何よりも移動先を視線で読まれやすい事。

 一級の技量を持つ狙撃手なら、テレポーターで移送場所に弾丸を置くことも可能だろう。

 

 絵馬ユズルは、間違いなくそれが出来る駒だ。

 

 ──なら。建造物が多くて狙撃がしにくい場所に入り込めば。こちらの生駒旋空を誘う動きをしてくるはずや。

 

「──隊長。中央地帯が弓場隊に落とされたで。今ダミービーコンめっちゃ撒かれとる。さっさとここを片付けんと加山君と帯島ちゃんこっち来るで」

 

 その報告が入った瞬間。

 生駒の脳裏にもう一つの可能性がよぎり。

 

 ──その可能性が実現した事を知った。

 

「──隊長! ビーコン地帯からハウンドが来とる!」

 

 エスクードとダミービーコンにより発射地点と発射タイミングの双方が隠蔽された加山の追尾弾が、生駒目掛けて放たれる。

 

 ──足止めたら死ぬ。

 

 ここでハウンドを処理する為に足を止めたら間違いなくハチの巣となる。

 だから、ハウンドはシールドで防ぐのではなく、何らかの障害物に当てて避けるのが望ましい。

 

 それ故に。

 生駒は──弓場に都合のいい、建物が乱立する地帯に向け走り出す必要が生じてしまった。

 

「弓場ちゃん.....策士!」

 

 自身がこのタイマンで勝利する可能性が著しく減ったことを認識しつつ、それでも生駒は仕方なく走った。

 

「あ」

 

 その時。

 光線のような弾丸が──その身を貫いた。

 

「しもた」

 

 それは。

 

 ハウンドにより足を動かされ、当てやすい的となった生駒に対して放たれた──絵馬ユズルのアイビスであった。

 光線は、生駒のシールドを撃ち砕きながら腹部を貫く。

 腹部から上を吹き飛ばされ、十分なまでのトリオンを漏出させた生駒は──緊急脱出。

 

「──ナイス加山」

 

 弓場はぼそり呟いた。

 

 

「──あ」

 

 生駒と同じセリフを。

 生駒と全く同じタイミングで──雨取千佳は呟いていた。

 

「加山君のハウンドで無事狙撃地点に釣りだされたか―」

 

 生駒が狙撃に沈む瞬間を見届けた犬飼もまた、そう呟いた。

 

「何というか。──弓場隊は今回敵の駒を使って狙撃手の居所を割り出す戦術を使ってくるね。カゲ然り、イコさん然り。どちらも加山君のハウンドで敵を釣りだす事で行っている」

 

 影浦はハウンドで足を止めた熊谷を餌に釣りだし。

 ユズルは生駒の足を動かして釣りだした。

 

「狙撃手は、最初の一発を撃つまでが最大の脅威だからね。その最大の脅威となる一撃を敵に押し付ける。──加山君、元から冷静ではあったけど、余裕も持つようになって視野が広がった感じがするね」

 

 加山と帯島は影浦と。弓場は生駒と。

 どちらもB級トップクラスの駒と衝突しながらも──どちらもある程度の余力を残して生き残っている。

 

「....あの場面。絵馬君は自分の射線が切れる境目の場所に陣取っていました。多分、狙撃の脅威を嫌って直線にそこに入ろうとする人を誘い込むために」

「そ。お互い狙撃を警戒していて、更に片手が空いている状況。シールドで防がれる可能性が高いから、ユズル君としたらアイビスで仕留めたい。そして──弾速の遅いアイビスで確実に仕留める為に、どちらかがあの建物が多くなる地区に入り込むために直線で向かおうとする動きを狙っていた」

 

 ユズルとして最悪の事態は。

 自らが放った弾丸が防がれた上に、その防ぐ行為によって敵の撃破をアシストすること。

 

 例えばあの状況下で生駒に撃ってしまい防がれるか回避されるかされてしまうと、弓場はその隙に二丁拳銃で攻めかかり落とされてしまう。

 そうなるとユズルは、自分の居所が割れた上に点にもならないという最悪の事態となってしまう。

 

 なので。

 どちらかが交戦から離れ、狙撃が入らない地帯に走っていく──そのタイミングを狙いつつ。

 どちらかが相手を倒し交戦を終えて孤立する場面で撃とうとしていた。

 

 弓場か加山かがその事に気づき、──絵馬に生駒を撃たせるべくハウンドを放ち、生駒をあの場所に追い込んだ。

 

「これで、全員分の狙撃手の位置が割れた訳だけど──これからどう戦っていくのかな」

 

 

「──何とか一ポイント取ったけど。どうしようか?」

「うーん。出来れば弓場隊から点を取りたいけどな―。全員生き残っているし」

「....そういえば、カゲさんどうしているの?」

 

 先程から、序盤に倒され緊急脱出した影浦の声が聞こえない。

 

「あー。今アイツ、気分が悪いつってちょっと休んでる」

「なに? 体調不良?」

「....まあ、そういう事だ。まあ気にすんな。お前ら二人程度オペんのにカゲのサポートなんざ要らねぇよ」

 それよりお前らどうすんだよ、という仁礼光の声が二人に響き。

 双方すぐさま戦いに頭を切り替えた。

 

「今加山君と帯島ちゃんがこっちに来ているね。そっちに海君と水上君が向かっている」

「弓場隊に点がこれ以上はいるのは嫌だな....2対2の状況の時にカゲさん倒したの落とそうか」

「アイツ、これまでの立ち回りで射線に入り込んで戦っているとこ一回もなかったぞ。エスクードで全部カバーして戦っている。狙撃通すのマジでムズイぞ」

「....なら。ゾエさんの爆撃で射線を空けるか、銃撃で追い込めばいい。それなら狙撃が通る」

 

 おお、と北添の声が聞こえる。

 

「ゾエさん責任重大だぁ。ドキドキ。──いや。普通に戦ったら機動力がある分普通にゾエさん死んじゃうと思うけど」

「追い込めばいいだけだ。それさえ出来れば別にお前が死んでも構わないんだよ。弾幕張って狙撃地点に追い込め」

「あれ? ゾエさんの命軽くない?」

「頑張って死なないようにして。この先オレ一人だと一位まで取るの無理そうだし」

「あれれ~」

 

 大雑把に作戦を決めると。

 北添とユズルは特に調子を変えることなく走り出した。

 

 

「くそう。挟撃仕掛けるつもりが失敗してもうた」

「ああ~。イコさん死んじゃった」

「死んでもうたわ。──く。隠岐も俺も狙撃で死んでもうた。どうせなら腹に手をやってかっこよく死んでしまいたかったわ」

「あんた上半身と下半身バイバイしとったやんけ。無理や無理」

 

 さあて、と水上は呟く。

 

「こっからやけど。まず加山君と帯島ちゃん分断するで。──多分ユズル辺りが横槍入れてくるやろけど、入れさせてええ。多分連中の狙いはカゲ仕留めた加山君や。ならこっちは帯島ちゃん狙いで行く」

「──了解」

「多分加山君、こっから弓場さんとの合流に向かうやろ。合流が済めばマジで手がつけられん。焦りは禁物やけど、スピード勝負で行くで」

 

 

「──藤丸先輩。あと試合時間どのくらいあります?」

「あと三十分はあるぞ」

「了解です。──なら焦ることは無いね」

 

 加山はピタリ、と足を止める。

 

「帯島。ここで足を止めるから、狙撃の警戒よろしく」

「どうしたんですか?」

「ここは待ちの戦術がいい。──こっちは四点を取ってて、更にフルメンバーが揃っているんだ。焦る事は無いさ~」

 

 加山は足を止めると。

 

 周囲の地形を確認する。

 住宅街だ。

 背の低い住宅地の中に、ポツポツと大きな高層マンションがある。

 

 加山は帯島を連れ、高層マンションの中に入り込む。

 

「よしよし。──ここから」

 

 加山は高層マンションの周囲をエスクードで塞ぐ。

 

 エスクードの裏手に回りながら──合成弾を作る。

 

「──影浦隊の手を潰していこうかね」

 

 

 弓場の位置まで真っすぐに向かっていた加山と帯島は。

 

 途中で道を逸れ住宅街に入り、その中の高層マンション内に入っていった。

 

 そして行ったのが──合成弾による、周囲の住宅への爆撃であった。

 

 高層マンション内の余計な障害物を徹底して均し、そしてコントロール可能なエスクードのみを残す。

 

 加山と帯島は二手に分かれ監視を行う。

 

 

 残る敵のメンバーは、北添とユズル、水上に海。

 

 エスクードで塗り固めた高層マンション内に斬り込めるだけの戦力はなく。

 遺された手段は──北添による爆撃であるが。

 

「....ゾエ! 撃つなよ! 撃ったら多分外岡の狙撃が来るぞ!」

「解っているよ~ヒカリちゃん...」

 

 むしろ──爆撃を誘っていた。

 

 爆撃により北添の位置を割り出し、狩ることが出来れば──もう影浦隊の勝ち筋は無くなる。

 

 その後。

 影浦隊、生駒隊は、ならばと合流に向かう弓場隊長を真っ先に仕留める作戦へと変更を加える。

 

 しかし。

 外岡と加山の射程範囲をなぞるように動き合流に向かっていた弓場は──襲い来る生駒隊コンビを外岡との連携で海を落とす事で追い払った後に、北添と連携したユズルの狙撃によって仕留められる。

 

 その後ユズルを追跡した水上によってユズルが撃たれ。

 北添はマンションから出た加山に追い詰められ緊急脱出。

 

 

 弓場隊を除き一人残された水上は、そのまま自発的に緊急脱出を行った。

 

 

 こうして。

 弓場隊は──ランク戦ROUND6を生存点含め8ポイントを奪取し、勝利を収めた。




最後駆け足ですみません.....


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感情受信と、その果て

「試合終了~! 試合は一挙8得点を取った弓場隊の勝利になりました~」

「いやー。強かったねぇ弓場隊。ねえ雨取ちゃん」

「....は、はい」

 

 ガチガチと緊張する雨取千佳の横で、にこやかに犬飼は笑う。

 

「じゃあ、総評だね。雨取ちゃんが考えていた話題を取る訳にはいかないから、まずは雨取ちゃんからどうぞ」

「わ、私から....? は、はい。解りました...」

 

 千佳はあたふたと一度周囲を見回すと、一度呼吸を落ち着け──話し始めた。

 

「そ、その....私はずっと、各部隊の狙撃手視点で見ていて....」

「狙撃手かー。今回、どの部隊も狙撃手がいたもんね」

「はい。なので.....どの部隊も、自分の所の狙撃手を見つからないように、そして敵の狙撃手の位置を把握する為に動いていたと思うんです」

 

 狙撃手という、遠くから一方的に攻撃を仕掛けられる駒が存在すると。

 基本的に多くの行動が制限されることになる。

 狙撃手は、居所が割れていない初撃が一番強力な攻撃になる。

 それは逆説的に、狙撃手の居所が割れない限り、その脅威に怯え続けなければならない。

 

「その中で....北添先輩と加山先輩の爆撃の応酬があって、中央での影浦先輩との戦いもあったところで、隠岐先輩と日浦先輩の二人が落とされた所で一気に戦局が動いた気がします」

 

 序盤の動きにおいて。

 北添の爆撃によって中央地帯の爆撃が行われ、その後に加山の合成弾による爆撃返し。──そこから加山の位置を割り出した影浦によって、加山と帯島が襲い掛かられる事となる。

 

「あの一連の動きで、生駒隊の隠岐君と那須隊の日浦ちゃんが落とされてから、一気に戦局が動いた感があったね。──そこで狙撃手を生き残らせる事に成功した弓場隊、影浦隊が1位2位だったことを考えても、かなり重要な局面だった気がするね」

 

 じゃあそこに関連させようかな、と犬飼は続ける。

 

「今回の戦いって。完全に弓場隊の立ち回りが上回った結果だと思うんだよね」

「ほほう。立ち回りかね?」

「そ。立ち回り。一言で言うと、強力な駒を如何に敵に処理させるかって部分。──序盤で言うと、加山君がカゲを那須隊にけしかけた部分。後半だと、ユズル君の狙撃地点にイコさんを行かせた場面。攻撃手界隈でトップクラスの使い手のこの二人を他の駒に処理させて、残りの駒を狩ってポイントを稼いでいた」

「.....強い人であっても、倒して一点なのは変わらない」

 

 犬飼の言葉に。

 彼女の師匠である木崎レイジの言葉が、不意に千佳の口から零れた。

 

「そうそう。強い奴を倒しても、弱い駒を倒しても一点は一点。弓場隊はそれをしっかり心得ていて、相応の立ち回りが出来ていた。その上で、強い奴を倒させて──さっき雨取ちゃんがいっていた”狙撃手の居所”ってカードを相手に切らせた所も上手かった」

 

 影浦を那須隊に倒させることにより、加山は那須隊の連携と日浦茜という狙撃手の位置を割り出した。

 生駒をユズルに撃たせることで、ユズルの狙撃地点を弓場は割り出した。

 

 この情報により──加山と帯島の二人で那須隊を壊滅させ、弓場は狙撃で落とされる難を逃れる事となった。

 

「前回の戦いだと、加山君の戦う能力が向上した分今まで担っていたサポーターの仕事が出来ていなかったように感じたけど。今回はしっかり今までの仕事もこなせていたね。それでいて素の戦う力も向上しているから、余裕が出てきている。──大分もう隊員として完成されてきている気がするね。いやはや恐ろしい」

「ほうほう。具体的には何処の場面かな?」

「特に那須さんとの戦いなんか見てみると。やられちゃ嫌だろうな、って行動のオンパレードって感じだったね。日浦ちゃんと反対方向に向かって引きつつの交戦。序盤はお互いにフルアタックを封じさせたうえで時間稼ぎ。那須さんを焦らせる戦いを続けさせて、最後は家屋に釣りだしての撃破。──那須さんの心理を読み切ったうえでの完璧な立ち回りだったと思う。嫌がらせの上手さに磨きがかかっている」

「こらこら。嫌がらせって言い方は感じが悪いでしょ犬飼君~」

「いやまあでもほら、文字通りの嫌がらせだからね。──加山君は他の隊の研究もかなり熱心に行っていて、しっかり分析もしているんだろうけど。その分析が割と心理面での妨害に活かされている感じがするんだよねー」

 

 加山は部隊の戦術面での分析とは別に。

 各部隊の心理的な作用も重視している。

 そう犬飼は見ていた。

 

 今回の那須隊や、以前戦った部隊で言うと鈴鳴のような──部隊が勝利する事以外に何かしらの行動指針を持つ部隊に対して、その心理を利用した策を躊躇なく用いる。

 

「あれで今回は──弓場隊長との連携っていうあの部隊最強のカードを切っていない。次に当たる時が怖いけど──結構楽しみだね」

「おお。そうかねそうかね。そんな犬飼君に朗報だよ~」

「お、なになに?」

「次、二宮隊に当たるのは──」

 

 そうして。

 国近が──次回ランク戦の相手を告げる。

 

「弓場隊と、鈴鳴第一。──弓場隊も入っているよ~」

 

 次回ランク戦、夜の部。

 

 弓場隊は──二宮隊と、今回の試合で那須隊と入れ替わりで上位に進出してきた鈴鳴第一とぶつかる事になる。

 

「今回の結果で弓場隊が二位に浮上し、影浦隊は三位に後退。そして玉狛第二が生駒隊と同率の4位にまで上がっているね」

 

「と、なると昼の部は──玉狛、影浦隊、生駒隊、香取隊の四つ巴戦かー」

「だね。こっちのカードも、四つ巴で四人部隊の生駒隊もいるから得点のチャンスが多い。一気に一位二位まで届く可能性も十分にある。──うわぁ。ウチもあんまり安泰じゃなくなってきたなぁ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべ。

 そう犬飼は呟いた。

 

 

「二位浮上.....!」

 

 加山は、信じられぬ面持ちでその順位を見ていた。

 

「...」

「や、やったッス!」

「....もう、そんな所まで来ていたんだね」

 

 はあ~、と一つ息を吐き。

 

 加山はドサリとソファに腰かけた。

 

「喜ぶのはいいが、まだ終わっている訳じゃねぇぞお前等!」

「ッス」

 

 弓場の声が作戦室に響く。

 

「....次の試合までしっかりと時間がある。きっちり二宮隊研究して──どうせなら連中も引き摺り降ろすぞ」

「──了解!」

 

 現在、二宮隊は38得点で弓場隊は35。

 三点差。

 次の直接対決に勝てば、十分に逆転が可能な点差だ。

 

「ランク戦も、今回は8戦までしかねェ。ここから二回勝ち切れば俺達は遠征行きのチケットを無事手に入れられるわけだ。──気張っていくぞ!」

 

 ッス! 

 

 気を引き締める為の言葉であろうが。

 皆どうしようもないほどに、言葉が浮いていた。

 

 ──ああ。

 

 ──俺にとっては。元々弓場隊も、上位入りも、手段に過ぎなかったのに。

 

 遠征に行くための手段。

 自身の目的を果たすための手段。

 

 目的ではない。

 

 それなのに──やっぱり、どうしようもなく、この瞬間が嬉しい。

 自分が成し遂げたことに対する感情じゃなくて。

 

 隊の皆が喜んでいる姿が。

 

 何とか自制しようとしても、顔がどうしようもなく綻んでいる帯島や。

 そんな帯島に肩を組んでぐらぐら揺らしている藤丸や。

 その光景をちょっと引いたところから見つつ、でも笑みを隠せていない外岡や。

 頭を掻いて、呆れたようにその様を見ている弓場や。

 

 ──ここが自分の居場所なんだ、という確信が芽生えているからこそ。

 ──こうして他者との感情を共有できている。

 

 その事実をしっかりと受け入れて。

 噛み締めた。

 

 ──間違いなく。

 ──加山雄吾はこの時に、生きる事の喜びを感じていたのだから。

 

 .....ああ、そうか。

 .....変わる事は、悪い事じゃない。

 

 エネドラの記憶を受け入れる事も。

 今こうして誰かと喜びを共有している事も。

 

 等価だ。

 同じ変化だ。

 

 ──俺は加山雄吾だ。

 

 その確信さえあれば。

 

 どれだけ変わろうとも──自分は自分なのだと。

 そう確信をもって、生きていくことが出来る。

 

 だからこそ。

 今は。今だけは。

 

 色んなことから目を背けて──ただ喜ぶ事にしようと、加山は思った。

 

 

 その頃。

 影浦隊作戦室。

 

「.....カゲ。おい、カゲ。大丈夫か?」

「大丈夫だっつてんだろうが。心配しすぎだ」

 

 作戦室のベッドで横になっている影浦を、隊の皆が囲んでいた。

 

「本当に? ゾエさんでよければ医務室まで運ぶよ?」

「要らねぇよ!」

「.....その。何があったの?」

 

 少し戸惑い気味にユズルは影浦に尋ねる。

 その視線から流れ込んでくる──純粋な心配や不安の感情に刺さって、少しばつが悪そうな表情で影浦は告げる。

 ──影浦隊は、その全員が影浦の副作用の辛さを理解している。

 それ故に、──その副作用故に影浦が何かしらの傷を負ってしまったのならば、どうしようもなく心配してしまう。

 三位に陥落した事などより、

 影浦の調子の方が余程重大な事であった。

 

「....今まで感じたこともねぇ感情が刺さったんだよ。アイツから」

「アイツってのは.....加山君の事?」

「ああ。──こう、皮膚を通り越して、心臓を握りつぶされるような、とんでもねぇ悪意みたいなのを感じた。多分、ありゃあ殺意だ」

「さ、殺意...」

「おう」

 

 さしもの北添も。

 その影浦の告白には、少々戸惑った。

 

「え? カゲ加山君になんかした?」

「さあな。したのかもしれねぇな。別に直接手出しした覚えはねぇが、恨みだったら幾らでも買ってるからな。.....だが、腑に落ちねぇ事もある」

「何....?」

 

 影浦は頭を掻きながら。

 本気で戸惑いを刻んだ表情で、告げる

 

「──ランク戦じゃあ、どう頑張ったって俺を殺す事は出来ねぇだろ」

「....そうだね」

「なのに....殺す事も出来ねぇ俺に、あれだけの殺意をぶつける事は出来ねぇだろ?」

「ああ~」

 

 影浦に個人に対して殺意を籠めるには。

 当然──影浦を殺害できる状況でなければ、それは生まれないはずで。

 

「それに。奴はその感情のオンオフが出来るみてぇだった。普通の攻撃するぞ、って感情もしっかり伝わってきた時もあって、常時それが来ていた訳じゃねぇ。ふとした時に来ていた。──だから、慣れねぇし、そんな風に感情を切り替える得体の知らねぇ奴も見た事ねぇから。ちょい調子を崩しただけだ」

 

「....」

 

 影浦の報告に、残る三人は互いに顔を合わせ、そして首を傾げた。

 

「....感情って、そうそう簡単に切り替えられるものかな?」

「いやいや。ふつう無理だろ。しかも、そんな殺してやる、って殺意なんざ消したり発生させたりなんか...」

「....うーん」

 

 全員が、黙りこくった。

 

 解らないから。

 

 そうと決まれば──。

 

「よし」

 

 仁礼光が、そう呟いた。

 

 

「という訳で──」

 

 その後。

 

「連れてきたぜ!」

 

 作戦室でパンを食べていた加山が──困惑の表情を浮かべながら、影浦隊作戦室に引き摺られていた。

 

 突如弓場隊の作戦室に入り込んできた仁礼光は、弓場隊長に断りを(一方的に)告げ、その襟口を掴んで加山を引き摺り込んできたのであった。まる。

 

「それじゃあ──事情聴取のお時間だ」

 

 眼前には。

 同情の視線を向ける北添に。

 無表情のままこちらに視線を向けるユズルに

 面倒くさそうにこっちをみる影浦に。

 

 そして。

 

 何故か仁王立ちする──仁礼光がいた。

 

「....何事?」

 

 加山は。

 混乱しつつ──そんな事を呟いていた。

 

 



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14歳の責任

 影浦は頭を掻きながら加山を見ていた。

 

「あー」

 

 何を言うべきか。

 影浦は少々困っていた。

 

 影浦隊が誇るパワー系軍師こと、仁礼光によって連れ込まれた加山雄吾はひたすらに困惑の感情を浮かべていた。

 先程ランク戦の時に叩きつけられたような殺意は、一切感じない。

 やはり──あれは戦闘時にしか浮かび上がらない感情なのだ。

 

「.....悪ぃな。ウチの馬鹿が余計なことしやがって」

「あぁ?」

 

 馬鹿呼ばわりされた仁礼光。影浦を睨みつける。

 怒りの感情も伝わるものの──やはり心配の感情の比重が大きい辺りにこの女の本懐がある。

 

 別に、戦闘時は──彼自身が『クソ副作用』と吐き捨てている自身の性質を活かして戦っている。

 だからこそそれを打ち破らないと様々な手段を用いる事が間違えている事とは思えない。

 故に、影浦自身に加山に対してどうこうという感情は無かった。

 

 影浦は粗暴であるが理不尽ではない。

 

「.....おい」

「何だよ」

「お前等、ちょっと作戦室から出てけ」

「何でだよ!」

「うっせーな! あっちは一人で、こっちが四人だったら平等じゃねぇだろうが!」

「.....解った。ユズル、ヒカリちゃん。行こう」

 

 そんな意図はサラサラないのだろうが。

 この状況は加山を一方的に責めているような構図に見えてしまう。

 

 そうではない。

 こうなったからには単純に加山と話をしたいからこそ──影浦は他のメンバーを作戦室から追い出す事にした。

 

 ヒカリは最後までぶつくさ言っていたが、結局は指示に従って出ていった。

 

 残されたのは、加山と影浦のみ。

 

「──まあ二人になった事だし。単純に俺がお前に聞きたい事を聞かせてもらうわ」

「今日のランク戦の事ですかね」

「おお、そうだ。──お前、俺に何か殺したいほどの恨みでもあんの?」

「ないっすよ」

「まあそうだろうな。──じゃああの時にお前が俺に対して向けた感情は、ありゃあどうやったんだ」

「....」

「話したくねぇってなら、別に話さなくたっていいぞ」

「いえ。まあ一言で言うと──俺には心から殺したい奴がいます」

「へぇ」

「そいつを頭の中で思い浮かべて、影浦先輩の姿に重なるように思い出して──そのまま影浦先輩を見た。それだけです」

 

 成程な、と影浦は呟く。

 

「殺したい奴か.....。いいじゃねぇか」

「いいでしょう?」

「そいつは近界民か」

「近界民ですね。それも人型の」

「成程なぁ」

 

 影浦はその答えを聞いた瞬間、何処か晴れやかな表情を浮かべていた。

 

「.....こんな所に連れてこられてご愁傷様だ。ま、あのバカに悪気はねぇんだ。許してやってくれ」

「うっす」

「それと」

 

 ニカリと笑みを浮かべて。

 影浦は自身のスマホを渡す。

 そこには、連絡先が表示されてあった。

 

「──都合がいい時にはこっちに連絡入れろ。暇だったら個人戦位付き合ってやる」

「いいんですか? アレ、大分不愉快だったんでしょう?」

「なーに。──俺のクソ副作用をすり抜けられる奴は貴重だ。慣れりゃ俺としても面白い勝負が出来そうだ」

 

 影浦に促され、加山は連絡先を登録する。

 

「今日は悪かったな。もう帰っていいぜ」

 

 

「....という事が今日ありましてね」

「それはそれは、楽しそうじゃないか。──あ、そのお肉焼けているよ」

「あざます。いただきます~」

 

 少し焦げが入っているカルビを一つ摘んで、タレに漬けて口の中に放り込む。

 

「取り敢えず、二位浮上おめでとうユーゴー」

「ありがとうございます。少しだけ安心しましたね」

「とはいえ油断はできないだろう。──ふふん。どうやら僕の予想は当たったみたいだね」

「御見それいたしました」

 

 ヒュース・クローニン。

 

 その名前が──本日よりC級の名簿に刻まれ、活動を開始したという報告を聞いていた。

 

 現在瞬く間にC級の攻撃手を粉みじんにしながら大躍進を進めているのだという。次のラウンドまでにはB級に上がっているだろう。

 髪型と髪色を変え(銀髪になった)、メガネを装着している(恐らくは宇佐美の趣味)その姿はぱっと見インテリ外国人にしか見えないものだろう。

 

「今日は個人戦でマスターランクの攻撃手相手にも勝っていたみたいだね。あの時に使っていなかった近接武器においてもそれだけ強いんだ。本当、あちらでもエリートだったんだね」

「みたいですねぇ」

「次のラウンドで是非ともその強さを見たいところだね。また一緒に観戦する?」

「次は二宮隊の対策を練っておかなきゃいけないんで、ちょい時間が取れるかどうか解んないですね。まあ、その時に余裕があれば...」

 

 会話を続けていくと。

 ガラリ、と戸が開けられる音がした。

 

 そこには──。

 

「あ」

「あ」

 

 メガネをかけた、特段の特徴のない男──三雲修。

 その背後から──次々と人が入り込んでいく。

 

「あ、王子と──げ、加山」

 小南桐絵。

 

「ほうほうここが焼き肉屋──お、カヤマ」

 空閑遊真。

 

「わ~王子先輩だ~。それに加山君も久しぶり~」

 宇佐美栞。

 

「あ、えっと.....お久しぶりです」

 雨取千佳。

 

 なんとなんと。

 偶然にも──玉狛の面々がここに集結してきたのであった。

 

 

「それで──なんでアンタ達二人がここにいるのよ。仲良かったの?」

「ユーゴーと僕は親友だよ。ね? ユーゴー」

「王子先輩、アンタ友達のハードル低くないっすか?」

「そうかな?」

「初対面であだ名で呼ばれた時は久々に顔面がどんな表情すればいいか混乱してましたよ」

「今日はねユーゴーと賭けをしていたんだ。今回のランク戦、二宮隊か玉狛か。どっちが勝つかってね。──そうしたら玉狛に賭けていたユーゴーが勝ったからね。僕がこうして焼肉を奢る事となったんだよ」

 

 へぇ、と小南は言う。

 

「やるじゃない加山」

「まあ、俺も王子先輩も雨取さんが撃てる、ってところまでは確信していましたからね。ただ、撃てた上で二宮さんを超えられるのか、って点で意見が分かれていた」

 

 その言葉を聞き、一番驚いた表情をしていたのは修であった。

 

「そ、そうだったのか...」

「そうだよ」

 

 肉を放り込む。

 

「しかしカヤマ。おれも今回の試合見てたんだけど、よくかげうら先輩に勝てたな」

「あ。それ私も思った~。単発の拳銃で影浦先輩に攻撃通すのめっちゃ難しいのに」

 

 どうやら、玉狛勢は千佳の初解説という事もあり、心配で全員観戦していたとの事。

 過保護にも程がある。

「タネはあるけどランク戦終わるまでは話さないっすよ。──そもそも以前のランク戦で空閑君こそ影浦先輩葬っていたじゃん。背後からの不意打ちで。アレもどういう理屈だよ」

「ん? どうもかげうら先輩がいうには、俺の攻撃は何の感情も乗らないんだと。だから不意打ちが初見では成立したという事らしい」

「....」

 ──空閑君も、東と同じく害意なしで攻撃できるとんでも人間か。

 まあ遊真に関しては納得できる部分もある。実際の戦場を歩いてきたというのだから、攻撃に対しての感情を消す事も出来るような気がしている。

 普通に玄界で暮らしてきた東が出来る事自体がおかしいというだけで。

 

「それで──玉狛の所の()()()はどんな感じ?」

 加山がそれとなく、その話題に斬り込んだ。

 

 その話題を提示すると──得意げに小南がふふん、とない胸を張った。

 

「覚悟しておきなさいよ。アンタらが二位になったところで三日天下で終わるんだから」

「わざわざあんな変装までしちゃって。誰だよクローニンって」

「クローニンはうちの技術者よ」

「成程ね」

 

 恐らくはその人も近界民かな、と思った。

 

「とはいえ現状五ポイント差がある。ヒューストンを追加したとしても、残り二戦で五ポイントを埋められるだけの駒になるかな?」

「ヒュ、ヒューストン.....?」

「気にするな三雲君。この人はこういう人だ」

 

 至極当然のように、王子はあだ名を炸裂させる。

 本当に。何がどうなって初対面どころかまだ顔も合わせていない人間に対してあだ名をつける思考回路になったのだろうか。

 

「まあ──ここからは序盤の、まだ敵同士が食い合っていない場面でどれだけアマトリチャーナが点を稼げるかどうかにかかっているだろうね」

 

 王子の目線は、雨取千佳に向かう。

 かつて王子と雨取は──大規模侵攻という修羅場の中で共に戦っていた。

 当時の千佳はC級で、戦う義務はなく逃げる義務だけが存在していて。

 その中で──王子に背中を押され、周りの人間を救うために銃を手にした。

 

 今度は。

 部隊を助けるために、銃を手にしている。

 

 出来るか、と。そう王子はその目で尋ねているような気がした。

 

「──はい」

 

 千佳は。

 迷いなく頷く。

 

「私の力で、そして部隊のみんなの力で──絶対に遠征の条件を満たしてみせます」

 

 あの時。

 怯え半分に戦っていた頃の眼ではなく。

 

 純然たる意思だけが宿った眼を──王子に、はっきり向けていた。

 

「──成程。それはとても怖いね」

 

 その顔を見て。

 王子は嬉しそうに目元を歪ませて、微笑んだ。

 

 

 ──あの時。

 

 加山に相談をした後に、千佳は自分の心を整理していた。

 

 ──私は、撃てない人じゃなくて、撃ちたがらないだけ。なら撃ちたがらない理由は何だろう。

 

 それは。

 きっと昔に、友達が攫われたことにあるのだと思う。

 子供のころからトリオンが多くて、その所為でトリオン兵に狙われていて。

 その怖さを打ち明けて、一緒に登下校をしてくれた友達が攫われて。

 

 怖い、と思った。

 

 自分のせいだから。

 自分のせいで友達が攫われたから。

 

 責められるんじゃないかな。

 怖がられるんじゃないかな。

 

 だから。

 自分は弱者でなければいけなかった。

 弱いから責めないで。

 そう──周囲にアピールしなければいけなかった。

 

 

 それが根底にある。

 結局は──自分の心を傷つけたくない一心で、これまで部隊の足を引っ張ってきた。

 

 この部隊も。

 兄を探したい、という自分の我儘が因果となって出来たものなのに。

 

「──修君」

 

 ランク戦が始まる前。

 千佳はこう、皆の前で言った。

 

 ”今回──私は、私が撃つべきだと思った時に。普通の銃を、撃つ”。

 

 それが。

 千佳の覚悟であった。

 

 加山は、修はもう「割り切っている」と言っていた。

 それも正しいのだと思う。

 でも実際の所──修は、千佳がやりたくない事をやらせたくない、というのが根底にあるのだと思う。

 

 修は、優しくて、甘いから。

 その優しさに、自分で甘えていたから。

 

 だから──修の指示ではなく、あくまで自分の意思で弾丸を撃つ、と。

 そう千佳は宣言したのだ。

 

 

 その結果として。

 千佳は二宮を、フルアタックでもって沈めることが出来た。

 

 

 

「──いや、驚いたな。まさか加山君と王子先輩がいるなんて」

「王子先輩面白い人でしょ~」

「面白いというか、変人でしょアレは」

 

 焼肉を食べ終えて(千佳は白米しか食べていないが)、それぞれがそれぞれ、楽し気に話しながら帰り道を行く。

 

 その後姿を見て。

 自分もまた──その一人になりたいのだと、やっぱり思う。

 

「修君」

「うん?」

 

 こういう事をあまり言わなかった。

 何故だろう。

 きっと──自分が責任を負う事を無意識に怖がっていたからだろう。

 

「遠征。絶対に行こうね」

 

 本当は。

 自分が率先して言わなければいけない事だった。

 自分が誰よりも努力しなければいけなかった。

 

 甘えていた。

 責任から逃れていた。

 

 でも──もう、逃げない。

 もう自分の意思を曲げる事はしない。

 

 雨取千佳は空を仰いだ。

 

 星空の中に──自らの兄を一つ思い浮かべて。



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情報戦

 ──次のランク戦において、弓場隊が考慮しなければならない事項は二つ。

 

 加山は。

 二宮隊、鈴鳴第一の三つ巴戦において弓場隊が大量得点できる可能性は著しく低いと考えていた。

 

 ──二宮隊、鈴鳴共に3人部隊。どれだけ理想的な試合運びをしようと生存点含めて5,6が限界だろう。可能性として一番高いのは3〜4。

 

 ──マップの選択権は鈴鳴にあり、きっちり戦術を決めて鈴鳴は仕掛けてくるはず。そして三つ巴戦の中、当然二宮隊よりも弓場隊を優先して狙いに来るはず。

 

 二宮は、言うなれば即死ギミックだ。

 タイマンで向かい合えば死が待っているギミック。

 

 その為、二宮と戦う為には合流することが大前提となる。

 その為──序盤、鈴鳴は二宮隊を避ける形で戦いを進めるはずだ。そうなると序盤のうちに弓場隊と鈴鳴が食い潰し合う可能性が極めて高い。

 

 ──生存点は望み薄。しかし序盤の間にポイントを取れる好機はある。生存点があれば5,6点。無ければ3,4点。何もかも上手くいかなければ1,2点。何もかも上手くいかない可能性も十分にある。

 

 考慮しなければならない事第一。

 こちらが大幅な得点が出来る好機は少ないという事。

 

 そして第二。

 

 ──玉狛が大量得点する可能性である。

 

 前回のランク戦で玉狛は、雨取千佳というカードの強力さを存分に示した。

 全員がその対策に注力する中に──ヒュースという隠し玉が導入されればどうなるのか。

 

 加山は──玉狛は7〜8得点する可能性が十分にあると考えていた。

 

 加山の目的は。

 玉狛を3位以下に落とすことにある。

 

 ──ヒュースを遠征に連れて行きたくない。

 

 雨取千佳の件も。

 空閑遊真の件も。

 知っている。知っているからこそ、応援してやりたいとも思う。

 

 しかし。

 彼等を連れて行く為にヒュースを使うと言うのならば話は別だ。

 アフトクラトルに着いた瞬間に裏切りが確定している男を、遠征に連れて行きたくない。

 

 加山は。

 きっと玉狛は遠征に行くことになるのだと思ってはいる。

 それでも──打てる手は打っておきたい。

 

 ──俺はヒュースとの取引で、奴が近界民である事を口外する事は出来ない。

 

 しかし。

 加山は思う。

 自身だけが口外しないだけで、果たしてヒュースの存在を隠すことが出来るのか、と。

 

 C級の中には、距離が離れていたとはいえヒュースを直接見ている人間もいる。その中には取り立てて記憶力もいい人間もいるだろう。人相の識別が上手い人間もいるかもしれない。

 トリオン体でいくつかの変更を行ったところで──ヒュースの正体を見破れる人間がいるのではないか。その可能性を否定できないのではないか。

 

 加山は。

 以前──ヒュースの事を覚えていたC級の人間の幾人かに、さりげなく聞いてみた。

 

 そういえば部隊表が更新されて玉狛に新人が入ったらしい。そいつの印象はどうだ、と。

 

 そうすると。

 ──いや、あいつマジで強いよ。この前普通に緑川とやり合っていた。新人がだぜ? 

 

 とか。

 

 ──訓練生も1日で終わりやがった。空閑といいあいつといいなんで玉狛ばっかり。

 

 とか。

 

 ──元々玉狛第一に入隊予定だったらしいなあのカナダ人。つええはずだよ。

 

 とか。

 

 ──東さんもあいつの強さは買ってるって話だぜ。

 

 とか。

 

 成程と加山は思った。

 加山が修に渡したあの名簿を元に、ちゃんと対策を取っている。

 東を起点として玉狛第一入隊予定のエリートである、という体裁の噂を流す。奴が近界民である可能性を、東のネーミングパワーをもって叩き潰す。そういう対策を行なっているのだ。

 

「──と、俺は推測しているんですけどどうですか東さん?」

「正解だ」

 

 東隊作戦室。

 東春秋は──ニコリと微笑み、頷いた。

 

「お前の名簿を見た三雲が危機感を持ったらしくてな。根付室長に相談して対策を考えて貰ったわけだ。ただでさえ新人離れした空閑がいる部隊だ。そこにヒュースも加われば疑いの目も向けられるだろう。だから事前に対策をしたわけだ」

 

「成程。──上手い仕込みですね。流石は根付さんだ」

 

 噂を流す。

 それによりヒュースの正体を隠す。

 

 ──根付さんも、本音ではヒュースの加入は反対だろうに。仕事はちゃんとするあたり本当にデキた大人だ。

 

「──腹立たしいか?」

「いいや。むしろチャンスです」

「チャンス?」

「そう。チャンス。──今ヒュースへの噂は広まりやすい。ならば俺はそれに乗っかって、今の風潮をさらに強化する噂を流します」

「ほう。お前も噂を流す手伝いをしてくれるということか」

「そうですね。──お」

 

 その時。

 

「戻りました〜」

 

 ドアが開かれると同時。東隊の小荒井と奥寺が作戦室の中に入ってくる。

 

「お疲れ様です先輩」

「お、お疲れ加山。今日も東さんに何か話しがあったのか?」

「今日は珍しく世間話をしてたんですよ。ほら、あの玉狛の新人かつ外国人」

「ああー、あいつかー」

 

 小荒井は頭をかいて、少し拗ねた表情。

 

「あいつマジで強かったからなー。スカウトしたんだけど、先約があるって断られちまった。そしたら玉狛に入ってる。くそう、あいつら本当に手が早い」

 

 そう恨み言を小荒井が言うと同時。

 加山は──密やかな笑みと共に、

 

「──でしょうね。あいつは強いですよ。俺もよく知ってる。なにせ知り合いですからね」

「え、マジ? お前知り合いなの?」

「そうなんですよ。何度か手合わせもやったことがあって──」

「そうなん? なあ、あいつってどんな奴なの?」

「そうは言っても、手合わせしたことがあるだけですよ。人格的なことは全然わかんないです。ただ──」

 

 一つ笑って。

 加山は言う。

 

「──とにかくトリオンコントロール能力がヤバくて。あいつ多分やろうと思えばリアルタイムでバイパー引けますよ」

 

 と。

 

 それを見て。

 東もまた──小声で成程、と呟いた。

 

 

 加山の作戦として。

 東が流した噂に乗っかり協力をする体裁で、──ヒュースの手もまた明かすという手法を取った。

 

 その来歴から近界民排斥派と思われている加山がヒュースと手合わせを行ったという噂が広まれば、ヒュースが近界民であるとバレる可能性は低くなるだろう。

 そして。

 加山はあくまで。そう、あくまで。手合わせをした際の印象として、トリオンコントロール能力が素晴らしく、ヒュースは那須さんや出水先輩と同様の技術を持っている可能性が高いという噂を流す。

 

 これで。

 ヒュースに関しての話題のタネが、ヒュース自身の正体よりも、ヒュースがどういう戦い方をするのかという流れになりやすい。

 

 ヒュースの正体を隠す協力は行う。

 が。

 ──玉狛のヒュースの運用に関しては妨害を行う。

 

 恐らくヒュースは射手トリガーを積む。

 攻撃手であると思わせて──射手トリガーで奇襲をかけて得点を取ろうとする。

 

 そうはさせない。

 玉狛の真骨頂は、初見殺しにわからん殺し。

 ヒュースの正体を隠す体で。

 奴の戦い方を一部でもバラして妨害する。

 

 それが。

 加山の──玉狛対策の一つであった。

 

 ヒュースの正体についての噂からヒュースの実力についての噂へと話題を変えさせ。

 ──ヒュースの射手トリガーへの対策を各部隊にとらせる。

 

 噂程度の話題であれ。

 一度耳に届いたからには意識はしなければならない。

 その上で、この噂に関しても加山の名前も付いてくる。

 

 玉狛が噂を流したならば

 こちらもそれに乗っかってやろう。

 ──お前たちがヒュースを引き入れるために全力を尽くしたと言うなら。

 ──俺もまた、お前らを妨害するために全力を尽くす。

 

 加山は──笑みを浮かべて、また別の場所へと向かった。

 

 

「こんにちは〜」

 

 加山が次に向かった先は、影浦隊作戦室であった。

 仁礼光によって無理矢理に作戦室に引きずり込まれたあの日以来、加山は概ね影浦隊と良好な関係を築いている。

 影浦と北添はもとより、仁礼光は帯島さんちのみかんによる買収を行い、また絵馬ユズルはちょっとした取引を、仁礼光を介して行ったことより仲良くなった。世の中ギブアンドテイクである。

 

「おお〜加山ぁー。早かったな〜」

 

 そういってデバイスに向き合っている仁礼光は、恐らくは先ほどまでコタツで眠りこけていたのだろう。寝癖そのまま、眠気を宿した眼そのままダボついたジャージもそのまま。色々と大丈夫なのだろうかと思うものの多分大丈夫なのだろう。知らないけど。

 

「影浦先輩は?」

「訓練室にもうスタンばってるよ〜」

 

 ありがとうございますと言葉を投げかけ、訓練室に入る。

 そこには、影浦の姿があった。

 

「よお」

「どうもどうも。今日はすみません影浦先輩」

「で、何の用だ?」

 

 そう影浦が聞くと、

 加山は笑みと共に返す。

 

「少し訓練したいことがありまして。影浦先輩のお力を借りたく」

「訓練だぁ?」

「そうです。──きっと影浦先輩の力にもなると思いますので」

 

 早速始めましょう、と加山が言うと。

 憮然としながらも、影浦は構えた。

 

 

「──成程な。確かに、これは結構うぜえ戦い方だな」

「やはりですか」

 

 加山と影浦は、3本程組み手を行った。

 それは一つの実験。

 

 ──影浦は、置き弾に対して副作用が発動するかどうか。

 

 ハウンドの置き弾を影浦の側面に置き。

 正面からの射撃と合わせて多方向から射撃を行使。

 

 これを三度行い、三度とも影浦に確かなダメージを与えられた。

 

「影浦先輩でも、正面と側面両方から射撃受けると流石にシールドで防ぎきれませんか」

「反射でシールド貼るとやられるな。射撃の方向を読んだ瞬間には回避動作やっておかねーと。で」

「はい」

「──なんで敵のお前が、わざわざ俺に手の内を見せに来てんだ?」

 

 ごもっとも。

 

「近々、多分これと同じ手を使ってくる奴がランク戦で現れます」

「……」

「その時に──しっかり影浦先輩には対応してもらいたいんです」

「余計なお世話だボケ」

 

 影浦は、そう言った後。

 加山の眼を覗き込む。

 

「ケッ。──この前言っていた、殺したいほど憎い記憶ってのと関係あるのか」

 

「……」

 

 加山もまた。

 影浦をジッと見た。

 そこに突き刺さる感覚で──影浦もまた、理解した。

 

「──こういうのは、利用されてるみてーで、本当は好きじゃねーんだよ」

 

「……すみません」

 本当にその通りだ。

 次回のランク戦──影浦隊は玉狛に当たる。

 その中で新しい駒であるヒュースが、影浦対策に行うであろう戦術が、この置き弾戦法だ。

 その対策を伝える為に──こうして加山は影浦と訓練を行った。

 影浦隊にとってはデメリットはない。

 それでも──影浦隊を強化することによって自らの目的の為に利用しようとしている事は間違いないのだ。

 

「まあ、利用してやる気満々で来てたらぶん殴ってやるところだったが」

 

 影浦は、笑った。

 

「──切羽詰まってる感情がバシバシ刺さってきやがる。まあ、だから特別に許してやるよ」

 

 影浦は。

 一つ笑った。

 

「なら。しっかり対応できる訓練しとかねぇとな。まだまだ付き合ってもらうぜ」

 

 

「──いやー、よかったね。ヒュース君が近界民じゃないかって噂は今のところ立っていないみたいだね」

 一方、玉狛支部では。

 宇佐美栞が──東を端とする噂の広がりについて修に報告していた。

 

「本当に良かったです……」

「ただねぇ。──ヒュース君の戦い方に関して割ともう話題になっているんだよね」

「え?」

「ほら、うちの方針として……孤月使いと思わせて、射手トリガーをヒュース君に使わせて2,3点取れればなーみたいな話をしていたと思うんだけど」

「は、はい」

「ヒュース君は攻撃手としてではなくて、射手としてもすごい使い手だって噂も流れてて、そっちに話題が取られた感じなんだよね。ヒュース君の出自に関しての噂からそっちに流れたから、嬉しいといえば嬉しいんだけど……」

「で、でも……ヒュースはボーダーの公式戦で一度も孤月以外つかっていないですよね? なんでそんな事──」

「それがね。──その噂を流したの、加山君だって」

「な……!」

 

 その報告を──ソファに座るヒュースもまた、聞いていた。

 

「──成程な。確かに、俺とカヤマが取引した内容は、俺が近界民である事を黙っておく事は約束していたが。それ以外のことに関しては特に縛りを入れていなかった」

 

 ヒュースは、得心あり気に頷いていた。

 

「それも──俺がアフトクラトル出身であるとする噂を上塗りできる内容でもあり、上層部としても、そして俺たちとしても文句が言い難い内容だ。こちらの妨害をする内容であると同時に利にもなる」

 

 加山はヒュースの能力について知っている。

 トリオンコントロールが肝要となるランビリスの使い手であり、その能力の延長線として射手トリガーを使う事は容易に想像できたのであろう。

 

「そうか……」

「心配するな。確かに多少やりにくくはなったが、その程度で動じる必要はない。俺はしっかり仕事する」

 

 ヒュースは特に動揺することなく、そう言い切った。

 

「ただ、カヤマはそういう戦い方も出来る奴だという事は頭に入れておけ。この先、こちらも警戒しながらランク戦に向かうぞ」



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長い間

 個人ランク戦を行って。

 防衛任務を行って。

 

 帰り道の夜を歩く。

 

 ──この道を歩くことがそんなに好きではなかった。

 

 崩壊した家屋が立ち並ぶ、警戒区域。

 

 ──まあ好きだという人間は、ボーダー隊員になるような人間にはいないだろうけど。

 

「....」

 

 記憶は褪せていく。

 新しい記憶で塗り潰されていく。

 大規模侵攻があって。

 防衛任務もあって。

 

 両親の記憶だってもう思い出せない。

 

 ──何で今になって思い出そうと思ったんだろう。

 

 思えば。

 自分の記憶と向き合う機会が非常に多かった気がした。

 

 ざ、ざ、と。

 舗装されていない道を歩き続ける。

 

 いつもなら真っすぐに寮まで帰って、次の試合の対策でも考えていた所だっただろう。

 次の相手は二宮隊だ。

 道草している余裕なんてないはずなのに。

 

 

 それでも。

 加山雄吾は、寮から離れた地点へと歩いていく。

 

 ニ十分ほど歩いて。

 辿り着いた場所は──。

 

「.....まだ、あったんだ」

 

 そこは。

 崩壊した家屋であった。

 

 救助活動の後であろうか。

 崩れた鉄骨や木材がのけられて、そのまま脇に積みあがっている。

 

 家屋を囲む石垣は、所々崩れながらまだ残っていた。

 そこにあったのは。

 

 ──加山、の表札。

 

「....」

 

 自身はこの家で死にかけて生き残って。

 そして父親はこの家で死にかけて病院で死んだ。

 

 ああ、と思う。

 思い出す。

 思い出せる。

 思い出させられている。

 

 映像が記憶と音声と色を再生していく。

 地獄を。

 あの日の地獄を。

 

「...」

 

 どっかの愚か者の記憶を受け入れて。

 別の地獄を思い知った。

 だから──思い出そうと。そう思ったのかもしれない。

 

 そして。

 何となく予感していた。

 

 こうして感傷的になって珍しい行動を取るたびに。

 高確率で節介をかけてくる男の事を。

 

「──今度は何の用ですかね、迅さん」

「よ。ぼんち揚げ食う?」

 

 何処でこの未来を見たのやら。

 サングラスの男が──月を前に立ち塞がっていた。

 

 

「....俺から話す事はありませんよ」

「だろうなぁ」

 

 この男とはずいぶんと長い付き合いのように感じる。

 知り合ったのもまだ精々数年程度だろうに。

 ──かなり深い所で、自分の中で理解と共感が存在している。

 

「別に、今の状況がどうとかそういう意味じゃなくて。──もうなんか十分に迅さんの事を理解できた気がするんです」

「おお。嬉しい言葉じゃないか」

「だからこそ。これからどれだけ話したところで──別に俺と迅さんの関係は変わんないよなぁ、って」

 

 その理解と共感がいっているのだ。

 もうお互いに立ち位置は変わらないのだと。

 

「そうかもなぁ。お前が変わらなければ、そうかもしれないな。──でもお前は変わっていってるじゃないか」

「....それは。まあ、はい」

「うんうん。いい事だ」

 

 自分の中の変化は、自分でも認識している。

 

「──俺はエネドラの記憶を継ぎました」

「うん」

「その結果として、エネドラの記憶を基にした別人格が生まれました」

「だな」

「何でかな、って考えていたんです。──あいつは言っていたんです。俺とエネドラに共通項が出来たからだ、って」

 

 その共通項は。

 ──他者に憎悪を抱いてしまったこと。

 

「振り返って思ったんです。そもそも誰かに憎しみを抱くのって、何でかなって」

「....」

「それは──自分の幸せを邪魔している人や状況があるからなんですね」

 

 それは転じて。

 ──自分は自分の幸せを願ってしまっていたのだと。

 

 そういう自身のエゴが発生した事を、理解してしまった。

 

「クソです」

 

 本当に。

 クソだ。

 

 ──俺は、器だった。

 ──生きる目的を詰め込んだだけの、器。

 

 なのに。

 その器の中に別のものが次第に投げ込まれていった。

 自分の周りは、思った以上に素晴らしいものに囲まれていて。

 その素晴らしさに、何とか──自分なりの誠意を返そうと努力をし続けて。

 

 そうして。

 ああなって。

 こうなった。

 

 今の自分の姿は何だろう。

 

「なあ加山」

「はい」

「弓場隊は、本当にいい所だよなぁ」

「...」

「弓場は勿論の事。藤丸も。帯島も。外岡も。皆お前を一人の人間として認めていて。お前に誠意を伝えようとしている」

「ですね」

「影浦隊と最近仲いいみたいだな。影浦もいい奴だろう。俺なんかよりよっぽどキツイ副作用しているのに、それでもいい奴なんだ」

「...」

「人は鏡だぞ、加山。お前がやってきた事が返ってきた結果がお前の周りにいる人間だ」

 なあ、加山。

 そう迅は笑いかける。

 

「例えばこの先弓場隊が皆不幸に陥ろうとしているとしたら。お前は止めるだろう」

「止めますよ」

「それはさ。以前のお前もそうしていたんだろうけど。それはどっちかというと自罰的な目的の方が大きかっただろう。生き残った責任の為に自分が不幸を背負うべきだ、って。でも──今は違うよな」

「....」

「純粋に、弓場隊が好きだからだろ。──転じて、弓場隊に幸せでいてもらいたいからで、弓場隊に降りかかる不幸が憎くて仕方がないからだろ」

「.....そうかもしれないっすね」

「その──弓場隊に対するお前の感情は、クソか?」

 仲間の幸せを願う。

 転じて、仲間に降りかかる不幸を憎む。

 憎悪とは──こうして巡っていくものでもある。

「...」

「お前の幸せなんて、お前を幸せにしてくれる存在がいなければ成立しないものだぞ。お前みたいに真面目な奴なら猶更だ。──安心しろ。お前の憎悪は、ちゃんとお前自身の善意と誠意で作られている」

 

 迅は、加山の目を真っすぐに見る。

 

「俺は──ヒュースを遠征に連れていく事は、俺が守りたいと思っている人たちの幸せに繋がると確信している」

「.....だから、見逃せと?」

「いいや。見逃す必要はない。十二分に戦ってくれ。──何度も言うが。お前にとって俺は敵でも、俺にとってお前は敵でもなんでもない。幸せになってもらいたい奴の一人だ」

「よく言う....! だったら、アンタは三輪先輩と、三輪先輩のお姉さんの幸せは願っていなかったのか!」

 

 その言葉を言い終わって。

 加山は──自分の吐いた言葉に、愕然としてしまう。

 

「すみません。...何でだよ。そんな事を言いたかった訳じゃなかったのに....!」

 最近。

 本当に自分自身がおかしく感じる。

 

 それでも。

 迅は笑ったままだ。

 

「その言葉もさ。以前のお前ならきっと言わなかった事だろ? ──やっぱり変わっていってるのよお前は。理屈では理解していても。それでも三輪と、三輪のお姉さんへの共感が理屈よりも上回ったんだ」

「....俺は、迅さん」

「うん」

「....近界を滅ぼしてしまえば。もうあんな事は起こらないって思っているんですよ」

「...」

「....その為に、俺は」

「やっぱりさ。俺はお前の言う”滅び”がゴール地点として受け入れる訳にはいけないんだよ」

「──それは、迅さんが旧ボーダーの人間だからですか?」

「それもあるけど。一番はやっぱり──お前がそれをなし遂げた時に確実に不幸になる奴が出てきてしまう事かな」

「...」

「加古さんに言われたんだろ? ──逃げるなって。俺は、お前がせめてその事実に対してしっかり向き合って結論を出さない限りはお前の考えを支持することは無いだろうな」

 

 つい昨晩の事を思い出す。

 B級2位に浮上して──隊の皆が喜んでいた姿を。

 

 ──認めるしかない。もう自分は、自分だけで完結している存在ではないのだと。

 

「俺は──お前は遠征に行くべきだと思う。そして、そこで生きている人たちを実際の目で見てほしい。そこで普通に生きている人がいる、って事もお前は頭では解っているんだろうけど。それでも──やっぱり、理屈と感情は別物だからさ」

「...」

「お前がここに来たのも──お前の今の変化が逃げだと感じたからだろ。それは違うぞ加山。その過去に戻ろうとすることが、今のお前にとっては逃げだ。お前を変えてくれた人たちに対して目を背けている事と同じ」

「....迅さん」

「ん?」

「俺がエネドラの記憶を引き継いだ日から。こうなる事を読んでいましたよね?」

「.....うん」

「はぁ~」

 

 加山は一つ溜息を吐いた。

 時々、この男と話していると──こちらが本気で馬鹿に思えてくる。

 

 こちらの感情も思惑も別に関係ない。

 未来が見えるこの男にとっては──その感情や思惑すらも読み切って掌で転がすだけだ。

 

「以前も言ったが──エネドラの記憶を引き継いで苦しんでいたお前は、以前のお前なんかよりもずっと人間らしかった」

「...」

「そして──今のお前はまさに人間そのものだ。善良で、真面目で、悩み苦しんでいる若者以外の何物でもない」

「これが迅さんの言う青春ですか」

「青春だぞ」

「──絆されるつもりはないっすよ。玉狛は全力で叩く」

「それでいいよ。盤外戦術はウチのメガネ君がかなーり好きにやってくれたからね。お前がやっても、文句は言えん」

 さいで、と加山は呟き。

 迅と向かい合う。

 

「まあ俺も──心の底では、玉狛が遠征に行く事になるんだろうな、って思っていますよ」

「まあ、そうだろうね」

「それでも。俺がやるべき事だと思ったことをやらないままに受け入れる訳にはいかない。やるからには、後悔はしたくない」

 

 だから、

 

「──ぶっ潰してやる」

 

 

 迅との長い会話を終え、彼がこの場を去った後も。

 加山は表札のある石垣を背もたれ代わりに地面に居座り、空を見上げる。

 

「....」

 

 死の絶叫が轟いていた記憶の上に。

 ここで──迅と会話した内容が上塗りされていくのを感じていた。

 

 記憶は褪せていく。

 新しい記憶で塗り潰されていく。

 

「いや」

 

 そうじゃない、と加山は呟いた。

 

 塗り潰されるんじゃない。

 ただ過ぎ去った記憶として背景になっていくだけだ。

 

 消えはしない。

 でも──新しく出来た記憶の方が前面に押し出されるだけ。

 

 決して忘れまいと思った記憶すらも。

 背景になっていく。

 それと等価と思えるほどの価値ある記憶によって。

 

 忌々しくも。

 今こうして迅が伝えた言葉の一つ一つが──加山にとって非常に価値のある言葉だったのだと。

 そう自覚して。

 受け入れて。

 

 ただ、空を見上げていた。

 

 ――俺は、今。何者なのだろうか。

 

 そんな疑問を、頭に浮かべながら。



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事前想定と訓練

 ──恐らく、二宮隊とは今期最後の対決となるだろう。

 

 ここで勝利すれば、弓場隊の一位浮上も充分に見えてくる。

 だからこそ、ここに後悔を残したくない。

 

 それ故に。

 二宮隊の分析と研究は──これまで以上に熱を入れて、加山は行っていた。

 

「...」

 

 前回の戦いでは。

 二宮隊の戦術や連携といった、ランク戦現場における実体的な部分に目を向け対策を行った。

 しかし──その結果として、弓場隊の戦術を見極められ、敗北をしてしまう事となった。

 

 何故負けたのか。

 一言で言うならば、二宮隊はこちらの戦術を読んでいて、逆にこちら側が読み切れていなかったからだ。

 

 ──表面上の部分ではない。そもそもの思考の傾向を読まなければいけないと気付いた。

 

「──よぉ、加山。久しぶりだな」

「久しぶりっすね、出水先輩」

 

 加山は太刀川隊作戦室にいた。

 テーブルを挟んで向かい合うは、出水公平。

 

 作戦室の奥では国近が何やら追い詰められた表情で「引いてよ! ここで突っ込んでどうするの敵に見つかる~!」と悲鳴じみた声を上げながらコントローラーを握り、太刀川はソファの上で爆睡をしている。唯我は加山が来た瞬間に出水からパシリ指令を受け飲み物を買ってきている最中である。

 

「二宮さんかぁ。そういや次の相手だったな~」

「そうなんですよね。──聞くところによれば、出水先輩はあの人の師匠だとか」

「んな大層なもんじゃねぇよ。まあ、でも二宮さんについては結構知っている自信はあるな」

 

 ”く....風間さん! オプショントリガーのオプショントリガーだと.....! カメレオンにトリオン吸収機能が付いたなんて....そ、そんな....! ”

 

 太刀川の寝言が響く中。

 加山と出水の会話が続けられていく。

 

「以前俺達が二宮隊とやってた試合、見てました?」

「見てたぜ~。中々楽しい試合だった」

「おお。それなら話が早い。あの試合の記録を持ってきたんですけど....」

 

 ”個人ソロポイントを犠牲に.....単位に引き換えれるだと? 5000ポイントで1単位か。おっしゃ! すぐに変えてくれ! 取り敢えず2単位だ! 10000くらいまたすぐ取り返してやるさあっはっはっは”

 

「俺がはっきりと二宮さんの行動を読みそこなったのは、この場面ですね。ダミービーコン使って逃走しようとしている時に、サラマンダーじゃなくてホーネット使った場面。面攻撃じゃなく追尾による点攻撃を使った時ですね」

「あー。この場面か...」

 

 ”うーん....俺が落としたのはこの金の弧月か....銀の弧月か....。いや、俺は黒い弧月だよ。落としたのは。金も銀も要らねぇや。え? 旋空の性能が上がっているってマジ? ちょ、ちょっと。月見待って超待って。俺欲しい。メッチャ欲しい金の弧月”

 

「加山、お前この前の段階で犬飼先輩を香取ちゃん動かして釣りだして撃破しているだろ」

「うっす。そうっすね」

「二宮さんはそういう事をけっこうするのよな。──正面からの戦いには正面からのごり押しで仕留めていくし。駆け引きで勝負を仕掛けられたなら、あちらも駆け引きで応じる」

「あ....成程....!」

 

 ”ぐえ! 何してんだ国近.....! ”

 ”太刀川さん寝言がうるさい~! 足音聞き逃して殺されちゃったじゃん~! ”

 

 加山は、心の底から納得をした。

 そうか。

 二宮は──そういう手合いか、と。

 

「.....そうか。二宮さんは」

「ん?」

「──めっちゃプライド高いんですね」

 

 そう加山が呟いた瞬間。

 出水は顔面を横に向け、一つ吹き出していた。

 

「そりゃそうだろ。あの人ほどプライド高い人はいねぇよ」

「いや。何というか──俺が想定していたプライドの高さと、少し違っていましたね」

 

 ふむん、と出水は呟く。

 

「へぇ。ちと興味があるな。どう違っていたんだ?」

「例えばですけど。ウチの隊長だって滅茶苦茶プライド高いじゃないですか」

「弓場さんか....。ん、そうだな」

「あの人はとにかく自分のやり方を通す事で、自分のプライドを守っている。挑戦されたら確実に受けるし、帯島辺りと連携していなければランク戦の最中であってもタイマンを張る可能性が高い。ある種、自分のやり方で相手を上回る事が隊長にとっては重要な訳です」

「成程ね。それで──二宮さんはどうだと?」

「あの人の場合は、──相手が取ってきた手段を、同じ手段でもって叩き潰す事が重要なんだと思います」

 

 弓場は数々の個人戦で磨き上げてきた技術に対して強いプライドを持っている。

 彼は──相手がどのような手段で戦ってこようとも、自分の戦い方で勝とうとするだろう。

 

 二宮は。

 相手の土俵に乗ったうえで勝つ事を優先する傾向がある、と加山は想定する。

 

 以前のラウンドであると。

 加山は自ら引き入れた香取隊をコントロールし、犬飼を追い詰め撃破した。

 その行動に──二宮は同調行動を行ったのだ。

 ダミービーコンを吹き飛ばして加山の位置を晒し上げて叩き潰すのではなく。

 そう見せかけてホーネットによって加山の足を動かした上で辻に襲わせる──という方法を。

 

「二宮さんは──正面からの戦いでも、戦術での戦いでも、相手より上である事を重視するんです。だからこそプライドが高い。相手が取ってきた手段をそのまま返して勝つことをかなり意識しているように思います」

「....とはいえ。そんなに解りやすく作戦を変える人じゃないぜ」

「それは理解しています。あくまで、どちらも自分の方が上だと認識している場面においてですね。東さんや冬島さん相手に戦術勝負は仕掛けないでしょうし、太刀川さん相手に下手に正面から仕掛ける事もしないでしょう。そこら辺をしっかり弁えられる能力があるという前提の上で──ただ、俺に対してはどうか、と言うと。恐らくは──力も戦術も、どちらも自分の方が上だと認識しているはずです」

「お前、自己評価ひっくいなぁ―」

「個人総合2位の化物に勝っている部分があるなんて自惚れちゃいねぇっすよ。──とはいえ、二宮さんは割と判断基準が感情的だと認識できたのは大きいですね」

 

 同調行動は、プライドが高い人物であればある程しやすい。

 二宮の根底部分には──自身が相手より上であることを認めさせる事に対する拘りがあるのだろう、と。そう加山は思った。

 

 とはいえ。

 それはどんな手段を取ろうとも相手を上回れる自信があるが故である。依然、強敵であることは変わりない。

 

「──出水先輩」

「お、なんだ?」

「ちょっと、訓練に付き合ってもらっても構いませんか?」

 

 

 そうして。

 太刀川隊作戦室訓練室内。

 

 そこには、トリオン体に換装した出水公平と加山雄吾の姿。

 そして。

 

「何故ボクまでこんな事に付き合わなければいけないのですか!」

 

 唯我尊(16)の姿もあった。

 

「ご協力感謝します唯我先輩ー」

「か、加山君! こんな誰にでも出来る事でボクを使うのではなくてだね! ──ほ、ほら。この前美味しいアップルパイを焼いてくれるお店があったんだ! そこに連れていくから! ね!?」

「いえいえ。唯我先輩の協力こそが必要なんですよこの訓練では」

 

 さて、と。

 加山は呟く。

 

「──今度は、二宮さんと同じトリオンに設定すればいいんだな」

「うす。そして可能な限り二宮さんと同じ戦い方でお願いします。バイパーと、高速の合成弾の使用は控えて頂けると嬉しいです」

「オッケーオッケー。二宮さんと同じトリガー構成にしたからそこら辺は安心しろ」

「ありがとうございます~」

「そんで。今回はどんな訓練をするの?」

 

 出水がそう尋ねると。

 加山は一つ頷く。

 

「今回、弓場隊と二宮隊と鈴鳴第一の三つ巴戦です。二宮隊だけが、狙撃手がいません」

「だな」

「だからこそ──最優先で狙撃手を殺しにかかる可能性があります。理想で言えば、狙撃手を存命させて二宮さんのフルアタックを封じ込めた上で戦うのが理想的なんですけど。──やっぱり狙撃手がいない中戦う事も想定しなければならない」

「ふんふむ」

「そして。狙撃の心配もなくなった二宮さんが俺とサシで向かい合った時。あの人は多分──タイマンに付き合ってくれると。そう踏んでいます」

 

 その時の訓練をしたい、と。

 加山は言う。

 

「そう簡単に行くかね。──二宮さんも前回の戦いは見ているだろう。普通に脅威として認識しているだろ」

「仮に俺が二宮さんを倒せると仮定すると。──これだと思うんですよね」

 

 腰裏のホルスターから、拳銃を取り出す。

 

「①ハウンドでシールドの拡張をさせての拳銃での射撃。②二宮さんのフルアタックが解禁された瞬間での拳銃での射撃。この二択しかない。何故拳銃かと言えば」

「言えば?」

「これだけが──二宮さんよりも速く攻撃できる武器だから、です」

 

 二宮の強さというのは、単純なトリオン量による圧殺能力とは別に。

 射手トリガーを生成してから放つまでの速さにもある。

 

 恐らく加山が放つハウンドよりも、メテオラよりも、二宮は速い。

 

 しかし。

 拳銃による銃撃だけは──二宮のあらゆる攻撃よりも速く、攻撃の行使ができる。

 

「二宮さんは俺と戦ううえで、これを強く警戒するはずです。逆に言えば──こいつが届かない間合いの中での戦いなら、タイマンに乗ってくる可能性が高いという事です」

 

 加山が持つ、アステロイド拳銃。

 これだけが二宮のシールドを砕き、二宮よりも速いタイミングで攻撃できる手段。

 

「そこから考えられる俺と二宮さんの戦いは、この銃が届かない25メートルの間合いが空いている状態です。この間合いでいるうちは二宮さんは俺を一方的に攻撃出来て、そして俺としてはタイマンの状態を維持できる」

「へぇ....成程ね」

「そして──ここからが、唯我先輩の出番です」

「へ?」

 

 加山は出水と唯我、双方を見る。

 

「俺の作戦としては──このタイマン状態を続けて時間稼ぎをして、援軍を呼ぶ事なんです」

「ああ──成程」

「二十五メートルの間合いが空いた戦い。この間合い、って結構微妙な距離だと思うんですよね。フルアタックするにしては距離が離れすぎず近すぎずでやりにくい。互いにシールドを張ったまま、片側のトリガー同士の撃ち合いになると思うんですよね。特に俺の手札にはエスクードもありますからね」

 

 つまりは。

 この訓練は──加山が二宮相手に距離を保ちつつ時間を稼ぎ。

 援軍(唯我)が辿り着くまで耐える訓練である。

 

「中々ハードな設定だな」

「うす。──とはいえ、最悪を常に想定してやっていかないと」

「おっけおっけ。──唯我のいい訓練にもなるだろうし。付き合ってやるよ」

 

 こうして。

 出水公平と唯我尊との訓練が始まったのであった。

 

「それじゃあ――行くぞ!」

 

 



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協力者

 玉狛支部内──。

 

 木崎レイジはまさしく森の賢人(聡明なるゴリラ)の称に相応しい男であった。

 冷静沈着であり、ときに厳しくときに優しい。自らを鍛え磨き上げること厭わず、年下の隊員からも尊敬の念を抱かれている。

 

 如何なる状況下でも生き残れるよう鍛え上げられたその身体。落ち着き払った所作に雰囲気。彼はまさしく、ゴリラの中のゴリラ。完璧万能手の名に相応しい男である。

 

 されど。

 悲しいかな。これら素晴らしき風体はすべからく自然体のものであり、演技として形成されたものではなかった。

 自然体で形成されたそれらは、その自然性が崩れる瞬間にどうしようもなく取り繕えなくなる。

 

「今日、なんかレイジさんそわそわしてないか?」

 修は思わず、そう言葉を零していた。

 そう。

 いつも冷静沈着な男である木崎レイジは、支部の中をうろうろと歩きまわり、周囲を見回したりと──挙動不審極まりない様相であった。

 その表情もまた。

 いつもは一文字に閉じたままの口の形が、少し混迷気味にうにょうにょ動き、目線もあちらこちらに飛んでいる。

 他人のことに鈍い修も、あそこまでの異変には流石に気付く。気付かざるを得なかった。

 

「気にしないで。いつもの事だから」

 

 いつもの事? 

 いつもの事とは──何であろうか。

 今小南が言った言葉を反芻した。

 だって。こんな様子一度だって見たことなかったのに──。

 

 確かに、聞いてはいた。

 今日のうちに──玉狛の古株二人がスカウト旅から戻ってくると。

 

 玉狛第一のオペレーター、林藤ゆり。

 技術者、ミカエル・クローニン。

 

 とはいえ。

 あのレイジをここまで動揺させる人物とは如何なるものなのだろうか──? 

 

 ──ほら。襟が曲がっている。恥ずかしくないようにしゃんとしていろ。

 

 遂には他人の風体にすら口を出す始末。

 森の賢人が聞いて呆れる。

 

 

「帰りましたー」

 

 扉が開かれると同時。

 白髪を後ろに纏めた外国人の男──ミカエル・クローニンと、

 同じ髪型をした女性──林藤ゆり。

 

 その二人が玉狛支部の中に入ってきた。

 

「お、お久しぶりですゆりさん」

「うん。久しぶりレイジ君」

 

 非常に──非常に慌ただしく。木崎レイジはその女性の下に駆けよる。

 明らかに動揺しているゴリラに対して、ゆりは変わらぬ柔らかな物腰で微笑みかけている。

 

「荷物を運びましょうか?」

「荷物? 宅配便で送ったから何もないよ」

「あ、そうでしたか.....。流石はゆりさん」

「うん。ふふふ」

 

 その様子に気付いているのかいないのやら。挙動不審ゴリラと化したレイジの姿を、おかしげに笑っていた。

 

 

「こんにちは。修君、遊真君、千佳ちゃん、ヒュース君。私は林藤ゆり。林藤支部長の姪なの」

「よ、よろしくおねがいします」

「元々電話で皆の事は聞いていたから。初対面って感じがしないわ。よろしくね」

 

 軽く腰を曲げ挨拶を一つすると。

 

「おお。お帰り~」

「ただいま叔父さん。──支部、爆撃があったって聞いたけど無事だった?」

「おう。玄関口が吹き飛ばされただけだよ。どうだ。玄関だけは真新しくなっているだろ?」

「ふふ。そうね」

 

 ・ ・ ・

 

 

「おお。君が──俺の息子か」

「息子は無茶じゃない?」

「なら甥だな」

 

 所かえて。

 ヒュースはクローニンと会い、握手を交わしていた。

 

「次のランク戦から参加するみたいだな」

「ああ」

「なら、トリガーを組もうか。ついておいで」

 

 その後。

 クローニンはヒュースと遊真を引き連れ別室へ向かう。

 

「──メインは弧月かな」

「ああ。だが弾トリガーも欲しい。──ナスが使っていた、変化する弾が欲しい」

「バイパーね。オーケー」

「それと。──銃も入れたい」

 

 へぇ、と。

 クローニンは一つ呟く。

 

「そりゃあいいけど。バイパーも使うのにわざわざ銃を使う理由は?」

「タマコマに足りないものを考慮したのと。──今流れている噂を、逆に利用する為だ」

「利用?」

「弧月を使い、バイパーを使う事はもうバレている。なら──別の隠し玉で対処する」

「まあ、何のことだか解らんが了解した。銃はどのタイプにする?」

「フォルムが大きい機関銃タイプがいい。B級なら、キタゾエが使っていたタイプだ」

「了解」

 

 こうして。

 ヒュースのトリガー構成が完成された。

 

 メイン:弧月 旋空 シールド 突撃銃(アステロイド)

 サブ :バイパー 空き シールド バッグワーム

 

「一つ空いているけど」

「今のところはこれでいい」

 

 こうして。

 ヒュースは──攻撃手・射手・銃手トリガー全てを使う万能手型の構成のトリガーを手にする事となった。

 

 トリガーが完成すると、ヒュースは遊真を見る。

 

「試し撃ちだ。──少し付き合え」

「了解」

 

 

「....そう。そんな事が」

 

 林藤ゆりは、叔父である林藤支部長の部屋に呼び出され、一連の出来事についての説明を受けた。

 

 主に。

 支部が襲撃された事件について。

 

「本当に色々あったのね」

「ああ。──もし陽太郎が一歩間違えりゃ殺される事態だったなんて()()()に知られちゃあ怒り狂うだろうな」

「でしょうね.....。あの、その加山君って子は、遠征に行くんですか?」

「行くぞ。間違いなくな。たとえ、あいつが所属している弓場隊が遠征の条件から外れたとしても、上層部はアイツを連れていく」

「....そこまで重要な人なんですね」

「黒トリガー唯一の適合者で、アフトクラトルの情報持ってて、そして上層部に基本的に協力的だ。連れていかない理由はないだろうな」

「...」

 

 内心、複雑であった。

 

 頭では理解している。

 それでも、複雑な思いが彼女の中にはある。

 

 林藤ゆりは旧ボーダーの一員である。

 防衛が主たる目的である現行のボーダーではなく。

 近界との交流を目的としていたボーダーの。

 

 現ボーダー司令である城戸や、本部長の忍田なども──元々は旧ボーダーの人間だ。

 

 城戸は、この玉狛を出た。

 出て、現行の組織を作った。

 

 近界を敵とする構図を作り、その構図を基に組織を形成した。

 

 そうして集めた人員が、現在三門市を守る大きな力になっている。その事実があって、尚且つ代案も出せないままの自分達に──城戸の方針に文句をつける資格など無いのだ。

 

 それでも。

 

「....その黒トリガーの性能は」

「──トリオンへの膨張作用。トリオンで作られたシステムのクラッキングにハッキング。割とシャレにならん」

「....どういう部分で?」

「条件さえ揃えば──マジで近界国家を滅ぼす事が可能ってこった」

 

 近界は、トリオンという器官エネルギーによって成り立っている。

 そのエネルギーは風を吹かせ、雨を降らせ、大地を形成し、光を作る。

 玄界でいう所の神羅万象全てがトリオンにより構築されている。

 そして──国一つを運営できるほどのトリオンを賄っている装置が、近界の国々に存在している。

 

 それが。

 マザートリガー。

 

「まあマザートリガーを破壊できるかどうかは今のところ本気で解らん。所詮黒トリガーの一つだ。──とはいえ、それぞれの国家の産業なりライフラインなりにとんでもない損害を与える可能性は大いにあり得る」

「....それが本部の手の中にあって、使い手が近界に強い恨みを持っている...」

「....そういう意味でもな。あいつ等には出来れば遠征に行ってもらいたいんだ」

 

 林藤の表情は変わらない。

 笑みを浮かべている。

 

「──加山には加山の理念があるように。俺達には俺達の理念がある」

 

 だから、

 

「俺達も俺達で、やれることはやろうかね」

 

 

「──今日はお世話になりました。ありがとうございます」

 加山は太刀川隊の作戦室を出ると共に、一礼する。

「おう。次の試合俺が解説だからな。頑張ってくれ」

「あ、マジですか。じゃあちっとは頑張りますね」

「おう。頼むぜ」

「.....」

 

 和やかに会話する出水と加山の背後。

 唯我は疲弊したのか、げっそりと下に俯いている。

 

「唯我先輩も今日はありがとうございました」

「.....ハウンド、ハウンド、アステロイド、メテオラ、アステロイド」

 

 唯我尊。

 本日──通算七十もの死を経験。

 

 そのどうしようもなさに本人は当初の内は泣き叫んでいたが、次第に泣くことも忘れ、最終的に半笑いのまま殺され続けていた。いとあはれ。

 

 それじゃあ、と一つ挨拶をかわし。

 加山はそのまま個人戦ブースまで行こうとして──。

 

「...」

 

 その途上。

 一人の女が、こちらを睨みつけていた。

 

「こんにちは香取先輩」

「.....久しぶりね」

「どうしました?」

「まず一つ」

 

 びし、と。

 香取はこちらに指差す。

 

「ちょっとウチの作戦室に来てもらう。──あの近界民について。聞きたいことがあるの」

「ああ、そっか。了解です」

 

 そうか。

 香取隊は──ヒュースの姿をしっかり見ていたのだった。

 

 大規模侵攻時に戦い、捕えた捕虜が──何故かこちらに入隊し、遠征一歩手前の部隊に入っているのだ。

 

 

 その後。

 加山は香取隊作戦室まで来る。

「お邪魔します~」

 香取が入室すると同時、その背後から部屋に入る。

 

「よお、加山」

「やあ加山君。こんにちは」

「....こんにちは」

 

 作戦室でそれぞれ寛いでいた香取隊の面々が、加山の入室に反応する。

 

「久しぶりっすね皆さん」

「それで? どういうことか説明してもらえる?」

 

 香取は、いかにも柔らかそうなソファの上に座ると、睨みつける様に加山を見上げる。

 

「──上からの指令。”ヒュース・クローニンについての正体について言外する事を禁止せよ”って。隊のメンバー全員呼ばれて忍田本部長と城戸司令直々にこの前言われたわ」

「でしょうね」

「あの近界民が玉狛に入隊して──嘘っぱちの噂が東さんの名前もくっ付いて流れ始めて。今度はアンタの名前がくっついて別の噂が流れ始めた。──どういうことか説明してもらえる?」

 

 加山は頬をぽりぽり掻くと。

 特に感情を動かすことなく話し始める。

 

「そりゃあ──玉狛に近界民が入りましたなんて言えるわけないでしょう」

「なんで言えないようなことを上は認めている訳?」

「そこは本部と玉狛との交渉の結果ですね。──あちらさんは遠征でとにかく便利アイテムである雨取千佳さんを借り受けることを求めて、そして玉狛はヒュースの入隊を求めた。それだけですよ」

「──待って。玉狛、遠征行くつもり? 近界民連れて?」

「みたいですよ」

「....」

 

 香取は。

 十秒ほど口を閉ざしていた。

 

「──あいつ。C級攫った奴よね?」

「ですね」

「──なんで、遠征なんかに。一緒に連れていったら裏切るに決まっているじゃない」

「ですね」

「ですね、って。──アンタそれでもいいの!? あの噂だって、アイツの正体隠すための嘘っぱちでしょうが! なんでアンタがむざむざ協力してやっているのよ!」

 香取はソファから立ち上がると、加山の胸倉を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと葉子ちゃん...」

「葉子! 落ち着け!」

 

 男二人が即座に止めに入り、加山の胸倉は解放される。

 

「...」

 

 加山は無言を貫いていた。

 

「──アンタは。いいと思っている訳? あんな奴が遠征に行くの」

「....信じてもらえるかどうかは解りませんけど。思っていませんよ」

「だったら....!」

「──アイツが遠征先で裏切る時。俺が殺します」

 

 香取は。

 その声に、表情を変える。

 

 殺す、というその言葉は。

 本当にその剣呑さを乗せた重さが存在していたから。

 

「どんな手を使ってでも」

 

 その宣言は。

 突っかかっていた香取の怒りを鎮火させるには十分な威力があったようだ。

 

 

「そう」

 

 と。

 そう香取は呟いた。

 

 

「──解った。そこまで言うなら信じてあげる」

「ありがとうございます」

「もう隊で遠征行く目はほとんど残っていないけど──私も私で遠征に行く目的が出来たわね」

 

 え、と。

 全員が呟く。

 

「加山」

「はい」

「アタシも──個人選抜での遠征入りを目指す」

「.....そう、ですか」

「そして──裏切り者をアンタが殺すって言うなら。それを手伝ってあげる」

 

 と。

 そんな言葉もまた──彼女は付け加えていた。

 

「──アンタがヒュースの戦い方についての噂を流していたのは、玉狛への妨害でもあるんでしょ。だったらその手伝いもしてあげる。だから、アタシにもあの近界民についての情報を寄こしなさい」

「....」

 その迫力に晒されて、無言のまま。

 加山は一つ頷いていた。

 

 こうして。

 意図せずして──加山にはまた一人、協力者を得る事となった。



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感情論者共

時間空けたのに少なくてすみません.....。


「....ヒュースが使っていた武器は覚えています?」

「覚えているわよ。あの黒い欠片が集まった気持ち悪い武器でしょ」

「あれはランビリスという武器で、あの欠片をバラしたり集めたり形を拵えてブレードにしたりと──自由度が高い武器な分、とんでもなく繊細なトリオンコントロール能力が求められるトリガーです」

「....成程ね」

「恐らくは、出水先輩に匹敵するトリオンコントロール能力を持っています」

 

 その後。

 加山は香取の要望通り──ヒュースについての情報を提供していた。

 

「恐らくはバイパーをリアルタイムで引ける能力も持っています」

「....マスターランクレベルの弧月使いで、角で強化されたトリオンも持って、そして射手としても優秀。非の打ちどころがないわね」

「玉狛にそんな奴が入るのか...」

 

 香取隊は前回に引き続き玉狛と戦う事となる。

 雨取千佳と空閑遊真の存在だけでもとんでもない脅威であるのに、そこにヒュースまで加わるとなれば──紛うことなく、二宮隊よりも遥かに強力な部隊と言えるだろう。

 

「....噂を流してせめて初見殺しだけでも防ぎたい気持ちも解るわね。情報提供感謝するわ」

 

 香取はヒュースの情報を頭の中に纏めると、溜息を一つ。

 

「....アンタの中の勝利条件としては、こいつをそもそも遠征から締め出すことが出来ればまずOKということなのね」

「ですね。──とはいえかなりキツイ条件だとも思っています」

「....でしょうね」

「それじゃあ──俺はこの辺りで失礼します」

 加山はヒュースについての情報を香取隊に伝え終えると、一礼して作戦室を去っていった。

 

 その後──無言の時間が過ぎていく。

 静寂を破ったのは、若村の声であった。

 

 

「な、なあ....葉子。お前、そいつ殺すのに協力するのって...」

「マジよ」

 香取は。

 冷たい声音で、そう断言した。

 

「──実際どうするつもりなのよ。仮に玉狛が遠征についていくとして、そんな爆弾が船の中にいるのよ。アフトクラトルに着いた瞬間にそいつに船を爆破されて帰れなくなるなんてアタシは嫌よ」

「....まあ、そうだけどさ。だからって殺すって」

「それに。アタシはもう蚊帳の外は嫌なの」

「....蚊帳の外?」

 

 染井華が、香取の言葉のうちの一つを拾い上げ、反芻する。

 

「そう。蚊帳の外。──この情報だって、加山が教えてくれなければ何も解らないままだった。でも、情報を知ったからにはアタシは蚊帳の中に入ることが出来る。これはチャンスよ」

「...」

「次の遠征──個人選抜だろうが何だろうが、意地でも入り込んでやる」

 

 

 そうして。

 時は来る。

 

 ──3月1日。ROUND7、昼の部。

 

 

「こんにちは。実況の綾辻です。ランク戦ROUND7を担当させていただきます。そして解説には──」

「奈良坂です」

「時枝です」

 

「以上三名でお送りさせてい頂きます」

 

 ランク戦第7ラウンド昼の部は──。

 

 人でごった返していた。

 観戦席はすべて埋まり、中には壁に寄りかかり立ち見している人間もいる。

 

「今日は観覧席の賑わいが凄いですね!」

「前回のランク戦での玉狛第二の活躍は凄まじいものがありましたからね。その上で更に大注目の新隊員のヒュース君の初陣でもあります」

「──前回二宮隊を下して、それでも尚油断せずに新規戦力を追加してくるとは....。玉狛の取る手は大胆ですね」

 

 玉狛第二は、現在二つの意味で注目を集めている。

 一つは、怪物級のトリオンによる広域破壊戦術で二宮を討ち取った雨取千佳。

 

 そして、もう一つは。

 ──入隊から数日足らずでB級に昇格し、玉狛に入隊したヒュース・クローニン。

 

「他の部隊も頭を痛めているでしょうね。ただでさえ雨取さんへの対策に頭を痛めている時に、ここに来て対策のしようがない新隊員。玉狛のこの選択がどう転ぶのか、非常に楽しみですね──」

 

 

「....」

 

 いつもの通り、加山は観客席に座る。

 早い時間から取っていてよかった。立ち見をするには加山の身長はあまりにも頼りない。

 

 加山はふぅ、と一つ息を吐き。

 隣を見る。

 

 そこには──。

 

「げ」

「随分な反応ね、加山君」

 

 嵐山隊万能手、木虎藍がそこにいた。

 

「前向きに考えるか。こういう所で不運を使ったからこそ、ランク戦じゃ多少でもいい風向きになるだろう、と」

「頼りないわね。運に頼っているなんて」

「しゃーない。ランク戦の三要素は戦力と戦術と運ですよ。あの髭の二十歳もどきも言っていた。運だけはどうにもならない要素だからな」

「不運を跳ねのけられる程の実力を示せばいいだけよ」

「ちっ、うっせーな。なんなら転送位置最悪の状況下から二宮隊倒してみろ」

「ああ。そういえば次の対戦相手二宮隊だったわね。ご愁傷様」

「言ってろ。目にもの見せてやる」

 

 ほらほら始まる。

 こういう言い争いが。

 

「──話、聞いたわよ。あの人が変わったような豹変ぶりは黒トリガー由来なのね」

「....情報が速いですねぇ」

「大丈夫なの?」

「へぇ。お前でも俺の心配なんかするんだ。やべぇな背筋が凍り付くようだ。明日は雪が降るか弧月が降るか」

「貴方の事なんてまあ心底どうでもいいんだけど。──また別人格か何かで迷惑をかけられるのは困るのよ」

「──そっちに関しちゃもう大丈夫よ」

「──そう」

 

 それで、と。

 木虎は話題を変える。

 

「随分と玉狛の妨害にご執心みたいね」

「へっへっへ。やっぱりお前らの耳には届いているか」

「そりゃそうよ。東さんの噂流しに一枚噛んでいるのはウチよ。──こういうやり方するキャラだったの貴方?」

「そういうキャラになっちまいましたね。案外陰湿ですよ俺は」

「....それじゃあ事前に他の部隊への根回しもしていると見ていいのかしら」

「さあね~。それはどうでしょうね~」

 

 にこにこ笑みながら、加山は答える。

 

 その笑みを見つつ木虎は、

 

 ──内心、相当に怒っていたんでしょうね。

 

 と思った。

 

 加山の方針は本当に解りやすい。

 同じ近界民であっても──空閑遊真は積極的にボーダーに入隊させる事に全力を傾けていた。

 

 それは空閑遊真が敵ではなく、協力的で、そして相当な戦力と情報を持っていたから。

 近界民であることが加山にとって敵である条件ではない。

 

 ──その彼にしてみれば、ヒュースは許されざる人間であろう。

 

 ヒュースは今であっても──近界国家の軍人だ。

 それ故に、敵として蹴落とさねばならない人間であり、味方として扱うなど言語道断であると──そう思っているのだろう。

 

 加山の指針を木虎は知っている。

 自分の立ち位置も評価も、どうでもいい人間であったはずだ。

 恐らく──玉狛がいなければ、無理して遠征を狙うという行為もしていなかったはずだ。

 自分の行為によってランク戦に不均衡が起こる事を嫌っていたであろう。

 

 それでも。

 加山は手段を選ばず玉狛に不利な盤外行為を行った。

 東が流した噂に乗っかり別口の噂を流し。

 恐らくは他部隊にヒュースについての情報も流しているのだろう。

 

 間違いなく――加山は切羽詰まっている。

 玉狛を敵視し、その妨害の為に全力を尽くしている。

 

「まあ──いいんじゃない?」

「何がだよ」

「以前の合理性だけで動いていた時よりも、今の貴方の方がよっぽどマシに見えるわ」

「....」

「そもそも迅さんも上層部もあのヒュースの件は黙認しているって事は、所詮はその程度の脅威って事でしょう。それが解らない貴方じゃなかった。それなのに──意地になって止めようとしているのは何故?」

「.....痛い所を突くじゃないか」

「単に──許せないだけでしょ。感情的な理由じゃない」

「まあ、そうだなぁ。感情だよなぁ。──多分、ヒュースだけじゃなくて。迅さんへの感情も入ってんだろうな。俺の場合」

 

 理解している。

 今の自分の行動原理に──感情がしっかり入っているという事も。

 

「よく解っているじゃない」

「まあ、今回ばかりは俺も引くつもりはない。──しかし俺としても意外だ」

「何が?」

「まあ控えめに言って──尊大な正論吐き出しマウントガールのお前が、今の俺の方がマシだと評価する事が」

 

 その物言いに青筋を立てながらも──木虎は言葉を返す。

 

「ふん。──貴方は私を対等なものとして見ていたのかもしれないけど。私から見たら、貴方は私を上から見下げていたように感じていたのよ」

「奇遇だな。俺もお前からそう感じていたぞ」

「黙って聞きなさい。──私はね、他人から無償の施しを受けるのが嫌いなの」

「だろうな」

「そんな私にとって貴方は本当に嫌いだった。施そうとするじゃない。そのくせ人には頼ろうとしない」

「...」

「だから──体裁も関係なく、切羽詰まって、色々と手を回している今の貴方は昔よりも余程愉快なのよ。解った?」

「おう解った。──うん。やっぱりお前は尊大な正論吐き出しマウントガールだわ」

 

 そう加山が言いきると。

 

 各部隊の転送が始まった。

 

 ──ランク戦ROUND7昼の部がスタートした。

 

 



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怒りし者①

 今回のランク戦、マップ選択権を持つ香取隊が選んだマップは市街地B。

 全マップの中で随一の広さを持ち、射線が切れやすいこのマップを選択したのも──ひとえに雨取千佳を警戒しての事であろう。

 

 そして。

 この試合──転送が終わる瞬間過去に例のない事態に、玉狛は遭遇することになる。

 

 それは。

 

 玉狛第二の攻撃手二枚を除いて──影浦雅人以外の戦闘員全員が、バッグワームによりその姿をくらましている、という事態に。

 

 

「──こうなるか」

「こうなるのね」

 

 まあ妥当だな、と加山は呟く。

 転送が始まると同時。加山も木虎も双方憎まれ口の応酬を止めて

 

「雨取さんという戦術兵器が存在している分、序盤から自身の位置を晒すわけにはいかない。狙撃が通じない影浦隊長以外は、まあ位置を隠すでしょうね」

「とはいえ──。あれじゃあ影浦先輩のところに集まっちまうぞ」

 

 前回のランク戦から考えられる雨取千佳の対応策は、

 ① 見つからないこと

 ② 密集しないこと

 ③ ①.②を受けて障害物のない開けた場にいない事。

 

 全て実行するとなると非常に窮屈な戦いを強いられる。

 その最初の段階が──このバッグワームによる雲隠れ戦術となる訳だ。

 

「それに、どの部隊も基本的に固まらない方針みたいだな」

 

 転送してからの各部隊は、ある程度距離をとっての合流を行なっている。

 狙撃手は100メートル以上部隊から離れた位置に。

 銃手、射手は軸となる攻撃手を中心におよそ40メートルほどの間隔を空けて。

 

 それぞれ、バラけた位置の中で合流を行なっている。

 

「一つ所に集まって爆撃の的にされたらたまったものじゃないでしょう」

「とはいえ──あれじゃあ雨取さんを避けられても、空閑とヒュースに銃手、射手が狙われたらひとたまりもないぞ」

 

 浮いた銃手や射手は、狩られやすい。

 特に遊真のような機動力に富んだ攻撃手には。

 

 距離が開いた分、彼等に対応できる攻撃手が庇えるまでの時間が長くなり、浮いた駒が落とされやすい状況。

 

 こうなると、点が欲しい玉狛は、遊真・ヒュースを狩りに向かわせるだろう。

 

「あ、でも──そうか」

 

 それすらも──相手の狙いかもしれない。

 

「相手からすれば、玉狛の攻撃手二枚が前に出てきてくれるなら大歓迎でしょ。その分──間違いなく雨取さんを撃破できるチャンスが増える」

 

 雨取千佳に対処するとともに。

 相手は──早いうちに雨取千佳を落とさなければならない。

 

 その為の第一条件は、攻撃手二枚を雨取千佳から引き剥がす事。

 

「──位置関係上、空閑君もヒュースもそれぞれ離れてる。合流した上で仕掛けるわけにはいかない。……が」

「敵は見えないけど、玉狛以外で影浦隊長を中心に敵が集まって、潰し合いを行う可能性が高い。──単独でも攻め込んで行くしかない」

 

 序盤の展開は──ヒュースと遊真が序盤に生き残れるかにかかっているようだ。

 

 

「……予想はしていたが、やはり全員バッグワームで身を隠しているか。空閑、ヒュース、誰か確認できたか?」

「こっちは生駒隊の射手の人が見えるな。ごわごわした髪の人」

「水上先輩だな。ヒュースは?」

「ワカムラを発見した。襲撃をかけるか?」

 

 転送を終え。

 序盤は──本当に静かな滑り出しとなった。

 

 なにせ、バッグワームを転送時から解除していたのが三人のみ。

 影浦に遊真にヒュース。

 

 千佳の砲撃と爆撃を警戒したのだろう。全員が序盤に攻勢をかけられる事を嫌い、合流はおろか移動すらも時間をかけて行っていた。

 

 敵の狙いは解っている。

 攻撃手二人を、誘い出す事。

 

 現在、遊真とヒュースの転送位置は東西に分かれて真逆に位置している。合流するまでにどうしても時間がかかってしまう。

 

「……ヒュースは攻撃を仕掛けて、空閑はそのまま合流を目指してくれ」

 

 修は思考の末、そう指示を出した。

 

「合流してから仕掛けるのがベストだったが、合流するまでに点がとられてしまったら遠征の道が閉ざされる。各隊が影浦隊長の所に集まる前に、取れる点は取るんだ」

 

 両者は共に了解、と頷き。

 それぞれの行動を開始した。

 

 遊真は敵部隊を迂回しつつヒュースとの合流を目指し。

 ヒュースは──武装を変える。

 

 手にするは、大型の機関銃。

 そして身に纏うは、バイパーのキューブ群。

 

「──速やかに点を取らせてもらう」

 ヒュースは自身の左手側にあるオフィスの窓枠を蹴り上げ、屋上まで飛び上がる。

 そして。

 そこから20メートル程先のビル群を抜け合流を目指している若村を視界に収めた。

 

 

 一瞬だった。

 ビル群の隙間から光塵を垣間見た若村は即座にバッグワームを解き、シールドを装着。

 その光はビルの間を抜けて──自身の左手側から一気に弾丸が迫り来る。

 

「く……」

 

 ──ヒュースはリアルタイムでバイパーが使える。

 

 加山の言うことは正しかった。

 だから、若村の行動は早かった。

 部隊にヒュースの存在を知らせた後に、その軌道から流れるように走る。

 ビルを抜け、シールドでその弾丸を打ち消しながら──必死に。

 

 ここを生き残れれば、作戦通り連携してヒュースをやれる。

 ──気張れ! 

 

 若村は必死の形相で、その弾丸から逃れて行く。

 数が。数が多い。

 逃げるだけでも、恐ろしく難しい。

 

 シールドはとうに砕かれ、手足のいくつかと腹部が削れて行くが。

 それでも──走る。

 

 そうして。

 ビル群を抜け、噴水公園が目の前に広がったとき。

 バイパー弾は、消えていた。

 生き残れた安堵が心身に行き渡るよりも早く。

 

 重々しい銃声が、響き渡る。

 

「──え?」

 

 周囲は公園。

 自らを遮る何もかもがないその場所に──彼方からの弾丸がその全身に叩き込まれた。

 

 ──バイパーで追い込みをかけ、重機関銃で仕留める。

 二つの異なるトリガーによる、回避不能のコンビネーションにて──若村は仕留められ、玉狛に1ポイント目が入ることとなる。

 

 

「──今のタマコマは、チカに多くの警戒が割かれる事が予想される」

 

 ヒュースは事前の打ち合わせにて、まずそう呟いた。

 

「見る限り、前回チカが倒したニノミヤ以上の駒はB級にはいない。それを反撃も許さず封殺したチカを、きっと他の隊は警戒する。具体的には──半径40メートルの範囲と、100メートルの範囲」

「ふむん。40メートルと100メートルの範囲」

「40メートルが、あのフルアタックの範囲。100メートルがあの壁のトリガーや銃による破壊行動や、爆撃。敵は100メートル範囲で戦闘すれば著しい不利を被ると考え、40メートル範囲に入れば否応無く死ぬ事を覚悟するだろう。──そこから考えられる敵の動きは」

 

 序盤は、千佳の位置を把握する為の動き。

 後半は、千佳の居所から流れる動き。

 

 この二つの範囲から逃れて行く動きをしてくる筈だ、と。

 ヒュースは言う。

 

「だから。──オレがこの部隊で果たす役割は、浮いた駒を中距離から仕留め、逃れて行く連中を堰き止める形でポイントを稼ぐ事だと判断した」

 

 序盤はきっと、敵は合流すらも躊躇うほど慎重に行動するだろう。

 序盤を過ぎれば、千佳の範囲から逃れようとする敵が出てくるだろう。

 

「その動きが解っていれば幾らでも手が打てる。オサムは序盤の敵が静かなうちにチカの範囲外に糸を張っていけばいい。そして序盤に浮いた駒がいればオレとユーマが合同で仕留めていき、その後は逃れて行く敵をチカと挟み込むように動いて行く」

 

 千佳からの攻撃を嫌がりその範囲外に流れる動きをすれば。

 その先にはヒュースのバイパーと機関銃の弾雨と、その間を自在に駆け巡る遊真が待っている。

 

 

「この部隊に足りないのは、自由に動かせる中距離の駒だ。オレは──その役割を果たそうと思う」

 

 千佳の脅威の外を、物量にて押し返す。

 その役割を担いて──ヒュースは玉狛第二に入隊したのであった。

 

 

 若村を仕留め終えると、ヒュースはオフィスから飛び降り走って行く。

 

 ──これでオレを仕留めに向かってくるやつも出てくるはずだ。

 

 ヒュースは走って行く。

 向かう場所は。

 

 遊真との合流地点であり、

 そして──千佳の潜伏地点よりほど近い場所。

 

 ──そいつらを引き連れて、チカのエスクードで逃げ道を塞いで各個撃破する。そうすればある程度のポイントが手に入るはずだ。

 

 噴水公園を走り抜けていく。

 ヒュースは誘っていた。

 自身に襲いかかってくる敵を。

 

 そして。

 ──狙撃手を。

 

 ギン、という金切り音が響く。

 

「──そこか」

 

 周囲に建造物が一切ない公園。

 当然──ヒュースは狙撃の警戒も怠っていなかった。

 自身の死角側から放たれた弾丸を、難なくシールドにて防いでいた。

 

 その弾道の先。

 

「うわ。マジか」

 

 生駒隊狙撃手、隠岐がそうボヤいていた。

 

「死角から撃ったのに、あれ避けられたら堪らんわ。さっさと逃げるわ。──というか、特にシールド絞ってないのにイーグレット防げるとか。マジでトリオンも二宮さん以上の可能性もあるなありゃ」

 

 隠岐は狙撃を敢行するにあたり、

 死角側の建物に回り込み、

 手に持っている武装を確認しフルガードの可能性を排除する

 

 という二つの手続きを経て、仕留められるとの確信を得て狙撃を行なった。

 

 死角から放たれて即座にシールドでは防げまい。

 反応できたとしても、フルガードでもなければシールドをかなり絞らねばなるまい。

 

 その思考を巡らせ放った一撃は──されど当然の如く防がれることとなる。

 

 隠岐はそそくさとビルから飛び降り、イーグレットを消去しグラスホッパーを装着。そのままその場より逃れていく。

 

 ヒュースは。

 足を止め、一瞬隠岐の方向に視線をやる──フリ、をして。

 

 自身の背後より移動してくる人影に──引金を引いた。

 

 その人影の輪郭を把握するよりも早く、何ならそれを視界に収めるよりも早く──ヒュースは機関銃を撃ち放つ。

 

 人影を攫うような掃射が凪ぐと同時に、人影は姿勢をギリギリまで降ろし、掃射方向から逃れつつヒュースの左手側へと移動する。

 

 重々しい銃声に隠れ、

 乾いた三連射の音と、それがシールドにて弾かれる音もまた響いていた。

 

「──チっ」

 

 狙撃の隙をついての急襲を至極あっさり対応された香取葉子が、一つ舌打つ。

 

 ヒュースは機関銃を孤月に切り替え、香取に斬りかかる。

 バックステップにてその斬撃を避けつつ。香取もまたトリガーを拳銃からスコーピオンに切り替える。

 

 ──知っているわよ。

 

 ヒュースは斬撃を行使する前。

 空いている片手を──自身の背後に向かわせているのを、香取は確認していた。

 

「バイパーでしょ」

 

 バックステップで宙に浮いた香取に対して──襲いくるバイパーの群れ。

 

 香取もまた、

 

「──死ね。近界民」

 

 空いた片腕を背後に回し。

 グラスホッパーを生成し、触れていた。

 置き弾による時間差攻撃。

 ──当然、読んでいるわよ。

 

 グラスホッパーによる高速移動により──香取はヒュースの右手側へと飛んでいく。

 

 首目掛けた、スコーピオンの斬撃と共に。

 

 ギイン、と。

 音が響き。

 

 ぶしゅ、とヒュースの頬からトリオンが吹き抜け。

 移動を終えた香取のスコーピオンが根元から折れる。

 

「──あそこから、防いだのか……」

 

 少し悔しげに香取はそうボヤいた。

 

 ヒュースは、斬撃を行使し、腕を振り降ろした体勢から。

 体軸を背中側に回した二撃目の振り上げによる斬撃を行使。

 

 それは一寸早く香取のスコーピオンに触れ──首から頰に斬撃をズラした。

 

「……よく防いだじゃない。──アタシの顔に見覚えはないかしら、近界民?」

 嫌味ったらしく。

 皮肉もたっぷり込めて

 そして──隠そうとして隠しきれぬ激情も込めて。

 そう、香取は言った。

 

「……お前。あの時……」

 ヒュースもまた──その感情を、読み取る。

 

「ええ。そうよ。──あの時。アンタとあのジジイと、陰険そうな動物野郎がC級を襲撃している様をしっかり見てたわ。クソ野郎」

 

 ヒュースの前に立つ、香取葉子は。

 明瞭な怒りをその目に宿していた。

 

「アンタと玉狛が──何を思って上層部からこっちに口止めさせてまで遠征に行こうとしているかなんて、知らないし知るつもりもない」

 

 許さない。

 何があっても──許しはしない。

 

「遠征には行かせない」

 

 その目のまま。

 香取葉子は──ヒュースを見据え、構えていた。

 



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怒りし者②

ワートリ原作の物語が進むたびに大いなる喜びと、設定面で真綿でじわじわ首を絞められていく感覚の両方が。頼む。殺さないで。死んじゃう。


 楔が、打ち込まれた。

 あの日。

 あの時に。

 

 香取葉子という人間の奥底に、打ち込まれた楔。

 忘れたくとも忘れられぬ。

 記憶。そして事実。

 

 ──もう。アタシの心は折れない。

 眼前の敵は強大で。

 そして──あまりにも腹立たしい。

 

 ──ぶっ殺す

 

 

 ──もう二度と心が折れぬようにやってきた。

「……」

 

 斬り結ぶ。

 撃ち合う。

 

 孤月とスコーピオンが。

 バイパーと拳銃が。

 

 その度に。

 削られダメージが蓄積されていくのは──どうしようもなく香取葉子の方であった。

 

 背中側に回した孤月による横薙ぎの一撃。

 香取はそれを上体を沈ませ避けつつ拳銃を向ける。

 

 ヒュースの目を見て、その視線の先を辿る。

 斬撃が避けられた瞬間から、もう次の行動が開始されている。

 香取の腕の動き。そしてその銃口の向き。それを観察しつつ、体勢を整えている。

 

 ──イメージできる。

 胸元。頭部。どこを狙ってもきっとヒュースは対応する。攻撃が外れた後の動きに油断も隙も存在しない。撃ったところできっとシールドで弾かれる。それがイメージできる。

 

 だから。

 香取はその銃口を──ヒュースの足元へ降ろした。

 

 引金に指をかける。

 銃声が響く。

 当然のようにシールドに弾き返される。

 

 解っている。

 ここまでは問題ない。

 足元への銃撃に、ヒュースはシールドで対応した──それが香取にとって重要だった。

 

 ヒュースの視線は下に向いている。

 向いた視線がまず足元に向かって、その後は視線は追撃を警戒して香取の銃口に向かうはず。

 

 香取は銃口を右手側に移動させながら──体軸を回す。

 

 銃口に視線が向かうヒュースの視界は横にずれていく。

 拳銃の動きに着眼し、視線が誘導されたその一瞬。

 香取の左手側に、ヒュースの死角が生まれた。

 

 その死角に向け。

 

 回した体軸から、後ろ回し蹴りの要領でスコーピオンによる足先からの斬撃をヒュースの首元に叩き込む──はずであった。

 

「──!」

 

 しかし、それが行使されるよりも前。

 ヒュースもまた視線を即座に逆側に戻す動きと同時に体軸を回し──死角に向け孤月の斬撃を放つ。

 

 その動きに勘付いた香取は、回し蹴りの為に込めた足先の力を背後への回避行動に転化し、斬撃からなんとか逃れる。が、自らの胸元が斬り裂かれる。

 

 この瞬間。

 香取は──自身の危機を察知した。

 

 ヒュースは。

 その瞬間からシールドを解除しバイパーをセット。

 生成、分割し──放つフリをして、その場に留める。

 

「──ぐ!」

 

 バイパーの起動タイミングが読めず、どうしてもそちらに意識が向けられる中。

 ヒュースが自身の側面へと移動しつつ斬撃を放つ。

 

 斬撃を受ければ、足が止まる。

 足が止まるとあのバイパーに全身を貫かれて死ぬ。

 でも今の自分は背後へと回避行動をし終わった直後で、あの斬撃を避ける手段がない。

 

 ──足を止めてはならない。

 ──でもあの斬撃を無視もできない。

 

 結果。

 香取が選択した方法は──。

 

 ブーツの先端から、鉤爪状のスコーピオンを生成。

 それと同時に、斬撃の軌道上に集中シールドを置く。

 当然、ヒュースの孤月の一撃にシールドは砕かれる。

 されど。一瞬、斬撃のスピードが落ちる。

 

 ──ここだ! 

 

 香取は、シールドが砕かれた瞬間から──ヒュースの孤月に向けて蹴りを繰り出す。

 鉤爪状のスコーピオンが孤月の峰を絡めとり、斬撃を地面に叩き落とす。

 

 ヒュースの斬撃への対処は、ここで完了した。

 後は──時間差で向かいくるバイパーを処理せねばならない。

 

 ──加山が、バイパーへの対処方法を示してくれた。

 

 バイパーは香取を取り囲む形で迫ってくる。

 逃げ場が塞がれている。

 ならば。

 逃げ場を──切り開く。

 

 ──アタシは加山みたいに潤沢なトリオンはない。シールドを細かく分割する技術もない。それでも、アタシはアタシとして積み上げてきたものが、ある。

 

 トリガーをシールドとグラスホッパーに変更。

 迫り来る弾丸の、正面部分だけをシールドで打ち消し。

 打ち消し、作出した空間に向け──身体をねじ込ませ、グラスホッパーを発動。

 

 弾丸のいくつかが左肩と右脇腹を貫く。

 それでも──生き残るべく急所と足だけは守りつつ。

 香取葉子は、自らの身体をグラスホッパーにて跳ね飛ばす。

 

「……生き残ったか」

 ヒュースもまた、──ポツリそう呟いた。

 好機を見極め、仕留めるつもりで行使した攻撃であった。

 それでも──香取葉子は、その身にダメージを刻みつけながらも生き残った。

 

 全身からトリオンを溢れさせながらも。

 香取葉子は──再度ヒュースと向かい合う。

 

 

 一連の攻防で理解できた。

 間違いなく、ヒュースは自身よりも格上であると。

 

 積み上げてきたものも。

 才覚すらも。

 自身よりも上のものを持ちながら──洗練され、磨き上げられている。

 

「……」

 

 それを自覚したのならば。

 逃げるべきなのだろう。

 眼前の男よりも、香取は機動力だけならば優っている。逃げることならば難しくない。

 それでも。

 香取はその場に留まった。

 

 ──ヒュースは、逃げて態勢を整えればいいのに、と思った。

 

 香取のその行動を、感情を優先させ、冷静さを無くした愚行であると。そう思った。

 

 

 しかし。

 香取葉子の想定は異なる。

 ──まだ勝機はある。そう明瞭に思っていた。

 

 気持ちで実力が上がることはない。

 それはあくまで、燃料。

 今、確かに香取葉子の中に──着火した炎が内側に存在していた。

 

 燃え上がるそれらは。

 自らの燃料で作り上げてきた、香取葉子という存在そのもの。

 これまでの道程であり。

 怒りであり。

 そして──打ち込まれた楔でもあった。

 

 燃え滾る炎が、自らに告げる。

 ──まだ、勝機は残されていると。

 

 ──あの時に。

 ──華がアタシを助けてくれて、ボーダーに入って。

 ──その時は、折れてしまった。

 

 折れて。

 折れたままで。

 イラついて。どうしようもなくて。

 今となっては──ひたすらに屈辱だった。

 

 ──二度も、華と約束した。そうしたからには、もう。

 

 香取は、もう。

 とうの昔に、覚悟は決めている。

 

 ──アタシの心は、折れない。

 

「──言ってしまえば、これはチャンスなのかもしれないわね」

 ヒュースと向かい合いながら、香取は呟く。

 無視されるが、構わず言葉を紡ぐ。

 

「ねえ、知ってた? ランク戦って音声記録残んないの」

 

 そう言われた瞬間。

 ヒュースの表情が変わる。

 ──よし。話に食いついた。

 香取は、内心ほくそ笑む。

 さあ。

 時間稼ぎをしよう。

 

「……それがどうした?」

「アタシはアンタの正体を知ってる。でもアタシは上から箝口令敷かれて自由に喋れない。──でも、ここだと音声は拾われないからアタシがなにかを口走ったとしても証拠は残らない事に気付いたのよ」

 

 実際のところ、ランク戦で音声の記録が取られているのかどうか。それは香取としても解らない。

 記録として配布されたり、実況席から戦いを見る分には音声が入らないというだけで、技術班が解析でもすれば音声は拾われるかもしれない。

 でも。その実際の部分なんてものを近界民であるヒュースが知っているわけがない。

 

 だから、効く。

 

「他の部隊がいるところで──さっきみたいにアンタが近界民だって思わず口走る事もあるかもしれない。アタシ、気が短いし」

 

 笑う。

 愉快故に、香取は笑う。

 

「……何が言いたい?」

「……ここでアタシを止めないと、後悔することになるかもしれないわよ。──嫌なら、かかってこいってだけの話よ」

 

 さあ。

 時間は十分に稼いだ。

 そして──ヒュースの中に幾分かの危機感を植え付けることができた。

 先程香取はヒュースに対する悪感情と、遠征に行かせないという目的をはっきり告げた。

 脅しではないと。そう思っているはずだ。

 だから。

 ──香取を他の部隊が集まる前に絶対に仕留めねばならない。そう思い込むはずだ。

 

 香取はその瞬間、背後へと飛び去りながらヒュースに弾丸を打ち込んでいく。

 

 ヒュースは、追う。

 香取が向かう方向へと。

 想定通りだった。

 

 それだけで──もう十分。

 オペレーター、宇佐美栞の警告がヒュースの耳に入る。

 香取が向かう、その先には──。

 

「よう、新入り」

 

 黒を基調とした隊服から、伸びる一筋。

 鞭のようにしなるそれを──操る、その男は。

 

「遊ぼうぜ」

 

 影浦隊、隊長。

 影浦雅人であった。

 

 

 ──そうか。

 

 ヒュースは一つ納得した。

 香取葉子の狙いは──この状況なのだと。

 

 影浦雅人を追加しての、三つ巴戦。

 確かに、三つ巴での戦いならば──実力差もあり、負傷している状態でも勝ちの目が出てくる。

 香取はこの状況を作るために。

 ヒュースが興味を持たざるを得ない話題を口にして時間を稼ぎ、香取を追わざるをえない状況にヒュースを追い込んだ。

 その果てに現れたのは。

 ──ヒュースに匹敵する実力者である、影浦雅人。

 

 影浦のマンティスが首目掛けて放たれる。

 それを避けると同時。

 香取が──何やら爽やかな笑みを浮かべながら、拳銃を放つ。

 

 その弾丸は──影浦の攻撃と同時に構えられ、ヒュースの回避動作と共に放たれる。

「……」

 

 銃撃に体が削られつつ、香取と影浦の双方へバイパーを放ちつつ──香取に向け孤月にて斬りかかる。

 しかし香取は特に焦る事なく。

 バイパーをシールドで防ぎ、拳銃から切り替えたスコーピオンで斬撃を受ける。

 

 ──迷いがない。

 

 ヒュースは違和感を覚える。

 香取の動きを見ると、影浦に全く警戒を割いていない。

 

 その状態に呼応するように。

 影浦もまた──ヒュースのみに狙いを絞り攻撃を放っていく。

 

「──成程」

 

 これは三つ巴の戦いなどではない。

 

 ──純然たる、二対一の戦いだ。

 

 

「──修くん! ヒュース君が香取隊長と影浦隊長に狙われてる!」

 

 その状況は、玉狛の部隊員にも伝わる。

 

「──空閑! 最短ルートでヒュースと合流できるか!?」

「すまん隊長」

 

 そして。

 偶然が──試合の状況を変えていく。

 

「見つかった」

 

 遊真は──バッグワームにて潜伏をしていた生駒達人と遭遇を果たしていた。

 

 これにて。

 事前に立てていた、遊真とヒュースを合流させる計画は頓挫することとなる。

 

「──千佳! 場所を移動する! ヒュースを援護できる位置まで出る!」

「うん、解った」

「一帯にエスクードを敷いて二人の退路を確保した上で、移動する──頼んだ!」

 

 千佳はビルの上から飛び降りると、地面に手をつける。

 ──周囲一帯を飲み込むような、エスクードの山々。

 それらが、千佳を中心に作り上げられていく。

 

「行くぞ!」

 

「ゾエさん。玉狛の二人が動き出した」

「ん。了解。それじゃあこっちも移動しようか。──ねぇユズル」

「ん?」

「大丈夫? ──雨取ちゃん、撃てる?」

「……」

 

 千佳と修がヒュースの援護のために壁を作り、移動していく様を、ユズルは80メートル離れたビルからスコープ越しに眺めていた。

 

 迷う事なく。

 ユズルは、言う。

 

「大丈夫」

 

 と。

 

 

「──成程ね」

 

 観戦席。

 木虎は──加山に訝しげな視線を浴びせる。

 

「香取隊長と影浦隊長──何か吹き込んだでしょ。加山君」

「影浦隊長には置き弾の対策を伝えて、香取隊長には聞かれたことを答えただけですよ。──あんな風に動くように段取りした覚えはないね」

「ふーん。なら……香取隊長は、影浦隊長が自分ではなくヒュース隊員を狙うことを貴方からの情報抜きで判断したわけなのね」

「状況判断、って事もあり得るな。俺が影浦隊と接触していたことは知ってたみたいだったから」

 

 今のところ──加山の情報戦は想定以上の結果となっている。

 それはひとえに、香取の高い状況判断によって弾き出された結果ではあるが。

 

「──さぁて。どう来るかな」

 

 玉狛が誇るエース二枚は合流が叶わず。

 雨取千佳は現在何者の庇護もなく単独で移動を開始している。

 

 ジッと、加山は──試合の行く末を見守ることにした。



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怒りし者③

「旋空──弧月!」

「おお」

 

 一方。

 空閑遊真は転送位置からヒュースとの合流地点へ向かおうとしていた途中で、生駒達人の襲撃を受けていた。

 バッグワームを解き、グラスホッパーを装着。

 その瞬間──自身の真横から旋空が襲い来る。

 

 それは、速く、長かった。

 横薙ぎに放たれたその刃は幾つもの家屋を叩き斬りながら、空閑遊真の真横を通り過ぎていく。

 

 横薙ぎの斬撃に対して、遊真は身体を翻しジャンプを行う事で回避。

 回避行動の最中。

 その旋空を放った者の姿を垣間見る。

 

 ゴーグルをかけ、弧月を振りぬいた姿の男であった。

 

「すまんな。君をあの新人君の所に向かわせるわけにはいかんのや。ここで止めさせてもらうで」

「へぇ。それは面白い」

 

 ──起動時間0.2秒。最大射程40メートル。

 この男にしか使えない、神業。

 

 生駒旋空。

 

「──やっぱり。凄いな、その旋空」

 

 そして。

 空中で翻る遊真の身体目掛けて。

 ──弧を描くように自身に向かってくる弾丸。

 

 ハウンド。

 空中にいる遊真に、自らのトリオン反応を追尾する弾丸を回避する手段は二つに一つ。

 

 一つ。シールドを展開し防御を行う。

 二つ。グラスホッパーによる回避行動。

 

 遊真は、後者を選んだ。

 グラスホッパーを自身の右手側に展開。手に触れて、地上へと即座に帰還する。

 恐らくは、射手の水上が生駒と連携しこちらに弾丸を放ってきたのだろう。

 

「──千佳の対策かな」

 

 生駒隊は、それぞれの隊員が一つどころに集まる合流の仕方ではなく。

 それぞれが一定の距離を保ちつつ、それぞれが別方角から連携を取るような合流の仕方をしている。

 

 恐らくは、千佳の攻撃により纏めてダメージを与えられることを防ぐためであろう。

 

「...」

 

 この方法であると。

 本来であるならばサポートを主とする水上が狩られやすい布陣となる。

 

 あのハウンドの軌跡を追ってその首を叩き落すのは簡単であろう。

 

 しかし。

 それは相手も読んでいるだろう、という戦術レベルの信頼もある。

 読んだ上で──水上に仕掛ける空閑遊真へ対処できる方策があるのだと。そう思える。

 

 それでも。

 以前のチーム状況であるならば、遊真は突っ込んでいっただろう。

 危険よりも、得点を取る事を重視して。

 

 しかし。

 

 ここで遊真は引くことを決意する。

 それは。

 ──現在苦境に追いやられているヒュースからの指示を、遊真もまた聞いていたから。

 

 グラスホッパーを展開し、生駒からも、水上からも、距離を取っていく。

 

 その逃げる方向には。

 ──現在、ヒュースの援護を行うために移動を行っている雨取千佳がいる。

 

「オサム。こっちに千佳が援護することが出来るか?」

「ああ。やれると思う。──千佳。頼めるか」

「うん」

 

 その一言で。

 雨取千佳の片腕には──度し難いほどの大きさのキューブが生れ落ちる。

 

「ハウンド」

 

 細かく分割すれど、まだ十分な大きさを内包したそれらが──生駒隊目掛け、降り落ちていく。

 

 そう。

 今の遊真には──この手段がある。

 

 雨取千佳という、とびっきり優秀な援護役が。

 

 

 

「げ」

 

 その異変に気付いたのは──狙撃手の隠岐であった。

 

「まずい! ──雨取ちゃん、あのエスクード陣からこっち側に距離詰めてきてた!」

 

 巨大キューブが地上から生まれ落ち、そして空高く打ち上げた後に──全方位に向けて弾丸が雨のように降り落ちていく。

 

「──全員! シールド! 早く!」

 

 その広大な範囲から逃れるすべのない生駒、水上はフルガードによる防御を選択。

 そしてグラスホッパーを持っていた隠岐・海はそれぞれ弾雨から逃れるべくグラスホッパーにて逃亡を行う。

 

 これにて。

 

 隠れている生駒隊の総員の居所が判明した。

 

「千佳」

「うん」

 

 空閑遊真が千佳の傍に立ち、カバーに入ると。

 千佳は近場のビルの上に立ち、レーダーを見つめる。

 

「メテオラ」

 

 バッグワームを解き。

 その手にアイビスを手に持ち、体にはメテオラを身に纏わせる。

 

 メテオラが──生駒隊の各員に襲い来る。

 

 周囲の建造物ごと吹き飛ばすその爆撃に視界が塞がれ。

 そしてアイビスにより地形そのものも崩されていく。

 これにて──生駒隊を守る障害物も、地形も、その全てが取っ払われた。

 

「嘘やん」

 

 その中で。

 フルガードにより爆撃を耐えていた生駒達人が、アイビスの砲弾に貫かれ緊急脱出。

 

 そして。

 

 グラスホッパーにより必死になって逃げていた南沢海の姿がレーダー上に見えた。

 

 その地点は。

 雨取千佳から、半径40メートル以内の地点であった。

 

「あ」

 

 その事に気づいたのか。

 海はすぐさまその場を去ろうとするが──。

 

 もう遅い。

 

「アステロイド」

 

 グラスホッパーを展開し逃亡できる範囲すらもカバーする──細かく、広大で、そして異様なまでの速度を誇るアステロイドが海に襲い来る。

 

「ハウンド」

 

 そして。

 シールドでそれらを防いだ後に──襲い来るは、弾速が遅く大きく分割されたハウンド。

 

 それらが自らの全身を押し潰すように叩き込まれた。

 

 ──雨取千佳による、必殺のフルアタック。

 

 これにより──玉狛第二は三ポイント目が入る。

 

 

 そして。

 その後三十秒も経たずに、生駒隊は全滅することになる。

 

 狙撃手の隠岐はグラスホッパーによる逃亡の最中、影浦隊狙撃手絵馬ユズルにより頭部を撃ちぬかれ。

 水上は北添の機関銃の弾雨により撃破される。

 

 共に──雨取千佳の爆撃によって発生した煙に紛れ位置取りを行い、雨取千佳の標的となった生駒隊の二人を速やかに始末した。

 

「──ここからカゲの方に引いていくよ」

「うん。ここでカゲさんを生き残らせて、あの新入りの人を処理できれば──こっちにも勝機が生まれてくる」

 

 当初、北添が千佳に襲い掛かり、シールドを張らせたところで別角度からユズルが狙撃を行う戦術を考えていたが。

 しかし、空閑遊真が雨取千佳と合流しそのカバーに入ったことで実行が難しくなったため、戦術の変更を余儀なくされた。

 

 その為──雨取千佳の攻撃に紛れて生駒隊からポイントを取る戦術に切り替えた。

 

「──雨取ちゃんの追撃が来る前に、はやくカゲを助けに行こう」

 

 そして。

 二人は──影浦との合流を目指し、走っていく。

 

 

 影浦・香取との二対一の戦いを行っているヒュースは。

 それでも冷静であった。

 

 ──カゲウラには、置き弾のトリックは見破られている。

 

 近接戦を餌にして、別角度から置き弾で攻撃を行う。この連携によって影浦の持つ感情受信体質の副作用を切り抜けんとする戦術は──現時点では実行不可能であった。

 

 影浦はヒュースの近接戦に乗っかってこない。乗っかるとしたら、香取の攻撃によりシールドを展開してきた場合のみ。

 置き弾を強く警戒しているのだ。

 

 香取が高機動力を生かした多角的な攻撃を仕掛け、その対応の為にヒュースがシールドを張る。

 その瞬間でなければ影浦は仕掛けてこない。

 

 ──こちらの択が潰されているのに。敵には一方的に攻撃を通す選択が幾つもある。

 

 左手が吹き飛ぶ。

 香取の拳銃弾がヒュースに叩き込まれていた。

 

 チ、と一つ舌打ちをして。

 それでもヒュースは移動していく。

 

「──オサム」

「ヒュースか。どうした?」

「チカを俺の援護の為に動かしているな? ──俺はいい。ユーマの方を援護しろ」

 

 ヒュースは移動しながら、そう言った。

 

「俺の周囲にはカトリとカゲウラの二枚しかない。チカをわざわざ動かしてまで取るべきポイントはこっちじゃない。──ユーマとチカで他の敵を炙り出せ」

 

 その指示により、遊真は千佳に援護を依頼し、そのカバーに入り。

 千佳は爆撃と砲撃により二ポイントを取った。

 

 ──ここまで、三ポイント。

 

 現在、2位の弓場隊が35ポイント。一位の二宮隊が38.

 そして──玉狛第二は現状、29ポイント。

 

 最低でも6ポイント。

 出来るならば、8ポイントは取りたい。

 

 点を。

 点を取らねばならない。

 

「──この局面は、俺自身で切り抜ける」

 

 ヒュースはそう断言した。

 その断言に、修は「任せた」と一言返した。

 

 

 ──この状況。分が悪いのは確かだが、そこまで悪くもない。

 

 強い駒二枚に粘着されているこの状況そのものは悪いが。

 その中で、バイパーの置き弾を警戒して影浦の攻撃が消極的なのは好材料。

 

 ──オレを倒すのに、時間をかける方針で来ている。

 

 ヒュースは逃げるように移動している。

 ここで移動する方向が雨取千佳の方角ならば──きっと二人は死力を尽くして止めに入ったのだろう。

 

 しかし、ヒュースが逃げていく方向はその真逆。雨取千佳から離れていく形になっている。

 だから、この移動を止めようとしない。

 

 それこそが、ヒュースの狙いであった。

 

「ここで仕掛けるのかよ」

 

 ヒュースは狭い路地の間に入り込むと、影浦に斬りかかった。

 

 ──成程。せめー路地に入る事で、俺と香取の連携を分断するつもりか。

 

 だが。それは──影浦にとっては歓迎すべき事態だ。

 

 ──こういう場所での斬り合いなら望むところだ。

 

 ヒュースの斬撃を防ぐと同時、影浦はマンティスをその喉元に走らせる。

 ヒュースはそれを回避すると同時。影浦に走らせた斬撃にて横手の建物の壁を斬り裂く。

 

 斬り裂いた壁から、ヒュースはその建物の中に入り込む。

 

「──このまま逃げられるとでも思ってるのかよ」

 

 当然。

 影浦もまたその後を追う。

 

 その動きと連動するように──香取はその建物の逆側に移動し、ヒュースの逃走経路を潰していた。

 

「──邪魔だ」

 

 ヒュースはそう呟くと。

 壁の裏手側にいる香取に向け──旋空を叩き込む。

 

 壁越しから襲い来る防御不能の斬撃に身を屈める瞬間──ここでヒュースはシールドを解除し、バイパーをセットする。

 

 セットと同時に生成し、大きく分割し影浦に放つ。

 

 それはヒュースの視線と共に放たれ──当然影浦は副作用によって弾道を予期し、回避を行う。

 

 ここで。

 香取と、影浦。双方が回避動作を行い、攻撃の手が同時に止まってしまった。

 

 この隙を、ヒュースは待っていた。

 

「バイパー」

 

 弾体を生成。そして分割。

 

 それを建物の中に放置しながら──ヒュースは影浦に斬りかかる。

 

 初撃。

 袈裟からの斬撃を、影浦はバックステップで回避を行う。

 

 二撃。

 袈裟斬りから転化した横薙ぎの一撃。この隙にマンティスによる斬撃を行使したくなるが──置き弾の発射を警戒し、シールドを装着していた影浦は、これも回避を行う。

 

 そして。

 二度の斬撃を回避した影浦の視線を横切る、バイパーの弾丸。

 

「──こんなもん」

 喰らうか、と。

 回避したその先。

 

「──あ?」

 

 身体が。

 回避したその先から動かない。

 

 

 そこには。

 

「──スパイダー.....」

 

 そうか、と影浦は思う。

 

 ──この新入りはあのメガネが張ったスパイダー陣に向かって逃げていたのか、と

 

「置き弾も。スパイダーも。──お前の副作用には引っかからない」

 

 襲い来るバイパーをシールドで防ぐ様を見届け。

 ヒュースは──スパイダーに背を預け、逃げ道の無くなった影浦雅人に、

 

「これで──終わりだ」

 

 三撃目を、叩き込んだ。

 

 



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怒りし者④

 ヒュースが放った斬撃は、影浦の左肩から腹先にかけて斬り裂いていた。

 かなり深い傷であったが──ヒュースの想定よりも遥かに手ごたえのない一撃となった。

 

 そしてヒュースは──影浦の背後にあったスパイダーが全て両断されていることに気づく。

 

 ──そうか。斬りかかられると同時に、スコーピオンでスパイダーを切断していたか。

 

 だから背後へと瞬時に後ずさる事により、斬撃を致命傷一歩手前までずらす事に成功できた。

 ──いい判断だ。

 

 

 ヒュースは更に一撃を食らわせんと踏み込もうとして──止める。

 背後からの香取葉子からの攻撃を警戒したため。

 

 ──背後に来ていた香取は拳銃を構えヒュースに狙いを定め。

 ──とどめを入れられなかった影浦はマンティスでの斬撃をヒュースに行使していた。

 

 ヒュースは。

 シールドを使わなかった。

 

 影浦の斬撃で左腕の全体が吹き飛び。

 香取の弾丸がトリオン供給器官スレスレの部位に着弾する。

 

 それでも。

 ヒュースは身を捩り二つの攻撃から心臓を守りながら攻撃を行使する。

 

 身を捩りながら弧月の回転斬り。それに伴う半回転の旋空の斬撃が両者に襲い来る。

 

 香取も、影浦も──共に身を屈め、その横薙ぎの旋空を避ける。

 

 その動作が終了している、その時には。

 もうヒュースの頭上に──バイパーのキューブが生成されている。

 

 生成し、分割し作り上げた半分を影浦に。半分を香取に放つ。

 

「チッ.....!」

 

 ヒュースは弧月を振り終えると、その視線は香取に向けていた。

 

 当然バイパーが射出される瞬間を副作用で察知することが、影浦には出来ない。

 

 影浦の脚部、そして腹部がそれぞれ削られる。

 

 先程の一撃も合わせ──トリオン漏出による緊急脱出の刻限が一気に近くなる。

 

「....おい」

 

 そう影浦は言うと。

 

 マンティスによる波状攻撃を反撃代わりにヒュースに叩き込む。

 ヒュースはシールドでその動きを止め、シールドが割れる直前に背後へと引く。

 

 その瞬間──影浦は香取へとゆっくり近づく。

 

「──勝てよ」

 

 ぼそり、香取にのみ聞こえるほどのひそやかな声でそう呟いた。

 そう呟く彼は、──トリオンの漏出により緊急脱出直前の有様。

 形だけでも攻撃のフリでもしようとしたのか。速くもないスピードで影浦が香取に手を振り上げた瞬間、

 

「──当然よ」

 

 そう香取は呟き──影浦の首を跳ね飛ばした。

 

 

 

「成程」

 

 

 その様を見つめながら。

 ヒュースはただ、呟く。

 

「そういうのもアリなのだな」

 

 敵部隊同士の三つ巴の戦いのはずが。

 徹底した2対1の構図が繰り広げられ、その果て。影浦は玉狛に点をやるくらいなら、と──香取に自らの首を差し出した。

 

 ──加山か、もしくは眼前の女の仕込みか。

 そのどちらかは解らないが。

 随分と、自分は恨まれているらしい。

 

「何か文句ある?」

 苛立たし気に、香取はそう呟く。

「いいや。──こうなったからには、確実にお前から点を取らせてもらう」

「やれるもんなら、やってみろ」

 

 影浦が残した置き土産。

 

 ヒュースに刻まれた左腕の欠損と削れた足。

 追い込まれているのは自分だけではない。

 奴もかなり辛い状況のはずだ。

 

 

 それでも──焦りの欠片も見られない。

 

 ヒュースという男の強さの神髄はここなのかもしれない。そう香取は思った。

 

 苦境の中においても常に平常心を維持できる冷静さ。

 冷静であるが故に、思考を放棄しない。最善を選び続けられる。不利に陥ろうとも切り抜けられる。

 

 だからこそ。

 こちらも最善を選ばないといけない。

 

 片腕が千切れて足も削っている。

 千切れている腕側から攻めるか、機動力を活かした戦い方を選択するべきなのだろう。

 ただ、その狙いは相手も読んでいる。

 

 ──結局、アタシがあの近界民を倒せる手段は二つに一つ。

 

 懐に入り込んでの真っ向からの差し合いか。

 グラスホッパーを合わせての機動戦か。

 

 このどちらか。

 

 どちらも懸念点がある。

 

 片腕のヒュース相手だ。純粋な近接戦で圧し負ける事はない。

 しかしヒュースにはバイパーがある。

 恐らくこちらが肉薄する瞬間にはバイパーを作出し、差し合いの中で使ってくるだろう。

 

 故にこの近接戦は──バイパーが射出するまでの間で仕留めねばならない。

 

 ならばグラスホッパーを使用した機動戦を行えるか、というと。

 やはり──直線行動を取るグラスホッパーと、曲線での攻撃が可能なバイパーでは純粋に不利。

 

 

 よって。

 香取が出した答えは──。

 

「──これで」

 

 グラスホッパー陣を大量にヒュースの周囲に撒き、

 

「終わらせるわ.....!」

 

 ──乱反射。

 

 敵の周囲をグラスホッパーで囲み、高速移動しながら攻撃をする技法。

 

 .....恐らくヒュースはこれまでのランク戦をチェックしているはずで、そして同じ技を使える空閑遊真と訓練も重ねているはず。

 

 だから対策も練っているであろう。

 

 ヒュースはバイパーを作成し、分割する。

 

 ──そうでしょうね。そうするわよね。

 

 グラスホッパーは弾丸トリガーで破壊できる。

 陣を破壊さえすれば、この技はもう使えない。

 当然、バイパーで破壊しにかかるだろう。

 

 

 ──それでいい。

 乱反射は、あくまで撒き餌。

 

 バイパーの射出方向を香取個人へ集中させるのではなく、グラスホッパー目掛けての全体に移行させるため。

 そして。

 乱反射での手数による猛攻を注意させての──初手への警戒を薄めるため。

 

 グラスホッパーにて移行するのは。

 ──斬り飛ばされた左手側。

 

 バイパーを使用しているためシールドは使えない。弧月は右手側で振りかぶっている。

 左側が、空いている。

 

 そちら側にグラスホッパーでの移動を行い。

 千切れたヒュースの腕側から、右足を前に突っ込む。

 

 右の斬撃が到達するよりも、グラスホッパーを利用した飛び蹴りの方が速い。

 

 バイパー弾の幾つかが香取を削るが、それでも香取の動きは止められない。

 香取の右足は──ヒュースの供給器官を貫いた。

 

「──終わりよ」

「いや──まだ終わらない」

 

 そうヒュースが呟くと同時。

 ヒュースの心臓を貫いた香取の背中側から──バイパーの弾雨が叩き込まれる。

 

「.....!」

 

 香取は驚愕の表情で周囲を見回す。

 

 周囲に撒いたグラスホッパーは、そのまま残っていた。

 

 

 ──読まれていた。

 

 グラスホッパーが撒き餌だと。ヒュースは読んでいた。

 だからバイパーはグラスホッパーを狙うように見えて──むしろ避ける軌道で放ち、更にそこから香取に向けて折り返す形で仕留めた。

 

 ──備えていた。

 間違いなくヒュースはこの場面を想定し、そして備えていた。

 

 グラスホッパーは弾丸で破壊できる。

 この対策を実際に以前のランク戦で弓場が実行していて、当然その研究もしている。

 だから──その対策を実際に持ってくるであろうという想定で香取は動いた。

 

 乱反射の陣を敷けば、その対策をヒュースは実行するだろう。

 その思考の下に香取は自らの策を打った。

 

 しかし。

 対策を裏手に取る作戦を更に上回る想定で、ヒュースは動いていた。

 その結果として。

 腕も足も削られているという圧倒的不利な状況から。

 相打ちに──()()()()()()()

 

 

「.....これで四点目か」

 

 ただそうぽつりと呟いて──ヒュースは緊急脱出した。

 

 

 結果的に相打ちの形となった。

 香取は穿たれた胸の穴に一つ手をやる。

 

 まなじりは泣きそうに歪んで。

 しゅうしゅうとトリオンが垂れ流されている穴をぐっと掴んで。

 

 何かを言おうとして言えず──ただ下に俯き、そのまま緊急脱出と相成った。

 

 

「──すまない。落とされてしまった」

 

 ヒュースは淡々とした口調ながらも、言葉通りの感情も少々滲ませた口調でそう部隊に伝えた。

 

「いや、こちらこそすまない。援護が入れられないで申し訳ない」

「結果的にはかげうら先輩とかとり先輩も仕留めてくれたからな。一番厄介な二人だったから、本当に助かった」

 

 香取がヒュースの想定を超えることが出来なかった、と悔いていたように。

 ヒュースもまた──自らの想定の甘さを悔いていた。

 

 ランク戦という環境と、これまでの戦いを研究してきた結果生まれた先入観を持ち戦った結果──想定外が連続してしまった。

 

 ──加山に自身の情報が流された時点で、警戒しておかなければならない事態だった。

 部隊の垣根を超えた影浦と香取の連携により、自身は葬られた。

 

 加山はああいう戦いをする人間で。

 そして自分はああいう戦いと相対しなければならない人間で。

 

 香取からありったけの憎悪の言葉と、脅しの言葉を突き付けられたとき。

 警戒すべきだったのだ。

 

 香取が向かう先に影浦の反応があった時も。

 三つ巴戦で香取が有利を取ろうとしているのだろう、としか思っていなかった。

 二ポイントを取れ、そして脅しにかけている香取を仕留める好機だと──そう思い安易に追ってしまった。

 

 

 そこからの立ち回りは最善を取れたからこそ二ポイントを取れた。

 しかしそもそもあの香取の挑発を受け入れなければまだ生きていて、部隊の援護が出来ていた可能性が高い。

 

 

 冷静さを持っていれば、想定できた事だった。

 香取が自身の正体を知っている、というのならば。

 当然加山にとっては、より深く近界民である自身についての情報を共有できる相手であるという事である。

 

 ヒュースは──あの挑発に乗った時点で香取に負けた、と感じていた。

 

 まだまだ甘い、と。

 そうヒュースは思いつつ──残るメンバーのサポートに注力する事にした。

 

 

「.....」

 

 負けた。

 何もかも手を打って、負けた。

 

 香取は緊急脱出先のベッドの上。

 目頭を摘まむ。

 

 怒りに震える、というのは本当に久しぶりの事だった。

 実力で負ける、という事は幾らでも経験していた。

 それなのにこの怒りは何なのか。

 

 理解できている。

 あいつは敵だ。

 敵なのだ。

 

 記憶が蘇る。

 

 ──いい動きだったな。無駄だったが

 

 大規模侵攻。

 敵の首魁、ハイレインに挑み、敗れたあの時。

 

 悔しくて仕方がなかった。

 華の家族を奪った連中の一人がまた攻めてきて。

 一矢報いる事も出来なかった無力感。

 

 あれと同じだ。

 敵に負けたんだ。

 あの圧倒的な無力感を味わわされる、敵への敗北を懲りもせずまた舐めさせられた。

 

 そして。

『敵』を前に、その力を超克できない自身への怒りも合わせて──震えていた。

 

「ムカつく......!」

 

 何より腹が立つのが。

 この怒りを──過去の自分はすっかり忘れていて。自分を磨くことを放棄していた事実だ。

 

 あの空白がなければ勝ててたのではないか? 

 

 そんな風に思ってしまう自分の悔恨の情すらも、腹立たしい。

 

「ムカつくんだよ.....!」

 

 ベッドに拳を叩きつけ、涙を滲ませる。

 

 腹立たしい。

 腹立たしくて仕方がない。

 

 

「──葉子」

 

 声が聞こえる。

 若村の声だった。

 

「まだ雄太が生きている。──最後までサポートしようぜ」

「....」

 

 素直に一つ頷き、オペレーターのモニターまで歩いていく。

 

 解っている。

 ここで感情を解放しても意味なんてない。後悔もまた同様だ。

 

 ──もうアタシの心は折れない。

 

 この煮え滾るほどの後悔も飲み干す。

 現実を現実として受け入れて──歩いていくしかないのだから。



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怒りし者⑤

「──影浦先輩と香取先輩は倒した。なら」

「うん」

 

 残る敵は。

 影浦隊の絵馬ユズルと北添尋と、香取隊の三浦。

 

 狙撃手が一人残っているが、それでももう四点を取っている。

 ここで消極的になる理由はない。

 

「千佳。ビルから降りてくれ。──ここからは攻めていく」

 

 そう修が指示を出すと、雨取千佳はバッグワームとアイビスを解除する。

 

 そして。

 

「エスクード」

 

 自身の周囲一帯。

 およそ半径百メートル近く。

 

 自身の爆撃によって散々に開かれた地形の中を、壁が吹き荒れる様に作成されていく。

 

「ハウンド」

 

 その作業を終えるとその一帯にハウンドを振り落とす。

 

 巨大なキューブを細かく、細かく、千切って。

 天高くに打ち上げる。

 

 そうして──壁の間の細々とした空間に降り落とす。

 

 

 たったそれだけで──その空間内にバッグワームを着込んでいた北添尋の姿が浮き上がる。

 隠蔽を不可能と悟りシールドを装着した北添の姿を捉えると。

 

 千佳と北添の直線状にあるエスクードが引っ込むと同時。

 その作業と並行して自身の周囲に纏わせていたアステロイドが引っ込む壁の間を通り過ぎていく。

 

 威力を半減させ。その分を速度に転換させたそのアステロイドは。

 

 北添との相対距離およそ六十メートルの間を瞬時に駆け抜け──その巨体を斬り裂いていった。

 半減せども──ハウンドでシールドを削られていた北添を仕留めるに辺り十分な威力を持っていた。

 

 

「....」

 

 狙撃の好機を探り続けていたユズルは、非常に厳しい状況の中にいた。

 

 あの波状攻撃があるが故に、基本的に狙撃は最低百メートル。射手の応用性を考えれば百五十メートルは欲しい。

 この時点で──アイビスが封じられる。

 

 しかしイーグレットで狙おうにも、千佳はとにかく硬い。

 周囲はエスクードで囲まれ射線は少ない。特に攻撃を仕掛けるときには、まずエスクードの乱立地点からシールドを固めた上でハウンドでの攻撃が基本となる。攻撃を仕掛ける瞬間という一番狙撃が通りやすいタイミングが潰されている。

 

 ただでさえ少ない射線。ようやく見つけ出せた狙撃地点からも、糸を通せるほどの距離しかない。

 

「──ユズル! 後ろ!」

 

 仁礼光の警告から背後を振り返る。

 そこには。

 

 スコーピオンの光が、眼前に迫っていた。

 

 

 ──もう残されているのはオレだけだ。

 

 香取隊三浦雄太は、二つの幸運が重なりここまで生き残ることが出来ていた。

 

 一つ。──現在玉狛の得点のほとんどを占めている雨取千佳とヒュース、それぞれから最も遠くに転送されたことによりその攻撃から逃れられたこと。

 二つ。玉狛からは大きく離れることに成功したが、その代わりに生駒隊からは近い位置であったのだが──その生駒隊が雨取千佳の猛攻により早々と壊滅した事。

 

 この二つの幸運に恵まれ、生き残る事は出来た。

 が。

 同時に──倒すべき敵が早々に壊滅し、さりとて玉狛を狙う訳にもいかず宙ぶらりんの状態で隠れる羽目になっていた。

 

 合流のオーダーに従い向かう先。

 若村も香取もヒュースに仕留められ。

 

 そのまま「隠れろ」のオーダーに従ってここまで生き残れたが──。

 

 それもここまでだろう。

 これから爆撃による炙り出しが始まる。

 

 

 

 ──三浦は、自身の事を何も変わらなかった人間だと思っている。

 

 

 香取隊を見回すと。

 まず香取が変わった。

 以前と見違えるほどの成長を遂げて、名実ともに香取隊の隊長として部隊を率いてきた。

 

 その変化は、恐らくは自分の親類である華によるものだろう。彼女自身の考えの変化が、香取との対話を生み出し、部隊が変わっていった。

 

 そして、若村。

 彼は──恐らくこの部隊でいっとう惨めな思いをした人間だと思う。

 香取に変化を要請していた彼自身が。

 ──本当に変わらなければならなかったのは自分の方だったのだと突きつけられた人間だったから。

 

 香取が変わって。

 今度は彼自身が──実力不足の分際で香取のスタンスに批判していた過去が脳天に叩きつけられて。

 変わらなければならない、という現実と。上手くいかずに今度は香取に叱責され続けている現在と。その狭間で──きっとその惨めさに、何度も涙を流したのだと思う。

 

 

 なら。

 自分はどうだろう。

 

 惨めさなんて、心の中にない。

 自分は若村とは違う。

 ずっとずっと、あのままの香取に従順だった。

 

 だから噛みつくことも無く。

 なあなあで済ませて。

 まあまあと仲裁にもならぬ仲裁をし続けて。

 

 

 そして。

 何も変わっていない。

 

 香取も、若村も。

 惨めさを糧にどんどん先に進んで行っているのに。

 

 

 なあなあのままの自分は。

 なあなあのまま、ここに存在している。

 

 

「.....」

 

 ──雄太。ここまでよく生き残ったわね。脱出しなさい。

 

 香取の声が聞こえる。

 

 このまま。

 何もなく脱出してもいいのか。

 

 きっと。

 そう命じられれば、そうだねと一言呟いて緊急脱出していたのだろう。

 

 

 でも。

 今自分は──。

 

「ごめん。葉子ちゃん」

 

 言う。

 

「まだ、諦めたくない」

 

 はじめてかもしれない。

 こんな事を言ったのは。

 

「──考えがあるの?」

「ある。.....ある!」

 

 その声は。

 今までにない程の、必死さがあった。

 

 

 同じ状況におかれて。

 若村は──自分の師匠を倒したんだ。

 

 ならば。

 自分もまた──最後まで足掻きたい。

 

「オレは──あの雨取ちゃんを、倒す」

 

 三浦は。

 ただ一筋の思考の果てに──そう宣言した。

 

 

 残り一人。

 今までまだ姿を現していない、三浦雄太。

 

 

 ──当然の如く、周囲に爆撃とハウンドの雨が降り注ぐ。

 

 しかし。

 三浦はバッグワームを決して解くことなく、弧月を外しシールドを張って進む。

 

 爆撃の余波。そしてハウンド。

 シールドは幾度となく破損し、そのたびに身体が削れていく。

 

 意地でも。

 意地でも、まだ姿を晒さない。

 

 崩落する建物の間を通りながら。

 時に視界を欺くたび匍匐しながら。

 

 動く。

 動き続ける。

 

 一つ間違えれば犬死の結果のみが残される道を。

 三浦雄太は、動く。

 動き続ける。

 

 未曽有のトリオンによる災害のようなそれらを。

 敵が作り上げたエスクードの間をおっかなびっくり縫うように。

 

 動く。

 動き続ける。

 

 視界の隅にこちらを探し続ける空閑遊真の姿が映るたび、心臓が止まりそうな冷たさを感じた。

 

 それでも。

 

 それでも。

 

 

 ──ここからだ。

 

 

 三浦雄太が目標の地点に着いた時。

 なにもしていないのに──もうトリオンの三分の二が喪われていた。

 

 顔面は顎部分が削れ、シールドが無かった時に積極的に盾代わりにした左腕はもう千切れ飛んでいる。脇腹も胸部も散々に削れている。

 

 この広大な範囲を”炙り出す”攻撃だけでこんな風になるんだ。

 本当にとんでもない。

 

 勝負は、一瞬。

 もうここにかけるしかない。

 

 

「──やるよ、葉子ちゃん」

 

 そう目を見開き。

 一つ呼吸をして。

 

 

 ──三浦雄太は、バッグワームを解いた。

 

 

 その瞬間。

 雨取千佳のレーダーに、新たなトリオン反応が生まれる。

 

 三十メートル先のエスクードの背後。

 

 

 ここから。

 当然──先程の動きを再現する。

 

 アステロイドを分割し周囲に置き。

 同時に──三浦が隠れ蓑にしているエスクードが引っ込む。

 

 

 その時。

 三浦の姿は──そのエスクードの先には無かった。

 

 雨取千佳は目を見開いた。

 そうか。

 三浦雄太は、カメレオンを持っていた。

 

 

 エスクードを引っ込ませその先に誰もいなかった光景を見た時。

 アステロイドを放とうとした雨取千佳は、一瞬動きを硬直させていた。

 

 その時三浦はカメレオンを解き、今度は──雨取千佳の直線状にあるエスクードを斬り裂き、肉薄する。

 

 

 

 

 

 ──もう隊で遠征行く目はほとんど残っていないけど、私も私で遠征に行く目的が出来たわね

 

 

 ──ごめん、葉子ちゃん。

 

 遠征に行きたかったんだ。

 それなのに、不甲斐なくてごめん。

 

 個人選抜で選ばれるにしたって──隊の順位も重要な判断基準になるはずだ。

 

 

 だから。

 

 

 ここで。

 

 

 ──怪物(雨取千佳)を、ここで倒して──。

 

 

 

 雨取千佳の姿が視界に映る。

 ここだ。

 

 距離は十分届くはず。

 旋空で斬り込めれば。

 

 エスクードの操作の為に地面に手を置いている。

 あれならすぐに動く事は出来ない。自分の技術でも、十分に旋空は届く。

 

 

 届け。

 

「──届け!!」

 心中の思いは。

 偶然にも──作戦室の仲間とも重なった。

 

 倒す。

 怪物を──倒す。

 

 切っ先を振り下ろさんと、

 喉から声を絞り出して──踏み込む足にありったけの力を──! 

 

 

 

 

 

 

 瞬間

 

 壁が、せりあがった。

 

 

 

 その壁は自身の視界を完全にふさいで。

 

 振り上げた弧月の切っ先が、壁に埋まる。

 

 

 

 あ、と声を上げる間もなく。

 

 

 ──エスクードごと三浦を撃ち砕く、アステロイドの横殴りの弾雨が貫き去っていった。

 

 

 千切れかけの脇腹を千切り倒し。

 三浦の上半身は──彼方まで吹き飛んでいた。

 

「....」

 

 身体が崩壊していく。

 

 あと一歩。

 

 その一歩が──まるで遥か彼方かの如く、遠く見えた。

 

 この一歩を埋めるべく積み上げてきたものの差だと。

 そう感じ取ったから。

 

 好機を掴むべくこの戦いで実践してきたことは。

 相手にとっては──あと一歩の状況であろうと打倒できるものだったのだ。

 

 この好機を掴むには。

 まだ備えが必要だった。

 

 その備えが、なかったのだ。

 

 ──好機を掴み取る権利は。より備えたものにのみ与えられる。

 

 ただ、それだけの話。

 

 

 

「くそぉ....」

 

 

 三浦雄太もまた。

 この時──ほぞをかみ、そう呟いた。

 

 

 

 

 試合は玉狛第二が生存点含め九得点を取り、圧勝の結果に終わる。

 

「終わってみれば圧勝だったわね」

「.....だな」

 

 それでも。

 この戦いを見た事は無駄ではなかったと。そう思った。

 

「──それも。貴方の盤外戦術が予想以上に効いた上での九得点だから。かなり重い。あそこで影浦先輩が香取先輩にわざと倒されなければ十点よ」

「だよなぁ」

 

 玉狛第二は、間違いなく現B級最強の部隊だ。

 今なら──二宮隊よりも明確に上だとはっきり言える。

 

 今回。

 7得点の内──二得点がヒュースで、四得点が千佳だ。今まで得点源であった遊真は絵馬ユズルを取った一点どまり。

 

 これは今までまぎれもないエースであった空閑遊真がサポート重視の立ち回りをしていたからであり──本来遊真の役割だった敵エースを相手する役割も、ヒュースが果たしていた。

 

「あの絵馬君を仕留めた空閑君の動き....あれ、狙撃地点への釣りだしだったよな」

「でしょうね」

 

 広くエスクードを敷きながら。

 その実──玉狛はわざと射線の空きどころを作っていた。

 

 意図的に作った射線上の穴に釣りだされた狙撃手を。

 空閑遊真が狩りに向かう。

 

 

 雨取千佳という強大な存在によって、狙撃手すらも釣りだされてしまう。

 

 

「射程外からの狙撃手での撃破──ってのも難しくなってきているな」

 

 考えれば考えるほど。

 穴がない。

 

 雨取千佳単体ならば幾らでもつけいる隙が見つかる駒だが。

 彼女の戦術的効果を身に纏った玉狛第二のメンバーが、その穴をせっせと埋めていく。

 

 中距離で追い込みもかけられ、エース相手であろうとも真正面から圧倒できるだけの実力を持つヒュース。

 機動力と判断力に富み、その上でサポート重視の立ち回りも非常に上手い空閑遊真。

 

 それぞれ別方向の強みを持つエースがいて、彼等が戦術兵器に近い雨取が十分に暴れられるように環境を整えている。

 

 今回、各部隊考えうる対策は十分に打っていた。

 

 広いマップを選択し雨取千佳の影響を相対的に小さくした。

 開幕からバッグワームで身を隠し、合流も固まることなく距離を置いた。

 

 

 それでも──彼等はこの戦いで9得点も分捕ったのだ。

 

 

「....それでも」

 

 それでも

 

「──まだ、付け入れる部分はある」

 

 まだ。

 加山は──その打倒を、諦めていなかった。




ヒュースは強いんだ(*^○^*)

マジでどうすればいいんだ༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ ༽


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ランク戦ROUND7 ①

今回は、原作の流れと非常に似通っている部分があります。
すみません。


「さあて。──ここからは俺達の番だぜ」

 

 そうして。

 ランク戦昼の部を終え。

 

 防衛任務を挟んで、その次の時間帯。

 

 ──ランク戦夜の部が始まる。

 

 

「皆さんこんにちは~。B級ランク戦第7ラウンド夜の部、実況はこの私宇井が担当しますー。さて、解説は──太刀川隊射手の出水先輩と、東隊狙撃手の東隊長です」

「よろしく~」

「よろしく頼む」

 

 ランク戦第7ラウンド夜の部。

 そこには、奇しくも二宮隊と関わりの深い二人が解説に訪れる。

 

 出水公平。

 東春秋。

 

 両者それぞれ、二宮にとっての射手として、また戦術家としての師匠である。

 

「今回のランク戦、ずばり見所はどこでしょう?」

「今回、弓場隊も鈴鳴も双方とも大きな成長を遂げている。二宮隊相手に、この部隊がどう戦っていくのかに注目していますね」

「だな。鈴鳴第一は新陣形。そして弓場隊は点取り屋としての加山の成長。──今回は状況の転び方によっては二宮隊を食うのも全然あり得ると俺は思っていますね」

「ああ。──さて、鈴鳴第一が選んだマップは、市街地Dか」

 

 市街地D。

 それは中央地帯に大きなショッピングモールがでん、と存在しているマップである。

 

 外は広い道路とビル群で構成され、開けた場所も多く弾トリガーが有利となる。

 その為外を避けて中央のショッピングモールに入り込む人間が多く、そこでの戦いが非常に頻発する特色のあるマップである。

 

「──さて。この鈴鳴の選択はどういう意味があるのだろうな」

 

 

「市街地D....か」

 

 加山はその鈴鳴の選択に関して、その意図を考える。

 

「鈴鳴の新陣形を考えれば合流しやすくて撃ち合いが有利になる工業地帯辺りを選ぶと思っていたんですけどね」

「それじゃあ普通に二宮隊が合流したら一巻の終わりだろう」

「ああ。それもそうっすね。──とはいえ合流のしやすさならここも大概でしょう。モールに人が集まるんですから」

 

 その時。

 加山は、一つ思い浮かんだ。

 

 ──ああ、そうだった。鈴鳴には悪知恵だけ働く阿呆がいたんだった。

 

「隊長、帯島」

「ん?」

「トリガーの外装変えてもらっていいすか? ──とりあえず俺も含めて武装は全部黒に統一しましょ」

 

 この瞬間。

 加山の中で序盤の動きは決定した。

 

 

「しかし──結構追い詰められているね。今回。弓場隊と三点差でしょ」

 

 二宮隊作戦室。

 そこでは、犬飼と辻が訓練を行っている。

 

 訓練の内容は、壁が自動生成する空間内を動き回り、移動対象に弾丸を当てる訓練。

 

 エスクードを持つ加山への対策であろうか。

 

「前回も結局俺が落とされているからね。今回は命大事にしていかなきゃ。ただでさえモールで奇襲トラップの宝庫だろうし。──その分攻撃手の駒がかなり重要になるから。頼んだよ」

「うん。──あ。そろそろ転送が始まるみたいだね」

 

 二宮隊は特に気負うことなく。

 揚々と転送を待つ。

 

 

 そして。

 転送が始まる。

 

 

 ──各部隊の転送が終わる。

 

「──やっぱりね」

 

 加山は周囲を見渡し、二っと笑みを浮かべた。

 

「夜か」

 

 その環境を見回し一つ笑みを浮かべ──加山はモールに向け走り出した。

 

 その腰裏には。

 黒色に染まったリボルバー拳銃を隠しながら。

 

 

「──やっぱり、どの部隊もモールに向かっていますね」

 

 各部隊、転送が終わるや否や、モールに向け一直線に走り出している。

 

「転送位置を見ると、二宮隊が比較的モールから遠いですね。この感じだと弓場隊、鈴鳴よりもモールに入るのは遅くなりそうではあります」

「まあ遅くなるのはメリットでもある。ここで鈴鳴と弓場隊が潰し合って弱ったところを一掃....って流れも十分にあり得る訳で」

「その弓場隊ですが、弓場隊長と帯島隊員は合流したうえで屋上からモールに侵入。そして加山隊員は一階のウィンドウを肘で叩き割って侵入。外岡隊員は外で待機。三手に分かれての行動を行っているようです」

 

「恐らくは一階部分から加山がビーコンとエスクードで敵の移動範囲を制限していく形で進めていくつもりですかね」

「だろうなぁ」

 

 と。

 二人が意見の一致を見せた所で──加山は全く同じ事をしていく。

 

 一階部分の物陰、もしくはカフェテリアの店内などを巡り──ビーコンを設置していく。

 

「そして──ん?」

「ほう?」

「ん?」

 

 実況、解説ともに。

 ビーコンを設置し終えた加山の行動に──眉を潜めていた。

 

 

「さて」

 

 ふふん、と──別役太一は、そろそろ~っとした動きから流れるようなゴキブリ這いずり走法で一回の奥へと走っていく。

 

「ラッキー」

 

 そう。

 別役太一は比較的モールに近い場所に転送された。

 その為──今回の作戦の主軸となるとある場所に、誰よりも早く到達出来た。

 

 そして。

 上階では既に戦闘が始まっているとの報告が入る。

 ──そして、隊長である来馬から「嫌な予感がするから気を付けるんだ」との言葉もまた同時に響く。

 その声を聞き、太一は一応周囲を見渡す。

 大丈夫だ。

 辺りに人の気配はしない。

 

「相手は──弓場さんと帯島ちゃんかぁ。この二人を仕留められるならかなり大きい。本当にラッキー....」

 

 別役太一の眼前。

 そこには、電気室の扉があった。

 それを開いた瞬間、

 

「いいや。──アンラッキーにも程があるってもんですぜ。別役せ~んぱい」

 

 そんな声と共に。

 

「ぷぎゅう!」

 

 壁が頭上より降り落ち、床面と挟み込まれる。

 

「な....なんで...」

「早いもの勝ちですよ、別役先輩」

 

 倒れ伏し、見上げる先。

 

 そこには──ニコニコと微笑む加山の姿があった。

 

「悪知恵が働くのが──アンタだけだと思ったら大間違いだ」

 

 加山は拳銃を生成すると、太一のこめかみに置き──引金を引いた。

 

 

 時は、少々前後する。

 

「よし。加山が太一よりも先に一階に入れたな。──後はこのモールに入ってきた連中を潰すぞ」

「はい!」

 

 弓場と帯島は、屋上側よりモールに侵入すると、索敵をしつつ下の階に降りていく。

 六階に到達し、下階から足音が聞こえてくる。

 吹き抜けからその音の方向を見てみると──

 

「──来馬サンと村上を発見。襲撃をかける」

 鈴鳴の二人が見えていた。

 

 ──見敵必殺の勢いをもって、弓場は上階から二人に向け弾丸を放つ。

 

「──弓場君を発見! 鋼、援護をお願い!」

「了解」

 

 弓場の弾丸を村上がレイガストで弾き返し、来馬も突撃銃を弓場に向ける。

 ハウンド弾が吹き抜けを通して弓場に向かうと、弓場は背後へと飛びずさり回避を行う。

 

 その間に両者は階段まで上がり、周回構造になっているフロアを村上が先導し移動する。

 ──弓場と帯島と、同階にて相対する。

 

「....あ」

 

 そして。

 見た。

 

 ──こちらに弾丸を叩き込んできた弓場の拳銃が黒く染まっているのを。

 

「....」

 

 現在。

 村上の弧月も──その刀身を黒く染めている。

 

「よお、村上。──お揃いだなァ」

「....」

 

 ここに弓場と帯島がいて。

 そして加山がいない。

 

 その構図に──村上も来馬も、言いようのない不安感が襲い掛かってきた。

 

「さあ──楽しい撃ち合いをしようじゃねぇか」

 

 拳銃が向けられ。

 引金に指をかける。

 

 

 弾丸を放った瞬間、弓場はシールドを展開しつつ前に出る。

 

 来馬の突撃銃の弾丸を防ぎつつ、こちらも弾丸を放つ。

 

 村上はレイガストによる防御で前に出つつ、旋空による攻撃で弓場に牽制をかける。

 弓場と村上・来馬が対峙する側面へ移動しつつ、吹き抜けからハウンドで攻勢をかける。

 

 ──弓場と帯島の連携では、純粋な弾丸の物量自体は劣る。

 来馬が持つ突撃銃よりも弓場が持つ拳銃の方が一撃の重さはある。しかし純粋な連射性能には大きく劣る。

 

 それ故に、ポジション取りで優位を取る。

 弓場も帯島も動ける駒だ。

 対して鈴鳴第一は──動けない来馬という駒に、防御する立ち回りを行う村上という構図になっており。基本は動けない。

 

 その動けない二つの駒を、弓場と帯島は動きつつ挟み込む。

 

 この動きはまた、もう一つの効果を生み出す。

 

「挟まれば──お前等の新陣形は使いにくいだろう。なぁ?」

「...」

 

 鈴鳴第一が、前回のランク戦で大戦果を挙げ上位進出を果たした原動力となった新陣形による戦術。

 それは。

 隊長である来馬が突撃銃の二丁持ちでのフルアタックで猛攻を行い、村上がその防護を行う陣形である。

 

 連射性能において比類のない突撃銃を二つ持ち防御を考えずフルアタック。単純であるが、これを実行するだけで中距離での威力は大きく向上した。

 当然フルアタックの為防御面で問題が起こるが──それは村上が持つ類稀なる防御能力が埋め合わせる。

 

 

 しかし。

 村上のレイガストによる防御は、シールドよりも遥かな耐久性を持つものの──村上の腕の可動範囲内のみでしか防御が出来ないという弱点がある。

 

 だからこそ。

 機動力もあり、ハウンドで背中側に通す事の出来る帯島と。

 早撃ちによりいつでも防御上の隙を付ける弓場と挟み込むことで──村上の防御上の隙をつく。

 

 その為。

 易々と来馬がフルアタックを行うことが出来ない。

 

 この場において──主導権を取っているのは間違いなく弓場と帯島であった。

 

 そして。

 鈴鳴の二人にとって──更に最悪な報告が入る。

 

 ──太一が加山に仕留められた、という報告。

 

 そして。

 モール一階から湧き上がる夥しいトリオン反応。

 

「.....やっぱり」

 

 嫌な予感は、当たっていた。

 

 加山は。弓場隊は。

 こちらと──全く同じものを狙っていた。

 

「これが──弓場隊の戦い方だ」

 

 そう拳銃を向けつつ弓場が呟いたその時。

 弓場の目に──暗視が入った。

 

 

 辺りが、暗闇に包まれる。

 

 

 

 

 そして。

 太一を仕留めたと同時、加山はエスクードを幾重にも積み重ね電気室を完全に分離した。

 

 その中に、加山はいない。

 

 分電盤のスイッチのオンオフにより戦況を動かす、という計画を加山は持っていた。

 恐らく太一もそうするつもりだったのだと思う。

 

 しかし、懸念点もあった。

 

 スイッチのオンオフを行うには、当然その場に加山が留まらなければならない。

 普通に考えれば──後々二宮や村上といった実力者がこちらに来れば完全な詰みである。そのリスクを負いたくはない。

 

 バッグワームを着込み、ビーコンを発動させたところで、分電盤の前にいれば自分の存在を誇示しているようなものだ。いずれ仕留められるか、上手く逃げられても電気室を手放さなければいけない。

 

 

 故に。

 加山は考えた。

 

 スイッチのオンオフを──遠隔操作できる方法はないかと。

 

 ビーコン地帯に紛れ、自らの存在を隠しながら。

 遠隔での分電盤の操作を行う方法を。

 

 

 加山はその為の道具を──ビーコンを一階に仕込む段階で手に入れていた。

 

 持ってきたのは、カフェテリア内にあった吊り下げ式の電灯。

 

 

 それを引きちぎり、ついでに先端の電灯も歯で噛み千切り──電線の部分だけを紐代わりに持っていった。

 

 

 その後。

 加山は分電盤の前にエスクードを作成し、拳銃でもって近い位置に穴を二つ開ける。

 

 その穴に電線を通し結びつけると、電源の根本と括りつける。

 

 そうすると。

 

 エスクードと分電盤のスイッチとの間を、懸け橋のように電線が結びついた。

 

 

 そして加山は電気室周辺の潜伏場所から。

 

 

 その橋の上の天井から──更にエスクードを垂直となるように発生させる。

 

 

 そうなると──電源と結びついた電線が、エスクードの圧力でスイッチがオフとなる。

 

「──これが。加山式電源操作法ですよ。見てる~? 太一パイセン~?」

 

 これにて。

 スイッチを更に入れたくなったならば──天井のエスクードを引っ込め、今度は床から同じようにエスクードを発生させる。そうすれば、スイッチを上方向に跳ね上げることができ、電気をつける事も出来る。

 

 そして。

 その操作を行っている人間は──バッグワームとダミービーコンに紛れ姿を隠している。

 ただでさえ障害物が多く隠れ合いになりやすい場所である。探すだけでも相当な労力が強いられる。

 

 こうして、可能となった。

 電源の遠隔操作が。

 

「さて。ちゃちゃっと上を片付けてくださいな。隊長、帯島」

 

 上から鳴り響く銃声を聞きながら、そう加山は呟いた。




一度はやってみたかった。
太一のエスクードサンド。かしこ。


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ランク戦ROUND7 ②

「──つまり。モールの分電盤を操作して、電気のオンオフを切り替えて戦うって事ですよね」

「そ。こっちは事前に電源をつけるかどうかの判断が出来るから、オペレーターが暗視をつけるタイミングと合わせることが出来る。対して相手はそれが出来ないから、暗闇になってから暗視を付けなきゃならない。そのタイムラグの間、一方的にこちらが攻撃できる」

 

 加山が、電気室からの電源のオンオフを利用した戦い方を説明する。

 

 要するに相手の視界を暗闇と発光を繰り返させて欺く手法。

 

 周囲から光を奪い、視界を欺き。

 

 暗視を相手が入れたら、今度は電気を入れる。

 暗視状態のまま明るい場所に出ると、視界がフラッシュしたかのように光で見えなくなる。

 

 こちらは常に最適な視界が担保されている状態で戦うことが可能となり、

 敵は電源のオンオフに合わせてオペレーターが暗視の切り替えを行うまで視界がジャックされた状態で戦う事となる。

 

「とはいえ。鈴鳴も当然分電盤を狙ってくる。多分モールではあんまり機能しない別役先輩が分電盤の操作に向かうと思いますが──最初に電気室を取れるかどうかは完全に運ですね」

「....だよねぇ」

「...」

 

 特に、加山は分電盤の操作を行う際にビーコンの仕込みと幾つかのギミックの仕込みをしなければならない。

 太一が先に分電盤を抑えている可能性も十分に想定される。

 

「まあ別役先輩が先に抑えた所ですぐに始末はしますけど。その場合、俺が別役をぶっ殺す(電気室を抑える)までは普通に鈴鳴から逃げてください。──多分あっちも弓場さんの拳銃を見たらウチの狙いも同じだって気付くはずですし」

「.....それって、多分鈴鳴第一も同じことをすると思うんです」

「ん?」

 

 帯島が真っすぐにこちらを見て、呟く。

 

「多分、加山先輩が電気室を抑えた、ってなったらウチからすぐに逃げる事になると。そう思うッス」

「ああ.....確かにな―」

 

 武装を黒に統一するとなると、当然鈴鳴もこちらの狙いを事前に察することになるだろう。

 その上でまともに相手をするとは考えられない。

 

「なので、こちらとしても一回目の電気の切り替えで──仕留められるか、そうでなくとも足を止められる手段があれば、って思ったんです」

 

 その後。

 帯島は──その作戦の内容を伝えた。

 

 

 辺りが暗闇に落とされる瞬間。

 どちらの部隊の動きも実に迅速であった。

 

 暗視が効かない村上と来馬は即座にその場を離れ、

 弓場と帯島は即座に攻撃に移る。

 

 弓場はシールドを解除し二丁拳銃を。

 帯島は村上と来馬の退路を塞ぐようにハウンドの軌道を設定し放つ。

 共に、狙うは急所。トリオン供給器官が存在する心臓部と、頭部へと。

 

「──すぐに暗視を入れるから、耐えて!」

「だが、暗視を入れたら今度は.....!」

 

 暗視を入れれば今度は電源を入れられ、今度は光で視界を塞いでいくのだろう。

 

 ──暗闇の中。それでも発射される瞬間のトリオンの光は見える。

 その光源を目印に、村上と来馬は防護を行う。

 

 威力の高い弓場の弾丸は村上のレイガストが。

 帯島のハウンド弾は来馬のシールドが。

 

 それぞれを防ぐ。

 

「──ここだ帯島。ぶっ放せ!」

「ッス!」

 

 敵が暗視を入れる直前。

 弓場と帯島の連携で──トリオンの光源に視線を向けるこの瞬間。

 

 

 ──帯島は、漆黒の弾丸を生成した。

 

 

 光が奪われし空間の中。

 闇に溶け込む色をしたそれは。

 

 

 ──射手トリガーと組み合わせた、鉛弾。

 

 

「──隊長!」

 

 

 暗視を入れ、周囲の視界を確保した村上が見た光景は。

 左足と右手。

 それぞれ鉛弾を食らい、黒色の重石が生え出ている来馬の姿。

 

 

 ──視線誘導。

 

 

 この一連の電源のオンオフによる視界ジャック作戦を行使するに辺り、弓場隊が事前に決めた戦術であった。

 積極的に相手の視線を動かし続け、意識の配分を強制的に変えさせながら敵を仕留める。

 

 

 弓場と帯島は加山が電源を落とす前より、村上と来馬の周囲を動きながら挟撃するという形で攻撃を行ってきた。

 この行為は鈴鳴の新陣形への対策として持ち込んだ方法であり、かつ──村上と来馬が二人分の視界をそれぞれ弓場と帯島に向けさせる目的もあった。

 

 これにより。

 村上と来馬それぞれ別方向へ視界を置かせることによって、互いの姿が視線に映らないように立ち回っていた。

 

 

 そして。

 暗闇が落ちた後に、弓場と帯島はそれぞれ通常弾での攻撃を心臓部と頭部に向け撃つ。

 

 その攻撃に対し、村上は弓場の弾丸を、来馬は帯島の弾丸をそれぞれ防ぐという役割を自然に振らせ

 そして、急所への攻撃を意識させ足元への警戒を緩めさせた。

 

 これにて。

 暗視の入った帯島の視線誘導により放たれた鉛弾は──幾度もの視線誘導により意識から外された足元から来馬を襲う事となる。

 結果。

 通常弾よりも速度が遅くなる欠点を抱えた鉛弾はシールドを張る来馬の防御をすり抜け、左足と右手に喰らう事となる。

 

 

 この帯島の鉛弾は──仮に太一が加山よりも電気室を抑えた場合の対抗策でもあった。

 

 その場合弓場と帯島は逃亡を行う事になる為、足止めが可能でシールドをすり抜けられる鉛弾は非常に有用な手になる。

 

 

「加山。──オンだ」

 

 鈴鳴が暗視を入れた事を察知すると。

 弓場は加山に即座に指示を飛ばす。

 

「了解」

 

 指示を受けると加山は、天井から生え出るエスクードを仕舞い、今度は床下から生やす。

 そうするだけで──紐づいたスイッチが跳ね上げられスイッチを入れる。

 

 

 瞬間。

 鈴鳴の二人に襲い掛かる──視界を埋め尽くす眩さ。

 

 

「──鋼! 逃げるんだ!」

 

 そう来馬は叫ぶと同時。

 視界を埋め尽くす光の中から射出された弓場の弾丸により、頭部が吹き飛ばされ──緊急脱出。

 

 

「く....!」

 

 暗視が解かれた村上は、そのまま吹き抜けより飛び降り──スラスターを起動し下へ逃れる。

 

 

「──加山。村上が下に向かっていった。気を付けろよ」

「了解っす」

 

 

 これにて。

 弓場隊は鈴鳴の二人を撃破し二得点を獲得した。

 

 

「──二宮隊の動きが妙に静かなのが気になるな。外岡ァ。外の様子はどうだ?」

 

「二宮隊は全員モールに入ったぽいですね。このまま俺は距離を詰めます」

「おうそうしてくれ。──二宮隊が中に入ったなら、流石にもうこの戦術は使えないだろう。お前も折を見て一階から離れろよ」

「了解。──お、噂をすれば」

「どうした?」

「村上先輩が一階に来ましたね」

 

 聞こえてくる加山の声は、何処か楽し気だった。

 

 

「──いやー。何というか、序盤からすんごい展開でしたね~」

「いやー。おもしれー攻防だった。ねぇ東さん」

「ああ。──ああやってトリガーでの攻防以外の要素が絡んだ展開というのは中々に見応えがありましたね」

 

 電気室の分電盤からの、電源のオンオフ。

 これを切り替えることによる弓場隊の猛攻と。

 そして──その前にあった加山と太一との電気室を巡る戦い。

 

 

「今回マップ選択をしたのは鈴鳴第一ですので、当然彼等はこの電気室からの電源のオンオフを利用した戦術を前提として作戦を組んでいたと思われます」

「だろうなぁ。多分太一あたりの発案だろうけど」

「恐らくは弓場隊は──この作戦を事前に読み、自分たちも利用する作戦を取ったのでしょう。だからこそ、電気室で太一を待ち伏せするという行動を、加山が取れた」

「ああ~。成程」

 

 加山は一階での仕込みを終えると、電気室へ向かい──すぐに電源の切り替えによる作戦を実行するでなく、待ち伏せをしていた。

 これは太一がやってくると。そう事前の想定が行われていなければ出来ない事だろう。

 

「その上で加山は。分電盤の操作を自らの手で行う事に対するリスクも事前に想定し、エスクードにより電源のオンオフを行う手段も用意していた。──正直、俺としてもかなり驚いている。マップ選択を自分たちでしたわけでもないのに、あまりにも手際が良すぎる」

「あー。そういえば、加山は以前米屋(槍バカ)と即興での部隊戦やった時に──分電盤ぶっ壊して電気系統を止める戦術使ってたみたいなんすよね。多分、あの発想の下地みたいなもんを事前に持っていたとは思います」

「ほう。成程な...」

「成程~。弓場隊はこれまでもかなり奇策に近い手法を用いてきた部隊ですけど、今度のもまたまた予想外というか...」

「予想外を序盤に叩きつけて主導権を取る、というのが弓場隊の基本的な方針なのかもしれないですね。──しかし、事前の備えが弓場隊はかなり徹底している感じがありますね」

「事前の備え、ですか」

 

 ああ、と東は言う。

 

「分電盤を利用した戦術というはじまりの部分においては弓場隊も鈴鳴第一も同じだったのですが。加山は分電盤を直接操作する危険性を考え遠隔操作を行うべく、一階へのダミービーコンの仕込みとそれを行える道具の調達も抜け目なくやっていました。帯島の鉛弾も、仮に電気室を先に太一が抑えた場合も考慮した結果の選択だったとも考えられます」

 

 太一よりも加山の方が転送位置がよかった、という事もあるが。

 その幸運を活かすための備えを加山はしていた。

 

 何という事はない。

 

 電気室に向け鈴鳴は直接戦闘では無力に近い太一という駒を送り込んだのに対して、

 弓場隊は戦力として運用できる加山を敢えて送り込んだ。

 

 その為──電気室をエスクードを利用したギミックによる遠隔操作を可能とし、電気室へ向かった太一の排除もつつがなく完了させることが出来た。

 

 同じ戦術を行使するのならば──より実力があり、より備えていた方が競り勝つ。

 

 好機は──よりそれを掴める備えをしたものの手中にのみ生まれるのだ。

 

「そして──二宮隊の動きも流石ですね」

 

 東は、そう呟く。

 

「二宮隊はここまで非常に静かですが──三人それぞれ合流を完了させ、モール東端の非常階段からそれぞれ別階層にて身を潜めています」

「二宮隊もまた、マップ選択を行った鈴鳴の狙いがイマイチ読めなかったのでしょう。だから全員がバッグワームを着込み身を隠しながら鈴鳴と弓場隊との戦いを観察し、答えを得た。見てください」

 

 最初の電気の切り替えが行われた時。

 その時既に──三人それぞれ非常階段に備えられた電気系統を順繰りに破壊していった。

 

「非常階段は他のフロアと比べ極端に電気が少ない地点ですので、破壊するのにさほど時間はかからない。最初から電気系統を破壊する事で電源のオンオフによる視界ジャックの影響は受けずに済む。──結果、弓場隊に2ポイント与える事にはなりましたが、この弓場隊の作戦の被害を鈴鳴一部隊に集中させる事にも成功した、とも言える訳です」

「な、成程~」

 

 作戦を読み、事前の備えを抜け目なく行いポイントを稼いだ弓場隊と。

 不確かな相手の狙いを読むべく、序盤は見に徹していた二宮隊。

 

「そして──恐らく、ここから二宮隊は動き出します」

 

 

 上階からスラスターにより加速を行い。

 村上は一階に降りていた。

 

 ──やっぱり。

 

 そして見えるのは。

 各フロアへ繋がる通路をエスクードで封鎖し、その背後にダミービーコンを設置している光景。

 

 そして。

 電気室周辺を、周囲一帯六枚ずつのエスクードにて厚い壁を設置している光景。

 

 試しに。

 左隣のエスクードを旋空にて斬り裂く。

 すると──置き弾のメテオラに切っ先が触れ、爆発が巻き起こる。

 

「──加山は、電気室にいないのか」

 

 これだけのエスクードで電気室周辺を塗り固めているという事は、もう加山はそこにいないのかという疑念が沸き起こる。

 わざわざ自ら退路を塞いでいることは無いだろう、と。そう村上は思った。

 

 

「いや」

 

 だが。

 加山ならむしろ──天井か、それとも壁を壊して別の退路を用意しててもおかしくはない。

 

 

 ──村上は知らない。

 ──加山が遠隔の操作によってスイッチのオンオフを切り替えている事実を。

 

 

 電気室周辺に何枚も重ねられたエスクードを叩き切る。

 

 分電盤を破壊する恐れのあるメテオラを仕込むことは無いだろうと予測し、実際にそれは当たっていた。

 

 そして。

 村上は──電気室の中を見る。

 

 そこには。

 

 穴の開いたエスクードと、その穴を通してスイッチと紐づけられた電線コードがあって。

 .....加山雄吾の姿は、無かった。

 

 そして。

 天井部より、ガコン、とエスクードが降り落ち。

 

 周囲がまた──暗闇に飲み込まれる。

 

「......!」

 

 そうして。

 暗闇の中、ハウンドが村上の頭上を通り迫る。

 

 村上は振り返ると同時──光源を追い、ハウンドをレイガストで防ぐ。

 

 頭上から来るハウンドに対して、レイガストで反応した。

 

 この状況に大いなる既視感を抱いた村上は──視線は、下に向ける。

 

 

 発砲音と共に。

 自身の足元に迫る弾丸の軌跡を見咎めた。

 

「く....!」

 

 直前に足の位置を動かしたため、完全に吹き飛ばされる所まではいかずとも。

 それでも腿の部分が三分の一程削れることとなる。

 

「....アレを回避しますか。いやはや、マジで」

 

 光源を頼りに。

 村上もまた──旋空の一撃。

 

 

 追撃をかけようとする加山の前に、伸び上がるブレードが目前へ迫る。

 この回避行動によって加山は追撃の手が止まり。

 村上には暗視が入る。

 

「久しぶりですね村上先輩」

「ああ。──個人戦ぶりだな。なあ、覚えているか加山。あの時に俺が言ったことを」

「うっす。──必ず上位まで這い上がって、個人戦したことを後悔させてやる、でしたっけ?」

「そうそう。──有言実行させてもらおう」

「そういうのは、俺を仕留めてから言ってください。あの時よりも圧倒的に不利ですぜ」

 

 拳銃とハウンド。

 双方を射出の準備を行い──加山はビーコンの群れから出てくる。

 

「──潰してやりますよ」

「ああ。存分に来い」

 

 

 互いの息が合い。

 暗闇の中──攻防が開始されんと踏み込んだ瞬間。

 

 

 その斜め上より。

 光が見えた。

 

 

 その光は。

 

 塊であった。

 トリオンを凝縮し、打ち出した大きな塊。

 

 

 その塊は──丁度二人の頭上に存在していた吹き抜けの階層を粉々に粉砕していた。

 

 

 そして。

 

「ハウンド」

 

 と。

 

 同じく上層より声が響く。

 

 

 

 その追尾弾は──。

 

 

「げ」

 

 加山は即座にシールドを張りつつ、エスクードの物陰に隠れ。

 村上はレイガストにて防護を行う。

 

 

 両者の頭上に降り落ちる。

 

 

 そして。

 別の軌道で枝分かれした弾雨の一部。

 

 

 それは村上の背後を通り過ぎ

 

 ──その先にあった、分電盤を貫いていた。

 

 

 

「──小細工は終わりだ」

 

 冷徹な声が聞こえてきた。

 

 B級においてそれは──紛う事なき悪魔の声に等しい。

 

 

「──撃ち堕とす」

 

 

 漆黒の闇に溶け込む黒色のスーツを着込んだ射手の王が。

 上層に顕現していた。

 

 



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ランク戦ROUND7 ③

 ──脅威に思考を委縮させてはならない。

 

 上層から二宮が現れた瞬間。

 あくまで冷静になるために、そう加山は頭で唱えた。

 

 一階にいる加山と村上を吹き抜けから見下げる形で、二宮は三階にいた。

 

 迎撃の為に、更にキューブを作成している。

 

 ──二宮隊はここまで潜伏をしていて、そして分電盤の破壊まで行った。全員合流をして動き出していると考えるのが自然だ。

 

 それ故に。

 加山は左右の扉を見回した。

 

 いるはずだ。

 二宮のド派手な登場に意識を割かせている間に──側面から攻撃を仕掛けようとしている何者かが。

 

 足音が聞こえる。

 その足音の音色から──加山はその正体を看破する。

 

「こんちゃす辻先輩」

 

 東側の非常階段から奇襲をかけんとする辻の姿を見咎め、その出入り口付近をエスクードで固める。

 扉を叩き斬り旋空での初撃を与えんとする辻の前に──エスクードと、その上を通るハウンドが見える。

 辻は特に慌てることなく、シールドでハウンドを防ぎつつ、加山の右手側へ移動していく。

 

「俺が副作用持ちなの忘れてたんですか? この距離で襲い掛かっても意味は無いですよ」

「君が目的じゃないからね」

 

 エスクードを斬り裂く辻と加山は対峙する。

 

 ──実のところ、この狙いは加山も理解している。

 ここで二宮隊が仕留めんとしているのは、加山ではなく

 

「チッ..... 」

 

 村上だ。

 

 モール内の戦闘において、攻撃手は非常に有利となる。閉所空間故に身を隠しつつ距離を詰める事が容易だから。

 特に村上は、図抜けた防御能力を持つが故に二宮の猛攻をしのぎ仕留められる可能性もある。

 

 一階にいる加山を止めに向かう村上の動きを見つつ。

 二宮は射角が取れる上の位置を確保しつつ、辻を動かし加山を村上から引き剥がした。

 

 ──俺と村上先輩が連携することも頭に入れていた訳ね。

 

 前回の戦いで、加山は敵部隊の駒同士をぶつける立ち回りを行使していた。

 この状況に追い込まれたなら、高確率で村上と連携を取ると想定したのだろう。

 

 ──というか。ここで村上先輩に死なれると高確率で俺も死ぬんだよなぁ。

 

 頭上の二宮と、自らに襲撃をかける辻。

 加山が一人生き残ったところで仕留められるのは必定。

 

 ──当然、二宮隊の横槍の可能性は常にこちらも想定していた。逃走経路は用意している。しかし、

 

 加山がこの一階エリアから逃れる為に用意した逃げ道は、電気室からモールの外へと出る為の経路だ。

 仮に自身が電気室付近で襲撃を受けた場合に備え──電気室の壁を事前に破壊しエスクードで隠した逃げ道を加山は用意していた。

 

 しかし。

 現在加山は辻への対処の為に電気室とは反対側の位置にいる。

 ここから辻を振り払い、二宮が頭上に存在している道を横切り、電気室に入ってエスクードを破壊するか引っ込めるかする──というおおよそ三段階の手続きを経なければ逃走経路を辿ることが出来ない。

 

 ──仕方ない。ここは全力で村上先輩を援護しなければ。じゃなきゃ共倒れだ。

 

 二宮と村上の戦いを見ると、.....まあ想定はしていたが、村上が防戦一方の風情だ。

 

 二宮の攻撃に、ひたすらにレイガストで防護を行っている。

 攻撃手でかつ、相手は頭上にいるともなれば、攻撃の手段は限られているだろう。

 

 とはいうものの。

 辻が抑えているとはいえ、加山には中距離による攻撃手段がある。

 加山が仕留められるまではフルアタックは不可能なはずだ。

 

 ──ならば。

 

「村上先輩!」

 

 二宮のアステロイドが村上に放たれた瞬間。

 加山はその弾丸の一部をシールドで防ぎつつ、作成したエスクードの裏に回る。

 

 追撃しようとする辻は──その足を止める。

 

 なぜならば。

 加山の防御によって、スラスターの射出が間に合った村上が向かってきているのが見えたから。

 

「く....!」

 

 レイガストによる突撃をまともに受けた辻は、村上と共に壁際に追いやられる。

 

 村上と辻が密着している状況下。

 二宮は辻を巻き込む事を危惧し、村上へ弾丸を撃つことが出来ない。

 

 ならば、と。

 加山に視線をやる。

 

 村上から、加山へと視線を変える──ほんの数秒の間。

 その数秒の間で、十分。

 

「──サラマンダー」

 

 加山雄吾は。

 高速での合成弾の作成が行える。

 

「ほんっとうに上にいると偉そうですね。精々慌てふためけ黒スーツ」

 

 放たれた追尾弾は、爆雷を宿して放たれる。

 それは二宮が佇む上階へと殺到し──爆砕の火花を打ち上げた。

 

 

 爆撃が、二宮がいる二階部分を吹き飛ばした瞬間。

 来馬を仕留めた弓場と帯島は、戦闘に入った加山を援護せんと吹き抜けを一段ずつ飛び降りながら向かおうとしていた。

 

「──ド派手にやったな、加山」

「うっす。俺は外に逃げましたんでよろしく」

「了解」

 

 加山は爆撃により二宮の追撃をとめる間に、そのまま外への逃亡を果たしていた。

 

「.....ちぇ。両方生き残ったか」

 

 加山はそう舌打ちしつつレーダーを眺めていた。

 村上及び辻も、双方とも生き残っている。

 

 さて。

 逃げたのはいいが──ここからどうしたものか。

 

 現在、モールは電気が遮断され暗黒状態となっている。

 暗視を入れる事で敵の姿を見る事には問題は無いが、戦いにくい事この上ない。

 

 とはいえ。

 全員がその条件下で戦えるのならば、弓場隊としては格好の条件だ。

 

 加山は副作用で足音の判別が出来る。帯島は暗所での戦いを想定し鉛玉を付けており、なにより──モール内での遭遇戦であれば、弓場と二宮とぶつけた際にこちらが勝つ可能性がグッと高くなる。

 

 弓場と二宮。普通にタイマンをしたと想定するならば弓場が勝つ可能性は低い。

 しかし──弓場の早撃ちが活かせる距離感での戦いならば、弓場は十分に二宮に勝つことが可能となる。

 

 弓場側から二宮に対し急襲をかけられる状況に持ち込めたならば──仕留められる可能性は十分にある。

 

 障害物が多く、バッグワームでの潜伏がしやすいモールという地形条件。

 分電盤が破壊された事で作られた暗闇という環境条件。

 

 有利に働くのは、弓場隊の方だ。

 

「──当然。それは二宮隊も解っているはず」

 

 どう動くか。

 

 ──何より気味悪いのが、一階での戦いの際に顔も出さず、さりとて弓場にちょっかいをかける訳もなく、バッグワームで隠れて行動している犬飼澄晴。

 

 何が狙いなのか。

 一切解らない。

 

 

「やあ」

 

 外へ脱出し、モール内に戻ろうとしていた加山の眼前。

 

「──待ち伏せ成功」

 

 犬飼澄晴が、突撃銃片手にこちらに笑いかけていた。

 

 

 タタタタ、という乾いた銃声と共に。

 犬飼が加山の周囲をぐるり回り弾丸を撃ち込んでいく。

 

 もうこの時点において──加山の脳内にアラートがガンガン響き渡っていた。

 

 単独での撃退が難しいであろう力量の加山に対して、わざわざ姿を晒して攻撃を行った意図。

 そして、あからさまに時間稼ぎと誘導の意図が見える戦い方。

 

 理解できる。

 恐らくは──二宮がこちらに来ている。

 

「──クソッタレ」

 

 頭上から落ちてくるは。

 円弧を描いてこちらに降り注ぐ──ハウンドの豪雨。

 モールの中層辺りから放たれたそれは、加山のいる位置と反対側。二宮が放ったのだろう。

 

 そして

 犬飼の銃口は、こちらの足元。ハウンドにシールドを張らせておいて、がら空きの足を削るつもりだろう。

 

 そうはさせるか。

 加山はトリガーを変更する。

 

 そして。

 

 ハウンドをシールドで処理しつつ、犬飼の射線上にエスクードを生やす。

 

 足元へ向けられ放たれた弾丸はエスクードに弾かれる。

 

「ぐえ」

 

 そして。

 今度は犬飼の足元からエスクードを生やす。

 

 犬飼は顎にしたたかその壁を打ち付けられ、背後へと少々のけ反る。

 

 のけ反りつつ、射撃。

 

「.....クソが」

 

 犬飼は、加山がエスクードとシールドを装着している事を知った瞬間、トリガー構成を変更する。

 

 突撃銃向けつつ、キューブを生成。

 どちらも──ハウンド。

 

 エスクードを無力化する武器を二つ構え、加山に向け撃ち放つ。

 

 両脇。

 そして頭上。

 

 ハウンドの弾雨が降り注ぐ。

 

「──まだまだ」

 

 手持ちの防御手段は二つ。

 エスクード。そしてシールド。

 

 こちらのトリオン反応で自動追尾してくるハウンドに対してエスクードは無力。とはいえシールドのみでこれらの弾丸を処理することも難しい。

 

 ならば。

 エスクードを防御の手段ではなく、

 

 ──自らの肉体を逃す手法として用いる。

 

 加山はシールドで頭上の弾丸を事前に処理し。

 自らの足元にエスクードを発生させ──その勢いをもって自らの身体を跳ね飛ばす。

 

「おー。成程、そう来たかー」

 

 犬飼はそう感心しつつ、されど容赦なく追撃の弾丸を撃ち込んでいく。

 

 跳ね飛ばされた加山は、モールの壁に腰を打ち付ける。

 打ち付けた腰から、自らの足元のモールからエスクードを発生させる。

 

 弾丸が迫る直前。

 加山は何とか、足元を作りシールドでもって防ぐ。

 

「──背後ががら空きですぜ、犬飼先輩」

 

 ぼそり、加山が呟くと同時。

 

 犬飼の脳天に、照準を合わせる者がいる。

 

 ──全隊員の中、唯一外で待機を行っていた外岡一斗である。

 

「ごめん、加山君! 移動に少し時間食っちゃった」

「問題ないっすトノ先輩。そのまま撃っちゃえ」

 そう。

 問題ない。

 先程放たれたハウンドからしても、二宮がこちらに来るまでまだ時間はかかるはずだ。その前に犬飼を処理し、外岡が逃亡する時間も稼ぐ。ここで撃つのが、ベストタイミングだ。

 

 そうして。

 犬飼の脳天に寸分たがわず合わせられた照準から、イーグレットの弾丸が放たれる。

 

 しかし。

 

 シールドが、当然の如くそこに挟み込まれていた。

 

「....」

 

 加山も、外岡も、

 

 共に──苦虫を噛み砕きその体液を飲み下した際の表情に変わる。

 

 シールドが展開される瞬間に、モールの窓ガラスを破砕し現れた──二宮の姿に。

 

 

「.....これで、外岡の所在は判明したな」

「ですね」

「犬飼。お前は外岡を狩ってこい。──加山は俺が相手する」

 

 加山は、思考が追い付かなかった。

 

 何故だ、と思考する。

 あの位置からハウンドを撃っておいて──何故このスピードでこの位置まで二宮が来ることが出来たのだ、と。

 

 

 あ、と。

 加山は呟いた。

 

「置き弾か.....!」

 

 恐らく二宮は。

 ハウンドの置き弾をセットし、有効射程ギリギリまでこちらに近付き放ったのだ。

 建物の反対側から放ったのは、自らの姿が見えない事が不自然にならないため。そして、こちらと二宮との距離を自然に錯覚させるため。

 

 同じだ。

 加山がラウンド4で香取隊に使った手法と同じ。

 置き弾という手法を用いて時間差を生み出し自身の位置を隠蔽するやり口。

 

 その同じ方法を。

 そのまま二宮はやり返したのだ。

 

 この戦術によって──加山は二宮の位置を完全に読み違え、そしてその目的まで読み違えた。

 二宮隊の目的は、加山ではない。

 ──この戦場で唯一の狙撃手となった、外岡。こちらが目的だったのだ。

 だから自身の位置を隠蔽し、モールの

 

「さあ」

 

 犬飼は外岡を釣る為の餌だった。

 釣り糸たる二宮は置き弾によるカモフラージュによりその姿を完全に隠しきり。

 

 むざむざ──こちらが持つ最大のアドバンテージを、手放す事となった。

 

「──撃ち堕としてやる。かかってこい」

 

 一つ。

 息を吐く。

 

 ──やはり。二宮隊は強力だ。部隊の練度や能力もそうだが。こちらの狙いや動きの一歩先を普通に見据えて動いている。戦術レベルも、今まで戦ったどの部隊よりも高い。

 

 だが。

 このシチュエーションは──これまで訓練を重ねてきた構図と同じ。

 

 加山と二宮のタイマン。

 離れた位置に弓場と帯島。

 

 ──ここからは持久戦だ。勝つんじゃなく、耐える。耐えて、引いて、あの二人と合流する。

 

 大丈夫だ。

 その為の訓練は、ここまで重ねてきた。

 

「──さっきも言ったけど....本当に偉そうですねぇ」

 

 そして。

 生来の加山とは別の部分が──滲みだす感情が、言っている。

 

 あの──強者としての自負と尊厳を湛えた佇まいを、撃ち砕いてみたい、と。

 精々──狼狽して、這いつくばれ。

 

 自身の中に生まれた別の側面。そのあまりにもあまりな性格の悪さに心のどこかではドン引きしつつ、心のどこかではげらげら笑って。

 

 その結果──笑みの形に釣りあがった自らの表情を自覚しないまま。

 加山は──射手の王に向け拳銃を構えた。

 

 ――ぶっ潰してやる



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ランク戦ROUND7  ④

 ──加山と二宮が、対峙する。

 

 加山がモールの壁から足場代わりにひり出したエスクードから飛び降りると同時。

 

 加山は引金に指をかけ。

 二宮はハウンドのキューブを作成していた。

 

 撃鉄音と共に、弾丸が二宮に真っすぐに向かい、加山の側面から二宮の弾丸が向かい来る。

 互いの弾丸が、互いのシールドで防がれる。

 

 

 加山はモールから大通りを渡りながらも二宮から照準を離さず撃ち放ち、二宮もまた加山を仕留めんとアステロイドを放つ。

 撃鉄の音と、弾丸の破砕音が淡々と響く中──仕掛けたのは、加山であった。

 

 

 大通りを渡り切り、オフィスに囲まれた路地に足を踏み入れた瞬間より──加山は仕掛ける。

 

「エスクード」

 

 拳銃を解除し、エスクードを装着。

 二宮の四方を囲むように壁を作り出す。

 

 そして、上空から降り注ぐ──加山のハウンド弾。

 

「......ふん」

 

 二宮は自らの正面に張り込まれたエスクードを破砕しつつ、真っすぐに加山に向かう。

 頭上から降るハウンドを一瞥し。

 

 ──エスクードによって遮られた軌道から背後から向かい来るハウンドにも視線をやりつつ。

 

 二分割したシールドを以て防ぐ。

 防ぎ、足を止めることなく加山へ向かう。

 

「読まれるか。──それもそうか」

 

 二宮は尊大であるが傲慢ではない。

 これまで使ってきた手は、当然に頭に入れているはず。

 

「だが、まだまだこれから。──つぎ込める手は、徹底して注ぎ込ませてもらいますよ」

 

 加山はダミービーコンを生成しつつ、通りの左右に存在する建造物それぞれに投げ込む。

 窓ガラスを同時に突き破りビーコンが建物の中に入り込むと同時、加山はバッグワームを着込む。

 

 ビーコンを投げ込んだ地帯を中心に、両方の建物の出入り口を塞ぐ。

 

「....」

 

 この行為によって、二宮の中で加山の所在について三択が生まれる。

 

 ①加山は左手側の建物に潜伏している。

 ②加山は右手側の建物に潜伏している。

 ③双方を囮に別区画へと逃走している。

 

 当然。

 左右の部屋はエスクードで空間を仕切り、置き弾を中心とした罠も数多く設置されているのだろう。

 三択の可能性を潰しながら、時間を稼ぐ。

 そういう方策のように、考えられるが。

 が。

 

 

 ここで。

 二宮は──ここで一つの推測をかける。

 

 本当に、加山は時間つぶしの為だけにこの手札を切るだろうか。

 

 

 

 弓場・帯島との合流を目指すのならば、モールの中に逃げ込んだ方が効率的だったはずだ。彼等はモールの中にいて、加山もモールを背にしていた。

 

 何故加山はモールから大通りに出て、小細工を弄しながらも逃亡しているのか。

 

 

 ──加山は外岡を諦めていない。

 

 現在犬飼が追っている、この戦場における唯一の狙撃手である外岡一斗。

 その援護を行うべく、加山はモールから離れ二宮を引きはがしつつ外岡を援護。犬飼を排除した後に、弓場・帯島と合流に向かおうとしているのではないか──と。

 

 

 故に。

 

 二宮は──加山は③を選択したものと判断する。

 

 左右の建物の反応を無視し、──二宮は走っていく。

 

 

「....」

 

 最善が。

 常に最良であるとは限らない。

 

「.....撒けた」

 

 加山は。

 

 二宮が通り過ぎていった路地の端で身を潜めていた加山は、一つ息を吐き出した。

 

 

 ──感謝します、若村先輩。

 

 今こうして加山が逃げ切れたのは、紛うことなきかつて犬飼を討ち果たした若村のおかげであった。

 二宮だから。

 戦術レベルが極めて高く、優秀な隊員だから。

 合流を目指しているはずの加山が弓場と帯島から離れる矛盾に気付き、仕掛けの裏にある思惑を読んだ。

 

 加山が外岡の下へ向かった──という読みを行ってくれるものと。そう確信を持っていたから。

 

 かつて若村が犬飼の優秀さ、読みの深さを逆手に取り撃破を果たしたあの時と同じだ。

 あれと同じことを、加山も行った。

 行動から読み取れる最善。

 しかし──優秀な人間ほど、最善の行動を読み取り、先に手立てを打っていく。

 

 最善が常に最良とは限らない。

 今──間違いなく加山は最良を選び取った。

 

「.....急ごう」

 

 

「....」

 

 外岡一斗は、息を潜めていた。

 

 報告は全て聞いていたし、状況も理解できている。

 もう間もなく、犬飼が自分の首を狩りにこちらに来る。

 

 

「うん」

 

 

 

 外岡一斗は──悪い意味はなく、いい意味だけを煮詰めたマイペースな男だった。

 自己主張するような性格でもなく、主張する内容もさほどない。だから人の話を聞くのが中々どうも上手いらしかった。

 

 他人といるのも嫌いではない。

 でも一人でいる事もまた好きだった。

 

 

 他者の存在で、あまり自分を変えるという事をいい意味でしていなかった。

 

 普通で普遍的な優しさを持ち合わせているうえに、確かな努力と、その努力に裏打ちされた狙撃手としての技量を持ち合わせた上で、変わらない自分を持っている。

 

 悪い面はない。

 良い面を煮詰めた、マイペース。

 

 

「──藤丸さん」

 

 だからこそ。

 自分でも意外なような気がした。

 

 

 自分が──他者から影響を受けて、何かを取り入れるという現象が。

 

 

「──ダミービーコン。起動お願いします」

 

 

 どうせ死ぬのならば。

 精々嫌がらせして死んでやろう。

 

 

 外岡一斗が現時点で発動させたダミービーコンは、8つ。

 自身が先程犬飼に向け弾丸を放った場所から、自身の走力を考慮し潜伏が現実的に可能な建造物を選び事前に仕込んだダミービーコン。

 

 そこから八つのみをピックアップし、発動させた意図は一つ。

 

 現在──二宮隊が”加山がバッグワームで潜伏しつつ外岡の援護に向かっている”と誤認している状況下であるために。

 ”加山が外岡の援護に向かいつつ、ダミービーコンを発動させ犬飼を釣っている”というその誤認を更に強化する状況を作り出す事。

 

 

 加山の先程の行動により、二宮と犬飼。その双方が外岡に向かってきている。

 とはいえ。実際に孤立している外岡の姿が露見した瞬間にその誤認は解けてしまう。

 

 その為。

 加山が序盤にモールまで向かうまでの間に仕込める現実的な個数で、かつ外岡の援護の為に発動させた──と相手に思わせられるビーコンだけをピックアップし、発動させた。

 

 

 ──これで。ビーコンの反応を二宮隊は無視できない。その分だけ自分が生き残れる時間も稼ぐことが出来る。

 

「....後は、犬飼先輩と二宮さんの分断さえ出来れば」

 

 自分の命を引き換えに。

 ──犬飼澄晴を仕留めることが出来るかもしれない。

 

 

「......藤丸先輩。ビーコン、犬飼先輩側にある分のコントロール権を下さい」

 

 

 外岡によるダミービーコンがマップ上に現れた瞬間。

 加山もまた行動を開始していた。

 

 二宮が通り過ぎていった区画から、弓場側に移動しつつ──ハウンドキューブを地面に落としていく。

 

「それじゃあ外岡先輩。──おさらば!」

「うん。後は頼んだよ」

 

 

 

 ──その時。犬飼もまた、思索を巡らせていた。

 

「さっすが加山君。二宮さんから逃げ切ったか」

 

 およそB級ランク戦の現環境において、相敵イコール死の構図が成り立っている二宮相手に──加山は小細工を交えつつしっかりと逃げ切ったのだ。

 二宮からも加山を見失った旨が報告され、犬飼を狙っている可能性があると警告を受けた。

 

 

「....」

 

 

 犬飼は、加山を知っている。

 知っているが故に──違和感を覚えた。

 

 

 ここで、弓場との合流の手札を捨て、外岡への援護に向かう判断を加山がするであろうか。

 外岡の潜伏個所に二宮まで引き込んでしまったのだから、外岡はここで離脱してしまうであろう。

 その駒損を惜しみ、自身を危機に陥らせてでも──生かす価値が外岡にあるのか。

 

 犬飼は、はじめてランク戦で弓場隊と戦ったROUND4を思い出していた。

 

 似ている。

 あの時──加山は敵を引き込みつつ自身は危険区画から逃れる策を講じていた。

 

 

 現在。

 二宮と犬飼がモールから離れている状況。加山自身は二宮から撒くことが出来ている。

 

 弓場・帯島と合流に向かうにはうってつけのタイミング。

 

 戦いの中での判断の一つ一つに、本人の思考や性格が出てくる。

 ここで。二宮を撒けたタイミングで合流を目指すのか、それとも追手の犬飼を仕留めようとするか。どちらが加山らしいか、と考えると──合流に向かう方が、加山らしいと犬飼は考えていた。

 

「二宮さん」

「どうした?」

「一応──加山君が弓場さんと合流する可能性も考慮して、辻ちゃんにモールへの通路を先回りさせるのはどうですか?」

 

 ふむん、と二宮は呟く。

 

「お前は、加山がモール側に向かっていると思っているんだな」

「俺も、加山君のこの行動を見ていると外岡君を援護している動きに見えるんですけど──二宮さんをここに引き付けさせて逃げる策をとる方が加山君らしいかなって」

「....」

 

 二宮は数秒だけ思索を行い。

 

「辻。今から指定する場所に向かえ」

 

 犬飼の提案を受け入れた。

 

 

「ふふん。──俺はちゃんと反省できる人間でね。加山君」

 

 そして。

 犬飼は──警戒を強めつつ、歩いていく。

 仮に。

 加山がモールに向かっているとして。

 何を自分に出来るのかを考えていた。

 

 

 加山は銃手であり、射手だ。

 仮に──事前の想定通り、外岡側に潜伏し追手である犬飼を排除しようとしているのならば、外岡の狙撃と合わせてハウンドと拳銃のコンビネーションで犬飼を仕留める行動を取るだろう。

 

 そうなれば自身はそのまま離脱するほかなくなるが、代わりに二宮に外岡が捕捉され仕留められることとなり──加山は狙撃手が死んだことでフルアタックの枷を外した二宮から逃げる必要が出てくる。

 ひとたまりもあるまい。

 無論──加山自身にフルアタックを解禁した二宮を相手取る策を用意している可能性もあり得るが、通用するかどうか不透明な策を前提として動く事はないだろうと。そう犬飼は思っていた。

 

 犬飼から見た加山は、勝てる環境が整うまで勝負に出ない駒だ。

 環境を整えるために、排除できる駒は排除し、自身に有利な条件を着々と作っていく。

 

 ──勝負をかけるのは、きっとまだなはずだ。

 

 レーダー上に位置するダミービーコン。

 自身の位置から、建物を挟んだ向かいにあるそれが、自身の背後側──モールに向かって進んで行く。

 

 ダミービーコンは、その動きは何処までも一定だ。見れば、それが人であるのかダミービーコンであるかは理解できる。

 

 しかし。

 そのダミービーコンの動きに人間側が合わせる──という事は可能だ。

 

 レーダーを見ると。

 犬飼を囲むように──八つのビーコンが動いてきているのが見える。

 

 

「....」

 

 そして。

 先程、自身の背後を通り過ぎていった、向かい側の反応。

 

 その反応が、モールに近い路地に辿り着いた瞬間。

 

 

 

 ──路地から、弾丸が放たれた。

 

 

「──やっぱりね」

 

 

 犬飼は予想していた。

 同じだ。

 あの時と。

 

 合流路を辿りながら──置き弾を使ってのアタック。

 

 その攻撃と合わせ放たれる──外岡の狙撃。

 そこまで見えた犬飼は、機関銃を解除しフルガードを選択。

 

 

「....!」

 

 

 犬飼は──ハウンドに対し、最小限のシールドをもって対処した。

 頭部と、心臓部。膝を折り両腕を畳み前に屈んで被弾個所を最小限にしつつ──狭めたシールドで処理を行う。

 

 背中と左腕、そして足先も削れる。

 

 

 そして。

 

 同時に放たれる外岡の狙撃に対し──頭部に対しての集中シールドをもって防ぐ。

 

 

 

 犬飼は──外岡の狙撃地点を読んでいた。

 それ故に、彼は外岡がいるであろう方向に体軸を背に向け、体勢を変え心臓部を隠す。

 隠した心臓部位よりも、屈んだ際に前に突き出した頭部を撃ちたがる心理を読み──心臓と頭部。この二択の内、頭部に撃たせるように心理誘導させたのだ。

 

 

 犬飼澄晴。

 手足含めた複数個所に被弾したものの──加山と外岡の連携を見事乗り切った。

 

 

 

 その代償に。

 

 

「──ごめん。仕留め切れなかった」

 

 

 外岡は静かにそう呟くと共に。

 二宮が放ったフルアタックのハウンドを全身に受け──緊急脱出した。

 

 



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ランク戦ROUND7 ⑤

 弓場と帯島は、モール上階から加山との合流に向かっていた。

 

「チっ。急いで行ってやりてーが」

「村上先輩と辻先輩がバッグワームで隠れましたね...」

 

 暗闇に包まれたモール内。

 弓場と帯島はモール上階を目指していた。

 

 犬飼が外岡を狩りに向かい、加山が二宮に捕捉された状況。

 急いで合流に向かわねば──下手すれば二枚落ちで二宮隊と対峙しなければならない状況に陥る可能性もある。

 

 急ぎ合流せねばならない。

 しかして、ここで焦って下手にショートカットすれば──村上と辻に位置が捕捉され、奇襲を受ける可能性もある。

 

 現在モールの電気系統は二宮に吹き飛ばされ、暗闇に包まれている。

 暗視が入り周囲の状況把握に困ることは無いが、それでも視界の奥行きは狭まっている。

 

 遠くの状況が見にくいため、仮に見つかれば即旋空で襲撃される可能性がある。

 

 それは相手にとっても同じであり、弓場と帯島に見つかり一方的に襲撃されればひとたまりもあるまい。

 

 それ故に──このモール内にいる限り慎重に動かざるをえない。

 互いに。見つかれば終わり──という状況であるから。

 

「このモールは最上階から外の駐車場に通路がある。そこから下に降りて合流するぞ」

 

 報告は乱舞している。

 ここ数分の間に──加山は二宮相手に逃走を成功させ外岡への援護まで行ったものの。

 目当ての犬飼は仕留める事は出来ず、外岡は倒された。

 

 ──急がなければいけない。

 

 最上階まで駆け上がり、屋上まで行く。

 ソーラーパネルが設置されてある区画を抜け、駐車場に入り込む。

 

 その時。

 

「.....」

「......成程なぁ。先回りしていた訳だ」

 

 駐車場から外へ向かう為の螺旋道路の入り口。

 その途中にて──村上鋼が佇んでいた。

 

「まあ。俺と帯島との2対1か、二宮隊と加山がバチってる所にちょっかいをかけるか。どっちが生き残ってポイント稼げるかと言うとこっちだろうなァ」

 

 弓場は笑った。

 笑って──さぁて、と言った。

 

「──帯島ァ。お前は加山の所に行け」

「え...」

村上(こいつ)は。俺がサシで仕留める」

 

 その宣言に。

 村上もまた、笑った。

 

「俺としてはとても助かるんですが....いいんですか?」

「なぁに。問題ねェ。勝てばいいんだよ。勝てばなァ」

 

 二丁を構え。

 弓場は村上を見据える。

 

「──行けェ!!」

 

 弓場の一喝を受け、帯島は一つ頷き駐車場を駆けだしていく。

 

 

 

 

「....」

「....」

 

 月光と、彼方から見える建造物の光が駐車場の空間内に入り込む。

 

 弓場拓磨。

 村上鋼。

 

 互いの全身の輪郭を視界に収めるには、あまりにも暗い。

 しかして。

 互いのその挙動だけは──闇の中、ゆらめいて見えた。

 

 両手首が返り、拳銃の引金に指をかける動作と。

 左手にてグリップを跳ね上げ、盾を前に掲げる。

 

 その挙動だけは──不思議と。

 明瞭な輪郭をもって互いの視界に映った。

 

 

 きっと。

 

「──よく見えるぜェ、村上ィ」

「──俺もです」

 

 幾度となき繰り返された記憶が。

 暗闇の中にあっても──その姿を思い浮かばせたからかもしれない。

 

 

 銃声が響き渡る。

 

 

 加山雄吾は、モールに向けて走っていた。

 

 ──可能な事はすべてやった。

 すべてやったうえで、犬飼に見抜かれていた。

 

 結果。

 犬飼を仕留める事は出来ず、こうして逃走を行っている。

 

 

「げ」

 

 細い路地を逃げ込んでいる、その最中。

 弧月を構える辻新之助の姿。

 

「.....そうかぁ。まさかそこまで読まれていたか」

 

 恐らく、犬飼だろうなと加山は思った。

 あのタイミング。二宮は完全にこちら側の意図を読み違えていたはずだ。

 それなのに──ここに辻を先回りさせているのは、あまりにも手際が良すぎる。

 

「──隊長。加山君を捕捉しました」

 

 そう辻が報告するとともに。

 ハウンドがこちらに降りかかってくる。

 

 

「ここで沈んでもらうよ、加山君」

「あいにく、まだまだお陀仏する訳にはいかねぇんですよ!」

 

 白刃の切っ先が加山の眼前を通り過ぎると同時。

 加山もまた──背に死の気配を感じつつ、その切っ先に飛び込んでいった。

 

 

「──どこも、かなりギリギリの攻防になっていますね」

 

 東春秋はじっ、と戦況を見ながらそう呟いた。

 

「現在、戦局が二つに分かれていますね。弓場と村上の一対一の勝負。そして二宮隊に囲まれている加山。両方乗り切れなければ弓場隊の勝利の可能性はかなり低くなるでしょう」

「序盤で二宮隊が見に徹していたのがここで効いてるな―。あの電源オンオフ作戦、やりようによっては二宮隊の方も十分に削れるだけの特殊性があったばかりに」

「二宮隊は当初から、鈴鳴第一がモールを選んだ理由が不透明でしたからね。二宮が一番モールから遠い区画に転送されたこともあって、ある程度の狙いを定めるまで手を出さなかった」

「その結果──弓場隊は序盤に鈴鳴の二人を仕留めることが出来て、二宮隊はあの暗闇合戦の被害を受けずに済んだ。その分──やろうとしていた作戦をやりかえされた鈴鳴は早々に厳しい立場に追い込まれてしまった訳ですが」

 

 それにしても、と東は続ける。

 

「解っていた事ですが、犬飼が非常に厄介ですね。基本的に加山の狙いは二宮隊に通っているのですが、犬飼のリカバリでそれらが全部ひっくり返されている」

「それは俺も思いましたね。加山は二宮さんの思考をかなり読んでいて、対応も出来ているんすけど。犬飼先輩がすぐに加山を追い詰める形で舵を切れている」

「ほうほう。やはりそれは、加山君が犬飼先輩に待ち伏せされたのと、その後外岡先輩が仕留められた場面ですか?」

「ですね。あの二つの場面です。加山にはあの時、それぞれに狙いがあったはずです」

「加山は合成弾で二宮さんの足場を破壊した後に、即座に外に出た。これは二宮隊の二人に囲まれている状況から脱する為であるんだけど──あの時犬飼先輩は、他二人がモール一階で攻撃している時、外へ向かっていたんですよね。そんで、電気室の裏手にある壁を見ていた」

 

 そう。

 加山が暗闇の中村上と共に二宮隊の二人と攻防を繰り返していた際。

 犬飼は非常階段から出口へと出て、即座に電気室の裏手へと向かい──加山の脱出口を確認し、それを他の部隊員に報告を行っていた。

 

 その為。

 

 脱出路が解った二宮は、そこに狙いを付けられる位置に置き弾を設置することが可能となり、自身の位置を偽装できて。

 犬飼の待ち伏せと合わせて外岡の位置を炙り出し、加山を一気に窮地に追い込むことが可能となった。

 

「その後の加山の動きも見事でした。自身が有利を取れるモール側に引くことを諦め、敢えて弓場・帯島の二人から遠ざかるルートで逃走を行った。これによって合流時間は遅くはなったものの──外岡を狩りだしに向かった犬飼を仕留める好機が出来た」

 

 加山は一旦外岡側に逃走を行い、二宮を撒くことが出来た。

 そこから外岡のダミービーコンも合わせ犬飼側に近寄りつつモール側に引き返し──置き弾の連携を以て犬飼を撃破せんと、仕掛けた。

 

「あの時も。加山は二宮の思考は読んでいるんですよね。モールから加山が離れた判断を”外岡を援護しようとしたためだ”と思わせて通り過ぎさせる。しかし、その後辻が加山の逃走経路上に移動させ、犬飼自身も加山の援護を読み切って外岡との連携をしのいでいる」

「加山は二宮さんの戦術の部分だけじゃなくて、性格もきっちり把握している感じがするな~。特に二宮さんから逃げ切った部分とか。合理的に最善を選択する事を読み切って、多分加山は敢えて最善から一つ外した行動をしている。それが効いて逃げ切れたが──加山が二宮さんの性格を読んでいるように、犬飼先輩も加山の思考を読んでいる気がする」

 

「現在、弓場はリスクを取って村上と一対一で相手をして、帯島を合流に向かわせている。──合流が果たされるまで生き残れるかが勝負になるでしょうね」

「あそこで迷わずタイマンを選べる辺りが、最高に弓場さんって感じっすね」

「あれは戦術的判断が半分、弓場自身の性が半分という所でしょうね。──アイツは挑まれた勝負はとことん買う男ですから」

 

 しかし。

 

「.....成長しているじゃないか」

 

 加山は、着実にここまでで成長している。

 

 

 あの時。

 黒トリガー争奪戦で東と争い合った後、東は加山に言った。

 

 人はそれぞれ合理基準が違う。

 自分だけの合理性だけではなく──相手にとっての基準を考えなければいけない、と。

 

 東があの時にアドバイスした事が、今の加山には出来ている。

 加山は今、二宮にとっての合理基準を理解し、それに基づいた作戦を行使し切り抜けている。

 

 ──加山は、ある種の思い込みがあった。

 ──自身はどうしようもない弱者で、その為に勝てる条件を整えなければ勝利を手にする事は出来ないという思い込み。

 

 豊富なトリオン能力を持ちながらも。

 生来の運動能力の低さや、元々人を撃つ事さえ抵抗感を持つ精神性も合わせて。

 自身に対する能力に対する自信のなさが、勝利を手にする為の過程を積み上げ条件を整えていく戦い方への選択を取るに至ったのだろう。

 

 トリガー構成や戦い方は──恐らく加山にとっての最終目標とも強く結びついているのであろうが。

 その戦い方を選択した部分に、自分は戦えない側の人間であるという意識が根付いているから──という部分もあるのだと思う。

 

 加山は自分が相手に対応する、という意識よりも。

 相手を自分に対応させる、という意識が強かった。

 

 不利な条件を積み上げ、相手の動きを制限させて戦う。自身が相手に対応できるだけの実力がない、という思いが。ある種卑屈なまでに偏った戦術指向を持たせる事でこれまでの加山雄吾という隊員を形作ってきた。

 

 

 そうして積み上げた加山雄吾としての戦いの中で。

 エネドラという近界民の記憶と経験が混じり合った。

 

 

 その中で。

 加山は相手に対応する方法もランク戦を通じて少しずつ学ぶようになってきた。

 

 その結果として。

 ここまでの隊員に、化けることが出来た。

 

 今──加山は、このボーダー全体の中においても誰とも重ならない才を持っている。

 

 弱者であり、凡人であるという思考から積み重ねた経験と。

 エネドラという強者の記憶から得られた強者としての経験。

 

 奇怪な道筋の中で見つけたその才をもって、今ここまで上り詰めた。

 

 

 ──だが。

 

 それでも。

 

 ──二宮は、それでも圧倒的な強者だ。

 

 

 二宮は、生まれながらの強者だ。

 優れたトリオン。優れた技術。優れた戦術観。

 

 全てを備えた人間だ。

 

 

 ──お前が、二宮という完成された強者をどう打倒するのか。楽しみに見せてもらう。

 

 東春秋もまた。

 少々の感慨を胸に抱きながら──その戦いの行方を見守っていた。



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ランク戦ROUND7 ⑥

「帯島」

 

 ランク戦ROUND6を終えた後。

 加山は帯島に話しかけた。

 

「ッス。どうしましたか、加山先輩」

「ああ。少しお願いがあってな」

「お願いですか」

「そ。──ランク戦もそろそろ終わるだろ」

 

 そうですね、と帯島は言った。

 

「そして、俺達は今A級に上がれるかどうか瀬戸際な訳だ。ここで踏ん張り切れば、晴れて俺達は昇格できる」

「....ですね」

 

 正直な所。

 どうなるのだろうと思っていた。

 かつて弓場隊は、隊長の弓場と神田、そして現王子隊の王子と蔵内がいて。

 王子と蔵内が抜けて、代わりに自分と外岡が入隊して。

 その後大学受験の為に神田が抜けて、代わりに加山が入って。

 

 流動が激しい部隊で。

 その中でまだ──弓場はA級へ上がる事が出来なかった。

 

 しかし。

 今、最大の好機が巡ってきている。

 

「──帯島。俺はこれから、今まで積み重ねてきた事を、楔として利用しようと思う」

「楔、ですか」

「そ。良くも悪くも。弓場さんも俺も、戦い方も戦う際の姿勢も、かなり独特なんだと思う」

「そうッスね」

 弓場拓磨も。

 加山雄吾も。

 

「だからこそ。──相手も俺達の事を想定し、対策をしてくる。特に、この終盤になるとどの部隊も点稼ぎに躍起になる」

 

 だからこそ、と。

 加山は言葉を続けた。

 

「今まで積み重ねてきた事が──楔となる。今までとは異なる判断。異なる戦い方。これをするだけで相手の想定を裏切れる可能性が生まれる」

「....成程。確かに...」

「対策や想定は、そのまま先入観として働く事にもなる。──この先。今まで打った楔をどれだけ利用できるかで、取れる点数が変わってくる。だから──お前もまた、打った楔を利用できるものなら、徹底して利用してくれ」

「それは.....隊長の方針ですか?」

 

 そう帯島が尋ねると。

 加山は──笑みを浮かべて、言った。

 

「当然」

 と。

 

 

 

 ──楔を利用する

 

 その言葉が、帯島の心中に渦巻いている。

 

 ──考えろ。

 

 弓場は帯島に加山の援護に向かえと。そう言った。

 そうして、村上とのタイマンを行う。

 らしい。

 まさしく──弓場らしい動きだと、そう思う。

 自部隊である自身であってもそう思うのだ。きっと眼前にいる村上もまた、その動きに違和感を覚えることは無い。

 

 それは弓場拓磨という男が。

 これまで鬼のように個人戦を重ねてきた男であり。

 ランク戦であっても、挑まれたタイマンから逃げずに立ち向かってきた男であり。

 そして部下を気にかけるタイプの隊長であるから。

 

 加山という隊員の危機に、せめて帯島だけでも送り込むという行為も。

 その為に村上とのタイマンに挑むという行為も。

 弓場らしい。

 何処までも弓場らしい動きだ。

 

 

 ──それは。

 ──弓場拓磨、という楔が誰にも打ち込まれているからではないか? 

 

 

「....」

 

 

 走りながら続けていた思案。

 その最中から抜け出し──帯島は思う。

 

 二宮隊の三人は加山を囲んでいる。そして村上もその姿を現した。現在自分は誰にも狙われる事なく、比較的安全な立ち位置にいる。

 

 いいのか。

 このまま、ただ加山の援護に向かうという行為だけを行って。

 

 ──いや。

 

 ──隊長の命令は、加山先輩と合流する事だ。その結果に至る過程まで命令を受けていない。

 

 

「帯島」

 

 思索の最中。

 加山の声が、通信越しに聞こえてくる。

 

「──楔をぶち破れ」

 

 ただその一言。

 その一言だけで──帯島の脳内に、血が巡るかのように自らのやるべき事が浮かび上がってきた。

 

 ──そうだ。

 

 打ち込まれた楔は弓場拓磨だけではない。

 加山と。

 外岡と。

 そして自らも。

 ──ここまで戦ってきたのだ。

 

 打ち込む楔に刻み込む名もまた一つではない。

 仕留められた外岡もまた──打ち込まれた自らの楔を取り払った。

 ならば。

 出来るはずだ。

 

 ──これが、自分が出来るありったけだ。

 

 

 闇の中。

 二つの光が、弾けるように煌めく。

 

 二丁が弾く閃光と。

 一刀が伸ばす光塵と。

 

 

 ──弓場さんの戦い方は、もう何度も目にしている。

 

 村上は、その戦い方を熟知していた。

 

 ──だからこの場所なのだ。

 

 現在。

 弓場と村上がいる場所はモール上階の駐車場出入口。

 螺旋状の通路がその先にある。

 

 ──この場所において、弓場拓磨は大きな不利を背負う事となる。

 

 村上は、螺旋状の車用の通路の後方を走っていく。

 十メートルもすれば、螺旋状の通路が巡り、互いの身を隠す距離感となる。

 

 

 ──二十メートル以上の距離感では、螺旋通路の性質上村上の姿を捉えられない。

 

 これがただのタイマンならば、弓場もまた螺旋通路から引くことで膠着状態を作ればいい。

 しかし。

 これは──現在帯島が加山と合流するべく浮いている状況である。

 

 膠着状態から村上が脱し──そのまま帯島を狩りに行っても別段構わないのだ。

 

 ROUND6において加山が那須に対し、日浦の存在をチラつかせて自身のペースに追い込んだように。

 村上もまた、帯島を追う選択肢を弓場に突き付けている。

 

 故に弓場は。

 村上を視線に収めなければいけない。

 故に、攻撃手相手に本来取れるはずの弓場の射程上の優位を──放棄せざるを得ない。

 

「いいぜ、村上。喧嘩ってのはこうでなくちゃいけねぇ」

 

 それでも。

 弓場は笑う。

 

 弾丸と刃が交差し。

 

 レイガストに埋まる弾痕と、肩口を通り斬り裂く刀身。

 

 黒々とした煙が自身の視界に映ろうとも──弓場拓磨の表情は変わらない。

 

「個人戦ならいざ知らず。ランク戦で平等な条件での戦いなんぞ望むべくもねぇ。当たり前のことだ。──だからこそ、やり甲斐がある」

「.....」

 

 そうだ。

 こういう男だ。

 

 弓場拓磨は。

 

 側面から背後へと向かう軌道のバイパーと同時。もう片腕から射出されるアステロイド弾。

 

 バイパーでレイガストの防御を動かし、その隙間をアステロイドで通す。弓場の早撃ち技術が成せる脅威の二連発。

 

 されど。

 村上はそれを知っている。

 覚えている。ランク戦において、この技を弓場は幾度か使っている。

 

「その技は知っています」

 

 村上は側面から迫るバイパーの軌道を無視し、レイガストを前に突き出し──弓場に対し距離を詰める。

 

 詰めた距離だけバイパーが村上に到達する時間は長くなり──そして、必殺のアステロイド弾が到達する時間は短くなる。

 

 正面の弾丸を防いだ後。

 後方から迫るバイパー弾を身を沈ませ避ける。

 

 

 沈ませた体勢から捻りを入れた腰先。村上は弓場の足下に向け斬撃を走らせる。

 

 弓場は──その斬撃に対して後方に避けるのではなく、むしろその効果範囲に足を踏み入れる。

 村上が腰を捻る予備動作を入れている時から始動している右足は地面から離れ──斬撃に突き出す右肩を蹴り飛ばす。

 

 沈ませた体勢から蹴り飛ばされ転がる村上に。

 弓場の銃口が村上を捉える。

 

 

 放たれる銃弾。

 

 そして。

 

 それでも──膝立ちの状態からかろうじてレイガストで銃弾を弾く村上。

 

 

「別に俺は旋空の範囲外から撃つだけが芸の人間じゃねぇぞ」

「ええ。知っていますとも。──それでも俺の有利は揺らがない」

「へぇ。──まあ今のところダメージ受けてるのは俺だけだからな。だが問題はねぇ」

 

 弓場は、──この不利な状況下においても、泰然とした態度を崩さない。

 

 

 

「──さて。帯島は今何処にいるんだろうなァ」

 

 

 

 そう弓場が呟く。

 

 

 その時。

 オペレーターの今から、警告。

 

 

 帯島が、バッグワームを着込み反応がロストした事。

 そして。

 

 加山の周辺区画に、特段の動きがない事。

 

 

「.....?」

 

 加山の合流に向かう中途までは、自らの反応を見せていたのに。

 突如としてバッグワームで自身の位置を隠した意味。

 

 その意図を──村上は読めずにいた。

 

 

 

「じゃあな」

 

 弓場はそう言うと──アステロイド弾を村上に放ちながら、回廊を上に上がっていく。

 

 

 その行為の意味に対して。

 村上鋼は──こう結論を下した。

 

 

 

 帯島ユカリは。

 

 加山の援護に向かうフリをして──こちらに戻ってきているのではないのか、と。

 

 

 

 その結論を補強するように。

 

 

 弓場拓磨は弾丸に足を止められている間に回廊の壁の上に飛び、村上を見下ろしていた。

 このまま背後から落ちれば、モールの外に出る事となる。

 

 つまりは。

 弓場拓磨が──己が挑んだタイマンを放棄する事と同義。

 

 

「俺は、タイマンは好きだぜ。それは紛う事なき、俺の本心だ」

 

 トっ、と。

 そのまま背後に向かい──後方へ飛ぶ。

 

 

「──だからこそ、こいつが楔になる」

 

 後方へ飛び、弓場の身体が外に投げ出された瞬間。

 村上は旋空で斬りかかっていた。

 

 

 剣先の軌跡の上。

 弓場は消えていた。

 

 

 どうやら──外に飛びながらテレポーターで別の場所に移動したらしい。

 

「....」

 

 ──確かに。楔だと村上は思った。

 

 挑まれたタイマンから逃げることは無い。

 自らが挑んだタイマンならば、猶更。

 

 それは先入観、というレベルではない。

 弓場拓磨の習性と言い換えてもいい。本能として刻まれた、彼自身の性だ。

 

 ──その本能を封じ込め、彼はタイマンを捨てるという選択肢を取った。

 刻み込まれた──弓場拓磨という名の、楔。

 

 それを彼は──自ら打ち破った。

 

「....」

 

 読めない。

 弓場隊の意図が。

 

 

 しかし──弓場がタイマンを捨ててまで打った一手だ。

 意味がない訳がない。

 

「.....」

 

 村上は思案をし続けながらも、次にとるべき行動を探す。

 点を稼がなければならない。

 まだ──隊は得点できていない。どんな形でもいい。点を取らなければ、せっかくの上位進出も水泡に帰す。

 

 村上は一つ息を吐き、走り出した。

 

 

 そして。

 

 加山雄吾は──しぶとく逃げ回っていた。

 

 背後からは二宮と犬飼のハウンドが飛び交い。

 それと連動するように、辻が襲い来る中。

 

 無傷で、逃げ回っていた。

 

 

 

「おっと」

 

 横薙ぎの旋空が迫る。

 加山は刀身の軌道から逃れるべく、足元よりエスクードを生やし自身の足下を隆起させ、避ける。

 

 足場のエスクードが崩されると同時、背後へと逃走しつつハウンドを辻に向け放つ。

 

 

「...」

 

 

 相対する辻は──強い違和感を覚える。

 

 元々の加山を知っていて。

 そしてランク戦の研究を怠ることなく続けているからこそ。

 

 その違和感が強くなる。

 

 

 辻に真っすぐ向かう軌道から──その背後の二宮・犬飼にハウンドが流れた時。

 僅かな隙を見つけ適当な屋内に入り合成弾を作成した時。

 

 そして──何よりも目前で行われている身のこなしを見た時。

 

 

 ROUND4において。はじめて弓場隊と当たった時に──何かに憑かれたような豹変が行われ、加山は辻を倒した。

 

 あの時に刻まれた違和感が、再び相対した今でもまだしこりのように残っている。

 

 戦う中でも理解できる。

 加山は成長している。

 二宮を。出水を。これまで得てきた経験の全てを──喰らって。

 

 

 だからこその違和感。

 この男に──成長できるだけの才があったのか。

 

 

 

 トリオン体における才能とはすべからく先天的なセンスが全てだ。

 

 同じ身体能力。同じスペックの換装体を如何に操れるのか。反復により身体が成長することは無い。ただ技術を得られるだけ。新たな技術を体得できる才なくば、後は頭打ち。

 トリオンと同じくらい──センスというのは、残酷なまでに不平等に現実を突きつける。

 

 

 だからこそ思う。

 加山は現実離れしている。

 誰から見ても才がない男が。

 今──比類なき才を携えて、眼前に立っている。

 

 

 常に後方からのハウンドを警戒しシールドを装着し。

 逃亡の為にエスクードを多用しつつ、少しの隙を見つけて──攻撃をねじ込む。

 

 

 この動作が出来ている現在が。

 辻の中で違和感を覚えさせている。

 

 

 ──あの時の記憶が残っている。

 

 

 辻を一瞬で仕留めたあの動き。

 ハウンドで全方位にシールドを張らせ拳銃で仕留める──あのフルアタック。

 

 行使されれば、死ぬ。

 だから踏み込めない。

 二宮の援護と合わせ踏み込んでも、完全に対処される。

 

 ──見抜かれているんだ。こちらが踏み込むタイミングを。

 

 こちらの心理も、察知している。

 

「....!」

 

 加山はここで。

 はじめて辻にダメージを入れた。

 

 後方からのハウンドの光が見えた瞬間──加山は手を地面につけ、辻を見た。

 エスクードだ、と。そう頭に刻まれた瞬間に辻は踏み込んだ。

 

 その一瞬であった。

 踏み込んだ瞬間に──地面につけた手が跳ね上がり、背後に忍ばせた拳銃を引き抜き心臓目掛けて撃たれたのは。

 

 どうにか体軸を傾け回避したものの──続く二射目にて辻の左腕が吹き飛ばされる事となる。

 

 

 ──エスクードをブラフに、拳銃弾で攻撃。ハウンドに合わせて踏み込んできた攻撃に、合わせてきた。

 辻はそれでも冷静に、加山を追う。

 

 ──ここで生き残らせるわけにはいかない。確実に仕留める。

 

 

 

「.....まだだ。まだ、生き残らなければ」

 

 

 加山は。

 

 

「──帯島と弓場さんが打った手を活かすには、まだ死ねない。生き残れ,,,,!」

 

 

 帯島の反応が消え。

 弓場が村上との交戦区域から離れた。

 

 後は──自分が生き残れば、勝機が見える。

 

 

「──ここまで来たら、絶対に勝つ」

 

 そう。

 ここまで来たのだ。

 

 自分が積み上げてきたものと──そして弓場が、帯島が、外岡が、藤丸が、それぞれ積み上げてきたもの。

 

 

 それら全てが一つの山となり。

 未だこんこんと積み上げている。

 

 ──俺がとちって崩されるものは、俺だけのものではない。

 

 ギリギリの中で。

 それでも加山は見えていた。

 

 ──さあ。全てを賭けろ。

 

 か細い。か細い。

 蜘蛛の糸が。

 



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ランク戦ROUND7 ⑦

「帯島。こっちが指示を出したタイミングでバッグワームを解いてくれ」

「了解ッス」

 

 この戦い。

 加山は──二宮隊に勝つ事のみしか考えていない。

 

 それだけだ。

 本当に、それだけ。

 

 いつもと同じだ。

 ──勝つためならば、何もかも利用する。

 

「加山! 村上の反応がロストしたぞ!」

 藤丸の声が聞こえてくる。

 村上は──恐らくレーダー上の自らの反応を消し、奇襲をかけられるようバッグワームを装着した。

 

 辻との戦いの中、加山はエスクードで路地を封鎖しつつハウンドを放っていく。

 旋空とハウンドがそれぞれ交差し、乱立するエスクードが斬り裂かれていく。

 

 ──ここで俺が落とされれば、全てが水泡に帰す。

 落ちるわけにはいかない。

 そうでなければ──帯島が、弓場が、楔を断ち切り繋がれた好機を失う事となる。

 瀬戸際だ。

 ここで二宮隊の脇二人を仕留められれば、勝機がようやく生まれる。

 

 加山はギリギリの状況であった。

 背後からの弾雨をしのぎつつ、辻の攻撃を捌いていく。

 しかし。

 本当にギリギリな状況だからこそ──加山の行動の裏にある意図が隠せている。

 

 ──辻先輩も、そして背後の二宮さんと犬飼先輩も。俺は弓場さんと合流しようとしていると。そう思っているはずだ。

 

 加山は現在辻に追われつつ、モール側に移動をしている。

 外岡との合流叶わず、モールに潜伏している弓場との合流を果たすべく、そちらに向かっているのだと。

 

 

 だから追う。弓場と合流される前に加山を仕留める為に。

 

 それ故に。

 逃げる加山とそれを追う辻という構図が出来上がり。

 加山が身を隠すために作成するエスクードを斬り裂き追うというパターンが定着し、反復させている。

 

 だからこそ。

 このパターンの中に──加山はとっておきを隠しこんでいる。

 

「今だ」

 

 加山が指示を出すと同時。

 帯島ユカリが姿を現し──その手にハウンド弾を生成する。

 

 帯島が潜伏していた場所は、加山の逃走路の軌道上にいた建造物の中。

 

 加山を追う中で過ぎ去っていた辻の背中に向け、帯島はハウンドを放つ。

 

「──そう来るのは解っていた」

 

 辻は努めて冷静に、加山の追跡を止め、帯島の位置と逆方向に移動を開始する。

 途中で帯島の位置がロストした瞬間から、二宮隊はこの動きを想定していた。

 

 加山と帯島が合流し二宮隊と真正面からぶつかる──という方法ではなく。

 敢えて加山を浮かし、二宮隊に加山を追わせ──その背後から帯島をぶつける作戦であろうと。

 

 

 この最終局面。リスクを取ってでも点を取りたいが故に──逃走と攪乱が得意な加山で釣りを行う作戦に変更したのだと。

 

 辻は想定していた。

 だからこの行動がとれた。

 

 帯島のハウンドの射程外に逃れるという行動を。

 

 

 加山は。

 逃げる辻を追う事はしなかった。

 

 その逆。

 辻が移動した逆方向に向かっていた。

 

 

 そして。

 辻の周辺区画にエスクードを作成し、通路を塞ぐ。

 

 

 その時だった。

 

 

 ──帯島を避け、移動した路地。

 

 その眼前に、村上鋼がいた。

 

 

「......まさか」

 

 

 辻はその瞬間に理解できた。

 ──加山が、自らを浮かしてまで辻の背中を刺させようとしていたのは。

 

 帯島ユカリではなく。

 彼女の行動によって弓場とのタイマンが打ち切られ──モールからバッグワームを着込んで向かってきた、村上鋼。

 

 村上を視認した瞬間。

 加山は辻にハウンドを放つ。

 

 細かく刻んだ弾雨が辻の頭上に降りかかり、思わずシールドを拡げた瞬間。

 

 ──村上の旋空が辻の半身を斬り裂いていた。

 

 

 

「──俺は勝つことしか考えていませんよ」

 

 

 加山は村上が辻を仕留めた光景を見た瞬間──帯島に指示を出す。

 

 

「帯島。お前が一番犬飼先輩に近い。──二宮さんとの分断は俺がするから、犬飼先輩を抑えてくれ」

「了解ッス」

「その後だが。──申し訳ないが死んでくれ」

「了解ッス! 生き残る可能性は限りなく低いですが──役目は必ず果たします!」

「頼んだ!」

 

 現在。

 

 二宮と犬飼は合流することなく、東西に離れた位置関係にいる。

 これは、辻に追われていた加山の逃走範囲を狭めるべく、それぞれ広く位置を取り援護を行っていたから。

 

 それにより。

 現在──足を削られた犬飼がぽっかりと浮く事となる。

 

 

 とはいえ。

 ダメージを負っているとはいえマスターランクの銃手。

 帯島一人で速攻で倒せる駒であるとは微塵も思っていない。

 

 

 それでも。

 それでも──帯島と弓場が己の楔を破ったことで、得られたカードがある。

 

 

「抑えるだけでいい。──そうすれば」

 

 加山はそれを一瞥する。

 

 

 バッグワームを解き、弧月とレイガストをそれぞれ構える男の姿を。

 

「後は、村上先輩がやってくれる」

 

 ──上位に上がるには失点よりも得点。

 

 この言葉は何処までも正しい。

 

 今。この状況でなければ。

 ランク戦が残り二試合。そして三部隊のうち二つが1位と2位。

 この状況でなければ。

 

 

 1位の二宮隊の得点逸失は事実上弓場隊にとっての得点である。

 

 どれだけこちらが得点を稼ごうと。

 同じだけ二宮隊が得点を稼がれては意味がない。

 

 逆に言えば。

 こちらの得点が削られようと──二宮隊の得点機会を奪えば、それだけでこちらが得点するも同義。

 

 

 

 そして。

 鈴鳴第一にとっては、この試合が上位に残れるかどうかの瀬戸際でもある。

 

 こちらはひたすらに点を取りたい。相手の得点どうこうはどうでもいい。取れる点をひたすら取らねばならない。なのに、事前に立てた作戦は見破られ、利用され、得点を奪えず

 

 

 

 ここで。

 一つ、利害関係が生まれた。

 

 

 

 二宮隊の得点機会を奪いたい弓場隊。

 一ポイントでも得点をしたい鈴鳴の村上。

 

 

 

「成程」

 

 

 帯島から放たれるハウンドを処理し、撃ち返す犬飼もまた──弓場隊の意図を理解した。

 

 

 帯島は犬飼をハウンドで撃ち、二宮と合流せんとする犬飼の動きを阻害する。

 

 そして。

 レーダー上の加山の立ち位置を見る。

 

 

 帯島から東に離れた位置。

 その場にて──合成弾を作成し二宮に放っていた。

 

 

 自身の背中側で響き渡る爆撃音を聞きながら、

 

 背後から迫りくる気配に振り返った。

 

「やっぱりね」

 

 帯島に足を止められ。

 そこに現れるは──鈴鳴第一の村上鋼。

 

 

「──得点の好機を逃してまで、漁夫の利を()()()()。いい方法だ」

 

 撃ち放つ弾丸を全てレイガストにて叩き落し──村上の刀身が犬飼の首を刎ねる。

 

 犬飼を屠り。

 村上の視線は、犬飼とたった今交戦していた帯島に向かう。

 

 帯島はふー、と一つ息を吐き。

 加山の言葉を思い出す。

 

 ──すまないが死んでくれ。

 

「了解ッス」

 

 帯島は村上が迫る中──走り出した。

 

 その場所は。

 ──二宮が向かう場所に向けて。

 

「──そうか。そこまでするのか」

 

 村上は逃げる帯島を追う。

 帯島は背後をチラリ振り返り──鉛弾オプション付きのハウンドを、夜の暗闇の中放つ。

 

「.....!」

 暗視がついているとはいえ、暗闇。そして保護色となった黒色のハウンド。それも──細かく刻み、全方位に散らして撃っている。

 防ぐ方法はレイガストしか存在せず、弾道に集中するべく足を止めるほかない。

 

「村上先輩!」

 

 そして。

 

「──勝負ッス!」

 

 暫く走り続けて──途中で、逃げる帯島が振り返ると、そう言った。

 弧月を構え、片腕を背中において。

 

「....」

 

 ──ここまでやるか。そう村上は思った。

 敵の駒だけでなく。

 自らの部隊の駒までも、勘定に入れて。

 

「面白い」

 

 いいように利用されているのは解っているが。

 それでも──こうしてポイントを献上してくれるのは何処までもありがたい。

 

 帯島が弧月にて斬りかかる。

 村上は──それをレイガストではなく、弧月にて受ける。

 

 ──帯島の身体の背後に置かれた、ハウンド弾が見えていたから。

 

 村上は弧月での差し合いの中、刃を返し帯島に蹴りを叩き込む。

 帯島との距離を空け、──目前に迫るハウンド弾をレイガストにて防護を行う。

 

 レイガストがハウンドの防護に空いた瞬間を見計らう、帯島の旋空。

 足元に向かうそれをステップで避けたと同時──返しの旋空。

 

 身を屈め回避したと同時。

 

「....!」

 回避した瞬間に──目前にはレイガストが視界を埋め尽くしていた。

 スラスターの推進力で放たれたそれは、帯島の身体に叩きつけられる。

 

 そして。

 

 吹き飛ばされ、路地の壁に叩きつけられた帯島に──二撃目の旋空が走る。

 

「.....後は、任せました」

 

 供給器官を失った帯島は緊急脱出。

 

 村上はレイガストを再生成し、背後を振り返る。

 

「──不意打ちしてくるものと思っていましたが」

「不意打ちを誘っている奴に仕掛ける義理もない」

 

 そこには。

 両手をポケットに突っ込んだ二宮の姿が映る。

 

 帯島の狙いは、これだった。

 村上と二宮をぶつけ合わせる事。

 

 犬飼を仕留めさせ、その一番近くにいた自分を村上が取りに来ることも織り込み済みで。

 鉛弾で足を止めさせつつ自分を追わせて──そして村上と戦い、自分を仕留めさせた。

 

 二宮とぶつけ合わせたいが、自分が二宮にやられるわけにはいかない。

 だから二宮が到着する前に、村上に挑み仕留めさせた。

 徹底している。

 二宮隊に点をくれてやるくらいなら──という思考が、本当に徹底している。

 

 二宮のアステロイドが村上に放たれる。

 現在加山も弓場も姿をくらましている。特に加山の高速合成弾を警戒しなければならない状況の為、フルアタックは出来ないであろう。

 

 アステロイドを防ぎ。

 旋空を放たんと弧月を振りかぶった──その瞬間。

 

「悪いなァ」

 

 背後に、気配。

 

「こいつは──俺のポイントだ」

 

 テレポートした弓場が──村上の背中に拳銃を突きつけ、心臓を撃つ。

 同時に。

 

 二宮の横手にある路地から放たれたハウンドが上空から降り注ぐ。

「....」

 

 二宮は弓場に意識を払いつつ。

 シールドを放つよりも前に、アステロイドを生成し路地に放つ。

 

 ハウンドの射出と同時に拳銃を持ち飛び出さんとした加山に対し、戒めの弾丸。

 

 加山の足を止め──二宮は上空のハウンドを悠々とシールドで防ぐ。

 

「──よゥ。二宮サン。後はもう俺達だけだな」

「....」

 にこやかに、弓場が眼前に佇んでいた。

 

 その横手から、路地で転げアステロイドを避けていた加山が土埃の中現れる。

 

「ROUND4のリベンジ──果たさせてもらうぜェ!」

 

 

 

 ──盤面がひっくり返った。

 

 外岡を落とされ、加山が二宮隊に囲まれ、合流を目指していた弓場と帯島は村上に結果的に足止めされ──追い詰められていた弓場隊が。

 

 村上というカードを巧みに操り、二宮隊のサポーター二人を仕留めた。

 

「──これは」

 出水は驚愕に顔を引き攣らせ。

 東は真剣な表情で画面を見ていた。

 

「──弓場隊が、村上を利用して二宮隊の排除にかかりましたね」

 

 状況としては。

 帯島が苦境の加山を放置してまで姿をくらまし、潜伏するという状況からスタートする。

 反応を消し、加山の援護を行っている様子もない帯島を村上が意識し──その間に、弓場が自ら挑んだタイマンから逃れる。

 

 その後。

 加山は自らを追う辻に対し「帯島による急襲」を意識させたうえで──村上による襲撃を行わせて、辻を排除。

 その後帯島は犬飼に対し足止めを行い、またしても村上が犬飼を排除しやすい状況を作り出し、狙い通り村上に倒させる。

 そして。

 この場面。

 

 二宮と村上を相敵させての、弓場と加山の急襲。村上を落とし──二宮との二対一の状況にまで追い込んだ。

 

 当初。加山の戦術を次々打破し、追い込んでいたはずの二宮隊が。

 急転、サポーター二人がシームレスに落とされ窮地に陥っている。

 

 

「....」

 

 最初から狙っていたわけではないのだろう。この状況が転がり込んできたから、利用したに過ぎない。

 

 ──しかし。

 この状況を形作ったのは。

 

 弓場隊全員が──このラウンドで一貫した方針の下動いていたからであろう。

 

 ──相手に根付かせた楔を、自ら打ち破る。

 

 積み重ねてきたものを崩し。

 相手の思惑と想定までも崩す。

 

 

 積み重ねを崩す行為の積み重ね。

 その積み重ねが──最終局面で、盤面そのものの破壊となって結実した。

 

 

 

「....」

 

 

 さあ。

 後は──弓場と加山が、二宮を超えられるかどうか。

 

 

 ──現状じゃあ、やっぱり厳しいというのが東さんの見立てなんですね。

 

 

 弓場隊に入隊したての時。東は、加山が入隊したとしてもやはり二宮隊・影浦隊の上位二隊の牙城を崩すのは難しいだろうと想定していた。

 

 それでも。

 加山は手段を選ぶ事なく自らを成長させていく──見事、ここまでたどり着いた。

 

 

 ──結末を見せてもらおう。

 

 

 全てを崩し、全てを賭けて──好機を掴んだ。

 このまま掴み切れるのかどうか。しっかりと見届けようじゃないか。

 

 



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ランク戦ROUND7 ⑧ 〜総評も添えて〜

ようやく決着.....


 ──もう、勝負のつけ方は決めている。

 

 この戦い。

 最後まで──自らが信じた方針に殉じよう。

 

 二宮隊に、もう一点もくれてやらない。

 

 

 二宮のアステロイドが、分割し弓場と加山に放たれる。

 

 ──そうだろう。そうするしかないだろう。

 

 加山も弓場も。

 双方とも、重い威力の拳銃を持っている。

 

 どちらの駒も無視できない。

 どちらか一方を倒したところで──どちらかに肉薄されれば、早撃ちで仕留められる可能性がある。一方に意識を集中させる事がどうしてもできない。

 

 

 だから──これが出来る。

 経験はしていない。──しかし、脳味噌の奥底で息づく自分のものとなった誰かの記憶が、呼び起こされる。

 

「エスクード」

 加山は、エスクードを二宮を中心に四方に張っていく。

 

 ──張り方は。

 

 ──黒トリガーを中心に、四方均等に円を作るように。

 

 

 

 四枚。

 

 八枚。

 

 十二枚。

 

 十六枚。

 

 

 外周を巡るように。多くの壁で二宮を囲い込む。

 

 

「.....ふん」

 

 二宮はその光景に、一つそう呟いた。

 この戦い方を。この光景を。二宮は克明に覚えていた。

 

 そう。

 これは──大規模侵攻でエネドラと対峙した際に、加山が用いた戦術。

 

「あの時は二宮さんが援護してくれましたけど──今度やられるのはアンタだ」

 

 エスクードを張りつつ、加山は移動を始める。

 

「....」

 

 二宮は──加山の位置に向かいハウンドを放出する。

 レーダー上に移るトリオン反応に向けて。

 

 エスクードごと吹き飛ばしたその視線の先。

 存在するは、──壁の残骸の下敷きとなったダミービーコン。

 

 

 破壊しても。

 まだまだエスクードは作られていく。

 

 散らされていくダミービーコンの先に弾丸を放つたびに。

 そのダミービーコンと並列して置かれた置きメテオラが爆発するたび。

 

 代わりのエスクードが増設されていく。

 

 

 

 ──さあ。この状況、二宮さんはどう思うだろう。

 

 

 自分が不利であることは承知しているだろう。

 自身が有利に取られている状況であるが故に──ここでリスクを取った行動も行使してくるに違いない。

 

 恐らく。

 何処かのタイミングで、フルアタックを解禁する。それは間違いない。

 

 ここまで、弓場の急襲を警戒したうえでシールドを解かなかった二宮。

 しかし。

 エスクードで常に視線を塞がれ、位置もビーコンで攪乱されている状況下。片側だけのアステロイドとハウンドだけでは、ジリ貧であると気付くはずだ。

 

 

 そして。

 こちらは──有利を取っているものの、それは二宮の前において薄氷の代物。

 この有利は縋れるものではない。

 このエスクード群も、脇二人が消え、防御に意識を割かねばならない状況下故に作られているもの。

 

 片側だけのアステロイド弾にも、木綿豆腐の如く砕けていくエスクード。フルアタックを行使されれば、エスクードによる防御は間に合わないだろう。

 

 

 当然。その瞬間は弓場が攻撃を仕掛ける好機でもある。

 

 

 フルアタックを誘い、弓場に撃たせる。

 しかし当然二宮はそれを警戒している。

 二宮は──弓場がこちらに襲撃できないタイミングを作ったうえで、こちらにフルアタックを叩き込むはずだ。

 

 

 警戒されて尚──二宮の懐に、弓場を送り込む。

 

 その為に何をするべきか。

 

 

 ──僅かでも有利な状況が存在するならば、当然それを活かすべきだろう。

 

 相手は二宮隊。

 総合力において比類なき存在として君臨する部隊に対して有利を取れている状況にあることこそが、まずもって奇跡。

 

 この奇跡は。

 事前の想定と備えと運。そして──外岡と帯島が繋いできた故に、形成されたもの。

 

 だからだ。

 だからこそ。

 

 ──楔を、打ち破る。

 

 加山は。

 バッグワームを解く。

 

 加山は賭ける。

 

 ここで──二宮が即断で攻勢をかける事はしないと。

 

 

 ここまで幾度もダミービーコンによる偽トリオン反応を見せつけてきたのだ。

 そして──以前のラウンドでビーコンの反応に釣りだされ、部下の犬飼が若村に仕留められた記憶もある。

 

 ここで──自身の位置を隠しながら二宮を囲えている有利を、自ら投げ捨てるとは考えないはずだ。

 不利になってから賭けに出ても遅い。

 賭けに出るなら──有利を守ろうとする思考の楔をぶち破った上でだ。

 

 だから数秒。

 

 エスクードの増設が、トリオン反応が生まれた瞬間にピタリ止まったと気付くまでの数秒までの間。

 

 二宮は──エスクード越しに発生したその反応が加山であることに、気付く。

 

 即座に迎撃を仕掛けんと動き出すが。

 

 

 その数秒で、十分。

 

「──サラマンダー」

 

 バッグワームを解き、トリガーを切り替え──メテオラとハウンドを合成する。

 

 

 同じだ。

 あの時と同じ。

 

 あの時──サラマンダーを放ったのは、二宮だった。

 

 

 放った爆撃弾は、二宮に直接当てるのではなく、その周辺に撒く。

 

 

 あの時。

 こんな土煙が巻き起こる中で、エネドラは敗れた。

 

 太刀川と風間の挟撃によって。

 

 

 今この時。

 太刀川と風間はいないが──必殺の銃手が、ここにいる。

 

 巻きあがる土煙が周囲に撒きあがり、更に視界が悪くなる。

 

 その時であった。

 

 

「よゥ、二宮サン」

 

 

 煙の中反射するメガネのレンズ。

 その姿を二宮は捉えた。

 

 テレポーターにより移動したのだろう。

 その手には、拳銃が一つ。

 

 相対距離、およそ十五メートル。

 

 

 そして──たった今、更に生成される拳銃も見える。

 

 

「ここは、俺の距離だ」

 

 

 ひゅ、と一つ息を吐く音と共に。

 二宮が形成するシールドよりも速く、弓場の拳銃が──二宮の胴体を撃ち抜いた。

 

 

「....」

 

 

 二宮は──眼前に捉えた弓場と加山の姿を一瞥し、そのまま瞠目した。

 

 

 かくして。

 ランク戦ROUND7は終わった。

 

 弓場隊4点+生存点2点。

 鈴鳴第一3点

 二宮隊1点

 

 これにて。

 

 

 弓場隊は41ポイントで、二宮隊は39ポイント

 

 7ROUNDにして──弓場隊は暫定一位の座を勝ち取った。

 

 

「試合終了! 最後の最後で大逆転! ──弓場隊が勝利しました!」

 

 この結果に、客席が大きくざわめく音が聞こえた。

 ここに来て、二戦連続で二宮隊が敗北する事もそうであるが。

 

 何より、──観客席から見れば、最後の村上が関わる弓場隊の立ち回りが理解しきれていない部分が多いのだろう。

 

「えーと.....最後の展開がとにかく怒涛の展開でしたね。観覧席の人たちもかなり気になっている事でしょうし、総評をよろしくお願いします!」

 

 そうして実況の宇井からバトンを渡された二人は、互いに視線を合わせる。その視線から「初陣を任せる」という意図を東は出水から感じ取った。

 

「この試合は、二宮隊と弓場隊の戦術志向の違いがかなり浮き彫りになった試合だったと個人的には思いますね」

「戦術志向ですか?」

「はい。──まず、前提ですが。部隊にはそれぞれ戦術レベルの高低があります」

 

 ランク戦において、各部隊それぞれの戦術レベルがある。

 

 それは部隊が運用できる戦術構築のレベルであり、戦いの場でいち早く情報を察知し対応できる能力であり、──自らの戦術を行使し、そして相手の戦術に対応できるレベル。

 東春秋は──相手がどの程度の戦術レベルにあるのか、それを知ることが重要であると常に言い続けてきた人間である。

 

「戦術レベルが低く、常に同じ行動を取り続ける相手に対して複雑な搦手を取ろうとしても意味がない。逆に高度な戦術眼を持つ相手に対して安易な戦術に頼ると対応されカウンターを食らう場合もある。戦術で相手に対抗する時は、常にそのレベルを推し測らなければいけないのです」

 

 相手はどの程度の戦術レベルを持っているのか。そこを把握しないまま戦術を運用すれば、その策が自らにしっぺ返しされる事もありうる。策士策に溺れるではないが、常に戦術は「相手に対応する/させる」の思考を持っておかなければならない。

 

「そして。今回の二宮隊と弓場隊は、互いに正確な戦術レベルを把握できていたと思います。──だな、出水」

「ですね。試合中にも言ったと思うっすけど、加山の戦術も犬飼先輩はかなり読んでいて、二宮さんも途中まで加山の策をかなり潰して追い込んでいた。そして加山も所々対応されつつも、肝心な部分ではしっかり相手の動きを読んで危機を脱出していた。お互い、相手の考えを把握していたからこそああいうやり合いが出来ていたんだと。そう俺は思いますね」

「そう。──しかし。互いの戦術レベルを把握しているという事を前提に、弓場隊はここでもう一手踏み込んだ。それが、終盤での逆転に繋がったと思いますね」

 

 それは、

 

「弓場隊は──敢えて最善の戦術を取らず、それよりも遥かにリスクの高い戦術をここで持ち込むことで、二宮隊の想定を裏切る方向に舵を取った。それの一番象徴的なのが、村上の利用でしょう」

 

 弓場隊は──外岡を落とされ、加山が二宮隊に囲まれ、そして弓場が村上に仕掛けられた事で、一気に不利に陥る。

 

 あの場面。二宮隊は三人で加山を落としにかかった上で、弓場と村上のタイマンが始まった事で──二宮隊三人が健在な中、弓場隊が壊滅する可能性も十分にあり得た。

 

「しかし。帯島の機転によって弓場をタイマンから逃し、村上を浮かし二宮隊の側に動かしたことで──弓場隊は部隊全体で”村上が二宮隊を仕留められる”状況を作り出し、村上に点を取らせた。辻は加山が。犬飼は帯島が。それぞれ援護を入れる事で村上を動かし──辻と犬飼という、二宮を仕留めるにあたって一番邪魔になるカードを排除した」

「多分──二宮さんは村上先輩の気まぐれで状況が左右されるような不安定な策だ、って否定すると思いますね」

「そう。実際不安定には違いない。仮に村上が、弓場隊が作ったその状況を、罠と警戒して踏み込んでこなければ。そもそも弓場隊の意図が村上に伝わってなかったら。全てが瓦解する不安定な策ではある。──今までのランク戦でならば、こんな不安定な策を取る事はしなかっただろうし、そんな策を取ると二宮隊も踏んでいなかった。これまで弓場隊が積み重ねてきたものがあったからこそ、刺さった戦術だったと思いますね」

 

 これが仮に、今までずっと不安定な戦術運用をしてきた部隊が仕掛けてきたものであれば、如何様にも対応できたかもしれない。

 しかし。

 今まで弓場隊が最下位から戦い続け──二位まで上り詰めてきた積み重ねがあり、それに相応しい戦術レベルを見せてきたからこそ。

 この最終局面において──唐突に採用した不安定で、最善には程遠い戦術が、二宮隊の対応能力を超えて彼等の喉笛を貫いた。

 

「ただ。不安定と言っても、ちゃんとその策が通るように種を撒いてきたことは事実だ。村上の行動に大きな制限をかける来馬を先んじて暗闇戦術で排除し、鈴鳴第一に得点機会を与えず、積極的にポイントを取らせに行く布石も打った。中位から昇格したばかりで、上位残留を果たしたい鈴鳴第一の状況も加味して、十分に村上が乗ってくる根拠を積み上げた上で、実行した戦術。常に最善の行動を取り続ける二宮隊に対して──自身の戦術レベルの想定を裏切る事で打ち破った。こういった、戦術志向の違いがあり──今回は、弓場隊の策が実った。そういった戦いだったと思います。──さて、出水。お前の方も総評を頼む」

「もう東さんにほとんど言われてしまいましたよ」

「最初に俺に喋らせるからだ。──まあ、なんだ。お前も二宮の師匠だろう。何か気付く事もあったんじゃないか?」

 東がそう促すと。出水は少しだけ考えて、口を開く。

「あー。なんか、すんごくふんわりした話になるんですけど」

「なんだ?」

「これも戦術志向の話に近いとは思うんですけど。──二宮さんはどっちかというと、戦術を詰め将棋みたいな感じに捉えているところはあるのかなー、と思うんすよね」

「ほうほう、詰め将棋ですか」

「そう。──二宮さん自身がそもそも太刀川さんに次ぐ戦闘力2位の化物で。その上マスタークラスの攻撃手と銃手がいる。誰よりも強い駒があるからこそ、”部隊が倒される可能性を排除する”方向で戦術を構築してきたと思うんですよ」

 

 二宮隊は、B級においてまさしく鬼門と呼ばれるほど強力な部隊であった。

 

 射手の王であり、出会えば即死のギミックである二宮と。

 そのギミックを運用するにあたって最高クラスのサポーター二人。

 

 自身の強力さを前提として。

 相手がこちらに抵抗できる手段を、最善の戦術と最高の実行力を以て奪っていく。

 

「戦術力って、基本的にその状況に刺さるかどうかって部分と、実行するのにどれだけのリスクがあるかの二つの要素がブレンドされていると思っていて。基本的に、二宮隊は実行するにあたってのリスクを排除しつつ戦うのが基本にあるんです。それは、どの部隊よりも遥かに強力な総合力を持っている部隊だから、リスクなんて取る必要ないですから」

 

 そして、

 

「逆に、今回の弓場隊は──何というか、何処までも不安定な綱渡りを敢えて行った感じがあって。大きなリスクがある事を承知の上で、二宮隊の詰め将棋を壊すための策を打っていたと思うんですよね」

 

 最善の行動、というのは。

 次第に択が狭まっていく。

 

「さっきも言ったんですけど。多分二宮さんは、相手の心持ち一つで簡単に行使できなくなる策が大嫌いなんだと思うんです。多分二宮さんが加山と同じ立場になっても、絶対に採用しない戦術だと思います。そして、加山はその最善を理解しつつも、勝つために簡単に捨てられる強さがあるんだと思うんです」

 

 最善を理解できる強さを持ちつつ。

 それを簡単に捨てて、不安定でリスクのある策を採用し実行する強さ。

 

「最善策同士でぶつかりあったら、より総合力が高い方が勝つ。その基本が理解できているから二宮さんは最善を取り続けるし、同時に加山も理解できているから最善を捨てられた。──どっちが高度か、って話じゃなくて。東さんが言ったように戦術志向でしかない。そして、今回は弓場隊が──分の悪い賭けに勝った。それだけの話だと思いますね」

 

 最善を取り続け、勝つ可能性を百パーセントに近付けていく二宮と。

 最善を捨て、僅かな可能性が残る道を補強していく加山。

 

 今回はその二つがぶつかり合った戦いで。

 二転三転と状況が転がる中で──制したのは、弓場隊であった。

 

 

 そういう戦いだったのだ。

 

 

「....」

 

 試合が終わり。

 皆が皆──ぐったりと作戦室で座り込んでいた。

 

「....勝ったんですよね?」

「勝ったぞ。──そして一位だ」

 

 

 弓場は変わらず壁に腰かけたまま立っているが──顔面にはやはり緊張が解け、緩和した表情筋が少々見える。

 そして──作戦室を見渡しつつ、言う。

 

「──お前等、よくやった。俺達は、俺達の楔をここでぶち破れた」

 

 楔。

 弓場も。帯島も。外岡も。──そして、加山自身も。

 

 自分たちを繋ぎとめてきた楔を破り、二宮隊を打倒しえた。

 

 

「これが出来るなら──もう俺達は負けねェ。次のランク戦も、全力をぶつけるぞ!」

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 次の対戦カードが発表される。

 ランク戦最終ROUND。

 

 

 

 弓場隊 東隊 生駒隊

 

 

 

 そして。

 

 

 ──玉狛第二。



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礼節の理由を述べよ

「次の相手.....解ってはいましたが玉狛ですね」

 

 玉狛第二。

 二宮隊を倒し、そして影浦隊・生駒隊・香取隊のマッチングの中で九ポイントを稼いだ──現B級において最強の部隊。

 弓場隊作戦室内。加山は一つ溜息を吐く。

 

「今のところ、玉狛は38点で弓場隊は41点。3点差か.....。前回九得点もぎ取っている相手だから、安心できる点差ではないね」

 外岡もまた、どうしようかと頭を悩ませていた。

「何にせよ──雨取さんへの対策打っとかなきゃお話にならない。玉狛だけミサイル持ってるようなもんでしょアレ」

「倒すにしても、序盤のうちに片付けておかないと。点を取られてからどうにかしようとしても遅いからね」

 

 効果範囲の大きい爆撃と、必殺のフルアタックを併せ持つ怪物。

 それを擁したうえで──空閑遊真とヒュースがいる。

 

「雨取さんとあの二枚の駒を引きはがせれば勝てる──ってほど単純な話でもないのがね」

 

 前回のラウンド。

 影浦以外全員がバッグワームで隠れた上で潜伏戦を挑んだ結果がどうだったのか。

 

 結局の所、ヒュース・空閑との遭遇戦に乗じた爆撃と砲撃で壊滅状態に陥った。

 

「雨取さんとあの二枚が引き剥がされた()()()、倒さなきゃならない。引き剥がしただけだと更地にされて終わり」

 

 バッグワームで全員が潜伏するところまではいい。

 点を稼がなければいけない玉狛は、自身に不利な遭遇戦であろうとも仕掛けなければいけない。

 

 しかし──仕掛けられ居場所が割れた瞬間、あの砲撃と爆撃で壊滅させられた。

 

「そして下手に近付けばハウンドとアステロイドでぶっ殺される。──近付くにせよ、絶対に気付かれるわけには行けない」

 

 つまるところ。

 雨取千佳を序盤にて仕留めるにあたっては二つの条件をクリアせねばならないのだ。     

 

 ①ヒュース及び空閑遊真との分断。

 ②分断のタイミングと合わせての、雨取千佳への襲撃。

 

「....きっつい」

「本当にね」

 

 加山と外岡は、両者とも一つ溜息を吐いた。

 

「取り敢えず。やれることは全部やっておかなきゃいけないっすね。俺は一旦、今までの戦い方を忘れます」

「へぇ。何をするつもりなの?」

「ちょいと隊長と相談はしますが──今回、大幅にトリガー構成変えます」

「....本当に? 最終戦だよ?」

「最終戦だからこそですよ。ある程度賭けをしなきゃ勝てる相手じゃない。──それに最終戦だからこそ、出来る備えもある。明日からも大忙しだ」

「そうだね。明日から頑張らないとね。──あ、そうだ。加山君」

「ん?」

「隊長がね、ランク戦最終戦終わった後にお店予約してるって」

「おお。それはいいですね」

「王子隊と──それと、神田さんが参加するみたい」

「....」

 

 神田。

 加山が弓場隊に入隊する前の部隊員。

 

 面識、それほどなし。

 

「いい報告できるように気張れよ、って弓場さんから」

「了解でーす」

 ここで三位に転落して顔合わせ──なんて結末で顔合わせするのは御免だ。

 頑張ろう。

 

 

 その後。

 

 加山は訓練室に籠り、ひたすらに反復練習を繰り返していた。

 

 トリガー構成を変えるに辺り、万が一にもトリガーの取り換えミスが発生しないように。帯島や弓場との実戦も交えて──新しい構成が頭と身体に染み付くまで、繰り返した。

 

 ──今回の戦い方は、自分が培った戦い方より、エネドラの戦い方に寄せたものだ。

 

 今までの戦い方を研究し対策すればするほど。

 今回の戦い方はより刺さってくれるだろう。

 

 最後は──自分自身の楔を打ち破る。

 

 

「疲れた」

 

 ランク戦夜の部が終わった次の日もひたすら訓練を繰り返していた加山は、そう呟いた。

 肉体的な疲れは、トリオン体ゆえに存在しないが。慣れないことを繰り返すのは普通に脳味噌に来るものがある。

 

 とはいえ、そのおかげか──ひとまずトリガーの切り替えミスはしなくなった。後は少しずつ練度を上げていくだけ。

 

「お疲れ様ッス」

「はいお疲れ、帯島。悪いねぇ。遅くまで付き合わせてしまって」

「いえ。こっちとしてもとてもいい特訓になったので。礼には及ばないッス」

「飯はまだか? よければ奢るぞ」

「いえ、それは...」

 

 一旦は断ろうとしていた帯島であったが。

 

「....あ、いえ。やっぱりご馳走になるッス」

 

 と。すぐさま誘いに乗ってくれたのであった。

 

 

 ボーダーの食堂で──とも思ったが、流石にそれは味気ないよなぁと思い。この間王子先輩に奢ってもらった焼き肉屋に行こうとしたが。

 焼肉を奢るという文面だけで、帯島が拒否。それならば割り勘をすると聞かなかったのでさてどうするかと悩んだところ。

 

 ──そういえば、影浦先輩のとこお好み焼き屋だって言ってたな。

 

 そう思い付きお好み焼き屋を提案したところ、一発でOKを貰ったため。そちらに向かう事になりました。

 

 

「へぇ。ここが影浦先輩の店なのか」

 

 その後。

 店に辿り着き、席に着く。

 

「自分は何回か来たことがあるッスね。攻撃手の先輩方によく連れていってもらってました」

「攻撃手というと、個人戦狂い勢か? 米屋先輩とかあのあたり」

「あのあたりッス」

「成程。──あ、すみません。注文いいですか?」

 

 その後。

 各自ドリンクを頼み、帯島は豚玉を、加山はちびたとん平焼きを注文する。

 もっと食べて下さいと帯島につつかれ、仕方なしに焼きそばを追加注文。食いきれなかったら帯島に食わせればいいやと言う実に簡単な考えであった。

 

「それじゃあ──7ラウンド目終了お疲れ様と暫定1位おめでとうという事で。乾杯」

「乾杯ッス」

 

 互いにグラスを合わせ、烏龍茶を飲む。

 

「こうして二人で飯を食うってのははじめてかね」

「ボーダーの食堂で何度かご一緒したくらいッスね」

「まあ、俺が基本外食しないからなぁ。隊長が音頭かけないと家でぽりぽり野菜かじってる」

「.....いつも思うんですけど、加山先輩ちゃんとご飯食べてますか?」

「食べてる食べてる。流石に野草食ってた非文明人からは脱したよ。体重も一キロ増えた」

「....ちなみに体重って何キロですか?」

「38キロだが?」

「もっと食べてください....!」

 

 身長150程度だと適正体重はおおよそ47キロ位だという。30キロ台だと、最早あばらが浮き出しているレベルの肉付きのなさだ。身長体重共に恐らく帯島以下であろう。何度でも言うが、やろうと思えば帯島は十二分に加山を絞め殺せる。

 

「まあ、なんだ。今更かもしれんが」

「何ですか」

「ありがとな」

「へ?」

 

 帯島は──突如として加山から礼を言われ、思わずそうこぼしていた。

 

「弓場先輩や藤丸先輩は色々織り込み済みだっただろうけど。その当時のお前や外岡先輩にとっちゃ──俺は隊長の個人ポイントと隊の順位を最下位に叩き落した原因でしかなかったろ」

「そんな事はないッスよ」

「まあ、ほら。そう思ってくれることも汲んで隊長もあの時俺に力を貸してくれたんだろうけどさ。俺個人としては、以前のランクよりかは上に行かなきゃならねぇ、って思っていたのよ。──今回暫定とはいえ一位とれて、少しホッとしたのよ。礼を言えるくらいには余裕が出来たから、言わせてもらった」

「....余裕ッスか」

「そう。まだ上位にも入れない状態で礼なんか言ったら予防線みたいじゃない。ロクに力にもならなかった時に責められないように先んじて礼を言いやがったなこの野郎──って思われない為に。まあひとまず以前の順位よりかは落ちなさそうなこのタイミングだからこそ素直な気持ちを言えたわけデス。ごめんね面倒な先輩で」

「....」

 

 帯島から見た加山は、飄げてはいるものの──根底の気質は何処までも真面目なのだと、そう判断していた。

 そして。

 その真面目さの裏側には、どうしようもない責任感もあるのだと。

 

 加山が弓場隊に入った経緯を、弓場は取引だと言っていた。あの時、黒トリガー争奪戦の際に加山に手を貸す代わりに、加山には弓場隊に入ってもらう。そういう取引であったと。

 

 取引と言うならば、それ以上の責任は発生しないはずだ。弓場は加山に手を貸し、加山は隊に入った。その結果として弓場隊が下位に沈んだとしても、その責任は加山だけに負わせるものではないはずだ。

 それでも。

 加山はその責任を感じていて──その責任の果たし方として、必ず弓場隊を上位に浮上させることを決意していたのだと。

 

 だから。こうして上位に浮上するまでは、礼すらも言うことが出来なかった。その礼が、後々の責任逃れの理由にしたくなかったから。

 

 

「──自分は、先輩に感謝しているッス」

 

 だから。

 帯島もまた──自分の気持ちを、この場に乗じてしっかり伝えることにした。

 

「正直。神田先輩が抜けた後に──ウチが上位残留できるのか。本当にギリギリだと感じていたんです」

 

 弓場隊における神田忠臣という存在は、本当に大きかった。

 弓場というエースを活かすうえでも。隊のバランスを取るうえでも。

 

 現場指揮を行えて、オールラウンドな場面に対応できる神田が抜けて──今まで通りに戦うことが出来るのか、と。

 

「神田先輩が抜けたから。自分の力が及ばなかったから。だから上位から脱落するんじゃないかって──そう言われるかもしれない、って。ずっと不安だったんです」

 

 でも。

 弓場はすぐにその穴埋めを行うべく──自身のポイントを犠牲にしてでも、加山を連れてきた。

 

「あの隊長が、自分だけならともかく──隊全体の順位を落としてまで連れてきたのが加山先輩なんです。自分は隊長の目を信じているッス。勿論それは、外岡先輩も同じことを思っているはずです」

 

 だから疑念なんて生まれなかった。

 

「そして。こうして結果まで出してくれて。今A級に上がれるかどうかの瀬戸際まで押し上げてくれた。加山先輩抜きでここまで来ることはできなかったのは、確かな事なんです。──だから、礼を言うのは先輩じゃなくて、自分の方です。ありがとうございます、加山先輩」

 

 そう言って、一つ頭を下げる帯島を見て。

 加山はそうか、と一つ呟いた。

 

 

 そして。

 

「──お」

 

 注文物が来て、さて食べようかとした瞬間。

 ぞろぞろと店の中に顔見知りが続々入ってくる。

 

「おう加山。そんで帯島。お前もこっちに来てたか」

「どもども荒船パイセン。おひさです~」

 荒船哲次が帽子を取りながら入店すると同時。

 

「お。来てやがったのかよオイ」

「お邪魔しています~」

 影浦雅人。

 

「あ、帯島ちゃんに加山君だ~。──加山君食べる量すくなっ」

「ゾエさんにゃ一口でしょうねこの量だと」

 北添尋

 

「....よう。この前のランク戦はいいように使ってくれたな?」

「ふっふっふ。恨みっこなしですよ村上先輩」

 村上鋼。

 

「いえ~い。最近個人戦バリバリ勢の加山じゃ~ん」

「いえ~い。この前赤点6つの大記録達成と共に本部長に呼び出されてたよねやん先輩じゃ~ん」

「おいこら」

 米屋陽介。

 

 更なる客の大入りと共に、まだまだ夜の時間は続いていく。

 

 

 




ドラフト....!
ランク戦終わらせるモチベがとんでもなく湧いてきました。頑張ります。


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命にふさわしい

「それじゃあ──弓場隊の暫定一位を祝して、かんぱ~い」

「かんぱ~い」

 

 という訳で。

 先輩方に混じって食事する事となりましたとさ。

 

「つーか、加山。お前はもっと食わんかい。なんだそのとん平焼き。お好み焼き屋に来たならお好み焼き食えよ」

「俺の胃袋の寒々しい状況は荒船パイセンも解っているでしょうよ。ほっとけ」

「見れば見るほど風が吹けば折れそうなみみっちい身体してんなァ、オイ」

「ええそうですとも。子供の頃アバラが折れて入院してくしゃみしてまた折れて再入院ですよ」

「ええ...」

 

 とん平焼きをちみちみとつつきながら、加山は焼いたお好み焼きを押し付けてくる荒船を迷惑そうな顔で見ていた。

 

「大体、なんでその量しか食えないのにお好み焼き屋に来ちゃってるのよ」

「そりゃ俺じゃなくて後輩食わせに来たので。な、帯島?」

「先輩はもっと食べてください」

 

 帯島に話を振ると即座に加山の取り皿に手に焼きそばを取り分けてきた。

 

「...」

 

 加山は無言のままそれを箸に取り、ちびちびと食い始めた。

 

 

「──次、お前等玉狛かぁ。ありゃあきついぞ」

「何を他人事みたいに...」

「あの白チビだけのチームかと思いきや。爆撃砲と謎の外国人まで追加されちゃってまぁ。ご愁傷様~」

「ふん。見ていればいいですよ。目にもの見せてやる」

「お。言ってくれるじゃねぇか。──ところでよ」

「はい?」

 

 米屋が突如として加山の肩を組む。

 

「聞いてねぇぞ加山。──お前何でいきなりあんな別人みたいに動けるようになったんだよ」

「あ。それ気になってた。ゾエさん解説の時に、いきなり別人みたいに動きがキレキレになってて」

 

 あー、と加山は呟いた。

 そりゃそうだ。

 事情を知らない人間からすれば、突如として動きが三段階も四段階も動きが向上している訳で。

 実際──トリオン体を動かす事が苦手で戦闘センスも然程ない人間が、突如として近界の軍事エリートを遜色ない動きが出来るようになっているのだから、疑念は生まれて然るべきなのだろう。

 

「ひたすらな訓練の繰り返しですよぶはは」

「おうおうそれが通じるとでも思ってんのか、加山ァ?」

 

 米屋はにこやかに組んだ肩を左右に揺らす。

 

「米屋。そこまでにしておけ」

「おう。別にいいじゃねぇか理由なんざ。こいつが戦ってて楽しい駒になった、って事だけが重要だろうがよ」

 その光景を見て。

 副作用持ち二人──村上と影浦が止めに入る。

 

「ちぇ。それもそうか」

 米屋は納得したのか、すぐに引き下がった。

 

「....」

 

 何というか。

 ──やっぱり村上先輩はあの時の事を気にしているのかな、と加山は思った。

 

 村上もまた加山の変化の理由を問おうとして──聞くことが出来なかった。

 あの時の事をまだ引き摺っているのかな、と。

 

 影浦は──単純に、加山から発せられていた感情を読み取って、止める方向に行ったのだろう。

 

 やっぱり優しいなぁ、と。加山は思った。

 

 

 その後。

 加山に飯を詰め込ませたのちに、先輩方は帰っていった。

 加山と帯島の勘定まで払った後に。

 

「結局俺も奢られてやんの」

「....はは」

 

 加山も帯島も、互いに笑いながら帰路についていた。

 

「誘ってくださって、ありがとうございます。加山先輩」

「まあ、時々はね」

 

 普段先輩らしいことをしているかと言うと。

 自分に出来る範囲でしているつもりであるが、そのつもりは弓場隊長というザ・先輩の草葉の陰に蹴り出され三途の川に沈められている現状であるのだ。ごめんね頼りない先輩で。

 なので。

 まあ、時々は──せめて唯一の後輩として、こういう機会を作ってやろうかと。

 

「まあお前も普段他の人の前で話せないこともあるだろうし。──何か不満でもあるのなら、この機会だ。言ってもいいんだぞ。この辺り、人もいないしな」

「....」

 

 帯島は。

 言おうかどうか少しばかり逡巡して。

 ──口を開く。

 

「自分は、この隊が大好きッス」

「....ん?」

 

 そりゃもう。心底から知っている事だけど。

 

「弓場隊長も、藤丸さんも、外岡先輩も。みんな本当に自分によくしてくれて。加山先輩も、途中入隊で色々大変で余裕もなかっただろうに自分の世話をみてくれて。──大好きだからこそ、恩義も感じるからこそ、自分も何かを返したいと思うんです」

「....」

「加山先輩。加山先輩はどうですか? ──この隊に来て、よかったと思いましたか?」

 

 ああ。

 何となく、帯島が言いたい事が理解できた気がする。

 

 この時に理解が及んだのはこれまでの積み重ねがあったからだろう。

 

 頭に浮かぶのは──弓場隊の面々と過ごした日々であり、引っ越し直後にやってきた加古の言葉であり、染井華が自分に打ってきた楔であり。

 そして。

 自分が歩いてきた足跡でもある。

 

 それは自分を変色させたもの。

 色づく事を許さず、ひたすら無色のままいようとしていた自分自身に。

 どうしようもなく染められていった諸々の色。

 

 自分の中に閉じ込めていた色。

 他者から与えられた色。

 

 この問いは、こういう事だ。

 今──代わっていく自分の心を、加山自身は是としているのか。

 

「....」

 

 自分の内心を言葉にするという事は、

 パズルをはめ込むようなものだと思う。

 ピースを見てなんとなく理解している事と。実際にそれをパズルとしてはめ込んで出来上がった絵を見るとでは何もかも違う。

 

 言葉にしてしまえば。

 それを嘘とする事は出来ないし、見て見ぬ振りも出来ない。

 

「....思っているよ」

 

 結局の所。

 そう思っているに違いないのだから、そう言う他ないのだ。

 

「楽しかったよ。入隊する前より、ずっと」

 

 最初は、遠征に向かうための手段でしかなかった。

 入隊なんて。

 

 そこから広がった人間関係や経験が──自分にとっての糧としての用途以外に。

 自分の心を色づかせて。封じた人間性を取り戻す切っ掛けになるなんて思ってもいなかった。

 

 ──いや。

 ──ちゃんと加古さんが言っていたじゃないか。人の感謝を受け取る事で、俺は変わるって。

 

 やっぱり。

 自分は色々な事から目を背けてきたのだろうな、と。そんな風に思えてしまう。

 

「よかったッス」

 

 帯島はただそう答えた。

 

「──自分は。加山先輩と同じ隊に入れてよかったと、そう心から思っているッス。最初はただストイックな人なのかな、と思っていましたけど.....運動が苦手で、対人関係に鈍くて、とぼけている人で。一人の人間として向き合う中で凄く面白い人だと思うようになっていったんです」

「後半悪口じゃねえかな?」

「でも事実ですから。──加山先輩」

 

 帯島は、自身の堰を切るかのように、一気に言葉を繋げた。

 

「自分はこの隊の皆が大好きッス。勿論加山先輩も。──もしこの先、加山先輩にいなくなられたら、自分は泣きますから」

「....」

「自分だけじゃなくて。多分藤丸先輩も泣くと思います。外岡先輩は泣きはしないでしょうけど、多分内心で自分を責めると思います。それは隊長も同じ。──加山先輩は、もうそういう存在なんだと覚えておいてください」

 

 言いたい事は、これで全てです──そう帯島は言うと、そのまま加山と分かれ帰路についた。

 

「....」

 

 多分。

 何となしに帯島は──加山の目的に気付き始めたのかもしれない。

 

 ──構築した人間関係もまた、一つの楔。

 

 その事をまた自覚して、少しだけ目を細めてしまった。

 

 

「....次の相手は、弓場隊、生駒隊、そして東隊か」

 

 玉狛第二もまた、次の対戦相手が伝えられていた。

 

「....これは。かなり難しい戦いになりそうだな」

 

 そう、修は呟いていた。

 

「何でよ。皆千佳の爆撃と砲撃で吹き飛ばせばいいだけでしょ」

 小南は、ふんすと息巻きながらそう呟くが、即座にヒュースから反論が飛んでくる。

 

「アズマがいる。奴はこれまで中位戦中心で戦ってきたこともあるのだろうが、今期一度も落とされていない。──現在二位の二宮隊が何点取るかは解らないが、少なく見積もっても俺達は5、6点は取らなければならない。どうしても生存点を稼ぐことが必須となるが、その難易度が飛躍的に上がってしまう」

「それと、弓場隊の加山君もだね。これまでの戦いで敵に落とされたのはROUND5で東さんに落とされた一回だけ。──東さんと違って、こっちはかなり目立つ動きをしているのにそれでも倒されていない。生存能力だけで言えば、東さんよりよっぽど厄介かもしれない」

「──あずまさんもカヤマも、両方とも生存率が高い理由は共通していると思う。二人とも、敵位置の把握と足止めが上手い」

 

 東は狙撃を行った後の逃走があまりにも神がかっている。敵の追跡ルートを恐らく逃走時に全て割り出しているのだろう。──狙撃位置を割り出して追手を差し向けるだけで倒せる駒ではない。

 

 加山は狙撃や急襲に対しての警戒力の高さ、そして戦闘時の立ち回りの上手さによって高い生存率を維持している。居所を掴んで襲撃をかけた所でエスクードとダミービーコンでの妨害に併せて戦う事になるため、一方的に損害が与えられて逃げられることが多い。

 

「そもそも、前回のラウンドで二、三回二宮さんに捕捉されてそれでも生き残れているから。──単独で落とせる駒と考えるのはダメかもしれない」

 

 生存能力が極めて高い駒が二つ存在している。

 最終ラウンドで多くの点を取らなければならない玉狛にとって──この最終戦の組み合わせは大きな頭痛のタネとなっていた。

 

「そして。──もう一つ懸念しなければならないことがある」

「なんだ?」

 

 ヒュースはうっすらとその対戦表を見渡し、

 

「──弓場隊と、東隊。この二部隊は事前にこちらへの対策を共有する可能性がある」

 

 え、と。修は呟く。

 

「以前──オレはカトリとカゲウラの二名に完全に連携を組まれて付け狙われたことがあった。恐らくカヤマが事前に俺の情報を渡し、連携を促したのだろうとオレは考えている」

 そして、

「カヤマとアズマは──オレに対する噂を流した時もそうであったように、恐らく繋がっている。この二部隊の間で互いの戦術を共有し、こちらを叩こうとしている可能性が、オレはあると思っている」

 

「....」

 

 そんな事はしないだろう、と。

 そう否定するのは簡単だが。

 

 しかし──以前の戦いのときに感じた違和感。そしてヒュースに対する噂を流した時のように。

 加山は、こちらを叩き落すためならば手段は択ばないであろうと。そうも思っている。

 

「う~ん。だけど東さんはそんなことしないと思うけどなぁ。確かに、あの人はヒュース君の事情も知っているけど、あくまで訓練の場でしかないランク戦で、裏で手を組むような立場の人ではないと思うよ」

 宇佐美栞がそう言うと、ヒュースもその言葉には頷く。

 

「ああ。オレもアズマが直接的な交渉に応じるとは思えないし、カヤマがそうするとも思っていない。──ただ、互いの部隊の初動を見て、こちらを潰すために即興で戦術を共有する可能性があると思っているだけだ」

「あー。成程...」

 

 今回。

 戦術レベルが高い部隊であればある程──まずは玉狛を削らなければ勝負にもならない、という意識が芽生えているはずだ。

 

 そして。

 その共通認識を互いに持ったうえで、序盤の動きが開始されると──加山と東は互いにその意図を汲む可能性があるということ。

 

 

「警戒するに越したことは無いと──そう俺は思っている」

「成程....。よし、解った。東隊と弓場隊の動きに関して、もう少し明日作戦を詰めていこう。それじゃあ、もう夜も遅いから解散。また明日会議をするから、各々記録を追ってくれ」

 

 隊長の三雲がそう言うと、それぞれ支部の部屋へと戻っていく。

 

 ヒュースもまた、自らの部屋に戻っていった。

 

 

 部屋の戸を開け、閉める。

 暗がりの中ベッドに横たわる。

 

 ヒュースは生身であると角が邪魔してうつ伏せでしか眠れないため、就寝時もトリオン体である。

 

 毛布をかけ、目を瞑る。

 

 

 

 暗闇の中。

 

 声が聞こえてくる。

 

 

 ――許さねぇ

 

 その声は耳鳴りのような音声で、曖昧でぼやけている。

 次第に肉声となり、小さく、小さく響いてくる。

 

 ――許さねぇ

 

「....ふん」

 

 あの時。ガロプラの襲撃があった時から。

 加山の肉体に収まったエネドラのような何かと戦った時から──ずっとこうだ。

 

「お前も、しつこいな」

 ぼそり、ヒュースは呟いて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──許さねぇ



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同盟の結び

 次のランク戦が最終戦となる、という事は。

 次の対戦相手以外に、特段自身の戦術や戦略を秘密にする必要がなくなる事を意味する。

 よって。

 仲の良い他部隊所属の隊員との訓練がやりやすくなる期間でもある。

 

「という訳で。たのもー」

「....」

「....」

 

 香取葉子は、とても訝し気に加山雄吾を見て。

 影浦雅人もまた、何処か居心地悪そうにそこにいた。

 

 現在。

 香取隊作戦室には、二人のよそ者がいた。

 

 加山雄吾。

 及び、影浦雅人。

 

 

「....おい。雄太。なんで影浦先輩がいるんだ?」

「お、オレに聞かれても」

 

 ひそやかに、香取隊戦闘員二人は言葉を交わし合う。

 そもそも自分たちの作戦室で、何故声をひそめなければならないのか。

 

「....」

 

 そこに影浦雅人がいるからだろう。

 二人にとっては、彼は先輩であるが、それほど交流がある訳でもない。そういう人間からすれば、影浦がこの場所にいる事自体が完全なる異常事態なのだ。

 

 

「....」

 染井華は、変わらず真っすぐに二人に視線を送っていた。

 加山が作戦室に入室した時、変わらぬ無表情のまま手を軽く振っていた。

 

 .....ミュージックプレーヤーを手にしながら

 

「何の用?」

「あと二日でランク戦最終戦が始まりますね」

「....それがどうしたの?」

「弓場隊、影浦隊、そして香取隊。合同で訓練しませんか、という提案っす」

 

 にこやかに加山はそう言った。

 

「.....中位落ちしたアタシ達に声をかけている余裕なんかあるの? アンタ達次の相手玉狛でしょ?」

「だからこそですよ。──ヒュースと直接対面した二人だからこそ、俺は一緒に訓練したい。そんでもって、俺は次のランク戦でトリガー構成変えるので、そのお勉強の意味でも」

「.....勉強?」

 

 香取がそう反芻すると、加山は一つ頷いた。

 

「トリガー構成。変える部分は多くありますけど。一番大きな変更点が──スコーピオン二本差しで行くつもりですので」

「....マジ?」

「マジマジ。今までスコーピオン使ったことはありますが、両方に入れる事ははじめてでしてね。これまで影浦先輩に指導いただいたのはありがたい話ではありますけど。部隊戦できっちり使えるかどうかまで試してみない事には実戦投入できないので。──香取先輩のご助力を得られたら、と」

 

 香取は、何やらとても訝し気な表情をした。

 

「影浦先輩から指導って、アンタまさか...」

「そのまさか。──マンティス教えてもらいました」

 

 にこりと笑って、加山は言う。

 

「──本当なの? 影浦先輩」

「.....ああ」

 

 影浦は面倒くさそうにそう答えていた。

 

「とはいっても、バチバチの斬り合いの道具に使用するつもりはサラサラねぇっすけどね。奇襲と遠隔攻撃に使うだけ」

「.....で。この戦いでアンタはスコーピオンの精度を上げたい訳ね」

「そういう事になりますね。あっはっは」

「──それで。アタシ達がそれに付き合わなきゃいけない理由イズ何?」

「部隊での実戦経験を積める、だけじゃ不足ですか?」

 

 加山はそう呟いた。

 

「この局面で中位に落ちたのは、見ようによっては大きなチャンスですよ香取先輩。中位戦で頭一つ抜ければ、上位の入れ替えで最終順位に追いつける可能性が高い」

「....そうね」

 

 香取隊は、前回のランク戦で得点を一点しか取れず東隊との入れ替えで中位に転落。

 前々回の二宮隊、前回の玉狛。それぞれに叩きのめされた形だ。

 

「香取隊の次の相手は、柿崎隊と王子隊と那須隊。那須隊は影浦隊の編成に似ていますし、王子隊は狙撃手を抜いたら割と弓場隊に近い。──俺は、香取隊は王子隊さえ攻略できるなら十分に上位入りが狙えると考えています」

「....」

「王子先輩は強敵っすよ。まず間違いなく香取隊の対策はカッチリ組んでくる。──でもカッチリ組んでくるからこそ、想定しているレベル以上のものを見せることが出来れば攻略することが出来るかもしれない」

 

 王子一彰と加山は互いに親交があり、それ故に加山は王子についてはよく理解している。

 彼もまた、相手の戦術レベルを着実に想定し戦ってくる。

 その上で勝つには──その想定を超えるしかない。

 

「どうです? やりません?」

 

「....」

 

 香取は何やら渋い顔をしている。

 この顔の渋さは、素直に申し出に首肯したくないというひねくれた感性によるものであろう。

 

 いわば。

「お前には一緒に訓練してくれるような仲のいい部隊なんていないだろうから誘ってやっているんだ感謝しろ」と、究極に悪意的に解釈すれば、そう言っているように聞こえなくもない。

 

 ──とはいえ。

 

「葉子」

 

 背後からの声。

 

「やろう?」

 

 張っている意地も、この声一つで氷解してしまう。

 染井華が、ぎこちなく浮かべた笑みと共に放たれる言葉だけで。

 

「.....解ったわよ」

 

 憮然としつつも。

 そう言って──香取葉子は了承した。

 

 

 ──それから、弓場隊、影浦隊、香取隊による合同訓練が開始された。

 ランク戦最終試合まで、残り二日。

 

 

 三部隊はそれぞれの作戦室に赴きながら、部隊戦と訓練を繰り返していた。

 

「間の詰め方があめぇぞ若村ァ!」

「....! はい、弓場さん!」

「ビーコン使って釣りだす戦術は前々回のランク戦でタネが割れてんだ! 警戒されてんだよ! 何度も同じ手が通用すると思うな!」

 

 

「置き弾を発射するタイミングが少し早い! それだと切り返しの間に余裕で避けられるわよ」

「.....はい!」

「弓場さんのフォローに入る時はそれでいいかもしれないけど、想定してるのは玉狛のチビとのタイマンでしょ? タイミングドンピシャに合わせとかないと一瞬で首狩られるわよ。もっとシビアに段取りしなさい」

 

 

 合同で戦いつつ、それぞれ技術的な立ち回りを教える。

 交流会的側面を持ち合わせた訓練となっていた。

 

「みんな凄い熱心だね。ねぇ、カゲ?」

「ケッ」

「そこで舌打ちしないのカゲ先輩。寂しいんですか?」

「んなわけあるかボケ!」

 

 そんな光景を。

 影浦、北添、加山は遠巻きに見ていた。

 

「暇ならタイマンしますかカゲ先輩。俺との戦績どんなもんでしたっけ?」

「20本やってカゲが十二本だね。おお、加山君四割勝ててるじゃない」

「タイマンじゃ全然勝ててねぇっすね」

「四割勝ててるだけでも儲けもんだろうが。舐めんじゃねぇぞ」

 

 うーむ。

 やはり戦いが繰り返されるごとに、タイマンでの戦績は悪くなっていく。

 まあ、それもそうだろう。

 影浦の副作用の仕様を逆手にとって以前のランク戦では追い詰めることが出来たが、影浦も当然その辺りをしっかり対応してくる。

 とはいえ──こちらも影浦との戦いの中で掴んだものが存在していた。

 

「ヘイ、帯島。ちょい交代してもらっていいかね」

 

 丁度香取に首を刎ねられていた帯島にそう声をかける。

 

「ちょっと。アンタの相手なんて嫌なんですけど」

「うわ。つめたっ」

 可愛い後輩に敬意を払われつつ指導できる時間が終わらされ、かなりご不満のようだ。対人欲求と自己承認欲求が深い人間にとっては帯島は中毒性の高い麻薬のようなもので、ついうっかり接取してしまった結果、大層気に入ってもらえたようだ。

 

「帯島が取られたからって不機嫌にならないで下さいよ」

「は? アタシはいつもこんなですけど」

「そりゃいつもそんなですけど」

「....」

「....」

 

 加山は今、すっくと足を上げ、敢えて地雷原に踏み込んだ。

 踏んだ地雷は足元で今、破裂せんとじくじくとした熱を運び込んでいる。

 

「──上等よ。コテンパンにしてやるわ」

「──了解。あの頃と同じだと思っていたら痛い目見ますぜ」

 

 的確に地雷を踏めば個人戦をやってもらえるのだ。

 こんなにも楽なことは無い。

 

 

 市街地の中。

 加山と香取は相対し──互いの得物を向け合う。

 

 大通りの開けた場所から、加山はオフィスが乱立する地帯へと逃げ込む。

 ──加山の手札には合成弾がある。それ故に、建物の影に隠れられ隙を作る訳にはいかない。

 その為、香取は加山を追う以外の選択肢がない。

 手札の多さは、それだけで相手が取れる選択肢を奪っていく。

 追って来るであろう──そこまで読んだ上での、加山の挙動であった。

 

 加山はスコーピオン。

 香取は拳銃。

 

 放たれる弾丸の間を縫うように、加山は香取との相対距離を詰めていく。

 

 ある程度の距離を加山は詰めると。

 その諸手から、スコーピオンを消し、足を止める。

 

 その瞬間。

 二丁拳銃を構えていた香取の足下より、スコーピオンが現れる。

 

 足元からの急襲に足を動かしたその瞬間。

 加山は左手側の建物に入り込みながら、スコーピオンの解除と共にハウンドを装着。

 

 細かく分割したそれを、香取に向け放つ。

 

「....鬱陶しい!」

 

 香取はハウンドの幾つかをシールドで防ぐと同時、グラスホッパーにて一気に建物の中に入り込む。

 加山はその姿を見ると即座に上階へと続く階段へと逃げていく。

 

「──遅い!」

 

 香取はその後を追い、階段へと走っていく。

 そこには──。

 

「.....!」

 

 ふわふわと浮かぶ、弾頭があった。

 恐らくハウンド弾であろう。

 

 速度を極端に落とし、射程も恐らく切り詰め全てを威力に振った超低速弾道。

 

「....クソ!」

 

 ふわふわ浮かびながらじっとりと香取を追い続けるそれを突破する事は出来ず、香取は別ルートを選択。

 天井部を拳銃で撃ち抜き、蹴り壊し、侵入する。

 

 しかし──ここで加山はバッグワームを着込み、姿をくらます。

 

「逃げ足だけは速いわね」

 

 そして。

 

 香取のレーダー上。

 複数のトリオン反応がぽつぽつと浮かび上がってくる。

 

 あ、と香取が呟いたその瞬間。

 

 ──うねうねと蠢きながら、奇怪な軌道を描く弾丸が眼前に迫ってくる。

 

「──ホーネットか!」

 

 香取は即座に、通路から部屋の中に入り窓ガラスをぶち抜きグラスホッパーにて逃走を開始する。

 

 グラスホッパーによる高速機動と曲線での逃走経路を描こうと、構わず加山のホーネットは香取を追っていく。

 加山との相対距離を十分に稼ぐと、香取はフルガードによりホーネットの弾丸を防ぐ。

 

 しかし。

 加山から香取の位置は捕捉されている。

 

 次は、天空から雨のように降り注ぐハウンドが行使される。

 

「クソ....!」

 

 香取はグラスホッパーにてハウンドの軌道から逃れる。

 

 ハウンドが曲がり、追尾力が落ちるタイミング。

 そこから一気に高速機動をもって逃れる。

 

 

 ここまで香取は、加山のハウンドに対してシールドで防ぐという選択ではなく、グラスホッパーによる回避という選択を取っている。

 それは今までの経験上──加山の攻撃に対して足を止める、という択を取る事がとことん悪手になってきたから。

 

 攻撃に対しては足を動かし加山から距離を取る。

 

 その中で──加山に対して明確に勝っている機動力と近接からの密着攻撃でもって仕掛けられる隙を探す。

 

 

 そういう方策で現在香取は戦っている。

 

 が。

 

「──こんちゃす」

 

 

 香取がグラスホッパーにて移動したその先。

 加山がいた。

 

 その手には。

 ──円輪刀のような形状をした、スコーピオンを手に取って。

 

 香取は──即座にグラスホッパーを解除し、シールドを装着する。

 

 

 周囲は、建物に囲まれた狭い路地。

 加山と香取の相対距離は十五メートル程。

 

 

 加山は円輪刀じみたそれを振りかぶって投げる動作を行使しつつ──ハウンド弾を生成。

 

 速度を低速にしたハウンドが、周囲に散っていく。

 

 

 ──読み合いだ。

 

 

 あの円輪刀のようなスコーピオンは──この低速の弾丸を対処する際の攻撃用として用意されたものだろう。

 この低速弾道の中掻い潜りつつ肉薄するなら、あれを投げて仕留める。

 迂回するようなら、迂回する時間内でハウンドのキャンセルを行い別のトリガーに切り替え攻撃する。

 正面突破を図るなら、あのスコーピオンが投擲される。

 

 ──ここは焦らない。

 

 香取はトリガーを拳銃に切り替え、加山に向ける。

 

 ──ここからチクチク撃たせてもらうわ。

 

 加山はハウンドとスコーピオンの双方を装着している。シールドを張ることが出来ない。

 

 加山に銃口を向け、引金を引く。

 

 その時。

 加山は──低速で浮かぶハウンド弾の中、前進。

 

 幾つかの弾丸に身を削られながらも──加山は香取に肉薄していく。

 

 そして。

 投げられたスコーピオンは香取の胸元に向かって行く。

 

 それを避けんと左手側にステップを踏んだ瞬間。

 

 眼前のスコーピオンも。

 低速のハウンドも──消える。

 

 そして。

 

 加山は香取が回避した逆側へと動き──その側面を取る。

 

 

 香取がステップから着地した瞬間。

 その横手の壁から──加山のスコーピオンが、香取の頭部を貫いた

 

 かくして。

 一本目は加山の勝利。

 

 

 その後。

 

「……はじめての勝ち越しっすね」

 

 加山は10本中6本を取り、香取葉子に勝利した。

 

「……まだ時間はある。明日覚悟しときなさいよ」

「へいへい。──それじゃあ、今日はお開きにしますか」

 

 時刻は既に夜になっている。

 そろそろ帰宅の時間だ。

 

「……」

 その時。

 加山は──染井華と目が合った。

 

 その目は特段なんらかの感情を浮かべていたものではなかったが。

 抗えぬ力がそこにあった気がした。

「……送っていきますよ、染井先輩」

 

 加山は軽く手を振って。

 小声でそう呟いた。



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変わらないもの

 加山雄吾と染井華は、今まで幾らかの会話をしてきた。

 その回数はそこまで多くない気がする。

 

 互いに頻繁に会っているわけでもなく。

 互いに多弁な訳でもない。

 

 というより。染井にとってはどうだか解らないが──加山は普段はどちらかというとしっかり話せるほうなのだが。

 この先輩に対しては、自分の内心も含めて──本来的な部分をしっかりと握られているが故に、取り繕った言葉が出てこない。

 

 .....本当の自分。

 本当は。どうしようもなく臆病で、繊細で、一人殻に籠っていた人格。

 音楽が好きで。

 争いや諍いが嫌いで

 音に色を感じる世界の中で悲喜交々味わい続けてきた。

 

 そして。

 いつの間にか捨て去ってしまったもの。

 

 そういったものを。

 彼女の言葉だったり。行動だったりが。一つずつ掬い上げて、提示されて。

 どうしようもなく、取り繕っていない一人の人間としての自分を出すほかなくなってしまう。

 

 

「もう大丈夫みたいだね」

「はい」

 

 エネドラの人格に苦しんでいたあの時も。

 この人からかけられた言葉があった。

 

 ボーダー本部からの帰り道。

 一人と一人が、歩いている。

 

「大丈夫というより──何というか、吹っ切れた感じがする」

「吹っ切れてます?」

「うん」

 

 少しだけ微笑んで、染井華は言う。

 

「....言葉にすると難しいね。でも、加山君は以前とは変わったと思う」

「そうですかね?」

「今、私と会話をしている表情とか。こう、時々辛そうだったのがあんまりない気がする。気がするだけなのかもしれないけどね」

「....辛そうでした?」

「うん」

 

 ──ああ、でも。

 

 いつかの言葉を、加山は思い出す。

 

 ──きっと私は、加山君を苦しめ続けると思う。私がそう思い続ける限り。

 

 彼女の言葉は、加山を変える為の願いが籠められていて。

 籠められていたその思いを加山もまた理解していたから。

 変わらないでいようとする自分と。

 変わらなければいけないと自覚する自分と。

 

 その双方の中で──苦痛が生まれていて。

 その苦痛を、やっぱり染井華も読み取っていて。

 

 だからこその言葉だったのかも、しれない。

 

「....変われたんだね。加山君」

「....恐らく」

 

 エネドラの記憶を受け入れた事で。

 エネドラの感情を理解した事で。

 押し殺していた自分の感情もまた──静かに、自分の中で受け入れたのだと思う。

 

「──よかった」

 

 その様子に。

 染井華は、ただそう呟いた。

 

「あの時はどうなるかと思ったけど。──結末がこうなら、よかったと思う」

「....」

「変わる切っ掛けが私であってほしいと思っていたけど。──君が受け入れたその誰かの記憶によってそうなったというなら、それはそれで」

 

 少し切なげに、染井華は言った。

 その声の感じを聞き取って。

 少しだけ──微弱な色の変化を感じる。

 

 本当に微弱だ。

 加山が変われた事に対して、きっと嬉しいと感じているんだと思う。

 それと同時に。

 その直接の原因が──あの出来事であったことに対して、複雑な感情を持っているんだと思う。

 

 いや。

 それは、

 

「染井先輩。──それは違います」

 

 違う。

 

「俺が変われたのは染井先輩のおかげです」

 

 自然とそう思考し、自然とそう言葉が流れた。

 

「俺を変えようとしてくれた人たちが、俺をこうさせたんです。それが切っ掛けにあったから──俺はアレに立ち向かわなくてはいけなかったんです」

 

 加山の中で自覚した感情が、あの人格を浮かび上がらせた。

 浮かび上がらせた人格が、加山という人間性を破壊せんと襲い掛かった時も。

 ──結局は他者の手で助けられた。

 

 それは染井華や加古望、そして弓場隊の人間によって確立されてきた加山雄吾という人間性であり。

 そして、──迅悠一という男によるものであって。

 

 

 積み上げてきた全てが、結実して。

 乗り越えた先の今がある。

 

「染井先輩。ありがとうございます。──今は、あの時よりもずっと自分らしくあれていると、思っています」

「....色々苦しんでいた時。加山君は、この先にいる自分が、自分じゃなくなることを怖い、って言っていたと思う」

「はい」

「どう。今──そこにいる君は、君自身だと思っている?」

「はい」

 

 迅悠一に斬り伏せられ。

 エネドラの記憶から生まれたあの人格を記憶の彼方に沈めてから。

 

 

 その中で。

 加山は──自分は加山雄吾という一人の人間であることを、目覚めた瞬間から理解できた。

 

 それは何故なのか。

 自分が自分であることに明確な立証方法はない。

 それは全て感覚でしかない。

 

 

 でもあの時。

 迅悠一を見て、浮かんだ感情や。

 周囲の残骸を見て覚えた虚無感や。

 自分がやらかした記憶の残滓を見て感じた後悔や。

 

 自分が自分として、過去も現在も感じ取って。

 感じ取ったそれらから、未来でどうするべきかを考えた時。

 紛うことなき──自分である事を感じ取った。

 

「染井先輩が言っている事は正しかったです。──過去が俺を作っていくなら、これまで関わってきた人すべてが俺の一部なんです」

 

 過去の積み重ねで現在が生まれ。

 生れ落ちては過去となり死んでいく現在という地点に立っている自分は。

 

 常に流動していて。あやふやで。

 現在の自分は常に変化していて、明確な代物は何一つなかった。

 

 ただ一つ、明確で確立されているものは。

 事実として刻まれた──過去の存在なのだと。

 

 

「俺の中には、加山雄吾として歩いてきた過去があります。その記憶があって、その記憶から生まれた感情があって。それら全てをひっくるめて──俺が俺であるんだと、俺は言えるんです」

 

 自分が何者であるのか。

 解らなくなった時。

 それらを繋ぎとめているのは、過去だった。

 

 自分のこれまでの生き方を決定づけたあの地獄の記憶から。

 そこから紡いできた人たちとの悲喜交々も。

 

 全てが、全て。

 ひっくるめて──自分という存在の証明なのだと。

 

 

「.....そっか」

「はい」

「恥ずかしそうな顔している」

「あの時の染井先輩も、多分おんなじ顔をしていたと思いますよ」

 

 似合わない台詞を吐き出す事は何処までも気恥ずかしい事だ。

 それでも、言わなければいけないタイミングというものは存在していて。

 染井先輩にとってはあの時で。

 そして加山雄吾にとってはたった今この時だった。

 

 

 それだけだった。

 

 

 

 

「それじゃあ。また明日」

「はい」

 

 寮に辿り着き、加山は染井と別れ自室に戻る。

 

 ──ありがとうございます、染井先輩。

 

 おかげで。

 少しだけ、覚悟が決まった。

 

 加山は、携帯を手に取る。

 以前から何度か連絡があり、そのたびボーダーの任務を理由に断りの返事を入れていた。

 ようやく。

 自分の中でも、向き合う覚悟が出来た。

 

「──久しぶりですね」

 

 

 それは。

 もう出ていったかつての家。

 そして──恐らくもう二度と戻る事のない場所からの電話。

 

 従弟からであった。

 

「何の用ですか?」

 

 自分が放った言葉なのに、自分でゾッとするほどに冷たい声音だった。

 こんな風に声を出すような、そんな人間ではなかったと思っていたのに。

 

 

 ──お前に謝りたいんだ、と。

 そう従弟は言った。

 

 ──お前が出ていってから。これまでの事をずっと考えていたんだ。自分がやってきたことも。お前に対して、何をしてきたのかも。

 

 ああ、と思った。

 あの家から加山という人間がいなくなって。

 直接に憎悪をぶつける対象がいなくなって。ただ内に抱えるだけになって。

 

 自分がこれまでにやってきた事と向き合う事になったのだろう。

 

 抱えてきたものを吐き出すことが出来ずにいたら。

 どうしたって、それを自覚しなければならないから。自覚したそれを認識して、どういうものかを理解して。

 

 それが

 罪悪感になったのだと。

 

 そう、加山は理解できた。

 

「....」

 

 理解できる。出来てしまう。

 自分も同じようなものだから。

 

 自分という存在が何者なのか。

 加山はそれを他者の中で知ることが出来た。

 

 きっと。

 この男は孤独の中で知る事になったのだろう、と。

 

 

 ──それで。

 ──俺に何をしろと言うのだろうか。

 

 許せばいいのか。

 それとも断罪すればいいのか。

 

 許すも何もない。

 加山にとっては──許さなければならない事象も、断ずるべき罪もこの男にはない。

 この懺悔に対して。

 加山は何も言うことが出来ずにいた。

 

 こういう時。

 加山は決まって、自分が何をするべきかより──相手が何を求めているのかを考えることにしていた。

 自分の感情だったり、そういうものを一旦脇に置いて。

 相手が心地よくなるような言葉を投げかけてやればいい。

 そうやって対人関係を築いてきたし、そうやって自分を押し殺してきた。

 

 許しが欲しいのだろう。

 その次に断罪でも欲しいのかもしれない。

 自身の中にある罪悪感を──どんな形でもいい。吐き出して消してしまいたいのだろう。

 

 

 吹き溜まる前に。

 耐えられなくなる前に。

 

 言えばいい。

 大丈夫だ、と。

 その一言で──きっとこの男は、一時的な救いを得ることが出来るのだろう。

 

 そう思って。

 口を開いて。

 

 

「──知らないです」

 

 そんな言葉が、吐き出されていた。

 

「──俺にとっては、許すも何もない。謝られる筋合いはないんです。貴方は俺の親父によって夢を台無しにされた被害者で、俺にとってはそういう人でしかないんです」

 

 通話先から、凍えるような冷気と苦悶の声が聞こえてくる。

 理解している。

 今自分は──この男が一番恐れている言葉を吐きかけているんだという事を。

 

 許しも断罪もない。

 何をしようとも──お前が根付かせたこの関係性が変わることは無いのだと。

 

「もしも。俺に対して何かをしてきた事に罪悪感を覚えているなら──それは、貴方だけのものです。自分で消化して向き合っていくしかない。俺とは無関係のものです」

 

 逃げたいなら。救われたいなら。

 勝手に一人で逃げて、勝手に一人で救われてくれ。

 ──俺も。自分の中で抱えたものは、俺自身で消化するしかないと思っているから。

 

 加山雄吾は──ここではじめて。

 自分というものを受け入れた気がする。

 自分という存在の本音を、喉奥から吐き出せた気がする。

 

 エネドラという存在は、自分を変質させたからなのだろうか。

 きっとそれは違うのだと思う。

 

 人は変わっていくものだ。

 変わっていく中でも、それでも自分は自分であるという確固たるものを探しながら人は生きていくもので。

 

 エネドラによって変わった諸々は。

 むしろ──それでも変わることなく残り続けたものに、スポットライトを当てたのだと思う。

 

 

 それは。

 いつしか自分の中で消していたもの。

 罪悪感として消化し、押し殺し、失くしていたもの。

 

 

 それは、──やっぱり、憎いという感情。

 

 

 近界も

 あの大規模侵攻も。

 そして──自分を責め立ててきた諸々も。

 

 

 誤魔化しきれぬ本音が、自分の中に零れだした。

 

 

 仕方がない、と諦めた。

 自分のせいだ、と自分を責め立てた。

 そうして殺していった感情の諸々。

 

 それらが。

 どうしようもなく──自らの本音の部分として明瞭に存在していた。

 

 

「もう。俺に連絡してこないでください」

 

 

 もう二度と。

 俺に救いを求めるな。

 

 ひたすらに怜悧な拒絶の言葉を吐き出し──通話を終わらせた。

 

 

「....」

 

 

 自分が何のために生きるのか。

 一つ自分の中で本音が出来た。

 

 

 この連中の為に生きているわけではない。

 

 

 その答えに──加山はようやく、ここに来てその本音を受け入れることが出来るようになった。



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ランク戦最終ROUND ①

最終戦突入


「──今回はいい感じだったな」

 

 弓場隊作戦室。

 訓練ルーム内には──瓦礫の山が積み重なっていた。

 

「それじゃあ。もう一回やりますか。──藤丸さん。お願いします」

 

 瓦礫の山が消え、元の光景が回帰する。

 それは市街地Bの中央地点。高層ビルが多く集まるオフィス街地点であった。

 

「──もう一度確認しますよ。三分。爆撃とアイビスの雨あられに耐えますよ。それじゃあもう一回」

 

 六十メートル程の距離を置いて。

 外岡一斗はアイビスを構える。

 

 そこから放たれるは。

 太い光塵から放たれる──砲台の如きトリオンの暴力。

 

 周囲のビルを薙ぎ払うそれらから、虫が散るように加山・弓場・帯島が避けていく。

 

 地盤ごと貫き、クレーターを生み出すアイビスの弾丸が更地にするそのタイミングで。

 巨大なメテオラの爆撃が降り落ちていく。

 

 三人はその攻撃に対して、ひたすらに逃げを繰り返していく。

 

 

「割と対策すれば生き残る時間を稼ぐ事は出来そうですね」

 

 今回、外岡のトリオンを雨取千佳と同じ量に設定し、ひたすらに爆撃と砲撃を繰り返しそれから逃れる訓練を行った。

 その結果理解した事は。

 

 爆撃然り、砲撃然り、──直撃すれば死に直結するが、その余波によるダメージは最小限に抑えることが出来るという事だ。

 建物の背後に向かい、その上でシールドを張れば──割と余裕をもって防げる。

 

 とはいえ。

 それは周囲に建造物が残っている場合だけ。

 

 集中砲火を長時間受けたら結局瓦解する。

 そして

 

「ここで足を止めてしまえば──結局の所玉狛の他の駒がやってくるんですよね」

 

 結局、あの爆撃で足を止められていくうちに空閑とヒュースという二枚看板がすっ飛んでくるという仕様である。

 

 何というズル。

 

「ただ。──だからこそ、その瞬間だけは雨取さんを倒せる隙を作ることが出来る」

 

 砲撃と爆撃。

 それを行使する中で雨取千佳の居所を掴み、空閑とヒュースの二枚を引き離す。

 その瞬間であれば。

 玉狛の隙をつくことが出来る。

 

「俺達にあって、玉狛にないのは──待ちの戦術です。あっちはB級2位に入らなければ遠征に入れないから前のめりで点を取らなければいけないけど──俺達は現時点で1位ですので、ある程度余裕はあります」

 

 その前のめりな姿勢というのがあまりにも恐ろしい訳だが。

 それでも、あの強烈な破壊力で待ち構える戦術も選択にはいってしまうともう打つ手がなくなってしまう。

 

「.....そこに賭けるほかないですね」

 

 間違いなく玉狛第二は、B級最強の部隊だ。

 確実に勝てる保証も、確実に通る戦術もない。

 

 どれだけ準備したところで──出たとこ勝負になるのは仕方がない。

 

 次の戦い。

 全てを賭ける。

 

 それ位しか──結局できることは無いのだ。

 

 

 そして。

 

 来る日は、3月5日。

 

 ──ランク戦夜の部がスタートする事となった。

 

 

 

「ボーダーのみなさんこんばんは! 海老名隊オペレーター武富桜子です!」

 

 にこやかな声が木霊する。

 

「ついにランク戦も最終戦となりました! 最後を飾る運命の一戦──戦うは、弓場隊、玉狛第二、生駒隊、東隊の四部隊です! ではでは、最終戦に相応しい解説陣をご紹介いたします!」

 

 興奮気味かつ、実に騒がしく──実況の武富が捲し立てると解説陣の紹介へ移っていく。

 

「A級加古隊、隊長の加古望隊長と、玉狛の元S級隊員、迅悠一さんです!」

 

 その隣。

 にこやかな流し目で周りを見渡す加古望と。

 バリボリとぼんち揚げを食べている迅悠一の姿があった。

 

「よろしく」

「よろしく~」

 

 二人は軽い調子で、そう呟いた。

 

「さて! これで正真正銘最後のランク戦となる訳ですが──ランク戦昼の部における得点の推移をまず見てみましょう!」

 

 ランク戦昼の部の上位戦。

 二宮隊、影浦隊、鈴鳴第一の戦いは──二宮隊が四得点、影浦隊が三得点、鈴鳴第一が一得点という結果に終わった。

 

 結果。

 

 二宮隊の今季得点が確定し43点となった。

 

 その為──現在41得点の弓場隊が首位を維持するに必要な点数は三得点で

 現在38得点の玉狛第二が二位に上がるには──六得点を取るか、もしくは弓場隊の得点を抑えつつ弓場隊の総得点を超える必要がある。

 

「ランク戦の最終順位は、同点時は昨季の順位が優先されますので──二位以内に残留できるかは二宮隊を超える”44得点”に達することが出来るかに焦点が当たる事となります!」

 

「六点ね」

 加古がそう呟くと。

「はい。六点ですね」

 と、迅が呟いた。

 

 六点──。

 口に出すほど、簡単に取れる点数ではない。

 

 

「前回九得点も取れたから大丈夫でしょ、って言ってやりたいけど──今回は中々条件が厳しいわね」

「ですね。生存点を取る条件がかなりしんどい」

「今季ランク戦──中位戦が中心だったとはいえ、まだ一度も落とされていない東さんがいるわ」

「上位戦中心で前線にバリバリ出てたのにまだ二回しか落とされていない加山もいますね」

 

 玉駒の上位進出をはかる上での目の上のたん瘤。

 それは──東春秋と加山雄吾。

 

 共に、生存率が非常に高いという性質を持った駒であり──東に至っては一度たりとも倒されていない。

 六得点を取るにあたって、生存点を取る事も必須の作業となるであろう。それ故に──この二人をどう盤上から消すかが最も重要になってくる。

 

「今回──マップ選択権のある東隊は市街地Bを選びましたね。やはりこれは、雨取隊員の砲撃を警戒しての事でしょうか?」

「それはそうでしょうね。──狭い場所、障害物の少ない所での戦いだとあの砲撃と爆撃だけで完封もあり得ます。広く移動できるマップを選択するのは必須作業となるでしょうからね」

 

 さて、と加古は呟く。

 

「まあ普通に考えれば玉狛が優勢なんでしょうけど。──私は弓場隊に期待をかけておくわね」

 

 ふふ、と笑って加古は言う。

 

「お。加古さんがそういう事を言うとは珍しい」

「珍しいでしょ。でもまあ、ちょっと嬉しいのよ」

「何がですか?」

「色々よ。色々」

 

 加古はそう言うと、少しだけ目を細めた。

 まるで何かを思い出しているかのように。

 

 

 

 

「──いいか、お前等」

 

 弓場隊作戦室。

 

 弓場拓磨が壁に腰かけながら──言う。

 

「飯屋はもう予約した。神田の野郎にも連絡を付けた。──後は俺達が一位になって、堂々と美味いもん食いに行くだけだ」

 

 そして、笑む。

 その笑みは──獣の笑みだった。

 

「玉狛の連中にデカい顔はさせねぇ。これまでしっかり準備してきたんだ。最後の最後に連中をカタつけて、打ち上げに行くぞ!」

 

 いつものように。

 空気の振動のような「ッス!!」という返事が返ってくる。

 

 転送まで残り十秒。

 

 

 さあ。

 泣こうが喚こうが笑おうが何だろうが──これが最後だ。

 

 刻み付けられた因縁の清算とまではいかないが。

 この勝敗で──ある程度の決着がつけられるだろう。

 

 

 ──このまま楽に遠征に行けると思ったら大間違いだぜこの野郎共。

 

 

 準備はした。

 新しい戦術も用意した。

 できうる限りの訓練も、使える限りの繋がりも使って。

 

 

 ここまで来た。

 

 

 ──ぶっ殺す。

 

 

 そう加山の中で一つスイッチを切り替えた瞬間。

 

 転送が開始された。

 

 

 

 

「さあ、試合が開始されました!」

 

 各部隊転送を終える。

 

「──やはりといいますか。前回のラウンドと同様、玉狛第二以外の部隊は、全員がバッグワームで姿を消しています」

 

 転送位置は。

 南側に、奥寺・水上・外岡・小荒井

 東側に、弓場・空閑・東・帯島

 西側に、ヒュース・三雲・生駒

 北側に、雨取・隠岐

 中央に、加山・南沢

 

「このばらけ方だと──序盤の配置的には、玉狛がちょっと悪いかもしれないですね」

「空閑君とヒュース君が、それぞれ反対方向。このまま単独で遊撃部隊として点取りをするには近くに強い駒がしっかり配置されているわね」

 

 東側には、弓場と東がそれぞれいて。

 西側には生駒がいる。

 空閑にヒュースと言えど──単独で仕掛けるには相応のリスクがある駒だ。

 

「特にメガネ君──三雲隊員の程近くに生駒隊長がいるのが大きな不安要素ですね。序盤で動き回りつつスパイダーを張る動きが見られたら、即座に仕留めにかかられる可能性がある」

「じゃあ合流目的で雨取ちゃんの所にあの二枚を引かせたら──それはそれでリスクがあるわね。東と西両方から北に上がっていくとなると、その間に南側で他部隊同士で食い合う可能性がある──ん?」

 

 そして。

 それぞれの部隊が動いていく中。

 

「これは...」

 

 弓場隊の動き。

 

 加古の目は、自然とそちらに向かって行った。

 

 

 試合開始から、一分。

 

 玉狛は同じ状況にあった。

 敵部隊が全員姿をくらましている。

 

 

「オサム。俺とお前の距離が近い。どうする?」

「合流しよう。──ヒュースはぼくで釣りだされた敵の背後を取ってくれ」

「了解だ。ならば一旦バッグワームで紛れるぞ」

 

 ヒュースは姿を消しつつ、修の背後側に迂回する。

 高所を通りつつ、円周上に辺りを見渡しつつ索敵を行う。

 

 

「千佳。敵の姿は見えるか?」

「ううん。今のところ何も見えない」

「今回は、どの部隊も狙撃手がいる。射線の警戒も怠らないでくれ」

「うん」

 

「隊長。オレはぐるっと回ってみたけどそれっぽい影は見えないな。ここまで見えないとなると、多分こっちに狙撃手が潜んでいると思う」

「了解。空閑は中央を経由しつつ北上して千佳と合流してくれ」

「ふむん。中央を経由してか」

「ああ。──中央側に敵を集められたら、千佳の攻撃範囲に敵を呼び寄せられる」

 

 雨取千佳は、現在北の高層マンション屋上に潜んでいる。

 東側から真っすぐに北に向かうのではなく、一度中央側に寄りながら北に向かう事で──”中央に合流できる仲間がいるかもしれない”という意識を相手側に植え付けさせ、現在バッグワームで潜んでいる敵を炙り出せるかもしれない。

 

「潜んでいる敵も爆撃を浴びせればシールドを張る為にバッグワームの解除をせざるを得なくなる。──多少リスクはあるが、今はとにかく得点が欲しい」

「了解」

 

 

 玉狛の序盤の方針は、これにて決まった。

 

 ヒュースと修は一旦合流に向かう。

 遊真は千佳と合流を目指しつつも、中央を経由する事で敵の炙り出しも同時に図る。

 

 

 

 ──その時であった。

 

 一つ。

 トリオン反応が生まれた。

 

 

 それはマップ中央。オフィス街のど真ん中。

 

 

 ぽつねんと浮かぶそれが発生した瞬間。

 

 

 

 

 ──周囲が、壁に囲まれていく。

 

 

 

「──加山君か....!」

 

 

 ここで動いてきたか、と修は思った。

 正直な所──この玉狛の構成に対して、どの時点で加山が勝負をかけてくるか修は測りかねていた。

 

 そもそも、どういう立場でこのランク戦を戦うのかさえも明瞭ではなかった。

 弓場隊は、六点を取らなければならない玉狛と異なり、三点さえとれば上位に残留できる。その為、玉狛に大暴れさせた漁夫の利を取り三点を奪い、後はそのまま隠れ続ける──といった戦術も可能となるし、そう言うことが出来るのが加山という駒だ。

 

 だが。

 ここで勝負にかけてきてくれたならば、実際の所ありがたい。

 懸念していたのは──加山が終盤まで隠蔽中心に動き、生存点の確保が難しくなること。

 

 あの一つ浮かんだ反応が、加山の反応か、それともダミービーコンの反応か。それは定かではない、が。──あの中央地帯に加山がいるのだろう。

 

 その後。

 マップ中央地帯で次第に偽のトリオン反応が急浮上してくる。

 

 

 マップ中央ということは──加山の狙いは明確。

 初戦で当たった時と同じ。

 狙いは──雨取千佳の砲撃の行使によって、その居所を判明させる事。

 

 

 千佳が何処にいようとも。

 マップ中央であるのならば、千佳の砲撃がどの位置からでも放つことが容易となる。

 

 あれは釣りだ。

 

 あそこに加山は──千佳の砲撃を撃たせたがっている。

 

 

「千佳。アレは釣りだ。無視しろ」

 

 修はそう指示を出す。

 もう何度もやってきた、加山のお馴染みの手口だ。

 

 

 中央のビーコン地帯を釣りに、千佳の位置を割ろうとしている。

 

 だから、その手には乗らない。

 そう判断を下したが。

 

 

 

 

 その時であった。

 

 マップ中央から、東南にズレた地域。

 

 

 

 

 

 そこに。

 ──更なるダミービーコン地帯が生まれてゆく。

 

 

 

 

 

 そう。

 この戦場において、ダミービーコンを使う部隊は、弓場隊だけではない。

 

 

 

 

「.....では。こちらも動くぞ。準備はいいな」

 狙撃銃を掲げながら。冷静沈着な声が通信から聞こえてくる。

 

 

 

 この戦場には、東隊もいる。



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ランク戦最終ROUND ②

「──上位に上がれたのは嬉しいけど....」

「最終戦で、玉狛が入っているのか....」

 

 東隊の奥寺と小荒井はそれぞれ一つ溜息を吐いた。

 中位戦を潜り抜け、いざ上位戦に入ると。

 ──前ROUNDにて圧殺の様相を見せていた玉狛第二が対戦相手に入っている。

 

「二宮隊とか弓場隊とかも強いんだけどさ~。まだ今までのランク戦の土俵に立って戦ってくれる部隊じゃん。玉狛は絨毯爆撃されたらどうにもならない感じがあるし....」

「取り敢えず、序盤隊がばらけている間に雨取さん見つけ出さないといけないな.....隠れて時間かけてしまうと、前回のラウンドみたいになるし」

 

 うんうんと唸る奥寺と小荒井は──主に玉狛の対策に頭を抱えていた。

 

 前提となる純粋な火力が違いすぎて、戦術どうこうで覆せる範囲を超えている。

 

 

「奥寺。小荒井。こういう時は、全てを自分たちの部隊で解決する必要はないんだ」

「.....どういう事っすか?」

 

 東は微笑みながら、一つアドバイス。

 

「玉狛のおチビちゃんに頭を悩ませているのは他の部隊と同じだ。言うなれば、アレは玉狛以外の三部隊にとって共通の敵だ。──共通の敵がある時にできるメリットとは何だと思う?」

「.....一時的でも、敵が協力してくれる事っすかね?」

「協力、とはちょっと違うな。──利害が一致しやすい、というのが答えだな。前回ラウンドで弓場隊が村上を利用していた時のように」

「ああ。あの試合っすか。アレは凄かったっすね」

 

 二宮隊の戦力をローリスクで削りたい弓場隊。

 一ポイントでも多く稼ぎたい鈴鳴第一。

 

 あの時、村上は弓場隊に利用されていることを理解しつつも──利害関係の一致により、利用される事を選んだ。

 

「前回のラウンドで雨取一人に壊滅させられた生駒隊も、そして玉狛対策に事前から取り組んでいた弓場隊も。──まずまともに戦う上で”雨取を仕留める”必要があるというのは共通認識のはずだ」

「....そう、ですね」

 

 東はにこやかに二人を見つめる。

 アドバイスはここまで。

 後は──この二人が、どう東春秋という駒を利用してくるのか。

 

「お前等も新しいトリガーを積んだんだ。──雨取は強敵だが、それでも攻略不可能なほどではない。思考停止になるのが一番いけない」

 

「....はい!」

 

 

 そうして。

 東隊の序盤の作戦が決まった。

 

 それは、「序盤に雨取千佳の所在を炙り出す」事。

 

 まずはそこに着眼し行動を行う。自部隊が「雨取千佳を仕留める」所に関しては、まずは考えない。

 

 なぜなら雨取千佳を倒したいと思っているのは、どの部隊も同じ。

 それ故に炙り出しさえ出来れば──各部隊が血相を変えて仕留めにかかってくれる。

 

 雨取千佳を倒して一点を取る部隊は、自部隊でなくてもいい。

 

 ならば。

 その炙り出しはどうすればいいのか。

 

 

 そのヒントは、弓場隊と玉狛第二とぶつかった第一ラウンドにあると。そう東隊は判断した。

 ダミービーコン及びエスクードの乱立により、雨取千佳の砲撃を誘い出した加山雄吾の戦術。

 

 あの時。弓場隊は雨取千佳が撃てる事を前提とした戦術を組んでいた。

 それ故に──実際に躊躇なく「撃てる」と判断された現段階において、再度同じ戦術を弓場隊は打ち出してくる可能性が高い。

 

 

「──でも。玉狛は多分、それで前回痛い目を見ているから誘いには乗らないと思う。だったら」

 

 ──東隊もまた。

 ──弓場隊が戦術を繰り出すと同時に、それに被せてビーコンを発動させる。

 

 意地でも、序盤の内にあの爆撃を放たせる。

 

 

「今まで雨取さんが攻撃を仕掛けた時に行っていたのは──常に味方を援護する時だった。だったら」

 

 ──玉狛を釣りだす餌を用意し。

 ──そこに前衛二枚のうち一枚でもいい。おびき寄せた上で雨取の攻撃を引き出させる。

 

 

「──見つけたぜぇ!」

 

 東隊は、かなり転送運がよかった。

 

 東側に東がいて、南側に奥寺と小荒井が固まって転送された関係上。

 東南の住居区画で合流するのは実に容易く、合流路に向かう中で東がダミービーコンの設置にかかる時間を稼ぐ事にも成功した。

 

 ダミービーコンが敷かれると同時。

 そのダミービーコン周辺の開けた地帯を奥寺と小荒井が順繰りに動いていく。

 

 その区画から狙撃が通る場所は──東の位置が割れるまでは、奥寺と小荒井が比較的安全に動ける範囲。

 

 回っているうちに、見つけた。

 

「──うお! コアラ! こっち来てたのか!」

 

 当然。

 そこから射線が途切れそうな背の高い建造物を回っていけば──敵と相敵する可能性は高い。

 

 会敵するは、南沢海。

 加山が転送されたマップ中央地帯に転送されたが、形成されていくビーコン地帯を目の当たりにし、「ここにいると爆撃に巻き込まれて死ぬ」という実に真っ当な発想に至り、部隊員の水上と合流すべく南下していたその途中。小荒井に見つかり、襲撃を受けた──という次第であった。

 空中から斬りかかる小荒井に、南沢が受ける。

 ギリギリと鍔競り、互いに剣先を弾き、引く。

 

「すんません! コアラに捕まりました~!」

「了解。まあしゃーない。コアラ相手にしてるんなら、暫くすれば奥寺も来るやろ。粘りつつこっちに移動せぇ。──こっちも、南側の経路は確保しとくから。背後は気にせんで、ひたすら後ろに回っていけ」

 

 その動きから──小荒井と奥寺で南沢を挟撃せんとする意思を感じた水上は、自らはハウンドを装着しながら建物の中に入り、進行路に目を光らせる。

 奥寺の姿が見えたのならばハウンドで牽制をしつつ南沢側に移動し合流する腹積もりであった。奥寺も小荒井も、射撃トリガーはもっていない。近づけさせなければ、合流するまでの時間稼ぎは出来る。

 そして、水上は幾つかの弾丸を分割し、小荒井に走らせる。

 威力も弾速も遅い、射程のみにパラメータを振った弾丸。

 それでも──時々訪れるその弾丸は、小荒井の足を止めるには十分なもの。

 

 その間に、南沢は南側へと向かって行く。

 

 

 その時。

 新たなダミービーコンのトリオン反応が三つほど生まれる。

 

 そのうちの一つは──南沢からほど近い場所。

 

 

 奥寺か、と南沢は一瞬思った。

 だが。別にそれならそれで問題はない。

 

 近いとは言えど、この距離ならばブレードトリガーは届かない。あの場所から近づいてくるなら、奥寺を警戒して南側で目付をしている水上をこちら側に移動させればいい。

 

 そう思っていた──が。

 

 

 南沢の目に飛び込んでくるは──まだ小さく映る奥寺の輪郭と、その掌に浮かばせたトリオンキューブ。

 

 

「な」

 

 そして。

 伸び上がるように襲い来る──真っすぐな弾道。

 

 シールドを敷きそれを防ぐ。

 しかし正面には──斬り込んでくる奥寺の姿。

 

 そこには──シールド斬り裂く、伸び上がる斬撃の軌跡が。

 

「やられた~」

 

 上半身と下半身がバイバイされた南沢海は──泣きっ面のままそう言葉を吐き出し、緊急脱出した。

 

 

 

 東隊が南沢を撃破し1ポイントを獲得した──。

 

 その報告が上がると同時。

 玉狛第二にとっての確定事項が、二つ出来上がる。

 

 一つ。

 東南にあるダミービーコンは東隊により形成されたもの。

 

 そして二つ。

 あの地域内で生駒隊がやられたため──少なくとも生駒隊は東隊の攻撃手二枚の位置取りがつかめたという事。

 

 ダミービーコンの効能の一つに、その影響力が及ぶ地域内の敵の居所が、当事者以外理解できなくなる──というものがある。

 

 今回。

 生駒隊の南沢を、恐らくは小荒井と奥寺で仕留めた形であるのであろうが。

 この両者は南沢を仕留めると同時すぐさまバッグワームで身を隠し、南沢と戦闘が行われた周辺を新たなビーコンで目くらましを行った。

 こうなると、レーダーの情報のみしか与えられておらず、この戦闘において蚊帳の外であった玉狛第二は東隊の居所が解らないが。

 実際に戦った生駒隊には東隊の詳細な情報を持っているため──あの地区に集まってくる。

 

 

 つまり。

 東隊と生駒隊があの地帯に移動していく可能性が高いという事である。

 

 

「──千佳!」

 

 

 ──玉狛は得点を取っていかなければいけない。

 ──だからこそ、得点機会を奪われるわけにはいかないのだ。

 

 

「──ダミービーコン区画の爆撃を頼む」

 

 

 東が敷いたダミービーコンにより、実際に敵が釣られてしまったことにより。

 その周辺区画を爆撃する必要性が生まれた。

 

 

 千佳はそのオーダーに一つ頷き、メテオラを形成し、射出する。

 

 

 巨大なキューブが。

 マップ中央地帯と東南の地帯に降り注ぐ。

 

 

 

 

「やはり──北側にいたか」

 

 

 

 ビーコン地帯──やや北側に身を潜めていた東春秋は。

 そうぼそり呟き──宙をまっすぐに進んで行く巨大なメテオラキューブを照準内に収めた。

 

 

 最初から。何なら、東側の空閑のトリオン反応が中央へと向かって行く動きを見た瞬間には。

 東春秋は理解していた。

 

 おおよその、雨取千佳の位置を。

 

 だからそれが出来た。

 誰よりも早く、その天に浮かぶような巨大なキューブを誰よりも早く観測し、北側の射線がよく通る建造物に入り込んだ

 その手に握るは、ライトニング。

 

 

 威力も射程も低いものの──トリオンに応じて弾丸の速度を跳ね上げる、狙撃銃トリガー。

 

 

 

 ──雨取千佳の爆撃は、地に落ちることは無く。

 空に浮かんだまま、東の弾丸により爆ぜていった。

 

 

 

「──ごめんなさい、修君!」

「いや。アレはぼくの判断ミスだ.....!」

 

 その危険性を、甘く見積もっていたわけではなかった。

 東春秋。

 ──ボーダー最初の狙撃手であり、またボーダー有数の戦略・戦術家。

 その生存能力の高さ、狙撃手としての腕前も。最大限警戒していたつもりであった。

 

 しかし。

 まだ姿も現していない千佳の位置を把握していたのは──どういう思考を回せば出来るのか。

 

 あれだけ巨大なキューブとは言えど、発射点が事前に想定できていなければ狙撃銃で撃ち落すことなど出来ないはずだ。それは狙撃手としての腕前どうこうではない。未来予知にも等しい先読みも行使して行える、まさしく神業。

 まだ姿を現していない敵の位置を把握できる戦術力と。

 高速で落とされるメテオラを空で撃ち落す狙撃能力。

 

 だがその代償に。

 東春秋の位置を知ることが出来た。

 

 

「千佳! 今から指定する場所に移動するんだ!」

 

 その後。

 千佳は──位置が炙り出されたその位置を離れ、別の場所へと移動する。

 

 

 マップ中央は──更に雨取を煽るように、エスクードが作られ、ダミービーコンの反応が入れ替わっていく。

 

「──すぐに加山君の合成弾が飛んでくる! その前に早く逃げるんだ」

 

 あのマップ中央の地帯が加山のものだと仮定するなら。

 千佳の位置が割り出されたとなれば、次に当然あの場所から攻撃が飛んでくるだろう。

 

 千佳はマンションから降りると、周辺をエスクードで塗り固めつつ、ハウンドを中央地帯に飛ばしていく。

 そうして加山が合成弾を撃ち出す事を抑制しながら──必死になって、逃げる。

 

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 が。

 その、道の途中。

 

 

 存在したのは。

 

 

「久しぶりですねぇ、雨取さん」

 

 

 にこやかに笑みを浮かべる──加山雄吾の姿であった。

 

 

 何故。

 何故彼がここにいるのだろう。

 

 彼は今マップ中央地帯でエスクードとダミービーコンを生成しているのではないのか。

 

 

「──いい感じにこれまで暴れ回ってくれていたみたいなんで、ここでぶっ殺します」

 

 にこやかに宣言し。

 加山は──雨取千佳を見た。

 その眼は。

 加山の眼でありながら――また別の、何者かの狂気を孕んだものであった。




東さん書くの楽しいなぁ。
楽しいなぁ...

........。

どうしよう.....。


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ランク戦最終ROUND ③

今回ちょい少ないです。すまぬぅ。


 加山雄吾と雨取千佳が対峙する。

 加山は対峙した瞬間に即座に攻撃をすることなく──空手のまま全力で詰める。

 ──ここで硬いシールドを盾に逃げ回られると、もれなく空閑君かヒュースが来る。仕留めるなら、短時間で行わなければならない。

 

 雨取千佳は。

 こういう場合の対応に慣れていない。

 

 手が空いているという事は。

 加山の今までの戦い方からして、ハウンドかエスクードか。そう雨取千佳は判断する。

 

「──ハウンド!」

 雨取千佳は巨大なキューブを生成し、加山と向き合う。

 正面にはシールドを張り、後方へと引きつつ。

 

 ──そう来ると思った。

 

 雨取千佳に肉薄した際に、使ってくると想定していたのは──前方にシールドを固めつつのハウンドであろうと。

 

 ──あのトリオンが籠められたハウンドを食らってしまえばひとたまりもあるまい。だから射出させるわけにはいかない。

 

 

 加山は。

 雨取千佳が引く動きをした瞬間──大きく距離を詰めた上で、左足で大きく踏み込んだ。

 

 そして左足で踏み込み体軸を横にずらした上で──右手を腰先に持って行く。

 

 雨取千佳の視線の配点は。

 踏み込んだ加山の身体全体と──腰先に向かった右手。

 

 加山は拳銃を使う。

 体軸を斜めにした、という事は──たった今右手に生成している拳銃を身体に隠すために行っているのではないのかと。

 

 ──弾丸が来る! 

 

 その意識故に。

 雨取千佳は正面のシールドを大きく拡張した。

 

 弾丸であるならば、自身が放つハウンドよりも早い時間で放つことが出来るかもしれない。

 ならばシールドで防ぐ。

 

 防ぎながら──ハウンドを撃つ。

 

 ハウンドの射出を行おうとした、その瞬間。

 加山の口先が──機先を奪うように、動く。

 

 それは。

 三雲修の声だった。

 

 加山雄吾の声帯模写によって響きまで似通ったその声は──。

 

 

「撃つのか? ──この化物めぇ!」

 

 その言葉は。

 雨取千佳が最も恐れていた言葉。

 そして──恐れていると自覚し、乗り越えた言葉。

 

 誰かを責めるような声音で発せられる、自身を糾弾する声。

 そして。

 その声は──三雲修の声として自らの耳を通り過ぎ、脳天に刺さった。

 

「あ...」

 

 その瞬間。

 一瞬。

 一瞬だけ──ハウンドの射出が、遅れてしまった。

 

 

 加山にとっては。

 その一瞬で──十分。

 

 

 加山は踏み込んだ左足から右手を動かす──フリをしつつ。

 踏み込んだ左足によって長く伸ばせるようになった左手で、雨取千佳の胸元を強く突いた。

 

 押され、体勢を崩され背後に倒れ込む雨取千佳は──。

 

 

 

 仮に。

 この状況に陥っていたのが空閑遊真やヒュースであれば。

 気付けていただろう。

 

 

 加山の踏み込んだ左足。

 そこから──地面が少しだけ、ひび割れていることに。

 

 

 踏み込んだ左足からは、蛇のようにうねりをあげるスコーピオンが地中を潜り。

 雨取千佳の背中目掛けて突き出される凶刃として顕現した。

 

 

 供給器官が突き刺される事実を、雨取千佳は驚愕の表情で受け止めた。

 

「う....ああ」

 

 全てが終わった瞬間に。

 加山の行動すべてが──自らを打倒すべく綿密に作られた策謀が背景にあった事を知り。

 

 ──自身の浅はかさを強く責めながら、雨取千佳は自らの表情を強く、強く歪めていった。

 

 

「すまねぇっすね雨取さん」

 

 崩れていく雨取千佳の身体を見下ろしながら。

 加山は、ただこう言った。

 

「──お前等を遠征に行かせはしない」

 

 かくして。

 怪物は──最終ROUNDにて、ポイントを奪う事叶わず、緊急脱出。

 

 

「ここで弓場隊加山隊員が、雨取隊員を撃破──!」

 

 前回ROUNDにてまさしく戦術兵器の如き活躍を見せた雨取千佳であったが。

 最終戦にて──序盤の内に退場する運びになった。

 

「──恐らく弓場隊も東隊も、かなり綿密に玉狛の対策をするうちに。東隊は弓場隊を、弓場隊は東隊を。それぞれ研究する事にもなったのだと思いますね」

「本当。気持ち悪いくらい弓場隊も東隊も息が合っていたわね」

 

「えーと....」

「弓場隊は初動でダミービーコンとエスクードをマップ中央に撒く作戦を行ったわけだけど──。この作戦、結構危ないのよね。特に序盤でやるにしては」

「基本的に転送はマップ全体に散らばるようにして行われますからね。マップ中央で自分の位置を知らしめるという事は、全部隊に自分の位置を知らしめることにもなる訳です。普通なら、敵を排除してある程度の安全が保障されてからこの行動を取るはず」

「そ。でも弓場隊は最初からそれをやったのよ。──何故かと言うと。マップ中央はどこからでも攻撃が仕掛けられる可能性の高い場所であると同時に──どの場所に雨取ちゃんがいたとしても攻撃が飛んでくる可能性が高い場所でもあるから」

 

 玉狛第二が雨取千佳を使うシチュエーションは二つ。

 一つは、点が多く取れる好機が訪れた時。

 二つは、味方が危機に陥った時の援護。

 逆にいえばーーこれ以外の時に無分別に爆撃を放ち、位置を晒すリスクを、単独行動中にさせることはない。

 

「ただでさえ全員が全員バッグワーム着ていてシールドも張れない。どの部隊にも狙撃手がいるっていう警戒状態が続く中で──ビーコンの中で合成弾が降ってくる危険性の高いマップに敵が来るわけがないわ」

「ですね」

「な....成程。──そして、多分この場にいる皆さんが一番気にかかっているのはあの東さんの狙撃ですが....まるで、雨取さんの位置が解っているかのような位置取りをしていましたが..」

「解っていたのよ。東さんには」

 

 ふ、と笑みを浮かべて。加古は言う。

 

「今回。玉狛の空閑君とヒュース君は、最初からバッグワームを付けていなかったわ。あれは敵を炙り出すためであるけど。逆にそれが東さんにとって、雨取ちゃんの位置を絞り込むための情報となったんでしょ」

 

 今回、東は東側の地点に転送された。

 そこから南側によってダミービーコンを仕掛けた訳だが──。

 

 

 その時東は一連の情報を受け取っている。

 

 ①東側に転送された空閑遊真及び西側にいたヒュースのトリオン反応(転送直後のトリオン反応はこの二つのみ)

 ②東側にいたトリオン反応(恐らく空閑かヒュース)が中央に向かう動きをしていた事。

 ③マップ中央に作成されたダミービーコン地帯の釣りに反応しなかった、という事実。

 

「東側にいた空閑君が、そこを離れて中央に向かうという行動をしている時点で、まず東さんは東側に雨取ちゃんがいるという可能性をまず消すわね。じゃあ西側にいるかと言えばそれもあり得ない。雨取ちゃんが西側にいて、西側の誰かと合流できているなら、②であからさまに邪魔な地帯が出来上がった時点で、爆撃すればいいもの。あの邪魔な地帯が出来た時点で爆撃や砲撃が来なかった、という事から──その時点で西の線も消えて、雨取ちゃんはまだ単独でいるのだという仮説が出来る」

 

 そして。

 その後──南側は、転送された奥寺・小荒井のコンビが索敵をしまわり。

 生駒隊の南沢と実際に戦ってもなお、攻撃されることもなくなった。

 ここで南側にいる可能性も除外できた。

 

 

 あの短い時間の行動で。

 東春秋は──雨取千佳の位置を北側に絞り込んでいたのだ。

 

 

 それ故に、雨取千佳が爆撃を敢行しようとした際に既に北側を警戒していた東春秋は──雨取千佳のメテオラをライトニングで撃ち落す事が可能となった。

 

 

「そして。加山隊員は雨取隊員の位置が判明した瞬間から迷いなく北側に向かって行きましたね。──彼もまたやや北よりに身を隠して、即座に雨取隊員を狩りに行きました」

「多分、加山君も東さんがダミービーコンを作る事は予想していて──その位置によって、南か北かを判断しようとしたんだと思うわね」

 

 加山もまた、東側と西側の反応。そして自らが作ったダミービーコン地帯への反応を見て──北か、南かまでは絞り込めていたのだ。

 しかしそこで東が、東に位置しながらも──南側にビーコン地帯を作った事で、加山にも雨取千佳の位置が解ったのだろう。

 それ故に。加山もまた北側に移動し──雨取千佳の爆撃を待っていた。

 加山と東。

 あの時点において――両者は雨取千佳を倒す、という共通の目的を持ったことで互いに利用できる関係を意識的に持っていたのだろう。

 

 

「恐らく──玉狛側も加山が北側に移動していたのは予想外だったでしょうね。なにせあの中央地帯には加山がいる、という前提があったでしょうから」

「ええ。でも実際にあの地帯で、ダミービーコンを撒いていたのは加山君だったけど──」

 

 画面が切り替わる。

 そこには──

 

「エスクードを使っていたのは、弓場君だったものね」

 

 地面に手をつきながら、壁を作り上げている弓場拓磨の姿があった──。

 

 

「──隊長。雨取さんを仕留めました」

「了解。──よーやくここから、まともに戦えるってもんだ」

 

 そうして。

 前ROUNDで猛威を振るった雨取千佳が消え去った事により──ぽつぽつとトリオン反応が浮かび上がっていく。

 

「とはいえ油断すんじゃぇぞ。ようやくスタートラインに立てた、ってだけだ。──ここからあと二点。しっかり取っていくぞ」

 

 そう。

 ここからが全てのスタート。

 

 共通の脅威であった雨取千佳という怪物がいなくなったことで、ここまで互いにそれとなしに続けられていた東隊との情報共有も出来なくなる。

 

「ここからは俺達の普段の戦いをしましょう。──さあ首を洗って待ってやがれ、玉狛め」



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ランク戦最終ROUND ④

加山雄吾(対玉狛ver)

メイン スコーピオン ハウンド シールド ダミービーコン
サブ  スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム

エスクードもメテオラも拳銃も外し、スコピとハウンドで戦うオーソドックスな万能手スタイルに。


「あ...」

 

 緊急脱出した後に。

 ベッドに叩きつけられる背中の衝撃を自覚した時──。

 

 一瞬だけ、思考が真っ白になった。

 

 加山雄吾は、綿密な対策を基に雨取千佳と対峙していた。

 近接戦に不慣れな雨取千佳が、ハウンドとシールドを軸に引く戦術を使用してくることも。

 それ故に──シールドの間隙を突けるスコーピオンに装備を変えて、拳銃使用のブラフを活かし前にシールドを拡張させて──背中からスコーピオンを通し、雨取千佳を撃退した。

 

 そして。

 ──あの言葉。

 

 雨取千佳に向けられた、あの言葉。

 あの言葉は──今まで千佳が加山を頼り、そしてその本質を見抜いていたからこそ、出てきた言葉だ。

 

 あの言葉を放てば、千佳が動揺する──それが理解できていたが故に、放たれた言葉。

 三雲修の声までも使って放った、意識の揺らぎを誘発する言葉。

 

 ──覚悟していたつもりだった。

 

 他人が自分を責めるかもしれない、という恐怖。

 それを自覚し、乗り越えたからこそ──今の自分がある。

 

 しかし。

 実際に言われた時──自分の中で決断した意思だとか、覚悟だとかが。

 サッと潮が引くように攫われてしまって。

 みっともなく動揺してしまった。

 

 ──加山は本気だ。

 

 心底からの本気で玉狛第二と向かい合っている。

 勝つために。

 

 これまでの加山は、ランク戦の意義や方針に則った上での本気を以て戦っていた。

 言わば、手段を選んでいた。

 戦術の研究や立ち回り含めて──部隊としての強さや出来る事に真摯に向き合い、ある種平等な力で以てこれまで戦ってきた。

 それは加山の本質の部分が、ランク戦というものを尊重し、実力同士の戦いを行う事を念頭に置いていたからであろう。

 

 だが。

 今回のあの顔と、放たれた言葉を見て──確信した。

 

 手段を選ぶ事なく、加山は玉狛第二と戦っている。

 

 対峙した時から理解していた。

 あの加山雄吾は、──全てをかなぐり捨てて戦っている。

 

 怒りに満ちた目でこっちを見て。

 こちらが傷つく事も容赦なく口にして。

 

 怒り混じりの狂気のようなものが、あの加山雄吾にはあって。

 それが──以前自分の相談に乗ってくれた加山雄吾との差異に愕然としてしまった。

 

「.....千佳ちゃん、大丈夫~?」

 

 宇佐美栞の声が聞こえてくる。

 その声に、一つ頷く。

 

 今は勝負だ。

 落ちたとしても──それでもやれることはやらないといけない。

 

 

「──チカが落ちたか」

「....みたい、だな」

 

 その時。

 ヒュースと修は既に合流が終わっており、行動を共にしていた。

 

「.....カヤマはスコーピオンを使ってきたか。器用な奴だな」

 

 千佳からの報告で、加山はスコーピオンを用いているという事が判明した。

 その練度も高く、千佳の虚をつき地面を通し背中側から刺したとの事。

 

「近接戦も視野に入れているとなると、恐らくフルガードも出来るようにしているだろう。──既存の武装のどれが使えなくなっているだろう」

「さあな。だがカヤマの一番の強みは高速の合成弾だ。そこを捨てることは無いと仮定して、射手トリガーは少なくとも二つ積んでいるだろう。スコーピオンも二つ。シールドも二つ。そしてバッグワームもつけて....となると、大方の戦い方は見えてくる」

「な、成程...」

 

 ヒュースはあくまでも冷静に、戦況を見る。

 

「とはいえ。ここでチカが落ちたとなると──大量得点によって遠征の条件を満たす事はかなり厳しくなった。誰か四人を倒した上で、生存点を稼ぐ方針で一貫しなければならない」

「....だが。そこで問題になるのが」

 

 ──東春秋。

 ──加山雄吾。

 

 この二人を倒さなければ、生存点は絶望的。

 今までほとんどの戦いを生存している駒が二つある状態。自部隊以外の全滅でもって得られる生存点の獲得は、普通に考えれば非常に厳しいものがある。

 

「──アズマが問題だな。カヤマの生存率が高い理由ははっきりしているが、アズマに関しては単純に奴自身の思慮が深いから生き延びられている。純粋に戦場を見る目がずば抜けている」

 

 これまでの東春秋の戦いを見て──ヒュースは、かつての上官であるハイレインを想起した。

 最善の策が通らない場合に備え次なる次善策を用意している。

 策謀の質も数も全て備えており、戦術どうこうが通用する相手ではない。

 

「──わかった。ならぼくにも考えがある」

「どうする?」

「闇雲に点を取る方針は変える。──生存点を取る為に、東さんを倒す事にまずは集中する」

「口に出すほど簡単ではないぞ」

「ぼくらだけで不可能だという事は解っている。だったら、加山君と同じことをすればいい」

「....解った。どのみち今の状況だと袋小路だ。お前のオーダーに従おう。──だが、その前に頭を下げろ」

 

 ヒュースはそう呟くと膝を曲げ、上体を下げる。

 修もその動きに従い頭を下げようとするが──動作が遅れるため、ヒュースが襟を掴んで引き摺り倒す。

 その瞬間。

 自身の左右。そして背後。

 鋭い一閃が、鋭い風のように吹き抜け──周囲の家屋一帯を斬り裂く旋空弧月が襲来する。

 

「ええ反応してるやん」

 

 その建物の屋根に立つは。

 光だった。

 

 丁度太陽光が直接当たる場所で。

 その上立っている建物がガーデニング用の為か、ガラス張り。

 

 反射した光がさんさんと男を照り付け、ついでに身に付けたゴーグルからピカピカ光らせ──その上視線の一切をぶらす事無く、男は真っすぐにヒュースと修を見つめていた。

 

 生駒達人──。

 

「うわ。ガラス張りやから下がもろに見えるやん。こっわ。──あ」

 

 ヒュースは無言のまま、屋根の上の生駒に突撃銃を向け。

 自らの周囲にバイパー弾も纏わせ。

 

 引金に指をかけた。

 

「ちょ、ちょ、ま」

 

 襲い来る弾丸が生駒の周囲を飛び交い。

 ついでに足元まで破壊し尽くし。

 

 ばりばりと音を立てて砕け散るガラスが砕け散り──そのまま建物の下に落ちていった。

 

 ヒュースは無言のまま突撃銃を放ち続けながら生駒との距離を詰め。

 修は生駒から距離を取りつつ、周辺にスパイダーを撒く。

 

「やるやん」

 

 そして。

 

 距離を詰める傍から放たれる──更なる旋空弧月。

 

 今度は足元から伸び上がる軌道。

 生駒は──屋根を崩され落ちたガーデニングスペースの土煙を纏いながら、旋空を放っていた。

 

 ヒュースはそれを飛び上がり回避。

 回避動作に合わせ、突撃銃を仕舞い、自らの背後にトリオンキューブを置き。

 

 着地と同時──弾丸を放つ。

 放たれた弾丸は生駒の眼前に真っすぐ放たれ、その幾つかが途中で左右に曲がりつつ側面を突き刺す軌道を描く。

 

「おお。スゴ。まるで水上の頭みたいにもさもさしとる」

 

細かい弾道のそれを散らしたシールドで弾きながら、生駒は前進する。

 

 ──前に出てくれたか。

 

 よし、と一つ呟き。自らもまた弧月を手に生駒と斬り結ぶ。

 

「う...」

 

 鍔競り、生駒のゴーグルがヒュースの顔面を捉えた瞬間。

 苦しげな声を上げた。

 

「おい見ているか隠岐.....お前を超える逸材が、ここにいるのだ──」

「....」

 

 言っている意味はさっぱり解らなかったが。

 何やらあやしげなので、生駒の股間に膝蹴りをして鍔競りを終わらせることにしたヒュースであった──。

 

 

「加山ァ。もう壁作りはいいな?」

「うっす弓場さん。トリオン大丈夫ですか?」

「三分の一くらいは減ったなァ。もうあの規模の壁を作るのは無理だぜ」

「了解です。後はまあ、戦闘時に使えそうなら使ってみてください」

 

 弓場は自分の手持ちのトリガーの中でバイパー弾丸の拳銃を一つ取り外し、エスクードを装着していた。

 

 前回の戦いと同じだ。

 自分たちの対が積み上げてきた楔を、利用する。

 エスクードとダミービーコンを併用した戦術を使うのは加山雄吾だ──という意識を逆手に取り。

 加山の位置を隠蔽し、雨取千佳の撃破に繋がった。

 

「あ、それと。──多分そっち側に空閑君来ていると思うんで。気を付けておいてくださいね。──藤丸先輩。俺が弓場さん付近にハウンド撃ちますんで、そのタイミングに合わせて新しいダミービーコンを一個起動してください」

 

 加山はハウンドを視線誘導に切り替え、弓場がいる付近に放つ。

 

 細かく分割した一部だけを。

 それを迂回させ、建物に着弾させる。

 

 その瞬間。

 その建物内に存在していたダミービーコンを一つ起動する。

 

 そうすると──。

 

「来ましたね。どうします?」

 

 そのダミービーコンを──ハウンドの襲撃によってバックワームを解いた敵だと反応し──空閑遊真が向かってくる。

 

「マップ中央なんて敵にいつ襲撃されるかも解らねぇ場所でバトるのは避けてぇ。俺はこのまま帯島とここを離れる」

「了解でーす。──俺はちょっと東側を迂回しつつポイントを稼いでいきます。あと二点ですからね。頑張りましょう」

 

 現在加山は、雨取千佳を討ったことで敵部隊に位置が晒されている。

 それでいい。

 雨取千佳を討ったことで、もう八割方加山の仕事は終わっている。

 あと二点──さっさと稼げばもう上位残留は決まるのだから。

 

 

 ──いやぁ。中々どうも、吹き抜ける風のようだ。

 

 

 にこやかに加山は思う。

 今、加山は──加山とは異なる感覚質を受け入れていた。

 

 戦いが楽しい──という感覚を。

 

 以前の自分ではありえない。

 かつて自分が恐怖と嫌悪感と共に行使していた行動が。

 今の自分は達成感や多幸感と共に行使している。

 

 世界が、色づいている。

 今自分の中には、自分が受け入れた世界がある。

 

 ──さあ。切り替えた脳味噌で、加山雄吾として戦おう。

 

 加山の脳内には、ずっと頭の中で渦巻いている記憶がある。

 その記憶は──自分ではない誰かのもの。しかし、ずっと向き合い続け、自らの手中に収めたもの。

 

 人は。

 根付いた記憶によって。根付いた感覚質によって。人格が形成される。

 

 加山は。

 自らの中にある記憶を紡ぐ中──二つの記憶と、感覚質を持った。

 

 不思議だ。

 ──きっと。この戦いが終わって、このスイッチを切った時。俺は凄まじい後悔を胸に刻むことになるのだろう。

 ──俺はあの女の子に言ってはならない事を言った。勝つために。玉狛という宿敵を倒すために。奴等の目的を粉々に打ち砕くために。

 ──近界民でも何でもない。ただ自らの兄と、親友を取り戻したいと願う女の子に。ただ己の目的の為に。

 

 

 でも。

 今は不思議と何も感じない。

 ただ、あの怪物を倒しきった達成感だけが渦巻いている。何も感じない。罪悪感も何もかも。

 

 

 そう。

 決めたのだ。

 ──俺は。要るものはすべて利用し、要らないものは全て切り捨てる覚悟を持った。

 紡ぐも、捨てるも。全ては自由だ。

 加山雄吾としての意思がある限り。ただ自由だ。

 

 切り捨てたものは。加山雄吾に巣くう戦いを恐れる感覚質。自らの脳裏に刻まれた悔恨の記憶と罪悪感。

 その代わりに取り入れたものがある。

 

 ──俺のものとなった記憶。

 ──俺のものとなった感覚質。

 

 そう。

 かつて──エネドラと呼ばれていたものの残骸だ。

 

 

「まだ力を借りるぞ、()()()()

 

 エネドラが好きだったものを、好きなものと認識し。

 戦いにおけるモチベーションとインスピレーションを徹底して研ぎ澄ます。

 

 加山が持つ良心や信条ゆえに一線を引いていた代物を。

 この戦いにおいては──余すところなく捨てる。

 

 エネドラがエネドラとして培った記憶と感覚質と──その全てを受け入れ。

 加山はエネドラに寄せ、戦う。

 

 

「──さっさとぶち殺してやる。来るなら来やがれ」

 笑みが浮かんでくる。

 繕った笑みではない。

 徹底して本心からの笑みで。

 

 これがエネドラの感覚なのだな、と何処か他人事のように眺めながら。

 加山雄吾は──レーダーに映る敵の姿目掛けて、走り出していた。



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ランク戦最終ラウンド ⑤

「む」

 

 空閑遊真は、ハウンドの軌跡を追いかけた先にあったトリオン反応の正体を見る。

 ダミービーコンであった。

 

 すぐさま空閑遊真はバッグワームを解き、シールドを装着する。

 釣りだされた後に来るは、狙撃か、はたまた襲撃か──。

 身構えたものの、それは来なかった。

 

「──もうしわけない。釣りにひっ掛かった」

「ごめん! 冷静に見ればダミービーコンだと解ったのに....!」

「いやいや。あの短時間で見分けろというのは無茶だよしおりちゃん。──多分カヤマだろうね」

 

 ビーコンの発動のタイミングとハウンドの射出タイミングを合わせ、いかにもそこに弓場がいるかのように見せかけた。

 点数を一点でも取りたい玉狛の心情まで考慮に入れた見事なブラフ。歴戦の遊真も、このからくりを見抜くには時間が短すぎた。

 

「とはいえ、これでカヤマのある程度の位置は絞り込めた。──ゆばさんは仕留め損ねたけど、そっちを狩りに行く」

 

 加山は雨取千佳を仕留め、そして遊真へのハウンドの射出と合わせてその位置を晒した。加山のもとに他の部隊の人間も集まってくるだろう。

 

 加山に釣りだされた隊員も含めて──乱戦になるなら、ここで多く点を取りたいところだ。

 

「──さあ。狩りに行かせてもらうよ」

 

 

 加山は北で雨取千佳を倒したのちに、そのまま──東が作っていたダミービーコン地帯の方向へと向かう

 ──このまま東に向かえば、東隊とかち合う事になる。

 

 加山の目的は、東隊の攻撃手二人。奥寺と小荒井だ。

 彼等は上位部隊の攻撃手の中では、個人戦闘能力では劣るものの──攻撃手同士の連携を非常に高度なレベルで行うことが出来る駒である。

 あの二人は、揃うと非常に強く厄介。

 逆説的に言えば──基本的には彼等は合流したうえでツーマンセルで行動する事が多いという事。

 

 彼ら二人で、狙撃地点まで追い込みをかけて東に狙撃させるのが、基本的な東隊の点の取り方だ。

 

 そして。

 

「あの二人を排除すれば──東さんはより慎重に、隠形に徹して動く事になる」

 

 加山の目的は、それであった。

 奥寺小荒井の二枚を排除したうえで、東を戦場に残す。

 これが出来れば──東は隠形に徹することになるだろう。

 

 そうなるとどうなるか。

 隠形に徹した東春秋を──玉狛は必死になり探さなければならない事態となる。

 そうなると最早イタチごっこも同然。玉狛は索敵にその力を振るわねばならず、その分点を奪う為の余力が削られる事となる。

 

 雨取千佳がいない現在、生存点なしで6点を奪うのは至難となった。

 その為に玉狛としては必死になって東春秋を討伐しなければならない。

 

 ──まあさすがに個人的な感情で戦いの目的を捻じ曲げる事はしないが、現状最も弓場隊にとって脅威となるのは玉狛だ。

 その一番の脅威が、隠れた東春秋を探すというあまりにも無為な作業に徹させることが出来るのならば。こちらの勝利を大きく手繰り寄せることが出来るだろう。

 

 加山は東に移動し終えると、広い敷地内に入る。

 そこは、中学校の跡地であった。

 

 

「待ち構えるならここがベストかね」

 

 木造三階建てのこの建物は、外周部分が全てガラス張りになっており狙撃手が攻撃を通しやすい。しかし建物そのものが巨大なため、狙撃手が別角度から撃つために移動するのにかなり時間がかかる。その為、狙撃を通すには部隊で狙撃地点に引っ張り出すというやり方が最善となる。

 よって──ここは東隊の戦術が通りやすい場所でもあり

 東隊がどう動くかが加山側からすれば読みやすい場所である。

 

「こういう時にエスクードがあれば便利なんだけどな。まあ言っても仕方ない」

 

 加山は校内を駆け回りながらダミービーコンを撒き、狙撃地点をチェックしていく。

 

 ──今のところこの学校内で狙撃の心配がないのは、窓ガラスが設置されていない階段と踊り場。そして校内端にあって射線を通しにくい化学室やら音楽室みたいな特別教室。ここは壁抜きの狙撃をされる心配が薄い。

 よって加山は。校内中央に位置する、二階と三階を繋ぐ踊り場に立ち、ダミービーコンの起動タイミングと合わせバッグワームを解く。

 

「さっさとあと二点取ろう」

 

 

 一方その頃──。

 マップ西側では、生駒とヒュースの差し合いが続いていた。

 

「お、お、おお.....!」

 

 生駒は斬り合いの間合いの中──明らかにヒュースに追い込まれていた。

 ──なんやこの太刀筋。見た事ないわ。

 

 太刀を合わせようとすると、微妙にそこからすり抜けていく。

 斬撃の軌道が独特故に、刀身を合わせる事が難しい。

 

 ──あかんな。微妙な太刀筋の違いやから、ここで簡単に修正できるもんでもない。

 

 そして。

 ヒュースとの差し合いの中──小さなトリオンキューブを出しながら側面へと移動してくる三雲修の姿も見える。

 微力ではあるものの、アレで更に意識が散らされるとなると、こちらの形勢が一気に不利となる。

 

 生駒は確信を覚える。

 この距離感のまま戦っていれば──いずれ倒されるのは自分の方であると。

 

「まずいわ隠岐。このままやと俺、落ちるわ」

「落ちるんすか」

「落ちるわ。俺イケメンに落とされるのだけはいやや。隠岐。イケメンらしく助けてくれ」

「イケメンやないすけど、助けますね~」

 

 刀身同士が合わさる瞬間。生駒は逆刃に手を置き、ヒュースを全体重を以て押しのける。

 そこから後方へたたらを踏むと同時。

 ──イーグレットの弾丸が放たれる。

 

 

「チ」

 ヒュースは一つ舌打ちをして、その弾丸をシールドで防ぐ。

 生駒はその瞬間ヒュースから距離を取るべく、背後へと飛ぶ。

 

「げ」

 

 しかし。

 背後へ飛んだ先に放たれるは──三雲修の弾丸。

 

「あぶな」

 その微弱な弾丸にシールドを張ると同時。

 

 ──ヒュースのバイパー弾が生成されていた。

 

 分割し、放たれる──生駒の身体全体に向かう軌道の弾丸。

 生駒は修の弾丸を処理し終えると同時。自身の上体全てを覆う形でシールドを展開する。

 

 そして。

 ヒュースの弾丸は──そのまま生駒の足下へと途中で軌道が変化する。

 

「げげ」

 

 その軌道変化に気づき、即座に背後へとステップを踏むものの──そのまま片足が削れる。

 

 

「──逃がさん。オサム。カバーに入れ」

「ああ!」

 

 ヒュースがその瞬間、突撃銃を生成すると同時。

 隠岐の第二射が放たれる。

 

 放たれた弾丸は──ヒュースと弾丸との間に身を割り込ませたレイガストごと修の左手を吹き飛ばした。

 

 修にその身を守らせ。

 ヒュースは──フルアタックの行使に入る。

 

 生駒の退路をバイパー弾で塞ぎつつ。

 足が削られた生駒に向け──機関銃の掃射が叩き込まれる。

 

「──隠岐。後は頼んだ」

「頼まれました。──てなわけで、トンズラこきますわ」

 

 バイパーで拡張されたシールドを真正面からの掃射によって削り取られ。

 生駒達人のトリオン体は散々に削り取られ──そのまま緊急脱出と相成った。

 

 

 その間。

 

 隠岐はグラスホッパーを展開し、瞬時にその場より離れていった。

 

「....ようやく一点か。オサム。まだ動けるか」

「さっきので多分三分の一くらいはトリオンが消し飛んだと思うけど....まだ大丈夫だ」

「よし。ならこのまま中央を突っ切って──ユウマと合流するぞ」

 

 西区画での生駒達人との戦いを終え。

 ヒュースと修はそのまま東に向け走っていった。

 

 

「──さて」

 

 現在空閑遊真は、東へ移動した加山を追っている。

 やはり、以前までの加山と違うものを遊真は感じていた。

 

 今までならば、自身の位置を晒した上で釣りを図るような駒ではなかった。十分な準備が整うまでは息をひそめ仕掛けに奔走するタイプの隊員であったのに。

 現在は──エースである空閑遊真に対しても、恐れることなく誘い込むような動きをしている。

 

 個人の戦闘能力が大きく変化したのは感じていた。

 とはいえ──今回は、戦い方の根幹の部分まで何か変わっている。そう感じるだけの違和感が遊真の中にあった。

 

「チカ。──カヤマはスコーピオンを使っていたんだよな」

「うん」

 

 ここも大きな変化だと遊真は感じる。

 最終戦において、ここまで大幅なトリガーの変更を行うとは──あまりにも大胆だ。

 前回ラウンドにおいても、今までの積み重ねからくる先入観を利用した戦術を多用してきている弓場隊であるが──唐突にメイントリガーに攻撃手トリガーを組み込むなど誰が予想出来ていたであろうか。

 

「....」

 

 ヒュースは、一連の情報を整理し、少しばかり考えて

 

「チカ」

「うん?」

「カヤマと対峙して、何でもいい。何かしらの違和感があったりはしなかったか?」

 そう、千佳に尋ねた。

「....」

 

 千佳は、言うべきか言うまいか迷った。

 加山が──千佳の動きを止める為に放ったあの一言を。

 

 しかし。

 ──加山先輩は勝つために、ああやったんだ。

 

 あの言葉が本心からの言葉だとは思わない。三雲修の声を真似てまで行ったあの露悪的な行為は、千佳の精神を動揺させる為に行ったことだろう。

 手段を選ばずに、勝ちに来ている。

 ならば──その部分もしっかりと仲間に伝えなければ。

 

 だから伝えた。

 加山が──千佳に対して「化物」と呼ばれた事を。

 

 場が凍り付くような一瞬が、あった気がした。

 

 修は驚愕の表情を浮かべ、遊真は表情を強張らせ、栞は今にも泣きそうな顔をして──

 

 ヒュースは。

「成程な」

 

 と。

 そう呟いた。

 

「──チカ。そのカヤマの発言の根底の部分には、オレに原因がある。お前は気にするな」

「.....ヒュース君?」

「お前の情報は後々必ず役立てる。──だからそこで待っていろ」

 

 ヒュースは。

 

 

 ──己の中に刻まれた、己とは異なる記憶と向き合う。

 

 

「俺は──お前を知っているぞ。カヤマユウゴ」

 

 

 それは。

 あの時。ガロプラの襲撃があったあの日。

 別人格に支配されていた加山雄吾の黒トリガーから、攻撃を受け──その記憶を脳内に植えつけられた。

 

 ヒュースもまた。

 記憶を持っている。

 

 

 だからこそ理解できる。

 今──加山がどう自らを変化させているのか。その正体らしきものを。

 

「だから。──次こそはお前を倒す」

 

 

 そうして。

 

「東さん──仕掛けます!」

「よっしゃ! このまま加山ぶっ潰すぜ」

 

 東隊攻撃手、奥寺と小荒井が到着するとともに。

 

 

 続々と、敵が東に向かい移動していく。

 

 

 続々と集まってくるレーダー反応を見つつ。

 恐らく──この中学校跡地での戦いの結果が戦況を大きく変えてくると。

 そう加山は想定していた。

 

「──さあて。ここからは大乱闘だ」

 

 弓場隊も、東隊も、生駒隊も──そして玉狛も。

 続々と集まってくる。

 

 思う存分喰い争え。

 その中であと二点を取ればこちらの勝利だ。

 

「──まずはアンタ等二人で前哨戦だ。精々胸を貸してくださいな先輩方」

 

 眼前に迫りくる東隊が二振りを前に。

 加山は笑みを浮かべていた。

 

 

 



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ランク戦最終ROUND ⑥

 攻撃手同士の連携というのは、非常に難しい。

 常に敵対する相手と密着しながらの攻防の中、味方の動きにも気を配りつつ攻撃の組み立てを行わなければならない。

 

 攻撃手同士の連携において、最も高度な技術を持つ隊が風間隊であり。

 それに次ぐ形で──奥寺・小荒井の連携の練度は高い。

 

 ──まあ、連携したら強いというなら、連携させなければいいだけの話だ。

 

 加山は奥寺小荒井が校内に入ってきたのを確認すると──踊り場より階段を上り、横幅の狭い廊下へと移動する。

 

「ハウンド」

 

 そして。

 射程と速度を切り詰め威力を底上げしたハウンドを細かく刻み、──廊下にばら撒く。

 

「なんだこりゃ」

 

 弧月を構え一歩前に出た小荒井が、思わずそう呟く。

 眼前には──低速で飛び交い、こちらにゆっくりと近づくハウンドがばら撒かれている。

 

「低速弾道のハウンドだ。速度が落ちた分威力が底上げされているから、近づくなよ」

「近づくな、って言っても……。あ、でも」

 

 横幅が狭く、移動経路も一本道。

 攻撃手である二人ならば、易々とは近寄れない状態だ。

 

 が。

 

 ──今の彼等には、これがある。

 

「アステロイド」

「ハウンド」

 

 二人は。

 加山の眼前にて──最近解禁された、サブトリガーを出す。

 奥寺はアステロイド。

 小荒井はハウンド。

 

 へえ、と加山は呟く。

 

「サブトリガー入れたんですね」

「おう! ──それじゃあ、くらえ」

 

 二人分の弾帯が、加山に飛び交っていく。

 加山は──横手にある教室のドアを蹴り開け、中に入る。

 アステロイドの射線からは逃れることができたものの──ハウンドは加山を追っていく。

 それでも加山はシールドを張らず、スコーピオンを生成する。

 横手に入り、円輪刀の形に拵えたスコーピオンを──奥寺に向け、投げる。

 

「は? スコーピオン!?」

 

 加山がここに来て出してきた新たなトリガーに驚愕の表情を浮かべつつ──ガラスを砕きながら向かうそれを上体を反らし、避ける。

 

 しかし、それでも胸元をざっくりと切り裂かれ、トリオンが噴出する。

 

「なんでこの期に及んでトリガー変えてるんだよ.....!」

「加山は──!」

 

 そして。

 加山は、窓ガラスが砕かれる音と共に──教室内から消えていた。

 

「外に逃げた! 待て!」

 

 小荒井がその後を追いかけんと、教室内に入ると

 ──血相を変えて、奥寺が小荒井の襟を掴み、引っ張り倒す。

 

 そこには。

 ──小荒井目掛けて放たれた、ハウンド弾があった。

 

 奥寺は引っ張り込んだ小荒井の眼前に、フルガードにてその弾丸を防ぐ。

 

「た、助かった……」

「気を付けろ! まだアイツは....!」

 

 そして。

 

 ──奥寺と小荒井の背後の天井部。

 そこに刃が入り込み、そして蹴り壊される。

 

 その穴から。

 

 

 降り落ちる──ハウンド弾。

 

「....マジかよ!」

 

 今度のハウンド弾は、先程のような低速ではないものの、それなりに速度が落とされ、そして大きく射程が削られた──高威力のハウンドであった。

 加山は教室の外に飛び出た後、スコーピオンを鈎爪代わりに上階へと昇り──天井を斬り裂き、上を取った。

 そうして距離は短くも──大きく角度で差がつく場所を手に入れ、加山はハウンドを放っていた。

 

「ぐ....!」

 

 奥寺も小荒井も、双方ともそのハウンド弾にシールドを以て防ぐものの。

 

 身体全体を覆う程に──シールドを拡張してしまう。

 

 そこに。

 

「.....あ、クソ!」

 

 蹴り壊された穴から加山が降り落ち。

 拡張され、ひび割れたシールド目掛けて──スコーピオンの円輪刀を投擲した。

 

 狙いは──先程ダメージを与えた奥寺ではなく、小荒井。

 

 ぐるぐる回りながら投げ込まれたスコーピオンの円輪刀は──小荒井の供給器官に突き刺さる。

 

 ──小荒井、緊急脱出。

 

 

「小荒井....!」

 

 一瞬のうちに相棒である小荒井を仕留められた奥寺は、苦々しく加山を見る。

 ──これで、東隊の最も大きな武器の一つである攻撃手同士の連携という択が潰される形となった。

 

 

「これで二点目。──取り敢えず、さっさと二位以上の条件を確定しときますかね」

 

 弓場隊の上位二位以上残留の条件は、3点以上。

 眼前の奥寺を狩れば、──念願であった、上位入りと遠征行きの条件がそろう。

 

「──ほいじゃあ、さようならです奥寺先輩」

 

 その上。

 ここで奥寺を仕留めることが出来れば、東の今後の動きを抑制する事にも繋がる。

 

 加山はハウンドを再生成し、奥寺に叩き込もうとして。

 

 

 ──感じ取った”色”の変化に気が付き、そのまま横にステップ。

 

 

 それは。

 教室の外側から放たれた、──手裏剣状のスコーピオン。

 

 加山が割った教室の窓から侵入したそれは、加山の横側へと突き刺さる。

 窓に一瞬映った影は、窓の下に消え──窓枠の縁に着地する音が、加山の耳に届く。

 それと同時。

 自らの足下──床面から。

 異なる振動が足元からほんの微かに伝わり、その情報が色となって加山の脳内に伝わる。

 

 そして。

 加山の横手に突き刺さった手裏剣の形状が変化し──伸び上がっていく。

 

「──!」

 

 加山は即座に背後へと飛び去るものの、脇腹から胸元にかけて斬り裂かれる。

 ──手元から離れたスコーピオンの形状変化? これはどういうことだ? 

 加山が襲撃を受ける隙を見て、奥寺は弧月で壁を斬り裂き、撤退していく。

 逃した獲物を追いかけんとする本能を、理性が必死になって留める。

 その隙を突かんとする獣の気配が──薫り立つように感じ取ってしまったから。

 

「外したか」

 

 窓を叩き割り、侵入してくるは。

 

「.....空閑君か」

 

 空閑遊真であった。

 

「やぁカヤマ。──チカの仇、取らせてもらうよ」

 

 彼は無表情のまま、加山を見据えていた。

 

 

「──それで。オサム。お前はアズマを倒す手立てがあると言ったな。考えを聞かせてもらおう」

 

 ヒュースと修の二人は、──生駒達人を倒した後、東へと向かっていた。

 その道中。ヒュースは修に尋ねる。

 

 この勝負における最も重い障害──東春秋の打倒について。

 

「.....東さんの生存率の高さは、逃走術の上手さにある。多分、あの人はどの駒がどの位置にいるのか。どの位置からなら自分を視線に映らせないかを熟知している」

「それで?」

「あの人は誰よりも盤面を理解できているし、そして盤面の敵がどういう思考で動いているのかも──多分見透かしている。だから、逃げに徹されると探しようがなくなってしまう。なら、逃げに徹される前に東さんを見つけ出して仕留めるしかない。逃げに徹させない条件を、こちら側が揃えるんだ」

「.....どうやって?」

「東隊が一番やってはいけないのが、中位落ち。今回の東隊はぼく達と同じ弱みを抱えている。──上位残留の為に一点でも多くの点を取らなければいけない」

 

 現在の東隊は、前回の中位戦で点を稼ぎ香取隊と交代で上位に這い上がったものの──現状ギリギリの立ち位置であり、出来る限りの点数を取らなければいけない立場でもある。

 

「──点を取れる好機があれば、東さんは積極的に撃ってくるはずで、そして得点を奪う為の立ち回りも徹底してくる。その分だけ東さんを仕留められるチャンスが生まれる」

「そうか? 今までのアズマの立ち回りを見る限り──正直な所上位に残る残らないを然程意識していないように見える。その場その場の最善を選んでいるだけだろう。そこは徹底している」

 

 そう。

 東隊の攻撃手二人はともかく。東春秋に関しては──上位残留の為に無理な動きをしてでも点数を稼ぐタイプの人間ではない。

 無理だと思えば徹底して隠れる。僅かな可能性に賭けて自身の身を晒すことは無い。

 

「そう。無茶をする事は東さんはしない。──でも、この状況下なら確実に点を取れると判断すれば、動くはずだ。撃って、点を取る事が”最善”だと判断させればいい」

「どうやって?」

「ぼくだ」

 

 修は。

 そう言い切った。

 

「ぼくはこの盤面の中で最弱の駒だ。ぼくを撃ち殺す事を東さんは”無茶”だと判断することは絶対に無い。──ぼくを使って、東さんの位置をあくまで合理的に晒させるんだ」

 

 釣りの対象がヒュースや遊真ならば。

 きっと東は撃っては来ないだろう。

 

 だが、修ならば。

 B級全体を見渡しても最弱に位置するであろう三雲修という駒ならば。

 ──東春秋にとって、撃ち殺す事に躊躇いを覚えることは無い。

 

「最弱だからこそ──やれることが、きっとある」

 

 最弱ゆえに。

 三雲修という存在には価値があるのだと。そう──三雲修自身が、躊躇いなく言った。

 

 

 その言葉に。

 成程、とヒュースは呟いた。

 

 

「おーい。もう生き残ってんのお前とオレだけや。どないすんねん本当。まだ点とれてないっちゅうに、攻撃手二枚がはよ落ちて~」

「すまんな」

「ごめんなさい~」

 

 はぁ~、と。

 生駒隊水上が溜息を吐く。

 現在生駒隊は東に移動しつつも──どうにも動き出しが出来ずにいた。

 

「射手と狙撃手残されてどうやって点とれっちゅうねん。──隠岐~。お前大丈夫やろうな。イコさんと合流するにもヒュースから逃げるのにも結構派手に動いてたやろ?」

「多分大丈夫やと思いますけどね。今東側のビルまで来ているんですけど、東隊も弓場隊もここから百メートル先の学校に集まってきているんすよね。どうします。このままあちらさんまで動きますかね」

「もうこの期に及んで大量得点は無理やろし。2~3点稼いでパパっと撤退する方針でいこか。あの学校から逃げ出した連中を仕留めていこう」

「はい了解~。──今のところ姿が見えないのは、外岡君と東さんの二枚ですかね。東さんの位置取り解ります?」

「解る訳あるかい。雨取ちゃんの爆撃撃ち落としてから尻尾すらつかめへん」

「そりゃそうですわね。──お」

 

 そして。

 隠岐孝二は──東側に更に向かってくる影を発見する。

 

「──弓場隊長と帯島ちゃん発見。東の校舎の方に向かっていますね」

「了解。──取り敢えず様子見とこか」

 

 

 空閑遊真が入ってきた瞬間。

 加山はハウンドを遊真に浴びせ、そのまま教室から逃げ出す。

 

 ──学校みたいな敷地自体は広いが、横幅の狭い通路が多い場所は。

 

 加山にとっても。

 遊真にとっても。

 

 どちらにとっても──優位の取れる場所である。

 

「ハウンド」

 

 加山がそう呟くと同時。

 生成されるキューブを眼前に遊真は片手を開け、スコーピオンを片手に突っ込んでいく。

 

 ──加山が放つは、速度・射程を切り詰めた低速弾道のハウンド。

 

「──かざま先輩にオサムがやったのと同じ手か」

 

 そうぽつり呟き。

 遊真は即座に横手の教室に飛び込む。

 

 あの低速弾道が廊下を満たしている間。

 正面からの攻撃は不可能。

 

 それ故に──側面からの攻撃を行使するほかない。

 

 遊真は廊下から横手の教室に移動し、グラスホッパーを生成しようとして──

 

「.....!」

 

 即座にそれを取り止め、シールドを展開。

 何故なら──加山が円輪刀の形をしたスコーピオンを手に、こちらに振りかぶる姿が見えたから。

 

「──側面からの攻撃は流石に見抜かれているか」

 

 ガギ、という鈍い音と共に。シールドはスコーピオンの投擲に砕かれる。

 砕かれはしたものの大きく速度は落ち、その後に遊真は自らのスコーピオンによりそれを弾く。

 

 弾き、足を止めるその一瞬。

 加山の姿は──廊下より消える。

 

 このまま廊下に出れば──出会い頭のハウンドが襲い来るかもしれない。

 その予感と共に遊真は廊下に即座に出て追いかけんとする行動を咎め、ゆっくりとした歩調で様子を伺おうとして。

 

 自らの足下。

 そして死角。

 

 そこから──飛び出てくる刃の気配を感じ取った。

 

「おっと」

 

 身体の軸を反転させ受け止めたその刃は。

 恐らくは──影浦や自らも使う技巧である”マンティス”

 それを地面に忍ばせ足元より発生させたものだろう。

 

「──ここ。多分カヤマは直接見てはいないよな」

 

 加山は、廊下より姿を消した。

 そこ意外に、視線を通せる場所は一見する限り存在しない。

 別区画から攻撃するにせよ──レーダー頼みの攻撃にしてはあまりにも攻撃が正確すぎる。

 

「──そうか。副作用か」

 

 加山は音に色を感じる副作用があると。そう言っていた。

 遊真が発する微弱な足音。

 そこから判別して──色を辿って位置を把握しているのではないか。

 

 確信はできないが、そう仮定はできる。

 

「──成程。これは厄介だ」

 

 そして。

 

 窓枠から向かってくる──うねる様な軌道のハウンド弾が見える。

 

「──合成弾」

 

 それが窓をぶち抜き叩き込まれる瞬間。

 遊真は──即座に教室から廊下へと逃げ出していった。



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ランク戦最終ROUND ⑦

 眼前に迫るホーネットから逃れるように教室の外を飛び出した空閑遊真は、判断を迫られていた。

 

 校内に留まるか。

 校外に出るか。

 

「──ここであの合成弾を撃ってきたって事は....」

 

 確信を覚える。

 ここには、弓場拓磨がいる。

 

 見える。

 廊下の曲がり角から──こちらに迫ってくる眼鏡の男が。

 

 遊真は即座に──廊下側の窓から飛び降りることを選択する。

 

 その後何が起こるのか。

 遊真には理解していた。

 

 加山から逃れ。

 弓場から逃れ。

 

 外に出たその先には──何物にも遮られない空間だけが存在していて。

 そこから先。

 彼方から放たれる──弾丸があるはずであると。

 

 遊真は。

 空に手を伸ばす動作を行う。

 

 その動作と同時にこちらに向かい来る弾丸を察知し

 

「──おっと」

 

 フルガードにて、防いだ。

 

 

 

 

「──うわ。マジか....。ごめん防がれた」

 

 遊真は。

 空中に手を置く仕草をすることで、空の手でグラスホッパーを発動させ地面へ高速移動をする──というブラフを行い。

 そのブラフにより──グラスホッパーによる高速移動前に仕留めんと外岡から放たれた弾丸を、フルガードにて防いだ。

 

 これにて。

 不明であった外岡の位置は判明した。

 

 その後、遊真はスコーピオンとシールドに持ち替え、地面へと降りる。

 そして。

 その校舎裏。

 

「おびしまちゃん」

 

 焼却炉の裏手に身を潜めていた帯島のアステロイドが放たれる。

「──空閑先輩! 勝負ッス!」

 空閑遊真は。

 その勝負、という言葉に──少しばかりの嘘の気配を感じ取った。

 

 アステロイドは遊真の足を動かすための牽制。

 足を動かした先に斬り込む帯島の弧月──も牽制。

 

 その背後。

 

 いつの間にやら校舎内に増殖している偽装トリオンに紛れて放たれる──加山のハウンドが、こちらを仕留める為の本命。

 

 

「.....!」

 

 遊真は。

 スコーピオンを収め、グラスホッパーをセット。

 そのまま──斬り込んでいく帯島の足下に一つ置く。

 

 その手を帯島は知っている。

 こうして斬り込んでいく足元にグラスホッパーを置き、空中に飛ばすのは──このランク戦の中、幾度となく遊真が行ってきた手法だ。

 

 だからこそ。

 それを防がんと、踏み込みが止まる。

 

 その止まった一瞬の隙を見て。

 遊真は──加山から放たれるハウンドのフルアタックから逃れる為、反対方向に逃げていく。

 

「逃がさないッス.....!」

 

 その背を。

 帯島は追っていく。

 理解しているのだ。

 ──ここで逃がしてしまえば、外岡の首が刎ねられるという事を。

 

 

 その時。

 一気に事態が動いていく。

 

 空閑を仕留め損ねた外岡は、当然狙撃地点より逃走を開始する。

 

 と、なれば。

 彼は追って来るであろう空閑遊真を振り切れる可能性の高いルートを構築し、走っていかなければならない。

 

 外岡の位置は、加山がいる中学校跡地のグラウンドに近いマンションの屋上。

 彼は即座に学校の反対側からマンションを飛び降り、そのまま学校の反対側から逃げていく。

 

 ──その経路上。

 外岡は当然他の狙撃手が生きている事も念頭に入れ、逃げていた。

 

 

 その時だ。

 

 100メートル程走った先。

 

 自らの背後から──トリオン反応が浮かんでくる。

 

 たった一つ浮かんできたそれは。

 こちらの逃走経路を先回りした何者かの姿であろうか、と外岡は思った。

 

 ──空閑君の指示で、ヒュース君がこっちに来ているのか? 

 

 こちらの狙撃と逃走経路に関して、先回りできるのは──空閑と情報を共有しているであろう玉狛だ。

 丁度この距離も。

 ヒュースの突撃銃が一方的にこちらを襲える間合い。

 

 その為外岡は背後を振り返りその姿を見ようとして──。

 

 

 ──上体を斬り裂かれるかの如き一撃を、彼方から受けた。

 

 

 その射線の先。

 

「....東さんか!」

 

 ダミービーコンを起動させ、外岡の足を止めた上で──狙撃を敢行した東春秋の姿。

 

 ──先回りしていたのは、ヒュースではなくこの男であった。

 

 それから東は幾つか部隊に指示を出し。

 即座にその場を離れる。

 

 

 東の頭の中には、マップ上の脅威全ての全てが入っている。

 例えば彼は──外岡が落とされたという情報を基に、真っ先に東を探し回る事になるであろう空閑がどういうルートでこちらに迫ってくるのか、という想定や。

 現在こちらを炙り出そうとしているヒュースが潜んでいる大まかな場所も。

 

 

「これで二点だが──あと一点は取っておきたいな」

 

 上位残留の為には、二点では心もとない。

 あと一点──どんな形でもいいから取らなければならない。

 

 

「──ごめん。東さんにやられた」

 緊急脱出後、外岡はそう部隊に伝えた。

 その声は──少しだけ悔しさが滲んでいる。

 

「了解。外岡先輩落とされたのはきついすけど、ここから玉狛が動きそうですね」

 

 玉狛の狙いは解っている。

 東春秋の排除だ。

 

 空閑を撃ち、その位置を絞り込んでいた外岡を東が狩った。

 当然──その周辺区域に東春秋がいることを想定して動き回る事になるだろう。

 

「探し回っている背後からぶっ刺しましょう。あと一点ですぜ」

「おゥ」

 

 玉狛の動きはおおよそ予想がつく。

 生存点獲得の一番の障害である東春秋を排除せんと、ここから動き出すだろう。

 

「俺と帯島は二手に分かれて仕掛けていく。加山はその背後について、援護しろ。この場のお前は外岡の役目も担ってもらう」

「了解」

 

 弓場隊は──東を探し回るであろう玉狛に狙いをつけ、動き出す。

 

 

「──雨取隊員が落とされてから、やはり部隊の動きが活発になりましたね」

 

 実況ブース内。

 武富桜子がそう言った。

 

「そりゃそうよ。防御はともかく回避に関しては絶望的な爆撃や砲撃がいつ降ってくるか解らない状況でしたもの。それがなくなったとなれば、大手を振って動けるってもんよ」

「上位戦久しぶりだろうに、東さんは相変わらずですね」

「実質雨取ちゃんを仕留めた黒幕だもの」

「く、黒幕....」

 

 さて、と迅は呟く。

 

「その東さんを仕留めようと玉狛第二が散開しつつ索敵。その背後から弓場隊が迫ってきていますね」

「弓場隊は玉狛の意図が解っているでしょうからね。動きが想定しやすい玉狛を狙うのは合理的だわ」

「そして、やはりというか。”待ち”に徹した加山隊員は強いですね。今まではどうしても得点を狙う為に攻めに行かなければいけなかった訳ですけど。今回は待つ動きも取り入れている」

 

 雨取千佳を倒したのち、東側の中学校跡地に籠城した加山は。

 東隊の奥寺・小荒井と空閑遊真の襲撃に遭いながらも、これをほぼ無傷で追い払い、そして小荒井を仕留め一点を捥ぎ取った。

 

「狭い通路に、区切られた空間。そして上階までの高さが低い天井に薄い壁。──あの場所は加山君が有利を取る為の条件が全部そろっていたわ」

「ですね。狭い通路で低速弾道を撒いて相手の動きを制限して、自身は広い空間から迎撃しつつ位置を変える。──そして木造の校舎で壁が薄く、音を拾いやすい環境も相まって常に立ち回りで優位を取っていましたね。──だからこそ、あの場所に入って逃げ出し、弓場隊全員のおおよその位置を把握できた空閑隊員の対応力も素晴らしかった」

 

 遊真は結果として。単身加山が待つ校舎内に入り込み、弓場隊の全員の位置をあの場に集め、その位置情報を持ち帰ったのだ。

 

「奥寺君は東さんの逃走を助ける為かしらね。東さんの逃走経路を外回りしてますね」

「ただ──そっちに行ってしまうと」

 

 奥寺が向かう先。

 そこには──動き出した生駒隊の影がある。

 

「──生駒隊の射程に入ってしまいますね」

 

 

 奥寺の側面から。

 

「アーステロイド!」

 

 と叫びながら。

 ハウンドが飛んでくる。

 生駒隊、水上の得意技。トリガー名を偽装しつつ別の弾丸を射出するいつもの手口。

 

 もう慣れたものでシールドを張りつつ弧月を手に取り──水上に肉薄する。

 

 その時。

 

「あ....!」

 

 張ったシールドの上側から──狙撃が敢行される。

 

 ──迂闊だった! 射手の水上先輩がわざわざ姿を晒したのは、こちら側に近寄らせたうえで隠岐先輩の射線におびき寄せる為だったのか。

 

 

「ようやく一点取れたわ」

「ですねぇ。──あ」

「どした隠岐?」

「水上先輩。逃げて。超逃げて。──合成弾がひらひら飛んできてますわ」

 

 奥寺を処理した後。

 タイミングを完璧に見極めたかのようなホーネットが、水上の頭上から襲い掛かる。

 

「おおおお! マジで勘弁してくれ!」

 

 水上はシールドを展開し防ぎつつ、襲い来るホーネットの襲来を防ぎつつ逃げる。

 路地を回り、建造物の先を超え。待ち受けるは──。

 

「げ」

「.....ッス」

 

 弧月を構えた帯島ユカリであった。

 

 上段から振り下ろされた弧月の一撃と弾丸の板挟みになり──水上は緊急脱出した。

 

 帯島はその瞬間。

 当然自身の位置を知ったであろう隠岐からの狙撃を警戒する。

 

 その為、隠岐が奥寺を仕留めた軌道から外れる場所を辿ろうとして

 

 

「──あ」

 

 

 既に別の狙撃地点へと移動していた東のアイビスが、その身体を貫いていた。

 

 

「....」

 

 

 東隊。

 これにて──弓場隊と並び、トップの三得点目を獲得。

 

 

「──東さんが弓場隊を攻撃した! 今だ!」

「了解」

 

 東が帯島を撃ち、その位置を判明させたその瞬間。

 ヒュースは突撃銃を手に取り、その周囲にトリオンキューブを身に纏わせ。

 

 その区画に対し──その全てを叩きつける。

 突撃銃の駆動音と合わせ。

 メテオラキューブの爆撃音もまた同時に響き渡る。

 

 破砕、爆砕、その全てが輪唱となって辺りに響き渡る。

 

 ──逃がしはしない。

 

 その意志を持って撃ち放っているものの。

 しかし、この純粋な火力を持ってしても仕留められる駒でもない。

 

 もう一つ。

 もう一つの要素が必要だ。

 

 そのもう一つの要素を構成するにあたり、必要なのは。

 

「──ヒュース」

 そのメテオラの爆炎の中──東の捜索に向かっていた空閑遊真は、一つ報告を行う。

「どうした?」

「すまん。──捕まってしまった」

 

 巻き上がった煙の中。

 一人の男がそれらを纏いて、現れる。

 

 それは。

 銃手として、そして一人のエースとして。生きてきた過程によるものか。

 

 男が纏う煙全てが──硝煙に思えた。

 

「よゥ、空閑ァ」

 

 そして。

 エスクードの壁が、遊真の周囲を囲む。

 

 煙と共に──空閑遊真は、壁に閉じ込められた。

 その距離は。

 弓場拓磨の拳銃の相対距離。

 

「お前らは東サンとやりたいんだろ? 好きにしろよ」

 

 白煙に切りとられたかのような笑みと共に、弓場拓磨は呟く。

 

「俺たちは3点を取った。加山はどうかしらねぇが、俺としては──この隊を上位につけるという目的は果たした」

 

 弓場は加山を引き入れる際に隊に約束していた。

 必ずや、この隊を上にあげると。

 その目的はもう果たせた。

 

「後は──純然たる俺のモチベーションの為に戦わせてもらう。お前というエースと、サシの勝負だ。さあ、東サンと戦いたけりゃ、俺をぶっ殺さなきゃ始まらねえぞ、空閑ァ!」

 

「──いいね。こういうのは、嫌いじゃない」

 

 壁を越えようとすれば撃たれるだろう。逃げられない。

 そもそも東を追うために、この男から逃げながらというのも不可能に近い。

 そして。

 勝負は一瞬で着く。その予感が、全霊で理解していた。

 

「やってやるさ」

 

 煙と壁に囲まれた、空間の中。

 蜃気楼のような二人の両手が、揺らめくように跳ね上がった──。

 

 



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ランク戦最終ROUND ⑧

 煙の中。

 銃手と攻撃手が向かい合う。

 

 互いの姿は揺らめいて見える。

 それでも──互いが互いに、その姿をしっかりと見据えていた。

 

 ──来る。来る。アレが来る。

 

 弓場拓磨の両指が引金にかかる。

 銃口が向けられ。

 一瞬でも動きを止めれば──即ち、死。

 

 その銃口に視線を向けつつ──空閑遊真は左足を踏み出した。

 

 銃撃に突っ込む気か──そう弓場は判断しかけるが。

 踏み込んだ左足から右足にかけて向かう──のではなく。

 踏み込んだ左足から右足を後方に回す体捌きを、その瞬間空閑遊真は行使していた。

 

 すると。

 弓場拓磨と向かい合う体勢ではなく。

 弓場拓磨から斜めの体軸を維持し、左腕を前に突き出すような体勢となる。

 

 ──成程な。銃撃に対して正面を向くと弾丸を受ける面が大きくなるから、斜めに向かって弾丸との接地面を小さくしている訳か。

 

 正面から向かい合うと、自身の胴を晒す事となる。

 そうではなく、晒すのは左肩から左足の細い側面部位。

 

 心臓を左腕で隠し。

 弾丸から胴を庇うような体勢。

 

 

 

「──おもしれぇ」

 

 弓場は。

 その空閑遊真の体勢変更を行使した瞬間──銃弾を横に幾らか散らしつつ、遊真に向けて弾丸を放つ。

 

 弾丸が放たれる。

 その刹那。

 射程を犠牲に威力と速度が上乗せされたそれを──完全に避けきる事は不可能であると遊真は判断していた。

 

 それは。

 1ROUND目で加山との連携の前に敗れた時。

 その早撃ちの技巧を実際に目の当たりにした時から理解できていた。

 

 弓場は強い。

 その強さは、今まで戦ってきたどの強者とも重ならない強さ。

 村上のような強固な防御能力を前提とした強さとも。

 影浦のような苛烈さと柔軟性を併せ持った強さとも違う。

 

 一瞬のうちに全てを壊し尽くす──極限まで研ぎ澄ました刃物のような、強さ。

 

 相手よりも先に

 自らの全力を叩きつける。

 その一瞬に全てを燃やし尽くすスタイルにこそ、弓場拓磨という男の強さが籠められている。

 

 その一瞬を。研ぎ澄ました一瞬を。無傷にて切り抜けられるなどと判断する方がそもそもの傲慢に違いない。

 

 だから。

 銃弾が放たれた瞬間。

 

 遊真は──斜めに向けた左足を膝から折り、地面に向け自らの身体を投げつけるように倒れ込む。

 

「ほォ」

 

 斜めの体軸から、身体を倒れ込ませることで。

 弾丸の的を極限まで小さくする。

 

 それでも倒れ込むスピードよりも、遥かに弾丸の方が速い。

 

 空閑遊真はフルガードによるシールドを更に自らの急所に絞り更に自身の左腕を犠牲にする事で──地面に倒れ込むまでの時間と、トリガーの切り替えにかかる時間の二つを確保する。

 

 遊真が地面に倒れ伏したその瞬間。

 その身体に誘導されるように銃口を向けようとして。

 

 弓場拓磨は。

 かつての経験を思い出していた。

 

 以前のランク戦。

 香取葉子と相対し、あと一歩まで追い込まれたあの時の事を。

 

 あの時。

 弓場拓磨に対し──香取葉子は弓場の拳銃の銃口を動かし、照準を定める僅かな時間を稼いだうえで追撃の弾丸を逃れていた。

 

 その経験と記憶が──「空閑遊真の動きを観察したうえで、その動きに銃口をなぞる」という動きを否定した。

 直線行動に入れば、機動型の攻撃手はこちらが照準を構えるよりも早くこちらに肉薄する。その事実が自身の記憶に刻み込まれているが故に。

 

 ──なぞるんじゃねぇ。

 

 弓場の銃口は、現在の空閑遊真の位置をなぞることなく、

 

 ──想定しろ。あの体勢から俺に肉薄できる手段なんざ、グラスホッパー以外ありえねぇだろうが! 

 

 その想定に至った瞬間。

 弓場は、拳銃の一丁を捨てた。

 

 そして行使するは。

 

 

 ──自身の眼前にエスクードを設置する、という択であった。

 

 

 倒れ込んだ体勢から、グラスホッパーによる直線行動を開始した空閑遊真の眼前。

 

「そう来るか」

 

 壁がせりあがる。

 

 遊真の想定では──弓場の初撃。そこをしのげれば十分に好機があると思っていた。

 想定は、甘かった。

 

 ──だがそれはそれで。まだまだやりようがある。

 

 エスクードという区切りを、弓場は、自身と遊真の間に作った。

 

 ならば。

 

 

 遊真はグラスホッパーに自らの身を千切れた左腕側からぶつかると、即座に身を捩る。

 エスクード越しに放たれる弓場の銃撃が、即座に回避行動をとってなお遊真の脇腹を抉る。

 

 それでも。

 遊真は──グラスホッパーを、弓場の周囲に撒く。

 エスクードを背後とした弓場の正面に向かって、十分割したグラスホッパーを。

 

 そして。

 

「──!」

 

 弓場の眼前に──手裏剣型の遊真のスコーピオンが通り過ぎる。

 

 円回転と共に迫りくるそれを、弓場は身を屈め避ける。

 

 避け、通り過ぎた手裏剣スコーピオンが向かうその先には、グラスホッパーがある。

 スコーピオンとグラスホッパーが衝突し、そして反射し、向かう先。

 

 そこは──弓場拓磨の背後にある、エスクード。

 

 突き刺さった手裏剣を一瞥し。

 弓場拓磨は──眼前に現れた空閑遊真に照準を向け引金に指をかけ。

 

 そして。

 

 空閑遊真はその照準から逃れるように地面にしゃがみ込み。

 そして。

 

 地面に手を付けた。

 

 

 その動作に。

 弓場拓磨が積み上げてきた経験と記憶の全てが──警告音をうるさいくらいに鳴らしていた。

 

 

 そして。

 

 

「あ....が!」

 

 エスクードに突き刺さった、手裏剣スコーピオン。

 その刃先が崩れ、変形し。一陣の刃となって弓場拓磨を突き刺していた。

 

 

 ──ミスディレクション。

 

 

 空閑遊真はエスクードの背後。つまりは──弓場の視界に遊真が映っていない状態から、グラスホッパー陣を敷いた。

 

 この時。

 弓場は即座に──遊真が分割したグラスホッパーを”乱反射”に使用するつもりなのだろうと想定した。

 

 遊真の機動力と弓場の早撃ちの技術を考えれば──多角行動を取りながら攻撃を叩き込める乱反射は最善の行動であろう、と。

 しかしエスクードという壁が弓場の背後にある関係上。

 エスクードで直線行動が取れない遊真は、エスクードの背後までグラスホッパーの陣を敷くことが出来なかった。だから弓場の正面にだけ陣を敷き──正面からの攪乱行動で弓場の首を刈り取るつもりだ、と。そうも弓場は想定していた。

 

 しかし実態としては、スコーピオンの投擲とグラスホッパーによる反射による二段構えの作戦で。

 自身の身体をグラスホッパーで飛ばすのではなく。

 スコーピオンをグラスホッパーで飛ばして弓場を仕留めようとした。

 

 しかし、遊真の動きに着眼し動きを想定していた弓場は──手裏剣型のスコーピオンの投擲という動作を察知した事で、遊真の初撃を避ける事が出来た。

 

 ここで。

 弓場は──遊真の身体の動きに着眼し、そこから得た情報によって攻撃を避けることが出来たという記憶を刻み付けられた。

 

 それ故に。

 初撃を避けてもなお集中を切らす事無く、弓場は遊真の動きから目を離すことは無かった。

 

 

 故に。

 遊真が──地面に手を付け、その手よりスコーピオンがエスクードの背後を通り、弓場の弾丸によってこじ開けられたエスクードの穴を通過し、突き刺さったエスクードの手裏剣型のスコーピオンに接続した事実に最後まで気付かなかった。

 

 ”エスクードがあるから遊真はグラスホッパーを弓場の周囲に展開させた”

 

 この事実から、弓場はエスクードに背を預ける形で常に立ち回りを行っていた。

 

 ”遊真の身体の動きに着眼していたから、初撃を避けることが出来た”

 

 この事実から──遊真の身体の動き以外に対する意識が削られた。

 

 これにより──遊真は弓場をエスクードの傍に釘付けすることに成功し、意識を自身の肉体に着眼させ、ミスディレクションによって弓場を仕留めるに至った。

 

 

「.....ったく。情けねぇなァ」

 

 

 弓場は、微笑んだ。

 全く。上手くいかない。

 

 この眼前の少年を引き入れる為に行った黒トリガー争奪戦では、最後の最後に太刀川に敗れ。

 そして最終戦。自身の矜持に従い挑んだ戦いにも、また敗れ。

 締まらない。

 どうにも、締まらない。

 自らが挑戦したタイマンは──どうにもうまくいかず負け続けている。

 

「まあでも。──こんな無様晒しても、隊は上に行ったからな。ありがてぇ話だ」

 

 エースとしての働きが充足できなくとも。

 それでも自らが率いる隊そのものは上に行くことが出来た。

 

 エースとしての喜びは、最後に味わえなかったが。

 隊長としての喜びは、この胸に刻み込むことが出来た。

 

 それだけで今は十分だ。

 

 だから。

 笑った。

 

 

「あばよ、空閑ァ。──楽しかったぜ」

 

 緊急脱出の音声が響くと同時。弓場は静かに目を閉じ、その身体を崩壊させた。

 

 

 その姿を見届け、

 

 

 

「おれも──楽しかったよ、ゆばさん。恐ろしく強かった」

 

 

 決着まで、およそ一分もかかっていないこの戦い。

 一つ間違えれば──凶弾に倒れていたのは、間違いなく自分だった。

 

 エスクードによって閉じられた空間。かつ弓場の間合いから襲撃されたという状況下。次に同じように勝利を掴めと言われれば、間違いなく無理だと断言できる。全ての手札を晒しだして。そして幾つかの軌跡も絡んで。手繰り寄せた勝利。

 

 その勝利を実感しつつも──遊真は即座に切り替える。

 

「すまない。ゆばさんは仕留めたから──おれもあずまさん狩りに参戦する」

 

 

 ──東は。

 

 ヒュースによる区画爆撃と銃撃の雨あられにあいながらも。

 

 生き残り続けている。

 至極当然のように。

 

 時にダミービーコンで自身の位置を偽造し。

 時に区画から区画へ移動し、ヒュースの意識を散らしながら。

 

 普通ならば。あらゆる奇跡が重なって行使できる遁走術を幾度となく行使しながら。

 

 

 東はひたすらに隠れ、そして逃げ続ける。

 

「やはり。──理解していたが、純粋な火力による面制圧ではアズマを仕留める事は難しいようだ」

 

 ヒュースは、そう口にしつつも信じがたい思いを抱えていた。

 トリオン量でも。実際の火力でも。そして機動力でも。

 自身は東よりも上であるのに。

 

 その自分が全力を以て、たった一人の狙撃手を仕留めようと動いているにもかかわらず。

 それでもまだ仕留めることが出来ていない。

 

 

「──ヒュース。空閑が弓場隊長を倒した。こっちに合流できる」

「よし。ならば後はお前が立てた作戦通りに事を運ぶ。──確実にアズマを仕留めるぞ」

 

 

 その瞬間。

 ヒュースは──爆撃の仕方を変える。

 ヒュースは現在高層ビルの中腹より、東の反応を追いつつ爆撃を行っていたが。

 西の方角から東にかけて、順繰りに爆撃を行う方向へと変更する。

 

 

 そして。

 爆撃により建物が消し飛んだ”穴”の地点を意図的に作り出し──そこからメテオラからバイパーに変更し、狙撃手の隠れ場所に順繰りに銃弾を走らせる。

 

 そして。

 

 ヒュースは建物より降りると──修に指示を出す。

 

 

 修は。

 その瞬間、バッグワームを解き──その姿を晒した。

 

 

 

 東春秋は。

 現在点を取ろうとしているはずだ。中位落ちを免れる為に。

 

 だからこそ。

 ──たとえ、ヒュースから逃走をしている現状の中であっても。修の位置が判明すれば即狩りに来るはずだ。

 

 

 あの爆撃の中だ。

 狙撃地点に易々とつくことはできない。

 

 仮に──修を狩りに来るとするならば、高所からの狙撃ではなく、互いが相対したうえでの射撃になるはず。

 

 それでも。東の技術ならば──十分に修に勝つことが出来る。

 それさえ出来れば、四得点。

 上位を維持するには、十分な得点だろう。

 

 

 だからこそ、だ。

 

 

 ──来た。

 

 

 東のアイビスの弾丸が──修の場所にまで飛んでくる。

 

 

 その瞬間。

 

 

 ──移動してきたヒュースのフルガードが、東のアイビスを防ぐ。

 東は。

 爆撃によって崩れた瓦礫の山に身を隠し、そこから修に向けて弾丸を放っていた。

 

 

「....ほう」

 

 感心したように東はそう言うと、されど東は次弾を修に向ける。

 

 ここまでも東にとっては想定内。

 むしろ、ここでヒュースがフルガードを選択したという事は──ヒュースからの攻撃はないと考えてもいい。

 

 修は。

 アイビスを構える東に向けて──キューブを射出する。

 

 その動きを見て。

 東は即座に回避動作に入る。

 

 三雲修が持つトリガーはアステロイド。彼の技術では──この相対距離内で、互いが位置を把握している最中で相手を正確に撃ち抜ける技術はない。

 

 

 しかし。

 

 

 避けたはずの弾丸は──途中でその軌道を変え、東の足下へ。

 

「.....!」

 

 東春秋の右足の幾らかが。

 修の──アステロイドに偽造したハウンドによって、削れることとなった。

 

「やれやれ.....。加山に次いで、三雲もこの土壇場でトリガーを変えてきたか」

 

 少しだけ微笑み。

 東は削れた足でもって──近場にあった、オフィスビルの中に入り込む。

 

「とはいえ。まだまだ俺の想定の外に飛び出ているわけではない。まだまだ、俺の想定の中で働かせてもらおう」

 

 東は。

 

 オフィスビルに入り込んだ瞬間──自ら、バッグワームを解いた。

 

 

「な....!」

 

 足を削られ、更に機動力の落ちた東春秋は。

 僅かな可能性に賭けて──オフィスビルに逃げ込んだ。

 

 そう判断したヒュースと。そして合流した遊真はそれぞれ上階と下階から挟み込む形で東を仕留めんと動き出し。

 

 そして。

 東が自ら──バッグワームを解くという行為に走った。

 現在バッグワームを解いた東春秋は、オフィスビル三階から徐々に窓際に近付いていっている。

 

 

「....まさか!」

 

 

 修は。

 その東の行動を見た瞬間に──ヒュースと遊真に、その意図を伝える。

 

 

「──東さんは、加山君か隠岐先輩に自分を()()()()つもりだ!」

 

 と。

 

「なに? それはどういう──」

 

 ヒュースはそう呟くと同時。

 気付く。

 

 

 ここでだ。

 仮に東が加山か隠岐に狩られたと仮定する。

 

 そうすると。

 自身の部隊の得点は2得点。

 

 そうなると残りの得点を──生き残った加山と隠岐を仕留める事で稼ぐしか、遠征の道は残されない。二人倒し、そして生存点まで稼いでようやく6点だから。

 

 

 更に。

 その状況下であり得るのは──加山が隠岐を隠れ蓑に逃走を開始し、敵勢から60メートルの距離を離すまで逃走し、自ら緊急脱出する可能性も十二分に存在する。

 

 

 そうなれば。

 現在弓場隊は順位を確定している状態で。

 

 そして──加山が緊急脱出すれば、玉狛第二が取れる点は生存点含め5点以上は望めない。

 

 

 ありえる。

 加山の目的を鑑みれば──十分にあり得るシナリオだ。東を他勢力に狩らせ、加山の緊急脱出を促進させる。

 そうすれば。

 玉狛第二の遠征行きの条件は──達成不可能となる。

 

 

「──急げユーマ! お前の方がアズマとの距離は近い! 外からの攻撃でアズマが仕留められる前に!」

 

 恐ろしい事に。

 この状況まで想定したうえで東春秋は行動していたのだろう。

 あの状況で──修を仕留められなかった場合。そこまでも考えに入れた上で。

 

 遊真は階段を真っすぐに下りながら、東がいる部屋へと走っていく。

 そして。

 東がいる部屋は、幾つものデスクと椅子が立ち並んだ、会議室であった。

 

 そして。

 

「....成程ね」

 

 遊真の眼前には。

 煙が吹き荒れていた。

 

 東はオフィスビルを駆けあがりながら、幾つかの消化器を手に取っていた。

 それを会議室に配置し、銃底で叩き壊し、部屋に充満させていた。

 

 白煙の景色の中でも。

 

 東春秋の反応はある。

 デスクと椅子で邪魔され、視界も消化器の白煙で見えない。

 

 それでも──東の反応目掛けて、遊真は向かう他ない。

 

 

 その瞬間だ。

 

 

 パリン、と窓が割れる音がして──レーダーに、ビルから降りていくトリオン反応が見えた。

 

 

「──間に合え!」

 

 遊真はグラスホッパーで窓枠まで移動し、即座に窓の外に出た。

 

 

 そうして見えたのは。

 

 

「.....あ」

 

 

 起動した、ダミービーコンが外に向け真っすぐに落ちていく様。

 

 

 そして。

 頭上を見上げると。

 

 ──バッグワームを着込んだ東春秋が、空閑遊真に向けアイビスを向けている光景であった。

 

 

 

 

「──ここまでだな」

 

 空閑遊真を撃ち抜き。

 東春秋は一つ息をついた。

 

 

 そして。

 

「はじめまして、でいいかな。──ヒュース」

「...」

 

 消火器の白煙も晴れ。

 東春秋はヒュースと向かい合っていた。

 

 

「さあ。──仕留めるといい」

 

 東はそのままヒュースに笑いかけ、

 ヒュースは──突撃銃を構えていた。

 

 幾つかの銃声が響くと同時。

 東春秋もまた──緊急脱出した。

 

 



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ランク戦最終ROUND ⑨

「ここで東隊長が落とされた事で東隊は全滅となりましたが──終盤で東隊長が怒涛の三得点。四得点を奪いゲームを終えました。解説のお二人はこの動きをどう見ますか?」

「そりゃあもう、流石は東さん以外の言葉はないわよ」

 

 東春秋が緊急脱出した後。

 笑みを浮かべて、加古望はそう言った。

 

「玉狛はここで東さんを討っておかないと遠征の条件である6得点を奪えなくなる。だから、どんなに不利な状況でも東さんを仕留めなくちゃいけなかった。──その心理を逆手にとって、あの距離間で空閑君を出し抜いて1ポイントを取ったのだから」

「あの時の東隊長の動きを見てみると。バッグワームを解いたのはオフィスビルに入った一瞬のみで、そこからは起動したダミービーコンを小脇に抱えて移動しているんですよね。最初からこの動きも想定して動いていたのだと思います」

 

 東春秋は。

 修のハウンドによって足が削られたのちに、オフィスビルに入りバッグワームを解いた。

 

 その後の動きを列挙すると。

 ダミービーコンの生成・起動。それを小脇に抱えてバッグワームの再生成。

 上階に向かいながら消火器を複数個手に取り、三階会議室を煙まみれにし、自らの姿を隠しつつ部屋に複数個のダミービーコンを設置。

 そして──自身を追ってきた空閑に対し、窓から投げ捨てたダミービーコンを囮に、狙撃銃にて仕留めた。

 

「部屋の周囲に固定されたままのダミービーコンの反応を置く事で、部屋に入ってきた空閑隊員の思考を一瞬混乱させている。このダミービーコンの中に紛れる形で東隊長はいるのか。それともここを囮に別の区画に逃げているのか。──消火器の煙で見えにくくなっているとはいえ、冷静に見渡せば何処に東隊長が潜んでいるのかは見えるはずです。しかし、ここは珍しく空閑隊員は焦っていたのでしょう」

 

 視界が奪われ。

 レーダーではダミービーコンの反応が点滅している。

 

 だからこそ。

 窓ガラスが割れる音、という要素に──飛びつかざるを得なかった。

 

 その結果。

 ダミービーコンを投げ込んだ東は、空閑遊真の背後へと回り込み──事前にグラスホッパーを使わせ、空中で回避方法の無い空閑遊真の背中を撃つ事が可能となった。

 

「三雲君の偽装ハウンドで足が削れても冷静に取れる点を取って脱出したのは本当に流石だし、あのタイミングまでちゃんと隠せていた三雲君もいいわね。あそこで足が削れていなければ、取り逃がす可能性も十分にあり得た訳だもの」

「ですね」

 

「後残っているのは──生駒隊の隠岐隊員、弓場隊の加山隊員、そして玉狛第二の三雲隊長とヒュース隊員....となりましたが。ここで隠岐隊員と加山隊員が動き出しました」

 

「...」

 

 残りは、四人。

 もうラストスパートまで入っている。

 

 その結末に至るまで。

 その全てを見通しつつ──迅は画面を見つめ続けていた。

 

 

「....空閑がやられたか」

「スマン、オサム。おれが慌ててしまったせいだ」

「いや。東さんの意図を読み切れずに慌てて指示を出してしまったのはぼくだ。空閑の責任じゃない」

「...」

 

 ヒュースの内心は──悔恨に満ちていた。

 

 修の指示は間違っていない。

 あの時に東を追わせる判断を下したことそのものは間違っていないのだ。

 

 ──急げユーマ! お前の方がアズマとの距離は近い! 外からの攻撃でアズマが仕留められる前に! 

 

 ただ。

 あの時に──東の思考誘導を見抜くことが出来ず、慌てるままに空閑遊真を先導させてしまったこと。

 追う役割を負った自身の指示にこそ、責任がある。

 

 あの時。

 遊真と合流したうえで東を向かえたら。

 それでも確実に犠牲なく仕留められた、とは言い切れないが。それでもよっぽどマシな状況で戦えていたはずだ。

 

「....」

 

 ヒュースは、冷静で、かつ真面目だ。

 遊真が落ちたのは自身の責任であり──それ故に、その責任は自分で取らなければいけない。

 

 

「オサム」

「ああ」

 

 ヒュースからの通信に。

 修は一つ頷く。

 

 

 現在。

 ヒュースは修の傍から離れている。

 現在修は──片腕が捥がれ、トリオンもロクに残っていない状況で。

 

 浮いていて、取られやすい駒だ。

 

 

「──ごめん。後は任せた、ヒュース」

「任せろ」

 

 最後の役割。

 

 それは──残った敵をおびき寄せる餌となる事。

 

 

 その瞬間──修の頭部は消し飛ぶ。

 

 

「....これで二点目。はぁ~しぶっ」

 

 イーグレットによる狙撃を敢行し、修の頭部を吹き飛ばした隠岐孝二は──はぁ、と一つ息を吐く。

 

 

「お疲れ様です」

 

 して。

 その背後。

 

「....何となく、つけられてる気はしてたわ」

 

 加山雄吾の姿がいた。

 

「イケメンの勘ですか?」

「イケメンやないから」

 

 その会話を最後に。

 隠岐孝二の心臓に、スコーピオンの刃が突きつけられる。

 

 

 これにて。

 

 

 現在残っているのは──加山雄吾と、ヒュースのみとなった。

 

 

 加山が、隠岐の狙撃地点のビルから飛び降りた時。

 視界に映っていたのは──ヒュースの姿であった。

 

「成程なぁ。──最初から三雲君を餌に俺を釣りだすのが目的だった訳か」

「そうでもしなければ、お前は生駒隊の狙撃手を狩ることが出来たら、即逃げを選択していただろう?」

「よく解っているじゃないか」

「ああ。よく解っているつもりだ。──最初から読めていた」

 

 その物言いに。

 何故だか──加山の脳内を、違和感が満たしていく。

 

「オレは──お前がどう動いてくるか。読めていた。なぜなら、お前と、お前の中にあるエネドラの記憶は──オレもまた持っているからな」

 

 加山と。

 加山の中にあるエネドラの記憶を──持っている。

 

「.....ガロプラの襲撃の時か」

「そう。あの時──エネドラから作られた黒トリガーを装着したお前に、直接電流を流し込まれた事で。恐らく──生体データを収集する機能を持つトリガー角に、その記憶が流れ込んだのだろう」

 

 ヒュースは。

 わざと、この話題を提示した。

 

 この話題を出せば、加山は会話に付き合わざるを得なくなるから。

 ──前回のラウンドで、近界民である事を引き合いに出し香取がヒュースに思考誘導したのと、同じ。

 

 関心を持たざるを得ない話題を提示し。

 ヒュースは──少しでもこの戦いでの有利を得ようとしている。

 

 

「そこでの記憶から。お前と、お前の中にあるエネドラの事も少しだけ知ることが出来た。──最初からお前の事は知っていた」

 

 その発言を聞き。

 加山は──怪訝そうに顔を顰める。

 

「だからこそ。お前の意図も読めた。──前回までの戦いとはうって変わったお前の戦い方も、納得できた」

「へぇ」

「──お前はそれ故に負ける」

 

 ヒュースは突撃銃を投げ捨て。

 弧月を生成する。

 

「お前は合理的な戦いをする人間で、そしてあくまでボーダー隊員としての戦い方を遵守する人間だった。戦術や立ち回りを想定した戦い方をしたとしても──そこに感情を入れ込む人間ではなかった」

 

 ヒュースは。

 加山という存在を規定する本質部分までも、ある程度の推測を行っていた。

 

 加山は──近界を滅ぼすためにボーダーを利用しようとしている人間で。

 それ故にボーダーという存在を強化する為には手段を選ばない。

 

 その為に──近界民である空閑遊真をボーダーに引き入れる協力までも行った。

 

 感情を脇に置き、合理性を重んじ、目的の為に動ける人間で。

 

「だが。──チカの精神的動揺を利用する姿を見て。オレは確信した。お前はこの戦いにおいては、お前の本来的な姿を捨てたのだなと」

「....捨ててはいない。ただ目的が、お前等を遠征から引き摺り下ろす事に変わっているだけで」

 

 そう。

 加山は──この戦い。先まで見据えた目的ではなく、目先にある”遠征選抜”にヒュースを連れていかないという目的に変えてランク戦を進めてきた。

 だから──。

 

「いや。捨てている。──お前は、チカに化物と言葉を吐く事に対して、全てを合理的な判断の下で行った事だと言い切れるか? ほんの少しでも、オレを受け入れ利用し遠征に向かおうとしている玉狛への怒りや憎悪が入り混じっていないと──そう言い切れるか?」

「.....」

「少なくとも。俺はこの状況が読めていた。──以前のお前ならば、この状況に陥ったならば。生駒隊の狙撃手をオレに仕留めさせ、生存点を稼がせない為に時間内まで徹底した潜伏を行う方向に舵を切ったはずだ。しかしそうはしないだろうと、オレは読んでいた。狙撃手を仕留め、オレと正面から戦う方法で立ち向かうだろうと。何故だか解るか?」

 

 弧月の切っ先を。

 ヒュースは──加山に向けていた。

 

「チカをあの方法で倒した瞬間から──お前は玉狛への感情を押し隠さずにぶつける方面に舵を切ったのだと判断できた。今のお前は本来のお前ではない。合理性ではなく、感情で動く人間になってしまっている」

 

 だから。

 

「オレは──お前に負ける事はない」

 

 前回のラウンド。

 弓場隊は──自らの楔を断ち切った事で、他部隊の思惑を裏切り勝利を収めた。

 

 今回も、その延長線上だと。そう加山は思っていた。

 

 自らの戦い方や思考をエネドラに寄せ。

 そして雨取千佳に精神的動揺を誘って倒したのも。

 

 楔を断ち切ったのだと。

 

 

 しかし。

 実際の所──加山の内側にある感情を発露させただけのもので。

 それが新たな楔となって。

 その楔をヒュースは読み切り。

 

 現在──加山とヒュースは対面している。

 

 

「お前は、お前の感情の為に最善を逃したのだから」

 

 そのヒュースの発言に。

 加山の内側が──燃え盛る炎に炙られたかの如く、熱気に満ちた。

 

 

「──いいや。ここでお前をぶっ殺すことが出来れば、結局は全てが上手くいく」

 

 

 やはりな、とヒュースは思った。

 

 今の会話で。ヒュースは加山に一つの楔を刻んだ。

 

 ──ヒュースに対する感情を更に焚き付け、勝負から逃れられないように。

 

 これで加山雄吾は。

 決着をつけるまで──ヒュースとの戦いから逃げることは無い。

 

 加山が感情を基に動いていると見抜けたからこそ。

 焚きつければ──勝負に更に乗ってくれると踏んだのだ。

 

 ──さあ。ここからは勝つだけだ。

 

 ランク戦、最終ROUND。

 最後の戦いを飾るは──因縁同士の、ぶつかり合い。

 

 

 生き残った者が、勝者だ。



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ランク戦最終ROUND ⑩

 今の自らの状態はどんなものだろうか。

 思考そのものは冷静なのだ。どう戦うか。どう相手は動くか。その構築も想定も、湯水が溢れるように湧き出てくる。

 

 だが。

 今──ヒュースを眼前にして。

 加山は自分の思考の方向性がガッチリとロックされた感覚を心底から味わわされていた。

 

 これが。

 これが──闘争に自らの感情を処理する人間の感覚なのか。それを自覚して、加山雄吾は身震いした。

 

 身体が。

 精神が。

 もしくは、己の魂が。

 

 この戦いから逃れるを許さない。

 眼前の男を叩きのめさずにはいられない。

 脳髄を突き抜け背骨を通り心臓を叩き腹の底に下っていく、昏く熱く迸る火花。

 

 

 その火花が散った瞬間。

 全身がその心に指令を与えていく。

 

 

 殺せ、と。

 

 

 これはただの敵ではない。

 お前の記憶の奥底にある地獄を作り出した怨敵で。

 その怨敵が怨敵のままこの場に存在する矛盾すらも抱えて。

 お前の眼前に立っている。

 

「ははっ」

 

 今まで。

 弱者のインスピレーションと共に戦ってきた思考が。

 別物の何かを携えてここにある。

 

 あの時、エネドラの如き何者かが与えられた別人格とは違う。

 エネドラという存在を火種に、間違えなく自らが自らの為に作り出した在り方。

 

「やってやるさ」

 

 弧月を構える男を前に。

 加山は笑みを浮かべる。

 

 

 ああ。

 成程。

 

 よく理解できた。

 

 自身の感情を火種にした戦いというものは──こんなにも楽しいんだって。

 

 

「──さあて、どうなるか。楽しみだな。まあお前としては楽しむ余裕もないか」

「まあ、そうですね」

 

 観客席。

 その一画にて──鳥丸京介と出水公平がいた。

 

「まあ普通に考えればヒュースが有利だろうけどな。──トリオンの量もあるし、やっぱり近接戦での経験に分厚い差がある」

「ええ。俺もそう思います」

 

 これまで見てきた戦いぶりを見てきて。

 前回のラウンドで香取と影浦に囲まれながらも対応し、二人ともを仕留めたヒュースの単騎での力は図抜けている。

 

「でもなぁ。──加山が勝算なく戦いの場に現れる訳もない、って確信もある」

「.....」

「まあ、あの場で戦いの択を取る事自体アイツらしくない、ってのはあるけどな」

「まあ、こちらとしてもそこは本当に助かりましたね」

 

 この場で一番嫌だったのは。

 加山が時間切れまで潜伏する選択を取る事であった。

 

「まあ潜伏は潜伏でリスクがある。東さんレベルになれば話は別だろうが、今の加山にはエスクードがない。ヒュースのメテオラの爆撃と突撃銃の掃射で虱潰しに探す中を壁も張れずに逃げ回る泥仕合を──残りニ十分か。それくらい続けられるかっていうと結構厳しいものがある。弓場隊としては順位も決まっているし、ここは気持ちよーく一騎打ちで....ってのも十分考えられる。ただ──」

「ただ?」

「こういう時──嬉々として泥試合を選び取るのが加山だったよなぁ、とも思うからよ。意外だなとも思う訳だ」

「.....ですね」

 

 加山はこういう時に泥仕合を平気で選べる人間だ。

 それというのも加山の基本思想の中では──自分に可能性を積み上げていくよりかは、他者の可能性を虱潰して行くほうが勝算が高いと判断していた人間だったから。

 

 自分のカードと相手のカード全てを出し切って戦うよりも。

 自分のカードも相手のカードも大きく制限させて戦う方法を好んでいたからで。

 

 

「今までの戦い方を捨てたんだ。──正直、ちょいと楽しみにしている」

 

 どんな顛末であろうと。

 ここで加山は──今までの自分を捨てて、全く新しい戦い方をしているのだ。

 

 

 ヒュースの斬撃が行使されると同時。

 加山は──身を捻りそれを避けつつ、スコーピオンの一撃。

 

 回避動作から、流れるような刺突動作に──ヒュースは少しばかり違和感を覚える。

 

「お前の太刀筋は、エネドラの記憶にあるんだよ」

 

 加山の斬撃は、ヒュースの首を通る軌道の腕先から──突如ヒュースの手首を斬り落とさんとする軌道へと変化し、襲い来る。

 ヒュースはシールドにてその斬撃を防ぐ。

 

 そして。

 加山のスコーピオンを斬り上げにより弾き、距離が出来た瞬間にバイパーの置き弾を作り出そうとして。

 

 その動作をした瞬間。

 加山もまた──それに倣うようにハウンドの置き弾を作り出す様を見て。

 シールドを手放すのは悪手であると、即座に判断した。

 

「気付いたか?」

「....」

 

 苦々しくヒュースは表情を歪め、加山に対峙する。

 

 ──そう。この正面からの戦い。ヒュースに分があるように見えて、実のところ加山に大きな有利が存在している。

 それは。相打ち狙いが加山には可能で、ヒュースには出来ないという差異の存在だ。

 ヒュースの強みは──優れたトリオンコントロールと近接戦での強みが両立している事だ。

 近接戦での差し合いの中、バイパーの置き弾の二段攻撃によって相手を仕留める。

 

 この動きが、封殺される。

 ヒュースが置き弾を使うと同時に加山もまた置き弾を用意しヒュースとの差し合いの中で使用する。

 

 加山の置き弾の分割は六分割と非常に大きい。

 恐らくは、自身ごとヒュースを確実に仕留める為に作成した弾体だ。

 

 バイパーの置き弾を使用しての弧月による斬撃は、当然それを行使する際はフルアタックとなる。

 防御が存在しない状況である事を察知すれば──加山は間違いなく相打ちを狙ってくる。

 

 相打ちになれば玉狛は生存点が取れないため、二位に上がれない。

 そこを見越しての──加山の戦術であった。

 

「──相打ちに対抗する為に、お前は俺と距離を取っている状況じゃなければフルアタックは使えない」

 

 ヒュースが加山に明確に有利を取れる部分は、角によって増幅されたトリオンと近接での戦闘能力。

 加山はその部分を最初から理解していたため──ヒュースが近接戦を「取りにくい」状況を作り出す。

 

 

 加山の置き弾が、発射される。

 

 

 大きく分割され──更に速度も絞ったその弾丸は、置き弾との二段攻撃を仕掛けようと足を止めたヒュースの前方及び左右を囲うように飛んでいく。

 

 速度が絞られているため、空いた後方に飛びずさり回避するのは容易い。

 

 しかし。

 ヒュースは一つ舌打ちした。

 

 

「──お前は俺が逃げられないように焚きつけたつもりだろうが、お前も同じだ。俺が何処に行こうが、お前は追うしかないんだよ」

 

 ヒュースが後方に飛び去った瞬間。

 加山はバッグワームを着込み、ヒュースに背中を見せその場から去っていく。

 

「逃がすか.....!」

 

 ヒュースは即座にバイパーをセットし、加山の背中目掛け弾丸を撃ち出す。

 

 加山は、バイパーの軌道から逃れるように細かい路地に入り、住宅地に入り込みながら、ハウンドを撃ち出す。

 

 ハウンドは、

 住宅地を迂回しつつヒュースの側面に向かうもの

 高所に打ち上げ誘導率を起動時間の終盤に強めたもの。

 ヒュースの正面に撃ち放ち、一点に集めたもの。

 

 正面と側面で二分割したシールドを作る必要を生じさせるとともに、時間差で放たれるハウンドに更に足が止まる。

 

 そうしてヒュースが足を止めるうち。

 加山が入り込んだ集合住宅からポツポツとトリオン反応が生まれていく。

 

「.....そうか」

 

 こちらが東を討たんと大きく動いていた時。

 加山は不思議な程静かだった。

 

 ──あの時間を使って、ダミービーコンの仕込みを行っていたのか。

 

 偽装トリオン反応が生まれてきた──という事は。

 

 住宅地の様々な区画からハウンドが撃ち出される。

 ビーコンを撒いた場所に置き弾を仕込み、順次撃ちだしていっている。

 ヒュースと対面した後も──しっかりと足止めする為の準備は怠っていなかったのだ。

 

 

「──行くしかないか」

 

 あの言葉は、加山の思考をこちらとの戦闘に向ける事には成功したが。

 ──やはり加山の中にある狡猾さに関して奪うまではいかなかった。

 

 撃ち出されるハウンドにシールドを張りながら。

 ヒュースは──加山が待つ集合住宅区内に足を踏み入れる。

 

 

 その地域は、八つの集合住宅が集まった区画であった。

 七階建ての同じ形をした団地が八つ。区画の中央には滑り台やブランコ、ジャングルジムといった遊具が存在する公園があり、周辺は砂利が敷き詰められている。

 

「....」

 

 それぞれの団地同士の距離は二十メートル程。

 それが四つずつ二列に並び、存在している。

 

 ──七階建てで縦に広い建造物が七つ。マップで間取りを見る限り、狭い部屋がひしめきあっており、通路や階段もかなり狭い。

 

 それはつまり。

 加山が遊真に使っていた低速弾道の戦術が通りやすく。

 スコーピオンとハウンドを使う加山が、弧月を使うヒュースよりも相対的に有利を取れる。

 

「....あまり悠長に構えるわけにはいかない」

 

 このまま刻々と時間が過ぎれば不利になるのは自分だ。

 時間切れになったとしても加山の勝利だ。

 

 団地の通路に設置された置き弾のハウンド弾が、吹き上がるように発生し──ヒュースの周囲に降りかかる。

 

 ──虱潰しに行くしかないか。

 

 ヒュースは放たれていくハウンドの置き弾の弾雨をシールドで防ぎながら。

 

 突撃銃を構え、団地に足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 一方。

 加山としても──有利は取れはしているが、決定力がさほどないとも考えていた。

 

 ヒュースはビーコンの反応を虱潰しに探していくつもりだろう。

 その間加山は置き弾の配置→移動→発射というサイクルを回しつつヒュースに一方的に攻撃が出来る状況ではあるのだが──いかんせんヒュースがハウンドのみで崩せるほど容易くない。

 

 どれだけ戦闘技術が高かろうと、押し返せない程の物量で攻める事で跳ね返せていた今までの相手とは違う。ヒュースは、恐らく”角”の効果によって二宮以上のトリオンを持っているはずだ。

 こちらも高いトリオンを持ってはいるが。

 その部分で言えば明確にヒュースは格上であり、下手すれば二倍近くの差があってもおかしくはない。

 

 ──団地で戦う状況に入ると。確かに有利が取れる状況は作れる。とはいえ現状ヒュースには突撃銃という手札がある。

 

 低速弾道で戦おうとすれば、あの突撃銃が迎え撃ってくる。

 密室内での戦いであっても壁越しに銃撃を放てる。

 

 下手すれば──ヒュースのシールドをもってすれば、威力に振ったハウンドであっても強引に突破できない可能性すら存在する。

 

 加山にとって厄介なのは、何よりもその防御能力であった。

 

 単純にシールドが硬い。

 その単純な硬さを持ちながら、近接戦も射撃戦も全て高レベルで纏まっている。

 

 ──総合力で言えば、間違いなくB級で最強の駒だろう。

 

 だからこそ。

 勝つためには──自らの能力以上のものを突き詰め、積み上げ、立ち向かっていくしかない。

 

 ──勝負をかけるなら、このハウンドの置き弾以上の何かをぶつけられる環境を設定した時だ。

 

 ハウンドとビーコンで意識を散らせて。

 必殺の一撃を叩き込む。

 

 ──ここで仕留める。

 




中途半端なところで切ってすみません。
多分次で決着まで行けると思います。多分。


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ランク戦最終ROUND ⑪

 加山は思考する。

 

 己の手数の最大値を考える。

 

 ──俺が取れる最大手は、五手だ。

 

 ハウンドの置き弾をフルアタックで使用。これで二手。

 置き弾を撃ち出した後に追加で放つフルアタックのハウンド。これで四手。

 

 その後の、五手。

 ここに二択が存在する。

 

 四手分のハウンドで足を止めさせたヒュース相手に──肉薄してのスコーピオンでの襲撃か。もしくは合成弾か。

 どちらも可能だ。

 

 ハウンドで足を止めさせている状況ならば。ヒュースに肉薄するも、合成弾を作成して撃ち出すのも。どちらも選択できる。

 

 今──集合住宅の中。ダミービーコンで自らの位置をバッグワーム抜きで隠せているという状況下だからこそ出来る手だ。

 

 フルアタックを隠れながら行えるこの状況。

 自らが静止し隠れる──という条件が必要だが。それでも追尾機能があるハウンドだからこそ、それが可能となる。

 

 どうするか。

 スコーピオンを使っての襲撃は──ハイリスクハイリターンの択だ。

 肉薄できる分、ヒュースを仕留められる可能性は高くなる。

 されど、仕留め切れなかった場合一気に窮地に落とし込まれる。

 

 合成弾の襲撃を仕掛ければ、ローリスクで、ややリターンが高い択であろうか。

 その択で仕留め切れる可能性は極めて低い。ハウンドの連射で削れども、ヒュースのトリオンを考えればシールドを削り切れる程ではないはずだ。しかしフルガードを誘発させ、その状態でヒュースの足を動かす事は出来る。その動かした地点へ、更なる追撃を行う事を含めた行動になるであろう。

 

 今までならば迷うことなく後者を選んでいただろう。

 後者ならば、追撃の択が潰されたら、今度は逃走というカードを切る事も出来る。加山本来の思考であれば、必ず逃げ道を用意したうえで挑む。

 

 

 とはいえ。

 容易に前者を選ぶことも出来ない。

 

 ヒュースは、以前までの加山も、そして今の状態の加山も知っている。

 故に──加山がリスキーな行動を取るという行動そのものが楔にならない。

 

「──ここで必要なのは、第三の方策だ」

 

 二択に捉われるな。

 まだ。

 まだまだ。

 

 

 

 ──やれるはずだ。

 ──別に俺は俺を信じている訳じゃない。そんなものに自信なんざ得られる程立派な人間じゃない。

 ──ただ、俺が積み上げてきたものの価値を信じているだけだ。

 

 ──解ってるんだよ。

 ──何をやってんだって思っているよ。

 ──ガラじゃないって認識してんだよ。

 ──本当に、みっともない。俺を頼ってくれた女の子の弱味を利用してまで、みっともなく目的を果たそうとした浅ましさだって。理解している。

 

 ──それでも。それでも、俺は。一回信じてみたくなってしまったんだ。

 

 この勝負だけは。合理性という基準でもって戦う加山雄吾ではなくて。

 感情を基盤とした戦い方を選択した加山雄吾として。

 

 大規模侵攻でエネドラという異物を自らの中に受け入れた人間として。

 ランク戦で弓場隊の隊員として戦ってきた人間として。

 エネドラの記憶に苦しみ受け入れ変化した人間として。

 そして。

 

 紛うことなき、玉狛第二の敵である加山雄吾として。

 

 

 ある種の意地だ。

 合理性で考えれば切り捨てるべきで。

 でも切り捨てることが出来なくなった、これまでの変化の象徴で。

 

 

 張った意地に協力してくれた人間もいて。

 意地が生まれるほどのしみったれた人間性が出来上がっていた。

 

 

 粛々とこれまでの勝負をして。

 その結果を粛々と受け入れる。

 その結果に付随する感情は、脇に置いて。

 

 それが──この期に及んで選択できなかった。

 

 このしみったれた人間性と、しみったれた意地を。

 掴む必要があったんだ。

 拘る必要があったんだ。

 この意地が生まれたのは、これまで関わってきた人間すべてが因果となって変化が生まれたからだ。

 

 この意地を張る事に。弓場隊は肯定してくれた。染井華が背中を押してくれた。香取葉子と影浦雅人は協力してくれた。

 

 ──価値がないと思っていた自分という存在に。

 ──付随した価値が存在することを、知った。

 ──教えてくれたのは、自分以外の全てだ。

 ──味方も敵も。喜びも憎しみも。全てだ。

 

 

 玉狛第二は、そうして自分を変えた存在の一つだ。

 憎しみと苦痛を与え、人間性の萌芽の源泉となった──自らの中の大いなる存在。

 

 だからこそ。

 ──萌芽し、花開き、遂にその存在を認めてしまった。このしみったれた人間性を。そこから生まれた感情を。

 ぶつけたかったのだ。

 

 

 

 加山が潜伏する集合住宅の向かい側。

 そこにヒュースが入っていくのを確認した瞬間──加山は動いた。

 

 置き弾を打ち上げると同時に。

 自らの両手にハウンド弾を二つ生み出す。

 

 置き弾は空高く打ち上げる軌道からヒュースに向かう軌道に設定し打ち上げ。

 その直後に加山が生成し放つフルアタックのハウンドは、ヒュースの左右から挟み込む形で。

 

 高所からの置き弾のハウンド。

 左右から挟み込むハウンド。

 

 両枠を使った置き弾からの、更なるフルアタック。

 この攻撃を行使している間。加山は当然防御はできない。

 

 しかし。

 ダミービーコンとハウンドの組み合わせが、この二連のフルアタックを可能としていた。

 

 ダミーのトリオン反応と。追尾を可能とするハウンドの組み合わせだからこそ、可能となった二連続のフルアタック。

 

 それを行使した。

 

 

「....」

 

 ヒュースも、この攻撃自体は読んでいた。

 だからこそ。

 発射点に着眼し、弾丸の行方を見ていた。

 

 

 左右から。頭上から。

 叩きつけられてくるハウンドの弾雨をシールドで防ぎながら。

 

 

 足を踏み入れた集合住宅の壁が無惨に破砕されていく。足元も同様だ。

 

 ──ここから下手に動くのは悪手だ。

 

 集合住宅から出れば。

 障害物もない状態からまたもやハウンドの猛攻を受けることになる。

 ──シールドが削られようが、ここは動かずに対応する。

 されどフルガードにて身を守れば、結局その後の追撃で削り切られてしまう。

 

 

 その思考の結果としてヒュースが選択したのは。

 フルガードではなく──バイパーの置き弾を自らの左方に設置しての、固定シールド。

 

 弾雨に晒されながらも、ヒュースはバイパーを放つ。

 ハウンドの軌跡を瞬時に脳裏に浮かべ、辿るべき軌道を頭の中に浮かべ。

 オペレーターの宇佐美栞が即座に割り出した弾道計測も併せて。

 弾き出し、導き出した答えは。

 

 

 ──完全なる正当を選び出す。

 

 

 加山の潜伏場所をピタリ当て、向かいの集合住宅の一室に向かうバイパー弾は。

 複数の個所へ分割し放つ”炙り出す”軌道から、加山の潜伏場所の一点に向かう軌道で。

 那須玲の鳥籠の変則版とでも言おうか。

 加山が潜伏しているであろう箇所に雨のように降り注ぐ軌道から、加山の居所一点に収束するバイパー弾を

 

 

 現在加山はフルアタックを行使していて、シールドを装着していない。

 この一撃で仕留められたか──と思ったものの。

 

 緊急脱出の音声は聞こえてこない。

 

 

 

 ──四手を終えた。

 

 

 加山は潜伏場所からバッグワームを装着し、その場より離れていた。

 

 

 ──リアルタイムで弾道を引けるのは、実際とんでもない性能だ。

 

 しかし。

 バイパーは事前に設定した軌道から修正することはできない。

 

 

 加山は。

 察知していた。

 

 そのバイパーの軌道を。

 

 それ故に。バイパーの軌道が曲がってきたのを察知した瞬間には、潜伏場所から逃れていた。

 

 

 ──だが。読まれてしまえば避けるのは容易い。

 

 

 外から聞こえてくるバイパーの射出音。そして向かう軌道。障害物を砕く音も含め。

 

 加山は自らの副作用と、経験則からバイパー弾の軌道を読み──逃れた。

 

 さあ。

 次の五手目。

 

 

 

 加山は──ハウンドの弾雨からシールドにて身を守るヒュースの居所に向け走り出す。

 

 追撃のハウンドを散らせ、足を止めさせて。

 向かいの建造物にいるヒュースの下へと。

 

 

 

 ──やはり、ここで近付いてきたか。

 

 

 加山らしくないその選択に。

 ヒュースは特に違和感を覚えることなく、想定通りであると判断する。

 

 

 集合住宅地へハウンドを振りまきつつ。

 加山はヒュースの視線をハウンド弾に向けつつ、集合住宅の背後に回る。

 

 その瞬間。

 バッグワームにて反応が消える。

 

 

 背後。

 反応が消える。

 加山がバッグワームを着込み、がしゃがしゃと壁が破壊される音が響く。

 恐らく──自らの足音を消すために、ダミーの音を立てているのだろう。

 

 

 瞬間。

 

 四つのトリオン反応が生まれる。

 

 

 

 ──来た。

 

 

 

 ヒュースの視界から逃れ。

 自らのトリオン反応をバッグワームにて消し。

 そして──バッグワームを解くと同時に、ダミービーコンを同時に起動させる。

 

 

 これにより。

 この四つの内どれが──加山の位置なのかを隠す。

 

 

 先程と同じだ。

 これにてヒュースから自らの身を隠し、フルアタックを行使する。

 

 

 

 行使するは。

 

 

 

「──合成弾」

 

 

 ヒュースがいる地点に向けうねるように。

 ハウンドを重ね作り上げた──ホーネットが放たれる。

 

 

 ヒュースは。

 ダミービーコンにより加山の位置を瞬時に判断が不可能と理解した瞬間より。

 

 加山の狙いに確信を持った。

 

 ホーネットでガードを固めさせて。

 次に打つ手は──。

 

 

「ここだな」

 

 

 ヒュースは、加山が弾丸を撃ってくる状況下で。

 手にしたのは──迎撃用のバイパーではなく。

 

 弧月であった。

 

 

 そして。

 

 

 旋空をセットし──斬撃を放つ。

 左右の壁を斬り裂き。

 そして自らの足下もまた。

 

 その瞬間。

 足元から、何かを叩き壊す手応えを感じる。

 

 

 

「.....そうか」

 

 

 斬り裂かれた壁の向こう側。

 そこから──スコーピオンを繋げ、足元よりヒュースへ刺突をせんとしたものの──旋空の一撃にて肩が斬り裂かれた加山の姿が現れる。

 

 

 

「これでも、駄目か」

 

 

 

 加山は。

 当初予定していた五手の戦術ではなく。

 六手をつぎ込む立ち回りを行った。

 

 

 ビーコンを起動してのハウンドの四連撃を浴びせ五手目に合成弾か肉薄してのスコーピオンの斬撃。──という二択ではなく。

 二つをつぎ込む。

 

 

 ハウンドの置き弾とフルアタックの射出

 →ヒュースがいる集合住宅に入ると同時にバッグワームで身を隠し、ビーコンで紛れつつ合成弾の射出。

 →その対応の為にシールドを張らせ、バイパーで迎撃を誘いつつ足元よりマンティスによる攻撃。

 

 合成弾からの、足元へのマンティス。

 

 五手からの、六手。

 それでも。

 それでも──加山はヒュースを打倒することが出来なかった。

 

 

 

「──クソッタレ」

 

 

 結局。

 ヒュースに直接引導を渡すという、勝ち方を選ぶことが出来なかった。

 

 己の意地を張ってみたものの。

 ヒュースの壁は、何処までも高かった。

 

 

 

「だが──まだだ。まだ、俺が有利だ」

 

 

 

 残り時間。

 あと五分。

 

 

 加山は集合住宅から出て、砂利が敷き詰められた公園へと出る。

 

 

 ──五分。逃げ回ってやるさ。

 

 

 今加山が仕掛けた大仕掛けは失敗に終わった。

 だがヒュースを取り巻く状況は変わっていない。

 

 

 ヒュースはフルアタックを使えない。

 加山の相打ち覚悟の攻撃を警戒しなければならない。

 ならば簡単だ。先程と同じ行動を繰り返せばいい。近づかれればハウンドで足止めし、また逃げる。どのような手段を取ろうとも──フルアタックなしのヒュースの攻撃で崩される程甘くはない。

 

 

 ヒュースもまた当然加山を追い。

 バイパー弾を撃ちながら加山を追い詰めんとする。

 

 

 しかし。

「那須さん程の機動力で飛び跳ねられるならともかく──単なるリアルタイム軌道のバイパーは俺には効かない」

 

 放たれたバイパー弾を。

 既に軌道を読んでいるのか。加山は極細シールドにて一部のバイパー弾を消し去り、消し去った方向にステップを踏み避ける。

 

 加山は読んでいる。

 バイパーの射出音と、そこから曲がる際の音を。その際に感じる、微細な音の変化を。

 

 

 ヒュースが頭の中で描いた軌道を。

 加山は色彩にて判断する。

 

「.....」

 

 バイパーは通じない。

 

 そして。

 周囲に飛び交う低速弾道のハウンド。

 これにて──弧月が届く距離までヒュースが近付く事を否定する。

 

 

 相打ちでも。

 生き残っても。

 ヒュースは負ける。

 

 

 それが解っているからこその、立ち回りであった。

 

 

 ぶしゅ、と肩が斬り裂かれる。

 

 

 旋空を放たれた。

 構わない。

 この程度の手傷であれば。

 

 

 加山が現在気を付けているのは足元への攻撃と急所への攻撃。

 足が削られれば肉薄されて負ける。

 ──あと、二分。

 

 

 攻撃は、猛威を振るい始める。

 バイパーの射出から突撃銃に変え、足元への掃射まで行ってきた。だがそれでも足だけは死守だ。

 

 足元を意識させてからの射撃で、脇腹が吹き飛ばされる。

 構わない。

 この程度の削りで死ぬことは無い。

 こちらもギリギリのギリだ。

 一つ間違えれば死ぬ。

 だがまあ、仕方がない。

 肉薄して仕留める事をミスったから陥った状況だ。甘んじて受け入れる。

 

 ──あと一分。

 

 

 

 ここで。

 ここで耐えきれば──! 

 

 

 

「....」

 

 

 ヒュースは。

 それでも焦りはしない。

 

 残り三十秒。

 

 左手が吹き飛ぶ。

 

 残り十秒。

 更に脇腹が削られる。

 

 

 

 その時だった。

 

 

「──ここだ」

 

 

 残り五秒。

 

 

 ヒュースは弧月を手に──加山へと突っ込んでいく。

 背後に──バイパーの置き弾を置いて。

 

 

「──時間ギリで勝負にかけるか。判断が遅いんじゃないの」

 

 ──粘り勝った。

 

 ヒュースがここで、イチかバチかの勝負に出た。

 だから加山は──自らもまたハウンドの置き弾を設置し、ヒュースに肉薄する。

 

 

 スコーピオンの斬撃を。

 ヒュースは、

 

 

「.....あ」

 

 弧月を持つ、右腕で受ける。

 振りかぶるフリをして、右腕を前に出し、肩で心臓をカバーする動き。

 

 

 スコーピオンの刺突は。

 急所からズレる。

 

 

 そして。

 背後から放たれる加山のハウンドに対し。

 

 

 

 ──シールドが分割し、ヒュースから守る。

 

 

 

「この弧月は、トリオンが通っていない。ただのオフ状態の棒だ」

 

 

 

 時間ギリギリで。

 イチかバチかの勝負に出た──とヒュースはブラフをかけ。

 

 

 

 実際は。

 シールドを装着し、加山の相打ち覚悟の攻撃を防ぎ。

 

 

 

「──意趣返しだ。これまでのお前と同じやり方で勝たせてもらう」

 

 

 背後のバイパーの置き弾が。

 加山の左右を挟み込み──全身を貫く。

 

 

 

 残り、一秒。

 

 

 ──加山雄吾、緊急脱出。

 

 

 

 

 

 その音声が、静かに響いた。

 



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決壊の時

「試合終了です! この試合、6得点を奪った玉狛第二の勝利となりました! よって──!」

 

 これにて。

 今期の全試合が終了し──順位が決まる。

 

 1位は弓場隊。

 そして──2位は玉狛第二。

 

「今期のランク戦戦績は──1位、2位共に入れ替わる事となりました!」

 元A級部隊二つが、共に上位二つの枠を譲り。別の部隊がその枠に入り込む事となる。

 

 弓場隊と、玉狛第二。

 

「それでは。総評をよろしくお願いします!」

「今回の戦い。正直な所玉狛は終始追い込まれている形になっていたわね。それはやっぱり、序盤も序盤に雨取ちゃんが落とされた事に起因するでしょうね」

 加古は微笑みながら、そう言った。

 

「雨取隊員を落とすまでの流れは本当にスムーズでしたね。加山隊員、東隊長がダミービーコン地帯を敷き、雨取ちゃんの爆撃を誘い位置を割り出し、そして加山隊員による雨取隊員への襲撃。あの動きは──弓場隊と東隊で意思疎通が出来ていたのか、って思ってしまいましたね。とにかくこの二部隊の連携が非常に素晴らしかった」

「そう。玉狛も雨取ちゃんが真っ先に狙われる事までは想定していたんでしょうけど。あの序盤も序盤の内に加山君と東さんが連携して炙り出そうとしているところまでは予想外だったんでしょうね」

 

 序盤。

 加山がマップ中央にダミービーコン地帯を敷いたことで、玉狛第二のそれぞれの位置情報を東に伝達し。

 東が敷いたダミービーコン地帯により実際に敵を集めて、雨取千佳の爆撃を誘い──それを東が狙撃により撃ち落とすという過程を経て雨取千佳は落とされた。

 

「弓場隊は加山君がトリガー構成を変えて今までの動きからより点を取る為の動きにシフトチェンジして、東隊もまた点を取る為に積極的に動いていた。生駒隊は不運と言えば不運でしたね。生駒隊長が序盤の内に落ちて、南沢隊員が奥寺隊員の新トリガーにやられてしまった」

「生駒君も、本来なら隠岐君と合同でヒュース君を落とす算段だったんでしょうけどね。その動きまで想定されたうえでヒュース君に対処された。まああの辺りは玉狛の方が一歩上手だったという事でしょう」

 

 生駒隊は機動力でもって自在に動かせる隠岐孝二という狙撃手がいるため、生駒がヒュースに仕掛けると同時に移動を行わせて合同で倒す算段を立てていたのだろう。

 しかしヒュースはその狙いを看破し、修に防護をさせる事で狙撃を防ぎ、生駒を仕留める事が可能となった。

 

「終盤での弓場隊長と空閑隊員の一騎打ちですが。正直俺の中では弓場隊長の勝算の方が非常に高い戦いでした。これまでの戦い、どうしても弓場隊長は点を安定して取らなければならない状況にあったので、基本的にエースとの一騎打ちという状況で動かせなかった訳ですが。今回はその枷を外して空閑隊員とのタイマンに臨みました」

「エスクードで仕切りを作って、ある種疑似的な決闘場を作った感じね。──やっぱり空閑君は圧倒的に”本番に強い”子ね。あの状況下なら、A級のエースでも易々と突破はできないでしょうから」

「俺もそう思いますね。空閑隊員の発想力にはいつも驚かされる」

 

 弓場拓磨と空閑遊真とのタイマンもまた、この勝負の行方を左右する戦いの一つであっただろう。

 遊真の進路に待ち構えていた弓場拓磨は、新たに積んだトリガーであるエスクードにて逃げ道を防ぎ──自らの間合いの中で戦いを挑んだ。

 威力も高く速度も速い。一瞬の破壊力に富んだ弓場拓磨の戦闘スタイルを、完全に押し付けられる形で始まったこのタイマンは──遊真にとって完全に不利な状況からスタートした。

 

 されど。咄嗟の判断から左腕を犠牲に窮地を脱した後。弓場はエスクードによって進路を塞ぎ再度の早撃ち勝負を仕掛けるが──グラスホッパーと手裏剣型スコーピオンの連携からの不意打ちにより弓場拓磨は敗れた。

 

「あの辺り、弓場君も全く油断しているようには見えなかった。むしろ集中していたからこそ空閑君の初撃を避けられた。ただ──集中力を空閑君一人に向けていたから、どうしても周囲に意識を割く余裕が奪われたんだと思う。早撃ちっていう武器を持っている弓場君だからこそ、攻撃に移る瞬間に意識上の隙が生まれてしまうんでしょうね」

「ですね。──しかしあの場面、本当に互いが全力を一瞬で出した感じがしていて、名勝負だったとも思います」

 

 弓場拓磨はタイマンに強い。最速の直線攻撃を叩き込める”早撃ち”の技術を持っているが故に。

 そして──空閑遊真は本番に強い。今までに培った経験に裏打ちされた対応力と発想力があるから。

 

 二つの特性がぶつかり合い──最後の最後に、空閑遊真が一歩分だけ勝利に近かった。

 そういう、戦いであった。

 

「その後空閑君が東さんに仕留められるまでの流れはさっきも解説したけど。──あれはもうどうしようもなかったわね」

「東隊長自身が玉狛と、残っている隠岐隊員と加山隊員の意図を完全に読み切っていましたからね。あの場面は東隊長の盤面の把握能力と冷静さが素晴らしかった」

 

 修を狩る為に攻撃を仕掛けた東は、ヒュースの援護と修のトリガーの入れ替えの攻撃によって足を削られる事となるが。

 自身のポイントを人質に遊真を建物内に釣りだし──ダミービーコンと消火器を利用した即席のトラップにより遊真を撃破した。

 

「東隊としては今回はかなりどん欲にポイントを取らなければいけない立場だったと考えると、最終的な目的は達成しているわね。全滅したけど、四ポイントを取っている」

「そう。ヒュース隊員と三雲隊長の二人を前に機動力が削られるという、狙撃手としては最悪の状況下でしたが──そうなった時の次善策もしっかり用意して目的を完遂する。アレが東隊長の強さです」

 

「そして──最後の場面。隠岐隊員を仕留めた加山隊員とヒュース隊員との戦いですが。あの場面、お二方はどう捉えましたか?」

「いい勝負でしたね。加山隊員もヒュース隊員も、互いの強みを十全に発揮した戦いでした」

「互いの強み、と言いますと?」

「加山隊員は、自身の有利を積み上げ、整える能力が秀でていて。その強みがしっかり出ていました。東隊長を玉狛が追っている間。加山隊員はしっかりヒュース隊員との対戦に備えていました」

 

 加山は、備えていた。

 ヒュースと戦う事を前提条件において。ダミービーコンを事前に団地の中に仕込み、ヒュース相手に有利な条件と環境で戦える状況を作っていた。

 

「対してヒュース隊員は、その地力で以て加山隊員が作り出した状況に全て対応していた。豊富なトリオン。リアルタイムでバイパーを引ける能力と卓越した剣技。あらゆる状況に対処できる能力を備えていて、加山隊員が作り上げた環境全てに冷静に最善を選んでいた」

 

 加山が、環境を作るタイプの人間ならば。

 ヒュースは環境に対応するタイプの人間であった。

 

 加山はヒュースの手札を幾つも封じてきた。捨て身の攻撃を匂わせフルアタックを封じつつ、自らはダミービーコンの使用によって安全にフルアタックを行使できる環境を作った。ハウンドの置き弾を使う事で足を止め、自身が有利に戦える環境下にヒュースを釣りだした。

 それでも。

 それでもヒュースは加山が取る手全てに対応し──切り抜けた。

 

「加山君は基本的に戦術を次々につぎ込んで戦う傾向が強いのよ。それは彼自身の能力が不思議なほどに上がった後も同じ」

「ですね」

「相手に対応する、という戦いをかなり嫌っていて。相手に対応させる状況を作る事を好んでいる。だからこそ──事前に備えて、その備えによって作った戦術という弾を次々撃ち込むような戦いをしていた。──そして。ヒュース君は加山君が用意した弾丸の全てを撃ち尽くさせた。だからこそ、最後に加山君がやられた」

「.....最後。時間切れ寸前でヒュース隊員がバイパーの置き弾を使った事で加山隊員を打ち取った場面ですね」

「あの場面。──ヒュース君は加山君の戦術の全てを対応する事で出し切らせて。そして最後の最後。事前に備えていた戦術を加山君にぶつけて倒した。あの場面だけ、加山君とヒュース君の立場が変わったのよ。ヒュース君が戦術をぶつけて。加山君がその対応を迫られる事になった」

 

 そして。

 全ての弾丸を吐き出し、逃げに徹していた加山は──ヒュースが直前に仕掛けた戦術に対応しきれず、撃破される事となった。

 

「加山君は、対応する側に回らない立ち回りを続けていたから──いざ対応する側に回った時の対応能力でヒュース君を上回ることが出来なかった。そこがかなり明確な敗因になるでしょうね。そこを即席でフォローできるエスクードも、今回加山君は外してきているのも痛かったわね」

「今回、加山隊員はかなりトリガー構成も戦い方も変更して仕掛けたのが、裏目に出たという事でしょうか?」

「そんなに単純な話でもないわ。この場で戦い方を変えた事で、加山君は雨取ちゃんを倒すことが出来たし、自分でポイントを稼ぐ事も出来た。──結局の所弓場隊は単独一位になれた訳だから、結果としたらトリガーの変更も戦い方に変化をつけたのも大成功よ。ただ、この変化に関してヒュース君は完全に読み切って対応できたというだけ。ここは加山君のミスというより、ヒュース君がちょっとおかしい位に読みが冴えていたというべきよ」

 

 加山が単独でヒュースに挑む構図は、加山を深く知っている人間であればあるほど違和感があるものであろう。

 その違和感というのは、加山が積み上げてきた楔であり。その楔を打ち破ったからこそ生まれたもの。

 

 しかし。

 ヒュースにとってそれは──楔にすらならなかった。

 

「──まあでも。私としてはとても面白く見えた試合だったわね」

「と、いいますと?」

 

 そう尋ねられると。

 少しだけ加古は微笑みを浮かべて。

 

「あんな戦い。普段ならよっぽどでもない限りしないからよ。加山君」

 そう言って。

「.....よっぽど、気持ちが入っていたんでしょうね」

 

 ただ。

 そう呟いていた。

 

 

「加山ァ」

 

 勝負が決まり。

 加山は──緊急脱出先のベッドで、呆然とただ下を向いていた。

 

「残念だったなァ」

 

 あと数秒であった。

 弓場隊の順位を確定させて──そして、己の目的を果たすため。

 あと。

 ほんの数秒。

 

「──もう少しだったな。あと一歩だった。だが、どうしようもねぇ。結果は結果だ」

 

 ──でも。お前は知っていたじゃないか。最初から。

 ──感情で人が強くなることは無い。

 ──己の実力と運だけが結果を左右する。

 ──それなのに。お前はそれでも感情を選び取ってしまった。あの局面で。

 ──もっとも勝たなければならないときに。お前は何もかもを間違えてしまったのだ。

 

「だがまあ。俺達がB級でトップに這い上がれたのも、それもまた確かな結果だ。だからよ、加山ァ」

 

 何故間違えた? 

 何処で? 

 何であの時に、立ち向かう選択をしてしまったのだ──。

 

「だから──泣くな」

 

 頭に、ゴツゴツとした感触がのしかかる。

 視界が、滲んでいた。

 

 もう流すことは無いだろうと思っていたものが。

 今、自分の視界から溢れ出して止まらない。

 

「感情的になるなんて事は、お前の年じゃ当たり前の話だ。お前は自分の感情に従って挑んで負けたんだ。ただそれだけの話だ」

 

 己を律し、合理基準に基づいた力を行使する事が己の強さの源泉ではなかったのか。

 なのに。

 この様だ。

 

 

 ──それなのに。感情を優先させてしまった。

 ──それが勝利に直結することなんてありえない、と。自分自身が誰よりも知っていたはずなのに。

 

 合理的な思考を追い求めていた子供が、

 ここで、一つ感情という小石に躓いてしまった。

 

 

 そう。

 ただ、それだけの話だ。

 結局の所、加山雄吾も

 

「あぁ....」

 

 ただ一人の人間だったという事実だけが

 ここに残された。

 

 それだけの話だ。

 

 

 それを自覚して。

 押し殺すように──加山は涙と共に、喉奥をしゃくりあげた。

 無言のまま。

 頭にのしかかる誰かの掌を感じながら――加山雄吾は俯いていた。




しばらくはゆっくり進めつつ、ちょくちょく番外編でも書こうかと思います。


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滲む指先から零れるは

「さて。この試合をもちまして、今期ランク戦の順位が確定いたしました!」

 

 そうして。

 B級上位の戦いが終わった事で、今期の順位が確定となる。

 

 画面に映されるは──今期ランク戦の結果。

 

 1位 弓場隊  45ポイント

 2位 玉狛第二 44ポイント

 3位 二宮隊  43ポイント

 4位 影浦隊  40ポイント

 5位 生駒隊  35ポイント

 6位 東隊   33ポイント

 

 そして、

 

「今期のランク戦は、特に上位枠の争いは最後まで拮抗しておりました。最終戦、最後の枠に滑り込んだのは──」

 

 

 時は少々前後する。

 

 上位最終戦が時間ギリギリまでの戦いを繰り広げていた中──中位戦もまた、ギリギリの戦いが繰り広げられていた。

 

 柿崎隊、那須隊、王子隊、香取隊の四つ巴戦。

 

 マップ選択権を持つ柿崎隊が選ぶは、工業地区。

 マップが狭く合流しやすい。そして中央のプラント地帯は広い空間が多く、中距離での射撃戦で有利を取りやすい。柿崎隊が非常に好むマップであった。

 

 試合が始まり──仕掛けたのは王子隊であった。

 隊員全員がハウンドを持つ王子隊が目を付けたのは、工業プラント内に繋がる細い通路であった。

 

 柿崎隊が有利を取れる場所は、工業プラント内の障害物の少ない空間。柿崎隊はこの場所に向かう事となる。

 しかし中央に向かうまでの道は、建造物が入り組んだ細い路地が多い。この建造物の多さこそが、狙撃手の射線を阻む壁となっているという側面もありその分でも柿崎隊は重宝していたのだが──。

 

 初動の内に、合流の為細い路地を動いていた照屋文香を王子隊の樫尾と蔵内がハウンドで挟み込み襲撃をかけると共に。

 その後照屋の援護に向かう柿崎と巴の動きを、高所を取っていた蔵内と王子が観測。その背後を迂回するルートを辿りつつ、二人は合流を果たす。

 

 照屋を仕留めた後、樫尾はグラスホッパーを用いてその場を脱出するも──ここで香取隊の襲撃を受ける。

 三浦が弧月で斬りかかり足を止め、その背後からバッグワームを着込んだ香取の襲撃を受け樫尾が緊急脱出。三浦と香取は、両者とも樫尾を討つと同時にバッグワームを身に付け姿を消す。

 

 その後──高所を取っていた王子がハウンドを柿崎に放とうと弾体を作成した瞬間。

 那須隊狙撃手、日浦の狙撃が放たれる。

 

 視線を柿崎に向け、ハウンドを放とうとした瞬間。狙撃を通すには絶好の好機かと思われた。

 しかし──それは、合流していた蔵内のシールドによって弾かれる。

 

 中央のプラントに向かえば射線が切れるマップの構成上。

 高所を取って姿を晒していれば、その数少ないチャンスを活かそうとするであろう。そう王子隊は事前に想定をかけており、そしてその通りになった。

 

 その後王子と蔵内は日浦の居所まで機動力で以て追い詰め、仕留める。

 

「.....王子先輩と蔵内先輩の位置は解ったけど」

「多分、あのまま高所を取って浮いた駒から叩くつもりだろうね。──よく作戦が練られてる」

 

 細々とした狭い路地に囲まれた中央の場所に射線が広く取れるプラントがあるという性質上。

 建造物が多い分高所の移動がしやすい。

 王子隊はその全員が機動力が高く、足並みがそろいやすい。そして、この戦場における唯一の狙撃手である日浦は仕留めた。

 

 彼等は──高所を位置取りながらハウンドで敵を追い詰め仕留めていくという作戦に打って出たのだ。

 

 ただ。

 その作戦を取るに辺り、一番の難敵となる存在がいる。

 それは──。

 

「王子。──那須さんがこちらを追ってきている」

「OK。カシオがやられた分やりにくいけど、とりあえずは作戦通りにやろうか」

 

 自在に曲がる弾丸が、王子隊の二人に放たれる。

 ──那須玲のバイパーであった。

 

 殺到する弾丸をシールドで弾きつつ、二人はハウンドを放つ。

 されど那須玲は建造物の間を跳ねながら動き、追尾の弾丸をひらり避けていく。

 ──細く入り組んだ路地は、弾丸を曲げることができる那須玲にとっても己の領分であった。

 

「──那須先輩の路地の反対側に反応が一つ。多分熊谷さんだと思う。先回りしようとしたら、多分足を止められる」

「了解。だったらこっちはまだ高所を取って逃げておこうかな。他の勢力が動くまで、こっちは我慢だ」

 

 王子はそれでも慌てない。

 彼の眼には──高所で那須玲に狙われている自分たちと、路地を飛び跳ねながら眼下からこちらを撃ってくる那須玲と。どちらが他勢力に狙われやすいのか。その部分も頭に入っていた。

 

「──王子」

「うん。そろそろいいタイミングだね」

 

 王子と蔵内は、互いにタイミングを合わせて散開する。

 散開しつつ、那須に向け両脇から囲むようにハウンドを放っていく。

 

 那須は、空中からそれらが降り落ちる前に即座にその場を離れるが──。

 

「隊長! 移動している側に反応が増えました!」

 

 バッグワームを解き、那須玲の背後から襲い来る──香取葉子の姿があった。

 

 香取は那須のバイパーを警戒し、同じく周囲の建造物を蹴りながら銃口を向ける。

 二発、三発。

 銃弾が那須の脇腹に埋め込まれる。

 

 那須は高所への警戒を割きながらも、まずは眼前の香取を打ち倒すべく弾丸を引く。

 

 その中。

 香取は冷静に、那須を見る。

 

 

 ──那須先輩は強い。

 

 香取は思考を巡らせる。

 鋭く、素早く。

 過去を積み重ねた現在地。彼女には確かな思索が生み出されている。

 

 ──目まぐるしく動く戦況の中、リアルタイムでバイパー軌道を引きながら戦う。その上で隊長として指揮も取る。どれだけ頭を回転させればそんな戦いが出来るのだろう。

 

 でも。

 その強さには弱点がある。

 

 ──でも。それでもあのスタイルじゃあ思考に意識が多く割かれているはずだ。だったらやる事は一つ。多く割いている思考に、更に負荷をかけろ。那須先輩に楽に戦わせるな。

 

「.....!」

 

 バイパーを作成するその最中。

 レーダー上に生まれる、三つのトリオン反応。

 

「.....ダミービーコン!」

 

 そう。

 今期途中から若村麓郎が新しく取り入れたトリガーである、ダミービーコン。

 そのどれもが建造物内。那須が盾として利用している建造物の中。

 この三つの内。どこかに若村麓郎がいるかもしれない。

 眼前の香取。

 高所で待ち構える王子隊。

 そして、ダミービーコン。

 

 偽のトリオン反応が生まれた事で──那須が思考しなければならない事項が増えていく。

 

 ──この一瞬。この瞬間に、三つのダミービーコンの中に敵がいるかもしれないしいないかもしれない。この一瞬の思索に、那須先輩は正答を選びきることが出来るか。

 これから自分が飛ぼうとしている建造物には、自身に応撃をかけられる敵がいるかもしれない。

 

「.....」

 

 那須は。

 香取に放とうとしたバイパー弾を、この三つのトリオン反応に放つ選択を行う。

 

「.....かかったな!」

 

 香取はその弾丸の流れを見て、更に那須に肉薄していく。

 純粋な機動力なら、自身も負けはしない。

 

 そして。

 この場面における那須玲の狙いは──解っている! 

 

「やっぱり、そう来たか」

 

 建造物三つにバイパーの弾丸を走らせる──と見せかけ。

 建物に弾丸が入る直前に軌道を変え──香取に走らせる。

 

 あの弾丸は、ダミービーコンに紛れた対象を仕留める為のものではなく、弾丸により威嚇し相手に防御態勢を取らせるためのもの。

 途中で軌道を変え、那須に肉薄してきた香取の背後から更に仕留める為のもの。

 

 香取は。

 読んでいた。

 

 故に。

 

 トリガーを切り替え──グラスホッパーを発動。那須に肉薄する軌道から方向転換し、バイパーの軌道から逃れる。

 

「.....く!」

 

 そして。

 高速機動により逃れ、自らの身体を付近の建造物の壁に着地させるとともに、更にグラスホッパーを発動。

 

 那須が次弾を形成するよりも早く。

 那須玲の胸元に──スコーピオンを生やした己が右腕を届かせる。

 

 

 これにて。

 難敵の一人である那須の排除に成功した。

 

 

「──ナイス葉子!」

「葉子ちゃん、ナイス!」

「なんとしてもここで生存点を取るわよ!」

 

 昼の部終了時点において。暫定での上位ボーダーラインは諏訪隊の30点。

 現在香取隊は2ポイントを奪取し28ポイント。

 あと何ポイント取れれば上位に行ける──といった安全圏はない。出来るだけ点を取った上で、生存点を稼ぐ。その上で上位に再浮上できるかどうかは運次第。

 しかしまずは運でどうこうできる位置にまで登らなければ、何にもならない。

 その後。

 合流した柿崎隊の位置を確認し、仕留めに向かおうとしたものの──。

 

 その瞬間。王子隊の得点が入る。

 

 那須隊、熊谷友子を仕留めたことによって。

 

「──王子隊が熊谷先輩を仕留めた」

「多分、うちらが那須先輩と戦っている間に、援護に入ろうとしていた熊谷先輩を討ったんだろうね。抜け目ない...」

 

 香取と那須が交戦している間。

 その援護に入ろうとしていた熊谷を王子が足止めをし、蔵内がアステロイドを通す。

 那須が香取と機動戦を仕掛けることを見越し、事前に熊谷の動きを予想し仕留めた。

 

 元より高所に位置取り上空からハウンドを通してくる上に高所で援護をくれる日浦の存在もなくなったことで、王子隊に警戒し挟み込まれる狭い路地を避け迂回していた熊谷。その判断によって行動範囲が読み取られ、王子隊にかられる事となった。

 

 ──やっぱり。ムカつくけど立ち回りでは王子隊が一歩も二歩も上だ。

 

 マップの性質を読み取った事で初動で一ポイント。高所を取り自らを餌にする事で唯一の狙撃手である日浦を撃破。そして那須という難敵を香取隊が相手している間に、その間に浮いた駒となった熊谷を仕留め三ポイント。王子隊は着実に盤面を読みつつ行動している。

 

 ──でも完璧ではないはずだ。そうでなければ、初動で樫尾が落とされる訳がない。

 

 王子隊のポイントは試合開始前で27ポイント。

 この三点目で、30ポイント目に到達した。

 2点差──。

 

 この時点で、香取隊は。生存点を稼がない限りは上位に食い込むのは難しい事を悟った。

 

 と、なれば。

 那須隊が全滅した今。王子隊を集中して叩きたいところだが──。

 

「──巴君がこちらに来た! 応戦するよ!」

 

 しかし。

 王子隊は機動力の足並みがそろっている部隊だ。

 

 それ故に熊谷を討った後の動きも素早く、即座にバッグワームを着込んで脱出する。

 その分、柿崎隊の狙いは──エースの香取から離れた若村・三浦に向かいやすい。

 

「雄太! 巴は倒さなくてもいい! アタシが向かうまで足止めに注力! 麓郎は側面から攻めてくる柿崎さんを止めて! こっちも倒さなくていい!」

「....了解!」

 

 柿崎隊は、三浦を発見した瞬間。機動力のある巴を三浦に突貫させ、建物を迂回した柿崎が側面を取って突撃銃の掃射を行う連携を行うつもりだ。

 それ故に。迂回路に若村に先回りさせ、巴・柿崎両者の足止めをさせ──香取の到着まで膠着状態を作る。

 

 足止めさえしていれば。

 連携が分断された二人を香取で仕留める事が可能となるであろう──と。

 

 

 が。

 

 柿崎が向かう道を若村が先回りした、その先。

 ハウンドが降る。

 それは──若村の背後を取っていた王子のハウンドであった。

 

「──ぐ!」

 

 若村はその瞬間、そのハウンドを防ぐべくシールドを展開。

 しかし──その分、本来止めねばならない柿崎への防護が間に合わない。

 

「すまねぇ.....! 葉子....!」

 

 柿崎の突撃銃に全身を貫かれ、若村は緊急脱出。

 

 そして。

 柿崎は若村を倒したのちに、当初の予定通り巴のもとへと向かい──三浦を挟み撃ちし、撃破。

 

 これにて。

 香取隊は、隊長の香取を除き全滅。

 

 香取は──選択を迫られる。

 

 巴と柿崎を襲撃するか。

 王子隊を襲撃するか。

 

 判断は一瞬。

 即座に──香取はグラスホッパーで高所を取り、周囲を見渡す。

 

 ──建造物の上に蔵内先輩はいない。なら王子先輩でアタシを釣りだして蔵内先輩が高所からハウンド飛ばす連携はしてこない。

 

 狙いは、王子隊だ。

 ポイント取得の関係上、上回らなければならないのは王子隊だ。

 

 だからこそ、今の襲撃で位置が割れた王子を襲撃したいが。襲撃した隙を突き射手の蔵内が高所から攻めてくる連携を取られるとそれも厄介。

 故に高所をまず確認。

 蔵内はいない。

 

 ──なら。

 

 このまま王子を突貫するか? 

 しかし。

 高所に蔵内がいないことが確認できたとて──蔵内そのものの姿はまだ見えていないのだ。

 

「....」

 嫌な予感がした。

 王子を倒せと本能が言っているのに。それでも理性がそれを拒絶にかかる。

 

 ああ、と思う。

 この恐怖を知らずに。今まで戦ってきたのだな、と。

 

 

「へぇ」

 

 王子は意外そうにそう呟いた。

 

「引いたか。──やっぱり一筋縄ではいかないなぁ」

「どうする王子?」

「こっちも引くよ。釣りに引っ掛からないなら、じっくり慌てず攻めていこう」

 

 王子で香取を釣りだし、その瞬間蔵内のハウンドで柿崎隊の二人を誘導しぶつける策を練っていたが。

 香取自身がその意図を察知した為、王子隊としてもその場からの撤退を選ぶ。

 

「──素晴らしいねカトリーヌ。あの大規模侵攻からも、また成長している」

 

 樫尾は三浦の足止めから香取の攻撃によって。那須は若村のダミービーコンによる思考の負荷をかけたことによって。

 それぞれ部隊としての動きで仕留めている。

 そしてこの瞬間。

 香取は、退却の判断を下した。

 

 元より烈火の如き攻撃力があったが──香取自身がその攻撃力を活かす場面を明確に選択している。

 

 足踏みしていたエースが──今完成に向かっているのを感じる。

 

「それでも──まだまだ上位を譲るつもりはないよ」

 

 思い出すは。

 大規模侵攻で、共に危機を乗り切った記憶。

 まだ二月程度しか経っていないというのに──なんだか懐かしい感慨を覚えながら。王子は思考を巡らせていく。



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形なき成果

今日はいつもより少ないっす。
すみません。キリがよかったので....。


 ──香取隊が王子隊に勝てる絵図はたった一つ。

 ──王子隊に得点をさせず、なおかつこちらが生存点を取る事。

 

 要は。

 柿崎隊を王子隊に取らせない事。

 

 ──そこは王子隊も解っているはず。だから、王子隊はアタシが柿崎隊に襲撃をかけてくると踏んでいるはず。

 

 柿崎と巴の二人を相手にして、自分が倒すことが出来るか。

 五分五分だと思う。

 互いに射撃も近接も出来る駒同士。しかし相手は二枚あって、合流もしている。合流しているという事実がとかく厄介で、二人分の視界が確保されているため急襲からの撃破が非常に難しい。その上柿崎隊は連携能力がB級の中でもトップクラスに高い。──襲撃してもカバーリングされる可能性が高い。

 

 それでも戦いにはなる。そういう自信はある。しかし、ここで時間をかけてしまえば王子隊が漁夫の利を取りに来ることは自明。

 

「.....どうすればいいのよ」

 

 全く、と香取は溜息を吐く。

 駄目だ。全然解決策が見えない。

 

 ──でも。駄目だ。ここで思考を放棄したら。

 

 諦めるな。

 好機は──掴む備えをしたもののみに、与えられる。

 

 

「......華」

「うん」

「どうすればいいと思う?」

 

 香取は、染井華に尋ねる。

 この状況──どうするべきか。

 

「二択だと思う。柿崎隊と王子隊をぶつける方法を取るか。柿崎隊が来る前に王子隊を倒すか」

「.....うん」

「前者の場合。こっちが漁夫の利を取る形になるから生存点を稼ぐ可能性はちょっと高くなる。でも、それ以上に王子隊が点を稼ぐリスクも高くなる。後者の場合は、全部成功すればウチが一人勝ちできるけど──成功率は低い」

「.....」

 

 柿崎隊と王子隊をぶつけるか。

 王子隊をまず襲撃するか。

 

 恐らく、両方とも王子隊は想定しているはずだ。

 

 ──想定しているレベル以上のものを出せれば、倒せるかもしれない。

 

「....」

 

 あの王子隊に対して。

 この一回だけ。一回だけでもいいから──想定を超える動きが出来れば。

 

 香取の頭の中でその時、萌芽するように一つの記憶が呼び起こされた。

 

 二宮隊に追い詰められた弓場隊が。

 村上を誘導し敵を倒していた時のことを。

 

 ──出来るか? あの時の弓場隊と同じことを。

 

 どうやってやればいいのか。

 そもそも出来るのか。

 

 いや。

 ──出来ない。やっていない。それもまた、楔だ。

 

 あの時弓場隊は自らが積み重ねたものを裏切る事で楔を打ち破った。

 

 ならば。

 今自分がやるべき事は。

 

 ──このか細くも存在する小さな楔を、断ち切る事。

 

「──やってやる」

 

 一つ息を吐き。

 香取は拳銃を握り込み──頭上にある建物へと飛び上がった。

 

 

 高所へ上がると共に香取葉子はバッグワームを解く。

 自らの位置を喧伝する。

 

 ──さあ。来るなら来い。

 

 柿崎隊が来るか。王子隊が来るか。

 先に来た方と戦い。後に来た方が漁夫を取りに来る。

 自らが漁夫を得る選択を、ここにて捨てる。

 

 

 ──来るとするなら。王子隊がハウンドでちょっかいをかけるか、柿崎隊の二人が同じように高所を取って襲撃をかけるか。どちらでもいい。どちらでも狙いは変わらない。

 

 高所での戦い。

 残る三部隊を鑑みれば、間違いなく王子隊が有利となる場面であろう。

 

 追尾の邪魔をする障害物がないためハウンドが有利となる。そして射線が開けすぎて直線攻撃が当たりにくい。──機動力がありハウンドを持つ王子隊が有利。

 

 だからこそ王子隊は蔵内を上に置いた上でハウンドで援護をしつつ戦う戦術をここまで使ってきた訳で。

 

「....華。マップ上に動きはない?」

「今のところレーダー上に動きはない。まだ警戒しているんだと思う」

 

 よし、と香取は呟く。

 警戒しているというのならば──まだこちらの狙いは読まれていないという事だ。

 

「多分柿崎隊はいつもの場所で陣取っているでしょ。その付近まで移動する」

 合流を果たした柿崎隊は──香取は、いつも陣取っている工業プラント内にいるだろうと予想していた。

 

 この場所での撃ち合いになれば突撃銃を持つ柿崎が大きく有利を取れる場所だ。

 そこにいる限り柿崎隊は有利になるし、同時に王子隊は正面きっての戦いを挑むこともしないだろう。

 

 王子隊としては──ここで柿崎隊と香取をぶつけ合わせたいのだろう。その意図は理解できる。

 だから動かない。

 王子隊が動くのは──柿崎隊と香取がぶつかる瞬間だ。

 

「──柿崎隊、発見」

 

 香取は。

 柿崎と巴の姿を視認した瞬間──その眼前に立ち。

 拳銃を抜く。

 

「──ここからが、はじまりだ」

 

 

 香取が二人で纏まっていた柿崎・巴の二人に対し襲撃をかけたものの。

 近接でまず一人狩るだろう──そう想定していた柿崎隊とは裏腹に、香取は距離を置いてのアステロイド拳銃による射撃を行使。

 

 シールドで弾きつつ柿崎が突撃銃を向けると──香取はグラスホッパーを用いて逃走を開始する。

 

「.....逃げてますね」

「この場所で戦いたくないから、ちょっかいを出しつつ俺達を誘い込もうとしているんだろう。乗る必要はない」

 

 柿崎隊はそう判断し、香取が逃げ込んだ先──細く続く路地の中にまで深追いはしない。

 

「だけどこのままチクチク好きにさせるわけにはいかない。次に香取が来たときは挟み込んで一気に射撃を仕掛ける」

「了解!」

 

 この瞬間に。

 柿崎と巴は陣形を変える。

 

 固まって掃射が出来る状態から、それぞれが距離を取り別角度から射撃が行える陣形へと。

 

「....」

 

 香取は一つ息を吐く。

 こちらにダメージを与える為に、柿崎は巴を切り離した。

 

 ──それでいい。こちらは落とされやすくなったが、相手を落としやすくもなった。

 相手との距離が開きカバーそのものはしにくくなったと見てもいいだろう。特に巴に近接戦を仕掛けた時のことを想像すれば、柿崎の突撃銃ならカバーがしにくいはずだ。

 

 さあ。

 今交戦が行われているという情報が王子隊にも伝わったはずだ。

 ここで王子隊を釣りだす。

 

 ならば。

 来るはず。

 

 ほら見えた。

 頭上から襲い来るは──別方向から流れていくハウンド弾。

 

 ──来たな。

 

 香取葉子はハウンドの流れを見る。

 

 片方は香取へ。

 もう片方は柿崎隊へ。

 

 それぞれ足を止めるべく──両方にハウンドを撃ってきた。

 

 そして。

 頭上を見上げると──王子の姿がある。

 

 

「成長したね、カトリーヌ」

 

 弧月を引き抜き。

 香取を見据え。

 

 

「でも──それでもまだまだ僕の想定は越えていない」

 

 そして。

 柿崎隊と香取隊。双方に向かって行っていたハウンドは。

 

 ──その途中。軌道を大きく変え、その全てが香取に向け向かって行く。

 

 あ、と香取は呟いた。

 

「──僕等もまた、他の試合から学んで進化していく。以前までと同じではないんだ」

 

 弓場隊と二宮隊と、そして──自分たち。

 あのROUND4での戦い。

 

 二宮が──それぞれ追尾強度のかけ方の異なるハウンドを用いて対象を変化させるあの戦い方。

 

 一方のハウンドをシールドで拡げ防ぐとともに。

 柿崎隊に向かう軌道から流れてくるハウンド。

 

 

 その全てを防ぎ切ることが出来ず身体が削られる。

 

 

 そして。

 

 

 頭上の王子が頭上から旋空を振り落とさんと、弧月を振りかぶる。

 その動きに合わせて、香取はその場を離れんとする。

 

 

 が。

 

 

 王子の背後から──置き弾のハウンドが発射される。

 それは、高所にいる王子の身体と角度に隠れた、完全なる不意打ちの一撃。

 

 

 ブラフだ。

 旋空を意識させての──高所に隠した置き弾の一撃。

 

 追尾機能を変えてのトリック。そして王子の置き弾。

 二連続のハウンドの不意打ちを受けた香取葉子は──反撃叶わず、緊急脱出。

 

 

 

 香取隊。

 28ポイントにて、今期ランク戦を終える事となった──。

 

 

 

 

 その後。

 王子は柿崎と巴に、香取との交戦時の隙をつかれ足を削られる事となり──どうにか逃げだすも、巴の一撃を受け緊急脱出。

 

 その巴を蔵内はハウンドのフルアタックを用いて仕留めるが、シールドを解いた蔵内へ柿崎が弧月にて斬りかかり撃破。

 

 

 こうして──試合は終わる。

 

 

 上位の枠の最後を埋めるは──王子隊であった。

 

 

「....」

 そして。

 香取隊は、上位進出が叶うことは無かった。

 

 

「....すまねぇ、葉子....!」

 

 若村が沈痛な表情で──緊急脱出後の香取に向け頭を下げる。

 

「.....なんで頭を下げるのよ」

 

 その表情を一瞥し。

 香取は一つ溜息。

 

 

「今期──やれることはやったわ。連携も磨いた。新しいトリガーにも挑戦した。それでもダメだっていうなら仕方ない。これがアタシ達の実力」

「葉子...」

「まあ──後は遠征試験で個人選抜に受かるかどうか。それだけを祈ってるわ」

 

 香取はそう言うと「ドリンクでも買ってくる」と言い残し、作戦室を後にする。

 

 廊下を出て。

 ラウンジの休憩室まで来て。

 

 

 誰もいない静寂の中

 

 ガン、と。

 拳を壁に叩きつけていた。

 

「.....畜生」

 

 ──強くなっていくのは、自分たちだけではない。

 二宮隊の戦術を取り入れ、最終戦で同じ戦術を組み立てていた王子隊。

 変わっていくのも。強くなっていくのも。

 自分たちだけではない。

 

 そういう意味でも──最後の相手として王子隊は本当に相応しかったのだろう。

 

 

 それでも。

 やっぱり──悔しいものは悔しい。これだけは、仕方がない事なのだ。



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遠征試験恐らく今後1~2年書けそうにないから全力でお茶濁しますね編(仮)
対応する側される側


お久しぶりです。
ちょっとあまりにも選抜試験が書けそうにないので、お茶濁し編が始まります。
茶を濁すにあたっても可能な限り全力でやりまする。


あとアンケ置いておきます。私個人の興味半分ですが、結果を踏まえてどっちをメインに書くか決めようと思います。


期限は次の更新まで。


 こうして。

 ランク戦は終わった。

 

 終わってみれば、これまでB級上位を独占していた二宮隊、影浦隊の二部隊を──弓場隊、玉狛第二が押しのける結果となった。

 

「やあ。みんなお揃いで」

 

 三門市内の中華料理店。

 王子一彰は、同隊の蔵内を伴って──眼前の円形型のテーブルに座る人間に、そう声をかけた。

 

「おう」

「おせーよ」

「どもっす」

「お疲れ様です」

 

 そのテーブルには──弓場隊の面子に加え、もう一人。

 

「おおー。王子久しぶり。蔵内は一週間ぶり」

 

 短髪の男が一人、そう二人に声をかける。

 彼の名は、神田忠臣。

 

 ──加山が弓場隊に入隊する前に、部隊の一員だった男である。

 

「カンダタ。合格おめでとう。はいこれ」

「気い遣わなくてもいいのに」

 

 王子は手に持った花束を神田に手渡すと、そう神田は言葉を返す。

 

 

「.....」

 

 加山は。

 ただ黙してその光景を見守っていた──。

 

 

 こんにちは。

 加山雄吾です。

 現在、ランク戦終了の打ち上げの為、弓場隊の面々と共に隊長が予約した中華料理屋にいた。

 さて。

 そこに、以前弓場隊に在籍していた神田がいると聞いた加山は当然のように「以前の隊員の方がいるなら自分は邪魔だろう」と打ち上げに行くのを断ろうとしたが、当たり前のように弓場と藤丸にシバかれ連行され今に至る。

 

 神田忠臣。

 加山が入隊する以前の弓場隊の中心人物。彼が除隊した事をきっかけとして、加山は弓場隊に入隊する事となったわけだが。

 実のところ、面識はほとんどないと言ってもいい。

 

 この打ち上げは実際の所、部隊が一位になった祝い半分。そして──神田が大学合格を決めた事への祝い半分といった具合であろう。

 

 ならば面識のない自分が行ったところで邪魔になるだろうと。一旦は断ろうとしたものの。まあそんなことが許される訳もなく。

 

「──しかし今回のランク戦は凄かったね。まさか二宮隊と影浦隊の牙城を崩す部隊が出るなんて」

「いやー。この神田忠臣がいなくなった後の弓場隊を心から心配していたんですけど。順位を落とすどころか、まさか一位を取れるだけの力をつけるなんて。──アレ? 俺の存在の重要性皆無っすか?」

「残念だったな! お前はもういらん!」

「冷たいっすよー、ののさん」

 

 ランク戦の順位の話になると。

 神田の視線は、加山へと移る。

 

「いやいや。まさか後任の子が鍵となって、一位まで行けるとはね」

「ありがとうございます」

「いやー。俺も出来れば今期のランク戦見たいなぁ」

「.....とはいえ。次期も同じように二宮隊を倒せるかと言えば。それは怪しいと思いますね」

 

 今回弓場隊が1位になれたのは。

 8ラウンドという短い戦いの間に、それぞれ別の戦術を持って臨めた部分が大きい。

 研究と対策が積まれた時期以降。同じように勝ち続けられるか、という部分は──非常に厳しいと感じる。

 

 総合力で言えば、間違いなく自分たちは二宮隊よりも明確に下だと言える。

 

「だからこそ。今期はA級昇格試験が無いのが中々キッツイですね。来期はずっと上位戦を続けなければならない訳ですし」

「──だったら。次のランク戦までに隊全体が二宮隊にも劣らねぇ力を付ければいいだけだ」

 

 弓場はそう言うと、加山を見る。

 

「今までお前が見せてきた手札は、そう易々と対策されるものじゃねェ。後は、俺達自身の練度と能力を上げていけば──A級でやっていけるだけの力はつけている。それに」

「──それに?」

「うちにはまだまだ伸びしろはある。──なァ、帯島」

「.....ッス!」

 

 弓場が、少し微笑みながら帯島にそう声をかけると。

 その言葉に、帯島もまた返す。

 

「ここまでの経験、全部吸収できてるってなら。こいつはこれから伸びていく。加山もアレで成長が打ち止めって訳でもねぇだろ。──まだまだ伸びる余地はあるぜ。ウチは」

「ウチも来期は負けるつもりはないよ。弓場さん」

「おうおう。一旦中位に落ちていた奴がよく言うじゃねぇか王子」

 

 弓場の言葉に王子が口を挟み。更にそこに藤丸が噛みつく。

 

 ──ああ。終わったのだなぁ。

 

 弓場隊に入隊してから、大規模侵攻を経て、そして今日を迎えるまで。

 己の内外共に様々な変化が生まれてきたこの日々に。

 

 一先ず。一つの決着を迎える事となった。

 

 その事に少しばかりの感慨を覚える。

 それと同時。

 

 

 ──撃つのか? この化物めぇ! 

 

 

「......」

 

 あの時の己の言葉が。

 吐き出した喉奥に、未だ突き刺さっている。

 

 

「で。俺達は無事B級1位となって遠征選抜試験を受ける事が可能となったわけだが」

「はい」

 

 して。

 日を改め、次の日。

 

「とはいえ、ただ時間を無駄にするのも勿体ねぇ。今期の個々の反省点の洗い出しを行うぞ。──選抜試験がどういう内容になるかは解らねぇが。始まる前までに上達できる所は上達させておいた方がいいだろ」

「うっす。ありがたいっす」

 

 本当にありがたい。

 加山にとって、ランク戦よりも──次の選抜試験からが本番と言える。今回でB級トップに立ったところで、次の選抜で落とされてしまえば、その実績は全く意味がなくなる。

 

「今回。ウチがB級1位になれた訳だが──その要因は何だと思う? 帯島」

「要因....」

 

 弓場に問われた帯島は、少しだけ思考を巡らせ。

 

「......幾つか考えられるッス」

「おゥ。言ってみろ」

「一つ。加山先輩の加入によるウチの戦術の変化。神田先輩が抜けて、代わりに加山先輩が入って。部隊の戦術が大きく変わりました。変わった事で、相手の対策が定まらないままランク戦を進められた。これがまず一つ」

「.....他には?」

「二つ。──B級上位部隊に対して、対策する時間を与えなかった事。多分これが一番重要だと個人的には思うッス」

「.....だな」

 

 弓場は一つ頷く。

 

「今回。ランク戦自体が8回しかなく、その上俺達はB級最下位からスタートして、中位戦から上位戦へと這い上がってきた。この流れがよかった」

「ああ、確かに。ウチは初期のランク別に与えられる得点こそなかったですけど。下位と中位に大量得点を得ることが出来て。そして上位との戦いの機会を少なくできた。──上位との戦いでウチの戦術の対策をさせる時間を減らすことが出来ましたもんね」

 

 弓場の言葉に、外岡が一つ頷いた。

 

「今回。加山が入った事による戦術の変化に対して。”短いラウンド内で”かつ”上位部隊との戦いが削られている状態で”相手は対応しなければならなかった訳だ。──特に。ラウンド7、8で用いた他部隊を利用した戦術なんざ最たるものだな。アレはウチが一位部隊として出発してランク戦やるとなったら、絶対に出来ないだろう?」

「.....ですね」

 

 ラウンド7では、村上を。

 ラウンド8では、東隊を。

 

 二宮と、雨取。それぞれ共通の敵を作り出し、誘導する事で──他部隊を利用する戦術。

 次のランク戦から一位の立場として出発する弓場隊の立場では、間違いなく行使できないであろう。

 

「要は。俺達は加山の特異性による初見殺しを8回繰り返したもんだ。そうして掴んだギリギリの立場。──ウチには二宮サンや、玉狛のヒュースや雨取のような大駒はいねぇ。次も一位が取れると考えていたら、それは大間違いだ。今回俺達は相手に対応させる側だったが。次からは間違いなく対策する側になる」

「.....ですね」

「そして。──これは、お前個人に対しても言える事だぜ。加山」

「.....」

「最終戦での解説で、加古サンが言ってたろ。──お前は基本的に相手に対応させる戦い方をしていて。対応する側の経験が足りてねぇ、ってな」

「.....はい」

 

 それは、まさしく加山にとって正鵠を射る言葉であった。

 

 加山にとっての戦闘は。基本的に相手の思考に負荷をかけ、こちらに対応をさせるという作業を強制させる側面が大きかった。

 事前に準備を重ね、戦術という弾丸を装填して、それを相手に撃ち出す。

 

 今回のランク戦では、この弾丸が潤沢に得られる環境があった。それはランク戦の短さゆえに、新規の戦術をつぎ込んでも弾切れしなかったという事でもあり。対応力に優れた上位部隊との戦いが、下位・中位との戦いで削れていた事でもあり。そして加山自身が大きなリスクを負ってエネドラの経験を手に入れた事でもあり。

 

 これが、本来の20戦繰り返す形式のランク戦だったら。常に新しい弾丸を携えて戦いきることが出来ただろうか? 

 

 恐らく──不可能だったであろう。そう思う。

 

 だからこそ。自分はヒュースに敗れたのだ。

 ヒュースに向けた己の弾丸を読み切り、防ぎ切り、そして──いざ自分が対応する側に回った瞬間に敗北が決まった。

 

「これは俺達自身の課題であり。そして俺達個々の課題でもある。──相手に対応する戦い方に関して、こっちは大きな弱点が残ったままだ」

「.....」

 

 対応させる、ではなく。

 対応する。

 

 その部分で一番肝となる能力は──。

 

「.....指揮ですよね」

「だな。──その部分では、まだ俺達は神田の穴を埋められちゃいねェ」

 

 現在の弓場隊には、明確に指揮官がいない。

 

「なので。──特に加山。お前は今回のランク戦じゃあ、ウチのMVPだ。そこは認める。よくやった」

「ありがとうございます」

「だから次は、対応する側の経験を選抜試験までに積んで来い。そこが明確なお前の弱点だ。それが埋まるだけ、ウチは更に強くなる」

 

 弓場の言葉に、加山は一つ頷く。

 

「.....最終ラウンドでのヒュースとの一騎打ち。お前は挑んだことを後悔してんだろうが」

「....」

「俺はそうは思わねぇ。あの戦いがなければ、この弱点部分はここまで強く浮き彫りにはなっていなかっただろうからな。──ここからお前が成長できるなら、あの負けも有意義な経験の一つだ」

 

 弓場の言葉に。

 加山は、──あの時の記憶を回帰しながら、それでも諸々を飲み下し、頷いた。

 

 

「.....とはいえ。どうしたものかな」

 

 要は。今まで戦術を練る戦い方ではなく、即応的な能力を用いた戦い方を覚えろ──という訳であろう。

 と、なれば。

 集団戦──それも、自分が陣頭に立って指揮を執るような訓練を想定しなければならない訳で。

 そうなると。まず人を集める必要がある訳で。

 

 

「まあ.....指揮はひとまず置いておいて、集団戦をするだけでも.....。いや、もう戦い方知っている人とやったところで”対応力”の訓練にはならないよなぁ」

 

 やはりというか。

 自分は──心底、相手に”対応する”という事を避けようとしていたのだろう。

 本部所属の部隊のおおよその戦い方は、しつこいくらい研究した。手の内はおおよそ解っている。手の内を知っている中で戦ったところで、対応力の訓練になるとは思えない。

 

「加山」

「どうしました隊長?」

 

 そうして、どうしたものかと思い悩んでいるうち。

 弓場が声をかけた。

 

「──面白い事やるみたいだからよぉ。来てみろ」

 

 という訳で。

 弓場拓磨に連れてこられた先は。

 

 

「──ランク戦ぶりだな。加山」

 

 食堂で焼き魚を食っていた、東春秋の姿。

 

「久しぶりです、東さん」

「ああ。.......座ってくれ。弓場も」

「──ッス!」

 

 東の対面の席に座る。

 

「まずは、ランク戦一位おめでとう。──正直、予想外だった」

「ありがとうございます。東さんの想定外を起こせたのなら、ボーダー隊員冥利に尽きますね」

「いやいや。この結果を予想できたのは、当事者のお前たち以外間違いなく誰もいない。まさか二宮隊、影浦隊を追い抜いた部隊が二つも生まれるとは」

「......まあ。客観的に見て元A級部隊の蓋を引き剥がしたのが、どっちも最下位からのスタートってあまりにもふざけた結果ですよねぇ」

「面白い結果だったよ。──という訳でだ。実はな、加山」

「はい」

「この結果を受けて。──お前に指揮に関して教えてやってくれと。弓場にお願いされた」

 

 え、と。加山は弓場を見る。

 

「....今回、はじめて1位を取れた記念に。是非お前を鍛えてやってくれって話をしたんだよ」

「とはいえ。何かを教えるにせよ、まず色々と経験をさせてからの方がいいだろう。と、いう訳でだ」

 

 東は、変わらぬ微笑みを浮かべたままで。

 

「人を集めて。ランク戦形式の集団戦を──別のメンバーの組み合わせでやってみようと。無論、お前が隊長でだ。加山」

 

 そう言った。




遠征試験書けそうにないけどシャッフルやりたすぎて泣いた阿呆の叫び声でお茶濁すお話です。

あと、アンケは普通に多かった方が加山の即席部隊のオペになります。


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ルール説明とメンバー発表

「別のメンバーの組み合わせ、ですか」

 東の言葉に、加山はオウム返しする。

 まだその意図を汲み取ることが出来ていない。

「ああ。──対応力を身に付けたいんだろう? 加山」

「はい」

「ならば、対応力というものが実感できる訓練を用意しようと考えた訳だ。まあ、訓練であると同時に他の部隊の連中と交流するのもいいだろう。その辺りも、弓場が気にかけていたからな」

「.....さいですか」

「おゥ。──お前はもうちょい、他の人間と交流する努力をしろ」

「してますよぉ」

「必要が生じたときだけ対話する事を交流とは呼ばねぇんだよ。その辺りもしっかりやれ」

 

 少し痛い所を突かれ、うぐ、と加山は呟いた。

 そうだよなぁ。必要が生じた時以外で人と交流する事.....あんまりなかったなぁ。

 

「まあまあ。──ランク戦の形式で、と言ったが。要望としては加山の対応力・指揮面の能力向上が挙げられていたので、少し前提条件を変える」

「ふむん?」

「まず一つ。この入れ替え戦では加山の部隊含めて七部隊が参加する。かなりの大所帯だ。その分、マップも通常のランク戦の範囲よりも広いものを使う」

「七部隊.....結構な数ですね」

 通常のランク戦では、三つ巴か四つ巴が基本の戦いとなる。七部隊での戦いとなると、通常のランク戦で戦う人数のおおよそ二倍の人数が入り乱れる事となる。戦いの規模そのものが、今までとは比較にならない程大きくなる。

 

「そして二つ。通常のランク戦では、基本的に敵味方関係なくバラバラの転送位置からのスタートになるが、今回は、同じ隊の人間は半径百メートル以内で転送される。要は、最初から合流した状態からのスタートだ」

「へぇ。それは面白そうですね」

 ここもまた変化球。基本的にランク戦は同じ隊であってもランダムに転送されてからのスタートとなるが、今回では、隊のメンバーが固まった状態からスタートになるらしい。

 

「ただ東さん。七つも部隊があるのにメンバーまで固めてしまったら、隠れ合いやら籠城戦やらになってしまったら相当泥臭い戦いになりそうですけど」

 通常のランク戦では、ランダムな転送位置からのスタートから、各部隊が合流する動きを通じて、序盤の情報が集まっていく。

 合流を目指すからこそ動かざるを得ない。動くからこそ情報が集まる。

 これが、最初から合流が果たされた状態からのスタートとなったならば。序盤は下手に動いて死ぬ事を恐れて、どの部隊も静に徹するだろう。全員バッグワームを着込んで隠れ合いになりかねない。先に動いた方が死ぬという実に時間がかかりそうな試合となるだろう。

 

「そう。通常のランク戦ではランダムな転送から始める事で、序盤に動きを与える。──今回では。部隊を動かす要因を合流以外の要素で作っていくんだ。これが、三つ目のルール」

「.....それは?」

「一定時間ごとに、活動マップが狭まっていく。──活動できる範囲そのものを奪い、強制的に部隊が動かなければいけない状態を作る。その活動範囲が何処になるのかは完全にランダム」

「.....」

 

 ねえ東さん、と。加山は尋ね。

 なんだ、と東が応える。

 

「これ......もしかして国近先輩の発案だったりします?」

「鋭いな」

「だと思った!」

 

 広いマップで大人数が入り乱れて戦いながら徐々に活動できるマップが狭まっていくルールって、

 まんま国近先輩が好きそーなバトルロワイヤル系のオンラインFPSゲームそのまんまじゃねーか! 

 

「まあ国近の意見を大いに参考にしたのは認めるが。──ただ、お前が向上させたい能力を鍛えるにあたっては、中々いいものだと思う」

「.....そうですかね」

「ああ。まず一つ。このルールのランク戦では、通常のランク戦よりも大人数の人間が戦う事になり。そして戦う環境も強制的に変えられる。──自分が有利な環境を作って戦うお前の元来の戦い方が、大きく制限される事になる」

「ああ....確かに...」

 

 大人数かつ、敵も味方も合流した状態。その上強制的に動かされる環境での戦い。──事前の備えが非常にやりにくく、またランダム要素が大きく事前に戦術を仕込む戦い方がやりにくい。

 求められるのは情報を手にした瞬間の即座の判断と、戦う環境が変化した際に即座に対応する為の能力。――加山の足りていない部分を鍛えるにはもってこいのルールだ。

 

「今回の即席メンバーのランク戦。本番は二日後だ。──お前の部隊のメンバーは今日伝えるが、敵となる他の部隊の発表は本番当日になる。事前の対策は基本的にどの部隊も不可能」

「.....成程。その上、隊での連携訓練もそこまで時間が取れる訳でもない」

「そう。即席で組んだメンバーだ。一応、戦闘員同士は同じ部隊内の重なりが出ないようにしている。凝った連携は期待できない」

「.....」

 

 確かに、よく考えられている。

 即席での部隊で、与えられた準備期間は二日目まで。部隊固有の戦術が出来るまでの訓練は出来ない。そして敵部隊の情報も当日まで伏せられている。

 事前準備は出来ないと見ていい。対策を組んで戦術を用意するいつものやり方は出来ない。

 

 その上で、戦いそのものは大人数での部隊戦。最初から合流してからのスタートなので、個人対個人のシチュエーションは望めない。基本は部隊同士のぶつかり合いだろう。三部隊、四部隊巻き込んだ広域の戦いも可能性としては全然あり得る。

 そして何より、マップそのものが狭まっていく関係で、強制的に戦う環境が変更されるのが何よりも大きい。──全てが全て、加山の今までの戦い方が封じられる環境が整えられていく。

 

 求められるのは素早い判断と、対応力。

 加山が求めている能力が強く試される内容となっている。

 

「.....普通に、いいっすね」

「だろう?」

「チームのメンバーは、東さんが決めているんですね」

「ああ。各部隊のメンバーの選定も、一応俺なりにそれぞれ方針は立てて組んでいる。──それで、だ。加山」

「はい」

「これはもう一つの課題だ。──俺が何を基準に隊を組ませたのか。そこを考えてきてくれ」

「.....了解です」

「一応。今日教えるのは、部隊の戦闘員までだ。他の部隊でオペレーターが参加できない所があったからな。公平を期すため、全員参加可能な明日にオペレーターの発表という事になる」

「うっす。了解です。──それで。どういう部隊なんですか?」

「ああ。お前の部隊は──」

 

 

「──という訳で」

 

 現在。

 加山は──本部の空き部屋にて、即席で組むこととなったメンバーを見渡していた。

 

「二日という短い期間ではありますが。よろしく」

「よろしく」

「....よろしくお願いします」

 

 眼前には。

 

 ちっこい白髪の少年が一人。

 そして。

 ちっこい金髪の少女が一人。

 

 そして。

 スマホから、

 

「自宅からごめんなさい。──よろしくお願いするわ」

 色白の女性が一人。

 

「一応俺は全員知っていますけど―。皆さん自己紹介お願いします~。──では俺から。加山雄吾です~。弓場隊所属の銃手です~。エスクードとかダミービーコンとか使います~。最近スコーピオンも使い始めたりしました~。ハウンド便利で大好きです~。よろしく~」

「空閑遊真。グラスホッパー殺法が特技。よろしく~」

「.....黒江双葉です。弧月と韋駄天を使っています」

「ふふ。那須玲です。バイパーを主に使っています。建物の間を飛び跳ねながら弾道を引くのが特技よ。よろしくお願いします」

 

 加山隊(仮)

 メンバー

 

 加山雄吾(銃手)

 空閑遊真(攻撃手)

 黒江双葉(攻撃手)

 那須玲(射手)

 ??? (オペレーター)

 

 

「....」

 加山は黙りこくっていた。

 なんだ? 

 なんだこのメンバーは。

 

 

「どうしたんですか加山先輩」

「いや.....。メンバーのレベルたっけー、と思うと同時にですね。今伏せられている他の部隊が今から恐ろしくて仕方がねぇって思いでいっぱいになったわけでございます。はい」

 

 なんとなんと。

 玉狛のエースと加古隊のエースと那須隊の隊長兼エースの揃い踏みじゃないですか何ですかこれ。

 

 無茶苦茶強い人が集まったやっほーいとか思うよりも前に──これは、他のメンバーがどうなっているのかが心底恐ろしくなってきた訳です。このメンバー揃えないとどうにもならない面々が七つ揃っている訳ですよね。あまりにも恐ろしい。これから何が始まるって言うんですか? 

 

「なすさんは、ランク戦ぶりですな」

「うん。久しぶりね空閑君。──あの節では見事にやられちゃいました」

「いえいえ。なすさんもウチの隊長を仕留めたワザマエはいまだおぼえております」

「ふふ。ありがとう」

 

「よろしくお願いします空閑先輩、那須先輩」

「うんよろしくね。こうして話をするのはじめてになるかな。黒江ちゃん」

「はい。那須先輩、あまり本部でお見かけしないので」

「そうね。私、あまり身体が強くないから。普段は家にいる事が多いの」

「そこなんですけど。那須先輩大丈夫なんですか? ランク戦終わって折角ゆっくり休める時間が出来たのに」

 那須玲は身体が弱い。

 以前から話には聞いていたが。日浦から聞いた話によると、あまり外を出歩けない那須を気遣って、基本的に隊の皆は那須の自宅で作戦を立てる事が多いらしい。自部隊のランク戦ならばいざ知らず、こんなお祭り的な事に参加させてもいいものなのだろうか。

「大丈夫よ加山君。むしろ暇すぎて、この話を聞いた時どうしても参加したかったの。丁度明日、本部に顔を出さなきゃいけない用事もあったし。.....むしろ、合同の特訓が明日しか出来なくてごめんなさい」

「いえいえ大丈夫ですよ。何か不都合があったら遠慮なく言ってくださいね」

「うん。お願いするわ」

 

 那須はにこにこと笑いながら画面越しに両手を合わせてぺこりと頭を下げた。

 何というか、優しい心根が一連の言動だったり仕草だったりに滲み出ている。いや、印象通りではあるのだけれど。──加山にとって那須の印象というのはランク戦での姿が一番大きい訳で。その至極当然な姿そのものが非常に大きなギャップを生んでいた。

 

「という訳で。今日は基本的に俺と黒江と空閑君の三人での訓練になるので。──まずは、単純に難易度が高いと言われる攻撃手同士の連携に重きを置いて訓練しましょうかね」

「了解」

「了解です」

「それじゃあ那須さん。一旦訓練の準備をするのでちょっと通信切りますね。また二十分後くらいに、別のデバイスから通信しますので。すみません」

「うん。待っているわ」

 

 これより──仮想空間が使える空いた作戦室を用いて、本格的な連携訓練を行う。らしくなってきた。

 

「じゃあ。あたしは一旦作戦室に戻って準備をしてきます」

「はいよ了解。空閑君は?」

「おれは大丈夫。このまま移動する」

「了解」

 

 という訳で。

 一旦黒江も部屋を出ていき。

 

 加山と遊真の二人のみが、部屋の中に残った。

 

「.....空閑君」

「ん?」

「いいのか?」

 

 このいいのか、という言葉は。

 通常のランク戦とは無関係ではあるが──加山と部隊を組んで行動する事そのものに抵抗感は無いのかを、問うているのだ。

 

「この前にたまこまに来た時の事? それともランク戦でのチカの事か?」

「両方だな」

「たまこまでは、カヤマはオサムの質問に答えただけだ。あの場で嘘もつかなかった。そしてチカの事は──」

「....」

「カヤマは、チカの事を本当に化物だと思っているの?」

「.....いや」

「なら、これはおれの問題じゃない。チカとカヤマとの問題だ。おれが首を突っ込んでいい話じゃない」

「.....そうか」

「というか、結構意外だった。──カヤマは、あの時の事気にしているんだ。そこら辺はすっぱり割り切る人間だと思っていた」

「.....気にしてないよ」

「はい、嘘」

「....」

 

 はぁ、と。

 加山は一つ溜息を吐いた。

 

 何はともあれ。

 こうして──二日間の隊の組み替えが行われる事となりました。まる。




アンケはマジで激戦オブ激戦オブ激戦でした。
さあ誰が勝ったかな~!


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白色を染める/白色に染まる

アンケートは197対185という大接戦の果てに草壁早紀ちゃんに決定しました。
次の話くらいから出てくると思います。


 目の前に、乗り越えられない壁があった時。

 どうしようもなく、自らの両腕で登り切る事が不可能だと。そう思ってしまった時──。

 

 草壁早紀は、聡明であった。

 その聡明さゆえに、理解できてしまった。

 

 己の才覚。己の実力。その全てを用いても──眼前にそびえたつ壁を乗り越えられぬと。

 聡明故に気付けたことが故に、一度の敗北で思い知らされた。

 これからどれだけの時間を費やそうとも埋められぬ彼我の差。

 

 されど。

 彼女の自尊心が、その現実の前に折れる事を許さなかった。

 理解できてなお。

 ただ負けて終わる結果を受容する己のあり様は、どうしても──

 

 

 そうして彼女は、戦闘員としての姿を捨て、スーツを身に纏い、オペレーターとなった。

 己の才覚。己の適正。その全て、己が一番理解できている。

 己のプライドの為。

 彼女は最善を選びきった。

 

 

「一応、正式なルールはこんな感じらしいっすね」

 仮想空間内。

 加山は、東から送られてきたメールを読み上げる。

 

 ・マップは市街地B。ただし通常のランク戦で使われるマップよりも広めの設定。

 ・試合開始と同時、各部隊まとまって転送される。各部隊同等の距離を置いてのスタート。

 ・時間が十分進むと、マップの収縮範囲が決まる。更に十分が進むと、一定の速度でマップの収縮が始まる(おおよそ一分で収縮完了)。十分で収縮範囲の指定→そこから十分後に収縮開始。これを繰り返す。

 ・収縮範囲完了後の外側のマップには、残存した場合に不利となる事象が発生する。その事象の内容は当日に公表。

 ・最終的な勝敗はポイント制。敵の戦闘員を倒すごとに1ポイント。生存点は部隊数の多さをふまえ、通常のランク戦より倍増しての+4点とする。

 ・制限時間はなし。最後の一部隊が決まるまで試合は続行される。

 

「今の段階で解らないのは、一度の収縮範囲がどれくらいか、ってことと。収縮範囲外にいることのデメリットの内容だな」

「収縮の範囲にもよるでしょうけど、収縮範囲の内側に入れるかどうかがとても重要になりそうね」

「収束地点は、東さんが戦況を見ながら決めていくらしいっすね。──何を基準にするのやら」

 那須玲はスマホの画面越しにうーん、と首を傾げ。

 

「.....生存点4点は、かなり大きいですよね」

「大きいよなぁ。それに制限時間なし、最後の一部隊になるまで戦うって事は──生存点は必ず何処かに入る事になる訳だ。通常のランク戦よりも”生き残る”事がクッソ重要になるな」

 黒江はルールにしみじみとそう呟き、

 

「.....とはいえ。結局の所ポイントの取り合いって事は、生き残れば勝ちって訳でもないのか」

「だなぁ。隠れまくって最後まで生き残ったところで、他の部隊が四点以上取ってたら負けちまう」

 遊真はふむん、と呟いた。

 

「で──隊長。これからどういう訓練をするんだ」

「隊長はよしてくれやい」

「だって隊長だろ?」

「隊長だけどさぁ」

 

 遊真はにこやかに、加山に方針の提示を求めた。

 

 ──まあ、勝負はもうここから始まっているのは確かだ。

 

「今回の戦い。俺としてはこの三つが重要だと思う。──まず一つ。マップの収縮地点が判明する前にはぜっっったい戦闘しない事」

「.....何でですか?」

「戦闘するって事は、バッグワームを解くことになるだろ。バッグワーム解いたら他の部隊に位置が知られる事になるだろ。俺たち以外六部隊──それも、俺達の部隊に匹敵できるレベルのメンバー全員に位置が知られてみろ。よってたかってリンチで死ぬかもしれないし。収縮マップの外側にいたら移動している所をバカスカ撃たれる。地獄」

「確かに.....あまりそれは考えたくないわね」

 

 今回のランク戦。”移動する”事が強制されるルールとなる。

 なので序盤に位置が知られた状態から、時間に追われ移動が強制される状況になると──”安全圏から待ち構えられる”というあまりに恐ろしい状況に陥る羽目となる。

 

「収縮地点が判明して、移動する必要が出てきた時、場所が割れてたら先回りして潰されるのがオチ。特に銃手射手に囲まれたら本当に最悪。序盤の内は戦闘を避けなければならない。ぜっっったい」

 

「なるほどなるほど。他の二つは?」

「二つ。危険地帯から安全地帯へと向かう際の戦術。三つ。安全地帯から危険地帯の敵をぶっ殺す為の戦術。この二つを最低限用意しておくこと」

「.....と、いうと?」

「多分このランク戦の基本的な戦闘は三つに分類される。安全圏内での戦い。安全圏から危険地帯に対する戦い。そして危険地帯から安全圏内の部隊との戦い。──そして基本的に二つ目の戦いで如何に点を取って。三つ目の戦いで駒を落とさないかが重要になってくる」

 

 マップの収縮によって、その安全圏内にいる事が決まった部隊は。

 間違いなく、その外にいる部隊へ攻撃を仕掛けてくる。

 収縮が繰り返されマップが狭くなるごとに、この戦いは熾烈を極める事になるはずだ。

 

十分で収縮が始まり一分程度で収縮が収まるという事は、おおよそ十一分で安全圏に入らなければいけないという事になる。

 

「──という訳で。基本的に俺は安全圏から外の敵へ攻撃を仕掛ける時は、こういう方法を取ろうと考えています」

 

 加山は。

 地面に手を付けると同時──エスクードを広域に展開する。

 

「エスクードでマップの境界線上を埋めつつ、背後から弾丸を降らせていく。幸い俺はハウンドがメインで那須さんもバイパー使いとあって、エスクードの射線封じが全く問題にならない。──なので、俺はこの戦術の訓練を行うと同時」

 

 加山は、遊真と黒江を交互に指差し、

 

「二人は──俺のこの防壁を乗り越えつつ連携して俺を殺す。ひとまずこの内容で訓練してみよう~」

 

 加山はエスクードを張った裏側から二人に攻撃を仕掛け。

 遊真と黒江は、エスクードを乗り越え、その背後にいる加山を仕留める。

 

「攻撃手の二人は特に、安全圏内への移動の時に積極的に狙われる駒だろうから。そこも二人でカバーしながら戦ってもらおうと」

「.....成程」

「いいね。楽しそうだ」

 

 遊真と黒江は、両者ともに頷くと。

 

 

「それじゃあ、互いに五十メートル位離れて──」

 

 加山はエスクードの上からハウンドの用意を行い。

 遊真と黒江は、互いの得物を握って。

 

「はじめ」

 

 訓練が開始された。

 

 

 ハウンドの弾幕の中。

 小柄な二人が、その身を捩り駆けていく。

 

「クロエ。あの高速移動の奴で、一気にエスクードを乗り越えよう。カバーする」

「了解」

 

 ハウンドの弾雨による上空からの面攻撃が降り注ぐ中。

 両者は左右に散る。

 

「──韋駄天」

 

 黒江はサイドステップによる回避動作から、即座にエスクードの上側へ向かい韋駄天による直線行動を開始。

 遊真のシールドにより軌道上のハウンドは消滅し、黒江はエスクードの上を取る。

 

「──もらった!」

 

 間髪入れず、黒江は移動先から韋駄天を発動する。

 ここで少しでも時間を与えれば、軌道上に攻撃を置かれてしまう。

 少しでも、時間を切り詰め攻撃を行わなければならない。

 

 ──そうして、韋駄天の発動が行われると同時。

 加山の右手が跳ね上がり、拳銃が構えられる。

 

「.....ぐ!」

 

 弾丸が放たれ、黒江の弧月が加山を斬り裂くよりも早く、その身を弾き飛ばす。

 

 

「狙い自体はそこまで悪くないんだけどなぁ。韋駄天使って安全圏に入ろうとするなら空閑君が先行してからでも遅くはないでしょ」

「なかなかむずかしいですな」

「ただ連携そのものの息は滅茶苦茶合ってる。後は、もうちょい空閑君が前に出よう」

「....」

 

 ──息が合っているのは、間違いなく空閑先輩があたしの行動に合わせているからだ。

 

 攻撃手同士の連携は、非常に難しい。

 攻撃の速度と密度、そして何より互いの距離の問題により。攻撃手同士の連携は、どのポジションのそれよりも難しい。

 

 しかし。

 空閑遊真は至極当然のように、黒江の意図を汲み取り、合わせていた。

 高速移動による斬撃という、これまた特殊な技能を持つ黒江の特性を理解しカバーリングを行っていた。

 

 ──空閑先輩はただ強いんじゃない。視野が広くて対応力が高いんだ。だから自然とサポート役に収まった。

 

 即席で連携を取らなければならない状況の中で。遊真は自分がサポートされるよりも、黒江のサポートをする方が効率的であると判断したのだろう。だから、基本的には黒江の後ろにつき、その動きに合わせていた。

 それに対して、加山は遊真に前に出つつ黒江のサポートをしてほしいと言っている。黒江よりも前に出て、その上で黒江の動きを読んでサポートをするという非常に難度の高い要望だ。加山はその程度当然に出来るだろう、と遊真に信頼を置いていると同時。遊真と黒江の二人のうちどちらかが重い負担を負う必要があるなら、遊真に負わせるべきだと判断しているのだ。

 

 自分が、A級であるのに。

 

 そして。

 何より。

 

 もはや別人であった。

 加山雄吾の動きそのものが。

 

 ──身のこなしも、攻撃のキレも。全部が全部。今までの加山先輩じゃない。

 

 元々。加山はトリオン体による動きの鈍さをカバーする為に豊富なトリオンによる質量戦とエスクードを用いた戦術を多用する戦闘員であったはずが。

 戦術的な部分を差し引いても、A級でも通用できる能力を携えている。

 

「さあて。明日、オペレーターの人と那須さんと合流するまでにこっち側の課題は可能な限り終わらせとこう。──さあもう一回」

 

 今、必死になって追い縋る立場なのは自分だ。

 その事実に歯を食いしばって──黒江双葉は「はい」と返事をした。

 

 

 一方。

 加古隊作戦室。

 

「──そういえば」

「ん? どうしたの堤君」

 

 そこには──同年代の二人。加古望と、堤大地の二人がいた。

 

「加古隊からは確か、黒江を出したんだよな。加古ちゃんは出なかったんだ」

「こういう機会は私みたいなのがでしゃばるべきじゃないのよ。東さんが企画したからって内心大喜びして部隊全員引き連れて参加した二宮君と違うのよ、私」

「はは.....。でも外野で見る分には楽しみだよ。確か黒江は──」

「確か、加山君と空閑君と那須ちゃんのチームだったわね。いいじゃない。──特に空閑君からはちゃんと色々刺激がもらえるだろうし。何より──多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうし。いい部隊に入れたわ」

「この四人、間違いなく強いと思うんですけどね」

「強いのは間違いないわよ。ただ双葉に限らず、加山君も那須ちゃんもかなり特殊な駒で、短期間で連携を組むとなるとかなり難しいと思うわ。そこら辺をシンプルに総合力が高い空閑君がバランスを取らなきゃいけないでしょうね」

「言っても.....他の部隊も大概尖っていると思うけどね」

「でも、加山君とは部隊運用の経験値が大違いじゃない。今回、嵐山君や風間さんも隊長で入っているのよ?」

「本当....忙しいだろうに。よくあの二人に渡りをつけられたよね....」

 

「太刀川君、二宮君、出水君、風間さん。当真君に奈良坂君。この辺りの解りやすく強い駒があるところはそれだけで戦術が組みやすいもの。そういうシンプルな強さは加山君の隊には無いわ。──ああ。あとこのルールだと菊地原君が恐ろしく強くなるわね」

「名前が挙がっているだけでも凄いメンバーばかりだね....ところで、加古ちゃん」

「ん?」

 

 

 堤は──微笑みながら聞いた。

 

 

「これは?」

「海鮮バニラシロップ炒飯よ」

 

 堤が座るテーブルの上。

 真っ白。

 真っ白な米がそこにあった。

 

 その白というのは。米本来が持つ輝くような白ではなく。もったりとしたクリーム色の白に染まった米であった。

 小エビも。イカも。卵でさえも。クリームの白に染まっている。

 

 

「人生って....驚きに満ちているものだわ。未来に楽しみがあるって、幸せな事よね」

「.....」

「召し上がれ」

 

 

 堤の口腔内。喉奥。その視界も。そして意識。そして無意識。そしてその生命そのもの。

 

 その全てが白く染まっていく──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あぎゃがががああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら。世界は、驚きで満ちている。また一つ未知なる出会いが生まれたわね。堤君──」

 

 堤のその表情を、未知と遭遇した瞬間の驚きに満ちているのだという。そういう解釈を施し。

 彼女は花のように微笑んだ。



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それは嘘ではないけれど

「俺はこの部屋に泊まり込むけど。二人は帰りの足はあるか?」

 本部の空き作戦室。

 三人での訓練は、途中でそれぞれの防衛任務も挟み込みながら続けられ。日が沈む時間帯となっていた。

「はい、ご心配なく。私は加古隊長の車で帰ります」

「おれは今日は支部に戻らないと伝えているから大丈夫。おれもここで泊まるよ」

「ありゃ。いいのかい?」

「ああ」

 

 と、いう訳で。

 

「ウチの双葉が世話になったわね。ありがとう」

 

 加古隊作戦室まで、黒江を送り届ける。

 

「うっす。こちらも世話になりました。──で」

「ん?」

「その、堤さんらしき糸目の死骸は何なんですかね.....?」

 

 ソファの上

 そこには──短髪糸目の大学生が、物言わぬ肉塊となり横たわっていた。

 

「あまりの衝撃に意識が奪われたらしいわね。未知との遭遇の前に意識が持たなかったみたい。戦闘中だと肝が据わっている方なのに、料理に関しては小心者みたいね」

「ついに炒飯で人殺したんですかァ? バイオ殺人もいい加減にしてくだいよ?」

「そんな訳ないじゃない。──あ、きたきた」

 

 本部から、また人影が。

 そこには──

 

「....あ、諏訪さん」

「...」

 

 無言のまま。

 諏訪は堤の襟首を掴むと、ズルズルと作戦室の外へと引き摺って行った。

 

「....」

「....」

「じゃあ双葉。作戦室ももう空いたから。鍵をかけて、帰るわよ」

「はい」

 

 そうして。

 更に作戦室から加古と双葉が出ていった──。

 

「....つつみさんには、何があったんだ?」

「....何があったんだろうねぇ」

 

 ぼそり呟いた遊真の言葉に。

 加山はただそう呟いた。

 その後──。

 

「──つつみさんは、炒飯を食べた」

「うおぉ!」

 

 背後から、別な誰かの言葉が飛び込んできて、加山は思わず叫んだ。

 

 

「やぁ。かやまくんに、くがくん」

 

 そこには。

 一人の、恐らく人間に分類されているであろう人物がいた。

 恐らく、という注釈が付くのは。ひとまず会話が成立し意思の疎通が可能で二足歩行が可能であるという人間としての構成要素がそこに確固として存在しているからであるが。

 しかしその姿形を見ると。極端に低い身長に加え。頭身のバランスが明らかにおかしく、また顔の作りが、こう、何というか。パーツごとにネコっぽい──ネコそのものではなく。ネコっぽい。そういうパーツで構成されている。

 

「....喜多川先輩」

 

 そう

 彼女こそが──加古隊工作員、喜多川真衣隊員である。

 

「かわいそうに。──つつみさんは、やさしい」

「....」

「....」

「やさしいのに、いつもはずれをひく。つつみさんは、うんがわるい」

「....」

「....」

「ふたりとも、きをつけてかえってね」

 

 そう言うと。

 非常に緩やかな歩調で、喜多川は加古隊作戦室の前を通り過ぎていった──。

 

「.....」

「.....」

「帰るか...」

「うん....」

 

 もうやだ。

 何なのこの部隊.....。

 

 

「──さあて」

 

 そして。

 一旦加山は遊真と別れ、警戒区域の外に出る。そこでとあるブツを手に入れ、背負った冷蔵ボックスに入れてまた戻ってくる。

 

 作戦室に戻ると──加山は椅子に座り。どうしたもんかなぁ、と呟いた。

 

「どうした、カヤマ?」

「いやぁ。トリガー構成どうしたもんかなぁ、と」

「ふむん」

 

 現在の加山のトリガーは、最終ROUND以前の、従来と同じ。

 

 メインに拳銃、ハウンド、エスクード、ダミービーコン

 サブにメテオラ、ハウンド、シールド、バッグワーム

 

 この構成でやっているものの、

 

 

「個人的にメテオラ要らない気がしているんだよな。うるせえし規模がデカいから敵にすぐばれる。トラップ目的で使おうにも、移動が強制されるルール上罠仕掛ける余裕もなさそう。正直あまり使い道がない」

「確かにメテオラ単体だと使い勝手悪いかもなー。ただ、安全圏に移動している相手に、エスクードの裏側からあのメテオラとハウンドの合成弾使われるの敵側からしたら嫌だとおれは思う」

「使い道があるとしたそこだよなぁ.....。ただ安全圏から攻撃する手段はハウンドと、那須さんのバイパーだけでも十分に機能する気がしている。それに合わせると、拳銃もなぁ...」

 

 加山は前線での戦いを安定させる為に拳銃を導入していたが。

 遊真に黒江という機動力を併せ持った強力な攻撃手二枚いる状態で前に出る場面はあるのか──という思考がチラついていく。

 

「最初から合流している状況からのスタートだからな。持っていれば弧月使う相手や射手と戦いやすくはなるけど。純粋に中距離の質量がそこまで高くないのが..」

 

 実質、加山が持つ中距離の手札はハウンドのみという事になる。

 那須とのバイパーと合わせて──遊真と黒江に”点を取らせる”弾丸は揃っているように思えるが。純粋な撃ち合いで勝てる構成にはなっていないように思える。

 

「ふむん。加山は、どういう構成に変えようと思っているんだ?」

「メテオラ抜いて、アステロイド入れるか。メテオラも拳銃も抜いて両方アステロイドでそろえるか。悩みどころだなぁ....」

 

 拳銃を残すか。

 それとも完全に射手の構成にするか。

 

「まあ、一先ずは拳銃は残しておくか....。折角そろそろマスターってところまでは来ているから」

「カヤマの後半からのメインウェポンだったもんな」

「那須さんの”鳥籠”に合わす分にはワンアクションで弾丸撃てる拳銃の方が便利だろうしなぁ。──まあ拳銃残すかどうかは明日オペの人と那須さんと合流してから決めるか。さ、飯食べようぜ」

「ほう。ご飯を用意してくれているのか」

「空閑君が知っているかどうかは知らんが。こっちの世界では飯を取り寄せるにあたって大変便利な”出前”というシステムがある」

 

 という訳で。

 加山は事前に用意し、冷蔵ボックスに保管しておいた──出前の品を取り出す。

 

 そうして。

 加山が取り出したのは──

 

「ほほう。これがうわさに聞く、”スシ”というやつですな」

「ああ。さっきはこれを警戒区域の外まで取って来ていた」

 

 寿司であった。

 

 

「一応苦手かどうか解んなかったからわさびは別にしておいた」

「ふむふむ。わさび....」

 

 作戦室の床に寿司ネタを拡げ。

 二人は取り敢えず、一つ食べた。

 

「うまい」

「そりゃよかった。寿司は好みが分かれるからどうなるかと思ったけど」

 

 どうやらお気に召してくれたようだ。遊真はにこやかに寿司を口に運んでいく。

 

「一応、ここで泊まるとなると。寝具はそこのソファか、俺が持参した寝袋のどちらかになるが。空閑君はどちらがいい?」

「ん? ──ああ。おれには寝具は要らないよ」

「.....あ、そうだったな。すまん」

 

 .....すっかり忘れていた。

 遊真の肉体は、今黒トリガーの中に格納されていて。そもそも彼は眠ることが出来ない状況だったのだ。

 

「.....そうだった、な」

 

 加山は。

 その事実をすっかり頭の奥から抜け落ちていた自分に──何処か、愕然としていた。

 

「.....空閑君は」

「ん?」

「そもそもの目的は──黒トリガーについての情報をボーダーから得る事だったよな」

「うん」

「.....その目的が果たされたかどうかは、俺は知らないけど。──まだボーダーに残っている理由は、三雲君か?」

「....」

 

 加山の問いかけに。

 空閑は少しだけ考えると──。

 

「オサムは、一番大きな理由だろうな。チカの事も、アイツの事も、力を貸してやれるなら貸してやりたかった」

「....」

「ただ──今となっては。おれ自身が。ここに到着した時点であまり生きる目的がなかったから、っていうのが。一番大きな理由になるのかもしれない」

「....」

 

 遊真は。

 そう長くない未来に、死ぬ。

 

 彼自身の肉体は緩やかに死へと向かっている。

 

 ──三雲修が近界への遠征を狙っているのは。間違いなく遊真の現状を救う事も、目的の一つなのだ。

 

「ただ──今は皆の力になれる事も。そしてボーダーで仲のいい人と戦う事も。こうやって誰かの下について戦う事も。全部が楽しい。だからおれは、ここにいる」

 

 そして。

 空閑遊真は──今ここにいる事そのものに価値を見出している。

 だから、ここにいる。

 

「そうか。──楽しいんだな」

「ああ」

「そりゃあ、....よかった」

「ふむん。──カヤマは、よかったと思うんだな」

「思うよ。たとえ玉狛は敵だとしても」

 

 やはりというか、何というか。

 加山はどうしても──肩書やレッテルを基準に憎悪すべき相手を選定することが出来ない。

 例え近界民であったとしても。例え玉狛の一員であったとしても。

 

 遊真が生きてきたこれまでは過酷で。そしてこれから待ち受ける未来も困難に溢れていて。その中で──確かな生きる意味と人生の楽しさを味わっているのならば。それは加山としても嬉しい限りだ。

 今だけではなく。これからも。

 寿命の問題も解決して、この幸せを噛み締められる日々が更に長くなってくれるというのならば。心から喜ばしく思うだろう。

 

 

 だが、

 

 

「でも。──たとえ玉狛が遠征に行けなくなって、空閑君の寿命の問題が解決できぬまま死ぬ事になろうとも。それすらも受け入れて玉狛を全力で叩き潰そうとしたのもまた、嘘のない事実だ」

「....」

「その為に。雨取さんの心の弱さに付け入るような戦い方をしたとしても」

 

 加山はそれでも。たとえ空閑遊真の命がここで息絶える事になろうとも。

 それでも玉狛は、遠征に向かうべきではないとも──そう心の底から思っていた。

 それもまた事実。

 

「俺はまあ、偽善者だよ。空閑君の事は嫌いじゃないしいい奴だし出来れば長生きしてもらいてーなーとも思うけど。それよりも俺個人の感情の方が、そういう思いよりもずっと優先順位が高い」

「....」

「まあ。だから──間違っても俺の事を”いい奴”だと判断しない方がいい。人並みに他人を思う事は出来ても、そんなもの平気で捨てられるのが俺だ」

「.....参ったな」

 

 遊真は、うーんと一つ唸る。

 

「おれの副作用は思った通り──人の嘘を見破る事にあるんだけど」

「だな」

「単なる事実に関して嘘をついているだけだったら、問答無用で嘘を見破れるけど。でも。──人の心とか、考えとか。そういう実体を持たない事に関しては。本人が心の底から本当だと信じて放った言葉なら。どうしても副作用が発生しない。たとえ、それが実際と異なっていたと思っていたとしてもね。どれだけその実態が善人だったとしても──本人が心の底から悪人だと信じていて、”おれは悪人だ”って言っていたら。多分おれはそれを”嘘”だと判別できないんだと思う」

「....」

「今カヤマが言った言葉に嘘はなかった。カヤマも本音でそれを言っているんだと思う。でも──これはおれの副作用とは別の所が言っている。カヤマは、自分の感情を平気で捨てられる人間じゃない」

 

 だから、と。

 遊真は続ける。

 

「おれは。──あの時俺を助けてくれたカヤマの姿を、信じるよ」

 

 と。

 ただ、そう言った。

 

 

 その後。

 加山と遊真は寿司を食い終わると、そのまま深夜まで個人戦を続けていた。

 

 その後加山は4時間ほどの睡眠の後に、起きてからまた更に遊真との個人戦を行った。

 

「勝率──おおよそ4割。やっぱり、機動力が一定以上高い攻撃手相手には不利だな」

「ふむん」

「村上先輩とはギリちょんで五分。影浦先輩でももうちょい勝率が高い。──機動力高いとハウンドが足止めの手段としてあんまり刺さらないのが痛いな」

 

 夜から朝にかけて個人戦を行った結果として。加山は遊真に負け越していた。

 

「この前のラウンドみたいにスコーピオン使ってみたらどう? マンティスもかなり使いこなせていたじゃん」

「あれは建物内で戦わないとそこまでアドバンテージにならないからなぁ。──さて。そろそろ時間かね」

 

 午前十時。

 

「──おはようございます、空閑君に加山君。今日はよろしくお願いします」

「おはようっす那須先輩。今日はよろしくお願いします。そんで──熊谷先輩も。わざわざ来ていただきありがとうございます」

「よろしく。あたしは今日玲の付き添いだから、訓練とかには首を突っ込まないから。存分にやって頂戴」

 那須玲は、熊谷友子を連れ添い、作戦室までやってきた。

 ──やはりというか。身体の弱い那須玲の事を気遣って、同部隊の熊谷が同伴しやってきた。

 正直、本当に助かる。

 こちとら、戦闘員が全員中学生。いざ体調が悪化した時にどういう処置をとればいいか重々に解っている熊谷の存在は非常に頼りになる。

 

「こんにちは。今日もよろしくお願いします」

「はいどうも。昨日ぶりだな、黒江」

 

 そして。

 昨日に引き続き黒江双葉も到着。

 

 

「さあて。──残り一人」

 

 あとは。

 オペレーターの到着を待つばかり。

 

 

 キィ、と。

 ドアが開かれる。

 

 そこには──

 

 

「こんにちは。──A級草壁隊、隊長。草壁早紀。よろしくお願いします」

 

 二つ結んだ髪が前に流れる、小柄な少女がそこにいた。

 目つき鋭く、雰囲気は少々刺々しい。怜悧な空気を纏ったその女性は──オペレーターであり、尚且つ中学生でありながら。A級部隊を率いる隊長である。

 

「え.....マジ?」

 

 

 なんと。

 加山の臨時部隊、そのオペレーターは──A級部隊隊長であったとさ。まる。



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異色を穿ち見る

 加山雄吾と草壁早紀は同期であり同年代であるが、特段の関係性はない。

 しかし、草壁自身は加山の事を知っていた。

 

 ──同情していたんだと思う。

 

 彼はそもそも根本的な才能がなかった。

 人を撃てない。

 他者を傷つける行為そのものに、どうしようもない忌避感を持っていた。

 なのに戦闘員に拘り続け、幾度となく苦痛を繰り返しながら、B級に這い上がった。

 

 根本的な”戦えない”という才能の無い所から這い上がり木虎を下した。

 

 ──同時に、あの在り方は自分には持ち合わせていないものだとも思った。

 

 草壁早紀は、銃手からオペレーターに転属した異色の経歴を持つ。

 この背景にあるのはただただ合理的な思考であった。

 

 自分の適性を見つめ直し、戦闘員として自分を見限り、オペレーターになった。

 低い可能性を切り捨て。より己の適正の高いものを選び取る。客観を基準に、合理を重んじ、そうして行きついた草壁早紀という存在は──A級4位部隊の隊長という肩書を纏うに至った。

 

 真逆。

 加山は、全くの真逆の存在であった。

 どうしようもなく低い可能性に賭ける他なかった。恐らく、他の道なんてものはあの男にはなかった。だから彼は己の適性を無理矢理捻じ曲げて、戦闘員を続ける他なかった。

 

 加山が持つ合理性というのは、草壁が持つそれとは全く毛色が違う。

 草壁は、より自分の能力を活かすための選択をする為の合理性を持ち合わせており

 加山は、適性も能力もない自分をカバーする為の合理性を絞り出していた。

 

 

 今期。草壁がスカウトの為三門市から離れている間に──加山は弓場隊に入り、そして二宮隊を下したという。

 

 正直な所──草壁は加山よりも、以前に弓場隊に在籍していた神田の評価の方が高かった。

 故に加山が入隊した事で、自分の想定を超えるような何かが弓場隊に起こったのかと。そう興味を持ち、ランク戦の記録を遡った。

 

 そこで見たのは──

 

 

「と、いう訳で──全員揃いました。改めてよろしくお願いします那須さんに草壁さん」

「よろしくお願いするわ」

「よろしくお願いします」

 

 そして。

 臨時部隊全員が出揃う事となった。

 

 空閑遊真、黒江双葉、那須玲、そしてオペレーターの草壁早紀。

 草壁は今回の部隊戦におけるルールと、メンバーを確認すると、

 

「.....今回のルールだと。間違いなくこの部隊は大きく不利になるでしょうね」

 

 と言った。

 

「やっぱり──狙撃手がいないから?」

「ええ」

 

 加山の言葉に、草壁は一つ頷く。

 

「このルールだと、序盤は基本的に隠れ合いになる。戦闘は基本的に行われないと考えていい。──でも狙撃手がいる部隊は、撃てなくても周囲の確認がしやすい。序盤に位置が把握されたまま移動が強制される状況になったら、狙撃手に一方的に撃たれる状況になる」

「.....ただ、基本的に狙撃手は機動力が低い分、移動が強制された時に狙撃手が滅茶苦茶浮きやすい駒になる。その分の不利でトントンかな、って気もしてるんだよな」

「いいえ。機動力に関していえば、狙撃手がいないというだけでこちら側の動きが大きく制限される事になるわ。狙撃が通るルートが通りにくくなり、そこから逆算して相手側に経路が抑えられる可能性がある。──狙撃手がいる部隊は、狙撃手単体をどうやって安全圏に入れるか、という狙撃手個人のカバーリングの話になるけど。こちらは狙撃手の脅威を避ける為に全員がどう動くか、という部隊全体の話になる。間違いなく、”移動”という分野においても狙撃手がいない事は不利に働くと思うわ」

「....」

 

 成程、と加山は草壁の言葉に深く頷く。

 加山が想定しているよりも──草壁早紀はこの部隊戦の特性を深く理解している。

 

「その通りっすね」

 故に。

 加山は素直に、草壁の言葉の正しさを認めた。

 

「その話を踏まえた上で。なら狙撃手への対策をどうするかって話になると思うんだけど。狙撃手の攻撃を”防ぐ”対策か”隠れる”対策か。どちらかに注力しなければいけなくなるだろうな...」

「今回のルールで言えば間違いなく”隠れる”に注力しなければいけないでしょうね。防ぐ、となると基本は隊で固まって四方をカバーする事になるけど。今回のルールでは序盤は基本的に隠れる必要がある。メンバーを固めて見つかりやすくする訳にはいかない。だから、どう狙撃手から”隠れる”か。そして隠れる事と、機動力をどう両立させるか。そこに注力して陣形を考えた方がいいと思うわ」

 

 ──段々解ってきた。

 

 加山は、草壁早紀という最後のピースがこの部隊に入った事により──東から出された課題の一端を理解した気がした。

 

 まず間違いなく”機動力”が一つのテーマだ。

 空閑と黒江。そして那須。三人とも機動力が非常に高い駒であり。

 そしてこちらに付いたオペレーターは、A級の中でもトップで”動ける”部隊を率いる隊長。

 

 特に草壁は、機動力を絡めた戦略に関しては一家言あるのだろうと、今のやり取りだけでも強く感じた。ルールの特性についての理解も恐ろしく深い。──”機動力”をどういう形で活かすのか、という部分。その為に狙撃手を省き、機動力の高い駒を揃え、そして機動力に関して造詣が深い草壁というオペレーターを送り込んだ。

 

「狙撃手から隠れつつ、そしてこちらの機動力を削らず、移動する必要がある。.....序盤はとても窮屈な動きになりそうね」

「序盤はきついけど、逆に狙撃手の位置が判明してくる後半になるにつれて有利になりそうではあるな。全員前線に立ててなおかつ足が速いのは間違いなくこっちの利点だ」

「.....どう序盤を隠れ切るか、って部分が重要になってくるんですね」

 

 .....つくづく、弓場隊における外岡の役割がどれほど重要だったのか。この状況になってより深く浮き彫りになっていく。

 隠形が得意で狙撃スキルも高い彼の存在のおかげで、弓場隊は狙撃手をそこまで恐れず動くことが出来て。また狙撃手という駒を戦術に組み込んで戦うことが出来た。

 

 今は、その頼もしい駒はないのだ。

 

「そして、この部隊は機動力が高いのはそうだけど。空閑君、黒江さんの二人と那須さんと加山君の二人の間では微妙に差がある。即席で連携を取るのだとしたら空閑君と黒江さんのセット。加山君と那須さんのセット。二つで考えた方がいいでしょうね。基本は空閑君と黒江さんが前に出て、那須さんと加山君が後衛で援護する。この形が基本の陣形になるでしょうね」

 

 ──対応力。

 狙撃手がいない状況下。機動力が高い部隊故に、判断の早さも求められる。成程成程。本当に必要としていたもの全部盛りだ。

 

 .....東さん、こんなスパルタだったっけ? 

 

 

 それから──。

 

「.....これを着るのも久しぶりね」

 

 草壁早紀は。

 オペレーター用のスーツ姿から。戦闘員用のジャケット姿に着替えていた。

 

 そして。

 その手には──イーグレットが握られている。

 

「いやぁすまないっす。協力してもらって」

「いいわよ。時々はこうやって動くのも悪くないもの」

 

 草壁を交えての作戦会議を経て。加山が最初に提案した訓練は。

 

 マップ上にランダムに指定される地帯に向かって。部隊全体が動く。それだけの訓練。

 

 だが、そこに幾つかの縛りを加える。

 

 まず一つ。

 

「もう一回ルールを確認しますね。このマップには、事前に草壁さんが仕込んだポインタが存在していて──それを避けながらランダムに指定されたマップへ移動するゲームです」

 

 この訓練の手順はこのようなもの。

 今回の部隊戦でのルール通り、半径百メートル圏内に部隊の四人を転送する。

 

 そしてルール通り十分の間でマップが指定される。

 

 ──この十分の間。草壁は狙撃手トリガーを抱えながら四人を探し。そして四人は草壁から隠れ続ける。

 

 まず第一段階で草壁から隠れ続ける事。

 

 そして十分後。ランダムで指定された場所へ向かうまでの間。

 変わらず加山ら四人は草壁から隠れ続け。そして草壁は四人を探すと同時──五つの”ポインタ”を起動する。

 

 それは、おおよそ三百メートルの透明なレーザーポインター。

 草壁は加山ら四人の部隊の位置を類推し、五つ。狙撃手の射線が通りそうな場所に透明なポインタを設置する。

 ポインタは最長300メートルであるが。当然障害物にぶつかると途切れる事になる。狙撃手の”射線”を疑似的に再現した代物と言える。

 

 四人は、草壁から逃げ続けると同時──ポインタが通る場所を推測し、そこを避けながら、指定された場所へと移動する。

 

「これで。”こちらを探す狙撃手から逃げ回る”事と”射線を意識してルートの構築する”訓練が可能となる訳ではないかな、と。草壁さんは元銃手で身のこなしは申し分ない。その上でこちらが嫌な射線も理解できているだろうからこっち側を探す役割に協力してもらう」

「こっちは機動力がウリの部隊の隊長で、狙撃手もいる。貴方達が嫌がる行動は十分に理解できているから。安心して」

「──と、まあ。滅茶苦茶頼れる一言を貰いましたので。早速よろしくお願いしますな、草壁さん」

「ええ」

 

 こうして──暫しの間、”隠れ合い”の訓練が行われる事になった。

 

 

「はぁ~」

 

 そうして暫しの間訓練を続け。

 当初の間はとにかく失敗を続けた。

 

 加山はB級ランク戦の中、トップクラスに狙撃による被弾が少ない駒である。

 それは射線に対する理解度の高さもそうであるが、何よりエスクードによってあらかじめ射線を封じる手段を持ち合わせていたことが何よりも大きい。

 

 しかし──エスクードはこちらが隠れて移動しなければならない状況だと非常に使いづらい。

 射線の理解度があるが故にそれを避けんと行動する中──その道を先回りされ草壁に捕捉される事態が幾度かあった。

 

 

「射線を理解する事も重要だけど。狙撃手がどう動くか、という部分を想定しながら移動しなければ先回りされるわ」

「その通りっすねぇ。──判断の速さがかなり重要になりますね」

 

 加山は数ある射線全てを想定してルート構築して移動をしていたが。

 そうなると移動経路が絞られて草壁に先回りされる。

 射線全て想定する事よりも。

 移動経路との兼ね合いで一番警戒するべき射線を見極める能力の方がよっぽど重要なのだと。

 

 それを理解してからは、射線が通っていようとも”ポインタが設置されているか否か”という観点から経路の構築を行うようになり──段々と移動に成功するようになってきた。

 

「それじゃあ長い事訓練していましたし。ちょい休憩を取りますか」

 

 という訳で。

 動きが改善されたタイミングで、休憩時間を取る事になった。

 

「お疲れ様、草壁さん」

「お疲れ様」

 

 そうして。

 換装体から戻った草壁に、加山は話しかけた。

 

「スカウト旅から戻ってきたばかりだってのに申し訳ないな」

「いいえ。東さんの企画だったから自分から参加したいって希望したもの。私も他の部隊のオペをしてみたいとも思っていたから、丁度良かったわ」

「そりゃあ良かった」

 本当に東さん様様というか。あの人の人望どうなっているんだか。

 

「……ひとつ聞いてもいいかしら?」

「どうぞどうぞ」

「……このランク戦の間に、貴方になにがあった?」

 

 その声は。

 懐疑の色がありながらも。何処か──納得を求めている様な。そういう声音が含まれたものであった。

 

「今回、部隊を組むにあたって。当然部隊メンバーのランク戦の記録は全部追ったわ。──そこで、一番不可解だったのが貴方よ。加山君」

「……」

「はっきり言うと。──貴方はあれだけの動きが出来る駒ではなかったし、そしてできるようになる見込みがある駒でもなかった。そこを貴方も理解できていたから、今の戦法を採用したんでしょう?」

 

 いつか。

 いつかこうして──本気で追求される日が来ることは理解できていた。

 

 己の能力に向き合い、銃手を止めオペレーターに転向した草壁ならば尚のこと。加山の能力がランク戦の途中から跳ね上がった不自然さが気にかかるのは至極当然。

 

「……すみません草壁さん。これは話せない」

「……それは、話すなって言われているから?」

「はい」

 

 言えるわけがない。

 黒トリガーの影響で、近界民の記憶を脳内に刻まれたことで。諸々の能力の向上が果たされたなど。

 

「……そう」

 

 ひとつ、ポツリと草壁はそう呟いた。

 草壁は──もし。銃手を諦めなければ。

 自分の適性の低さを承知で、戦闘員を続けていたら。

 ここまでの成長を果たせていたのだろうか、という。そういうもしもがあったのではないか、と。

 そう思い、加山に問いかけていた。

 だが──この様子を見るだけで。ろくなことが起こっていないのだな、と。そう推測することができた。

 

「なら、これ以上追求はしない」

 

 その言葉に、加山は「ありがとう」と呟いた。

 その様子に一つ溜息をついて、草壁は続ける。

 

「無茶はしないでよ。──私たちは同期なんだから」

「……気をつける」

 

 そして最後には、不器用ながらの心配の言葉を投げかけた。

 

 案外──というか。

 とっつきにくそうに見えて、本当は心底優しいのではないか、と。そんな風に加山は、草壁の事を思った。




ちなみにマキリサだったらこの5000倍は圧のある追求が行われていた予定でした。


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隣の芝生は真っかっかだぜ

最後まで他に部隊は隠しとこうかと思っていましたけど、一部だけ明かしておきます。


 ではこの辺りで。

 別の臨時部隊の様子を幾つか見てみましょう──。

 

「....」

 

 香取葉子。眼前の光景に眩暈が走っている。

 

 いや。

 確かに。

 一度別の隊の中でやってみたい、って思いが無かったと言えば嘘になる。だからこのお祭りに参加したのは確かだけど。

 でも、これは──。

 

「どーした~、香取。神妙な顔してるじゃねえか」

 リーゼント頭の男は、頭の裏を掻きながらそんな事を呟く。

 男は作戦室のソファに寝転び昼寝を一つ。眠気が消えるとそのままの体勢で、テーブルに置かれた菓子を一つつまみ、そのまま口に運んでいく。

 

「お、うめーなこれ。流石は綾辻ちゃんだ」

「ありがとうございます。あ、お茶淹れますね」

「お~。気が利くねぇ。ありがと。──いやぁ、ありがてぇ。鬼の居ぬ間にダラダラさせてもらおうじゃねーか」

 

 そうして──綾辻遥が茶を淹れると同時、そのカップを取りにソファから立ち上がる。

 茶を受け取るとまたソファに深々と座り、また人心地。

 

「他の二人はまだ個人戦やってんの?」

「はい」

「飽きもせずによくやるよ、全く」

 

 仮想空間内。

 二人の男が、激しく動き回り、互いの刃を斬り結んでいた。

 

 一人は、ボサボサ髪の男。

 一人は、カチューシャで髪を纏めた男。

 

 数珠繋ぎしたスコーピオンと身の丈程の長さをほこる槍が交差し、火花が散る。

 

「──マジで攻撃通らねぇ。えぐっ」

「ケッ。そう簡単に倒せると思うなよ」

 

 鞭のようにしなるスコーピオンが首を刎ねると同時。

 丁度、ニ十本目の試合が終わった。

 

「いやぁ~やっぱりカゲさん強ぇ。戦えば戦う程攻略法が解んなくなるわ」

「お前は攻撃の速さはそれなりだが解りやすいんだよ」

「槍だとどうしても点の攻撃になるもんなぁ。カゲさんからしたら解りやすいかぁ」

 

 二人──米屋陽介と影浦雅人が仮想空間から出てくると同時。綾辻はまたキッチンに向かい茶を淹れにいく。

 

「お。ありがと綾辻。いただくぜ~」

「はい。お疲れ様です」

「....」

 

 米屋はそう礼を言って、影浦は軽く会釈して、それぞれ茶を取る。

 

「お、香取。今度はお前も個人戦やらねぇ? 三つ巴でもいいぜ」

「なにボサッとした顔してんだ?」

 

 

 唐突に隊長をするように言われ、唐突にこんなメンバーを押し付けられた。

 

 当真勇

 米屋陽介

 影浦雅人

 

 そしてオペレーターの綾辻遥

 

 全員、実績も年齢も香取よりも上。そしてオペレーター以外は癖のある人物しか揃っていない。

 香取、思う。

 あの東春秋とかいうオヤジ──嫌がらせでもしているのか? 

 

「あ、そうそう。折角カゲさんいるからさぁ。オレこいつ持ってきたんだよ」

 そう言って米屋は作戦室の奥側からゴソゴソと何かを取り出す。

 

「おお。──ホットプレートか」

 

 米屋が取り出したのは、円形のホットプレートであった。

 

「そうっすそうっす。夜はこいつでお好み焼きパーティーといきましょうや。カゲさん、頼みます!」

「別に作るのはいいがよ。材料は揃ってンのか?」

「当然当然。お好み焼きも焼きそばの材料も持ってきましたよ」

「わぁ、楽しみ」

 

 わいわいと四人がホットプレートを取り囲んでいる姿に。

 香取は頭を抱える。

 

「.....大丈夫かしら」

「おいおい。どうしたんだ香取? 浮かねぇ顔して」

 

 いや。

 メンバーを見るだけでも解る。強い。あまりにも強い。狙撃手の当真はいわずもがな。影浦も米屋も攻撃手のトップ層。香取自身も攻撃手・銃手共にマスタークラス。オペレーターの綾辻の能力にも一切の不安はない。

 とはいえ。あまりにも自由奔放なメンバーが集まりすぎている。

 訓練らしい訓練はろくにしていない。当真は食っちゃ寝を繰り返し、影浦と米屋は個人戦を繰り返す。そしてそれに時々巻き込まれる。

 

 ルールは通常のランク戦とは異なる。今までの戦いとは勝手が違ってくるだろう。だというのにこの連中、およそ何も変わらない。

 

「まあアレだ。このチームの強みは別に陣形なんざなくたって戦えることにある。影浦も俺も好きなように動くだけで点を稼げる。米屋はああ見えてバランサーもやれる。お前もいつも通り前で暴れてくれりゃあいい」

「....」

「方針さえ決めてくれればいいんだよ。後は全員その場で戦える」

 

 ──このチーム。本当に陣形らしい陣形を作らずとも戦えることが何よりも長所。

 

 隠形・狙撃スキル双方ともトップクラスの当真と、狙撃・不意打ちがほぼ効かない影浦の二名がいる事で。狙撃に対して恐れる事無くある程度自由に動くことが出来る。

 

「ま。好きに使えばいい。どうせお祭りだ。楽しんだもん勝ち。──ってなわけで」

 

 わいわい騒ぐ米屋の眼が、香取を見る。

 その目は笑みと共に鋭くなり──香取に向け手を振る。

 

「次はお前だぜ。──豪勢な夕飯が決まったところで、腹減らそう」

 

 またか、と。香取は溜息を吐いた。

 

 大丈夫だとは思う。

 それでも──溜息ばかりが吐き出されていく。

 

 

「他のメンバーってどういう感じなんでしょうね」

 

 一方、加山。

 一通り訓練を行ったお昼過ぎ。また出前を警戒区域前辺りで受け取り、広げていた。

 

 本日。ピザと寿司。

 

「部隊がどういう構成になっているかは解らないけど、A級からかなりの人数が参加するらしいわ。かなりハイレベルな戦いになるでしょうね」

 草壁は淡々と寿司を口に運びながらそう言う。

 

「....このメンバー見ただけでもかなりハイレベルなのが解るものね」

「恐らく、マスター行っていない隊員の方が少数派になるでしょうね」

「わぁ。俺少数派~」

「オレもだ」

「加山君はともかく、空閑君は本当にポイント詐欺だよね。....あ、玲、寿司なに食べる? 小皿に取ったげる」

「ありがとうくまちゃん。はまち貰うわ」

 

 訓練後、体力の消耗でソファに横たわる那須に、熊谷が甲斐甲斐しく世話をしている。

 多分これが那須隊での日常なのだなぁ、と加山は思った。

 

「ごめんなさいね。あまり訓練に時間が割けなくて...」

「とんでもないっすよ。参加して頂けるだけでもありがたいのに、訓練まで付き合ってもらって。こちらこそ申し訳ない」

「そう言ってもらえると助かるわ。──休憩とったら、また訓練に参加するから」

「無理はしないでくださいね」

 

 熊谷に支えられながらソファに座り直し、那須は寿司を口に運ぶ。小さい口でちびちびと齧るような食べ方。

 

「お寿司を食べるのも久しぶりね。美味しいわ」

 

 その様子を、ジッと見ていた黒江は、

 

「那須先輩は、どうしてこの部隊戦に参加しようと思ったんですか?」

 そう那須に尋ねた。

 

「あの、あたしも那須先輩が同じチームで嬉しいですし。頼りにしています。でも...」

「うん。ありがとうね黒江ちゃん」

 

 何故、病弱の身でわざわざ部隊の組み替え戦などという負担が大きそうな行事に参加したのか。

 純粋にそう疑問に思ったからこそ、黒江は那須に尋ねていた。

 

「.....上の人から詳しい事は話しちゃダメって言われているから、ちょっとぼんやりした表現になるけど。.....近々。ボーダー全体で、こういう事をするみたいなの」

「....」

「でも、私はそれに参加できない。事前に無理だ、って言われちゃった」

 

 那須は微笑みながらも、少し寂し気に言葉を続ける。

 

「だから。──ちょっとした我儘なの。別の人とチームを組んで。一緒に訓練して、お話して──みたいな。そういう事を私もやってみたいなぁ、なんて思って。それで参加させてもらったの」

「.....そういう事だったんですね」

 

 那須玲は、身体が弱い。

 元々ボーダーに入ったのも、彼女の病弱な身体がトリオン研究を通して治せるかもしれないという提案がボーダー側からされたからで。本部にも中々顔を出せない状況が続いている。

 

 だから。

 一度でも──他の隊員と混じって同じ訓練をして。そして交流する事を強く望んでいた。

 

「だから。遠慮しないでね。これは私の我儘だもの」

「そうそう。何かあったらアタシが何とかするから。遠慮は要らない」

「うん」

 

 熊谷がそう言うとにこにこと笑みを浮かべて、那須は熊谷に小皿を渡す。

 

「ピザ、一回食べてみたい。お願いね、くまちゃん」

「はいはい。食べやすいように切り分けようか?」

「ううん。そのままでいいわ。──テレビでやってたみたいに、一回かじりついて食べてみたかったの」

「.....まったく。それやってもいいけど、喉に詰まらせないでよ」

「よく噛んで食べるわ」

 

 そう言って那須は取り分けられたピザを両手で手に取る。

 あまりピザそのものに慣れていないのか。掴み加減が解らず少しあたふたして、小さい口を目一杯開けてかぶり付いていた。

 

「....」

 

 案外茶目っ気ある人なんだなぁ、と。加山はその様子を見ながら思った。

 

「....やるからには、勝ちたいわね。試合」

「頑張りましょう」

 

 那須の一言に、草壁がそう返す。

 加山の内心も、少しだけ欲が出てきた。

 ――どうせ参加するなら、いい思い出になってほしい。

 無理を押して参加してくれた、那須玲の為にも――

 

 たとえ、どんな部隊が敵として現れようとも。最善を尽くし、少しでも良い結果をもたらせられるように――。

 

 

 さてさて。

 もう一部隊くらい──

 

 

 仮想空間内の、市街地。

 そこでは──けたたましい爆撃が巻き起こっていた。

 

「いやぁ。何というか」

「どしたの?」

「このチーム。──組ませたのが東さんじゃなかったら。何処の馬鹿が考えたんだ、ってなるやつだよな」

「だね~」

 

 二人は並んで、それぞれの得物をぶっ放していた。

 

 黒のロングコートを羽織った男は両腕からキューブを生み出し。

 黒のジャケットを着込んだ大柄な男は、その手にグレネード銃を握っていた。

 

 そして。

 その前に立つは、

 

「....」

 

 ポケットに手を突っ込んだ、黒スーツの男。

 

「それじゃあもう一発──行くか」

「了解~」

 

 グレネードが放たれ、市街地に爆撃が降り落ちると共に。

 爆撃の上から、ハウンド弾が降り落ちる。

 

 そうして爆撃とハウンドが降り落ちるマップ上に発生したトリオン反応を確認すると。

 

 イーグレットの弾丸と、バイパー弾が適時そのトリオン反応に向け正確に放たれていく。

 

 

「──さっきより反応が早かったぜ、古寺」

「ありがとうございます」

 

 この訓練。

 やっている事は、至極単純である。

 

 爆撃とハウンドの面攻撃でバッグワームで隠れた敵を炙り出し、炙り出した敵を狙撃とバイパーで適時仕留めていく。

 冗談としか思えない火力の暴力。

 

 これを行使するは──。

 

「間違いなく──火力でここに勝てる奴はいねぇ」

 

 臨時二宮隊。

 

 二宮匡貴

 出水公平

 北添尋

 古寺章平

 

 攻撃手ゼロ。射手・銃手・狙撃手のみで構成されたこの部隊は。

 されど埒外の火力と攻撃範囲を併せ持った部隊として、ここに存在していた。

 

 

「気持ちいいくらいわかりやすい部隊だよな。機動力高い駒はいない。攻撃手もいない。火力で押し切って勝て! ──って」

「マップ狭くなってこの戦法使われたら相手はたまったもんじゃないよね~」

「だから間違いなく真っ先に狙われるだろうな。──本当、好きに大暴れできそうだ」

 

 現在彼等は──北添と二宮の波状攻撃での敵の炙り出し→バイパーと狙撃による各個撃破という連携の訓練を行っている。

 

 北添の「適当メテオラ」と二宮のハウンドのフルアタックの合わせ技。

 からの出水のリアルタイム調整されたバイパーと古寺の狙撃。

 

 

「いやぁ──楽しみだなぁ」

 

 




二宮と出水組み合わせるのは一回やってみたかったんです。


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開始前

 そうして。

 各々、組み込まれた二日間の訓練期間を終え──試合当日となった。

 

 その日。

 範囲外のペナルティの内容が発表される。

 

「範囲外でのペナルティは滅茶苦茶単純でしたね。トリオン兵が範囲外では生成されていくみたいっす」

 

 安全圏が指定され、マップの収縮が終わった後。

 その外においては、トリオン兵が順次生み出されていく。

 

「トリオン兵は基本的にイルガーとモールモッド中心。安全圏の外では、大量のイルガーの砲台から狙われつつモールモッドの処理をしなければならない環境になる訳ですね。クソ~」

「.....じゃあ、外にいる時はトリオン兵を仕留めればいい、ってことですか?」

「そう単純な問題でもないだろうな。トリオン兵と交戦している部隊は、安全圏内にいる部隊からすれば格好の的。あとイルガーの爆撃で位置情報が知られるのがあまりにも痛い」

「序盤は”隠れる”がウチの方針。点にもならない交戦で位置情報が知られると、序盤の戦略全部が崩れるわ」

 

 通常のバトルロワイヤルゲームであると、基本的に範囲外のプレイヤーは体力が削られていく仕様だという。こちらで言うなら、トリオンが奪われていく感じ。

 ただ、やはりそこら辺は東さんが主催とあって。実際にこちらが対面しやすい脅威としての”トリオン兵”をペナルティとして設定したのだろう。

 

「ただ。問答無用でこちらがダメージが与えられるペナルティの内容ではないとなると、トリオン兵から隠れながら迂回しながら安全圏に入る....という方法も考えられるわ」

「最悪その方法も考えなきゃならないですわな。.....さあて」

 

 そして。

 

 今回対戦する部隊もまた発表されていた.....。

 

「これ....本当にどうしよう...」

 

 

 ・臨時部隊第一

 隊長 加山雄吾

 隊員 空閑遊真

 隊員 那須玲

 隊員 黒江双葉

 オペレーター 草壁早紀

 

 ・臨時部隊第二

 隊長 嵐山准

 隊員 村上鋼

 隊員 生駒達人

 隊員 外岡一斗

 オペレーター 国近柚宇

 

 ・臨時部隊第三

 隊長 香取葉子

 隊員 影浦雅人

 隊員 米屋陽介

 隊員 当真勇

 オペレーター 綾辻遥

 

 ・臨時部隊第四

 隊長 帯島ユカリ

 隊員 太刀川慶

 隊員 木虎藍

 隊員 隠岐孝二

 オペレーター 三上歌歩

 

 ・臨時部隊第五

 隊長 犬飼澄晴

 隊員 弓場拓磨

 隊員 菊地原士郎

 隊員 奈良坂透

 オペレーター 人見摩子

 

 ・臨時部隊第六

 隊長 二宮匡貴

 隊員 出水公平

 隊員 北添尋

 隊員 古寺章平

 オペレーター 結束夏凛

 

 ・臨時部隊第七

 隊長 風間蒼也

 隊員 三輪秀次

 隊員 時枝充

 隊員 辻新之助

 オペレーター 氷見亜季

 

「.....第七の所だけ、オペと隊員が同じ部隊の組み合わせがあるのは」

「多分辻先輩が気兼ねなく戦えるようにでしょうね....」

「ああ...」

 辻先輩....! と何かよく解らない心の呟きをしながらも。

 悪夢の如き表を眺める。

 

 もう見るだけでも圧倒的にも程があるメンバーラインナップ。

 マジでマスター行っていない隊員が少数派のメンバーですねありがとうございます。

 

「.....第六部隊が本当に恐ろしいわね。正面から戦って勝てるイメージが全然湧かないわ」

「第六部隊はぶっちゃけ初動で当たった部隊が貧乏くじになる枠ですね。最初にぶち当たった部隊が不幸。ただ一度何処かとぶち当たれば位置は把握できるのと、機動力が目に見えてないのが幸いですね」

 

 二宮、出水、北添、古寺。

 射手二人銃手一人狙撃手一人。

 

 火力の暴力オブ暴力。そこに狙撃手もある。機動力がない、攻撃手がいないという明確な弱点があるものの。それをカバーできるだけのメンバーが揃っている。実際正面から戦って近づける絵図が描けない。

 

「.....第六は、正直機動力の面と。何より他の部隊に目を付けられやすいという弱点が目立つ分まだ救いようがあるわ。私は第四と第五部隊を警戒するべきだと思う」

「その心は?」

「第四は、狙撃手がいて、なおかつ機動力の面で足並みがそろっているから。動ける狙撃手である隠岐先輩がこのルールだと相当強い。そこに太刀川さんという一部隊に匹敵する巨大戦力もある。中距離が少し弱いけど、弱点はそれくらい。そして第五は菊地原先輩の存在が凄まじく厄介。序盤のバッグワームでの隠れ合いの中でも、音を拾って一方的に情報を集められる。──このルールで一番強いのはこの二つだと思う」

 草壁は、機動力の纏まりがよく、そして何より太刀川がいる第四部隊と、菊地原がいる第五部隊が危険であると評し、

 

「あとは....個人的には、おれは第三部隊がいやだな。全員顔を知っているからってのもあるけど....単純に動きが予想できない」

「どういう動きしてくるか全く予想できねぇ....。というか、香取先輩本当にご愁傷様...」

 

 誰も彼も自由に動く駒すぎて統率が出来ないだろう様子がありありと目に浮かぶ。哀れ、香取。

 

「まあでもうちの序盤の動きは変わらない。徹底して隠れて情報収集します。後は周囲の部隊と、安全圏の設定次第に合わせて行動します」

 

 ──この戦い。今の内で考えられるのはせいぜい序盤の動きくらい。後は状況の変化に伴って考えて行くしかない。

 

「まあ、何とか最善を尽くしていきましょ」

 

 

 ──臨時部隊第二作戦室

 

「え。やば。なんやこれ。やば」

 

 他部隊の発表が行われた瞬間。

 生駒達人は開口一番、ただそう呟いた。

 

「全部ヤバいやん」

「いやー。こうして改めて見ると。どの部隊もレベル高いっすよね...」

「まあ。何となく他の部隊のレベルも高いだろうと想像はしていたが....。色々特色があって面白いな」

 

 生駒・外岡・村上は部隊表を眺めながら、それぞれそんな事を呟いていた。

 

「見ての通り、レベルが高いうえに特色がはっきりしている部隊が多い。一筋縄ではいかないと思う。──ただ、こちらの部隊はとにかくバランスの良さ、そして対応能力の高さでは他の部隊と比べても遜色ない。自信をもって戦っていこう。そして、鋼」

「はい」

「今回のルール上、君が間違いなくこの部隊のキーマンになる。負担は決して小さくないと思うが、こちらも全力でサポートする。──頼んだ」

「頼まれました。──勿論、俺は俺の役割をちゃんと果たします」

「ありがとう。では、これから序盤の動きをもう一度確認していこうか──」

 

 

 ──臨時部隊第四作戦室

 

 帯島ユカリにとって、あまりにも激動の二日間であった。

 弓場に連れられ、一度隊を率いる立場を経験してこいと──そう東の前に連れ出され、与えられた部隊は。

 

 太刀川慶。

 木虎藍

 隠岐孝二

 三上歌歩

 

 こんな部隊でした。

 

「いやー。楽しみだな。久々に腕が鳴る相手と戦えそうで嬉しいったらありゃしない」

 餅を食いながら、太刀川はそう呟く。

 

「部隊としてウザそうなのが犬飼のところのチームだな。菊地原が索敵して、犬飼が盤面揃えて、距離に応じて弓場と奈良坂で一発で仕留める。この連携が出来たら理論上は強いだろうな。──まあこの短期間で完璧な連携はあまり期待は出来ねぇが」

「部隊として纏まりがありそうなのが、嵐山さんと風間さんの部隊ですね。どちらも基本的にサポートもできる隊員で固められている」

「多分、能力的にも性格的にもオーソドックスで扱いやすい駒は風間さんや嵐山にやってるんだろうな。じゃなきゃ面白くねぇ」

「ちょいちょい太刀川さん。まるで俺が扱いにくい駒みたいやないですか~」

「.....扱いにくい駒筆頭の太刀川さんがそれをいいますか...」

 

 帯島は心中、大きく頷いていた。

 いや。別に能力的に扱いにくいという事は無いのだ。太刀川も、木虎も、隠岐も。全員が全員隙の無い能力を持つ隊員であり、中でも隠岐は機動力の面で弱点になりがちな狙撃手という駒でありながらその弱点すらない。本当に、今の自分に過ぎた隊員だ。

 そう。

 性能面ではなく──間違いなく、心理面で。自分が隊長でいいのか、という部分で。

 

「....緊張しなくてもいいんですよ帯島ちゃん。今日まで妥協せずにやってきたんですから。後は最善を尽くしましょう」

「そうそう。わたしもサポートするから、頑張ろう?」

 

 木虎と三上が、緊張しい帯島に向けそんな言葉を放っていく。

 三上は噂通りの優しい性格で。そして──意外というと失礼に当たるかもしれないが。木虎もまた非常に帯島を気遣っていた。同じ部隊の加山から聞こえてくる人物像から、厳しい性格だと身構えていたが。非常に優しい性格をしていた。

 

「大変やろなぁ帯島ちゃん。いきなり太刀川さん動かして戦えーって言われても、ねぇ?」

「まあ今回一番年下の帯島に隊長やらせるってことは。あんまり指揮の面で俺は出しゃばんなってことだろうからな。お前に従うぜ、帯島」

「は、はい!」

 

 ──とはいえ。こんな機会、中々無いのも確か。

 失敗を恐れず、全力で自分の役割を果たそう。

 

 

 ──臨時部隊第五作戦室

 

「いやー。二宮さんの部隊えっぐいなぁ」

 

 部隊が発表されると同時。

 犬飼は笑みを浮かべながら、そう言った。

 

「.....まず、真正面からの攻略は無理でしょうね」

「本当、どんな馬鹿が組んだんでしょうねこの部隊」

「おゥ菊地原。東サンを馬鹿だとでも言いたいのか」

 

 奈良坂・菊地原・弓場の三者の言葉を聞きながら、うんうんと犬飼は頷く。

 

「多分だけど、東さんにとってはこの二宮さんの部隊は一つのギミックなんだろうね」

「.....ギミック?」

「そう。真正面からの攻略は難しい。だけど機動力があまりなくて一回戦うと周りの部隊に囲まれやすい。この部隊は複数の部隊で囲んで叩いて仕留めるのが正解になる。──状況をとにかく動かしやすくするために、こういう火力特化の部隊を一つ東さんは投入したんじゃないかな?」

「ああ、成程.....。隠れ合いの泥仕合になるのを防ぐために、どうしても対処しなければならない火力を持った部隊を一つ置いておくのか....」

「ただ。隊長が二宮さんっていうのがミソだよね。──こういう時、囲まれてでも解りやすく大暴れして点を稼ぐみたいな不格好な戦術、二宮さん取らないだろうから。どう動くか楽しみだね」

 

 

 ──臨時部隊第七作戦室

 

「他の部隊が発表されたが。──方針の変更はない。この部隊は基本的に最低限の得点を得ながら、生存点の確保を優先する。戦況を確認しつつ、浮いた駒を叩く。そして得点よりも生存を優先。この部隊では、それが最善だ」

「了解」

 風間を隊長とする第七部隊は、実に統率が取れていた。

 

「こちらには狙撃手がいないが。その分援護能力に優れた隊員が揃っている。──十分に勝算はある」

「狙撃手を優先して倒す方針もそのままですか?」

「そのままだ。特に安全圏範囲外のペナルティがトリオン兵だけだからな。隠れて近づく分には特段のダメージはない。逃げ遅れている狙撃手がいるなら、範囲外であろうとも仕留めるぞ。その時は、カバーを頼む」

 

 簡潔に戦略を指示すると、後は細かな連携の打ち合わせが行われる。

 

 

 各々、それぞれの思惑を抱えながら。

 

「──転送1分前です」

 

 試合が始まろうとしていた──。

 



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お祭りランク戦①

「皆さんこんにちは! 今回実況を務めさせていただきます、武富桜子です。そして解説席は──」

「生駒隊、水上で~す」

「冬島隊、冬島慎次だ」

「今回公式のランク戦ではなく、いわばお祭り的要素が大きな変則の模擬戦ですので。無理に実況解説を用意する必要はないと。企画主である東さんより言われていたものの──こんな豪華な戦いに実況解説なしでは勿体ないと勝手に用意しました! 皆様どうぞこの豪華な戦いをお楽しみください!」

 

 武富桜子はにこやかに──非公式戦であるにも関わらず実況解説ブースの利用許可を取り、更に解説者まで引っ張ってきたと告げた。凄いぞ武富。凄いぞ桜子。その行動力は一体どこからやってきているのだ武富桜子。

 

「お二人も非公式戦であるにもかかわらず、解説引き受けてくれてありがとうございます!」

「まあ俺等、あまり者同士やしなぁ。なあ、冬島さん」

「そうだな。悲しいなぁ」

 

 生駒隊は隊長の生駒達人、並びに狙撃手の隠岐孝二が。

 冬島隊からは当真勇が。それぞれこの非公式戦に参加している。あまりもの二人、解説席に座る。

 

「まあ──こんなバケモンまみれの魑魅魍魎の戦い。参加するより外側で茶々入れてる方が性分に合ってますわ」

「だな。こんなもん、おじさんが参加したくない」

「このルールでトラッパー参加したら狙撃手よりずっと無法でしょ。参加しなくて正解でしょ冬島さんは」

「おいおい、おじさん泣かせに来るなよ」

「やはりというか──。このルール的には、狙撃手が有利に働くのですね」

 

 桜子の言葉に、せやなぁと水上は答える。

 

「今回のルールは、基本的に”待つ側”と”動く側”がはっきり分かれるルールなんですわ。安全圏の外側にいる部隊が”動く側”。内側にいる部隊が”待つ側”。で、動く側にいる時は基本的に機動力が重要になって。待つ側にいる時は狙撃手の有無が重要になる」

「だな。──その点。狙撃手がいない第一、第七部隊は機動力に恵まれた隊員が与えられている」

「今回のランク戦。狙撃手以外は基本的に足が速い隊員がほとんどやな。その分、狙撃手がいる部隊は自分らが”動く側”になった時にどう狙撃手をカバーしながら安全圏まで行くか、っていうのも一つ重要な事になってきます」

 

 それで、と。

 水上はさらに続ける。

 

「今回、狙撃手以外で足が遅い。だけど火力が高いという特徴を持った隊員が多い部隊が──二宮さん所の第六部隊という事になります。こっちはやけに極端ですね。待つ側だと死ぬほど強い。動く側になると途端に弱くなる」

「だな。──今回。二宮の所をどう処理するか、ってのも。試合全体を見ての重要項目になるんだろうな。隠れるか挑むかでも、部隊としての特徴が現れそうだ」

「成程。やはりこの試合は安全圏の存在が非常に重要になる事となりますが。──今回、試合直前の時点で、追加のルールが各部隊に通知されています」

 

 追加ルール。

 

「今回の安全圏の設定は、東さんの主導で行われる事。そしてその安全圏の設定は──”部隊の密集”を基準に行使される」

 

 へぇ、と。水上と冬島の両方が声を上げる。

 

「成程な。──とことん泥試合化は防ぎたいって訳か」

「ですね。初動で隠れるにせよ、あんまり敵と離れたなら安全圏から外すぞ、って言ってるようなもんでしょうし」

「そして。この基準が設けられたことによって──安全圏が設定された時点で、自分たちの周囲に敵がいるのかいないのかの判断が出来るって事になる。現場での動き方に一つの軸が出来るな」

 

「──さあ。各部隊の転送までもうじきとなりました。それでは皆様。もう少しだけお待ちください──」

 

 

「安全圏の設定は、部隊の密集具合を見て決める....か」

 

 うーん、と加山は唸る。

 

「隠れるにしても。あまり他の部隊から距離を取るのもデメリットになるって事ですよね」

「どうする? ウチの部隊は、序盤は他の隊に近付かず隠れる方針だったと思うけど」

 

 ここもまた、東春秋によるテストなのだろう。

 直前で明かされるルールの開示。これに対して、どう動いていくか。

 

 転送まで、残り数分。

 数秒考え、加山は方針を決める。

 

「いや。ウチの方針は変えない。──序盤は隠れる。これは徹底する」

「....いいんですか? そうすると、高確率でウチは安全圏の外に締め出される事になると思うんですけど」

「逆にチャンスの可能性もある。安全圏欲しさに敵が密集して行って、ドンパチしている所を確認して情報を集める事も、状況によっては可能だろう。──そもそもこっちの部隊は安全圏から締め出される事を前提に訓練をしてきた。ここで方針を変えるとなったら、今まで積み重ねてきた連携が無駄になる可能性がある」

 

 加山はそう言うと、草壁に視線を向ける。

 

「....異論はないわ。それでいきましょう」

「よし。なら後は転送を待つか」

 

 

 そうして。

 

「──転送が開始されます」

 

 七部隊。総勢28人による広範囲での部隊戦が開始された。

 

 

 試合が開始され、各部隊が転送される。

 

 その始まり方も──各部隊それぞれの方針により、かなり異なるものであった。

 

「さあ試合が始まりましたが──やはりといいますか。全員バッグワームを装着しております」

「今回は普通のランク戦の二倍近い部隊が参加している上に、全員ほぼマスター以上の手練れだからな。序盤に情報を晒すメリットがあんまりない」

「──全員が序盤は隠れる。けど、ある程度敵同士との距離を保っておきたい。その辺りのバランスが重要になりそうやけど──」

 

 全員が転送されたマップ上を眺め。

 ジッと、水上は一つの部隊を見る。

 

 それは──。

 

 

「やっぱり。──第五部隊は、その辺りよさような気がせんでもないですね」

 

 犬飼澄晴率いる、第五部隊。

 

 このチームには、最優の”耳”がある。

 

 

「.....転送してから。他の足音は西側から聞こえてますね。距離と足音の数が判別できるくらいの距離じゃない」

 転送直後。

 隠形に徹した菊地原が、周囲を索敵し──隊長である犬飼に逐次報告を行っていた。

 

「りょうかーい。なら西側にちょい寄っていきながら距離を詰めていこうかな。──足音はどう? 大きくなってる?」

「いや。遠ざかってますね。もう少しで聞こえなくなりそうなくらいには」

「オーケー。どの部隊かはわからないけど。多分マップ中央側へ向かって行ってるみたいだね。安全圏のルール的に、やっぱり中央側へ向かうのが硬いだろうけど...」

 さて、と犬飼は呟き。

 

「奈良坂君はひとまず今マーカー付けたビルに潜伏して、そこから西側の方に人がいないか見ていて。見つけても撃たなくていいから。菊地原君は周囲の索敵の継続。弓場さんは菊地原君の背後についていて下さい」

 

 菊地原の報告を聞き。犬飼はそれぞれに指示を出す。

 

 さて、と。犬飼は呟き。

 

「こっちは情報を集めるのに優秀な駒が二つあるからね。──序盤の立ち回りで負けるわけにはいかない」

 

 

 各部隊の転送位置は。それぞれ均等にばらけた位置であった。

 マップ中央部には部隊の転送が行われず。四方に部隊がばらけて転送される形。

 

 その中。

 各々の部隊の動きは、

 ・安全圏の漏れを最小限に済ますためにマップ中央に向かう部隊

 これは、嵐山率いる第二部隊。また香取の第三部隊がこれに該当する。

 

「嵐山さんに関しては安全圏確保してからの戦略立てに自信があるんやろな。狙撃手もおるし、中央側への移動をしてから村上の防御力活かして点を取っていくつもりなんでしょ。で、多分香取の所は戦略なんてあらへん。それぞれ陣形も作らず好き勝手動いてる。時間たったら、ここで戦いが起きそうやな」

 

 

 ・転送付近の状況確認及び索敵を行う部隊。

 これは帯島の第四部隊、犬飼の第五部隊、及び二宮の第六部隊が該当

 

「このムーブがまあ基本だとは思うが.....。犬飼の部隊がやはり索敵と動き出しが速い」

「菊地原と奈良坂いますからね。足音が聞こえてくる方向を菊地原が拾って、奈良坂が高所からその確認をする。これだけで情報を集められるスピードがダンチですわ」

 

 ・転送位置から、更に外側へと移動している部隊。

 これは加山の第一、また風間の第七が該当する。

 

「こっちは逆に、徹底して他の部隊と鉢合わないようにしているんだろうな」

「狙撃手いなくて、その上で全員機動力が高い駒。相手の出方を潜んで見るのに徹するのは正しいやろな。──こっちは間違いなく安全圏から外れるやろから、どう入っていくのか見物やな」

 

「序盤の動きとして....やはり第五部隊が一歩リードしているでしょうか?」

「だな。中央に向かう香取の部隊の裏側から距離を詰めつつ、マップ中央からつかず離れずの位置を保持している。あの位置取りなら安全圏から大きく外れることも無いだろうし。中央でドンパチが始まったら真っ先にその情報も得ることが出来る」

 

 こうして。

 各部隊の初動は──中央に行く者、転送位置周辺の索敵を行う者、そして大きく外側に移動しつつ隠れる者。

 

 この三つに分類される事となった。

 

 ──戦いの火蓋は、思わぬところから切られる事となる。

 

 

「....しまった」

 

 思わず、奈良坂は呟いた。

 

「──すみません犬飼先輩」

 奈良坂は、苦渋の表情で犬飼に報告を上げる。

「ん? どうしたの奈良坂君」

「索敵をしていたのですが──あの人を見てしまいました」

 あの人、という言葉で。

 一も二もなく、犬飼は全てを理解した。

 

「あー。見ちゃったか」

「はい見てしまいました」

 

 あちゃー、と。犬飼は呟く。

 

「なら仕方がないね──。皆、交戦準備。一度散開しつつ距離を取るよ。可能な限り戦闘は避けたいけど、相手側から仕掛けてくるのなら仕方がない」

 これまで、菊地原の副作用にて完璧な隠形を決めていた犬飼の部隊であったが。事態が急変した事を悟り、全員が武装に手をかける。

 

 

 

 して。

 

 

「──おい。香取」

 所変わって。

 マップ中央に向かっていた、第三部隊は──隊員、影浦雅人の言葉に足を止める。

 

「なに?」

「東側から。こっちを探り入れる感情が刺さった。多分あっちに狙撃手がいる」

「へぇ」

 

 影浦雅人の副作用、感情受信体質。

 その作用により──彼方から感情を受け取った。

 

 こちらに探りを入れる感情。

 ──奈良坂の正確な索敵の範囲に、影浦が入ってしまった。

 

 

「どうする?」

「こっちの方針は事前に決めた通りよ。──細かい事は考えない。敵がいるならぶっ殺しに行く。好きに動いて、点をかっぱらうわよ」

「.....へっ。了解」

「オーケーオーケー。じゃ、こっちも適当に狙撃ポイントに着いとくわ。位置に着いたらマーカーよろしく、綾辻」

「了解しました」

 

 

 ふん、と香取は鼻を鳴らす。

 

「こっちの背後から索敵しようたってそうはいかないわ。──ぶっ殺す」

「おゥ。誰が来るかは解らねぇが。このまま血祭りにあげるぞ」

 

 見敵必殺。

 

 実に単純な論理をもって──彼等はマップ中央へ向かう足を反転。そのまま逆方向へと進路を変える。

 

「──どうせなら、せいぜい全力で暴れてやるわ」



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お祭りランク戦②

「....足音が近くなってる。正面側が一つ。裏手に二つ」

「はい了解。──奈良坂君。敵の位置は掴めた?」

「射線上にいるのは影浦先輩だけです」

「と、なると──。敢えて射線上にカゲを置いて、他のメンバーは裏を回っているんだろうね」

「どうする隊長? このまま影浦の方向に突っ切っていくか。それとも裏手の方をシメに行くか」

「そうだね...」

 

 犬飼は状況を整理する。

 マップ中央方向には影浦。

 

 そして遮蔽物や建物を通って、裏手側に二枚。恐らくは香取と米屋だろう。

 

 ──まだ安全圏の設定すらされていない状況。あまり長々と戦いたくはないけど。

 

「裏を回ろう。──弓場さんと菊地原君の連携で取り敢えず一枚落とそう」

 

 そうすぐに判断を下し、裏手に弓場と菊地原を動かす事に決めた。

 

 

 

 

「弓場さん。ここから突き当りの建物の向こうから足音。かなり近い。──左手側の建物から入って。ぼくは上側からカメレオンで襲撃をかける」

「了解。──息を合わせるぞ」

 

 二人はすぐさまバッグワームを解除。

 弓場の手には二丁拳銃。

 菊地原はカメレオンを起動。

 

 コンクリの壁を。内装を。そしてその先にある遮蔽物を──銃撃で破壊。

 その先。

 

「──弓場さんか!」

「よう米屋」

 

 槍を構える、米屋陽介の姿。

 と、──その背後から走りくる香取葉子。

 

 ──ここはダメージ覚悟で、オーダー通り一枚落とす。

 

 弓場が米屋に銃口を向け、引金に指をかけた瞬間。

 状況が動き出す。

 

 弓場の銃口に対し、槍を突き出す米屋。

 その米屋を狙い、上空からカメレオンを解除し背後を取る菊地原。

 

 そして、

 

「──危ない! 米屋先輩!」

 

 カメレオン解除前から菊地原の存在を感知した香取が、菊地原を抑えんと襲撃をかける。

 

 車がギリギリ通れるかどうかという程に横幅が狭く、建物に囲まれた路地。

 四人が、入り乱れる。

 

 

 弓場の弾丸と、米屋の槍が交差し──共に体勢を下げて攻撃を避けると共に。

 菊地原と香取のスコーピオンが交差する。

 

 菊地原は一つ舌打ちをする。

 本来──弓場の銃撃に意識を向けた米屋を背後から仕留めて。後は弓場の銃撃で牽制をかけながら香取からは逃れる、というプランであった。

 で、あるが。──予想を超えて香取の勘が鋭く、背後からの急襲が失敗した。

 

 交差したスコーピオンが弾かれると共に。

 

 菊地原は、己の背後にある建物の壁を蹴りカメレオンを起動。

 瞬時に視界から菊地原の姿が消えた香取は──それでも冷静であった。

 

 すぐさま、オペレーターの綾辻からリアルタイムで菊地原のトリオン反応が伝えられる。

 

 位置取りは、香取・米屋と等間隔の場所。

 建物に張り付いているのだろうか。狭い路地の遮蔽物の側面にいる。

 

 ──アタシか、米屋先輩か。どっちを狙っているか絞らせない為の位置取りか。

 

 ならば。

 香取は瞬時に、──拳銃を生成し、弓場に向ける。

 

 放たれる弾丸は弓場の顔面へ向かい、

 菊地原は──カメレオンを解除し、弓場へシールドを張る。

 

 ──意外と、判断が早い。

 

「.....こいつは、一筋縄じゃあいかねぇなァ」

 

 狭い路地の中。銃撃と斬撃が繰り広げられる。

 ──もし他のチームが上を取ってしまえば、地形上最悪の場面。

 

 それが理解できている弓場・菊地原はサッサと仕留めるかサッサと退却してこの場から離れたいが。

 理解できてなお、貪欲に点を狙う香取・米屋は二人を逃がさない。

 

 泥沼のほとりに、足をかけている。

 このまま突き進んだ先を思い──菊地原は一つ溜息を吐いた。

 

 

 ──裏手の戦いは膠着しているようだな。

 

 奈良坂透は、最初に索敵していた位置から移動し、潜伏を行っている。

 

 ──援護してやりたいが。あちらには当真先輩がいる。

 

 

 狙撃手というのは、敵に”脅威”を与えるポジションである。

 

 こちらから観測できない範囲から一方的に攻撃を与える。

 観測できないから、脅威となる。

 

 

 ──恐らくは当真先輩の発案だろうか。香取と陽介を回した裏手の通路は、道幅が狭く狙撃が通る場所が少ない。自然と、狙撃ポイントが限定される事になる。

 

 そうなると。

 ──当真が奈良坂を索敵するポイントの数も絞ることが出来る。

 

 

 影浦を正面側から向かわせたのは。

 狙撃が効かない駒を前面に立たせて奈良坂の行動範囲を絞り。

 裏手に二人を回す事で奈良坂が、そちら側に狙撃をしたくなるように誘導しているように思える。

 

 そうして奈良坂の狙撃を誘発し。

 当真は奈良坂の位置を把握し、仕留める。

 

 ──当真の狙撃は援護の為に撃つことは無い。当てる目的以外の弾丸を撃つことは無い。だからこそ、”当てられる状況”を察知し、利用する嗅覚がずば抜けている。

 

 優秀な狙撃手の条件の一つに、当たらない弾を無理に撃たないというものがある。

 撃てば当たる故に、狙撃手は恐れられる。

 

 奈良坂は当てられないならば当てられないなりの弾丸を放ち、状況を良化する献身性を持っていて、それを行使できる幅広い技術がある。

 当真は当てられないなら当てられる状況になるまで待ち続け、状況の変化を察知する能力と、それのみを磨き続けた尖った鋭い技術がある。

 

 今。

 当真は状況を見ている。

 部隊を分けて──奈良坂を仕留められる機を伺っていると見るべきだ。

 

 思索の中。

 オペレーターの人見より──マーカーが届く。

 

「....」

 

 東隊のオペレーターを務めている人見は、やはりというか。狙撃というものに対しての見地が深い。

 意図を理解する。

 

「──裏手の香取ちゃんと米屋君の急襲が失敗したからには、リスクを負う必要があるね。奈良坂君、頼んだ」

 

 犬飼は弓場・菊地原の二人に対し、”退却”のオーダー。

 建造物の影より上を通し、香取・米屋の二人に対しハウンドを浴びせると同時。弓場と菊地原は共に路地から抜けていく。

 

 

 ──どちらでもいい。

 ──路地を抜けようとする弓場と菊地原を追うも。追わざるも。

 

 ──どちらでも、俺は仕事をするだけだ。

 

 

 狭い路地が連続する路地は。

 複雑に入り組んだ通路を外周するか。先程弓場がやったように建物を突っ切って動いていくか。そのどちらかで抜けていく他ない。

 

 第五部隊の判断は。

 弓場と菊地原を裏手から戻した上で、影浦側へ移動していく事。

 

 当然。そうなると影浦と香取・米屋の挟撃を受ける事となり、不利を負う事となるが。

 香取と米屋を追わせる過程で──どちらかを落とす算段は付いている。

 

 

 第三部隊は狙撃を嫌い裏手に回ったとあって。恐らく射線への警戒は強いだろう。

 

 ならば。追うにあたっても──当然、奈良坂の狙撃に対して警戒しながらの動きとなる。

 

「....」

 

 さあ。

 来い。

 

 

 

 

 犬飼が路地にハウンドを撒く。

 射線が通りにくい路地から、香取と米屋を追いだすような。上部から降り注ぐような弾丸。

 

 

「──香取、どうする? 建物の中に入るか。それとも犬飼先輩のハウンド防ぎながらでも路地を行くか」

「路地を行くわ。奈良坂先輩の狙撃があるなら、建物に入った時点で目付が済んでしまう。窮屈でも路地に沿って行くべきだわ」

「.....了解」

 

 建物に入ってしまえば。

 射線を通すポイントが、その建物周辺に限定され”目付”をされてしまう。

 そうなると建物から出る瞬間がどうしてもリスクになるし、菊地原と弓場の撤退経路を先回りする動きもしなければならず更に経路が絞られる。狙撃が通るリスクが大きくなる。

 

 ならば。

 犬飼のハウンドという邪魔が入りながらも──初めから狙撃の射線が通りにくい入り組んだ路地から二人を追った方がいい。そういう判断を香取は下した。

 

「オーケー」

 

 米屋も香取の決定に頷き、路地を駆け抜けていく。

 

 

 

 菊地原と弓場を、香取と米屋が追う。

 

 時折弓場と香取の銃撃戦が繰り広げられ、先回りしようとする米屋の動きを菊地原が抑え込みながら。

 狭い路地を、四人が駆け抜けていく。

 

 

「....」

 

 

 弓場の銃撃に、香取が足を止め応戦。

 そして。

 銃撃の合間に斬りかかる菊地原に、米屋が先んじてリーチの長い槍で牽制をかける。

 

 

 瞬間。

 

 

 菊地原がカメレオンを発動し──米屋の横手を通り過ぎていく。

 

「んにゃろ。こんな安い手には乗らねーぞ....!」

 

 カメレオンの発動→死角側からの急襲を瞬時に予想した米屋は、回れ右の要領で体幹を向けながら槍を突き出す。

 当然──その背後からの弓場の銃弾にも気を配りつつ。

 

 意識付けだ。

 

 弓場の銃撃と、菊地原の急襲。

 狭い路地の中。幾度となく繰り返されたこの攻防の中。

 米屋と香取はこの二つを常に意識した上で、路地を駆け抜けていた

 

 反復による意識付けは。

 周囲の状況の把握に、一瞬の遅れをもたらす。

 

 

 路地の遮蔽物。

 

 弓場と香取の銃撃戦。そして──カメレオンを解いた菊地原が砕けかかっている路地を形成する壁を蹴り壊したその瞬間。

 

 

 ──狭苦しい路地に。微かな一筋の線が通る。

 

 

 

「....!」

「米屋先輩!」

 

 菊地原の動きに対応せんと、体幹を回し足を止めた米屋の姿をスコープ越しに見ていた奈良坂透は──正確に米屋の急所を貫いていた。

 

 

「.....まあ、お前ならそれ位はやるか。あー、まだ楽しみたかったのになぁ」

 

 くっそー、と呟きつつ──米屋陽介は緊急脱出をした。

 

 

 

 

 銃撃戦で遮蔽物が崩れた瞬間を狙っての狙撃。

 それも──七百メートル近く離れた区画への。

 

 曲芸に近いその狙撃を。

 奈良坂は通した。

 

 

 

 ──路地を抜けた瞬間に狙いを定めてしまえば、恐らく狙撃を警戒している香取・米屋コンビには防がれる可能性が高く。だからといって路地に射線を通せる場所に行けば、当真に位置が絞られ即座にバレる。

 だからこそ、この場所であった。

 

 

 狭い路地が連続する場所で。弓場と菊地原の連携を幾度か見せて、そこに意識を向けさせる。

 

 そうして──路地の中での狙撃の警戒心と、弓場と菊地原の警戒を強めさせ。

 反復動作の中で壊した遮蔽物から──狙撃を通す。

 

 

 これが。

 奈良坂透が──味方を援護しつつ、かつ当真に位置を把握されぬために出した狙撃。

 

 曲芸の如き長距離狙撃。

 それを敢行し、即座に奈良坂は立ち上がる。

 

 一度狙撃を敢行したのならば、この瞬間から当真勇から隠れ切る作業に移らねばならない。

 

 狙撃手の基本は、撃ったら逃げる。

 ここから──当真勇との隠れ合いの戦いとなる。

 

 

 

 

「.....は?」

 

 

 

 

 視界が消える。

 

 

 ──戦闘体、活動限界。緊急脱出──

 

 

 

 

 

 

 

「いやー。──俺の勘が告げていたね。お前はここに来るだろうってな」

 

 

 リーゼントの男がスコープ越しの奈良坂を見ていた。

 

 

 

「当てて当たり前のもの撃ったって面白くないよなぁ? ──楽しかったぜ。奈良坂」

 

 

 さあて、と当真は言うと。

 

 

「米屋が消えたのはいてぇが──奈良坂が消えたのなら後は好きにやれるな。ここから大暴れさせてもらう」

 

 当真勇。

 ボーダー全狙撃手隊員のトップに立つ男が――笑みを浮かべ、そう言った。

 



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お祭りランク戦③

「.....うわぁ。マジか」

 

 当真勇による奈良坂へのスナイプが行われた瞬間。

 観客席で試合の行方を見ていた荒船哲次は、思わずそう呟いていた。

 

「.....奈良坂の動きに何かあったか? 問題が」

「ない。間違いなくない。技術的にもギリギリの選択だったと思う。──アレは奈良坂に不備があったというよりかは、当真があり得ない。何故読めた?」

 

 同隊の穂刈もまた会話に加わり、奈良坂と当真の一連のスナイプについて解析を行っていた。

 

「.....奈良坂の動きに関しては、その目的そのものはシンプルだ。援護はしたい。だが狙撃地点が少ない故に普通に狙撃すれば位置がすぐにバレる。だから、普通じゃない場所からの狙撃を敢行した」

 

 射線が通る場所、という位置取りを行えば。

 その位置の数が少ないが故に、当真からの目付が済んでしまう。

 

 だから──その少ない場所を自ずから捨て。奈良坂は射線が通っていない場所を隊員にこじ開けさせ、そこから狙撃を行った。

 

「目的がシンプルとはいっても。それを行えるのは奈良坂の狙撃技術が抜きんでているからだ。味方に射線をこじ開けさせ、菊地原が米屋の動きを誘導した一瞬の隙。そこからの長距離スナイプが出来る人間はボーダーでも奈良坂以外にはいないだろう」

 

 奈良坂の考えは至極単純。

 射線によって自分の動きと位置が読まれてしまうのならば。射線という行動の縛りを消す。

 己の位置と動きを隠すべく──代わりに高度な技術が必要なスナイプを行う事とした。

 

 

「ならば、それすらも完璧に読んでいたというのか。当真先輩は」

「奈良坂の思考そのものは読んでいたのかもしれない。だが、それだけで完璧に行動が絞れるとは考えづらい。──当真が狙撃地点に着くまでの動きは...」

 

 当真勇は。

 

 影浦の地点より背後からぐるりと回るようにして、最終的な狙撃地点についている。

 

 そこに至るまでの動きの中で、迷いはほぼない。

 だが、所々で何かを確認するようにイーグレットのスコープで周囲を見回している様子もある。

 

 最終的に奈良坂を仕留めた地点は、奈良坂の狙撃地点より三百メートル程北側の地点。そこに至るまでに、所々足を止めて──自部隊の交戦状況を確認していた。

 

「.....そうか!」

「何か解ったのか? 隊長」

「当真はそもそも、射線から奈良坂の位置を確認していた訳じゃないんだ。そもそもの考えからして──奈良坂よりずっとシンプルな理屈で動いていた」

「.....どういう事だ?」

「当真の行動はいたってシンプル。自部隊の動きだけに着目して動いていたんだ。射線を一切考慮せずに」

 

 第三部隊と第五部隊との戦いは。

 

 ・裏からの小道から襲撃を仕掛けんとする香取・米屋/それを迎撃せんとする菊地原・弓場との戦い

 ↓

 ・小道での戦いから逃れようとする菊地原・弓場/それを追跡する香取・米屋

 

 という流れで行われていた。

 この流れの中で、互いに決定打を打てず膠着状態に陥っていた時間と、香取と米屋が建物を抜けず路地に沿って菊地原と弓場を追うという選択が生まれていた。

 

 その膠着状態の時間の中当真は動き。

 香取と米屋の選択に対して菊地原と弓場がどう対処しているのかを、つぶさに確認していたのだろう。

 

 射線が通らなくとも位置は解る。戦いの様子をスコープ越しに見ることが出来る。

 菊地原と弓場を追う自部隊の動きに合わせ、当真は移動し続けていた。

 

「当真は奈良坂の実力を知っている。更に奈良坂がどう思考するかも多分読んでる。切られている射線をこじ開けて狙撃を行う事も想定済みで──当真は、自部隊の進行方向と状況の変化だけを追って狙撃地点に着いたんだろう」

 

 奈良坂は非常に高い献身性を持つ狙撃手だ。

 狙撃技術もさることながら。相手を殺す為の狙撃以外に、自部隊を掩護する為の狙撃も行える。幅広い技術を持つ狙撃手。

 

 それ故に、狙撃手としての動きとして──どうしても部隊の援護が大きな基準となっている事が多い。

 

 今回も。

 自分の高い狙撃技術の活かしどころとして、射線をこじ開けての長距離スナイプという手段を選んだわけだが。

 

 それを選んだのは。一番効率よく、また効果的に自部隊を掩護する為。

 

 自分の部隊を援護しなければならない、というのが第一の前提条件。

 援護する対象を中心として思考を行い。そこからまず、射線が開いていて位置が絞られやすい狙撃地点をまず排除し。自分の技術で可能なギリギリの範囲での難易度のスナイプを選択し、敢行した。

 

 奈良坂にとっての、狙撃技術の活かし方は。

 効果的に自部隊の利益をもたらす事。

 だから部隊と連動し、己の技術をフル活用し、狙撃を行った。

 

 

 そして。

 その奈良坂の特性を知り尽くしている当真勇は──ならばと、自部隊の動きに着目しつつ移動を行い、狙撃地点に着いた。

 

 部隊の援護の為に動く奈良坂の動きを読むために。

 はなから射線での行動の絞り込みなど放棄して。ただ菊地原と弓場を追う自分の部隊を見ながら動く。そうするだけで、『味方を援護する』目的で動いている奈良坂の狙撃地点を割り出そうとしていたのだ。

 

 射線から奈良坂の動きを絞るのではなく。

 奈良坂という狙撃手の特性から、位置を探っていたのだ。

 

 奈良坂は必ず味方を見捨てない。苦境の中にいるのならば援護の手を貸す。そのために自分の技術でもってギリギリを攻める。

 その奈良坂の行動原理から。まさに奈良坂が所属する部隊を追い詰めている自分の部隊の動きに合わせて移動を重ね、観察を行い、──奈良坂の狙撃地点を絞っていたのが当真勇であった。

 

「.....そんなに簡単に出来るものなのか?」

「まず当真じゃないと無理だろうな」

 

 並の狙撃手がその奈良坂の行動原理を読み取ったとして。

 高い技術と索敵能力を持つ奈良坂の眼を掻い潜り移動を重ね、スコープ越しに戦闘状況を推察し、奈良坂の狙撃位置をいち早く感知しスナイプを行う。

 これらが可能な狙撃手が他にいるかと言えば──まず間違いなくいないだろう。

 

「.....あれが、ボーダー最強の狙撃手だ」

 

 

「──米屋が死んじまったなら仕方ねぇ。このまま退却して影浦に合流しようぜ、香取。相手も退却してんだ。追われる事はねぇだろ」

「.....そうね」

「それに──あと一分もすりゃ一回目の安全地帯が決まるんだろ? こっから中距離持ちが幅を利かせてくる」

 

 犬飼率いる第五部隊は狙撃手を失い。

 代わりに香取率いる第五部隊は米屋を失った。

 

 元より、中距離での戦力が足りない部隊構成。そこから更に一人落ちた。──安全地帯間際での射撃戦で勝てる道理がない。このまま安全地帯が決まるまで、退却していた方がよいだろう。

 

「.....それで。本当にいいのね、当真先輩」

「おう。最初に立てた方針はそのままだ。俺は好きに動くぜ」

 

 この戦い。

 安全地帯の外では、トリオン兵が続々と生まれていく。

 外では常にトリオン兵の脅威と、イルガーの爆撃に晒される事となる。

 

 このトリオン兵と、安全地帯の中の人間での板挟みにあってしまえばひとたまりもない。

 だからこそ。機動力がない部隊は不利で。中距離での戦闘手段がないと更に不利。そして狙撃手をどう安全地帯まで移動させるかも重要な戦術となる。

 

 が。

 

「この形式のランク戦で狙撃手を安全地帯に入れるのは非効率だ。──むしろトリオン兵の山で雲隠れできるチャンスだぜ。俺は安全地帯の()から点を稼がせてもらう」

 

 こと、この香取第三部隊における方針としては。

 狙撃手を安全地帯の中に入れる事はしない。

 

 むしろ、逆。

 

 ──当真勇は、安全地帯の外を動き回る。

 

「ナンバーワンは伊達じゃねぇのよ。トリオン兵ごときに俺が見つけ出せるか」

 

 

 そうして。

 第三部隊と第五部隊との戦闘は──その情報を他の部隊が共有する事となる。

 

「戦闘が始まったみたいだね。銃声が聞こえる。──どうする、隊長?」

「.....戦闘してんのは多分片方は第五部隊だな。弓場さんの銃声が聞こえてきた。あの拳銃もってんのは、このランク戦だと俺と弓場さんだけのはず」

 

 一方、加山の第一部隊は。

 序盤の動きとしてはおおよそ狙い通りになっていた。

 

 他部隊との接触を避け、序盤は隠れる。一回目の安全地帯の設定までは、この作戦を敢行することが出来た。

 

「後は──誰も落とさずに一回目の安全圏内に入れるかね。設定前に戦闘が起こってくれたのは僥倖ね」

 

 さて、と草壁が言うと。

 

「──安全圏が設定されたわ」

 

 そして。

 安全圏が、設定される。

 

 

 場所は、マップ中央から西に傾いた地点。

 

 

 第一部隊からは、非常に遠い場所であった。

 

 

「ここから北側に迂回しながら、交戦地区の上を取ろう」

「了解」

 

 第三部隊と第五部隊が交戦している地区の北側から迂回し、安全圏に入る。

 方針が決まり──第一部隊は北上していく。

 

 

 10分で安全圏が設定され。その後10分経過後から安全圏の収縮がスタート。

 それまでの間に、各自安全圏内に入り込み──そして迎撃の準備をしなければならない。

 

「よし。安全圏内だな。このまま所定の位置についてくれ」

 

 嵐山准は、安全圏の設定範囲内にいた。

 彼等はマップ中央に動きつつ、第三部隊と第五部隊の戦闘が行われている事を確認した後は、そちら側に距離を詰めていた。

 

 自らは戦いには参加せず、ただ距離を詰める事により──部隊同士の距離を縮め、安全地帯の設定基準である”部隊の密集”の条件を満たす。

 これにより嵐山率いる第二部隊は、安全圏の中に入り込む事に成功した。

 

「このまま外側から入り込もうとする部隊を迎撃しつつポイントを奪っていく。──皆、頼んだぞ!」

「了解!」

 

 第二部隊はそのまま西側へと向かい、安全地帯ギリギリの場所で陣形を展開する。

 村上を前に押し出し、嵐山と生駒がその斜め後ろに配置。外岡は付近のビルに潜み、狙撃の態勢。

 

 村上が前線から来る敵の迎撃と中距離攻撃への防御を担当し、嵐山と生駒が村上により足を止められた敵に対し遊撃を行う。

 

 万能手故距離を選ばない戦い方が出来る嵐山と、攻撃手でありながら長距離での旋空が可能な生駒。押し留めた敵との戦いにも、即応での対処が可能になる。

 そして。その横手側に位置する外岡により──狙撃による援護にも抜かりはない。

 

 

 

「──ッ!」

 

 そして。

 前線に立つ村上の頭上。──そこから。

 

 

「皆、下がってください! ──合成弾が来ます!」

 

 

 二つのトリオン反応が生み出されると同時。

 そこから光弾の軌跡が走っていく。

 

 さしもの村上もこれには防御が不可能と匙を投げ、後退する。

 

 

 光弾は時間差で行使される。

 

 第一の弾丸は、サラマンダー。

 安全圏の境目に容赦なく爆撃の雨が降り注ぎ。

 

 

 時間差で放たれる弾丸は、二つに分かれる。

 

 一つは空を迂回し上空より降り注ぎ。

 もう一つは横手側から建物の影から曲がりくる。

 ハウンドとバイパーによる、フルアタック攻撃。

 

「──鋼!」

 

 爆撃を避けんと後退した道の先。

 そこにもハウンドとバイパーの全方位攻撃が降っていく。

 

 

 嵐山は即座に持ち場を離れ、村上へシールドを展開。

 レイガストにより上空からの攻撃を防ぎ。

 嵐山のシールドが、横手側から来るバイパーを防ぐ。

 

 

「──アレを防ぐかぁ。やるなぁ」

「だが陣形は崩れた。──やるぞ」

 

 

 爆撃と弾雨を放ち。

 安全圏内に入り込まんと──二宮と出水が駆けだしていく。

 

 その後方よりーー円弧を描きながら飛んでくる榴弾を背に受けながら。

 

 ──二宮第六部隊。急襲。

 

 



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お祭りランク戦④

現在、同じくハーメルンで連載中のデスイーター様によるワートリ原作二次創作作品「痛みを識るもの」にて他作品とのクロスランク戦が書かれており、星月様の「REGAIN COLORS」にプラスして拙作の彼方のボーダーラインにおける弓場隊も参加する運びとなりました。

いえーい。やったー。

一応私も事前にお話を読ませて頂いておりますが、基本的に口は出さずデスイーター様に全部お任せしております。一読者として楽しませてもらっている次第です。へっへっへ。

どうぞどうぞ、そちらも一目見て頂ければ幸いであります。


「隊長。マップ中央地点で爆撃が見える」

「榴弾の跡も見えるな。十中八九、二宮さんの部隊だな。よしよし、──最悪の事態は避けられたな」

 

 この試合。何より最悪の事態は、初動で二宮の第六部隊と鉢合う事であった。

 

 第六部隊はこの試合において間違いなく最初に引いた人間にとってのババであり、貧乏くじ。

 位置が知られる上に、正面から当たると間違いなく敗北を喫するという最悪の事態を引き起こすクソカード。

 加山たちが最初に潜伏する選択を取ったのはこういうババでクソカードを引かない為でもあったのだ。

 

「ただ──第六部隊の襲撃を受けて、嵐山さんたちが西側のラインから北寄りに押し上げられている。元々北上して安全圏に入る予定だったと思うけど、そうしたら多分第二部隊あたりに捕捉される。どうする、加山君?」

「西から北。そんで西から中央。ここのラインは激戦区になる可能性が高い。俺達はこのラインから外れる形で安全圏に侵入する。さっき犬飼先輩の所と香取先輩の所が交戦した東の区画から南に下がっていく形で安全圏に入る」

「.....激戦区画から逃れようとしているのは、攻撃の主軸となる奈良坂先輩を落としている第五部隊も同じはずよ。交戦の可能性が高いけど、それでもいい?」

「いい。ここはむしろ点を取れる好機だ。──このまま攻め込む」

 

 現在、犬飼率いる第五部隊の面々はバッグワームを着込み潜伏をしている。

 しかし。一度交戦した、という事実がここにきて重い枷となる。

 安全圏の収縮時間が迫る中、その外側へ向かう訳にもいかない。かといって激戦区に飛び込むには奈良坂の離脱があまりに痛い。と、なれば──おのずと潜伏場所は限られてくる。

 

「第五部隊と鉢合った場合奇襲は望めない。だが対策はする。優秀な耳をあちらが持っているのならば、それを利用してこっちに有利な状況に引きずり込む」

 

 隠れるのは終わりだ。

 こちらの強みである機動力を活かし、一気に攻め入る。

 

 

「こっから──”外”の部隊がどういう風に動いてくるかで、戦況が変わっていく感じがするな」

「そっすね。やっぱり二宮さんうまいですわ。嵐山さんとこの部隊を追い込むだけ追い込んでおいて、途中でピタ、と動きを止めた」

 

 二宮の第六部隊は、嵐山率いる第二部隊を北側にある程度追い込むと、そこで足を止める。

 二宮・出水の二人は位置情報を晒しながら。北添と古寺はバッグワームで隠れている。

 

「──二宮隊長と出水隊員は双方とも背中を向け合う形で距離を取り。そして北添隊員と古寺隊員はそれぞれ反対側のビルの上に陣取っています」

 

「二宮さんと出水がそれぞれ狙撃を警戒しつつ。北添と古寺はそれぞれの攻撃を重ねられるように反対側に陣取っているんやろな。隙がない」

「.....と、いいますと?」

「狙撃手の古寺は勿論の事、北添も遠方への爆撃という遠距離での攻撃手段を備えている。──反対側の位置に二人を置く事で、両者の射程の重なるゾーンに敵が入ると、自動的にメテオラの榴弾と狙撃のコンボが入る訳だ」

「ああ、成程...」

 

 

 二宮隊の部隊は”火力と攻撃範囲に優れる”という長所と”機動力が足りず、足を動かさざるを得ない場面になった場合に弱い”という短所を併せ持っている。

 なので、基本的に最初に交戦した後に複数部隊に囲まれる。または安全圏の外に締め出された時にかなり厳しい状況になる。そういう事前予想が成されていた。

 

 それに対する、二宮の解答が。

 敢えて安全圏の内側から外側に対し攻撃を仕掛けようとする部隊──それと交戦しながら自らの部隊を安全圏に引き上げる、という方法であった。

 

 序盤も序盤。だからこそ。

 部隊の性格によりそれぞれ動き出しが異なる、という事を二宮は理解していた

 

 安全圏の外にいる部隊は、そもそも内側に入る事に必死で二宮の部隊を叩く余裕がない。更に序盤での駒損を惜しみ激戦区から外れるルートから侵入する部隊もいるであろう。

 複数の部隊で囲んで叩いて潰す、という自身の負け筋は。

 こと序盤で駒損を惜しむ段階であれば──かなり成立しにくい。

 

 狙撃でちょっかいをかけられる可能性を考え、二宮と出水はそれぞれの方向へ意識を向けつつ。古寺は周囲の索敵をしつつカウンタースナイプの準備を。北添は安全圏に入ろうとしてくる部隊へ爆撃を降らせるべく潜伏。

 

「序盤は、複数部隊が合同で叩く事をしないってのを見抜いていたんだろうな。だから序盤の内に安全圏の中心に向かった。あの位置取りを保持する事が重要だから、嵐山が後退した後は無理に追う事は無かった」

「そんでこれから他の部隊と戦う事になっても、それはそれで部隊が密集して次の安全圏内に入りやすいという状態になる訳ですわ。──安全圏に関する追加ルールが、二宮さんとこでは間違いなくプラスに働いていますね」

 

 そして。

 嵐山の部隊が北側に退却した事もあり。北から安全圏に入るルートも使いづらくもなった。

 

「とはいえ。ここはやっぱり部隊の性格というのが出るものだから。──当然嬉々として激戦区に入り込んでくる連中もいる訳だ」

 

 ブースのカメラ内。

 映像が映し出される。

 

 それは──二つのグラスホッパーの姿。

 

 一つ。バッグワームを着込んだ、サンバイザーを付けた男。

 二つ。──弧月を二つ差した髭面の男。

 

「さあて──どうなるかね」

 

 

 ──状況はそこまでよくないね。

 

 犬飼は頭を掻きながら、そう心中思う。

 

 ──ひとまずは安全圏の収縮が終わるまでは潜伏一択だね。

 

 

 こちらの強みとしては、情報収集能力。

 そして奈良坂が存命中は隊全体の総合能力も非常に高いと考えていた。

 

 だが奈良坂という遠距離でのエースがいなくなり──隊の運用上鍵となる菊地原の効能が半減した。

 音による位置情報から奈良坂を派遣するという攻撃する上での極悪コンボが序盤で沈んでしまった。

 

「.....足音が聞こえる。北東。かなりのスピードがある。多分風間さんか、空閑辺りの高機動型の隊員」

 

 潜伏中。

 菊地原が犬飼へ報告を上げる。

 

「なら安全圏の外から風間さんか、加山君の部隊がこっち側から入って来たかな。──多分北側のルートが潰れたからこっちに来たんだろうね」

「どうする?」

「──戦うしかないね。弓場さんは菊地原君の援護をお願いします」

「了解」

 

 退却をしたいが。

 二宮と嵐山の部隊が交戦している中。交戦すれば激戦区との板挟みのまま戦わざるを得なくなる。

 二宮の部隊に把握されたうえに、駒の数で負けている他の部隊と交戦するのは避けなければならない。ならばここで相手の駒を一枚でも落とし、戦力を削っておく必要がある。

 

「......多分あの足音は菊地原君を釣っているね。こっちは安全圏に入っているからわざわざ乗る必要はない。このまま待機ね」

 

 高機動の攻撃手を単独で派遣している理由は、釣り以外の理由はない。

 あちら側の狙いとしては、犬飼と他の隊員を分断させるか、背後を取りたいのだろう。

 

 ①菊地原単独、もしくは菊地原+弓場で足音の方向へ向かう

 →分断を受けた犬飼へ向け他の敵が囲いに来る。

 

 ②三人全員で向かう

 →残りの敵が背中側を取り挟撃を仕掛ける。

 

 こういう狙いがあるのだろう。

 

 ならば──こちらとしては待ち構えるのが最善。安全圏から入ってこようとしているのは敵側だ。

 

 

 

 

「隊長。やっぱり釣りには反応しない」

「オッケーオッケー。ならプラン2で行きまーす」

 

 予想通り予想通り。

 菊地原の耳があるなら──単独で派遣している遊真の足音は拾ってくれるとこちら側も踏んでいた。

 

 拾ったうえで襲撃を仕掛け分断するなら浮いた駒を仕留めるか挟撃を行うかをするつもりであったが。それでも動かないのならば──こちら側にも仕掛けがある。

 どうせあちらは退却は出来ない。

 こちらが仕掛けてきたものを、受けるしかないのだ。

 

 

「──草壁さん」

「ええ。解っているわ。──ダミービーコン。起動するわ」

 

 

 安全圏外の外側。

 そこから──ダミービーコンが六つ程、起動する。

 

 

 その起動に合わせ。

 

「那須さん」

「ええ」

 

 

 加山・那須もまた。

 

 同時にバッグワームを解く。

 

 

 

 

「──来たのは加山君か....!」

 

 

 突如として現れた八つのトリオン反応を前にして。

 犬飼は即座に──加山の部隊がこちら側に来たものと判断した。

 

 

 ダミービーコン発生地点から打ち上げられるは、複数のハウンド弾。

 細かく散らしたのだろう。それぞれの地点から小さな弾体が空より打ちあがる。

 

 

 ──ダミービーコンでバッグワーム解除にかかる位置の補足を排除し。事前に仕込んだ置き弾を発射させる。

 加山の得意技だ。

 

 

 その置き弾の中。

 円弧を描くような軌道の弾丸の中──真っすぐに放たれている弾丸もまたそこに存在していた。

 

 

「.....うざ」

 

 広域から降り注ぐハウンド弾に位置を炙り出されシールドを上側に展開していた菊地原に。

 遅れてやって来た別軌道の弾丸は、シールドに阻まれる寸前に直角に折れ曲がり、菊地原の右足を貫いていた。

 

 

 ──ハウンドからの、バイパー。

 

 

 シールドも足も削られた菊地原の前。

 白髪の少年が、躍り出る。

 

 

「──ちぇ」

 

 グラスホッパーを踏み込んだ遊真の高速の斬撃が菊地原の首を掻き斬り。

 伝達系切断により、菊地原は緊急脱出。

 

 

「──空閑ァ!」

 

 仕掛けと空閑の急襲により菊地原を瞬時に失った後。

 弓場は空閑を捕捉し──リボルバーを向ける。

 

 

「隊長。ゆばさんの銃は一丁だ」

「了解。なら頼むぞ──黒江」

 

 

 ここで弓場が来ることも想定内。

 銃を一つしか使っていないという事は、シールドを装着している可能性が高い。

 つまり、ある程度意識は空閑以外にも、その外にも向けられているという事だ。

 

 

 加山は地面に手を付けると、

 

「エスクード」

 

 壁をひりだす。

 

 

 ひりだされた壁は、ビルの障害物の影に隠れていた──黒江を乗せる。

 

 

「──韋駄天」

 

 黒江がバッグワームを解き、韋駄天を使う瞬間。

 加山は更に二つのダミービーコンを起動させ。黒江の位置までも誤魔化す。

 

 

 空閑へ視線を向けていた弓場の意識は。

 

 突如現れた三つのビーコンという情報が入る事で──更に外側への意識も強まる。

 

 以前の遊真との一騎打ちでは。弓場は空閑の存在を意識しすぎた為、仕掛けに対応できずに敗れた。

 だからこその反省の念もあるのだろう。

 

 弓場は──他の隊員による射撃を警戒してしまった。

 

 

 が。

 警戒して現れるものが射撃ではなく──障害物の影でバッグワームで潜伏していた黒江である、とまでは読み切れない。

 シールドを装着せず、二丁拳銃で攻め込んできたならば。ハウンドを横手から降らせるつもりであった。

 そうでなければ。

 

 

 エスクードにより引き上げられた黒江が放つは。

 韋駄天による高速機動からの斬撃。

 

 

「──く....!」

 

 

 弓場は反射的に──シールドでは防げない攻撃が来ると判断し、バックステップ。

 

 が。

 

 その動きに乗じ遊真は弓場との間合いを詰めていた。

 弓場の足を斬り飛ばし、転がす。

 

 

「.....ここまでか」

 

 黒江の斬撃を避ける事叶わず。

 弓場もまた首を狩り取られ──緊急脱出。

 

 

 

「......あらら」

 

 一瞬の攻防で自分以外の駒が消えてしまった犬飼の眼前に。

 

「ちゃっす犬飼先輩」

「やあ加山君に那須さん」

「不運でしたね」

「全くだ」

 

 加山と那須の姿があった。

 

 犬飼は即座に突撃銃を構えるが──それよりも加山の拳銃弾の方が早い。

 

 腹部に大きな一発を受けた後。那須のバイパーが左右から叩き込まれ、犬飼も離脱していった。

 

「ランク戦じゃ散々苦しめられましたからね。今日くらい気持ちよく勝たせて下さいな」

 

 ──第一部隊は3ポイントを獲得し。犬飼率いる第五部隊は全滅、という運びとなった。

 

 



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お祭りランク戦⑤

「ここで第五部隊は全滅! 第一部隊に三ポイントが加算されます!」

 

 一瞬の攻防であった。

 当真により奈良坂を失った第五部隊は──加山の第一部隊によって全滅を余儀なくされた。

 

「いやぁ。ほんまに一瞬やったな」

「下馬評だとかなり強いって評価だったんだがなぁ、犬飼の所」

「そこら辺は、やっぱり奈良坂君序盤に落とされたのが効いたんでしょうね。もっと言えば、情報集めの時点でカゲにエンカウントしてしまったのがホンマに痛い。ここが痛すぎる」

「.....だな」

「第五部隊は強いんですけど。その強さってのが序盤の立ち回りが確定で他の部隊より上回れることなんですよね。そして立ち回りの優位が肝になる駒で固められているんですわ。狙撃手の奈良坂君は勿論の事。菊地原君も、弓場さんも。そんで隊長が立ち回りめっちゃ強い犬飼がやっとる。──ただ立ち回りで上回れる部隊ではあるけど、全員が揃って機能する部隊って側面もあるように感じましたわね」

「奈良坂が落とされていたおかげで、加山の方も菊地原の対策に絞って戦えただろうからな。──空閑での釣りだしから、連携で仕留められた。ダミービーコンでの偽装があったとはいえ、仮に奈良坂が生きていたらああも簡単に加山も那須もフルアタックは出来なかっただろう」

「本当は犬飼も後退して広く戦いたかったんやろうけどな。──背後でドンパチしていておちおち後ろに行けなかったのも痛かった」

 

 背後には激戦区。俯瞰情報を探れる狙撃手の駒もない。そこから安全圏外からの加山との板挟み。

 序盤の不運から最大の駒を落とされてしまってから──犬飼の部隊はかなり割を喰らった羽目になったと言える。

 

 

「さて。これで加山隊長の第一部隊全員が安全圏に入りました」

 

 安全圏が狭まっていく。

 残り数分もすれば、トリオン兵の山が生まれていく。

 

 その中──部隊の動きも変わりゆく。

 

 

 一つ、古寺章平は息をついた。

 

 ──火力の圧を盾に、マップ中央を陣取る。

 それが二宮が出した、この即席部隊での立ち回りの答えであった。

 

 最初の交戦。嵐山率いる第二部隊との戦いは、別に後退させる為の交戦ではなかった。

 普通にポイントを稼ぐために仕掛けたもので、あわよくば全滅させてやろうとさえも二宮は想定していたはずだ。

 

 だが。嵐山は駒損を出す事無く後退に成功した。

 

 ──やっぱり。この戦いどの部隊もレベルが高い。

 

 だからこそ。この中央で陣取っている間も油断は一切できない。

 この状況。

 安全圏から他部隊が入ってきているこの状況が、一番狙撃手が仕事をしなければならない時間だ。

 

 こちらの補足が早ければ早い程。火力を叩き込める猶予が増える。

 

 ジッと、古寺章平はスコープを覗き。周囲を警戒する。

 

 

 瞬間。

 

 古寺のスコープに──黒いマントが駆け抜けていった。

 

「──北東にグラスホッパーを使用している人影を発見! すぐに射線から外れました! 位置情報を共有します!」

「了解。結束、報告場所にマーカーの設置。北添は周辺を爆撃しろ」

「結束、了解」

「ゾエさん了解~」

 

 結束がマップ上にマーキングした瞬間。

 

 北添の榴弾砲が火を噴く。

 空中に弧を描くメテオラが、建造物を爆破していく。

 

 

 ここから炙り出された人間に──古寺の狙撃か、二宮・出水の火力の餌食となる。そういう連携を組んできた。

 

 

 だが。

 

「──さあて。こっからはスピード勝負だぜ」

 

 

 男が。

 榴弾の出先を見届け──バッグワームを解き、走り出す。

 

 

「──新しい反応が生まれました! これは...」

 

 その反応の先。

 二刀を構えた黒コートが、ビルの間を駆け抜けていく。

 

 

「──太刀川さんが接敵しています!」

 

 

 太刀川慶。

 最強の攻撃手が──笑みを浮かべながら、マップ中央を駆け抜けていく。

 

 

「ここまでは作戦通りやな。俺が死ぬまでにゾエさん仕留めて下さい」

「あいよ」

「すみません。無茶なこと言って」

「まあ無茶だが。──無茶位やらねぇと楽しくねえからオーケーだ」

 

 安全圏の収縮が始まったこの状況下。

 

 帯島が立てた作戦は、非常に単純なものであった。

 

 安全圏が収縮するタイミング。この時に隠岐を用いて外側から戦況を観察させ、太刀川を送り込むというもの。

 

 

 

「ウチの隊が持つ何よりの強みは、隠岐先輩と太刀川さんッス。──マップが収縮し始めて。皆がマップの中に行きたがるタイミング。このタイミングで、安全圏外で隠岐先輩をグラスホッパーで動かして情報を集めさせて。太刀川さんを送り込む適切な場所を探る」

 

 

 そう帯島が言うと。

 太刀川はへぇ、と一言。

 

「成程なぁ。──確かに。狙撃手が動ける、って特性活かすには単純に中に入っていくよりギリギリまで粘って外にいた方がいいだろうな。だが。安全圏の中には二宮たちが陣取っている。アイツらには距離は関係ないぞ」

「はい。──むしろ、それが狙いです。二宮さんたちの牙城を崩す為に、まず脇を落としたいッス」

「と、いうと」

「隠岐先輩の索敵で見つけるか。もしくはあちらが先に隠岐先輩を捕捉するか。そのどちらかで──古寺先輩か、北添先輩の位置を捕捉して、それを太刀川さんに仕留めてもらいたいっす」

「.....」

 

 それはつまり。

 

 ──二宮と出水が組み、弾雨が降り注ぐ中。単騎突入し点を取ってこいと。そういう事を帯島は言っているのだ。

 あまりにも無茶だ。

 二宮だけでも相当な苦労がかかるというのに。その上出水までいるのだ。その地帯を切り抜け──古寺か北添を仕留めなければならない

 

「.....無茶なのは、承知の上ッス。でも北添先輩か古寺先輩。このどちらかが仕留め切れれば、二宮さんたちの圧が削れる。そうなれば、他の隊が二宮さんのところに手を出しやすくなる」

 

 安全圏の収束が繰り返される中。やはりあの位置に二宮と出水がいるのはあまりにも厄介だ。

 その上狙撃手という目と、北添という間接射撃の使い手がいる。

 せめて──あちらに情報を与える役割の駒だけでも削りたい。

 

 それが出来るのは──この戦場にいる中。この男しかいない。

 

 太刀川慶。

 

 

「言ったろ。俺は、今回は駒だってな。命令されりゃその通りに動くだけだ」

 

 まあ、と太刀川は続け。

 

「無茶を言われるのは嫌いじゃない。──楽しくなってきたな」

 

 ニッ、と笑みを浮かべ。

 格子状の目の先。太刀川は目元を歪ませていた。

 

 

 太刀川慶が駆け抜け。

 そして──弾雨が降り注いでいく。

 

 

「太刀川さんか! ──この位置じゃあ、足で追いつくのは無理でしょうね」

「こちらの火力で迎撃するぞ。──狙いはお前だ北添。すぐに移動しろ」

 

「ひぇ~太刀川さん来ているのかぁ。北添了解。すぐに逃げます」

 

 二宮のハウンドで足を止め。

 出水のバイパーで身体を削る。

 

 こちら側にやって来た敵に対して、そういう連携でもって対抗するのが──事前に二宮の部隊が決めていた事であった。

 

 広範囲の面攻撃と、多角の収束攻撃。この二つを、最強の射手二人がそれぞれ行う。並みの相手であらば、それだけで成すすべなく圧殺できる。

 

 だが。

 太刀川は、余裕を崩さぬままその攻撃に対処していく。

 

 

 ハウンドの弾道を事前想定し、誘導機能が弱まる瞬間を見計らいグラスホッパーを用いて脱出を行い。

 即座のトリガーの切り替えでバイパー弾を防ぐ。

 

 ──太刀川慶は、ボーダー全隊員の中において最強である。

 

 それは。

 戦闘の最中における能力でもあり。

 戦闘に入る前の段階から、最強なのだ。

 

「火力だけで仕留められる程俺は甘くねぇぞ」

 

 特別高いトリオンもなく。

 特別なサイドエフェクトもなく。

 それでも、この男は──全てを薙ぎ倒してきた。

 

 

 ハウンドとバイパーの時間差が縮まっていく。

 それでも太刀川は対応する。

 今度はハウンド弾の幾つかをシールドで消し。グラスホッパーの切り替えから脱出を行う。

 

 トリガーの切り替え速度が、とかく凄まじい。

 

 シールドの設置位置が、あまりにも完璧。

 

 グラスホッパーの射出位置に一切の違いなし。

 

 

 弧月だけではない。己が使うトリガーを正しく速く使うという基本的な部分を。

 誰よりも理解し熟達しているが故の、最強。

 

 

 

「──出水」

「うっす。タイミングを合わせて下さい」

 

 

 二宮が放つハウンドに合わせ。

 出水は──数秒の時間にて合成弾を作り出し、空へと打ち上げる。

 

 

「──そう来るよな。解っているぜ、出水」

 

 恐らくは、トマホークであろう。

 

 今まで二宮・出水はハウンド→バイパーという連携にて太刀川へ攻撃を仕掛けていた。

 そして。今回の弾丸も弾丸を打ち上げたタイミングは二宮のハウンドから、出水のバイパーの軌道の合成弾という順番で行われた。

 

 だから今回も、二宮のハウンドで足を止めさせ。出水の合成弾で仕留める。そういう流れではないかと判断したくなる。

 

 

 だが。

 

 太刀川慶は──今までに放たれた弾丸と、今放たれた弾丸の微妙な差異を見逃さなかった。

 二宮のハウンドの射角。微妙に上向いているものが存在している事が。

 

 

「──なら、こうだ」

 

 

 太刀川は瞬時に弧月を握り、己が横手にある建物を斬り裂くと同時。

 崩れ行く建物の前方向に己は立つ。

 

 ──二宮のハウンドは、これまで太刀川に放たれたものと、誘導機能の力の籠め方が異なっている。

 その力の籠め方が、射角に現れる。

 今回は──出水の合成弾で足を止め、今までとタイミングを微妙にずらしたハウンドで太刀川を仕留めるつもりだったのだろう。

 

 今までのタイミングを覚え込ませ、先に回避行動をさせたうえで──二段構えの攻撃に直撃させる為に。

 

「マジか」

 

 

 太刀川は。

 全方向から太刀川目掛けてやってくる出水のトマホークを──事前に切っておいた建造物の瓦礫にあて爆発させると同時。

 そこからグラスホッパーを用いて脱出していた。

 

 

 出水公平はリアルタイムでバイパーを引ける。

 事前に軌道を設定したものではなく。その場その時に最適な軌道を引き、放つ。那須玲と同種の能力を持っている。

 

 ──だが。

 

 その彼と同じ部隊で、そして隊長である太刀川は。

 その軌道全てを把握する事は出来ずとも。最終的に弾丸をどこに着弾させるか、という部分においては見抜いていた。

 

 

 バイパーは一度軌道を決め放った後はその後の修正は効かない。

 読めてさえいれば、──防げる。

 

 

「.....流石」

 

 

 合成弾に加え。これまでの連携から弾丸のディレイを加えてまで行った弾雨すらも。

 太刀川は切り抜けていた。

 

 

 

「楽しくなってきたなぁ。──さあてもう少しだな」

 

 北添の命にその刀を届かせるまで。

 あともう少し。

 

 

 

 

「──さて。おおよその戦況は纏めきれた。こちらは、ギリギリのタイミングで安全圏に入るぞ」

 

 

 小柄な男が。

 堂々とした口ぶりで、そう通信を行っていた。

 

 

 男の周囲には、仲間は誰もいない。

 黒いマントを羽織ったまま──男はジッと。二宮と出水が放つ弾丸の行方を、見ていた。

 

 

 

「ここから。浮いた駒を根こそぎ取っていく。狙撃手は優先して仕留める。単独の駒も挟んで仕留める。いいな」

 

 風間蒼也。

 

 彼は──部隊を切り分け。己のみがマップ中央付近にまで到達していた。

 

 

「太刀川が中央に向かっている今がチャンスだ。全員、安全圏に入ってこい」

 

 

 風間蒼也率いる第七部隊。

 彼等もまた、安全圏に入っていく──。



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